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低濃度アトロピン点眼の可能性と問題点

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1443?1448,2016低濃度アトロピン点眼の可能性と問題点PotentialandProblemsofLow-ConcentrationAtropineEyedrops稗田牧*Iアトロピンは近視進行を止めるアトロピンによる近視進行抑制の試みは古くからあるが,シンガポールのAtropineforthetreatmentofchildhoodmyopia-1(ATOM-1:アトムワン)研究でその効果が確定した1).この試験では400人の6~12歳の片眼に1日1回1%アトロピンもしくは偽薬を2年間点眼して効果を比較した.屈折度?1D~?6Dまでの近視で,乱視や不同視が1.5Dまでの対象に対し,点眼がどちらになるか,両眼のどちらが治療されるかをランダムに割り付け,全員に調光レンズを処方した.1年経過時点では1%アトロピン点眼群の平均値は近視が軽くなるのみならず,眼軸長が短縮するという驚くべき結果となった.2年経過後でアトロピン点眼群は,平均で?0.28Dほど近視化したものの,眼軸長は開始時とほぼかわらず,1%アトロピンの点眼は近視の進行,眼軸延長をほぼ完全に止めるというエビデンスが示された(図1).IIアトロピンとは?神経伝達物質であるアセチルコリン(Acetylcholine:Ach)によって刺激される受容体はイオンチャンネル型のニコチン受容体と代謝調節型のムスカリン受容体に大別される.ムスカリン受容体は末梢では副交感神経の神経終末に存在して活動を制御する.ムスカリン受容体作動薬として眼科で使用される点眼としてはピロカルピンがある.アトロピンはこのムスカリン受容体を競合的に阻害することにより拮抗薬として働く.ムスカリン作用により瞳孔は縮瞳し,毛様体筋は収縮し,心臓には抑制的に働く.反対に,アトロピンにより散瞳,調節麻痺,心拍数の増大などが起こる.アトロピンは調節麻痺薬として使用される以外に,迷走神経反射による除脈を正常な状態に戻すことに使用されている.天然のムスカリン受容体拮抗薬であるアトロピンは,ベラドンナ植物のアルカロイドである.1831年にMeinによりアトロピンとして分離された.ベラドンナとはイタリア語で美しい女性を意味し,女性が瞳孔を拡張させるために使用したことからきている.眼に対する影響として,散瞳効果は30~40分で最大となり12日間程度継続する.調節麻痺効果は2~3時間で最大効果を示し2週間継続するとされている.虹彩色素が多い眼では効果の発現が遅く,効果がなくなるのにも時間がかかるとされている2).わが国では1%アトロピン点眼で調節麻痺を行う場合には1日2回で1週間使用することが多い3).III1%アトロピン点眼にはリバウンドがある近視進行をほぼ停止させる効果をみせた1%アトロピンは,調節麻痺薬として古くから眼科で使用されている.アトロピンによる調節麻痺後の検影法による他覚的屈折度数(もしくはそれから生理的トーヌスを引いた)による眼鏡処方は慣例的に完全矯正とよばれている.1%アトロピンを使用すると調節力がほぼ失われてしまうので,近用眼鏡が必要となる.さらに瞳孔が散大するので羞明も強い.両眼に1%アトロピンを点眼しつづけることは,日常生活に大変な困難を及ぼす.さらに,2年間1%アトロピン点眼した眼において,点眼を中止して1年間経過観察をしたところ,近視が急激に進行し,大幅に眼軸長が延長して,点眼中止後のリバウンド現象が観察された4).これは拮抗薬の長期投与によって受容体のアップレギュレーションが起こり,急に中止したことで逆に強い効果が出てしまったと考えられる.日常生活での困難やリバウンド効果により,よほど強度近視である場合を除いて1%アトロピンは近視進行予防には不向きな薬剤ということになった.ただし,1%アトロピンであっても点眼を休止後には調節力,瞳孔径はもとに戻り,網膜機能への影響も検出されなかった5).IV低濃度アトロピン点眼による治療アトロピンによる近視進行抑制効果を臨床応用するために,シンガポールのグループはアトロピンを0.5%,0.1%,0,01%に濃度を希釈して再度臨床研究(ATOM-2)を行った.今回は400人の6~12歳の両眼に1日1回2年間点眼して濃度ごとの近視進行を比較した.各濃度は2:2:1の割合でランダムに割り付けたため,0.01%で治療がなされたのは80人程度である.また,前向きに偽薬のコントロールが置かれたわけでもない.その結果,濃度依存性に近視進行が抑制される結果であったが,ATOM-1の偽薬群に比較すると,0.01%であっても近視進行は抑制されていた(図2)6).羞明やアレルギー性結膜炎などの副作用は0.01%がもっとも少なかった.東京医科歯科大学のグループは6~12歳に0.01%アトロピン点眼を両眼に1日1回2週間点眼したところ,明所で平均0.7mm瞳孔が散大し,調節力が平均2D低下したことを報告した.いずれも既報よりも少なく,日本人においてはアトロピン作用にわずかながら違いがある可能性を示している7)V0.01%アトロピンにはリバウンドがないATOM-2は介入,中断,再度介入の3つのフェーズで構成されている.第1フェーズでは上記のとおり2年間,異なる濃度での介入が行われた.第2フェーズではそれらの点眼を1年間中止して経過をみた.0.5%,0.1%の比較的濃い濃度では1%と同様のリバウンドが認められたが,0.01%では認められなかった8).したがって,0.01%は最初2年間の近視進行抑制効果は劣るものの,始めるにしても中止するにしても臨床的に使いやすい薬剤であることがわかった.また,網膜電図で網膜機能を評価したところ,点眼中,点眼中止中,いずれの時期,どの濃度でもアトロピンの影響は検出されなかった9).VI0.01%アトロピンは近視進行を50%抑制するATOM-2の第3フェーズでは,点眼中止後の1年間でどちらか1眼でも0.5D以上近視化していた場合には再度0.01%アトロピン点眼を行った.点眼を再開したのはフェーズ3の全症例345人のうち192人(56%)であった.再開した症例の傾向としては,年齢が若く,開始時の近視度数が低く,フェーズ1の2年間でより近視が進行していたという3点が認められた.点眼を再開した症例もしなかった症例も含めて,5年間の経過をみると,0.01%点眼で投薬を開始した群は,0.1%,0.5%で点眼を開始した症例よりも近視進行は有意に少なく,0.01%での近視進行はATOM-1の偽薬群の2.5年での近視進行度数1.4Dとほぼ同じであった10)(図3).5年間の進行が,無治療2.5年間の進行と同じということで,0.01%点眼で治療を開始することで近視進行を50%抑制したと解釈できる.VIIアトロピンの近視進行抑制機序の不思議アトロピンで近視進行が抑制される詳しいメカニズムは不明である.調節麻痺作用による過剰な調節の緩和,直接的な強膜の合成阻害,瞳孔散大で強膜のクロスリンキング加速,などが提唱されている.近視発生理論として,ボケ像が網膜から脈絡膜,強膜に影響を与えるという「視覚による眼軸制御」説が1970年代から広く提唱されている.動物実験では遠視性のボケ像が,脈絡膜の菲薄化,続いて眼軸の延長を起こすことが証明されている.近年の光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による研究から,人の眼でも細胞の菲薄化に先立って,脈絡膜の菲薄化が起こることが解明されてきている11).調節麻痺を起こすと,正視もしくは完全矯正眼鏡装用下では遠視性ボケ像が増えて,眼軸延長刺激になることが予想される.ところが,アトロピンと同様な調節麻痺作用を有するムスカリン受容体拮抗薬ホマトロピンでは,脈絡膜肥厚作用と眼軸短縮作用がOCTで確認されている12).ATOM-1でみられたように,1%アトロピンの長期点眼は眼軸を短くする効果が存在するようである.遠視性ボケ像という一つの要素だけでは,近視進行,眼軸延長のメカニズムは十分に説明できない.このことがより精密な生体計測,より精密な眼光学測定により解明されることが期待される.VIIIATOM?J(Japan)近視進行を50%抑制し,安全性も高い0.01%アトロピン点眼を,近視頻度が高い日本でも臨床応用することは喫緊の課題である.ただし,0.01%アトロピンの効果はまだ1施設の80人程度で観察されたにすぎず,その研究にはコントロールがなかった.現在,日本において0.01%アトロピンを使った二重盲検試験(ATOM-J)が進行中である.これはシンガポールでも行われていない偽薬と0.01%アトロピン点眼のランダム化比較試験であり,約180人の6~12歳の両眼に1日1回2年間点眼し,近視進行程度を比較する(図4).ベースラインで1.0以上の眼鏡視力となる眼鏡を処方し,以下半年ごとに調節麻痺下屈折度数と眼軸長を測定して,眼鏡視力が1.0以上出ない場合には再度眼鏡を処方する.点眼中止後1カ月の時点にも最終測定を行う.ATOM-Jは日本全国に散在する7大学の多施設研究でもある(図5).この研究で効果が確認できれば0.01%アトロピンはわが国でも標準的な近視進行抑制点眼薬として認知される可能性がある.VIIIATOM?J(Japan)近視進行を50%抑制し,安全性も高い0.01%アトロピン点眼を,近視頻度が高い日本でも臨床応用することは喫緊の課題である.ただし,0.01%アトロピンの効果はまだ1施設の80人程度で観察されたにすぎず,その研究にはコントロールがなかった.現在,日本において0.01%アトロピンを使った二重盲検試験(ATOM-J)が進行中である.これはシンガポールでも行われていない偽薬と0.01%アトロピン点眼のランダム化比較試験であり,約180人の6~12歳の両眼に1日1回2年間点眼し,近視進行程度を比較する(図4).ベースラインで1.0以上の眼鏡視力となる眼鏡を処方し,以下半年ごとに調節麻痺下屈折度数と眼軸長を測定して,眼鏡視力が1.0以上出ない場合には再度眼鏡を処方する.点眼中止後1カ月の時点にも最終測定を行う.ATOM-Jは日本全国に散在する7大学の多施設研究でもある(図5).この研究で効果が確認できれば0.01%アトロピンはわが国でも標準的な近視進行抑制点眼薬として認知される可能性がある.療をすることで強度近視になることを回避できる眼があることは間違いない.したがって,エビデンスのある進行予防治療を早期に複数確立する必要がある.0.01%アトロピンはその有力な候補の一つであることは間違いない.文献1)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,20062)HavenerWH:Havener’socularpharmacology.6thed,p140,Mosby,St.Louis,19943)浜村美恵子,野辺由美子,沢ふみ子ほか:小児に対するアトロピンの調節麻痺作用の検討:調節の準静的特性から(第2報).眼紀40:1546-1549,19894)TongL,HuangXL,KohALetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:effectonmyopiaprogressionaftercessationofatropine.Ophthalmology116:572-579,20095)LuuCD,LauAM,KohAHetal:Multifocalelectroretinograminchildrenonatropinetreatmentformyopia.BrJOphthalmol89:151-153,20056)ChiaA,ChuaWH,CheungYBetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:safetyandefficacyof0.5%,0.1%,and0.01%doses(AtropinefortheTreatmentofMyopia2).Ophthalmology119:347-354,20127)西山友貴,深町雅子,内田亜梨紗ほか:低濃度アトロピン点眼の副作用について.日眼会誌119:812-816,20158)ChiaA,ChuaWH,WenLetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:changesafterstoppingatropine0.01%,0.1%and0.5%.AmJOphthalmol157:451-457,20149)ChiaA,LiW,TanDetal:Full-fieldelectroretinogramfindingsinchildrenintheatropinetreatmentformyopia(ATOM2)study.DocOphthalmol126:177-186,201310)ChiaA,LuQS,TanD:Five-yearclinicaltrialonatropineforthetreatmentofmyopia2:Myopiacontrolwithatropine0.01%eyedrops.Ophthalmology123:391-399,201611)JinP,ZouH,ZhuJetal:Choroidalandretinalthicknessinchildrenwithdifferentrefractivestatusmeasuredbyswept-sourceopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol168:164-176,201612)SanderBP,CollinsMJ,ReadSA:Theeffectoftopicaladrenergicandanticholinergicagentsonthechoroidalthicknessofyounghealthyadults.ExpEyeRes128:181-189,2014*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図11%アトロピン点眼は近視進行を止めるAtropineforthetreatmentofchildhoodmyopia(ATOM)-1の結果(文献1より引用).1%アトロピン点眼は2年間で近視がわずかに進行し,眼軸はほぼかわらない.図20.01%アトロピンは偽薬よりも近視進行を抑制ATOM-2第1フェーズの結果(文献8より引用).濃度依存的に近視進行は抑制され,0.01%アトロピンでも偽薬より進行を抑制した.1444あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(58)図30.01%アトロピンで治療開始群は5年間で偽薬の半分の近視進行にとどまるATOM-2の第3フェーズの結果(文献10より引用).1年間の休薬後に近視が進行している症例には0.01%アトロピンを処方し,合計で5年間経過観察した.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161445図4ATOM?Jの研究シンガポールでも行われていない,0.01%アトロピンと偽薬のランダム化比較試験.あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(60)図5ATOM?Jの行われている施設全国7施設において約1年間で150人以上の被験者がエントリーした.(61)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614471448あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(62)

