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上斜筋麻痺

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1713?1720,2016上斜筋麻痺SuperiorObliquePalsy古森美和*I上斜筋の解剖・生理上斜筋の全長は約60mmと外眼筋のなかでもっとも長く,滑車に入る約10mm手前で筋から腱に変わる.滑車を出た後は上直筋の下を進みながら斜め外側後方に走り,上直筋付着部耳側端より4~10mm後方に扇状に付着する.支配神経となる滑車神経は,脳神経のなかでも頭蓋内外傷の影響をもっとも受けやすい.作用方向としては,内方回旋作用がとくに強く,加えて下転,外転に作用する.II上斜筋麻痺の概要上斜筋麻痺は,上下斜視の原因としてもっとも多い疾患である.大きく先天性,特発性,後天性に分けられる.先天性上斜筋麻痺は,生後1年以内に異常頭位が出現することが多く,治療は基本的に手術である1).一般に内転位で偏位が大きい上下斜視を呈し,下斜筋過動を伴いやすい.やや顎を下げて健側方向を向き,頭を健側へ傾斜する異常頭位をとりやすい(図1a).片眼を遮閉して頭位改善が得られれば,眼位異常により異常頭位が生じていることを確認できる(図1b).通常,広い融像幅をもち,異常頭位をとることによって良好な眼位を保っているため,斜視弱視の発生は少なく,両眼視機能も良好なことが多い1).しかし,幼児期から存在する眼性斜頸を放置することにより,小児期や学童期に顔面非対象や脊柱側彎症を引き起こしかねないため,頭位改善を目標に治療を行う.発症時期や原因が明確に特定できない場合,特発性に分類される.先天性や特発性の中には,成人になって融像が保てなくなり複視を自覚する代償不全型が存在する.幼少期写真での異常頭位の有無や,顔面非対称の有無を確認することは,先天性の代償不全型上斜筋麻痺の診断に有用である.顔面非対称は,頭を長期間健側に傾斜することと関連があると考えられている.両眼角を結んだ線と口角を結んだ線が健側で交わることで確認できる2,3)(図2).先天性上斜筋麻痺では,上斜筋腱の欠損や付着部異常などの解剖学的異常を伴うことがあり,上斜筋腱の異常に基づく上斜筋麻痺の分類が提唱されている4).正常,ClassI:上斜筋腱が緩く長い,ClassII:上斜筋腱の付着部異常,ClassIII:上斜筋腱がTenon?に付着,ClassVI:上斜筋腱の欠損の5つに分類される.このような上斜筋腱の解剖学的異常を呈するのは先天性上斜筋麻痺だけであり,つぎに述べる後天性では上斜筋腱の付着部は原則として正常である.後天性上斜筋麻痺は,外傷や脳血管障害,糖尿病・動脈硬化といった虚血性疾患などによって発症するため発症時期が明らかで,回旋性の複視を主訴とすることが多い1).とくに両側性の場合は,上斜視が両眼にみられるために第一眼位での上下偏位は打ち消され,回旋性複視のみが著明に現れる.1)頭部傾斜試験が両側で陽性で,2)下方視で回旋偏位が大きくなり,3)V型斜視であれば両側性の上斜筋麻痺を考える.とくに強く頭部を打撲した症例では両側性麻痺を起しやすい.外傷歴がなく発症時期が明らかな後天性の場合,頭蓋内疾患や脳血管瘤の有無について画像検査を依頼する.とくに他の神経症状を伴う場合は早急に施行すべきである.また,糖尿病や動脈硬化,高血圧などの虚血性疾患の有無や,甲状腺機能異常,重症筋無力症,ウイルスや細菌感染が疑われる場合,血液検査で全身検索を行うことも重要である.後天性の場合,小角度の上下斜視や回旋性の複視でも患者の訴えは強いことが多い.一見眼位異常がないように見える症例でも,上下にずれて見える,傾いて見えるなどの訴えがある場合は,後天性上斜筋麻痺を疑って問診を行う必要がある.III診断に有用な検査1.Bielschowsky頭部傾斜試験上斜筋麻痺では,頭部を患側へ傾斜すると,患眼の上転が増強し,健側へ傾斜させると上転が減弱する(図3a).上斜筋麻痺で観察される患眼の上転運動は,麻痺による上斜筋の下転作用の減弱と患眼上直筋の代償作用の亢進による.通常患者は診察室に入ってくるときから頭部を健側へ傾斜する異常頭位をとっていることが多い(図3b).小児では患側への傾斜を嫌がる症例もあるため,遠くのおもちゃを見せて気を引いたり,保護者に患者の体幹を支えてもらったりすることも有用である.2.Parksのthree?steptest両眼の共同運動(むき運動)とBielschowsky頭部傾斜試験を組み合わせた上下斜視の麻痺筋の診断に利用される検査法で,つぎの3段階からなる.Step1:正面で上下斜視眼を診断する(図4a).Step2:上下斜視が左右どの向き眼位で増強するかを決定する(図4b).Step3:上下斜視が左右どちらへの頭部傾斜で増強するかを判定する(図4c).しかし,MRIで上斜筋の萎縮を認め,上斜筋麻痺と診断された症例のうち,Parksのthree-steptestをすべて満たすものは70%に過ぎなかったと報告されている5).残りの30%の症例では,2stepを満たす症例が28%,1stepのみ満たす症例が2%という結果であった.日常診療では,上斜筋麻痺が長期間経過すると他の外眼筋に萎縮や拘縮が生じ,典型的な上斜筋麻痺のパターンをとらない症例に多く遭遇する.Parksのthree-steptestをすべて満たさない症例でも,つぎに述べる検査や画像所見を総合して診断することが重要である.3.眼位写真上記のように,典型的な上斜筋麻痺のパターンではない症例や,患眼固視の症例では,健眼の眼瞼下垂や上転制限,Brown症候群やdoubleelevatorpalsy(用語解説参照)などとの鑑別がむずかしい症例も存在する(図5).また,小児では検査に非協力的で,診断に苦慮するケースも多い.そのため,写真で眼位を記録しておくことは,診察後に症例を見直したり,後から治療方針を検討することができるため有用である.可能な限り9方向写真,頭部傾斜,自然頭位を撮影する.9方向写真では,麻痺眼の上斜筋の遅動を示す内下転制限の有無や健側を向いたときに内転眼が上内転する下斜筋過動を伴っていないかも確認する.4.Hess赤緑試験上斜筋麻痺のHess赤緑試験では,内下方が縮小するパターンをとりやすい.片側性であれば患眼は上斜し,Hess赤緑試験でも上下偏位が検出できるが(図6a),両側性の場合(図6b),両眼とも軽度上斜し上下偏位は打ち消されるため,ほとんど正常に近いパターンが得られることもある.また,類似機種であるLancaster赤緑試験では,上下・水平方向の眼位ずれと同時に回旋偏位を測定することができるが,Hess赤緑試験では回旋偏位は測定できない.したがって,回旋偏位がおもな症状である上斜筋麻痺での眼位ずれの検出には,つぎに述べる大型弱視鏡を行うほうが有用な場合もある.5.大型弱視鏡大型弱視鏡では,水平・上下偏位に加え,回旋偏位を定量することができるため,後天性で回旋複視を訴える場合有用である.両側性では,外方回旋15°以上の回旋偏位を伴うことが多く,とくに下方視で大きくなる(図7).人は正面から下方視を見て生活することが多いため,このことは患者にとって日常生活に大きな支障となる.6.Maddoxdoublerodtest自覚的な回旋偏位を簡単に測定することができる.眼鏡試験枠をかけて各眼に赤と白のMaddoxrodを垂直に入れる.頭をまっすぐにして光源を見ると2本の平行する線条が見える.2つの線条がともに水平なら回旋偏位はない.傾いて見える場合,傾いて見えるほうのMaddoxrodを2つの線が平行になるまで回転させる.そのときの眼鏡枠の角度が自覚的回旋角度である.大型弱視鏡と比較し,日常診察のなかで短時間での検査が可能であるが,眼鏡枠の1メモリは5°と大きいため,おおよその回旋角度の測定であることを認識しておく必要がある.7.画像検査上斜筋麻痺の診断が不確定の場合や,上下偏位が大きく上斜筋の欠損が疑われるような症例では,画像診断がとくに有用である.a.CT現在多く用いられるヘリカルCTは,以前のCTに比べ撮影時間が大幅に短縮し,小児でも少しの安静が得られれば5歳前後から鎮静薬を使用せずに撮影可能である.鎮静薬を用いる場合でも,トリクロホスナトリウムシロップ(トリクロリールシロップ10%R)の経口投与や抱水クロラール(エスクレ坐剤R)などの軽い鎮静で撮影を行える.前日遅めの就寝を促し,昼寝の時間を見計らって撮影を行うことも有効である.撮影は冠状断,水平断で行う.冠状断では上斜筋欠損の有無や上斜筋体積の左右差を比較し,水平断では滑車部や上斜筋の走行を確認する.図8に右先天性上斜筋麻痺症例のCT画像を示す.右の上斜筋が左に比べ萎縮している.b.MRI撮影はCTと同様に冠状断,水平断で行う.MRIの撮影時間はCTに比較して長く,20~30分程度の安静が必要となるが,外眼筋や視神経の他,血管や結合組織のコントラストや炎症の有無もCTと比べ把握しやすい6).さらにMRIでは被曝のおそれもない.図9に左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRIT1強調画像を示す.左の上斜筋が右に比べて萎縮している.臨床所見ではBrown症候群と鑑別に迷う症例でも,MRIによって反対眼の上斜筋麻痺と診断できることもある(図10a,b).また,上斜筋麻痺症例では,上斜筋以外の外眼筋の萎縮や拘縮を伴うこともあるため,シネモード撮影を合わせて行うことも有用である.これは,上方視,正面視,下方視の固視目標を設定し,各点を10秒前後ずつ固視させて冠状断で撮影した画像を連続再生し,動画として観察できる撮像方法である.シネモード撮影を行うことで,正面視で確認できなかった上斜筋の左右差が下方視で確認できる可能性もある.c.眼底写真上斜筋は,内方回旋筋であるため,眼底写真で外方回旋偏位を確認することは,上斜筋麻痺の診断に有用である.無散瞳でも撮影できる.カメラに内蔵された固視標を固視させて眼底を撮影し,視神経乳頭中心を通る線をA線,視神経乳頭中心から中心窩に引いた線をB線とし,A線とB線のなす角を乳頭中心窩傾斜角とする7).正常者では黄斑部は視神経乳頭中心と下縁の間に存在する.ただし,頭位や眼位によって回旋は変化することを知っておく必要がある.図11に正常眼底と右上斜筋麻痺症例の眼底写真を示す.右上斜筋麻痺症例では外方回旋し,左の黄斑部は視神経乳頭下縁よりも下方に位置している(図11b).おわりに臨床的な上斜筋麻痺の診断として,Bielschowsky頭部傾斜試験やParksのthree-steptestが広く知られているが,これまで述べてきたとおり,日常診療では典型的な上斜筋麻痺のパターンをとらない症例に多く遭遇する.そのような際には,診断を確実にするために積極的に画像検査を行うことが有用と考える.今回は,上斜筋麻痺の治療については述べていないが,画像検査は術式の決定にも大変有用となる.臨床所見や各種検査を総合して上斜筋麻痺の診断にあたることが重要と考える.文献1)佐藤美保:上斜筋麻痺に対する手術治療.日の眼科74:457-460,20032)PayseeEA,CoatsDK,PlagerDA:Facialasymmetryandtendonlaxityinsuperiorobliquepalsy.JPediatrOphthalmolStrabismus32:158-161,19953)佐藤美保:上斜筋麻痺の診断と治療.日視能訓練士協誌40:1-5,20114)HelvestonEM,KrachD,PlagerDAetal:Anewclassificationofsuperiorobliquepalsybasedoncongenitalvariationsinthetendon.Ophthalmology99:609-1615,19925)ManchandiaAM,DemerJL:Sensitivityofthethree-steptestindiagnosisofsuperiorobliquepalsy.JAAPOS18:567-571,20146)西田保裕,井藤隆太,高橋雅士ほか:【眼科検査法を検証する】基本的な眼科検査法の検証MRI,CTの適応と評価.臨眼52:37-41,19987)中村愉美,三村治,古河雅也:滑車神経麻痺に対する上斜筋前部前転術と下直筋水平移動術の比較.眼臨医報96:411-416,2002■用語解説■Brown症候群:上斜筋腱鞘,上斜筋腱,滑車などに異常があるために上斜筋が伸展せず,内上方へのひき運動障害を臨床症状とする機械的眼球運動異常.先天性と,上斜筋の手術後や外傷,炎症などによる後天性がある.Doubleelevatorpalsy:上直筋と下斜筋の麻痺による片眼性の上転障害で,先天性と後天性がある.瞳孔障害やBell現象が保たれることより核上性の障害と考えられている.*MiwaKomori:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古森美和:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(35)1713図1右上斜筋麻痺の症例a:自然頭位では,やや顎を下げて健側方向を向き,頭を健側へ傾斜する異常頭位を認める.b:片眼を遮閉すると異常頭位は改善する.図2顔面非対称を認める右上斜筋麻痺症例両眼角を結んだ線と口角を結んだ線が健側(左)で交わる.1714あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(36)図3左上斜筋麻痺の症例a:頭部を患側(左)へ傾斜すると,患眼の上転が増強し,健側(右)へ傾斜させると上転が減弱する.b:頭部を健側(右)へ傾斜する異常頭位をとる.(37)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161715Step1:正面で上下斜視眼を診断する.右の上斜視⇒右眼を下転させる筋または左眼を上転させる筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋,右下直筋か左上直筋,左下斜筋の4筋に限定.Step2:上下斜視が左右どの向き眼位で増強するかを決定する.左方視で右の上斜視が増強.⇒右眼内転時,または左眼外転時に上下方向に作用する筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋か左上直筋の2筋に限定.Step3:上下斜視が左右どちらへの頭部傾下斜筋斜で増強するかを判定する.右への頭部傾斜で右の上斜視が増強.⇒右眼を内旋させる筋または左眼を外旋させる筋のいずれかが麻痺している.右上斜筋に限定.Step1-3より,右上斜筋麻痺と診断.図4Parksのthree?steptest矢印は指示したむき方向を示す.1716あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(38)図5右上斜筋麻痺a:右眼(患眼)固視では,正面視で左眼(健眼)の下斜視や眼瞼下垂にみえたり,左眼(健眼)の上転障害やBrown症候群にみえたりするため注意が必要である.右眼(患眼)の内下転制限(上斜筋遅動)と内上転過動(下斜筋過動)を伴っている.b:左眼(健眼)固視では右の上斜視となり,眼瞼下垂は認めない.右(患側)への頭部傾斜試験で陽性を認める図6HessCharta:右代償不全型上斜筋麻痺,b:両後天性上斜筋麻痺.上斜筋麻痺のHessChartでは,内下方が縮小するパターンをとりやすい.片側性では上下偏位が検出できるが,両側性では検出しにくいこともある.(39)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161717図7両眼後天性上斜筋麻痺の大型弱視鏡による9方向眼位各欄,上段は水平偏位(+:内斜,-:外斜),中段は上下偏位(R/L:右上斜,L/R:左上斜),下段は回旋偏位(Ex:外方回旋,In:内方回旋)を示す.数字はすべて度を表す.外方回旋偏位が下方視で増強している.図9左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRIT1強調画像(撮影領域は160mm,スライス厚3?4mm,マトリックス数192×256で撮影)冠状断(上)では右に比べ,左の上斜筋が萎縮している.水平断(下)では両眼の滑車部を確認できる.図8右先天性上斜筋麻痺症例のCT画像(撮影領域は140mm,スライス厚2mmで撮影)冠状断(上)では左に比べ,右の上斜筋が萎縮している.水平断(下)では両眼の滑車部を確認できる.1718あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(40)図10右代償不全型上斜筋麻痺症例眼位写真(a)では左眼(健眼)の内上転障害を認め,左眼のBrown症候群との鑑別診断が重要となるが,MRI画像(b)で右眼の上斜筋の萎縮を認めるため,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.図11a:正常眼底,b:右上斜筋麻痺症例の眼底写真(無散瞳カメラ:TOPCONTRCNW8F)A:乳頭中心を通る水平線,B:乳頭と中心窩を結ぶ線,点線:乳頭下縁から引いた水平線.右上斜筋麻痺の症例(b)では眼底は外方回旋し,左の黄斑部は視神経乳頭下縁よりも下方に位置している.(41)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617191720あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(42)

