あたらしい眼科30(7):937.960,2013c総説第23回日本緑内障学会須田記念講演緑内障性視神経萎縮研究史:軸索輸送,近視,糖尿病の関与と治療ReviewofStudiesonPathogenesisofGlaucomatousOpticNeuropathy─WithSpecialReferencetoAxonalTransport,Myopia,DiabetesandTreatment─千原悦夫*要約1977年から2012年の間に行われた1)緑内障性視神脈絡膜萎縮に伴う虚血や脳脊髄液の侵入に伴う酸素分圧経萎縮のメカニズム解明のための研究,2)修飾因子としの低下などであり,第5の要因として本来緑内障とは関ての近視,3)糖尿病との関連についての研究を概説し,係がないはずの近視性視神経症が併存することも近視眼4)最後に筆者の緑内障手術に関する考え方を述べる.における視神経の脆弱性を増悪させる.このような要因1)緑内障による視神経萎縮の機序についてはいくつかが高度近視と緑内障が合併した場合の視野増悪スピードの説があるが,これらのなかでアポトーシスカスケードの亢進,異型緑内障性視神経萎縮や固視点付近の感度低の発端となるイニシエーターカスパーゼの活性化が神経下につながる.栄養因子の途絶で誘発されるという概念は,軸索輸送障3)糖尿病患者はもともと網膜神経線維層に糖尿病神経害の重要性を示すもので,緑内障性視神経萎縮のカギを症による神経線維の脱落があり,しかも眼圧が高いこと握ると考えられる.軸索輸送は1974年に篩状板で障害が知られているので,従来緑内障の危険因子とみなされされることが報告されたが,障害部位はそれだけではなてきた.複数の疫学調査の結果もこの考えを支持していく1981年に乳頭辺縁部でも障害を受けることが明らかるが,しかし最近になってVEGF(血管内皮増殖因子)になり,これは末期緑内障で篩状板が後退したケースやの神経保護作用などが注目されて,糖尿は逆に神経保護高度近視の場合に障害を増悪させる因子と考えられる.因子であるという主張がなされるようになっている.こ2)近年,近視を伴う緑内障眼で視神経の易障害性,あの対立する2説のどちらが正しいのかについては現時点るいは異型の視野欠損の出現が報告されるが,これらのでまだ議論がなされている.原因にはいくつかの要因が絡んでいる.第1の要因は近4)緑内障の治療に関しては神経保護研究の進展が期待視眼における篩状板の変形である.乳頭の形態が変化しされ,またより安全で十分な眼圧下降を得られる治療法た場合篩状板の局所的な脆弱性が増した部位で神経線維が探求され続けている.手術治療において従来結膜下にの局所的な障害が現れる.第2の要因は後極部の拡大に房水を流出する濾過手術とSchlemm管への流出を図る伴う神経線維への伸張(ひっぱり)ストレスが加わるこ流出路手術が主流を占めてきた.しかし,房水の排出路とである.第3の要因は高度近視眼にしばしば合併するはこれら以外に毛様体上腔への排出路がある.このルー乳頭低形成症であり,これらの眼では軸索の数そのものトを活用する術式とチューブシャント手術は今後の発展が少ないので,これに緑内障が合併した場合はより速く,が期待できる分野である.しかも異型の障害が進行する.第4の要因は乳頭周囲のはじめに眼科領域で軸索輸送障害に関する最初の研究報告はAndersonが1974年に行った緑内障篩状板における阻害所見であった.筆者らはその少し後からその研究を始め,最初の報告を1977年に行ったが,研究を始めたのが早かったおかげで研究成果のいくつかを教科書にも引用していただけるという僥倖に恵まれた.軸索輸送は神経栄養因子を輸送することで神経節細胞のアポトーシスを抑制する代表的な神経保護因子であるが,筆者らはその軸索輸送の障害部位は篩状板だけではなく乳頭縁でも*EtsuoChihara:千照会千原眼科〔別刷請求先〕千原悦夫:〒611-0043宇治市伊勢田町南山50-1千照会千原眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(55)937起こること,視神経線維の易障害性に関与するのは単に篩状板のporeの大きさだけではなく,乳頭内にある血管や結合組織の位置や量が関与すること,高度近視では後極部の拡大に伴って乳頭の変形や神経線維の過伸展が起こり,これが近視を伴う緑内障眼における異型の視野欠損に結びつくこと,糖尿病患者では網膜神経線維層に糖尿病神経症による萎縮所見が出現すること,などを報告した.近年,最新の画像診断装置の発展に伴って近視を伴う緑内障眼における神経線維の易障害性,異型性を説明するための乳頭や後眼部における眼球構造異常が解明されつつあり,これらに強い関心が向けられるようになってきている.また,糖尿病と緑内障の関係では網膜神経線維層における糖尿病神経症と緑内障性易障害性ついて熱い議論が戦わされている.今回の須田記念講演ではこれらの研究成果を概括し,過去の研究成果が現在の臨床研究とどのように関連するかについて概説した.I軸索輸送研究の歴史軸索輸送という現象が見つかったのは1948年のWeissとHiscoeの論文に遡る.彼らの研究以前から末梢神経における軸索は途中で挫滅するとそこから末端部が変性する(Waller変性)ことが知られていたが,末梢神経の場合は,その後神経の再生が起こることが知られていた.彼らは末梢神経が再生してくる途中で神経にカフをかぶせてやるとその近位端が膨れてくることを発見し,またこれがある程度膨れたところでカフを外してやると,この膨れた部分がゆっくりと神経末端に向かって移動することを発見した.そこで彼らは神経の中を物質が流れていると考えaxoplasmictransportと命名し,カフの手前の膨大部は流れがせき止められたものと考えてダム化(damming)と命名した1).それからしばらく基礎医学領域で研究が行われていたが,1974年になって眼科領域で重要な報告がなされた.それがAndersonによる緑内障篩状板における軸索輸送障害の報告である.この報告は当時緑内障における神経変性は虚血で起こると考えていたDranceらとの間に議論を巻き起こすこととなり,MincklerやQuigleyなどが論戦に参加して米国における学会議論は大いに盛り上がることになった2.7).筆者はその当時軸索輸送の重要性に気づき,日本にその概念を導入した.最初の報告は1977年に日眼会誌に938あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013掲載されている8).しかし,日本ではその当時基礎医学のごく少数の研究者を除くと眼科以外のどこの診療科もその研究をしておらず,軸索輸送という概念すら理解されなかった.筆者らが研究を始めた当初は神経軸索の中をどのようにして物質が輸送されるのかというメカニズムもわかっていなかったのである.ただ,十分な知識が得られていなかったそのころでも微小管とATP(アデノシン三リン酸)がなければ軸索輸送が止まることや,標識蛋白として重要なマーカーである西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP),あるいは神経栄養因子が逆行性輸送されることがわかっていた9).HRPは脳のような複雑RetrogradeCargoCytoplasmicDyneinDynactinMicrotubuleKinesinAnterogradeCargo図1軸索輸送を担当するモーター蛋白の模型右側のキネシンはアミノ末端(.)からカルボキシル末端(+)方向へ,左側のダイニンは逆方向へ輸送する.それぞれ2本脚の先にATPphosphataseがあり,ATPが来るとこれをADPに変換するときのエネルギーで8nm先の微小管のらせん状蛋白に移動する.微小管にはこれを受け入れるフックのような構造がある.キネシン,ダイニンのいずれも頭に当たるところに輸送するべき物質を接着する部位があり,ここにものを載せて運ぶことになる.(DuncanJEetal:PLoSGenet2:e124,2006より許可を得て掲載,文献14参照)図2キネシン(左),キネクチン(右)の超微細構造現在は軸索輸送を担当するモーター蛋白を電子顕微鏡で観察することができる.(文献13,KumarJetal:JBiolChem273:31738-31743,1998より許可を得て複製)(56)な構造をした組織の中で神経核がどことつながっているかを知るうえで重要な手段を提供し,これを使った実験でHubelとWieselが1981年にノーベル賞を受賞した.この時代に話題となっていた神経栄養因子はイタリアのモンタルチーニ(Rita-Levi-Montalcini:1986年ノーベル賞受賞者)が発見したアミノ酸120個からなる蛋白質であるが,その後4種類の神経栄養因子が見つかり今ではneurotrophin1,2,3,4,5と言われるようになっている.