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涙囊鼻腔吻合術鼻内法における画像支援型磁場式ナビゲーションシステムの有用性

2016年11月30日 水曜日

《第4回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科33(11):1633?1639,2016c涙?鼻腔吻合術鼻内法における画像支援型磁場式ナビゲーションシステムの有用性高橋辰*1高橋佳奈*2*1高橋耳鼻咽喉科眼科クリニック*2条里コスモス眼科UtilityofImage-guidedElectromagneticNavigationSysteminEndoscopicEndonasalDacryocystorhinostomyShinTakahashi1)andKanaTakahashi2)1)TakahashiENT&EyeClinic,2)JhoriKosumosuEyeClinic目的:画像支援型磁場式ナビゲーションシステム(以下,ナビシステム)は,危険部位を回避して病変に確実にアプローチするための手術支援機器の一つである.涙?鼻腔吻合術鼻内法(endoscopicendonasaldacryocystorhinostomy:en-DCR)におけるナビシステムの有用性を検討した.対象:対象は,筆者らの施設でナビシステムを併用してen-DCRを行った19例(以下,ナビ併用群)と,ナビシステムを使わずにen-DCRを行った21例(以下,ナビ非併用群)である.手術記録とビデオ画像を評価し,手術時間と合併症の有無を比較した.結果:骨壁削除時間の平均値は,ナビ併用群36.8±5.2分,ナビ非併用群45.4±8.4分で,ナビ併用で骨壁削除時間は有意に短縮した.ナビ非併用群では2例に手術合併症を認めたが,ナビ併用群では合併症はなかった.限界域の判断がむずかしい骨壁の厚い例,再手術例,総涙小管閉塞例では,ナビシステムを併用することで涙?の位置を正確に評価できた.結論:ナビシステムは,en-DCRの手術支援器機として有用である.Purpose:Inthispaper,wereportourclinicalexperiencesandevaluatetheutilityoftheimage-guidedelectromagneticnavigationsystem(IGS)inendoscopicendonasaldacryocystorhinostomy(en-DCR).Subjects:Weexaminedthesurgicalrecordsof19patientswhohadundergoneen-DCRwithIGS(IGSgroup);21patientswhohadundergoneen-DCRwithoutIGS(non-IGSgroup)werealsoexaminedretrospectively.Weevaluatedtheoperatingtimeandsurgicalcomplicationsinthesetwogroups.Result:Theaveragedrillingtimeforexposingthelacrimalsacwas36.8±5.2minutesinIGSgroupand45.4±8.4minutesinnon-IGSgroup.DrillingtimesinIGSgroupwerestatisticallyshorterthaninnon-IGSprocedures.TherewerenosurgicalcomplicationsinIGSgroup.IGSmayprovideusefulanatomicalinformationforassistingwideexposureofthelacrimalsac,particularlyincaseswiththickmaxillarybone,revisionproceduresandcommoncanaliculiobstruction.Conclusion:Theimage-guidedelectromagneticnavigationsystemmightbeausefultoolinen-DCR.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1633?1639,2016〕Keywords:涙?鼻腔吻合術鼻内法,画像支援型磁場式ナビゲーションシステム,鼻涙管閉塞,総涙小管閉塞,内視鏡下副鼻腔手術.endoscopicendonasaldacryocystorhinostomy,image-guidedelectromagneticnavigationsystem,lacrimalductobstruction,commoncanaliculiobstruction,endoscopicendonasalsinussurgery.はじめに涙?鼻腔吻合術鼻内法(endoscopicendonasaldacryocystorhinostomy:en-DCR)は,近年の鼻内手術用の内視鏡の開発により,眼科・耳鼻科の両科で普及してきている.手術では外切開を行わずに鼻内視鏡下に涙?窩骨壁を削除し,涙?を鼻内に大きく開窓する.涙?全体を広く露出するためには,CT画像やライトガイド光をもとに,涙?の位置をできるだけ正確に把握して手術を行う必要がある.一方で,画像支援型ナビゲーションシステムが耳鼻咽喉科領域にも応用され,内視鏡下副鼻腔手術(endoscopicendonasalsinussurgery:ESS)の手術支援機器として広く普及してきている.これは,鼻内視鏡下の手術操作部位をリアルタイムにCT画像上に表示し,手術を安全確実に支援するシステムである.今回筆者らは,耳鼻科手術用画像支援型磁場式ナビゲーションシステム(以下,ナビシステム)を併用してen-DCRを行ったので,その実際と有用性について報告する.I対象および方法ナビシステムはMedtronic社製FUSIONRENTを使用した.対象は,筆者らの施設でナビシステムを併用してen-DCRを行った19例(以下,ナビ併用群)とナビシステムを併用せずにen-DCRを行った21例(以下,ナビ非併用群)である.ナビ併用群は,鼻涙管閉塞13例・総涙小管閉塞6例,男性2例・女性17例,年齢は56?86歳(平均74.2±8.8歳)で,2014年10月?2015年5月に手術を施行した症例である.ナビ非併用群は,鼻涙管閉塞17例・総涙小管閉塞4例,男性2例・女性19例,年齢は58?90歳(平均76.9±9.1歳)で,2012年10月?2014年10月に手術を施行した症例である.必要な場合は鼻中隔矯正手術や副鼻腔手術を同日併施した.全症例で術前にナビシステム用のCT検査を施行した.各症例のCT所見および手術記録とビデオ画像を評価し,手術時間,合併症の有無を比較検討した.手術は全例局所麻酔下で施行し,Wormald1)やYoshidaら2)の方法に準じて行った.ナビ併用群では手術開始前にレジストレーションを行い,骨壁削除の際に併用した.【粘膜弁作製】ラジオ波高周波メスで中鼻甲介基部に茎をもつU字型粘骨膜弁を作製して,上顎骨前頭突起と涙骨を露出した.【骨壁削除】ナビ併用群では,ナビシステムの探索子を用いて骨面上で涙?上縁(涙?円蓋の高さ)・前縁・後縁(篩骨眼窩板との境界)に相当する位置を確認して骨壁削除の範囲を決定した.DCR骨削開用バーを用いて上顎骨前頭突起と涙骨を削開した.削開中も必要に応じて探索子で涙?の位置を確認し,涙?を広く鼻腔内に開放した.ナビ非併用群では,鼻内の解剖学的指標と涙?内のライトガイド光を参考にして涙?の位置を推定して骨壁削除を行った.【涙?開窓】ラジオ波高周波メスを用いて涙?を花弁状に開窓した.さらに総涙小管閉塞例では,涙?内腔を開放後,総涙小管内のライトガイド光を指標にしてラジオ波高周波メスで閉塞部位を明視下に切開した.全例にて涙管チューブを1本留置した.今回使用したナビシステムは操作性・安定性に優れた磁場式である.この方式では,患者頭部横に設置した磁場発生装置で,頭部顔面領域に限局した低エネルギー磁場を生成する.この磁場内で術野に挿入した探索子などの磁場センサー付手術器機を操作すると,器機先端部分の位置がナビ用モニターのCT画像にリアルタイムで表示される(図1).術者は内視鏡下の手術操作部位を,内視鏡用モニター画像とナビ用モニターのCT画像とで同時に確認しながら手術を進めることができる.事前に症例ごとの実解剖の位置(顔面表面)とCT画像データとを適合する登録作業(レジストレーション)が必要になるが,この作業は手術直前に短時間で施行可能である.〔別刷請求先〕高橋辰:〒013-0037秋田県横手市前郷二番町4-25高橋耳鼻咽喉科眼科クリニックReprintrequests:ShinTakahashi,M.D.,TakahashiENT&EyeClinic,2-4-25MaegoYokote-shi,Akita013-0037,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(95)1633図1磁場発生装置と磁場領域提供:日本メドトロニック(株)1634あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(96)

My boom 58.

