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新しいコリネ属─コリネバクテリウム・オキュリ─

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1551?1553,2016新しいコリネ属─コリネバクテリウム・オキュリ─CorynebacteriumOculiSp.Nov西田功一*江口洋**はじめにCorynebacterium属の代表的な種にジフテリア菌がある.ジフテリア菌が産生する毒素によって,粘膜感染後に偽膜を形成するとともに,毒素が体内に吸収されることで中毒症状を起こし,死に至ることがある.そのため,かつては臨床検体の細菌検査でCorynebacterium属が分離されたら,ジフテリア菌かどうか厳密な種同定がなされていた.一方,ジフテリア菌以外のCorynebacterium属はヒトの皮膚や粘膜に常在する弱毒菌であり,臨床検体から分離されても,コンタミネーションと判断され,臨床的意義をもたないものとしてみなされていた.しかし,近年Corynebacterium属による眼感染症の症例報告が相次いでいる.2008年にはキノロン耐性Corynebacterium属が角膜炎や結膜炎の原因となっていることが明らかになった1).眼材料から分離されるCorynebacterium属の大多数はCorynebacteriummacginleyi(約80%)であり,ついでCorynebacteriummastitidis(約7%),Corynebacteriumaccolens(約4%),Corynebacteriumpropinquum(約3%)と報告されている2).おそらくは主としてC.macginleyiがCorynebacterium属による眼感染症を引き起こしていると推察され,実際に厳密な種同定の結果としてC.macginleyiによる結膜炎の報告1,3)もある.しかし,他の種による眼感染症の報告4,5)もあり,眼表面から分離される比率を考慮すると,Corynebacterium属による眼感染症の主要な種が,本当にC.macginleyiかどうかは不明といわざるを得なかった.I新種発見と命名の経緯細菌の種は,基準株との相同性をDNA-DNAハイブリダイゼーションで検証し,70%以上の相同性が確認できれば同種といってよいとされている.16srDNAのシークエンスで種同定をする場合は,公的に公開されている基準株の16srDNA配列との相同性が98.7%以上であれば,その種である可能性が高いとの意見で世界的なコンセンサスが得られている.よって,学術学会や論文において「得られた株の16srDNA配列が,C.macginlyeiと99%の相同性を認めた」と報告すれば,原則としてC.macginleyiとの種同定結果に異論を唱える者はいない.しかし実際には,DNA-DNAハイブリダイゼーションと16srDNA配列の相同性との相関はないとされており,16srDNA配列の相同性が98.7%以上でも別種となる可能性があることも有名な事実である.Eguchiらの報告1)において,眼表面検体から分離されたCorynebacterium属の中に,C.macginlyeiについで2番目に高率に分離された種がC.mastitisdisであった.その種同定結果が,16srDNAシークエンスで98.2%の相同性であったこと,およびそれまでに報告されている他のCorynebacetrium属のどの種とも98%未満の相同性しか得られていないことにVandammeが着目し,カナダの細菌学者でありCorynebacetrium属の研究に精通しているBernardらとともに,より厳密な種同定の解析が始まった6).Eguchiらが16srDNAのシークエンスでC.mastitisdisと判断していた株に,Vandammeらの持ち合わせていたC.mastitisdis類縁のベルギーおよびスイス由来株を加え解析を実施した結果,それらC.mastitisdisと思われた株は,種々の検査結果においてC.mastitisdis基準株との乖離を呈し,これまで報告されていない2種類の新しいCorynebacterium属であることが判明した.そのうちの一種は,その種同定研究期間中に他界したカナダの細菌学者(Donaldlow)に捧げC.lowiiと命名した.日本由来の株を含むもう一種はすべて眼感染症検体からの分離株であったため,C.oculi(コリネバクテリウム・オキュリ)と命名した6).いずれも全ゲノム配列が解読され,ぞれぞれGenbankにLKEV00000000とLKST00000000として登録された.II臨床的意義報告されているC.oculiは,すべての株がエリスロマイシン,バンコマイシン,リファンピシン,テトラサイクリン,リネゾリド,ペニシリン,ゲンタマイシン,シプロフロキサシン,セフトリアキソン,セフェピム,メロペネムに感受性がある6).すなわち,仮に感染症の起炎菌となっていても(図1,2),抗菌薬の厳密な選択をせずともエンピリックな治療で治癒せしめることが可能と推察される.眼材料から分離されるCorynebacterium属について,感染症のない眼表面から高率にC.macgnlyiが分離され,眼感染症検体からはC.macgnlyi以外の種が多く分離される2)ことや,かつてCorynebacterium属は弱毒ゆえ感染症の起炎菌にはなりにくいとみなされていたことは,実は古くからC.oculiが稀に眼感染症を引き起こしていたものの,エンピリックに処方した抗菌薬で容易に治癒せしめていたことを表しているのかもしれない.薬剤感受性の結果からすると,現時点で臨床現場においてC.oculiを厳密に種同定する必要性はさほど高くないと思われる(図3).しかし,日本において頻用されているキノロン耐性C.macgnlyiが眼表面から高率に分離されるようになり,C.macgnlyiによる難治性の前眼部感染症が増えていることを考慮すると,C.oculiについても今後のさらなる研究が必要と思われる.文献1)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelfluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,20082)山中千尋,江口洋:コリネバクテリウムの分子疫学について教えてください.あたらしい眼科26:226-228,20093)SuzukiT,IiharaH,UnoTetal:Sutue-relatedkeratitiscausedbyCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol45:3833-3836,20074)TodokoroD,EguchiH,YamadaNetal:ContactlensrelatedinfectionskeratitiswithwhiteplaqueformationcausedbyCorynebacteriumpropinquum.JClinMicobiol53:3092-3095,20155)BadenochPR,O’DanielLJ,WiseRPetal:CorynebacteriumpropinquumkeratitisusingMALDI-TOF.Cornea35:686-687,20166)BernardKA,PachecoAL,LoomerCetal:Corynebacteriumlowiisp.Nov.andCorynebacteriumoculisp.Nov.,derivedfromhumanclinicaldiseaseandemendeddescriptionofCorynebacteriummastitidis.IntJSystEvolMicrobiol66:2803-2812,2016*KoichiNishida:近畿大学医学部眼科学教室**HiroshiEguchi:近畿大学医学部堺病院眼科〔別刷請求先〕西田功一:〒589-8511大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1コリネバクテリウム眼瞼結膜炎眼瞼炎と軽症の結膜炎を呈している.図2図1症例の眼脂グラム染色像(×1,000)白血球によるグラム陽性桿菌の貪食像が確認できる.図3図1症例の眼脂培養結果臨床では属レベルの同定までだが,この株は薬剤感受性からC.oculiではないと思われる.1552あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161553

モラクセラ角膜炎ダイジェスト

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1547?1550,2016モラクセラ角膜炎ダイジェストReviewofMoraxellaKeratitis鈴木崇*はじめにモラクセラ属による角膜炎は,時として重篤な感染性角膜炎を引き起こすため,その臨床的特徴などを理解しておく必要がある.本項では,モラクセラ角膜炎ダイジェストとして,「モラクセラ属の微生物学的特徴」や「モラクセラ角膜炎の臨床像」について解説する.Iモラクセラ属の微生物学的特徴モラクセラ属(Moraxellasp.)は,グラム陰性の短い桿菌もしくは球状の好気性の細菌であり,鼻咽頭の常在細菌である.以前,ブランハメラ属とモラクセラ属に分かれていた2つの属がまとめられモラクセラ属となった.そのため,グラム陰性球菌を示すM.catarrhalis(以前はBranhamellacatarrhalis)とグラム陰性桿菌を示すモラクセラ属(M.lacunata,M.nonliquefaciens,M.osloensis,M.atlantae)に分けられる.M.catarrhalisは,子供や老人の鼻咽頭に生息しており,日和見的に上気道の粘膜の炎症や中耳炎,副鼻腔炎などを引き起こしたり,まれに肺炎や髄膜炎の原因となる.M.lacunataは心内膜炎のみならず眼瞼炎や結膜炎の原因菌として検出されることがある.同じグラム陰性菌である緑膿菌が有するような鞭毛や芽胞はなく,一部の菌は莢膜を有する.M.catarrhalis以外のモラクセラ属の種の同定は比較的むずかしく,一般的な検査室では同定が行われないことも多い.IIモラクセラ角膜炎の疫学わが国における感染性角膜炎全国サーベイランスでは,モラクセラ属は,細菌・真菌・アメーバなどを合わせた病原微生物のうちの3.8%を占め,さらにグラム陰性桿菌の11%であり,感染性角膜炎の原因細菌としては比較的多い1).また,米国・インドの共同疫学調査においても,培養陽性となった細菌性角膜炎の3%を占めている2).IIIモラクセラ角膜炎の臨床像モラクセラ角膜炎の多数例の検討は,米国,イギリス,オーストラリア,インドで報告されている3~9).さらにわが国においては,多施設スタディにおいて30症例のモラクセラ角膜炎が報告された10).これらの論文を参考に臨床像について解説する.1.患者背景,誘因1980年代の報告ではアルコール中毒,栄養失調,糖尿病,不潔状態などがモラクセラ角膜炎の誘因と考えられていた6,8,9).1990年代の論文では糖尿病に加えて,角膜移植やヘルペス角膜炎の合併などが,契機として報告されている4,5,7).2015年の筆者らの報告10)では,患者背景としては糖尿病が多く,局所的なリスク要因としてコンタクトレンズ装用や外傷が多かったが,誘因がない症例も約30%認められた(表1).患者の年齢層は幅広く7~94歳までの患者(平均年齢58.4±23.4)であった.60歳以上の症例では糖尿病を有する患者が多く,60歳以下ではコンタクトレンズ装用者が多かった.2.臨床像海外の報告では,角膜穿孔などの重症例が報告されていたが,筆者らの報告では穿孔例はなく,その臨床像もさまざまであった.しかしながら,その大きさや形を検討してみると3つの病型に分類されることが明らかになった.まず,緑膿菌角膜炎と同様に輪状膿瘍を呈する症例が30%で認められた(図1,2).この型では多くの症例で前房蓄膿を伴っていた.さらに,辺縁が不整の面状の細胞浸潤を示す症例も43.3%で認められた(図3,4)輪状膿瘍型・不整形浸潤型は,高齢者の症例で多く認められている.これらの2つの病型は視力障害も強い.また,26.7%の症例では小さな円形の細胞浸潤を示していた(図5,6).この病型では,コンタクトレンズ装用などの若年者に認められることが多かった.3.検査所見モラクセラ角膜炎では,病巣の角膜擦過物の塗抹標本にて,グラム陰性の短桿菌が検出されることが多い(図7).さらに,自験例では,培養検査では陰性な症例の中に塗抹標本のみモラクセラ属様のグラム染色所見を示す症例もあり,実際としては多くのモラクセラ角膜炎において培養検査が陰性のために見逃されていることも考えられる.培養検査では,前述のようにモラクセラ属内の種の同定はされないことが多いが,筆者らによるMALDI-TOF質量分析計と16SrRNA領域を用いた遺伝子解析では,M.lacunataとM.nonliquefaciensが同定された.また,角膜炎より分離されたモラクセラ臨床分離株の薬剤感受性を調査したところ,すべての株において,レボフロキサシン,トブラマイシン,クロラムフェニコールに感受性があった.一方,3株においてはセフェム系薬剤であるセファゾリンに耐性を示した(表2).4.治療と予後筆者らの報告では,多くの症例でフルオロキノロン系抗菌薬とアミノグリコシド系(もしくはセフメノキシム)抗菌点眼薬の頻回点眼が行われており,すべての症例において,内科的治療のみで軽快していた.この点においては,角膜穿孔を起こし,角膜移植を要した症例が多い海外の報告と異なる.海外では,抗菌薬点眼1種類のみで治療した症例が多かった.2種類以上の抗菌薬を使うことで併用効果が得られ,治療成績が良好なのかもしれない.しかしながら,角膜上皮欠損が治癒するまでは平均23.4日,完全に細胞浸潤が消失するまでには平均41.9日であり,抗菌薬治療の反応はほかの細菌性角膜炎よりは緩徐である可能性が高く,注意深く観察する必要がある.IVモラクセラ角膜炎の今後の展望角膜炎のなかではさまざまな臨床像を呈する可能性が高い.なかでも炎症が遷延する可能性があり,どのようにして炎症を惹起するかについて,詳細な病態の解明が望まれる.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20062)SrinivasanM,MascarenhasJ,RajaramanRetal:Thesteroidsforcornealulcerstrial:studydesignandbaselinecharacteristics.ArchOphthalmol130:151-157,20123)CoboLM,CosterDJ,PeacockJ:Moraxellakeratitisinanonalcoholicpopulation.BrJOphthalmol65:683-686,19814)DasS,ConstantinouM,DaniellMetal:Moraxellakeratitis:predisposingfactorsandclinicalreviewof95cases.BrJOphthalmol90:1236-1238,20065)GargP,MathurU,AthmanathanSetal:Treatmentoutcomeofmoraxellakeratitis:ourexperiencewith18cases-aretrospectivereview.Cornea18:176-181,19996)MarioneauxSJ,CohenEJ,ArentsenJJetal:Moraxellakeratitis.Cornea10:21-24,19917)MianSIandMaltaJB:Moraxellakeratitis:riskfactors,presentation,andmanagement.ActaOphthalmol89:e208-e209,20118)BaumJ,FedukowiczHB,JordanA:AsurveyofMoraxellacornealulcersinaderelictpopulation.AmJOphthalmol90:476-480,19809)HeidemannDG,AlfonsoE,ForsterRKetal:Branhamellacatarrhaliskeratitis.AmJOphthalmol103:576-581,198710)InoueH,SuzukiT,InoueTetal:Clinicalcharacteristicsandbacteriologicalprofileofmoraxellakeratitis.Cornea34:1105-1109,2015*TakashiSuzuki:いしづち眼科〔別刷請求先〕鈴木崇:〒791-0811愛媛県新居浜市庄内町1-8-30いしづち眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1モラクセラ角膜炎の誘因眼局所の誘因n(%)コンタクトレンズ装用5(16.7)外傷3(10.0)その他8(26.7)合計16(53.3)全身的な誘因n(%)糖尿病7(23.3)その他5(16.7)合計12(46.7)(文献10より改変)図図1モラクセラ角膜炎(輪状膿瘍型)①輪状膿瘍と前房蓄膿を認める.図2モラクセラ角膜炎(輪状膿瘍型)②輪状膿瘍と周辺部の細胞浸潤を認める.図3モラクセラ角膜炎(不整形面状浸潤型)①不整な細胞浸潤を角膜全面に認める.1548あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(10)図4モラクセラ角膜炎(不整形面状浸潤型)②不整な細胞浸潤を角膜全面に認める図5モラクセラ角膜炎(小円形型)①小さな円形の細胞浸潤を認める.図6モラクセラ角膜炎(小円形型)②アデノウイルス結膜炎後の上皮下浸潤のなかに小さな円形の細胞浸潤を認める.図7モラクセラ角膜炎症例の塗抹標本所見(図4の症例)グラム陰性短桿菌を認める.表2角膜炎より分離されたモラクセラ株の薬剤感受性抗菌薬株数感受性耐性レボフロキサシン260トブラマイシン140セファゾリン213セフタジジム110クララムフェニコール70(文献10より改変)(11)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201615491550あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(12)

