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眼瞼・結膜:瞼裂斑と瞼裂斑炎

2016年12月31日 土曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人21.瞼裂斑と瞼裂斑炎加治優一筑波大学医学医療系眼科瞼裂斑は,一般には紫外線などの外的要因によってできる結膜のシミとして認識されている.しかし,瞼裂斑は表面から隆起しているために,瞬目に伴い常に摩擦を受け,ドライアイと同様の結膜上皮障害を呈する.そのため,違和感や充血の原因となりえることに留意すべきである.●もっとも頻繁にみているはずの瞼裂斑瞼裂斑は結膜に認められる黄褐色の加齢性病変である.50歳を過ぎると多かれ少なかれほとんどの人に認められることもあり,外来でもっとも頻繁にみているはずである.しかし,眼科医も患者もほとんどこの病変に気を留めることがない.ところが,この単純な病変は,老化の根本にかかわるさまざまな反応が凝集した産物であり,もっとも観察しやすい加齢性変化である.●瞼裂斑の臨床所見瞼裂斑は,角膜に隣接する3時9時方向の結膜に認められる黄褐色で軽度に隆起した病変である(図1).細隙灯顕微鏡による観察で他の病変と見間違えることはない.コンタクトレンズ装着やアイシャドウを使う際に本人が気になり,「この白目についた色はなんでしょう」と聞かれることも多い.とくに害のない病変であると伝えて,通常は何も治療をしないことが多い.しかし,とくにソフトコンタクトレンズ装用者にとっては,レンズと瞼裂斑がこすれ合うことにより違和感の原因となる場合がある.ソフトコンタクトレンズをはずしてリサミングリーンを用いて結膜を染色すると,瞼裂斑に一致して上皮障害が生じていることが多い.たとえソフトコンタクトレンズを使用していなくても,瞼裂斑の隆起が大きめの場合は,瞬目に伴い上皮障害が生じていることが多い.それはリサミングリーンによって染色されることや,impressioncytologyによる観察で表面の上皮の角化が亢進していることで確認することができる(図2).このように,瞼裂斑は決して無害・無症状というわけではなく,眼痛・違和感・さまざまな不定愁訴の原因となりえることに留意する.●瞼裂斑の病態瞼裂斑はもっとも観察しやすい加齢性変化であると述べた.アルツハイマー病・アミロイドーシス・加齢黄斑変性症・白内障などの加齢が関連する病気の特徴は,「異常な蛋白質の沈着」である(図3).さらに異常な蛋白質の沈着には,酸化ストレスの亢進や活性酸素の増大などがかかわっていることが多い.瞼裂斑は一般にいわれる紫外線曝露だけではなく,酸化ストレスの亢進や活性酸素の増大に伴い,異常な蛋白質が沈着する疾患である.筆者のグループは,アルツハイマー病などで認められる異常な蛋白質の特徴である「蛋白糖化最終産物」や「右手型アミノ酸」が瞼裂斑にも認められることを見出している1~5).●瞼裂斑炎はなぜ生じるか瞼裂斑に一致して充血や炎症が生じることがあり,瞼裂斑炎とよばれる(図4).なぜ炎症が起きるのかはわからないものの,フルオロメトロン点眼ですぐに改善するので,深く顧みられることはない.炎症が起きる原因は,瞬目やコンタクトレンズ表面によって表面がこすれるためと考えるのが一般的である.ただし,瞼裂斑の病態でも述べたとおり,瞼裂斑の中央には,生体内には通常認められないような異常な蛋白質が凝集しており,それが異物と認識されて炎症反応が起きている可能性もありうる.Duke-Elderの“SystemofOphthalmology”に「瞼裂斑はときに炎症を起こすことがあり,重症の場合は膿瘍を作ることがある」と述べられているように,単なるステロイド点眼だけではなく,抗生物質の点眼も併用したほうがよいと考える.文献1)加治優一,横井則彦,大鹿哲郎:結膜疾患とドライアイ.あたらしい眼科22:317-322,20052)KajiY,OshikaT,AmanoSetal:Immunohistochemicallocalizationofadvancedglycationendproductsinpinguecula.GraefesArchClinExpOphthalmol244:104-108,20063)加治優一,藤井紀子:蛋白質の異常沈着が引き起こす眼疾患.PharmaMedica26:61-64,20084)KajiY,OshikaT,OkamotoFetal:ImmunohistochemicallocalizationofD-b-asparticacidinpinguecula.BrJOpthalmol93:974-976,20095)加治優一:瞼裂斑の病因について教えてください.あたらしい眼科23(臨時増刊号):19-22,2007図1瞼裂斑の細隙灯顕微鏡所見結膜に隆起性で茶褐色の病変が認められる.図2瞼裂斑のimpressioncytology軽微な瞼裂斑であったしても,impressioncytologyで角化の亢進や杯細胞の減少という重度のドライアイに(65)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617430910-1810/16/\100/頁/JCOPY図3瞼裂斑の組織所見結膜上皮直下の正常の実質(→)のさらに下に,無構造で血管に乏しい異常な蛋白質の凝集()を認める.図4瞼裂斑炎の細隙灯顕微鏡所見瞼裂斑はときに炎症を起こして充血することがある.1744あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(66)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性とsubretinal hyperreflective material(SHRM)

2016年12月31日 土曜日

抗VEGF治療セミナー●連載監修=安川力髙橋寛二35.加齢黄斑変性とsubretinalhyperreflectivematerial(SHRM)原千佳子大阪大学大学院医学系研究科眼科学SHRMとは,OCTで網膜下に観察される高反射物のことである.加齢黄斑変性症例では70~80%と高率に観察され,これを認める症例では,線維性瘢痕形成や視細胞障害のため,視力予後が不良であることが報告されている.そのため,経過中のSHRMを増加させない,遷延させないことが重要である.SHRMとはSubretinalhyperreflectivematerial(SHRM)とは,光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で観察される,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)と網膜の間のスペース(網膜下)にある高反射物であり,網膜下に観察される漿液性の網膜下液以外のものをさす.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)症例ではよく観察されるもので,治療前には70~80%の症例にみられると報告されている1,2).その成分は滲出液,フィブリン,出血,線維性瘢痕組織や脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)などがあるが,これらをOCT所見のみで鑑別することはむずかしい.また,SHRMはこのようにさまざまな成分によって構成されるため,治療や経過中に変化する.初回治療後には減少することが多く,SHRMのみられる割合は,治療開始前70~80%から開始1カ月後に60%程度になるという報告があるが,その後はその割合はあまり変化しない1,3).その理由としては,治療に反応するような滲出性の成分は治療によりすぐに消失するが,フィブリンや出血などすぐには変化のないものがあることや,また経過中に瘢痕組織が形成されたりするためではないかと考えられる4)(図1).予後と対処法治療前にSHRMが観察された症例では視力予後が不良であるということは,これまで多数報告されている2,3).ComparisonofAge-relatedMacularDegenerationTreatmentsTrials(CATT)スタディのサブ解析によると,SHRMが中心窩を含み,またその幅が広いものではより視力が悪く,また遷延する症例ほどその後の瘢痕が起こりやすい1,5).SHRMのなかには2型CNVや網膜下出血の症例があるため,線維性瘢痕となる可能性が高いと考えられる.また,線維性瘢痕だけでなく,SHRMのみられた部位でellipsoidzoneが消失することもあることが報告されており,視細胞に対する毒性もあると考えられる1).瘢痕や視細胞障害をまったく生じさせないようにすることはむずかしいが,その障害を可能なかぎり減らすことは大切である.そのため,できるだけSHRMを拡大させない,遷延させないことが重要になる.治療によって改善しない瘢痕であった場合はむずかしいが,フィブリンや出血などのAMDの活動性によってみられるような病態であった場合には,治療を継続し,しっかり活動性を抑え拡大,遷延を防ぐことは,視力予後に影響する(図2).文献1)WilloughbyAS,YingGS,TothCAetal:SubretinalhyperreflectivematerialintheComparisonofAge-relatedMacularDegenerationTreatmentsTrials.Ophthalmology122:1846-1853,20152)RistauT,KeanePA,WalshACetal:Relationshipbetweenvisualacuityandspectraldomainopticalcoherencetomographyretinalparametersinneovascularagerelatedmaculardegeneration.Ophthalmologica231:37-44,20143)KeanePA,LiakopoulosS,ChangKTetal:Relationshipbetweenopticalcoherencetomographyretinalparametersandvisualacuityinneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology115:2206-2214,20084)JaffeGJ,MartinDF,TothCAetal:Macularmorphologyandvisualacuityinthecomparisonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology120:1860-1870,20135)DanielE,TothCA,GrunwaldJEetal:Riskofscarinthecomparisonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology121:656-666,2014図1SHRMが治療により減少したが残存した症例78歳,男性.治療前には網膜色素上皮上に出血,CNV成分を含むと思われるSHRMを認めた.抗VEGF薬投与を行ったところ,SHRMは投与とともに減少したが,最終的には一部瘢痕となって残存した.(63)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617410910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2SHRMが治療により消失した症例87歳,女性.治療前には多量のフィブリンとCNV成分と思われるSHRMを認めている.抗VEGF薬投与とともに減少するも,3回治療後もまだ残存していたため,さらに継続して治療を行ったところ,瘢痕をきたすことなく,すべて消失し,視力も0.8と良好である.1742あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(64)

