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屈折矯正手術:円錐角膜や強度不正乱視に対する強膜レンズ

2016年12月31日 土曜日

●連載199屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男199.円錐角膜や強度不正乱視に対する強膜レンズ吉野健一吉野眼科クリニック臨床に応用できるまでになった強膜レンズの二大用途は,重症ドライアイの治療と従来のレンズでは矯正できない強度不正乱視に対する屈折矯正である.本稿では,本レンズの歴史と特徴についてまず記し,強度不正乱視に対する屈折矯正については,円錐角膜と角膜移植術後強度不正乱視の症例を提示し解説する.●強膜レンズの歴史強膜レンズは,1880年代にガラス細工で製造されたのがその始まりといわれている.しかし,レンズフィッティングの原理や角膜生理への理解が乏しかったため,普及には至らなかった.1939年にポリメチルメタクリレート(PMMA)レンズ素材が登場し,また機械による正確なデザインの再現が可能になり,強膜レンズは再び注目を得た.しかし,角膜への酸素供給やレンズ下の涙液交換不良といった問題から,やはり実用化には至らなかった.涙液交換を目的とした有窓の強膜レンズも登場したが,レンズ下への空気の迷入や汚れの付着など問題は多く,強膜レンズはコンタクトレンズ(CL)の世界から消え去るかのように思われた.強膜レンズの飛躍的な進歩は,酸素透過性レンズ素材の登場とcomputerlizednumericalcontrol(CNC)旋盤機による涙液交換を可能にするレンズデザインとフィッティング技術の確立による.1992年にPerryRosenthal医師により設立されたBostonFoundationforSightが開発したBostonScleralLens(ボストンレンズ)は,1994年に米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の承認を受けている.その後,財団はBostonSightと名称を変え,PROSE(prostheticreplacementoftheocularsurfaceecosystem)として現在,米国13施設,インド3施設,日本1施設にレンズを供給している.また,日本では,2016年に京都府立医科大学で開発された輪部支持CL(サンコンKyoto-CS)がスティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS),中毒性表皮壊死症(toxicepidermalnecrolysis:TEN)に対し薬事承認され,吉野眼科クリニックでは医師主導臨床試験中である.●強膜レンズの特徴強膜レンズの種類は便宜上その直径により,corneoscleral(12.9~13.5mm),semi-scleral(13.6~14.9mm),mini-scleral(15.0~18.0mm),scleral(18.1~24.0mm)に分類される.レンズは角膜輪部を超え強膜に至り眼球の前部を覆う大きなハードCL(HCL)で,レンズ後面には涙液が貯留するスペース(涙液プール=vault)がある(図1).強膜レンズの意義は,大きく二つある.一つ目は,SJS,TENをはじめとした重症ドライアイに対する治療と角膜保護.二つ目は,フィッティングの限界により従来のHCLでは矯正できない強度不正乱視に対する屈折矯正である.強膜レンズの適応疾患を表1に示す.ここではとくに後者,強度不正乱視に対する強膜レンズの有用性を解説する.●強度不正乱視症例におけるCL不耐症の解消と屈折矯正円錐角膜をその代表とする不正乱視の屈折矯正には,現在もHCLが第一選択である.病態が進行し角膜表面の不正や突出が強い症例に対しては,特殊な形状を有した円錐角膜専用のHCLも存在するが,進行の程度によっては,レンズの脱落やレンズと角膜の接触が強いことによる疼痛(CL不耐症),角膜混濁が問題となる.このような症例に対しては,従来は角膜移植術がその治療の最終手段であったが,強膜レンズは,安定したレンズの装用と屈折矯正を可能にし,リスクを伴う手術を回避するため,または手術に至るまでの時間を延長させるための選択肢として期待できる(図2).一方,強度の不正乱視を残す角膜移植術後眼も,レンズフィッティングの不安定さから従来のHCLの装着は不可能である(図3).SJS,TEN,移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)のような瘢痕性角結膜症で瞼球癒着が顕著な症例に対しては,直径の大きなタイプの強膜レンズは装用自体が不可能な場合がある.しかし,眼瞼を含めた角膜以外の前眼部に異常がない屈折矯正目的の処方においては,直径の大きなレンズのほうが安定したフィッティングが得られ,装用感,涙液交換においても有利である.ただし,いかにフィッティングがよくとも,角膜後面の不正乱視が強い場合には思ったほどの視力の改善が得られず,その矯正には限界がある.文献1)CotterJM,RosenthalP:Scleralcontactlenses.JAmOptomAssoc69:33-40,1998表1強膜レンズが適応となる可能性のある疾患重症ドライアイの治療・角膜保護目的屈折矯正目的Stevens-Johnson症候群(SJS)中毒性表皮壊死症(TEN)眼類天疱瘡(OCP)角膜化学熱傷Sjogren症候群(SS)移植片対宿主病(GVHD)神経麻痺性角膜炎(neurotrophickeratitis)兎眼性角膜炎遷延性角膜上皮欠損(PED)眼表面再建術後(post-OSreconstruction)末期円錐角膜球状角膜(keratoglobus)Pellucid角膜変性症Terrien周辺角膜変性症角膜移植術後強度不正乱視(文献1を改変)図1強膜レンズのフィッティング状態とレンズ外観左:強膜レンズは,レンズ(赤)後面と角膜(青)間に涙液が貯留するスペース(黄色)をもち,角膜輪部を超える大きなレンズである.中央:良好なフィッティングが得られると涙液交換が可能である.フルオレセインで染まったレンズ下涙液は涙液交換があることを示す.右:強膜レンズの直径.左端のレンズは直径8.8mmの通常のハードコンタクトレンズ.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617370910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2進行した円錐角膜への強膜レンズ装着の例左:直径23mmと大きなレンズであるため,正面視ではその存在がわかりにくい.右:結膜上の血管が途切れることなくレンズは強膜にアライメントにフィットするため,レンズ下涙液交換が可能となる.右上は直径23mm,右下は直径18.5mmの強膜レンズ.図3全層角膜移植後の強度不正乱視眼への強膜レンズ装着の例37歳,男性.淋菌感染性角膜穿孔に対し全層角膜移植を施行.左上下:角膜周辺部の穿孔創をカバーするため角膜移植片は視軸からずれ,8時-11時の周辺部は虹彩前癒着を呈する.強度の不正乱視を呈するため,通常のHCLのフィッティングは不可能である.視力=0.03(n.c).右:障害のない強膜で支持され,良好なセンタリングと安定したフィッティングを可能にした強膜レンズ.視力=0.03(1.0×強膜レンズ)と良好な矯正視力を得て,患者の満足度はきわめて高い.1738あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(60)

眼内レンズ:インジェクターによる水晶体囊拡張リング(CTR)挿入

2016年12月31日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋361.インジェクターによる水晶体?拡張リング(CTR)挿入小堀朗福井赤十字病院眼科インジェクターによる水晶体?拡張リング(CTR)の挿入に際しては,①水晶体?の偏位,②挿入の方向,③トルクに注意を払い,Zinn小帯にできるだけ負担をかけないようにする.Spiral法は水晶体?にトルクがかかりにくい優れた方法である.●はじめに水晶体?拡張リング(capsulartensionring:CTR)はZinn小帯脆弱・断裂における白内障手術の有力なツールであるが,今までは海外製品を個人輸入して使用していた.2013年にHOYAのCTRが国内承認され,2015年にはCTR挿入用インジェクター(カプセルテンションリングインジェクター,Geuder社)(図1)の使用も添付文書に記載されるようになった.本稿ではその使い方について説明する.●Zinn小帯に負担をかけないためにはCTRをケースから取り出し,CTRの末端リングにインジェクター先端のフックをかける.インジェクターにはバネが付いており,そのままCTRは中に引き込まれる.切開創を通してCTRを?内に導入し,後端をプランジャーでゆっくり押していけば簡単に挿入できる.CTR挿入に際して,Zinn小帯にできるだけ負担をかけないように注意すべき項目が3つある.1番目は水晶体?の偏位である(図2).直径13mmのCTRを連続円形切?(continuouscurvicularcapslotomy:CCC)縁から?内挿入するので,水晶体?は右上方向に偏位する.CTRは柔軟性のある素材ではあるが,偏位した分,Zinn小帯に負担がかかる.偏位を減らすためには,CTRをCCC縁ギリギリから挿入するべきである.また,対側のCCC縁をフックや虹彩リトラクターで固定し,水晶体?の偏位を減じるのも対策となる.2番目は挿入の方向である(図3).CTRの挿入時のZinn小帯は,右上(偏位方向)は反転するので負担が少なく,左下は伸びてもっとも負担が大きくなる.したがって,Zinn小帯断裂部位に向かってCTRを挿入すると,Zinn小帯への負担が少なくなる.3番目はトルク(CTR先端の挿入抵抗による水晶体?のねじれ/回転)である(図4).水晶体?の偏位に加えてトルクがかかると,さらにZinn小帯に負担がかかる.トルクを減らすためには水晶体?と皮質の分離を十分に行い,CTR先端の挿入抵抗を減らす必要がある.そのためにハイドロダイゼクションやビスコダイゼクションをしっかり行う.トルクを極力減らすために,CTR先端に糸をかけてコントロールする方法1),特殊なインジェクターを用いる方法2)が報告されているが,フックを用いる方法が簡便である.この方法の文献はないが,YouTubeには公開されている(Implantationofcapsulartensionring.Augnlaeknir’schannel,2012/11/02).通称Spiral法とよばれている(図5).太いCTR先端が赤道部の水晶体??皮質間を走行しないので,トルクはほとんど生じないお勧めの方法である.文献1)PageTP:Suture-guidedcapsulartensionringinsertiontoreduceriskforiatrogeniczonulardamage.JCataractRefractSurg41:1564-1567,20152)TataruCP,DogaroiuAC,MihaiC:ModifiedinjectorforoptimalinsertionofstandardCTRsinlaxzonules.EurJOphthalmol26:98-100,2016図1インジェクター(G?32960,Geuder社)の全体写真と先端拡大図図2CTRをインジェクターで挿入する際のCTR想定軌道図3水晶体?とZinn小帯の変化CTRを写真の右上方向に挿入すると水晶体?(青線)が偏位し,Zinn小帯は元の状態(黄線)から伸びた状態(赤線)に変化する.図4トルクがかかった状態でのZinn小帯水晶体?が偏位し,Zinn小帯が伸びた状態に加えて,トルク(緑線)がかかり水晶体?が回転すると,左下のZinn小帯がもっとも断裂しやすくなる.(57)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617350910-1810/16/\100/頁/JCOPY図5Spiral法a:インジェクターからCTR挿入の際,先端のリングにシンスキーフックをかける.先端がCCC内に位置するようコントロールしながらCTRを圧出していく.b:最後にCTR先端と後端を前?下に挿入する.両端をCCC縁ギリギリに位置させ,間隔を小さくしたほうがCTR直径が小さくなり,水晶体?の偏位を減らせる.

