特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1713?1720,2016上斜筋麻痺SuperiorObliquePalsy古森美和*I上斜筋の解剖・生理上斜筋の全長は約60mmと外眼筋のなかでもっとも長く,滑車に入る約10mm手前で筋から腱に変わる.滑車を出た後は上直筋の下を進みながら斜め外側後方に走り,上直筋付着部耳側端より4~10mm後方に扇状に付着する.支配神経となる滑車神経は,脳神経のなかでも頭蓋内外傷の影響をもっとも受けやすい.作用方向としては,内方回旋作用がとくに強く,加えて下転,外転に作用する.II上斜筋麻痺の概要上斜筋麻痺は,上下斜視の原因としてもっとも多い疾患である.大きく先天性,特発性,後天性に分けられる.先天性上斜筋麻痺は,生後1年以内に異常頭位が出現することが多く,治療は基本的に手術である1).一般に内転位で偏位が大きい上下斜視を呈し,下斜筋過動を伴いやすい.やや顎を下げて健側方向を向き,頭を健側へ傾斜する異常頭位をとりやすい(図1a).片眼を遮閉して頭位改善が得られれば,眼位異常により異常頭位が生じていることを確認できる(図1b).通常,広い融像幅をもち,異常頭位をとることによって良好な眼位を保っているため,斜視弱視の発生は少なく,両眼視機能も良好なことが多い1).しかし,幼児期から存在する眼性斜頸を放置することにより,小児期や学童期に顔面非対象や脊柱側彎症を引き起こしかねないため,頭位改善を目標に治療を行う.発症時期や原因が明確に特定できない場合,特発性に分類される.先天性や特発性の中には,成人になって融像が保てなくなり複視を自覚する代償不全型が存在する.幼少期写真での異常頭位の有無や,顔面非対称の有無を確認することは,先天性の代償不全型上斜筋麻痺の診断に有用である.顔面非対称は,頭を長期間健側に傾斜することと関連があると考えられている.両眼角を結んだ線と口角を結んだ線が健側で交わることで確認できる2,3)(図2).先天性上斜筋麻痺では,上斜筋腱の欠損や付着部異常などの解剖学的異常を伴うことがあり,上斜筋腱の異常に基づく上斜筋麻痺の分類が提唱されている4).正常,ClassI:上斜筋腱が緩く長い,ClassII:上斜筋腱の付着部異常,ClassIII:上斜筋腱がTenon?に付着,ClassVI:上斜筋腱の欠損の5つに分類される.このような上斜筋腱の解剖学的異常を呈するのは先天性上斜筋麻痺だけであり,つぎに述べる後天性では上斜筋腱の付着部は原則として正常である.後天性上斜筋麻痺は,外傷や脳血管障害,糖尿病・動脈硬化といった虚血性疾患などによって発症するため発症時期が明らかで,回旋性の複視を主訴とすることが多い1).とくに両側性の場合は,上斜視が両眼にみられるために第一眼位での上下偏位は打ち消され,回旋性複視のみが著明に現れる.1)頭部傾斜試験が両側で陽性で,2)下方視で回旋偏位が大きくなり,3)V型斜視であれば両側性の上斜筋麻痺を考える.とくに強く頭部を打撲した症例では両側性麻痺を起しやすい.外傷歴がなく発症時期が明らかな後天性の場合,頭蓋内疾患や脳血管瘤の有無について画像検査を依頼する.とくに他の神経症状を伴う場合は早急に施行すべきである.また,糖尿病や動脈硬化,高血圧などの虚血性疾患の有無や,甲状腺機能異常,重症筋無力症,ウイルスや細菌感染が疑われる場合,血液検査で全身検索を行うことも重要である.後天性の場合,小角度の上下斜視や回旋性の複視でも患者の訴えは強いことが多い.一見眼位異常がないように見える症例でも,上下にずれて見える,傾いて見えるなどの訴えがある場合は,後天性上斜筋麻痺を疑って問診を行う必要がある.III診断に有用な検査1.Bielschowsky頭部傾斜試験上斜筋麻痺では,頭部を患側へ傾斜すると,患眼の上転が増強し,健側へ傾斜させると上転が減弱する(図3a).上斜筋麻痺で観察される患眼の上転運動は,麻痺による上斜筋の下転作用の減弱と患眼上直筋の代償作用の亢進による.通常患者は診察室に入ってくるときから頭部を健側へ傾斜する異常頭位をとっていることが多い(図3b).小児では患側への傾斜を嫌がる症例もあるため,遠くのおもちゃを見せて気を引いたり,保護者に患者の体幹を支えてもらったりすることも有用である.2.Parksのthree?steptest両眼の共同運動(むき運動)とBielschowsky頭部傾斜試験を組み合わせた上下斜視の麻痺筋の診断に利用される検査法で,つぎの3段階からなる.Step1:正面で上下斜視眼を診断する(図4a).Step2:上下斜視が左右どの向き眼位で増強するかを決定する(図4b).Step3:上下斜視が左右どちらへの頭部傾斜で増強するかを判定する(図4c).