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医師のための診断補助アプリケーション

2019年4月30日 火曜日

医師のための診断補助アプリケーションDiagnostic-SupportApplicationforDoctors物部真一郎*竹村昌敏**はじめに診断補助(アプリケーション)を大きく分類すると,人工知能(arti.cialintelligence:AI)自動診断システムと遠隔医療に使用するもの,医師が診断の際に必要な知識を確認するアプリケーションに分類することができる(図1).IAI自動診断システムIDxTechnologies社のIDx-DR(糖尿病網膜症自動診断システム)は自律型AI診断システムとして米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に2018年4月に承認された.臨床医が画像や結果を解釈する必要がない自律型AI診断システムとしてはFDAの初承認であった(図2).しかし日本では2018年12月19日に厚生労働省医政局医事課長から「AIは診療プロセスの中で医師主体判断のサブステップにおいて,その効率を上げて情報を提示する支援ツールに過ぎない」「判断の主体は少なくとも当面は医師である」との文書(医政医発1219第1号)が出されており,IDx-DRは日本においては診断補助アプリケーションとして運用される見込みである.II遠隔医療アプリケーション遠隔医療のなかでも医師と医師をつなぐ(doctortodoctor:DtoD)の遠隔医療は医師のための診断補助アプリケーションといえるものである(図3).DtoDの遠隔医療にも大きく分けて,①遠隔画像診断と②DtoDコミュニケーションツールが存在している.①の例としては日本では大きく分けて遠隔病理診断,遠隔画像読影,遠隔皮膚科・眼科疾患診療補助などがある(図4).遠隔病理診断,遠隔画像読影に関しては施設基準などを満たせば診療報酬の請求が可能であり診断補助アプリケーションとして有用なものである.遠隔皮膚科・眼科疾患診療補助に関しては専門医からアドバイスが得られ,医師個人の診断の補助となりうるが,診療報酬的な裏付けはない.②は医師と医師がインターネット上で症例に関して議論を行う場である.さまざまな診療科の医師が参加して自分の専門外のことに関して他科の意見を組み上げる場として有用である.英語圏ではかなり一般的なサービスとなっており,米国の研修に当たるインターンシップではほぼ必須となっている.日本では未だ黎明期であり参加者もこれから増加が見込まれる.インターネットを介することで症例の議論に参加できるだけでなく,自分では経験できない症例を知ることにもつながる(図5).エクスメディオの運営するDtoDコミュニケーションサイト「ヒポクラ×マイナビ」における実際の症例では,内科医師の臨床上の問題に,小児科,整形外科,眼科の医師がコメントを行い問題解決につながっている.このように実際にさまざまな臨床上の問題をDtoDコミュニケーションツールを用いて解決している医師が数多く存在している.*ShinichiroMonobe:株式会社エクスメディオ**MasatoshiTakemura:東京医科歯科大学〔別刷請求先〕物部真一郎:〒102-0083東京都千代田区麹町3-5-1全共連ビル麹町館株式会社エクスメディオ0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(63)485AIが診断を行うDoctortoDoctor遠隔医療遠隔地の人が診断を行う知識確認アプリケーション診断に必要な知識を確認できる図1診断補助アプリケーションの分類図2AI糖尿病網膜症スクリーニングシステムIDx社のIDx-DR図3DoctortoDoctorの遠隔診療遠隔病理診断図4遠隔画像診断の例海外サービス例図5DoctortoDoctorコミュニケーションの例ヒューマンアナトミーアトラスVisibleBody医療計算機MediCalcMedicalDictionaryTheFreeDictionary.comOxfordMedicalMobiSystems添付文書ProQLife,Inc.医療系ハンドブックじほう★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★図6GooglePlay内の医療知識を確認するアプリケーション

眼科臨床へのAI導入の試み

2019年4月30日 火曜日

眼科臨床へのAI導入の試みFirstArtificialIntelligenceApplicationforEyeCare田淵仁志*はじめに本稿では,編集方針にしたがって,筆者の考えを全面に押し出して論述した.分子生物学的手法とは異なり,人工知能(arti.cialintelligence:AI)技術は「誰でも」使える.誰にでも使えるようにGoogleなどがしてくれている.AIの背景,応用の方向性,筆者チームの取り組みを,独自過ぎる視点で解説した.筆者らの信念と論理性を感じていただき,読者の中から日本眼科のために働く新しいAIプレーヤーが登場されることを期待する.IGoogleAIとは深層学習(deeplearning)のことであり,deeplearningとは人間のやることを忠実に真似できるモノマネ芸人である.何時間でも電源が続く限り人間と同じレベルで作業を続けられる.バイアス(思い込み,誤解による認知ミス)と集中力低下こそが人間らしさの本質であるので,AIシステムが人間と同じレベルの能力をもつならば,その圧倒的な安定性と持続力,そして電気代以外に何もいらないという低コスト性により,AIが社会的に実装されていくことは確実である.そのうえ,どんなことにも使えるという汎用性からAIに携わる人たちの背景は多岐にわたる.数学者であったり,コンピューターサイエンティストとよばれる情報処理学の専門家であったり,認知学の専門家であったりする.生物系,工学系,社会学系,経営学系,そして最近ではわれわれのような医学系も盛んにこの領域に参加している.AI研究開発に誰でも参加できるようにしている「企業」がその広がりを可能にしている.その最たるものがGoogleである.畳み込みニューラルネットワークやバックプロパゲーションをおもな核とするdeeplearningを世に出したジェフリー・ヒントン,VGG16とよばれる費用対効果に抜群に優れる学習済AIモデル,ディープマインドを世に出したオックスフォード大学の研究者など,AI開発研究のキープレーヤーをGoogleは自分達のチームとして迎え入れ,まさに飲み込んでいる.血気盛んな若いAIエンジニアですらGoogleを畏敬し,対抗する気概はゼロのようにみえる.IIGoogleCollaboratorGoogleCollaboratorというインターネット・サービスをこの機会にぜひ紹介したい(図1).当然のように無料である.Googleのインターネットブラウザ,Chromeさえパソコンにインストールされていれば誰でもすぐに使える.筆者が自分の講演でAI用プログラミング言語のデファクトスタンダードであるPythonを紹介したのが2016年7月のことであるが,その当時は環境構築から何から全部自分でやらなければならず,「プログラミングなどに興味がある人はどうぞ」という感じであった.このGoogleCollaboratorは,「老若男女,皆さんどうぞ,どうぞ,どうそ!」である.ひょっとしたらこの文章はここまでで,誰かの人生に十分に役に立った可能性がある(人生が本当に変わった人は10年後ぐらいに*HitoshiTabuchi:ツカザキ病院眼科,広島大学医学部医療のためのテクノロジーとデザインシンキング寄付講座〔別刷請求先〕田淵仁志:〒671-1227兵庫県姫路市網干区和久68-1ツカザキ病院眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(55)477ないし,ネット会議を用いなければ活動の維持ができない.それらすべてを低価格で提供しているのがGoogleであり,逆にそのためのシステム構築にお金と時間と人材のリソースを割けるほど国民皆保険制度内で活動するわれわれは潤沢ではないのである.フリーウエア運動のおかげで研究活動ができている.何かしら成果が出たら,無料あるいは必要最低限の経費でコミュニティーに何かお返しするというのが,世界共通の大切な流儀である.IVデジタル・マーティングGoogleに加えてAmazon,Facebook,Apple(まとめてGAFA,ガーファとよばれている),つまりインターネットプラットフォーマーとよばれる現代のガリバー企業達が大挙してAI研究になだれこんでおり,その桁違いの研究開発費を前にして,日本AI研究の第一人者である松尾豊が「良い企業が良い研究をする」と嘆息している.GAFAはインターネットによるデータ収集とその統計分析を企業基盤としている点に共通点がある.Deeplearning登場の前からデジタル・マーケティングとよばれていた,計測パラメータ設定,データ収集,統計解析,フィードバックによる業務改善サイクルを高速で回転させることで他の企業との差を広げ続けてきたのである.デジタル・マーケティングの方向性はおもに二つある.一つが購買誘発であり,レコメンド機能としてよく知られている機能である.消費者が欲しいものを「予測」して「提案」するというこの機能は,まず何よりも消費者の購買行動データを大量に必要とする.Googleのアルゴリズム検索もこの範疇である.顧客が知りたいサイトは「これではないか」と大量の検索データからページ・ランキングし,その精度の高さで世の中を席巻したのである.そしてデジタル・マーケティングのもう一つの目的が業務効率化である.消費者が何を買うのか予測することで,商品在庫のムダが抑制され,物流にかかわる人員や設備投資の効率化が図られるし,最終的に余剰人員を減らすことにつながる.つまり,デジタル・マーケティングは購買誘発で売り上げを拡大し,効率化で利益を拡大するのである.これをやる企業とやらない企業との差がどれほど拡大していくか,想像にかたくない.VクラウドApple社が世界を席巻したのは,2001年10月23日に発売されたiPodであることを30代以上の読者の方々はよく記憶しておられると思う.当時筆者がもっとも衝撃を受けたのは,iPodをコントロールするソフトウエアであるiTuneであった.筆者が昔から所有していた古いCDの題名や歌詞が,サーバー上のAppleのデータベースからまさに天空を超えて(その当時クラウドなどという言葉はなかった)自動的に降りてきたのである.中学1年のときに,今ではNHKの大河ドラマとかの演出家になった幼馴みとレコードレンタル店に初めて入ったとき,手術室のポリクリ学生なみの挙動不審ぶりで店員に笑われたことをよく覚えているが,レンタルした音楽をカセットテープにダビング(死語!)して題名や曲名をキレイにレタリングして自分のカセットボックスに入れておくのが,当時の中学生の普通の課外活動だった.iPodの登場によってクラウド環境は約20年で確実に日常に浸透した.今や音楽はスマホで聴くものであり,題名や曲名をメモしたり手帳に残したり誰もしないのである.音楽視聴のために費やしていた膨大な青春の時間を思い出せば,現代の若者がずっとスマホをいじっていることは,なんというか至極当たり前である.VIネット医療は必ずやってくるApple社が音楽を売らなくなる.というIT業界の都市伝説がある.その根拠とされるのが,音楽は今ストリーミング再生で聴かれることがもっとも多いという統計である.データをダウンロードすらせずWiFi環境下のラジオ視聴のように楽しむスタイルが,iTuneで始まった音楽業界でのクラウドの今の姿である.利便性はコスト意識をも超えるのである.ミュージシャンが現在もっとも稼ぐ場がライブである.音楽「データ」はYoutubeで無料配信され広告収入でわずかに回収される.金銭に変えるための(マネタイズできる)付加価値部分は音楽の「非データ部分」す(57)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019479なわち,ライブ会場での生の臨場感,ファン同士の一体感であるとか,グッズ販売であるとか,ファッション性だとかに移動している.医療もデータ部分に関しては最終的にクラウド化する.ネット上でAIが判断しドローンが薬を配達する医療への危機感を筆者のチームと共有してほしい.日本が誇るSONYはコピーガードに奔走してアップルに敗北した.今から考えても,SONYが音楽のデジタルコピーを配布できないようにプロテクトしたことは権利保持行動として当然である.それにもかかわらず,最終的に決定権を握っていたのは顧客であり,オープンマインドであり,クラウド環境の利便性であったのである.良いとか悪いとかではない.大切なのは備えることである.AI研究に日本のプレーヤーは多ければ多いほどよいのである.あまりにも重大な未来が予見されている.筆者らは眼科領域のネット医療で用いられるアルゴリズムの世界シェア10%が日本発信であるべきだと考えている.合わせて「非データ部分の医療」への真摯な取り組みも大切であり,筆者らはAIとは別部門でキチンとカタチにしていく所存である.「病気を診て,ヒトを診ない」というスタイルはネットAI医療に淘汰される.さらにSONYの名誉のためにも付け加えると,たとえば今世界を席巻する電子マネーの基幹技術FeliCaはSONY製品である.時代を作り,変えるのは米国だけではない.そもそも日本は進取の気性で一流の端くれに今も踏み留まっている国であることを忘れてはいけない.VIIデジタル・マーケティングを眼科医療にあてはめて考えてみよう前述したとおり,デジタル・マーケティングの主たる目的は売り上げと利益の両面の拡大である.これはそっくりそのまま,大学病院であれ,一般病院であれ,開業医院であれ,すべての眼科医療のチームに必要なテーマである.顧客すなわち患者がいかにたくさん来てくれるかは,医療チーム運営の基本である.顧客からの信頼という意味で重要であるといえばもう少し意味が伝わるであろうか.たとえば網膜を専門としている施設に,小児斜視の患者が想定よりも多く来ているという正確な情報が入れば,その組織の運営方針は変化していくべきであろう.ツカザキ病院眼科では,加齢黄斑変性,近視眼底疾患,網膜血管閉塞疾患,糖尿病網膜症,小児斜視神経眼科疾患,涙道治療疾患,眼瞼疾患,多焦点眼内レンズ挿入患者,緑内障,角膜疾患,網膜遺伝および色覚疾患,アレルギーぶどう膜炎の計12の専門領域ごとの通院患者数をリアルタイムで把握している.どの領域でも,患者数が減ることは医学的にはあり得ない.専門疾患は治ることはないし,多焦点眼内レンズ挿入患者も長期観察の学術的価値が高いからである.それにもかかわらず患者数が伸びないとしたら,受け入れ側である医師やスタッフのキャパシティーの限界か,ドロップアウトが初診流入を上回っているからに他ならない.そこにいろいろの運営上の観点が生じるわけである.筆者らの基本もデジタル・マーケティングである.皆さんにもバイアスを排した数字による顧客視点ベースの運営をお勧めする.患者のニーズに基づいて専門的知識と技術を用意すべきであり,それは必ずさらなる患者増につながる.日本の眼科全体が顧客ベースになることで損をする人たちは絶対にいない.必要な医療が必要な人に効率的に行きわたり,結果として全体最適にも結びつく.人口減少が日本最大の問題であるが,逆に後進国では爆発的に人口は増加している.しかもスマホというクラウド環境は最貧国においても確実に浸透している.われわれ全員が何かを合言葉にするなら,「世界の患者を呼び込もう!」である.VIII集約化のためのデータベース筆者らはデータベース(図2)をそもそも15年前から自主構築してきた点で,日本の他の眼科医療チームの組織形態とは大きく異なる.デジタル・マーケティングという言葉は当時,医療界ではもちろんのこと,商業の世界でも存在しなかった.数値化してフィードバックをかけることをこれほどまでに筆者が追及してきたのは,ただただ医療の集約化にかける強い信念によるものである.集約化で最大の問題になるのが,エゴイスティックな医師のぶつかり合いである.その不毛さを避けるようにして眼科専門医の7割近くが開業形態という分散化を選択してきたのが,2000年の歴史を誇る日本の“大人の選択”であろう.ただ自殺者も出るような医師のワー480あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(58)図2ツカザキ病院眼科データベース・EyeCenterONEのデータウインドウa:専門外来別リアルタイム患者数.通院中,治癒リリース,ドロップアウトなどが表示される.b:チーム業務全体量および医師別業務量(診察人数+手術件数)がリアルタイム表示される.サイコロジカル・デンジャーサイコロジカル・セーフティーPsychologicalDangerPsychologicalSafety~悪い病院はミスが少ない(認めないから)~良い病院はミスが多い(認めるから)上司ミス発覚を恐れる堂々とミスを認める問題の先送り他人を責める意見を聞かない部下図3サイコロジカル・デンジャーとサイコロジカル・セーフティーサイコロジカル・セーフティー環境ではデータによる論理的ルールがあり,ミスから改善につながるサイクルで組織が成長し続ける.図4ツカザキ病院眼科手術運営ネットワークシステムa:リアルタイム手術状況パネル.現在進行中の手術は青いバックグラウンドで表示される.b:術野リアルタイムモニター.15ある外来診察室などの科内全域に常時強制配信される.c:タイムアウトモニター.手術情報,顔写真,AI手術キー画像を手術室内にモニター掲示される.図5ツカザキ病院眼科手術安全AIシステム(DeepSafetyR)a:入室時顔認証システム.b:眼内レンズチェッカー.c:顕微鏡下左右識別システム.d:手術キー画像抽出表示システム(a.d特許申請中)

