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網膜中心動脈閉塞症に対するカニュレーション

2017年5月31日 水曜日

網膜中心動脈閉塞症に対するカニュレーションCannulationforEyeswithCentralRetinalArteryOcclusion門之園一明*はじめに網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclu-sion:CRAO)は,さまざまな眼科疾患のなかでも失明に至る代表的な救急疾患である.患者は,突然の激しい視力障害を訴え緊急に専門医を訪れる1).その発症のエピソードは本疾患に特有のものであり,眼底を覗き黄斑部のcherry-redspotを観察すれば,すぐに診断をつけることができる.本疾患は,1859年にvonGraefeにより報告された.それ以来,150年以上にわたり治療方法のない疾患として定着している.CRAOは,約10万人に1人の頻度で生じる比較的に稀な疾患である.しかし,本疾患は心血管疾患との合併率が高く,近年の生活習慣病の増加,社会の高齢化によりその発症頻度が急速に増加している2).筆者らは,以前より,おもに網膜静脈閉塞症に対する網膜血管内治療の開発をしてきた.近頃,CRAOに対する網膜血管内治療の臨床研究を行い,一定の治療成績を収めることができたので,その一部をここに紹介する.I対象と方法CRAOは,incomplete,subtotal,totalに分類される3).Incompletetypeは,いわゆる切迫型のCRAOであり,視機能の障害は少なくcherry-redspotもみられることは少ない.患者は突然の軽度の視力障害を訴える.Sub-totaltypeは,典型的なCRAOであり,突然の急性な視力障害をきたし,蛍光眼底造影検査(.uoresceinangiography:FA)による動脈の途絶がみられる.Totaltypeは完全閉塞であり,網膜への血流はなく,きわめて重篤な型である.網膜血流が完全に途絶えた場合,約6時間で網膜組織の細胞死が訪れることが動物実験により証明されている4).筆者らが今回の治療の対象としたクライテリアは,以下のとおりである.①incomplete,subtotaltypeの非動脈炎性CRAO,②発症より72時間,③インフォームド・コンセントの取得.一方,下記の患者は除外された.①過去1年以内の脳動脈疾患の既往,②動脈炎性高血圧,③血液凝固系の異常,である.方法は下記のとおりである.硝子体手術を用いて行われた.47ゲージの特殊な針(マイクロニードル,日本サージ)を使用して,組織型プラスミノゲンアクチベータ(tissueplasmino-genactivator:tPA)(クリアクタ,エーザイ)を約43μ/ml,総量50μgを網膜中心動脈内に投与した.投与方法は,硝子体手術装置(Constellation,Alcon)にシリコーンオイル注入で用いるVFCの10ccシリンジ内にtPAを約1cc注入して,VFCInjectionの圧,50~70psiにて針先よりtPA溶液を投与した.本術式は,術者が投与量や圧を制御することができるため,非常に簡便で有用な手技である.実際に網膜中心動脈への投与は2手法で行われた.受動吸引をかけながら,穿孔を行う手技であり,血管内治療の基本術式である.手術中の全身状態の管理は重要である.とくに高血圧*KazuakiKadonosono:横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科学〔別刷請求先〕門之園一明:〒232-0024神奈川県横浜市南区浦舟町4-57横浜市立大学大学院医学研究科視覚再生外科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(27)629図1術前のFA早期(a),後期(b)ともに血流の著明な遅延がみられる.図2術後1週でのFA早期(a),後期(b)で血流の改善していることが確認される.図3術前後の眼底写真術前(a)にみられたcherry-redspotは術後1カ月で消失している(b).視力は術前は手動弁であったが,術後は矯正(0.1)へと改善した.図4カニュレーションの術中写真47ゲージのマイクロニードルを網膜中心動脈内へ穿孔する(a).その後,tPAの持続投与を行う(b).網膜血管はtPAにより白色に変化する.

網膜静脈閉塞症の病態と治療を考え直す

2017年5月31日 水曜日

網膜静脈閉塞症の病態と治療を考え直すNatureandTreatmentofRetinalVeinOcclusion志村雅彦*はじめに網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO)とは,その名の通り網膜静脈が“何らかの理由”で閉塞を起こす疾患である.網膜での出血が著明でインパクトが大きいことから,眼科医以外でも記憶に残る眼底疾患といえる.RVOは動脈ではなく,静脈の閉塞であるから直ちに組織虚血に陥ることはない.静脈の閉塞によって引き起こされるのは血流うっ滞による組織浮腫である.したがって,組織虚血のような視細胞の壊死による視機能の急激な低下をもたらすことは少なく,網膜血管が黄斑部とくに中心窩には存在しないことを考えると,せいぜい閉塞部位より遠位での網膜浮腫によって視野異常をきたす程度と考えられる.実際,出血が激しい眼底でありながら視力低下をきたさない症例をみることもあり,この場合は相対的な治療適応しかない.一方,網膜浮腫が広がり,中心窩に及んで視力低下をきたすことがあり,これをRVOによる黄斑浮腫とよび治療適応となる.したがって,RVOに出会ったら,黄斑浮腫の発症の有無を診断することが重要である.これは近年ではかなり普及した光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)によって容易に診断が可能である.さて,網膜では4本の細静脈が動脈とほぼ並走して視神経乳頭付近で合流し,中心眼静脈となっている.この静脈のいずれの位置で閉塞が起こってもRVOとよばれるが,血管の閉塞部位が網膜にあって特定できる場合を網膜静脈分岐閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO),視神経乳頭よりも中枢側で閉塞が起こっている場合を網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)とよんでいる(図1).この分類は便宜的なものであり,病態に差はない.したがって,視神経乳頭の近傍で閉塞しており,網膜上かどうかがわかりにくい場合などは半側網膜中心静脈閉塞症(hemi-CRVO)などと分類することもある(図2a).なお,最近では視神経乳頭から黄斑部に走行する脈管系の閉塞を黄斑静脈分岐閉塞(macular-BRVO)(図2b)として分類する報告もあるが,重要なのは組織浮腫の程度であり,閉塞部位が問題となるのは外科的なアプローチを検討するときだけであるので,現在の治療の主流である血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)(用語解説参照)阻害薬投与の適応においては,それほど正確な分類は不要であるし,そもそもむずかしい.せいぜいBRVOとCRVO程度の分類で事足りてしまうのである.RVOにおいて,閉塞が重篤な場合,動脈相での血流まで障害してしまうことがある.とくにCRVOのように網膜静脈全体の血流がうっ滞すれば,結果的に動脈からの血流も低下して虚血に陥いる可能性が高くなる.このような状態を虚血型として,非虚血型と区別することがある.虚血型のRVOでは組織からVEGFに代表される新生血管発症因子が過剰に分泌された結果,新生血管が眼内に発生し,新生血管緑内障のような致命的な病態*MasahikoShimura:東京医科大学八王子医療センター眼科〔別刷請求先〕志村雅彦:〒193-0998東京都八王子市館町1163東京医科大学八王子医療センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(17)619a.branchretinalveinocclusion(BRVO)b.centralretinalveinocclusion(CRVO)・閉塞部位が網膜内・閉塞部位が網膜外(視神経内?)・原因部位が特定できる=直接的な治療が可能・原因部位が特定できない=直接的な治療が困難図1RVOの分類(典型例)a.Hemi-CRVOb.Macular-BRVO図2RVOの分類(非典型例)a.Arteriovenoussheathotomyb.Radialopticneurotomy動静脈交叉部の血管鞘を裂いて圧迫開放する.視神経を裂いて視神経内血管の圧迫開放する.図3RVOに対する外科的治療図4BRVOに対するベバシズマブ投与後の経過(67歳,女性)でいうと「たいして効果はなかった」であった.自然経過との差異を見いだせなかったのである.BRVOでは6カ月間に3群間に視力改善効果に有意差を見いだせなかったし,CRVOでは1mg投与群でやや悪化を抑制できたもの,眼圧上昇の危険性が高かったからである.4.「なんてったってVEGF阻害薬!」の時代これに対してVEGF阻害薬投与の効果は,臨床において実感できるものであった.ベバシズマブ硝子体内投与によって,浮腫は1カ月をピークに消退し,小数視力1.0まで回復することも稀ではなくなった.その一方で60.70%の症例において浮腫の再発がみられ,浮腫再発までの時間は早いもので6週間,遅いもので24週間程度であることもわかってきた(図4).これらの結果を踏まえて,RVO治療の保険適用を受けたVEGF阻害薬であるラニビズマブ(用語解説参照)とアフリベルセプト(用語解説参照)が登場したのである.IIRVOに対するVEGF阻害薬治療前述のごとくRVOに対するVEGF阻害薬投与は,視力改善・浮腫抑制効果が硝子体手術やステロイドの効果を遥かに凌ぐばかりでなく,速攻性もあり,眼圧上昇や白内障進行も起こさないことから,瞬く間にRVOの治療法として普及し,大規模研究も積極的に行われた.当初行われたRVOに対するVEGF阻害薬の治療効果の研究は,抗VEGF抗体であるラニビズマブを初期治療として6回毎月投与し,再投与基準は視力が0.5以下,中心窩網膜厚が250μm以上として1年間の経過を追ったCRVOを対象としたCRUISEstudy4)とBRVOを対象としたBRAVOstudy5)がある.いずれも経過観察(ただし6カ月後にVEGFを再投与基準で投与)に対して有意に視力改善が得られ,平均14文字の改善という良好な結果であった.一方,VEGF受容体融合蛋白であるアフリベルセプトの研究は,同様に初期治療として6回毎月投与し,再投与基準は中心窩網膜厚が250μm以上あるいは前回より50μm以上悪化した場合,視力は前回より5文字以上低下あるいは上昇した場合など,より臨床的な基準としたCRVOを対象としたCOPERNICUSstudy6)と,6回連続投与の初期治療後は隔月に定期投与を行ったBRVOを対象としたVIBRANTstudy7)がある.CIO-PERNICUSstudyでは経過観察群が6カ月後にアフリベルセプトをrescue投与されても1年後に平均4文字改善とほとんど改善がみられなかったのに対し,実薬投与群では16文字改善と著明に有効であったことが示された.また,VIBRANTstudyでは格子状光凝固後の経過観察群が6カ月後に隔月投与を行っても,1年後に平均12文字改善で,実薬投与群では17文字改善と有意差がみられた.これらの大規模研究によってRVOに対するラニビズマブ,アフリベルセプトの有用性は明らかになったわけだが,実臨床に当てはめるにはいくつかの問題があった.一つは初期治療として高額なVEGF阻害薬を6回連続で投与するプロトコールである.実際米国眼科アカデミーの調査においても,初期治療はほとんどの施設で3回あるいはそれ以下で行っている.そしてもう一つは再投与基準である.浮腫の増悪と視力の低下に時間差が生じることが少なくないRVOでは,再投与の決定は臨床判断で行われることが多いからである.そこで,より実臨床に即した大規模研究がラニビズマブに関して行われた.これは初期治療を3回とし,再投与基準は「黄斑浮腫の増悪によって視力低下をきたした場合」というものであり,CRVOを対象としたCRYS-TALstudy8)と,BRVOを対象としたBRIGHTERstudy9)がある.CRYSTALstudyは比較試験ではなかったが,1年間で平均8.1回のラニビズマブ投与が行われ,14文字の改善が得られている.また,BRIGHTERstudyでは格子状光凝固との比較試験が行われており,1年間で平均4.8回のラニビズマブ投与が行われ,15文字の改善が得られているが,格子状光凝固の有無での有意差はみられていない.なお,両試験ではRVOの発症からラニビズマブの投与までの期間が短いほど視力予後がよいことも示されている.このようなRVOに対するVEGF阻害薬投与の大規模研究からわかったことは,VEGF阻害薬を“早期に適切に投与する”ことで,自覚できるほどの視力改善を期待できることが証明されたのである.(21)あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017623適応患者.視力低下を自覚するRVO.黄斑浮腫(250μm>:OCTmapcentralareaoff1,000μm)再発基準.前回より浮腫が増悪し,かつ視力が低下した場合図5筆者らの施設でのRVO治療プロトコール眼数8140112684456228048121620初回投与からの週数242800285684112最高視力を得た日数140a.再発まで(n=29)b.最高視力と最低中心窩網膜厚を得るまで(n=37)図6RVOに対するVEGF阻害薬初回投与からの期間0day:LV=(0.6)188day:LV=(0.8)図7IschemicBRVOに対するアフリベルセプト投与(2回)後の無還流領域の変化(74歳,男性)■用語解説■血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfac-tor:VEGF):組織虚血に際して分泌されると考えられているサイトカインの一種.いくつかのサブタイプが存在するが,網膜内ではVEGF121,VEGF165,PlGF-1(placentagrowthfactor-1)の三つのサブタイプが報告されている.VEGFのおもな生理的な機能は二つあり,一つは血管透過性を亢進させる機能で,これはVEGF受容体の一つであるVEGFR1を介して働く.VEGFR1にはVEGF121とPlGF-1の親和性が高い.もう一つの生理機能は新生血管発生に伴う内皮細胞の遊走であり,これは別の受容体であるVEGFR2を介して働き,VEGF121とVEGF165の親和性が高い.ベバシズマブ(bevacizumab):ヒトモノクローナル抗VEGF抗体.もともと転移性結腸癌に対する治療薬として認可されたため,眼科領域への適応はない.VEGFに対する中和抗体であるため,PlGFに対しての作用はないとされる.ラニビズマブ(ranibizumab):ベバシズマブはVEGFと反応するFabportionとよばれる部位と骨格であるFcportionから構成されているが,Fabportionのみで働くように作られた遺伝子組み換えによる中和抗体断片.当然PlGFに対する作用はない.Fcportionがないため分子量も少なく,ベバシズマブよりも組織浸透性や血中代謝が優れるとされる.血中の半減期は2.3日であり,臨床的有効期間は30日程度である.RVOに対する適応が認可されている.アフリベルセプト(a.ibercept):VEGF受容体の結合部分を有する融合蛋白であり,VEGFR1とVEGFR2の両方の結合部位があるためVEGFのみならずPlGFも競合的にトラップする.VEGF-Trapともよばれることがある.親和性が非常に強く,生物学的有効期間が80日程度と長い.その一方,血中での半減期は5日ほどであり,残留期間も比較的長い.RVOに対する適応が認可されている.’-

