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正常眼圧緑内障の予後

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):51.55,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):51.55,2016正常眼圧緑内障の予後PrognosisofEyeswithNormal-TensionGlaucoma澤田明*はじめに正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)は,眼圧が正常レベルにあるにもかかわらず緑内障に特有な視神経乳頭陥凹とそれに対応する視野欠損が生じる進行性の疾患群である.近年,多治見スタディ1)や久米島スタディによりわが国における緑内障有病率が報告されたが,多治見スタディによると開放隅角緑内障患者の92.3%が正常眼圧レベルであったとされている.もちろんこれらの大規模研究では眼圧測定が断片的であるため,ひかえめに評価する必要はあるが,開放隅角緑内障においてNTGがかなりの高頻度を占めていることは間違いない.その一方で,多治見スタディでは約90%の緑内障症例が自覚症状に乏しかったことから,NTGの進行速度はきわめて緩徐であることが推察される.したがって,NTGの全体像を把握するためには,より長期にわたる経過観察研究が必要であると思われる.しかしながら,こうした背景にもかかわらず,NTGの進行や予後にかかわる長期的な報告は意外なことに少ない.本稿では,NTGでの長期予後にかかわる過去の報告をレビューする.INTGの進行速度NTGの視野進行速度については,数多くの報告はあるものの,経過観察期間や視野測定回数,観察開始時における視野重症度などが異なっており,一概に比較することはむずかしい.表1の論文では,Humphreyのmeandeviation(MD)により視野進行度を算出している.CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy(CNTGS)2)およびEarlyManifestGlaucomaTrial(EMGT)3)の多施設大規模研究においては,無治療のNTGの視野進行度をそれぞれ平均.0.41dB/年,.0.36dB/年と報告されている.また,CNTGSでは.2dB..0.2dB/年と,症例によりかなりバラツキが多かったことを指摘している.一方,薬物治療下のNTGにおいては,平均.0.38dB.0.02dB/年と報告している.しかしながら,これらの対象は,たとえばMD>.12dBの症例のみといったように,後期緑内障症例を省いた研究がほとんどである点が一つの欠点である.また,前向き研究では緑内障症例の全体像を表現してはいないという指摘もある.いずれにしても,NTG進行速度を総じて推測すると,.0.40..0.30dB/年というラインが妥当ではないかと思われる.初診時50歳,MD.12dBのNTG患者を想定し,視野進行速度を.0.33dB/年(3年で.1dB進行)と設定してみる.このNTG患者に,SSA(SocialSecurityAdministration)の推奨する.22dB以下の失明基準12)を適応すると,初診時より30年(年齢80歳,生存している可能性大)を要することとなる.また,初期視野重症度で進行速度が異なる可能性もあるが,観察開始時の視野重症度をある程度一定化した論文として,Jeongら11)の報告があり,初期にpreperimeticglaucoma(PPG)であったNTG症例について検討している.それによると,視野障害発現症例では*AkiraSawada:岐阜大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤田明:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(51)51 表1NTGの進行速度著者症例数視野評価初期眼圧(mmHg)初期MD(dB)視野進行速度(dB/year)():範囲治療経過観察期間CNTGSGroup2)160HFA30-216.1.5.9.0.41(.2.+0.2)無3.8年HeijlAetal3)57HFA30-217.7─.0.36(.4.87.+1.83)無6年以上TomitaGetal4)3131HFA30-215.015.9.6.0.5.9.0.34.0.10ラタノプロスト(0.5)チモロール3年AraieMetal5)7274HFA30-214.114.3.4.7.4.4.0.03.0.05ニプラジロール(0.5)チモロール3年AhrlichKGetal6)139HFA24-213.3(経過中平均).6.5.0.35薬物治療のみ(手術含?)5.2年DeMoraesCGetal7)5869HFA24-216.215.2─0.02.0.38(0.2)ブリモニジン(0.5)チモロール3.4年FukuchiTetal8)166HFA30-217.8(最高).7.59.0.35(.1.96.+0.35)薬物,濾過手術9.2年SakataR9)92HFA30-216.7.4.9.0.16(.1.09.+0.32)薬物のみ7.7年KomoriSetal10)78HFA30-215.1.5.44.0.30(.1.08.+0.18)薬物のみ18.3年JeongJHetal11)71HFA30-214.9.0.96+0.02薬物のみ6.8年MD=meandeviation,HFA=Humphrey,CNTGS=CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy.*IOp<24mmHgMD(hfa)経過中平均眼圧:14.9mmHg,眼圧下降率:13.0%図1初診時preperimetricglaucomaの進行例(初診時46歳,男性)平均.0.38dB/年,視野障害非発現例では平均+0.11dB/年であった.図1に当院通院中の,初診時にはPPGであったNTG症例を示す.経過観察20年以上の症例であるが,薬物加療にかかわらず.0.99dB/年とかなりの速度をもって進行している.最終的に,62歳前後(2015年)で両眼濾過手術を施行するに至った.こうした症例をみると,“あなたは初期ですから…”といった患者との会話がいかに無意味なものであるかを認識させられると同時に,過去の報告と相まって,1例1例でのNTGの視野進行速度を把握する臨床的重要性をわれわれに喚起するものとなっている.II緑内障における失明率緑内障はそもそも一生にかかわる疾患であり,最終的に患者が視力あるいは視野を保つことができたのかどうかを検討することも重要な命題である.現在までの緑内障失明率に関する文献を表2に示す.10年以上経過観52あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(52) 表2緑内障失明率著者症例数病型失明の定義片眼失明*両眼失明*経過観察期間HattenhauerMGetal13)270POAG視力<0.1/VF20度以内26%(20年)*9%(20年)*15年KwonYHetal14)40POAG視力<0.1/VF20度以内19%(22年)*─14.6年OliverJEetal15)290OAG**視力<0.1/VF20度以内19.3%─18年以上ChenPP16)186OAG**視力<0.1/VF20度以内14.6%(15年)*6.4%(15年)*9年ChangLCetal17)172POAG+CACG視力<0.1/VF20度以内28.6%(16年)*─9.6年ForsmanEetal18)1066739OAG***+OHPOAG落屑緑内障視力<0.1/VF10度以内15%(15年)*21%(15年)*46%(15年)*─9.8年KoonerKSetal19)487POAG視力<0.1/VF20度以内42.1%24.6%5.5年PaulaJSetal20)53POAG視力<0.1/VF20度以内58.5%34%19.5年PetersDetal21)592OAG***視力<0.1/VF10度以内73.2%(20年)*42.7%(20年)*12年SaundersLJetal22)3359緑内障/緑内障疑い.22dB以下─5.2%7.1年POAG=(狭義)原発開放隅角緑内障,CACG=慢性閉塞隅角緑内障,OH=高眼圧症,VF=視野(中心視野).*:Kaplan-Meier生命表による分析,**:POAG,NTG,落屑緑内障,色素緑内障を含む,***:POAG,落屑緑内障を含む.察している論文が多いが,緑内障病型や失明の定義がさまざまである.たとえば,Petersら21)は開放隅角緑内障での生涯失明リスクについて検討し,20年で片眼失明は73.2%,両眼失明は42.7%であったと報告している.Saudersら22は35歳以上の緑内障あるいは緑内障疑い患者3,790例を調査し,両眼MD.22dB以下にまで悪化する症例は全体の5.2%に過ぎなかったとしている.また,Forsmanら18)は原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG,高眼圧症の症例も含む)と落屑緑内障の失明率を別々に提示しており,落屑緑内障での失明率は,POAG失明率の約2倍であったと報告している.片眼失明率に関しては14.6.73.2%とかなりばらついてはいるものの,両眼失明率は,片眼失明率よりかなり減少していることは共通しているようである.しかしながら,現在までNTGを含めた失明率の論文はあるが,NTG単独での調査は施行されていなかった.筆者ら23)は,岐阜大学附属病院眼科に5年以上通院中(平均経過観察期間13.3年)のNTG患者382症例を対象としてNTG失明率について検討した.経過観察中眼圧>21mmHgを一度でも記録した症例はすべて除外した.失明基準は,世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)による基準を適応した.この基準はPetersら21),Forsmanら18)も適応している.図2に具体的に視野失明基準に合致する症例と逆に合致しない症(53)例を示すが,実際としてはかなり厳しい基準である.NTG382例中,18例(4.7%)は初診時にすでに少なくとも片眼は失明基準を満たしていたため,失明率検討には364症例のデータを使用している.Kaplan-Meier生命表を用いた失明率は,片眼失明は10年5.8±1.3%,20年9.9±1.9%と推定された(図3).一方,両眼失明は10年0.3±0.3%,20年1.4±0.8%と推定された(図4).片眼の失明率は20年の経過観察で約10人に1人の割合であり,個人的にはやや高率である印象をもったが,両眼失明は小さい比率に留まった.表2に示す報告と比較すると,NTG失明率はかなり低い結果となった.もちろんNTG以外の緑内障病型では初期眼圧は高いため,NTGでさえpressure-dependentの要素が濃厚に存在することを示唆する一つの証左であるのかもしれない.しかしながらその一方で,この結果はあくまで病院通院中のNTG患者を対象としているという欠点があり,NTGのピュアな全体像を示しているわけではなく,実際のNTG失明率はもっと低いものであろうと推定される.おわりに緑内障は長期にわたる経過を有する疾患の代表格であり,その長期予後を調査することはきわめて重要な意味をもつ.しかしながら,筆者らの研究のようなhospital-basedでは,NTGの全体像を把握することは不可能あたらしい眼科Vol.33,No.1,201653 abcdabcd図2世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)の失明基準(視力<0.05あるいは中心視野10°以内の,視野失明基準を満たす症例と満たさない症例.a:中心視野0°,b:中心視野6°,c,d:中心視野12°したがって,中心視野10°以内を満たす症例はaとbとなる.11.8.800051015202530051015202530経過観察期間(年)経過観察期間(年)症例数:3643642461325660症例数:3643642461325660図3NTGにおける少なくとも片眼失明(Kaplan.Meier図4NTGにおける両眼失明(Kaplan.Meier生命表)生命表)(文献23より改変引用)(文献23より改変引用)-累積生存率累積生存率.65年生存率99.7%±0.3%(SE)5年生存率96.7±0.9%(SE).410年生存率99.7±0.3%10年生存率94.2±1.3%15年生存率98.6±0.8%15年生存率90.9±1.7%20年生存率98.6±0.8%20年生存率90.1±1.9%.225年生存率89.6±6.1%25年生存率68.3±11.3% —

正常眼圧緑内障に対する手術

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):45~50,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):45~50,2016正常眼圧緑内障に対する手術SurgicalTreatmentsforNormal-TensionGlaucoma丸山勝彦*はじめに現在,レーザー治療を含めさまざまな外科的治療が正常眼圧緑内障に対して行われている(表1).それぞれ利点,欠点があるが,最大耐用量の薬物療法を行っても十分な眼圧下降が得られない症例に対しては,他の術式より期待できる眼圧値が低い代謝拮抗薬併用線維柱帯切除術が適応されることが多い.しかし,同術式は低い眼圧をめざすほど低眼圧に関連した合併症の頻度が増加し,失明に直結する合併症である濾過胞関連感染症の発生率が高く,施術が躊躇されることも珍しくはない.このような問題点に対して,最近,術式を工夫することによって非穿孔性濾過手術の眼圧下降効果を高める方法が模索されている.また,従来,狭義原発開放隅角緑内障や落屑緑内障などの高眼圧を呈する緑内障に対して,緑内障点眼薬本数を減少させる目的で,あるいは初回治療として行われてきたレーザー線維柱帯形成術を,同様の目的で正常眼圧緑内障に適応する試みもなされている.本項では,正常眼圧緑内障に対して手術療法を決定する際の注目点について述べ,レーザー治療を含めた各手術療法の成績を概説する.I手術療法を決定する際の注目点正常眼圧緑内障に対する手術療法の決定は,眼圧や視野進行をはじめ,種々の臨床因子を総合的に評価して判断される.1.眼圧正常眼圧緑内障に対する手術適応を眼圧の面から考えるとき,無治療時眼圧からの眼圧下降幅(眼圧下降率)が重要視されることが多い.これは,正常眼圧緑内障に対する眼圧下降治療の有用性を論じた大規模比較試験,CollaborativeNormalTensionGlaucomaStudy1,2)で用いられた眼圧下降の基準を実臨床に流用した考え方であり,無治療時から20%,あるいは30%の眼圧下降を目標に治療が行われる.そして,最大耐用量の薬物療法で目標眼圧が達成されず,さらに眼圧下降を図る必要があるなら,残された眼圧下降手段は手術療法のみとなる.その一方で,目標眼圧達成は治療のアウトカムである視野進行の抑制に直結するものではない.この理由は,その病態が眼圧よりも循環的,あるいは遺伝的要素の影響を受ける症例が存在するためと考えられており,CollaborativeNormalTensionGlaucomaStudyでも,試験開始後5年の時点で治療群の2割の症例は視野障害が進行し,反対に無治療群の4割は進行しなかったという結果が示されている1,2).したがって,正常眼圧緑内障に対して手術適応を考える際には,無治療時眼圧から20~30%の眼圧下降が得られているかは一つの目安にはなるが,眼圧以外の後述する因子にも着目して判断することになる.2.視野進行経過中に視野障害が進行する症例に対しては治療内容*KatsuhikoMaruyama:東京医科大学眼科学分野〔別刷請求先〕丸山勝彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学分野0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(45)45 表1正常眼圧緑内障に行われる主な手術術式と特徴術式利点欠点線維柱帯切除術・眼圧下降効果に優れる・低い眼圧をめざすと低眼圧関連の合併症が増加する.・視野進行抑制効果が証明されている.・濾過胞関連合併症の発生率が高い.アルコンRエクスプレスR緑内・眼圧下降効果は線維柱帯切除術と同等の可能・正常眼圧緑内障に対する報告なし.障フィルトレーションデバイス性がある.を用いた濾過手術非穿孔性濾過手術・濾過手術より低眼圧に関する合併症が少ない.・手技が煩雑.・術式の工夫でより大きな眼圧下降が得られる・特殊な器具が必要な場合がある.可能性がある.流出路再建術・安全性が高い.・線維柱帯切除術と比較し眼圧下降効果が劣る.・白内障との同時手術では眼圧下降が増強する.・正常眼圧緑内障に対する検討が不十分.白内障手術・安全性が高い.・眼圧下降効果が予想できない.・視機能の向上が得られる.・眼圧が上昇する場合がある.選択的レーザー線維柱帯形成術・低侵襲・眼圧下降効果が弱い.・内眼手術に伴うリスクがない.・眼圧が上昇する場合がある.表2正常眼圧緑内障に対する線維柱帯切除術の視野進行抑制効果報告者症例数(眼)MDスロープ(dB/年)術前術後Shigeeda3)23.1.05.0.44Daugeliene4)32.0.97.0.32Bhandari5)17.2.97+0.53Koseki6)21.1.48+0.13MD:meandeviationを強化する必要があり,すでに最大耐用量の薬剤による治療を行っている場合は手術療法を適応することになる.そのなかで,他の術式と比べ術後に期待できる眼圧値が低い線維柱帯切除術に関しては,正常眼圧緑内障に対する視野進行抑制効果を検討した研究がいくつか報告されている.報告によって若干の差があり,各報告のなかでも結果にばらつきはあるが,平均すると視野進行が速い症例ほど手術による進行抑制効果が高い傾向が示されている(表2).また,decisiontree法によるmeandeviation(MD)スロープ改善率に寄与する因子の検討では,もっとも寄与率の高い因子は術前のMDスロープであり,.0.8dB/年より進行が速い症例では術後のMDスロープが改善する可能性が高いとされている7).しかし,緑内障では眼底の異常が視野異常に先行して生じるとされ,視野が進行した症例を見返してみるとそ46あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016れ以前にすでに眼底所見が悪化していたというケースをよく経験する.MDスロープによる解析は数年の経過観察を要するため,とくにそれ以上進行すると著しく視機能が低下してしまうような症例に対しては型通りの視野進行による判定ではなく,画像解析装置で眼底の異常部位を把握し,将来の視野異常を予想して,そのときの眼圧や次に述べる臨床因子など横断的なデータで手術を決定する必要がある.3.その他の臨床因子視野障害が進行しやすいとされる臨床因子(表3)の有無も手術決定の一助になる.しかし,報告によって対象の背景や解析因子,視野進行の定義が異なるため,例えば年齢,乳頭出血,収縮期血圧,脈拍といった因子は,ある報告では進行に関与するとされている一方で,他の報告では有意な因子として同定されないなど,異なる結果も報告されている.以上のことから,表3にあげたような臨床因子を有する症例は,上述した20~30%眼圧下降を目安に薬物療法を行ってこまめに経過観察し,適宜薬剤を追加して,最大耐用量の薬物療法でも視野異常が進行する,あるいは進行が予想される症例に対しては,手術により大幅な眼圧下降を図るという方針になる.(46) 表3これまで報告されている正常眼圧緑内障の視野障害進行に関与する因子眼局所因子眼圧:経過中眼圧,経過中平均眼圧,日内変動平均値眼底:乳頭出血,C/D比,PPA面積,全体陥凹型乳頭,近視型乳頭視野:高度な視野障害,固視点近傍の視野障害血流:網膜中心動脈拡張末期最低血流速度全身因子年齢,女性,糖尿病,レイノー現象,片頭痛,収縮期血圧,脈拍,血液コレステロール値,カルシウムチャンネル拮抗薬非使用C/D比:陥凹乳頭径比PPA:乳頭周囲網脈絡膜萎縮 図1線維柱帯切除術強膜弁下に作製した瘻孔から房水を濾過させ眼圧下降を図る術式.結膜濾過胞を形成する.図3非穿孔性濾過手術前房に穿孔することなく線維柱帯から眼外に房水を濾過させ眼圧下降を図る術式.Viscocanalostomyやdeepsclerectomyが代表術式である.図2アルコンRエクスプレスR緑内障フィルトレーションデバイスを用いた濾過手術強膜弁下から前房内にアルコンRエクスプレスR緑内障フィルトレーションデバイスを挿入し,房水を濾過させ眼圧下降を図る術式.結膜濾過胞を形成するのは線維柱帯切除術と同様だが,周辺虹彩切除は行わない.図4流出路再建術(線維柱帯切除術,眼外法)房水流出抵抗の主座であるSchlemm管内壁や傍Schlemm管結合組織,線維柱帯を切開し,前房内からSchlemm管内へ房水を直接流出させることで眼圧下降を図る術式.従来から広く行われている金属プローブを用いた眼外法の他に,縫合糸やトラベクトームRを用いた眼内法がある. してもよい症例が存在すると考えられる.ただし,後期症例への適応は慎重に行うべきで,いずれの流出路再建術も一定の割合で術後一過性眼圧上昇をきたすことがあるため,術直後はこまめに眼圧をモニターする必要がある.5.白内障単独手術以前より白内障単独手術によって眼圧が数mmHg下降するとの報告が多数あり,薬物療法で眼圧が十分下降している早期症例で,手術適応のある水晶体混濁を有する症例に対しては白内障単独手術を行ってもよい.自験例では,白内障術後の眼圧値は術前と比較し変わりなかったものの,緑内障点眼薬本数は減少したという結果を得ている(表4).ただし,白内障手術により反対に眼圧上昇をきたすこともあるため,術前に緑内障手術追加の可能性について十分な説明を行い,結膜に極力瘢痕形成を残さないよう手術を行うなどの配慮が必要である.6.レーザー線維柱帯形成術レーザー線維柱帯形成術は線維柱帯にレーザーを照射し,線維柱帯経路からの房水流出を促進することによって眼圧下降を図る術式である.以前はargonlaserが用いられてきたが,現在は組織侵襲性の低いQ-switchedNd:YAGlaserを用い,線維柱帯細胞のうち色素顆粒をもつ細胞のみが選択的に障害され,健常な線維柱帯組織の熱変性やSchlemm管の障害は生じないとされる選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)が行われるのが一般的である.従来は落屑緑内障や狭義原発開放隅角緑内障など,高眼圧を呈する緑内障病型に対して多く行われてきたが,近年,正常眼圧緑内障に対するSLTの治療成績が報告されている(表5).Leeら9)は無治療時眼圧16.2mmHg,SLT前眼圧14.3mmHg(緑内障点眼薬本数1.5本)の正常眼圧緑内障41眼に対するSLT(全周照射,191.1発,1.0mJ)の成績をプロスぺクティブに検討している.その結果,術1週後を除き術後眼圧は有意に下降し,12カ月目で眼圧は12.2mmHg(緑内障点眼薬本数1.1本)となり,術前と比べ27%少ない投薬数で15%の眼圧下降が得られ(49)表4点眼薬でコントロールされている正常眼圧緑内障症例に対する白内障手術前後の眼圧と投薬数の推移(n=30)眼圧p*投薬数p*白内障術前無治療時15.3mmHg─点眼治療後12.9mmHg1.1本白内障手術後無治療時14.8mmHg0.50a─点眼治療後12.9mmHg0.09b0.7本<0.01b*:対応のあるt-検定a:白内障術前無治療時との比較b:白内障術前点眼治療後との比較たとしている.また,術前から20%の眼圧下降の達成率は,12カ月目で投薬なしでは22%,投薬ありでは73%となり,合併症は認めなかったとしている.さらに,新田ら10)の正常眼圧緑内障40眼に対する初回治療として行ったSLT(全周照射,ただし照射数やエネルギー量の記載なし)の前向き試験の結果では,術前15.8mmHgであった眼圧は術1年後13.2mmHg,2年後13.5mmHg,3年後13.5mmHgと有意に下降したとされている.同報告では,眼圧下降作用が減弱して点眼治療を開始した症例は25%,SLTの再照射を行った症例は15%であったが,重篤な合併症は認めなかったとされている.また,別の報告では,コンタクトレンズ型眼圧計を用いた眼圧変動の検討で,SLT前と比べSLT後は夜間眼圧変動が少なくなっていることが示されている11).このような肯定的な報告がある一方で,SLTの眼圧下降効果は術前眼圧が低いほど小さいことがわかっており,正常眼圧緑内障で期待できる眼圧下降は大きくはない.また,SLTは近年,より大きな眼圧下降を得る目的で,数発に1回は気泡が形成されるエネルギーでの照射を全周に行う傾向があるが,このことにより組織障害性が低いというSLTの特性が損なわれている可能性がある.さらに,SLTでも術後眼圧が上昇することもあり,眼圧下降の確実性,持続性も低い.以上のことを考慮すると,常に正常隅角へレーザー照射を行う得失を考え,慎重に適応することが望ましい.おわりに正常眼圧緑内障に対して手術療法を適応する際の注目あたらしい眼科Vol.33,No.1,201649 表5正常眼圧緑内障に対する選択的レーザー線維柱帯形成術の成績報告者症例数期間眼圧(緑内障点眼薬本数)無治療時術前術後Lee9)411年16.2mmHg14.3mmHg(1.5本)12.2mmHg(1.1本)新田10)401年─15.8mmHg(0本)13.2mmHg(不明)2年13.5mmHg(不明)3年13.5mmHg(不明)点と各手術療法の成績について述べた.現在の緑内障に対する手術療法は一部の術式を除くといずれも単なる眼圧下降の手段にすぎず,視野進行の抑制効果は未来にならないとわからない.また,手術療法は利益が得られなかったとき,あるいは不利益が生じたときの代償が大きい.しかし,緑内障に対する新規治療がすぐには実現せず,したとしても眼圧下降療法が不要とはならないであろう現実を考えたとき,各術式に精通して水準的な技量を身に付け,誤らずに適応することは,緑内障診療の核心として今後も変わることはないであろう.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpressures.AmJOphthalmol126:487-497,19982)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19983)ShigeedaT,TomidokoroA,AraieMetal:Long-termfollow-upofvisualfieldprogressionaftertrabeculectomyinprogressivenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology109:766-770,20024)DaugelieneL,YamamotoT,KitazawaY:Effectoftrabeculectomyonvisualfieldinprogressivenormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol42:286-292,19985)BhandariA,CrabbDP,PoinoosawmyDetal:Effectofsurgeryonvisualfieldprogressioninnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology104:1131-1137,19976)KosekiN,AraieM,ShiratoSetal:Effectoftrabeculectomyonvisualfieldperformanceincentral30degreesfieldinprogressivenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology■用語解説■Viscocanalostomy:非穿孔性濾過手術の一術式.Schlemm管外壁を開放した後,Schlemm管内に粘弾性物質を注入し,Schlemm管を拡張させることで眼圧下降を図る術式であるが,はっきりとした作用機序はわかっていない.深層強膜弁切除や傍Schlemm管結合組織,Schlemm管内壁の除去も併用されることがある.Deepsclerectomy:非穿孔性濾過手術の一術式.強膜弁の下に深層強膜弁を作製し,Descmet膜を残存させたまま角膜側まで切り上げ,深層強膜弁を切除してlakeを作製する.同時に傍Schlemm管結合組織やSchlemm管内壁も除去して房水流出抵抗を低下させ,前房内から房水をlake内に濾過させ,その後,濾過胞あるいは上強膜や脈絡膜腔へ房水を流出させて眼圧を下降させる.Lakeを維持させるためコラーゲンインプラントや代謝拮抗薬が使用され,術後眼圧が上昇した際にはgoniopunctureやニードリングが行われる.104:197-201,19977)白土城照:緑内障手術の過去,現在,そして….緑内障16:7-31,20068)SuominenS,HarjuM,KurvinenLetal:Deepsclerectomyinnormal-tensionglaucomawithandwithoutmitomycin-c.ActaOphthalmol92:701-706,20149)LeeJW,HoWL,ChanJCetal:Efficacyofselectivelasertrabeculoplastyfornormaltensionglaucoma:1yearresults.BMCOphthalmol15:1,201510)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日本眼科学会雑誌117:335-343,201311)TojoN1,OkaM,MiyakoshiAetal:Comparisonoffluctuationsofintraocularpressurebeforeandafterselectivelasertrabeculoplastyinnormal-tensionglaucomapatients.JGlaucoma23:e138-e143,201450あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(50)

