‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】 コンタクトレンズの苦情に対処する(2)-異物感-

2012年11月30日 金曜日

コンタクトレンズセミナー監修/小玉裕司渡邉潔糸井素純コンタクトレンズ基礎講座【ハードコンタクトレンズ編】341.コンタクトレンズの苦情に対処する(2)―異物感―本セミナーでは「異物感」について説明していく.受診する際には「異物感」よりも「コロコロする・ゴロゴロする・痛い・痒い・涙が多い・しみる」などの表現をよく耳にする.ここでも原因を探していくためには,順番に考えるとわかりやすくなる(図1)1).1.異物感の発症時期を確認まず異物感が装用直後からあるのか,装用後数時間経ってからあるのかを確認する.1)装用直後から発症装用直後からの場合はレンズの破損・汚れ・キズを確認する.破損していれば新しく処方し,眼に傷や炎症がないかも確認しておく.汚れはまず洗浄し,それで除去できなければ研磨する.キズは多少であれば研磨して除去できる.深いキズは無理に研磨すると割れることがあるので注意が必要である.舟橋順子大阪医科大学眼科学2)装用後数時間経ってから発症装用後数時間経ってからの場合はレンズの動きと静止位置を確認してから,フルオレセインで染色する.フルオレセインパターンに問題がなくパラレルの場合は,動きと静止位置をもう一度確認し直す.この場合は,べベルの調整によって静止位置を改善できることが多く1.3),同時に動きも改善できる.①静止位置が下方固着べベル幅が狭くエッジリフトが小さいと,レンズエッジが角膜の12時方向を圧迫し上への動きが制限され,さらに圧迫による異物感を減らそうと瞬目が浅くなり下方固着となる.べベル幅を広くエッジリフトを大きく(図2a)すると,レンズエッジによる圧迫が軽減され,レンズは上へ動きやすくなる.ベースカーブ(BC)をフラットに変更・直径を大きく変更・MZ加工の追加(レンズ前面のベベルに溝をつけ,レンズが上に持ち上がりやすいようにする工夫)もある.…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………..図1主訴別対処「異物感」(61)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215110910-1810/12/\100/頁/JCOPY abcabc図2レンズの調整a:べベル幅広く+エッジリフト大きく.b:フロントべベル薄く.c:エッジリフト小さく.②静止位置が上方固着静止位置が上方固着の場合は,上眼瞼の影響を受けているかどうかで対処方法が変わってくる.上眼瞼を持ち上げたときにレンズがスムーズに下降すれば,上眼瞼がレンズを抱え込んでいると考えられる.フロントべベルを薄く(図2b)し,レンズが上眼瞼に引っ掛からないように調整するとレンズがスムーズに下降するようになる.強度近視の場合はレンズ周辺部が厚くなるため上眼瞼でレンズが持ち上がりやすくなるので,「フロントべベルを薄く」と最初から指定するとよい.上眼瞼を持ち上げてもレンズが下降してこなければ上眼瞼は関係なく,レンズと角膜の相性に問題があると考えられる.レンズのエッジリフトが大きい場合は,エッジリフトを小さくする(図2c)と角膜12時方向への乗りあげが少なくなるため,レンズが上へ持ち上がりにくくなる.前回と今回の主訴別対処方法をまとめたチャートと,その解説をしているCD-ROM(第53回日本コンタクトレンズ学会ランチョンセミナー7の内容を収録)がある.興味のある方は(株)サンコンタクトレンズに依頼すると手配が可能である.「眼に合っていないコンタクトレンズ(CL)は異物である」ことを使用する側と処方する側がともに忘れ,装用感の良さと取り扱いの簡単さを求める余り,ハードコンタクトレンズ(HCL)の装用者は激減している.HCLの大きなメリットである「眼に何か異常が起こったときすぐに気付くチャンス」を失った結果,重篤な合併症が増えている.眼に異常があれば自覚症状として情報を発信できるCLはHCLである.そのHCLをそれぞれの眼に合わせて“調整”するということは,医療機器としてのCLの質を保つために,医療行為として広く普及されるべきことだと思う.時間をかけて調整しても保険点数はなく,新しく処方してしまうほうが簡単でメーカー側にもプラスになる.だが私たちが行っているのは商品としてのCL販売ではなく,医療としてのCL処方だということを忘れてはいけない.また,CLを装用するということは,屈折異常などのハンディキャップを補いqualityoflife向上のために,大切な眼に異物と紙一重のものを載せていることに他ならない.眼を守るのは私たち眼科医の務めであり,CLの品質などを守るのはメーカーの務めである.だが,医療機器として安全・快適に使用するためには,使用者にも覚悟が必要である.CLは間違った使い方をすれば眼に障害を起こしうることを理解し,使用方法を守り安全に使用できるように努力する覚悟がなければ本当のCL適応者ではない.医療者側やメーカー側に責任を重くするだけでなく,使用者にも責任をもたせる「自分の眼は自分で守る」心構えが使用者に必要だと痛感している.「最初の処方時に,それだけの理解と覚悟ができておらず“何となく装用開始してしまった…”という場合が多すぎる」,これが根本的な問題と感じている.文献1)舟橋順子:初心者だからと諦めないで…よりよいHCL装用を目指して.日コレ誌53:補遺S10-S15,20112)小玉裕司:ハードコンタクトレンズの修正とは?.コンタクトレンズフィッティングテクニック,p65-67,メディカル葵出版,20053)舟橋順子:はじめてみようHCL処方.日コレ誌54(4),2012(印刷中)☆☆☆1512あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(62)

写真:顕微鏡的多発血管炎

2012年11月30日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦342.顕微鏡的多発血管炎田尻健介大阪医科大学眼科学②①図2図1のシェーマ①:結節性強膜炎.②:周辺部角膜潰瘍.図1周辺部角膜潰瘍と結節性強膜炎(70歳,男性)6時から9時に周辺部角膜潰瘍を認めた.結膜下にサーモンピンク色の扁平な隆起性病変を認める.僚眼に異常所見はない.図3結節性強膜炎(図1と同一症例)周辺部角膜潰瘍に沿うような形で強膜炎を認める.眼痛は強く点眼治療のみではコントロールできなかった.図4ステロイドおよび免疫抑制薬内服で治療中(図1と同一症例)潰瘍は沈静化し上皮が張っている.結膜下の隆起性病変は消退しているが,強膜の菲薄化によりぶどう膜が透見できる.(59)あたらしい眼科Vol.29,No.11,201215090910-1810/12/\100/頁/JCOPY 1866年にKussmaulとMaierによって,多臓器の大中小の血管に分節(結節)状の障害を生じる壊死性血管炎として結節性多発動脈炎(polyarthritisnodosa:PN)が報告された.その後1994年,ChapelHillConferenceにおいて血管径や病理所見により血管炎症候群を10疾患に整理・分類するなかで,顕微鏡的多発血管炎(microscopicpolyangiitis:MPA)が定義され,「小型の血管炎症候群で,免疫染色でほとんど,あるいはまったく沈着を認めない毛細血管や細動静脈の壊死性血管炎を呈し,ときに中,小動脈を侵す.また,壊死性の糸球体腎炎を通常合併し,しばしば肺の微小動脈炎を生じるもの」とされた1,2).古典的結節性多発動脈炎,顕微鏡的多発血管炎を合わせたわが国における年間発生数は推定で約1,400人.男女比は1:1,好発年齢は50.60歳である1).自覚症状としては,発熱,体重減少,全身倦怠感などの全身症状を伴い,主要症候で最も頻度が高いのは急速進行性糸球体腎炎70%で,続いて肺病変が多くその内訳は肺胞出血30.40%,間質性肺炎50%である.また,20%に皮膚病変(紫斑・紅斑)の出現を認め,消化管出血,多発性単神経炎なども生じる2).顕微鏡的多発血管炎の眼合併症として報告は少なく,周辺部角膜潰瘍,上強膜炎以外に眼瞼や球結膜の結節性病変3)や網膜中心静脈閉塞症4)などの症例報告がある.厚生労働省の修正診断基準(1998年)では,診断には腎病変,肺病変の存在とともに組織所見および血中ANCA(抗好中球細胞質抗体)陽性所見が重要とされている2).ANCAは好中球の細胞質成分に対する抗体の総称である.間接蛍光抗体法で蛍光染色パターンにより,細胞質がびまん性に染色される細胞質型cytoplasmictype(c-ANCA)と,核の周辺が強く染色される核周辺型perinucleartype(p-ANCA)に分類された.これらANCAの標的抗原はlactoferrin,elastase,cathepsinGなど,これまでに10数種が同定されているが,ELISA法(酵素免疫吸着法)で好中球アズール顆粒に存在するmyeloperoxidaseに対するMPO-ANCAやpro-tease3に対するPR3-ANCAなど抗原特異的ANCAを同定する.p-ANCA,MPO-ANCAは顕微鏡的多発血管炎で,c-ANCA,PR3-ANCAはWegener肉芽腫において高率に陽性を示す.顕微鏡的多発血管炎では,p-ANCAの感受性は58%,特異度は81%であり,MPO-ANCAではそれぞれ58%,91%であった1).文献1)山崎宜興,山田秀裕,尾崎承一:膠原病診療のAtoZ膠原病のプライマリ・ケア早期診断と治療指針多発性動脈炎.綜合臨牀56:537-542,20072)福岡利仁,中林公正:血管炎の基礎と臨床臨床顕微鏡的多発血管炎の診断と治療MPA診療のアップトゥデート.医学のあゆみ214:75-83,20053)CasterJC,ShetlerDJ,PappollaMAetal:Microscopicpolyangiitiswithocularinvolvement.ArchOphthalmol114:346-348,19964)丸田知央子,坂本めぐみ,脇山はるみほか:顕微鏡的多発血管炎の眼合併症についての検討.臨眼59:1385-1388,20051510あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(00)

緑内障手術の将来展望

