眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人近間泰一郎49.抗がん剤と眼表面の変化広島大学大学院医歯薬保健学研究科視覚病態学抗がん剤による眼表面の変化は,涙液中の抗がん剤の濃度が上がり,ターンオーバーの速い角膜上皮細胞の増殖が抑制されることが主たる原因で生じると考えられる.適切な問診や「お薬手帳」の活用により候補薬剤が判明することが多い.主治医との円滑な連携による迅速な対応が求められる.●はじめにがん治療の現場では経口投与が可能な抗がん剤が登場し,患者のCqualityoflife(QOL)の向上に寄与している.一方で眼科医がこれまでみたことのない眼表面異常に遭遇する機会が増加している.また,分子標的薬や免疫チェックポイント薬といった新しい作用機序を有する薬剤が上市され,これらの薬剤と従来の抗がん剤の併用により,臨床治験の段階では報告されていない副作用がみられることもある.本稿では,抗がん剤による眼表面異常について,角膜上皮障害を中心に解説する.C●抗がん剤による眼表面異常の臨床像と病態自覚症状としては,視力低下,羞明,かすみ,異物感,痛み,流涙などであり,抗がん剤に特異的なものはない.抗がん剤使用開始後,比較的早期(1~2カ月後)に発症するものから長期投与後に発症するものまでさまざまである.また,点眼薬による中毒性角膜症,ドライアイ,輪部機能不全(異型上皮侵入)との鑑別が必要である.角膜上皮は,非常に速いターンオーバーにより恒常性が維持されている.したがって,抗がん剤に共通する細胞増殖抑制作用により角膜上皮細胞の増殖能に影響が及び,上皮細胞の脱落に比して供給が追いつかなくなることで点状表層角膜症(super.cialCpunctateCkeratopaC-thy:SPK)などの上皮障害が生じる.一方で結膜上皮障害はみられないことがほとんどである.結膜上皮は角膜上皮と比べてバリア機能が低いことが知られている.解剖学的な違いや,結膜の表面積から細胞数の違い,あるいは薬剤に対する反応性の違いが関与している可能性が推測されるが,現時点ではその詳細は不明である.C●代表的抗がん剤の特徴と臨床所見フルオロウラシル(5-FU)のプロドラッグであるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合薬(S-1)は,消化器がんに対して有用性の高い経口抗がん剤であ(91)る.合併症として角膜上皮障害と涙道障害が知られており,それぞれ単独あるいは両者を合併する症例もある1).S-1服用患者の涙液中にはC5-FUが検出されており2),S-1による眼表面障害の主たる原因は涙液中のC5-FUによると考えられる.また,涙小管閉塞が生じると不可逆的であることから,涙液メニスカスの上昇や涙点の狭窄所見がみられる場合はシリコーンチューブ留置術を早急に行う必要がある3).なお,涙点狭窄,涙小管閉塞は主として涙液中のC5-FUによる慢性炎症に伴う粘膜の線維化が原因と推測している報告4)があり,粘膜炎の側面が強いと考えられる.発症時期は投与後C1~2カ月という早い症例も多いことから,主治医は流涙,羞明,異物感などの自覚症状に常に気をつけておく必要がある.S-1による眼表面異常は,とくに上下の角膜輪部から角膜中央部に向けてやや透明性の低い上皮の侵入がみられるパターン(シート状病変)が特徴的である(図1).また,角膜中央部やや下方を中心としたCSPK様パターン(SPK状病変)が主たる所見である(図2).上皮細胞の脱落がさらに亢進するとクラックラインを呈することもある(図2).これらの所見から角膜輪部機能の障害が推測される.生体共焦点顕微鏡による観察では,上皮層の創構造の破綻と軽度の炎症が観察される粘膜炎という報告もある5).エルロチニブ(商品名:タルセバ)は,上皮成長因子受容体(epidermalCgrowthCfactorreceptor:EGFR)チロシンキナーゼ活性を選択的に阻害することでがん細胞の増殖を抑制する薬剤である.角膜上皮基底細胞でより多くのCEGFRが発現していることから,エルロチニブが輪部血管あるいは涙液を介して角膜上皮細胞の増殖抑制を生じ,角膜上皮の脱落が促進することにより角膜上皮障害が生じると推測される.角膜穿孔が生じた例も報告されている6).