正常眼圧緑内障の点眼治療

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):35~43,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):35~43,2016正常眼圧緑内障の点眼治療AnUpdateReviewofMedicalTreatmentinNormal-TensionGlaucoma鈴木克佳*はじめに正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)は,世界の地域によって有病率に差があるが,日本人の緑内障のうち70%以上を占める病型で1),日常診療であたり前に遭遇する疾患である.その高い有病率の裏返しにNTGのバリエーションは大きく,診断および治療には多くのグレーゾーンが存在する.NTGは慢性の経過を辿ることが多く(図1),すぐそこに迫る視機能障害の危機はない.しかしながら,治療下でも徐々に確実に進行する症例も存在する(図2).現在,NTGは原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)のベースライン眼圧が低い病型という定義付けから,NTGの治療戦略はPOAGに準じる.緑内障治療の原則である眼圧下降においてさまざまな作用機序を有する緑内障点眼薬が使用できるようになり,手術治療に頼らずに点眼治療でコントロールできる範囲は以前より広くなった.本稿では,近年のNTGに対する薬物治療の研究結果に基づいてNTGの点眼治療のひとつの考え方を示し,将来のNTG治療法として期待される眼圧非依存性の治療候補薬について紹介する.INTGを対象としたRandomisedClinicalTrialNTGの治療や経過観察の参考となった2つの興味深い無作為化臨床試験(randomisedclinicaltrial:RCT)がある.CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudy(CNTGS)は,NTGを対象に手術治療で眼圧下降率を30%以上にした治療群と無治療群を比較したRCTである.約3分の1の症例は3年以内に,約半数の症例が5~7年で視野障害の進行を認めたが,治療群では手術治療で生じた白内障の進行を除外すると,視野障害の進行が抑制されたという結果が得られ,ベースライン眼圧が低いNTGでも眼圧下降治療が有効であることが証明された2).もう一つのLow-pressureGlaucomaTreatmentStudy(LoGTS)は,ブリモニジン酒石酸塩0.2%(ブリモニジン)とチモロールマレイン酸塩0.5%(チモロール)の2つの治療群に分けて視野障害進行の抑制効果を比較したRCTである.ブリモニジン群とチモロール群の眼圧下降効果は同等であったにもかかわらず,ブリモニジン群では視野障害進行が有意に抑制されたことから,眼圧下降作用以外の作用機序で視神経を保護する可能性が示唆された3).これら2つのRCTの治療や経過の結果はお互いに共通したものではなく,NTGが眼圧に依存する病態と眼圧に依存しない病態の二面性,または多因子による発症・進行形式であることを浮き彫りにした.どちらのRCTも薬物を用いた眼圧下降治療による緑内障の視野障害進行抑制効果を直接証明しておらず,現時点でNTGを対象とした点眼治療で視野障害進行抑制を明らかにしたエビデンスレベルの高いRCTはない.近年発表されたUnitedKingdomGlaucomaTreatmentStudy(UKGTS)は,緑内障薬物治療の第一選択薬であるプロスタグランジン関連薬(prostaglan*KatsuyoshiSuzuki:鈴木眼科,山口大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕鈴木克佳:〒755-0155山口県宇部市今村北4丁目26-8鈴木眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(35)35 ベースライン視野ベースライン視野MDスロープ進行判定図1進行が遅いNTG症例のGPA(guidedprogressionanalysis)結果初診時40歳(ベースライン視野は43歳時)で10年間治療中.初診時眼圧16mmHgでプロスタグランジン関連薬の単独投与後にプロスタグランジン関連薬・交換神経b遮断薬の配合剤に変更して眼圧は11~13mmHg.MD(meandeviation)スロープが緩やかで進行が遅い. ベースライン視野ベースライン視野MDスロープ進行判定図2進行が速いNTG症例のGPA結果初診時67歳で10年間治療中.初診時眼圧16mmHgで炭酸脱水酵素阻害薬・交換神経b遮断薬の配合剤と交感神経a2作動薬の併用で眼圧は11~13mmHg.MDスロープが急峻で進行が比較的速い.経過途中で視神経乳頭出血を生じた. 眼圧下降率約22%以上NTGの非進行率眼圧下降率約13%以下p=0.012(log-rank検定)0.00501001502001.00.80.60.40.2経過観察期間(月)図3点眼治療下でのNTGの生存曲線(非進行率)(文献5より改変転載)III眼圧変動と片眼トライアルベースライン眼圧が低いために,治療による眼圧下降幅や眼圧下降率がPOAGほど期待できないNTGでは,POAG以上にベースライン眼圧の把握が重要である.眼圧日内変動は眼圧が高いほど,その変動幅が大きいことが知られており7),ほとんどのNTG症例でも眼圧変動がみられる8).NTGの体位変換を考慮したHabitual24時間眼圧(用語解説参照)の変動幅は4.0~6.8mmHgと報告されており,測定時間や測定環境によって大きく変化することがわかる8,9).健常者と比較してNTGを含む緑内障では眼圧左右差が大きくなる傾向にあるが,約90%のNTGでは眼圧左右差が3mmHg以内で,日中眼圧はほぼ並行して変動するとされている10).したがって,NTGにおいて薬物による眼圧下降治療の効果を把握するためには薬物治療開始前にベースライン眼圧(平均眼圧)および眼圧変動(とくにピーク時眼圧)を把握し,まず片眼トライアル(用語解説参照)で治療を開始するほうが,治療効果をより正しく評価できる.IV単剤治療による眼圧下降効果現在の緑内障薬物治療の第一選択薬は,眼圧下降効果が強く維持されるPGである.主経路を介する房水流出動態における眼圧下降値は,上強膜静脈圧(8~10mmHg)に影響されるが,上脈絡膜腔の圧(約4mmHg)38あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016表1ベースライン眼圧からの眼圧下降効果(眼圧値と眼圧下降幅)ベースライン眼圧眼圧下降30%眼圧下降20%眼圧下降10%2114.7(6.3)16.8(4.2)18.9(2.1)2014.0(6.0)16.0(4.0)18.0(2.0)1913.3(5.7)15.2(3.8)17.1(1.9)1812.6(5.4)14.4(3.6)16.2(1.8)1711.9(5.4)13.6(3.4)15.3(1.7)1611.2(4.8)12.8(3.2)14.4(1.6)1510.5(4.5)12.0(3.0)13.5(1.5)149.8(4.2)11.2(2.8)12.6(1.4)139.1(3.9)10.4(2.6)11.7(1.3)128.4(3.6)9.6(2.4)10.8(1.2)117.7(3.3)8.8(2.2)9.9(1.1)*眼圧20mmHg以上は眼圧変動幅によってはPOAGと診断される場合も多い.にしか影響されない副経路からの流出を促進するPGはベースライン眼圧の低いNTGをさらに眼圧下降させることに適していると考えられる.これまでのNTGに対するPGの眼圧下降効果についての臨床研究結果によると,ラタノプロストの眼圧下降率は約13~24%,ビマトプロストは約16~28%,トラボプロストは約14~24%,タフルプロストは約14~23%と報告されている11~21).これらのPG単剤投与で30%以上の眼圧下降率を達成した症例は対象の5~20%である一方で,約10%の症例で眼圧下降率が10%未満のノンレスポンダーだったという報告もあり,眼圧下降効果が強いとされるPGでも投与前後の眼圧変化を正しく評価せず,漫然と使用することは慎まなければいけない.交感神経a2作動薬であるブリモニジンは,房水産生抑制と副経路からの房水流出を促進し,その眼圧下降率は約16%と報告されている3).房水産生を抑制する交感神経b遮断薬のうち,チモロールの眼圧下降率は13~21%,ニプラジロール0.25%の眼圧下降率は約6~19%,ベタキソロール塩酸塩0.5%(ベタキソロール)の眼圧下降率は約17%と報告されている22~24).同様に房水産生を抑制する炭酸脱水酵素阻害薬であるドルゾラミド塩酸塩(ドルゾラミド)の眼圧下降率は約17%と報告されている24).個々の報告ではなく,点眼治療に関する複数のRCTを対象とした眼圧下降率のピーク値とトラフ値(用語解説参照)のメタアナリシス(用語解説参照)によると,ブリモニ(38) プラセボベタキソロールチモロールドルゾラミドブリンゾラミドブリモニジンラタノプロストビマトプロスト眼圧下降率(%)図4点眼薬の眼圧下降率のピーク値のメタアナリシス(文献25より転載)ジンが24%と11%,ビマトプロストが21%と18%,ラタノプロストが20%と20%,チモロールが15%と18%,ドルゾラミドが14%と12%で,ブリンゾラミドとベタキソロールの眼圧下降率のピーク値はそれぞれ13%と12%である(図4,5)25).ブリモニジンの眼圧下降率はピーク値が大きくトラフ値が小さいため,眼圧変動の高眼圧相を狙って下降させることに適しており,PGは眼圧下降率のピーク値とトラフ値の差が小さいため,24時間にわたって一律に眼圧を下降させることに適している.大きな眼圧変動は,眼圧と視神経乳頭出血に次いで緑内障の発症・進行の危険因子として報告されていることが多く5),眼圧変動幅の抑制を意識して薬剤を選択することも重要である.V薬物併用療法による眼圧下降効果点眼薬の単剤投与で十分に眼圧下降が得られない場合や,眼圧下降率30%以上を達成していても視野障害の進行がみられる症例においては,さらなる眼圧下降を図るために2剤目の追加,または,2剤目の追加手段として配合剤への変更を検討すべきである.既報によると,ラタノプロストにブリンゾラミドを追加した場合の眼圧下降率は約11%,チモロールを追加した場合は約15%と報告されている26).ラタノプロスト単剤またはトラボプロスト単剤での治療群とそれぞれのチモロールを含む配合剤での治療群を比較すると,単剤治療群は治療後6カ月間の眼圧下降率は約18~19%で,配合剤治療群では約25~28%と報告されている27).PGを含まないドルゾラミドとチモロールの配合剤(39)-5051015202530プラセボチモロールドルゾラミドブリモニジンラタノプロストビマトプロスト眼圧下降率(%)図5点眼薬の眼圧下降率のトラフ値のメタアナリシス(文献25より転載)(DTFC)による眼圧下降率は約22%と報告され28),DTFCで治療し眼圧を15mmHg前後にコントロールしていたNTGをトラボプロストとチモロールの配合剤(TTFC)とラタノプロストとチモロールの配合剤(LTFC)の2群に無作為に振り分けて,クロスオーバーで比較した試験では,TTFCが約16%,LTFCが約7%の追加の眼圧下降率があり,PGを含む配合剤のほうがPGを含まない配合剤よりも眼圧下降効果が大きかった29).PG単剤治療で眼圧を16mmHg前後にコントロールしていたNTGにDTFCを追加した場合の追加の眼圧下降率は約12%で,60%以上の症例で10%以上の眼圧下降率があったと報告されている30).これらの結果から配合剤や併用療法は,単剤治療よりも10%前後の眼圧下降率を追加できるため,眼圧下降率20%以上を達成する可能性は高い.ただし,NTGを対象に点眼薬を追加・併用する際には,実際の眼圧下降幅が小さく正しい評価が困難な場合もあり,単純に眼圧下降効果だけでなく,点眼アドヒアランスの維持,眼圧日内変動の抑制,後述する眼血流や眼灌流圧などへの影響,潜在的な神経保護効果についても配慮すべきである.VI点眼治療の眼循環への影響NTGにおける緑内障性視神経症の特徴として視神経乳頭出血の頻度が多いことが昔から知られており,多変量解析結果から実際に眼圧以外でNTG発症・進行の重要な危険因子として視神経乳頭出血の頻度が証明されたことは,NTGの発症・進行の病態に血流障害機序を強く疑う根拠である.視神経乳頭部の毛細血管網や灌流する主要血管の血流測定結果でも,緑内障眼における血流あたらしい眼科Vol.33,No.1,201639-5051015202530 40あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(40)害進行の抑制効果には結びついていない.VII神経保護治療緑内障性視神経症の分子生物学機序である網膜神経節細胞死を抑制し保護する治療は,緑内障の根本的な治療法となる可能性が高い.網膜神経節細胞死をきたす機序には,①神経の発達・分化・再生に必須な因子である神経栄養因子や,シナプスでそれらに結合する蛋白質の減少による逆行性軸索輸送(用語解説参照)の障害,②興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸によるN-meth-yl-D-aspartate(NMDA)受容体の過剰刺激を介した細胞内への高濃度カルシウムの流入と細胞内酵素の活性化による細胞障害,③外因性および内因性刺激によるアポトーシス(用語解説参照)のシグナル伝達経路の活性化,④活性酸素の産生と除去のアンバランスによる酸化ストレス障害,⑤過剰な一酸化窒素によるアポトーシスの促進,⑥中枢神経系においてマクロファージのように機能するグリア細胞であるミクログリア(用語解説参照)の過剰活性化による炎症性サイトカインや活性酸素などの毒性物質を介した障害などが考えられている(図7).これらの機序に対して,不足した神経栄養因子や神経栄養因子輸送に必要な結合蛋白質の投与や,アポトーシスのシグナル伝達経路の阻害薬を投与すること,神経保護に働く免疫応答を賦活化させることなどで,網膜神経節細胞死を抑制しようと試みられており,動物や細胞実験においてある一定の成果が得られている34).しかしながら,これらの候補薬の実験結果と臨床試験の結果には現時点では大きな乖離がある.NMDA受容体阻害薬でアルツハイマー病の治療薬としてすでに認可されているメマンチンを用いた2つのRCTでは,その有効性が証明されなかった.また,漢方薬として服用されるイチョウの葉エキスが酸化ストレスを抑制するという実験結果に基づいて行われたRCTでは,視野障害抑制の有効性は証明されなかった.カルシウムチャンネル阻害薬(カルシウム拮抗薬)であるニルバジピンの内服投与には,視野障害進行の抑制と視神経乳頭リム構造や血流の維持を示唆した報告があるが,単施設研究であるため,多施設によるRCTでの再検証が必要である35).細胞実験において網膜神経節細胞のアポトーシスを抑制する効果が障害が報告されている31,32).視神経乳頭部では眼灌流圧(用語解説参照)の変化に対して血流量を一定に維持しようとする自動調節機構が働くことが知られている.眼灌流圧は眼圧と血圧によって規定され,体勢や日内変動によって変化し(図6),この変動の大きさ,とくに夜間の眼灌流圧の低下はNTG進行の危険因子と報告されている31,33).夜間の血圧低下によって夜間の眼灌流圧が低下するため,全身の循環調節不全の影響が疑われているが,緑内障の発症・進行への関与については結論が出ていない.眼灌流圧の公式には眼圧が含まれていることから,眼灌流圧は点眼治療による眼圧下降によって介入できる因子である.PGは全身副作用がほとんどないため,血圧へは影響せずに眼圧を下降させることから理論上は眼灌流圧を増加させる.PGはその眼圧下降の持続効果によって眼灌流圧の変動を抑制できる可能性があり,視神経乳頭の血流調節という点においてもPGはNTGの治療薬として適していると考えられる11).交感神経b遮断薬や交感神経a作動薬は血圧低下などの全身循環器系への影響もあり,眼灌流圧は不変または低下させるが,交感神経b遮断薬は眼血流そのものを改善することも報告されている31~33).