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白内障手術中の水晶体落下に対してCENTURION を使用 したまま硝子体腔灌流下で超音波乳化吸引術を行った1 例

2025年4月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科42(4):489.492,2025c白内障手術中の水晶体落下に対してCENTURIONを使用したまま硝子体腔灌流下で超音波乳化吸引術を行った1例植田壮胤*1國見洋光*2清水裕介*1南雲美希*1奥山翔*1林俊介*1秦未稀*1常吉由佳里*1岡本知大*1細田進悟*1*1国立病院機構埼玉病院眼科*2慶應義塾大学病院眼科CACaseofPhacoemulsi.cationandAspirationunderVitreousIrrigationforLensDropMasatsuguUeda1),HiromitsuKunimi2),YusukeShimizu1),MikiNagumo1),ShoOkuyama1),ShunsukeHayashi1),MikiHata1),YukariTsuneyoshi1),TomohiroOkamoto1)andShingoHosoda1)1)DepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganizationSaitamaHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KeioUniversityHospitalC目的:白内障手術中の水晶体核落下への対処法として,従来の術式では切開創拡大や煩雑な操作が必要であり,頻用される白内障手術装置(CENTURION)を用いた報告は少ない.そこで,新たにCCENTURIONを用いた硝子体腔灌流下超音波乳化吸引術(VI-PEA)を施行したので報告する.症例:CENTURIONで白内障手術中に後.破損により水晶体核落下を認めたC63歳,女性.三方活栓付きハンドピースと灌流ポートを用い,水流を利用して落下した核片を吸引口に誘導し,核片を処理した.術中の眼圧は安定し,網膜損傷もなく手術を終えた.結論:術後の視力は良好で,重大な合併症もなく,VI-PEAが迅速かつ低侵襲な術式である可能性が示唆された.CPurpose:Incataractsurgery,anenlargedincisionandtroublesomeproceduresareusuallyrequiredforlensdrops,CandCthereChaveCbeenCfewCreportsConCtheCuseCofCcommonlyCutilizedCcataractCsurgeryCdevices,CsuchCasCtheCCENTURIONCVisionSystem(Alcon,Inc.)C,CinCsuchCcases.CHerein,CweCreportCtheCsurgicalCoutcomeCinCaClensCdropCcaseCinCwhichCVitreousCCavityCInfused-Phacoemulsi.cationCandAspiration(VI-PEA)C,CaCvitreousCcavity-infusedCphacoemulsi.cationCaspirationCtechniqueCthatCweCdevelopedCtoCovercomeCsuchCdi.culties,CwasCused.CCase:ThisCstudyinvolveda63-year-oldfemalepatientinwhomalensnucleusdropoccurredduetoposteriorcapsulerup-tureduringcataractsurgerywiththeCENTURIONVisionSystem.Usingahandpiecewithathree-waystopcockandCinfusionCport,C.uidC.owCguidedCnucleusCfragmentsCtoCtheCaspirationCportCforCremoval.CIntraocularCpressureCremainedstableduringsurgery,andnoretinaldamageoccurred.Conclusion:Postoperativevisionwasgoodwithnosigni.cantcomplications,suggestingthatVI-PEAcouldbeaquickandminimallyinvasivesurgicaltechnique.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(4):489.492,C2025〕Keywords:硝子体腔灌流下超音波乳化吸引術,水晶体核落下,後.破損.vitreouscavityinfused-phacoe-mulsi.cationandaspiration(VI-PEA),lensnucleusdrop,posteriorcapsulerupture.I背景白内障手術において,後.破損やCZinn小帯断裂などによる水晶体核落下は一定の確率(0.074%)で発生する1).そのような水晶体核落下に対して,これまで切開創を拡大し輪匙を用いて核娩出を行う方法2)や液体パーフルオロカーボン(liquidCper.uorocarbon:PFCL),鑷子,眼内ジアテルミーなどを用いて前房内に核を持ち上げ,超音波乳化吸引を行う方法(既報のCKebabTechnique)C3.5)がとられてきた.しかし,前者では切開創を拡大しなければならないこと,後者では手技が煩雑であり,超音波乳化吸引で生じる細かい核片の処理に時間がかかってしまうことが難点である.