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金沢市における緑内障検診

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1523.1530,2014c金沢市における緑内障検診宮内修*1柳田隆*1川北聖子*1狩野宏成*1中川寛忠*1藤村和昌*1大久保真司*2杉山和久*2*1金沢市医師会*2金沢大学医薬保健研究域医学系視覚科学GlaucomaScreeninginKanazawaOsamuMiyauchi1),TakashiYanagida1),SeikoKawakita1),KouseiKarino1),HirotadaNakagawa1),KazumasaFujimura1),ShinjiOhkubo2)andKazuhisaSugiyama2)1)KanazawaMedicalAssociation,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,KanazawaUniversityGraduateSchoolofMedicalScience目的:平成20.24年度の金沢市緑内障検診の結果を報告する.対象および方法:50,55,60歳の検診対象者に対し,問診・細隙灯顕微鏡検査・眼圧測定・眼底検査を行い,要精検と判断された場合は視野検査などの精密検査受診を勧奨し,症例検討会を経て最終的な緑内障診断を決定した.結果:平成20.24年度の累積データでは,対象者は53,768人,検診受診者数4,553人で受診率8.5%,要精検者数478人で要精検率10.5%,精検受診者数407人で精検受診率85.1%であった.最終診断の内訳は,狭義の原発開放隅角緑内障が検診受診者の0.2%,正常眼圧緑内障1.5%,緑内障疑い2.3%,原発閉塞隅角緑内障0.1%,原発閉塞隅角症0.1%,高眼圧症1.1%,緑内障以外の疾患0.5%.緑内障の検出率は1.9%であった.結論:発見された緑内障の大部分が正常眼圧緑内障であり,緑内障の早期発見には,眼科専門医による詳細な眼底精査が必須である.Purpose:ToreporttheresultsofglaucomascreeninginKanazawacity.SubjectsandMethods:Examineesunderwentmedicalinterview,slit-lampexamination,intraocularpressuremeasurementandfundusexamination.Aditionalexaminations,suchasvisualfieldtests,wereencouragedforthosewhohadabnormalfindings,andwedeterminedthefinaldiagnosisofglaucomaafteracaseconference.Results:Ofthe4,553personswhovisiteddoctorsforscreening,478peoplewererequiredfurtherexaminationsandwhom407ultimatelyunderwentthoroughexamination.Atfinaldiagnosis,0.2%ofscreeningparticipantswithprimaryopen-angleglaucoma,1.5%withnor-mal-tensionglaucoma,2.3%withsuspectedglaucoma,0.1%withprimaryangle-closureglaucoma,0.1%withprimaryangleclosure,1.1%withocularhypertension,0.5%withdiseasesotherthanglaucoma.Theglaucomadetectionratebythisscreeningwas1.9%.Conclusions:Themajorityoftheglaucomainthisscreeningisnormaltensionglaucoma.Thisresultsuggeststhatclosefundusexaminationbyanophthalmologistisessentialforearlydetectionofglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1523.1530,2014〕Keywords:緑内障,検診,金沢市,眼科専門医,眼底検査.glaucoma,screening,Kanazawacity,ophthalmologist,fundusexamination.はじめに日本眼科医会の報告1)では,2007年現在の視覚障害者数は約164万人(矯正視力0.1超0.5未満の「ロービジョン者」が144万9,000人,失明者を含む矯正視力0.1以下の者が18万8,000人の計163万7,000人)に上り,高齢化がさらに進む2030年には202万人とピークに達し,医療費に加え,家族の負担,低雇用率やQOL(生活の質)の低下などを金額に換算した視覚障害のコストは11兆円に膨らむと試算されている.この視覚障害の原因疾患内訳は,上位より緑内障24%,糖尿病網膜症21%,変性近視12%,加齢黄斑変性症11%,白内障7%の順であり,上位5疾患で視覚障害全体の3/4を占める.これらの原因疾患は加齢により進行し,初期〔別刷請求先〕宮内修:〒920-0348金沢市松村4丁目305番地みやうち眼科Reprintrequests:OsamuMiyauchi,M.D.,MiyauchiEyeClinic,Matsumura4-305,Kanazawa-shi,Ishikawa-ken920-0348,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(101)1523 には自覚症状が現れにくいものばかりである.この報告のなかで日本眼科医会は,緑内障,糖尿病網膜症など原因疾患の予防・早期診断に対する国民意識の向上およびより積極的な治療が必要であるとしている.このような視覚障害による疾病負担を減らすために最も効果のあるものが,早期診断・早期治療のための公的な成人の目の健診プログラムであり,しかも早期発見がその後の視機能予後を最も大きく左右するのが緑内障であると考えられる.金沢市では,従来から基本健診の他に各種のがん検診などが行われてきたが,平成18年度より金沢市医師会に委託する形で緑内障検診を開始した2).平成18年度の検診開始から2年間は40,45,50歳を対象としたが,3年目の平成20年度からは50,55,60歳を対象としている.今回筆者らは,平成20年度から平成24年度までの累積データの解析結果について検討し報告する.I対象および方法図1に緑内障検診フローチャートを示す.平成20年度から50,55,60歳を対象として,金沢市が発行する受診券を持参した方に対して毎年度5月1日.10月31日に緑内障検診を行った(金沢市国民健康保険加入者や協会けんぽ加入者の家族などを対象に受診券は送付され,協会けんぽ加入者本人は雇用者が行う検診などがあるため対象外である).検診の目的を緑内障の早期発見のためとあらかじめ明記し,すでに緑内障で受療中である場合には,今回の解析対象から除外した.また,受診券には,受診結果データ(過去の受診結果も含めて)を金沢市医師会で実施する医療・健康に関する各種調査・分析に活用し,個人が特定される情報が開示されることがない旨もあわせて記載されている.図2に金沢市緑内障検診で使用している検診票を示す.検診施設の条件として,①圧平眼圧計あるいは非接触式眼圧計を所有していること,②前置レンズ,三面鏡あるいは双眼倒像鏡による視神経乳頭の立体観察が可能であること,③眼底カメラ,あるいは細隙灯顕微鏡下で眼底撮影ができ,ポラロイド写真あるいはプリントしたものを必要に応じて結果報告に添付できることとした.検診医は検診票の項目に従い,問診・前眼部検査・眼圧検査・眼底検査を行い,精密検査(以下,精検)が必要と判断された人に対して,視野検査などの精検受診勧奨を行った.問診では,本検診の受診歴とその結果・眼疾患や内眼手術の有無などの既往歴・全身疾患(糖尿病,高血圧,高脂血症)の合併症の有無・緑内障の家族歴をチェックした.細隙灯顕微鏡による前眼部検査では,浅前房・落屑・虹彩後癒着・その他の異常所見の有無と,vanHerick法で前房深度が角膜厚の1/4以下かどうかもチェックした.眼圧検査では実測値と圧平眼圧計/非接触式眼圧計のどちらで眼圧測定したかを記入した.眼底検査では,視神経乳頭の陥凹拡大(垂直C/D>0.7)・陥凹の左右差・乳頭辺縁部の菲薄化・乳頭辺縁部ノッチ形成・乳頭辺縁部出血・網膜神経線維層欠損・眼底透見困難の有無をチェックした.要精検の判定基準は,①眼圧が20mmHg以上,②vanHerick⑤検診②受診⑨要精検者結果通知精検受診⑥検診結果報告・請求緑内障検診受診・問診・細隙灯顕微鏡検査・視神経乳頭検査・眼圧測定要精検者精検受診・視野検査など受託医療機関⑦検診料金支払い金沢市①受診券送付受診者金沢市医師会③検診票・眼底写真提出検診委員会④結果通知・眼底写真返却⑧検診料金支払い症例検討会⑩精検結果報告精度管理委員会(視野検査添付)図1緑内障検診フローチャート1524あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(102) 図2金沢市緑内障検診で使用している検診票図3金沢市緑内障検診で使用している精密検査票表1精密検査の最終診断基準最終診断の病型判定基準緑内障以下の1もしくは2のいわゆる緑内障性視神経症を認める1.信頼性のある視野検査結果で視神経乳頭形状,網膜神経線維層欠損に対応する視野異常が存在する場合:垂直C/D比が0.7以上,あるいは上極(11時.1時)もしくは下極(5時.7時)のリム幅が,R/D比で0.1以下,あるいは両眼の垂直C/D比の差が0.2以上,あるいは網膜神経線維層欠損が存在する2.乳頭所見のみから緑内障と診断してよい場合:垂直C/D比が0.9以上,あるいは上極(11時.1時)もしくは下極(5時.7時)のリム幅が,R/D比で0.05以下,あるいは両眼の垂直C/D比の差が0.3以上緑内障疑い①垂直C/D比が0.7以上であるが0.9より小さい②上極(11時.1時)もしくは下極(5時.7時)のリム幅が,R/D比で0.1以下であるが0.05より大きい③両眼の垂直C/D比の差が0.2以上であるが0.3より小さい④網膜神経線維層欠損が存在する,が単独もしくは複数存在しながら,視野検査の信頼性が低い,あるいは視野結果を参照できない,あるいは,視神経乳頭形状,網膜神経線維層欠損に対応する視野欠損が示されない原発閉塞隅角症原発性の隅角閉塞があり,眼圧上昇または器質的な周辺虹彩癒着を生じているが上記緑内障性視神経症を認めない高眼圧症眼圧22mmHg以上であるものの,上記緑内障性視神経症や閉塞隅角を認めない※C/D比:視神経乳頭陥凹乳頭径比(cup-to-discratio),R/D比:リム乳頭径比.法による判定で,前房深度が角膜厚の1/4以下で隅角閉塞目のいずれかを選び,緑内障以外の眼疾患が疑われる場合はが疑われる,③緑内障性視神経障害が疑われる,の3条件の想定される疾患を検診票のコメント欄に記入し,金沢市医師うち1つ以上が存在する場合と規定した.検診判定として,会に提出した.要精検と判定された場合には精検受診勧奨を異常なし・要精検・緑内障以外の眼疾患が疑われる,の3項行い,自院で実施・未精検・他施設に紹介の区別も検診票の(103)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141525 最後に記入することとした.図3に金沢市緑内障検診で使用している精密検査票を示す.精密検査の最終診断基準は表1のとおりで,病型分類は,平成20.22年度検診では緑内障診療ガイドライン初版3)に準拠したが,平成23年度より緑内障診療ガイドライン第2版4)に準拠し,最終診断に原発閉塞隅角症を追加した.精検担当医は,各精検受診者を,1.原発開放隅角緑内障,2.正常眼圧緑内障,3.原発閉塞隅角緑内障,4.続発緑内障(原因を記入),5.原発閉塞隅角症,6.高眼圧症,7.緑内障疑い,8.緑内障以外の眼疾患,9.異常なしのいずれかに分類診断し,その結果を眼底写真および視野検査結果とともに,金沢市医師会に提出した.金沢市医師会に集積した検診票・精密検査票・眼底写真・視野などの検診結果・精密検査結果をもとに,検診精度向上のため,検診期間終了後に症例検討会を開催し,この会への出席を検診受託医療機関に義務付けた.症例検討会では,精検にて緑内障と診断された症例や緑内障の疑いとされた症例を中心に,金沢大学眼科の緑内障専門医が最終診断する形式をとった.こうして得られた結果をもとに,緑内障検診の受診率,精検率,検出率などを算出し,最終診断結果を解析した.II結果表2に金沢市緑内障検診結果の概要を示す.平成20年度から平成24年度までの累積データ(5年間)では,対象者数53,768人(男19,313人/女34,455人)のうち,検診受診者数4,553人(男621人/女3,932人)で,受診率は8.5%(男3.2%/女11.4%)であった.検診受診者全体の平均年齢は55.9±4.2(平均±標準偏差)歳であった.年齢別男女構成は50歳1,247人(男137人/女1,110人),55歳1,240人(男148人/女1,092人),60歳2,066人(男336人/女1,730人)で,各年代とも女性が多く,50・55歳に比して60歳の受診が多かった.要精検者数478人で,要精検率は総検診受診者の10.5%,精検受診者数407人で精検受診率は要精検者の85.1%,緑内障の最終診断を受けたのは84人で緑内障検出率は総検診受診者の1.8%であった.また,精検を受けた人のなかで緑内障の診断を受けた割合(以後,精検陽性率)は20.6%であった.表3に要精検とした理由を示す.平成20年度からの5年間においては,各判定項目の重複があるが,眼圧20mmHg以上が91人(要精検となった人の18.7%),隅角閉塞の疑いが41人(同8.4%),緑内障性視神経障害の疑いが355人(同72.9%)であった.測定された眼圧値は正規分布を示し,平均値は左右とも14.0±2.8mmHg(平均±標準偏差,以下同様)で左右差はなく(Studentのt検定,p=0.08),左右の眼圧値はよく相関した(単回帰分析による相関係数|R|=0.83).また,検診に1526あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014使用された眼圧計は圧平眼圧計2,289人/非接触式眼圧計2,229人(測定した眼圧計不明35人)で,測定された眼圧値は,圧平眼圧計(右眼14.6±2.8mmHg/左眼14.5±2.7mmHg)のほうが非接触式眼圧計(右眼13.4±2.8mmHg/左眼13.5±2.7mmHg)より,左右とも有意に高い値を示した(Studentのt検定,p<0.0001).表4に平成20年度からの5年間の最終診断の内訳を示す.平成23年度より採用された原発閉塞隅角症は要精検者中の0.1%であった.緑内障と診断された人の内訳では,いずれの年度も正常眼圧緑内障が最も多く,5年間の通算で70人(緑内障と診断された人の83.3%),原発開放隅角緑内障が11人(同11.9%),原発閉塞隅角緑内障が4人(同4.8%)であった.また,提出された資料での判定では,「緑内障疑い」に留まるものも106人と,検診受診者の2.3%(全精検受診者の26.0%)にあった.さらに,緑内障以外の疾患も検診受診者の0.5%にあった.非緑内障,つまり緑内障が認められなかった検診受診者(n=4,320,平均年齢55.9±4.2歳,男586人,女3,734人)の眼圧は圧平眼圧計2,178人で右眼14.4±2.6mmHg/左眼14.3±2.6mmHg,非接触式眼圧計2,142人で右眼13.3±2.7mmHg/左眼13.5±2.6mmHgであり,一方,原発開放隅角緑内障(広義)(原発開放隅角緑内障+正常眼圧緑内障)と診断された検診受診者(n=80,平均年齢56.1±4.2歳,男11人,女69人)の眼圧は圧平眼圧計46人で右眼16.0±2.8mmHg/左眼16.2±3.4mmHg,非接触式眼圧計34人で右眼14.2±3.3mmHg/左眼14.5±3.9mmHgと,非緑内障と比べ有意に高かったが(左右眼とも,Studentのt検定,p<0.0001),原発開放隅角緑内障(広義)と非緑内障との間に男女差はなく(c2検定,p=0.95),年齢差もなかった(Studentのt検定,p=0.55).眼圧に影響する因子として性別・年齢・測定する眼圧計の違い(圧平眼圧計/非接触式眼圧計)・緑内障の有無(原発開放隅角緑内障〔広義〕/非緑内障)を設定した多変量解析においても,眼圧計の違い・緑内障の有無がそれぞれ独立して有意に眼圧に影響しており(一元配置分散分析,それぞれ左右眼ともp<0.0001),性別(右眼p=0.841,左眼p=0.617)や年齢(右眼p=0.147,左眼p=0.167)の影響はなかった.vanHerick法で前房深度が角膜厚の1/4以下であった41例の最終結果は,原発閉塞隅角緑内障4例(41例中の10%)・原発閉塞隅角症4例(同10%)・原発閉塞隅角症の疑い7例(同17%)であった.