コンタクトレンズによる近視進行予防

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1435?1441,2016コンタクトレンズによる近視進行予防PreventionofMyopiaProgressionbyContactLenses平岡孝浩*はじめに学童の近視進行予防のストラテジーは,遺伝的アプローチ,薬物的アプローチ,そして光学的アプローチに大別できる.光学的な手法のメリットとして,他の手法よりも安全性が高く(副作用が少なく)比較的容易に導入できることがあげられる.なかでももっとも簡便かつ低年齢から開始できるのは眼鏡装用であるが,これまでの研究結果によれば累進多焦点レンズ(progressiveadditionlens:PAL)など特殊デザインの眼鏡を用いても大きな近視抑制効果が得られていないが現状である.そこで注目されているのがコンタクトレンズ(contactlens:CL)による近視進行抑制である.近年の報告によればオルソケラトロジー(orthokeratology:ortho-k)と多焦点ソフトコンタクトレンズ(multifocalsoftcontactlens:multifocalSCL)の近視進行抑制効果は眼鏡よりも有望であり,大きな可能性を秘めているといっても過言ではない.本稿ではこの2つの手法を中心としてCLによる近視進行予防について概説する.Iコンタクトレンズによる近視進行抑制の試みこれまで半世紀以上にわたり多くの研究者がCLの近視進行抑制効果を検討してきた.さまざまなレンズ素材やデザインが試されているが,まずハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)関しては,近視進行抑制効果を肯定するものと否定するものが混在する.ここで注意すべきは,過去の多くの研究ではスタディデザインの問題が指摘されており,すなわち①適切な対照群が設定されていない,②眼軸長の測定が行われていない,③対象者の脱落率が高い,④16歳以上の症例がエントリーされている,⑤患者の割り付けがランダム化されていない,⑥調節麻痺下での屈折評価がなされていないなどの理由で,報告された結果をそのまま受け入れることがむずかしく,エビデンスレベルとしては低いといわざるを得なかった.SCLに関しては近視進行抑制効果を支持する研究報告はほとんどみられず,むしろ近視進行を促進するという報告もある.また,HCL同様,スタディデザインの問題が指摘されていた.そこでWallineらはSCL,HCLともに上記の問題点を解決すべく大規模なrandomizedclinicaltrial(RCT)を行った1,2).まずSCLに関しては,?1~?6Dの近視を有する8~11歳の学童をリクルートし,SCL群247例と対照眼鏡群237例に無作為に割り付け,3年間の前向き研究を行っている.その結果,SCL群と眼鏡群には有意な屈折変化の差はみられず,眼軸長や角膜曲率にも有意差がみられなかったと報告した1).一方,HCLに関しては,近視度数が?0.75~?4Dである8~11歳の学童をリクルートし,HCL群59例と対照群のSCL群57例に無作為に割り付けて3年間の前向き研究を行っている.その結果,HCL群の近視進行(?1.56±0.95D)はSCL群(?2.19±0.89D)よりも有意に小さかったが,眼軸長変化には両群の差が認められなかった.また,角膜曲率変化に有意差が認められたことから,HCLによる角膜フラット化の影響が最終的な近視進行の差に影響した可能性が高いことを示唆した.つまりHCLに真の近視進行抑制効果は存在せず,HCLを近視進行抑制のツールとして積極的に用いることに警鐘を鳴らした2).以上から,単焦点デザインのSCLやHCLを通常処方(パラレル処方)した場合は近視進行を抑制できない,もしくはきわめて小さい抑制効果しか期待できないという結論に至っている.IIオルソケラトロジーによる近視進行抑制HCLを角膜カーブよりもフラットに処方すると角膜形状変化がもたらされ,その結果として近視が軽減することは1960年代から確認されており,これを意図的に行う手法がortho-kとよばれるようになった(前述したHCLの既報の中には近視進行抑制効果が認められたものが存在するが,意図的・計画的ではなかったにしろortho-k効果により近視進行抑制効果が発現されたと推察される).しかし,当初の手法では単焦点レンズを単純にフラットに処方するだけであったため,達成される近視矯正効果は弱く予測性にも欠けていた.その後,より効果を高めるためのデザイン改良が進み,1980年代に入るとリバースジオメトリーデザインが考案され飛躍的に精度が向上した.さらに高酸素透過性のレンズ素材の開発や角膜トポグラフィーの登場とともにortho-kの手法も洗練され,1990年代後半にはortho-kが本格的に普及するようになった.そして未成年者や学童にも処方されるようになり,本治療を継続していると近視が進みにくくなることが広く経験されるようになった.そして,2004年に初めて学術報告がなされ,片眼のみortho-kを行っていた11歳男児の2年間の眼軸長伸長が僚眼の半分以下(治療眼0.13mmvs僚眼0.34mm)に抑えられていたことが紹介された3).ついで2年間のパイロットスタディが香港と米国で施行され,Choら4)の報告では眼鏡群と比較して46%の眼軸長伸長抑制が達成されており,またWallineら5)の研究ではSCL群と比較して56%も抑制されていることが判明した.しかし,これらのスタディは適切な対照群が設定されておらず,他の報告からの引用データ(historicaldata)を用いて比較しているため,エビデンスレベルは低いといわざるを得なかった.その後,日本やスペインで単焦点眼鏡装用を対照とした非ランダム化比較試験が施行され,Kakitaら6)の報告では日本人において2年間で36%,またSantodomingo-Rubido7)らの白人を対象とした研究では2年間で32%の有意な眼軸長伸長抑制効果が認められた.さらに香港ではChoら8)のグループによりROMIOスタディという初めてのRCTが行われ,ortho-k群は単焦点眼鏡群と比較して2年間で43%の眼軸長伸長抑制が達成されており,より若い年齢(7~8歳)で治療を開始したほうが抑制効果が強く得られることも示唆された.最近ではpartialreductionortho-kといって,強度近視眼に対してortho-kを用いて4Dだけ部分的に近視矯正を行い,残存した近視度数に対して眼鏡を装用させるという研究が行われ,きわめて強い眼軸長伸長抑制効果(63%)が確認されている9).また,TO-SEEstudyと命名された研究では,乱視を有する近視眼を対象としてトーリックortho-kレンズによる2年間の治療効果が検討され,やはり強い眼軸長伸長抑制効果(52%)が報告された10).このように近視進行抑制を目的としたortho-kの適応範囲が近年拡大していることも興味深い.もちろん成長期の眼軸長伸長を完全に抑制することはできないが,これらの既報に基づけば2年間で3~6割程度の抑制効果が期待できるといえる(図1).また,遺伝要因,環境要因が完全に一致している一卵性双生児を対象に行われたTwin研究において,orthokを行った双子Aでは眼鏡使用の双子Bに比べて6カ月後の眼軸長の伸長が大きく抑制され,2年後も維持されていたと報告されている11).さらに2015年には4本のメタ解析(meta-analysis)論文が報告され,いずれも眼軸長の伸長を有意に抑制し,重篤な合併症なく安全性を許容できると結論づけられており,ortho-kの近視進行抑制効果に関するエビデンスは最高レベルまで到達した12~15).これまでの臨床研究はいずれも2年間の報告であったが,5年間へと観察期間を延長した前向き研究も行われており,治療期間が長くなるにつれ抑制効果は減弱する傾向があるが,5年間の長期にわたっても約3割の眼軸長伸長抑制が達成されていることが示された16).III近視進行抑制メカニズム光学的な近視進行抑制メカニズムとして近年広く支持されているのは軸外収差理論である.この理論はSmithらの研究結果に基づいており17),軸外(off-axis)つまり周辺網膜における遠視性デフォーカス(網膜よりも後方で焦点を結ぶために生じる焦点ボケ)が眼軸長延長のトリガーとなる.通常,眼鏡やCLによる矯正では周辺部遠視性デフォーカスが生じるため近視の進行を抑制できない.しかし,ortho-kレンズ装用後は周辺部の角膜形状が急峻化するため,遠視性デフォーカスが改善され,近視の進行が抑制されると考えられている(図2).最近では,コマ収差を代表とする非対称な高次収差成分が眼軸長伸長と相関するとの報告がなされており18),高次収差と近視進行の関連が一つのトピックスとなっている.高次収差は偽調節量の増加や焦点深度の拡大に寄与し,結果として調節負荷を軽減するため眼軸長の伸長が抑制される可能性が示唆されている.近視進行抑制メカニズムの新しい仮説ではあるが,この証明にはさらなる検討が必要である.いずれにせよ,近視の発生や進行のメカニズムはきわめて複雑で単一のメカニズムでは説明できない可能性が高い.多要因が複雑に絡み合っているうえに個々の眼球においてもバリエーションが多いことが,その解明を困難にしていると考えられる.IV多焦点SCLによる近視進行抑制近年,さまざまなタイプの多焦点SCLにおいて近視進行抑制効果が確認されるようになってきた19~22).Sankaridurgら20)は,レンズ光学部の中心3mm領域が通常の遠方矯正度数で,周辺に行くにつれ徐々に加入度数が増し,最周辺部へ向かい+2.00Dまで加入されている多焦点SCLを使用して,中国において7~14歳の近視学童を対象とした12カ月のトライアルを行っている.つまり軸外収差理論に基づき,網膜周辺部における遠視性デフォーカスを改善することにより近視進行抑制を達成しようとする試みである.その結果,単焦点眼鏡の対照群よりも近視進行が34%抑制され,眼軸長伸長も33%抑制されたと報告した.光学的なデザインがまったく異なるSCLにおいても類似もしくはそれ以上の近視進行抑制効果が報告されている.AnsticeとPhillips21)は図3aに示すように中心から周辺に向かって,遠→近→遠→近→遠と交互に2つの度数が配置された2重焦点(bifocal)SCLを用いて,10カ月ごとのクロスオーバー試験を行っている.このレンズを装用すると結像面が網膜とその前方の2カ所に形成される.筆者らは図3bのように遠方視時だけでなく図3cのような近方視時にも網膜面より前方のフォーカスが常に形成されていることが重要であり,これが近視進行抑制の観点から有利であると説明している.この理論は広く受け入れられているとは言いがたいが,近方視時の調節反応を減少させたり,調節ラグによる網膜後方への焦点ボケを軽減する効果も期待できるため,PALで支持されてきた調節ラグ理論に類似していると考えられる.いずれにせよ,Ansticeらは周辺部網膜の関与は重要視しておらず,網膜中心部(on-axis)のフォーカスを網膜面とその前方に形成することで眼球の過伸展および軸性近視の進行を抑制しようとした.その結果,最初の10カ月において,2重焦点SCLを装用した群は,単焦点SCLを装用した対照群よりも近視進行が37%抑制され,眼軸長の伸びは49%も抑制されたことを報告した.本研究では対象者の年齢が11~14歳と比較的高いにもかかわらず,10カ月の短期間でortho-kに匹敵する強い効果が得られており,非常に興味深い.また,軸外収差理論に基づかないメカニズムにより近視進行抑制効果が発現されていることも注目に値する.また,Fujikadoら22)は,低加入度の多焦点SCLを用いて10~16歳の日本人学童34例において近視進行抑制効果を検討している.本研究で使用されたレンズデザインは図4に示すように中心3.25mm領域は遠方矯正度数であり,その周囲を取り囲むように同心円状に累進屈折域が配置され,光学部は全体で直径8mmとなる.しかし,最周辺部でも+0.50Dの加入に留まっており,前述のSCL(+2.00Dの加入)と比較するとかなり小さい加入度の設計となっている.さらに光学部の中心をレンズ中心から鼻側に0.5mmシフトしたデザインであり,瞳孔の鼻側偏位に対応している.そして単焦点SCLを対照とした12カ月のクロスオーバー試験において,低加入度多焦点SCL群では47%の眼軸長伸長抑制効果が認められた.このように明らかに小さい加入度でも同様の近視進行抑制効果が得られていることは大変興味深い.また,本レンズにおいては相対的周辺部屈折(中心と周辺の屈折差)が計測されており,その結果,裸眼状態または単焦点SCLと比較して周辺部の屈折に有意差はみられないとしていることから(図5),軸外収差理論によらない近視進行抑制効果が発現されたと考えられる.筆者らはその機序は不明としているが,低加入度のプラスレンズ効果による近方視時の調節軽減の関与も示唆している.上記に示した多焦点SCLに関する研究報告を解釈するうえで重要なポイントが一つあるが,それは治療継続期間や観察期間が短いことである.Ortho-kの研究では2年間の評価が標準であるのに対して,多焦点SCLの装用継続期間はほとんどが1年以下であることに注意したい.近視進行抑制法の効果は初年度がもっとも大きいことはよく知られており,1年目の結果だけをみると過大評価となってしまう可能性がある.今後,多焦点SCLの研究においては2年以上の装用継続を行ったうえで近視進行抑制効果が判断されるべきであり,そのうえで他の治療法との比較を行う必要がある.V利点と欠点多焦点SCLのメリットは角膜形状変化をもたらさないことと就寝時装用を要しないことがあげられ,通常のSCLとハンドリングやケア方法は変わらないため一般的に受け入れられやすい.しかし,デメリットして,小学生の低学年には処方がむずかしいことがあげられる.なぜなら終日装用のCLは自分で装脱着できる人に処方するのが原則であり,装用中にトラブルが生じても最低限の対処(脱着など)は患者自身に求められるからである.一方,ortho-kは日中装用しないので,装着も脱着も親が家庭で管理できることが強みで,比較的低年齢から開始できるという利点がある.小学校の低学年ではortho-kによる近視進行抑制を行い,高学年になったら多焦点SCLに変更するという使い方も1つのオプションとなるかもしれない.おわりに上述したようにortho-kも多焦点SCLも非常に有望な結果が報告されており,今後の研究の発展が期待される.しかし,それらの近視進行抑制メカニズムは依然として明らかにされておらず,急務の課題であるといえる.より効果的なデザインや手法の開発,そして光学的な近視進行抑制法がさらに普及するためにも真のメカニズムの解明が待たれる.また,最大限の効果を得るための治療開始年齢や継続期間が不明であり,中止後の近視進行抑制効果の戻り(リバウンド)に関してもほとんどわかっていない.さらに他の治療法へ切り替えた場合の効果維持やアトロピン点眼など薬物療法との併用効果も不明である.まだまだ課題は多いのは事実であるが,近い将来に学童近視の予防法が確立され,将来的な強度近視や病的近視が激減することを切に願っている.文献1)WallineJJ,JonesLA,SinnottLetal;ACHIEVEStudyGroup:Arandomizedtrialoftheeffectofsoftcontactlensesonmyopiaprogressioninchildren.InvestOphthalmolVisSci49:4702-4706,20082)WallineJJ,JonesLA,MuttiDOetal:Arandomizedtrialoftheeffectsofrigidcontactlensesonmyopiaprogression.ArchOphthalmol12:1760-1766,20043)CheungSW,ChoP,FanD:Asymmetricalincreaseinaxiallengthinthetwoeyesofamonocularorthokeratologypatient.OptomVisSci81:653-656,20044)ChoP,CheungSW,EdwardsM:Thelongitudinalorthokeratologyresearchinchildren(LORIC)inHongKong:apilotstudyonrefractivechangesandmyopiccontrol.CurrEyeRes30:71-80,20055)WallineJJ,JonesLA,SinnottLT:Cornealreshapingandmyopiaprogression.BrJOphthalmol93:1181-1185,20096)KakitaT,HiraokaT,OshikaT:Influenceofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia.InvestOphthalmolVisSci52:2170-2174,20117)Santodomingo-RubidoJ,Villa-CollarC,GilmartinBetal:MyopiacontrolwithorthokeratologycontactlensesinSpain:refractiveandbiometricchanges.InvestOphthalmolVisSci53:5060-5065,20128)ChoP,CheungSW:Retardationofmyopiainorthokeratology(ROMIO)study:a2-yearrandomizedclinicaltrial.InvestOphthalmolVisSci53:7077-7085,20129)CharmJ,ChoP:Highmyopia-partialreductionorthok:a2-yearrandomizedstudy.OptomVisSci90:530-539,201310)ChenC,CheungSW,ChoP:Myopiacontrolusingtoricorthokeratology(TO-SEEstudy).InvestOphthalmolVisSci54:6510-6517,201311)ChanKY,CheungSW,ChoP:Orthokeratologyforslowingmyopicprogressioninapairofidenticaltwins.ContLensAnteriorEye37:116-119,201412)LiSM,KangMT,WuSSetal:Efficacy,safetyandacceptabilityoforthokeratologyonslowingaxialelongationinmyopicchildrenbymeta-analysis.CurrEyeRes41:600-608,201613)SunY,XuF,ZhangTetal:Orthokeratologytocontrolmyopiaprogression:ameta-analysis.PLoSOne10:e0124535,201514)SiJK,TangK,BiHSetal:Orthokeratologyformyopiacontrol:ameta-analysis.OptomVisSci92:252-257,201515)WenD,HuangJ,ChenHetal:Efficacyandacceptabilityoforthokeratologyforslowingmyopicprogressioninchildren:ASystematicReviewandMeta-Analysis.JOphthalmol2015;2015:360806.Epub2015Jun1116)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffectofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy.InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,201217)SmithEL3rd,KeeCS,RamamirthamRetal:Peripheralvisioncaninfluenceeyegrowthandrefractivedevelopmentininfantmonkeys.InvestOphthalmolVisSci46:3965-3972,200518)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Influenceofocularwavefrontaberrationsonaxiallengthelongationinmyopicchildrentreatedwithovernightorthokeratology.Ophthalmology122:93-100,201519)AllerTA,WildsoetC:Bifocalsoftcontactlensesasapossiblemyopiacontroltreatment:acasereportinvolvingidenticaltwins.ClinExpOptom91:394-399,200820)SankaridurgP,HoldenB,SmithE3rdetal:Decreaseinrateofmyopiaprogressionwithacontactlensdesignedtoreducerelativeperipheralhyperopia:one-yearresults.InvestOphthalmolVisSci52:9362-9367,201121)AnsticeNS,PhillipsJR:Effectofdual-focussoftcontactlenswearonaxialmyopiaprogressioninchildren.Ophthalmology118:1152-1161,201122)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiTetal:Effectoflowadditionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaprogressioninchildren:apilotstudy.ClinOphthalmol8:1947-1956,2014*TakahiroHiraoka:筑波大学医学医療系眼科〔別刷請求先〕平岡孝浩:〒305-8575茨城県つくば市天王台1-1-1筑波大学医学医療系眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1436あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(50)図1オルソケラトロジー近視進行抑制効果に関する既報の比較列挙したものはすべて2年間の臨床研究であり,対照群(単焦点眼鏡もしくはSCL)との眼軸長変化を比較しているが,いずれの研究においてもオルソケラトロジー群は対照群よりも有意に眼軸長伸長が抑制されており,その抑制効果は32~63%と報告されている.(51)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161437図2眼鏡とオルソケラトロジーの周辺部結像位置の違いa:眼鏡で近視矯正すると,周辺部に遠視性デフォーカス(焦点ぼけ)を生じ,これが眼軸を伸長(近視を進行)させるトリガーとなると考えられている.b:オルソケラトロジー後は角膜中央がフラット化し近視が軽減するが,周辺部角膜は肥厚,スティープ化するため周辺での屈折力が増し,その結果,周辺網膜像での遠視性デフォーカスが改善する.それゆえ眼軸長伸長が抑制され近視が進行しにくくなると考えられている.1438あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(52)図32重焦点SCLのデザインと焦点位置AnsticeとPhillipsは中心から周辺に向かって,遠→近→遠→近→遠と交互に2つの度数が配置された2重焦点(bifocal)SCLを用いて(a),10カ月ごとのクロスオーバー試験を行った.遠方視時(b)だけでなく,近方視時(c)にも網膜面より前方のフォーカスが常に形成されており,これが近視進行抑制の観点から有利であると説明している.(文献21より引用)図4低加入度多焦点SCLのデザインFujikadoらが用いた低加入度多焦点SCLのデザインを示す.中心3.25mm領域は遠方矯正度数で,その周囲を取り囲むように同心円状に累進屈折域が配置され,最周辺部でも+0.50Dの加入度数に留まっている.さらに光学部の中心をレンズ中心から鼻側に0.5mmシフトしたデザインであり,瞳孔の鼻側偏位に対応している.このように明らかに小さい加入度でも近視進行抑制効果が得られていることは大変興味深い.(文献22より引用)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161439図5裸眼,単焦点SCLおよび低加入度多焦点SCL装用時の相対的周辺部屈折の比較縦軸は相対的周辺部屈折(中央と周辺部の屈折差)を示す.横軸は視軸からの角度を示し,中心(0°)から右に行くほど鼻側周辺部となり,左に行くほど耳側周辺部となる.(▲)は裸眼での屈折分布を示し,鼻側,耳側ともに周辺に行くほど相対的周辺部屈折が正方向(遠視方向)に大きくなっている.つまり周辺部は中央に比べて相対的に遠視状態となっていることがわかる.(■)は単焦点SCLを装用した状態である.また(◇)は低加入度多焦点SCLを装用した際の屈折分布である.いすれの装用下でも周辺部は遠視となっており,3群間に有意差はみられなかったと報告されている.(文献22より引用)1440あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(54)(55)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161441