薬剤耐性HSV角膜炎の病像と診断

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1541?1545,2016薬剤耐性HSV角膜炎の病像と診断ClinicalFeaturesandDiagnosisofDrug-ResistantHSVKeratitis井上智之*Iアシクロビル治療と薬剤耐性単純ヘルペスウイルス株単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)による角膜炎である.HSV角膜炎は,上皮型,実質型および内皮型と病変の首座によって多彩な角膜炎臨床像を呈することが知られており,非特異的な症例が多いことから診断・治療には注意を要する.一般にヒトHSV感染症治療には,抗ウイルス薬であるアシクロビルがウイルス感染細胞に対する高い抗ウイルス活性と正常細胞に対する低い毒性の点から,非常によく使用されている1).もちろん眼科領域でも,アシクロビル眼軟膏は日本におけるHSV角膜炎に対する第一選択薬である2).アシクロビル眼軟膏が使用されるようになり,HSV角膜炎の治療管理がしやすくなり,かつての角膜ヘルペスの再発に起因する重症化,つまり壊死性角膜炎や角膜穿孔への移行は有意に抑制されるようになった3).このような理由でアシクロビルの臨床使用の機会が増加することになったことを背景に,薬剤耐性ウイルスの存在,とくに全身的な免疫抑制患者におけるアシクロビル耐性HSV感染が問題となってきた4).さらに眼科領域では,繰り返される角膜ヘルペスの既往に伴う長期もしくは過剰な投与やステロイドの併用などにより,免疫健常者におけるアシクロビル耐性HSVによる角膜炎が報告されている2,5,6).II薬剤耐性HSV角膜炎の臨床的特徴アシクロビル耐性HSV角膜炎は,過去の報告であるように,長期にわたる病変の寛解・増悪に伴うアシクロビル製剤やステロイド製剤の併用により惹起されうる2,5,6).長期にわたる角膜ヘルペス治療でアシクロビル軟膏を複数回処方されていた場合,ステロイド点眼による消炎管理を長期に受けていた場合,またはアシクロビル眼軟膏やステロイド点眼を長期間・不規則に相伴って使用している場合は要注意である.また,眼局所的問題でなくとも,全身的免疫不全も本症発症の大きなリスクファクターになりうる.発症症例は,耐性ウイルスの発生の臨床的危険因子が高い場合がほとんどなので,患者背景や既往治療の把握は本症を考えるうえで重要である.基本的に,アシクロビル耐性HSV角膜病変は,小さな上皮病変がよく知られている.アシクロビル耐性HSVによる樹枝状病変は,HSV耐性株自体の増殖が弱いため,病変は偽樹枝状病変に近く,小さめで,進行の速度が通常の角膜ヘルペスに比して遅い(図1).しかし,ウイルスビルレンスや患者背景の違いによって,大きな病変を呈する場合や大きな地図状病変を呈する場合もあるので注意を要する7).また,アシクロビル耐性HSV角膜炎は上皮病変のみでなく,実質浸潤病変や壊死性病変を呈する実質病変を引き起こす場合もある8).薬剤耐性HSV角膜炎は,進行の速度が通常のHSV角膜炎に比して遅いことを除いて,特徴的な臨床所見に乏しく,他疾患との鑑別診断が非常に重要となる.ヘルペスウイルス,細菌,真菌,アカントアメーバをはじめとする鑑別診断を必要性に応じて同時に行い,HSV以外の他の角膜炎誘発病原微生物の可能性を否定することは重要である.また,角膜感染症以外にも,兎眼やドライアイを伴う乾性角結膜炎,慢性炎症に基因する上皮病変など,非感染性の要因が背景にある多くの疾患も,鑑別疾患として念頭におく必要がある.III薬剤耐性ウイルスの従来ラボ診断法アシクロビル耐性HSVの同定方法は,検体からウイルス分離を行い確定診断が得られた後,分離HSVに対して,vero細胞におけるantiviralplaquereductionassayというinvitroアシクロビル感受性試験を行って耐性ウイルスか否かを判定する3,9).薬剤を加えることによって,viralplaqueの減少を換算して,50%のplaqueに達する薬剤の濃度,つまり50%viralinhibitoryconcentration(IC50)を決定する.HSVの場合は2μg/mlを超えるとアシクロビル耐性株と判定する10).分離培養や感受性試験そのものが手技的に煩雑でむずかしく,時間を要すること,薬剤耐性ウイルスは増殖が遅いので分離や維持が困難であること,角膜病変からの検体そのものが微量であることなどから,多くの施設でルーチンで行っていくのはむずかしいのが現状である.このように,アシクロビル耐性HSV角膜炎における分離培養診断は手技的にも困難である.このような背景から,アシクロビル耐性HSV角膜炎の迅速,簡便で正確な診断方法は確立されておらず,臨床経過におけるリスク因子の検討やスリット所見から診断するが,非特異的所見を呈し,診断困難な症例に対しては,治療に難渋するのが現状である.IVルーチンのHSV定量のためのリアルタイムPCRを利用した薬剤耐性HSV診断法臨床現場において,角膜炎における検体採取の機会および量は非常に限られているため,微量なサンプルから複数の病原体検索ができることが望まれる.ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)は微量に存在する核酸DNAを数百万倍まで増幅する標準的な分子生物学的手法で,各医療分野における病原体の同定に利用されている.リアルタイムPCRは,微量サンプルからヘルペスウイルス疾患11)やアカントアメーバ12)などの複数の病原体検索を同時に施行できる定量的方法で,アシクロビル耐性HSV診断においても有用であることが示された7).方法は,上皮病変に対しては,病変部辺縁からゴルフメスを用いて角膜擦過物を採取し,DNA抽出キット(QIAampDNAminikit,QIAGEN)を使用して,DNA精製抽出を施行する.ついでABIPrism7900HTSequenceDetectionSystem(AppliedBiosystems)を使用して,TaqMan法を行う.HSV1の特異的なエンベロープ糖蛋白glycoproteinB(gB)DNAの112bpをDNA増幅領域とし,増幅条件は50℃2分・95℃10分に続いて,95℃15秒・60℃1分を50サイクルとする.HSV1検出のための特異的プローブおよびプライマー配列は,フォワードプライマー;5¢-CGCATCAAGACCACCTCCTC-3¢,リバースプライマー;5¢-GCTCGACCACGCGA-3¢,TaqManプローブ;5¢-FAM-TGGCAACGCGGCCCAAC-TAMRA-3¢13)である.検体採取からDNA抽出まで15分,プレート用意からPCR反応まで3時間弱,合計3時間余で結果を得ることができる.このように,鑑別診断を含めた迅速診断が可能であることから,原因不明の角膜炎鑑別診断においてリアルタイムPCRは理想的な検査である.しかし,アシクロビル耐性ウイルスは,ほとんどがチミジンキナーゼ(thymidinekinase)のポイントミューテーションに起因していることが報告されており,点遺伝子変異からTK活性の変化に基づくものなので,ルーチンのリアルタイムPCRでは同定できない.臨床経過とHSVリアルタイムPCR結果の解釈より,病変にHSVが同定されている角膜炎症例で,HSV特異的治療薬であるアシクロビルの投与にもかかわらず病変の改善を認めず,DNAコピー数がアシクロビル投与前と投与後で変化を認めない症例に遭遇したら,アシクロビル耐性HSVの存在を示唆する.このように,治療モニタリングのうえで,特異的治療薬投与前後の標的DNAのコピー数の減少を認めなければ,薬剤耐性を考えるというコンセプトは,現行のリアルタイムPCR以外に複雑な検査の追加を必要としないので,補助的診断法として非常に簡便で有用であると思われる.Vアシクロビル耐性HSV角膜炎薬剤治療アシクロビル耐性HSV角膜炎の治療方法としては,他の抗HSV薬であるトリフルオロチミジン(trifluorothymedine:TFT)を1%点眼に調整した点眼治療が有効である.既報では,plaquereductionassayで同株に対してTFTを加えても耐性を示さず,臨床的にも効果的と報告されている2,5).同じ抗HSV製剤であっても,TFTはアシクロビルと作用機序が異なるため,アシクロビル耐性HSVに対しても効果を発揮しうる.高度の炎症を伴うこともあるので,上皮内のウイルス増殖病変が消失したら,ステロイド消炎治療を併用することも大切である.VIアシクロビル耐性HSV角膜炎症例提示と臨床経過症例を提示して説明する.症例は78歳,女性.主訴は右眼の異物感と視力低下.数年前より繰り返す角結膜炎にてヘルペス治療を受けている.1カ月前より左眼異物感が徐々に悪化したので受診.角膜知覚は右眼60mm・左眼20mm.前眼部所見は,角膜中心部から下方周辺部にかけて地図状角膜病変を認めた(図2).本症例においては,HSV1-DNAが2.3×107コピー/サンプル検出された.その他の病原体は検鏡・培養・リアルタイムPCRにて認めなかった.本結果に基づき,HSV1による角膜ヘルペスと診断して,アシクロビル眼軟膏1日5回の抗ウイルス療法,ニューキノロン系抗菌薬点眼1日3回を投与した.本治療を10日間継続するも病変は改善しなかったため,上記に加えて,バラシクロビル内服3,000mg4日間を加えた.その後も改善を認めず(図3),角膜上皮擦過物のうえ,再度の微生物検索を施行した.結果は初回検索と同様,HSV1に対するリアルタイムPCRではHSV1-DNA3.1×107コピー/サンプルと高値のDNA陽性であった.HSV特異的治療薬であるアシクロビルの投与にもかかわらず,病変の改善は認めずHSV1定量にてDNAコピー数はアシクロビル投与前と投与後の間に変化を認めなかったことから,薬剤耐性ウイルス,つまりアシクロビル耐性HSV1による角膜炎と診断した.本診断に基づいて,アシクロビル軟膏を中止して,TFT点眼を院内調整して1日4回投与した.治療開始後,角膜上皮びらんは徐々に縮小し,結膜充血および上皮病変も消失して安定した(図4).また,HSV1-DNAは同定閾値以下となった.このように,本症例では,高コピー数のHSVDNAが病変から検出されているにもかかわらず,HSV治療の第一選択薬であるアシクロビル眼軟膏投与にて病変が改善せず,ウイルスコピー数は投与前と比較して減少を認めなかった.このように,アシクロビル投与前後のリアルタイムPCRのHSVコピー数の経時的変化を解釈することによって,本症例はアシクロビルに反応しないHSV,つまりアシクロビル耐性HSVによる角膜炎であったことを診断できた.まとめアシクロビル耐性HSVは,ヘルペス治療の特効薬であるアシクロビル眼軟膏の投与によって軽快しないため,正確な病態の把握なしには,診断が遅れて重症化するのが大きな問題である.まずは薬物治療に無反応な原因不明角膜炎において,アシクロビル耐性HSVは鑑別診断として念頭に置く必要がある.また,HSV同定後の治療モニタリングにおいて,特異的治療薬であるアシクロビル投与前後で治療効果がなく,HSVコピー数の減少を認めない場合は,アシクロビル耐性HSVによる病変を示唆している.症例背景の把握や臨床病型の変化に加えて,リアルタイムPCRデータの解釈を補助的にうまく組み合わせていくことにより,より的確な診断治療が可能になる.文献1)BalfourHHJr:Acycloviorandotherchemotherapyforherpesgroupviralinfection.AnnuRevMed35:279-291,19842)YaoY-F,InoueY,KaseTetal:Clinicalcharacteristicsofacyclovir-resistantherpetickeratitisandexperimentalstudiesofisolates.GraefeArchClinExpOphthalmol234:S126-S132,19963)OhashiY:Treatmentofherpetickeratitiswithacyclovior:benefitsandproblems.Ophthalmologica211(suppl1):29-32,19974)ErlichKS,MillisJ,ChatisPetal:Acyclovior-resistantherpessimplexvirusinfectionsinpatientswiththeacquiredimmunodeficiencysyndrome.NEnglMed320:293-296,19895)ZhangW,SuzukiT,ShiraishiAetal:Dendritickeratitiscausedbyanacyclovir-resistantherpessimplexviruswithframeshiftmutation.Cornea26:105-106,20076)MoriY,InoueY,ShimomuraY:Herpeticepithelialkeratitiscausedbyacyclovir-resistantstrain.JpnJOphthalmol38:407-410,19947)InoueT,KawashimaR,SuzukiTetal:Real-timepolymerasechainreactionfordiagnosingacyclovir-resistantherpetickeratitisbasedonchangesinviralDNAcopynumberbeforeandaftertreatment.ArchOphthalmol130:1462-1464,20128)ToriyamaK,InoueT,SuzukiTetal:Necrotizingkeratitiscausedbyacyclovir-resistantherpessimplexvirus.CaseRepOphthalmol5:325-328,20149)FanCC,ShimimuraY,InoueYetal:Acaseofsimultaneousbilateralherpeticepithelialkeratitis.JpnJOphthalmol33:120-124,198910)EnglundJ,ZimmermanME,SwierkoszEMetal:Herpessimplexvirusresistanttoacyclovir:astudyinatertiarycarecenter.AnnInternMed112:416-422,199011)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Incidenceandfeaturesofkeratitisofunknownetiologywithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,201012)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:TwocasesofAcanthamoebakeratitisdiagnosedonlybyreal-timepolymerasechainreaction.Cornea29:228-231,201013)CoreyL,HuangML,SelkeSetal:Differentiationofherpessimplexvirustypes1and2inclinicalsamplesbyareal-timetaqmanPCRaasay.JMedVirol76:350-355,2005*TomoyukiInoue:多根記念眼科病院〔別刷請求先〕井上智之:〒550-0024大阪市西区境川1-1-39多根記念眼科病院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1アシクロビル耐性HSV角膜炎前眼部写真フルオレスセイン染色写真.樹枝状病変を認める.1542あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(4)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161543図2アシクロビル投与前の初診時前眼部写真a:スリット写真.b:フルオレスセイン染色写真.広範な地図状角膜病変を認める.リアルタイムPCRにて,HSV1-DNAが2.3×107コピー/サンプル同定.図3アシクロビル眼軟膏およびバラクシロビル内服投与後の前眼部写真a:スリット写真.b:フルオレスセイン染色写真.アシクロビル投与前の病変と比較して地図状角膜病変は改善を認めない.HSV1-DNA3.1×107コピー/サンプル同定.図4TFT点眼投与後4週後の前眼部写真a:スリット写真.b:フルオレスセイン染色写真.充血,浸潤,角膜上皮病変は認めず,眼表面は安定している.HSV1-DNAは同定されなかった.1544あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161545

序説:今,注目すべき眼感染症とその治療戦略

2016年11月30日 水曜日

●序説あたらしい眼科33(11):1539?1540,2016今,注目すべき眼感染症とその治療戦略CurrentlyNotableOcularInfectionsandTheirTreatmentStrategies井上智之*戸所大輔**大橋裕一***感染症の原因となる病原体は時代とともに常に変遷しており,また,新しい起炎微生物が次々と同定されている.たとえば10年前にはCorynebacteriumが起炎菌として扱われることはほとんどなかったが,現在では結膜炎・角膜炎・縫合糸感染の主要な病原体として認知されている.さらに,一時点で有効性が示された抗微生物薬であっても,10年後に変わらず有効である保証はない.なぜなら,治療薬の標的である微生物自体が耐性を獲得するなどして変遷してしまうからである.このように,新しい眼感染症の存在を知り,最新の診断法または治療法を認識することは,臨床の第一線で活躍する多くの開業医はもちろん,特殊疾患を診ることの多い市中病院や大学病院の勤務医に至るすべての眼科臨床医にとって重要である.しかし,眼感染症はさまざまな原因で多様な病像を呈しうること,また希少な疾患である場合も多いため,あらゆる眼感染症の新知見をアップデートすることは専門家であっても容易ではない.そこで今回は「今,注目すべき眼感染症とその治療戦略」と題し,眼感染症領域で注目を集めている話題を厳選して,エキスパートの先生方に解説していただいた.感染症治療特効薬の使用と耐性微生物の脅威という感染症学で避けて通れない問題点のなかから,今回は薬剤耐性単純ヘルペスウイルス角膜炎をとりあげ,その臨床病型と診断について編者の井上が解説した.グラム陰性細菌の病原体として有名なモラクセラ角膜炎の臨床像,危険因子,抗菌薬感受性および治療については鈴木崇先生(いしづち眼科)に,近年,眼感染症の原因として症例報告が相ついでいるCorynebacterium属のなかで,新たに発見されたCorynebacteriumoculiの紹介とその臨床的意義については西田功一先生と江口洋先生(近畿大学堺病院)に,早期の正確な診断が予後を左右する急性網膜壊死の眼所見と臨床経過,さらに眼内液に対するPCR結果を加えた新しい診断基準については高瀬博先生(東京医科歯科大学)に,それぞれ解説していただいた.培養同定がむずかしい栄養要求性レンサ球菌の特徴とその感染症,さらにその検出・同定のコツについては編者の戸所が解説した.医療の高度化に伴い増加してきた日和見眼感染症のうち,内因性カンジダ眼内炎の診断のポイント,治療に用いる抗真菌薬の眼科的特徴,ならびに治療法については田中大貴先生,川上秀昭先生,望月清文先生(岐阜大学)に,コンタクト関連感染症として重篤なアカントアメーバ角膜炎の最近の動向,および新しいクロマトグラフィー診断の紹介を含めた診断法については鳥山浩二先生(愛媛大学)に,近年,角膜浮腫・角膜内皮障害の鑑別疾患として念頭に置くべき疾患として注目されているサイトメガロウイルス角膜内皮炎の臨床的特徴,診断基準および治療戦略については小泉範子先生(同志社大学)に,臨床応用される抗微生物薬のうち,消毒薬の見直しを目的として,ヨード製剤の作用機序・臨床応用および有効性については秦野寛先生(ルミネはたの眼科)に,それぞれ解説していただいた.本号の特集は,眼感染症の最新情報を多彩な切り口でとりあげ,わかりやすくまとめてあるので,明日からの日常診療に必ずや役立つものと確信する.*TomoyukiInoue:多根記念眼科病院**DaisukeTodokoro:群馬大学大学院医学系研究科病態循環再生学講座眼科学分野***YuichiOhashi:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1540あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(2)