網膜静脈閉塞症のOCT

2017年5月31日 水曜日

網膜静脈閉塞症のOCTOpticalCoherenceTomographyofRetinalVasculatureofEyeswithRetinalVeinOcclusion村岡勇貴*辻川明孝*はじめに網膜静脈閉塞症(retinalveinocclusion:RVO)は糖尿病網膜症の次に多い網膜循環疾患であり,罹患率は40歳以上の1~2%といわれている.閉塞部位の違いによって,大まかに網膜静脈分枝閉塞症(branchretinalveinocclusion:BRVO)と網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO)とに分けられる.BRVOは,典型的には網膜静脈が網膜動静脈交叉部で閉塞する.CRVOは,網膜中心静脈が篩状板付近で閉塞する.通常,網膜中心静脈は1本であるが,先天的に2本存在することがあり,そのうち1本が閉塞する病態は半側網膜中心静脈閉塞症とよばれる.いずれも,急性期には黄斑浮腫を伴うことが多く,視力障害のおもな原因となる.I黄斑浮腫(神経網膜の浮腫)RVOの急性期では,毛細血管,静脈の血管内圧が上昇している.血漿成分が組織内に漏出し,貯留すると黄斑浮腫を生じる.黄斑浮腫は網膜の膨化と.胞様腔からなる..胞様腔は網膜のあらゆる層に形成されるが,中心窩の比較的大きなものと,中心窩外の内顆粒層・外網状層に存在する比較的小さなものが特徴的である1)(図1).急性期では中心窩の大きな.胞様腔は隔壁を伴っていることが多い.この隔壁はMuller細胞であると推測されている.しかし,慢性期になると隔壁は減少し,横に長い楕円の.胞様腔を認めることがある.慢性期の浮腫は急性期の浮腫に比べ,中心窩に限局することが多い.慢性期の限局性黄斑浮腫は,傍中心窩に続発する毛細血管瘤が原因となっていることが多い2).図1黄斑浮腫を伴った急性期網膜静脈分枝閉塞症のOCT像BRVOに伴う.胞様腔は網膜のあらゆる層に形成されるが,中心窩の大きな.胞様腔と傍中心窩の内顆粒層・外網状層の比較的小さな.胞様腔が特徴的である.(文献3より改変)*YukiMuraoka&*AkitakaTsujikawa:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕村岡勇貴:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(11)613図3網膜静脈分枝閉塞症を生じた網膜動静脈交叉部(A.Vパターン)上:眼底写真.緑矢印はOCT断面を示す.中:OCT断面.下:OCT断面のイラスト.交叉部の静脈は動脈を大きく迂回しており,外境界膜にまで達している.静脈内腔は閉塞せず,保たれている.(文献8より改変)図4網膜静脈分枝閉塞症に伴う網膜動静脈交叉部(V.Aパターン)上:カラー眼底写真とフルオレセイン蛍光眼底写真.緑矢印はOCT断面を示す.中:OCT断面.交叉静脈は動脈壁と内境界膜との間で狭窄している.下:OCT断面のイラスト.静脈内の血栓は網膜動静脈交叉部からその下流(視神経側)に見られる.(文献8より改変)図5網膜静脈分枝閉塞症に伴う静脈内の血栓a:フルオレセイン蛍光眼底写真.緑矢印はOCT断面を示す.b:OCT断面.c:OCT断面のイラスト.静脈内の血栓は網膜動静脈交叉部からその下流(視神経側)に見られる.(文献8より改変)図6網膜静脈分枝閉塞症の発症メカニズムを示すイラスト左:A/Vパターン.右:V/Aパターン.いずれも,静脈の乱流が関与することを推測しているが,V/Aパターンでは,内境界膜と動脈壁による物理的狭窄の関与も疑われる.図7網膜中心静脈閉塞症に伴う静脈蛇行とその周囲の網膜裂隙上:OCT断面でみると網膜静脈は網膜内層から外層までほぼ全層にわたり蛇行している.下:蛇行した網膜静脈周囲に網膜裂隙が形成されている.(文献9より改変)-