軸索輸送についての研究は眼科領域ではその後下火になったが,基礎分野での研究は着実に進歩し,順行性軸索輸送を担当するモーター蛋白であるキネシンは1985年にValeらによって発見され10,11),その4年後には同じグループのSchnappによって逆行性軸索輸送のモーター蛋白であるダイニンが発見された12).これらのモーター蛋白がどのようにして物質を運ぶのかということに関する知識も飛躍的に進歩し,当初筋肉が収縮するときにアクチンとミオシンがATPとカルシウムイオンの存在下で起こす現象と同じような「すべり説」や微小Overview:RegulationApoptosisTNF,FasL,TRAILTNF,FasL,TRAILTrophicFactorsCellCycleCellularStressCytoplasmCytoplasmNucleusERStress[Ca2+]・Cellshrinking・Membraneblebbing図3アポトーシスカスケードの概略図図の左側はアポトーシスを起こす種々の刺激がどのようにしてアポトーシスに至るかを表し,これに対抗する形で図の右側はアポトーシスの抑制系がどのようにして細胞死を防いでいるかを示す.生体内ではこのようにして両者が常にせめぎ合いをしている.〔CellSignalingTechnologyCo.(CSTJapan)社のHPより許可を得て複製〕(57)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013939管の上をタイヤのような丸い蛋白が転がるという仮説なな物質を結合できる部位をもっており,緑内障にとってどが提唱されていたが,現在ではモーター蛋白が微小管重要な意味をもつ神経栄養因子もここに結合して運ばれにくっついてN末端からC末端に向かってATPの存ると考えられる.在下で「2足歩行」すると考えられている.キネシンや緑内障における視神経萎縮を理解するうえでもう一つミオシンは電子顕微鏡によって分子を見ることができるの重要なポイントはシドニー・ブレナー(SydneyBrenner,ようになっており13),軽鎖,重鎖などの構造も理解され2002年のノーベル賞受賞者)らが解明したアポトーシている(図1,2)14).これらのモーター蛋白はさまざまスのメカニズムに関する知識の向上である.緑内障におInhibitionofApoptosisSurvivalFactors:GrowthFactors,Cytokines,etc.[cAMP]FLIPXIAPA20FASBimBcl-2Bcl-xLApoptosisCytoplasmNucleusCytoplasmTNF-aPIP3図4アポトーシス抑制系の略図アポトーシスの抑制は眼科領域のみならずAlzheimer病のような神経系全般に関係する重要なテーマで,神経保護を目的に英知を結集して研究が行われている.〔CellSignalingTechnologyCo.(CSTJapan)のHPより許可を得て掲載〕940あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(58)ける視神経萎縮がアポトーシスによって起こることは1995年にQuigleyらが報告し,わが国では沖坂らも追認している15,16).よく知られているように網膜における神経節細胞は生涯にわたって分裂再生することがない.ところがヒトの網膜は生きている限り酸化ストレス,光障害をはじめとする種々のストレスにさらされており,常にアポトーシスを起こすように仕向けられているのである.図3に示すように,このアポトーシスはおもに3つのメカニズムで起こるといわれる.1)TNF(腫瘍壊死因子)やFasリガンドなどの細胞外シグナルが細胞体表面の受容体(デスレセプター)に結合しイニシエーターカスパーゼ8,10が活性化され,さらに下流のカスパーゼ3が活性化されて細胞の変形,核の断片化などのアポトーシスカスケードが進行するもの,2)DNAが損傷されることでp53因子が活性化され,Bcl-2などの制御が外れてミトコンドリアからのシトクロムcが漏出しカスパーゼ9の活性化から下流のカスパーゼ3が活性化するもの,3)酸化や虚血などの外部刺激が小胞体にストレスを与え,カルシウムが遊離されて,これがイニシエーターカスパーゼ12を誘発し下流カスパーゼ3を活性化するルートである.眼にとってアポトーシスは悪者のように見えるが,実は全体としてアポトーシスは必ずしも悪者ではなく,体内の痛んだ細胞や癌化した細胞を生体に損傷を与えることなく整然と掃除するスカベンジャー機能の一つなのである.しかし,視神経に関してはこのアポトーシスが暴走すると萎縮に陥り失明に至る.生体の中にはこのアポトーシスが暴走しないように制御する機能があり,その代表的なものが神経栄養(成長)因子(NGF)である(図4).これは種々のストレスによってアポトーシスの引き金が引かれることのないように種々のアポトーシス惹起因子を抑制して綱引きを演じている.眼科に関係が深い神経栄養因子はbrainderivedneurotrophicfactor(BDNF:NT-2)であり,このBDNFはPI3Kを刺激し,生存シグナルで最も重要なAktを活性化する.Aktはプロアポトーシス因子であるBad,Bax,カスパーゼ9,GSK-3,FoxD1をリン酸化して抑制し,ミトコンドリアを保護して細胞毒性の強いシトクロムcの漏出を抑制する.神経栄養因子は軸索の末端や周囲のシュワン(Schwann)細胞などによって合成されるといわれており,これを運ぶのが軸索輸送なのである.このBDNFの軸索輸送が途絶することは緑内障視神経萎縮の成立にも重要な役割を果たしていると理解されている.緑内障以外では,栄養因子の欠乏は糖尿における神経症の発現に重要で,インスリンを投与することでアポトーシスの発端となるp38因子の発現を防ぐことができる17).神経栄養因子以外にもアポトーシスを修飾して細胞死を防ぐことが知られているものがあり,ブリモニディンの登場以来この分野の仕事が近年,注目を集めていることは周知のとおりである.II軸索輸送と疾患との関連ではその軸索輸送は臨床的な疾患とどのように関連してくるのであろうか.軸索輸送に関する研究で,それまで医学の疑問であったことがいくつか明らかになった.たとえば,帯状疱疹で皮膚病変が一つの神経線維の分布領域のみに限局してしかも同時に現れるのは何故か?という謎は軸索輸送の概念が導入されるまでは解けていなかった.従来の説はウイルスが神経周囲の血管やリンパなどを伝わる,あるいはSchwann細胞が順次感染して伝播するというものであったが,そのような概念では顔の反対側に病変が起こらないことや,根本がつながっている三叉神経の第1枝だけに病変が起こることを説明図5左顔面三叉神経第1枝領域における帯状疱疹(herpeszosterophthalmicus)による皮膚病変一つの神経領域に限局した皮膚病変の出現メカニズムは軸索輸送によるヘルペスウイルスの輸送と伝播の概念が導入されて初めて解明された(文献18参照).(59)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013941図6軟性白斑(a)とその蛍光眼底撮影写真(b)軟性白斑は網膜の虚血領域を括弧状に挟んで出現する.乳頭側にできる綿毛様白斑が逆行性軸索輸送の阻害によるものであり,遠位端にできるものが順行性軸索輸送の阻害によるものである.(文献21,ChiharaE:JpnJOphthalmol27:397-403,1983より許可を得て掲載)順行性軸索輸送障害逆行性軸索輸送障害虚血領域図7網膜虚血領域と軟性白斑の位置関係網膜虚血領域が適当な大きさの場合,典型的な例では虚血領域の乳頭寄りに逆行性輸送の阻害による綿毛様病変が現れ,遠位端には順行性輸送の阻害所見が現れて括弧状になる.ができない.この現象はガッセリ核における潜伏感染と再活性化によるウイルス増殖と,神経線維の中をウイルス粒子が軸索輸送されることがわかって初めて説明できたのである.筆者らがその概念を報告したのはもう30年以上前になる18)(図5).また,うっ血乳頭といわれる臨床像は従来,乳頭の浮腫であると考えられていたが,電子顕微鏡で観察すると細胞間に浮腫はほとんどなく,体積の大部分を占めるのは腫大した軸索そのものである.軸索輸送の考え方が導入されて以後はこれが軸索輸送の障害による「ダム化」現象であり,神経線維の腫大によって起こるということが理解された19).さらに網膜に局所的な虚血領域ができた場合に出現する軟性白斑の病態解明にも進歩があった.軟性白斑はこれまでにcytoidbodyと言われる神経線維が棍棒状に膨942あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図8ダム化を起こした神経線維腫大した軸索質の中には運ばれてきたミトコンドリア,ニューロフィラメントなどがぎっしり詰まっている.