網膜静脈閉塞症の病態と治療を考え直すNatureandTreatmentofRetinalVeinOcclusion志村雅彦*はじめに網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO)とは,その名の通り網膜静脈が“何らかの理由”で閉塞を起こす疾患である.網膜での出血が著明でインパクトが大きいことから,眼科医以外でも記憶に残る眼底疾患といえる.RVOは動脈ではなく,静脈の閉塞であるから直ちに組織虚血に陥ることはない.静脈の閉塞によって引き起こされるのは血流うっ滞による組織浮腫である.したがって,組織虚血のような視細胞の壊死による視機能の急激な低下をもたらすことは少なく,網膜血管が黄斑部とくに中心窩には存在しないことを考えると,せいぜい閉塞部位より遠位での網膜浮腫によって視野異常をきたす程度と考えられる.実際,出血が激しい眼底でありながら視力低下をきたさない症例をみることもあり,この場合は相対的な治療適応しかない.一方,網膜浮腫が広がり,中心窩に及んで視力低下をきたすことがあり,これをRVOによる黄斑浮腫とよび治療適応となる.したがって,RVOに出会ったら,黄斑浮腫の発症の有無を診断することが重要である.これは近年ではかなり普及した光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)によって容易に診断が可能である.さて,網膜では4本の細静脈が動脈とほぼ並走して視神経乳頭付近で合流し,中心眼静脈となっている.この静脈のいずれの位置で閉塞が起こってもRVOとよばれるが,血管の閉塞部位が網膜にあって特定できる場合を網膜静脈分岐閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO),視神経乳頭よりも中枢側で閉塞が起こっている場合を網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)とよんでいる(図1).この分類は便宜的なものであり,病態に差はない.したがって,視神経乳頭の近傍で閉塞しており,網膜上かどうかがわかりにくい場合などは半側網膜中心静脈閉塞症(hemi-CRVO)などと分類することもある(図2a).なお,最近では視神経乳頭から黄斑部に走行する脈管系の閉塞を黄斑静脈分岐閉塞(macular-BRVO)(図2b)として分類する報告もあるが,重要なのは組織浮腫の程度であり,閉塞部位が問題となるのは外科的なアプローチを検討するときだけであるので,現在の治療の主流である血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)(用語解説参照)阻害薬投与の適応においては,それほど正確な分類は不要であるし,そもそもむずかしい.せいぜいBRVOとCRVO程度の分類で事足りてしまうのである.RVOにおいて,閉塞が重篤な場合,動脈相での血流まで障害してしまうことがある.とくにCRVOのように網膜静脈全体の血流がうっ滞すれば,結果的に動脈からの血流も低下して虚血に陥いる可能性が高くなる.このような状態を虚血型として,非虚血型と区別することがある.虚血型のRVOでは組織からVEGFに代表される新生血管発症因子が過剰に分泌された結果,新生血管が眼内に発生し,新生血管緑内障のような致命的な病態*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0998東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(17)619a.branchretinalveinocclusion(BRVO)b.centralretinalveinocclusion(CRVO)・閉塞部位が網膜内・閉塞部位が網膜外(視神経内?)・原因部位が特定できる=直接的な治療が可能・原因部位が特定できない=直接的な治療が困難図1RVOの分類(典型例)a.Hemi-CRVOb.Macular-BRVO図2RVOの分類(非典型例)a.Arteriovenoussheathotomyb.Radialopticneurotomy動静脈交叉部の血管鞘を裂いて圧迫開放する.視神経を裂いて視神経内血管の圧迫開放する.図3RVOに対する外科的治療図4BRVOに対するベバシズマブ投与後の経過(67歳,女性)でいうと「たいして効果はなかった」であった.自然経過との差異を見いだせなかったのである.BRVOでは6カ月間に3群間に視力改善効果に有意差を見いだせなかったし,CRVOでは1mg投与群でやや悪化を抑制できたもの,眼圧上昇の危険性が高かったからである.4.「なんてったってVEGF阻害薬!」の時代これに対してVEGF阻害薬投与の効果は,臨床において実感できるものであった.ベバシズマブ硝子体内投与によって,浮腫は1カ月をピークに消退し,小数視力1.0まで回復することも稀ではなくなった.その一方で60.70%の症例において浮腫の再発がみられ,浮腫再発までの時間は早いもので6週間,遅いもので24週間程度であることもわかってきた(図4).これらの結果を踏まえて,RVO治療の保険適用を受けたVEGF阻害薬であるラニビズマブ(用語解説参照)とアフリベルセプト(用語解説参照)が登場したのである.IIRVOに対するVEGF阻害薬治療前述のごとくRVOに対するVEGF阻害薬投与は,視力改善・浮腫抑制効果が硝子体手術やステロイドの効果を遥かに凌ぐばかりでなく,速攻性もあり,眼圧上昇や白内障進行も起こさないことから,瞬く間にRVOの治療法として普及し,大規模研究も積極的に行われた.当初行われたRVOに対するVEGF阻害薬の治療効果の研究は,抗VEGF抗体であるラニビズマブを初期治療として6回毎月投与し,再投与基準は視力が0.5以下,中心窩網膜厚が250μm以上として1年間の経過を追ったCRVOを対象としたCRUISEstudy4)とBRVOを対象としたBRAVOstudy5)がある.