急性内斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1707?1712,2016急性内斜視AcuteAcquiredComitantEsotropia荒木俊介*三木淳司*はじめに急性内斜視は年齢を問わず突然に発症する非調節性の共同性後天内斜視である.対象が年長児もしくは成人である場合,突然の複視の訴えが診断の一助となるが,複視を伴う他の後天内斜視との鑑別が必要となる(図1).急性内斜視の発症メカニズムは不詳であるが,臨床的特徴からいくつかのカテゴリーに分類される.その分類は報告者により異なるが,Burianら1)は,人工的な融像遮断に続発するもの(Swantype),原因不明のもの(Burian-Franceschettitype),近視に伴うもの(Bielschowskytype)の3タイプに分類しており,この分類は現在でも一般的に用いられている.また,比較的稀ではあるが,重篤な頭蓋内病変に関連して発症するタイプの急性内斜視が存在する2).この場合,診断および治療に緊急性を要するため,鑑別に十分な注意が必要である.本稿では,これまでの報告を参考に一般的な急性内斜視の分類と,その特徴についてまとめた.I急性内斜視の分類1.融像の遮断後に発症するタイプ(Swantype)片眼の遮閉や視力障害により,一時的に融像が遮断されることで発症するタイプである.片眼弱視の治療として健眼遮閉をした後や眼疾患や眼外傷の治療中に片眼の眼帯をした後に,発症することが知られている.1947年にSwan3)が1,000例中4例と稀ではあるが,片眼遮閉の合併症として生じたと考えられる共同性内斜視の症例(8~27歳)を報告しており,「Swantype」ともよばれている.Swanの報告によると,いずれも発症前から内斜位(1例は未確認)や2~4diopters(D)程度の遠視を有しており,片眼遮閉後に複視を伴った共同性内斜視を発症している.また,内斜視角は遠見より近見で大きく,未矯正の遠視に関連した過剰な調節性輻湊の関与も示唆されている.予後に関しては,4例中3例が手術により,1例が視能訓練により良好な両眼単一視を取り戻した.発生機序に関して,内斜位や未矯正の遠視といった要因が基盤にあり,融像を一時的に遮断したことに起因して,もともと脆弱であった融像運動が失われることで発症すると考えられている.その後,経過とともに偏位の増大と融像幅の減少が起こり,片眼の抑制が生じることから,自然回復は期待できず,迅速な治療が良好な予後につながるとされている3).一方で,治療開始までの期間と術後の両眼視機能には関連がないとする報告もある4,5).2.融像の遮断に伴わない原因不明のタイプ(Burian?Franceschettitype)(図2)遮閉などによる融像遮断の既往を有さず,明らかな原因がなく発症するタイプである.ただし,一部の症例においては,発熱などの衰弱状態もしくは精神的・身体的なストレスが発症に先行していると考えられている.このタイプの急性内斜視は,Burian(1945年)6)が最初に報告し,その後Franceschetti(1952年)7)によりさらなる検討が行われたことから「Burian-Franceschettitype」もしくは「Franceschettitype」とよばれている.Burianら1)は,その臨床的特徴として,①突然発症の複視を訴えること,②20~60°の比較的大角度の内斜視を有すること,③眼筋麻痺の徴候がないこと,④両眼視機能が良好であること,⑤初期には間欠性の要素を有する場合があること,⑥屈折異常は正視もしくはわずかな遠視であり調節要素はほとんど関与しないことをあげている.当初,急性内斜視は内斜偏位に複視を伴うことや,手術により良好な両眼視機能を取り戻せることから,元来良好な両眼視機能を有しているとされていた.しかしながら,その後の研究で,術後に必ずしも良好な両眼視機能を獲得できる症例ばかりではないことが示され,異常両眼視が発症前から存在している可能性が示唆された4,8).そして,Hoytら9)はBurian-Franceschettitypeを上述した両眼視機能の観点から2群に細分した.すなわち,①斜視の発症前から正常以下の両眼視機能を伴う内斜位もしくは微小内斜視が存在し,治療後の両眼視機能が不良な群,②発症前に確かに完全な両眼視機能を有し,治療後の両眼視機能が良好な群である.ただし,①はいわゆる単眼固視症候群(monofixationsyndrome:MFS)の代償不全10)と同義であると思われ,急性内斜視のカテゴリーに含まれるかどうかは議論がある11).発生機序に関して,vonNoorden2)は,元来脆弱な融像幅で眼位を保持していた内斜位の症例が,身体的もしくは精神的なストレスの影響により斜位を保てなくなった結果として発症すると推測している.近年では,3D映像視聴後に急性内斜視を発症した症例が報告されており,不十分な両眼視機能に対して輻湊過多やストレスが影響した可能性が推測されている12,13).また,MFSの代償不全に関しては,経時的な融像幅の減少が関与すると考えられている10).3.近視に関連するタイプ(Bielschowskytype)近視に伴って発症するタイプであり,vonGraefe(1864年)14)によってはじめて報告された.その後,Bielschowsky(1922年)15)により詳細な分析が行われたことから,「Bielschowskytype」とよばれている.その臨床的特徴として,?5D以下の近視を有すること,遠見で同側性複視を示すが近見では融像を保つこと,外直筋の麻痺がないことがあげられる.当初,Bielschowskyはこのタイプの内斜視が重篤な中枢神経疾患を伴っていなかったことから,そのカテゴリーを開散麻痺と区別した.一方で,Burian(1958年)1)は,開散麻痺が必ずしも重篤な中枢神経疾患に起因しているわけではないことから,Bielschowskytypeの急性内斜視と開散麻痺を臨床的に区別する根拠はないとした.近年では,画像診断技術の進歩により,眼窩プリーの異常に伴ったsaggingeyesyndrome16)や,中等度から強度の近視眼で眼軸長に比して眼窩容積が小さい場合に生じる眼窩窮屈病17)といった開散麻痺に似た症状を示す病態も報告されている.これらは水平方向の明らかな眼球運動制限を認めないことが特徴とされており,これまで急性内斜視として診断されていた患者の中には,このような眼窩内の器質的変化に起因した後天内斜視が潜んでいた可能性も考えられる.なお,Bielschowskytypeの急性内斜視は,より強度の近視を有すること,遠見と近見で斜視角が一定であることが再定義されており9),開散麻痺や開散不全とは異なる臨床特徴が示されている.また,このタイプの急性内斜視は小児ではみられず,若年成人以降で発症するとされている18,19).発生機序に関して,vonGraefe14)は近視を矯正していない人が,近見作業時に極端な近方視を続けるために,内直筋の過緊張が生じることで内斜視が誘発されると推測した.しかしながら,近視を矯正しているにもかかわらず,内斜視が発症したという症例が多数報告されている18,20).一方で,近視矯正している症例において,近見時の過剰な調節に伴った輻湊痙攣に起因しているという説があり,アトロピン硫酸塩点眼および二重焦点眼鏡の処方が奏効した報告もある21).また,外直筋の進行性筋障害が影響しているのではといった説20)もあるが,はっきりとした原因はわかっていない.4.中枢神経系の障害(頭蓋内疾患)に関連するタイプ中枢神経系の障害により発症するタイプ22)で,急性内斜視のカテゴリーに含むか否かは報告者により異なるが,臨床上,鑑別にもっとも注意を要するタイプの急性内斜視である.なお,本来は中枢神経系病変に伴った麻痺性斜視と区別されるが,軽度の外転神経不全麻痺を伴う麻痺性内斜視では,眼位ずれがすみやかに共同性になる場合があり,眼球運動検査から麻痺性要素を確認することはむずかしい場合もある.Hoytら9)は「一般的に,調節性内斜視や先天内斜視といった共同性内斜視は重篤な神経性疾患とは関連しないが,急性内斜視にみられる共同性は重篤な神経性疾患の可能性を否定できない」と述べており,原因不明の急性共同性内斜視をみた場合,麻痺性斜視も含めた中枢神経系病変の可能性を念頭に置く必要がある.発生頻度は急性内斜視のうち10%未満19,23)と稀であり,Arnold-Chiari奇形,水頭症,頭蓋内星状細胞腫,他の脳腫瘍などの中枢神経系病変に関連して発症することが知られている2).中枢神経系病変に関連した急性内斜視の患者において,中枢神経系病変を示唆する共通した症状・徴候は明らかとなっていない.疑われる特徴としては,頭痛や発熱,眼振やうっ血乳頭といった中枢神経症状(徴候)の存在,大型弱視鏡による運動性融像の欠如,A-Vpattern,内斜視が再発することなどがあげられる9).ただし,中枢神経系病変が存在するにもかかわらず,いずれの特徴も発見できない症例が存在する.近年,Buchら19)は小児期の頭蓋内疾患を伴う急性内斜視について,①内斜視角が近見より遠見で大きい,②再発性,③うっ血乳頭,④後期発症(6歳以上)の四つを有意な危険因子として報告した.その報告のなかで,調節性要素を有した小児の急性内斜視について,最初は眼鏡による遠視矯正が有効と思われたが,その後,内斜視の再発もしくは他の神経性徴候の発症により脳腫瘍の発見に至った症例を紹介しており,日常診療においても注意が必要だと思われる.II診断急性内斜視の診断について,まず問診では対象が年長児もしくは成人である場合,突然発症した複視の訴えが診断の一助になる.この訴えは正確な発症日時まで確認できる場合もある.一方,乳幼児の場合,発症が本当に急性であるかを確かめるために,過去の写真などを確認するとよい24).また,先述したように急性内斜視の発症機転と考えられる片眼遮閉の既往,身体的・精神的ストレスの有無,頭痛や発熱といった中枢神経症状などについて確認しておく必要がある.眼科的検査として,神経原性や筋原性の非共同性内斜視を鑑別するために,注視方向や固視眼による斜視角の変動の有無を確認すること,外直筋の遅動や制限といった眼球運動障害の有無を慎重に観察することが重要となる.また,乳幼児の場合,調節性要素や眼振の有無を確認し,屈折性調節性内斜視や非屈折性調節性内斜視,眼振阻止症候群などを除外する.また,頭蓋内病変に関連した急性内斜視ではうっ血乳頭をきたす場合があり,眼底を確認しておくことも重要である.このような問診および眼科的検査から,非共同性内斜視や中枢神経系の障害に関連した急性内斜視が疑われた場合,もしくは原因がはっきりとしない場合は,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)や磁気共鳴画像法(magneticresonanceimaging:MRI)による眼窩・頭蓋内の精査が必要となる.III治療および予後1.治療方法と開始時期自然軽快した症例13,25)やプリズム眼鏡が奏効した症例26)も報告されているが,大部分は手術治療が必要となる.また,ボツリヌス療法の有用性27)も報告されている.手術時期に関して,Swan3)は迅速な治療が良好な予後につながると述べている.vonNoorden2)は5歳未満では抑制や弱視を防ぐために数カ月以内の手術が必要であり,視覚が成熟した小児もしくは成人では手術までの期間を延長しても差し支えないとしている.また,Katsumiら28)の報告では,4歳以下に発症した内斜視を2年以上放置することで感覚適応が生じ,網膜異常対応が発生する可能性を指摘している.一方で,先述したようにOhtsukiら4),高谷ら5)はSwantypeおよびBurian-Franceschettitypeに関して,治療開始までの期間と術後の両眼視機能には関連がなかったと報告した.現在,自然軽快や斜視角の変動を考慮して,発症後6~12カ月程度は屈折矯正やプリズム眼鏡で経過を観察した後,内直筋後転術を基本とした手術治療を行うのが一般的である.ただし,視覚の発達期にある幼小児ではその限りではない.なお,中枢神経系の障害に関連するタイプでは,原因疾患の治療が優先される.2.斜視角(術量)の評価Swantype,Burian-Franceschettitype,Bielschowskytypeに関して,prismadaptationtest(PAT)により斜視角が大きく増加し,その斜視角をもとに手術を行うことで術後の良好な眼位および両眼視機能が得られたとの報告があり29,30),術量の評価にはPATの重要性が指摘されている.一方で,術前に良好な両眼視機能を有していた症例では,通常の内斜視に比べて少ない術量で良好な手術効果が得られたとする報告もある31).3.手術治療の予後術後の眼位は中枢神経系の障害に関連するタイプ以外では良好であった報告が多い.両眼視機能については,SwantypeおよびBurian-Franceschettitypeに関する報告では,予後良好であった症例や不良であった症例がみられ5,8,31),一定の見解はない.Bielschowskytypeでは予後良好であった報告が多い18,30).これまでの報告から,発症タイプにかかわらず,発症前の両眼視機能の状態が治療予後に影響すると考えられる.なお,中枢神経系の障害に関連するタイプは,責任病巣が残存している場合,術後も眼位や両眼視機能が不良であることが特徴とされる9,23).おわりに急性内斜視の発症メカニズムは未知の部分が多いが,その臨床的特徴についてはこれまで多くの知見が示されている.最近では,軽度遠視から近視を有する症例において,長時間のスマートフォン使用に関連して発症したと考えられる急性内斜視32)なども報告されている.このように急性内斜視の発症契機はさまざまであり,問診や眼科的検査から患者背景をしっかりと確認したうえで適切な診断や治療をしていくことが必要である.なお,前述したように,急性内斜視の中には重篤な中枢神経系疾患を伴っている場合があることを忘れてはならない.眼科的所見のみで中枢神経系疾患の存在を見分けることは困難な場合があり,原因不明の急性内斜視に遭遇した際にはCTやMRIによる頭蓋内の精査を行い,慎重な診断を心がけるべきである.文献1)BurianHM,MillerJE:Comitantconvergentstrabismuswithacuteonset.AmJOphthalmol45:55-64,19582)vonNoordenGK,CamposEC:BinocularVisionandOcularMotility.6thed,p338-340,CVMosby,StLouis,20023)SwanKC:Esotropiafollowingocclusion.ArchOphthal37:444-451,19474)OhtsukiH,HasebeS,KobashiRetal:Criticalperiodforrestorationofnormalstereoacuityinacute-onsetcomitantesotropia.AmJOphthalmol118:502-508,19945)高谷匡雄,大庭正裕,佐々木紀子ほか:急性内斜視11例の検討.日眼紀51:85-88,20006)BurianHM:Motilityclinic:Suddenonsetofconcomitantconvergentstrabismus.AmJOphthalmol28:407-410,19457)FranceschettiA:Lestrabismeconcomitantaigu[Acuteconcomitantstrabismus].Ophthalmologica123:219-226,19528)武縄佳世子,大月洋,渡辺好政:急性内斜視の両眼視機能の検討.日本視能訓練士協会誌17:151-154,19899)HoytCS,GoodWV:Acuteonsetconcomitantesotropia:whenisitasignofseriousneurologicaldisease?BrJOphthalmol79:498-501,199510)SiatkowskiRM:Thedecompensatedmonofixationsyndrome(anAmericanOphthalmologicalSocietythesis).TransAmOphthalmolSoc109:232-250,201111)SavinoG,AbedE,RebecchiMTeta:Acuteacquiredconcomitantesotropiaanddecompensatedmonofixationsyndrome:asensory-motorstatusassessment.CanJOphthalmol51:258-264,201612)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日本視能訓練士協会誌16:69-72,198813)橋本篤文,矢野隆,藤原和子ほか:3D映画鑑賞後,内斜視を発症した1例.あたらしい眼科28:1361-1363,201114)vonGraefeA:Ueberdievonmyopieabhangigeformconvergirendenschielensundderenheilung.AlbrechtvGraefe’sArchOphthalmol10:156-175,186415)BielschowskyA:Daseinwartsschielendermyopen.BerDtschOphthalmolGes43:245-248,192216)ChaudhuriZ,DemerJL:Saggingeyesyndrome:connectivetissueinvolutionasacauseofhorizontalandverticalstrabismusinolderpatients.JAMAOphthalmol131:619-625,201317)若倉雅登:つけよう!神経眼科力軽症甲状腺眼症,眼窩窮屈病,高次脳機能障害,神経薬物副作用について.臨床眼科67:1458-1463,201318)SpiererA:Acuteconcomitantesotropiaofadulthood.Ophthalmology110:1053-1056,200319)BuchH,VindingT:Acuteacquiredcomitantesotropiaofchildhood:aclassificationbasedon48children.ActaOphthalmol93:568-574,201520)WebbH,LeeJ:Acquireddistanceesotropiaassociatedwithmyopia.Strabismus12:149-155,200421)CamposEC:Whydotheeyescross?Areviewanddiscussionofthenatureandoriginofessentialinfantileesotropia,microstrabismus,accommodativeesotropia,andacutecomitantesotropia.JAAPOS12:326-331,200822)LeeJM,KimSH,LeeJIetal:Acutecomitantesotropiainachildwithacerebellartumor.KoreanJOphthalmol23:228-231,200923)LyonsCJ,TiffinPA,OystreckD:Acuteacquiredcomitantesotropia:aprospectivestudy.Eye(Lond)13:617-620,199924)勝海修,笹井章子:急性内斜視について.日本の眼科56:1067-1073,198525)岩本英子,野上貴公美,古嶋正俊ほか:急性内斜視の1例.眼臨医報95:263-265,200126)宮部友紀,竹田千鶴子,菅野早恵子ほか:眼鏡とフレネル膜プリズム装用が有効であった近視を伴う後天性内斜視の2例.日本視能訓練士協会誌28:193-197,200027)RoweFJ,NoonanCP:Botulinumtoxinforthetreatmentofstrabismus.CochraneDatabaseSystRev15:doi:10.1002/14651858.CD006499.pub3,201228)KatsumiO,TanakaY,UemuraY:Anomalousretinalcorrespondenceinesotropia.JpnJOphthalmol26:166-174,198229)SavinoG,ColucciD,RebecchiMTetal:Acuteonsetconcomitantesotropia:sensorialevaluation,prismadaptationtest,andsurgeryplanning.JPediatrOphthalmolStrabismus42:342-348,200530)西川典子,伊藤はる奈,石子智士ほか:PATにより術量を決定した近視を伴う急性内斜視の5症例.眼臨紀8:424-427,201531)福田美子,井崎篤子,三村治ほか:急性内斜視(Franceschettitype)の手術治療効果.眼臨医報88:952-954,199432)LeeHS,ParkSW,HeoH:Acuteacquiredcomitantesotropiarelatedtoexcessivesmartphoneuse.BMCOphthalmol16:37.doi:10.1186/s12886-016-0213-5,2016*SyunsukeAraki&*AtsushiMiki:川崎医科大学眼科学1教室〔別刷請求先〕荒木俊介:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(29)1707図1複視を伴う後天内斜視について*本来,saggingeyesyndromeおよび眼窩窮屈病は非共同性に分類すべきであるが,非共同性内斜視の特徴である水平方向への眼球運動制限がみられないことから,本稿では「共同性」に分類した.1708あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(30)図2急性内斜視(Burian?Franceschettitype)の1例症例:9歳,女児.テレビゲーム中に突然の複視を伴う内斜視を発症した.初診時の視力は右眼1.5(矯正不能),左眼1.5(矯正不能)で,眼位は遠見/近見ともに50prismdiopters(Δ)程度の共同性内斜視を認めた.なお,発症以前の顔写真から顕性の斜視はみられなかった.頭部磁気共鳴画像法では異常所見を認めなかった.両内直筋後転術(各5mm)および左外直筋短縮術(6mm)を施行後,眼位はわずかな内斜位で安定し,良好な立体視を示した.a:術前眼位写真(右眼固視).b:術前眼位写真(左眼固視).c:術後眼位写真(右眼固視).d:眼位の経過.(31)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617091710あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(32)(33)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617111712あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(34)