ネイルガンによる眼球穿破を伴う経眼窩的穿通性頭部外傷の1例

2016年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(10):1529?1532,2016cネイルガンによる眼球穿破を伴う経眼窩的穿通性頭部外傷の1例今永直也江夏亮山内遵秀目取真興道澤口昭一琉球大学医学部眼科学教室ACaseofTrans-orbitalHeadInjurythroughBulbarPenetrationbyNail-gunNaoyaImanaga,RyoEnatsu,YukihideYamauchi,KoudouMedorumaandShoichiSawaguchiDepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,FacultyofMedicine経眼窩的穿通性頭部外傷はまれな疾患であるが,脳・神経損傷,脳出血,感染などの合併症を引き起こし生命予後に影響する場合も少なくない.しかしながら,受傷した状況,部位によっては脳神経症状・所見が認められず,さらに眼球の損傷や眼窩損傷を伴う場合は救急科や脳神経外科ではなく直接眼科を受診し,眼科医が対応せざるをえない場合もまれではない.今回筆者らは眼球損傷(破裂)により眼科を受診し,神経学的所見・症状を認めなかったものの,原因検索のために行ったコンピュータ断層撮影(computedtomography:CT撮影)で脳内に釘を検出した1例を経験した.脳神経外科医の協力を得て手術は成功裏に終了できた.患者は後に自動釘打ち機(ネイルガン)を操作していたことが判明した.眼損傷においては異物の検索,さらに頭蓋骨骨折や頭蓋内損傷の検索に積極的にCT検査を行うことが重要である.Trans-orbitalpenetratingheadinjuryisararetraumaticdisease;however,prognosisoflifemaybedeterioratedinsomecases,ifcomplicationssuchasbrainandneurologicaldamage,brainhemorrhageorinfectionareassociated.Moreover,insomecasesfreefromneurologicalsignsandsymptoms,inwhichdamageisrestrictedtoeyeballandorbit,theophthalmologistmustdirectlyhandlethepatientwithoutanemergencydoctororneurosurgeon.Recentlyweexperiencedsuchapatient,withbulbarperforationandnoneurologicalsignsorsymptoms.Sincedetailedclinicalhistorycouldnotbeobtainedfromthepatient,weusedcomputedtomography(CT)toexplorethecauseandfoundanailthathadpenetratedtothebrainthroughtheupperorbit.Surgerywassuccessfullyperformedwiththeaidofaneurosurgeon.Later,theusageofanail-gunbecameevident.CTexaminationwasthusimportantinacaseofeyeinjuryofunknowncause,evenwithoutneurologicalsignsandsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1529?1532,2016〕Keywords:自動釘打ち機,経眼窩的穿通性頭部外傷,コンピュータ断層撮影.nailgun,transorbitalpenetratingheadinjury,computedtomography.はじめに異物による経眼窩的穿通性頭部外傷は比較的まれな疾患であり,脳神経外科領域における頭部外傷のなかでその発症頻度は0.4%と報告されている1).そのなかで経眼窩的頭蓋内穿通は成人では11?20%とされている2?4)が,小児では45?47%とされており注意が必要である5).また,眼球を避けて穿通することが多く,眼球損傷を伴い,頭蓋内異物に至る症例の報告はきわめて少ない.今回,筆者らは眼球損傷(破裂)を伴う経眼窩的穿通性頭部外傷の1例を経験した.患者は神経学的症状,所見をまったく認めなかったため救急外来,脳神経外科を受診せずに直接眼科外来を受診した.原因検索のためにコンピュータ断層撮影(computedtomography:CT撮影)を行ったところ脳内に異物(釘)が検出された.このため脳神経外科医と協力しながら手術を行い良好な結果を得た.I症例患者:56歳,男性,離島在住.主訴:左眼痛,視力障害,眼球破裂.既往歴:高血圧.現病歴:工事現場作業員.作業中に左眼に衝撃を感じ,直後から視力低下,眼痛あり,近医受診し,左眼球破裂を指摘され,民間航空機,公共交通機関を使用し琉球大学医学部付属病院眼科を受診した.初診時所見:神経学的には意識レベル清明,自立歩行,会話可能でありとくに問題を認めなかった.高次機能にも問題なく,性格の変化も認めなかった.高血圧219/123mmHgを認め,脈拍70回/分,体温36.7℃,酸素飽和度95%であった.眼科的には左眼視力は光覚弁,眼球は虚脱し眼圧測定不能,また眼球下方強膜が破裂しており,虹彩を含む高度のぶどう膜脱出が観察された(図1).受傷機転が不明のため緊急でCT検査を行ったところ,左眼球を突き抜け前頭葉深部まで達している金属釘(50×5mm)が同定された(図2).同時に血管造影および3D-CT構築を行ったところ,釘の先端は側脳室前角の外側に達しており,釘の頭部は硝子体に留まっていた.また,釘の中央部位で眼窩上壁を貫通している所見が観察された(図2).頭蓋内に明らかな出血や気脳症は認めず,明らかな血管の損傷も認めなかった(図3).経過:ただちに救急科へ移送し抗菌薬,抗痙攣薬の投与を開始し,全身管理を行った.ついで脳神経外科医と相談の結果,同日に開頭手術で釘を除去することとなった.脊髄ドレナージ設置後に左前頭側から開頭し,硬膜切開術を行った後に眼窩回への刺入部を同定し,釘の中央部から先端までの位置を確認した.ついで眼球を角膜輪部で切開し,丁寧かつ慎重に眼球内容除去を行い釘の頭部を確認した(図4).再度,頭蓋内の眼窩回より釘をゆっくりと刺入方向,すなわち眼窩下方,釘の頭部に向かって移動させ,最終的に眼窩(眼球内側)より引き抜いた.釘を除去した際にも出血などは認めず,硬膜を縫合後に硬膜フラップにて眼窩上壁を補強して頭蓋を閉創し,ついで眼球を強膜縫合で閉創した.術直後に行ったCT検査では除去した釘の先端部付近に小出血,眼窩回の皮質に小骨片が残存していたが,その他の部位には新しい出血などの異常所見は認めなかった.術後,脳神経外科病棟で抗菌薬投与,抗痙攣薬投与を継続して行った.経過中合併症なく受傷後14日目に独歩での退院となった.後日,患者は義眼作製を目的に家族とともに来院した.その際に家族に問診したところ,患者は自動釘打ち機(以下,ネイルガン)を用いた工事作業に従事中であったことが判明した.II考按経眼窩的頭蓋内穿通外傷は眼科日常診療においてはきわめてまれな傷病である.穿通異物としては海外では銃やネイルガンによる報告が多いが,銃規制が厳しいわが国においては銃による受傷はまれであり,一般的には細く,長く,硬いものによって惹起され,木片,傘,ガラスなどの報告が散見される4).この外傷による早期合併症として,脳神経外科的には髄膜炎,脳膿瘍などの感染,頭蓋内出血,脳挫傷,脳室内出血,脳幹損傷,脳血管障害などがある4,6).本症例のようにネイルガンによる報告も散見され3,4,7),いずれも容易に頭蓋内へ到達している.しかしながら本症例のように重篤な眼球損傷を伴う頭蓋内穿通外傷の報告はまれである.(経眼窩的)頭蓋内穿通外傷の分類としては異物の刺入速度と侵入経路による分類が行われている.刺入速度による分類では銃のような高エネルギー損傷をきたす高速度性のものを高速度性損傷とし,その他の原因による穿通性外傷を低速度性外傷と分類している8,9).高速度性損傷では感染の危険性は低いが,脳組織が強く損傷を受け当然のことながら生命を含めた予後不良のことも多い.一方,低速度性損傷では感染の危険性が高まるが,周囲の脳組織の損傷は軽微にとどまることが多く,機能の予後や生命予後は比較的良好なことが多いとされている8,9).経眼窩的頭蓋内穿通外傷では侵入経路による分類として,頭蓋内に骨折を起こすことなく上眼窩裂や視神経管を経由して頭蓋内に到達する裂孔型と,眼窩上壁を貫通して前頭葉に穿通する前頭葉型がある6).前者は海綿静脈洞,脳神経,脳幹などの損傷を伴いより重篤な合併症を生じる可能性があるのに対して,後者では脳内血種を作る頻度が高いとされているが,脳損傷の診断および治療が速やかに行われた場合はその予後は比較的良好とされている.本症例のようにネイルガンによる穿通性外傷は低速度性損傷に分類され8,9),また経路分類としては,本症例は前頭葉型の経眼窩的頭蓋内穿通であった.患者は受傷後より眼症状以外の自覚症状に乏しく,また初診時の問診でも受傷機転,受傷原因が不明であり,眼球破裂以外に神経症状も乏しかった.患者はこのため救急外来や脳神経外科を受診せず,直接眼科外来を受診した.今回,眼球破裂の原因検索のために行ったCT撮影が異物を発見する契機となったことからも,受傷原因や受傷機転の明らかでない眼球(眼窩)損傷においては可及的速やかにCT検査を行う必要があることが改めて示された.また,本症例では脳神経外科医と協力して異物の除去を行った.経眼窩的頭蓋内異物においても脳内からの異物の摘出方法によってはさらなる脳損傷,脳出血などの合併症を引き起こす可能性があり,手術方法に関しては脳神経外科医の協力のもと,診療科を横断した体制を構築し,十分な検討を行ったうえで決定する必要がある.脳内異物の摘出方法に関してO’Neillらは,異物の刺入部位から刺入経路に沿って慎重に抜去する方法がもっとも低侵襲であり,脳実質や血管,神経への損傷が少ないと主張し支持されている10).本症例はCT画像上,脳血管の損傷および頭蓋内出血を認めず,さらに釘の頭部が硝子体腔に残存していることが確認された.眼科的には眼球の操作で釘が移動し脳損傷,脳血管障害をきたす可能性を考慮し,まず慎重に眼球内要除去術を試み,釘の頭部の可視化に努めた.幸い眼球内容除去術を行ったところ釘の頭部が検出でき,硝子体腔より抜釘することが可能となった.ついで眼窩上壁の脆弱性も考慮し,眼球摘出は行わずに手術を終了した.本症例は手術方法に関してもCT検査は有用と考えられた.建築現場でのネイルガンの普及もあり,今後も本症例のような外傷が発生する可能性がある.予防としてはネイルガンに対する適切な使用法や使用の際の危険性についての教育が重要であり,ゴーグルなどの適切な保護具の着用が求められる.また,本症例のようにネイルガンによる外傷においては見た目が軽傷でも穿孔性眼外傷や頭部外傷の可能性を考慮し対応すべきである.III結語ネイルガンによるまれな眼球損傷を伴う経眼窩的穿通性頭部外傷の1例を経験した.本症例のように受診時に神経所見・症状が無症状あるいは軽微である場合は頭蓋内損傷を見逃してしまう可能性がある.受傷機転,原因が不明な眼球損傷では眼内異物,眼窩異物,あるいは頭蓋内異物・損傷を疑って早急なCT検査を行う必要がある.文献1)GennarelliTA,ChampionHR,SaccoWJetal:Mortalityofpatientswithheadinjuryandextracranialinjuryintraumacenters.JTrauma29:1193-1201,19892)DeVilliersJC:Stabwoundsofthebrainandskull.In:VinkenDJ,BmynJW,eds.HandbookofClinicalNeurology.Vol1,Injuriesofthebrainandspinalcord.Amsterdam:North-HollandPublishingCompany,p477-503,19753)duTrevouMD,vanDellenJR:Penetratingstabwoundtothebrain:thetimingofangiographyinpatientspresentingwiththeweaponalreadyremoved.Neurosurgery31:905-912,19924)野田昌幸,長嶋梧郎,藤本司ほか:経眼窩的穿通性頭部外傷の2例─頭部CTで陥るpitfallと3D-CTの有用性を踏まえて─.NeurosurgEmerg9:165-169,20045)山口武兼,畑宏,平塚秀雄ほか:眼窩壁を穿破した脳内異物および脳損傷の2例.脳神経外科6:179-184,19786)笠毛静也,浅倉哲彦,楠元和博ほか:経眼窩的穿通性損傷の臨床的検討.脳神経外科20:433-438,19927)奥永知宏,出雲剛,吉岡努ほか:金属製鈍的器物による経眼窩的穿通性脳損傷の1例.脳神経外科38:293-298,20108)金恭平,小野恭裕,藤森健司ほか:鉄鋼線が脳実質内へ完全に埋没した経眼窩的穿通性頭部外傷の1例.脳神経外科43:921-926,20159)KazimSF,ShamimMS,TahirMZetal:Managementofpenetratingbraininjury.JEmergTraumaShock4:395-402,201110)O’NeillOR,GillilandG,DelashowJBetal:Transorbitalpenetratingheadinjurywithahuntingarrow:casereport.SurgNeurol42:494-497,1994〔別刷請求先〕今永直也:〒903-0215沖縄県西原町上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:NaoyaImanaga,M.D.,DepartmentofOphthalmology,UniversityoftheRyukyus,FacultyofMedicine.207Uehara,Nishihara,Okinawa903-0215,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1前眼部写真下方強膜の裂傷と出血,高度の虹彩脱出が認められる.また眼球は虚脱している.図2初診時CT画像所見中央部が眼窩上壁を貫いている金属異物(釘)が観察される.1530あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(144)図3血管造影画像所見明らかな血管損傷,血種などの異常所見は認めていない.図4術中所見眼球内容除去を行ったところ,釘の頭部を観察できた.図5摘出した釘(145)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201615311532あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(146)

大型黄斑円孔に対しての内境界膜翻転法術後の外境界膜の連続性

2016年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(10):1524?1528,2016c大型黄斑円孔に対しての内境界膜翻転法術後の外境界膜の連続性額田和之小堀朗蒔田潤清水悠介福井赤十字病院眼科ContinuityofExternalLimitingMembraneafterVitrectomywithInvertedInternalLimitingMembraneFlapTechniqueforLargeMacularHoleKazuyukiNukada,AkiraKobori,JunMakitaandYusukeShimizuDepartmentofOphthalomogyFukuiRedCrossHospital目的:大型黄斑円孔に対する内境界膜翻転硝子体手術成績の外境界膜(externallimitingmembrane:ELM)連続性による検討.対象および方法:円孔径が400μm以上の大型黄斑円孔の17眼を後ろ向きに検討後のOCT所見からELM連続性あり群とELM連続性なし群に分け,年齢・術前の円孔サイズ・眼軸長・術前・術後視力の比較を行った.結果:黄斑円孔の閉鎖は17眼中16眼(閉鎖率:94.1%)であった.術後OCT所見で,ELMが回復していたものは9眼(52.9%)だった.2群間の比較で,円孔径はELM連続性あり群が491.11±117.52μm,ELM連続性なし群が728.57±124.83μm(p<0.01)と有意差を認めたが,円孔底径はELM連続性あり群が969.89±346.88μm,ELM連続性なし群が1,140.86±134.23μm(p=0.22)と有意差を認めなかった.結論:本法による術後視力はELMの連続性を得たものでよく,連続性の有無は黄斑円孔径に関連していた.Purpose:Toretrospectivelyinvestigatetheperformanceofvitrectomywithinternallimitingmembraneflaptechniqueforlargemacularholeinaccordancewithexternallimitingmembrane(ELM)continuity.Methods:Seventeeneyeswithlarge(>400μm)macularholethatunderwentthesurgeryweredividedintotwogroupsbasedonthepresenceofELMcontinuity.Wecomparedage,macularholesize,axiallengthandvisualacuitybetweenthegroups.Results:Themacularholeclosedin16ofthe17eyes(94.1%).OCTfindingsaftersurgeryshowedELMrecoveryin9eyes(52.9%).Macularholesizewas491.11±117.52μminthegroupwithELMcontinuityand728.57±124.83μminthegroupwithout(p<0.01).Macularholebottomsizewas969.89±346.88μminthegroupwithELMcontinuityand1140.86±134.23μminthegroupwithout(p=0.02).Conclusion:ThegroupwithELMcontinuityachievedbettervisualacuity,andcontinuitywasrelatedtomacularholesize.