しかし,MRIで上斜筋の萎縮を認め,上斜筋麻痺と診断された症例のうち,Parksのthree-steptestをすべて満たすものは70%に過ぎなかったと報告されている5).残りの30%の症例では,2stepを満たす症例が28%,1stepのみ満たす症例が2%という結果であった.日常診療では,上斜筋麻痺が長期間経過すると他の外眼筋に萎縮や拘縮が生じ,典型的な上斜筋麻痺のパターンをとらない症例に多く遭遇する.Parksのthree-steptestをすべて満たさない症例でも,つぎに述べる検査や画像所見を総合して診断することが重要である.3.眼位写真上記のように,典型的な上斜筋麻痺のパターンではない症例や,患眼固視の症例では,健眼の眼瞼下垂や上転制限,Brown症候群やdoubleelevatorpalsy(用語解説参照)などとの鑑別がむずかしい症例も存在する(図5).また,小児では検査に非協力的で,診断に苦慮するケースも多い.そのため,写真で眼位を記録しておくことは,診察後に症例を見直したり,後から治療方針を検討することができるため有用である.可能な限り9方向写真,頭部傾斜,自然頭位を撮影する.9方向写真では,麻痺眼の上斜筋の遅動を示す内下転制限の有無や健側を向いたときに内転眼が上内転する下斜筋過動を伴っていないかも確認する.4.Hess赤緑試験上斜筋麻痺のHess赤緑試験では,内下方が縮小するパターンをとりやすい.片側性であれば患眼は上斜し,Hess赤緑試験でも上下偏位が検出できるが(図6a),両側性の場合(図6b),両眼とも軽度上斜し上下偏位は打ち消されるため,ほとんど正常に近いパターンが得られることもある.また,類似機種であるLancaster赤緑試験では,上下・水平方向の眼位ずれと同時に回旋偏位を測定することができるが,Hess赤緑試験では回旋偏位は測定できない.したがって,回旋偏位がおもな症状である上斜筋麻痺での眼位ずれの検出には,つぎに述べる大型弱視鏡を行うほうが有用な場合もある.5.大型弱視鏡大型弱視鏡では,水平・上下偏位に加え,回旋偏位を定量することができるため,後天性で回旋複視を訴える場合有用である.両側性では,外方回旋15°以上の回旋偏位を伴うことが多く,とくに下方視で大きくなる(図7).人は正面から下方視を見て生活することが多いため,このことは患者にとって日常生活に大きな支障となる.6.Maddoxdoublerodtest自覚的な回旋偏位を簡単に測定することができる.眼鏡試験枠をかけて各眼に赤と白のMaddoxrodを垂直に入れる.頭をまっすぐにして光源を見ると2本の平行する線条が見える.2つの線条がともに水平なら回旋偏位はない.傾いて見える場合,傾いて見えるほうのMaddoxrodを2つの線が平行になるまで回転させる.そのときの眼鏡枠の角度が自覚的回旋角度である.大型弱視鏡と比較し,日常診察のなかで短時間での検査が可能であるが,眼鏡枠の1メモリは5°と大きいため,おおよその回旋角度の測定であることを認識しておく必要がある.7.画像検査上斜筋麻痺の診断が不確定の場合や,上下偏位が大きく上斜筋の欠損が疑われるような症例では,画像診断がとくに有用である.a.CT現在多く用いられるヘリカルCTは,以前のCTに比べ撮影時間が大幅に短縮し,小児でも少しの安静が得られれば5歳前後から鎮静薬を使用せずに撮影可能である.鎮静薬を用いる場合でも,トリクロホスナトリウムシロップ(トリクロリールシロップ10%R)の経口投与や抱水クロラール(エスクレ坐剤R)などの軽い鎮静で撮影を行える.前日遅めの就寝を促し,昼寝の時間を見計らって撮影を行うことも有効である.撮影は冠状断,水平断で行う.冠状断では上斜筋欠損の有無や上斜筋体積の左右差を比較し,水平断では滑車部や上斜筋の走行を確認する.図8に右先天性上斜筋麻痺症例のCT画像を示す.右の上斜筋が左に比べ萎縮している.b.MRI撮影はCTと同様に冠状断,水平断で行う.MRIの撮影時間はCTに比較して長く,20~30分程度の安静が必要となるが,外眼筋や視神経の他,血管や結合組織のコントラストや炎症の有無もCTと比べ把握しやすい6).さらにMRIでは被曝のおそれもない.