エビデンスに基づいた眼窩骨折の手術時期と再建材料の選択Evidence-BasedSurgicalTimingandChoiceofReconstructiveMaterialsforOrbitalFractures山中行人*はじめに眼窩骨折は眼窩を構成する骨が外力によって骨折をきたした状態であり,外眼筋や眼窩脂肪の偏位,障害によって眼球運動制限が引き起こされる.救急外来,一般外来ともに眼科医がしばしば遭遇しうる疾患でありながらも,その診断・治療に関してはあまり自信をもてない眼科医が多いのではないだろうか.これは眼窩骨折の手術を施行している施設がごく限られており,一般眼科医が眼窩骨折の手術適応や手術時期について正確な知識を得る機会に乏しいことが少なからず影響していると考える.たとえば,「眼窩骨折」はしばしば「吹き抜け骨折」と同義の言葉として認識されているが,これは誤りであり,正しくは「眼窩開放型骨折=吹き抜け骨折」である.また,初診時に外来で見逃しがちな「眼窩閉鎖型骨折」のほうが「眼窩開放型骨折」と比べてより重篤な病態であり,早急な手術加療が必要であることも意外と知られていないのが現状である.本稿では,「このタイプの眼窩骨折は経過観察をしてもよいのか」「経過観察はどれくらいの期間まで可能なのか」「受傷直後に受診して経過観察とした場合,どれくらいのタイミングで再診するべきなのか」というような実際の臨床で眼科医がもつであろう疑問にもエビデンスを示して回答を提示する.眼窩骨折で複視や眼球運動時痛などの症状がある場合は速やかな手術加療が望ましい.この際に,眼窩骨折の手術の目的は「骨折を治すこと」ではなく,「眼球運動を正常化させること」であることを認識しておくことが大変重要である.眼窩骨折でも,とくに筋絞扼型の閉鎖型骨折であれば,速やかな全身麻酔下での整復術が必要となる.また,術後早期に眼球運動が正常化するわけではなく,術後に眼球運動のリハビリテーションを行うことで数カ月~半年程度かけて眼球運動障害が改善してくるということを理解する必要がある.本稿では,眼窩骨折診療の実際からエビデンスに基づいた手術時期と再建材料の選択までを解説する.眼科医のみならず眼窩骨折手術を行う医師にとっても,明日からの診療の一助となれば幸いである.I眼窩骨折とは眼窩骨折はSmithらによって1957年に最初に報告された1).眼窩前方からの鈍的外力によって眼窩内圧が急激に上昇し,眼窩内でもっとも弱い部分である眼窩下壁や内壁が骨折を起こすのが眼窩骨折のメカニズムである.眼窩内にはconnectivetissueseptaとよばれる結合組織のネットワークが外眼筋・眼窩脂肪・骨膜の間に形成されているが2),眼窩骨折によってこのネットワークが破綻あるいは偏位,絞扼すると眼球運動障害が引き起こされる.眼窩骨折の受傷機転としては,小児ではスポーツや偶発的な衝突が多く,青年から中年ではスポーツ,喧嘩,飲酒後の転倒などが多い.そして高齢者になると圧倒的に転倒が原因となることが多い.京都府立医科大学眼科での検討では,384例の眼窩骨折において,*YukitoYamanaka:明治国際医療大学附属病院眼科〔別刷請求先〕山中行人:〒629-0392京都府南丹市日吉町保野田ヒノ谷6-1明治国際医療大学附属病院眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(47)47図1右眼窩下壁開放型骨折図2右眼窩下壁閉鎖型骨折(眼窩内組織が嵌頓)図3右眼窩下壁閉鎖型骨折(筋絞扼型)る」という訴えである.眼窩下壁骨折では,三叉神経第二枝の通る眼窩下溝の鼻側が骨折の好発部位であり,骨折によって三叉神経第二枝が障害されると,頬部および口唇部の違和感が生じるからである.この訴えがあった際にも,必ず眼窩部CCTを撮像するべきである.眼窩部CCT検査については,眼窩C3方向(冠状断・矢状断・水平断)の条件で,可能な限り薄いスライス(2Cmm以下)で撮像するように放射線科にオーダーする.撮影したCCT画像は,骨条件と軟部条件を比較して臨床症状とあわせて評価する.冠状断は内下壁,左右の眼窩骨を同時に評価することが可能であり,眼窩骨折の診断を比較的つけやすい.