低侵襲緑内障手術の適正使用法ProperApplicationofMIGS谷戸正樹*I低侵襲緑内障手術とはトラベクロトミーに代表される流出路再建術,トラベクレクトミーに代表される濾過手術,眼球赤道部への房水濾過を図るチューブシャント手術が,現在わが国において施行頻度が高い緑内障手術である.これらの術式にはそれぞれ一長一短があるが,総じていえば,流出路再建術は安全性を重視した術式であり,濾過手術・チューブシャント手術は眼圧下降効果を重視した術式である.従来,初期治療として行われる薬物治療や選択的レーザートラベクロプラスティと,高い眼圧下降を期待して行われるトラベクレクトミーの間には,効果と安全性のバランスに大きなギャップがあるため,観血手術の選択が遅れ気味になるという問題点があった.低侵襲緑内障手術(MIGS)は,低侵襲(minimally-invasiveCglaucomasurgery),小切開(micro-incisionalCglaucomasurgery)を特徴とする一連の術式で,侵襲の低い治療と効果の高い治療の間を埋める適応(middle-indicationCglaucomasurgery)を有する眼圧下降治療として登場した一連の緑内障術式と捉えることができる(図1,表1).CII術式の分類わが国では,房水流出抵抗の場である線維柱帯組織を除去・切除・切開あるいはチューブによりバイパスする,トラベクロトミーの類縁手術がCMIGSとして行われている.結膜や強膜を切開して隅角組織にアプローチする手技(眼外法,abinterno法)ではなく,角膜サイドポートから手術部位にアプローチすること(眼内法,Cabinterno法)により,眼表面への侵襲が少ない,視力回復が早い,重篤な晩期合併症が少ないなどの特徴を共有する.また,隅角プリズムにより隅角の直接観察下に行われるため,眼外法トラベクロトミーよりCSchlemm管同定が容易である.わが国で行われるCMIGSに用いられるデバイスを図2に,特徴を表2に示す.C1.iStentiStent(正式名称:iStentトラベキュラーマイクロバイパスステントシステム,グラウコスジャパン)は,長径C1.mm,内腔C120.μmのチタン製のチューブをCSch-lemm管内に挿入することで線維柱帯の抵抗をバイパスする(図2a).専用のインサーターにセットされており,右向き・左向きの二つのモデルがある.二つのモデルは,術者の利き手,左右眼,挿入部位によって挿入しやすいほうをケースごとに選択する.C2.iStentinjectWiStentCinjectW(正式名称:iStentinjectトラベキュラーマイクロバイパスシステム,グラウコスジャパン)は,高さC0.36.mm,内腔C80.μmのチタン製デバイスのヘッドをCSchlemm管内に留置することで線維柱帯の抵抗をバイパスする(図2b).2個をC1セットとして用いる.2個のステントが専用のインジェクターにセットされて*MasakiTanito:島根大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕谷戸正樹:〒693-8501島根県出雲市塩冶町C89-1島根大学医学部眼科学講座C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(49)C441安全性重視効果重視図1低侵襲緑内障手術の位置づけ表1低侵襲緑内障手術の3要素(谷戸私案)・低侵襲(Minimally-Invasive)・小切開(Micro-Incisional)主として眼内法により行われる切開・縫合操作が少ない・中間適応(Middle-Indication)初期治療とトラベクレクトミーの間を埋めるトラベクレクトミーと比較して安全性が高いトラベクレクトミーと比較して眼圧下降効果が低い表2わが国で行われているMIGSと特徴・iStent内腔C120.μmの管腔ステント術後視力回復早い(前房出血少ない)白内障同時手術のみ適応・iStentCinjectCW内腔C80.μmの管腔ステントC2個術後視力回復早い(iStentよりは前房出血多い?)