図9に左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRIT1強調画像を示す.左の上斜筋が右に比べて萎縮している.臨床所見ではBrown症候群と鑑別に迷う症例でも,MRIによって反対眼の上斜筋麻痺と診断できることもある(図10a,b).また,上斜筋麻痺症例では,上斜筋以外の外眼筋の萎縮や拘縮を伴うこともあるため,シネモード撮影を合わせて行うことも有用である.これは,上方視,正面視,下方視の固視目標を設定し,各点を10秒前後ずつ固視させて冠状断で撮影した画像を連続再生し,動画として観察できる撮像方法である.シネモード撮影を行うことで,正面視で確認できなかった上斜筋の左右差が下方視で確認できる可能性もある.c.眼底写真上斜筋は,内方回旋筋であるため,眼底写真で外方回旋偏位を確認することは,上斜筋麻痺の診断に有用である.無散瞳でも撮影できる.カメラに内蔵された固視標を固視させて眼底を撮影し,視神経乳頭中心を通る線をA線,視神経乳頭中心から中心窩に引いた線をB線とし,A線とB線のなす角を乳頭中心窩傾斜角とする7).正常者では黄斑部は視神経乳頭中心と下縁の間に存在する.ただし,頭位や眼位によって回旋は変化することを知っておく必要がある.図11に正常眼底と右上斜筋麻痺症例の眼底写真を示す.右上斜筋麻痺症例では外方回旋し,左の黄斑部は視神経乳頭下縁よりも下方に位置している(図11b).おわりに臨床的な上斜筋麻痺の診断として,Bielschowsky頭部傾斜試験やParksのthree-steptestが広く知られているが,これまで述べてきたとおり,日常診療では典型的な上斜筋麻痺のパターンをとらない症例に多く遭遇する.そのような際には,診断を確実にするために積極的に画像検査を行うことが有用と考える.今回は,上斜筋麻痺の治療については述べていないが,画像検査は術式の決定にも大変有用となる.臨床所見や各種検査を総合して上斜筋麻痺の診断にあたることが重要と考える.文献1)佐藤美保:上斜筋麻痺に対する手術治療.日の眼科74:457-460,20032)PayseeEA,CoatsDK,PlagerDA:Facialasymmetryandtendonlaxityinsuperiorobliquepalsy.JPediatrOphthalmolStrabismus32:158-161,19953)佐藤美保:上斜筋麻痺の診断と治療.日視能訓練士協誌40:1-5,20114)HelvestonEM,KrachD,PlagerDAetal:Anewclassificationofsuperiorobliquepalsybasedoncongenitalvariationsinthetendon.Ophthalmology99:609-1615,19925)ManchandiaAM,DemerJL:Sensitivityofthethree-steptestindiagnosisofsuperiorobliquepalsy.JAAPOS18:567-571,20146)西田保裕,井藤隆太,高橋雅士ほか:【眼科検査法を検証する】基本的な眼科検査法の検証MRI,CTの適応と評価.臨眼52:37-41,19987)中村愉美,三村治,古河雅也:滑車神経麻痺に対する上斜筋前部前転術と下直筋水平移動術の比較.眼臨医報96:411-416,2002■用語解説■Brown症候群:上斜筋腱鞘,上斜筋腱,滑車などに異常があるために上斜筋が伸展せず,内上方へのひき運動障害を臨床症状とする機械的眼球運動異常.先天性と,上斜筋の手術後や外傷,炎症などによる後天性がある.Doubleelevatorpalsy:上直筋と下斜筋の麻痺による片眼性の上転障害で,先天性と後天性がある.瞳孔障害やBell現象が保たれることより核上性の障害と考えられている.*MiwaKomori:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古森美和:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(35)1713図1右上斜筋麻痺の症例a:自然頭位では,やや顎を下げて健側方向を向き,頭を健側へ傾斜する異常頭位を認める.b:片眼を遮閉すると異常頭位は改善する.