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Sjögren症候群の涙腺における免疫グロブリンの特徴的局在を示した1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):575.579,2017cSjogren症候群の涙腺における免疫グロブリンの特徴的局在を示した1例園部秀樹*1小川葉子*1向井慎*1山根みお*1亀山香織*2坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2慶應義塾大学医学部病理診断部ACaseofCharacteristicImmunoglobulinLocalizationintheLacrimalGlandinSjogren’sSyndromeHidekiSonobe1),YokoOgawa1),ShinMukai1),MioYamane1),KaoriKameyama2)andKazuoTsubota1)1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)DivisionofDiagnosticPathology,KeioUniversityHospital目的:Sjogren症候群は涙腺・唾液腺のリンパ球浸潤を特徴としドライアイ,ドライマウスをきたす多様な自己抗体の出現が知られている自己免疫疾患である.筆者らは,Sjogren症候群の涙腺小葉および導管周囲に過剰な免疫グロブリンの蓄積を示した1例を経験したので報告する.症例:症例は51歳,女性.41歳時より重症ドライアイを認めた.Sjogren症候群の治療方針の決定のため涙腺生検を施行した残余検体についての病理組織,免疫組織学的検討にて,涙腺にはB細胞および過剰な活性化形質細胞と抗体の間質への蓄積が認められた.結論:罹病歴の長いSjogren症候群による重症ドライアイ症例の涙腺局所では,過剰な抗体産生と蓄積がドライアイに関与していることが示唆された.Purpose:Sjogren’ssyndrome(SS)ischaracterizedbylymphocyticin.ltrationintolacrimalandsalivaryglands,leadingtodryeyeanddrymouth.PeripheralbloodinSSpatientsisreportedtocontainawiderangeofautoantibodies.Weexamineda51-year-oldfemalewhowasalong-termsu.ererofsevereSSdryeye,andhadaGreenspanscoreof4.Ourpathologicalandimmunohistochemicalinvestigationintolacrimalglandsrevealed(1)in.ltrationofalargenumberofBcellsandplasmacellsand(2)excessiveaccumulationofantibodies.Conclusion:Ourcasesuggeststhatinpatientswithalong-standinghistoryofSS,antibodiesareproducedand/oraccumulatedlocallyandabnormallyinlacrimalglands,andmayberelatedtodryeye.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):575.579,2017〕Keywords:Sjogren症候群,涙腺,ドライアイ,自己抗体,抗体産生.Sjogren’ssyndrome,lacrimalgland,dryeye,auto-antibodies,antibodyproduction.はじめにSjogren症候群は,涙腺と唾液腺にリンパ球浸潤が生じ,ドライアイ,ドライマウスをきたす自己免疫疾患である1).好発年齢は中高年であり,男女比は1:14と女性に圧倒的に多い.Sjogren症候群の病態には多因子が関与すると考えられ,これまでに遺伝的素因2),EBウイルスなどの微生物感染3),環境要因,免疫異常による組織障害の原因が考えられている.さらにこれまでにSSA,SSB,a-フォドリン,b-フォドリンなどの自己抗原が同定されている.全身的に他の膠原病の合併症のない原発性Sjogren症候群と,全身性エリテマトーデス,強皮症,関節リウマチなどを合併する二次性Sjogren症候群に分類される.今回,筆者らは,診断のための涙腺生検組織において,Sjogren症候群の涙腺小葉および導管周囲に過剰な免疫グロブリンの特徴的な蓄積を示した1例を経験したので報告する.I症例症例は51歳,女性.原発性Sjogren症候群によるドライ〔別刷請求先〕園部秀樹:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HidekiSonobe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアイ,ドライマウスに対して前医でマイティアとヒアレインのみで治療していたが,症状増悪し,当科紹介受診となった.初診時,自覚症状として眼乾燥感が高度であり,眼表面障害の所見はフルオレセイン染色スコア9点満点中9点,ローズベンガル染色スコア9点満点中7点(それぞれ両眼の平均値),涙液動態の所見は,涙液層破壊時間(BUT)2秒,Schirmer試験0mm(それぞれ両眼の平均値)であった.左涙腺生検前後の所見はフルオレセイン9点満点中7点から9点満点中6.5点,ローズベンガル9点満点中6点から9点満点中2.5点,BUT2秒から2秒であり,ドライアイに悪化は認められなかった.Sjogren症候群の診断と治療方針決定のために得られた組織について残余部分を使用し,透過型電子顕微鏡による超微形態を含めた病理組織学的検討と免疫染色を施行した(倫理表1本研究で用いた抗体抗体クローン名会社名陽性細胞CD452B11+PD7/26DAKO汎白血球細胞CD20L26DAKOB細胞Vs38cVs38cDAKO形質細胞IgAPolyDAKO免疫グロブリンIgMPolyDAKO免疫グロブリンl鎖N10/2DAKO遊離軽鎖k鎖PolyDAKO遊離軽鎖CD45ROUCHL-1DAKOメモリーT細胞CD41F6ニチレイヘルパーT細胞CD8C8/144Bニチレイ細胞障害性T細胞※IgA,IgM,k鎖:ポリクローナル抗体.a:HEb:白血球(CD45)576あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017委員会承認番号20090277).ヘマトキシリン・エオジン染色所見に加えてCD45,CD4,CD8,CD20,IgG,IgA,IgM,l鎖,k鎖について連続切片を用いて免疫組織学的に検討した(表1).免疫染色の方法は,脱パラフィン,エタノール系列で脱水後,2%過酸化水素で室温にて,内因性パーオキシダーゼを除去した.その後リン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)で洗浄後,一次抗体をオーバーナイト4℃反応させ洗浄後,PBSで洗浄後二次抗体を45分反応させた(EnVision1;Dakopatts,Glostrup,Denmark).一次抗体は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(3,3’-diaminobenzi-dinetetrahydrochlorideDAB)にて発色反応を行った.核染色はヘマトキシリンを用いて1秒間行った.すべての反応は湿潤箱内で行った.CD45RO,CD20膜抗原(表1)の抗原賦活化は電子レンジを用いて10分間施行した.電子顕微鏡用検体は2.5%グルタールアルデヒドにて固定後,4酸化オスミウムで後固定しエタノール系列で脱水後,エポン包埋を行った.超薄切片を作製後,クエン酸鉛と酢酸ウラニルを用いて二重染色を行い,透過型電子顕微鏡(model1200EXII;JEOL,Tokyo,Japan)で観察した.涙腺組織のヘマトキシリン・エオジン染色所見では涙腺小葉内間質と主導管周囲に同心円状の線維化と著しいリンパ球,および形質細胞を中心として慢性炎症性細胞浸潤を認めた(図1a左).導管周囲に50個以上の単核球浸潤を認める病巣を1フォーカスとするGreenspan分類4)で3フォーカス以上を認め,グレード4に相当する最重症の所見を認めた(図1a右).主導管周囲にも同心円状の線維化と形質細胞を中心とした慢性炎症性細胞浸潤を認めた(図1a右).涙腺腺図1Sjogren症候群涙腺組織における炎症性細胞の局在涙腺組織の小葉(左)および涙腺中等度の導管周囲の連続切片(右).上段はヘマトキシリン・エオジン染色,下段は汎白血球マーカーCD45.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(DAB)染色陽性細胞を示す.*:炎症性細胞浸潤部位,.:小葉内腺房,D:導管,Scalebar=100μm.a:B細胞系列b:lgAc:lgMd:l鎖e:k鎖図2Sjogren症候群涙腺組織における各B細胞系列細胞の局在(免疫染色組織像と電子顕微鏡所見)a:B細胞系列(B細胞,形質細胞,形質細胞の電子顕微鏡所見a.右電子顕微鏡所見Scalebar=2μmD:導管,.:粗面小胞体,Aci:腺房,Scalebar=100μm.b.e:涙腺組織の小葉および導管周囲の連続切片(図1と同一部位の連続切片)に加えてリンパ濾胞.形質細胞から分泌されるIgA,IgM,形質細胞から産生される抗体のl鎖,k鎖.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩)..(DAB)染色陽性細胞を示す.房の萎縮や脱落が認められた(図1a).図1aのそれぞれの部位の連続切片における免疫組織像では,小葉内(図1b左)と導管周囲(図1b右)にCD45陽性細胞の浸潤を認め,その連続切片における小葉内(左列,右列)および導管周囲(中央列)にきわめて高度なB細胞(図2a左),および形質細胞浸潤(図2a中央)を認め,同一症例の涙腺組織における透過型電子顕微鏡像では車軸状の核をもつ形質細胞に粗面小胞体が著明に発達していた(図2a右電子顕微鏡像).同一部位の連続切片における形質細胞から産生されるIgA(図2b),IgG,IgM(図2c),および形質細胞から産生される抗体のl鎖(図2d),k鎖(図2e)の高度な陽性染色像を認めた.CD45陽性細胞(図1b)の涙腺における分布を調べると,T細胞系列(図3a~c)には陽性像が乏しいのに対して,B細胞系列(図2a~e)には高度の炎症性細胞浸潤を認めた.B細胞系列分子の陽性像はCD45陽性細胞の分布にほぼ一致していた(図1b左,図2a,b,c,e左).II考按Sjogren症候群の涙腺病態にはT細胞が主要な役割をはたすという報告と,B細胞が主体とされる報告がありさまざまである.病態初期にはT細胞が関与し5),遷延化した症例にはB細胞が関与すると報告されている6,7).本症例は罹病歴が長く,臨床像はSjogren症候群に特徴的な重症ドライアイを呈し,病理像は汎白血球マーカーであるCD45陽性細胞(図1b)に対して,B細胞系列陽性細胞(CD20,Vs38c)(図2a~e)とT細胞系列陽性細胞(CD45RO,CD4,)を比較すると,B細胞系列陽性細胞の染色c~3a図)(8DC像ときわめて類似していることから,本症例の涙腺に浸潤すa:メモリーT細胞(CD45RO)b:ヘルパーT細胞(CD4)c:細胞障害性T細胞(CD8)図3Sjogren症候群涙腺組織におけるT細胞系列細胞の局在(免疫染色組織像)涙腺組織の小葉(左)および導管周囲(右)の連続切片(図1,2と同一部位の連続切片).メモリーT細胞,ヘルパーT細胞,細胞障害性T細胞の所見を示す.茶色に発色している細胞は3,3’ジアミノベンチジン4塩酸塩(DAB)染色陽性細胞を示す.Scalebar=100μm.る炎症細胞はB細胞および形質細胞が主体であることが判明した(図2).本症例の免疫染色所見および電子顕微鏡所見より,成熟形質細胞が過剰に集積しており,小胞体が著明に拡張していることから,涙腺局所において多量の抗体が産生されていると考えられた.これらの所見は,導管周囲に比して小葉内に著明に確認された.このことから,T細胞と相互作用によりB細胞が活性化し形質細胞へと成熟し,過剰な抗体産生がなされたと推察できる.また,間質での形質細胞の著明な増加には,細胞が適切にアポトーシスに陥ることができないアポトーシスの異常が関与している可能性も考えられた.末梢血血清では抗SSA抗体,抗SSB抗体,抗アセチルコリン作動性M3ムスカリン受容体抗体などが報告されている8).涙腺間質においてB細胞から形質細胞浸潤が優位であることは,最近の抗CD20抗体による生物学製剤投与によってSjogren症候群の改善が認められる報告があることからも裏付けられる9).今後,他疾患涙腺との対比が必要であり,1例のみの所見であるが本症例に認められた所見は,Sjogren症候群による涙腺局所での過剰な抗体産生と異常な抗体による組織障害が推察される.本所見は,Sjogren症候群のドライアイにおける病態の一部を示唆する所見であると考えられた.このような涙腺局所の障害により,涙液中に分泌される分泌型IgAやラクトフェリン,リゾチームなどの蛋白にも量的な異常だけでなく,質的な異常も生じている可能性も考えられた.今後の検討課題としたい.文献1)MoutsopoulosHM:Sjogren’ssyndrome:autoimmuneepithelitis.ClinImmunolImmunopathol72:162-165,19942)KangHI,FeiHM,SaioIetal:ComparisonofHLAclassIIgenesinCaucasoid,Chinese,andJapanesepatientswithprimarySjogren’ssyndrome.JImmunol150:3615-3623,19933)FoxRI,PearsonG,VaughanJH.:DetectionofEpstein-Barrvirus-associatedantigensandDNAinsalivaryglandbiopsiesfrompatientswithSjogren’ssyndrome.JImmu-nol137:3162-3168,19864)GreenspanJS,DanielsTE,TalalNetal:Thehistopathol-ogyofSjogren’ssyndromeinlabialsalivaryglandbiop-sies.OralSurgOralMedOralPathol37:217-229,19745)SinghN,CohenPL:TheTcellinSjogren’ssyndrome:forcemajeure,notspectateur.JAutoimmun39:229-233,20126)SerorR,RavaudP,BowmanSJetal:EULARSjogren’syndromediseaseactivityindex:developmentofconsen-ssussystemicdiseaseactivityindexforprimarySjogren’s8)坪井洋人,浅島弘充,住田孝之ほか:シェーグレン症候群:syndrome.AnnRheumDis69:1103-1109,2010抗M3ムスカリン作動性アセチルコリン受容体抗体.分子7)GottenbergJE,CinquettiG,LarrocheCetal:E.cacyofリウマチ治療6:41-44,2013rituximabinsystemicmanifestationsofprimarySjogren’s9)坪井洋人,浅島弘充,高橋広行ほか:シェーグレン症候群:syndrome:resulsin78patientsoftheAutoImmuneandRA以外の膠原病に対する生物学的製剤治療の可能性:炎Rituximabregistry.AnnRheumDis72:1026-1031,2013症と免疫23:159-169,2015***

