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緑内障診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

緑内障診療における禁忌ContraindicationsintheManagementofGlaucoma齋藤瞳*はじめに日本人の緑内障の7割が正常眼圧緑内障であるため1,2),多くの症例では急な判断を必要とする場面はなく,比較的禁忌の少ない疾患である.しかし,緑内障は慢性進行性疾患であり,機能障害は原則不可逆であるため,治療方針の判断ミスが取り返しのつかない結果を生むこともある.急性原発隅角閉塞症や著しい高眼圧の開放隅角緑内障などは治療が遅れると致命的な機能障害を起こしてしまうので,速やかに正しい治療を提供しなくてはならないのはいうまでもない.本稿では,緑内障診療に対してもう少し高度な理解を必要とする禁忌を症例とともに解説する.I緑内障病型診断の際に隅角検査を怠らない緑内障を疑い,治療方針を立てるうえで不可欠な検査は細隙灯顕微鏡検査,眼圧検査,眼底検査,視野検査など多岐にわたるが,隅角検査は非常に重要であるにもかかわらず軽視されやすい検査である.隅角検査をすることで開放隅角と閉塞隅角の鑑別ができるのはもちろんだが,先天性隅角低形成や過去の眼内炎症,外傷の既往などを診断できることもあるため,必ず行うべき検査である.緑内障の病型によって治療方針が大きく変わるので,隅角検査を怠ったことにより誤った治療を開始してしまうこともある.症例1:60代,男性.結膜充血と霧視を主訴に前医を受診.右眼視力(0.8×+1.0D),右眼眼圧19.mmHg.前医にてぶどう膜炎と診断され,ベタメタゾン(0.1%)点眼と散瞳薬を処方された.帰宅後に点眼を開始したところ,症状が悪化し,眼痛も伴うようになったため,当院を救急受診された.当院初診時:右眼眼圧55mmHg,角膜浮腫+,結膜充血++(図1).中央の前房深度は1~1.5角膜厚程度であったが,周辺の前房が非常に浅かったため,隅角検査を行ったところ,全周隅角が閉塞しており,プラトー虹彩症例であったことが判明した.初診日に右眼レーザー隅角形成術(lasergonioplasty)を施行して一時的な眼圧下降を得たが,また眼圧が再上昇したため,翌週に右眼水晶体乳化吸引術(phacoemu-lsi.cationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraoc-ularlens:IOL)+眼内法線維柱帯切開術(abinternotrabeculotomy)を施行し,以降眼圧は10mmHg台前半にコントロールされている.隅角検査を怠ったため,閉塞隅角を見逃し,散瞳薬を投与したことで閉塞隅角を悪化させてしまった症例であった.プラトー虹彩は中央の前房深度がそれほど浅くならない症例も多く,とくに見逃しがちなので注意が必要である.II緑内障以外の疾患を見落とさない日本人の開放隅角緑内障の9割が正常眼圧緑内障であるが1,2),視神経萎縮もしくは視野異常があるだけです*HitomiSaito:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学〔別刷請求先〕齋藤瞳:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学大学院医学系研究科外科学専攻感覚・運動機能講座眼科学(1)(33)11130910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1初診時の隅角検査を怠って閉塞隅角緑内障を見落とした症例a:中心前房深度は浅いが,完全に消失しているわけではない.結膜充血が著しい.b:周辺の前房深度は非常に浅い.ab図2正常眼圧緑内障と誤診断されそうになった脳腫瘍症例ca:乳頭上方の辺縁部がやや菲薄化しており,色の蒼白化がある.Cb:乳頭周囲のCOCTでは上耳側の神経線維層菲薄化を認めるが:黄斑部のCOCTでは上下にわたるびまん性の菲薄化を認める.Cc:乳頭所見や乳頭周囲のCOCT所見と一致しない中心視野異常を含む著しい視野障害.Cd:頭部CMRIでトルコ鞍上部を主座とするC2.2C×2.2×1.7cmの髄膜腫を認めた().e:腫瘍摘出後の静的視野検査で視野異常の改善を認める.Cde図3緑内障経過観察中に緑内障以外の眼底疾患で視野が悪化した症例a:左眼の乳頭写真.上下の辺縁部の菲薄化を認める.Cb:進行した視野障害を認める.MDはC.26.76CdB.Cc:中心視野の経時変化.患者から中心視野障害の悪化の訴えがあったタイミングで急激な視野異常の進行を認めており,2カ月後の視野検査でも再現性がある().網膜出血が改善した後に行った視野検査は改善している().d:中心視野障害悪化時の眼底写真.黄斑部の網膜前出血を認める.e:半年後の眼底写真.黄斑部の出血はおおむね引いている.ab図4中心30/24度の視野検査では中心視野障害の進行を検出しにくかった症例a:中心C30/24度の視野検査の経時変化.下方の周辺視野が徐々に進行しているのはわかるが,中心視野に関してはあまり変化がないようにみえる.b:中心C10°の視野検査の経時変化.中心の上方・下方ともに視野障害が進行しているのがはっきりとわかる.ab図5緑内障点眼アレルギーであることに気づかずステロイド投与で眼圧が上がってしまった症例a:前医初診時の視野検査結果.両眼とも下方の初期緑内障性視野障害を認める.Cb:当院初診時の前眼部写真.両眼の結膜充血を認めるが,明らかな前房内炎症はない.Cc:当院初診時の視野検査結果.高眼圧が数カ月以上持続していたため,両眼とも視野が悪化している.d:緑内障点眼中止後C1週間の前眼部写真.結膜充血が著明に改善している.Cd

白内障診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

白内障診療における禁忌ContraindicationsinCataractPracticeTreatment松島博之*はじめに手術機器,手術デバイス,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の進歩によって,白内障術後早期より良好な視機能を獲得できる時代となった.良好な術後成績を獲得できる白内障手術だからこそ,術前・術中・術後に見逃してはいけないチェックポイントがある.本稿では白内障手術を成功させるためのチェックポイントを「してはいけない」という視点から注意点を解説する.新しい試みをいただき,自分でも多くの気づきがあった.しかし,すべてを網羅することはむずかしく,不足していることも多いかもしれない.本稿を参考にして,さらに自分の経験を追記して,白内障手術における禁忌を確立してほしい.I問診時に見逃してはいけないポイント診察前の問診は重要で,気をつけなければいけないポイントが数多くある(表1).手術適応を考えるうえでも予期せぬトラップにかからないようにしなければならない.たとえば,患者から「自分は白内障なので,手術をしたい」と話があっても鵜呑みにせず,ほかの疾患がないか,本当に白内障なのか症状を聞き出す.視機能低下があっても,歪みや部分的な見え方の異常は,黄斑前膜,中心静脈閉塞症,緑内障などの眼底疾患が隠れている.患者とのコミュニケーションをとり,病状を客観的に予測することでほかの疾患を見逃さない.緑内障や軽度の黄斑前膜では,白内障のみ手術の適応となることも表1問診で見逃さないチェックポイント□視機能低下の種類(歪視・暗点)□CL使用□認知障害,閉所恐怖症□全身疾患□亀背,deepseteyeよくある.このような患者に多焦点IOLを選択すると,コントラスト低下によるwaxyvision(用語解説参照)が生じる可能性がある.抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の硝子体内注射の既往は後.破損を伴うことがある.白内障手術の適応が決まった場合でも,コンタクトレンズ(contactlens:CL)を装用している患者はIOL度数計算に影響する.診察当日はCLをはずして受診している患者もいるので,たとえCLを装用していなくても確認が必要である.過去の屈折矯正手術の既往も注意を要する.超高齢者の認知障害や閉所恐怖症の患者では,手術用のドレープをかけただけでパニックになる場合がある.既往やMRI検査時に不安が生じたなど閉所恐怖症が疑われる場合は,術前のシミュレーションが有用である.これは外来で実際の手術と同様の状態を経験してもらう手法で,手術が可能かどうかを判断するために有用である.筆者の施設では手術ベッドに横になってもらい,ドレープをかけて20分間安静状態を保てるか確認し,局所麻酔での手術の可否を判定している.むずかしい場合*HiroyukiMatsushima:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕松島博之:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学眼科学教室(1)(27)11070910-1810/25/\100/頁/JCOPYは全身麻酔やセデーションによる手術への変更も必要となる.背中の弯曲が強い亀背は横になることがむずかしい場合がある.この場合も術前にシミュレーションし,背中や膝裏に枕を入れるなどの工夫が必要になる.認知障害がある患者では術後せん妄が生じやすい.せん妄は可逆性なので,発症した場合は家に帰って通常の環境に戻ると改善することが多いので,日帰りの白内障手術か,入院する場合はせん妄症状が出た場合に退院帰宅する可能性があることを家族に理解してもらう.全身状態では,心不全患者では横になると息苦しくなる場合がある.糖尿病でのCHbA1cの値については,コントロール不良でも白内障の術後成績に影響が出にくいという臨床研究報告1)があったので,白内障手術を中止する理由にはなりがたい.禁忌ではないが,コントロール不良では全身状態の増悪や将来の糖尿病網膜症の発生に関連するため,内科的治療の強化を説明する必要がある.前立腺肥大や抗精神薬の既往は術中虹彩緊張低下症候群(intraoperative.oppyirissyndrome:IFIS,用語解説参照)の予測に役立つ.そのほか,deepseteyeは術野の確保に影響するので,問診時に確認が必要である.CII細隙灯顕微鏡検査で見逃してはいけないポイント(表2)C1.白内障病型後極白内障に遭遇した場合は後部円錐水晶体であり,破.しやすい可能性がある(図1).また,限局した後.の混濁をみつけた場合,抗CVEGF注射による後.破損も考える.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomograph:OCT)は診断の助けになることがある.疑わしい場合は術中硝子体処理が必要になる可能性があるので,破.処理に準じて器具の準備が必要である.アトピー白内障にみられる前.下線維性混濁が大きい場合,前.切開時に障害となることがある.前.剪刀で線維化部分を切開する必要がある.また,アトピーでは網膜.離を合併していることもある.術前に眼底を確認し,網膜変性にはレーザーを施行しておく.困難な場合は術後の確認を施行する.成熟白内障など,眼底が透見できない状態で手術を行うときは,超音波CBモードなどでできるだけ眼内の状態を把握しておく.網膜電図や術前色感覚の確認は術後視機能予測の助けとなる.色を感じない場合は,術後視力改善しがたい.成熟白内障は前.切開が困難となるため,トリパンブルー希釈液の準備が必要となる.C2.前房深度浅前房患者では散瞳検査による閉塞隅角緑内障の発生を予測し,疑われる患者では散瞳検査を避ける.片眼の閉塞隅角緑内障発作を生じた患者では対眼も高率に発作が発生するので,放置せずに早めの手術を予定する.手術を待っている間に発作が生じる場合もあるので,早めの手術を勧める.閉塞隅角の発作予防でピロカルピン塩酸塩の点眼を施行していた患者では,術前に点眼を中止すると発作を誘発する可能性がある.レーザー周辺虹彩切除患者では角膜内皮細胞減少を念頭におく.手術時は,手術中に希釈したミドリンCPを使用する2),手術直前に散瞳薬を点眼する,などの対策が必要となる.ミドリンCPを前房内投与する場合は原液を使用すると防腐剤の毒性で角膜内皮障害が生じるので,必ず希釈して使用する.プラトー虹彩では前房が深くても隅角が閉塞しているので,周辺虹彩までの観察が必要である.C3.瞳孔形状瞳孔の形状からも多くの情報が得られるので見逃さない.まずは縮瞳状態で瞳孔形状の左右差をみる.差がみられれば網膜疾患があるケースや,外傷後の麻痺性散瞳が生じているケースがある.瞳孔の左右差や瞳孔が正円でないときには,虹彩離断があれば外傷を疑う(図2).ボールなどの鈍的外傷の既往があると,打撲した眼は瞳孔径が大きく,Zinn小帯断裂が生じていることがある.そのあとに浅前房患者以外は散瞳して瞳孔形状を観察する.落屑症候群では散瞳状態が悪くCZinn小帯脆弱を伴うこともある.虹彩炎の既往があると虹彩後癒着があり散瞳しにくい(図2).また,消炎していない状態での白内障手術は虹彩炎の再燃などの原因となるので,消炎後数カ月経過してからの手術が望ましい.とくに男性で中等度散瞳の場合には,前立腺肥大の治療をしているかどうかを確認しておく(IFISが疑われる).1108あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(28)表2細隙灯検査で見逃さないチェックポイント□水晶体:前.線維化,後部円錐水晶体,成熟白内障C□前房深度:浅前房C□瞳孔:左右差,瞳孔変異,虹彩離断C□角膜:円錐角膜,周辺部潰瘍,ドライアイC□結膜,強膜:過去手術の瘢痕,翼状片図1注意すべき白内障病型a:後部円錐水晶体.効能に限局した丸い混濁があり,後.破損のリスクがあるので硝子体切除とCIOL.外固定光学部キャプチャーに備えてC3PIOLを準備する.b:アトピー白内障の線維性混濁.線維性混濁部の前.は癒着があり切り難いので混濁部を避けて前.切開を行う.混濁部は剪刀で切開可能である.図2注意すべき瞳孔形状a:外傷による虹彩離断.離断部に一致してCZinn小帯断裂が生じていることがある.白内障手術時に瞳孔整復が必要となる.b:虹彩炎後の虹彩後癒着.虹彩炎のために虹彩と水晶体.が癒着し,散瞳すると瞳孔の変形がみられる.潰瘍)では周辺部角膜が薄くなっているので,前眼部OCTなどで角膜が薄い部分を避けて手術を施行する.C5.結膜・強膜手術や外傷既往があると白内障手術に影響する.緑内障手術の既往がある場合は,白内障手術の創口が以前の手術と重ならないようにマネジメントする.結膜の癒着があり,創口作成に苦渋することもある.網膜硝子体手術の既往があると核白内障が進行していることがあり,無硝子体であるために術中CinfusionCmisdirectionCsyn-drome(IMS,用語解説参照)が生じやすい.翼状片も角膜不正乱視の原因となる.角膜トポグラフィーなどで角膜への影響を確認し,影響が及んでいる場合は先に翼状片の手術を施行したあとに改めて白内障手術を施行したほうが度数ずれは生じにくい.CIII術前検査で見逃してはいけないポイント1.角膜内皮細胞検査角膜内皮細胞数が減少している患者では,白内障術後の水疱性角膜症を考慮に入れる.角膜内皮細胞数がC1,000Ccells/mm2以下の患者ではとくに注意が必要である.また,Fuchs角膜変性症は中高年女性に多く,角膜後面のコラーゲン状物質の蓄積が滴状角膜(corneagut-tata)としてみられ(図3),角膜内皮細胞数の減少を生じやすいので,熟練した術者が対応すべきである.C2.角膜トポグラフィートーリックCIOL選択に必要なほか,角膜不正乱視に注意が必要である.円錐角膜ではCIOL度数ずれと術後の進行度合いを考慮する.翼状片がある場合も翼状片による不正乱視が生じやすい.角膜トポグラフィーの変化から翼状片の影響を考え,瞳孔中央部まで変化がみられれば,前述のとおり先に翼状片の手術を行う.C3.IOL度数計算とねらい値単焦点CIOLを選ぶときには,患者の術前屈折もねらい屈折値を決めるうえで重要な要因となる(図4).術前屈折値が近視の患者が遠方合わせを希望した場合に,術前は見えていた近方が見えなくなって不満が生じるというのはよくあるトラブルである.一方で,CLを使用している患者は遠方合わせを希望することが多いが,CL装用時に近方をどのようにカバーしていたかを確認しておく.老眼鏡を使用していたのであれば,術後も同様に使用する必要があることを説明する.強度近視の場合はねらい値がむずかしい.両眼手術の場合は前述のとおり,近方の見え方とCCLの使用に注意してCIOLを選択する.問題は片眼のみ手術を行う場合で,過去には比較的若年の患者で対眼の手術がしばらく必要ではないと判断した場合に,強い近視度数を目標屈折値にすることはあったが,最近ではあまり好ましい選択肢ではない.屈折矯正を目的とした白内障手術や,手術までの間にCCLを使用するなど,患者の視覚の質(qualityCofvision:QOV)を考えた選択肢を勧める.年齢や生活環境もCIOL選択に影響する.運転を重視しない場合は,遠方に合わせるよりも,若干近方に合わせて生活しやすい屈折を選択する.日常生活や仕事などのライフスタイルの確認は重要で,外で体を使う仕事なのか,PCを使うことが多いのか,本を読む機会が多いのかなど,もっとも重視する距離がどこにあるのか確認する.一度の診察でCIOLの種類とねらい値を決めるのではなく,最終的に患者が納得してもらえるねらい値に導くことが術後満足度の向上につながる.多焦点CIOLも種類が増えて選択の幅が年々増加している.進行した網膜疾患や緑内障では適応外となるが,軽度のものでは適応が増えつつある.CIV白内障手術時の合併症と禁忌順調に手術が進んでいるうちは禁忌項目が生じない.しかし,術中合併症3)が生じたときに,行ってはいけない項目が出現する(表3).C1.早期穿孔強角膜切開における合併症として,早期穿孔がある.早期穿孔が発生した状態で手術を継続すると虹彩が脱出し,手術の継続がむずかしくなる.虹彩損傷が酷くなる前に創口を縫合し,他の場所に新しい創口を作製することで安全に手術を継続できる.早期穿孔の創口をそのまま継続して使用することは薦められない.また,脱出し1110あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(30)図3滴状角膜Fuchs角膜変性症ではスペキュラーマイクロスコープにて角膜内皮細胞が黒く抜けるCcorneaguttataがみられる.図4一般的な単焦点IOL選択方法正視・遠視眼は遠方合わせが多い.近視眼でもCCLを使用している場合は遠方合わせが多い.近視眼で眼鏡に慣れている場合や運転する機会が少ない場合は近方に合わせる.基本的には患者生活スタイルに合わせる.表3白内障手術の術中合併症発生時のチェックポイント□早期穿孔:創口閉鎖+再作製C□前.切開クラッツ:前房内圧制御,1PIOL.内固定C□後.破損:前房内圧制御,硝子体切除図5液状後発白内障細隙灯顕微鏡で観察すると,IOL反射の後ろ側に乳白色液状物が貯留している.

