老視に対する多焦点コンタクトレンズMultifocalContactLensesforPresbyopia塩谷浩*はじめに加齢により調節力が低下し老視の自覚症状が出現しているコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者や,老視年齢になり初めてCLを使用する患者に対しては,老視を考慮に入れたCLの処方が必要になる.CL装用者での老視への対応法にはCLと眼鏡を併用する方法,CLの球面度数を中間距離に設定する方法,CLの左右眼の球面度数の調整によるモノビジョン法,多焦点コンタクトレンズ(multifocalcontactlens:MFCL)の処方の四つの方法が考えられる.日常生活で眼鏡を使用しない生活を希望している患者へは,生活のスタイルを変更させないために可能な限りCLのみで対応する方法を選択する必要があるが,これらの四つの対応法のなかで,MFCLは両眼での自然な見え方をある程度維持させることができるため,もっとも有用な方法である.本稿ではMFCLの現状,可能性,そして特徴と実際の処方方法について述べる.IMFCLの現状日本におけるCL装用者数は2005年には1,500万人に達しており1),現在では1,500~1,800万人を超えていると推定されている2).日本の総人口は1億2,589万5千人(2020年5月現在,総務省統計局人口推計2020年10月報)であることから日本人の7~8人に1人以上がCLを使用している計算になる.CLの使用者の年齢を15歳以上から65歳未満として考えると,老視年齢層を45歳以上とした場合には老視対策を必要とするCL装用者は45%となり,老視年齢層の範囲を広げて40歳以上とした場合には老視対策を必要とするCL装用者は56.4%に達することになる.CLの使用者は年齢が上がるにつれて装用を中止する者が増えてくると思われるが,半数以上が脱落すると想定してもCL装用者全体の20%以上はなんらかの形で老視対策が必要であり,MFCLの処方割合は20%近くになっていてもおかしくはない.しかし,Morganらの調査3)では,日本におけるハードコンタクレンズ(hardcontactlens:HCL)処方における多焦点ハードコンタクトレンズ(multifocalhardcontactlens:MFHCL)の処方割合は11%と,世界各国の平均8%と同程度であるものの予想される処方割合よりは低く,ソフトコンタクレンズ(softcontactlens:SCL)処方における多焦点ソフトコンタクトレンズ(multifocalsoftcontactlens:MFSCL)の処方割合は4%と,世界各国の平均13%と比べると1/3以下ときわめて低いのが現状である.日本におけるMFCLの処方割合が低い理由としては,処方の技術的なむずかしさ,処方の手順の煩雑さ,処方の時間的効率の悪さ,処方成功率あるいは患者の満足度の低さ,以前に販売されていたMFCL製品での処方不成功体験による新製品への信頼の低さや,眼科医の処方意欲の低下などが上げられる.さらに最近ではCLの販売および入手経路の多様化が進み,とくにインターネット販売の普及により,老視を自覚したCLの使用者が単*HiroshiShioya:しおや眼科〔別刷請求先〕塩谷浩:〒960-8034福島市置賜町5-26しおや眼科0910-1810/20/\100/頁/JCOPY(55)1519表1老視前年齢の患者へのMFSCLの処方例患者:26歳,女性,事務職.動機:眼鏡を掛けたくないので,CL処方を希望して受診した.最近見づらくなり,パソコンでの仕事後に頭痛があったため,2週間前に眼鏡店に直接行き眼鏡を作った.これまで眼鏡を使用したことはなかった.仕事時に眼鏡を使うようにしていたが,頭痛の改善はなかった.CLの使用経験はない.