術後斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1701?1705,2016術後斜視PostoperativeStrabismus澤田麻友*はじめに術後斜視とは一般的に眼科手術によって引き起こされる斜視のことをさす.斜視手術後の過矯正や低矯正,斜視手術によって引き起こされた新たな斜視のほかにも,網膜?離や眼窩手術,眼瞼手術などでも新たな斜視を引き起こすことがある.I斜視手術後の術後斜視の原因斜視手術後の術後斜視には,本来の眼位とは逆になるもの,いわゆる過矯正と,何らかの問題が起き新たな斜視が引き起こされたものがある.また,術直後から新たな斜視が明らかである場合もあれば,術後長く時間がたってから斜視をきたす場合もある.原因としては表1にあげるようなことが考えられる.術後斜視の原因を探り,その後の治療計画をたてるために行うべきことは・術前検査の見直し・前回手術の詳細の確認・上記以外の要素の検討である.原因が術前の検査や術中操作に問題がある場合は,術直後より術後斜視が明らかであることが多い.筋付着部異常や自然経過の場合にはたいてい術後数カ月~数年たってから出現する.術直後から術後斜視が出ている場合にはとくに,何が原因であったかをきちんと把握しなければならない.1.術前検査の見直しa.術前眼位の定量に問題はなかったか?術前眼位の定量は交代プリズムカバーテストで行うが,A-V型を伴う斜視の場合,固視目標の位置により眼位が大きく異なる.そのため正面でない位置で眼位を測定し,斜視角を小さく測定してしまえば低矯正に,大きく測定すれば過矯正となる(図1).上下斜視がある症例では,頭を傾ける方向により斜視角が大きく異なることがある.このような症例では,自然頭位が左右どちらかに傾いていることが多く,そのまま斜視角を測定すると不正確な値となる(図2).乳児内斜視では乳児期に検査・手術を行わねばならず,眼位の測定が不正確になりやすい.それに加え,乳児内斜視にはしばしば眼振を伴うため斜視角の測定が困難なことがある.高AC/Aを伴う場合は,近見眼位が遠見眼位より大きくなるため,近見眼位にあわせて手術を行うと過矯正となってしまう.また,交代性上斜位に対して片眼のみの手術を行うと,術後,非手術眼の交代性上斜位が顕性化してくることもある.b.屈折検査は本当に正確にできていたか?小児の内斜視では調節麻痺下屈折検査を行い,遠視がある場合には眼鏡矯正をしたうえで残余斜視角に対して手術を行う.しかし,調節麻痺薬の効果が不十分であったり(乳幼児では点眼後に泣いてしまうことが多く,涙で点眼薬が流れてしまい,きちんと効果が得られていないことがある),屈折検査をオートレフラクトメータに頼って自覚屈折検査だけで眼鏡を処方するなど,遠視を低矯正のまま手術すると過矯正となる.c.そもそも,診断は正しかったか?これは一番考えたくないことではあるが,術後に新たな斜視を引き起こした場合には,診断そのものを見直す必要がある.とくに非典型的な動きをするような斜視は要注意である.CTやMRIを撮ってみると,眼窩や頭蓋骨に形成異常があったり,眼窩内に異常組織を認めることもある.先天上斜筋麻痺の所見は小児期にはわかりやすいが,長期間たつと非典型的な眼球運動を呈することがあり,大人の場合は診断に迷うことがある(spreadofcomitance).このような場合にもCTやMRIで眼窩や筋の形態をみることは有用である(図3).また,非典型的な動きをする斜視では,甲状腺眼症や重症筋無力症などの全身疾患や,慢性進行性外眼筋麻痺症候群(chronicprogressiveexternalophthalmoplegia:CPEO)などの可能性も考えなくてはならない.甲状腺眼症や重症筋無力症では,症状が斜視のみで,眼球突出や眼瞼下垂などの典型的な症状を呈さないことも多々ある.斜視の発症から長期間経過していたり,進行がゆっくりであっても,一度は可能性を考え検査しておいたほうがよい.CPEOはミトコンドリア病の一種で,眼症状としては眼瞼下垂と外眼筋麻痺を認める.確定診断には遺伝子診断が必要となる.2.前回手術の詳細の確認a.前回手術はいつ行ったか,術式はどうであったか?まずは過去に受けた治療の詳細をカルテなどで確認する.他院で行った手術の場合には,保護者や本人の記憶に頼った聞き取りだけではなく,可能であれば診療録や手術記録を取り寄せできるだけ詳細な治療を把握する.過去の写真を持参してもらい,術前からの眼位の変移をみるのも有用である.また,細隙灯顕微鏡で結膜の手術創を観察すれば,どのような手術が行われたかも推測できる.b.術中筋操作に問題はなかったか?外眼筋の操作一般にいえることであるが,筋を移動させるときには筋の走行に沿って行い,強膜への縫合をきちんとし,筋がたるんだ状態にならないようにする.制御糸を置く場合には,固定時に眼球が回旋しないよう気をつける.これらの基本的な手技を怠り,不適切な外眼筋の操作をした場合は術後に意図しない眼位のずれを生じる可能性がある.術中の画像を撮影し,術後に見直してみることも大切である.もっとも避けなければならない合併症として,筋の断裂や筋の喪失がある.手術中に気づいたらその場で修正を行うか,できるだけ早期に専門施設での治療を行う.また,手術操作により眼窩脂肪と強膜の癒着が生じると眼球運動制限が起きる.下斜筋手術は深部での操作となるためとくに注意が必要である(図4).Tenon?を不用意に損傷し眼窩内脂肪の脱出を起こすと,脂肪が下斜筋や強膜に癒着し,脂肪癒着症候群(fatadherencesyndrome)をきたして上転制限が起こることがある.下斜筋手術をはじめ眼窩深部での手術では,確実な術野の確保が必須である.加えて,上下筋を扱う手術では,筋周囲組織の扱いを適切に行わないと,術後に眼瞼の形状の不整や開瞼障害・閉瞼障害をきたす.とくに下直筋大量前転や下斜筋前方移動を行ったあとに下眼瞼が持ち上がり,眼瞼縁が不自然な形状になり,斜視が治っても整容面で不満が残ることがある.3.その他の原因a.自然経過の可能性は?加齢による筋緊張,調節力の低下,筋を取り巻く結合組織の弱化や構造変化により筋のバランスが崩れ,斜視となる.片眼弱視,不同視,両眼視不良を伴う場合も長期経過でみると術後斜視をきたしやすい.b.付着部異常の可能性も…内斜視に対する初回手術は内直筋の後転であることが多いが,続発外斜視の手術の際に,後転を受けた内直筋の付着部を実際に開けて確認すると,その付着部に異常があることがある.強膜への付着部と筋の間にstretchした組織を認めるstretchedscarは,創部の治癒過程での瘢痕形成によるものと考えられており,術後数年してから過矯正となる(図5).また,別の創部異常として,筋鞘は眼球に付着しているが,中の筋実質は後方へとslipするslippedmuscleがあり,斜視と高度の内転障害を示すことが多い.筆者らが調べた中では43例中23例が付着異常を起こしていた1).1970年代以前は直筋の切腱術が行われており,その時期に手術を受けた患者の中にslippedmuscleや筋喪失(lostmuscle)といった付着部異常を認めることがある.MRIを用いて外眼筋の形態や強膜への付着位置を観察するのも有用であり,とくに付着部異常の推測の助けになる(図6).手術後の筋や癒着の状態を知るために,牽引試験を行うのも有用である.牽引試験は痛みを伴うため小児ではむずかしいが,大人であれば点眼麻酔下で行うことができる.II斜視手術後の術後斜視の治療術後斜視になった原因を十分考慮したうえで,治療を行う.過矯正の斜視に対しては,過去に治療した筋を元の位置に戻すことが治療の基本となる.過去に内直筋を後転されている術後外斜視では,付着部異常の有無をよく観察する.付着部に異常があった場合は異常部位を確実に除去する必要がある.術後斜視で定量がむずかしい場合には,術中調節糸法を用いると,より正確な手術を行うことができる.術中の不適切な操作により起こった斜視は,癒着を形成していることが多く,治療が困難である.癒着が広範囲に広がっていると,?離しても再癒着する可能性が高い.再癒着を防ぐために羊膜移植が必要となることもある.健側の手術で対応したほうがよいこともあるが,正常なほうの眼を手術することに対して患者の心理的抵抗は強く理解を得にくい.癒着による斜視は治療がむずかしく,満足のいく結果を得られにくいため,初回手術の段階で術後癒着を起こさないように十分に注意することが大切である.癒着が起きている状態での再手術は,初回手術より疼痛も強くなる.麻酔を十分に行い,眼心臓反射の発生などに注意する.術中に多くの筋操作が必要であることが予想されるときは,無理せず全身麻酔下で行う.III斜視手術以外の眼科手術後に起きる斜視1.網膜?離後網膜?離に対する強膜バックリング術は,外眼筋の下にバックルを通す必要がある.そのため術直後は少なからず眼球運動障害をきたすが,多くは一過性である.術後早期は回復が期待できるため,半年ほどは経過をみたほうがよい.バックル材料としてマイラゲルR(現在では使用されていない)を用いた症例では,術後長期間経過してからバックルが膨化してくることがある.バックルが高度に膨化すると眼球運動障害のほかに強膜や周囲組織との癒着や眼球穿孔を起こす可能性もあるため,バックル除去が必要となる.2.眼窩手術後眼窩の手術では,外眼筋そのものや眼周囲の結合織を傷つけると,術後に斜視をきたす可能性がある.3.白内障術後厳密には術後斜視といえないかもしれないが,白内障術後に斜視が明らかになることがある.見えにくいとの訴えで白内障手術を行ったが,術後も症状が改善せず,よく調べると斜視による症状であったということが少なからずある.4.球後麻酔後手術の種類にかかわらず,球後麻酔によって引き起こされる斜視もある.盲目的に球後麻酔を行い外眼筋を傷つけると,眼球運動障害や斜視をきたすことがある.参考文献1)DavidKC,ScottEO:Strabismussurgeryanditscomplications.Springer-Verlag,Berlin,20072)大鹿哲郎,佐藤美保,佐々木次壽:眼手術学3眼筋・涙器.文光堂,東京,2014引用文献1)SawadaM,HikoyaA,NegishiTetal:Characteristicsandsurgicaloutcomesofconsecutiveexotropiaofdifferentetiologies.JapJOphthalmol59:335-340,2015表1斜視手術後の術後斜視の原因術前屈折検査・眼位定量の問題眼位の測定が不正確(A-V型,眼振などにより)屈折矯正が不十分高AC/A比術中筋操作の問題筋の断裂・喪失不適切な筋操作眼窩脂肪の脱出による癒着術後の筋付着部異常内直筋後転後の筋付着部異常(stretchedscarやslippedmuscle)自然経過加齢による筋緊張調節力の低下筋を取り巻く結合組織の弱化や構造変化*MayuSawada:浜松医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕澤田麻友:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(23)1701図1V型外斜視の1例見ている方向により水平斜視角が異なる.図2上斜筋麻痺の1例頭の傾斜方向で上下の斜視角が異なる.1702あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(24)図3右上斜筋麻痺症例のMRI冠状断右の上斜筋が左に比べて萎縮しているのがわかる.図4下斜筋術中写真(surgeon'sview)眼球を上内転して固定し,下斜筋をすくいあげたところ.下斜筋は深部にあるため操作がむずかしい(25)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161703図5Stretchedscarの術中写真強膜への付着部と筋の間にstretchした組織を認める.図6SlippedmuscleのMRI左眼内直筋が後方で収縮している.1704あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(26)(27)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161705

近視性内斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1695?1699,2016近視性内斜視EsotropiaAssociatedwithMyopia林思音*はじめに近視に伴う内斜視でまず思い浮かべる疾患は,固定内斜視であろう.病的近視眼に発症し強い眼球運動制限を伴う内斜視であり,最近では強度近視性内斜視ともよばれている.非常に難治な斜視であったが,横山ら1)が病態と術式を明らかにして以来,多くの症例が手術により良好な眼位と眼球運動の改善を得られるようになった.また,治療可能な斜視であるとの認知が高まったことで,これまで手術適応がないと諦めていた患者が斜視外来を受診したり,近医から紹介される機会が多くなったように思われる.しかしながら,その中には強度近視ほど眼軸の延長がなくても内斜視を発症している症例もしばしば見受けられる.近視眼が内斜視を発症するメカニズムにはどのようなものがあるのか?本稿ではこうした病態についても紹介する.I強度近視性内斜視強度近視性内斜視とは,病的近視眼に発症する外転制限と上転制限を伴う高度な内斜視である.重症例では,症例1(図1)のように眼球が内下転位となったまま動かなくなる,いわゆる固定内斜視の状態となる.一般に眼軸長は27mm以上,多くは30mmを超える.眼位は50Δを超える高度内斜視のことが多い.その病態は,眼軸が延長した眼球が外直筋と上直筋の間から筋円錐外に脱臼して生じる.外直筋と上直筋の間は,他の外眼筋がなく筋間膜のみで眼球が覆われているため,もっとも脱臼しやすい部位である.脱臼の確認と程度の評価にはMRI画像を用いる.MRI冠状断像にて上直筋が鼻側へ外直筋が下方へ偏位している.また,MRI水平断では,外直筋が下方偏位しているため,外直筋と内直筋が同一スライス内に存在しない.脱臼の程度評価は,眼球,上直筋,外直筋の断面の中心から補助線を引き,2本の直線のなす角(脱臼角)を測定する(図2).Yamaguchiら2)は,本症例の脱臼角は平均179.9°であり,正常眼が平均105.2°であったのに対して大角度であったと報告している.さらに脱臼角は外転障害と上転障害が強いほど大きくなるとも報告しており,疾患の重症度をあらわしている.治療は,外直筋と上直筋の筋腹を縫着し,脱臼した眼球を整復する横山法を行う2)(図3).手術により解剖学的異常が改善するため,眼位だけでなく眼球運動制限の改善も期待できる.手術は,外直筋の付着部から15mm後方の筋腹に5-0ポリエステル糸を2回通糸縫合する.同様に,上直筋付着部から15mm後方筋腹に5-0ポリエステル糸を通糸縫合する.この際,筋の付着部から約10mm後方筋腹に4-0シルクの牽引糸をかけ牽引糸をたぐり寄せると,15mmの位置に確実に通糸することができる.また,外直筋操作時は下斜筋のまき込みに,上直筋操作時は上斜筋のまき込みに十分注意する.最後に眼球を整復させながら外直筋に縫合したポリエステル糸を上直筋に通糸結紮,上直筋に縫合した糸を外直筋に通糸結紮する.このとき,筋間に隙間を作らないよう注意する.内直筋後転術を併用するかどうかについては,過矯正になる恐れがあるため行わないという意見と,逆に併用なしでは低矯正になるという意見に別れる.筆者らは眼球整復後に術中forcedductiontest(用語解説参照)で内直筋の拘縮の有無を確認し,拘縮が認められた場合は内直筋後転を追加している.眼球偏位が両眼に認められる症例は,両眼同時手術を行う.同時に行わないと,術後上下斜視が顕著となってしまう.患者が両眼同時手術をためらう場合は,追加手術が必要になる可能性をあらかじめ説明しておくとよい.斜視角が50Δ以内の軽症例でも,眼球運動制限および外直筋と上直筋の偏位を認める症例には横山法がよい適応となる.内直筋後転では斜視の改善が見込めない可能性がある.症例2(図4)は術前眼位が45Δ内斜視と軽度であったが,左眼に外転制限を認め,MRI冠状断では脱臼角は149°であった.術中に見た外直筋は下方へ上直筋は鼻側へ偏位しており,横山法の適応であることが明らかであった.術後眼位は3Δ内斜視と良好な眼位を得ることができた.II眼窩窮屈病眼窩窮屈病とは,中等度から高度の近視症例で内斜視を呈する疾患である.その特徴は神経学的検査,血液検査では他の疾患を認めないにもかかわらず,遠方視で内斜視を示す開散不全型を呈することである.強度近視性内斜視に比べると斜視角は軽度,画像診断上は強度近視性内斜視のような上直筋の鼻側偏位と外直筋の下方偏位を認めるが軽度であり,眼球運動においても外転・上転制限をほとんど認めない.進行はゆっくりで,数年から10数年単位で進む.発症の原因として,Kohmotoら3)は眼軸長と眼窩長の不均衡を指摘している.複視のある近視群と複視のない近視群とを比べた場合,眼軸長は同等だったのに対して,眼窩長は複視のある群で41.0~48.9(平均44.6)mm,複視のない群で平均49.9mmと複視のある近視群で有意に眼窩長が短かったと報告している.強度近視では成人してからも眼軸長が延長するが眼窩容積は変わらないため,もともと眼窩容積が小さい場合は眼球偏位をきたすと考えられる.さらにKohmotoらは,脱臼角について上直筋の鼻側偏位と外直筋の下方偏位を認めるが,その偏位は100~140°(平均112.9°)と強度近視性内斜視に比べ軽度であったと報告している.また,眼軸長は24.8~31.0mm(平均27.6mm),斜視角は近見2~20Δ,遠見8~30Δ,近見遠見の差は6~22Δであり,前述の強度近視性内斜視に比べ,眼軸はそれほど高度な延長はしておらず,眼位は軽度~中等度であったとしている.こうしたことから,眼窩窮屈病は強度近視性内斜視の初期もしくは軽症例をみている可能性も考えられる.治療法は,眼位が小さければプリズム眼鏡の処方をまず検討する.ゆっくり進行していることが多いため融像域が比較的大きく,低矯正眼鏡でも症状が軽減することが期待できる.さらに,一度作製した後も頻繁に度数変更を要することは少ない.症例3(図5)は,近見眼位20Δ,遠見眼位30Δであったが,近視矯正レンズに両眼5Δ基底外方プリズムを加えて眼鏡を処方したところ,内斜位になり複視は消失した.プリズム眼鏡で対応がむずかしい角度の場合,斜視手術が行われる.術式は,内直筋後転術を片眼または両眼で行う.前述したように,強度近視性内斜視との関連も考えられるため,外直筋を使用することはなるべく避けたい.III強度近視に合併する内斜視とその鑑別方法強度近視眼に合併する後天性内斜視がすべて強度近視によるとは限らない.Tanら4)は強度近視に合併したsaggingeyesyndromeについて報告している.Saggingeyesyndromeも近視性内斜視と同様,後天性に内斜視を発症するが,その原因は外直筋プリーの菲薄化や断裂による外直筋の下方偏位であり,強度近視性内斜視のような眼球の脱臼は認められない.強度近視性内斜視の治療は横山法が必要であるが,saggingeyesyndromeでは通常の内直筋後転術で対応可能であり,一見同じ斜視にみえても治療方針が異なってくる.また,強度近視眼に外転神経麻痺を合併した内斜視の場合,外転制限が解剖学的異常によるものか,神経学的異常によるものかの鑑別が必要となる.鑑別の方法として,眼窩部MRI画像が重要となってくる.眼窩部MRI画像にて眼球と外眼筋の位置関係,眼軸長と眼窩長の関係,プリー異常の有無を確認することで,病態が推測できる.また,外来でのforcedductiontestも有用である.麻痺性斜視では患者が自分で動かせる可動域以上に他動的に眼球が回転するが,強度近視性内斜視では外眼筋の抵抗がある.Forcedductiontestに替わる方法として,眼球運動時の眼圧測定も有用である.患者に外転努力させたときの眼圧と内転努力をさせたときの眼圧を測定し,その眼圧差をみる方法であるが,筆者らは強度近視性内斜視眼では外転努力時眼圧と内転努力時眼圧の差が平均8.5mmHgであり,外転神経麻痺眼や正常眼に比べて高いことを報告した.眼圧計はiCare眼圧計を使用しているが,非侵襲的にかつ簡便に測定できるため行いやすい.おわりに強度近視性内斜視も眼窩窮屈病も,眼軸が長くなったために生じる眼窩内の解剖学的異常が原因で発症していると考えられ,両者の特徴を併せもった症例が存在する.そのもっとも重症な形が固定内斜視と考えられる(図6).しかしながら,その長期予後や病態の関連性,手術適応など明確になっていない点は多い.また,強度近視眼においても他の後天性斜視が合併し病態が複雑化している場合も考えられるため,十分な鑑別診断を行う必要がある.日本人は欧米人に比べて近視の頻度が高く,かつ,近文献1)YokoyamaT,TabuchiH,AtakaSetal:Themechanismofdevelopmentinprogressiveesotropiawithhighmyopia.Transactionsofthe26thmeeting.EuropeanStrabismologicalAssociation(deFaberJT,editor),p218-221,Swets&Zeitlinger,Barcelona,20002)YamaguchiM,YokoyamaT,ShirakiK:Surgicalprocedureforcorrectingglobedislocationinhighlymyopicstrabismus.AmJOphthalmol149:341-346,20103)KohmotoH,InoueK,WakakuraM:Divergenceinsufficiencyassociatedwithhighmyopia.ClinOphthalmol5:11-16,20104)TanRJ,DemerJL:Heavyeyesyndromeversussaggingeyesyndromeinhighmyopia.JAAPOS19:500-506,20155)HayashiS,SatoM,EdamatsuHetal:IntraocularpressureinabductionofhighlymyopicstrabismusdecreasesafterYokoyamaprocedure.Transactionsofthe37thmeeting.EuropeanStrabismologicalAssociation(CioppleanDE,editor),p203-206,CorintBooks,Venice,2016*ShionHayashi:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕林思音:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(17)1695図1症例1.86歳.男性,両眼強度近視性内斜視症例右眼は外転および上転をまったく認めず,内下転位に固定している固定内斜視の状態.左眼は外転・上転に強い制限を認めるが,運動可能である.図2右眼強度近視性内斜視症例上直筋は鼻側偏位,外直筋は下方偏位している.外直筋の中心,上直筋の中心,眼球の中心から補助線を引き,2本の直線の交わる角度のうち,耳上側の眼窩壁に対してなす角が脱臼角である.SR:上直筋,LR:外直筋.G:眼球.図3左眼強度近視性内斜視に対する横山法外直筋と上直筋を縫合結紮(?).牽引糸()をたぐりよせると筋同士が寄りやすい.1696あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(18)図4症例2.47歳,女性,強度近視性内斜視の軽症例a:術前眼位写真.眼位は45Δ内斜視,5Δ左下斜視であり,左眼に軽度外転制限を認める.MRI冠状断では上直筋と外直筋の偏位を認め,脱臼角は149°であった.b:左眼に横山法を施行後1カ月の眼位写真.眼位は3Δ内斜視で正面位での複視は消失.c:症例2の術中写真(左眼).外直筋は下方へ偏位していた.(19)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161697図5症例3.50歳,男性,眼窩窮屈病の症例a:近見眼位20Δ内斜視,遠見眼位30Δ内斜視.眼球運動制限は認めなかった.眼軸長は,右眼29.21mm,左眼29.27mmだった.b:MRITI冠状断像.脱臼角は右眼129°,左眼121°だった.c:左はMRISTIR水平断像.眼軸と眼窩長の不一致がみられる.右は正常症例のT2水平断像1698あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(20)図6近視性内斜視の概念強度近視性内斜視も眼窩窮屈病も眼窩内の解剖学的異常が原因で発症していると考えられ,両者の特徴を併せもった症例が存在する.そのもっとも重症な形が固定内斜視と考視の有病率は増加傾向にある.今後さらに近視を伴う斜視患者が増加することが見込まれ,病態の解明が進むことが期待される.えられる.■用語解説■Forcedductiontest:ピンセットで角膜輪部の球結膜をつかみ,眼球を他動的に動かして外眼筋からの抵抗の有無をみる試験.明らかな抵抗があれば陽性.(21)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161699

