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弱視と斜視のABC 5.両眼視と複視の検査

2017年1月31日 火曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保5.両眼視と複視の検査横山吉美JCHO中京病院眼科両眼視機能とは何か,また両眼視機能検査の原理およびその特徴を理解すると,結果の解釈が容易となる.両眼視とは両眼視機能とは,左右眼の網膜上に別々に投影された視印象が視覚中枢において単一なものとして認知される機能である1).両眼視は同時視,融像,立体視から成り立ち,この順でより高度な能力となる.立体視は同時視と融像の成立した条件下で発揮される視機能である2).同時視~融像の検査Bagolini線条レンズ検査が有用である.これ一つで同時視~融像までが確認できる(図1).偏光眼鏡を使用しないため,日常視に近い状態を判定できることが特徴である.また,遠見,近見とも評価でき,9方向で検査すれば融像可能な範囲をも確認できる.立体視の検査偏光眼鏡を使用しないものとしてLangStereotest,偏光眼鏡を使用するものとしてTitmusStereoTest(TST)やRandotStereotest(RST)などがある(図2).抑制LR右眼抑制左眼抑制同時視RLRL内斜視外斜視融像RL図1Bagolini線条レンズ検査線の見え方で抑制か同時視があるか,融像できているかを判定する.右側は患者(正常対応)が見た図.右眼に135°の斜線,左眼に45°の斜線が見えるようにレンズを装用する.(89)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYそれぞれ両眼視差をつけた図形が描かれている.検査距離は40cmにて行う.両眼視差とは注視点より手前や奥にある像は,両眼の網膜の上で中心窩からずれた場所に投影される.左右の網膜におけるこの像のずれが両眼視差である.網膜における像のずれは距離であるが,通常,立体視の検査では結果を秒で表し,この場合の秒は角度の単位である.両眼視差を角度で表すと,図3のq×2が両眼視差となる.計算するとq×2=b.aとなり,輻湊角の差に等しくなる.ヒトの両眼視差の検出閾値は,良い照明条件下において数秒~10秒とされており,57cm先の0.2mm,10m先の8cmの奥行き差を見分けることができる3).実質図形パターンとランダムドットパターン立体視の検査で用いられる視標は2種類あり,実質図偏光眼鏡を使用しない偏光眼鏡を使用するLangStereotestⅠ,ⅡTitmusStereoTest(TST)(circle1視標)RandotStereotest(RST)(写真はLangⅡ)(circle1視標)図2立体視検査LangStereotestI,IIはシート上にかまぼこ型の回折格子(1912年にHessが発明)が埋め込んであり,偏光眼鏡なしで両眼分離が可能.TitmusStereoTest(TST)とRandotStereotest(RST)は偏光眼鏡を使用する.あたらしい眼科Vol.34,No.1,201789形パターン(solidpattern)とランダムドットパターンとがある.実質図形パターンはTSTに代表される視標で,視差をつけた図形を視標とするものである.ランダムドットパターンはLangStereotestに代表される視標であり,1959年にBelaJulezが考案したドットの分布に両眼視差をつけ,立体感を出す方法である.RSTでは,右側は完全なランダムドットパターン,左側のサークルと動物は実質図形パターンであるが,背景がランダムドットパターンとなっている.このため,背景と視標の境目がわかりにくく,TSTに比べると単眼手がかり(monocularcue)が少なくなる.実質図形パターンでは,図2のcircle1視標の拡大写真のように実際の図形が視差をつけて描かれるため,視差が大きいと像のずれから単眼でも区別できてしまうため,TSTのcircle1~4,RSTでもcircle1~2までは単眼でも識別可能であるとされている4).完全なランダムドットパターンでは,そのような単眼手がかりは生じない4).複視の検査複視の有無を評価する際には,Bagolini線条レンズ検図4両眼単一視野(BSV)上段左:正常者の一例.上段右:右後天性ブラウン症候群.右下方にBSVがあるため,患者はfaceturntoLおよびchinupの頭位をとる.下段右:両滑車神経麻痺(プリズム眼鏡装用時).プリズム眼鏡がないとBSVは得られない.プリズム眼鏡装用にて狭いがBSVが中心に得られる.査と赤フィルタ検査が有用である.前者はより日常視に近い結果を示し,後者は潜在的な複視を検出するのに役立つ.また,複視の範囲を調べるということは,両眼単一視野(binocularsinglevision:BSV)を測定することでもある.BSVの測定はGoldmann視野計を用いて行い,明視できる最小の視標を用いて行う.当院では,1974年のFeibelらの報告に基づいてIII-4eの視標を用いて測定している.正常者のBSVの範囲は各方向で約45度とされている5).両眼視できる範囲および場所が判定でき,治療前後で測定することで治療効果を定量的に測定できる(図4).文献1)矢ケ﨑悌司:立体視検査法.臨眼52:25-29,19982)矢ケ﨑悌司:両眼視機能検査.眼臨紀2:39-49,20093)藤田一郎:立体視の成り立ち.両眼視(大月洋編),すぐに役立つ眼科診療の知識,p15-18,金原出版,20074)FawcettSL:Anevaluationoftheagreementbetweencontour-basedcirclesandrandomdot-basednearstereo-acuitytests.JAAPOS9:572-578,20055)平井淑江:視野障害と両眼視.両眼視(大月洋編),すぐに役立つ眼科診療の知識,p126-130,金原出版,2007☆☆☆90あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017(90)

眼瞼・結膜:翼状片と偽翼状片

2017年1月31日 火曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人宇野敏彦22.翼状片と偽翼状片白井病院翼状片手術は簡便なものと捉えられがちであるが,整容的な改善を望まれることが多く,慎重かつ丁寧な手術が求められる.偽翼状片は結膜組織下の角膜の状態を見極めることが大切である.●はじめに翼状片は血管豊富な球結膜組織が,角膜のおもに鼻側に三角形の形状で侵入したものである.赤道地域,野外労働者に多くみられるため,日光あるいは紫外線への暴露が原因の一つと考えられている.偽翼状片は角膜潰瘍の治癒瘢痕期に,結膜組織が角膜内に二次的に侵入したものである.●整容的問題と視機能的問題小さな翼状片が角膜周辺部にとどまっている段階では視機能に与える影響は少ないが,充血などが強い場合は整容上問題となる.翼状片が瞳孔領に近づくと角膜を牽引する力が働き,乱視を惹起する.非対称性の不正乱視は眼鏡矯正視力の低下を招くため,手術の適応となる場合が多い.ときに瞳孔領を覆いつくすまで拡大した翼状片に遭遇することもある.外科的に切除しても中央部角膜に瘢痕や凹凸不整を残す可能性が高く,注意が必要である.●治療方針視機能に影響を及ぼしている翼状片が手術適応となる.角膜内への侵入がわずかでも充血が強いなど,整容面の改善を希望する場合も適応となりうるが,結膜.の再建を丁寧にするなど,術者の高い技量が要求されることを肝に銘ずる必要がある.翼状片手術の術式はこれまで実に多くのものが提案されている1).このことは術者のポリシー,術式の難易度,術後の結果など多面的な要素がからみ,術式が集約化されていないことを示している.マイトマイシンの術中使用についても意見の分かれているところである.いずれにしても,以下の要素を満たして翼状片の手術に臨む必要がある.・再発(結膜組織の角膜への再侵入)を防ぐ.(87)・角膜上の翼状片組織を丁寧に除去するとともに,角膜実質を損傷することなく平滑な角膜表面を再建させる.・結膜を丁寧に再建し,瞼裂部を充血の少ない状態にもちこむ.結膜.の短縮は起こしてはならない.●術式の一例筆者は,これまでの遊離結膜弁および羊膜移植を主体とする術式から,有茎結膜弁を用いる術式に変遷した.有茎弁は遊離弁と比較して翼状片部以外への侵襲がやや大きいのが欠点であるが,結膜弁の扱いが容易である.翼状片手術をマスターしていくうえで,まず取り組むべき術式であろう.また,血流を保ったままで移植を行うことも一つの利点である.ここでは術式の一例を示す.まず翼状片を頭部から丁寧に.離する(図1,2).頭部の固くなった,また伸展性を失った部分のみを切除する.結膜下組織をある程度切除したのち,症例によってはマイトマイシン(0.05%)を翼状片体部に相当する結膜下に作用させる.その後,上方に向かって有茎弁を作製する.有茎弁の幅を広めにとることで結膜.を深く形成でき,美容的な面で有利である(図3).結膜弁下のTenon.をある程度.離除去することにより,弁の進展性が向上する.有茎弁先端を下方にスライドさせ,強膜とともに縫合する.まず角膜輪部側を固定し,続いて結膜.側をなるべく結膜弁が伸びた状態になるように固定する.先端部の縫合が終了したら,順次縫合を上方に進めていく.筆者は9-0バイクリル糸を使用し,術後約3週で抜糸を行っている.術中の眼位はとても重要である.輪部に牽引糸を置き,眼位をコントロールすることで幅広く再建が可能となり,患者に与えるストレスを大幅に軽減できる.あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017870910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1角膜中央部に達する巨大な翼状片(術中所見)図3有茎弁移植後結膜弁は幅広く伸展させ,結膜.に近い部分まで縫着している.図1と同症例.●術後管理遊離弁・有茎弁いずれを用いても術後数日.約1カ月の結膜充血と浮腫は避けられない.この期間は消炎に努めることが大切である.眼圧に留意しながら約3カ月はステロイド点眼を使用する.術後すぐに綺麗になるといった過剰な期待をもたれないよう,事前の説明が大切である.術式にもよるが,術後約1カ月は結膜浮腫や充血が目立つことが多く,また縫合糸による異物感は避けられない.図2翼状片組織を.離した状態このあと余剰と思われる翼状片頭部を切除(破線)し,手前(上方)で有茎弁を作製する(矢印).図1と同症例.図4偽翼状片角膜内に侵入した結膜組織下に強い角膜実質混濁を認める.●偽翼状片下の角膜の状態を把握する偽翼状片では結膜組織下に強い角膜混濁が隠れていることがある(図4).偽翼状片下の角膜を入念に観察することが大切であり,疑わしい場合には術後に角膜混濁の残存がありうることを了解してもらう.文献1)山口達夫:翼状片手術総論.眼手術学5角膜・結膜・屈折矯正(大鹿哲郎編),文光堂,p245-255,2013☆☆☆88あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017(88)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性に対して10年視力維持をめざす抗VEGF療法

2017年1月31日 火曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二36.加齢黄斑変性に対して10年視力維持を永井紀博慶應義塾大学医学部眼科学教室めざす抗VEGF療法加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は抗VEGF療法により視力予後は改善したが,数年にわたって治療を要し,結局,視力低下してしまう症例も多い.視力を低下させないためには,再発する症例に対しては根気よく治療を続ける.抗VEGF療法に対する反応性が低下した場合は,薬剤の変更が有効な場合がある.また,治療に抵抗する症例を見きわめ,光線力学的療法をときに検討する.それでも,初診時より視力不良で治療しても改善しない症例や,大きな漿液性色素上皮.離(PED)からの網膜色素上皮裂孔の発生などで視力低下する症例など,視力改善,維持が困難な症例も存在する.本稿では抗VEGF療法による長期視力維持のためのヒントとして,経過良好例と不良例を示す.治療頻度が乏しい症例(症例1)58歳,女性.2011年8月に右眼の変視を自覚し,2011年9月に当科初診となった.右眼の黄斑に網膜下液と網膜下出血,ポリープ状病巣を認め,ポリープ状脈絡膜血管症(PCV)と診断された(図1a).2011年10月よりラニビズマブの硝子体内注射を施行した.導入期の3回連続毎月投与により網膜下液と網膜下出血は消退し,視力は投与前の(1.0)から(1.2)に改善した.その後,網膜下液の再発に対しラニビズマブの投与を必要時に施行し,滲出性変化は消退した.2012年12月に網膜図1症例1の眼底所見初診時(a),アフリベルセプト投与後(a)の眼底写真とIA所見.アフリベルセプト投与前(b),アフリベルセプト投与後(d)のOCT所見.アフリベルセプト投与後にIAでポリープが消失している.下液の再発があり,ラニビズマブを2回投与するも網膜下液は遷延した(図1b).ラニビズマブに対する反応性の低下と考え,アフリベルセプトに変更した.アフリベルセプト硝子体内注射2回施行後に網膜下液は消退し,その後2年半は網膜下液の再発はなかった.インドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)ではポリープ状病巣が消失していた(図1c,d).2015年12月,2016年6月にわずかな網膜下液の再発があり,アフリベルセプト硝子体内注射を施行した.2016年8月の右眼の視力は(1.2)で,眼底に滲出性変化を認めていない.筆者は良好な経過が得られている症例でも病態のわず(85)あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017850910-1810/17/\100/頁/JCOPYかな変化を見逃さないために,12カ月おきに蛍光眼底造影検査を行うとともに,診察時には初診時の眼底所見を見直すように心がけている.治療に抵抗する症例筆者らは,AMDに対するラニビズマブ1),アフリベルセプト2)投与の無効症例とその予測因子について検討した.薬剤の投与は導入期の3回連続毎月投与の後PRN(prorenata)投与とした.12カ月間の治療後における眼底所見の無反応は13~17%でみられた.そしてラニビズマブでは線維血管性網膜色素上皮.離(PED)とI型脈絡膜新生血管が,アフリベルセプトでは漿液性PEDが投与前の無効症例予測因子であった.漿液性PEDに対するアフリベルセプトの治療効果を検討したところ,網膜下液を合併する漿液性PEDでは7例中6例で滲出性変化が消退したのに対し,網膜下液を合併しない漿液性PED(5例)では滲出性変化が消退しなかった2).アフリベルセプトはポリープの閉塞率が高いことが報告されており3),PCVやラニビズマブの無効症例予測因子であったI型脈絡膜新生血管を有する典型AMDにはアフリベルセプトがよいと考えられる.ただし網膜下液を合併しない漿液性PEDは治療に抵抗しやすいため,投与前に注意を要する.一方,II型脈絡膜新生血管を有する典型AMDは,ラニビズマブによる治療を考慮してよいと考える.治療しても視力改善,維持がむずかしい症例(症例2)72歳,男性.2011年9月に右眼の中心暗点を自覚し,近医で右眼のAMDと診断された.2012年2月に当科86あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017図2症例2の眼底所見網膜色素上皮裂孔を生じる直前(a)と4年後(b)の眼底写真とOCT所見.初診となった.右眼の視力は(0.07)で,漿液性PEDと網膜下出血,網膜下液,黄斑浮腫を認めた.IAでは中心窩上鼻側にポリープ状病巣を認め,PCVと診断された.2012年3月よりラニビズマブの硝子体内注射を開始した.導入期3回投与によってPEDの範囲は減少し,網膜下液は減少した.3回投与後の視力は(0.07)であった.その後PEDと網膜下液の増悪があり(図2a),4回目のラニビズマブ硝子体内注射を施行した.ラニビズマブ投与1カ月後の受診時,網膜下病変の収縮と黄斑下側に色素上皮裂孔を生じた.その後,新生血管の収縮により網膜色素上皮裂孔はやや拡大し,新生血管膜は瘢痕化した(図2b).2016年8月の右眼の視力は(0.09)となっている.網膜色素上皮裂孔はPED内部の血管線維組織が収縮し,網膜色素上皮が断裂を起こして生じる.背の高い大きなPEDは網膜色素上皮裂孔のリスクファクターであり,治療時に考慮する必要がある.文献1)SuzukiM,NagaiN,Izumi-NagaiKetal:Predictivefac-torsfornon-responsetointravitrealranibizumabtreat-mentinage-relatedmaculardegeneration.BrJOphthal-mol98:1186-1191,20142)NagaiN,SuzukiM,UchidaAetal:Non-responsivenesstointravitreala.ibercepttreatmentinneovascularage-relatedmaculardegeneration:implicationsofserouspig-mentepithelialdetachment.Scienti.creports6:29619,20163)InoueM,YamaneS,TaokaRetal:A.iberceptforpolyp-oidalchoroidalvasculopathy:Asneededversus.xedintervaldosing.Retina36:1527-1534,2016(86)

