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全層角膜移植を要したエルロチニブ塩酸塩(タルセバ)による角膜穿孔の1例

2025年10月31日 金曜日

《原 著》あたらしい眼科 42(10):1327.1331,2025c全層角膜移植を要したエルロチニブ塩酸塩(タルセバ)による角膜穿孔の 1例村上航平*1 山田芳博*1 上嶋仁美*1 小林 顕*2 横川英明*2*1富山市立富山市民病院 眼科 *2金沢大学附属病院 眼科学教室CA Case of Corneal Perforation Caused by Erlotinib Requiring Penetrating Keratoplasty Kohei Murakami1), Yoshihiro Yamada1), Hitomi Ueshima1), Akira Kobayashi2)and Hideki Yokogawa2)1)Department of Ophthalmology, Toyama City Hospital, 2)Department of Ophthalmology & Visual Science, Kanazawa UniversityC目的:分子標的薬のC1種であるエルロチニブ(タルセバ)による角膜穿孔に対して全層角膜移植を施行したC1例を経験したため報告する.症例:77歳,男性.肺腺癌に対してC2年前からエルロチニブを内服している.1カ月前から両眼の眼脂増多があり,呼吸器内科より紹介となった.初診時,左眼に角膜穿孔,右眼に点状表層角膜症,両眼に睫毛乱生を認めた.眼科的既往歴や外傷歴はなかったが,全身性皮疹のため皮膚科で加療を受けていた.眼脂培養で有意な菌体の検出は認めなかった.エルロチニブによる左眼角膜穿孔と診断し,左眼に全層角膜移植術を施行した.術後に角膜上皮化が不良であったため,エルロチニブの内服を中止したところ,術後C2カ月には角膜上皮が安定化した.術後C3年でヘルペス性角膜炎を発症したが瘢痕治癒した.考按:エルロチニブはまれに角膜潰瘍や角膜穿孔といった重篤な副作用を引き起こすことがあるため,注意が必要である.CPurpose:ToCpresentCaCcaseCofCcornealCperforationCcausedCbyerlotinib(TarcevaCR;AstellasCPharmCGlobalDevelopment)thatCrequiredCpenetratingCkeratoplasty.CCase:ThisCstudyCinvolvedCaC77-year-oldCmaleCwhoChadCbeenCtakingCerlotinibCforClungCadenocarcinomaCforC2CyearsCandCexperiencedCincreasedCeyeCdischargeCforC1CmonthCprior to presentation. Slit-lamp examination revealed corneal perforation in his left eye, super.cial punctate kera-topathy in his right eye, and bilateral trichiasis. He had no ophthalmologic history, trauma, and no sign of infection, butCheChadCbeenCtreatedCforCaCrash,CthusCimplicatingCthatCtheCophthalmologicCabnormalitiesCwereCcausedCbyCerlo-tinib.CTheseCresolvedCgraduallyCbyCaCtreatmentCcomprisedCofCleft-eyeCpenetratingCkeratoplasty,CdiscontinuationCofCerlotinib,CandCeyeCdrops.CAtC2-monthsCpostoperative,CtheCcorneaCstabilized,CandCatC3-yearsCpostoperative,CherpeticCkeratitisCappeared,CyetCtheCscarChealed.CConclusion:WeCshouldCbeCawareCthatCerlotinibCcanCcauseCseriousCsideCe.ects such as a corneal ulcer or perforation in rare cases.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)C42(10):1327.1331,C2025〕 Key words:エルロチニブ,角膜穿孔,睫毛乱生,全層角膜移植,抗癌剤.erlotinib, corneal perforation, trichiasis, penetrating keratoplasty, anticancer drugs.Cはじめにエルロチニブ塩酸塩(タルセバ)(以下,エルロチニブと表記)は,上皮成長因子受容体(epidermalCgrowthCfactorreceptor:EGFR)チロシンキナーゼ阻害薬という分子標的薬である.わが国では非小細胞肺癌および膵癌に対して2007年から承認され,切除不能な再発・進行性の症例に対して使用されている1).癌細胞の増殖は癌細胞表面の上皮成長因子(epidermalCgrowthfactor:EGF)受容体の遺伝子異常によって引き起こされると考えられており,エルロチニブはCEGF受容体にあるチロシンキナーゼ活性を特異的に阻害することで癌の増殖を抑える.EGF受容体は癌細胞表面のみならず,正常な角膜上皮や毛根にも存在しているため,エルロチニブによって角膜上皮異常や睫毛異常を引き起こされることがある2).今回,筆者〔別刷請求先〕 村上航平:〒939-8511 富山市今泉北部町C2-1 富山市立富山市民病院眼科Reprint requests:Kohei Murakami, Department of Ophthalmology, Toyama City Hospital 2-1 Imaizumi-Hokubumachi, Toyama 939-8511, JAPANC
図 1 初診時の前眼部所見 a:右眼.睫毛乱生を認めた.Cb:左眼.中央部に角膜穿孔を認めた.前房は浅いものの保たれていた.右眼と同様に睫毛乱生も認めた.Cc:右眼のフルオレセイン染色.びまん性の点状表層角膜症を認めた.Cd:左眼のフルオレセイン染色.中央部でCSeidel試験陽性であった.