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1524?1528,2016〕Keywords:内境界膜翻転法,大型黄斑円孔,外境界膜.invertedinternallimitingmembraneflaptechnique,largemacularhole,externallimitingmembrane.はじめに現在,黄斑円孔に対する治療は,硝子体手術に内境界膜(internallimitingmembrane:ILM)?離を併用し,眼内に充?物を満たすことが標準的な治療方法である.手術による治療は,1991年にKellyとWendelらにより初めて硝子体手術の報告がなされ1),その後,ILM?離を併用することで閉鎖率は向上させる報告がなされた2).さらに,インドシアニングリーン(ICG),ブリリアントブルー(BBG)などの使用によるILMの染色方法の確立で,?離部と非?離部の境界が明瞭になり,より確実なILM?離を施行できるようになった3?5).現在,特発性黄斑円孔の初回閉鎖率は,95%以上の閉鎖率を得ているが,円孔径が大きなものに限定して閉鎖率を調べると閉鎖率が下がることは知られている6).この大型黄斑円孔に対して,閉鎖率を向上させるために,Michaelwskaらが報告した7,8)ILM膜翻法がある.今回,筆者らは大型黄斑円孔に対してのILM翻転後の術後成績を術後OCT上での外境界膜(externallimitingmembrane:ELM)の連続性から検討したので報告する.I対象および方法2011年11月?2015年3月に,福井赤十字病院眼科(以下,当科)にて,ILM翻転法併用硝子体手術を施行した症例中,円孔径が400μm以上のものが28眼あった.このなかから,発症から2年以上経過していた陳旧性の7眼,増殖糖尿病網膜症および黄斑浮腫を伴っていた2眼,近視性の網脈絡膜萎縮が顕著な2眼は除外し,残りの17眼(男性6眼,女性11眼)を対象とした.平均経過観察期間は12.66±9.30カ月であった.平均年齢は70.10±7.32歳(60?83歳),平均円孔径606.94±170.44μm(418?985μm),平均円孔底径1,039.29±273.15μm(433?1,526μm),眼軸長24.49±2.30mm(21.43?30.49mm),術前logMAR平均視力0.81±0.28であった.術前に光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)の水平断画像をもとに,Kusuharaら9)に倣って円孔直径の最小となるところを円孔径,円孔底部の直径を円孔底径と定め測定を行った.術後OCTの観察は,HeidelbergEngineeringSpectralisを用いて行った.術後の黄斑円孔の閉鎖は,網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)の露出していないものに限り,閉鎖と判定した.つぎに,ELMと視細胞内節(ellipsoidzone:EZ)の回復を観察した.また,図1に示すとおりにELM連続性あり群とELM連続性なし群の2群に分けて,年齢・術前の円孔サイズ・眼軸長・術前視力・術後視力・経過観察期間の比較を行った.手術は,有水晶体眼である症例では白内障手術を同時に施行した.硝子体手術の手術装置は,コンステレーションRビジョンシステム(Alcon)またはアキュラスR(Alcon)を使用し,広角観察システムはResightR(Zeiss)を用いた.23Gシステムまたは25Gシステムを症例に応じて行った.まず中心部硝子体切除を行った後,後部硝子体?離を作製または確認を行った.続いて,強膜圧迫子にて周辺部圧迫しながら周辺部硝子体切除を行った.黄斑部はResightの60Dレンズまたはコンタクトレンズ(HOYA)を用いて操作を行った.ILM染色は,BBGまたはICGのいずれかを使用した.ICGを使用した症例は2例で,他の症例はBBGのみでILM染色を行った.ILM?離は,アーケード付近まで十分?離し,円孔縁全周にだけILMを残し翻転した.ILM翻転後,ILMのトリミングを施行した場合は,cutrateは5,000bpmを維持し,吸引圧を10mmHgまで落として適宜処理した.最後に,15?20%のSF6ガス,または術後うつむきが困難な症例にはシリコーンオイルを硝子体内腔に全置換した.統計学的解析はStatcel3を用いて行った.関連した2群間の比較は対応のあるt-testを,独立した2群間における比較で,Mann-WhitneyU-testを用いて検定した.p<0.05で有意差ありと判定した.本治療については,福井赤十字病院倫理委員会の承認を得て行った.II結果表1に全症例を円孔径が小さい症例から順次提示している.術前背景・手術内容・手術成績を示した.全症例の視力(logMAR値)は,術前0.89±0.40,術後1カ月が0.55±0.22,術後3カ月が0.47±0.35,術後最終視力が0.34±0.23で有意に改善が得られていた(表2).術前視力と術後最終視力の比較(図2)をしたところ,logMAR視力が0.2以上改善していたものは,17眼中14眼(82.4%)であった.黄斑円孔の閉鎖は17眼中16眼であった(閉鎖率:94.1%).術後OCT所見で,ELMが回復していたものは9眼(52.9%)で,EZが回復していたものは6眼(35.3%)であった.代表的な症例の術後OCT所見を図3,4に示す.図3に提示した症例4,5,6はELM連続性あり群の症例である.症例9,11,12はELM連続性なし群の症例である.図4の症例16は術後4カ月の時点でRPEが露出しており,非閉鎖である.ELM連続性あり群とELM連続性なし群の術前視力・術後視力・年齢・経過観察期間・術前の円孔サイズ・眼軸長の比較を表3に示す.ELM連続性あり群の術前視力(logMAR値)は0.75±0.24,術後最終視力は0.22±0.16(p<0.01).ELM連続性なし群の術前視力は0.93±0.32,術後最終視力は0.48±0.24(p<0.01)で,両群とも有意に改善していた.術前視力は,有意差は認めなかったが(p=0.22),術後最終視力を両群間で比較すると,ELM連続性あり群が有意によかった(p<0.05).年齢は,ELM連続性あり群が69.89±8.87歳,ELM連続性なし群が69.14±5.15歳(p=0.84)で有意差を認めなかった.眼軸長は,ELM連続性あり群が23.40±1.01mm,ELM連続性なし群が25.78±2.79mm(p<0.05)で有意差を認めた.経過観察期間は,ELM連続性あり群が11.83±5.49カ月,ELM連続性なし群が13.79±13.10カ月(p=0.69)で有意差を認めなかった.円孔径は,ELM連続性あり群が491.11±117.52μm,ELM連続性なし群が728.57±124.83μm(p<0.01)と有意差を認めたが,円孔底径はELM連続性あり群が969.89±346.88μm,ELM連続性なし群が1,140.86±134.23μm(p=0.22)で有意差を認めなかった.III考按今回筆者らは,大型黄斑円孔に対して,ILM翻転法併用硝子体手術を行い,術後視力・閉鎖率・術後OCT所見からの検討を行った.大型黄斑円孔の手術成績の過去の報告では,Michaelら6)がStage1,2の400μm以下の黄斑円孔が閉鎖率92%であるが,stage3,4では400μm以上の大型黄斑円孔の閉鎖率は56%に留まるとしている,Michalewskaら7)はILM翻転法を用いることで,flatopenな閉鎖が2%に留まり,閉鎖率が98%となることを報告している.今回の検討でも,17眼中16眼で閉鎖率が94.1%と良好な閉鎖率であった.1症例は閉鎖が得られなかったが,術後のOCT所見を検討するとflatopenの形で,術前の円孔よりも縮小していたが耳側の翻転したILMが?がれていることを確認した.この症例の手術ビデオを見返すと,翻転時は全周にILMが確認でき,その後粘弾性物質で翻転したILMを固定する手技も行っていた.ILM翻転法の問題点は,液-空気置換後に翻転したILMが元に戻ることや,?がれてしまうことである.粘弾性物質やパーフルオロオクタンの使用や翻転させるILMのトリミングの程度など,いろいろな手技の工夫で確実な翻転が検討されており,さらなる手術手技の発展が期待される.また,今回の検討では,術後OCT所見でELMの連続性に着目した.両群間の術後最終視力の比較では,連続性あり群が有意な改善をしていた.しかし,ELM連続性なし症例でもOCT所見に解離して視力が予想以上によいものも確認した(症例11,12,13).患者自身が固視点をうまく変えて視力をあげているのか,今後の経過観察の過程で,ELM・EZが回復してくるのか,今後の検討課題と考えられた.年齢での比較は有意差を認めなかったが,眼軸長についてはELM連続性なし群が有意に長かった.今回の検討した症例のなかに眼軸長27mm以上の症例が3眼含まれていた.これらの症例10,13,17はすべてELMの連続性は認めなかったため,有意差を認めたと考えた.円孔サイズの比較は,円孔底径でELM連続性あり群が969.89±346.88μm,ELM連続性なし群が1,140.86±134.23μm(p=0.22)と有意差を認めなかったが,円孔径は,ELM連続性あり群が491.11±117.52μm,ELM連続性なし群が728.57±124.83μm(p<0.01)と有意差を認めた.表1で,円孔径の小さい症例から順に症例を提示したが,400μm台の症例すべてELMの連続性を確認できた.既報で,IS/OSライン(EZ)の回復については,Hayasiら10)が,特発性大型黄斑円孔では43%で回復したとしている.全症例中,ELMが回復していたものは9眼(52.9%)であったが,500μm以上に限定してみると1眼のみに留まっていた.従来のILM?離後の円孔閉鎖における中心窩網膜外層の修復過程において,必ずELMの修復がEZに先行することが言われている11).ELMが連続して観察できるなら網膜が完全に伸展して閉鎖が得られているのではないかと考えた.黄斑円孔の閉鎖は,網膜の伸展性とグリア細胞の増殖遊走などによる創傷治癒が重要視されている12?14).翻転したILMは,この増殖・遊走の足場を提供しているのではないかと考えられている7).ELMの連続性ないものは網膜の伸展に加えて,グリア細胞の増殖したもので閉鎖を得ていると考えた.500μm以上の症例はILM翻転法を用いなければ,網膜の伸展が足りず閉鎖が得られない可能性が高いのではないかと考えられた.以上,大型黄斑円孔に対する手術成績を検討した.ILM翻転法は,円孔閉鎖率は向上させたが,視力予後・視機能については,さらなる症例の積み重ねと経過観察が必要と考えられた.ELMの回復程度は,術前の円孔径に関係していた.500μm以上の黄斑円孔は,ELMの連続性・回復を認めることが少ないが,閉鎖を第一に考えた場合にILM翻転を行うことが望ましいのではないかと考えた.文献1)KellyNE,WendelRT:Vitreoussurgeryforidiopathicmacularholes.Resultsofapilotstudy.ArchOphthalmol109:654-659,19912)BensonWE,CruickshanksKC,FongDSetal:Surgicalmanagementofmacularholes:AreportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology108:1328-1335,20013)KadonosonoK,ItohN,UchioEetal:Stainingofinternallimitingmembraneinmacularholesurgery.ArchOphthalmol118:1116-1118,20004)KimuraH,KurodaS,NagataMetal:Triamcinoneacetonide-assistedpeelingoftheinternallimitingmembrane.AmJOphthalmol137:172-173,20045)EnaidaH,HisatomiT,HataYetal:BrilliantblueGselectivelystainstheinternallimitingmembrane/brilliantblueG-assistedmembranepeeling.Retina26:631-636,20066)MichaelS,BakerBJ,DukerJSetal:Anatomicaloutcomesofsurgeryforidiopathicmacularholedeterminedbyopticalcoherencetomography.ArchOphthalmol120:29-35,20027)MichalewskaZ,MichalewskiJ,AdelmanRAetal:Invertedinternallimitingmembraneflaptechniqueforlargemacularholes.Ophthalmology117:2018-2025,20108)MichalewskaZ,MichalewskiJ,CisieckiSetal:Highspeed,highresolutionspectralopticalcoherencetomographyaftermacularholesurgery.GraefesArchClinExpOphthalmol246:823-830,20089)KusuharaS,TeraokaEscanoMF,FujiiSetal:Predictionofpostoperativevisualoutcomebasedonholeconfigurationbyopticalcoherencetomographyineyeswithidiopathicmacularholes.AmJOphthalmol138:709-716,200410)HayashiH,KuriyamaS:Fovealmicrostructureinmacularholesurgicallyclosedbyinvertedinternallimitingmembraneflaptechnique.Retina34:2444-2450,201411)WakabayashiT,FujiwaraM,SakaguchiHetal:Fovealmicrostructureandvisualacuityinsurgicallyclosedmacularholes:Spectral-domainopticalcoherencetomographicanalysis.Ophthalmology117:1815-1824,201012)TornambePE:Macularholegenesis:thehydrationtheory.Retina23:421-424,200313)OhJ,YangSM,ChoiYMetal:Glialproliferationaftervitrectomyforamacularhole:aspectraldomainopticalcoherencetomographystudy.GraefesArchClinExpOphthalmol251:477-484,201314)GreenWR:Themacularhole:histopathologicstudies.ArchOpthalmol124:317-321,2006〔別刷請求先〕額田和之:〒918-8501福井県福井市月見2丁目4番1号福井赤十字病院眼科Reprintrequests:KazuyukiNukada,M.D.,DepartmentofOphthalomogyFukuiRedCrossHospital,2-4-1Tukimi,Fukui918-8501,JAPAN0195120-41810/あ16た/図1ELM連続性の有無の判定黒矢印:ELM,白矢印:EZ.Aのように中心窩の外境界膜の回復がみられるものを連続性あり群に,BのようにELMの回復がみられず,ILMから増生したgliosisと思われる組織で閉鎖しているのをELM連続性なし群として判定した.(139)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161525表1術前背景・手術内容・成績表2術後視力図2術前後視力の視力変化●:ELM連続性あり群,▲:ELM連続性なし群.図3代表症例症例番号は表1に提示したもの.症例4,5,6はELM連続性あり群の症例で,翻転させたILMが観察できることが多い.症例9・症例11・症例12はELM連続性なし群の症例で,翻転させたILMからグリアと思われる組織で埋まり閉鎖を得ているが,網膜外層の回復を認めない.図4非閉鎖の症例術後4カ月の時点でRPEが露出しており,非閉鎖の症例(表1の症例16).Flatopenの形で術前の円孔よりも縮小していたが,耳側の翻転したILMが?がれている.表3ELMの連続性の有無による比較(141)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201615271528あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(142)

