強度近視のロービジョンケア最前線TheForefrontofLowVisionServicesforHighlyMyopicPatientswithVisualImpairment世古裕子*はじめに強度近視では,近視性黄斑症,緑内障あるいは近視関連緑内障様視神経症,網膜.離などを合併すると視機能が低下し,重度の視覚障害に至ることもある.個々の合併症に対する治療法は進歩してきているが,治療を尽くしても視覚障害あるいはロービジョンという結果に至る例もある.視覚障害者のなかで強度近視はまれではない1).ロービジョンとは,視覚に障害があるため生活になんらかの支障をきたしている状態をさし,ロービジョンケアとは,そのような人に対する医療的,教育的,職業的,社会的,福祉的,心理的等すべての支援の総称である(日本ロービジョン学会HPよりURL1)).一方,視覚障害には,身体障害者手帳(以下,手帳)の等級に認定される矯正視力(以下,視力)や視野の基準がある.視覚障害認定基準にあてはまらなくてもロービジョンにあてはまる強度近視患者はロービジョンケアの対象となる.強度近視を伴うロービジョン患者へのケアは,他の疾患によるロービジョン患者へのケアと共通することが多い.Iロービジョンの強度近視患者の特徴高齢の患者が多いのがひとつの特徴である.国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科ロービジョンクリニック(以下,当院)に受診した強度近視患者183名の年齢分布でも70歳代がもっとも多かった2)(図1).また,当院では,20歳以上の強度近視患者のうち62%に白内障手術の既往があり(経過中に進行し手術となった例を含む),無水晶体眼も少なからずみられた.強度近視患者では,視機能低下の原因は,近視性黄斑症,網膜ジストロフィ,緑内障,網膜.離などさまざまである.おおまかにみると,近視性黄斑症あるいは緑内障では初診時年齢が比較的高く(平均69歳),拡大読書器の訓練が比較的多く,網膜ジストロフィでは初診時年齢が比較的低く(平均53歳),遮光眼鏡の処方が比較的多いなど,病態によるケアの差がみられる2).ロービジョンクリニックを訪れる患者の訴えは,視力低下と中心視野障害による「見えにくさ」が中心である.また,羞明の訴えも多い.合併症は進行性であることが多く,ニーズも変化する.訓練対応の経過中,読み書き困難に対応して拡大読書器の選定を行った患者に対して,その後の進行によって白杖訓練も行うケースなどである.さらに,近視性黄斑症や緑内障を合併する強度近視患者では,進行程度に左右差がみられることが多い.片眼の視機能が著しく不良の患者では,数年の経過で視機能低下が両眼性に至り,「視覚障害」となった時点でさまざまな生活上の支障が生じる.近視性黄斑部脈絡膜新生血管が片眼に発症すると,8年経過後には約3割の症例が両眼性となるとも報告されている3).片眼を失明した緑内障患者では,良いほうの眼の視力が同程度のコントロールと比較して,抑うつ傾向が有意に強いことが報告されている4).良いほうの眼の視力が比較的良*YukoSeko:国立障害者リハビリテーションセンター研究所,病院第二診療部併任〔別刷請求先〕世古裕子:〒359-8555埼玉県所沢市並木4-1国立障害者リハビリテーションセンター研究所感覚機能系障害研究部0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(67)2055040302010090~図12011~2019年までに国立障害者リハビリテーション病院ロービジョンクリニックに受診した強度近視者183名(屈折度<-6.0D,または眼軸長≧26.5mm,または前医で強度近視と診断)の年齢分布2)患者数は加齢とともに増加していたが,70歳代よりはC80歳代で少なく,10歳代もやや多かった.患者数(人)<1010~20~30~40~50~60~70~80~年齢(歳)活用して情報提供をすることができれば,以降のロービジョンケアが円滑に進みやすいであろう.C2.ニーズの把握と保有視機能の評価すべてのロービジョンケアは,困りごとの聞き取り,傾聴から始まる.読み書きがしづらいとの訴えに対しては,テレビ,新聞,雑誌,あるいは通帳や値札,電車の運賃表など,困る場面も聞きとる.また,羞明の訴えも多いので,眩しくて困るのが屋外なのか屋内なのかなど,困る場面も聞きとる.保有視機能の評価では,通常の視力検査と視野検査に加え,最小可読視標,読書速度・臨界文字サイズ,偏心視域の機能などを適宜評価する.強度近視患者は,新聞や書物を読むとき,近づけて見ることによって網膜像を拡大する効果を得られるため,裸眼で近づけて見ることが多い.近見試視力表がどの距離でどのくらい小さい視標まで識別できるか(最小可読視標)を確認する.