———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLS術後成績は,術前検査法における眼内レンズ度数測定法の改良,白内障手術における超音波乳化吸引手術法の普及,などによりその臨床成績は従来の諸法に比べ優れた術後成績を示しており2,3),また屈折矯正手術が広く一般に受け入れられつつあることから追加矯正手術としての屈折矯正手術が可能であることと相まって,今後,わが国においても多焦点眼内レンズが広く普及することが予想される.しかし,よく知られているように,屈折型および回折型多焦点眼内レンズはその光学特性に大きな差異と特色を認め,その特徴をよく把握し適切な適応を選択し,患者の術後QOL(qualityoflife),QOV(qualityofvision)に与える影響を術前に十分理解を得てから使用しないと,患者,医師ともに思わぬトラブルに直面しかねない.本稿ではこの新しい多焦点眼内レンズの適応と,術前に必要と思われるインフォームド・コンセントの要点を概説する.I症例選択,適応決定の要点1.眼疾患患者選択にあたっては白内障を有し,白内障以外の眼疾患を有していないことが望ましい.特に黄斑疾患を含む網膜疾患,緑内障を含む視神経疾患が存在すると多焦点眼内レンズ挿入後,著しい視機能低下をきたす場合があることが知られている.はじめに白内障─眼内レンズ手術において,調節力の再建,再生は依然として大きな課題の一つである.この課題の解決策として,①眼内レンズを2重焦点または多焦点として有用な近見視力を得る試み,②眼内レンズを前方移動または変形させることにより屈折力を変化させて有用な調節力を獲得する試み,③左右眼の眼内レンズ度数に差をつけて有用な近見視力と遠見視力を両立させるモノビジョンなどの試みが行われてきた.しかし,①の眼内レンズ光学部の2重焦点化,多焦点化に関しては,術前検査における眼内レンズ度数検査精度が低かったこと,多焦点眼内レンズのもたらす近方視力がやや不足していたこと,コントラスト感度低下,ハロー,グレアなどの術後視機能低下が十分解決されていなかったことなどにより1),わが国で普及するに至らなかった.②の眼内レンズの前方移動を意図してデザインされた製品も臨床において試されたが,長期的にはその移動量がきわめてわずかであり,十分な調節量を得ることができなかった.③のモノビジョンに関しては,現在でも多くの試みがなされているが,左右眼の優位性や変化度数設定の問題が残り,広く一般に普及しているとは言い難い.このようにわが国においては,現在に至るまで白内障手術における調節力再建に関する多くの試みがなされてきたが,いずれの手段,材料も多くの白内障患者,術者に受け入れられたとは言い難かった.しかし,近年開発された新世代の屈折型および回折型多焦点眼内レンズの(3)1049ucrouc眼0400053713眼特集●多焦点眼内レンズあたらしい眼科25(8):10491054,2008多焦点眼内レンズの適応とインフォームド・コンセントScreeningandCounselingMultifocalIntraocularLensPatients江口秀一郎*———————————————————————-Page21050あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(4)4.乱視多焦点眼内レンズ挿入眼では単焦点眼内レンズに比べ乱視による視力低下程度が強い(図1)ので,適応患者の術後角膜乱視を可能な限り少なくし,角膜乱視量の大きな患者に適応を見合わせるか角膜乱視矯正手術を組み合わせる.裸眼視力は乱視量に比例して遠見,近見視力ともに低下する.球面度数が正視の場合,屈折型および回折型多焦点眼内レンズでは乱視度数が1D以内であれば有用な裸眼遠見および近見視力を得ることができる5)が,1.5D以上の乱視を有する場合,遠見,近見ともに実用的な裸眼視力を得ることができない.角膜乱視が倒乱視の場合は,同程度の直乱視に比べ術後識字能への悪影響が強く出現するため,1Dの倒乱視でも新聞などの細かい文字が読めなくなる場合が多く,適応を慎重に検討するか乱視矯正手術の併施を考慮する.角膜正乱視が許容限度内でも角膜不正乱視が強い症例では術後視力回復が不十分であったり,コントラスト感度低下をきたす場合もあり,角膜形状解析装置を用いた角膜不正乱視定量測定を適応決定に含めておくことが望まれる.具体的には,たとえば代表的な角膜形状指数のKlyceCornealStatisticsに含まれる指数であるSAI(SurfaceAsym-metryIndex)が0.69以上,SRI(SurfaceRegularityIndex)0.91以上,PVA(PotentialVisualAcuity)20/20未満などを示す症例は,術後視機能回復が劣ると予測される.角膜不正乱視定量評価の際,注意しなけれ2.術前屈折術後の近見視力は術前との違いが明瞭でない場合,患者の満足度が低くなりやすいことから術前裸眼近見視力が不良である遠視,正視,強度近視が適応患者となりやすい.逆に,術前,良好な近見裸眼視力を有する軽度から中等度の近視患者,特に白内障の軽度な患者では術後の満足度が低くなりやすい.3.瞳孔径回折型多焦点眼内レンズでは近方視は瞳孔径に依存せず,小瞳孔でも良好な近見視が可能である.一方,屈折型多焦点眼内レンズでは良好な近見視力を得るためには一定の大きさの瞳孔径が必要で,明所で2.8mm未満の瞳孔径の患者は慎重適応とされている.