網膜穿孔という斜視手術最大のリスク ─Hang-back 法の勧め

2025年9月30日 火曜日

網膜穿孔という斜視手術最大のリスク─Hang-back法の勧めRetinalPerforation:TheMostSeriousRiskinStrabismusSurgery─AdvocacyfortheHang-BackTechnique長谷部聡*はじめに斜視手術における最大のリスクの一つは,強膜への通糸時に誤って網膜を穿孔し,重大な病態を誘発することである.とくに,外眼筋腱付着部の後方では強膜が極端に薄く,0.6Cmm以下となることもあるため,穿針の深さと角度を誤れば,網膜に孔を穿つ可能性が高まる.穿孔が引き起こす網膜.離や眼内炎は,視力予後に深刻な影響を与え,本来は斜視の矯正を目的として来院した患者を,硝子体手術や網膜修復のために別の医療施設に送らなければならない事態にもなりうる.このように,安全性の確保が斜視手術において最重要課題であるという点は,執刀医にとってつねに意識すべき基本である.CI従来法における工夫と限界たとえば,強膜が薄い部分での通糸リスクを低減させる目的で,針先を水平に保持しつつ強膜を垂直方向に圧迫し,強膜表面に傾斜を作り,その傾きに沿って浅く通糸する方法が古くから提案されてきた.しかし実際には,針先が強膜表面を軽くかするだけに終わることが多く,外眼筋を確実に固定するために必要な通糸の深さを得られないばかりか,操作を繰り返すことで強膜を損傷し,強膜通糸が一層困難になることもある.また,強膜が極端に薄く硬い症例や,通糸部が眼球赤道部に付近にあり,強膜の傾斜角度が強い場合は,いかに慎重を期しても穿孔リスクを完全に回避することはむずかしく,術者の技量のみでは安全性を担保しきれないab図1強膜通糸に関する工夫針先を水平に保持しつつ強膜を垂直方向に圧迫し(Ca),できた強膜の斜面を利用し,水平方向に針を進める(Cb).矢印は力の方向を示す.という限界もある.CIIHang-back法採用の必然性と安全性こうした背景のもとで,hang-back(HB)法または吊り下げ術の採用は非常に有用である.この術式は,強膜が比較的厚い外眼筋の元付着部からその前方に向かって針を通し,そこで筋腱を吊るすように後方に固定する方式である.強膜が薄く穿孔リスクが高い後方部の通糸を避けることができるため,安全性が飛躍的に高まることが最大の利点である1,2).実際,欧米においては,,HB法は後転術(recession)を行う際の標準的な手術手技と*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学C2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山県岡山市北区中山下C2-6-1川崎医科大学総合医療センター眼科(1)(21)C11010910-1810/25/\100/頁/JCOPY図2筋間膜への処置が矯正効果に及ぼす影響筋間膜の.離操作をしないと,眼球は筋間膜を介して後転筋により牽引されるため,縫合糸はたわみ,低矯正が起こる(a).定量性を確保するためには,術後縫合糸が張った状態(b)が望ましい.RRiiRRii図3中心縫合の位置と術後の断端形状中心縫合を付着部近傍に作ると(a1),筋腱の断端は曲線(アーク)を呈する(a2).2Cmm後方に作ると(b1),構成される縫合糸の形状には変化はないが,断端が直線化する(b2).L1>L2.CC,CR,i,.は,それぞれ,中心縫合,lockingbite,付着部,筋腱に加わる張力を示す.abc図4ダブルアームドロックバイトの手技aは縫合不全が起こりやすい.ループをひねる(Cb),またはループにC2回通す(Cc)ことが推奨される.はひねりを示す.図5筋裏面の腱膜除去腱膜を.離・除去する操作により,筋腱と強膜の接着を確実にする.中心縫合を損傷しないよう注意する.L1nhnh図6HB法の定量付着部に通糸後(Ca),縫合糸を牽引,キャリパーでCLC1を定量し持針器で固定する(Cb).持針器上で縫合糸を結紮する(Cc).後転量(LC2)にCfudgeCfactorを加えた値がCLC1になる(Cd).iは付着部,nhは持針器を示す.==’C

