———————————————————————- Page 1(103)ツꀀ 14010910-1810/09/\100/頁/JCOPYツꀀツꀀツꀀツꀀツꀀ あたらしい眼科 26(10):1401 1404,2009cはじめに東洋眼虫(Thelaziaツꀀ callipaeda)は,イヌあるいはネコをおもな終宿主とする線虫で,中間宿主はショウジョウバエ科のメマトイ(Amiota)である.その分布には地域性が強く,おもに東南アジアや中国などの温暖な地域,日本では特に九州や西日本に多いという1 14).わが国では 1957 年に初めて熊本で人体寄生例が報告1)されて以来,九州を中心に 100 例余り報告され,筆者らが調べた限り,茨城県からの報告が最北で,つぎに東京都であった2 4).いずれも九州地方へ旅行しており感染場所の確定はできていない2 4).今回筆者らは,岐阜県内で感染したと思われる東洋眼虫症の初の 1 例を経験したので報告する.I症例患者:70 歳,女性.初診:平成 20 年 7 月 22 日.主訴:右眼の異物感.既往歴:Parkinson 病および肺結核.家族歴:特記事項なし.生活歴:岐阜県岐阜市在住の主婦.近所の竹やぶにてタケノコ狩りをするのが趣味であった.ペットの飼育歴および海外渡航歴はなし.当科受診 1 年以内に岐阜県外に出たことはない.現病歴:平成 20 年 5 月 26 日に右上眼瞼内に異物感が出現し,近医眼科を受診したところ,右外眼角付近に虫体を発見し数隻摘出された(図 1).6 月 2 日再診時にも同部位から虫体が捕獲された.その後,しばらく症状は治まっていたが,6 月 29 日に右眼の異物感が出現し再受診.虫体 1 隻が捕獲された.虫体が何隻も発見されるので,精査および加療目的で当眼科を紹介となった.〔別刷請求先〕小森伸也:〒501-1194 岐阜市柳戸 1-1岐阜大学医学部眼科学教室Reprint requests:Shinya Komori, M.D., Department of Ophthalmology, Gifu University Graduate School of Medicine, 1-1 Yanagido, Gifu-shi 501-1194, JAPAN岐阜県内で感染したと推定される東洋眼虫のヒト結膜 内 寄生例小森伸也*1小國務*1末森晋典*1望月清文*1林裕子*2高橋優三*3*1 岐阜大学医学部眼科学教室*2 眼科林クリニック*3 岐阜大学医学部寄生虫学教室A Case of Conjunctival Sac Infection with Thelazia callipaeda in Gifu PrefectureShinya Komori1), Tsutomu Oguni1), Shinsuke Suemori1), Kiyofumi Mochizuki1), Yuko Hayashi2) and Yuzo Takahashi3)1)Department of Ophthalmology, Gifu University Graduate School of Medicine, 2)Hayashi Eye Clinic,ツꀀ 3)Department of Parasitology, Gifu University Graduate School of Medicine岐阜市在住のタケノコ狩りを趣味とする 70 歳,女性の右眼にみられた東洋眼虫症を経験した.平成 20 年 5 月に右眼に違和感が出現し当科を紹介受診.数回にわたり虫体を摘出した.摘出された虫体はすべて東洋眼虫の雌であった.また,外眼角部に 腫を認め, 腫が寄生の一因と考え,結膜 腫摘出術を施行した.現在経過観察中であるが,新たな虫体は検出されていない.岐阜県内で感染したと推定される東洋眼虫症を初めて報告した.We report a case of human thelaziasis. The patient, a 70-year-old female living in Gifu Prefecture, complained ofツꀀ foreign-bodyツꀀ sensationツꀀ inツꀀ herツꀀ rightツꀀ eye.