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360°Suture Trabeculotomy変法とTrabeculotomyの術後眼圧下降効果の比較検討

2016年12月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(12):1779?1783,2016c360°SutureTrabeculotomy変法とTrabeculotomyの術後眼圧下降効果の比較検討木嶋理紀*1陳進輝*1新明康弘*1大口剛司*1新田朱里*2新田卓也*2石田晋*1*1北海道大学大学院医学研究科眼科学分野*2回明堂眼科・歯科ComparisonofPostoperativeIntraocularPressureReductionbetweenModified360-degreeSutureTrabeculotomyand120-degreeTrabeculotomyRikiKijima1),ShinkiChin1),YasuhiroShinmei1),TakeshiOhguchi1),AkariNitta2),TakuyaNitta2)andSusumuIshida1)1)DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)KaimeidoOphthalmicandDentalClinic目的:同一症例での360°suturetrabeculotomy(S-LOT)変法,金属ロトームによる120°trabeculotomy(LOT)の術後経過の比較.対象および方法:2005年8月?2008年3月に,同一症例において片眼にS-LOT変法,他眼にLOTを施行し,2年以上経過観察できた7例14眼を対象に,診療録をもとに後ろ向きに検討を行った.結果:7例中4例でS-LOT眼の眼圧下降効果がLOT眼に比べて大きく,そのうち2例でLOT眼のみでは眼圧下降が不十分であったため,緑内障追加手術を必要とした.7例中3例は両眼の比較で術後眼圧に統計学的な有意差がなかった.S-LOT眼では経過観察中に緑内障追加手術を必要とした症例はなかった.全例の平均眼圧でみると,術後6,9,12,24,48カ月の時点でS-LOT眼のほうがLOT眼に比較して統計学的に有意に眼圧が低かった.結論:S-LOT変法はLOTに比べ,より強い眼圧下降効果が得られる可能性がある.Purpose:Toevaluatetheoutcomeofmodified360-degreesuturetrabeculotomy(S-LOT)ascomparedwith120-degreetrabeculotomy(LOT)inthesamepatients.SubjectsandMethods:Thisretrospectivecaseseriesstudycomprised14eyesof7patientstreatedbetweenAugust2005andMarch2013atHokkaidoUniversityHospital.WeperformedS-LOTononeeyeandLOTonthefelloweyeinthesamepatient.Wethenobservedthepatientsoveraperiodofatleasttwoyears.Results:PostoperativeIOPafterS-LOTwaslowerthanafterLOTin4ofthe7patients;2ofthe7requiredadditionalglaucomasurgeriesontheLOTeyes;3ofthe7showednosignificantdifferenceinpostoperativeIOPbetweenS-LOTandLOTeyes.MeanpostoperativeIOPafterS-LOTwassignificantlylowerthanafterLOTat6,9,12,24and48months.Conclusion:S-LOTmightbemoreeffectivethanLOTinreducingpostoperativeIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(12):1779?1783,2016〕Keywords:360°suturetrabeculotomy変法,trabeculotomy,眼圧,線維柱帯の切開範囲.amodified360-degreesuturetrabeculotomy,trabeculotomy,intraocularpressure(IOP),incisionrangeoftrabecularmeshwork.はじめに流出路再建術は濾過手術に比べると,術後も濾過胞をもたずに眼球を閉鎖状態に保ち,より生理的な房水循環を維持できるという点で優れているが,術後の眼圧下降が濾過手術に比べて小さいという問題点がある1).近年さまざまな流出路再建術が試みられているが,その手術効果を濾過手術と比較した場合,流出路再建術では症例間の眼圧下降効果にバラツキが大きく2),個体差を排除して眼圧下降効果を検討するためには,同一個体の左右眼でその効果を比較することが望ましい.流出路再建術の一つである360°suturetrabeculotomy(SLOT)変法は,金属ロトームの代わりに先端を丸く加工した5-0ナイロン糸を用い,Schlemm管内壁および線維柱帯を360°切開する.これはBeckら3)が報告した360degreestrabeculotomyをChinら4)が改良し,粘弾性物質をSchlemm管内に注入することで通糸率を向上させ,糸を一度前房内に通過させることで容易に線維柱帯を切開できるようにしたものである.S-LOTは金属ロトームによる120°切開のtrabeculotomy(LOT)に比べ,流出抵抗のある線維柱帯をより広範に切開できるという特徴がある.開放隅角緑内障を対象とした筆者らの研究では,術後1年の時点でのS-LOT変法の平均眼圧はLOTと比較して有意に低く,必要とする抗緑内障点眼数も少ないことを報告した4).しかしながら,あくまでもこれは別々の症例による平均眼圧での比較であって,同一個体の左右眼で,長期にわたってその効果を比較した報告ではない.今回筆者らは同一症例において片眼にS-LOT変法を,他眼にLOTを施行し,2年以上経過観察できた症例の術後経過を報告する.I対象および方法2005年8月?2013年3月に北海道大学病院眼科において,片眼にS-LOT変法(S-LOT眼,S-LOT群)を,もう片眼にLOT(LOT眼,LOT群)を施行した7例14眼を対象とし,診療録をもとに後ろ向きに検討した.いずれの眼も緑内障手術(レーザーを含む)の既往はなく,白内障手術を含めた内眼手術の既往もなかった.2つの手術は同時期,もしくはLOTを先に行った.同時期(同一入院期間)に両者を行う場合は,眼圧がより高い眼に対して先にS-LOT変法を施行し,その後他眼にLOTを行った.眼圧下降が得られず追加緑内障手術を要した症例は,追加手術を施行した時点で観察終了とした.手術に際して,対象患者には十分説明を行ったうえで同意を得,またこの研究については,北海道大学病院自主臨床研究審査委員会の承認を得た(自016-0060).術後平均観察期間はS-LOT群50.6±16.2カ月,LOT群43.7±27.8カ月であった.男性4例,女性3例で,手術時平均年齢はS-LOT群が45.4±20.4歳,LOT群が43.7±18.4歳であった.術前平均眼圧はS-LOT群が37.1±14.4mmHg,LOT群が30.6±10.6mmHgであった.術前平均抗緑内障点眼数はS-LOT群が3.0±0.6,LOT群が3.1±0.4であった.炭酸脱水酵素阻害薬の内服を要した症例はS-LOT群が3例,LOT群が4例であった.術前のHumphrey静的視野検査(HFA)によるMD値の平均はS-LOT群が?8.9±8.0dBで,LOT群が?10.5±12.5dBであった.これらの項目に関してS-LOT群とLOT群の間には,すべて有意差はみられなかった(Wilcoxonsigned-ranktest,c2独立性の検定,p>0.05).全例有水晶体眼で,白内障同時手術をしたものは含まれていない(表1).病型は原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)2例,発達緑内障2例,ぶどう膜炎による続発緑内障(uveiticglaucoma:UG)2例,ステロイド緑内障1例であった.それぞれの症例において術後1,3,6,9,12,18,24,30,36,42,48,54,60カ月の眼圧と抗緑内障点眼数について左右眼を比較して検討を行った.また,S-LOT群,LOT群で全例の平均眼圧と術後経過時間について検討を行った.II結果各症例の術後眼圧経過を図1に示した.各症例の病型は症例1と3が発達緑内障,2と6がPOAG,4と5がUG,7がステロイド緑内障である.LOTを施行した7眼中2眼は眼圧下降が不十分であったため,1眼(症例1)は別な部位にLOTを,もう1眼(症例2)には線維柱帯切除術の追加を行い,観察期間より脱落とした.7例中2例(症例3と4)は,経過観察期間中一貫してS-LOT眼はLOT眼に比べ眼圧が低かった(Mann-Whitney’sUtest,p<0.0001).眼圧が高く追加手術を要した症例も含めると,7例中4例(症例1?4)でS-LOT変法のほうがLOTと比較して眼圧下降効果が大きく,うち2例(症例1と3)は発達緑内障の症例だった.残りの3眼では,経過観察期間の最終眼圧において左右差がみられず,うち2例は観察期間全体の術後眼圧に有意な差がなかった(p>0.05).症例4と5のUG例のLOT眼では経過観察期間中に白内障が進行したため,白内障手術を施行した.全例の平均眼圧でみると,術後12カ月でS-LOT群11.9±4.1mmHg,LOT群15.4±3.8mmHg,術後24カ月でS-LOT群12.0±4.0mmHg,LOT群14.6±1.5mmHg,術後48カ月でS-LOT群11.8±3.8mmHg,LOT群15.2±2.9mmHgであった.術後6,9,12,24,48カ月の時点でLOT群と比べ,S-LOT群では有意に眼圧が低かった(図2).最終観察時の平均抗緑内障点眼数はS-LOT群が0.43±0.79,LOT群が1.0±1.2であり,この2群の間に有意差はなく(p=0.36,Wilcoxonsigned-ranktest),また各群で術前に比べ最終観察時の点眼数は有意に減少していた(LOT:p=0.03,S-LOT:p=0.03,Wilcoxonsigned-ranktest).III考按LOTは症例によってある程度効果にばらつきがあり2),それは臨床的にも筆者らの経験するところである.その要因として,個体差や眼圧上昇を引き起こす病因などが大きな影響を与えていると考えられるが,切開範囲の違いによる影響は明らかではない.開放隅角緑内障を対象とした術後1年の時点での筆者らの研究4)では,LOTよりS-LOTのほうが眼圧下降効果が大きかったが,あくまでもこれは別々の症例による平均眼圧や成功率の群間比較であり,同一症例において比較した報告ではない.個体差や病型の違いを排除し,切開範囲の違いによる眼圧下降効果の影響を調べる今回の同一症例による研究では,7例中4例の症例でS-LOT変法のほうがLOTと比較して眼圧下降効果が優れており,かつその効果が長期にわたって安定的に持続されていたことが確認できた.その眼圧下降効果の違いは,切開範囲の違いによるものと考えられた.切開範囲についての研究は,1989年Rosenquistらが9例18眼の献体眼で検討を行っており,切開範囲が30°,120°,360°と増えるにつれて流出抵抗が減少していくが,直線的な変化をしないこと,また眼灌流圧が高いとき(25mmHg)と低いとき(7mmHg)で違いがあり,高いときは120°が360°になると有意に抵抗が減少するが,低いときには120°から360°に増やしても流出抵抗に有意な減少はみられなかったと報告している5).今回の症例では,術前平均眼圧はS-LOT群が37.1±14.4mmHg,LOT群が30.6±10.6mmHgと高眼圧であり,眼灌流圧が高めであったことによりS-LOT眼とLOT眼で違いが出やすかったと推測される.しかしながら,今回の症例においても症例5?7のように,S-LOT眼のほうが低い眼圧である傾向はあるものの,あまり差が出にくい症例も存在する.これについては以下の流出路のバリエーションが関係していると推測される.つまり,Schlemm管以降の流出路はバリエーションに富んでおり,Schlemm管からの房水の排出は全周均一なわけではなく,多い部分と少ない部分があるとされ6),さらに,先天的な異常がない健常人でもSchlemm管腔の広さは一定でなく,一周連続していない症例やSchlemm管が重複して存在する例や,Schlemm管からつながる集合管も部位によって密度が異なると,Hannらは報告している7).120°という部分的な線維柱帯切開を行った場合,房水流出に大きく寄与している集合管を含む部位を切開することができれば大きく眼圧を下降させることはもちろん可能であるが,房水流出にあまり寄与していない部分を切開した場合には眼圧下降効果が小さい可能性があり,切開範囲が広いほうが房水流出に大きく寄与している集合管を含む部分を切開できる確率が高くなると考えられる.つまり,理論上S-LOTはLOTよりも3倍高い確率で房水流出に大きく寄与している集合管を含む部分を切開できるともいえるが,全体の3分の1程度の症例では,両者が同等の眼圧下降効果を示す可能性もある.ただし今回の研究では症例数が十分でないため,線維柱帯の切開範囲と眼圧下降効果について,また術前の眼圧(または眼灌流圧)との関係については今後の検討課題である.IV結論同一症例の左右眼でS-LOT変法とLOTを比較した本研究では,半数以上の症例で明らかにS-LOT変法のほうが眼圧下降効果が高く,その他の症例でも差は小さいものの同様な傾向がみられた.S-LOT変法はLOTに比べ,より強い眼圧下降効果が得られる可能性があると考えられた.文献1)木村智美,石川太,山崎仁志ほか:各種緑内障手術の成績.あたらしい眼科26:1279-1285,20092)ChiharaE,NishidaA,KodoMetal:Trabeculotomyabexterno:analternativetreatmentinadultpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.OphthalmicSurg24:735-739,19933)BeckAD,LynchMG:360degreestrabeculotomyforprimarycongenitalglaucoma.ArchOphthalmol113:1200-1202,19954)ChinS,NittaT,ShinmeiYetal:Reductionofintraocularpressureusingamodified360-degreesuturetrabeculotomytechniqueinprimaryandsecondaryopen-angleglaucoma:apilotstudy.JGlaucoma21:401-407,20125)RosenquistR,EpsteinD,MelamedSetal:Outflowresistanceofenucleatedhumaneyesattwodifferentperfusionpressuresanddifferentextentsoftrabeculotomy.CurrEyeRes8:1233-1240,19896)SwaminathanSS,OhDJ,KangMHetal:Aqueousoutflow:segmentalanddistalflow.JCataractRefractSurg40:1263-1272,20147)HannCR,FautschMP:Preferentialfluidflowinthehumantrabecularmeshworknearcollectorchannels.InvestOphthalmolVisSci50:1692-1697,2009〔別刷請求先〕木嶋理紀:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科眼科学分野Reprintrequests:RikiKijima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversityGraduateSchoolofMedicine,N-15,W-7,Kita-ku,Sapporo060-8638,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(101)1779表1患者背景S-LOT群LOT群p値手術時平均年齢45.4±20.4歳43.7±18.4歳0.42術前平均眼圧37.1±14.4mmHg30.6±10.6mmHg0.24術前平均点眼数3.0±0.63.1±0.40.59炭酸脱水酵素阻害薬の内服3例4例0.59術前視野の平均MD値?8.9±8.0dB?10.5±12.5dB0.92年齢は手術時のものなので,手術の時期の違いで差が出ている.全例有水晶体眼で,S-LOT変法,LOTともに単独手術.上記の項目についてWilcoxonsigned-ranktest,c2独立性の検定を行い,各群で有意差はみられなかった.1780あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(102)図1各症例の術後眼圧経過症例1と3が発達緑内障,2と6がPOAG,4と5がUG,7がステロイド緑内障.症例1と2のLOT眼は眼圧下降不十分であったため追加の緑内障手術を施行した.症例4と5のLOT眼は経過観察期間中,白内障手術を施行した.(左右の眼の術後の眼圧をMann-Whitney’sUtestにて検討した).(103)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161781図2平均眼圧の推移各群の各時点の平均眼圧.術後12カ月でS-LOT群11.9±4.1mmHg,LOT群15.4±3.8mmHg,術後24カ月でS-LOT群12.0±4.0mmHg,LOT群14.6±1.5mmHg,術後48カ月でS-LOT群11.8±3.8mmHg,LOT群15.2±2.9mmHgで,術後6,9,12,24,48カ月で群間に有意差がみられた.(Mann-Whitney’sUtest*<0.05**<0.01)1782あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(104)(105)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161783