らはエルロチニブによる角膜穿孔に対して全層角膜移植を施行した症例を経験したため報告する.C
I 症   例
症例:77歳,男性.主訴:両眼の眼脂増多.現病歴:末期肺腺癌にて筆者の施設の呼吸器内科に通院し,2年前からエルロチニブ(150Cmg/日)を内服している.1カ月前から両眼の眼脂が増加しているとの主訴で,呼吸器内科より当科へ紹介された.同院皮膚科にてエルロチニブの副作用による全身性の皮疹に対して治療されている.その他,眼科的既往歴や外傷歴などは認めなかった.初診時所見:視力は右眼C0.09(矯正不能),左眼C0.01(矯正不能),眼圧は右眼C10CmmHg,左眼C4CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,右眼に点状表層角膜症,左眼の角膜中央部に角膜穿孔,両眼の睫毛乱生を認めた(図 1).初診時に採取した眼脂培養では,両眼ともメチリシン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-susceptibleCStaphylococcusaureus:MSSA)およびCcorynebacteriumが検出された.経過:皮疹や睫毛乱生などの経過から,エルロチニブによる両眼角膜上皮障害および左眼角膜穿孔と診断した.治療用ソフトコンタクトレンズ(soft contact lens:SCL)を装用し,レボフロキサシン点眼(両眼C4回)とC0.1%フルオロメトロン点眼(両眼C4回)を開始した.初診からC3日後に金沢大学附属病院で左全層角膜移植術を施行した.術後はレボフロキサシン,ベタメタゾン,ジクアホソルナトリウム,オフロキサシン眼軟膏で加療した.しかし,角膜上皮化不良が遷延したため,呼吸器内科主治医と相談のうえ,エルロチニブをオシメルチニブに変更したところ,角膜上皮の状態は次第に軽快した(図 2).その後は経過良好で点眼を減量していたが,術後C3年で左眼角膜潰瘍を発症した(図 3).このときヘルペス抗原検査は陰性であった.抗菌薬点眼(レボフロキサシン,セフメノキシム,オフロキサシン眼軟膏)による改善が乏しく,ヘルペス性角膜炎とみなしてアシクロビル眼軟膏とバラシクロビル内服を追加したところ,瘢痕治癒に至った(図 4).以降は問題なく経過していたが,術後C4年となる頃に原疾患の腫瘍のために永眠された.C
II 考   按今回,肺腺癌に対するエルロチニブ内服中に左眼角膜穿孔

図 2 全層角膜移植術後 2カ月(左眼) a:透明な移植片を認めた.b:フルオレセイン染色にて上皮は安定していた.

図 3 全層角膜移植術後 3年でヘルペス性角膜炎を発症(左眼) a:耳下側の角膜潰瘍およびで縫合糸の露出を認めた.b:フルオレセイン染色にて角膜上皮欠損を認めた.