検査所見:自覚的屈折:RV=0.3(1.2×.1.25D)LV=0.2(1.2×.1.00D)優位眼:右眼細隙灯顕微鏡検査所見:両眼に軽度の点状表層角膜症選択レンズ:低加入度数遠近両用SCL(プライムワンデースマートフォーカス,アイレ社)近業による眼精疲労で頭痛を発症し,自覚的屈折が近視化していると考えられ,治療および視力補正のために屈折矯正と調節補助が必要と判断した.R)8.80/.0.25DAdd+0.50D/14.2L)8.80/.0.50DAdd+0.50D/14.2RV=1.2×SCL(0.8×+1.00D)(1.0×0.75D)(1.2×+0.50D)LV=1.2×SCL(0.9×+1.00D)(1.2×0.75D)(1.5×+0.50D)処方レンズ:R)8.80/0.00DAdd+0.50D/14.2L)8.80/.0.25DAdd+0.50D/14.2遠近の見え方に患者の満足が得られたため,ヒアルロン酸点眼液を使用しながら装用を開始した.CL使用経過:RV=1.5×SCL(n.c.)LV=1.2×SCL(better×.0.25D)両眼遠方視力=1.5×SCL両眼近方視力=1.0×SCL遠近ともによく見えようになった.これまであった頭痛がなくなった.表2白内障術後の患者へのMFHCLの処方例患者:58歳,女性,事務職.動機:白内障手術後,眼鏡ではなくHCLを日常生活で使用することを希望し,他眼科から紹介された.57歳時に白内障手術(単焦点眼内レンズ挿入術)を受けている.19~57歳まで38年間のHCLの使用経験がある.検査所見:自覚的屈折:RV=0.08(1.2×.3.50D=cyl.1.25DAx160°)LV=0.07(1.2×.3.50D=cyl.1.50DAx180°)優位眼:左眼細隙灯顕微鏡検査所見:特記すべきことなし処方レンズ:低加入度数遠近両用HCL(マルチフォーカルO2ノア,シード社)R)7.75/.2.00DAdd+1.00D/9.3L)7.80/.2.75DAdd+1.00D/9.3CL使用経過:RV=0.5×HCL(1.0×.0.50D)LV=1.0×HCL(better×.1.00D)両眼遠方視力=1.2×HCL両眼近方視力=0.6×HCL患者はHCL装用時に眼鏡を併用しないで遠方も近方も見え,日常生活に問題はなかった.HCLを装用した状態の視力検査で,普通自動車運転免許を更新することができた.表4MFCLの分類機能焦点形状中心光学部種類交代視二重焦点セグメント型遠用HCL同心円型同心円型遠用SCL二重焦点近用回折型近用同時視累進屈折力非球面型遠用HCLSCL近用SCL拡張焦点深度同心円型遠用SCL近用HCL:ハードコンタクトレンズ,SCL:ソフトコンタクトレンズ表3白内障術後の患者へのMFSCLの処方例患者:57歳,女性,主婦.動機:白内障手術後,1日交換単焦点SCLを使用していた.SCL装用時に近用眼鏡を併用する生活に不満があったため,遠近両用SCLの処方を希望して受診した.54歳時に白内障手術(単焦点眼内レンズ挿入術)を受けている.20~57歳まで37年間のSCLの使用経験がある.検査所見:自覚的屈折:RV=0.05(1.2×.2.75D)LV=0.05(1.2×.4.00D)優位眼:左眼細隙灯顕微鏡検査所見:特記すべきことなし処方レンズ:遠近両用SCL(メダリストマルチフォーカル,ボシュロム社)R)9.00/.2.50DHighAdd(+2.50)/14.5L)9.00/.3.50DHighAdd(+2.50)/14.5CL使用経過:RV=0.7×SCL(0.9×.1.50D)LV=0.6×SCL(0.8×.0.50D)両眼遠方視力=0.8×SCL両眼近方視力=0.6×SCLテスト装用1週間後に遠方視に不満の訴えがあり,右眼の球面度数を.2.00Dから.2.50Dに変更して最終的な処方規格を決定した.遠方も近方も見え方に不便を感じず,就寝前の数時間を除き,眼鏡を使用しない生活を続けることができている.はすべての型があり,MFSCLにはセグメント型はない.セグメント型では,中心光学部は遠用であり,近用光学部はレンズの下方に独立して存在する.機能による分類では交代視型である.二重焦点型の同心円型では,中心光学部は遠用のもの近用のものがあり,中心光学部が遠用(または近用)のレンズでは,近用(または遠用)光学部はレンズの周辺に同心円状に配置されている.機能による分類では一般的には同時視型であるが,MFHCLには近方視時の視線の下方への移動時に相対的にレンズが上方偏位することにより視線がレンズ周辺の近用光学部を通過することで交代視型の機能を示すものもある.拡張焦点深度型の同心円型では,加入度数の違いにより中心光学部が遠用のものと近用のものがあり,機能による分類は同時視型である.