‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

近視性内斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1695?1699,2016近視性内斜視EsotropiaAssociatedwithMyopia林思音*はじめに近視に伴う内斜視でまず思い浮かべる疾患は,固定内斜視であろう.病的近視眼に発症し強い眼球運動制限を伴う内斜視であり,最近では強度近視性内斜視ともよばれている.非常に難治な斜視であったが,横山ら1)が病態と術式を明らかにして以来,多くの症例が手術により良好な眼位と眼球運動の改善を得られるようになった.また,治療可能な斜視であるとの認知が高まったことで,これまで手術適応がないと諦めていた患者が斜視外来を受診したり,近医から紹介される機会が多くなったように思われる.しかしながら,その中には強度近視ほど眼軸の延長がなくても内斜視を発症している症例もしばしば見受けられる.近視眼が内斜視を発症するメカニズムにはどのようなものがあるのか?本稿ではこうした病態についても紹介する.I強度近視性内斜視強度近視性内斜視とは,病的近視眼に発症する外転制限と上転制限を伴う高度な内斜視である.重症例では,症例1(図1)のように眼球が内下転位となったまま動かなくなる,いわゆる固定内斜視の状態となる.一般に眼軸長は27mm以上,多くは30mmを超える.眼位は50Δを超える高度内斜視のことが多い.その病態は,眼軸が延長した眼球が外直筋と上直筋の間から筋円錐外に脱臼して生じる.外直筋と上直筋の間は,他の外眼筋がなく筋間膜のみで眼球が覆われているため,もっとも脱臼しやすい部位である.脱臼の確認と程度の評価にはMRI画像を用いる.MRI冠状断像にて上直筋が鼻側へ外直筋が下方へ偏位している.また,MRI水平断では,外直筋が下方偏位しているため,外直筋と内直筋が同一スライス内に存在しない.脱臼の程度評価は,眼球,上直筋,外直筋の断面の中心から補助線を引き,2本の直線のなす角(脱臼角)を測定する(図2).Yamaguchiら2)は,本症例の脱臼角は平均179.9°であり,正常眼が平均105.2°であったのに対して大角度であったと報告している.さらに脱臼角は外転障害と上転障害が強いほど大きくなるとも報告しており,疾患の重症度をあらわしている.治療は,外直筋と上直筋の筋腹を縫着し,脱臼した眼球を整復する横山法を行う2)(図3).手術により解剖学的異常が改善するため,眼位だけでなく眼球運動制限の改善も期待できる.手術は,外直筋の付着部から15mm後方の筋腹に5-0ポリエステル糸を2回通糸縫合する.同様に,上直筋付着部から15mm後方筋腹に5-0ポリエステル糸を通糸縫合する.この際,筋の付着部から約10mm後方筋腹に4-0シルクの牽引糸をかけ牽引糸をたぐり寄せると,15mmの位置に確実に通糸することができる.また,外直筋操作時は下斜筋のまき込みに,上直筋操作時は上斜筋のまき込みに十分注意する.最後に眼球を整復させながら外直筋に縫合したポリエステル糸を上直筋に通糸結紮,上直筋に縫合した糸を外直筋に通糸結紮する.このとき,筋間に隙間を作らないよう注意する.内直筋後転術を併用するかどうかについては,過矯正になる恐れがあるため行わないという意見と,逆に併用なしでは低矯正になるという意見に別れる.筆者らは眼球整復後に術中forcedductiontest(用語解説参照)で内直筋の拘縮の有無を確認し,拘縮が認められた場合は内直筋後転を追加している.眼球偏位が両眼に認められる症例は,両眼同時手術を行う.同時に行わないと,術後上下斜視が顕著となってしまう.患者が両眼同時手術をためらう場合は,追加手術が必要になる可能性をあらかじめ説明しておくとよい.斜視角が50Δ以内の軽症例でも,眼球運動制限および外直筋と上直筋の偏位を認める症例には横山法がよい適応となる.内直筋後転では斜視の改善が見込めない可能性がある.症例2(図4)は術前眼位が45Δ内斜視と軽度であったが,左眼に外転制限を認め,MRI冠状断では脱臼角は149°であった.術中に見た外直筋は下方へ上直筋は鼻側へ偏位しており,横山法の適応であることが明らかであった.術後眼位は3Δ内斜視と良好な眼位を得ることができた.II眼窩窮屈病眼窩窮屈病とは,中等度から高度の近視症例で内斜視を呈する疾患である.その特徴は神経学的検査,血液検査では他の疾患を認めないにもかかわらず,遠方視で内斜視を示す開散不全型を呈することである.強度近視性内斜視に比べると斜視角は軽度,画像診断上は強度近視性内斜視のような上直筋の鼻側偏位と外直筋の下方偏位を認めるが軽度であり,眼球運動においても外転・上転制限をほとんど認めない.進行はゆっくりで,数年から10数年単位で進む.発症の原因として,Kohmotoら3)は眼軸長と眼窩長の不均衡を指摘している.複視のある近視群と複視のない近視群とを比べた場合,眼軸長は同等だったのに対して,眼窩長は複視のある群で41.0~48.9(平均44.6)mm,複視のない群で平均49.9mmと複視のある近視群で有意に眼窩長が短かったと報告している.強度近視では成人してからも眼軸長が延長するが眼窩容積は変わらないため,もともと眼窩容積が小さい場合は眼球偏位をきたすと考えられる.さらにKohmotoらは,脱臼角について上直筋の鼻側偏位と外直筋の下方偏位を認めるが,その偏位は100~140°(平均112.9°)と強度近視性内斜視に比べ軽度であったと報告している.また,眼軸長は24.8~31.0mm(平均27.6mm),斜視角は近見2~20Δ,遠見8~30Δ,近見遠見の差は6~22Δであり,前述の強度近視性内斜視に比べ,眼軸はそれほど高度な延長はしておらず,眼位は軽度~中等度であったとしている.こうしたことから,眼窩窮屈病は強度近視性内斜視の初期もしくは軽症例をみている可能性も考えられる.治療法は,眼位が小さければプリズム眼鏡の処方をまず検討する.ゆっくり進行していることが多いため融像域が比較的大きく,低矯正眼鏡でも症状が軽減することが期待できる.さらに,一度作製した後も頻繁に度数変更を要することは少ない.症例3(図5)は,近見眼位20Δ,遠見眼位30Δであったが,近視矯正レンズに両眼5Δ基底外方プリズムを加えて眼鏡を処方したところ,内斜位になり複視は消失した.プリズム眼鏡で対応がむずかしい角度の場合,斜視手術が行われる.術式は,内直筋後転術を片眼または両眼で行う.前述したように,強度近視性内斜視との関連も考えられるため,外直筋を使用することはなるべく避けたい.III強度近視に合併する内斜視とその鑑別方法強度近視眼に合併する後天性内斜視がすべて強度近視によるとは限らない.Tanら4)は強度近視に合併したsaggingeyesyndromeについて報告している.Saggingeyesyndromeも近視性内斜視と同様,後天性に内斜視を発症するが,その原因は外直筋プリーの菲薄化や断裂による外直筋の下方偏位であり,強度近視性内斜視のような眼球の脱臼は認められない.強度近視性内斜視の治療は横山法が必要であるが,saggingeyesyndromeでは通常の内直筋後転術で対応可能であり,一見同じ斜視にみえても治療方針が異なってくる.また,強度近視眼に外転神経麻痺を合併した内斜視の場合,外転制限が解剖学的異常によるものか,神経学的異常によるものかの鑑別が必要となる.鑑別の方法として,眼窩部MRI画像が重要となってくる.眼窩部MRI画像にて眼球と外眼筋の位置関係,眼軸長と眼窩長の関係,プリー異常の有無を確認することで,病態が推測できる.また,外来でのforcedductiontestも有用である.麻痺性斜視では患者が自分で動かせる可動域以上に他動的に眼球が回転するが,強度近視性内斜視では外眼筋の抵抗がある.Forcedductiontestに替わる方法として,眼球運動時の眼圧測定も有用である.患者に外転努力させたときの眼圧と内転努力をさせたときの眼圧を測定し,その眼圧差をみる方法であるが,筆者らは強度近視性内斜視眼では外転努力時眼圧と内転努力時眼圧の差が平均8.5mmHgであり,外転神経麻痺眼や正常眼に比べて高いことを報告した.眼圧計はiCare眼圧計を使用しているが,非侵襲的にかつ簡便に測定できるため行いやすい.おわりに強度近視性内斜視も眼窩窮屈病も,眼軸が長くなったために生じる眼窩内の解剖学的異常が原因で発症していると考えられ,両者の特徴を併せもった症例が存在する.そのもっとも重症な形が固定内斜視と考えられる(図6).しかしながら,その長期予後や病態の関連性,手術適応など明確になっていない点は多い.また,強度近視眼においても他の後天性斜視が合併し病態が複雑化している場合も考えられるため,十分な鑑別診断を行う必要がある.日本人は欧米人に比べて近視の頻度が高く,かつ,近文献1)YokoyamaT,TabuchiH,AtakaSetal:Themechanismofdevelopmentinprogressiveesotropiawithhighmyopia.Transactionsofthe26thmeeting.EuropeanStrabismologicalAssociation(deFaberJT,editor),p218-221,Swets&Zeitlinger,Barcelona,20002)YamaguchiM,YokoyamaT,ShirakiK:Surgicalprocedureforcorrectingglobedislocationinhighlymyopicstrabismus.AmJOphthalmol149:341-346,20103)KohmotoH,InoueK,WakakuraM:Divergenceinsufficiencyassociatedwithhighmyopia.ClinOphthalmol5:11-16,20104)TanRJ,DemerJL:Heavyeyesyndromeversussaggingeyesyndromeinhighmyopia.JAAPOS19:500-506,20155)HayashiS,SatoM,EdamatsuHetal:IntraocularpressureinabductionofhighlymyopicstrabismusdecreasesafterYokoyamaprocedure.Transactionsofthe37thmeeting.EuropeanStrabismologicalAssociation(CioppleanDE,editor),p203-206,CorintBooks,Venice,2016*ShionHayashi:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕林思音:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(17)1695図1症例1.86歳.男性,両眼強度近視性内斜視症例右眼は外転および上転をまったく認めず,内下転位に固定している固定内斜視の状態.左眼は外転・上転に強い制限を認めるが,運動可能である.図2右眼強度近視性内斜視症例上直筋は鼻側偏位,外直筋は下方偏位している.外直筋の中心,上直筋の中心,眼球の中心から補助線を引き,2本の直線の交わる角度のうち,耳上側の眼窩壁に対してなす角が脱臼角である.SR:上直筋,LR:外直筋.G:眼球.図3左眼強度近視性内斜視に対する横山法外直筋と上直筋を縫合結紮(?).牽引糸()をたぐりよせると筋同士が寄りやすい.1696あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(18)図4症例2.47歳,女性,強度近視性内斜視の軽症例a:術前眼位写真.眼位は45Δ内斜視,5Δ左下斜視であり,左眼に軽度外転制限を認める.MRI冠状断では上直筋と外直筋の偏位を認め,脱臼角は149°であった.b:左眼に横山法を施行後1カ月の眼位写真.眼位は3Δ内斜視で正面位での複視は消失.c:症例2の術中写真(左眼).外直筋は下方へ偏位していた.(19)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161697図5症例3.50歳,男性,眼窩窮屈病の症例a:近見眼位20Δ内斜視,遠見眼位30Δ内斜視.眼球運動制限は認めなかった.眼軸長は,右眼29.21mm,左眼29.27mmだった.b:MRITI冠状断像.脱臼角は右眼129°,左眼121°だった.c:左はMRISTIR水平断像.眼軸と眼窩長の不一致がみられる.右は正常症例のT2水平断像1698あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(20)図6近視性内斜視の概念強度近視性内斜視も眼窩窮屈病も眼窩内の解剖学的異常が原因で発症していると考えられ,両者の特徴を併せもった症例が存在する.そのもっとも重症な形が固定内斜視と考視の有病率は増加傾向にある.今後さらに近視を伴う斜視患者が増加することが見込まれ,病態の解明が進むことが期待される.えられる.■用語解説■Forcedductiontest:ピンセットで角膜輪部の球結膜をつかみ,眼球を他動的に動かして外眼筋からの抵抗の有無をみる試験.明らかな抵抗があれば陽性.(21)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161699