近視進行と環境要因

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1427?1433,2016近視進行と環境要因ProgressionofMyopiaandItsEnvironmentalFactors四倉絵里沙*鳥居秀成*はじめに近年,近視人口はアジアを中心として世界的に増加傾向にあり,特筆すべきはこのわずか数十年で近視人口が急増1)していることである.近視は遺伝因子と環境因子により発症,進行すると考えられており,この短期間での近視人口急増の原因は,遺伝因子の変化というよりも何らかの環境因子の変化による影響とみるのが妥当であると思われる.近視と関連する環境因子は多岐にわたり,これまで代表的なstudy,すなわちOrindaStudy2,3),SingaporeCohortStudyoftheRiskFactorsforMyopia(SCORM)4,5),SydneyMyopiaStudy6,7)で報告されている近視進行の要因としては,都市部に住むこと,勉強などの近業時間が長いこと,屋外活動時間が短いこと,学歴やIQが高いことなどがあげられる.そのうちコンセンサスが得られている環境因子には,近業作業と屋外活動があげられ2,3,5,6),それぞれ近業時間が長いほど近視化し,屋外活動時間が長いほど近視が抑制されるといわれている.本稿では,現在報告されている近視に関連するさまざまな環境因子について取り上げる.I環境因子の変化最近数十年間で変化したと思われるわれわれを取り巻く環境因子として,明らかに変化したと思われるものには,テレビ,パソコン,携帯電話やスマートフォン,携帯用/家庭用ゲーム機などのデジタル機器の登場と普及がある.それらによる近業時間や屋外活動時間,食事内容や睡眠時間,運動量の変化など,われわれを取り巻くライフスタイルのさまざまな変化が,近視人口の増加に関係している可能性がある.本稿ではそれぞれの可能性について解説する.1.近業時間の増加Buckschら8)は11歳,13歳,15歳におけるテレビを見る時間とパソコンを行う時間の合計近業時間を,2002年,2006年,2010年で経時的に比較検討した.その結果,11歳男児では平日の平均近業時間が2002年では3.93時間/日であったのが,2010年では5.33時間/日に増加しており,このような近業時間の増加傾向は,他の年齢でも,女児においても同様に認められた.また,近業時間の内訳として10年前はテレビが多かったが,最近では子供たちにもスマートフォンやパソコンなどのデジタル機器が普及してきているため,それを反映した結果も報告されている9)(図1).パソコンに焦点を絞った研究においても,米国の高校生を対象に,平日3時間以上パソコンを見ている割合を調べたところ,2003年は22.1%だったが,2011年は31.1%と増加傾向にあることがわかった9)(図2).これらの報告は欧米のものであるが,近年の近業時間の増加はわが国を含むアジアでも同様の傾向なのではないかと思われる.このように近業時間の増加と内訳が近年変化してきているが,近業と近視については多くの有名な既報から関連性が指摘されてきた.SydneyMyopiaStudyでは,11~14歳の小児2,339人において,性別,年齢,人種,両親の近視の有無,屋外活動時間の交絡因子を調整したところ,近業作業時間が長くなるほど屈折値が有意に近視寄りになることを報告している6).とくに30分以上連続して読書する小児は,連続読書時間30分以下の小児と比較し1.5倍近視になりやすく,また読書をする距離が30cmよりも近い場合,30cm以上離して読書をする場合と比較し,2.5倍近視になりやすいことが示された.さらに,SCORMでは,7~9歳の小児1,005人を対象とし,1週間に2冊以上の本を読む小児はそうでない小児と比較し,3倍以上近視になりやすいことが報告されている4).しかし,近視発症以前の近業時間や屋外活動時間を,近視群と非近視群で比較したJones-Jordanら10)の報告によると,近視発症以前の近業時間の程度は両群間で有意差はなかったと報告されており,近業と近視の関係に否定的な論文もある.また,Roseら7)は,近業時間の多少にかかわらず,屋外活動時間が長ければ近視のリスクが低くなることも報告しており(図3),近業と近視の関連性については今後もさらなる詳細な検討が必要と思われる.2.屋外活動時間の減少近年近業時間の増加だけではなく,屋外活動時間の減少も報告されている.Hofferthら11)は1997~2003年の6年間に,6~12歳のスポーツをしている時間と屋外にいる時間がそれぞれ,5時間54分/週から3時間47分/週に,36分/週から25分/週に減少していることを報告した.現在,屋外活動時間の増加は近視進行抑制で世界中の研究者からもっともコンセンサスが得られている方法の一つであるため,屋外活動時間の減少傾向は近年の近視人口増加の一因であると思われる.OrindaLongitudinalStudyofMyopia(OLSM)では,右眼が小学3年生(8~9歳)の時点で近視ではない小児514人を対象として追跡調査を行った3).3年生時の屋外活動時間を調べ,4年生以後に調節麻痺下屈折値が?0.75Dより強い近視となった場合に近視発症と定義し,全体で21.6%にあたる111例が近視となった.全体の平均屋外活動時間は,近視にならなかった小児では週11.65時間(=約1時間40分/日)であったのに対し,近視になった小児では週7.98時間(=約1時間8分/日)(p<0.001)であった.また,屋外活動時間と両親の近視の有無を調整した結果,読書時間と近視発症に有意な関連性は認められなかったことも報告している.さらに遺伝の影響も考慮し,両親の近視の数別(両親とも近視=2,片親のみ近視=1,両親とも近視でない=0)に近視になる割合と屋外活動時間についても報告している(図4).この報告によると,両親とも近視だったとしても1日2時間以上の屋外活動時間で近視発症の割合を低くすることができ,反対に両親が近視でなかったとしても,屋外活動時間が1日1時間未満である場合,片親が近視である場合と同様の近視発症率となってしまう.ここからも近視が遺伝因子のみではなく,環境因子である屋外活動時間に強く影響を受けていることが示唆される.また,SydneyMyopiaStudyでは,スポーツもしくはレジャーにかかわらず屋外活動時間が長い(1日2.8時間以上)ほど,近視の有病率が低く,遠視の有病率が高いと報告された7).SCORMでも,11~20歳1,249人において,性別,年齢,人種,1週間の読書数,身長,両親の近視の有無を調整した結果,屋外活動時間が眼軸長,屈折値と有意に負の相関があったことを示した5).さらに,1日の屋外活動時間が1時間増加するごとに,屈折度は+0.17D遠視側になり,眼軸長は0.06mm伸長が抑制されると報告された.これらの研究を受けて,積極的に屋外活動時間を増やす介入をすることによって,近視進行抑制を試みる臨床研究も報告されている.たとえば,台湾では学校単位で平日の1日80分間,1週間で合計6~7時間の休み時間を屋外で過ごすプログラムを導入し,1年後に介入群において屈折度数の近視化を有意に抑制することができたと報告している(介入群:?0.25D/year,非介入群:?0.38D,p=0.029)12).また,中国のGuangzhouOutdoorActivityLongitudinalStudyでは,小学1年生1,903人に対し,平日に1日40分の屋外授業時間を追加で設けた介入群と非介入群とに分け,3年間追跡した研究が行われた13).その結果,眼軸長の伸長量は両群間に有意差を認めなかったものの,非介入群と比較し介入群では有意に近視進行が抑制され(介入群:?1.42D/3年,非介入群:?1.59D/3年,p=0.04),近視の有病率も有意に低い(介入群:30.4%,非介入群:39.5%,p<0.001)ことが示された.では屋外活動の何が近視を抑制しているのか,これについては現時点でコンセンサスのある結論は得られていない.屋外活動時間を構成する因子としては,光の照度,遠方視・軸外収差,運動(身体活動),ビタミンDなどの関与の可能性があげられている.a.光の照度光の照度別にヒヨコを3グループに分け90日間育て,屈折値と眼軸長を調べた報告がある14).屋外活動の照度は30,000~50,000luxといわれている14)が,照度を高照度群(10,000lux),中等度照度群(500lux),低照度群(50lux)に分けたところ,高照度群の近視進行抑制効果が認められた.90日後の平均眼軸長も,高照度群に比べ低照度群のほうが有意に伸長しており(高照度群:15.5mm,中等度照度群:15.6mm,低照度群:16.2mm),明るい屋外環境が近視進行抑制に効いている可能性がある.さらにKaroutaら15)は,40,000lux下でヒヨコを用いた動物実験を行い,近視の発症だけでなく進行もほぼ停止させることができたことを報告,網膜のTUNEL染色も行い40,000lux下で7日間ヒヨコを飼育しても視細胞のアポトーシスを起こさないことも示した.その他明るさと近視に関し,網膜ドーパミン系の活性と関連させたspeculativereview文献によると,光量の増加に伴い網膜ドーパミン系が活性化され近視が抑制され,同時にintrinsically-photosensitiveretinalganglioncells(ipRGCs)の関与の可能性も指摘している報告がある.また,動物実験だけでなく,実際の臨床データでも近視と日照時間の関係性を検討した研究が報告されている16).2008~2012年度の学校保健統計調査の視力データを用い,小学6年生時の裸眼視力0.7未満の者の割合を目的変数とし,身長,学習時間,テレビゲーム時間,睡眠時間,日照時間を説明変数とし,都道府県数(n=47)の単回帰分析および重回帰分析を行った結果,裸眼視力0.7未満の小児の割合と,年間日照時間に負の有意な相関が認められ,近視と日照時間の関連性が示唆された(表1).b.遠方視・軸外収差遠方視は,近視が進行するといわれている近業作業の逆であるため,近視進行抑制方向に作用していると考えられている.Flitcroft17)は,屋外活動では室内読書時と比べ,正視眼において軸外収差が遠視になりにくく(遠視性のボケが少なくなり),近視進行抑制効果が出る可能性を報告している.ただし軸外収差抑制で期待される近視進行抑制効果が得られなかったとする臨床報告18)もあるため,軸外収差の近視進行抑制効果については議論する必要がある.c.運動(身体活動)小児の屋外活動時間と身体活動時間は相関することが報告19)されているため,屋外活動時間の近視進行抑制効果は運動による可能性がある.しかし一方,屋外活動時間は身体活動量とは独立して近視と関連しているという報告20)や,屋外活動と近視の関係は光量が重要であるという報告21)もあり,身体活動以外の要素も近視抑制に関与している可能性が示唆されている.d.ビタミンD紫外線により血清ビタミンD濃度が上昇することは知られているが,ビタミンDと近視との関連性が近年いくつか報告22~24)されている.Yazarら22)は,屈折値が近視であることと血清ビタミンD濃度が低いことが関連していることを報告した.年齢,性別,人種,両親の近視の有無,教育歴,眼部の太陽光線曝露指標を調整したうえでも,血清ビタミンD濃度が50nmol/l未満では,50nmol/l以上に比べて2倍近視になりやすいと報告している.また,Choiら23)は近視学童では血清ビタミンD濃度が低いことを報告し,さらにTidemanら24)はオランダ在住6歳児2,666名を対象とした研究で,屋外活動時間などの交絡因子を調整しても血清ビタミンD濃度と眼軸長は有意に負の相関を示すことを報告した(図5).ビタミンDそのものに近視進行抑制効果があるかどうかはまだ不明であるが,今後の追試などにより証明される可能性がある.3.睡眠の質と睡眠時間GuangzhouOutdoorActivityLongitudinalStudyのひとつに,中国における小児の近視進行と睡眠の関係につき調査した研究がある25).平均年齢9.8歳の小児1,902人を対象とし,屈折値が?0.5Dかもしくはそれより強い近視である近視群と,?0.5Dより弱い非近視群に分けて,睡眠時間や睡眠の質を評価した.その結果,夜間睡眠時間は近視群で9.13時間,非近視群で9.06時間と両群間に有意差は認められなかったが(p=0.052),睡眠の質を評価するChildrenSleepHabitsQuestionnaire(CSHQ)scoreの点数が近視群で有意に低く,近視と睡眠障害に関連性があることを示唆した.ただし,近視があるため睡眠障害になるのか,睡眠障害があるため近視になるかなどその因果関係はまだ明らかとなっていない.また,韓国の12~19歳3,625人を対象とした横断研究26)では,性別,年齢,身長,学歴,世帯収入,身体活動量の交絡因子を調整した結果,睡眠時間が1時間増えるごとに屈折度数も+0.10D増加し近視になりにくくなることが示唆された.さらに9時間以上の睡眠時間をとれているほうが5時間未満の睡眠時間よりも近視になりにくいことを報告した(調整済みオッズ比0.59,p=0.006).以上より睡眠障害や睡眠時間の不足が近視人口の増加と関連している可能性が考えられる.4.食事近視進行を抑制するサプリメントに関する報告もある.動物実験にて,片眼の上下眼瞼を縫合し近視を誘導させたウサギやモルモットに,カフェイン生合成経路にある代謝産物の7-methylxanthine(7-mx)27)を投与した場合,後部強膜のリモデリングにより眼軸長の伸長が抑制されたとの報告がある28,29).また,Trierら30)は,平均年齢11.3歳の小児68人を対象に,7-mxを含有するサプリメントを用いた前向き無作為抽出二重盲検の結果を報告した.最初の1年間7-mxサプリメントかプラセボを内服させ,2年目はすべての対象者に7-mxサプリメントを内服,3年目はサプリメントもプラセボも内服させず追跡調査したところ,7-mxの内服で近視進行が抑制されることがわかった.副作用も報告されていないため,食事から近視進行を抑制する有用な方法として今後の追試が期待される.5.成長と体格7~9歳を3年間追跡調査したSCORM31)では,多変量解析の結果から身長が1cm高くなると,眼軸長は平均0.032mm長くなり,屈折値は平均0.031D近視寄りになるとしている.同様にシンガポールで行われたTanjongPagarsurvey32)では,年齢40~80歳の中国人951人を調べ,身長が10cm高くなると眼軸長が0.23mm長くなると報告された.なお,これら2つ研究では超音波眼軸測定装置を用いての結果であり,より精度の高い光学式眼軸長測定装置を使用した結果が待たれる.また,体重やBMIについては,7~9歳を対象とした研究では,体重が重い傾向にあり,BMIが高いほうが遠視側の屈折値となる傾向があることをSawらが報告31)しているが,Rimら33)は5~18歳7,181人を対象とした研究で,近視有病率とBMIに有意な関連性は認められなかったと報告しており,近視と成長との関連性については同様の年齢層での今後の追試が期待される.おわりに近業時間,屋外活動時間,食事などわれわれを取り巻く環境はひと昔前と比べても劇的な変化を起こしている.また夜間の光環境も変わってきており,睡眠時間の減少や質の低下など概日リズムの変調をきたしている可能性も示唆される.このようにひとつだけではなく,いくつかの環境因子の複合的な変化が近視進行の要因となっている可能性が考えられるが,その因果関係を今後明らかにすることで,近視人口の世界的な急増に歯止めをかけられれば幸いである.文献1)DolginE:Themyopiaboom.Nature519:276-278,20152)MuttiDO,MitchellGL,MoeschbergerMLetal:Parentalmyopia,nearwork,schoolachievement,andchildren’srefractiveerror.InvestOphthalmolVisSci43:3633-3640,20023)JonesLA,SinnottLT,MuttiDOetal:Parentalhistoryofmyopia,sportsandoutdooractivities,andfuturemyopia.InvestOphthalmolVisSci48:3524-3532,20074)SawSM,ShankarA,TanSBetal:AcohortstudyofincidentmyopiainSingaporeanchildren.InvestOphthalmolVisSci47:1839-1844,20065)DiraniM,TongML,GazzardGetal:OutdooractivityandmyopiainSingaporeteenagechildren.BrJOphthalmol93:997-1000,20096)IpJM,SawSM,RoseKAetal:Roleofnearworkinmyopia:findingsinasampleofAustralianschoolchildren.InvestOphthalmolVisSci49:2903-2910,20087)RoseKA,MorganIG,IpJetal:Outdooractivityreducestheprevalenceofmyopiainchildren.Ophthalmology115:1279-1285,20088)BuckschJ,SigmundovaD,HamrikZetal:Internationaltrendsinadolescentscreen-timebehaviorsfrom2002to2010.JAdolescHealth58:417-425,20169)BassettDR,JohnD,CongerSAetal:TrendsinphysicalactivityandsedentarybehaviorsofUnitedStatesyouth.JPhysActHealth12:1102-1111,201510)Jones-JordanLA,MitchellGL,CotterSAetal:Visualactivitybeforeandaftertheonsetofjuvenilemyopia.InvestOphthalmolVisSci52:1841-1850,201111)HofferthSL:Changesinamericanchildren’stime-1997to2003.ElectronIntJTimeUseRes6:26-47,200912)WuPC,TsaiCL,WuHLetal:Outdooractivityduringclassrecessreducesmyopiaonsetandprogressioninschoolchildren.Ophthalmology120:1080-1085,201313)HeM,XiangF,ZengYetal:EffectoftimespentoutdoorsatschoolonthedevelopmentofmyopiaamongchildreninChina:Arandomizedclinicaltrial.JAMA314:1142-1148,201514)CohenY,BelkinM,YehezkelOetal:Dependencybetweenlightintensityandrefractivedevelopmentunderlight-darkcycles.ExpEyeRes92:40-46,201115)KaroutaC,AshbyRS:Correlationbetweenlightlevelsandthedevelopmentofdeprivationmyopia.InvestOphthalmolVisSci56:299-309,201516)枩田亨,横山連:政府統計による小学生の視力不良の経年推移と関係因子の解析.日眼会誌118:104-110,201417)FlitcroftDI:Thecomplexinteractionsofretinal,opticalandenvironmentalfactorsinmyopiaaetiology.ProgressinRetinalandEyeResearch31:622-660,201218)HasebeS,JunJ,VarnasSR:Myopiacontrolwithpositivelyaspherizedprogressiveadditionlenses:a2-year,multicenter,randomized,controlledtrial.InvestOphthalmolVisSci55:7177-7188,201419)CooperAR,PageAS,WheelerBWetal:PatternsofGPSmeasuredtimeoutdoorsafterschoolandobjectivephysicalactivityinEnglishchildren:thePEACHproject.IntJBehavNutrPhysAct7:31,201020)GuggenheimJA,NorthstoneK,McMahonGetal:Timeoutdoorsandphysicalactivityaspredictorsofincidentmyopiainchildhood:aprospectivecohortstudy.InvestOphthalmolVisSci53:2856-2865,201221)ReadSA,CollinsMJ,VincentSJ:Lightexposureandphysicalactivityinmyopicandemmetropicchildren.OptomVisSci91:330-341,201422)YazarS,HewittAW,BlackLJetal:MyopiaisassociatedwithlowervitaminDstatusinyoungadults.InvestOphthalmolVisSci55:4552-4559,201423)ChoiJA,HanK,ParkYMetal:Lowserum25-hydroxyvitaminDisassociatedwithmyopiainKoreanadolescents.InvestOphthalmolVisSci55:2041-2047,201424)TidemanJW,PollingJR,VoortmanTetal:LowserumvitaminDisassociatedwithaxiallengthandriskofmyopiainyoungchildren.EurJEpidemiol31:491-499,201625)ZhouZ,MorganIG,ChenQetal:DisorderedsleepandmyopiariskamongChinesechildren.PlosOne10:201526)JeeD,MorganIG,KimEC:Inverserelationshipbetweensleepdurationa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近視進行予防の理論的背景