HC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):571.574,2017cHC-HA/PTX3複合体投与によるGVHDマウスモデルのマイボーム腺と周辺組織への影響小川護*1小川葉子*1HuaHe*2,3向井慎*1山根みお*1Sche.erS.C.Tseng*2,3坪田一男*1*1慶應義塾大学医学部眼科学教室*2OcularSurfaceCenter*3TissueTech,Inc.ChangesofMeibomianGlandsinaGVHDMouseModelTreatedwithHC-HA/PTX3Puri.edfromAmnioticMembraneMamoruOgawa1),YokoOgawa1),HuaHe2,3),ShinMukai1),MioYamane1),Sche.erS.C.Tseng2,3)KazuoTsubota1)and1)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,2)OcularSurfaceCenter,3)TissueTech,Inc.ヒト羊膜抽出物のheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)投与による慢性GVHD(移植片対宿主病)マウスモデルのマイボーム腺所見の変化について報告する.B10.D2マウスをドナーに,BALB/cマウスをレシピエントに用いて骨髄移植を行い,慢性GVHDモデルマウスを作製した.結膜下と眼瞼周囲にHC-HA/PTX3を骨髄移植後週2回28日目まで経皮および経結膜投与し,眼瞼とマイボーム腺を観察した.PBS(リン酸緩衝液生理食塩水)投与対照群ではマイボーム腺の萎縮および炎症細胞浸潤と線維化が高度であり,HSP(heatshockprotein)47+線維芽細胞を高頻度に認めた.一方,HC-HA/PTX3群では腺構造が維持され,炎症性細胞浸潤と線維化,HSP47+線維芽細胞の浸潤数の減少が観察された.HC-HA/PTX3局所投与によりGVHDのマイボーム腺周囲の線維芽細胞の集積が,炎症,線維化とともに減少することが示唆された.Meibomianglanddysfunctionrelatedtochronicoculargraft-versus-hostdisease(cGVHD)iscausedbyexces-sivein.ammationand.brosisinmeibomianglands.HC-HA/PTX3,acomplexpuri.edfromhumanamnioticmem-brane(AM),isknowntoexertanti-in.ammatoryandanti-.brotice.ects.Weusedawell-establishedmousemod-elofcGVHDtoexaminewhetherHC-HA/PTX3couldattenuatethemorphology,in.ammation,abnormalactivationof.broblastsand.brosisinmeibomianglandsa.ectedbycGVHD.Preliminaryresultsshowedthatsub-conjunctivalandsubcutaneousinjectionofHC-HA/PTX3reducedthenumberof.broblasts,.broticareasandin.ammatorycellsaroundmeibomianglands,andpreservedmeibomianglandmorphologyincomparisonwithPBS-injectedcontrolsamples.Collectively,our.ndingssuggestthatsubcutaneousandsubconjunctivalinjectionofHC-HA/PTX3couldreducecGVHD-elicitedaccumulationofactivatedHSP47+.broblasts,.brosisandin.ammationinandaroundmeibomianglandsinacGVHDmousemodel.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):571.574,2017〕Keywords:慢性移植片対宿主病,羊膜,HC-HA/PTX3,線維化,マイボーム腺.chronicgraft-versus-hostdis-ease,amnioticmembrane,HC-HA/PTX3,.brosis,meibomianglands.はじめにヒト胎盤羊膜は抗炎症作用と抗線維化作用を有することが知られている.これまでに羊膜移植が,難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群や眼類天疱瘡に対し,炎症抑制作用や,瘢痕化抑制作用があることが報告されてきた1).その後,Tsengらは羊膜中の抗炎症,抗線維化作用を示す成分としてheavychain-hyaluronan/pentraxin3(HC-HA/PTX3)の抽出精製に成功し,本複合物が難治性眼表面疾患の免疫抑制,線維化抑制に有効であることを報告した2).移植片対宿主病(graft-versus-hostdisease:GVHD)は〔別刷請求先〕小川護:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MamoruOgawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN血液悪性疾患などの根治療法としての造血幹細胞移植後に生じる合併症のうちの一つであり,造血幹細胞移植の成功を阻んでいる3).GVHDはドナーの移植片とレシピエントの細胞,または組織との間に生じる免疫応答であり,眼,口腔,肺,皮膚,腸管,肝臓が標的臓器となる.各標的臓器の過剰な免疫応答による炎症と病的線維化が病態の中心となることが知られている4,5).マイボーム腺機能不全はGVHDによる眼合併症として高頻度に認められ,共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の研究で,GVHDにおけるマイボーム腺には高度な炎症と線維化の所見を認めることが報告されている6).Sche.erらにより抽出されたHC-HA/PTX3複合体は,HA(hyaluronan)とHC(heavychain)との結合体と,PTX3(pentraxin3)との複合体である.このHC-HA/PTX3複合体は,胎盤羊膜中に存在する成分であり,免疫抑制機能や抗線維化作用があることが報告されている7).今回筆者らは,これまで有効で特異的な薬剤がない慢性GVHDによる難治性眼表面病態に対し,本薬剤が治療薬になりうるかを検討した.確立された慢性GVHDマウスモデルを使用しHC-HA/PTX3の経皮および経結膜的局所投与を試みた結果,マイボーム腺において投与前後の所見の変化について,若干の知見を得たので報告する.I方法マウスの骨髄移植には確立されている方法を用い,8週齢B10.D2(H-2d)オスマウスをドナーに,8週齢BALB/c(H-2d)メスマウスをレシピエントに用いて,同種異系の骨髄移植を行った.ドナーの骨髄細胞1×106と脾臓細胞2×106を混合し,レシピエントの尾静脈より移植した.これにより主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)が適合し,副組織適合抗原が不一致の慢性GVHDモデルマウスを作製した.本マウスモデルはヒト涙腺,結膜などの眼表面のGVHDの所見をよく再現していた8).すべての動物実験は慶應義塾大学医学部動物実験ガイドラインの諸規定に従い,動物福祉の精神に沿った科学的な動物実験が行われるよう配慮した.動物実験のプロトコールを作成して,学内の動物実験委員会の承認を得た(承認番号09152).また,ARVOStatementfortheUseofAnimalsinOphthalmicandVisionResearchの規定に従った.このGVHDマウスモデルに対しHC-HA/PTX3複合体(1mg/ml)10μlを,経結膜および経皮的にそれぞれ2カ所ずつ,計4カ所に骨髄移植後4日目から1週に2回投与し,骨髄移植後28日目まで7回投与を行った.対照群としてリン酸緩衝液生理食塩水(phosphatebu.eredsaline:PBS)投与を同時に施行した.最終投与より4日後に眼瞼および眼球摘出を行い,今回は眼球結膜および涙腺以外の組織の予備的な検討として,マイボーム腺およびその周辺組織を各群2眼ずつのみ検討した.10%中性緩衝ホルマリン固定パラフィン包埋切片を作製し,ヘマトキシリン・エオジン(HE)染色,Mallory染色に加え活性化線維芽細胞のマーカーでありコラーゲン産生細胞の指標として一次抗体HeatShockProtein47(HSP47)(クローン名SPA-470,会社名:StressgenBiotechnologiesCorp,SanDiego,CA)を使用した.HSP47の染色にはパラフィン切片を用い,キシレンにて脱パラフィンを行い,エタノール系列で脱水後,抗原不活化を施行,PBSで洗浄後一次抗体HSP47について4℃オーバーナイトで免疫染色を施行した.PBSで洗浄後,Alexa488蛍光標識二次抗体(Ther-moFisherScienti.cInc.MolecularProbe,Kanagawa,Japan)を用いて45分間室温で4’,6-diamidino-2-phenylin-dole(DAPI)(ThermoFisherScienti.cInc.MolecularProbe)による核染色を同時に染色した.抗原不活化にはクエン酸緩衝液(DAKO,Japan)を用いてオートクレーブを使用し120℃20分間施行した.HC-HA/PTX3抽出方法は,Biotissue社から提供される羊膜を無菌条件下で分離し,羊膜を薄い膜にカットし.80℃に凍結し,4℃で1時間ホモジナイズした.その後4℃,48,000gで30分間の遠心分離をすることにより羊膜の抽出物を回収した.回収した羊膜の抽出物をさらにCsCl/4MグアニジンHCLにより48時間,15℃,35,000回転/分の条件で超遠心を2回施行した.遠心後の溶液からhyaluronan(HA)は得られたが蛋白を抽出できなかった画分を集め蒸留水に対して透析を行い,羊膜の抽出物としてHC-HA/PTX3混合物を得た9).II結果慢性GVHDのモデルマウスにおけるHC-HA/PTX3投与例およびPBS投与例について,マイボーム腺の組織構築の観察,炎症性細胞浸潤,HSP47+線維芽細胞浸潤および線維化の程度の観察を行った.活性化線維芽細胞についてはHSP47+で細胞内に核が認められた紡錘形の細胞を調べた.その結果,PBS投与コントロ―ルマウスのマイボーム腺組織のHE染色像では,HC-HA/PTX3投与マウスに比して間質に著明な炎症性細胞浸潤を認めた(図1a,b).Mallory染色像ではPBS投与マウスには広範囲な線維化とマイボーム腺の萎縮が観察された.一方,HC-HA/PTX3投与マウスにおいては,マイボーム腺周囲の線維化が若干減少し,マイボーム腺の構築が保たれていた(図1c,d).また,マイボーム腺周囲間質における単位面積当たりの線維芽細胞数が,PBS投与マウスに比して減少していることが観察された(図1e,f).HC-HA/PTX3複合体投与により,マイボーム腺の構築がPBS投与コントロールマウスに比して保たれていた.これらの結果より,慢性GVHDのマウスモデルに生じたマイボーム腺周囲の炎症性細胞浸潤,線維化,線維芽細胞数が,HC-HA/PTX3複合体の経結膜投与および経皮的投与により減少した可能性が考えられた.III考按慢性GVHDが進行すると眼瞼およびマイボーム腺周囲の高度な炎症細胞浸潤と線維化が特徴的であることが臨床所見として報告されている6).今回の研究では,マウスGVHDモデルにおけるPBS投与マウスの病理組織像を検討したところ,臨床的な共焦点レーザー生体顕微鏡による観察の報告と同様に,マイボーム腺およびその周囲に高度な炎症細胞浸潤と線維化所見を認めた.HC-HA/PTX3には他疾患において抗炎症作用と抗線維化作用が報告されている10).HC-HA/PTX3の投与により炎症性細胞浸潤の減少とともに,HSP47の発現の減弱とHSP47+線維芽細胞の浸潤数が減少している可能性が考えられた.炎症および線維化の減弱によりマイボーム腺組織の構築が保たれる可能性があると考えられる.マイボーム腺機能不全をきたす線維化疾患には慢性GVHDに加え,Stevens-Johnson症候群,眼類天疱瘡,化学外傷などがある.HC-HA/PTX3局所投与はマイボーム腺機能不全を伴う難治性眼線維化疾患に対して局所的に疾患の発症初期からの治療法として有用であることが考えられる.今回の検討では観察例が少なく,探索的な観察をprelimi-naryな所見として報告した.今後の課題として異なった検討数を増やして再現性を確認する必要がある.次のステップの基礎研究として異なったGVHDマウスモデルを用いた検証や,HC-HA/PTX3の安全性の検証と投与方法,投与回数を検討する必要がある.また,HC-HA/PTX3は分子量が大きく,血流へ流入することはないとされるが,HC-HA/PTX3が骨髄移植におけるドナー細胞の生着を妨げないことを確認することも必要と考えられる.将来の展望として,現在GVHDによるマイボーム腺機能不全およびドライアイの炎症と線維化に対する有効な治療薬がないことから,HC-HA/PTX3によるマイボーム腺の炎症と線維化抑制による治療は新規性,優位性に富んでいる.今後HC-HA/PTX3がGVHDの難治性眼表面障害例に有効な新規治療法になり得る,検討を重ねる必要があると考える.利益相反:小川護,向井慎,山根みお;利益相反公表基準に該当なし小川葉子,坪田一男;「HC-HA/PTX3による慢性移植片対宿主病によるドライアイの治療薬としての有用性」特許申請中.HuaHe,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の雇用者.坪田一男,Sche.er.C.G.Tseng;TissueTech,Inc.の株主.図1GVHDマウスモデルにおけるHC-HA/PTX3投与によるマイボーム腺への影響a,b:ヘマトキシリン・エオジン染色.PBS投与マウス(a)に比してHC-HA/PTX3マウス(b)では炎症性細胞浸潤が減少している.Scalebar=25μm.c,d:マロリー染色.PBS投与マウス(c)に比して,HC-HA/PTX3投与マウス(d)では線維化面積(青)の減少が認められる.マイボーム腺の構造が比較的保持されている.線維化部位(青)Scalebar=25μm.e,f:HSP47+線維芽細胞(緑)の分布.核(青)PBS投与マウス(e)に比してHC-HA/PTX3投与マウス(f)ではHSP47+線維芽細胞数の減少が認められる.HSP47+線維芽細胞(緑),核(青)Scalebar=50μm.文献1)TsengSC,EspanaEM,KawakitaTetal:Howdoesamnioticmembranework?OculSurf2:177-187,20042)TsengSC:HC-HA/PTX3puri.edfromamnioticmem-braneasnovelregenerativematrix:insightintorelation-shipbetweenin.ammationandregeneration.InvestOph-thalmolVisSci57:ORSFh1-8,20163)PavleticSZ,FowlerDH:ArewemakingprogressinGVHDprophylaxisandtreatment?HematologyAmSocHematolEducProgram2012:251-264,20124)JagasiaMH,GreinixHT,AroraMetal:NationalInsti-tutesofHealthConsensusDevelopmentProjectonCrite-riaforClinicalTrialsinChronicGraft-versus-HostDis-ease:I.The2014DiagnosisandStagingWorkingGroupreport.BiolBloodMarrowTransplant21:389-401,20155)OgawaY,MorikawaS,OkanoHetal:MHC-compatiblebonemarrowstromal/stemcellstrigger.brosisbyacti-vatinghostTcellsinasclerodermamousemodel.Elife5:e09394,20166)BanY,OgawaY,IbrahimOMetal:Morphologicevalua-tionofmeibomianglandsinchronicgraft-versus-hostdis-easeusinginvivolaserconfocalmicroscopy.MolVis17:2533-2543,20117)HeH,TanY,Du.ortSetal:InvivodownregulationofinnateandadaptiveimmuneresponsesincornealallograftrejectionbyHC-HA/PTX3complexpuri.edfromamniot-icmembrane.InvestOphthalmolVisSci55:1647-1656,20148)ZhangY,McCormickLL,DesaiSRetal:Murinesclero-dermatousgraft-versus-hostdisease,amodelforhumanscleroderma:cutaneouscytokines,chemokines,andimmunecellactivation.JImmunol168:3088-3098,20029)HeH,LiW,TsengDYetal:Biochemicalcharacteriza-tionandfunctionofcomplexesformedbyhyaluronanandtheheavychainsofinter-alpha-inhibitor(HC*HA)puri.edfromextractsofhumanamnioticmembrane.JBiolChem284:20136-20146,200910)HeH,ZhangS,TigheSetal:Immobilizedheavychain-hyaluronicacidpolarizeslipopolysaccharide-activatedmacrophagestowardM2phenotype.JBiolChem288:25792-25803,2013***