甲状腺眼症

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1687?1693,2016甲状腺眼症Thyroid-AssociatedOphthalmopathy東山智明*はじめに甲状腺眼症は,Basedow病や橋本病などの甲状腺疾患に関連して産生される甲状腺自己抗体により,眼窩組織に炎症・腫大が生じる自己免疫性炎症性疾患である.そのため甲状腺眼症では,結膜充血や眼瞼腫脹,眼球運動障害や斜視,眼球突出,上眼瞼後退など多彩な臨床症状を認める1~4).本稿では臨床上問題となりやすい甲状腺眼症による眼球運動障害・斜視について述べる.I甲状腺眼症における外眼筋病変眼窩組織に炎症が生じる甲状腺眼症では,外眼筋の炎症性腫大により外眼筋が拘縮し筋の伸展性が低下するため,眼球運動障害や斜視が生じる.甲状腺眼症の外眼筋病変は,下直筋,内直筋,上直筋,外直筋の順に罹患しやすいとされている.Wiersingaらは80例の甲状腺眼症の罹患筋を検討したところ,下直筋が60%,内直筋が50%,上直筋が40%,外直筋が22%に認められたと報告しており5),他の報告でも同様の結果であった6,7).したがって,臨床上は下直筋の罹患による上転障害を認めることが多く,ついで内直筋の罹患による外転障害や,上直筋の罹患による下転障害などを認める.また,外眼筋の腫大が著明になると,腫大した外眼筋により視神経が圧迫される圧迫性視神経症を認めることがある(図1).II問診甲状腺眼症は甲状腺疾患に関連した自己免疫性疾患であるため,以下の詳細な問診が甲状腺眼症の鑑別診断に有用となる.1.甲状腺疾患の既往甲状腺眼症は甲状腺自己抗体が眼窩組織に作用し炎症が生じる眼窩部の疾患である.一方,Basedow病や橋本病などの甲状腺疾患は,甲状腺自己抗体が甲状腺に作用することで甲状腺機能(fT3やfT4)に異常が生じる甲状腺の疾患である.したがって,どちらも甲状腺自己抗体を原因とする点で共通しており,甲状腺疾患の既往は甲状腺眼症を疑う一因となるため,眼球運動障害を有する患者では甲状腺疾患の既往を聴取する.一方,上述のように,甲状腺眼症と甲状腺疾患(Basedow病や橋本病など)の発症には甲状腺自己抗体が大きく関係しているが,甲状腺機能(fT3やfT4)自体は甲状腺眼症と直接的な関係はない.したがって,甲状腺機能が正常範囲内の場合でも,甲状腺自己抗体の上昇があれば甲状腺眼症を発症しうるため注意が必要である.また,甲状腺疾患の治療は甲状腺機能を正常化するが,甲状腺自己抗体には作用しないため,甲状腺疾患の治療は甲状腺眼症の直接的な治療とはならない.そのため,甲状腺疾患の治療とは別に甲状腺眼症に対する独自の治療が必要となる.ただし,fT3やfT4などの甲状腺機能に異常があると甲状腺眼症が悪化しやすいという報告もあるため,甲状腺機能の正常化は甲状腺眼症にとっても重要である8).2.日内変動甲状腺眼症は起床時にもっとも症状が悪く,日中に軽快する日内変動を示す9).一方,鑑別診断である重症筋無力症は夕方になるにつれ症状が増悪しやすく,眼運動神経麻痺は日内変動を比較的生じにくい.3.喫煙歴喫煙は甲状腺眼症と強い相間があり,喫煙者は非喫煙者より甲状腺眼症が重症であること,また禁煙により甲状腺眼症の予後がよりよくなることが報告されている8).III検査甲状腺眼症は甲状腺自己抗体を原因とした炎症性疾患であるため,検査は画像検査による外眼筋の炎症評価と,血液検査による甲状腺自己抗体の測定を中心に行う.1.画像検査MRIにより外眼筋の形態評価と炎症評価を行う(後述).2.血液検査甲状腺自己抗体や甲状腺機能を測定する.甲状腺自己抗体はTSH受容体自己抗体(TRAb,TSAb)だけでなく,抗Tg抗体(TgAb)や抗TPO抗体(TPOAb)も測定するとよい.また,眼球運動障害の鑑別診断として,重症筋無力症に対し抗Ach抗体を,IgG4関連眼疾患に対し血清IgG・IgG4を10,11),糖尿病による眼運動神経麻痺に対しHbA1cを測定する.3.細隙灯顕微鏡検査甲状腺眼症では結膜充血や眼瞼腫脹など前眼部炎症所見を認める.そのため甲状腺眼症の活動性評価には,前眼部の炎症所見を反映したClinicalActivityScore(CAS)8,12)などが用いられ,CASが3点以上あれば甲状腺眼症の活動性ありと評価される.ただし日本人は欧米人よりCAS低い傾向があるため13),前眼部に炎症所見を認めなくても,眼球運動障害のみを生じるような甲状腺眼症もあり,注意が必要である.4.眼球突出度計測甲状腺眼症では脂肪組織や外眼筋が炎症性腫大をきたし眼窩内体積が増加する.骨に囲まれた部分である骨眼窩容積は一定の大きさであるため,眼窩組織は増加した体積に応じて骨眼窩容積より前方へ移動し,眼球突出が生じる14,15)(図2).そのため眼球突出度は,正常では平均14.2mmである16のに対し,甲状腺眼症では平均17.2mm17)と報告されている.したがって,眼球突出は甲状腺眼症などの眼窩内体積が増加する眼窩内疾患を疑う一因となるため,眼球運動障害を認める症例では眼球突出度の計測が有用となる場合がある.5.眼球牽引試験甲状腺眼症の眼球運動障害は罹患筋の伸展障害による機械的眼球運動障害であるため,眼球牽引試験では眼球運動障害を認める方向に抵抗を認める.一方,眼運動神経麻痺による眼球運動障害は眼球牽引試験で抵抗を認めない.6.中心フリッカー外眼筋腫大による圧迫性視神経症の判定に有用である.7.Hess赤緑試験片眼性の眼球運動障害の評価に有用である.一方,Hess赤緑試験はHeringの法則により左右差を評価する検査であるため,両眼の同方向に眼球運動障害が生じている症例は評価できない.したがって,甲状腺眼症で両眼とも罹患している症例では,Hess赤緑試験で眼球運動障害を正確に評価できない点に注意する.IVMRIによる画像診断甲状腺眼症は眼窩の炎症性疾患であるため,その評価には炎症評価が可能なMRIがCTよりも有用である.また,甲状腺眼症による眼球運動障害を評価する際の撮像条件は,以下の理由から眼窩部の冠状断T1またはT2強調画像と,冠状断shortT1inversionrecovery(STIR)画像がとくに有用である.ただし,ペースメーカー装着者など体内に金属がある患者にはMRIは禁忌であり,また長い検査時間に耐えられない患者ではMRIが施行できないため,その場合はCTで評価を行う.1.撮像方法甲状腺眼症による眼球運動障害・斜視は,外眼筋の炎症性腫大により生じるため,MRIでは形態評価と炎症評価の両方が必要となる.形態評価には,脂肪組織と外眼筋のコントラストが明瞭なT1強調画像やT2強調画像が有用である(図3a).一方,炎症評価には,脂肪抑制画像であるSTIR画像がとくに有用である(図3b).STIR画像は水を高信号に描出し脂肪組織を低信号に描出するため,外眼筋に炎症がある場合,組織の浮腫を反映して高信号に描出される.そのため脂肪組織も水も高信号に描出されるT2強調画像より,STIR画像は外眼筋の炎症をより明瞭に描出できる.2.撮像方向他の複数の外眼筋を同時に観察し,左右の外眼筋を比較できる冠状断がとくに有用である.ただし,両眼の外眼筋が同じレベルの断面となるように注意する.3.撮像範囲MRI撮像では撮像範囲を頭部全体ではなく眼窩に設定する.頭部全体の範囲で撮像すると,小さい組織である眼窩組織の詳細はわかりにくい(図4).また,撮像範囲が頭部全体の画像でも拡大すれば眼窩内を精査できるが,撮像範囲が眼窩の画像より空間分解能が劣るため画質が粗くなる(図5).したがって,撮像範囲は詳細かつ明瞭に観察できる眼窩に限定して撮像する.V治療甲状腺眼症による眼球運動障害がある症例で,MRIのT1またはT2強調画像で外眼筋の腫大を,STIR画像で外眼筋に高信号を認める場合,外眼筋に炎症があると判断できるため,ステロイドパルス療法を中心とした消炎治療を行う.その後,MRIで外眼筋が十分に消炎されていることが確認でき(図6),正面視で複視が残存していれば斜視手術を考慮する.一方,眼球運動障害がある症例で,初診時のMRIのT1またはT2強調画像で外眼筋の腫大があるにもかかわらず,STIR画像で高信号を認めない場合は,炎症はすでになく陳旧性の外眼筋腫大が残存していると判断できるため,ステロイドパルス療法は無効であり,斜視手術の適応と考える.1.ステロイド治療中等症から重症の活動期の甲状腺眼症では,ステロイドによる消炎治療を行う.ステロイドによる消炎治療は,パルス療法,内服,Tenon?下注射による方法が報告されているが,そのなかでもステロイドパルス療法がもっとも効果的として推奨されている8).ただし,ステロイドパルス療法を施行する前には,肝機能障害,高血圧,消化管潰瘍の既往,糖尿病,感染症などのスクリーニングを行う.また投与量に関して,急性肝障害や肝不全のリスクの観点から1コースの治療でメチルプレドニゾロンの総投与量が8gを超えないよう推奨されているため8),筆者の施設ではステロイドパルス療法の1コースをメチルプレドニゾロン500mg/日×3日間×3クールとしている18,19).また,ステロイドパルス療法後は,テーパリング治療としてステロイド内服を行う.筆者の施設ではプレドニンを30mg/日から開始し,外眼筋の炎症や前眼部の炎症所見をみながら徐々に減量している.筆者らの過去の研究では,ステロイドパルス療法後にもかかわらず,一部の症例の外眼筋に炎症が残存していることを明らかにした.また,治療後に甲状腺眼症が再増悪した症例は,初回のステロイドパルス療法後に外眼筋の炎症が残存していた症例であった18).そのため,ステロイドパルス療法後は,適宜MRIにより外眼筋の炎症状態をモニタリングしながら,徐々にステロイド内服量を下げていくのがよいと考える.2.放射線治療甲状腺眼症に対する放射線治療は,ステロイドパルス療法との同時併用療法で用いられることが多い.ただし合併症として白内障などのリスクがあるため,筆者の施設では圧迫性視神経症を伴わない眼球運動障害に対する初回治療の場合,放射線治療は併用せずステロイドパルス療法のみを施行している.一方,圧迫性視神経症を認める場合や眼球運動障害の再増悪時は,患者の年齢などを考慮したうえでステロイドパルス療法と放射線治療の併用を考慮している.3.斜視手術甲状腺眼症ではステロイドにより外眼筋の炎症が消炎されても,すでに外眼筋が線維化を生じているため治療後も眼球運動障害が残存することが多い.そのため,ステロイド治療後に正面視で複視があり,MRIで炎症所見がなく牽引試験が陽性の場合,斜視手術を考慮する20).手術時期について,ステロイドパルス療法後6カ月未満に手術した症例(24例)と6カ月以上経過した後に手術した症例(20例)を比較した報告では,6カ月未満の再手術は5例(21%)であったのに対し,6カ月以上では再手術を認めなかった21).このように外眼筋が十分に消炎されていない時期での斜視手術は再手術のリスクがあるため,筆者の施設ではステロイドパルス療法後6カ月以上経過し,外眼筋に炎症がないことをMRIで確認してから斜視手術を施行している.斜視手術の術式は基本的に罹患筋の後転であり,回旋偏位を伴う場合は鼻側または耳側の水平移動を併施する20,22).ただし甲状腺眼症の斜視手術では罹患筋の拘縮が強いほど矯正効果が大きく出るため注意が必要であり23),下直筋後転量1mmあたりの矯正効果は2.7°であったと報告されている24).さらに実際の手術では甲状腺眼症の外眼筋は筋拘縮が著明なため,術野の展開が非常に困難であることや切腱後に容易に筋が眼窩側に後退することなど,通常の共同性斜視に対する後転術より難易度が高いことに留意する必要がある25).また,甲状腺眼症の斜視手術において術後に眼位を調整するadjustablesutureの有用性も報告されている26).文献1)PrummelMF,BakkerA,WiersingaWMetal:Multi-centerstudyonthecharacteristicsandtreatmentstrategiesofpatientswithGraves’orbitopathy:thefirstEuropeanGrouponGraves’Orbitopathyexperience.EurJEndocrinol148:491-495,20032)KuriyanAE,PhippsRP,FeldonSE:Theeyeandthyroiddisease.CurrOpinOphthalmol19:499-506,20083)BahnRS:Graves’ophthalmopathy.NEnglJMed362:726-738,20104)KuriyanAE,WoellerCF,O’LoughlinCWetal:Orbitalfibroblastsfromthyroideyediseasepatientsdifferinproliferativeandadipogenicresponsesdependingondiseasesubtype.InvestOphthalmolVisSci54:7370-7377,20135)WiersingaWM,SmitT,vanderGaagRetal:ClinicalpresentationofGraves’ophthalmopathy.OphthalmicRes21:73-82,19896)NugentRA,BelkinRI,NeigelJMetal:Gravesorbitopathy:correlationofCTandclinicalfindings.Radiology177:675-682,19907)EnzmannDR,DonaldsonSS,KrissJP:AppearanceofGraves’diseaseonorbitalcomputedtomography.JComputAssistTomogr3:815-819,19798)BartalenaL,BaldeschiL,DickinsonAetal:ConsensusstatementoftheEuropeanGrouponGraves’Orbitopathy(EUGOGO)onmanagementofGO.EurJEndocrinol158:273-285,20089)三村治:甲状腺眼症.神経眼科学を学ぶ人のために.p171-174,医学書院,東京,201410)HigashiyamaT,NishidaY,UgiSetal:AcaseofextraocularmuscleswellingduetoIgG4-relatedsclerosingdisease.JpnJOphthalmol55:315-317,201111)SogabeY,OhshimaK,AzumiAetal:LocationandfrequencyoflesionsinpatientswithIgG4-relatedophthalmicdiseases.GraefesArchClinExpOphthalmol252:531-538,201412)MouritsMP,KoornneefL,WiersingaWMetal:ClinicalcriteriafortheassessmentofdiseaseactivityinGraves’ophthalmopathy:anovelapproach.BrJOphthalmol73:639-644,198913)HiromatsuY,EguchiH,TaniJetal:Graves’ophthalmopathy:epidemiologyandnaturalhistory.InternMed53:353-360,201414)NishidaY,TianS,IsbergBetal:Significanceoforbitalfattytissueforexophthalmosinthyroid-associatedophthalmopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol240:515-520,200215)HigashiyamaT,NishidaY,OhjiM:Changesoforbitaltissuevolumesandproptosisinpatientswiththyroidextraocularmuscleswellingaftermethylprednisolonepulsetherapy.JpnJOphthalmol59:430-435,201516)AminoN,YuasaT,YabuYetal:Exophthalmosinautoimmunethyroiddisease.JClinEndocrinolMetab51:1232-1234198017)KozakiA,InoueR,KomotoNetal:Proptosisindysthyroidophthalmopathy:acaseseriesof10,931Japanesecases.OptomVisSci87:200-204,201018)HigashiyamaT,NishidaY,MorinoKetal:UseofMRIsignalintensityofextraocularmusclestoevaluatemethylprednisolonepulsetherapyinthyroid-associatedophthalmopathy.JpnJOphthalmol59:124-130,201519)HigashiyamaT,NishidaY,OhjiM:Relationshipbetweenmagneticresonanceimagingsignalintensityandvolumeofextraocularmusclesinthyroid-associatedophthalmopathywithmethylprednisolonepulsetherapy.ClinOphthalmol10:721-729,201620)木村亜紀子,三村治:回旋複視に対する手術.眼科手術17:503-509,200421)木村亜紀子:基礎からわかる甲状腺眼症の臨床甲状腺眼症の治療「斜視手術」の巻!(その1)臨床眼科67:1452-1457,201322)橋本典子,古河雅也,三村治:甲状腺眼症の回旋斜視への垂直筋水平移動術の試み.眼科手術13:621-625,200023)木村亜紀子:複視の手術治療.あたらしい眼科27:889-896,201024)河野政信,三村治,新名亜紀子ほか:甲状腺眼症における斜視手術の定量的評価日眼紀48:502-505,199725)西田保裕:斜視手術.眼科手術26:329-333,201326)LuederGT,ScottWE,KutschkePJetal:Long-termresultsofadjustablesuturesurgeryforstrabismussecondarytothyroidophthalmopathy.Ophthalmology99:993-997,1992*TomoakiHigashiyama:滋賀医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕東山智明:〒520滋賀県大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(9)1687図1外眼筋腫大による圧迫性視神経症(T2強調画像)a:正常者.b:圧迫性視神経症の甲状腺眼症.正常者と比較して著明に腫大した外眼筋のため視神経が圧迫されている.1688あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(10)図2眼球突出度の比較(T2強調画像)a:正常者.b:甲状腺眼症.眼窩組織である外眼筋や脂肪組織が増大することにより眼窩内の体積が増大し,その結果眼球が前方に押し出されることにより眼球突出が生じる.(11)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161689図3MRIによる外眼筋の評価方法a:T2強調画像.形態評価には,外眼筋と脂肪組織のコントラストが良好なT1強調画像やT2強調画像が有用である.b:STIR画像.炎症評価には,脂肪組織が黒く描出され,外眼筋の炎症による高信号がより目立つSTIR画像がとくに有用である.1690あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(12)図4撮像範囲の設定a:撮像範囲を頭部に合わしたMRI.b:撮像範囲を眼窩に合わしたMRI.頭部全体の撮像範囲のままで撮像すると,小さい組織である眼窩組織の詳細はわかりにくいため,眼窩内の観察に適した撮像範囲を設定する.図5撮像範囲が異なるMRIの比較a:撮像範囲が頭部全体のMRIを拡大した画像.b:撮像範囲が眼窩のMRI.頭部全体に合わせた撮像範囲の画像でも拡大すれば眼窩内を精査できるが,撮像範囲を眼窩に合わせた画像より空間分解能が劣るため画質が粗くなる.図6ステロイドパルス療法前後のSTIR画像a:治療前.両眼の外眼筋が高信号で描出されており,炎症による浮腫を認める.b:治療後.炎症のあった外眼筋の信号は低下しており,炎症の改善を認める.(13)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201616911692あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161693

(部分)調節性内斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1681?1686,2016(部分)調節性内斜視AccommodativeEsotropia(PartialAccommodativeEsotropia)鈴木由美*山田昌和*はじめに調節性内斜視は,1~3歳くらいで発症することが多いため,生後半年以内に発症する乳児内斜視に比し,視覚感受性期間初期に眼位が正位であった可能性が高く,おおまかな立体視を獲得し眼位も良好に保たれる予後良好な疾患との印象がある.しかし,1歳以前発症の調節性内斜視(早期発症調節性内斜視)や,調節性内斜視と診断された後に退行し,部分調節性内斜視へ移行する症例もあり,調節性内斜視の両眼視機能を含めた予後は,必ずしも良好なものばかりではない.本稿では,小児の内斜視の50%以上をなし,調節反射の活性化に伴う輻湊偏位と定義される調節性内斜視について,以下,屈折性調節性内斜視(refractiveaccommodativeesotropia),非屈折性調節性内斜視(nonrefractiveaccommodativeesotropia),部分調節性内斜視(または代償不全調節性内斜視,partiallyordecompensatedaccommodativeesotropia)の三つに分類し,概説する(図1).I屈折性調節性内斜視(純調節性,定型的,遠視性,または正常AC?A比型内斜視)1.病因未矯正の遠視があると明視するために調節が必要となり,調節性輻湊が過剰に働くことで,眼位が内方偏位となる.十分な融像力があれば,内斜位を保つことができるが,融像性開散が弱い,または網膜正常対応が発達していないなど両眼視機能の未発達があると内斜視になる.2.臨床症状遠視矯正のための眼鏡を装用すると,遠見および近見眼位ともに斜視が消失する内斜視である.発症年齢は,明視するようになる1~3歳の間が多いが,早期発症例もあり,生後4カ月~8歳頃である.発症初期は間欠的な内方偏位を認め,徐々に恒常性内斜視に移行することもある(図2a,b).また,当初屈折異常弱視と診断され,調節や視力の発達に伴って徐々に屈折性調節性内斜視に移行する例もある.遠視の分布は,中等度遠視が多いが,調節麻痺下の屈折検査にて+1.50~+9.0D前後まで幅広い.遠視の度数に左右差があり,強い遠視眼のほうが内斜することで弱視を合併していることがあり注意を要する.3.診断と治療顕性および間欠的な内斜視を認めた場合,まずは,散瞳下で器質的な眼疾患の除外をすることが大切である.そして,内斜視の場合は,原則としてアトロピン点眼下で調節麻痺下屈折検査を行う.ただし,アトロピン点眼薬処方前に,心疾患の有無などの既往を確認し,アトロピンによる副作用(結膜充血,顔面紅潮,発熱,頻脈,中毒症状としては,幻覚,痙攣など)を説明のうえ,自宅にて次回受診の1週間前から,「朝夕に1日2回,7日間点眼」をするように,患児の家族に説明をする.AmericanAcademyofOphthalmologyより推奨される屈折矯正のガイドライン(PreferredPracticePatternREsotropiaandExotropia)1)では,内斜視があり,遠視が1歳未満は+2.5D,1~2歳は+2.0D,2~3歳は+1.5D以上ある場合には,眼鏡を処方すべきとしている.筆者らは,内斜視が認められる場合1歳未満の低年齢においても,+2.0D以上であれば,まず眼鏡を処方している.この他覚的屈折値に基づいて,遠視を減らすことなく完全矯正することが基本である.他覚的屈折値の測定方法として,検影法を原則とし,手持ち式オートレフラクトメーターが使用でき,また台に顎を載せることができる年齢であれば,オートレフラクトメーターを使用し確認することができる.遠視性不同視である場合も,両眼遠視度を減らさずに処方し,両眼完全屈折矯正する.乳幼児では+5Dを超える不同視でも軸性であるので,眼鏡による矯正が適している.治療用眼鏡の処方にあたっては,9歳未満の小児の弱視および斜視治療用眼鏡やコンタクトレンズの作製費用が健康保険の適用となっていることを,患児家族に説明するとよい.患者自己負担割合以外の額が療養費として償還払い扱いで給付される(日本眼科医会ホームページを参照2)).完全矯正眼鏡処方後,1~2カ月以内に,眼鏡装用の状態,装用時間などを確認し,眼位の改善の有無を確認する.眼鏡定着後,早期に眼位が正位あるいは内斜位に改善する場合もあるが,少なくとも眼鏡定着3カ月後までは,屈折性調節性内斜視または部分調節性内斜視であるかを慎重に判断すべきである.処方後すぐに,終日装用ができない児も多いため,おおむね処方後6カ月は経過をみて診断する.具体的には,遠視矯正により斜視角が遠見・近見眼位ともに10プリズムジオプトリー(prismdiopter,以下Δ)以上減少した場合,調節要因があると考え,残余内斜視が10Δ未満になれば,部分調節性内斜視ではなく,屈折性調節性内斜視と診断する(図2c).屈折性調節性内斜視と診断した後は,就学前は眼位を優先し,前述のとおり完全矯正眼鏡を基本とするが,就学後は,学校生活可能な十分な矯正視力が必要となるため,完全矯正度数で視力が下がるようであれば,眼位は内斜位になる範囲で遠視の度数を落とす試みも必要になることがある.多くは,成人まで眼位矯正のための眼鏡が必要なことが多く3),原則眼鏡による屈折矯正をすべきと考えるが,思春期以降は整容的に眼鏡に抵抗を感じることも多く,矯正方法をコンタクトレンズにする症例も少なくない.4.予後屈折性調節性内斜視のうち,融像幅が広く両眼視機能が良好な症例は,眼鏡矯正にて眼位を良好に保つことができる.そのため,6カ月ごとに,調節麻痺下屈折検査,眼位検査,両眼視機能検査を行いながら,成長に応じて瞳孔間距離を確認し,適宜眼鏡を再処方する.しかし,比較的良好な両眼視機能を有すると思われていた屈折性調節性内斜視であるが,近年,中心窩立体視を有する両眼固視可能な群(bifixation)は24%であり,周辺融像している片眼固視(monofixation)群は76%であったとする報告もなされている4,5).中心窩立体視を有さない屈折性調節性内斜視は,経過観察中に眼鏡矯正のみでは眼位を保つことができず,再度内斜視または外斜視に移行する可能性があるとされる.経過中に再度内斜視が認められた場合は,再び調節麻痺下屈折検査を施行し,眼鏡が適切でなければ,再処方すべきであるが,それでも残余内斜視を認めることがあり,これは部分調節性内斜視への退行(deterioration)と考え,部分調節性内斜視の治療を開始する.II非屈折性調節性内斜視(高AC?A型または非定型的調節性内斜視)1.病因AC/A比が高いために生じる内斜視,つまり単位調節量に対する調節性輻湊が大きいので,近見眼位が内寄せとなり,運動性融像が不十分であると非屈折性調節性内斜視が顕性化すると考えられている.2.臨床症状と診断非屈折性とあるように,正視,近視,遠視のどのような屈折状態でも生じるが,中等度遠視がもっとも多い.AC/A比が高く,近見斜視角が遠見斜視角より10Δ以上大きければ,非屈折性調節性内斜視と診断される.AC/A比を測定できない乳幼児においては,完全矯正眼鏡下で近方の調節目標を固視させた場合,内寄せが過剰であれば,非屈折性調節性内斜視を疑う.また,完全矯正眼鏡度数に+3.0D加入することで,近見斜視角も遠見斜視角とほぼ同じになる場合も,非屈折性調節性内斜視を疑い対応すべきである.純粋に高AC/Aだけの症例は非常に少なく,実際は屈折性調節性内斜視に高AC/Aを伴った症例や,後述する部分調節性内斜視に高AC/Aを伴った症例が多い.3.治療近見に顕性の内斜視があると,近方作業時常に片眼抑制の状態にあり,両眼視は望めないことになるため,非屈折性調節性内斜視と診断した場合,積極的に二重焦点眼鏡の処方を検討する.前述の屈折性調節性内斜視の完全矯正眼鏡処方時同様に,まずはアトロピン点眼による調節麻痺下屈折検査にて遠視があれば完全矯正し,遠見眼位が正位もしくは内斜位を保てるかを確認する.つぎに+2.0~+3.0Dの凸レンズを近見に付加し,近見眼位が内斜位に持ち込めるもっとも弱い度数を遠用度数に追加して処方する.初回の二重焦点眼鏡であれば,近用面積の広い「エグゼクティブタイプ」の二重焦点レンズのデザイン(図3)を勧め,近用部および遠用部の使い方を児の家族に説明する.また,処方箋備考欄に,二重焦点のレンズデザインを記載するとよい.また,小学校高学年頃(思春期早期頃)より,「エグゼクティブタイプ」のデザインは,レンズ中央に切り替えの線が入るため,整容面で嫌がる傾向がみられる.その場合は,累進屈折力レンズに変更し,近見眼位を内斜位に保つように,適宜対応していく(図4).非屈折性調節性内斜視に対する手術は,二重焦点眼鏡を装用できない症例にAC/A比の正常化を狙って施される.Faden手術(posteriorfixation)6),また最近ではFaden手術に代わって,後方の強膜通糸を行わなくてよいpulleyposteriorfixationが報告されている7).4.予後純粋に高AC/Aだけの症例は非常に少なく,屈折性調節性内斜視や部分調節性内斜視に高AC/Aを伴った症例がほとんどである.したがって,予後は,合併する内斜視の状態によると考える.III部分調節性内斜視(または代償不全調節性内斜視)(図5)1.病因8)大きく二つのタイプに分けられる.元々,非調節性内斜視があり,これに遠視による屈折性調節性内斜視が加わったと考えられるタイプ(混合型),つまり乳児内斜視に屈折性調節性内斜視が合併した型と,当初は屈折性調節性内斜視であったが,内斜視(残余斜視角)が残る状態へ移行(退行)したタイプ(退行型)がある.2.臨床症状と診断発症年齢は,前述の屈折性調節性内斜視と同様である.診断は,調節麻痺薬による他覚的屈折検査にて完全矯正眼鏡を処方し,遠見および近見眼位ともに各々の裸眼の眼位よりも10Δ以上斜視角が減るが(つまり調節要因を認める),終日眼鏡装用定着後3カ月経過しても,遠見および近見眼位において,ともに10Δ以上の斜視が残っている内斜視を部分調節性内斜視と診断する.ただし,実際は,完全矯正眼鏡処方後1~2カ月以内に眼鏡装用の状態,装用時間などを確認し,眼位の改善の有無を診る.このときに残余内斜視を認める場合は,潜伏遠視残存の可能性も考え,再度アトロピン点眼薬による調節麻痺下屈折検査を(可能であれば,前回よりアトロピン点眼薬の濃度を上げて)施行し,必要があれば眼鏡度数を上げて再処方し,再び1~2カ月後に眼位を確認し,診断する.下斜筋過動症や交代性上斜位を合併しやすいのも,部分調節性内斜視の特徴である.また,内斜眼が斜視弱視になる可能性が高いため注意を要する.3.治療部分調節性内斜視の治療の原則は,「完全矯正眼鏡下で残余する内斜視を矯正すること」である.治療方法は,おもに下記の二つがあげられる.a.プリズムによる光学的治療プリズムの偏光作用を利用し,光学的な正位を狙うことで,両眼中心窩に左右眼同時に,画像を投影して両眼視機能の発達を促すことを目的とする.具体的には,singleprismcovertestを施行し,この値を完全矯正テスト眼鏡に入れて(prismadaptationtest:PAT)正位を保つことができるΔ度数を求める.安定して正位を確認できるΔであれば処方し,患児の完全矯正眼鏡に膜プリズムを貼付する.視力の左右差がなければ,両眼に同じΔ度数を振り分けて処方し,貼付する.しかし,片眼が弱視眼および内斜しやすい場合,あえてΔ度数に差をつけて処方し,弱視治療目的および内斜眼を固視しやすくする意味をもたせる(図6a).b.手術治療小児の残余内斜視に対しては,原則,両眼内直筋後転術が行われる.ただし,残余斜視角が小さい場合は,片眼の内直筋後転術で対応する場合もある.また,15歳以上および成人については,片眼の水平前後転術を行うこともある.手術斜視角(手術によって治す狙いの斜視角)の量定については,裸眼と眼鏡装用下の各々の近見斜視角の平均値を手術斜視角とする9)など,さまざまな考え方があるが,筆者らは,前述の通りプリズム療法を行い,1~2カ月以内に再検査し5Δレンズを基底内方に置き,徐々に残余斜視角が漸減するようであれば手術をせずにプリズム療法を継続し,一方,膜プリズム処方後4~6カ月残余斜視角が漸減しない(膜プリズムを減らすことができない)症例においては,処方した膜プリズムの斜視角を参考に,手術加療を行っている(図6b).4.予後部分調節性内斜視の眼位,両眼視機能獲得の予後は,発症年齢や斜視未矯正期間などの因子に影響されるとの報告がある10,11).また,Fawcettら12)は,内斜視の立体視感受性期間について,乳児内斜視では2歳頃まで,1歳以降に発症した調節性内斜視では7歳くらいまで続くと報告している.したがって,部分調節性内斜視のなかで,早期発症で非調節性内斜視があり,屈折性調節性内斜視が加わったと考えられるタイプ(混合型)は,乳児内斜視に近いタイプと考えられ,発症が早いほど,最終両眼視機能は不良と考えられる.おわりに調節性内斜視の診断の基本は,十分な調節麻痺下において屈折検査を行い,眼鏡処方が必要な屈折値であれば,両眼完全矯正眼鏡を処方し,慎重に視力,眼位,両眼視を含めた視機能評価を行うことである.そして,遠視を眼鏡により完全矯正しても,非調節性の残余内斜視が安定して確認される場合は,可及的早期に手術を予定すべきである.文献1)AmericanAcademyofOphthalmology:PreferredpracticePatternREsotropiaandExotropia.SanFrancisco,20122)https://www.gankaikai.or.jp/members/(閲覧には,日本眼科医会の会員番号とパスワードが必要)3)MohneyBG,LilleyCC,Green-SimmsAEetal:Thelongtermfollow-upofaccommodativeesotropiainapopulation-basedcohortofchildren.Ophthalmology118:581-585,20114)WilsonME,BluesteinEC,ParksMM:Binocularityinaccommodativeesotropia.JPeditarOrhthalmolStrabismus30:233-236,19935)佐藤美保:調節性内斜視.臨眼紀3:40-42,20106)MillicentM,PeterseimW,BuckleyEG:Medialrectusfadenoperationforesotropiaonlyatnearfixation.JAAPOS1:129-133,19977)WabulemboG,DemerJL:Long-termoutcomeofmedialrectusrecessionandpulleyposteriorfixationinesotropiawithhighAC/Aratio.Strabismus20:115-120,20128)VonNoorden,GK,CamposE:Partiallyaccommodativeesotropia.BinocularVisionandOcularMotility:Theoryandmanagementofstrabisumus.6rded.p319-320,Mosby,StLouis,20029)WrightKW,Bruce-LyleL:Augmentedsurgeryforesotropiaassociatedwithhighthypermetropia.JPediatrOphthalmolStrabismus30:167-170,199310)IordanousY,MaoA,MakarI:Preoperativefactorsaffectingstereopsisaftersurgicalalignmentofacquiredpartiallyaccommodativeesotropia.Strabismus23:151-158,201511)FawcettSL,BirchEE:Riskfactorsforabnormalbinocularvisionaftersuccessfulalignmentofaccommodativeesotropia.JAAPOS7:256-262,200312)FawcettSL,WangYZ,BirchEE:Thecriticalperiodforsusceptibilityofhumanstereopsis.InvestOphthalmolVis46:521-525,2005*YumiSuzuki&*MasakazuYamada:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕鈴木由美:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)16811682あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(4)図1調節性内斜視診断のためのフローチャート※1:1歳未満は+2.5D,1~2歳は+2.0D,2~3歳は+1.5D以上の遠視がある場合1).図2屈折性調節性内斜視の眼位写真屈折性調節性内斜視は,乳児内斜視と異なり,調節目標を注視時と非注視時では,内方偏位が変動することがある(間欠的な内方偏位を呈する).a:非注視時で,内方偏位が目立たない.b:注視時,左眼)内方偏位が顕著.c:完全矯正下で正位を確認できる.(5)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161683図3二重焦点眼鏡(エグゼクティブタイプ)a:眼鏡非装用時.b:レンズ上方にて,遠方視し,眼位は正位である.レンズ中央に,レンズの切り替え線がみえる.c:+3.0D加入されたレンズ下方で,近方視し眼位は正位である.図4二重焦点眼鏡(累進屈折力レンズ)a:左眼内斜視.b:レンズ上方で遠方視し,眼位は正位.c:レンズ上方で,近方視すると左眼内斜視の残存を認める.d:レンズ下方で,近方視することで,眼位は良好である.1684あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(6)図5部分調節性内斜視a:眼鏡非装用時.角膜反射が左眼瞳孔縁と角膜縁の中間に認められる.b:完全矯正眼鏡装用時.角膜反射は,瞳孔縁にあり,眼鏡により内方偏位が軽減している.図6部分調節性内斜視の残余斜視角に対する治療後a:膜プリズムを貼付した眼鏡下眼位.プリズムの偏光作用により光学的正位を確認できる.b:残余斜視角に対して両眼内直筋後転術後.(7)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201616851686あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(8)

