特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):203~208,2015特集●最先端の硝子体手術あたらしい眼科32(2):203~208,2015網膜色素変性に対する遺伝子治療の実際と可能性CurrentandFutureGeneTherapyforPatientswithRetinitisPigmentosa池田康博*はじめにわれわれが取得する外界情報の約80%を得るために必要な視覚を失うこと,すなわち「失明」は,患者のQOL(qualityoflife)を著しく低下させ,社会活動は大幅に制限される.世界の中途失明原因の上位を占める疾患のうち白内障や緑内障は,手術療法の進歩や点眼薬などの充実により治療することができる疾患となった.一方,網膜色素変性(retinitispigmentosa:RP)などのように現時点で有効な治療法が確立されていない疾患も数多く存在しており,早期の治療法開発が望まれている.このような難治性疾患に対する新しい治療法として期待されている方法の一つが,遺伝子治療である.2001年には米国のジョンズ・ホプキンス大学において,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する遺伝子治療の臨床プロトコールが提出され1),眼科領域における遺伝子治療の臨床応用の幕が開けた.これまでに,網膜芽細胞腫2),AMD3),レーバー先天盲(Leber’scongenitalamaurosis:LCA)4~6)という疾患に対する遺伝子治療臨床研究が報告されている.本稿では,平成25年3月よりスタートしたアジア初となるRPに対する遺伝子治療臨床研究を中心に遺伝子治療について紹介する.I遺伝子治療という治療法RPは網膜に発現する分子の遺伝子異常によって,最終的には視細胞死(アポトーシス)が生じる疾患である.分子遺伝学の発展により,これまでに多くの原因遺伝子が同定されているが,遺伝子診断にとどまらず,病態の理解や治療にまで応用しようと考えるのは自然な発想であろう.遺伝子治療の当初の発想は「遺伝子の異常を直す」,すなわち病気を根本的に治療しようというもので,この場合,欠陥のある遺伝子を正常遺伝子と置換することができれば理想的である.しかし,そのためには遺伝子相同組換えという技術を用いる必要があるが,相同組換えの効率が非常に低いことから,現時点で実現はむずかしい.そこで,現実的には,遺伝子異常を有する細胞に単に正常遺伝子を補充する(異常な遺伝子はそのまま残る)方法が取られているが,この方法では異常な遺伝子が機能を失うタイプのもの(ロスオブファンクション異常)にしか対応できないという欠点がある.また,RPは原因遺伝子が多岐にわたるため,特定の遺伝子を対象とした場合,対象患者が限られてしまうことが考えられる.一方,遺伝子治療技術が具体化するにつれ,「遺伝子を用いて治療する」方法が考えられるようになった.RPに対しても,神経栄養因子(毛様体由来神経栄養因子:CNTF,色素上皮由来因子:PEDFなど)やアポトーシス阻害因子(Bcl-2など)を網膜色素上皮細胞(retinalpigmentepithelium:RPE)や視細胞に遺伝子導入することで,基礎研究の段階ではあるが視細胞死を抑制できることが明らかとなっている7~9).また,最近では網膜神経節細胞に光を感受する遺伝子(channelrhodop*YasuhiroIkeda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕池田康博:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(31)203204あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(32)期間に重篤な副作用がないこと,光に対する感度が上昇した症例があることが示されている6).このように,LCA2に対する遺伝子治療は安全性と治療効果が複数の施設で確認され,症例も着実に積み重ねられている.より若年の症例を適応とすることにより,さらに高い治療効果が期待される.III網膜色素変性(RP)に対する視細胞保護遺伝子治療のコンセプトRPは網膜に発現するさまざまな分子の遺伝子異常によって最終的には視細胞死が生じるが,その共通するメカニズムは視細胞のアポトーシスと考えられている.