回折型では,中心光学部は近用であり,レンズ中心の光学部に同心円状の回折構造を設置することにより遠方から近方まで見えるように設計されている.機能による分類では同時視型である.現在は製品として販売されていない.非球面型では,中心光学部は遠用のもの近用のものがあり,中心光学部が遠用(または近用)のレンズでは,近用(または遠用)光学部はレンズの周辺に同心円状に配置されている.レンズの前面あるいは後面を非球面デザインにすることで近用度数が累進的に加入されている.機能による分類では同時視型である.IVMFCLの処方方法1.レンズの選択MFCLの処方では,まずCLの使用経験を考慮し,レンズのタイプを選択する6~8).HCLの経験者にはMFHCLを選択し,SCLの経験者にはMFSCLを選択する.CLの未経験者には特殊な場合を除き,CLが初めての者でも扱いやすく,装用感がよくて使用するのに慣れが早いMFSCLを選択する.次に遠方視と近方視の重視度,視力の必要度を考慮して製品を選択する.MFCLは光学部のデザインが似ていても各メーカーの製品でそれぞれ見え方が異なるため,その特性から患者の条件や使用環境に合っていると考えられる製品を選択する.選択したレンズのフィッティングと装用感を確認し,問題がなければ処方レンズの種類を確定する.続いて追加矯正して仮の処方規格のレンズでの遠方の視力補正効果と近方の調節補助効果(とくに自覚的な見え方)を考慮し,規格の決定に移る.2.フィッティングの確認MFCLのフィッティングでは,光学的な機能を有効にするためにセンタリングが重要である.CLの経験者では,可能ならば使用していたCLのフィッティングを確認し,センタリングが不良な場合にはフィッティングを考慮してレンズのタイプを変更する.MFHCLのフィッティングでは,HCLの長期間の装用経験者のなかには,レンズが上方偏位して停止するフィッティングがよくみられる.このような場合にはセンタリングをよくするため,標準のデザインを変更する必要があるが,MFHCLはサイズの規格変更ができなかったり,ベースカーブ(basecurve:BC)の変更で加入度数(レンズ後面に加入度数が設定されている後面非球面型累進屈折力MFHCL)に影響が出てしまったりすることもあり,一種類の製品での対応は困難となる.とくに交代視型のMFHCLでは,センタリングが不良であれば遠方視,近方視とも見え方に患者の満足が得られない.そこでこのような場合には,サイズが大きくセンタリングがとりやすく,センタリングが多少不良でも見え方に影響の出にくい同時視型の非球面型塁進屈折力MFHCLを選択する.使用中のHCLに固着傾向がみられた場合には,BCを変えることで加入度を変化させる後面非球面型累進屈折力MFHCLは避け,レンズ後面が球面のMFHCLを選択する.さらにいずれの対応でもMFHCLで良好なフィッティングを得ることができない場合にはMFSCLに変更する.MFSCLのフィッティングでは,SCLの経験者で使用中のSCLのフィッティングが不良の場合,とくに上方偏位がある場合には,アレルギー性結膜炎などによる上眼瞼結膜の器質的変化で摩擦力が強いことや,上眼瞼圧が強いことが原因となっていると考えられる.その場合1522あたらしい眼科Vol.37,No.12,2020(58)には上眼瞼結膜への影響が少なく,フィッティングの改善を期待できる1日交換型か頻回交換型のMFSCLを選択し,そのなかでもセンタリングのとりやすいと考えられる柔らかい素材で,サジタルデプスの深いデザイン(サイズが大きめかBCが小さめ)の製品に変更する.3.加入度数の決定MFCLは,高加入度数になると近用光学部のデザインが変わり,遠用光学部は影響を受けて自覚的にも他覚的にも遠方視が変化することが多い.交代視型では外界の像のジャンプが起こりやすくなり,同時視型ではゴースト像を自覚しやすくなりコントラスト感度も低下し見え方が不良となる.またMFCLは,どの製品でも加入度数の規格範囲が狭く細かい設定もできないため,遠近両用眼鏡のように広い範囲での度数調整をすることはできない.そのためMFCLの加入度数の設定では,可能なかぎり低い加入度数で対応する必要がある.