加えて,基本的に既報は硝子体手術装置(Constellation)にて白内障手術を行う際の術式として報告されており,昨今頻用されてい〔別刷請求先〕植田壮胤:〒160-0016東京都新宿区信濃町C35慶應義塾大学医学部眼科学教室医局Reprintrequests:MasatsuguUeda,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversityHospital,35,Shinanomachi,Shinjyuku-ku,Tokyo160-0016,JAPANCる白内障手術装置(CENTURION)については言及されていない.そこで,筆者らはCCENTURIONのみを用いて,迅速かつ低侵襲な手術が期待できる硝子体腔灌流下超音波乳化吸引術(vitreousCcavityinfused-PEA:VI-PEA)を施行したので報告する.CII症例患者はC63歳,女性.右眼白内障に対し手術目的で当院へ紹介受診となった.既往は高血圧のみで,眼疾患の既往はない.初診時,右眼に皮質白内障および核白内障(核硬化度CNS2)を認めた.他に,特記すべき所見は認められなかった.右眼の矯正視力はC0.1,レフ値はCsph.7.25(cyl.2.25Ax15°であり,術後の狙い度数はC0Dとした(表1).術中Cdivideandconquerにて核分割を行っていたが,核の第C2分割目で後.破損を確認し,1/8核片の眼底への落下を認めた.CIII術式術前麻酔は,2%エピネフリン入りキシロカイン点眼および同CTenon.下麻酔を使用した.CENTURIONにハンドピース(インフィニティCU/Sハンドピース,Alcon社)を接続し,ハンドピースにはC0.9Cmmマイクロチップ(Alcon社)を取り付け,0.9Cmmマイクロスリーブ(Alcon社)を装着した.3時,9時の位置に角膜穿刺,12時からC1時の位置にC2.8Cmm経強角膜一面切開を行い,超音波乳化吸引術を施行した.後.破損を認めたのち,眼圧の低下および水晶体核の落下を防止するため,ヒアルロン酸C0.85眼粘弾剤C1%を前房内に注入した.その後,トロカールカニューラ(ディスポエッカード氏C23CGカニューレシステムツーステップ,DORC社)を用いてC3ポートを作製し,灌流チューブをハンドピースからポートへ付け替えた.ウルトラビットハイスピードビトレクトミープローブ(Alcon社)とキセノンブライトスター光源装置(DORC社)に接続したディスポイルミネータ(DORC社)を準備し,広角眼底システムを用いて周辺まで硝子体切除を行った.硝子体切除時の設定は,カットレート4,000Ccpm,灌流圧C38CmmHg,最大吸引圧C350CmmHg,最大吸引流量C20Cml/分とした.その後,灌流液が逆流しないよう灌流接続口に三方活栓をつけたハンドピース(図1)を用いて,前房内に残存している核片に対し超音波乳化吸引を行った(図2).この際,灌流ポートからハンドピースへ向かって水流が生まれており,落下することなく核片を処理することができた.次に,落下した核片に対して広角眼底システム下にて超音波乳化吸引を行ったが,灌流ポートを動かし前述の水流を調整することで核片がハンドピースの吸引口へ移動してきた(図3).KebabCtech-niqueなどでは破砕された細かい核片が再び網膜上へ落下し表1術前データ年齢性別左右視力眼圧(mmHg)他覚的屈折度数(D)角膜曲率半径(mm,D)63歳女性右眼C0.1C18.4Csph.7.25(cyl.2.25CAx15°CR1C43.00CR2C44.00CC.1.00CAx27°図1ハンドピース,ポートの準備3ポートを作製したのち,灌流チューブをハンドピースからポートへ付け替えることにより,硝子体腔へ還流が生まれる.ただし,そのままではCVI-PEA施行時にハンドピースの灌流接続口より灌流液が逆流してしまうため,三方活栓を灌流接続口へ取り付けロックする.図2前房内でのVI-PEA前房内に残存している核片に対し超音波乳化吸引を行う.この際,灌流ポートからハンドピースへ向かって水流が生まれており,核片の落下を防いでいる.図3硝子体腔でのVI-PEA落下した核片に対して広角眼底システム下にて超音波乳化吸引を行う.灌流ポートを動かし水流を調整することで核片がハンドピースの吸引口へ移動し,超音波乳化吸引を効率よく行える.Cabc図4Kebabテクニック概略図眼内ジアテルミーにて焼き付けることで水晶体核を眼底より持ち上げ,超音波乳化吸引を行う.しかし,破砕された細かい核片が再び網膜上へ落下してしまうことが多い.Cabc図5VI-PEA概略図灌流ポートからの水流を用いて水晶体核を眼底より押し上げ,超音波乳化吸引を行う.硝子体腔から前房へ向けて水流があるため,破砕された細かい核片が落下することなく吸引口へ近づいてくる.表2術後データ術後視力眼圧(mmHg,NT)他覚的屈折度数(D)角膜曲率半径(mm,D)1週間後C1.2C16.0Csph.1.75(cyl.2.75CAx19°CR1C43.50CR2C43.75CC.0.25CAx71°1カ月後C1.2C22.4Csph.1.00(cyl.1.50CAx30°CR1C43.50CR2C44.25CC.0.75CAx14°3カ月後C1.2C15.3Csph.0.75(cyl.1.00CAx33°CR1C43.25CR2C43.75CC.0.50CAx21°Cてしまうことがあったが(図4),本法では水流があるため落下することなく吸引口へ近づいてきた(図5).なお,三方活栓で灌流液の逆流を防いでいるため,術中眼圧は安定しており眼球が虚脱することはなかった.そして,核片の処理後,前.円形切開が保たれていたため,眼内レンズ(NX-70S,参天製薬)のハプティクスを毛様溝へ挿入し,レンズを.内に固定した.最後に,再度眼底を観察して網膜.離や水晶体核の残存がないことを確認し,ポートを抜去,術終了とした.CIV結果術後結果に関しては以下の通りである(表2).術後矯正視力は,1週間後,1カ月後,3カ月後ともに変わらずC1.2であった.