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白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障の4例

2013年4月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科30(4):569.572,2013c白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障の4例多田香織*1,2上野盛夫*2森和彦*2池田陽子*2今井浩二郎*2木下茂*2*1京都第二赤十字病院眼科*2京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学FourCasesofLens-InducedGlaucomaThatDevelopedManyYearsafterLensReconstructionSurgeryKaoriTada1,2),MorioUeno2),KazuhikoMori2),YokoIkeda2),KojiroImai2)andShigeruKinoshita2)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoSecondRedCrossHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine白内障術後10年以上を経て発症し,複数の発症メカニズムの関与が示唆された水晶体起因性続発緑内障症例を4例経験したので報告する.症例1,2は抗炎症および抗緑内障薬点眼,内服加療にて軽快したが,経過中にステロイド緑内障を併発した.症例3は超音波生体顕微鏡にてプラトー虹彩形状を認めレーザー隅角形成術を施行した.症例4は急性緑内障発作,線維柱帯切除術/白内障手術の既往があり,眼内レンズ脱臼を認め,観血的加療により眼圧下降を得た.遅発型の水晶体起因性続発緑内障にはさまざまな発症メカニズムが関与するため,眼圧上昇機序をよく理解して適切な治療を行う必要がある.Lens-inducedsecondaryglaucomasometimesoccursseveralyearsaftercataractsurgery,lasercapsulotomyorpenetratingcornealinjury.Manymechanismsthatresultinincreasedintraocularpressure(IOP)arethoughttobecombinedinthiscondition,suchasblockageoffluidoutflowthroughthetrabecularmeshworkbysmallresiduallensparticles,inflammationcausedbylensanaphylacticreaction,angleclosuremechanismduetoresidualswollenlenssubstances,andsteroidtherapyitself.Herewereport4casesoflens-inducedsecondaryglaucomawithcombinedmechanismsthatdevelopedseveralyearsaftercataractsurgery.Cases1and2respondedwelltotreatmentwithsteroidandanti-glaucomaeyedrops,butresultedinsteroid-inducedglaucomaduringthetimecourse.InCases3and4,residuallensparticlesorintraocularlensdislocationworsenedtheglaucoma,necessitatingsurgerytocontrolIOP.Physiciansshouldbeawareoftheexistenceoftheseseveralmechanisms,andchoosethesuitabletherapyaccordingly.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(4):569.572,2013〕Keywords:水晶体起因性続発緑内障,白内障手術,残存皮質,ステロイド緑内障,アナフィラキシー反応.lensinducedglaucoma,cataractsurgery,residuallensparticles,steroidglaucoma,lensanaphylacticreaction.はじめに水晶体起因性続発緑内障は時に白内障術後や後.切開,穿孔外傷後数年を経て発症することがある.眼圧上昇機序はさまざまであり,残存水晶体蛋白による線維柱帯閉塞やアナフィラキシー反応,膨化水晶体による隅角閉塞,ステロイド薬による眼圧上昇など複数の発症メカニズムが関与することが知られている.今回,白内障術後10年以上を経て発症し,複数の発症メカニズムの関与が示唆された水晶体起因性続発緑内障症例を4例経験したので,その特徴と治療経過について報告する.I症例〔症例1〕30歳,男性.既往歴:10年前に両眼白内障手術歴(右眼は後.破損).現病歴:6時間前からの右眼痛,霧視,嘔気を主訴に京都府立医科大学眼科(以下,当科)救急受診.初診時右眼の毛様充血と角膜浮腫,軽度前房炎症を認め,後房に残留水晶体皮質を認めた(図1a).眼圧は右眼60mmHg,左眼14〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学Reprintrequests:KazuhikoMori,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kawaramachi,Kamigyo-ku,Kyoto602-0841,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(141)569 mmHg.隅角検査では下方180°にわたって周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechiae:PAS)および下方虹彩上に白色水晶体遺残物を認めた(図1b).