白内障同時手術のみ適応・トラベクトーム線維柱帯除去手術コスト高い(機器本体+単回使用ハンドピース)・カフークデュアルブレード線維柱帯切除先端が大きい手術コストやや高い(単回使用)・トラベックスプラス線維柱帯切除手術コストやや高い(白内障手術機器+単回使用ハンドピース)・マイクロフックトラベクロトミー線維柱帯切開手術コスト低い・360°CSutureトラベクロトミー線維柱帯切開切開範囲もっとも広い手術コスト低いadf図2MIGSに使用される各種デバイスa:iStent(グラウコスジャパン提供).b:iStentCinjectCW(グラウコスジャパン提供).c:トラベクトームの本体とハンドピース(興和ホームページChttp://www.kowa.co.jpから転載).d:カフークデュアルブレード(JFCセールスプラン社ホームページChttp://www.jfcsp.co.jpから転載).e:CTrabEx+のハンドピース(ホワイトメディカルホームページhttp://www.whitemedical.co.jp/から転載).f:谷戸氏Cabinternoトラベクロトミーマイクロフック(イナミ社ホームページChttp://inami.co.jpから転載).g:スーチャートラベクロトミー糸(はだやホームページChttp://www.handaya.co.jpから転載).表3眼外法トラベクロトミーと各種MIGSの比較術式眼外法トラベクロトミーCiStentCiStentCinjectCWCTorabectomeCTrabEX+KDBCTMHCS-LOT(GATT)線維柱帯切開範囲1/4周程度ステント内腔C120Cμmステント内腔C80.μm×2個1/4周程度1/4周程度1/4周程度半周.C2/3周.C1周眼表面侵襲大小小小小小小小手技の難度難易.やや難易.やや難易易やや難易.やや難難特徴Schlemm管の同定がむずかしい術中デバイスの偏位C/脱落に対する慣れが必要術中デバイスの偏位C/脱落に対する慣れが必要帯状の切開がCKDBより容易先端が大きい意図した通りの帯状切除はむずかしい耳鼻両側の切開を行う場合は非利き手での操作が必要全周通糸がむずかしい手術材料・機器のコスト低高高高やや高いやや高低低表4MIGSの一般的な適応・よい適応初期の原発開放隅角緑内障,落屑緑内障,ステロイド緑内障角膜混濁のない発達緑内障白内障による視力低下を伴う緑内障(白内障同時手術)原発閉塞隅角緑内障(白内障同時手術)高齢者の緑内障(術後通院の困難さ,余命)・適応外炎症眼血管新生緑内障前房内硝子体脱出,無水晶体眼目標眼圧が一桁の緑内障表5iStent,iStentinjectWの適応・施設基準および実施医基準C①眼科を標榜している保険医療機関であることC②眼科の経験をC5年以上有し,水晶体再建術をC100例以上および観血的緑内障手術をC10例以上経験している常勤の医師が1名以上配置されていることC③関係学会から示されている指針に基づき,当該手術が適切に実施されていること上記①②について所定の様式に記入し,所在地の地方厚生局事務所に提出【対象患者】・緑内障点眼薬で治療を行っている白内障を合併した初期中期の開放隅角緑内障でC20歳以上の成人【選択基準】・初期中期の原発開放隅角緑内障(広義),落屑緑内障で白内障を併発・レーザー治療を除く内眼手術の既往歴がない・開放隅角(Sha.er分類CIII度以上)・点眼C1成分以上・緑内障点眼薬を併用して眼圧がC25.mmHg未満【除外基準】・水晶体振盪またはCZinn小帯断裂を合併している症例・水晶体再建術で後.が破損する可能性が高い症例・認知症などにより術後の隅角検査が困難な症例・小児・角膜内皮細胞数がC1,500個/mmC2未満の症例hemi-GATTも行われている.CIII術式の比較(表3)いずれのCMIGS術式も眼外法トラベクロトミーと比較して眼表面への侵襲が低く,Schlemm管同定の困難さがないため手技的な難度が低い傾向にある.デバイスの移植,単回使用のデバイスが必要な術式や機器本体への接続が必要な術式では手術コストが高い.眼外法トラベクロトミーの線維柱帯切開範囲がおおよそC90°であるのに対し,TOM・KDB・TrabEX+は同程度,TMHとsLOTは切開範囲が広い.死体眼における灌流実験では,線維柱帯の切開範囲がC1時間(30°),4時間(120°),12時間(360°)の場合,灌流圧7mmHgの条件下で流出抵抗のC30%,44%,51%が,灌流圧C25.mmHgの条件下で流出抵抗のC30%,56%,72%が解除されるとのデータがある1).