特徴的な眼所見として,睫毛がカール状に長く伸びる異常が観察される(図3).その他,パクリタキセル7)やトラスツズマブ+エムタンシン(T-DM1)8)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C5130910-1810/19/\100/頁/JCOPY図1S.1投与でみられたシート状病変a:強膜散乱法では透明性の低い異型上皮が輪部を超えて角膜中央部に侵入していることが認識される.Cb:フルオレセイン染色で瞳孔領に向かって上方輪部から異型上皮の侵入がみられる.図2S.1投与でみられた点状表層角膜症(SPK)状病変とクラックラインa:SPK状病変,Cb:クラックライン.による角膜上皮障害も報告されている.C●抗がん剤による眼表面異常の治療涙液中の薬剤濃度を低下させる目的で,防腐剤を含まない人工涙液の頻回点眼を行う.粘膜炎の観点から低濃度のステロイド点眼を併用することもあるが,上皮細胞の増殖能を低下させる可能性があり,上皮障害が悪化する場合は使用を控える.症状の程度に応じて,主治医に対して薬剤の中止あるいは変更が可能かを相談することも重要である.C●おわりに内服の抗がん剤に伴う角膜障害は,発症のタイミングや特徴的な所見を呈することが比較的多いため,フルオレセイン染色を併用した細隙灯顕微鏡検査から使用薬剤の関与を疑うことが重要である.がん治療を行っている患者は,眼科の診察を受ける際にそのことを自分から申図3エルロチニブ投与中にみられた睫毛異常睫毛がカール状に長生する異常も伴っている.告することは少ない.したがって,問診や「お薬手帳」による使用薬剤の確認が重要であり,疑わしい薬剤の処方に関する対応について,薬剤を処方している主治医と直接やりとりすることが重要なポイントとなる.眼科医としてはCqualityofvision(QOV)の改善・維持が重要であるが,生命維持とともにCQOLの改善・維持の観点から,患者一人一人がおかれている状況に即した最善の方法を模索することが必要になる.文献1)末岡健太郎,近間泰一郎:TS-1による眼障害.あたらしい眼科35:1323-1328,C20182)AkuneCY,CYamadaCM,CShigeyasuC:DeterminationCofC5-.uorouracilandtegafurintear.uidofpatientstreatedwithCoralC.uoropyrimidineCanticancerCagent,CS-1.CJpnJOphthalmol62:432-437,C20183)坂井譲,井上康,柏木広哉ほか:TS-1CRによる涙道障害の多施設研究.臨床眼科66:271-274,C20124)KimN,ParkC,ParkDJetal:Lacrimaldrainageobstruc-tionCinCgastricCcancerCpatientsCreceivingCS-1Cchemothera-py.AnnOncolC23:2065-2071,C20125)ChikamaCT,CTakahashiCN,CWakutaCMCetal:NoninvasiveCdirectCdetectionCofCocularCmucositisCbyCinCvivoCconfocalCmicroscopyCinCpatientsCtreatedCwithCS-1.CMolCVisC15:C2896-2904,C20096)MorishigeN,HatabeN,MoritaYetal:Spontaneousheal-ingofcornealperforationaftertemporarydiscontinuationoferlotinibtreatment.CaseRepOphthalmol5:6-10,C20147)細谷友雅,森松孝亘,田片将士ほか:乳癌に対するCnab-paclitaxel投与が原因と考えられた角膜障害のC1例.日眼会誌120:449-453,C20168)水野優,近間泰一郎,戸田良太郎ほか:TrastuzumabEmtansine投与で角膜障害をきたしたC1例.臨床眼科71:C1051-1055,C2017C514あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(92)