散瞳検査の結果,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)は.外固定されており,残留水晶体上皮細胞の増殖/膨化とそれによるIOLの前方移動を認めた.PASindexは50%であり上方は開放隅角であったため,眼圧上昇の主因は水晶体小片緑内障と考えられた.また,前房内に炎症所見を伴っており,水晶体アナフィラキシーによるぶどう膜炎の合併も考慮し,ラタノプロスト,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミドの点眼,アセタゾラミドの内服に加え0.1%ベタメタゾン点眼液右眼4回,プレドニゾロン15mg/日の内服による治療を開始した.治療開始5日目,毛様充血と角膜浮腫は消失し,眼圧も17mmHgまで下降した.隅角検査にてPASは残存するも下方虹彩上の白色水晶体遺残物は消失していた.アセタゾラミド内服を中止し0.1%ベタメタゾン点眼液,プレドニゾロン内服を減量し治療を継続したが,治療開始42日目,眼圧は21mmHgと再度上昇傾向を認め,ステロイド緑内障の合併が疑われたため,0.1%ベタメタゾン点眼液を0.1%フルオロメトロン点眼液に変更したところ眼圧は下降し,治療7カ月の時点で0.5%マレイン酸チモロールと0.1%フルオロメトロン点眼のみにて眼圧16mmHgに落ち着いている.〔症例2〕74歳,男性.既往歴:20年前に両眼白内障手術歴あり,無水晶体眼.両眼ともに原発開放隅角緑内障の既往あり.右眼はすでに光覚なし,左眼は抗緑内障薬点眼3剤(ラタノプロスト,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミド)で眼圧15mmHg以下にコントロールされていた.視野は湖崎分類IIIb.ab図1症例1の前眼部および隅角写真a:毛様充血,角膜浮腫をきたしている.前房は深く,白色の小物質が浮遊している.b:症例1の隅角所見.下方180°にPASを認めた.ab図2症例2の前眼部および隅角写真a:症例1同様に毛様充血,角膜浮腫をきたしている.b:症例2の隅角所見.PASは認めず,虹彩上に白色物質を認める.570あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(142) ab図3症例3の前眼部写真およびUBMa:前房深度は中央においては正常であるが,周辺部においてはきわめて狭くプラトー虹彩である.b:症例3のUBM.残存水晶体小片により周辺部虹彩が前方に押されている.現病歴:前日からの左眼視力低下を主訴に当科受診.初診時左眼毛様充血と角膜浮腫を認め(図2a),眼圧は右眼15mmHg,左眼55mmHg.隅角検査にてPASを認めず,虹彩上に白色塊状の水晶体遺残物を認めた(図2b).消炎,眼圧下降を目的に0.1%ベタメタゾン点眼,アセタゾラミド内服を追加したところ,眼圧はいったん下降傾向を示したが,治療開始21日目に眼圧39mmHgと再上昇した.ステロイド緑内障を疑い0.1%ベタメタゾン点眼を中止したところ,中止後1カ月で眼圧は24mmHgまで下降し,8カ月後には14mmHgと安定した.〔症例3〕74歳,男性.既往歴:11年前に左眼網膜.離に対し硝子体手術および水晶体再建術を施行.その後も網膜.離を2回発症し計3回硝子体手術の既往あり.現病歴:近医にて散瞳検査後より左眼眼圧が上昇し当科救急紹介受診.初診時左眼毛様充血と角膜浮腫を認め(図3a),眼圧は右眼10mmHg,左眼60mmHg.IOLは.内固定されており隅角検査にて左眼は全周性に隅角底が確認できなかった.超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)にて全周性にプラトー虹彩形状を認め(図3b),一部では残留水晶体皮質の膨化により虹彩が前方へ圧排されていることが確認された.レーザー隅角形成術(lasergonioplasty:LGP)を施行したところ,耳側ならびに鼻側隅角は閉塞が開放され,眼圧は25mmHgまで下降.0.1%ベタメタゾン,0.5%マレイン酸チモロール,1%ドルゾラミド点眼,アセタゾラミド内服により,治療開始3日目には眼圧は10mmHg.その後,保存的経過観察にて8カ月後には8mmHgと安定.〔症例4〕72歳,女性.既往歴:右眼は12年前に急性緑内障発作に対しレーザー(143)図4症例4の前眼部写真毛様充血と角膜浮腫を認め,IOLは前上方に脱臼している.虹彩切開術(laseriridotomy:LI),線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)および水晶体超音波乳化吸引術(PEA)+IOL挿入術を施行されるも,眼圧コントロール不良にて前部硝子体切除術(A-vit)+隅角癒着解離術(goniosynechialysis:GSL)の既往あり.6年前から右眼眼圧が再上昇し,1年前からは30mmHg程度.左眼はLI既往があり2年前に白内障手術を受けた後は眼圧が安定した.現病歴:右眼圧コントロール不良および角膜内皮細胞障害(932/mm2)にて当科紹介受診.初診時右眼毛様充血と角膜浮腫を認め,眼圧は右眼33mmHg,左眼12mmHg.IOLは前上方に脱臼しており(図4),隅角検査にて全周性にPASを認めた.TLE+IOL摘出/縫着術を施行,術中に水晶体遺残物を水晶体.とともに摘出した.眼圧は術翌日11あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013571 mmHgまで下降,4カ月後には18mmHgと安定している.II考察一般的に水晶体起因性緑内障はその発症機序により,1)水晶体融解緑内障,2)水晶体小片緑内障,3)水晶体アナフィラキシーによる緑内障の3種類に分類される1).水晶体小片緑内障は水晶体.外摘出術または超音波水晶体乳化吸引術,Nd-YAGレーザーによる後.切開術,穿孔性水晶体外傷後に正常な水晶体小片が浮遊し線維柱帯間隙を閉塞することによって生じる緑内障であり,手術あるいは外傷後数日以内に発症することが多いとされる1).稀に数年を経てから生じることもあり3,4),過去には術後65年を経て発症した水晶体小片緑内障の報告もある2)が,先天白内障術後に発症する症例が多い.