緑内障:緑内障とミトコンドリア

2017年1月31日 火曜日

●連載199監修=岩田和雄山本哲也199.緑内障とミトコンドリア三宅誠司瀧原祐史福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学近年,中枢神経系の神経変性疾患であるParkinson病,Alzheimer病,筋萎縮性側索硬化症などに加え,視神経変性においてもその病態にミトコンドリアの機能不全が関係しているのではないかと考えられるようになった.そこで本稿では,緑内障を網膜神経節細胞とミトコンドリア障害の関係から解説する.●はじめにミトコンドリアはATP供給,カルシウムイオン濃度の調整,レドックス,アポトーシス制御など多様な細胞内プロセスに関与する重要な細胞小器官である.そのため,ミトコンドリアの機能異常や不全が網膜神経節細胞の生死に直結していることが明らかとなってきた(図1).●緑内障と活性酸素ミトコンドリアがエネルギーを合成すると,その副産物として活性酸素が発生する.適切な量の活性酸素は抗菌や細胞保護などの生体防御作用を発揮するが,過剰になると酸化ストレスの原因となり,細胞を傷害してしまう.そこで,細胞は抗酸化物質を利用したり抗酸化タンパク質を発現させたりすることで,活性酸素量を一定に保っている(図2).活性酸素の産生が増加する原因として加齢,組織・細胞の低酸素状態,虚血などが知られている.これらは緑内障の危険因子とも共通しており,活性酸素に起因する細胞傷害が,網膜神経節細胞の軸索変性や細胞体の消失の原因の一つとして考えられている.●アポトーシスとミトコンドリア視神経傷害や慢性高眼圧などの動物モデルや原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)では,網膜神経節細胞でアポトーシス経路が活性化されていることが知られている(図3).さまざまな刺激によってミトコンドリアの膜透過性のバランスが崩れると,ミトコンドリアからアポトーシス関連タンパク質が放出され,カスパーゼ依存・非依存的に細胞死が誘導される1).生命活動に不可欠なエネルギーを産生するミトコンドリアが細胞死の制御に関与しているのは,細胞の異常による過剰な活性酸素の放出を抑制にするための積極的な生体保護システムといえる.●細胞傷害におけるミトコンドリアDNAと核DNAの影響ミトコンドリアは独自の環状DNAをもっている.その中には37個の遺伝子が含まれており,そのうち13ミトコンドリア網膜神経節細胞の細胞死図1ミトコンドリア障害と細胞死ミトコンドリアに起因するさまざまな障害によって網膜神経節細胞が細胞死に至ると考えられている.生理状態の破綻生理状態の破綻恒常性が維持されている(83)あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017830910-1810/17/\100/頁/JCOPY細胞外シグナル(神経栄養因子の欠乏など)アポトーシス誘導経路の活性化細胞質図3アポトーシスの誘導とミトコンドリア神経栄養因子の欠乏などのシグナルによってアポトーシス誘導経路が活性化されると,ミトコンドリア膜透過性が亢進し,ミトコンドリアから種々の因子が放出される.シトクロムcはカスパーゼ依存的(左)に,エンドヌクレアーゼG(EndoG)・アポトーシス誘導因子(AIF)は非依存的(右)にアポトーシスを誘導する.個が電子伝達系の構成成分である.ミトコンドリアは活性酸素の発生源でもあるため,マトリクスに存在するDNAが活性酸素による塩基修飾や脱塩基を起こしやすい状況にある.しかし,核DNAよりも修復効率が低いとされ,異常タンパク質が供給されると活性酸素が上昇してしまう.また,核DNAの中にもミトコンドリア機能にかかわる遺伝子が約1,500あるとされ,そのうち200以上の遺伝子の異常がミトコンドリアの状態に影響している2).POAGでは,それぞれのDNAにコードされたミトコンドリアの形態制御や抗酸化に関わる遺伝子の変異,一塩基多型がミトコンドリア機能に影響していることが報告されている3).●ミトコンドリアの品質管理ミトコンドリアは,分裂と融合を繰り返すことで不要なミトコンドリアを隔離・分解し,その品質を保っている.緑内障モデルマウスでは眼圧の上昇によってミトコンドリアの分裂促進と融合抑制が進むことが報告されており4),網膜神経節細胞の細胞死の原因の一つとして,ミトコンドリアの品質管理機構の機能低下が明らかにされた.さらに,網膜神経節細胞に特異的なtransmitophagyという新しい概念も提唱されている5).視神経乳頭領域の軸索に局在するミトコンドリアは,細胞体まで輸送されることなく,軸索周囲に存在するアストロサイトへ細胞膜を介して引き渡されリサイクルされる.網膜神経節細胞は独自の品質管理機構を備えることで,恒常性の維持と高いエネルギー要求性を達成している.視神経乳頭領域の血液循環不良による虚血Muller細胞アストロサイト視神経乳頭篩状板放出ミトコンドリア機能の低下二次的要因細胞傷害の誘発細胞死図4網膜神経節細胞の細胞死を誘導する二次的要因虚血は網膜神経節細胞だけではなく,視神経乳頭領域に局在するアストロサイトやMuller細胞にも影響を与える.網膜神経節細胞のミトコンドリア機能が低下するだけでは細胞死は誘導されず,アストロサイトやMuller細胞が放出する種々の因子や,光・遺伝的背景などの多様な二次的要因が必要であるとの考えも提唱されている.●おわりに最近では,網膜神経節細胞の細胞死に種々の二次的要因の関与も示唆されている6)(図4).ミトコンドリア異常が先なのか,それともさまざまな要因がミトコンドリア異常を誘導するのか,解明すべき問題は多い.しかし,緑内障の病態にミトコンドリアが直接的,間接的に関与していることは間違いない.診療において,緑内障が発症する前段階での診断法の確立が急務とされる中で,ミトコンドリアの分裂・融合の状況やATPの産生量,活性酸素放出量などの非侵襲的な定量化が,網膜神経節細胞の運命を予測するための有用な診断マーカーとなる可能性があり,ライブイメージングを応用した今後の技術開発が期待されている.文献1)AlmasiehM,WilsonAM,MorquetteBetal:Themolecu-larbasisofretinalganglioncelldeathinglaucoma.ProgRetinEyeRes31:152-181,20122)KoopmanWJ,WillemsPH,SmeitinkJA:Monogenicmito-chondrialdisorders.NEnglJMed366:1132-1141,20123)LascaratosG,Garway-HeathDF,WilloughbyCE:Mito-chondrialdysfunctioninglaucoma:understandinggeneticin.uences.Mitochondrion12:202-212,20124)JuWK,KimKY,LindseyJDetal:Intraocularpressureelevationinducesmitochondrial.ssionandtriggersOPA1releaseinglaucomatousopticnerve.InvestOphthalmolVisSci49:4903-4911,20085)BurdettTC,FreemanMR:Neuroscience.Astrocyteseye-ballaxonalmitochondria.Science345:385-386,20146)OsborneNN,Nunez-AlvarezC,JoglarBetal:Glauco-ma:Focusonmitochondriainrelationtopathogenesisandneuroprotection.EurJPharmacol787:127-133,201684あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017(84)

屈折矯正手術:SMILEを安全に行う器具

2017年1月31日 火曜日

監修=木下茂●連載200大橋裕一坪田一男200.SMILEを安全に行う器具中村友昭名古屋アイクリニックSMILEはフェムトセカンドレーザーにて角膜実質を光切断して屈折矯正を行う新しい手術である.わずか2mmの切開創で行うことができるが,小切開からの手術ゆえ,多少の技量を要する.そこで,安全かつ簡便にSMILEを行うことができるよう数種の器具を考案した.これによりSMILEのラーニングカーブを短縮させ,早期の視機能の回復にも寄与できるものと思われる.●はじめにSMILE(smallinsicionlenticuleextraction)はフェムトセカンド(femtosecond:FS)レーザーにて角膜実質を光切断して屈折矯正を行う新しい手術である.現在はCarlZeissMeditec社(以下,CZM社)のFSレーザー「VisuMax」のみで行うことができる新技術で,2010年に開発された1,2).レーシックのように角膜実質をエキシマレーザーによって蒸散させて切除するのではなく,FSレーザーによって光切断し,レンチクルとして摘出することにより屈折矯正を行う.フラップを作らず,最小2mmの切開創で手術が完了する.そのためフラップに起因する合併症が皆無であり,角膜強度が保たれ,角膜の知覚神経が温存できることからドライアイになりにくい3).いわゆるminimuminvasivesurgeryである.ただし,小切開からの手術ゆえ,その手技において多少の技量を要することも否めない.今回,独自に開発した数種の器具により,安全かつ簡便にSMILEを行うことができるようになったので紹介する.●SMILEの術式(図1)①まず最深部であるレンチクル後面を切断する.②その後,レンチクル前面を切断する.③下方ないし側方に2.0~4.0mmのサイドカットを行う.④レンチクルをスパーテルで分離した後,鑷子にて除去する.●新器具による手術の簡便化通常はレーシックやフラップ作製後にFSレーザーで角膜実質を切除するFLEx(femtosocondlenticuleextraction)で,ある程度角膜屈折矯正手術を修練した(81)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY1.Fs-2.レンチクル後面作製のレンチクル前面のための深い切開を行う切開を行う3.サイドカットを行う小さな切開創からレンチクルを取る図1SMILEの術式角膜実質をフェムトセカンドレーザーにより光切断し,レンチクルとして切除することにより屈折矯正を行う.後,SMILEを行う.ラーニングカーブがあるものの,最初から比較的安全に手術を行うことができる.今回紹介する専用器具を用いることにより,より簡便に,より確実に手術を行うことができるようになった.①光切断されたレンチクルはある程度癒着している.それをスパチュラにて.離するが,できるだけ小さな力で効率よく.離し分離するためには眼球固定が重要であり,そのため二股の鑷子(ASICOAE-4158)を開発した(図2).これにより角膜輪部を把持するが,形状から想像されるような痛みはほとんど感じないようである.②レンチクルの断端を確実に見つけることが重要である.レーザー付属の顕微鏡下で,分離し.離するためのきっかけを作るが,レーザー直後は断端は比較的見つけやすいが,レーザーのエネルギーや個体差によりほとんどわからなくなることもある(図3).断端を見つけることが困難な場合,スパチュラにて仮道を作ってしまい,さらに分離がむずかしくなる場合がある.そこで,挿入あたらしい眼科Vol.34,No.1,201781図2眼球固定鑷子(ASICOAE.4158)できるだけ小さな力で効率よく.離し分離するために,この鑷子でしっかり眼球を固定をする.図4レンチクルセパレーター(GeuderG.SO3832)「シールはがし」を模したもので,挿入するだけで安全に断端の下に到達することができる.図6レンチクル摘出鑷子(EyetechnologyP437A)小さな切開創からでも,創に負担をかけることなくレンチクルを摘出することができるよう,サイズと開きを工夫した.するだけで安全に断端の下に到達するレンチクルセパレーター(GeuderG-SO3832)を考案した(図4).これは,文房具の「シールはがし」を模したもので,小切開から対応可能なようにその幅は0.5mmとした.また,先端は鈍として仮道を作らないよう工夫した.③.離に関しては,角膜形状に合わせた適切な湾曲とともに,先端形状の工夫により,小さな力で.離できるようレンチクルスパチュラ(ASICOSP-121079)を開発した(図5).④2mmの切開創からでも創に負担をかけることなくレンチクルを摘出することができる鑷子(Eyetechnolo-gyP437A)を開発した(図6).●結果手術時間に関し,専用器具がないSMILE開始初期20例と最近の20例とを比較した.レーザー後にレンチクルを摘出する時間は,平均198.6±42.8秒から103.3±14.8秒へと有意に短縮した(p<0.0001,Mann-Whitney82あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017図3レーザー直後不透過性気泡層とともに切開創が確認できる.ただしレンチクルの断端は不明瞭である.図5レンチクルスパチュラ(ASICOSP.121079)角膜形状に合わせた適切な湾曲とともに,先端形状について工夫し,小さな力で.離できるよう,鳥のくちばしをイメージしたデザインとした.Test).仮道を作るなどの合併症も皆無であった.創へのダメージも少ないことにより,術後の角膜所見もクリアである.●おわりにFSレーザーにより角膜屈折矯正手術は飛躍的に安全となり,またSMILEへと発展してきた.専用器具の使用により,SMILEのラーニングカーブを短縮させ,術後の合併症も少なく,早期の視機能の回復にも寄与できるものと思われる.今後,究極の角膜屈折矯正手術として,切開創をほとんど作らない組織内切除が可能になる日が訪れることは,それほど遠くないことかもしれない.文献1)ShahR,ShahS,SenguptaS:Resultsofsmallincisionlen-ticuleextraction:all-in-onefemtosecondlaserrefractivesurgery.JCatractRefractSurg37:127-137,20112)SekundoW,KunertKS,BlumM:Smallincisioncornealrefractivesurgeryusingthesmallincisionlenticuleextraction(SMILE)procedureforthecorrectionofmyo-piaandmyopicastigmatism:resultsofa6monthpro-spectivestudy.BrJOphthalmol95:335-339,20113)KobashiH,KamiyaK,ShimizuK:Dryeyeaftersmallincisionlenticuleextractionandfemtosecondlaser-assist-edLASIK:meta-analysis.Cornea2016(82)