多焦点眼内レンズを用いる場合,瞳孔径は単に良好な近見視を得るためのみならず,患者のQOLの要望に沿えるか否かの判断にも重要である.前述したごとく,瞳孔径2mmの場合,瞳孔から入射する光は屈折型多焦点眼内レンズの場合,遠方視83%,中間17%,近方0%である.一方,回折型多焦点眼内レンズの場合,遠方41%,中間0%,近方41%となり,明所での近見視力を十分得たい場合には回折型多焦点眼内レンズが有利となる.しかし,回折型多焦点眼内レンズの場合,明所での遠方視に振り分けられる光量は41%と屈折型多焦点眼内レンズの半分以下となり,明所での遠方視におけるコントラスト感度が屈折型多焦点眼内レンズより低下することが予想される.瞳孔径5mmの暗所視においては,屈折型多焦点眼内レンズの場合,遠方視60%,中間10%,近方30%であり,回折型多焦点眼内レンズの場合は,遠方84%,中間0%,近方10%となり,暗所での近方視は明所と逆転して回折型多焦点眼内レンズがやや劣る場合があることを示している.このように照度,瞳孔径により多焦点眼内レンズの遠見,近見は大きな変化を認めるため,術前に両眼開放下での瞳孔径を可能であるならば明所,薄明所,暗所で測定し,各照度における術後の患者の遠見,近見視力を予測し,患者の期待と適応が一致するかを検討することが必要である.瞳孔機能異常や瞳孔偏位を有する患者の場合はその程度により多焦点眼内レンズの機能が十分に発揮できないため慎重適応となる4).図1乱視による像の歪みのシミュレーション(IOLcounselor)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081051(5)点眼内レンズに比べると強く出現する(図2,3).特に屈折型多焦点眼内レンズにおいて夜間に症状が強いため,夜間の運転を職業とする患者には屈折型多焦点眼内レンズの挿入は避けるべきであろう.コントラスト感度の低下を補う意味からも,また,左右眼の近方視や結像特性のアンバランスを避ける意味からも多焦点眼内レンズは両眼に挿入することが望ましい.片眼にすでに単焦点眼内レンズが挿入されている場合,片眼白内障で瞭眼に白内障を認めない場合などは適応を慎重に検討する.6.職業・性格前述したごとくグレア・ハロー症状が強く出現することを考慮しタクシー運転手,長距離トラック運転手などの夜間に車の運転を職業とする患者には多焦点眼内レンズは適応としないほうがよい.ただし,FDA(米国食品・医薬品局)が米国における多焦点眼内レンズ承認の際に要求した運転シミュレーション試験では,運転の安全性と運転能力に単焦点眼内レンズ挿入群と多焦点眼内レンズ挿入群に有意差はなかった.患者の性格から判断すると,神経質,分析好き,批判的,完璧主義な患者は多焦点眼内レンズに適さない.また,患者のなかには多焦点眼内レンズを挿入すると術後眼鏡を用いなくてもすべての距離を鮮明に見ることができると誤解している方もいる.多焦点眼内レンズはあくまでも眼鏡への依存を極力減らすために開発されたものであることを十分に理ばならないのは涙液層の評価を忘れてはならないことである.ドライアイを併発している患者にては角膜そのものに不正乱視がなくても,涙液層が破綻している場合SRIやPVAなどの指数は異常値を示しやすい.多焦点眼内レンズが適応となる患者にドライアイが併発している場合はまずドライアイの治療を行ってから角膜不正乱視の再測定を行い適応決定の一助とする.他に細隙灯顕微鏡にて検出できない円錐角膜症例や疑い例も角膜形状解析に付随するKlyce/Maedaに代表される自動スクリーニングプログラムにて測定,評価を行い,手術適応とするか否かを判断する.また,角膜の屈折矯正手術の既往歴を有する患者は,角膜乱視は許容限度内であっても挿入する多焦点眼内レンズ度数計算の精度が低下するため,現時点では慎重適応とせざるをえない.5.コントラスト感度,グレア・ハロー多焦点眼内レンズはその光学特性よりコントラスト感度の低下は避けられない.患者の日常生活に大きな支障を認めることはないが,社会的に活動性の高い患者が,近用の細かい作業や精密な作業を行うには,特に回折型多焦点眼内レンズでは遠方と近方に光量を分けるために眼内レンズの結像特性が単焦点眼内レンズに比べ不十分と感じる患者もいる.また,夜間に街灯のような点光源を見ると,その周囲に光の環が見えるハローやライトの光が大きく滲んだように見えるグレアなどの症状は単焦図3多焦点眼内レンズ挿入眼におけるグレア・ハローシミュレーション(IOLcounselor)図2単焦点眼内レンズ挿入眼におけるグレア・ハローシミュレーション(IOLcounselor)———————————————————————-Page41052あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(6)術後の時間経過とともに慣れてくるといわれていること.回折型多焦点眼内レンズでは暗い場所で近方が見えにくくなる場合があり,部屋を明るくするか手元を照明することで見やすくなることを説明する.7.手術に伴うリスク,具体的には破により意図した多焦点眼内レンズが挿入できなくなる可能性.一般に多焦点眼内レンズにては,単焦点眼内レンズに比べ後発白内障によるコントラスト低下が強調されるため,単焦点眼内レンズ挿入眼に比べ早期にNd-YAGレーザーによる後切裂術が必要解してもらい,術後眼鏡を使用しなければならないことがありうることを納得してくれた患者のみを適応とすべきである.