網膜血管疾患の疫学と危険因子

2017年5月31日 水曜日

網膜血管疾患の疫学と危険因子EpidemiologyandRiskFactorsofRetinalVascularDiseases川崎良*I網膜動脈閉塞症1.有病率・発症率米国ミネソタ州Olmsted郡において1976~2005年にかけて行われたおもに白人住民の保健医療情報に基づく調査1)では,網膜動脈閉塞症の年間発症率は1.33/10万人であった.女性で1.02/10万人であるのに対し,男性ではやや多く1.67/10万人と報告されている.網膜動脈閉塞症はおもに動脈硬化に伴う血栓形成,塞栓によるものが約2/3を占め,その他,側頭動脈炎に伴う動脈炎性網膜動脈閉塞症がある.文献検索の範囲ではわが国における網膜動脈閉塞症の発症率,有病率の報告はみられなかったが,わが国においては側頭動脈炎に伴う網膜動脈閉塞症は稀であると考えられており,Olmsted郡における発症率よりも低いと考えてよいだろう.わが国における網膜動脈閉塞症の疫学情報について調査する際には,単独施設の集計では十分な症例数が得られるとは考えにくく,多施設研究や保険診療情報に基づく調査などで多面的に調査する必要があるだろう.2.危険因子Rudkinら2)はオーストラリアの医療施設における1997~2008年の非動脈炎性網膜動脈閉塞症患者連続症例33名において高血圧(42%),高脂血症(36%),喫煙(36%),循環器疾患の家族歴(24%),糖尿病(21%),心房細動(9%),弁膜症/心筋症(9%)などの循環器危険因子の保有者が多いことを報告した.Hayrehら3)は非動脈炎性網膜動脈閉塞症患者234名では,年齢をマッチさせた一般住民に比べて高血圧,糖尿病,冠動脈疾患,一過性脳虚血発作,喫煙,腎疾患の頻度が高かったことを報告している.3.全身疾患との関連網膜動脈閉塞症患者はこのような循環器危険因子を保有していることもあり,その後脳卒中や急性冠動脈症候群などの循環器疾患の発症の危険が高いことが知られている.台湾の保険医療情報データベースを用いたChangら4)の研究では,網膜動脈閉塞症患者においてその後の急性冠動脈症候群の危険が非患者対照群に比べ1.72倍と高く,とくに中心網膜動脈閉塞症では3.57倍と高いことが報告された.韓国の保険医療情報KoreanNationalHealthInsur-anceServiceの12年間のデータベースをもとにした研究5)では,401名の網膜動脈閉塞症患者は,対照群に比べて脳卒中の危険がハザード比で1.78倍(95%信頼区間1.32~2.41)と高かった(高血圧などの循環器危険因子で調整).とくに65歳未満の網膜動脈閉塞症患者では脳卒中の危険が3倍以上と高く,より脳卒中予防対策が重要であることが示唆されている.Parkら6)は同様に韓国の健康保険情報をもとに網膜動脈閉塞症の発症後1カ月以内の循環器疾患(脳梗塞,脳出血急性心筋梗塞)*RyoKawasaki:山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座〔別刷請求先〕川崎良:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学大学院医学系研究科公衆衛生学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(3)6051,000人当たり年齢調整有病率(95%信頼区間)1086.05.03.562.8421.00.90.70.40白人黒人アジア人ヒスパニック系■CRVO■BRVO図14つの人種グループ別にみた網膜静脈閉塞症の年齢調整有病率(文献11をもとに作成)表1網膜静脈閉塞症の危険因子高血圧糖尿病,耐糖能異常高脂血症やせ,肥満高ヘマトクリット値動脈硬化性疾患,冠動脈性疾患,末梢血管障害凝固亢進状態高粘稠度状態血小板機能異常高ホモシステイン血症抗カルジオリピン抗体凝固第V因子ライデン変異,プロトロンビン遺伝子変異,プロテインC欠乏症,プロテインS欠乏症,アンチトロンビン欠乏症フィブリノーゲンレベル上昇高粘稠度状態白血病,リンパ腫,多発性骨髄腫,真性多血症血管炎サルコイドーシス,梅毒,SLE,Behcet病経口避妊薬利尿薬眼灌流圧上昇網膜血管変化口径不同,動静脈交叉現象,血柱反射亢進緑内障眼窩内圧の亢進甲状腺疾患,眼窩腫瘍(文献12をもとに改変)網膜症有病率(%)302523.02014.61510.3107.750正常*空腹時高血糖耐糖能異常糖尿病図2山形県舟形町研究における正常型,空腹時高血糖,耐糖能異常,糖尿病別の網膜症有病率*糖代謝正常だが毛細血管瘤,網膜出血を認めるものを網膜症と判定した場合.(文献14をもとに改変)世界人口で標準化した有病率(%)49.650403020100何らかの網膜症視力を脅かす危険増殖網膜症黄斑浮腫のある網膜症24.8■~1999年■2000年~15.627.99.2810.583.55.5図3糖尿病網膜症の有病率(メタ解析)糖尿病網膜症の有病率は2000年頃を境に減少傾向に入っている.(文献17をもとに作成)調整済みハザード比*p<0.052.18*2.151.86*2.34*1.641.62111冠動脈性心疾患脳卒中循環器疾患(冠動脈性心疾患あるいは脳卒中)■網膜症なし■軽症非増殖網膜症■中等症非増殖網膜症図4糖尿病患者の循環器疾患発症の危険糖尿病患者は循環器疾患の発症の危険が高いが,軽症であっても糖尿病網膜症を有する患者ではさらに脳卒中・冠動脈性心疾患の発症の危険が高い.(文献34をもとに作成)尿病網膜症者のみでも同様の関連がみられ,病変別では網膜出血・毛細血管瘤など糖尿病網膜症の初期の病変であっても脳卒中および冠動脈性心疾患の双方に関連し,一方で綿花様白斑の存在は脳卒中とのみ有意に関連していた(図4).おわりに本稿では網膜動脈閉塞症,網膜静脈閉塞症,糖尿病網膜症といった網膜血管性疾患の疫学として有病率と発症率について,また,危険因子について概説した.これらの網膜血管性疾患を有する患者は全身的な循環器疾患の危険因子を重複して有していること,さらにそれだけでなくそのような疾患を有することが循環器疾患の危険因子とは独立して脳卒中や急性心筋梗塞の発症のリスクを高めていることが多くの疫学研究で明らかになっている.糖尿病黄斑症や網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫に対する治療として抗血管内皮増殖因子治療を多く行うようになった.抗血管内皮増殖因子治療が循環器疾患の発症の危険を高める可能性はいまだ否定しきれず,治療に際して網膜血管疾患を有する患者群が脳卒中をはじめとする循環器疾患の危険が高いことを改めて認識し,内科医との連携を心がけ,なによりも患者ともその認識を共有したうえで治療の選択を行うことが重要であると考える.文献1)LeavittJA,LarsonTA,HodgeDOetal:TheincidenceofcentralretinalarteryocclusioninOlmstedcounty,Minne-sota.AmJOphthalmol152:820-823,20112)RudkinAK,LeeAW,ChenCS:Vascularriskfactorsforcentralretinalarteryocclusion.Eye24:678-681,20103)HayrehSS,PodhajskyPA,ZimmermanMB:Retinalarteryocclusion.Ophthalmology116:1928-1936,20094)ChangYS,ChuCC,WengSFetal:Theriskofacutecoronarysyndromeafterretinalarteryocclusion:apopu-lation-basedcohortstudy.BrJOphthalmol99:227-231,20155)RimTH,HanJ,ChoiYSetal:Retinalarteryocclusionandtheriskofstrokedevelopment:Twelve-yearnation-widecohortstudy.Stroke47:376-382,20166)ParkSJ,ChoiNK,YangBRetal:Riskandriskperiodsforstrokeandacutemyocardialinfarctioninpatientswithcentralretinalarteryocclusion.Ophthalmology122:2336-2343,20157)ZhouY,ZhuW,WangC:Relationshipbetweenretinalvascularocclusionsandincidentcerebrovasculardiseas-es:asystematicreviewandmeta-analysis.Medicine95:26,20168)YasudaM,KiyoharaY,ArakawaSetal:PrevalenceandsystemicriskfactorsforretinalveinocclusioninageneralJapanesepopulation:theHisayamaStudy.InvestOphthal-molVisSci51:3205-3209,20109)ArakawaS,YasudaM,NagataMetal:Nine-yearinci-denceandriskfactorsforretinalveinocclusioninagen-eralJapanesepopulation:theHisayamaStudy.InvestOphthalmolVisSci52:5905-5909,201110)KawasakiR,SuganoA,KawasakiYetal:Five-yearinci-denceofbranchretinalveinocclusionanditssystemicandretinalriskassociations:TheFunagatastudy.ActaOphthalmologica,2014;92:0.doi:10.1111/j.1755-3768.2014.F114.x11)RogersS,McIntoshRL,CheungNetal:Internationaleyediseaseconsortium.Theprevalenceofretinalveinocclu-sion:pooleddatafrompopulationstudiesfromtheUnitedStates,Europe,Asia,andAustralia.Ophthalmology117:313-319,201012)YauJWY,LeeP,WongTYetal:Retinalveinocclusion:anapproachtodiagnosis,systemicriskfactorsandman-agement.InternalMedicineJournal38:904-910,200813)KawasakiR,WongTY,WangJJetal:Bodymassindexandveinocclusion.Ophthalmology115:917-918,200814)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,200815)WongTY,LiewG,TappRJetal:Relationbetweenfast-ingglucoseandretinopathyfordiagnosisofdiabetes:threepopulation-basedcross-sectionalstudies.Lancet371:736-743,200816)YasudaM,KiyoharaY,WangJJetal:Highserumbiliru-binlevelsanddiabeticretinopathy:theHisayamaStudy.Ophthalmology118:1423-1428,201117)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Meta-AnalysisforEyeDisease(META-EYE)StudyGroup.Globalpreva-lenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.Diabe-tesCare35:556-564,201218)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:JapanDiabetesComplicationsStudyGroup.IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabe-tes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesCompli-cationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201119)WongTY,MwamburiM,KleinRetal:Ratesofprogres-sionindiabeticretinopathyduringdi.erenttimeperi-ods:asystematicreviewandmeta-analysis.DiabetesCare32:2307-2313,200920)HemmingsenB,LundSS,GluudCetal:Intensiveglycae-610あたらしい眼科Vol.34,No.5,2017(8)—