患者からデータベースへ,データベースから患者へ

2019年4月30日 火曜日

患者からデータベースへ,データベースから患者へBedsidetoDatabasetoBedside武蔵国弘*Iインターネットの本質からインターネットがもたらす情報革命のなかで,情報発信源が企業・団体から個人に移行した大きなパラダイムシフトはWeb2.0と表現された.近年はヒトだけでなくモノが情報発信源となり,腕時計,自動車,家電,住宅から情報が発信され,個人の健康状態を管理したり,自動運転が可能になり,スマート住宅とよばれる省電力の住宅が誕生した.農産物一つひとつにもICタグが付けられネットを通じて管理されている.医療機器からも情報が発信されクラウド型の電子カルテに蓄積され,往診や遠隔診療を支援する.ほんの数年前まで,医療情報は病院で保有しなければならない,といった強い制約があったことを忘れてしまいそうである.現在のモノが情報発信源となる潮流はIoT(InternetofThings:直訳すれば「モノのインターネット」)とよばれている.この言葉と概念を初めて提唱したのは,1999年にマサチューセッツ工科大学のAutoIDセンサー共同創始者であるKevinAshtonとされている.当時はradiofrequencyidentification(RFID)による商品管理システムをインターネットに例えたものであった.RFIDとは,電波を用いてRFタグのデータを非接触で読み書きするシステムである1,2).2000年に入る前に「IoT」という言葉はすでに存在していたことになる.しかし,その言葉が一般的になったのは2010年代後半で,IoTの言葉の誕生から10年以上かかっている.概念自体が生まれた当時,センサーやデバイスなどの機器の単価はとても高く,通信環境もまだ整っていたとはいえない.筆者が『あたらしい眼科』で,情報発信源が個人からモノに移行する潮流を提唱したのは2009年のことである3).当時,同様のことを考えた開発者が世界中にいたのであろう.簡単にいえば情報発信源がヒトからモノへ増えただけのことである.インターネットが行う作業を二つの動詞に集約すると,「繋ぐ」と「蓄積する」になると考えられる.SNSで個人が多角的に繋がり,同じ趣味で繋がり,同じ思想で繋がる.ときにデモや反政府活動のような現実世界に大きな影響を与える繋がり方をする.繋がり方はさらに進化し同時性を求める.世界中の人間がリアルタイムに繋がるサービスはTwitterに始まり,通信技術の進歩に伴い世界中の利用者がオンラインゲームを同時に楽しめるようになった.オンラインゲームは,インターネットが利用者の時間だけでなく心を支配する.今後普及するインターネットサービスは心を支配するサービスである.「インターネットが利用者の心を支配する」とはどういうことか,のちほど改めて説明する.インターネットにはもうひとつ重要な機能がある.「蓄積する」ことである.人間と違って,いくら情報が蓄積されても整然と整理され,さまざまな角度で解析が可能である.インターネットと「蓄積」についてはその歴史から説明が可能である.インターネットはそもそも軍事利用から始まった.一つの基地を爆破されてもデー*KunihiroMusashi:むさしドリーム眼科〔別刷請求先〕武蔵国弘:〒543-0027大阪市天王寺区筆ヶ崎町5-52ウェルライフ上本町クリニックプラザ203むさしドリーム眼科0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(49)471タが他の基地にも残るように,遠隔地に分散してデータを蓄積させる必要があり,DARPA(DefenseAdvancedResearchProjectsAgency:アメリカ国防高等研究計画局)というアメリカの国防総省の機関がその研究開発を担っていた.DARPAはインターネットの前身のARPANETだけでなく,GPSやSiriなどの技術を開発したことで知られている.DARPAがARPANETを民間に開放し第三次産業革命が始まった4).1983年のことである.それまでの規模を求めるビジネスとは相反し,事務所をもたずに商売をしたり,世界中に向けて情報発信ができるようになり,インターネット登場前には考えられなかった新しい職種を生み出した.銀行や保険など社会のインフラでさえインターネット上で完結できるようにもなった.エストニアのように電子市民を受け入れる国家も現れた.現実世界のビジネスや営みをインターネットに移す,その連続である.そもそも商売というものは,まず顧客がいて顧客の満足の対価を継続して得ることによって成立する.これはインターネットが登場する前から今も基本的には変わらない.ただ,インターネット登場前までは,利用者の金銭をより多く支配できる企業が成長した.第三次産業革命後つまりインターネット登場後は,価値の高い情報を無料で開示する代わりに広告料を得る,収益性の高いビジネスモデルが確立した.さまざまな広告手法が誕生した.検索連動広告,動画広告,成果報酬型,位置情報型広告など.広告は見せられるほうからすると邪魔なものでしかない.テレビのコマーシャルもそうである.ないほうがありがたいが無料で見ているのでその時間を容認している.広告手法は,インターネットであれテレビであれ,利用者の時間をいかに支配するかが重要である.インターネットを無料で利用することは,さまざまな便利さを享受するとともに,広告を見せられる時間を容認しているのである.インターネットは利用者の時間を支配しようと,あの手この手を打つことになる.広告を見せられる時間をより多く容認すれば,理論的には電子カルテを無料で利用できる可能性もゼロではない.その代わり,相当多くの広告を診療中に見せられることになるであろう.ただ,有効な広告を打とうとすると,より詳細な個人情報が必要になる.住所,年齢,職種,趣向などの個人情報はGAFA(Google,Apple,Facebook,Amazon.com)と総称されるIT業界の巨大企業達が蓄積し,その蓄積を基に広告収入を得て,高品質なサービスを顧客に無料で提供している.膨大な個人情報を所有し,利用者の時間を支配しようとしているGAFAであるが,やはり,広告はどこまでいっても利用者にとって邪魔なものである.ある特定のグループが,「これは非常に楽しい.このサービスなしでは生きていけない」もしくは「非常に役立つ.このサービスなしでは仕事に支障がでる」と感じさせるインターネットサービスが次の時代に必要である.それが,前述した「心を支配する」サービスである.時間を支配するサービスから心を支配するサービスへ.特定のグループから得られる,セグメントされたビッグデータから新しく「心を支配する」サービスが生まれるのでは,と可能性を感じている.医療界から,さらに限定して眼科医から,さらに限定して眼科の特定の疾患から,蓄積されたビッグデータを用いて,利用者を唸らせるサービスが登場するのはこれからでる.IIBedsidetoDatabasetoBedside医学研究と臨床は別々の道ではなく,研究室で得られた成果を臨床に結び付けるために,橋渡し研究(transla-tionalresearch)という考え方が生まれた.橋渡し研究とは,おもに医学や生物学における基礎研究の成果の中から有望な知見を選び出し,医薬品や医療機器の開発に要する工程を効率的・効果的に策定し,医療としての実用化を円滑にする医学研究の一領域とされている.一般的にtranslationalresearchはBench(研究室)toBed-side(患者)とよばれ,開発は研究室から始まり最終的に患者に届くが,その距離はきわめて大きく,臨床応用にはとてつもなく長い時間がかかり,しばしば死の谷と表現される(図1).柳田は,医薬品の開発には臨床現場からの視点が重要である,という観点から“BedsidetoBenchtoBedside”が重要だと説いている.患者の所見からresearchquestionを立て,それを基礎研究で解明し,よりよい形で臨床に届けるBedsidetoBenchtoBedsideが必要であって,その第一段階を担うのは臨床472あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(50)図1死の谷Bench(研究室)Database臨床医臨床医Bedside(患者)Bedside(患者)図2BedsidetoBenchtoBedside図3BedsidetoDatabasetoBedsideータベースから生まれる成果物はどうであろう.膨大なデジタルデータ(整理されていることが肝要だが)となった患者情報にこそ価値がある.貢献度としては,患者群>発明者と筆者は考える.データベースから得られるサービスには,価値の源泉である患者群への配慮が求められる.診療データは誰のものかを考察する.デジタル化された診療データの所有には患者,医師,医療機関,システム会社の四者がかかわる.このうち誰が診療データの所有者か,という議論には終わりがない.筆者は,診療データは誰のものでもなく,所有権を捨てない限りにおいて「全員が所有者」と考えている.2018年5月11日より次世代医療基盤法が施行された6).次世代医療基盤法は,いかに医療情報を匿名加工して,個人が特定されない状態にして,誰がどんな目的で利用してよいか,のルール作りである.規制を厳しくすればビジネスが成り立たず産業を創出できない,という国の方針は理解するものの,診療データの所有者の一人であって,情報源となる医療機関や患者への配慮が見あたらない点が気になる.情報源という観点においては,診療データは根源的に患者のものであって,患者にはなんらかの利益が還元されなければならない.成果物は患者に向かうサービスであるべきである.治療効果が上げる,安心して治療が受けられる,迅速な診断が得られる,などの医療水準の向上に寄与しなければいけない.患者もしくは医療機関に対する配慮は,金銭ではなくデータの一次利用で可能である.一次利用を怠ったサービスは,心に響かず,いずれ淘汰されることであろう.BedsidetoDatabasetoBedsideによって生まれる成果物は,BedsidetoBenchtoBedsideによって生まれる創薬と違って,臨床医の仕事のパートナーとなるインターネットサービスが主軸となるであろう.電子カルテ,医療機器,ウェアラブルデバイス,携帯アプリなどが発信し集積された巨大なビッグデータを基に,診断支援・治療支援・手術支援をするサービスが創出される.DatabaseBasedServicesがわれわれ眼科医の診療水準を向上させることであろう.筆者は現在,データベースを基にした緑内障の診療支援システムを構築中であるが,企業との共同開発のため機会を改めて紹介させていただければと思う.III近未来への提言20年以上前のことである.診断や治療に難渋した際に,「〇〇と△△の合併例は□□を起こしやすい,それは19××年のOphthalmologyに掲載されていたよ」と話ができる先生が凄い先生といわれていた.論文を沢山読まれて頭の中で整理している先生は,確かにすごいのだが,インターネットが登場し,論文を縦横無尽に検索できるようになり,事情はまったく変わった.目的とする論文を的確に検索できる先生が凄い先生となった.今後の10年はどうであろう.蓄積されたビッグデータを基に自動診断ソフト,診断支援ソフトが誕生し,より精度の高い診断ソフトを上手に使いこなす先生が「凄い」と評価されるであろう.多くの医師は仕事を愛している.眼科医なら眼科診療を愛している.われわれが心を奪われているのは,診療中もしくは手術中である.その診療中に医師や患者にとって有益な情報がデータベースを通じて次々と与えられる診療風景はどうであろうか.たとえばヘルペス角膜炎を疑う患者を目の前にして,前眼部写真から自動的に補助診断をしてもらい,もしくはヘルペス角膜炎ではない,と言い切ってくれたり.その病院の体制に応じて必要な検査や専門医の処方例まで示してくれる.これは非常にありがたいサービスである.自分の診療レベルを引き上げてくれる.外来診療だけではない.手術中にリスクを感じた手術支援ソフトが,顕微鏡の画面を通じて術者にアドバイスを送る.「それ以上削らないで」「裂孔できてないか確認しよう」「創の閉鎖が弱いと思われる」など指摘してくれる.精度が高ければ,間違いなくわれわれ眼科医の心を奪うインターネットサービスになり,その対価に対して喜んでお金を払うであろう.インターネットに心を奪われることは,決して悪いことではない.それだけの価値があれば奪われて当然である.インターネットの本質は「繋ぐ」と「蓄積する」である.われわれ眼科医は,データベース上に蓄積されたものから生まれる叡知を上手に活用しながら診療すればよいのである.その成果物を生み出す源泉は目の前の患者である.BedsidetoDatabasetoBedside,患者からデ474あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(52)