(文献231,QuigleyHAetal:InvestOphthalmolVisSci19:137-152,1980,fig5より許可を得て掲載)れたもので形成されることがわかっていたが,電子顕微鏡でこの膨大部を観察するとミトコンドリア,ニューロフィラメントなどがぎっしり詰まった軸索輸送のダム化であることがわかった.軟性白斑は虚血領域の遠位端と近位端に軟性白斑ができるが,乳頭側が逆行性軸索輸送の障害によるものであり,遠位端が順行性軸索輸送によるものだったのである20,21)(図6,7).急性の緑内障においては一過性の乳頭腫脹がみられ,その後に視神経萎縮がみられるが,この場合も眼圧の上昇期に乳頭部で軸索輸送のダム化がみられ,ミトコンド(60)リアやニューロフィラメントが軸索質の中にぎっしりと詰まっている所見がみられる(図8).また,抗癌剤であるビンカアルカロイド(ビンブラスチン,ビンクリスチン)による癌治療を行うと副作用として重篤な神経麻痺が起こることが知られており(vincristineneuropathy),従来その原因はわかっていなかったが,これが軸索輸送の障害によることが理解されたのはこの頃である.筆者らはビンブラスチンを投与した場合の視神経における障害の程度とその回復過程について調べている22).また,水俣病の原因物質であるメチル水銀による神経障害の原因にも軸索輸送障害が関係することがわかっている23).III緑内障と軸索輸送前述したように,筆者らが研究を始めたころAndersonが実験緑内障眼の視神経篩状板で軸索輸送の障害が起こることを報告していた2).そこで筆者らもこのことに興味をもち緑内障眼における軸索輸送の研究を開始することにした.まず病気のないウサギの視神経の軸索輸送を調べたのであるが,ここで意外なことに視神経乳頭以外でも,視交叉,視束管でも生理的なブロックを受けていることを見出して,1979年に最初の英文の論文を書いた8,24).緑内障の研究をするのであれば,視神経を含む眼の構造がヒトに似ているサルを使うことが望ましいが,当時筆者が年間に使えた研究費はわずかで,とても高価なサルは買えなかったのでウサギを使うことにした.ウサギはサルとは違ってコラーゲンで形成されるような篩状板がない.ウサギの視神経乳頭では最初の論文でわかっていたように視神経乳頭では生理的な軸索輸送障害があるが,眼圧を上げて軸索輸送の障害を見てみると,篩状板がないにもかかわらずやはり輸送量の減少が起こる.どこで,軸索輸送の障害が起こっているのかということに興味があり,autoradiographyで調べてみると,面白いことに,ウサギの軸索輸送障害はサルにおけるものとは異なり,視神経乳頭の辺縁部で起こっていた25)(図9).この結果は研究費が乏しかったが故に得られた結果であったが,従来軸索輸送は篩状板で起こると考えられてきた常識に新しい視点を与えるものであった.ウサギの実験を受けて,サルでも同じような結果が得られることを期待して少し研究費に余裕ができてから新しく研究グループに加わった佐久川先生にサルで実験してもらうと(61)図9ウサギ高眼圧眼における軸索輸送障害ウサギ眼には篩状板がなく視神経乳頭縁での軸索輸送障害が起こる.(文献25,ChiharaEetal:ExpEyeRes32:229-239,1981の許可を得て掲載)図10実験的緑内障(サル眼)乳頭縁における軸索輸送障害健康なサル眼で眼圧が上がると篩状板における障害に加え,乳頭縁でも軸索輸送の障害所見がみられる.この所見は後に教科書に引用された.(文献26,SakugawaMetal:GraefesArchKlinExpOphthalmol223:214-218,1985の許可を得て掲載)やはり乳頭の縁で軸索輸送の障害像が出てきた26)(図10).この結果はサルにおける実験でありしかもきれいな画像であったので,後世この論文が教科書に記載されることになった.Shields’TextbookofGlaucoma5thed.2005AllinghamRRed.にはp82に以下のように記載されている“ElevatedIOPinmonkeyeyescauseobstructionofaxoplasmicflowatthelaminacribrosaandtheedgeoftheposteriorscleralforamen(Sakugawaetal).”つまり緑内障眼における軸索輸送障害は篩状板で起こるのみならず乳頭縁などでも起こるということになる.この所見は後世において末期緑内障眼における視神経の易障害性や高度近視眼における神経の障害を理解するうえできわめて重要な所見である.緑内障の進行しあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013943図11末期緑内障(ヒト眼)における乳頭縁での神経線維層末期になると篩状板は後退し,神経線維層は崖に吊り下げられたロープのようにElschnig’sscleralringに押し付けられる.このようになると乳頭縁における軸索輸送障害が強くなると考えられる.た眼で視神経乳頭の辺縁部を見てみると神経線維はここで急激に屈曲し,Elschnig’sscleralringに押し付けられるようになる(図11)232).臨床的に陥凹が大きな眼では眼圧のコントロールができているのになおかつ視野欠損が進行することが知られており,より重症の陥凹をもつものは視野の進行が起こりやすい27.30).たとえば,EarlyManifestGlaucomaTrial27)では視野のMD(平均偏差)値が4dBを超えるか否かという因子は多変量解析で独立した視野進行の危険因子である.陥凹の大きな眼であるほどこの乳頭辺縁部におけるストレスが大きいことを考えると,この辺縁部での軸索輸送障害は末期の緑内障眼ほど重要な意味をもっていると推測される.また高度近視眼ではridgeの盛り上がりで屈曲を受けても同じことが起こるので,この所見は近視眼における易障害性を説明するための一助にもなる31).さらに,高度近視眼では後極部の拡大に伴って神経線維は伸展張力を受けており,その力が集まる乳頭縁での障害が起こることも容易に想像される.軸索輸送が障害されることによって障害部位から離れた網膜にある神経細胞体でアポトーシスが起こることはQuigleyらが報告15,16)したが,そのメカニズムについてはいくつかの議論があった.圧迫あるいは虚血による軸索輸送障害と神経栄養因子の途絶,活性酸素などの酸化ストレス,自己抗体,ミクログリアの活性化による傍乳頭網脈絡膜萎縮(PPA)の形成と組織破壊,過剰グルタミン酸による細胞毒性,一酸化窒素による障害などの説である.それぞれの説にはそれを支える論文があり,そ944あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013れをここで議論することは適当ではないが,筆者が今も最も重要と思っているのは神経栄養因子(neurotrophicfactor)の途絶によるカスパーゼ系の活性化とこれに伴うアポトーシスである17).現在5種類発見されている神経栄養因子neurotrophin1,2,3,4,5のうちBDNF:NT-2は上丘に注射されると網膜神経節細胞の死を予防することが知られており32),このBDNFの逆行性輸送が阻害されることが緑内障における視神経萎縮の原因になることを示すいくつかの証拠も見つかっている33,34).もちろんまだ未解決な問題もあり,neurotrophinは神経の支配組織で合成されるが何らかの理由で合成が不十分になり,proneurotrophinのかたちで分泌されると逆にアポトーシスを促進することがあるという35).いずれにしても,乳頭近辺における軸索輸送障害は緑内障における視神経萎縮のメカニズムを知るうえで無視することのできない重要なイベントであり,それが篩状板以外の部位でも起こることは注目に値する.IV近視と緑内障近視進行には遺伝的な要因と環境因子(光遮断など)があり,本稿では記載しないがmatrixmetalloproteinase,crosslinking,TGF(transforminggrowthfactor)bなどの修飾による間質の異常とともにCOL1A1,COL2A1,COL11A1,COL18A1,FBN,PLOD1,lumicanなど遺伝子レベルの研究は膨大である.近視の眼のコラーゲン線維は細く,間質も弱いので組織が脆弱であるということがいわれており36),Stickler症候群やEhlers-Danlos症候群のように結合組織の先天異常が高度近視の要因になることも知られている.近視と緑内障との間には切っても切れない関係がある.