開放型骨折であれば,眼形成専門医でなくても眼窩骨折の診断は比較的容易と考えられるが,閉鎖型骨折の場合には,眼窩骨折にあまり慣れていない眼科医にとって骨折の診断を確定するのは少しためらわれるかもしれない.その際に診断の一助になるのが,閉鎖型眼窩骨折を疑う特徴的なCCT所見である.たとえばCmissingrectusとよばれる眼窩内の外眼筋の消失所見や,bonethicknesssignとよばれる骨折部位の骨膜の肥厚所見は眼窩閉鎖型骨折を示唆する重要な所見である.また,筆者も経験があるが,骨折線が線状でCTのスライスと並行に存在する症例では,CT上明らかな骨折が確認できないこともある.このような症例では,眼球運動障害や複視・眼球運動時痛の有無といった臨床所見と合わせて眼窩骨折の診断を慎重に行う必要がある.受傷の原因が交通外傷や高所からの転落など高エネルギー外傷の場合には,眼窩骨折以外にも頬骨骨折や前頭骨骨折,鼻骨骨折,上顎骨骨折などの顔面骨折および頭蓋骨の骨折の可能性についても必ず考慮する.もしこれらの骨折が判明した場合には該当する耳鼻咽喉科・形成外科・歯科・脳神経外科などに紹介することが望ましい.とくに頭蓋内のCfreeairを認めたときは,頭蓋底骨折の可能性があるため脳神経外科に必ず紹介を行うべきである.眼窩骨折は,鈍的外傷によって引き起こされるため,前房出血・外傷性散瞳・虹彩離断・網膜振盪症などの眼球打撲による症状を合併していることも少なくない.このため,まずは視力・眼圧といった眼科一般の検査を行い,それらに追加してCHessチャートや両眼単一視野などの検査を施行する.Hessチャートでは日常生活で最低限必要な範囲とされるC30°の範囲までを必ず測定する.両眼単一視野検査ではCHessチャートでは検出できないC30°以上の範囲の複視の存在を確認することが可能である.眼窩骨折の患者であっても,前房出血・硝子体出血・網膜振盪症・外傷性黄斑円孔などで患眼の視力が不良である場合,複視の訴えがはっきりしないことも多い.このような場合,開放型骨折の眼窩骨折であればしばらく経過観察することも可能であるため,まずは視力不良となっている状態の改善を優先するべきである.視力が改善した時点で複視,眼球運動障害,眼球運動時痛の有無を再評価して手術の必要性を検討することが望ましい.多発交通外傷などでは救命にかかわる疾患が優先され,眼科疾患は後回しにされがちであるが,眼窩骨折は放置したまま治癒すると複視が残存することも多く,その後の患者の人生におけるCQOV(qualityofvision)に大きな影響を及ぼす疾患でもあることから,適切なタイミングで眼科医が診断・治療に参加することが望ましいと考える.CIV眼窩骨折の症状開放型骨折と閉鎖型骨折では症状が若干異なる.開放型骨折は前述したように,骨折部位が開放しているために眼窩内組織の偏位はあっても絞扼はないため,眼球運動障害,眼球運動時痛,複視などの症状がそれほど表れないこともある.しかしながら大きな開放型骨折ではしばしば眼窩内組織が大きく偏位しているため,眼球運動障害を引き起こし患者が複視を訴えることも多い.また,開放型骨折による副鼻腔への眼窩内組織の偏位は,眼窩内容積の減少による眼球陥凹を引き起こす.脱出した眼窩内組織と副鼻腔粘膜の癒着は受傷後C1週間程度から起こり,徐々に進行してくるので,複視の自覚症状があり,眼窩内組織,とくに外眼筋の偏位があれば手術加療を考慮する必要がある.閉鎖型骨折,とくに筋絞扼型の閉鎖型骨折では受傷直後より強い眼球運動障害をきたし,迷走神経反射により(49)あたらしい眼科Vol.38,No.1,2021C49悪心・嘔吐,頭痛などの症状が出現する.診察室にぐったりとした状態で搬送されてくることも多く,一見して重篤な状態とわかることもしばしばある.眼窩内組織が挟まったタイプの閉鎖型骨折は筋絞扼型の閉鎖型骨折ほど自覚症状が強くないが,眼球運動障害,眼球運動時痛,複視などの症状が出現することが多い.また,開放型および閉鎖型いずれの骨折でも,下壁骨折であれば三叉神経第二枝が障害されることによって,患者は頬部および口唇部の違和感を訴えることも多い.CV眼窩骨折の手術適応筋絞扼型の閉鎖型骨折は,絶対的な手術適応となる.