各種プロスタグランジン系緑内障点眼薬が水晶体上皮細胞に及ぼす影響について

2016年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(10):1518?1523,2016c各種プロスタグランジン系緑内障点眼薬が水晶体上皮細胞に及ぼす影響について茨木信博*1三宅謙作*2*1いばらき眼科クリニック*2眼科三宅病院TheInfluenceofVariousProstaglandinGlaucomaEyedropsonLensEpithelialCellsNobuhiroIbaraki1)andKensakuMiyake2)1)IbarakiEyeClinic,2)MiyakeEyeHospital目的:これまでに,緑内障点眼薬で白内障手術後に黄斑浮腫が発症する原因は,水晶体上皮細胞の炎症性サイトカイン産生促進であることを報告した.今回は,点眼液による水晶体上皮細胞の炎症性サイトカイン産生促進効果と細胞障害性を各種プロスタグランジン(PG)系緑内障市販薬間で比較した.方法:培養水晶体上皮細胞株の細胞形態と培養上清中のIL(インターロイキン)-1a,IL-6,PGE2を計測した.製剤は,キサラタン(X),ラタノプロストPF(L),ルミガン(Lu),タプロス(T),トラバタンズ(Tr)で,10?1,000倍希釈を培地に添加した.結果:Xでは1,000倍希釈でも細胞形態に異常を示したが,L,Luでは300倍希釈,T,Trでは100倍希釈で細胞は正常な形態であった.サイトカインはX,L,Lu,T,Trの順で多く産生された.結論:緑内障点眼製剤による水晶体上皮細胞の細胞障害とサイトカインの産生促進は,塩化ベンザルコニウムの含有濃度や種類により差があること,非含有でも他の添加剤で生じることが明らかとなった.Purpose:Wehavereportedthatmacularedemaaftercataractsurgerywithuseofglaucomaeyedropsiscausedbystimulatorycytokineproductionoflensepithelialcells.Inthisreport,wecomparetheinfluenceofvariousglaucomaeyedropsonlensepithelialcells.Methods:Humanlensepithelialcellswereculturedwithvariousdrugs:Xalatan,LatanoprostPF,Lumigan,TapulosandTrabatans.Eachdrugwasdiluted10to1000timesandaddedtothemedium.CellmorphologywasobservedandcytokinesIL-1-alpha,IL-6andPGE2intheculturesupernatantweremeasured.Results:LumiganandLatanoprostPFat300xdilutionandTapulosandTrabatansat100xshowednocytotoxicity,butXalatanat1000xdilutionshowedcytotoxicity.Intermsofcytokineproduction,Xalatan,Lumigan,LatanoprostPF,TapulosandTrabatansshoweddecreases,respectively.Conclusion:Glaucomaeyedropformulationswereantagonistictocytotoxicityinlensepithelialcells,andpromotedtheproductionofcytokines.Thedegreediffersdependingonthetypeandconcentrationofbenzalkoniumchlorideadded,andofotherpreservativesinthebenzalkoniumchloride-freetypes.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1518?1523,2016〕Keywords:白内障術後,黄斑浮腫,緑内障点眼薬,塩化ベンザルコニウム,水晶体上皮細胞.aftercataractsurgery,macularedema,glaucomaeyedrop,benzalkoniumchloride,lensepithelialcells.はじめに?胞様黄斑浮腫(cystoidmacularedema:CME)は,種々の眼疾患や眼内手術後に生ずるが,その成因は不明である.白内障手術後に生ずるCMEについても,低眼圧,硝子体索引,炎症などが考えられている1).さらに,白内障手術後に緑内障薬の点眼を行った場合に,CMEが起こることが報告されている.近年,プロスタグランジン製剤の白内障手術後の使用によるCMEが報告されているが2?5),緑内障治療薬によるCMEは以前より数多く報告されている.これまでに筆者らは,この白内障手術後の緑内障点眼薬によるCMEの原因を明らかにするために,ラタノプロスト,チモロール,防腐剤である塩化ベンザルコニウムの入らないチモロール,さらに,緑内障薬の主成分を含まない基剤のみと,さらにその基剤から塩化ベンザルコニウムを除いたものを使用し,白内障手術後早期眼において,CMEの発生が緑内障治療薬の主成分の関与よりも,添加されている防腐剤である塩化ベンザルコニウムが大きく関与していることを報告した6).さらに,ヒト水晶体上皮細胞(humanlensepithelialcell:HLEC)を培養し,緑内障点眼薬の主成分であるラタノプロスト,チモロール,塩化ベンザルコニウムを添加し,各種炎症系サイトカインの産生を検討したところ,緑内障点眼薬の主成分よりも塩化ベンザルコニウムの添加によって,はるかに高濃度のサイトカインを産生することを明らかにした7).今回は,実際に臨床で使用している各種プロスタグランジン系緑内障市販薬によるHLECに対する障害,サイトカインの産生について検討し,塩化ベンザルコニウム,ホウ酸などの防腐効果のある物の添加により,HLECが障害を受け,サイトカインの産生も増加すること,塩化ベンザルコニウム自体の改良や防腐剤の工夫によって障害やサイトカインの産生を抑えることが可能であることを見いだした.さらに,点眼容器の工夫によって防腐剤フリーとされている点眼薬について,塩化ベンザルコニウム以外の添加剤によって,高濃度のサイトカインが産生され,細胞障害も高度に生ずることが明らかとなったので報告する.I方法培養したHLECは,ヒト由来の水晶体上皮佃胞で株化されたもの(SRA01/04)8)を用いた.25mm2の培養フラスコに,70±5個/mm2の細胞密度となるように調整し,37℃,5%炭酸ガス,湿度100%で培養した.培養液は,DulbeccoMinimumEssentialMedium(Gibco,GlandIsland,NY)に5%ウシ胎児血清を添加したもので,抗菌薬や抗真菌薬の入らないものを標準培地として用いた.薬剤は,キサラタン(ファイザー:以下,X),タプロス(参天製薬:以下,T),トラバタンズ(日本アルコン:以下,Tr),ラタノプロストPF(日本点眼薬研究所:以下,L),ルミガン(千寿製薬:以下,Lu)を各企業より提供を受け使用した.それぞれの点眼薬を標準培地で10?1,000倍に希釈したもので細胞培養を行った.培養7日目に位相差顕微鏡で細胞形態を観察するとともに,培地を回収し細胞成分を除去した後に培地中の各種サイトカインを定量した.薬剤の希釈度によって生細胞数が異なるため,各々の培養フラスコ中の細胞数を計測し,105個の細胞に対するサイトカイン量を計算した.標準培地でのみ培養したものを対照とした.各々3個の培養を行い,平均値と標準偏差を求めた.炎症性サイトカインはインターロイキン1a(IL-1a),インターロイキン6(IL-6)とプロスタグランジンE2(PGE2)を測定した.IL-1aはEL1SA(enzyme-linkedimmunosorbentassay)キット(日本抗体研究所,高崎市),IL-6はCLEIA(chemiluminescentenzymeimmunoassay)キット(富士レビオ,東京),PGE2はRIA(radioimmunoassay)キット(NENLifeScienceProducts,Boston)を用いて測定した7).II結果1.細胞形態Xは100倍希釈以上の高濃度で細胞は死滅し,300倍で少数の生細胞を,1,000倍で細胞伸展を認めた(図1).Lu(図2),L(図3)は,30倍以上で細胞は死減,100倍で伸展,300倍未満で正常であった.T(図4),Tr(図5)は,10倍で細胞が死滅,30倍で伸展,100倍で正常であった.2.サイトカイン産生IL-1aの産生量は,対照が60.6±42.0pg/105細胞(平均値±標準偏差)に対し,300倍希釈のXが146.5±31.7pg/105細胞で,100倍希釈のLu,L,T,Trは各々50±26.8,21.1±9.0,11.3±5.3,4.0±0.6pg/105細胞であった(図6).IL-6(図7)は,対照,300倍希釈のX,100倍希釈のLu,L,T,Trが各々378.9±228.5,2,011.5±338.7,1,154.7±296.6,362.3±106.8,222.6±33.9,148.6±15.8pg/105細胞,PGE2(図8)は,各々21.9±13.8,205.3±41.1,NA,71.3±35.3,8.3±0.3,10.3±3.7pg/105細胞であった.III考按これまでに筆者らは,白内障術後の緑内障薬によるCMEは,塩化ベンザルコニウムの関与の可能性が高いこと,その機序として白内障の手術後に残存した水晶体上皮細胞に,緑内障治療薬が作用することにより各種サイトカインが多量に産生されることを確認し,このサイトカインが網膜に作用するためではないかと考えた6,7).防腐剤としての塩化ベンザルコニウムは,静菌や殺菌作用,保存効力が高いことから,点眼薬の約7割で使用されている.塩化ベンザルコニウムを添加することで,薬物の浸透性が亢進するという利点がある一方で,これまでに眼表面障害の問題がとりあげられている.おもに角膜上皮細胞に対する細胞毒性が報告されおり,これは防腐剤の界面活性作用によるもので,細胞膜の透過性が高まり,膜破壊や細胞質の変性によって生じる9).塩化ベンザルコニウムなどの防腐剤が点眼薬に添付される意味は,点眼瓶を用いて繰り返し使用するために,開栓によって瓶内に細菌が混入し,増値することを防ぐためである.したがって,単回使用の点眼には通常防腐効果のある添加剤は添加されていない.また,その防腐効果を確認するために,種々の細菌を用いた保存効力試験が実施され,点眼瓶,点眼薬の汚染が生じないかを検討されている10).今回使用したXとLu,Tにはそれぞれ塩化ベンザルコニウムが0.02%と0.005%,0.001%,TrとLには塩化ベンザルコニウムは含有されていないが,濃度は不明であるが,防腐剤としての亜鉛やホウ酸などの緩衝剤が添加されている.X,Lu,Tの順で,細胞障害が生じ,サイトカインの産生も多かった.これは,塩化ベンザルコニウムの濃度によって障害の程度が決まること7)と同様の結果であった.さらに,Tの塩化ベンザルコニウムは,塩化ベンザルコニウムの炭素鎖長が一定のものであり,他の製剤ではこの炭素鎖長が種々であるのに対し,より細胞毒生が少ないものを使用している.さらに,Tでは保存効力試験と角膜上皮細胞を用いた細胞毒性試験を行い,塩化ベンザルコニウムの至適濃度(0.0005?0.003%)を決定し,以前の0.01%から現在の0.001%に減量されている11).LuのPGE2が検査不能であったが,これはLuが検査試薬と交差反応するものと考えられ,異常な高値を示したが,詳細は不明である.Trは,塩化ベンザルコニウムに代わる防腐剤として,ホウ酸の存在下で亜鉛イオンが細菌などのATP産生を阻害することで細菌などを死滅させる添加物が含まれている.これは,酸性下でもっともその効力が強力に出現することから,製剤の状態では酸性を示している.点眼することで,涙液によって緩衝され中性となることで,細胞毒性が減弱,消失するものと考えられている12).今回の検討においても,Trを培養液に加えることで中性になり,添加物の細胞毒性が軽減したと考えられる.最後に,Lについては,塩化ベンザルコニウムを含まない点眼薬なので好結果を期待していた.しかし,結果は塩化ベンザルコニウムが含まれている製剤と同等の結果であった.Lは,塩化ベンザルコニウムを含まなくても,複数回の点眼で容器内の細菌などの増殖を防御するために,点眼口にフィルターを付け,細菌などの混入を防御している.防腐剤を減らし,あるいは無添加にすることが可能な点眼瓶として,非常に有益なものと思われる.しかし,今回の良好な結果が得られなかったのは,保存効力試験を通すために,塩化ベンザルコニウムは非添加であるが,ホウ酸(濃度不明)が細菌などの増殖が生じないように添加されているためと考えられた.本来,フィルターを用いた点眼瓶に保存効力試験を行う必要はないので,塩化ベンザルコニウム以外の添加剤についても,その添加の目的,濃度などを検討すべきであると考えられた.今回の検討で,緑内障の点眼薬の実薬においても,水晶体上皮細胞の細胞障害や細胞のサイトカイン産生に及ぼす影響は,塩化ベンザルコニウム含有によって濃度依存的に強いことと,塩化ベンザルコニウム非添加でフィルター付き点眼瓶を用いた薬剤でも,塩化ベンザルコニウム添加の薬物と同等の影響があることが明らかとなった.白内障術後の緑内障点眼薬の使用については,塩化ベンザルコニウムの含有濃度に注意して使用すべきと考えられた.さらに,塩化ベンザルコニウム非添加であっても,他の防腐効果を期待した添加物を加えていることがあるので,点眼薬の添加物や保存効力試験の有無などもよく確認する必要があると思われた.文献1)GassJDM:StereoscopicAtlasofMacularDiseases;DiagnosisandTreatment.4thEd,p478-481,CVMosby,St.Louis,MO,19972)RoweJA,HattenhauerMG,HermanDC:Adversesideeffectsassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol124:683-685,19973)FechtnerRD,KhouriAS,ZimmermanTJetal:Anterioruveitisassociatedwithlatanoprost.AmJOphthalmol126:37-41,19984)MoroiSE,GottfredsdottirMS,SchteingartMTetal:Cystoidmacularedemaassociatedwithlatanoprosttherapyinacaseseriesofpatientswithglaucomaandocularhypertension.Ophthalmology106:1024-1029,19995)MiyakeK,OtaI,MaekuboKetal:Latanoprostacceleratesdisruptionoftheblood-aqueousbarrierandtheincidenceofangiographiccystoidmacularedemainearlypostoperativepseudophakias.ArchOphthalmol117:34-40,19996)MiyakeK,OtaI,IbarakiNetal:Enhanceddisruptionoftheblood-aqueousbarrierandtheincidenceofangiographiccystoidmacularedemainearlypostoperativepseudokaias.ArchOphthalmol119:387-394,20017)GotoY,IbarakiN,MiyakeK:Humanlensepithelialcelldamageandstimulationoftheirsecretionofchemicalmediatorsbybenzalkoniumchlorideratherthanlatanoprostandtimolol.ArchOphthalmol121:835-839,20038)IbarakiN,ChenS-C,LinL-Retal:Humanlensepithelialcellline.ExpEyeRes67:577-585,19989)相良健:オキュラーサーフェスへの影響─防腐剤の功罪.あたらしい眼科25:789-794,200810)保存効力試験法.第十六改正日本薬局方.2044-2046,2011.3.24.厚生労働省11)浅田博之,七條優子,中村雅胤ほか:0.0015%タフルプロスト点眼液のベンザルコニウム塩化物濃度の最適化検討─眼表面安全性と保存効力の視点から─.YAKUGAKUZASSHI130:867-871,201012)LewisRA,KatzGJ,WeissMJetal:Travoprost0.004%withandwithoutbenzarkoniumchloride:acomparisonofsafetyandefficacy.JGlaucoma16:98-103,2007〔別刷請求先〕茨木信博:〒320-0851栃木県宇都宮市鶴田町720-1いばらき眼科クリニックReprintrequests:NobuhiroIbaraki,M.D.,IbarakiEyeClinic,720-1Tsuruta-machi,Utsunomiyacity,Tochigi320-0851,JAPAN0195110-81810/あ16た/(133)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161519図1キサラタン添加時の細胞形態7日目a:100倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:300倍希釈.わずかの生細胞を認めるが,細胞は伸展している.c:1,000倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).図2ルミガン添加時の細胞形態7日目a:30倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:100倍希釈.細胞伸展を認める.c:300倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).1520あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(134)図3ラタノプロストPF添加時の細胞形態7日目a:30倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:100倍希釈.細胞伸展を認める.c:300倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).図4タプロス添加時の細胞形態7日目a:10倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:30倍希釈.細胞伸展を認める.c:100倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).(135)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161521図5トラバタンズ添加時の細胞形態7日目a:10倍希釈.ほとんどの細胞が死滅している.b:30倍希釈.細胞伸展を認める.c:100倍希釈.ほぼ正常の細胞形態(バーは100μm).図6IL?1aの産生(pg/105細胞)X:キサラタン,Lu:ルミガン,L:ラタノプロストPF,T:タプロス,Tr:トラバタンズ.図7IL?6の産生(pg/105細胞)X:キサラタン,Lu:ルミガン,L:ラタノプロストPF,T:タプロス,Tr:トラバタンズ.図8PGE2の産生(pg/105細胞)X:キサラタン,Lu:ルミガン,L:ラタノプロストPF,T:タプロス,Tr:トラバタンズ.1522あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(136)(137)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161523