近視眼では緑内障になりやすい,あるいは近視が緑内障の危険因子であるとする報告が多数ある37.53).これまでの内外の報告を参考に誤解を恐れずに言うならば近視の眼は緑内障になりやすく,視野進行のスピードが速く,発症すると異型の視野欠損を起こしやすく,固視点が障害されやすい.緑内障における視神経萎縮のメカニズムについては機械的障害説と循環障害説があり,機械的障害説は岩田の総説に詳しい54)が,これら2つの病因論だけで近視眼における易障害性を説明することはむずかしい.以下に近視を伴う緑内障眼における神経線維の易障害性に関与する因子について考按した.(62)第1の要因は近視眼における乳頭.篩状板の変形である.緑内障で機械的障害による視神経萎縮が起こるメカニズムはさらに2通りに分けられ,一つは篩状板における神経線維の絞扼であり,もう一つは乳頭周囲における屈曲・伸展緊張である.眼圧のストレスによる神経損傷と組織強度との関係は微妙なもので,Quigleyらの報告によると篩状板におけるlaminarporeの大きさが乳頭の上極と下極で大きく,これがブエルム(Bjerrum)暗点や傍中心暗点が起こる原因と言われている55,56).しかし乳頭構造が脆弱性に関与するのはporesizeだけではなく,乳頭内の微小組織である血管がどこにあるかといったことでも影響を受ける57,58).高度近視の乳頭の形について,少数の研究者が近視乳頭の大きさは変わらないとか,形の異常はないといった報告をしたものが散見される59,60)が,その他の多くの報告において高度近視眼の乳頭や篩状板の形状は正視眼におけるそれとはかなり異なり,その変形を報告するものが圧倒的である.近視眼では乳頭サイズが大きく61.64),楕円係数が大きい65,66),回転している67.69)あるいは傾斜しているものが多い70,71)といったことが最近取り上げられ,乳頭の形と神経線維の障害部位との関係が話題になっているが,実は筆者らが20年も前から報告してきたことでもある65,67).さらに最近のOCT(光干渉断層計)による画像診断によると近視眼では篩状板の厚さが薄く72),脈絡膜の厚さが薄いこと73)(非近視眼においても脈絡膜の菲薄化は報告されている74,75)),あるいは脳脊髄液と網膜下腔が連続するものがあることが証明された76).乳頭のサイズが大きければ,物理学的に中央部のたわみは大きくなるし77,78),篩状板や乳頭縁での神経組織にかかるストレスは大きくなるので近視眼における緑内障頻度の上昇や種々の特殊な視野変化を説明するうえでは都合が良い.もし近視眼で乳頭の変形が大きいのであればそこを通る神経線維は屈曲され挫滅されることが考えられる.Quigleyら79)が模型で示すように,乳頭の傾き,拡大,ひっぱり緊張負荷などはそこを通る神経線維の易障害性に大きな影響を与える(図12).MRI(磁気共鳴画像)で見た高度近視眼の眼球の変形は多様で,予想外の所で障害されるということもありうる80).近視眼における後極部組織の変形が定常的に神経線維に伸展や圧迫ストレスを加えているということも考えられている31).NFNFLLLNLL図12乳頭変形に伴う神経圧迫障害模型(文献79,QuigleyHAetal:InvestOphthalmolVisSci19:505-517,1980より許可を得て複製)図13近視を伴う緑内障眼に起こった多発性で乳頭黄斑線維を含む異型の神経線維層欠損を起こした例近視眼では異型の欠損が起こりやすい.(文献108,ChiharaEetal:ArchOphthalmol108:228-232,1990,Fig3より許可を得て掲載).11.8dB程度の中期緑内障眼では篩状板に局所的な欠損がしばしばみられること81),また近視眼では篩状板が薄いという所見と合わせると,近視眼では眼圧による変形が起こりやすく,緑内障になりやすいであろうということが推測される82,83).正視眼では脆弱部位は乳頭の(63)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013945図14SLOでみた網膜神経線維のひび割れ高度近視では後極部の拡大に網膜神経線維層の可塑性が追い付かず,ひび割れがみえる.ひび割れの中をバラバラになった神経線維層が走っているのがみえる.(文献84,85より)上極と下極であることが知られているが,近視眼ではこのような局所的な脆弱性が異所性に起こることがある.これが近視眼における異型性視野欠損や黄斑部における感度低下につながると考えられる.図13は筆者らが報告した異所性の神経線維層欠損である.第2の要因は近視に伴う後極部の拡大とそれに伴う神経線維層への伸展ストレスである.眼球の拡張に伴う神経線維層のひび割れも見つかっている(図14)84,85)が,このことは高度近視眼の神経線維層に慢性的な伸展ストレスがかかっていることを示している.近視眼では篩状板が薄く,後ろにたわみやすいと考えられているが,「たわみ」が強いと神経線維は乳頭縁でElschnig強膜輪に強く押し付けられて軸索輸送の障害の原因になる25,26).また高度近視でみられるridge形成のような後極部強膜の変形がある場合,その場所での神経が脆弱性をもつ原因になる31).近視眼では網膜神経線維層が薄いという報告もあり,神経線維層が薄いのであれば伸展ストレスに弱いということも考えられるが,これについては異論もあり,むしろ場所によって厚さに違いがあり,薄い部分に脆弱性が出るという理解のほうが正しいのかもしれない86,87).第3の要因は乳頭低形成症などの先天性の要因である.高度近視の眼に乳頭低形成症を伴うものがあることは古くから認識されていた88).近視の遺伝子は緑内障の遺伝子と関連しているという報告がある89).筆者らは20年ほど前,まだ自動計測装置がなかった頃に乳頭の大きさを手動でプラニメーターを用いて計算946あたらしい眼科Vol.30,No.7,201330.028.026.024.022.020.0Discarea(mm2)図15眼軸長と乳頭サイズの相関関係眼軸長が伸びるにつれて乳頭は大きくなる傾向があるが,傾斜乳頭のみは別で,むしろ小さくなる.(文献65,ChiharaEetal:GraefesArchClinExpOphthalmol232:265-271,1994より許可を得て掲載)しLittmann式で補正して調べた.そのときに眼軸が伸びると確かに乳頭は大きくなる傾向があるが,傾斜乳頭では眼軸長が伸びてもサイズが大きくならずむしろ減少気味であることを報告していた65)(図15).このことは最近の報告でも確認されている69,90).高度近視眼では,superiorsegmentoptichypoplasia(SSOH),傾斜乳頭症候群あるいは乳頭低形成症が合併することがありうるし88),倍率を補正するとむしろサイズが小さいとする報告もある91).このことは近視と乳頭の低形成症の間に何らかの関係がある可能性を示唆する.従来の報告をみると傾斜乳頭症候群は近視性乱視を伴うことが多く,SSOHでも近視患者の比率は高い.Ymamaotoらの報告ではSSOHの37眼のうち19眼(51%)が1Dを超える近視であった92).乳頭低形成症の眼では軸索数が正常眼より少ない.このような眼に緑内障が合併すると“視野欠損が出現するといわれる残存軸索数50万本”まで減少するのにかかる時間が短いということが考えられるし,欠損部分に偏りがあれば異型の視野欠損になることが想定される.第4の要因として近視眼にしばしば合併する傍乳頭網脈絡膜萎縮(PPA)の影響も考えなければならない.近視眼ではしばしば乳頭の周囲にコーヌスと言われる網脈絡膜萎縮が起こる93.95).近視眼が緑内障になりやすいことを説明する一つの仮説としては乳頭周囲のコーヌス(PPA)や脈絡膜の菲薄化に伴う酸素分圧の低下の影響ということも考えられるであろう.第5の要因として高度近視眼における近視性神経症の(64)Axiallength(mm)1.002.003.004.00緑内障頻度(%,MD)問題がある.高度近視眼では最近乳頭のピット96)も見つかっているが,かなり昔から高度近視眼では眼圧が正常で緑内障とは考えにくいにもかかわらず原因不明の視野欠損が起こることについて多くの報告がある97.101).これが正常眼圧緑内障に属するものか近視性神経症とでもいうべき病態なのかについては議論の分かれるところである.正視眼の緑内障における視神経萎縮メカニズムの首座が篩状板における神経線維の絞扼であり,乳頭縁における神経線維の伸展,圧迫は従であると考えられるのに対し,緑内障を伴わない高度近視における神経線維障害は眼球の後極部拡大に伴う神経線維の伸展,乳頭縁での圧迫やコーヌス縁における強膜の段差における神経障害や脈絡膜血流の低下が障害の首座ではないかと推定される.これらは互いに重複して起こりうるものであり,緑内障あるいは近視眼における神経障害のメカニズムを複雑にしている.