近見視力視標C0.5(視距離C12Ccm)のように記載する.最大読書速度・臨界文字サイズは,MNREAD-Jを用いて求めることができる.MNREADはミネソタ大学で開発された読書チャートであるが,日本語版としてCMNREAD-Jが小田によって開発され,iPadアプリもリリースされているURL4).得られる値は,読書用補助具の選定時に参考となる.中心視力が低下しても,偏心視域(preferredretinallocus:PRL)を使った偏心視によって中心視力を補って見ることができる場合がある.Amslerチャート,Humphrey視野計やCGoldmann視野計,眼底直視下微小視野計であるマイクロペリメーター(MP-3やCMacularCIntegrityAssessment(MAIA)などを用いて,中心視野の状態やCPRLの位置を把握する.C3.視覚障害にかかわる申請書類の作成手帳を取得することによって,補助具の購入や各種サービスへのアクセスに際して,患者負担は大幅に軽減される.手帳は,身体障害者福祉法に基づき,申請によって交付される.障害者総合支援法による障害福祉サービスの利用を希望する場合などには,法に定められた身体障害者であるという認定を受ける必要がある.この申請に医師の判定が必須となるため,クイック・ロービジョンケアとして申請書類の作成は重要である.一方,障害年金は手帳とはまったく別の制度であるが,患者の生活基盤にかかわるため,受給の制度を眼科医として知っている必要がある.手帳と障害年金の等級の基準にあてはまるかどうかを矯正視力と視野によって判断し,あてはまる場合には申請書を作成する.等級の判定には,視覚障害等級計算機URL5)はたいへん便利であるため紹介したい.当院では,強度近視患者のC86%が手帳の基準に該当していた2).眼科医が書く書類は,手帳については身体障害者診断書・意見書(視覚障害用),障害年金については診断書(眼の障害用)・確認届である.診断書では,その傷病名について初めて医療機関を受診した日が重要となるため,初診医の診断書や受診状況等証明書などの初診日証明書類はとても重要となる.障害年金については令和C4年C1月C1日に改正が行われ,両眼の視力の和ではなく,両眼それぞれの視力で判定するようになり,視野の判定に自動視野計の結果を使用できるようになった.強度近視のロービジョン患者ではこの改正によって等級変更に該当する場合もあるため要確認である.片眼だけが視力不良の場合でも受給できるケースもある.社会保険労務士への相談も選択肢のひとつである.C4.屈折矯正と偏心視の獲得強度近視患者は,ロービジョンクリニックを受診する時点ですでに眼鏡をもっていることが多いが,あらためて,遠方,近方,遠近,中近などの眼鏡処方を行うことは非常に多い.強い凹レンズを装用することによる像の縮小効果(たとえば.10.00Dの凹レンズ装用では約C12%縮小)があるため,自覚的屈折検査の際には,頂間距離にも注意する.変性近視のほとんどは軸性近視であるため,前焦点である角膜からC15Cmmの距離にレンズを置くと網膜像の縮小効果が少なくなる(Knappの法則).眼鏡処方の際には,15Cmmで測定した場合には処方箋の備考欄に頂間距離を指定する6).コンタクトレンズでは像の縮小効果がなく,眼鏡装用下よりも矯正視力が良好なことが多い.また,コンタクトレンズと補装具とを組み合わせ(69)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C207表1ロービジョンエイドの処方状況(年齢別,合併症別)(年齢別)20歳未満C20.75歳C75歳以上年齢(10人)(129人)(44人)拡大鏡5人76人31人単眼鏡7人11人3人拡大読書器1人55人31人タブレット1人13人2人遮光眼鏡5人77人28人白杖1人21人5人(合併症別)網膜ジストロフィ緑内障Cand/or近視性黄斑症(49人)(115人)拡大鏡15人61人単眼鏡2人9人拡大読書器17人62人タブレット5人8人遮光眼鏡37人42人白杖13人14人各エイドについて,すでに保有あるいは新規に選定した患者数.ことも多く,その際には術後屈折値について提案させていただくことが多い.強度近視眼の白内障手術では,術後屈折値の設定には注意を要する.もともと新聞や書物を裸眼で近づけて見ることに慣れているため,近視寄りを狙うのがよいとの報告が多い.正視眼を狙った場合,あるいは通常の近方狙いで.3.00Dを狙った場合でも,すでに眼底病変が進行している患者では術後まもなく眼底病変が再度進行してロービジョンになると,不満足度は高く,補助具が必要になることが多い9).そのため,当院から白内障手術目的で紹介する際には,術前の屈折度と同程度の近視寄りを狙った術後屈折値を提案させていただくこともある.