図2顔面非対称を認める右上斜筋麻痺症例両眼角を結んだ線と口角を結んだ線が健側(左)で交わる.1714あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(36)図3左上斜筋麻痺の症例a:頭部を患側(左)へ傾斜すると,患眼の上転が増強し,健側(右)へ傾斜させると上転が減弱する.b:頭部を健側(右)へ傾斜する異常頭位をとる.(37)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161715Step1:正面で上下斜視眼を診断する.右の上斜視⇒右眼を下転させる筋または左眼を上転させる筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋,右下直筋か左上直筋,左下斜筋の4筋に限定.Step2:上下斜視が左右どの向き眼位で増強するかを決定する.左方視で右の上斜視が増強.⇒右眼内転時,または左眼外転時に上下方向に作用する筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋か左上直筋の2筋に限定.Step3:上下斜視が左右どちらへの頭部傾下斜筋斜で増強するかを判定する.右への頭部傾斜で右の上斜視が増強.⇒右眼を内旋させる筋または左眼を外旋させる筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋に限定.Step1-3より,右上斜筋麻痺と診断.図4Parksのthree?steptest矢印は指示したむき方向を示す.1716あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(38)図5右上斜筋麻痺a:右眼(患眼)固視では,正面視で左眼(健眼)の下斜視や眼瞼下垂にみえたり,左眼(健眼)の上転障害やBrown症候群にみえたりするため注意が必要である.右眼(患眼)の内下転制限(上斜筋遅動)と内上転過動(下斜筋過動)を伴っている.b:左眼(健眼)固視では右の上斜視となり,眼瞼下垂は認めない.右(患側)への頭部傾斜試験で陽性を認める図6HessCharta:右代償不全型上斜筋麻痺,b:両後天性上斜筋麻痺.上斜筋麻痺のHessChartでは,内下方が縮小するパターンをとりやすい.片側性では上下偏位が検出できるが,両側性では検出しにくいこともある.(39)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161717図7両眼後天性上斜筋麻痺の大型弱視鏡による9方向眼位各欄,上段は水平偏位(+:内斜,-:外斜),中段は上下偏位(R/L:右上斜,L/R:左上斜),下段は回旋偏位(Ex:外方回旋,In:内方回旋)を示す.数字はすべて度を表す.外方回旋偏位が下方視で増強している.図9左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRIT1強調画像(撮影領域は160mm,スライス厚3?4mm,マトリックス数192×256で撮影)冠状断(上)では右に比べ,左の上斜筋が萎縮している.水平断(下)では両眼の滑車部を確認できる.図8右先天性上斜筋麻痺症例のCT画像(撮影領域は140mm,スライス厚2mmで撮影)冠状断(上)では左に比べ,右の上斜筋が萎縮している.水平断(下)では両眼の滑車部を確認できる.1718あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(40)図10右代償不全型上斜筋麻痺症例眼位写真(a)では左眼(健眼)の内上転障害を認め,左眼のBrown症候群との鑑別診断が重要となるが,MRI画像(b)で右眼の上斜筋の萎縮を認めるため,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.図11a:正常眼底,b:右上斜筋麻痺症例の眼底写真(無散瞳カメラ:TOPCONTRCNW8F)A:乳頭中心を通る水平線,B:乳頭と中心窩を結ぶ線,点線:乳頭下縁から引いた水平線.右上斜筋麻痺の症例(b)では眼底は外方回旋し,左の黄斑部は視神経乳頭下縁よりも下方に位置している.(41)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617191720あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(42)