序説:斜視診断の基本

2016年12月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科33(12):1679?1680,2016斜視診断の基本FundamentalsofStrabismusManagement佐藤美保*斜視診療は,検査,診断,治療(非観血的,観血的)から成り立っている.実際の患者さんを受け持って診療する機会がないと,斜視診療は習熟することが困難である.一方,眼科にはOCTをはじめさまざまな新しい機器が導入されているが,斜視の分野に関しては従来の検査方法が現在も引きつづき用いられることが多い.ベテランの視能訓練士がいる場合には,検査を任せてしまっていることも多いと思うが,検査の原理やその意味することを知らないまま治療に進むことははなはだ危険である.本特集「斜視診断の基本」は,専門医をめざす方,あるいは生涯教育の一環として斜視診療をブラッシュアップさせたい方に向けて企画したものである.治療についての記載もあるが,おもに治療にたどりつくまでの診療に重点を置いている.(部分)調節性内斜視は,小児の内斜視の多くを占めるものであり,治療の基本は屈折矯正である.弱視治療は重要な問題であるが,さらに両眼視機能の発達のためには,早期から適切な視機能の管理が求められる.屈折矯正眼鏡のみならず,プリズムを併用すること,また手術による眼位改善のタイミングなどについて,鈴木由美先生,山田昌和先生に解説していただいた.甲状腺眼症は,眼症状をきたす自己免疫疾患である.複視で発症した場合,即座に甲状腺眼症の診断がつくとはかぎらず,脳神経外科や神経内科での検査に時間を要することもある.診断のためには,眼科医が本疾患を想起して血液検査を行ったり,眼窩内画像診断を行うことが必要である.東山智明先生には,眼窩MRIのオーダーの仕方から,甲状腺眼症に特異的な所見などを詳細に解説いただいた.参考にしていただきたい.近視性内斜視は,延長した眼球後部が筋の間から脱臼することで発症すると考えられている.そのために外直筋と上直筋を縫合する手術(横山法)が開発され,世界中で広く行われるようになった.一方,近視がそれほど強くない症例であっても,眼球が内方に固定する固定内斜視の存在が認められると,眼窩容積と眼軸の関連から眼球運動障害が起きるという説が出ている.これらの最近の話題について,林思音先生に解説していただいた.斜視の手術後に新たな斜視が発症してくるものを術後斜視という.通常は,内斜視の手術後の外斜視のように,逆の眼位異常を呈することをさす.斜視手術が機能的な手術であることを考えると,術後斜視は最大の合併症の一つともいえる.斜視手術後に新たな斜視が起きた場合,あるいは過去に斜視手術を受けている患者が新たに受診した場合に,どのように考えて検査を進めていくかについて,澤田麻友先生に解説していただいた.近年,スマートホンを長時間見続けたことが契機となって急性内斜視を発症する「スマホ斜視」が注目されている.スマートホンの使用と斜視の直接的な関連は現時点ではまだ議論のあるところである.一方で急性内斜視には重篤な頭蓋内疾患を伴っているものもあるため,急性内斜視をみた場合の対応の仕方を知っておくことは重要である.荒木俊介先生,三木淳司先生に解説していただいた.上斜筋麻痺は,しばしば遭遇する上下斜視で,臨床診断の方法としてはParks3ステップテストが広く知られている.しかし,実際には,この診断方法にうまくあてはまらない症例も多く,とくに成人にみられる上斜筋麻痺は複雑な眼球運動障害を呈することがある.自覚症状も,回旋性複視を訴えるものから,ときどき上下の複視を自覚する程度のものまでさまざまである.本特集では,診断に迷う場合に用いる検査を古森美和先生に解説していただいた.斜視の診断にMRIが多用されるようになったことで,いくつかの新しい疾患概念が報告されはじめている.そのなかでsaggingeyesyndromeは適切な日本語訳がつけられていないが,外眼筋を支えてその走行を保っている眼窩結合組織の加齢による異常からくる眼球運動障害と考えるとわかりやすい.高齢者にみられる開散不全型内斜視と上下斜視の原因として注目されている.本疾患の概念について後関利明先生に詳細に解説していただいた.複視の訴えが上下方向,水平方向の場合には,眼位異常を遮閉試験で検査することによって診断が可能であるが,回旋複視は通常の眼位・眼球運動検査では発見することができない.患者の見づらさの訴えが回旋複視であろうということを疑うのが診断への第一歩である.そうすることによって,麻痺筋の同定のための一歩を踏み出すことになる.林孝雄先生には,ご自身で開発された検査機器を用いた,比較的簡便に行うことのできる回旋複視の定量と麻痺筋の同定について解説していただいた.本特集ではこのように,歴史的な裏づけのなされた事項から最新の診療方法まで,広くカバーしている.ぜひ,日常診療に活かしていただきたい.*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(1)16791680あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(2)

