特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1443?1448,2016低濃度アトロピン点眼の可能性と問題点PotentialandProblemsofLow-ConcentrationAtropineEyedrops稗田牧*Iアトロピンは近視進行を止めるアトロピンによる近視進行抑制の試みは古くからあるが,シンガポールのAtropineforthetreatmentofchildhoodmyopia-1(ATOM-1:アトムワン)研究でその効果が確定した1).この試験では400人の6~12歳の片眼に1日1回1%アトロピンもしくは偽薬を2年間点眼して効果を比較した.屈折度?1D~?6Dまでの近視で,乱視や不同視が1.5Dまでの対象に対し,点眼がどちらになるか,両眼のどちらが治療されるかをランダムに割り付け,全員に調光レンズを処方した.1年経過時点では1%アトロピン点眼群の平均値は近視が軽くなるのみならず,眼軸長が短縮するという驚くべき結果となった.2年経過後でアトロピン点眼群は,平均で?0.28Dほど近視化したものの,眼軸長は開始時とほぼかわらず,1%アトロピンの点眼は近視の進行,眼軸延長をほぼ完全に止めるというエビデンスが示された(図1).IIアトロピンとは?神経伝達物質であるアセチルコリン(Acetylcholine:Ach)によって刺激される受容体はイオンチャンネル型のニコチン受容体と代謝調節型のムスカリン受容体に大別される.ムスカリン受容体は末梢では副交感神経の神経終末に存在して活動を制御する.ムスカリン受容体作動薬として眼科で使用される点眼としてはピロカルピンがある.アトロピンはこのムスカリン受容体を競合的に阻害することにより拮抗薬として働く.ムスカリン作用により瞳孔は縮瞳し,毛様体筋は収縮し,心臓には抑制的に働く.反対に,アトロピンにより散瞳,調節麻痺,心拍数の増大などが起こる.アトロピンは調節麻痺薬として使用される以外に,迷走神経反射による除脈を正常な状態に戻すことに使用されている.天然のムスカリン受容体拮抗薬であるアトロピンは,ベラドンナ植物のアルカロイドである.1831年にMeinによりアトロピンとして分離された.ベラドンナとはイタリア語で美しい女性を意味し,女性が瞳孔を拡張させるために使用したことからきている.眼に対する影響として,散瞳効果は30~40分で最大となり12日間程度継続する.調節麻痺効果は2~3時間で最大効果を示し2週間継続するとされている.虹彩色素が多い眼では効果の発現が遅く,効果がなくなるのにも時間がかかるとされている2).わが国では1%アトロピン点眼で調節麻痺を行う場合には1日2回で1週間使用することが多い3).III1%アトロピン点眼にはリバウンドがある近視進行をほぼ停止させる効果をみせた1%アトロピンは,調節麻痺薬として古くから眼科で使用されている.アトロピンによる調節麻痺後の検影法による他覚的屈折度数(もしくはそれから生理的トーヌスを引いた)による眼鏡処方は慣例的に完全矯正とよばれている.1%アトロピンを使用すると調節力がほぼ失われてしまうので,近用眼鏡が必要となる.さらに瞳孔が散大するので羞明も強い.両眼に1%アトロピンを点眼しつづけることは,日常生活に大変な困難を及ぼす.さらに,2年間1%アトロピン点眼した眼において,点眼を中止して1年間経過観察をしたところ,近視が急激に進行し,大幅に眼軸長が延長して,点眼中止後のリバウンド現象が観察された4).これは拮抗薬の長期投与によって受容体のアップレギュレーションが起こり,急に中止したことで逆に強い効果が出てしまったと考えられる.日常生活での困難やリバウンド効果により,よほど強度近視である場合を除いて1%アトロピンは近視進行予防には不向きな薬剤ということになった.ただし,1%アトロピンであっても点眼を休止後には調節力,瞳孔径はもとに戻り,網膜機能への影響も検出されなかった5).IV低濃度アトロピン点眼による治療アトロピンによる近視進行抑制効果を臨床応用するために,シンガポールのグループはアトロピンを0.5%,0.1%,0,01%に濃度を希釈して再度臨床研究(ATOM-2)を行った.今回は400人の6~12歳の両眼に1日1回2年間点眼して濃度ごとの近視進行を比較した.各濃度は2:2:1の割合でランダムに割り付けたため,0.01%で治療がなされたのは80人程度である.また,前向きに偽薬のコントロールが置かれたわけでもない.その結果,濃度依存性に近視進行が抑制される結果であったが,ATOM-1の偽薬群に比較すると,0.01%であっても近視進行は抑制されていた(図2)6).羞明やアレルギー性結膜炎などの副作用は0.01%がもっとも少なかった.東京医科歯科大学のグループは6~12歳に0.01%アトロピン点眼を両眼に1日1回2週間点眼したところ,明所で平均0.7mm瞳孔が散大し,調節力が平均2D低下したことを報告した.いずれも既報よりも少なく,日本人においてはアトロピン作用にわずかながら違いがある可能性を示している7)V0.01%アトロピンにはリバウンドがないATOM-2は介入,中断,再度介入の3つのフェーズで構成されている.第1フェーズでは上記のとおり2年間,異なる濃度での介入が行われた.