緑内障と最終診断された84例の視野障害程度を分類した結果(簡便にHumphrey視野にて,平均偏差>.6dBを初期・.6dB≧平均偏差≧.12dBを中期・.12dB>平均偏差を後期とした),初期60例(84例中の71.4%)・中期11例(同13.1%)・後期1例(同1.2%),固視不良・視野測定(104) 表2金沢市緑内障検診結果の概要平成20.24年度平成20年度平成21年度平成22年度平成23年度平成24年度の累積対象年齢(歳)50,55,6050,55,6050,55,6050,55,6050,55,6050,55,60対象者数1227311520106209655970053768受診者数9769359118478844553受診者数(男/女)141/835129/806134/777111/736106/778621/3932受診率8.0%8.1%8.6%8.8%9.1%8.5%要精検者数949410481105478要精検率9.6%10.1%11.4%9.6%11.9%10.5%精検受診者数7676887196407精検受診率80.9%80.9%84.6%87.7%91.4%85.1%緑内障191818121784緑内障検出率1.9%1.9%2.0%1.4%1.9%1.8%精検陽性率25.0%23.7%20.5%16.9%17.7%20.6%表3要精検とした理由平成20.24年度要精検者内要精検と判定した理由平成20年度平成21年度平成22年度平成23年度平成24年度の累積の割合眼圧20mmHg以上19291413169118.7%隅角閉塞の疑い5712710418.4%緑内障性視神経障害の疑い705882628335572.9%合計949410882109487※精検理由には若干の重複例あり表4緑内障最終診断の内訳平成20.24年度検診受診者内精検受診者内緑内障の診断を精密検査後の診断平成20年度平成21年度平成22年度平成23年度平成24年度の累積の割合の割合受けた内の割合全緑内障1918181217841.8%20.7%原発開放隅角緑内障51310100.2%2.5%11.9%正常眼圧緑内障1314151117701.5%17.2%83.3%原発閉塞隅角緑内障1300040.1%1.0%4.8%続発緑内障0000000.0%0.0%0.0%原発閉塞隅角症0003140.1%1.0%高眼圧症1117669491.1%12.0%緑内障疑い20152924181062.3%26.0%緑内障以外の疾患42845230.5%5.7%異常なし22242722461413.1%34.6%合計7676887196407不能などで正確な視野評価負不能例が12例(同14.3%)であった.III考按緑内障スクリーニングの観点から,疫学調査である多治見スタディ5,6)と7地区共同緑内障疫学調査7),自治体における住民検診2,8.15),人間ドック16.22)の公表されている過去のデータを基に,金沢市緑内障検診の結果を比較検討した.本検診における例年の受診者数は平均910.6人であり,5年間の(105)累積で4,533人にのぼる.本検診では50,55,60歳を対象にしているが,過去疫学調査のデータはおもに40歳以上について解析されており,他の住民検診も老人保健法による基本健診を基軸にしてデザインされるケースが多いため,本検診のように5歳おきに受診させる形式2,8)や40歳以上のすべての住民を対象にする形式をとるなどさまざまであり,高齢化に伴い有病率が上がる緑内障のスクリーニング結果比較においては解析対象の年齢構成やスクリーニング方法の違いを十分に考慮する必要がある.住民検診では50歳代中盤からあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141527 60歳代が検診の中心であり,人間ドックでは住民検診より平均年齢がやや低い50歳前後に検診受診者が集まる傾向にある.各データの比較は年齢などの補正が必要とされる.住民基本台帳に基づく平成24年12月現在の金沢市の50.64歳人口は男42,734人/女45,216人であり,1歳ごとに区分した男女比も若干女性が多い程度である.このなかに今回の検診対象者の大部分が含まれると思われるが,本検診では毎回女性受診者(3,932人)のほうが男性受診者(621人)より明らかに多く,女性が総受診者の約86%を占める.本検診の対象者は,金沢市国民健康保険加入者や協会けんぽ加入者本人の家族などであり,男性の占める割合の多い協会けんぽ加入者本人は雇用者が行う検診などがあるため対象外であることから,必然的に女性対象者が多いことの一因になっていると考えられる.本検診では,最近5年間の受診率は8.9%,要精検率は約10%,精検受診率は80.90%であった.疫学調査である多治見スタディでこそ50.59歳の受診率も75.8%と高率であるが,他の住民検診8.15)でも受診率は0.21.27.3%,要精検率は5.6.25.2%,精検受診率は35.0.84.8%であり,緑内障の精密検査までたどり着く数が少なく,より多くの緑内障を発見しようとする検診本来の目的が十分達成されていないのが現状である.本検診では,各年度とも要精検理由として最も多かったのは,「緑内障性視神経障害の疑い」であり,平成20年度以降の検診で発見された緑内障の大部分が正常眼圧緑内障(83.3%)であった.緑内障の病型別データが公表されている他の住民検診8.10,12,13)においても,正常眼圧緑内障の検出率は他の緑内障に比べて2.6.4.4%と高く,全緑内障に占める正常眼圧緑内障の割合は62.9.93.3%である.換言すれば,大部分の緑内障が眼底所見を基に診断されたものであり,緑内障の早期発見には,眼科専門医による詳細な眼底検査がいかに重要であるかを示している.以前の緑内障検診に関する報告14,15)は眼圧を中心としたスクリーニングであり,眼圧20mmHg以上であることなどの高眼圧であることが要精検理由の80.90%を占めていたが,近年の疫学調査などでは,わが国においては正常眼圧緑内障の割合が諸外国に比して高いことが判明していることを反映してか,眼底所見を重視した結果となっており,緑内障性視神経障害の疑いが要精検理由の66.7.77.0%を占めるに至っている2,5,6).本検診で測定された眼圧値(平均±標準偏差)は,圧平眼圧計で右眼圧14.6±2.8mmHg/左眼圧14.5±2.7mmHgと,同じく圧平眼圧計が用いられた多治見スタディにおいて報告された眼圧(右眼圧14.6±2.7mmHg/左眼圧14.5±2.7mmHg)とほとんど同値であり,また,非接触式眼圧計で右眼圧13.4±2.8/左眼圧13.5±2.7mmHgと,同じく非接触式眼圧計が用いられた7地区共同疫学調査8)において報告された眼圧(13.4±3.1mmHg)とほとんど同値であ1528あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014った.そして本検診においては,圧平眼圧計測定群のほうが非接触式眼圧計測定群より左右眼とも有意に高い値を示したが,これは同一検診対象に圧平眼圧計と非接触式眼圧計の両方で測定した報告13)(圧平眼圧計測定群15.5±2.6mmHg/非接触式眼圧計測定群15.0±2.9mmHg)でも同様であった.原発開放隅角緑内障(広義)(原発開放隅角緑内障+正常眼圧緑内障)と診断された検診受診者の眼圧は,緑内障が認められなかった検診受診者の眼圧より有意に高かったものの,その平均の差はわずか1.4.1.6mmHg程度にすぎず,眼圧値を主体に緑内障スクリーニングを行うことの困難さは多治見スタディ6,7)の報告でも述べられているとおりである.ただし,本検診でも左右どちらかの眼圧が25mmHg以上の場合は50%以上の確率で開放隅角緑内障(狭義)と診断されており,これに続発緑内障や原発閉塞隅角緑内障までも考慮すると,緑内障スクリーニングを行ううえで,高眼圧を見逃さないよう十分な注意が必要なことは,万が一高眼圧を見逃して緑内障を進行させてしまうリスクを考えれば明らかである.このことは隅角検査でも同様であり,緑内障検診を,閉塞隅角を発見することにより緑内障発作や閉塞隅角緑内障の重症化を未然に防ぐ大きなチャンスととらえることが肝要である.平成20.24年度の検診おいて,vanHerick法で前房深度が角膜厚の1/4以下であった41例中15例(37%)に原発閉塞隅角緑内障・原発閉塞隅角症・原発閉塞隅角症の疑いの診断がなされ,緑内障検診におけるvanHerick法による閉塞隅角の検出力にも一定の効力があるものと考えられた.以上より,①高眼圧かどうか,②隅角閉塞が疑われるかどうか,③緑内障性視神経障害が疑われるかどうか,は緑内障スクリーニングの3本柱として認識すべきである.加齢とともに眼圧が下降傾向を示したとする報告8)もあるが,眼圧に影響する因子の多変量解析において,測定する眼圧計の違いや緑内障の有無が危険因子となった一方,年齢が危険因子とならなかった理由としては,今回の検診対象の年齢幅が50,55,60歳と限定されていることが影響していると考えられる.緑内障と診断された例の視野検査結果の程度分類では,初期例が70%以上を占めたが,中期・末期例も15%程検出され,早期に緑内障を発見し治療を開始する必要性が確認された.検診の精度を測るうえで,精検を受けたものが実際緑内障である割合を示す精検陽性率が重要であるが,他の住民検診のデータ7.15)では12.8%.28.6%であり,本検診の20.6%と同様であった.緑内障検出率は,40歳代を対象とした平成18・19年は約1%2),50歳代を対象とした平成20年以降は2%弱であったが,対象年齢を10歳高くしたことに伴う検出率の上昇は,多治見スタディ5,6)でも示されたごとく,高齢化に伴い緑内(106) 障の有病率が上昇することに起因する可能性が高いと推察される.本検診における50,55,60歳の平均緑内障検出率1.8%は,多治見スタディで示された50.59歳での緑内障有病率2.9%より低く,過去の住民検診14,15)や人間ドックのデータ16,20.22)の中には0.15.1.48%と比較的低い検出率のものも多いが,対象年齢構成や検診方法などの違いから単純な比較は困難であることを考慮しても,疫学調査と比しても遜色のない検出率(2.4.5.3%)を誇るデータ8,10,13,16,17)も散見される.本検診で緑内障と最終診断されたものの検診受診者に占める割合は,原発開放隅角緑内障0.2%,正常眼圧緑内障1.5%で広義の開放隅角緑内障としては1.7%であり,多治見スタディにおける50.59歳での広義の開放隅角緑内障の有病率2.7%と比すると低値であるが,原発閉塞隅角緑内障0.2%(多治見スタディの50.59歳のデータ0.2%),高眼圧症1.1%(多治見スタディの全体データ0.8%)は同様の値であった.本検診における緑内障全体の検出率が低値であった原因として考えられるのは,①すでに緑内障と診断され治療を受けている人は,この検診の対象外であること,②受診率が低く,検診受診者に偏りがある可能性があること,③精検受診勧奨した人の精検受診率が平均で85.1%であり,精検を受けなかった人のなかに緑内障の人が存在する可能性があり,精検未受診のなかに同様の比率で緑内障が存在すると仮定した補正検出率は1.8%×100/85.1=2.1%であること,④最終診断で緑内障と診断された割合は精密検査受診者の20.6%に留まっており,検診の精度という面においては課題が残っていて,検診での見逃しやデータ漏れを厳しく検証するシステムがまだ確立していないこと,⑤最終診断で「緑内障疑い」とされた106例(開放隅角緑内障〔広義〕の疑い101例,閉塞隅角緑内障5例)は,検診受診者の2.3%,精検受診者の26.0%にも上り,実際に緑内障と診断されるより大きい割合を占めるが,そのなかには,眼底写真が不鮮明,視野検査の信頼度が低いなどのさまざまな理由で緑内障と診断決定できないものの本当は緑内障である例や,近視性の眼底変化により緑内障性視神経障害が判定しにくい例が含まれていること,⑥実際に今回の検診で検出された開放隅角緑内障(広義)の検診受診者に対する割合は1.7%であるが,開放隅角緑内障(広義)の疑い2.2%と合わせて3.9%となり,多治見スタディでの疑いも含めた広義の開放隅角緑内障の有病率(50.59歳)が4.5%であることと遜色ない結果である,などが挙げられる.今回筆者らは,平成20.24年度の金沢市緑内障検診の結果を報告した.発見された緑内障の大部分が正常眼圧緑内障であり,緑内障の早期発見には,眼科専門医による詳細な眼底精査が必須である.公的眼科成人検診の礎となるべく,検診受診年齢枠の拡大や受診率アップ,検診精度のよりいっそ(107)うの向上が望まれる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)山田昌和:本邦の視覚障害の現状と将来.日本の眼科80:1005-1009,20092)金沢市医師会緑内障検診委員会:狩野宏成,中川寛忠,藤村和昌ほか:金沢市緑内障検診.日本の眼科78:929-932,20073)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン.日眼会誌107:126-156,20034)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第2版).日眼会誌110:777-814,20065)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:TheTajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20046)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:theTajimiStudyreport2.TheprevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20057)塩瀬芳彦,北澤克明,塚原重雄ほか:日本における緑内障疫学共同調査.あたらしい眼科7(Suppl1):7-13,19908)関保,濱畑和男,下村直樹ほか:東京都大田区における緑内障検診について.日本の眼科83:1049-1051,20129)石川誠:緑内障検診(1).あたらしい眼科27:207-208,201010)OhkuboS,TakedaH,HigashideTetal:Apilotstudytodetectglaucomawithconfocalscanninglaserophthalmoscopycomparedwithnonmydriaticstereoscopicphotographyinacommunityhealthscreening.JGlaucoma16:531-538,200711)鈴木万里子,安間哲史:愛知県眼科医会第2回「緑内障無料検診」事業について.日本の眼科78:1467-1470,200712)向井聖:緑内障集団検診の有用性について.厚生連尾道総合病院医報15:45-47,200513)勝島晴美,曽根聡,竹田明ほか:眼圧測定法の違いが緑内障検診結果に及ぼす影響.日眼会誌106:143-148,200214)弓削経夫,浅山孝彦,飯田洋子ほか:京都市伏見区の緑内障検診.日本の眼科63:631-635,199215)中村二郎,横井さち代,角屋博孝ほか:滋賀県湖北地区における緑内障検診システムとその問題点.臨眼45:919923,199116)冨岡敏也,原雅文,菊池英弥ほか:当院の人間ドックにおける緑内障スクリーニングの検討.眼臨101:5-6,200717)野田康子:当院人間ドックにおける緑内障検診の検討.弘前市立病院医誌13:52-55,200418)須網政浩,青島真一:浜松赤十字病院健診センターにおける緑内障検診の検討.浜松赤十字病院医学雑誌4:86-90,2003あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141529 19)中野匡,和田高士:総合検診におけるFrequencyDoublingTechnology視野計を用いた緑内障検診への応用.健康管理事業団研究助成論文集XVIII:35-42,200220)日比野佐和子,大鳥安正,渡辺仁ほか:人間ドックにおける緑内障検診の検討.眼紀52:652-655,200121)宮内修,伊藤彰,佐野信昭ほか:人間ドックにおける緑内障スクリーニングテスト.臨眼52:1151-1154,199822)山口洋,石龍良江,加藤桂一郎ほか:福島県における緑内障検診に関する検討.あたらしい眼科9:1046-1050,1992***1530あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(108)