コンタクトレンズ:ソフトコンタクトレンズ装用眼の眼乾燥感のメカニズム

2016年12月31日 土曜日

コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一26.ソフトコンタクトレンズ装用眼の眼乾燥感のメカニズム横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学●はじめに「眼乾燥感」は,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用眼のドロップアウトの原因になるが,SCL装用眼の80%以上に「眼乾燥感」が聴取されるとの報告もある1).したがって「眼乾燥感」は,SCLの装用者にとっても,その開発メーカーにとっても大きな問題といえる.眼表面は,涙液層と上皮層からなるため,眼表面に装用されるSCLが涙液層や上皮層に大きな影響をもつことは容易に想像され,そのメカニズムは近年,徐々に明らかにされつつある2).また,SCLで生じる「眼乾燥感」のメカニズムの解明は,その予防や治療に突破口を開く可能性があるため,SCLメーカーのみならず,点眼薬メーカーにとっても,大きな関心事の一つになり続けている.そこで本稿では,SCL装用眼の「眼乾燥感」の発症メカニズムについて簡潔に述べる.●SCL装用が涙液層に及ぼす影響SCLは角膜表面を被覆するため,角膜上の涙液層のみならず,角膜上皮細胞に対しても大きな影響をもちうる.第一に,SCL装用による低酸素の問題があるが,これはシリコーンハイドロゲルレンズの登場により大きく改善された.しかし,SCLが角膜上の涙液層に及ぼす影響については,今なお克服課題であり続けている.SCL装用眼では涙液層は,SCL上の涙液層(pre-lenstearfilm:pre-LTF)とSCL下の涙液層(post-lenstearfilm:post-LTF)に分けられるが,pre-LTFは,角膜上の涙液層に比べて2倍近く菲薄化速度が速く,破壊に至りやすいことが知られている3).その理由として,SCL表面には,角膜のような再生されうる親水性構造(膜型ムチン)が存在しないため,その水濡れ性におのずと限界があることや,SCL表面に涙液中の蛋白質や脂質が付着することで水濡れ性がさらに低下することがあげられる.一方,SCLの周辺部が涙液メニスカスを占拠することで,本来のメニスカスが小さくなることも,pre-LTFの菲薄化の大きな要因となっている.すなわち,角膜上の涙液層の液層の厚みは,下方の涙液メニスカスの曲率半径(R)と一次相関する4)ため,SCL装用により本来のRが小さくなるとSCL上の液層は菲薄化する(図1).SCL装用眼の「眼乾燥感」第一の問題は,pre-LTFに破壊が生じやすいことであり,開瞼維持で破壊すると,SCL表面の水濡れ性の低下を反映して一気に広がりやすい(図2).●SCL装用による涙液(層)の変化と「眼乾燥感」の時間的関係筆者らの検討2)ではSCLの装用開始15分後までに,Rやpre-LTFの破壊時間は装用前のRや角膜上の涙液層の破壊時間に比べて有意に小さくなる(図1).しかしこの早い涙液(層)の変化に対して,「眼乾燥感」に有意な増加が生じるには3時間程度の時間を要し,SCLをはずすとRや破壊時間はすぐさま回復するのに対し,乾燥症状はすぐには回復しない5).つまりSCL装用は装用早期に涙液(層)を変化させ,徐々に「眼乾燥感」を引き起こすが,すぐには回復しにくい不可逆性の変化を眼表面上皮に引き起こすことで,SCLをはずしても継続する「眼乾燥感」をもたらすのではないかと考えられる.●SCL装用が結膜上皮に及ぼす影響SCLの装用が角膜には保護的に働くことは,ドライアイの高度な上皮障害がSCL装用と人工涙液点眼で消失しうることからもわかる.これは,水分を含むSCLが角膜表面を被覆するため,SCL下の角膜表面では,涙液層の破壊と瞬目時の摩擦というドライアイの二大メカニズムが回避されるためと考えられる.しかし,SCL装用眼では角膜の問題が結膜にシフトし,破壊しやすいpre-LTFのもとで,SCL表面とlidwiper6)(異物溝から皮膚粘膜移行部に至るまでの角膜との摩擦を生じやすい眼瞼結膜上皮の肥厚部位)との摩擦や,SCLのエッジ部と球結膜との摩擦が増加し,結膜上皮障害(それぞれ,lid-wiperepitheliopathy,球結膜上皮障害)が生じうる(図3).既報6,7)のみならず,筆者らの検討2)でも,これらの上皮障害と「眼乾燥感」の関連が示されているが,こうした結膜上皮障害はSCLをはずしてもしばらくは残ると考えられるため,これがSCLをはずしても「眼乾燥感」が継続する原因になっていると推察される.●おわりに上記のSCL装用眼の「眼乾燥感」のメカニズムに基づけば,1)涙液メニスカスのRを低減させにくいレンズ,2)水濡れ性のよいレンズ,3)水分蒸発の少ないレンズ,4)エッジ部の摩擦の少ないレンズといったSCL側の改良点がみえてくる.さらにpre-LTFの菲薄化に抗する点眼治療を考えることもできる.シリコーンハイドロゲルCLは,低含水で,表面加工により水濡れ性が向上し,「眼乾燥感」の低減によりつながる可能性があり,その報告も散見される.今後,客観的な評価法の発達とともに,何がSCLの「眼乾燥感」対策にベストかが明らかにされることだろう.文献1)濱野孝,光永サチ子,小谷摂子ほか:コンタクトレンズ装用に起因する「乾燥感」とその症状の調査.眼科49:183-190,20072)横井則彦:涙液からみたコンタクトレンズ.日コレ誌57:222-235,20153)NicholsJJ,MitchellGL,King-SmithPE:Thinningrateoftheprecornealandprelenstearfilms.InvestOphthalmolVisSci46:2353-2361,20054)CreechJL,DoLT,FattIetal:Invivotear-filmthicknessdeterminationandimplicationsfortear-filmstability.CurrEyeRes17:1058-1066,19985)横井則彦,酒井利江子:素材の変化による臨床的評価(シリコーンハイドロゲルレンズを合む).眼科54:595-602,20126)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepitheliopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20027)LakkisC,BrennanNA:Bulbarconjunctivalfluoresceinstaininginhydrogelcontactlenswearers.CLAOJ22:189-194,1996図1ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用眼の涙液層の破壊メカニズム(左:SCL装用前,右:SCL装用15分後)SCLが装用されると,本来の涙液メニスカス(曲率半径R1)は,小さくなり(R2),それに呼応して,SCL上の涙液層は菲薄化することで破壊が生じやすくなる(涙液減少型ドライアイがあると破壊がさらに進みやすいことも容易に理解できる).(文献2より引用改変)図2ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用前(上段)とSCL装用後(下段)の涙液層の観察所見(左上下:開瞼直後,右上下:開瞼維持10秒)SCL上の涙液層は菲薄化しているため,容易に破壊に至り,しかもSCLの表面は水濡れ性が悪いため,破壊は短時間で大きく広がる(☆).(55)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617330910-1810/16/\100/頁/JCOPY図3涙液減少型ドライアイに装着されたソフトコンタクトレンズ(SCL)をはずした直後のリサミングリーン染色所見涙液減少型ドライアイにみられる本来の球結膜染色に加えて,SCL表面との摩擦によるlid-wiperepitheliopathyやSCLのエッジ部との摩擦による球結膜の上皮障害所見が明瞭に認められる.

写真:Drusenoid PED退縮に続発した地図状萎縮

2016年12月31日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦391.DrusenoidPED退縮に続発した地図状萎縮山岸哲哉京都府立医科大学眼科図1DrusenoidPED退縮とともに発症した地図状萎縮黄斑部への軟性ドルーゼンの集簇と,その中央の地図状の網膜色素上皮の脱色素性変化を認める.図3と比較すれば,drusenoidPED退縮が明らかである.図2図1のシェーマ①地図状萎縮②軟性ドルーゼン集簇(drusenoidPED)図3地図状萎縮出現より半年前の所見黄斑部への軟性ドルーゼン集簇とその中央のdrusenoidPED,色素沈着を認める.図4地図状萎縮発症前後の光干渉断層計(OCT)所見発症前(a)では内部に均一な内容物(=ドルーゼン)を有する網膜色素上皮?離を認める.発症後(b)では黄斑網膜の菲薄化(網膜外層障害),網膜色素上皮ライン欠損,撮影光進達による脈絡膜信号増強を認める.(53)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617310910-1810/16/\100/頁/JCOPY加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は大きく滲出型AMDと萎縮型AMDに分類される.わが国では滲出型AMDが多く,萎縮型AMDは少ないとされている.2008年の厚生労働省ワーキンググループによる診断基準では,萎縮型AMDは「脈絡膜血管が透見できる網膜色素上皮の境界明瞭な地図状萎縮を伴う」病変と定義された1).2015年に診断基準が改定され,「地図状萎縮」を「①直径250μm以上,②円形,卵円形,房状または地図状の形態,③境界鮮明,④網膜色素上皮の低色素または脱色素変化,⑤脈絡膜中大血管が明瞭に透見可能のすべてを満たすもの」と定義された2).地図状萎縮(geographicatrophy:GA)は軟性ドルーゼン,reticularpseudodrusen,色素沈着を合併することがある.また,GAは網膜色素上皮?離(pigmentepithelialdetachment:PED)から発生する場合もある.軟性ドルーゼンが黄斑部で癒合・拡大するとdrusenoidPEDを形成する.DrusenoidPEDは自然経過のなかで縮小・退縮をきたし,その後にGAの発症が確認される場合がある3).本症例(図1~3)では初診時から半年後に,drusenoidPED退縮とともにGA発症が確認された.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)ではGA領域に一致して網膜菲薄化(ellipsoidzone,interdigitationzone,外顆粒層の消失),網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)ラインの欠損,RPE欠損に伴う撮影光の脈絡膜・強膜側への過剰到達(脈絡膜信号の増強)が観察される(図4).GAの発症有無の確認や発症後のモニタリングには,検眼鏡的な眼底検査に加えて,眼底自発蛍光(fluoresceinangiographyfunduscopy:FAF)が有用である.RPE細胞の代謝活動を反映するとされるFAFでは,GAは境界明瞭な自発低蛍光に描出される(図5).また,GAは発症後,緩除に拡大傾向を示す性質があり,FAFでのGA辺縁での自発過蛍光所見の程度がGA拡大の予見因子として有用との報告4)もある.現時点で萎縮型AMDに対する有効な治療法はなく,再生医療を含め今後の新規治療開発が期待される.文献1)厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループ:加齢黄斑変性の分類と診断基準.日眼会誌112:1076-1084,20082)厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班萎縮型加齢黄斑変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:萎縮型加齢黄斑変性の診断基準.日眼会誌119:671-677,20153)RoquetW,Roudot-ThoravalF,CoscasGetal:Clinicalfeaturesofdrusenoidpigmentepithelialdetachmentinagerelatedmaculardegeneration.BrJOphthalmol88:638-642,20044)HolzFG,BellmanC,StaudtSetal:Fundusautofluorescenceanddevelopmentofgeographicatrophyinagerelatedmaculardegeneration.InvestOphthalmolVisSci42:1051-1056,2001図5地図状萎縮発症前後の眼底自発蛍光(FAF)所見発症前(a)と比較し,発症後(b)のFAFでは黄斑中央に網膜色素上皮の萎縮を示す境界明瞭な自発低蛍光領域を認める(矢頭).