近視眼に緑内障が合併した場合,異型の視野欠損が多いとか,中心視野が障害されやすいという報告はこれらの複雑な因子を反映したものと考えてよいであろう102.112).近視眼は緑内障の進行が速いのか?さらに話を進めると,近視のほうは緑内障になると視野障害の進行が速いであろうということが推測されるが,筆者らはそのことを世界で最も早く1997年に報告した113).実際にそのことを支持する論文がいくつかあ1510:正視群:軽度近視群:高度近視群500歳児60歳成人視神経障害進行速度図16高度近視,軽度近視,正視眼における視野障害速度の模式図0歳のときに緑内障はほとんどないが,これが60歳になったときに近視群において緑内障に頻度が高いのであればその60年のうちに視神経線維の脱落速度が速かったということでなければ,その高い頻度を説明できない.(65)る46,114.116).疫学的には0.10歳時にはほとんど緑内障がなくて,50.60歳年齢では近視群で緑内障の頻度が高いと言われており,このことを説明するためには,近視眼において緑内障性神経症が速く進むということでなければ説明できないであろう(図16).2012年に発表されたラテン系人種における前向き研究でも近視が視野進行の危険因子であることが示され,近視眼における視神経の脆弱性を示すエビデンスは蓄積されつつある116).近視による乳頭の変形は後天的な異常で7.9歳の学童期から起こってくる117)ということや,緑内障を起こす年齢が近視群のほうが若いという結果,あるいは緑内障患者のなかに近視の人の頻度が高いというデータ118,119)も,近視眼で視野障害進行のスピードが速いという推論を支持する.しかし,このことに関しては反対意見もあり,近視があっても視野障害の進行は速くないという論文も出されている120.122).さらに,近視が緑内障の危険因子ではないという報告も少数ではあるが存在するので,これらの議論が収束するのは少し先になるかもしれない123.125).近視と緑内障の関連でもう一つ見逃してはならない問題は診断のむずかしさである.近年の緑内障診断は単に眼圧値だけではなく視神経乳頭の陥凹や網膜神経線維層あるいは視野によって診断が行われる.ところが高度近視眼の乳頭はしばしば変形しており容易には緑内障の診断がつかない126.130).また,網膜神経線維層の欠損の診断は近視性のコーヌスや豹紋状眼底のために簡単ではない128,129).これに加えて,近視を伴う緑内障眼の視野はしばしば異型であり,視野による診断も容易ではない100,108,109,130.132)ので,近視を伴う原発開放隅角緑内障では相対的に眼圧測定の重要性が増してくる.一方,眼圧値は緑内障の診断という意味だけではなく,緑内障の診断がついた後,治療効果を判定するうえで無視することのできない重要な指標である.ところが,この眼圧を測定するうえで角膜の厚さや剛性が測定値に誤差因子として関与し,われわれが頻用しているGoldmann型圧平眼圧計では正確な眼圧測定ができていないことが知られるようになった.特に,近年盛んになったLASIK(laserinsitukeratomileusis)などの屈折矯正手術の後では眼圧測定値がかなり低くなるということがわかっている133,134).EarlyManifestGlaucomaTrial135)によると,眼圧は平均値が1mmHg高くなると緑内障性視神経萎縮のリあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013947(kD)160.0B(kD)160.0Bスクが10%上がるといわれており,日本人に多い近視を伴う緑内障眼における眼圧の管理は今後の緑内障の治療を考えるうえできわめて重要なことである.緑内障の診断において画像解析技術の進歩は重要な役割を果たしてきた.研究の初期には乳頭の画像解析が主流であり,筆者らも初期にはHRT(HeidelbergRetinalTomography)やTopSS(TopographicLaserScanningSystem)を使って乳頭の画像解析を行ったが,近視眼では乳頭の形態の個人差が大きいので正常と異常の判別は簡単ではない136.138).特に近視眼では乳頭の変形が大きいので,乳頭より乳頭周囲の網膜神経線維層の厚さ(cpRNFL)を調べるという選択肢もある139).ただ,高度近視眼ではcpRNFLも変動が大きくデータの安定性では網膜の厚さほどの信頼性はない.最近では網膜のganglioncellcomplex(GCC)の厚さを解析することの重要性が強調されている.GCCが重要であるとの指摘はTanitoの報告がわが国における研究の嚆矢となったが,近視が強い眼では乳頭の画像解析が信頼性で劣るので,網膜厚の解析が有用ということになる140.142).V糖尿病と緑内障1.網膜における糖尿病神経症従来糖尿病の網膜ではmicroangiopathyとして血管周囲細胞(pericyte)の消失143,144)や血管瘤145),細小血管閉塞や漏出が注目を集めてきたが,糖尿病の眼で起こる異常は血管障害だけにはとどまらず,網膜神経線維層や視神経にも及ぶ.糖尿病の三大合併症の一つは神経症であり,全身的には手足のしびれ,自律神経失調,インポテンツ,性格の変化が起こることが知られており,悪化すれば下肢に壊疽が生じることもあるが,眼においても網膜症の発現の前に色覚の異常146,147),コントラスト視力の低下148),律動様小波の消失149),視覚誘発脳波の異常150),暗順応の低下151)が起こり,網膜神経線維層の菲薄化が起こる.糖尿病の神経症では神経細胞体近傍の軸索の太さは維持されるが,周辺部ではdyingbackと言われる先細りが起こるとともに脱髄が起こる152).Simaらは糖尿病ラットの視神経で視覚誘発脳波の潜時が44%延長し,軸索径は18%減少し網膜神経節細胞が変性することを報告している153).糖尿病の場合軸索輸送がどうなるかは興味あるテーマであり,筆者らは初期の研究において糖尿病では軸索輸送量が減少することを報告した154,155).軸索輸送される948あたらしい眼科Vol.30,No.7,20132009766452920MolecularWeight×10-3図17二次元電気泳動による軸索輸送成分の分離少なくとも80以上のspotがあると考えられている.(文献156,PerryGWetal:JNeurosci10:3439-3448,1990より許可を得て掲載)21.5A:Control39.0B:Diabeticrabbit68.0図18糖尿病ウサギにおける軸索輸送成分の変化を一次元電気泳動で調べたもの糖尿病視神経では単に輸送量が減るだけではなく輸送成分の変化が起こる.(文献157,TsukadaT,ChiharaE:InvestOphthalmolVisSci27:1115-1122,1986より許可を得て掲載)蛋白質(酵素)成分は二次元電気泳動すると少なくとも80以上のスポットが検出される156)(図17)が,そのすべてが均等に減少するのではない.筆者らは軸索輸送の減少は単に量が減少するだけでなく成分(質)の変化(120kDの蛋白量が上昇し,29kDの蛋白量が減少する)を伴(66)Aうことを報告した157)(図18).さらに神戸大学のグループでは逆行性軸索輸送の減少も報告されている158,159).軸索輸送量の減少所見は糖尿病神経症を説明するうえでいくつかのカギを提供してくれる.たとえば軸索輸送が神経線維の骨格蛋白の供給源であるので,その減少は軸索径の減少につながることが考えられdyingbackと言われる糖尿病神経症に特徴的な末端軸索の先細りを説明するうえで都合が良い.またneurotrophicfactorの輸送量減少が想定されるところからこれに伴う神経細胞体のアポトーシスを説明できる.前述の緑内障の項目でも触れたが,神経節細胞がアポトーシスカスケードに踏み込まないように制御するうえで神経栄養因子は重要な役割を果たしている.逆行性の軸索輸送では神経栄養因子が運ばれることが知られており,これが減少することは神経細胞体の自殺(アポトーシス)につながる.糖尿病の神経症の発症に神経栄養因子の異常が関与するという研究報告や160),BDNFのような神経保護因子が糖尿病で減少していることが神経障害を受けやすいことと関係するのではないかと推測するものなど161)はこれらの概念を支持するものである.糖尿病の動物あるいはヒトの網膜でTunel染色をしてみるとアポトーシスが約10倍増えており,これは網膜の内層(つまり神経節細胞層)で多く,網膜神経節細胞やアマクリン細胞が減少し網膜神経線維層が20%程度減る162.164).このようなアポトーシスは外胚葉の細胞のみならず血管系の中胚葉の細胞でも起こり全身的な問題でもあるが,この細胞死は糖尿のコントロールができると減少する165,166).