2016年11月30日 水曜日

連載Myboom監修=大橋裕一第58回「久保田敏昭」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介久保田敏昭(くぼた・としあき)大分大学医学部眼科学講座私は,九州大学眼科に昭和57年に入局し,大学院修了後2年ほどして,フンボルト奨学金を得てドイツのErlangen-Nurnberg大学眼科に留学してナウマン教授に師事しました.留学から帰国後,九大眼科,国立長崎医療センター(大村市),産業医科大学眼科と異動して,2009年に大分大学医学部眼科学講座に赴任しました.医局を変わって新しい職場に赴任するということまず,眼底のスケッチの方法が大分大学では倒像で描きます.九州大学ではさかさまにしてスケッチし,直像で眼底を考えますので,年齢のせいもあるでしょうが,なかなか慣れませでした.そして県内に大学病院が一つしかないこと.これは福岡県にいるときはよくわからなかったです.県内に競争相手がいないわけですので,利点も,よくない点もあります.大分県で眼科がある病院は,ほぼすべて大分大学眼科から医師を派遣しています.そのため大分県での病々連携,病診連携はうまく回っています.反面,紹介患者の返事が遅れてお叱りを受けることもあります.安住してしまう危険性があります.言葉も当然違います.大分弁の代表は「よだきい」でしょうか.「よだきい」=「かったるい,めんどうくさい」.「しんけん」=「とても」.「しんけん頑張る」はすごく頑張る感じが出ています.「~と」は使いません.私は博多弁でしゃべっているようで(自分では標準語のつもり),なまっているといわれます.大分大学医学部附属病院の病院再整備と教室の臨床・研究大分県の最大の基幹病院であり,唯一の教育機関として,大分県医療の中心であるのが大学の立ち位置です.そして大分大学医学部附属病院では現在再整備が進行中です.PETセンター,高度救命救急センター,ドクターヘリの整備後,新病棟が1棟建設されました.これらはすでに稼働しています.現在は旧病棟の改装と新外来の拡張,改装が行われています.平成27年12月に眼科は新しく改装された東病棟に移転しました.そして平成28年7月に新しい眼科外来に移転しました.この移転に伴い,病棟の眼科診察室はほぼ2.5倍の面積になりました.新しい外来は個室診察室になり,眼科外来の面積も旧外来のほぼ1.5倍になりました.この再整備に伴い,眼科の医療機器に対して昨年度は1億5千万円超の予算がつきました.私が赴任した平成21年度から平成24年度までは毎年数千万円の予算がつき,医療機器の整備を行っていました.しかし,最近2年間は病院再整備のために各診療科の予算は不十分だったのですが,昨年度は十分な医療機器整備ができました.ちゃんと病院収入にも貢献しています.平成21年度から順調に右肩上がりで眼科の収入は増加しています.医局員は多くはないですが,研究ができる十分な設備を整えています.現在進行している面白い研究をいくつか紹介します.一つは感染性ぶどう膜炎の包括的PCR診断の先進医療を日本で3番目に始めました.現在一度に多くの病原体を検出できる包括的PCRstrip検査キットの多施設共同研究を中心となって行っています.二つ目は眼科では新しい分野である時計遺伝子を眼科学研究に応用すべく研究を行っています.三つめは緑内障のGWASスタデイに参加しています.この共同研究で緑内障の原因遺伝子について多くの新たな知見がみつかり,NatureGeneticsに2報,HumanMolecularGeneticsに結果が昨年掲載され,さらに面白い結果が出ています.大分の地域の紹介大分駅周辺は再開発が行われました.2013年7月には駅の南口(今は上野の森口といいます)にホルトホールがオープンしました.大分駅は2012年3月に高架化とコンコース内がきれいになり,「豊後にわさき市場」という商業施設が完成しています.ホルトホールは駅からすぐのところにあり,1,200名収容の大ホール(大ホールはコンサート会場として使用できます),200名収容の小ホール,300名入る大会議室,そして20~72名入る会議室が多数あり,中規模学会の開催ができる施設です.コンサートホールと会議室だけではなく図書館,スポーツジムなども入っています.2015年春には新しい大分駅ビル(JR大分シテイ)が開業しました.駅ビルは地下1階,地上22階建てで,8~18階はJR九州ホテルブラッサム大分が開業し,19~21階には温泉施設ができています(CITYSPAてんくう).商業エリアにはアミュプラザが入っています.4階にはレストラン街,シネマコンプレックス(複合型映画館)もあります.ミニ博多駅という作りです.残念ながら博多駅にはかないませんが,それでも週末には多くの人で賑わっています.熊本・大分地震のこと平成28年4月14日から発生した熊本・大分地震では,大分市でも最も大きいもので震度6弱の地震がありました.16日の午前1時過ぎにあった地震が最も揺れを感じ,家の中の被害はありませんでしたが,さすがにしばらく眠れませんでした.今回の被害は地震による土砂災害,建物・家屋の倒壊が主でありました.ライフライン,道路も被害を受けましたが,徐々に復旧し,その復旧の速さは日本ならではと感じました.土砂崩れで通行止めだった大分高速道もゴールデンウイーク明けには通行可能になりました.眼科診療に関しては,診療ができなくなった病院・医院は多くはなかったようで,おおがかりな診療支援は必要ないと判断されました.大分大学からも阿蘇地域に診療支援を行いましたが,被災者の方のエコノミークラス症候群の予防が主な仕事だったようです.熊本はもちろん湯布院,別府などの大分県の観光も打撃を受けています.ぜひ観光客が戻って,早く元の姿に戻ってほしいと思っています.最後に大分大学医学部の周囲は自然が多く,山々がすぐ近くにあります.温泉は湯布院,別府が有名です.眼科医局の忘年会は湯布院温泉か別府温泉に1泊して1年の疲れをとります.近隣にも車で少し行けば,入浴して,休憩できる温泉があります.大学病院は市の中心部から少し離れていて,勉強するには良い環境です.大学で車を止めるとウグイスの鳴き声が聞こえます.魚がおいしく,ふぐ,関サバ,関アジは有名です.豊後牛もあり,食は抜群です.大分で温泉・食・自然を楽しみながら働くのも良いと心から思っています.次の執筆者は熊本市の稲田晃一朗先生です.稲田先生がErlangen-Nurnberg大学での留学が終わられて帰国する前にお会いし,いろいろお話をしていただきました.その時以来のお付き合いです.平成28年4月14日から発生した熊本・大分地震では被害が少なからずあったとお聞きしましたが,次のご執筆を快くお引き受けいただきました.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(81)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161619写真1新外来での医局員集合写真(82)1620あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016