そのため,切開範囲の違いが手術成績に影響する可能性がある.一方で,Schlemm管後方(集合管.上強膜静脈)の抵抗,切開を行う部位(耳側か鼻側か),線維柱帯を除去するかどうかも手術成績に影響するため,切開範囲のみで臨床的に意味のある手術成績の差異があるかどうかは不明である.CIV成績2021年C9月までに報告された英文論文のうち,原発開放隅角緑内障を含む症例に対してCMIGSを行い,術後C12カ月の眼圧成績が記載されているC109論文C171データを解析した.報告された眼圧下降率の中央値は,CiStent16.3%,iStentCinject(injectWの報告なし)23.6%,TOM28.4%,KDB26.8%,TMH36.5%,sLOT39.6%で,iStent・iStentinjectは,TMH・sLOTよりも眼圧下降率が低い傾向がある(図3).同一患者の左右眼にCiStentとCTMHを行った症例の検討でも,同様の傾向が報告している(図4)2).流出路再建術の眼圧下降幅は術前眼圧の影響を強く受け,術前眼圧が高ければ眼圧下降幅は大きく,術前眼圧が低ければ眼圧下降幅は小さくなる3).MIGS術式ごとに単独手術と白内障同時手術の眼圧下降率を比較してみると,iStent,CiStentCinjectCW,TOMでやや同時手術のほうが眼圧下降効果が大きい傾向がある(図5).一方で,筆者らはCTMHのC560眼の後ろ向き解析では,単独手術と同時手術では術後眼圧に有為な差がなかった4).少なくともCMIGS術式では,白内障同時手術により眼圧下降効果が阻害されることはない.この点は,濾過手術にはないCMIGS術式の利点と考えられる.若年者と比較して高齢者では,白内障手術そのものによる眼圧下降効果が大きい傾向にあるため(図6)5),白内障を有する患者ではCMIGSと白内障同時手術は積極的に考慮されてよい.CV適応いずれの術式も眼圧上昇の首座が線維柱帯.傍CSch-lemm管結合織に存在する病型のみが適応となる(表4).流出路再建術の眼圧下降効果は濾過手術よりも弱く,術後眼圧は通常C10台半ばあるいは術前からC20.30%程度の眼圧下降となる(図7)6).そのため,初期から中期の開放隅角緑内障(原発開放隅角緑内障,落屑緑内障,ステロイド緑内障など)が適応となる.少なくともCMIGS術式では,白内障同時手術により眼圧下降効果が阻害されることはない.この点は,濾過手術にはないCMIGS術式の利点と考えられる.白内障による視力低下を伴った緑内障はよい適応である.原発閉塞隅角緑内障も白内障同時手術を行うことで適応となりえる.隅角発達異常に関連した小児緑内障では第一選択となるが,角膜混濁を伴う場合など眼内法が困難であれば眼外法を選択する.血管新生緑内障や活動性のぶどう膜炎では眼圧下降が期待できないため禁忌である.目標眼圧が一桁の場合,なんらかの理由で薬物と中止する必要がある場合,術後の一過性眼圧上昇による視力低下が危惧される末期の症例では濾過手術を選択したほうがよい.また,iStent・iStentCinjectWは,白内障同時手術のみが保険適用となっていること,術前眼圧のレベルや年齢,実施医/施設の基準などの要件が呈示されていることに注意が必要である(表5).CVI緑内障手術適応と選択術式に関する筆者の私見薬剤,レーザー,観血手術の選択肢が増えているため,それぞれの治療を選択するタイミングや選択について迷うことが多くなっている.増えた選択肢を有効に生(53)あたらしい眼科Vol.C39,No.4,2022C44560最大値46.27最大値39.92最大値57.68最大値39.01最大値48.13最大値53.00Q319.78Q328.96Q336.62Q331.75Q347.37Q344.85中央値16.32中央値23.58中央値28.37中央値26.83中央値36.52中央値39.60Q110.86Q117.07Q124.13Q116.20Q132.78Q132.34最小値2.74最小値8.02最小値11.52最小値11.49最小値31.38最小値25.67504030Estimatedsurvivalprobability(%)20100iStentinjectTOMKDBTMHsLOT術式図3各種MIGSで報告された術後1年の眼圧下降幅(単独手術・白内障同時手術を含む)2021年C9月までに報告された英文論文のうち,原発開放隅角緑内障を含む症例に対してCMIGSを行い,術後12カ月の眼圧成績が記載されているC109論文C171データの解析.CbEstimatedsurvivalprobability(%)眼圧下降率(%)a100100Survivalrateat12MiStent:18.8%80TMH:40.6%p=0.02776040Survivalrateat12M20iStentiStent:37.5%20iStentTMHTMH:53.1%TMHp=0.1780036912369Survivaltime(months)Survivaltime(months)図4同一患者の左右眼に行ったiStentとTMHの眼圧下降成功率の比較a:眼圧<15.mmHgかつ眼圧下降率>20%.Cb:眼圧<12.mmHgかつ眼圧下降率>20%.p値はClogCrankテストで計算.(文献C2から作図)眼圧下降率(%)50最大値38.59最大値46.27最大値37.06最大値39.92最大値36.19最大値42.61最大値39.01最大値30.88最大値47.37最大値35.71最大値45.21最大値47.45Q319.47Q336.77Q327.18Q339.54Q327.32Q341.02Q335.48Q330.77Q343.95Q335.71Q344.06Q346.09中央値14.04中央値27.27中央値23.15中央値33.67中央値24.24中央値34.34中央値27.47中央値27.39中央値33.33中央値35.71中央値40.53中央値42.57Q110.67Q112.29Q117.07Q115.25Q116.81Q126.42Q115.65Q123.79Q132.39Q135.71Q134.58Q137.80最小値2.74最小値5.24最小値8.02最小値10.68最小値11.52最小値21.74最小値11.49最小値23.61最小値32.20最小値35.71最小値34.01最小値36.92403020100同時単独同時単独同時単独同時単独同時単独同時単独iStentinjectTOMKDBTMHsLOT術式図5各種MIGSで報告された術後1年の眼圧下降幅(単独手術・白内障同時手術別)2021年C9月までに報告された英文論文のうち,原発開放隅角緑内障を含む症例に対してCMIGSを行い,術後12カ月の眼圧成績が記載されているC109論文C171データの解析.ab眼圧下降幅(mmHg)1210眼圧下降幅(mmHg)161412108642001カ月3カ月6カ月1年1年6カ月1カ月3カ月6カ月1年1年6カ月図6年齢による眼圧下降幅の違いa:白内障単独手術術後.b:眼外法トラベクロトミー術後.(文献C5から作図)ab305254眼圧(mmHg)薬剤スコア203152101500術前2週1カ月3カ月6カ月術前2週1カ月3カ月6カ月図7TMH単独手術とトラベクレクトミー単独手術後の眼圧(a)と薬剤スコア(b)(文献C6から作図)表6長期経過を見据えた緑内障手術考慮のタイミング(筆者の私見)・1-2-3の法則・点眼治療中の眼圧が常にC12mmHgを超えている.中期*以降の緑内障・点眼治療中の眼圧がC20mmHgを超えた時点・点眼C3ボトル必要になった時点・内服が必要になった時点*MD<C.6.dB,固視点近傍の感度低下・白内障による視力低下:白内障手術のタイミングで手術・原発閉塞隅角症/緑内障:可及的に手術表82回目以降の緑内障術式選択(偽水晶体眼含む)(筆者の私見)・トラベクレクトミー:目標眼圧が一桁または点眼中止の必要性・アーメド:初回手術無効例または偽水晶体眼前房挿入:若年者の有水晶体眼毛様構挿入:若年者の偽水晶体眼扁平部挿入:中年以降の緑内障・バルベルト:若年者でC2個目のチューブシャント表7初回の緑内障術式選択(筆者の私見)・隅角癒着解離術+白内障手術:原発閉塞隅角症/緑内障の初回手術・iStent+白内障手術:白内障治療がおもな目的・iStent以外のMIGS:若年の有水晶体眼緑内障・iStent以外のCMIGS+白内障手術:中年以降の有水晶体眼緑内障・トラベクレクトミー:目標眼圧が一桁または点眼中止の必要性