眼鏡・コンタクトレンズ処方のDos and Don’ts

2025年9月30日 火曜日

眼鏡・コンタクトレンズ処方のDosandDon’tsDosandDon’tswhenPrescribingGlassesandContactLenses山田昌和*はじめに成人における眼鏡使用率は約C70%であり,眼鏡を常用しているのは男性で約C4割,女性で約C2割とされている1).必要に応じて使う,コンタクトレンズ(contactlens:CL)と併用するなどを含めると眼鏡がもっとも普及した屈折矯正法であることがよくわかる.しかし,その一方でC10.8%の成人は眼鏡が必要と思われるのに所持しておらず2),26.4%は老視の矯正(老眼鏡)を行っていないという報告もあり3),屈折異常や老視への対応が十分でないことが推測される.成人の眼鏡処方は,日常生活の改善を目的とする.眼鏡装用の目的や用途を明確にしたうえで,ライフスタイルに応じて慎重に度数を選択することが求められる.ここでは眼鏡処方に伴うCDosとCDonC’tsについて概説したい.CIDos:眼鏡レンズの三つの作用を考慮しよう眼鏡に用いられるレンズには三つの作用がある.光を屈折させて焦点を変える作用,像を拡大・縮小する作用,プリズム作用である.屈折力によってピントを合わせることがレンズの基本的な作用であるが,後者二つを意識すべき場面もある.眼鏡レンズは角膜頂点から約C12Cmm前方に置かれるので,屈折力に応じて像が拡大・縮小する.凸レンズでは像が拡大,凹レンズでは縮小し,その程度はC1ジオプター(D)あたりC1.25%とされる.強度近視などでは像がC10%程度縮小することがあり,眼鏡とCCLを併用する場合には距離感覚の異常の原因となることがある.また,左右でレンズの度数が異なる場合には不等像視が問題となることがある.プリズム入りのレンズでなくても,眼鏡レンズで視線がレンズの中心からはずれた場所を通る場合には,プリズム効果が生じる.瞳孔間距離がずれている場合だけでなく,上下や側方視でも左右でレンズ度数が異なる場合にはプリズム作用のために複視を生じることがある.逆に斜位・斜視がある症例でレンズのプリズム効果を意図的に利用した眼鏡処方がなされる場合もある.本稿ではこの後にも三つの作用の功罪に触れる部分があるので参照してほしい.CIIDon’ts:眼鏡で100点満点の見え方にしてほしい初めて眼鏡を作ったとき,世界がすっきりと鮮明に見えたことを筆者は今でも覚えている.眼鏡を作るときにこうした過去の成功体験を求めている患者は少なくない.また,眼疾患のために視機能が低下しているのに眼鏡を作れば視力が回復すると思っている患者もいる.しかし実際には,老視の患者に遠近両用の眼鏡を処方しても調節力が回復するわけではなく,視線の向け方を覚えたり,周辺部のぼけた見え方を許容したりと,ある程度の我慢と慣れが必要になってくる.また,慢性の眼*MasakazuYamada:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕山田昌和:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林大学医学部眼科学教室(1)(15)C1095疾患を有する患者では,屈折矯正を施しても疾患による視機能損失分を割り引いた見え方が限界となり,若い頃の記憶とは違った見え方にしかならない.患者はどうしても以前のC100点満点の見え方を求めてしまう傾向がある.患者と医師の間にはリテラシーギャップが存在することを忘れてはならない.CIIIDon’ts:今日の視力検査で眼鏡処方箋をください診察室で患者から「今日の視力検査で眼鏡処方箋をください」といわれた経験は,誰もが一度や二度ではないであろう.検査室における視力測定では,正視を作り完全矯正による最良視力を求める.これに対し,眼鏡処方は日常的に装用できる眼鏡の度数を決めるものである.検査室の視力検査は眼の機能や治療効果を判定するために最高出力を求めており,日常生活に必要とされる視機能とは別物である.また,屈折・視力検査では,屈折検査も視力検査も片眼ずつ行う.忙しいときなど,これで屈折や視力に大きな左右差がなければそのまま眼鏡処方と考えるかも知れない.しかし,やはり両眼での見え方や両眼開放視力をチェックして装用テストを行う必要がある.両眼での見え方を確認するのは,日常視に近い状態での見え方を体験してもらい,両眼のバランスをみるのが最大の目的である.矯正視力は両眼で同程度か,優位眼の視力がやや高い状態が一般的には許容されやすい.装用テストでは視力値にこだわるのではなく,自覚的な見え方を重視することが大切である.視力値自体は片眼ずつよりも両眼の視力のほうが若干高くなるとされている.ある程度は生理的なものであるが,なかには片眼遮閉時の調節緊張の影響で過矯正になっていることや,まれに潜伏眼振が影響している場合がある.自覚的に片眼と両眼での見え方が大きく異なる場合には過矯正になっていないか注意するとよい.逆に両眼で見ると遠くがぼけて見えるという場合もあり,考えやすいのは斜位近視である.外斜位斜視がある場合に遠見眼位を斜位に持ち込むために調節性輻湊が働くことがあり,輻湊に伴う調節のために焦点が近方にずれる現象である.この場合には,レンズにプリズムを組み込むことを考慮する.このようにそれほど頻度は高くないが,片眼ずつの見え方と両眼での見え方が異なることがあり,眼鏡処方では両眼開放視力と自覚的な見え方のチェックが必須である.CIVDosandDon’ts:近視の眼鏡は低矯正にする学童に近視の眼鏡を処方する場合には低矯正にしないと近視が進行しやすくなる,と以前はいわれていた.しかし,最近はむしろ完全矯正が近視の進行抑制には望ましいとされている.成人の場合も基本的には無理に低矯正にする必要はないと考えられる.ただし,完全矯正にはどうしても過矯正のリスクがあり,オートレフ値そのままの眼鏡処方は絶対に避けるべきである.過矯正眼鏡では近見時の調節必要量が増えたり,調節性輻湊を介して眼位が内斜したりする可能性があり,近業時のぼやけや眼精疲労が生じやすい.また,軽度の近視を残しても瞳孔径がC1.5Cmm程度の範囲であれば良好な視力を確保できるので,成人の場合には近視をやや低矯正とする眼鏡が処方されることが多い.低矯正が望ましい場合もあり,代表的なのは老視の初期など調節機能が減弱した症例である.近視を低矯正で眼鏡処方すると,明視域が近方に移動するために近見作業が楽になる.また,低視力者では網膜像のデフォーカスを認知しにくいため,低矯正にしたほうが被写界深度(depthof.eld:DOF)を拡大できると考えられている.以上のように,理論的には近視の眼鏡は完全矯正でよいが,成人に処方する場合にはやや低矯正にして,装用テストで見え方と装用感を確認するのが現実的なようである.CVDos:不同視は眼鏡で矯正できることもある一般的にはC3D以上の不同視は許容できず,眼鏡よりCLが望ましいとされる.これは不同視眼を眼鏡で矯正すると網膜像の大きさに左右差,不等像視(aniseikonia)を生じるためである.不等像視の融像限界はC4.7%といわれているが,快適に融像できる範囲は狭く,1.3%の不等像視で眼精疲労などの症状が出現するとされる.前述したように眼鏡レンズではC1DあたりC1.25%の像の拡大・縮小が生じるので,これに順応できる限界がC3Dという計算になる.なお,不等像視は球面レンズだけでなく,円柱レンズでもみられる〔経線不等像視(meridi-onalaniseikonia)〕.ただし,上記の記述は屈折性不同視の場合であり,例外的に軸性不同視の場合には大きな不同視があっても不等像視が生じにくく,眼鏡で矯正できることがある(Knappの法則).小児の不同視弱視は軸性不同視であり,適応能力も高いので,基本的には不同視があってもそのままの度数で眼鏡を処方する.成人でも軸性不同視であれば理論的には眼鏡で矯正できるはずであるが,実臨床ではCCLのほうが適していることが多い.なお,黄斑前膜や黄斑円孔など網膜疾患で不等像視を生じることがあり,網膜性不等像視とよばれる.この場合にサイズレンズという特殊なレンズを用いて不等像視の軽減が試みられることがある.CVIDos:乱視は控えめに矯正するのがよい眼鏡で矯正できる乱視はいわゆる正乱視で,経線方向の屈折力の違いにより焦点がC2カ所にできる屈折異常であり,円柱レンズで矯正できる.乱視も屈折異常であり,本来は完全矯正したほうがよりよい見え方を確保できるはずである.しかし,乱視は控えめに矯正するのがよいとされ,所持眼鏡を参考に違和感を覚えない自然な見え方という点を重視して度数と軸を調整することが推奨されている.これはなぜだろうか.円柱レンズでは軸によって屈折力が異なるために,上下あるいは斜め方向に像の拡大・縮小が生じる.さらに左右で度数が異なる場合には不等像視が生じることもある.これらは乱視を完全矯正したときの違和感の原因となるので,違和感を軽減するために乱視の度数を減らして低矯正にする,あるいは乱視の軸をC90°あるいはC180°に近づけるなどの方法が採られる.乱視の度数を減らすと矯正視力が低下するが,装用感の改善が勝るようなら低矯正を選択したほうがよい.また,低矯正で乱視を残すことのもうC1つのメリットとしてCDOFの拡大があげられる.小さな乱視を意図的に残すことで,大きな視力低下を伴わずに明視域の拡大をはかることができる.乱視の軸に関しては,10°やC170°の乱視軸の場合にはC180°で眼鏡レンズを調整したほうが違和感が少なくなることがある.また,斜乱視の場合は左右の乱視軸をたとえば右眼C30°,左眼C150°と左右対称にするなど,左右で軸のバランスを整えることも重要となる.ただし,乱視軸をずらすと残余乱視が増加し,眼鏡視力は低下する.軸をC15°シフトさせると乱視の矯正効果はC50%程度となり,30°シフトさせれば残余乱視は元の乱視と変わらなくなってしまう.乱視軸をずらすのは最大でもC15°,できればC10°程度が望ましい.CVIIDon’ts:麻痺性斜視はプリズム眼鏡の適応ではないプリズムは眼内に入る光の向きを変えて光学的に複視や眼精疲労などの軽減をめざすものである.プリズム眼鏡の適応としては,以下のようなものがあげられる.①複視の消失,軽減〔外斜位斜視,上斜筋麻痺,開散麻痺,saggingeyesyndrome(SES)など〕.②眼位を斜位に保つために生じる眼精疲労の軽減(外斜位斜視,上斜筋麻痺など).③頭位異常の軽減(麻痺性斜視,眼位性眼振など).成人で多いのは外斜位斜視と上斜筋麻痺,SESなどである.このうち,上斜筋麻痺など麻痺性斜視ではむき眼位によって眼位ずれの角度が異なり,回旋偏位を伴うことがあるのでプリズム眼鏡の適応でないと考えられがちだが,そうでもない.融像幅の範囲であれば眼位ずれがあっても両眼単一視ができる場合があるし,正面や下方など日常でよく使われるむき眼位で単一視ができればそれだけでも眼鏡を処方する価値がある.融像幅は一般に水平方向は広いが,上下方向は狭い.そのため,プリズムで上下偏位の補正を行うと,水平方向は融像により斜位に持ち込めることがある.プリズムでは回旋偏位の補正はできないが,上下と水平の眼位ずれをプリズムで補正すると,回旋偏位も斜位に持ち込める可能性がある.また,外斜位斜視や代償不全型の上斜筋麻痺では融像幅が正常者より広いことが多いので,プリズムである程度眼位ずれを補正すると斜位に持ち込みやすい.したがって,プリズム眼鏡を試す際には,眼位ずれを全部補正する必要はなく,必要最小限の度数にとどめるのがよいと思われる.また,患者にはプリズムは万能ではないこと,プリズムによる違和感や見え方の低下などマイナス面があることを理解してもらう必要がある.眼位ずれが小角度の場合には,球面・円柱レンズのプリズム効果を利用する方法もある.眼鏡レンズで視線がレンズの中心からはずれた場所を通る場合,Prenticeの式〔プリズム効果=偏心距離(cm)C×レンズパワー(D)〕に対応するプリズム効果が生じる.軽度の外斜位,内斜位ではあえて瞳孔間距離をずらした眼鏡が処方されることがある.また,若年者の外斜位では屈折度数をあえて過矯正にして調節性輻湊を促すCoverminustherapyが試みられることもある.これらの方法は像の歪みや眼精疲労などの問題が生じやすく,実際に処方される機会は少ないが,知識として知っておくことは重要であろうと考えられる.プリズムの度数としては,眼鏡レンズに組み込むことができるのは通常はC5CΔ程度までであり,それ以上の眼位ずれを矯正したい場合にはCFresnel膜プリズムをレンズに貼付することになる.Fresnel膜は不透明であり,装用時の視力低下があること,外見上レンズが曇って見えることなど不都合もあるが,大角度の眼位ずれを補正したい場合には試用する価値がある.最近はシリコーン製の膜プリズムも市販されており,レンズがクリアで,変色や硬化が生じにくいなどのメリットがある.もう一つ,複視がある場合の対応として遮閉レンズがある.これは片眼を遮閉し,もう片眼で単眼視することで複視を解消しようとする方法である.両眼視をあきらめて単眼視にする方法でプリズムレンズとは逆の発想になる.外見上は透明に近いが遮閉効果をもつレンズが開発されており,通常の方法では複視や不等像視に対応できない場合や整容的な問題がある場合に試してもよい方法と思われる.場合によっては虹彩付きのCCLを試みてもよい.CVIIIDos:老視対策では明視域を意識する老視はC40代後半から顕性化する調節力の低下である.調節力はC10.50代後半までほぼ直線的に低下し,40.50歳でC3D程度となり,近見時の見にくさを自覚するようになる.調節力の低下には個人差があり,元の屈折状態(潜伏遠視や近視など)も関係するので,老視を自覚し始める年齢には幅がある.最近はCIT眼症やスマホ老眼など,若年者でも近見障害を訴えることがある.老視ではすぐに近用眼鏡,遠近両用眼鏡と考えなくてもよい.近視で眼鏡やCCLを使用している場合,老視の初期ならば所持眼鏡の度数を少し落とす(0.5D程度)ことで対処できることがある.これは焦点をずらすことで明視域を近方に寄せることになる.たとえば,2.5Dの調節力が残っている場合にC0.5D低矯正にすることで,無限遠.40Ccmであった明視域をC2Cm.33Ccmにすることができる.乱視がある場合には意図的に残してCDOFを拡げるのも有用である.明視域を考えるうえでもう一つ重要と思われるのはペアリングの概念である.左右で度数を調整して優位眼を遠方重視,非優位眼を近方重視とする方法で,完全なモノビジョンというよりも両眼の明視域が重なることを意識したほうがよい.老視がある程度進行すると近用眼鏡が必要となるが,この場合にも最初は度数の弱いものから処方する.度数が強ければ強いほど明視域が近方で限定されるからである.眼鏡の掛け替えが面倒,老眼鏡を掛けたくないという場合には遠近両用を考慮する.遠近両用の眼鏡でもCLでも最初に老視が治るわけではないこと,見え方に不自然さが生じることをよく説明する必要がある.眼鏡とCCLでは遠近両用の原理が異なり,眼鏡では遠用部と近用部が分かれていて視線の向きで焦点を合わせるのに対し,CLは同時視型である.CLでは遠用重視,近用重視などレンズによってデザインが異なるが,いずれの場合にも像の不鮮明さ,ぼやけた感じが生じるので,適応は慎重に見定める必要がある.遠近両用眼鏡で使用される累進屈折力レンズは,遠用部+累進部+近用部で構成される.各帯状領域を単純な球面とすると側方部での収差が大きくなるので,累進部の形状が工夫されているが,側方の像の歪みは完全には解消されず,遠用部・近用部での明視幅は狭くなる.累進屈折力レンズを装用する場合,眼鏡フレームの形状は玉型の高さが狭い(30Cmm以下)と近用部が実用的にならない可能性がある.近用部分がきちんと使えているか(視線を下方にずらすことができているか),遠近両用や

角結膜診療における禁忌

2025年9月30日 火曜日

角結膜診療における禁忌ContraindicationsintheDiagnosisandTreatmentofCornealandConjunctivalDiseases北澤耕司*はじめに角結膜疾患は日常の眼科診療においてもっとも頻繁に遭遇する病態であり,流行性角結膜炎(epidemickera-toconjunctivitis:EKC),アレルギー性結膜炎,高齢者に多い慢性結膜炎,ドライアイ関連の角膜障害,コンタクトレンズ(contactlens:CL)関連の角膜炎などがその代表である.これらは大学病院のような高度医療機関に限らず,地域のクリニックでも日常的に診療される疾患であり,初期対応で完治することが多い.一方で,頻度は低いものの,初期診断を誤ることで視力障害や角膜穿孔といった重大な転帰をとる疾患も含まれている点には十分な注意が必要である.とくに,初診時に流行性角結膜炎と判断されたものが実際には淋菌性結膜炎であったり,長年,慢性結膜炎として治療されていたものが腫瘍性病変であったという例も決してまれではない.これらの疾患では,正しい診断と治療を初期に行えるかどうかが,その後の視機能予後を大きく左右する.診察時間が限られる外来では,非典型例や治療抵抗例を見逃すリスクが高まる.本稿では,眼科医として知っておくべきであり,絶対に見逃してはいけない角結膜疾患の診断の落とし穴,重要所見,治療のポイント,そして実例を交えて解説する.CI淋菌性結膜炎Neisseriagonorrhoeaeによる淋菌性結膜炎は,性感染症(sexuallytransmitteddiseases:STD)に分類される細菌性結膜炎であり,きわめて急速な進行性をもつことから,角結膜炎のなかでもとくに初期対応が重要な疾患である.放置すれば数日以内に角膜潰瘍や穿孔に至る可能性があり,視機能を著しく損なうリスクがある.C1.臨床像と診断のポイント典型的な症状は,高度な結膜充血,眼瞼の著明な腫脹,激しい羞明,疼痛,そしてもっとも特徴的なのが「拭いても拭いてもあふれ出てくるクリーム状の膿性眼脂」である(図1).診察中にガーゼなどで眼脂を拭き取ってもすぐに再び分泌される様子がみられた場合には,本疾患を強く疑うべきである.しかし,初診時にはしばしば流行性角結膜炎と誤診されてしまう.とくにアデノウイルス感染症は感染力が強く,診察を簡便に済ませるために手持ち細隙灯顕微鏡での観察にとどまることがある.その結果,角膜や結膜の状態が正確に評価されず,膿性眼脂の質や角膜浸潤の有無などの重要な所見を見落とす危険性がある.また,アデノウイルスでは耳前リンパ節腫脹がみられることが多く,これが乏しい場合には淋菌性をより強く疑う必要がある.C2.鑑別の工夫淋菌性結膜炎が疑われる場合は,眼脂のグラム染色と培養による病原体検出を行う.とくにグラム染色による塗沫鏡検は短時間で判断できるため,診断の一助とな*KoujiKitazawa:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕北澤耕司:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(9)C10890910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1淋菌性結膜炎図2グラム染色拭いても拭いてもあふれ出てくるクリーム状の膿性眼脂.白血球に貪食されたグラム陰性双球菌が観察される.図3前眼部写真図4淋菌性結膜炎の前眼部写真角膜上方に角膜穿孔部位を認め,虹彩の嵌頓を伴っている.角膜上方に角膜潰瘍を認める.図5結膜扁平上皮癌図6結膜扁平上皮癌の術後リサミングリーンによる染色により,腫瘍の境界部が明らかに結膜扁平上皮癌に対して腫瘍切除および羊膜移植術を行った.なる.図7アカントアメーバ角膜炎図8アカントアメーバ角膜炎放射状角膜神経炎を認める.偽樹枝状潰瘍を認める.図9アカントアメーバ角膜炎図10アカントアメーバ角膜炎円板状の角膜浸潤を認め,視力はC0.01にまで低下していた.角膜混濁の残存を認めるが,充血もなく瘢痕治癒している.