二次元から三次元を作り出す脳と眼 6. 単眼の手がかり

2016年11月30日 水曜日

連載⑥二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科6.単眼の手がかりはじめに正常両眼視をもつ人が片眼を遮閉すると,日常の簡単な動作でもむずかしくなる.一方で,恒常性の斜視があり,眼科で行う両眼視機能検査の結果は不良でも,それほど不自由なく日常生活を送っている人がいる.これには二つの理由が考えられる.①両眼で得られる遠近感・奥行き感覚以外のなんらかの情報で見え方を補っている.②通常の立体視検査,いわゆる静的立体視検査では(?)だが,動きを伴う動的立体視検査では(+)で,なんらかの両眼視をもっている.この項では①について述べる.(79)単眼の手がかり(monocularcue)両眼で遠近感・奥行き感覚をつかむのは脳の高度な力であるが,物の大きさ・輪郭・影などの情報から単眼でも遠近感・奥行き感覚をつかむことができる.これらの情報を単眼の手がかりとよぶ1).代表的なものを紹介する.絵画的手がかり絵画や写真などでも奥行きを作り出すために利用されている.①大きさ(図1a,b)同じ大きさの物であれば近くにあるほど大きく,遠くにあるほど小さく見えることを利用して,物との距離をつかむ.網膜に映る像は,物の実際の大きさに比例し,距離に反比例することによる.網膜像∝物の大きさ/距離図1aで車・樹木は,近いほど網膜に映る像が大きいので大きく見える.遠く離れれば網膜像は小さくなり小さく見える.自分の感覚で把握している物の大きさを基準にして,網膜像の大きさから距離を推測できる.車・樹木が豆粒ほど小さく見えれば,かなり遠くにあることがわかる.まっすぐ延びる道では,手前ほど幅が広く,遠ざかるほど幅は狭く見えるので,見え方から道がどれほど遠くまで延びているか推測できる.図1b左図では上方ほど幅の狭くなる道と塀,段階的に小さくなるネコという単眼の手がかりから,遠くに延びる道沿いに座る3匹のネコと脳はとらえる.右図では3匹のネコの像の大きさは同じであり,道や塀の手がかりと一致しないため,遠くにいるネコほどより大きく感じられる.単眼の手がかりから脳内で構築される三次元空間にそぐわない情報があると判断を誤るように作用する.②輪郭(図1a)輪郭の完全な物ほど前方にある.家が2軒並んでいる.右側の家の輪郭は完全だが,左側の家の輪郭は右側の家によって一部遮られている.右側の家が前方にあり,左側の家が後方にあることがわかる.左側の家は,車により輪郭の一部が遮られ,車が家より前方にある.③影(図1c)ほとんどの場合に光は上から注ぎ,物体の下方が暗くなったり,地面に影を作ったりする.物体自身の陰,それが地面や床に作る影は,三次元的な形や地面からの距離や奥行きの情報を与えてくれる.④テクスチャー勾配(texturegradient)(図1d)テクスチャー(texture)とは,布の織りかたや生地の手触り感・触覚的あるいは視覚的な表面の感じ,材質からくる感じやきめを表す言葉である.視覚科学では,表面の凹凸やパターン模様の繰り返しなども含め,やや広い意味で使われる.同じ大きさの物が均等の間隔で前後左右に並ぶとき,遠く離れるほど物は小さく間隔も狭くなっていくように見える.これをテクスチャー勾配とよぶ2).図1dは碁盤模様のテクスチャー勾配が奥行き感覚を作り出し,ボールの遠近感を強めている.運動の手がかり網膜に映る物体の像の動きから得られる情報である.・運動視差(motionparallax)2)顔を水平に動かして眼の位置が移動するとき,網膜に映る像も移動する.前後で起こる網膜像の変化を使って単眼でも奥行き感をつかむことができる.眼の移動前後の網膜像のずれを運動視差とよぶ.電車の窓から外の景色を見るときにも運動視差が生じるが,ここでは身近に体験できる例をあげる(図2).左眼を遮閉して右眼で見るときに5本の鉛筆が前後一直線に並んでいるとする.中央の鉛筆を固視しながら顔を右側に平行移動させる.右眼も右側に移動する.固視点より遠方の鉛筆は移動と同側の右に動く.遠くにある鉛筆ほど大きく動く.固視点より近くの鉛筆は反対側の左に動く.動きが大きいほど固視点との距離が大きいと判断できる.網膜像が中心窩から動くためである.おわりにこれらの「単眼の手がかり」を私たちはほとんど無意識に,まるで生来もっていた力のように使っているが,実は生後獲得した力である.先天性白内障や角膜混濁など中間透光体の異常で視覚を遮断された状態で育ち,大人になってから光が網膜に届くよう手術を受けた人々を対象に行った1980年代の研究記録がある3).これを読むと,「単眼の手がかり」も平面的あるいは立体的な形をとらえる視覚能力と同じように後天的に獲得されたものであることがわかる.文献1)藤田一郎:片目だってなかなかやる.脳がつくる3D世界.立体視のなぞとしくみ,p28-64,化学同人,20152)鈴木光太郎:奥行きをとらえる.動物は世界をどう見るか,p193-214,新曜社,19953)鳥居修晃・望月登志子:視知覚の形成1開眼手術後の定位と弁別.培風館,1992a.大きさ・輪郭・同じ大きさの物は小さく見えるほど遠くに,大きく見えるほど近くにある.(樹木・車)・道路は狭く見えるほど遠くに,太く見えるほど近くにある.・輪郭の完全な物ほど前方にある.右の家が左の家より前方にある.車は家より前方にある.b.大きさ・同じ大きさの物ならば,小さく見えるほど遠くにあるように感じる.・遠くにあるのに大きさが変わらないと,より大きく感じる.c.影・ボール2はボール1より高く浮くように見える.・ボール3はボール2より奥にあり,2より低く浮くように見える.d.テクスチャー勾配・碁盤模様の底面と垂直面がテクスチャー勾配を作り出している.図1単眼の手がかり(79)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161617・固視点より遠い物は眼の移動と同側に動く・固視点より近い物は眼の移動と反対側に動く・固視点からの距離が大きいほど動きも大きい図2運動視差(motionparallax)片眼で中央の黒鉛筆を固視黒鉛筆を固視しながら眼を水平に右に移動1618あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(80)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 162.IRVAN(Idiopathic retinal vasculitis, aneurysms, and neuro-retinitis)に対する硝子体手術(中級編)

2016年11月30日 水曜日

●連載硝子体手術のワンポイントアドバイス162IRVAN(Idiopathicretinalvasculitis,aneurysms,andneuro-retinitis)に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに1995年にChangらは網膜血管炎,視神経乳頭上または動脈分岐部に多発する動脈瘤様拡張,神経網膜炎,硬性白斑,周辺部網膜無灌流域などを認める10例の自験例をまとめて,idiopathicretinalvasculitis,aneurysms,andneuro-retinitis(IRVAN)として報告した1).本疾患は通常両眼性で30~40歳代に多く,網膜無灌流域,網膜血管吻合,毛細血管拡張,網膜新生血管など,非常に多彩な網膜血管病変をきたすが,基本的には網膜血管炎に起因すると考えられる.筆者らは,黄斑部に網膜前出血と網膜下出血をきたし,硝子体手術を施行したIRVANの1例を経験し報告したことがある2).●症例41歳,女性.左眼に変視を自覚して来院.右眼は外傷性黄斑変性で視力不良.左眼は眼底周辺部に不規則かつ広範囲な網膜無灌流域と動静脈血管吻合,多発性網膜細動脈瘤を認めた(図1).網膜無灌流域に対して網膜光凝固を予定していたが,通院を自己中断し,その後左眼の急激な視力低下を自覚し再来した.左眼視力は0.08(矯正不能)で,眼底は左眼黄斑部に網膜細動脈瘤の破裂によると考えられる網膜前出血と網膜下出血を認めた(図2).左眼に対して硝子体手術を施行した.手術は硝子体ゲルを周辺部まで切除後,内境界膜下に貯留した網膜前出血を除去したが,黄斑円孔が生じていたので,その周囲の内境界膜を?離した.下方~耳側の網膜無灌流域に眼内光凝固を施行し,眼内液空気同時置換術を施行した.術後,網膜下出血は減少し,黄斑円孔は閉鎖し矯正視力は(0.4)に改善した(図3).なお,全身検査所見として一般検血,血液生化学検査,その他各種抗体検査では異常を認めなかった.●IRVANに対する硝子体手術IRVANに対する硝子体手術適応は,今回のように網膜細動脈瘤の破綻により黄斑部を含む出血が生じた場合に加えて,網膜無灌流域に生じた新生血管からの破綻性硝子体出血あるいは線維血管性増殖膜の収縮による牽引性網膜?離や裂孔併発型網膜?離があげられる.いずれの病態も早期に網膜無灌流域に光凝固を施行することで予防できる可能性がある.そのほか,網膜血管炎に対するステロイド治療や新生血管および血管透過性抑制のための抗VEGF療法が有効であったとする報告がある3).文献1)ChangTS,AylwardGW,DavisJLetal:Idiopathicretinalvasculitis,aneurysms,andneuro-retinitis.Ophthalmology102:1089-1097,19952)筒泉香君,喜田照代,南政宏ほか:長期間経過観察できた多発性網膜細動脈瘤を伴う特発性網膜血管炎(IRVAN)の一例.眼臨紀9:494-498,20163)SawhneyGK,PayneJF,RayRetal:Combinationanti-VEGFandcorticosteroidtherapyforidiopathicretinalvasculitis,aneurysms,andneuroretinitissyndrome.OphthalmicSurgLasersImagingRetina44:599-602,2013図1左眼のフルオレセイン蛍光眼底写真耳側に広範囲かつ不規則な網膜無灌流域,動静脈吻合,毛細血管拡張を認める.図2再診時の左眼の眼底写真黄斑部に網膜細動脈瘤破裂によると考えられる網膜前出血と網膜下出血を認める.図3硝子体術後の左眼眼底写真中心窩の網膜下出血は減少し,黄斑円孔は閉鎖している.(77)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161615