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1503.1508,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1503.1508,2012緑内障手術の将来展望GlaucomaSurgeries:CurrentPerspectivesandFutureDirections白土城照*はじめに現在の緑内障手術は房水流出促進術と房水産生抑制術に大別され,さらに前者は房水を眼球外へ導く濾過手術とSchlemm管内への流出を促進する流出路再建術,ならびに上脈絡膜腔への房水導入術に大別される.そして濾過手術はさらに前方結膜下へ房水を流出させる術式と,直筋付着部後方Tenon.下へ流出させる術式に分けられる.これらのなかで最も広く行われている術式は線維柱帯切除術に代表される前方結膜下への濾過手術であるが,手術成績の不安定性や術後合併症の問題から,近年,より安全な術式開発の報告が相次いでいる.本稿では,現在行われている術式の問題点を考察しながら新しい試みを紹介し,筆者個人の願望を交えつつ緑内障手術の将来を展望する.(なお,房水産生抑制術は新しい手術法の出現で今後はほとんど行われなくなると予測されるため本稿では割愛する.)I前方結膜下への濾過手術現在行われている線維柱帯切除術の問題点は,術後の創傷治癒機転による強膜弁の癒着,濾過胞内線維増殖,あるいは濾過胞の限局化に伴う濾過効果の消失であり,また逆に創傷治癒抑制に伴う過剰濾過である.術後濾過胞壁の菲薄化は経過が長くなるほど菲薄濾過胞が増加するという事実から,創傷治癒機転抑制というよりむしろ濾過胞内線維組織あるいは周辺の瘢痕化によってひき起こされる濾過胞内圧の増加に伴う二次的変化と考えられる.このため濾過胞の菲薄化を恐れて治癒機転の抑制を過度に制限することは成功率を低下させるだけではなく,逆に菲薄濾過胞の増加につながる可能性が高い.したがって,前方結膜下への濾過手術の成功の鍵は術直後だけではなく長期的な創傷治癒機転の抑制にある.近年,線維柱帯切除術に代る術式として輪部へミニチューブを挿入する術式が報告され,わが国でも昨年ミニシャントであるEX-PRESSTMGlaucomaFiltrationDevice(日本アルコン,東京)が承認されたが,この術式の成功の鍵も創傷治癒機転であることには変わりない.ミニチューブ挿入術では線維柱帯切除術に比べて流出量の調整が術者によらず安定するだけではなく,前房開放時間の短縮が眼球虚脱に伴う合併症を減らし,さらに虹彩切除が不要であることから強角膜ブロック切除,虹彩切除に伴う出血が回避され術式としての安全性が高まる.また,これらの要素は術後炎症を軽減することで手術成績の向上にも寄与すると期待される.今後,線維柱帯切除術の多くはEX-PRESSTMに限らずミニチューブ使用手術へ移行すると考えられる.1.創傷治癒機転抑制非選択的細胞増殖抑制薬である5-FU(5-フルオロウラシル),あるいはMMC(マイトマイシンC)の使用によってかなり実現され,近年ではより選択的な抗凝固薬,成長因子抑制薬,線維芽細胞によるフィブロネクチンやコラーゲン生成抑制薬,あるはコラーゲン交差結合*ShiroakiShirato:四谷しらと眼科〔別刷請求先〕白土城照:〒160-0004東京都新宿区四谷1-1-2四谷しらと眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(53)1503 抑制薬,血管新生抑制薬〔抗TGFb(転換増殖因子b)抗体,インターフェロンa,D-ペニシラミン,抗VEGF(血管内皮増殖因子)抗体など〕などの研究も進められているが実用に至っていない.前述したように不成功の原因は術直後だけではなく長期的創傷治癒機転の持続にあることから,これらの研究は術直後よりは術後期における穏やかな治癒機転抑制を目指すほうがよいと考えられ,今後は生分解性ポリマーフィルムを用いたdrugdeliverysystem(DDS)の研究が進むと考えられる.また,現在,ポリマー成分やその重合度の工夫によって羊膜のように治癒機転抑制と結膜上皮損傷抑制を兼ねたフィルム開発も期待されている.しかし,前方結膜下への濾過胞形成における眼圧下降機序は,濾過胞内圧による房水の結膜実質内の細血管への圧出,あるいは,疎なTenon.組織から結膜上皮細胞間隙やゴブレット細胞を通じた涙液への排出と考えられており,濾過胞の被.化を促進することは安全性が増すとしても眼圧下降効果減弱につながる可能性が高い.これらの研究はむしろ後述する.胞形成による眼圧下降を目的としたチューブシャント手術への応用が期待される.また,非穿孔濾過手術に際して強膜弁下の空間保持や強膜弁癒着を抑制する手段としてコラーゲン,ヒアルロン酸,あるいはHEMA(メタクリル酸ヒドロキシエチル)などの材料を使用する方法も報告されているが,術後周辺虹彩前癒着の発生などの問題だけでなく,結膜下全体での創傷治癒抑制がなければ広範な濾過胞形成が困難であることから,これらの材質だけでの成績向上には限界があり,前述のDDSとの組み合わせが必要となろう.2.流出量の調整現在のEX-PRESSTMでは長さ2.6mm,内腔直径200μmのステンレス管の途中に直径150μmの金属棒が垂直に挿入され流出抵抗となっている.しかし,抵抗部分の距離が150μmしかないため実質抵抗は正常眼の1/100.200であり無に等しい.流体力学計算によれば前房結膜下間のシャント距離2.5mmでの管前後の圧差は,内径40μmで5mmHg,内径100μmで0.5mmHgである.したがって,現在のEX-PRESSTM手術におけ1504あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012る流出量は強膜弁の縫合閉鎖によって調整されておりこの点では線維柱帯切除術とかわりない.今後,より細い金属管の作製も可能となるであろうが,内腔が狭すぎると長期的には房水成分付着による閉塞の可能性が高くなり流出量調整は単なる金属加工技術の進歩だけでは解決できない.また,EX-PRESSTMの初期の術式で強膜弁なしに結膜下から直接挿入した結果,EX-PRESSTMの結膜上露出症例が多く存在したことを考えると金属材料ではその生体適合性にも問題がある.したがって,今後はシリコーンやスチレンなどのバイオマテリアル材料を用いたミニチューブの開発が進むであろう.現在,より生体適合性の高いpoly(styrebe-block-isobutyleneblock-styrene):SIBS材料による内径50.70μm,外径350μmのミニチューブ(MIDI-ArrowGlaucomaDevice:InnoviaLCC,USA)が治験中であり,強膜弁作製なしに結膜弁下で直接前房へ挿入する術式として注目されている.また,すでにナノ加工技術を利用した直径0.1μm程度の無数の微細孔をもつシリコーン製ナノポア薄膜(人工線維柱帯)も報告されており,生理食塩水では薄膜の孔のサイズや厚さの調節で流出量の定量化が可能であることが示されている.房水蛋白成分吸着による微細孔閉塞を解決するために親水性高分子コーティング(ポリエチレングリコールなど)が研究されている.緑内障眼,あるいは術後炎症眼での房水成分が正常眼とは異なることを考慮するとその実現は容易ではないが,今後はナノ加工技術と高分子化学との融合によるシャント開発が進められるであろう.近い将来での実効性の高い方法としては,生体適合性の高い材料で作られたミニチューブの管の前後にナノポア薄膜を付けて一時的調整を行い,経過中Nd:YAGレーザーによる穿孔を追加して流出量を加減する方法が考えられる.3.ミニチューブの挿入方法過去には光ファイバーを利用して輪部結膜下から瘻孔を作製するホルミウムレーザー強膜穿孔術,あるいは経前房で結膜側へ瘻孔を形成する強膜穿孔術が報告されているが,熱凝固による組織障害や穿孔直径の不安定性からこの方法は適さない.挿入予定部位の結膜下に眼灌流(54) 液,粘弾性物質,あるいは創傷治癒抑制薬を含む物質を注射して空間を確保し,経角膜で,あるいは灌流装置の付いた挿入用器具を併用して対側隅角から結膜下まで穿刺を行いミニシャントを挿入するほうが侵襲が小さいと考えられる.現在,経角膜で対側結膜下へ単純に挿入するだけのコラーゲン素材(ゼラチン)で作られた長さ約6mmのチューブインプラント(AqueSysMicrofistulaimplant:AqueSysInc.,USA)が治験中である.これは強膜トンネル内で膨化するため前房落下がなく眼圧下降も良好と報告されている.樹脂製チューブの場合には脱落防止のため挿入後に結膜下で開く鍔のようなストッパーが必要となるが,現在のバイオマテリアル工作技術でも可能であろうし,前述したようにミニチューブにナノポア薄膜を併用すれば過剰濾過もない手術が可能となる.いずれの方法にせよ今後のミニチューブ挿入濾過手術は経角膜手技の方向へ進むと考えられる.II赤道部.胞への濾過手術眼筋付着部後方へプレートを設置しその周囲に形成される.胞へ前房もしくは硝子体腔からチューブを通じて房水を導くチューブシャント手術には現在MoltenoTMGlaucomaImplant:MGI(MoltenoOphthalmicLtd.,NewZealand),AhmedTMGlaucomaValve:AGV(NewWorldMedicalInc.,USA),BaerveldtRGlaucomaImplant:BGI(エーエムオージャパン,東京)が使われている.従来,難治緑内障への術式であったが,近年BGIを用いて初回線維柱帯切除術不成功例や水晶体再建術後例を対象とした線維柱帯切除術との比較研究が行われ,同等以上の成績であることが示され初回濾過手術への適応も検討されている.理論的には線維柱帯切除術に比べて一定体積の.胞への房水流出は濾過量の安定性が担保され,かつ被膜されていることで濾過胞感染の危険がない点で魅力的である.しかし,現段階では生じた場合の合併症が重篤で,線維柱帯切除術後でも施術可能であることを考えると初回手術としての適応は尚早である.ただし,今後は従来のように難治緑内障に限ることなく,1.2回の濾過手術不成功例や硝子体手術眼への初回手術,もしくは硝子体切除同時手術に際して用いる術式として普及することは間違いない.(55)1..胞形成による眼圧下降機序この手術は単に前方結膜下での濾過胞形成を避けるための術式ではなく,圧抵抗が完成した.胞内に房水を流すことを目的とした術式である.このため開発初期にはプレートとチューブの両方を結膜下へ留置し,プレート周囲の.胞完成後に改めてチューブを挿入する2段階の術式が行われていた.MGIでの組織学的研究によれば,有効な.胞は無血管で一定方向に配列する膠原線維からなる内層と,細血管に富む疎な膠原線維の外層の2層からなり,房水は内層から外層細血管あるいは眼窩内組織へ滲出,吸収されると考えられ,前述した結膜下濾過手術でみられる涙液への房水排出はない.したがって,.胞内層の膠原線維密度と厚さが眼圧下降に重要と考えられ適度な内層を作製することがこの手術の成否にかかわると考えられる.MGIの知見では,.胞完成以前の房水導入は炎症反応による皮膜の肥厚化を促進し,あるいは.胞完成後の房水導入の場合でも.