術中に移植片脱出を生じたDMEKの1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):568.570,2017c術中に移植片脱出を生じたDMEKの1例小橋川裕子*1親川格*1,2林孝彦*3,4加藤直子*5酒井寛*1*1琉球大学医学部眼科学教室*2ハートライフ病院眼科*3横浜南共済病院眼科*4横浜市立大学眼科学教室*5埼玉医科大学眼科学教室IntraoperativeDonorGraftEjectioninDMEK:ACaseReportHirokoKobashigawa1),ItaruOyakawa1,2),TakahikoHayashi3,4),NaokoKato5)andHiroshiSakai1)1)DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,2)DepartmentofOphthalmology,HeartLifeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,YokohamaMinamiKyosaiHospital,4)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,5)DepartmentofOphthalmology,SaitamaMedicalUniversity目的:Descemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)の術中合併症の一つに前房内への移植片挿入後の創口からの脱出があり,機械的な内皮細胞損傷と移植片機能不全を続発しうる.今回,移植片脱出を生じたが透明治癒した1例を経験したので報告する.症例:67歳,女性.左眼レーザー虹彩切開術後の水疱性角膜症でハートライフ病院眼科に紹介され,全身麻酔下にDMEKを行った.術中,前房内へ挿入した移植片が眼外に完全に脱出したが,再度挿入した.術後,とくに合併症はなく移植片の接着は良好であった.視力は術前0.06であったが,術後3週間で1.0となり,術後3カ月でも維持された.角膜内皮細胞密度は966/mm2(術前からの減少率67%)であった.結論:術中の移植片脱出により角膜内皮細胞数は大きく減少するが,再挿入により移植片接着を得ることで角膜透明治癒と良好な視機能を獲得することも可能である.Purpose:ToreportacaseofgraftejectionduringDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK).Case:Undergeneralanesthesia,DMEKwasperformedonthelefteyeofa67-year-oldfemalewithbullouskera-topathysecondarytolaseriridotomy.Immediatelyafterinjection,thedonorgraftwasbentandsubsequentlyeject-edthroughthecorneoscleralincision.Theejectedgraftwasthenre-insertedintotheanteriorchamber.Aftersur-gery,thegraftattachedwithnopostoperativecomplication.Visualacuityimprovedfrom20/333(0.06)beforesurgeryto20/20(1.0)at3weeks,andremainedatthatlevelfor3monthsaftersurgery.Theendothelialcellden-sitywas966cells/mm2at3months,representingacelllossof67%.Conclusion:Althoughitisknownthatintra-operativegraftejectioncausessevereendothelialcellloss,ourcaseresultedinaclearcornea.Therefore,evenaftergraftejection,re-insertionoftheejectedgraftmaystillbeausefultechniqueinDMEK.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):568.570,2017〕Keywords:DMEK,術中合併症,移植片脱出,硝子体圧,水疱性角膜症.Descemetmembraneendothelialkera-toplasty,intraoperativecomplication,graftejection,vitreouspressure,bullouskeratopathy.はじめにDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)はGorovoyによって2006年に報告された術式1,2)で,角膜内皮細胞層を含む100.150μm程度の移植片を無縫合で角膜後面へ接着させる.DSAEKは,全層角膜移植(penetratingkeratoplasty:PK)と異なり小切開で行うことができるため,駆逐性出血などの術中合併症を回避することができ1),さらに角膜前面の縫合糸を必要としないことにより,術後乱視を軽減し早い視力回復が可能である1,3).また,強い角膜強度を保ち術後の移植片離開もなく,移植する組織が少ないことにより低い拒絶反応率を得ることができる1,2).わが国においてもDSAEKやDescemet膜非.離角膜内皮移植術(non-Descemetstrippingautomatedendothelialkera-toplasty:nDSAEK)の手技が確立し3,4),現在では角膜内皮機能不全に対する第一選択の治療法となってきている1,4).2006年にMellesらが内皮細胞とDescemet膜のみからな〔別刷請求先〕小橋川裕子:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokoKobashigawa,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,TownNishihara,Nakagami-gun,Okinawa903-0215,JAPAN568(108)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(108)5680910-1810/17/\100/頁/JCOPYる20μm程度の移植片を無縫合で角膜後面へ接着させるDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)を報告した5).DMEKは,DSAEKよりもさらに早期からの良好な視力回復,視機能,低い拒絶反応率を達成でき,欧米においておもにFuchs角膜内皮ジストロフィー(Fuchsendo-thelialdystrophy:FED)を対象疾患として行われている.DMEKでは6,7),内皮を外側にロール状に巻いた移植片を前房内で展開し,角膜後面へ接着させる必要があり,DSAEKに比べて手術手技がむずかしいとされている.DMEKの周術期合併症としては,移植片作製時の失敗,前房内に挿入した移植片が裏返しになってしまう,機械的な内皮損傷による移植片接着不良といったものが報告されている.DMEKでは,DSAEKと異なり移植片が非常に薄いために,前房内に挿入している途中で急激な前房圧,硝子体圧の上昇が生じると,移植片は容易に創口やサイドポートから眼外に脱出したり,インジェクターの中を逆流し水圧に押されて圧縮されたりしかねない.このような移植片の前房内挿入に伴う術中合併症は機械的な角膜内皮細胞数の損傷に大きくかかわり,結果的に移植片機能不全に直結する.今回筆者らは,術中に前房内へ挿入した移植片が完全に眼外に脱出したが,その後再挿入し,透明治癒を得た1例を経験したので報告する.図1術中写真前房内へ挿入された移植片(a)は創口へ嵌頓し(b),眼外へ完全に脱出した(c).その後再度移植片を前房内へ挿入し,移植片を生着させた(d).I方法1.症例67歳,女性.原発閉塞隅角症に対して2008年に左眼レーザー虹彩切開術(laseriridotomy)を受けたが,その後徐々に角膜内皮細胞数の減少を認め,2014年に水疱性角膜症を生じた.このときの前房深度(角膜内皮後面から水晶体前面までの距離)は1.52mmであった.2014年に他院で水晶体再建術を施行された後に2014年10月24日にハートライフ病院へ紹介となった.初診時の左眼視力は0.06(矯正不能)眼圧は8mmHgであった.細隙灯顕微鏡検査では,左眼角,膜は浮腫状で混濁し,Descemet膜には皺襞がみられた.前房は深く,明らかな前房炎症はなかった.虹彩にはレーザー虹彩切開孔以外の異常はなく,眼内レンズは.内に固定されていた.眼底は角膜浮腫のため詳細は不明であったが,検眼鏡で確認される範囲では大きな異常は認めなかった.中心角膜厚は730μm,角膜内皮細胞密度は測定不能であった.2.手術手技と経過2014年11月19日に全身麻酔下で左眼のDMEKを行った.移植片はPre-strippedDonor(SightLife;USA)(角膜内皮細胞密度2,927/mm2)を用い,トリパンブルー染色を行うことで移植片の視認性を高めた.眼内レンズ挿入器具WJ-60(アキュジェクトユニフィット,参天製薬)を移植片図2前眼部写真と前眼部OCT(CASIASS.1000R,Tomey,Nagoya,Japan)pachymetrymap写真a:術前の前眼部写真.Descemet膜皺襞を伴った角膜浮腫がある.b:術前の前眼部OCT写真.中心角膜厚700μm以上の著明な角膜浮腫がある.c:術後3カ月の前眼部写真.角膜は透明治癒している.d:術後3カ月の前眼部OCT写真.角膜浮腫が改善している.(109)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017569挿入器具として使用し,前房メインテナー併用下インジェクター法による移植片挿入を行った8).前房内灌流を止めた状態で前房内に挿入した移植片が,挿入直後に創口より完全に脱出した(図1).高い硝子体圧が脱出の原因と考え,開瞼器を緩めて開瞼幅を狭くした後,再度移植片を前房内に同手順で挿入した.前房内に移植片が留置されたことを確認した後に,空気を用いて移植片を展開し,角膜後面への接着を得て手術終了とした(図1).術後,空気瞳孔ブロックや移植片の接着不良などの早期術後合併症は生じなかった.術後1週間で角膜透明治癒を得ることができ,術後3週間で,左眼視力1.0(矯正不能),中心角膜厚479μmに回復した.術後3カ月で,視力1.0(矯正不能),中心角膜厚451μm,角膜内皮細胞密度966/mm2(減少率67%)であった(図2).その後も術後約2年まで合併症を生じることなく,透明治癒を維持した状態で経過している.II考按DMEK導入期において,移植片接着不良や移植片機能不全(primarygraftfailure:PGF)は発生しやすい周術期合併症であり6,7),回避するためのマネージメントが必要である.とくにわが国では水疱性角膜症の原因として欧米に多いFEDは少なく,レーザー虹彩切開術後や白内障手術後に発症するものが多い9).短眼軸,浅前房の症例も多く硝子体圧が高い症例が多いと推測される.また,瞼裂幅が狭い症例においては,開瞼による眼球への圧迫が硝子体圧をさらに上昇させる可能性がある.硝子体圧の高い症例では,前房深度の維持,移植片の挿入が困難である.浅前房眼の少ない欧米では,DMEKshooterやガラス製インジェクターを用いた簡便な移植片の前房内への挿入が普及しているが,高い硝子体圧を生じやすいアジア人眼においては,移植片挿入時における前房深度を維持するために,硝子体圧への対応が必須である.手術を局所麻酔で行う場合には,球後麻酔に加え瞬目麻酔を同時に行い,Honanballoonを用いて眼球圧迫し,状況に応じて硝子体切除を追加で行うことも必要と考えている.今回,筆者らは瞬目や腹圧による硝子体圧上昇を抑制する目的で全身麻酔を選択した.また,移植片挿入時の前房内圧上昇や移植片の脱出を防ぐため,前房の虚脱に備えて前房内に留置していた灌流針からの灌流を止めた状態で移植片を挿入した.しかし,挿入した移植片は創口より脱出した.原発閉塞隅角眼であったこと,および開瞼器による圧迫によって高い硝子体圧がもたらされたと考えた.瞼裂の狭い患者においては,開瞼状態にも注意を払う必要がある.移植片の創口からの脱出は角膜内皮細胞の大きな損傷につながる.既報においても同様の術中合併症が報告されており,PGFとなり再移植を余儀なくされている10).しかし,移植片脱出がいったん発生したとしても,必ずPGFに至るというわけではない.実際に,本症例では再挿入した移植片はその後問題なく宿主の角膜に生着し,透明治癒を得て視機能の改善を得ることができた.本報の移植片は術前のドナー角膜内皮細胞密度が2,927/mm2と高値であったため,脱出時に機械的な損傷があってもなお透明治癒するだけの内皮細胞数が残存したと考えられる.移植片脱出が生じてしまった場合,代わりのドナーが用意できない状況では,再挿入により角膜後面へ移植片を接着させて手術を完遂することが勧められる.DMEKは術後の高い視機能,低い拒絶反応の頻度など,長所の多い術式であるが,眼球が小さく,浅前房の多い日本人を含むアジア人の水疱性角膜症には向かないという意見もある.さまざまな合併症への知識を習得し,アジア人に適した手術方法を考案してより安全に施行できる工夫を重ねることにより,わが国でも多くの水疱性角膜症患者がその恩恵を受けることに期待する.文献1)LeeWB,JacobsDS,MuschDCetal:Descemet’sstrip-pingendothelialkeratoplasty:safetyandoutcomes:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Oph-thalmology116:1818-1830,20092)PriceFW,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendothe-lialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcornealtransplant.JRefractSurg21:339-345,20053)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Non-Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyforenodthe-lialdysfunctionsecondarytoargonlaseriridotomy.AmJOphthalmol146:543-549,20084)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Descemetstrip-pingwithautomatedendothelialkeratoplastyforbullouskeratopathiessecondarytoargonlaseriridotomy─pre-liminaryresultsandusefulnessofdouble-glideinsertiontechnique.Cornea27(Suppl1):S62-S69,20085)MellesGR,OngTS,VerversBetal:Descemetmem-braneendothelialkeratoplasty(DMEK).Cornea25:987-990,20066)TourtasT,LaaserK,BachmannBOetal:DescemetmembraneendothelialkeratoplastyversusDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty.AmJOph-thalmol153:1082-1090,20127)GorovoyMS:DMEKcomplications.Cornea33:101-104,20148)親川格,澤口昭一:Descemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)における移植片折れ曲がり整復テクニック.臨眼70:729-734,20169)ShimazakiJ,AmanoS,UnoTetal:NationalsurveyonbullouskeratopathyinJapan.Cornea26:274-278,200710)MellesGR,OngTS,VerversBetal:PreliminaryclinicalresultsofDescemetmembraneendothelialkeratoplasty.AmJOphthalmol145:222-227,2008(110)