眼内レンズ:成熟白内障に対するFLACSによる前嚢切開

2017年1月31日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋362.成熟白内障に対するFLACSによる杉田征一郎眼科杉田病院前.切開フェムトセカンドレーザー白内障手術(femtosecondlaser-assistedcataractsurgery:FLACS)では,正確なサイズの正円の前.切開を再現性高く作製することが可能である.通常より前.切開がむずかしい成熟白内障においても,FLACSを併用することで安全性の向上が期待できる.●FLACSによる前.切開の特徴FLACSによる前.切開(femtosecondlasercapsulot-omy:FLC)では,電子顕微鏡レベルでみると,マニュアル操作の方法に比べて前.切開縁が不整であるものの(図1),正確なサイズの正円の前.切開を再現性高く行うことができる.成熟白内障の場合,レーザーはほとんど核まで到達しないためFLCのみを行う.FLCでは前.の全周をほぼ同時に切開することができるため,レーザー照射中に切開縁が流れてtearが生じる心配はない.本稿でとりあげた機種はアルコン社の眼科用レーザー手術装置「LenSx」である.2013年にpatientinterface(PI)の修正とソフトウェアのアップデートが行われ,レーザー精度のさらなる向上が得られた.その結果,現在市販されているフェムトセカンドレーザーの中では,LenSxがマニュアル切開にもっとも近い滑らかな前.切開ができるようになった1).また,同社の画像ガイドシステム「VERION」を導入することにより,スリット写真を元にした縮瞳時の瞳孔中心や視軸中心など,任意の位置にセンタリングを自動で合わせることが可能になった.とくに付加価値IOLを挿入する際などには非常に心強いオプションとなっている.●FLACSにおける注意事項FLACSにおいては,レーザー装置とのドッキング時の傾きや手術時の前.に関する注意事項など,いくつか把握すべき点があり,ラーニングカーブが存在する2).FLACSのレーザー照射の際にもっとも大切なことは,正しい眼位でドッキングすることである.きちんとしたドッキングができればおおむねよい結果が得られるが,眼位が傾いてドッキングした場合,一部が切れていないなどの不完全な前.切開になりやすい(図2a).また,白内障手術中に注意すべき点は,レーザー照射後の前.切開縁の確認である.筆者の施設では全例でトリパンブルーによる前.染色を併用しているが,しばし(79)0910-1810/17/\100/頁/JCOPYab図1前.切開縁の電子顕微鏡写真a:マニュアルで作製した前.切開縁.b:フェムトセカンドレーザー(LenSx)で作製した前.切開縁(バージョンアップ前).ばレーザー照射時に水晶体.内から噴き出た皮質で前.縁が確認できないケースがある(図2b).先に灌流・吸引(irrigationandaspiration:I/A)を行うなどして前.切開縁に問題ないことが確認できれば,その後は通常の白内障手術が可能である.FLACSでは,前.切開縁が一見問題ないように見えても,tag(図3)とよばれる前.縁の不整が生じていることがあり,I/Aの際にtearが生じるきっかけとなり得る2).成熟白内障では,通常の白内障と比べてtagが生じる割合が高いため3),とくにI/Aの前.裏面の研磨においては慎重な操作を心がけたい.●術後成績海外の文献によると,FLCを行った成熟白内障50眼の24%にtagが,12%に一部がまったく切れていない不完全な前.切開が確認されており,これは通常の白内障83眼に対するFLCの結果(tag9.6%,不完全な前.切開1.2%)と比べて有意に多い.とくに成熟白内障の中でも,前.が大きく膨隆した症例で不完全な前.切開が多かったと報告されている.一方で,前.にtearが生じたのは成熟白内障の2%に過ぎず,破.は生じていない3).筆者の施設の初期の自検例48眼(術者6名)では,あたらしい眼科Vol.34,No.1,201779図2レーザー照射中のモニター画面a:眼位が傾いてドッキングした場合.OCTで撮影された前.縁を表すライン(→)が波線を示している.b:比較的良好なドッキングの場合.前.縁のライン(→)は直線に近い.前.の膨隆が強い症例では,レーザー照射中に皮質が前房内に噴き出し,その後の視認性が悪くなる.図3Tagの模式図このような前.縁の不整な部分を不用意に触れると,tearが生じるきっかけになる.手術終了時に前.切開が正円でかつコンプリートカバーが得られたのが83%であり,術中の手術操作により前.切開に多少の変形やtearが生じたものが15%であった.核硬度の非常に硬い高齢の過熟白内障の症例1例で,術中に破.した症例がみられた.初期の自検例だけをみると,安全性としてはまだ十分とはいえないが,多少の経験を積み修正を行うことでさらなる成功率の向上が見込めると感じている.●おわりにFLACSを併用することにより,成熟白内障の前.切開をより安全に行うことが可能になってきたといえる.一般術者の心理的ストレスの軽減にも少なくない効果があるものと実感している.しかし,FLACSで作製した前.切開縁は多少脆弱な印象があり,通常の白内障手術とは異なる部分があることは,多少の経験を積み,理解しなければならない.成熟白内障に対するFLCの安全性をさらに高めるためには,照射するレーザーのパワーや照射間隔の設定をどうするのが最適かなど,まだいくつか検討すべき課題がある.今後の新たな報告や検証に期待したい.文献1)BalaC,XiaY,MeadesK:Electronmicroscopyoflasercapsulotomyedge:Interplatformcomparison.JCataractRefractSurg40:1382-1389,20142)NagyZZ,TakacsAI,FilkornTetal:Complicationsoffemtosecondlaser-assistedcataractsurgery.JCataractRefractSurg40:20-28,20143)AsenaBS,KaskalogluM:Comperisonofthee.cacyandsafetyoffemtosecondlasercapsulotomybetweenmatureandnon-maturecataracts.LaserSurgMed48:590-595,2016

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ表面の摩擦

2017年1月31日 火曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一27.コンタクトレンズ表面の摩擦丸山邦夫ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社●はじめにコンタクトレンズ(CL)は,眼表面に装用されると,少なからず眼表面に影響を与えるとともに,さまざまな自覚症状を発症する.自覚症状の中でも,とくに乾燥感は多くのソフトCL(SCL)装用者が経験しており1),ドロップアウトの原因にもなっている.この乾燥感が発症する原因の一つとして,眼表面とSCLとの間で生じる物理的な摩擦が関係していると考えられている.この物理的な摩擦は,SCLのエッジと球結膜で生じるもの,SCL内面と角膜とで生じるもの,SCL外面と上眼瞼とで生じるものが想定される.その中でも,本稿ではとくに,SCL表面(外面)と上眼瞼とで生じる摩擦に着目して概説する.●ソフトコンタクトレンズ表面と上眼瞼縁との摩擦眼表面にSCLが装用されると,上述のように,SCL上の涙液層は不安定となり,とくに外的環境により涙液層は容易に破綻して,視力低下や乾燥感の発症を伴うことがある.低温低湿2)やVDT(visualdisplayterminal)作業3)などの環境の影響を受けやすく,さらに涙液の不安定化を引き起こす.涙液が不安定になると,涙液という潤滑剤を欠くSCLの表面が露出し,1日に2万回以上1)も行われる瞬目により,上眼瞼とSCLの表面で摩擦が生じやすくなる.上眼瞼の縁と露出したSCL表面とビジョンケアカンパニー学術部で生じる摩擦によりlid-wiperepitheliopathy(LWE)4)(図1)という上眼瞼縁の結膜の障害を引き起こすことがある.リサミングリーンで染色すると容易に観察できる.このLWEは,SCL装用者に生じる乾燥感との関連性があり,SCL表面と上眼瞼縁の結膜との摩擦を,乾燥感という自覚症状として認識していることが推測される.●ソフトコンタクトレンズ表面の摩擦係数の計測LWEやそれに伴う乾燥感は,SCLの表面と上眼瞼縁の結膜との摩擦で生じているようであるが,その摩擦の程度を知ることで,LWEの発症メカニズムの解明やSCLの製品開発に有益な情報となりえる.Robaら5)は,眼表面に装用されたSCLに近い環境を再現した実験系において,SCL表面の摩擦係数を測定している.SCLを半球状の樹脂製の治具に固定して,それを人工涙液で満たし,プレートを押し当てて横方向に往復スライドさせ,プレートにかかる応力をSuSoS社製マイクロトライボメーターで検出するものである(図2).なお,人工涙液は,ヒトの涙液を模倣して調製したものであり,リン酸緩衝剤,蛋白質,リゾチーム,希釈血清,脂質を配合し,浸透圧を300mOsmにしたものである.SCLの表面をこするプレートはガラス製で,眼組織表面を模倣するために,プレート表面をプラズマ処理とヘキサメチルジシラザンで前処理をして,ウシ顎下腺由来のムチンの溶液に30分浸漬してプレート図1Lid.wiperepitheliopathy図2トライボメーター(77)あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017770910-1810/17/\100/頁/JCOPY0.5000.4500.4000.3500.3000.2500.2000.1400.1200.1000.0200.000Eta.lconAEta.lconAうるおい成分(-)うるおい成分(+)図4うるおい成分を固定したSCLの摩擦係数の測定結果摩擦係数0.080摩擦係数0.0600.1500.1000.0400.0500.000Somo.lconAEta.lconANara.lconBNara.lconAEta.lconANal.lconAOma.lconAOcu.lconBNel.lconA図3各種SCLの摩擦係数の測定結果(文献5より改変引用)表面に固定した.こするガラスプレートは,スピード0.1mm/s,スライド移動距離1mm,一方向にスライドさせた.また,スライドの荷重は上眼瞼の圧力の測定値をもとに,2kPaに設定した.その結果,各種SCLの摩擦係数の測定値には違いがあることがわかった(図3).この測定手法は,SCLの表面の摩擦特性をより眼に近い環境で評価することが可能であり,今後,さまざまなSCLの評価や自覚症状との関連を調査するうえでも利用価値は高いと考えられる.●ソフトコンタクトレンズ表面の摩擦を減らすためにSCL表面と上眼瞼縁との摩擦を減らす方法として,SCL表面の水濡れ性を改善する方法,潤滑剤としての補涙液の点眼および涙液成分の分泌を促す点眼といった方法があげられる.とくにSCL表面の水濡れ性を改善する方法は,近年めざましく発展している.SCL表面の水濡れ性を向上させることを目的とした表面改質や,うるおい成分をレンズ素材である高分子のマトリックス内に固定する技術も注目されている.後者のうるおい成分をレンズ内に固定する方法では,うるおい成分であるポリビニルピロリドンをSCL基材(素材名:Eta.lconA)に固定したものと,固定していないものの摩擦係数を測定した結果5),うるおい成分をSCL基材に固定した(文献5より改変引用)ものは摩擦係数が小さいことがわかった(図4).うるおい成分をSCLの高分子のマトリックス内に保持することで,そのレンズ表面ではうるおい効果を発揮し,摩擦を低減していると推察される.●おわりに眼表面にとってSCLの存在は異物であり,状況によって機械的な摩擦を生じ,眼障害を引き起こすこともある.それらを軽減するためにも,摩擦の少ない表面をもつSCLが必要である.文献1)濱野孝,小谷摂子,光永サチ子:コンタクトレンズ装用と乾燥感.臨眼53:1053-1056,19992)MaruyamaK,YokoiN,TakamataAetal:E.ectofenvi-ronmentalconditionsonteardynamicsinsoftcontactlenswearers.InvestOphthalmolVisSci45:2563-2568,20043)佐藤直樹,山田昌和,坪田一男:VDT作業とドライアイの関係.あたらしい眼科9:2103-2106,19924)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20025)RobaM,DuncanEG,HillGAetal:Frictionmeasure-mentsoncontactlensesintheiroperatingenvironment.TribologyLetters44:387-397,2011ZS977

写真:アデノウイルス結膜炎後の角膜混濁

2017年1月31日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦392.アデノウイルス結膜炎後の角膜混濁粥川佳菜絵*外園千恵***バプテスト眼科クリニック**京都府立医科大学眼科図1初診時の左眼前眼部所見点状~斑状の多発性上皮下混濁を認める.矯正視力は0.6であった.図3ステロイド点眼開始4カ月後の左眼前眼部所見わずかに上皮下混濁の残存を認めるものの,矯正視力は1.2まで改善した.図4ステロイド点眼を中止し3カ月後の左眼前眼部所見(初診から1年3カ月後)多発性上皮下混濁の再発を認める.矯正視力は1.0であった.(75)あたらしい眼科Vol.34,No.1,2017750910-1810/17/\100/頁/JCOPY症例は43歳,女性,半年前に結膜炎に罹患した後に視力低下を自覚した.近医にてジクアソホルナトリウム点眼およびレバミピド点眼を処方されるも改善しないため,京都府立医科大学附属病院に紹介となった.初診時,両眼に点状ないし斑状の多発性角膜上皮下混濁を認めた.とくに左眼は強い混濁により視力低下をきたしており(図1,2),初診時の矯正視力は右眼1.0,左眼0.6であった.病歴と前眼部所見よりアデノウイルス結膜炎後の角膜混濁と診断し,0.02%フルオロメトロン点眼2回/日を開始した.徐々に上皮下混濁は軽減し,初診から4カ月後には混濁はほぼ消失,左眼の矯正視力は1.2まで改善した(図3).初診から1年後に治癒と判断して点眼を終了したところ,点眼中止から3カ月後に再び強い角膜上皮下混濁を生じて来院した(図4).0.02%フルオロメトロン点眼2回/日を再開すると,徐々に混濁は軽減した.その後は,0.02%フルオロメトロン点眼を週に2回継続し,現在まで1年以上,混濁の再発を認めていない.アデノウイルス結膜炎は,アデノウイルスというDNAウイルスによって生じる結膜炎で,重症化すると角膜上皮下混濁を生じることが知られている.発症頻度は,アデノウイルス8型の院内感染例では35%であったとの報告がある1).この混濁は通常2~3週間程度で治癒することが多いが,視力低下の原因となり,症例によっては数カ月から数年にわたって残存する場合がある.混濁の発症機序は明確ではないが,角膜実質の最表層において,アデノウイルス抗原に対する遅延型アレルギー反応が起こることにより生じると考えられている2).この混濁はスクレラルスキャッタリングで見ると明瞭となり,細胞浸潤であると考えられ,治療にはステロイド点眼が有効である.高力価のステロイドを用いる必要はなく,低濃度のステロイド点眼を長く継続するのが望ましい.治療期間は症例によって異なるが,数カ月を要する場合も少なくない.ステロイドによる眼圧上昇に注意しながら,根気よく点眼を続ける.ステロイド点眼の減量もしくは中止,あるいは患者による点眼コンプライアンス不良により,混濁が再発する症例がしばしば存在する.今回筆者らは,結膜炎治癒後1年以上が経過しているにもかかわらず,ステロイドの中止により強い角膜混濁が再発した症例を経験した.過去には,いったん混濁が消失した後に異なる血清型のアデノウイルスによる上気道感染を契機に角膜混濁が再発する症例も報告されており3,4),アデノウイルス抗原が長期にわたり角膜内に残存している可能性が示唆されている.アデノウイルス結膜炎後の角膜上皮下混濁は,日常の臨床でもしばしば遭遇するが,発症時すでに結膜炎から数カ月経過していることもあり,結膜炎との関連に気づかれない場合がある.このような多発性の角膜上皮下混濁を診た際には,ウイルス性結膜炎の晩発性合併症の可能性を考慮し,十分に問診を行うことが重要である.またいったん混濁が消失しても,ステロイド点眼の中止などにより再発する可能性があるため,投薬終了後も注意して経過観察する必要があると考えられた.文献1)ColonLE:Keratoconjunctivitisduetoadenovirustype8:reportonalargeoutbreak.AnnOphthalmol23:63-65,19912)TrousdaleMD,NobregaR,WoodRLetal:Studiesofadenovirus-inducedeyediseaseintherabbitmodel.InvestOphthalmolVisSci36:2740-2748,19953)伊藤恵子,松浦範子,内尾英一ほか:再発性角膜上皮下混濁sineadenovirusの1例.臨床眼科12:1823-1827,20004)HodgeW,WohlT,WhitcherJPetal:Cornealsubepitheli-alin.ltraterecurrencesineadenovirus.Cornea14:324-325,1995