胞後方から房水を漏出させ.胞内圧を低くすると皮膜が肥厚化することが知られている.このことから良好な.胞形成には完成した.胞内に房水が導入されて生じる内圧上昇が必要で,内圧上昇による内層膠原線維の伸展,分断,線維間隙の拡大が重要な役割を果たしていると考えられる.このため5-FU,あるいはMMCなどの代謝拮抗薬による.胞形成抑制はこの術式には適さないと考えられ,現在までの報告でも成績向上には寄与していない.もし,この術式に創傷治癒抑制薬を用いるとすれば,手術時ではなく.胞形成後の過剰な皮膜肥厚を抑制する目的で長期的創傷反応抑制のためのDDSを用いた方法となるであろう.2..胞の体積動物実験では.体積が大きいほど(房水接触面積が大きいほど)眼圧下降効果が強いことが知られている.臨床的にもMGIではプレート面積134mm2に比べて270mm2での成績が良好であることが報告されているが,BGIでの350mm2と500mm2の長期成績比較では350mm2のほうが優れていると報告されている.これらの結果から現在では300mm2程度が適当と考えられており,BGIの500mm2はすでに製造中止になっている.物理学的には.胞壁性状が同じで,同一内圧がかかる場あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121505 合には大きな.胞のほうが表面伸展圧が高くなるため,内層線維間隙の拡大と線維断裂が生じやすくなると推測される.したがって,体積の大きな.胞ほど内圧によって濾過量が増加し低眼圧の方向へ傾く可能性がある.さらに.胞からの透過量は.胞内層の線維密度,構造だけではなく外層での房水吸収率にも影響される.これらの要素を勘案すると現在の個人差の大きい.形成に依存する術式よりは,一定の圧抵抗と透過性を有し,体積変化もないバルーンのような人工物をTenon.下に埋植する方法が開発されればより安定した術式となる可能性がある.もちろん,生体反応を生じない材料が必要で,埋植に際して結膜-Tenon.の切開を最小にして挿入後に膨らませるなどの技術も必要になる.さらに,正常眼房水が線維芽細胞増殖抑制効果を有するのに対して術後炎症眼,あるいは緑内障眼の房水では各種成長因子が豊富で線維芽細胞増殖が促進されることを考えると,急激な房水の流出による二次房水化を避けるだけではなく,術前からの,そして術後長期にわたる炎症反応抑制手段の開発も必要となる.これらの条件は.胞形成に依存する手術のみならず,すべての緑内障手術にかかわる要素でありDDSの研究が進むことを期待している.3.流出量制御現在用いられているMGI,AGV,BGIのいずれもチューブ内腔は直径300μmでプレートまでの長さを10mmとしても流出抵抗は無に等しい.このため現在の術式ではチューブを前房に挿入する際に,MGIやBGIではチューブ内へのステント挿入やプレート直近でチューブを結紮することで術直後の過剰濾過防止が行われている.最近ではステント挿入よりも7-0あるいは8-0吸収糸による結紮が多く用いられ3.4週後の糸吸収によるチューブの自然開放を待ち,チューブ開放までの期間の眼圧下降はチューブの途中に加えた小切開からの微小漏出でしのぐ方法が行われている.この点,AGVではプレート部に約6.13mmHgで閉鎖,開放するバルブ機構があり流出制限を必要としない利点がある.しかし,すでに述べたように術直後の流出制限は過剰濾過防止だけではなく,房水成分による線維芽細胞増殖をできるだけ抑制して安定した.を形成させることを目的とし1506あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012ている.AGVの現在までの手術成績はMGIやBGIに比べてやや劣る可能性が指摘されているが,この原因としてAGVのプレート表面加工がMGI,BGIに比べて粗造で線維芽細胞が付着しやすいことのほかに,術直後から常に炎性の房水がプレート部に流れ.壁が厚く形成されやすいことのほかに,MGIやBGIで生じる.壁形成後の房水流入による内圧上昇がないため内層線維組織が粗になりにくいことが指摘されている.したがって,術後過剰濾過抑制のためのバルブ機構をプレート部に組み込むことは必ずしも適切ではなく,プレートから離れたチューブ内流出制御が望ましいと考えられる.ミニチューブの項で述べたように単なる内腔の狭いチューブでは房水成分による閉塞が懸念されるため親水性コーティングなどの開発が必要である.また,現在はチューブの結膜上露出を防ぐため保存硬膜などで被覆しているが,被覆自体が炎症を惹起するため被覆の不要なより生体親和性の高い材料が求められる.現在のところ先述したSIBS材料が期待されているが,さらにチューブ先端,あるいは途中でのナノポア膜設置による流出制御との組み合わせ開発されることを期待している.IIISchlemm管への流出促進(流出路再建)術線維柱帯切開術に代表される流出路再建術はその手技の難易度あるいは眼圧下降効果の限界からか海外では普及せず,わが国で独自の発展を遂げその安全性と有効性が評価されてきたが,近年,欧米でもcanalsurgeryとして注目されさまざまな術式が報告されている.いずれの術式もSchlemm管内皮前房側での流出抵抗を減少させて眼圧下降を図る術式であるため,Schlemm管外壁以降の流出抵抗を除くことができず,理論的にもまた臨床的にも術後眼圧は12.13mmHgが限界で長期の術後眼圧の多くは15mmHg程度である.したがって,正常眼圧緑内障や高度視野障害で可及的眼圧下降を必要とする例への適応には限界がある.しかし,以下に述べるように最近注目されている術式の多くは経角膜手術で,結膜/強膜を温存でき,白内障手術に併用することで前房が深くなり術後周辺虹彩前癒着の可能性が軽減される利点があり,欧米では白内障手術との併用術式として普及しつつある.今後,わが国でも高眼圧緑内障で視野障害(56) が軽度-中等度の例に対する眼圧正常化手術として急速に普及すると予測される.1.線維柱帯切開経角膜で前房に挿入して対側線維柱帯-Schlemm管内皮網を直視下で切除する灌流-凝固機能のある装置(Trabecutome:NeoMedixInc.,USA)が,わが国でも承認されている.従来の線維柱帯切除術と異なり結膜,強膜弁を作製する必要がない点で優れているだけではなく確実にSchlemm管内皮網の切開が可能な簡便な術式として期待されている.装置が高価であり,欧米ではすでに次に述べるような他の術式が検討,あるいは承認されており,この装置が今後どれほどの期間活躍するかは不明であるが,少なくとも今後は旧来の結膜,強膜弁を作製して行う線維柱帯切開術は行われなくなると考えられる.2.線維柱帯穿孔,あるいはSchlemm管拡張流体力学理論によれば前房-Schlemm管間に直径10μmの孔が20個程度あれば眼圧正常化が得られる.また,Schlemm管腔の内径を100μm程度に拡大すれば管内環状流の増加により同じ効果が得られることが知られており,この理論の成立は実験的にも確認されている.Schlemm管内へ粘弾性物質を注入するviscocanalostomy,あるいは管全周にナイロン糸を通し緊縛して管腔拡大を図るcanaloplastyはこの拡張理論に基づいた術式であり,近年行われている経角膜で対側のSchlemm管へチタン製の金属を挿入するiStentTrabecularMicro-bypass(GlaukosCorp.,USA)は線維柱帯穿孔とSchlemm管拡張を意図した術式である.最近では改良型のiStentInject(GlaukosCorp.,USA)やニチノール合金製でより長い距離を拡張するHydrusMicrostent(IvantisInc.,USA)も治験中である.さらに水晶体摘出術での粘弾性物質除去の前に高周波ジアテルミーチップを前房に挿入し線維柱帯-Schlemm管および強膜の一部までを数カ所穿孔する装置,AbeeGlaucomaTip(OertliInstrumenteAG,Switzerland)も臨床で使用されている.Schlemm管内への金属留置なしで行える点が魅力的であり,金属挿入術との比較試験が今後行(57)われるであろう.これまでのviscocanalostomyやcanaloplastyについては,強膜弁下空間での房水吸収による濾過効果もあることから,より低い眼圧が得られる可能性も期待されるが,結膜弁-強膜弁作製が必要な流出路再建術は次第に行われなくなると考えられる.また,経角膜で前房にレーザーファイバーを挿入し紫外線レーザーで線維柱帯-Schlemm管を8.10カ所穿孔するEximerLaserTrabeculostomy(Aida,GlautecAG,Germany)も臨床報告されているが,装置の価格と成績がレーザー線維柱帯形成術と同等であることを考えると,前述の金属挿入やジアテルミー穿孔に代る術式にまで発展するとは考えられない.3.レーザー線維柱帯形成術Lasertrabeculoplasty:LTP(argonlasertrabeculoplasty:ALT,selectivelasertrabeculoplasty:SLT)もその作用機序に化学物質の関与が考えられてはいるが,広い意味では流出路再建術の一つであり,最も侵襲が少ない術式である.眼圧下降効果の限界や,効果の予測が困難であるという問題点があるが,低侵襲で施術も容易であることから今後も存続すると考えられる.ALTあるいはSLT後のSchlemm管開放手術が有効か否かは未解決であるが,ALTに比べてSLTでは術後Schlemm管閉塞が生じにくいと考えられるので,まずSLTを行い無効例に対して経角膜流出路再建術を適応させるという流れも考えられる.IV上脈絡膜腔への流出促進上脈絡膜腔への房水導入手術である毛様体解離術(cyclodialysis)は出血,白内障,あるいは解離部の再閉塞による眼圧急上昇などの合併症からほとんど行われる機会はなかったが,近年,濾過胞形成が不要な術式として急速に注目が高まり,経結膜,あるいは経角膜的に生体材料を上脈絡膜腔へ留置する術式の報告が続いている.しかし,解剖学的にも,生理学的あるいは物理学的にも毛様体解離術にかかわる知識はほとんどないに等しく,さらに上脈絡膜腔への異物挿入によって長期的に何が生じるかも不明のままに臨床使用が先行しているのが現状である.理論的には上脈絡膜腔はcanalsurgeryのあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121507 弱点であるSchlemm管後方の流出抵抗残存もなく,かつ房水吸収面積も広いことから強い眼圧下降が期待される空間である.しかし,以下に述べる近年の生体材料使用の報告ではcanalsurgeryと同程度の15mmHg前後の術後眼圧が報告されており,より低い術後眼圧が得られない理由は不明である.