Descemet Stripping Automated Endothelial Keratoplasty(DSAEK)におけるDescemet膜剝離用鑷子の有用性についての検討

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):563.567,2017cDescemetStrippingAutomatedEndothelialKeratoplasty(DSAEK)におけるDescemet膜.離用鑷子の有用性についての検討脇舛耕一*1,2稗田牧*2山崎俊秀*1稲富勉*2外園千恵*2木下茂*1,3*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学視機能再生外科学*3京都府立医科大学感覚器未来医療学TheE.cacyofDescemetorrhexisForcepsforDescemetStrippingAutomatedEndothelialKeratoplastyKoichiWakimasu1,2),OsamuHieda2),ToshihideYamasaki1),TsutomuInatomi2),ChieSotozono2)andShigeruKinoshita1,3)1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine背景:Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)施行時に,Descemet膜.離や角膜内皮面に近い場所での操作を要する場合にアプローチを容易にする形状の鑷子(木下氏デスメ膜.離用鑷子,EyeTechnol-ogy社)を開発し,使用経験を得たので,その結果を報告する.対象および方法:対象は2011年1月.2012年4月に本鑷子を用いずにDSAEKを施行した88眼(未使用群)と,2012年5月.2016年5月に本鑷子を用いてDSAEKを施行した98眼(使用群)である.DSAEK施行時に,前房内灌流下に逆Sinskeyフック(DSAEKPriceHook,モリア社)でDescemet膜に円形の鈍的切開を行い,切開縁からある程度Descemet膜を.離させた後,未使用群ではそのまま逆Sinskeyフックにて,使用群では本鑷子を用いて,それぞれDescemet膜.離の完遂を試みた.Descemet膜.離の完遂率について検討した.結果:未使用群88眼のうち,前房内操作にて.離したDescemet膜片を視認できた症例は83眼であった.そのうち逆Sinskeyフックの使用のみでDescemet膜.離を完遂できた症例は32眼であり,51眼ではレンズ鑷子やマイクロカプセル鑷子の併用により逆Sinskeyフックで.離した部分のDescemet膜片を除去できた.一方,使用群98眼のうち,同様に.離したDescemet膜片が確認できた92眼では,全例でDescemet膜.離を完遂することができた.結論:本鑷子の利用により,Descemet膜を直接把持することで,逆Sinskeyフックでは対応が困難であった症例でのDescemet膜.離も可能であると考えられた.また,角膜内皮面方向での前房内操作が必要な症例においても,本鑷子の有効性が示唆された.Purpose:Toevaluatethee.cacyofusingDescemetorrhexisforcepsforDescemet’sstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK).MaterialsandMethods:Thisstudyinvolved88consecutiveeyesthatunder-wentDSAEKfromJanuary2011toApril2012withouttheuseofKinoshitaDescemetorrhexisForceps(KDF)(EyeTechnologyInc.),speciallydesignedforcepsinwhichthedirectionandcurveoftheforcepsshaftisangledtowardtheDescemet’smembrane(non-KDFgroup),and98consecutiveeyesthatunderwentDSAEKfromMay2012toMay2016usingtheforceps(KDFgroup).Ineacheye,theDescemet’smembranewasbluntlyincisedinacircularshapeanddissectedfromthecornealstromausingareverseSinskeyhook(DSAEKPriceHook,MoriaInc.).TheDescemetorrhexiswasthencompletedusingthereverseSinskeyhookinthenon-KDFgroupandtheforcepsintheKDFgroup.TheDescemetorrhexiscompletionrateswerethenexamined.Results:Inthenon-KDFgroup,Descemet’s-membranestrippingwascon.rmedin83ofthe88eyes.Ofthose,DescemetorrhexiswascompletedusingthereverseSinskeyhookin32eyes,whereaslensforcepsormicrocapsuleforcepswereneededtoremovethestrippedDescemet’smembranein51eyes.IntheKDFgroup,Descemet’s-membranestrippingwascon.rmedin92ofthe98eyes,andDescemetorrhexiswascompletedusingtheDescemetorrhexisforceps.Conclusions:〔別刷請求先〕脇舛耕一:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:KoichiWakimasu,M.D.,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPANIncomparisontousingtheSinskeyhookalone,theKDFDescemetorrhexisforcepswerefoundtobee.ectiveforDescemetorrhexiscompletion,especiallyinthedi.cultcases;theiruseshouldbeconsideredincaseswherethedirectionofsurgeryistowardthecornealendothelium.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):563.567,2017〕Keywords:DSAEK,デスメ膜.離,デスメ膜.離用鑷子.DSAEK,Descemetorrhexis,Descemetorrhexisfor-ceps.はじめに2006年にGorovoyが報告したDescemetstrippingauto-matedendothelialkeratoplasty(DSAEK)1)では,ホスト角膜のDescemet膜を.離し,ホスト実質面を露出させてドナーグラフト実質面との接着促進を図る.一般に,Descemet膜.離を行う場合は,DSAEKPriceHooK(Moria社,以下逆Sinskeyフック)を用いることが多い2).しかし,逆Sins-keyフックではDescemet膜の.離が進むと遊離したDes-cemet膜片のコントロールが困難となる.また,.離縁に裂隙が生じ,帯状に残存したDescemet膜片が折り返り重なってホストグラフトの接着不良の原因となることがあり,帯状のDescemet膜片を逆Sinskeyフックのみで除去することがむずかしい症例がある.また,角膜透見不良例では,前房内操作を直接視認できず,Descemet膜.離の状態や.離範囲の把握が困難な場合がある.今回,Descemet膜.離や,角膜内皮面への操作性の改善を図るために,先端の形状を上向きにした鑷子を開発し,使用経験を得たので報告する.I対象および方法今回開発した鑷子は木下氏デスメ膜.離用鑷子(EyeTechnology社,以下,本鑷子)である.シャフト部やハンドル部は前.鑷子と同様であるが,先端形状が前.鑷子ではハンドル部を保持した場合に下向きとなるのに対し,本鑷子では逆方向の上向きとなるように設計されている.このため前房内では角膜内皮面へのアプローチが容易となり,Des-cemet膜や角膜内皮面の沈着物などを把持しやすい構造となっている(図1).対象は2011年1月.2012年4月に本鑷子を使用せずDSAEKを施行した88眼(未使用群)と,2012年5月.2016年5月に本鑷子を使用してDSAEKを施行した98眼(使用群)である.BSSplusを前房内に灌流しながら逆Sins-keyフックを用いてDescemet膜に円形の鈍的切開を行い,切開縁からある程度Descemet膜を.離させた後,未使用群ではそのまま逆Sinskeyフックを用いて,使用群では本鑷子を用いて未.離部分のDescemet膜.離を完遂させた.手術後,手術ビデオにてDescemet膜.離の状態をretrospec-tiveに確認し,両群における,Descemet膜.離の完遂率に図1木下氏デスメ膜.離用鑷子23G(EyeTechnology/M.E.Technica)a:概観.b:先端部のシェーマ.c:先端部の形状.d:池田氏前.鑷子の先端形状.ついて検討した.II結果未使用群のうち,手術中に.離したDescemet膜片が確認できた83眼中,逆Sinskeyフックの使用のみでDescemet膜.離を完遂できた症例は32眼であり,51眼ではレンズ鑷子やマイクロカプセル鑷子の併用により逆Sinskeyフックで.離した部分のDescemet膜片を除去できた.しかし,41眼ではDescemet膜.離縁に裂隙が生じ帯状に残存したDescemet膜を確認できたが,除去できなかった(表1).前房内の透見性が不良であった5眼では,Descemet膜の.離範囲や,逆Sinskeyで.離したDescemet膜片の確認が困難であった.一方使用群では,手術中にDescemet膜の.離片が確認できた92眼では,Descemet膜の.離片や帯状に残存したDescemet膜片を直接把持することにより,全例で除去できた(図2).また,透見不良であった6眼では,部分的に.離したDescemet膜を把持したまま,水晶体前.切開での操作と同様に円周状に動かすことでDescemet膜の.離を完遂し,.離したDescemet膜を一塊として摘出し大きさを確認できた(図3).Descemet膜が帯状に残存した症例数は,使用群に比べ未使用群では有意に多かった(c2検定,p<0.001).また,Descemet膜.離操作時以外に本鑷子の使用が有用であった症例として,グラフトヒンジ部の切離が不完全であったDSAEKドナーグラフトを前房内に挿入した1眼を認めた.本症例ではグラフト挿入後に前房内操作による残存ヒンジ部の切除が必要であったが,本鑷子の使用により残存ヒンジ部を把持することができ,八重式剪刀(イナミ社)による切除が可能であった(図4).III考察DSAEKにおけるDescemet膜.離は,必ずしも全例で同様の結果とはならない.その理由の一つとして,症例ごとにDescemet膜の厚みや強度,角膜実質との接着の強さが異な表1Descemet膜.離の群間比較Descemet膜片視認可能単独使用により完遂他器械併用により完遂帯状に一部残存未使用群(88眼)83321041使用群(98眼)929200Descemet膜片視認困難.離片を摘出確認.離片確認不可505660ることが考えられる.そのため,逆SinskeyフックでDes-cemet膜.離を行う際,周辺側へ.離が広がる症例や,.離したDescemet膜が途中で裂けて帯状に残る症例が認められる.また,もう一つの理由として,症例により角膜の透見性と前房内の視認性が異なることがあげられる.視認性が良好であれば.離されたDescemet膜の挙動や範囲の把握が容易図2裂隙状に残存したDescemet膜片の除去55歳,男性.無水晶体眼水疱性角膜症.最初のDescemet膜.離時にDescemet膜が裂隙状に残存したが,Descemet膜.離用鑷子で裂隙部を把持し除去できた.図3角膜透見困難例でのDescemet膜の除去72歳,男性.緑内障術後水疱性角膜症.高度の角膜浮腫により前房内の透見性が著しく低下した症例で,Descemet膜の視認性も非常に悪い状態であったが,角膜中心部のDescemet膜.離を完遂できた.図4DSAEKグラフトヒンジの切除プレカットドナーグラフトの打ち抜きが偏心していたため,グラフトの実質面にヒンジの一部が残存し,グラフトの接着が得られなかった.Descemet膜.離用鑷子でヒンジ部分を把持し八重式虹彩剪刃で切除後,グラフトの接着を得ることができた.であるが,視認性が低下した症例ではその把握が困難となる.Descemet膜の視認性を向上させる方法として,サージカルスリット照明やライトガイドを使用する方法3.5)や,前房内を空気6)や粘弾性物質7)で置換してDescemet膜.離を行う方法,トリパンブルーでDescemet膜を染色する方法5)がある.しかし,Descemet膜が確認できたとしても,逆SinskeyフックでのDescemet膜の処理には限界がある.逆Sinskeyフックでは,フック先端をDescemet膜下に入れて押し進めるか,.離した部分のDescemet膜を裏返し,角膜実質面に押し付けてフック先端と角膜実質面の間に挟んで引っ張り.離する.しかし,いずれの方法ともDescemet膜の固定が間接的であるため,Descemet膜.離が進んで遊離したDescemet膜片の面積が大きくなった場合や,Descemet膜縁が裂隙を形成し,帯状に細長く残存した場合には,前房内を灌流している状態ではDescemet膜の可動性が高くなり.離完遂が困難となる.前房内を空気または粘弾性物質で満たすことでDescemet膜の挙動は管理しやすくなるが,空気の場合,前房安定性を得るためには一定の眼圧を維持したまま前房内へ持続注入できるシステムが必要となる.また,Zinn小帯脆弱例や眼内レンズ縫着例では,空気が硝子体腔へ回る可能性がある.一方粘弾性物質の場合は,Descemet膜.離後の除去が不十分であるとホストグラフト間の接着不良の原因となりうる.さまざまな症例に対応するためには,BSSplusの前房内灌流下にてDescemet膜.離を確実に施行できることが必要である.また,高度の角膜浮腫により視認性が低下した症例では,手術中のDescemet膜.離の範囲や程度の把握が困難であり,Descemet膜の.離状況に応じたフック先端の位置合わせや動きができず,.離完遂がむずかしくなる.Descemet膜へアプローチするために鑷子を用いる報告もされている6.8)が,通常の前.鑷子や硝子体鉗子では先端形状の向きから角膜内皮面方向への操作が行いにくい.本鑷子では,Descemet膜を把持して直接的に操作することができるため,角膜実質面への圧排が不要であり,小さな残存Descemetの.離も容易である.また,前房内の視認性が低下した症例でも,一部.離したDescemet膜片を把持することができれば,その後はある程度盲目的操作であっても,前.切開と同様に円を描く動きによりDescemet膜の.離を得ることができる.本鑷子のもう一つの利点は,Descemet膜のみならず,角膜内皮面方向の操作が可能であることである.今回のようなドナーグラフトへの操作が必要な状況であっても,組織の把持が容易であり,角膜内皮細胞に対して低侵襲な操作を行うことができる.また,本鑷子と同様に上向きの形状をした鑷子として,小林氏DMEK鑷子R(ASICO社)がある.これには先端がリング型とポイント型があり,また先端方向も垂直と水平がある.リング型では把持できる面積が大きいため,角膜実質面を挟むことなく.離したDescemet膜をより一塊として除去しやすい.一方,本鑷子は先端がより鋭な形状のため,小さなDescemet膜片や,前述のグラフトヒンジ組織をピンポイントで把持できる.このように,特長に多少の差はあるが,いずれの鑷子とも,角膜内皮面方向へのアプローチが容易である点では一致している.今回の検討の限界として,鑷子を使用した群としていない群の間で手術時期が異なっているが,これは,本鑷子の入手後は全症例で使用しており,未使用群の手術時期が本鑷子の入手以前に限られてしまっているためである.本鑷子を使用することで,Descemet膜.離をより確実に行い,角膜内皮面方向の前房内操作を安全に行うことが可能であると考えられた.文献1)GorovoyMS:Descemet-strippingautomatedendothelialkeratoplasty.Cornea25:886-889,20062)PriceFWJr,PriceMO:Descemet’sstrippingwithendo-thelialkeratoplastyin50eyes:arefractiveneutralcorne-altransplant.JRefractSurg21:339-345,20053)KobayashiA,YokogawaH,SugiyamaK:Descemetstrip-pingwithautomatedendothelialkeratoplastyforbullouskeratopathiessecondarytoargonlaseriridotomy─pre-liminaryresultsandusefulnessofdouble-glidedonorinsertiontechnique.Cornea27(Suppl1):S62-S69,20084)InoueT,OshimaY,HoriYetal:ChandelierilluminationforuseduringDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastyinpatientswithadvancedbullouskeratoplas-ty.Cornea30(Suppl1):S50-53,20115)SharmaN,SharmaVK,AroraTetal:NoveltechniqueforDescemetmembraneremnantstrippinginhazycor-neaduringDSAEK.Cornea35:140-142,20166)MehtaJS,HanteraMM,TanDT:Modi.edair-assisteddescemetorhexisforDescemet-strippingautomatedendo-thelialkeratoplasty.JCataractRefractSurg34:889-891,20087)ChanCC,YangPT,HollandEJ:Descemetorrhexisinendothelialkeratoplastytoavoidperipheralbullouskera-toplasty.CanJOphthalmol47:243-245,20128)KhokharS,AgarwalT,GuptaSetal:Shiftingbubble-guidedsuturelesstechniqueforperformingdescemeto-rhexisforretainedDescemet’smembraneafterpenetrat-ingkeratoplasty.IntOphthalmol34:125-128,2014***