筆者の処方経験ではMFCLは交代視型,同時視型のどちらのタイプでも,視力と自覚的な見え方を片眼と両眼で比べると,片眼より両眼が良好なことが多く,初期老視から中期老視まで,ほとんどのケースで低い加入度数で対応が可能であった.多くのメーカーの処方マニュアルではMFCLの加入度数を年齢や眼鏡での近方矯正加入度数を参考にして設定するようになっており,原則的にはそれに従うことになるが,上述の理由から,どのケースにおいても,最初は処方しようとするMFCLに設定されている加入度数のなかから低い加入度数を選択するほうが処方成功率は高くなると考えられる.加入度数を選択し,仮の球面度数を決定してから,まず近方の両眼での見え方を確認する.このとき,近方の片眼での視力値,両眼での視力値にこだわらず自覚的な両眼での見え方から判断して加入度数を決定する.近方の両眼での見え方に問題がある場合には球面度数を調整し,場合によっては加入度数を変更する.4.球面度数の決定MFCLの球面度数の決定の仕方は,基本的には単焦点CLの処方時と同様であり,テストレンズを装用したうえで追加矯正し,遠方視に適正な角膜頂点間距離補正した球面度数を設定する.ただしMFCLの遠方視は,デザイン的に遠用光学部が近用光学部の影響を受けるため,単焦点CLと比べると一般的に見え方の質が劣っており,単純に片眼の視力だけで見え方を判断すると正しい評価ができず,過矯正を起こしやすい.過矯正状態を作ると低い加入度数では近方が見づらいため高い加入度数に変更を余儀なくされ,高い加入度数に設定すると遠方視の質がさらに低下するため,遠方視も近方視も患者の満足が得られない悪循環に陥ることになる.そこで過矯正を防ぐため,最初に選ぶMFCLの球面度数(テストレンズの球面度数が変更できる1日交換MFSCLや頻回交換MFSCLの場合)は,角膜頂点間距離補正後の自覚的屈折度数(すなわち単焦点CLを完全屈折矯正度数で処方すると想定した場合の球面度数)より0.50~1.00D(レンズの種類,ケースにより度数は異なる)プラス側(近視では低矯正,遠視では過矯正)に設定し,見え方は両眼での視力と自覚的な見え方で判断する.MFCLの球面度数の設定は,原則的にはメーカーの処方マニュアルに従うべきである.しかし,上記の処方方法であれば遠方視がやや不良となることが想定されるが,処方不成功につながりやすい過矯正を防ぐことができるばかりか,MFCLの装用開始時に低加入度数であっても近方が確実に見やすい状態にすることができる.また,遠方視に患者の不満がある場合にはマイナス側の球面度数の追加矯正で対応できるため過矯正となりにくく,度数調整が容易であり,処方成功率を上げることができると考えられる.5.見え方の確認MFCLのトライアルレンズの装用状態が安定してから,まず近方視を両眼での見え方で確認する(テストレンズの加入度数と球面度数が変更できる1日交換MFSCLや頻回交換MFSCLの場合には実際に処方するレンズの規格となる)(図1).このとき,できるかぎり視力表よりも雑誌や新聞や携帯電話のような実際の生活で見るもので確認することが望ましい.ここまで解説してきた処方方法であれば,低い加入度数でも近方が見やすくなる球面度数に設定になっており,ほとんどのケースで近方視に問題はないはずである.(59)あたらしい眼科Vol.37,No.12,20201523近方視の確認両眼で具体的な物を対象に自覚的見え方と確認遠方視の確認両眼で自覚的見え方と矯正視力を確認遠方視に不満近方視に不満優位眼の球面度数変更非優位眼の球面度数変更両眼の球面度数変更非優位眼の加入度数変更モディファイド・モノビジョン法両眼の加入度数変更処方度数を決定図1見え方の確認と度数調整表5遠方が見えにくい場合の度数調整1.優位眼の球面度数をマイナス側に追加矯正両眼での遠方視確認→両眼での近方視確認2.両眼の球面度数をマイナス側に追加矯正両眼での遠方視確認→両眼での近方視確認3.優位眼を単焦点SCLに変更(モディファイド・モノビジョン法)両眼での遠方視確認→両眼での近方視確認表6近方が見えにくい場合の度数調整1.非優位眼の球面度数をプラス側に追加矯正両眼での近方視確認→両眼での遠方視確認2.非優位眼の加入度数を高い度数に変更両眼での近方視確認→両眼での遠方視確認3.両眼の加入度数を高い度数に変更両眼での近方視確認→両眼での遠方視確認