角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術 ―シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性―

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1519.1522,2014c角膜混濁例に対する白内障および硝子体手術―シャンデリア照明と広角眼底観察システムの有用性―安田優介若生里奈高瀬範明吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Cataract-VitreousCombinedSurgeryAssistedbyChandelierEndoilluminationandWide-AngleViewingSysteminSevereCornealOpacityYusukeYasuda,RinaWako,NoriakiTakase,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences角膜混濁例を有する症例に対し,白内障および硝子体同時手術をシャンデリア照明と広角眼底観察システムを用いて行った.症例は68歳,女性.主訴は2011年6月からの右眼の視力低下.近医で増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を指摘され当院紹介受診となった.60歳時の右眼ヘルペス性角膜炎によって角膜中央部に広範囲にわたる混濁がみられ,眼底観察が困難であった.初診時の視力は右眼30cm手動弁,Bモードで下鼻側網膜に.離がみられた.シャンデリアによる後方からの照明を使用して水晶体超音波乳化吸引術を施行し,広角眼底観察システムを併用して25ゲージ(G)硝子体手術を施行した.経過良好で,術後22日に退院した.右眼矯正視力は退院時0.04まで回復した.シャンデリア照明の使用により散乱光の影響を少なくし,水晶体全体を確認しながら安全に白内障手術を施行できた.また,広角眼底観察システム使用により混濁の少ない部位を通して眼底観察が可能であった.Combinedsurgery(cataractandvitrectomy)wasperformedinapatientwithcornealopacity,usingchandelierendoilluminationandawide-angleviewingsystem.Thepatient,a68-year-oldfemalewithvitreoushemorrhageinherrighteyeduetoproliferativediabeticretinopathy,hadseverecornealopacityinherrighteye,whichhadbeentreatedasherpetickeratitis.Thebest-correctedvisualacuityinherrighteyewas30cmhandmotion.Retinaldetachmentinthelowertemporalquadrantwassuspected.Surgerywassuccessfullyperformed,andrightvisualacuityimprovedfromhandmotionto0.04.Inthiscase,chandelierretroilluminationprovidedgoodvisibilitythroughahazycorneainthesurgicalfieldofthecataractsurgery.Ontheotherhand,thewide-angleviewingsystemenabledfundusobservationthroughtherelativelyclearerportionofthecornea.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1519.1522,2014〕Keywords:角膜混濁,白内障手術,硝子体手術,シャンデリア照明,広角眼底観察システム.cornealopacity,cataractsurgery,vitreoussurgery,chandelierretroillumination,wide-angleviewingsystem.はじめに角膜混濁を伴う症例の白内障手術や硝子体手術は眼内の視認性が悪く,術中操作が困難であるため合併症も生じやすい.このような症例における眼内手術には,一時的に人工角膜を用いて手術を施行し,その後に角膜移植を行う方法や1.3),眼内内視鏡を用いる方法がある4,5).人工角膜を使用することによって,術中の眼底の視認性は良好に保たれ,通常の手術手技が可能となるが,角膜の同時移植が必要であることはもちろん,術後炎症が高度で,長期的にみると移植片の生着不全や毛様体機能不全により前眼部の複雑化が起こると報告されている6).また,眼内内視鏡を用いる方法は,視認性が角膜や瞳孔の状態に左右されず,眼底最周辺部までの観察が可能である.しかし,内視鏡手術手技に習熟する必要があること,病巣の立体的把握や双手による操作が困難で繊細な手術を行うには限界があるなど,術後合併症や操作性などの問題が指摘され〔別刷請求先〕若生里奈:〒467-8601名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:RinaWako,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya467-8601,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(97)1519 図1B.mode水平断下鼻側に網膜.離を認めた.図2手術開始前所見角膜中央部に広範囲にわたる実質混濁を認め,周辺部よりわずかに水晶体を確認できる(下方が12時方向).チストトーム前.フラップ前.切開ライン図3前.切開の様子前.染色なども行うことなく,前.切開を行うことが可能であった.図4術中眼底所見広角眼底観察システム(ResightR)を使用した.眼球を下転し,上方の混濁の少ない部位から眼底を観察することができた.シャンデリア照明カッター視神経乳頭鑷子黄斑1520あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(98) ている7).今回,角膜混濁を伴う増殖糖尿病網膜症に対し,シャンデリア照明と広角眼底観察システムを使用することにより,人工角膜や内視鏡を使用せずに,白内障手術および硝子体手術を施行することのできた1例を経験したので報告する.I症例患者:68歳,女性.主訴:右眼の視力低下.既往歴:32歳時,急性膵臓壊死により1型糖尿病,インスリン導入となった.60歳時,右眼ヘルペス性角膜炎を発症し,治癒したが,角膜中央部に角膜混濁が残存している.現病歴:2011年6月から右眼の視力低下を認めた.近医で増殖糖尿病網膜症による硝子体出血を指摘されたため,同年10月17日に名古屋市立大学病院眼科に紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼30cm手動弁(矯正不能),左眼0.5(0.9×sph+2.0D(cyl.1.5DAx180°),眼圧は右眼13mmHg,左眼12mmHgであった.右眼の角膜中央部に広範囲にわたる実質混濁を認めた.前眼部には,その他特記すべき所見は認められなかった.また,中等度核白内障を認め,眼底は角膜混濁および硝子体出血のために透見不良であった.Bモードで右眼下鼻側に網膜.離を認めた(図1).経過:シャンデリアによる後方からの照明を使用した水晶体超音波乳化吸引術と広角眼底観察システムを使用した25ゲージ(G)硝子体手術を施行した(図2.4).シャンデリア照明はアルコンエッジプラスRトロッカール用のシャンデリアライトシステムを,光源はコンステレーションR内蔵のキセノンを用いた.まず,5時方向に25Gポートを作製し,シャンデリア照明を設置した.これにより,水晶体.全体を観察することが可能となり,前.切開,超音波乳化吸引を行った.さらに25Gポートを3カ所設置し,広角眼底観察システム(ResightR)を併用して硝子体手術を施行した.硝子体切除を進めていくと,下鼻側に術前から認めていた網膜.離を確認した.意図的裂孔を作製して網膜下液を吸引除去した後,液-空気置換を行った.レーザー光凝固を追加,SF6(六フッ化硫黄)ガスを硝子体内へ注入し,手術終了となった.術後,網膜は復位し経過良好で術後22日に退院した.右眼視力は退院時に矯正0.04へ回復した.II考按角膜混濁を伴う症例において白内障および硝子体手術を施行する際,眼内の視認性を確保することは困難で,合併症も生じやすい.先に述べたように,角膜混濁を伴う眼内手術の方法として,一時的に人工角膜を使用する方法や眼内内視鏡を用いる方法があるが,いずれも問題点が多く手術施行はむ(99)ずかしい.角膜混濁例に対する白内障手術の方法として,前房内にイルミネーションライトを挿入し,前.切開を行う方法が報告されている8).顕微鏡による外部照明では観察光が混濁部位を2回通して検者の眼に入ってくるのに対して,この方法の場合は,光源が角膜下にあるため1回しか角膜を光が透過せず,その結果散乱光の影響を少なくし,観察が容易となる.また,硝子体出血に対して,シャンデリア照明を先に設置し,白内障および硝子体同時手術を行った症例も報告されている9).シャンデリア照明を使用することで,水晶体の後方から照明することになり,前.切開時から視認性が上がるとともに,硝子体手術まで一連の操作をバイマニュアルで行うことが可能である10).今回,筆者らは,白内障手術においてシャンデリア照明を使用することで,前.切開,水晶体分割,乳化吸引など一連の手術手技において,混濁した角膜を通しても良好な視認性と操作性を得ることができ,安全に手術を施行することが可能であった.硝子体手術には,広角眼底観察システムが有用であった.広角眼底観察システムは前眼部付近で観察光がいったん収束する光学経路設計となっているため,小瞳孔など狭い部分を利用しての眼底観察が可能である.角膜混濁も部分的に混濁の少ない部分があればそこを通しての観察が可能である.さらに,非接触型システムの場合,眼球を傾けて,光学経路と角膜透明帯が合致する場所に調節して眼底観察を行うことが可能である.本症例では,眼底の観察が困難な場合は眼内内視鏡の併用も考慮し,術中準備していたが,眼内内視鏡を使用することなく,広角眼底観察システムを用い,術中に眼球を下転して上方の角膜透明帯を通して眼底観察を行い,手術を施行することができた.角膜混濁を伴う症例の白内障および硝子体手術に対し,シャンデリア照明および広角眼底観察システムの使用は比較的簡便で,特別な器具や手技を必要とせず,眼内の視認性を向上させ,安全かつ正確に手術を施行できる一つの方法と考えられる.文献1)LandersMB3rd,FoulksGN,LandersDMetal:Temporarykeratoprosthesisforuseduringparsplanavitrectomy.AmJOphthalmol91:615-619,19812)EckardtC:Anewtemporarykeratoprosthesisforparsplanavitrectomy.Retina7:34-37,19873)古城美奈,中島伸子,外園千恵ほか:人工角膜を用いた網膜硝子体手術6症例.あたらしい眼科22:1289-1293,20054)KitaM,YoshimuraN:Endoscope-assistedvitrectomyinthemanagementofpseudophakicandaphakicretinalあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141521 detachmentswithundetectedretinalbreaks.Retina31:1347-1351,20115)KawashimaM,KawashimaS,DogruMetal:Endoscopyguidedvitreoretinalsurgeryfollowingpenetratingcornealinjury:acasereport.ClinOphthalmol19:895-898,20106)檀上眞次,細谷比左志,池田恒彦ほか:角膜混濁を有する症例に対する硝子体手術.臨眼46:817-820,19927)池田恒彦:角膜混濁に対する硝子体手術.あたらしい眼科25:515,20088)西村栄一,陰山俊之,谷口重雄ほか:角膜混濁例に対する前房内照明を用いた超音波白内障手術.あたらしい眼科21:97-101,20049)JangSY,ChoiKS,LeeSJ:Chandelierretroilluminationassistedcataractextractionineyeswithvitreoushemorrhage.ArchOphthalmol128:911-914,201010)OshimaY,ShimaC,MaedaNetal:Chandelierretroillumination-assistedtorsionaloscillationforcataractsurgeryinpatientswithseverecornealopacity.JCataractRefractSurg33:2018-2022,200711)MorishitaS,KitaM,YoshitakeSetal:23-gaugevitrectomyassistedbycombinedendoscopyandawide-angleviewingsystemforretinaldetachmentwithseverepenetratingcornealinjury:acasereport.ClinOpthalmol5:1767-1770,2011***1522あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(100)