甲状腺眼症

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1687?1693,2016甲状腺眼症Thyroid-AssociatedOphthalmopathy東山智明*はじめに甲状腺眼症は,Basedow病や橋本病などの甲状腺疾患に関連して産生される甲状腺自己抗体により,眼窩組織に炎症・腫大が生じる自己免疫性炎症性疾患である.そのため甲状腺眼症では,結膜充血や眼瞼腫脹,眼球運動障害や斜視,眼球突出,上眼瞼後退など多彩な臨床症状を認める1~4).本稿では臨床上問題となりやすい甲状腺眼症による眼球運動障害・斜視について述べる.I甲状腺眼症における外眼筋病変眼窩組織に炎症が生じる甲状腺眼症では,外眼筋の炎症性腫大により外眼筋が拘縮し筋の伸展性が低下するため,眼球運動障害や斜視が生じる.甲状腺眼症の外眼筋病変は,下直筋,内直筋,上直筋,外直筋の順に罹患しやすいとされている.Wiersingaらは80例の甲状腺眼症の罹患筋を検討したところ,下直筋が60%,内直筋が50%,上直筋が40%,外直筋が22%に認められたと報告しており5),他の報告でも同様の結果であった6,7).したがって,臨床上は下直筋の罹患による上転障害を認めることが多く,ついで内直筋の罹患による外転障害や,上直筋の罹患による下転障害などを認める.また,外眼筋の腫大が著明になると,腫大した外眼筋により視神経が圧迫される圧迫性視神経症を認めることがある(図1).II問診甲状腺眼症は甲状腺疾患に関連した自己免疫性疾患であるため,以下の詳細な問診が甲状腺眼症の鑑別診断に有用となる.1.甲状腺疾患の既往甲状腺眼症は甲状腺自己抗体が眼窩組織に作用し炎症が生じる眼窩部の疾患である.一方,Basedow病や橋本病などの甲状腺疾患は,甲状腺自己抗体が甲状腺に作用することで甲状腺機能(fT3やfT4)に異常が生じる甲状腺の疾患である.したがって,どちらも甲状腺自己抗体を原因とする点で共通しており,甲状腺疾患の既往は甲状腺眼症を疑う一因となるため,眼球運動障害を有する患者では甲状腺疾患の既往を聴取する.一方,上述のように,甲状腺眼症と甲状腺疾患(Basedow病や橋本病など)の発症には甲状腺自己抗体が大きく関係しているが,甲状腺機能(fT3やfT4)自体は甲状腺眼症と直接的な関係はない.したがって,甲状腺機能が正常範囲内の場合でも,甲状腺自己抗体の上昇があれば甲状腺眼症を発症しうるため注意が必要である.また,甲状腺疾患の治療は甲状腺機能を正常化するが,甲状腺自己抗体には作用しないため,甲状腺疾患の治療は甲状腺眼症の直接的な治療とはならない.そのため,甲状腺疾患の治療とは別に甲状腺眼症に対する独自の治療が必要となる.ただし,fT3やfT4などの甲状腺機能に異常があると甲状腺眼症が悪化しやすいという報告もあるため,甲状腺機能の正常化は甲状腺眼症にとっても重要である8).2.日内変動甲状腺眼症は起床時にもっとも症状が悪く,日中に軽快する日内変動を示す9).一方,鑑別診断である重症筋無力症は夕方になるにつれ症状が増悪しやすく,眼運動神経麻痺は日内変動を比較的生じにくい.3.喫煙歴喫煙は甲状腺眼症と強い相間があり,喫煙者は非喫煙者より甲状腺眼症が重症であること,また禁煙により甲状腺眼症の予後がよりよくなることが報告されている8).III検査甲状腺眼症は甲状腺自己抗体を原因とした炎症性疾患であるため,検査は画像検査による外眼筋の炎症評価と,血液検査による甲状腺自己抗体の測定を中心に行う.1.画像検査MRIにより外眼筋の形態評価と炎症評価を行う(後述).2.血液検査甲状腺自己抗体や甲状腺機能を測定する.甲状腺自己抗体はTSH受容体自己抗体(TRAb,TSAb)だけでなく,抗Tg抗体(TgAb)や抗TPO抗体(TPOAb)も測定するとよい.また,眼球運動障害の鑑別診断として,重症筋無力症に対し抗Ach抗体を,IgG4関連眼疾患に対し血清IgG・IgG4を10,11),糖尿病による眼運動神経麻痺に対しHbA1cを測定する.3.細隙灯顕微鏡検査甲状腺眼症では結膜充血や眼瞼腫脹など前眼部炎症所見を認める.そのため甲状腺眼症の活動性評価には,前眼部の炎症所見を反映したClinicalActivityScore(CAS)8,12)などが用いられ,CASが3点以上あれば甲状腺眼症の活動性ありと評価される.ただし日本人は欧米人よりCAS低い傾向があるため13),前眼部に炎症所見を認めなくても,眼球運動障害のみを生じるような甲状腺眼症もあり,注意が必要である.4.眼球突出度計測甲状腺眼症では脂肪組織や外眼筋が炎症性腫大をきたし眼窩内体積が増加する.骨に囲まれた部分である骨眼窩容積は一定の大きさであるため,眼窩組織は増加した体積に応じて骨眼窩容積より前方へ移動し,眼球突出が生じる14,15)(図2).そのため眼球突出度は,正常では平均14.2mmである16のに対し,甲状腺眼症では平均17.2mm17)と報告されている.したがって,眼球突出は甲状腺眼症などの眼窩内体積が増加する眼窩内疾患を疑う一因となるため,眼球運動障害を認める症例では眼球突出度の計測が有用となる場合がある.5.眼球牽引試験甲状腺眼症の眼球運動障害は罹患筋の伸展障害による機械的眼球運動障害であるため,眼球牽引試験では眼球運動障害を認める方向に抵抗を認める.一方,眼運動神経麻痺による眼球運動障害は眼球牽引試験で抵抗を認めない.6.中心フリッカー外眼筋腫大による圧迫性視神経症の判定に有用である.7.Hess赤緑試験片眼性の眼球運動障害の評価に有用である.一方,Hess赤緑試験はHeringの法則により左右差を評価する検査であるため,両眼の同方向に眼球運動障害が生じている症例は評価できない.したがって,甲状腺眼症で両眼とも罹患している症例では,Hess赤緑試験で眼球運動障害を正確に評価できない点に注意する.IVMRIによる画像診断甲状腺眼症は眼窩の炎症性疾患であるため,その評価には炎症評価が可能なMRIがCTよりも有用である.また,甲状腺眼症による眼球運動障害を評価する際の撮像条件は,以下の理由から眼窩部の冠状断T1またはT2強調画像と,冠状断shortT1inversionrecovery(STIR)画像がとくに有用である.ただし,ペースメーカー装着者など体内に金属がある患者にはMRIは禁忌であり,また長い検査時間に耐えられない患者ではMRIが施行できないため,その場合はCTで評価を行う.1.撮像方法甲状腺眼症による眼球運動障害・斜視は,外眼筋の炎症性腫大により生じるため,MRIでは形態評価と炎症評価の両方が必要となる.形態評価には,脂肪組織と外眼筋のコントラストが明瞭なT1強調画像やT2強調画像が有用である(図3a).一方,炎症評価には,脂肪抑制画像であるSTIR画像がとくに有用である(図3b).STIR画像は水を高信号に描出し脂肪組織を低信号に描出するため,外眼筋に炎症がある場合,組織の浮腫を反映して高信号に描出される.そのため脂肪組織も水も高信号に描出されるT2強調画像より,STIR画像は外眼筋の炎症をより明瞭に描出できる.2.撮像方向他の複数の外眼筋を同時に観察し,左右の外眼筋を比較できる冠状断がとくに有用である.ただし,両眼の外眼筋が同じレベルの断面となるように注意する.3.撮像範囲MRI撮像では撮像範囲を頭部全体ではなく眼窩に設定する.頭部全体の範囲で撮像すると,小さい組織である眼窩組織の詳細はわかりにくい(図4).また,撮像範囲が頭部全体の画像でも拡大すれば眼窩内を精査できるが,撮像範囲が眼窩の画像より空間分解能が劣るため画質が粗くなる(図5).したがって,撮像範囲は詳細かつ明瞭に観察できる眼窩に限定して撮像する.V治療甲状腺眼症による眼球運動障害がある症例で,MRIのT1またはT2強調画像で外眼筋の腫大を,STIR画像で外眼筋に高信号を認める場合,外眼筋に炎症があると判断できるため,ステロイドパルス療法を中心とした消炎治療を行う.その後,MRIで外眼筋が十分に消炎されていることが確認でき(図6),正面視で複視が残存していれば斜視手術を考慮する.一方,眼球運動障害がある症例で,初診時のMRIのT1またはT2強調画像で外眼筋の腫大があるにもかかわらず,STIR画像で高信号を認めない場合は,炎症はすでになく陳旧性の外眼筋腫大が残存していると判断できるため,ステロイドパルス療法は無効であり,斜視手術の適応と考える.1.ステロイド治療中等症から重症の活動期の甲状腺眼症では,ステロイドによる消炎治療を行う.ステロイドによる消炎治療は,パルス療法,内服,Tenon?下注射による方法が報告されているが,そのなかでもステロイドパルス療法がもっとも効果的として推奨されている8).ただし,ステロイドパルス療法を施行する前には,肝機能障害,高血圧,消化管潰瘍の既往,糖尿病,感染症などのスクリーニングを行う.また投与量に関して,急性肝障害や肝不全のリスクの観点から1コースの治療でメチルプレドニゾロンの総投与量が8gを超えないよう推奨されているため8),筆者の施設ではステロイドパルス療法の1コースをメチルプレドニゾロン500mg/日×3日間×3クールとしている18,19).また,ステロイドパルス療法後は,テーパリング治療としてステロイド内服を行う.筆者の施設ではプレドニンを30mg/日から開始し,外眼筋の炎症や前眼部の炎症所見をみながら徐々に減量している.筆者らの過去の研究では,ステロイドパルス療法後にもかかわらず,一部の症例の外眼筋に炎症が残存していることを明らかにした.また,治療後に甲状腺眼症が再増悪した症例は,初回のステロイドパルス療法後に外眼筋の炎症が残存していた症例であった18).そのため,ステロイドパルス療法後は,適宜MRIにより外眼筋の炎症状態をモニタリングしながら,徐々にステロイド内服量を下げていくのがよいと考える.2.放射線治療甲状腺眼症に対する放射線治療は,ステロイドパルス療法との同時併用療法で用いられることが多い.ただし合併症として白内障などのリスクがあるため,筆者の施設では圧迫性視神経症を伴わない眼球運動障害に対する初回治療の場合,放射線治療は併用せずステロイドパルス療法のみを施行している.一方,圧迫性視神経症を認める場合や眼球運動障害の再増悪時は,患者の年齢などを考慮したうえでステロイドパルス療法と放射線治療の併用を考慮している.3.斜視手術甲状腺眼症ではステロイドにより外眼筋の炎症が消炎されても,すでに外眼筋が線維化を生じているため治療後も眼球運動障害が残存することが多い.そのため,ステロイド治療後に正面視で複視があり,MRIで炎症所見がなく牽引試験が陽性の場合,斜視手術を考慮する20).手術時期について,ステロイドパルス療法後6カ月未満に手術した症例(24例)と6カ月以上経過した後に手術した症例(20例)を比較した報告では,6カ月未満の再手術は5例(21%)であったのに対し,6カ月以上では再手術を認めなかった21).このように外眼筋が十分に消炎されていない時期での斜視手術は再手術のリスクがあるため,筆者の施設ではステロイドパルス療法後6カ月以上経過し,外眼筋に炎症がないことをMRIで確認してから斜視手術を施行している.斜視手術の術式は基本的に罹患筋の後転であり,回旋偏位を伴う場合は鼻側または耳側の水平移動を併施する20,22).ただし甲状腺眼症の斜視手術では罹患筋の拘縮が強いほど矯正効果が大きく出るため注意が必要であり23),下直筋後転量1mmあたりの矯正効果は2.7°であったと報告されている24).さらに実際の手術では甲状腺眼症の外眼筋は筋拘縮が著明なため,術野の展開が非常に困難であることや切腱後に容易に筋が眼窩側に後退することなど,通常の共同性斜視に対する後転術より難易度が高いことに留意する必要がある25).また,甲状腺眼症の斜視手術において術後に眼位を調整するadjustablesutureの有用性も報告されている26).文献1)PrummelMF,BakkerA,WiersingaWMetal:Multi-centerstudyonthecharacteristicsandtreatmentstrategiesofpatientswithGraves’orbitopathy:thefirstEuropeanGrouponGraves’Orbitopathyexperience.EurJEndocrinol148:491-495,20032)KuriyanAE,PhippsRP,FeldonSE:Theeyeandthyroiddisease.CurrOpinOphthalmol19:499-506,20083)BahnRS:Graves’ophthalmopathy.NEnglJMed362:726-738,20104)KuriyanAE,WoellerCF,O’LoughlinCWetal:Orbitalfibroblastsfromthyroideyediseasepatientsdifferinproliferativeandadipogenicresponsesdependingondiseasesubtype.InvestOphthalmolVisSci54:7370-7377,20135)WiersingaWM,SmitT,vanderGaagRetal:ClinicalpresentationofGraves’ophthalmopathy.OphthalmicRes21:73-82,19896)NugentRA,BelkinRI,NeigelJMetal:Gravesorbitopathy:correlationofCTandclinicalfindings.Radiology177:675-682,19907)EnzmannDR,DonaldsonSS,KrissJP:AppearanceofGraves’diseaseonorbitalcomputedtomography.JComputAssistTomogr3:815-819,19798)BartalenaL,BaldeschiL,DickinsonAetal:ConsensusstatementoftheEuropeanGrouponGraves’Orbitopathy(EUGOGO)onmanagementofGO.EurJEndocrinol158:273-285,20089)三村治:甲状腺眼症.神経眼科学を学ぶ人のために.p171-174,医学書院,東京,201410)HigashiyamaT,NishidaY,UgiSetal:AcaseofextraocularmuscleswellingduetoIgG4-relatedsclerosingdisease.JpnJOphthalmol55:315-317,201111)SogabeY,OhshimaK,AzumiAetal:LocationandfrequencyoflesionsinpatientswithIgG4-relatedophthalmicdiseases.GraefesArchClinExpOphthalmol252:531-538,201412)MouritsMP,KoornneefL,WiersingaWMetal:ClinicalcriteriafortheassessmentofdiseaseactivityinGraves’ophthalmopathy:anovelapproach.BrJOphthalmol73:639-644,198913)HiromatsuY,EguchiH,TaniJetal:Graves’ophthalmopathy:epidemiologyandnaturalhistory.InternMed53:353-360,201414)NishidaY,TianS,IsbergBetal:Significanceoforbitalfattytissueforexophthalmosinthyroid-associatedophthalmopathy.GraefesArchClinExpOphthalmol240:515-520,200215)HigashiyamaT,NishidaY,OhjiM:Changesoforbitaltissuevolumesandproptosisinpatientswiththyroidextraocularmuscleswellingaftermethylprednisolonepulsetherapy.JpnJOphthalmol59:430-435,201516)AminoN,YuasaT,YabuYetal:Exophthalmosinautoimmunethyroiddisease.JClinEndocrinolMetab51:1232-1234198017)KozakiA,InoueR,KomotoNetal:Proptosisindysthyroidophthalmopathy:acaseseriesof10,931Japanesecases.OptomVisSci87:200-204,201018)HigashiyamaT,NishidaY,MorinoKetal:UseofMRIsignalintensityofextraocularmusclestoevaluatemethylprednisolonepulsetherapyinthyroid-associatedophthalmopathy.JpnJOphthalmol59:124-130,201519)HigashiyamaT,NishidaY,OhjiM:Relationshipbetweenmagneticresonanceimagingsignalintensityandvolumeofextraocularmusclesinthyroid-associatedophthalmopathywithmethylprednisolonepulsetherapy.ClinOphthalmol10:721-729,201620)木村亜紀子,三村治:回旋複視に対する手術.眼科手術17:503-509,200421)木村亜紀子:基礎からわかる甲状腺眼症の臨床甲状腺眼症の治療「斜視手術」の巻!(その1)臨床眼科67:1452-1457,201322)橋本典子,古河雅也,三村治:甲状腺眼症の回旋斜視への垂直筋水平移動術の試み.眼科手術13:621-625,200023)木村亜紀子:複視の手術治療.あたらしい眼科27:889-896,201024)河野政信,三村治,新名亜紀子ほか:甲状腺眼症における斜視手術の定量的評価日眼紀48:502-505,199725)西田保裕:斜視手術.眼科手術26:329-333,201326)LuederGT,ScottWE,KutschkePJetal:Long-termresultsofadjustablesuturesurgeryforstrabismussecondarytothyroidophthalmopathy.Ophthalmology99:993-997,1992*TomoakiHigashiyama:滋賀医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕東山智明:〒520滋賀県大津市瀬田月輪町滋賀医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(9)1687図1外眼筋腫大による圧迫性視神経症(T2強調画像)a:正常者.b:圧迫性視神経症の甲状腺眼症.正常者と比較して著明に腫大した外眼筋のため視神経が圧迫されている.1688あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(10)図2眼球突出度の比較(T2強調画像)a:正常者.b:甲状腺眼症.眼窩組織である外眼筋や脂肪組織が増大することにより眼窩内の体積が増大し,その結果眼球が前方に押し出されることにより眼球突出が生じる.(11)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161689図3MRIによる外眼筋の評価方法a:T2強調画像.形態評価には,外眼筋と脂肪組織のコントラストが良好なT1強調画像やT2強調画像が有用である.b:STIR画像.炎症評価には,脂肪組織が黒く描出され,外眼筋の炎症による高信号がより目立つSTIR画像がとくに有用である.1690あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(12)図4撮像範囲の設定a:撮像範囲を頭部に合わしたMRI.b:撮像範囲を眼窩に合わしたMRI.頭部全体の撮像範囲のままで撮像すると,小さい組織である眼窩組織の詳細はわかりにくいため,眼窩内の観察に適した撮像範囲を設定する.図5撮像範囲が異なるMRIの比較a:撮像範囲が頭部全体のMRIを拡大した画像.b:撮像範囲が眼窩のMRI.頭部全体に合わせた撮像範囲の画像でも拡大すれば眼窩内を精査できるが,撮像範囲を眼窩に合わせた画像より空間分解能が劣るため画質が粗くなる.図6ステロイドパルス療法前後のSTIR画像a:治療前.両眼の外眼筋が高信号で描出されており,炎症による浮腫を認める.b:治療後.炎症のあった外眼筋の信号は低下しており,炎症の改善を認める.(13)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201616911692あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161693