緑内障患者点眼アドヒアランス向上を目指した製薬会社の啓発活動への医療従事者の評価

2016年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(10):1509?1517,2016c緑内障患者点眼アドヒアランス向上を目指した製薬会社の啓発活動への医療従事者の評価河嶋洋一*1菊池順子*2兵頭涼子*3木村泰朗*4*1京都ひとみケアリサーチ*2新お茶の水ファーマシー*3南松山病院眼科*4上野眼科医院EvaluationbyMedicalPersonnelofPharmaceuticalCompanies’EducationalActivities,AimedatImprovingInstillationAdherenceinGlaucomaPatientsYoichiKawashima1),JunkoKikuchi2),RyokoHyodo3)andTairoKimura4)1)KyotoHitomiCareResearch,2)Shin-OchanomizuPharmacy,3)DepartmentofOphthalmology,MinamimatsuyamaHospital,4)UenoEyeClinic緑内障患者の点眼アドヒアランス向上を目的とした試みがいくつか報告されている.そのなかで,製薬会社の啓発活動に対する眼科施設や調剤薬局に在籍する医療従事者からの満足度,活用度を今回,医療従事者への直接面談方式によるアンケート調査で実施した.全国33施設,141名の協力を得た.その結果,緑内障疾患の説明資材や眼球模型などの満足度,活用度が高い反面,患者の正しい点眼方法や毎日の点眼の重要性に関する資材や点眼補助具などに対する満足度,活用度が低いことがわかった.さらに,今後の製薬会社に期待する活動内容として,資材類,実物類からの視点と製品開発からの視点の両面でいくつかの有用な提案を得た.Sometrialsaimedatimprovinginstillationadherenceinglaucomapatientshavebeenreported.Medicalpersonnelatophthalmicfacilitiesanddispensingpharmaciesweresurveyedbyquestionnaire,throughface-to-faceinterview,toinvestigatesatisfactionratingandutilizationofeducationalactivitiesprovidedbythepharmaceuticalcompanies.Cooperatinginthesurveywere141medicalpersonnelfrom33facilitiesthroughoutthecountry.Resultsclearlyindicatedthatsatisfactionratingandutilizationofexplanationmaterialandlikeeyeballmodelsaboutglaucomadiseasearehigh.Ontheotherhand,materialsexplainingtopatientstheproperinstillationmethodandtheimportanceofdailyinstillation,ortheinstillationguidetool,arelow.Thissurveyprovidedusefulsuggestions,fromtheviewpointofbothexplanationmaterialsandproductdevelopment,regardingpharmaceuticalcompanyactivitiesforthefuture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1509?1517,2016〕Keywords:緑内障,点眼アドヒアランス,アンケート調査,製薬会社,満足度.glaucoma,instillationadherence,questionnaire,pharmaceuticalcompany,satisfactionrating.はじめに慢性疾患である緑内障治療において,正しい点眼の継続性,すなわち患者個々の点眼アドヒアランスの良否が治療効果に及ぼす影響は大きい1?3).一方,自覚症状に乏しく,長期間の点眼治療を必要とする緑内障において良好なアドヒアランスを維持するためには,疾患と点眼治療の重要性への理解を目的とした啓発活動が重要となる.そのなかで,医療従事者から患者への関与,すなわちコーチングとよばれる医療行為がきわめて重要である4?6).このコーチング内容をサポートする手段はいろいろあり,そのうちの一つとして,治療に用いられる緑内障点眼薬を販売する製薬会社の啓発活動,すなわち,疾患説明資材,点眼薬情報,点眼方法提案,点眼容器,点眼補助具などの資材類,実物類の提供がある.しかしながら,これらの製薬会社の活動に対する医療従事者側からの評価に関する体系だった調査はこれまでほとんど報告されていない.そこで,今回,製薬会社からの資材類,実物類の提供活動に対する評価を目的とし,調査者が対象者となる医療従事者に直接面談することでアンケート調査を実施した.本報では,種々の資材類,実物類に対するアンケート調査による評価結果とそこからみえてくる今後の製薬会社に期待される活動について報告する.I対象および方法2015年3?5月の3カ月間に,眼科治療を実施する医療施設に在籍し,事前の了解が得られた医療従事者を対象とした直接面談方式によるアンケート調査を実施した.まず,アンケート調査の目的を説明した後に,製薬会社が提供している実際の資材類,実物類(表1および図1)を供覧し,最後に,表2に示す設問内容のアンケート調査用紙に無記名式,自記式での回答とした.各医療従事者がこれまでに使用経験した資材類,実物類に限っての回答とし,また,職務内容上,回答できない設問に対しては,無記入とした.なお,表1(代表例を図1の写真に示す)に示す資材類,実物類は,各種の緑内障点眼薬を販売している参天製薬株式会社,千寿製薬株式会社,日本アルコン株式会社,ファイザー株式会社と川本産業株式会社(市販の点眼補助具)の5社から提供を受けた.II結果アンケートを実施し,回収しえたのは全国33施設〔内訳は大学病院6施設,総合病院1施設,眼科病院3施設(薬剤科を含む),眼科医院14施設,調剤薬局9施設〕の141名〔内訳は眼科医37名,看護師40名,薬剤師21名,視能訓練士20名,その他(検査,受付などの眼科スタッフ)23名〕であった.1.アンケート調査結果最初に,全18設問のうち,数値での表示可能な14設問に対する回答結果を表3および図2(製薬会社から提供される資材類,実物類に関する設問)に示す.2.資材類,実物類に対するコメントおよび不満足理由つぎに,設問⑪および⑮で回答を得た,製薬会社から提供されている資材類,実物類のどういう点が評価されていないのかの回答を項目別に表4に示す(代表的な内容をそれぞれ3つ記載,括弧内は回答者の職種).3.結果のまとめ製薬会社から提供される資材類,実物類に関する調査結果を中心に簡単に列記する.1.自前の資材類との併用も合わせて,製薬会社からの資材類を約90%の割合で採用している.また,複数製薬会社の同様の資材類からの選択基準としては,「文字数が少なく,文字も大きく,イラストなどが多い内容となっている」ことであった.2.資材類,実物類に対する満足度は,満足しているものもあるが不満足のものも両方あるという評価がもっとも高く,いずれも70%を超えていて,ほぼ不満足であるという評価と合わせると80?87%に達した.3.資材類に対する満足度としては,全体として緑内障疾患説明冊子が約40%ともっとも高い評価であったが,眼科医では眼球模型が34%と一番高い評価であった.一方,不満足であるのは,点眼治療重要性説明冊子,点眼指導法説明冊子,点眼チェックシート類の3つであった.4.実物類に対する満足度としては,点眼容器の使用性,識別性に対して,満足,不満足の両方があり,医療現場のなかで,使いやすい容器と使いにくい容器が混在している現状が示された.また,点眼補助具に対しては不満足が高く,とくに眼科医からの評価が低かった.III考按一般的なデータ調査において,調査者が直接説明し,その場で対象者に回答を記入してもらう方法は,質の高い調査を行うことができる利点があり,さらに対象者に質問内容の理解を促すことで,回答の精度や回答率の向上が期待できる7).一方,今回のような製薬会社の活動に対するアンケート調査において,製薬会社の構成員(調査者)が行うとバイアスがかかる可能性が否定できず,そういう意味からも特定の製薬会社に属さない調査者が行うことで精度の高い結果が得られるものと考える.また,今回は1人の調査者がすべてのアンケート調査を実施したので,調査者の違いによる説明や回答結果のバラツキなどが生じることはなかったと考察する.つぎに,点眼治療効果を高めるためには,疾患の理解,点眼薬治療の理解,正しい毎日の点眼の実行という3つのステップ(点眼アドヒアランスの維持)が必要とされ,さらに正しい毎日の点眼には,識別性(複数の点眼薬を間違えずに点眼),正確性(眼の上に正確に1滴を点眼),継続性(毎日,負担なく点眼)の3項目の理解と実施が重要である8).製薬会社から提供される資材類,実物類はこれらの3つのステップおよび3つの重要項目いずれにも関与し,今回の調査にあたっては,最初に医療従事者にこれらの資材類,実物類の再確認のための説明を行った.今回,緑内障患者の点眼アドヒアランス向上を目的とした製薬会社の啓発活動に対する医療従事者からの評価を調査した.すべての回答者の経験年数で5年以上が87%であり,とくに眼科医,看護師,薬剤師は90%以上であった.さらに約80%以上は10年以上の経験者であり,これまでの豊富な経験を元にした回答が得られたと考える(設問③).点眼アドヒアランス評価に重要な緑内障患者がどれぐらい正確に点眼できているかの設問④に対しては,眼科医,看護師,視能訓練士,その他といった眼科施設内の医療従事者では,56?70%で10人中7?8人以上が正確に点眼できているとの回答であった.一方,おもに調剤薬局に勤務する薬剤師では,半分以下の患者しか正確に点眼していないが約90%と差が出た.また,全体として,10人中1人未満の割合で,いくら点眼指導しても正確に点眼できない患者が存在するとの回答もあった.また,正確に点眼できていない根拠として(設問⑤),もっとも多いのは点眼薬の減少するスピードが予想より早すぎる,あるいは遅すぎるという回答であった.二番目の根拠として,眼科医では眼圧下降効果が期待以下であったというのに対し,看護師,薬剤師などでは患者本人からの申告,すなわち,毎日の点眼を忘れるときがあるとか,多剤のうち何種類か点眼していないなどの声を聞いているというものであった.患者は眼科医よりも看護師などのより身近と感じる医療従事者に毎日の点眼状況を申告していると考察される.さらに,患者からの申告による根拠では同じように高い比率である看護師などの眼科施設内の医療従事者とおもに調剤薬局での医療従事者である薬剤師との間に正確な点眼患者比率に差がみられたことに対しては,薬剤師は眼科医や看護師などと比較して,一人ひとりの患者の点眼状況について常に把握すべく,投薬本数管理や点眼正確度確認などをより細かく観察,判断していると考えられ,このことがより現実的な数字の差に表れたのではないかと考える.以上のような医療従事者および患者によるアドヒアランス評価(表3)をもとに,緑内障患者の点眼アドヒアランス向上への寄与を目的とした製薬会社の活動,すなわち,いろいろな資材類,実物類の提供に対する医療従事者の満足度,活用度を調査した(図2).まず,患者説明,指導用資材の出処については(設問⑥),自前の資材類との併用も合わせて,製薬会社からの資材類を約90%の割合で採用していることがわかった.また,複数の製薬会社からの同様の資材(たとえば,疾患説明資材)のどれを選択するかについては(設問⑦),「文字数が少なく,文字も大きく,イラストなどが多い内容となっている」ことがもっとも高い基準であった.患者やその家族がより理解しやすい,読みやすいというのが一番大事だと考えられていて,今後の新しい資材類作成時の参考になるものと考える.まず,資材類に対する満足度では(設問⑧),ほぼ満足(20%),ほぼ不満足(9%)とともに,満足しているものもあるが不満足のものも両方ある,という評価が71%ともっとも高かった.個別の資材類への評価としては(設問⑨および⑩),全体として緑内障疾患説明冊子が約40%の一番高い評価を得ていたが,眼科医では25%であり,眼球模型が34%ともっとも高い満足度であった.一方,不満足であるのは,点眼治療重要性説明冊子,点眼指導法説明冊子,点眼チェックシート類の3つが高く,いずれも患者点眼アドヒアランスの向上を目的とした「正しい毎日の点眼の実行」に必要な資材類であった.これらの資材類に対する具体的な意見のうち代表的なものを表4(1)?(3)に示すが,患者の点眼実態など患者の現実に即した内容が多く,製薬会社の今後の活動改善に有用な意見と考える.また,緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査に関する高橋らの報告9)によると,年齢が若いほど指示どおりの点眼ができていないことも明らかになっているので,スマートフォンなどのアプリケーションソフトの充実が求められるという意見(表4(3)-2)も今後重要と考える.これらのアプリケーションソフトについては,現在2社からの提供があるが,現状ではその有用性に関する報告はなされておらず,今後の調査とさらなる開発が待たれる.さらに,満足度が高い疾患説明冊子や眼球模型に対しても,より満足度,活用度を高めたいという願望を込めた貴重な意見が得られた(表4(4),(5)).つぎに,実物類に対する満足度においても(設問⑫),ほぼ満足(13%),ほぼ不満足(13%)とともに,満足しているものもあるが不満足のものも両方ある,という評価が74%ともっとも高く,資材類への評価と類似していた.ただ,不満足であるという評価が眼科医と比較して看護師,薬剤師,視能訓練士で高く,患者の毎日の点眼がうまく行っていない理由として患者本人からの申告としている結果と関連しているのではないかと考える.満足,不満足両方の評価(設問⑬および⑭)で,点眼容器の使用性,識別性が挙げられているが,点眼補助具に対しては不満足が高く,とくに眼科医からの評価が低かった.今回,調査に用いた点眼補助具には,特定の製薬会社が自社の点眼容器形状のみに使用可能な点眼補助具(ファイザー株式会社からのXal-Ease)を無料提供しているもの(無料で提供する場合,自社の製品のみに使用できることが条件となる)と,市販品という形で,有料で入手できるもの(川本産業株式会社からのらくらく点眼など)の両者が含まれている.実際,医療現場では両者が使用されているが,前者は他の資材類などと同様,正しい点眼治療のための啓発を目的としたものであり,一方,後者は啓発というよりビジネスの要素が大きい.ただ,後者の場合,患者がインターネット情報などを元に購入するというケースよりも医療従事者が正しい点眼治療のための患者啓発を目的として,患者に紹介し,購入してもらっているケースが多いとの医療機関側からの情報を得,啓発活動の一環としての役割が存在するものと考え,今回は両者をまとめて評価した.これらの実物類に対する具体的な意見のうち代表的なものを表4(6),(7)示すが,現在までに報告されている点眼容器の使用性や識別性に関する研究結果10?13)に加え,今後の点眼容器開発に留意すべき重要な意見と考える.また,点眼しやすい容器と点眼しにくい容器など同一実物類で相反する回答を出したのが141名中44名と約30%の混在率評価であった.医療現場のなかで,使いやすい容器と使いにくい容器が混在している現状が示されていると考えるが,今回の調査では別々の設問であったため,もし混在しているかどうかを直接確認する設問であれば,この混在率はもっと高い数字が出ていたと予測する.また,点眼補助具に関しては,このような使いにくい容器を販売している製薬会社自らに新しい点眼補助具の開発を求める意見に繋がっていると考える.さらに,今後の製薬会社の活動を考える観点から,医療従事者が患者やその家族説明に対しての役割分担についてどのような意見を持っているか,設問⑰を設定した.単独あるいはいろいろな職種の組み合わせでの回答をみると,眼科医からその他(受付)までのすべての医療従事者のチーム医療体制が重要であることが改めて明らかとなり,製薬会社にはすべてのメンバーに均質化された情報提供が求められていると考えられる.また,視能訓練士については,種々の検査時に入手可能となる患者個々の運動能力,体位制限,認知力などの点眼アドヒアランス判断のための基本情報の共有化に力を発揮しているという意見が複数の医療従事者からあった.上記の満足度,不満足度を踏まえたうえでの今後の製薬会社への要望として,表5に示すような資材類や実物類が提案されたが(設問⑯),臨床試験段階も含めて世界的な緑内障点眼薬新薬が非常に少ない現状を考えたときに,現状のなかでの改善策としていずれも検討の価値があるのではと考える.最後に,医療従事者が毎日の点眼治療で考えていることを聞いた設問⑱に対しても多くの回答を得たが,そのなかでいくつかの回答をキーワード的にまとめたものをつぎに示す.“1回の説明ですべてを理解できる患者はいない.治療を繰り返すなかで,疾患の今の状態の説明,毎日の点眼重要性の理由説明,正しい点眼方法の理解,指導など,同じことを何度も繰り返すことで,患者のアドヒアランスは確実に上がると思う.患者が同じ質問を繰り返したとしても,それにしっかり答える必要がある.治療に携わる人間がこれをめんどうだと思っては,そこで緑内障の治療は「おしまい」と考える.”製薬会社にはこのような医療従事者の思いに応えるためにも,今後も継続して有用で活発な啓発活動が求められている.文献1)ChenPP:Blindnessinpatientswithtreatedopen-angleglaucoma.Ophthalmology110:726-733,20032)JuzychMS,RandhawaS,ShukairyAetal:Functionalhealthliteracyinpatientswithglaucomainurbansettings.ArchOphthalmol126:718-724,20083)高橋真紀子,内藤知子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第二報”.あたらしい眼科29:555-561,20124)吉川啓司,松元俊,内藤知子ほか:緑内障セミナー緑内障3分診療を科学する!─アドヒアランスとコーチング─.眼科52:679-694,20105)兵頭涼子,山嵜淳,大音静香:点眼治療アドヒアランス向上を目指した意識調査.あたらしい眼科27:395-399,20106)荒佐夜香,菊池順子:緑内障治療開始時の服薬指導治療継続に向けて.薬局薬学5:76-81,20137)谷川琢海:第5回調査研究方法論?アンケート調査の実施方法?.日放技学誌66:1357-1361,20108)庄司純,河嶋洋一,吉川啓司:点眼薬クリニカルハンドブック第2版.p18-26,金原出版,20159)高橋真紀子,内藤知子,溝上志朗ほか:緑内障点眼薬使用状況のアンケート調査“第一報”.あたらしい眼科28:1166-1171,201010)兵頭涼子,溝上志朗,川崎史朗ほか:高齢者が使いやすい緑内障点眼容器の検討.あたらしい眼科24:371-376,200711)大塚忠史:点眼アドヒアランスの向上を指向した医療用点眼容器の開発.人間生活工学12:32-38,201112)高橋嘉子,井上結美子,柴田久子ほか:緑内障点眼薬識別法とリスク要因,あたらしい眼科29:988-992,201213)東良之:〔医療過誤防止と情報〕色情報による識別性の向上参天製薬の医療用点眼容器ディンプルボトルの場合.医薬品情報学6:227-230,2005〔別刷請求先〕河嶋洋一:〒610-1146京都市西京区大原野西境谷町3-8-54京都ひとみケアリサーチReprintrequests:YoichiKawashima,Ph.D.,KyotoHitomiCareResearch,3-8-54OharanoNishisakaidanicho,Nishikyo-ku,Kyoto610-1146,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1510あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(124)表1製薬会社提供の資材類,実物類①疾患の理解のコーチング:緑内障疾患に関する冊子,緑内障患者の見え方シミュレーションツール,眼球模型,眼球断面図・パネル類②点眼薬治療の理解のコーチング:点眼薬の種類・効果・副作用に関する冊子,点眼治療の重要性に関する冊子③正しい毎日の点眼の実行のコーチング:(ⅰ)識別性:点眼容器・キャップの形状・色調,ラベルの表示・色調,点眼薬識別シール,点眼チェックシート(ⅱ)正確性:正しい点眼方法指導冊子(点眼方法実写DVDを含む),点眼しやすい点眼容器形状,点眼補助具(ⅲ)継続性:毎日の点眼の重要性説明冊子,点眼継続に負担のない点眼容器形状,点眼補助具,点眼チェックシート,点眼お知らせサイト表2アンケート設問内容①職種を教えて下さい.1.眼科医,2.看護師,3.薬剤師,4.視能訓練士,5.その他()②所属機関を教えて下さい.1.大学病院,2.総合病院,3.眼科病院,4.眼科医院,5.調剤薬局③今の職種での経験年数を教えて下さい.1.3年未満,2.3?5年未満,3.5?10年未満,4.10年以上④緑内障患者さんのどれぐらいが,毎日ちゃんと決められた通りに点眼していると思われますか?1.ほぼ全員,2.10人中7?8人,3.半分ぐらい,4.10人中2?3人,5.それ以下⑤ちゃんと点眼していないことは,どういうことで感じられていますか?複数回答可です.1.点眼液の減少のスピード(速すぎる,遅すぎる),2.効果の弱さ,3.副作用発現の多さ(眼瞼周りの変化など),4.その他()⑥患者さんへの説明,指導には,どのような資材を使用されていますか?1.製薬会社からの資材,2.自前の資材,3.両方の資材⑦製薬会社からの資材を使われている場合,複数会社からの種々の資材の中で一つを選択される基準としては,どういう点を一番重視されていますか?1.説明しやすい内容や順序となっている,2.文字数が少なく,文字も大きく,イラストなどが多い内容となっている,3.最新の情報,知見も含め,レベルの高い内容となっている,4.その他()⑧現状の製薬会社からの資材で満足されていますか?1.満足している,2.満足していない,3.満足と不満足の両方が存在⑨満足している資材としては,どういう内容のものですか?複数回答可です.1.疾患説明冊子,2.点眼治療薬説明冊子,3.点眼治療重要性説明冊子,4.点眼指導法説明冊子,5.眼球模型や眼球断面図・パネルなどの資材,6.点眼チェックシートや点眼薬識別シールなどの資材,7.その他()⑩満足していない資材としては,どういう内容のものですか?複数回答可です.1.疾患説明冊子,2.点眼治療薬説明冊子,3.点眼治療重要性説明冊子,4.点眼指導法説明冊子,5.眼球模型や眼球断面図・パネルなどの資材,6.点眼チェックシートや点眼薬識別シールなどの資材,7.その他()⑪満足していない理由を教えて下さい.⑫製薬会社が提供しています実物(点眼容器や点眼補助具など)で満足されていますか?1.満足している,2.満足していない,3.満足と不満足の両方が存在⑬満足している実物としては,どういう内容のものですか?複数回答可です.1.点眼しやすい容器,2.識別しやすい容器やラベル表示,3.点眼補助具,4.その他()⑭満足していない実物としては,どういう内容のものですか?複数回答可です.1.点眼しにくい容器,2.識別しにくい容器やラベル表示,3.点眼補助具,4.その他()⑮満足度を上げるために,製薬会社に望まれるものとその理由を教えて下さい.(対象となる実物名:)(その理由:)⑯今後,製薬会社に新規に開発,提供して欲しい資材や実物はありますか?1.ある(),2.ない⑰患者さんやそのご家族への下記の「疾患と治療法」初めの6項目毎の説明は,どういう職種のメンバーが行うのが適切あるいは効果的だとお考えですか?次の番号からお選び下さい.複数回答可です.1.眼科医,2.看護師,3.薬剤師,4.視能訓練士,5.その他疾患と治療法(),効果と副作用(),用法・用量(),点眼方法(),禁忌,使用上の注意(),医療コスト()⑱最後に,先生が患者さんの毎日の点眼治療について,日頃お考えのご意見やご提言がありましたら,教えて頂けませんでしょうか.図1資材類および実物類の代表例の写真(125)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201615111512あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(126)表3アンケート調査結果(1)設問①および②職種および所属機関1.大学病院2.総合病院3.眼科病院4.眼科医院5.調剤薬局全体6施設17名1施設1名3施設17名14施設87名9施設19名眼科医6施設10名0施設0名3施設8名14施設19名0施設0名看護師1施設1名1施設1名1施設6名5施設32名0施設0名薬剤師0施設0名0施設0名1施設2名0施設0名9施設19名視能訓練士1施設5名0施設0名0施設0名5施設15名0施設0名その他1施設1名0施設0名1施設1名5施設21名0施設0名設問③経験年数1.3年未満2.3?5年未満3.5?10年未満4.10年以上全体10名(7%)9名(6%)25名(18%)97名(69%)眼科医0名(0%)1名(3%)3名(8%)33名(89%)看護師2名(5%)2名(5%)4名(10%)32名(80%)薬剤師0名(0%)0名(0%)5名(24%)16名(76%)視能訓練士7名(35%)2名(10%)5名(25%)6名(30%)その他1名(4%)4名(17%)8名(35%)10名(43%)設問④毎日の正確な点眼患者比率(10人中)1.ほぼ全員2.7?8人3.約半分4.2?3人5.それ以下全体4名(3%)69名(49%)57名(40%)11名(8%)0名(0%)眼科医1名(3%)20名(54%)14名(38%)2名(5%)0名(0%)看護師1名(3%)21名(53%)15名(38%)3名(11%)0名(0%)薬剤師0名(0%)3名(14%)13名(62%)5名(24%)0名(0%)視能訓練士0名(0%)14名(70%)6名(30%)0名(0%)0名(0%)その他2名(9%)11名(48%)9名(39%)1名(4%)0名(0%)設問⑤不正確な点眼根拠(複数回答可)1.減少スピード2.効果弱い3.副作用多い4.患者申告など全体106名(48%)30名(14%)22名(10%)61名(28%)眼科医31名(46%)16名(24%)8名(12%)12名(18%)看護師27名(44%)8名(13%)5名(8%)21名(34%)薬剤師19名(44%)4名(9%)8名(19%)12名(28%)視能訓練士8名(38%)1名(5%)1名(5%)11名(52%)その他21名(78%)1名(4%)0名(0%)5名(19%)設問⑰単独あるいは組み合わせによる患者説明(複数回答可)1位2位3位疾患・治療法眼科医眼科医+看護師眼科医+薬剤師効果・副作用眼科医+薬剤師眼科医眼科医+看護師+薬剤師用法・用量眼科医+薬剤師薬剤師眼科医+看護師+薬剤師点眼方法看護師+薬剤師薬剤師看護師眼科医+看護師+薬剤師禁忌・注意点薬剤師眼科医+薬剤師眼科医+看護師+薬剤師医療コスト薬剤師その他(眼科スタッフ)眼科医+薬剤師(127)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161513図2アンケート調査結果(2)(グラフ中の数字は回答人数を示す)1514あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(128)表4資材類,実物類に対するコメントおよび不満足理由(1)点眼治療重要性説明冊子1.薬理作用の異なる多剤併用時の科学的根拠の説明が不十分(眼科医)2.いくら重要性を説明しても脱落例が多いが,どれ位の眼圧を保っていればいいかとか,今自分がどれ位の位置にいるとか,目安になる情報が入っていれば良いのだが(薬剤師)3.1滴滴下でOKとしているが,1滴で十分である科学的根拠(薬理学的,薬動力学的)が説明されていない(薬剤師)(2)点眼指導法説明冊子1.説明冊子だけでは指導しきれないので,実際に目の前で点眼してみせる(薬剤師,看護師)2.視弱障害の程度にあった説明が必要で,たとえば軽症例と重症例では説明内容も変えたほうが良い(眼科医)3.高齢の患者や手指・首の動きの悪い患者が点眼する説明内容になっていない(薬剤師,看護師)(3)点眼チェックシート1.チェックシートは単独使用のものが多いが,点眼忘れが多いのは多剤併用者であるため,現行のものは使いにくい(看護師,薬剤師)2.アドヒアランスの悪い患者は若い忙しい世代が多いため,もっとスマートフォンなどのアプリケーションソフトを充実させたほうが良い(眼科医)3.実際の患者の要求に沿っているか,その有用性に疑問(眼科医)(4)疾患説明冊子1.機序やしくみの説明が多く,患者の将来困るであろうことのイメージがわきにくい(眼科医)2.「自分は大丈夫」と簡単に考える患者には,冊子だけでは十分に伝えられないが,結局は人と人で伝える部分が大きく,眼科スタッフの頑張る部分と思う(眼科スタッフ)3.患者によって疾患,自覚が違い,患者によっては余分な不安を誘発させたり,逆に安易にとらえられてしまうことがあり,使用しづらい(眼科スタッフ)(5)眼球模型1.現状のものは,緑内障の説明には使いづらく,病態に特化した模型へのアレンジを望む(眼科医)2.OCT(opticalcoherencetomograph,光干渉断層計)による診断結果と連動できるようなアレンジがあれば(眼科医)3.現状のものは壊れやすいから,もっと頑丈なものを(眼科医)(6)点眼容器の使用性・識別性1.容器の硬さに差が大きく,押す力によっては2?3滴出てしまう(薬剤師,看護師)2.使用性を向上させるために容器形状を工夫しようとすると,形状が似てきて,会社間での識別性が悪くなる(これまでは,同一会社製品間での問題であったが)(眼科医,薬剤師,看護師)3.ミニ点眼薬(使い切りユニットドーズタイプ点眼薬)について,最近1日1?2回点眼の緑内障ミニ点眼薬がいくつか販売されているが,ドライアイミニ点眼薬(1日5?6回点眼)との識別性が悪く,患者の過剰点眼を危惧する(眼科医,薬剤師)(7)点眼補助具1.現状のものは真上からの点眼でなければ,うまく眼の上に点眼できない.したがって,補助具を使って点眼できる人は,補助具なしでも点眼できる(薬剤師,看護師)2.患者の使用継続性が悪いのが問題(眼科医,看護師,薬剤師)3.点眼しにくい容器を出している製薬会社自らが,新しい補助具の開発,販売をすべきである(眼科医,薬剤師)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161515表5今後,製薬会社に新規に提供して欲しい資材類,実物類(代表例)(1)資材類,実物類からの視点1.今回明らかになった不満足点からの改良への着手(毎日の正確な点眼支援)2.製薬会社自らによる点眼補助具の開発(操作容易,真上からの点眼不要)3.押す力に関係なく,1滴だけ点眼できる容器(多剤点眼時には,とくに必要)(2)製品開発からの視点1.配合剤点眼薬の充実【PG(プロスタグランジン関連薬)+CAI(炭酸脱水酵素阻害薬),PG+CAI+b(b遮断薬)など】2.眼内(前房,後房内)埋め込み型などのDDS(drugdeliverysystem,薬物送達システム)製剤(毎回の点眼行為を必要としない究極のアドヒアランス)3.医療従事者や患者の安心度の高いオーソライズド・ジェネリック(先発メーカーとの契約のもと,添加剤の種類・量,製造方法などが同じ)の開発1516あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(130)(131)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161517