リパスジル点眼薬の処方パターンと患者背景および眼圧下降効果

2016年12月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(12):1774?1778,2016cリパスジル点眼薬の処方パターンと患者背景および眼圧下降効果井上賢治*1瀬戸川章*1石田恭子*2富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科IntraocularPressureReductionwithandPrescriptionPatternsofRipasudil,aRhoKinaseInhibitorKenjiInoue1),AkiraSetogawa1),KyokoIshida2)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:リパスジル点眼薬の処方パターンと眼圧下降効果を後ろ向きに調査した.対象および方法:2014年12月?2015年3月に新規にリパスジル点眼薬が投与された161例161眼を対象とした.リパスジル点眼薬が追加された症例(追加群),他の点眼薬から変更された症例(変更群),変更と追加が同時に行われた症例(変更追加群)に分けて,リパスジル点眼薬の処方パターン,投与された理由,投与前後の眼圧などを調査した.結果:全症例の投与前薬剤数は3.9±0.9剤だった.緑内障病型は原発開放隅角緑内障119例(73.9%),続発緑内障30例(18.6%)などだった.追加群は124例(77.0%),変更群は21例(13.0%),変更追加群は16例(10.0%)だった.投与された理由は追加群と変更追加群は全例が,変更群は14例(66.7%)が眼圧下降効果不十分,7例(33.3%)が副作用出現だった.追加群では投与後に眼圧が有意に下降した(p<0.01).結論:リパスジル点眼薬は多剤併用で眼圧下降効果が不十分な原発開放隅角緑内障症例に追加投与されることが多く,眼圧下降は良好である.Purpose:Weretrospectivelyinvestigatedintraocularpressurereductionwithandprescriptionpatternsof0.4%ripasudil.Methods:Atotalof161eyesof161patientswereincluded.Participantsweredividedinto3groups:ripasudilwasaddedtoexistingtreatment(addedgroup),existingtreatmentwaschangedtoripasudil(changedgroup),orripasudilwasaddedandreplacedanothermedication(changed/addedgroup).Intraocularpressure(IOP)wascomparedbeforeandafteradministrationofripasudil.Results:Thenumberofmedicationsusedwas3.9±0.9.Diseasetypeswereopen-angleglaucoma(119cases,73.9%),secondaryglaucoma(30cases,18.6%),etal.Atotalof124(77.0%),21(13.0%),and16(10.0%)caseswereintheadded,changedandchanged/addedgroups,respectively.Allsubjectsintheaddedandchanged/addedgroupsbeganusingripasudilbecauseofinsufficientIOPreduction.Inthechangedgroup,14(66.7%)and7(33.3%)patientsbeganusingripasudilbecauseofinsufficientIOPreductionandadversereactions.Intheaddedgroup,IOPdecreasedsignificantlyafteradministrationofripasudil(p<0.01).Conclusion:WhenmultiplemedicationsdonotproperlymanageIOP,ripasudilmaybeaddedineyeswithopen-angleglaucoma.TheadditionofripasudilwaseffectiveinreducingIOP.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(12):1774?1778,2016〕Keywords:リパスジル,処方,追加,変更.ripasudil,prescription,add,change.はじめに緑内障点眼薬治療は単剤から始めて,目標眼圧に達成しない場合は点眼薬の変更あるいは追加が行われる.点眼薬の追加の際には,今まで使用していた点眼薬とは眼圧下降の作用機序の異なる点眼薬を使用することになる.また,点眼薬には副作用もあり,たとえばb遮断点眼薬は呼吸器系や循環器系疾患を有する症例には使用しづらい.そのような理由から従来の点眼薬とは眼圧下降の作用機序の異なる点眼薬の開発が望まれていた.線維柱帯-Schlemm管を介する主経路からの房水排出の促進作用を有するRhoキナーゼ阻害薬のリパスジル点眼薬(グラナテックR,興和創薬)1)が開発され,2014年12月より日本で使用可能となった.Rhoキナーゼ阻害薬の作用機序は巨大空胞の増加2),細胞接着への作用2),細胞-細胞外マトリクス間関係の変化3),短期的な細胞骨格と細胞の収縮性の変化1),細胞外マトリクス産生抑制4),線維柱帯間隙への作用5)が想定されている.リパスジル点眼薬は,日本で行われた臨床治験においては良好な眼圧下降効果が報告されている6?10).それらの治験ではリパスジル点眼薬の単剤投与6?9),b遮断点眼薬への追加投与9,10),プロスタグランジン関連点眼薬への追加投与9,10),プロスタグランジン/チモロール配合点眼薬への追加投与9)が行われた.しかしこの新しいリパスジル点眼薬が実際に臨床診療の現場でどのような症例に使用されているのかを調査した報告はない.そこで今回,リパスジル点眼薬が使用可能となってから初期の4カ月間に投与された症例のデータを後ろ向きに調査した.I方法2014年12月?2015年3月に,井上眼科病院に通院中で新規にリパスジル点眼薬(1日2回点眼)が処方された連続した161例161眼を対象とした.眼科医師24名が処方していた.両眼にリパスジル点眼薬が処方された症例は眼圧の高い眼を,眼圧が同値の症例は右眼を解析に用いた.対象を以下の3群に分けた.リパスジル点眼薬が他の点眼薬に追加投与された症例(追加群),他の点眼薬がリパスジル点眼薬に変更された症例(変更群),他の点眼薬の変更とリパスジル点眼薬の追加投与が同時に行われた症例,あるいは他の点眼薬とリパスジル点眼薬が同時に追加投与された症例(変更追加群)とした.3群の患者背景〔年齢,投与前眼圧,投与前視野検査のmeandeviation(MD)値,使用薬剤数〕を比較した.なお配合点眼薬は2剤として,アセタゾラミド内服は錠数にかかわらず1剤として解析した.視野検査はHumphrey視野計(カール・ツァイス社)プログラム30-2SITA-Standardを使用した.変更群では変更された点眼薬を調査した.追加群では使用薬剤を調査した.リパスジル点眼薬投与1,3カ月後の眼圧を調査し,投与前と比較した.リパスジル点眼薬投与後の中止例を調査した.各群のリパスジル点眼薬が投与された理由を診療録から調査した.統計学的検討は3群の患者背景の比較にはKruskal-Wallis検定,投与前後の眼圧の比較にはANOVABonferroni/Dunn検定を用いた.有意水準はp<0.05とした.II結果全症例161例のうち男性76例,女性85例,年齢は64.8±13.1歳(平均±標準偏差),22?92歳だった(図1).投与前眼圧は21.6±6.2mmHg,8?44mmHgだった.投与前視野検査のMD値は?10.7±8.0dB,?31.2?2.1dBだった.投与前薬剤数は3.9±1.0剤,1?7剤だった.病型は原発開放隅角緑内障119例(73.9%),続発緑内障30例(18.6%),高眼圧症5例(3.1%),原発閉塞隅角緑内障4例(2.5%),先天緑内障3例(1.9%)だった.追加群は124例(77.0%),変更群は21例(13.0%),変更追加群は16例(10.0%)だった.年齢は追加群64.9±14.2歳,変更群63.3±10.5歳,変更追加群66.0±6.2歳で同等だった(p=0.619).投与前眼圧は追加群22.0±6.6mmHg,変更群19.2±3.2mmHg,変更追加群21.3±5.8mmHgで同等だった(p=0.243).投与前視野検査のMD値は追加群?10.9±8.5dB,変更群?11.1±6.9dB,変更追加群8.3±5.7dBで同等だった(p=0.688).使用薬剤数は追加群3.9±1.0剤,変更群3.9±0.8剤,変更追加群3.7±1.1剤で同等だった(p=0.872).追加群の使用薬剤数は1剤2例(1.6%),2剤9例(8.9%),3剤19例(13.7%),4剤67例(54.9%),5剤24例(18.5%),6剤2例(1.6%),7剤1例(0.8%)だった.追加群の使用薬剤を表1に示す.4剤がもっとも多く,そのうちもっとも多い組み合わせはプロスタグランジン関連点眼薬+a2刺激点眼薬+炭酸脱水酵素阻害/b配合点眼薬だった.変更群の変更前点眼薬はブリモニジン点眼薬10例(47.6%),ブナゾシン点眼薬7例(33.3%),0.5%チモロール点眼薬2例(9.5%),ラタノプロスト点眼薬1例(4.8%),1%ドルゾラミド点眼薬1例(4.8%)だった.リパスジル点眼薬が投与された理由は,追加群と変更追加群では全例が眼圧下降効果不十分で,変更群では眼圧下降効果不十分14例(66.7%),副作用出現7例(33.3%)だった(図1).副作用の内訳は結膜充血1例,アレルギー性結膜炎3例,結膜充血+アレルギー性結膜炎1例,眼掻痒感1例,流涙1例だった.眼圧は追加群では投与前(22.0±6.6mmHg)と比べて投与1カ月後(19.4±5.4mmHg),投与3カ月後(18.6±5.7mmHg)には有意に下降した(p<0.01)(図2).変更群では投与前(19.2±3.2mmHg)と投与1カ月後(18.0±3.7mmHg)には同等だったが,投与3カ月後(17.5±4.2mmHg)には投与前と比べて有意に下降した(p<0.01).変更追加群では投与前(21.3±5.8mmHg)と投与1カ月後(19.4±4.7mmHg),投与3カ月後(18.5±4.8mmHg)は同等だった(p=0.206).中止例は追加群9例(7.3%)で,内訳は来院中断3例,他剤追加2例,緑内障手術施行2例,選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)施行1例,希望により転医1例だった.変更群は1例(4.8%)で,来院中断だった.変更追加例は1例(6.3%)で,他剤追加だった.III考按今回の症例ではリパスジル点眼薬は多剤併用(平均3.9剤)に追加投与される症例が多かった.配合点眼薬は2剤として解析したが,配合点眼薬を1剤として解析した場合も使用薬剤数は平均3.3±0.9剤だった.リパスジル点眼薬は,線維柱帯-Schlemm管を介した主経路からの房水排出促進作用という従来の点眼薬とは眼圧下降の作用機序が異なる薬である1).今回の結果からは,多剤併用をしても従来の点眼薬では眼圧下降効果が不十分,言い換えればもう少し眼圧を下降させたい症例に投与されたと考えられる.リパスジル点眼薬が投与された理由も,追加群と変更追加群では全例が眼圧下降効果不十分であった.点眼薬を3剤以上使用している患者ではアドヒアランスが低下するという報告もあり11),4剤目,5剤目などに処方することに疑問もある.多剤併用でも眼圧下降効果不十分な症例では本来手術を施行すべきであるが,線維柱帯切除術では浅前房,脈絡膜?離,低眼圧黄班症,濾過胞炎,眼内炎などの合併症が出現することもあり,患者の視機能を低下させる危険もある.とくに眼内炎では硝子体手術を施行しても失明する危険もある.濾過胞関連感染症は平均2.5年の観察期間で1.5±0.6%と高率に報告されている12).そのため余命が短いと考えられる高齢者では,手術ではなく点眼薬や内服薬の多剤併用が行われることが多いと考えられる.