光干渉断層計を用いて網膜神経節細胞複合体厚の経時的変化を観察できたVogt-小柳-原田病の3例

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1666?1672,2016c光干渉断層計を用いて網膜神経節細胞複合体厚の経時的変化を観察できたVogt-小柳-原田病の3例荒木俊介*1,2後藤克聡*1,2三木淳司*1,2,3水川憲一*4山下力*1,3桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*4医療法人明世社白井病院ThreeCasesofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseinwhichRetinalGanglionCellComplexThicknessWasObservedUsingOpticalCoherenceTomographySyunsukeAraki1,2),KatsutoshiGoto1,2),AtsushiMiki1,2,3),KenichiMizukawa4),TsutomuYamashita1,3)andJunichiKiryu1)1)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,2)GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,4)ShiraiEyeHospital目的:Vogt-小柳-原田病(VKH)において,スペクトラルドメイン光干渉断層計(RTVue-100R,OptovueInc.)を用いて神経節細胞複合体(GCC)厚および乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚の経時的変化を観察できた3症例を報告する.症例:症例1は42歳,女性で後極部の病変を認めない乳頭浮腫型VKH,症例2は65歳,男性で乳頭の炎症所見を伴わない後極型VKH,症例3は61歳,男性で乳頭の炎症所見を伴った後極型VKHであった.症例1および症例2は,経過を通じてGCCおよびcpRNFLの菲薄化を認めなかった.一方で,症例3は網膜外層の萎縮部位に対応した領域でGCCの菲薄化を認めた.結論:乳頭炎症所見が顕著であった乳頭浮腫型VKHは,乳頭の炎症を認めないVKHと同様にGCCおよびcpRNFLの菲薄化がみられなかった.VHKにおける乳頭浮腫は続発性の視神経障害をきたさないことが示唆された.Purpose:Wereport3casesofVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH)inwhichthetimecoursesofganglioncellcomplex(GCC)andcircumpapillaryretinalnervefiberlayer(cpRNFL)thicknesswereobservedusingspectral-domainopticalcoherencetomography(SD-OCT).Cases:Patient1,a42-year-oldfemale,wasdiagnosedwithperipapillaryedematypeVKH.Patient2,a65-year-oldmale,wasdiagnosedwithposteriortypeVKHwithoutopticdiscedema.Patient3,a61-year-oldmale,wasdiagnosedwithposteriortypeVKHwithopticdiscedema.Patients1and2didnotshowthinningoftheGCCorcpRNFLthroughoutthecourse.Patient3,however,showedthinningoftheGCCintheareacorrespondingtoatrophyoftheretinalouterlayer.Conclusion:VKHwithopticdiscedemadidnotexhibitthinningoftheGCCandcpRNFLsimilarlytoVKHwithoutopticdiscedema.ItissuggestedthattheopticdiscswellinginVHKdoesnotcauseopticnervedysfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1666?1672,2016〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,乳頭浮腫,光干渉断層計,網膜神経節細胞複合体,乳頭周囲網膜神経線維層.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,opticdiscedema,opticalcoherencetomography,ganglioncellcomplex,circumpapillaryretinalnervefiberlayer.はじめにVogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)は,ぶどう膜炎を主とする眼症状および白髪,難聴,髄膜炎などの眼外症状を呈する全身性疾患で,メラノサイト特異的自己免疫疾患が本態と考えられている1).VKHの急性期では,眼底所見としてぶどう膜炎に伴う漿液性網膜?離や視神経乳頭浮腫を呈するが,まれに前眼部炎症を伴わず,乳頭浮腫以外の眼底病変が欠落するもの(乳頭浮腫型VKH)がある2).そのような場合,視神経炎などの乳頭の炎症所見を伴う疾患との鑑別が困難となる.近年,スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の登場で,網膜厚の精細な定量的評価が可能となった.緑内障では視神経の障害を神経節細胞複合体(ganglioncellcomplex:GCC)厚や乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)厚の減少としてとらえることができる3).また,特発性視神経炎4)や虚血性視神経症5),外傷性視神経症6)などの視神経疾患においても視神経障害に伴うGCCやcpRNFLの菲薄化が報告されている.以前,筆者らは視神経乳頭炎において,治療によって乳頭浮腫および視機能が改善した後もGCCおよびcpRNFLの菲薄化が進行したことを報告した4).VKHの急性期においてもしばしば視神経乳頭炎に類似した乳頭の発赤や浮腫を伴うが,これまでVKHにおいてGCC厚およびcpRNFL厚の測定により網膜神経節細胞の障害を検討した報告は筆者らの知る限りない.今回,GCC厚およびcpRNFL厚の経時的変化を観察することができた乳頭浮腫型VKH,乳頭の炎症所見を認めなかった後極型VKH,および乳頭の炎症所見を伴った後極型VKHの3症例を報告する.なお,本研究は本学倫理委員会の承認を得ており,また,患者の同意を得て実施した.I症例〔症例1〕42歳,女性.主訴:両眼の充血と霧視.既往歴,家族歴:特記事項なし.現病歴:2011年1月中旬,両眼の充血と霧視を自覚し,近医を受診した.その3日後,VKH疑いで,川崎医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(1.5×cyl?0.50DAx100°),左眼1.5(矯正不能),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHgであった.ハンディフリッカHFR(NEITZ)による中心フリッカー(criticalflickerfrequency:CFF)値は右眼36Hz,左眼37Hzで,相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)は陰性であった.前眼部は両眼の豚脂様角膜後面沈着物および前房内細胞遊出を認めた.眼底は両眼の視神経乳頭の発赤と浮腫がみられ,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では両眼の視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた(図1).髄液検査では,髄液細胞数が113.7/3mm3と増多していた.以上の結果から乳頭浮腫型VKHと診断された.経過:即日入院とし,ソルメドロール1,000mgによるステロイドパルス療法を1クール施行後,プレドニゾロン内服50mg/dayから漸減療法を行った.前眼部の炎症所見および乳頭浮腫は軽快傾向にあったが,治療開始後2.5カ月で視神経乳頭の浮腫が再燃したため,再度ステロイドパルス療法を1クール施行し,プレドニゾロン内服40mg/dayから漸減療法を行った.その後,前眼部の炎症所見および乳頭浮腫は軽快し,治療開始から約2年間の経過観察を行ったが再発はなく,視力は経過を通じて良好であった.SD-OCT(RTVue-100R,softwareversion4.0;OptovueInc.)による平均GCC厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で96.17/92.63μm,6カ月で89.82/95.60μm,12カ月で93.99/96.31μmであった(図4).また,平均cpRNFL厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で194.64/145.70μm,6カ月で106.72/100.31μm,12カ月で112.38/106.23μmであった(図5).両眼の平均GCC厚は経過を通じて明らかな変化を認めず,平均cpRNFL厚は治療開始6カ月後で減少し,6カ月後と12カ月後では明らかな変化はなかった.また,平均GCC厚および平均cpRNFL厚の確率的評価では,両眼ともに経過を通じて,正常データベースと比較して有意な減少はみられなかった(p>0.05).なお,GCC厚は内蔵のGCCスキャンプログラム用い,中心窩から耳側1mmの部位を中心とした直径6mmの範囲を解析した.cpRNFL厚はONHスキャンプログラムを用い,乳頭中央を中心とした直径3.45mmの円周上の厚みを解析した.また,それぞれの解析に用いたデータは,SignalStrengthIndexが50以上得られ,セグメンテーションエラーのないものを採用した.〔症例2〕65歳,男性.主訴:両眼の視力低下.既往歴:40年前,右耳に溶接の火花が入り,難聴あり.現病歴:2013年3月初旬,両眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.VKHを疑われ,翌日に当科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.7(0.8×?0.50D),左眼0.1(0.9×+1.50D),眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部の炎症所見は明らかでなかった.眼底は両眼性の漿液性網膜?離が散在していたが,視神経乳頭の発赤および浮腫はなかった.FAでは,両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留を認めたが,視神経乳頭からの蛍光漏出はなかった(図2).髄液検査では,髄液細胞数の増多は認めなかったが,典型的な眼底所見からVKHと診断された.経過:即日入院とし,ソルメドロール1,000mgによるステロイドパルス療法を3クール施行後,プレドニゾロン内服50mg/dayから漸減療法を行った.視力は治療後2.5カ月で右眼(1.2),左眼(1.2)と改善がみられた.両眼の漿液性網膜?離は治療開始後1カ月の時点で消失し,12カ月後では両眼ともに夕焼け状眼底を呈していた.平均GCC厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で94.59/95.14μm,6カ月で93.86/93.24μm,12カ月で93.01/94.37μmであった(図4).また,平均cpRNFL厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で106.21/97.81μm,6カ月で108.23/102.31μm,12カ月で104.86/100.10μmであった(図5).両眼の平均GCC厚および平均cpRNFL厚は,経過を通じて明らかな変化がなかった.また,平均GCC厚および平均cpRNFL厚の確率的評価では,両眼ともに経過を通じて,正常データベースと比較して有意な減少はみられなかった(p>0.05).〔症例3〕61歳,男性.主訴:両眼の変視症.既往歴:2013年11月中旬に抜歯.現病歴:2013年11月下旬,約1カ月前からの変視症を自覚し,近医を受診した.両眼後極部の網膜下液と右眼の乳頭黄斑間の網膜膨化を認め経過観察を行っていたが,増悪したため12月初旬に当科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×-1.00D(cyl?1.00DAx100°),左眼0.3(1.0×+1.25D(cyl?0.50DAx90°),眼圧は右眼15mmHg,左眼19mmHgであった.CFF値は右眼33Hz,左眼21Hzで,RAPDは陰性であった.前眼部の炎症所見は明らかでなかった.眼底は両眼性の漿液性網膜?離および視神経乳頭の発赤と浮腫がみられた.さらに,右眼黄斑部下方および左眼黄斑部耳側に網膜色素上皮の変性を認めたが,夕焼け状眼底や明らかな網脈絡膜萎縮病巣は認めなかった.FAでは,両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留,視神経乳頭からの蛍光漏出,網膜色素上皮の変性部位に一致したwindowdefectを認めた(図3).髄液検査では,髄液細胞数が54.0/3mm3と増多していた.以上の結果からVKHと診断された.経過:3日後に当科入院し,翌日からソルメドロール1,000mgによるステロイドパルス療法を1クール施行した.1クール終了後の視力は右眼(1.5),左眼(0.7)で左眼の漿液性網膜?離は残存していた(図6a).患者の都合により長期間の入院が困難であったため,ステロイドパルス療法2クール目を施行後に退院し,その1週間後から3クール目を施行した.その後,プレドニゾロン内服40mg/dayから漸減療法を行った.治療開始から約1カ月後には,左眼の漿液性網膜?離は軽快傾向にあり,乳頭の発赤と浮腫は両眼ともに改善していた.治療開始後約3カ月には,視力は右眼(1.5),左眼(1.5)と改善し,両眼の漿液性網膜?離は消失したが,左眼の耳側領域で網膜外層の菲薄化を認めた(図6b).平均GCC厚(右眼/左眼)は治療開始後1カ月で100.04/85.22μm,2カ月で98.02/84.67μm,3カ月で99.83/86.10μmであった(図7a).また,平均cpRNFL厚(右眼/左眼)は治療開始後1カ月で126.25/118.22μm,2カ月で119.54/111.88μm,3カ月で117.04/111.16μmであった(図7b).平均GCC厚および平均cpRNFL厚は,両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかったが,治療開始後1カ月で左眼の平均GCC厚は右眼に比して減少していた.しかし,平均cpRNFL厚は右眼と左眼で明らかな差がみられなかった.平均GCC厚および平均cpRNFL厚の確率的評価は,治療後3カ月で両眼ともに正常範囲内(p>0.05)であった.しかし,左眼のGCCsignificancemapでは,網膜外層の菲薄化部位に一致した耳側領域に菲薄化(p<0.01)を認め,局所的なGCC厚の減少を示すfocallossvolume(FLV)は11.50%と異常値(p<0.01)を示した(図6c).II考按乳頭浮腫型VKHの症例1,および乳頭の炎症所見を伴わない後極型VKHの症例2は,ともに経過を通じてGCCおよびcpRNFLの菲薄化を認めなかった.一方で,経過観察中に網膜外層の萎縮を呈した症例3では,網膜外層の萎縮部位に応じた領域でGCCの菲薄化がみられた.今回の3症例は,いずれも眼外傷や内眼手術の既往はなく,症例1および症例3はVKHの国際診断基準7)を満たしていた.症例2は診断基準に必要な眼外所見がなかったが,病後期に夕焼け状眼底となり,典型的な眼底所見からVKHと診断された.症例1の乳頭浮腫型VKHにおいて,cpRNFL厚は治療開始6カ月後に減少したが,乳頭浮腫改善後のcpRNFL厚は経過を通じて正常範囲内であった.乳頭浮腫を有する眼ではcpRNFL厚が正常眼に比べ肥厚するとされている8).したがって,症例1でみられたcpRNFL厚の減少は,炎症による軸索輸送障害によって誘発されたcpRNFLの肥厚が,治療による消炎に伴い改善したものであり,炎症による神経線維障害の進行を反映したものではなかったと考えられる.症例1と症例2において,GCCおよびcpRNFLは経過を通じて明らかな菲薄化を認めなかった.VKHはメラノサイトに対する自己免疫疾患であり,メラノサイトはくも膜にも存在するため,VKHでは髄膜炎が生じる.そのためVKHでは髄鞘内に炎症が留まっている状態であり,視神経の直接障害はない2)とされている.また,VKHでは0.1未満に視力が低下していても,CFF値は軽度低下に留まる9)ことが知られており,ぶどう膜炎の視神経の障害は特発性視神経炎などと比較して軽微であるとされている10).しかし,筆者らの知る限りVKHにおけるGCC厚およびcpRNFL厚の経時的変化を検討した報告はない.今回,乳頭浮腫を伴うVKHでは治療後,明らかな神経節細胞の障害はきたさないことが他覚的に評価できたと考えられる.治療により視機能が改善した後にも神経節細胞や神経線維の障害が進行する視神経疾患4?6)とは異なる病態を示した.症例3では,治療開始後早期から右眼に比して左眼のGCC厚が減少していた.しかし,網膜神経節細胞の軸索を評価しているcpRNFL厚は右眼と左眼で明らかな差を認めなかった.cpRNFLに菲薄化がみられなかった理由としては,GCCの障害部位が限局していたためcpRNFL厚の減少として反映されなかったと考えられる.左眼GCC厚の減少については,GCCが菲薄化した部位に一致して網膜外層が萎縮を呈したことより,網膜下液の遷延もしくは炎症性変化に伴った視細胞のアポトーシスが生じ,順行性に網膜神経節細胞萎縮を生じた可能性がある.また,初診時のFAで左眼黄斑部耳側にwindowdefectがみられており,過去に何らかの疾患による滲出性変化が生じたことで網膜外層の菲薄化や網膜色素上皮障害がすでに存在していた可能性も否定できない.そのため,左眼GCCの菲薄化は,過去の網膜外層や網膜色素上皮の障害を反映した結果かもしれない.VKHによる漿液性網膜?離とGCC菲薄化の関連性について,今後症例数を増やしての検討が必要である.一方で,これまで乳頭浮腫を伴うVKHで虚血性視神経症を合併した症例がいくつか報告されている11,12).虚血性視神経症では,GCCおよびcpRNFLが経時的に菲薄化する5)ため,網膜外層の萎縮に関連した網膜神経節細胞萎縮との鑑別に注意が必要であると思われる.今回,急性期に乳頭の炎症所見を呈する乳頭浮腫型VKHと乳頭の炎症所見を伴わない後極型VKHにおいて,GCC厚およびcpRNFL厚の経時的変化を観察した.VKHにおける乳頭浮腫は,続発性の視神経障害をきたさないことが示唆されたが,一方で網膜外層の萎縮に関連した網膜神経節細胞萎縮を認めた症例も経験した.乳頭浮腫を伴ったVKHにおいてGCC厚やcpRNFL厚を評価することは,病態の把握に有用であると考えられる.文献1)杉浦清治:Vogt-小柳-原田病.臨眼33:411-424,19792)中村誠:乳頭が腫れていたら.あたらしい眼科24:1553-1560,20073)KimNR,LeeES,SeongGJetal:Structure-functionrela-tionshipanddiagnosticvalueofmacularganglioncellcomplexmeasurementusingFourier-domainOCTinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:4646-4651,20104)後藤克聡,水川憲一,三木淳司ほか:神経節細胞複合体の急激な菲薄化を認めた小児視神経炎の2例.日眼会誌117:1004-1011,20135)GotoK,MikiA,ArakiSetal:Timecourseofmacularandperipapillaryinnerretinalthicknessinnon-arteriticanteriorischemicopticneuropathyusingspectral-domainopticalcoherencetomography.NeuroOphthalmology40:74-85,20166)荒木俊介,後藤克聡,水川憲一ほか:光干渉断層計を用いて神経節細胞複合体厚および乳頭周囲網膜神経線維層厚の経時的変化を観察できた小児外傷性視神経症の1例.あたらしい眼科31:763-768,20147)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20018)MenkeMN,FekeGT,TrempeCL:OCTmeasurementsinpatientswithopticdiscedema.InvestOphthalmolVisSci46:3807-3811,20059)三村康男:ブドウ膜炎の診断,治療と医原性の問題について,第4章各疾病の診断と治療,IIVogt-小柳-原田病.日本の眼科48:190-194,197610)毛塚剛司:視神経炎をみたら.あたらしい眼科30:731-737,201311)YokoyamaA,OhtaK,KojimaHetal:Vogt-Koyanagi-Haradadiseasemasqueradinganteriorischemicopticneuropathy.BrJOphthalmol83:123,199912)NakaoK,MizushimaY,AbematsuNetal:AnteriorischemicopticneuropathyassociatedwithVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1417-1425,2009〔別刷請求先〕荒木俊介:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室Reprintrequests:SyunsukeAraki,DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPAN図1症例1の初診時眼底所見a:蛍光眼底造影所見.両眼に視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.b:黄斑部OCT所見(水平断).両眼ともに黄斑部の滲出性変化は認めなかった.c:乳頭部OCT所見(水平断).両眼ともに乳頭浮腫を認めた.OCT:opticalcoherencetomography.図2症例2の初診時眼底所見a:蛍光眼底造影所見.両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留を認めたが,視神経乳頭からの蛍光漏出は認めなかった.b:黄斑部OCT所見(水平断).両眼ともに黄斑部の漿液性網膜?離を認めた.c:乳頭部OCT所見(水平断).両眼ともに乳頭浮腫は認めなかった.OCT:opticalcoherencetomography.図3症例3の初診時眼底所見a:蛍光眼底造影所見.両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留と視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.また,右眼黄斑部下方および左眼黄斑部耳側にwindowdefectを認めた.b:OCT所見(水平断).両眼ともに黄斑部の漿液性網膜?離および乳頭浮腫を認めた.OCT:opticalcoherencetomography.あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616671668あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(130)図4症例1および症例2の平均GCC厚の経時的変化症例1,症例2の平均GCC厚は両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかった.また,乳頭の炎症所見の有無にかかわらず両症例の最終的な平均GCC厚に明らかな差はなかった.GCC:ganglioncellcomplex.図5症例1および症例2の平均cpRNFL厚の経時的変化平均症例1の平均cpRNFL厚は治療開始6カ月後で減少し,その後は一定であった.症例2の平均cpRNFL厚は両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかった.また,乳頭の炎症所見の有無にかかわらず両症例の最終的な平均cpRNFL厚に明らかな差はなかった.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer.(131)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161669図6症例3のOCT所見a:治療後3日のOCT所見.右眼の乳頭黄斑間の網膜膨化および左眼黄斑部の漿液性網膜?離の残存を認めた.b:治療後3カ月のOCT所見.右眼の網膜膨化が改善した.左眼の漿液性網膜?離は改善したが,耳側領域(矢頭で示した部位)で網膜外層の萎縮が認められた.c:治療後3カ月のGCCmap.左眼のGCCsignificancemapにおいて,耳側に異常領域が認められ,FLVは11.50%と異常値を示した.右眼のFLVは1.45%で正常範囲内であった.FLV:focallossvolume,GCC:ganglioncellcomplex,OCT:opticalcoherencetomograph1670あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(132)図7症例3の平均GCC厚および平均cpRNFL厚の経時的変化a:症例3の平均GCC厚の経時的変化.左眼の平均GCC厚は経過を通じて右眼に比して減少していた.b:症例3の平均cpRNFL厚の経時的変化.平均cpRNFL厚は両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかった.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer,GCC:ganglioncellcomplex.(133)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616711672あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(134)

網膜動脈分枝閉塞症を続発したIntrapapillary Hemorrhage with Adjacent Peripapillary Subretinal Hemorrhage(IHAPSH)の1例

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1662?1665,2016c網膜動脈分枝閉塞症を続発したIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhage(IHAPSH)の1例佐藤茂内堀裕昭林仁堺市立総合医療センターアイセンターACaseofBranchRetinalArteryOcclusioninIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhageShigeruSato,HiroakiUchihoriandHitoshiHayashiDepartmentofOphthalmology,SakaiCityMedicalCenterIntrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageの経過中に網膜動脈分枝閉塞症を生じた症例を経験したので報告する.症例は42歳,女性.主訴は右眼飛蚊症.初診時,矯正視力は両眼とも1.2,眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.右眼には軽度の硝子体出血および視神経乳頭鼻上側の乳頭部出血,視神経乳頭辺縁部鼻上側に網膜下出血を認めた.網膜動静脈の拡張や蛇行は認めなかった.無投薬で経過を観察したが,初診より5日後,視神経乳頭鼻側に小さな網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を認めた.全身検査を行ったが,有意な所見を認めなかった.初診より5日後からアスピリン100mg/日内服を開始したところ,出血は徐々に吸収され,飛蚊症は消失し,視力も保たれた.約7カ月の経過観察中に再出血や新たなBRAOの発症は認めなかった.Wereportthecaseofa42-year-oldfemalewhosufferedintrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageanddevelopedanadjacentperipapillarybranchretinalarteryocclusioninherrighteye.Hermaincomplaintwasfloatersintherighteye.Ourinitialexaminationrevealedcorrectedvisualacuityof1.2inbotheyes,andintraocularpressureof15mmHgand17mmHgintherightandlefteyes,respectively.Ophthalmoscopicexaminationdisclosedmildvitreoushemorrhage,nasalintrapapillaryhemorrhageandadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageinherrighteye.Fivedayslater,wefoundanadjacentperipapillarybranchretinalarteryocclusionintherighteye,andinitiatedprescriptionoforalaspirin(100mg/day).Thehemorrhagegraduallydisappearedandthefloatersfadedaswell.Visualacuitywasmaintained.Therehasbeennorecurrencethusfar.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1662?1665,2016〕Keywords:視神経乳頭周囲に網膜下出血を伴う乳頭部出血,網膜動脈分枝閉塞症,硝子体出血,網膜下出血,近視.intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage(IHAPSH),branchretinalarteryocclusion(BRAO),vitreoushemorrhage,subretinalhemorrhage,myopia.はじめに若年者に片眼性視神経乳頭部出血をきたす疾患として,視神経乳頭血管炎1),虚血性視神経症2),視神経乳頭部ドルーゼン3),後部硝子体?離に伴う乳頭部出血4,5),Leber特発性星芒状視神経網膜炎2,6,7),視神経乳頭部細動脈瘤8),視神経乳頭周囲に網膜下出血を伴う乳頭部出血(intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage:IHAPSH)2)などが報告されている.このなかで,IHAPSHは片眼性の視神経乳頭部出血に加え視神経乳頭部周囲網膜下出血を伴う症候群で,その原因としてさまざまな機序が考察されているものの,現在のところ詳細は不明である.硝子体出血を合併することもあり,飛蚊症の訴えにて受診され発見されることもある.出血は自然吸収傾向にあり,視力予後も良好で再発は少ないとされている2).今回,IHAPSHの経過観察中,視神経乳頭出血部位に近接した網膜動脈分枝閉塞症(branchretinalarteryocclusion:BRAO)を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,女性.主訴:右眼飛蚊症.既往歴:特記すべきものなし.現病歴:2015年2月より右眼の飛蚊症を自覚.近医受診したところ視神経乳頭部出血を指摘された.精査目的にて紹介となり,2日後に当科初診となった.初診時所見:視力は右眼0.05(1.2×sph?4.5D(cyl?0.5DAx60°),左眼0.1(1.2×sph?2.5D(cyl?0.5DAx150°).眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.右眼には軽度の硝子体出血および視神経乳頭鼻上側の乳頭部出血,その辺縁部に網膜下出血を認めた.網膜血管動静脈の拡張や蛇行は認めず,黄斑周囲の星芒状白斑も認めなかった(図1a).右眼前眼部は特記すべき所見を認めなかった.また,左眼には特記すべき所見を認めなかった.矯正視力良好であり,自覚症状も軽度であったため,投薬は行わず経過観察をすることとした.経過:初診より5日後再診したところ,飛蚊症が少し濃くなった印象があるとのことであった.検眼鏡的には,硝子体出血はかなり吸収されており,網膜下出血の増悪は認めないものの,若干の乳頭部出血の増加および視神経乳頭鼻側に小さなBRAOを認めた(図1b).同日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では,BRAO部を走行する動脈は動脈相早期ですでに充盈が始まっており,他の動脈に比して充盈遅延は認めなかった(図1c).また,網膜炎を疑うびまん性蛍光漏出や,網膜血管からのシダ状蛍光漏出,無血管領域,新生血管を認めなかった.視神経乳頭部は出血によるブロックと考える低蛍光を示したが,後期でも乳頭浮腫,血管腫や新生血管を疑う過蛍光は確認できなかった(図1d).OCTでは,視神経乳頭出血に一致した乳頭辺縁部の肥厚および網膜下出血と考える網膜下高反射像を認めた.また,硝子体出血と考えられる高反射も認めた.BRAO部では網膜内層の高反射を認めたが,視神経乳頭への硝子体牽引は明らかではなかった(図2a~d).本症例は中等度近視であり,3D解析を行ったところ傾斜乳頭の像を示した(図2e).中心フリッカー値は両眼ともに41Hzであった.全身検査では,心電図は正常範囲内で,心房細動は認めなかった.頸部エコーでは,両側頸動脈にプラークや狭窄を認めなかった.血液学的検査では,凝固能,抗核抗体やb2マイクログロブリン抗体を含めて有意な所見を認めなかった.本人と相談のうえ,アスピリン100mg/日内服を開始した.その後,出血は徐々に吸収され,飛蚊症の自覚も消失した.初診から約2カ月後にいったん受診が途絶えた.それに伴い,アスピリン内服も自己中断となった.初診から5カ月半後に再診されたところ,出血は完全に吸収されており,表在性視神経乳頭ドルーゼンを認めなかった(図3a).視力は維持されていたが,自動視野計では,右眼Mariotte盲点の耳側への拡大を認めた.初診から6カ月後のFAでは,ブロックは消失し,視神経乳頭部に浮腫,血管腫や新生血管を疑う過蛍光は認めなかった(図3b).BRAO領域は検眼鏡や造影検査を含め,通常の検査では確認が困難であったが,FA後のマルチカラー眼底撮影では,短波長(488nm)と中間波長(518nm)レーザー撮影において,BRAOの領域に一致して,明らかな色調変化が認められた(図3c,d).II考按今回筆者らは,IHAPSHの経過中にBRAOを続発したと考えられる症例を経験した.IHAPSHは,2004年にKokameらが10眼の臨床報告を行い提唱した症候群名である2).それ以前には,1975年のCibisらの報告4)に続き,わが国でも1981年以降に同様の所見を示す症例が相ついで報告され,1989年には廣辻らが10眼の臨床報告を行い,近視性乳頭出血との名称を提唱している5).Kokameらは,この症候群の特徴として①視神経乳頭部からの出血,②近視眼の傾斜乳頭で頻度が上昇する,③視神経乳頭の上方もしくは鼻側に出血することが多い,④急性発症で視力予後良好である,⑤同一眼に再発を認めないとの5つの特徴をあげているが,それ以外にも⑥出血は自然消退する,⑦神経や網膜に明らかなダメージを残さない,⑧アジア系に多くそれ以外の人種では稀,⑨女性に多い,⑩平均発症年齢は47歳などと述べている2).本症例は上記特徴に合致しており,IHAPSHであると考えた.BRAOについては,一般に塞栓源の検索が重要であるが,本症例では塞栓源は特定できなかった.また,特記すべき既往症はなく,発症年齢が比較的若く,血液検査でも凝固系や抗リン脂質抗体症候群を疑う異常所見を認めなかった.さらにIHAPSHの推定発症から1カ月以内に病変の直近に発症している.以上から本症例のBRAOはIHAPSHに続発したと考えた.IHAPSHと鑑別すべき疾患として,視神経乳頭血管炎1),虚血性視神経症2),視神経乳頭部ドルーゼン3),視神経乳頭部細動脈瘤8)を考慮した.まず,視神経乳頭血管炎であるが,全身疾患を伴わない若年性の網膜中心静脈閉塞症が高齢者の病態とは異なるとの考え方から,さまざまな名称でよばれてきた臨床概念である1).本症例では網膜血管の拡張・蛇行を認めず,視神経乳頭部の腫脹は軽度で,出血を認める上方?鼻側に限局しており,耳側?下方の視神経乳頭の腫脹は認めない(図1a~d,2a~e).FAでは網膜血管からのシダ状蛍光漏出など網膜中心静脈閉塞症に共通する所見を認めなかった.また,FAの後期像で視神経乳頭からの著明な蛍光漏出は認めなかった(図1d).以上のことから視神経乳頭血管炎は除外されると考える.虚血性視神経症では,視神経乳頭は急性期に閉塞部の蒼白浮腫と非閉塞部の発赤浮腫を認め,水平半盲などの閉塞部に一致した永続する視野障害を認めることが多い.本症例では,BRAOに伴うMariotte盲点の拡大を認めるのみで,視神経乳頭部出血に一致した視野障害を認めなかった.また,出血の吸収後の視神経乳頭に蒼白化を認めなかったことから除外した(図3a).視神経乳頭部ドルーゼンについては,出血吸収後に検眼鏡的には表在性の視神経乳頭ドルーゼンを認めなかった(図3a).しかし,超音波Bモード,CTなどを行っていないため,深部に潜在するドルーゼンは完全に否定できなかった.視神経乳頭部細動脈瘤は視神経乳頭部出血やBRAOを生じることがある8).しかし,本症例では視神経乳頭部血管瘤は検出されなかった(図3a,b).IHAPSHの原因は未解明であるが,その病因として近視に伴う脈絡膜乳頭境界部での解剖学的脆弱性5),後部硝子体?離に伴う視神経乳頭部牽引4),Valsalva手技による破綻性出血9)やLeber特発性星芒状視神経網膜炎などが考えられている2,6,7).今回の症例では,中等度近視で傾斜乳頭であるものの,OCTにおいて後部硝子体?離に伴う視神経乳頭部牽引は認めなかった(図2a~d).そのため,本症例に関して,硝子体牽引は病因の可能性としては低いと考えた.Valsalva手技による視神経乳頭部の破綻性出血については,発症直前のエピソードに関して積極的には問診を行ったわけではないものの,とくに申告はなく,また後日BRAOが続発したことを説明できない.Leber特発性星芒状視神経網膜炎は,黄斑部に星芒状白斑を伴う視神経網膜炎であるが,ネコひっかき病を含めたさまざまな原因で起こるとされており,IHAPSHに似た所見を示すことがあると報告されている6,7).ネコひっかき病はグラム陰性菌のBartonellahenselae感染が原因であると報告されているが,近年このBartonellahenselae感染とBRAOの関連が指摘されている10).Bartonellahenselaeは血管内皮に侵入する傾向がある11)ので,血管内皮のダメージの結果としての血管閉塞や血管増殖が想定されている12).本症例では,Bartonellahenselae感染の血液学的検索や猫の接触歴や飼育歴の聴取を行っていなかった.今後,IHAPSHとBartonellahenselae感染の関連については検討の価値があると考える.BRAO発症半年後,検眼鏡やFAではBRAO部を同定することが困難であった(図3a,b)しかし,OCTでは,網膜の限局性菲薄化が認められ,FA後のマルチカラー眼底撮影では短波長(488nm)と中間波長(518nm)レーザーにて撮像した画像では,はっきりと閉塞部を同定することができた(図3c,d).マルチカラー眼底撮影は陳旧性BRAOの閉塞領域を同定するのに有用である可能性がある.最後に,IHAPSHは自然軽快し,予後良好と報告されているが,BRAOを続発する可能性があるので,発症早期はBRAOの続発に注意すべきと考えられた.文献1)FongAC,SchatzH:Centralretinalveinocclusioninyoungadults.SurvOphthalmol37:393-417,19932)KokameGT,YamamotoI,KishiSetal:Intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage.Ophthalmology111:926-930,20043)LeeKM,HwangJM,WooSJ:Hemorrhagiccomplicationsofopticnerveheaddrusenonspectraldomainopticalcoherencetomography.Retina34:1142-1148,20144)CibisGW,WatzkeRC,ChuaJ.:Retinalhemorrhagesinposteriorvitreousdetachment.AmJOphthalmol80:1043-1046,19755)廣辻徳彦,布出優子,中倉博延ほか:近視性乳頭出血.眼紀40:2787-2794,19896)KokameGT:Intrapapillary,peripapillaryandvitreoushemorrhage[letter].Ophthalmology102:1003-1004,19957)CassonRJ,O’DayJ,CromptonJL:Leber’sidiopathicstellateneuroretinitis:differentialdiagnosisandapproachtomanagement.AustNZJOphthalmol27:65-69,19998)MitamuraY,MiyanoN,SuzukiYetal:Branchretinalarteryocclusionassociatedwithruptureofretinalarteriolarmacroaneurysmontheopticdisc.JpnJOphthalmol49:428-429,20059)里見あづさ,大原むつ:Valsalva手技が誘因と思われる若年者乳頭出血の1例.眼臨90:981-983,199610)Eiger-MoscovichM,AmerR,OrayMetal:RetinalarteryocclusionduetoBartonellahenselaeinfection:acaseseries.ActaOphthalmol94:e367-e370,201611)KirbyJE:InvitromodelofBartonellahenselae-inducedangiogenesis.InfectImmun72:7315-7317,200412)PinnaA,PugliaE,DoreS:Unusualretinalmanifestationsofcatscratchdisease.IntOphthalmol31:125-128,2011〔別刷請求先〕佐藤茂:〒593-8304大阪府堺市西区家原寺町1-1-1堺市立総合医療センターアイセンターReprintrequests:ShigeruSatoM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,SakaiCityMedicalCenter,1-1-1Ebaraji-cho,Nishi-ku,Sakai,Osaka593-8304,JAPAN1662(124)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1眼底写真およびFAa:初診時右眼眼底写真.視神経乳頭鼻上側に出血,網膜下出血,浮腫を認める.網膜血管の拡張は認めない.b:初診から5日後.視神経乳頭部出血の軽度増加と視神経乳頭鼻側にBRAOを認める.c:FA早期像.BRAO部の動脈の充盈を認める.d:FA後期像.網膜血管からの蛍光漏出や視神経乳頭部の著明な過蛍光を認めない.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161663図2OCT像a,b:OCTの網膜下出血部のスキャン位置と断層像.b:出血部に一致した網膜肥厚と網膜下出血と思われる反射を認める.硝子体には出血と思われる点状高反射を認めるが,明らかな後部硝子体?離を認めない.c,d:OCTのBRAO部のスキャン位置と断層像.d:網膜内層に高反射像を認める.e:右視神経乳頭部のOCTによる3D再構成像.傾斜乳頭を認める図3眼底写真とマルチカラー眼底写真a:初診から5カ月半後の右眼眼底写真.出血は吸収され,血管瘤や表在性の視神経乳頭部ドルーゼンを認めない.BRAO部は同定できない.b:初診から6カ月後のFA後期像.視神経乳頭部に異常所見を認めない.BRAO部は同定できない.c,d:FA後のマルチカラー眼底撮影(c=488nm,d=518nm)BRAO部が同定可能.1664あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161665