第2フェーズではそれらの点眼を1年間中止して経過をみた.0.5%,0.1%の比較的濃い濃度では1%と同様のリバウンドが認められたが,0.01%では認められなかった8).したがって,0.01%は最初2年間の近視進行抑制効果は劣るものの,始めるにしても中止するにしても臨床的に使いやすい薬剤であることがわかった.また,網膜電図で網膜機能を評価したところ,点眼中,点眼中止中,いずれの時期,どの濃度でもアトロピンの影響は検出されなかった9).VI0.01%アトロピンは近視進行を50%抑制するATOM-2の第3フェーズでは,点眼中止後の1年間でどちらか1眼でも0.5D以上近視化していた場合には再度0.01%アトロピン点眼を行った.点眼を再開したのはフェーズ3の全症例345人のうち192人(56%)であった.再開した症例の傾向としては,年齢が若く,開始時の近視度数が低く,フェーズ1の2年間でより近視が進行していたという3点が認められた.点眼を再開した症例もしなかった症例も含めて,5年間の経過をみると,0.01%点眼で投薬を開始した群は,0.1%,0.5%で点眼を開始した症例よりも近視進行は有意に少なく,0.01%での近視進行はATOM-1の偽薬群の2.5年での近視進行度数1.4Dとほぼ同じであった10)(図3).5年間の進行が,無治療2.5年間の進行と同じということで,0.01%点眼で治療を開始することで近視進行を50%抑制したと解釈できる.VIIアトロピンの近視進行抑制機序の不思議アトロピンで近視進行が抑制される詳しいメカニズムは不明である.調節麻痺作用による過剰な調節の緩和,直接的な強膜の合成阻害,瞳孔散大で強膜のクロスリンキング加速,などが提唱されている.近視発生理論として,ボケ像が網膜から脈絡膜,強膜に影響を与えるという「視覚による眼軸制御」説が1970年代から広く提唱されている.動物実験では遠視性のボケ像が,脈絡膜の菲薄化,続いて眼軸の延長を起こすことが証明されている.近年の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による研究から,人の眼でも細胞の菲薄化に先立って,脈絡膜の菲薄化が起こることが解明されてきている11).調節麻痺を起こすと,正視もしくは完全矯正眼鏡装用下では遠視性ボケ像が増えて,眼軸延長刺激になることが予想される.ところが,アトロピンと同様な調節麻痺作用を有するムスカリン受容体拮抗薬ホマトロピンでは,脈絡膜肥厚作用と眼軸短縮作用がOCTで確認されている12).ATOM-1でみられたように,1%アトロピンの長期点眼は眼軸を短くする効果が存在するようである.遠視性ボケ像という一つの要素だけでは,近視進行,眼軸延長のメカニズムは十分に説明できない.このことがより精密な生体計測,より精密な眼光学測定により解明されることが期待される.VIIIATOM?J(Japan)近視進行を50%抑制し,安全性も高い0.01%アトロピン点眼を,近視頻度が高い日本でも臨床応用することは喫緊の課題である.ただし,0.01%アトロピンの効果はまだ1施設の80人程度で観察されたにすぎず,その研究にはコントロールがなかった.現在,日本において0.01%アトロピンを使った二重盲検試験(ATOM-J)が進行中である.これはシンガポールでも行われていない偽薬と0.01%アトロピン点眼のランダム化比較試験であり,約180人の6~12歳の両眼に1日1回2年間点眼し,近視進行程度を比較する(図4).ベースラインで1.0以上の眼鏡視力となる眼鏡を処方し,以下半年ごとに調節麻痺下屈折度数と眼軸長を測定して,眼鏡視力が1.0以上出ない場合には再度眼鏡を処方する.点眼中止後1カ月の時点にも最終測定を行う.ATOM-Jは日本全国に散在する7大学の多施設研究でもある(図5).この研究で効果が確認できれば0.01%アトロピンはわが国でも標準的な近視進行抑制点眼薬として認知される可能性がある.VIIIATOM?J(Japan)近視進行を50%抑制し,安全性も高い0.01%アトロピン点眼を,近視頻度が高い日本でも臨床応用することは喫緊の課題である.ただし,0.01%アトロピンの効果はまだ1施設の80人程度で観察されたにすぎず,その研究にはコントロールがなかった.現在,日本において0.01%アトロピンを使った二重盲検試験(ATOM-J)が進行中である.これはシンガポールでも行われていない偽薬と0.01%アトロピン点眼のランダム化比較試験であり,約180人の6~12歳の両眼に1日1回2年間点眼し,近視進行程度を比較する(図4).ベースラインで1.0以上の眼鏡視力となる眼鏡を処方し,以下半年ごとに調節麻痺下屈折度数と眼軸長を測定して,眼鏡視力が1.0以上出ない場合には再度眼鏡を処方する.点眼中止後1カ月の時点にも最終測定を行う.ATOM-Jは日本全国に散在する7大学の多施設研究でもある(図5).この研究で効果が確認できれば0.01%アトロピンはわが国でも標準的な近視進行抑制点眼薬として認知される可能性がある.療をすることで強度近視になることを回避できる眼があることは間違いない.したがって,エビデンスのある進行予防治療を早期に複数確立する必要がある.0.01%アトロピンはその有力な候補の一つであることは間違いない.