新しい治療と検査シリーズ 232. 眼科手術用顕微鏡3Dシステム

2016年11月30日 水曜日

新しい治療と検査シリーズ232.眼科手術用顕微鏡3Dシステムプレゼンテーション:北澤耕司京都府立医科大学視覚機能再生外科学バプテスト眼科クリニックコメント:志村雅彦東京医科大学八王子医療センター眼科バックグラウンド近年,3Dテレビ,3Dプリンター,3D映画など3Dは時代の最先端を示す一つのキーワードとして発展を遂げている.医療の現場においてもその波が押し寄せてきており,われわれは3D-CTや3D-MRI画像によって,より多くの情報を得ることが可能になった.Pubmedで“three-dimensional”で検索すると,1980年の“448件”から2015年には“14,446件”と右肩上がりにヒット数が増加している.眼科の分野でも,OCT画像で網膜や前眼部の3D画像を構築することが,診断や治療法の決定に有用であることはいうまでもない.そしてついに手術顕微鏡システムにも3D技術の時代が訪れようとしている.今回は,眼科手術用顕微鏡3Dシステムを使用する,いわゆるheads-upsurgeryについて解説する.?眼科手術用顕微鏡3Dシステムの原理物体が立体的に見えるのは,左右の眼から対象物を見たとき,角度の差で対象物の見え方が左右でわずかにずれているためである.また,輻湊も立体視において重要な要素で,注視点を網膜の中心になるように眼球の位置を調節することでより立体感が得られる.手術用モニター画面に視差をつけた2つの画像を映し出し,偏光メガネをかけることで3Dを構築すれば,奥行きを感じることができる.フルHD画像になり解像度が格段によくなったこと,処理時間が短くなりdelayがなくなったこと,モニターが大画面になり,より3D効果が向上したことが,眼科手術用顕微鏡への3D導入へとつながった.?使用方法通常の顕微鏡下手術では鏡筒をのぞいて術野を見るが,heads-upsurgeryでは顕微鏡ではなく,偏光メガネをかけてモニター画面を見ながら手術を行う.また,目の高さと画面の高さ,見る角度を合わせないときれいな立体画像を得ることができないため,モニター画面の配置調整が重要である.?本方法の良い点術者だけでなく,スタッフ全員が術者の感覚を体験することができるため,教育ツールとして有用である.また,heads-upで手術を行うことで,らくな姿勢で快適に手術ができるため,疲労が軽減することが予想される.実際,heads-upsurgeryは手術操作ミスが有意に少なくなるという報告もある1).筆者らはライカの顕微鏡にTrueVision社の3D画像システムを組み合わせたものでheads-upsurgeryを行い,筆者を含む複数の術者からのアンケート調査を行ったのでその一部を示す.硝子体手術では手術操作に多少違和感があるものの,もう一度使用したいと考えている術者が多く,おおむね満足していると考えられる.また眼の疲れがあるものの,肩や腰への疲労感は少ないと感じており,長時間の手術になる場合に有用である(図2).一方,白内障手術操作では,肩,眼,腰に疲れを感じる術者がいて,白内障手術のほうが慣れを要することが示唆された(図3).また,デジタル画像であるため,光量を減らしてもゲインを上げることで明るい画像を得ることができたり,色のコントラストを変えたりできるため,網膜への光障害を最小限にする手術が可能となるなど,将来性が高いと思われる.文献1)EckardtC,PauloEB:Heads-upsurgeryforvitreoretinalprocedures:Anexperimentalandclinicalstudy.Retina36:137-147,2016?本方法に対するコメント?技術革新と操作性は時に背反する.キーボード入力がマウスに代わり,さらに画面タッチに変わったように,硝子体手術も直像観察から広角観察,そして3Dモニター観察の時代がやってきた.この3Dモニターシステムのメリットは,患者にとっては観察光量の抑制による光障害防止,術者にとっては手術姿勢に自由度がもたらされたことである.とくに,今回の技術革新によって,観察系が術野から切り離されたことは大きい.今後,操作系すなわち手術器具の操作や反応をセンサー技術によって擬似化することができれば,遠隔手術も夢ではなくなるからである.本システムを経験する執刀医の多くは,従来の手術技術が高いほど,初めは操作性の違いにとまどうことになるだろう.しかし,将来的な方向性を考えると積極的な活用が推奨される.もっとも,人工知能が搭載されてフルオートで硝子体手術を行ってしまうような時代が来てしまったときには,術者の将来は明るいとはいえないのだけれど…….図1Heads?upSurgery顕微鏡には鏡筒がなく,モニター画面で術野を観察しながら手術を行う.(73)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616110910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2硝子体手術での使用経験(4名)手術操作に多少違和感があるものの,どの術者もおおむね満足しており,疲労感も少ない.図3白内障手術での使用経験(6名)硝子体手術と異なり,術者間でのばらつきが大きく,白内障手術では慣れが必要である.3名は図2の硝子体術者.(74)(75)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161613