点眼薬による副作用が出現した症例では,その点眼薬を中止する必要がある.その際に眼圧下降を考慮すると,他の眼圧下降機序を有する点眼薬を投与することになる.なぜならば眼圧下降の作用機序が異なる点眼薬のほうが同じ副作用が出現しづらいからである.リパスジル点眼薬は眼圧下降の作用機序が他の点眼薬と異なるために,点眼薬の変更の際に使用されやすいと考えられる.多剤併用例では他の点眼薬の選択肢が少ないので新規に使用可能となったリパスジル点眼薬が使用されたと考えられる.今回の症例においても副作用出現によりリパスジル点眼薬へ変更された症例の使用前薬剤数は3.7±0.8剤と多剤併用症例だった.リパスジル点眼薬の眼圧下降幅は単剤投与では2.7?4.0mmHg6),3.5mmHg7),ピーク時6.4?7.3mmHgとトラフ時1.6?4.3mmHg8),ピーク時3.7mmHgとトラフ時2.6mmHg9)と報告されている.b遮断点眼薬への追加投与ではピーク時2.9mmHgとトラフ時2.4mmHg10),ピーク時3.0mmHgとトラフ時2.2mmHg9)と報告されている.プロスタグランジン関連点眼薬への追加投与ではピーク時2.4mmHgとトラフ時1.4mmHg9),ピーク時3.2mmHgとトラフ時2.2mmHg10)と報告されている.プロスタグランジン/チモロール配合点眼薬への追加投与ではピーク時1.7mmHgとトラフ時1.7mmHgと報告されている9).今回の追加群での眼圧下降幅は2.6?3.4mmHgで,追加投与の報告9,10)とほぼ同等だった.しかし今回の症例には眼圧をピーク値と思われる午前中に測定した症例やトラフ値と思われる夕方に測定した症例も含まれており,今後さらなる解析が必要である.今回は眼圧が上昇した際にリパスジル点眼薬が投与された症例もあり,眼圧下降効果の評価としては考慮する必要があったかもしれない.また症例のエントリー期間が冬から春であったために,眼圧が上昇していた可能性もある.リパスジル点眼薬の投与中止例は,単剤投与では7日間投与で0%6),8週間投与で0%7),52週間投与で35.8%9),b遮断点眼薬への追加投与では8週間投与で1.9%10),52週間投与で30.0%9),プロスタグランジン関連点眼薬への追加投与では8週間投与で2.9%10),52週間投与で25.8%9),プロスタグランジン/チモロール配合点眼薬への追加投与では52週間投与で27.1%9)と報告されている.今回のリパスジル点眼薬の投与中止例は追加群7.3%,変更群4.8%,変更追加群6.3%と過去の短期投与の報告6,7,10)より多く,長期投与の報告9)より少なかった.その原因として治験と臨床現場の症例の違い,今回は多剤併用症例が多かったこと,今回は投与期間が短期投与と長期投与の間である3カ月間だったことなどが考えられる.いずれにせよリパスジル点眼薬の安全性は良好と考えられる.交感神経a2受容体刺激薬であるブリモニジン点眼薬が2012年5月に日本で使用可能になった.ブリモニジン点眼薬も従来の点眼薬とは眼圧下降の作用機序が異なる薬だった.ブリモニジン点眼薬が使用可能となった初期の処方例,とくに追加投与では,追加投与前の使用薬剤数は1剤12.7%,2剤21.8%,3剤以上65.5%と多剤併用例が多いと報告13)されており,今回もほぼ同等だった.今回のリパスジル点眼薬を追加投与した症例の眼圧下降効果と安全性は良好であったので,リパスジル点眼薬は,今後は2剤目,3剤目など早い段階で使用される可能性がある.リパスジル点眼薬は多剤併用で眼圧下降効果が不十分な原発開放隅角緑内障症例に対して追加投与されることが多い.3剤目,4剤目,5剤目に投与されたリパスジル点眼薬の眼圧下降効果とアドヒアランスに疑問は残るが,実際の臨床現場では多剤併用症例への追加投与が多かった.追加投与された症例の眼圧下降効果と安全性は短期的には良好だった.今後は長期的にリパスジル点眼薬の眼圧下降効果と安全性を検討する必要がある.文献1)HonjoM,TaniharaH,InataniMetal:EffectsofRhoassociatedproteinkinaseinhibitorY-27632onintraocularpressureandoutflowfacility.InvestOphthalmolVisSci42:137-144,20012)KamedaT,InoueT,InataniMetal:TheeffectofRhoassociatedproteinkinaseinhibitoronmonkeySchlemm’scanalendothelialcells.InvestOphthalmolVisSci53:3092-3103,20123)KogaT,KogaT,AwaiMetal:Rho-associatedproteinkinaseinhibitor,Y-27632,inducesalterationsinadhesion,contractionandmotilityinculturedhumantrabecularmeshworkcells.ExpEyeRes82:362-370,20064)FujimotoT,InoueT,KamedaTetal:InvolvementofRhoA/Rho-associatedkinasesignaltransductionpathwayindexamethasone-inducedalterationsinaqueousoutflow.InvestOphthalmolVisSci53:7097-7108,20125)RaoPV,DengPF,KumarJetal:ModulationofaqueoushumoroutflowfacilitybytheRhokinase-specificinhibitorY-27632.InvestOphthalmolVisSci42:1029-1037,20016)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Phase1clinicaltrialsofaselectiveRhokinaseinhibitor,K-115.JAMAOphthalmol131:1288-1295,20137)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Phase2randomizedclinicalstudyofaRhokinaseinhibitor,k-115,inprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension.AmJOphthalmol156:731-736,20138)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Intra-ocularpressure-loweringeffectsofaRhokinaseinhibitor,ripasudil(K-115),over24hoursinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension:arandomized,open-label,crossoverstudy.ActaOphthalmol93:e254-e260,20159)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:One-yearclinicalevaluationof0.4%ripasudil(K-115)inpatientswithopen-angleglaucomaandocularhypertension.ActaOphthalmol94:e26-e34,201610)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Additiveintraocularpressure-loweringeffectsoftheRhokinaseinhibitorripasudil(K-115)combinedwithtimololorlatanoprost:Areportof2randomizedclinicaltrials.JAMAOphthalmol133:755-761,201511)DjafariF,LeskMR,HarasymowyczPJetal:Determinantsofadherencetoglaucomamedicaltherapyinalongtermpatientpopulation.JGlaucoma18:238-243,200912)YamamotoT,KuwayamaY,CollaborativeBleb-relatedInfectionIncidenceandTreatmentStudyGroup:Interimclinicaloutcomesinthecollaborativebleb-relatedinfectionincidenceandtreatmentstudy.Ophthalmology118:453-458,201113)中島佑至,井上賢治,富田剛司:ブリモニジン酒石酸塩点眼薬の追加投与による眼圧下降効果と安全性.臨眼68:967-971,2014〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-kuTokyo101-0062,JAPAN0197170-41810/あ160910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1追加群,変更群,変更追加群の背景とリパスジル点眼薬投与理由(97)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161775表1追加群における投与前薬剤1剤(2例,1.6%)CAI2例(100%)2剤(9例,8.9%)PG+CAI3例(3.3%)b+CAI2例(22.2%)CAI/b配合剤2例(22.2%)PG+b1例(11.1%)PG+a21例(11.1%)3剤(19例,13.7%)PG+b+CAI5例(26.3%)a2+CAI/b配合剤3例(26.3%)PG+CAI+a23例(15.8%)a2+PG/b配合剤2例(10.5%)PG+CAI/b配合剤2例(10.5%)CAI内服+CAI/b配合剤1例(10.5%)PG+b+a11例(5.3%)CAI+CAI内服+a21例(5.3%)CAI+PG/b配合剤1例(5.3%)4剤(67例,54.9%)PG+a2+CAI/b配合剤39例(58.2%)CAI+a2+PG/b配合剤6例(13.4%)PG+b+CAI+a27例(10.4%)CAI内服+a2+CAI/b配合剤3例(4.5%)PG+b+CAI+a12例(3.0%)PG+CAI+a1+a22例(3.0%)PG+CAI+CAI内服+a22例(3.0%)PG+a1+CAI/b配合剤2例(3.0%)PG+CAI+ab+a21例(1.5%)CAI+a1+PG/b配合剤1例(1.5%)a1+a2+PG/b配合剤1例(1.5%)PG+CAI内服+CAI/b配合剤1例(1.5%)5剤(24例,18.5%)PG+CAI内服+a2+CAI/b配合剤7例(29.2%)PG+b+CAI+CAI内服+a26例(29.2%)PG+a1+a2+CAI/b配合剤4例(12.5%)PG+a2+ピロカルピン+CAI/b配合剤1例(4.2%)PG+b+CAI+a1+ピロカルピン1例(4.2%)PG+CAI+CAI内服+ab+a21例(4.2%)PG+b+CAI+a1+a21例(4.2%)CAI+a2+ピバレフリン+PG/b配合剤1例(4.2%)PG+CAI+CAI内服+a1+a21例(4.2%)PG+b+CAI+CAI内服+a11例(4.2%)6剤(2例,1.6%)PG+CAI内服+a1+a2+CAI/b配合剤2例(100%)7剤(1例,0.8%)PG+b+CAI+CAI内服+a1+a2+ピロカルピン1例(100%)b:b遮断点眼薬,PG:プロスタグランジン関連点眼薬,CAI:炭酸脱水酵素阻害点眼薬,a1:a1遮断点眼薬,a2:a2刺激点眼薬1776あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(98)図2リパスジル点眼薬投与前後の眼圧(99)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617771778あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(100)