角膜・白内障分野におけるAI応用

2019年4月30日 火曜日

角膜・白内障分野におけるAI応用ApplicationofArti.cialIntelligenceintheFieldofCorneaandCataract神谷和孝*はじめに昨今,機械学習を初めとする人工知能(arti.cialintel-ligence:AI)による画像診断が注目されており,眼科診療でも診断補助や遠隔地診療への応用が期待されている.しかしながら,網膜疾患や緑内障診断が主体であり,前眼部におけるAIの応用は十分になされていない.本稿では,角膜・白内障分野におけるAIの応用として,円錐角膜のスクリーニングおよび白内障手術における眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算の二つを取り上げ,概説する.IAIの歴史AIの歴史は,1950年代から始まっており,1956年のダートマス会議において計算機科学者のJohnMcCarthyが人工知能(AI)を命名した.第一次AIブームは,1950年代後半~1960年代であり,コンピューターによる「推論」や「探索」が可能となり,自然言語処理による機械翻訳などが行われたが,単純な仮説を検証するには適していたが,複雑な要因が絡み合う現実社会の問題を解決するには至らなかった.第二次AIブームは,1980年代であり,「知識」を与えることで,多くのエキスパートシステムが作成された.人がコンピューターにとって理解できるように処理する作業が膨大なために,特定の領域に限定する必要があった.第三次AIブームは,2000年代から続いており,まず「ビッグデータ」とよぶ大量のデータを用いることで,AI自身が知識を獲得する「機械学習」が実用化されるようになった.さらに,知識を定義する特徴量をAIが自ら習得する深層学習(deeplearning)が可能となり,現在のAIブームを牽引している(表1).II円錐角膜のスクリーニング円錐角膜は,角膜前方突出と菲薄化によって強度近視性乱視のみならず,不正乱視を伴うことで視機能が低下する(図1).眼科医であれば誰もが知っていて,日常診療で必ず遭遇する疾患の一つである.本疾患の診断には,トポグラファーやトモグラファーを用いた角膜形状解析が基本であり(図2),本疾患に対してレーシック(LASIK)を施行すると重篤な角膜拡張症を生じ得ることから,疾患のスクリーニングはきわめて重要と考えられる.さまざまなスクリーニングテストが提唱されているが(図3),どれも一長一短があり,100%の診断精度には至っていない.本来円錐角膜は,角膜形状解析の画像情報をもとに診断を行うので,画像処理を得意とするAIとの相性はよく,その特性を活かせる分野の一つと考えられる.機械学習を用いた円錐角膜のスクリーニングに関する既報を表2に示す.Maedaら1,2)は,プラチド式角膜形状解析装置を用いて,エキスパートシステムによって感度が89%,特異度が99%,ニューラルネットワークによって感度44~100%,特異度90%以上であったと言及している.その後,Smolekら3)は,同様の方法を用*KazutakaKamiya:北里大学大学院医療研究科医療衛生学部視覚機能療法学専攻視覚生理学教室〔別刷請求先〕神谷和孝:〒252-0373神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学大学院医療研究科医療衛生学部視覚機能療法学専攻視覚生理学教室0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(43)465表1人工知能研究の歴史的変遷年代人工知能の置かれた状況おもな技術など人工知能に関する出来事1950年代1960年代1970年代第一次人工知能ブーム(探索と推論)冬の時代・探索,推論・自然言語処理・ニューラルネットワーク・遺伝的アルゴリズム・エキスパートシステムチューリングテストの提唱(1C950年)ダートマス会議にて「人工知能」という言葉が登場(1C956年)ニューラルネットワークのパーセプトロン開発(1C958年)人工対話システムCELIZA開発(1C964年)初のエキスパートシステムCMYCIN開発(1C972年)MYCINの知識表現と推論を一般化したCEMYCIN開発(1C979年)1980年代1990年代2000年代2010年代第二次人工知能ブーム(知識表現)冬の時代・知識ベース・音声認識・データマイニング・オントロジー・統計的自然言語処理第五世代コンピュータプロジェクト(1C982~9C2年)知識記述のサイクプロジェクト開始(1C984年)誤差逆伝播法の発表(1C986年)第三次人工知能ブーム(機械学習)・ディープラーニングディープラーニング技術の提唱(2C006年)ディープラーニング技術を画像認識コンテストに適用(2C012年)(総務省「ICTの進化が雇用と働き方に及ぼす影響に関する調査研究」(平成C28年)より引用)図1円錐角膜の前眼部写真図2円錐角膜眼の角膜形状解析角膜前方突出と菲薄化によって視機能が低下する.角膜下方部の急峻化(inferiorsteepening)を認める.図3円錐角膜のスクリーニングテスト角膜形状解析装置にはさまざまなスクリーニングテストが内蔵されている.表2機械学習を用いた円錐角膜の自動診断に関する既報著者眼数装置機械学習感度特異度正確度CMaedaetal1)C200CTMS-1Cexpertsystem89%99%96%CMaedaetal2)C183CTMS-1Cneuralnetwork44~1C00%>90%80%CSmoleketal3)C300CTMS-1Cneuralnetwork100%100%100%CAccardoetal4)C396CEyeSysCneuralnetwork94.1%97.6%C─CSouzaetal5)C318COrbscanIICneuralnetwork,supportvectormachine,andradialbasisfunctionneuralnetworkC─C─C71to99%(AUROC)CSmadjaetal6)C372CGALILEICdecisiontree100%99.5%C─CKovacsetal7)C135CPentacamCneuralnetwork100%95%99%(AUROC)CRuizHidalgoetal8)C860CPentacamCsupportvectormachine99.1%98.4%98.9%CRuizHidalgoetal9)C131CPentacamCsupportvectormachineC─C─92.6%,C98.0%AUROC=受信者動作特性曲線下面積InputxWeightsRadialbasisiLinearOutputyfunctionsweights図5放射基底関数(RBF)ニューラルネットワークのシェーマ図4Lenstar(Haag.Streit社)の外観Hill-RBFは,本装置を用いてCIOL度数計算を行う.図6Hill.RBFカリキュレーターの入力画面Lenstarを使った生体計測データ(眼軸長,角膜屈折力,前房深度)および術後の目標等価球面度数を入力する.-図7眼軸長と前房深度のペアワイズ境界モデル術前データが青い領域にない場合,境界外計算と表示される.図8Hill.RBFカリキュレーターの出力画面左は境界内,右は境界外計算として表示される.100■RBF■BarrettUniversalⅡ■Olsen■HolladayⅡ98201420142011199896■Haigis■Ho.erQ■SRK/T■HolladayⅠ96.21993199319931988949291.59090.989.28888.788.387.2868484.482RBFBarrettOlsenHolladayⅡHaigisHolladayⅠSRK/THo.erQUniversalⅡ図9さまざまなIOL度数計算式の予測性681眼の初期データにおいて,Hill-RBF式はC±0.5D以内の割合がC96.2%と良好であった.C-