視野障害進行中の正常眼圧緑内障患者に対するカシスアントシアニンの視野障害進行抑制効果

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1656?1661,2016c視野障害進行中の正常眼圧緑内障患者に対するカシスアントシアニンの視野障害進行抑制効果井上賢治*1山本智恵子*1塩川美菜子*1比嘉利沙子*1藤本隆志*1石田恭子*2富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科EffectsofBlackCurrantAnthocyaninsonVisualFieldDefectsinNormal-tensionGlaucomaKenjiInoue1),ChiekoYamamoto1),MinakoShiokawa1),RisakoHiga1),TakayukiFujimoto1),KyokoIshida2)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:カシスアントシアニンが緑内障性視野障害進行を抑制するかを前向きに検討する.対象および方法:meandeviation(MD)値変化が?0.5dB/年以下の正常眼圧緑内障28例28眼を対象とした.点眼薬治療を継続し,カシスアントシアニン50mgを含む試験食品を1日3粒2年間摂取した.摂取前後2年間のMD値,patternstandarddeviation(PSD)値,visualfieldindex(VFI)値変化を比較した.結果:MD値変化は,摂取後(?0.18±0.64dB/年)は摂取前(?0.98±0.48dB/年)に比べて有意に改善した(p<0.0001).PSD値変化は摂取前後で同等であった.VFI値変化は,摂取後(?0.94±2.58/年)は摂取前(?2.53±2.00/年)に比べて有意に改善した(p<0.001).結論:カシスアントシアニンは緑内障性視野障害進行を抑制する可能性がある.Purpose:Weprospectivelyinvestigatedtheeffectsofblackcurrantanthocyanins(BCAC)onglaucomatousvisualfielddefects.Methods:Thestudyincluded28participants(28eyes)withnormal-tensionglaucoma(NTG)whosemeandeviations(MDs)were??0.5dB/yearduringtheprevious24months.BCACtabletswereaddedtoongoingeyedroptreatments;3tablets(50mg/day)wereadministeredonceadayfora24-monthperiod.MDslope,patternstandarddeviation(PSD)slopeandvisualfieldindex(VFI)slopeduringthe24monthsafteradministrationwerecomparedwiththerespectivevaluesduringthe24monthsbeforeinitiationoftreatment.Results:MDslopeimprovedfrom?0.98±0.48dB/yearto?0.18±0.64dB/year(p<0.0001).VFIslopeimprovedfrom?2.53±2.00/yearto?0.94±2.58/year(p<0.001).TherewasnosignificantchangeinPSDslope.Conclusion:BCACcouldeffectivelyslowtheprogressionofglaucomatousvisualfielddefectsinNTGpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1656?1661,2016〕Keywords:カシスアントシアニン,視野障害,正常眼圧緑内障,MD,PSD,VFI.blackcurrantanthocyanins,visualfielddefects,normal-tensionglaucoma,meandeviation,patternstandarddeviation,visualfieldindex.はじめに緑内障治療の最終目標は患者の視野障害進行の抑制である.視野障害進行抑制に対して唯一エビデンスが得られているのが眼圧下降である1,2).しかし,眼圧を十分に下降させても視野障害が進行する症例も存在する.そのような症例では眼圧以外の要因が視野障害進行に関与していると考えられる.その要因として,血流障害や神経細胞死があり,血流改善3)や神経保護作用4)が視野障害進行抑制に効果的だったと報告されている.一方,昔からブルーベリーは眼によいといわれている.しかし,ブルーベリーなどの果実を毎日多量に摂取するのは困難なので,錠剤にしたサプリメントが世界的に発売されている.ヨーロッパではサプリメントは一部医薬品として登録されている.実際に緑内障性視野障害の進行抑制効果がイチョウ葉エキスやビルベリーアントシアニンで報告されている5).アントシアニンの目に対する効果としてロドプシンの再合成促進作用6),血流改善7,8),毛様体筋緊張の緩和9),近視抑制10),眼精疲労軽減11)などが報告されている.アントシアニンを多量に含有する果実としてカシスがある.カシスアントシアニンによる緑内障性視野障害の進行抑制効果が日本人原発開放隅角緑内障患者で報告された7).今回,この論文を再検証する目的で,カシスアントシアニンが緑内障性視野障害の進行抑制に寄与するかを,日本人正常眼圧緑内障患者を対象にして前向きに検討した.I方法2011年9月?2012年10月に井上眼科病院に通院中の20歳以上75歳以下の正常眼圧緑内障患者のうち,本研究の主旨を説明し本人の文書による同意が得られ,以下の選択基準を満たし除外基準に抵触しない症例を対象とし,前向き一般臨床試験で実施した.選択基準は緑内障点眼薬治療を2年間以上受けており,試験開始前2年間のHumphrey視野検査プログラム中心30-2SITA-Standard(以下,HFA30-2)のmeandeviation(MD)値が悪化している症例,MD値?12.0dB以上の早期から中期の緑内障性視神経障害があり,矯正視力0.7以上で,試験開始前2年間の眼圧に変化がない症例とした.除外基準は緑内障以外に視野検査に影響する疾患を有する症例,白内障手術後1年以内の症例,食物アレルギーを有する症例,重篤あるいは進行性の全身性疾患を有する症例,本研究に影響する可能性のある健康食品を常用している症例,妊婦や授乳中の症例とした.カシスアントシアニン摂取24カ月前から摂取開始日までの6カ月ごとのHFA30-2のMD値の変動が2.0dBを超える症例,HFA30-2で信頼性が低い(固視不良20%以上,偽陽性または偽陰性反応33%以上),あるいは検査実施日が規定の検査日±3カ月を超えていて摂取24カ月前から摂取開始日までにHFA30-2で4回以上のデータがない症例,摂取開始日のHFA30-2の信頼性が低い症例は除外した.解析時にはHFA30-2のMD値が悪化している基準として摂取前24カ月間のHFA30-2のMD値変化が?0.5dB/年以下とした.両眼該当例では視野障害が重度のほうの眼を解析に用いた.試験期間中は従来からの緑内障点眼薬治療(表1)を継続し,さらにカシスアントシアニンを含む試験食品(カシス-iR,明治)を1日1回3粒,2年間摂取した.試験食品は1日量(3粒)当たりカシス抽出物(カシスアントシアニン50mg含有),b-カロテン1,800μg,ルテイン0.5mgの他,オリーブ油,大豆レシチン,グリセリン脂肪酸エステルを,ゼラチンおよびグリセリン製軟カプセルに充?した軟カプセル剤である.受診ごとに試験食品の摂取状況を確認した.測定項目は,眼圧,MD値,patternstandarddeviation(PSD)値,visualfieldindex(VFI)値,自己記入式アンケート(表2)とした.眼圧は受診ごとにGoldmann圧平眼圧計で測定し,6カ月ごとの測定値を解析に用いた.HFA30-2と自己記入式アンケートは6カ月ごとに実施した.また,摂取前24カ月間と摂取後24カ月間のMD値,PSD値,VFI値の変化量が改善,不変あるいは悪化した症例数をそれぞれ調べた.統計学的検討は,摂取前24カ月間と摂取後24カ月間のMD値変化(dB/年),PSD値変化(dB/年),VFI値変化(/年)をWilcoxonsignedranktestで,眼圧変化はANOVAおよびBonfferoni/dunn検定で比較した.自己記入式アンケートは摂取開始日と摂取24カ月後についてWilcoxonsignedranktestで比較した.統計学的検討における有意水準はp<0.05とした.眼圧下降が視野障害進行抑制に効果を示すことは証明されている1,2)ことから,その影響を除外する目的で試験食品摂取前と摂取24カ月後で眼圧が有意(p<0.05,ANOVAおよびBonfferoni/dunn検定)に下降した症例は解析から除外した.その他,摂取率が80%以下の症例は解析対象から除外した.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得て実施した.II結果同意を得られた72例のうち摂取前24カ月間のHFA30-2のMD値の変動が大きかった症例(4例),HFA30-2で信頼性が低いあるいは検査実施日が規定検査日±3カ月を超えていて摂取24カ月前から摂取開始日までにHFA30-2で4回以上のデータがない症例(19例),摂取開始日のHFA30-2の信頼性が低い症例(4例)の合計27例は摂取6カ月後までに中止として,45例で摂取を継続した.さらに摂取前24カ月間のHFA30-2によるMD値変化が?0.5dB/年よりも大きい11例と同意を撤回した2例を除外した32例を本試験の対象者とした.摂取率80%以下の2例,摂取開始後に眼圧が有意に下降した2例を除いた28例にて解析を行った(図1).解析対象28例(男性8名,女性20名)の平均年齢は59.1±11.8歳,(平均±標準偏差,30?74歳),使用中の緑内障点眼薬は平均1.6±0.8剤で,1剤15例,2剤9例,3剤3例,4剤1例であった(表1).MD値は摂取24カ月前(?4.45±2.71dB)から摂取開始日(?5.55±2.76dB)では有意に低下し(p<0.0001),摂取開始日から摂取24カ月後(?6.33±3.20dB)では変化はなかった(p=0.0992).MD値変化は摂取24カ月前から摂取開始日では?0.98±0.48dB/年,摂取開始日から摂取24カ月後では?0.18±0.64dB/年で,摂取開始後に有意に改善した(p<0.0001).MD値変化量および変化(傾き)を図2に示した.MD値変化が摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間のほうが改善した症例は24例(85.7%),不変あるいは悪化した症例は4例(14.3%)だった.PSD値は摂取24カ月前(8.74±3.90dB)から摂取開始日(9.40±3.81dB)では有意に上昇し(p<0.05),摂取開始日から摂取24カ月後(10.12±3.53dB)では変化はなかった(p=0.8083).PSD値変化は摂取24カ月前から摂取開始日までは0.79±1.01dB/年,摂取開始日から摂取24カ月後では0.32±0.95dB/年で変化はなかった(p=0.060).PSD値変化量および変化(傾き)を図3に示した.PSD変化が摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間のほうが改善した症例は16例(57.1%),不変あるいは悪化した症例は12例(42.9%)だった.VFI値は摂取24カ月前(86.25±8.54)から摂取開始日(85.26±8.49)では有意に低下し(p<0.001),摂取開始日から摂取24カ月後(82.38±9.33)では変化はなかった(p=0.2362).VFI値変化は摂取24カ月前から摂取開始日では?2.53±2.00/年,摂取開始日から摂取24カ月後では?0.94±2.58/年でカシス摂取後に有意に改善した(p<0.001).VFI値変化量および変化(傾き)を図4に示した.VFI値変化が摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間のほうが改善した症例は23例(82.1%),不変あるいは悪化した症例は5例(17.9%)だった.MD値,PSD値,VFI値のすべての変化(傾き)が改善した症例は13例(46.4%)だった.MD値変化とPSD値変化のみが改善した症例は1例(3.6%),MD値変化とVFI値変化のみが改善した症例は7例(25.0%),PSD値変化とVFI値変化のみが改善した症例は2例(7.1%)だった.MD値,PSD値,VFI値のすべての変化が不変あるいは悪化した症例は1例(3.6%)だった(図5).眼圧は,摂取24カ月前は13.5±2.7mmHg,摂取18カ月前は13.3±2.6mmHg,摂取12カ月前は13.5±2.4mmHg,摂取6カ月前は13.2±2.3mmHg,摂取開始日は12.7±2.0mmHgで摂取前まで変化がなく(p=0.054),摂取6カ月後は12.7±2.3mmHg,摂取12カ月後は12.5±2.1mmHg,摂取18カ月後は12.9±2.5mmHg,摂取24カ月後は12.6±2.3mmHgで,摂取後も変化はなかった(p=0.698).自己記入式アンケート調査では「眼が疲れる」「涙が出る」「いらいらする」の3項目において,摂取開始日に比べて摂取24カ月後に有意に改善した(p<0.05,p<0.05,p<0.01)(図6).III考按カシスアントシアニンによる原発開放隅角緑内障患者の視野障害進行抑制がOhguroらの研究により報告されている7).そこで,当院においても,カシスアントシアニンを含む食品の摂取が,視野障害進行中の緑内障患者の視野障害進行を抑制するかについて検討を行った.日本人においては,原発開放隅角緑内障患者の多くは正常眼圧緑内障患者12)であることから,本試験の対象は視野障害が進行中の正常眼圧緑内障患者を対象とした.眼圧下降による視野障害進行抑制作用は証明されている1,2)ので,摂取後に眼圧が有意に下降した症例は解析からは除外し,眼圧非依存性での要因を検討した.今回,視野障害進行症例の判断基準としてHFA30-2によるMD値変化が?0.5dB/年以下とした.過去の緑内障を治療中の患者の視野障害の進行速度は?0.41dB/年13),?0.34±0.17dB/年14),あるいは進行症例は?0.71dB/年で非進行症例は?0.01dB/年15)と報告されている.一方,緑内障を無治療で経過観察している患者の視野障害の進行速度は?0.36dB/年16),?0.41dB/年17)と報告されている.過去の報告13?17)の視野障害進行速度を基にして今回の基準を設定した.カシスアントシアニンの緑内障患者に対する効果はOhguroらにより多数報告されている7,8,18).カシスアントシアニンの緑内障性視野障害進行抑制に対する無作為化プラセボ対照二重盲検比較試験の報告では,カシスアントシアニン摂取群(カシスアントシアニン50mg/day)20例とプラセボ群20例で摂取前後2年間の眼圧,視野MD値,眼血流を評価した.眼圧は両群とも摂取前後で変化なく,両群間にも差がなかった.MD値の変化は,カシスアントシアニン摂取群では,摂取後にMD値の悪化が抑制された.眼血流はカシスアントシアニン摂取群でプラセボ群に比べて,有意に血流が増加した7).一方,健常人のボランティアにカシスアントシアニンあるいはプラセボを投与したところ,眼圧は投与2週間後ではカシスアントシアニン群がプラセボ群に比べて有意に下降したが,投与4週間後では2群で同等だったと報告した18).正常眼圧緑内障患者30例でカシスアントシアニン(50mg/day)を摂取し,6カ月間経過観察した研究では,摂取前後で眼圧に差はなく,視神経乳頭および乳頭周囲網膜の血流量は有意に増加した.また,摂取後に血中エンドセリン-1濃度は有意に増加した8).MD値とVFI値の変化は摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間で有意に改善し,OhguroらのMD値の報告7)と同様の結果を得た.また,PSD値変化では摂取前後で有意な変化はみられなかったものの,摂取前24カ月間では有意に上昇していたのに対し,摂取後24カ月間では変化がみられなかった.症例を個別に検討したところ,MD値変化がカシス摂取前24カ月間に比べてカシス摂取後24カ月間のほうが改善した症例が85.7%と多数みられた.同様にPSD値変化,VFI値変化が改善した症例が各々57.1%と82.1%にみられた.MD値,PSD値,VFI値のすべての変化が改善した症例も46.4%存在した.試験食品摂取後の視野障害進行抑制作用は,Ohgroらの報告8)から視神経乳頭の眼血流改善によるものと推測され,その作用は眼圧非依存的であることが示唆された.今回摂取した試験食品はカシスアントシアニンのほかに,目によい成分とされるbカロテン1,800μg,ルテイン0.5mgを含有しており,それらによる影響も考えられるが,それらの含有量はこれまでに有効性の報告された量19)に比べると非常に少ないことから,本作用はカシスアントシアニンによるものが大きいと考える.また,自己記入式アンケートにて有意な改善がみられた「眼が疲れる」は,カシスアントシアニンの血流改善作用8)と毛様筋緊張の緩和9)によると推測される.今回,過去2年間に眼圧に変化がないのに視野障害が進行している正常眼圧緑内障患者に,従来の点眼薬治療を継続しながら,カシスアントシアニンを2年間摂取してもらった.全体では視野障害進行は抑制された.個別の検討ではMD値,PSD値,VFI値のいずれかの変化量が改善した症例は57.1?85.7%だった.眼圧が下降した症例は解析から除去したので,眼圧非依存性にカシスアントシアニンにより正常眼圧緑内障患者で進行中の視野障害を抑制できる可能性が示唆された.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)TheAGISInvestigators:TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20003)KosekiN,AraieM,TomidokoroAetal:Aplacebo-controlled3-yearstudyofacalciumblockeronvisualfieldandocularcirculationinglaucomawithlow-normalpressure.Ophthalmology115:2049-2057,20084)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromtheLow-PressureGlaucomaTreatmentStudy.AmJOphthalmol151:671-681,20115)ShimSH,KimJM,ChoiCYetal:Ginkgobilobaextractandbilberryanthocyaninsimprovevisualfunctioninpatientswithnormaltensionglaucoma.JMedFood15:818-823,20126)MatsumotoH,NakamuraY,TachibanakiSetal:Stimulatoryeffectofcyanidin3-glycosidesontheregenerationofrhodopsin.JAgricFoodChem51:3560-3563,20037)OhguroH,OhguroI,KataiMetal:Two-yearrandomized,placebo-controlledstudyofblackcurrantanthocyaninsonvisualfieldinglaucoma.Ophthalmologica228:26-35,20128)OhguroI,OhguroH,NakazawaM:Effectsofanthocyaninsinblackcurrantonretinalbloodflowcirculationofpatientswithnormaltensionglaucoma.Apilotstudy.HirosakiMedJ59:23-32,20079)MatsumotoH,KammKE,StullJTetal:Delphinidin-3-rutinosiderelaxesthebovineciliarysmoothmusclethroughactivationofETBreceptorandNO/cGMPpathway.ExpEyeRes80:313-322,200510)IidaH,NakamuraY,MatsumotoHetal:Differentialeffectsofblackcurrantanthocyaninsondiffuser-ornegativelens-inducedocularelongationinchicks.JOculPharmacolTher29:604-609,201311)NakaishiH,MatsumotoH,TominagaSetal:EffectsofblackcurrentanthocyanosideintakeondarkadaptationandVDTwork-inducedtransientrefractivealterationinhealthyhumans.AlternMedRev5:553-562,200012)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,200413)SakataR,AiharaM,MurataHetal:Contributingfactorsforprogressionofvisualfieldlossinnormal-tensionglaucomapatientswithmedicaltreatment.JGlaucoma22:250-254,201314)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,200415)NaitoT,YoshikawaK,MizoueSetal:Relationshipbetweenprogressionofvisualfielddefectandintraocularpressureinprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol9:1373-1378,201516)HeijlA,BengtssonB,HymanLetal:Naturalhistoryofopen-angleglaucoma.Ophthalmology116:2271-2276,200917)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Naturalhistoryofnormal-tensionglaucoma.Ophthalmology108:247-253,200118)OhguroH,OhguroI,YagiS:Effectsofblackcurrantanthocyaninsonintraocularpressureinhealthyvolunteersandpatientswithglaucoma.JOculPharmacolTher29:61-67,201319)一般社団法人日本健康食品・サプリメント情報センター:NaturalMedicinesComprehensiveDatabaseConsumerVersion.p.767-770,918-919,同文書院,2015〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPAN1656(118)表1使用している緑内障点眼薬1剤ラタノプロスト9例持続性カルテオロール2例イソプロピルウノプロストン1例ニプラジロール1例レボブノロール1例タフルプロスト1例2剤ラタノプロスト+ゲル化チモロール2例ラタノプロスト+ブリンゾラミド2例ラタノプロスト+レボブノロール1例ラタノプロスト+ベタキソロール1例トラボプロスト+ゲル化チモロール1例トラボプロスト+ニプラジロール1例ラタノプロスト/チモロール配合剤1例3剤ラタノプロスト+ゲル化チモロール+ドルゾラミド1例ラタノプロスト+持続性カルテオロール+ドルゾラミド1例トラボプロスト+ゲル化チモロール+ドルゾラミド1例4剤ラタノプロスト+ゲル化チモロール+ブリンゾラミド+ブナゾシン1例表2カシス摂取24カ月後のアンケート結果(カシス摂取開始日との比較)1.眼が疲れる2.眼が痛む3.眼がかすむ4.涙が出る5.眼が赤くなる6.物がちらついて見える(眼がチカチカする)7.首や肩,腰がこる8.いらいらする9.頭が重い10.頭が痛い11.まぶたがピクピクする(まぶたが痙攣する)12.視野が狭く(暗く)感じる約1週間前?現在の自覚症状を「まったくなかった,ほとんどなかった時々あった,よくあった,常にあった」の5段階で評価(119)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161657図1症例の内訳1658あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(120)図2カシス摂取前後24カ月間のMD値変化量図3カシス摂取前後24カ月間のPSD値変化量図4カシス摂取前後24カ月間のVFI値変化量図5カシス摂取後24カ月間のMD値変化量,PSD値変化量,VFI値変化量改善症例121)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161659図6自己記入式アンケート集計結果(n=28)(Wilcoxsonsignedranktest)1660あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(122)(123)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161661