複数回の角膜移植片不全例に対するBoston keratoprosthesisと全層角膜移植術の比較

2016年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(10):1503?1508,2016c複数回の角膜移植片不全例に対するBostonkeratoprosthesisと全層角膜移植術の比較森洋斉*1小野喬*1子島良平*1南慶一郎*1宮田和典*1天野史郎*2*1宮田眼科病院*2井上眼科病院ComparisonofBostonKeratoprosthesisandPenetratingKeratoplastyinEyesafterMultipleCornealGraftFailureYosaiMori1),TakashiOno1),RyoheiNejima1),KeiichiroMinami1),KazunoriMiyata1)andShiroAmano2)1)MiyataEyeHospital,2)InoueEyeHospital目的:複数回の角膜移植片不全例に対する人工角膜BostonkeratoprosthesisTypeI(BostonKPro)と全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)の臨床成績を比較した.対象および方法:対象は,2回以上の移植片不全の既往がある症例に対して,宮田眼科病院において1998?2015年に,BostonKPro(以下,KPro群)もしくはPKP(以下,PKP群)を行った症例である.診療録よりレトロスペクティブに調査した.人工角膜生着率と角膜透明治癒率を累積グラフト生存率とし,矯正視力,術中・術後合併症,追加治療の有無を両群で比較した.結果:KPro群は8例9眼,PKP群は12例18眼で,平均観察期間はそれぞれ56.0±21.5カ月,31.8±29.7カ月であった.術後5年の累積グラフト生存率は,KPro群が100%,PKP群が26%,術後7年では80%と19%であり,KPro群が有意に高かった(p<0.01).術後5年の矯正視力0.5以上の割合は,KPro群40.0%,PKP群5.9%で統計学的に差がなかったが(p=0.12),0.1以上の割合は,それぞれ80.0%,17.6%とKPro群が有意に良好であった(p=0.03).術後合併症の頻度は,両群間で差がなかった.結論:複数回の角膜移植片不全に対するBostonKProは,PKPと比較して,高い生存率と良好な視力の維持が期待できることが示唆された.Purpose:Tocomparetheoutcomesofrepeatpenetratingkeratoplasty(PKP)andBostontypeIkeratoprosthesis(BostonKPro)implantationineyesaftermultiplecornealgraftfailure.Methods:PatientswithmultiplegraftfailurewhounderwenteitherPKPorBostonKProatMiyataEyeHospitalduring1998and2015wereincluded.Graftsurvivalrate,best-correctedvisualacuity(BCVA)andcomplicationswereretrospectivelycomparedbetweenthetwogroups.Results:9eyesof8patientsunderwentBostonKProand18eyesof12patientsunderwentPKP.Meanfollow-upperiodinBostonKProandPKPwas56.0±21.5monthsand31.8±29.7months,respectively.CumulativegraftsurvivalratesinBostonKProandPKPwere100%and26%at5years(p<0.01)and80%and19%at7years,respectively.At5yearsaftersurgery,80.0%ofBostonKProand17.6%ofPKPattainedBCVAof20/200orbetter(p=0.03).Postoperativecomplicationratesweresimilarbetweenthetwogroups.Conclusion:BostonKProlikelyprovidesahigherrateofgraftsurvivalandbettervisualimprovementthanPKPineyesaftermultiplecornealgraftfailure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1503?1508,2016〕Keywords:人工角膜,全層角膜移植術,移植片不全,Bostonkeratoprosthesis.keratoprosthesis,penetratingkeratoplasty,graftfailure,Bostonkeratoproshesis.はじめに全層角膜移植術(penetratingkeratoplasty:PKP)は,角膜混濁や水疱性角膜症に対する治療法として有効であるが,複数回の移植片不全例などでは予後不良であることが報告されている1?4).これらPKPのハイリスク症例に対する治療法として,人工角膜が臨床使用されてきた.以前は,数多くの重篤な合併症のために普及には至らなかったが,素材やデザイン,術式の改良が行われ,近年では良好な術後成績が報告されている5?8).なかでもMassachusettsEyeandEarInfirmary(MEEI)のDohlmanらによって開発されたBostonKeratoprosthesisTypeI9)(以下,BostonKPro)(図1)は,もっとも普及している人工角膜であり,2015年現在までに全世界で11,000例以上行われ,良好な視機能と長期の安定性が得られることが報告されている10?14).これまでに移植片不全に対するBostonKProとPKPを直接比較した報告はほとんどない15,16).そこで今回,複数回の移植片不全に対するBostonKProとPKPの術後長期成績を比較したので報告する.I対象および方法本研究は,宮田眼科病院において倫理審査委員会で承認を取得したうえで実施した.対象は,2回以上の移植片不全の既往がある症例のうち,1998年1月?2015年3月に宮田眼科病院でBostonKProを行った8例9眼(以下,KPro群)とPKPを行った12例18眼(以下,PKP群)である.なお,保存角膜による治療的なPKPを行った症例は除外した.BostonKProは,MEEIの推奨する基準(表1)を参考にして適応を判断し,患者に十分な説明のうえ,同意を取得した後,手術を行った.手術は,球後麻酔または全身麻酔下で行った.ドナー角膜は,両群ともに宮崎県アイバンクもしくはRockyMountainLionsEyeBankから提供されたものを使用した.BostonKProは,中心に3mm径の穴をあけた8.5mmのドナー角膜片をフロントパーツとバックプレートで挟み込み,ロックリングで固定し,移植片とした.次に強膜にフレリンガーリングを装着し,7.5?8mmのバロン式真空トレパンと角膜剪刀で角膜を切除した.その後,作製した移植片を10-0ナイロン糸にて端々縫合で縫着した.最後に,コンタクトレンズを装用して手術を終了した.PKPは,BostonKProと同様に角膜を切除した後,レシピエント角膜径より0.25?0.5mm大きく打ち抜いたドナー角膜片を,10-0ナイロン糸を用いて24針連続縫合した.両術式とも手術終了時にゲンタマイシンとデキサメタゾンの結膜下注射を行った.両術式ともに術後は,セフェム系もしくはニューキノロン系抗菌薬を3日間,プレドニゾロン(30mgより漸減)を内服とした.術後点眼は0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼および0.5%レボフロキサシン点眼を4回/日とし,BostonKProは0.5%バンコマイシン点眼4回/日を併用して,最終的に1回/日は抗菌薬点眼を継続した.0.1%リン酸ベタメタゾンナトリウム点眼に関しては,経過に応じて点眼回数を漸減し,PKPは0.1%フルオロメトロン点眼2回/日を継続,BostonKProは中止とした.また,BostonKPro後は,ソフトコンタクトレンズを終日連続装用とし,週1回交換とした.検討項目は,人工角膜生着率と角膜透明治癒率(以下,両者をグラフト生存率と定義),矯正視力,術中・術後合併症の有無,追加治療の有無とし,診療録よりレトロスペクティブに調査して,両群で比較した.人工角膜生着の定義は,人工角膜の脱落および再移植を認めないものとした.透明治癒の定義は,移植片の透光部が透明で,不可逆性と考えられる角膜実質浮腫,拒絶反応や移植片への感染が細隙灯顕微鏡で認められなかったものとした.矯正視力は,術後1年および5年において合併症や追加治療の有無にかかわらず,経過観察可能であった症例で,小数視力0.5以上,0.1以上の割合を算出した.KPro群の眼圧は触診で判定した.拒絶反応の判定は,移植片の透明期を経た後に,とくに誘引のない移植片の浮腫や混濁,角膜後面沈着物,拒絶反応線,前房内細胞および充血の有無によって行い,ステロイド治療に対する反応性を参考にした.得られたデータは,平均値±標準偏差で表記した.統計学的解析は,術前背景,矯正視力,術後合併症の比較には,Mann-WhitneyUtestおよびFisher’sexacttest,術前後の視力の比較にはWilcoxonsigned-ranktestを使用した.また,グラフト生存率にはKaplan-Meiermethodを使用し,Log-ranktestを用いて比較した.統計解析の有意水準は5%とした.II結果1.症例の背景PKP群のうち,2眼は水晶体?外摘出術と眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術,1眼はIOL摘出術,1眼はIOL縫着術をPKPに併用した.両群の術前背景を表2に示す.手術時の年齢,性別,術後観察期間,PKPの既往回数は,両群で差がなかった.初回のPKPの原疾患は,両群ともに水疱性角膜症が最多であった.術前の眼合併症として,KPro群は,5眼に緑内障,2眼に真菌性角膜炎を認め,PKP群は,6眼に緑内障,1眼に真菌性角膜炎,1眼に兎眼(ハンセン病後)を認めた.2.グラフト生存率両群の累積グラフト生存率を図2に示す.術後5年における累積グラフト生存率は,KPro群が100%,PKP群が26%,術後7年ではそれぞれ80%と19%であり,累積グラフト生存率はKPro群が有意に高かった(p<0.01,Kaplan-Meiermethod,Log-ranktest).経過観察中に移植片不全となった症例は,KPro群で1眼,PKP群で15眼であった.移植片不全の原因は,KPro群では,真菌性角膜炎が1眼,PKP群では,拒絶反応が9眼,兎眼による角膜混濁が1眼,原因不明の内皮機能不全が5眼であった.3.矯正視力術前矯正視力は,KPro群がlogMAR2.07±0.38(小数視力,手動弁?0.02),PKP群がlogMAR2.06±0.52(小数視力,手動弁?0.09)であり,両群間に差はなかった.術後1カ月の矯正視力は,KPro群がlogMAR0.75±0.80(小数視力,指数弁?1.0),PKP群が?logMAR0.89±0.80(小数視力,手動弁?1.0)であり,両群ともに術前と比べて有意に改善した(それぞれp<0.01)が,両群間では差がなかった(p=0.47).術後1年における矯正視力0.5以上,0.1以上の割合は,ともにKPro群のほうが良好な傾向にあったが,両群間に統計学的に差はなかった(それぞれp=0.16,p=0.09)(表3).術後5年における矯正視力0.5以上の割合は,両群間に統計学的に差はなかった(p=0.12)が,0.1以上の割合は,KPro群が有意に良好であった(p=0.03)(表3).4.術中・術後合併症両群ともに駆逐性出血や硝子体脱出など明らかな術中合併症は認めなかった.代表的な術後合併症の詳細を表4に示す.後面増殖膜は,バックプレートの穴に増殖膜を認めたのがKPro群で8眼あり,1眼のみ光学部後面にも認めた.感染性角膜炎については,KPro群では3眼で真菌性角膜炎が疑われ,PKP群では2眼が真菌性角膜炎,1眼は細菌と真菌の混合感染による角膜炎が疑われた.その他の術後合併症は,KPro群で?胞様黄斑浮腫2眼,硝子体混濁1眼,網膜?離1眼,黄斑前膜1眼,PKP群で外傷による移植片離開1眼,帯状角膜変性1眼を認めた.5.追加治療KPro群の光学部後面に増殖膜を認めた1眼のみ硝子体カッターで切除し,その後は再発を認めなかった.感染性角膜炎については,KPro群の3眼中1眼は,角膜融解をきたしたため,治療的PKPを行った.摘出した角膜移植片よりpolymerasechainreactionにてAspergillusが検出された.他の2眼は角膜病巣部の擦過物の鏡検・培養検査は陰性であったが,抗真菌薬の全身および局所投与の追加により改善したことから,真菌性角膜炎が疑われた.PKP群は,角膜擦過物の鏡検で糸状菌1眼,酵母様真菌1眼,グラム陽性球菌1眼を認め,酵母様真菌を認めた症例は,培養検査でCandidapalapsilosisを分離した.糸状菌の1眼は治療的PKPを行い,他の2眼は抗菌薬の局所投与に加えて,抗真菌薬の全身および局所投与にて瘢痕治癒した.KPro群において,触診にて高眼圧を認めた2眼でチューブシャント手術を行った.その後,1眼は視野欠損の進行は認めなかったが,1眼は進行を認めた.PKP群では,線維柱体切除術を1眼,毛様体光凝固術を1眼で行い,いずれも眼圧は下降したが,追加治療後数カ月で移植片不全に至った.KPro群の?胞様黄斑浮腫は,2眼ともに非ステロイド性抗炎症薬点眼の追加にて軽快し,硝子体混濁は,硝子体手術により改善した.PKP群の移植片離開に対しては,追加縫合を行った.III考察本研究で,複数回の移植片不全例に対する5年グラフト生存率は,BostonKProが100%,PKPが26%であり,BostonKProが有意に良好であった.これまでに,移植片不全例を対象としたBostonKProとPKPの術後長期成績を直接比較した報告はほとんどなく,Akpekら16)が術後2年の生存率において,BostonKProのほうがPKPに比べて良好であったことを報告しているのみである.Ahmadら17)は,過去の文献でMeta-analysisを行い,移植片不全例を対象としたBostonKProとPKPの術後長期成績を比較している.その結果,5年グラフト生存率は,BostonKProが75%,PKPが47%であり,BostonKProのほうが良好な結果であったとしている.PKPの再手術が予後不良因子である理由は,拒絶反応を発症しやすいためと考えられており2),本研究においてもPKP群の半数に拒絶反応を認め,移植片不全となった.また,PKPは既往回数が増えるほど,移植片不全となるリスクが増加することも報告されている18).一方,BostonKProは拒絶反応を生じても,光学部の透明性は保たれるため,視機能への影響がほとんどなく,移植片不全とはならない.また,現在のBostonKProは,ソフトコンタクトレンズの連続装用による眼表面の涙液保持19),バックプレートの穴からの角膜移植片へ前房水の供給20)など,デザインや術後管理の改善により,BostonKProの脱落,周辺組織の融解の頻度は稀となっている11,12,17).以上より,複数回の移植片不全例に対しては,適応基準を満たしているのであれば,BostonKProを選択するほうが再度PKPを行うより,長期予後が期待できると考えられる.今回,術後5年における矯正視力は,BostonKProがPKPと比較して良好であった.Meta-analysisの結果17)では,術後2年における矯正視力0.5以上の割合は,BostonKPro19.6%,PKP16%,矯正視力0.1以上の割合は,BostonKPro57.1%,PKP42%と報告されており,BostonKProのほうが長期にわたり良好な視力が得られることを示唆している.BostonKproはPKPに比べて,高いグラフト生存率だけでなく,光学的に乱視が少ないことが,良好な視力維持に寄与していると考えられる.これまでの報告を解析したAmericanAcademyofOphthalmologyによるレポート11)によると,BostonKPro後の平均観察期間20±10カ月で,矯正視力0.1以上の割合は45?89%,0.4以上が43?69%であると報告している.また,Srikumaranら12)は術後7年ともっとも長期経過を報告しており,矯正視力0.1以上の割合が50%と,長期的にも安定した視機能が維持できるこが確認されている.今回,BostonKProの術後合併症でもっとも頻度の高かったのは,バックプレートの穴およびフロントパーツ後面の増殖膜で9眼中8眼に認めた.これまでの報告でも,1?65%で発症するとされており11),もっとも頻度の高い術後合併症とされているが,視機能に影響する場合はNd:YAGレーザーや硝子体カッターで切除することが可能であるため,大きな問題とはならない8,21,22).本検討でも光学部後面に認めた増殖膜のみ切除し,視力は回復した.感染性角膜炎の発症頻度に関しては,BostonKProとPKPで差はなかった.BostonKPro後の感染性角膜炎の発症頻度は0?17.8%と報告されており11,23),さらに移植片不全例に対するBostonKPro後の発症頻度は,術後5年で2.9%程度である17).しかしながら,抗菌薬の永続点眼による耐性菌の出現やソフトコンタクトレンズの連続装用により真菌感染のリスクが上昇していることが危惧されている24).本検討におけるBostonKPro群で感染性角膜炎が疑われた3眼全例で,起因菌は真菌が疑われた.現在のMEEIが推奨する術後抗菌点眼薬のレジメには,抗真菌薬の継続使用については記されておらず,予防のためにはアンホテリシンBを2?3カ月に1週間程度内服したほうが望ましいとしている.今後,真菌感染予防に関する術後管理の確立が望まれる.術後の視野欠損の進行に関しては,BostonKProとPKPで差がなかった.両術式ともに術後は高頻度で緑内障となることが知られている.その理由として,複数回の移植を行うことによる隅角癒着の進行や,長期のステロイド点眼薬の使用などが考えられている25?27).BostonKPro症例の36?76%28?31)で術前から緑内障を合併しており,術後の高眼圧は15?40%に生じる29,31)と報告されている.本検討でも,9眼中5眼に術前から緑内障を認め,そのうち2眼でBostonKPro後にチューブシャント手術を要した.しかし,BostonKPro後は,触診のみで眼圧を評価しなければならないため,眼圧の評価が困難であり,緑内障手術の適応判断が遅れる可能性がある.Crnejら32)は,BostonKProの術前もしくは同時にチューブシャント手術をするほうが,術後に手術を行うよりも高い生存率が得られることを報告しており,術前から緑内障を認める症例では積極的に考慮したほうがよいかもしれない.本研究は,症例数が限られており,両群間で視機能や術後合併症の頻度に差が出なかった可能性がある.しかし,現在の人工角膜移植術の位置づけは,PKPのハイリスク症例に対する方法であり,その特性上単一施設で症例数を増やすことは困難である.今後,多施設共同研究などにより,わが国における人工角膜移植術の背景や術後成績を検討することが期待される.また,近年ではPKP後の移植片不全に対して,角膜内皮移植術の選択肢もあり33,34),PKPの再手術と比較して,良好な視機能とグラフト生存率が得られることが報告されている35).さらなる検討が必要であると考えられる.以上より,複数回の角膜移植片不全に対するBostonKProは,真菌感染や緑内障などの術後合併症に注意を要するが,PKPと比較すると,高いグラフト生存率と良好な視力維持が期待できることが示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)InoueK,AmanoS,OshikaTetal:A10-yearreviewofpenetratingkeratoplasty.JpnJOphthalmol44:139-145,20002)ThompsonRWJr,PriceMO,BowersPJetal:Long-termgraftsurvivalafterpenetratingkeratoplasty.Ophthalmology110:1396-1402,20033)Yalniz-AkkayaZ,BurcuNurozlerA,YildizEetal:Repeatpenetratingkeratoplasty:indicationsandprognosis,1995-2005.EurJOphthalmol19:362-368,20094)PatelHY,OrmondeS,BrookesNHetal:TheNewZealandNationalEyeBank:survivalandvisualoutcome1yearafterpenetratingkeratoplasty.Cornea30:760-764,20115)FukudaM,HamadaS,LiuCetal:Osteo-odonto-keratoprosthesisinJapan.Cornea27Suppl1:S56-61,20086)NgakengV,HauckMJ,PriceMOetal:AlphaCorkeratoprosthesis:anovelapproachtominimizetherisksoflong-termpostoperativecomplications.Cornea27:905-910,20087)AlioJL,AbdelghanyAA,Abu-MustafaSKetal:Anewepidescemetickeratoprosthesis:pilotinvestigationandproofofconceptofanewalternativesolutionforcornealblindness.BrJOphthalmol99:1483-1487,20158)ZerbeBL,BelinMW,CiolinoJBetal:ResultsfromthemulticenterBostonType1KeratoprosthesisStudy.Ophthalmology113:779e1-e7,20069)DohlmanCH,SchneiderHA,DoaneMG:Prosthokeratoplasty.AmJOphthalmol77:694-670,197410)RudniskyCJ,BelinMW,GuoRetal:VisualacuityoutcomesoftheBostonKeratoprosthesisType1:MulticenterStudyResults.AmJOphthalmol162:89-98,e1,201611)LeeWB,ShteinRM,KaufmanSCetal:Bostonkeratoprosthesis:Outcomesandcomplications:AreportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Op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抗菌点眼薬接触による細菌形態の塗抹標本上の変化