眼形成の禁忌

2025年9月30日 火曜日

眼形成の禁忌ContraindicationsinOculoplasticSurgery北口善之*はじめに眼形成外科では手術手技が注目されがちだが,真の成否はメスを握る前の「診断」「適応判断」「術式選択」で決まる.この術前判断を誤れば,いかに優れた手技も無力化され,患者に医原性の障害や重篤な合併症をもたらしかねない.これこそが,本稿で論じる「禁忌」の本質である.そこで本稿では,代表的な眼瞼疾患である眼瞼下垂,内反症,眼瞼腫瘍をとりあげ,多くの手技書が見過ごしがちな「やってはいけない手術適応」と「やってはいけない術式選択」に焦点を絞って解説する.なぜその判断が「禁忌」とされるのか,各疾患の病態生理と解剖学的原則から理解することで,読者が日常診療で適切な判断を下せるようになることをめざす.I判断を誤らないための原則眼形成手術は疾患や術式が多岐にわたるが,どのような症例においても判断のよりどころとなる共通の基本原則が存在する.これらの原則を理解することが,重篤な合併症を避け,良好な結果を得るための近道となる.本稿では,判断の基礎となる三つの基本原則について述べる.これらは互いに独立したものではなく,「安全性」を最上位とし,それを担保するための「病態理解」,そして両者を踏まえたうえでの「機能的再建」という階層的な関係にある.1.安全性の原則(Primumnonnocere―まず,害を為すなかれ)眼形成外科における最優先事項は,患者の安全である.手術によって患者を術前より明らかに悪い状態,とくに不可逆的な機能障害に陥らせることがあってはならない.たとえば,眼瞼の形態を整えることに固執するあまり,閉瞼不全による兎眼性角膜症といった深刻な事態を招くことは,この原則に著しく反する.また,下眼瞼の脂肪切除など一見局所的な操作が,解剖学的連続性を通じて眼球運動障害や眼球陥凹をきたすなど,予期せぬ部位に機能的・整容的な問題を引き起こす可能性もつねに念頭に置かねばならない.2.病態理解の原則(診断なくして治療なし)眼瞼に現れた形態異常は,あくまで結果にすぎない.その背後にある根本原因(支持組織の弛緩,瘢痕による短縮,悪性腫瘍など)を正確に把握することが適切な術式選択の大前提である.根本原因を突き止めずに表面的な対症療法を行えば,問題は解決しないばかりか,しばしば状況を悪化させる.診断なくして適切な治療はありえない.3.機能的再建の原則(形態は機能に従う)眼形成手術は,単に静的な形態を整えるにとどまらず,瞬目による角膜保護や自然な開閉瞼といった動的機能を回復・再建することを主眼とすべきである.たとえ*YoshiyukiKitaguchi:大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)〔別刷請求先〕北口善之:〒565-0871大阪府吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学(眼科学)(1)(3)10830910-1810/25/\100/頁/JCOPYば,静的な形態の美しさのみを追求し,皮膚や筋肉といった組織を過剰に切除すれば,瞬目や閉瞼といった動的機能が損なわれ,流涙や角膜障害といった新たな機能不全を生み出しかねない.いかなる手術においても,「形態は機能に従い,機能が形態を規定する」という原則を忘れてはならない.CII眼瞼下垂手術の禁忌眼瞼下垂手術の適応を判断するうえで,真の退行性眼瞼下垂と,その背景に隠れた,あるいは類似した症状を呈する他の病態とを正確に鑑別することが,あらゆる禁忌を回避するための出発点となる1).C1.手術適応判断における禁忌-鑑別すべき重要病態a.急性発症・変動性を示す神経筋疾患急性発症や症状の変動性がある場合には,手術の前に精査が必須であり,これを見逃し手術を先行することは禁忌である.動眼神経麻痺:片側性の急性発症で外斜視や眼球の上転・下転障害を伴うことが特徴的である(図1).とくに瞳孔散大を伴う場合は,内頸動脈-後交通動脈瘤を疑い,緊急で磁気共鳴血管撮影(magneticCresonanceCangiog-raphy:MRA)や三次元CCT血管造影(three-dimension-alcomputedCtomographyCangiography:3D-CTA)による脳血管評価が必須となる.血管性(虚血性)麻痺は自然軽快の可能性があるため,発症後C6カ月.1年の経過観察期間を設ける.症状固定後に眼瞼下垂手術を計画する際には,眼瞼を用手的に挙上して複視の有無を確認し,複視が問題となる場合は斜視手術を先行させる.重症筋無力症:朝は開瞼良好だが,夕方に増悪する日内変動と易疲労性が特徴的であり,本症を疑った場合には上方視負荷テスト(最大C1分間)や感度・特異度の高いアイスパックテスト(氷.でC2.5分間冷却し,2Cmm以上開大すれば陽性)を施行する2).抗アセチルコリン受容体(acetylcholineCreceptor:AchR)抗体,抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(muscleCspeci.ckinase:MuSK)抗体で確定診断となるが,眼筋型では抗CAchR抗体の陽性率がC50%と低いため,さらに反復神経刺激試験や単線維筋電図が必要な場合もある.未治療・コントロール不良例への手術は禁忌であり,内科的治療でC6カ月以上症状が安定した「固定した残存下垂」に対してのみ手術適応となる(図2).Cb.偽眼瞼下垂(pseudoptosis)および類似病態以下のような病態を真の眼瞼下垂と誤認して手術を行うことは,無効であるか,ときに症状を増悪させる.顔面神経麻痺:前頭筋麻痺による眉毛下垂が偽眼瞼下垂の主因となる.この状態で安易な手術を行うことは,閉瞼不全を助長する.本症における眼瞼下垂は眉毛下垂による偽眼瞼下垂に前頭筋による代償能低下が加わったものなので,挙筋短縮術より眉毛挙上術が適応となることが多い(図3).閉瞼時の眼球上転であるCBell現象の消失や,角膜上皮再生を担う角膜知覚の低下を認める症例への挙筋短縮術は,重篤な角膜障害に直結する危険があり,絶対的禁忌もしくはきわめて慎重な判断を要する.眼瞼けいれん:両側眼輪筋の不随意収縮により機能的な開瞼困難を呈する局所ジストニアである.「目を閉じているほうが楽」という訴えは典型的な眼瞼下垂と異なる(図4).速瞬テストや軽瞬テストで眼輪筋のれん縮を確認できる.第一選択治療はボツリヌス毒素局所注射であり,手術はあくまでボツリヌス後の残存する症状に対してのみ行う.上眼瞼皮膚弛緩:おもに加齢性変化により上眼瞼の皮膚が弛緩し,睫毛の上や視野に覆いかぶさる状態であり,もっとも頻度の高い偽眼瞼下垂である.治療は余剰皮膚の切除(上眼瞼皮膚切除,眉毛下皮膚切除など)が主体となる.眼球陥凹:外傷による眼窩骨折後や加齢性の眼窩脂肪萎縮により眼球が後方に陥凹すると,眼球の支持を失った上眼瞼は相対的に垂れ下がり,偽眼瞼下垂を呈する.重度の場合は原因となる眼窩疾患の評価と治療が優先されるが,軽度の症例では挙筋短縮術がよい適応となることもある.C2.術式計画・術後管理における禁忌a.挙筋機能を無視した術式選択眉毛を固定し測定した挙筋機能がC4Cmm未満の症例に対し,挙筋短縮術を選択しても十分な開瞼は得られず,1084あたらしい眼科Vol.42,No.9,2025(4)図1血管性動眼神経麻痺の症例眼瞼下垂に加えて外下斜視を認める.図2重症筋無力症の症例a:治療前.b:免疫抑制療法により眼瞼下垂は改善した.図3顔面神経麻痺の症例a:左眉毛下垂による上眼瞼皮膚弛緩を認める.b:眉毛挙上術,眉毛下皮膚切除を施行後.図4眼瞼けいれんに典型的な顔貌眉間の皺が特徴的である.眉毛は下垂していることが多いが,開瞼失行が主体の例では眉毛挙上を認めることもある.ab図5睫毛内反症(a)と退行性眼瞼内反症(b),瘢痕性眼瞼内反症(c)の違い図6下眼瞼脂腺癌の症例a:切除生検は辺縁を乱さないようにの範囲で行い,拡大切除はC5Cmmの安全域をとって紫マーカー内の範囲で行う.b:切除後,c:再建後の外観.図7不適切に切除された下眼瞼基底細胞癌の症例a:中途半端に切除を行うと,もともとの局在がよくわからなくなる.本症例ではの範囲で拡大切除を行った.Cb:拡大切除後.切除範囲に涙点が含まれたため,涙管チューブを挿入している.

序説:絶対に避けたい! 眼科診療における禁忌─眼科専門医として知っておくべきポイント─

2025年9月30日 火曜日

絶対に避けたい!眼科診療における禁忌─眼科専門医として知っておくべきポイント─CriticalPitfallstoAvoidinOphthalmicPractice:EssentialKnowledgeforthePractic-ingOphthalmologists辻川明孝*医療は人間が行う以上,常に一定のリスクを内包している.どれほど経験を積んだ医師であっても,判断ミスや見落としがゼロになることはない.これは眼科診療においても同様であり,診療の過程で誤診や治療判断の誤りが生じる可能性を完全に排除することは不可能である.しかし,診療におけるミスには修正可能なものと,絶対に回避しなければならないものとが存在する.とくに後者は,視機能の不可逆的な損失を招き,場合によっては生命に直結することさえあるため,臨床医として絶対に避けなければならない.これまでの眼科臨床においては,個々の医師の経験則によって「禁忌」を学ぶ傾向が多かった.しかし,臨床の専門分化が進む現代において,改めて体系的に「診療上の禁忌」を整理し,共有していく必要性がよりいっそう高まっている.とくに,専門医をめざす若手医師や,専門領域以外に不安を感じる中堅医師にとっては,こうした知識は診療の質を保つために不可欠なものであり,患者の安全を守るためにもきわめて重要である.本特集では,眼科各分野のエキスパートが日常診療に直結する「禁忌」と「絶対に見逃してはならないポイント」について具体的かつ実践的に解説している.対象の領域は,眼形成,角結膜疾患,屈折矯正,斜視・弱視,白内障,緑内障,網膜硝子体疾患,ぶどう膜炎,神経眼科,全身疾患に伴う眼疾患,外傷・救急と,眼科領域をほぼすべてカバーしている.たとえば,眼形成診療では,安易な手術選択や術式選択のミスが機能障害のみならず整容的な問題をも引き起こし,患者のQOLに甚大な影響を及ぼしうる.角結膜領域では,初期段階での所見の見落としが,角膜混濁・穿孔といった重大な転帰を招くことがある.また,眼鏡・コンタクトレンズ処方においては,目的や,患者ニーズに合致しない処方が患者の満足度低下を招く原因となることもある.斜視・弱視診療では,治療介入の適切なタイミングを逃すことが,取り返しのつかない視覚発達障害に直結しうる.白内障診療においても,術式の選択ミスは合併症のリスクを高め,眼内レンズ(intraocularlens:IOL),とくに多焦点IOLの選択ミスは患者の期待を大きく裏切る結果となり,ときにはトラブルにつながることもある.緑内障診療では,急性緑内障発作のリスクを見逃すことは,失明という最悪の結末に直結しかねない.また,点眼薬や内服薬に伴う全身的なリスクにも注意が必要である.網膜硝子体疾患領域においては,術式・手術のタイミングを誤れば視力予後が大きく悪化する一方で,必要のない眼に手術を行うことがあってはならないのはいうまで*AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(1)1081