時の人 五味 文 先生

2016年12月31日 土曜日

時の人兵庫医科大学眼科学教授五ご味み文ふみ先生兵庫医科大学は,兵庫県西宮市に昭和47年に創立されたまだ若い大学である.眼科学教室は昭和48年に発足し,神経眼科学分野のパイオニアとして名を馳せてきた.平成28年4月,そこに第4代教授として五味文先生が着任した.網膜硝子体・黄斑疾患を専門とする五味先生によって,兵庫医科大学眼科学教室の診療・研究体制がいっそう強化されつつある.*五味先生は平成元年に大阪大学医学部を卒業し,同年4月に大阪大学医学部眼科に入局,1年間の研修の後,翌年7月に大阪労災病院眼科に赴任した.同病院では,大阪大学から同時期に赴任された恵美和幸・眼科部長の指導の下,眼科診療全般なかでも網膜硝子体疾患の病態と治療についての考え方を,実践を通じて学んだ.7年間の在職中,多数の患者さんの診療と手術,経過観察に携わったこと,学会発表とその準備のために周囲とディスカッションを重ねてきたことによって,「自身の眼科医としての基礎が培われた」と先生は振り返る.平成9年には大阪大学医学部大学院に進学.神経機能解剖学講座で基礎研究に従事し,新規網膜特異的遺伝子を発見して学位論文にまとめた.この時期は先生にとって,「基礎研究を続けることの厳しさを垣間見た貴重な4年間」だった.平成13年に大学院修了.当時の田野保雄教授から大阪大学眼科助手(現在の助教)のポストを提示されたが,その頃,医局に女性スタッフはおらず,さんざん悩んだ末に受けたそうである.ここで五味先生は,網膜硝子体手術のかたわら,眼科画像診断や黄斑疾患への薬物療法の普及の可能性を感じ,「メディカル網膜外来」を新設し,自ら担当した.また,光干渉断層計(OCT)の発展には初期からかかわり,OCTを含めた黄斑疾患の検査・治療に関する研究を多数行った.その後,同大講師を経て,平成24年7月に住友病院に眼科診療部長として赴任,臨床三昧の日々を送る.同時に,診療効率の向上やスタッフ教育,病診連携などのマネジメントにも力を注いだ.*そして本年,兵庫医科大学眼科の主任教授となり,先生のこれまでの経験がすべて活かせる立場となった.もともと同大眼科は,日本神経眼科学の創始者でもある初代・井街譲教授,第2代・下奥仁教授の指導のもと,一貫して神経眼科分野の発展に寄与してきた国内有数の神経眼科・斜視の専門施設である.第3代・三村治教授は現在も特任教授として,この分野の研究と指導を支えておられる.そこに加えて,これからの同大眼科は五味先生が先頭に立って指揮されることで,網膜硝子体・黄斑疾患の分野でも一層注目を浴びる存在になるものと期待される.五味先生に教室の印象を伺ってみた.先生によると,スタッフは自身の専門領域については非常に意識が高いが,反面,のんびりしたところもあるのだとか.「みんなの良い面を維持しながら,チーム力をつけてより高いレベルをめざしていきたい」と抱負を語ってくれた.*先生は音楽がお好きで,ご自身でもバイオリンを演奏する.気の合うメンバーと室内楽を楽しんでおられると聞けば,なんとも優雅な雰囲気だが,残念ながら主任教授就任以降はなかなか時間が取れないそうだ.それではさぞかしストレスも溜まるだろうと思うのだが,さにあらず.五味先生のストレス発散法は,おいしいお料理をいただくことと,「手間ひまかけずそこそこおいしい」料理を作ることなのだそうだ.ときには夜中に煮物を始めることもあるとか.男女を問わず,仕事と家庭の両立で悩んでいる人には,五味流ストレス発散法は参考になるかも?(51)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.12,20161729

回旋斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1725?1728,2016回旋斜視Cyclotropia林孝雄*はじめに眼球の回旋とは,眼球の前後軸を中心として子午線(上下を結ぶ線)が傾く状態である.眼球上部が耳側に傾く場合を外方回旋(用語解説参照),鼻側に傾く場合を内方回旋(用語解説参照)という(図1).また,両眼の回旋運動は図2のごとく,両眼を同じ方向へ傾かせる共同運動(用語解説参照)と反対方向へ傾かせる離反運動(用語解説参照)とがあり,共同運動のうち,両眼の眼球上部が右に傾くのを“右まわしむき(用語解説参照)”,左に傾くのを“左まわしむき(用語解説参照)”と表現し,離反運動のうち,両眼の眼球上部が鼻側に傾くのを“内まわしよせ(用語解説参照)”,耳側に傾くのを“外まわしよせ(用語解説参照)”と表現する.回旋斜視とは,図1のように外方回旋している場合を外方回旋斜視,内方回旋している場合を内方回旋斜視というが,単眼のみの回旋でもこのように表現する.これらは,単眼または両眼の上下4筋の単筋あるいは複数筋の異常により生じる.すなわち,上下4筋は図3のごとく眼球の前後軸に対して斜めに付着しているため,これらの筋の麻痺や過動などにより回旋斜視が生じ,その回旋偏位量が大きければ回旋複視を自覚する.ここでは,回旋斜視の種類と原因,複視の実際,検査法と診断について述べる.I回旋斜視の種類と原因回旋斜視には,上述のごとく外方回旋斜視と内方回旋斜視があり,上直筋と上斜筋は内方回旋作用を有するので,これらの筋の過動があれば内方回旋斜視を生じ,麻痺であれば外方回旋斜視が生じる.そして,下直筋と下斜筋は外方回旋作用を有するので,これらの筋の過動のときは外方回旋斜視がみられ,これらの筋の麻痺のときには内方回旋斜視がみられる.回旋斜視の種類と上下4筋の麻痺・過動との関係を表1に示す.「上2つの筋の麻痺では外方回旋斜視,下2つの筋の麻痺では内方回旋斜視が生じる」と覚えておくと,臨床ですぐに麻痺筋や過動筋が絞られてくる.II回旋偏位と傾きの自覚,複視の自覚片眼が時計回りに回旋した場合,たとえば右眼であれば内方回旋,左眼であれば外方回旋であるが,このとき本人が自覚する傾きは,水平線の右下がり像である.逆に,眼球が反時計回りに回旋した場合,右眼であれば外方回旋,左眼であれば内方回旋であり,このときには水平線の左下がり像を自覚する(表2).両眼での回旋融像幅は約10°が正常1)で,外方回旋側に約6°,内方回旋側に約4°の自覚的回旋融像域がある.すなわち,片眼のみの傾きでも,両眼の相対的な傾きでも,この融像域を越えると回旋複視を自覚する.III回旋斜視の診断のための検査法1.他覚的斜視角検査法と自覚的斜視角検査法a.他覚的斜視角検査法他覚的なものとしては眼底写真撮影法がある.これは,視神経と中心窩を結ぶ線の水平線からの傾斜角により,回旋偏位をみる方法である.正常では,中心窩は乳頭の中心よりも0.3乳頭径下方にあり,両者を結んだ線と水平線との角度は,平均7.25°±2.57°であり,左右差は平均1.61°±1.22°といわれている2).b.自覚的斜視角検査法自覚的なものとしては大型弱視鏡,Maddox二重杆試験,ニューサイクロテストなどがあり,筆者らは,最近開発した小型で非接触型のCyclophorometer(図4)を使って回旋偏位を測定している3).Cyclophorometerは,固視眼側には赤いBagolini線条レンズを,測定眼側には緑のMaddox杆をそれぞれ垂直方向に配置し,被検者の眼前にこの装置を非接触で把持し,両眼開放で点光源を見てもらい,赤と緑の両線が平行になったときの自覚的な答えで回旋角度を測定する装置である.この検査は対座でできるので,大型弱視鏡などを用いなくても,診察室内で簡便に回旋偏位量を知ることができるし,回旋斜視の手術中に微調整してアジャストすることもできる4)ので,とても便利な装置である.IV回旋斜視を起こす麻痺筋の診断1.回旋斜視を起こす麻痺筋の見つけ方上下4筋の,それぞれの麻痺の場合,上下偏位および回旋偏位がもっとも大きくなる部位を図5に示す.a.上下偏位が最大となる部位上・下転作用は,眼球の外転時に上・下直筋と眼球の前後軸が平行に近づくので,上直筋も下直筋も外転方向で,それぞれ上・下転作用がもっとも強く働き,眼球の内転時には,上・下斜筋と眼球の前後軸が平行に近づくので,上斜筋の下転作用,下斜筋の上転作用は,それぞれ内転時にもっとも強く働く.そのため,各々の筋が麻痺すれば,これらの部位で上下偏位が最大となる.b.回旋偏位が最大となる部位回旋作用は,眼球の内転時に上・下直筋と眼球の前後軸が直交に近づくので,上直筋の内方回旋作用と下直筋の外方回旋作用は内転時にもっとも強く働き,眼球が外転すると上・下斜筋と眼球の前後軸が直交に近づくので,上斜筋の内方回旋作用と下斜筋の外方回旋作用は外転時にもっとも強く働く.そのため,各々の筋が麻痺すれば,これらの部位で回旋偏位が最大となる.すなわち,上下4筋の作用で上下偏位が最大となる部位は,直筋が耳側で斜筋が鼻側,回旋偏位が最大となる部位は,直筋が鼻側で斜筋が耳側である.この斜め四つの方向のどこで,上下偏位および回旋偏位がもっとも大きくなっているのかがわかれば,どちらの眼のどの筋の麻痺であるのかが診断できる.たとえば,大型弱視鏡検査で,図6のような9方向むき眼位の結果が出た場合,上下偏位が最大になるのはどこか,回旋偏位が最大になっているのはどこかを探す.この症例では,全方向で右眼上斜視と外方回旋がみられており,左下方視で上下偏位が12°と最大,右下方視で外方回旋偏位が13°と最大となっているので,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.文献1)平野佳代子,林孝雄,坂上達志ほか:上斜筋麻痺の回旋について.第1報後天上斜筋麻痺の回旋融像幅.眼臨101:60-63,20072)BixenmanWW,vonNoordenGK:Apparentfovealdisplacementinnormalsubjectsandincyclotropia.Ophthalmology89:58-62,19823)林孝雄:最近の回旋斜視への対応─新しい回旋測定装置の応用─.日本の眼科87:181-182,20164)林孝雄:斜視のアジャスタブル手術アジャスタブル手術の実際②.眼科グラフィック5:250-253,2016■用語解説■外方回旋:片眼の眼球上部が耳側に傾いている状態.内方回旋:片眼の眼球上部が鼻側に傾いている状態.共同運動:両眼を同じ方向へ向かせる,あるいは傾かせる運動.離反運動:両眼を反対方向へ向かせる,あるいは傾かせる運動.右まわしむき:両眼の眼球上部が右に傾く状態.左まわしむき:両眼の眼球上部が左に傾く状態.内まわしよせ:両眼の眼球上部が鼻側に傾く状態.外まわしよせ:両眼の眼球上部が耳側に傾く状態.*TakaoHayashi:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕林孝雄:〒173-8606東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(47)1725図1眼球の回旋眼球上部が耳側に傾く場合を外方回旋,鼻側に傾く場合を内方回旋という.図2両眼の回旋運動共同運動には,両眼の眼球上部が右に傾く“右まわしむき”と,左に傾く“左まわしむき”があり,離反運動には,両眼の眼球上部が鼻側に傾く“内まわしよせ”と,耳側に傾く“外まわしよせ”がある.表1回旋斜視の種類と上下4筋の麻痺・過動との関係上直筋上斜筋下直筋下斜筋外方回旋斜視麻痺麻痺過動過動内方回旋斜視過動過動麻痺麻痺上直筋と上斜筋(上の2つ)の麻痺では外方回旋斜視が生じ,下直筋と下斜筋(下の2つ)の麻痺では内方回旋斜視が生じる.表2回旋偏位と自覚する傾き右眼左眼自覚する(水平線の)傾き時計回りの回旋内方回旋外方回旋右下がり反時計回りの回旋外方回旋内方回旋左下がり時計回りの回旋では水平線の右下がり像を自覚し,反時計回りの回旋では左下がり像を自覚する.1726あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(48)図3眼球と外眼筋上下4筋は,眼球の前後軸に対して斜めに付着している.上直筋と下直筋は前後軸と23°で,上斜筋と下斜筋は51°で付着している.図4Cyclophorometer固視眼側には赤いBagolini線条レンズ,測定眼側には緑のMaddox杆がそれぞれ垂直方向に配置されている.点光源を見て,赤と緑の両線が平行になったときの自覚的回旋角度を測定する装置である(49)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161727図5上下偏位,回旋偏位が最大となる部位上下4筋の作用で上下偏位が最大となる部位は,直筋が耳側で斜筋が鼻側,回旋偏位が最大となる部位は,直筋が鼻側で斜筋が耳側である.図69方向むき眼位検査ある症例の大型弱視鏡検査での9方向むき眼位の結果である.全方向で右眼上斜視と外方回旋がみられ,上下偏位が最大なのは左下方視,回旋偏位が最大なのは右下方視なので,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.1728あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(50)