アポトーシスの減少はいくつかの要因が関与する可能性があるが,そのなかでも逆行性軸索輸送で運ばれる神経栄養因子がneuroprotectivemechanismを発動することは重要である.Zhangらによって報告された逆行性軸索輸送の減少はこの意味で重要である158,159).糖尿病網膜症の発現は糖尿病発病から10年以上の長い月日を要するが,律動様小波消退をはじめとする神経系の機能異常は網膜症に先行することが知られており,これらのことを考えると糖尿病患者では網膜症の発症前に網膜神経線維層に糖尿病神経症が起こると考えられるのである.筆者らは世界で初めて糖尿病患者における網膜神経線維層の欠損を報告した167)が,その後多くの論文で網膜神経線維層の欠損もしくは菲薄化が証明された168.174).後年になって中村は網膜神経線維層と視神経乳頭内のアクアポリン0と9の発現の違い(67)図19糖尿病患者における網膜神経線維層欠損(矢印)糖尿病網膜症が具現化する前に出現することがある.(文献167参照)を発見し,緑内障と糖尿病における神経障害の機序が異なることを推論している175).さらに近年のscanninglaserpolarimeter(GDx)やOCTなどの検査機器の進歩によって臨床的に糖尿病患者の網膜神経線維層に血管障害が起こる前から神経線維層の器質的な欠損や菲薄化が発見された(図19,20).糖尿病における神経線維層欠損は,乳頭の陥凹を伴わないので見逃されやすいが,糖尿病神経症の具現形であり,臨床的には末期の糖尿病網膜症眼における蒼白な乳頭として認識されることもある176,177).硝子体手術を行わなければならないような重症糖尿病網膜症患者ではしばしば重篤な視神経萎縮を伴うが,その発症には血管障害とともに神経症が関与することを忘れてはならない.あたらしい眼科Vol.30,No.7,201394980NDR(n=50)7070■mildNPDR(n=33)■mode-NPDR(n=50)6060NFLT(mm)50p=0.016p=0.008p=0.003p<0.001p=0.039p=0.024p<0.00150404030302020101000TSNITave.Superiorave.Inferiorave.NFIp=0.0019p=0.0045p=0.0010p=0.001■PDR(n=20)NFIscoreNFLT:nervefiberlayerthickness,NFI:nervefiberindicator,NDR:non-diabeticretinopathy,NPDR:nonproliferativediabeticretinopathy,mode-NPDR:moderatetosevereNPDR,PDR:proliferativediabeticretinopathy.図20GDxでみた網膜神経線維層の厚さ網膜神経線維層は糖尿病網膜症が進行するほど薄くなるが,網膜症が出現する前でもすでに菲薄化が始まっていることがわかる.(文献169,TakahashiHetal:AmJOphthalmol142:88-94,2006より許可を得て掲載)2.論争の気配:糖尿病は緑内障の危険因子か?それとも保護因子か?糖尿病患者の眼ではもともと網膜神経線維の減少や神経層の菲薄化があるが,これに眼圧のストレスが加わってくれば,神経障害は起こりやすいであろうと考えられ,実際そのような視点に立った報告もなされている178.180).これに加えて糖尿病では線維柱帯における糖蛋白の糖化が起こり,クロスリンキングが増え,またムコ多糖代謝に異常が起こることが知られているのでSchlemm管とぶどう膜強膜路における房水流出抵抗が上がることが推定され,実際に多くの論文で糖尿病患者では眼圧が高いことが示されている181.184).これらのことから類推すると,糖尿病では基本的に神経線維の脱落や菲薄化が起こっており,さらに眼圧も高いので,糖尿病患者では緑内障が起こりやすいであろうということが推測される.Kanamoriの報告では糖尿病状態でさらに眼圧を上げるといっそう多くのアポトーシスが起こる179).これらの推論を支持するかのようにBlueMountainStudyなどいくつかの疫学的な研究とケーススタディで糖尿病が緑内障の危険因子であるとする報告がみられる184.191).糖尿病の患者は網膜症の健診のために診察機会が多いということを差し引いても,眼圧の高い患者が多く,緑内障のリスクが高いのではないかという推論はそれなりの根拠をもっているし,EMGT(EarlyManifestGlaucomaTrial)やAGIS(AdvancedGlaucomaInterventionStudy)では糖尿病患者は緑内障が進行しやすいという前向き研究の報告もなされている188,192).3.反論:糖尿病は神経保護作用をもつのか?ところが,2002年になって発表されたOHTS(OcularHypertentionTreatmentStudy)で,糖尿病群においては眼圧が高いことが確認されるにもかかわらず,緑内障の発症頻度が低い〔hazardratio0.37(range0.15.0.90,p<0.05)〕という結果が発表され,糖尿病は緑内障に対して神経保護的に働くということが報告された193).このOHTSの結果は2008年になってGordon自身が糖尿病の検出率に問題があったことを認め有意差はなかったと修正されたが,それでも眼圧が高いにもかかわらず発症頻度に有意差がないということは糖尿病が神経保護的に作用するのであろうと解釈された194).さらに,OHTSの発表と相前後していくつかの疫学的な調査で糖尿病と緑内障の関係について懐疑的な報告195)や関係を否定する報告183,196)が発表され,2009年にはQuigleyのような大物が糖尿病は緑内障の危険因子ではないとして論陣を張るに至った197).Quigleyの論点は糖尿病患者において緑内障が多いのは高眼圧が多いからであるとし,糖尿病患者は検診を受ける機会が多く,眼圧も高いので緑内障が発見される率は高いが,糖尿病そのものは逆に神経保護的に作用する可能性があるとするもので,以下の3つの論点を強調し950あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013(68)た.1)糖尿病患者におけるバリアの破綻に伴って細胞間に漏出するVEGF(血管内皮増殖因子)には神経保護作用があるということ198),2)中枢神経において前虚血状態にさらされた神経組織はサバイバル機構が働くようになることを例にとって,網膜でも神経が緑内障性視神経障害に対する防御機能を備える可能性があるということ199),3)糖尿病患者においてはコラーゲンのクロスリンキングが起こるので角膜や強膜組織の強化が起こり,視神経篩状板が強化されてストレスに耐えやすい視神経乳頭ができるというものである.実際にそのことを示すような報告もなされている200).そして実験的に糖尿病になったラットに高眼圧負荷をかけても視神経萎縮の脱落は糖尿病のほうが少ないという報告が現れている201).これまで,糖尿病と緑内障の関係について日本では糖尿病は緑内障の危険因子であるとする論調が強かった.糖尿病で神経症が網膜神経線維層に起こるということについては間違いがないと思われるが,緑内障の危険因子であるかについては今後の展開がどうなるのか興味深い.もし,糖尿病が本当に神経保護的に働くのであれば,これまで,どうしてもきっかけをつかむことができなかった神経保護の研究に一石を投じるであろう.VI緑内障の治療緑内障にかかわる医師の夢は緑内障性視神経萎縮の根絶である.眼圧が高くても神経細胞や軸索が脱落しないのであれば治療は完璧である.緑内障における神経細胞の脱落はアポトーシスによるが,このアポトーシスを抑制するためのいくつかの因子のなかで最も重要なものが神経栄養因子であることは前述した.臨床応用が可能なのであればBDNFを直接投与することで神経脱落を防止するということも考えられるかもしれない32,202).しかし,緑内障患者に蛋白製剤を持続的に眼内に注入し続けることは現実的ではない.神経保護の本道を行くなら,神経栄養因子の供給を増やし,神経脱落を防ぐということが考えられる.筆者らはメチルB12が緑内障の視神経萎縮を軽減するのではないかと考え,研究を行ったこともあるが成果を上げることがむずかしかった203).全国規模で行った臨床研究でメチルB12が視野障害進行を防止できるかどうかを調べたが,これも統計学的な有意差を得ることがむずかしかった.その時点ではやはり眼圧を下げるしかないというのが正直な印象であっ(69)た204,205).神経細胞のアポトーシスを誘発するもう一つの重要因子は細胞内カルシウムを司るカルシウムチャンネルである.