Multi-Stimulus Vision Tester-binocularの視野異常検出能の検討

2025年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科42(8):1070.1075,2025cMulti-StimulusVisionTester-binocularの視野異常検出能の検討宇田川さち子*1松本長太*2薄雄斗*3,4青木宏文*4東出朋巳*5岩瀬愛子*3,4*1金沢大学附属病院眼科*2近畿大学眼科*3たじみ岩瀬眼科*4名古屋大学未来社会創造機構*5金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学CEvaluationoftheVisualFieldAbnormalityDetectionCapabilityoftheMulti-StimulusVisionTesterBinocularSachikoUdagawa1),ChotaMatsumoto2),YutoSusuki3,4),HirofumiAoki4),TomomiHigashide5)andAikoIwase3,4)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospital,2)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicineKindaiUniversity,3)TajimiIwaseEyeClinic,4)InstitutesofInnovationforFutureSociety,NagoyaUniversity,5)DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversitySchoolofMedicalSciencesCMulti-StimulusCVisionTester-binocular(MVT-b)は,自動車運転免許取得時または更新時の検査で視野異常の存在を患者が自覚するための非医療機器セルフチェックスクリーニングを目的として開発されたプログラムである.両眼開放下でタブレット端末を用いて視野異常のスクリーニングを簡便に行うことが可能である.本研究では,MVT-bの視野異常の検出能を検討することを目的とした.眼疾患があり両眼開放状態で視野異常がある患者(視野異常群)51名および健常人ボランティア(健常群)47名を対象とした.MVT-bの異常点数による健常群と視野異常群の判別能は,カットオフ値C3点で感度C88.2%,特異度C93.6%(AUC=0.92,95%信頼区間:0.86.0.98)だった.特異度が最大となるカットオフ値C4点では,感度C84.3%,特異度C97.8%であった.健常群と進行した視野異常群の判別能は,カットオフ値C3点で感度C100%,特異度C84.8%(AUC=0.98,95%信頼区間:0.96.1.00),特異度が最大となるカットオフ値C9点では,感度C82.1%,特異度C98.3%であった.以上のことから,MVT-bは視野異常をスクリーニングするツールとして有効であると考えられる.CTheCMulti-StimulusCVisionTester-binocular(MVT-b)isCaCprogramCdevelopedCforCnon-medical-deviceCself-checkscreeningtoraiseawarenessamongpatientsonthepresenceofavisual.eldabnormality(VFA)thatmayinterferewithdriving.AsitispossibletoeasilyscreenforVFAsusingatabletdevicewithbotheyesopen,thisstudyCaimedCtoCexamineCtheCMVT-b’sCabilityCtoCdetectCVFAs.CThisCstudyCinvolvedC51CpatientsCwithCeyeCdiseasesCwhohadbilateralVFAs(VFAgroup)and47healthyvolunteers(healthygroup).TheMVT-bshowedasensitivi-tyof88.2%andaspeci.cityof93.6%(areaunderthereceiver-operatedcharacteristicscurve[AUC]=0.92,95%Ccon.denceinterval[CI]:0.86-0.98)withCaCcuto.CvalueCofC3CabnormalCpointsCforCdistinguishingCbetweenCtheCnor-malhealthyandVFAgroups.Whenthecuto.wassetat4abnormalpoints,speci.citywasmaximizedat97.8%,withasensitivityof84.3%.ForthegroupwithadvancedVFAs(grade.5),acuto.of3abnormalpointsachievedasensitivityof100%andaspeci.cityof84.8%(AUC=0.98,95%CI:0.96-1.00),whereasacuto.of9abnormalpointsmaximizedspeci.cityat98.3%withasensitivityof82.1%.Basedonthese.ndings,theMVT-bcanbecon-sideredane.ectivetoolforscreeningVFAs.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(8):1070.1075,C2025〕Keywords:視野セルフチェック,両眼視野,非医療機器スクリーニング,緑内障.Multi-StimulusVisionTester-binocular,visual.eldself-check,binocularvisual.eld,non-medicaldeviceself-checkscreening,glaucoma.C〔別刷請求先〕宇田川さち子:〒920-8641石川県金沢市宝町C13-1金沢大学附属病院眼科Reprintrequests:SachikoUdagawa,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaUniversityHospital,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPANC1070(136)はじめに視野異常は,眼疾患,頭蓋内疾患などによって生じる.しかし,視力低下と比較して,視野異常は自覚されにくいことが多く,とくに初期・中期に視力が低下しない疾患の場合,高度な視野異常が生じるまで疾患が発見されない場合がある1).とりわけ「自動車運転」は視覚情報に大きく依存するタスクであり,安全運転のための視野異常について注意を喚起する研究が増えている2).現在の日本における自動車運転免許の取得および更新においては,道路交通法施行規則第23条により,視力検査に合格すれば視野検査は行われないので,視力が良好な疾患の場合,高度な視野障害があっても免許取得が可能となる.そのため,眼科通院中で視野異常があって運転は危険と考えられる患者や,未発見の大きな視野異常のある患者が,自分の視機能は運転に問題ないと判断されたと考える可能性がある.2013年に日本眼科医会などの要請により,警察庁は「運転と安全に関する調査研究」を開始した3).その結果,視野検査による視野異常の検出の重要性が確認され,2018年には,警察庁の調査研究において適性検査内で実施する「新たな視野検査器」のプロトタイプが提案され臨床評価も行われた.しかし,検査者・被検査者ともに視野検査機器に慣れない環境において短時間で有用な検査を実施するという課題は解決されず,検討課題のままとなっている4).高齢者のさまざまな疾患や臨床症状に応じて各都道府県に設置された安全運転相談窓口で個別に運転の可否を判断する制度が導入され,運転免許証の自主返納に関する広報資料に視野異常に注意を促す文言が加えられたが,視野検査についてはまだ進展はしていない5).Multi-StimulusVisionTester(MVT,株式会社クリュートメディカルシステムズ)は,パソコンやタブレットを利用して視野異常をスクリーニングできる視野チェックソフトであり,非医療機関でのスクリーニングを目的に開発された6).なかでも,MVT-binocular(MVT-b)は,上記で警察庁が提案した「新たな視野検査器」のコンセプトを基に検査点位置(図1)を配置し,汎用性と操作性を重視して考案され,運転免許取得時または更新時の検査で視野異常の存在を患者が自覚するための非医療機器セルフチェックスクリーニングを目的として開発された.本研究では,MVT-bでの視野異常検出力と有用性を検討することを目的とした.CI対象と方法2024年C7.8月に,金沢大学附属病院眼科とたじみ岩瀬眼科に通院中で眼疾患があり両眼開放状態で視野異常がある患者(視野異常群)51名および健常人ボランティア(健常群)47名を対象とした(表1).症例選択基準は,2群に共通することとして,自動車運転免許(第一種運転免許もしくは第二種運転免許)を保持し日常的に自動車運転をしていること,斜視がないこと,神経系に影響を及ぼす投薬歴がないこととした.視野異常群は,各眼にCHumphrey視野CSITACStandard24-2プログラム(HFA24-2)でCAndersonC&Patellaの基準を満たす視野異常があり,左右眼のCHFA24-2を基に各検査点の実測感度が高いほうを選択して作成するCintegratedCvisual.eld(IVF)7)による両眼視野に異常がある例とした.IVFの視野異常判定については,採用された感度のパターン偏差確率プロットにより,5%以下の点が三つ以上隣接し,そのうちのC1点がC1%以下のものとした.健常群は,前眼部,中間透光体に異常がなく,正常開放隅角,眼疾患,視神経視路疾患がないこと,視野に影響を及ぼす眼科既往歴・眼手術歴がないこととした.両眼開放CEstermanテストとCHumphrey視野計CSITACStandard10-2プログラムとCMVT-bをC3カ月以内に実施した.MVT-bは,両眼開放下でタブレット端末を用いて視野異常のスクリーニングが簡便に行えるセルフチェックプログラムである.タブレット端末は被検者の眼前C25Ccmの距離に設置し,被検者自身が画面をタッチして操作する.視野チェック中は,timeof.ightセンサーを用いて視距離を検出し,調整を促す表示を行うことで,視野チェックプログラムにおいて重要な視距離を維持することが可能である.視野チェックは説明動画の視聴後,練習,本番の順で進行する.チェックでは,中心固視標(赤い星印)をタッチした後に呈示されるC2.3個の点滅視標が呈示された位置をタッチする操作を繰り返す.中心視野のチェック後に,固視標が画面の四隅に順次移動し,同様の手順で周辺視野をチェックする(図2).各検査点において,1回目の視標呈示でタッチの応答がない場合にのみ,2回目の視標呈示を行い,2回ともタッチの応答がなかった点を異常点としてカウントした.今回,MVT-bの異常点数による視野異常群と健常群の判別のほかに,進行した視野異常群の判別も検討した.進行した視野異常群の定義は,自動視野計を用いた視覚障害等級(視野障害,表2)の算出基準による視覚障害C5級以上に該当する症例とした.MVT-bによる感度・特異度,健常群と視野異常群および進行した視野異常群を分別するCreceiverCoperatingcharacteristiccurves(ROC)曲線を算出し,ROC曲線下面積(areaunderthereceiveroperatingcharacteris-ticcurve:AUC)を検討した(図3,4).2群間の有意差検定には,Mann-WhitneyのCU検定を用い,危険率C5%未満を有意とした.統計学的検討にはCSTATAsoftware(バージョンC18.0,StataCorpLLC)を用いた.本研究は,日本視野画像学会のモビリティと視機能委員会運転と視野研究班による研究として,金沢大学医学倫理審査委員倫理審査委員会の承認を受けて行った(試験番号:714466).ヘルシンキ宣言を遵守し,インフォームド・図1MVT-bの検査点配置検査点は全体でC42点存在し,上下方向は最大C21°,左右方向は最大C34°までの範囲である.中心視野チェックではC28点を刺激し,そのうちC10°円内にはC10点の検査点が含まれる.固視標を画面の四隅に移動して行う周辺視野チェックでは,上方のC2象限でC6点,下方のC2象限でC8点の計C14点を刺激する.表1患者背景健常群視野異常群p値年齢(歳)C69.3±10.1(C50.C86)C68.3±11.2(C44.C89)C0.7487*性別(男性/女性)C26/21C20/31C0.156**右眼視力(logMAR)C.0.09±0.09(.0.18.C0.15)C0.07±0.38(.0.18.C1.9)Cp=0.0001*左眼視力(logMAR)C.0.08±0.10(.0.18.C0.15)C0.12±0.51(.0.11.C1.9)Cp=0.0009**Mann-WhitneyのCU検定**Fisherの正確確率検定logMAR:logarithmicminimumangleofresolution.図2MVT-bの外観タブレット端末は被検者の眼前C25Ccmの距離に設置する.被検者自身が画面をタッチして操作する.視野チェック中は,タブレット端末の正面上方にあるCTimeCofCFlightセンサーが視距離を検出し,視距離を維持することが可能である.表2自動視野計を用いた視覚障害等級(視野障害)自動視野計両眼開放CEstermanテスト視認点数10-2プログラム両眼中心視野視認点数2級20点以下3級70点以下40点以下4級5級100点以下40点以下SensitivitySensitivityAreaunderROCcurve=0.9835図3健常群と視野異常群を分別するreceiveroperatingcharacteristiccurves曲線健常群と視野異常群の判別能については,Youden法に基づく最適な異常点数のカットオフ値はC3点で感度C88.2%,特異度C93.6%(AUC=0.9295%CCI:0.86.0.98),特異度が最大となるのは4点で感度C84.3%,特異度C97.8だった.コンセントを行い,研究に対する同意取得が得られた被検者に対して行った.CII結果視野異常群の原因疾患は全例が緑内障であった.両眼開放CEsterman視野の視認点数は,健常群でC116.9±3.6(108.120),視野異常群でC100.0±18.2(37.120)であり,健常群のほうが有意に多かった(p<0.001).視野異常群C51例のうち,進行した視野異常群(視野障害等級C5級以上該当例)はC39例(76.5%)で,視認点数はC95.5±18.4(37.120)だった.また,視野障害等級非該当例はC12例(23.5%)で,視認点数はC114.8±6.0(103.120)であり,進行した視野異常群(視野障害等級C5級以上該当例)のほうが有意に低かった(p<0.001).なお,健常群と視野障害等級非該当例では視認点数に有意差はみられなかった(p=0.2882).MVT-bの異常点数は,健常群がC0.6±1.2(0.7)点,視野異常群がC14.5±10.6(0.38)点であり,視野異常群のほうAreaunderROCcurve=0.9207AUC:areaunderthereceiveroperatingcharacteristiccurve.図4進行した視野異常群か否かを分別するreceiveroperatingcharacteristiccurves曲線進行した視野異常群の判別能については,Youden法に基づく最適なカットオフ値はC3点で,感度C100%,特異度C84.8%,AUC=0.98(95%CI:0.96.1.00),特異度が最大となる異常点のカットオフ値はC9点で,感度C82.1%,特異度C98.3%だった.が有意に多かった(p<0.001).視野異常群のうち進行した視野異常群の異常点数はC17.8C±9.6(3.38)点,視覚障害等級非該当例ではC3.5±4.2(0.12)点であり,いずれも健常群と有意差がみられた(p<0.001,p=0.0259).MVT-bの検査時間は,健常群がC126.7±37.7(78-249)秒,視野異常群がC212.0±74.3(97-445)秒で,視野異常群の所要時間が有意に長かった(p<0.001).全例が初めてMVT-bを操作したが,検査を理解できなかった例や検査不可例はなかった.MVT-bの異常点数による健常群と視野異常群の判別能は,Youden法に基づく最適なカットオフ値は3点で,感度C88.2%,特異度C93.6%,AUC=0.92(95%信頼区間:0.86.0.98)だった.特異度が最大となる異常点C4点をカットオフ値すると感度はC84.3%,特異度はC97.8%であった.進行した視野異常群の判別能については,Youden法に基づく最適なカットオフ値はC3点で,感度C100%,特異度84.8%,AUC=0.98(95%信頼区間:0.96.1.00)だったが,特異度が最大となる異常点のカットオフ値はC9点で,感度82.1%,特異度C98.3%だった.CIII考按日本ではC2023年(令和C5年)の運転免許統計8)によると,総保有者数C81,862,728人,そのうちC65歳以上がC19,838,119人,80歳以上でもC3,036,530人に上り,多くの高齢者が運転免許を保有している.一方,視覚障害を引き起こす原因疾患の統計によると,近年,高齢化に伴い視覚障害C2級を申請する症例が増加し,とくに原因疾患のなかでは緑内障による症例が増加している9).疫学調査的にも多治見スタディによれば,緑内障は年齢が高くなるほど有病率が上昇し,高齢人口の増加とともに,緑内障に罹患する患者数が増加することが予想される.一方で,同スタディの潜在患者に関する報告では,調査診断時点で全体のC89.5%が無自覚・無症状であり,とくに日本に多い正常眼圧緑内障ではC95.5%が未発見であったとされている10).CJohnson11)らによれば,10,000人の視野スクリーニングの結果,全体のC3.3%に視野異常があり,そのC57.6%はその視野異常を自覚していなかった.さらに,全体のC1.1%に認められた両眼視野異常のある被験者は,年齢・性別をマッチさせた正常視野を有する対照被験者に比べて,交通事故率および交通違反率がC2倍以上高いと報告している.ドライビングシミュレータによる研究では,正常者に人工的に視野狭窄を作成してドライビングシミュレータでの事故発生件数を検討したところ,視野狭窄の程度が強いほど事故率が増加することが確認されている12).運転には,視力,視野,眼球運動などの視機能全般が重要な役割を果たし,視野異常があっても代償機能が効果的な場合は安全運転可能であるとの報告もある13,14).しかし,視野異常を自覚していない運転者において,自己運転制限は期待できない.現時点で,すでにある視野異常に気づいてもらうことや,自身の視機能を認識してもらうことは,安全運転指導や疾患の治療あるいは進行抑制に役立つともいえる.MVT-bによる正常視野群と視野異常群の判別能力は,Youden法を用いたカットオフ値計算において,視野異常群全体と進行した視野異常群の両者で,異常点C3点と区別がつかなかったが,特異度を重視すると,視野異常群ではカットオフはC4点,進行した視野異常群はC9点をカットオフ値とするのがよいと考えられた.しかし,今後は他疾患での検討や視野異常の部位やパターンとの関係について,十分に多数な症例での検討が必要である.そして,このような検出の限界を踏まえても,進行した視野異常群にあたる症例,つまり視覚障害C5級以上の症例について,視野異常を自覚するための非医療機器を用いた簡易視野スクリーニングとしての有用性が確認された.タブレットによるCMVT-bは,自己チェックによる簡易スクリーニングツールとして,進行した視野異常のスクリーニングに特化した「視野異常に気づく」ための一手段である.一方で,運転適性の判断という点からみると,MVT-bは,眼球運動や頭の動き,反応時間や,有効視野などとの関連は把握できない.今回は視野検査の経験がある被検者が多かったが,実際にスクリーニング検査を行う場面では,視野検査の経験がない被検者やタブレット端末の使用経験がない被検者も存在することが予想される.検査中の固視不良の監視評価,学習効果や再現性などの問題も含め今後の課題である.なお,MVT-bによるスクリーニング結果で視野異常を指摘された者には,臨床的な精密検査を眼科医療機関において実施し,その後の対策を立てる必要がある.自動車運転の可否は,症例ごとに医師などによる個別の診断と評価を踏まえ,警察などの安全運転の指導を通じて総合的に判断されるべきものと考える.利益相反:宇田川さち子(該当なし),松本長太(P),薄雄斗(該当なし),青木宏文(該当なし),東出朋巳(F:HeidelbergEngineering),岩瀬愛子(F:HeidelbergCEngineering)文献1)IwaseCA,CSuzukiCY,CAraieCMCetal:CharacteristicsCofundiagnosedCprimaryCopen-angleCglaucoma:TheCTajimiCStudy.OphthalmicEpidemiolC21:39-44,C20142)MannersCS,CMeulenersCLB,CNgCJOCetal:BinocularCvisualC.eldClossCandCcrashrisk:anCeFOVIDCpopulation-basedCstudy.OphthalmicEpidemiolC18:1-8,C20243)警察庁:視野と安全運転の関係に関する調査研究(調査研究報告書平成C25年度),20144)警察庁:「高齢運転者交通事故防止対策に関する提言」の具体化に向けた調査研究に係る視野と安全運転の関係に関する調査研究(調査研究報告書平成C31年C3月).警察庁CWebサイトChttps://www.npa.go.jp/koutsuu/kikaku/koureiunt-en/menkyoseido-bunkakai/vision/vision_report.pdf5)国家公安委員会,警察庁:平成C30年警察白書,p116-170,C20186)松本長太:緑内障と視野視野に魅せられたC37年.あたらしい眼科C38:1051-1063,C20217)CrabbDP,ViswanathanAC,McNaughtAIetal:Simulat-ingbinocularvisual.eldstatusinglaucoma.BrJOphthal-molC82:1236-1241,C19988)警察庁交通局運免許課:令和C5年運転免許統計.警察庁webサイトChttps://www.npa.go.jp/publications/statistics/Ckoutsuu/menkyo.html9)MatobaCR,CMorimotoCN,CKawasakiCRCetal:ACnationwideCsurveyCofCnewlyCcerti.edCvisuallyCimpairedCindividualsCinCJapanCforCtheC.scalCyearC2019:impactCofCtheCrevisionCofCcriteriaCforCvisualCimpairmentCcerti.cation.CJpnCJCOphthal-molC67:346-352,C202310)日本緑内障学会:日本緑内障学会多治見疫学調査報告書(2000-2001年).https://www.ryokunaisho.jp/general/Cekigaku/tajimi.php11)JohnsonCC,CKeltnerJ:IncidenceCofCvisualC.eldClossCinC20,000CeyesCandCitsCrelationshipCtoCdrivingCperformance.CArchOphthalmolC101:371-375,C198312)UdagawaCS,COhkuboCS,CIwaseCACetal:TheCe.ectCofCcon-centricCconstrictionCofCtheCvisualC.eldCtoC10CandC15CdegreesConCsimulatedCmotorCvehicleCaccidents.CPLoSCOneC13:e0193767,C201813)OkamuraCK,CIwaseCA,CMatsumotoCCCetal:AssociationCbetweenCvisualC.eldCimpairmentCandCinvolvementCinCmotorCvehicleCcollisionCamongCaCsampleCofCJapaneseCdriv-ers.TranspResPartFC62:99-114,C201914)CrabbCDP,CAmithCND,CRauscherCFGCetal:ExploringCeyeCmovementsCinCpatientsCwithCglaucomaCwhenCviewingCaCdrivingscene.PLoSOneC5:e9720,C201015)OwsleyCC,CMcGwinCGJr:VisionCandCdriving.CVisionCResC50:2348-2361,C2010***