序説:網膜血管疾患診療:最新の知見

2017年5月31日 水曜日

網膜血管疾患診療:最新の知見PrefaceforLatestTopicsonManagementofRetinalVascularDiseases石田晋*大野京子**失明原因として大きなウエイトを占めている網膜血管疾患に対する診療の現場は,今まさに変革の時を迎えているといえる.眼科画像診断機器は長足の進化を遂げつつあり,抗血管新生薬物療法は導入されて瞬く間に普及・定着し,外科治療の技術革新は止まるところを知らない.「新規」診断技術,「新規」薬物治療,「新規」手術手技といったものは,すぐ数年先には眼科診療の「既知の常識」となっている事例にこと欠かないのである.日々の診療に明け暮れる眼科医,とくに網膜専門医にとって,このように押し寄せる情報や指針は診療スタイルの改変を要求し続けるものとなる.したがって,常にアンテナを張り巡らせていないと診療のスタンダードから取り残されるという危機感や焦燥感さえ生じることもあろう.しかしながら幸いにして,多くの貴重な研究成果が日本から発信されており,網膜血管疾患の領域においてはわが国が世界のトップ集団にいるといっても過言ではない.そこで本特集では,さまざまな網膜血管疾患や網膜血管に異常をきたす疾患において,画像診断による最新の知見,内科的および外科的治療の進歩,未来治療の可能性などについて,第一線で活躍するエキスパートの先生にご執筆いただいた.まず,「網膜血管疾患の疫学と危険因子」(山形大学公衆衛生学川崎良先生)として日本の疫学研究を含めグローバルな趨勢を解説いただいた.とくに網膜疾患は全身疾患との関連が深いため,全身の背景因子にも注意を払うこと,患者に適切な生活指導や治療選択の説明をすること,また他科との連携も円滑に行うことの必要性が強調されている.次に,網膜静脈閉塞症について二つのトピックスが用意されている.「網膜静脈閉塞症のOCT」(京都大学村岡勇貴先生・辻川明孝先生)では,この革新的な診断機器の登場なしには知りえなかった驚くべき血管形態の変化が説明されている.「網膜静脈閉塞症の病態と治療を考え直す」(東京医科大学八王子医療センター志村雅彦先生)では,時代の変遷と共に目まぐるしく舞台に立った(そして去った)治療を解説いただき,現在の到達点がその歴史のなかでどのような立ち位置にあるのか問題提起も含めて解説いただいた.続いて,網膜動脈閉塞性についても二つのトピックスをとりあげている.「網膜中心動脈閉塞症に対するカニュレーション」(横浜市立大学門之園一明先生)では,恒久的視機能障害に直結するこの救急疾患に対して,病態の根源である血栓を外科的に除去するという挑戦的な取組みと目を見張るその成果*SusumuIshida:北海道大学大学院医学研究院眼科学教室**KyokoOhno-Matsui:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)603

ニュープロダクツ 角膜形状/屈折力解析装置 「OPD-Scan®IIIVS」 販売名: 角膜形状/屈折力解析装置 OPD-ScanIII

2017年4月30日 日曜日

●角膜形状.屈折力解析装置「OPD-ScanRIIIVS」販売名:角膜形状.屈折力解析装置OPD.ScanIII(株式会社ニデック)株式会社ニデックより,角膜の形状や眼の屈折度を詳細に測定する角膜形状/屈折力解析装置OPD-ScanRIIIVSが12月1日に発売された.本装置は,広範囲な領域で測定された眼の屈折度や角膜形状のデータを解析することで見にくさの要因を推測・確認でき,見え方を表示する“シミュレーションレポート”や眼のどの部位の測定結果なのかを示す“眼図レポート”は被検者への説明にも大変有用となる.また,オルソケラトロジーレンズの適用の可否や,処方後のフィッティングの確認のほかに屈折度のマップから矯正効果を視覚的に確認ができる.〔問合せ先〕株式会社ニデック〒443-0038愛知県蒲郡市拾石町前浜34番地14電話:0533-67-8840メール:info@nidek.co.jpURL:http://www.nidek.co.jp594あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(134)

ニュープロダクツ ニューワールドメディカル社 カフーク デュアルブレード

2017年4月30日 日曜日

 ●ニューワールドメディカル社カフークデュアルブレード(株式会社JFCセールスプラン)株式会社JFCセールスプランは,緑内障手術に使用する単回使用のカフークデュアルブレードを発売した.本器は,先端のデュアルブレードにて線維柱帯およびシュレム管内壁を帯状に切除,房水をシュレム管へ排出して生理的房水流出路の機能回復を目的とする流出路再建術に使われ,専用の大型器械を使用しないため手術コストを抑えることができる.主な特徴■先端部や線維柱帯を切除するデュアルブレードは,周辺組織の損傷を最小限に抑えるデザインとなっている.フットプレート部はシュレム管にフィットして外壁の損傷を予防しスムーズな動きをサポートする形状に設計されている.■顕微鏡下でゴニオプリズムを通して隅角を観察しながら手術を行う.角膜切開部から眼内にアプローチする低侵襲緑内障手術(MIGS)の一つで,結膜を温存して線維柱帯を切除するため,将来ろ過手術が必要になったときの選択肢を残すことができる.①先端②ランプ③デュアルブレード④フットプレート医療機器認証番号228AIBZX00022000■標準販売価格¥44,000(消費税別)〔問合せ先〕<総発売元>株式会社JFCセールスプラン〒113-0033東京都文京区本郷4-3-4明治安田生命本郷ビル電話(03)5684-8531<製造販売元>ジャパンフォーカス株式会社〒113-0033東京都文京区本郷4-37-18IROHA-JFCビル電話(03)3815-2611(133)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017593