術後レフ値は,1週間後.3カ月後にかけて徐々に近視および乱視の改善を認めた.術後の重大な合併症は認めなかった.CV考按本法を論じる前提として,外光源,眼底観察システム,23CGカニューレシステムを用いれば,CENTURIONで硝子体茎顕微鏡下離断術を行うことが可能であるという点があげられる.白内障手術にCCENTURIONを用いている施設は多く,上記のデバイスさえ用意しておけば硝子体手術用のConstellationなどがなくても本法を施行可能である.本法の利点としては,前述のように核片が硝子体腔灌流に乗りハンドピースの吸引口へ集まるため,硝子体腔内操作が最小限で済み,落下した核片を硝子体カッターで処理する際の網膜損傷のリスクを低減できる.一方,kebabCtech-nique5)やフラグマトームなどの超音波乳化吸引を行う方法では,超音波により飛散した細かい核片が再び後極へ落下してしまう.この対策として,PFCLを用いて虹彩面近くまで水晶体を挙上させる方法3,4)がある.たしかに,PFCLを用いれば核片の後極への落下を防ぐことができ,本法と同様に網膜損傷のリスクを低減できるが,硝子体手術を行っている施設でなければCPFCLを即座に準備できず,使用経験も少ないために扱いに難渋する可能性が高い.加えて,コスト面も無視できない要因となる.また,本法では超音波チップとスリーブの間に灌流液が保持されており,ハンドピースの三方活栓を少し開けば水流を生み出せるため,従来のフラグマトームのような創口熱傷のリスクも低い.そして,既存のハンドピースで核処理が可能なため切開創拡大が不要で,拡大による惹起乱視を最小限に抑制することができる2,6).しかし,核硬化が強かったり巨大な核片が落下したりしたケースでは,灌流で舞った核片が網膜に接触した際に網膜障害が起こる可能性は否定できず,今後検討していかなければならない問題である.また,硝子体切除を行うことが前提であるため,硝子体手術に慣れた術者でなければ施行はむずかしい.このような本法の特徴を踏まえると,本法は硝子体手術に慣れた術者がCCENTURIONを用いて白内障手術を行った際に,核硬化の強くない水晶体核の落下が生じた場合に有用であると考える.CVI結論白内障手術中の水晶体落下に対しCVI-PEAを用いることで,最小限の硝子体腔内操作で,CENTURION使用下においても迅速かつ低侵襲に処理を行うことが期待できる.文献1)LundstromCM,CDickmanCM,CHenryCYCetal:RiskCfactorsCforCdroppedCnucleusCinCcataractCsurgeryCasCre.ectedCbyCtheCEuropeanCregistryCofCqualityCoutcomesCforCcataractCandCrefractiveCsurgery.CJCCataractCRefractCSurgC46:287-292,C20202)YiQY,HuangJ,ChenNetal:Managingdislocatedhardlensnuclei:23-gaugeCvitrectomyCandClensCextractionCviaCaCcorneoscleralClimbalCincisionCversusC23-gaugeCvitrecto-myandphacofragmentation.JCataractRefractSurgC45:C451-456,C20193)JangCHD,CLeeCSJ,CParkJM:Phacoemulsi.cationCwithCper.uorocarbonliquidusinga23-gaugetransconjunctivalsuturelessCvitrectomyCforCtheCmanagementCofCdislocatedCcrystallineClenses.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:1267-1272,C20134)WatanabeCA,CGekkaCT,CTsuneokaH:TreatmentCofCaCdislo-catedClensCbyCtranscornealCvitrectomyCandCbimanualCphacoemulsi.cation.CClinCOphthalmolC18:1539-1542,C20145)AsoH,YokotaH,HanazakiHetal:Thekebabtechniqueusesabipolarpenciltoretrieveadroppednucleusofthelensviaasmallincision.SciRepC11:7897,C20216)SandersCDR,CGillsCJP,CMartinRG:WhenCkeratometricCmeasurementsCdoCnotCaccuratelyCre.ectCcornealCtopogra-phy.JCataractRefractSurgC19:131-135,C1993

前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1 例

2011年10月31日 月曜日