眼科の先達に学ぶ 2.三島 濟一 先生

2017年1月31日 火曜日

三島濟一先生の業績と教え澤充(公益財団法人一新会理事長/日本大学名誉教授)はじめに木下茂京都府立医科大学教授から「近年の眼科医,とくに若い眼科医が,世界の眼科の牽引役として貢献してこられた日本の眼科医の業績およびその人となりについてほとんど知らない状況になっている.ついては『あたらしい眼科』で著明な眼科医について取り上げる企画をしているので,三島先生の著書,業績と写真などを通して三島先生の人となりを彷彿とさせる原稿を書いてもらいたい」との依頼があった.私自身は眼科医として多くの薫陶を三島先生から受けたのは事実である.ただし,東大眼科の特異性ではないかと思うが,三島先生とは研究・臨床を通してのつながりが主体であるため,写真などが少ないのが実情である.また,三島先生がご存命であればあらためて教えをいただくことや,内容の確認をしていただくことも可能であるが,現実には不可能である.そこで三島先生の業績に関しては『三島教授退官記念誌(以下,退官記念誌)』(東大眼科教室)および論文検索を東大眼科の相原一教授に資料をお願いすることとした.また,三島先生の人となりは「論語」と孔子との関係のごとく,私どもが三島先生から教えられた内容を記すことで本企画に対しての対応とさせていただく.■三島先生の略歴と業績■略歴と業績については三島先生が情熱を注いで執筆されたKeelerCRandMishimaS:InternationalBiogra-(57)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(退官記念誌から転載)phyandBibliographyofOphthalmologistsandVisionScientists(IBBO)(WayenborghJP,Belgium,2002)から以下に抜粋引用する(図1).三島先生は1927年,眼科医家系の5代目として淡路島で生誕,1949年東京大学卒業,1957年学位取得(Thesis:Thee.ectsofthedenervationofthesympa-theticandthetrigeminalnerveonthemitoticrateof図1InternationalBiographyandBibliographyofOphthalmologistsandVisualScientists(IBBO)の表紙thecornealepitheliuminrabbit.JpnJOphthalmol1:65,1957).BritishCouncilScholarshipを得てInstituteofLondonでDavidM.Mauriceと研究(1959-1960),その後Dun-phyFellowshipを得てRetinaFoundation(Boston,USA)でC.H.Dohlmanと研究(1960-1961).短期間の帰国ののち,RetinaFoundationのResearchAssoci-ate(1963-1965)を経て,ColumbiaUniversity(NewYork)で講師を務める(1965-1968).帰国後,東京大学眼科学教室講師(1968-1971),同眼科学教室主任教授(1971-1987),またこの間,同医学部付属病院病院長(1980-1983),医学部長(1983-1986)を務める.その後,東京厚生年金病院病院長(1987-1997)を務めた.1987年から東京大学名誉教授,NormanBethuneMedicalUniversity,Changchun,China名誉教授.1.学会および社会活動a.国内日本眼科学会評議員(1968-1989),同理事長(1977-1981),第92回日本眼科学会総会長.日本眼光学学会常務理事(1968-1992),同第8回学会長(1972).日本眼薬理学会設立者,同理事(1971-1988).眼科手術学会常務理事(1978-1987),日本緑内障学会設立者,同会長(1990-1998).日本アイバンク協会常務理事(1976-1995).日本医師会副会長(1986-1992),読売光と愛の事業団常務理事(1988-2003).行政機関の各種委員.全国医学部長病院長会議会長(1983).b.国外第23回国際眼科学会(InternationalCongressofOphthalmology)事務局長(1978),国際眼科学会の緑内障国際委員会(InternationalCommitteeofGlauco-ma)常務理事(1974-1990),第6回国際コンタクトレンズシンポジウム(InternationalContactLensSympo-sium)名誉会長(1986),アジア太平洋眼科学会(Asia-Paci.cAcademyofOphthalmology:APAO)会長(1991-1993),第13回APAO会長(1991),国際眼研究学会(InternationalSocietyforEyeResearch(lSER)創立メンバーおよび副会長(1974-1980),AcademiaOphthalmologicaInternationalis会員(1977-1996).アジアオセアニア医学連合会(ConfederationMedicalAssociationsofAsiaandOceania:CMAAO)評議員(1988-1992),世界医師連盟(WorldMedicalAssocia-tion:WMA)評議員会議長(1987-1992).2.学術誌編集委員編集長JapaneseJournalofOphthalmology(JJO)(1971-1991),臨床眼科(1971-1987).編集委員:ExperimentalEyeResearch(1970-1980),OphthalmicResearch(1970-1980),Graefe’sArchiveofClinicalExperimentalOphthalmology(1982-1992),SurveyofOphthalmology(1982-1992),CoreJournalsinOphthalmology(1977-1992),Asia-Paci.cJournalofOphthalmology(1989-),HistoriaOphthalmologicaIntemationalis(1997-).3.名.誉.会.員日本眼科学会,日本緑内障学会,AmericanAcade-myofOphthalmology,ISER,ContactLensAssociationofOphthalmologists(CLAO),AsianOceanicGlauco-maSociety,AcademiaOphthalmologicaInternationalis4.臨床・研究特筆すべき臨床業績:眼科における顕微鏡手術のパイオニア.日本での眼科顕微鏡手術,三島式顕微鏡手術用器具,トプコン手術用顕微鏡の開発.最初の眼科顕微鏡手術書出版(医学書院,1979).研究,臨床領域:角膜,緑内障,眼生理学・薬理学,Behcet病.5.招待講演・特別講演(図2)日本眼科学会特別講演:Physiologyandpathologyofthecornealendothelium.JJpnOphthalmolSoc77:1736,1973ConradBerensMemorialLecture:Pharmacologyofophthalmicsolutions.ContactIntraocularLensMedJ4:22,1978第8回FrederickVerhoe.Lecture:Behcet’sdis-easeinJapan,ophthalmologicaspects.TransAmOph-thalmolSoc77:225,1979ProctorLecture:Clinicalpharmacokineticsoftheeye.InvestOphthalmolVisSci21:504,1981DiagnosisandmanagementofglaucomaShahidDr.AlimMemorialLecture(TransOphthalmolSocBangl9:1,1981)第38回EdwardJacksonMemorialLecture:Clini-calinvestigationsonthecornealendothelium.AmJOphthalmol93:1,1982第12回JulesSteinLecture:Oculare.ectsofbeta-adrenergicagents.SurvOphthalmol127:187,1982CastroviejoLecture:Biomicroscopyusingpolarizedlight.Cornea1:187,1982deOcampoLecture:Pharmacologyofophthalmicsolutions.AsiaPaci.cJOphthalmoll:1,1989JulesFrancoisLecture:Cornealphysiologyincon-tactlenswear.JJpnContactLensSoc29:23,1987JulesFrancoisMedalAwardLecture:Codeofeth-icsanditspracticeinOphthalmology.JJpnOphthal-molSoc95:3,19916.その他東大退官後:三島濟一記念基金創設(1987)日本眼科学会百周年記念誌「日本眼科の歴史」(1997)編集.日本失明予防協会会長(1990-2000)7.上記の略歴ならびに業績についての補則三島先生は上述のごとくInstituteofLondon(ロンドン,イギリス)に留学され,Maurice先生と研究をされた.この際は単身赴任で日夜,英語の勉強に励まれ,風呂に入りながらも英語の勉強をされたそうである.ちなみに,私と新家眞先生が初めてAssociationforResearchinVisionandOphthalmology(ARVO)に参加した際,三島先生から紹介いただいてMaurice先生にお会いし,英語の不得手な私がどうしたらうまく発表できるかと質問したところ,「海にむかって原稿を100回読め」との回答であった.Maurice先生の英語は大変聞き取りづらいので,三島先生は必然的に英語の勉強をせざるを得なかったものと考えられる.その後,Colum-biaUniversityに異動された.この時点で,Dohlman先生をはじめ海外からの先生が米国で尊敬と地位を得られていることから,米国での研究生活を継続することを選択されたと考えられ,先生は日本眼科学会の会員継続を止められた.その後,鹿野信一東大眼科教授が定年を迎えられ,鹿野先生は「三島の海外での業績は素晴らし図2招待講演・特別講演での受賞メダル(退官記念誌から転載)①く,彼はそのまま米国での研究が良いとしているが,彼を渋る三島先生を説得して三島先生が鹿野教授の後任と以外には自分の後任としての東大眼科教授はいない」して着任された.当時,東大は大学紛争の終結に向かっ(鹿野先生から直接伺った表現のまま)ということで,帰国ていたとはいえ,三島先生はこうした大学を取り囲む状図2招待講演・特別講演での受賞メダル(退官記念誌から転載)②況に魅力を感じなかった可能性がある.東大眼科教授就た.三島先生の教室員指導は教授就任から病院長就任ま任後は東大医学部附属病院病院長,医学部長を歴任されでの期間であったようで,病院長就任以降は教室員指導(61)あたらしい眼科Vol.34,No.1,201761の時間が減少したとのことで,私自身は病院長就任以降は“JapaneseJournalofOphthalmology”などを介しての指導を受けたのみである.■研.究.業.績■三島先生の研究業績は角膜に関するものが主体となっているが,これらの根底には物理(光学),生理学,薬理学などの医学および数学の知識があった.三島先生以前の眼科研究は,眼科領域の知識に限定された基盤の上で構築されていたといっても良いのではないかと考えられる.角膜の厚み,透明性に関してはMaurice先生の角膜に関する研究があるものの,三島先生の研究は光学物理(屈折,反射,複屈折,偏光,屈折など),生理学,薬理学的知識を結集したものである.また,測定値,結果の検証には統計学を駆使している.ちなみに1950年代の日眼会誌の論文には,データの平均値,標準偏差および有意差検定結果がほとんど示されていなかった.■研.究.指.導■1.研究員の会私自身は昭和48年秋に東大眼科に入局した.当時の学会,臨床の状態は現在と大きく異なるものであった.臨床に関しては後述するが,paternalismが主体であり,研究倫理の概念はほとんどなかった.日本眼科学会での発表は学位論文の発表の場としての位置づけで,演題数は100演題を超える程度であり,各大学から概ね1演題,多い場合で2演題であった.東大眼科においては入局直後に文部教官となり,2年程度医局において外勤なしで月曜日から土曜日まで外来,病棟の両者で臨床研修を行い,その後,関連病院で臨床を継続する一方で,学位取得をめざして大学の研究員として研究を行うというシステムであった.すなわち,無給医局員はおらず,関連病院での勤務の間をぬって大学に戻って研究を行う.三島先生は「臨床が十分にできない人間には研究する意味がない.一方で研究は論理的でなければならないので,研究を行うことで臨床も論理的に考えることが可能となる」というお考えで,研究テーマを先生が与えるのではなく,せいぜい示唆する程度であった.研究のテーマ,方法に関しては角膜,緑内障,ぶどう膜炎,神経眼科などを専門とする助教授,講師の下で進めるシステムであった.一方で,研究員が参加する「研究員の会」を毎月開催し,毎回1名程度,研究員に何を行っているのかを発表させ,研究内容への助言および全体に共通する研究手法,実験方法に関しての講義を先生が自らされた.a.実験動物の扱い研究のモラルとして,動物の保護,虐待防止を重要視された.それらの内容は以下のごとくである.①家兎の実験では家兎を固定するためのステンレスの筒を使用してはいけない.これは筒の中で家兎が暴れると腰骨骨折を生じ,排尿困難から死亡することになるためとし,腰骨骨折を生じた場合には速やかに安楽死させること.したがって家兎はマニラ麻袋に入れて固定すること(麻袋で固定して麻酔を行うことなどは実際に行っていたようであるが必ずしも守られていなかった).②麻酔をかけた動物のそばから離れてはいけない.覚醒した際に動物が怪我をする可能性があるので,覚醒を確認してからケージに戻すこと.③失明状態で覚醒させてはいけない.失明した状態では覚醒前に安楽死させること.b.実.験.精.度研究員の会および実際の研究,論文作成に関しては以下のことを常に強調されておられた.①実験方法の適応と限界を知ること.②実験結果には一定の誤差があること,および再現性について常に考慮すること.すなわち,実験方法には測定原理に基づく解像度,精度があり,それについて考慮すること.たとえばGoldmannアプラネーショントノメータに関してはImbert-Ficklawを基本原理とし角膜曲率,角膜厚み,涙液量など一定の条件のもとでのみ適正な眼圧測定が行いうること,およびSchoetz眼圧計との比較を含めて説明された.また,こうした測定方法の優れた点としてキャリブレーション法が付随していることをあげられた.こうした内容は私(当時は医局員でresearchworkにはまだ距離があったが)にとっても非常に印象深く,その後の勉強になった.現在,我々が使用している装置の多くはdigital化されているが,その計測方法はほとんどblackboxであり,またキャリブレーション方法がない.ちなみにノンコンタクトトノメータはGolamannアプラネーショントノメータ測定値に近似するようにプログラム補正されている.Goldmannアプラネーショントノメータでの測定精度は1mmHgであり,5回程度測定した場合に平均±標準偏差に関する統計値として10.1mmHgで表示が可能となることも講義のなかで示された.統計処理に関しては前述のごとく,当時,平均±標準偏差,c2検定などが導入されはじめた時代である.有意差検定を行う場合,母集団が正規分布しているとの前提条件の下で可能な統計処理であり,2群間の比較では両群の分布が同じであることの検定(F検定)を行う必要がある.c2検定を含めて少数例の場合,欠損値の扱いなどもあってむずかしい講義であった.したがって,講義のあとは自分でとにかく勉強せざるを得なかった.こうしたデータ処理,統計処理に関しても基本から学ぶことの重要性を三島先生は繰り返し講義された.c.