(部分)調節性内斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1681?1686,2016(部分)調節性内斜視AccommodativeEsotropia(PartialAccommodativeEsotropia)鈴木由美*山田昌和*はじめに調節性内斜視は,1~3歳くらいで発症することが多いため,生後半年以内に発症する乳児内斜視に比し,視覚感受性期間初期に眼位が正位であった可能性が高く,おおまかな立体視を獲得し眼位も良好に保たれる予後良好な疾患との印象がある.しかし,1歳以前発症の調節性内斜視(早期発症調節性内斜視)や,調節性内斜視と診断された後に退行し,部分調節性内斜視へ移行する症例もあり,調節性内斜視の両眼視機能を含めた予後は,必ずしも良好なものばかりではない.本稿では,小児の内斜視の50%以上をなし,調節反射の活性化に伴う輻湊偏位と定義される調節性内斜視について,以下,屈折性調節性内斜視(refractiveaccommodativeesotropia),非屈折性調節性内斜視(nonrefractiveaccommodativeesotropia),部分調節性内斜視(または代償不全調節性内斜視,partiallyordecompensatedaccommodativeesotropia)の三つに分類し,概説する(図1).I屈折性調節性内斜視(純調節性,定型的,遠視性,または正常AC?A比型内斜視)1.病因未矯正の遠視があると明視するために調節が必要となり,調節性輻湊が過剰に働くことで,眼位が内方偏位となる.十分な融像力があれば,内斜位を保つことができるが,融像性開散が弱い,または網膜正常対応が発達していないなど両眼視機能の未発達があると内斜視になる.2.臨床症状遠視矯正のための眼鏡を装用すると,遠見および近見眼位ともに斜視が消失する内斜視である.発症年齢は,明視するようになる1~3歳の間が多いが,早期発症例もあり,生後4カ月~8歳頃である.発症初期は間欠的な内方偏位を認め,徐々に恒常性内斜視に移行することもある(図2a,b).また,当初屈折異常弱視と診断され,調節や視力の発達に伴って徐々に屈折性調節性内斜視に移行する例もある.遠視の分布は,中等度遠視が多いが,調節麻痺下の屈折検査にて+1.50~+9.0D前後まで幅広い.遠視の度数に左右差があり,強い遠視眼のほうが内斜することで弱視を合併していることがあり注意を要する.3.診断と治療顕性および間欠的な内斜視を認めた場合,まずは,散瞳下で器質的な眼疾患の除外をすることが大切である.そして,内斜視の場合は,原則としてアトロピン点眼下で調節麻痺下屈折検査を行う.ただし,アトロピン点眼薬処方前に,心疾患の有無などの既往を確認し,アトロピンによる副作用(結膜充血,顔面紅潮,発熱,頻脈,中毒症状としては,幻覚,痙攣など)を説明のうえ,自宅にて次回受診の1週間前から,「朝夕に1日2回,7日間点眼」をするように,患児の家族に説明をする.AmericanAcademyofOphthalmologyより推奨される屈折矯正のガイドライン(PreferredPracticePatternREsotropiaandExotropia)1)では,内斜視があり,遠視が1歳未満は+2.5D,1~2歳は+2.0D,2~3歳は+1.5D以上ある場合には,眼鏡を処方すべきとしている.筆者らは,内斜視が認められる場合1歳未満の低年齢においても,+2.0D以上であれば,まず眼鏡を処方している.この他覚的屈折値に基づいて,遠視を減らすことなく完全矯正することが基本である.他覚的屈折値の測定方法として,検影法を原則とし,手持ち式オートレフラクトメーターが使用でき,また台に顎を載せることができる年齢であれば,オートレフラクトメーターを使用し確認することができる.遠視性不同視である場合も,両眼遠視度を減らさずに処方し,両眼完全屈折矯正する.乳幼児では+5Dを超える不同視でも軸性であるので,眼鏡による矯正が適している.治療用眼鏡の処方にあたっては,9歳未満の小児の弱視および斜視治療用眼鏡やコンタクトレンズの作製費用が健康保険の適用となっていることを,患児家族に説明するとよい.患者自己負担割合以外の額が療養費として償還払い扱いで給付される(日本眼科医会ホームページを参照2)).完全矯正眼鏡処方後,1~2カ月以内に,眼鏡装用の状態,装用時間などを確認し,眼位の改善の有無を確認する.眼鏡定着後,早期に眼位が正位あるいは内斜位に改善する場合もあるが,少なくとも眼鏡定着3カ月後までは,屈折性調節性内斜視または部分調節性内斜視であるかを慎重に判断すべきである.処方後すぐに,終日装用ができない児も多いため,おおむね処方後6カ月は経過をみて診断する.具体的には,遠視矯正により斜視角が遠見・近見眼位ともに10プリズムジオプトリー(prismdiopter,以下Δ)以上減少した場合,調節要因があると考え,残余内斜視が10Δ未満になれば,部分調節性内斜視ではなく,屈折性調節性内斜視と診断する(図2c).屈折性調節性内斜視と診断した後は,就学前は眼位を優先し,前述のとおり完全矯正眼鏡を基本とするが,就学後は,学校生活可能な十分な矯正視力が必要となるため,完全矯正度数で視力が下がるようであれば,眼位は内斜位になる範囲で遠視の度数を落とす試みも必要になることがある.多くは,成人まで眼位矯正のための眼鏡が必要なことが多く3),原則眼鏡による屈折矯正をすべきと考えるが,思春期以降は整容的に眼鏡に抵抗を感じることも多く,矯正方法をコンタクトレンズにする症例も少なくない.4.予後屈折性調節性内斜視のうち,融像幅が広く両眼視機能が良好な症例は,眼鏡矯正にて眼位を良好に保つことができる.そのため,6カ月ごとに,調節麻痺下屈折検査,眼位検査,両眼視機能検査を行いながら,成長に応じて瞳孔間距離を確認し,適宜眼鏡を再処方する.しかし,比較的良好な両眼視機能を有すると思われていた屈折性調節性内斜視であるが,近年,中心窩立体視を有する両眼固視可能な群(bifixation)は24%であり,周辺融像している片眼固視(monofixation)群は76%であったとする報告もなされている4,5).中心窩立体視を有さない屈折性調節性内斜視は,経過観察中に眼鏡矯正のみでは眼位を保つことができず,再度内斜視または外斜視に移行する可能性があるとされる.経過中に再度内斜視が認められた場合は,再び調節麻痺下屈折検査を施行し,眼鏡が適切でなければ,再処方すべきであるが,それでも残余内斜視を認めることがあり,これは部分調節性内斜視への退行(deterioration)と考え,部分調節性内斜視の治療を開始する.II非屈折性調節性内斜視(高AC?A型または非定型的調節性内斜視)1.病因AC/A比が高いために生じる内斜視,つまり単位調節量に対する調節性輻湊が大きいので,近見眼位が内寄せとなり,運動性融像が不十分であると非屈折性調節性内斜視が顕性化すると考えられている.2.臨床症状と診断非屈折性とあるように,正視,近視,遠視のどのような屈折状態でも生じるが,中等度遠視がもっとも多い.AC/A比が高く,近見斜視角が遠見斜視角より10Δ以上大きければ,非屈折性調節性内斜視と診断される.AC/A比を測定できない乳幼児においては,完全矯正眼鏡下で近方の調節目標を固視させた場合,内寄せが過剰であれば,非屈折性調節性内斜視を疑う.また,完全矯正眼鏡度数に+3.0D加入することで,近見斜視角も遠見斜視角とほぼ同じになる場合も,非屈折性調節性内斜視を疑い対応すべきである.純粋に高AC/Aだけの症例は非常に少なく,実際は屈折性調節性内斜視に高AC/Aを伴った症例や,後述する部分調節性内斜視に高AC/Aを伴った症例が多い.3.治療近見に顕性の内斜視があると,近方作業時常に片眼抑制の状態にあり,両眼視は望めないことになるため,非屈折性調節性内斜視と診断した場合,積極的に二重焦点眼鏡の処方を検討する.前述の屈折性調節性内斜視の完全矯正眼鏡処方時同様に,まずはアトロピン点眼による調節麻痺下屈折検査にて遠視があれば完全矯正し,遠見眼位が正位もしくは内斜位を保てるかを確認する.つぎに+2.0~+3.0Dの凸レンズを近見に付加し,近見眼位が内斜位に持ち込めるもっとも弱い度数を遠用度数に追加して処方する.初回の二重焦点眼鏡であれば,近用面積の広い「エグゼクティブタイプ」の二重焦点レンズのデザイン(図3)を勧め,近用部および遠用部の使い方を児の家族に説明する.また,処方箋備考欄に,二重焦点のレンズデザインを記載するとよい.また,小学校高学年頃(思春期早期頃)より,「エグゼクティブタイプ」のデザインは,レンズ中央に切り替えの線が入るため,整容面で嫌がる傾向がみられる.その場合は,累進屈折力レンズに変更し,近見眼位を内斜位に保つように,適宜対応していく(図4).非屈折性調節性内斜視に対する手術は,二重焦点眼鏡を装用できない症例にAC/A比の正常化を狙って施される.Faden手術(posteriorfixation)6),また最近ではFaden手術に代わって,後方の強膜通糸を行わなくてよいpulleyposteriorfixationが報告されている7).4.予後純粋に高AC/Aだけの症例は非常に少なく,屈折性調節性内斜視や部分調節性内斜視に高AC/Aを伴った症例がほとんどである.したがって,予後は,合併する内斜視の状態によると考える.III部分調節性内斜視(または代償不全調節性内斜視)(図5)1.病因8)大きく二つのタイプに分けられる.元々,非調節性内斜視があり,これに遠視による屈折性調節性内斜視が加わったと考えられるタイプ(混合型),つまり乳児内斜視に屈折性調節性内斜視が合併した型と,当初は屈折性調節性内斜視であったが,内斜視(残余斜視角)が残る状態へ移行(退行)したタイプ(退行型)がある.2.臨床症状と診断発症年齢は,前述の屈折性調節性内斜視と同様である.診断は,調節麻痺薬による他覚的屈折検査にて完全矯正眼鏡を処方し,遠見および近見眼位ともに各々の裸眼の眼位よりも10Δ以上斜視角が減るが(つまり調節要因を認める),終日眼鏡装用定着後3カ月経過しても,遠見および近見眼位において,ともに10Δ以上の斜視が残っている内斜視を部分調節性内斜視と診断する.ただし,実際は,完全矯正眼鏡処方後1~2カ月以内に眼鏡装用の状態,装用時間などを確認し,眼位の改善の有無を診る.このときに残余内斜視を認める場合は,潜伏遠視残存の可能性も考え,再度アトロピン点眼薬による調節麻痺下屈折検査を(可能であれば,前回よりアトロピン点眼薬の濃度を上げて)施行し,必要があれば眼鏡度数を上げて再処方し,再び1~2カ月後に眼位を確認し,診断する.下斜筋過動症や交代性上斜位を合併しやすいのも,部分調節性内斜視の特徴である.また,内斜眼が斜視弱視になる可能性が高いため注意を要する.3.治療部分調節性内斜視の治療の原則は,「完全矯正眼鏡下で残余する内斜視を矯正すること」である.治療方法は,おもに下記の二つがあげられる.a.プリズムによる光学的治療プリズムの偏光作用を利用し,光学的な正位を狙うことで,両眼中心窩に左右眼同時に,画像を投影して両眼視機能の発達を促すことを目的とする.具体的には,singleprismcovertestを施行し,この値を完全矯正テスト眼鏡に入れて(prismadaptationtest:PAT)正位を保つことができるΔ度数を求める.安定して正位を確認できるΔであれば処方し,患児の完全矯正眼鏡に膜プリズムを貼付する.視力の左右差がなければ,両眼に同じΔ度数を振り分けて処方し,貼付する.しかし,片眼が弱視眼および内斜しやすい場合,あえてΔ度数に差をつけて処方し,弱視治療目的および内斜眼を固視しやすくする意味をもたせる(図6a).b.手術治療小児の残余内斜視に対しては,原則,両眼内直筋後転術が行われる.ただし,残余斜視角が小さい場合は,片眼の内直筋後転術で対応する場合もある.また,15歳以上および成人については,片眼の水平前後転術を行うこともある.手術斜視角(手術によって治す狙いの斜視角)の量定については,裸眼と眼鏡装用下の各々の近見斜視角の平均値を手術斜視角とする9)など,さまざまな考え方があるが,筆者らは,前述の通りプリズム療法を行い,1~2カ月以内に再検査し5Δレンズを基底内方に置き,徐々に残余斜視角が漸減するようであれば手術をせずにプリズム療法を継続し,一方,膜プリズム処方後4~6カ月残余斜視角が漸減しない(膜プリズムを減らすことができない)症例においては,処方した膜プリズムの斜視角を参考に,手術加療を行っている(図6b).4.予後部分調節性内斜視の眼位,両眼視機能獲得の予後は,発症年齢や斜視未矯正期間などの因子に影響されるとの報告がある10,11).また,Fawcettら12)は,内斜視の立体視感受性期間について,乳児内斜視では2歳頃まで,1歳以降に発症した調節性内斜視では7歳くらいまで続くと報告している.したがって,部分調節性内斜視のなかで,早期発症で非調節性内斜視があり,屈折性調節性内斜視が加わったと考えられるタイプ(混合型)は,乳児内斜視に近いタイプと考えられ,発症が早いほど,最終両眼視機能は不良と考えられる.おわりに調節性内斜視の診断の基本は,十分な調節麻痺下において屈折検査を行い,眼鏡処方が必要な屈折値であれば,両眼完全矯正眼鏡を処方し,慎重に視力,眼位,両眼視を含めた視機能評価を行うことである.そして,遠視を眼鏡により完全矯正しても,非調節性の残余内斜視が安定して確認される場合は,可及的早期に手術を予定すべきである.文献1)AmericanAcademyofOphthalmology:PreferredpracticePatternREsotropiaandExotropia.SanFrancisco,20122)https://www.gankaikai.or.jp/members/(閲覧には,日本眼科医会の会員番号とパスワードが必要)3)MohneyBG,LilleyCC,Green-SimmsAEetal:Thelongtermfollow-upofaccommodativeesotropiainapopulation-basedcohortofchildren.Ophthalmology118:581-585,20114)WilsonME,BluesteinEC,ParksMM:Binocularityinaccommodativeesotropia.JPeditarOrhthalmolStrabismus30:233-236,19935)佐藤美保:調節性内斜視.臨眼紀3:40-42,20106)MillicentM,PeterseimW,BuckleyEG:Medialrectusfadenoperationforesotropiaonlyatnearfixation.JAAPOS1:129-133,19977)WabulemboG,DemerJL:Long-termoutcomeofmedialrectusrecessionandpulleyposteriorfixationinesotropiawithhighAC/Aratio.Strabismus20:115-120,20128)VonNoorden,GK,CamposE:Partiallyaccommodativeesotropia.BinocularVisionandOcularMotility:Theoryandmanagementofstrabisumus.6rded.p319-320,Mosby,StLouis,20029)WrightKW,Bruce-LyleL:Augmentedsurgeryforesotropiaassociatedwithhighthypermetropia.JPediatrOphthalmolStrabismus30:167-170,199310)IordanousY,MaoA,MakarI:Preoperativefactorsaffectingstereopsisaftersurgicalalignmentofacquiredpartiallyaccommodativeesotropia.Strabismus23:151-158,201511)FawcettSL,BirchEE:Riskfactorsforabnormalbinocularvisionaftersuccessfulalignmentofaccommodativeesotropia.JAAPOS7:256-262,200312)FawcettSL,WangYZ,BirchEE:Thecriticalperiodforsusceptibilityofhumanstereopsis.InvestOphthalmolVis46:521-525,2005*YumiSuzuki&*MasakazuYamada:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕鈴木由美:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(3)16811682あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(4)図1調節性内斜視診断のためのフローチャート※1:1歳未満は+2.5D,1~2歳は+2.0D,2~3歳は+1.5D以上の遠視がある場合1).図2屈折性調節性内斜視の眼位写真屈折性調節性内斜視は,乳児内斜視と異なり,調節目標を注視時と非注視時では,内方偏位が変動することがある(間欠的な内方偏位を呈する).a:非注視時で,内方偏位が目立たない.b:注視時,左眼)内方偏位が顕著.c:完全矯正下で正位を確認できる.(5)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161683図3二重焦点眼鏡(エグゼクティブタイプ)a:眼鏡非装用時.b:レンズ上方にて,遠方視し,眼位は正位である.レンズ中央に,レンズの切り替え線がみえる.c:+3.0D加入されたレンズ下方で,近方視し眼位は正位である.図4二重焦点眼鏡(累進屈折力レンズ)a:左眼内斜視.b:レンズ上方で遠方視し,眼位は正位.c:レンズ上方で,近方視すると左眼内斜視の残存を認める.d:レンズ下方で,近方視することで,眼位は良好である.1684あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(6)図5部分調節性内斜視a:眼鏡非装用時.角膜反射が左眼瞳孔縁と角膜縁の中間に認められる.b:完全矯正眼鏡装用時.角膜反射は,瞳孔縁にあり,眼鏡により内方偏位が軽減している.図6部分調節性内斜視の残余斜視角に対する治療後a:膜プリズムを貼付した眼鏡下眼位.プリズムの偏光作用により光学的正位を確認できる.b:残余斜視角に対して両眼内直筋後転術後.(7)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201616851686あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(8)

序説:斜視診断の基本

2016年12月31日 土曜日

●序説あたらしい眼科33(12):1679?1680,2016斜視診断の基本FundamentalsofStrabismusManagement佐藤美保*斜視診療は,検査,診断,治療(非観血的,観血的)から成り立っている.実際の患者さんを受け持って診療する機会がないと,斜視診療は習熟することが困難である.一方,眼科にはOCTをはじめさまざまな新しい機器が導入されているが,斜視の分野に関しては従来の検査方法が現在も引きつづき用いられることが多い.ベテランの視能訓練士がいる場合には,検査を任せてしまっていることも多いと思うが,検査の原理やその意味することを知らないまま治療に進むことははなはだ危険である.本特集「斜視診断の基本」は,専門医をめざす方,あるいは生涯教育の一環として斜視診療をブラッシュアップさせたい方に向けて企画したものである.治療についての記載もあるが,おもに治療にたどりつくまでの診療に重点を置いている.(部分)調節性内斜視は,小児の内斜視の多くを占めるものであり,治療の基本は屈折矯正である.弱視治療は重要な問題であるが,さらに両眼視機能の発達のためには,早期から適切な視機能の管理が求められる.屈折矯正眼鏡のみならず,プリズムを併用すること,また手術による眼位改善のタイミングなどについて,鈴木由美先生,山田昌和先生に解説していただいた.甲状腺眼症は,眼症状をきたす自己免疫疾患である.複視で発症した場合,即座に甲状腺眼症の診断がつくとはかぎらず,脳神経外科や神経内科での検査に時間を要することもある.診断のためには,眼科医が本疾患を想起して血液検査を行ったり,眼窩内画像診断を行うことが必要である.東山智明先生には,眼窩MRIのオーダーの仕方から,甲状腺眼症に特異的な所見などを詳細に解説いただいた.参考にしていただきたい.近視性内斜視は,延長した眼球後部が筋の間から脱臼することで発症すると考えられている.そのために外直筋と上直筋を縫合する手術(横山法)が開発され,世界中で広く行われるようになった.一方,近視がそれほど強くない症例であっても,眼球が内方に固定する固定内斜視の存在が認められると,眼窩容積と眼軸の関連から眼球運動障害が起きるという説が出ている.これらの最近の話題について,林思音先生に解説していただいた.斜視の手術後に新たな斜視が発症してくるものを術後斜視という.通常は,内斜視の手術後の外斜視のように,逆の眼位異常を呈することをさす.斜視手術が機能的な手術であることを考えると,術後斜視は最大の合併症の一つともいえる.斜視手術後に新たな斜視が起きた場合,あるいは過去に斜視手術を受けている患者が新たに受診した場合に,どのように考えて検査を進めていくかについて,澤田麻友先生に解説していただいた.近年,スマートホンを長時間見続けたことが契機となって急性内斜視を発症する「スマホ斜視」が注目されている.スマートホンの使用と斜視の直接的な関連は現時点ではまだ議論のあるところである.一方で急性内斜視には重篤な頭蓋内疾患を伴っているものもあるため,急性内斜視をみた場合の対応の仕方を知っておくことは重要である.荒木俊介先生,三木淳司先生に解説していただいた.上斜筋麻痺は,しばしば遭遇する上下斜視で,臨床診断の方法としてはParks3ステップテストが広く知られている.しかし,実際には,この診断方法にうまくあてはまらない症例も多く,とくに成人にみられる上斜筋麻痺は複雑な眼球運動障害を呈することがある.自覚症状も,回旋性複視を訴えるものから,ときどき上下の複視を自覚する程度のものまでさまざまである.本特集では,診断に迷う場合に用いる検査を古森美和先生に解説していただいた.斜視の診断にMRIが多用されるようになったことで,いくつかの新しい疾患概念が報告されはじめている.そのなかでsaggingeyesyndromeは適切な日本語訳がつけられていないが,外眼筋を支えてその走行を保っている眼窩結合組織の加齢による異常からくる眼球運動障害と考えるとわかりやすい.高齢者にみられる開散不全型内斜視と上下斜視の原因として注目されている.本疾患の概念について後関利明先生に詳細に解説していただいた.複視の訴えが上下方向,水平方向の場合には,眼位異常を遮閉試験で検査することによって診断が可能であるが,回旋複視は通常の眼位・眼球運動検査では発見することができない.患者の見づらさの訴えが回旋複視であろうということを疑うのが診断への第一歩である.そうすることによって,麻痺筋の同定のための一歩を踏み出すことになる.林孝雄先生には,ご自身で開発された検査機器を用いた,比較的簡便に行うことのできる回旋複視の定量と麻痺筋の同定について解説していただいた.本特集ではこのように,歴史的な裏づけのなされた事項から最新の診療方法まで,広くカバーしている.ぜひ,日常診療に活かしていただきたい.*MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(1)16791680あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(2)