1460(92あ)たらしい眼科Vol.28,No.10,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)《第16回日本糖尿病眼学会原著》あたらしい眼科28(10):1460?1463,2011cはじめに近年,小切開超音波白内障手術の進歩に伴い,糖尿病患者に対する白内障手術の適応は,内科的にも眼科的にも拡大している1).特に,血糖コントロールが良好で糖尿病網膜症が単純網膜症までの患者であれば,術後管理も含めて非糖尿病患者に準じてよいと思われる.しかし,熟練の白内障術者の執刀によっても予期せぬ手術合併症が生じる場合は必ずあり,そのことが糖尿病網膜症の増悪因子となる可能性には十分留意する必要がある.今回,白内障手術時に後?破損をしたため?外固定された眼内レンズ(IOL)のループが虹彩切除部から前房内へ脱出した時期を契機に,術眼のみ糖尿病網膜症が悪化し,ループの整復によって網膜症が鎮静化した1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕福本敦子:〒631-0844奈良市宝来町北山田1147永田眼科Reprintrequests:AtsukoFukumoto,M.D.,NagataEyeClinic,1147Kitayamada,Hourai-cyo,Nara-city,Nara631-0844,JAPAN前房内へ脱出した眼内レンズループの整復により糖尿病網膜症が鎮静化した1例福本敦子松村美代黒田真一郎永田誠永田眼科ACaseofDiabeticRetinopathyImprovementafterRepositioningSurgeryforIntraoculerLensHapticProlapseintoAnteriorChamberAtsukoFukumoto,MiyoMatsumura,ShinichiroKurodaandMakotoNagataNagataEyeClinic?外固定された眼内レンズのループが前房内へ脱出した時期から糖尿病網膜症(DR)が進行するも,ループの整復によってDRが鎮静化した1例を経験した.症例は,60歳の糖尿病男性.左眼白内障手術中に後?破損を生じ,周辺虹彩切除(PI)が同時に施行されたが左眼の術後視力は問題なく,両眼底に単純DRを認めるのみであった.しかし,1年後,左眼はPI部からのループ脱出を認めると同時にDRの悪化を認め,黄斑浮腫,視力低下を伴っていた.ループ脱出後2年9カ月時,前房炎症,眼圧上昇,角膜内皮細胞数の減少(pigmentdispersionsyndrome)を認めたため,ループの整復を行ったところ,整復の時期を境に左眼の糖尿病網膜症は経過観察のみで鎮静化して黄斑浮腫も改善した.左眼矯正視力は,整復後14年の長期経過で(0.1)から(1.0)へと大幅に回復している.Wereportacaseofdiabeticretinopathy(DR)improvementafterrepositioningsurgeryforhapticprolapseofanout-of-thebagintraocularlens(IOL).Thepatient,a60-year-oldmalewithdiabetes,underwentcataractsurgeryandperipheraliridectomy(PI)inthelefteye,withposteriorcapsulerupture.Aftersurgery,best-correctedvisualacuity(BCVA)wasunremarkableinthelefteye;fundusexaminationrevealedbilateralsimpleDR.Oneyearlater,weobservedthattheIOLhaptichadprolapsedintotheanteriorchamberthroughthePI.Atthesametime,theDRinthelefteyehadworsened,withmacularedemaandvisualloss.Hapticrepositioningwasperformedinthelefteyeafter33monthsbecauseofpigmentdispersionsyndrome.ThissurgeryhappenedtoleadtoDRresolutionandgradualimprovementofthemacularedema.Atthe14-yearfollow-upafterhapticrepositioning,theBCVAinthelefteyehadsignificantlyimproved,from20/200to20/20.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)28(10):1460?1463,2011〕Keywords:糖尿病網膜症,後?破損,周辺虹彩切除,眼内レンズ(IOL)ループ脱出,IOLループ整復術.diabeticretinopathy,posteriorcapsulerupture,peripheraliridectomy,prolapseofintraocularlens(IOL)haptic,repositioningsurgeryofIOLhaptic.(93)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111461I症例患者:60歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:1991年6月,左眼の白内障手術を目的に近医より当科を紹介受診した.既往歴:糖尿病〔ヘモグロビン(Hb)A1C7.1%〕があり,内服加療中であった.家族歴:特になし.初診時所見:視力は右眼0.9(1.2×+2.0D(cyl?1.0DAx90°),左眼手動弁(矯正不能),眼圧は右眼17mmHg,左眼16mmHgであった.両眼とも前眼部は異常なく,角膜内皮細胞密度は約2,700/mm2,眼軸は右眼23.6mm,左眼23.9mmで明らかな左右差はなかった.右眼の中間透光体,眼底に異常はなく,左眼にのみ成熟白内障がみられ眼底は透見不能であったが,外傷の既往はなかった.経過:1991年9月,左眼のみ超音波白内障手術が施行された.このとき,後?破損を生じたため,IOLは?外固定され,同時に前部硝子体切除術および上方の周辺虹彩切除術も施行された.1991年10月(白内障術後1カ月)再診時,眼底に左右同程度の単純糖尿病網膜症を認めた.