斜視と弱視のABC:弱視治療の進め方

2016年11月30日 水曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保3.弱視治療の進め方鈴木寛子浜松医科大学医学部眼科学講座視力および両眼視の発達には臨界期があるため,弱視は適切な時期に,適切に治療される必要がある.弱視は原因により屈折異常弱視,不同視弱視,斜視弱視,視覚刺激遮断弱視に分類される.弱視のおもな治療は屈折矯正と健眼遮閉,ペナリゼーションである.弱視の分類に基づき,治療法を以下に解説する.はじめに弱視とは,「視覚の発達期に視性刺激遮断あるいは異常な両眼相互作用によってもたらされる片眼あるいは両眼の視力低下で,眼の検査で器質的病変は見つからず,適切な症例は予防,治療が可能なもの」(植村,1993)とされる.視覚の感受性期間とは,粟屋によると,生後1カ月までの感受性は低く,次第に高くなって1歳6カ月頃がもっとも高く,その後徐々に減衰して8歳までは残存すると説明されている.弱視は視覚感受性のある時期に発見,治療されなければ,生涯視力不良となる.片眼弱視の者は,高齢になって両眼の視力障害におちいる率が正常者の約2倍高いことが疫学研究で示されている2).以上より,弱視は小児期に発見,治療されることが重要となる.弱視の分類弱視は原因により①屈折異常弱視,②不同視弱視,③斜視弱視,④視覚刺激遮断弱視に分類される.①の屈折異常弱視は両眼同程度の屈折異常が原因で起こる.遠視は+2D以上,近視は?3D以下,乱視は2D以上で起こりやすいといわれている.経線弱視も含まれる.②の不同視弱視は屈折に左右差があると発症し,不同視が2D以上あると発症しやすいと考えられている.③の斜視弱視は斜視のために片眼の視力が障害された状態で,交代固視できない場合や交代固視可能であっても左右差がある場合にみられる.④の視覚刺激遮断弱視は,視覚感受性期間内に中心窩における視性刺激遮断が原因で生じる片眼性または両眼性弱視である.片眼性の視覚刺激遮断弱視はとくに予後が不良である.弱視と診断するために必要な検査弱視が疑われる患者が来院した際,視力検査,眼位検査,眼球運動を調べ,細隙灯顕微鏡で対光反射,前眼部・中間透光体の観察を行ったのち,必ず塩酸シクロペントラートまたは硫酸アトロピンを用いた調節麻痺下屈折検査を行う.これらの点眼には瞳孔散大効果もあるため,同時に眼底検査も行い,屈折検査とともに器質的疾患がないかを確認する.内斜視のある未就学児では,硫酸アトロピンによる調節麻痺下屈折検査を行う.硫酸アトロピンは2~3週間効果が持続する.就学児では学業に支障を生じないよう,塩酸シクロペントラートによる調節麻痺下屈折検査を行うことが多い.塩酸シクロペントラートの効果は1~2日で消失するためである.本誌前項に「弱視と間違われやすい眼疾患」について記載されているので,参照いただきたい.弱視の治療弱視治療の基本は屈折矯正と,健眼遮閉,ペナリゼーション法である.眼鏡処方を考える屈折異常は,年齢や斜視の有無,不同視差の程度によって異なる(表1)1).視力検査ができないような低年齢児や発達遅滞児では,基準に該当する場合は積極的に眼鏡装用させる.弱視の分類ごとに治療法を述べる.①屈折異常弱視調節麻痺下屈折検査に基づき屈折矯正を行う.5歳未満では+3.00D以上の遠視眼に対して低矯正すると,調節性内斜視が発生する危険性があるため,調節麻痺下屈折検査で得られた屈折値で完全矯正し,眼鏡処方する.5歳以上であれば視力検査でもっとも見やすい度数で処方する.PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup(PEDIG)は,両眼性の屈折異常弱視について,+4D以上の遠視の3~10歳までの小児に対する治療効果は,大部分の10歳以下の症例で1年以内に視力が0.8以上に改善し,弱視のなかでは予後は比較的良好であると報告している.②不同視弱視調節麻痺下屈折検査を行い,基本的には得られた値で眼鏡処方し,眼鏡を常用するようにする.PEDIGは視力20/40~20/100である3~7歳の未治療の不同視弱視において,77%は屈折矯正のみで2line以上視力改善し,27%は屈折矯正のみで完治したと報告している.眼鏡装用開始後4カ月間は眼鏡装用のみで治療し,視力の向上が停滞した場合に健眼遮閉を開始することが勧められているが,重症な弱視や年齢の高い小児では早くから健眼遮閉を開始することもある.遮閉法にはさまざまあるが,現在は健眼にパッチを貼付し,弱視眼を積極的に使わせる健眼遮閉が一般的である.中等度(視力0.2~0.6程度)の弱視では,健眼遮閉は1日2時間から開始し,6~12週間隔で視力検査および遮閉が指示通りできているかの確認を行い,遮閉時間を増減する.遮閉による副作用として健眼弱視や斜視の発症があるため,同時に確認していく.視力が上昇し,遮閉を中止する場合,急に中止すると弱視が再発する可能性があるため,漸減しながら中止する.皮膚が弱くパッチを直接皮膚に貼ることができない児やパッチを貼ることを嫌がる児には,眼鏡にかぶせるタイプの布パッチ(図1)や,バンガーターフィルム(眼鏡レンズに貼付する半透明のオクルーダー),健眼のアトロピン点眼によるペナリゼーションを行うこともある.アトロピンペナリゼーションを行う場合は,週に2回,アトロピンを健眼に点眼する.健眼が近視の場合や屈折異常の左右差が大きすぎると効果が少ないといわれている.問題点として健眼の弱視化,羞明がある.アトロピン点眼中は視力検査をしっかり行い,弱視眼の視力の観察とともに健眼の弱視化を防ぐことが重要である.遮閉治療で重要なことは,いかにコンプライアンスを上げるかということである.コンプライアンスをあげる工夫としては,パッチにかわいい絵を描く,絵のついたかわいいパッチを買う(図2),パッチをしている間はゲームができることにする,どれだけ健眼遮閉ができたかを日記につけモチベーションをあげる,などを当院では行っている.③斜視弱視斜視弱視の中にも不同視や屈折異常を伴うものもあるので,外斜視であればサイプレジン,内斜視であればアトロピンを用いた調節麻痺下屈折検査を行う.屈折異常があれば眼鏡を処方する.眼鏡を装用しても斜視が不変または残存する場合は健眼遮閉を行い,中心固視の獲得と視力発達をめざす.先天内斜視では早期手術が勧められているが,それ以外の斜視では,斜視治療に先立って弱視治療を行うのが原則である.④視覚刺激遮断弱視原因には先天白内障,角膜混濁,角膜輪部皮様?腫,眼瞼苺状血管腫,眼瞼下垂などがある.軽度な場合は屈折矯正と健眼遮閉で視力が改善する場合があるが,まずは原因を除去し,その後,屈折矯正・健眼遮閉を行う.ただし,白内障や角膜混濁の軽度なものでは,原疾患を手術治療するか否かの判断のために,屈折矯正と健眼遮閉を行うことがある.眼瞼下垂では顎上げをして両眼視をしていれば,視覚刺激遮断弱視よりも屈折異常弱視あるいは不同視弱視の危険が高い.4つの弱視のなかでは,治療抵抗性で一番予後不良であり,とくに片眼性はもっとも予後が悪い.治療開始が臨界期を過ぎている場合視覚感受性の臨界期は8歳頃といわれているが,臨界期以降または成人であっても視力が向上する可能性はあるため,9歳以降の未治療の弱視に対しても治療をあきらめず,屈折矯正および健眼遮閉を試みるべきである.文献1)AmericanAcademyofOphthalmologyPediatricOphthalmologyandPreferredPracticePattern:Amblyopia.AmericanAcademyofOphthalmology,SanFrancisco,2012(71)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616090910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1乳幼児の屈折矯正のガイドライン(AmericanAcademyofOphthalmology,2012)屈折異常0~1歳1~2歳2~3歳両眼性近視≧?5.00≧?4.00≧?3.00遠視(斜視のない)≧+6.00≧+5.00≧+4.50遠視(斜視のある)≧+3.00≧+2.00≧+1.50乱視≧3.00≧2.50≧2.00不同視近視≧?2.50≧?2.50≧?2.00遠視≧+2.50≧+2.00≧+1.50乱視≧2.50≧2.00≧2.00(文献1より引用)図1布製の遮閉具による健眼遮閉図2柄つき遮閉具1610あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(72)