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1419?1426,2016近視進行予防の理論的背景TheoreticalBackgroundofMyopiaControlTreatments長谷部聡*はじめに1980年代には夢物語と考えられていた近視進行抑制治療は,今日,現実のものとなっている.これまでにランダム化比較対照試験が実施された,あるいは実施中の方法論はすべて,眼軸長の視覚制御(visualregulationofaxiallengthoreyeshape)1,2)を理論的背景としている.しかし,そのメカニズムについては,大規模な臨床研究,動物実験モデル,神経組織の組織化学的研究など,さまざまな研究分野でデータが収集されているものの,関連因子が多岐に及ぶこと,コンフリクトする研究結果が少なくないことなどから,全容解明には至っていない.本稿では現在わかっている範囲で,眼軸長の視覚制御理論を軸に,個々の近視進行予防法のもつ理論的背景について概略を述べる.I眼軸長の視覚制御とは学童期の近視進行の原因について,1950~1980年代にかけて,わが国でも水晶体屈折説と眼軸説に分かれて学問的議論が活発に繰り広げられてきた.しかし,超音波やレーザー干渉計による眼軸長測定など眼球のバイオメトリー技術の進歩により,近視進行の大部分は眼軸の過伸展によって説明されることが明白になった.眼軸が過伸展を起こすと,網膜や脈絡膜に病的変化が起こり,加齢とともに網膜?離,緑内障,黄斑変性症など,失明に至る眼疾患に罹患しやすくなることが考えられる.したがって,近視進行が速い,または眼軸が過伸展を起こしやすい学童期に,いかにそれを抑止するか,予防的治療法を確立することは眼科医に与えられた大きな研究課題といえる.これを解くカギは,眼軸長の視覚制御のメカニズムを解明し,それをうまく応用することにある.1.正視化現象眼軸長の視覚制御機能の存在を示す一つの根拠は,正視化(emetropization)である.図1に示したように,新生児の屈折度は,近視から遠視にかけて幅広く分布している.これは角膜と水晶体からなる眼光学系の屈折力(焦点距離)と眼軸長は,元来一致したものではないことを意味している.しかし,この屈折度のばらつきは成長とともに改善し,4歳頃までにはいったん屈折度は正視に近づく3).この現象は正視化とよばれ,ヒトを含め多くの動物種で報告されている,成長過程にある眼球は,出生時にみられる屈折力と眼軸長のミスマッチを是正する能力を備えている.2.下方視野近視馬の網膜の矢状断面は,図2に示すような歪をもつことが古くから知られていた(horsesrampretina).すなわち水平方向の眼軸に比べ下方視野に相対する眼軸が長くなっている.このような下方視野で近視となる眼球形状(lowerfieldmyopia)をもつことにより,無限遠方から地面まで一度に網膜上にクリアな像を作ることが可能になる.下方視野近視は多くの生物に共通してみられ,しかも眼が地面に近い生き物ほど,網膜の歪(眼軸長の差)が極端になることが明らかになっている.眼球には,与えられた視覚環境に応じて,網膜上のデフォーカスが最小となるように,自らの形状を変化させる能力がある.3.形態覚遮断近視動物モデルで,半透明の膜(diffuser)や瞼裂の縫合閉鎖によって,視覚情報を取り除くと,極端な近視化と眼軸の過伸展がみられる.これは形態覚遮断近視(formdeprivationmyopia)とよばれ,1970年代から多数の動物種で報告がある.いったん視覚情報を絶たれると正視化は作用せず,極端な近視化に至る.4.レンズによる近視化実験1990年代になると,形態覚の遮断に代わって,眼鏡レンズを用いた近視化実験が盛んに行われるようになった1,2).Smithによれば,生直後のサルは軽度の遠視を示すことが多いが,凹レンズを眼鏡として装用させ,フォーカスをさらに網膜後方へ移動させると,遠視は急速に軽減し,さらに正視を通り越して,近視となる(図3左).これと同時に,レンズを装用していない対照眼と比べ,眼軸の過伸展がみられた.一方,凸レンズを眼鏡として装用させ,フォーカスを網膜上または網膜前方へ移動させると,屈折度は遠視に止まり,眼軸長の伸展も緩やかであった(図3右).次に凸レンズを取り除くと,徐々に遠視は軽減した.この実験結果は,網膜後方へのデフォーカスが与えられると眼軸は過伸展を起こすが,網膜前方へのデフォーカスはストップ信号となることを示している.レンズによる近視化実験は,眼科医にとって意識的変換点となった.なぜなら,それまで眼科医の多くは,「メガネを掛けても掛けなくても,近視は進むときには進む」と患者に説明してきたからである.患者に与える眼鏡処方箋によって将来の屈折度が影響を受けること,また医原性に近視を進行させる可能性があることを,この研究結果は物語っているからである.しかし,眼軸長の視覚制御のメカニズムはなお全容が判明しているわけではない.たとえば,眼軸長の視覚制御が網膜後方へのデフォーカスを反応のトリガーとして利用するにしても,その極性を,どうやって判断しているのであろうか.後方であれ前方であれ,その結果生ずる網膜像のボケには差はないはずである.興味深い仮説として,周辺網膜にみられる軸外乱視(obliqueastigmatism)があげられる(図4)4).物体が眼の光軸から離れた位置にあるとき,物体から来る光線は角膜や水晶体を斜めに通過するため,乱視が発生する.周辺網膜の解像力は中心窩に比べて悪いため,通常,像のボケが自覚されることはない.しかし,周辺網膜には経線方向の像のボケに反応する神経系と,接線(円周)方向の像のボケに反応する神経系の両者が存在する.両者の出力を比較する神経回路が存在すれば,最小錯乱円,つまりフォーカスの位置が網膜より前にあるのか後方にあるのかを判断することができる.II光学的治療法に関する理論的背景1.調節ラグによる近視進行のシナリオ眼軸長の視覚制御機能が働いているとしても,近視進行中の学童において,そのトリガーとなる網膜後方へのデフォーカスはなぜ起こるのであろう.Gwiazdaは近視学童と正視学童の調節反応を比較し,近視学童では調節反応が悪く,大きな調節ラグを示すことを報告し,近業時の調節ラグが近視進行の原因ではないかと考えた5,6).調節反応は,視距離の変動に対して,網膜上のイメージをクリアに保つ一種のフィードバック制御である.しかし,生物学的な制御系は一般に,必ずしも高精度とはいえず,一定の誤差を抱えている(図5).視距離が短くなるに従って調節反応は増大する.しかし,遠点に対して0.5~1.5D近方に位置するトーニックアコモデーション(調節安静位)を境として,調節反応は次第に鈍り,その結果,近業時には視距離に応じて,網膜後方へのデフォーカスが生ずることになる.このデフォーカスは,眼球光学系の焦点深度や感覚的寛容により,像のボケとして自覚されることは少ない.しかし,長時間の近業が繰り返されると,調節ラグがトリガーとなり,眼軸長の視覚制御機能が発動する.眼軸の過伸展は近業でのデフォーカスを改善させるものの,遠見では,等量だけ網膜前方にフォーカスがずれるため,視力障害が起こる.これがGwiazdaの調節ラグに基づく近視進行のシナリオである.2.多焦点眼鏡と累進屈折力レンズ眼鏡Gwiazdaのシナリオが正しければ,トーニックアコモデーションの距離(66~200cm)より近方を見ないで,つまり後方へのデフォーカスの発生を避けるように生活できれば,近視の進行を避けられる.しかし,情報化社会に育つ学童に,その指示を守らせることは現実的に不可能である.これに代わるアイデアとして登場したのが多焦点眼鏡と累進屈折力レンズ眼鏡(progressiveadditionlens:PAL)であった2,7).これらのレンズは従来,加齢により衰えた調節力を補うために処方されてきたが,ここでは近見明視に必要な調節量をトーニックアコモデーションレベルに止め,網膜後方へデフォーカスを取り除くことが主眼となる.調節を完全に取り除くことが目的ではないので,加入度数は1.5~2Dが用いられる.3.完全矯正眼鏡vs低矯正眼鏡Gwiazdaの説を用いると,調節必要量が大きいほど調節ラグは増加するため,近業と眼軸長の過伸展の因果関係を理論的に説明できる.しかしそれならば,眼鏡を低矯正とすることによっても,近見明視に必要な調節量は減少し,近視進行を抑制できるはずである.しかし,完全矯正群と低矯正群を比較するランダム化比較対照試験では,両群間で近視進行に差がない,または完全矯正群のほうが,近視進行が若干緩やかであったことが報告されており6,8),この仮説とは矛盾がある.4.周辺網膜後方デフォーカスによる近視進行のシナリオ下方視野近視の例が示すように,眼軸長の視覚制御は必ずしも中心窩に限定された機能ではない1,2).Scaeffelらは実験的に,視野の一部を取り除いた凹レンズまたは凸レンズをヒヨコに装用させ,その後の眼球の形態変化を調べた(図6).興味深いことに,眼球は凹レンズ効果が与えられた視野に一致して,局所的な眼軸の過伸展を示した.またSmithらは,サルを用いた実験で,視野の一部を覆う半透明膜を装用させたり中心窩をレーザー破壊したりして,眼軸長の視覚制御において周辺部網膜の大きな役割を果たしていると結論した2).球面レンズで近視を眼鏡矯正するとき,軸上で完全矯正にすると,周辺網膜では後方へのデフォーカスが起こる.なぜなら,軸外から来る光線は,レンズ周辺部を斜めに通過するため,非点収差の発生と共にマイナスパワーが増大するためである(図7a).PALで報告された近視進行抑制効果も,調節ラグの軽減によるものではなく,上方網膜で後方へのデフォーカスを軽減したためであろうと考える研究者もある.また,眼球が前後に長い,prolateな形状であれば,網膜と焦点曲面(imageshell)との間のずれにより,周辺網膜には後方へのデフォーカスが起こりやすい(図7b).近視進行によって眼軸が過伸展を起こすと,眼球形状はさらにprolateとなるため,周辺網膜における後方へのデフォーカスは一層大きくなり,悪循環となる.5.特殊非球面レンズ周辺網膜の後方デフォーカスによる近視進行のシナリオが正しいとすると,近視進行を抑制するには従来とは異なるコンセプトのレンズ設計が必要になる.中心窩のみでなく,網膜全体の屈折矯正である.最初に登場したのはradialrefractivegradient(RRG)デザインレンズであった.これはレンズ周辺に向かうにつれて徐々にマイナスパワーを低下させた設計で,光芯を軸とする回転対称設計であった.しかし,レンズは強い非点収差を伴うため,レンズ中心に非点収差の小さい領域を設け,装用者は遠見も近見もレンズ中央を通して見ることが強いられた.Positively-paspherizedPAL(CarlZeiss)も,周辺網膜における後方へのデフォーカス軽減を目的とする特殊非球面レンズであった(図8)7).PALと同様,レンズ下方に非点収差の少ない近用部(加入度数:+1~+1.5D)を設け,他の象限には周辺に向かうにつれて徐々にマイナスパワーを低下させた.近業時の調節ラグの軽減するPALと周辺網膜への後方へデフォーカスを軽減するRRGレンズの両者を組み合わせたハイブリッド型レンズであった.6.多焦点コンタクトレンズとオルソケラトロジー多焦点コンタクトレンズも,基本的には,周辺網膜における後方へのデフォーカスを軽減することが狙いである.周辺視野から来る光線はレンズ周囲のマイナスパワーの弱い部分を通過するため,周辺網膜において後方へのデフォーカスを軽減できる2).RRGデザインレンズやpositively-aspherizedPAL眼鏡レンズでは,使用者が正面視(または下方視)で物を見ることを前提にしており,側方視や上方視では,局所的に網膜後方へのデフォーカスは増大する.注視方向の移動の際の眼球─頭部運動の協調運動(eye-headcoordination)や非点収差の大きいレンズ領域周辺部を通して長時間物を見ることは少ないだろうという前提のもとに治療効果が期待されたが,日常生活で装用者がレンズのどの部分を利用しているかという点については,十分検討されていない.また,眼鏡レンズの矯正効果は眼鏡枠を超えないため,最周辺部の網膜は大きなデフォーカスにさらされている.コンタクトレンズの場合,レンズは眼球運動とともに動き,レンズ光芯と視軸はほぼ同軸上にある.矯正される視野も眼鏡に比べて広い.したがって,周辺網膜の屈折矯正を行ううえで,おそらくコンタクトレンズのほうがコンプライアンスは優れている.オルソケラトロジーレンズのベースカーブは,角膜中央部の曲率に比べflatであり,角膜周辺部の曲率に比べsteepになっている.就寝時に装着することで,中央部の角膜上皮は薄くなり(最大10~15μ),周辺部の角膜上皮は厚くなる.その結果,角膜周辺部で屈折力は増大し,周辺網膜における後方へのデフォーカスを軽減できる.この効果は軸上の矯正量と正の相関があり,中等度RRGデザインレンズやpositively-aspherizedPAL眼鏡レンズでは,使用者が正面視(または下方視)で物を見ることを前提にしており,側方視や上方視では,局所的に網膜後方へのデフォーカスは増大する.注視方向の移動の際の眼球─頭部運動の協調運動(eye-headcoordination)や非点収差の大きいレンズ領域周辺部を通して長時間物を見ることは少ないだろうという前提のもとに治療効果が期待されたが,日常生活で装用者がレンズのどの部分を利用しているかという点については,十分検討されていない.また,眼鏡レンズの矯正効果は眼鏡枠を超えないため,最周辺部の網膜は大きなデフォーカスにさらされている.コンタクトレンズの場合,レンズは眼球運動とともに動き,レンズ光芯と視軸はほぼ同軸上にある.矯正される視野も眼鏡に比べて広い.したがって,周辺網膜の屈折矯正を行ううえで,おそらくコンタクトレンズのほうがコンプライアンスは優れている.オルソケラトロジーレンズのベースカーブは,角膜中央部の曲率に比べflatであり,角膜周辺部の曲率に比べsteepになっている.就寝時に装着することで,中央部の角膜上皮は薄くなり(最大10~15μ),周辺部の角膜上皮は厚くなる.その結果,角膜周辺部で屈折力は増大し,周辺網膜における後方へのデフォーカスを軽減できる.この効果は軸上の矯正量と正の相関があり,中等度御機能を直接,治療の標的にする必要がある.1.アトロピン点眼神経伝達物質アセチルコリンのムスカリン受容体の拮抗薬であるアトロピン点眼液は,これまで報告された方法論のなかでもっとも抑制効果が強い.しかし,ムスカリン受容体は,網膜色素上皮,脈絡膜,毛様体など眼内に広く分布しており,その作用機序について実はよくわかっていない.かつては調節麻痺作用,つまり毛様体筋の緊張を取り除くことがアトロピン点眼液の治療機序と考えられていた.トロピカマイド点眼液も同様である.しかし,1)視神経の切断やEdinger-Westphal核の破壊によっても実験近視は影響を受けないこと,2)網膜の一部に与えたデフォーカスに対して眼軸は局所的な応答を示すこと,3)アトロピンによる調節麻痺が起こらないヒヨコでも実験近視は抑制されること,4)調節麻痺作用のない選択的ムスカリン拮抗薬であるピレンゼピンにも抑制効果がみられることなどから,現在では,アトロピン点眼液の近視進行抑制効果は,調節麻痺作用によるものではなく,網膜や脈絡膜内のムスカリン受容体に作用し,眼軸長の視覚制御に係る神経信号伝達を阻害するためと考えられている.神経組織化学的な研究によると,網膜像のデフォーカスはアマクリン細胞によって検知される10).アマクリン細胞の細胞密度は,周辺部に行くほど疎である.しかし,周辺網膜のほうが中心窩に比べ分布面積ははるかに広いため,総数としての細胞数は周辺部のほうが圧倒的に多い.アマクリン細胞からの神経信号の総量が,眼軸長の視覚制御に反映されるとすれば,眼軸長の視覚制御における周辺網膜の役割は小さくないと考えられる.次いで,ドパミン,g-aminobutyricacid(GABA),ZENK,レチノン酸,アセチルコリン,vasoactiveintestinalpolypeptide(VIP),TGF-bなど神経伝達物質の分泌や神経修飾物質の濃度変化が起こる.反応は脈絡膜を経て強膜に伝達され,強膜の成長速度の加速あるいは過度のリモデリングによって,眼軸の伸展が加速される.近年では,アトロピン点眼液のGABA信号系への影響が注目されている11).おわりに光学的および薬学的な近視進行抑制治療について,理論的背景を述べた.視覚を介するホメオスタシスは他の臓器に例がなく,未解決の問題は少なくない.治療機転は不明のまま,極低濃度アトロピン点眼液が現在,注目を浴びている.シンガポールで実施されたATOMstudy2によれば,問題となる副作用がみられない濃度(0.01%)まで薄めたアトロピン点眼液に,強力な近視進行抑制効果がみられたという12).しかし,この研究で対照とされたのは,先行研究(ATOMstudy1)のデータ,いわゆる歴史的データを借用したものであり,エビデンスの質として十分とはいえない.また,眼軸長については,抑制効果が得られていないようである.治療として診療に用いるには,ランダム化比較対照試験の結果を待つべきであろう(低濃度アトロピン点眼の可能性と問題点の項を参照).文献1)SmithER3rd:EnvironmentallyinducedrefractiveerrorsinanimalS.In:Myopiaandnearwork(editedbyRosenfieldM,GilmartinB),p57-90,ButtweworthHeinemenn,Oxford,19982)SmithEL3rd:Opticaltreatmentstrategiestoslowmyopiaprogression:effectsofthevisualextentoftheopticaltreatmentzone.ExpEyeRes114:77-88,20133)MayerDL,HansenRM,MooreBDetal:Cycloplegicrefractionsinhealthychildrenaged1through48months.ArchOphthalmol119:1625-1628,20014)CharmanWN:Keepingtheworldinfocus:howmightthisbeachieved?OptomVisSci88:373?376,20115)CorrectionofMyopiaEvaluationTrial2StudyGroupforthePediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Progressive-additionlensesversussingle-visionlensesforslowingprogressionofmyopiainchildrenwithhighaccommodativelagandnearesophoria.InvestOphthalmolVisSci52:2749-2757,20116)WallineJJ,LindsleyK,VedulaSSetal:Interventionstoslowprogressionofmyopiainchildren.CochraneDatabaseSystRev12,20117)HasebeS,JunJ,VarnasSR:Myopiacontrolwithpositivelyaspherizedprogressiveadditionlenses:a2-year,multicenter,randomized,controlledtrial.InvestOphthalmolVisSci55:7177-7188,20148)LiSM,LiSY,GuoJYetal:FullcorrectionandundercorrectionofMyopiaEvaluationTrial:designandbaselinedataofarandomized,controlled,double-blindtrial.ClinExperimentOphthalmol41:329-338,20139)FlitcroftD:Thecomplexinteractionsofretinal,opticalandenvironmentalfactorsinmyopiaaetiology.ProgRetinEyeRes6:622-660,201210)WallmanJ,WinawerJ:Homeostasisofeyegrowthandthequestionofmyopia.Neuron43:447-468,200411)BarathiVA,ChaurasiaSS,PoidingerMetal:InvolvementofGABAtransportersinatropine-treatedmyopicretinaasrevealedbyiTRAQquantitativeproteomics.JProteomeRes13:4647-4658,201412)ChiaA,ChuaWH,CheungYBetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:safetyandefficacyof0.5%,0.1%,and0.01%doses(AtropinefortheTreatmentofMyopia2).Ophthalmology119:347-354,2012*SatoshiHasebe:川崎医科大学総合医療センター眼科〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市北区中山下2-6-1川崎医科大学総合医療センター眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1乳幼児期の屈折度分布の変化成長とともに屈折度のばらつきは小さくなり,平均屈折度(実線)は正視に近づく.破線:ばらつきの95%区間を示す.(L.Mayer2001改変)図2馬の歪んだ網膜下方視野(地面)に相対する網膜では,正面(地平線など)に相対する網膜に比べ,眼軸が長くなっている(⊿d).図3サルによる眼鏡レンズを用いた近視化実験1420あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(34)図4軸外乱視によるデフォーカス符号検出の仮説フォーカス(最小錯乱円)が後方にあると接線(円周)方向のコントラストが強まり,最小錯乱円が前方にあると経線方向のコントラストが強まる.図5調節反応の違い-正視学童vs.近視学童近視学童は一般に,調節反応が悪く,近業時の網膜後方へのデフォーカス(調節ラグ)が大きくなる.T.A.:トーニックアコモデーション.(35)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161421図6眼軸長の視覚制御における周辺網膜の影響1422あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(36)図7周辺網膜で後方へのデフォーカスが起こる理由球面レンズ矯正に伴う場合(a)と前後に長いprolateな眼球形状による場合(b).dfはデフォーカスを示す.図8周辺網膜における後方へのデフォーカス軽減を狙った特殊非球面眼鏡レンズの例(37)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161423図9スマートフォンの背景と周辺網膜でのデフォーカスの関係背景である床と一定の距離をとって使用する(a)ことにより,机上で使用する場合(b)に比べて,周辺網膜における後方へのデフォーカスを軽減できる.1424あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(38)(39)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614251426あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(40)