循環障害という病態とそれを改善する治療法の可能性は示唆されているものの,現時点では血流改善による緑内障性視神経症および視野障心臓からの高さ(cm)心臓からの高さ(cm)眼圧平均動脈圧眼圧平均動脈圧眼灌流圧:57mmHg眼灌流圧:69mmHg図6眼灌流圧の体勢による変化(文献33より改変転載)心臓からの高さ(cm)心臓からの高さ(cm)眼圧平均動脈圧眼圧平均動脈圧眼灌流圧:57mmHg眼灌流圧:69mmHg図6眼灌流圧の体勢による変化(文献33より改変転載) 神経栄養因子・軸索輸送結合蛋白質の不足ミクログリアの過剰活性化,免疫応答の減弱視神経乳頭部NMDA受容体を介した興奮毒性細胞死受容体,酸化ストレス,一酸化窒素によるアポトーシスROSNOアポトーシスNMDA受容体阻害薬:メマンチン,MK801CCB:フルナリジン,ニルバジピン,ベタキソロール可溶性TNF受容体:エタネルセプトカルシニューリン阻害薬:FK506カスパーゼ阻害薬:BIRC4酸化ストレス抑制物質:ビタミンE,コエンザイムQ10,ALA,SOD,イチョウ葉・クコの木エキス一酸化窒素毒性阻害物質:アミノグアニジン,SC-51ミクログリア抑制物質:ミノサイクリン,トリプトライド,テトランドリン免疫賦活化物質:Cop-1神経栄養因子:BDNF,NGF,CNTF結合物質:TrkBモノクローナル抗体1D7①②⑥③④⑤神経栄養因子・軸索輸送結合蛋白質の不足ミクログリアの過剰活性化,免疫応答の減弱視神経乳頭部NMDA受容体を介した興奮毒性細胞死受容体,酸化ストレス,一酸化窒素によるアポトーシスROSNOアポトーシスNMDA受容体阻害薬:メマンチン,MK801CCB:フルナリジン,ニルバジピン,ベタキソロール可溶性TNF受容体:エタネルセプトカルシニューリン阻害薬:FK506カスパーゼ阻害薬:BIRC4酸化ストレス抑制物質:ビタミンE,コエンザイムQ10,ALA,SOD,イチョウ葉・クコの木エキス一酸化窒素毒性阻害物質:アミノグアニジン,SC-51ミクログリア抑制物質:ミノサイクリン,トリプトライド,テトランドリン免疫賦活化物質:Cop-1神経栄養因子:BDNF,NGF,CNTF結合物質:TrkBモノクローナル抗体1D7①②⑥③④⑤図7網膜神経節細胞障害機序と神経保護治療の候補薬(分子)NMDA:N-methyl-D-aspartate,CCB:calciumchannelblocker,BDNF:brain-derivedneurotrophicfactor,NGF:nerve-growthfactor,CNTF:ciliaryneurotrophicfactor,TrkB:tropomyosinreceptorkinaseB,TNF:tumornecrosisfactor,BIPC4:baculoviralIAPrepeat-containingprotein-4,ALA:alpha-lipoicacid,SOD:supressedsuperoxidedismutase,ROS:reactiveoxygenspecies,NO:nitricoxide.認められ,すでに眼圧下降点眼薬としても臨床で用いられているブリモニジンは,LoGTSにおいてその視野障害進行抑制効果が証明されたが,ブリモニジン治療群では試験過程で薬剤アレルギーに起因する脱落例が多く,この結果のみでブリモニジン自体の神経保護効果とは解釈できない.VIII今後の展望NTGの点眼治療において眼圧下降のための点眼薬の選択肢が増えたことは,近年,現実的に前進した領域である.眼圧下降治療を適切に実践することで,NTGの眼圧依存性と眼圧非依存性の二面性または多因子関連性の病態がさらに明らかとなり,問題解決に向けた病態解明とその治療候補薬の検索も着実に前進している.点眼治療ではないが,近年,網膜疾患に対する抗血管内皮増殖因子薬の硝子体注射治療が確立されて後眼部への局所(41)■用語解説■Preperimetricglaucoma:緑内障性視神経症の構造異常をきたしているが,緑内障性視野障害を認めない病期の緑内障.Habitual24時間眼圧:眼圧は体位変換での全身の循環動態の変化によって変化する.Habitual24時間眼圧は,日中は座位で眼圧を測定し,夜間は仰臥位で眼圧を測定した値である.片眼トライアル:緑内障点眼薬を片眼だけに点眼し,僚眼との左右差を比較することで,点眼薬の眼圧下降作用の有無や程度を把握する方法である.交感神経b遮断薬は,片眼点眼することで僚眼の眼圧下降を生じることから,片眼トライアルには不向きである.トラフ値:薬物を反復投与したときの定常状態における次の投与直前の値.薬物による効果がもっとも薄れている状態での値と考えられる.メタアナリシス:複数の研究結果を統合して分析する手法や統計解析のこと.眼灌流圧:眼灌流圧(ocularperfusionpressure:OPP)は,平均動脈圧(meanarterialpressure:MAP),収あたらしい眼科Vol.33,No.1,201641 縮期血圧(systolicbloodpressure:SBP),拡張期血圧(diastolicbloodpressure:DBP)と,眼圧(intraocularpressure:IOP)から計算する.眼球における血圧は末梢血管で測定する血圧とは異なり,心臓からの高さに伴って変化するため,座位と仰臥位では計算法が違う.MAP=DBP+1/3(SBP+DBP),OPP座位=(95/140×MAP)-IOP,OPP仰臥位=(115/130×MAP)IOP(平均血圧-眼圧)逆行性軸索輸送:神経細胞の軸索中でさまざまなものを運ぶ働きを軸索輸送と呼び,細胞体から軸索への輸送を順行性軸索輸送,逆に軸索末端から細胞体へ輸送を逆行性軸索輸送と呼ぶ.アポトーシス:積極的に引き起こされ,プログラムされた細胞死で,カスパーゼという酵素を介する.ミクログリア:中枢神経系で貪食作用を示し,免疫機能だけでなく異常代謝物などの回収を担当する細胞.白血球同様造血幹細胞に由来し,マクロファージの特殊型と考えられている.ミクロスフィア:ガラス,セラミック,プラスチックなどの素材からなる非常に微細で中空の粒子.薬剤を内部に貯めて徐放させる.- あたらしい眼科Vol.33,No.1,201643(43)18)InoueK,TanakaA,TomitaG:Effectsoftafluprosttreat-mentfor3yearsinpatientswithnormal-tensionglauco-ma.ClinOphthalmol7:1411-1416,201319)InoueK,ShiokawaM,FujimotoTetal:Effectsoftreat-mentwithbimatoprost0.03%for3yearsinpatientswithnormal-tensionglaucoma.ClinOphthalmol8:1179-1183,201420)SeiboldLK,KahookMY:Thediurnalandnocturnaleffectsoftravoprostinnormal-tensionglaucoma.ClinOphthalmol8:2189-2193,201421)MizoueS,NakanoT,FuseNetal:Travoprostwithsof-ZiaRpreservativesystemloweredintraocularpressureofJapanesenormaltensionglaucomawithminimalsideeffects.ClinOphthalmol8:347-354,201422)AraieM,ShiratoS,YamazakiYetal:Clinicalefficacyoftopicalnipradilolandtimololonvisualfieldperformanceinnormal-tensionglaucoma:amulticenter,randomized,double-maskedcomparativestudy.JpnJOphthalmol52:255-264,200823)InoueK,NoguchiK,WakakuraMetal:Effectoffiveyearsoftreatmentwithnipradiloleyedropsinpatientswithnormaltensionglaucoma.ClinOphthalmol5:1211-1216,201124)HarrisA,ArendO,ChungHSetal:Acomparativestudyofbetaxololanddorzolamideeffectonocularcirculationinnormal-tensionglaucomapatients.Ophthalmology107:430-434,200025)ChengJW,CaiJP,WeiRL:Meta-analysisofmedicalinterventionfornormaltensionglaucoma.Ophthalmology116:1243-1249,200926)NakamotoK,YasudaN:Effectofconcomitantuseoflatanoprostandbrinzolamideon24-hourvariationofIOPinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma16:352-357,200727)IgarashiR,ToganoT,SakaueYetal:Effectonintraocu-larpressureofswitchingfromlatanoprostandtravoprostmonotherapytotimololfixedcombinationsinpatientswithnormal-tensionglaucoma.JOphthalmol23:329-332,201428)KimTW,KimM,LeeEJetal:Intraocularpressure-low-eringefficacyofdorzolamide/timololfixedcombinationinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma23:329-332,201429)ShojiT,SatoH,MizukawaAetal:Hypotensiveeffectoflatanoprost/timololversustravoprost/timololfixedcombi-nationsinNTGpatients:arandomized,multicenter,crossoverclinicaltrial.InvestOphthalmolVisSci54:6242-6247,201330)MizoguchiT,OzakiM,WakiyamaHetal:Additiveintra-ocularpressure-loweringeffectofdorzolamide1%/timo-lol0.5%fixedcombinationonprostaglandinmonotherapyinpatientswithnormaltensionglaucoma.ClinOphthal-mol5:1515-1520,201131)WerneA,HarrisA,MooreDetal:Thecircadianvaria-tionsinsystemicbloodpressure,ocularperfusionpres-sure,andocularbloodflow:riskfactorsforglaucoma?SurvOphthalmol53:559-567,200832)FanN,WangP,TangLetal:Ocularbloodflowandnor-maltensionglaucoma.BiomedResInt2015:308505,201533)QuarantaL,KatsanosA,RussoAetal:24-hourintraocu-larpressureandocularperfusionpressureinglaucoma.SurvOphthalmol58:26-41,201334)SongW,HuangP,ZhangC:Neuroprotectivetherapiesforglaucoma.DrugDesDevelTher9:1469-1479,201535)AraieM,MayamaC:Useofcalciumchannelblockersforglaucoma.ProgRetinEyeRes30:54-71,2011

正常眼圧緑内障の診断

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):27~33,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):27~33,2016正常眼圧緑内障の診断DiagnosisofNormal-TensionGlaucoma溝上志朗*はじめにかつて,緑内障は正常範囲を逸脱した高眼圧を原因として生じる疾患であり,正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)は稀な病態とされてきた.また,そのような理由から,緑内障診断においては眼圧測定がもっとも重視されていた.しかしながら,その後の疫学研究の発展は,NTGは決して稀ではなく,むしろもっとも有病率が高い緑内障病型であることを明らかにした.そして近年,緑内障は新たに視神経症と定義され,診断にあたっては,眼圧よりも,その形態変化が重要視されるようになり,とくに最近では,眼底画像解析装置の鑑別能力に対する関心が高まりつつある.本稿では,これらのNTGの概念の変遷を踏まえ,昨今のNTG診断について概説する.INTGにおける正常眼圧とはNTGとは広義の原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)のうち,緑内障性視神経症(glaucomatousopticneuropathy:GON)の発生進行過程において,眼圧が常に統計学的に規定された正常値に留まるサブタイプと定義される1).多治見スタディにおける対象者の眼圧分布は,右眼14.6±2.7mmHg(平均値±標準偏差),左眼14.5±2.7mmHgであることから,正常眼圧を平均値±標準偏差×2で定義すると,正常上限は19~20mmHgと算出される1).よって,NTGを厳密に診断するためには,日内変動も含めてこの眼圧レベルを常に下回ることの確認が求められる.しかしながら,実際に個々の症例の日内変動を測定することが困難であることや,実臨床においては,特定の眼圧値で広義のPOAGとNTGを分離することは意味がないため,両者の鑑別はあまり重要視されていない.ただ,無治療時のベースライン眼圧は,その症例がGONを発症し,視神経障害が実際に進行をきたした眼圧であることから,眼圧がそのレベルのままであればさらに悪化することを意味する.つまり,その後の治療効果を見きわめるためにも,無治療時の眼圧を,病状が許す限り複数回測定し,確実に把握することは臨床上きわめて重要であることは強調したい.II眼底画像解析装置によるGON診断の試みGONの特徴は網膜神経節細胞の喪失による眼底の形態変化と,それに伴う機能変化にある.つまり,視神経乳頭における陥凹の拡大と辺縁部の狭細化,および網膜における神経線維層の欠損,菲薄化(nervefiberlayerdefect:NFLD),そして,それらと対応する視野感度の低下である(図1).一方,このGONの形態変化が機能変化に先だって生じていることは,眼底画像解析装置が開発される以前より明らかにされており,Quigleyらは緑内障患者の摘出眼の病理学的研究において,Goldmann視野計で視野異常が出現した時点では50%,自動視野計で,5dBの感度が低下した時点ではすでに20%の神経節細胞の減少*ShiroMizoue:愛媛大学大学院医学系研究科視機能再生学講座〔別刷請求先〕溝上志朗:〒791-0295東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科視機能再生学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(27)27 図1NTG症例の視神経乳頭所見と視野所見視神経乳頭は下耳側の辺縁部の菲薄化と乳頭出血を認め(矢印),静的視野所見では,対応する上方の傍中心暗点,鼻側階段を認める. あたらしい眼科Vol.33,No.1,201629(29)2.スペクトラルドメインOCT時代測定方法がタイムドメイン(timedomain:TD)方式からスペクトラルドメイン(spectraldomain:SD)式へと進歩したことで,高解像度の網膜断層像を,より短時間で撮像可能となり,詳細な網膜層別解析が可能となった.SDとTDの緑内障診断力を比較した代表的な論文では,両者のcpRNFL厚測定による診断力は,とくに初NFLGCL+IPL図2網膜神経節細胞複合体(ganglioncellcomplex:GCC)網膜神経線維層(NFL),網膜神経節細胞層(GCL),内網状層(IPL).図3図1の症例のGCC解析結果図1の上方の視野感度低下と対応する下方網膜のGCC厚の菲薄化を認める.下方視野はまだ正常であるが,すでに上方のGCC厚は菲薄化している.NFLGCL+IPL図2網膜神経節細胞複合体(ganglioncellcomplex:GCC)網膜神経線維層(NFL),網膜神経節細胞層(GCL),内網状層(IPL).図3図1の症例のGCC解析結果図1の上方の視野感度低下と対応する下方網膜のGCC厚の菲薄化を認める.下方視野はまだ正常であるが,すでに上方のGCC厚は菲薄化している. 視神経乳頭所見中心30o視野パターン偏差トータル偏差中心10o視野パターン偏差トータル偏差図4前視野障害期緑内障視神経乳頭の上下の辺縁部の菲薄化を認め,神経線維の走行に沿ったGCCの菲薄部(→)も確認できるが,中心30°,10°の視野に感度低下を認めていない. 術前術後カ図5緑内障眼の白内障手術前後のGCC厚解析結果SSI(signalstrengthindex)値は同等であるが,術前(左側)は,術後(右側)よりも薄く測定されている.セクターごとの差分解析(点線)では,最大で平均8μmの差を認める. 眼底所見正常眼データベース長眼軸長正常眼データベース図6長眼軸非緑内障眼のGCC解析眼軸長27mmの高度近視の症例.眼底は紋理状を呈している.眼軸長の延長によりGCC厚み分布が変化し,正常眼データベースとの比較では緑内障と似た異常判定が出ている.長眼軸長正常眼データベースを使用するとほぼ正常と判定されている.GCC解析中心24°視野パターン偏差トータル偏差図7正常レンジより厚い網膜に認められた初期緑内障性変化上方のGCCは相対的に下方よりも菲薄化しているが,GCC解析では正常(緑)と判定されている.視野では対応する下鼻側に初期の感度低下を認めている. -

