———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSあるため光が光軸上の一点に集まらずに生ずる収差を球面収差とよぶ.カメラのレンズの場合,この球面レンズの“宿命”ともいえる球面収差を減少させる手段としてはじめに近年,開発コンセプトの異なる複数の非球面眼内レンズが使用可能となった.これらは眼球全体の球面収差を減少させることを目的としており,それによる視機能の向上が期待されている.本稿では,非球面レンズについて概説し,開発コンセプトの異なる各々の眼内レンズの臨床成績,使用時の一般的注意点について述べる.I非球面レンズとは2つの異なった媒質の境界を光が通過するとき,その進行方向が変わることを屈折とよぶ.幾何光学において境界面に入る光の角度と出る角度との関係は,スネル(Snell)の法則に従い(図1),屈折した光の進行方向は,それぞれの媒質の屈折率,境界面に入る光の角度により規定される.図2はプリズムによる光の屈折を示したものであるが,プリズムの頂角によりその後の進行方向が異なり,頂角が大きいほど偏角が大きくなる.レンズは異なるプリズムの集合体と考えられ,レンズの中心部から周辺にいくほど頂角の大きいプリズムとみなすことができる(図3A).光軸に平行な光がレンズを通過した後,一点に集中するためにはレンズを構成しているとみなされる各プリズムの頂角をレンズ中心部からの距離に応じて調整する必要がある.しかし従来,製造上の容易さからレンズの表面は単に球面であることが一般的であり,結果的に光を光軸上の一点に集めることのできない構造となっている(図3B).このようにレンズ表面が球面で(25)1435*ShinichiroOtani&KazunoriMiyata:宮田眼科病院〔別刷請求先〕大谷伸一郎:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14351438,2007非球面眼内レンズと高次収差Higher-OrderAberrationsinAsphericIntraocularLens-ImplantedEyes大谷伸一郎*宮田和典*図1スネルの法則屈折した光の進行方向は,それぞれの媒質の屈折率,境界面に入る光の角度により規定される.屈折率=n1屈折率=n2q2q1n1sinq1=n2sinq2(スネルの法則)境界面図2プリズムの光の屈折プリズムを通過する光はその境界面で屈折する.通過後の進行方向は頂角によって異なり,頂角が大きいほど偏角が大きくなる.頂角偏角———————————————————————-Page21436あたらしい眼科Vol.24,No.11,20073つの方法がある.一つめはレンズの有効径を小さくすることである.絞りによって周辺部を通る光が遮断され,球面収差による像の広がりが小さくなる.しかし,同時にレンズを通過する光の量が減り,像が暗くなるという問題点がある.二つめは複数のレンズの組み合わせである.凹レンズと凸レンズは球面収差の発生する向きが逆であるため,この2枚のレンズを組み合わせることにより球面収差を減らすことができる.しかし,2枚のレンズを使うため,容積と重量の増大が問題となる.もう一つの手段はレンズの表面を球面とせず,光軸上の一点に光が集まるよう表面を形成する方法である.これがいわゆる「非球面レンズ」である.近年の精密加工技術の向上によって自由曲面の形成が容易となり,大量生産が可能となった.これにより1枚のレンズで球面収差を減らすことができ,カメラをはじめ多くの分野で応用されるようになった.II眼における高次収差の加齢変化近年,波面収差解析の眼への応用により,角膜ならびに眼球全体の高次収差の測定が可能となった.今回,正常眼での高次波面収差の加齢変化を検討した.対象は80例153眼,年齢の範囲は1869歳である.測定は波面センサーKR-9000PW(トプコン)で行った.加齢とともに角膜ならびに眼球全体のコマ様収差は増大している(図4)が,球面収差においては角膜では変化なく,眼球全体のみで増大している(図5).これは水晶体の球面収差の変化を意味しており,若年時に負の球面収差をもっていた水晶体が加齢に伴い正の球面収差をもつようになったためである.その原因として水晶体の形状変化や内部屈折率の変化が考えられる.III非球面眼内レンズの臨床成績従来の球面眼内レンズは加齢変化した水晶体と同様,正の球面収差を有している.そのため白内障手術において球面眼内レンズを挿入した場合,加齢によって増大した球面収差に対しての補正は行われないままとなる.そこで,眼内レンズを若年者と同様に負の球面収差をもつようにレンズ表面を非球面加工し,眼球全体の球面収差を補正しようとの試みがある(図6).現在,国内で使用可能である非球面レンズは3種類あるが,製品によって開発コンセプトが異なっており,目標とする残存収差に違いがある.具体的にはテクニスZA9003(AMO)は球面収差の完全補正を,AQ-310Ai(キヤノンスター)は(26)図3レンズはプリズムの集合体A:レンズは異なるプリズムの集合体と考えられる.各プリズムの頂角をレンズ中心部からの距離に応じて調整することにより,光を一点に集中することができる.B:製造上の容易さから,レンズの表面は単に球面であることが一般的であり,結果的に光を光軸上の一点に集めることのできない構造となっている.AB図4コマ収差の加齢変化r=0.358,p<0.0001角膜r=0.265,p=0.00181.00.90.80.70.60.50.40.30.20.101020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)1.21.00.80.60.40.201020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)全眼球———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071437(27)図5球面収差の加齢変化r=0.462,p<0.0001r=0.138,p=0.929角膜0.60.40.20-0.2-0.4-0.6-0.8-1.01020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)0.80.60.40.20-0.2-0.41020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)全眼球図6角膜と水晶体または眼内レンズの球面収差の関係は正の球面収差を,は負の球面収差を意味する.????????A.