3%ジクアホソルナトリウム点眼液の副作用の発現状況と継続治療効果に関する検討

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1513.1518,2014c3%ジクアホソルナトリウム点眼液の副作用の発現状況と継続治療効果に関する検討田川博田川眼科StudyofAdverseDrugReactionstoDiquafosolSodiumOphthalmicSolutionandEffectsofitsUseinContinuedTreatmentHiroshiTagawaTagawaGanka製剤改良後3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%;以下,現DQS)は2012年4月から多くのドライアイ患者に処方されている.そこで,DQSによる眼刺激を含めた副作用の有無と継続治療効果(自覚症状,他覚所見)について検討した.DQS使用歴がないドライアイ確定例と疑い例100例(男性11例,女性89例,平均年齢65歳;15.90歳)にドライアイ検査直後に製剤改良前のDQS(以下,旧DQS)を点眼投与して眼刺激症状がみられた場合,15分後に現DQSを点眼投与した.旧DQSで1例に軽い違和感がみられたが,現DQSでは違和感は生じなかった.全例に現DQSを処方したところ,点眼処方1カ月時の眼刺激症状発現率は2.4%であり,自覚症状・他覚所見は7.8割で改善がみられた(解析対象:85例).点眼処方3カ月時の眼刺激症状発現率は0%であり自覚症状・他覚所見は9割で改善がみられた(解析対象:58例).現DQSでは眼刺激の原因による点眼中止例は認められず,継続治療の効果が示唆された.Manypatientshavereceivedimproved3%diquafosolsodiumformulation(DIQUASRophthalmicsolution3%)(presentDQS)sinceApril2012.Westudiedtheoccurrenceofadversedrugreactionsandcontinueduse.TheoldDQSformulation(oldDQS)wasadministeredto100confirmedorsuspecteddry-eyepatientswithnohistoryofDQSuse(males:11,females:89;meanage:65years;agerange:15.90years).Ifeyeirritationdeveloped,presentDQSwasadministeredafter15min.OnesubjectexperiencedmilddiscomfortwitholdDQS,butnonedidwithpresentDQS.PresentDQSwasthenprescribedforallsubjects.After1month(analysispopulation:85)and3months(analysispopulation:58),eyeirritationdevelopedin2.4%and0%,respectively;subjectivesymptoms/objectivefindingsimprovedin70%.80%and90%,respectively.PresentDQSformulationcausesalmostnoirritation,andremainseffectivewithcontinueduse.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1513.1518,2014〕Keywords:ドライアイ,ジクアホソルナトリウム点眼液,眼刺激,継続治療.dryeye,diquafosolsodiumophthalmicsolution,eyeirritation,continuedtreatment.はじめにドライアイ治療薬の一つである3%ジクアホソルナトリウム点眼液(ジクアスR点眼液3%;以下,DQS)は,水分とムチン両方の分泌促進作用を併せ持つ作用メカニズム1)で,ドライアイ患者でみられる涙液層の不安定化を改善する点眼剤として多くのドライアイ患者に処方されている.ドライアイは「さまざまな要因による涙液および角結膜上皮の慢性疾患であり,眼不快感や視機能異常を伴う」2)と定義される眼疾患で,長期の治療が必要である.しかし一方で,一般的には重症,また治療が長期にわたるほどドライアイ治療用点眼剤に使用されている防腐剤の角膜への影響が懸念されている.ベンザルコニウム塩化物は,その溶解性および幅広い抗〔別刷請求先〕田川博:〒003-0023札幌市白石区南郷通1丁目北1-1白石メディカル2階田川眼科Reprintrequests:HiroshiTagawa,M.D.,Ph.D.TagawaGanka.ShiroishiMedicalBldg.2F,Nango-dori1kita,Shiroisi-ku,Sapporo001-0023,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(91)1513 菌作用から点眼剤の防腐剤として最も多く用いられている3)が,その抗菌作用の強さゆえ,高濃度では眼刺激性などの眼障害を引き起こす可能性も報告されている4).日本でのDQS発売は2010年12月であり(以下,旧DQS),ドライアイ治療の新しい選択肢となった.旧DQSでの継続治療による自覚症状および他覚所見(涙液の異常と角結膜上皮障害)の改善は,既存薬との比較試験5)ならびに長期試験6)の結果からも明らかであったが,他方,一部の患者において,眼刺激の発現が点眼処方時および点眼の継続時における課題となっていた.その後の製剤改良により,旧DQSの有効性および保存効力は維持したまま防腐剤であるベンザルコニウム塩化物の濃度が低減された.2012年4月出荷分からは細胞毒性が低下したDQS(以下,現DQS)に切り替えられて現在広く流通しており,治療効果などに着目した臨床報告が期待されている.そこで本研究では,ドライアイ患者に旧DQSと現DQSを点眼して眼刺激症状の有無を確認後に現DQSを処方し,眼刺激を含めた副作用発現の有無ならびに慢性疾患であるドライアイに対する継続治療率を含めた治療効果(自覚症状,他覚所見)について検討した.I対象および方法1.対象2012年5月以降に田川眼科を受診し,「ドライアイ診断基準」(ドライアイ研究会,2006年)2)に準じたドライアイの自覚症状があるドライアイ確定例または疑い例で,これまでにドライアイの治療を受けたことのない患者とDQS以外の精製ヒアルロン酸ナトリウム点眼液(以下,HA)などで治療中であるが改善傾向の認められない患者を対象とした.なお,試験対象者の選定時に背景因子(性別,年齢など)およびドライアイの自覚症状について調査した.2.方法および評価項目1)ドライアイの自覚症状は患者から訴えのあった症状のうちで,ドライアイQOL質問票「DEQS」7)の項目に一致する訴えをドライアイの自覚症状として,その変化を判定した.なお,新しいドライアイ症状が出現した場合は悪化と判定した.「ドライアイ診断基準」(ドライアイ研究会,2006年)2)に準じ,他覚所見の検査として,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)の測定(角膜のフルオレセイン染色3回測定の平均値を採用),角膜の染色試験(フルオレセイン染色によるスコア判定;最小0.最大3点)および結膜の染色試験(フルオレセイン染色によるスコア判定,ブルーフリーフィルター使用;最小0.最大6点)を実施した.角結膜上皮障害判定の染色スコアは1以上の変化を,BUTは1秒以上の変化を有意な変化として判定した.この2項目が改善と悪化で異なった結果の場合は不変とした.1514あたらしい眼科Vol.31,No.10,20142)現DQSを処方することを前提として,点眼による眼刺激症状を確認するためと説明後,フルオレセインを洗い流した15分後に全試験対象者に旧DQSを点眼投与し眼刺激症状などを確認した.眼刺激症状が生じた場合,さらにその15分後に現DQSを点眼投与して再度眼刺激症状の有無を確認した.3)旧DQSまたは現DQSの点眼で眼刺激症状が生じなかった試験対象者に現DQSを1日6回の点眼で処方した.なお,旧DQSおよび新DQSの区別は製造番号に基づいて,直接,製造メーカーに確認した.また,これまでHAなどで治療中であった症例では,これまでの治療を継続してDQSを追加してもらった.処方1カ月および3カ月時での眼刺激症状などの副作用発現の有無,点眼継続の状況,自覚症状と他覚所見の変化をレトロスペクティブに検討した.副作用が発現した場合は,処置の有無と内容,転帰,試験薬剤との因果関係を検討した.有害事象のうち試験薬剤との因果関係を否定できないものを副作用とした.自覚症状と他覚所見はそれぞれ,「改善」,「不変」,「悪化」の3段階で評価した.3.統計解析有意水準は両側5%(p<0.05)とし,記述統計量は平均値±標準偏差で示した.角結膜上皮障害判定の染色スコアおよびBUTの統計解析は対応のあるt検定を用いて検定した.II結果1.対象および背景因子対象は男性11例,女性89例の計100例で,平均年齢は65歳(15.90歳)であった.100例中ドライアイの治療を受けたことのない患者は31例,DQS以外のHAなどでドライアイ治療中であるが改善傾向の認められない患者は69例であった.2.眼刺激を含む副作用,継続治療の効果に対する評価a.点眼直後の眼刺激を含む副作用の評価外来での旧DQS点眼投与直後に明らかな眼刺激症状を訴えた患者はいなかったが,1例が軽度の違和感を訴えた.15分後,この1例に現DQSを点眼投与したところ違和感は生じなかった.その結果,100例全例が現DQSの点眼処方対象となり,1日6回の点眼を全例に処方した.b.現DQS点眼処方1カ月時の副作用の有無,点眼継続の状況,および自覚症状と他覚所見の評価副作用の発現と自覚症状の評価は,点眼処方1カ月時に再診した65例,および1カ月以降の再診時に1カ月時点での症状の聞き取りが可能であった20例の合計85例を解析対象とした.他覚所見の評価は,点眼処方後1カ月時に再診した65例のみを解析対象とした.1)副作用の発現(表1)(92) 表1現DQS点眼処方1カ月,3カ月時の副作用発現と治療継続1カ月(n=85)*13カ月(n=58)*2副作用発現(率)治療継続(率)副作用発現(率)治療継続(率)なし64例(75.3%)54例(93.1%)あり21例(24.7%)80例(94.1%)4例(6.9%)58例(100.0%)(副作用ありの内訳)分泌物14例(16.5%)13例(92.9%)4例(6.9%)4例(100.0%)かゆみ4例(4.7%)0例(0.0%)..眼刺激2例(2.4%)2例(100.0%)..流涙1例(1.2%)1例(100.0%)..*11カ月時再診65例+1カ月以降の再診時聞き取り20例.*23カ月時再診58例.1カ月時の自覚症状3カ月時の自覚症状改善61例(71.8%)悪化悪化4例1例(4.7%)(1.7%)不変不変4例20例(23.5%)(6.9%)改善53例(91.4%)n=85(1カ月時再診65例+1カ月以降の再診時聞き取り20例)中断・中止:6例(7.1%;受診後1例が中止、「改善」「不変」のうち5例が1カ月以降に自己中断)悪化不変11例(16.9%)1カ月時の他覚所見改善53例(81.6%)1例(1.5%)n=65(1カ月時再診65例)中断・中止:0例(0.0%)n=58(3ヵ月時再診58例)中断・中止:1例(1.7%;分泌物の増加により再診後中止)3カ月時の他覚所見悪化0例(0.0%)不変6例(10.3%)改善52例(89.7%)n=58(3カ月時再診58例)中断・中止:1例(1.7%;分泌物の増加により再診後中止)図1現DQS点眼処方1カ月,3カ月時の自覚症状・他覚所見85例中64例(75.3%)では特に副作用の発現がなく,全例で点眼が継続されていた.「眼刺激症状」は2例(2.4%)に,また「流涙」は1例(1.2%)にみられたが,3例とも点眼継続に支障はなかった.「分泌物」は14例(16.5%)にみられたが,そのうち1例(7.1%)は分泌物が生じた数日後に自己判断で点眼を中断していた.「眼のかゆみ」は4例(4.7%)で,点眼処方後数日以内に発症し,全例で発症後すぐに中断していた.2)点眼継続の状況処方1カ月の時点で,85例中80例(94.1%)が点眼を継続していた.処方1カ月以降も点眼を継続したのは72例(84.7%)で,8例が点眼を中断した.中断した原因は,2例(93)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141515 3.84±1.13*3.92±0.91*432.62±0.713フルオレセイン染色スコア(点)2.62±1.231.41±1.35*1.16±1.05*,**00点眼前点眼1カ月時点眼3カ月時点眼前点眼1カ月時点眼3カ月時図3現DQS点眼処方によるBUTの変化BUT(秒)221図2現DQS点眼処方による角結膜上皮障害の変化平均値±標準偏差(n=25)*点眼前と比べて有意に延長(p<0.001,対応のあるt検定)平均値±標準偏差(n=34)*点眼前と比べて有意に低下(p<0.001,対応のあるt検定)**点眼1カ月時と比べて有意に低下(p<0.05,対応のあるt検定)が分泌物の増加,2例が自覚症状に変化のなかったこと,4例が自覚症状の改善したことであった.3)自覚症状および他覚所見(図1)自覚症状は85例中61例(71.8%)が「改善」を示し,「不変」は20例(23.5%)「悪化」は4例(4.7%)であった.他覚所見は65例中53例((,)81.6%)が「改善」を示し,「不変」は11例(16.9%),「悪化」は1例(1.5%)であった.c.現DQS点眼処方3カ月時の副作用の有無,点眼継続の状況,および自覚症状と他覚所見の評価副作用,自覚症状,他覚所見いずれの評価も,点眼処方3カ月時に再診した58例を解析対象とした.1)副作用の発現(表1)58例中54例(93.1%)で副作用の発現はなかった.「分泌物」は4例(6.9%)にみられ,「眼刺激症状」,「流涙」,「眼のかゆみ」はまったくみられなかった.2)点眼継続の状況処方3カ月の時点で再診した58例全例が点眼を継続していた.処方3カ月以降も点眼を継続したのは57例(98.3%)であった.1例は分泌物の継続が不快なため中断を希望した.3)自覚症状および他覚所見(図1)自覚症状は58例中53例(91.4%)が「改善」を示し,「不変」は4例(6.9%)「悪化」は1例(1.7%)であった.他覚所見は58例中52例((,)89.7%)が「改善」を示し,「不変」は6例(10.3%),「悪化」した例はなかった.d.角結膜上皮障害判定の染色スコアおよびBUTフルオレセインによる角結膜上皮障害判定の染色スコアは現DQS点眼処方前2.62±1.23点であったが,点眼処方1カ月時に1.41±1.35点(p<0.001,vs点眼前),点眼処方3カ月時では1.16±1.05(p<0.001,vs点眼前;p<0.05,vs点眼1カ月時)と有意に低下した(図2).BUTは現DQS点眼処方前2.62±0.71秒であったが,点眼処方1カ月時に3.84±1.13秒(p<0.001,vs点眼前),点眼処方3カ月時では平均3.92±0.91秒(p<0.001,vs点眼1516あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014前)と有意に延長した(図3).III考按近年,日本におけるPCならびに携帯電話などのVDT(visualdisplayterminal)ユーザーの急増に伴い,ドライアイ患者数も増加している8).ドライアイは眼不快感や視機能異常を伴う眼疾患と定義2)され,慢性疾患であるために治療の継続性が重要となる.すなわち,ドライアイ治療用点眼剤に使用されている防腐剤の角膜への影響も配慮しつつ,ドライアイ患者の症状の軽減および改善を図るためには,患者に対していかに治療の継続を促していくかがわれわれの課題であろう.防腐剤であるベンザルコニウム塩化物は組成が単一ではなく,アルキル基がC8H17からC18H37である.濃度が低下するほど角膜毒性が低下するが,防腐剤としての効果も低下する.さらに,組成におけるアルキル基の違いによって防腐剤としての効果などに違いがある9).そのため,防腐剤として有効でありながら角膜障害を生じないベンザルコニウム塩化物の組成とその濃度の組み合わせの選択が重要と考えられるが,組成に関しては各製薬メーカーから情報公開されていない.DQSはドライアイのコアメカニズムである涙液層の安定性を改善させる特徴を有し,2010年12月の発売(旧DQS)以降ドライアイ治療に広く用いられている.HAを対照薬として検討した旧DQSの国内第III相比較試験3)では,旧DQSがHAに比べて角結膜上皮障害を有意に改善させた.また,52週間に及ぶ長期投与試験4)においても,旧DQSはドライアイ患者の自覚症状および他覚所見を点眼4週後までに有意に改善し,その効果は点眼52週後まで維持されていた.旧DQSの継続治療効果は明らかであったが,まれに生じる「眼刺激症状」が課題であった.その後,2012年4月出荷分からは防腐剤による眼刺激の低減を図った現DQSに切り替わっており,点眼処方への抵抗感が減弱したのと同時に,患者に継続治療を促しやすくな(94) ったといえる.しかしながら,現DQSの点眼処方による副作用発現の有無や継続治療の効果などについての臨床試験報告などがまだないことから,今回の検討に至った.旧DQSで課題とされていた「眼刺激症状」については,旧DQS治験時の発現率は6.7%(44/655例)1)であった.しかし,今回の研究では試験開始時に全例に旧DQSを外来で点眼したが「眼刺激症状」は1例もみられなかった.ただし,この点眼試験の前にフルオレセインを用いた検査を行い,その後に染色液を洗い流している.15分空けてから点眼試験を実施したが,3時間ごとに点眼する治療時に比べ,「眼刺激症状」が出にくかった可能性はある.しかしながら,現DQS点眼処方後1カ月間での「眼刺激症状」発現率は2.4%(2/85例)であり,旧DQSの治験時とは単純な比較はできないものの比較的低率で,2例とも症状は一時的かつ軽度であったため点眼継続に支障がなかった.本研究はレトロスペクティブに検討したものであり,対象は一般外来の中で通常の診療行為を行った症例である.そのため,これらの症例は,点眼剤の副作用を十分に説明したうえで点眼の継続に主眼をおいて治療を進めており,多施設の治療効果などを検討したプロスペクティブ研究との比較には慎重を要すると考えられる.今回の検討で「分泌物」は16.5%(14/85例)と高率に観察されたが,これについては患者に薬効を説明するなどの工夫により8割近くの患者(11/14例)で1カ月以降も点眼継続が可能であった.「流涙」が認められた1例は症状も軽度であり問題なく点眼を継続した.しかし,「眼のかゆみ」を訴えた4例(4.7%,4/85例)では全例が来院することなく点眼開始数日後に自己中断していたため,当初憂慮していた「眼刺激症状」よりむしろ「眼のかゆみ」の発現が点眼を継続するうえで支障になる可能性が考えられた.治療の継続率に関しては,現DQS処方後1カ月の時点では再診した患者の94%が点眼を継続していた.また,処方した全100例中でも80%以上の患者が点眼を継続していた.処方後3カ月の時点で点眼を継続していた患者の98%がそれ以降も点眼の継続を希望しており,継続率がきわめて高いと考えられた.今回の検討では,処方前に点眼による「眼刺激症状」の有無を確認し,そのときに他の副作用などについても十分に説明したことが継続率に寄与していると思われる.患者の訴えをよく聞いて,1日6回の点眼にこだわらず,点眼回数を調整することも治療の継続率に寄与していた.一方,1カ月以降点眼を継続した72例中,3カ月の時点で14例が再診していなかった.再診しなかった14例と継続した58例で副作用の発現率に差があったかについては不明である.内野らは涙液減少型およびBUT短縮型ドライアイ患者を対象にDQS点眼治療した場合の初診以降再診なし率が約33%であることを報告しており10),この報告と比較しても本研究の治療継続率は非常に高いと考えられた.内野らの研究が旧DQSを用いたものかは定かではないため,本研究の高い治療継続率が現DQSの効果に起因するものか比較することはできないが,現DQSのドライアイ治療における継続率は副作用の発現および効果の両方を合わせた患者満足度に起因することは間違いないと思われる.現DQS点眼処方後の自覚症状および他覚所見は7.8割の患者で「改善」がみられ,角結膜上皮障害を判定するフルオレセイン染色スコアは1カ月または3カ月の継続点眼後に有意に低下し,BUTも有意な延長が認められた.以上の結果は,添加物を変更して眼刺激発現率の低減をめざした現DQSにおいても,旧DQSの自覚症状および他覚所見の改善効果をそのまま維持していることを示している.さらに最近の研究では,DQSの涙液層への安定性改善作用により実用視力や波面収差など視機能の改善が認められた,との結果も報告されている11).視機能の改善はドライアイ特有の見えにくさの解消にもつながり,治療満足度がより高まることが示唆される.今回の検討から,現DQSは旧DQSと同様に自覚症状および他覚所見を有意に改善し,ドライアイ治療に有用な薬剤と考えられた.また,製剤改良により眼刺激症状などの副作用が軽減することで,現DQSの治療継続率がより良好になる可能性が考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NakamuraM,ImanakaT,SakamotoA:Diquafosolophthalmicsolutionfordryeyetreatment.AdvTher29:579-589,20122)島﨑潤(ドライアイ研究会):2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20073)島﨑潤:点眼薬の防腐剤とその副作用.眼科33:533538,19914)福井成行,池本文彦:点眼の刺激性に関する研究(第1報)各種物質の即時刺激性と連用による眼障害について.現代の臨床4:277-289,19705)TakamuraE,TsubotaK,WatanabeHetal:Arandomised,double-maskedcomparisonstudyofdiquafosolversussodiumhyaluronateophthalmicsolutionsindryeyepatients.BrJOphthalmol96:1310-1315,20126)山口昌彦,坪田一男,渡辺仁ほか:3%ジクアホソルナトリウム点眼液のドライアイを対象としたオープンラベルによる長期投与試験.あたらしい眼科29:527-535,20127)SakaneY,YamaguchiM,YokoiNetal:DevelopmentandvalidationoftheDryEye-RelatedQuality-of-LifeScorequestionnaire.JAMAOphthalmol.131:1331-1338,20138)内野美樹,内野裕一:疫学から知り得たドライアイの本質.(95)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141517 あたらしい眼科29:305-308,2012ジクアホソルナトリウム点眼治療後の患者満足度.臨眼9)UematsuM,KumagamiT,ShimodaKetal:Influenceof68:1403-1411,2013alkylchainlengthofbenzalkoniumchlorideonacutecor-11)KaidoM,UchinoM,KojimaTetal:Effectsofdiquafosolnealepithelialtoxicity.Cornea29:1296-1301,2010tetrasodiumadministrationonvisualfunctioninshort10)内野美樹,内野裕一,深川和己ほか:涙液層破壊時間(BUT)break-uptimedryeye.JOculPharmacolTher29:595短縮型ドライアイ患者に対するヒアルロン酸ナトリウムと603,2013***1518あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(96)