わたしの工夫とテクニック 消しゴムを利用した眼内レンズ強膜内固定術の練習用モデル眼の試作

2017年4月30日 日曜日

MyDesignandTechnique消しゴムを利用した眼内レンズ強膜内固定術の要約市販の消しゴムを利用して,眼内レンズ(IOL)の強膜内固定術練習用模擬眼を試作し,練習を行った.作製したモデル眼の模擬強膜に27ゲージ針を刺入させて,IOLの支持部を注射針の内腔に挿入するなどの練習が可能であった.通常の手術では行わない,慣れていない操作を手軽に試すことができる.また,IOLの縫着術の練習も可能で,それぞれの手技の難易度もある程度実感できた.本模擬眼は入手が容易な材料で作製できるが,一部の操作の練習用に特化している.したがって,より実践的な練習は,豚眼などで行う必要がある.はじめに近年,新たな眼内レンズ(intraocularlens:IOL)二次挿入の方法として,強膜内固定術という術式が注目され,手術成績が報告されている1.4).その手術手技の一つに,27ゲージ(G)注射針を用いた方法がある3,4).注射針の内腔へIOLの支持部であるループの先端を挿入する繊細な操作が必要な術式である.一般的に,白内障関連の手術練習は,ウエットラボによる豚眼が利用されている5.7).しかし,豚眼での練習は,個人が手軽に準備して,頻繁に行うことはむずかしい.また,机太郎マルチラボ(IOL強膜内固定用バージョン)を用いて,「Y-.xationtechnique」の練習をした報告8)はあるが,27G注射針を用いた方法に対する練習用のモデル眼の報告はほとんどない.今回,消しゴムを用いて,IOL強膜内固定術用の模擬眼を作製し,27G注射針を使った練習をしたので解説する.また,作製したモデル眼で,IOL縫着の練習も可能か試したので報告する.練習用モデル眼の試作TrainingModelEyesUsingEraserforIntrascleralFixationTechniqueUsing27-gaugeNeedles上甲覚*模擬眼の作製方法と練習市販の消しゴム(縦25mm・横46mm・高さ14mm:uni三菱鉛筆株式会社)をカッターナイフで切り,厚さ約3mm,高さ約19mm,長さ約25mmの模擬強膜を作製した(図1a).消しゴムは,ある程度厚みがないと固定がむずかしく,また27G針を刺入したときに壊れやすくなる.したがって,人眼の強膜と同じ厚さ(約1mm)まで消しゴムを薄くしないほうがよい.この模擬強膜を2つ作製し,間を開けて固定することで,27G注射針の内腔にIOLのループを挿入する練習が可能であった(図1b).つぎに,同一製品の消しゴムを用いて,より固定の安定した円筒形の模擬強膜を作製した(図2a).円筒の内腔の幅は,意図的に調整可能である.今回は,内径を約12mmにした.このモデル眼でも,IOLのループを27G注射針の内腔に挿入する練習が可能であった(図2b).さらに,眼球の形に類似した模擬無水晶体眼を作製し,同じ練習をすることもできる(図3a~c).ただし,模擬強膜の厚さや,内腔の大きさを調整するのはむずかしく,作るには時間を要する.手軽に作製しにくいのは欠点である.IOLの全長は支持部も含めると約13mmである.強膜内固定術では,IOLの支持部に通常とは異なるテンションがかかる.27G針ごとループを模擬強膜外に抜き出し,再利用のためにIOLを取りはずす操作を繰り返すと,ループは変形する可能性が高くなる.取扱いには注意が必要である.強膜内トンネルへIOLのループを挿入する練習用に,図3のモデル眼を簡素化した模擬眼を作製した(図4a).消しゴムの中央部に,直径約8mm,深さ約2mmの円形の穴があり,囲んでいる壁の厚みは約2mmである.また,IOLのループが通る溝も作製した.この模擬強膜に25G針でトンネ*SatoruJoko:国立病院機構東京病院眼科〔別刷請求先〕上甲覚:〒204-8585東京都清瀬市竹丘3-1-1国立病院機構東京病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(129)589図1消しゴムの模擬眼での練習(その1)a:市販の消しゴムはカッターナイフで切り,図のような形の模擬強膜にした(本模型は,幅3mm・長さ25mm・高さ19mm).2つ作製した.b:固定した左右の模擬強膜に,27G注射針を刺入させた後,IOLの支持部である両ループを注射針の内腔に挿入した.図2消しゴムの模擬眼での練習(その2)a:カッターナイフと彫刻刀を使用して,消しゴムによる円筒形の模擬強膜を作製した.内径は約12mm,幅は2.3mm,高さは14mmである.b:図1と同様に,27G注射針を模擬強膜に刺入させた後,IOLの支持部を注射針の内腔に挿入する練習が可能である.図3消しゴムの模擬眼での練習(その3)a:彫刻刀を使い,消しゴムで図のような模擬無水晶体眼を作製することも可能である.ただし,このモデル眼の作製には30分以上の時間を要した.b:固定した本模擬眼に,27G注射針を刺入させて,IOLの支持部である前方ループを注射針に挿入させた.c:IOLの両ループを注射針に刺入させた後,注射針を眼外に抜き出すと,IOLのループも模擬眼の内から外に抜き出される.590あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(130)図4消しゴムの模擬眼での練習(その4)a:強膜内トンネル挿入用の模擬眼を作製した.消しゴムの中央部に,直径約8mm,深さ約2mmの円形の穴を作製.穴を囲んでいる壁の厚みは約2mmである.IOLのループが通る溝も作製してあるので,ループにテンションをかけずにIOLを中央の穴に置くことができる.b,c:あらかじめ模擬強膜に25G針でトンネルを作製しておき,IOLのループを挿入した.なお,27G針で作製したトンネルでは,IOLのループの挿入は困難であった.図5模擬眼によるIOL縫着術の練習a,b:図2と同じ円筒形の模擬強膜を使用して,IOLの縫着術の練習を行った.専用の縫着針を使わず,釣り糸を27G針の内腔に入れた後,模擬強膜に通糸した.c:通糸した釣り糸を中央部で切断し,糸の端をIOLの両支持部のループに結んだ.d:釣り糸をゆっくり引いて,IOLを模擬強膜の内部に誘導した.e:模擬強膜の空洞中央部に,IOLを固定することができた.IOLに結んだ糸の端は,写真で見やすいように意図的に長めに残してある.(131)あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017591図6拡大鏡を使用した練習手術用顕微鏡を使わなくても,スタンド式のルーペ(拡大率約2倍)で,繊細な手術手技の練習は可能であった.ルを作製すれば,IOLのループを挿入する練習が可能であった(図4b,c).図2で作製した円筒型のモデル眼は,作製が容易で固定も安定している.このモデル眼で,IOL縫着の練習も行った(図5a~e).縫着用専用の縫合糸の代わりに,入手しやすく廉価なナイロン製の釣り糸を使用した.今回,用いた釣り糸の太さは,0.25号(直径約0.08mm)で,縫合糸6-0に相当する.今回は使用しなかったが,縫合糸7-0に相当する0.1号(直径約0.05mm)の釣り糸も市販されている.おわりにIOLのループ先端を27G針や強膜トンネルに挿入する操作,またIOLの縫着術は,通常の白内障手術では行わない手術手技である.今回報告した模擬眼は,入手が容易な材料で簡単に作製可能である.また,市販されている廉価な拡大鏡を使って,容易に手術手技を試すことができる(図6).したがって,手軽に手技の難易度もある程度実感できると考える.ただし,一図7豚眼でのIOL固定術の練習手術用顕微鏡下で,豚眼の角膜から前房内に刺入させた27G針に,IOLループを挿入.今回使用した豚眼の角膜径は約15mmであった.部の操作の訓練に特化したモデル眼なので,ウエットラボを利用したより実践的な練習も必要と考える(図7).文献1)GaborSG,PavlidisMM:Suturelessintrascleralposteriorchamberintraocularlens.xation.JCataractRefractSurg33:1851-1854,20072)OhtaT,ToshidaH,MurakamiA:Simpli.edandsafemethodofsuturelessintrascleralposteriorchamberintra-ocularlens.xation:Y-.xationtechnique.JCataractRefractSurg40:2-7,20143)YamaneS,InoueM,ArakawaAetal:Sutureless27-gaugeneedle-guidedintrascleralintraocularlensimplan-tationwithlamellarscleradissection.Ophthalmology121:61-66,20144)塙本宰,木原真一,大槻智宏ほか:硝子体鉗子を使わないダブルニードルを用いたIOL強膜内固定術.眼科手術27:増刊号,抄録集191,20145)黒坂大次郎,杉浦毅,植月康:豚眼を用いた白内障手術練習法の改良─硬い核を作る試み─.眼科40:109-114,19986)VanVreeswijkH,PameyerJH:Inducingcataractinpostmortempigeyesforcataractsurgerytrainingpur-poses.JCataractRefractSurg24:17-18,19987)上甲覚:豚眼による白内障モデルの試作と使用経験.あたらしい眼科28:1599-1601,20118)太田俊彦:眼内レンズ強膜内固定術─Y-.xationtechnique─.IOL&RS27:13-20,2013☆☆☆592あたらしい眼科Vol.34,No.4,2017(132)

ポリテトラフルオロエチレン(Polytetrafluoroethylene (PTFE):ゴアテックス人工硬膜MVP)シートを用いた前頭筋吊り上げ術施行例における材料の組織学的検討

