トラベクトーム手術TrabectomeSurgery笠原正行*庄司信行*はじめにトラベクトーム手術とは,眼内からアプローチして線維柱帯を焼灼切開する術式である.術後得られる平均眼圧は15mmHg前後と,従来の眼外からアプローチするトラベクロトミーと同程度であるが,小切開創から施行ができ,手術時間が短く(5.10分程度),手技が比較的容易であり,結膜が温存できるために将来のトラベクレクトミーに備えることができる.2004年に米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の承認を得て,日本でも2010年に承認され,minimally(micro)invasiveglaucomasurgery(MIGS)のひとつとして国内でも広く普及してきている.ハンドピースの先端は19.5G(ゲージ)であり,単独手術であれば1.7mmの小角膜切開で行うことができる.ハンドピース先端にはフットプレート(ガイド)がついており,集合管を保護するように設計がなされている(図1).フットペダルを踏むことで先端部に電気が流れる仕組みになっており,隅角鏡で確認しながら先端部をSchlemm管内へ挿入し,外壁に沿わせるようにして線維柱帯を挟み込むように焼灼切開を進めていく(図2).直接隅角を確認しながら手技が行える点や,線ではなく帯状に線維柱帯を切開,もしくは切除できる点もメリットのひとつである.I手術適応術中に隅角の観察ができることが必須であり,隅角開大度はSha.er2.4度であること,切開を予定する鼻側に周辺虹彩前癒着(peripheralanteriorsynechia:PAS)がないことが望ましい.ただし,少量のテント状のPASであれば,ハンドピースの先端でPASを解除しながら切開を進めていくことも可能である.従来のトラベクロトミーと同様に上強膜静脈圧を下回る眼圧値までの下降はむずかしく,術後の平均眼圧は15.16mmHg程度であるため,20mmHgを超える症例が好適応と思われる.ただし,10台の眼圧であっても点眼,内服のアドヒアランスや副作用,眼圧変動などを考慮して手術適応とする場合もある.たとえば,高齢で認知症などもあり点眼アドヒアランスが悪い場合,点眼により著明な角膜炎,眼瞼炎をきたしている場合,全身倦怠感や食欲不振,尿路結石の既往などでアセタゾラミド内服の継続が困難である場合,眼圧変動が大きく,夜間に10mmHgを超えて眼圧上昇をきたす場合などにも行うことがある.反対に,点眼は問題なくできていて,眼圧がlowteen.middleteenでも視野障害が進行するような症例や,highteenで経過していて視野障害の程度が後期以降の症例などに対しては積極的な適応はなく,むしろトラベクレクトミーの適応と思われる.II手術手順1.術前の準備自然瞳孔下や散瞳下でも手術は可能であるが,トラベクトーム手術を単独で行う場合は隅角の視認性をより向*MasayukiKasahara&*NobuyukiShoji:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕笠原正行:〒252-0375神奈川県相模原市南区北里1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(23)23図1トラベクトーム(提供:NeoMedixCorporation)図2挿入時のSchlemm管内のシェーマハンドピース先端部を外壁に沿わせるようにして,線維柱帯を挟み込むように切開する.(提供:NeoMedixCorporation)図3手術時の体勢患者の頭を術者から離れるように約30°傾け,顕微鏡は術者のほうに倒れるように傾けて鼻側の隅角が見えやすい環境を整える.図4線維柱帯切開右利きの術者であれば,鼻側中央の挿入部から反時計回りに約60°を焼灼切開していく.反対部分も同様に約60°切開して,合計約120°の範囲の切開を行う.図5手術翌日の前眼部写真鼻側の切開部付近に少量の凝血塊を認める.表1トラベクトーム手術の成績ShojiN2016117POAG+SG31.6±9.915.4±3.367.45.0±1.73.8±1.8YidirimY201670POAG+SG28.8±5.317.1±2.970.03.3±1.01.6±1.2生存の定義:下降率30%以上MizoguchiT201582POAG+SG22.3±6.815.1±3.264.12.8±0.82.7±0.8AhujaY2013246POAG+SG21.6±8.615.1±4.463.83.1±1.12.0±1.4TingJL2012450POAG25.5±7.916.8±3.962.92.7±1.32.2±1.3POAG:primaryopen-angleglaucoma,SG:secondaryopen-angleglaucoma100806040200monthsaftersurgeryA(insurviving)11787714737241180B(insurviving)1177359382919870C(insurviving)1176347261912440(eyes)図6117眼を対象としたKaplan.Meier法による生存曲線生存の定義は次の通り.定義A:術後眼圧が21mmHg以下,眼圧下降率20%以上,緑内障の再手術を行っていない.定義B:術後眼圧が18mmHg以下,眼圧下降率20%以上,緑内障の再手術を行っていない.定義C:術後眼圧が16mmHg以下,眼圧下降率20%以上,緑内障の再手術を行っていない.術後1年目の生存率は,定義Aでは67.4±4.4%,定義Bでは56.6±4.6%,定義Cでは44.8±4.7%で,定義AとCの間には統計学的有意差を認めた(p=0.001:ログランク検定).定義AとB,BとCの間には有意差は認めなかった.