眼類天疱瘡2症例における角膜神経の病的変化 ─生体レーザー共焦点顕微鏡による観察─

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):560.562,2017c眼類天疱瘡2症例における角膜神経の病的変化─生体レーザー共焦点顕微鏡による観察─小澤信博小川葉子西條裕美子鴨居瑞加内野美樹山根みおHeJingliang向井慎坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室TwoCasesofCornealNerveAlterationObservedbyInVivoLaserConfocalMicroscopyinPatientswithOcularCicatricialPemphigoidNobuhiroOzawa,YokoOgawa,YumikoSaijo,MizukaKamoi,MikiUchino,MioYamane,HeJingliang,ShinMukaiandKazuoTsubotaDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)の角膜神経を生体レーザー共焦点顕微鏡(invivolaserconfocalmicroscopy:IVCM)にて観察し,興味ある知見を得たので報告する.症例1:73歳,女性.2007年,角膜輪部機能不全,瞼球癒着を認めた.その後,結膜.短縮,瞼球癒着が進行し,OCPと診断した.IVCMにて角膜神経の蛇行と周囲の樹状様細胞浸潤を認めた.症例2:84歳,女性.2004年より右眼上方より角膜潰瘍が出現した.角膜上方より結膜が侵入し,2006年に瞼球癒着を認め,OCPと診断した.IVCMにて角膜神経の蛇行と神経周囲の樹状様細胞浸潤を認めた.OCP症例のIVCM角膜神経所見では走行異常と神経周囲への樹状様細胞浸潤を認め,慢性炎症により神経形態に変化をきたすこと,神経周囲にも炎症があることが示唆された.Wereporttwocasessu.eringfromocularcicatricialpemphigoid(OCP)withcornealnervealterationaccom-paniedbydendriticin.ammatorycellin.ltration,asobservedbyinvivolaserconfocalmicroscopy(IVCM).Case1,a73-year-oldfemale,su.eredfromlimbalstemcellde.ciencyandsymblepharonin2007,followedbyprogressivefornixshortening.UnderadiagnosisofOCP,IVCMrevealedthatthecornealtortuositywasgrade3,accordingtotheclassi.cationprovidedbyOliveira-SotoandEfron,andthatmanydendriticcellshadin.ltratedtissuesaroundtortuousnerves.Case2,an84-year-oldfemale,hadacornealulcerattheupperregionofthecorneaandsubse-quentlydevelopedconjunctivalization.UpondiagnosisofOCP,IVCMshowedcornealtortuosityofgrade4;den-driticcellin.ltrationwasobservedaroundtortuousnerves.Conclusion:Collectively,theseobservationssuggestthatpatientswithOCP-inducedchronicin.ammationarehighlyvulnerabletocornealnervealterationandden-driticin.ammatorycellin.ltration.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):560.562,2017〕Keywords:眼類天疱瘡,重症ドライアイ,角膜神経,生体レーザー共焦点顕微鏡.ocularcicatricialpemphigoid,severedryeyedisease,cornealnerve,invivolaserconfocalmicroscopy.はじめに眼類天疱瘡(ocularcicatricialpemphigoid:OCP)は粘膜上皮基底膜に対する自己抗体による慢性炎症性眼疾患である1,2).眼類天疱瘡は中高年の女性に好発し,角結膜上皮の瘢痕性変化が慢性的に進行する.眼表面の線維化により,瞼球癒着,結膜.短縮などをきたし重症ドライアイをきたすことが知られている.角膜幹細胞疲弊により角膜への結膜侵入や結膜杯細胞の減少および消失を認める.手術や感染を契機として急性増悪することもある.角膜に遷延性上皮欠損をきたすこともあり,著しい角膜上皮炎をきたす.診断は臨床経〔別刷請求先〕小澤信博:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部.眼科学教室Reprintrequests:NobuhiroOzawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinano-machi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPAN560(100)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(100)5600910-1810/17/\100/頁/JCOPY過や,結膜生検により行う.生体レーザー共焦点顕微鏡(invivolaserconfocalmicros-copy:IVCM)は共焦点光学系を応用した顕微鏡で,厚みのある観察対象に対しても任意の深さの光学切片を得ることができる.この機能が角膜の観察に応用されたのは1990年代であり,以降,真菌性角膜炎や角膜混濁などについての知見が報告されてきた3).眼類天疱瘡のIVCM像については,2016年にはLongらが報告している4).12例の症例報告であり,角膜実質細胞の活性化および樹状細胞の浸潤などがみられたと報告されている.しかし,これまでにOCP患者の角膜神経およびその周辺領域の所見についての報告はなされていない.今回筆者らはOCP患者のIVCM所見として,角膜神経およびその周囲の新たな知見を得たので報告する.I方法慶應義塾大学病院眼科ドライアイ外来に通院加療中のOCP患者について書面による同意を得てIVCMを撮影した(倫理委員会承認#20130013).撮影にはハイデルベルグレチナトモグラフII(HeidelbergRetinaTomographII:HRTII)ロストック角膜モジュール(ハイデルベルク社,ドイツ)を用いた3).Sequenceモード(1秒間に10枚の画像を連続して撮影する)で撮影を行い,撮影中連続的に深さを変化させた.観察範囲は400μm×400μmに設定した.取得した図1症例1の前眼部細隙灯顕微鏡所見(a,b)と生体レーザー共焦点顕微鏡所見(c,d)a:高度の結膜瞼球癒着.b:角膜フルオレセイン染色像.高度の角膜上皮障害を認める.c,d:角膜中央のIVCM像.角膜神経の蛇行(→)と数珠状変化(*)を示す.Oliveira-Sotoの分類でtortuosityはgrade3.神経周囲には樹状様の炎症性細胞浸潤(.)を認める.図d右下のスケールバーは100μm.画像のなかから角膜神経が鮮明に描出されたものを選び評価した.画像の評価にはOliveira-Sotoらが2001年に発表した定性的評価法を用いた5).また,樹状様細胞については樹状様の突起をもつ細胞として,形態学的に判定を行った.細胞密度についてはHRTII付属の画像解析ソフトを用いた.II症例〔症例1〕73歳,女性.2006年頃より充血,眼痛が出現し,近医にてドライアイ,睫毛乱生の診断で点眼,治療用ソフトコンタクトレンズ使用により経過観察されていた.症状が持続するために当院外来を紹介受診した.2007年11月初診時より輪部機能不全による角膜輪部周辺部からの結膜侵入を認め,瞼球癒着を認めた.12月にかけて結膜.短縮,瞼球癒着が進行し,OCPの診断のもとレクチゾールを開始した(図1a,b).内服開始後,結膜所見の改善を認めた.以降,0.1%フルオロメトロン点眼,3%ジクアホソル点眼,2%レバミピド点眼で経過観察しており,眼所見は落ち着いている.本症例について角膜中央でのIVCM所見を示す(図1c,d).角膜神経は多数に分岐し,神経周囲には樹状様細胞の浸潤を認めた.Oliveira-Sotoらの分類によれば,tortuosityはgrade3であった.樹状細胞密度はそれぞれ85cells/mm2(図1c),79cells/mm2(図1d)であった.〔症例2〕84歳,女性.図2症例2の前眼部所見(a,b)と生体レーザー共焦点顕微鏡所見(c,d)a:結膜.短縮と瞼球癒着を認める.b:フルオレセイン染色像.角膜全体に点状表層角膜炎を認める.c,d:角膜中央での角膜神経IVCM像.角膜神経は複雑に走行が変化している(→).Tortuosityはgrade4.神経の数珠状変化(*)と神経周囲の樹状様細胞の浸潤(.)を認める.図d右下のスケールバーは100μm.(101)あたらしい眼科Vol.34,No.4,20175612001年3月頃より眼異物感,流涙が出現した.近医を受診し,点状表層角膜炎と診断され,点眼加療されていたが,症状が悪化したために紹介受診した.2001年11月当院ドライアイ外来受診.ドライアイの診断のもと加療を開始したが,2004年7月頃より右眼上方より角膜潰瘍が出現した.涙点プラグ挿入,涙点焼灼術などを行ったが軽快せず.徐々に角膜上方より結膜が侵入し,2006年3月頃には瞼球癒着を認め,OCPと診断した(図2a,b).レクチゾール内服,0.1%ヒアルロン酸点眼,1.5%レボフロキサシン点眼,0.1%フルオロメトロン点眼による加療を継続していた.急性期を脱したと判断し2013年11月にはレクチゾール内服を終了した.結膜の線維化を認めるものの所見悪化なく,現在は0.1%ヒアルロン酸点眼で経過観察している.本症例についてのIVCM所見について,角膜中央での角膜神経像を示す(図2c,d).角膜神経は複雑に走行が変化しており,Olivei-ra-Sotoらの分類でtortuosityはgrade4であった.神経周囲には樹状様細胞の浸潤を認め,それぞれの写真における樹状様細胞の密度は106cells/mm2(図2c),66cells/mm2(図2d)であった.III考按OCPは結膜基底膜に対する自己抗体による慢性炎症性疾患である.生検が可能な結膜についての組織像は報告があるが,角膜の組織像についての報告は少ない.さらに角膜神経は死後または摘出後数時間で消失してしまうことが報告されており,生体のまま形態を観察できるIVCMがもっとも観察に適しているといえる.今回,筆者らはOCP2症例についてIVCMを用いて角膜神経の走行異常,蛇行,その周囲に浸潤する炎症性細胞の浸潤を見出した.角膜神経の走行異常は神経周囲の炎症を示唆すると考えられている.Villaniらは,Sjogren症候群の患者でtortuosityが有意に高かったと報告した6).同報告では炎症性の反応や神経成長因子(nervegrowthfactor:NGF)の異常分泌が角膜神経のtortuosity増加に関与している可能性が示唆されており,OCP患者においても同様の反応がみられたと思われる.樹状様細胞の分布について,Mastropasquaらは炎症眼の角膜中央部では樹状様細胞密度が有意に高かったと報告している7).これらの炎症眼群には単純ヘルペスウイルスの感染,アデノウイルスの感染,角膜移植片拒絶,春季カタルが含まれている.レーザー屈折矯正角膜切除(photorefractiveker-atectomy:PRK)眼では樹状様細胞の密度は変化しなかったことから,本症例においても角膜の機械的な障害による変化ではなく,免疫系が関与した異常が関与していると思われる.OCPは結膜上皮基底膜に自己抗体が蓄積するとされ,自己抗原にはBP180,ラミニン5などが報告されている1).上皮基底膜の自己抗原に対する病的反応が病態に関与するということから,神経細胞の基底膜にも病的変化が生じていることも可能性の一つとして推察される.また近年,各疾患において神経原性炎症がアレルギー疾患やドライアイ疾患に関連していることが指摘されている8).MicearaらはNGFと低親和性神経成長因子受容体(p75)がOCPにおける線維化を制御していることを示唆した9).今回観察された神経周囲の炎症所見は,OCPにおける線維化の悪化にも関与している可能性があると思われる.NGFは今後OCPの線維化を制御するための治療標的となる可能性があり,その際に角膜神経の状態変化は治療の指標となりうると思われる.今回,IVCMを用いて角膜神経を観察したことにより,OCPの病態に神経周囲の炎症性変化が関与していることが示唆された.OCPにはいまだ動物モデルがないことから,角膜神経の走行異常や炎症細胞浸潤についてのさらなる解析には,IVCMを用い症例数を増やしての解析が有用であると思われる.文献1)AhmedM,ZeinG,KhawajaFetal:Ocularcicatricialpemphigoid:pathogenesis,diagnosisandtreatment.ProgRetinEyeRes23:579-592,20042)横山真,佐々木香,齋藤禎ほか:眼類天疱瘡の急性期臨床所見としての膜様物質とそのムチン発現.あたらしい眼科28:119-122,20113)小林顕.レーザー生体共焦点顕微鏡による角膜の観察.臨眼62:1417-1423,20084)LongQ,ZuoYG,YangXetal:Clinicalfeaturesandinvivoconfocalmicroscopyassessmentin12patientswithocularcicatricialpemphigoid.IntJOphthalmol9:730-737,20165)Oliveira-SotoL,EfronN:Morphologyofcornealnervesusingconfocalmicroscopy.Cornea20:374-384,20016)VillaniE,GalimbertiD,ViolaFetal:ThecorneainSjo-gren’ssyndrome:aninvivoconfocalstudy.InvestOph-thalmolVisSci48:2017-2022,20077)MastropasquaL,NubileM,LanziniMetal:Epithelialdendriticcelldistributioninnormalandin.amedhumancornea:invivoconfocalmicroscopystudy.AmJOphthal-mol142:736-744,20068)OgawaY,TsubotaK:Dryeyediseaseandin.ammation.In.ammationandRegeneration33:238-248,20139)MiceraA,StampachiacchiereB,DiZazzoAetal:NGFmodulatestrkANGFR/p75NTRinalphaSMA-expressingconjunctival.broblastsfromhumanocularcicatricialpemphigoid(OCP).PLoSOne10:e0142737,2015***(102)