アジスロマイシン内服単回投与による成人クラミジア結膜炎の治療

2014年10月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科31(10):1509.1512,2014cアジスロマイシン内服単回投与による成人クラミジア結膜炎の治療中川尚中川裕子徳島診療所TreatmentofAdultChlamydialConjunctivitiswithSingle-DoseOralAzithromycinHisashiNakagawaandYukoNakagawaTokushimaEyeClinic酵素免疫法で診断された成人クラミジア結膜炎3例に対し,アジスロマイシン2g内服単回投与製剤を用いて治療した.いずれの症例も投与1週後には結膜所見の著明な改善を認めた.PCR(polymerasechainreaction)による結膜擦過物のクラミジア検出は,1週後(症例2),3週後(症例2,3)ともに陰性であった.再発の徴候はみられなかった.アジスロマイシン内服単回投与による治療は,成人クラミジア結膜炎患者の治療法として有望な選択肢の一つになりうると考えられた.ThreeadultpatientswithchlamydialconjunctivitisasdiagnosedbypositiveEIAtestweretreatedwith2gsingle-doseoralazithromycin.Conjunctivalinjectionandfolliclesmarkedlysubsidedaweekfollowingoraladministration.Polymerasechainreaction(PCR)forChlamydiatrachomatiswasnegativeinconjuctivalscrapingscollectedat1and3weeksaftertreatment.Thepatientsshowednosignsofconjunctivitisrecurrence.Single-doseadministrationoforalazithromycinisapromisingregimenforthetreatmentofadultchlamydialconjunctivitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)31(10):1509.1512,2014〕Keywords:クラミジア結膜炎,内服治療,アジスロマイシン,単回投与.chlamydialconjunctivitis,oraladministration,azithromycin,single-doseregimen.はじめに現在,クラミジア結膜炎の治療は感受性のある抗菌点眼薬の局所投与で行われており,オフロキサシン眼軟膏の1日5回8週間投与が標準処方として推奨されている1).しかし,成人の結膜炎患者の場合,日中の眼軟膏点入は霧視を起こすため点眼回数が守れず,結膜炎の治癒が遅れるなどの問題を生じかねない.また,代替処方であるエリスロマイシンやフルオロキノロンの点眼薬を用いたとしても1),1.2時間ごとの頻回点眼,8週間という長期の治療期間のため,途中で通院・治療を中断してしまう例がある.一方,性器クラミジア感染症の治療は,最近ではアジスロマイシンの内服が主流になっている2).その理由は,アジスロマイシンの抗クラミジア活性が高いうえ,半減期が長く長時間有効組織内濃度を維持できるため,単回投与でクラミジア感染を治療できるからである3).最低でも1週間の内服が必要であるクラリスロマイシンやミノサイクリンなどと比較し,単回投与治療では服薬コンプライアンスが大幅に上がると考えられる4,5).さらに2009年にアジスロマイシンの2g単回投与マイクロスフェア製剤が上市され,クラミジアと淋菌感染症の治療薬としてその有用性が報告されている6).アジスロマイシン内服によるクラミジア結膜炎の治療としては,海外でトラコーマの治療法として有用性が報告された7).また最近では,性感染症由来のクラミジア結膜炎,すなわち封入体結膜炎の治療としても有効であるとの報告がみられる8,9).そこで今回,成人のクラミジア結膜炎患者に対し,アジスロマイシン2g単回投与製剤を用いて治療を行い,その効果について検討した.〔別刷請求先〕中川尚:〒189-0024東村山市富士見町1-2-14徳島診療所Reprintrequests:HisashiNakagawa,M.D.,TokushimaEyeClinic,1-2-14Fujimicho,Higashimurayama-shi,Tokyo189-0024,JAPAN0910-1810/14/\100/頁/JCOPY(87)1509 表1対象症例の臨床所見症例年齢(歳)性別左右病日(日)所見病因診断眼外症状124男性左16濾胞性結膜炎IDEIA(+)咽頭痛点状角膜浸潤252女性左24濾胞性結膜炎IDEIA(+).点状角膜浸潤320女性右9濾胞性結膜炎IDEIA(+)咽頭痛上輪部腫脹IDEIA(+):IDEIATMPCEクラミジアでクラミジア抗原陽性.表2内服治療後の経過症例年齢(歳)性別結膜所見(内服後週数)クラミジア(PCR)124男性改善(1週)NT252女性改善(1週)(.)濾胞残存(3週)(.)治癒(7週)NT320女性改善(1週)NTほぼ治癒(3週)(.)NT:施行せず,(.):陰性.I対象および方法対象は,結膜擦過物のクラミジア抗原検出(IDEIATMPCEクラミジア)で陽性を示した急性濾胞性結膜炎の3症例である.対象症例の臨床所見を表1に示す.いずれの症例も,問診上,性感染症を疑わせる症状,既往歴はなかった.診断確定後,結膜炎の感染経路,合併しうる咽頭炎や子宮頸管炎,尿道炎の説明をした.さらに,治療法として従来の点眼治療による結膜炎の治療のほか,内服による全身のクラミジア感染の治療の必要性や利点について説明し,同意を得たうえで内服治療を行うこととした.治療は,性器クラミジア感染症,クラミジア咽頭炎の治療に準じて,アジスロマイシンのマイクロスフェア製剤(ジスロマックSRR)2g1回投与で行った.点眼治療は併用しなかった.投与後定期的に経過観察を行った.可能な症例では,結膜擦過物を採取してPCR(polymerasechainreaction)による遺伝子検出(アンプリコアSTD-1R)を行い,クラミジアの消長を調べた.II結果内服治療の経過を表2にまとめた.症例1は1週後のみの来院で,クラミジア検査は実施できなかった.3例とも内服1週後の受診時には充血と眼脂の減少がみられ,瞼結膜,円蓋部の濾胞の縮小,減少が認められた(図1).上方周辺部角膜にみられた点状浸潤も消失していた(症例1,2).症例2ではこの時点でクラミジアのPCRは陰性であった.3週後のPCRは症例2,3ともに陰性であり,症例3はわずかな濾胞を残すのみで,ほぼ治癒と考えられる所見であった.症例2も7週後には残存していた濾胞も消失し,治癒と判定した(図2).腹部不快感や下痢など,内服による副作用と考えられる愁訴はなかった.III考按今回,3例の成人クラミジア結膜炎に対してアジスロマイシンのマイクロスフェア製剤2g単回投与で治療を行い,いずれの症例も投与1週後には結膜所見の著明な改善を認めた.オフロキサシンやエリスロマイシンによる点眼治療の場合,充血や眼脂の改善には1.2週間程度かかるが,アジスロマイシン内服のほうが所見の改善がやや速やかである印象をもった.また,筆者の経験では,局所投与の場合1.2週間程度でクラミジア抗原検出が陰性化するが,今回の検討でも1週後でPCRが陰性であり(症例2),内服治療は頻回点眼治療に劣らない効果があると推察された.単回投与でこのような早期のクラミジア陰性化が得られるのは,約10日間にわたり有効組織内濃度が維持される3)というアジスロマイシンの特性に由来するものと考えられる.投与3週後のPCRは検査した2例とも陰性で,炎症所見はほぼ消失し再発の徴候はみられなかった.症例2では他の2例と比べて濾胞の消失までにやや時間がかかっているが,診断が発症から約3週間と遅く,濾胞形成が他の例よりも顕著であったためと思われる.今回の結果から,アジスロマイシン内服単回投与によりクラミジア結膜炎を治癒させうると考えられた.クラミジア結膜炎のアジスロマイシン内服治療には,二つの利点が考えられる.第一に,服薬コンプライアンスの問題が解消されることである.クラミジアは発育サイクルが遅く,抗菌薬の効かない形態(基本小体)があるため,局所投与では長期・頻回投与が必要である10).しかし,現実には2.3週間の点眼で症状が軽減するため,自己判断で治療を中止してしまう患者もあり,8週間の治療を完了できる例は多くない.内服単回投与であれば,このような服薬コンプライ1510あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(88) aacefbd図1内服治療前後の結膜所見の変化a:症例1内服前.下瞼結膜から円蓋部にかけて,充血,充実性濾胞が観察される.b:症例1内服後1週.下瞼結膜の充血の著明な減少と濾胞の縮小が認められる.c:症例2内服前.下瞼結膜の充血と粘液膿性眼脂があり,円蓋部を中心に大型で充実性の濾胞を認める.d:症例2内服後1週.下瞼結膜の充血,眼脂は著明に改善し,濾胞も縮小,減少している.e:症例3内服前.下瞼結膜の充血があり,中等度の濾胞形成がみられる.f:症例3内服後1週.下瞼結膜に軽度の充血が残存しているが,濾胞は減少,縮小している.アンスに起因する問題は考える必要がなく,確実な治療が可能である.第二に,合併症の治療も同時に行える点である.成人のクラミジア結膜炎患者では,約半数に感染源である尿道炎,子宮頸管炎や咽頭感染の合併がみられる11).したがって,結膜炎の治療に際しては,これらの合併症を想定して内服治療を考慮する必要がある.当該診療科での検査の後に内服を行うのが理想であるが,眼科を受診した結膜炎患者に必要性を説明しても,自覚症状がないなどの理由で受診してもらえないことも多い.結果として局所投与で結膜炎だけを治療し,合併症は未治療のままになる場合もある.今回行った内服治療では,結膜炎だけでなく,性器クラミジア感染,咽頭炎などすべてを包括的に治療できるという大きな利点がある.クラミジア感染症診療では,結膜炎は全身感染症の一部分症状と捉え,結膜炎のみを治療対象とせずにクラミジアをその個体から完全に駆逐するという方針で治療を行うことが必要である.アジスロマイシン内服単回投与による結膜炎患者の治療は,そのための有望な選択肢の一つであると考えられた.文献1)中川尚:急性結膜炎.あたらしい眼科28:317-321,20112)三鴨廣繁,高橋聡:性器クラミジア感染症.性感染症診(89)図2症例2の内服治療後7週の結膜所見下瞼結膜の充血はなく,濾胞も消失している.断・治療ガイドライン2011.日本性感染症学会誌22(Suppl):60-64,20113)寺田道徳,大木恵美子,山岸由佳ほか:アジスロマイシン単回投与製剤の女性性感染症治療への臨床応用.JpnJAntibiot63:93-104,20104)三鴨廣繁,玉舎輝彦:クラミジア子宮頸管炎患者における服薬コンプライアンスの検討.日化療誌50:171-173,20025)LauCY,QureshiAK:Azithromycinversusdoxycyclineforgenitalchlamydialinfections,meta-analysisofrandomizedclinicaltrials.SexTransmDis29:497-502,2002あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141511 6)山岸由佳,三鴨廣繁,和泉孝治ほか:生殖器の淋病,クラミジア感染症に対するアジスロマイシン2g単回投与製剤の臨床的有用性および細菌学的効果に関する検討.新薬と臨牀61:1751-1755,20127)TabbaraKF,Abu-el-AsrarA,al-OmarOetal:Singledoseazithromycininthetreatmentoftrachoma:arandomized,controlledstudy.Ophthalmology103:842-846,8)KatusicD,PetricekI,MandicZetal:Azithromycinvsdoxycyclineinthetreatmentofinclusionconjunctivitis.AmJOphthalmol135:447-451,20039)Salopek-RabaticJ:Chlamydialconjunctivitisincontactlenswearers:successfultreatmentwithsingledoseazithromycin.CLAOJ27:209-211,200110)中川尚:クラミジアトラコマティス(TRIC).眼微生物事典(大橋裕一ほか編),110-117,メジカルビュー社,199611)木全奈都子,中川尚,荒木博子ほか:成人型封入体結膜炎と上咽頭クラミジア感染.臨眼49:443-445,1995***1512あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(90)

