●連載◯130監修=安川力髙橋寛二110ファリシマブの作用機序家里康弘信州大学医学部眼科学教室加齢黄斑変性,糖尿病網膜症,網膜静脈閉塞症において,アンジオポエチン(Ang)-2はアンタゴニストとして血管安定化に関連するCAng-1の作用を阻害し,VEGF-Aと協働的に血管新生や血管透過性を亢進する.ファリシマブはCVEGF-AとCAng-2の両方をターゲットとしてその作用を阻害するバイスペシフィック抗体である.はじめに2022年C6月にファリシマブが眼科領域初のバイスペシフィック抗体(2種類の抗原に対して結合できる抗体)として中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性(neovascularCage-relatedCmaculardegeneration:nAMD)および糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)に対して承認された.ファリシマブはCrossMAB技術を用いて創製されたCVEGF-Aおよびアンジオポエチン(angiopoietin:Ang)-2に対するヒト化二重特異性モノクローナルCIgG1抗体であり,血管新生や血管透過性に重要な役割を果たすCVEGF-AおよびAng-2の両方を阻害する(図1)1).本稿ではファリシマブの既存のCVEGF阻害薬と異なる特徴であるCAng-2の病態生理学な意義と作用機序について述べる.CAng/Tie経路と血管恒常性の維持TyrosineCkinaseCwithCimmunoglobulinCandCepider-malgrowthfactorhomologydomains(Tie)2受容体を介するCAngシグナルは,血管系では壁細胞と内皮細胞(endothelialcell:EC)およびCEC同士の細胞間接着相互作用,血管の成熟化・安定化,血管網の再構築,ECの生存に重要な役割を果たしている.そしてCTie2受容体のリガンドであるCAng-1は血管安定化に寄与する一方で,病態に応じて上昇するCAng-2はおもにCAng-1のアンタゴニスト(競合的)として作用し,血管構造を弱めてCVEGFなどと協働的に新生血管を促し,血管透過性を亢進する(図2)2,3).血管恒常性の維持に果たすAng-1の作用血管構造は,管腔の内面のCECに対して,その周囲から壁細胞と総称される周皮細胞(ペリサイト)や血管平滑筋細胞がとりまいて,構造的に安定した血管を形成している.平常では周囲の壁細胞からCAng-1が分泌され,ECに発現する免疫グロブリンおよび上皮成長因子(epi-(91)C0910-1810/23/\100/頁/JCOPYdermalCgrowthfactor:EGF)相同性ドメインを有するチロシンキナーゼC2(Tie2)受容体に結合する.Ang-1はCTie-2受容体のアゴニストであり,Tie-2受容体に結合するとCECの生存や内皮-壁細胞接着に関与し,血管の安定化を促進する下流シグナルを活性化させる.たとえばCAkt(またはプロテインキナーゼCB)やCphosphati-dylinositol3-kinase(PI3K)経路の活性化をもたらし,ECのアポトーシスを抑制して生存を促進し,転写因子FOXO1の不活性化を介してCAng-2産生を抑制し,CNF-lBを介する炎症を抑制して血管恒常性を維持し安定化を促す.また,活性化したCTie2受容体が細胞接合部に移動し,細胞間接着分子である血管内皮カドヘリン(VE-cadherin)を強化し,血管透過性を低下させる.また,血管形成の過程で血管分岐の先端細胞が移動する方向に存在する細胞の分泌するCAng-1が血管新生を誘導するが,この場合は構造的に安定化した正常な血管を形成する.これはCVEGF受容体の強い活性化が認められる状態では,幼弱な細い血管が大量に誘導されるのと対照的である.こうしたCAng-1/Tie2経路の血管恒常性に対する重要性は遺伝子改変マウスの結果からも明らかであり,Ang-1欠損マウスやCTie2受容体欠損マウスは妊娠中期に胎生致死となるが,その血管は壁細胞である周皮細胞や平滑筋細胞がほとんどなく,血管網の再構築や成熟化が認められない.病的状態におけるAng-2の作用と眼内血管疾患Ang-2はおもにCECに発現を認め,Ang-1と同じ部位,同様の親和性でCTie2受容体に結合する.Ang-2は低酸素,高血糖,炎症などにより誘導され,多くはAng-1のアンタゴニストとして作用して前述のCAng-1/Tie2経路によるシグナル伝達を阻害する(ただし状況によっては部分アゴニストとして機能する).つまりAng-2は血管透過性を亢進して血管構造を不安定化させる.Ang-2欠損マウスはCAng-1欠損マウスと異なり,あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023523抗Ang-2Fab抗VEGF-AFab改変Fc図1ファリシマブの構造マウス抗ヒトCVEGF-A抗体とヒト抗CAng-2抗体のFab領域が同一分子内に存在する.