論文の作成我々はいわゆる論文博士として学位を取得した.その学位論文は自分で取りあえずは書くことは書いたが,結果的にすべて三島先生が引用文献をもとに作成してJJOに掲載または日眼会誌に掲載されて学位授与を受けた.論文の書き方についても研究員の会で講義があり,かつ,こうした論文指導のなかで論文作成について非常に多くのことを学ぶことができた.論文構成はさまざまな形式があるが三島先生流はある意味で単純明快である.論文構成を①諸言,②対象と方法,③結果,④考按に分けるのは通常どおりである.①諸言では,現在まで解明されていることおよび未解明の点を記載し,その未解明のどの部分を解明するために研究を行ったのかについて簡潔に記載する.②対象と方法では,対象の選択,方法をわかりやすく順序立てて記載する.この「順序立て」というのは実際に行った実験などの順番ではなく,目的を解明するのに適した順序立てという意味である.③結果では,方法で記載した実験の順番にしたがって記載する.本文と図表の記載の重複は可能な限り行わず,結果を図表にわかりやすくまとめ,そのまとめを本文に記載する.④考按では,対象と研究方法が研究目的に合致したものであること,研究方法の適応の妥当性として精度(誤差),限界を記載し,得られた結果が既報とどのように同じであるのか,異なるのかを記載し,結果として新知見とそれにより研究目的を達成できたことを明確に記載する.ちなみに論文作成の順番は②③④①の順で考えるのが良いとするものである.すなわち①諸言はもっともむずかしい部分であり,②対象と方法,および③結果は実験ノートを基に記載すれば良いので容易である.④考按は本来,研究を始める前に既報を十分に検討し(文献整理),研究仮説,研究デザインを整理しておき,結果により事前の研究仮説の修正を行う作業ということになる.もちろんこうした論文指導に際しては,略語の扱い,図表の作成法など細かい点にまで講義があった.さらに,negativedataの研究結果は論文にはできないというのが三島先生のお考えであった.その理由としては得られた結果が科学的「真」ではない可能性がある場合や研究方法の精度,妥当性に問題がある場合などがあることをあげられた.一方でnegativedataはそれ自体意味があるとの考え方もしばしばあり,私自身はnegativedataからなる論文の扱いには常に悩むところである.d.講.演.発.表講演は参加者の時間を束縛しているので,無駄なく割当て時間内で発表を終えること.発表内容は,①目的,②方法,③結果と解釈,④結論にまとめ,研究内容を網羅的に述べるのではなく,聴衆に聴いてもらいたい内容に絞り込む.内容の絞り込みの重要性とコツとして,①発表内容は最低3分で1つテーマとし,それ以上のテーマを盛り込まない.②1枚のスライドは6.8行以内とし,スライドに記載した内容はすべて読むようにする(したがってスライド枚数は講演時間7分であれば10枚前後).③略語は必ずスライド内に小さい文字でよいので記載する.これは会場で略語の説明を聞き洩らした場合でも略語の意味がわかるようにとの配慮である.④スライドにはnegativedata(正常範囲にある項目,数値なども含む)を記載せず,目的,結論に直結するpositivedataのみで構成する.これらを厳守することでスマートな発表となる,とされた.学会予演会(必ずしも三島先生が出席することはないが,毎週水曜日の朝の医局カンファランスにはよほどのことがない限り欠席されなかった)では上記の事項に関して厳しい指導があった.後日譚.三島先生が日本眼科学会百周年記念講演をされる際に,事前にスライドを拝見する機会があった.講演時間に対してスライド枚数が多く,そのことを申し上げたところ(生意気なことをいうな,という表情もされずに)「実はそうなんだ.家人を相手に何度か予行をしてみたが,どうしても枚数を削れないので,学会に申し出て時間の延長を依頼してある」とのお話.私の不躾な物言いに不愉快な対応もされず,かつ三島先生がご家庭で予行をされておられたということで,私はあらためて「偉い方は違う」と得心をした.図3Mishima.Hedbys法の角膜厚測定器(トプコン社製)私も自分としてはそれなりに注意して文章を書いてはいるが,他人からの修正意見に対して,不快に思うことがあるときもあるが,他人はそのように思っている,受け取っているのだと冷静に受け止め,再度,検討するように努力するようになった.2.実験装置の開発研究はそれまで解明されていないことを解明することが目的であるので場合により,実験装置そのものを考案することも必要であるという教えであった.自身がEyeResearchInstitute(Boston,MA,USA)におられた頃,Instituteには実験器具を工作する部門があり,そこで旋盤などを使い器具を試作したりしておられたとのことである.後年,私自身がEyeResearchInstituteに留学した際には,まだ工作部門があり,全眼球状態のドナーの角膜内皮細胞を観察する「ホールアイチェンバー」を実際に試作することができた.実際,三島先生は自分の研究目的に合せて器具を開発されてきておられる.そのいくつかを紹介する.その根幹には非または低侵襲性検査法の開発,精度の向上という概念が常にあった.a.角膜厚測定に関するMishima.Hedbys法(図3)Mishima-Hedbys法はHaag-Streit社のDepthmeter(角膜厚みおよび前房深度測定の2器具がある)の角膜厚測定器が角膜中央へのアライメントを可能にするように改良したものである.これによるcornealthicknessに関するreviewは現在でも角膜厚を研究する場合の必読書である.角膜厚測定法としてはスペキュラーマイクロスコピー,そして近年の共焦点生体顕微鏡,前眼部光断層計(AS-OCT)による光学測定法と超音波測定法とに大別されるが,それらの測定法に内在する測定精度(解像度),シグナル処理法を理解したうえで測定結果を扱う必要性があることをこのreviewは教えてくれる.b.Specularmicroscope角膜内皮面と房水との密度の異なる部位で光が全反射する現象により角膜内皮細胞が細隙灯顕微鏡で観察できることはA.Vogt先生のアトラスで示されている.この原理に基づいてMaurice先生がSpecularmicroscopeを発表した.三島先生は臨床に応用しやすい装置の開発を研究員であった佐藤孜先生とトプコンに指示された.本装置の開発により,屈折矯正手術としての角膜表裏面切開術(佐藤氏手術:放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)後の10数年後に高頻度で晩発性水疱性角膜症を発症する病態,白内障術後(当時は水晶体.内摘出術)の角膜内皮障害の病態が明らかになり,角膜内皮細胞の臨床研究分野でわが国は大きな貢献をした.c.Fluorophotometer角膜にフルオレセインを投与し,前房内のフルオレセイン濃度を経時的に計測し眼内の生理学を検討する方法がMaurice先生,三島先生らにより海外で行われていた.使用されていた装置での眼内フルオレセイン濃度の測定値は電流計のようなメーターで出力され,使用しにくいものであった.この装置の原理に基づいて,前眼部フルオロフォトメータを私と新家先生とトプコンで近代的なdigital出力機能を有する装置の開発とフルオセイン内服による検査法の開発を行うことの指示があった.検査方法としては角膜へのイオントフォレーシス法があった.この方法はフルオレセインが無機のまま代謝されない点で単純であるが,角膜にフルオレセインを直接投与することでの臨床的問題と,投与部に高濃度のフルオレセインが貯留していることの問題があり,この点をクリアするうえで内服法が優れているというのが三島先生の考えである.しかし,着手してみると,内服法での問題は,内服されたフルオレセインが代謝され,ほとんどがグルクロナイドフルオレセインとなるため,角膜に直接投与されたフルオレセインと異なり,蛍光強度の違い(グルクロナイドフルオレセインとフリーのフルオレセインとでは蛍光強度が10倍程度前者が弱い),さらに両者の眼内動態での変化を検討する必要があること.測定変数と求めたい眼内物質の生理学的移行に関する係数(移行係数など:正解肢)の数が後者のほうが一つ多いために,眼内薬理動態の理論式にあてはめつつも正解肢が得られないなどの問題があった.この研究を通して筆者らはフルオレセインの希釈,代謝に関する技術と知識,および薬理動態理論式に基づく正解肢を近似値として求めるために東大大型計算機センターの利用を含めて学ぶことができた.こうした研究方法の開発により新たなデータが得られた.d.薬物動態の検討,自律神経作動薬を利用した研究瞳孔反応が自律神経によって支配されていることは眼科医にとってはあたり前の知識である.一方で点眼薬は眼科医の専門分野であり,点眼薬の眼内移行は治療のうえで大事な因子である.点眼薬が眼内に取り込まれるには眼表面で涙液に溶解し,おもに角膜を透過して眼内に移行する.三島先生は涙液の研究および角膜の研究を通して豊富な知識を有しておられた.角膜前涙液層は油層,漿液層,ムチン層で構成され,角膜は上皮層と内皮層とが脂溶性,実質が水溶性の性質を有している.こうした薬物親和性に基づいて点眼薬は眼内に移行するが,点眼薬の眼内移行をどのように検討するかについて,三島先生は自律神経作動薬を使用し,点眼後の瞳孔反応を赤外線フィルムを用いて計測することで評価する方法を開発された.これは長滝先生,菅谷先生らがピロカルピンの濃度,粘性を変化させて瞳孔の反応量(曲線)を計測することで新知見を得た.すなわち,薬物の眼内移行には薬物の濃度と薬物の眼表面との接触時間とが重要な因子であり,濃度を上げると瞳孔反応曲線のピークが上昇するが,ピークに達するまでの時間(ピークタイム)は変化しない.一方,薬物の粘性を上げて角膜との接触時間を延長すると,反応曲線のピークタイムはグラフの右側にシフトしかつ反応量(areaunderthecurve)が結果として増大するとの結論である.したがって,眼内移行濃度を増大させるのには薬剤の濃度を上げるのか,溶解液の粘性を上げるのかを薬剤によって選択することの理論的裏付け,重要性が明確になった.また,5分間隔以上あけての点眼により反応量を効果的に増加させうることなどが明らかになった.■臨.床.指.導■1.成書に基づく知識の整理臨床で大事なことは基礎的知識であり,そのためには成書を読むことが重要であることを力説された.成書としてはたとえば,“Adler’sPhysiologyoftheEye”,“SirDuke-ElderAtextbookofOphthalmology”などである.Adlerはその内容に理解できない箇所も多かったが読み通すことはできた.さすがにDuke-Elderの通読は無理であるが,外来などで遭遇した症例に関してはDuke-Elderで確認しておき,関連があるときに,「これこれの記載でした」と申し上げると納得していただけた.三島眼科教室では入局年次に関係なく,出典,根拠さえ明確に示すことができれば入局1年生であっても意見を申し述べ,かつ尊重していただけた.これは小澤助教授,大庭,谷島,増田各講師も同様で,何となく生意気なことをいっていると思われている感じはあったが,とにかく受入れてくださり,頭ごなしに否定されるようなことはなかった.こうした教室の雰囲気が若い医局員に成書や原著論文を読む動機づけになったと考えられる.2.診療東大眼科にはpaternalismを基盤とする石原忍先生の教えがある.その内容は優れたものであり,三島先生も概ねそれに沿って臨床を実践され,我々を導いておられた.患者に対して丁寧に対応をされるが,毅然とした態度で従わせる面があった.また,患者の病状を優先させるが,患者の社会的背景にも十分に配慮した診察を実践された.3.手術適応,術式手術適応,術式に関しては正しい根拠に基づいていれば,手術結果,成績が悪い場合でも許容されるべきであるとの教えである.1例として,ぶどう膜炎患者で白内障を合併し,白内障術後,水晶体皮質の残存が多くあった症例では,病変があるからといって追加手術などを考えると失明,眼球癆に陥ることがあるということを教えられた.その患者は私がその後30年程度拝見することとなったが,何とか光覚弁は維持できていた.■臨床での新しい取組み■1.顕微鏡手術の導入a.手術用顕微鏡の開発(図4)昭和45年(1960)前後頃はまだ顕微鏡下手術は一般的ではなく,鹿野教授は手術用手袋をすると感覚が鈍るということで,素手で手術をされておられたと伺っている.三島先生は私が入局した昭和48年(1973)前後かaら顕微鏡手術に舵をきられ,当時Zeissの手術用顕微鏡で手術を行う一方で,トプコンと手術用顕微鏡の開発に着手された.三島先生曰く,ergonomicsに基づく装置を開発する必要がある.すなわち,日本人の体格にあった装置ということである.日本人は腕が短いので接眼レンズと対物レンズの焦点の距離を短くする(図4b),瞳孔距離も58mm以下に対応できるようにするなどである.b.顕微鏡手術用器具の開発(図5,6)欧米ではすでに顕微鏡手術が導入され,それに対応する手術器具が開発されていた.三島先生はいわゆる三島bc図4手術用顕微鏡(TOPCONOMS.100)a:手術は水晶体.内摘出術で白内障をクライオ装置で摘出している状態.b:日本人の体格にあわせてworkingdistanceを短く設計していることを示している.c:手術は先天白内障に対する三島先生考案の水晶体吸引術.術者は三島先生,助手は筆者.(TOPCON手術用顕微鏡OMS-100カタログより引用)図5顕微鏡手術用器具上が結膜ユーティリティー,下が角膜鑷子.式角膜鑷子,結膜鑷子,角膜剪刀,結膜剪刀,レザーホルダーなどをはんだやを中心に作製させ,東大眼科で使用していた.・水晶体吸引装置軟性白内障に対する水晶体吸引装置を試作された.吸引器具と前房内灌流器具による2手法である.吸引器具は比較的シンプルなもので,手術室に配管されている陰圧装置を減圧し,さらに吸引器具の側面に空けた穴を指で調節して陰圧のコントロールをする.どの程度の陰圧が適切かということで配管陰圧,減圧瓶などでの陰圧を測定し,調節して使用するものである.眼科の知識の乏しい私などは外回りとして吸引圧などの調査,調整をさせられた記憶がある.水晶体吸引に必要な陰圧は50.100mmHg程度であったと記憶しているが,実際に手術室配管の陰圧はその10倍以上であったような記憶がある.■病態生理,とくに術後の病態生理■術後を中心とした病態生理の臨床研究は,手術を単に技術として捉える従来の考え方とは異なるものであり,わが国の眼科が世界に貢献できた分野であると考えられる.この新たな臨床病態に関する考え方と,三島先生の下での新たな非侵襲的臨床検査法との組合せにより得られる結果はすべて新知見であり,この時期医局に在籍した者は苦労せずに論文作成が可能であった.1.プロスタグランジン(PGs)などの炎症伝達物質(chemicalmediators)と非ステロイド性消炎薬(NSAIDs)三島先生の下,プロスタグランジン(PGs)と非ステ図6顕微鏡手術用器具上図は水晶体吸引器具.下図は水晶体吸引術中顕微鏡写真.ロイド性消炎薬(NSAIDs)に関する臨床研究は,現在の内眼手術の進歩に大きな貢献をした.PGsは当初虹彩炎などの研究でIrinとよばれ,伊沢保穂先生らが研究対象とされその後,これがPGsと同一のものであるとされた.a.水晶体吸引術とNSAIDsIrin=PGsは縮瞳作用があり,術中に縮瞳を生じると手術操作が困難となる軟性白内障に対する水晶体吸引術での術中縮瞳を抑制するために,PGs生合成阻害薬であるNSAIDsとして最初にアスピリンの術前内服療法を行った.ただし,アスピリンの眼内移行が悪いのか,薬理作用が悪いのか,いずれにせよ,有効性は得られなかった.ついでインドメタシンの点眼による臨床試験を行うこととなった.インドメタシンは水溶性が低いために,ひまし油に懸濁(東大病院薬剤部が調整)して術前にアトロピン,ミドリン点眼と併用することとした.術中縮瞳率の測定は前房深度が一定に保持できないためにむずかしく,また対象が小児であるため術後の瞳孔の癒着の程度なども含めて有効性の評価を行い,有効であるとの結果を得た.図7JAPANESEJOURNALOFOPHTHALOLOGY創刊号の表紙b.白内障術後炎症に対するインドメタシン点眼の臨床試験軟性白内障手術でのインドメタシンの有効性の結果を受けて,インドメタシン術前点眼の有用性を増田寛次郎先生の下,望月學先生と私とが薬理効果の仮説も理解できないまま担当した.