My boom 33.

2014年10月31日 金曜日

監修=大橋裕一連載.MyboomMyboom第33回「親川格」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)連載.MyboomMyboom第33回「親川格」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.●は掲載済を示す(●は複数回)自己紹介親川格(おやかわ・いたる)ハートライフ病院眼科,琉球大学眼科私は2005年に琉球大学を卒業後,初期臨床研修を経て2007年に琉球大学眼科教室に入局しました.久米島スタディで知られるように緑内障を主軸とした教室であり,多くの医局員が緑内障や網膜硝子体を専門分野として切磋琢磨するなか,角膜疾患を中心とする前眼部領域に魅力を感じ,県内・県外の関連病院に勤務後,東京歯科大学市川総合病院で角膜フェロー研修を2012~2013年の間受け入れていただきました.施設には全国各地から角膜移植を中心にオキュラーサーフェイスを究めんとする同年代の向上心の高い医師たちが多く群がり,朝から晩まで角膜移植手術にどっぷりつかりながら互いに切磋琢磨できる素晴らしい環境であり,多くの知識とともに,互いに共感できる多くの友人たちを得ることができたことが貴重な財産となっています.現在,2013年に赴任した沖縄県のハートライフ病院において,角膜疾患に対する手術,とくにDSAEK(角膜内皮移植)を2013年から本格的に導入し,手術にいそしむ日々を送っております.仕事のMyboom~角膜内皮移植手術~もっとも興味をもっているのが水疱性角膜症に対する手術治療です.以前はPK(全層角膜移植)のみが治療手段でしたが,沖縄県でも現在はDSAEKを取り入れたことで,合併症の少ない治療選択肢を提供できつつあり,「沖縄にも全国水準の医療を少しでも提供できるよ(73)0910-1810/14/\100/頁/JCOPYうになったかなぁ」と少し満足感を感じています.以前は拒絶反応や縫合糸関連感染症,そして外傷性創部離解などの大きな合併症との戦いが常につきまとい治療する日々が多々ありましたが,現在は大きな合併症という点では,より安心して術後診療をできる日々が増えたと感じています.しかし,DSAEKも術後矯正視力は平均して0.5程度であり,PK術後平均矯正視力と大きな差がない現実(とはいっても裸眼視力や不正乱視の面でDSAEKが有利であることは事実)を知り,より良い矯正視力の得られる角膜移植治療はないものかと思案していたところ,DMEKとの出会いがありました.日本と海外では対象疾患の内訳がだいぶ異なる事情はあるものの,術後矯正平均視力が0.8程度で,半数近くが矯正視力1.0という驚異的な回復視力には心躍る気持ちでいっぱいでした.ただ日本においては熟練したDMEKsurgeonが皆無であり,また高頻度の術後早期合併症がネックとなり,手術手技習得が国内では困難であるということが最大の問題点がありました.そんななか,東京歯科大学市川病院の先輩医師から「DMEKやりたいからドイツまで一緒に行かない?」といわれ,心躍る気持ちで飛びつきました.行先はドイツ・Nuremberg市郊外にあるErlangen市のTheUniversityofErlangen-Nurembergであり,DMEK手術を世界的にも多数行う施設でした.Prof.Kruse,Dr.Bachmann,Dr.Tourtasの3術者でDMEK症例すべての執刀を行い,DMEKの世界基準における現状を肌で学ぶことができ,目からうろこの濃密な時間を過ごすことができました(写真1).その後,日本に帰ってからは,“DMEKを沖縄に”というキャッチフレーズを臨床におけるマイブームとしています.まだ現状ではウェットラボを行って道具を集めあたらしい眼科Vol.31,No.10,20141495 写真1DMEK執刀を終えたDr.Bachmann(左側)と手術室にて(TheUniversityofErlangen-Nuremberg)試行錯誤している段階ですが,近い将来に必ずDMEKを成功・導入し,「角膜移植したらえらいよく見えるようになった」といっていただける患者さんを一人でも多く増やせるように日々精進しています.プライベートのMyboom1~ランニング~僕の大好きなスポーツはサッカーなのですが,執筆している今現在は2014年5月であり,世界最大のスポーツの祭典であるワールドカップサッカーがブラジルで開催されるまであと1カ月を切った時期です.4年に1度のビッグイベントであり,開催間近になってくると自然と気持ちがソワソワし,仕事が手につきにくい1カ月間となります.以前は友人達とサッカーをすることも度々ありましたが,最近は運動をする機会も減り,ボールを蹴ることさえ忘れてしまったと思うぐらいです.これではいかんと思い,まずはランニングからと考えましたが,さびついた身体を動かすことは思った以上に難しく,いつも断念しそうになる日々を過ごしています.昔からランニングが大の苦手でなかなか長続きしたためしがないですが,少なくともワールドカップサッカーが終わるまでは代表選手になったつもりでモチベーション高く保てそうなので毎日継続し,ハーフマラソン,フルマラソンへとつなげていく姿を妄想し,マイブームとして続けていけたらと思っています(写真2).プライベートのMyboom2~沖縄の海,離島めぐり~31歳にして初めて沖縄の地を離れ静岡県,千葉県で写真2自宅近くの運動公園にてランニング後の1シーン数年間生活することになったのですが,沖縄を離れて生活する中で,よく「きれいな海があるからいいね」といわれます.ただ沖縄県在住の人ならわかりますが,現地の人は海に行く機会は少なく,行ったとしてもまず泳ぐことはありません.海は眺めるものであり,釣りやバーベキューをする場所という認識です.意外に思われますが,東京の人がディズニーランドへ毎月,毎年行くかというとそうでもないことと同じ心境だと思います.ただ離れて暮らしてみると「沖縄の海はきれいなんだなぁ」と強く感じるようになりました.昨年沖縄に帰ることとなってから,海に行く機会が増え,特に友人・家族と海を眺めながらバーベキューをする行事は格別の楽しみになっています.今年もどこの海岸やビーチに行こうかと夏が待ち遠しく感じています.今まで挑戦したことがなかったマリンレジャーや,離島めぐりもしていきたいと思っていて,新しいマイブームとなりつつあります.次のプレゼンターは神奈川県の林孝彦先生(横浜南共済病院)です.林先生は東京歯科大学市川総合病院において移植医療の研鑽を積むために切磋琢磨した先輩医師であり,何事に対してもエネルギッシュな先生です.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.1496あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(74)

現場発,病院と患者のためのシステム 33.“システムと人の棲み分け”,手術プロセスと管理を例に

2014年10月31日 金曜日

連載現場発,病院と患者のためのシステム連載現場発,病院と患者のためのシステム“システムと人の棲み分け”,手術プロセス管理を例に杉浦和史*.はじめに院内の業務全般を対象としている総合電子化システム,“Hayabusa”には受付,検査,診察,処置,予約,会計,薬剤,病棟,手術,給食,治験など,多くの業務に対応する機能があります.システムで処理すべきところ,人間(スタッフ)がやるべきところを見きわめ,それに適した機能を用意しています.該当する処理にはいろいろありますが,手術当日の患者誘導を例にして紹介します..手術当日の患者誘導手術当日の患者の誘導につき,筆者が手術開始予定時刻,術式別医師別平均手術所要時間,実際の進捗情報はじめ,手術に関する諸情報を使って自動化を図ろうとしていていました.これに対し,手術室のプロジェクトメンバから,「手術室スタッフが,手術の進捗を見て手操作で行いたい.そのほうが実態に合っている」との要請がありました.自動化するために必要な情報は揃っているのでシステムで処理したい筆者でしたが,“何でもシステム化の対象とせず,柔軟な判断ができる人間がやったほうがよい場合もある”という言葉を思い出しました.多種多様ある条件が複合し,ロジックを組み立てにくく,患者の状況に応じて臨機応変な対応が求められる手術現場では,そのほうがよいと判断しました.図1に病室→手術前室→手術室→手術前室→病室の簡単な流れを示しますが,作業プロセスは細分化すると22ものステップに分れます..操作術式別医師別平均手術時間から割り出した所要時間を積算し,どの手術が何時何分頃始まるかのおおよその手術開始時刻と手術の順番を手術台ごとに決めておきま(71)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY何でもシステムで処理するのではなく,システムが処理したほうがよい作業と人間が判断したほうがよいと思われる作業とがあります.とかく技術者は最初から前者で臨む傾向にありますが,人間が判断したほうが現実的な実行可能解が見つかることが多々あります.システムは判断に必要な情報を見やすい形で表示し,できるだけ簡便な操作でやりたいことができる機能を提供する役割です.す.ここまでの準備はシステムが情報を提供し,担当スタッフはその情報を見て,画面上で手術スケジュールを作ります.このスケジュール情報を手術プロセス管理画面の該当欄に表示します.図1に,場所に応じて行う作業を①~⑥のステップで示しましたが,これに対応したステータスが手術プロセス管理画面に表示されます.手術室スタッフはこれを見ながら,手術室の現場の状況を勘案し,病室→手術前室→手術室→手術前室→病室のように画面上で患者を移動させます(図2).①術前処置,②搬入前処置③術前処置④手術⑤術後処置⑥帰宅後処置図1手術患者の動き*KazushiSugiura:杉浦技術士事務所(情報工学部門)http://sugi-tec.tokyo/あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141493 病棟看護師は,搬入を指示された患者を手術室へ搬出.手術プロセス管理現在病室にいて,術前準備完了している患者のうち,誰を手術室に搬入するのかを指示(看護師の判断,手操作)ナースステーションにポップアップして表示されるガイド手術室前室での術前処置が終わった患者のうち,誰を手術するのかを指示(看護師の判断,手操作)手術が終わった患者のうち,誰を前室に運び,術後処置をするのかを指示(看護師の判断,手操作)術後処置が終わった患者のうち,誰を病室へ戻すかを指示(看護師の判断,手操作)病棟看護師は,搬入を指示された患者を手術室へ搬出.手術プロセス管理現在病室にいて,術前準備完了している患者のうち,誰を手術室に搬入するのかを指示(看護師の判断,手操作)ナースステーションにポップアップして表示されるガイド手術室前室での術前処置が終わった患者のうち,誰を手術するのかを指示(看護師の判断,手操作)手術が終わった患者のうち,誰を前室に運び,術後処置をするのかを指示(看護師の判断,手操作)術後処置が終わった患者のうち,誰を病室へ戻すかを指示(看護師の判断,手操作)図2手術プロセスを管理する画面とその使い方(特許取得済み)手術終了図3手術進捗状況に応じたメッセージ群その指示は,関係部門の画面にポップアップして表示されます.複数の患者が同じステータスのとき,どの患者を移動の対象にするかは,その時々の状況に応じて一定ではありません.一定でないとロジックを作るのが難しく,したがってシステムで自動的に処理することはできません.手術室スタッフの長年の経験で対応するほうが現実的と判断し,仕様としました..安心して操作するためにシステムで処理するのではなく,スタッフに任せたほうがよい場合を紹介してきましたが,操作するにあたっては,何となく不安になるものです.そこで,イベントが発生するたびに,作業内容に応じたわかりやすいメッセージ(図3)を表示し,安心して操作できるようにしています.このメッセージに応答すると患者のステータスが変わり,各部門の関係者は患者の手術進捗状況を知ることができ,ステータスに対応した事前準備が可能になります.(※本文中のアイデア,表現などの知的所有権は,すべて宮田眼科病院に属します)☆☆☆1494あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(72)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 137.YAGレーザー後嚢切開術後の網膜剥離(初級編)