緑内障:視神経の軸索輸送

2016年12月31日 土曜日

●連載198緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也198.視神経の軸索輸送三宅誠司瀧原祐史福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学軸索輸送は神経細胞の生存・維持に不可欠な機能である.現在,緑内障を含め,さまざまな神経変性疾患の原因の一つとして軸索輸送障害が注目されている.そこで本稿では,軸索輸送の分子基盤および緑内障と視神経の軸索輸送の関係について解説する.●はじめに緑内障における網膜神経節細胞の軸索障害および細胞体の消失の原因の一つとして,視神経乳頭および篩状板領域での軸索輸送障害が示唆されている.篩状板は「ふるい」のような構造をしており,網膜神経節細胞が網膜から外側膝状体に至る途中で篩状板孔を通過する.緑内障では篩状板の形態が乱れ,神経線維束が物理的なストレスを受けることで軸索輸送障害が起こり,視野障害が発生すると考えられている.●軸索の物質輸送の意義と輸送速度の分類神経細胞は軸索内や軸索末端においてタンパク質を合成できないことから,細胞体からそれらの領域へ物質を輸送しなければならない.また,末端で取り込んだ栄養因子や成長因子を細胞体に届ける必要もある.そこで,神経細胞はモータータンパク質と微小管を基盤とした軸索輸送機構を利用している(図1)1).順行性輸送には速い輸送と遅い輸送が存在し,速い輸送は~400mm/日または1μm/秒,遅い輸送は~8mm/日または~0.1μm/秒である.さらに,遅い輸送は輸送される物質の違いによって0.2~1mm/日のslowcomponenta(SCa)と1~10mm/日のslowcomponentb(SCb)の2つに分けられる1,2).速い輸送ではベジクル,オートファゴソーム,エンドソーム,ミトコンドリアなどの膜系細胞小器官が運ばれ,遅い輸送のSCaではチューブリンやニューロフィラメント,SCbではアクチンや可溶性タンパク質が運搬される(表1).順行性の速い軸索輸送はキネシンによって行われるが,遅い輸送の分子基盤については解明に至っていない.一方,ダイニンが担う逆行性輸送はおもにエンドソームやミトコンドリアなどの膜系細胞小器官や神経伝達物質を運んでおり,その速度は順行性の速い輸送よりも遅く~100~200mm/日とされる.●視神経の軸索輸送の静的な評価緑内障の病態に視神経の軸索輸送障害が関与していることが報告されたのは,サルの緑内障モデルを用いた実験からであった3,4).眼圧上昇によって,視神経乳頭領域や篩状板部位において,順行性の速い輸送と遅い輸送だけではなく,逆行性輸送も障害を受けていることが示された.さらに,篩状板領域の電子顕微鏡観察からも,眼圧上昇によって篩状板の前後にミトコンドリアなどの細胞小器官の停滞が確認されている.●視神経の軸索輸送のライブイメージングこれまでの軸索輸送は,おもに組織切片から得られた静的な結果から議論されていた.このような状況のなかで,筆者らのグループは,軸索輸送およびその障害の動的な検出を試みている.ラット網膜から単離した網膜神経節細胞に微小管重合阻害薬であるコルヒチンを処理すると,細胞死に至る過程で経時的に輸送障害が誘導されることや,軸索切断によって輸送機能が低下・停止し,その後,細胞死が起こることを明らかにした5,6).さらに,哺乳類中枢神経系では世界で初めて,生きた状態で軸索輸送を捉えることに成功した7).野生型と緑内障モデルでは輸送速度に変化はないが,順行性および逆行性に輸送されるミトコンドリアの数が減少することや,加齢によって軸索輸送距離が低下すること,さらに,高齢マウスの緑内障モデルでは輸送障害がより顕著になることを明らかにした.これらの結果は,加齢に伴う緑内障の発症率増加の原因に,ミトコンドリアのエネルギー供給能の低下も関係していることを示唆した(図2).●おわりに現在,緑内障の診断において,極早期の網膜神経節細(62)胞の障害の検出が急務とされている.ライブイメージングはまだ動物実験段階であるものの,可視化による軸索輸送機能の評価から緑内障発症の可能性を予測できれば,視野障害進行の前に治療の要否を判断できる個別医療につながると考えている(図3).文献1)MadayS,TwelvetreesAE,MoughamianAJetal:Axonaltransport:cargo-specificmechanismsofmotilityandregulation.Neuron84:292-309,20142)MorganJE:Circulationandaxonaltransportintheopticnerve.Eye(Lond)18:1089-1095,20043)SawaguchiS,AbeH,FukuchiTetal:Slowaxonaltransportinprimateexperimentalglaucoma.NipponGankaGakkaiZasshi100:132-138,19964)PeaseME,McKinnonSJ,QuigleyHAetal:ObstructedaxonaltransportofBDNFanditsreceptorTrkBinexperimentalglaucoma.InvestOphthalmolVisSci41:764-774,20005)TakiharaY,InataniM,HayashiHetal:Dynamicimagingofaxonaltransportinlivingretinalganglioncellsinvitro.InvestOphthalmolVisSci52:3039-3045,20116)YokotaS,TakiharaY,ArimuraSetal:Alteredtransportvelocityofaxonalmitochondriainretinalganglioncellsafterlaser-inducedaxonalinjuryinvitro.InvestOphthalmolVisSci56:8019-8025,20157)TakiharaY,InataniM,EtoKetal:InvivoimagingofaxonaltransportofmitochondriainthediseasedandagedmammalianCNS.ProcNatlAcadSciUSA112:10515-10520,2015図1神経細胞の軸索輸送機構モータータンパク質(キネシン,ダイニン)はATPaseとしての機能をもち,ミトコンドリアから供給されるATPを加水分解し,そのエネルギーを利用して微小管の上を移動する.順行性輸送を担うキネシンは微小管のプラス端,逆行性輸送を担うダイニンはマイナス端をめざす.表1軸索輸送と速度速い軸索輸送遅い軸索輸送順行性(キネシン)両方向(キネシンとダイニン)逆行性(ダイニン)ニューロフィラメント(SCa)チューブリン(SCa)シナプス小胞など可溶性タンパク質(SCb)ミトコンドリアエンドソームBDNF,mRNAなどオートファゴソーム神経伝達物質など速い軸索輸送の方向性はモータータンパク質によって決まる.遅い軸索輸送の分子基盤として,キネシンが速い輸送と遅い輸送の両方の役割を担うstopandgoモデルや,速い軸索輸送を一時的に利用して遅い輸送が行われるdynamicrecruitmentモデルが提唱されている1).(61)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161739910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2網膜神経節細胞の細胞死と軸索輸送種々の障害によって細胞が死に至る過程で,軸索輸送機能の低下が起こる.図3視神経における軸索研究の流れ軸索輸送を指標として,正常な網膜神経節細胞と,障害されたり細胞死が生じるであろう網膜神経節細胞を区別することで,視野障害進行の前に状況に応じた治療が可能になる.1740あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(62)