全層角膜移植後に発症したAbiotrophia defectiva感染による角膜潰瘍の1例

2016年12月31日 土曜日

《原著》あたらしい眼科33(12):1769?1773,2016c全層角膜移植後に発症したAbiotrophiadefectiva感染による角膜潰瘍の1例林寺健森洋斉子島良平野口ゆかり加藤美千代岩崎琢也宮田和典宮田眼科病院ACaseofCornealUlcerwithAbiotrophiadefectivaInfectionafterPenetratingKeratoplastyTakeshiHayashidera,YosaiMori,RyoheiNejima,YukariNoguchi,MichiyoKato,TakuyaIwasakiandKazunoriMiyataMiyataEyeHospital口腔内常在菌の一つで,感染性心内膜炎の主要起因菌Abiotrophiadefectiva(以下,A.defectiva)が分離された移植角膜潰瘍の1例を報告する.13年前に右眼の全層角膜移植を受けた84歳の女性が右眼の疼痛を主訴として来院し,移植角膜の上皮欠損と羽毛状浸潤,前房内炎症と結膜充血を認めた.病巣擦過標本では多数のグラム陽性球菌を検出し,培養検査ではレボフロキサシン耐性,セフメノキシム,クロラムフェニコール感受性を示すA.defectivaが分離された.感受性を示した抗菌薬投与により,角膜病変は徐々に縮小し,3カ月後に石灰化とともに治癒した.本例は日本で最初のA.defectivaによる角膜潰瘍の報告例である.本菌の分離は通常培養ではかなり困難であり,角膜潰瘍の細菌分離陰性例では起因菌の一つとして考慮する必要性がある.本症例の特徴として,ステロイド点眼中の移植角膜片の発症,真菌性角膜炎に類似,緩徐な病原体増殖があげられる.普段みられないような細隙灯顕微鏡所見を示す角膜炎例では,通常の細菌培養では見落とされやすい細菌感染の可能性を考慮した細菌学的検査を実施し,適切な抗菌薬を選択することが大切である.Abiotrophiadefectiva(A.defectiva)isknowntobeoneoftheimportantpathogenscausingendocarditis.WereporthereacaseofcornealulcercausedbyA.defectivaafterpenetratingkeratoplasty(PKP).An84-year-oldfemalecomplainedofapainfultransplantedeye13yearsafterPKP.Slit-lampexaminationrevealedcornealulcerswithconsolidatedplaquewithfuzzymargin,cellinfiltrationintheanteriorchamberandconjunctivalinjection.NumerousGram-positivecocciweredetectedinthesmearscrapedfromthecorneallesion.Levofloxacin-resistantA.defectivawasisolatedfromthelesion.Withtopicalinstillationofcefmenoximeandchloramphenicol,thecornealulcerhealedcompletelywithin3months.ThisisthefirstcaseofcornealulcerbyA.defectivainJapan.BacteriologicalexaminationisimportantinobtainingagoodprognosisinAbiotrophiakeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(12):1769?1773,2016〕Keywords:Abiotrophiadefectiva,角膜潰瘍,全層角膜移植,薬剤感受性.Abiotrophiadefectiva,cornealulcer,penetratingkeratoplasty,antibiogram.はじめにAbiotrophiadefectivaは普遍的な口腔内常在菌で,その形状は連鎖球菌に類似し,栄養素としてピリドキソールあるいはL-システインを要求するグラム陽性球菌である.1961年に,心内膜炎検体の細菌分離を試みていた培地上に,細菌集落の周囲に衛星状に発育する菌として発見され1),栄養要求性連鎖球菌(nutritionallyvariantStreptococcus:NVS)とよばれた2).NVSの多様性が1990年前後に明らかにされ,StreptococcusdefectivusとStreptococcusadiacensに区別され3),1995年には16SribosomalRNAの遺伝子解析に基づき,Streptococcusとは属が異なり,栄養素欠損を意味するAbiotrophia属に分類され,A.defectivaとA.adiacensに改名された4).その後,A.adiacensはA.balaenopteraeとA.elegansとともにGranulicatella属に区別され,Abiotrophiaに属する細菌はA.defectivaのみとなっている.このように,本菌の発見が1990年代以降で,かつ名称・分類上の位置の変遷もあったため,日常臨床では認知度が低く,かつ菌種の分離・同定がむずかしい細菌である.しかし,ヒトの感染性心内膜炎の起炎菌として非常に重要な位置を占め,心内膜炎以外の病原性も解明されつつある.眼科領域におけるNVS/A.defectiva感染は結膜炎5)や角膜炎6,7),白内障術後眼内炎8)などが数例報告されている.しかし,わが国ではこれまで報告がない.今回,全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)から13年後に移植角膜に潰瘍が生じ,同部よりA.defectivaを分離した1例を経験したので報告する.I症例患者:84歳,女性.主訴:右眼疼痛.現病歴:幼少時より両眼は視力不良であった.50歳時に当院初診となり,両眼に原因不明の角膜白斑と白内障を認め,同年,両眼の白内障手術を行っている.角膜白斑に対しては,72歳のとき,右眼にPKPを行い,翌年に左眼のPKPを施行した.術後は0.1%フルオロメトロン点眼1日4回を継続使用し,経過観察していた.術前の矯正視力は両眼ともに0.1であったが,術後の矯正視力は両眼ともに(0.2?0.4)程度で推移し,経過は良好であった.しかし,PKP術後13年目に,3日前からの右眼の疼痛を訴えて,当院を受診した.眼科所見:視力は右眼0.02(矯正不能),左眼0.15(0.4×sph+4.0D),眼圧は右眼測定不能,左眼13mmHg,中心角膜厚は右眼583μm,左眼481μm,角膜内皮細胞密度は右眼測定不能,左眼818cells/mm2であった.細隙灯顕微鏡では右眼の結膜充血,角膜移植片に限局した羽毛状角膜浸潤,浸潤部位からホスト角膜にかけての角膜上皮欠損,帯状角膜変性(図1a~c),角膜実質浮腫,Descemet膜皺襞,前房内炎症を認めた.前眼部三次元光干渉断層計では,角膜実質浅層から中層にかけての高輝度領域(図2)を検出した.左眼には急性変化は認められなかった.両眼ともに無水晶体で,右眼の眼底は透見不良で,左眼には網脈絡膜萎縮を認めた.経過:角膜擦過物の塗抹検鏡で,真菌は検出されず,グラム陽性球菌(図1d)を多数検出したことより,グラム陽性球菌による角膜潰瘍と診断し,0.1%フルオロメトロン点眼を中止し,モキシフロキサシン(MFLX),セフメノキシム(CMX)点眼1時間毎,オフロキサシン眼軟膏1回/日,ホスホマイシン,アスポキシシリン静注2g/日を開始した.浸潤巣は少しずつ縮小し,治療後11日目に抗菌薬の静注を中止した.治療開始後15日目に,表1の条件での細菌培養でA.defectivaが分離された.感受性検査では表2のようにレボフロキサシンを含めた広域の耐性を認め,注射用セファロスポリン系,クリンダマイシン,クロラムフェニコール(CP),バンコマイシン,メロペネムなどに感受性を示した.抗生物質の点眼を,MFLXを中止し,CPとCMXに変更したところ,浸潤巣はさらに縮小した.その後,抗菌薬の点眼を漸減し(治療後29日目CMX,CP点眼2時間毎,56日目6回/日,65日目4回/日),治療後79日目に浸潤巣は消失し,石灰化とともに治癒に至った(図1e).II考按本症例はPKP後のステロイド点眼中に角膜に羽毛状浸潤を生じたことより,当初真菌性角膜炎を疑ったが,角膜擦過検体に多数の連鎖球菌様のグラム陽性球菌を認めたため,細菌性角膜炎と診断し,抗菌薬の点眼・点滴治療を開始した.細菌培養でA.defectivaを分離し,invitroでこの菌に感受性を示した抗菌薬の点眼治療に変更し,角膜潰瘍は治癒に至っている.口腔内常在菌であるA.defectivaによる角膜潰瘍例として,infectiouscrystallinekeratopathy(ICK)7,9)や孤立性円形浸潤6)などが報告されている.ICKは角膜実質の樹枝状・結晶様混濁を特徴とし,周囲の炎症反応が少ない病態として,1983年に角膜移植後の1例が報告されている10).一方,孤立性円形浸潤は,コンタクトレンズ装用者の角膜に生じる明らかな潰瘍形成を伴わない細胞浸潤を主体とする円形病巣として報告されている6).どちらの病巣も壊死性変化はなく,A.defectivaの病原性が強くないことを示唆している.また,この細菌は分離培地上における増殖も緩徐で,コロニーも非常に小さいことより2),角膜感染においても通常の細菌性角膜炎によりも進行がゆっくりで,炎症反応も弱く,真菌性角膜炎に類似した像を示す可能性がある.A.defectivaによる角膜感染の報告数が少なく,今後,多数例を集積することにより,臨床像が確立することが期待される.臨床所見からこの感染を推測することは困難であり,細菌学的検査が必須である.不適切な抗菌薬の使用を避けるため,薬剤感受性を確認し,適切な抗菌薬を選択することは重要である.これまで報告されているA.defectivaの分離株の抗菌薬感受性検査では,ペニシリン系抗菌薬に対する耐性が報告されている11).今回分離されたA.defectivaも多くの抗菌薬に耐性を認めた.興味深いことに一般臨床で経口薬として使用されている抗菌薬に耐性で,静注薬として使用される抗菌薬に対しては感受性を示す傾向がみられた.A.defectivaの分離培養はむずかしく,菌の培養が必要な抗菌薬感受性検査も不安定で,抗菌薬感受性(アンチバイオグラム)も一定な傾向〔別刷請求先〕林寺健:〒885-0051宮崎県都城市蔵原町6-3宮田眼科病院Reprintrequests:TakeshiHayashidera,M.D.,MiyataEyeHospital,6-3Kurahara-cho,Miyakonojo,Miyazaki885-0051,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(91)17691770あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(92)