オルソケラトロジーレンズを使用中にアカントアメーバ角膜炎を両眼に生じた1例

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):555.559,2017cオルソケラトロジーレンズを使用中にアカントアメーバ角膜炎を両眼に生じた1例三田村浩人市橋慶之内野裕一川北哲也榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室ACaseofBilateralAcanthamoebaKeratitisRelatedtoOrthokeratologyLensesHirotoMitamura,YoshiyukiIchihashi,YuichiUchino,TetsuyaKawakita,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineオルソケラトロジーレンズを使用中に両眼のアカントアメーバ角膜炎を生じた1例を経験したので報告する.アカントアメーバ角膜炎は治療抵抗性であり失明に至ることもある重篤な感染症である.症例は13歳,女性.近医Aでオルソケラトロジーレンズ(オサート)を使用,日中は追加矯正のため1日交換型ソフトコンタクトレンズを使用していた.両眼の充血・羞明を自覚,近医Bを受診し両眼ヘルペス角膜炎の診断で治療受けるも改善せず,近医Cを受診し両眼アカントアメーバ角膜炎の疑いで当科紹介となった.放射状角膜神経炎を認め,矯正視力右眼(1.0),左眼(0.9p).角膜上皮.爬物とレンズケースから培養にてアカントアメーバ陽性であった.治療開始後一時的に,矯正視力右眼(0.5),左眼(0.01)まで低下したが,10カ月経過した時点で両眼ともに矯正視力(1.2)まで回復した.レンズ処方にはガイドラインの遵守,適切なケアの周知が必要である.両眼発症の可能性を減らすにはポビドンヨードの使用,左右分離型のケースなどが考えられる.Wedescribeapatientwhosu.eredbilateralAcanthamoebakeratitiswhileusingorthokeratologylenses.The13-year-oldfemalehadbeenprescribedwithorthokeratologylenses(OSEIRT)atanearbyclinic(A).Shealsouseddailydisposablesoftcontactlensesduringtheday,foradditionalvisualacuitycorrection.Shedevelopedhyperemiaandphotophobiainbotheyesandvisitedanotherclinic(B).Shewasdiagnosedwithbilateralherpeskeratitisandreceivedtreatment,buttherewasnoimprovement.ShethenvisitedhospitalCandwasreferredtoourdepartmentforsuspectedbilateralAcanthamoebakeratitis.CulturesfromcornealcurettageandhercontactlenscasewerepositiveforAcanthamoeba.Sincethelenscasewasaone-unitcasewithoutleftandrightsepara-tion,Acanthamoebakeratitismayhavedevelopedinbotheyesmediatedbythecaseandthestoragesolution.Theuseofpovidone-iodineandalenscasewithseparateleftandrightcompartmentsmayreducethepossibilityofbilateralinvolvement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):555.559,2017〕Keywords:アカントアメーバ,角膜炎,オルソケラトロジー,コンタクトレンズ.Acanthamoeba,keratitis,or-thokeratology,contactlens.はじめにオルソケラトロジーレンズとは,就寝中のみに装用して角膜形状を変化させることで,日中の裸眼視力の向上を目的にしたリバースジオメトリーとよばれる,特殊なデザインをもつハードコンタクトレンズである1).とくにリバースカーブとよばれる部分は,1mm程度の狭い溝構造となっており,通常のこすり洗いでも汚れが落ちにくいといわれている.睡眠時装用による涙液交換の低下,角膜酸素不足による上皮細胞のバリア機能の障害なども感染症のリスクになりうると考えられている2.4).現在の日本でおもに流通しているのは,医薬品医療機器総合機構(PMDA)の認可を受けたaオルソK,マイエメラルド,ブレスオーコレクトなどがあるが,本症例で使用されていたオサートのようにPDMA未認可のものもある.〔別刷請求先〕三田村浩人:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirotoMitamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアカントアメーバ角膜炎は,われわれの周辺環境の至る所に生息する原虫であるアカントアメーバが原因で発症する.アカントアメーバ角膜炎は進行するときわめて難治であり,高度の視力障害をきたす例も少なくない5).アカントアメーバは栄養体とシストの2つの形態があり,生育条件が悪化するとシスト化し,さまざまな薬物治療に抵抗する6).アカントアメーバ角膜炎は1974年に英国で初めて報告され7),日本では1988年に石橋らが初めて報告した8).米国では2004年以降急激な増加が指摘され9),わが国でも同様に今世紀に入ってから増加傾向にあり10),近年ではオルソケラトロジーレンズ装用者で報告され始めている11,12).今回筆者らは,オルソケラトロジーレンズ使用中に両眼アカントアメーバ角膜炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:13歳,女性.主訴:両眼)視力低下,充血,眼痛.現病歴:近医Aでオルソケラトロジーレンズ(オサート)を8カ月ほど前から使用開始し,日中は追加矯正のため1日交換型のソフトコンタクトレンズを使用していた.2015年11月,両眼の充血と羞明を自覚し,近医Aが休日であったaため症状出現2日後に近医Bを受診,両眼のヘルペス角膜炎の診断を受けた.アシクロビル眼軟膏,モキシフロキサシン点眼液,プラノプロフェン点眼液,フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウム点眼液による治療が開始され通院するも症状が改善せず,近医Aでもヘルペスの治療を継続するよう指示されたため,症状出現8日後に近医Cを受診したところ放射状角膜神経炎を認め,アカントアメーバ角膜炎の疑いで同日当科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.2(1.0×sph.3.75D(cyl.2.50DAx25°),左眼0.5(0.9p×sph.1.75D(cyl.3.00DAx20°).細隙灯顕微鏡では両眼ともに充血と輪部結膜の腫脹,特徴的な放射状角膜神経炎,点状表層角膜症,角膜上皮欠損,角膜混濁を認めた(図1,2).前眼部OCT(CASIA)では,両眼ともに角膜全体に軽度の浮腫を認め,上皮下を中心に,軽度の角膜混濁が出現していた.生体共焦点顕微鏡(HRT-II)では,両眼ともに角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる,白血球(10.15μm)よりも少し大きな直径15.25μmの高輝度な円形構造物を多数認めた(図3,4).塗抹検査ではグラム染色とファンギフローラY染色を施行するもアメーバのシストは陰性であったが,培養では右眼の角膜擦過物から3日後に栄養体が検出され,アメーバ陽bc図1初診時右眼前眼部写真a:充血と輪部結膜の腫脹.b:特徴的な放射状角膜神経炎(強膜散乱法).c:点状表層角膜症,偽樹枝状の角膜上皮欠損(フルオレセイン染色).ab図2初診時左眼前眼部写真a:充血と輪部結膜の腫脹.b:特徴的な放射状角膜神経炎,左眼と比べて瞳孔領にも角膜混濁が強い(強膜散乱法).c:点状表層角膜症,偽樹枝状の角膜上皮欠損(フルオレセイン染色).図3初診時右眼画像検査写真a:角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる直径15.25μmの高輝度な円形構造物を認める(.,生体共焦点顕微鏡HRT-II).Scalebar:50μm.b:角膜全体に軽度の浮腫を認め,不正乱視を認める(CASIA).c:上皮下を中心とした軽度の角膜混濁を認める(CASIA).図4初診時左眼画像検査写真a:右眼と同様に角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる直径15.25μmの高輝度な円形構造物を認める(.,生体共焦点顕微鏡HRT-II).Scalebar:50μm.b:右眼よりやや強い角膜全体に軽度の浮腫を認め,不正乱視を認める(CASIA).c:右眼より明確な上皮下を中心とした軽度の角膜混濁を認める(CASIA).図5レンズケースa:別のメーカの一体型レンズケース(完全貫通型とクロスタイプ).b:分離型ケース.図6両眼の前眼部写真と画像検査写真(治療開始後7カ月)a:角膜混濁は4時に軽度認めるのみとなっている(右眼).b:不正乱視が大幅に改善した(右眼CASIA).c:角膜厚は正常にまで改善した(右眼CASIA).d:瞳孔領に角膜混濁がまだ残存している(左眼).e:不正乱視が大幅に改善したものの軽度残存している(左眼CASIA).f:角膜厚は改善してきたが不均一な部分を認める(左眼CASIA).性が確認された.また,左眼の培養は陰性であったものの,レンズケースの保存液からもアメーバが培養で陽性であった.レンズケースからは他にChryseobacteriummeningos-peticum,Stenotrophomonasmaltophilia,Acinetobacterlwo.i,nonfermentativeG-neg.rodsが陽性であったが,いずれもニューキノロン系抗菌薬に感受性を認めた.使用していたケア用品はオフテクス社のバイオクレンエルI(液体酵素洗浄剤)とバイオクレンエルII(陰イオン界面活性剤),週1回のアクティバタブレットMini(蛋白分解酵素,脂肪分解酵素,非イオン界面活性剤,陰イオン界面活性剤)であった.本症例のレンズケースは培養に提出したため破棄されてしまい,また同メーカのものも,その後入手できなかったため図5aのケースは本症例のものではないが,写真のように左右のレンズが一体型でセットされ,保存液が両側にいきわたる構造であった.経過:通院治療にて週2回の病巣.爬と,レボフロキサシン点眼液1日6回,自家調剤した0.02%クロルヘキシジン点眼液1時間毎,ボリコナゾール点眼液1時間毎,ピマリシン眼軟膏1日1回就寝前,イトリコナゾール内服を開始,治療開始4週後,角膜混濁の増悪と上皮不整などにより,矯正視力右眼0.5,左眼0.01まで低下したが,その後は徐々に改善を認めた.初診時から10カ月経過し両眼ともに軽度の角膜混濁を認めるものの,右眼は0.09(1.2×sph.5.75D(cyl.0.75DAx70°),左眼は0.15(1.2×sph.4.50D)まで改善した(図6).II考按本症例では当院初診の時点で患者本人も家族も適切にレンズケアをしていると認識していたが,後日詳細に尋ねると充血などの症状が出現する約1週間前に,保存液がなくレンズケースを水道水で保存したことが判明した.レンズケースの保存液からはアカントアメーバが培養検査にて陽性と判定とされ,ケースは左右一体型であったことから,水道水からアメーバが混入し,ケース・保存液・レンズを介して,両眼に発症した可能性も考えられた.その他の発症の要因としては日中も追加矯正のため1日交換型のソフトコンタクトレンズを使用していたため,涙液交換の低下・酸素不足により上皮バリア機能の低下がより促進された可能性がある.また,オサートRが強度近視への矯正も可能にするステップアップ形式とよばれる装用方法を採用しており,複数のレンズについて時期をずらして使い分ける必要があり,長期間保存液に入れたままのレンズを再度使用していたことなども原因となった可能性がある.Wattらによれば,オルソケラトロジーレンズによる感染性角膜潰瘍を発症した123例のうち緑膿菌が46例(38%),アカントアメーバが41例(33%)と2大原因とされている13).筆者らが文献を渉猟した限りでは,日本でのオルソケラトロジーレンズによるアカントアメーバ角膜炎の報告は片眼発症のみで11,12),両眼発症の報告は本症例が初めてであり,海外でも数例しか報告がない14,15).日本におけるオルソケラトロジーレンズによるアカントアメーバ角膜炎片眼発症の報告は,加藤らが11歳女児の症例を報告しており,初診時矯正視力(0.03)であったが,治療開始後8カ月で(1.0)まで改善している11).また,加治らは2例報告しており,17歳と18歳のいずれも女性であり初診時矯正視力は(0.1)と(0.2)であったが,治療後の矯正視力は2例ともに(1.2)まで改善している12).日本におけるオルソケラトロジーにおける感染発症率の報告としては,日本眼科医会が行った全国規模のアンケート調査があり,具体的な菌種などは不明であるが感染性角膜潰瘍を7.7%の施設が経験している16).一方で平岡らのaオルソKR3年間のオルソケラトロジー使用成績調査69例136眼(8施設)では感染症の発症はないことから,レンズの種類や指導を行う施設によって発症率に差があると思われる17).オルソケラトロジーレンズ使用を起因とする眼感染症を未然に防ぐためには,適応度数を超えた無理な矯正はレンズのベースカーブ部を過度にフラットなフィッティングにさせることとなり角膜中央部へのびらんを生じやすいことからも18),2009年に日本コンタクトレンズ学会が作成したオルソケラトロジー・ガイドライン(以下,ガイドライン)1)に提示されている基準以上の近視にはレンズを処方しないなどのガイドラインの遵守が重要である.一方で,日本のガイドラインでは20歳以上の処方を原則としているが,本症例を含めて日本眼科医会のアンケート調査では20歳未満への処方が66.8%行われているのが実情である15).ガイドラインを逸脱して処方する場合は,より慎重なインフォームド・コンセントが求められる.さらにCopeら19)が報告しているコンタクトレンズ装用時の感染に関するリスクファクターを参考にして,レンズを水道水では保管しない,ケースを完全に乾燥させるなどの適切なレンズケアを患者へ周知させる必要がある.一方で医療者側もオルソケラトロジーレンズによって両眼にアカントアメーバ角膜炎が発症する可能性を認識する必要がある.具体的な感染コントロールの方法としては,眼科医による定期検査,適切なレンズ装用の指導,レンズ上における汚れが付着しやすい部位への綿棒によるこすり洗い,消毒効果がより高いポビドンヨードによるレンズ洗浄の推奨などがあげられる.さらに本症例のような両眼発症という事態を予防するために,同環境・同条件で管理されることから完全な対策ではないものの,左右が分離されたレンズケース(図5b)を使用することで,ケース・保存液・コンタクトレンズを介する両眼感染のリスクを減らすことができると考えられる.本論文の要旨は第59回コンタクトレンズ学会(2016)にて発表した.文献1)日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジーガイドライン委員会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,20092)SunX,ZhaoH,DengSetal:lnfectiouskeratitisrelatedtoorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt26:133-136,20063)HsiaoCH,LinHC,ChenYFetal:Infectiouskeratitisrelatedtoovernightorthokeratology.Cornea24:783-788,20054)Araki-SasakiK,NishiI,YonemuraNetal:Characteris-ticsofPseudomonascornealinfectionrelatedtoorthokera-tology.Cornea24:861-863,20055)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一ほか:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,20146)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜診療ガイドライン(第2版).日眼会誌117:484-490,20137)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfec-tionoftheeye.Lancet2(7896):1537-1540,19748)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19889)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:aparasiteontherise.Cornea26:701-706,200710)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,201011)加藤陽子,中川尚,秦野寛ほか:学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例.あたらしい眼科25:1709-1711,200812)加治優一,大鹿哲郎:オルソケラトロジーレンズ装用者に生じたアカントアメーバ角膜炎の2例.眼臨紀7:728,201413)WattKG,SwarbrickHA:Trendsinmicrobialkeratitisassociatedwithorthokeratology.EyeContactLens33:373-373,200714)KimEC,KimMS:Bilateralacanthamoebakeratitisafterorthokeratology.Cornea29:680-682,201015)TsengCH,FongCF,ChenWLetal:Overnightorthoker-atologyassociatedmicrobialkeratitis.Cornea24:778-782,200516)柿田哲彦,高橋和博,山下秀明ほか:オルソケラトロジーに関するアンケート調査集計結果報告.日本の眼科87:527-534,201617)平岡孝浩,伊藤孝雄,掛江裕之ほか:オルソケラトロジー使用成績調査3年間の解析結果.日コレ誌56:276-284,201418)吉野健一:オルソケラトロジーによる合併症(2)角膜感染症.あたらしい眼科24:1191-1192,200719)CopeJR,CollierSA,ScheinODetal:Acanthamoebaker-atitisamongrigidgaspermeablecontactlenswearersintheUnitedStates,2005through2011.Ophthalmology123:1435-1441,2016***