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):585.588,2017cポリテトラフルオロエチレン(Polytetra.uoroethylene(PTFE):ゴアテックス人工硬膜MVP)シートを用いた前頭筋吊り上げ術施行例における材料の組織学的検討渡邉佳子*1,3林憲吾*2,3水木信久*3*1国際親善総合病院眼科*2横浜桜木町眼科*3横浜市立大学医学部眼科学教室PathologicalFindingofSuspensionMaterialSheetinOperationofFrontalisSuspensionUsingPolytetra.uoroethyleneSheet(Gore-TexMVP)YoshikoWatanabe1,3),KengoHayashi2,3)andNobuhisaMizuki3)1)DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillGeneralHospital,2)YokohamaSakuragichoEyeClinic,3)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine緒言:重度の眼瞼下垂症に対する前頭筋吊り上げ術に使用する吊り上げ人工素材であるポリテトラフルオロエチレン(polytetra.uoroethylene:PTFE)シート「ゴアテックス人工硬膜MVP」(以下,PTFEシート)は,長期的に下垂の再発がなく良好な成績が報告されている.症例:30歳,男性.1年前に他院にて,両側の先天性眼瞼下垂症に対してPTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術を受けた.術後1年間で下垂の再発はみられなかったが,術直後より軽い開瞼でMRD(marginre.exdistance)-1が約1.2mm程度と若干低矯正であったため,本人の希望により吊り上げ材料の再調整を行った.眉毛上部よりPTFEシートを露出し,3mm短縮して前頭筋へ再固定した.術後,軽い開瞼でMRD-1が約3mm程度と改善し,兎眼や角膜上皮障害もみられず,自覚症状も改善した.術中の所見として,使用されていたPTFEシートは凹凸面と平滑面のある人工硬膜で,表面(凹凸面)は周辺組織と強く癒着しており,.離時に出血が多く,一方で平滑な裏面(平滑面)は周辺組織との癒着はなく,周囲との間にカプセルが形成されており,.離が容易であった.摘出したPTFEシート断端の病理組織を検査したところ,表面のマイクロポア内に線維組織が入り込んでおり,裏面には組織の侵入はみられなかった.結語:PTFEシートの前面のマイクロポア内に線維組織が侵入し癒着することが,長期的な吊り上げ効果の維持に関与している可能性が考えられる.Introduction:Polytetra.uoroethylene(PTFE:Gore-Tex),whenusedasanarti.cialmaterialinfrontalissus-pensionsurgeryforsevereptosis,resultsinnoptosisrecurrencelong-term,andyieldspositivepostoperativeresults.Case:A30-year-oldmalehadreceivedfrontalissuspensionsurgeryusingPTFEsheetsoncongenitalpto-sisinbotheyesayearpreviouslyatanotherhospital.Ptosisdidnotrecurbuttheadjustmentwasinsu.cientimmediatelyfollowingtheoperation,asthemarginre.exdistance(MRD)-1wasonly1-2mm.Thepatientthere-forerequestedthattheprocedurebeperformedagain.AreadjustmentoperationwasperformedattheYokohamaSakuragichoEyeClinic.WeshortenedthePTFEsheetsby3mmandsuturedthemagaintothefrontalismuscle.Afterthesurgery,theMRD-1wasimprovedto3mmandtherewerenosidee.ectssuchaslagophthalmosorcor-nealepithelialinjury.Observingthesurgery,itwasfoundthatthefront(rough)surfaceofthePTFEsheetadheredstronglytothesurroundingtissue.Therewasconsiderablebleedingatthetimeofpeelingthefront(rough)PTFEsheeto.foradjustment.Theback(smooth)surfacedidnotadhere,andwaseasytopeelo..Weinspectedthepathologicaltissueofthesheetsandfoundthat.broustissuepermeatedintothesurfaceofthemicroporesonthefront(rough)sideofthesheets.Atthesametime,tissuedidnotpermeateintothesmoothbacksurfaceofthesheets.Conclusion:Thepermeationof.broustissueintothesurfaceofthePTFEsheetmicroporesmaymaintainthelong-terme.ectofsuspension.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):585.588,2017〕〔別刷請求先〕渡邉佳子:〒245-0006神奈川県横浜市港南区港南台4-33-11Reprintrequests:YoshikoWatanabe,M.D.,DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillGeneralHospital,1-28-1,Nishigaoka,IzumiWard,Yokohamacity,KanagawaPrefecture245-0006,JAPANKeywords:眼瞼下垂,先天眼瞼下垂,前頭筋吊り上げ術,ゴアテックス,ポリテトラフルオロエチレン.ptosis,congenitalptosis,frontalissuspension,Gore-tex,polytetra.uoroethylene.はじめに前頭筋吊り上げ術は,挙筋機能不良な重度の眼瞼下垂症に対して施行される手術である.吊り上げ術に使う材料としては,大腿筋膜が一般的である1).移植筋膜は術後6カ月で平均15%収縮すると報告されており,術後吊り上げ量の予測が困難である2).また,長期的に過矯正,兎眼,睫毛内反症となる場合があり,移植筋膜は周辺組織との癒着が強く摘出が困難である3,4).人工材料として,ナイロン糸やシリコーン,ポリテトラフルオロエチレン(polytetra.uoroethylene:PTFE)などが使用されており,PTFE素材による術後の眼瞼下垂の再発率の低さは大腿筋膜に相当するといわれている5,6).筆者らは以前,PTFEシート「ゴアテックス人工硬膜MVP」(以下,PTFEシート)の長期的良好な成績について報告した7).今回,PTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術の術後低矯正症例に対して,矯正量の再調整のため,再手術を施行した.その臨床経過および摘出したPTFEシートの病理組織について報告する.I症例患者:30歳,男性.病名:両側の先天眼瞼下垂.既往歴:とくになし現病歴:幼少時より両側の先天眼瞼下垂で常に顎上げがあったが,視力良好であったため,手術は受けなかった(図1a).1年前に他院にてPTFEシートを用いた前頭筋吊り上a:前医手術前b:前医手術1週間後最大開瞼通常開瞼閉瞼げ術を受けた.術後1年間で下垂の再発はみられなかったが,術直後より軽い開瞼でMRD(marginre.exdistance)-1が約1.2mmと若干低矯正であった(図1b).開瞼幅の改善を希望し,横浜桜木町眼科を受診した.初診時所見:視力は,VD=1.2(1.5×cyl.0.50D),VS=1.2(1.5×cyl.0.50D)と良好であった.軽い開瞼でMRD-1が1.2mm程度のため,上眼瞼が瞳孔にかかり視野障害の自覚があった(図1c).初回前頭筋吊り上げ術直後よりこの状態であり,下垂の再発はみられなかった.しかし,常に眉毛を強く挙上する必要があり,肩こり,頭痛を自覚していた.閉瞼に問題はなく角膜上皮障害は認めなかった.手術所見:眉毛上部の皮膚を切開し,PTFEシートを露出した.シート腹側にあたるに表面は周辺組織との強い癒着を認め,.離時に出血が多くみられた(図2a).一方,シート背側にあたる裏面にはカプセルが形成されており,周辺組織との癒着は認めず,.離は容易であった(図2b).PTFEシートを3mm牽引し再度前頭筋と眉毛下の真皮に固定し,残余部分のPTFEシートの断端を切除し,創部の皮膚を縫合した.術後経過:術後1カ月で軽い開瞼でMRD-1が約2.3mmと改善を認め,また最大開瞼時の前額部の皺も減少しており,頭痛,肩こりは消失した(図1d).閉瞼も良好で角膜上皮障害を認めなかった.病理組織:摘出したPTFEシートを図に示す(図3).上方が頭側,下方が睫毛側である.図3を切断した断面(図4)の顕微鏡像の図(図5a)とその拡大図(図6)を示す.腹側c:再手術前d:再手術後1カ月図1開閉瞼の経過上段:眉毛を拳上した最大開瞼時,中段:通常の軽い開瞼時,下段:閉瞼時.a:前医の初回手術前,b:前医の術後1週間,c:当院での再手術前,d:再手術後1カ月.図2術中所見a:PTFEシートの表面(凹凸面)(細矢印)が周辺組織と癒着している(太矢印).b:PTFEシートの裏面(平滑面)(細矢印)はカプセルが形成されている(太矢印).図3摘出したPTFEシート図4図3を切断した断面図6図5aの拡大図凹凸面のマイクロポア内に組織浸潤を認め(太矢印),平滑面には組織浸潤はみられない(細矢印).にあたる表面は凹凸面であり,そのマイクロポア内には線維組織が侵入していた.背側にあたる裏面は平滑面で組織の侵入は認めなかった.II考按PTFE素材による前頭筋吊り上げ術における再発率の低さは大腿筋膜に相当するといわれている5,6).PTFE素材のなかでも,糸状や紐状のものとシート状のものでは術式が異なる.糸や紐状のPTFE素材を用いる場合,眉毛上から眼瞼をループ状に通して埋没する方法が一般的で,再発率が高いという報告がある8).一方,シート状のPTFE素材を使用する場合は,面状の大腿筋膜と同様に瞼板と前頭筋にシートを直接縫合し,固定する.筆者らは,先天眼瞼下垂の小児31名42眼瞼に対してPTFEシートを用いた前頭筋吊り上げ術を行い,平均観察期間33カ月で,下垂の再発がみられないことを報告した7).同様に小久保らは,成人を含めた重度の先天眼瞼下垂97名130眼瞼に対して同素材を用いた同手術を行い,平均観察期間31カ月で下垂の再発がみられないことを報告している9).本症例で使用したPTFEシートは3層構造で,術中の光の反射による眩しさを軽減するために表面には凹凸が作られており,組織と癒着を生じるため凹凸面を脳脊髄側に向けて使用することは禁忌とされている(図5b).摘出したPTFEシートのマイクロポア内には線維性結合組織が侵入し,一方平滑面には線維性結合組織の侵入はみられなかった(図5a).Neelらは,マイクロポアのあるPTFEは移植後に組織浸潤があり,周辺組織と癒着することを報告している10).マイクロポア内に線維組織が侵入することで,結果的に癒着を生じ,術中定量の開瞼幅が維持し,長期的な吊り上げ効果に繋がっている可能性が考えられる.また,PTFEシートが通過するトンネルは,切開した眼窩隔膜から眼窩脂肪の中を通過して眼窩上縁に達し,眉毛上部へ繋がっているため,PTFEシートは瞼板に縫着し,眼窩隔膜内つまり眼瞼後葉を通過して眉毛上部の前頭筋に連結している.つまり前頭筋吊り上げ術は眼瞼後葉の牽引となる.仮に両面凸凹面のPTFEシートを使用した場合,そのデメリットは,凹凸面を背側にすると再手術時に背側面を.離することが非常に困難になることである.さらにPTFEシートが通過するトンネルの背側には挙筋腱膜があるため,挙筋群との癒着は,筋肉の作用の制限などの合併症が発生する可能性があり好ましくないと考える.2015年,国内で前頭筋吊り上げ術に使用する保険請求可能なPTFE素材のシートとして,サスペンダーが発売された.このシートは両面とも平滑面で,凹凸面はない.そのため,移植後にシート周辺にはカプセルが形成され,再調整や摘出は容易であることが予想される.また,下垂が術前のように著明に再発はしないと予想される.一方,シートと周辺組織との癒着が生じないため,術中定量の開瞼幅の長期的な維持については,今後検討する必要があると思われる.III結論前頭筋吊り上げ術で使用されたPTFEシート,ゴアテックス人工硬膜MVPの凹凸面は周辺組織との癒着が強く,平滑面には癒着がなくカプセルが形成されていた.ゴアテックス人工硬膜MVPのマイクロポア内に線維組織が侵入することが,長期的な吊り上げ効果の維持に関与している可能性が考えられる.文献1)TyersAG,CollinJRO:Browsuspension.ColourAtlasofOphthalmicPlasticSurgery.3rded,p197-207.Butter-worth-Heinemann,Oxford,20082)MatsuoK,YuzurihaS:Frontalissuspensionwithfascialataforseverecongenitalblepharoptosisusingenhancedinvoluntaryre.excontractionofthefrontalismuscle.JPlastReconstrAesthetSurg62:480-487,20093)林憲吾,嘉鳥信忠,笠井健一郎ほか:大腿筋膜による前頭筋吊り上げ術の合併症を来した3例の特徴と治療.日眼会誌117:132-138,20134)YoonJS,LeeSY:Long-termfunctionalandcosmeticout-comesafterfrontalissuspensionusingautogenousfascialataforpediatriccongenitalptosis.Ophthalmology116:1405-1414,20095)WassermanBN,SprungerDT,HelvestonEM:Compari-sonofmaterialsusedinfrontalissuspension.ArchOph-thalmol119:687-691,20016)BenSimonGJ,MacedoAA,SchwarczRMetal:Frontalissuspensionforuppereyelidptosis:evaluationofdi.erentsurgicaldesignsandsuturematerial.AmJOphthalmol140:877-885,20057)HayashiK,KatoriN,KasaiKetal:Comparisonsofnylonmono.lamentsuturetopolytetra.uoroethylenesheetforfrontalissuspensionsurgeryineyeswithcongenitalpto-sis.AmJOphthalmol155:654-663,20138)ZweepHP,SpauwenPH:Evaluationofexpandedpolytet-ra.uoroethylene(e-PTFE)andautogenousfascialatainfrontalissuspension.Acomparativeclinicalstudy.ActaChirPlast34:129-137,19929)KokuboK,KatoriN,HayashiKetal:Frontalissuspen-sionwithanexpandedpolytetra.uoroethylenesheetforcongenitalptosisrepair.JPlastReconstrAesthetSurg69:673-678,201610)NeelHB3rd:ImplantsofGore-tex.ArchOtolaryngol109:427-433,1983***