My boom 59.

2016年12月31日 土曜日

連載Myboom監修=大橋裕一第59回「稲田晃一朗」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介稲田晃一朗(いなだ・こういちろう)熊本市開業私は,昭和54年に熊本大学医学部を卒業後,同大学眼科に入局しました.岡村良一教授のもとで2年間の研修の後,熊本大学大学院医学研究科に入学し,涙液蛋白分析の研究を行いました.学位取得後,熊本赤十字病院眼科,熊本大学医学部附属病院眼科に勤務し,平成元年から約1年半,当時の西ドイツ(ドイツ連邦共和国)のErlangen-Nurnberg大学のRohen教授,Drecoll教授のもとで,形態学の勉強をさせていただきました.その後,熊本大学医学部眼科,熊本市民病院眼科で臨床,研究をさせていただき,平成9年4月熊本市にいなだ眼科を開業し,現在に至っております.Myboom?:地震平成28年4月14日午後9時26分,熊本地方を震源とするマグニチュード6.5の地震(前震)発生.そして4月16日午前1時25分,マグニチュード7.3の地震(本震)がさらに熊本を襲い,熊本県益城町では最大震度7を2度観測しました.前震のとき,3階の自宅リビングでは,目の前の食器棚から皿やコップがバラバラと飛び出し,華奢なスチール製本棚はすべて倒れました.しかし,その他の家具や冷蔵庫などは大丈夫で,このときまではまだ余裕がありました.すぐに,1階の診療施設に降り,設備を確認,真夜中過ぎまで散らばった書類や書籍を整理して翌日の診療に備えました.翌日15日の診療をなんとか終え,心配して長崎から車で来てくれた長女と夕食をとり,疲れで熟睡していたその夜,さらに激しい本震にみまわれました.「ドーーン,ワリワリ,ガラガラ」表現できない音と揺れで,目を開けましたが,十分な覚醒ができず,鉛のような頭の中では,「ああ,だめかも…これは,いかん…」と考えるのが精一杯で,フリーズした状態でした.気づくと,私のベッドのすぐ脇に,壁際にあるはずのタンスの上半分が飛んできていました.娘を危険の少ない玄関ホールに寝かせ,ドアを開けたまま,すぐに脱出できる状態にして,ひっきりなしの余震の中,夜を明かしました.翌日見ると,建物被害は壁の多くの亀裂,天井と窓の一部破損程度でしたが,室内は建具の一部が倒れ,めちゃめちゃでした.1階診療所の施設は,幸いキャスターに載せた診療器具はあちこち移動していたものの,落下は免れていました.当日の土曜と翌日の日曜で,なんとか診療ができる状態まで片付けて,断水状態でしたが電気が通じたので,本震後の月曜日から診療を開始しました.スタッフもすべてが被災者で,なんとか人員のやりくりをして,来院される患者さんに対応しました.なかなか回復しない水道を待ちながら,水の確保と衛生状態の保全に注意して,少しずつでも回復することを期待していました.しかし,そんな中,伝わってくるのは,自院のすぐそばにある,熊本のシンボル,熊本城と勇壮な石垣の無惨な損傷,崩壊のニュース.美しい南阿蘇の変わり果てた姿,多数の死者を出した震源地益城町の目を覆いたくなるような惨状.そして,さらに色々な大小の問題が思わぬ形で出現し,ボディブローを受けたボクサーのように,徐々にダメージが蓄積する感じでした.Myboom:絵画中学から大学卒業まで,サークル活動は美術部で過ごし,仲間と油絵やデッサン,いろんなイベントを楽しんでいました.写真1は,当時描いた大好きな熊本城の「武者返し」の石垣,100号の油絵です.地震後にお城に行ってみましたが,崩落した石垣の姿を見て,ショックを受けました.現在,月に2回絵画教室に通っていますが,これも地震直後からしばらく中止でした.絵筆をとる余裕もなく,3週間が過ぎる頃から,少しずつ町中が明るくなり,人通りが増えてきました.そんな中,絵画教室の再開の電話があり,日曜の朝出向きました.久しぶりに会う先生や教室の皆さんと,無事の再開を喜び,話しをして,いつものようにペンや筆を走らせる音だけが響く教室での時間が,落ち込んでいた気持ちをすうっとやさしく癒してくれました.Myboom:サックス50歳の誕生日に一念発起して,サックスを購入しました.それまで楽器の経験はなく,音楽は聴くものと思っていました.そんな時,観た映画が「スウィングガールズ」.その楽しさにひかれ,以前から気になっていた楽器を手に入れ,サックス教室に入会.しかし,予想に反し,それからが苦闘の連続でした.還暦を過ぎ,目立った進歩も感じられず,そろそろ潮時かな,と思っていた矢先の今回の地震.幸い楽器は無事でしたが,練習はできず,久しぶりに出した音はひどいものでした.地震から4週間程が過ぎ,再開した教室で,サックスの師匠や音楽仲間と久しぶりに会うことができ,レッスンはせずに1時間中ずっとしゃべっていました.やっと元の日常が帰ってきている.そんな些細なことから安らぎを感じ,こんな時間がもてることがとても大事なのだとしみじみ感じました.そして,楽器店の社長が今年の秋に,楽器店主催のライブステージを復興の意味も込めて開催するそうです.これに向けて,気合いを入れ直さなくてはいけません.(74)Myboom:ロービジョンケア眼科医になって,興味をもった研究は,大学院時代の涙液蛋白分析,臨床はぶどう膜炎,未熟児網膜症でした.そして,今はロービジョンケアに軸足を移してきています.日本ロービジョン学会の評議員にしていただき,眼科医の先生方のみならず,ロービジョンケアに積極的に取り組んでおられる色々な職種の皆さんとお話ししながら,熊本の地でできることを模索しています.今回の地震で,盲学校の先生方や熊本県点字図書館の皆さんの連携が進み,さらに,関係する方々を含む熊本県障がい者支援ネットワークが広がっています.災害を機に,むしろ一歩進んで行ければうれしい限りです.最後に私のMyboomは,余震を含めて二千回近く経験した地震と,サックスと絵画とロービジョンケアです.そして,サックスと絵画の時間が,たとえへたくそでも,今までよりもずっといとおしく思えるようになりました.しかし…地震だけは…もう二度と…経験したくありません!次のプレゼンターは,甲府共立病院眼科の加茂純子先生です.臨床に,研究に,論文執筆にとエネルギッシュに活躍しておられます.また,多彩な趣味もおもちです.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(73)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617510910-1810/16/\100/頁/JCOPY写真1熊本城の石垣,通称「武者返し」.油絵100号写真2サックス教室の発表会にて1752あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(74)

