ドライアイの外科療法SurgicalTreatmentforDryEye横井則彦*はじめにドライアイ(dryeye:DE)は,開瞼維持時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進(瞬目摩擦の亢進)をおもなメカニズムとする疾患であり(図1),これらはともに結果として炎症を招いて,さまざまな慢性の眼不快感の原因となる.涙液が潤滑剤としての特性をもつことを考えに入れると,瞬目摩擦亢進のメカニズムは,とくに涙液減少型DE(aqueousde.cientDE:ADDE)に関与する1).DEの治療の基本は点眼治療であり,涙液層の安定性低下や瞬目摩擦の軽減に作用する点眼液が利用できるわが国においては,点眼治療の守備範囲は広く,それがDE治療において日本が世界トップを行くといえるゆえんであると思われる.しかし,点眼治療に限界のあるDEも存在し,それらにおいては涙液層の安定性の低下,あるいは瞬目摩擦亢進のメカニズムが点眼治療では対応できない程度に重症であることを意味する.そのようなDEに対して,外科療法が選択できる場合がある.本稿では,外科療法を要するDEの難症例の病態とその具体的な治療法について紹介する.I外科療法の対象となるDE外科療法の対象となるDEとして,まず重症のADDEがある.その背景として,Sjogren症候群(Sjogrensyndrome:SS),SS以外のADDE(non-SSADDE),移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD),眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP),Stevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyn-drome:SJS)をあげることができる.一般にADDEは眼表面炎症を多少なりとも伴うが,重症度としてSSまでは涙点プラグを用いた上下の涙点閉鎖術が著効する(図2).しかし,ここで強調しておきたいのは,ADDEには多少なりとも水濡れ性低下型ドライアイ(decreasedwettabilityDE:DWDE)が合併する点である.すなわち,ADDEでは涙液のクリアランスが多少なりとも悪いために,涙液中に蓄積した炎症性メディエーターが上皮表面の水濡れ性を支配する膜型ムチン(とくに,もっとも多くの糖鎖を含むMUC16)にshedding(炎症性メディエーターによって膜型ムチンがそのpro-teolyticcleavagesiteで切断され,水分子を保持する糖鎖部分を大きく失うことを意味する)を引き起こし,水濡れ性が低下する2).しかし,炎症の程度が軽度であれば,上下の涙点への涙点プラグ挿入で眼表面の水分量を増やせば,角膜上皮障害に著明な改善が得られるのが一般的である.しかし,GVHD,OCP,SJSといった重症眼表面疾患に伴うADDEは,涙点プラグ治療を行っても,予想に反して十分な角膜上皮障害の改善が得られない場合がある(図3).これはおそらく,これらのADDEでは疾患特異的な免疫炎症が強く働くために,眼表面上皮に分化障害を伴い,MUC16の発現そのものが低下して角結膜上皮表面に水分を保持しにくくなっていることがその理由として考えられる.免疫抑制薬の点眼剤をもたない日本においては,ベースライン治療とし*NorihikoYokoi:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕横井則彦:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(39)321図1ドライアイのコア・メカニズムドライアイの病態の鍵を握るメカニズムとして,開瞼維持時の涙液層の安定性低下と瞬目時の摩擦亢進があり,これらのメカニズムがドライアイにおける眼表面の他覚所見を表現するとともに,眼不快感/視機能異常に総括されるドライアイ症状を引き起こす原因となる.(文献2より改変引用)図2Sjogren症候群に対する上下涙点プラグ挿入術の前(a)・後(b)の角膜所見Partialareabreakのケースでareabreakより軽症であるため,プラグ後,涙液メニスカス高は高くなり,角膜上皮障害は完全に消失している.図3上下涙点プラグが挿入された移植片対宿主病の涙液減少型ドライアイ涙液メニスカスが高くなっているにもかかわらず高度の角膜上皮障害が認められる.図4涙丘下線維組織充.涙点閉鎖術(横井法)局所麻酔を行い(a),ドリルで涙小管垂直部の上皮を除去(b)し,涙丘下の線維組織を切除して採取し(c),8-0吸収糸を涙点壁-線維組織-涙点壁と通して縫合し(d),さらに縫合を最低3本加え(e),涙点を完全に閉鎖する(f).図5瞼裂斑に隣接する強い角膜上皮障害のために異物感と眼痛を訴える症例術前に瞼裂斑(Ca)とそれに隣接する角膜上皮障害(Cb)を認める.瞼裂斑切除と羊膜移植を施行し,再発なく瞼裂斑は消失し(Cc),角膜上皮障害も消失している(Cd:手術C7カ月後).いる場合はCCCh手術のよい適応となり,弛緩結膜を除けば少なからず症状の改善が得られる.ただし,CChに対して手術を考慮する場合は,涙液層の破壊に対してはジクアホソルナトリウム点眼液などの点眼治療を,瞬目摩擦亢進に対してはレバミピド点眼液を低力価ステロイド点眼液(0.1%フルオロメトロンC2回/日程度)とともに,最低C1カ月は使用してみて,まったく改善が得られない場合に考慮すべきである.CVICChに対する筆者の手術(3分割切除法,横井法)(図6)CChの本体は結膜の強膜からの.離であり,結膜下組織の異常16)(膠原線維や弾性線維の変性に基づく減少や構造および機能異常,およびリンパ管拡張症)が結膜を強膜から.