カルシウム濃度が上がればカスパーゼ12が活性化されるので,それを防ぐためにはカルシウムチャンネルのブロックが望ましい.このような考え方に基づく研究は日本が先導しており,その内容は新家の総説に詳しい.まだ異論はあるようであるが,臨床的にも有効性が示されていることは心強いことである206).その他にもブロッコリーに含まれるスルフォラファンやカルボシアニン色素など有効性が示唆されているものがいくつかあり,これらが臨床応用できるほどになる日が来ることが望まれる207).しかしながら,2012年現在では緑内障の治療において“エビデンスがある”有効な治療法となると眼圧を下げることのみであり,それ以外で神経の萎縮を防ぐことができるというエビデンスのある治療法は乏しい.眼圧を下げるための手段は投薬と手術があるが,このうち手術的な治療法は眼科医にとってどうしても避けて通れない重要なテーマで,合併症を起こすことなく眼圧を下げるために先人が積み重ねてきた苦労は並々ならぬものである.緑内障の手術治療として2012年現在最も普及している術式はCairnsの報告したtrabeculectomyである208).この手術は元々Sugarが線維柱帯を切除してその断端にできるSchlemm管の開口部から房水がSchlemm管に入ることを想定した流出路手術として報告209)された.しかし,Cairnsはtrabeculectomyが有効なものには濾過胞が形成されていることを報告してその後はガードのある濾過手術として40年にわたり一世を風靡している.この手術に関してはおびただしい修飾・工夫がなされ,手術成績に関する報告も多い.基本的には適度の大きさの濾過胞が形成され,房水の漏れ,感染,白内障の進行,低眼圧黄斑症などが起こることなく,lowteenの眼圧が維持されることが理想であろう.筆者らは創傷治癒のモデレーターであるTGF-bを抑制する薬剤に興味をもち,トラニラストを使うことで瘢痕の防止と上皮の再生という2兎を追えるのではないかと考え報告した210,211).しかし,そのような工夫をしても術後の濾過胞の感染,低眼圧黄斑症,白内障の進行などの問題を根絶することはむずかしく,また術後の眼圧をtargetpressureあたらしい眼科Vol.30,No.7,2013951Lectpost-opIOP2522.52017.51512.5107.552.51015202530354045505560Lectpre-opIOP図21Trabeculectomyの術後濾過胞がある眼について術前眼圧と術後6カ月の眼圧の相関関係をプロットしたものTrabeculectomyでは全体としては29.4±8.2mmHgから14.1±4.5mmHgへと良好な眼圧下降を示すが,この眼圧をみると1桁のものから20mmHgを超えるものまで幅が広く,なかなかtargetpressureを達成することがむずかしい.(文献212,ChiharaEetal:JpnJOphthalmol55:107-114,2011より許可を得て掲載)にもってゆこうとしても,ばらつきが大きく想定された範囲内に眼圧を収めることは至難の業である(図21)212).眼圧コントロールの質を上げるという意味では流出路手術に勝るものはない.Trabeculotomy,viscocanalostomyなどの手術は術後の眼圧が術前の眼圧と線形的に相関しており,術前に術後の眼圧値をある程度予測することができる212.221).また,術後の合併症の頻度は低く,術後視力も優れている.白内障の手術と合併することによって相乗効果による眼圧下降を得られるというメリットもある.近年米国ではこのような長所が見直されてMIGS(micro-invasiveglaucomasurgery)としてiStent,Hydrus,CyPass,trabecutome,excimerlasertrabeculostomy(ELT)などが話題になっている222).しかしながら,trabeculotomyやviscocanalostomyの眼圧下降効果はtrabeculectomyと比べると弱く26mmHgを超える術前眼圧のものには推奨しかねるところがある.最近話題になるMIGSについても,個人的な感想としてSchlemm管を扱うものはtrabeculotomyの筆者らの従来の経験213.215)を大きく凌駕する成績は得られていないと感じている.これに対して術前眼圧が26mmHgを超え,しかも濾過胞によるトラブルを避けたい場合に使われることを想定して筆者らが導入したのがdeepsclerectomyである223).これは強膜内にlakeといわれる空間を作り,lakeから毛様体上腔への房水流出を可能としたもので,ヨーロッパではコラーゲンイ952あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013図22Modifieddeepsclerectomyの模式図この手術で房水は前房からlakeに入り,lakeの底に形成される開窓部から毛様体上腔に流れる.ンプラントを併用しているが筆者らはこのようなインプラントを用いず,代わりに毛様体上腔への開窓術を加えることで中等度の重症度の緑内障を克服してきた224,225).この手術は濾過手術と流出路手術の両方の性格を兼ね備えているのでhybridsurgeryと考えてよい(図22).Trabeculectomy,trabeculotomy,viscocanalostomy,deepsclerectomyの4つの術式を駆使すると大抵の開放隅角緑内障を治療することができるが,これらでも手におえない重症の緑内障眼は存在する.これら究極の難治性緑内障にどう対処するかは難題であったが,2012年4月にチューブシャント手術が保険収載され,この分野で大きな進歩がみられた.筆者らは以前からチューブシャントによる治療の可能性について検討してきており226,227),25年前にはWhitepumpshunt,ACTSEB(anteriorchambertubeshunttoanencirclingband)を前房に挿入することによる治療を試み,何例かは眼圧のコントロールに成功したが,同時に浅前房,虹彩癒着,出血,虹彩炎,チューブの露出など多くの合併症に悩まされた.しかし近年はBaerveldt,Ahmed,エクスプレスなどの新しいデザインのチューブが発売され,デザインの改善とトラブルに対する知識と対処法の進歩によって手術成績は格段に改善された228).今後はこの手術が次第に国内でも浸透するものと思われる.チューブシャント手術の長期的な合併症としては角膜内皮損傷の問題が気になるところである229,230).日本ではlaseriridotomyの後でも水疱性角膜症の頻度が高いことが知られており,チューブが角膜内皮にあたる場合には特に注意が必要である.この問題を解決するために(70)はチューブを硝子体腔に差し込むことが良い解決方法になった228).この手術のキーポイントは手術直後の低眼圧や高眼圧をどのようにして防ぐかであり,特に術後早期に起こることのある低眼圧にまつわる脈絡膜.離,浅前房の克服と術後高眼圧期の克服がこの手術の定着の是非を決める重要なポイントである.チューブシャントの手術成績や内皮を始めとする眼合併症については緑内障学会を中心として前向き研究を始めており,緑内障術者の協力を得てこの問題に取り組むことが大切である.おわりに緑内障性視神経萎縮の原因を探求するうえで軸索輸送に関する知識は欠かせない.軸索輸送はヘルペスウイルスの伝播,軟性白斑の形成,うっ血乳頭の形成にかかわるとともに,その障害は神経栄養物質の途絶や蛋白輸送の途絶によって緑内障性視神経萎縮と糖尿病視神経症の原因になると考えられる.本稿では軸索輸送研究を中心とした神経障害機序の研究過程と得られた結果について概説した.緑内障における軸索輸送障害はAndersonらが報告した篩状板と筆者らが報告した乳頭縁の2カ所で起こることが報告されてきたが,高度近視眼のように乳頭の形が変形している場合はさらに篩状板に部分的な脆弱性を生じ,眼球の拡大による神経線維の伸展ストレスが加わることと,乳頭低形成症,網脈絡膜萎縮や,近視性視神経症などの修飾を受けることで異型の視野欠損発現や神経線維の易障害性が出現すると推測される.糖尿病患者では網膜症のない時点から視神経症が起こっており,網膜神経線維層の菲薄化が起こっているが,これに高眼圧が加わることで緑内障のリスクが上昇することが考えられる.しかし,これに反対する学説もあり,このことに関する最近の論文を紹介した.最後に緑内障の治療として手術方法の改善に関する筆者らの考え方を述べた.