———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS房水ターンオーバー不全による角膜内皮障害の可能性について解説したい.ILI後の前房水の流れの可視化可視化とは目に見えない事象を視覚的に表現する技術である.筆者らは,有色家兎の前房内に平均粒径30?m,比重0.98のシリコーンパウダー粒子を注入し,この粒子を房水の流れのトレーサーとして観察する手法により,LI後の前房水動態を可視化することに成功した.たとえば,スリット光幅0.3mmに固定した細隙灯顕微鏡で前房内の粒子を観察すると,角膜内皮側で下降し,水晶体前面で上昇する『温流』がみられる.このとき,虹彩切開窓付近や瞳孔付近では後房から前房へ動く粒子は観察されないが,引き続いて,スリット光の幅を0.3mmから2mmに広げて対光反射を惹起させると,縮瞳と同時に,粒子が後房から虹彩切開窓を通して前房に噴出し,角膜内皮細胞に衝突するのが観察できた.さらに,スリット光の幅を0.3mmに戻すと,今度は,散瞳と同時に前房から後房へ粒子が吸い込まれた(図1).これらの噴出と吸い込みは各対光反射のたびにくり返された.すなわち,LI後眼では前後房間の圧較差がないため,縮散瞳に伴う後房容積の変化が駆動力となり,房水が虹彩切開窓から出入りするようになると考えられる1).II噴出流の速度定量比較可視化により観察した噴出流の方向や勢いは対象眼にはじめにレーザー虹彩切開術(LI)は,房水が後房から前房へ流れ込むバイパスを作る手技としてよく知られているが,術後の房水動態についてはいまだ不明であった.前房への生理的な房水流入は瞳孔を通じて行われるが,その方向性は虹彩裏面から瞳孔中心に向かうものであり,ダイレクトに角膜内皮面に向かうものではない.この場合,角膜内皮細胞はその流入部位から最も遠いところに位置し,体位変動,虹彩運動や房水産生排出量の変化などによる影響はあるとしても,原則として温流という一定の熱対流に接しているのみであり,きわめて静かな環境内に存在している.しかしながら,LI眼においては,瞳孔ブロックの解除を得た代償として,房水動態の大きな変動が角膜内皮細胞にとって恒常性維持に不利な住環境を生み出しているかもしれない.LI後の水疱性角膜症において最も注目すべき臨床的な特徴は,処置から発症までの期間が数年~10年を経ることが多いという事実である.こうした長期経過,すなわちlateonsetで発症する理由として,長い年月にわたって持続する内皮障害メカニズムが存在していることがあげられる.筆者らは,こうした背景から,lateonsetなLI後の水疱性角膜症の発生メカニズムには,非生理的な術後房水動態が関わっているのではないかと考え,房水の流れを可視化し,これを定量,解析する実験を開始した.本稿では,その結果をもとに,房水ジェット噴流説および(31)???*YasuakiYamamoto:愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野(眼科学)〔別刷請求先〕山本康明:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院感覚機能医学講座視機能外科学分野(眼科学)特集●レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症を解剖する!あたらしい眼科24(7):879~883,2007レーザー虹彩切開術後水疱性角膜症の病態─房水ジェット噴流説─?????????????????????山本康明*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007よって異なり,これには,虹彩切開の大きさや形,切開位置の違いが関係していることが予想される.そこで,定量的な比較を行うため,有色家兎に対して,アルゴンレーザー虹彩切開術(ALI),YAGレーザー虹彩切開術(YAG-LI),LIに模した用手的小虹彩切開術(small-PI),周辺部虹彩切除術(large-PI)をさまざまな切開窓サイズで施行し,同様の可視化手法で房水噴出流をビデオ撮影し,粒子の位置座標変化をもとに噴出速度を算出した.このため,虹彩切開窓の正面撮影画像から切開縁をトレースして開窓サイズを算出し,噴出速度との関係をグラフ化した.一般に,有色家兎はヒトに比べて術中術後の炎症が強く生じやすく,消炎後にも虹彩後癒着や前癒着が残る例があり,そうした場合には噴出流が形成されないこともあった.このことは,虹彩運動の低下が噴出流を減弱させる要因であることを示唆しており,今回の検討からは虹彩癒着例を除外した.結果として,ALI5眼,YAG-LI3眼,small-PI4眼,large-PI5眼で噴出流が認められ,ALI,YAG-LI,small-PIのいずれの術式でも粒子が角膜内皮へ衝突していたが,large-PIでは噴出の勢いは小さく,衝突像は観察されなかった.噴出開始から0.1秒間での平均噴出速度は0.12~9.39mm/sと幅広く分布しており,虹彩開窓サイズが小さいほど噴出速度が速くなった(図2).