神経障害による痛みPainDuetoNerveDamage津田誠*はじめに痛みは,組織損傷などを生じるような侵害性刺激の存在を生体に認識させる重要な警告的感覚であり,それにより生物は有害事象を察知,あるいは回避することが可能となる.このような生体防御的役割が成立するためには,痛覚が侵害性刺激によって誘発され,その刺激の除去あるいは損傷組織の治癒によって速やかに消失することが大切である.しかし,神経系の損傷や機能不全が生じた場合,損傷組織の治癒後も痛みが残存し,慢性化する場合がある.この慢性化した痛みは神経障害性疼痛とよばれ,自発痛や疼痛過敏,そして触覚刺激などで痛みが誘発されるといった感覚モダリティーが破綻したアロディニア(異痛症)という症状を呈する.これらの慢性疼痛は適切にコントロールされる必要があるが,非ステロイド性抗炎症薬やモルヒネなどにも抵抗性を示し,臨床上非常に大きな問題となっている.この神経障害性疼痛は角膜でも起こることが知られている1,2).その原因としては,ドライアイなどの眼疾患,手術による外傷などがあげられる.しかし,そのメカニズムは明らかになっておらず,有効な治療薬も乏しい.皮膚からの感覚情報は,坐骨神経などの一次求心性神経を介して脊髄後角神経へと伝達され,同部位内での神経回路〔脳へ投射するCprojection神経と多数の介在神経(興奮性および抑制性)で構成される〕で適切に処理され,脳へ伝えられる.この一連の伝達経路は,角膜における感覚神経でも類似している.角膜からの感覚情報は,三叉神経(第CV脳神経)を介して三叉神経脊髄路核尾側亜核(脊髄後角に相当)に入力し,さらに脳へと伝達される2)(図1).神経障害性疼痛の基礎研究では,一次求心性神経を含む末梢神経などを直接損傷するなどの処置を施した動物モデルなどが汎用されている.神経損傷動物が呈する痛覚過敏やアロディニアの発症メカニズムとして,損傷神経やそれが接続する神経などで機能変化などの関与が明らかになってきた.そして,それらを引き起こす原因として,損傷した末梢神経に浸潤・集積するマクロファージや好中球,Tリンパ球3,4)と,脊髄後角と脳で活性化するミクログリアなどの非神経細胞が重要であることも示されている.そこで本稿では,神経障害性疼痛メカニズムにおける末梢マクロファージと脊髄後角ミクログリアの役割を概説する.CI損傷神経におけるマクロファージの役割損傷した神経軸索にはマクロファージや好中球,Tリンパ球などの浸潤・蓄積が認められ,局所での炎症応答を引き起こす.マクロファージをクロドロネートリポソームの局所投与で減少させることで,神経損傷後のCTリンパ球の浸潤,炎症性サイトカインの増加,そして疼痛の発症が抑制されることから,マクロファージが損傷神経の局所炎症と疼痛に重要な役割を担っていることが示唆される5)(図2).神経損傷に伴いマクロファージやCSchwann細胞からケモカイン(CCL3やCCXCL2など)が産生され,単球,*MakotoTsuda:九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野〔別刷請求先〕津田誠:〒812-8582福岡市東区馬出C3-1-1九州大学大学院薬学研究院ライフイノベーション分野C0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(43)C747三叉神経脊髄路核尾側亜核脳眼(角膜)三叉神経脊髄後角Projection神経皮膚坐骨神経図1皮膚と角膜からの感覚神経伝達経路角膜(上)と皮膚(下)からの感覚情報は,三叉神経や坐骨神経などの一次求心性神経を介して三叉神経脊髄路核尾側亜核や脊髄後角に入力し,さらに脳へと伝達される.一次求心性神経皮膚脊髄後角へなどケモカイン機能亢進好中球炎症性サイトカインTリンパ球マクロファージ図2損傷神経に浸潤するマクロファージ損傷神経に浸潤するマクロファージが炎症性サイトカインを産生放出し,それが一次求心性神経の活動を高め,痛みが増強する.一次求心性神経脊髄後角神経損傷神経損傷前角ミクログリア神経損傷側正常側図3神経障害性疼痛モデルの脊髄後角ミクログリアの活性化末梢神経(腰部脊髄神経)の損傷により,その神経の投射先である腰部脊髄後角でミクログリアが活性化する.IRF8で発現増加する遺伝子P2X4受容体P2X4P2Y12受容体受容体IRF8Toll様受容体2CX3CR1受容体IL-1bIRF8カテプシンSIRF5BDNF神経損傷後のIRF5など脊髄後角ミクログリア(IRF8が高発現)ミクログリアの活動が高まる図4ミクログリアでのP2X4受容体発現増加の分子メカニズム活性化したミクログリアは転写因子CIRF8を介してさまざまな機能分子を発現する.P2X4受容体はIRF8-IRF5転写因子カスケードを介して発現が増加する.活性化型ミクログリアBDNFIL-1bTNFaTrkBIL-1RKCC2TNF-R抑制性神経[Cl-]i↑興奮性神経GABA脱分極脱分極GluグリシンGABAA受容体グルタミン酸グリシン受容体過剰興奮受容体脊髄後角神経図5活性化ミクログリアによる脊髄後角神経の活動変調活性化ミクログリアから放出される液性因子(BDNF,IL-1Cb,TNFa)は脊髄後角神経に作用し,シナプス活動に影響を与える.BDNFは脊髄後角神経のCTrkBに作用し,KCC2を発現低下させ,陰イオン濃度勾配を変化させ,抑制性神経伝達物質CGABAやグリシンの作用が興奮性へと転換し,同神経の異常興奮が起こる.また,TrkBシグナルはグルタミン酸受容体の機能も高める.IL-1CbとCTNFCaは脊髄後角神経のCIL-1受容体とCTNF受容体にそれぞれ作用し,グルタミン酸受容体機能を亢進させる.-経の起始核である腹側被蓋野で活性化したミクログリアをミノサイクリンで抑制することで,末梢神経障害後のドーパミン神経の機能低下が改善されることが報告され18),慢性疼痛に伴う脳内報酬系の低下にミクログリアが関与する可能性が示唆されている.