2016年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科33(10):1497?1502,2016c抗菌点眼薬接触による細菌形態の塗抹標本上の変化李蘭若*1,2佐々木香る*1前田美佐穂*3砂田淳子*4小島隆司*5村戸ドール*5髙橋寛二*2*1JCHO星ヶ丘医療センター眼科*2関西医科大学眼科学教室*3JCHO星ヶ丘医療センター臨床検査部*4大阪大学医学部附属病院臨床検査部*5慶應義塾大学医学部眼科学教室ChangesinBacteriaonSmearPreparationafterAntibioticAdministrationRannyaRi1,2),KaoruAraki-Sasaki1),MisahoMaeda1),AtsukoSunada3),TakashiKojima4),DogruMurat4)andKanjiTakahashi2)1)DepartmentofOphthalmology,JapanCommunityHealthCareOrganization(JCHO)HoshigaokaMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,KansaiMedicalUniversity,3)LaboratoryforClinicalInvestigation,JapanCommunityHealthCareOrganization(JCHO)HoshigaokaMedicalCenter,4)LaboratoryforClinicalInvestigation,OsakaUniversityHospital,5)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine目的:塗抹鏡検は細菌性角膜炎の原因菌確定に重要な役割を果たしているが,実際の臨床現場,とくに抗菌薬投与下では,細菌や細胞の形状が非典型的となり,細菌か否かの鑑別が困難になることを経験する.今回,抗菌薬に接触した菌が塗抹鏡検上,どのような変化をきたすかを検討した.方法:眼科臨床分離株であるCNS,MRCNS,S.aureus,MRSA,P.aeruginosaの5菌種を用いた.各菌株を寒天培地上で培養し,トブラマイシン,ガチフロキサシン,アルベカシン,セフメノキシムの4点眼薬を滴下した.6時間,24時間,48時間後に培地中央から釣菌を行い,塗抹標本を作製し,菌の量,グラム染色による染色性,形状を観察した.対照として生理食塩水滴下群および非滴下群も観察した.結果:抗菌薬滴下により,すべての菌で菌量の減少,染色性の低下を認めた.さらに菌の輪郭の不明瞭化と大小不同を認めた.生理食塩水滴下群,非滴下群でも同様の所見を認めたが,抗菌薬滴下群ではより著明に変化を認めた.考按:塗抹鏡検は,抗菌薬投与の有無に大きく左右されることを考慮して解釈すべきである.Purpose:Itisgenerallyknownthatmicroscopicexaminationofsmearpreparationsplaysanimportantroleinidentifyingcausativeorganismsofmicrobialkeratitis.However,attimesitisdifficulttorecognizeanorganism,especiallyaftertheadministrationofantibiotics.Wehereobservedhoworganismschangeafterexposuretoantibiotics.Methods:Weemployed5speciesoforganisms(CNS,MRCNS,S.aureus,MRSA,P.aeruginosa)isolatedfromourpatientsfortheassay.EqualamountsoftheseorganismsweregrownonMueller-HintonSagarfor48hoursand4kindsofantibiotics(tobramycin,gatifloxacin,arbekacin,cefmenoxime)weredroppedontothecenterofeachplate.Physiologicalsalineservedascontrol.Bacteriawithoutexposuretoanyantibioticsandwithphysiologicalsalinewerealsoobserved.Results:Inalmostallorganisms,bacterianumbersdecreasedandstainabilityweakenedinatime-dependentmannerwithexposuretoantibiotics.Bacterialcellwallmarginsbecameblurredandorganismsizesshowedheterogeneity.P.aeruginosashowedextendedshapewithexposuretoCMX.Thoughdecreasednumbersandweakenedstainabilitywerenotedevenwithphysiologicalsaline,thesechangesweremoreremarkablewithantibiotics.Conclusion:Weshouldtakeextracareinanalyzingsmearsamplesaftertheirexposuretoantibiotics.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(10):1497?1502,2016〕Keywords:細菌,抗菌点眼薬,塗抹検査,グラム染色.bacterium,antibioticeyedrop,smearexamination,gramstain.はじめに細菌性角膜炎の起因菌確定のために塗抹鏡検は重要である1?3).とくに抗菌薬点眼がすでに投与されている症例では,培養を施行しても細菌の発育が認められず,塗抹鏡検で細菌が検出される場合があり,有用性が高いと推測されている.これまでの報告では,細菌性角膜炎の初診時検査において,塗抹鏡検での検出率は59%,培養での検出率も59%と報告されており4),実際には,塗抹鏡検においても,しばしば起因菌の検出は困難である.とくに,紹介受診の場合,抗菌薬点眼がすでに投与されている症例が多く,好中球を多数認めるが細菌が検出できない,細菌が存在しても菌数が少数である,形状が不均一である,などという結果を多く経験する.このような場合,検出された少量の細菌や非典型的な形状の細菌が,はたして起因菌であるかどうかの判断に苦慮する.そこで,今回は抗菌薬点眼接触後の細菌の量の変化および形態の変化を観察した.I方法眼科臨床分離株であるcoagulasenegativeStaphylococci(CNS),methicillinresistantcoagulasenegativeStaphylococci(MRCNS),Staphylococcusaureus(S.aureus),methicillinresistantStaphylococcusaureus(MRSA),Pseudomonasaeruginosa(P.aeruginosa)の5菌種を用いた.培地はMueller-HintonS寒天培地を用い,トブラマイシン点眼液(TOB),ガチフロキサシン点眼液0.3%(GFLX),自家調整0.5%アルベカシン点眼(ABK),セフメノキシム点眼液0.5%(CMX)の4種類の点眼薬を後述のように滴下した.対照として生理食塩水を使用し,非滴下群の菌も観察した.具体的には,まず各菌株をマックファーランド0.5に調整し,菌液10μlを採取し,100μlの生理食塩水に浮遊した後,Mueller-HintonS寒天培地全面に綿棒にて均一になるように塗布した.35℃で24時間培養し,その後,それぞれの培地の中央部に各種抗菌点眼薬を1滴ずつ1日2回,滴下した.滴下開始前,6時間後,24時間後,48時間後に,白金耳にて1回限りで培地中央をスタンプして付着した菌をスメアに供し,グラム染色を施行後,鏡検した.なお,光学顕微鏡(OlympusBx53,Tokyo,Japan)を用いて撮影した写真をimageanalyzer(ImageJ:NationalInstitutesofHealth,ver.1.41o)を用いて二画化し,1視野において菌の存在する面積を算出した.菌の残存率は接触前の1視野における菌の存在する面積を100%とし,24時間後,48時間後に残存した菌の存在する面積を解析し,残存した菌量を%として算出した.II結果代表例として,図1にMRCNSにGFLX点眼を滴下させた場合を示す.GFLX滴下後の菌は,0時間に比して6時間,24時間と減量および染色性の低下を認めた(図1a?c).しかし,生理食塩水滴下群や非滴下群でも滴下前に比べ,菌の減量や染色性低下を認めた(図1d,e)が,GFLX点眼群ではより著明に変化を認めた.GFLX滴下群の24時間後の検体を強拡大にて観察すると,滴下前には均一にグラム陽性染色を示した菌が,紫色と赤色に染色されたものが混在して存在するようになり,時間経過とともにすべて赤色へと変化した.また,菌の輪郭そのものが次第に不明瞭となり,大小不同の形状を認めた(図2).GFLX点眼を接触させたMRCNS以外の菌の結果を図3?1,3?2に示す.すべての菌で菌量の低下と染色性の低下が観察されたが,とくにCNSやP.aeruginosaでは,滴下6時間後から著明な菌の減少を認めた.生理食塩水を低下した群でも菌量の減少と染色性の低下は認められたが,GFLX滴下群ではより著明であった.なお,今回のアッセイでもっとも変化が大きかったのは,P.aeruginosaとCMXを接触させた場合の形状変化であった(図4).滴下前には均一な桿菌の形状を示していたが(図4a),時間経過につれて,次第に細長く変化し,24時間後には糸状となった(図4b).しかし,この変化は生理食塩水滴下群(図4c)や非滴下群(図4d)では観察されなかった.スメアで肉眼的に観察された抗菌薬使用による菌の残存率低下は,数値化を行っても確認された(図5).すべての点眼投与群を平均した各種菌別の残存率は高い順に,MRSA(34.0%)>MRCNS(31.0%)>S.aureus(18.0%)>P.aeruginosa(14.0%)>CNS(5.7%)であった.全菌種,全抗菌薬を合わせて平均した24時間後の残存率は,抗菌薬滴下群では平均21%(0.9?57.8%)であったが,一方,生理食塩水でも,平均24%の残存率となった.しかし,48時間後では,抗菌薬滴下群の残存率は平均12%(0?31.6%)とさらに低下したが,生理食塩水滴下群では平均22.6%にとどまった.48時間後の各種点眼滴下群の菌残存率を図5に示す.CNSはすべての抗菌薬点眼滴下群で10%以下の残存率となり,P.aeruginosaではCMXを除く抗菌薬点眼群で1%以下となった.一方,S.aureusやMRCNS,MRSAなどの耐性菌では,CNSに比して残存率が高い傾向にあった.III考按今回のアッセイを通して,抗菌薬と接触した菌は少なくとも6時間後には菌量の減少,染色性の低下という塗抹鏡検上の変化をきたすことがわかった.抗菌薬を滴下作用させた場合において,6時間後には菌の減少,染色性低下を認め,24時間後では残存率が平均21%となり,48時間後ではさらに減少し平均12%の残存率となった.対照として滴下した生理食塩水でも菌量の軽度の減少,染色性の低下を認めたことから,滴下水流による洗い流しの影響があったと考えられる.しかし,生理食塩水滴下群では,24時間後と48時間後で残存率が大きく変化しなかったことから,抗菌薬滴下群では,滴下水流の影響に加え,抗菌薬それぞれの作用により塗抹鏡検上の変化をきたしたと考えられた.さらに観察期間を長くすると,生理食塩水と抗菌薬滴下群の差は大きくなると推測された.各種抗菌点眼薬を作用させた後の菌別の平均残存率をみると,CNS>P.aeruginosa>S.aureus>MRCNS>MRSAの順に菌が減少しやすいことがわかった.MRSAやMRCNSなどの耐性菌における菌の残存率が高く,CNSにおいては非常に低いという結果は,日常臨床の結果を反映している5,6)と考えるが,それぞれの菌の増殖性や抗菌薬の特性が異なり,含まれる防腐剤や添加材の影響,さらには,各々の点眼液の1滴当たりの量の違いもあり,一概に比較することには問題がある.染色性の低下は,グラム陽性菌では紫色から赤色へと色調の変化としてとらえられた.これは,抗菌薬の効果,滴下水流のストレス,栄養状態の悪化などにより細胞壁に多量に存在するペプチドグリカンの合成が妨げられ,クリスタルバイオレットの染色性が低下したためと考えられる7).このためグラム陽性菌を陰性菌と誤って判断する可能性がある.グラム陽性菌では赤と紫が混合する時期があったことから,染色性の低下は一様に生じるものでなく,徐々に生じると推測された.この染色性の低下に伴い,薬剤感受性が変化するかどうかは今後の検討が必要であるといえる.なお,グラム陰性菌であるP.aeruginosaでも,CMX以外の抗菌薬を滴下した場合,陽性菌ほど色調の変化は認めないものの,ペプチドグリカンを細胞壁に含んでいるため,染色性が低下して薄いピンク色に変化し,また,細菌の輪郭も次第に不明瞭となり,菌であるかどうかの判別が困難であった.実際の臨床においても,抗菌薬が投与されている場合は,グラム陽性であれ,陰性であれ,染色性の低下を考慮して塗抹の結果を解釈すべきと思われた.今回,興味深いことにP.aeruginosaはCMX投与によって大きく変形することも示された.これは,臨床検査領域ではすでに報告されていることであるが8,9),眼科領域ではまだ一般的に十分周知されておらず,染色性は異なるものの放線菌や糸状真菌が病原菌となりうる疾患では鑑別に注意を要すると思われた.P.aeruginosaがCMXと接触して糸状に変化していく理由についてはすでに報告されている8,9).細胞壁を合成する最終段階であるペプチド架橋反応にPBP(penicillinbindingprotein)という酵素が関与していることが知られている.そのなかでもPBP3は細胞壁の中隔形成に関与しており,CMXはPBP3に強力な結合親和性を有することから,細胞壁の中隔形成が阻害され細菌がフィラメント化すると推測されている.今回のアッセイでは明瞭に観察することができたが,実際の臨床でも,このような状態が存在している可能性があり,染色性は異なるものの,糸状菌や放線菌などとの鑑別に注意が必要であると思われた.P.aeruginosaにおけるCMX投与時の高い残存率は,このフィラメント化の影響により面積が大きくなったためであり,抗菌効果をそのまま反映しているとは考えにくいと思われた.なお,今回のアッセイはMueller-HintonS寒天培地で行われたが,これは通常,感受性試験に用いられる培地であり,栄養性に乏しい.また,各々の点眼でも1滴量はわずかに異なると思われる.実際の臨床環境を考慮した場合,菌の増殖性はさらに高く,好中球を始めとする各種免疫細胞の関与もあり,菌量や菌の形状,染色性に影響を及ぼすと考えられる.このように,机上の実験系と臨床での患者の眼表面とでは多くの条件が異なっているので,今回のアッセイをそのまま臨床に当てはめることには問題があるが,少なくとも抗菌薬との接触で菌の染色性の低下や菌量の減少が6時間には開始されることが明らかとなった.つまり,実際の臨床塗抹鏡検においては,検体採取はできるだけ抗菌薬投与前に実施するのが好ましいことが再確認されるとともに,すでに抗菌薬が投与された症例には塗抹検査結果の解釈に注意が必要であることがわかった.文献1)中川尚,秦野寛:眼科医のための塗抹検鏡アトラス.インフロント,20102)中川尚:スメアを採る.大橋裕一(編):専門医のための眼科診療クオリファイ2結膜炎オールラウンド.中山書店,p25-30,20103)江口洋:Diagnostics角結膜感染症診断のポイント塗抹検鏡.眼科グラフィック3:357-362,20144)原田大輔,近間泰一郎,山田直之ほか:角膜感染症に対する直接塗抹顕微鏡検査の重要性の検討.臨眼63:231-235,20095)砂田淳子,上田安希子,井上幸次ほか:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌における薬剤感受性と市販点眼薬のpostantibioticeffectの比較.日眼会誌110:973-983,20066)井上幸次,大橋裕一,秦野寛ほか,眼感染症薬剤感受性スタディグループ:前眼部・外眼部感染症における起炎菌判定日本眼感染症学会による眼感染症起炎菌・薬剤感受性多施設調査.日眼会誌115:810-813,20117)中川尚:眼感染症─知っておくべきことから最新の治療まで塗抹検鏡.病原体同定.臨眼69:12-16,20158)横田健,関口玲子,東映子:Cefmenoxime(SCE-1365)の各種b-lactamaseおよびペニシリン結合タンパク質に対する親和性とその抗菌力との関係.CHEMOTHERAPY29(Supplement1):32-41,19819)紺野昌俊,旭泰子,生方公子:大腸菌のペニシリン結合蛋白に対するb-ラクタム薬の親和性がMIC,殺菌効果ならびに形態変化におよぼす影響について.日本化学療法学会雑誌47:271-286,1999〔別刷請求先〕佐々木香る:〒573-8511枚方市星ヶ丘4-8-1JCHO星ヶ丘医療センター眼科Reprintrequests:KaoruAraki-SasakiM.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,JCHOHoshigaokaMedicalCenter,4-8-1Hoshigaoka,Hirakata,Osaka573-8511,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1498あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(112)図1MRCNSにGFLX点眼を接触させたコロニーのグラム染色による塗抹標本(弱拡大)a:滴下直後(0時間),b:滴下6時間後,c:滴下24時間後.時間の推移に伴い菌量の減少および染色性の低下を認めた.生理食塩水滴下後24h群(d)や非滴下群(e)でも染色性の低下や菌量の減少も認めたが,GFLX滴下群に比して軽度であった.bar:100μm.図2MRCNSにGFLX点眼を滴下した24時間後のグラム染色による塗抹標本(強拡大)滴下前(a)と比して,菌量の減少を認めるとともに,染色性も低下した.滴下開始前(a)には均一な紫色の染色性を示したが,6時間後(b)には,紫色と赤色が混在するようになり,24時間後(c)にはすべて赤色へと変化した.また,菌の輪郭そのものが次第に不明瞭となり,大小不同を認めた.bar:20μm.(113)あたらしい眼科Vol.33,No.10,20161499図3?1GFLX点眼および生理食塩水を接触させたCNS,S.aureusの0時間,6時間,24時間後のグラム染色による塗抹標本菌量の低下と染色性の低下が観察された.とくにCNSでは,滴下6時間後から著明な菌の減少を認めた.生理食塩水滴下群でも染色性の低下は認めるが,抗菌薬滴下で,より著明な菌量の減少を認めた.bar:100μm.図3?2GFLX点眼および生理食塩水を接触させたMRSA,P.aeruginosaの0時間,6時間,24時間後のグラム染色による塗抹標本菌量の低下と染色性の低下が観察された.とくにP.aeruginosaでは,滴下6時間後から著明な菌の減少を認めた.bar:100μm.あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(114)図4P.aeruginosaとCMXを接触させた場合の形状変化を示したグラム染色による塗抹標本滴下開始前(a)に比べ,24時間後(b)には,次第に細長く糸状に変化した.生理食塩水滴下群(c)や非滴下群(d)では,糸状変化は認めなられなかった.bar:100μm.図5各種点眼を滴下開始48時間後の菌残存率縦軸は菌残存率(%)を示す.生理食塩水滴下群においても菌の減少は認めるが,ほとんどの菌で抗菌薬点眼群において,さらに低い傾向を認めた.とくにCNSでは全抗菌薬滴下で低い残存率となった.S.aureusやMRCNS,MRSAではTOB,ABKが,他の抗菌薬点眼に比して低い残存率であった.P.aeruginosaはCMX以外の抗菌点眼薬で低い値となった.(115)あたらしい眼科Vol.33,No.10,201615011502あたらしい眼科Vol.33,No.10,2016(116)