左眼術後は視力1.2(1.5×(cyl?1.0DAx80°)で,前房炎症が遷延することなく経過良好であった.8カ月ぶりの再診となった1992年10月(白内障術後1年1カ月),左眼は虹彩切除部から前房内へのIOLループの脱出を認め(図1),軽度の前房炎症を伴っていた.糖尿病網膜症は,左眼のみ網膜出血の増悪と硬性白斑,黄斑浮腫の出現を認め,視力は(0.5)に低下していた.しかし,眼圧は16mmHgと正常で,隅角検査上,脱出ループと角膜内皮との接触はなく角膜内皮細胞数の減少もなかったことから,ループ整復を行わずに経過をみた.1993年10月(ループ脱出後1年),左眼視力は(0.1)で,脱出ループの所見は変わらず,前房炎症が遷延していた.糖尿病網膜症は左眼のみさらに進行し,蛍光眼底造影検査上,後極を中心に旺盛な蛍光漏出を認めた(図2)ため,網膜光凝固を施行することで経過をみた.1995年7月(ループ脱出後2年9カ月),左眼の眼圧が30mmHgと上昇し,隅角鏡検査上は脱出ループと角膜内皮が接触し,その部位に一致した角膜浮腫を認めた.角膜内皮細胞数も約1,000/mm2まで減少していたことから,同年8月,左眼脱出ループの整復を試みた.左眼の糖尿病網膜症は,網??????????????????????????????図1IOLループ脱出時の前眼部写真隅角検査上,ループと角膜内皮との接触はない.右眼左眼図21993年10月の蛍光眼底造影写真1462あたらしい眼科Vol.28,No.10,2011(94)膜光凝固後も所見の改善に乏しく,黄斑浮腫,硬性白斑,網膜出血が遷延し,視力は(0.1)のままであった.ループ整復後,速やかに左眼の眼圧は正常化し,角膜浮腫,前房炎症も消失した.さらに,長期経過で左眼視力および眼底所見にも改善がみられた.遷延していた左眼の黄斑浮腫および硬性白斑は整復後約2年で消失し,整復後約5年が経過して以降,左眼視力は(0.7)以上を維持している(図3).2010年1月(整復後14年)の最終受診時,視力は右眼0.9(1.2×+1.0D(cyl?1.25DAx100°),左眼0.3(1.0×+0.75D(cyl?3.0DAx80°),眼圧は両眼とも13mmHg,角膜内皮細胞数は右眼3,003/mm2,左眼1,176/mm2であった.糖尿病網膜症については,右眼は単純網膜症のまま加療歴はなく,左眼も停止性網膜症でループ整復以降の加療歴はない(図4).II考按虹彩切除部からのIOLループ脱出の報告は過去に散見する2?6)が,いずれも問題となった合併症は,IOLループと虹彩の機械的接触で生じた虹彩炎による角膜内皮障害,あるいは虹彩色素の散布によって起こる眼圧上昇とされるpigmentarydispersionglaucomaであった.本症例のように,片眼のIOLループ脱出時期に偶然にも両眼に同程度の糖尿病網膜症があり,同一患者における非術眼と比較しながらループ脱出が眼底にもたらす影響を長期に経過観察できたという報告は,筆者の調べた限りではこれまでにない.本症例でもIOLループ脱出時に注意した合併症は,前述のpigmentarydispersionglaucomaであったが,加えて,糖尿病網膜症眼であったことがIOL整復の手術適応時期を複雑にした.再手術の術式としては,IOLの整復,交換,縫着があるが,整復のみでは再脱出してしまい,IOL交換2,3)あるいは縫着6)を要した報告もあり,複数回の手術侵襲がかえって角膜内皮障害のみならず網膜症の増悪をきたす可能性もある.幸い,本症例はフックを用いてIOLループを虹彩下へ戻すという単純な整復により,以後の再脱出はみられなかった.仮に,ループの再脱出により複数回手術を要した場合,前房炎症はさらに遷延することとなり,その選択が糖尿病網膜症の増悪を招いたかもしれない.白内障手術後の糖尿病網膜症の悪化については,須藤1,7)が「どんなに熟練者が執刀しても術後に糖尿病網膜症が進行する症例は20?30%存在する」と述べているように,その原因は全身状態や術前網膜症の病期などが複雑に絡んでおり,白内障手術やその合併症が必ずしも網膜症の悪化につながるとは限らない.同一患者の手術眼と非手術眼を対照にして検討した場合,網膜症の悪化原因は手術侵襲よりも糖尿病自体の自然悪化によるものが多かったとの報告7)や,後?破損例においても非術眼との網膜症の差はなかったとの報告8)もある.これらの報告を踏まえて本症例の網膜症悪化要因を考察すると,周術期の血糖コントロール状態はHbA1C7.1%と比較図42010年1月の眼底写真右眼左眼00.20.40.60.81.01.219911992199319941995199619971998199920002001200220032004200520062007200820092010網膜光凝固ループ脱出ループ整復黄斑浮腫および硬性白斑の消失視力経過(年)図3左眼視力経過(95)あたらしい眼科Vol.28,No.10,20111463的良好であったこと,術前糖尿病網膜症は単純網膜症であったこと,左眼白内障術後もループ脱出を発見するまでは単純網膜症であり左眼視力は(1.0)以上を維持していたことから,後?破損という術中合併症よりも,術後長期にわたってIOLループが脱出することによって慢性炎症が遷延したことが主要因であった可能性がある.しかし,このことは,本症例が1990年代の古い症例であり,フレア値など前房炎症に関する客観的データの詳細に欠けることや,ループ脱出時の慢性炎症に対して副腎皮質ステロイドの後部Tenon?下注射など局所投与による積極的な加療もなされていないことから,あくまでも結果から遡った推測にすぎない.加えて,ループの偏位,脱出によるpigmentarydispersionglaucomaもまだ当時は国内の報告が少なく,現在とはその治療方針に些かの乖離があったことを,反省も踏まえて強調しておきたい.今回の報告は,一症例の経過にすぎず,白内障手術に伴う合併症が糖尿病網膜症の増悪にどれほど関与するかを統計的に論じることはできないが,術中合併症のみならず,IOLループの脱出などの術後合併症を生じた糖尿病網膜症眼については,特に積極的な消炎の努力と永続的な経過観察が重要であることを示唆する症例であった.