My boom 63.

2017年4月30日 日曜日

自己紹介鈴木幸彦(すずき・ゆきひこ)弘前大学医学部眼科私が大学時代から長年住み慣れて,一勤務医ではありながら,さらに一応は長男でありながら,少し前に我が家まで建ててしまった青森県弘前市は,青森市,八戸市に次ぐ約17万人の地方都市です.生まれが岩手県大船渡市(今も昔も人口4万人弱)ですので,ここは疲れない程度の都会でありながら,車で少し出かけると,八甲田山や岩木山,白神山地の大自然の中でゆっくり過ごすことができる,とても快適な町です.仕事の話そんな弘前で,私が何をしているのかというと,弘前大学医学部附属病院眼科でおもに網膜硝子体疾患の手術治療と診察を担当しています.眼科の教室員は中澤教授以下,教室員は約10名余りで,私が入局した20数年前の半分以下です.極端に人手不足なので,教室員がフル回転で診療にあたっています.増殖糖尿病網膜症・網膜.離・増殖性硝子体網膜症などの手術の執刀を引き続き行っているほか,最近は硝子体手術を研修中の教室員の指導のために手術室に入っていることが少なくない状況です.後輩の先生が少しずつ自分でできることが増えてきて,そのうち独り立ちできるようになる過程に立ち会えることは嬉しいものです.研究面では,以前は網膜静脈閉塞症のような循環がテーマでしたが,最近は硝子体手術の際に採取した増殖糖尿病網膜症の硝子体液の中のサイトカイン濃度や酸化ストレスを調べた結果について発表しています.(77)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY趣味の話趣味の面では,写真に関することがかなりの割合を占めています.もともと大学生時代にも安い一眼レフを使っていたこともありましたが,間もなく飽きてしまい,しばらく休眠状態でした.仕事をするようになって数年経って,少し金銭的に余裕が出てきた頃にキャノンEOS-1nとLレンズを買って,少し使って再び休眠状態になり,現在の自分の中での3度目の写真ブームは約10年前から始まりました.今でもフィルム・カメラも併用していて,ふだんはオリンパスPEN-F(以前はキヤノンEOS5DMark-IIというデジタル一眼レフでした)を使っていますが,いざ作品を撮るぞという時に登場するのが,ローライフレックス3.5Fというフィルム・カメラです.このカメラは,二眼レフといって,スタイルは縦長で,連動した2個のレンズを搭載しています.上のレンズで被写体を見て構図や露出時間と絞りを決めた上で,シャッター・ボタンを押すと,下のレンズのシャッターが開いて撮像する仕組みになっています.また,上のレンズから被写体を見るのが,カメラの真上からなので,カメラをウエストの高さで持ち,お辞儀をするような姿勢でカメラを覗きこみ,シャッター・ボタンを押す方法のカメラです.フィルム・サイズも縦横ともに6cmの真四角なフォーマットで,普通の一眼レフのフィルムの横幅35mmのものより格段に解像度がいいというメリットもあります.そのため,デジカメ時代にあっても,解像度の面では自分の中ではまだまだ現役という存在でした.最近は,デジカメの解像度もどんどん向上していて,大きいサイズのフィルムを凌駕するものも,それなりのお金を出せば買えるようになってきましたが…….そんな,やや撮影するのに面倒くさいカメラで何を撮るかというと,以前は風景も多く撮っていましたが,今はまだ幼い我が家の子どもたちです.リバーサル・フィルム(スライド用のものです)で撮影し,アサヒカメラあたらしい眼科Vol.34,No.4,2017537写真1数年前にアラスカに家族旅行で行ったときには,一眼レフに望遠レンズを付けて,大自然の中の動物の写真を夢中で撮っていました.や日本カメラというカメラ雑誌の月例コンテストに応募することを楽しみにしています.2013年7月号と2014年1月号のアサヒカメラ月例コンテスト(スライド写真部門)で第1位をもらって,自分の写真が見開きで大きく掲載されたのを見た時は,自分の書いた英語の論文が雑誌に載ったとき以上に嬉しかったです.しかし,デジカメ全盛の今は,アサヒカメラも日本カメラもスライド写真部門を休止してしまって,応募できない状態になりました.眼科診療でもフィルムを使わなくなったように,フィルムの市場が小さくなり,フィルム代や現像代も値上がりし,愛好家もフィルムからますます離れていくという,悪循環のようです.撮影の時にはどんな写真が写っているかを,確認できないというのがフィルム・カメラの最大の不便な点ですが,失敗しないように頭を使い,真剣に写真を撮り,それでもでき上がりを見ると,露出(明るさ)が合ってい写真2ローライフレックスという二眼レフカメラと,ある雑誌の月例コンテスト入賞の記録です.なかったり,構図が悪かったりして,がっかりすることもよくあります.条件がむずかしい状況では,うまくいかないことも少なくありません.面倒な上に,常に最高の能力を出せるとは限らないという点では,アナログ・レコードで音楽を聞くのにも似ています.ちょっと贅沢な時間を過ごすことができるようです.普段は発表や講義の準備とかでパソコンに向き合っていることが多いのですが,夜,自分の部屋で,眠くなるまで,赤ワインを飲みながら,CDやレコードの音楽をかけながら,自分の撮った写真を眺め,写真雑誌に載っている他の人の撮った写真を見て勉強するというのが,私だけの至福の時です.注)「Myboom」は今回をもちまして全国リレーを達成しましたので,連載を終了いたします.長い間ご愛読いただきましてありがとうございました.写真3青森県むつ湾を回遊する自然のイルカも私の撮影対象です.538あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(78)

二次元から三次元を作り出す脳と眼 11.後頭葉第一次視覚野の職人たち

2017年4月30日 日曜日

雲井弥生連載⑪二次元から三次元を作り出す脳と眼淀川キリスト教病院眼科はじめに後頭葉第一次視覚野(以下,V1)には,動き・傾き・色など特定の刺激に強い反応を示す方向選択性・方位選択性・色選択性細胞が存在する.網膜神経節細胞Paが抽出した動きの情報,Pbが抽出した形と色の情報はV1に運ばれ(連載⑨⑩参照),これらの細胞により加工されてV2へ送られる(図1).後頭葉第一次視覚野の職人たち1)複数のPaあるいはPbの情報がV1で一つの神経細胞に収束する.ちらつきや明暗などの単純な情報が,これらの細胞の職人技により,特定の線の動きや傾きの情報へと変換される.1.方向選択性(directionselectivity)をもつ細胞(図1,2)特定の方向に動く光に強く反応する.縦方向のスリット光を左に動かすと強く反応するが,右に動かしても反応しない細胞を示す.もっとも強い反応の得られる方向を最適方向とよぶ.眼前を右から左に飛んでいくボールがある.ボール像は網膜上では左から右に動く.大型の神経節細胞Paはボールの動きや方向の情報を抽出して,外側膝状体M層を介してV1に伝える.V1ではボールの動きに最適方向をもつ細胞が強く反応する.この細胞はV2・V5/MT(連載⑩参照)にも存在し,追視や輻湊・開散など眼球運動に関係する.2.方位選択性(orientationselectivity)をもつ細胞(図1,3)特定の傾きの線や縞模様に対して強く反応する.図3の細胞Aは縦方向のスリット光を横に動かすときにもっとも強く反応し,横方向のスリット光を縦に動かしても反応しない.12-6時の向きが最適方位である.境界や輪郭の検出に適する.網膜上のすべての点はV1に対応部位をもち,V1でも網膜内の相互の位置関係を保つ.中心窩はV1のもっとも後極に,網膜周辺部ほどV1前方の位置に対応する.V1拡大図V2拡大図動き・位置①空間視情報:Pa.M層.V14B層方向選択性細胞.V2広線条部.V5.後頭頂葉②形態視情報:Pb.P層.V12/3層方位選択性細胞.V2淡線条部.V4.下側頭葉③色情報:②の経路とV12/3層で分かれ,K層と合流.色選択性細胞.V2狭線条部.下側頭葉で合流(75)あたらしい眼科Vol.34,No.4,20175350910-1810/17/\100/頁/JCOPYスパイク数/秒縦(12-6時方向)のスリット光を右から左に動かすと強く反応する.左から右に動かしても反応しない.10075もっとも強い反応の得られる方向を最適方向とよぶ.V1,V2,V3,V5/MTに存在する.05秒図2方向選択性をもつ細胞細胞Aは12-6時方向のスリット光の横の動きに強く反応する.スリットを傾けるスパイク数/秒スパイク数/秒反応++++0光の横の動きには反応しない.25もっとも強い反応の得られるスリット光のある細胞は赤いスポット光照射に反応す細胞Bと反応は減弱し,3-9時のスリット光の縦の動きには反応しない.細胞Bは3-9時方向のスリット光の縦の動きに強く反応する.12-6時のスリット傾きを最適方位とよぶ.る(ON反応).緑や青のスポット光照射V1,V2,V4,下側頭葉に存在する.には反応せず,消灯時に反応する(OFF反応).V1,V2,V4,下側頭葉にも存反応0±+++図3方位選択性をもつ細胞これを「網膜部位再現性をもつ」と表す.紙上の真横に伸びる直線を見ている.小型のPbは直線の情報を外側膝状体P層を介してV1に伝える.V1では3-9時に最適方位をもつ細胞が反応する.多数の方位選択性細胞の反応は網膜の位置情報をもとに再構築される.この細胞はV2,V4,下側頭葉にも存在する.3.色選択性(colorselectivity)をもつ細胞(図1,4)ある細胞は赤いスポット光照射に反応する(ON反応)が,緑や青のスポット光照射には反応せず,消灯に反応する(OFF反応).神経節細胞にも色選択性を示すものがあるが,V1では複雑な反応を示すものが加わる.この細胞はV2,V4,下側頭葉にも存在する.4.両眼視差選択性を示す細胞立体視に非常に重要であり,いずれ詳述する.V1からV2へ(図1)2)V1には6層構造が認められる.4層はヒトではB,Ca,Cb層に分かれる.V2はシトクロム酸化酵素(ミトコンドリア電子伝達系酵素)染色の染まり方の違いで広線条部(thickstripe)・狭線条部(thindarkstripe)・淡線条部(thinpalestripe)の三つに分かれる.V1の職人たちにより加工された情報は,V2の三つの線条部でさらに手を加えられ,V4やV5へ送り出される.下記の①(図1.)が背側経路,②③(図1.)が腹側経路となる.536あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017在する.図4色選択性をもつ細胞①空間視情報:Pa.M層.V14B層方向選択性細胞.V2広線条部.V5.後頭頂葉②形態視情報:Pb.P層.V12/3層方位選択性細胞.V2淡線条部.V4.下側頭葉③色情報:Pb.P層.V12/3層色選択性細胞(K層の情報も合流).V2狭線条部.V4.下側頭葉V1で分かれた形と色の情報は下側頭葉で合流し形態視情報として統合される.それぞれのステージでの役割分担この仕組みは,たとえれば,ある人を観察するのにPa-M系のスタッフは,その人がどこにいて・どの方向に・どれほどの速さで移動しているか,Pb-P系のスタッフは,どんな背格好か・どんな色や種類の服を着ているかに着目して情報を集め,V1やV2の分析班に送る.ここでは情報の扱いに慣れた職人が使いやすいように加工してV4やV5/MTに送り,分析と情報統合を進めるような様子ではないかと考える.文献1)福田淳,佐藤宏道:一次視覚野特徴選択性.脳と視覚─何をどう見るか,p168-204,共立出版,20022)BoydJD,MatsubaraJA:Extrastiatevisualcortex.InAdler’sphysiologyoftheeye,11thed(editedbyKaufmanPL,AlmA),p599-612,Elsevier,2011(76)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 167.強膜バックリング手術習得のコツ(その2)術中の眼圧調整(初級編)