光干渉断層計を用いて網膜神経節細胞複合体厚の経時的変化を観察できたVogt-小柳-原田病の3例

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1666?1672,2016c光干渉断層計を用いて網膜神経節細胞複合体厚の経時的変化を観察できたVogt-小柳-原田病の3例荒木俊介*1,2後藤克聡*1,2三木淳司*1,2,3水川憲一*4山下力*1,3桐生純一*1*1川崎医科大学眼科学1教室*2川崎医療福祉大学大学院医療技術学研究科*3川崎医療福祉大学医療技術学部感覚矯正学科*4医療法人明世社白井病院ThreeCasesofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseinwhichRetinalGanglionCellComplexThicknessWasObservedUsingOpticalCoherenceTomographySyunsukeAraki1,2),KatsutoshiGoto1,2),AtsushiMiki1,2,3),KenichiMizukawa4),TsutomuYamashita1,3)andJunichiKiryu1)1)DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,2)GraduateSchoolofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,3)DepartmentofSensoryScience,FacultyofHealthScienceandTechnology,KawasakiUniversityofMedicalWelfare,4)ShiraiEyeHospital目的:Vogt-小柳-原田病(VKH)において,スペクトラルドメイン光干渉断層計(RTVue-100R,OptovueInc.)を用いて神経節細胞複合体(GCC)厚および乳頭周囲網膜神経線維層(cpRNFL)厚の経時的変化を観察できた3症例を報告する.症例:症例1は42歳,女性で後極部の病変を認めない乳頭浮腫型VKH,症例2は65歳,男性で乳頭の炎症所見を伴わない後極型VKH,症例3は61歳,男性で乳頭の炎症所見を伴った後極型VKHであった.症例1および症例2は,経過を通じてGCCおよびcpRNFLの菲薄化を認めなかった.一方で,症例3は網膜外層の萎縮部位に対応した領域でGCCの菲薄化を認めた.結論:乳頭炎症所見が顕著であった乳頭浮腫型VKHは,乳頭の炎症を認めないVKHと同様にGCCおよびcpRNFLの菲薄化がみられなかった.VHKにおける乳頭浮腫は続発性の視神経障害をきたさないことが示唆された.Purpose:Wereport3casesofVogt-Koyanagi-Haradadisease(VKH)inwhichthetimecoursesofganglioncellcomplex(GCC)andcircumpapillaryretinalnervefiberlayer(cpRNFL)thicknesswereobservedusingspectral-domainopticalcoherencetomography(SD-OCT).Cases:Patient1,a42-year-oldfemale,wasdiagnosedwithperipapillaryedematypeVKH.Patient2,a65-year-oldmale,wasdiagnosedwithposteriortypeVKHwithoutopticdiscedema.Patient3,a61-year-oldmale,wasdiagnosedwithposteriortypeVKHwithopticdiscedema.Patients1and2didnotshowthinningoftheGCCorcpRNFLthroughoutthecourse.Patient3,however,showedthinningoftheGCCintheareacorrespondingtoatrophyoftheretinalouterlayer.Conclusion:VKHwithopticdiscedemadidnotexhibitthinningoftheGCCandcpRNFLsimilarlytoVKHwithoutopticdiscedema.ItissuggestedthattheopticdiscswellinginVHKdoesnotcauseopticnervedysfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1666?1672,2016〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,乳頭浮腫,光干渉断層計,網膜神経節細胞複合体,乳頭周囲網膜神経線維層.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,opticdiscedema,opticalcoherencetomography,ganglioncellcomplex,circumpapillaryretinalnervefiberlayer.はじめにVogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH)は,ぶどう膜炎を主とする眼症状および白髪,難聴,髄膜炎などの眼外症状を呈する全身性疾患で,メラノサイト特異的自己免疫疾患が本態と考えられている1).VKHの急性期では,眼底所見としてぶどう膜炎に伴う漿液性網膜?離や視神経乳頭浮腫を呈するが,まれに前眼部炎症を伴わず,乳頭浮腫以外の眼底病変が欠落するもの(乳頭浮腫型VKH)がある2).そのような場合,視神経炎などの乳頭の炎症所見を伴う疾患との鑑別が困難となる.近年,スペクトラルドメイン光干渉断層計(spectral-domainopticalcoherencetomography:SD-OCT)の登場で,網膜厚の精細な定量的評価が可能となった.緑内障では視神経の障害を神経節細胞複合体(ganglioncellcomplex:GCC)厚や乳頭周囲網膜神経線維層(circumpapillaryretinalnervefiberlayer:cpRNFL)厚の減少としてとらえることができる3).また,特発性視神経炎4)や虚血性視神経症5),外傷性視神経症6)などの視神経疾患においても視神経障害に伴うGCCやcpRNFLの菲薄化が報告されている.以前,筆者らは視神経乳頭炎において,治療によって乳頭浮腫および視機能が改善した後もGCCおよびcpRNFLの菲薄化が進行したことを報告した4).VKHの急性期においてもしばしば視神経乳頭炎に類似した乳頭の発赤や浮腫を伴うが,これまでVKHにおいてGCC厚およびcpRNFL厚の測定により網膜神経節細胞の障害を検討した報告は筆者らの知る限りない.今回,GCC厚およびcpRNFL厚の経時的変化を観察することができた乳頭浮腫型VKH,乳頭の炎症所見を認めなかった後極型VKH,および乳頭の炎症所見を伴った後極型VKHの3症例を報告する.なお,本研究は本学倫理委員会の承認を得ており,また,患者の同意を得て実施した.I症例〔症例1〕42歳,女性.主訴:両眼の充血と霧視.既往歴,家族歴:特記事項なし.現病歴:2011年1月中旬,両眼の充血と霧視を自覚し,近医を受診した.その3日後,VKH疑いで,川崎医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼1.2(1.5×cyl?0.50DAx100°),左眼1.5(矯正不能),眼圧は右眼18mmHg,左眼19mmHgであった.ハンディフリッカHFR(NEITZ)による中心フリッカー(criticalflickerfrequency:CFF)値は右眼36Hz,左眼37Hzで,相対的瞳孔求心路障害(relativeafferentpupillarydefect:RAPD)は陰性であった.前眼部は両眼の豚脂様角膜後面沈着物および前房内細胞遊出を認めた.眼底は両眼の視神経乳頭の発赤と浮腫がみられ,フルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では両眼の視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた(図1).髄液検査では,髄液細胞数が113.7/3mm3と増多していた.以上の結果から乳頭浮腫型VKHと診断された.経過:即日入院とし,ソルメドロール1,000mgによるステロイドパルス療法を1クール施行後,プレドニゾロン内服50mg/dayから漸減療法を行った.前眼部の炎症所見および乳頭浮腫は軽快傾向にあったが,治療開始後2.5カ月で視神経乳頭の浮腫が再燃したため,再度ステロイドパルス療法を1クール施行し,プレドニゾロン内服40mg/dayから漸減療法を行った.その後,前眼部の炎症所見および乳頭浮腫は軽快し,治療開始から約2年間の経過観察を行ったが再発はなく,視力は経過を通じて良好であった.SD-OCT(RTVue-100R,softwareversion4.0;OptovueInc.)による平均GCC厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で96.17/92.63μm,6カ月で89.82/95.60μm,12カ月で93.99/96.31μmであった(図4).また,平均cpRNFL厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で194.64/145.70μm,6カ月で106.72/100.31μm,12カ月で112.38/106.23μmであった(図5).両眼の平均GCC厚は経過を通じて明らかな変化を認めず,平均cpRNFL厚は治療開始6カ月後で減少し,6カ月後と12カ月後では明らかな変化はなかった.また,平均GCC厚および平均cpRNFL厚の確率的評価では,両眼ともに経過を通じて,正常データベースと比較して有意な減少はみられなかった(p>0.05).なお,GCC厚は内蔵のGCCスキャンプログラム用い,中心窩から耳側1mmの部位を中心とした直径6mmの範囲を解析した.cpRNFL厚はONHスキャンプログラムを用い,乳頭中央を中心とした直径3.45mmの円周上の厚みを解析した.また,それぞれの解析に用いたデータは,SignalStrengthIndexが50以上得られ,セグメンテーションエラーのないものを採用した.〔症例2〕65歳,男性.主訴:両眼の視力低下.既往歴:40年前,右耳に溶接の火花が入り,難聴あり.現病歴:2013年3月初旬,両眼の視力低下を自覚し,近医を受診した.VKHを疑われ,翌日に当科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.7(0.8×?0.50D),左眼0.1(0.9×+1.50D),眼圧は右眼15mmHg,左眼12mmHgであった.前眼部の炎症所見は明らかでなかった.眼底は両眼性の漿液性網膜?離が散在していたが,視神経乳頭の発赤および浮腫はなかった.FAでは,両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留を認めたが,視神経乳頭からの蛍光漏出はなかった(図2).髄液検査では,髄液細胞数の増多は認めなかったが,典型的な眼底所見からVKHと診断された.経過:即日入院とし,ソルメドロール1,000mgによるステロイドパルス療法を3クール施行後,プレドニゾロン内服50mg/dayから漸減療法を行った.視力は治療後2.5カ月で右眼(1.2),左眼(1.2)と改善がみられた.両眼の漿液性網膜?離は治療開始後1カ月の時点で消失し,12カ月後では両眼ともに夕焼け状眼底を呈していた.平均GCC厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で94.59/95.14μm,6カ月で93.86/93.24μm,12カ月で93.01/94.37μmであった(図4).また,平均cpRNFL厚(右眼/左眼)は治療開始後2.5カ月で106.21/97.81μm,6カ月で108.23/102.31μm,12カ月で104.86/100.10μmであった(図5).両眼の平均GCC厚および平均cpRNFL厚は,経過を通じて明らかな変化がなかった.また,平均GCC厚および平均cpRNFL厚の確率的評価では,両眼ともに経過を通じて,正常データベースと比較して有意な減少はみられなかった(p>0.05).〔症例3〕61歳,男性.主訴:両眼の変視症.既往歴:2013年11月中旬に抜歯.現病歴:2013年11月下旬,約1カ月前からの変視症を自覚し,近医を受診した.両眼後極部の網膜下液と右眼の乳頭黄斑間の網膜膨化を認め経過観察を行っていたが,増悪したため12月初旬に当科を紹介受診となった.初診時所見:視力は右眼0.4(1.2×-1.00D(cyl?1.00DAx100°),左眼0.3(1.0×+1.25D(cyl?0.50DAx90°),眼圧は右眼15mmHg,左眼19mmHgであった.CFF値は右眼33Hz,左眼21Hzで,RAPDは陰性であった.前眼部の炎症所見は明らかでなかった.眼底は両眼性の漿液性網膜?離および視神経乳頭の発赤と浮腫がみられた.さらに,右眼黄斑部下方および左眼黄斑部耳側に網膜色素上皮の変性を認めたが,夕焼け状眼底や明らかな網脈絡膜萎縮病巣は認めなかった.FAでは,両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留,視神経乳頭からの蛍光漏出,網膜色素上皮の変性部位に一致したwindowdefectを認めた(図3).髄液検査では,髄液細胞数が54.0/3mm3と増多していた.以上の結果からVKHと診断された.経過:3日後に当科入院し,翌日からソルメドロール1,000mgによるステロイドパルス療法を1クール施行した.1クール終了後の視力は右眼(1.5),左眼(0.7)で左眼の漿液性網膜?離は残存していた(図6a).患者の都合により長期間の入院が困難であったため,ステロイドパルス療法2クール目を施行後に退院し,その1週間後から3クール目を施行した.その後,プレドニゾロン内服40mg/dayから漸減療法を行った.治療開始から約1カ月後には,左眼の漿液性網膜?離は軽快傾向にあり,乳頭の発赤と浮腫は両眼ともに改善していた.治療開始後約3カ月には,視力は右眼(1.5),左眼(1.5)と改善し,両眼の漿液性網膜?離は消失したが,左眼の耳側領域で網膜外層の菲薄化を認めた(図6b).平均GCC厚(右眼/左眼)は治療開始後1カ月で100.04/85.22μm,2カ月で98.02/84.67μm,3カ月で99.83/86.10μmであった(図7a).また,平均cpRNFL厚(右眼/左眼)は治療開始後1カ月で126.25/118.22μm,2カ月で119.54/111.88μm,3カ月で117.04/111.16μmであった(図7b).平均GCC厚および平均cpRNFL厚は,両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかったが,治療開始後1カ月で左眼の平均GCC厚は右眼に比して減少していた.しかし,平均cpRNFL厚は右眼と左眼で明らかな差がみられなかった.平均GCC厚および平均cpRNFL厚の確率的評価は,治療後3カ月で両眼ともに正常範囲内(p>0.05)であった.しかし,左眼のGCCsignificancemapでは,網膜外層の菲薄化部位に一致した耳側領域に菲薄化(p<0.01)を認め,局所的なGCC厚の減少を示すfocallossvolume(FLV)は11.50%と異常値(p<0.01)を示した(図6c).II考按乳頭浮腫型VKHの症例1,および乳頭の炎症所見を伴わない後極型VKHの症例2は,ともに経過を通じてGCCおよびcpRNFLの菲薄化を認めなかった.一方で,経過観察中に網膜外層の萎縮を呈した症例3では,網膜外層の萎縮部位に応じた領域でGCCの菲薄化がみられた.今回の3症例は,いずれも眼外傷や内眼手術の既往はなく,症例1および症例3はVKHの国際診断基準7)を満たしていた.症例2は診断基準に必要な眼外所見がなかったが,病後期に夕焼け状眼底となり,典型的な眼底所見からVKHと診断された.症例1の乳頭浮腫型VKHにおいて,cpRNFL厚は治療開始6カ月後に減少したが,乳頭浮腫改善後のcpRNFL厚は経過を通じて正常範囲内であった.乳頭浮腫を有する眼ではcpRNFL厚が正常眼に比べ肥厚するとされている8).したがって,症例1でみられたcpRNFL厚の減少は,炎症による軸索輸送障害によって誘発されたcpRNFLの肥厚が,治療による消炎に伴い改善したものであり,炎症による神経線維障害の進行を反映したものではなかったと考えられる.症例1と症例2において,GCCおよびcpRNFLは経過を通じて明らかな菲薄化を認めなかった.VKHはメラノサイトに対する自己免疫疾患であり,メラノサイトはくも膜にも存在するため,VKHでは髄膜炎が生じる.そのためVKHでは髄鞘内に炎症が留まっている状態であり,視神経の直接障害はない2)とされている.また,VKHでは0.1未満に視力が低下していても,CFF値は軽度低下に留まる9)ことが知られており,ぶどう膜炎の視神経の障害は特発性視神経炎などと比較して軽微であるとされている10).しかし,筆者らの知る限りVKHにおけるGCC厚およびcpRNFL厚の経時的変化を検討した報告はない.今回,乳頭浮腫を伴うVKHでは治療後,明らかな神経節細胞の障害はきたさないことが他覚的に評価できたと考えられる.治療により視機能が改善した後にも神経節細胞や神経線維の障害が進行する視神経疾患4?6)とは異なる病態を示した.症例3では,治療開始後早期から右眼に比して左眼のGCC厚が減少していた.しかし,網膜神経節細胞の軸索を評価しているcpRNFL厚は右眼と左眼で明らかな差を認めなかった.cpRNFLに菲薄化がみられなかった理由としては,GCCの障害部位が限局していたためcpRNFL厚の減少として反映されなかったと考えられる.左眼GCC厚の減少については,GCCが菲薄化した部位に一致して網膜外層が萎縮を呈したことより,網膜下液の遷延もしくは炎症性変化に伴った視細胞のアポトーシスが生じ,順行性に網膜神経節細胞萎縮を生じた可能性がある.また,初診時のFAで左眼黄斑部耳側にwindowdefectがみられており,過去に何らかの疾患による滲出性変化が生じたことで網膜外層の菲薄化や網膜色素上皮障害がすでに存在していた可能性も否定できない.そのため,左眼GCCの菲薄化は,過去の網膜外層や網膜色素上皮の障害を反映した結果かもしれない.VKHによる漿液性網膜?離とGCC菲薄化の関連性について,今後症例数を増やしての検討が必要である.一方で,これまで乳頭浮腫を伴うVKHで虚血性視神経症を合併した症例がいくつか報告されている11,12).虚血性視神経症では,GCCおよびcpRNFLが経時的に菲薄化する5)ため,網膜外層の萎縮に関連した網膜神経節細胞萎縮との鑑別に注意が必要であると思われる.今回,急性期に乳頭の炎症所見を呈する乳頭浮腫型VKHと乳頭の炎症所見を伴わない後極型VKHにおいて,GCC厚およびcpRNFL厚の経時的変化を観察した.VKHにおける乳頭浮腫は,続発性の視神経障害をきたさないことが示唆されたが,一方で網膜外層の萎縮に関連した網膜神経節細胞萎縮を認めた症例も経験した.乳頭浮腫を伴ったVKHにおいてGCC厚やcpRNFL厚を評価することは,病態の把握に有用であると考えられる.文献1)杉浦清治:Vogt-小柳-原田病.臨眼33:411-424,19792)中村誠:乳頭が腫れていたら.あたらしい眼科24:1553-1560,20073)KimNR,LeeES,SeongGJetal:Structure-functionrela-tionshipanddiagnosticvalueofmacularganglioncellcomplexmeasurementusingFourier-domainOCTinglaucoma.InvestOphthalmolVisSci51:4646-4651,20104)後藤克聡,水川憲一,三木淳司ほか:神経節細胞複合体の急激な菲薄化を認めた小児視神経炎の2例.日眼会誌117:1004-1011,20135)GotoK,MikiA,ArakiSetal:Timecourseofmacularandperipapillaryinnerretinalthicknessinnon-arteriticanteriorischemicopticneuropathyusingspectral-domainopticalcoherencetomography.NeuroOphthalmology40:74-85,20166)荒木俊介,後藤克聡,水川憲一ほか:光干渉断層計を用いて神経節細胞複合体厚および乳頭周囲網膜神経線維層厚の経時的変化を観察できた小児外傷性視神経症の1例.あたらしい眼科31:763-768,20147)ReadRW,HollandGN,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportofaninternationalcommitteeonnomenclature.AmJOphthalmol131:647-652,20018)MenkeMN,FekeGT,TrempeCL:OCTmeasurementsinpatientswithopticdiscedema.InvestOphthalmolVisSci46:3807-3811,20059)三村康男:ブドウ膜炎の診断,治療と医原性の問題について,第4章各疾病の診断と治療,IIVogt-小柳-原田病.日本の眼科48:190-194,197610)毛塚剛司:視神経炎をみたら.あたらしい眼科30:731-737,201311)YokoyamaA,OhtaK,KojimaHetal:Vogt-Koyanagi-Haradadiseasemasqueradinganteriorischemicopticneuropathy.BrJOphthalmol83:123,199912)NakaoK,MizushimaY,AbematsuNetal:AnteriorischemicopticneuropathyassociatedwithVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmol247:1417-1425,2009〔別刷請求先〕荒木俊介:〒701-0192倉敷市松島577川崎医科大学眼科学1教室Reprintrequests:SyunsukeAraki,DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPAN図1症例1の初診時眼底所見a:蛍光眼底造影所見.両眼に視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.b:黄斑部OCT所見(水平断).両眼ともに黄斑部の滲出性変化は認めなかった.c:乳頭部OCT所見(水平断).両眼ともに乳頭浮腫を認めた.OCT:opticalcoherencetomography.図2症例2の初診時眼底所見a:蛍光眼底造影所見.両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留を認めたが,視神経乳頭からの蛍光漏出は認めなかった.b:黄斑部OCT所見(水平断).両眼ともに黄斑部の漿液性網膜?離を認めた.c:乳頭部OCT所見(水平断).両眼ともに乳頭浮腫は認めなかった.OCT:opticalcoherencetomography.図3症例3の初診時眼底所見a:蛍光眼底造影所見.両眼の漿液性網膜?離に一致した網膜下への蛍光貯留と視神経乳頭からの蛍光漏出を認めた.また,右眼黄斑部下方および左眼黄斑部耳側にwindowdefectを認めた.b:OCT所見(水平断).両眼ともに黄斑部の漿液性網膜?離および乳頭浮腫を認めた.OCT:opticalcoherencetomography.あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616671668あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(130)図4症例1および症例2の平均GCC厚の経時的変化症例1,症例2の平均GCC厚は両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかった.また,乳頭の炎症所見の有無にかかわらず両症例の最終的な平均GCC厚に明らかな差はなかった.GCC:ganglioncellcomplex.図5症例1および症例2の平均cpRNFL厚の経時的変化平均症例1の平均cpRNFL厚は治療開始6カ月後で減少し,その後は一定であった.症例2の平均cpRNFL厚は両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかった.また,乳頭の炎症所見の有無にかかわらず両症例の最終的な平均cpRNFL厚に明らかな差はなかった.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer.(131)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161669図6症例3のOCT所見a:治療後3日のOCT所見.右眼の乳頭黄斑間の網膜膨化および左眼黄斑部の漿液性網膜?離の残存を認めた.b:治療後3カ月のOCT所見.右眼の網膜膨化が改善した.左眼の漿液性網膜?離は改善したが,耳側領域(矢頭で示した部位)で網膜外層の萎縮が認められた.c:治療後3カ月のGCCmap.左眼のGCCsignificancemapにおいて,耳側に異常領域が認められ,FLVは11.50%と異常値を示した.右眼のFLVは1.45%で正常範囲内であった.FLV:focallossvolume,GCC:ganglioncellcomplex,OCT:opticalcoherencetomograph1670あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(132)図7症例3の平均GCC厚および平均cpRNFL厚の経時的変化a:症例3の平均GCC厚の経時的変化.左眼の平均GCC厚は経過を通じて右眼に比して減少していた.b:症例3の平均cpRNFL厚の経時的変化.平均cpRNFL厚は両眼ともに経過を通じて明らかな変化がなかった.cpRNFL:circumpapillaryretinalnervefiberlayer,GCC:ganglioncellcomplex.(133)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201616711672あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(134)