Sagging Eye Syndrome

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1721?1724,2016SaggingEyeSyndrome後関利明*ISaggingとはSaggingeyesyndromeという言葉をはじめて聞いた読者もいると思う.“Sagging”とはなにか?英和辞典で調べると,(真ん中が重みで)下がる,たわむ,たるむ,という意味をもつ“Sag”の現在分詞と記載されている.さてSaggingeyesyndromeではなにが下がる,たわむのだろうか?Saggingeyesyndromeとは,外直筋プーリーの下垂によって引き起こされる高齢者の両眼性複視の疾患1)である.つまり“sagging”するのは外直筋プーリーである.年齢によって外直筋プーリーは菲薄化し,重力によって下垂し,耳側傾斜することがsaggingeyesyndromeの初期変化であると報告1)されている.II眼窩プーリーとはプーリーとは滑車のことで,力の方向が変わるところに存在し,人体には眼窩以外にも指関節に存在する.眼窩にあるプーリーを眼窩プーリーとよび,前述の外直筋プーリーも眼窩プーリーの一部である.眼窩プーリーは特別な組織ではなく,斜視手術や強膜内陥術を施行される先生方は無意識のなかで術中に眼窩プーリーをみている.制御靭帯や筋間靭帯などは眼窩プーリーの一部である2).眼窩プーリーは眼球の赤道部でもっとも発達している眼球をとりまく結合組織で,コラーゲン,エラスチン,平滑筋からなる3)(図1).外眼筋の位置ずれを防ぎ,外眼筋の機能的起始部として働いている.つまり,眼球運動の際には,眼窩プーリーから前方の外眼筋が収縮伸展し,後方の外眼筋は位置を変えない2).III高齢者の眼球運動と眼窩プーリーの関係Saggingeyesyndromeを解説する前に,高齢者の眼球運動と眼窩プーリーの関係について説明する.高齢者の眼球運動を確認する際,眼球運動が完全でなく,わずかに制限があることを経験する.とくに上転で一番目立つ.筆者は眼窩プーリーの概念を知るまでは後ろ髪をひかれる思いで「EOMfull(?)」とカルテに記載していた.ClarkとIsenberg4)は,眼球運動域は加齢とともに制限され,とくに上転が一番影響を受け70歳代の上転幅は20歳代の上転幅の半分程度に制限されると報告している.また,ClarkとDemer5)がMRI(magneticresonanceimaging)にて,その原因が内・外直筋プーリーの下垂であることを報告している.つまり,眼窩プーリーの加齢性変化が原因で,わずかな眼球運動障害が発生しているということである.IV発生機序加齢に伴う眼球運動制限の他にも,眼窩プーリーを知る以前には釈然としないまま診断していた高齢者の複視の原因となる疾患があった.開散不全型内斜視と外方回旋を伴う上下斜視である.開散の中枢が存在するのか,または開散は輻湊系の弛緩過程であるのか,明確な結論は出ていない.責任病巣は不明であるが,外転神経核近傍と中脳網様体が有力視されている.しかし,MRIで精査をしても原因がはっきりしない開散不全を経験する.MRIに写らない小さな虚血性変化の可能性はあるが,眼窩プーリーの変化で説明ができることが多い.また,内下転制限がはっきりせず,Bielschowsky頭部傾斜試験の結果が曖昧な上下外方回旋斜視を経験する.上斜筋麻痺の可能性はあるが,これも眼窩プーリーの変化で説明できることが多い.Saggingeyesyndromeは外直筋プーリーの加齢に伴う菲薄化と重力による下垂と耳側傾斜によって発症し,上直筋プーリーと外直筋プーリーを結ぶ帯状組織であるLR-SRバンドが引き伸ばされ,さらに進行すると断裂を引き起こす.LR-SRバンドの変化が左右対称だと,開散不全型内斜視を引き起こし,左右非対称であると外方回旋を伴う上下斜視を発症する1)(図2~4).V診断高齢発症の開散不全型内斜視,もしくは外方回旋を伴う上下斜視をみたときはSaggingeyesyndromeを疑う.Saggingeyesyndrome患者は眼窩プーリー以外にも眼周囲の軟部組織の変化を呈しているため,baggylid(だぼついた眼瞼),superiorsulcusdeformity(上眼瞼のくぼみ変形),腱膜性眼瞼下垂などの外眼部異常を伴う(図5).眼や眼周囲の外傷はsaggingeyesyndromeを発症しやすい.また,眼瞼下垂やフェイスリフトなど眼周囲の手術歴がある際は,顔貌の変化をきたしているため診断に苦慮する.入念な問診が必要である.眼窩MRI冠状断にて外直筋の下垂および耳側傾斜,LR-SRバンドの伸展や破綻,水平断にて屈曲した外直筋を確認することができる.鑑別診断として,代償不全型上斜筋麻痺,甲状腺眼症,固定内斜視を含む近視性斜視があげられる.鑑別にはMRIが有用で,代償不全型上斜筋麻痺は上斜筋低形成(図6)を,甲状腺眼症では外眼筋の腫大(図7)を,近視性斜視では眼窩に対し非対称に大きい眼球と,筋円錐内から上直筋-外直筋間への眼球の脱臼(図8)が確認できる.VI治療眼鏡装用をしている患者にはプリズム眼鏡を検討する.10Δまで(特注なら12Δまで)なら眼鏡内への組み込みプリズムで対応することが可能である.12Δ以上になるようならFresnel膜プリズムでの適応となる.上下斜視と内斜視をどちらも有する症例には,合成プリズムでの処方も検討する.注意したいのは,上下斜視の多くは外方回旋成分も有しているため,みかけ上はプリズムで眼位の補正が可能でも,回旋斜視を自覚する症例がある6).プリズムでの補正が困難なときは斜視手術の適応である.眼窩プーリーを直接的に修正する手術もあるが,通常の斜視手術で対応が可能である.開散不全型内斜視には,内直筋後転術と外直筋短縮前転術だが,定量には注意をしたい.ChaudhuriとDemerによると,手術の定量は内直筋後転術なら通常定量の倍量,外直筋短縮前転術なら通常の定量と報告7)している.外方回旋偏位がある上下斜視には,水平直筋の後転術に,下直筋なら鼻側移動,上直筋なら耳側移動を併施する必要がある.また,5Δ以内の上下斜視には,上下直筋と強膜の付着部を段階的に切腱するgradedverticalrectustenotomy(GVRT)も有効と報告8)がある.なお治療に際しては,プリズム眼鏡,斜視手術ともに,治療後にも進行し症状が再発する可能性を説明しておくことも重要である.おわりにSaggingeyesyndromeは新しい疾患概念であるが,高齢者の複視では代表的な疾患だと筆者は考える.いままで原因がはっきりしなかった高齢者の複視の多くはSaggingeyesyndromeの可能性がある.Saggingeyesyndromeの既報の多くは欧米からのもので,アジアからの報告は少ない.眼窩の構造や眼窩プーリーには人種差があると推測されるため,今後はアジアからの報告が出ることが望まれる.複視の原因がはっきりせずに不安を抱えている患者がいる.本誌を読まれた方には高齢者の複視の原因の一つとしてSaggingeyesyndromeを鑑別診断にあげていただければと思う.文献1)ChaudhuriZ,DemerJL:Saggingeyesyndrome:connectivetissueinvolutionasacauseofhorizontalandverticalstrabismusinolderpatients.JAMAOphthalmol131:619-625,20132)DemerJL,OhSY,PoukensV:Evidenceforactivecontrolofrectusextraocularmusclepulleys.InvestOphthalmolVisSci41:1280-1290,20003)KonoR,PoukensV,DemerJL:Quantitativeanalysisofthestructureofthehumanextraocularmusclepulleysystem.InvestOphthalmolVisSci43:2923-32,20024)ClarkRA,IsenbergSJ:Therangeofocularmovementsdecreaseswithaging.JAAPOS5:26-30,20015)ClarkRA,DemerJL:Effectofagingonhumanrectusextraocularmusclepathsdemonstratedbymagneticresonanceimaging.AmJOphthalmol134:872-878,20026)後関利明:特集【麻痺性斜視】麻痺性斜視の非観血的治療.神経眼科33:16-22,20167)ChaudhuriZ,DemerJL:Medialrectusrecessionisaseffectiveaslateralrectusresectionindivergenceparalysisesotropia.ArchOphthalmol130:1280-1284,20128)ChaudhuriZ,DemerJL:Gradedverticalrectustenotomyforsmall-anglecycloverticalstrabismusinsaggingeyesyndrome.BrJOphthalmol100:648-651,2016参考文献1)後関利明:わかりやすい臨床講座「プーリーの異常と治療」.日の眼科87:1330-1335,2016図1右眼の眼窩組織冠状断(Massontrichrome染色)眼窩プーリーは強膜の外側に位置する青色に染色される結合織である.各直筋のプーリー同士は,帯状の組織(バンド)で隣接する直筋プーリーとつながっている.(神経眼科,32巻,第3号,2015から転載引用)*ToshiakiGoseki:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕後関利明:〒252-0374神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(43)1721図2症例1.55歳,15Δ内斜視,眼窩MRI外直筋の菲薄化なし,鼻側傾斜なし.外直筋と内直筋の位置は水平.LR-SRバンド(?)の延長・破綻なし.直筋のプーリーはMRIでは同定困難なため,直筋の位置を眼窩プーリーの位置と仮定して判断する.図3症例2.71歳,開散麻痺型内斜視+外方回旋を伴う左上斜視眼窩MRI.外直筋の菲薄化,鼻側傾斜,外直筋が内直筋に比べわずかに下降,LR-SRバンドの破綻(上直筋との連続性がなくなっている)を認める.術前APCT:1/3m12ΔET‘14ΔLHT’,5m25ΔET16ΔLHT.マドックスダブルロットテスト:左外方回旋8°.両眼:内直筋後転6mm.右眼:下直筋後転5mm.鼻側移動半筋腹施行(水平眼位は25ΔETの倍量50ΔET矯正予定で定量).術後APCT:1/3m6ΔX‘5ΔLH,5m.1ΔE2ΔLH⇒複視消失図4症例3.70歳,外方回旋を伴う右上斜視眼窩MRI.外直筋の菲薄化,鼻側傾斜,LR-SRバンドの延長と一部破綻を認める.APCT:1/3m10ΔX‘4ΔRHT’5m.4ΔRHT.マドックスダブルロットテスト:右外方回旋5°.完全矯正眼鏡に,右2Δ基底下+左2Δ基底上の組み込みプリズム眼鏡で治療.回旋偏位はあるが融像可能で複視消失.1722あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(44)図5症例3.顔写真baggylid(だぼついた眼瞼),superiorsulcusdeformity(上眼瞼のくぼみ変形),腱膜性眼瞼下垂を認める.図7両眼の甲状腺眼症両眼の外眼筋がすべて腫大している.下直筋や内直筋の単筋が腫大する症例もある.図6右眼の代償不全型上斜筋麻痺MRI冠状断で右眼上斜筋の低形成を認める.図8両眼の固定内斜視筋円錐内から上直筋と外直筋の間への眼球の脱臼(??の方向に脱臼),上直筋の鼻側偏位,外直筋の下方偏位を認める.(45)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617231724あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(46)