ツꀀ Herツꀀ hobbyツꀀ wasツꀀ bambooツꀀ shootツꀀ picking.ツꀀ Weツꀀ extractedツꀀ wormsツꀀ fromツꀀ the conjunctival sac;all were identi ed as female worms of the species Thelazia callipaeda. We also excised a cyst at theツꀀ lateralツꀀ canthus,ツꀀ inツꀀ whichツꀀ wormsツꀀ mightツꀀ reside.ツꀀ Afterツꀀツꀀ nalツꀀ extractionツꀀ ofツꀀ theツꀀ worms,ツꀀ weツꀀ foundツꀀ noツꀀ otherツꀀ worms. This was probably theツꀀ rst case of human thelaziasis found in Gifu Prefecture.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)26(10):1401 1404, 2009〕Key words:東洋眼虫,人畜共通感染症,メマトイ,岐阜県.Thelazia callipaeda, parasitic zoonoses, Amiota, Gifu Prefecture.———————————————————————- Page 21402あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(104)初診時所見:視力は右眼 1.0(n.c.),左眼 0.3(0.9×+1.5 D(cyl 1.50 Dツꀀ Ax145°)で, 眼 圧 は 右 眼 12 mmHg, 左 眼14 mmHg であった.前眼部所見では左眼に異常所見は認められなかった.右眼では,外眼角部に 腫を認め,軽度の結膜充血がみられ,少量の眼脂を認めた.中間透光体では両眼とも後 下白内障を認めた.眼底には両眼とも軽度の動脈硬化性変化を認めた.画像所見:頭部 MRI(磁気共鳴画像)では,T2 強調像にて 5 mm 大の高信号の 胞様構造物を右外眼角部に認めたが,虫体はみられなかった(図 2).血液学的検査:白血球数は 5,090/mm3,白血球分画は正常で,IgE 値は 85.0 と正常範囲内であった.結膜 内分泌物培養:Staphylococcus haemolyticus およびEubacterium lentum が検出された.経過:初診時,細隙灯顕微鏡検査時に右外眼角上方結膜 に白色の虫体を数隻発見したので,0.4%塩酸オキシブプロカインで点眼麻酔後,無鈎鑷子にて摘出を試みた.虫体は光を当てると結膜 内の奥へ逃げるように蠕動運動をしたが,2 隻の虫体を摘出することができた.摘出した虫体を生理食塩水中に保存し,同定に供した.レボフロキサシンの点眼を開始したが,平成 20 年 7 月 31日に異物感が継続するため再受診となった.前回同様に右眼結膜 に 1 隻の虫体を確認し摘出した.その際,涙道洗浄を行ったが,虫体は確認されなかった.外眼角部の 腫内が棲図 1右眼前眼部写真外眼角部に数隻の虫体(矢印)を認める.図 3採取した虫体標本右側が口側,左側が肛門側.幼虫を排出する陰門を認める(矢印).図 2MRI所見a:拡散強調画像,b:T2 強調画像.T2 強調画像(矢印)で右眼外眼部に高信号の大きさ 5 mm 大の 胞様構造物を認める.ツꀀ ———————————————————————- Page 3あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,20091403(105)みかではないかと考え同年 8 月 20 日に右眼結膜 腫摘出術を施行した.摘出前に 0.25%インドシアニングリーンにて 腫内を染色し 腫摘出を行った.摘出時, 腫内および術野から虫体は確認されなかった.現在,外来にて経過観察中であるが,右眼の違和感は継続しているが虫体は確認されていない.虫体所見:摘出された虫体は,体長 6.2 6.5 mm で,口腔は歯と口唇が欠如し,虫体の中央部付近に陰門を認め,体表には細かい鋸歯状の striation を認めた.