眼鏡を用いた近視進行抑制の試みと小児の近視進行の特徴

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1411?1417,2016眼鏡を用いた近視進行抑制の試みと小児の近視進行の特徴EffectofSpectaclesinSlowingMyopiaProgression神田寛行*はじめに多治見スタディによると,日本では等価球面度数が?0.5D未満の近視の有病率が41.8%を占める1).さらに,文部科学省の学校保健調査によると裸眼視力が1.0未満の小学生の割合は増加傾向にあり,平成27年度には過去最高値(30.97%)を記録した.この裸眼視力の低下の原因のほとんどは近視と考えられることから,この統計値はわが国の学童の近視人口が増加していることを示唆する.近視による影響は裸眼視力の低下だけに留まらない.単純近視の段階でも,眼軸長が長いほど網膜内の視細胞密度が少なくなることが,近年の補償光学眼底カメラを用いた研究で報告されている2).また,眼鏡やコンタクトレンズで屈折矯正を施した状態でも,近視度数が高いほどコントラスト感度が低下することが報告されている3).コントラスト感度の低下は視細胞密度の減少によるものか,それとも眼球全体の高次収差の増加によるものなのか結論は出ていないが,いずれにせよ単純近視の段階でも,近視進行に伴い視機能に影響を及ぼすといえる.さらに,近視は緑内障,網膜?離,近視性黄斑変性症などのリスクファクターとして知られている4).これらの眼疾患は重度視覚障害に繋がる可能性を有する.また,わが国における中途失明原因疾患のなかで,4番目に多いのが病的近視である5).単純近視と病的近視が直接結びつくかどうかについてはさまざまな議論があるが,少しでも重度視覚障害のリスクを軽減するためには近視進行抑制が重要であると筆者は考えている.近視進行抑制を目的とした研究にはさまざまあるが,本稿ではとくに眼鏡による近視進行抑制の可能性について,その背景や理論を含めて紹介する.I小児の近視進行近視が進行し眼軸長が伸長すると,現在の医療技術では眼軸長を元に戻すことができない.そのため,近視が進む年代にその進行をいかに抑制するかが重要となってくる.本稿では近視進行抑制法についての研究を紹介する前に,まずは小児の近視進行の特徴について説明する.所らが行った屈折度の経過観察の研究によると,10~25歳の期間では若年ほど近視の進行は急速で,20歳をすぎるころからその進行はほとんど止まる6).筆者らも,後述のMyoVisionの臨床試験に参加した6~12歳の近視学童(日本人)のうち,コントロールレンズ群(単焦点レンズ眼鏡の装用群)の101名を対象にした2年間にわたる経過観察のデータを解析し,屈折度変化速度(D/年)と年齢の関係について解析を行った.なお,屈折度は調節麻痺下でオートレフラクトメータを用いて測定した.その結果を図1に示す.両者には有意な相関が認められた(R=0.327,p<0.01,Pearson’scorrelationanalysis).本解析における対象学童は,初診時からすでに?1.5D以下の近視を有しているため,正視や遠視なども含めた一般の学童全体の特徴を表しているわけではないが,それでもこの年代では若年ほど近視の進行が速いことがわかる.人間の眼は,生直後は軽度の遠視である7).その後,成長に伴い遠視の程度が小さくなり学童期に入るとほぼ正視化する.これを正視化現象とよぶ7).正視化現象には,眼の屈折度に影響を及ぼす「眼軸長」「角膜の屈折力」「水晶体の屈折力」の変化が関与すると考えられている.Gordonらはこれら3つの要素の発達に伴う変化の特徴について報告している8).まず,眼の眼軸長は生後2歳頃まで急速に伸長し,その後そのスピードは徐々に緩やかとなり10歳を超えるとほぼ一定となる8).一方,角膜や水晶体の屈折力は成長に伴い徐々に減少する.角膜の屈折力は,生直後から半年にかけて急速に減少し,3~4歳を超えた頃からほぼ一定となる8).そして,水晶体の屈折力は8歳頃まで減少傾向が続く8).眼軸長延長は近視が進む方向に屈折度を変化させるのに対して,角膜や水晶体の屈折力の減少は反対の遠視方向に変化させる.つまり,成長に伴い眼軸長延長に伴う眼の屈折度の変化を,角膜や水晶体の屈折力の減少で代償しているとみなすことができる7).さらに,これら眼屈折要素の発達の特徴から,正視化現象を経て眼が正視となった後は,眼軸長の伸長がそのまま近視化に繋がると考えられる.言い換えると,学童期の近視進行はおもに眼軸長伸長が原因であると考えられる.これを確認するために,再度MyoVisionのコントロールレンズ群を対象に屈折度と眼軸長の関係について解析を行った.なお,眼軸長のデータは光干渉式眼軸長測定装置を用いて精密に測定されたものである.まず,初診時の眼軸長と屈折度それぞれの絶対値を用いて両者の関係を散布図に示した(図2).次に,眼軸長と屈折度それぞれの変化速度(初診時から2年間の変化量を基に算出)を用いて散布図を作成した(図3).どちらの散布図でも両パラメータの間に有意な相関関係がみられた.しかし,変化速度で作成した散布図(図3)のほうが絶対値を用いて作成した散布図(図2)よりも,一次回帰直線に対する残差(ばらつき)が少なく,よく回帰直線にフィットすることがわかる.この結果は,学童期の近視進行はおもに眼軸長の伸長によって進行するという,前述の説明を支持するものである.なお,この図3で得られた回帰直線(屈折度変化速度=?2.37×眼軸長変化速度+0.11)の傾きより,今回の被検者群では1mm眼軸長が伸長すると,2.37D近視が進むことがわかった.II眼鏡による近視進行抑制の試みここまで小児の近視進行のメカニズムについて述べてきたが,次に眼鏡による近視進行抑制の可能性について説明する.1.近視進行に対する遠視性defocusの影響学童期の近視進行の原因として遺伝因子と環境因子の両方がかかわっていると考えられている7).眼鏡による近視進行予防は,環境因子をコントロールすることで近視進行を抑制することを目的としている.近視進行に関与する環境因子の一つとして,網膜像のdefocusの影響があげられる.これは網膜にピントが合っていない状態のことである.動物モデルを用いた実験近視の研究によると,成長過程のヒヨコの眼前に半透明のゴーグルを装用させて飼育すると,眼軸長が伸長し近視化することが報告されている9,10).これを視性刺激遮断近視(formdeprivationmyopia:FDM)とよぶ.また,同様の現象はマイナスレンズを用いて網膜像をdefocusした場合でも発生する.レンズ装用によって誘発させた近視をレンズ誘発性近視(lens-inducedmyopia:LIM)とよぶ.マイナスレンズを正視眼に装用すると平行光線束は網膜後方に焦点を結ぶことになり,ちょうど遠視と同じ状況となる(図4a).興味深いことに,ヒヨコの場合にはプラスレンズを装用すると眼軸長が短縮する10).つまり,網膜がdefocusの方向を検知し,とくに遠視性のdefocusによって眼軸長伸長が促されるとみなすことができる.霊長類を用いた実験近視ではプラスレンズによる眼軸長短縮はヒヨコほど顕著ではないものの,それでもヒヨコ同様にマイナスレンズによって眼軸長伸長が促される11).2.調節ラグ理論とそれを応用した近視進行抑制眼鏡日常の環境下では,近方作業時に調節ラグが生じ,これによって遠視性のdefocusが生じる.調節ラグとは,必要調節量に比べて調節反応量が低いことで生じる生理的な低調節の状態のことである.Gwaizdaらは近視の学童で調節ラグが多いことを報告し,この調節ラグによる遠視性defocusが学童期の近視進行の要因の一つなのではないかと述べている12).この説を調節ラグ理論とよぶ.調節ラグ理論を基に設計された近視進行抑制眼鏡レンズがprogressiveadditionallens(PAL)である.PALは老視用の累進多焦点眼鏡同様に,レンズ下方に行くほど加入度数が入る設計となっている.遠方視時はレンズ中央から上方を使い,近方視時はレンズ下方を使う.これにより近方視時の必要調節量が小さくなり,調節ラグが軽減される.2000年代に入り,学童期の近視進行に対するPAL装用の効果を検討する臨床試験が複数実施された13,14).それらのメタ解析の結果によるとPAL装用により統計学的に有意な近視進行抑制効果が認められると結論づけられている14).ただし,その効果は1年あたり平均0.14D/年程度であり,臨床的にはその治療効果は必ずしも大きいとはいえない.3.軸外収差理論とそれを応用した近視進行抑制眼鏡近視眼では,黄斑部に比べて周辺部で,相対的に屈折度が遠視側にシフトしていることが多い(図5)15).これは,近視眼ではラグビーボールを横に寝かせた形になっているため,周辺部においては網膜よりも焦点面がより後ろ側に位置するからと説明することができる.このような眼に対して通常の単焦点レンズで屈折矯正すると,黄斑部のみが網膜に焦点が合い,周辺部網膜には遠視性defocusが残った状態となる(図6a).遠視性defocusによる近視進行への影響は網膜黄斑部に限らず,周辺部においても影響があることが近年報告されている.Smithらは,サルの黄斑部をレーザーで意図的に損傷させて飼育しても正視化現象が進むことを示した11).この結果は周辺部網膜でも遠視性defocusによって近視進行を誘発する可能性を示しており,これを軸外収差理論とよぶ.この軸外収差理論に基づいた眼鏡レンズやコンタクトレンズが開発されている16,17).これらのレンズではレンズ中心部から周辺部に向けて段階的に加入度数を加えたデザインとなっている.これにより,網膜周辺部の遠視性defocusを軽減させて近視進行抑制効果を得ることを目的としている(図6b).この眼鏡レンズの使用時は,PALとは異なり,遠方視の場合も近方視の場合もレンズ中心を使用する.視軸と光軸が一致したときにもっとも軸外収差抑制効果が得られるためである.CarlZeiss社にて開発されたMyoVisionレンズは,軸外収差理論に基づいた眼鏡レンズの一つである.MyoVisionに対する近視進行抑制効果の検証を行うため,中国人の小児210人を対象に臨床試験が行われた17).参加者の年齢は6~16歳であった.この試験には3種類の異なるデザインのMyoVision(TypeI,TypeII,TypeIII)が用いられた.TypeIとTypeIIは累進帯がレンズ中心を取り囲むように回転対称体となっていて,加入度数がそれぞれ+1Dと+2Dである.TypeIIIは累進帯の形状は非対称の環状となっており,加入度数は+1.9Dである.参加者を無作為に4群に分け,それぞれコントロール群(単焦点レンズの眼鏡を常時装用),TypeI群(MyoVisionのTypeIの眼鏡を常時装用),TypeII群(MyoVisionのTypeIIの眼鏡を常時装用),TypeIII群(MyoVisionのTypeIIIの眼鏡を常時装用)に割り付けた.そして,12カ月間の経過観察が実施された.その結果,全体ではMyoVision群(TypeI~III)とコントロール群との間で近視進行速度に有意な差は認められなかった.しかし,探索的にサブグループ解析を行ったところ,TypeIII群のなかで「年齢が6~12歳であること」および「両親のうち少なくとも1人が近視であること」の両方の条件を満たす参加者において,有意な近視進行抑制効果が認められた.その近視進行抑制効果はコントロール群と比較すると平均約30%(1年あたり平均0.29D/年の近視進行抑制)だった.その結果を受け,MyoVisionのTypeIIIレンズの臨床試験が日本人児童を対象に実施された.本臨床研究は近視進行抑制効果を前向きデザインで検証することを目的としており,試験デザインには多施設共同の二重盲検比較対照試験を採用した.日本眼科医会の補助を得て,旭川医科大学,慶應義塾大学,筑波大学,東京医科歯科大学,岡山大学,京都府立医科大学,大阪大学が協力して参加者の募集と経過観察を行った.前述の臨床研究の結果を踏まえ,本研究ではエントリー時の年齢を6~12歳に限定し,さらに両親のうち少なくとも1人が近視であることを条件に合計203名の参加者をエントリーした.彼らを無作為に2群に分けて,それぞれコントロール群(単焦点レンズの眼鏡を常時装用)とMyoVision群(MyoVisionのTypeIIIの眼鏡を常時装用)に割り付けた.調節麻痺下でのオートレフラクトメータによる屈折検査と光干渉式眼軸長測定装置による眼軸長測定を半年ごとに2年間にわたって継続した.その結果,残念ながら屈折度の変化量(?1.51±0.87Dv.s.?1.40±0.70D,p=0.33,t-test)(mean±SD,MioVision群v.s.コントロール群)および眼軸長の変化量(0.75mmv.s.0.68mm,p=0.12)共に両群で有意な差を認めなかった.軸外収差理論に基づく屈折矯正器具に対する臨床試験は,眼鏡以外にコンタクトレンズでも報告されている16).コンタクトレンズでは有意な近視進行抑制効果が報告されている.ここから推測すると,軸外収差抑制レンズに関してはコンタクトレンズよりも眼鏡レンズのほうが不利なのかもしれない.おそらく,眼鏡では眼球運動によりレンズの光軸と眼球の視軸がずれてしまうことで周辺部網膜の遠視の屈折矯正効果が十分に得られなかったのではないかと考えられる.おわりに以上のように,学童期の近視進行の特徴について説明した.さらに,小児を対象とした眼鏡による近視進行抑制研究について紹介した.現段階では,眼鏡による近視進行抑制についてはPALで有意な抑制効果が認められている.しかし,その治療効果は必ずしも大きいとはいえない.今後,この効果を少しでも増加させるためには,個人ごとに加入度数をカスタマイズしたPALの開発や,他の近視進行抑制法(アトロピンや軸外収差抑制コンタクトレンズなど)との併用が必要なのではないかと考えられる.文献1)SawadaA,TomidokoroA,AraieMetal:Refractiveerrorsinanelderlyjapanesepopulation:Thetajimistudy.Ophthalmology115:363-370,e3,20082)KitaguchiY,BesshoK,YamaguchiTetal:Invivomeasurementsofconephotoreceptorspacinginmyopiceyesfromimagesobtainedbyanadaptiveopticsfunduscamera.JpnJOphthalmol51:456-461,20073)StoimenovaBD:Theeffectofmyopiaoncontrastthresholds.InvestOphthalmolVisSci48:2371-2374,20074)FlitcroftDI:Thecomplexinteractionsofretinal,opticalandenvironmentalfactorsinmyopiaaetiology.ProgRetinEyeRes31:622-660,20125)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業網脈絡膜萎縮・視神経萎縮に関する研究,平成17年度総括分担研究報告書20066)所敬:眼屈折要素とその相関.近視基礎と臨床(所敬編).p16-24,金原出版,20127)不二門尚:小児の近視の進行防止.日眼会誌117:397-406,20138)GordonRA,DonzisPB:Refractivedevelopmentofthehumaneye.ArchOphthalmol103:785-789,19859)WallmanJ,TurkelJ,TrachtmanJetal:Extrememyopiaproducedbymodestchangeinearlyvisualexperience.Science201:1249-1251,197810)FujikadoT,KawasakiY,SuzukiAetal:Retinalfunctionwithlens-inducedmyopiacomparedwithform-deprivationmyopiainchicks.GraefesArchClinExpOphthalmol235:320-324,199711)SmithEL,KeeCS,RamamirthamBetal:Peripheralvisioncaninfluenceeyegrowthandrefractivedevelop-mentininfantmonkeys.InvestOphthalmolVisSci46:3965-3972,200512)GwiazdaJ,ThornF,BauerJetal:Myopicchildrenshowinsufficientaccommodativeresponsetoblur.InvestOphthalmolVisSci34:690-694,199313)HasebeS,OhtsukiH,NonakaTetal:Effectofprogressiveadditionlensesonmyopiaprogressioninjapanesechildren:Aprospective,randomized,double-masked,crossovertrial.InvestOphthalmolVisSci49:2781-2789,200814)WallineJJ,LindsleyK,VedulaSSetal:Interventionstoslowprogressionofmyopiainchildren.CochraneDatabaseSystRevCD004916,201115)HoogerheideJ,RemptF,HoogenboomWPHetal:Acquiredmyopiainyoungpilots.Ophthalmologica163:209-215,197116)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiTetal:Effectoflowadditionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaprogressioninchildren:Apilotstudy.ClinOphthalmol8:1947-1956,201417)SankaridurgP,DonovanL,VamasSetal:Spectaclelensesdesignedtoreduceprogressionofmyopia:12-monthresults.OptomVisSci87:631-641,2010*HiroyukiKanda:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室〔別刷請求先〕神田寛行:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1日本人の近視学童(6~12歳)における初診時年齢(歳)と屈折度変化速度(D?年)の関係屈折度変化速度は屈折度変化量を観察期間(2年間)で割って求めた.屈折度変化速度の値が低いほど近視の進行が速いことを示す.日本人の近視児童を対象としたMyoVisionの臨床試験に参加した者のうち,コントロール群(単焦点レンズ眼鏡を装用した群)を対象に解析を行った(n=101).1412あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(26)図2日本人の近視学童(6~12歳)における眼軸長(mm)と屈折度(D)の関係日本人の近視児童を対象としたMyoVisionの臨床試験に参加した者のうち,コントロール群(単焦点レンズ眼鏡を装用した群)を対象に解析を行った(n=101).初診時に得られたデータを基に散布図を作成した.図3日本人の近視学童(6~12歳)における眼軸長伸長速度(mm?年)と屈折度変化速度(D?年)の関係日本人の近視児童を対象としたMyoVisionの臨床試験に参加した者のうち,コントロール群(単焦点レンズ眼鏡を装用した群)を対象に解析を行った(n=101).2年間の経過観察で得られたデータを基に散布図を作成した.図中の式は一次回帰直線を示す.(27)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161413図4遠視性および近視性defocusの結像状態a:正視眼にマイナスレンズを装用すると遠視性defocus(点線部)を生む.b:正視眼にプラスレンズを装用すると近視性defocus(点線部)を生む.1414あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(28)図5軸外収差の例(11歳,男児)青線は右眼の結果を,赤線は左眼の結果を示す.視軸から大きくずれるほど(網膜周辺部ほど)屈折度が遠視側にシフトしている様子がわかる.グランドセイコー(現:シギヤ製作所GS事業部)製,両眼開放型オートレフラクトメータWR-5100Kを用いて測定.図6近視眼に対する眼鏡レンズでの屈折矯正時の結像状態を示す図a:通常の単焦点レンズで矯正すると,黄斑部は焦点が合うものの,周辺部には遠視性defocusが残る(点線部).b:軸外収差抑制レンズでは周辺部の遠視性defocusも軽減するよう設計されている.(29)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614151416あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(30)(31)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161417

医大生における網膜疾患

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1407?1410,2016医大生における網膜疾患PrevalenceofRetinalDiseasesamongMedicalStudents石子智士*はじめに近視眼における眼底変化として,視神経乳頭の傾斜やコーヌス,peripapillaryatrophy,後極部網膜では,びまん性網脈絡膜萎縮,限局性網脈絡膜萎縮,後部ぶどう腫,黄斑部出血,lacquercracklesion,脈絡膜新生血管,網膜分離,黄斑円孔などが知られている.また,周辺部網膜では,網膜格子状変性,敷石状変性,脈絡網膜変性,whitewithoutpressureなどがあり,とくに網膜?離の頻度が高いことがよく知られている(図1~4).これらの多くの発症頻度は,近視の程度ならびに加齢に伴って高くなるため,青年期にはほとんどみられないものもある.地域住民を対象としたコホート研究では,20歳前後の年齢におけるデータは少なく,たとえば40歳代以降のデータをそのまま参考にすることはできない.ここでは,網膜疾患のうち,裂孔原性網膜?離とその前駆病変としての網膜?離網膜格子状変性,網膜裂孔に着目し,①強度近視を有する医大生,②入学時,そして③臨床実習時における網膜疾患について,筆者らがこれまで行ってきた医大生を対象とした研究結果を紹介し,これらについて解説する.I強度近視を有する医大生の網膜疾患筆者らは医大生の眼科臨床実習の際,片眼を散瞳してお互いの眼底を観察する眼底実習を行ってきた.その際,担当教官として最後に眼底検査を行うと,臨床実習生が比較的高い頻度で網膜病変を有していることに気がついた.また,近視眼が多いことにも気がついていた.そこで,医大生における網膜疾患の早期発見の観点から旭川医科大学保健管理センターに協力してもらい,定期健康診断の視力を参考に眼底検査を行うことにした.対象は,定期健康診断を受診した医大生1,4,6学年の合計312名のうち,裸眼視力が0.3未満の者216名(69.2%)である.レフラクトメータで屈折度を測定し,?6Dを超える強度近視を有した学生に対し散瞳して眼底検査を行った.その結果,強度近視を有していたのは41名67眼(10.7%)であった.網膜疾患は,網膜格子状変性が14眼(21%),うち網膜格子状変性巣内円孔を伴うものが5眼で,網膜裂孔は4眼(6%),そして裂孔原性網膜?離は4眼(6%)に認めた1).II医大生の入学時の網膜疾患医学部の新入生を対象に,春の健康診断の際,散瞳下での屈折検査,眼軸測定,眼底検査を行った.これらすべての検査を施行できたのは95名190眼(男性71名,女性24名,平均年齢21.2±3.4歳)であった.平均屈折度は?3.8±2.8Dで,?6Dを超える強度近視眼は40眼(21.1%)に認めた.平均眼軸長は25.4±1.3mmであった.このうち11眼に網膜疾患を認めた.内訳は網膜格子状変性9眼(4.7%)と網膜裂孔3眼(1.6%)であった.これら網膜疾患と屈折度との関係を調べてみたところ,網膜格子状変性は?6Dを超える強度近視眼には認めず,中等度近視眼に多く認めた(表1).網膜裂孔は,屈折度による差は認めなかった.また,眼軸長との関係では,眼軸長の長い眼に網膜格子状変性を多く認める傾向があったものの,有意な差は認めなかった(表2).自覚症状の有無については,散瞳待ちの時間にアンケートに記入してもらった.網膜疾患を有していた学生のうち,自覚症状があったものは飛蚊感と光視感が各1名,合計2名(18%)であり,残りの9名(82%)には自覚症状は認めなかった.III臨床実習時の医大生の網膜疾患筆者らの施設では,眼科臨床実習時にモデル眼を用いて倒像鏡による眼底検査手技を学んだ後,片眼に散瞳薬を点眼してお互いの眼底検査を行う実習を行っている.その際,これまで行ってきた学生実習における結果と自己管理のうえで周辺までの眼底検査の重要性を解説し,文書によるインフォームド・コンセントを得られた学生に対しては両眼に散瞳薬を点眼し,1時間後の屈折測定と眼軸長測定を行った後,指導教官による眼底検査を行っている.最近のデータでは,122名244眼(男性93名,女性29名,平均年齢25.0±3.5歳)の医大生が対象となった.平均屈折度は,右眼が?4.70±2.95D,左眼が?4.66±3.03Dであり,?6Dを超える強度近視は85名(34.8%)に認めた.眼軸長は,右眼が25.78±1.31mm,左眼が25.75±1.39mmであった.網膜疾患は,網膜格子状変性が29眼(11.9%),うち網膜格子状変性巣内円孔を伴うものが11眼(4.5%)で,網膜裂孔は15眼(6.1%),うち裂孔原性網膜?離を2眼(0.8%)に認めた.屈折度と各疾病との関係をみると,網膜格子状変性は,近視の程度が大きくなるに従って頻度が高くなる傾向を認めた(表3).網膜裂孔は近視の程度との関連は認めなかったが,?6Dを超える近視とそれ以外で検討すると有意に多かった.今回の症例群においては,眼軸との関係は認めなかった(表4).IV考察近視が網膜?離の危険因子であることはよく知られている.その前駆病変としての網膜格子状変性や網膜裂孔は,20~29歳を対象とするとそれぞれおよそ8.4%と1.8%と報告されている2).平均年齢が21歳の新入生の結果と25歳の臨床実習生の結果を合わせると,網膜格子状変性と網膜裂孔はそれぞれおよそ8.8%と4.1%であった.網膜格子状変性は,近視の程度とともに頻度が増加し強度近視でほぼ一定となることも報告されている3).筆者らの新入生のデータでは中等度近視に比較的多くみられたが,臨床実習生のデータでは有意ではないものの近視の程度が大きくなるに従い,その頻度が高くなる傾向を示した.また,強度近視眼においては17~20%程度にみられると報告されており3),筆者らの結果でも21%とほぼ同等であった.すなわち,強度近視眼では5眼に1眼程度の高頻度で網膜格子状変性を有していることから,眼底検査の際には周辺までの注意深い観察が必要である.新入生と臨床実習生における網膜格子状変性の頻度を比較すると,4.7%から11.9%とその頻度を増している.この変化は比較的若年者に発症するが年齢による著明な変化は認めないとの報告がされているものの,後天的に発症しはじめる青年期では,年齢によって頻度を増す時期があるのかもしれない.そうであるのであれば,新入生と臨床実習生の結果は20代前半に偏っており,20~29歳を対象とした研究と比べた場合,その頻度は低めに出る可能性がある.にもかかわらず,ほぼ同等の頻度を示したのは,医大生では近視の頻度が高いためと考えられた.裂孔原性網膜?離の病態を考えるうえで後部硝子体?離は重要である.この後部硝子体?離が生じる際に網膜裂孔が生じやすいとされており4),この変化は年齢の変化に伴って生じるが,強度近視では若いうちから生じることが知られている5).新入生における網膜裂孔の頻度が1.6%と若年の一般外来患者と同等であったのに対し,平均年齢の高い臨床実習生では6.1%と高頻度に認められている.また,1,4,6年生の強度近視を対象とした頻度が6.0%であったのに対し,臨床実習生の強度近視では11.8%と高頻度に認められている.したがって,網膜裂孔の頻度に及ぼす年齢の影響は大きいと思われる.また,臨床実習生における網膜裂孔の頻度は眼軸長による差は認めなかったが,屈折で比較すると強度近視で有意に高頻度であった.したがって,網膜裂孔の頻度には近視の程度も関連していると思われる.近視は裂孔原性網膜?離の危険因子であり,その前駆病変としての網膜格子状変性や網膜裂孔,さらには裂孔原性網膜?離を自覚症状がないうちに発見し,適切な処置を行うことは重要である.今回の結果では,網膜病変を有していた学生のうち約8割が自覚症状を有していなかった.したがって,網膜疾患の患者に自覚症状による自発的な受診を期待することはできない.現実的には,眼鏡・コンタクトレンズ処方で受診した際,とりわけ近視が強い眼では,散瞳して網膜周辺までの注意深い眼底検査が必要と思われる.さらには,近視の進行あるいは加齢の変化によりこれらのリスクが増大することから,定期的な眼底検査の習慣づけも大切と思われる.まとめ医大生を対象とした近視と網膜疾患に関する研究を紹介した.医大生では近視の頻度が高く,その程度が大きい.臨床実習生では新入生と比べ,加齢と近視の進行により網膜格子状変性と網膜裂孔の頻度は高くなり,とりわけ強度近視において多く認められる傾向にあった.網膜病変を有していても自覚症状に乏しいため,近視が強い場合には積極的に眼底検査を行い,さらには定期的に眼底検査を受ける習慣づけが重要と思われる.文献1)高宮央,石子智士,吉田晃敏ほか:?6ジオプトリーを超える近視がある大学生の眼底.臨眼52:1789-1792,19982)荻野誠周,山元力雄:格子状変性および網膜裂孔の頻度.I年齢との関係.日眼会誌84:78-82,19803)荻野誠周,山元力雄:格子状変性および網膜裂孔の頻度.II屈折度との関係.日眼会誌84:83-90,19804)KanskiJJ:Complicationsofacuteposteriorvitreousdetachment.AmJOphthalmol80:44-46,19755)AkibaJ:Prevalenceofposteriorvitreousdetachmentinhighmyopia.Ophthalmology100:1384-1388,1993*SatoshiIshiko:旭川医科大学医工連携総研講座〔別刷請求先〕石子智士:〒078-8510旭川市緑が丘東2条1-1-1旭川医科大学医工連携総研講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1近視を有する医大生の眼底:乳頭周囲の変化視神経乳頭は傾斜しており,耳側にperipapillaryatrophyを認める.乳頭下方領域の網膜は,紋理状眼底所見を呈している.2近視を有する医大生の眼底:whitewithoutpressureと網膜格子状変性網膜周辺では,鼻側と耳側にwhitewithoutpressureの所見を認め,上耳側の赤道部付近に網膜格子状変性を認める.図3近視を有する医大生の眼底:網膜格子状変性と網膜裂孔上方周辺部には格子状変性が連なっており,上耳側の赤道部付近に,牽引を伴った網膜裂孔を認める.図4近視を有する医大生の眼底:網膜裂孔と裂孔原性網膜?離下方に網膜裂孔を認め,そこから下耳側領域に広がる網膜?離を認める.1408あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(22)表1新入生の屈折度と網膜疾患屈折度総数(眼)網膜格子状変性網膜裂孔?3D以下の近視・正視・遠視802(2.5%)2(2.5%)?3Dを超え?6D以下の近視707(10.0%)1(1.4%)?6Dを超える近視400(0.0%)0(0.0%)合計1909(4.7%)3(1.6%)表2新入生の眼軸長と網膜疾患眼軸長総数(眼)網膜格子状変性網膜裂孔25mm以下773(3.9%)0(0.0%)25mm-26mm603(5.0%)2(3.3%)26mmより長い533(5.7%)1(1.9%)合計1909(4.7%)3(1.6%)表3臨床実習生の屈折度と網膜疾患屈折度総数(眼)網膜格子状変性網膜裂孔網膜?離?0.5D以下211(4.8%)0(0%)0(0.0%)軽度近視(?0.5Dを超え?3D以下)555(9.1%)4(7.3%)1(1.8%)中等度近視(?3Dを超え?6D以下)8310(12.0%)1(1.2%)0(0.0%)強度近視(?6Dを超える)8513(15.3%)10(11.8%)1(1.2%)合計24429(11.9%)15(6.1%)2(0.8%)表4臨床実習生の眼軸長と網膜疾患眼軸長総数(眼)網膜格子状変性網膜裂孔網膜?離25mm以下818(9.9%)3(3.7%)1(1.2%)25mm-26mm595(8.5%)1(1.7%)0(0.0%)26mmより長い10416(15.4%)9(8.6%)1(2.1%)合計24429(11.9%)13(5.3%)2(0.8%)(23)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614091410あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(24)

弱度近視(学校近視)と強度近視は関係があるのか?