プロスタグランジン関連点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果

2017年4月30日 日曜日

《原著》あたらしい眼科34(4):580.584,2017cプロスタグランジン関連点眼薬から1%ドルゾラミド/0.5%チモロール配合点眼薬への切り替え効果石橋真吾永田竜朗近藤寛之落合信寿産業医科大学眼科学教室E.ectofSwitchingfromProstaglandinAnalogstoDorzolamideandTimololFixed-combinationEyedropsinGlaucomaPatientsShingoIshibashi,TatsuoNagata,HiroyukiKondouandNobuhisaOchiaiDepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japanプロスタグランジン関連点眼薬(prostaglandinanalogs:PG)の単剤療法を6カ月間以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化が美容上気になると訴えた緑内障患者20例を対象に,PGを1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimolol.xed-combination:DTFC)へ変更し,変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の眼圧を測定した.同時に,角膜上皮障害と結膜充血についても観察した.また,美容上気になっている副作用(眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化)の変化についても,変更前と変更6カ月後で比較した.その結果,平均眼圧は変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後ともに有意な変化はなかった.角膜上皮障害と結膜充血の程度にも治療前後で有意な変化はなかったが,結膜充血の程度には,変更6カ月後で有意傾向がみられた.美容上の眼局所副作用は,20例中18例に改善がみられた.PGによる眼局所副作用が美容上気になっている症例に対して,PGからDTFCへの切り替えはPGと同等の眼圧下降を有し,かつ局所的に安全であることから,有用である.In20eyesof20glaucomapatientsbeingtreatedwithprostaglandinanalogs(PG),thee.ectsonintraocularpressure(IOP),cornealepitheliumdisorder,conjunctivalhyperemiaandadversereactionssucheyelidpigmenta-tion,vellushairanddeepeningofupperlidsulcus,ofswitchingtodorzolamideandtimolol.xed-combination(DTFC)eyedropswerestudiedatmonth0(baseline),month1,month3andmonth6aftertheswitch.Atmonths1,3and6afterDTFCinitiation,meanIOPrevealednosigni.cantchangesascomparedtobeforeswitching.Althoughtherewerenosigni.cantdi.erencesincornealstainingscoreorconjunctivalhyperemiascorebetweenbeforeandaftertheswitch,theconjunctivalhyperemiaindicesscoreshowedimprovingtendencyatmonths6afterDTFCinitiation.Adversereactionsalsoimprovedin18cases.SinceglaucomapatientsbeingtreatedwithPGwhoswitchedtoDTFCexhibitednosigni.cantdi.erencesinIOP,itisconcludedfromthisstudythatDTFCisausefulagentforglaucomawithadversereactions.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):580.584,2017〕Keywords:ドルゾラミド塩酸塩/チモロールマレイン酸塩配合点眼薬,緑内障,眼圧,眼局所副作用.dorzol-amideandtimolol.xed-combination,glaucoma,intraocularpressure,adversereaction.はじめに緑内障に対するエビデンスのある唯一確実な治療法は眼圧を下降させることである.開放隅角緑内障に対してプロスタグランジン関連薬(prostaglandinanalogs:PG)で治療した群は,プラセボ群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告1)や,正常眼圧緑内障では眼圧を30%下降させた治療群では,無治療群に比べて視野障害の進行が有意に抑制されたとの報告2)がなされている.緑内障治療は基本的に点眼薬治療であり,第一選択薬として眼圧下降効果にもっとも優れ,全身の副作用が少なく,1日1回点眼の利便性のよ〔別刷請求先〕石橋真吾:〒807-8555北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室Reprintrequests:ShingoIshibashi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityofOccupationalandEnvironmentalHealth,Japan,1-1Iseigaoka,Yahatanishi-ku,Kitakyusyu-shi807-8555,JAPAN580(120)いPGが選択されることが多い.しかし,PGの眼局所副作用として,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化など3.5)があり,とくに女性において美容上の問題となる.1.0%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(dorzolamideandtimolol.xed-combination:DTFC)は,緑内障治療薬として有用であると報告6)されている.ドルゾラミド塩酸塩とチモロールマレイン酸塩の併用療法と比較して,DTFCの眼圧下降効果は同等であるとの報告7)がある.しかし,PG単剤使用症例にDTFC配合点眼薬への切り替えを行った場合の有用性と安全性については不明な点が多い.そこで,今回PGの単剤使用による眼局所副作用が美容上気になると訴えた症例に対して,DTFCへの切り替えによる眼圧下降効果および安全性について検討した.I対象および方法対象は,2014年3月.2016年9月の期間,産業医科大学病院と鈴木眼科,くろいし眼科でPGによる単剤療法を6カ月以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼深溝化が美容上気になると訴えた緑内障患者20例20眼である.産業医科大学病院倫理委員会の承認を事前に受け,患者からは書面による同意を得た.角膜屈折矯正手術,角膜疾患,ぶどう膜炎,6カ月以内に緑内障手術などの内眼手術の既往のある症例,心疾患,腎疾患,呼吸器疾患や副腎皮質ステロイド薬で治療中の症例は対象から除外した.内訳は,男性2例,女性18例,年齢は73.3±8.7歳(平均値±標準偏差)である.病型は,正常眼圧緑内障9例,原発開放隅角緑内障3例,落屑緑内障3例,原発閉塞隅角緑内障1例,高眼圧症4例である.PGの種類は,ラタノプロスト7例,タフルプロスト6例,トラボプロスト5例,ビマトプロスト2例である.また,美容上気になった眼局所副作用の内訳は,眼瞼色素沈着6例,眼瞼色素沈着・多毛4例,眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化4例,多毛3例,上眼瞼溝深化2例,多毛・上眼瞼溝深化1例である.方法は,PGによる単剤療法を6カ月以上行っている症例で,眼瞼の色素沈着や多毛,上眼瞼深溝化の眼局所副作用が美容上気になると訴えた場合,PGを中止しwashout期間を置かずに,1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬(コソプトR)の1日2回点眼を開始した.眼圧(mmHg)15105DTFCへ変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に眼圧を測定した.眼圧はGoldmann圧平式眼圧計で1回ずつ測定した.また,DTFCへ変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に角膜上皮障害と結膜充血につ図1変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の平均眼圧(平均値±標準偏差)の変化いて,細隙灯顕微鏡検査で観察した.角膜上皮障害については,フルオレセイン染色法を用いてArea-Density分類8)で評価し,AとDの合計をスコアとした.また,結膜充血は,全症例の平均眼圧は,いずれも変更前と比較して変更後有意な変化はない.NS:有意差なし,n=20.332.52スコアスコア21.510.51図2変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の角膜上皮障害(平均値±標準偏差)の変化平均角膜上皮障害スコアは,いずれも変更前と比較して変更後有意な変化はない.NS:有意差なし,n=19.表1変更前,変更6カ月後の眼局所副作用の変化眼局所副作用変更後変更前改善変更後不変変更後悪化眼瞼色素沈着6例6例(片側1例,両側5例)0例0例眼瞼多毛3例3例(片眼2側,両側1例)0例0例上眼瞼溝深化2例1例(片側1例,両側1例)1例0例眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化4例3例(両側4例)1例0例眼瞼色素沈着・眼瞼多毛4例4例(片側1例,両側3例)0例0例上眼瞼溝深化・眼瞼多毛1例1例(両側1例)0例0例図3変更前,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後の結膜充血(平均値±標準偏差)の変化平均結膜充血スコアは,変更前と比較して変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後に有意な変化はないが,変更6カ月後で有意傾向がみられる.NS:有意差なし,†:0.10>p≧0.05,n=19.変更前変更6カ月後図4上眼瞼溝深化と眼瞼多毛の症例64歳,女性.正常眼圧緑内障.トラボプロスト両眼投与症例.変更6カ月後,上眼瞼溝深化と眼瞼多毛の改善がみられる.20例中18例で改善がみられる.上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例のみ不変である.悪化した症例はない.0.1±0.3で,変更前後で有意な差はなかったが,変更6カ月で有意傾向を認めた(p=0.076,図3).写真判定による眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用は,変更6カ月後で,20例中18例に改善がみられた.そのうち,眼局所副作用が2項目あった症例では,全症例で両項目ともに改善がみられた.変更前にみられた上眼瞼溝深化1例と眼瞼色素沈着・上眼瞼溝深化1例の2例で不変であった.悪化した症例はなかった.両眼瞼の症例で改善・不変に左右差があった症例はなかった(表1,図4).