図 4 抗ヘルペス薬治療半年後(左眼) a:耳下側の角膜潰瘍は瘢痕治癒した.b:フルオレセイン染色にて角膜上皮欠損を認めなかった.をきたした症例を経験した.角膜潰瘍や角膜穿孔の原因とし群,薬剤,放射線などがある3).原因によって治療方針が異て外傷性,感染性,非感染性があげられる.感染性疾患としなったり,全身性疾患やそれらの治療が角膜障害の原因となてはヘルペス性角膜炎,細菌性角膜炎,角膜真菌症などがあったりする可能性があるため,既往歴や内服薬を初診時に把り,非感染性としてはリウマチなどの膠原病,特発性周辺部握して鑑別をしっかり行ったうえで診療する必要がある.本角膜潰瘍(Mooren潰瘍),重症ドライアイ,皮膚粘膜眼症候症例では,眼科的既往歴や外傷歴はなく,眼脂培養でも有意な菌体は検出されず,外傷や感染による角膜穿孔は否定的と考えられた.両眼瞼に睫毛乱生を認めることに加え,エルロチニブの内服開始から約C3週間後より顔面,後頸部,体幹に多発する紅色丘疹と膿疱が出現しており,エルロチニブの副作用として矛盾しない所見であった.なお,エルロチニブによる濾胞状や丘疹膿胞状の皮疹は,約C60.70%の患者にみられるとされている4).今回,全層角膜移植後に遷延していた角膜上皮化の接着不良や睫毛乱生がエルロチニブ内服中止後から改善傾向であり,治療的診断からもエルロチニブによる副作用と推察された.エルロチニブの眼合併症として,睫毛異常に関しては当初より多く報告されており5.7),角膜上皮障害に関してはC2009年にCJohnsonKSらによって世界で初めて報告された8).わが国でもC2012年に堀裕一らによって初めて角膜障害の報告があり,その後しばしば角膜潰瘍や角膜穿孔に関しても報告されている2,6,9).頻度としては,1%未満で角膜炎,角膜びらん,睫毛異常などをきたし,0.1%未満で角膜潰瘍や角膜穿孔をきたすとされている10).角膜障害に関しては片眼性,両眼性,どちらのパターンも認められ,また,潰瘍をきたした場合でも辺縁部潰瘍様や再発性角膜びらん様など,一定の傾向はないとされている1,2,11).本症例でも左眼は中央部に角膜穿孔をきたしていたが,右眼の所見は全体的に均一な点状表層角膜症であった.内服期間に関して,既報ではエルロチニブの内服を開始して数カ月後に角膜障害をきたす報告が多いが,本症例では内服開始から発症まで約C2年C8カ月と長期間経過しており,内服長期例においても詳細な経過観察が必要であると考えられた.エルロチニブによる角膜障害に対する治療としてはエルロチニブの内服中止がもっとも有効で,内服中止により角膜障害が改善した例が過去にも多く報告されている.内服に関しては主治医との連携が必須であり,症状にあわせて調節が必要となることも少なくない1,2,11).内服中止だけでなく,角膜の状態に応じて点眼加療や治療用CSCLの装用もあわせて行う必要があり,重症例では本症例と同様に角膜移植術が必要となる.角膜障害をきたす代表的な抗癌剤としては,本症例で被疑薬となったエルロチニブだけでなく,テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(TS-1)(以下,TS-1と表記)が広く知られている.TS-1とは,5-フルオロウラシル(.uorouracil:FU)のプロドラッグであるテガフール,5-FUの分解酵素阻害薬であるギメラシル,消化管毒性を軽減するリン酸オテラシルカリウムを配合した経口抗癌剤である.5-FUによって細胞のCDNAやCRNA合成が阻害されるが,角膜上皮細胞や涙小管上皮細胞の細胞分裂も阻害されるため,角膜上皮障害や涙道障害が引き起こされる12.14).現在では,エルロチニブやCTS-1以外にも多数の抗癌剤が臨床現場で使用されている.ゲフィチニブ,セツキシマブによる睫毛の長毛化や乱生化,ドセタキセル,パクリタキセル,タモキシフェンによる網膜障害,パクリタキセル,タモキシフェン,フルオロウラシルによる視神経障害,ニボルマブ,イピリムマブによるぶどう膜炎など合併症は多岐にわたる15).抗癌剤の中止により眼障害が軽快する場合もあるが,不可逆的変化をきたすこともあり,早期診断・早期治療が必要となる.また近年では,従来の抗癌剤に加え分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などさまざまな化学療法を受けている患者が多く存在しており,それらによる眼合併症についても注意が必要である.