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1397?1405,2016弱度近視(学校近視)と強度近視は関係があるのか?IsThereAnyRelationshipbetweenLowandHighMyopiainSchool?所敬*はじめに近視の分類には,原因から先天性近視(congenitalmyopia)と後天性近視(acquiredmyopia)に,発生成因から屈折性近視(refractivemyopia)と軸性近視(axialmyopia)に,臨床的には単純近視(simplemyopia)と病的(変性)近視(pathologic〔degenerative〕myopia)に分類され,程度分類では弱度近視(myopiatenuis),中等度近視(myopiamedia),強度近視(myopiagravis),最強度近視(myopiagravissima),極度近視(myopiaextrema)などがある.先天性と後天性,屈折性と軸性,程度分類の境界などは明確に区別することは不可能である.一方,単純近視と病的近視は視機能障害と眼底変化から比較的区別可能と思われる.学校近視は単純近視に含まれ,強度近視は病的近視に含まれる.I単純近視(弱度近視,学校近視)とはCurtin1)は近視を生理的近視(physiologicmyopia),中間近視(intermediatemyopia)と病的近視(pathologicmyopia)に分けている.生理的近視とは眼の屈折要素である角膜,水晶体と眼軸長が正規分布をしていて,これらの組み合わせによって起こりうる近視であると述べている.新生児の屈折度数分布曲線は正規分布曲線に近いが,小学校に入学する頃には正視に集中した分布になる(図1,2).この集中性は正視化現象に伴うもので環境因子によると考えられる.この集中性の原因について有名な佐藤邇・大塚任の近視論争があった2,3).佐藤2)は,学校近視は調節過度によって正視化現象が弱度近視側に崩れたものと考え,その原因は水晶体屈折力であるとした.一方,大塚3)は角膜,水晶体屈折力,眼軸長などの屈折要素の測定から,正視化現象が崩れるのは主として眼軸長であるとした.そして,屈折説と眼軸説のどちらが正論であるかについて長年論争があった.両氏はいずれも学童期に始まる学校近視を扱っていて,近業によって発生する後天的環境要因が原因であるとの見解をとっている.しかし,両者とも学校近視の屈折度の境界については明確に述べていない.両氏が主張する学校近視は屈折要素である水晶体屈折力,あるいは眼軸長が正規分布からはずれている近視を含めていることから,Curtin1)のいう中間近視を取り込んでいる可能性がある.また,学校近視が後天的な環境因子によってのみで発生するかについては疑問がある.すなわち,学童期に起こる近視で,両親共に近視あるいは片親が近視の子供と,両親に近視がない子供の近視発生率の検討で,両親あるいは片親が近視の子供は,両親に近視のない子供より近視の頻度が高く4,5),眼軸の延長も著しい6).2~8倍になるとの報告もある7).近年の多数眼の測定から単純近視も眼軸の延長が主原因であるとの報告が多い24~27).Curtin1)は,生理的近視は?3.00D以下で眼軸長22mm以下,中間近視は?3.00Dを超え?5.00D未満までで,眼軸長は22mmを超え25.5mmまでとしていているが,これらを単純近視と考えてよいと思われる.II病的近視(強度近視)とは1.屈折度と眼軸長Curtin1)は,生理的近視と中間近視以外を病的近視としている.病的近視は遺伝性が高く眼軸が延長し,後極部眼底変化があり,視機能障害を伴う近視である.厚生労働科学研究班の平成17年度研究報告によると8),?6.00D以上の強い近視をもつ視覚障害者(6級以上)の頻度は7.8%で5位,失明者(1級:両眼の矯正小数視力の和が0.02未満)は6.5%で4位である.そこで,屈折度の強い近視は視機能障害を伴うので,単に屈折異常として取り扱うことはできず,病的近視とすべきである.わが国においては,昭和17年3月に日本学術振興会および近視協同研究協議会において,?6.00Dを超えるものを強度近視としている9).一方,世界的にみると,?5.00Dや?6.00D,あるいは?8.00Dを超えるものを強度近視としているなどさまざまで,一致していない10).最近,世界的に強度近視が増加してきているとの報告があるが,どの屈折度を取るかを明確にすべきと思われる.近視は成長とともに進行するので,年齢によって基準とする屈折度は変えるべきである.筆者ら11)は,小学1年生(6歳)で正視眼(+0.24~?0.25D)の眼軸長は22.64±0.64mm(調査数97眼),小学6年生(12歳)では23.25±0.92mm(調査数121眼)と報告した.そこで,正視眼の眼軸長の3倍の標準偏差以上を病的眼軸長とすると,6~8歳で24.5mm以上,9~12歳で26.0mm以上が病的近視であり,これに相当する屈折度は6~8歳で?6.00D,9~12歳で?8.00Dになり,これ以下の屈折度は病的近視と考えるのが妥当であると思われる.中学,高校生では眼軸がさらに延長する可能性があることから,13歳以降は26.5mm以上を病的近視とするのがよいと思われる.厚生省特定疾患網膜脈絡膜萎縮調査研究班で作成した「病的近視診断の手引き」(1987年)では以下の診断基準を提案している12).①5歳以下では?4.00Dを超えるもの②6~8歳では?6.00Dを超えるもの③9歳以上は?8.00Dを超えるものこの基準を同研究班の1979年報告書13)の症例に適用した場合,視機能障害を伴う症例は246眼中236眼(95.9%)であり,上記の病的近視の診断基準は,おおよそ妥当である.臨床的には屈折度で分類したほうが便利であるが,最近は眼軸長が容易に測定可能になっていることから,眼軸長での分類がよりよいと思われる.2.眼底変化病的近視の後極部眼底変化は検眼鏡所見から14),①黄白色の境界不明瞭なびまん性萎縮病変(lacquercracklesionを含む),②灰白色の境界鮮明な限局性萎縮病変,③黄斑部萎縮病変に大別できる(図3).このうち,眼軸延長と関係の深い病変はびまん性萎縮病変である.この病変は,程度によって点状線状病変と面状病変に分けられる.年齢別にびまん性萎縮病変の頻度をみると,図4のごとく小児,学童期でもびまん性萎縮病変がみられ,年齢が進むほど頻度が高くなる14,15).このほか,病的近視に特徴的な眼底所見として,後部ぶどう腫がある.CurtinとKarlin16)によれば,後部ぶどう腫の頻度は26.5~27.4mmの眼軸長では1.4%,33.5~36.6mmでは71.8%である.筆者の検討14)では,検眼鏡的に?8.00Dを超える10~70歳代の1,085眼のうち423眼(39%)である.また,この所見は10歳代の若年者にもみられる(図5)14).Ohno-Matsui17)は3DMRIを用いて64.3±11.5歳で眼軸長30.0±2.3mmの198眼中100眼(50.5%)に認めている.このように,後極部ぶどう腫の頻度を検討した症例の屈折度,年齢分布や測定法によって異なる値が出ている.いずれにしろ,小児,学童期に後極部眼底変化のある症例は将来,病的近視になる危険がある18).III単純近視(弱度近視,学校近視)と病的近視(強度近視)との関係1.単純近視から病的近視への移行(屈折度から)近視の多くは学童期に発症し小学校4年から5年にかけての進行が著しく(図6)19),24~25歳位で進行が止まることが多い.山下ら20)は単純近視からどのように病的近視に移行するかを,都内某中学高校一貫校で中学入学時の生徒140名(280眼)のうち,6年間,毎年屈折度の経過を追えた109名(217眼)の結果から推測した.高校3年時の屈折度を基準にとって,中学1年から屈折度がどのように推移したかをみると,高校3年時に?8.00D以上の病的近視になる群の近視進行の勾配は急で,近視の進行が著しいことがわかる(図7).また,これらの症例は中学1年時の平均屈折度は?5.50Dであった.したがって,病的近視になる可能性のある近視は,屈折度でいえば中学1年時?5.5D以下で近視進行が著しいものと考えられる.2.遺伝関係先天的要因と後天的要因が加わって個人の屈折度が決定されるので,単純近視と病的近視を明確にこれだけでは区別することはできない.単純近視も後天的環境因子のみでなく両親の近視の有無も関係するからである.病的近視は遺伝による眼軸延長が原因である.そこで,遺伝関係で単純近視とどこが違うかが問題になる.福下21)は,?6.00Dを超える強度近視者を発端者とした134家系について3世代にわたる強度近視家系調査の結果,70家系52.2%が多発家系で,遺伝形式には常染色体優性あるいは常染色体劣性遺伝があり,それぞれの臨床像の違いについて述べている.臨床像は,前者では矯正視力と眼軸長との相関が強く,後極部眼底変化は若年者では比較的軽く,加齢によって網脈絡膜萎縮が進行する.一方,後者では発症年齢が低く,早期から眼軸延長と高度の眼底変化がみられる.このほか,64家系47.8%は弧発家系である.これは,家族数が少ないために決定できない可能性もあるが,臨床像から優性と劣性の中間像を示すことから両者が混在している可能性があると報告している.以上から,病的近視では家族歴に強度近視者がいるか否か調査することも大切と思われる.近年,強度近視者の家系調査で多数の遺伝子が発見されているが,家系によって疾患遺伝子は異なっていて単一の遺伝子によって制御されているとは考えにくい.そこで,複数の遺伝子によって制御された多因子遺伝とも考えられる.また,近年,弱度近視にも遺伝子が検出されたとの報告もある22).3.眼底変化からの区別単純近視では眼底に変化がないか,小さいコーヌスや軽度の紋理眼底が認められる程度である.病的近視では,眼底後極部に比較的強い紋理眼底,大きなコーヌス,びまん性網膜萎縮病変,後部ぶどう腫などが認められる.両者の根本的違いは眼底変化と視機能障害の有無である.IV単純近視の治療・進行予防法の意義単純近視の治療・進行予防法の意義は,眼鏡あるいはコンタクトレンズなしに裸眼で生活できるようになること,あるいは,視機能障害を伴う病的近視にならないようにすることである.第1の目的の正視にするための治療はむずかしい.近視進行の年間変化量は小学校3~6年生で0.6~0.7D4,19),中学校1~3年生で0.3D20),高校1~3年生で0.2D20)程度である.現在発表されている進行予防法の効果は,1%アトロピン点眼を除いて,いずれも年間0.3D程度である23,24).そして,通常,この効果は次第に減少する傾向にある25~27).したがって,正視への治療は困難と考える.第2の弱度近視(単純近視)が強度近視(病的近視)にならないようにできるかの問題がある.最近の近視進行予防に関する報告は,進行が著しい6~12歳のものが多い.もっとも近視進行予防効果があるのは,1%アトロピン点眼であるが26,27),2年で点眼を中止した状態で,1年間経過をみるとリバウンドがみられている27).進行予防法中止後,リバウンドがあることから,進行予防法をいつまで続けるかが問題になる.リバウンドした後に再び2年間治療を開始すると,ある程度の効果が期待でき,アトロピン点眼のうちでも0.01%アトロピン点眼が副作用とリバウンドの面でもっとも有効であったとの報告もある(図8)28).一方,Lohら29)によると,1%アトロピン点眼でも,若年者,近視の強い症例,両親が近視,近視の進行が速い症例,遺伝的要因が強い症例では効果がないことを報告している.したがって,症例によっては,長期間1%アトロピンを点眼し続けても遺伝のある病的近視への移行を阻止できるかについては疑問がある.進行予防法として,「長時間近業をしない」「戸外での活動を奨励する」「ストレスを除去する」「完全矯正眼鏡を装用する」などがあるが,これらは患者自身の負担は少なく,いずれも日常生活で注意できることである.一方,点眼の持続は手間と副作用の問題があり,調節ラグを考慮した累進屈折力レンズ眼鏡や軸外収差を補正した眼鏡の装用は,レンズの必要部位を使用するためのフィッテング調整の問題と経済的問題がある.オルソケラトロジー(Ortho-k)も近視の進行防止効果があるもののリバウンド,適応,感染や経済的問題などがある.いずれの進行防止法も中止した場合,どの程度の戻りがあるか,どの程度続けたらよいかなどの検討が必要である.先に述べた低矯正眼鏡でなく完全矯正眼鏡を装用させる方法については賛否があるが,完全矯正眼鏡のほうがよいとの報告が多い24).低矯正眼鏡では遠方視でボケ像になるが,日常生活での中間距離や近距離は明視できる.また,完全矯正眼鏡に比べて,①近方視での調節量は少ないこと,②網膜の前方に焦点を結び,動物実験でプラスレンズを装用させた場合と同様で動物では近視にならないし,遠視化すること,③完全矯正眼鏡に比べて周辺網膜での遠視化は少ないこと,④近方視では調節ラグは少ないこと,などから完全矯正眼鏡による近視進行予防は,現在行われている近視進行防止法に用いられている作用機序に反しているようである.進行予防法を行っても単純近視の程度が軽くなっただけで依然屈折矯正が必要では,長年続ける意義があるかは疑問がある.低加入度領域をもつソフトコンタクトレンズ(SCL)装用で効果があれば30),特別なことをするわけでなく,利用価値は大きいと思われる.しかし,一方では学童にSCLを装用させることには使用上で問題がある.このほか,進行予防法は病的近視になったとしても屈折度や眼軸長を減弱することによって視機能障害を軽減できるかもしれない.強度近視の症例に4D程度をOrtho-kで矯正して,残りを眼鏡矯正した2年間の経過で眼軸長0.3mmの効果があったとの報告がある31).この結果が持続し,びまん性網脈絡膜萎縮の出現頻度(図9)32)を低下させるならば意義はあるが,可能性については問題がある.現在の近視進行予防法が強度近視になるのを防ぐ効果があるかについては,効果に限界があること,徐々に効果が減じること,中止後のリバウンド,忍耐とそれに伴う不利益も含めて疑問が多い.2つ以上の進行予防法を行うことで相加効果,相乗効果があるかについては今後の課題と考える.まとめ学童では屈折度が?6.00Dを超え,眼軸長が24.5mm以上,中高校生以上では屈折度が?8.00Dを超え,眼軸長が26.5mm以上で,後極部眼底変化(強い紋理眼底,びまん性網膜脈絡膜萎縮,限局性網膜脈絡膜萎縮,黄斑部萎縮,後部ぶどう腫)があり,視機能障害を伴えば,病的近視であり,単純近視から区別することができる.近視進行予防法で正視にすることは不可能である.また,予防法の多くは単純近視の程度を軽く止まらせる程度であり,病的近視になるのを防ぐには症例を選択してさらなる検討が必要である.文献1)CurtinBJ:TheMyopias.p169-402,Harper&Row19852)佐藤邇:後天近視(所謂学校近視)の原因と従来の考え方の誤り.日眼会誌72:1981-2011,19683)大塚任:近視の原因並びに治療に関する研究補遺.日眼会誌72:2012-2058,19684)所敬,加部精一:屈折度と屈折要素からみた近視の発生について.日眼会誌68:1240-1253,19645)MorganI,RoseK:Howgeneticisschoolmyopia?Progressinretinalandeyeresearch24:1-38,20056)KurtzD,HymanL,GwiazdaJEetal;COMETGroup:RoleofparentalmyopiaintheprogressionofmyopiaanditsinteractionwithtreatmentinCOMETchildren.InvestOphthalmolVisSci48:562-570,20077)IpJM,HuynhSC,RobaeiDetal:Ethnicdifferencesintheimpactofparentalmyopia:Findingsfromapopulation-basedstudyof12-year-oldAustralianchildren.InvestOphthalmolVisSci48:2520-2528,20078)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.263-267,厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業:網膜脈絡膜・視神経萎縮に関する研究.平成17年度総括・研究報告書,20069)石原忍,鹿野信一:小眼科学56.第17版,金原出版,197610)HoldenBA,FrickeTR,WilsonDAetal:Globalprevalenceofmyopiaandhighmyopiaandtemporaltrendsfrom2000through2050.Ophthalmology123:1036-1042,201611)所敬,林一彦,打田昭子ほか:眼軸長よりみた高度近視の診断基準について.7-12,厚生省特定疾患網膜脈絡膜萎縮調査研究班,昭和52年度研究報告書,197812)所敬,丸尾敏夫,金井淳ほか:病的近視診断の手引き.厚生省特定疾患網膜脈絡膜萎縮症調査研究班(班長中島章),昭和62年13)所敬,林一彦,佐藤百合子:高度近視の視力障害について.14-18,厚生省特定疾患網膜脈絡膜萎縮調査研究班,昭和53年度研究報告書,197914)TokoroT:Atlasofposteriorfunduschangesinpathologicmyopia.p23-61,Fig4.2,SpringeJapan,199815)SakaN,MoriyamaM,ShimadaNetal:ChangesofaxiallengthmeasuredbyIOLmasterduring2yearsineyesofadultswithpathologicmyopia.GraefesArchClinExpOphthalmol251:495-499,201316)CurtinBJ,KarlinDB:Axiallengthmeasurementsandfunduschangesofthemyopiceye.Part1.Theposteriorfundus.TransAmOphthalmolSoc68:312-334,197017)Ohno-MatsuiK:Proposedclassificationofposteriorstaphylomasbasedonanalysesofeyeshapebythreedimensionalmagneticresonanceimagingandwide-fieldfundusimaging.Ophthalmology121:1798-1809,201418)YokoiT,JonasJB,ShimadaNetal:Peripapillarydiffusechorioretinalatrophyinchildrenasasignofeventualpathologicmyopiainadults.Ophthalmology123:1783-1787,201619)山下牧子,三浦真由美,所敬:近視の進行と眼鏡.日眼紀42:1554-1559,199120)山下牧子,中込真知子,三浦真由美ほか:中学・高校生の屈折度の推移.眼臨医報84:322-325,199021)福下公子:強度近視の臨床遺伝学的研究.日眼会誌86:239-254,98222)HayashiH,YamashiroK,NakanishiHetal:Associationof15q14and15q25withhighmyopiainJapanese.InvestOphthalmolVisSci52:4853-4858,201123)根岸貴志:アトロピンによる近視進行予防について.眼科56:1455-1458,201424)WallineJJ,LindsleyK,VedulaSSetal:Interventionstoslowprogressionofmyopiainchildren.NIHpublicaccessAutherManuscript.CochraneDatabaseSystRev.AuthormanuscriptavailableinPMC2014December1825)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Long-termeffectofovernightorthokeratologyonaxiallengthelongationinchildhoodmyopia:a5-yearfollow-upstudy.InvestOphthalmolVisSci53:3913-3919,201226)ChuaWH,BalakrishnanV,ChanYHetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia.Ophthalmology113:2285-2291,200627)ChiaA,ChuaWH,WenLetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:changesafterstoppingatropine0.01%,0.1%and0.5%.AmJOphthalmol157:451-457,201428)ChiaA,LuQS,TanDetal:Five-yearclinicaltrialonatropineforthetreatmentofmyopia2:Myopiacontrolwithatropine0.01%eyedrops.Ophthalmology123:391-399,201629)LohKL,LuQ,TanDetal:Riskfactorsforprogressivemyopiaintheatropinetherapyformyopiastudy.AmJOphthalmol159:945-949,201530)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiTetal:Effectoflowadditionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaprogressioninchildren:apilotstudy.ClinOphthalmol8:1947-1956,201431)CharmJ,ChoP:Highmyopia-partialreductionorthokeratology(HM-PRO):studydesign.OptomVisSci90:530-539,201332)所敬:強度近視の眼軸延長機転と網膜脈絡膜萎縮.日眼会誌98:1213-1237,199433)所敬:屈折異常とその矯正.第6版,図4-2,図4-3,金原出版,2014*TakashiTokoro:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野〔別刷請求先〕所敬:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1新生児の眼屈折度数分布曲線(Wibautら1926,Cookら1951,大塚ら1970)(文献33より引用)図2小中高校生の眼屈折度数分布曲線(中島1941)(文献33より引用)1398あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(12)図3病的近視の眼底変化(13)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161399図4年齢別後極部びまん性萎縮病変の頻度(Tokoro1998)(文献14より引用)図5ぶどう腫を伴った年齢別後極部びまん性萎縮病変(Tokoro1998)(文献14より引用)たらしい眼科Vol.33,No.10,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161401図6小中高校生の屈折度と視力の推移(山下ら1991)(文献19より引用)図7中学1年から高校3年までの6年間の屈折度の推移(高校3年時の屈折度を基準)(山下ら1990)(文献20より引用)1402あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(16)図8種々の濃度のアトロピン点眼2年後の屈折度と点眼中止1年後の屈折度の推移Phase1はアトロピン点眼中,Phase2は点眼中止.(Chiaetal2014)(文献27より引用)図9病的近視眼の眼軸長別のびまん性萎縮病変の頻度(所1994)(文献32より引用)(17)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201614031404あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(18)(19)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161405