正常眼圧緑内障の視神経症-近視との関連について-

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):21~26,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):21~26,2016正常眼圧緑内障の視神経症─近視との関連について─OpticNeuropathyofNormal-TensionGlaucoma:EffectofMyopia山下高明*はじめに正常眼圧緑内障の視神経症を考えるうえで,疫学調査である多治見スタディで得られた開放隅角緑内障のリスクファクターが重要である.多治見スタディでは,開放隅角緑内障のうち正常眼圧緑内障が92%を占める.その開放隅角緑内障のリスクファクターは年齢,眼圧,近視と報告されている(表1)1).高齢になるほど,正常範囲であっても眼圧が高いほど,緑内障性視神経症が生じやすくなることは理解しやすい.では,近視はなぜ正常眼圧緑内障のリスクファクターなのか.本稿では,まず病的近視以外の近視性変化を述べ,次に近視性変化が正常眼圧緑内障の視神経症に与える影響について考察する.I近視を理解する重要性多治見スタディによって,日本人は世界でもっとも近視の多い民族のひとつであり,若年になるほど近視の頻度が増加していることが判明している.多治見スタディは2000~2001年に行われており,.0.5D未満の近視の割合は,70代で男性13.5%,女性18.6%に対して,40代では男性70.3%,女性67.8%と急激に増加している1).本原稿を書いている2015年11月は多治見スタディから15年ほど経過しているので,当時の70代は今の85~95歳であり,当時の40代は今の55~65歳ということになる.つまり現在の60歳前後ですでに.0.5D未満の近視の割合は70%前後に達していると推察表1多治見スタディにおける開放隅角緑内障のリスクファクター(文献1より)リスクオッズ比p値眼圧1.12倍/mmHg0.0021近視軽度1.85倍中等度以上2.60倍0.0003年齢1.06倍/歳<0.0001軽度:.3D~.1D,中等度以上:.3D以上される.緑内障のリスクファクターは加齢もあるため,近視の多い60歳前後が老年世代となる今後は,近視眼緑内障が急増することが予想される.そのため,今後の緑内障診療には近視そのものの理解と,近視眼緑内障における診断および治療の進歩が不可欠である.II近視性変化とは何か近視は屈折異常であり,角膜形状・水晶体の屈折力・眼軸長で決定される.水晶体の屈折力は調節の異常であるため,屈折異常は極論すれば,眼球の形状で決まるといってよい.つまり屈折異常は眼球形状の個人差といえる(図1).たとえば眼軸長は生下時から個々人で異なるが,平均すると約16mmである.成長すると約24mmになるため,眼軸長は約1.5倍の伸長を成長期に遂げる2).そのため,眼球が完全な球体と仮定すれば,体積は3.375倍となる.この伸長の違いにより,最終的な屈折や眼軸長が決まるのであるが,実際には眼球は球状に成長するのではなく,とくに後眼部はいびつな形とな*TakehiroYamashita:鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学〔別刷請求先〕山下高明:〒890-8520鹿児島市桜ヶ丘8-35-1鹿児島大学大学院医歯学総合研究科感覚器病学眼科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(21)21 遠視正視近視遠視正視近視図1屈折は眼球の形状で決まるる.この複雑な眼底の近視性変化には,コーヌス,視神経乳頭楕円化および傾斜,紋理状変化,アーケード血管および上下耳側の厚い網膜神経線維の黄斑側へのシフト,網膜・脈絡膜・強膜・篩状板の不均一な菲薄化などが報告されている2,3).臨床では近視の程度を屈折で判断することが多いと思われるが,これらの近視性変化は屈折値が小さくなるほど強くなるとはかぎらない.屈折値が正視付近であるにもかかわらず,眼底の近視性変化が顕著な眼,逆に屈折値は近視よりにもかかわらず近視性変化の乏しい眼をとくに若年世代でしばしば認める.この違いは,ひとつには生下時の眼球形状,二つ目は眼球成長時の変化である.生下時の眼軸長には個人差があるため,成人したときに同じ眼軸長であったとしても,生下時の眼軸長が短い眼では,生下時の眼軸長が長い眼と比較すると,大きく伸長し,近視性変化も強くなると考えられる(図2).また,眼球が成長するときに,サッカーボール状の球体に近い形になる場合(proportional22あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016enlargement)と,ラグビーボール状の卵形に近い形になる場合(excessiveenlargement)とでは,眼底の傾斜,とくに視神経乳頭周囲の変化が,同じ眼軸長でも異なることが想像できる.近視性変化を評価する場合は,眼軸長だけではなく,コーヌスや視神経乳頭楕円化および傾斜,紋理眼底(用語解説参照),網膜血管の走行などを個別に評価する必要がある.III近視はなぜ起こるか近視,つまり眼球成長に関する主要因はいまだ解明されていない.しかし,近視は眼球の形状で決まると考えると,従来の考えとは異なる見解が生まれてくる.眼球の形であれば,顔かたちが両親に似るのと同じように,遺伝の影響は大きいであろう.また,成長期に約3倍も眼球容積が大きくなり,多くの近視性変化は成長期に生じることから,成長も大きな要因となる.成長を考える際には身長がしばしば論じられるが,身長が伸びる主要因は遺伝と栄養である.このような観点から多治見スタディにおける近視の増加を考えてみる.多治見スタディの時点で70歳だった集団は1930年生まれで,1950年に20歳であり,40歳だった集団は1960年生まれで,1980年に20歳となっている1).この間に近視が増加しているが,なにがもっとも一致して変化したであろうか.実はこの間に,日本人の栄養状態は大きく改善し,身長が大きく増加している.1948年と1983年で比較すると,高校3年時の平均身長は,男性で約10cm,女性で約6cmも伸びている(文部科学省平成25年度学校保健統計調査).そして,この平均身長が伸びた時期と,近視の増加した時期はよく一致している.この栄養状態改善による体格の向上が,眼に影響しないはずはない.成長に関係する要因は数えきれないほどたくさんあり,同世代の個々人の差は他の要因が影響しているであろうが,近年の日本人における近視増加の主要因は体格の向上であると筆者は考えている.もうひとつ緑内障と関与する重要な要素として,眼圧と眼球壁の硬さが考えられる.先天性の緑内障の手術で,強膜を切開・縫合すると,成人と比較して柔らかいことが経験される.また,先天性の緑内障で眼圧が高ければ,眼球壁が柔らかいために眼球が拡大し,牛眼とな(22) 図2眼軸長が同程度(約27mm)の正常4眼の眼底写真眼軸長が同じであっても,紋理の位置,視神経乳頭の形状,コーヌスの有無,網膜血管の走行などの近視性変化は眼によって違う. 右眼左眼右眼左眼図3両眼の下方ぶどう腫(73歳,男性)右眼は明らかな下方ぶどう腫を認めるが,左眼は眼底写真・エコーでははっきりしない.OCTの黄斑垂直断では中心窩下方が後方に傾いている(.). 図4正常眼圧緑内障の右眼底写真(60歳,男性)上耳側と下耳側に網膜神経線維束欠損を,下耳側には乳頭出血を認める.傍乳頭脈絡膜委縮ベータゾーンは,網膜神経線維束欠損の位置だけではなく,三日月状に耳側に認める. 26あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(26)文献1)鈴木康之,山本哲也,新家眞ほか:日本緑内障学会多治見疫学調査(多治見スタディ)総括報告.日眼会誌112:1039-1058,20152)所敬,大野京子:近視基礎と臨床.金原出版,20123)SpaideRF,Ohno-MatsuiK,YannuzziLA:Pathologicmyopia,Springer,NewYork,20144)McBrienNA,AdamsDW:Alongitudinalinvestigationofadult-onsetandadult-progressionofmyopiainanoccupa-tionalgroup.Refractiveandbiometricfindings.InvestOphthalmolVisSci38:321-333,19975)新田耕治:正常眼圧緑内障のリスクファクター.正常眼圧緑内障の進行の危険因子として際立つ乳頭出血,日本の眼科86:877-883,20156)TakayamaK,HangaiM,KimuraYetal:Three-dimen-tionalimagingoflaminacerbrosadefectsinglaucomausingswept-souceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:4798-4807,20137)山下高明:緑内障なんでも質問箱I疫学と基礎編8.近視と緑内障にはどのような関係があるのですか?臨眼69:44-47,20158)SaeediO,PillarA,JefferysJetal:Changeinchoroidalthicknessandaxiallengthwithchangeinintraocularpressureaftertrabeculectomy.BrJOphthalmol98:976-979,2014たまっても,しぼんでいる眼球が膨らむだけで篩状板に直接的な圧力がかかりにくくなるのかもしれない.もちろんこのような眼球壁の薄い眼で,眼球がピンと張るほど眼内に房水がたまれば,篩状板も薄いであろうから逆に進行が速くなる可能性もある.このように考えると臨床で経験される症例をうまく説明できるが,証明するためには後眼部の眼球壁の変化をもっと詳細に検討する必要がある.コーヌスが大きくなる眼で進行が遅いことを説明できるもうひとつの仮説がある.コーヌスはおもに視神経乳頭の耳側から下耳側にかけて出現する.つまり視神経乳頭の耳側から下耳側には引き伸ばしが大きく近視性視神経症が生じるが,それ以外の象限では眼球壁が硬く引き伸ばしは少ないため進行しないという理論である.証明するには,視神経乳頭および黄斑部の三次元画像を長期的に観察する研究が必要である.おわりに近視も緑内障も眼圧などの眼球を押し広げる力によって生じ,局所の強膜や篩状板の伸展性および柔軟性の個人差によって,視神経症が出なかったり,近視性視神経症となったり,緑内障性視神経症となったりするという仮説で考えると,正常眼圧緑内障の特徴をよく説明できるように感じる.今回提示した仮説を考えながらOCT所見を読めば,視神経乳頭や黄斑部の断層像および三次元画像で,視神経乳頭周囲の変化や眼球壁の変化など,今まで見過ごしてきた所見を発見できるかもしれない.近視と正常眼圧緑内障の大部分は,手術をたくさん行っている大病院ではなく,クリニックに通院している.地方会でも学会でも,正常眼圧緑内障のOCT画像と眼底写真を大病院の医師もクリニックの医師も皆で持ち寄って,活発な議論をし,新たな発見があることを願って本稿を執筆した.そうすることで,日本に多い近視と正常眼圧緑内障の新発見を,日本から発信できると信じている.■用語解説■紋理眼底:脈絡膜大血管が透見できる状態のことをさし,豹紋眼底と同じ意味であるが,紋理眼底(tessel-latedfundus)が医学用語としては正しい2).傍乳頭脈絡膜萎縮:PPA(parapapillaryatrophy)と略される.現在のところアルファ,ベータ,ガンマ,デルタゾーンの4種類に分類される.組織学的には,アルファゾーンは「不規則な色素沈着のある網膜色素上皮を伴ったBruch膜がある領域」,ベータゾーンは「網膜色素上皮を伴わないBruch膜がある領域」,ガンマゾーンは「Bruch膜の欠損と,正常な厚みの乳頭周囲の強膜の輪縁が存在する領域,いわゆるコーヌス」,デルタゾーンは「Bruch膜の欠損と,著明に伸展して薄くなった乳頭周囲の強膜の輪縁が存在する領域で,高度な近視で出現する」となっている.しかしながら,眼底写真による所見とOCTによる断層像の組織所見が一致しない場合や,上記のようにきれいに分けられない眼も多く,今後さらに分類や定義が変更される可能性がある3).このように考えると臨床で経験される症例をうまく説明できるが,証明するためには後眼部の眼球壁の変化をもっと詳細に検討する必要がある.コーヌスが大きくなる眼で進行が遅いことを説明できるもうひとつの仮説がある.コーヌスはおもに視神経乳頭の耳側から下耳側にかけて出現する.つまり視神経乳頭の耳側から下耳側には引き伸ばしが大きく近視性視神経症が生じるが,それ以外の象限では眼球壁が硬く引き伸ばしは少ないため進行しないという理論である.証明するには,視神経乳頭および黄斑部の三次元画像を長期的に観察する研究が必要である.おわりに近視も緑内障も眼圧などの眼球を押し広げる力によって生じ,局所の強膜や篩状板の伸展性および柔軟性の個人差によって,視神経症が出なかったり,近視性視神経症となったり,緑内障性視神経症となったりするという仮説で考えると,正常眼圧緑内障の特徴をよく説明できるように感じる.今回提示した仮説を考えながらOCT所見を読めば,視神経乳頭や黄斑部の断層像および三次元画像で,視神経乳頭周囲の変化や眼球壁の変化など,今まで見過ごしてきた所見を発見できるかもしれない.近視と正常眼圧緑内障の大部分は,手術をたくさん行っている大病院ではなく,クリニックに通院している.地方会でも学会でも,正常眼圧緑内障のOCT画像と眼底写真を大病院の医師もクリニックの医師も皆で持ち寄って,活発な議論をし,新たな発見があることを願って本稿を執筆した.そうすることで,日本に多い近視と正常眼圧緑内障の新発見を,日本から発信できると信じている.■用語解説■紋理眼底:脈絡膜大血管が透見できる状態のことをさし,豹紋眼底と同じ意味であるが,紋理眼底(tessellatedfundus)が医学用語としては正しい2).傍乳頭脈絡膜萎縮:PPA(parapapillaryatrophy)と略される.現在のところアルファ,ベータ,ガンマ,デルタゾーンの4種類に分類される.組織学的には,アルファゾーンは「不規則な色素沈着のある網膜色素上皮を伴ったBruch膜がある領域」,ベータゾーンは「網膜色素上皮を伴わないBruch膜がある領域」,ガンマゾーンは「Bruch膜の欠損と,正常な厚みの乳頭周囲の強膜の輪縁が存在する領域,いわゆるコーヌス」,デルタゾーンは「Bruch膜の欠損と,著明に伸展して薄くなった乳頭周囲の強膜の輪縁が存在する領域で,高度な近視で出現する」となっている.しかしながら,眼底写真による所見とOCTによる断層像の組織所見が一致しない場合や,上記のようにきれいに分けられない眼も多く,今後さらに分類や定義が変更される可能性がある3).文献1)鈴木康之,山本哲也,新家眞ほか:日本緑内障学会多治見疫学調査(多治見スタディ)総括報告.日眼会誌112:1039-1058,20152)所敬,大野京子:近視基礎と臨床.金原出版,20123)SpaideRF,Ohno-MatsuiK,YannuzziLA:Pathologicmyopia,Springer,NewYork,20144)McBrienNA,AdamsDW:Alongitudinalinvestigationofadult-onsetandadult-progressionofmyopiainanoccupationalgroup.Refractiveandbiometricfindings.InvestOphthalmolVisSci38:321-333,19975)新田耕治:正常眼圧緑内障のリスクファクター.正常眼圧緑内障の進行の危険因子として際立つ乳頭出血,日本の眼科86:877-883,20156)TakayamaK,HangaiM,KimuraYetal:Three-dimentionalimagingoflaminacerbrosadefectsinglaucomausingswept-souceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:4798-4807,20137)山下高明:緑内障なんでも質問箱I疫学と基礎編8.近視と緑内障にはどのような関係があるのですか?臨眼69:44-47,20158)SaeediO,PillarA,JefferysJetal:Changeinchoroidalthicknessandaxiallengthwithchangeinintraocularpressureaftertrabeculectomy.BrJOphthalmol98:976979,201426あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(26)