眼瞼・結膜:結膜リンパ管拡張症と結膜囊胞

2016年11月30日 水曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人20.結膜リンパ管拡張症と結膜?胞横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学結膜リンパ管拡張症は,数珠状の外観を示す局所的な結膜のリンパ管拡張であり,一塊のものはリンパ?胞とよばれる.結膜?胞には,リンパ?胞以外に封入?胞,貯留?胞があり,封入?胞は結膜上皮が結膜下で?胞を形成したもの,貯留?胞は涙腺の導管の閉塞により,?胞状に拡張した導管に涙液が貯留したものである.●はじめに結膜リンパ管拡張症や結膜?胞は,日常診療で偶然に,あるいは異物感などの訴えで出会う結膜病変であり,訴えがあれば治療の対象となり,点眼治療を試みても効果がない場合は外科治療の対象となる.本稿では,最新知見を含め,両疾患の要点について述べる.●結膜リンパ管拡張症結膜リンパ管拡張症1,2)とは,結膜のリンパ管が局所的に拡張し,結膜上に浮腫状の隆起を示す病変をさす.病理組織学的には,拡張したリンパ管は一層の内皮細胞からなり,その内部にリンパ液が貯留している.本疾患は結膜の加齢性変化の一つと考えられ,結膜弛緩症においては,実に約90%の例で弛緩した結膜下に本病変を伴うとされる3).典型例では,拡張したリンパ管は数珠状に連なった特徴的な外観を示す(図1上)が,単発性に大きな?腫状病変として認められる場合もあり(図1下),その場合はリンパ?胞とよばれる.両者の鑑別はしばしば容易ではない.リンパ?胞は特発性のものと,眼窩内病変に続発したリンパ液の滞留が原因となっているものがある.リンパ液はしばしば黄色調に見えるが,流入した血液が見られる場合もあり,その場合は出血性リンパ管拡張症とよばれる2).出血性リンパ管拡張症はリンパ管の一部が異常形成されたものであり,特発性のものもあるが,先天性のものや,炎症,手術,外傷を契機に発症するものもある.結膜リンパ管拡張症は自覚症状がないことが多いが,整容上の理由,あるいは異物感,眼痛などのために治療を求めて受診しうる.鑑別疾患として,リンパ?胞,結膜封入?胞,涙腺の貯留?胞などがある.自覚症状がなければ経過観察でよいが,異物感や眼痛を訴え,点眼治療で効果がなければ外科治療の適応となり,全摘出できれば一般に再発はない.●結膜?胞結膜?胞1,2,4,5)とは,結膜に生じた?胞性病変をさし,偶然,無症候性にみつかることもあるが,瞬目時の摩擦の亢進や?胞の周りに生じた異所性涙液メニスカスが涙液層の破壊や角結膜上皮障害を引き起こすため,あるいは眼表面の涙液の流路が?胞によって遮断されるため,異物感や流涙を訴えて受診しうる.結膜?胞の多くは,後天性に生じ,封入?胞1,2,4,5),リンパ?胞,貯留?胞が区別され,なかでも封入?胞(図2上)の頻度が高い.封入?胞は,一般に球結膜にみられる半透明のドーム状の隆起性病変であり,その発症の契機として外傷や手術があげられているが,筆者らの多数例の経験ではほとんどすべてが特発性である.?胞壁は結膜上皮に由来するとされる数層の非角化上皮からなり(図3下),杯細胞がみられることもある.?胞内の液状物質は透明あるいは混濁しており,ケラチン,ムチン,上皮の残渣などが含まれるとされる.封入?胞は,結膜の粘膜固有層に結膜上皮が迷入することで形成されると考えられているが,貯留?胞は主涙腺あるいは副涙腺の導管の閉塞によって,涙液が?胞の内部に貯留したもので,結膜の瘢痕性病変に続発することもある.結膜?胞の鑑別は,細隙灯顕微鏡による観察だけではむずかしいこともあるが,眼瞼を介して?胞を押し進めるようにして結膜下で?胞の可動性が確認できれば,封入?胞と診断してまず間違いはない.前眼部光干渉断層計が?胞の鑑別に役立ち,リンパ?胞では,?胞内は低反射であるのに対して,封入?胞では,?胞内に顆粒状の高反射がみられ,しばしば?胞壁の輪郭を追うことができる(図2下)1,2,4).結膜?胞は一般に,症状がなければ経過観察でよいが,症状がある場合は,点眼治療で効果がなければ手術適応となる.封入?胞は,全摘出できれば(図3上)再発しないが,穿刺による治療は全摘出できるチャンスを失うだけでなく,癒着を生じて再発しうるため勧められない5).文献1)横井則彦,山田桂子:結膜病変の鑑別~結膜弛緩症,?胞など.眼科55:1503-1511,20132)横井則彦:結膜.前眼部画像診断AtoZOCT(前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編),p45-49,メジカルビュー社,東京,20163)WatanabeA,YokoiN,KinoshitaSetal:Clnicopathologicstudyofconjunctivochalasis,Cornea23:294-298,20044)寺尾信宏,横井則彦,丸山和一ほか:前眼部光干渉断層計を用いた結膜封入?胞の観察と治療.あたらしい眼科27:353-356,20105)山田桂子,横井則彦,加藤弘明ほか:結膜封入?胞の臨床的特徴と外科的治療についての検討.日眼会誌118:652-657,2014図1結膜リンパ管拡張症上:数珠状に連なった拡張したリンパ管が散在する結膜リンパ管拡張症の典型例.下:?腫状の形態をとり,リンパ?胞とよべる例.(69)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616070910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2結膜封入?胞上:細隙灯顕微鏡による結膜封入?胞の観察像.?胞の上方にリサミングリーンで染色された結膜上皮障害を認める.下:前眼部光干渉断層計による?胞の横断面像.?胞内に顆粒状の高反射を認め?胞壁の一部も観察される.図3結膜封入?胞の観察像上:結膜封入?胞に対する小切開enbloc摘出4,5)の最中.下:摘出された?胞の壁は,組織学的には,結膜上皮に由来するとされる数層の非角化上皮から構成される.1608あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(70)