緑内障とAI

2019年4月30日 火曜日

緑内障とAIGlaucomaandArti.cialIntelligence朝岡亮*IAIとは人工知能(arti.cialintelligence:AI)は,一般的には「人間のように考えるコンピューター」と定義されている.無論この定義を完全に達成したものはまだ存在せず,実際には「人間の知的な活動の一面を真似している技術」が,AIとよばれ,研究者ごとにあいまいに定義されているのが現状である1).松尾は,このAIを4レベルに分類する方法を提唱している1).この分類によれば,レベル3の機械学習とレベル4の深層学習が,真の意味でのAIととらえることが可能で,緑内障診療への応用が可能になるのもこれらのAIである.レベル3の機械学習の最大の特徴は,サンプルデータを元に,ルールや知識を自ら学習し,他のデータでも活用可能な点である.代表的なものには,ベイズ法,ランダムフォレスト,サポートベクターマシン,ニューラルネットワークなどがある.筆者らはこれまでに機械学習法の緑内障への応用の可能性を提唱してきた.II代表的なAIベイズ法は,与えられた情報を用いて事前確率を更新することで,正しい診断・予測を行う方法である.通常の統計手法では,データに定まった分布を仮定し,それに基づいて判定や予測を行う.たとえば視野のトレンド解析などで用いられている線形回帰では,データの分布に正規分布を仮定し,回帰線を定めるところからすべてが始まる.しかしながら視野経過がこのような単純な仮定に沿わず,とくに視野回数が少ない場合に視野進行速度が正しく算出されないことは古くから広く知られている.筆者らは,通常の時間に対する線形回帰(トレンド解析)を用いた場合に何回程度の視野記録があれば正確な予測ができるのかを系統的に解析した.この結果,測定点ごとに予測を行った場合,わずか半年,1年,1年半後の視野を予測するのにも概ね10回程度の視野蓄積が必要で,meandeviation(MD)を用いたトレンド解析でも5~8回程度の視野記録の蓄積が必要なことを報告した2).この研究では通常臨床と同程度と思われる,概ね半年に1回のペースでの視野計測を行っており,このような数の視野が蓄積するには長い時間を待たなければならない.筆者らはもっと少ない数の視野でも正しく視野予測ができないかと考え,ベイズ法を用いた線形回帰モデル(変分近似ベイズ線形回帰法,VariationalBayesLinearRegression:VBLR)を構築した.VBLRでは,とくに近傍の視野測定点の感度同士の強い関連を勘案しつつ,視野障害の時系列的・空間的パターンを組み込んだベイズ線形回帰法を利用している.この結果,予測精度は飛躍的に向上した(図1)3).VBLRは筆者らの自施設内で得られた検証データのみならず,国内他施設ならびに米国カリフォルニア大学で得られた検証データでもほぼ同様の予測精度を得ており,施設・人種を問わずに精度よ*RyoAsaoka:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕朝岡亮:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(35)457(dB)35302520151050RMSEVF2-2VF2-3VF2-4VF2-5VF2-6VF2-7VF2-8VF2-9VF2-10図1ベイズ法視野予測による予測精度縦軸はC10回目の視野を先行する視野で予測した際の予測誤差を,横軸は予測に使用した視野の回数を示す.通常の線形回帰(黒)に比べ,ベイズ法を使用したCvariationalCBayesClinearregression法(赤)では飛躍的に予測精度がよかった.東京大学医学部附属病院眼科で収集された2,858例C5,049眼を訓練データ,547例C911眼を検証データとして解析した.RMSE:rootmeansquarederror.(文献C4より引用)Ca(dB)b(dB)351510530252015RMSE10500図2多施設データによるベイズ法視野予測による予測精度a:JapaneseArchiveofMulticentralDatabasesinGlaucoma(JAMDIG):177例C271眼によるCvariationalBayeslinearregressionの予測精度検証結果.Cb:DiagnosticCInnovationsCinCGlaucomaStudy(DIGS)データ:173例C248眼によるCvariationalCBayesClinearregressionの予測精度検証結果.通常の線形回帰(黒)に比べ,ベイズ法を使用したCvariationalBayeslinearregression法(赤)で予測精度がよかった.RMSE:rootmeansquarederror.(文献C5より引用)VF2-2VF2-3VF2-4VF2-5VF2-6VF2-7VF2-8VF2-9VF2-10VF2-2VF2-3VF2-4VF2-5VF2-6VF2-7VF2-8VF2-9VF2-10とが,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)データからの緑内障診断や5~7),HeidelbergCReti-naTomograph(HRT)データからの緑内障診断や8),視野・視力から患者の生活不自由度を正確に推測することや9,10),視野を用いた前視野期緑内障の診断などに有用なこと11),などを報告してきた.一方,サポートベクターマシンでは,まずカーネル空間へデータを射像してから診断や予測を行うことで正しく診断・予測を行う方法である.筆者らはこの方法が視野・視力・運転態度を用いて交通事故確率を予測することに有用であることを報告した12).なお,この研究では後述するサポートベクターマシンに正則化を付与することが有用であることも示されている.ニューラルネットワークは,神経回路に似た情報ネットワークを人工的に構築し,診断・予測を行う方法で,旧来からある技術であるが,中間層を深くすると上流から下流に上手く情報が流れてくれず,結果正しい予測ができないという致命的な欠点のため最近ではやや廃れている.この他に,最近ではCSparse推定とよばれる方法も発展が著しい.これはCleastCabsoluteCshrinkageCandCselectionoperator(LASSO)回帰のように,あるモデル式に正則化項(誤差項)をあらかじめ組み込んでおくことでモデルに異なるデータに対する汎用性をもたせ,その診断・予測精度を向上させるものである.筆者らは通常の(ordinaryCleastCsquaredClinearregression:OLSLR)でなくCLASSO回帰を使用して視野をトレンド解析することで視野の進行を圧倒的に正しく予測できるようになることなどを示した13~15).この手法は回帰モデルだけでなく,上述のサポートベクターマシンや次に述べる深層学習などにも広く応用されている.CIII深層学習一般的には深層学習(deeplearning)も機械学習の中の一種法であるが,松尾らは機械学習法のなかでも深層学習を独立してレベルC4と扱っている1).これは深層学習がこれまでの機械学習法よりも圧倒的に精度よく診断できる能力があるためと思われる.深層学習は,典型的には,内部の隠れ層(中間層)を各段に深くした(多層にした)ニューラルネットワークである.生のデータの「特徴量」を抽出してからネットワークに流す点が旧来のニューラルネットとの大きな相違点であるが,このことにより中間層を深くしても上流から下流に情報がきちんと流れ,結果深い中間層を内包したニューラルネットワークが組めるようになったことが非常に重要である.深い中間層を組めるということは,与えられた課題に対して柔軟に対応し,異データに対しても汎用性高く診断・予測ができるということである.筆者らはこの深層学習を用いて,前視野期緑内障の視野を正常眼の視野と判別することが可能であるかを検証してみた.この結果,受信者動作特性曲線下面積(areaCunderCthecurve:AUC)はC90%を超え,その診断精度は前述のランダムフォレスト法を用いた場合よりもさらによいものであった16).最近になってこの深層学習による眼底写真を用いた緑内障自動診断への応用の可能性を示す報告が後を絶たない17~19).また,筆者らも最近,眼底写真を用いた緑内障自動診断モデルの構築を行った20).この研究では,CResidualNetworkという,畳み込み(特願C2017-196870)ニューラルネットワーク亜系の深層学習モデルを構築し,約C3,000枚の眼底写真で緑内障診断を行う訓練を行わせた.この結果,独立した検証データにおいて,95%程度のCAUCを得ることに成功した.筆者らが驚かされたのは,この診断精度がいわゆる正視の眼だけでなく,一般には診断がむずしいとされている高度近視眼でも得られたことであった(図3)19).また,眼底カメラには各機種による解像度やセンサーの違いがあるが,筆者らの構築したアルゴリズムはこれらの違いや撮影施設の違いに診断精度が左右されない,汎用化可能なものであることを最近報告した20).このようにみるとよいことだらけの深層学習と思えてしまうが,最大の泣き所は,正確な診断や予測を行うのに大量のデータを必要とする点である.一般的には最低数万~数百万の訓練データが必要とされる.緑内障では一般のスナップ写真での物体認知などと違って,特徴的なパターンのバリエーションが限られているせいか,筆者らの眼底写真を用いた研究ではこれよりもはるかに少ない数のデータでもよい診断精度を得ることができた(37)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C459ab1.01.00.80.8SensitivitySensitivity0.20.2ResNet:97.1[93.3~100.0]%ResNet:96.4[92.0~100.0]%ResidentA:77.4[67.0~87.9]%,p<0.0014ResidentA:66.6[53.4~79.7]%,p<0.001ResidentB:84.9[76.9~92.8]%,p=0.0026ResidentB:91.2[83.9~98.3]%,p=0.100.0ResidentC:93.7[86.8~99.8]%,p=0.290.0ResidentC:88.8[80.3~97.3]%,p=0.0721.00.80.60.40.20.01.00.80.60.40.20.0Speci.citySpeci.city図3受信者動作特性曲線下面積a:非高度近視眼を使用した場合.ResNetを使用した場合はC97.1%(信頼区間C93.3~100.0%)であった.眼科専修医による判定結果も記載.Cb:高度近視眼を使用した場合.ResNetを使用した場合はC96.4%(信頼区間C92.0~100.0%)であった.(文献C19より)C1.00.80.60.41.00.80.20.00.60.60.40.4Sensitivity(**:p<0.01)0.60.4Speci.city図4転移学習併用深層学習による光干渉断層計測定結果を用いた早期緑内障診断の受信者動作特性曲線下面積転移学習併用深層学習(DLtransformmodel)ではC93.7%で他のどの方法よりも診断精度が有意によかった.(文献C20より引用)ことはかなり困難で,通常通りに深層学習を適用することはできない.そこで他社製のCOCTを用いてスキャンされた約C4,000枚の緑内障(早期から末期まで含む)と正常眼のデータを用いて深層学習モデル(畳み込みニューラルネットワーク)を事前訓練してから,このC178眼の訓練データで本訓練を行ってみた.この結果,ランダムフォレスト始め他のいかなる方法よりも精度よく診断を行うことができた(図4)4).上述のように,事前訓練に用いるデータは,本訓練のデータとまったく異質なものでも構わない.筆者らはまた,VGG16という畳み込みニューラルネットワークをあらかじめ大量の一般の日常写真(スナップ写真)で事前訓練してから,約C500枚という比較的小規模のCOCT測定結果から視野感度を推測するよう本訓練したところ,予測精度は既存のどの方法よりも有意によいものであった21).このような,医療とは無関係のデータを活用して緑内障研究を行うというアプローチは,これまでにはなかったものであり,興味深い.CIVAIと緑内障診断の現状,未来これまで述べてきたように,AIを応用することは緑内障診断の未来を切り開く可能性を秘めている.しかし,そもそもこれまでにもこのようにCAIを臨床応用することは行われてきている.たとえば,Humphrey視野計では最近はCSwedishCinteractiveCthresholdingCalgo-rithm(SITA)プログラムを用いることが標準と思われるが,同プログラムは,あらかじめ得られた緑内障眼データベースからベイズ法を用いて事前確率を得ることで視野測定を短縮する技術である.また,HRTやCnerveC.beranalyzer(GDx)には各々サポートベクターマシンの類似の方法により算出された緑内障スコア(glaucomaprobabilityscore,nerveC.berindicator)が算出され,表示されていた.そもそも,その定義から,機械学習には本稿で紹介したような複雑なモデルだけでなく,単回帰や多変量回帰も含まれる.したがって,たとえば従来の視野のCMDトレンド解析もCAI技術の一種といえる.AIと緑内障診断のかかわりは,何もごく最近始まった話ではなく,すでにわれわれ馴染みのある事柄なのである.今後は深層学習の臨床応用が進み,今以上に臨床上有用な診断・予測ツールが出てくることは恐らく間違いないと思われる.CVAIは万能か眼底写真自動読影のような画像認識は深層学習がもっとも得意とする分野の一つである.実際,糖尿病網膜症の自動スクリーニングアルゴリズムは米国医薬品食品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)の認可をすでに取得している.今後は緑内障もそのような時代に突入していくと思われる.しかしながら深層学習による緑内障自動診断は,もっと根源的な問題をはらんでいる.深層学習は,当然であるが,与えられた訓練データに対してのみ訓練される.したがって,筆者らの報告を含むこれまでの研究のように,臨床医があらかじめラベル(診断)づけした眼底写真を深層学習モデルに与えれば,精度よくそれを再現することは可能である.ここで問題にしたいのは,「緑内障という診断が正しい」と定義するのに,多くの研究では臨床医間の判定の一致を用いていることについてである.緑内障早期例や疑い例ではその時点で正しく診断をつけることが困難である場合も多い.当然ながらこのような症例では専門家の間でも意見の一致をみない場合多く,実際には長い時間経過を観察し,視野や視神経乳頭形状に進行が出るかを観察しないと正しい診断に到達できない場合も多い.この点において,AlphaGoやCAlphaGoZeroが強化学習という,仮想的に無数に対局を繰り返し,学習させるプロセスを経てこそ強くなれたこととは大きく事情が異なる.また,糖尿病網膜症では専門医でもうっかり見落とすことはあっても,一枚の眼底写真を長い時間をかけて注意深く判定すれば,糖尿病網膜症の所見があるかないかで意見が一致しないことはかなり少ないと考えられ,この点が緑内障自動診断と大きく異なるものと思われる.むしろ,臨床医が真に知りたいのは,このように専門医間で意見の分かれるような緑内障疑い例のうち,その後進展していくのはどの症例かということであり,そのためには,大量の,長期経過観察した症例の眼底写真データを構築することが必要と思われる.もしこのようなデータが構築されれば,これまでの教科書に書かれていなかったような新しい緑内障(39)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C461のサインが発見されることだってあるかもしれない.チェスの世界では人間がCAIに打ち負かされて久しい.しかし,チェスのプロの間ではCAIの打ち筋を勉強することによって自分の技量をあげ,強くなることが常識となっているようである.結果として,チェスのプロのレベルは,AI登場以前に比べ格段に向上したといわれている.同様に,前述のような解析が試みられ,新しい緑内障サインのようなものが提唱されれば,臨床医がそれを元に知識をアップデートし,診療の質を上げていくことが可能である.したがって,ややもするとCAIの参入によって臨床医の立場がなくなるというような危惧の声を聴くこともあるが,いくら深層学習とはいっても単なる道具であり,われわれ人類はその道具をうまく使いこなしていくことこそが重要と思われる.手術にしても最近のロボティクスの発展を考えると同じような未来が待っていると思われる.前述のようにCAIによる成果はいわば単なる道具であり,その道具自体が発展するのは脅威でもなんでもない.しかし,昨今CGoogleなどのCIT系の会社が医療に参入しようとしている.彼らには蓄積されたノウハウと膨大な資金があり,大きな成果は出るであろう.無論彼らは医療がビジネスになると踏んで参入しているのであり,下手をすると診断や治療の際に彼らに対価を払わないと成り立たない,というようなところを狙っているのではないかと危惧している.このようなシナリオを防ぐためには,臨床医がCAIのもたらす新しい知見を常にアップデートしていくとともに,われわれ臨床医自身もAI応用の研究に踏み込み,臨床医ならではの見方で,臨床現場で本当に何が必要なのかを考えながら,独自に解析,開発を続けて行くことが何よりも肝要ではないだろうか.その戦いは蟻と巨像の戦いかもしれないが,眼科医の最大の強みである臨床知識をフル活用することでみえてくる戦略もまた存在するものと信じている.そのためにはこれまで通り臨床的知識を深めていくと同時に,臨床研究者自身もCAIについて,医師が自らの研究を進めたり,あるいは医師主導での共同研究を進めていけるかどうかが重要であると思われる.文献1)松尾豊:人工知能は人間を超えるか.角川CEPUB選書,KADOKAWA/中経出版,20152)TaketaniCY,CMurataCH,CFujinoCYCetal:HowCmanyCvisualC.eldsarerequiredtopreciselypredictfuturetestresultsinglaucomapatientswhenusingdi.erenttrendanalyses?InvestOphthalmolVisSci56:4076-4082,C20153)MurataCH,CAraieCM,CAsaokaR:ACnewCapproachCtoCmea-sureCvisualC.eldCprogressionCinCglaucomaCpatientsCusingCvariationalCbayesClinearCregression.CInvestCOphthalmolCVisCSci55:8386-8392,C20144)AsaokaR,MurataH,HirasawaKetal:Usingdeeplearn-ingCandCtransformClearningCtoCaccuratelyCdiagnoseCearly-onsetCglaucomaCfromCmacularCopticalCcoherenceCtomogra-phyimages.AmJOphthalmol198:136-145,C20185)YoshidaCT,CIwaseCA,CHirasawaCHCetal:DiscriminatingCbetweenCglaucomaCandCnormalCeyesCusingCopticalCcoher-enceCtomographyCandCthe‘RandomCForests’Cclassi.er.CPLoSOneC9:e106117,C20146)AokiCS,CMurataCH,CFujinoCYCetal:InvestigatingCtheCuse-fulnessCofCaCcluster-basedCtrendCanalysisCtoCdetectCvisualC.eldprogressioninpatientswithopen-angleglaucoma.BrJOphthalmolC101:1658-1665,C20177)SugimotoK,MurataH,HirasawaHetal:Cross-sectionalstudy:DoesCcombiningCopticalCcoherenceCtomographyCmeasurementsCusingCthe‘RandomCForest’CdecisionCtreeCclassi.erCimproveCtheCpredictionCofCtheCpresenceCofCperi-metricdeteriorationinglaucomasuspects?BMJOpen3:Ce003114,C20138)AsaokaCR,CIwaseCA,CTsutsumiCTCetal:CombiningCmulti-pleHRTparametersusingthe‘RandomForests’methodimprovesCtheCdiagnosticCaccuracyCofCglaucomaCinCemme-tropicCandChighlyCmyopicCeyes.CInvestCOphthalmolCVisCSciC55:2482-2490,C20149)HirasawaCH,CMurataCH,CMayamaCCCetal:EvaluationCofCvariousCmachineClearningCmethodsCtoCpredictCvision-relat-edqualityoflifefromvisual.elddataandvisualacuityinpatientsCwithCglaucoma.CBrCJCOphthalmolC98:1230-1235,C201410)MurataH,HirasawaH,AoyamaYetal:IdentifyingareasofCtheCvisualC.eldCimportantCforCqualityCofClifeCinCpatientsCwithglaucoma.PLoSOneC8:e58695,C201311)AsaokaCR,CIwaseCA,CHirasawaCKCetal:Identifying“pre-perimetric”glaucomaCinCstandardCautomatedCperimetryCvisualC.elds.CInvestCOphthalmolCVisCSciC55:7814-7820,C201412)YukiCK,CAsaokaCR,CAwano-TanabeCSCetal:PredictingCfutureCself-reportedCmotorCvehicleCcollisionsCinCsubjectsCwithCprimaryCopen-angleCglaucomaCusingCtheCpenalizedCsupportCvectorCmachineCmethod.CTranslCVisCSciCTechnolC6:14,C201713)FujinoCY,CMurataCH,CMayamaCCCetal:Applying“Lasso”462あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(40)’C-