上斜筋麻痺

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1713?1720,2016上斜筋麻痺SuperiorObliquePalsy古森美和*I上斜筋の解剖・生理上斜筋の全長は約60mmと外眼筋のなかでもっとも長く,滑車に入る約10mm手前で筋から腱に変わる.滑車を出た後は上直筋の下を進みながら斜め外側後方に走り,上直筋付着部耳側端より4~10mm後方に扇状に付着する.支配神経となる滑車神経は,脳神経のなかでも頭蓋内外傷の影響をもっとも受けやすい.作用方向としては,内方回旋作用がとくに強く,加えて下転,外転に作用する.II上斜筋麻痺の概要上斜筋麻痺は,上下斜視の原因としてもっとも多い疾患である.大きく先天性,特発性,後天性に分けられる.先天性上斜筋麻痺は,生後1年以内に異常頭位が出現することが多く,治療は基本的に手術である1).一般に内転位で偏位が大きい上下斜視を呈し,下斜筋過動を伴いやすい.やや顎を下げて健側方向を向き,頭を健側へ傾斜する異常頭位をとりやすい(図1a).片眼を遮閉して頭位改善が得られれば,眼位異常により異常頭位が生じていることを確認できる(図1b).通常,広い融像幅をもち,異常頭位をとることによって良好な眼位を保っているため,斜視弱視の発生は少なく,両眼視機能も良好なことが多い1).しかし,幼児期から存在する眼性斜頸を放置することにより,小児期や学童期に顔面非対象や脊柱側彎症を引き起こしかねないため,頭位改善を目標に治療を行う.発症時期や原因が明確に特定できない場合,特発性に分類される.先天性や特発性の中には,成人になって融像が保てなくなり複視を自覚する代償不全型が存在する.幼少期写真での異常頭位の有無や,顔面非対称の有無を確認することは,先天性の代償不全型上斜筋麻痺の診断に有用である.顔面非対称は,頭を長期間健側に傾斜することと関連があると考えられている.両眼角を結んだ線と口角を結んだ線が健側で交わることで確認できる2,3)(図2).先天性上斜筋麻痺では,上斜筋腱の欠損や付着部異常などの解剖学的異常を伴うことがあり,上斜筋腱の異常に基づく上斜筋麻痺の分類が提唱されている4).正常,ClassI:上斜筋腱が緩く長い,ClassII:上斜筋腱の付着部異常,ClassIII:上斜筋腱がTenon?に付着,ClassVI:上斜筋腱の欠損の5つに分類される.このような上斜筋腱の解剖学的異常を呈するのは先天性上斜筋麻痺だけであり,つぎに述べる後天性では上斜筋腱の付着部は原則として正常である.後天性上斜筋麻痺は,外傷や脳血管障害,糖尿病・動脈硬化といった虚血性疾患などによって発症するため発症時期が明らかで,回旋性の複視を主訴とすることが多い1).とくに両側性の場合は,上斜視が両眼にみられるために第一眼位での上下偏位は打ち消され,回旋性複視のみが著明に現れる.1)頭部傾斜試験が両側で陽性で,2)下方視で回旋偏位が大きくなり,3)V型斜視であれば両側性の上斜筋麻痺を考える.とくに強く頭部を打撲した症例では両側性麻痺を起しやすい.外傷歴がなく発症時期が明らかな後天性の場合,頭蓋内疾患や脳血管瘤の有無について画像検査を依頼する.とくに他の神経症状を伴う場合は早急に施行すべきである.また,糖尿病や動脈硬化,高血圧などの虚血性疾患の有無や,甲状腺機能異常,重症筋無力症,ウイルスや細菌感染が疑われる場合,血液検査で全身検索を行うことも重要である.後天性の場合,小角度の上下斜視や回旋性の複視でも患者の訴えは強いことが多い.一見眼位異常がないように見える症例でも,上下にずれて見える,傾いて見えるなどの訴えがある場合は,後天性上斜筋麻痺を疑って問診を行う必要がある.III診断に有用な検査1.Bielschowsky頭部傾斜試験上斜筋麻痺では,頭部を患側へ傾斜すると,患眼の上転が増強し,健側へ傾斜させると上転が減弱する(図3a).上斜筋麻痺で観察される患眼の上転運動は,麻痺による上斜筋の下転作用の減弱と患眼上直筋の代償作用の亢進による.通常患者は診察室に入ってくるときから頭部を健側へ傾斜する異常頭位をとっていることが多い(図3b).小児では患側への傾斜を嫌がる症例もあるため,遠くのおもちゃを見せて気を引いたり,保護者に患者の体幹を支えてもらったりすることも有用である.2.Parksのthree?steptest両眼の共同運動(むき運動)とBielschowsky頭部傾斜試験を組み合わせた上下斜視の麻痺筋の診断に利用される検査法で,つぎの3段階からなる.Step1:正面で上下斜視眼を診断する(図4a).Step2:上下斜視が左右どの向き眼位で増強するかを決定する(図4b).Step3:上下斜視が左右どちらへの頭部傾斜で増強するかを判定する(図4c).しかし,MRIで上斜筋の萎縮を認め,上斜筋麻痺と診断された症例のうち,Parksのthree-steptestをすべて満たすものは70%に過ぎなかったと報告されている5).残りの30%の症例では,2stepを満たす症例が28%,1stepのみ満たす症例が2%という結果であった.日常診療では,上斜筋麻痺が長期間経過すると他の外眼筋に萎縮や拘縮が生じ,典型的な上斜筋麻痺のパターンをとらない症例に多く遭遇する.Parksのthree-steptestをすべて満たさない症例でも,つぎに述べる検査や画像所見を総合して診断することが重要である.3.眼位写真上記のように,典型的な上斜筋麻痺のパターンではない症例や,患眼固視の症例では,健眼の眼瞼下垂や上転制限,Brown症候群やdoubleelevatorpalsy(用語解説参照)などとの鑑別がむずかしい症例も存在する(図5).また,小児では検査に非協力的で,診断に苦慮するケースも多い.そのため,写真で眼位を記録しておくことは,診察後に症例を見直したり,後から治療方針を検討することができるため有用である.可能な限り9方向写真,頭部傾斜,自然頭位を撮影する.9方向写真では,麻痺眼の上斜筋の遅動を示す内下転制限の有無や健側を向いたときに内転眼が上内転する下斜筋過動を伴っていないかも確認する.4.Hess赤緑試験上斜筋麻痺のHess赤緑試験では,内下方が縮小するパターンをとりやすい.片側性であれば患眼は上斜し,Hess赤緑試験でも上下偏位が検出できるが(図6a),両側性の場合(図6b),両眼とも軽度上斜し上下偏位は打ち消されるため,ほとんど正常に近いパターンが得られることもある.また,類似機種であるLancaster赤緑試験では,上下・水平方向の眼位ずれと同時に回旋偏位を測定することができるが,Hess赤緑試験では回旋偏位は測定できない.したがって,回旋偏位がおもな症状である上斜筋麻痺での眼位ずれの検出には,つぎに述べる大型弱視鏡を行うほうが有用な場合もある.5.大型弱視鏡大型弱視鏡では,水平・上下偏位に加え,回旋偏位を定量することができるため,後天性で回旋複視を訴える場合有用である.両側性では,外方回旋15°以上の回旋偏位を伴うことが多く,とくに下方視で大きくなる(図7).人は正面から下方視を見て生活することが多いため,このことは患者にとって日常生活に大きな支障となる.6.Maddoxdoublerodtest自覚的な回旋偏位を簡単に測定することができる.眼鏡試験枠をかけて各眼に赤と白のMaddoxrodを垂直に入れる.頭をまっすぐにして光源を見ると2本の平行する線条が見える.2つの線条がともに水平なら回旋偏位はない.傾いて見える場合,傾いて見えるほうのMaddoxrodを2つの線が平行になるまで回転させる.そのときの眼鏡枠の角度が自覚的回旋角度である.大型弱視鏡と比較し,日常診察のなかで短時間での検査が可能であるが,眼鏡枠の1メモリは5°と大きいため,おおよその回旋角度の測定であることを認識しておく必要がある.7.画像検査上斜筋麻痺の診断が不確定の場合や,上下偏位が大きく上斜筋の欠損が疑われるような症例では,画像診断がとくに有用である.a.CT現在多く用いられるヘリカルCTは,以前のCTに比べ撮影時間が大幅に短縮し,小児でも少しの安静が得られれば5歳前後から鎮静薬を使用せずに撮影可能である.鎮静薬を用いる場合でも,トリクロホスナトリウムシロップ(トリクロリールシロップ10%R)の経口投与や抱水クロラール(エスクレ坐剤R)などの軽い鎮静で撮影を行える.前日遅めの就寝を促し,昼寝の時間を見計らって撮影を行うことも有効である.撮影は冠状断,水平断で行う.冠状断では上斜筋欠損の有無や上斜筋体積の左右差を比較し,水平断では滑車部や上斜筋の走行を確認する.図8に右先天性上斜筋麻痺症例のCT画像を示す.右の上斜筋が左に比べ萎縮している.b.MRI撮影はCTと同様に冠状断,水平断で行う.MRIの撮影時間はCTに比較して長く,20~30分程度の安静が必要となるが,外眼筋や視神経の他,血管や結合組織のコントラストや炎症の有無もCTと比べ把握しやすい6).さらにMRIでは被曝のおそれもない.図9に左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRIT1強調画像を示す.左の上斜筋が右に比べて萎縮している.臨床所見ではBrown症候群と鑑別に迷う症例でも,MRIによって反対眼の上斜筋麻痺と診断できることもある(図10a,b).また,上斜筋麻痺症例では,上斜筋以外の外眼筋の萎縮や拘縮を伴うこともあるため,シネモード撮影を合わせて行うことも有用である.これは,上方視,正面視,下方視の固視目標を設定し,各点を10秒前後ずつ固視させて冠状断で撮影した画像を連続再生し,動画として観察できる撮像方法である.シネモード撮影を行うことで,正面視で確認できなかった上斜筋の左右差が下方視で確認できる可能性もある.c.眼底写真上斜筋は,内方回旋筋であるため,眼底写真で外方回旋偏位を確認することは,上斜筋麻痺の診断に有用である.無散瞳でも撮影できる.カメラに内蔵された固視標を固視させて眼底を撮影し,視神経乳頭中心を通る線をA線,視神経乳頭中心から中心窩に引いた線をB線とし,A線とB線のなす角を乳頭中心窩傾斜角とする7).正常者では黄斑部は視神経乳頭中心と下縁の間に存在する.ただし,頭位や眼位によって回旋は変化することを知っておく必要がある.図11に正常眼底と右上斜筋麻痺症例の眼底写真を示す.右上斜筋麻痺症例では外方回旋し,左の黄斑部は視神経乳頭下縁よりも下方に位置している(図11b).おわりに臨床的な上斜筋麻痺の診断として,Bielschowsky頭部傾斜試験やParksのthree-steptestが広く知られているが,これまで述べてきたとおり,日常診療では典型的な上斜筋麻痺のパターンをとらない症例に多く遭遇する.そのような際には,診断を確実にするために積極的に画像検査を行うことが有用と考える.今回は,上斜筋麻痺の治療については述べていないが,画像検査は術式の決定にも大変有用となる.臨床所見や各種検査を総合して上斜筋麻痺の診断にあたることが重要と考える.文献1)佐藤美保:上斜筋麻痺に対する手術治療.日の眼科74:457-460,20032)PayseeEA,CoatsDK,PlagerDA:Facialasymmetryandtendonlaxityinsuperiorobliquepalsy.JPediatrOphthalmolStrabismus32:158-161,19953)佐藤美保:上斜筋麻痺の診断と治療.日視能訓練士協誌40:1-5,20114)HelvestonEM,KrachD,PlagerDAetal:Anewclassificationofsuperiorobliquepalsybasedoncongenitalvariationsinthetendon.Ophthalmology99:609-1615,19925)ManchandiaAM,DemerJL:Sensitivityofthethree-steptestindiagnosisofsuperiorobliquepalsy.JAAPOS18:567-571,20146)西田保裕,井藤隆太,高橋雅士ほか:【眼科検査法を検証する】基本的な眼科検査法の検証MRI,CTの適応と評価.臨眼52:37-41,19987)中村愉美,三村治,古河雅也:滑車神経麻痺に対する上斜筋前部前転術と下直筋水平移動術の比較.眼臨医報96:411-416,2002■用語解説■Brown症候群:上斜筋腱鞘,上斜筋腱,滑車などに異常があるために上斜筋が伸展せず,内上方へのひき運動障害を臨床症状とする機械的眼球運動異常.先天性と,上斜筋の手術後や外傷,炎症などによる後天性がある.Doubleelevatorpalsy:上直筋と下斜筋の麻痺による片眼性の上転障害で,先天性と後天性がある.瞳孔障害やBell現象が保たれることより核上性の障害と考えられている.*MiwaKomori:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古森美和:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(35)1713図1右上斜筋麻痺の症例a:自然頭位では,やや顎を下げて健側方向を向き,頭を健側へ傾斜する異常頭位を認める.b:片眼を遮閉すると異常頭位は改善する.図2顔面非対称を認める右上斜筋麻痺症例両眼角を結んだ線と口角を結んだ線が健側(左)で交わる.1714あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(36)図3左上斜筋麻痺の症例a:頭部を患側(左)へ傾斜すると,患眼の上転が増強し,健側(右)へ傾斜させると上転が減弱する.b:頭部を健側(右)へ傾斜する異常頭位をとる.(37)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161715Step1:正面で上下斜視眼を診断する.右の上斜視⇒右眼を下転させる筋または左眼を上転させる筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋,右下直筋か左上直筋,左下斜筋の4筋に限定.Step2:上下斜視が左右どの向き眼位で増強するかを決定する.左方視で右の上斜視が増強.⇒右眼内転時,または左眼外転時に上下方向に作用する筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋か左上直筋の2筋に限定.Step3:上下斜視が左右どちらへの頭部傾下斜筋斜で増強するかを判定する.右への頭部傾斜で右の上斜視が増強.⇒右眼を内旋させる筋または左眼を外旋させる筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋に限定.Step1-3より,右上斜筋麻痺と診断.図4Parksのthree?steptest矢印は指示したむき方向を示す.1716あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(38)図5右上斜筋麻痺a:右眼(患眼)固視では,正面視で左眼(健眼)の下斜視や眼瞼下垂にみえたり,左眼(健眼)の上転障害やBrown症候群にみえたりするため注意が必要である.右眼(患眼)の内下転制限(上斜筋遅動)と内上転過動(下斜筋過動)を伴っている.b:左眼(健眼)固視では右の上斜視となり,眼瞼下垂は認めない.右(患側)への頭部傾斜試験で陽性を認める図6HessCharta:右代償不全型上斜筋麻痺,b:両後天性上斜筋麻痺.上斜筋麻痺のHessChartでは,内下方が縮小するパターンをとりやすい.片側性では上下偏位が検出できるが,両側性では検出しにくいこともある.(39)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161717図7両眼後天性上斜筋麻痺の大型弱視鏡による9方向眼位各欄,上段は水平偏位(+:内斜,-:外斜),中段は上下偏位(R/L:右上斜,L/R:左上斜),下段は回旋偏位(Ex:外方回旋,In:内方回旋)を示す.数字はすべて度を表す.外方回旋偏位が下方視で増強している.図9左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRIT1強調画像(撮影領域は160mm,スライス厚3?4mm,マトリックス数192×256で撮影)冠状断(上)では右に比べ,左の上斜筋が萎縮している.水平断(下)では両眼の滑車部を確認できる.図8右先天性上斜筋麻痺症例のCT画像(撮影領域は140mm,スライス厚2mmで撮影)冠状断(上)では左に比べ,右の上斜筋が萎縮している.水平断(下)では両眼の滑車部を確認できる.1718あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(40)図10右代償不全型上斜筋麻痺症例眼位写真(a)では左眼(健眼)の内上転障害を認め,左眼のBrown症候群との鑑別診断が重要となるが,MRI画像(b)で右眼の上斜筋の萎縮を認めるため,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.図11a:正常眼底,b:右上斜筋麻痺症例の眼底写真(無散瞳カメラ:TOPCONTRCNW8F)A:乳頭中心を通る水平線,B:乳頭と中心窩を結ぶ線,点線:乳頭下縁から引いた水平線.右上斜筋麻痺の症例(b)では眼底は外方回旋し,左の黄斑部は視神経乳頭下縁よりも下方に位置している.(41)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617191720あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(42)