もしcanalsurgeryと同程度の眼圧下降であれば,あえてこの術式を選択する意義は少なく今後の比較研究が必要である.近年の術式では毛様体解離術にみられた出血がほとんどないことが報告されており,代謝拮抗薬併用などの工夫で十分な眼圧下降が得られるならば理想的術式となるため今後急速に研究が進められるであろう.1.経結膜的方法結膜弁,強膜弁を作製後に上脈絡膜腔を露出し上脈絡膜腔へ埋植する幅3.5mm,長径約6mm,厚さ0.12mmの小孔を有する24K金板(GoldShuntR:SOLXInc.USA)がすでに発売されている.また,線維柱帯切除術での強膜床を開放し前房から上脈絡膜腔へシリコーンチューブを挿入する,あるいは非穿孔線維柱帯切除術で強膜弁下空間確保に使用されるコラーゲン,HEMAなどの後端を強膜弁下に挿入する方法も報告されている.しかしこれら方法では結膜,強膜を損傷するため,濾過手術に勝る眼圧下降効果と安定性が得られなければ発展はむずかしいであろう.2.経角膜的方法対側隅角から上脈絡膜腔へ挿入する外径0.5mm,内腔0.3mm,長さ6.3mmのチューブ(Cypasssuprachoroidalmicrostent:TranscendMedicalInc.,USA)が発売されており,類似品(iStentSupra:GlaucosCorp.,USA)の治験も開始されている.白内障手術との併用術であるが,Schlemm管開放術との比較試験が今後の課題である.また,経角膜で鈍的に対側隅角の強膜岬と毛様体付着部を広く解離し粘弾性物質を注入して上脈絡膜腔の空間を確保する術式も報告されている.しかし,この方法は他の術式に比べて外科的侵襲が強いためか成績が不良であり,今後は術式の容易な毛様体チューブ挿入術のほうが主流となるであろう.おわりに縷々述べてきたように,近年の緑内障手術の方向性は線維柱帯切除術からの脱却,流出路再建術と上脈絡膜腔への流出促進術の再考,ならびに種々の生体材料開発に特徴づけられる.新術式の多くは眼圧正常化手術であるが,高眼圧緑内障が多数を占め医療経済やアドヒアランスの観点からも手術適応が早まっている欧米では水晶体再建術との併用術式として急速に普及すると考えられる.わが国においても今後普及し高眼圧緑内障での濾過手術の適応は減ると予想される.今後は,より低い眼圧を必要とする正常眼圧緑内障や後期緑内障に対する術式としての濾過手術についても,線維柱帯切除術に代る生体材料の使用による簡便で安全性が高い術式が開発されることを期待している.1508あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(58)

原発閉塞隅角緑内障に対する水晶体手術

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1497.1501,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1497.1501,2012原発閉塞隅角緑内障に対する水晶体手術CataractSurgeryforAngleClosureEyes澤口昭一*はじめに原発閉塞隅角緑内障(PACG)の治療として1856年に初めてドイツベルリン医科大学のvonGraefe医師によって周辺虹彩切除術(PI)が行われ,それまで不治の病であった緑内障〔当時はおそらく急性閉塞隅角緑内障(AACG)とほぼ同意語〕の治療に成功した.1979年に新潟大学医学部眼科教室に入局した当時,PACGの治療はこのPIがAACGに対する治療とその僚眼に対する予防的治療として行われていた.さらに,現在でもAACGで薬物治療によっても寛解できない場合はこの手術が実施されている.新潟大学では1980年代以降レーザー虹彩切開術(LI)が開始され,おそらく多くの大学病院,一般病院,さらに開業医でもこの安全で確実な治療はレーザー装置の普及と相まって急速に広まった.その後,数年を経てこのLIによる合併症がぽつぽつ報告されるようになった.合併症のなかでも水疱性角膜症は大きな問題となって現在に続いている.一方で,2000年前後から白内障手術,特に超音波白内障手術(PEA)の進歩は目覚ましく,顕微鏡の改良と進歩,超音波手術機器の改良,さらに完成された手術手技と相まって,より視機能の質(QOV)の向上のために積極的にその手術対象を広げていった.筆者が琉球大学に赴任した1998年はPACGの病態解明の進歩と白内障手術の進歩が相まって本症の治療方針における歴史の変換点であったのかもしれない.本稿では閉塞隅角眼(含むPACG)に対する白内障手術の画像を含めた症例の一覧と,すでに国際的なコンセンサスを得られ始めているその根拠などを含めて報告する.I原発閉塞隅角緑内障の病態と発症頻度PACG発症の最大の危険因子は浅前房と狭隅角であり,そのような解剖学的な特徴を有する眼は眼軸長の短い,いわゆる小眼球ということになる.このような特徴のある眼は一般に女性に多く,より高齢者に多く,屈折はより遠視である.このような浅前房と狭隅角の眼でPACGが発症するには1.相対瞳孔ブロック,2.プラトー虹彩形状,虹彩の加齢による脆弱性などの虹彩因子と,3.水晶体,毛様体,硝子体などの因子の関与があげられる.そのなかでも最終的な発症には水晶体の加齢による厚みの増加が決定的な役割を果たす.原発開放隅角緑内障(POAG,含む正常眼圧緑内障)は40歳以降,じりじりとその発症頻度が増加していくが,PACGは60歳以降急速にその発症頻度が増加する.代表的なものにAACGがあげられるが,本症の発症は30.40歳ではほとんどみられず,50歳以降では徐々に,さらに60.70歳で急速にその発症頻度が増加する(図1)1).また,慢性の本症を含めても60歳以降にその発症頻度,有病率が急速に増加する2).この加齢によるPACGの発症頻度の増加を説明するうえで最も重要なポイントは,すでに述べたように水晶体の加齢による厚みの増加である.水晶体は生体のなかで一番厚い基底膜(水晶体.)で囲われ,水晶体上皮は*ShoichiSawaguchi:琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(47)1497 1009080706050403020100年齢(歳代)図1沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の年齢別発症頻度と性別年齢50歳以降発症は増え始め,60.70歳で急激に増加する.生涯にわたって水晶体蛋白を産生し続けるため,水晶体は一生涯成長し続ける.この結果として若年者で前後径が3mm程度の水晶体の厚みは70歳前後では5mm前後となる.もともと眼軸の短い浅前房,狭隅角の眼はこれによっていっそう浅前房,狭隅角は悪化し,閉塞隅角をひき起こすことは容易に推定される.このように水晶体の厚みの増加は相対的に水晶体を前方に位置させる.虹彩裏面と水晶体前面の接触は増強し,ここに相対瞳孔ブロックの機序はいっそう悪化し,増大した後房圧は虹彩を周辺に圧排し,もともと狭い隅角は閉塞し,PACGが発症する.また,加齢とともに虹彩は脆弱化し,相対瞳孔閉鎖の増大に伴う後房圧の増加は容易に虹彩を周辺に圧排する.プラトー虹彩形状は毛様体の前方偏移と関連しているが,加齢とともに毛様体が前方に偏移するというデータはこれまでのところ報告されていない.日本人を含めたアジア系人種ではこのプラトー虹彩形状の頻度が高いことが明らかにされている.また,虹彩形状とともに散瞳に伴う虹彩の厚みの増加は隅角の狭小化,閉塞に大きく関与している.明室と暗室では虹彩の厚みは約60μm暗室で増加することが確認されている.超音波生体顕微鏡(UBM)で隅角開大度が10°以下,AOD500(angleopeningdistance500)が100μm以下は隅角閉塞の危険が高まることが報告されている3).PACGではこの虹彩の厚みが散瞳(暗室,薬剤など)でいっそう厚くなり,またこれらの要素が複合的に絡み合い,隅角は閉塞する.1498あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012発症頻度×10-6):男性:女性20304050607080II閉塞隅角眼(閉塞隅角緑内障)の定義閉塞隅角緑内障,あるいは閉塞隅角眼の定義は1998年のISGEO(InternationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOphthalmology)の定義により分類そのものが大きく変わった.もともと閉塞隅角緑内障の疫学調査による統一を図るための定義であったが,この分類は以降,国際的な臨床における分類として使用されるようになった.わが国においても日本緑内障ガイドラインではこの分類に準拠した定義が採用されている4).それまでの分類との大きな違いは1.急性閉塞隅角,いわゆる緑内障発作の取り扱いと,2.正常眼圧(診療の場での)の閉塞隅角緑内障の取り扱いである.ISGEOに準拠した緑内障の定義は1.眼底検査で緑内障性の視神経障害を認め,2.対応した視野障害が検出される,である.急性閉塞隅角(症,緑内障を含む)は以前はすべてAACGと診断されていたが,現時点では視神経障害と視野障害を伴うAACGと,視神経障害と視野障害を検出できない急性閉塞隅角症(APAC)の2つに分類されることになった.疫学調査では緑内障の診断を視神経+視野検査で行い,一方,隅角検査を別個に評価されているので,正常眼圧のPACGが非常に多いことも明らかとなった2).この分類がコンセンサスを得た後のPACG(あるいはPOAGの有病率を含めて)の疫学調査の結果はこの点を十分理解してその結果を考慮する必要がある.わが国においてはこれまで3つの疫学調査が報告されているが,塩瀬らの全国調査5)と,それに続く多治見スタディ6),久米島スタディ2)はこの定義が大きく異なっていることに注意が必要である.III閉塞隅角緑内障,閉塞隅角症,閉塞隅角症疑いの治療閉塞隅角眼の治療の始まりはすでに述べたように,1856年のvonGraefe医師の行ったAACGに対するPIがその最初である.1979年当時の新潟大学ではAACGの症例にだけ,発作眼のPI,さらに予防的に僚眼のPIを行い,約1カ月の入院期間であった.当時,浅前房や狭隅角眼に対して予防的にPIを行っていたという記憶はない.また,プラトー虹彩形状はそのオリジナルであ(48) 図2レーザー虹彩切開術後の細隙灯顕微鏡所見1.2時方向にレーザーによる小孔が観察される.前房は術前と同様に浅い.る近視眼で隅角閉塞をきたす緑内障とされていたが,当時そのような患者は皆無であったようである.