正常眼圧緑内障の病態

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):13.20,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):13.20,2016正常眼圧緑内障の病態PathologicalConditionofNormal-TensionGlaucoma金森章泰*はじめに原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)は広義としての病名であり,いわゆる眼圧が高いタイプの開放隅角緑内障(ここではhightensionglaucoma:HTGとする)と正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)の両者を含む1).疾患の定義としては眼圧が21mmHg以上か未満でNTGとHTGを分けているだけであるが,開放隅角緑内障(openangleglaucoma:OAG)であるという同一スペクトラムにありながら,NTGとHTGでは異なる視野障害や構造的障害を呈するという報告が多数ある.これは単に眼圧が及ぼす影響がHTGでは強く,逆にNTGでは弱いだけなのか,それとも他のNTGの独自の因子があるのか未だよく解明されていない.NTGの病態について,NTGを区別した研究を基にHTGと対比しながら稿を進める.INTGの構造的特徴NTGはHTGとは異なる構造的障害をきたすことが古くから報告されている.同等の視野障害をもつNTGとHTGを比べたところ,NTGはとくに耳下側の乳頭辺縁部の菲薄化や,より大きな乳頭陥凹やそれに伴うnotch形成,より限局した網膜神経線維層(retinalnervefiberlayer:RNFL)欠損などが以前から報告されている.また,25年も前に,すでに山上らはNTGには視野障害出現に先行して乳頭陥凹が拡大する何らかの病態が存在するのではという指摘をしている2).しかし,眼底写真による構造解析は,微細な変化をとらえるには限界があった.近年,網膜や視神経乳頭内構造の観察のためにさまざまな光学的機器が開発され,臨床応用されている.おもに視神経乳頭解析を行うことができる共焦点走査レーザー顕微鏡であるHeidelbergRetinaTomograph(HRT)や,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いてOAGの構造解析を行った研究により多くの知見が得られているが,NTGとHTGを分けて解析した研究はそれほど多くない.そのなかでも重要なものを紹介する.初期のHRTであるHRT-1を用いてNTGとHTGの視神経乳頭解析を行った研究は10年以上前に報告されている.NTGのほうが陥凹乳頭比(cupofdiskratio:C/Dratio)が大きく,下方に限局したrimareaの減少がみられたという報告もあれば3),両者に差はなかったという報告もある4).わが国からはNTGのほうがより大きなC/DratioがNTG群にみられたと報告されているが5),差はなかったという報告もある6).また,GDxの前機種であるNerveFiberAnalyzerを用いて上下半どちらかの視野障害をもつNTGとHTGの正常視野側の視神経乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)を比べたところ,HTGでは有意に視野障害と相関していたが,NTGはそうではなかったという報告がある7).すなわち,HTGではびまん性のcpRNFL障害が視野進行とともに起き*AkiyasuKanamori:神戸大学大学院医学研究科外科学講座眼科学分野〔別刷請求先〕金森章泰:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学大学院医学研究科外科学講座眼科学分野0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(13)13 14あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(14)その病態にあっているのかもしれない.とくに,欧米人に比べ日本人は平均眼圧が低い.冒頭で21mmHgでNTGとHTGを分けるとしたが,わが国においてはもっと低い眼圧値,例えば15mmHg程度で両者を分けるほうが病態研究には適している可能性がある.わが国でのLowerNormalPressureGlaucomaStudyGroup(LNPGS)の今後の進展に期待したい.IINTGの眼圧依存性因子と眼圧非依存性因子現在,NTGにおけるエビデンスのある唯一の治療は眼圧下降である.眼圧下降により視野狭窄進行の抑制が証明されている一方,また同時に眼圧を下降させても視野障害が進行することも証明されている.NTGの病態には,眼圧依存性因子と非依存性因子が混在しており,両者を別々に考える必要がある.1.NTGにおける眼圧依存性因子NTGといっても眼圧依存性因子がその病態には一番大きな要素である.多くの報告でNTGにおいても手術加療により視野維持効果があったことを証明している14.17).また,緑内障点眼のみによる効果も報告されている.わが国で緑内障点眼で加療したNTG患者に関する研究では,視野進行群では非進行群に比べ有意に眼圧が高く,その他の因子(偏頭痛,糖尿病,緑内障家族歴など)は視野進行因子ではなかったとしている18).また,眼圧の質も近年では重要視される.NTGで平均15mmHg以上か,それ未満で分けた群で24時間眼圧をトノペンで測定したところ,15mmHg未満では夜間(仰臥位)で有意に眼圧が上昇した19).また,わが国からも,NTGでは眼圧の日内変動が少ないほど視野進行が少なく20),視野進行が早いNTG群では眼圧変動が大きかったと報告された21,22).さらに,仰臥位時は座位時よりも眼圧が上昇することが知られているが,仰臥位による眼圧上昇値が視野進行と関連があったとされる23).2.NTGにおける眼圧非依存性因子NTGと落屑緑内障において視野変化を比べた最近の研究によると,純粋に高眼圧による緑内障と位置づけた落屑緑内障群(平均眼圧16.5mmHg)はNTG群(平均やすく,NTGでは局所的な障害が起きやすいことを示唆している.また,スペクトラルドメインOCT(spec-traldomainOCT:SD-OCT)であるRTVueを用いて,NTGとランダムに抽出したPOAGの2群の比較を行った結果,cpRNFLの全周の平均値に両者で差はなかったが,黄斑部の網膜内層の厚みを示す網膜神経節細胞複合体(ganglioncellcomplex:GCC)に差がみられ,NTGはHTGより有意に小さかったという8).NTGとHTGの構造的障害の差異を示す結果である.NTGのなかでも眼圧が低い群と高めの群で分けた研究もある.黄斑乳頭線維束欠損のあるNTGのなかで,眼圧がより低い群(<15mmHg)では15.20mmHgの群に比べ,より限局し,中心に近い線維束が欠損していたという9).同程度の初期緑内障視野障害をもつ低眼圧群(<14mmHg)と高眼圧群の視神経乳頭をHRTにより解析したところ,低眼圧群ではC/D比が大きく,とくに鼻側のrimvolumeが小さかった10).乳頭形状解析もSD-OCTを用いることでより細かな解析が行えるようになった.Bruch膜開口部(Bruchmembraneope:BMO)が注目されつつあり,BMOを視神経乳頭縁とする報告が増えてきている.これに着目し,網膜断面図に対するBMOの傾きや,黄斑部に対する視神経乳頭長軸の回旋度をNTGとHTGで比較した研究では,上方に傾いている症例あるいは上方に回旋している症例がNTGのほうが多かったと報告されている11).OCTで測定した篩状板厚や前部篩状板厚も画像研究のトピックのひとつである.NTGとHTGで視野狭窄程度を一致させた研究では,NTGのほうが篩状板厚が薄く,支持組織が薄いためRGCの軸索がより障害されやすいのではと議論している12).逆に,前部篩状板厚は,初期の視野欠損を有する群での比較ではNTGのほうがHTGよりも厚いとの報告がある13).以上の報告を総合すると,やはりNTGはHTGと多少異なる緑内障性構造障害を有するようである.しかし,具体的にはまだ解明されておらず,年齢や視野障害程度が完全にマッチした両群での比較を行っていく必要がありそうである.さらに,NTGを研究する際は,いわゆるlowteenの緑内障患者に限定した対象を研究が あたらしい眼科Vol.33,No.1,201615(15)みがリスク因子として残り,15mmHgより高い群では平均眼圧値や眼圧変動がリスク因子であったと報告されている.やはりより眼圧が低いNTGでは非眼圧因子の影響が強いと予測される39).一方,乳頭出血は非眼圧因子によるものと考えられるが,LEC後にその出現頻度が減ったことから乳頭出血への眼圧の影響も考えられることも明記したい48).海外ではNTG発症の大きな危険因子とされる緑内障家族歴は,視神経乳頭の脆弱性を示唆する眼圧非依存性因子の一つと予想しうるが,わが国では,多治見スタディによると明らかな発症因子と証明されなかった.視野障害進行因子としてCNTGSでは偏頭痛,女性,乳頭出血があげられ,緑内障家族歴はそうではなかった26).わが国の他の報告でも進行因子ではないようである36).これらの解析は,研究対象の家族歴の浸透率に大きく左右されるので結論が出ないが,現時点では家族歴があるからといって視野狭窄が早いと考える必要はなく,NTGの病態に直接かかわるような因子としてはあげるべきではなさそうである.IIINTG病態研究の限界NTGは「眼圧依存性ならびに非依存性因子により,視神経と網膜神経節細胞(retinalganglioncell:RGC)がプライマリーに障害される疾患であり,その結果として“緑内障性視野障害”と“緑内障性視神経障害”をきたす疾患」としかいいようがない.眼圧依存性因子はNTGでは眼圧は正常であるから,眼圧脆弱性というべきかもしれない.病態としては,酸化ストレスやグルタミン酸などさまざまな実験モデルや臨床的研究の積み重ねを基に,多種にわたる眼圧非依存性因子が指摘されている(図1)が,どれも決め手に欠く(だからこそ多数の因子があるともいえる).これらの眼圧非依存性因子としてあげられる因子も,実は眼圧によるダメージによってもたらされるものである可能性もある.これらの因子を負荷することで確かに実験的にはRGCのアポトーシスや視神経乳頭陥凹拡大を作り得るが,人眼のNTGを動物で模倣するのは現状の科学をもってしても困難である.だからこそ,単一のストレスモデルによる基礎的研究を積み重ねいくことで,NTGの病態解明が可能にな眼圧13.3mmHg)よりも視野進行が早い(.0.64dB/年vs.0.35dB/年)が,年齢,眼圧,角膜厚を調整すると進行率に差はなかったとしている24).さらに,固視点付近の視野進行例はNTGが多いという結果であり,多変量解析で固視点付近の中心視野狭窄進行と関連があったのはNTGという分類のみであったと述べている.すなわち,眼圧は関係なく,NTGという病態が固視点付近の暗点が進行しやすいという結果は,眼圧非依存性因子が直接視力低下をきたすような視野狭窄進行につながる可能性を示唆している.われわれ臨床医はその因子について理解しておく必要がある.現在までNTGの眼圧非依存性因子の存在の根拠として,偏頭痛や血管攣縮などの頻度が高いことや25.27),睡眠時無呼吸28),自己免疫29)などがあげられる.また,低い脳脊髄圧が関与しているという報告もある30,31).近年,韓国での18,240人を対象としたスクリーニング検診では高血圧と耐糖能異常が発症因子としてあげられた32).視野狭窄進行に関する因子として指摘されているのは無症候性脳梗塞33),夜間低血圧や全身の循環状態34,35),視神経の微小循環障害など36)があげられ,これらは循環障害と考えられる.低い眼灌流圧も進行因子の一つである37,38).高血圧は視野進行と関連していたという報告もあるが33),関連はないという報告も多い26,39,22).また,近年,視神経乳頭の血流研究の精度があがり,多くの知見が得られつつある40.43).NTGの視野進行の眼圧非依存性因子として循環障害があるのは間違いない.乳頭出血はNTGではHTGの4倍の確率でみられることが知られている.その機序は未だ不明だが,視神経乳頭から網膜表層の毛細血管網が破綻することで起こるといわれている44).以前から乳頭出血が視野進行の因子として指摘されているが45),CNTGSの報告では乳頭出血のある群では治療群と無治療群で視野障害進行に差はなく,眼圧非依存性因子による視野障害進行のリスクがあることを示唆している46).また,乳頭出血出現はNTGにおいてRNFL欠損の拡大と視野進行と明らかに関連があることがプロスペクティブスタディでも明らかになった47).また,NTGにおいて,眼圧を15mmHg以上と以下で2群に分け,視野進行に対する因子を調べた研究では,15mmHg以下の群では乳頭出血の有無の 網膜神経節細胞死を起こす諸因子発症のリスクファクター高眼圧糖尿病家族歴近視軸索輸送障害循環障害神経栄養因子欠乏グルタミン酸毒性酸化ストレス遺伝的要素構造的脆弱性網膜神経節細胞死炎症免疫異常図1NTGにおける非眼圧性因子 GONMOMON緑内障性視神経症近視性視神経症眼圧などの応力によって生じる篩状板の脆弱性による視神経障害近視特有の傾斜などで生じる構造的変化による視神経障害近視眼緑内障緑内障性変化が強い近視性変化が強いb-PPAg-PPA〈視神経症の進行速度〉〈乳頭出血の頻度〉速多い遅少ない図2緑内障性視神経症と近視性視神経症近視性視神経症は,構造的脆弱性に代表される近視眼における特徴により生じると考えられる.緑内障性視神経症とは多くの点でオーバーラップする.(あたらしい眼科32:1418,2015より引用)眼圧眼圧眼圧非依存性眼圧依存性依存性因子因子非依存性因子因子眼圧下降治療は効果的眼圧下降治療は限定的効果それでも手術せざる得ない症例がある図3NTGにおける眼圧依存性因子と眼圧非依存性因子現状ではNTGにおいて,両者の影響の割合が確定できない.トラベクレクトミーをもってしても眼圧依存性因子を少なくすることしかできない.2)63).また,近視眼でみかける視力低下を伴う中心視野障害先行型の緑内障は社会的にも大きな損失である.進行を単純にMDスロープでみるだけではなく,visualfieldindex(VFI)など,中心窩付近の機能もふまえた解析をする必要があると考える.近視は治療することはできない.これらの視機能損失は近視により,より頻度が高まるものだとすると,近視の進行抑制がNTGによる社会的失明を予防することになるようにも思われる.もう一つのジレンマについて述べる.NTGでも治療として最終的にはトラベクレクトミー(trabeculectomy:LEC)を行うことになるが,いうまでもなく,LECはさまざまな合併症が起こりえるうえに,永続的にその効果を期待できるものではない.メリットがデメリットを上回るからこそLECを行う決断をする.しかし,筆者が常々悩むのが,個々の症例で,眼圧依存性因子と非依存性因子の関与の割合がNTGでは予測しえないことである(図3).一般的にはより眼圧が低いNTGは眼圧非依存性因子が大きいと考えられ,たとえば眼圧が10,11mmHgの症例ではLECをためらうことになる.とくに唯一眼で,視機能が比較的良好にもかかわらず着実に進行している症例では非常に悩む.逆に眼圧がhighteenの症例はLECによる眼圧下降が視野維持に(17)あたらしい眼科Vol.33,No.1,201617 18あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(18)withprimaryopen-angleornormal-tensionglaucoma.JGlaucoma13:291-298,20047)MatsumotoC,ShiratoS,HanedaMetal:Studyofretinalnervefiberlayerthicknesswithinnormalhemivisualfieldinprimaryopen-angleglaucomaandnormal-tensionglau-coma.JpnJOphthalmol47:22-27,20038)KimNR,HongS,KimJHetal:ComparisonofmacularganglioncellcomplexthicknessbyFourier-domainOCTinnormaltensionglaucomaandprimaryopen-angleglau-coma.JGlaucoma22:133-139,20119)KimDM,SeoJH,KimSHetal:Comparisonoflocalizedretinalnervefiberlayerdefectsbetweenalow-teenintra-ocularpressuregroupandahigh-teenintraocularpres-suregroupinnormal-tensionglaucomapatients.JGlauco-ma16:293-296,200710)白木玲子,内田英也,石田恭子ほか:正常眼圧緑内障における視神経乳頭の眼圧レベルによる形態的差異.日眼会誌109:19-25,200511)ParkHY,LeeKI,LeeKetal:Torsionoftheopticnerveheadisaprominentfeatureofnormal-tensionglaucoma.InvestOphthalmolVisSci56:156-163,201512)ParkHY,JeonSH,ParkCK:Enhanceddepthimagingdetectslaminacribrosathicknessdifferencesinnormaltensionglaucomaandprimaryopen-angleglaucoma.Oph-thalmology119:10-20,201213)JungYH,ParkHY,JungKIetal:Comparisonofprelami-narthicknessbetweenprimaryopenangleglaucomaandnormaltensionglaucomapatients.PLoSOne10:e0120634,201514)BhandariA,CrabbDP,PoinoosawmyDetal:Effectofsurgeryonvisualfieldprogressioninnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology104:1131-1137,199715)Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallyreducedintraocularpres-sures.CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup.AmJOphthalmol126:487-497,199816)ShigeedaT,TomidokoroA,AraieMetal:Long-termfol-low-upofvisualfieldprogressionaftertrabeculectomyinprogressivenormal-tensionglaucoma.Ophthalmology109:766-770,200217)AoyamaA,IshidaK,SawadaAetal:Targetintraocularpressureforstabilityofvisualfieldlossprogressioninnormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol54:117-123,201018)中神尚子,山崎芳夫,早水扶公子:正常眼圧緑内障の視野障害進行に対する薬物療法と臨床背景因子の検討.日眼会誌114:592-597,201019)MoonY,LeeJY,JeongDWetal:Relationshipbetweennocturnalintraocularpressureelevationanddiurnalintra-ocularpressurelevelinnormal-tensionglaucomapatients.InvestOphthalmolVisSci56:5271-5279,201520)NakagamiT,YamazakiY,HayamizuF:Prognosticfac-奏効すると思われるが,果たして全症例をおしなべてそのように考えてよいものだろうか.LECによる本当の効果は術後数年経過し,視野の進行具合をみないと実感できないうえに,患者個人にとってはLECを選択した場合としない場合は比較することができず,LECの意義を感じることはまず不可能であろう.しかし,われわれにはリスクを恐れずに最善の医療を提供する義務がある.LECを患者に勧める前に,視野進行に対する個々人での眼圧依存因子・眼圧非依存因子の割合が把握できれば非常に有益な情報となるのだが,現実はそうではない.われわれは先人が積み重ねてきた研究を基にLECの適応を決めているが,個人差が大きいことは予想され,限界がある.近年,岐阜大学からNTGの多数例の長期間の予後に関する報告がなされた64).これを読んで,しっかり治療すれば失明に至る率はそれほどでもないと感じた.しかし,現実はわが国における視覚障害の第1位は緑内障であり,NTGも相当数含まれるだろう.現状では眼圧依存性因子をできるだけ少なくすることしかできない.眼圧非依存因子は抑制することができないからこそ,将来の視機能維持のためにNTGにおいても積極的な眼圧下降がこの超高齢化社会には必要であると考える.文献1)阿部春樹,相原一,桑山泰明ほか:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20122)山上淳,白土城照,新家眞ほか:低眼圧緑内障と原発開放隅角緑内障視神経乳頭縁面積の相違について.臨眼43:1391-1394,19893)EidTE,SpaethGL,MosterMRetal:Quantitativedifferencesbetweentheopticnerveheadandperipapil-laryretinainlow-tensionandhigh-tensionprimaryopen-angleglaucoma.AmJOphthalmol124:805-813,19974)IesterM,MikelbergFS:Opticnerveheadmorphologiccharacteristicsinhigh-tensionandnormal-tensionglauco-ma.ArchOphthalmol117:1010-1013,19995)KiriyamaN,AndoA,FukuiCetal:Acomparisonofopticdisctopographicparametersinpatientswithprima-ryopenangleglaucoma,normaltensionglaucoma,andocularhypertension.GraefesArchClinExpOphthalmol241:541-545,20036)NakatsueT,ShirakashiM,YaoedaKetal:Opticdisctopographyasmeasuredbyconfocalscanninglaseroph-thalmoscopyandvisualfieldlossinJapanesepatients あたらしい眼科Vol.33,No.1,201619(19)torsforprogressionofvisualfielddamageinpatientswithnormal-tensionglaucoma.JpnJOphthalmol50:38-43,200621)FukuchiT,YoshinoT,SawadaHetal:Therelationshipbetweenthemeandeviationslopeandfollow-upintraocu-larpressureinopen-angleglaucomapatients.JGlaucoma22:689-697,201322)KomoriS,IshidaK,YamamotoT:Resultsoflong-termmonitoringofnormal-tensionglaucomapatientsreceivingmedicaltherapy:resultsofan18-yearfollow-up.GraefesArchClinExpOphthalmol252:1963-1970,201423)KiuchiT,MotoyamaY,OshikaT:Relationshipofpro-gressionofvisualfielddamagetoposturalchangesinintraocularpressureinpatientswithnormal-tensionglau-coma.Ophthalmology113:2150-2155,200624)AhrlichKG,DeMoraesCG,TengCCetal:Visualfieldprogressiondifferencesbetweennormal-tensionandexfo-liativehigh-tensionglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:1458-1463,201025)CorbettJJ,PhelpsCD,EslingerPetal:Theneurologicevaluationofpatientswithlow-tensionglaucoma.InvestOphthalmolVisSci26:1101-1104,198526)DranceS,AndersonDR,SchulzerM:Riskfactorsforprogressionofvisualfieldabnormalitiesinnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol131:699-708,200127)ChoiJ,KimKH,JeongJetal:Circadianfluctuationofmeanocularperfusionpressureisaconsistentriskfactorfornormal-tensionglaucoma.InvestOphthalmolVisSci48:104-111,200728)MojonDS,HessCW,GoldblumDetal:Normal-tensionglaucomaisassociatedwithsleepapneasyndrome.Oph-thalmologica216:180-184,200229)HammamT,MontgomeryD,MorrisDetal:Prevalenceofserumautoantibodiesandparaproteinsinpatientswithglaucoma.Eye(Lond)22:349-353,200830)BerdahlJP,FautschMP,StinnettSSetal:Intracranialpressureinprimaryopenangleglaucoma,normaltensionglaucoma,andocularhypertension:acase-controlstudy.InvestOphthalmolVisSci49:5412-5418,200831)RenR,JonasJB,TianGetal:Cerebrospinalfluidpres-sureinglaucoma:aprospectivestudy.Ophthalmology117:259-266,201032)KimM,JeoungJW,ParkKHetal:Metabolicsyndromeasariskfactorinnormal-tensionglaucoma.ActaOphthal-mol92:e637-e643,201433)LeungDY,ThamCC,LiFCetal:Silentcerebralinfarctandvisualfieldprogressioninnewlydiagnosednormal-tensionglaucoma:acohortstudy.Ophthalmology116:1250-1256,200934)TokunagaT,KashiwagiK,TsumuraTetal:Associationbetweennocturnalbloodpressurereductionandprogres-sionofvisualfielddefectinpatientswithprimaryopen-angleglaucomaornormal-tensionglaucoma.JpnJOph-thalmol48:380-385,200435)KashiwagiK,HosakaO,KashiwagiFetal:Systemiccir-culatoryparameters.comparisonbetweenpatientswithnormaltensionglaucomaandnormalsubjectsusingambulatorymonitoring.JpnJOphthalmol45:388-396,200136)AraieM,SekineM,SuzukiYetal:Factorscontributingtotheprogressionofvisualfielddamageineyeswithnor-mal-tensionglaucoma.Ophthalmology101:1440-1444,199437)SungKR,LeeS,ParkSBetal:Twenty-fourhourocularperfusionpressurefluctuationandriskofnormal-tensionglaucomaprogression.InvestOphthalmolVisSci50:5266-5274,200938)DeMoraesCG,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Riskfactorsforvisualfieldprogressioninthelow-pressureglaucomatreatmentstudy.AmJOphthalmol154:702-711,201239)LeeJ,KongM,KimJetal:Comparisonofvisualfieldprogressionbetweenrelativelylowandhighintraocularpressuregroupsinnormaltensionglaucomapatients.JGlaucoma23:553-560,201440)ShigaY,OmodakaK,KunikataHeta:Waveformanaly-sisofocularbloodflowandtheearlydetectionofnormaltensionglaucoma.InvestOphthalmolVisSci54:7699-7706,201341)MaekawaS,ShigaY,KawasakiRetal:Usefulnessofnovellaserspeckleflowgraphy-derivedvariablesofthelargevesselareaintheopticnerveheadinnormalten-sionglaucoma.ClinExpOphthalmol42:887-889,201442)TsudaS,YokoyamaY,ChibaNetal:Effectoftopicaltafluprostonopticnerveheadbloodflowinpatientswithmyopicdisctype.JGlaucoma22:398-403,201343)WangX,JiangC,KoTetal:Correlationbetweenopticdiscperfusionandglaucomatousseverityinpatientswithopen-angleglaucoma:anopticalcoherencetomographyangiographystudy.GraefesArchClinExpOphthalmol253:1557-1564,201544)KitazawaY,ShiratoS,YamamotoT:Opticdischemor-rhageinlow-tensionglaucoma.Ophthalmology93:853-857,198645)IshidaK,YamamotoT,KitazawaY:Clinicalfactorsasso-ciatedwithprogressionofnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma7:372-377,199846)AndersonDR,DranceSM,SchulzerM:Factorsthatpre-dictthebenefitofloweringintraocularpressureinnormaltensionglaucoma.AmJOphthalmol136:820-829,200347)NittaK,SugiyamaK,HigashideTetal:Doestheenlargementofretinalnervefiberlayerdefectsrelatetodischemorrhageorprogressivevisualfieldlossinnor-mal-tensionglaucoma?JGlaucoma20:189-195,201148)MiyakeT,SawadaA,YamamotoTetal:Incidenceofdischemorrhagesinopen-angleglaucomabeforeand 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正常眼圧緑内障の疫学最新データ