屈折矯正手術:円錐角膜や強度不正乱視に対する強膜レンズ

2016年12月31日 土曜日

●連載199屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男199.円錐角膜や強度不正乱視に対する強膜レンズ吉野健一吉野眼科クリニック臨床に応用できるまでになった強膜レンズの二大用途は,重症ドライアイの治療と従来のレンズでは矯正できない強度不正乱視に対する屈折矯正である.本稿では,本レンズの歴史と特徴についてまず記し,強度不正乱視に対する屈折矯正については,円錐角膜と角膜移植術後強度不正乱視の症例を提示し解説する.●強膜レンズの歴史強膜レンズは,1880年代にガラス細工で製造されたのがその始まりといわれている.しかし,レンズフィッティングの原理や角膜生理への理解が乏しかったため,普及には至らなかった.1939年にポリメチルメタクリレート(PMMA)レンズ素材が登場し,また機械による正確なデザインの再現が可能になり,強膜レンズは再び注目を得た.しかし,角膜への酸素供給やレンズ下の涙液交換不良といった問題から,やはり実用化には至らなかった.涙液交換を目的とした有窓の強膜レンズも登場したが,レンズ下への空気の迷入や汚れの付着など問題は多く,強膜レンズはコンタクトレンズ(CL)の世界から消え去るかのように思われた.強膜レンズの飛躍的な進歩は,酸素透過性レンズ素材の登場とcomputerlizednumericalcontrol(CNC)旋盤機による涙液交換を可能にするレンズデザインとフィッティング技術の確立による.1992年にPerryRosenthal医師により設立されたBostonFoundationforSightが開発したBostonScleralLens(ボストンレンズ)は,1994年に米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の承認を受けている.その後,財団はBostonSightと名称を変え,PROSE(prostheticreplacementoftheocularsurfaceecosystem)として現在,米国13施設,インド3施設,日本1施設にレンズを供給している.また,日本では,2016年に京都府立医科大学で開発された輪部支持CL(サンコンKyoto-CS)がスティーブンス・ジョンソン症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS),中毒性表皮壊死症(toxicepidermalnecrolysis:TEN)に対し薬事承認され,吉野眼科クリニックでは医師主導臨床試験中である.●強膜レンズの特徴強膜レンズの種類は便宜上その直径により,corneoscleral(12.9~13.5mm),semi-scleral(13.6~14.9mm),mini-scleral(15.0~18.0mm),scleral(18.1~24.0mm)に分類される.レンズは角膜輪部を超え強膜に至り眼球の前部を覆う大きなハードCL(HCL)で,レンズ後面には涙液が貯留するスペース(涙液プール=vault)がある(図1).強膜レンズの意義は,大きく二つある.一つ目は,SJS,TENをはじめとした重症ドライアイに対する治療と角膜保護.二つ目は,フィッティングの限界により従来のHCLでは矯正できない強度不正乱視に対する屈折矯正である.強膜レンズの適応疾患を表1に示す.ここではとくに後者,強度不正乱視に対する強膜レンズの有用性を解説する.●強度不正乱視症例におけるCL不耐症の解消と屈折矯正円錐角膜をその代表とする不正乱視の屈折矯正には,現在もHCLが第一選択である.病態が進行し角膜表面の不正や突出が強い症例に対しては,特殊な形状を有した円錐角膜専用のHCLも存在するが,進行の程度によっては,レンズの脱落やレンズと角膜の接触が強いことによる疼痛(CL不耐症),角膜混濁が問題となる.このような症例に対しては,従来は角膜移植術がその治療の最終手段であったが,強膜レンズは,安定したレンズの装用と屈折矯正を可能にし,リスクを伴う手術を回避するため,または手術に至るまでの時間を延長させるための選択肢として期待できる(図2).一方,強度の不正乱視を残す角膜移植術後眼も,レンズフィッティングの不安定さから従来のHCLの装着は不可能である(図3).SJS,TEN,移植片対宿主病(graftversushostdisease:GVHD)のような瘢痕性角結膜症で瞼球癒着が顕著な症例に対しては,直径の大きなタイプの強膜レンズは装用自体が不可能な場合がある.しかし,眼瞼を含めた角膜以外の前眼部に異常がない屈折矯正目的の処方においては,直径の大きなレンズのほうが安定したフィッティングが得られ,装用感,涙液交換においても有利である.ただし,いかにフィッティングがよくとも,角膜後面の不正乱視が強い場合には思ったほどの視力の改善が得られず,その矯正には限界がある.文献1)CotterJM,RosenthalP:Scleralcontactlenses.JAmOptomAssoc69:33-40,1998表1強膜レンズが適応となる可能性のある疾患重症ドライアイの治療・角膜保護目的屈折矯正目的Stevens-Johnson症候群(SJS)中毒性表皮壊死症(TEN)眼類天疱瘡(OCP)角膜化学熱傷Sjogren症候群(SS)移植片対宿主病(GVHD)神経麻痺性角膜炎(neurotrophickeratitis)兎眼性角膜炎遷延性角膜上皮欠損(PED)眼表面再建術後(post-OSreconstruction)末期円錐角膜球状角膜(keratoglobus)Pellucid角膜変性症Terrien周辺角膜変性症角膜移植術後強度不正乱視(文献1を改変)図1強膜レンズのフィッティング状態とレンズ外観左:強膜レンズは,レンズ(赤)後面と角膜(青)間に涙液が貯留するスペース(黄色)をもち,角膜輪部を超える大きなレンズである.中央:良好なフィッティングが得られると涙液交換が可能である.フルオレセインで染まったレンズ下涙液は涙液交換があることを示す.右:強膜レンズの直径.左端のレンズは直径8.8mmの通常のハードコンタクトレンズ.(59)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617370910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2進行した円錐角膜への強膜レンズ装着の例左:直径23mmと大きなレンズであるため,正面視ではその存在がわかりにくい.右:結膜上の血管が途切れることなくレンズは強膜にアライメントにフィットするため,レンズ下涙液交換が可能となる.右上は直径23mm,右下は直径18.5mmの強膜レンズ.図3全層角膜移植後の強度不正乱視眼への強膜レンズ装着の例37歳,男性.淋菌感染性角膜穿孔に対し全層角膜移植を施行.左上下:角膜周辺部の穿孔創をカバーするため角膜移植片は視軸からずれ,8時-11時の周辺部は虹彩前癒着を呈する.強度の不正乱視を呈するため,通常のHCLのフィッティングは不可能である.視力=0.03(n.c).右:障害のない強膜で支持され,良好なセンタリングと安定したフィッティングを可能にした強膜レンズ.視力=0.03(1.0×強膜レンズ)と良好な矯正視力を得て,患者の満足度はきわめて高い.1738あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(60)

