連載⑤二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科はじめにRandomDotStereogram(RDS)は片眼では白黒の点の集合にしか見えないが,両眼視すると立体が浮き上がる立体視画像である.1960年Julesz(ユレシュ)により発表された1).当時,立体視は「左右眼から届いた情報をもとに脳がまず形の情報処理を行い,その形を左右で照らし合わせて視差を検出することにより成立する」と考えられていた.RDSはそれをくつがえす発明だった.単眼の手がかりを持たない立体視検査連載①で紹介したTitmusStereoTestは,眼科でも(81)っとも一般的な立体視検査である.患者が両眼での立体感覚をもつか,斜視や弱視の治療前後で立体視が改善するかを判定でき,小児にも使える簡便な検査だが,偽陽性の問題がある.視差のある図形を凸として認識できなくても視差のない図形と区別できたり,左右眼ですばやく交代視することで視差のある図形を見つけたりする偽陽性例の判定がむずかしいのである.TitmusStereoTestでは単眼の手がかりを100%排除できない.*単眼のみで得られる視覚情報のうち,立体感や奥行き感覚の把握に有用なものを単眼の手がかり(monocularcue)とよぶ.1960年ユレシュは単眼の手がかりをもたない立体視検査を発表した.RDSである.コンピューターを使って画面の構成点1点1点について黒か白かを無作為に決定して2枚の同じ画像を作る.どちらか片方の画像の一部を鼻側にずらし,交差性視差をつける(図1b).ここでは左側の画像の中央正方形部を鼻側にずらしている.両眼で見ると視差をつけた部分が浮き出して見える(図1c).単眼では白黒の点が見えるだけで形の情報はなく,見る人の先入観の影響を受けない(図1a).立体視に新しい考え方をもたらしたRDSRDSの発表は当時画期的なものだった.それまで,両眼で見るとは,左右の眼から別々に届いた網膜像から,どんな形や色をした像かを脳がとらえ,そのあとで両方の像を照らし合わせて統合すると考えられていたからである.言いかえると,形の情報処理が終わってから,左右像の照合と視差の検出など,立体視情報の処理に移るとされていたのだ.TitmusStereoTestであれば,左右の網膜に映るハエの情報が脳に届き,その形がとらえられ,2個のハエがほぼ同じ形で同じ色の同質図形であるから,それらを重ね合わせて視差検出を行い,視差のある部分が浮き上がるという具合に.RDSは,2枚の画像の中に形や色など具体的な手がかりがなくても,両眼網膜の対応点1点1点に映る情報のみから,脳が視差を検出して立体感覚を作ることを示している2).外来で見かけるRandotPreschoolStereoacuityTestはその一つである(図2).偏光眼鏡をかけて右頁の絵を見ると,左頁で示すような図形が異なる配列で浮かびあがり,相当する図形を選ぶようになっている.800秒から40秒までの視差の検査が可能である.偏光眼鏡をかけるとEの文字が浮かび上がるRandomDotETestもある.赤と緑の点で構成され,赤緑眼鏡をかけて見るTNOStereoTestもrandomdotの原理を使っている.赤レンズ下では緑レンズ下よりコントラスト低下が大きく,左右のコントラストの差を生じるので,片眼弱視など左右差のある患者では影響を受けやすい(連載①参照).これらは静止画を用いた静的立体視検査である.静的立体視と動的立体視画像の一部につける視差の量を経時的に増やしていくことで徐々に浮き上がる,あるいは引っ込むような動きのある立体視刺激を作ることもできる.これをdynamicRDSとよぶ.動的な視覚刺激を用いるのでこちらは動的立体視検査とされる(表1).内斜視があり,静的立体視検査では立体視(?)とされる患者の中に動的立体視検査では(+)の例があると報告されている3,4)※註.静的,動的視覚刺激に対する反応の違いは,視覚情報処理の二つの経路の存在を示唆しているが,この大きな課題についてはこれからしっかり説明していきたい.※註)dynamicRDSでは視差が量的に変化するだけでなく,刺激が網膜上を動く速度や方向に両眼間で差が生じる.そのためRDSの刺激方法によっては,患者が検出しているのは視差ではなく両眼間の速度差であると考えられる.厳密な意味での立体視と区別して奥行き運動知覚motion-in-depthperceptionという言葉を使う論文もある4).文献1)JuleszB:Binoculardepthperceptionofcomputer-generatedpatterns.BellSystTechJ39:1125-1162,19602)藤田一郎:第6章二つの目で見る.「見る」とはどういうことか─脳と心の関係をさぐる,p156-199,化学同人,20073)FujikadoT,HosohataJ,OhmiGetal:Useofdynamicandcoloredstereogramtomeasurestereopsisinstrabismicpatients.JpnJOphthalmol42:101-107,19984)MaedaM,SatoM,OhmuraTetal:Binoculardepthfrom-motionininfantileandlate-onsetesotropiapatientswithpoorstereopsis.InvestOphthalmolVisSci40:3031-3036,1999図1RandomDotStereogramの原理片眼ずつではこのように見える.左側の画像の中央の正方形部を鼻側にずらして交差性視差をつけている(黄矢印).ずらしてできた空白部は白か黒でうめる(0’1’部分).左右眼の像を融像させると中央正方形部が浮き上がって見える.(81)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.10,20161467図2RandotPreschoolStereoacuityTest表1RDSの種類RDSの種類検出できる能力静止画のRDS静的立体視(staticstereopsis)静的奥行き感覚(staticdepthperception)動画のRDS(dynamicRDS)動的立体視(motionstereopsis)奥行き運動知覚(motion-in-depthperception)1468あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(82)