いずれも経過観察(ただし6カ月後にVEGFを再投与基準で投与)に対して有意に視力改善が得られ,平均14文字の改善という良好な結果であった.一方,VEGF受容体融合蛋白であるアフリベルセプトの研究は,同様に初期治療として6回毎月投与し,再投与基準は中心窩網膜厚が250μm以上あるいは前回より50μm以上悪化した場合,視力は前回より5文字以上低下あるいは上昇した場合など,より臨床的な基準としたCRVOを対象としたCOPERNICUSstudy6)と,6回連続投与の初期治療後は隔月に定期投与を行ったBRVOを対象としたVIBRANTstudy7)がある.CIO-PERNICUSstudyでは経過観察群が6カ月後にアフリベルセプトをrescue投与されても1年後に平均4文字改善とほとんど改善がみられなかったのに対し,実薬投与群では16文字改善と著明に有効であったことが示された.また,VIBRANTstudyでは格子状光凝固後の経過観察群が6カ月後に隔月投与を行っても,1年後に平均12文字改善で,実薬投与群では17文字改善と有意差がみられた.これらの大規模研究によってRVOに対するラニビズマブ,アフリベルセプトの有用性は明らかになったわけだが,実臨床に当てはめるにはいくつかの問題があった.一つは初期治療として高額なVEGF阻害薬を6回連続で投与するプロトコールである.実際米国眼科アカデミーの調査においても,初期治療はほとんどの施設で3回あるいはそれ以下で行っている.そしてもう一つは再投与基準である.浮腫の増悪と視力の低下に時間差が生じることが少なくないRVOでは,再投与の決定は臨床判断で行われることが多いからである.そこで,より実臨床に即した大規模研究がラニビズマブに関して行われた.これは初期治療を3回とし,再投与基準は「黄斑浮腫の増悪によって視力低下をきたした場合」というものであり,CRVOを対象としたCRYS-TALstudy8)と,BRVOを対象としたBRIGHTERstudy9)がある.CRYSTALstudyは比較試験ではなかったが,1年間で平均8.1回のラニビズマブ投与が行われ,14文字の改善が得られている.また,BRIGHTERstudyでは格子状光凝固との比較試験が行われており,1年間で平均4.8回のラニビズマブ投与が行われ,15文字の改善が得られているが,格子状光凝固の有無での有意差はみられていない.なお,両試験ではRVOの発症からラニビズマブの投与までの期間が短いほど視力予後がよいことも示されている.このようなRVOに対するVEGF阻害薬投与の大規模研究からわかったことは,VEGF阻害薬を“早期に適切に投与する”ことで,自覚できるほどの視力改善を期待できることが証明されたのである.(21)あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017623適応患者.視力低下を自覚するRVO.黄斑浮腫(250μm>:OCTmapcentralareaoff1,000μm)再発基準.前回より浮腫が増悪し,かつ視力が低下した場合図5筆者らの施設でのRVO治療プロトコール眼数8140112684456228048121620初回投与からの週数242800285684112最高視力を得た日数140a.再発まで(n=29)b.最高視力と最低中心窩網膜厚を得るまで(n=37)図6RVOに対するVEGF阻害薬初回投与からの期間0day:LV=(0.6)188day:LV=(0.8)図7IschemicBRVOに対するアフリベルセプト投与(2回)後の無還流領域の変化(74歳,男性)■用語解説■血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-tor:VEGF):組織虚血に際して分泌されると考えられているサイトカインの一種.いくつかのサブタイプが存在するが,網膜内ではVEGF121,VEGF165,PlGF-1(placentagrowthfactor-1)の三つのサブタイプが報告されている.VEGFのおもな生理的な機能は二つあり,一つは血管透過性を亢進させる機能で,これはVEGF受容体の一つであるVEGFR1を介して働く.VEGFR1にはVEGF121とPlGF-1の親和性が高い.もう一つの生理機能は新生血管発生に伴う内皮細胞の遊走であり,これは別の受容体であるVEGFR2を介して働き,VEGF121とVEGF165の親和性が高い.ベバシズマブ(bevacizumab):ヒトモノクローナル抗VEGF抗体.もともと転移性結腸癌に対する治療薬として認可されたため,眼科領域への適応はない.VEGFに対する中和抗体であるため,PlGFに対しての作用はないとされる.ラニビズマブ(ranibizumab):ベバシズマブはVEGFと反応するFabportionとよばれる部位と骨格であるFcportionから構成されているが,Fabportionのみで働くように作られた遺伝子組み換えによる中和抗体断片.当然PlGFに対する作用はない.Fcportionがないため分子量も少なく,ベバシズマブよりも組織浸透性や血中代謝が優れるとされる.血中の半減期は2.3日であり,臨床的有効期間は30日程度である.RVOに対する適応が認可されている.アフリベルセプト(a.ibercept):VEGF受容体の結合部分を有する融合蛋白であり,VEGFR1とVEGFR2の両方の結合部位があるためVEGFのみならずPlGFも競合的にトラップする.VEGF-Trapともよばれることがある.親和性が非常に強く,生物学的有効期間が80日程度と長い.その一方,血中での半減期は5日ほどであり,残留期間も比較的長い.RVOに対する適応が認可されている.’-