通常,幼児や小児の水晶体にはheavymolecularweightprotein(HMWP)がほとんど存在せず,75歳以上になると著しく増加することが報告されている5).HMWPはその高分子量のために線維柱帯を閉塞して眼圧上昇をひき起こす1).先天白内障術後の残存水晶体皮質が変性しHMWP濃度が増加してから,これらが小片化して水晶体融解緑内障および水晶体小片緑内障をひき起こすまでには長期の経過を要すると考えられている2).したがって,今回のように成人例の白内障手術長期経過後の発症の報告は少ない.今回,筆者らが経験した4症例は,眼圧上昇においてそれぞれ異なるメカニズムの関与が示唆された.症例1では,眼圧上昇機序として水晶体小片緑内障(開放隅角緑内障)と閉塞隅角緑内障の両者が関与していたと考えられる.つまり,残存皮質から産生された水晶体小片や水晶体蛋白が線維柱帯間隙を閉塞,さらに残存皮質が膨化して形成されたSoemmering’sringがIOL越しに虹彩を前方移動させてPASを形成し,眼圧上昇に至ったと考えられる.Soemmering’sringは後発白内障の一種とされ,白内障術後に前後.が癒着してできた閉鎖腔内で水晶体上皮細胞が水晶体線維細胞に分化・再生して形成されるリング状の白色組織である6).近年では超音波水晶体乳化吸引術の普及により発生頻度は少なくなっているが,ECCE(.外摘出)後にはより高頻度にみられていた.Soemmering’sringが単独で閉塞隅角緑内障を発症したという報告は少なく,また眼圧上昇程度は,通常房水中に浮遊する水晶体小片の量と相関するとされている1,7).したがって,白内障術後に皮質残存が疑われる症例では長期経過後に眼圧が上昇する可能性があることを認識しておくことは非常に重要であり,そのような既往のある症例の診断,眼圧上昇機序を考えるうえで隅角検査やUBM検査は非常に有用であるといえる.症例2.4のように既往歴に緑内障を有している例でも白内障術後に眼圧上昇がよく認められること8)から,元来の房水流出能が水晶体小片緑内障発症に関わっているとされる1).これらの水晶体起因性緑内障に対する治療に関して,水晶体小片緑内障に対する過去の報告では,保存的治療のみで眼572あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013圧下降を得られたとの報告は少なく,最終的に残留水晶体皮質除去を施行している場合が多い.確かに治療として残留水晶体皮質除去は確実な原因除去となるが観血的な治療として侵襲的であり,炎症が軽度であればまずは保存的治療による眼圧下降および消炎が第一選択となる1).一方,水晶体アナフィラキシーの合併が示唆される症例では,軽度の眼圧上昇の場合にはステロイド点眼が有効であるが,長期にわたる場合には症例1,2のようにステロイド緑内障の合併にも注意が必要である.症例3ではplateauirisconfigurationを認めLGPを施行することで残留水晶体皮質除去をせずとも眼圧下降が得られた.このように眼圧上昇機序を正しく理解すれば保存的治療のみで眼圧下降が得られる症例も少なくない.保存的治療抵抗性の症例もしくは水晶体起因性緑内障を繰り返す症例,全周性PASを伴う症例や症例4のようにIOL脱臼を伴う症例では,保存的治療のみでの眼圧コントロールは困難であり観血的治療が必要と考える.以上から,水晶体起因性続発緑内障はさまざまな機序が複合して発症することがあり,経過観察時にはこれらの眼圧上昇機転をよく理解して適切な治療を行っていく必要がある.文献1)RichterCU:Lens-inducedopen-angleglaucoma.In:TheGlaucomas(edbyRitchR,ShieldsMB,KrupinT),Vol2,2nded,p1023-1031,Mosby,StLouis,19962)BarnhorstD,MeyersSM,MyersT:Lens-inducedglaucoma65yearsaftercongenitalcataractsurgery.AmJOphthalmol118:807-808,19943)KeeC,LeeS:Lensparticleglaucomaoccurring15yearsaftercataractsurgery.KoreanJOphthalmol15:137-139,20014)柴原玲子,二井宏紀:水晶体.外摘出術の20年後に水晶体起因性緑内障を生じた1例.臨眼58:2099-2101,20045)JedziniakJA,KinoshitaJH,YatesEMetal:Theconectionandlocalizationofheavymolecularweightaggregatesinagingnormalandcataractoushumanlenses.ExpEyeRes20:367-369,19756)林研:後発白内障の成因と対策.臨眼55:129-133,20017)EpsteinDL:Diagnosisandmanagementoflens-inducedglaucoma.Ophthalmology89:227-230,19828)SavageJA,ThomasJV,BelcherCD3rdetal:Extracapsularcataractextractionandposteriorchamberintraocularlensimplantationinglaucomatouseyes.Ophthalmology92:1506-1516,19859)EpsteinDL,JedziniakJA,GrantWM:Obstructionofaqueousoutflowbylensparticlesandbyheavy-molecular-weightsolublelensproteins.InvestOphthalmolVisSci17:272-277,197810)EpsteinDL,JedziniakJA,GrantWM:Identificationofheavy-molecular-weightsolubleproteininaqueoushumorinhumanphacolyticglaucoma.InvestOphthalmolVisSci17:398-402,1978(144)