網膜疾患に対する抗VEGF薬の広域脈絡膜厚への影響

2025年8月31日 日曜日

《原 著》あたらしい眼科 42(8):1064.1069,2025c網膜疾患に対する抗 VEGF薬の広域脈絡膜厚への影響荒木梨沙*1,2 富田洋平*1 伴 紀充*1 國見洋光*1 栗原俊英*1 篠田 肇*1 根岸一乃*1*1慶應義塾大学医学部眼科 *2国家公務員共済組合連合会立川病院CE.ect of Anti-VEGF Therapy on Wide-Field Choroidal Thickness in Retinal Diseases Risa Araki1,2),Yohei Tomita1),Norimitsu Ban1),Hiromitsu Kunimi1),Toshihide Kurihara1),Hajime Shinoda1)andCKazuno Negishi1)1)Keio University Hospital, Department of Ophthalmology, 2)Tachikawa HospitalC背景:抗血管内皮増殖因子療法(anti-VEGF therapy)による中心窩脈絡膜厚の変化に関する報告はあるが,広域脈絡膜厚への影響は明らかではない.今回,筆者らは広角光干渉断層計(OCT)を用いて抗CVEGF薬が広域の網膜・脈絡膜厚へどのような影響を及ぼすかを検討した.直径C5Cmmの円を後極とし,後極を除く直径C18Cmmの円を八つに分割し,注射前と注射C1カ月後で平均網膜・脈絡膜厚を測定して比較した.対象と方法:対象は46例46眼(男性27例,C69.2±13.3歳)で加齢黄斑変性C19例,糖尿病黄斑浮腫C3例,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫C24例であった.結果:注射前後で視力,眼軸長に有意な差は認められなかった.また,注射後にすべての領域で平均網膜厚が有意に減少しており,平均脈絡膜厚は後極以外のすべての領域で有意に減少していた.結論:抗CVEGF薬の注射前後で後極以外の脈絡膜厚は有意に減少し,抗CVEGF薬が影響している可能性が示唆された.CBackground:Changes in central choroidal thickness following anti-vascular endothelial growth factor(VEGF)Ctherapy have been reported, but alterations in wide-.eld(WF)choroidal thickness remain unexplored. Herein, we evaluatedCtheCe.ectCofCanti-VEGFCtherapyConCchoroidalCthicknessCusingCWFCopticalCcoherencetomography(WF-OCT). Subjects and Methods:This study involved 46 eyes of 46 patients(27 males, 19 females;mean age:69.2C±13.3years)(19CeyesCwithCage-relatedCmacularCdegeneration,C3CeyesCwithCdiabeticCmacularCedema,CandC24CeyesCwith macular edema secondary to retinal vein occlusion). Using WF-OCT, we de.ned a 5-mm diameter circle as theCposteriorpole(C0),CandCdividedCtheCsurroundingC18-mmCdiameterCareaCintoCeightCregions.CMeanCchoroidalCthicknessCwasCmeasuredCatCbeforeCandCatC1CmonthCafterCanti-VEGFCinjection,CandCthenCcompared.CResults:PostCinjection,CnoCsigni.cantCchangesCinCvisualacuity(logMAR)andCaxialClengthCwereCobserved,CyetCsigni.cantCreduc-tionCinCmeanCretinalCthicknessCinCallCregionsCandCinCmeanCchoroidalCthicknessCinCallCareasCexceptCtheCC0CwasCobserved.CConclusion:ACsigni.cantCreductionCinCchoroidalCthicknessCwasCobservedCinCallCregionsCexceptCtheCC0,Cthus suggesting that anti-VEGF therapy a.ects choroidal thickness.〔Atarashii Ganka(Journal of the Eye)42(8):1064.1069,C2025〕 Key words:抗血管内皮増殖因子療法,加齢黄斑変性,糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症.anti-VEGFCtherapy,Cage-related macular degeneration, diabetic macular edema, retinal vein occlusion.Cはじめに加齢黄斑変性,糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症などの網膜疾患は,視覚に重大な影響を及ぼす.これらの疾患においては,病的な網膜血管からの漏出による黄斑浮腫が視力低下の主な病因である1).これらの網膜疾患に対して,抗血管内皮増殖因子(anti-vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)療法(anti-VEGF therapy)が有効であることが広く認識されている.抗CVEGF薬は,病的な新生血管を抑制し,血管漏出を減少させることで視力を維持または改善する効果がある2).しかし,抗CVEGF薬の長期的な安全性については,まだ解明されていない部分が多い.脈絡膜は網膜の外側に位置し,網膜外層に酸素や栄養を供給する重要な組織であ〔別刷請求先〕 富田洋平:〒160-0016 東京都新宿区信濃町C35 慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprint requests:Yohei Tomita, M.D., Ph.D., Keio University Hospital, Department of Ophthalmology 35 Shinano-machi, Shinjuku-ku, Tokyo 160-0016, JAPANC1064(130)
る.抗CVEGF薬はおもに網膜の新生血管を標的とするが,脈絡膜にも影響を及ぼす可能性があるとされている3).抗VEGF薬の投与により中心窩脈絡膜厚が減少することは報告されているが,広域的な脈絡膜厚への影響については明らかではない.これまでの研究では,加齢黄斑変性において抗CVEGF薬の頻回投与が地図状萎縮(geographic atrophy:GA)を引き起こすことが示唆されているが,脈絡膜への影響に関するデータは限られている4).脈絡膜の厚みが減少すると,網膜への栄養供給が不足し,網膜の健康状態が悪化する可能性がある.また,脈絡膜厚は年齢や眼軸長などによって変動し,これらの因子が抗CVEGF薬の効果に影響を与える可能性がある5).したがって,抗CVEGF薬の効果と安全性をより深く理解するためには,脈絡膜厚の広域的な変化を詳細に解析することが重要である.本研究の目的は,抗CVEGF薬が広域脈絡膜厚に与える影響を詳細に調査することである.これにより,抗CVEGF薬のより効果的な適用方法と長期的な安全性を評価し,将来的な治療方針の決定に寄与することをめざす.C
I 対象と方法本研究はヘルシンキ宣言に基づき,慶應義塾大学病院眼科で後ろ向き観察研究として実施した.対象は,2019年C1月からC2021年C12月までの間に,抗CVEGF薬(ラニビズマブ,アフリベルセプト,ファリシマブ,ブロシズマブのいずれか)の投与を受けた患者C46名(46眼)であった.性別は男
図 2 en face画像
自動セグメンテーションで網膜と脈絡膜のCen face画像を生成した.性C27名(58.7%),女性C19名(41.3%)であった.患者の平均年齢は全体でC69.2C±13.4歳であった.対象疾患は,加齢黄斑変性(19眼),糖尿病黄斑浮腫(3眼),網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫(24眼)であった.加齢黄斑変性の性別は男性C11名(57.9%),女性C8名(42.1%)で平均年齢はC72.21C±17.93歳であった.網膜静脈閉塞症の性別は男性C15名(62.5%),女性C9名(37.5%)で平均年齢はC66.71C±8.41歳であった.抗CVEGF薬投与前および投与後C1カ月において,視力と眼圧を測定し,広角光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)(Xephilio OCT S-1,キヤノン)を用いてC20C×23Cmmの範囲で光干渉断層血管撮影(OCTCangiog-raphy:OCTA)を行った.解析は,直径C5Cmmの円(C0)とその周囲に位置する直径C18Cmmの円をC8つの領域〔耳側(L1),上耳側(L2),上方(L3),上鼻側(L4),鼻側(L5),下鼻側(L6),下方(L7),下耳側(L8)〕に分割して行った(図 1).自動セグメンテーション技術で網膜と脈絡膜のCenface画像を生成し,各領域の網膜厚,脈絡膜厚をOCTResearch Tool Ver.2.0(キヤノン)で解析した(図 2).解析項目としては,①注射前後の眼軸長および視力(logMAR)の変化,②非注射眼における広域網膜厚の変化,③非注射眼における広域脈絡膜厚の変化,④注射眼における広域網膜厚の変化,⑤注射眼における広域脈絡膜厚の変化の五つを設定した.統計解析には,平均値と標準偏差を用いてデータの分布を確認し,Wilcoxonの符号付き順位検定を用いて有意差を評価した.統計解析ソフトはCSPSSCver29.0(IBM)を使用した.C
II 結   果
平均眼軸長は注射前がC24.97C±1.73mm,注射後がC24.99C±1.72Cmmであり,注射前後で有意な変化は認められなかっmm 
図 3 眼軸長と視力( logMAR)の変化眼軸長はC24.97C±1.73mmからC24.99C±1.72Cmmに,logMARは0.25からC0.21に変化した.どちらにも統計的な有意差は認められなかった(p>0.05).た(p>0.05).logMARは注射前がC0.25,注射後はC0.21であり,統計学的な有意差は認められなかった(p>0.05)(図 3).また,抗CVEGF薬の投与後に,非注射眼の網膜厚はすべての範囲で変化を認めなかった(p>0.05).注射前の平均網膜厚(μm)はCC0C313±34,L1C222±19,L2C225±16,CL3C234±17,L4C258±23,L5C263±25,L6C235±25,L7 219±24,L8C221±23で,注射後C1カ月の平均網膜厚(μm)はCC0C308±42,L1C220±16,L2C225±15,L3C234±17,CL4C260±27,L5C263±24,L6C232±21,L7C215±19,L8 217±18であった.さらに,抗CVEGF薬の投与後に,非注射眼の脈絡膜厚はすべての範囲で変化を認めなかった(p> 0.05).注射前の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C228C±89,L1C208C±64,L2C242±75,L3C216±73,L4C194±79,L5C164±68,L6C133C±43,L7C161C±54,L8C195C±68で,注射後C1カ月の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C221±81,L1C207±60,L2 240±69,L3C213±67,L4C192±73,L5C164±63,L6C133C±40,L7C160C±52,L8C194C±65であった.抗CVEGF薬の投与後に,注射眼の網膜厚はすべての範囲で有意に減少した(p<0.01).注射前の平均網膜厚(μm)はCC0C355±65,L1C238±40,L2C242±53,L3C251±45,L4 265±24,L5C271±27,L6C247±42,L7C234±24,L8C237C±42で,注射後C1カ月の平均網膜厚(μm)はCC0C321±48,CL1C227±21,L2C232±34,L3C243±32,L4C258±27,L5 264±24,L6C239±24,L7C224±26,L8C224±22であった(図 4).抗CVEGF薬の投与後に,注射眼の脈絡膜厚は,C0を除くすべての範囲で有意に減少した(p<0.01).注射前の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C223±70,L1C199±49,L2C233±58,L3C207±61,L4C181±60,L5C149±50,L6C129±38,CL7C159±50,L8C193±59で,注射後C1カ月の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C221±72,L1C194±49,L2C227±59,L3C203±62,L4C175±63,L5C142±49,L6C124±37,L7C152±47,CL8C187±56であった(図 5).加齢黄斑変性と網膜静脈閉塞症は疾患ごとの解析も行った.加齢黄斑変性では網膜厚はCC0のみで有意に減少した.注射前の平均網膜厚(μm)はCC0C314±25,L1C218±12,L2 222±14,L3C231±17,L4C254±23,L5C260±21,L6C231C±13,L7C214±17,L8C217±14で,注射後C1カ月の平均網膜厚(μm)はCC0C290±23,L1C217±12,L2C222±13,L3 230±17,L4C246±35,L5C256±28,L6C228±18,L7C212C±19,L8C215±15であった.脈絡膜厚はCC0,L1以外のすべての領域で有意に減少した.注射前の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C205±75,L1C190±64,L2C217±70,L3C186±65,CL4C167±66,L5C138±51,L6C119±41,L7C147±56,L8 184±75で,注射後C1カ月の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C200C±76,L1C187±65,L2C211±69,L3C179±64,L4C157±69,L5C129±50,L6C113±39,L7C138±51,L8C177±70であった.網膜静脈閉塞症では網膜厚はCC0,L4で有意に減少した.注射前の平均網膜厚(μm)はCC0C376±60,L1C254C±48,L2C258±69,L3C266±56,L4C272±24,L5C279±29,L6C261C±52,L7C251±48,L8C252C±51で,注射後C1カ月の平均網膜厚(μm)はCC0C334±39,L1C234±24,L2C241C±44,L3C253±38,L4C265±17,L5C270±19,L6C247±26,L7C233±28,L8C231±24であった.脈絡膜厚はCL6以外のすべての領域で有意に減少した.注射前の平均脈絡膜厚(μm)はCC0C227±62,L1C201±31,L2C239±44,L3C215±45,L4C185±46,L5C151±46,L6C132±33,L7C163±44,CL8C199±44で,注射後C1カ月の平均脈絡膜厚(μm)はCC0 230±64,L1C197±33,L2C234±47,L3C214±48,L4C182C±49,L5C145±44,L6C128±32,L7C159±41,L8C193±42であった.C