われわれの視細胞保護遺伝子治療のコンセプトは,眼内に神経栄養因子を過剰発現させることにより,視細胞のアポトーシスを抑制しようというものである(図1).今回の臨床研究で使用する治療遺伝子は,PEDFという神経栄養因子である.複数のRPモデル動物において,このPEDFの遺伝子導入による視細胞のアポトーシス抑制効果が認められた9,14~16).PEDF遺伝子を搭載したサル免疫不全ウイルス(SIV)ベクター(SIV-hPEDF)をRP患者の網膜下に投与し,そこから分泌されるPEDF蛋白の視細胞保護作用により視細胞の喪失を防ぎ,RP患者の視機能低下を防ぐことをめざす.臨床応用にあたり,安全性を確認するための大型動物(カニクイザル)を用いた急性毒性試験,長期安全性試験を実施し,眼局所ならびに全身に重篤な副作用を認めないことを明らかとし17),次項で紹介する臨床研究実施計画を立案した.IV臨床研究実施計画臨床研究実施計画の学内倫理委員会での審査は平成18年7月より開始され,承認までに約2年を要した.さらに,平成22年10月に厚生労働省へ実施計画を申請し,平成24年8月に厚生労働大臣より了承された.本臨床研究の主な目的は,SIVベクターの眼内投与の安全性を確認することである(第I相臨床研究).臨床研究実施計画の大まかな流れを図2に示す.まず第1ステージとして5名の被験者に低用量の臨床研究薬(SIV-hPEDF)を投与し各々4週間観察し,急性期の異常がsin-2)を遺伝子導入することで,網膜神経節細胞に光を感受する機能を賦与するという方法も開発されている10,11).このような方法の場合,遺伝子の欠陥は修正されないことから根本的な治療法にはなりえないものの,遺伝子異常の種類にかかわらずより多くの患者を対象とできる点で有利である.IIレーバー先天盲(LCA)に対する遺伝子治療LCAは,1869年Leberによって報告されたRPの類縁疾患で,生後早期(多くは生後6カ月以内)より高度に視力が障害される12).これまでに16種類の原因遺伝子が同定されており,ほとんどが常染色体劣性遺伝の形式をとる.80,000出生に1~2人の頻度で認められ,先天盲の約20%を占めるとされている.この疾患に対する臨床的に明確な効果を有する治療法は確立されておらず,予後は不良である.RPE65(LCA2)はRPEに発現し11-cis-retinalの産生にかかわるが,RPE65遺伝子に変異があると11-cis-retinalが産生されず,視細胞(桿体)が光に反応できなくなり,最終的に視細胞は死に至ってしまう.Aclandらは,このLCA2に対する遺伝子治療法として,アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを用いたRPEへの正常RPE65遺伝子導入という方法を試み,イヌのLCA2モデルにおいて著明な治療効果が得られることを報告した13).2007年2月より英国のグループによって,また2007年9月より米国ペンシルバニア大学のグループによって,ヒトLCA2患者に対する遺伝子治療臨床研究が開始されており,その途中経過が報告された4~6).英国での臨床研究では,17~23歳のLCA2患者3名に対して,AAVベクターが網膜下投与された.その結果,1名(症例3)では,投与部位に一致した感度の改善を認め,さらに暗所下での行動の著しい改善を認めたと報告されている4).また,米国の臨床研究でも同様に,19~26歳の3名の患者を対象に遺伝子治療が行われ,治療を受けた3名とも対光反応および視野に改善を認め,うち2名では視力の改善も認めたと報告されている5).同様に,米国フロリダ大学とペンシルバニア大学の共同研究グループからの報告でも,1年間の経過観察神経栄養因子を使った視細胞保護療法網膜に神経栄養因子(色素上皮由来因子)を遺伝子導入し,視細胞死を抑制する視力・視野日常生活に困る視細胞発症色素上皮由来因子遺伝子導入(PEDF)(神経栄養因子)網膜色素上皮細胞病気の進行を遅らせることに臨床的意義図1視細胞保護遺伝子治療のコンセプト網膜にPEDFを遺伝子導入し,分泌されるPEDF蛋白で視細胞死を防ぐ.67低濃度群(2.5×107TU/ml)インフォームド・コンセント(第1回)および患者登録患者適応の決定(先進医療適応評価委員会)治療前検査インフォームド・コンセント(第2回)治療開始(臨床研究薬投与)患者隔離解除(予定)0日7日血液・尿中・涙液中ベクターモニタリング28日急性期観察期間終了安全性評価(先進医療適応評価委員会)遺伝子治療室における患者隔離期間安全性判定・ステージアップの許可ステージアップ厚生労働省厚生科学課へ報告試験終了先進医療適応評価委員会最終患者投与より24カ月観察厚生労働省厚生科学課へ報告20高濃度群(2.5×108TU/ml)12543図2視細胞保護遺伝子治療臨床研究のおおまかな流れ臨床研究薬投与後1週間は遺伝子治療室で隔離状態となる.