2014年10月31日 金曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載137137YAGレーザー後.切開術後の網膜.離(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに後発白内障に対するYAGレーザー後.切開術後に,裂孔原性網膜.離の発症リスクが上昇することはよく知られており,その頻度は0.4~0.5%程度とされている1).筆者らは,かなり以前に同様の症例7例8眼の臨床的特徴をまとめて報告したことがある2).●YAGレーザー後.切開術後の網膜.離の自験例白内障手術から後.切開術までの期間は0.3~38カ月(平均18.4カ月),後.切開に要した出力は0.9~3.0mJ,後.切開の大きさは3×3mm~6×6mmであった.切開により7眼に明らかな前部硝子体膜の破綻が生じていた.後.切開から網膜.離発症までの期間は0.7~6カ月(平均2.8カ月)であった.8眼中2眼は強膜バックリング手術の既往があり,1眼は既存の裂孔の再開(図1ab),1眼は新裂孔形成による網膜.離が生じた.また,他の1例は僚眼に強膜バックリング手術の既往があった.全例に強膜バックリング手術を施行し,復位を得た.●YAGレーザー後.切開術後の網膜.離の発症機序YAGレーザー後.切開術後の網膜.離の発症機序としては,従来から①レーザー自体による網膜への直接侵襲,②熱エネルギーによる硝子体の性状変化,③硝子体の前方移動,④前部硝子体膜の破綻による硝子体の性状変化,などが指摘されている.YAGレーザーは照射部位から後方に行くに従い,急速にエネルギーが減衰するので①は考えにくい.また自験例では,総エネルギー12mJと比較的低い症例でも網膜.離が発症しており,②も原因としては考えにくい.最近では大半の症例が人工的偽水晶体眼なので③も考えにくい.もっとも可能性が高いのは④と考えられる.すなわち,切開範囲や照射(69)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1a細隙灯顕微鏡所見YAGレーザー後.切開術が施行してある.図1b眼底写真強膜バックリング手術の既往があり,後部硝子体.離の進行により既存の裂孔が再開している.エネルギーとは関係なく,大半の症例で前部硝子体膜が破綻し,硝子体中のヒアルロン酸が急激に減少して後部硝子体.離が進行しやすくなる.そして,それが誘因となり網膜.離が発症するものと考えられる.実際,YAGレーザー後.切開術後に後部硝子体.離が進行し,飛蚊症を自覚する症例をしばしば経験する.●YAGレーザー後.切開術に発症する網膜.離の危険因子自験例では8眼中3眼に強膜バックリング手術の既往があったことからも,もともと網膜.離の危険因子を有する症例にYAGレーザー後.切開術後の網膜.離が発症しやすいものと考えられる.よって,YAGレーザー後.切開術を施行する前には,眼底の状態を詳細に観察し,光凝固や強膜バックリング手術の既往,網膜格子状変性巣の有無,強度近視眼がどうかなどをチェックすることが重要である.これらの危険因子を有する症例にYAGレーザー後.切開術を施行した後は,術後の飛蚊症出現に注意するよう説明する.網膜.離が発症した際の手術法は通常の網膜.離と同様でよいと考えられるが,強膜バックリング手術既往眼では硝子体手術が適応となることが多い.なお,筆者の経験では,硝子体手術後の後発白内障にYAGレーザー後.切開術を施行した症例で網膜.離が生じたことはない.硝子体手術がすでに施行してあれば,網膜.離の危険因子があっても,比較的安心してYAGレーザー後.切開術が施行できるものと考えられる.文献1)StarkWJ,WorthenD,HolladayJTetal:YAGlasers.AnFDAreport.Ophthalmology92:209-212,19852)池田恒彦,田野保雄ほか:Nd-YAGレーザー後.切開術後に発症した裂孔原性網膜.離.眼紀39:1191-1195,1988あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141491

眼科医のための先端医療 166.近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療

2014年10月31日 金曜日

監修=坂本泰二◆シリーズ第166回◆眼科医のための先端医療山下英俊近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療本田茂(神戸大学大学院医学研究科外科系講座眼科学)はじめに近視性脈絡膜血管新生(myopicchoroidalneovascularization:mCNV)は病的近視の主要な合併症であり,自然経過では視力予後不良の疾患です1).最近,ヒト化抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)モノクローナル抗体であるベバシズマブや,そのFab断片を改良したラニビズマブの硝子体注射がmCNVの治療に使用されるようになりました.ただし,視力を維持するためには繰り返し硝子体注射を行う必要があり,最近の臨床研究ではラニビズマブの場合,最初の12カ月で平均3.5~4.6回の注射が必要でした2).そのため,感染性眼内炎などの局所合併症,あるいは脳梗塞などの全身合併症のリスクだけでなく,治療費が高額になるため患者負担や医療経済上の問題も懸念されます.また,硝子体注射という手法はmCNVの発症予防や再発予防といった目的には適さないため,いったん寛解した病変に対しては再発が生じるまで経過観察が基本であり,したがって病変再発のたびに徐々に患者の視力が失われてゆくリスクもあります.このような問題に対処するために,筆者らは内服薬や点眼薬による治療法を開発することが重要と考えました.これらは投与方法が容易であるため広く臨床応用が可能であり,また予防投与にも使えることから,その適応は広いと思われるからです.ビスフォスフォネート(bisphosphonate:BP)は元来,破骨細胞の強力な抑制薬として骨粗鬆症の加療に広く使用されている経口薬ですが,抗血管新生作用や抗炎症作用など多彩な機能があり3)(図1),また動物実験で後眼部組織(網脈絡膜や強膜)への移行も確認されていることより,BP薬内服によるCNV治療を着想しました.筆者らは,基礎研究でBPが培養網膜色素上皮細胞中のVEGFやインテグリンの発現を抑制し,またマウスのレーザー誘発CNVの発生を抑制することを確認4),さらに滲出型加齢黄斑変性患者やmCNV患者を対象とした6カ月間の試験的臨床研究においてBPによるヒトCNVの治療効果を証明しました5).本稿ではmCNVに対するBP薬の内服による2年間までの治療効果を抗VEGF療法,光線力学療法(photodynamictherapy:PDT)および無治療群と比較して紹介します6).図1ビスフォスフォネートの多彩な作用窒素含有ビスフォスフォネート(NBP)には骨吸収の抑制だけでなく,さまざまな作用がある.(CaragliaMetal:Endocrine-RelatedCancer13:7-26,2006)(65)あたらしい眼科Vol.31,No.10,201414870910-1810/14/\100/頁/JCOPY ベースラインと比較した平均矯正視力(logMAR)の変化抗VEGF群PDT群BP群無治療群-0.4-0.3-0.2-0.10***0.1**0.20.30.40.50.601369121824(月)各観測点における眼数抗VEGF群3728313430352722PDT群2019141816171513BP群2121212018181615無治療群2212211717181419図2各治療群における平均視力(logMAR)の経過抗VEGF群,PDT群,BP群共に無治療群に比べて有意に視力経過が良好であった.*p<0.05,***p<0.0005近視性脈絡膜血管新生に対するBP療法臨床試験(抗VEGF療法,PDT,無治療との比較)BP群のなかで4例4眼(BP群における治療眼の19%,症例の24%)において,24カ月の経過中に抗VEGF療法によるブースター治療を計5回行いました(1つの被筆者らは17例21眼の連続した未治療mCNV症例にブースター治療眼に対し1.3±0.5回,BP群における治対するBP療法として,アレンドロネート5mg/日ま療眼全体での1眼に対し0.2±0.5回相当).これは抗たは35mg/週の継続内服を行い,病変の活動性が高VEGF群における初回治療後の再治療回数平均が0.9±いときには抗VEGF療法によるブースター治療を追加1.3であったのに対して有意に少ない数でした(p=しました.抗VEGF療法(37例37眼)はベバシズマブ0.0084,対応のないt検定).BP群の1例で内服開始後またはラニビズマブを必要時に硝子体内注射し,PDT約6カ月に両眼の虹彩炎を生じたため,内服を中止して(20例20眼)はビスダインR使用にて標準的な方法で行リンデロン点眼を使用しました.虹彩炎は徐々に沈静化いました.し,視力などに影響はありませんでした.その結果,治療開始後の平均視力はBP群,PDT群では2年間維持されました.抗VEGF群の平均視力は治療開始後3カ月で有意に改善しましたが,1年では改上記の試験によって,BP薬内服がmCNVによる視善度が低下し,2年では治療前視力との有意差はありま力低下を抑える一方で,病変の再発を抑制し,抗せんでした.無治療群(22例22眼)は観察期間18カ月VEGF療法による再治療回数を減らすことが示唆され以降で,ベースラインに比べて有意に平均視力が悪化しました.過去の報告と同様,今回の検討でもmCNVはました.治療群間比較においてBP群,抗VEGF群,無治療では徐々に進行し,有意な視力低下をきたしましPDT群の平均視力経過はいずれも無治療群よりも有意たが,BP群では少なくとも2年の経過中に平均視力はに良好でした(図2).また,光干渉断層計(optical維持されました.この視力維持効果はすでに報告されてcoherencetomography:OCT)で測定した中心網膜厚いるPDTの効果と同等でした.PDTの患者に対するの平均はBP群,抗VEGF群,PDT群のすべてにおい負担を考えると,BP薬によるmCNV治療は大変有用てベースラインよりも24カ月後で有意に減少しました.性が高いと考えます.経口BP療法の実臨床使用法1488あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(66) BPは本来,骨粗鬆症の治療薬ですが,その抗血管新生作用が注目されて抗腫瘍治療への応用も試みられている薬物でもあります7,8).mCNVの発生には強度近視による網脈絡膜の器質的な変化だけでなく,加齢や性別の影響も相応に認められますが,上記試験における患者の平均年齢は65歳前後であり,また有意に女性が多く見られました(c2検定でp=3.8×10.7).骨粗鬆症も同様に加齢を基盤に発症する女性に多い疾患であり,その有病率は50歳以上の女性で約30%,80歳以上の男性で約20%といわれています9,10).現在では多くのBP内服薬が使用されていますが,興味深いことに,筆者らが行った学内後ろ向き研究では,BP薬を服用している患者の滲出型加齢黄斑変性罹患率は非服用者の1/10ぐらいでした(平成20年度厚生労働省難病疾患研究班報告書).実際に治療目的でBP薬が眼科疾患に臨床応用された例はありませんが,人口高齢化によって骨粗鬆症とCNVを併せもつ患者も大勢いると考えられるなか,かりにBP薬がCNVの治療薬として機能した場合,とくに女性に多いmCNV患者にとっては,mCNVと骨粗鬆症の治療,予防と二重の恩恵が期待できます.今回の比較検討では抗VEGF群のみで治療後3カ月における平均視力の有意な改善がみられたことから,実臨床にあっては初期に抗VEGF療法による導入療法を行い,その後の維持療法としてBP薬を用いる方法が現実的でしょう.BP薬によるmCNVの再発予防ができれば,抗VEGF群でみられた病変再発による視力改善幅の減少を抑えることができるかも知れません.事実,BP群においてブースター療法として必要であった抗VEGF療法の回数が,抗VEGF群における再治療回数よりも有意に少なかったことは,これを裏付けるものと思われます.今後の展望としては,抗VEGF療法後の維持療法としてBP薬内服の有無を無作為に割り付けた前向き試験を行い,mCNVの治療における同薬の有用性を確認したいと考えています.文献1)YoshidaT,Ohno-MatsuiK,YasuzumiKetal:Myopicchoroidalneovascularization.A10-yearfollow-up.Ophthalmology110:1297-1305,20032)WolfS,BalciunieneVJ,LaganovskaGetal:RADIANCE:arandomizedcontrolledstudyofranibizumabinpatientswithchoroidalneovascularizationsecondarytopathologicmyopia.Ophthalmology121:682-692,20143)GreenJR:Bisphosphonates:preclinicalreview.Oncologist9:3-13,20044)NagaiT,ImaiH,HondaSetal:Antiangiogeniceffectsofbisphosphonatesonlaser-inducedchoroidalneovascularizationinmice.InvestOphthalmolVisSci48:5716-5721,20075)HondaS,NagaiT,KondoNetal:Therapeuticeffectoforalbisphosphonatesonchoroidalneovascularizationinthehumaneye.JOphthalmol2010:206837,20106)MikiA,HondaS,NagaiTetal:Theeffectsoforalbisphosphonatesonmyopicchoroidalneovascularizationover2yearsoffollow-up:apilotstudycomparingwithanti-VEGFtherapyandphtodynamictherapy.BrJOphthalmol97:770-774,20137)ZiebartT,ZiebartJ,GaussLetal:InvestigationofinhibitoryeffectsonEPC-mediatedneovascularizationbydifferentbisphosphonatesforcancertherapy.BiomedRep1:719-722,20138)HashimotoK,MorishigeK,SawadaKetal:AlendronatesuppressestumorangiogenesisbyinhibitingRhoactivationofendothelialcells.BiochemBiophysResCommun354:478-484,20079)藤原佐枝子:骨粗しょう症:診断と治療の進歩Ⅰ.骨粗しょう症の概念2.骨粗しょう症の疫学と危険因子.日本内科学会雑誌94:614-618,200510)藤原佐枝子:男性骨粗鬆症の疫学.THEBONE20:137141,2006■「近視性脈絡膜血管新生に対するビスフォスフォネート薬内服治療」を読んで■今回は本田茂先生によるBP薬内服によるCNV「mCNVと骨粗鬆症の治療,予防と二重の恩恵が期待治療開発の解説です.本文中にも本田先生が書いておできます」とのことであり,大変有意義であると考えられますが,硝子体注射という治療法はいろいろなリられます.スクを含む方法である以上,それを克服するような治本田先生の研究の意義としては,その他にも次の3療法が今後開発される必然性があります.治療法には点があげられます.それぞれの特徴があり,多様な治療法を眼科医が獲得1.日本人の発想により,日本人の手による新薬開することは患者にとって大きなメリットになります.発であること.日本の新薬開発能力は世界でも有しかも,今回,本田先生が開発された治療薬は数ですが,1位の米国に大きく水をあけられてい(67)あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141489 る状況です.これを克服するためには,一つひと薬が承認された暁には,本薬の臨床的な応用はまつの成功例を積み上げていくしかあれません.臨さに眼科診療にぴったりのものとなります.さら床への応用も始まっており,大変有望な治療法のには眼科の治療がほかの領域の疾患治療とも整合開発と考えます.性よく行われることにより(この場合には骨粗鬆2.今回の本田先生のお仕事は,ビスフォスフォ症の治療),全身的な管理などを複数の目でチェッネート薬としてアレンドロネートというすでに臨クできるようになるのではないかと期待できま床的に使われている薬剤の新しい治療への応用です.また,眼科医療の医療界でのプレゼンスを高す.すでに安全性の確立している薬剤を使うことめるためにも役立つと考えられます.により,診療に使えるまでの期間の短縮が期待さ日本の医学が今回のように有用でユニークな薬物をれます.今後,このような発想での薬物治療開発開発し世界に貢献することは,日本の医療を守ることは,これまでの蓄積の大きな日本においては有用にもつながると考えます.本田先生の研究が発展し,な戦略となりえるのではないでしょうか?臨床現場で普通に使える薬物の開発という形で実を結3.今回の発想はまさに眼科臨床医が日常臨床でのぶことを,こころから祈念します.問題点の解決をめざした成果と考えられます.本山形大学医学部眼科学山下英俊☆☆☆1490あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(68)