今になって考えると,比較的前房が深いAACG(APAC)でPIを行った症例が多少ともプラトー虹彩形状を伴っていたのかもしれない.1980年ころからわが国において急速にLIが普及し,白土らにより1982年にわが国で初めての報告が行われ7),大学病院のみならず多くの眼科クリニックで行われるようになった.PACGの最大の危険因子である狭隅角はこの治療により解消し,レーザー装置の普及と相まって広く普及した(図2).一方でその後の合併症の顛末はすでに周知の事実となった.さらに最近の多くの報告は原発閉塞隅角症(PAC),PACGに対するLIの長期予後については否定的である8,9).もちろん,これらの病態さらに原発閉塞隅角症疑い(PACS)では急性発作を予防する観点からはその必要性は正当化されるものと考えられる.以上,閉塞隅角眼(緑内障を含む)の治療としてのLIの適応と限界,その合併症を示した.しかしながら一方で,LI,PI,レーザー周辺虹彩形成術は標準的な治療として現在も行われている.また,アルゴンレーザー単独によるLIはより安全なYAGレーザー併用によるLIへと変更されてきており,その合併症は減少している可能性がある.IV原発閉塞隅角緑内障の白内障手術すでに病態のところで述べたようにすべての閉塞隅角眼(緑内障)は水晶体が大きく関与している.また,中高齢者で発症頻度が急上昇するPACGでは多かれ少なかれ白内障による視機能の低下が認められる.さらにLIやPIを行った場合,その後に白内障がいっそう進行することは経験的に明らかである.もしPOAGが白内障の手術で治ると言われたら,ほとんどの患者,医師は白内障手術をためらわないはずである.それはPOAGの手術の基本であるマイトマイシンC(MMC)併用線維柱帯切除術という,どちらかというと結果の予測,さらに中・長期的な予後の予測が不確実であるという,多くの緑内障専門医が経験している事実があるからである.閉塞隅角眼の白内障手術はこの不確実さがほとんどないといって差し支えない.もちろん外科的な手技である以上,そのリスクはまったくないとはいえないが,それを勘案しても圧倒的に完成度の高い手術であり,そのリスクは極小化されている(もちろん執刀医のスキルにかなり依存していることは疑いない).以下に個人的見解を含めて当科での閉塞隅角眼(緑内障)に対する対応を述べる.1.AACG(APAC)の白内障手術明らかにLIより前房は深くなり,隅角は高度に開大する(図3,4).この効果,すなわち隅角開大に伴う眼圧下降効果にも優れている.さらに屈折は矯正される.白内障術後に再発作の経験はなく,長期的な眼圧上昇も少ない.残余高眼圧の多くは薬物治療で解決される.Jacobiらはすでに急性閉塞隅角緑内障に対する超音波白内障手術の有効性を報告している10).2.PACの白内障手術日本緑内障ガイドラインにもこれらの病態に対してレーザー虹彩切開術が推奨されている4).しかしながら,すでに眼圧上昇をきたしている閉塞隅角症に対するLIは高頻度にレーザー後の慢性眼圧上昇が多く,さらに追加薬物治療や手術治療(濾過手術)が必要となる8).一方,本疾患では白内障手術はきわめて有効であり,とき(49)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121499 AB図4急性発作眼の前眼部OCTによる所見白内障手術前(A)の浅前房と隅角閉塞の所見は,術後には深い前房と隅角の大きな開大となって観察される(B).AB図6PACに対する白内障手術による前眼部OCT所見術前(A)と比較し,術後(B)では浅前房と狭隅角は完全に解消する.図3急性発作眼の超音波白内障手術と人工水晶体移植後の所見発作が内科的治療で解除されず,11時方向に周辺虹彩切除が観察される.耳側角膜切開での白内障手術.虹彩は発作の継続で萎縮している.AB図5PACに対する白内障手術の手術前後の細隙灯顕微鏡所見PACで浅前房と狭隅角(A)は白内障手術により深い前房と広い隅角になる(B).1500あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(50) に隅角癒着解離術を併用して眼圧の長期的なコントロールが可能となる11,12).白内障手術により,前房は深くなり,隅角は大きく開大する(図5,6).3.PACS一番の問題はこの病態に白内障手術を予防的に行うかどうかということになる.白内障が明らかである場合は視力の良,不良を問わず白内障の手術が勧められる.特に,70歳以上の高齢者ではいずれ白内障の手術は避けられず,患者に白内障手術のメリット,デメリット,長期的な予後を十分に説明し手術を勧める.一方で,透明水晶体の患者では家族歴の聴取(家族内の閉塞隅角緑内障患者の有無),患者背景(離島,僻地,散瞳に働く薬剤の使用の有無など)を総合的に勘案して無治療経過観察(発作時の対応として予防的に炭酸脱水酵素阻害薬の内服,縮瞳薬の処方),LI,白内障手術など考慮する.では危険眼(閉塞隅角眼)で急性発作の頻度はどれくらいであろうか.概数であるが,沖縄県では年間180人の急性閉塞隅角症(緑内障)患者が発症している1).沖縄県の人口は140万人で,40歳以上を80万人とすると,久米島ではvanHerick法で約30%が2度以下,走査型周辺前房深度測定装置(SPAC)で20%強が危険眼であった.この中間値をとって25%が危険眼とすると約20万人が閉塞隅角の危険眼と推定される.つまり180人/20万人/年の急性発作の頻度となる.このことから,閉塞隅角眼のうち急性発作を発症するのは年間1/1,000.1,100人になる計算となる(もっとも40.50歳代では少なく,60.70歳代では急増する).おわりに緑内障は病診連携の重要な疾患である.閉塞隅角眼(緑内障)では発作時,特に発症初期の対応がきわめて重要である.PACSでは視神経・視野に異常がない場合,発作後,早急に内科的治療,外科的治療(白内障手術を含む)を行うことで多くは合併症や視機能を損なうことなく治癒する.このような閉塞隅角眼患者は積極的にこの病診連携システムに組み入れることによって緊急時に備える必要がある.もちろん個々の症例ごとにその対応は一様である必要はなく,ケースバイケースで上記3つの対応策のなかから最善と思われる対策を取る必要がある.文献1)仲村優子,石川修作,仲村佳巳ほか:沖縄県における急性閉塞隅角緑内障の発症頻度.あたらしい眼科17:683-686,20002)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofprimaryangleclosureandangleclosure-GlaucomainasouthernruralislandofJapan.TheKumejimaStudy.Ophthalmology119:1134-1142,20123)HeM,FriedmanDS,GeJetal:Laserperipheraliridotomyineyeswithnarrowdrainageangles:Ultrasoundbiomicroscopicoutcomes.TheLiwanEyeStudy.Ophthalmology114:1513-1519,20074)日本緑内障ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第3版).日眼会誌116:3-46,20125)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan.Anationwideglaucomasurvey.JpnJOphthalmol35:133-155,19916)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese.TheTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20047)白土城照,山本哲也,北沢克明:レーザー虹彩切開術.日眼会誌86:286-290,19828)AlzagoffZ,AungT,AngLPetal:Long-termclinicalcourseofprimaryangle-closureglaucomainanAsianpopulation.Ophthalmology107:2300-2304,20009)ChenMJ,ChengCY,ChouCKetal:Thelong-termeffectofNd:YAGlaseriridotomyonintraocularpressureinTaiwaneseeyeswithprimaryangle-closureglaucoma.JChinMedAssoc71:300-304,200810)JacobiPC,DietleinTS,LukeCetal:Primaryphacoemulsificationandintraocularlensimplantationforacuteangle-closureglaucoma.Ophthalmology106:669-675,200211)TeekhasaeneeC,RitchR:Combinedphacoemulsificationandgoniosynechialysisforuncontrolledchronicangle-closureglaucomaafteracuteangleclosureglaucoma.Ophthalmology106:669-675,199912)LaiJS,ThamCC,LamDS:Theefficacyandsafetyofcombinedphacoemulsification,intraocularlensimplantation,andlimitedgoniosynechialysis,followedbycataractandchronicangle-closureglaucoma.JGlaucoma10:309315,2001(51)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121501

トラベクロトミー:術後管理と手術成績