網膜動脈分枝閉塞症を続発したIntrapapillary Hemorrhage with Adjacent Peripapillary Subretinal Hemorrhage(IHAPSH)の1例

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1662?1665,2016c網膜動脈分枝閉塞症を続発したIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhage(IHAPSH)の1例佐藤茂内堀裕昭林仁堺市立総合医療センターアイセンターACaseofBranchRetinalArteryOcclusioninIntrapapillaryHemorrhagewithAdjacentPeripapillarySubretinalHemorrhageShigeruSato,HiroakiUchihoriandHitoshiHayashiDepartmentofOphthalmology,SakaiCityMedicalCenterIntrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageの経過中に網膜動脈分枝閉塞症を生じた症例を経験したので報告する.症例は42歳,女性.主訴は右眼飛蚊症.初診時,矯正視力は両眼とも1.2,眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.右眼には軽度の硝子体出血および視神経乳頭鼻上側の乳頭部出血,視神経乳頭辺縁部鼻上側に網膜下出血を認めた.網膜動静脈の拡張や蛇行は認めなかった.無投薬で経過を観察したが,初診より5日後,視神経乳頭鼻側に小さな網膜動脈分枝閉塞症(BRAO)を認めた.全身検査を行ったが,有意な所見を認めなかった.初診より5日後からアスピリン100mg/日内服を開始したところ,出血は徐々に吸収され,飛蚊症は消失し,視力も保たれた.約7カ月の経過観察中に再出血や新たなBRAOの発症は認めなかった.Wereportthecaseofa42-year-oldfemalewhosufferedintrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageanddevelopedanadjacentperipapillarybranchretinalarteryocclusioninherrighteye.Hermaincomplaintwasfloatersintherighteye.Ourinitialexaminationrevealedcorrectedvisualacuityof1.2inbotheyes,andintraocularpressureof15mmHgand17mmHgintherightandlefteyes,respectively.Ophthalmoscopicexaminationdisclosedmildvitreoushemorrhage,nasalintrapapillaryhemorrhageandadjacentperipapillarysubretinalhemorrhageinherrighteye.Fivedayslater,wefoundanadjacentperipapillarybranchretinalarteryocclusionintherighteye,andinitiatedprescriptionoforalaspirin(100mg/day).Thehemorrhagegraduallydisappearedandthefloatersfadedaswell.Visualacuitywasmaintained.Therehasbeennorecurrencethusfar.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1662?1665,2016〕Keywords:視神経乳頭周囲に網膜下出血を伴う乳頭部出血,網膜動脈分枝閉塞症,硝子体出血,網膜下出血,近視.intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage(IHAPSH),branchretinalarteryocclusion(BRAO),vitreoushemorrhage,subretinalhemorrhage,myopia.はじめに若年者に片眼性視神経乳頭部出血をきたす疾患として,視神経乳頭血管炎1),虚血性視神経症2),視神経乳頭部ドルーゼン3),後部硝子体?離に伴う乳頭部出血4,5),Leber特発性星芒状視神経網膜炎2,6,7),視神経乳頭部細動脈瘤8),視神経乳頭周囲に網膜下出血を伴う乳頭部出血(intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage:IHAPSH)2)などが報告されている.このなかで,IHAPSHは片眼性の視神経乳頭部出血に加え視神経乳頭部周囲網膜下出血を伴う症候群で,その原因としてさまざまな機序が考察されているものの,現在のところ詳細は不明である.硝子体出血を合併することもあり,飛蚊症の訴えにて受診され発見されることもある.出血は自然吸収傾向にあり,視力予後も良好で再発は少ないとされている2).今回,IHAPSHの経過観察中,視神経乳頭出血部位に近接した網膜動脈分枝閉塞症(branchretinalarteryocclusion:BRAO)を生じた症例を経験したので報告する.I症例患者:42歳,女性.主訴:右眼飛蚊症.既往歴:特記すべきものなし.現病歴:2015年2月より右眼の飛蚊症を自覚.近医受診したところ視神経乳頭部出血を指摘された.精査目的にて紹介となり,2日後に当科初診となった.初診時所見:視力は右眼0.05(1.2×sph?4.5D(cyl?0.5DAx60°),左眼0.1(1.2×sph?2.5D(cyl?0.5DAx150°).眼圧は右眼15mmHg,左眼17mmHgであった.右眼には軽度の硝子体出血および視神経乳頭鼻上側の乳頭部出血,その辺縁部に網膜下出血を認めた.網膜血管動静脈の拡張や蛇行は認めず,黄斑周囲の星芒状白斑も認めなかった(図1a).右眼前眼部は特記すべき所見を認めなかった.また,左眼には特記すべき所見を認めなかった.矯正視力良好であり,自覚症状も軽度であったため,投薬は行わず経過観察をすることとした.経過:初診より5日後再診したところ,飛蚊症が少し濃くなった印象があるとのことであった.検眼鏡的には,硝子体出血はかなり吸収されており,網膜下出血の増悪は認めないものの,若干の乳頭部出血の増加および視神経乳頭鼻側に小さなBRAOを認めた(図1b).同日施行したフルオレセイン蛍光眼底造影検査(fluoresceinangiography:FA)では,BRAO部を走行する動脈は動脈相早期ですでに充盈が始まっており,他の動脈に比して充盈遅延は認めなかった(図1c).また,網膜炎を疑うびまん性蛍光漏出や,網膜血管からのシダ状蛍光漏出,無血管領域,新生血管を認めなかった.視神経乳頭部は出血によるブロックと考える低蛍光を示したが,後期でも乳頭浮腫,血管腫や新生血管を疑う過蛍光は確認できなかった(図1d).OCTでは,視神経乳頭出血に一致した乳頭辺縁部の肥厚および網膜下出血と考える網膜下高反射像を認めた.また,硝子体出血と考えられる高反射も認めた.BRAO部では網膜内層の高反射を認めたが,視神経乳頭への硝子体牽引は明らかではなかった(図2a~d).本症例は中等度近視であり,3D解析を行ったところ傾斜乳頭の像を示した(図2e).中心フリッカー値は両眼ともに41Hzであった.全身検査では,心電図は正常範囲内で,心房細動は認めなかった.頸部エコーでは,両側頸動脈にプラークや狭窄を認めなかった.血液学的検査では,凝固能,抗核抗体やb2マイクログロブリン抗体を含めて有意な所見を認めなかった.本人と相談のうえ,アスピリン100mg/日内服を開始した.その後,出血は徐々に吸収され,飛蚊症の自覚も消失した.初診から約2カ月後にいったん受診が途絶えた.それに伴い,アスピリン内服も自己中断となった.初診から5カ月半後に再診されたところ,出血は完全に吸収されており,表在性視神経乳頭ドルーゼンを認めなかった(図3a).視力は維持されていたが,自動視野計では,右眼Mariotte盲点の耳側への拡大を認めた.初診から6カ月後のFAでは,ブロックは消失し,視神経乳頭部に浮腫,血管腫や新生血管を疑う過蛍光は認めなかった(図3b).BRAO領域は検眼鏡や造影検査を含め,通常の検査では確認が困難であったが,FA後のマルチカラー眼底撮影では,短波長(488nm)と中間波長(518nm)レーザー撮影において,BRAOの領域に一致して,明らかな色調変化が認められた(図3c,d).II考按今回筆者らは,IHAPSHの経過中にBRAOを続発したと考えられる症例を経験した.IHAPSHは,2004年にKokameらが10眼の臨床報告を行い提唱した症候群名である2).それ以前には,1975年のCibisらの報告4)に続き,わが国でも1981年以降に同様の所見を示す症例が相ついで報告され,1989年には廣辻らが10眼の臨床報告を行い,近視性乳頭出血との名称を提唱している5).Kokameらは,この症候群の特徴として①視神経乳頭部からの出血,②近視眼の傾斜乳頭で頻度が上昇する,③視神経乳頭の上方もしくは鼻側に出血することが多い,④急性発症で視力予後良好である,⑤同一眼に再発を認めないとの5つの特徴をあげているが,それ以外にも⑥出血は自然消退する,⑦神経や網膜に明らかなダメージを残さない,⑧アジア系に多くそれ以外の人種では稀,⑨女性に多い,⑩平均発症年齢は47歳などと述べている2).本症例は上記特徴に合致しており,IHAPSHであると考えた.BRAOについては,一般に塞栓源の検索が重要であるが,本症例では塞栓源は特定できなかった.また,特記すべき既往症はなく,発症年齢が比較的若く,血液検査でも凝固系や抗リン脂質抗体症候群を疑う異常所見を認めなかった.さらにIHAPSHの推定発症から1カ月以内に病変の直近に発症している.以上から本症例のBRAOはIHAPSHに続発したと考えた.IHAPSHと鑑別すべき疾患として,視神経乳頭血管炎1),虚血性視神経症2),視神経乳頭部ドルーゼン3),視神経乳頭部細動脈瘤8)を考慮した.まず,視神経乳頭血管炎であるが,全身疾患を伴わない若年性の網膜中心静脈閉塞症が高齢者の病態とは異なるとの考え方から,さまざまな名称でよばれてきた臨床概念である1).本症例では網膜血管の拡張・蛇行を認めず,視神経乳頭部の腫脹は軽度で,出血を認める上方?鼻側に限局しており,耳側?下方の視神経乳頭の腫脹は認めない(図1a~d,2a~e).FAでは網膜血管からのシダ状蛍光漏出など網膜中心静脈閉塞症に共通する所見を認めなかった.また,FAの後期像で視神経乳頭からの著明な蛍光漏出は認めなかった(図1d).以上のことから視神経乳頭血管炎は除外されると考える.虚血性視神経症では,視神経乳頭は急性期に閉塞部の蒼白浮腫と非閉塞部の発赤浮腫を認め,水平半盲などの閉塞部に一致した永続する視野障害を認めることが多い.本症例では,BRAOに伴うMariotte盲点の拡大を認めるのみで,視神経乳頭部出血に一致した視野障害を認めなかった.また,出血の吸収後の視神経乳頭に蒼白化を認めなかったことから除外した(図3a).視神経乳頭部ドルーゼンについては,出血吸収後に検眼鏡的には表在性の視神経乳頭ドルーゼンを認めなかった(図3a).しかし,超音波Bモード,CTなどを行っていないため,深部に潜在するドルーゼンは完全に否定できなかった.視神経乳頭部細動脈瘤は視神経乳頭部出血やBRAOを生じることがある8).しかし,本症例では視神経乳頭部血管瘤は検出されなかった(図3a,b).IHAPSHの原因は未解明であるが,その病因として近視に伴う脈絡膜乳頭境界部での解剖学的脆弱性5),後部硝子体?離に伴う視神経乳頭部牽引4),Valsalva手技による破綻性出血9)やLeber特発性星芒状視神経網膜炎などが考えられている2,6,7).今回の症例では,中等度近視で傾斜乳頭であるものの,OCTにおいて後部硝子体?離に伴う視神経乳頭部牽引は認めなかった(図2a~d).そのため,本症例に関して,硝子体牽引は病因の可能性としては低いと考えた.Valsalva手技による視神経乳頭部の破綻性出血については,発症直前のエピソードに関して積極的には問診を行ったわけではないものの,とくに申告はなく,また後日BRAOが続発したことを説明できない.Leber特発性星芒状視神経網膜炎は,黄斑部に星芒状白斑を伴う視神経網膜炎であるが,ネコひっかき病を含めたさまざまな原因で起こるとされており,IHAPSHに似た所見を示すことがあると報告されている6,7).ネコひっかき病はグラム陰性菌のBartonellahenselae感染が原因であると報告されているが,近年このBartonellahenselae感染とBRAOの関連が指摘されている10).Bartonellahenselaeは血管内皮に侵入する傾向がある11)ので,血管内皮のダメージの結果としての血管閉塞や血管増殖が想定されている12).本症例では,Bartonellahenselae感染の血液学的検索や猫の接触歴や飼育歴の聴取を行っていなかった.今後,IHAPSHとBartonellahenselae感染の関連については検討の価値があると考える.BRAO発症半年後,検眼鏡やFAではBRAO部を同定することが困難であった(図3a,b)しかし,OCTでは,網膜の限局性菲薄化が認められ,FA後のマルチカラー眼底撮影では短波長(488nm)と中間波長(518nm)レーザーにて撮像した画像では,はっきりと閉塞部を同定することができた(図3c,d).マルチカラー眼底撮影は陳旧性BRAOの閉塞領域を同定するのに有用である可能性がある.最後に,IHAPSHは自然軽快し,予後良好と報告されているが,BRAOを続発する可能性があるので,発症早期はBRAOの続発に注意すべきと考えられた.文献1)FongAC,SchatzH:Centralretinalveinocclusioninyoungadults.SurvOphthalmol37:393-417,19932)KokameGT,YamamotoI,KishiSetal:Intrapapillaryhemorrhagewithadjacentperipapillarysubretinalhemorrhage.Ophthalmology111:926-930,20043)LeeKM,HwangJM,WooSJ:Hemorrhagiccomplicationsofopticnerveheaddrusenonspectraldomainopticalcoherencetomography.Retina34:1142-1148,20144)CibisGW,WatzkeRC,ChuaJ.:Retinalhemorrhagesinposteriorvitreousdetachment.AmJOphthalmol80:1043-1046,19755)廣辻徳彦,布出優子,中倉博延ほか:近視性乳頭出血.眼紀40:2787-2794,19896)KokameGT:Intrapapillary,peripapillaryandvitreoushemorrhage[letter].Ophthalmology102:1003-1004,19957)CassonRJ,O’DayJ,CromptonJL:Leber’sidiopathicstellateneuroretinitis:differentialdiagnosisandapproachtomanagement.AustNZJOphthalmol27:65-69,19998)MitamuraY,MiyanoN,SuzukiYetal:Branchretinalarteryocclusionassociatedwithruptureofretinalarteriolarmacroaneurysmontheopticdisc.JpnJOphthalmol49:428-429,20059)里見あづさ,大原むつ:Valsalva手技が誘因と思われる若年者乳頭出血の1例.眼臨90:981-983,199610)Eiger-MoscovichM,AmerR,OrayMetal:RetinalarteryocclusionduetoBartonellahenselaeinfection:acaseseries.ActaOphthalmol94:e367-e370,201611)KirbyJE:InvitromodelofBartonellahenselae-inducedangiogenesis.InfectImmun72:7315-7317,200412)PinnaA,PugliaE,DoreS:Unusualretinalmanifestationsofcatscratchdisease.IntOphthalmol31:125-128,2011〔別刷請求先〕佐藤茂:〒593-8304大阪府堺市西区家原寺町1-1-1堺市立総合医療センターアイセンターReprintrequests:ShigeruSatoM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,SakaiCityMedicalCenter,1-1-1Ebaraji-cho,Nishi-ku,Sakai,Osaka593-8304,JAPAN1662(124)0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1眼底写真およびFAa:初診時右眼眼底写真.視神経乳頭鼻上側に出血,網膜下出血,浮腫を認める.網膜血管の拡張は認めない.b:初診から5日後.視神経乳頭部出血の軽度増加と視神経乳頭鼻側にBRAOを認める.c:FA早期像.BRAO部の動脈の充盈を認める.d:FA後期像.網膜血管からの蛍光漏出や視神経乳頭部の著明な過蛍光を認めない.(125)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161663図2OCT像a,b:OCTの網膜下出血部のスキャン位置と断層像.b:出血部に一致した網膜肥厚と網膜下出血と思われる反射を認める.硝子体には出血と思われる点状高反射を認めるが,明らかな後部硝子体?離を認めない.c,d:OCTのBRAO部のスキャン位置と断層像.d:網膜内層に高反射像を認める.e:右視神経乳頭部のOCTによる3D再構成像.傾斜乳頭を認める図3眼底写真とマルチカラー眼底写真a:初診から5カ月半後の右眼眼底写真.出血は吸収され,血管瘤や表在性の視神経乳頭部ドルーゼンを認めない.BRAO部は同定できない.b:初診から6カ月後のFA後期像.視神経乳頭部に異常所見を認めない.BRAO部は同定できない.c,d:FA後のマルチカラー眼底撮影(c=488nm,d=518nm)BRAO部が同定可能.1664あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(126)(127)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161665