若年者B.高齢者D.非球面眼内レンズ挿入眼C.球面眼内レンズ挿入眼図8全眼球における術後残存球面収差(非球面眼内レンズと球面眼内レンズの比較)一眼に非球面眼内レンズ,他眼に同一形状,同一素材である球面眼内レンズを挿入し,1カ月後の全眼球における残存球面収差(瞳孔径6mm)を比較した.どの組み合わせにおいても非球面眼内レンズ挿入眼で球面収差が減少していた.その残存量の差は開発コンセプトの違いによるものと考えられる.SN60WF非球面00.10.20.30.40.50.60.7****:p<0.01WilcoxontestAQ310NV球面AQ310Ai非球面AR40e球面ZA9003非球面SN60AT球面(n=36)(n=46)(n=37)収差(RMS,μm)図7照度別のAULCSF(非球面眼内レンズと球面眼内レンズの比較)非球面眼内レンズSN60WF,球面眼内レンズSN60AT挿入眼において術後1カ月後のAULCSF(areaunderthelogcon-trastsensitivityfunction)を比較した.暗室下において非球面眼内レンズ挿入眼が有意に高い値を示し,コントラスト感度が良好であった.02.01.0暗室15.4±16.6lux*:p<0.05Wilcoxontest:非球面SN60WFAULCSF*:球面SN60AT明室179.7±22.5lux中間72.9±18.0lux———————————————————————-Page41438あたらしい眼科Vol.24,No.11,200720歳代の球面収差の残存を,SN60WF(アルコン)は若年眼の収差(=約0.1μm)の残存を目標としている.筆者らは,それぞれの非球面眼内レンズにおいて球面レンズに対する優位性を検討するため臨床成績を比較した.方法は,白内障以外に疾患を認めない両眼の白内障患者で,一眼に非球面眼内レンズ,他眼に同一形状,同一素材である球面眼内レンズを挿入し,1カ月後に矯正視力,コントラスト感度(照度別),高次収差を測定した.使用した眼内レンズは非球面眼内レンズSN60WF,ZA9003,AQ310Aiに対し,それぞれ球面眼内レンズはSN60AT(アルコン),AR40e(AMO),AQ310NV(キヤノンスター)とした.結果は,どの非球面眼内レンズと球面眼内レンズの組み合わせでも,矯正視力に差はなかった.しかし暗室下(約15lux)でのAULCSF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)が非球面眼内レンズで有意に高く,コントラスト感度が良好であった(図7).高次収差は瞳孔径6mmで球面収差の有意な減少が得られた(図8).その残存量の差は各社の開発コンセプトの違いによるものと考えられる.一方,瞳孔径4mmでは両レンズ間に有意な差はなかった.これは非球面眼内レンズの効果は瞳孔径に依存し,瞳孔径が大きいほど非球面眼内レンズの優位性が増大することを示している.IV非球面眼内レンズの注意点前述の臨床成績は非球面眼内レンズの挿入によるQOV(qualityofvision)の向上を示唆している.しかし,すべての患者において最良の選択になるとはかぎらない.眼内レンズを非球面形状とする目的は,それにより生じた負の球面収差によって,角膜で生じる正の球面収差を打ち消すことである.だが角膜の収差の程度は個人差があり患者によっては眼球全体の収差が過矯正となる場合もある.この問題解決の糸口として各患者個別に対応したカスタムメイドの非球面眼内レンズがあげられるが,今のところ実現できていない.それに近い手段として,コンセプトの異なる各製品の使い分けが考えられる(28)が,その有効性は不明である.また非球面眼内レンズは,その傾斜や偏心により球面眼内レンズよりも高次収差が増大し,結果的に視力,コントラスト感度を悪化させる可能性がある.筆者らの臨床検討ではレンズの眼内安定性は高く,傾斜,傾心量はわずかであった.しかしZinn小帯の脆弱例,後破損例など中心固定がむずかしいと思われる症例では適応に注意を要する.おわりに白内障手術の歴史とともに患者の要求する視機能の水準は高まってきている.それと並行してメーカーによる眼内レンズの改良・進化が続いてきた.非球面レンズの臨床応用は,眼内レンズ挿入術を単なる球面度数の補正手段から高次収差への対処を可能とする手段へと進歩させた.そして今回,視機能改善を示す臨床データを得ることができた.現在のところ暗所下という特殊な環境下でのコンラスト感度向上のみであるが,今後,新しい視機能パラメータの出現,応用により,さらに非球面眼内レンズの優位性が確認されることを期待している.白内障手術の歴史において初めて高次収差への関与が始まったという点で,非球面眼内レンズの登場は眼内レンズの進歩の過程で大きなブレイクスルーであるといえる.文献1)HolladayJT,PiersPA,KoranyiGetal:Anewintra-ocularlensdesigntoreducesphericalaberrationofpseudophakiceyes.JRefractSurg18:683-691,20012)MesterU,DillingerP,AnteristN:Impactofamodiedopticdesignonvisualfunction:clinicalcomparativestudy.JCataractRefractSurg29:652-660,20033)AmanoS,AmanoY,YamagamiSetal:Age-relatedchangesincornealandocularhigher-orderwavefrontaberrations.AmJOphthalmol137:988-992,20044)KasperT,BuhrenJ,KohnenT:Visualperformanceofasphericalandsphericalintraocularlenses:intraindividualcomparisonofvisualacuity,contrastsensitivity,andhigher-orderaberrations.JCataractRefractSurg32:2022-2029,2006