———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSIレーザー虹彩切開術と角膜内皮レーザー虹彩切開術は急性閉塞隅角緑内障発作(急性原発閉塞隅角症)に対する観血的周辺虹彩切除術(PI)に代わる治療法として1980年代から施行され,その安全性と簡便性ゆえに広く普及してきた.わが国においてはアルゴンレーザーのみを用いる方法が最初に紹介された点,ならびに欧米とは異なり緑内障専門医のみならず一般眼科臨床医が数多く施行した点で,その普及に拍車がかかったと言える.本法は外来にて施行可能であり,通常は術後早期の軽度虹彩炎と一過性眼圧上昇を認めるのみであることから合併症の少ない比較的安全な術式とされ,狭隅角眼(原発閉塞隅角症)の緑内障発作予防目的にも広く用いられている.しかし,日本人のようなアジア人種の虹彩は色素に富むこと,原発閉塞隅角症を起こしやすい遠視眼では虹彩根部が厚い傾向があることから,症例によっては容易に虹彩穿孔が得られない場合もある.その結果として過大なエネルギーが眼内に照射されることとなり,熱エネルギーの角膜や周囲組織への影響が懸念されることとなる.このような理由から,当初よりレーザー虹彩切開術が角膜内皮に及ぼす影響について数多くの検討がなされてきた.Smithら1),Robinら2),Thomingら3),Panekら4)の1980年代の報告ではレーザー虹彩切開術前後で角膜内皮細胞密度に変化がなかったとするものが多いが,Schwartzら5),Zabelら6),Jengら7)のように,はじめに近年,角膜移植の原因疾患におけるレーザー虹彩切開術後の晩発性角膜内皮代償不全(水疱性角膜症)の割合が非常に多いことが判明し,しかも緑内障発作眼ではない予防的レーザー虹彩切開術でも発症していることが問題となっている.欧米やアジア諸国においてはレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症がそれほど問題とはなっていないことから,この合併症はわが国における特徴的な合併症といっても過言ではない.本病態の問題点は,レーザー照射後かなりの長期間(数年~10数年)を経て発症することが多いため,最初にレーザーを施行した医療機関もしくは施術者は患者の転居・転院や医療機関側の事情により発症をまったく関知しないことが多いことにある.すなわち無理なレーザー過剰照射などの医原性要因が水疱性角膜症発症に関与していたとしても,その情報が施術者にフィードバックされるのは数年以上経過した後であり,その時点ではすでに多数の症例が同じ条件で施術されてしまっているために発症を予防できない.したがって,近年のレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症発症のブームはしばらく続く可能性がある.本稿では,レーザー虹彩切開術の合併症としての水疱性角膜症の特徴と発症機転として現時点で考えられている説,ならびにその後の治療と予後に関して当科における最新の知見を交えて紹介する.(27)????*KazuhikoMori:京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕森和彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学特集●原発閉塞隅角緑内障のカッティングエッジあたらしい眼科24(8):1011~1014,2007レーザー虹彩切開術(LI)と角膜障害:LIに続発する角膜内皮障害についての最新の知見??????????????????????????????????????????森和彦*———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.8,20071980年代後半になってからはレーザー虹彩切開術後の角膜内皮細胞数減少の報告が多くなっている.さらに照射総エネルギーが20Jを超える場合には角膜内皮細胞面積が著しく拡大するとしたHongら8)の報告のように,照射総エネルギーと角膜内皮障害との関連性を示唆した報告もある.近年では,レーザーの種類にかかわらずNd:YAGレーザーでも内皮が減少したとのWuら9)の報告もあり,照射総エネルギーのみならずレーザーによる虹彩切開という手技自体が病態に関与している可能性も示唆されはじめている.IIレーザー虹彩切開術後の晩発性角膜内皮代償不全(水疱性角膜症)1984年にPollackら10)が報告して以来,レーザー虹彩切開術後の晩発性合併症としての角膜内皮代償不全(水疱性角膜症)が数多く報告されるようになってきた11,12).レーザー虹彩切開術後に瞳孔ブロックが解除されて眼圧も正常化し,角膜も透明で一見順調に経過している症例でも,数年から10数年を経た後にレーザーを施行した付近の角膜,あるいは照射部位から遠く離れた下方より角膜浮腫が出現し,徐々に角膜全体に広がってゆく場合がある(図1,2).