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1491.1496,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1491.1496,2012トラベクロトミー:術後管理と手術成績SurgicalManagementandOutcomeafterTrabeculotomy友松威*稲谷大*はじめに線維柱帯切開術(トラベクロトミー)は,線維柱帯房水流出路のなかでも,房水流出抵抗が高いとされている傍Schlemm管内皮組織を切開して,房水流出障害を改善することで,眼圧下降効果を得る流出路再建術の代表的術式である.濾過手術のゴールドスタンダードである線維柱帯切除術(トラベクレクトミー)に比べて,低眼圧による合併症や濾過胞感染などのブレブに関連する合併症がないことが長所である反面,眼圧下降が劣るため,患者の緑内障病型を吟味し,トラベクロトミーを適応とする必要がある.トラベクロトミーの手技は大きく分けて,経結膜から強膜弁を作製して,同定されたSchlemm管にトラベクロトームを挿入して回転させるトラベクロトミーabexternoという方法と,前房から線維柱帯を切開するトラベクロトミーabinternoという方法があるが,術中の合併症がより少ないという理由から,トラベクロトミーabexternoが広く行われてきた.しかし,開放隅角緑内障は,より低い眼圧値で長期間管理すべきであるという目標眼圧の概念が普及し,トラベクロトミーだけでは,目標眼圧を維持できない症例が多数出てくるという問題が出てきている.トラベクロトミーの本来の持ち味である術中術後の合併症が少ないという利点を残しつつ,再手術で,トラベクレクトミーを追加する必要がある症例が多数出てくることを想定して,結膜に手術瘢痕を残さないトラベクロトミーabinternoが見直され,トラベクトームやtrabecularmicro-bypassstentなどの新しいトラベクロトミーが行われている.本稿では,トラベクロトミーの基本形であるトラベクロトミーabexternoの術後管理と合併症への対策およびトラベクロトミーの手術成績における問題点,そして,最近のトラベクロトミーの傾向について,解説したい.Iトラベクロトミーの術中合併症とその対策トラベクロトミーは,術中術後に重篤な合併症が少ない手術手技であるが,そのまれに遭遇する重篤な合併症のほとんどが,トラベクロトームの挿入回転に伴うものである(図1).したがって,まずトラベクロトームの挿入回転のコツをしっかり押さえておきたい.トラベクロトーム挿入回転で最も多い合併症は,早期穿孔である.早期穿孔は,Schlemm管に沿ってトラベクロトームを進めていくうちに,角膜の輪部に沿った方向ではなく,前房側へ押し進めていくことによって生じる.筆者らの経験によると,露出したSchlemm管の断端から,トラベクロトームを挿入する最初のアプローチで,Schlemm管の走行からずれた方向に挿入している場合に早期穿孔しやすい.したがって,早期穿孔して破れてしまったSchlemm管内壁は,露出したSchlemm管断端付近であることが多いので,早期穿孔した場合には,最初に作製した強膜弁の隣に,リカバリーフラップ*TakeshiTomomatsu&MasaruInatani:福井大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕友松威:〒910-1193福井県吉田郡永平寺町松岡下合月23-3福井大学医学部眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(41)1491 誤ったトラベクロSchlemm管トームの挿入2mm幅の強膜弁図1トラベクロトームの正しい回転方向図2リカバリーフラップの作製トラベクロトームをSchlemm管に挿入し,点線方向(角膜方トラベクロトーム挿入時に早期穿孔した場合,最初に作製した向)に回した場合はDescemet膜.離,Descemet膜下血腫が強膜弁の隣に,リカバリーフラップとよばれる2mm幅の強膜生じやすい.誤ったトラベクロトームの挿入は毛様体や虹彩を弁を作製して,新たに露出したSchlemm管断端から,再度ト損傷する(白矢印).Schlemm管に正しく挿入し,少し前房へラベクロトームを挿入する.落とし込むような感覚で(黒矢印)回転させる.AB図3トラベクトーム回転時の注意点乳児の発達緑内障に対して,トラベクロトミーを行った(A).角膜径の拡大があり,Schlemm管同定の難易度が高いので,トラベクロトームを回転させるときは,上脈絡膜腔に迷入して虹彩に異常な動きがないか,トラベクロトームが角膜輪部付近に透けて見えてきているか(矢印)を確認しながら,ゆっくり少しずつ回転させる.前房にトラベクロトームが出てきたら,Descemet膜に盲端をつくらないように,トラベクトームを振り切る(B).とよばれる2mm幅の強膜弁をさらに作製して,新たにと,術後にトラベクロトミーの術後眼圧では説明できな露出したSchlemm管断端から,再度トラベクロトームいような低眼圧が遷延してしまう.トラベクロトームがを挿入することができる(図2).迷入しているかどうかの確認としては,トラベクロトートラベクロームを挿入して進めていくときに抵抗が強ムを回転させる際に,ゆっくりと少しずつ回転させるく,次第に角膜輪部から離れていく場合には,上脈絡膜と,迷入している場合にはトラベクロトームの動きに連腔にトラベクロトームが迷入していることが多く,その動して,虹彩が動くのに気づくはずである.Schlemmまま,トラベクロトームを回転させると,毛様体解離や管に正しく挿入されている場合には,ゆっくり回してい虹彩断裂などの合併症が生じる.毛様体解離を合併するくと,角膜を通して,角膜輪部の付近に,トラベクロト1492あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(42) ームの先が少しずつ透けて見えてくる(図3A).したがって,虹彩に変な動きがないか,トラベクロトームの先が透けて見えているかを確認しながら,トラベクロトームをゆっくり少しずつ回転させるのが毛様体解離と虹彩断裂を回避するコツである.トラベクロトームの先が見え始めたら,虹彩に対して平行に回転させるようなイメージよりもむしろ前房へ落とし込むようなイメージでトラベクロトームを回転させる.このときも,勢いよく回転させると,虹彩にぶつかってしまうため,ゆっくりと回転させる.落とし込むような意識がないと,トラベクロトームでDescemet膜.離を合併することがある.Descemet膜.離を合併した状態で,トラベクロトームの回転をやめてしまうと,Descemet膜.離の奥が盲端になり,房水静脈から逆流してきた血液が,角膜実質とDescemet膜の間に溜まってしまう.これをDescemet膜下血腫とよぶ.Descemet膜下血腫を起こさないように,トラベクロトームは,前房に穿孔しても,角膜輪部に対して90°近くまで回転させて,確実にDescemet膜を切り開いておくべきである(図3B).術後の診察でDescemet膜下血腫に気づいたときは,そのまま経過観察をしていると,房水静脈から供給され続けるので,Descemet膜がどんどん.がれていってしまう.すぐに,Vランスを対側の角膜から挿入し,Descemet膜下血腫のできたDescemet膜を穿刺し,前房内に空気を注入する.空気注入後は,空気がDescemet膜下血腫にあたるように体位を保ち,空気の圧力でDescemet膜下の血液を穿刺部から押し出す.IIトラベクロトミーの術後合併症とその対策トラベクロトミー術後点眼は,抗生物質とステロイドの点眼液が基本であり,水晶体再建術との同時手術の場合には,非ステロイド消炎剤の点眼液を併用する.以前は,切開した線維柱帯組織を開かせておくという目的で,トラベクロトミー術後にピロカルピンの点眼液を点眼することが行われてきたが,効果に関しては疑問視されており,現在行っている施設は少なくなっているようである.術当日の診察のポイントは,強膜弁から房水の漏れが生じ,結膜にブレブができていないか,Descemet膜.離やDescemet膜下血腫を合併していないかを確認する.トラベクロトミーの術後合併症で最も多いのが前房出血である.前房出血は,前房とSchlemm管に交通ができ,眼圧が下がったために,房水静脈からの血液が逆流してきたからであり,トラベクロトミーの手技が完遂できたことを反映している.しかし,前房出血は,一過性の視力低下をきたし,患者に不安を与えてしまうため,術前か術直後に患者に説明しておく必要がある.前房出血の頻度は,93%でみられるという報告1)がなされている.前房出血のほとんどが自然に吸収され消退するが,切開したSchlemm管に血液が詰まらないように,術直後の就寝時は,上方にトラベクロトミーをした場合は,30°ぐらいのヘッドアップ,耳下方に行ったときは,切開部位を上方にした側臥位を指示する.大量の前房出血をきたし遷延すると,30mmHg以上の高眼圧が持続することがある.このような前房出血誘発性の眼圧スパイクは,トラベクロトミー単独の症例に圧倒的に多く,水晶体再建術との同時手術では少ない.水晶体再建術の際に,大量の灌流液で前房を洗浄するために前房出血が除去されるためと,前房に灌流液を追加して,高眼圧にして手術を終了するために,房水静脈からの血液が逆流しにくいからと考えられている.このような前房出血誘発性眼圧スパイクが起こると,角膜血染症に発展することがある.筆者らの目安としては,前房出血の水平線で瞳孔が隠れるほどになり,眼圧が30mmHg以上ある場合は,バイマニュアルで前房の血液を洗浄する処置を行うほうがよいと考えている.トラベクロトミー単独に前房出血誘発性眼圧スパイクは合併しやすいため,水晶体に傷つけないように,ピロカルピンで術前に縮瞳させておいて,前房洗浄を行う.トラベクロトミーでは,手技が完遂できていても30mmHg以上の高眼圧が術後数日目から術後3カ月ぐらいまで持続することがある.このような一過性眼圧上昇を眼圧スパイクとよぶ.緑内障点眼薬を処方し,術後3カ月間,経過観察を行っていると次第に眼圧が下降してくることが多い.眼圧スパイクを回避するために,一時的な濾過効果を期待して,強膜弁を縫合するナイロン糸の数を少なくしたり,強膜弁にサイヌソトミーを併用したりする手技も行われている.(43)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121493 IIIトラベクロトミーの手術成績成人の緑内障に行ったトラベクロトミーの研究のうち,大多数の症例で調査した研究としては,天理よろづ相談所病院で原発開放隅角緑内障(POAG)357眼と落屑緑内障82眼の後ろ向き術後成績が1993年に報告されている.当時の報告によると,術前眼圧が平均30.7mmHgであったPOAGの症例が術後5年間20mmHg未満に維持できる成功率は,術後1年で76.4%,3年で62.7%,5年で58.0%であった.一方,落屑緑内障は,術前眼圧が平均31.8mmHgであった症例が術後5年間20mmHg未満に維持できる成功率は,術後1年で83.6%,3年で77.4%,5年で73.5%であり,落屑緑内障のほうが統計学的有意にトラベクロトミーの成功率が高いことが確認された2).さらに,筆者らのグループが2011年に報告したステロイド緑内障に対するトラベクロトミーに関する全国17施設での多施設後ろ向き調査で対照群として調査されたPOAG患者108人に関して,平均28.9mmHgであった術前眼圧が,術後21mmHg未満に眼圧が維持できる率は,術後1年で73.2%,3年で55.8%,5年で52.2%であった.