インドメタシン点眼薬の実薬とプラセボーの割り付けは増田先生が行い(このため点眼瓶には.と記載されたためにマルM点眼とよばれた),術前術後の眼内炎症について細隙灯顕微鏡でのフレアとセル評価を望月先生,角膜厚測定と赤外線フィルムによる瞳孔径測定を澤が担当した.術後1週間2人で毎日これらの検査と行ったために2人とも約1年間は東京を離れたことはなかったと記憶している.この臨床研究により,三島先生の非侵襲的検査法の意義が示された.瞳孔径測定は現像したフィルムを使用してコンパレータとよばれる実体顕微鏡で測定を行う.この臨床研究は現在,内眼手術で汎用されているNSAIDs点眼の世界初の報告である.c.フルオロフォトメトリーによる臨床研究フルオレセイン内服法による角膜内皮透過性,房水産生に関する生理学的研究では,房水中へのフルオセイン漏出と希釈の時系列解析による術後炎症の評価,緑内障薬の薬理効果などに関して高瀬正彌先生,新家先生らを中心に新たな知見が得られることとなった.d.スペキュラーマイクロスコープによる臨床研究スペキュラーマイクロスコープによる角膜移植,白内障術後の角膜内皮細胞の病態生理に関しては,Mishi-ma-Hedbys法による角膜厚測定と組み合わせることにより,谷島輝雄先生を中心とする角膜グループ(木村内子,佐藤孜,矢野眞知子,澤,神鳥高世ら)により多くの新知見が報告された.■日本の眼科の育成,海外への情報発信■“JapaneseJournalofOphthalmology”(JJO)(図7)の創刊は1957年(当時の東大眼科は萩原朗教授)である.三島先生はJJO中興の祖ともいうべき存在である.先生は海外での研究生活を通して,英語で発表しない限り業績として通用しないとの信念を有しておられた.(ちなみに,当時病歴は日本語とともにドイツ語的単語と英語の混じった記載があったが,日本語と英単語で記載するように指導された)したがって,わが国の優れた邦文論文を海外に紹介する手段としてJJOを考えておられた.私どもの学位論文の多くは前述のごとく三島先生の口述を筆記し,清書してJJOに掲載することで作成されていた.また,他大学の眼科教授も三島先生の英文の口述を基にJJO掲載論文を作成し得ていた.こうした口述筆記は概ね,休日の教授室で行われており,その英文のeditingはMrs.BettyParkerが長年担当されておられた.筆者ら下っ端の医局員はMrs.Parkerから文献探し(当時はPubMedなどというものはなく,IndexMedicusという文献集が唯一であり,それらを丹念に調べる必要があった)の依頼があったり,ときに三島先生が不在のときに眼科的記載の妥当性などを尋ねられるということがあった.Mrs.Parkerは米国で新聞社勤務の経験があり,結婚後,夫君の仕事でインドでの生活経験のほか,戦後早くから日本での生活を送られ,美智子妃殿下との軽井沢でのテニスの経験などをその後伺うことができた.Mrs.Parker一家の戦後の日本の生活がテレビ番組で放映されたことがある(日眼にはそのビデオがあるのではないかと思う).私がお会いしたころはある程度,お歳を召しておられたが美人であり,若い時代の映像ではより美人であった.余談になるが,その後,三島先生没後,ご夫婦が晩年,体調不良になった折など,阪大の田野教授も受診に際していろいろ配慮してくださったことを記させていただく.三島先生はJJOの発刊がせまると(当時季刊誌),日常の多忙に加えてさらに忙しくなり,険しい顔でMrs.Parkerと教授室で取り組まれ,しばしば面会謝絶の札をかけられていた.このJJOの仕事は病院長,医学部長になられても継続されておられた.謝辞:本稿執筆の機会を賜った木下茂京都府立医科大学教授,資料の提供をいただいた相原一東大眼科教授,伊沢保穂先生,杉井杏里紗,磯部真純東大眼科秘書に深謝申し上げます.三島先生関連の文献(三島先生は教授就任以後は共著者になることをかなり控えておられた.以下は三島先生退官記念誌などからのものである.)三島先生論文リスト(抜粋)和文論文1)三島済一:家兎角膜上皮の細胞分裂について.日本眼科学会雑誌58:1678-1683,19542)三島済一:角膜に対する三文神経支配の意義について第一報.第一部.頭蓋腔内に於ける三又神経第一枝の切断法及びその後の眼変化について.日本眼科学会雑誌59:201-205,19553)三島済一:角膜に対する三叉神経支配の意義について第一報,第二部,三文神経第一枝が切断された場合の角膜創傷治癒機転について.日本眼科学会雑誌59:205-213,19554)三島済一:角膜に対する三文神経支配の意義について第二報.家兎角膜上皮の細胞分裂に対する神経の影響について.日本眼科学会雑誌59:1073-1083,19555)三島済一:角膜に対する交感神経支配の意義について;家兎角膜上皮の細胞分裂に及ぼす影響.日本眼科学会雑誌61:137-143,19576)三島済一:眼の生体顕微鏡検査に対する偏光の応用について.日本眼科学会雑誌61:461-465,19577)三島済一:偏光を用いた生体顕微鏡による健常人眼の観察其のI.角膜の所謂黒十字及び干渉色について.日本眼科学会雑誌62:38C-384,19588)三島済一:偏光を用いた生体顕微鏡による健常人眼の観察其の2.角膜の線維構造について一.日本眼科学会雑誌62:492-497,19589)三島済一:偏光を応用した眼の生体顕微鏡検査の理論その1.標準観察法と装置.臨床眼科52:926-928,195810)三島済一:偏光を応用した眼の生体顕微鏡検査の理論その2.等方性媒質の観察.臨床眼科53:140-142,195911)三島済一:偏光を応用した眼の生体顕微鏡検査の理論その3.透明な異方性結晶の薄片の観察.臨床眼科53:257-260,195912)三島済一:偏光を応用した眼の生体顕微鏡検査の理論その4.結合組織繊維の観察.臨床眼科53:364-367,195913)三島済一:偏光を用いた生体顕微鏡による健常人眼の観察其の3.角膜輪部及び結膜下組織.臨床眼科53:688-691,195914)三島済一:角膜の透過性について.眼科紀要19:1231-1240,196815)三島済一:角膜の厚さ維持の機構.眼科紀要19:1241-1249,196816)三島済一:コンタクトレンズと角膜の生理(第14回日本コンタクトレンズ学会特別講演).日本コンタクトレンズ学会誌12:138152,197017)三島済一,高瀬正弥:抗コリンエステラーゼ剤UBRETID点眼後の眼内移行と前房蛋白量変化について.臨床眼科64:406-411,197018)三島済一,服部英二,山内秀泰:生体内での角膜透過性の測定.日本眼科学会雑誌75(鹿野記念号):198-203,197119)三島済一:角膜実質の電解質量とその実質膨潤時の変化.日本眼科学会雑誌75(鹿野記念号):224-235,197120)三島済一,MauriceDM:生体内角膜内皮のフレオレスセインに対する透過性の測定法.日本眼科学会雑誌75(鹿野記念号):236-243,197121)山内秀泰,三島済一:摘出家兎角膜酸素消費速度に及ぼす5-AMP及びFADの影響.日本眼科学会雑誌75(鹿野記念号):244-251,197122)増田寛次郎,渋谷英美,三島済一:Behcet病前房水中の多核白血球滋走活性の経時的変化.臨床眼科66:734-737,197223)三島済一:試作したMicrosurgery用手術器具とその使用法について.日本眼科学会雑誌77:273-280,197324)三島済一:角膜内皮細胞層の生理と病理.日本眼科学会雑誌77:1736-1759,197325)三島済一:網膜色素変性症の臨床・病因・疫学に関する研究.厚生省特定疾患・網膜色素変性症調査研究班(班長).昭和49年度研究報告書.197526)三島済一:網膜色素変性症の臨床・病因・疫学に関する研究.厚生省特定疾患・網膜色素変性症調査研究班(班長).昭和50年度研究報告書.197627)三島済一:眼科顕微鏡手術のための器具設計について.医科器械学雑46:390-393,197628)三島済一:網膜色素変性症の臨床・病因・疫学に関する研究.厚生省特定疾患・網膜色素変性症調査研究班(班長).昭和51年度研究報告書,197729)三島済一,北澤克明,堀江武,他:PilocarpineOcusertの臨床評価ピロカルピン点眼剤との同一患者の左右眼での比較.臨床眼科72:810-815,197830)三島済一,土方清乃,伊沢保穂,他:Behcet病の視力予後免疫抑制剤の効果.厚生省特定疾患Behcet病調査研究班.昭和53年度研究業績.119-125,197831)三島済一:軟性白内障の吸引.眼科顕微鏡手術148-152,編集:三島済一,医学書院,197932)三島済一,東郁郎,相沢束,他:Pilocarpineにより眼圧調整されている高眼圧症および原発開放隅角緑内障患者に対するTimololの臨床評価.二重盲検試験による検討.臨床評価8:789-820,198033)三島済一,東郁郎,高瀬正弥:Bupranolol点,眼液による緑内障治療成績.臨床眼科74:1170-1185,198034)三島済一:角膜に関する最近の知見.眼科紀要32:13-21,198135)三島済一:角膜涙液の生理学.眼科MOOK15:22-31,金原出版,198136)江口甲一郎,三宅謙作,三島済一,他:インドメタシン油性点眼の術後炎症消炎効果二重盲検法による白内障全摘出術後の消炎効果について.日本眼科学会雑誌86:2198-2212,198237)小室優一,松元俊,白土城照,三島済一:前房内浮遊物の自動計測装置の開発.日本眼科学会雑誌89:556-561,1985英文論文1)MishimaS:Thee.ectsofthedenervationandthestimu-lationofthesympatheticandthetrigeminalnerveonthemitoticrateofthecornealepitheliumintherabbit.JpnJOphthalmol1:65-73,19572)MishimaS:Thebiomicroscopyofthehumaneyeusingpolarizedlight:Findingsinnormalcornea.JpnJOphthal-mol2:182-192,19583)MishimaS,MauriceDM:Theoilylayerofthetear.lmandevaporationfromthecornealsurface.ExpEyeRes1:39-45,19614)MishimaS,MauriceDM:Thee.ectofnormalevapora-tionontheeye.ExpEyeRes1:46-52,19615)MauriceDM,MishimaS:Evaporationfromthecornealsurface.JPhysiol155:49-50,19616)HedbysBO,MishimaS:Flowofwaterinthecornealstroma.ExpEyeRes1:262-275,19627)DohlmanCH,HedbysBO,MishimaS:Theswellingpres-sureofthecornealstroma.InvestOphthalmol1:158-162,19628)HedbysBO,MishimaS,MauriceDM:Theimbibitionpressureofthecornealstroma.ExpEyeRes2:99-111,19639)MishimaS:Somephysiologicalaspectsoftheprecornealtear.lm.ArchOphthalmol73:233-241,196510)BrownSI,MishimaS:Thee.ectofintralamellarwater-impermeablemembranesoncornealhydration.ArchOph-thalmol76:702-708,196611)HedbysBO,MishimaS:Thethickness-hydrationrela-tionshipofthecornea.ExpEyeRes5:221-228,196612)MishimaS,GassetA,KlyceSDetal:Determmationoftearvolumeandtear.ow.InvestOphthalmol5:264-276,196613)StanleyJA,MishimaS,KlyceSDJr:Invivodetermina-tionofendothelialpermeabilitytowater.InvestOphthal-mol5:371-377,196614)MishimaS,HedbysBO:Thepermeabilityofthecornealepitheliumandendotheliumtowater.ExpEyeRes6:10-32,196715)MishimaS,KudoT:InvitroincubationofrabbitcorneaInvestOphthalmol6:329-339,196716)Baum,JL,MishimaS,Borucho.A:OnthenatureofDel-len.ArchOphthalmol79:657-662,196817)MishimaS,HedbysBO:Measurementofcornealthick-nesswiththeHaagStreitpachometer.ArchOphthalmol80:710-713,196818)MishimaS,HedbysBO:Physiologyofthecornea.InternOphthalmolClinics8:527-560,196819)MishimaS,TrenberthSM:Permeabilityofthecornealendotheliumtononelectrolytes.InvestOphthalmol7:34-43,196820)TrenberthSM,MishimaS:Thee.ectofouabainontherabbitcornealendothelium.InvestOphthalmol7:44-52,196821)KayeGI,MishimaS,ColeJDetal:Studiesonthecornea.VII.E.ectsofperfusionwithaCa++-freemediumonthecornealendothelium.InvestOphthalmol7:53-66,196822)MishimaS:Cornealthickness.SurvOphthalmol13:57-96,196823)MishimaS,KayeGI,TakahashiGHetal:Thefunctionofthecornealendotheliumintheregulationofcornealhydration.THECORNEA・Amacromolecularorganizationofaconnectivetissue207-235,edt.M.E.Langham,JohnsHopkinsPress,BaltimoreandLondon,196924)FarrisRL,KubotaZ,MishimaS:Epithehaldecompensa-tionwithcornealcontactlenswear.ArchOphthalmol85:651-660,197125)MishimaS,HattoriE,YarnanouchiH:Invivodetermina-tionofthecornealpermeability.JpnJOphthalmol15:183-191,197126)TakaseM,MishimaS:Proteincontentoftheaqueoushumorofthelivingrabbit.JpnJOphthalmol16:67-76,197227)MasudaK,IzawaY,MishimaS:Prostaglandinsanduve-itis:Apreliminaryreport.JpnJOphthalmol17:166-170,197328)MasudaK,MishimaS:E.ectsofprostaglandinsonin.owandout.owoftheaqueoushumorinrabbits.JpnJOph-thalmol17:300-309,197329)OtaY,MishimaS,MauriceDM:Endothelialpermeabilityofthelivingcorneato.uorescein.InvestOphthalmol13:945