高度緑内障性視野障害のある水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術の視機能への影響

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1651?1655,2016c高度緑内障性視野障害のある水疱性角膜症に対する角膜内皮移植術の視機能への影響豊川紀子*1佐々木香る*2松村美代*1黒田真一郎*1*1永田眼科*2JCHO星ヶ丘医療センター眼科ImpactofDescemet’sStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyonVisualFunctioninEyeswithAdvancedGlaucomaNorikoToyokawa1),KaoruAraki-Sasaki2),MiyoMatsumura1)andShinichiroKuroda1)1)NagataEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,JapanCommunityHealthCareOrganization(JCHO)HoshigaokaMedicalCenter目的:角膜内皮移植術(Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)は術中眼圧変動の大きい術式である.視神経障害進行眼では,術中眼圧変動で視野障害が進行する可能性がある.高度緑内障性視神経障害のある水疱性角膜症に対しDSAEKを施行した症例を対象に,同手術が視機能へ与える影響を検討する.対象および方法:対象は永田眼科でDSAEKを施行された緑内障進行例の水疱性角膜症8例8眼.前向きにDSAEK術前後の視力,眼圧,Goldmann視野,Humphrey視野(中心10-2)を検討した.結果:術後平均経過観察期間は6カ月,患者の手術時平均年齢は73歳,男性5例,女性3例,濾過手術既往6眼中5眼に機能性濾過胞が存在した.全例で移植片の接着が得られた.術後,Goldmann視野では全例でV-4イソプターの拡大または内部イソプターで改善を認め,Humphrey視野(中心10-2)では7眼で平均偏差(meandeviation:MD)または中心4点内の感度の改善が認められた.MDは,術前?25.4±5.7dB,術後平均6カ月の測定で?18.8±6.3dBであった.術後の視力,視野が術前より悪化したものはなかった.術後眼圧は全例で薬剤によりコントール可能であった.結論:緑内障進行例において,DSAEK術中眼圧変動に起因すると思われる視機能の悪化は認めなかった.Purpose:Toinvestigatetheimpactofintraocularpressure(IOP)fluctuationduringDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)onvisualfunctionineyeswithadvancedglaucoma.Patientsandmethod:Thisprospectivestudywasconductedon8eyesof8patientswithbullouskeratopathyandadvancedglaucoma.ResultsofGoldmannperimetry,Humphreyvisualfieldtest(C10-2),visualacuityandIOPwerecomparedbeforeandafterDSAEK.Results:Patientmeanagewas73years.AlleyesshowedimprovementsinGoldmannperimetrywithV-4isopterand/orinnerisoptersafterDSAEK.In7ofthe8eyes,meandeviationorsensitivitywithincentral4pointsofHumphreyvisualfieldtestimprovedafterDSAEK.Noeyesshowedvisualfielddeteriorationpostoperatively.Best-correctedvisualacuityimprovedpostoperativelyinalleyes,althoughitwasnotsignificant.Conclusions:IntraocularpressurefluctuationduringDSAEKhadnonegativeimpactonvisualfunctioninadvancedglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1651?1655,2016〕Keywords:角膜内皮移植術,緑内障進行例,水疱性角膜症,術中眼圧変動,視機能.Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty,advancedglaucoma,bullouskeratopathy,intraocularpressurefluctuationduringsurgery,visualfunction.はじめにMellesらにより報告された現在のDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)の基本となる術式1)は,2003年の報告以降,術式の洗練と確立がなされ,良好な手術成績の報告2?5)とともに急速に普及した.米国のアイバンク調査では,2011年以降DSAEKの手術件数は全層角膜移植術を上回った状態が持続している6).DSAEKには,全層角膜移植で問題となる移植片の縫合糸感染の問題がない,術後炎症が軽く惹起乱視もごくわずかであるため術後の視力回復が早い,前眼部免疫抑制機構(anteriorchamber-associatedimmunedeviation:ACAID)が働く前房内への移植のため拒絶反応が少ない,耳側5mmの角膜切開創のためオープンスカイにならないなどの多くの利点がある2,3).近年,緑内障(手術)既往眼にもDSAEKの適応が広がっているが,緑内障手術後の濾過胞を有する眼(濾過胞眼)はDSAEK術中に濾過胞や後房への空気迷入が生じ,眼圧上昇を得ることが困難なことが多く,手術難易度が高いとされている7).緑内障眼でのDSAEKの適応を考える際,緑内障性視神経障害の進行度が重視される.たとえ角膜の透明治癒が得られても,すでに中心視野がなければ視力回復は望めず,視機能回復は限定的であるため手術適応に悩むことが多い.さらに視神経が脆弱化し余力のない緑内障進行例では,術中や術後の眼圧変動で視神経障害がさらに進行し,視野障害が急激に悪化することがある8).これまでに緑内障眼,濾過胞眼におけるDSAEKに関して,術後早期の比較的良好な成績9,10)や視力についての報告11,12)はあるが,視野についての検討はまだされていない.今回,高度緑内障性視野障害のある緑内障進行例にDSAEKを施行し,術前後の視力と視野変化を調べ,DSAEKが緑内障進行例の視機能へ与える影響を検討した.I対象および方法1.対象および方法対象は高度緑内障性視野障害のある水疱性角膜症で2014年8月?2015年11月に,永田眼科でDSAEKを施行された8例8眼である.全例,過去に白内障手術を施行された眼内レンズ挿入眼で,濾過手術既往6眼中5眼で機能性濾過胞が存在した.前向きにDSAEK術前後で最高矯正小数視力(bestcorrectedvisualacuity:BCVA),Goldmann視野,Humphrey視野(中心10-2),眼圧を調査した.術前の視野検査では,視力不良のため視野の固視灯がわかりにくい症例では,中心固視点の誘導を行いながら検査を施行した.術前に,術後の見え方の改善は予測できないことを患者と家族に十分に説明しインフォームド・コンセントを得た.本研究は永田眼科倫理委員会の承認を得て行われた.2.手術手技ドナーは海外ドナーのprecut輸入角膜を使用し,グラフト径を8mmに作製した.全例耳側5mmの角膜切開創から,Businグライドと引き込み鑷子を用いた引き込み法(pullthroughtechnique)で施行し,全例ホスト角膜のDescemet膜は?離しなかった(non-Descemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:nDSAEK)4).術中空気注入時の眼圧は空気灌流圧または手動で30mmHgとし,空気抜去は行わなかった.機能過多の濾過胞,損傷しやすい壁の薄い濾過胞はなかったため,濾過胞に対する特別な手技7)は用いなかった.メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム125mgを術中と術後に点滴し,術翌日からプレドニゾン10mgを7日間経口投与した.術後点眼は,レボフロキサシンとリン酸ベタメタゾンを1日5回投与した.3.統計的解析法視力は小数視力で測定し,統計解析にはlogMAR換算し平均視力を算出した後に小数視力へ変換した.II結果患者の手術時の平均年齢は73±6歳,男性5例,女性3例であった.患者背景を表1に示す.術後平均観察期間は6±4カ月であった.1.移植片の接着8眼中7眼で,術翌日に移植片の接着が得られた.1眼(表1症例3の濾過胞眼)は,移植片接着不良のため術後2日目に前房内に空気を再注入し移植片の接着を得た.2眼で術後に空気の後房迷入を認めたが,術後体位の変換にて対処可能であり,空気の再注入を必要としなかった.2.BCVA術後最終受診時(平均6±4カ月)の平均BCVAは0.1(0.01?0.4)で,全例で術前以上の視力が得られた.各症例の術前,術後視力を表1に示す.なお,全例緑内障進行例であり,一般的なDSAEKの術後視力より不良であった.3.眼圧術前平均眼圧は13.1±4.7mmHg,術後2カ月の平均眼圧は12.8±4.6mmHg,全例薬剤で眼圧コントール可能であった.有濾過胞眼5眼では,経過中濾過胞の形態に変化を認めず,低眼圧になった症例はなかった.4.視野術後視野検査の結果が改善したGoldmann視野の代表症例を図1,Humphrey視野の代表症例を図2に示す.Goldmann視野の結果は,8眼中4眼でV-4イソプターと内部イソプターで改善が認められ,4眼では内部イソプターのみで改善が認められた.Humphrey視野(中心10-2)の結果は,8眼中7眼で平均偏差(meandeviation:MD)または中心4点内の感度改善が認められた.Humphrey視野で改善がなかった1例(症例1)はGoldmann視野では改善が認められた(図1).全例の平均MDは術前?25.4±5.7dB,術後平均6カ月の測定で?18.8±6.3dBであった.5.自覚症状術後問診にて,術前と比して自覚症状が改善したと答えた患者は8例中6例であった.III考按濾過手術である線維柱帯切除術の晩期合併症として,とくに複数回施行した場合,水疱性角膜症を発症することがある.水疱性角膜症に至らなくとも濾過手術後に角膜内皮細胞は減少する13,14).一般的に,濾過手術既往眼では緑内障病期が進行していることが多い.水疱性角膜症では視野検査が正確に施行できず視神経所見だけでは緑内障眼の残存視機能を正確に予測できないという問題に直面し,視機能予後不良の可能性からDSAEKの適応判断に苦慮する.今回,高度緑内障性視野障害のある緑内障進行例8眼にDSAEKを施行し,有意とはいえない改善も含めてであるが,全例で術後視野検査の結果が改善した.これは,角膜の透明性を回復したことにより,水疱性角膜症の浮腫状角膜を通して患者が見ていた視野に比して,術後の実用視野が改善したと考える.症例4(図1)では,術前はほとんど測定できなかった視野が,実はある程度存在していたことが術後にわかった.水疱性角膜症を併発すると残存している視野を正確に検出できず,実際よりも視機能が過少評価されることがあると思われた.もちろん,実際に視野障害が進行していればたとえDSAEKに成功しても患者満足度が低い可能性があるため,術前のインフォームド・コンセントの際には,濾過手術既往眼ではDSAEK移植片の長期生存率が不良であること5,15),緑内障進行例では術後視機能の改善は予測不能であることなどマイナス面を十分に説明する必要がある.DSAEK術前の真の緑内障性視野障害は測定することはできず,DSAEKが本当に緑内障性視野障害へ悪影響がなかったかどうかは確認する方法がないが,今回の検討で術前に比して術後に視力,視野が悪化した症例はなかった.さらに水疱性角膜症では角膜浮腫のため視野も眼圧も正確に測定できないため,緑内障進行判定も正確にできない状態に陥っているが,角膜の透明性回復により,視野,眼圧検査が正確に施行できるようになり緑内障の進行判定を再開できた利点もあった.術後の平均小数視力は0.1と不良であったが,これは緑内障視野障害進行例でDSAEKに成功しても視力が上昇しない症例が含まれていたためであり,Riaz,VajarranantらもDSAEK術後も緑内障進行眼では視力不良例が存在したと報告している11,12).しかし,術後視力不良例でも,周辺視野の拡大,中心視野感度の改善は多少なりとも視機能改善に寄与すると思われ,白濁した角膜が透明化することで整容上の利点もあり,8例中6例で自覚的にも手術施行に関して満足されていた.今回の症例の検討では,残存視機能への悪影響がなかったと判断され,DSEAKは高度緑内障性視神経障害のある緑内障患者にも適応になりうると思われた.従来の全層角膜移植では,緑内障の発症,悪化は重篤な手術合併症であり角膜移植不成功因子16,17)であるが,DSAEK術後の眼圧上昇の多くは薬剤コントロール可能10,12)で,追加緑内障手術の頻度も高くない10,12)ため,緑内障進行例では全層角膜移植よりもDSAEKが望ましいと思われる.いずれにせよ,これらの光学的角膜移植は新鮮ドナー角膜が必要な手術であり,視力回復の可能性が低い症例,不確実な症例の手術適応は,角膜以外の眼疾患の状況,他眼の状況,全身状態,患者と家族の手術説明に対する理解度など複数の観点から個々の症例で総合的に判断することが必要である.しかし,低視力でも残存視野が活用できる利点18)も考慮して適応を決定してもよいと思われる.今回,濾過胞眼に対して特別な手技7)は用いなかったが,前房内を空気で充満させるのではなく,ドナーグラフト直径を覆うのに必要な空気量だけを注入し,眼圧上昇を30mmHgに留め,術後の仰臥位安静を徹底した.その結果,術中の濾過胞や後房への空気迷入や濾過胞の破裂などの術中合併症は生じなかった.DSAEKのドナー内皮グラフトの5年生存率は,Fuchs角膜内皮ジストロフィーでは95%5)であるのに対し,濾過胞眼では40?48%5,15)と不良であると報告され,さらに,緑内障インプラント眼は5年生存率25%と不良15)である.したがって,これらの長期予後も鑑み,年齢も考慮して,どのような症例までDSAEKの適応を拡大できるかの判断基準を確立することは今後の課題であると思われる.以上,水疱性角膜症を発症している緑内障進行例のなかにも,悪いなりにも残存視野を有する症例,予想以上に機能が残存している症例など,結果論でしかわからない視機能の潜在する症例が存在し,たとえ術前に進行した視野欠損を呈する症例であってもDSAEKが適応可能な症例があると思われた.文献1)MellesGR,KammingaN:Techniquesforposteriorlammelarkeratoplastythroughascleralincision.Ophthalmologe100:689-695,20032)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplastyin200eyes:earlychallengesandtechniquestoenhancedonoradherence.JCataractRefractSurg32:411-418,20063)PriceMO,PriceFWJr:Descemet’sstrippingwithendothelialkeratoplasty:comparativeoutcomeswithmicrokeratome-dissectedandmanuallydissecteddonortissues.Ophthalmology113:1936-1942,20064)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Non-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyforendothelialdysfunctionsecondarytoargonlaseriridotomy.AmJOphthalmol146:543-549,20085)PriceMO,FairchildKM,PriceDAetal:Descemet’sstrippingendothelialkeratoplastyfive-yeargraftsurvivalandendothelialcellloss.Ophthalmology118:725-729,20116)EyeBankAssociationofAmerica:2014EyeBankingStatisticalReport.Availableatwww.restoresight.org7)小林顕:濾過手術後の角膜移植.眼科手術28:505-509,20158)CostaVP,SmithM,SpaethGLetal:Lossofvisualacuityaftertrabeculectomy.Ophthalmology100:599-612,19939)PhillipsPM.TerryMA,ShamieNetal:Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyineyeswithprevioustrabeculectomyandtubeshuntprocedures:Intraoperativeandearlypostoperativecomplications.Cornea29:534-540,201010)QuekDT,WongT,TanDetal:CornealgraftsurvivalandintraocularpressurecontrolafterDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyineyeswithpre-exisitingglaucoma.AmJOphthalmol152:48-54,201111)RiazKM,SugarJ,TueYetal:EarlyresultsofDescemet-strippingandautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)inpatinetswithglaucomadrainagedevices.Cornea28:959-962,200912)VajaranantTS,PriceMO,PriceFWetal:VisualacuityandintraocularpressureafterDescemet’sstrippingendothelialkeratoplastyineyeswithandwithoutpreexistingglaucoma.Ophthalmology116:1644-1650,200913)ArnavielleS,LafontainePO,BidotSetal:Cornealendothelialcellchangesaftertrabeculectomyanddeepsclerectomy.JGlaucoma16:324-328,200714)Storr-PaulsenT,NorregaardJC,AhmedSetal:CornealendothelialcelllossaftermitomycinC-augmentedtrabeculectomy.JGlaucoma17:654-657,200815)AnshuA,PriceMO,PriceFW:Descemet’sstrippingendothelialkeratoplasty:long-termgraftsurvivalandriskfactorsforfailureineyeswithpreexisitingglaucoma.Ophthalmology119:1982-1987,201216)Al-MohaimeedM,Al-ShahwanS,Al-TorbakAetal:Escalationofglaucomatherapyafterpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology114:2281-2286,200717)StewartRMK,JonesMNA,BatterburyMetal:Effectofglaucomaoncornealgraftsurvivalaccordingtoindicarionforpenetratingkeratoplasty.AmJOphthalmol151:257-262,201118)DiveS,RoulandJF,LenobleQetal:Impactofperipheralfieldlossontheexecutionofnaturalactions:Astudywithglaucomatouspatientsandnormallysightedpeople.JGlaucomaE-pub,2016〔別刷請求先〕豊川紀子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:NorikoToyokawa,M.D.,Ph.D.,NagataEyeClinic,1147KitayamadaHourai,Nara-City,Nara631-0844,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(113)1651表1患者背景と術前,術後視力症例年齢緑内障病型緑内障手術既往術前視力術後視力175EXGLOT/SIN0.050.1273EXGLOT/SINLect2回指数弁0.3364POAGVIscoLect4回0.010.15466SOAGLect手動弁0.05571EXGLect2回0.040.07681EXGLOT/SIN2回指数弁0.15Lect776EXGなし指数弁0.4880EXGLOT/SIN2回Lect3回指数弁0.01EXG:落屑緑内障,LOT/SIN:Schlemm管外壁開放術併用線維柱帯切開術,Lect:線維柱帯切除術,POAG:原発開放隅角緑内障,SOAG:続発開放隅角緑内障,Visco:ビスコカナロストミー.1652あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(114)図1Goldmann視野の結果が術後に改善した代表症例症例1,症例2,症例3は術後にI-3イソプターの内部イソプターでも視野検出可能となり,V-4イソプターも拡大した.症例4は術前視野測定不能であったが,術後にII-4イソプターまで検出可能となり,視野検査が可能となった.(115)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161653図2Humphrey視野の結果が術後に改善した代表症例症例2,症例7ともに術前の中心視野の結果は不良であったが,術後に中心視野が残存していることがわかった.MD:meandeviation.1654あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(116)(117)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161655