おわりに
今回,エルロチニブが原因と考えられる左角膜穿孔の一例を経験した.エルロチニブはごくまれに角膜潰瘍や角膜穿孔といった重篤な副作用を引き起こすことがある.担癌患者の診療においては,抗癌剤による眼合併症を念頭においたうえで眼科診療をすることが重要であると考えられた.文   献1)浜野茂樹,清水聡子,溝田 淳:エルロチニブ塩酸塩(タルセバR)内服中にみられた角膜潰瘍.臨眼C69:1343-1345,C20152)後藤田哲史,鈴木 崇,糸川貴之ほか:非外傷性角膜穿孔症例の原因と治療についての検討.眼科C62:1353-1360,C20203)堀 裕一,橋本りゅう也,参賀 真ほか:肺腺癌に対するエルロチニブ塩酸塩内服中にみられた角膜障害のC1例.日眼会誌C116:510-515,C20124)ZhangCG,CBastiCS,CJampolLM:AcquiredCtrichomegalyCandCsymptomaticCexternalCocularCchangesCinCpatientsCreceivingCepidermalCgrowthCfactorCreceptorinhibitors:CcaseCreportsCandCaCreviewCofCliterature.CCorneaC26:858-860,C2007
5)Braiteh F, Kurzrock R, Johnson FM:Trichomegaly of the eyelashes after lung cancer treatment with the epidermal growthCfactorCreceptorCinhibitorCerlotinib.CJCClinCOncolC26:3460-3462,C2008
6)Desai RU, Rachakonda LP, Sa.ra NA:Trichomegaly sec-ondary to erlotinib. Can J OphthalmolC44:65,C2009
7)Johnson KS, Levin F, Chu DS:Persistent corneal epitheli-al defect associated with erlotinib treatment. CorneaC28:C706.707,C2009

8)吉村彩野,細谷友雅,岡本真奈ほか:抗悪性腫瘍剤であるエルロチニブ塩酸塩(タルセバCR)が原因と考えられた角膜穿孔のC1例.眼科C60:1523-1528,C20189)タルセバCR錠C25Cmg添付文書(2014年C11月改訂)10)Cataldo VD, Gibbons DL, Perez-Soler R et al:Treatment of non-small-cell lung cancer with erlotinib or ge.tinib. N Engl J MedC364:947-955,C201111)Morishige N, Hatabe N, Morita Y et al:Spontaneous heal-ing of corneal perforation after temporary discontinuation 
ofCerlotinibCtreatment.CCaseCRepCOphthalmolC7:6-10,(S-1).癌と化学療法 28:855-864,C2001C201414)立花敦子,稲田紀子,庄司 純ほか:抗悪性腫瘍薬CTS-112)細谷友雅,外園千恵,稲富 勉ほか:抗癌薬CTS-1の全身による角膜上皮障害の検討.眼科 51:791-797,C2009投与が原因と考えられた角膜上皮障害.臨眼 61:969-973,15)柏木広哉:抗がん剤による眼障害-眼部副作用-.癌と化学C2007療法 37:1639-1644,C201013)白坂哲彦,佃 守,犬山征夫ほか:新規経口抗癌剤CTS-1*     *     *

抗癌剤使用例におけるチューブ留置前後の角膜所見

2015年10月31日 土曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(10):1459.1462,2015c抗癌剤使用例におけるチューブ留置前後の角膜所見五嶋摩理*1,2亀井裕子*2三村達哉*2山本英理華*1尾碕憲子*1川口龍史*1村上喜三雄*1松原正男*2*1がん・感染症センター都立駒込病院眼科*2東京女子医科大学東医療センター眼科EffectofLacrimalTubeIntubationonCornealLesionsinChemotherapy-relatedLacrimalDrainageObstructionMariGoto1,2),YukoKamei2),TatsuyaMimura2),ErikaYamamoto1),NorikoOzaki1),TatsushiKawaguchi1),KimioMurakami1)andMasaoMatsubara2)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanCancerandInfectiousDiseasesCenterKomagomeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast目的:抗癌剤のおもな眼合併症として,涙道閉塞と角膜障害が知られている.