-949,197430)YoshidaS,MishimaS:Apharmacokineticanalysisofthepupilresponsetotopicalpilocarpineandtropicamide.JpnJOphthalmol19:121-138,197531)MasudaK,IzawaY,MishimaS:Prostaglandinsandglau-comatocycliticcrisis.JpnJOphthalmol19:368-375,197532)NagatakiS,MishimaS:Aqueoushumordynamicsinglaucomato-cycliticcrisis.InvestOphthalmol15:365-370,197633)MishimaS:ApharmacokineticanalysisofthepupilresponsestopilocarpineandtropicamideTHESOFTCONTACTLENSES.TheSecondInternationalMedicalSymposium.edt.MishimaS.,110-ll7,197634)TamuraT,UenoK,MishimaS:E.ectsoftopicalisopro-terenolontheciliaryepitheliumofrabbiteye;anelectronmicroscopicstudy.THESTRUCTUREOFTHEEYEIII,111-118,edt.Yamada,E.andMishima,S.,PublishedbyJpnJOphthalmol197635)MishimaS,OtaY,TanishimaT:ThecornealulcersinJapan:EtiologyandManagement.TransAsia-Paci.cAcadOphthalmol6:225-229,197636)SawaM,MasudaK,MishimaS:Topicalindomethacininsoftcataractaspiration.TransAsia-Paci.cAcadOphthal-mol6:359-362,197637)TaninoT,OhbaN,MishimaS:UntersuchungenzurReti-nopathiaPigmentosa(StatistischeAnalysevonPerimeter-befunden).KlinMblAugenheilk170:808-813,197738)MishimaS,TakizawaS:Developmentinmicroscopedesigns.AdvOphthalmol37:4-10,197839)MishimaS,NagatakiS:Pharmacologyofophthalmicsolu-tions.(ConradBerensMemorialLecture)ContactIntraocu-larLensMedJ4:22-46,197840)MochizukiM,MishimaS:Theadrenergice.ectsoncyclicAMPandtensionofthesphincterpupillaeoftherabbit.DocumOphthalmolProcSeries18:353361,197941)SatoT,OtaY,KimuraCetal:Theendotheliumofthecornealgraft:Morphologicalandfunctionalaspects.DocumOphthalmolProcSeries20:73-81,197942)MishimaS,TamuraT,TakaseMetal:E.ectsofadren-ergicdrugsontheeye:Someexperimentalstudies.Glau-comaUpdate,159-168,edt.Krieglstein,G.K.andLeyd-hecker,W.,Springer・Verlag,Berlin,Heidelberg,197943)MishimaS,MasudaK:Prostaglandinsandtheeye:Areviewonclinicalimplications.MetabolPediatOphthalmol3:179-186,197944)MishimaS,MasudaK,IzawaYetal:Behcet’sdiseaseinJapan:Ophthalmologicaspects.(The8thFrederickH.Verhoe.Lecture)TransAmOphthalmolSoc77:225-279,197945)NagatakiS,MishimaS:Pharmacokineticsofinstilleddrugsinthehumaneye.InternOphthalmolClinics20:33-49,198046)AraieM,SawaM,NagatakiSetal:Aqueoushumordynamicsinmanasstudiedbyoral.uorescein.JpnJOphthalmol24:346-362,198047)MishimaS:Injuriestotheirisandcornealendotheliuminintraocularsurgeries.DevOphthalmol1:29-41,198148)MishimaS:Clinicalpharmacokineticsoftheeye.(ProctorLecture)InvestOphthalmolVisSci21:504-541,198149)MishimaS:Diagnosisandmanagementofglaucoma.(Sha-hidDr.AlimMemorialLecture)TransOphthalmolSocBang9:1-6,198150)MishimaS:Currentsurgeryforopenangleglaucoma.TransAsia-Paci.cAcadOphthalmol8:138-142.198151)MishimaS:Clinicalinvestigationsofthecornealendothe-lium.(XXXVIIIEdwardJacksonMemorialLecture)AmJOphthalmol93:1-29,198252)MishimaS:Clinicalinvestigationsonthecornealendothe-lium.Ophthalmology89:525-530,198253)MishimaS:Oculare.ectsofbeta-adrenergicagents.(XIIJulesSteinLecture)SurvOphthalmol27:187-208,198254)MishimaS:Biomicroscopyusingpolarizedlight.(Castro-viejoLecture)Cornea1:187-194,198255)ShiratoS,KitazawaY,MishimaS:Acriticalanalysisofthetrabeculectomyresultsbyaprospectivefollow-updesign.Jpn.J.Ophthalmol26:468480,198256)MishimaS:Treatmentofopen-angleglaucoma.TransAsia-Paci.cAcadOphthalmol9:139-146,198357)MishimaS,TakaseM,AraieMetal:Beta-adrenergicagonistsandantagonists:Clinicalpharmacokinetics.Glau-comaUpdateII.1114,edt.KrieglsteinGKandLeydheck-erW,Springer-Verlag,198358)MauriceDM,MishimaS:Ocularpharmacokinetics.Phar-macologyoftheEye:HandbookofExperimentalPharma-cology69:19-116,edt.Sears,M.L.,Springer-Verlag,Ber-lin,Heidelberg,198459)MishimaS:Cornealendotheliumandpenetratingkerato-plasty.EyeScience2:12-15,1986.三島濟一先生の思い出松元俊(東京逓信病院眼科部長)はじめに三島済一東京大学名誉教授の教えおよびその人となりについて私の経験したことを中心に記載する.まず,三島「さいいち」の名前の表記であるが,通常は「済」の字を使っておられたのだが,文献によっては「濟」の字が使われている1).正式には後者のようだが,生前にご本人にお聞きしたところ,「『済』でよい」とのことであった.ワープロの漢字変換機能が不十分だった頃のことなので,実利を取られたのだろうが,陋習に囚われない合理的な考えの持ち主であった.先生の業績は一冊の本では書ききれないほど多く,その分野も多岐にわたっているので,ここでは,合理的思考を彷彿とさせる,英語論文と眼科手術の開発について紹介したい.■英.語.論.文■“JapaneseJournalofOphthalmology”(JJO)は1957年に萩原朗教授が創刊した2)わが国唯一の英文眼科雑誌であるが,この編集は歴代の東大眼科教授に引き継がれ,三島先生も1971.1992年の教授在職中に編集長の任に当たっていた.当時,BettyParker女史が英語表現の手助けをしていたが,三島先生自身も英語に堪能で,掲載が決まった論文の英文を著者と膝を交えて修正する光景が良く見られた.これは大学眼科教授が著者であっても例外ではなく,教授室で面談しては投稿時の英文を容赦なく修正していた.その意図は,「せっかく内容の高い論文なので,英文表現の問題で評価が低くなることは何としてでも避けたい」というものであったのだろう.もちろん東大眼科教室員に対してはもっと厳しく,一応英文で原稿を書いて持って行っても,「ディクテーション」の一言で英文の口述筆記となり,論文の構成から表現まで根底から手直しされるのが常であった.外国語で論文を一から口述できるということは,相当論理的思考能力が高いということである.私が論文を書き始めたころは,三島先生は日本語の論文は校閲しなかったので,英語論文の「ディクテーション」を通じて論文の書き方を学ぶことになった.このようにして日本全国の眼科研究者に英文での論文発表を啓発していった結果,次第にJJOに国内から投稿される論文が増加し,事務局を務めていた東大眼科の作業量はどんどん増加していった.昭和55年頃は,送られてくる原稿は英文タイプがようやく主流になっていたが,中にはタイプはされているもののダブルスペースで打たれていないものや手書きのものもあり,編集作業にあたって,英文タイプをダブルスペースで打ち直すこともあった.編集作業が膨大になってきたため,当時としては最新鋭のIBMのワードプロセッサを導入した.今のようにハードディスクが発達していなかったので,8インチの巨大なフロッピーディスクを出し入れして作業を行った.現在からみると非常に旧式で巨大な装置であったが,それまではダブルスペースで行間を広く取った余白に修正文を赤ペンで書き込んで,最終稿ができたらそれをまたタイプライターで打ち直してから印刷所へ送っていたので,編集作業は格段に楽になった.当時数百万円はしたであろうと噂されていたが,明確な目的の下に高額な投資を行って成功に導くという手法は論理的思考力に優れていなければできなかったであろう.編集長の努力と厳格な査読により,JJOの国際的な評価は高くなり,三島編集長時代に“ExcerptaMedica”の選ぶ「世界の主要眼科雑誌12」の一つに数えられるようになった.このように三島先生は日本から質の高い論文を発信することを追及した一方,当時,わが国の一部に根強く残っていた「論文は質より量」という考え方には批判的で,「医学論文には,世の中の役に立つ論文(薬のようなもの),害を与える論文(毒のようなもの),毒にも薬にもならない論文の3種類がある.毒にも薬にもならない論文が一番悪い.だから,そんな論文は書くな」と医局員を指導していた.■眼科顕微鏡手術発展への貢献■三島先生は「研究の人」というイメージが強いが,実は臨床にも関心が高かった.しかし,そのアプローチの方法は少し常人と違っていて,手術に関していえば大向こうをうならせるような名人芸の手術はめざしていなかったようである.それよりも「誰がやっても必ずうまくいく」眼科手術を追及しており,そのための周辺機器の開発や,周術期の眼生理や眼薬理も研究していた.その基本的なシステムとして眼科顕微鏡手術には早くから取り組んでおり,1970年には,杉田慎一郎,永田誠,林文彦,湖崎弘,小暮文雄の5名とともに世話人となり「眼科顕微鏡手術の会」を組織した.この会はclosedの会であったため,後に発展解消して日本眼科手術学会となる.第7回日本眼科手術学会は那覇で行われたが,このときの特別講演を三島先生が担当し,「手術と眼組織反応」というタイトルで,単なる手術方法や技術を論じるだけでなく,基礎的な問題も学問的裏付けをもって研究し,その結果手術を成功に導くという,その後の眼科手術学会の方向性を示した3).現代眼科手術の基本である眼科手術用顕微鏡は,当時カールツァイス社が先行して開発を行っていたが,体格の小さな日本人には使いにくいものであった.そこで,トプコンと共同で日本人の体格に合った眼科手術用顕微鏡を開発したことは別項で澤充氏が詳しく述べている.当時の眼科顕微鏡手術の会のメンバーは,単に顕微鏡手術に習熟するだけでなく,顕微鏡下でも使いやすい手術器具の開発も盛んに行っていた.三島先生も顕微鏡手術に特化した手術器具をいくつか開発しており,その名称には「三島式○○」と冠名がついている(図1).顕23図1三島式顕微鏡手術用器具1.三島式スパーテル,2.三島式モスキート開瞼器,3.三島式角膜剪刀,4.三島式角膜鑷子,5.三島式結膜鑷子.(株式会社イナミ手術器械総合カタログ1998年版より引用改変)微鏡手術以前は外科で用いるような大きな器具が用いられていたが,顕微鏡下の狭いワーキングディスタンスではともすれば顕微鏡と接触して不潔になる.そこで,顕微鏡下でも邪魔にならないように器具を小型化しただけでなく,人間工学を応用して狭いスペースでも自由に動かせる器具を開発したのである.これらの成果や手術術式の改良によって,隣で肉眼での白内障手術が5分で終わるのを横目に見ながら2時間もかかって黙々と行っていた創成期の顕微鏡下白内障手術は,現在みられるような安全で確実な手術に変貌したのである.もちろん,これらの器具を正しく使えないようでは安全確実な手術はできない.手術台と術者の椅子の高さの調整,顕微鏡の視度調整,術者の肘当の調整,鑷子類の持ち方など,手術で最高のパフォーマンスを発揮するために細かく医局員を指導していたことも忘れてはならない.おわりにこれまで紹介したような三島先生の多彩な研究活動を支えていた才能はなんだったのであろうか.しいてあげるとすれば,理科系特有の論理的思考力と良いものは慣習にとらわれずにどんどん取り入れる合理性が根幹にあったと思われる.しかし,論理や合理の「理」一辺倒ではなく情を大切にする一面もあった.一例をあげれば,当時教室員とその家族を対象にして年に一度行われていた「ガーデンパーティー」が思い浮ぶ.これは,留学時代に欧米の研究者が家族ぐるみでホームパーティーに呼び合うのを経験して,帰国後も日本でこんなパーティーができないかなと考えたが,日本の住宅事情では多くの教室員やその家族を呼ぶことはできない.そこで,ご自宅近くの小金井公園で開催することを思いつかれたようである.好天に恵まれれば広々とした公園で持ち寄った料理を皆で食べ,普段はお会いできない先輩教室員のご家族とも知り合えて有意義な会であった.当日は三島先生ご夫妻が七面鳥を準備するのが慣例となっており,教授自ら参加者ににこにこしながら取り分けておられたのを思い出す.教室員の家族,とくに夫人への気配りは大変なもので,当時の教室員の奥さんは三島ファンが多かった.古き良き時代の公私ともに尊敬できる上司であった.文献1)鉄門倶楽部名簿2015年版2)MishimaS:ThehistoryofophthalmologyinJapan.Thehistoryofophthalmology:Themonographs,vol10,Way-enborghJP,Belgium,20043)日本眼科学会百周年記念誌編纂委員会編:日本眼科の歴史3昭和(後)平成編,日本眼科学会,1997☆☆☆