抗VEGF治療:硝子体内注射の標準化

2016年11月30日 水曜日

抗VEGF治療セミナー●連載監修=安川力髙橋寛二34.硝子体内注射の標準化喜田照代大阪医科大学眼科教室VEGF阻害薬の登場により,黄斑疾患患者のQOVは飛躍的に向上した.同時に眼科臨床において硝子体内注射の施行件数が非常に増加している.2016年2月「黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン」が日本眼科学会雑誌に発表されたので,本稿ではそのガイドラインを中心に解説する.はじめにVEGF(vascularendothelialgrowthfactor)阻害薬の登場により,黄斑疾患における視力予後をはじめ,患者のQOV(qualityofvision)が飛躍的に向上した.現在,わが国における抗VEGF療法の適応疾患は,①中心窩下脈絡膜新生血管を伴う加齢黄斑変性,②病的近視における脈絡膜新生血管,③網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫,④糖尿病黄斑浮腫であり,ラニビズマブ(ルセンティスR)とアフリベルセプト(アイリーアR)の2剤が上記4疾患に共通して承認されている.また,ペガプタニブナトリウム(マクジェンR)は加齢黄斑変性のみに,さらに,VEGF阻害薬ではないが,副腎皮質ステロイドであるトリアムシノロンアセトニド(マキュエイドR)は糖尿病黄斑浮腫にのみ承認されている.VEGF阻害薬の効果は劇的なものがあり,眼科臨床において硝子体内注射の件数は非常に増加している.その一方で,注射薬の反復投与には合併症の危険があること,高価な薬剤であること,薬剤耐性,抗菌薬点眼による結膜?常在細菌叢の変化などの問題もあり,これらを認識し十分なインフォームド・コンセントのうえで治療を行うことが重要である.今年2月,できるかぎり安全に硝子体内注射を行うために「黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン」が日本眼科学会雑誌に発表された1).ガイドラインは,適応疾患と国内承認薬剤,硝子体内注射方法(必要物品から具体的な注射手順まで),合併症の3項目に分けてわかりやすく簡潔に記載されているので,これから硝子体内注射を習得しようと考えておられる先生をはじめ,日々硝子体内注射に明け暮れておられる先生方も,いま一度基本に立ち返って精読されてみてはと思う.本稿では,このガイドラインにそって再確認してみる.硝子体内注射適応疾患の診断と病態の把握前述の適応疾患のうち特筆すべきは加齢黄斑変性で,抗VEGF療法は中心窩下脈絡膜新生血管が存在する加齢黄斑変性に適応とされているが,その全例にVEGF阻害薬が必ずしも第一選択というわけではない.現時点では2012年に加齢黄斑変性の治療指針が発表されているので,そのフローチャートを参考にするとよい2).また,抗VEGF療法の適応外であるが,萎縮型加齢黄斑変性については2015年診断基準が発表された3).病変の範囲や活動性などを含めた的確な診断は,ときにむずかしいが重要である.治療を継続するにつれ病態も変化していくので,加齢黄斑変性に限ったことではないが,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)画像に頼りすぎず,検眼鏡的眼底所見の確認を怠らないよう留意すること,また,限られた診察時間のなかで,要点をおさえて患者の声を傾聴するかが大切である.硝子体内注射の用法・用量散瞳して30ゲージ(G)注射針を用いる.添付文書を参考にするのがよい.1回の用量(硝子体内に投与される量)は,ラニビズマブとアフリベルセプトが0.05mlで,ペガプタニブナトリウムだけ0.09mlと他のVEGF阻害薬の1.8倍の量である.また,糖尿病黄斑浮腫に適応のあるトリアムシノロンアセトニドは,1mlの生理食塩水あるいは眼灌流液を本剤バイアルに注入して40mg/1mlとし,その0.1ml(4mg)を注射する.また,投与間隔は,ラニビズマブとアフリベルセプトが1カ月であるが,ペガプタニブナトリウムは6週間,トリアムシノロンアセトニドは3カ月以上で他剤に比べ長くなっている.現時点ではアフリベルセプトはバイアルで専用のフィルター付き採液針が付属している.ラニビズマブやペガプタニブナトリウムはプレフィルドシリンジとしてキット化されている.過量投与を防ぐため,投与前に適切な投与量を確認し,1回投与,使い捨てとする.硝子体内注射前の注意事項硝子体内注射薬の添付文書では,投与3日前から広域抗菌点眼薬を点眼することとされている.ガイドラインでは,「術前点眼の必要性については施設または施術者が個別に判断すべきである」と追記されている.注射薬に過敏症の既往がある場合や,妊婦または妊娠の可能性がある患者,眼あるいは眼周囲に炎症がみられる場合は禁忌である.また,硝子体内注射全般として,緑内障・高眼圧症の既往は慎重投与,VEGF阻害薬では脳卒中・一過性脳虚血発作の既往が慎重投与と記載されており,事前に十分に問診を行う必要がある.また,小児への投与については安全性が確立されていない.眼圧上昇の発現率はやはりトリアムシノロンアセトニドで約30%と高率で,ステロイド緑内障が発症することもあるので注意すべきである.硝子体内注射後の注意事項抜針直後に患者の眼前において指数弁の有無を確認する.光覚弁がない場合は視神経乳頭血流を確認,眼圧上昇に対し直ちに前房穿刺などの適切な処置を行う.注射施行後は,薬剤添付文書では「投与2~3日後まで広域抗菌点眼薬を点眼すること」とされている.また,注射後一過性霧視の可能性があるため,症状がなくなるまで自動車などの運転はしないよう指導する.さらに,眼痛,充血の悪化,見え方の変化など眼内炎(表1)が危惧される症状や,脳卒中・動脈血栓塞栓に関する血管死などの全身合併症も起こらないとは限らないので,自覚症状,体調の変化があれば早急に連絡するよう指導することが大切である.そのほか,注射手技に伴う水晶体損傷,網膜?離,白内障などの合併症に注意する.トリアムシノロンアセトニドは,白内障患者に対しては慎重投与となっている.おわりに以上,黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドラインを紹介した.ガイドラインを読み,筆者自身も再認識させられた.元来,VEGFは生理的な低濃度で正常血管の成長や発育,恒常性維持に不可欠な糖蛋白質であり4),VEGF阻害薬の不必要な投与は控えるべきである.硝子体内注射は侵襲的な治療手段であり,基本事項を遵守して日常診療に携わることが重要である.文献1)小椋祐一郎,髙橋寛二,飯田知弘ほか;日本網膜硝子体学会硝子体注射ガイドライン作成委員会:黄斑疾患に対する硝子体内注射ガイドライン.日眼会誌120:87-90,20162)髙橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか;厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループ:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌116:1150-1155,20123)髙橋寛二,白神史雄,石田晋ほか;厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班萎縮型加齢黄斑変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:萎縮型加齢黄斑変性の診断基準.日眼会誌119:671-677,20154)FerraraN,Davis-SmythT:Thebiologyofvascularendothelialgrowthfactor.EndocrRev18:4-25,1997(67)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161605表1硝子体内注射薬による眼内炎の発現率製品名疾患名wet-AMDBRVOCRVOmCNVDMEペガプタニブナトリウム発現率2.03%(6/295)────注射回数8.4±1.5回/54Wラニビズマブ発現率0.80%(6/751)0.38%(1/264)0%(0/261)0.89(2/224)0.83%(5/602)注射回数21.3~22.1回/24M8.4~8.5回/12M8.9~9.6回/12M3.5~4.6回/12M7.0~10.2回/12Mアフリベルセプト発現率0.27%(5/1,824)0%(0/91例)0%(0/104例)0.88%(1/114例)0%(0/91)0%(0/650例)注射回数11.2~16.2回/96W5.7±0.8回/24W9.2±3.2回/76W4.2±3.1回/48W8.7~12.0回/52Wトリアムシノロンアセトニド発現率────0%(0/34)注射回数────1回/12Wwet-AMD:滲出型加齢黄斑変性,BRVO:網膜静脈分枝閉塞症,CRVO:網膜中心静脈閉塞症,mCNV:病的近視における脈絡膜新生血管,DME:糖尿病黄斑浮腫.(文献1より引用)(68)

緑内障:緑内障の進行判定(ファイリングシステムの活用法)

2016年11月30日 水曜日

●連載197緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也197.緑内障の進行判定(ファイリングシステムの活用法)加藤昌寛*中野匡***東京慈恵会医科大学附属柏病院眼科**東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座緑内障の視野進行を評価する際に,単に単一視野解析の結果を時系列に並べて比較した場合,同じプリントアウトであっても診断医によって異なる判定が下されることをしばしば経験する.ファイリングシステムは,多くのパラメータを用いて定量的に解析することで,統計学に基づいた進行判定を行い,施設間,医師間の見識の違いを最小限にし,普遍的な診断を可能にするツールである.●イベント解析・トレンド解析現在,緑内障の視野進行を評価する代表的な二つの解析方法が汎用されている.一つはイベント解析で,あらかじめベースラインからの視野進行の基準値を定め,その値を超えた際に視野悪化と判定する方法である(図1).判定がわかりやすく診断が鋭敏であるが,大きな外れ値があった場合は過剰な判定をしてしまう危険性があり,再現性の確認が必要と思われる.もう一つはトレンド解析で,代表的なパラメータにMD(meandeviation)から求めたMDスロープがある(図2).イベント解析に比べて外れ値の影響を受けにくく変動に強い.ただし,統計解析が可能となる検査回数が必要で,評価を下すまでにある程度の検査回数や経過観察期間が必要となる.また,視野の全体を評価するため,局所の視野障害の進行に鋭敏でない可能性がある.●クラスター解析イベント・トレンドの進行解析の利点を併せもつ評価法にクラスター解析がある.視野進行の際に関連性の強い測定点ごとにグループ分けして解析する評価法である.1例として自動視野計OCTOPUS(600・900)(ハーグストレイト社)のEyeSuitePerimetryに搭載されている解析法を示す1).視神経線維の走行を考慮したクラスター分類であるが,Humphrey視野計の緑内障半視野テスト(glaucomahemifieldtest:GHT)と異なり,上下対称性に完全に一致したグループ分けがされていない(図3).視野を複数のクラスターに分割したことにより,MDスロープで苦手とされていた局所的な視野進行に対応でき,神経線維の走行に沿うことによって緑内障に特化した進行評価を行えると考えられている2).●ファイリングシステムの活用視野検査のプリントアウトには多くの情報が盛り込まれている.激務の日常診療のなかで,多くの情報を評価することに限界があるが,ファイリングシステムを活用することで,紙媒体の評価で見過ごす危険性のある視野進行を確実にとらえ,適切な追加治療や手術適応が可能(66)となる.各種ファイリングシステムには,上記の代表的な解析方法をもとに各種進行評価ソフトが搭載されている.各解析法は視野欠損の部位や進行スピード・病期によって進行評価の鋭敏度が異なることが予想される.図4に長期経過観察が可能であった緑内障患者の進行評価解析を示す.この症例ではハンフリーフィールドアナライザー(カールツァイス社)のトレンド解析とクラスター解析を施行したが,クラスター解析がより早い段階で信頼性のある傾きをもって視野進行を判定している(図5).視野進行の最終診断はこれら複数のソフトの特徴,解析過程を十分理解したうえで,総合評価することが重要と思われる.文献1)NaghizadehF,HolloG:Detectionofearlyglaucomatousprogressionwithoctopusclustertrendanalysis.JGlaucoma23:269-275,20142)HolloG:Comparisonofstructure-functionrelationshipbetweencorrespondingretinalnervefibrelayerthicknessandOctopusvisualfieldclusterdefectvaluesdeterminedbynormalandtendency-orientedstrategies.BrJOphthalmol,2016.[Epubaheadofprint]図1イベント解析信頼性のある複数回の検査結果をベースラインとし,あらかじめ定めた基準値を超えた際に進行と判定する.局所の進行を鋭敏に評価する可能性が高い.図2トレンド解析視野結果を統計的に処理することで,バラツキがあるものから真の傾向を評価できる.すべてのデータを活用でき,精度は高くなるが判定までに時間を要す.(65)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161603図3視野計に採用されているクラスター領域機種により採用されているクラスター領域が異なる.図4長期経過観察が行えた緑内障症例フォロー開始5回目の解析結果ではMD(meandeviation)スロープ,上下半視野のTD(totaldeviation)スロープともに進行と判定されていない.HFA:HumphreyFieldAnalyzer.実線:下半視野,点線:上半視野.図5図4の症例の5回目のクラスター解析下方視野に信頼性のある視野進行(▼は有意水準1%未満)が判定されている.(66)