マイクロチューブシャント(エクスプレス®)を用いた濾過手術後の角膜内皮細胞変化

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1645?1650,2016cマイクロチューブシャント(エクスプレスR)を用いた濾過手術後の角膜内皮細胞変化宮本大輝*1坂上悠太*1,2栂野哲哉*1末武亜紀*1佐々木藍季子*1福武慈*1本間友里恵*1福地健郎*1*1新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚医学統合講座視覚病態学分野*2新潟大学地域医療教育センター魚沼基幹病院CornealEndothelialCellChangeafterFiltrationSurgeryUsingaMicro-tubeShunt(Ex-PRESSR)DaikiMiyamoto1),YutaSakaue1,2),TetsuyaTogano1),AkiSuetake1),AkikoSasaki1),MegumiFukutake1),YurieHonma1)andTakeoFukuchi1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,2)RegionalMedicalEducationCenterofNiigataUniversity,UonumaKikanHospital目的:エクスプレス併用濾過手術後の角膜内皮細胞所見について検討した.対象および方法:対象はエクスプレス併用濾過手術を施行し,術後3カ月以上スペキュラーマイクロスコープによって角膜内皮細胞を観察できた32例37眼である.年齢は70.8±10.4歳で,病型は広義・原発開放隅角緑内障眼19例21眼(POAG群),落屑緑内障群10例13眼(XFG群),その他3例3眼であった.このうち眼内レンズ挿入眼は28例32眼であった.内皮細胞密度(CD),六角形細胞出現率(6A),変動係数(CV)の経時変化について検討した.結果:CDは術前2,292±563/mm2に対して,平均術後観察期間13.7±8.5カ月の最終観察時に2,059±614/mm2と有意に減少した(p=0.0002).病型別にPOAG群CDは術前2,359±487/mm2が術後最終2,244±574/mm2に対して,XFG群CDは術前2,196±671/mm2が術後最終1,808±555mm2と,XFG群で有意に大きく減少していた(p=0.037).6A,CVでは有意な差はみられなかった.術後にCDが500以上減少した例は6眼,20%以上減少した眼は7眼であった.結論:エクスプレス併用濾過手術後に角膜内皮細胞密度が低下する可能性がある.落屑緑内障眼ではより減少する可能性がある.Purpose:WeexaminedcornealendothelialcellsinfiltrationsurgeryusingEX-PRESSR.SubjectsandMethods:Subjectscomprised37eyesof32patientswhounderwentfiltrationsurgeryusingEX-PRESSR;theircornealendothelialcellswereobservedbyspecularmicroscopeformorethan3monthsafteroperation.Averageagewas70.8±10.4years;diseasetypewasprimaryopen-angleglaucomain21eyesof19patients(POAGgroup),exfoliationglaucomain13eyesof10patients(XFGgroup)andotherglaucomain3eyesof3patients.Ofthese,pseudophakiawaspresentin32eyesof28patients.Weexaminedtimevariationofcornealendothelialcelldensity(CD),meanarea,hexagonality(6A)andcoefficientofvariationincellarea(CV).Results:CDsignificantlydecreasedatthemeanlastfollowupof13.7±8.5months,with2,059±614/mm2forpreoperative2,292±563/mm2(p=0.0002).PreoperativeandlastfollowupofPOAGgroupwere2,359±487/mm2and2,244±574/mm2,XFGgroup2,196±671/mm2and1,808±555mm2;XFGgroupdecreasedsignificantlymorethanPOAGgroup(p=0.037);6AandCVshowednosignificantdifference.In6eyes,CDdecreasedmorethan500/mm2postoperatively,andin7eyesdecreasedmorethan20%.Conclusion:CDmaydecreaseafterfiltrationsurgeryusingEX-PRESSR,andmaydecreasemoreinXFG.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1645?1650,2016〕Keywords:エクスプレス併用濾過手術,角膜内皮細胞密度,落屑緑内障.filtrationsurgerywithuseofEXPRESSR,cornealendothelialcelldensity,exfoliationglaucoma.はじめにエクスプレスR(Ex-PRESSR,日本アルコン)は緑内障濾過手術のためのステンレス製のマイクロチューブデバイスで,2012年6月に認可され日本国内でも正式に使用可能となった.エクスプレスRを用いた緑内障濾過手術は,元々は強膜を全層貫通させる術式として考案された1)が,術後早期の低眼圧,浅前房,他の合併症が問題となり2,3),修正され,現在では強膜弁下から前房内へ挿入し,結膜下に濾過胞を形成する濾過手術の術式として用いられている4?9).結果的に濾過手術としてはトラベクレクミー(以下,レクトミー)と類似の術式となったが,線維柱帯と虹彩の切除が不要であることから,術中の眼内出血,硝子体脱出を予防することができる利点がある.また,日本で用いられているエクスプレスRは内径50μmと小さく,房水流量が一定で術後低眼圧を生じにくいと考えられている.したがって,わが国で導入された際には,術後眼圧は従来のトラベクレクトミーと同等でありながら,術後合併症は少ない点が利点である術式として紹介された8?12).エクスプレス併用濾過手術と称されている.その一方で,使用され始めた当初から挿入位置や角度を適切,かつ一定にすることがむずかしく,しばしば虹彩や角膜に接触する例が生ずることが指摘されていた.そのため術式に関連した前房内炎症や角膜内皮障害のリスクに対する検証が必要と考えられている.そこで,この研究ではエクスプレス併用濾過手術を施行された症例における術後角膜内皮細胞変化と,関連する諸因子について検討した.I対象および方法対象は新潟大学医歯学総合病院眼科で2012年8月?2015年2月にエクスプレス併用濾過手術を施行した54例61眼のうち,3カ月以上の経時的なスペキュラーマイクロスコープによる角膜内皮細胞の観察が可能であった32例37眼である.いずれも術前に手術の術式と,従来のトラベクレクトミーに対してエクスプレスRを併用する利点と欠点について十分な説明を行い,同意を得られた症例である.術後のニードリング,観血的濾過胞再建,前房再形成による外科的な追加処置が行われた症例は,今回の研究に関してはその時点で観察終了とした.今回の症例には同時に白内障手術を施行した症例は含まれていない.内訳は男性17例19眼,女性15例18眼で,右眼18眼,左眼19眼であった.平均年齢は70.0±9.9歳(平均±標準偏差)(50?86歳),平均経過観察期間は13.7±8.5カ月(4?32カ月)であった.病型は広義・原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG群)19例21眼,そのうち狭義・原発開放隅角緑内障16例18眼,正常眼圧緑内障3例3眼であった.落屑緑内障(exfoliationglaucoma:XFG群)10例13眼,発達緑内障2例2眼,ステロイド緑内障1例1眼であった.眼内レンズ挿入眼は28例32眼,有水晶体眼4例5眼,そのうち強度近視眼は3例4眼であった.眼内レンズ挿入からエクスプレス併用濾過手術までの平均期間は79.5±47.5カ月(14?170カ月)であった.手術方法は輪部基底結膜弁法16例18眼,円蓋部基底結膜弁16例19眼で,強膜弁作製(四角,3.5×3.5?4.0×4.0mm)後にマイトマイシンC(MMC)を3.8±0.6分(3?5分)塗布し,生理食塩水200mlで洗浄した.25ゲージ注射針で穿刺後にエクスプレスRを前房へ挿入,強膜弁縫合は10-0ナイロン糸で4.3±1.1本縫合し,さらに結膜縫合は10-0ナイロン糸で端々縫合および連続縫合した.術者は統一しておらず,3名で行われた.術後レーザー切糸は平均で2.5±1.4本行われ,平均開始日は術後7.2±17.1日であった.術後に自己マッサージを行った症例は14例15眼で,行わなかった症例は17例22眼であった.術後には抗菌薬点眼(レボフロキサシンほか),ステロイド点眼(リン酸ベタメタゾン)を約3カ月間,トラニラスト点眼を術後から連続して継続した.角膜内皮細胞所見の観察は,スペキュラーマイクロスコープ(KONANFA-3709P,コーナンメディカル)を用いて術前および術後に角膜内皮細胞を撮影した.センター法解析にて3回解析し,細胞密度(CD),六角形細胞出現率(6A),変動係数(CV),それぞれの平均値で,術前と術後最終までの時間経過を検討した.術前と術後最終の各パラメータを病型別,術後合併症別,自己マッサージの有無別で統計学的検討を行い,有意水準はp<0.05とした.II結果術前平均眼圧値19.7±7.2mmHg(10?38mmHg)は,術後最終平均眼圧値7.9±3.3mmHg(1?15mmHg)へと低下した.術後早期合併症を生じた症例は19例20眼で,その内訳は,5mmHg未満の低眼圧16例16眼,浅前房8例8眼,脈絡膜?離10例10眼,房水濾出5例5眼であった.エクスプレスRの虹彩への接触は8例9眼,角膜への接触は2例2眼であった.術前後のCDの分布と平均CDの変化を図1および図2に示す.術前平均CD2,292±563/mm2は,術後1カ月2,184±570/mm2,術後3カ月2,202±570/mm2,術後6カ月2,165±659/mm2,術後12カ月2,048±552/mm2,術後最終観察13.7±8.5カ月で2,059±614/mm2であった.術後最終観察時の平均CDは,術前と比較すると有意に減少していた(p=0.0002).術前から術後最終までに500/mm2以上減少した例は6眼で,20%以上減少した例は7眼であった.6Aは術前63.5±9.7%に対して,術後最終観察時には60.9±10.3%と有意な差は認めなかった(p=0.292).CVは術前29.9±5.2,術後最終で31.7±5.1と有意差は認めなかった(p=0.116).眼内レンズ挿入眼28例32眼と有水晶体眼4例5眼の比較では,術前CDは眼内レンズ挿入眼が2,219±567/mm2で,有水晶体眼2,757±226/mm2に対し有意に少なかった(p=0.045).術後最終観察時でのCDの減少率は眼内レンズ挿入眼?12±16%,有水晶体眼?5±6%と有意な差は認められなかった(p=0.348).病型別の比較を表1に示す.POAG群19例21眼とXFG群10例13眼を術前と術後最終観察時でそれぞれ比較した.CDは術前がPOAG群2,359±487/mm2,XFG群2,196±671/mm2と有意な差は認められなかった(p=0.417)が,術後最終観察時にはPOAG群2,244±574/mm2に対して,XFG群1,808±555mm2と有意に少なかった(p=0.037).角膜内皮細胞減少率はPOAG群?5.6±3.6%に対して,XFG群?16.3±3.6%とXFG群が少ない傾向がみられた(p=0.0516).6A,CVについては術前,術後とも両群の間で有意な差は認められなかった.術後浅前房の有無(表2),術後脈絡膜?離の有無(表3),術後自己マッサージの有無(表4)によって術前,術後CD,6A,CVを比較したが,いずれに関しても有意な差を認めなかった.III考按チューブシャント手術が日本国内で正式に用いられるようになって,すでに3年が経過した.エクスプレス併用濾過手術に関しても,すでに短期から中期の手術成績が報告されている9,13,14).いずれも濾過手術ではあるものの,従来のレクトミーとは異なった特徴があり,別な対象や別な目的で用いられている.その一方で合併症についての報告も散見されるが,多数例での検討はまだ不十分である14,15).現在までのところ,エクスプレス併用濾過手術の術後角膜内皮細胞について検討した研究は限られている.Casiniら16)はレクトミー,エクスプレス併用濾過手術,アーメドインプラントの術後角膜内皮細胞について検討し,術後1カ月,3カ月でレクトミー,アーメドインプラントでは明らかなCD減少が認められたが,エクスプレス併用濾過手術では有意な差はみられなかったと報告している.前田ら13)はレクトミーとエクスプレス併用濾過手術の早期成績を比較し,術後3カ月までの経過で,両群とも術前術後で有意なCDの変化はなかったと報告している.Wagschalら11)は同じくレクトミーとエクスプレス併用濾過手術の1年までの術後成績を比較し,この研究では角膜厚は術前と術後で有意な変化はなく,明らかな角膜内皮機能低下の所見はなかったと報告している.一方で,山崎ら(2015年4月,第119回日本眼科学会総会にて発表)はレクトミーとエクスプレス併用濾過手術約1年後のCDを両群で比較し,エクスプレス併用濾過手術群でのみ有意な減少を認めたと報告している.また,Tojoら15)は術前のCD2,228/mm2がエクスプレス併用濾過手術9カ月後に584/mm2に減少した75歳のXFGの1例を報告している.この研究では,エクスプレス併用濾過手術後の角膜内皮細胞変化について非接触型スペキュラーマイクロスコープを用いて調べた.その結果,平均約1年の観察期間で,エクスプレス併用濾過手術の術後から,CDは経時的に減少している傾向がみられた.POAG群と比較してXFG群でより大きくCDが減少している傾向がみられた.6A,CVには有意な変化はみられなかった.この結果を既報と比較した場合,Casiniら16)の報告は3つの濾過手術後のCDを比較しているが,3カ月までの短期の検討である点,手術そのものによる変化を検討するため,浅前房などの合併症を生じた症例や手術既往眼,術前からCDが少ない例などの危険因子をもつ症例が省かれている点で異なっている.前田ら13)の報告も同様に3カ月までの報告である点,症例が10例と少ない点が研究の問題点としてあげられる.山崎の報告は術後約1年までの検討で,本研究に近く,CDが有意に減少した点でも一致している.この報告ではCDは術前2,560/mm2から1,985/mm2へと約20%減少したのに対して,筆者らの例では約10%とやや減少率は小さかった.以上から考えると,エクスプレス併用濾過手術によって長期経過観察ではCDが減少する可能性は高いと考えられる.CDが減少する原因については不明である.エクスプレスRの刺入位置が角膜寄りであること,角度が角膜側であること,また虹彩に接触して慢性的な虹彩炎を生ずることなどが可能性として考えられている.Tojoら15)の報告は角膜側から刺入されたことが原因ではないかと推測しており,術後の前眼部光干渉断層計(前眼部OCT)所見でも刺入部位周囲の角膜厚が著明に肥厚したことが示されている.さらに,この研究では角膜内皮細胞変化に関与する可能性のあるいくつかの背景因子について検討した.その結果,POAG群に対してXFG群でより明らかにCDが減少していることが考えられた.坂上ら17)は,POAG群と比べ,XFG群のCDが有意に少ないこと,またXFGでは,偽落屑物質を伴っていない他眼に比べてCDが有意に少ないことを報告している.落屑症候群には角膜内皮細胞の易障害性があり,角膜内皮障害の原因となりうることが指摘されている18,19).今回のエクスプレス併用濾過手術の術後だけでなく,レクトミーやチューブシャント手術術後の影響について,今後,改めて検討する必要がある.レクトミー術後のCD変化に浅前房とその程度が大きく影響することについては,いくつかの報告がある19?21).エクスプレス併用濾過手術に関しては,術後に浅前房を生じた場合には,ある程度の期間,エクスプレスRが角膜や虹彩へより強く接触する可能性が考えられる.そのため,浅前房や脈絡膜?離を生じた症例と生じなかった症例の差について検討したが,明らかな差はみられなかった.術後に濾過胞を維持する方法として,しばしば眼球マッサージが用いられるが,これによってもエクスプレスRが角膜や虹彩と機械的に接触する可能性がある.しかし,この場合も同様に明らかな傾向はみられなかった.今回の研究は後ろ向き研究であること,レクトミー症例との比較研究ではない点などが問題点や限界としてあげられる.また,エクスプレスRの位置や角度と,角膜内皮細胞変化の関連性について,さらに検討が必要である.Verbraakら22)は前眼部光干渉断層計によってエクスプレスRの挿入位置や角度の観察が可能であることを報告しており,このような方法を併用することにより詳細な検討が可能と考えられる.また,今回の研究は角膜中央部における内皮細胞所見のみの検討である.今回の結果ではCDは平均では時間経過とともに減少する傾向であったが,個々の症例でみると減少する時期はさまざまである.周辺部角膜で内皮障害が生じても,内皮細胞の再配置によって中央部へ影響が到達するには時間経過が必要であり,さらにこれは個々の症例によって異なる可能性がある.最近のスペキュラーマイクロスコープでは,中央および周辺8方向の計9方向の角膜内皮細胞観察が可能である23).今後のエクスプレス併用濾過手術症例では,この9方向における内皮細胞観察を経時的に行って,影響を受ける位置や方向,時間経過など,より詳細な検討を行う予定である.また,この研究では個々の症例における詳細な検討は行っていない.今回の症例のなかには,術後にCDが500/mm2以上減少した例が6眼,20%以上減少した例が7眼あり,これらにおける角膜内皮細胞所見の経過や,それぞれにおけるCD減少の原因と考えられる問題点などの詳細について,今後改めて検討する必要がある.今回CDが大きく減少した1例について報告する.82歳,女性,他院にて平成12年に両眼白内障手術を受け,平成26年6月XFGとして当科に紹介された.初診時眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で左眼28mmHgであった.点眼アドヒアランスを確認し,経過観察としたが,点眼指導と家族点眼でも29mmHg,CD2,937/mm2で,同12月に左眼エクスプレス併用濾過手術となった.術後合併症はなく,エクスプレスの挿入位置は角膜寄り.眼圧は術後1カ月で28mmHg,自己マッサージ後18mmHg,CD2,506/mm2と低下したため自己マッサージ開始とした.術後2カ月で17mmHg,3カ月で18mmHg,CD2,084/mm2となり,内皮細胞減少傾向のため自己マッサージ中断となった.本人が近医にかかりたいと希望され,術後4カ月,5カ月でどちらも18mmHgと安定していたため,近医紹介となった.エクスプレス併用濾過手術とレクトミーを比べて,術後の眼圧下降効果が本当に同等で,合併症が本当に少ないのかに関して,現在ではさまざまな意見がある11).しかし,エクスプレス併用濾過手術では,確かに虹彩切除は不要で,眼球が完全に開放される時間は最小限である.これらの術式の違いは,強度近視眼において虹彩切除部からの硝子体脱出の予防,術中の脈絡膜出血の予防,また落屑緑内障眼でZinn小帯が脆弱化した症例で眼内操作を減らすなどの点で,レクトミーに対する明らかな利点である.この手術方法の利点を生かして,緑内障手術の一方法として有効に利用していくために,角膜内皮への影響やその予防手段などについてさらに検討することが必要である.本論文の要旨は第26回日本緑内障学会にて発表した.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NyskaA,GlovinskyY,BelkinMetal:BiocompatibilityoftheEx-PRESSminiatureglaucomadrainageimplant.JGlaucoma12:275-280,20032)WamsleyS,MosterMR,RaiSetal:ResultsoftheuseoftheEx-PRESSminiatureglaucomaimplantintechnicallychallenging,advancedglaucomacases:aclinicalpilotstudy.AmJOphthalmol138:1049-1051,20043)StewartRM,DiamondJG,AshmoreEDetal:ComplicationsfollowingEx-PRESSglaucomashuntimplantation.AmJOphthalmol140:340-341,20054)DahanE,CarmichaelTR:Implantationofaminiatureglaucomadeviceunderascleralflap.JGlaucoma14:98-102,20055)GoodTJ,KahookMY:AssessmentofblebmorphologicfeaturesandpostoperativeoutcomesafterEx-PRESSdrainagedeviceimplantationversustrabeculectomy.AmJOphthalmol151:507-513,20116)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:ComparisonoftrabeculectomywithEx-PRESSminiatureglaucomadeviceimplantedunderscleralflap.JGlaucoma16:9-14,20077)KannerEM,NetlandPA,SarkisianSRetal:Ex-PRESSminiatureglaucomadeviceimplantedunderascleralflapaloneorincombinationwithphacoemulsificationcataractsurgery.JGlaucoma18:488-491,20098)MarzetteL,HerdonLW:AcomparisonoftheEx-PRESSTMminiglaucomashuntwithstandardtrabeculectomyinthesurgicaltreatmentofglaucoma.OphthalmicSurgLasers42:453-459,20119)SugiyamaT,ShibataM,KojimaSetal:Thefirstreportonintermediate-termoutcomeofEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceimplantedunderscleraflapinJapanesepatients.ClinOphthalmol5:1063-1066,201110)DeJongLA,LaumaA,AguadeASetal:Five-yearextensionofaclinicaltrialcomparingtheEx-PRESSglaucomafiltrationdeviceandtrabeculectomyinprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthalmol5:527-533,201111)WagschalLD,TropeGE,JinapriyaDetal:ProspectiverandomizedstudycomparingEx-PRESStotrabeculectomy:1-yearresults.JGlaucoma24:624-629,201512)Gonzalez-RodriguezJM,TropeGE,Drori-WagschalLetal:ComparisonoftrabeculectomyversusEx-PRESS:3-yearfollow-up.BrJOphthalmol.2015.(Epubaheadofprint)13)前田征宏,近藤奈津,大貫和徳:Ex-PRESSTMを用いた濾過手術の術後早期成績:Trabeculectomyとの比較.あたらしい眼科29:1563-1567,201214)輪島良太郎,新田耕治,杉山和久ほか:Ex-PRESSR併用と非併用濾過手術の術後成績.あたらしい眼科32:1477-1481,201515)TojoN,HayashiA,MiyakoshiA:CornealdecompensationfollowingfilteringsurgerywiththeEx-PRESS(R)miniglaucomashuntdevice.ClinOphthalmol9:499-502,201516)CasiniG,LoiudiceP,PellegriniMetal:TrabeculectomyversusEx-PRESSshuntversusahmedvalveimplant:Short-termeffectsoncornealendothelialcells.AmJOphthalmol160:1185-1190,201517)坂上悠太,福地健郎,関正明ほか:落屑緑内障の角膜内皮細胞所見の検討.あたらしい眼科28:430-434,201118)NaumannGOH,Schlotzer-SchrehardtU:Keratopathyinpseudoexfoliationsyndromeasacauseofcornealendothelialdecompensation.Aclinicopathologicstudy.Ophthalmology107:1111-1124,200019)VannasA,SetalaK,RuusuvaaraP:Endothelialcellsincapsularglaucoma.ActaOphthalmol55:951-958,197720)ArnavielleS1,LafontainePO,BidotSetal:Cornealendothelialcellchangesaftertrabeculectomyanddeepsclerectomy.JGlaucoma16:324-328,200721)佐野友紀,福地健郎,沢口昭一ほか:マイトマイシンCを併用した線維柱帯切除術後の角膜内皮細胞の変化.日眼会誌102:365-370,199822)VerbraakFD,BruinDM,SulakMetal:OpticalcoherencetomographyoftheEx-PRESSminiatureglaucomaimplant.LasersMedSci20:41-44,200523)今井和行,澤田英子,福地健郎:うつむき位超音波生体顕微鏡検査を施行したレーザー虹彩切開術後に角膜内皮細胞が減少しているプラトー虹彩の2例.日眼会誌119:68-76,2015〔別刷請求先〕宮本大輝:〒951-8510新潟市中央区旭町通1-757新潟大学大学院医歯学総合研究科生体機能調節医学専攻感覚医学統合講座視覚病態学分野(眼科)Reprintrequests:DaikiMiyamoto,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofMedicalandDentalSciences,NiigataUniversity,Asahimachi-dori,1-757,Chuou-ku,NiigataCity951-8510,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1646あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(108)図1術前と術後最終のCD散布図図2術後平均CD経過表1病型別比較POAG19例21眼XFG10例13眼p値CD術前2,359±4872,196±6710.417術後最終2,244±5741,808±5550.037*6A術前62.4±10.664.2±8.90.614術後最終60.1±8.261.0±13.50.800CV術前29.3±4.031.2±6.90.336術後最終31.9±4.932.4±5.80.770いずれも対応のないt検定表2術後浅前房の有無による比較あり8例8眼なし26例29眼p値CD術前2,276±5052,296±5870.942術後最終2,073±6942,055±6030.9436A術前63.7±10.963.4±9.50.956術後最終65.6±7.859.7±10.70.153CV術前28.9±3.630.1±5.60.547術後最終29.4±3.632.4±5.40.153いずれも対応のないt検定表3術後脈絡膜?離の有無による比較あり10例10眼なし25例27眼p値CD術前2,383±6182,258±5500.558術後最終2,130±6202,032±6210.6736A術前61.7±10.364.2±9.50.499術後最終65.1±9.059.4±10.50.137CV術前29.9±3.530.1±3.00.996術後最終29.9±5.832.3±5.70.141いずれも対応のないt検定表4術後自己マッサージの有無による比較あり14例15眼なし17例22眼p値CD術前2,433±5212,195±5820.212術後最終2,207±6661,958±5690.2306A術前62.3±10.064.3±9.60.553術後最終61.0±12.260.9±9.10.976CV術前31.1±6.229.0±4.40.238術後最終30.4±5.632.6±4.70.198いずれも対応のないt検定(109)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616471648あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(110)(111)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616491650あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(112)

