239ガスタンポナーデ後の網膜中心動脈閉塞症(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにガスタンポナーデ後の眼圧上昇に起因する網膜動脈閉塞症の報告としては,飛行機搭乗や山行などの気圧低下による気体の急激な膨張によるものが多いが1),六フッ化硫黄(SF6)や八フッ化プロパン(C3F8)などの膨張性ガスをoneshotで硝子体腔内に注入したあとにRAOを発症したとする報告はきわめて少ない.筆者は過去に1例だけ,このような苦い合併症を経験したことがある.●症例提示75歳,男性.左眼の網膜細動脈瘤破裂に伴う網膜下および網膜前出血を認め(図1),ガスタンポナーデによる血腫移動術を施行した.左眼瞳孔縁には落屑物質を認め,前房は浅かったが(図2),眼圧は16mmHgであった.100%SF6を0.5ml硝子体腔内にoneshotで注入し,直後に眼圧上昇をきたしたため,前房穿刺を施行した.浅前房のため少量の前房水しか抜去できなかったが,処置後の眼圧は34mmHgに低下した.その後,伏臥位を保持してもらい,翌日眼底検査を施行したところ,網膜下血腫は下方に移動したが,黄斑部にcherryredspotを認め(図3),網膜中心動脈閉塞症と診断した.このときの眼圧は13mmHgであった.ただちに眼球マッサージ,前房穿刺,ペーパーバック,ウロキナーゼ点滴を開始した.Cherryredspotは徐々に消退したが矯正視力は0.01にとどまった.●膨張性ガスによる眼圧上昇膨張性ガスをoneshotで硝子体腔内に注入した後の眼圧の推移については,本シリーズ連載96(2011年)でも記載したことがある2).100%SF60.5ml注入直後の眼圧は50~60mmHgに上昇するが,房水流出率が正常の眼球であれば,通常30分以内で30mmHg以下に低下する.正常眼の房水流出率を約0.28×10.3ml/min/mmHgとすると,眼圧が15mmHgの場合は8時間で眼外へ約2.0mlの房水を排出することができる.さらに逆算すれば,房水流出率が正常であれば,100%SF6(95)0910-1810/23/\100/頁/JCOPY図1ガスタンポナーデ施行前の左眼眼底写真網膜細動脈瘤破裂に伴う網膜下および網膜前出血を認めた.図2ガスタンポナーデ施行前の左眼細隙灯顕微鏡写真瞳孔縁に軽度の落屑物質の沈着を認めた.前房はきわめて浅かった.図3ガスタンポナーデ施行翌日の左眼眼底写真網膜下血腫は下方に移動したが,cherryredspotを認め,網膜中心動脈閉塞症と診断した.を1.0mlまでoneshotで注入しても,SF6の膨張による眼圧上昇は避けられることになる.しかし,これはあくまでも房水流出率が正常であると仮定した場合の話で,もともと隅角癒着や線維柱帯の器質的な変化により房水流出率が低下している患者では注意を要する.本提示例は浅前房のうえに落屑症候群を合併しており,ガス注入後のSF6の膨張に房水流出量が追いつかず,伏臥位中に極端な眼圧上昇をきたしていた可能性が考えられる.このような素因を有する眼に対して100%SF6をoneshotで注入する場合には,0.5ml以下の量にしたほうが無難である.文献1)DieckertJP,O’ConnorPS,SchacklettDEetal:Airtravelandintraoculargas.Ophthalmology93:642-645,19862)池田恒彦:硝子体手術のワンポイントアドバイス(96)膨張性ガスによる眼圧の推移(初級編).あたらしい眼科28:667,2011あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023527