また,Fc領域はエフェクター細胞上に発現しているCFcCc受容体およびFcRnへ結合し,炎症反応や全身クリアランスの影響を抑制するように改変されている.(文献C1より改変)血管異常(硝子体血管遺残など)は生じるが胎生致死とならずに生存する.一方,Ang-2の過剰発現マウスはAng-1欠損マウスと同様に胎生致死となる.また,Ang-2にはCTie2受容体を介さずにインテグリンに作用して細胞間接着を減弱する機序もあり,Ang/Tie経路における作用機序と合わせて血管透過性亢進に関与していると考えられる.眼内疾患ではCnAMD,DME,網膜静脈閉塞症(reti-nalCveinocclusion:RVO)などの臨床検体では,VEGFとともにCAng-2の発現上昇が確認されている.たとえばCnAMDにおいては,Ang-2はCnAMD発症の感受性遺伝子であり,房水中のCAng-2濃度が上昇していた.また,脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)組織においてCVEGFとCAng-2が高発現していた.また糖尿病網膜症(diabeticretinopathy:DR)およびRVO眼では,硝子体中のCAng-2濃度が上昇しており,DRでは重症度とも相関していた.これらの眼内血管疾患ではCVEGFが病態に強く関与しているが,Ang-2はCVEGF経路と複合的な活性化によりCVEGFの作用を増強し,VEGFによる血管透過性がC3倍となると報告されている.そして,臨床試験については別稿に譲るが,マウスのCnAMDモデルでVEGF-AとCAng-2の両方を阻害すると,それぞれ単独に阻害するよりもCCNV形成や血管外漏出を強く抑制した4,5).これらの知見は,多角的なアプローチが有効でC524あたらしい眼科Vol.40,No.4,2023図2正常血管と病的血管におけるAng/Tie経路正常血管ではCAng-1がCTie-2受容体と結合してリン酸化し,下流シグナルを活性化することで細胞生存や血管安定化を促す.一方,病的血管ではCAng-2がCAng-1のアンタゴニストとして作用するため,下流シグナルが抑制されて血管の不安定化や炎症を惹起する.(文献C2より改変)あることを示唆するものである.おわりに今回紹介した新薬ファリシマブは,VEGFだけではなく血管新生や血管透過性亢進に関与するCAng-2も同時にターゲットとする薬剤である.癌領域などでは複数の分子標的薬が登場しているが,眼科領域においてもこうして治療標的・薬剤選択の幅が広がることは喜ばしいことである.今後の報告が楽しみな薬剤である.文献1)SahniJ,PatelSS,DugelPUetal:SimultaneousinhibitionofCangiopoietin-2CandCvascularCendothelialCgrowthCfactor-ACwithCfaricimabCinCdiabeticCmacularedema:BOULE-VARDCphaseC2CrandomizedCtrial.COphthalmologyC126:C155-1170,C20192)JoussenCAM,CRicciCF,CParisCLPCetal:Angiopoietin/TieC2Csignallinganditsroleinretinalandchoroidalvasculardis-eases:areviewofpreclinicaldata.Eye(Lond)C35:1305-1316,C20213)SaharinenCP,CEklundCL,CAlitaloK:TherapeuticCtargetingCofCtheCangiopoietin-TIECpathway.CNatCRevCDrugCDiscov.C16:635-661,C20174)RegulaCJT,CLundhCvonCLeithnerCP,CFoxtonCRCetal:Tar-getingCkeyCangiogenicCpathwaysCwithCaCbispeci.cCCross-MAbCoptimizedCforCneovascularCeyeCdiseases.CEMBOCMolCMedC8:1265-1288,C2016.CErratumin:EMBOCMolCMedC11:20195)FoxtonRH,UhlesS,GrunerSetal:E.cacyofsimultane-ousCVEGF-A/ANG-2CneutralizationCinCsuppressingCspon-taneousCchoroidalCneovascularization.CEMBOCMolCMedC11:e10204,C2019(92)