一方,ステロイド緑内障患者121人に対して行ったトラベクロトミーの成績は,平均35.6mmHgの術前眼圧であったにもかかわらず,術後21mmHg未満に眼圧が維持できる率は,1年で86.5%,3年で78.1%,5年で73.5%であり,ステロ成功率(%)1008060ステロイド緑内障原発開放隅角緑内障40200012345トラベクロトミー後の経過期間(年)図4眼圧21mmHg未満を基準としたステロイド緑内障と原発開放隅角緑内障患者に対するトラベクロトミーの手術成績比較ステロイド緑内障は原発開放隅角緑内障に比べ有意に成功率が良い(p=0.0008).(文献3,Fig.1より引用改変)1494あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012イド緑内障のほうが術後成績が良いことが確認された3)(図4).これらの結果は,落屑緑内障とステロイド緑内障の眼圧上昇の原因が,線維柱帯組織の細胞外マトリックスの蓄積であることと,トラベクロトミーがその線維柱帯組織を切開するという手技とが一致しているからであると考えられる.水晶体再建術との同時手術では,トラベクロトミー単独手術よりも手術成績が良好である4).水晶体再建術では,大量の灌流液で前房内を洗浄することにより,線維柱帯組織の細胞間隙へのウォッシュアウト効果があることと,隅角が開大することによる房水流出効率の改善効果があると考えられる.発達緑内障の患者は,新生児,乳幼児が多く,濾過手術ではブレブの管理が困難であることから,流出路再建術が選択される.海外ではゴニオトミーが選択されることが多いが,眼圧上昇による角膜浮腫や,先天奇形による角膜混濁を合併していると,角膜の透見性が不良であると手術ができない.一方,トラベクロトミーでは角膜の透見性に手術手順が影響を受けないという利点がある.発達緑内障のトラベクロトミーの術後成績として,1994年にAkimotoらが発達緑内障116眼の成績を評価している.全身麻酔下で16mmHg未満,または覚醒時の眼圧で21mmHg未満に維持できている場合を成功として,初回のトラベクロトミーでは,5年で62.9%,複数回トラベクロトミーを繰り返して,5年で76.5%の成功率であった5).また,2004年のIkedaらの報告によると,複数回トラベクロトミーを繰り返して,5年で94.3%の症例が21mmHg未満に眼圧が維持されており良好な成績であったが,Sturge-Weber症候群,AxenfeldRieger症候群,無虹彩症,先天白内障など,他の眼奇形を伴う症例では,5年で82.2%であり,術後成績がより不良であるという結果となっている6).IV低い目標眼圧設定が困難なトラベクロトミー線維柱帯組織の房水流出抵抗だけを改善しているため,その眼圧下降効果は,濾過手術に比べて劣るのは当然である.2011年に筆者らのグループが報告した多施設調査のデータによると,術前に22mmHg以上あったPOAG患者を18mmHg未満の眼圧に維持し続けられた(44) 成功率(%)10080604020045トラベクレクトミートラベクロトミー0123トラベクロトミー後の経過期間(年)図5眼圧18mmHg未満を基準としたステロイド緑内障患者へのトラベクロトミーとトラベクレクトミーの手術成績比較トラベクレクトミー群の成功率はトラベクロトミー群の成功率に比べて有意に高い(p=0.0352).(文献3,Fig.4より引用改変)症例は,術後1年で44.7%,3年で30.6%,5年で27.5%という結果になった.同様に,トラベクロトミーが効きやすいステロイド緑内障に対しても,目標眼圧の上限を18mmHg未満に設定すると,1年で74.6%,3年で56.4%,5年で51.7%であり,マイトマイシンC併用トラベクレクトミーを施行したステロイド緑内障患者の成績が,1年で94.5%,3年で71.6%,5年で71.6%であり,統計学的有意に,トラベクロトミーの術後成績が劣るという結果となった3)(図5).さらに,POAGを対象にした水晶体再建術との同時手術でのトラベクロトミーにおいても,1年間21mmHg未満に維持できた症例が98%であるのに対し,17mmHg未満で68%,15mmHg未満では35%という結果7)が報告されており,より低い目標眼圧設定をしてしまうと,比較的トラベクロトミーが有効な患者対象でも,トラベクロトミーの成績は著しく悪くなってしまうことは念頭に置いておく必要がある.V結膜を切らないトラベクロトミートラベクロトミーの利点は,手術を正しく完遂すれば,術後の合併症がきわめて少ない点である.しかし,より低い目標眼圧設定で,術後長期に眼圧管理を行うと,高率に,術後再手術(トラベクレクトミー)が必要になる症例が出てくることが想定される.トラベクレク(45)トミーを再手術として行ううえで,上方の結膜の手術瘢痕の有無が大変重要なファクターとなる.したがって,トラベクロトミーの術後合併症の少なさを生かしつつ,将来のトラベクレクトミー再手術に対応するためには,トラベクロトミーによる結膜手術瘢痕を最小限抑えるべきである.この方策として,耳下方からトラベクロトミーを行い,上方の結膜を温存するということが行われてきた.また最近では,角膜切開で,前房側からトラベクロトミーを行う手技であるトラベクロトミーabinterno手技が結膜に手術瘢痕を残さない術式として見直されてきている.トラベクトームには,ハンドピースの先端に電極がついており,角膜切開部位から,ハンドピースの先端を挿入して,隅角鏡をみながら,Schlemm管内壁と線維柱帯組織を電気焼灼して切開する.原発開放隅角緑内障と落屑緑内障がおもな病型であった1,127例緑内障患者に対して,トラベクトームを用いたトラベクロトミーを単独手術または水晶体再建術との同時手術を行ったところ,3年間で約70%の症例が,21mmHg以下かつ20%以上の眼圧下降を維持するという結果であり,トラベクロトミーabexternoと同じ程度の成功率8)となっている.Trabecularmicro-bypassstentは,海外では商品名iStentとよばれており,前房内から,線維柱帯とSchlemm管へ管状のステントを留置することで,房水流出抵抗を下げるデバイスである.海外での報告では,眼圧があまり高くない開放隅角緑内障患者に対して,水晶体再建術を行う際に,眼圧下降という付加価値をつけるために使用するようである9).これらの新しい結膜を切らないトラベクロトミーの手技は,トラベクロトミーの眼圧下降の限界を潔く受け入れつつも,トラベクロトミーの合併症の少なさという利点を生かした手術手技といえる.文献1)ChiharaE,NishidaA,KodoMetal:Trabeculotomyabexterno:analternativetreatmentinadultpatientswithprimaryopen-angleglaucoma.OphthalmicSurg24:735739,19932)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicaleffectsofあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121495 trabeculotomyabexternoonadulteyeswithprimaryopenangleglaucomaandpseudoexfoliationsyndrome.ArchOphthalmol111:1653-1661,19933)IwaoK,InataniM,TaniharaHetal:Successratesoftrabeculotomyforsteroid-inducedglaucoma:acomparative,multicenter,retrospectivecohortstudy.AmJOphthalmol151:1047-1056,20114)TaniharaH,HonjoM,InataniMetal:Trabeculotomycombinedwithphacoemulsificationandimplantationofanintraocularlensforthetreatmentofprimaryopen-angleglaucomaandcoexistingcataract.OphthalmicSurgLasers28:810-817,19975)AkimotoM,TaniharaH,NegiAetal:Surgicalresultsoftrabeculotomyabexternofordevelopmentalglaucoma.ArchOphthalmol112:1540-1544,19946)IkedaH,IshigookaH,MutoTetal:Long-termoutcomeoftrabeculotomyforthetreatmentofdevelopmentalglaucoma.ArchOphthalmol122:1122-1128,20047)TanitoM,ParkM,NishikawaMetal:Comparisonofsurgicaloutcomesofcombinedviscocanalostomyandcataractsurgerywithcombinedtrabeculotomyandcataractsurgery.AmJOphthalmol134:513-520,20028)MincklerD,MosaedS,DustinLetal;TrabectomeStudyGroup:Trabectome(trabeculectomy-internalapproach):additionalexperienceandextendedfollow-up.TransAmOphthalmolSoc106:149-159,20089)SamuelsonTW,KatzLJ,WellsJMetal:Randomizedevaluationofthetrabecularmicro-bypassstentwithphacoemulsificationinpatientswithglaucomaandcataract.Ophthalmology118:459-467,20111496あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(46)

トラベクロトミー:基本術式と術中トラブル対処