屈折矯正手術:レーシック後長期の視機能

2016年11月30日 水曜日

●連載198屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男198.レーシック後長期の視機能森洋斉宮田眼科病院選択バイアスがかかっている.欠測値を補完する統計解析mixedeffectsmodelを使用し,術後長期の視機能を再評価したところ,長期においてもregression(屈折の戻り)が持続していることが示唆された.収差や前方散乱は変化を認めなかった.●はじめにエキシマレーザーが登場し,photorefractivekeratectomy(PRK)やLaserinsitukeratomileusis(LASIK)といった屈折矯正手術が行われるようになり,すでに20数年が経過した.現在,フェムトセカンドレーザーで切開して角膜実質の一部を切り取るrefractivelenticleextraction(ReLEx)や有水晶体眼内レンズなど,屈折矯正手術の選択肢が増えたとはいえ,今なおLASIKは屈折矯正手術の主流である.本稿ではLASIKの術後長期の視機能について,宮田眼科病院(以下,当院)のデータを紹介し,再考する.●LASIK後長期の屈折これまでに報告されているLASIK後10年以上の視機能に関する長期成績1~5)を表1に示す.これらは術前等価球面度数が?13.92D~?7.27Dと,いずれも強度近視に対するLASIK術後の報告であり,1~2D程度のregression(屈折の戻り)を生じている.また,regressionは経過とともに小さくなり,術後2~5年程度で安定するとされている.しかしながら,これらの報告は,経過観察可能であった症例による解析であり,選択バイアスがかかっている.一般に屈折矯正手術を受けた患者は,経過がよければ受診しなくなる傾向が懸念される.そこで,経過観察できなかった症例(欠測値)を,あたかもあるように補完して解析することが可能であるmixedeffectsmodel6)を使用して解析を行った.対象は,2000~2015年に近視眼に対して当院で行ったconventionalLASIK579例1,127眼で,PRK144例270眼を対照とした.再手術や他の手術を行った症例については追加手術前までのデータを使用し,術後10年までの裸眼視力,等価球面度数の推移を検討した.そして,術前背景の差による影響を受けないようにするため,mixedeffectsmodelを使用した共変量調整を行った.その結果,LASIKの裸眼視力については,術直後から良好であるものの,術後10年まで経時的な低下を認めた(図1).PRKは,術直後ではLASIKと比較して不良であったが,徐々に上がり,術後6年以降は安定した.等価球面度数は裸眼視力と同様で,LASIKは術後6カ月で近視化を認め,術後9年まで持続した(図2).PRKは,術直後に遠視となったが,徐々に近視化し,術後6年以降は安定していた.術後10年でのregressionは,PRKが?0.43D,LASIKが?0.63Dであった.以上より,術後早期ではLASIKのほうが良好な視機能が得られるが,長期的にみるとPRKのほうが,安定した屈折が得られることがわかった.LASIKのregressionの原因として,角膜上皮の過形成や角膜厚の増加,角膜の前方変位,バイオメカニクスの低下,水晶体の核硬化,眼軸長の伸長などが考えられているが,主たる原因は明らかになっていない.実際には,上記の因子が少しずつ影響してregressionを生じていると考えられる.今回,LASIKのregressionは?0.63Dであり,既報でいわれているほど近視化はしない結果となった.これは,経過観察できなかった症例を補完したmixedeffectsmodelを使用した解析によるものと考えられる.しかし,regressionが術後10年経過しても持続していたことも既報と異なっていた.今後,より長期のデータによる解析が必要であると考えられる.●LASIK後長期の収差,散乱LASIK直後に,角膜の高次収差が増加し,コントラスト感度の低下をきたすことが知られている.そこで,術後長期の収差の変化について,wavefrontguidedLASIKを行った自験例(17例34眼,平均観察期間9.5±1.0年)で検討した.結果を図3に示す.角膜の高次収差に関しては,術後1カ月から変化を認めなかった.また,眼球全体の高次収差については,コマ様収差と全体の高次収差は術後1カ月から変化しなかったが,球面様収差のみ少し増加した.角膜の球面様収差は増加しなかったことから,加齢変化に伴う水晶体の球面収差の増加が考えられる.すなわち,LASIKによる高次収差の長期変化はほとんどないことが示唆された.前方散乱は,LASIK後早期に増加するが,半年程度で術前レベルまで戻ることが報告されている.この前方散乱は,interfaceのデブリスやフラップのstrie,microfoldingsなどが原因と考えられている.LASIK後長期経過した12例22眼(平均観察期間8.8±1.6年)と年齢をマッチングした正常眼19例35眼で,C-quant(OCULUS)を用いて前方散乱を比較したところ,差を認めなかった(図4).つまり,LASIK後長期で前方散乱は増加しないことがわかった.以上より,高次収差や前方散乱に関しては,LASIK後に長期的な変化がほとんどないということが示唆された.文献1)AlioJL,MuftuogluO,OrtizDetal:Ten-yearfollow-upoflaserinsitukeratomileusisformyopiaofupto-10diopters.AmJOphthalmol145:46-54,20082)AlioJL,MuftuogluO,OrtizDetal:Ten-yearfollow-upoflaserinsitukeratomileusisforhighmyopia.AmJOphthalmol145:55-64,20083)RosmanM,AlioJL,OrtizDetal:ComparisonofLASIKandphotorefractivekeratectomyformyopiafrom-10.00to?18.00diopters10yearsaftersurgery.JRefractSurg26:168-176,20104)KymionisGD,TsiklisNS,AstyrakakisNetal:Elevenyearfollow-upoflaserinsitukeratomileusis.JCataractRefractSurg33:191-196,20075)AlioJL,SoriaF,AbboudaAetal:Laserinsitukeratomileusisfor?6.00to?18.00dioptersofmyopiaandupto-5.00dioptersofastigmatism:15-yearfollow-up.JCataractRefractSurg41:33-40,20156)NationalResearchCouncil(US):Drawinginferencesfromincompletedata.In:Thepreventionandtreatmentofmissingdatainclinicaltrials,p47-82,NationalAcademiesPress,Washington,2010表1LASIK後長期の屈折に関する既報著者眼数観察期間(年)術前等価球面度数(D)regression(D)Alioetal1)9710?7.27?1.04Alioetal2)19610?13.95?1.83Rosmanetal3)14110?12.81?1.49Kimionisetal4)1111?12.96?1.14Alioetal5)4015?9.47?1.81(63)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161601図1裸眼視力の経過*p<0.05LASIKvsPRK(Mixedeffectsmodel)図2等価球面度数の経過*p<0.05LASIKvsPRK(Mixedeffectsmodel)図3LASIK後長期の高次収差(上:角膜の高次収差,下:全眼球の高次収差)RMS:rootmeansquare.*p<0.05(Mixedeffectsmodel)図4LASIK後長期眼と正常眼の前方散乱の比較前方散乱は両群間で差を認めなかった.(Mann-WhitneyUtest)(64)