アカントアメーバ角膜炎治療薬の基礎的検討

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1641?1644,2016cアカントアメーバ角膜炎治療薬の基礎的検討川添賢志*1宮永嘉隆*1中林夏子*2野口敬康*2堀貞夫*1井上賢治*3*1西葛西・井上眼科病院*2わかもと製薬相模研究所*3井上眼科病院BasicConsiderationofanAcanthamoebaKeratitisCurativeKenjiKawazoe1),YoshitakaMiyanaga1),NatsukoNakabatyashi2),TakayasuNoguchi2),SadaoHori1)andKenjiInoue3)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)WakamotoPharmaceuticalCo.,Ltd.,3)InouyeEyeHospital目的:現在アカントアメーバ角膜炎に対して使用されている薬剤について,抗アカントアメーバ活性測定用培地を調製し,disc法またはカップ法を用いてそれらの阻止円を検証することにより,どのような治療効果が期待できるかを検討した.方法:培養したAcanthamoebacastellaniiに対し,アムホテリシンB,フルコナゾール,ミカファンギン,カスポファンギン,クロルヘキシジンさらにラクトフェリン,ポリビニルアルコールヨウ素を作用させ,その阻止効果を検討した.結果:Acanthamoebacastellaniiに対する抗アカントアメーバ活性は,0.05%以上のクロルヘキシジンのみに認められ抗真菌薬は無効であった.結論:アカントアメーバ角膜炎の治療において0.05%以上のクロルヘキシジンの有効性が示唆された.Purpose:WeexaminedtheeffectofthezoneofinhibitiontestonAcanthamoeba.Methods:Weassessedantifungaldrugs(amphotericinB,fluconazole,micafunginandcaspofungin),chlorhexidinegluconate,lactoferrinandpolyvinylalcoholiodineonAcanthamoebacastellaniiusingthezoneofinhibitiontest.Results:Onlychlorhexidinegluconatemorethan0.05%exhibitedanti-Acanthamoebaactivity.Conclusion:Useofmorethan0.05%chlorhexidinegluconateisrecommendedforAcanthamoebakeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1641?1644,2016〕Keywords:Acanthamoebacastellanii,クロルヘキシジン,disc法,阻止円.Acanthamoebacastellanii,chlorhexidinegluconate,zoneofinhibitiontest.はじめにアカントアメーバ角膜炎は1988年にわが国で報告されて以来1),すでに約25年が経過している.角膜ヘルペスや角膜真菌症と類似した所見を呈することが多く,病変の進行は緩徐ではあるが炎症反応が強く,また角膜深層へ進展することもあり,治療が遅れると高度の視力低下を残すこともある.治療としては抗真菌薬内服,病巣掻爬,クロルヘキシジン点眼が発表され2),現在ではこれらの3者併用療法が基本的な治療となった3).コンタクトレンズケアの啓発による発症例の減少,さらに眼科医の初期における診断力の向上により角膜炎の重症化は減少傾向にあると思われる.しかし,一度発症してしまうと治療に難渋することが多く,現在臨床上使用されている治療薬がどのような機序で奏効しているのか明確でないところが多々ある.今回,今まで治療薬として使われてきたいくつかの抗真菌薬と消毒薬およびアカントアメーバに効果があると報告された薬剤について,抗アカントアメーバ活性をdisc法またはカップ法で確認して,今後のアカントアメーバ角膜炎に適応すべき薬剤の可能性について検討した.I目的現在アカントアメーバ角膜炎に対して使用されている薬剤について抗アカントアメーバ活性測定用培地を調製し,disc法またはカップ法を用いてその薬剤の阻止円を検証することにより,どのように治療上効果を発揮しているかを検討することを目的として下記の実験を行った.II材料と方法1.抗アカントアメーバ活性測定用培地の調製Escherichiacoli(ATCC8739)をSCD寒天培地(日本製薬)に培養し,滅菌水に浮遊させた.60℃1時間処理した後,OD660=0.5に調製した.1.5%寒天培地に0.3ml塗布し,乾燥させた.その培地に血球計算盤で計測したAcanthamoebacastellanii(ATCC30011)を1×108個塗布して25℃で1?3日間培養した.2.対象とした薬剤①0.02%アムホテリシンB(LifeTechnologies)②0.2%フルコナゾール(富士製薬工業)③0.25%ミカファンギン(アステラス製薬)④カスポファンギン(MSD)⑤クロルヘキシジン(山善製薬)0.02%,0.05%,0.5%⑥ラクトフェリン(和光純薬工業)⑦ポリビニルアルコールヨウ素(日本点眼薬研究所)3.抗アカントアメーバ活性の測定抗アカントアメーバ活性測定用培地上で抗真菌薬(①?④),クロルヘキシジン,ポリビニルアルコールヨウ素についてはdisc法,ラクトフェリンについてはカップ法により,阻止円を検討した.①?③は抗真菌薬として承認されているので,流通している近似濃度により検討した.それ以外のクロルヘキシジンを含む薬剤は,推奨される薬剤濃度が不詳だったため,いくつかの濃度を設定し検討した.III結果1)濃度を変えたクロルヘキシジンと抗真菌薬による阻止円の検討(図1)では,0.5%クロルヘキシジンによる阻止円が著明に陽性で,0.05%でも陽性であったが0.02%では陰性であった.アムホテリシンB,フルコナゾールおよびミカファンギンは陰性であった.2)0.5%クロルヘキシジンを基準薬としたカスポファンギンの各濃度の阻止円の検討(図2)では,各濃度のカスポファンギンによる阻止円はすべて陰性であった.3)0.5%クロルヘキシジンを基準薬としたラクトフェリンの各濃度の阻止円の検討(図3)では,各濃度のラクトフェリンによる阻止円はすべて陰性であった.4)0.5%クロルヘキシジンを基準薬としたポリビニルアルコールヨウ素の各濃度の阻止円の検討(図4)では,各濃度のポリビニルアルコールヨウ素による阻止円はすべて陰性であった.IV考按現在アカントアメーバ角膜炎治療に使用されている抗真菌薬やクロルヘキシジンが,どの程度の抗アカントアメーバ活性を示すかについて,視覚的に判断可能であるためMIC法に比べて判定が容易なdisc法またはカップ法で検討した.disc法が抗生物質同様に消毒薬を均等に拡散するかについては不明であったが,クロルヘキシジンにより阻止円が認められたことから,消毒薬も同様にdisc法にて判定できると判断した.また,臨床的には使用されていないが,抗アカントアメーバ活性をもつとされるカスポファンギン4)やラクトフェリン5),手術時に消毒薬としておもに用いられているポリビニルアルコールヨウ素6)の抗アカントアメーバ活性も検討した.その結果,現在のアカントアメーバ角膜炎治療に使用されている抗真菌薬や抗アカントアメーバ活性をもつとされるカスポファンギン,ラクトフェリン,ポリビニルアルコールヨウ素では,阻止円による抗活性は認められなかった.一方,抗真菌薬と同様に治療薬として使用されているクロルヘキシジンでは,0.02%では認められなかったが,0.05%以上の濃度であれば抗活性が認められた.クロルヘキシジンは0.02%で使用されている報告3)があり,Sunadaらは0.02%で効果があると報告している7).今回の結果では0.02%クロルヘキシジンは効果を認めなかったことから,0.02%はアメーバの増殖を抑制できる濃度ではないと考えられるため,角膜などの生体への副作用が認められないならば,0.05%クロルヘキシジンに近い濃度での使用がより効果的であると示唆される.抗真菌薬のアカントアメーバ角膜炎に対する効用については,さらなる検討が必要と考える.クロルヘキシジンの角膜に対する影響については,福田ら8)の報告がある.ウサギ角膜上皮細胞による検討ではあるが,50%細胞増殖阻止濃度は希釈液がリン酸緩衝液の場合,クロルヘキシジン濃度は0.05%,蒸留水の場合では濃度は0.02%であった.また,希釈液のみの場合の培養角膜上皮細胞の平均生存率を100%とした場合,0.02%クロルヘキシジンはリン酸緩衝液では88%,蒸留水では41%.0.05%クロルヘキシジンはリン酸緩衝液では41%,蒸留水では10%とクロルヘキシジンの濃度の違いが角膜上皮に及ぼす影響について報告している.今回,筆者らの実験では抗アカントアメーバ活性などについてdisc法またはカップ法で判定しており,日本コンタクトレンズ学会が消毒効果テストの際に実施したSpearman-Karber法9)とは判定方法が異なっている.今後は0.03%や0.04%クロルヘキシジンの濃度も加え,Spearman-Karber法での検討も必要と考える.また,抗真菌薬についても判定方法を変えての再検討が必要と考える.今回用いたAcanthamoebacastellaniiは土壌中に多いが,同様に土壌中に広く分布するAcanthamoebapolyphagaについても角膜炎の原因としての報告があるので10),Acanthamoebapolyphagaについても同様の実験が必要である.さらにアカントアメーバを分離するとパラクラミジア属菌などのあらゆる種類の存在が認められているので11),アカントアメーバが単独で増殖が可能かどうかも興味深いところである.また,近年アカントアメーバ角膜炎の症状悪化には共存状態にあるグラム陰性菌が関与していると報告されている12).わが国では最初に飯島12)が報告したアカントアメーバ角膜炎も緑膿菌との関係を示唆している.したがって,今後こういった菌との関係についても検討が必要であろう.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)石橋康久,本村幸子:アカントアメーバ角膜炎.あたらしい眼科5:1689-1696,19882)坂本麻里,藤岡美幸,椋野洋和ほか:角膜上皮掻爬と0.02%クロルヘキシジン点眼が奏効したアカントアメーバ角膜炎の1例.眼紀55:841-844,20043)丸尾敏夫,本田孔士,臼井雅彦:眼科学第2版.文光堂,p107-108,20114)BouyerS,ImbertC,DaniaultGetal:EffectofcaspofunginontrophozoitesandcystsofthreespeciesofAcanthamoeba.JAntimicrobChemother59:122-124,20075)鈴木智恵,矢内健洋,野町美弥ほか:ラクトフェリンの抗アカントアメーバ活性に及ぼすリゾチームおよびムチンの影響.あたらしい眼科32:551-555,20156)小浜邦彦,末廣龍憲:PVP-Iodineのアカントアメーバに対する効果.日本災害医学会会誌44:689-693,19967)SunadaA,KimuraK,NishiIetal:InvitroevaluationsoftopicalagentstotreatAcanthamoebakeratitis.Ophthalmology121:2059-2065,20148)福田正道,村野秀和,山代陽子ほか:グルコン酸クロルヘキシジン液の培養角膜上皮細胞に対する影響.眼紀56:754-759,20059)ソフトコンタクトレンズ用消毒剤のアカントアメーバに対する消毒性能─使用実態調査も踏まえて─.独立行政法人国民生活センター発表資料,200910)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討.あたらしい眼科27:680-686,201011)Marciano-CabralF,CabralG:Acanthamoebaspp.asagentsofdiseaseinhumans.ClinicalMicrobiolRev16:273-307,200312)川口浩一,鈴木泰子,中本博直ほか:コンタクトレンズ装用により発生したアカントアメーバ角膜炎の3例.和歌山県臨衛技38:6-9,201113)飯島千津子,笹井幸子,宮永嘉隆:コンタクトレンズ付属器より分離されたAcanthamoeba緑膿菌性角膜潰瘍患者症例から.眼科30:1389-1392,1988〔別刷請求先〕川添賢志:〒134-0088東京都江戸川区西葛西3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:KenjiKawazoe,M.D.,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(103)1641図1各種薬剤の抗アカントアメーバ活性5%だけではなく,0.05%クロルヘキシジンにおいても阻止円が認められる.??が阻止円(5%クロルヘキシジンのdisc周りの白い円は薬剤による円であり,阻止円はその白い円の周りの黒く抜けて見える部分)である.Negativecontrolは,Acanthamoebacastellaniiを塗布していない抗アカントアメーバ活性測定用培地を用いて,抗アカントアメーバ活性の測定と同様に行った結果である.また,図1?4のすべてに認めるシャーレ内の白点は大腸菌であり,試験そのものには関係ない1642あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(104)図2カスポファンギンの各濃度の阻止円の検討濃度を高めてもカスポファンギンに抗アカントアメーバ活性は認めなかった.図3ラクトフェリンの各濃度の阻止円の検討濃度を高めてもラクトフェリンに抗アカントアメーバ活性は認めなかった.図4ポリビニルアルコールヨウ素の各濃度の阻止円の検討濃度を高めてもポリビニルアルコールヨウ素に抗アカントアメーバ活性は認めなかった.(105)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616431644あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(106)