平均噴出速度,平均開窓サイズともに,large-PI眼以外の3種(32)図1シリコーンパウダー粒子が縮瞳時に噴出し(左),散瞳時に吸い込まれる様子(右)スリット光の幅を0.3mmから2mmに広げると,縮瞳と同時に,粒子が後房から虹彩切開窓を通して前房に噴出し,角膜内皮細胞に衝突する.スリット光の幅を0.3mmに戻すと,散瞳と同時に後房へ粒子が吸い込まれる.白点=トレーサー(流れに追随するシリコーンパウダー粒子),白揺線=トレーサーを追跡した軌跡線,矢印=角膜内皮に噴出流が衝突した地点.(文献1より改変)図2各眼虹彩切開面積と噴出流速度24681010864200平均噴出流速度(mm/s)虹彩切開窓面積(mm2):アルゴンレーザー虹彩切開(ALI):用手的小虹彩切開(small-PI):YAGレーザー虹彩切開(YAG-LI):周辺部虹彩切除術(large-PI)9.395.325.013.83.463.262.411.961.781.681.530.880.40.240.140.19———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???類の術式間では明らかな違いはなかった(図3).今回の検討では,最大の噴出流速度は虹彩開窓サイズが0.24mm2のときに平均9.39mm/sと,生理的温流の流速(0.18~0.28mm/s:第29回,31回角膜カンファランスにて発表)の40倍以上に達しているが,臨床的なLIの虹彩切開サイズは0.2mm2(開窓直径500?mに相応)以下であることも多いため,噴出流はさらに速くなる可能性もある.III房水ジェット噴流説以上のように,LI後眼では,縮瞳と同時に房水がジェット流のごとく前房内に噴出し,角膜内皮細胞に衝突するケースがあることがわかるが,この噴出流の角膜内皮面へ向かう方向も速度も生理的な環境ではありえないものである.おそらく,この噴出流は長年にわたってくり返され,角膜内皮細胞にストレスを与え続けているものと想定される.このように,房水噴出流による内皮細胞への慢性ストレスは,LI後の水疱性角膜症の持続的な内皮障害の原因となりうるのではないかと思われる.虹彩運動が障害されていない限りにおいて,今回観察されたような噴出流が,大なり小なりすべての症例に生じていると考えられる.一方,臨床的に数多くのLIが施行されているにもかかわらず,内皮障害をきたすのは一部に限られる.この理由の一つとして,虹彩開窓サイズが大きくなると,噴出流の流速が急激に小さくなる点があげられる.さらに,周辺部虹彩切除後のように大きな切開窓であれば,角膜内皮に直接衝突する粒子はない.実際,ALIの普及以前に広く行われていた観血的周辺部虹彩切除術において角膜内皮障害が問題とされたことはなく,今回の結果とよく一致している.もう一つの理由として,ジェット噴流の勢いが急速に減衰するという点もあげられる.すなわち,切開窓から内皮までの距離が長くなればなるほど,内皮に及ぼす影響は小さくなるのである.流体解析ソフトを用いて,角膜内皮細胞へ加わるshearstressの強さを,今回測定した噴出流速度を代入して計算したところ,中心前房深度2.8mm眼では最大0.12dyne/cm2であったが,中心前房深度1.0mmの浅前房眼では最大0.68dyne/cm2に達していた(第31回角膜カンファランスにて発表).LI施行症例は浅前房眼であることが多いが,LI後にも周辺部の前房深度が浅いままの場合,内皮障害の危険が高まることが示唆される.加治らはshearstressによる角膜内皮細胞の?離の可能性について報告している2).彼らの結果を,筆者らの提唱する噴出流の流体解析結果と比較して考察すると,LI後に浅前房で強い噴出流が長年くり返して持続する場合に限ればshearstressによって内皮細胞の?離が発生しうると考えられる.ただし,このshearstressは,噴出領域に限局しており,周辺部では大きく減衰するた(33)図3各術式における平均開窓面積と噴出流速度各眼5粒子,噴出開始から0.1秒間の平均速度.平均開窓面積0246810YAG-LISmall-PILarge-PIALIYAG-LISmall-PILarge-PIALImm2平均噴出流速度02468mm/s術式ALI(5眼)YAG-LI(3眼)Small-PI(4眼)Large-PI(5眼)平均開窓面積(mm2)0.95±0.31*0.80±0.20*0.86±0.53*5.85±2.12平均噴出流速度(mm/s)2.97±1.32**3.33±13.2*4.49±2.95**0.36±0.30Kruskal-Wallis検定(Large-PIを除く)*:有意差なし**:有意差なし.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007め,細胞?離をきたす領域は限定されることは否めない.また,メカニカルな細胞?