眼内レンズ:インジェクターによる水晶体囊拡張リング(CTR)挿入

2016年12月31日 土曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋361.インジェクターによる水晶体?拡張リング(CTR)挿入小堀朗福井赤十字病院眼科インジェクターによる水晶体?拡張リング(CTR)の挿入に際しては,①水晶体?の偏位,②挿入の方向,③トルクに注意を払い,Zinn小帯にできるだけ負担をかけないようにする.Spiral法は水晶体?にトルクがかかりにくい優れた方法である.●はじめに水晶体?拡張リング(capsulartensionring:CTR)はZinn小帯脆弱・断裂における白内障手術の有力なツールであるが,今までは海外製品を個人輸入して使用していた.2013年にHOYAのCTRが国内承認され,2015年にはCTR挿入用インジェクター(カプセルテンションリングインジェクター,Geuder社)(図1)の使用も添付文書に記載されるようになった.本稿ではその使い方について説明する.●Zinn小帯に負担をかけないためにはCTRをケースから取り出し,CTRの末端リングにインジェクター先端のフックをかける.インジェクターにはバネが付いており,そのままCTRは中に引き込まれる.切開創を通してCTRを?内に導入し,後端をプランジャーでゆっくり押していけば簡単に挿入できる.CTR挿入に際して,Zinn小帯にできるだけ負担をかけないように注意すべき項目が3つある.1番目は水晶体?の偏位である(図2).直径13mmのCTRを連続円形切?(continuouscurvicularcapslotomy:CCC)縁から?内挿入するので,水晶体?は右上方向に偏位する.CTRは柔軟性のある素材ではあるが,偏位した分,Zinn小帯に負担がかかる.偏位を減らすためには,CTRをCCC縁ギリギリから挿入するべきである.また,対側のCCC縁をフックや虹彩リトラクターで固定し,水晶体?の偏位を減じるのも対策となる.2番目は挿入の方向である(図3).CTRの挿入時のZinn小帯は,右上(偏位方向)は反転するので負担が少なく,左下は伸びてもっとも負担が大きくなる.したがって,Zinn小帯断裂部位に向かってCTRを挿入すると,Zinn小帯への負担が少なくなる.3番目はトルク(CTR先端の挿入抵抗による水晶体?のねじれ/回転)である(図4).水晶体?の偏位に加えてトルクがかかると,さらにZinn小帯に負担がかかる.トルクを減らすためには水晶体?と皮質の分離を十分に行い,CTR先端の挿入抵抗を減らす必要がある.そのためにハイドロダイゼクションやビスコダイゼクションをしっかり行う.トルクを極力減らすために,CTR先端に糸をかけてコントロールする方法1),特殊なインジェクターを用いる方法2)が報告されているが,フックを用いる方法が簡便である.この方法の文献はないが,YouTubeには公開されている(Implantationofcapsulartensionring.Augnlaeknir’schannel,2012/11/02).通称Spiral法とよばれている(図5).太いCTR先端が赤道部の水晶体??皮質間を走行しないので,トルクはほとんど生じないお勧めの方法である.文献1)PageTP:Suture-guidedcapsulartensionringinsertiontoreduceriskforiatrogeniczonulardamage.JCataractRefractSurg41:1564-1567,20152)TataruCP,DogaroiuAC,MihaiC:ModifiedinjectorforoptimalinsertionofstandardCTRsinlaxzonules.EurJOphthalmol26:98-100,2016図1インジェクター(G?32960,Geuder社)の全体写真と先端拡大図図2CTRをインジェクターで挿入する際のCTR想定軌道図3水晶体?とZinn小帯の変化CTRを写真の右上方向に挿入すると水晶体?(青線)が偏位し,Zinn小帯は元の状態(黄線)から伸びた状態(赤線)に変化する.図4トルクがかかった状態でのZinn小帯水晶体?が偏位し,Zinn小帯が伸びた状態に加えて,トルク(緑線)がかかり水晶体?が回転すると,左下のZinn小帯がもっとも断裂しやすくなる.(57)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617350910-1810/16/\100/頁/JCOPY図5Spiral法a:インジェクターからCTR挿入の際,先端のリングにシンスキーフックをかける.先端がCCC内に位置するようコントロールしながらCTRを圧出していく.b:最後にCTR先端と後端を前?下に挿入する.両端をCCC縁ギリギリに位置させ,間隔を小さくしたほうがCTR直径が小さくなり,水晶体?の偏位を減らせる.

コンタクトレンズ:ソフトコンタクトレンズ装用眼の眼乾燥感のメカニズム

2016年12月31日 土曜日

コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一26.ソフトコンタクトレンズ装用眼の眼乾燥感のメカニズム横井則彦京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学●はじめに「眼乾燥感」は,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用眼のドロップアウトの原因になるが,SCL装用眼の80%以上に「眼乾燥感」が聴取されるとの報告もある1).したがって「眼乾燥感」は,SCLの装用者にとっても,その開発メーカーにとっても大きな問題といえる.眼表面は,涙液層と上皮層からなるため,眼表面に装用されるSCLが涙液層や上皮層に大きな影響をもつことは容易に想像され,そのメカニズムは近年,徐々に明らかにされつつある2).また,SCLで生じる「眼乾燥感」のメカニズムの解明は,その予防や治療に突破口を開く可能性があるため,SCLメーカーのみならず,点眼薬メーカーにとっても,大きな関心事の一つになり続けている.そこで本稿では,SCL装用眼の「眼乾燥感」の発症メカニズムについて簡潔に述べる.●SCL装用が涙液層に及ぼす影響SCLは角膜表面を被覆するため,角膜上の涙液層のみならず,角膜上皮細胞に対しても大きな影響をもちうる.第一に,SCL装用による低酸素の問題があるが,これはシリコーンハイドロゲルレンズの登場により大きく改善された.しかし,SCLが角膜上の涙液層に及ぼす影響については,今なお克服課題であり続けている.SCL装用眼では涙液層は,SCL上の涙液層(pre-lenstearfilm:pre-LTF)とSCL下の涙液層(post-lenstearfilm:post-LTF)に分けられるが,pre-LTFは,角膜上の涙液層に比べて2倍近く菲薄化速度が速く,破壊に至りやすいことが知られている3).その理由として,SCL表面には,角膜のような再生されうる親水性構造(膜型ムチン)が存在しないため,その水濡れ性におのずと限界があることや,SCL表面に涙液中の蛋白質や脂質が付着することで水濡れ性がさらに低下することがあげられる.一方,SCLの周辺部が涙液メニスカスを占拠することで,本来のメニスカスが小さくなることも,pre-LTFの菲薄化の大きな要因となっている.すなわち,角膜上の涙液層の液層の厚みは,下方の涙液メニスカスの曲率半径(R)と一次相関する4)ため,SCL装用により本来のRが小さくなるとSCL上の液層は菲薄化する(図1).SCL装用眼の「眼乾燥感」第一の問題は,pre-LTFに破壊が生じやすいことであり,開瞼維持で破壊すると,SCL表面の水濡れ性の低下を反映して一気に広がりやすい(図2).●SCL装用による涙液(層)の変化と「眼乾燥感」の時間的関係筆者らの検討2)ではSCLの装用開始15分後までに,Rやpre-LTFの破壊時間は装用前のRや角膜上の涙液層の破壊時間に比べて有意に小さくなる(図1).しかしこの早い涙液(層)の変化に対して,「眼乾燥感」に有意な増加が生じるには3時間程度の時間を要し,SCLをはずすとRや破壊時間はすぐさま回復するのに対し,乾燥症状はすぐには回復しない5).つまりSCL装用は装用早期に涙液(層)を変化させ,徐々に「眼乾燥感」を引き起こすが,すぐには回復しにくい不可逆性の変化を眼表面上皮に引き起こすことで,SCLをはずしても継続する「眼乾燥感」をもたらすのではないかと考えられる.●SCL装用が結膜上皮に及ぼす影響SCLの装用が角膜には保護的に働くことは,ドライアイの高度な上皮障害がSCL装用と人工涙液点眼で消失しうることからもわかる.これは,水分を含むSCLが角膜表面を被覆するため,SCL下の角膜表面では,涙液層の破壊と瞬目時の摩擦というドライアイの二大メカニズムが回避されるためと考えられる.しかし,SCL装用眼では角膜の問題が結膜にシフトし,破壊しやすいpre-LTFのもとで,SCL表面とlidwiper6)(異物溝から皮膚粘膜移行部に至るまでの角膜との摩擦を生じやすい眼瞼結膜上皮の肥厚部位)との摩擦や,SCLのエッジ部と球結膜との摩擦が増加し,結膜上皮障害(それぞれ,lid-wiperepitheliopathy,球結膜上皮障害)が生じうる(図3).既報6,7)のみならず,筆者らの検討2)でも,これらの上皮障害と「眼乾燥感」の関連が示されているが,こうした結膜上皮障害はSCLをはずしてもしばらくは残ると考えられるため,これがSCLをはずしても「眼乾燥感」が継続する原因になっていると推察される.●おわりに上記のSCL装用眼の「眼乾燥感」のメカニズムに基づけば,1)涙液メニスカスのRを低減させにくいレンズ,2)水濡れ性のよいレンズ,3)水分蒸発の少ないレンズ,4)エッジ部の摩擦の少ないレンズといったSCL側の改良点がみえてくる.さらにpre-LTFの菲薄化に抗する点眼治療を考えることもできる.シリコーンハイドロゲルCLは,低含水で,表面加工により水濡れ性が向上し,「眼乾燥感」の低減によりつながる可能性があり,その報告も散見される.今後,客観的な評価法の発達とともに,何がSCLの「眼乾燥感」対策にベストかが明らかにされることだろう.文献1)濱野孝,光永サチ子,小谷摂子ほか:コンタクトレンズ装用に起因する「乾燥感」とその症状の調査.眼科49:183-190,20072)横井則彦:涙液からみたコンタクトレンズ.日コレ誌57:222-235,20153)NicholsJJ,MitchellGL,King-SmithPE:Thinningrateoftheprecornealandprelenstearfilms.InvestOphthalmolVisSci46:2353-2361,20054)CreechJL,DoLT,FattIetal:Invivotear-filmthicknessdeterminationandimplicationsfortear-filmstability.CurrEyeRes17:1058-1066,19985)横井則彦,酒井利江子:素材の変化による臨床的評価(シリコーンハイドロゲルレンズを合む).眼科54:595-602,20126)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepitheliopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20027)LakkisC,BrennanNA:Bulbarconjunctivalfluoresceinstaininginhydrogelcontactlenswearers.CLAOJ22:189-194,1996図1ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用眼の涙液層の破壊メカニズム(左:SCL装用前,右:SCL装用15分後)SCLが装用されると,本来の涙液メニスカス(曲率半径R1)は,小さくなり(R2),それに呼応して,SCL上の涙液層は菲薄化することで破壊が生じやすくなる(涙液減少型ドライアイがあると破壊がさらに進みやすいことも容易に理解できる).(文献2より引用改変)図2ソフトコンタクトレンズ(SCL)の装用前(上段)とSCL装用後(下段)の涙液層の観察所見(左上下:開瞼直後,右上下:開瞼維持10秒)SCL上の涙液層は菲薄化しているため,容易に破壊に至り,しかもSCLの表面は水濡れ性が悪いため,破壊は短時間で大きく広がる(☆).(55)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617330910-1810/16/\100/頁/JCOPY図3涙液減少型ドライアイに装着されたソフトコンタクトレンズ(SCL)をはずした直後のリサミングリーン染色所見涙液減少型ドライアイにみられる本来の球結膜染色に加えて,SCL表面との摩擦によるlid-wiperepitheliopathyやSCLのエッジ部との摩擦による球結膜の上皮障害所見が明瞭に認められる.

写真:Drusenoid PED退縮に続発した地図状萎縮

2016年12月31日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦391.DrusenoidPED退縮に続発した地図状萎縮山岸哲哉京都府立医科大学眼科図1DrusenoidPED退縮とともに発症した地図状萎縮黄斑部への軟性ドルーゼンの集簇と,その中央の地図状の網膜色素上皮の脱色素性変化を認める.図3と比較すれば,drusenoidPED退縮が明らかである.図2図1のシェーマ①地図状萎縮②軟性ドルーゼン集簇(drusenoidPED)図3地図状萎縮出現より半年前の所見黄斑部への軟性ドルーゼン集簇とその中央のdrusenoidPED,色素沈着を認める.図4地図状萎縮発症前後の光干渉断層計(OCT)所見発症前(a)では内部に均一な内容物(=ドルーゼン)を有する網膜色素上皮?離を認める.発症後(b)では黄斑網膜の菲薄化(網膜外層障害),網膜色素上皮ライン欠損,撮影光進達による脈絡膜信号増強を認める.(53)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617310910-1810/16/\100/頁/JCOPY加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は大きく滲出型AMDと萎縮型AMDに分類される.わが国では滲出型AMDが多く,萎縮型AMDは少ないとされている.2008年の厚生労働省ワーキンググループによる診断基準では,萎縮型AMDは「脈絡膜血管が透見できる網膜色素上皮の境界明瞭な地図状萎縮を伴う」病変と定義された1).2015年に診断基準が改定され,「地図状萎縮」を「①直径250μm以上,②円形,卵円形,房状または地図状の形態,③境界鮮明,④網膜色素上皮の低色素または脱色素変化,⑤脈絡膜中大血管が明瞭に透見可能のすべてを満たすもの」と定義された2).地図状萎縮(geographicatrophy:GA)は軟性ドルーゼン,reticularpseudodrusen,色素沈着を合併することがある.また,GAは網膜色素上皮?離(pigmentepithelialdetachment:PED)から発生する場合もある.軟性ドルーゼンが黄斑部で癒合・拡大するとdrusenoidPEDを形成する.DrusenoidPEDは自然経過のなかで縮小・退縮をきたし,その後にGAの発症が確認される場合がある3).本症例(図1~3)では初診時から半年後に,drusenoidPED退縮とともにGA発症が確認された.光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)ではGA領域に一致して網膜菲薄化(ellipsoidzone,interdigitationzone,外顆粒層の消失),網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)ラインの欠損,RPE欠損に伴う撮影光の脈絡膜・強膜側への過剰到達(脈絡膜信号の増強)が観察される(図4).GAの発症有無の確認や発症後のモニタリングには,検眼鏡的な眼底検査に加えて,眼底自発蛍光(fluoresceinangiographyfunduscopy:FAF)が有用である.RPE細胞の代謝活動を反映するとされるFAFでは,GAは境界明瞭な自発低蛍光に描出される(図5).また,GAは発症後,緩除に拡大傾向を示す性質があり,FAFでのGA辺縁での自発過蛍光所見の程度がGA拡大の予見因子として有用との報告4)もある.現時点で萎縮型AMDに対する有効な治療法はなく,再生医療を含め今後の新規治療開発が期待される.文献1)厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性診断基準作成ワーキンググループ:加齢黄斑変性の分類と診断基準.日眼会誌112:1076-1084,20082)厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班萎縮型加齢黄斑変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:萎縮型加齢黄斑変性の診断基準.日眼会誌119:671-677,20153)RoquetW,Roudot-ThoravalF,CoscasGetal:Clinicalfeaturesofdrusenoidpigmentepithelialdetachmentinagerelatedmaculardegeneration.BrJOphthalmol88:638-642,20044)HolzFG,BellmanC,StaudtSetal:Fundusautofluorescenceanddevelopmentofgeographicatrophyinagerelatedmaculardegeneration.InvestOphthalmolVisSci42:1051-1056,2001図5地図状萎縮発症前後の眼底自発蛍光(FAF)所見発症前(a)と比較し,発症後(b)のFAFでは黄斑中央に網膜色素上皮の萎縮を示す境界明瞭な自発低蛍光領域を認める(矢頭).

時の人 五味 文 先生

2016年12月31日 土曜日

時の人兵庫医科大学眼科学教授五ご味み文ふみ先生兵庫医科大学は,兵庫県西宮市に昭和47年に創立されたまだ若い大学である.眼科学教室は昭和48年に発足し,神経眼科学分野のパイオニアとして名を馳せてきた.平成28年4月,そこに第4代教授として五味文先生が着任した.網膜硝子体・黄斑疾患を専門とする五味先生によって,兵庫医科大学眼科学教室の診療・研究体制がいっそう強化されつつある.*五味先生は平成元年に大阪大学医学部を卒業し,同年4月に大阪大学医学部眼科に入局,1年間の研修の後,翌年7月に大阪労災病院眼科に赴任した.同病院では,大阪大学から同時期に赴任された恵美和幸・眼科部長の指導の下,眼科診療全般なかでも網膜硝子体疾患の病態と治療についての考え方を,実践を通じて学んだ.7年間の在職中,多数の患者さんの診療と手術,経過観察に携わったこと,学会発表とその準備のために周囲とディスカッションを重ねてきたことによって,「自身の眼科医としての基礎が培われた」と先生は振り返る.平成9年には大阪大学医学部大学院に進学.神経機能解剖学講座で基礎研究に従事し,新規網膜特異的遺伝子を発見して学位論文にまとめた.この時期は先生にとって,「基礎研究を続けることの厳しさを垣間見た貴重な4年間」だった.平成13年に大学院修了.当時の田野保雄教授から大阪大学眼科助手(現在の助教)のポストを提示されたが,その頃,医局に女性スタッフはおらず,さんざん悩んだ末に受けたそうである.ここで五味先生は,網膜硝子体手術のかたわら,眼科画像診断や黄斑疾患への薬物療法の普及の可能性を感じ,「メディカル網膜外来」を新設し,自ら担当した.また,光干渉断層計(OCT)の発展には初期からかかわり,OCTを含めた黄斑疾患の検査・治療に関する研究を多数行った.その後,同大講師を経て,平成24年7月に住友病院に眼科診療部長として赴任,臨床三昧の日々を送る.同時に,診療効率の向上やスタッフ教育,病診連携などのマネジメントにも力を注いだ.*そして本年,兵庫医科大学眼科の主任教授となり,先生のこれまでの経験がすべて活かせる立場となった.もともと同大眼科は,日本神経眼科学の創始者でもある初代・井街譲教授,第2代・下奥仁教授の指導のもと,一貫して神経眼科分野の発展に寄与してきた国内有数の神経眼科・斜視の専門施設である.第3代・三村治教授は現在も特任教授として,この分野の研究と指導を支えておられる.そこに加えて,これからの同大眼科は五味先生が先頭に立って指揮されることで,網膜硝子体・黄斑疾患の分野でも一層注目を浴びる存在になるものと期待される.五味先生に教室の印象を伺ってみた.先生によると,スタッフは自身の専門領域については非常に意識が高いが,反面,のんびりしたところもあるのだとか.「みんなの良い面を維持しながら,チーム力をつけてより高いレベルをめざしていきたい」と抱負を語ってくれた.*先生は音楽がお好きで,ご自身でもバイオリンを演奏する.気の合うメンバーと室内楽を楽しんでおられると聞けば,なんとも優雅な雰囲気だが,残念ながら主任教授就任以降はなかなか時間が取れないそうだ.それではさぞかしストレスも溜まるだろうと思うのだが,さにあらず.五味先生のストレス発散法は,おいしいお料理をいただくことと,「手間ひまかけずそこそこおいしい」料理を作ることなのだそうだ.ときには夜中に煮物を始めることもあるとか.男女を問わず,仕事と家庭の両立で悩んでいる人には,五味流ストレス発散法は参考になるかも?(51)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.12,20161729

回旋斜視

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1725?1728,2016回旋斜視Cyclotropia林孝雄*はじめに眼球の回旋とは,眼球の前後軸を中心として子午線(上下を結ぶ線)が傾く状態である.眼球上部が耳側に傾く場合を外方回旋(用語解説参照),鼻側に傾く場合を内方回旋(用語解説参照)という(図1).また,両眼の回旋運動は図2のごとく,両眼を同じ方向へ傾かせる共同運動(用語解説参照)と反対方向へ傾かせる離反運動(用語解説参照)とがあり,共同運動のうち,両眼の眼球上部が右に傾くのを“右まわしむき(用語解説参照)”,左に傾くのを“左まわしむき(用語解説参照)”と表現し,離反運動のうち,両眼の眼球上部が鼻側に傾くのを“内まわしよせ(用語解説参照)”,耳側に傾くのを“外まわしよせ(用語解説参照)”と表現する.回旋斜視とは,図1のように外方回旋している場合を外方回旋斜視,内方回旋している場合を内方回旋斜視というが,単眼のみの回旋でもこのように表現する.これらは,単眼または両眼の上下4筋の単筋あるいは複数筋の異常により生じる.すなわち,上下4筋は図3のごとく眼球の前後軸に対して斜めに付着しているため,これらの筋の麻痺や過動などにより回旋斜視が生じ,その回旋偏位量が大きければ回旋複視を自覚する.ここでは,回旋斜視の種類と原因,複視の実際,検査法と診断について述べる.I回旋斜視の種類と原因回旋斜視には,上述のごとく外方回旋斜視と内方回旋斜視があり,上直筋と上斜筋は内方回旋作用を有するので,これらの筋の過動があれば内方回旋斜視を生じ,麻痺であれば外方回旋斜視が生じる.そして,下直筋と下斜筋は外方回旋作用を有するので,これらの筋の過動のときは外方回旋斜視がみられ,これらの筋の麻痺のときには内方回旋斜視がみられる.回旋斜視の種類と上下4筋の麻痺・過動との関係を表1に示す.「上2つの筋の麻痺では外方回旋斜視,下2つの筋の麻痺では内方回旋斜視が生じる」と覚えておくと,臨床ですぐに麻痺筋や過動筋が絞られてくる.II回旋偏位と傾きの自覚,複視の自覚片眼が時計回りに回旋した場合,たとえば右眼であれば内方回旋,左眼であれば外方回旋であるが,このとき本人が自覚する傾きは,水平線の右下がり像である.逆に,眼球が反時計回りに回旋した場合,右眼であれば外方回旋,左眼であれば内方回旋であり,このときには水平線の左下がり像を自覚する(表2).両眼での回旋融像幅は約10°が正常1)で,外方回旋側に約6°,内方回旋側に約4°の自覚的回旋融像域がある.すなわち,片眼のみの傾きでも,両眼の相対的な傾きでも,この融像域を越えると回旋複視を自覚する.III回旋斜視の診断のための検査法1.他覚的斜視角検査法と自覚的斜視角検査法a.他覚的斜視角検査法他覚的なものとしては眼底写真撮影法がある.