抗癌剤投与中に涙道閉塞と角膜障害を合併した症例に対し,導涙改善による角膜所見の変化を調べた.方法:抗癌剤開始後の涙道閉塞に対して涙管チューブ留置術を施行し,術後経過良好であった症例のうち,術前から角膜障害を認めた16例32側,年齢50.75歳について,術前後の角膜所見を比較検討した.結果:使用中のおもな抗癌剤は,S-1が13例,ドセタキセル,パクリタキセル,カペシタビンが各1例であった.チューブ留置後に角膜所見が改善した症例は,S-1投与例1例2側とカペシタビン投与例1例2側で,悪化した症例は,S-1投与例3例5側であった.角膜障害は,抗癌剤中止後,全例改善した.結論:抗癌剤による角膜障害は,チューブ留置後も悪化する可能性がある.Purpose:Toreportontheeffectofintubationoncorneallesionsinlacrimaldrainageobstructionassociatedwithchemotherapy.Method:Investigatedwere32sidesof16caseswithcorneallesionsandlacrimaldrainageobstructionrelatingtochemotherapythatunderwentsuccessfulintubation.Result:ThirteencaseswereassociatedwithS-1;theremainderwereassociatedwitheitherdocetaxel,paclitaxelorcapecitabin.Followingintubation,thecorneallesionsimprovedintwocases,oneeachwithS-1andcapecitabin,whereasthelesionsworsenedin5sidesof3casesreceivingS-1.Thecorneaimprovedinallcasesaftercessationofchemotherapy.Conclusion:Cornealsideeffectduringchemotherapymayworsenevenafterintubation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(10):1459.1462,2015〕Keywords:抗癌剤,涙道閉塞,合併症,角膜障害,チューブ留置.chemotherapy,lacrimaldrainageobstruction,complication,corneallesion,tubeintubation.はじめにS-1は,5-FUのプロドラッグに5-FU分解阻害薬と消化器毒性軽減薬を配合した経口抗癌剤で,その有効性と簡便性から,消化器癌を中心に幅広く用いられている.一方で,S-1を中心とした抗癌剤の普及とともに,涙道閉塞や角膜障害などの眼副作用が指摘されているが1.8),涙道閉塞と角膜障害発生の因果関係は明らかでない.Christophidisらは,5-FU使用例における流涙症状は,涙液中の5-FU濃度と相関するものの,血清中の5-FU濃度とは相関しないことを報告しており6),このことから涙道閉塞例では5-FUが涙液中に貯留していることが示唆され,貯留した涙液を介して角膜障害が起こる可能性が考えられる.そこで,筆者らは,S-1を含めた抗癌剤投与例において,導涙障害改善による角膜障害の改善の有無を調べるため,涙管チューブ留置術を施行した症例における角膜所見の変化について検討を行ったので報告する.〔別刷請求先〕五嶋摩理:〒113-8677東京都文京区本駒込3-18-22がん・感染症センター都立駒込病院眼科Reprintrequests:MariGoto,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanCancerandInfectiousDiseasesCenterKomagomeHospital,3-18-22Honkomagome,Bunkyo-ku,Tokyo113-8677,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(87)1459 I対象および方法対象は,2011年3月.2014年1月に,抗癌剤開始後の流涙を主訴に東京女子医科大学東医療センターまたは都立駒込病院を受診した症例のうち,涙道閉塞ならびに角膜障害を認め,涙管チューブ留置後通水良好であった16例32側(男性9例18側,女性7例14側),年齢50.75(平均67.2±標準偏差7.0)歳で,いずれもチューブ留置後3カ月以上経過観察できた症例である.