III 考   按
本研究では,抗CVEGF薬注射後で平均眼軸長と視力に変化は認めなかった.また,視力に関しては改善傾向であったが,変化に有意差はなかった.注射眼における網膜厚は全範囲で有意に減少を認めた.さらに,脈絡膜厚は後極のみ変化がなかったが,後極以外の全範囲で有意に減少を認めた.既報では,疾患によらず注射後の中心窩脈絡膜厚は減少すると報告されている.その変化が血管内腔面積の変化によるものなのか,間質面積の変化によるものなのかについては,疾患によって報告が異なっており,見解が一致していない.加齢黄斑変性においては,抗CVEGF薬注射後に血管管腔面積の減少を認めたと報告されている6).網膜静脈閉塞症においては血管管腔面積には変化がなく,間質面積が減少したと報告されている7).糖尿病黄斑浮腫に対しては,汎網膜光凝固術の有無で結果が異なっており,汎網膜光凝固術後の症例では血管管腔面積に変化がなかったが,汎網膜光凝固術前の症例では血管管腔面積が減少したと報告されている8).いずL2 L4L3 600** 600
*** 600 
400 300 400 300

nm nm nm nmnm nm nm nm nm200 
200 200 100 100 0 

0 L2 berore L2 after L3 berore L3 after L1 C0L5**** 
500 800 
400***
**** 400 600 300 300 
L4 berore L4 after 
400 200 200 200 100 100 0 0 0 L1 berore L1 after C0 berore C0 after C0 berore C0 after L8 L8L6*****500 500*** 500 400 400 
400

300 300 300 200 
200 200 100 100 100 0 0 0 L8 berore L8 after L7 berore L7 after L6 berore L6 after

図 4 注射眼における網膜厚の変化注射眼における平均網膜厚はすべての範囲で有意に減少を認めた(p<0.01).れの報告も中心窩脈絡膜厚にとどまっており,広域脈絡膜厚における脈絡膜厚の変化についての報告はほとんど存在しない.一般的に,脈絡膜厚は中央よりも周辺,上方よりも下方,耳側よりも鼻側で薄いことがわかっている.周辺部よりも後極が厚いのは,短後毛様体動脈が後極に流れ込んでいるからと考えられている5).脈絡膜のCHaller層には渦静脈がC4本存在しているが,その還流量は耳上側-耳下側-鼻上側-鼻下側の順で多いことが示唆されており,渦静脈の還流量によって脈絡膜厚に違いが出る可能性が指摘されている9).今回の研究では,注射眼において広域脈絡膜厚は後極を除く全範囲で減少したが,血流量の違いや組織学的構造の違いなどから,厚みの変化のしやすさは領域によって異なっていると予想される.脈絡膜厚に影響を与える因子についてはいくつかの報告がなされている.年齢と脈絡膜厚には負の相関があることがわかっており,これは加齢に伴って全身の血管抵抗が増加することで脈絡膜血流も減少し,厚みが減少すると考えられている5).また,眼軸長と脈絡膜厚に関しても負の相関があることがわかっている.とくに鼻下側は発生段階で眼杯が最後にL2L3 L4** 400 400*** 400 300 300 300

nm nm nm nm nm nm nm nm nm 200 200 200 100 100 100 0 0 0 L1C0 L5** ns 400 400 400 L2 berore L2 after L3 berore L3 after L4 berore L4 after 300 
300 
300 100 100 100 0 0 0 L1 berore L1 after C0 berore C0 after L5 berore L5 after

L8L7 L6 500 400 300****200 200 200

400 
300 200 300 200 200 100 100

100 0 0 0 
L6 berore L6 after
図 5 注射眼における脈絡膜厚の変化注射眼における平均脈絡膜厚はCC0を除くすべての範囲で有意に減少した(p<0.01).L8 berore L8 after L7 berore L7 after 閉じる部位であるため,組織が脆弱であり,眼軸の伸長とともに菲薄化しやすいと考えられている10).今後は,年齢や眼軸長などの脈絡膜厚に影響を与えうる因子別に解析を行う必要がある.今回,筆者らの研究では,後極の脈絡膜厚は変化しなかったが,後極以外のすべての範囲で脈絡膜厚が減少した.これは既報からは矛盾するように思われる結果であった.後極のみ厚みが変化しなかった理由として,脈絡毛細血管板の血流が関係していることが予想される.動物実験では,カニクイザルに対して抗CVEGF薬を硝子体内に投与すると,脈絡毛細血管板の厚みが減少することが報告されている11).また,加齢黄斑変性の患者に対して長期的に抗CVEGF薬を投与すると,脈絡毛細血管板の血管密度が減少することがわかっている12).しかし,注射後C1カ月では黄斑部の脈絡毛細血管板の血流は再開するとも報告されている13).これら既報を鑑みると,注射の直後は脈絡膜全域で脈絡毛細血管板が閉塞することによって静脈の循環血流が減少し,脈絡膜厚も減少したと考えられる.しかし,注射後C1カ月の時点での後極では脈絡毛細血管板の血流が回復したため,後極部のみで脈絡膜厚が回復し,差が生じなかった可能性が考えられる.また,周辺部脈絡膜厚は後極よりも薄いことや,今回筆者らが設定した解析範囲の面積が周辺部と後極で異なることによって測定誤差が生じた可能性も考えられる.疾患ごとの解析結果が全体の解析結果と異なっていた理由としては,疾患ごとに解析すると母数が少なかったことがあげられる.とくに脈絡膜厚は個人差が大きく,母数が少なかったため,変化を捉えにくかったと考えられる.また,網膜静脈閉塞症に関しては,今回は網膜中心静脈閉塞症と網膜静脈分枝閉塞症が混在していた.これらは血管の閉塞領域が異なるため,注射前後の厚みの変化も異なっていたことが予想される.今後は疾患ごとに母数を増やして解析する必要があると考えられる.今回の研究で,後極部と後極部以外では抗CVEGF薬が与える変化に違いがあることがわかった.今後の研究では,抗VEGF薬が脈絡膜の血流や組織構造にどのような影響を与えるのか,また,疾患,薬剤,年齢,眼軸長ごとの変化など,さらに詳細に解析し,長期的に評価することも重要である.今後は,多施設共同研究や前向きコホート研究を行い,より信頼性の高いデータを収集することが求められる.利益相反・荒木梨沙 なし・富田洋平 カテゴリーF:ロート製薬;カテゴリーP:あり・伴 紀充 カテゴリーCF:ロート製薬,坪田ラボ;カテゴ
リーP:あり・國見洋光 なし
・栗原俊英 カテゴリーCF:ロート製薬,シード,興和,坪田ラボ,レストアビジョン;カテゴリーCI:坪田ラボ,レストアビジョン;カテゴリーP:あり
・篠田 肇 なし
・根岸一乃 カテゴリーCF:ジンズホールディングス,エイエムオージャパン,セルージョン,レストアビジョン,参天製薬;カテゴリーP:あり

文   献1)PaulusCYM,CSodhiA:Anti-angiogenicCTherapyCforCReti-nal Disease. Handb Exp PharmacolC242:271-307,C2017
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プリザーフロマイクロシャント挿入術単独とEXPRESS濾過手術単独の有効性と安全性