総説:糖尿病網膜症-診断・治療の新しいアプローチ(網膜血管検査法を中心に)

2017年1月31日 火曜日

あたらしい眼科34(1):49.56,2017c第21回日本糖尿病眼学会総会特別講演糖尿病網膜症─診断・治療の新しいアプローチ(網膜血管検査法を中心に)NewApproachesforDiagnosingandTreatingDiabeticRetinopathy(FocusonRetinalVascularImaging)寺﨑浩子*はじめに糖尿病網膜症は依然としてわが国の主要な中途失明の原因である.しかしながら,その診断・治療には最近新しい動きがみられる.誌面の関係で,ここでは網膜血管検査法の進歩を中心に述べる.I超広角眼底カメラと蛍光眼底造影糖尿病網膜症の診断や経過観察には,眼底カメラによる眼底写真やフルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)が行われてきた.近年,超広角眼底カメラによる眼底撮影ならびに蛍光眼底造影を用いて,眼底全体の無灌流領域などを一度に記録できるようになり,とくに本疾患においてその有益性が取り上げられている(図1).米国では,1980年代から「糖尿病網膜症の早期治療の研究」(EarlyTreatmentDiabeticReti-nopathyStudy:ETDRS)が始まり,今もいろいろなStudyが引き続き行われているが,これらの治験において使われる7枚の眼底写真で評価される領域が眼底の30%程度であるのに対し,この超広角眼底カメラでは,一度に80%以上の眼底が撮影される(図2).その有用性と糖尿病網膜症の評価の意義について,米国ジョスリン糖尿病センター(JoslinDiabetesCenter)の研究グループは,従来のETDRSで使用したのと同等の眼底カメラと,超広角眼底カメラを比較して,103人の糖尿病患者を対象に網膜症の重症度を判定する研究を行った1).その結果,超広角眼底カメラによる撮影と眼底カメラでは20%に相違があり,出血などの眼底病変の3分の1は眼底カメラ検査の撮影部位より周辺の病変図1超広角眼底カメラによる周辺部の広範な無血管領域の描出図2画角200°超広角眼底撮影7つの輪で囲まれた領域は,ETDRSで,ステージ判定のために用いられる30°眼底カメラ撮影7枚の範囲.*HirokoTerasaki:名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学講座〔別刷請求先〕寺﨑浩子:466-8550名古屋市昭和区鶴舞町65名古屋大学大学院医学系研究科頭頸部・感覚器外科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(49)49abcNPA=5.2DAb/a=1.29cNPA=121DAb/a=0.625c1.81.61.41.210.80.60.40.20補正無灌流領域(cNPA)であり,10%の患者でカメラでの分類より網膜症のレベルが重症であったことがわかった.さらに前向き観察研究検査を行ったところ,網膜周辺の病変が認められていた人では,4年後の判定で,網膜症が進行するリスクが約3.2倍も高かったことがわかった.さらに進行した状態である「増殖性網膜症」となるリスクは4.7倍高かった2).進行の背景として,超広角眼底カメラを用いて捉えた周辺部分の所見は,網膜周辺部の無灌流領域の存在と関連があり,より進行した網膜症を示している可能性に注意すべきことを示唆している3).筆者らは,以前,術中内視鏡を用いた蛍光眼底造影を用いて鋸状縁を含む網膜周辺部の蛍光眼底造影を行い,b/a比050100150200250図3OptosRFAの無灌流領域の定量とERGの関係OptosRを用いた蛍光眼底造影において円内の無灌流領域を青色で示し,既報(文献6)に従い,補正した無灌流領域(cNPA)を乳頭面積で示した.a:66歳,男性.RV=(0.5).黄斑浮腫のために視力低下あり.cNPAはわずかで,ERGでは律動様小波の減弱がある.b:54歳,男性.RV=(1.0).虚血領域は広くERGは陰性型を示している.c:OptosRを用いた蛍光眼底造影と,白色閃光ERGを同日に施行した未治療の糖尿病網膜症14例14眼をretorospec-tiveに調べた.無灌流領域(NPA)の面積をImageJを用いて計測し,面積を既報に従い補正し(cNPA),cNPA面積の合計と,b/a比の関係を検討した.増殖糖尿病網膜症においては最周辺部眼底の評価が重要であることを強調し,とくに虹彩新生血管が発生するような症例においては,鋸状縁の微小血管の透過性亢進がみられると報告した4,5).画像診断で判定された虚血領域が,実際,網膜全体の虚血を示すと考えられる網膜電図にどの程度反映されているかを調べるために,超広角眼底カメラOptosRで撮影した蛍光眼底造影120°範囲の無灌流領域(既報6)によりImageJにより測定した面積を補正)と白色閃光網膜電図(ERG)を比較検討したところ,14症例の無灌流域(0.13.22.8乳頭面積で平均8.53±8.05乳頭面積)は,ERG最大応答のb/a比(0.63.1.33で平均1.09±0.24)と有意に相関していた(p=0.041,r=.0.56,Spear-man’sranktest)(図3).相関は中等度であるが,このII光干渉断層計血管撮影(OCTangiography)範囲であれば,網膜全体の虚血を代表していると考えて血管内の輝度変化を捉えて血管を認識するOCTangi-よいかもしれない.ography(OCTA)は,急速に普及の傾向がみられるabSuper.cialLayerDeepLayerFAcSuper.cialLayerDeepLayerFA図4増殖糖尿病網膜症の画像所見a:33歳,男性.増殖糖尿病網膜症にて右眼手術予定.視力右眼0.6,左眼1.0.OCTangiographyによる黄斑部3×3mmの撮影画像.b:右眼.c:左眼.FAOCTA深層FA・OCTA両方で写るMA1個FAのみorOCTAのみで写るMA4個図5FAとOCTAで毛細血管瘤の検出を比較HealthyMildNPDRSevereNPDRPDR図6解析ソフトを用いた病期別の血管解析SD-OCTangiographyによる糖尿病網膜症の定量評価.上段:最初に出力されるOCTangiography.中段:これを二値化した画像.下段:血管をスケルトン化,つまり血管の太さの要素を排除してすべての血管を1本の線として表現した画像.上段,中段,下段,どの方式の画像によっても網膜症の進行により毛細血管の減少,FAZの拡大が明瞭である.上段の黄色のリングは二値化のために直径50ピクセルでFAZ内を3回マニュアルでピックアップした部分を示す.(文献7より許可を得て転載引用)図7PanoramicOCTangiographyとOptosRとの比較(49歳,男性.視力0.3)a:6×6mm9枚の合成によるpanoramicOCTangiograpy.b:現在のところでは依然として限られた範囲であることがわかる.OCTによる新しい血管検査手法であり,FAとの所見と比較していくことで,その特徴が捉えられる.さらに,OCTAでは,網膜脈絡膜血管を層別に解析できるため,網膜浅層血管網,深層血管網,脈絡膜血管と分離して糖尿病網膜症の血管変化を捉えることができ,新たな病態の解明に役立つことが期待される.糖尿病網膜症の黄斑部において,中心窩無血管野(fovealavascularzone:FAZ)の観察は,従来の蛍光眼底造影よりもクリアであり(図4).網膜浅層血管網よりも網膜深層血管網のほうに障害が強いという報告がある7).黄斑浮腫症例において,毛細血管瘤は,網膜深層血管網に多いと報告されている8).実際,FAで見られた毛細血管瘤をOCTAで比較検出してみると,網膜浅層血管網では,両方で見つかるもののほかに,どちらかでしか見つからないものがある.網膜深層血管網においては,OCTAだけで明らかになる毛細血管瘤もあり,FAとどちらが優れているとはいいがたい(図5).概して,FAのみで見つかる毛細血管瘤のサイズは小さい.OCTAは,定量的血管解析のためのソフトウエアも整備されつつあり,網膜血管層別の血管密度や,総血管長などを用いた糖尿病網膜症の病期比較などが報告され,疾患解析に役立つツールとして利用できようになってきている9)(図6).さらに,現在の観察範囲は3.6mm四方であり,黄斑部付近の毛細血管瘤,無灌流領域の観察が主であるが,筆者らはパノラマ方式に6mmの画像を合成することを行っており(図7),今後,自動的に画像合成が行われるようソフトが搭載される機種もあり,超広角蛍光眼底とまではいかないが,臨床において造影の代わりとなる場面も想定されるほどの存在価値が示唆される.新生血管において漏出がわかりにくいという点においては,網膜表面の内境界膜とそれより硝子体側数十ミクロンを選択する切片(硝子体網膜境界面モード)を用いることにより,網膜より突き出た─すなわち新生血管を見事に描出することもできる(図8).III補償光学を用いた細胞レベルの詳細な眼底検査の可能性補償光学は,天体観察の分野で開発された揺らぎによる画像のぼやけを取り除く電子鏡の装置である.補償光学を眼底カメラにつけた装置は市販されており,眼底中央部の4°四方を錐体視細胞のレベルまで撮影することができる(図9).何枚も合成すれば範囲を広げることができ,視細胞の解析には有用なツールである10,11).また,走査レーザー検眼鏡に取り付けた研究用装置では,さらに1枚の観察視野が狭いものの,より鮮明な眼底画像を撮影することができ,とくに直接反射光を一部遮って輪郭をシャープにするo.-setapertureモードで血管撮影を行った場合,中小血管の血管壁(図10)や新生血管(図11),血管内を流れる血流(図12)が観察できた.Vitreo-RetinalInterfaceenfacemodeRetinalmode図8Vitreo.retinalinterfacemodeによる網膜新生血管の描出33歳,男性.視力0.8乳頭上に増殖膜,下方に硝子体出血を認める.OCTangiographyに比較し,血管像は鮮明であるが,眼底カメラでは画角4°四方と,長さでいうと1mm四方にも満たなく,走査レーザー検眼鏡では画角2°程度と,さらに一度に写す撮影範囲が狭いため,ある一定の範囲の解析には莫大な時間と手間を要することが欠点である.水晶体の混濁や眼内レンズでは画像が得られないことから,糖尿病網膜症への臨床使用は,当面は年齢の若い有水晶体眼に限られるであろう.図9補償光学を用いた眼底カメラによる正常者の画角4°四方の眼底画像40枚の画像の合成である.中心窩(星マーク)に近い画像の拡大(右黄色枠)では,遠い方(青色枠)に比べ,錐体細胞密度が高い.図1044歳,男性.高血圧眼底直径100μm以下の動脈の画像では血管径の不整,壁の肥厚と不整がみられる.血管の周囲にみられる線状の画像は網膜神経線維層.左上は26歳,女性.正常者の血管壁.IVレーザースペックルフローグラフィ眼循環研究の重要なターゲットである糖尿病網膜症の研究では,レーザースペックルフローグラフィ(laserspeckle.owgraphy:LSFG)により,眼循環の評価が一般臨床で簡単に比較的安定してできるようになったことから,今後の成果集積が期待されている.LSFGの原理は,血管に当てられたレーザー光に対して生じたスペックルノイズを解析して血流を測定するもので,血流速度の相当する値をはじめとして,多くのパラメータが解析可能で,血管評価の指標となる.測定時間は5分程度であり,患者への負担が少ないのも特徴である.以前から緑内障分野では視神経乳頭血流の測定に用いられていたが,眼底の測定位置を一定にするアイトラッキング機能が充実し,正確に,また時間や日を変えて比較することができるようになったことで,網膜の分野で盛んに使われるようになった.ただし,眼循環には男女差10),日内変動や血圧による変動13)などの因子があるため,解析には注意を要する.脈絡膜血流についても評価が可能であり,今後,網膜症の進行程度やレーザー光凝固の影響などの解析が進められる(図13).血管内の循環を示すLSFGと血管そのものを映し出す補償光図1133歳,女性.増殖糖尿病網膜症視神経乳頭周囲の乳頭新生血管の一部を四角で囲った.正常眼図12図11と同一部分の補償光学眼底写真a:血管壁と血管腔が観察される.b:さらにその中の上方1/3を拡大したもの.動画では血球が流れているのが観察される(これは静止画).糖尿病網膜症眼網膜血流低下脈絡膜血流著明低下図13レーザースペックルフローグラフィによる眼循環測定寒色になるほど血流は低下している.学眼底カメラでは,動脈において異なる血管像を示すことから14),LSFGでは血管内においても,血流速度の部位による違いを詳細に観察できている可能性があると考えられた.利益相反:寺﨑浩子(カテゴリーP,カテゴリーF:株式会社ニデック)文献1)SilvaPS,CavalleranoJD,SunJKetal:Peripherallesionsidenti.edbymydriaticultrawide.eldimaging:distribu-tionandpotentialimpactondiabeticretinopathyseverity.Ophthalmology120:2587-2595,20132)SilvaPS,CavalleranoJD,HaddadNMetal:Peripherallesionsidenti.edonultrawide.eldimagingpredictincreasedriskofdiabeticretinopathyprogressionover4years.Ophthalmology122:949-956,20153)SilvaPS,DelaCruzAJ,LedesmaMGetal:Diabeticreti-nopathyseverityandperipherallesionsareassociatedwithnonperfusiononultrawide.eldangiography.Oph-thalmology122:2465-2472,20154)TerasakiH,MiyakeY,AwayaS:Fluoresceinangiogra-phyofperipheralretinaandparsplanaduringvitrectomyforproliferativediabeticretinopathy.AmJOphthalmol123:370-376,19975)TerasakiH,MiyakeY,MoriMetal:Fluoresceinangiog-raphyofextremeperipheralretinaandrubeosisiridisinproliferativediabeticretinopathy.Retina19:302-308,19996)OishiA,HidakaJ,YoshimuraN:Quanti.cationoftheimageobtainedwithawide-.eldscanningophthalmo-scope.InvestOphthalmolVisSci55:2424-2431,20147)IshibazawaA,NagaokaT,TakahashiAetal:Aopticalcoherencetomographyangiographyindiabeticretinopa-thy:Aprospectivepilotstudy.AmJOphthalmol160:35-44,20158)HasegawaN,NozakiM,TakaseNetal:Newinsightsintomicroaneurysmsinthedeepcapillaryplexusdetectedbyopticalcoherencetomographyangiographyindiabeticmacularedema.InvestOphthalmolVisSci57:348-355,20169)KimAY,ChuZ,ShahidzadehAetal:Quantifyingmicro-vasculardensityandmorphologyindiabeticretinopathyusingspectral-domainopticalcoherencetomographyangi-ography.InvestOphthalmolVisSci57:362-370,201610)NakanishiA,UenoS,KawanoKetal:Pathologicchangesofconephotoreceptorsineyeswithoccultmaculardys-trophy.InvestOphthalmolVisSci56:7243-7249,201511)UenoS,KawanoK,ItoYetal:Near-infraredre.edtanceimagingineyeswithacutezonaloccultouterretinopathy.Retina35:1521-1530,201512)YanagidaK,IwaseT,YamamotoKetal:Sex-relateddi.erencesinocularblood.owofhealthysubjectsusinglaserspeckle.owgraphy.InvestOphthalmolVisSci56:4880-4890,201513)IwaseT,YamamotoK,RaEetal:Diurnalvariationsinblood.owatopticnerveheadandchoroidinhealthyeyes:diurnalvariationsinblood.ow.Medicine(Baltimore)94:e519,201514)IwaseT,RaE,YamamotoKetal:Di.erencesofretinalblood.owbetweenarteriesandveinsdeterminedbylaserspeckle.owgraphyinhealthysubjects.Medicine(Baltimore)94:e1256,2015☆☆☆