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):9~12,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):9~12,2016正常眼圧緑内障の疫学最新データPrevalenceofNormal-TensionGlaucoma2015鈴木康之*I疫学調査における原発開放隅角緑内障中の正常眼圧緑内障近年の緑内障疫学調査のほとんどはISGEO(InternatoinalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOphthalmology)1)の診断基準(表1)に準じており,その診断基準には基本的に眼圧値は含まれていない.したがって,緑内障疫学調査においては「正常眼圧緑内障の有病率データ」というものは基本的に存在しない.また,正常眼圧緑内障を厳密に診断するためには24時間眼圧測定が必要になるが,疫学調査においては,それは現実的ではない.もちろん,緑内障の診断がついたのちに患者をリクルートして24時間眼圧測定をすることも不可能ではなく,実際にそのような調査も行われている2)が,当然のことながらすべての疫学調査で行われているわけではない.したがって,基本的に「正常眼圧緑内障の有病率」とは検診時(再検時を含む)において眼圧が正常と考えられる範囲にある原発開放隅角緑内障の有病率によって評価されている.また,緑内障の疫学調査としてはcross-sectionalな有病率調査(prevalencestudy)のほか,長期にわたってfollowした発症率調査(indicencestudy)があるが,ベースライン眼圧に関する言及はあるものの,経過眼圧と発症率との関係に関しては詳細が不明,もしくはすでに投薬が行われていてわからないものが多く,正常眼圧緑内障としての発症率を算出することが不可能なものがほとんどである3~7).最表1ISGEOの緑内障診断基準(文献1)Category1(緑内障性視野変化がある場合):緑内障性変化と考えられる下記のいずれかの所見を認める.・C/D比もしくはC/D比の左右差が正常人の97.5パーセンタイル以上(多治見スタディではそれぞれ0.7以上,0.2以上)・上下のR/D比が0.1以下Category2(緑内障性視野変化のない場合):緑内障性変化と考えられる下記の所見を認める.・C/D比もしくはC/D比の左右差が正常人の99.5パーセンタイル以上(多治見スタディではそれぞれ0.9以上,0.3以上)Category3(視野検査も視神経乳頭検査もできない場合):下記のいずれかを満たす.・視力0.05以下かつ眼圧が正常人の99.5パーセンタイル以上(多治見スタディでは23mg以下)・視力0.05以下かつ緑内障の診断を過去に受けている近の韓国におけるGangnamstudy8)で,正常眼圧緑内障および低眼圧緑内障の5年発症率が,それぞれ0.51%および0.20%との記載があるが,具体的なデータは記載されていない.II原発開放隅角緑内障の有病率データこれまできわめて多くの原発開放隅角緑内障の疫学調査が行われており,最近でも総説がいくつか出ている9~14).しかしながら,眼圧の分布についての記述がないものも多く,正常眼圧緑内障の有病率が推定できるものはそれほど多くない.一部,先にあげた総説と重なる部分もあるが,表2に比較的はっきりと正常眼圧緑内障の有病率が推定できる論文の一覧を示す15~43).2003年*YasuyukiSuzuki:東海大学医学部医学科専門診療学系眼科学〔別刷請求先〕鈴木康之:〒259-1193伊勢原市下糟屋143東海大学医学部医学科専門診療学系眼科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(9)9 表2緑内障疫学調査からの正常眼圧緑内障有病率の推定値論文発行年論文番号調査国Study名もしくは調査地区対象年齢(推定)正常眼圧緑内障有病率(%)原発開放隅角緑内障中の(推定)正常眼圧緑内障割合(%)198915西インド諸島St.Lucia30+5.664199116日本JapanNationWide40+278199217米国TheBeaverDamEyeStudy40+0.6732199518オランダTheRotterdamStudy55+0.4343199619モンゴルHovsgolprovince40-870.480199820イタリアTheEgna-NeumarktStudy40+0.630199821オーストラリアTheMelbourneVisualImpairmentProject40+0.6739200022タンザニアKogwadistrict40+2.375200023インドTheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy40+1.767200124アメリカ(ヒスパニック)ProyectoVER40+1.680200225南アフリカZulus40+1.557200326インドTheAravindComprehensiveEyeSurvey40+0.952200327タイRomKlaodistrict,Bangkok50+1.669200428アメリカ(ヒスパニック)TheLosAngelesLatinoEyeStudy40+3.982200429日本TheTajimiStudy40+3.692200630中国TheLiwanEyeStudy50+1.885200831インドTheChennaiurbanSouthIndia40+2.982200831インドTheChennairuralSouthIndia40+1.167200832シンガポール(マレー人)TheSingaporeMalayEyeStudy40+2.185201133韓国TheNamilStudy40+2.777201134中国(内モンゴル)KailuCounty,InnerMongolia47-640.964201135中国TheHandanEyeStudy40+0.990201236ネパールTheBhaktapurGlaucomaStudy40+185.71201237中国BinCounty,Harbin40+0.3651201238中国(ペー族)TheYunnanMinorityEyeStudy50+0.5555201339イランTheYazdEyeStudy40-801.532201440日本TheKumejimaStudy40+3.382201541シンガポール(中国人)TheSingaporeChineseEyeStudy40+1.375.4201542中国Pudongnewdistrict,Shanghai50+269201543ナイジェリアTheNigeriaNationalBlindnessandVisualImpairmentSurvey40+2.250以前の調査はISGEOの診断基準と異なる基準を使っていることや,それ以降の調査でも必ずしもISGEOの診断基準そのままを用いているわけではないこと,そして対象年齢,年齢分布(補正しているデータもある)が,それぞれ異なっていたり,正常眼圧の上限も調査によって少し異なることに注意が必要であるが,おおむね原発開放隅角緑内障中の正常眼圧緑内障の割合がかなり高いことが見て取れると思う.原発開放隅角緑内障中の正常眼圧緑内障割合のトップは多治見スタディの92%で今も変わりはないが,そのほかにも80%を超える報告が多くみられ,最近のナイジェリアの報告でも原発開放隅角緑内障の半数以上が正常眼圧であったと報告されてい10あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016る43).また,一時期の中国の報告では正常眼圧緑内障の有病率が低いものが多くみられたが,最近の上海の調査では2%と報告されており42),TheLiwanEyeStudy30)に近い値になってきている.中国は面積が広く,各地域にさまざまな民族がいるため,このような違いが出てくるのかもしれない.III日本における正常眼圧緑内障の疫学データ2014年に久米島スタディにおける正常眼圧緑内障を含む原発開放隅角緑内障の有病率に関する論文が発表された40).その結果,眼圧22mmHg未満で定義される正常眼圧緑内障の有病率は3.3%と多治見スタディの3.6(10) あたらしい眼科Vol.33,No.1,201611(11)angleglaucoma(POAG):asystematicreviewandmeta-analysis.BrJOphthalmolOnlineFirst18August201512)間山千尋:日本人の開放隅角緑内障の有病率はどのくらいなのですか?緑内障なんでも質問箱.I.疫学と基礎編.臨眼69:10-13,201513)小暮俊介:海外の開放隅角緑内障の疫学調査にはどのようなものがあるのですか?緑内障なんでも質問箱.I.疫学と基礎編.臨眼69:14-19,201514)岩瀬愛子:諸外国と比べて日本人の正常眼圧緑内障は多いのですか?緑内障なんでも質問箱.I.疫学と基礎編.臨眼69:27-31,201515)MasonRP,KosokoO,WilsonMRetal:NationalsurveyoftheprevalenceandriskfactorsofglaucomainSt.Lucia,WestIndies.PartI.PrevalenceFindings.Ophthal-mology96:1363-1368,198916)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan:ANationwideGlaucomaSurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,199117)KleinBE,KleinR,SponselWEetal:Prevalenceofglau-coma.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1499-1504,199218)DielemansI,VingerlingJR,AlgraDetal:Primaryopen-angleglaucoma,intraocularpressure,andsystemicbloodpressureinthegeneralelderelypopulation.TheRotter-damStudy.Ophthalmology102:54-60,199519)FosterPJ,BaasanhuJ,AlsbirkPHetal:GlaucomainMongolia.Apopulation-basedsurveyinHovsgolProvince,NorthernMongolia.ArchOphthalmol114:1235-1241,199620)BonomiL,MarchiniG,MarraffaMetal:Prevalenceofglaucomaandintraocularpressuredistributioninadefinedpopulation.TheEgna-NeumarktStudy.Ophthal-mology105:209-251,199821)WensorMD,McCartyCA,StanislavskyYLetal:TheprevalenceofglaucomaintheMelbourneVisualImpair-mentProject.Ophthalmology105:733-739,199822)BuhrmannRR,QuigleyHA,BarronYetal:PrevalenceofglaucomainaruraleastAfricanpopulation.InvestOph-thalmolVisSci41:40-48,200023)DandonaL,DandonaR,SrinivasMetal:Open-angleglaucomainanurbanpopulationinsouthernIndia.TheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy.Ophthalmology107:1702-1709,200024)QuigleyHA,WestSK,RodriguezJetal:Theprevalenceofglaucomainapopulation-basedstudyofHispanicsub-jects:ProyectoVER.ArchOphthalmol119:1819-1826,200125)RotchfordAP,JohnsonGJ:GlaucomainZulus.Apopula-tion-basedcross-sectionalsurveyinaruraldistrictinSouthAfrica.ArchOphthalmol120:471-478,200226)RamakrishnanR,NirmalanPK,KrishnadasRetal:Glau-comainaruralpopulationofsouthernIndia.TheAravindComprehensiveEyeSurvey.Ophthalmology110:1484-%に近い値であった.久米島スタディでは原発閉塞隅角緑内障の有病率が2.2%と高く,近視眼も多治見スタディより少なかったにもかかわらず正常眼圧緑内障が多いということは,やはり日本人においては,ある程度以上の年齢になったら何より正常眼圧緑内障を疑ってかかる必要があるということなのだと考えられるし,また今後も正常眼圧緑内障の進行抑制が眼科診療においてきわめて重要な事項であり続けるということを示していると考える必要があるだろう.文献1)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20022)WangNL,FriedmanDS,ZhouQetal:Apopulation-basedassessmentof24-hourintraocularpressureamongsubjectswithprimaryopen-angleglaucoma:thehandaneyestudy.InvestOphthalmolVisSci52:7817-7821,20113)MukeshBN,McCartyCA,RaitJLetal:Five-yearinci-denceofopen-angleglaucoma:thevisualimpairmentproject.Ophthalmology109:1047-1051,20024)LeskeMC,WuSY,HonkanenRetal;BarbadosEyeStudiesGroup:Nine-yearincidenceofopen-angleglauco-maintheBarbadosEyeStudies.Ophthalmology114:1058-1064,20075)CzudowskaMA,RamdasWD,WolfsRCetal:Incidenceofglaucomatousvisualfieldloss:aten-yearfollow-upfromtheRotterdamStudy.Ophthalmology117:1705-1712,20106)VarmaR,WangD,WuCetal;LosAngelesLatinoEyeStudyGroup:Four-yearincidenceofopen-angleglauco-maandocularhypertension:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol154:315-325.20127)VijayaL,RashimaA,PandayMetal:Predictorsforinci-denceofprimaryopen-angleglaucomainaSouthIndianpopulation:theChennaieyediseaseincidencestudy.Oph-thalmology121:1370-1376,20148)KimYK,ChoiHJ,JeoungJWetal:Five-yearincidenceofprimaryopen-angleglaucomaandrateofprogressioninhealthcenter-basedKoreanpopulation:theGangnamEyeStudy.PLoSOne9:e144058,20149)ChoHK,KeeC:Population-basedglaucomaprevalencestudiesinAsians.SurvOphthalmol59:434-447,201410)ChanEW,XiangLi,ThamYetal:GlaucomainAsia:regionalprevalencevariationsandfutureprojections.BrJOphthalmolOnlineFirst25June201511)KapetanakisVV,ChanMP,FosterPJetal:Globalvaria-tionsandtimetrendsintheprevalenceofprimaryopen 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正常眼圧緑内障の歴史的考察