急性内斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1707?1712,2016急性内斜視AcuteAcquiredComitantEsotropia荒木俊介*三木淳司*はじめに急性内斜視は年齢を問わず突然に発症する非調節性の共同性後天内斜視である.対象が年長児もしくは成人である場合,突然の複視の訴えが診断の一助となるが,複視を伴う他の後天内斜視との鑑別が必要となる(図1).急性内斜視の発症メカニズムは不詳であるが,臨床的特徴からいくつかのカテゴリーに分類される.その分類は報告者により異なるが,Burianら1)は,人工的な融像遮断に続発するもの(Swantype),原因不明のもの(Burian-Franceschettitype),近視に伴うもの(Bielschowskytype)の3タイプに分類しており,この分類は現在でも一般的に用いられている.また,比較的稀ではあるが,重篤な頭蓋内病変に関連して発症するタイプの急性内斜視が存在する2).この場合,診断および治療に緊急性を要するため,鑑別に十分な注意が必要である.本稿では,これまでの報告を参考に一般的な急性内斜視の分類と,その特徴についてまとめた.I急性内斜視の分類1.融像の遮断後に発症するタイプ(Swantype)片眼の遮閉や視力障害により,一時的に融像が遮断されることで発症するタイプである.片眼弱視の治療として健眼遮閉をした後や眼疾患や眼外傷の治療中に片眼の眼帯をした後に,発症することが知られている.1947年にSwan3)が1,000例中4例と稀ではあるが,片眼遮閉の合併症として生じたと考えられる共同性内斜視の症例(8~27歳)を報告しており,「Swantype」ともよばれている.Swanの報告によると,いずれも発症前から内斜位(1例は未確認)や2~4diopters(D)程度の遠視を有しており,片眼遮閉後に複視を伴った共同性内斜視を発症している.また,内斜視角は遠見より近見で大きく,未矯正の遠視に関連した過剰な調節性輻湊の関与も示唆されている.予後に関しては,4例中3例が手術により,1例が視能訓練により良好な両眼単一視を取り戻した.発生機序に関して,内斜位や未矯正の遠視といった要因が基盤にあり,融像を一時的に遮断したことに起因して,もともと脆弱であった融像運動が失われることで発症すると考えられている.その後,経過とともに偏位の増大と融像幅の減少が起こり,片眼の抑制が生じることから,自然回復は期待できず,迅速な治療が良好な予後につながるとされている3).一方で,治療開始までの期間と術後の両眼視機能には関連がないとする報告もある4,5).2.融像の遮断に伴わない原因不明のタイプ(Burian?Franceschettitype)(図2)遮閉などによる融像遮断の既往を有さず,明らかな原因がなく発症するタイプである.ただし,一部の症例においては,発熱などの衰弱状態もしくは精神的・身体的なストレスが発症に先行していると考えられている.このタイプの急性内斜視は,Burian(1945年)6)が最初に報告し,その後Franceschetti(1952年)7)によりさらなる検討が行われたことから「Burian-Franceschettitype」もしくは「Franceschettitype」とよばれている.Burianら1)は,その臨床的特徴として,①突然発症の複視を訴えること,②20~60°の比較的大角度の内斜視を有すること,③眼筋麻痺の徴候がないこと,④両眼視機能が良好であること,⑤初期には間欠性の要素を有する場合があること,⑥屈折異常は正視もしくはわずかな遠視であり調節要素はほとんど関与しないことをあげている.当初,急性内斜視は内斜偏位に複視を伴うことや,手術により良好な両眼視機能を取り戻せることから,元来良好な両眼視機能を有しているとされていた.しかしながら,その後の研究で,術後に必ずしも良好な両眼視機能を獲得できる症例ばかりではないことが示され,異常両眼視が発症前から存在している可能性が示唆された4,8).そして,Hoytら9)はBurian-Franceschettitypeを上述した両眼視機能の観点から2群に細分した.すなわち,①斜視の発症前から正常以下の両眼視機能を伴う内斜位もしくは微小内斜視が存在し,治療後の両眼視機能が不良な群,②発症前に確かに完全な両眼視機能を有し,治療後の両眼視機能が良好な群である.ただし,①はいわゆる単眼固視症候群(monofixationsyndrome:MFS)の代償不全10)と同義であると思われ,急性内斜視のカテゴリーに含まれるかどうかは議論がある11).発生機序に関して,vonNoorden2)は,元来脆弱な融像幅で眼位を保持していた内斜位の症例が,身体的もしくは精神的なストレスの影響により斜位を保てなくなった結果として発症すると推測している.近年では,3D映像視聴後に急性内斜視を発症した症例が報告されており,不十分な両眼視機能に対して輻湊過多やストレスが影響した可能性が推測されている12,13).また,MFSの代償不全に関しては,経時的な融像幅の減少が関与すると考えられている10).3.近視に関連するタイプ(Bielschowskytype)近視に伴って発症するタイプであり,vonGraefe(1864年)14)によってはじめて報告された.その後,Bielschowsky(1922年)15)により詳細な分析が行われたことから,「Bielschowskytype」とよばれている.その臨床的特徴として,?5D以下の近視を有すること,遠見で同側性複視を示すが近見では融像を保つこと,外直筋の麻痺がないことがあげられる.当初,Bielschowskyはこのタイプの内斜視が重篤な中枢神経疾患を伴っていなかったことから,そのカテゴリーを開散麻痺と区別した.一方で,Burian(1958年)1)は,開散麻痺が必ずしも重篤な中枢神経疾患に起因しているわけではないことから,Bielschowskytypeの急性内斜視と開散麻痺を臨床的に区別する根拠はないとした.近年では,画像診断技術の進歩により,眼窩プリーの異常に伴ったsaggingeyesyndrome16)や,中等度から強度の近視眼で眼軸長に比して眼窩容積が小さい場合に生じる眼窩窮屈病17)といった開散麻痺に似た症状を示す病態も報告されている.これらは水平方向の明らかな眼球運動制限を認めないことが特徴とされており,これまで急性内斜視として診断されていた患者の中には,このような眼窩内の器質的変化に起因した後天内斜視が潜んでいた可能性も考えられる.なお,Bielschowskytypeの急性内斜視は,より強度の近視を有すること,遠見と近見で斜視角が一定であることが再定義されており9),開散麻痺や開散不全とは異なる臨床特徴が示されている.また,このタイプの急性内斜視は小児ではみられず,若年成人以降で発症するとされている18,19).発生機序に関して,vonGraefe14)は近視を矯正していない人が,近見作業時に極端な近方視を続けるために,内直筋の過緊張が生じることで内斜視が誘発されると推測した.しかしながら,近視を矯正しているにもかかわらず,内斜視が発症したという症例が多数報告されている18,20).一方で,近視矯正している症例において,近見時の過剰な調節に伴った輻湊痙攣に起因しているという説があり,アトロピン硫酸塩点眼および二重焦点眼鏡の処方が奏効した報告もある21).また,外直筋の進行性筋障害が影響しているのではといった説20)もあるが,はっきりとした原因はわかっていない.4.中枢神経系の障害(頭蓋内疾患)に関連するタイプ中枢神経系の障害により発症するタイプ22)で,急性内斜視のカテゴリーに含むか否かは報告者により異なるが,臨床上,鑑別にもっとも注意を要するタイプの急性内斜視である.なお,本来は中枢神経系病変に伴った麻痺性斜視と区別されるが,軽度の外転神経不全麻痺を伴う麻痺性内斜視では,眼位ずれがすみやかに共同性になる場合があり,眼球運動検査から麻痺性要素を確認することはむずかしい場合もある.Hoytら9)は「一般的に,調節性内斜視や先天内斜視といった共同性内斜視は重篤な神経性疾患とは関連しないが,急性内斜視にみられる共同性は重篤な神経性疾患の可能性を否定できない」と述べており,原因不明の急性共同性内斜視をみた場合,麻痺性斜視も含めた中枢神経系病変の可能性を念頭に置く必要がある.発生頻度は急性内斜視のうち10%未満19,23)と稀であり,Arnold-Chiari奇形,水頭症,頭蓋内星状細胞腫,他の脳腫瘍などの中枢神経系病変に関連して発症することが知られている2).中枢神経系病変に関連した急性内斜視の患者において,中枢神経系病変を示唆する共通した症状・徴候は明らかとなっていない.疑われる特徴としては,頭痛や発熱,眼振やうっ血乳頭といった中枢神経症状(徴候)の存在,大型弱視鏡による運動性融像の欠如,A-Vpattern,内斜視が再発することなどがあげられる9).ただし,中枢神経系病変が存在するにもかかわらず,いずれの特徴も発見できない症例が存在する.近年,Buchら19)は小児期の頭蓋内疾患を伴う急性内斜視について,①内斜視角が近見より遠見で大きい,②再発性,③うっ血乳頭,④後期発症(6歳以上)の四つを有意な危険因子として報告した.その報告のなかで,調節性要素を有した小児の急性内斜視について,最初は眼鏡による遠視矯正が有効と思われたが,その後,内斜視の再発もしくは他の神経性徴候の発症により脳腫瘍の発見に至った症例を紹介しており,日常診療においても注意が必要だと思われる.II診断急性内斜視の診断について,まず問診では対象が年長児もしくは成人である場合,突然発症した複視の訴えが診断の一助になる.この訴えは正確な発症日時まで確認できる場合もある.一方,乳幼児の場合,発症が本当に急性であるかを確かめるために,過去の写真などを確認するとよい24).また,先述したように急性内斜視の発症機転と考えられる片眼遮閉の既往,身体的・精神的ストレスの有無,頭痛や発熱といった中枢神経症状などについて確認しておく必要がある.眼科的検査として,神経原性や筋原性の非共同性内斜視を鑑別するために,注視方向や固視眼による斜視角の変動の有無を確認すること,外直筋の遅動や制限といった眼球運動障害の有無を慎重に観察することが重要となる.また,乳幼児の場合,調節性要素や眼振の有無を確認し,屈折性調節性内斜視や非屈折性調節性内斜視,眼振阻止症候群などを除外する.また,頭蓋内病変に関連した急性内斜視ではうっ血乳頭をきたす場合があり,眼底を確認しておくことも重要である.このような問診および眼科的検査から,非共同性内斜視や中枢神経系の障害に関連した急性内斜視が疑われた場合,もしくは原因がはっきりとしない場合は,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)や磁気共鳴画像法(magneticresonanceimaging:MRI)による眼窩・頭蓋内の精査が必要となる.III治療および予後1.治療方法と開始時期自然軽快した症例13,25)やプリズム眼鏡が奏効した症例26)も報告されているが,大部分は手術治療が必要となる.また,ボツリヌス療法の有用性27)も報告されている.手術時期に関して,Swan3)は迅速な治療が良好な予後につながると述べている.vonNoorden2)は5歳未満では抑制や弱視を防ぐために数カ月以内の手術が必要であり,視覚が成熟した小児もしくは成人では手術までの期間を延長しても差し支えないとしている.また,Katsumiら28)の報告では,4歳以下に発症した内斜視を2年以上放置することで感覚適応が生じ,網膜異常対応が発生する可能性を指摘している.一方で,先述したようにOhtsukiら4),高谷ら5)はSwantypeおよびBurian-Franceschettitypeに関して,治療開始までの期間と術後の両眼視機能には関連がなかったと報告した.