文献1)須藤史子:糖尿病を合併する白内障手術のコツと落とし穴.IOL&RS21:155-161,20072)大鳥安正,真野富也:眼内レンズ偏位による緑内障.眼紀42:932-936,19913)今泉雅資,古嶋正俊,瀬口ゆりほか:壮年男性にみられた虹彩切除部からのIOLループ脱出2例.眼紀43:1448-1451,19924)斉之平真弓,吉田弘俊,細谷比左志ほか:後房レンズのループ偏位により生じた角膜内皮障害の1例.臨眼47:23-26,19935)服部貴明,藤田聡,山城博子:前房側に脱出した後房レンズ脚による角膜内皮障害の1例.眼臨101:259-261,20076)都筑明子,都筑昌哉,久保江理ほか:後房レンズのループが虹彩の孔を通して前房内に脱出した1例.眼紀55:311-314,20047)SutoC,HoriS,KatoSetal:Effectofperioperativeglycemiccontrolinprogressionsofdiabeticretinopathyandmaculopathy.ArchOphthalmol124:38-45,20068)大岩晶子,林敦子,小林晋二ほか:片眼白内障手術症例における術眼・非術眼の糖尿病網膜症の経過.あたらしい眼科26:973-976,2009***

後極白内障における白内障手術の成績

2010年11月30日 火曜日

0910-1810/10/\100/頁/JCOPY(131)1613《原著》あたらしい眼科27(11):1613.1616,2010cはじめに後極白内障は常染色体優性遺伝の形式をとる先天性の白内障で,水晶体後.下,中央瞳孔領域に,円形・皿状の境界明瞭な混濁を生じる疾患である.混濁は白色・同心円状の渦巻き様の構造を呈し(図1),混濁部は水晶体線維が破綻して無構造となっている.両眼性,対称性のものが多く,弱視はないかあっても軽度のことが多い.そのまま進行しない停止型と徐々に進行する進行型があり,進行時期はさまざまであるが,30歳代で進行することが多く,30~40歳代で視力低下をきたし,手術に至ることが多いとされている1~3).後極白内障の手術時の問題点として,後極の混濁部が菲薄化していたり,混濁部が後.と癒着していたりすることが多く,後.破損の発生率が7~36%と高いことが報告されている4~8).またその報告の多くは海外のもので,わが国での報告は筆者らが検索した限りではHayashiら6)のものだけであった.今回筆者らは茅ヶ崎中央病院眼科(以下,当院)で白内障手術を施行した後極白内障の症例の特徴および手術成績につき,レトロスペクティブに検討したので報告する.〔別刷請求先〕野澤亜紀子:〒060-8638札幌市北区北15条西7丁目北海道大学大学院医学研究科医学専攻感覚器病学講座眼科学分野Reprintrequests:AkikoNozawa,M.D.,DepartmentofOphthalmology,HokkaidoUniversitySchoolofMedicine,Nisi-7Kita-15,Kita-ku,Sapporo-shi,Hokkaido060-8638,JAPAN後極白内障における白内障手術の成績野澤亜紀子*1松本年弘*2吉川麻里*2佐藤真由美*2新井江里子*2榎本由紀子*2小野範子*2三松美香*2仙田由宇子*2呉竹容子*2*1藤沢市民病院眼科*2茅ケ崎中央病院眼科ResultsofCataractSurgeryinPosteriorPolarCataractAkikoNozawa1),ToshihiroMatsumoto2),MariYoshikawa2),MayumiSato2),ErikoArai2),YukikoEnomoto2),NorikoOno2),MikaMimatsu2),YukoSenda2)andYokoKuretake2)1)DepartmentofOphthalmology,FujisawaMunicipalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,ChigasakiCentralHospital目的:後.破損が起こりやすいことが報告されている後極白内障に対する白内障手術成績を検討すること.対象および方法:対象は2001年4月から2009年3月の間に,茅ヶ崎中央病院にて白内障手術を受け,術後1カ月以上経過観察が可能であった後極白内障の9例9眼とした.男性5例5眼,女性は4例4眼,平均年齢は61.4歳であった.手術方法は全例,超音波水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術で,同一術者が行った.結果:手術時間は平均18.9分であった.術後視力は改善が7眼,不変が2眼で,1眼は弱視であった.術中合併症は後.破損が1眼(11%),術後合併症は眼内レンズ偏位による再手術が1眼と後発白内障によりYAGレーザーを施行した症例が1眼であった.結論:後極白内障における白内障手術では,後.