一般的に水疱性角膜症発症の危険因子としては,1)急性緑内障発作の既往,2)総エネルギー10J以上の過剰照射,3)既存の角膜内皮障害,4)膨化白内障,5)糖尿病などが統計的に有意と報告されているが,必ずしもこれらに当てはまらない症例においても晩発性水疱性角膜症を発症する場合がある.IIIレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の発症機序このような晩発性水疱性角膜症の発症機序としては,これまでにも種々の仮説が提出されている.従来から広く信じられてきた説としては,極端な浅前房で周辺部虹彩と角膜内皮面間の距離が著しく短い場合,もしくは角膜浮腫が十分取れる前にレーザーを施行した場合などに発生すると考えられるレーザー照射による角膜内皮への直接的間接的損傷である.この説ではレーザー虹彩切開術後早期に認められる照射部位近傍の角膜浮腫や内皮障害を説明することは可能であるが,晩発性に照射部位から遠く離れた下方角膜より浮腫が出現する症例が存在することを説明できない.近年ではサーモグラフィによる測定からレーザー照射に伴って局所的に温度が上昇していることを確認した報告や前房中の活性酸素が増加していることが原因とする説(獨協大妹尾ら),虹彩切開孔からの房水噴流によって内皮が障害されるとする説(愛媛大山本ら,筑波大加治ら),虹彩血管の透過性亢進によるサイトカインが関与しているとする説(京都府医大東原ら),前房内に散布された虹彩色素に対して角膜内皮面で惹起された免疫反応が原因とする説(東京大山上ら)など新説も報告されており,直接照射とは異なる機序の関与が示唆されている.このように多数の仮説が提起されているにもかかわらず,現在のところ単一の仮説で病態のすべてを説明する(28)図1レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症図2当科初診時の角膜浮腫出現部位全体型72.5%上方型13.2%下方型14.3%———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007????ことができないことから,レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症発症にはおそらくは複数のメカニズムが関与しているであろうとする複合原因説が主流となっている.したがって,アルゴンレーザーを用いたレーザー虹彩切開術のみならず,角膜内皮に対する影響が少ないとされるNd:YAGレーザーを使用した場合や,虹彩に切開を加えないレーザー隅角形成術・レーザー線維柱帯形成術などでも率が低いとはいえ水疱性角膜症が発症する可能性があり,これらのレーザー治療の際にも十分な注意が必要であると考えられる.IVレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対する角膜全層移植術の特徴一般に緑内障発作後のみならず予防的治療を含めたレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に対する角膜全層移植術の成績は,他の原因疾患によるものよりも予後不良であることが多い.その原因としては,1)虹彩血管の透過性が亢進しており,角膜移植の術後のみならず術中からも強い炎症を惹起しやすいこと(図3),2)緑内障発作の既往に伴う一過性眼虚血の影響,3)緑内障発作の既往のためにZinn小帯自体も脆弱となっている場合が多いこと,4)もともとの狭隅角のために周辺虹彩前癒着(PAS)を生じやすく,術後炎症と相まって広範なPASへ移行してゆくこと(Creepingメカニズム,図4),5)移植後に眼圧上昇をきたした場合には移植角膜温存と眼圧下降の両者のバランスを考えながら治療を構築してゆかねばならず,さらに難治となりやすいこと(図5,表1),などの理由があげられる.したがって,角膜移植の術前検査において超音波生体顕微鏡(UBM)や前眼部光干渉断層計(OCT)などを駆使して隅角の病態を十分把握しておくのみならず,術中術後の炎症や癒着の予防目的で,あらかじめ術前からステロイドの内服を併用するなど十分な消炎を図っておくこと13),ならびに術中においても隅角癒着解離術の併用や虹彩縫合による縮瞳など術後の隅角再閉塞を予防する措置を講じておくことが重要である.(29)表1角膜移植後緑内障の原疾患別緑内障手術成績原疾患緑内障病型ステロイド:他緑内障術式ロトミー:レクトミー成功率(3年)円錐角膜4:04:0100その他の眼表面疾患6:27:175化学外傷3:13:167水疱性角膜症5:108:741図4Creepingメカニズム部分的に形成されたPASを足場として,PASが全周に移行してゆく.図5Creepingメカニズムによる全周性PAS図3術後フィブリン膜による瞳孔の部分閉鎖———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.8,2007V角膜に優しいレーザー虹彩切開術狭隅角による緑内障発作を起こす可能性があるといった理由のみで,安易にレーザー虹彩切開術の適応を拡大することは避けるべきである.非接触型スペキュラーマイクロスコープが広く普及し容易に角膜内皮所見が得られることから,レーザー虹彩切開術前後に両眼の角膜内皮所見を評価しておくことは治療選択と経過観察のうえで必須である.さらに晩発性水疱性角膜症の原因が不明である以上,少しでもその危険性を減らす努力をすることが大切である.