新しい治療と検査シリーズ 221.Swept-Source OCT(SS-OCT)

2014年10月31日 金曜日

新しい治療と検査シリーズ221.Swept.SourceOCT(SS.OCT)プレゼンテーション:古泉英貴東京女子医科大学眼科学コメント:大音壮太郎京都大学大学院医学研究科眼科学.バックグラウンド光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)が眼科臨床に初めて導入されたのは1996年であるが,その後の技術革新はめざましく,2006年に発売されたスペクトラルドメインOCT(spectraldomainOCT:SD-OCT)は光波の干渉をフーリエ(Fourier)空間という虚空間で行うことで飛躍的な高速化をもたらした.しかしながらSD-OCTの課題として残されていたのが,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)よりも深部の組織の視覚化であった.SD-OCTを用いて撮影方法の工夫をすることで,RPEよりも深部の組織,とりわけ脈絡膜全層の断層像の視覚化を可能としたenhanceddepthimagingOCT(EDI-OCT)法1)が2008年に発表されると,黄斑疾患や緑内障などにおける病態と脈絡膜断層像との関連を研究した報告が相次いだ.EDI-OCT法は市販のSD-OCTを用いた簡便な方法であるが,コントラストの良い画像を得るためには多数の画像の加算平均処理が必要であり,とくに固視不良の黄斑疾患の症例などでは検査に要する時間が非常に長くかかるのが難点であった..新しい検査法今回紹介する新しい検査法はスウェプトソースOCT(sweptsourceOCT:SS-OCT)2)である.誌面の都合上,光学的理論の詳細は割愛するが,SS-OCTにおいてもSD-OCTと同様に光波の干渉はFourier空間で行う.SD-OCTで用いられる光源であるスーパールミネセントダイオードから発振される光には多様な波長の光が含まれており,画像構築には分光器を用いる必要があった.SS-OCTでは波長を順次高速で切り替えて発振できる波長掃引(sweptsource)レーザーを光源として用いるため分光器の必要がなく,さらなる高速撮影が(63)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY図1現在市販されているSS.OCT(DRIOCT.1,トプコン)可能となり,分解能も高まった.2012年にトプコンから発売されたDRIOCT-1(図1)では,SS-OCTに中心波長1,050nmの長波長光源を用いているため(長波長SS-OCT),組織侵達性に優れ,眼底深部組織を高精細に画像化することができる.DRIOCT-1の走査速度は毎秒100,000Aスキャン/秒で,従来のSD-OCTの26,000~70,000Aスキャン/秒と比較して高速であり,眼球運動の影響の軽減も可能となった.また,深さ方向にも広い測定レンジを有するため,硝子体から網膜,脈絡膜,そして強膜に至るまでの領域全体を高い精度で描出できる3,4)..実際の検査法DRIOCT-1を用いた眼底断層撮影は非常に簡便であり,初心者でもオートレフを走査するような感覚で高精度の断層像を取得可能である.長波長光を用いるため,従来のSD-OCTと比較しても白内障や硝子体混濁の影あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141485 図2SS.OCTで撮影した実際の画像滲出型加齢黄斑変性の症例.網膜のみならず,脈絡膜や強膜などの眼底深部組織が明瞭に描出されている.響を受けにくい.また,長波長光は眼に見えないため,被験者は撮影光が不可視の状態となり,非常に安定した状態で撮影を行うことができる.最長12mmのラインスキャンでは,黄斑部から視神経乳頭を同時に含む断層像が得られる(図2).ボリュームスキャンでは最大12×9mmの領域の情報を高速で取得可能であり,内蔵の自動解析ソフトウェアを用いることで網膜各層の層別解析のみならず,脈絡膜厚のマッピングまでも可能である..本法の利点脈絡膜を含む眼底深部組織は多くの疾患における病態の首座であり,その断層像の定性的,定量的評価は今後ますます重要な課題となってくるものと思われる.SS-OCTは今後,眼底疾患のさらなる病態の解明のみならず,われわれの日常診療をも一変させるポテンシャルを有している機器である.文献1)SpaideRF,KoizumiH,PozonniMC:Enhanceddepthimagingspectral-domainopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol146:496-500,20082)YunS,TearneyG,DeBoerJetal:High-speedopticalfrequency-domainimaging.OpticsExpress11:29532963,20033)Ohno-MatsuiK,AkibaM,MoriyamaMetal:Acquiredopticnerveandperipapillarypitsinpathologicmyopia.Ophthalmology119:1685-1692,20124)ItakuraH,KishiS,LiDetal:Observationofposteriorprecorticalvitreouspocketusingswept-sourceopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci54:3102-3107,2013.「Swept.SourceOCT(SS.OCT)」へのコメント.DRIOCT-1は京大眼科でもフル稼働中で,硝子体画像を確認・修正する必要があり,正確な解析には労の観察,脈絡膜の3次元構造評価,篩状板の描出など力を要する.強膜は脈絡膜側しか描出できない場合がに用いている.また,下部でも信号の減衰が少ないた多く,強膜厚が測定できるのは高度近視症例などに限め,弯曲の強い高度近視症例にも有効である.られる.硝子体の可視化はenhancedvitreousvisualしかしながら使用する際に注意すべき点も見つかっization(EVV)モードが搭載されて劇的に良くなったている.脈絡膜自動セグメンテーションには注意が必が,撮影に若干の工夫が必要で,さらに後処理でコン要で,脈絡膜が厚い症例などではエラーを起こす場合トラストなどを調整したほうがよい.があり,マニュアルでの修正が必要である.3次元ラ今後ソフトウェアの改良で改善される可能性はあるスタースキャンの場合には100枚以上のBスキャンが,これらを留意して解析に用いるべきである.1486あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014(64)

私の緑内障薬チョイス 17.片眼治療の薬物チョイス

2014年10月31日 金曜日

連載⑰私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也連載⑰私の緑内障薬チョイス企画・監修山本哲也17.片眼治療の薬物チョイス本庄恵東京都健康長寿医療センター第一選択薬のプロスタグランジン(prostaglandin:PG)薬は確実な眼圧下降が魅力だが,眼局所副作用がアドヒアランス低下をまねきかねない側面もある.とくに片眼治療の症例では,眼局所副作用を強く自覚することが多いため,副作用の許容と眼圧下降の必要性についてよく説明し,アドヒアランスを確認することが大切である.症例165歳,男性.53歳初診時視力は右眼(1.2×.4.0D),左眼(1.2×.4.0D),眼圧は両眼とも16mmHg,中心角膜厚は右眼(508μm),左眼(487μm),両眼とも近視乳頭でコーヌスを認め,左眼は傾斜乳頭で視神経乳頭陥凹拡大およびリムの菲薄化が著明,網膜神経線維層欠損(nervefiberlayerdefect:NFLD)を認めた(図1).初回Humphrey静的視野検査30-2ではあきらかな緑内障性変化は顕在していなかったが,経過中Goldmann視野検査で周辺の視野障害を認め,ラタノプロスト点眼を左眼のみ開始した(図2).5年目にラタノプロストからトラボプロストに点眼変更,b遮断薬を追加,眼圧10mmHg程度で7年間経過している.12年目のOCTでは,左眼NFLDおよびGCC黄斑解析で菲薄化を認め,静的視野検査はMD値悪化はさほどないが,NFLDに一致する部位の感度低下の顕在化を認めている(図1,2).最近になり,左上眼瞼溝増強+眼瞼下垂が気になるとの訴えが出てきた(図3).症例279歳,女性.左眼眼圧30mmHgと高いため紹介受診.視力は右眼(1.0),左眼(0.3),静的視野検査では左眼(.16.49dB)は上方に感度低下が顕著であったが,下方の中心視野は保たれていた.右眼(.10.29dB)は視神経低形成を合併しており,前医では治療を受けていなかった.10年近くPG薬を左眼のみ点眼しており,左上眼瞼溝増強+眼瞼色素沈着が著明であった.左眼は水晶体再建術+濾過手術を施行,眼圧は8mmHg,視力(1.0)で経過している.術後3カ月の時点で自覚的に左上眼瞼溝深化(deepeningoftheuppereyelidsulcus:DUES)および色素沈着が改善してきた(61)0910-1810/14/\100/頁/JCOPY右眼左眼ABA:初診時の視神経乳頭では近視変化によるコーヌスを認め,左眼に視神経乳頭陥凹および神経線維層欠損を認める.B:12年目に撮像のOCTでは,左眼NFLDおよびGCC黄斑解析で菲薄化を認めた.ことが一番うれしいとのことであった(図3).右眼の視野障害が進行性であり眼圧変動もあることから,緑内障治療適応がある旨を説明したところ,PG薬点眼は避けたいとの申し出があった.眼圧下降治療と副作用エビデンスを有する緑内障治療は眼圧下降治療のみであり,第一選択薬のPG薬は確実な眼圧下降が魅力だが,充血や色素沈着,睫毛の伸展,DUESや眼瞼下垂といった眼局所副作用が問題となっている.緑内障では片眼のみ治療を必要とする症例も少なくないが,こういった症例では左右差がきわだつため,患者が眼局所副作用を図1症例1の視神経乳頭およびOCT本欄の記載内容は,執筆者の個人的見解であり,関連する企業とは一切関係ありません(編集部).あたらしい眼科Vol.31,No.10,20141483 AB左眼左眼AB左眼左眼図2症例1の視野検査A:静的視野検査では,初診時は両眼とも有意な感度低下を認めなかった(右眼+1.42dB,左眼+0.87dB).B:12年目の静的視野検査では,左眼のMD値の変化はさほどないが,NFLDに一致する部位の感度低下の顕在化を認めている(左眼.0.62dB).自覚することが多く,アドヒアランスの低下をまねきかねない.PG薬の眼局所副作用は,ラタノプロスト,タフルプロストと比較してビマトプロスト,トラボプロストで強いことが報告されており1),一方で眼圧下降効果への反応にも個人差があることから,長期にわたる緑内障治療の良好な継続のために,PG薬の処方においては眼圧下降効果と同時に,眼局所副作用にも留意することは重要と考えられる.症例の検討症例1では初診時には顕在化していなかった左眼NFLDに対応する感度低下が,12年の経過で確実な緑内障性変化を呈した.進行はある程度抑制できていると判断できるため,早期からの緑内障治療開始は正しい選択であったと考えられる.しかし,眼瞼下垂は悪化すればQOVを損なうものでもあり,進行症例ではなかったことから,これらの眼局所副作用を生じてでも強力に治療すべき症例であったかどうかはやや疑問も残る.同様の他症例では,視野障害の自覚症状もないのに副作用が出る点眼を継続したくないとのことで,PG薬と同等の眼圧下降効果が報告されているb遮断薬/炭酸脱水酵素阻害薬配合剤に切り替え,良好なアドヒアランスを得ることができた.症例によっては1回点眼が2回点眼になっても,眼局所副作用を避けるほうが良好なアドヒアランスを望める場合もある.症例2は左眼圧上昇が著明であり,濾過手術による眼圧下降を得たことから,PG薬の使用を中止できた症例である.視野障害進行例だが,患者本人にとっては視野障害の悪化も苦痛だが,コスメティックな問題はさらに1484あたらしい眼科Vol.31,No.10,2014AB図3症例1,症例2の顔写真A:症例1.睫毛の高さが左右で異なり,左眼瞼下垂,DUESを認める.B上:症例2.左眼の眼瞼色素沈着,睫毛伸長,DUESを認める.B下:症例2.PD薬中止後3カ月.DUESが浅くなっている.苦痛となっていたようである.進行症例では医者側も治療に苦慮し,複数点眼を処方,眼局所副作用には無頓着になりがちであるが,可能な範囲で眼圧下降・視野維持と同時に患者のQOL面にも配慮したいと気がつかされた症例であった.まとめ緑内障治療で眼圧下降を最優先に考えるのは進行側よりの観点からは当然であるが,結果として生じる眼局所副作用については,医師側が考える以上に患者側にとっては気になるという報告もされている2).実際,DUESなどの眼局所副作用は,性別年代を問わず,アドヒアランスが低下し,治療を中止してしまう場合も少なくない.とくに片眼治療の症例では眼局所副作用を強く自覚することが多い.緑内障病期や眼圧の状況で優先順位は異なるが,眼局所副作用の許容と眼圧下降の必要性についてよく吟味・説明し,病識・アドヒアランスを確認することが非常に重要である.文献1)SakataR,ShiratoS,MiyataKetal:Incidenceofdeepeningoftheuppereyelidsulcusontreatmentwithatafluprostophthalmicsolution.JpnJOphthalmol58:212217,20142)InoueK,ShiokawaM,HigaRetal:Adverseperiocularreactionstofivetypesofprostaglandinanalogs.Eye26:1465-1472,2012(62)