2025年8月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科42(8):1058.1063,2025cプリザーフロマイクロシャント挿入術単独とEXPRESS濾過手術単独の有効性と安全性永井浩平*1新田耕治*1立花学*2*1福井県済生会病院眼科*2国立病院機構金沢医療センター眼科CSafetyandE.cacyofPreserFloMicroShuntandEX-PRESSGlaucomaDrainageDeviceStandaloneImplantationfortheTreatmentofGlaucomaKoheiNagai1),KojiNitta1),GakuTachibana2)1)DepartmentofOphthalmology,Fukui-kenSaiseikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,NHOKanazawaMedeicalCenterC目的:プリザーフロマイクロシャント挿入術(以下,PM)とCEXPRESS濾過手術(以下,EX)の有効性と安全性を比較検討した.方法:福井県済生会病院通院中の眼圧コントロール不良の緑内障患者のうちCPM単独手術を施行したC17例C20眼,EX単独手術を施行したC32例C32眼を対象に眼圧,眼圧下降率,点眼スコア,合併症について検討した.結果:術後眼圧は術前と比較し両群とも観察期間すべてで有意に低下していた.両群を比較すると術後眼圧は術翌日,1週はCPM群が有意に低値,3カ月,6カ月ではCEX群で有意に低値であった.合併症のうち低眼圧は有意差がみられなかったもののCPM群で多く(4眼,20%,p=0.408),遷延例には粘弾性物質で前房形成を施行した.結論:両群ともに術後有意な眼圧下降が得られ,術後眼圧は早期ではCPMが,3カ月以降ではCEXが有意に低値であった.PM術後は低眼圧に注意する必要がある.CPurpose:Tocomparethesafetyande.cacyofPreserFloMicroShunt(PM)(Santen)andEX-PRESSGlauco-maCDrainageDevice(EX)(Alcon)standaloneCimplantationCforCtheCtreatmentCofCglaucoma.CMethods:ThisCstudyCinvolvedC20CeyesCofC17CpatientsCwhoCunderwentCPMCimplantationCandC32CeyesCofC32CpatientsCwhoCunderwentCEXCimplantation.Inalltreatedeyes,intraocularpressure(IOP),IOPreductionrates,eye-dropusagescores,andcom-plicationsCwereCevaluatedCpostCsurgery.CResults:PostCsurgery,Csigni.cantCIOPCreductionCwasCobservedCinCbothCgroupscomparedtothepreoperativelevels;i.e.,itwassigni.cantlylowerat1-dayand1-weekpostoperativeinthePMgroupandat3-and6-monthspostoperativeintheEXgroup,andeye-dropscoressigni.cantlydecreasedinbothgroups.HypotonyoccurredmorefrequentlyinthePMgroup,althoughtherewasnosigni.cantdi.erencebetweenthegroups.Anteriorchamberreformationwase.ectiveinthehypotonycases.Conclusion:Bothproce-duresshowedgoodshort-termoutcomes,yetPMrequirescarefulfollow-upduetotheriskofhypotony.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)42(8):1058.1063,C2025〕Keywords:プリザーフロマイクロシャント,エクスプレス.PreserFloMicroShunt,ExPRESS.はじめにEXPRESS濾過手術(以下,EX)とプリザーフロマイクロシャント挿入術(以下,PM)はともにデバイスを用いた濾過手術である.EXはステンレス製のチューブを強膜弁下に前房内へ挿入し,眼圧下降をはかる濾過手術の一法である.強角膜切除や虹彩切除を必要とせず,線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)と比べて術後の視力の回復が早く,低眼圧に伴う有害事象の発生率が低いと報告3)されている.PMはC2022年に国内で承認された新しいデバイスを用いた濾過手術である.中腹にフィンがついたチューブを結膜下から前房内に挿入することで人工的に房水流出路を作製し眼圧を下降させる4,5).理論上は低眼圧になりにくいように設計されており6),術後の眼圧調整が不要というメリットがあ〔別刷請求先〕永井浩平:〒918-8503福井市和田中町舟橋C7-1福井県済生会病院眼科Reprintrequests:KoheiNagai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,Fukui-kenSaiseikaiHospital.Funabashi7-1,Wadanakamachi,Fukui-shi918-8503,JAPANC1058(124)る.強膜弁を作製しないという点でCEXよりもさらに低侵襲な術式といえる.眼圧下降効果については海外の報告7)によるとCTLEと比較して劣るとされているが,濾過手術であることから流出路再建術よりも優れた眼圧下降効果が期待される.EXとCPMはともにデバイスを用いた濾過手術という点で共通はしているが,両者の術後成績や安全性について比較した報告は筆者らの知る限りない.今回,福井県済生会病院(以下,当院)で行ったCEXとCPMの眼圧下降効果と安全性について後ろ向きに比較検討を行ったため報告する.CI対象および方法2022年2月1日.2023年9月30日に当院眼科を受診した眼圧コントロール不良な緑内障患者のうち,初回緑内障手術としてCPM単独手術またはCEX単独手術を施行し,半年以上経過観察できたC49例C52眼を対象に後ろ向きに検討した.術式選択には明確な基準がなかったが,患者背景,緑内障病期,目標眼圧などを総合的に考慮したうえで決定した.評価項目は術前,術翌日,1週,1カ月,2カ月,3カ月,6カ月の眼圧および眼圧下降率,術前および術後C6カ月の点眼スコア,術後有害事象とした.有害事象については低眼圧を眼圧C5CmmHg以下,浅前房を前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で前房深度C2.0Cmm以下と定義した.点眼スコアは緑内障治療点眼の単剤をC1点,配合剤をC2点,炭酸脱水酵素阻害薬内服をC2点とした.手術はすべて同一術者が行った.手術方法はCPMではC2%リドカイン塩酸塩水和物(キシロカイン注ポリアンプ2%)でCTenon.下麻酔後,円蓋部基底結膜切開を行い,円蓋部までCTenon.を.離した.0.04%マイトマイシンCCをC90秒間塗布し,100Cmlの灌流液で洗浄した.プリザーフロマイクロシャントを外科的輪部外側から3Cmmでダブルステップナイフを使用して強膜浅層および前房内まで穿刺し,隅角鏡で線維柱帯を貫通していることを確認した.位置不良であれば違う場所から挿入し直した.位置に問題なければプリザーフロマイクロシャント遠位端からの房水流出を確認し,円蓋部へ後退したCTenon.を前転,Tenon.を結膜の裏打ちとしてC2重にしてC10-0ナイロン糸の丸針で閉創した.最後にデキサート結膜下注射を行った.EXはCPMと同様にC2%リドカイン塩酸塩水和物(キシロカイン注ポリアンプ2%)でCTenon.下麻酔後,円蓋部基底結膜切開を行い円蓋部までCTenon.を.離した.3C×3Cmmの強膜弁を作製後,0.04%マイトマイシンCCをC90秒間塗布し,100Cmlの灌流液で洗浄した.25CGポートナイフで強膜弁下の外科的輪部から虹彩に平行にエクスプレスを前房内に穿刺し,強膜弁下に固定した.強膜弁はC10-0ナイロン丸針で房水流出量をコントロールしながら通常C5糸でウォータータイトに結紮した.その後,円蓋部へ後退したCTenon.を前転し,Tenon.を結膜の裏打ちとしてC2重にしてC10-0ナイロン丸針で閉創した.最後にデキサート結膜下注射を行った.術後は術前に使用していたすべての緑内障点眼を中止し,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム・フラジオマイシン硫酸塩液(点眼・点鼻用リンデロンCA液),1.5%レボフロキサシン点眼液(レボフロキサシン点眼液C1.5%「日点」)をC1カ月使用した.EXでは術後眼圧や濾過胞の状態をみて術者の判断でレーザー切糸(laserCsuturelysis:LSL)を行い,眼圧をC10前後に調整した.その後の経過観察中に眼圧上昇がみられた際は目標眼圧に応じてCLSLの追加,緑内障点眼再開,自己マッサージ指導を適宜行った.濾過胞の限局化がみられた場合はニードリングではなく開創して濾過胞再建術を施行した.統計学的な処理については,2群間の連続変数の比較にはマンホイットニーCU検定を,各群の眼圧推移にはCWilcoxonの符号順位検定を使用した.眼数の比較にはCXC2検定およびFisherの正確確率検定を使用した.本研究は当院の臨床研究審査委員会の承認を得たうえで実施した.書面によるインフォームドコンセントの代わりにオプトアウト方式を用いた.CII結果対象となったC49例C52眼の内訳は,PM群がC17例C20眼,EX群がC32例32眼であった.PM群の平均年齢はC72.3C±11.0歳,男性C9例であった.EX群は平均年齢C66.8C±12.2歳,男性C16例であった.患者背景は記載のすべての項目で統計学的な有意差を認めなかった(表1).術前眼圧〔中央値(範囲,四分位数)〕はCPM群ではC17(13.36,15.19)mmHg,EX群ではC18(7.41,15.24)mmHgであり,両群に有意差を認めなかった(p=0.515).術前点眼スコアにも有意差を認めなかった(p=0.100).術翌日,1週,1カ月,2カ月,3カ月,6カ月の術後眼圧〔中央値(範囲,四分位範囲)〕および眼圧下降率〔中央値(範囲,四分位範囲)〕はCPM群で,8(3.20,6.8)mmHg,57.1(28.6.81.3,50.0.66.7)%,8(3.12,6.9)mmHg,57.1(36.8.82.4,50.0.70.8)%,11(5.5.30,9.5.13)mmHg,38.5(7.1.66.7,20.0.47.1)%,12(8.30,10.13)mmHg,27.8(.6.7.62.5,15.4.47.1)%,12(8.21,10.13)mmHg,33.3(.10.5.58.3,15.4.50.0)%,13(7.39,11.13)mmHg,18.8(.10.5.63.2,7.7.42.1)%であった.EX群ではC16(8.40,11.19)mmHg,11.1(-37.9.63.0,-14.29.38.89)%,10(4.31,7.12)mmHg,50.0(.42.9.84.0,21.4.61.1)%,10(5.27,8表1患者背景PM群(C17例20眼)EX群(C32例32眼)p値年齢C72.5±11.5歳C66.8±12.2C0.128*1男性9例(5C2.9%)16例(C50.0%)C0.845*2右眼9眼(4C5.0%)17眼(C53.1%)C0.100*2点眼スコア3(0C-7,1C-4)4(0C-5,3C-4)C0.100*3眼内レンズ眼16眼(C80.0%)17眼(C53.1%)C0.115*2CHFA30.2MDC.15.72(C.21.4.C.12.80)CdBC.19.60(C.21.92.C.9.91)CdBC0.912*3病型C0.701*2原発開放隅角緑内障13眼(C65.0%)19眼(C59.4%)落屑緑内障7眼(3C5.0%)12眼(C37.5%)ステロイド緑内障0眼(0%)1眼(3C.1%)HFA:HumphreyCFieldAnalyzer,MD:meandeviation,*1:対応のないCt検定,*2:XC2検定,*3:Mann-WhitneyのCU検定..12)mmHg,46.7(.50.0.75.6,37.5.52.0)%,10(5.24,8.14)mmHg,45.8(0.73.2,33.3.53.8)%,10(6.24,8.12)mmHg,44.4(0.73.2,29.4.54.2)%,11(6.18,8.13),40.9(-14.3.75.9,29.4.59.3)%であった(図1).いずれの術式も術後すべての時点で有意な眼圧下降がみられた(Wilcoxon符号順位検定,p<0.05).両群を比較すると術後眼圧は術翌日,1週間ではCPM群で有意に低値であったが(p<0.01,p=0.02),3カ月,6カ月ではCEX群で有意に低値であった(p=0.02,p=0.03).眼圧下降率は術翌日でCPM群が有意に高率(p>0.01),6カ月でCEX群が有意に高率であった(p=0.03).術後C6カ月の点眼スコア〔中央値(範囲,四分位範囲)〕はCPM群C0(0.2,0.0),EX群0(0.3,0.0)と両群ともに術後有意な低下が得られ(p<0.05),両群間には有意差はみられなかった(p=0.852).術後有害事象はCPM群では低眼圧C4眼(20%),浅前房C4眼(20%),脈絡膜.離C3眼(15%),前房出血C5眼(25%),チューブ位置不良C1眼(5%),チューブ閉塞C1眼(5%)であった.EX群では低眼圧C3眼(9%),浅前房C1眼(3%),脈絡膜.離C5眼(16%),前房出血C1眼(3%),Seidel陽性C6眼(19%)であった.前房出血はCEX群で有意に少なく(p=0.026),Seidel陽性はCPM群で有意に少なかった(p=0.04)(表2).術後早期に介入を要したのはCPM群では粘弾性物質(ophthalmicviscosurgicaldevice:OVD)による前房形成を行ったものがC1眼,プリザーフロ留置位置が角膜に近く術後に位置修正を行ったものがC1眼,プリザーフロに虹彩が嵌頓したためCNd:YAGレーザーによる閉塞解除を行ったものがC1眼であった.EX群ではCLSL後に低眼圧が遷延したため経結膜的強膜弁縫合を行ったものがC4眼,経結膜的強膜弁縫合後も低眼圧が遷延したため開創して強膜弁の直接縫合を行ったものがC2眼であった.PM術後,過剰濾過により低眼圧・浅前房となった症例のうちC2症例を前眼部COCTの経過(図2,3)とともに提示する.症例1:術翌日の眼圧はC5CmmHgと低く,術後C8日目に浅前房,脈絡膜.離も出現した.しかし術後C11日目,浅前房の進行はなく経過観察としたところ,術後C1カ月で眼圧は9CmmHgに安定し,前房深度,脈絡膜.離は改善した.症例2:術翌日の眼圧はC5CmmHgと低眼圧であり,術後C2日目に浅前房化した.術後C3日目に浅前房がさらに進行したため,低眼圧遷延と判断し,前房内にCOVDを注入した.OVD注入の翌日に眼圧はC21CmmHgに上昇し,浅前房と脈絡膜.離は改善した.OVD注入から約C1カ月後,眼圧はC8mmHgと安定した.CIII考察まず,今回の代表的な結果を要約し,それぞれに対して考察する.PMの術後眼圧は既報7)と同様に早期にはやや低めに推移し,1カ月程度で安定していた.EXでは強膜弁をウォータータイトに縫合しており,翌日の眼圧は高めであったが,術後C1週間程度で眼圧C10CmmHg程度に調整され,その後安定していた.両群ともに術後C6カ月の眼圧は術前と比較して有意に低下し,点眼スコアも有意な低下が得られていた.術後眼圧は両群を比較すると術後早期はCPM群が有意に低値で,3カ月以降ではCEX群が有意に低値であった.PMとCTLEを比較した研究では,術後C6カ月でCTLEが眼圧および眼圧下降率において優れていたと報告7)されており,EXとCTLEの術後成績が同等であるという既報8,9)を考慮すると,本研究で得られた結果は妥当であるといえる.眼圧下降率(%)眼圧(mmHg)a454035302520151050PM単独EX単独術前術翌日術後1週術後1カ月術後2カ月術後3カ月術後6カ月100806040200-20-40-60b術翌日術後1週術後1カ月術後2カ月術後3カ月術後6カ月図1PM単独群,EX単独群の眼圧(a)および眼圧下降率(b)の推移.表2術後有害事象PM群(2C0眼)EX群(3C2眼)p値低眼圧4眼(20%)3眼(9%)C0.408*1浅前房4眼(20%)1眼(3%)C0.066*1脈絡膜.離3眼(15%)5眼(16%)C0.100*1前房出血5眼(25%)1眼(3%)C0.026*1Seidel陽性C06眼(19%)C0.040*1チューブ位置不良1眼(5%)C0C0.385*1チューブ閉塞1眼(5%)C0C0.385*1*1:Fisherの正確確率検定.術後8日術後11日術後17日術後30日図2症例1の前眼部OCTの推移術後に浅前房化したが進行はなく,経過観察したところ前房深度は徐々に深化した.術後1日術後2日術後3日術後30日図3症例2の前眼部OCTの推移術後に浅前房が進行し,OVDによる前房形成を施行したところ,術後C30日に前房は深化した.安全性に関しては,低眼圧に注目すると本研究では有意差はみられなかったが,PM群で多い結果であった.低眼圧の発生率は,初期の報告7)ではCPMがCTLEよりも有意に低率であった(PM26.3%vsTLE48.1%)とされているが,PMとCTLEを比較したシステマティックレビューC&メタアナリシスでは有意差なしとも報告10)されており,PMが安全面において優れるかどうかについては一定の見解は得られていない.低眼圧の原因としては,プリザーフロ刺入部のフィンからの房水漏出による一時的な過剰濾過が考えられている11,12).低眼圧への対応として定まったものはないが,報告されているものとしては経過観察,アトロピン点眼,前房形成,10-0ナイロン糸のチューブ内腔留置,チューブ抜去がある11.13).当院ではCPM術後に低眼圧となった症例に対してはCOVDを用いて前房形成を行った.低眼圧への対応として,EXでは経結膜的強膜弁縫合や開創しての強膜弁の直接縫合が可能である一方でCPMでは不可能であるため,外来でも簡便に行えるCOVDの注入が有用であると考える.また,浅前房が遷延すると前房が消失してCPMが虹彩と癒着し濾過効果が失われることがあるため,過剰濾過時の管理には注意を要する.本研究デザインには以下の限界がある.まず,患者の選択バイアスである.本研究は術式選択の時点で,目標眼圧がより低い症例で眼圧調整が可能なCEXが選択される傾向にあった可能性がある.これは,EX群で術後早期に眼圧上昇が起こった場合には,LSLや自己マッサージなどの眼圧下降処置や緑内障点眼再開が積極的に行われることを意味し,術後眼圧に有意差が生じる原因となりうる.二つ目は,緑内障病型を開放隅角緑内障に限定しなかったことである.このような研究デザインとした理由としては,実臨床の中で両術式を比較したいという思いがあったこと,対象から水晶体再建同時手術を除外したことにより症例数が想定を下回ったことがあげられるが,緑内障病型によっては術後成績が異なる可能性があり,本研究結果に影響したと考えられる.最後に,ラーニングカーブの問題がある.本研究の時点ではCPMは導入初期の段階であった.このため,手術手技および術後管理に習熟しているCEXと習熟していないCPMの間で術後成績および合併症の発生率に差が生じた可能性がある.結論として,両術式とも短期的には良好な眼圧下降が得られており,両群を比較すると術後早期はCPM,3カ月以降ではEXの眼圧が有意に低値であった.安全面においては術式間での有意差はみられなかったが,PM群では術直後に過剰濾過による低眼圧となる症例が高率にみられた.低眼圧が遷延した症例に対してはCOVDを用いた前房形成が有用であった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)QinCQ,CZhangCC,CYuCNCetal:DevelopmentCandCmaterialCcharacteristicsCofCglaucomaCsurgicalCimplants.CAdvCOph-thalmolPractResC3:171-179,C20232)FujitaA,HashimotoY,MatsuiHetal:Recenttrendsinglaucomasurgery:anationwidedatabasestudyinJapan,2011-2019.CJpnJOphthalmolC66:183-192,C20223)Beltran-AgulloCL,CTropeCGE,CJinCYCetal:ComparisonCofCvisualCrecoveryCfollowingCex-pressCversusCtrabeculecto-my:resultsCofCaCprospectiveCrandomizedCcontrolledCtrial.CJGlaucomaC24:181-186,C20154)Burgos-BlascoCB,CGarcia-FeijooCJ,CPerucho-GonzalezCLCetal:EvaluationCofCaCnovelCAbCExternoCmicroshuntCforCtheCtreatmentofglaucoma.AdvTherC39:3916-3932,C20225)SadruddinCO,CPinchukCL,CAngelesCRCetal:AbCexternoCimplantationoftheMicroShunt,apoly(styrene-block-iso-butylene-block-styrene)surgicaldeviceforthetreatmentofprimaryCopen-angleCglaucoma:aCreview.CEyeCVis(Lond)6:36,C20196)GambiniCG,CCarlaCMM,CGiannuzziCFCetal:PreserFloCRMicroShunt:anCoverviewCofCthisCminimallyCinvasiveCdeviceCforCopen-angleCglaucoma.Vision(Basel)C6:12,20227)PanarelliCJF,CMosterCMR,CGarcia-FeijooCJCetal:Ab-ExternoCMicroShuntCversusCTrabeculectomyCinCprimaryCopen-angleCglaucoma:two-yearCresultsCfromCaCrandom-ized,CmulticenterCstudy.COphthalmologyC131:266-276,C20248)輪島良太郎,新田耕治,杉山和久ほか:EX-PRESS併用と非併用濾過手術の術後成績.あたらしい眼科C32:1477-1481,C20159)Kha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