現在,自然軽快や斜視角の変動を考慮して,発症後6~12カ月程度は屈折矯正やプリズム眼鏡で経過を観察した後,内直筋後転術を基本とした手術治療を行うのが一般的である.ただし,視覚の発達期にある幼小児ではその限りではない.なお,中枢神経系の障害に関連するタイプでは,原因疾患の治療が優先される.2.斜視角(術量)の評価Swantype,Burian-Franceschettitype,Bielschowskytypeに関して,prismadaptationtest(PAT)により斜視角が大きく増加し,その斜視角をもとに手術を行うことで術後の良好な眼位および両眼視機能が得られたとの報告があり29,30),術量の評価にはPATの重要性が指摘されている.一方で,術前に良好な両眼視機能を有していた症例では,通常の内斜視に比べて少ない術量で良好な手術効果が得られたとする報告もある31).3.手術治療の予後術後の眼位は中枢神経系の障害に関連するタイプ以外では良好であった報告が多い.両眼視機能については,SwantypeおよびBurian-Franceschettitypeに関する報告では,予後良好であった症例や不良であった症例がみられ5,8,31),一定の見解はない.Bielschowskytypeでは予後良好であった報告が多い18,30).これまでの報告から,発症タイプにかかわらず,発症前の両眼視機能の状態が治療予後に影響すると考えられる.なお,中枢神経系の障害に関連するタイプは,責任病巣が残存している場合,術後も眼位や両眼視機能が不良であることが特徴とされる9,23).おわりに急性内斜視の発症メカニズムは未知の部分が多いが,その臨床的特徴についてはこれまで多くの知見が示されている.最近では,軽度遠視から近視を有する症例において,長時間のスマートフォン使用に関連して発症したと考えられる急性内斜視32)なども報告されている.このように急性内斜視の発症契機はさまざまであり,問診や眼科的検査から患者背景をしっかりと確認したうえで適切な診断や治療をしていくことが必要である.なお,前述したように,急性内斜視の中には重篤な中枢神経系疾患を伴っている場合があることを忘れてはならない.眼科的所見のみで中枢神経系疾患の存在を見分けることは困難な場合があり,原因不明の急性内斜視に遭遇した際にはCTやMRIによる頭蓋内の精査を行い,慎重な診断を心がけるべきである.文献1)BurianHM,MillerJE:Comitantconvergentstrabismuswithacuteonset.AmJOphthalmol45:55-64,19582)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p338-340,CVMosby,StLouis,20023)SwanKC:Esotropiafollowingocclusion.ArchOphthal37:444-451,19474)OhtsukiH,HasebeS,KobashiRetal:Criticalperiodforrestorationofnormalstereoacuityinacute-onsetcomitantesotropia.AmJOphthalmol118:502-508,19945)高谷匡雄,大庭正裕,佐々木紀子ほか:急性内斜視11例の検討.日眼紀51:85-88,20006)BurianHM:Motilityclinic:Suddenonsetofconcomitantconvergentstrabismus.AmJOphthalmol28:407-410,19457)FranceschettiA:Lestrabismeconcomitantaigu[Acuteconcomitantstrabismus].Ophthalmologica123:219-226,19528)武縄佳世子,大月洋,渡辺好政:急性内斜視の両眼視機能の検討.日本視能訓練士協会誌17:151-154,19899)HoytCS,GoodWV:Acuteonsetconcomitantesotropia:whenisitasignofseriousneurologicaldisease?BrJOphthalmol79:498-501,199510)SiatkowskiRM:Thedecompensatedmonofixationsyndrome(anAmericanOphthalmologicalSocietythesis).TransAmOphthalmolSoc109:232-250,201111)SavinoG,AbedE,RebecchiMTeta:Acuteacquiredconcomitantesotropiaanddecompensatedmonofixationsyndrome:asensory-motorstatusassessment.CanJOphthalmol51:258-264,201612)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日本視能訓練士協会誌16:69-72,198813)橋本篤文,矢野隆,藤原和子ほか:3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例.あたらしい眼科28:1361-1363,201114)vonGraefeA:Ueberdievonmyopieabhangigeformconvergirendenschielensundderenheilung.AlbrechtvGraefe’sArchOphthalmol10:156-175,186415)BielschowskyA:Daseinwartsschielendermyopen.BerDtschOphthalmolGes43:245-248,192216)ChaudhuriZ,DemerJL:Saggingeyesyndrome:connectivetissueinvolutionasacauseofhorizontalandverticalstrabismusinolderpatients.JAMAOphthalmol131:619-625,201317)若倉雅登:つけよう!神経眼科力軽症甲状腺眼症,眼窩窮屈病,高次脳機能障害,神経薬物副作用について.臨床眼科67:1458-1463,201318)SpiererA:Acuteconcomitantesotropiaofadulthood.Ophthalmology110:1053-1056,200319)BuchH,VindingT:Acuteacquiredcomitantesotropiaofchildhood:aclassificationbasedon48children.ActaOphthalmol93:568-574,201520)WebbH,LeeJ:Acquireddistanceesotropiaassociatedwithmyopia.Strabismus12:149-155,200421)CamposEC:Whydotheeyescross?Areviewanddiscussionofthenatureandoriginofessentialinfantileesotropia,microstrabismus,accommodativeesotropia,andacutecomitantesotropia.JAAPOS12:326-331,200822)LeeJM,KimSH,LeeJIetal:Acutecomitantesotropiainachildwithacerebellartumor.KoreanJOphthalmol23:228-231,200923)LyonsCJ,TiffinPA,OystreckD:Acuteacquiredcomitantesotropia:aprospectivestudy.Eye(Lond)13:617-620,199924)勝海修,笹井章子:急性内斜視について.日本の眼科56:1067-1073,198525)岩本英子,野上貴公美,古嶋正俊ほか:急性内斜視の1例.眼臨医報95:263-265,200126)宮部友紀,竹田千鶴子,菅野早恵子ほか:眼鏡とフレネル膜プリズム装用が有効であった近視を伴う後天性内斜視の2例.日本視能訓練士協会誌28:193-197,200027)RoweFJ,NoonanCP:Botulinumtoxinforthetreatmentofstrabismus.CochraneDatabaseSystRev15:doi:10.1002/14651858.CD006499.pub3,201228)KatsumiO,TanakaY,UemuraY:Anomalousretinalcorrespondenceinesotropia.JpnJOphthalmol26:166-174,198229)SavinoG,ColucciD,RebecchiMTetal:Acuteonsetconcomitantesotropia:sensorialevaluation,prismadaptationtest,andsurgeryplanning.JPediatrOphthalmolStrabismus42:342-348,200530)西川典子,伊藤はる奈,石子智士ほか:PATにより術量を決定した近視を伴う急性内斜視の5症例.眼臨紀8:424-427,201531)福田美子,井崎篤子,三村治ほか:急性内斜視(Franceschettitype)の手術治療効果.眼臨医報88:952-954,199432)LeeHS,ParkSW,HeoH:Acuteacquiredcomitantesotropiarelatedtoexcessivesmartphoneuse.BMCOphthalmol16:37.doi:10.1186/s12886-016-0213-5,2016*SyunsukeAraki&*AtsushiMiki:川崎医科大学眼科学1教室〔別刷請求先〕荒木俊介:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(29)1707図1複視を伴う後天内斜視について*本来,saggingeyesyndromeおよび眼窩窮屈病は非共同性に分類すべきであるが,非共同性内斜視の特徴である水平方向への眼球運動制限がみられないことから,本稿では「共同性」に分類した.1708あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(30)図2急性内斜視(Burian?Franceschettitype)の1例症例:9歳,女児.テレビゲーム中に突然の複視を伴う内斜視を発症した.初診時の視力は右眼1.5(矯正不能),左眼1.5(矯正不能)で,眼位は遠見/近見ともに50prismdiopters(Δ)程度の共同性内斜視を認めた.なお,発症以前の顔写真から顕性の斜視はみられなかった.頭部磁気共鳴画像法では異常所見を認めなかった.両内直筋後転術(各5mm)および左外直筋短縮術(6mm)を施行後,眼位はわずかな内斜位で安定し,良好な立体視を示した.a:術前眼位写真(右眼固視).b:術前眼位写真(左眼固視).c:術後眼位写真(右眼固視).d:眼位の経過.(31)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617091710あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(32)(33)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617111712あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(34)