対象症例は,涙点拡張後,涙道内視鏡,五嶋式ブジー型涙管洗浄針または三宅式ブジーで閉塞部の開放を行い,涙管チューブを挿入留置した9).抗癌剤投与中はチューブ留置を継続し,抗癌剤終了後2カ月の時点でチューブを抜去した.経過中は,全例,2.4週ごとに通水洗浄し,角膜障害を含めた細隙灯顕微鏡所見を確認した.点眼薬は,基本的に,初診時から,全例で防腐剤無添加の人工涙液の頻回点眼を勧めたが,前医からの点眼継続希望例では,他剤使用可とした.また,チューブ留置後1カ月間は,0.1%フルオロメトロンと0.5%レボフロキサシン点眼を1日3回行った.抗癌剤の種類と投与期間,チューブ留置前の角膜所見,涙道閉塞の部位と程度,チューブ留置後の角膜所見,抗癌剤中止後の角膜所見について,診療録から後ろ向きに検討した.角膜所見は,フルオレセイン染色範囲により,A0(染色なし),A1(角膜下方のみ染色),A2(角膜中央まで染色)A3(角膜全体染色),A4(角膜潰瘍合併例)に分類した(図(,)1).II結果(表1)投与中のおもな抗癌剤は,S-1が13例26側で,受診までのS-1使用期間は1.10(4.6±3.1)カ月であった.その他の抗癌剤使用例は,いずれも1例2側ずつで,受診までの使用期間は,カペシタビンとパクリタキセルが8カ月,ドセタキセルが3カ月であった.チューブ留置前の角膜所見は,A1が22側,A2が6側,A3が4側で,全例左右差がなかった.涙道閉塞は,涙点狭窄が全例に認められた.涙小管閉塞は,総涙小管に限局したもの(矢部・鈴木分類でgrade1)が24側,涙点から7mm以降で閉塞したもの(同grade2)が8側であった.2側に鼻涙管上部の閉塞も認めた.涙.炎合併例はなかった.癌以外の全身合併症としては,糖尿病を2例に認め,角膜所見は,それぞれA2とA3であった.留置した涙管チューブは,LACRIFASTR(カネカメディックス,東京)12側,PFカテーテルR(東レ,東京)10側,ヌンチャク型シリコーンチューブR(カネカメディックス,東cbad図1角膜所見の分類(フルオレセイン染色)a:A1.角膜下方のみ染まる.b:A2.角膜中央まで染まる.c:A3.角膜全体が染まる.d:A4.角膜潰瘍を認める.1460あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(88) 表1症例と結果性別年齢抗癌剤投与涙小管鼻涙管留置前留置後中止後全身抗癌剤期間閉塞★閉塞チューブ#角膜所見角膜所見角膜所見点眼薬合併症(月)右/左右/左右/左右/左右/左71男S-17gr1/gr1なし/ありLFA3/A3A2/A2A1/A1ヒアルロン酸ナトリウム75男S-15gr2/gr2なしNSA3/A3A3/A3A0/A1ソフトサンテイア糖尿病65男S-17gr2/gr2なしNSA2/A2A2/A2A0/A0生理食塩水71男S-11gr1/gr1なしNSA1/A1A1/A1(投与中)レボカバスチン塩酸塩69男S-15gr1/gr1なしNSA1/A1A1/A1A0/A0ソフトサンテイア59男S-18gr1/gr1なしNSA2/A2A3/A4*A2/A2生理食塩水糖尿病72男S-110gr1/gr1なしPFA1/A1A1/A1A0/A0ヒアルロン酸ナトリウム(A2/A4*)レバミピド59男S-17gr1/gr1なしPFA1/A1A1/A1(投与中)ソフトサンテイア67男S-11gr1/gr1なしPFA1/A1A1/A1A0/A0ソフトサンテイア72女S-11gr1/gr1なしPFA1/A1A1/A1(投与中)ソフトサンテイア61女S-13gr1/gr1なしPFA1/A1A1/A1(投与中)ヒアルロン酸ナトリウム73女S-14gr1/gr1なしLFA1/A1A1/A1A0/A0ヒアルロン酸ナトリウム75女S-11gr1/gr1なし/ありLFA1/A1A1/A2(投与中)レバミピド72女ドセタキセル3gr2/gr2なしLFA1/A1A1/A1(投与中)生理食塩水64女パクリタキセル8gr1/gr1なしLFA1/A1A1/A1(投与中)レバミピド50女カペシタビン8gr2/gr2なしLFA2/A2A2/A1A0/A0生理食塩水★矢部・鈴木分類でのgrade,#LF:LACRIFASTR,NS:ヌンチャク型シリコーンチューブR,PF:PFカテーテルR,*全身状態悪化時,角膜所見の分類は図1参照.ab右眼左眼図2抗癌剤中止前後の角膜所見a:S-1投与中.両眼A3.b:S-1中止後3カ月.右眼A0,左眼A1.京)10側であった.チューブ留置後1カ月で,チューブのA2がA1となったカペシタビン投与例1例2側のみであっ種類にかかわらず,自覚症状(流涙)ならびに涙液メニスカた.角膜所見が悪化したのは,いずれもS-1投与例で,こス高が改善した.