また,末梢神経損傷後の脊髄後角では血中単球・マクロファージは浸潤しないが19),扁桃体中心核においては損傷C4週間後という比較的遅い時期にそれらの浸潤が起こり,その浸潤そのものや浸潤細胞が産生するCIL-1Cbシグナルを抑制することで神経損傷後の不安行動が軽減されることから,それらが神経障害性疼痛の情動的側面に関与している可能性がある20).CIV臨床への展開基礎研究から得られた成果を臨床に反映させるには,やはり慢性痛患者でのミクログリアの状態を知ることがきわめて重要である.慢性痛患者のミクログリアを脊髄や脳から直接採取して解析することは技術的倫理的側面からきわめて困難であるが,最近,ヒト末梢血中の単球からミクログリア様細胞(iMG細胞)を作製する技術が開発され,興味深いことに,線維筋痛症患者の細胞から分化させたCiMG細胞ではCTNFCa放出能が高く,それが痛みの程度と相関していた21).今後のさらなる研究から,iMGが慢性痛の有効な診断法となりえる可能性が期待できる.おわりに上述のように,痛みが慢性化する神経系メカニズムとして,神経そのものだけなく,損傷した末梢神経に浸潤・集積するマクロファージと脊髄後角で活性化するミクログリアが重要な役割を担うこと示す基礎的エビデンスが数多く蓄積されている.割愛した報告も多いが,それらについては他の総説をご参照いただきたい17).眼疾患による神経障害性疼痛におけるマクロファージやミクログリアの役割は未だ明らかになっていないが,両細胞とも三叉神経の損傷や障害で活性化するため,今後,それらの役割を明らかにすることで,眼疾患による神経障害性疼痛のメカニズムの解明と治療薬の開発に繋がる可能性が期待できる.文献1)DieckmannCG,CGoyalCS,CHamrahP:NeuropathicCcornealpain:approachesCforCmanagement.COphthalmologyC124:CS34-S47,C20172)GalorCA,CMoeinCHR,CLeeCCCetal:NeuropathicCpainCandCdryeye.OculSurfC16:31-44,C20183)JiRR,ChamessianA,ZhangYQ:Painregulationbynon-neuronalCcellsCandCin.ammation.CScienceC354:572-577,C20164)KiguchiCN,CKobayashiCD,CSaikaCFCetal:PharmacologicalCregulationCofCneuropathicCpainCdrivenCbyCin.ammatoryCmacrophages.IntJMolSciC18:2296,C20175)KobayashiY,KiguchiN,FukazawaYetal:Macrophage-TCcellCinteractionsCmediateCneuropathicCpainCthroughCtheCglucocorticoid-inducedCtumorCnecrosisCfactorCligandCsys-tem.JBiolChemC290:12603-12613,C20156)KiguchiCN,CKobayashiCY,CSaikaCFCetal:PeripheralCinter-leukin-4amelioratesin.ammatorymacrophage-dependentneuropathicpain.PainC156:684-693,C20157)PrinzCM,CErnyCD,CHagemeyerN:OntogenyCandChomeo-stasisCofCCNSCmyeloidCcells.CNatCImmunolC18:385-392,C20178)KohnoCK,CKitanoCJ,CKohroCYCetal:TemporalCkineticsCofCmicrogliosisCinCtheCspinalCdorsalChornCafterCperipheralCnerveinjuryinrodents.BiolPharmBull41:1096-1102,C20189)GuanZ,KuhnJA,WangXetal:Injuredsensoryneuron-derivedCSF1inducesmicroglialproliferationandDAP12-dependentpain.NatNeurosciC19:94-101,C201610)MasudaT,TsudaM,YoshinagaRetal:IRF8isacriticaltranscriptionfactorfortransformingmicrogliaintoareac-tivephenotype.CellRepC1:334-340,C201211)TsudaCM,CShigemoto-MogamiCY,CKoizumiCSCetal:P2X4Creceptorsinducedinspinalmicrogliagatetactileallodyniaafternerveinjury.NatureC424:778-783,C200312)TsudaM,KuboyamaK,InoueTetal:Behavioralpheno-typesofmicelackingpurinergicP2X4receptorsinacuteandchronicpainassays.MolPainC5:28,C200913)MasudaCT,CIwamotoCS,CYoshinagaCRCetal:TranscriptionCfactorCIRF5CdrivesCP2X4R+-reactiveCmicrogliaCgatingCneuropathicpain.NatCommunC5:3771,C201414)Ma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