すなわち,術前処置として十分に縮瞳させた後に,アルゴンレーザーの無駄撃ちを極力減らし(通常は50発以下),Nd:YAGレーザーを併用して可能な限り少ないエネルギーで基本に忠実なレーザー虹彩切開術(表2)を心がけること,ならびに術後にステロイド点眼を用いて十分な消炎を図ることが重要である.レーザー虹彩切開術前の角膜内皮細胞検査にて滴状角膜や内皮細胞数減少などの異常が発見された場合には,基本的にはレーザー虹彩切開術を避けるほうが良いと考えられる.しかしながら,経過観察のみにて万一急性緑内障発作を発症した場合には,発作に伴う角膜内皮障害から水疱性角膜症をきたす可能性がある.角膜内皮細胞への負担が最も少ない観血的周辺虹彩切除術も長期的にみれば白内障の進行に伴って浅前房化の進行から隅角の再閉塞をきたしうる.根本的治療となる白内障手術自体も,浅前房であることから同様に角膜内皮障害を助長する恐れがある.すなわちレーザー虹彩切開術,観血的周辺虹彩切除術,白内障手術のいずれもが一長一短を有しており,原発閉塞隅角症の治療としていずれを選択するかは,緑内障発作の可能性,角膜内皮障害進行の危険性,それぞれの術式のメリットとデメリットを十分説明したうえで,最終的には患者の同意のもとに決定してゆくことこそが最良の方法である.文献1)SmithJ,WhittedP:Cornealendothelialchangesafterargonlaseriridotomy.???????????????98:153-156,19842)RobinAL,PollackIP:Acomparisonofneodymium:YAGandargonlaseriridotomies.?????????????91:1011-1016,19843)ThomingC,VanBuskirkEM,SamplesJR:Thecornealendotheliumafterlasertherapyforglaucoma.????????????????103:518-522,19874)PanekWC,LeeDA,ChristensenRE:E?ectsofargonlaseriridotomyonthecornealendothelium.????????????????105:395-397,19885)SchwartzLW,RodriguesMM,SpaethGLetal:Argonlaseriridotomyinthetreatmentofpatientswithprimaryangle-closureorpupillaryblockglaucoma:aclinicopatho-logicstudy.?????????????85:294-309,19786)ZabelRW,MacDonaldIM,MintsioulisG:Cornealendo-thelialdecompensationafterargonlaseriridotomy.????????????????26:367-373,19917)JengS,LeeJS,HuangSC:Cornealdecompensationafterargonlaseriridectomy─Adelayedcomplication.????????????????22:565-569,19918)HongC,KitazawaY,TanishimaT:In?uenceofargonlasertreatmentofglaucomaoncornealendothelium.????????????????27:567-574,19839)WuSC,JengS,HuangSCetal:Cornealendothelialdam-ageafterneodymium:YAGlaseriridotomy.??????????????????????31:411-416,200010)PollackIP,RobinAL,DragonDMetal:Useoftheneo-dymium:YAGlasertocreateiridotomiesinmonkeysandhumans.???????????????????????82:307-328,198411)薄田寿,櫻木章三:予防的アルゴンレーザー虹彩切開術後に晩発性角膜内皮代償不能を来した1例.眼科35:1489-1491,199312)松永卓二,阿部達也,笹川智幸ほか:アルゴンレーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症の検討.眼紀52:1011-1015,200113)金井尚代,外園千恵,小室青ほか:レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症に関する検討.あたらしい眼科20:245-249,2003(30)表2レーザー虹彩切開術のポイント1.撃つ前によく狙う十分に縮瞳させるAbrahamレンズなどの虹彩切開用レンズを使用するできるだけ薄いところ(虹彩紋理の薄い部分)老人環は避ける中央に近すぎると水晶体を障害周辺すぎると角膜内皮を障害2.あわてずしっかりフォーカスする無駄撃ちは百害あって一利なし連発は避け,しっかり冷却煙(gunsmoke)を撃たない3.無理はしない発作が解除していれば2日に分けても可大きく開けすぎない