連載①二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科1.TitmusStereoTestと60秒はじめに私たちは情報の8割を視覚から得ている.自分の身体を原点に広がるX・Y・Z軸三次元の空間,それを認識するための情報は,両眼の網膜に映る二次元の像だけである.二次元から三次元を作り出す眼と脳のしくみについて考えていきたい.左右眼が別々に得た外界の情報を脳で統合し,単一の視的感覚としてとらえる働きのことを両眼視機能とよぶ.初回はそのもっとも高度な力である立体視について説明する.TitmusStereoTestTitmusStereoTest(TST)1)は右側に大きなハエ(以下fly)の絵,左側に二重円(以下circle)4つからなる9組の表と,5匹の動物(以下animal)からなる3組の表で構成される立体視検査である(図1).絵の一部に水平方向のずれを作ることで,偏光眼鏡下にその部分が浮き上がって見えるしくみである.そのずれが視差(後述)となるが,大きいほど浮き上がりも大きく,小さいほど浮き上がりも小さく検出がむずかしい.検出できる最小の視差を調べて立体視力(stereoacuity)とする.視差は角度を用いて表す.角度は時計と同じ60進法である.1度=60分(arcminutes)=3,600秒(arcseconds).もっとも大きな視差はflyの羽先端部に認められ,3,552秒である.circle表では4つのcircleの1つに視差がつけてあり,表の左上から右下に進むほど800・400・200・140・100・80・60・50・40秒と小さくなる.animal表では5匹のうち1匹に視差がつけてあり,A・B・Cそれぞれ400・200・100秒である.検査はfly→animal→circleの順に浮き上がりを検出できるかを調べる.fly,A・B・C,9表すべて正答できればfly(+)3/39/9と表す.立体視検査の機序左右眼の網膜に別々の像を映すために,特殊なレンズや鏡筒などを使って入力を分けることを両眼分離とよぶ.TSTでは偏光板を用いて視覚入力を分離する.偏光板は結晶構造が同一方向に並ぶため,それと同じ方向に振動する光の波だけを通す性質をもつ(図2).偏光板の向きが垂直のものは垂直方向に振動する光を通すが,水平方向に振動する光は通さない.たとえば偏光板の向きを,右眼鏡と右眼に映したい絵では垂直に,左眼鏡と左眼に映したい絵では水平にそろえることで両眼分離が可能となる(図3).右眼で見える羽と左眼で見える羽を異なる点線で表す.羽の中央を点Ar,点Alとする.右眼でArを固視するとき,眼位が正位であれば,両眼の中心窩はArを向く.右眼中心窩FrにはArが映るが(Ar’),左眼中心窩FlにはArが映らず,AlがFlよりわずかに耳側に映る(Al’).Ar’とAl’は羽という同質図形の像の一部であるため,脳では2つの像を融合させようとする力(融像力)が働き,このときプレート面から羽が浮き上がって見える.被検者に横から羽をつかむよう指示し,プレート面から3cm以上離れてつかもうとする場合には立体視ありとし,fly(+)と表す.プレートを直接触る場合には立体視なしとし,fly(?)と表す.このとき右下のR,左下のLの文字が同時に見えるかどうかを問う.同時に見えれば両眼視しているが,R・Lどちらか一方しか見えなければ単眼視あるいは交代視していると考える.固視点より手前で右眼と左眼の視線(固視点と中心窩を結ぶ線)が交わるようなずれを交差性の視差とよぶ.交差性視差をもつ同質の像を融像させると凸の感覚を生じる.*交差性視差→凸の感覚検査表を上下反転させると今度は絵が引っ込んで見える.右眼で見る絵が右側に,左眼で見る絵が左側にずれ,ずれの方向が逆になったためである.固視点より遠方で左右眼の視線が交わるようなずれを同側性視差とよび,融像させると凹の感覚を生じる.*同側性視差→凹の感覚視差(binoculardisparity)視差(binoculardisparity)2)の本質は図3の網膜上の距離Fl-Al’である.この距離で視差を表すと正確だが,実際には測定困難のため,便宜上角度∠FlOAl’で代用する.点Oは結点とよばれる光学上の点で水晶体の後極にほぼ一致する.この点を通る光は屈折せずに進む.しかし角度∠FlOAl’を用いると,瞳孔間距離や検査距離によって距離Fl-Al’が変動し,一定でないという問題がおきる.検査距離を40cmと一定に保つこと,瞳孔間距離の狭い小児ほど距離Fl-Al’が短くなり,視差の検出がむずかしいことに注意が必要である.正常両眼視機能をもつ人は40~60秒というわずかな視差を検出できる.60秒はcircle表では7番目,40秒は9番目である.逆に7/9以上正答できれば,正常両眼視をもつと考えてよい.TSTは両眼視機能のスクリーニングとして有用である.まれに両眼視不良でも素早い交代視で7/9以上正答できる例もあり,検査中の眼位の観察が大切である.小児では3~4歳で検査可能となり,5/9以上を正常とする.両眼分離の方法として,赤緑眼鏡と赤・緑の絵を使うものもある.TNOStereoTestやNewStereoTestなどである.TNOStereoTestにおいて,赤レンズ下では緑レンズ下よりコントラスト低下が大きく,左右眼のコントラスト差を生じるという報告がある3).もともと左右差のある片眼弱視では影響を受けやすく,注意が必要である.文献1)勝海修:立体視の検査.弱視・斜視のスタンダード(不二門尚編),専門医のための眼科診療クオリファイ22,p109-121,中山書店,20142)TychsenL:Binocularvision.InAdler’sphysiologyoftheeye(edbyHartWM),p779-786,Mosby,StLouis,19923)矢ヶ崎悌二:立体視検査法の問題点.神眼23:416-427,2006図1TitmusStereoTest偏光板を用いて両眼分離する定量的立体視検査.両眼視機能のスクリーニングとして有用である.図2偏光板偏光板の向きと同じ方向に振動する光のみを通過させる.図3TSTの機序交差性視差を持つ同質図形(羽)を融像させると凸の感覚を生じる.Fr:右眼中心窩Fl:左眼中心窩.(75)あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016835836あたらしい眼科Vol.33,No.6,2016(76)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY