斜視と弱視のABC監修/佐藤美保8.外転神経麻痺後関利明北里大学医学部眼科学教室外転神経麻痺の3大原因は虚血性,外傷性,腫瘍性である.小児の外転神経麻痺は脳幹グリオーマが原因のこともあり注意を要する.虚血性,外傷性は発症後3カ月で80%の症例は改善する.発症後3カ月以内はボツリヌス毒素療法を,3カ月以降は非観血的治療法を,6カ月以降は手術療法の施行を検討する.外転神経麻痺とは外転神経麻痺は,その名のとおり外転神経が麻痺することで発症する疾患であり,外転神経の経路でいずれの部分の障害でも発症する.外転神経は,橋背側部の第四脳室に近接する顔面神経丘に存在する外転神経核から始まる(図1).外転神経核の周囲は顔面神経運動線維にとり囲まれている.外転神経核から出た神経線維は橋を貫いて腹側に向かい,橋と延髄の境目から出る.その後,外転神経は海面静脈洞を通り上眼窩裂から眼窩に入り外直筋に命令を伝達する.外転神経核の周囲に病変があると,同側の顔面神経麻痺を併発する.海綿状脈洞や上眼窩裂に病変があると,複合神経麻痺となる.片眼性の外転神経の単独麻痺を発症すると,軽度だと正面眼位には影響を与えず,患側注視時の同側性複視を訴える.中等症だと,患側注視時の複視が強くなるため,患側に顔回しをする頭位を呈する.重症だと,正面眼位で内斜視を呈して正面で複視を自覚するため,片眼をつぶり単眼視をすることが多くなる.外転神経麻痺の原因原因としては,他の眼運動神経麻痺と同じく虚血性が多い.Rushらの報告1)では,虚血性,外傷性,腫瘍性が3大原因であった.わが国のAkagiらの報告2)によると,虚血性が一番多く,腫瘍性が次に続く.動脈瘤,頭部外傷,先天性も原因となる.注意する病態としては,頭蓋内圧亢進症により両眼性外転神経麻痺が発症することがある.うっ血乳頭がある際は,緊急で頭蓋内精査が必要である.うっ血乳頭がなくても頭蓋内病変の鑑別は必要である.とくに小児の外転神経麻痺の原因は,外傷性の次に脳腫瘍である頻度が高い.またその腫瘍の性状は,生命予後が悪い脳幹グリオーマであることが多い.Dotanら3)は,18歳以下の片眼性の外転神経麻痺で,さ(67)第四脳室外転神経核傍正中部橋網様体(PPRF)顔面神経核顔面神経内側毛帯錐体路外転神経図1外転神経核と外転神経の走行外転神経は,橋背側部の第四脳室に近接する顔面神経丘に存在する外転神経核から始まる.外転神経核から出た神経線維は橋を貫いて腹側に向かい,橋と延髄の境目から出る.らに視神経所見が正常な症例でも,31%で脳腫瘍が原因であったと報告している.小児の外転神経麻痺は片眼性であっても,頭蓋内病変には注意が必要である.治療虚血性や外傷性外転神経麻痺は,発症から3カ月以内に80%の症例が改善する.エビデンスはないが,筆者はこの間にビタミンB12製剤の内服と麻痺方向の注視訓練を行っている.発症後1カ月以上経過して改善しない症例は,ボツリヌス毒素療法の適応である.ボツリヌス毒素を患眼の内直筋に投与することで正面視の眼位を改善させ,複視を消失させることができる.ボツリヌス毒素療法の効果は3,4カ月で消失するが,外転神経麻痺後の患眼の内直筋拘縮を予防することができ,その間に外転神経麻痺も改善する可能性があるため有効である.発症後3カ月以内は,ボツリヌス毒素療法以外の積極的な治療はするべきではなく,治療を希望される患者には,数カ月後に作り替えになる可能性があることを理解してもらい,フレネル膜プリズムの処方に止めるようにあたらしい眼科Vol.34,No.4,20175270910-1810/17/\100/頁/JCOPY術前術後図2西田法手術前後の9方向眼位40歳代,男性.脳出血後の左眼外転神経麻痺.術前正面では45Δ内斜視を認めた.複視の自覚が強いため,眼鏡に遮蔽膜を貼って生活をしてきた.脳出血の1年後に治療方法の相談で当院を受診をした.脳外科医からは「命が助かっただけよかった,複視は片目をつぶって対応するように」と説明を受けていた.左眼に西田法(内直筋後転術併施)を施行した.正面で4Δ外斜位と正位を保ち,複視は消失した.左方視で複視は残存するものの,遮蔽膜なしで生活が送れるようになった.する.発症後3カ月で正面眼位が内斜視を呈する例や顔回し頭位をとる症例は,非観血的治療の対象となる.非観血的治療にはプリズム眼鏡や遮蔽レンズがある4).発症後6カ月で変動がない症例は,外眼筋手術の適応である.手術療法は麻痺の程度によって術式を選択するのが一般である.麻痺が軽度の症例は,外直筋の強化術(一般的には短縮前転術)が有効である.麻痺が中等症以上の症例はHummelsheim法,Jensen法などの筋移動術の適応となる.以前は筋移動術には筋の切筋や筋腹を割く手技が必須であったが,近年は西田らが報告5)した上下直筋外方移動術(西田法)が,以前の筋移動術と比較すると低侵襲で前眼部虚血を予防できる手術として普及している.また,外直筋強化術,筋移動術ともに,内直筋の拘縮がある症例には内直筋後転術の併施が必要である.西田法が有効だった代表的な結果を図2に示す.文献1)RushJA,YoungeBR:ParalysisofcranialnervesIII,IV,andVI.Causeandprognosisin1,000cases.ArchOphthal-mol99:76-79,19812)AkagiT,MiyamotoK,KashiiSetal:Causeandprogno-sisofneurologicallyisolatedthird,fourth,orsixthcranialnervedysfunctionincasesofoculomotorpalsy.JpnJOph-thalmol52:32-35,20083)DotanG,RosenfeldE,StolovitchCetal:Theroleofneu-roimagingintheevaluationprocessofchildrenwithiso-latedsixthnervepalsy.ChildsNervSyst29:89-92,20134)後関利明:特集【麻痺性斜視】麻痺性斜視の非観血的治療.神経眼科33:16-22,20165)NishidaY,HayashiO,OdaSetal:Asimplemuscletranspositionprocedureforabducenspalsywithouttenot-omyandsplittingmuscles.JpnJOphthalmol49:179-180,2005528あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(68)