破損の危険性を常に念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切である.Purpose:Toevaluatetheoutcomeofposteriorpolarcataractsurgery,predictingtorupturetheposteriorlenscapsule.CasesandMethod:Thisretrospectivestudyinvolved9eyesof9patients(5males,4females;averageage:61.4years)whounderwentphacoemulsificationandaspirationwithintraocularlens(IOL)-implantationforcataractbetweenApril2001andMarch2009byonesurgeon.Result:Surgerydurationaveraged18.9minutes.Postoperativevisualacuitywasimprovedin7eyesandunchangedin2eyes;amblyopiawasseeninoneeye.Intraoperativeposteriorcapsularruptureoccurredinoneeye(11%);postoperativeIOL-dislocationduetoreoperation,andaftercataractduetoYAG-laserwereseeninoneeyeeach.Conclusion:Wealwaysgiveseriousconsiderationinposteriorpolarcataractsurgerybyslowdegreetopreventposteriorcapsularrupture.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(11):1613.1616,2010〕Keywords:後極白内障,白内障手術,後.破損.posteriorpolarcataract,cataractsurgery,posteriorcapsulerupture.1614あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(132)I対象および方法1.対象(表1)2001年4月から2009年3月の8年間に当院で,超音波水晶体乳化吸引術(phacoemulsificationandaspiration:PEA)+眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入術を施行された4,857例6,505眼のうち,後極白内障と診断され,術後1カ月以上経過観察可能であった9例9眼(0.14%)を対象とした.症例の内訳は,男性5例5眼,女性4例4眼で,手術時年齢は61.4±15.1歳(33~80歳),両眼性6例6眼,片眼性3例3眼で,家族歴が確認できたものは1例のみであった.弱視の既往が1例にみられた.渦巻き状混濁部の大きさは直径でおよそ1.8~3.0mmで,水晶体核硬度はEmery-Little分類でgradeが7眼,gradeIが2眼であった.後極白内障の診断は,混濁の形状,部位,既往歴,家族歴,年齢および両眼性か片眼性かなどを総合して診断した.2.手術方法手術方法は全例PEA+IOL挿入術で,同一術者が行った.ハイドロダイセクションは行わず,ハイドロデリニエーションのみを行い(図2a),核分割は避け,できる限り混濁部近くまで核を削り(図2b),エピヌクレウスを残すようにした.残ったエピヌクレウスと皮質は,眼粘弾性物質を使用したドライテクニックにより中央部に寄せて(図2c),低吸引圧(100mmHg),低吸引流量(20ml/min)で,ときにはバイマニュアルI/A(irrigationandaspiration)法も駆使して,ゆっくりと混濁部が自然に後.から.がれてくるように吸引除去した(図2d).IOLは後.破損した症例では.外に,後.破損のなかった症例では.内に挿入した.II結果(表2)1.手術成績手術時間は平均18.9分であった(12~43分).術後視力は最終観察時,矯正視力が視力表で2段階以上改ab図1症例9の後極白内障(a:弱拡大,b:強拡大)後極部の混濁は円盤状で渦を巻き,厚く濃い混濁を呈している.表1対象の一覧症例年齢(歳)性別左/右片/両眼性術前矯正視力混濁の直径(mm)核硬度既往歴家族歴157女性右眼両眼0.23.0IIなしなし280男性右眼片眼0.12.2II若年時に白内障の診断なし333女性左眼両眼0.12.5Iなしなし455男性右眼両眼0.72.8IIなしなし569男性左眼両眼1.22.5IIなし兄・妹669女性左眼両眼1.01.8IIなしなし747男性左眼両眼1.02.0Iなしなし865男性左眼片眼0.72.3II若年時より左視力不良なし978女性左眼片眼0.12.8II弱視の診断なし(133)あたらしい眼科Vol.27,No.11,20101615善したものを改善,1段階以内の変化を不変とすると,改善が7眼,不変が2眼であった.片眼例で1眼が矯正視力0.5と弱視であった.2.術中・術後合併症術中合併症は後.破損の1眼(11%)のみであった.55歳の男性で,周辺部のエピヌクレウスをフックで中央へ寄せる際,後.と癒着していた混濁部が回転して後.破損が発生した.術後早期の合併症はIOL偏位による再手術が1眼(11%)で,これは後.破損を生じた症例で,capsulecaptureにし図2後極白内障の手術手技a:ハイドロ針を核内に挿入し,ハイドロデリニエーションを行い,核とエピヌクレウスを分離する.b:核をできる限り大きく混濁部近くまで削る.c:高分子粘弾性物質を水晶体.と皮質の間に注入し,エピヌクレウスと皮質を中央に寄せる.d:混濁部分が自然に後.から.がれてくるようにゆっくりと皮質を吸引する.acbd表2手術結果の一覧症例手術日手術時間(分)術後観察期間(月)術中合併症術後早期合併症術後矯正視力術後後期合併症101/6/191229なしなし1.0なし202/5/71460なしなし1.2なし304/8/51723なしなし1.5後.混濁406/7/264335後.破損IOL偏位1.2なし506/2/141312なしなし1.5なし606/2/71232なしなし1.2なし706/11/7291なしなし1.5なし807/11/131713なしなし1.5なし908/6/51311なしなし0.5なし1616あたらしい眼科Vol.27,No.11,2010(134)ておいたIOLのループが硝子体腔に脱臼したため,翌日IOLを整復した.術後長期の合併症としては,術後22カ月に後発白内障でNd:YAGレーザーによる後.