(33)あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015205206あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(34)れまでに低用量群5名の被験者に臨床研究薬を投与した.平成26年6月に高用量群へのステージアップの承認を受け,高用量群への投与をスタートする予定である.図3は第1症例での手術室の様子である.手術は,23ゲージでの硝子体切除術とし,後部硝子体.離を作製したのちに41G網膜下注射針(ドルク社製)を用いて臨床研究薬を網膜下投与した(図4).この際,黄斑部への投与を避けるように,原則4カ所に分けて計200μLを行った(図5).投与された臨床研究薬は,概ね1週間以内に吸収されるが,第3症例では臨床研究薬が吸収さ認められないことを確認した後,第2ステージで15名の被験者に高用量の臨床研究薬を投与する計画となっている.それぞれの被験者は投与後2年間の経過観察を行うが,副作用の発生については終生追跡される予定である.本臨床研究は,安全性の確認が主な目的となっているので,適応基準と除外基準が厳密に決められている(表1).V臨床研究の経過と今後の可能性平成25年3月26日より臨床研究はスタートし,こ表1臨床研究の適応基準と除外基準適応基準1.40歳以上の網膜色素変性患者2.1年以上九州大学病院で定期的に経過観察中で,病状が安定していると判断された患者除外基準(一部抜粋)1.失明している患者2.黄斑部合併症(黄斑上膜,黄斑浮腫など)のある患者3.緑内障を合併している患者4.網膜や網膜下に色変以外の病変(網膜出血など)を合併している患者5.心機能障害や肝機能障害など全身状態の悪い患者6.悪性新生物の既往のある患者7.妊娠または授乳中の患者など石橋教授筆者佐賀大学眼科江内田教授図3第1症例の手術室の風景筆者が術者となり臨床研究薬を投与した.41G針臨床研究薬投与部黄斑部図4左:ドルク社製41ゲージ網膜下注射針と臨床研究薬,右:第3症例の術中写真右眼に対して臨床研究薬を投与した.表1臨床研究の適応基準と除外基準適応基準1.40歳以上の網膜色素変性患者2.1年以上九州大学病院で定期的に経過観察中で,病状が安定していると判断された患者除外基準(一部抜粋)1.失明している患者2.黄斑部合併症(黄斑上膜,黄斑浮腫など)のある患者3.緑内障を合併している患者4.網膜や網膜下に色変以外の病変(網膜出血など)を合併している患者5.心機能障害や肝機能障害など全身状態の悪い患者6.悪性新生物の既往のある患者7.妊娠または授乳中の患者など石橋教授筆者佐賀大学眼科江内田教授図3第1症例の手術室の風景筆者が術者となり臨床研究薬を投与した.41G針臨床研究薬投与部黄斑部図4左:ドルク社製41ゲージ網膜下注射針と臨床研究薬,右:第3症例の術中写真右眼に対して臨床研究薬を投与した.右眼の場合刺入部位投与部位黄斑視神経乳頭黄斑を.離させない図5臨床研究薬投与のイメージ(右眼の場合)黄斑部を.離させないように,原則4カ所に分けて臨床研究薬と投与する.–208あたらしい眼科Vol.32,No.2,2015(36)17)IkedaY,YonemitsuY,MiyazakiMetal:Acutetoxicitystudyofasimianimmunodeficiencyvirus-basedlentiviralvectorforretinalgenetransferinnonhumanprimates.HumGeneTher20:943-954,2009neuroprotectiveeffectviasimianlentiviralvector-mediat-edsimultaneousgenetransferofhumanpigmentepitheli-um-derivedfactorandhumanfibroblastgrowthfactor-2inrodentmodelsofretinitispigmentosa.JGeneMed10:1273-1281,2008