2016年1月31日 日曜日

特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):3~8,2016特集●正常眼圧緑内障の最新事情あたらしい眼科33(1):3~8,2016正常眼圧緑内障の歴史的考察ABriefLookattheHistoryofNormal-TensionGlaucoma新家眞*1857年にVonGrafeは,当時理解されていたところのglaucomaの条件を満たさないが,当時の理解ではglaucomaの特徴的所見であった視神経乳頭陥凹(cupping)を認める症例を「AmaurosemitSehnervenexcavation」という病名の下に報告した.これがいわゆる正常眼圧緑内障の最初の報告とされている1).なぜこのような症例が「GlaucomohneHochdruck」すなわち,いわゆる「正常眼圧緑内障(normal-tensionglaucoma:NTG)」として認識されたかについては,当時glaucomaがどのような眼病として理解されていたかを簡単に知っておく必要がある.1800年以前のglaucomaに関する詳しい論述は,2015年第26回日本緑内障学会の特別(会長企画)シンポジウムで発表された白土城照氏の講演「ヒポクラテスのGlaukosからの2000年」をもし聴講されておられれば,参考にしていただければ幸いである.いずれにせよ1825年までには「glaucomaは触診によれば眼球が硬い(眼圧が高い)眼疾患」であるという概念がほぼ確立し2,3),1835年にMackenzieによってglaucomaには急性と慢性があると報告された4).1851年にHelmholzにより検眼鏡が発明され,1855年までにはJager,Grafe,Weberなどによりglaucomaでは視神経乳頭に異常所見があり,その異常とは陥凹(excavationすなわちcupping)であると報告され5~8),1858年にはMullerによりglaucomaによるcuppingの病理組織が報告されていた9).そのような,「glaucoma=高眼圧=それによる視神経乳頭のcupping」という現在もその地位が揺るぐことのないglaucomaのcentraldogmaが1885年にはすでに確立されていたことは,上記先人たちの見識と洞察力の高さを示すものとして,改めて敬服せざるを得ない.そのような時期に,そのcentraldogmaの成立に中心的役割を果たしたGrafe自身が,それに反する症例,高眼圧を伴わない視神経乳頭cuppingすなわちglaucomaがあると報告したわけで,同僚からの激しい批判にさらされたであろうことは想像にかたくない.図1にそのGrafeの問題の記述部分と,その拙訳(直訳)をのせた.図2に同僚からの批判で代表的なものとされるオランダのDonders一派のHafmannsの論文の一節をのせた「緑内障の病像の理解に,こんな素晴らしい理論を持ち込んでいながら,自らこれに矛盾することをいうなんて…」という反論,というよりも「殿,お気を確かに!」という諌止のニュアンスが強いように思われるが,いかがなものであろうか10).Hafmannsの論文には,緑内障の分類としてglaucomasimplexとglaucomacomophthalmia(炎症があるもの.GrafeのいうDasakuteoderinflammatorischeGlaucomに相当)をあげている.当時としてはこれらの反論のほうが理論的にももっともと考えられ,1862年にGrafe自身も「AmaurosemitSehnervenexcavationは,いわゆるDasakuteGlaucomがバーンアウトして,炎症症状が消え去りSehnervenexcavation(cupping)の*MakotoAraie:関東中央病院〔別刷請求先〕新家眞:〒158-8531東京都世田谷区上用賀6-25-1関東中央病院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)3 (AlbrechtvonGrafe’sArchivfurOphthalmologie1857;3:456-555)の484頁~3章.AmaurosemitSehnervenexcavationBeidieserFallen,dienurnachEinfuhrungdesOphthalmoscopesvonManchendenNamendesGlaucomserhielten,fehltdurchausderglaucomatoseHabitusindenAusserenTeilendesAuges,wahrendgenaudesselbeFormvonSehnervenleidenwiedortstattfindet.……………WirkonnenunsinErmangelungallerubrigenaufDruckzunahmedeutendenSymptomehierunmoglichdiePathogenesedesSehnervenleidensinderobenbezeichnetenWeisedenken.………(直訳)検眼鏡の導入後,幾多によりGlaucomの診断を受けたこれらの症例においては,全く同じ形の視神経病変が,まさにそこにある一方で,外眼部には緑内障の様相が全く欠けているのである.…中略…我々は眼圧上昇をを示すすべてのほかの症候の欠如を鑑みては,上に示されたような視神経病変の病因を考え付くことができないのである.云々……図1UberdieIridectomiebeiGlaucomunduberdenglaucomatosenProcess1)Ererkannte,dassdieaushohlungmitdemerhohtenDruckinVerbindungstehenkonnteundsotratendiezweihervorragendstenophthalmoskopischenKennzeichendesGlaukomsmiteinemMaleindenschonstenVerbandalsAusflusseeinerundderselbenUrsache:deserhohteninterokularenDrucks.DarinlagderKeimfuralleweiterenUntersuchungen.DasganzeKrankheitsbildwirddarinseineGrundundseineErklarungfinden.DieBekampfungdiesesFundamentalsymptomswurdedieGrundlagederTherapiewerdenundzugleichihrTriumph!………SowardennderehohteintraokulareDruckalsGrunddesglaukomatosenProcesseserkannt.WarerinseinerEntwicklungzumStillstandzubringen?……(直訳)彼(Grafe)は陥凹が上昇した圧と関連し得たこと,そしてふたつのもっとも顕著な検眼鏡的Glaukomの特徴が一度に一つのかつ同一の原因─上昇した眼圧─の結果としてもっとも美しき結合にいたったことを認識していた.ここにすべてのさらなる研究の芽が存在した.すべての病像はここにその基礎と説明を得るであろう.……中略……この基本症候の克服は治療の基礎とそして同時にその勝利となるであろうに.……中略……彼(Grafe)は彼の発展において静止状態となるべきだったのだろうか?云々……図2オランダのHaffmans(Donders一派)の反論10)HatteichzurzeiteinenUbergangdereinfachen“AmaurosedurchSehnervenexcavation”indasBilddesGlaucomasnichtbeobachtet;auchhierfurhatdielangereErfahrungeinanderesResultatgeliefert.……Umgekehrt,ereignetessichauch,dassbeichronischentzundlichemGlaucom,alleanderenZeichenderDruckzunahmemitdemStillestehendersecretorischenAnomalieschwindenunddassalsdanneineeinfacheSehnervenexcavatoinzurueckbleibt.SeltenallerdingsverschwindeteinegewissetastbareSpannungsvermehrungdesbulbs,aberauchdieseskannsichereignen;……………(直訳)私は現時点で,単純なる視神経陥凹による黒内障が緑内障の病像に移行したのを観察したことがなかった.また,これに対してより長期の経験は別の結果を提供した.……中略……逆にまた,慢性の炎症性緑内障では眼圧上昇のすべての他の症状が分泌異常の静止でもって消失し,そして単なる視神経陥凹が後遺症として後に残ることが起こる.もっとも,確かな触ってわかる眼球の緊張の増強はめったに跡形もなくならないが,しかしこれもまた起こりうるのである.云々……図3Grafe自身の反省11) あたらしい眼科Vol.33,No.1,20165(5)術により正常化した後もcuppingの進行がみられる例があること22),一方眼局の病変としても,眼圧日内変動の重要性(即ち,測定時は正常範囲だが,それ以外の時間帯は高い)が指摘されていた23).脳動脈の石灰化,トルコ鞍近傍の腫瘍など)のごく一部でも緑内障類似の視神経乳頭cuppingを呈する場合があり,それらはpseu-do-glaucomaと呼ぶべきと提唱された24~30).1949年のFriedenwaldによるnormativepressure(個々の眼が健康状態を保持できる眼圧で,それは個々の眼により違う)の提唱はいわゆるglaucomaonheHochdruck(すなわちNTG)を,眼圧のみで一元的に理解することを可能にし,また術後眼圧が正常になったにもかかわらずcuppingが進行する症例などもnormativepressureまで下げることができなかったということで理解できるようになった31).1970年頃までのNTG(lowtensionglaucomaともいわれていたが,以後normal-tensionglaucomaのほうがより正確な用語として一般的に使用されている)の一般的理解は以下のようなものであった.「NTGは原発開放隅角緑内障のごく特殊な亜型である.眼圧が正常範囲にありながら,視神経乳頭および視野に典型的緑内障性の変化を示す症例が,ときに存在する.ただしその診断は,眼圧日内変動で常に眼圧が正常範囲にあること,かつその眼が高眼圧を示す状態になかったこと,および上記眼以外の原因によるpseudo-glaucomaを否定し得た後に初めて確定するものである」32)というものであった.そしてそのような比較的稀な病態を説明するものの一つとして,全身循環の比較的軽度の障害などが考えられてきた訳である33).以上述べてきたような研究はすべて病院に受診した患者,すなわちhospital-basedな研究によるものであるが,そのような受診者は一般に存在する患者の一部にすぎず,世間一般に存在する患者の統計こそが,疾患研究に重要であることは論を待たない.そのような視点から1970年代頃より,緑内障に関するpopulation-basedstudyが行われるようになり,その数は1990年以後,とくに今世紀に入って爆発的に増加した34).Popula-tion-basedstudyでは,スクリーニング時の1~2回の眼圧測定で,22mmHg以上は狭義の原発開放隅角緑内みが残ったものだったかもしれない」として自らの説を撤回するに至った(図3)11).いずれにせよ眼圧の高いか否かが問題となる訳であるが,当時は眼瞼上よりの触診法(TN,T1,T2,T3),または眼瞼上よりの圧入眼圧計が主であり,多少の眼圧上昇は正常とみなされていたに違いないことを考えると,NTGの存在を論ずること自体に無理があったことは否めない.ちなみにglaucoma=高眼圧=視神経乳頭cup-pingというHafmannsによれば「もっとも美しき連合」が提唱されていた時期の日本はまだ幕末時代であり,桜田門外の変(1860年)や,Baudowinより始めてHelm-holzの検眼鏡が日本にもたらされた頃(1862年)であったことを考えると,彼我の感がぬぐえない.Grafe自身は1870年に若くして他界してしまい,1884年にKollerがコカインによる眼局所麻酔を発明し,初めての角膜上にのせる眼圧計が発表されたのが1885年であった12).ちなみにDondersが他界したのも1889年で,いずれにせよ当時の大立者たちが他界したのは,以下に述べる,初めての正確な眼圧測定機器であるSchiotz眼圧計の発明(1905年)13)以前であった.1905年以後,確かにSchiotzの眼圧計での眼圧は正常範囲であるが,それ以外は当時でいうところのglau-comaと区別のつかない例があるという報告が散見されるようになった14~16).また,それらを説明するためにいくつかの説が提唱されてきた.たとえば16~20)1)何らかの毒性因子が硝子体液(局所)から視神経乳頭に影響している.2)循環障害(Cavernousatrophy)説3)LaminaCribrosaが生来脆弱である(poorlydevel-opedlaminacribrosa)4)Toxicneuropathy説などである.2),3)はいずれも現在でも開放隅角緑内障の一因としてほぼ確実視されているものであり,1)と4)にいう何らかの毒性物質は,そのままexcito-toxicaminoacid,auto-antibodyなどに置き換えれば,やはり現在でも考えられている説である.また,明らかに眼局所以外の病変(メチルアルコール中毒)で緑内障様のcuppingを呈すること21),眼圧が手 表1正常眼圧緑内障(NTG)と原発開放隅角緑内障(狭義のPOAG)の臨床像の違い眼局所乳頭出血NTG>POAGRim面積(視野障害度で調整後)POAG>NTG視野欠損固視点近傍にNTGでより障害されやすい.部位とより障害されにくい部位がある.乳頭付近の循環低下NTG>POAG全身血圧の夜間低下と変動NTG>POAGVasculardysfunction(Vasospasm)NTG>POAG眼局所または他に対する自己抗体NTG>POAG脳脊髄液圧POAG>NTG表2正常眼圧緑内障(NTG)と狭義原発開放隅角緑内障(POAG)の遺伝学的な検討結果LinkageanalysisGLC1BPOAG&NTGGLC1E(OPTN)POAG&NTGGLC1FPOAG&NTGGLC1KPOAG&NTGCandidategeneanalysisOPA1NTGAPOE(apolipoproteinE)POAG&NTGTNFaPOAG&NTGHSP70-1POAG&NTGTLR4(toll-likereceptor4)POAG&NTGNCK2(NCKadaptorprotein2)NTGHK2(hexokinase2)POAG&NTGTP53(tumorproteinP53)POAG&NTGGenome-wideassociationstudy(GWAS)CDKN2BASJapaneseNTGCDKN2BASJapanesePOAGCDKN2BASCaucasianNTGCDKN2BASCaucasianPOAG障(primaryopen-angleglaucoma:POAG),21mmHg以下はNTGと分類されるので,当然一部のNTGは,他の時間帯に22mmHg以上ということがあり得る.しかし,わが国における塩瀬らの検討では少なくともそのようにしてスクリーニング時眼圧のみでNTGとされた90%の例では,別の機会に測定しても21mmHg以下であること35),NTGを疑い24時間眼圧日内変動を測定して22mmHg以上のピーク眼圧が発見される例は10%以下であることを考えると36),popula6あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016tion-basedstudyでNTGと判定された例に狭義のPOAGが混じり込んでいる確率は多く見積もっても10%以下,すなわち算出された有病率のstandarderror以内,誤差範囲内と考えてよいと思われる.このような50を超えるpopulationbasedstudyの結果では全POAG(狭義のPOAG+NTG)中におけるNTGの割合は白人種で約30%前後,黒人種で50~75%,黄色人種では70~90%(とくに日本人では80~90%),インド人では50~80%,米国在住ヒスパニック約80%という値が得られており,1970年頃に考えられたようにNTGは決して稀な緑内障ではないことが明らかとなったわけである.当然眼圧が違う(.21mmHgvs22mmHg.)ため狭義POAGとNTGの間には,わずかな統計的な臨床像の差が存在するはずで,それらの差を検討した論文は多くあり,本稿ではそのまとめを表1としてあげるに止めるしかない.ただし,これらの比較研究の結論も,結果的には1900年代前半に提出された仮説を大きく修正するものではない.すなわちNTGでは狭義POAGに比べて1)局所/全身の循環状態が違う,2)眼局所または他に対する自己抗体が多いなど軽度の免疫学的異常が狭義POAGに比べて多いかもしれない.のであり,唯一新しい仮説として,NTGでは脳脊髄液圧が低いためLaminaCribrosaを介する圧バランスが狭義POAGと違うというものがあるくらいである.もしPOAGと狭義NTGが別の疾患ジャンルに属するものであれば,遺伝学的研究により差がみられるはずであるが,表2に示(6) あたらしい眼科Vol.33,No.1,20167(7)10)HafmannsJHA:BeitragezurKenntnissdesGlaucoms.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol8:124-178,186211)VonGrafeA:WeitereZusatzeuberGlaucomunddieHeilwirkungderIridectomie.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol8:124-178,186212)PainIDC:Progressinophthalmologicalinstrument.IntOphthalmolClin8:117-131,196813)SchiotzH:EinneuerTonometer.─Tonometrie.ArchAugenheilkd52:401-424,190514)HeilbrunK:UberbishermiddemSchio.tzschenTonome-tererzielteResultate(nacheinigenundfremdenUntersu-chungen).AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol79:256-284,191115)MoraxV:Glaucomasimpleouatrophieavecexcavation.Annd’occulist153:25-36,191616)ElschnigA:GlaukomohneHochdruckundHochdruckohneGlaukom.ZeitschriftfurAugenheilkunde52:287-296,192417)SchnabelJ:DieEntwicklungsgeshichtederglaukom-atosenExcavation.ZeitschriftfurAugenheilkunde14:1-22,190518)FuchsE:UberdieLaminacribrosa.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol91:435-485,191619)StockW:UbermitdemTonometervonSchotzgewon-nenResultatebeinormalenundglaukomatosenAugen,besondersvorundnachdenverschiedenenDruckherab-setzendenOperationen.KlinMonatablAugenheilkd48:(Bailagheft)124-144,191020)GradleHS:Glaucomasimplexwithoutperceptibleriseintension.ArchOphthalmol46:117-125,191721)FridenbergP:Thenerve-headinwood─alcoholamau-rosis.TransAmOphthalmolSoc12:513-525,190922)Schmidt-RimplerH:Pathologisch-anatomisherBeitragzurEntstehungderDruckexcavation.AlbrechtvonGrafe’ArchfOphthalmol58:563-566,190423)LoehleinW:DieDruchkurvedesglaukomatoseninihreBedeutungfurDiagnose,PrognoseundtherapeutischeIndikationstellung.KlinMonatablAugenheilkd77:1-21,192624)ThielR:GlaukomohneHochdruck.BerlinerDeutscheOphthalmologieGesellshaft48:133-136,193825)KnappA:Courseofcertaincasesofatrophyoftheopticnervecuppingandlowtension.ArchOphthalmol23:41-47,194026)HamannJ:BeitragzurDiagnoseundTherapievonHypophysen-tumoren.ZeitschriftfurAugenheilkd68:317-330,192927)Dalsgaard-NielsenE:Glaucoma-likecuppingoftheopticdiscanditsetiology.ActaOphthalmol15:151-178,193728)de-WeckerL:Lefauxglaucoma.Annd’oculist116:249-262,188629)SjogrenH:Astudyinpseudoglaucoma(Glaucomawith-outhypertension)ActaOphthalmol24:239-294,1946したごとく37),現時点で両者間に遺伝学的な差はなさそうである.現時点ではNTGは広義POAGの一部で眼圧が正常範囲にあるタイプと考えるのが妥当であろう.本稿では,ざっとNTGの1857~2010年頃までの歴史を俯瞰してみたが,この150年間でわかったことは,1)1857年のGrafeのGlaucomohneHochdruckがあると考えた「直感」は正しかった.2)NTGは稀と考えられていたが,むしろ一般的な病態であることがわかった.3)NTGにもHafmannsが1862年に考えたように,眼圧が間違いなく病因の一つとして関与していることがわかった.4)NTGを含むPOAGの病因には眼圧以外の因子が働いていることは間違いないが,未だそれは固定されず,ゆえにその原因療法も可能ではない.ということと,5)150年前Helmholzの検眼鏡のみを用いてglauco-maの病態を論じた先人達の洞察力がいかに優れていたか.ということであろう.文献1)VonGrafeA:UberdieIridectomiebeiGlaucomunduberdenglaucomatosenProcess.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol3:456-555,18572)DemoursAP:Traietedesmaladiesdesyeux.1,470,Paris,18183)GuthrieGJ.:LecturesontheoperativesurgeryoftheEye,214,London,18234)MackenzieW:APracticalTreatiseontheDiseasesoftheEye,2nded,826,London,18355)JagerE:UberStarrundStarroperation,Wien,18546)VonGrafeA:VorlaufigeNotizuberdasWesendesGlau-coma.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol1:371-382,18547)VonGrafeA:BemerkungenuberGlaucom,besondersuberdebbeidieserKrankheitvorkommendenArterien-pulsaufderNetzhaut.AlbrechtvonGrafesArchfOph-thalmol1:299-307,18548)WeberA:EinFallvonpartiellerHyperamiederChorioi-dieabeieinemKaninchen.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol2:133-157,18559)MullerH:AnatomischeBeitragezurOphthalmologie.AlbrechtvonGrafesArchfOphthalmol4(1):366,4(2):54,1858(この論文中のFig4とFig5) 8あたらしい眼科Vol.33,No.1,2016(8)学調査報告書(2000~2001年).日本緑内障学会,丸理印刷(株),岐阜県瑞浪市,201235)塩瀬芳彦(編集):日本における緑内装疫学共同調査結果(1988~1989年).日本失明予防協会,メディカルレビュー社,199236)YamagamiJ,AraieM,AiharaMetal:Diurnalvariationinintraocularpressureofnormal-tensionglaucomaeyes.Ophthalmology100:643-650,199337)TakamotoM,AraieM:Geneticsofprimaryopenangleglaucoma.JpnJOphthalmol58:1-15,201430)BlazarHA,ScheieHG:Pseudoglaucoma.ArchOphthal-mol44:499-551,195031)FridenwaldJS:Symposium;PrimaryglaucomaI.Termi-nology,pathologyandphysiologicalmechanisms.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol53:169-174,194932)北澤克明:緑内障クリニック.第1版.金原出版,197933)DransSM,SweeneyVP,MorganRWetal:Studiesoffactorsinvolvedinthetheproductionoflowtensionglau-coma.ArchOphthalmol89:457-465,197334)日本緑内障学会疫学調査委員会:日本緑内障学会多治見疫

序説:正常眼圧緑内障の最新事情

2016年1月31日 日曜日

●序説あたらしい眼科33(1):1,2016●序説あたらしい眼科33(1):1,2016正常眼圧緑内障の最新事情RecentAdvancesinNormal-TensionGlaucoma相原一*山本哲也**日本や韓国においては,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)がとくに多いことが疫学調査で証明されている.つまりわれわれは眼圧だけでは緑内障をスクリーニングできないという特殊事情や有病率が高いといった諸外国とは違った問題を抱えている.以前よりNTGに特徴的な視神経乳頭構造障害や乳頭出血の頻度の多さ,また特徴的な視野障害については多く報告されてきた.NTGは,病態的には眼圧だけで区別されている狭義原発開放隅角緑内障と当然一部は連続性をなすものであるが,その多くは眼圧ストレスと独立した,あるいは圧ストレスを増強するような非眼圧性因子が大きく関与した病態であると推測され,乳頭および乳頭周囲の循環障害,乳頭篩板とその支持構造の脆弱性,遺伝的要因,局所の神経障害因子など多くの危険因子の研究がなされてきている.とくに近視による眼球構造の変化に伴う視神経乳頭の構造障害は,NTGの病態と診断に対する大きな交絡因子であることは間違いない.疫学調査では必ず緑内障発症危険因子として報告される近視は,一方では緑内障進行の危険因子として抽出されない事実から,いわゆる近視性視神経症,つまり近視の進行とくに青年期までの近視の進行に伴う眼球構造の変化に由来する視神経障害の混在が,NTGの病態診断と治療を困難にしている可能性がある.とくに高度近視の混在は典型的なNTG診断を困難にし,それゆえNTGに対する眼圧下降の介入研究では,基本的に明らかに緑内障と診断できるような対象に絞って行われた治療成績が報告されるのが現状である.したがって,疫学調査や通常診療で多く目にする高度近視を伴った視神経構造障害と視野障害を有するためNTGとせざるを得ない対象に対する治療への答えは未だない.高度近視を伴うNTGに対する眼圧下降治療の効果,治療の目標眼圧,治療方法は,さらなる検証を要する.また,高度近視を伴うNTGは,さらなる細分化が可能な疾患群と考える.このように,近視眼とNTGの混在に対するジレンマもあるが,ともかくこの数年でOCTによる病態解明と診断が進み,あるいは点眼薬の増加により薬物治療が強化され,デバイスの増加により手術治療法も広がった.そして日本ならではの長期的な経過観察による新しい知見が,今後のNTGの病態に対する理解を深める礎になるに違いない.*MakotoAihara:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学**TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(1)1

公立八女総合病院における涙道内視鏡併用チューブ挿入術の治療成績

2015年12月31日 木曜日

《原著》あたらしい眼科32(12):1773.1776,2015c公立八女総合病院における涙道内視鏡併用チューブ挿入術の治療成績石橋弘基*1鶴丸修士*1野田佳宏*2山川良治*3*1公立八女総合病院*2大分大学医学部付属病院眼科*3久留米大学医学部眼科学講座OutcomeofIntubationUsingLacrimalEndoscopeatYameGeneralHospitalKokiIshibashi1),NaoshiTsurumaru1),YoshihiroNoda2)andRyojiYamakawa3)1)Ophthalmology,YameGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,3)DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine公立八女総合病院で施行した涙道内視鏡併用チューブ挿入術を内視鏡所見に基づいて分類しretrospectiveに治療成績を検討した.対象は2010年4月.2012年7月に当院において涙道内視鏡併用チューブ挿入術を施行し,3カ月以上経過観察可能であった涙道閉塞症の133例161側(男性26例34側,女性107例127側).閉塞部位は涙点閉塞7側,涙小管閉塞24側,総涙小管閉塞28側,涙.部閉塞4側,鼻涙管全長閉塞64側,鼻涙管部分閉塞48側であった.チューブ留置期間は2.3カ月で,術後通水にて通水ないもの,通水ありでも膿・粘稠な液体の逆流があれば死亡と定義し,Kaplan-Meier法にて生存率を検討した.チューブ抜去後の生存率は平均観察期間309日で,涙点・総涙小管・涙.部閉塞は100%,涙小管閉塞は69.2%であった.鼻涙管全長閉塞と鼻涙管部分閉塞の生存率の比較では,前者30.5%に対し後者は89.9%で,鼻涙管全長閉塞の生存率が有意(p<0.001)に低かった.鼻涙管全長閉塞においては,チューブ挿入術は限界があると考えられた.Thisstudyinvolved161eyesof133patientswithlacrimalpassageobstructionwhounderwentintubationusinglacrimalendoscopebetweenApril2010andJuly2012,andwerefollowedupforatleast3months.Obstructionsincludedlacrimalpunctalobstruction(7sites),canalicularobstruction(24sites),commoncanalicularobstruction(28sites),lacrimalsacobstruction(4sites),generalizednasolacrimalductobstruction(NLDO)(64sites),andfocalNLDO(48sites).Somecaseshadmultipleobstructions.Thetubewasplacedfor2#3months.SuccessrateswereevaluatedusingKaplan-Meiersurvivalanalysis.Successwasdefinedaspatencyoflacrimalpassagetoirrigation.Failurewasdefinedasabsenceofpatencyorpresenceofmucopurulentdischargeincaseswithpatency.Successrateat309daysaftertuberemovalwas100%ineyeswithlacrimalpunctalobstruction,commoncanalicularobstructionorlacrimalsacobstruction,and69.2%ineyeswithcanalicularobstruction.TherewassignificantdifferenceinsuccessratebetweeneyeswithgeneralizedNLDO(30.5%)andeyeswithfocalNLDO(89.9%)(p<0.001).GeneralizedNLDOhaslimitationsregardingindicationforintubation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(12):1773.1776,2015〕Keywords:涙道閉塞症,チューブ挿入術,涙道内視鏡,鼻涙管部分閉塞,鼻涙管全長閉塞.lacrimalpassageobstruction,intubation,lacrimalendoscope,focalnasolacrimalductobstruction,generalizednasolacrimalductobstruction.はじめに涙道閉塞症に対する治療は,おもに涙管チューブ挿入術(nasolacrimalductintubation:NLDI)と涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhynostomy:DCR)の2つに大別される.NLDIは,以前は盲目的に施行されていたが,近年,涙道内視鏡を併用することで,仮道形成が減少することが証明され,より安全に施行できるようになった1).また,内視鏡直接穿破法(directendoscopicprobing:DEP)2),シース誘導内視鏡穿破法(sheath-guidedendoscopicprobing:SEP)3),シース誘導チューブ挿入術〔別刷請求先〕石橋弘基:〒830-0011福岡県久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KokiIshibashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume,Fukuoka830-0011,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(141)1773 (sheath-guidedintubation:SGI)4)などさまざまな手技が登場し,涙管チューブ挿入術の治療成績は改善されてきている.しかし,手術治療の選択は,医師の裁量に任されているのが現実で,どのような症例に対して涙管チューブ挿入を選択するのか,あるいはDCRを選択するのかの明確な基準はない.今回筆者らは,当院で施行したNLDIを内視鏡所見に基づいて分類し,retrospectiveにその治療成績を検討したので報告する.I対象および方法1.対象2010年4月.2012年7月に公立八女総合病院において,NLDIを施行し,3カ月以上経過観察可能であった涙道閉塞症の133例161側〔男性26例34側,女性107例127側,平均年齢72.3歳(34.91歳)〕を対象とした.抗癌剤(TS-1)による涙道閉塞,通水はあるが流涙のあるいわゆる機能性涙道閉塞は除外した.術者はすべて同一術者である.また,NLDIを試みたが,チューブ留置に至らなかったものは含んでいない.2.方法a.手術方法麻酔として点眼用4%塩酸リドカインを涙点から注入する,もしくは2%塩酸リドカインにて滑車下神経ブロックを施行した.涙道内視鏡を涙点より挿入し,閉塞部位を確認し,閉塞部位を内視鏡で直接穿破(DEP)した.チューブの挿入は原則的に涙道内視鏡を併用し,SGIでチューブを挿入した.施行できない症例では,盲目的にチューブ挿入を行ったのち,チューブが正常開口部より留置されているか硬性鼻内視鏡(KarlStorz社7219BA,視野角30°)にて確認した.術後は抗菌薬点眼(レボフロキサシンまたはガチフロキサシン)とステロイド薬点眼(0.1%フルオロメトロン点眼)を1日4回とし,チューブ留置期間は2.3カ月とした.b.術後評価方法,閉塞の定義術後評価は,通水あり・なしで評価し,通水ありでも膿,粘稠な液体の逆流があれば死亡と定義し,Kaplan-Meier法にて生存率を検討(SAS社JMPver8.0)した.涙小管閉塞の重症度を,矢部はGrade1:ブジーが涙点から10mm以上入る.Grade2:ブジーが5mm以上は余裕で入る.Grade3:ブジーを無理に押込んでも5mm以下しか入らないと分類しているが,今回はブジーが5mm以上入るような矢部分類にてGrade2までの閉塞を対象とした5).涙道閉塞症の分類は,内視鏡所見に基づき以下のように行った.部位別では,涙点閉塞,涙小管閉塞,総涙小管閉塞,涙.部閉塞,鼻涙管閉塞とした.鼻涙管閉塞は2パターンに分類した.涙.直下から鼻涙管開口部まですべて閉塞している1774あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015ものを鼻涙管全長閉塞,鼻涙管の一部分が閉塞しているものを鼻涙管部分閉塞とした.また,涙点から鼻涙管の1カ所のみの閉塞を単独閉塞,複数箇所の閉塞を重複閉塞とした.II結果涙道内視鏡所見からの閉塞部位は,涙点閉塞7側,涙小管閉塞24側,総涙小管閉塞28側,涙.部閉塞4側,鼻涙管全長閉塞64側,鼻涙管部分閉塞48側であった.また,単独閉塞は140側,重複閉塞は21側であった.生存率は,涙点閉塞・総涙小管閉塞・涙.部閉塞は再発を認めず生存率100%であった(図1).涙小管閉塞の生存率は術後982日で69.2%であった(図1).鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9%と全長閉塞が有意に生存率が悪かった(図2).単独閉塞の生存率は術後982日で64.4%,重複閉塞は術後696日で68.7%であり有意差は認めなかった(図3).III考按涙道内視鏡を用いることで,涙道閉塞症の治療のバリエーションは近年広がった.しかし,冒頭にも述べたように,現在手術治療は医師の裁量による面が大きい.涙道内視鏡併用チューブ挿入術は,手技に精通すると,外来において非常に短時間で,しかも低侵襲に施行することができる6).しかし,その反面,チューブ抜去以降は再閉塞のリスクがあり,その時点で治療のスタートに戻ってしまう.鶴丸ら7)は,鼻涙管全長閉塞の症例に対しNLDIを施行した場合,375日での生存率が18.0%と著明に悪いことを報告している.早期に治癒を望む患者や,また再閉塞の可能性が高い症例に対して最初から涙道内視鏡併用チューブ挿入術を施行することは,問題があると思われる.また,涙道内視鏡は現在,DEP,SEP,SGIなどに代表されるように,治療の器具として認知されている.しかし,本来,涙道内視鏡は検査のための器具でもあり,内視鏡を用いて閉塞の所見を詳細に分析し,チューブ治療効果を検討することは非常に重要と考え,今回の検討を行った.今回の検討では,その内視鏡所見に基づく分類で,涙点,総涙小管,涙.部の閉塞の症例では,チューブ治療成功率が100%であったことから,このような症例にはNLDIは非常に良い適応となる可能性がある.しかし,鼻涙管閉塞に対して,閉塞を2パターンに分類し生存率を比較すると,鼻涙管部分閉塞は術後982日目で89.9%であり,術後817日で鼻涙管全長閉塞では30.5%と全長閉塞では悪い結果であった.この生存率をどうみるかは,判断が異なる面もあるが,DCRの成績は,従来90%を超える高い成功率の報告が多いことから,第一選択の治療とするには不十分である感は否めない8.12).杉本ら13)の報告で(142) は,涙小管閉塞を認めない鼻涙管閉塞症単独における,DEP+SGIでのチューブ抜去後365日の生存率は87%であり3,000日では64%であった.今回の報告では鼻涙管部分閉塞の生存率89.9%は杉本らの報告と遜色ない結果であるが,全長閉塞の30.5%は低い結果であった.McCormickら14)は,DCRで摘出した組織をもとに,初期の炎症性変化図1涙点・涙小管・総涙小管・涙.部閉塞・鼻涙管閉塞の生存率涙点閉塞・総涙小管閉塞・涙.部閉塞は再発認めず生存率100%で,涙小管閉塞の生存率は術後982日で69.2%,鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9チューブ抜去後からの日数20生存率(%)4060801000100200300500070090069.2%100%涙点閉塞(n=7),総涙小管閉塞(n=28),涙.部閉塞(n=4)涙小管閉塞(n=14)400600800鼻涙管部分閉塞(n=48)鼻涙管全長閉塞(n=64)30.5%89.9%図2鼻涙管全長閉塞と部分閉塞の生存率鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9%で,有意差がある.チューブ抜去後からの日数Wilcoxon検定p値<0.001生存率(%)全長閉塞(n=64)部分閉塞(n=48)204060801000100200300500070090030.5%89.9%400600800チューブ抜去後からの日数20生存率(%)40608010001002003005000700900単独閉塞(n=140)重複閉塞(n=21)68.7%64.6%400600800チューブ抜去後からの日数20生存率(%)4060801000100200300500070090069.2%100%涙点閉塞(n=7),総涙小管閉塞(n=28),涙.部閉塞(n=4)涙小管閉塞(n=14)400600800鼻涙管部分閉塞(n=48)鼻涙管全長閉塞(n=64)30.5%89.9%図2鼻涙管全長閉塞と部分閉塞の生存率鼻涙管全長閉塞は術後817日で30.5%,部分閉塞は術後982日で89.9%で,有意差がある.チューブ抜去後からの日数Wilcoxon検定p値<0.001生存率(%)全長閉塞(n=64)部分閉塞(n=48)204060801000100200300500070090030.5%89.9%400600800チューブ抜去後からの日数20生存率(%)40608010001002003005000700900単独閉塞(n=140)重複閉塞(n=21)68.7%64.6%400600800%.がみられる時期をearlyphase,晩期の線維化の進行した時期をlatephase,両者の混在するものをintermediatephaseと報告しており,これをもとに鈴木ら15)は,推定罹病期間を1年未満:stage1,2.3年未満:stage2,3年以上:stage3と分類し,各stageでの生存期間を検討している.それによると,stage3ではチューブ抜去後1,200日で20%以下となっており,stage1,2と比較して有意に生存率が低いと報告している.今回の当科の結果は,閉塞の部位による,もしくは閉塞のパターンで生存率を評価しているため,一概に結果を比較することはできない.当院は紹介型の病院であり,病悩期間3年以上の患者が多く,長期間の閉塞のため,病態がより重症になっている可能性がある.また,紹介前の加療として盲目的ブジーなどの侵襲が経過中に加わっている症例もあり,仮道をいったん形成し,瘢痕治癒を起こすことでさらに強固な閉塞となることが,治療効果に影響している可能性も考えられる.今回,複数箇所閉塞している重複閉塞と単独閉塞に関しても検討した.予想では,重複閉塞のほうが単純閉塞より,より重症で悪い結果になると思われたが,結果は単独閉塞の生存率は術後982日で64.4%,重複閉塞は術後696日で68.7%と同等の結果であった.杉本ら13)は涙小管合併鼻涙管閉塞症と鼻涙管閉塞症単独の術後3,000日の生存率を比較し,涙小管合併鼻涙管閉塞90%,鼻涙管閉塞症単独64%と,涙小管閉塞合併鼻涙管閉塞症の生存率がよかったと報告してい(143)図3単独閉塞と重複閉塞の生存率単独閉塞の生存率は術後982日で64.4%,重複閉塞は術後696日で68.7%,有意差はなかった.る.その理由として,複数箇所の閉塞は涙小管閉塞など上流の閉塞により下流に涙液が流れなくなることによる鼻涙管内腔の虚脱に伴う閉塞であり,炎症関与の少ない可能性があるとしている.今回の重複閉塞の症例にも同様の機序に伴う症例が含まれていると考えられ,複数箇所の閉塞,つまり重複閉塞の症例が必ずしも重症ではないことが,今回の重複閉塞と単独閉塞の生存率が同等の結果であったことに関与している可能性がある.ただし,今回は,単に2カ所以上の閉塞部位を認めたもので検討しており,どの部位が複数箇所閉塞しているかは検討していない.今後,さらなる詳細な検討が必要である.現在のところ,涙道閉塞症において,NLDIにするのかDCRにするのか明確な術前基準はない.今回の報告は単一術者のデータであり,今回の報告のみで涙道閉塞の治療適応を閉塞所見によって決定するのは検討不足な面もあると思われる.しかし,今回の検討では,鼻涙管閉塞症のなかでも,鼻涙管部分閉塞は89.9%という生存率の高さからもNLDIのよい適応であると考えられるが,時間の経過した鼻涙管全長閉塞においては限界があり,その場合はDCRを第一選択にするという選択肢もあってよいのではないかと考えられた.あたらしい眼科Vol.32,No.12,20151775 文献1)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:シリコンチューブ挿入術による仮道形成とその対策.臨眼59:635-637,20052)鈴木亨:内視鏡を用いた新しい涙道手術(涙道内視鏡手術).眼科手術16:485-491,20033)杉本学:シースを用いた新しい涙道内視鏡下手術.あたらしい眼科24:1219-1222,20074)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20085)矢部比呂夫:涙小管閉塞の分類と術式選択.臨眼50:1716-1717,19966)藤井一弘,井上康,杉本学ほか:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡併用シリコーンチューブ留置術の成績.臨眼58:731-733,20047)鶴丸修士,野田理恵,山川良治:鼻涙管完全閉塞に対するチューブ挿入術の検討.臨眼66:1175-1179,20128)TsirbasA,WormaldPJ:Mechanicalendonasaldacryocystorhinostomywithmucosalflaps.BrJOphthalmol87:43-47,20039)CodereF,DentonP,CoronaJ:Endonasaldacryocystorhinostomy:amodifiedtechniquewithpreservationofthenasalandlacrimalmucosa.OphthalPlastReconstrSurg26:161-164,201010)松山浩子,宮崎千歌:涙.鼻腔吻合術鼻内法の手術成績.眼科手術24:495-498,201111)鈴木亨:涙.鼻腔吻合術鼻内法における最近の術式とラーニングカーブ.眼科手術24:167-175,201112)SerinD,AlagozG,Karslo.luSetal:Externaldacryocystorhinostomy:Double-flapanastomosisorexcisionoftheposteriorflaps?OphthalPlastReconstrSurg23:28-31,200713)杉本学,井上康:鼻涙管閉塞症に対する涙道内視鏡下チューブ挿入術の長期成績.あたらしい眼科27:12911294,201014)McCormickSA,LinbergJV:Pathologyofnasolacrimalductobstruction.Clinicopathlogiccorrelatesoflacrimalexcretory.LacrimalSurgery(LinbergJVed),p169-202,ChurchillLivingstone,NewYork,198815)鈴木亨,野田佳宏:鼻涙管閉塞症のシリコンチューブ留置術の手術時期.眼科手術20:305-309,2007***1776あたらしい眼科Vol.32,No.12,2015(144)