網膜疾患とAI

2019年4月30日 火曜日

網膜疾患とAIArti.cialIntelligenceforRetinalDiseases桑山創一郎*安川力*はじめに今日,人工知能(arti.cialintelligence:AI)の開発が進むとともに,AIはますますわれわれの生活の一部となってきている.広義のAIを含めれば,お掃除ロボット「ルンバ」(2002年,iRobot社),iPhoneの音声対話システム「Siri」(2012年,アップル),人型ロボット「Pepper」(2015ソフトバンク)などがあげられ,最近では,「GoogleHome」,「AmazonEcho」などのスマートスピーカー,AI搭載エアコン「霧ヶ峰FZシリーズ」(2017年,三菱),新型の犬型ロボット「aibo」(2017年,ソニー)などがお馴染みであろう.AIが便利グッズとして人間の生活の一部となる一方で,2017年5月27日にディープマインド社の「アルファ碁」が囲碁の世界最強棋士,中国の柯潔(かけつ)氏を3戦連続で降し,チェス,将棋だけでなく囲碁の世界でも人間を凌駕するようになり,AIは単なる便利グッズから人間に取って代わる脅威ともいわれるようになりつつある.将来はスーパーのレジ,サービス機関の受付業務,タクシードライバーなどをはじめとした多岐にわたる職種がAIに取って代わられるとさえ予想されている.AIの進化は医療においても同様である.人型ロボット「Pepper」が,患者への検査や処置の説明,外来受診の案内,またその姿から癒しの効果を狙い一部の医療機関で導入されている.また,検査における画像の診断・解析はAIの得意分野であり,研究が盛んに行われている.画像解析に対しては,2012年から登場した機械学習の一種であるディープラーニング(深層学習)とよばれるコンピューターアルゴリズム(図1.1))が用いられているが1),これは人間の脳内における神経回路に似た仕組みを利用した,Google社の「ネコ」認識に関する研究が有名である.最初に1,000万枚のネコの画像をコンピューターに入力し学習させることで,ネコを概念として認識できるようになり,初見の画像からでもネコを認識することができた.この研究で注目すべきポイントは,人間からネコの特徴を教え込まれなくてもAI自らが学習の過程で特徴を見出したことである.Iディープラーニング(深層学習)画像の解析はこれまで,①特徴の選択,②画像の前処理,③特徴の抽出,④画像の後処理,⑤画像解析という手順で行われていた(図2).具体的には,対象疾患の画像上における特徴(例:糖尿病黄斑浮腫→硬性白斑,毛細血管瘤など)を選び,トリミングなどの画像の前処理を行う.次に,二階調化などにより特徴を抽出し,解析のために画像の後処理(例:視神経乳頭などの無関係な信号を削除など)を行う.そして最後に,画像解析を行う.このような工程が,手作業や画像編集ソフト(Pho-toshopRやImageJRなど),表計算ソフト(Excelなど)によって行われる.しかし,それにかかる手間は対象となる画像の特徴や,サイズ,症例数などによって途方もないものとなりうる.一方,これらをコンピューターの計算力を利用することにより,手間を最大限省くことに*SoichiroKuwayama&*TsutomuYasukawa:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕桑山創一郎:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(27)449図1神経回路と機械学習(ディープラーニング)の比較網膜ではシグナルが視細胞から双極細胞,神経節細胞へと下位ニューロンに伝わるほど,画像でのいわゆる画素に相当する視細胞の情報を周囲で連動,調整しつつ,画像の特徴を保持した状態で整理されていく.ディープラーニングでも,まずは細分化された画像情報の特徴を抽出・整理して下位層へと出力し,画像の答えとその特徴が結びつけられている結合(エッジ)に重みをもたせ(バックプロパゲーション),可能な限り正確な情報を伝えるアルゴリズムを構築させる.画像の特徴とエッジの重みは,ロジスティック回帰分析の各因子とオッズ比の関係に似ている.(文献1より引用・改変)図2従来の画像解析手法とディープラーニングの比較従来の画像解析では,従来は対象画像の特徴をまず選択し,二階調化処理など用い病変を検出,面積の測定などを行っていた.一方,ディープラーニングのアルゴリズムである畳み込みニューラルネットワークでは図のように小さな画像を切り取り(畳み込み),活性化関数による関数処理を行い画像の特徴抽出・ノイズ除去,プーリング処理によりデータの縮小・ノイズ除去などを行った結果得られた簡略化データファイルと診断結果を結びつけ,診断のカギとなる特徴データユニットに重みをもたせる処理を行い学習させる.画像の特徴は詳しく細部まで調べ上げるが,知りたいと思った特徴の質的・量的情報の把握が正確には困難である.(文献C1より引用・改変)=Googleのネコ認識の学習であれば,厳密にはネコという答えを出しているのではなく,「ネコである可能性が一番高い」と計算しているのである.このことは,疫学の分野であれば,ロジスティック回帰分析などを用い背景因子(血圧,喫煙Cindex,BMIなど)のオッズ比を算出することで,そこからもっとも発症しうる疾患を予測することに似ている(図1)1).CII網膜疾患の自動診断の試み機械学習による画像診断は,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性,緑内障などの診断のために積極的に取り組まれている.そして,ディープラーニングによって糖尿病網膜症の眼底写真を自動で診断する研究の論文が「JAMA」に掲載された2).その内容は,糖尿病網膜症の眼底写真128,175枚に対し,米国の複数の修練医にその重症度を診断させ,まずは医師の診断精度自体の評価を行った.そして次に,開発したCCNNアルゴリズムに対し医師の診断結果を教え込ませて,学習済みCCNNモデルを構築した.このモデルの検証のため,新たなC2組のデータとして,米国とインドの画像データC9,963枚と,フランスでの画像データC1,748枚を用いて自動診断を行い,これを複数の米国認定眼科医による診断結果と比較した.具体的には,(中等度および重症)非増殖糖尿病網膜症,増殖糖尿病網膜症,または中心窩からC1乳頭径以内に硬性白斑を認める糖尿病黄斑浮腫のどれかを認めるものをCreferableCdiabeticretinopathy(RDR)と定義し(糖尿病網膜症国際重症度分類),検出感度と特異度を計算した.すると,「特異度」つまりCRDRでない症例を正しくRDRでないと診断できる割合を高めたものでは,感度は各々C90.3%,87.0%,特異度は各々C98.1%,98.5%となった.逆に「感度」つまりCRDRの検出率を高めたモデルの場合,感度はC97.5%,96.1%,特異度はC93.4%,93.9%であり,一般眼科医の診断力に劣らない結果となった.これを受けて,2018年C4月にCAI搭載眼底カメラIDx-DRが臨床応用を目的として発売された.ただし,現時点では臨床で用いる際に多くの課題がある.判定困難症例がC1.2割ほど存在し,そのような画像は同様に自動診断も困難となる.また,糖尿病網膜症に特化していて,検出感度はC87%,特異度はC90%とスクリーニングレベルに留まり,日本での活用は困難である.欧米では皆保険制度ではなく,医師ではなく眼鏡士(オプトメトリスト)の使用を想定して作られている.さらに,高橋らが報告したように画角C50.60°程度の後極部の眼底写真のみでは周辺部の所見に見落としがあり,疾患検出に偽陰性は避けられない3).その他,先に述べた通りAIが判定している途中過程はこちらからは把握困難なため,硬性白斑や毛細血管瘤などの所見の詳細が正確には得られず,結果を次の臨床研究に生かすということが従来の特徴抽出する手法よりも困難なものとなる.最近,米国では,超広角型眼底カメラCOptosの画像自動診断の開発が進行中のようであるが,広角である反面,睫毛の写り込みやアーチファクトなどが問題となり,機械学習用の医師の診断自体の正確さにも問題があり,高い精度のCAI搭載機器の開発はむずかしそうである.光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)は,今や眼科診療,とくに黄斑部疾患や緑内障の診断において不可欠となっているが,OCT画像の読影は眼底写真以上の専門性を必要とするため,AIによる自動診断に関する研究の意義は大きいと思われる(図3).Leeらの報告によると,加齢黄斑変性の画像(48,312枚)と正常眼の画像(52,690枚)を学習させた結果,感度C92.6%,特異度C93.7%という高い検出力のアルゴリズムの構築に成功した4).加齢黄斑変性のみを診断できるという機械は,実際臨床の場ではなかなか活用しづらいものがあるが,この研究によりCOCT画像のCAI診断が可能であることが示された.OCT画像のCAI自動診断の試みとして,英国のCMoore.eldsCEyeInstituteとCGoogleのCDeepMindHealth社が共同でCAIによるCOCT画像自動診断に関する研究の成果を,2018年C8月に雑誌「NatureCMedi-cine」に報告した5).OCT画像の医師の診断結果をただ教え込ませ新規のCOCT画像を自動診断させるという単純なものではなく,OCTを医師が読影する際にその途中過程として行っている各構造をCsegmentationするという工程を図示して学習させ,診断結果のみでなく,黄斑浮腫,網膜.離や色素上皮.離などの所見もCOCTマップで表示できる.研究計画の時点で人間が実用化を452あたらしい眼科Vol.C36,No.4,2019(30)図3光干渉断層計(OCT)画像のAI自動診断の試みOCT画像の読影には専門的知識が必要である.大量のCOCT画像に診断名をつけて,ディープラーニングで学習済みCCNNモデルを構築し,新規のCOCT画像を自動診断させたところ,眼科疾患スクリーニングで実用化できる診断精度を得た.さらに診断精度が向上すれば,一般眼科医向け画像診断支援,さらには,治療判断支援サービスに応用可能である.AI診断信頼度(%)1黄斑前膜99.9887%2糖尿病網膜症0.0073%3正常0.0033%4.胞様黄斑浮腫0.0006%5加齢黄斑変性前駆病変0.0001%AI診断信頼度(%)1網膜静脈分枝閉塞症53.1887%2糖尿病網膜症35.7623%3.胞様黄斑浮腫9.3655%41型黄斑部毛細血管拡張症1.4489%5後部ぶどう腫0.1113%図4OCT画像のAI自動診断例AIは候補となる上位C5疾患とその信頼度を表示するように設定した.上段:99.9887%の確率で確信をもって医師の診断と同じ黄斑前膜であると診断した.下段:医師の診断と同じ網膜静脈分枝閉塞症とC53.1887%の確率で正答したが,第二候補として糖尿病網膜症,第三候補として.胞様黄斑浮腫とC5%以上の信頼度で回答した.実臨床では,一定の可能性(信頼度5%以上など)をもつ候補疾患を複数表示することで参考情報となるであろう.表1OCT画像におけるAI自動診断結果6)1C2C3C4C5それ以下83%7%4%1%1%4%計100%=