開放型骨折と筋絞扼型以外の閉鎖型骨折は複視の自覚があるか,眼球運動時痛がある,いずれかの症状があれば患者と相談のうえ積極的な手術加療が望ましいと考える.ただし眼球運動時痛は受傷直後の眼球打撲に起因することもあるため,きちんとCHessチャートおよび両眼単一視野で眼球運動障害の有無を把握するべきである.実臨床では,Hessチャートで眼球運動障害があっても自覚的な複視がない眼窩骨折患者にしばしば遭遇する.この場合は手術適応となるかを患者としっかり相談することが重要である.広範囲に及ぶ開放型骨折であれば,受傷後長期の経過において眼球陥凹が顕在化することもあるので患者にしっかりそのことを説明しておく必要がある.また,前述したとおり,前房出血・硝子体出血・網膜振盪症・外傷性黄斑円孔などで骨折側の視力が不良な場合には,健常眼と患眼の視力差が大きくなり複視の訴えが出にくいことも留意しておく.眼窩骨折の手術目的は,「骨折を治すこと」ではなく「正常な眼球運動を取り戻すこと」である.そのために手術加療によって,「骨折により眼窩外に脱出・骨折部位に嵌頓した眼窩内組織を眼窩内に元通り整復することで,正常な眼球運動を阻害している要因を取り除くこと」が重要である.また,手術はあくまで,「正常な眼球運動を取り戻すための下地作り」であり,術後に眼球運動のリハビリテーションを継続して行うことでC3カ月~半年程度かけて徐々に眼球運動障害が改善してくることを,きちんと患者に理解しておいてもらうことが大切である.手術によって眼窩内組織に侵襲が加わり炎症・腫脹が生じることから,術直後に一時的に眼球運動障害が増悪する可能性についても術前に説明しておく必要がある.また,下壁骨折では三叉神経第二枝が障害されることによって,患者は頬部および口唇部の違和感をしばしば訴える.この違和感は手術加療によりすぐに軽快するわけではなく,軽快には半年~1年程度の時間を必要とすることが多い.そして少数ではあるが術後も長期にわたり違和感が残存することもある.CVI眼窩骨折の手術時期筋絞扼型の閉鎖型骨折については可及的速やかな手術が望ましい.これは外眼筋が絞扼されると,循環障害から筋肉が壊死し不可逆的な眼球運動障害が残ることが多いからである.筋絞扼型以外の閉鎖型骨折,開放型骨折の手術時期についてはまだ統一した見解がない3,4).近年,受傷後時間が経過してから眼窩骨折整復術を施行した症例の良好な成績が報告されているが5,6),基本的には受傷後C2週間以内の手術が推奨されている3,7).しかしながらこれらの報告は,開放型骨折や閉鎖型骨折について区別することなく論じられており,やや客観性に乏しい.筆者らは眼球運動を評価する客観的な指標としてCpercentageCofCHessCarearatio(HAR%)を用いて手術時期の検討を行った(図4).HAR%はCHessチャートから算出される数値であり8),健常者であればC100%である.これまでの報告ではCHAR%がC80%以上あれば日常生活の範囲で基本的に支障がないとされている9).筆者らの検討では,筋絞扼型以外の閉鎖型骨折については,受傷後C8日以内,開放型骨折であればおおむね受傷後C1カ月以内に手術加療を行うことが望ましいと考えられた10).したがって,受傷後の初診時に眼瞼腫脹などがひどく眼球運動を正確に評価することが困難である症例であれば,この期間内に再診を行い,再度眼球運動の評価を行って手術適応を決定すればよいと考える.しかし,受傷から時間が経過するほど眼窩内組織の癒着が進行するため,開放型骨折であってもなるべく早く手術加療を行うのが望ましいと考える.50あたらしい眼科Vol.38,No.1,2021(50)左眼右眼HAR%=A.ectedside(vertical×horizontal)mm2×100(%)HAR%=58×60/62×62×100(%)=90.5図4Hessチャートを用いたHAR%の算出図5スーパーフィクソーブMX図6図1と同一症例の術後右眼窩下壁開放型骨折(術後)耳側耳側Healthyside(vertical×horizontal)mm2