しかし,比較的若年で核白内障が進行する例などでは,視力の長期的な予後の見きわめはむずかしく,変性(病的)近視患者にとって,なるべく長期にわたって,比較的高い満足度が得られる術後屈折値の基準が求められている.C7.その他のロービジョンケア強度近視患者は,見えにくさや羞明を訴えてロービジョンクリニックを訪れることが多い.しかし,読み書きの手助けをする対応を続けているうちに,病変が進行し,白杖が必要となる例も散見される.歩行訓練,すなわち白杖使用の練習は,スマートサイトを活用し,専門の教育を受けた経験豊富な歩行訓練士(用語解説参照)が所属する専門施設に依頼することもできる.また,同行援護(用語解説参照)などの障害福祉サービスも利用できることがある10).また,40歳代など比較的若年の働き盛りにロービジョンとなることもある強度近視では,就労継続にかかわる支援も重要である.視機能低下に伴い,以前はできていた仕事が次第にむずかしくなって困難を感じている患者に対して,できる限り辞めずに働き続けることができるよう調整を試みる.事業所と労働者が共同して作成した「勤務情報を記載した文書」を元に指導を行い,「病状,治療計画,就労上の措置に関する意見書」を発行することにより,療養・就労両立支援指導料として,ロービジョン検査判断料の算定に加えて算定することができる場合もある(難病である網膜色素変性を合併する場合など).さらに,心理面でのサポートも重要なロービジョンケアである.強度近視のCqualityoflife(QOL)を調査した結果,強度近視患者のCQOLには,眼の将来への不安,疾患の受容,憂鬱感,心の支え・生き甲斐といった心理状態を反映する項目が強く関与していることが示されている11).視覚障害に詳しい臨床心理士などの専門職につなぐことができれば理想であるが,そのようなサポートは制度として立ち遅れている.眼科医が患者の読み書きや移動についての困りごとを傾聴し気にかけるだけでも,患者の不安な心が軽くなることもある.CIIIロービジョンケアの例【例C1】初診時年齢C50歳代前半,男性.両眼の矯正視力は(0.09).コンタクトレンズを装用.両眼ともに軽度の白内障(+).視線をずらして見る習慣があったが,中心視では,両眼ともに(0.01p).眼軸長は,右眼C33.1mm,左眼C33.2Cmm.緑内障に対して点眼治療中.両眼ともに近視性黄斑変性.対応C1:身体障害者手帳C1級,障害年金C1級を申請.対応C2:ルーペの選定.対応C3:遮光眼鏡の処方.対応C4:拡大読書器の選定.対応C5:パソコン訓練.白黒反転などを指導.便利グッズとして,タイポスコープを紹介(架空症例).【例C2】初診時年齢C70歳代前半,女性.矯正視力は,右眼(0.04),左眼(0.15).両眼底ともに近視性網脈絡膜萎縮性病変あり.両眼ともに眼内レンズ挿入眼.緑内障に対して点眼治療中.対応C1:身体障害者手帳C2級申請.対応C2:遮光眼鏡の処方.対応C3:スタンプルーペを処方.対応C4:介護保険の申請.対応C5:日常生活訓練として,コインと紙幣の見分け方を指導.対応C6:白杖操作の指導を開始.対応C7:初診からC3年後,矯正視力が,右眼指数弁,左眼(0.05)となり,iPhoneでの音声アプリ,デイジー(digitalCaccessibleCinformationsystem:DAIGY)図書,プレクストークなどを紹介・指導.対応C7:内斜視に対してオクルーダーを検討.(架空症例)CIVまとめ強度近視の合併症の治療は進歩してきているが,ロー(71)あたらしい眼科Vol.40,No.2,2023C209■用語解説■補助具:身体機能の障害を補い,日常生活または社会生活を容易にし,自立と社会参加を可能とするための道具や手段などの総称.補装具:失われた身体機能を補完,代替する用具.視覚障害関連では,眼鏡,義眼,視覚障害者安全杖(つえ)などがある.障害者総合支援法に基づいて給付され,給付に際しては,専門的な知見(医師の判定書または意見書)を要する.日常生活用具:障害者や難病患者などが日常生活を円滑に過ごすために必要な用具.視覚障害対象では,拡大読書器,点字ディスプレイ,音声時計,音声式体温計などがある.障害者総合支援法に基づいて利用できるサービスのひとつである.歩行訓練士:視覚障害生活訓練等指導者ともよばれる.ロービジョン患者が白杖(視覚障害者安全つえ)を用いて安全に歩行できるよう,歩行訓練を行うほか,点字やパソコンを含む,日常生活に必要な動作・技能を指導する専門職.同行援護:視覚障害により,移動に著しい困難を有する障害者などにつき,外出時において,当該障害者等に同行し,移動に必要な情報を提供するとともに,移動の援護その他の厚生労働省令で定める便宜を供与することをいう(障害者総合支援法第C5条C4).障害福祉サービスのひとつである.-