二次元から三次元を作り出す脳と眼 7.平面と立体・乳児内斜視

2016年12月31日 土曜日

連載⑦二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科7.平面と立体・乳児内斜視はじめに両眼視差による立体の認識には,平面を正しく認識することが必要である.両眼視差が0となる基準面(ホロプター)を定め,これをもとに視差を検出することで立体視が可能となる.両眼視の観点から本態性乳児内斜視の病状と治療について考える.平面と立体眼前に白い画用紙いっぱいに描かれた空飛ぶアンパンマンのイラストがあり,胸についた黄色の円形マークを両眼で固視しているとする.黄色い円は両眼の中心窩に,アンパンマン全身は網膜全体に映り,左右眼の像は融像*により平面的な絵として認識される.*融像とは,両眼網膜に映る同質の図形を中枢で融合させて単一の像として認識することである.正しく融像するためには,像が両眼の網膜に①鮮明に,②同じ大きさで,③中心窩を基準として同じ場所に同じ物が映っていることが必要である.それぞれを満たす条件として,①には白内障や角膜混濁など中間透光体の混濁がないこと,屈折異常や不同視がないこと,②には不同視により不等像視*のないこと,③には斜視のないことがあげられる.*不等像視とは,左右の網膜像の大きさに差が生じることで,7%を超えると両眼単一視不能となる.融像は周辺融像と中心融像に分けられる.周辺融像とは両眼の周辺網膜に映る像を融像することであり,アンパンマン全身像がこれにあたる.中心融像とは両眼中心窩に映る像を融像することで,胸の黄色マークがこれにあたる.左右眼の像がまったく同じとき,両眼視差は0で平面的な絵と認識される.視差0となる点の集合がホロプターであり,白い画用紙がこれにあたる.この面を基準にして,仮に絵の一部に交差性視差や同側性視差があれば,凸凹など立体視の認識が可能となる.平面は基本問題,立体は応用問題である(連載②③参照).視覚(71)の発育期には,周辺融像から中心融像へ,大まかな立体視(480~3,000秒)から精密な立体視(60秒未満)の可能な状態へと発達していく.中心融像可能=精密立体視可能=正常両眼視と考えられ,立体視検査から両眼視の状態を判断できる.60秒未満の小さな視差を検出するには,まず60秒より高い精度で眼位を整える必要がある.そのためには,中心窩に映る像の感覚的な融像だけでなく,正しい位置に両眼を動かす運動性融像の力が必要となる.正常両眼視をもつ大人でも①②③を妨げる要因があると両眼視が困難になるが,発育途上で同じことが起こると,視力や両眼視の発育まで阻害される.①②③を満たす視覚刺激が両眼から後頭葉に伝えられることで,後頭葉第一次視覚野(以下,V1)やそれより上位の中枢に存在する両眼視細胞が正しく育つ.両眼視細胞とは両眼からの情報を統合する細胞で,視覚情報が網膜→外側膝状体へと進むなか,V1で初めて登場する.①②③の一つでも異常をきたし正しい視覚刺激が届かないと,片眼からの刺激にしか反応しないなど,両眼の情報を統合できなくなってしまう.本態性乳児内斜視本態性乳児内斜視は,生まれてから半年までの間に大角度の内斜視を起こす病気であり,治療をしないと両眼視機能が育たない.図1に示すような特徴をもつ1).この病気に対して斜視手術が初めて行われたのは1950年代後半である.乳幼児の手術には全身麻酔が必要だが,麻酔方法の進歩や手術自体の進歩によって可能となり,世界中で多くの手術が行われた.1980年代に入り,2歳までの手術は両眼視機能の獲得に有効であると確認された.手術で眼位を整え,両眼で同じ像を見ることによって,V1にある両眼視細胞が育つことがわかったのもこの頃である.本態性乳児内斜視に対して2歳までに手術を行うことが長らく治療の基準となっていた.しかし,手術をして経過良好でも,周辺融像しか得られず,中心融像の獲得はむずかしかった.1994年Wrightらが生後6カ月以内に手術を行った症例のなかに精密立体視獲得の良好例を認めたと報告してから,生後6カ月以内の超早期手術が検討されるようになった.2歳までの手術より統計学的に良好な立体視が得られ,現在,治療の選択肢の一つとなっている2).ただし注意点がある.早期に発症した内斜視の自然寛解例がかなりの頻度で存在するのである.2002年PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroupが,生後4~20週までに20Δ以上の内斜視を発症した170例のうち,27%が保存的治療のみで自然寛解したと報告した3).この割合はかなり高く,自然寛解の可能性のある症例を超早期手術の対象にしないよう以下の条件が定められている.①発症が生後6カ月未満であること,②斜視角が変動せず,40Δ以上であること,③屈折異常が+3.00D以下であること,である.図2は筆者が経験した早期発症内斜視の自然寛解例の経過写真である4).このような例を超早期手術の対象に入れないよう注意が必要である.文献1)中川喬:内斜視.視能矯正学改訂第2版(丸尾敏夫,粟屋忍編),p256-265,金原出版,19982)矢ヶ崎悌司:両眼視機能の発達と内斜視の早期手術.あたらしい眼科23:11-18,20063)PediatricEyeDiseaseInvestigatorGroup:Spontaneousresolutionofearly-onsetesotropia:Experienceofthecongenitalesotropiaobservationalstudy.AmJOphthalmol133:102-108,20024)雲井弥生,鍋島文代,向田佐恵ほか:早期に内斜視を発症した先天性両側性上斜筋麻痺の両眼視機能予後.眼臨紀2:505-511,2009(71)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617490910-1810/16/\100/頁/JCOPY①生後6カ月以内の発症②大きな斜視角変動は少ない③見かけ上の外転制限(人形の眼試験は正常)④交差固視内転眼で正中越しに反対側を見る.(左方視は右眼で,右方視は左眼で)⑤上下偏位や眼振の合併が多い下斜筋過動症交代性上斜位:視覚入力の減少により上斜図1本態性乳児内斜視の特徴図2自然寛解する早期発症内斜視a:生後6カ月.b:生後9カ月.c:1歳4カ月.d:3歳.生後6カ月に35Δの左内斜視と左への頭部傾斜を認めた.その後,斜視角は変動しながら減少し,1歳10カ月には内斜位への移行を認めた.両眼S+2.50Dの遠視と先天性両眼性上斜筋麻痺の合併を認めた.(文献4より許可を得て改変)1750あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(72

硝子体手術のワンポイントアドバイス 163.高安病に続発した増殖性網膜症に対する硝子体手術(上級編)

2016年12月31日 土曜日

●連載163硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載163163高安病に続発した増殖性網膜症に対する硝子体手術(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●高安病の網膜病変高安病(大動脈炎症候群)は,大動脈とその主要分枝および肺動脈,冠動脈に狭窄,閉塞または拡張病変をきたす非特異性炎症性疾患である.わが国では大動脈弓ならびにその分枝血管に障害を引き起こすことが多い.手首の動脈の脈が触れないことがあり,脈なし病ともよばれている.原因としてはなんらかの自己免疫機序が関係しているという説が有力である.眼科領域においては一過性黒内障が初発症状としては多く,頭位や体位の変動で症状が悪化する.眼底所見としては網膜動静脈の拡張,口径不同,動静脈吻合,毛細血管瘤などを特徴とし,網膜新生血管や虹彩ルベオーシスを認める症例には網膜光凝固が必要である.高安病に続発した増殖性網膜症の報告は少ないが,以前に筆者らは網膜光凝固術を施行したにもかかわらず増殖性網膜症に進行し,硝子体手術を施行した高安病の1例を経験し報告したことがある1).●症例57歳,女性.41歳時に大動脈炎症候群の診断を受け,胸部外科にて大動脈置換術が施行されていた.当科初診時にフルオレセイン蛍光眼底検査では両眼とも腕?網膜循環時間の遅延,眼底後極部から中間周辺部にかけて多数の毛細血管瘤,著明な動静脈吻合,周辺部網膜の網膜血管閉塞を認めた(図1).両眼の無灌流域に対して網膜光凝固術を施行したが,右眼は眼底後極部を中心に線維血管増殖膜が発育し,牽引性網膜?離を伴う増殖性網膜症に進行した(図2a)ため,硝子体手術を施行した.硝子体切除に引き続き後極部の線維血管増殖膜を切除したが,膜の性状は増殖糖尿病網膜症に酷似していた.膜処理後,人工的後部硝子体?離を周辺部まで作製し,眼内汎網膜光凝固術,ガスタンポナーデを施行した.術後,網膜は復位したが,視神経萎縮をきたし,矯正視力は眼前手動弁に留まった.左眼もその後同様の経過をたどり(図2b),硝子体手術を施行したが視力予後は右眼同様不良であった(図3).●高安病に続発する増殖性網膜症の特徴高安病に続発する増殖性網膜症の原因は広範な網膜血管閉塞による網膜虚血であり,内頸動脈閉塞症や増殖糖尿病網膜症の病態と類似している.高安病に生じる網膜虚血に対する治療としては光凝固が第一選択となるが,筆者らの症例では光凝固術を施行したにもかかわらず増殖性網膜症に進行し,硝子体手術後の視力予後も不良であった.本疾患は眼科的治療だけでなく,必要に応じてステロイドや血小板凝集抑制などの内科的治療,各種のバイパス手術などの外科的治療を含めた全身的治療も考慮すべきと考えられる.文献1)KuwaharaC,ImamuraY,OkamuraNetal:SevereproliferativeretinopathyprogressingtoblindnessinaJapanesewomanwithTakayasudisease.AmJOphthalmol135:722-723,2003図1初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底写真(a:右眼,b:左眼)眼底後極部から中間周辺部にかけて多数の毛細血管瘤,著明な動静脈吻合,周辺部網膜の網膜血管閉塞を認めた.図2硝子体手術前の眼底写真(a:右眼,b:左眼)眼底後極部を中心に線維血管増殖膜が発育し,牽引性網膜?離を伴う増殖性網膜症に進行した.図3硝子体手術後の左眼眼底写真網膜は復位したが,視神経萎縮のため,矯正視力は眼前手動弁に留まった.(69)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617470910-1810/16/\100/頁/JCOPY