近方を眼鏡なしで見たい場合,読書などが主体で30cm前後の焦点距離を希望する患者には4.0Dの加入度数(眼鏡換算で3.2D)の回折型多焦点眼内レンズが適していると考えられる.一方,デスクトップコンピュータのモニターを眼鏡なしで見たい場合は,焦点距離が4050cmとやや遠くなるため3.5Dの加入度数(眼鏡換算で2.5D)の屈折型多焦点眼内レンズを選択するか,回折型多焦点眼内レンズの術後屈折をやや遠視よりに設定して適応する.II術前インフォームド・コンセントの要点患者が大きな期待をもち,高額な費用を支払って挿入する多焦点眼内レンズに関しては,術後視機能に関して患者の期待を現実的なものにすべく,術前に十分なインフォームド・コンセントを取ることが必要である.以下に事前説明の要点を列記する.1.日常生活の大半で眼鏡を用いなくても不自由しなくなるが,眼鏡装用がまったく不要になるわけではないこと.2.術後の屈折度数が目標値からずれた場合は度数矯正のための眼鏡装用が必要となったり屈折矯正手術などの追加手術を行う場合もあることを説明しておく.3.良好な視力が得られるようになるまで36カ月程度の順応期間があること.4.どの距離でも明瞭に見えた若い頃の見え方とは異なり,多焦点眼内レンズの近方加入度数により3035cmまたは4050cmの距離であり,中間距離の見難さを具体例で示して説明する.このような中間距離の見難さは,近づいて見るか眼鏡装用で解決できることも説明する.5.コントラスト感度低下に関しても,不鮮明な見え方をきたす場合があるが日常生活に支障をきたすほどではなく,術後時間経過とともに症状が改善されることを説明する.6.夜間の見え方は若いときとは異なりグレア・ハローが生じる可能性があること.もし生じても,手図4IOLcounselorソフト患者のタイプ,眼内レンズ種類,シミュレーション場面を選択することができる.図5老眼説明図表(IOLcounselor)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.8,20081053(7)図6白内障による見え方のシミュレーション(IOLcounselor)図8健康者の運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図10単焦点眼内レンズ挿入眼における運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図7白内障術後(多焦点眼内レンズ挿入眼)の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図9白内障患者の運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)図11多焦点眼内レンズ挿入眼における運転時の見え方シミュレーション(IOLcounselor)———————————————————————-Page61054あたらしい眼科Vol.25,No.8,2008(8)文献1)SteinertRF,PostCT,BrintSFetal:Aprospectiveran-domized,double-maskedcomparisonofzonal-progressivemultifocalintraocularlensandmonofocalintraocularlens.Ophthalmology99:853-861,19922)ChangDF:ProspectivefunctionalandclinicalcomparisonofbilateralReZoomandReSTORintraocularlensesinpatients70yearsoryounger.JCataractRefractiveSurg34:934-941,20083)ChiamPJ,ChanJK,HaiderSIetal:FunctionalvisionwithbilateralReZoomandReSTORintraocularlenses6monthsaftercataractsurgery.JCataractRefractiveSurg33:2057-2061,20074)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.JCataractRefractiveSurg31:2379-2385,20055)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Inuenceofastig-matismonmultifocalandmonofocalintraocularlenses.AmJOphthalmol130:477-482,2000になる可能性を説明しておく.しかし患者に短時間で注意点を連続して説明しても,患者が十分な理解を得る場合は少ない.患者説明用のIOLcounselor〔PatientEducationConcepts(PEC)Houston,TX〕などの説明プログラムを用いて患者理解を助ける工夫が必要である(図411).おわりに多焦点眼内レンズは高齢者が日常生活で不自由しない程度の視力を得る範囲は従来の単焦点レンズに比べはるかに広い.この特徴をよく理解して適切な患者選択を行えば一般臨床上有用な眼内レンズであることは間違いなく,今後,白内障─眼内レンズ手術の選択肢の一つになりうる.