2017年4月30日 日曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載167167強膜バックリング手術習得のコツ(その2)術中の眼圧調整(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめに強膜バックリング手術を円滑に遂行するためには,頻回の前房穿刺により術中の眼圧をやや低くしながら操作を行うことが重要である.これはあまり教科書的ではない内容と思われるが,筆者は非常に重要なポイントだと考えている.●局所麻酔を確実に行う筆者は基本的に強膜バックリング手術では球後麻酔を確実に効かせて,その後結膜下注射,Tenon.麻酔などを適宜併用しながら,可能な限り術中の疼痛緩和に努めている.麻酔を適量で確実に効かせることは,その後の手術操作を円滑に行ううえできわめて大切である.麻酔量が多いと眼球の回旋が不十分となり,強膜バックリング手術におけるすべての操作が施行しづらくなる.●経強膜冷凍凝固前には必ず前房穿刺を行う(図1)経強膜冷凍凝固は一時的に眼圧を上昇させる手術手技であり,やや低眼圧にしておくと強膜内陥が容易となり,裂孔への確実な凝固が可能となる.かなり胞状の網膜.離でも,眼圧を十分に低下させることで,裂孔周囲の凝固は多くの場合可能である.●マットレス縫合時にも前房穿刺を行うマットレス縫合を施行する際には,眼圧を十分に低下させたうえで,綿棒などで強膜を圧迫しながら,深部の通糸を行う(図2).またこの時,上下方向に鈎が挿入しやすい開瞼器(図3)を使用すると操作がしやすい.●バックル縫合後にも前房穿刺を行うバックル縫合後には眼圧が上昇するので,こまめに前房穿刺で眼圧を低下させる(図4).この手技は網膜下液排除時の網膜嵌頓などの合併症を回避するうえできわめて重要である.(73)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1前房穿刺術中に頻回の前房穿刺を施行することで,やや低眼圧のまま手術を続行する.図2マットレス縫合低眼圧にすると強膜圧迫により深部の通糸が容易となる.図3強膜バックリング手術に適した開瞼器上下方向に鈎をかけたときの術野が確保しやすい開瞼器を使用する.図4強膜バックル設置強膜バックル設置後もこまめに前房穿刺を行う.●適度な低眼圧保持は術中の疼痛緩和にも有効眼科手術に限らず,術中の疼痛緩和には圧のコントロールが重要とされている.高眼圧時には疼痛を訴えている症例でも,前房穿刺により適度に眼圧を低下させることで疼痛が軽減されることは,日常的にしばしば経験する.●頻回の前房穿刺を行うことの利点上記のように,前房穿刺で眼圧をやや低めに保持しながら強膜バックリング手術を施行することは,種々の利点がある.ただし極端な低眼圧は脈絡膜出血の誘因となるので,この点は注意を要する.また,前房穿刺時には,虹彩を刺激して縮瞳させないなどの配慮も必要である.あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017533

新しい治療と検査シリーズ 233.オクトパス600の有用性

2017年4月30日 日曜日

新しい治療と検査シリーズ233.オクトパス600の有用性プレゼンテーション:津崎さつき池田陽子御池眼科池田クリニックコメント:松本長太近畿大学医学部眼科学教室.バックグラウンド2014年に発売されたHaag-Streit社の自動視野計オクトパス600(図1a)にはさまざまな特徴がある.視標提示用にTFT(thin.lmtransistor)モニター,光源にはLED(lightemittingdiode)を使用し,明室でも検査可能である.また,比較的小さなスペースで機器が設置できることもよい点である.本体内部に+3.25Dの老眼矯正用のレンズを搭載していることにより,年齢による補正や近見矯正は不要である.視標には従来のW/W(white/white)のほかに,パルサーとよばれるまったく新しい視標が搭載されている.新しい器機のため,まだ他の機種の検査との比較がわずかしかなく1,2),ハンフリーフィールドアナライザー(HFA)30-2SITA-stan-dardとの比較報告はない.また,緑内障の視野検査では,視野欠損が高度であれば,軽度であるより検査時間が長くなる.検査時間が長aくなれば,被験者の集中力の低下,就眠誘発を起こし,ときに不正確な応答を行ってしまう可能性がある.患者のなかには視野検査自体に嫌悪感を抱き,検査を拒否してしまう場合もある.パルサー視標を用いた静的視野測定は,被験者の視野検査中の理解認識度を高めることで,その嫌悪感を少しでも緩和し,楽にストレスなく視野検査が行える可能性がある..新しい検査法の原理パルサー視野測定とは,10Hzで反相点滅するコントラストの調整されたリング視標を呈示することで,コントラスト感度とフリッカー感度の両方を組み合わせた早期緑内障の検出に適した方法である.提示される視標は特徴的で反転する輪状であり,水面に落ちた雨粒が広がるような視標(図1b)となっている.これは早期緑内障の検出を目的に開発されたものであり,通常の視野検査では検出できない機能異常を検出することを期待されてb図1オクトパス600と視標の写真a:オクトパス600はコンパクトで設置しやすく,ドームがないので,被験者に与える圧迫感が少ない.b:視標は白黒で,大小の雨粒が水面に広がるような波紋状の動きがあり,被験者に見やすい視標となっている.(69)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017529オクトパス600パルサー視野HFA30-2SITA-standard視野図2オクトパス600とHFA30.2の視野検査の結果の比較(71歳,男性,落屑緑内障)HFA30-2のSITA-standard視野検査では暗点が多く,信頼性のある視野が測定できていないが,オクトパス600パルサー視野検査では信頼性が高く測定でき,実際の視野により近い視野が測定できていると考えられる.オクトパス600パルサー視野Humphrey視野に変換図3オクトパス600の視野をHumphrey視野に変換(46歳,女性,正常眼圧緑内障)この症例のオクトパス600パルサー視野をHumphrey視野に変換した.グレースケールもパターン偏差も,おおよそオクトパス600と同様の結果が得られている.いる.さらに,特徴のあるパルサー視標の提示は,被験者の視野検査中の理解度を高めると推測される..使用方法と症例提示オクトパス600はHFA30-2とは違って大きなドームがないため,圧迫感がない.標準装備として顎台が付いていない設計で,額をつけて中を望遠鏡のようにのぞいて検査を行う.図2はHFA30-2SITA-standardとオクトパス600パルサーの両方の視野を別日に行った結果であるが,HFA30-2ではうまく測定できず,オクトパス600ではうまく測定できている.また,オクトパス600は,HFAユーザーがオクトパス600の検査結果を理解しやすくするために,「HFAプリントアウト」といわれるHumphrey表示形式での印刷も可能となっている(図3).オクトパス600とハンフリーの機器の比較は表1に示した..本機器の良い点オクトパス600の良い点は,何よりもまず検査時間が短いことである.筆者らの施設で3カ月以内にHFA30-2とオクトパス600を使用した17例の結果では,平均の片眼の測定時間はHFA30-2SITA-standard視野がおよそ片眼8分に対し,オクトパス600パルサー視野は4分で,およそ半分の時間であった.HFAに慣530あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(70)表1オクトパス600(パルサー)とHumphrey視野計の仕様の違いオクトパス600(パルサー)HFA(SITA-Standard)視標呈示【方式】TFT画面呈示【方式】投影式【時間】500ms(@10HzFlicker)【時間】200ms視標色白色白色視標サイズ50.43°(ゴールドマンIII)実際の視標実際の視標は白丸背景輝度32cd/m2(100Asb)10cd/m2(31,5Asb)固視監視CMOS赤外線カメラHeijl-Krakau法・アイモニター・ゲイズトラック測定範囲中心視野30°中心視野30°矯正レンズ付属レンズあり(-8.00~+4.00dpt)検眼レンズをはめるレンズホルダーのみ設置ダイナミックレンジ0~35src(周波数とコントラストの融合)0~40dB(光の明暗)プログラムG2p,32p30-2,10-2ストラテジーTOPSITA-standard測定点59点30-2=76点,24-2=54点,10-2=68点測定時間(当院調べ)4分8分れている患者には驚くべき短さで,患者は楽に検査できたとコメントされることが多い.検査時間が短いために集中力が続き,視標も大きいために間違わずに測定しやすいものと考えられる.また,視標が光ではなく波紋状,輪状の大きな視標でとても見やすいと感じる患者が多い.76.5%の患者がHFA30-2よりオクトパス600の視標が見やすかったとした.オクトパス600は固視不良時は測定しないために固視不良がないことに加え,偽陰性,偽陽性もHFA30-2で行った場合の半分以下であり,信頼性の高い結果を得られやすいと考えられた.60%の患者がオクトパス600をより好むとした.次回測定時はHFAではなくオクトパス600にしてほしいと強く希望を伝える患者も少なからず存在する.顎台がないことに関しては63.7%の患者がなくてもいいかどちらでもいいと答えたので,とくに検査に支障はないものと考える.高齢になるにつれ,静的視野検査がうまく測定できなくなる患者が増加し,信頼性の指標についても悪化することが多い.そのなかでオクトパス600パルサー視野は,患者にとっても眼科医にとっても役立つ良い視野測定機器となると考える.文献1)GobelK,ErbC:SensitivitatundSpezi.tatderFlimmer-perimetriemitdemPulsar.Ophthalmologe110:141-145,20132)高橋夏実,佐藤司,松村一弘ほか:OCTPUS600視野計10-2とHumphrey視野計10-2の比較.あたらしい眼科26:27-31,2016.本稿に対するコメント.オクトパス600は,オクトパスシリーズのもっと面を用いる大きなメリットは,さまざまなパターンのも新しい視野計であり,オクトパスとしては初めて液視覚刺激を自由に作ることができる点であり,オクト晶画面を用いた視標刺激方法を採用している.液晶画パス600では時間変調感度と空間コントラスト感度(71)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017531.本稿に対するコメント.を組み合わせたパルサーとよばれる検査視標を採用している.Preperimetricglaucomaにおける異常検出感度は,従来の機能選択的視野検査に比べ決して高いわけではないが,検査視標の視認性がよく,練習効果の少ない安定した測定結果を得ることができる.検査時間は,各測定点に1回しか視標を提示しないten-dencyorientedperimetry(TOP)を採用しており,本論文でも示されるように非常に短くなっている.ただし,TOPはアルゴリズム上,局所の感度低下をとらえる際に暗点が浅く検出される傾向があるので,パルサーの結果を評価するうえでも理解しておく必要がある.液晶画面は従来の投影型視標に比べ高輝度を確保できないため,一般的な視野測定では,一部検査視標を大きくすることで代償している.また,液晶画面は機械的駆動部が存在しないため,従来機器に比べシンプルで耐久性の高い構造となっている.☆☆☆532あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(72)