視野障害進行中の正常眼圧緑内障患者に対するカシスアントシアニンの視野障害進行抑制効果

2016年11月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(11):1656?1661,2016c視野障害進行中の正常眼圧緑内障患者に対するカシスアントシアニンの視野障害進行抑制効果井上賢治*1山本智恵子*1塩川美菜子*1比嘉利沙子*1藤本隆志*1石田恭子*2富田剛司*2*1井上眼科病院*2東邦大学医療センター大橋病院眼科EffectsofBlackCurrantAnthocyaninsonVisualFieldDefectsinNormal-tensionGlaucomaKenjiInoue1),ChiekoYamamoto1),MinakoShiokawa1),RisakoHiga1),TakayukiFujimoto1),KyokoIshida2)andGojiTomita2)1)InouyeEyeHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:カシスアントシアニンが緑内障性視野障害進行を抑制するかを前向きに検討する.対象および方法:meandeviation(MD)値変化が?0.5dB/年以下の正常眼圧緑内障28例28眼を対象とした.点眼薬治療を継続し,カシスアントシアニン50mgを含む試験食品を1日3粒2年間摂取した.摂取前後2年間のMD値,patternstandarddeviation(PSD)値,visualfieldindex(VFI)値変化を比較した.結果:MD値変化は,摂取後(?0.18±0.64dB/年)は摂取前(?0.98±0.48dB/年)に比べて有意に改善した(p<0.0001).PSD値変化は摂取前後で同等であった.VFI値変化は,摂取後(?0.94±2.58/年)は摂取前(?2.53±2.00/年)に比べて有意に改善した(p<0.001).結論:カシスアントシアニンは緑内障性視野障害進行を抑制する可能性がある.Purpose:Weprospectivelyinvestigatedtheeffectsofblackcurrantanthocyanins(BCAC)onglaucomatousvisualfielddefects.Methods:Thestudyincluded28participants(28eyes)withnormal-tensionglaucoma(NTG)whosemeandeviations(MDs)were??0.5dB/yearduringtheprevious24months.BCACtabletswereaddedtoongoingeyedroptreatments;3tablets(50mg/day)wereadministeredonceadayfora24-monthperiod.MDslope,patternstandarddeviation(PSD)slopeandvisualfieldindex(VFI)slopeduringthe24monthsafteradministrationwerecomparedwiththerespectivevaluesduringthe24monthsbeforeinitiationoftreatment.Results:MDslopeimprovedfrom?0.98±0.48dB/yearto?0.18±0.64dB/year(p<0.0001).VFIslopeimprovedfrom?2.53±2.00/yearto?0.94±2.58/year(p<0.001).TherewasnosignificantchangeinPSDslope.Conclusion:BCACcouldeffectivelyslowtheprogressionofglaucomatousvisualfielddefectsinNTGpatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(11):1656?1661,2016〕Keywords:カシスアントシアニン,視野障害,正常眼圧緑内障,MD,PSD,VFI.blackcurrantanthocyanins,visualfielddefects,normal-tensionglaucoma,meandeviation,patternstandarddeviation,visualfieldindex.はじめに緑内障治療の最終目標は患者の視野障害進行の抑制である.視野障害進行抑制に対して唯一エビデンスが得られているのが眼圧下降である1,2).しかし,眼圧を十分に下降させても視野障害が進行する症例も存在する.そのような症例では眼圧以外の要因が視野障害進行に関与していると考えられる.その要因として,血流障害や神経細胞死があり,血流改善3)や神経保護作用4)が視野障害進行抑制に効果的だったと報告されている.一方,昔からブルーベリーは眼によいといわれている.しかし,ブルーベリーなどの果実を毎日多量に摂取するのは困難なので,錠剤にしたサプリメントが世界的に発売されている.ヨーロッパではサプリメントは一部医薬品として登録されている.実際に緑内障性視野障害の進行抑制効果がイチョウ葉エキスやビルベリーアントシアニンで報告されている5).アントシアニンの目に対する効果としてロドプシンの再合成促進作用6),血流改善7,8),毛様体筋緊張の緩和9),近視抑制10),眼精疲労軽減11)などが報告されている.アントシアニンを多量に含有する果実としてカシスがある.カシスアントシアニンによる緑内障性視野障害の進行抑制効果が日本人原発開放隅角緑内障患者で報告された7).今回,この論文を再検証する目的で,カシスアントシアニンが緑内障性視野障害の進行抑制に寄与するかを,日本人正常眼圧緑内障患者を対象にして前向きに検討した.I方法2011年9月?2012年10月に井上眼科病院に通院中の20歳以上75歳以下の正常眼圧緑内障患者のうち,本研究の主旨を説明し本人の文書による同意が得られ,以下の選択基準を満たし除外基準に抵触しない症例を対象とし,前向き一般臨床試験で実施した.選択基準は緑内障点眼薬治療を2年間以上受けており,試験開始前2年間のHumphrey視野検査プログラム中心30-2SITA-Standard(以下,HFA30-2)のmeandeviation(MD)値が悪化している症例,MD値?12.0dB以上の早期から中期の緑内障性視神経障害があり,矯正視力0.7以上で,試験開始前2年間の眼圧に変化がない症例とした.除外基準は緑内障以外に視野検査に影響する疾患を有する症例,白内障手術後1年以内の症例,食物アレルギーを有する症例,重篤あるいは進行性の全身性疾患を有する症例,本研究に影響する可能性のある健康食品を常用している症例,妊婦や授乳中の症例とした.カシスアントシアニン摂取24カ月前から摂取開始日までの6カ月ごとのHFA30-2のMD値の変動が2.0dBを超える症例,HFA30-2で信頼性が低い(固視不良20%以上,偽陽性または偽陰性反応33%以上),あるいは検査実施日が規定の検査日±3カ月を超えていて摂取24カ月前から摂取開始日までにHFA30-2で4回以上のデータがない症例,摂取開始日のHFA30-2の信頼性が低い症例は除外した.解析時にはHFA30-2のMD値が悪化している基準として摂取前24カ月間のHFA30-2のMD値変化が?0.5dB/年以下とした.両眼該当例では視野障害が重度のほうの眼を解析に用いた.試験期間中は従来からの緑内障点眼薬治療(表1)を継続し,さらにカシスアントシアニンを含む試験食品(カシス-iR,明治)を1日1回3粒,2年間摂取した.試験食品は1日量(3粒)当たりカシス抽出物(カシスアントシアニン50mg含有),b-カロテン1,800μg,ルテイン0.5mgの他,オリーブ油,大豆レシチン,グリセリン脂肪酸エステルを,ゼラチンおよびグリセリン製軟カプセルに充?した軟カプセル剤である.受診ごとに試験食品の摂取状況を確認した.測定項目は,眼圧,MD値,patternstandarddeviation(PSD)値,visualfieldindex(VFI)値,自己記入式アンケート(表2)とした.眼圧は受診ごとにGoldmann圧平眼圧計で測定し,6カ月ごとの測定値を解析に用いた.HFA30-2と自己記入式アンケートは6カ月ごとに実施した.また,摂取前24カ月間と摂取後24カ月間のMD値,PSD値,VFI値の変化量が改善,不変あるいは悪化した症例数をそれぞれ調べた.統計学的検討は,摂取前24カ月間と摂取後24カ月間のMD値変化(dB/年),PSD値変化(dB/年),VFI値変化(/年)をWilcoxonsignedranktestで,眼圧変化はANOVAおよびBonfferoni/dunn検定で比較した.自己記入式アンケートは摂取開始日と摂取24カ月後についてWilcoxonsignedranktestで比較した.統計学的検討における有意水準はp<0.05とした.眼圧下降が視野障害進行抑制に効果を示すことは証明されている1,2)ことから,その影響を除外する目的で試験食品摂取前と摂取24カ月後で眼圧が有意(p<0.05,ANOVAおよびBonfferoni/dunn検定)に下降した症例は解析から除外した.その他,摂取率が80%以下の症例は解析対象から除外した.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得て実施した.II結果同意を得られた72例のうち摂取前24カ月間のHFA30-2のMD値の変動が大きかった症例(4例),HFA30-2で信頼性が低いあるいは検査実施日が規定検査日±3カ月を超えていて摂取24カ月前から摂取開始日までにHFA30-2で4回以上のデータがない症例(19例),摂取開始日のHFA30-2の信頼性が低い症例(4例)の合計27例は摂取6カ月後までに中止として,45例で摂取を継続した.さらに摂取前24カ月間のHFA30-2によるMD値変化が?0.5dB/年よりも大きい11例と同意を撤回した2例を除外した32例を本試験の対象者とした.摂取率80%以下の2例,摂取開始後に眼圧が有意に下降した2例を除いた28例にて解析を行った(図1).解析対象28例(男性8名,女性20名)の平均年齢は59.1±11.8歳,(平均±標準偏差,30?74歳),使用中の緑内障点眼薬は平均1.6±0.8剤で,1剤15例,2剤9例,3剤3例,4剤1例であった(表1).MD値は摂取24カ月前(?4.45±2.71dB)から摂取開始日(?5.55±2.76dB)では有意に低下し(p<0.0001),摂取開始日から摂取24カ月後(?6.33±3.20dB)では変化はなかった(p=0.0992).MD値変化は摂取24カ月前から摂取開始日では?0.98±0.48dB/年,摂取開始日から摂取24カ月後では?0.18±0.64dB/年で,摂取開始後に有意に改善した(p<0.0001).MD値変化量および変化(傾き)を図2に示した.MD値変化が摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間のほうが改善した症例は24例(85.7%),不変あるいは悪化した症例は4例(14.3%)だった.PSD値は摂取24カ月前(8.74±3.90dB)から摂取開始日(9.40±3.81dB)では有意に上昇し(p<0.05),摂取開始日から摂取24カ月後(10.12±3.53dB)では変化はなかった(p=0.8083).PSD値変化は摂取24カ月前から摂取開始日までは0.79±1.01dB/年,摂取開始日から摂取24カ月後では0.32±0.95dB/年で変化はなかった(p=0.060).PSD値変化量および変化(傾き)を図3に示した.PSD変化が摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間のほうが改善した症例は16例(57.1%),不変あるいは悪化した症例は12例(42.9%)だった.VFI値は摂取24カ月前(86.25±8.54)から摂取開始日(85.26±8.49)では有意に低下し(p<0.001),摂取開始日から摂取24カ月後(82.38±9.33)では変化はなかった(p=0.2362).VFI値変化は摂取24カ月前から摂取開始日では?2.53±2.00/年,摂取開始日から摂取24カ月後では?0.94±2.58/年でカシス摂取後に有意に改善した(p<0.001).VFI値変化量および変化(傾き)を図4に示した.VFI値変化が摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間のほうが改善した症例は23例(82.1%),不変あるいは悪化した症例は5例(17.9%)だった.MD値,PSD値,VFI値のすべての変化(傾き)が改善した症例は13例(46.4%)だった.MD値変化とPSD値変化のみが改善した症例は1例(3.6%),MD値変化とVFI値変化のみが改善した症例は7例(25.0%),PSD値変化とVFI値変化のみが改善した症例は2例(7.1%)だった.MD値,PSD値,VFI値のすべての変化が不変あるいは悪化した症例は1例(3.6%)だった(図5).眼圧は,摂取24カ月前は13.5±2.7mmHg,摂取18カ月前は13.3±2.6mmHg,摂取12カ月前は13.5±2.4mmHg,摂取6カ月前は13.2±2.3mmHg,摂取開始日は12.7±2.0mmHgで摂取前まで変化がなく(p=0.054),摂取6カ月後は12.7±2.3mmHg,摂取12カ月後は12.5±2.1mmHg,摂取18カ月後は12.9±2.5mmHg,摂取24カ月後は12.6±2.3mmHgで,摂取後も変化はなかった(p=0.698).自己記入式アンケート調査では「眼が疲れる」「涙が出る」「いらいらする」の3項目において,摂取開始日に比べて摂取24カ月後に有意に改善した(p<0.05,p<0.05,p<0.01)(図6).III考按カシスアントシアニンによる原発開放隅角緑内障患者の視野障害進行抑制がOhguroらの研究により報告されている7).そこで,当院においても,カシスアントシアニンを含む食品の摂取が,視野障害進行中の緑内障患者の視野障害進行を抑制するかについて検討を行った.日本人においては,原発開放隅角緑内障患者の多くは正常眼圧緑内障患者12)であることから,本試験の対象は視野障害が進行中の正常眼圧緑内障患者を対象とした.眼圧下降による視野障害進行抑制作用は証明されている1,2)ので,摂取後に眼圧が有意に下降した症例は解析からは除外し,眼圧非依存性での要因を検討した.今回,視野障害進行症例の判断基準としてHFA30-2によるMD値変化が?0.5dB/年以下とした.過去の緑内障を治療中の患者の視野障害の進行速度は?0.41dB/年13),?0.34±0.17dB/年14),あるいは進行症例は?0.71dB/年で非進行症例は?0.01dB/年15)と報告されている.一方,緑内障を無治療で経過観察している患者の視野障害の進行速度は?0.36dB/年16),?0.41dB/年17)と報告されている.過去の報告13?17)の視野障害進行速度を基にして今回の基準を設定した.カシスアントシアニンの緑内障患者に対する効果はOhguroらにより多数報告されている7,8,18).カシスアントシアニンの緑内障性視野障害進行抑制に対する無作為化プラセボ対照二重盲検比較試験の報告では,カシスアントシアニン摂取群(カシスアントシアニン50mg/day)20例とプラセボ群20例で摂取前後2年間の眼圧,視野MD値,眼血流を評価した.眼圧は両群とも摂取前後で変化なく,両群間にも差がなかった.MD値の変化は,カシスアントシアニン摂取群では,摂取後にMD値の悪化が抑制された.眼血流はカシスアントシアニン摂取群でプラセボ群に比べて,有意に血流が増加した7).一方,健常人のボランティアにカシスアントシアニンあるいはプラセボを投与したところ,眼圧は投与2週間後ではカシスアントシアニン群がプラセボ群に比べて有意に下降したが,投与4週間後では2群で同等だったと報告した18).正常眼圧緑内障患者30例でカシスアントシアニン(50mg/day)を摂取し,6カ月間経過観察した研究では,摂取前後で眼圧に差はなく,視神経乳頭および乳頭周囲網膜の血流量は有意に増加した.また,摂取後に血中エンドセリン-1濃度は有意に増加した8).MD値とVFI値の変化は摂取前24カ月間に比べて摂取後24カ月間で有意に改善し,OhguroらのMD値の報告7)と同様の結果を得た.また,PSD値変化では摂取前後で有意な変化はみられなかったものの,摂取前24カ月間では有意に上昇していたのに対し,摂取後24カ月間では変化がみられなかった.症例を個別に検討したところ,MD値変化がカシス摂取前24カ月間に比べてカシス摂取後24カ月間のほうが改善した症例が85.7%と多数みられた.同様にPSD値変化,VFI値変化が改善した症例が各々57.1%と82.1%にみられた.MD値,PSD値,VFI値のすべての変化が改善した症例も46.4%存在した.試験食品摂取後の視野障害進行抑制作用は,Ohgroらの報告8)から視神経乳頭の眼血流改善によるものと推測され,その作用は眼圧非依存的であることが示唆された.今回摂取した試験食品はカシスアントシアニンのほかに,目によい成分とされるbカロテン1,800μg,ルテイン0.5mgを含有しており,それらによる影響も考えられるが,それらの含有量はこれまでに有効性の報告された量19)に比べると非常に少ないことから,本作用はカシスアントシアニンによるものが大きいと考える.また,自己記入式アンケートにて有意な改善がみられた「眼が疲れる」は,カシスアントシアニンの血流改善作用8)と毛様筋緊張の緩和9)によると推測される.今回,過去2年間に眼圧に変化がないのに視野障害が進行している正常眼圧緑内障患者に,従来の点眼薬治療を継続しながら,カシスアントシアニンを2年間摂取してもらった.全体では視野障害進行は抑制された.個別の検討ではMD値,PSD値,VFI値のいずれかの変化量が改善した症例は57.1?85.7%だった.眼圧が下降した症例は解析から除去したので,眼圧非依存性にカシスアントシアニンにより正常眼圧緑内障患者で進行中の視野障害を抑制できる可能性が示唆された.文献1)CollaborativeNormal-TensionGlaucomaStudyGroup:Theeffectivenessofintraocularpressurereductioninthetreatmentofnormal-tensionglaucoma.AmJOphthalmol126:498-505,19982)TheAGISInvestigators:TheAdvancedGlaucomaInterventionStudy(AGIS):7.Therelationshipbetweencontrolofintraocularpressureandvisualfielddeterioration.AmJOphthalmol130:429-440,20003)KosekiN,AraieM,TomidokoroAetal:Aplacebo-controlled3-yearstudyofacalciumblockeronvisualfieldandocularcirculationinglaucomawithlow-normalpressure.Ophthalmology115:2049-2057,20084)KrupinT,LiebmannJM,GreenfieldDSetal:Arandomizedtrialofbrimonidineversustimololinpreservingvisualfunction:resultsfromtheLow-PressureGlaucomaTreatmentStudy.AmJOphthalmol151:671-681,20115)ShimSH,KimJM,ChoiCYetal:Ginkgobilobaextractandbilberryanthocyaninsimprovevisualfunctioninpatientswithnormaltensionglaucoma.JMedFood15:818-823,20126)MatsumotoH,NakamuraY,TachibanakiSetal:Stimulatoryeffectofcyanidin3-glycosidesontheregenerationofrhodopsin.JAgricFoodChem51:3560-3563,20037)OhguroH,OhguroI,KataiMetal:Two-yearrandomized,placebo-controlledstudyofblackcurrantanthocyaninsonvisualfieldinglaucoma.Ophthalmologica228:26-35,20128)OhguroI,OhguroH,NakazawaM:Effectsofanthocyaninsinblackcurrantonretinalbloodflowcirculationofpatientswithnormaltensionglaucoma.Apilotstudy.HirosakiMedJ59:23-32,20079)MatsumotoH,KammKE,StullJTetal:Delphinidin-3-rutinosiderelaxesthebovineciliarysmoothmusclethroughactivationofETBreceptorandNO/cGMPpathway.ExpEyeRes80:313-322,200510)IidaH,NakamuraY,MatsumotoHetal:Differentialeffectsofblackcurrantanthocyaninsondiffuser-ornegativelens-inducedocularelongationinchicks.JOculPharmacolTher29:604-609,201311)NakaishiH,MatsumotoH,TominagaSetal:EffectsofblackcurrentanthocyanosideintakeondarkadaptationandVDTwork-inducedtransientrefractivealterationinhealthyhumans.AlternMedRev5:553-562,200012)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,200413)SakataR,AiharaM,MurataHetal:Contributingfactorsforprogressionofvisualfieldlossinnormal-tensionglaucomapatientswithmedicaltreatment.JGlaucoma22:250-254,201314)TomitaG,AraieM,KitazawaYetal:Athree-yearprospective,randomizedandopencomparisonbetweenlatanoprostandtimololinJapanesenormal-tensionglaucomapatients.Eye18:984-989,200415)NaitoT,YoshikawaK,Mizo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