アンケート調査でも同様に20例中18例で改善,2例で不変と答え,他覚的所見と一致した.III考按現時点で緑内障による視野障害の進行を完全に阻止する方法はないが,眼圧を十分下降させることで進行を鈍化できることが報告1,2)されている.PGは緑内障治療薬の第1選択薬として使用され,プロスト系としてプロスタグランジンF2a誘導体であるラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロストと,プロスタマイドF2a誘導体であるビマトプロストの4種類があり,ぶどう膜強膜経路を促進させることで眼圧が下降すると考えられている.しかし,PGによる副作用として結膜充血,角膜上皮障害,眼瞼色素沈着,虹彩色素沈着,睫毛延長,多毛,上眼瞼溝深化などが報告3.5,9)されている.一方,1%ドルゾラミド塩酸塩と0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬であるDTFCも緑内障治療薬として広く使用され,ドルゾラミド塩酸塩は毛様体無色素上皮に存在する炭酸脱水酵素を阻害し,チモロールマレイン酸塩は毛様体無色素上皮に存在するb受容体を阻害し,房水産生を抑制させることで眼圧が下降すると考えられているが,PGに特有の眼瞼色素沈着や虹彩色素沈着,睫毛延長,多毛,上眼瞼溝深化などの副作用はない.今回,PG単剤使用で眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用が美容上気になると訴えた症例に対して,PGをDTFCに変更し,眼圧の変化と同時に角膜上皮障害,結膜充血の変化を変更前(ベースライン)と変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後と比較し,その結果を検討した.また,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用の変化についても,変更前と変更6カ月後と比較しその結果を評価した.その結果は,全症例の平均眼圧は,変更1カ月後,変更3カ月後,変更6カ月後ともに有意な変化はみられなかった.ドルゾラミド塩酸塩が1%ではなく2%でのDTFCの報告であるが,Leeらは正常眼圧緑内障に対して,ラタノプロストとDTFC(2%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩配合点眼薬)の眼圧への効果をcrossoverdesignstudyによって調べた結果,眼圧下降率がラタノプロスト単剤治療群では13.1%,DTFC単剤治療群では12.3%であり,有意な差はなかったと報告10)している.本研究では,切り替え前に使用しているPGは,ラタノプロスト7眼,タフルプロスト6眼,トラボプロスト5眼と,ビマトプロスト2眼であった.ビマトプロスト,ラタノプロスト,トラボプロストの順で眼圧下降率が高いとの報告11)があり,そのため変更前のPGの種類によってはDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果の結果が異なる可能性があるが,今回の結果では,DTFCへの変更後の眼圧は変更前のPG単剤使用の眼圧とほぼ同等であった.このことから,DTFCはPGを単剤使用している緑内障の眼圧下降治療において,代替となる優れた薬剤であるといえる.角膜上皮障害については,角膜上皮細胞や結膜上皮細胞への有害性がある塩化ベンザルコニウムを含む点眼薬の頻回点眼や,b遮断薬などの主薬による細胞毒性により生じると考えられ,角膜上皮障害の発生頻度は抗緑内障点眼薬の回数と点眼薬数に相関すると報告12)されている.今回の研究では,切り替え後のDTFCの点眼回数がPGと比べて1回多いにもかかわらず,切り替え前後で角膜上皮障害に有意な変化はなかった.切り替え前のPGは,ラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストの4種類であり,塩化ベンザルコニウムの使用の有無や主薬が異なっているため,角膜上皮障害の程度に有意な変化がなかったことへの考察はむずかしいが,DTFCの添加物であるD-マンニトールが,塩化ベンザルコニウムの影響を減少させる作用があること13)が影響している可能性がある.一方,結膜充血の程度に有意な変化はみられなかったが,改善傾向であった.PGは副作用に結膜充血があり,ラタノプロストよりビマトプロストのほうが結膜充血を引き起こす.また,DTFCにも副作用として結膜充血があるが,ラタノプロストに比べて結膜充血が少なかったとの報告9)がある.本研究では,PGの使用を中止しDTFCへ切り替えたこと,DTFCによる結膜充血の副作用が出現した症例がなかったことから,結膜充血の程度に改善傾向がみられたと考えられる.また,眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用については,写真判定で20例中18眼に改善がみられ,上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例は不変であった.自覚的にも同様の結果であった.眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化はどのPGでもみられる眼局所副作用であるが5),PGを中止または変更することで可逆性に改善すると報告されている4,14,15).本研究では,改善しなかった上眼瞼溝深化の1例と眼瞼色素沈着と上眼瞼溝深化の1例は,PG使用前の眼瞼所見の記録がなかったことから,PGによる眼局所副作用ではなかった可能性や観察期間が短かった可能性が考えられた.これらのことから,本研究のPGからDTFCへの切り替えは,安全な緑内障の治療法と考えられる.アドヒアランスの低下は緑内障性視野障害の悪化に関与するとの報告16)があり,アドヒアランスの向上は緑内障治療上重要であるが,点眼薬数が増加するとアドヒアランスが低下するとの報告17)がある.本研究で,DTFCに変更後6カ月の時点で,眼局所副作用が改善しなかった2例はPGへの変更を希望されたが,改善がみられた18例はPGからDTFCへの切り替えにより点眼回数が1回増えるものの,DTFCの継続治療を希望された.今回,アドヒアランスについて詳しく調査はしていないが,PGによる眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化の眼局所副作用がアドヒアランスの低下を招く恐れがある場合,DTFCへ切り替えることによって,PGによる眼局所副作用を回避することができ,良好なアドヒアランスが保てる可能性があると考えられる.本研究では,症例数が少なかったことやPGが4種類であったことから,各々のPGからのDTFCへの切り替えによる眼圧下降効果や副作用については,さらなる調査の必要があると考える.また,本研究では,変更前と比較して切り替え後に20%以上の眼圧下降率を示した症例は20例中3例で,20%以上の眼圧上昇率を示した症例は20例中2例であった.PGを使用していない無治療時の眼圧が不明な症例があり,治療前のPGがノンレスポンダーであった可能性や,臨床試験に参加することで点眼改善効果による眼圧下降効果が起こりうるため,バイアスがかかっている可能性や,逆にDTFCの点眼回数が2回になったことによるアドヒアランスの低下の可能性も否定できない.さらに,DTFCへ切り替えることで視野障害が抑制できたかについては,今後調査の必要があると考える.以上,PGの単剤療法で眼瞼色素沈着や多毛,上眼瞼溝深化による眼局所副作用が美容上気になっている症例に対して,PGからDTFCへの切り替えは同等の眼圧を維持することができ,結膜充血や美容上気になる眼局所副作用が改善し,角膜上皮障害の程度に変化させないことから,有効かつ局所的に安全な緑内障治療の一つと考えられる.文献1)Graway-HeathDF,CrabbDP,BunceCetal:Latanoprostforopenangle-glaucoma(UKGTS):arandomized,multi-centre,placebo-controlledtrial.Lancet385:1295-1304,20152)CollaborativeNormal-tensionGlaucomaStudyGroup:Comparisonofglaucomatousprogressionbetweenuntreatedpatientswithnormal-tensionglaucomaandpatientswiththerapeuticallypressures.AmJOphthalmol126:487-497,19983)井上賢治,若倉雅登,井上治郎ほか:ラタノプロスト使用患者の眼局所副作用.日眼会誌110:581-587,20064)小川一郎,今井一美:ラタノプロスト点眼による眼瞼虹彩色素沈着眼瞼多毛:1年後の成績.あたらしい眼科17:1559-1563,20005)InoueK,ShiokawaM,WakakuraMetal:Deepeningoftheuppereyelidsulcuscausedby5typesofprostaglan-dinanalogs.JGlaucoma22:626-631,20126)KimT-W,KimM,LeeEJetal:Intraocularpressure-loweringe.cacyofdorzolamide/timolol.xedcombinationinnormal-tensionglaucoma.JGlaucoma23:329-332,20147)北澤克明,新家眞,MK-0507A研究会:緑内障および高眼圧症患者を対象とした1%ドルゾラミド塩酸塩/0.5%チモロールマレイン酸塩の配合点眼薬(MK-0507A)の第III相二重盲検比較試験.日眼会誌115:495-507,20118)宮田和典,澤充,西田輝夫ほか:びまん性表層角膜炎の重症度の分類.臨眼48:183-188,19949)KonstasAGP,KozobolisVP,TersisIetal:Thee.cacyandsafetyofthetimolol/dorzolamide.xedcombinationvslatanoprostinexfoliationglaucoma.Eye17:41-46,200310)LeeNY,ParkHYL,ParkCK:Comparisonofthee.ectsofdorzolamide/timolol.xedcombinationversuslatano-prostonintraocularpressureandocularperfusionpres-sureinpatientswithnormal-tensionglaucoma:ARan-domized,CrossoverClinicalTrial.PLoSONE11:e0146680.doi:10.1371/journal.pone.0146680,201611)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocu-larpressure-loweringe.ectsofallcommonlyusedglauco-madrugs:ameta-analysisofrandomizedclinicaltrials.Ophthalmology112:1177-1185,200512)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼64:729-732,201013)長井紀章,村尾卓俊,大江恭平ほか:不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T)を用いた緑内障治療配合剤のinvitro角膜細胞障害性評価.薬学雑誌131:985-991,201114)井上賢治:プロスタグランジン関連薬による上眼瞼溝深化.あたらしい眼科33:551-552,201615)SakataR,ShiratoS,MiyakeKetal:Recoveryfromdeep-eningoftheuppereyelidsulcusafterswitchingfrombimatoprosttolatanoprost.JpnJOphthalmol57:179-184,201316)RossiGCM,PasinettiGM,ScudellerLetal:Doadher-enceratesandglaucomatousvisual.eldprogressioncor-relate?EurJOphthalmol21:410-414,201117)高橋真紀子,内藤智子,溝上志郎ほか:緑内障点眼使用状況のアンケート調査“第二報”.あたらしい眼科29:555-561,2012***