これは,視神経と中心窩を結ぶ線の水平線からの傾斜角により,回旋偏位をみる方法である.正常では,中心窩は乳頭の中心よりも0.3乳頭径下方にあり,両者を結んだ線と水平線との角度は,平均7.25°±2.57°であり,左右差は平均1.61°±1.22°といわれている2).b.自覚的斜視角検査法自覚的なものとしては大型弱視鏡,Maddox二重杆試験,ニューサイクロテストなどがあり,筆者らは,最近開発した小型で非接触型のCyclophorometer(図4)を使って回旋偏位を測定している3).Cyclophorometerは,固視眼側には赤いBagolini線条レンズを,測定眼側には緑のMaddox杆をそれぞれ垂直方向に配置し,被検者の眼前にこの装置を非接触で把持し,両眼開放で点光源を見てもらい,赤と緑の両線が平行になったときの自覚的な答えで回旋角度を測定する装置である.この検査は対座でできるので,大型弱視鏡などを用いなくても,診察室内で簡便に回旋偏位量を知ることができるし,回旋斜視の手術中に微調整してアジャストすることもできる4)ので,とても便利な装置である.IV回旋斜視を起こす麻痺筋の診断1.回旋斜視を起こす麻痺筋の見つけ方上下4筋の,それぞれの麻痺の場合,上下偏位および回旋偏位がもっとも大きくなる部位を図5に示す.a.上下偏位が最大となる部位上・下転作用は,眼球の外転時に上・下直筋と眼球の前後軸が平行に近づくので,上直筋も下直筋も外転方向で,それぞれ上・下転作用がもっとも強く働き,眼球の内転時には,上・下斜筋と眼球の前後軸が平行に近づくので,上斜筋の下転作用,下斜筋の上転作用は,それぞれ内転時にもっとも強く働く.そのため,各々の筋が麻痺すれば,これらの部位で上下偏位が最大となる.b.回旋偏位が最大となる部位回旋作用は,眼球の内転時に上・下直筋と眼球の前後軸が直交に近づくので,上直筋の内方回旋作用と下直筋の外方回旋作用は内転時にもっとも強く働き,眼球が外転すると上・下斜筋と眼球の前後軸が直交に近づくので,上斜筋の内方回旋作用と下斜筋の外方回旋作用は外転時にもっとも強く働く.そのため,各々の筋が麻痺すれば,これらの部位で回旋偏位が最大となる.すなわち,上下4筋の作用で上下偏位が最大となる部位は,直筋が耳側で斜筋が鼻側,回旋偏位が最大となる部位は,直筋が鼻側で斜筋が耳側である.この斜め四つの方向のどこで,上下偏位および回旋偏位がもっとも大きくなっているのかがわかれば,どちらの眼のどの筋の麻痺であるのかが診断できる.たとえば,大型弱視鏡検査で,図6のような9方向むき眼位の結果が出た場合,上下偏位が最大になるのはどこか,回旋偏位が最大になっているのはどこかを探す.この症例では,全方向で右眼上斜視と外方回旋がみられており,左下方視で上下偏位が12°と最大,右下方視で外方回旋偏位が13°と最大となっているので,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.文献1)平野佳代子,林孝雄,坂上達志ほか:上斜筋麻痺の回旋について.第1報後天上斜筋麻痺の回旋融像幅.眼臨101:60-63,20072)BixenmanWW,vonNoordenGK:Apparentfovealdisplacementinnormalsubjectsandincyclotropia.Ophthalmology89:58-62,19823)林孝雄:最近の回旋斜視への対応─新しい回旋測定装置の応用─.日本の眼科87:181-182,20164)林孝雄:斜視のアジャスタブル手術アジャスタブル手術の実際②.眼科グラフィック5:250-253,2016■用語解説■外方回旋:片眼の眼球上部が耳側に傾いている状態.内方回旋:片眼の眼球上部が鼻側に傾いている状態.共同運動:両眼を同じ方向へ向かせる,あるいは傾かせる運動.離反運動:両眼を反対方向へ向かせる,あるいは傾かせる運動.右まわしむき:両眼の眼球上部が右に傾く状態.左まわしむき:両眼の眼球上部が左に傾く状態.内まわしよせ:両眼の眼球上部が鼻側に傾く状態.外まわしよせ:両眼の眼球上部が耳側に傾く状態.*TakaoHayashi:帝京大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕林孝雄:〒173-8606東京都板橋区加賀2-11-1帝京大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(47)1725図1眼球の回旋眼球上部が耳側に傾く場合を外方回旋,鼻側に傾く場合を内方回旋という.図2両眼の回旋運動共同運動には,両眼の眼球上部が右に傾く“右まわしむき”と,左に傾く“左まわしむき”があり,離反運動には,両眼の眼球上部が鼻側に傾く“内まわしよせ”と,耳側に傾く“外まわしよせ”がある.表1回旋斜視の種類と上下4筋の麻痺・過動との関係上直筋上斜筋下直筋下斜筋外方回旋斜視麻痺麻痺過動過動内方回旋斜視過動過動麻痺麻痺上直筋と上斜筋(上の2つ)の麻痺では外方回旋斜視が生じ,下直筋と下斜筋(下の2つ)の麻痺では内方回旋斜視が生じる.表2回旋偏位と自覚する傾き右眼左眼自覚する(水平線の)傾き時計回りの回旋内方回旋外方回旋右下がり反時計回りの回旋外方回旋内方回旋左下がり時計回りの回旋では水平線の右下がり像を自覚し,反時計回りの回旋では左下がり像を自覚する.1726あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(48)図3眼球と外眼筋上下4筋は,眼球の前後軸に対して斜めに付着している.上直筋と下直筋は前後軸と23°で,上斜筋と下斜筋は51°で付着している.図4Cyclophorometer固視眼側には赤いBagolini線条レンズ,測定眼側には緑のMaddox杆がそれぞれ垂直方向に配置されている.点光源を見て,赤と緑の両線が平行になったときの自覚的回旋角度を測定する装置である(49)あたらしい眼科Vol.33,No.12,20161727図5上下偏位,回旋偏位が最大となる部位上下4筋の作用で上下偏位が最大となる部位は,直筋が耳側で斜筋が鼻側,回旋偏位が最大となる部位は,直筋が鼻側で斜筋が耳側である.図69方向むき眼位検査ある症例の大型弱視鏡検査での9方向むき眼位の結果である.全方向で右眼上斜視と外方回旋がみられ,上下偏位が最大なのは左下方視,回旋偏位が最大なのは右下方視なので,右眼の上斜筋麻痺と診断できる.1728あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(50)