以上の形態学的特徴および採取場所から,東洋眼虫の雌と同定した(図 3).病理学的所見:摘出された 腫内に,虫体はみられなかったが,脱皮の残骸と思われる所見を認めた(図 4).II考按東洋眼虫は,線形動物門・線虫網・螺尾虫目・眼虫科・テラジア属に属する体長 8 16 mm の白色の小線虫である5).結膜に寄生し,イヌ,ネコ,サル,タヌキおよびキツネなどの哺乳類を終宿主とし,ときにヒトの結膜 にも寄生する6).ショウジョウバエの一種であるメマトイ(マダラメマトイ,オオメマトイおよびナガタメマトイ)を中間宿主とする6,15).メマトイは哺乳類の涙液を舐める習性があり,すでに東洋眼虫に感染している終宿主の涙液を舐める際に,第一期幼虫を摂取する6).第一期幼虫はメマトイの生殖器内で 2 回脱皮後,第三期幼虫(体長 2.0 2.5 mm)となる6).メマトイが終宿主の涙液を舐める際に,この第三期幼虫が結膜に寄生し約 1 カ月後に成虫となる6).東洋眼虫の寿命は約 12 カ月である7,8)ので,虫体の発見・摘出後 1 年間は経過観察を要すると考えられる.東洋眼虫の雌雄の見分け方は,①雌のほうが雄に比べて体長が長い傾向にある,②雌成虫では子宮内に仔虫を認める,③雄成虫には左交接刺が右交接刺に比べて異常に長い,および④雌成虫の口腔には歯と口唇が欠如し,体表に鋸歯状のstriation を認めるなどがあげられる9).今回摘出した東洋眼虫は体長が 6.5 mm 前後と小振りであったが,すべて雌であった.東洋眼虫症の症状として異物感,眼脂,流涙,充血あるいは掻痒感など慢性の結膜炎様を呈することが多いが,自覚症状に乏しい症例もあるという6).寄生部位として上円蓋部結膜 内が多いとされる6)が,他に涙道内寄生例,眼瞼の肉芽腫形成例,前房内あるいは硝子体内に侵入した報告例もあ る10,16).本症例では MRI 画像にて虫体は確認されなかったが,外眼角部の 腫内が寄生部位ではないかと考え,右眼結膜 腫摘出術を施行した.摘出時および摘出された 腫内に虫体はみられなかったが,脱皮の残骸と思われる所見を認めた.治療は虫体の摘出とされる15).成虫は活動性が高く,結膜 の奥深くへ逃げ込むと摘出がときとして困難になる11).本症例では虫体の動きを抑える目的も含め 0.4%塩酸オキシブプロカインを用い,数回にわたり虫体の摘出を行った.その後現在まで,自覚症状は継続しているが新たな虫体は確認されていない.東洋眼虫は,ヒト結膜 内では産生された卵から成虫まで発育する可能性はなく,虫体を摘出すれば再発はないという7).しかしながら,中間宿主であるメマトイとの接触により再罹患することがある6 9,11 13)ので,メマトイが渓流近くのスギ,シイ,カシや竹林などで採集される7)ことからも,本症例ではタケノコ狩りの際には“ハエに注意”と指導している.今回,岐阜県で初めて東洋眼虫が発見されたが,岐阜県近隣では愛知県ならびに三重県から数例の報告が散見され る2 4,10,13 17).筆者らが調べた限り,茨城県での報告例が最北であった2).しかし茨城県からの報告は,発症 22 日ほど前に熊本県内で野外作業に従事しており熊本において感染した可能性は否定できない2).東京都の報告は,虫体発見の 3週間ほど前に福岡県八女市から上京しているので,茨城県の報告同様,感染場所について若干問題が残る3).一般に,東洋眼虫症の分布には偏在性が強く,九州を中心(特に熊本,宮崎および大分)とした西日本に報告例が多い1,4,6)が,最近では中国,四国および近畿地方や都市部でもその報告例が増加しているという5,7 9,11,12,17).地域性の原因として,一つには,中間宿主であるメマトイは九州地方から北海道まで全国的に分布しているものの,終宿主であるイヌの東洋眼虫の寄生率に地域差があることが指摘されている7).しかし今日ではイヌやネコなどをペットとしてともに移動することが予想され,その地域性が容易に変化することが危惧される.つぎに東洋眼虫がメマトイの体内で第一幼虫期から第三期幼虫(感染幼虫)に発育するのに要する日数は温度依存性である6)ので,温暖な地域での感染が多くなっている6)という.