斜視と弱視のABC:眼位検査の基本

2016年12月31日 土曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保4.眼位検査の基本宮里智子沖縄県立南部医療センター・こども医療センター眼科眼位検査は左右の眼の向きを調べる検査で,斜視の診断にとても重要である.まず自然の頭位を確認し,歪んでいる場合はまっすぐにして検査する.ペンライトと片手さえあれば,ある程度の情報が得られる.子どもはなかなか集中力が続かないので,一番知りたい検査から行うのが大切である.固視を持続させるのが大事なので,音や光の出るおもちゃをいろいろ準備するとよい.Hirschberg(ヒルシュベルグ)法目的:大まかな眼位や眼球運動,固視できるかを確認する.ペンライトの光を当て,ペンライトの反射が瞳孔中心で光るかどうかで斜視の有無を確認する.大まかに,瞳孔中心で光れば正位,瞳孔縁は15°,角膜と瞳孔の間は30°,角膜縁45°である(図1).ついでに片方の眼を隠して両眼固視がしっかりできるか,カバーして動きがあるか(斜視)も調べておく.30cmくらいの距離からデジタルカメラでフラッシュをたいて両眼の写真を撮っておくと,大まかな眼位の検査ができる.とくに偽内斜視は鼻根部をつまむと斜視ではないことがわかりやすい(図2).光視標は非調節性であり,調節を惹起しないので,調節性内斜視は評価できない.調節による眼位の変化をみたいときは,調節視標(小さい絵の描かれた視標)を用いる必要がある.Krimsky(クリムスキー)法目的:Hirschberg法より正確な斜視角を確認する.33cmの距離にペンライトを置き,両眼で見てもらう.固視眼の前にプリズムを置き,斜視眼の反射が瞳孔中心になる角度を測定する.プリズムの太い方(基底)を外斜視なら内側に,内斜視なら外側に入れる.プリズムは眼に平行に置く(図3).遮閉試験(covertest:CT)目的:斜視の有無を確認する.両眼で33cmまたは5m先の視標を見てもらい,片方の眼を隠す.隠していないほうの眼が動かなければ正位,戻るように動けば斜視(内側から真正面に来たら内斜視)である.遮閉―遮閉除去試験(coveruncovertest:CUT)目的:斜視がある場合に交代固視ができるか,斜視がない場合には斜位があるかを確認する.遮蔽試験で「斜視なし」であった場合に,カバーをはずして眼が動けば斜位である.交代遮閉試験(alternativecovertest:ACT)目的:最大斜視角を検出する.両眼では見ないようにさせて,最大の斜視角を検出する.プリズム交代遮閉試験(alternativeprismcovertest:APCT)目的:最大斜視角を測定する.斜視眼の前にプリズムを置いて交代遮閉を繰り返し,動きがなくなるまで測定する.(内斜視は動きが逆転する直前,外斜視は逆転したところの一つ手前の値まで)測定する.水平はプリズムバーの平らな面を顔側に,垂直はプリズムバーの凸面を顔に向ける(図4).おわりに結果の記載法を表1に示す.文献1)佐藤美保:みるみる上達小児眼科の検査と視能訓練.p39-47,メディカ出版,20092)清水有紀子:眼位検査.OCULISTA25:17-25,20153)東範行:小児眼科学.p33-36,三輪書店,20154)加藤浩晃:眼科検査Note.p53-63,メディカ出版,2012表1結果の記載法検査法Hirscheberg法/Krimsky法など優位眼R),右眼/L),左眼固視眼R-fix,FOD,右眼固視/L-fix,FOS,左眼固視測定距離N,atnear,近見/F,atfar,遠見測定値°(度)/⊿(プリズムジオプター)眼位の分類恒常性外斜視:XT間欠性外斜視:X(T)内斜視:ET上斜視:HT近見時:XT′近見時X(T)′近見時ET′近見時HT′例)右上斜視:R/LHT斜位:外斜位,X,XP/内斜位,E,EP屈折矯正sc,裸眼/cc,矯正下(文献4より引用)図1Hirschberg(ヒルシュベルグ)法(67)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617450910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2偽内斜視一見内斜視にみえるが,内眼角をつまむと正位であることがわかる.図3Krimsky(クリムスキー)法プリズムを置いて斜視眼が中心にくる角度を調べる.図4プリズム交代遮閉試験(APCT)斜視眼の前にプリズムを置き,左右交互に遮閉し,動きがなくなるプリズムを調べる.①斜視眼を調べる.②斜視眼の前にプリズムを置く(弱い度数から始める).③?⑤プリズム下で交代遮蔽を繰り返し,復位運動がなくなった度数を偏位角とする.1746あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(68)

眼瞼・結膜:瞼裂斑と瞼裂斑炎

2016年12月31日 土曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人21.瞼裂斑と瞼裂斑炎加治優一筑波大学医学医療系眼科瞼裂斑は,一般には紫外線などの外的要因によってできる結膜のシミとして認識されている.しかし,瞼裂斑は表面から隆起しているために,瞬目に伴い常に摩擦を受け,ドライアイと同様の結膜上皮障害を呈する.そのため,違和感や充血の原因となりえることに留意すべきである.●もっとも頻繁にみているはずの瞼裂斑瞼裂斑は結膜に認められる黄褐色の加齢性病変である.50歳を過ぎると多かれ少なかれほとんどの人に認められることもあり,外来でもっとも頻繁にみているはずである.しかし,眼科医も患者もほとんどこの病変に気を留めることがない.ところが,この単純な病変は,老化の根本にかかわるさまざまな反応が凝集した産物であり,もっとも観察しやすい加齢性変化である.●瞼裂斑の臨床所見瞼裂斑は,角膜に隣接する3時9時方向の結膜に認められる黄褐色で軽度に隆起した病変である(図1).細隙灯顕微鏡による観察で他の病変と見間違えることはない.コンタクトレンズ装着やアイシャドウを使う際に本人が気になり,「この白目についた色はなんでしょう」と聞かれることも多い.とくに害のない病変であると伝えて,通常は何も治療をしないことが多い.しかし,とくにソフトコンタクトレンズ装用者にとっては,レンズと瞼裂斑がこすれ合うことにより違和感の原因となる場合がある.ソフトコンタクトレンズをはずしてリサミングリーンを用いて結膜を染色すると,瞼裂斑に一致して上皮障害が生じていることが多い.たとえソフトコンタクトレンズを使用していなくても,瞼裂斑の隆起が大きめの場合は,瞬目に伴い上皮障害が生じていることが多い.それはリサミングリーンによって染色されることや,impressioncytologyによる観察で表面の上皮の角化が亢進していることで確認することができる(図2).このように,瞼裂斑は決して無害・無症状というわけではなく,眼痛・違和感・さまざまな不定愁訴の原因となりえることに留意する.●瞼裂斑の病態瞼裂斑はもっとも観察しやすい加齢性変化であると述べた.アルツハイマー病・アミロイドーシス・加齢黄斑変性症・白内障などの加齢が関連する病気の特徴は,「異常な蛋白質の沈着」である(図3).さらに異常な蛋白質の沈着には,酸化ストレスの亢進や活性酸素の増大などがかかわっていることが多い.瞼裂斑は一般にいわれる紫外線曝露だけではなく,酸化ストレスの亢進や活性酸素の増大に伴い,異常な蛋白質が沈着する疾患である.筆者のグループは,アルツハイマー病などで認められる異常な蛋白質の特徴である「蛋白糖化最終産物」や「右手型アミノ酸」が瞼裂斑にも認められることを見出している1~5).●瞼裂斑炎はなぜ生じるか瞼裂斑に一致して充血や炎症が生じることがあり,瞼裂斑炎とよばれる(図4).なぜ炎症が起きるのかはわからないものの,フルオロメトロン点眼ですぐに改善するので,深く顧みられることはない.炎症が起きる原因は,瞬目やコンタクトレンズ表面によって表面がこすれるためと考えるのが一般的である.ただし,瞼裂斑の病態でも述べたとおり,瞼裂斑の中央には,生体内には通常認められないような異常な蛋白質が凝集しており,それが異物と認識されて炎症反応が起きている可能性もありうる.Duke-Elderの“SystemofOphthalmology”に「瞼裂斑はときに炎症を起こすことがあり,重症の場合は膿瘍を作ることがある」と述べられているように,単なるステロイド点眼だけではなく,抗生物質の点眼も併用したほうがよいと考える.文献1)加治優一,横井則彦,大鹿哲郎:結膜疾患とドライアイ.あたらしい眼科22:317-322,20052)KajiY,OshikaT,AmanoSetal:Immunohistochemicallocalizationofadvancedglycationendproductsinpinguecula.GraefesArchClinExpOphthalmol244:104-108,20063)加治優一,藤井紀子:蛋白質の異常沈着が引き起こす眼疾患.PharmaMedica26:61-64,20084)KajiY,OshikaT,OkamotoFetal:ImmunohistochemicallocalizationofD-b-asparticacidinpinguecula.BrJOpthalmol93:974-976,20095)加治優一:瞼裂斑の病因について教えてください.あたらしい眼科23(臨時増刊号):19-22,2007図1瞼裂斑の細隙灯顕微鏡所見結膜に隆起性で茶褐色の病変が認められる.図2瞼裂斑のimpressioncytology軽微な瞼裂斑であったしても,impressioncytologyで角化の亢進や杯細胞の減少という重度のドライアイに(65)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617430910-1810/16/\100/頁/JCOPY図3瞼裂斑の組織所見結膜上皮直下の正常の実質(→)のさらに下に,無構造で血管に乏しい異常な蛋白質の凝集()を認める.図4瞼裂斑炎の細隙灯顕微鏡所見瞼裂斑はときに炎症を起こして充血することがある.1744あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(66)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性とsubretinal hyperreflective material(SHRM)