Sagging Eye Syndrome

2016年12月31日 土曜日

特集●斜視診断の基本あたらしい眼科33(12):1721?1724,2016SaggingEyeSyndrome後関利明*ISaggingとはSaggingeyesyndromeという言葉をはじめて聞いた読者もいると思う.“Sagging”とはなにか?英和辞典で調べると,(真ん中が重みで)下がる,たわむ,たるむ,という意味をもつ“Sag”の現在分詞と記載されている.さてSaggingeyesyndromeではなにが下がる,たわむのだろうか?Saggingeyesyndromeとは,外直筋プーリーの下垂によって引き起こされる高齢者の両眼性複視の疾患1)である.つまり“sagging”するのは外直筋プーリーである.年齢によって外直筋プーリーは菲薄化し,重力によって下垂し,耳側傾斜することがsaggingeyesyndromeの初期変化であると報告1)されている.II眼窩プーリーとはプーリーとは滑車のことで,力の方向が変わるところに存在し,人体には眼窩以外にも指関節に存在する.眼窩にあるプーリーを眼窩プーリーとよび,前述の外直筋プーリーも眼窩プーリーの一部である.眼窩プーリーは特別な組織ではなく,斜視手術や強膜内陥術を施行される先生方は無意識のなかで術中に眼窩プーリーをみている.制御靭帯や筋間靭帯などは眼窩プーリーの一部である2).眼窩プーリーは眼球の赤道部でもっとも発達している眼球をとりまく結合組織で,コラーゲン,エラスチン,平滑筋からなる3)(図1).外眼筋の位置ずれを防ぎ,外眼筋の機能的起始部として働いている.つまり,眼球運動の際には,眼窩プーリーから前方の外眼筋が収縮伸展し,後方の外眼筋は位置を変えない2).III高齢者の眼球運動と眼窩プーリーの関係Saggingeyesyndromeを解説する前に,高齢者の眼球運動と眼窩プーリーの関係について説明する.高齢者の眼球運動を確認する際,眼球運動が完全でなく,わずかに制限があることを経験する.とくに上転で一番目立つ.筆者は眼窩プーリーの概念を知るまでは後ろ髪をひかれる思いで「EOMfull(?)」とカルテに記載していた.ClarkとIsenberg4)は,眼球運動域は加齢とともに制限され,とくに上転が一番影響を受け70歳代の上転幅は20歳代の上転幅の半分程度に制限されると報告している.また,ClarkとDemer5)がMRI(magneticresonanceimaging)にて,その原因が内・外直筋プーリーの下垂であることを報告している.つまり,眼窩プーリーの加齢性変化が原因で,わずかな眼球運動障害が発生しているということである.IV発生機序加齢に伴う眼球運動制限の他にも,眼窩プーリーを知る以前には釈然としないまま診断していた高齢者の複視の原因となる疾患があった.開散不全型内斜視と外方回旋を伴う上下斜視である.開散の中枢が存在するのか,または開散は輻湊系の弛緩過程であるのか,明確な結論は出ていない.責任病巣は不明であるが,外転神経核近傍と中脳網様体が有力視されている.しかし,MRIで精査をしても原因がはっきりしない開散不全を経験する.MRIに写らない小さな虚血性変化の可能性はあるが,眼窩プーリーの変化で説明ができることが多い.また,内下転制限がはっきりせず,Bielschowsky頭部傾斜試験の結果が曖昧な上下外方回旋斜視を経験する.上斜筋麻痺の可能性はあるが,これも眼窩プーリーの変化で説明できることが多い.Saggingeyesyndromeは外直筋プーリーの加齢に伴う菲薄化と重力による下垂と耳側傾斜によって発症し,上直筋プーリーと外直筋プーリーを結ぶ帯状組織であるLR-SRバンドが引き伸ばされ,さらに進行すると断裂を引き起こす.LR-SRバンドの変化が左右対称だと,開散不全型内斜視を引き起こし,左右非対称であると外方回旋を伴う上下斜視を発症する1)(図2~4).V診断高齢発症の開散不全型内斜視,もしくは外方回旋を伴う上下斜視をみたときはSaggingeyesyndromeを疑う.Saggingeyesyndrome患者は眼窩プーリー以外にも眼周囲の軟部組織の変化を呈しているため,baggylid(だぼついた眼瞼),superiorsulcusdeformity(上眼瞼のくぼみ変形),腱膜性眼瞼下垂などの外眼部異常を伴う(図5).眼や眼周囲の外傷はsaggingeyesyndromeを発症しやすい.また,眼瞼下垂やフェイスリフトなど眼周囲の手術歴がある際は,顔貌の変化をきたしているため診断に苦慮する.入念な問診が必要である.眼窩MRI冠状断にて外直筋の下垂および耳側傾斜,LR-SRバンドの伸展や破綻,水平断にて屈曲した外直筋を確認することができる.鑑別診断として,代償不全型上斜筋麻痺,甲状腺眼症,固定内斜視を含む近視性斜視があげられる.鑑別にはMRIが有用で,代償不全型上斜筋麻痺は上斜筋低形成(図6)を,甲状腺眼症では外眼筋の腫大(図7)を,近視性斜視では眼窩に対し非対称に大きい眼球と,筋円錐内から上直筋-外直筋間への眼球の脱臼(図8)が確認できる.VI治療眼鏡装用をしている患者にはプリズム眼鏡を検討する.10Δまで(特注なら12Δまで)なら眼鏡内への組み込みプリズムで対応することが可能である.12Δ以上になるようならFresnel膜プリズムでの適応となる.上下斜視と内斜視をどちらも有する症例には,合成プリズムでの処方も検討する.注意したいのは,上下斜視の多くは外方回旋成分も有しているため,みかけ上はプリズムで眼位の補正が可能でも,回旋斜視を自覚する症例がある6).プリズムでの補正が困難なときは斜視手術の適応である.眼窩プーリーを直接的に修正する手術もあるが,通常の斜視手術で対応が可能である.開散不全型内斜視には,内直筋後転術と外直筋短縮前転術だが,定量には注意をしたい.ChaudhuriとDemerによると,手術の定量は内直筋後転術なら通常定量の倍量,外直筋短縮前転術なら通常の定量と報告7)している.外方回旋偏位がある上下斜視には,水平直筋の後転術に,下直筋なら鼻側移動,上直筋なら耳側移動を併施する必要がある.また,5Δ以内の上下斜視には,上下直筋と強膜の付着部を段階的に切腱するgradedverticalrectustenotomy(GVRT)も有効と報告8)がある.なお治療に際しては,プリズム眼鏡,斜視手術ともに,治療後にも進行し症状が再発する可能性を説明しておくことも重要である.おわりにSaggingeyesyndromeは新しい疾患概念であるが,高齢者の複視では代表的な疾患だと筆者は考える.いままで原因がはっきりしなかった高齢者の複視の多くはSaggingeyesyndromeの可能性がある.Saggingeyesyndromeの既報の多くは欧米からのもので,アジアからの報告は少ない.眼窩の構造や眼窩プーリーには人種差があると推測されるため,今後はアジアからの報告が出ることが望まれる.複視の原因がはっきりせずに不安を抱えている患者がいる.本誌を読まれた方には高齢者の複視の原因の一つとしてSaggingeyesyndromeを鑑別診断にあげていただければと思う.文献1)ChaudhuriZ,DemerJL:Saggingeyesyndrome:connectivetissueinvolutionasacauseofhorizontalandverticalstrabismusinolderpatients.JAMAOphthalmol131:619-625,20132)DemerJL,OhSY,PoukensV:Evidenceforactivecontrolofrectusextraocularmusclepulleys.InvestOphthalmolVisSci41:1280-1290,20003)KonoR,PoukensV,DemerJL:Quantitativeanalysisofthestructureofthehumanextraocularmusclepulleysystem.InvestOphthalmolVisSci43:2923-32,20024)ClarkRA,IsenbergSJ:Therangeofocularmovementsdecreaseswithaging.JAAPOS5:26-30,20015)ClarkRA,DemerJL:Effectofagingonhumanrectusextraocularmusclepathsdemonstratedbymagneticresonanceimaging.AmJOphthalmol134:872-878,20026)後関利明:特集【麻痺性斜視】麻痺性斜視の非観血的治療.神経眼科33:16-22,20167)ChaudhuriZ,DemerJL:Medialrectusrecessionisaseffectiveaslateralrectusresectionindivergenceparalysisesotropia.ArchOphthalmol130:1280-1284,20128)ChaudhuriZ,DemerJL:Gradedverticalrectustenotomyforsmall-anglecycloverticalstrabismusinsaggingeyesyndrome.BrJOphthalmol100:648-651,2016参考文献1)後関利明:わかりやすい臨床講座「プーリーの異常と治療」.日の眼科87:1330-1335,2016図1右眼の眼窩組織冠状断(Massontrichrome染色)眼窩プーリーは強膜の外側に位置する青色に染色される結合織である.各直筋のプーリー同士は,帯状の組織(バンド)で隣接する直筋プーリーとつながっている.(神経眼科,32巻,第3号,2015から転載引用)*ToshiakiGoseki:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕後関利明:〒252-0374神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(43)1721図2症例1.55歳,15Δ内斜視,眼窩MRI外直筋の菲薄化なし,鼻側傾斜なし.外直筋と内直筋の位置は水平.LR-SRバンド(?)の延長・破綻なし.直筋のプーリーはMRIでは同定困難なため,直筋の位置を眼窩プーリーの位置と仮定して判断する.図3症例2.71歳,開散麻痺型内斜視+外方回旋を伴う左上斜視眼窩MRI.外直筋の菲薄化,鼻側傾斜,外直筋が内直筋に比べわずかに下降,LR-SRバンドの破綻(上直筋との連続性がなくなっている)を認める.術前APCT:1/3m12ΔET‘14ΔLHT’,5m25ΔET16ΔLHT.マドックスダブルロットテスト:左外方回旋8°.両眼:内直筋後転6mm.右眼:下直筋後転5mm.鼻側移動半筋腹施行(水平眼位は25ΔETの倍量50ΔET矯正予定で定量).術後APCT:1/3m6ΔX‘5ΔLH,5m.1ΔE2ΔLH⇒複視消失図4症例3.70歳,外方回旋を伴う右上斜視眼窩MRI.外直筋の菲薄化,鼻側傾斜,LR-SRバンドの延長と一部破綻を認める.APCT:1/3m10ΔX‘4ΔRHT’5m.4ΔRHT.マドックスダブルロットテスト:右外方回旋5°.完全矯正眼鏡に,右2Δ基底下+左2Δ基底上の組み込みプリズム眼鏡で治療.回旋偏位はあるが融像可能で複視消失.1722あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(44)図5症例3.顔写真baggylid(だぼついた眼瞼),superiorsulcusdeformity(上眼瞼のくぼみ変形),腱膜性眼瞼下垂を認める.図7両眼の甲状腺眼症両眼の外眼筋がすべて腫大している.下直筋や内直筋の単筋が腫大する症例もある.図6右眼の代償不全型上斜筋麻痺MRI冠状断で右眼上斜筋の低形成を認める.図8両眼の固定内斜視筋円錐内から上直筋と外直筋の間への眼球の脱臼(??の方向に脱臼),上直筋の鼻側偏位,外直筋の下方偏位を認める.(45)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617231724あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(46)