メマトイは初夏から 9 月にかけて図 4摘出した 腫の一部脱皮の残骸(矢印)を認める(HE 染色).———————————————————————- Page 41404あたらしい眼科Vol. 26,No. 10,2009(106)13℃以上で活動性が高く,低温ではその活動性が制限さ れ12),東洋眼虫は 17℃以下では生存ができないという7).一方,1883 年(岐 阜 市 気 象 台 観 測 開 始 年),1977 年 お よ び2007 年における岐阜市の平均気温を検討したところ,年平均気温ではそれぞれ 13.7℃,15.4℃および 16.4℃であった.平 均 気 温 13℃ 以 上 の 月 は, そ れ ぞ れ 5 月(15.6℃:4 月 は11.4℃)か ら 10 月(17.4℃:11 月 は 9.3℃),4 月(14.1℃)から 11 月(13.4℃)および 4 月(14.0℃)から 10 月(19.0℃:11 月は 12.2℃)であった.よって岐阜市の平均気温の上昇は明らかであり,メマトイの活動日数の増加ならびに活発化が予想され,少なくとも岐阜県での東洋眼虫によるヒト感染例に注意を要すると思われた.今後,温暖化現象ならびにペット管理の不徹底などによる東日本などへの感染地域の拡大が懸念される.ご校閲賜りました岐阜大学医学部眼科学教室教授ツꀀ 山本哲也先生に深く感謝いたします.文献 1) 萩原武雄,楠元忠雄,村上和充ほか:人結膜より摘出した線虫の二例.熊本医学会雑誌 31:179-183, 1957 2) 滝田弘子,影井昇,橋口淳一ほか:東洋眼虫 Thelazia callipaeda 寄生の 1 症例とその感染地について.眼臨 78:1909-1912, 1984 3) 影井昇,林滋生,石田常康ほか:東京都下で発見された東洋眼虫の人体寄生例.寄生虫誌 30:337-344, 1981 4) 宮原道明,讃井浩喜,保利哲也:大分県と熊本県で見出された東洋眼虫症 2 例.九州大学医療技術短期大学紀要 26:85-88, 1999 5) 高田園子,宇仁茂彦,国吉一樹ほか:大阪府で見出された東洋眼虫の 1 例.眼紀 53:150-153, 2002 6) 小池生夫,吉川洋,小池直栄ほか:東洋眼虫症の 1 例.眼紀 57:301-304, 2006 7) 森下真美,上村宏和,村主節雄ほか:香川県で見出された東洋眼虫の 3 症例.あたらしい眼科 22:554-556, 2005 8) 石川喜隆,佐藤綾子,田中俊朗ほか:山口県で見出された東洋眼中のヒト結膜 内寄生例.眼臨 98:97-99, 2004 9) 金子明生,児玉俊夫,石川明那ほか:ヒト結膜 に寄生した東洋眼虫の形態学的特徴.臨眼 61:531-536, 2007 10) 湯口幹典,馬嶋昭生,滝昌弘ほか:前房内に迷入した東洋眼虫の 3 症例.眼紀 33:1117-1122, 1982 11) 石坂拓也,水川憲一,溝上志朗ほか:香川県で発見された結膜 内寄生東洋眼虫の 1 症例.眼臨 98:383-384, 2005 12) 高静花,堀本幸嗣,壇上幸孝ほか:大阪市居住者に見られた東洋眼虫寄生の 1 症例.眼紀 54:47-50, 2003 13) 丹羽慶子,水谷聡,岩城正佳ほか:東洋眼虫の結膜多数寄生の 1 例.眼臨 94:1360, 2000 14) 吉田淳,鈴木康之,亀井喜世子:東洋眼虫の 1 症例.眼臨 101:220, 2007 15) 小木曽正博:東洋眼虫による眼感染症について教えてください.あたらしい眼科 17(臨増):201-202, 2000 16) Zakir R, Zhong-Xia Z, Chioddini P et al:Intraocular infestationツꀀ withツꀀ theツꀀ worm,ツꀀ Thelaziaツꀀ callipaeda.ツꀀ Brツꀀ Jツꀀ Oph-thalmol 83:1194-1195, 1999 17) 影井昇,原田正和,村主節雄:香川大学医学部国際医動物学教室に鑑別を依頼された眼虫属線虫類について.Clini-cal Parasitology 18:14-17, 2007***