離だけがLI後の水疱性角膜症の発症メカニズムであるとは考えにくく,加治らの指摘にもあるように創傷治癒障害などの続発する何らかのイベントが発生していると考えるべきである.たとえば,血流から受けるshearstressによって血管内皮細胞が細胞骨格を変化させたり,増殖因子の発現が亢進したりすることが知られているが,筆者らは,持続するストレスによるアポトーシスの誘導などを通じて,何らかの細胞応答が起きている可能性を考えている.IV房水ターンオーバー不全LI後においては,縮瞳時における房水の噴出に引き続き,散瞳時に後房へ吸い込まれる現象が生じていた.このことは,いったん前房に流入した新鮮な後房水が,すぐに引き戻され,房水のターンオーバー不全をきたしていることを示唆している.この現象がLI後にくり返し発生すれば,前房内の慢性的な低酸素,あるいは低栄養状態をひき起こすかもしれない.事実,LI後の水疱性角膜症の症例のなかにはレーザー照射部位とは遠くかけ離れた下方角膜周辺部に浮腫を生じるものも散見される.これは従来のレーザー照射による直接障害や,虹彩切開窓からの噴出流の衝突による機械的障害だけでは説明しにくい現象である.いまだ推測の域はでないが,一連の房水の引き戻しが,対側位置の下方において房水のよどみを形成するのではないかと想像している.流体解析ソフトにて前房深度の異なる眼前房形状を作製し,生理的温流をシミュレーションする実験を行うと,前房深度が浅いほど温流速度が小さくなることがわかる(第31回角膜カンファランスにて発表,データは今回掲載していない).すなわち,浅前房眼では,LIの有無にかかわらず角膜内皮障害を起こす可能性があり,この要因に温流の停滞が関与しているのかもしれない.したがって,LI後眼において浅前房が改善しない場合には,温流停滞と房水の引き戻しが複合することになり,前房内全体,もしくは局所的な房水ターンオーバー不全が助長されている可能性が考えられる.(34)VLI後水疱性角膜症の発症メカニズム房水ジェット噴流説を用いれば,従来より不明であったLI後の水疱性角膜症の臨床的特徴のかなりの部分が説明可能となる.しかし,現実には,個々の臨床例の発症パターンを房水動態異常のメカニズムだけで一元的に考えることには無理がある.ここで,内皮障害の要因を作用時期別に整理すれば,以下の3つに分けられる(図4).第1はLI以前から持ち合わせた要因である.すなわち,基礎疾患であるが,これらはLIの有無にかかわらず慢性的な角膜内皮障害が生じうる疾患群でもあり,内皮障害を持続させる要因ともなりうる.第2は,術直前あるいは直後の要因で,急性緑内障発作,アルゴンレーザーによる過剰エネルギー,術後の一過性の炎症などであり,これらは内皮細胞数を急激に減少させる.もちろん,急性期が過ぎれば影響はなくなるため,持続的な内皮障害メカニズムとはならないが,術後の内皮細胞残存数すなわち閾値が低くなるため,水疱性角膜症の発症時期を早めることとなる.第3は,術後後期まで持続する要因であり,筆者らの提唱する房水ジェット噴流および房水ターンオーバー不全がこれにあたる.結果的には,これらの各要因が相加的に作用した,きわめて限られた症例のみがLI後のlateonsetな水疱性角膜症を発症するのではないだろうか.図4LI後水疱性角膜症発症メカニズム③が持続②①水疱性角膜症LI角膜内皮障害要因の作用時期別分類①術前からの要因=角膜内皮のもともとの脆弱性?滴状角膜,Fuchs角膜内皮変性症,糖尿病,緑内障その他の基礎疾患②手術時~術後早期の要因=手術自体や術後の短期間の角膜内皮障害?緑内障発作?アルゴンレーザーによる過剰エネルギー?術後炎症③術後後期の要因=術後炎症が消退してもなお持続する角膜内皮障害?噴出流によるメカニカルストレス?房水の引き戻しによるターンオーバー不全———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???(35)おわりに房水動態の異常がどのように角膜内皮細胞を障害するかは今後の研究課題ではあるが,本来,清澄な温流のほとりに存在する角膜内皮細胞に対して,房水ジェット噴流や房水のよどみによる低酸素などの負荷が加わり続けることで,角膜内皮細胞がアポトーシスや創傷治癒障害などに陥る可能性が考えられる.いずれにしても,多種類の要因が複雑に絡み合って病態が形成されていると考えられる.文献1)YamamotoY,UnoT,OhashiYetal:Demonstrationofaqueousstreamingthroughalaseriridotomywindowagainstcornealendothelium.???????????????124:387-393,20062)KajiY,OshikaT,SakakibaraJetal:E?ectofshearstressonattachmentofcornealendothelialcellsinassocia-tionwithcornealendothelialcelllossafterlaseriridotomy.??????24(Suppl1):S55-S58,2005