(文献1より転載引用)successprobability(%)0612182430364248以下とした場合は44.8±4.7%であり,stageが後期でlowteenをめざすような症例や,もともと低眼圧の症例には,術後の一過性眼圧上昇などのリスクも考慮すると,最初からトラベクレクトミーを選択したほうがよい場合もあり,術式の選択は慎重に行う必要がある.病型別に分けた生存率は,術後1年目において原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)で53.9±7.5%,続発緑内障で77.2±5.4%と,続発緑内障のほうが成績がよかった(p=0.024).続発緑内障の中には落屑緑内障やステロイド緑内障が多く含まれており,これらは病変が線維柱帯に限局されるのに対し,POAGはそれ以降の流出路に変化をもたらしている可能性がある.トラベクトーム手術は線維柱帯をターゲットとした術式であるため,続発緑内障で成績がよかった可能性が考えられる.Tingらも落屑緑内障はPOAGと比較して有意に眼圧下降効果が高いと報告している6).また,続発緑内障の中にはぶどう膜炎によるものも含まれているが,落屑緑内障やステロイド緑内障と同程度に成績がよかった.Antonらも,ぶどう膜炎による続発緑内障に対して本術式が有効であったと報告している7).トラベクトーム単独手術と白内障同時手術との比較では,有意差はないものの,白内障同時手術のほうが成績がよい傾向であった.同様に白内障同時手術のほうが眼圧下降効果が高い4)とする報告がある一方,変わらないとする報告もある8).白内障手術による眼圧下降効果に加え,同時手術においては閉創前にI/Aでしっかりと前房内の粘弾性物質や逆流性出血を洗浄することができる点や,超音波乳化吸引術を行う際に,前房内圧が上昇してSchlemm管内腔が拡張するため眼圧下降効果が高いのではないのかと考えている.点眼スコアは,緑内障点眼1剤を1点,合剤を2点,アセタゾラミド内服1錠を1点とした場合,術前が5.0±1.7点,術後1年目で3.8±1.8点と,約1点減少した.他の報告でもだいたい1点程度の減少であり,術後の緑内障点眼は減らせても1本程度と考える.合併症としては,術後の逆流性出血は必発であるが,その他の重篤なものはみられない.角膜内皮細胞密度についても,Maedaらは術後1年目までに有意な変化は28あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017みられなかったとしている9).おわりにトラベクトーム手術は,10台後半.20mmHg程度をめざした手術としては比較的成績のよい手術である.安全性が高く,将来の濾過手術に備えることができる点も魅力的である.しかし,約2割の症例においては追加濾過手術が必要となることを事前に説明しておくことが重要である.また,成績良好例の中には術後にずっとlowteenで経過している症例も少なからず存在し,今後,その背景因子がわかれば適応も拡大していくものと考える.文献1)ShojiN,KasaharaM,IijimaAetal:Short-termevalua-tionofTrabectomesurgeryperformedonJapanesepatientswithopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol60:156-165,20162)AhujaY,MaKhinPyiS,MalihiMetal:Clinicalresultsofabinternotrabeculotomyusingthetrabectomeforopen-angleglaucoma:theMayoClinicseriesinRoches-ter,Minnesota.AmJOphthalmol156:927-935,20133)YildirimY,KarT,DuzgunEetal:Evaluationofthelongtermresultsoftrabectomesurgery.IntOphthalmol36:719-726,20164)MizoguchiT,NishigakiS,SatoTetal:ClinicalresultsofTrabectomesurgeryforopen-angleglaucoma.ClinOph-thalmol9:1889-1894,20155)JeaSY,MosaedS,VoldSDetal:E.ectofafailedtrabec-tomeonsubsequenttrabeculectomy.JGlaucoma21:71-75,20126)TingJL,DamjiKF,StilesMC;TrabectomeStudyGroup:Abinternotrabeculectomy:outcomesinexfolia-tionversusprimaryopen-angleglaucoma.JCataractRefractSurg38:315-323,20127)AntonA,HeinzelmannS,NeBTetal:TrabeculectomyabinternowiththeTrabectomeRasatherapeuticoptionforuveiticsecondaryglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmol253:1973-1978,20158)ParikhHA,BusselII,SchumanJSetal:Coarsenedexactmatchingofphaco-trabectometotrabectomeinphakicpatients:Lackofadditionalpressurereductionfromphacoemulsi.cation.PLosOne11:e0149384,20169)MaedaM,WatanabeM,IchikawaKetal:Evaluationoftrabectomeinopen-angleglaucoma.JGlaucoma22:205-208,2013(28)