文献1)WeissP,HiscoeHB:Experimentsonthemechanismofnervegrowth.JExpZool107:315-395,19482)AndersonDR,HendricksonA:Effectofintraocularpressureonrapidaxoplasmictransportinmonkeyopticnerve.InvestOphthalmol13:771-783,19743)MincklerDS,TsoMO,ZimmermannLE:Alightmicroscopicautoradiographicstudyofaxoplasmictransportintheopticnerveheadduringocularhypotony,increasedintraocularpressureandpapilledema.AmJOphthalmol82:741-757,19764)QuigleyH,AndersonDR:Thedynamicsandlocationofaxonaltransportblockadebyacuteintraocularpressureelevationinprimateopticnerve.InvestOphthalmol15:606-616,19765)MincklerDS,BuntAH,JohansonGW:Orthogradeandretrogradeaxoplasmictransportduringacuteocularhypertensioninthemonkey.InvestOphthalmolVisSci16:426-441,19776)MincklerDS,BuntAH,KlockIB:Radioautographicandcytochemicalultrastructuralstudiesofaxoplasmictransportinthemonkeyopticnervehead.InvestOphthalmolVisSci17:33-50,19787)QuigleyHA,GuyJ,AndersonDR:Blockadeofrapidaxonaltransport;effectofintraocularpressureelevationinprimateopticnerve.ArchOphthalmol97:525-531,19798)千原悦夫:正常白色家兎の視路におけるorthogradefastaxoplasmictransportの動態.日眼会誌81:1488-1493,19779)千原悦夫,本田孔士:眼科学における軸索輸送(総説).日眼会誌84:331-349,198010)ValeRD,SchnappBJ,ReeseTSetal:Organelle,bead,andmicrotubuletranslocationspromotedbysolublefactorsfromthesquidgiantaxon.Cell40:559-569,198511)ScholeyJM,PorterME,GrissomPMetal:Identificationofkinesininseaurchineggs,andevidenceforitslocalizationinthemitoticspindle.Nature318:483-486,198512)SchnappBJ,ReeseTS:Dyneinisthemotorforretrogradeaxonaltransportoforganelles.ProcNatlAcadSciUSA86:1548-1552,198913)KumarJ,EricksonHP,SheetzMP:Ultrastructureofthe120-kDaformofchickkinectin.JBiolChem273:3173831743,199814)DuncanJE,GoldsteinLS:Thegeneticsofaxonaltransportandaxonaldisorders.PLoSGenet2:e124;12751284,200615)QuigleyHA,NickellsRW,KerriganLAetal:Retinalganglioncelldeathinexperimentalglaucomaandafteraxotomyoccursbyapoptosis.InvestOphthalmolVisSci36:774-786,199516)OkisakaS,MurakamiA,MizukawaAetal:Apoptosisinretinalganglioncelldecreaseinhumanglaucomatouseyes.JpnJOphthalmol41:84-88,199717)KummerJL,RaoPK,HeidenreichKA:Apoptosisinducedbywithdrawaloftrophicfactorsismediatedbyp38mitogen-activatedproteinkinase.JBiolChem272:2049020494,199718)ChiharaE:Axoplasmictransportblockagetherapyinherpeszosterophthalmicus.GraefesArchKlinExpOphthalmol211:183-186,197919)TsoM,FineBS:Electronmicroscopicstudyofhumanpapilledema.AmJOphthalmol82:424-434,197620)McLeodD,MarshallJ,KohnerEMetal:Theroleofaxoplasmictransportinthepathogenesisofretinalcotton-woolspots.BrJOphthalmol61:177-191,197721)ChiharaE:Pathogenesisofcottonwoolpatches;aclinicalstudy.JpnJOphthalmol37:397-403,198322)ChiharaE,SakugawaM,EntaniS:Recoveryoffastaxonaltransportandretinalproteinsynthesisintherabbitsafterintraocularadministrationofvinblastine.Brain(71)あたらしい眼科Vol.30,No.7,2013953Res241:179-181,198223)千原悦夫,佐久川政尚,塚田孝子:メチル水銀による網膜蛋白代謝障害と視神経における軸索流障害.日眼会誌88:1224-1228,198424)ChiharaE:Axoplasmicandnonaxoplasmictransportalongtheopticpathwayofalbinorabbits;atheoreticalpatternofdistribution.InvestOphthalmolVisSci18:339345,197925)ChiharaE,HondaY:Analysisoforthogradefastaxonaltransportalongtheopticpathwayofalbinorabbitsduringincreasedanddecreasedintraocularpressure.ExpEyeRes32:229-239,198126)SakugawaM,ChiharaE:Blockageattwopointsofaxonalflowinglaucomatouseyes.GraefesArchKlinExpOphthalmol223:214-218,198527)LeskeMC,HeijlA,HusseinMetal,EMGTGroup:Factorsforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment.ArchOphthalmol121:48-56,200328)AndersonDR,DranceSM,SchulzerM,CNTGStudyGroup:Factorsthatpredictthebenefitofloweringintraocularpressureinnormaltensionglaucoma.AmJOphthalmol136:820-829,200329)WilsonR,WalkerAM,DuekerDKetal:Riskfactorsforrateofprogressionofglaucomatousvisualfieldloss:acomputerbasedanalysis.ArchOphthalmol100:737-741,198230)LichterPR,MuschDC,GillespieBWetal:Interimclinicaloutcomesinthecollaborativeinitialglaucomatreatmentstudycomparinginitialtreatmentran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