学校健診の問題点

2016年10月31日 月曜日

特集●学童の近視進行予防アップデートあたらしい眼科33(10):1389?1396,2016学校健診の問題点ProblemswithVisionScreeningSysteminSchools不二門尚*柏井真理子**はじめにわが国における小児を対象とした視力の健診は,3歳児健診,幼稚園・保育園児に対する健診,就学時健診および学校での健診に大別される.年少児の健診は弱視の早期発見・早期治療を目的として行われており,必ずしも近視の早期発見をめざしたものではない.就学後の小学校,中学校,高等学校における健診は,学校生活をするうえで適正な屈折矯正が行われているかを知らせる目的で行われている.国際的には,近視の頻度が高いシンガポールにおいて,幼稚園児の近視も含めたスクリーニングが始まっている.本稿では,わが国における小児の眼科健診の現状・問題点を述べた後,近視進行予防に関して健診の意義,可能性について述べる.I各時期での視力検査や眼科健診の現状1.3歳児眼科健診平成3年に母子保健法による3歳児視聴覚健康診査(以下,3歳児眼科健診)事業が始まり,平成9年からは実施主体が都道府県から市町村へ移管された.日本眼科医会では平成10年からほぼ4年ごとに全国的なアンケート調査を実施し1),今回,平成24年度の結果(全国47都道府県から任意抽出された274市町村に対して実施.対象者480.262人)を含め現在の3歳児眼科健診の現状を述べる.3歳児眼科健康診査の現状は,ほとんどの場合あらかじめ市町村から保護者に「問診票」と「自宅で片眼ずつ0.5の視標を読ませる視力検査表」が配布され,自宅で視力検査を実施(1次健診)する方法が主である.3歳児眼科健診の実施率は,表1のように96.0%と高率であった.また,実施時期は表2のように3歳0カ月が20.3%,3歳6カ月が39.8%となっており,残りはおおむね3~4歳に実施されている.二次健診は表3のように市町村により差はあるものの,保健所などの会場で実施されている.二次健診に眼科医が出務する地域は少なく(表4),大多数の地域では眼科医以外の医師や保健師が視覚について問診票を確認し,自宅での視力検査が不十分だったものに対して会場で視力検査を実施するか,または再検査をせずに健診医の判断で眼科での精密検査(三次健診)受診が指示されることが多い.三次健診として眼科精密検査を指示された者のうち,精密検査を受診したことが把握できているのは62.1%となっている.精密検査が必要と指示されているにもかかわらず37.9%の者が精密検査を受けていないことは,残念なことである(表5).3歳児眼科健診の大きな目的は弱視・斜視の早期発見であるので,いかにこれらの精密検査未受診や漏れを減らすかが大切になってくる.最終的に眼科での精密検査で診断のついた者の内訳は表6であった.問題点として①一次健診は自宅で保護者に委ねられているため,適切に実施できているか,たとえばしっかりと片眼ずつ検査できていたか,保護者がおおまかに回答を記入していないかなどの問題点がある.②二次健診では眼科医の関与がほとんどできていないため,弱視・斜視などが疑われる者が漏れなく三次健診受診指示が出ていたかどうか,反対に過剰に三次健診に誘導されていないか,費用対効果なども今後視野に入れていかねばと思われる.③三次健診で眼科医療機関での精査を指示された者のうち,約4割の受診が把握できていないのが現状である(表5).保護者に視力の発達や弱視などをしっかり啓発する必要がある.2.幼稚園・保育園での視力検査・眼科健診学校保健安全法では学校においては毎学年定期に健診を行うことが定められており,学校保健安全法施行規則では,健診と就学時健診で「視力検査」と「眼の疾病及び異常の有無」が健診項目として規定されている.幼稚園も文部科学省管轄であるため学校保健安全法対象に含まれる.また,保育所は児童福祉法45条の規定に基づき定められた児童福祉施設基準の中で「学校保健安全法の規定に準じた健診を行うこと」を義務付けている.幼稚園と同じ世代の子供たちが過ごす保育所での積極的な視力検査実施が望まれる.公的な視力検査は,集団健診としては3歳児健診ののち就学時健診まで実施されていないことを考慮すると,3歳児健診未受診や3歳児健診で漏れた斜視・弱視などを発見するためには,幼稚園,保育所での視力検査が重要となる.日本眼科医会では平成20年に全国の幼稚園(全都道府県から任意抽出した409の幼稚園,幼稚園総数の3%)に対して,また平成24年には全国保育園(全都道府県から任意抽出した710の保育所,保育所総数の3%)に対して視力検査の実施状況などをアンケート調査した2,3).結果は以下のとおりである(図1~6).幼稚園での視力検査の実施状況では「実施している」は全体の48.3%(国公立70.6%,私立31.9%),「実施していない」は50.7%(国公立28.2%私立67.2%)であり,国公立に比較して私学での実施率は低かった(図1).視力検査実施率は,年少児は12.9%,年中児26.9%,年長児46.8%であり,年長になるほど高かった(図3).眼科園医がいる幼稚園は25.4%であった(図5).内科健診実施率は98.0%とほとんどの幼稚園で実施されているが,眼科健診は28.4%に留まっている.一方,保育所における視力検査の実施状況は,全体では34.7%(公立39.8%,私立31.6%)であった(図2).3歳児は12.6%,4歳児26.3%,5歳児30.3%であった(図3).また,すべての年齢で園児数の多い保育所での実施率が高かった.眼科園医がいる保育所は,全体の11.4%であった(図6).内科健診実施率99.0%に比較し眼科健診実施率は15.2%とかなり低かった.保育所に比べ幼稚園のほうが視力検査実施や眼科健診実施率は少々高いと認められるが,まだまだ不十分な状況であることは否めない.今後も園関係者に啓発の必要がある.3.就学時健診平成20年,上記の幼稚園へのアンケート調査とともに,日本眼科医会では全国の都道府県より任意抽出した231の市町村教育委員会に対して就学時健診の実施状況をアンケート調査した.なお就学時健診の実施機関は教育委員会である.就学時健診の視力検査は,学校保健安全法施行規則で実施することが明記されている.大きな目的は,入学後の学校生活において支障のない見え方をしているかどうかを調べる検査となっている.平成20年度のアンケートによれば,就学時健診の視力検査実施率は全体では90.5%であったが,複数の府県では,実施率20~75%と実施率がかなり低く,法が遵守されていないことが判明した.また,眼科医による眼科健診は46.8%であった.幼稚園および就学時健診での視力検査が法に沿って実施されていないことに対し,日本眼科医会は平成21年に文部科学省に対して「幼稚園や就学時健診で適切に健康診断等を実施していただくよう」との要望書を提出したところ,平成22年3月に文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課長から「児童生徒等の健康診断及び就学時の健康診断の実施について(通知)」(21ス学健第34号)が出された4).この通知は全国都道府県・指定都市教育委員会などに「……視力検査をはじめとする児童生徒等の健康診断及び就学時の健康診断について,学校保健安全法等に基づき,適正に実施されるようお願いします」と周知された.これを受け,就学時健診での視力検査実施率が低かった都道府県市町村でも積極的に視力検査が次々に開始され,実施率かなりの改善を認めた.たとえば視力検査実施率がもっとも低い20%であった地域も現在ほぼ100%近い実施となっているという報告があがっている.しかし就学時健診の現場では,内科医や小児科医には保護者に指導する機会はあるが,眼科医が直接保護者に視力などについて説明・指導する機会はきわめて少ない.また,視力検査の結果1.0未満の者に対して事後措置として眼科受診を勧めているが,受診結果報告などを還元する仕組みもなく,市町村などで精密検査結果の把握はできていないのが現状である.4.学校での視力検査・眼科健診現在,全国の小学校,中学校,高等学校,支援学校などでは,学校保健安全法施行規則に基づき,毎学年定期健診が実施され「視力検査」と「眼の疾病及び異常の有無」が検査されている.秋に再度,臨時の視力検査を実施する学校も少なくない.学校現場で活用される日本学校保健会「児童生徒等の健康診断マニュアル」の平成27年度改訂版作成の機会に,視力の項目について日本小児眼科学会,日本弱視・斜視学会の指導のもと,幼稚園児にも活用できることをはじめとして修正を加えることができた.以下に「児童生徒等の健康診断マニュアル」のおもな内容を記載した.現在,「児童生徒等の健康診断マニュアル」は私学を含む全国の小中高等学校に配付され活用されており,原則視力検査はマニュアルに沿って実施されている.a.学校における視力検査の実際①視力検査の方法と判定結果の解釈現在多くの学校で実施されている視力の測定方法は,視力「0.3」「0.7」「1.0」のLandolt環が表示されている3つの指標(通常5m用)を用い,検者と被検者が対面して行う370方式(さんななまるほうしき)とよばれている方法が一般的である.結果は「A」「B」「C」「D」の4段階で判定し,「A」以外は受診勧奨とする.ただし幼稚園の年少児および年中児においては「A」「B」以外を受診勧奨とする.この370方式によるA~Dの4段階の判定方法は,教室での見え方を基準にしたもので,教職員だけでなく保護者にとっても理解しやすいものとなっている(表7).また,幼児でも検査を理解しやすく,従来の0.1きざみの測定に比べて検査時間も短縮でき,安価で移動も容易といった利点があり,広く利用されるようになった.②受診報告書の回収と対応視力検査の結果,受診勧奨を行った児童生徒などについては,眼科受診の報告書を回収・整理し,回収率を確認しておくことは他の検査と同様である.また,せっかく眼科受診をしても医師の指示内容が順守されてないことがある.たとえば眼鏡を処方された者が,実際に眼鏡を作り,授業時にそれを装用しているかどうか,担任教諭を通じて確認しておく必要がある.b.視力検査の実際(「児童生徒等の健康診断マニュアル」より抜粋)4)準備視力表:国際標準に準拠したLandolt環を使用した視力表の0.3,0.7,1.0の視標を使用する.視力表(視標)は,原則5m用を使用すること(ただし十分な距離が取れない場合は3m用でも可).視力表から5m離れた床上に白色テープなどで印を付けておく.*幼児,小学校低学年の児童では並列(字づまり)視力表(図7a)では読みわけ困難のために視力が出にくいので,単独(字ひとつ)視力表(図7b)を使用する.*破損,変色,しわのある視標は使用しないこと.視標面の白地が汚れたり,変色したものは新しいものと交換する.照明:視標面の照度は500~1,000ルクスとする.*明るい室内で行い,視標の白い背地の部分の明るさは,まぶしすぎたり,あるいは暗すぎて見えにくくならないように配慮する.遮眼器:片眼ずつ検査するときに,遮眼子,検眼枠用の遮閉板,アイパッチなどで眼球を圧迫しないで確実に覆う.*遮閉用の器具は直接眼に触れることもあり,感染予防のため清潔に留意し,感染の恐れがある場合には適時アルコールなどで消毒する.指示棒:並列(字づまり)視力表の視標をさすための棒で,視力表に手指などが触れて汚れたり傷つけたりすることのないように使用する.検査場所:あまり狭くない部屋でカーテンを使用し,直射日光が入らないように注意する.*目移りするような掲示物は片付け,騒音や雑音の入らない落ち着いた環境で検査できるように努める.*視標の提示は背後の窓などで逆光にならないように配慮する.*視力検査は,大きい視標から測定することが原則ではあるが,現場の状況など考慮し視標を1.0→0.7→0.3の順に使用されることも差し支えない.適切な視力のスクリーニングを実施することが大切である.*小学校高学年の児童以上では,並列(字づまり)視力表を用いてもよく,Landolt環の切れ目が斜め方向の視標を加えるなどの配慮も望ましい.*単独(字ひとつ)視力表の視標の方向を変えるときは,裏返してくるりと回しながら変えていく.判定はLandolt環の切れ目が上下左右のみとする.*眼鏡・コンタクトレンズ使用者の視力検査は,まず眼鏡やコンタクトレンズでの視力を測定し,その後,裸眼視力を測定するのが望ましい.*眼鏡やコンタクトレンズを常用している者については,検査に問題のある者や本人が希望しない場合は,裸眼視力が省略できる.*コンタクトレンズ使用者の裸眼視力が必要な場合は,コンタクトレンズをはずした後のかすみ(スペクタクルブラーといい,回復までに30分前後のものから,長いものでは1~2日を要するものもある)が残るために,正確な視力検査が困難なこと,取りはずしによるコンタクトレンズの破損,汚染などの危険などが考えられるので,学校医の指導,指示に従って実施する.判定0.3の視標が4方向のうち正答が2方向以下の場合は「判別できない」とし「D」と判定する.4方向のうち3方向を正答できれば「正しい判別」と判定し,次に0.7の視標にうつる.0.7の視標で同じく「判別できない」なら「C」と判定,「正しい判別」と判定されれば,1.0の視標にうつる.1.0の視標で同じく「判別できない」なら「B」と判定,「正しく判別」できれば「A」と判定(表8,9参照)する.眼科への受診を勧める基準は以下のとおりとする.1.幼児は左右どちらか片方で年長児は1.0未満,年少・年中児は0.7未満であるものに受診を勧める.2.児童生徒は,左右どちらか片方でも1.0未満であるものに受診を勧める.事後措置1.視力A(1.0以上)の者については,措置の必要はない.しかし,視力A(1.0以上)の場合の眼はまったく異常がないかといえば,必ずしもそうではない.遠距離や近距離が見にくいとか,長時間見続けると眼が疲れる,頭が痛い,かすんで見えるなどの訴えがあれば,眼科受診を勧めるべきである.この際,保健調査や日常の学習態度を参考にする.2.視力B(0.9~0.7)の者は,再検査を行い,再度B以下であれば眼科を受診するように勧める(年少・年中児は除く).3.視力C(0.6~0.3)・D(0.3未満)の者は,すべて眼科の受診を勧め,その指示に従うよう指導する.眼鏡装用が不適であったり,眼鏡の矯正によってもなお視力が(A)に達しない者については,教室の座席を前にするなど配慮が必要である.c.眼科領域の健康診断眼科健診は,「眼の疾病および異常の有無」の検査することになっているが,眼科医が児童生徒などの眼の健康を維持するための健康教育を推進できるよい機会でもある.ただし,公立の学校における眼科学校医の設置率は,日本眼科医会が平成22年に行った全国調査5)では小学校が74.1%,中学校が73.0%,高校が68.9%であった.すなわち,全国で実施される公立学校の定期健康診断の約1/3は,内科・小児科の学校医が眼科領域にかかわる健康診断を担っていることになる.5.児童生徒などの裸眼視力1.0未満の割合について図8のように文部科学省統計によれば,統計が開始された昭和55年より現在までどの年代でも裸眼視力低下が認められている.近視化が示唆されている.6.近視の進行予防と健診日本人を含む東アジア人は近視の頻度が高く,早期に近視を発症する小児ほど強度の近視に進行することが知られている.近視進行予防の戦略として,近視進行の発症を遅らせる戦略と,進行の速度を遅くする戦略がある.累進多焦点眼鏡は有効性が報告されているが,臨床的に効果が不十分ということで,普及は限定的であった6).アトロピン点眼は,もっとも根拠のある近視進行防止法であるが6),散瞳作用など副作用もあり,広く普及するには至らなかった.最近,低濃度アトロピン点眼薬(0.01%)が近視進行予防に有効であるという報告がなされた(0.4D/Year)7).この濃度では,近見視力障害は生じず,点眼中止後のリバウンドも小さいため,今後多施設研究で有効性が確かめられれば,低濃度アトロピン点眼が近視進行防止に有効な治療法になる可能性がある.一方,屋外活動は近視進行の発症時期および進行を遅らせるという報告があり8),またオルソケラトロジーは年30%も眼軸の伸長を抑制するという報告がある9).また,累進多焦点コンタクトレンズが近視進行抑制に有効という報告もある10).このように,近年,近視進行予防法が確立しつつある.近視の進行は初期において速いので,介入は発症早期のほうが有効であると考えられる.そのためにも健診が重要になると考えられる.シンガポールでは,幼稚園児(1年児および2年児)と小学校1年児は視力検査で0.5以下の場合,屈折検査を受けるように指導されている.これらは早期発症の近視に対する介入には役に立つ可能性がある.日本でも幼稚園児に対する眼科健診は進んでおり,二次健診で調節麻痺点眼後の屈折検査が行われれば,早期の近視の発見・介入につながると思われる.まとめわが国における眼科領域の健診の現状および問題点に関して述べた.弱視の早期発見という観点からは,いかに健診の受診率を上げるか,二次健診を眼科医・視能訓練士の手で行う体制をつくるかが課題であり,近視予防という観点からは,早期介入の方法論も含めて,さらなる研究の発展が望まれる.文献1)日本眼科医会公衆衛生部:3歳児眼科健康診査調査報告(V)平成24年.日本の眼科85:296-300,20142)宇津見義一,宮浦徹,高野繁ほか:平成20年幼稚園ならびに就学時の健康診断の実態に関するアンケート調査.日本の眼科80:1193-1200,20093)柏井真理子,宇津見義一,宮浦徹ほか:平成24年度全国保育所における目の健康に関わるアンケート調査報告.日本の眼科84:1588-1594,20134)日本学校保健会児童生徒等の健康診断マニュアル平成27年度改訂.視力29-31:20155)宮浦徹,宇津見義一,高野繁ほか:眼科学校保健に関する全国調査の報告.日本の眼科82:648-660,20116)WallineJJ,LindsleyK,VedulaSSetal:Interventionstoslowprogressionofmyopiainchildren.CochraneDatabaseSystRev12:CD004916,20117)ChiaA,ChuaWH,CheungYBetal:Atropineforthetreatmentofchildhoodmyopia:safetyandefficacyof0.5%,0.1%,and0.01%doses(AtropinefortheTreatmentofMyopia2).Ophthalmology119:347-354,20128)JinJX,HuaWJ,JiangXetal:Effectofoutdooractivityonmyopiaonsetandprogressioninschool-agedchildreninnortheastChina:theSujiatunEyeCareStudy.BMCOphthalmol15:73,20159)HiraokaT,KakitaT,OkamotoFetal:Influenceofocularwavefrontaberrationsonaxiallengthelongationinmyopicchildrentreatedwithovernightorthokeratology.Ophthalmology122:93-100,201510)FujikadoT,NinomiyaS,KobayashiTetal:Effectoflowadditionsoftcontactlenseswithdecenteredopticaldesignonmyopiaprogressioninchildren:apilotstudy.ClinOphthalmol8:1947-1956,2014*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学**MarikoKashiwai:柏井眼科,公益法人日本眼科医会常任理事〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表13歳児眼科健診の実施区分実施率実施している96.0%実施していない3.2%その他(4歳児に実施など)0.8%(平成24年,日本眼科医会調べ)表33歳児眼科健診一次健診の実施場所区分実施率各家庭93.7%保健所・学校・公民館など2.9%実施していない0.8%その他2.5%*複数回答あり(平成24年,日本眼科医会調べ)表53歳児眼科健診三次健診(精密検査)の受診結果対象者数480,262人二次健診受診者数266,418人二次健診受診後,精密検査必要者数18,534人精密検査受診者数11,517人精密検査受診者把握率62.1%精密検査受診後,異常者発見数6,330人(平成24年,日本眼科医会調べ)表23歳児眼科健診の時期区分実施率3歳0カ月20.3%3歳6カ月39.8%その他39.8%(平成24年,日本眼科医会調べ)表43歳児眼科健診二次健診の実施方法区分実施率眼科医が実施4.8%眼科以外の医師が実施26.8%保健師・視能訓練士が実施36.4%行政と契約した医療機関が実施8.7%その他23.4%*複数回答あり(平成24年,日本眼科医会調べ)表63歳児眼科健診で診断のついたおもな疾患(対象480,262人中)区分人数屈折異常3,795人斜位および斜視963人屈折弱視(不同視弱視含)1,249人斜視弱視572人その他1,348人*複数回答あり,疑いも含む.*その他)眼球振盪症・眼瞼下垂・強膜疾患・水晶体疾患・眼底疾患など)(平成24年,日本眼科医会調べ)図1視力検査を実施している幼稚園の割合(平成20年,日本眼科会調べ)図2視力検査を実施している保育所の割合(平成24年,日本眼科医学調べ)図3幼稚園・保育所における視力検査の年齢別実施割合(日本眼科医会調べ.幼稚園H20年,保育所H24年実施)図4幼稚園・保育所における各科の健診実施割合(日本眼科医会調べ.幼稚園H20年,保育所H24年実施)図5幼稚園の眼科園医の有無(平成20年,日本眼科医会調べ)図6保育所の眼科園医の有無(平成24年,日本眼科医会調べ)表7370方式での視力判定判定視力解釈と指導A1.0以上視力は正常です.軽い遠視のこともあります.B0.7~0.9学校生活への影響はわずかです.近視の始まりのことが多く眼科受診を勧めます.C0.3~0.6教室後方の席からは黒板の文字が見えにくい状態です.近視などの屈折異常以外の疾病が原因のこともあり,眼科受診が必要です.D0.2以下教室の前列でも黒板の文字が見えにくい状態です.早急に眼科を受診してください.図7視力表表8視力測定の表示・区分視力測定の表示ABCD区分1.0以上0.9~0.70.6~0.30.3未満表9視力判定の手順視力の判定使用視標判定の可否判定結果次の手順備考(事後措置など)0.3判別できないD終了正しく判別─0.7で検査視力C,Dの場合は眼科医の受診を勧奨する0.7判別できないC終了正しく判別─1.0で検査視力Bの場合,幼稚園の年中,年少児を除く児童生徒などには受診を勧奨する.年中,年少児には受診の勧奨は不要1.0判別できないB終了正しく判別A終了受診の勧奨は不要*「正しく判別」とは,上下左右4方向のうち3方向以上を正答した場合をいう.*「判別できない」とは,上下左右4方向のうち2方向以下しか正答できない場合をいう.図8児童生徒などの裸眼視力1.0未満の割合(昭和55?平成26年度)(文部科学省統計資料)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1390あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(4)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201613911392あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201613931394あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(8)(9)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201613951396あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(10)