眼科医によるAI研究

2019年4月30日 火曜日

眼科医によるAI研究Arti.cialIntelligenceResearchbyOphthalmologists伊野田悟*髙橋秀徳*はじめに現在,人工知能(arti.cialintelligence:AI)は第三次ブームを迎えており,AIが人間の能力を超えたというニュースが大きく報じられている.とくにGoogle傘下のDeepMind社が開発した囲碁ソフトウェアのAlphaGoが,人間のトップ棋士の棋力を遥かに超えたことは世界中に衝撃を与えた.似たような衝撃が医療界に生じている.2018年4月11日,米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministra-tion:FDA)がディープラーニング(深層学習)によるAI,iDx-DRRを医療機器として初めて販売許可した.iDx-DRRは,AIを使用して眼底画像から糖尿病網膜症を即座に検出するシステムである.画像やその結果の解釈を医師に依存しない自立型AI診断システムであり,一般的な眼底カメラTRC-NW400(トプコン)に,インターネット上のコンピューターサーバーに存在するAIアルゴリズムを組み合わせている(図1).米国では,眼科医不足などから,全米で3,000万人以上いる糖尿病患者の約50%が1年以上にわたり眼底検査を受けていないとされる.糖尿病患者が普段訪れる地元クリニックには主治医はいても,眼科専門医はいないケースが多い.そこで,人手不足の眼科医に代わり,多数の患者の眼底検査を定期的に行うというのが基本コンセプトであり,おもに地域のクリニックで使用されることを想定し商品化された.人工知能はスクリーニングのために使用され,撮影された写真から「軽症のため1年後の再診(写真再撮影)」と「中等症以降なので眼科を受診」の二つの判定結果を出す.プライマリ・ケア医が血糖値と患者自覚症状のみから遠方の眼科へ紹介するのではない.このAIの普及が進めば,多少血糖コントロールが不良でも,毛細血管瘤が存在する程度の患者は眼科を受診せず,血糖コントロールが良好でも,網膜内細小血管異常や静脈の数珠状拡張といった虚血を示唆する所見を有する患者が眼科に紹介され,より社会的費用がかからない効果的な眼科加療が可能になると考えられる.FDAは世界の医薬品・医療機器規制当局のなかでももっともAIに積極的と目されているが,AIの画像識別能はヒトをすでに超えており,今後世界中でAIによる画像診断がスタンダードになっていくと考えられる.I人工知能の進歩AIという言葉は1955年に初めて使われた1).それ以降,われわれは多くのAIをそれと意識することなく使用している.これまでに開発された人工知能は,その仕組や発展段階から四つに分類することができる.図探索アルゴリズム,エキスパートシステム,機械学習,そして深層学習である.探索アルゴリズムとエキスパートシステムは,人が書いたプログラムを必要とする.一方,機械学習,深層学習では実世界のデータからコンピューターが自動的に学習してくれる.機械学習では,動作を調整する因子を学び,深層学習ではもっと抽象的なデータの表現を自動的に学習する.もう少し説明すると,機*SatoruInoda&*HidenoriTakahashi:自治医科大学臨床医学部門眼科学〔別刷請求先〕伊野田悟:〒329-0498栃木県下野市薬師寺3311-1自治医科大学臨床医学部門眼科学0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(19)441図1iDx.DRR(iDx.米国.https:..www.eyediagnosis.co.idx.dr.eu.1)AIを使用して,中等症非増殖糖尿病網膜症を検出する装置.一般的な眼底カメラTRC-NW400(トプコン,東京)にクラウドベースのAIアルゴリズムを組み合わせている.眼科診療所ではなく,一般内科などでの使用を想定している.特徴量のハンドメード入力機械学習増殖性糖尿病網膜症ディープ増殖性ラーニング糖尿病網膜症図2機械学習とディープラーニング画像認識させる場合に,機械学習では人間が与える特徴量をもとに学習を重ねる.ディープラーニング(深層学習)では,画像を与えるだけでAIが特徴量を探し出し,学習することができる.は,特徴量をCAI自身で見つけ出すため,その「印象」をもコンピューターが学習できるということを意味している.そのため,今までの医師が眼底所見から悪化因子や,病巣を見つけ,治療を行っていた時代と異なる新規の所見が見つかることも期待されている.糖尿病網膜症で生じる黄斑部浮腫は,網膜下液があれば歪視,長期では視力低下の原因となるため早期加療の対象となる.しかし将来的には,黄斑部浮腫が出現する前の現在知られていない網膜の変化を,眼底写真やCOCT画像を何千枚も読み込んだCAIが見つけてくれるようになれば,治療方針やガイドラインなども変化する可能性がある.CII人工知能と医療Oxford大学未来研究所とCYale大学政治学部の人工知能研究者C352名に,機械が人間の手を借りずに全業務を人間労働者よりもうまく安価に行えるようになる時期についてアンケート調査が行われた2).この論文では,翻訳家はC2024年,高校生レベルのエッセイストは2026年,トラック運転手はC2027年,販売員はC2031年,ベストセラー作家はC2049年,そして外科医がC2053年とされる.30余年をもって,臨床医の能力が人工知能に並ぶと予測され,それ以降の進歩については予測がつかない.現在CAIの活用ではとくに,米国CIT企業,Google,Apple,Facebook,Amazon,Microsoft,そして,中国Baidu,Alibaba,Tencentが研究費・産業化ともに圧倒的であり先行している.Google傘下のCDeepMind社が英国CNHS(nationalChealthservice)と提携し,眼底写真・CT/MRI画像,臨床情報などC160万人の医療情報の解析を行っていることは驚くべきことである3).AIの医療分野での活用は,今後ますます進み,ゲノム医療,医療情報,画像診断,手術支援,創薬,医療経済,介護領域など多岐にわたることが予想される.これらを可能にするのは,先に述べた機械学習・深層学習であり,臨床的なさまざまなデータ(各種検査値,画像,病理など)が,集合し構造化され学習されることで可能となる.そして,AIの活用においてもっとも大切なのはデータ集積である.先述べたCIT企業では,無料で優れたサービスを提供しており,世界中で利用されている.利用者は,検索項目を入れることで自分の必要な情報を知ることができ,さらにはそれと関連した情報までも同サービスが提案し,与えてくれる.関連した情報の提案は,大量の利用者のデータが解析・分析されることで,まさに「機械的に」提案される.Googleで「糖尿病」と検索した人は「糖尿病英語」「糖尿病チェック」や「糖尿病診断基準」のデータを続いて検索していることが多い.そのため「糖尿病」を検索したあなたは,その関連情報に興味があるでしょう?と提案してくれるのだ.2018年C12月C11日にCGoogle社CCEOが下院公聴会で,あるワードを検索すると米国大統領の写真が多く表示されるとして,同社の偏向がないかと追求を受けた.そこで,Googleの検索システムについて説明があったが,関連性や人気度を含むC200以上の要素でランク付けされた数十億の単語を元にCGoogle検索の結果は表示されていると答え,政治的偏向がないことを述べたことも記憶に新しい.この優れた機能は便利だが,同様の分野で新規参入を試みるにはこのように集積されたデータがないと非常に困難である.Googleと同じような検索エンジンのプログラムを作ることができても,検索したい内容がしっかり上位にくる精度の高さや,サジェスト機能による高い利便性は,集積されたデータがなければ不可能である.これは医療分野のCAIでもまったく同じことが起こる.電子カルテが広く普及し始めている現在,大量に生産されるデジタルデータをいかに入手し,集積し統合していくか.今後CIT企業による医療・健康分野への参入,AIによる融合がますます進んだ場合,医療・健康分野はIT企業にリードされる可能性がある.医療の専門家が不在でも,情報工学の専門家だけでデータの翻訳・解釈が可能となるためである.しかし,それはもしかしたら,患者・利用者の立場からすれば,無料で利用できる便利な自己健康管理に役立つサービスの誕生かもしれない.自分の健康データ(身長や体重など)の提供は,SNS(socialCnetworkservice)や検索エンジンでの個人と関連した情報を入力するかのような体験と錯覚しえる.もし,その結果,データ提供者が得られるのが無料での健康診断サービスだとすれば,利用者は自然に増え(21)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019C443図3AIによる診断・治療支援へ情報通信技術を用いた画像診断データベースを統合2016年度から,日本消化器内視鏡学会,日本病理学会,日本医学放射線学会,2017年度より日本眼科学会が加わり,学会主導でさまざまな医療分野の診療画像データベースの構築を行っている.(https://www.amed.go.jp/pr/2017_seikasyu_03-02.htmlより)-一般のAI今回のAI周辺含めた写真AさんBさんCさん正答率72%81%図4中心写真から周辺部を含めた判定を予測するAI中心部の画像のみ学習では,眼底全体の糖尿病網膜症判定の正答率はC72%であった.周辺部と中心画像を含めて学習させた後では,中心部の画像のみでも正答率がC81%まで改善された.カメラは,1977年に小西六写真工業(のちのコニカ)が販売を開始して以来,フラッシュの内蔵化などの機能の進歩も相まって,それまでの精密でむずかしいものというカメラの印象を変え,一気に普及した4).オートフォーカス機能は,カメラが自動的に被写体に対してピントを合わせるが,実際に撮影したい被写体を決めるのは撮影者自身である.同様に,AIによる補助は最先端診断の普及に繋がるだろうが,最終的に診断し治療をするのは医師である.「診断する楽しみ」も「治療する楽しみ」もCAIが普及しても残る.そして,眼科医によるCAI研究は,その「診断補助を作り出す楽しみ」である.オートフォーカス機能があればカメラが身近になると考えた小西六は,一般商業用レベルまで開発を行い,実際にカメラは広く普及した.眼科医は,前眼部写真,前眼部OCTや後眼部COCTや眼底画像などから,AIに何をどこまで任せるのか,心電図に備わった自動診断のような診断補助機能として,眼底カメラやCOCTに何をつけるのかCAIに任せることで専門家以外が行える診療を広げられる.たとえば,内科医が前眼部写真から,典型的な結膜下出血,翼状片,結膜.胞の診断ができ,大学などの専門機関の受診の必要性の有無や受診時期などの適切な助言ができるようになる.また,角膜専門家が加齢黄斑変性の診断を,網膜専門家が角膜潰瘍の診断を行い,初期対応の程度が洗練されることになる.専門外の医師にとっては,AIの補助が加わることで,診断の正確化・個人差をなくした再現性のある初期対応を行うことができ,日常診療に非常に有用である.ビッグデータの集積がCAI研究には不可欠であるが,先に述べたようにそのデータ集積だけであれば,情報工学の専門家のみで集積が可能である.しかし,集積したデータの利活用を,実際の臨床場面で必要なところまで想定するのは医師でなければできない.加齢黄斑変性による黄斑部の萎縮がある患者への白内障手術による視力向上の程度を知りたい場合,前増殖性糖尿病網膜症程度の病期の進行の判定をしたいが,アレルギーがあるために蛍光眼底造影検査ができない場合など.眼科医がCAIの活躍する場面を想定し,実際の研究も行うことで,ビッグデータの集積をより効率よく行うことができる.当科では,中心C45°のカラー眼底写真のみから周辺を含めた糖尿病網膜症病期分類をC80%の確率で的中させるAIを開発した(図4)5).健康診断でおもに用いられる中心C45°の判定のみでは周辺の悪性所見が判断できず,軽症例も二次健診を必要とする.本CAIを用いれば,周辺部の悪性所見の判断ができ,さらに的確に二次健診を推奨できるようになるだろう.この報告ではさらにC1年後に網膜光凝固・硝子体手術・硝子体内注射を要したかどうかも学習させ,網膜専門医よりも高い確率での予測に成功した.しかし,データの集積やその開発は自施設のみではデータが集まりづらい.筆者らは,複数の医療機関とそこにいる複数の眼科医と,ニーズからその後の実用に向けて研究を行っている.また,現在はさまざまな企業から無料でCAI開発ツールが提供されている.インターネットで検索すると,複数の会社から提供されている.これまでCTensorFlow,Keras,Theano,Ca.eなど深層学習むけのライブラリは海外から多く発信されている.これらのフレームワークは無料で提供されており,使用することができる.多少のプログラミング知識が要求されるが,従来の人工知能の開発と比較するとその敷居は小さくなっている.プログラミング言語として,PythonがCAI開発としては一般的である.機械学習やデータ分析に向いているライブラリが豊富にあることや,シンプルなコードで記述できることなどがその大きな理由とされる.ただし,コンパイラ言語であるC,C++,Javaやスクリプト言語であるCRuby,PHP,JavaScriptなどと聞いて親しみがある人でも,Pythonの利用には数カ月単位での学習が必要なことがある.プログラミング言語の習得が必要であることは,AI開発を避けたくなる一つの要因である.また,実際にCAI開発を行い,使用するにはそれなりのコンピューター機能が必要で,一般的なノートパソコンでは外部CGPUを使用できる環境でなければ動かすことは現実的ではない.現在,これら二つの大きな敷居を超えてCAI開発を行えるツールが発信されている.その一つがCSONYがリリースした「NeuralCNetworkConsole」である(図5)(https://dl.sony.com/ja/).最初から最後まで,プログラミングが不要であり,一般的なCAI開発ツールと比べ初心者から使用しやすい画面設計であり,ネット上でも446あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(24)図5NeuralNetworkConsoleR(SONY,東京)ニューラルネットワークを直感的に設計でき,学習・評価ができるCAI,深層学習ツール.プログラムを書かずに,初めて深層学習にふれる人でもCAI開発をすることができる.無償で公開され,現在は一部が有償となっている.