文献1)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,20062)HavenerWH:Havener’socularpharmacology.6thed,p140,Mosby,St.Louis,19943)浜村美恵子,野辺由美子,沢ふみ子ほか:小児に対するアトロピンの調節麻痺作用の検討:調節の準静的特性から(第2報).眼紀40:1546-1549,19894)TongL,HuangXL,KohALetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:effectonmyopiaprogressionaftercessationofatropine.Ophthalmology116:572-579,20095)LuuCD,LauAM,KohAHetal:Multifocalelectroretinograminchildrenonatropinetreatmentformyopia.BrJOphthalmol89:151-153,20056)ChiaA,ChuaWH,CheungYBetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:safetyandefficacyof0.5%,0.1%,and0.01%doses(AtropinefortheTreatmentofMyopia2).Ophthalmology119:347-354,20127)西山友貴,深町雅子,内田亜梨紗ほか:低濃度アトロピン点眼の副作用について.日眼会誌119:812-816,20158)ChiaA,ChuaWH,WenLetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:changesafterstoppingatropine0.01%,0.1%and0.5%.AmJOphthalmol157:451-457,20149)ChiaA,LiW,TanDetal:Full-fieldelectroretinogramfindingsinchildrenintheatropinetreatmentformyopia(ATOM2)study.DocOphthalmol126:177-186,201310)ChiaA,LuQS,TanD:Five-yearclinicaltrialonatropineforthetreatmentofmyopia2:Myopiacontrolwithatropine0.01%eyedrops.Ophthalmology123:391-399,201611)JinP,ZouH,ZhuJetal:Choroidalandretinalthicknessinchildrenwithdifferentrefractivestatusmeasuredbyswept-sourceopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol168:164-176,201612)SanderBP,CollinsMJ,ReadSA:Theeffectoftopicaladrenergicandanticholinergicagentsonthechoroidalthicknessofyounghealthyadults.ExpEyeRes128:181-189,2014*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図11%アトロピン点眼は近視進行を止めるAtropineforthetreatmentofchildhoodmyopia(ATOM)-1の結果(文献1より引用).1%アトロピン点眼は2年間で近視がわずかに進行し,眼軸はほぼかわらない.図20.01%アトロピンは偽薬よりも近視進行を抑制ATOM-2第1フェーズの結果(文献8より引用).濃度依存的に近視進行は抑制され,0.01%アトロピンでも偽薬より進行を抑制した.1444あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(58)図30.01%アトロピンで治療開始群は5年間で偽薬の半分の近視進行にとどまるATOM-2の第3フェーズの結果(文献10より引用).1年間の休薬後に近視が進行している症例には0.01%アトロピンを処方し,合計で5年間経過観察した.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161445図4ATOM?Jの研究シンガポールでも行われていない,0.01%アトロピンと偽薬のランダム化比較試験.あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(60)図5ATOM?Jの行われている施設全国7施設において約1年間で150人以上の被験者がエントリーした.(61)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614471448あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(62)