離させる要因になっている.とくに輪部からC3Cmmまでの結膜は本来,強膜と融合しているが,それが強膜からはずれるとたわみを生じて,弛緩結膜がTMに現れてそれを占拠したり,瞬目時に周囲組織との強い摩擦を生じるようになる.さらに,弛緩結膜の上に異所性のCTMが形成されて角膜下方における涙液層の破壊を促進する要因となる.つまり,TMに現れたCChは涙液層の安定性低下や瞬目摩擦の亢進を増幅させうる.さらに,TMを占拠した弛緩結膜は,TMにおける涙液の流れを遮断する原因となり,導涙性流涙の原因にもなる.したがって,CChの手術目標は,1)外眼角から涙点までの健常なCTMを再建すること,2)結膜下の異常な線維組織を除去して,術後の炎症を利用し,.離した結膜を強膜に癒着させて,結膜表面の起伏や可動性をなくすことに尽きる(図7).そして,忘れてはならないのは,次に述べる上輪部角結膜炎(superiorlim-bickeratoconjunctivitis:SLK)でみられるような上皮障害や結膜炎症を示していない上方の結膜弛緩や,TMにおける涙液の流れを涙点の手前でブロックしている半月ヒダや涙丘を見逃すことなく外科療法の対象とすることである.つまり,結膜弛緩の完全消失とCTMの完全再建が症状改善の鍵を握る.結膜弛緩症には単純型7,8)と円蓋部挙上型9)が存在し,後者の詳述は避けるが,術式が異なるため注意が必要である.要点は,後者は円蓋部形成を行ってからCCChに対する手術を行うことである.CVIISLKの病態SLKは上眼瞼を引き上げ下方視させて診察を行わないと,しばしば見落とすことがあるため注意が必要である.通常,上方の球結膜に充血,血管の蛇行(corkscrewsign)や直線化,および上皮障害がみられ,角膜輪部の肥厚,角膜上皮障害,あるいは糸状角膜炎を伴うこともある1).瞬目摩擦の亢進が病態の鍵を握るため,1日の終わりにかけて症状が悪化するのが一般的である.SLKにはCDEがC25%に,甲状腺疾患がC30%程度に合併するとされ,合わせて甲状腺ホルモンホルモン(T3,T4,TSH)や自己抗体CthyroidCstimulatingCantibody(TSAb),thyroidCperoxidaseCantibody(TPOAb),CTSHreceptorCantibody(TSHRAb)を調べ,これらに異常がみられたら,内分泌内科などに対診を求めることが重要である.ADDEにはCSLKが合併しやすいが,DEがなくてもCSLKは存在しうる.SLKはClidCwiper15)の後方で結膜.円蓋部を頂点とする,本来,瞬目摩擦が生じないCKessingspaceにおける瞬目摩擦の亢進が病態を形成していると考えられ1),CChのところで述べたように,上方結膜が強膜から.離していることが瞬目摩擦亢進の原因となっている.つまり,上方のCCChと考えることができる12).そのため,下方視させてCSLKの結膜領域を眼瞼越しに擦りおろすと,弛緩結膜が上方のCTMから顔を出す様子が観察される.そして,上方の弛緩結膜と眼瞼結膜との間で瞬目摩擦亢進が生じるため,眼瞼結膜にも充血や浮腫,乳頭形成がしばしば認められる.CVIIISLKの手術(Kessingspace再建術,横井法)(図8)CChと同様,SLKに対する外科治療の目標はCTenon.を含む結膜下の線維組織を切除して,はずれた上方の球結膜を強膜に炎症性に癒着させCKessingspaceを再建することに尽きる1).手術の要点としては,手術は下方視させたまま行うこと,結膜切開は輪部からC2Cmmの位置でC2時からC10時にかけて行い,弛緩の程度に応じて舟形の結膜切除を行い縫合する.オリジナルには,ロー326あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(44)図6結膜弛緩症に対する3分割切除法(横井法)カレーシスマーカーでマーキングしてから局所麻酔を行い(Ca),マーキングに沿ってカレーシス剪刀で弧状の結膜切開を行う(Cb).続いて結膜下のCTenon.を切除し(Cc),子午線方向の結膜切開を行い(Cd),下方ブロックで弛緩程度に応じた結膜切除を行い(Ce),下方ブロックの縫合を行う(Cf).その後,耳側ブロックでも同様に弛緩程度に応じた結膜切除を行って縫合し(Cg),耳側の上下の合わせ目で弛緩程度に応じた調整の結膜切除を水平方向で行って縫合する(Ch).最後に鼻側ブロックでも同様に弛緩程度に応じた結膜切除を行って縫合し(Ci),手術を完了する(Cj).以上の結膜切除において切除ブロックと反対方向に視線を向けてもらって切除することで過剰な結膜切除を回避でき,術後の術創の離開を回避することができる.図73分割切除法(横井法)の術前(a)と術3カ月後(b)のパノラマ写真外眼角から涙点までの下方の涙液メニスカスが完全再建され,結膜表面の起伏も完全に消失している.図8上輪部角結膜炎に対する手術(Kessingspace再建術,横井法)カレーシスマーカーでマーキング(Ca)したあと,弧状の結膜切開をC10時からC2時までで行う(Cb).弧状切開部の遠位の結膜下のCTenon.を引き出して切除し(Cc),弧状切開の遠位の結膜表面にC12時の位置で弛緩程度に応じたマーキングを行い(Cd),2時(あるいはC10時)からマーキングを通るようにC10時(あるいはC2時)までの結膜切開を行う(Ce).その結果,結膜切除部は舟形となる.結膜を縫合して手術を完了する(Cf).図9上輪部角結膜炎に対する手術(Kessingspace再建術,横井法)の術前(a)および術2日後(b)リサミングリーン染色後.術C2日目にはまだ結膜の縫合糸が残存している(リサミングリーンで染色されているのがわかる)にもかかわらず,すでに輪部の肥厚や結膜上皮障害,血管の蛇行が消失しているのがわかる.C-