ビッグデータ

2019年4月30日 火曜日

ビッグデータBigData三宅正裕*はじめにビッグデータという言葉は数年前に流行した言葉で,最近は人工知能(arti.cialintelligence:AI),internetofthings(IoT),ブロックチェーンといったテクノロジー関連用語が注目を集めている.しかしながら,これはビッグデータの役割が終わったということではない.それどころかむしろ,これからの時代においてますますその重要性を増しており,AI,IoT,ブロックチェーンとは切っても切り離せないものである.たとえばAIプログラムを開発するために必要となるデータはまさにビッグデータであるし,IoTにより集積されていく日常のさまざまなデータもそれ自体がビッグデータである.本稿では,眼科領域において用いられるデータベースとして,レセプト情報・特定健診等情報データベース(nationaldatabese:NDB),JapanOcularImagingRegistry(JOIregistry),その他,今後活用が予想されるデータについて解説する.Iレセプト情報・特定健診等情報データベース(NDB)1.NDBとは厚生労働省は2009年度診療分より,レセプトについてオンライン・電子媒体で請求することを原則として義務化した.これらの電子化されたレセプトデータが格納されているのがNDBである.厚生労働省のデータによると,NDBには現在の日本における保険請求情報の95%以上が含まれており,非常に悉皆性の高いデータとなっている.2.NDBに収集されているデータNDBは,電子化されたレセプト情報,ならびに特定健診・特定保健指導情報によって構成されている.レセプトとは,保険診療を行った医療機関が,診療報酬点数表に基づいて診療報酬(医療費)を保険者に請求するために,患者一人について毎月発行する診療報酬明細書のことである.このうち電子化されたレセプト情報がNDBに格納されている.このため,たとえば紙媒体のレセプトで請求が行われた場合の情報は含まれないが,わが国の電子レセプトの普及率は2015年5月時点で98.6%であることや,わが国は国民皆保険制度を採用していることを考えると,国内の医療行為のほとんどが捕捉されているといっても過言ではない.レセプト自体には,診療に関連する傷病名や治療内容,投薬,使用された器材などのみならず,氏名,生年月日,性別などの患者情報や,医療機関,保険者,被保険者などの情報も含まれるが,NDBに格納される段階で,患者氏名や生年月日の「日」,保険医療機関の所在地および名称,カルテ番号,被保険者証の記号・番号などは,個人が特定されないよう削除されている.代わりに,これらの情報には患者をごとにID(ハッシュID)が付与されているため,個人を紐付けて抽出,分析を行う際にはこのIDを使用することができる.*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕三宅正裕:〒606-8507京都市左京区聖護院河原町54京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(11)433特定健診情報としては,2008年度より実施されている,40歳以上75歳未満の被保険者・被扶養者を対象とするメタボリックシンドロームに着目した健診の受診情報が格納されている.特定保健指導情報としては,特定健診受診者のうち生活習慣病のリスクが高いとされ特定保健指導を受けた者の当該特定保健指導の情報が格納されている.レセプト情報を格納する際と同様,氏名などといった受診者個人が特定されうる情報は削除され,代わりにハッシュIDが付与されている.含まれる情報としては,問診結果(服薬歴,喫煙歴,生活習慣など)や身長,体重,血圧などといった測定項目,血糖値やコレステロール値などのおもに生活習慣病に関連した検査項目の結果,保健指導レベルや支援形態などの情報などがある.3.NDBデータの第三者提供NDBは「高齢者の医療の確保に関する法律」に基づいて厚生労働大臣が保有し,厚生労働省保険局が管理・運用するデータベースであり,本来の目的は「全国医療費適正化計画及び都道府県医療費適正化計画の作成,実施及び評価に資する」ことである.このため,その他の目的に使用することは目的外使用にあたる.このようななか,2008年の「医療サービスの質の向上等のためレセプト情報等の活用に関する検討会」の報告書において,医療サービスの質の向上などをめざして正確なエビデンスに基づく施策を推進するにあたって有益となる分析・研究や,学術研究の発展に資するような研究を行うことを一律に排除すべきではなく,個別審査により第三者提供を認めるべきであるとの提言がなされた.これを元に2010年に「レセプト情報等の提供に関する有識者会議」(以下,有識者会議)が設置され,現在は,有識者会議の審査のもとでNDBの目的外利用が可能となっている.NDB情報の第三者提供にあたっては,有識者会議により2011年に「レセプト情報.特定健診等情報の提供に関するガイドライン」が定められ,これに基づき,有識者会議(2013年9月からは有識者会議の中に設置された専門の分科会)において個別審査が行われている.2016年3月時点で大きく分けて三つの形式で提供されており,それに加えて2015年12月および2016年2月に東京大学と京都大学に設置されたオンサイトリサーチセンターでの利活用を見据えた模擬申し出も進んでいる.まず,提供の一形態として「特別抽出」があげられる.これは,研究者が個別の研究に必要と考えるデータをすべて要望し,申し出する形式で,有識者会議審査分科会において承諾されれば,希望する項目のNDBデータを入手することができる.ただし,提供を依頼するデータは「研究内容に鑑みて最小限」であることが求められているため,事前にとりあえず幅広くデータを集めてあれこれ分析してみたい,といったあいまいな研究目的での利用は,原則として認められていない.事前に,限定された目的に対する完成度の高い研究プロトコルの準備と,合理的な根拠に基づいたデータ項目の指定が必須となっているためハードルは高く,機微な情報も含まれるためセキュリティ面の要求も高い.データマイニングを行うことができないため,いわゆるビッグデータ解析という観点からの魅力は高くない一方で,目的や解析方法が明確であれば非常に悉皆性の高いデータを得ることが可能である.次に,「サンプリングデータセット」があげられる.単月分の医科入院レセプト,医科入院外レセプト,DPCレセプト,調剤レセプトに対し,性別および5歳刻み年齢別に,母集団つまりNDBデータの同月診療分データ全数と構成比率が変化しないよう,入院で10%,外来および調剤で1%の抽出を行い,出現回数の少ない傷病名や診療行為,医薬品の情報などはダミー化したデータである.サンプリングデータセットを利用する際には,特別抽出の審査の際に求められていた抽出条件などの詳細な指定は求められず,研究の概略が把握できるような申し出でも構わないとされており,セキュリティ環境の確保も,特別抽出の際ほどには厳しい要件は求められていない.特別抽出では探索的な研究が原則として認められていないことから,そうしたニーズに対応できるよう整備されたデータであり,時系列を追うような複雑な解析はできないもののデータマイニングを行うことができる.セキュリティ面を鑑みても,興味があればまずこのデータで取り扱いを習熟するのがよいだろう.434あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(12)第三の提供形態は「集計表」である.これは申し出者が厚生労働省に集計表の作成を依頼するもので,有識者会議の審査で承認されれば厚生労働省が集計表を作成して申し出者に提供されることになる.データ操作の知識は不要であるものの,データ構造に習熟していなければ適切な集計が依頼できない.また,集計完了までの期間も読めない.2013年の「レセプト情報・特定健診等情報データの第三者提供の在り方に関する報告書」において,「より円滑なデータ提供のためには,探索的な研究や希少疾患の研究に有効で,患者や個人立の医療機関の情報を保護することができる,オンサイトセンターでのPrivacyPreservingDataMining等を用いたデータの利活用について検討を進めることが望ましい」とされたことを受け,厚生労働省のNDBに実地でアクセスできるサイトとしてオンサイトリサーチセンターが設置された.試行利用を経て,現在,第三者利用の模擬申し出を行っているところであり,ここでの経験を踏まえて第三者利用の本格運用開始が予定されている.オンサイトリサーチセンターの第三者利用は,特別抽出のデータの粒度とサンプリングデータセットの探索性の双方の利点を兼ね備えており,まさにビッグデータ解析の本丸である.筆者も模擬申し出を行い厚生労働大臣より承認されたが,現時点では解析するためのパソコンの性能が限定的であったり,セキュリティ面の要件が厳しいため,今後の普及のためにはこの点の改善が望まれる.IIJapanOcularImagingRegistry(JOIregistry)1.JOIregistryとは数年前より医療分野においてもAIの活用が現実的に見込まれるようになってきたことから,AIを開発するにあたってのデータ基盤を構築するため,わが国の医療研究開発の司令塔たる日本医療研究開発機構(JapanAgencyforMedicalResearchandDevelopment:AMED)は2016年から学会主導型の画像などのデータベース作成に着手した.当初採択されたのは日本病理学会,日本医学放射線学会,日本消化器内視鏡学会の3学会であったが,2017年にも同様の公募が行われ,日本眼科学会も採択された(図1).このプロジェクトにおいて日本眼科学会が構築しているのがJOIregistryで,眼科領域初の画像などのナショナルデータベースである.2.JOIregistryの特徴これまでわが国ではさまざまな領域においてさまざまなレジストリが構築されてきたが,成功したといえるレジストリは数えるほどである.過去のレジストリの問題点としては,インセンティブ設計が不足しており一部の施設からしか積極的な登録が行われないといった点や,政府からの補助金がある間はワークするものの補助金が終わった後の資金が確保できず更新されなくなる点,また収集されたデータはレジストリ構築主体が論文作成などに使用するのみであまり利活用されてこなかった点などがあげられる.これまでもっとも成功したと思わるレジストリは日本外科学会を中心とに構築されたNationalClinicalDatabase(NCD)あろう.このレジストリは専門医制度と結びつけることによって非常に高い悉皆性を確保し,わが国で一般外科医が行う手術の95%以上をカバーしているとされる.また,基礎的な運営費用も自己収入で賄っており,政府の補助金に頼らず自立したレジストリとなっている.しかし一方で,登録作業が各施設/各外科医の大きな負担になっているという問題や,長期予後については外科専門医制度と結びついていないため捕捉率が必ずしも高くないという問題も存在する.JOIregistryでは,これら過去のデータベースの問題点を踏まえ,それらを克服できるデータベースの構築を行っている.JOIregistryの基本的な設計は,各施設の眼科部門カルテに格納された情報を,基本的にすべて,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」に基づき日本眼科学会のクラウド(JOIregistry)に自動的に送信して集約する形である.これにあたっては,大学病院の眼科のみならず,日本医療情報学会,日本眼科医療機器協会や眼科医療機器メーカーと密に連携し,ソフト面・ハード面の両面でシステム構築を行っている.収集された情報は,各種研究・調査等に活用され,眼科医療の質の均てん化をめざす.また,次世代医療基盤法との整合性を確(13)あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019435図1AI開発加速コンソーシアムで示された構想図2JOIregistryの仕組みと進捗できればと考えており,これによって施設・疾患ごとのデータ取得バイアスを低減させることをめざす.c.フィードバックこれまでのレジストリは,参加しても結果的に中心となる施設にしか恩恵がないものが多く,得られる恩恵としても,論文執筆時のオーサーシップなど,一般臨床医には興味のないものであることが多かった.JOIregis-tryでは,参加することによって臨床に役立つフィードバックが提供されることで,一般臨床医の先生方にも積極的に参加していただけるようなシステム構築をめざしている.たとえば現時点で提供が予定されているものとして,電子カルテ組み込み型の診療補助ツールがある.現時点ではサマリーページの提供が予定されているが,将来的にはAIを活用したものなども順次導入されるかもしれない.また,全国から収集されたデータをもとに類似画像検索システムを提供するといったフィードバックも想定している.これらは,日本眼科医療機器協会や電子カルテベンダーと全面協力しているからこそ提供できるものであり,眼科独自の先進的な取り組みといえる.d.データ利活用データは,蓄積することには意味がなく,活用してこそ意味がある.前述のように,本レジストリは眼科領域全体の共通資産,インフラストラクチャーとして作成しているものであるため,収集されたデータは利活用しやすい形で提供できるようにすべきであろう.まだレジストリ構築途上であるため具体的なデータ提供方法などは定まっていないが,米国国立衛生研究所が32,000枚の放射線画像を公開しているのと同様,JOIregistryからも,匿名加工データの一部は公開データとして社会に提供し,その他のデータはエフォート(たとえば複雑なアノテーションを付与するなど)に応じた形で提供することが望ましいのではないかと考えている.また,それにあたっては,研究に充てることが可能な人・時間に応じて逆レバレッジをかける(研究に充てられる時間が少ない施設ほどデータの提供を受けやすくする)ような仕組みも必要であろう.3.JOIregistryの進捗状況JOIregistryは将来的には診療所も含むすべての眼科施設に展開することを想定しているが,現在はそのためのパイロット研究として,国内の21大学病院の協力を得てプロジェクトを進めている.実装のハードルとしては各施設の倫理審査委員会,各施設の医療情報部との交渉,実際の物理的なネットワークシステム構築などがあげられるが,各施設と協力して進めた結果,2施設ではネットワーク構築が完了,3施設ではネットワーク構築に着手しており,3施設ではこれから順次ネットワーク構築に着手していく状況である.また,医療情報部と調整中の施設が4施設,倫理審査委員会の承認待ちの施設が9施設となっている.意欲的な試みであるため各段階で時間を要しているものの,全体構想としては省庁,AMEDや独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PharmaceuticalsandMedicalDevicesAgency:PMDA)からも高く評価されており,少しずつ各施設の医療情報部の協力も得やすくなってきている.システム的にも,4社の電子カルテベンダーの接続が完了すればその際のノウハウを横展開するだけであるため,資金的な余裕があれば加速度的に参加施設が拡大していくと考えられる.III今後活用が予想される眼科領域ビッグデータこれまではNDBという規模感のあるビッグデータについて記載してきたが,ここからはもう少し規模の小さな,しかし今後重要となりそうなデータについて簡単に言及する.1.手術ビデオ手術ビデオはたくさん撮りためられていると思われるが,術式の復習などに使用される程度で積極的な解析はあまりなされていないのが現状だと思われる.このような,貯まっているけれども活用されていないようなデータをレガシーデータとよぶが,近年のディープラーニングに端を発する画像解析技術の進歩により,このようなデータが大きなポテンシャルを秘めたデータとなっている.たとえば,適切にアノテーションをつけて学習させ438あたらしい眼科Vol.36,No.4,2019(16)