2016年12月31日 土曜日

抗VEGF治療セミナー●連載監修=安川力髙橋寛二35.加齢黄斑変性とsubretinalhyperreflectivematerial(SHRM)原千佳子大阪大学大学院医学系研究科眼科学SHRMとは,OCTで網膜下に観察される高反射物のことである.加齢黄斑変性症例では70~80%と高率に観察され,これを認める症例では,線維性瘢痕形成や視細胞障害のため,視力予後が不良であることが報告されている.そのため,経過中のSHRMを増加させない,遷延させないことが重要である.SHRMとはSubretinalhyperreflectivematerial(SHRM)とは,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で観察される,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)と網膜の間のスペース(網膜下)にある高反射物であり,網膜下に観察される漿液性の網膜下液以外のものをさす.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)症例ではよく観察されるもので,治療前には70~80%の症例にみられると報告されている1,2).その成分は滲出液,フィブリン,出血,線維性瘢痕組織や脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)などがあるが,これらをOCT所見のみで鑑別することはむずかしい.また,SHRMはこのようにさまざまな成分によって構成されるため,治療や経過中に変化する.初回治療後には減少することが多く,SHRMのみられる割合は,治療開始前70~80%から開始1カ月後に60%程度になるという報告があるが,その後はその割合はあまり変化しない1,3).その理由としては,治療に反応するような滲出性の成分は治療によりすぐに消失するが,フィブリンや出血などすぐには変化のないものがあることや,また経過中に瘢痕組織が形成されたりするためではないかと考えられる4)(図1).予後と対処法治療前にSHRMが観察された症例では視力予後が不良であるということは,これまで多数報告されている2,3).ComparisonofAge-relatedMacularDegenerationTreatmentsTrials(CATT)スタディのサブ解析によると,SHRMが中心窩を含み,またその幅が広いものではより視力が悪く,また遷延する症例ほどその後の瘢痕が起こりやすい1,5).SHRMのなかには2型CNVや網膜下出血の症例があるため,線維性瘢痕となる可能性が高いと考えられる.また,線維性瘢痕だけでなく,SHRMのみられた部位でellipsoidzoneが消失することもあることが報告されており,視細胞に対する毒性もあると考えられる1).瘢痕や視細胞障害をまったく生じさせないようにすることはむずかしいが,その障害を可能なかぎり減らすことは大切である.そのため,できるだけSHRMを拡大させない,遷延させないことが重要になる.治療によって改善しない瘢痕であった場合はむずかしいが,フィブリンや出血などのAMDの活動性によってみられるような病態であった場合には,治療を継続し,しっかり活動性を抑え拡大,遷延を防ぐことは,視力予後に影響する(図2).文献1)WilloughbyAS,YingGS,TothCAetal:SubretinalhyperreflectivematerialintheComparisonofAge-relatedMacularDegenerationTreatmentsTrials.Ophthalmology122:1846-1853,20152)RistauT,KeanePA,WalshACetal:Relationshipbetweenvisualacuityandspectraldomainopticalcoherencetomographyretinalparametersinneovascularagerelatedmaculardegeneration.Ophthalmologica231:37-44,20143)KeanePA,LiakopoulosS,ChangKTetal:Relationshipbetweenopticalcoherencetomographyretinalparametersandvisualacuityinneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology115:2206-2214,20084)JaffeGJ,MartinDF,TothCAetal:Macularmorphologyandvisualacuityinthecomparisonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology120:1860-1870,20135)DanielE,TothCA,GrunwaldJEetal:Riskofscarinthecomparisonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology121:656-666,2014図1SHRMが治療により減少したが残存した症例78歳,男性.治療前には網膜色素上皮上に出血,CNV成分を含むと思われるSHRMを認めた.抗VEGF薬投与を行ったところ,SHRMは投与とともに減少したが,最終的には一部瘢痕となって残存した.(63)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617410910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2SHRMが治療により消失した症例87歳,女性.治療前には多量のフィブリンとCNV成分と思われるSHRMを認めている.抗VEGF薬投与とともに減少するも,3回治療後もまだ残存していたため,さらに継続して治療を行ったところ,瘢痕をきたすことなく,すべて消失し,視力も0.8と良好である.1742あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(64)

緑内障:視神経の軸索輸送

2016年12月31日 土曜日

●連載198緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也198.視神経の軸索輸送三宅誠司瀧原祐史福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学軸索輸送は神経細胞の生存・維持に不可欠な機能である.現在,緑内障を含め,さまざまな神経変性疾患の原因の一つとして軸索輸送障害が注目されている.そこで本稿では,軸索輸送の分子基盤および緑内障と視神経の軸索輸送の関係について解説する.●はじめに緑内障における網膜神経節細胞の軸索障害および細胞体の消失の原因の一つとして,視神経乳頭および篩状板領域での軸索輸送障害が示唆されている.篩状板は「ふるい」のような構造をしており,網膜神経節細胞が網膜から外側膝状体に至る途中で篩状板孔を通過する.緑内障では篩状板の形態が乱れ,神経線維束が物理的なストレスを受けることで軸索輸送障害が起こり,視野障害が発生すると考えられている.●軸索の物質輸送の意義と輸送速度の分類神経細胞は軸索内や軸索末端においてタンパク質を合成できないことから,細胞体からそれらの領域へ物質を輸送しなければならない.また,末端で取り込んだ栄養因子や成長因子を細胞体に届ける必要もある.そこで,神経細胞はモータータンパク質と微小管を基盤とした軸索輸送機構を利用している(図1)1).順行性輸送には速い輸送と遅い輸送が存在し,速い輸送は~400mm/日または1μm/秒,遅い輸送は~8mm/日または~0.1μm/秒である.さらに,遅い輸送は輸送される物質の違いによって0.2~1mm/日のslowcomponenta(SCa)と1~10mm/日のslowcomponentb(SCb)の2つに分けられる1,2).速い輸送ではベジクル,オートファゴソーム,エンドソーム,ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官が運ばれ,遅い輸送のSCaではチューブリンやニューロフィラメント,SCbではアクチンや可溶性タンパク質が運搬される(表1).順行性の速い軸索輸送はキネシンによって行われるが,遅い輸送の分子基盤については解明に至っていない.一方,ダイニンが担う逆行性輸送はおもにエンドソームやミトコンドリアなどの膜系細胞小器官や神経伝達物質を運んでおり,その速度は順行性の速い輸送よりも遅く~100~200mm/日とされる.●視神経の軸索輸送の静的な評価緑内障の病態に視神経の軸索輸送障害が関与していることが報告されたのは,サルの緑内障モデルを用いた実験からであった3,4).眼圧上昇によって,視神経乳頭領域や篩状板部位において,順行性の速い輸送と遅い輸送だけではなく,逆行性輸送も障害を受けていることが示された.さらに,篩状板領域の電子顕微鏡観察からも,眼圧上昇によって篩状板の前後にミトコンドリアなどの細胞小器官の停滞が確認されている.●視神経の軸索輸送のライブイメージングこれまでの軸索輸送は,おもに組織切片から得られた静的な結果から議論されていた.このような状況のなかで,筆者らのグループは,軸索輸送およびその障害の動的な検出を試みている.ラット網膜から単離した網膜神経節細胞に微小管重合阻害薬であるコルヒチンを処理すると,細胞死に至る過程で経時的に輸送障害が誘導されることや,軸索切断によって輸送機能が低下・停止し,その後,細胞死が起こることを明らかにした5,6).さらに,哺乳類中枢神経系では世界で初めて,生きた状態で軸索輸送を捉えることに成功した7).野生型と緑内障モデルでは輸送速度に変化はないが,順行性および逆行性に輸送されるミトコンドリアの数が減少することや,加齢によって軸索輸送距離が低下すること,さらに,高齢マウスの緑内障モデルでは輸送障害がより顕著になることを明らかにした.これらの結果は,加齢に伴う緑内障の発症率増加の原因に,ミトコンドリアのエネルギー供給能の低下も関係していることを示唆した(図2).●おわりに現在,緑内障の診断において,極早期の網膜神経節細(62)胞の障害の検出が急務とされている.ライブイメージングはまだ動物実験段階であるものの,可視化による軸索輸送機能の評価から緑内障発症の可能性を予測できれば,視野障害進行の前に治療の要否を判断できる個別医療につながると考えている(図3).文献1)MadayS,TwelvetreesAE,MoughamianAJetal:Axonaltransport:cargo-specificmechanismsofmotilityandregulation.Neuron84:292-309,20142)MorganJE:Circulationandaxonaltransportintheopticnerve.Eye(Lond)18:1089-1095,20043)SawaguchiS,AbeH,FukuchiTetal:Slowaxonaltransportinprimateexperimentalglaucoma.NipponGankaGakkaiZasshi100:132-138,19964)PeaseME,McKinnonSJ,QuigleyHAetal:ObstructedaxonaltransportofBDNFanditsreceptorTrkBinexperimentalglaucoma.InvestOphthalmolVisSci41:764-774,20005)TakiharaY,InataniM,HayashiHetal:Dynamicimagingofaxonaltransportinlivingretinalganglioncellsinvitro.InvestOphthalmolVisSci52:3039-3045,20116)YokotaS,TakiharaY,ArimuraSetal:Alteredtransportvelocityofaxonalmitochondriainretinalganglioncellsafterlaser-inducedaxonalinjuryinvitro.InvestOphthalmolVisSci56:8019-8025,20157)TakiharaY,InataniM,EtoKetal:InvivoimagingofaxonaltransportofmitochondriainthediseasedandagedmammalianCNS.ProcNatlAcadSciUSA112:10515-10520,2015図1神経細胞の軸索輸送機構モータータンパク質(キネシン,ダイニン)はATPaseとしての機能をもち,ミトコンドリアから供給されるATPを加水分解し,そのエネルギーを利用して微小管の上を移動する.順行性輸送を担うキネシンは微小管のプラス端,逆行性輸送を担うダイニンはマイナス端をめざす.表1軸索輸送と速度速い軸索輸送遅い軸索輸送順行性(キネシン)両方向(キネシンとダイニン)逆行性(ダイニン)ニューロフィラメント(SCa)チューブリン(SCa)シナプス小胞など可溶性タンパク質(SCb)ミトコンドリアエンドソームBDNF,mRNAなどオートファゴソーム神経伝達物質など速い軸索輸送の方向性はモータータンパク質によって決まる.遅い軸索輸送の分子基盤として,キネシンが速い輸送と遅い輸送の両方の役割を担うstopandgoモデルや,速い軸索輸送を一時的に利用して遅い輸送が行われるdynamicrecruitmentモデルが提唱されている1).(61)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161739910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2網膜神経節細胞の細胞死と軸索輸送種々の障害によって細胞が死に至る過程で,軸索輸送機能の低下が起こる.図3視神経における軸索研究の流れ軸索輸送を指標として,正常な網膜神経節細胞と,障害されたり細胞死が生じるであろう網膜神経節細胞を区別することで,視野障害進行の前に状況に応じた治療が可能になる.1740あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(62)