一方,角膜障害は20側で変化がなく,改のうち1例2側はA1からA2となり,2例4側で高度の貧善した症例は,A3がA2となったS-1投与例1例2側と,血と白血球減少を認めて全身状態が悪化した時期に,両眼(89)あたらしい眼科Vol.32,No.10,20151461 A1から右A2左A4,両眼A2から右A3左A4にそれぞれ悪化した.経過観察中に抗癌剤が中止できた症例は,9例18側で,中止後2カ月以降に全例角膜障害が改善した.S-1投与中,両側A3であった症例も,抗癌剤中止3カ月後には右A0左A1になった(図2).全身状態悪化時にA4となった2例も,抗癌剤中止後に角膜所見は改善し,1例は両眼A0となったが,もう1例は,角膜所見がA2まで改善後,永眠された.なお,抗癌剤が中止できた9例18側で,中止2カ月後に涙管チューブを抜去したが,抜去後流涙や角膜所見に変化を認める症例はなかった.経過中,継続使用した点眼薬は,人工涙液(生理食塩水またはソフトサンテイアR)が9例,ヒアルロン酸ナトリウムやレパミピドが6例で,アレルギー性結膜炎合併例1例にはレボカバスチン塩酸塩を使用した.角膜障害が悪化した3例は,人工涙液,ヒアルロン酸ナトリウムとレパミピド,レパミピドとそれぞれ異なる点眼薬を使用しており,角膜所見の変化と,使用した点眼薬との相関はみられなかった.III考按S-1は,5-FUプロドラッグを含む経口抗癌剤であり,涙道閉塞と角膜障害をはじめとした眼副作用が知られている1.5).抗癌剤による角膜障害の特徴としては,結膜充血や結膜上皮障害がなく,両眼性であることがあげられる.立花らは,S-1投与中の7例において,点状病巣,epithelialcracklineまたはハリケーン状,白色隆起病巣,半円状の白濁のいずれかの角膜障害を認めたとしている1).一方,柴原らは,S-1投与10例における点状表層角膜症を報告しており2),本例と同様の角膜所見であった.涙道閉塞治療による角膜障害の変化に関しては,これまで検討した報告はない.今回の検討で,導涙機能改善後も,抗癌剤中止がない場合は,角膜障害の軽減がみられなかった理由は明確でないが,全身状態悪化時に角膜潰瘍を合併した症例が2例認められ,全身状態回復とともに角膜所見も改善したこと,そして,本検討では,対象施設の性格上,癌進行例が多数含まれていたことから,免疫能低下のため,角膜の創傷治癒力が阻害されていた可能性が考えられる.さらに,A2とA3の角膜障害を認めた5例のうち,糖尿病合併例が2例含まれていたことから,糖尿病患者で抗癌剤を使用する際は,角膜障害に注意する必要があると考えた.今回,S-1と同様のピリミジン拮抗薬であるカペシタビンのほか,涙道閉塞の副作用報告のある微小管阻害薬であるパクリタキセル7)とドセタキセル8)も1例ずつ検討したが,角膜障害はいずれも軽症で,経過中の悪化はなかった.抗癌剤の種類による副作用発生機序の相違を含め,今後,症例数を増やして検討する必要がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)立花敦子,稲田紀子,庄司純ほか:抗悪性腫瘍薬TS-1による角膜上皮障害の検討.眼科51:791-797,20092)柴原弘明,久世真悟,京兼隆典ほか:S-1療法により流涙がみられた症例における眼病変の検討.癌と化学療法37:1735-1739,20103)柏木広哉:抗がん剤による眼障害─眼部副作用─.癌と化学療法37:1639-1644,20104)SasakiT,MiyashitaH,MiyanagaTetal:Dacryoendoscopicobservationandincidenceofcanalicularobstruction/stenosisassociatedwithS-1,andoralanticancerdrug.JpnJOphthalmol56:214-218,20125)五嶋摩理:眼障害.改定版がん化学療法副作用対策ハンドブック(岡本るみ子,佐々木常雄編),羊土社,2015(印刷中)6)ChristophodisN,VajdaFJ,LucasIetal:Ocularsideeffectswith5-fluorouracil.AustNZJ-Med9:143-144,19797)SavarA,EsmaeliB:Upperandlowersystemnasolacrimalductstenosissecondarytopaclitaxel.OphthalPlastReconstrSurg25:418-419,20098)EsmaeliB,HidajiL,AdininRBetal:Blockageofthelacrimaldrainageapparatusasasideeffectofdocetaxeltherapy.Cancer98:504-507,20039)五嶋摩理:内視鏡を用いた鼻涙管手術.イラスト眼科手術シリーズV眼瞼・涙器手術(若倉雅登監修,山崎守成,川本潔編),p74-91,金原出版,2013***1462あたらしい眼科Vol.32,No.10,2015(90)