深層学習を用いた画像分類のしくみ

2019年4月30日 火曜日

深層学習を用いた画像分類のしくみBriefIntroductiontoImageClassi.cationwithDeepLearning綾塚祐二*はじめに人工知能(arti.cialintelligence:AI)というと,人間が考えたり判断したりできそうなことは何でもできる,というイメージを思い浮かべる人も多いかもしれない.しかし,現在さまざまな分野で成果を上げている「人工知能」は,特定の目的に特化したタイプのものであり,大量のデータから共通する特徴などを自動的に見つけ出す機械学習とよばれる技術を応用したものが主である.数ある機械学習の手法の一つが,生物の神経細胞の働きを模したニューラルネットワークを使うものであり,多層のニューラルネットワークを効率よく学習させる方法をとくに深層学習(deeplearning)とよぶ.本稿では,画像をいくつかのカテゴリーに分類するという課題を題材に,機械学習や深層学習がどのようなことを実現しているのかのイメージをつかむための解説を行う.I機械学習を用いた画像の分類機械学習が普及する以前から,計算機を用いた画像解析や画像分類は行われてきた.ここではまず,通常の(機械学習ではない)計算機のプログラムを用いた画像の分類と,機械学習を用いた画像の分類とを比較し,機械学習の特徴を説明する.1.計算機のプログラムを用いた分類計算機上では,画像は格子状に分けた点(画素,ピクセル)の色・明るさ(画素値)の集まりで表される.プログラムとは処理・計算の手順であり,画像の分類であれば,この画素値や画素値の並びを集計したりする処理を経て,集計結果をフローチャートのような形で分類する手順を人間が記述する(図1).Yes/Noの分岐の閾値,そして分類されるカテゴリーの境界も基本的には人間が作り込む.特徴やその組み合わせが明示的かつ細かく分解して記述しやすいものであれば,それをプログラムとして記述することは(相対的に)むずかしくない.しかし,見るべき特徴が具体的に言い表しにくく,また特徴の種類が多くそれらが複雑に絡むような場合になると,難易度は格段に上昇する.2.機械学習を用いた分類機械学習では,多数の実例(学習データ)から,見るべき特徴や閾値などのパラメータを決定する(特徴は人間が設定し,パラメータのみをデータから決定するような場合もある).分類に適した「特徴(の組)」とは,それらを軸として分類したいデータをプロットしたときに,各カテゴリーがはっきりと分かれた場所にくるものである(図2).この各特徴が何を表しているかは,人間にとってわかりやすい場合もあれば,複雑怪奇でほとんど意味不明に見えるような場合もありうる,というのが機械学習の大きな特徴の一つである.各カテゴリーの境界が曖昧さなく決まることが理想であるが,多くの現実の問題ではそうはならない.よい特*YujiAyatsuka:株式会社クレスコ技術研究所〔別刷請求先〕綾塚祐二:〒108-6026東京都港区港南2-15-1品川インターシティA棟26階株式会社クレスコ技術研究所0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(3)425図1フローチャートによる分類の例分岐する条件やその判断の仕方の手順,閾値などをプログラムとして記述する.図2よい特徴量の組,悪い特徴量の組左の図は星型と六角形で表されたグループを直線で明確に区切ることができるが,右の図では区切れない.図3複雑な境界線三つのカテゴリーの境界を曲線で表している.=層入力出力ニューロンエッジ図4順伝播型のニューラルネットワークの模式図分類を行う際の「刺激」は左から右に伝わる.図5局所解と最適解局所解の近傍の狭い範囲だけを探索すると局所解が最適に見えてしまい,抜け出せない.-図6畳み込みニューラルネットワークの模式図畳み込み層にはプーリング層を付随させることも多い.図7畳み込みフィルターをずらしながら順に一致度を計算していき,一致度の高いところが「濃い」画像を出する.-入力画像出力画像畳み込み+プーリング最大値プーリング最大値プーリング最大値プーリング図8畳み込みとプーリング入力画像から各フィルターに合致する特徴が濃縮された縮小画像が生成される.図9データ拡張の例学習データにさまざまな変換を加え,実質的なデータ数を増やす.

序説:人工知能(AI)とビッグデータ

2019年4月30日 火曜日

人工知能(AI)とビッグデータArti.cialIntelligence(AI)andBigData安川力*小椋祐一郎**人工知能(arti.cialintelligence:AI)は今,第三次ブームの真最中であり,家電製品,ボードゲーム,人型ロボット,物流システムなどで実用化され,自動車の完全自動運転の実現も手の届く所まできています.AI機器といってもその精度(安全性)と開発に用いられる情報量(便利さ)はさまざまであり,たとえば,おしゃべり玩具のaiboなどは高い精度を要求されないので,必要とするデータ量も少なくても商品になりえますが,もっとも安全性が求められるものの代表である自動車の自動運転システムでは,高い精度(安全性)を発揮するためには膨大なデータ量が必要となります(図1).AIの普及には,コンピューターの性能が向上し,膨大なデータ処理を短時間でこなすことができるようになったことと,もう一点,機械学習の一種である深層学習(deeplearning)の登場が大きく寄与したといえる.脳の神経回路を模した多層のニューラルネットワークで構築されたdeeplearningにより,画像,音声,自然言語などの解析精度が飛躍的に向上しました.医療においても,画像を扱う分野(眼科,病理診断,放射線科,消化器内科,皮膚科,内視鏡診断など)でAI研究と開発が激化し,眼科では,2018年4月に世界初のAI搭載眼底カメラ(IDx-DR)が米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)に認可されました.医療用となると高い安全性が要求されますが,精度の高いAIの開発には,①大量のデータ(ビッグデータ),②学習させる確かな診断結果,③最適なアルゴリズムの構築が不可欠です.クラウド技術は,ビッグデータ収集に有効なだけでなく,遠隔医療にも活用でき,病診連携,在宅医療,健診サービス,僻地医療などの効率化が期待できます.画像以外でも,PepperやTapiaなどの人型ロボットを活用し,病気の説明など医療スタッフの業務を補完することなどができます.これはロボットを購入するかレンタルしてデータを入力すれば,すぐにでも実現できますし,膨大な安全管理マニュアルの入力,画像からの顔認識や行動パターン認識の機能の導入などを行えば,リスクマネージメント,病院の防犯,ベッドサイドモニタリングにも応用可能でしょう.医療へのAIの活用法としては,①医師の診断のサポート(画像の自動診断,データ通信による病診連携・遠隔医療など)②医療スタッフサポート(人型ロボット活用,自動測定など)③患者のサポート・医療福祉向上(スクリーニング機器の導入,僻地医療,在宅医療,視覚障害*TsutomuYasukawa&*YuichiroOgura:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(1)423精度・安全性図1人工知能とビッグデータの精度・安全性,情報量・便利さの位置づけ