切開を施行したものが1眼(11%)あった.III考按後極白内障は通常両眼性,対称性に後極部に円盤状・渦巻き状の厚い混濁を生じるが,混濁が小さいため弱視はないか,もしくは軽度のことが多いとされている2).両眼性の割合は39~80%4~6,9)と報告によりさまざまで,かなり幅広くなっていた.筆者らの症例は67%(6例/9例)が両眼性で,比較的割合が高かった.筆者らは後極白内障の診断の際,混濁の形状だけではなく,家族歴および既往歴も含めて総合的に診断したため,片眼例で混濁の形状が似ている症例のうち,家族歴や既往歴がなく,手術時に後.との癒着もみられなかった2眼を今回の検討から除外した.そのため両眼性の割合が高くなったのかもしれない.また,弱視は片眼例の10~57%4~6,9)にみられたと報告されている.筆者らの症例でも同様に片眼例の33%(1眼/3眼)で弱視がみられた.手術時の年齢は30~40歳代で手術を受けることが多いと教科書的にはされているが,過去の報告では19~81歳4~9)とかなり年齢層が幅広くなっていた.筆者らの症例も平均61.4歳と年齢層が高くなっており,これはおそらく混濁部分が比較的小さかった症例が多く含まれていたため,混濁はあっても本人はあまり不自由さを感じず,加齢による白内障の進行とともに視力障害が強くなって,手術を受けた症例が多かったためと考えた.また,後極白内障の症例は若いころから混濁が中心付近にあるためか,両眼に対称性に混濁が存在する症例でも,片眼の手術だけで満足してしまい,もう1眼の手術を希望しないことが多かったことから,あまり視力に対する要求度が高くなく,不自由さを感じにくいことも一因になっているのかもしれないと思われた.筆者らの症例で家族歴があったものは,兄と妹が50歳代に白内障手術を受けたという69歳の症例1例(11%)のみであった.過去の報告でVasavadaら5)は55%に何らかの家族歴があったと報告していることから,詳細な調査を実施すればさらに家族歴のある症例を発見できたのかもしれない.後極白内障は,後極の混濁部の後.が菲薄化または混濁部と後.が強く癒着しているため,手術時に後.破損の発生率が高いことが報告されている.1990年代にOsherら4)が24%で,Vasavadarら5)が36%で後.破損が発生したと報告している.しかし2000年代になると破.率は0~16.7%6~9)とかなり低減しており,手術成績の向上がみられている.筆者らの破.率は11%で,やはり近年の報告と同様,比較的良好な破.率になっていた.その要因として,核硬度がEmery-Little分類gradeI~IIの柔らかい症例が多かったこと,後極の混濁が小さい症例が多かったこと,後.と混濁部の癒着が軽度であった症例が多かったことがあげられる.また,手術マシンの進化および手術創の小切開化により,サージなどの前房圧の急激な変化が減ったこと,バイマニュアル法や眼粘弾性物質を利用したドライテクニックなどの手術手技を駆使したことにより,混濁部と後.を比較的少ない負荷で分離できたことが大きな要因になっていると思われた.しかし,後極白内障の手術は通常の白内障手術に比べ(当院での昨年の破.率0.17%),後.破損の危険性が高いことは確かで,常に後.破損の危険性を念頭に置き,ゆっくりとした慎重な手術を心掛けることが大切であると思われた.また,混濁部と後.の癒着が強い症例では,無理に混濁を.がそうとせず,混濁を残して手術を終了し,術後Nd:YAGレーザーで後.切開を行うことをHayashiら6)やSiatiriら9)は推奨している.さらに核が硬くて大きな症例や混濁部が大きな症例では,後.破損の確率が高く,水晶体核落下の危険性が高くなるので,林ら1)が推奨しているように計画的.外摘出術も選択肢の一つとして考えておくことが必要であると思われた.本論文の要旨は第33回日本眼科手術学会総会(2010年)で発表した.文献1)林研:後極白内障と後部円錐水晶体.IOL&RS15:304-308,20012)渡辺交世,永本敏之:スリットランプを使った前・後.下白内障の術前診断.IOL&RS23:3-7,20093)NagataM,MatsuuraH,FujinagaY:Ultrastructureofposteriorsubcapsularcataractinhumanlens.OphthalmicRes18:180-184,19864)OsherRH,YuBCY,KochDD:Posteriorpolarcataracts:Apredispositiontointraoperativeposteriorcapsularrupture.JCataractRefractSurg16:157-162,19905)VasavadaA,SinghR:Phacoemulsificationineyeswithposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg25:238-245,19996)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Outcomesofsurgeryforposteriorpolarcataract.JCataractRefractSurg29:45-49,20037)LeeMW,LeeYC:Phacoemulsificationofposteriorpolarcataracts:asurgicalchallenge.BrJOphthalmol87:1426-1427,20038)HaripriyaA,AravindS,VadiKetal:Bimanualmicrophacoforposteriorpolarcataracts.JCataractRefractSurg32:914-917,20069)SiatiriH,MoghimiS:Posteriorpolarcataract:minimizingriskofposteriorcapsulerupture.Eye20:814-816,2006