術後斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1701?1705,2016術後斜視PostoperativeStrabismus澤田麻友*はじめに術後斜視とは一般的に眼科手術によって引き起こされる斜視のことをさす.斜視手術後の過矯正や低矯正,斜視手術によって引き起こされた新たな斜視のほかにも,網膜?離や眼窩手術,眼瞼手術などでも新たな斜視を引き起こすことがある.I斜視手術後の術後斜視の原因斜視手術後の術後斜視には,本来の眼位とは逆になるもの,いわゆる過矯正と,何らかの問題が起き新たな斜視が引き起こされたものがある.また,術直後から新たな斜視が明らかである場合もあれば,術後長く時間がたってから斜視をきたす場合もある.原因としては表1にあげるようなことが考えられる.術後斜視の原因を探り,その後の治療計画をたてるために行うべきことは・術前検査の見直し・前回手術の詳細の確認・上記以外の要素の検討である.原因が術前の検査や術中操作に問題がある場合は,術直後より術後斜視が明らかであることが多い.筋付着部異常や自然経過の場合にはたいてい術後数カ月~数年たってから出現する.術直後から術後斜視が出ている場合にはとくに,何が原因であったかをきちんと把握しなければならない.1.術前検査の見直しa.術前眼位の定量に問題はなかったか?術前眼位の定量は交代プリズムカバーテストで行うが,A-V型を伴う斜視の場合,固視目標の位置により眼位が大きく異なる.そのため正面でない位置で眼位を測定し,斜視角を小さく測定してしまえば低矯正に,大きく測定すれば過矯正となる(図1).上下斜視がある症例では,頭を傾ける方向により斜視角が大きく異なることがある.このような症例では,自然頭位が左右どちらかに傾いていることが多く,そのまま斜視角を測定すると不正確な値となる(図2).乳児内斜視では乳児期に検査・手術を行わねばならず,眼位の測定が不正確になりやすい.それに加え,乳児内斜視にはしばしば眼振を伴うため斜視角の測定が困難なことがある.高AC/Aを伴う場合は,近見眼位が遠見眼位より大きくなるため,近見眼位にあわせて手術を行うと過矯正となってしまう.また,交代性上斜位に対して片眼のみの手術を行うと,術後,非手術眼の交代性上斜位が顕性化してくることもある.b.屈折検査は本当に正確にできていたか?小児の内斜視では調節麻痺下屈折検査を行い,遠視がある場合には眼鏡矯正をしたうえで残余斜視角に対して手術を行う.しかし,調節麻痺薬の効果が不十分であったり(乳幼児では点眼後に泣いてしまうことが多く,涙で点眼薬が流れてしまい,きちんと効果が得られていないことがある),屈折検査をオートレフラクトメータに頼って自覚屈折検査だけで眼鏡を処方するなど,遠視を低矯正のまま手術すると過矯正となる.c.そもそも,診断は正しかったか?これは一番考えたくないことではあるが,術後に新たな斜視を引き起こした場合には,診断そのものを見直す必要がある.とくに非典型的な動きをするような斜視は要注意である.CTやMRIを撮ってみると,眼窩や頭蓋骨に形成異常があったり,眼窩内に異常組織を認めることもある.先天上斜筋麻痺の所見は小児期にはわかりやすいが,長期間たつと非典型的な眼球運動を呈することがあり,大人の場合は診断に迷うことがある(spreadofcomitance).このような場合にもCTやMRIで眼窩や筋の形態をみることは有用である(図3).また,非典型的な動きをする斜視では,甲状腺眼症や重症筋無力症などの全身疾患や,慢性進行性外眼筋麻痺症候群(chronicprogressiveexternalophthalmoplegia:CPEO)などの可能性も考えなくてはならない.甲状腺眼症や重症筋無力症では,症状が斜視のみで,眼球突出や眼瞼下垂などの典型的な症状を呈さないことも多々ある.斜視の発症から長期間経過していたり,進行がゆっくりであっても,一度は可能性を考え検査しておいたほうがよい.CPEOはミトコンドリア病の一種で,眼症状としては眼瞼下垂と外眼筋麻痺を認める.確定診断には遺伝子診断が必要となる.2.前回手術の詳細の確認a.前回手術はいつ行ったか,術式はどうであったか?まずは過去に受けた治療の詳細をカルテなどで確認する.他院で行った手術の場合には,保護者や本人の記憶に頼った聞き取りだけではなく,可能であれば診療録や手術記録を取り寄せできるだけ詳細な治療を把握する.過去の写真を持参してもらい,術前からの眼位の変移をみるのも有用である.また,細隙灯顕微鏡で結膜の手術創を観察すれば,どのような手術が行われたかも推測できる.b.術中筋操作に問題はなかったか?外眼筋の操作一般にいえることであるが,筋を移動させるときには筋の走行に沿って行い,強膜への縫合をきちんとし,筋がたるんだ状態にならないようにする.制御糸を置く場合には,固定時に眼球が回旋しないよう気をつける.これらの基本的な手技を怠り,不適切な外眼筋の操作をした場合は術後に意図しない眼位のずれを生じる可能性がある.術中の画像を撮影し,術後に見直してみることも大切である.もっとも避けなければならない合併症として,筋の断裂や筋の喪失がある.手術中に気づいたらその場で修正を行うか,できるだけ早期に専門施設での治療を行う.また,手術操作により眼窩脂肪と強膜の癒着が生じると眼球運動制限が起きる.下斜筋手術は深部での操作となるためとくに注意が必要である(図4).Tenon?を不用意に損傷し眼窩内脂肪の脱出を起こすと,脂肪が下斜筋や強膜に癒着し,脂肪癒着症候群(fatadherencesyndrome)をきたして上転制限が起こることがある.下斜筋手術をはじめ眼窩深部での手術では,確実な術野の確保が必須である.加えて,上下筋を扱う手術では,筋周囲組織の扱いを適切に行わないと,術後に眼瞼の形状の不整や開瞼障害・閉瞼障害をきたす.とくに下直筋大量前転や下斜筋前方移動を行ったあとに下眼瞼が持ち上がり,眼瞼縁が不自然な形状になり,斜視が治っても整容面で不満が残ることがある.3.その他の原因a.自然経過の可能性は?加齢による筋緊張,調節力の低下,筋を取り巻く結合組織の弱化や構造変化により筋のバランスが崩れ,斜視となる.片眼弱視,不同視,両眼視不良を伴う場合も長期経過でみると術後斜視をきたしやすい.b.付着部異常の可能性も…内斜視に対する初回手術は内直筋の後転であることが多いが,続発外斜視の手術の際に,後転を受けた内直筋の付着部を実際に開けて確認すると,その付着部に異常があることがある.強膜への付着部と筋の間にstretchした組織を認めるstretchedscarは,創部の治癒過程での瘢痕形成によるものと考えられており,術後数年してから過矯正となる(図5).また,別の創部異常として,筋鞘は眼球に付着しているが,中の筋実質は後方へとslipするslippedmuscleがあり,斜視と高度の内転障害を示すことが多い.筆者らが調べた中では43例中23例が付着異常を起こしていた1).1970年代以前は直筋の切腱術が行われており,その時期に手術を受けた患者の中にslippedmuscleや筋喪失(lostmuscle)といった付着部異常を認めることがある.MRIを用いて外眼筋の形態や強膜への付着位置を観察するのも有用であり,とくに付着部異常の推測の助けになる(図6).手術後の筋や癒着の状態を知るために,牽引試験を行うのも有用である.牽引試験は痛みを伴うため小児ではむずかしいが,大人であれば点眼麻酔下で行うことができる.II斜視手術後の術後斜視の治療術後斜視になった原因を十分考慮したうえで,治療を行う.過矯正の斜視に対しては,過去に治療した筋を元の位置に戻すことが治療の基本となる.過去に内直筋を後転されている術後外斜視では,付着部異常の有無をよく観察する.付着部に異常があった場合は異常部位を確実に除去する必要がある.術後斜視で定量がむずかしい場合には,術中調節糸法を用いると,より正確な手術を行うことができる.術中の不適切な操作により起こった斜視は,癒着を形成していることが多く,治療が困難である.癒着が広範囲に広がっていると,?離しても再癒着する可能性が高い.再癒着を防ぐために羊膜移植が必要となることもある.健側の手術で対応したほうがよいこともあるが,正常なほうの眼を手術することに対して患者の心理的抵抗は強く理解を得にくい.癒着による斜視は治療がむずかしく,満足のいく結果を得られにくいため,初回手術の段階で術後癒着を起こさないように十分に注意することが大切である.癒着が起きている状態での再手術は,初回手術より疼痛も強くなる.麻酔を十分に行い,眼心臓反射の発生などに注意する.術中に多くの筋操作が必要であることが予想されるときは,無理せず全身麻酔下で行う.III斜視手術以外の眼科手術後に起きる斜視1.網膜?離後網膜?離に対する強膜バックリング術は,外眼筋の下にバックルを通す必要がある.そのため術直後は少なからず眼球運動障害をきたすが,多くは一過性である.術後早期は回復が期待できるため,半年ほどは経過をみたほうがよい.バックル材料としてマイラゲルR(現在では使用されていない)を用いた症例では,術後長期間経過してからバックルが膨化してくることがある.バックルが高度に膨化すると眼球運動障害のほかに強膜や周囲組織との癒着や眼球穿孔を起こす可能性もあるため,バックル除去が必要となる.2.眼窩手術後眼窩の手術では,外眼筋そのものや眼周囲の結合織を傷つけると,術後に斜視をきたす可能性がある.3.白内障術後厳密には術後斜視といえないかもしれないが,白内障術後に斜視が明らかになることがある.見えにくいとの訴えで白内障手術を行ったが,術後も症状が改善せず,よく調べると斜視による症状であったということが少なからずある.4.球後麻酔後手術の種類にかかわらず,球後麻酔によって引き起こされる斜視もある.盲目的に球後麻酔を行い外眼筋を傷つけると,眼球運動障害や斜視をきたすことがある.参考文献1)DavidKC,ScottEO:Strabismussurgeryanditscomplications.Springer-Verlag,Berlin,20072)大鹿哲郎,佐藤美保,佐々木次壽:眼手術学3眼筋・涙器.文光堂,東京,2014引用文献1)SawadaM,HikoyaA,NegishiTetal:Characteristicsandsurgicaloutcomesofconsecutiveexotropiaofdifferentetiologies.JapJOphthalmol59:335-340,2015表1斜視手術後の術後斜視の原因術前屈折検査・眼位定量の問題眼位の測定が不正確(A-V型,眼振などにより)屈折矯正が不十分高AC/A比術中筋操作の問題筋の断裂・喪失不適切な筋操作眼窩脂肪の脱出による癒着術後の筋付着部異常内直筋後転後の筋付着部異常(stretchedscarやslippedmuscle)自然経過加齢による筋緊張調節力の低下筋を取り巻く結合組織の弱化や構造変化*MayuSawada:浜松医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕澤田麻友:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(23)1701図1V型外斜視の1例見ている方向により水平斜視角が異なる.図2上斜筋麻痺の1例頭の傾斜方向で上下の斜視角が異なる.1702あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(24)図3右上斜筋麻痺症例のMRI冠状断右の上斜筋が左に比べて萎縮しているのがわかる.図4下斜筋術中写真(surgeon'sview)眼球を上内転して固定し,下斜筋をすくいあげたところ.下斜筋は深部にあるため操作がむずかしい(25)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161703図5Stretchedscarの術中写真強膜への付着部と筋の間にstretchした組織を認める.図6SlippedmuscleのMRI左眼内直筋が後方で収縮している.1704あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(26)(27)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161705