序説:学童の近視進行予防アップデート

2016年10月31日 月曜日

●序説あたらしい眼科33(10):1387?1388,2016学童の近視進行予防アップデートUpdateofSchoolchildMyopiaControl稗田牧*木下茂**学童,とくに小学生の近視の増加が止まらない.昨年度の文部科学省の統計では,小学生における裸眼視力1.0未満の割合は過去最高の30.97%となった.これは,日常臨床で感じる近視の低年齢化に一致している.わが国は「成長社会」から「成熟社会」に変容したといわれている.この15年間における経済成長はほとんどなく,人口は右肩上がりではなく「右肩下がり」となっている.それに伴い,戦後伸び続けていた小学生の身長や体重の平均値は減少傾向に転じている.多くの領域が縮小減少傾向にある今の日本社会で,小学生の近視は未だに増え続けている.虫歯の頻度がこの40年間減り続けており,今では小学生の虫歯は親の責任という認識さえ広がっているのと比較すると誠に対照的である.近視進行予防に確実な方法が一つでもあれば,真面目な国民性からしても近視が劇的に減少する可能性はある.近視は義務教育制度とともに増加してきた.学校教育の開始とともに近視が増加し,テレビ放映の開始とともにさらに増加したといわれ,今はパソコンやスマートフォンが普及するとともにさらに近視が増えているようだ.実際,スマホの視距離は30cmより短いことが多い.2000年代になって,近視進行予防に光明が差してきた.1970年代後半から始められた実験近視の理論を応用して,網膜周辺部での遠視性ボケ像を減らす方法が試みられた.その成果として,近視進行予防眼鏡やオルソケラトロジーに近視進行抑制効果が認められている.多焦点コンタクトレンズや低濃度アトロピンも近視進行抑制に有望とされている.メカニズムは不明な部分が多いが,一つの要素として過剰な調節を緩和することも必要ということであろう.軸外屈折+調節緩和により,近視進行抑制が実際の臨床の現場で効果をあげられる日も遠くないかもしれない.近視をめぐる問題は古くて新しい問題でもある.視力回復センターは今でも存在しているし,近視予防を謳ったさまざまな商品もある.なかには眼科医が提携しているところもあるようだ.稲富昭太先生が1986年に書かれた総説の言葉を引用したい1).「……近視が正常とは考えにくいし,不便も少なくないので,何とか近視を予防し,また治療したいという願いは相変わらず強い.このことに付込むように,非医師による素人療法が盛んに行われる.これに対して取り組む研究者は多くなく,一般臨床医は屈折問題を眼鏡対策に終わらせてしまい,眼鏡処方が眼鏡士問題とそれて,いろいろ別の社会問題を起こしてきている.このような複雑な屈折の問題は,元来医師の取り組むべき課題であり,もっと問題意識をもつべきものであろう.……」30年前の文章がまったく古くなっていない.近視をめぐる問題はこれから解決されるべき問題で,これを解決できるのは眼科医師をおいてほかにない.今回とりあげたテーマの総説をご一読いただき,明日からの診療に役立て,近視の進行を少しでも食い止めるという意識をもっていただけたら幸いである.文献1)稲富昭太:小児と屈折異常屈折状態の成長による変化.眼科28:509-516,1986*OsamuHieda:京都府立医科大学大学院医学研究科機能再生外科学**ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚未来医療学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(2)

マイクロドットレンズの視力とコントラスト感度に対する影響

2016年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科33(9):1376?1380,2016cマイクロドットレンズの視力とコントラスト感度に対する影響井手武*1塩谷俊介*2久松良輔*1大林知央*1神田寛行*3伊東一良*4野村孝徳*5最田裕介*5戸田郁子*1坪田一男*6不二門尚*3*1南青山アイクリニック*2株式会社ジェイアイエヌ*3大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学*4大阪大学産学連携本部e-square(特任教授)*5和歌山大学システム工学部光メカトロニクス学科*6慶應義塾大学医学部眼科学教室EffectsofMicrodotLensonVisualAcuityandContrastSensitivityTakeshiIde1),ShunsukeShioya2),RyousukeHisamatsu1),TomooOobayashi1),HiroyukiKanda3),KazuyoshiItoh4),TakanoriNomura5),YusukeSaida5),IkukoToda1),KazuoTsubota6)andTakashiFujikado3)1)MinamiaoyamaEyeClinic,2)JIN.CO,LTD,3)DepartmentofAppliedVisualScienceOsakaUniversityMedicalSchool,4)ResearchProfessor,ScienceTechnologyEntrepreneurshipLaboratory(E-Square),OsakaUniversity,5)DepartmentofOpto-Mechatronics,FacultyofSystemsEngineering,WakayamaUniversity,6)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicine,KeioUniversity目的:マイクロドットレンズ装用による視力やコントラスト感度に対する影響の評価.方法:近視・近視性乱視35例を対象とした.通常の完全矯正状態(コントロール)に対して,2種類(位相差型,遮光型)の度数なしマイクロドットレンズのいずれかを装用のうえ,遠見視力,近見視力,コントラスト感度測定を行い,コントロールとの2群間データ比較を行った.結果:遠見視力,近見視力ともに45歳未満,45歳以上両群で有意に向上していた.コントラスト感度はコントロール群との比較で,グレアなしの条件ではすべての空間周波数領域で有意差はなかった.グレアありの条件では,一つの条件下(45歳未満の位相差レンズ装用群でグレア負荷下で高い空間周波数)を除き有意差はなかった.結論:マイクロドットレンズ装用により,コントラスト感度に影響をあたえることなく遠見・近見視力向上の効果を認めた.Purpose:Toinvestigatetheeffectsofmicrodotlensonvisualacuityandcontrastsensitivity.ObjectandMethod:Studysubjectswere35caseswithmyopiaormyopicastigmatism.Refractiveerrorswerecorrectedwithtrialframetoensurethebestdistancecorrection(controlcondition).Overthisframe,weaddedeitherofthemicrodotlenswithzeropower(shadingtypeorphasetype).Participantsweretestedforfarvision,nearvisionandcontrastsensitivitywearing3lenssets(control,shadingtypeandphasetype).Results:Distanceandnearvisionimprovedsignificantlyincomparisonwithcontrolgroup(<45yearsoldand≧45yearsold).Theyshowednosignificantlossofcontrastsensitivityexceptinonecondition(<45yearsold,glaretestwithphasetypelens).Conclusion:Bothtypesofmicrodotlenshadsignificantlypositiveeffectsonfarandnearvisionwithoutdecreasingcontrastsensitivity.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(9):1376?1380,2016〕Keywords:マイクロドットレンズ,遠見,近見,コントラスト,回折.microdotlens,farvision,nearvision,contrastsensitivity,diffraction.はじめに現代においては情報化社会の深化と拡大が進み,就業時のみならず若年者,高齢者においても日常的に印刷物や情報端末に触れる機会が増え,視覚負担の大きい社会環境になっている.とくに老視眼が近見作業を行う際には大きな負担がかかることになり,視覚への負担が少ないだけでなくライフスタイルや患者の希望に合った屈折矯正法が求められている.眼鏡での対策には二重焦点,累進焦点,モノビジョン,意図的な低矯正などが広く用いられているが,初期老視では残存調節力があり,努力すれば調節できるため仕事開始時には見えており,美容・手間などの観点から老視矯正を行わないことも多いと予想される.一方で,低矯正眼鏡では,遠見視力が犠牲になるという問題がある.このため,遠見をあまり犠牲にすることのない近見,もしくは調節負荷を軽減する眼鏡としてピンホール眼鏡,ハニカム眼鏡,マイクロドット眼鏡が開発されている.今回は2種類のマイクロドットレンズの視力やコントラスト感度に対する効果を調べたので報告する.I対象および方法1.マイクロドットレンズ今回使用したマイクロドットレンズは透過率の差で回折現象を起こす遮光型と,屈折率の差を利用して回折現象を起こす位相差型2種類である(表1,図1).レンズは検眼枠に挿入可能になるように加工した.2.対象屈折異常以外に眼疾患を有さない近視または近視性乱視35名を対象に本研究を行った.対象者年齢は46.7±8.2歳(35?60歳).屈折度は?2.96±2.29D(?11??0.25D).コントラスト感度は右目のみの検査であり,右眼の屈折度は?2.82±2.15D(?8??0.25D).本研究は南青山アイクリニックの倫理委員会の承認後,参加者にインフォームド・コンセントを行い,承諾書を書面にて得ている.3.方法通常の視力矯正と同様にまずは遠方完全矯正を行った(コントロール).完全矯正レンズの挿入された検眼枠の最前面に度数なしの遮光型または位相差型のマイクロドットレンズを追加して,それらの3つ条件下で両眼近見視力,両眼遠見視力,右眼コントラスト感度測定を行った.2種類のマイクロドットレンズ装用時のデータと,コントロールである完全矯正状態のみのデータとで2群比較を行った.測定順序やレンズの装用順の影響をなくすために,検査順序,レンズ種の装用順も患者によりランダムに変化させた.遠見視力は3m視力表(NIDEKSC-2000),近見視力は40cm視力表(日本点眼研究所)を使用し,コントラスト感度はCGT-1000(タカギセイコー社)にて測定した.統計解析の際は,小数視力をlogMAR視力に換算後計算を行った.統計計算はStat-cel3(OMSInc.)を用い,解析方法はWilcoxonsignedrankstestを用いてp<0.05を統計的有意差ありとした.II結果遠方視力については,コントロール(遠方完全矯正のみ)に比べて実験群(遠方矯正+マイクロドットレンズ)は45歳未満と45歳以上という群分けにおいて両年齢群で有意な視力改善効果がみられた.近方視力についても,コントロールに比べてマイクロドットレンズ装用にて両年齢群で有意に視力改善していた(図2).コントラスト感度は,遮光タイプでは45歳未満群,45歳以上群の両群で,グレア,ノングレアにかかわらず全空間周波数において有意差を認めなかった.一方,位相差型では45歳未満群グレア条件下にて高周波数条件(視角0.7)で有意な低下を認めた(図3).これらの結果をまとめると表2のようになった.III考按老視は医学的には調節幅が2.5D未満に減少すること,臨床的老視は患者が老視の自覚を有し日常使用している矯正法で近見視力が0.4未満になると定義されている1).医学的老視を根本的に改善できる方法は現時点で存在しないため,臨床的老視を改善する方法,つまり矯正法を工夫して近見視力を上げ視覚負担を減らすことが第一選択となる.眼鏡使用での対策には二重焦点,累進焦点,モノビジョン,意図的な低矯正などが知られているが,初期老眼では美容・煩わしさ・遠見視力の犠牲などのためあまり使用されていないのが現状である.遠見をあまり犠牲にすることなく近見・調節負荷を軽減する眼鏡としてはピンホール眼鏡,ハニカム眼鏡,マイクロドット眼鏡などが考えられる.ピンホール眼鏡は焦点深度を深くすることは知られているが,ハニカムレンズやマイクロドットレンズについては回折現象が一部関連することは予想されているが詳細は検討されていない.マルチピンホール眼鏡使用時の視機能について,國澤らの研究では近視群で裸眼にピンホール眼鏡を装用させた場合に遠・近見視力が向上していた.しかし,近視を矯正した状態でのピンホール眼鏡装用では遠・近見視力,コントラスト視力が低下したと報告している2).今回は2種類のマイクロドットレンズを使用する機会を得た.マイクロドットレンズはレンズ表面に金属(遮光タイプ)または金属酸化物(位相差型)がパターンコーティングされている眼鏡レンズであり(図1),その構造から眼の疲れを軽減するなどさまざまな効果が期待される.レンズにはコーティングされた部分とされていない部分に分けられ,レンズを通った光が回折の影響を受けながら網膜に到達するという設計になっている.しかし,現時点ではマイクロドットレンズが人間の視機能にどのように作用しているかは明らかになっておらず,さらに眼鏡の使用環境・使用者によって自覚的な効果が異なることが問題となっている.今回,筆者らは遠方完全矯正眼鏡検眼枠に,ゼロ度数のマイクロドットレンズを付加して遠方および近方視力とコントラス感度を測定した.遠方および近視力は有意に向上した.グレアなしの条件ではコントラスト感度の低下はなく,グレアありの条件でも最高の空間周波数を除いて,コントラスト感度は低下しなかった.マルチピンホール眼鏡は,焦点深度の増加により裸眼視力は改善するが,網膜照度の低下と回折現象によって矯正視力およびコントラスト感度が低下するため,正しく処方された眼鏡以上に有用であることはなく,場合によっては弊害のほうが大きいと國澤らは考察している2).しかし,今回使用した遮光型マイクロドットレンズでコントラスト感度の低下はみられなかったのは,マルチピンホールのように光量を大きく制限するものでなかったことによると考えられる.本研究では屈折異常の程度の異なる対象が研究に参加した.眼鏡矯正の場合,眼鏡拡大効果,必要とされる調節度数が屈折度数依存性であるため,コントロールとの対応あり統計解析を行っている.眼光学系の結像性能によっては,網膜像に球面,円柱度数,不正乱視,奥行き感などによりさまざまなぼけが発生する.大脳皮質の視覚系ではそうしたぼけを補償する働きが報告されている3?5).ぼけ順応は網膜の機能や第一次視覚野で生じている周波数選択的順応によるものと考えられてきたが6),ぼけ順応がコントラスト感度調節機構や空問周波数マスキングなどの古典的知見のみによっては説明できないことが明らかになってきた7,8).このレンズには回折効果が内包されているため,フォーカス時でも回折効果により像に多少の滲み(固定したボケに相当する)を生じており,インフォーカス状態からデフォーカスしたときのボケの幅が,この滲みの幅を超えるまでは,デフォーカスによるボケの変化を感じにくくさせる可能性があると考えられる.つまり,調節応答に繋がり,必要調節量が結果的に減少している可能性がある.一方,本実験では次のレンズにすぐに掛け替えを実施したため,上述のボケに慣れるための時間を十分に取ることができなかった.このため,慣れに対する個人差の要素も内包されている可能性もある.また,上記ぼけ順応以外の現象が働き効果を発現している可能性も考えられ,この点は今後の研究課題としたい.利益相反:株式会社ジェイアイエヌ文献1)井手武,不二門尚,前田直之ほか:老視の定義と診断基準2010.あたらしい眼科28:985-988,20112)國澤奈緒子,阿曽沼早苗,松田育子ほか:マルチプルピンホールの視力,コントラスト感度に及ぼす影響.日本視能訓練士協会誌28:117-121,20003)BattagliaPW,JacobsRA,AslinRN:Depth-dependentbluradaptation.VisionRes44:113-117,20044)観音隆幸,堺浩之,中内茂樹ほか:ぼけ順応が視覚の空間周波数伝達特性に与える影響.電子情報通信学会論文誌D,J90-D:1812-1819,20075)観音隆幸,今住優吾,中内茂樹ほか:図地分離がぼけ順応に与える影響.電子情報通信学会論文誌D,J91-D:497-503,20086)WangB,CiuffredaKJ,VasudevanB:Effectofbluradaptationonblursensitivityinmyopes.VisionRes46:3634-3641,20067)OhzawaI,SclarG,FreemanRD:Contrastgaincontrolinthecatvisualcortex.Nature298:266-268,19828)WattRJ,MorganMJ:Atheoryoftheprimitivespatialcodeinhumanvision.VisionRes25:61-74,1985〔別刷請求先〕井手武:〒107-0061東京都港区北青山3-3-11ルネ青山ビル4階南青山アイクリニックReprintrequests:TakeshiIde,M.D.,Ph.D.,MinamiaoyamaEyeClinic,RenaiAoyamaBuilding4F,3-3-11Kitaaoyama,Minatoku,Tokyo107-0061,JAPAN1376(134)表1使用したマイクロドットレンズ遮光型と位相差型がありドット部の材料,回折を起こすメカニズムがそれぞれ異なる.遮光型位相差型非ドット部の材料CrZrO2透過率75%─位相差─1/4p図1マイクロドットレンズA:上が遮光タイプ,下が位相差タイプ.遮光タイプは光透過率が下がるため若干着色しているように見える.B:レンズ構造のシェーマ.(135)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161377図2マイクロドット眼鏡装用による遠方視力,近方視力コントロールに比べて両年齢群,両レンズとも視力改善している.1378あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(136)図3マイクロドット眼鏡装用によるコントラスト感度45歳未満の位相差マイクロドットレンズ装用時のグレア下テスト以外では有意なコントラスト感度の低下を認めなかった.表2マイクロドット眼鏡装用による視力・コントラストへの影響のまとめ45歳未満45歳以上遠方視力有意に向上近方視力コントラスト感度グレア位相差で低下有意差なしコントラスト感度ノングレア有意差なし(137)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613791380あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(138)