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1483.1489,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1483.1489,2012トラベクロトミー:基本術式と術中トラブル対処Trabeculotomy:BasicProceduresandIntrasurgicalTroubleshooting谷戸正樹*はじめにトラベクロトミーは,多くの緑内障において房水流出抵抗の首座となっている傍Schlemm管線維柱帯網を切開・開放することで眼圧下降を図る,流出路再建術の元祖ともいえる術式である.房水濾過効果を狙って深層強膜弁切除やシヌソトミーを併用する術式,Schlemm管に通した糸を引っ張ることで全周の線維柱帯切開を行う術式(スーチャートラベクロトミー),前房側から微細な電気メスを用いて線維柱帯を切開する術式(トラベクトーム)などが,そのバリエーションとして存在するが,本稿では,最も基本的な術式であるトラベクロトームを用いる術式の基本手技と注意点,および術中トラブルに対する対処法について解説したい.Iトラベクロトミーの適応トラベクロトミーの特徴を表1に示す.トラベクレクトミーと比較して,眼圧下降効果は劣るものの,重篤な晩期合併症の頻度がきわめて低いのが,トラベクロトミーの特徴といえる.また,病型によってその効果が異なることも特徴であり,ステロイド緑内障や発達緑内障には高い効果が期待できる一方で,血管新生緑内障や硝子体脱出を伴うような緑内障ではその効果はきわめて限定的である.そのため,適応を正しく判定することが,本術式により有効な治療効果を得るためにきわめて重要である(表2).表1トラベクロトミーの特徴―トラベクレクトミーとの比較において―<利点>・晩期合併症が少ない:濾過胞感染,遷延性低眼圧なし・術後処置が少ない・白内障同時手術と相性がよい(1.2mmHgの追加眼圧下降)・きちんと手術をすれば,予測性の高い術後成績<欠点>・眼圧下降効果が弱い:術後平均眼圧15.17mmHg・病型により眼圧下降効果が異なる・多くの場合眼圧下降薬点眼継続の必要あり・術後早期の合併症:一過性眼圧上昇(スパイク)(15.40%)(深層強膜弁切除・シヌソトミー併用で頻度低下)表2トラベクロトミーの適応・第1選択ステロイド緑内障,発達緑内障・適応初期の原発開放隅角緑内障,落屑緑内障・比較適応白内障による視力低下を伴う緑内障(白内障同時手術)原発閉塞隅角緑内障(白内障同時手術)高齢者の緑内障(術後通院の困難さ,余命)・適応外炎症眼血管新生緑内障前房内硝子体脱出,無水晶体眼残存視野が術後スパイクに耐えられない緑内障,進行した緑内障*MasakiTanito:島根大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕谷戸正樹:〒693-8501出雲市塩冶町89-1島根大学医学部眼科学講座0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(33)1483 IIトラベクロトミーの基本術式1.術前投薬・麻酔単独手術の場合は縮瞳,白内障同時手術の場合は散瞳する.麻酔は,手術開始前に球後麻酔を行うか,手術中にTenon.麻酔を行う.筆者は,2%キシロカインRのTenon.麻酔ですべての緑内障手術を行っている.抗凝固薬・抗血小板薬については,可能であれば中止する.2.手術を行う部位トラベクロトミーでは,術中に線維芽細胞増殖抑制薬を用いないため術後遅発性感染はまれで,眼球の上方象限でも下方象限でも行うことができる.下方象限でトラベクロトミーを行うことで,将来的なトラベクレクトミーを見据えて上方象限の結膜瘢痕を避けることは,臨床上意義が大きい.追加手術としてトラベクレクトミーが必要となる可能性があるようなら,下方象限でトラベクロトミーを行うほうがよい.一方で,下方象限での手術は,通常の他の手術と手の動きや術者の位置が異なるため慣れない術者では手術操作がややむずかしくなる.また,下方は上方より輪部からSchlemm管までの距離の個人差が大きく,Schlemm管の同定がやや困難な症例があるので,術者の技量に応じて術野を決定する必要がある.患者の頭部に座って手術を行う場合には,右利きの術者の場合,左眼の鼻下側で手術を行うと鼻が邪魔になってメスの角度が制限されることも知っておく.3.結膜切開十分な術野を確保できるように,コシの強い開瞼器を用いる.透明角膜に眼球制御糸を設置し,術野が確保され,かつ,強膜フラップ作製面が水平になるように調整する.強膜フラップを作製する部位で,円蓋部基底の結膜切開を行う.結膜切開の範囲は通常,1/4象限未満で十分である.特に,術後に必ず瘢痕化する子午線方向の結膜切開は,将来的なトラベクレクトミーをなるべく邪魔しないように,耳側水平か鼻側水平に近い部位に置く(図1).白内障同時手術を行う場合は,筆者は,結膜切開の前に透明角膜切開で白内障手術を先に行うことにし1484あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012右眼図1結膜切開のデザイン子午線方向の結膜切開は,耳側水平か鼻側水平に近い部位に置く.ている.4.強膜フラップ作製作製予定部位の強膜を凝固止血した後,強膜フラップ作製を行う.フラップの形状は,4mm×4mm程度の四角フラップ(図2a)かあるいは基底5mm×高さ4mm程度の三角フラップ(図2b)とする.四角フラップはフラップ床が広く,作製後に角膜側に倒れやすい.三角フラップの場合は,Schlemm管が輪部から遠い場合にフラップ床が狭くなりやすいので,基底を幅広に作製したほうがよい.Schlemm管を確実に同定するためには,強膜フラップを4/5層程度の深さで作製する必要がある.慣れた術者であれば,4/5層の深さの1枚フラップ(図3a)を作製してもよいが,慣れるまでは半層程度の浅層フラップを作製した後,4/5層程度のフラップを作製する2枚フラップ法(図3b)がSchlemm管の同定はやさしい.いずれにしても,強膜切開を必要な深さに十分到達する深さで行うことが肝要である(図4).5.Schlemm管同定強膜フラップの作製を,毛様体が透けて見える深さで,輪部側に進める(図5).Schlemm管の外壁が一部切除されれば,房水漏出が見られるため,その部位から永田剪刀などの刃先の細い剪刀を用いて,Schlemm管外壁を切除する(図6).輪部付近でメスを立てて少し深く強膜フラップの.離を行うことで,直接Schlemm管(34) a.四角フラップb.三角フラップ図2強膜フラップの形状a.1枚フラップb.2枚フラップ図3強膜フラップの枚数垂直に十分な深さで角をきちんと○×○×○×図4強膜切開のポイント強膜切開は,垂直に,十分な深さで,角をきちんと切開することが大切.に入ることも可能である.トラベクロトミーにおいて,確保するべきである.最大の難所はSchlemm管の同定である.Schlemm管同定のポイントを表3に示す.強膜フラップ作製時の毛様6.トラベクロトーム挿入体の透け具合,目印としての強膜横層線維(強膜岬)(図トラベクロトームには,曲率半径6.5mm,7.5mm,5矢印),毛様体とSchlemm管・Descemet膜の光沢の8.5mm(直径13mm,15mm,17mm)の3種類のカーブ違いは,見慣れれば必ず見分けがつくようになるが,そがある(図7)が,よほどの小角膜,大角膜でなければ,のために,なるべく多くの手術を実際に見学する機会を通常15mmで対応できる.トラベクロトームを挿入す(35)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121485 図6Schlemm管の露出Schlemm管外壁を永田剪刀で切除している.表3Schlemm管同定のポイント・毛様体の透け具合・強膜横層線維(強膜岬)・輪部からの距離(角膜への結膜侵入が強い場合には,見かけの輪部より遠くにSchlemm管がある)・Schlemm管内充満血液(同時手術時)図5強膜フラップの作製強膜フラップ床の毛様体の透け具合,Schlemm管の手前に位置する強膜横層線維(矢印)を感覚的に覚える必要がある.f13mm15mm17mm図7トラベクロトームの形状・Schlemm管外壁開放時の房水漏出(粘弾性物質使用なしトラベクロトームには,曲率半径6.5mm,7のとき)(直径13mm,15mm,17mm)の3種類のカーブがある.・毛様体との見分けがつかない場合は,Schlemm管前方ま太さは,0.25mmである.〔はんだや社ホームページで.離を進める(毛様体の光沢とDescemet膜の光沢の違いを覚える)(http://www.handaya.co.jp/)より転載〕85mm5mm,..図8トラベクロトームの挿入トラベクロトームをSchlemm管に沿わせて置いた後,背中を鑷子などで優しくトントンとたたきながら挿入していく.図9トラベクロトームが挿入されたところ正しく挿入されたトラベクロトームは,Schlemm管のカーブに沿って立ち上がった状態になる.1486あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(36) るときは,トラベクロトームの先端をSchlemm管に沿わせて置いた後,背中をトントンと押しながら少しずつSchlemm管内に挿入していく(図8).早期穿孔や毛様体上腔へ挿入しないように,Schlemm管のカーブをイメージしながら押す方向を調節する.抵抗があるようなら,少しだけトラベクロトームを引いてから,やり直すようにする.正しく挿入された場合,トラベクロトームは挿入するに従って,Schlemm管のカーブに沿って立ち上がってくる(図9).挿入した後に,Schlemm管を少し押してみてある程度の抵抗がないようなら,早期穿孔や毛様体上腔に迷入している可能性がある.自信がなければ,隅角プリズムで確認したほうがよい.7.トラベクロトーム回転トラベクロトームの回転は2手法が基本である(図10)が,下方象限での手術を上方に座って行う場合には,1手法が楽な場合もある.トラベクロトームの支点・力点・作用点を理解したうえで,てこの原理でトラベクロトームの先端部分で線維柱帯をまず穿破する(図11).この時点でDescemet膜.離,Descemet膜下血腫がないことを確認してから,トラベクロトームを回転する.低眼圧で回転しづらい場合は,灌流液あるいは粘弾性物質で前房保持を行う.線維柱帯が正しく切開されると,房水静脈からの血液逆流が確認されるが,粘弾性物質で前房を保持している場合には,少し時間がかかる.8.強膜・結膜縫合・術後投薬強膜を10-0ナイロン糸で縫合した後,結紮部を回転埋没する.その後,結膜を9-0シルク糸などで縫合して手術を終える.強膜も結膜も元の位置に戻すことを心がける.術後は,抗生物質の点眼・内服,ステロイド薬の点眼を用いる.眼圧下降薬については,術前からの投薬を継続しておき,術後の眼圧をみながら調整する.術後の縮瞳薬の必要性については意見が分かれるところであるが,筆者は使用していない.IIIトラベクロトミーの術中トラブル対処1.毛様体露出トラベクロトミーでは,毛様体が透ける深さで強膜フ(37)図102手法によるトラベクロトームの回転トラベクロトームが前房内に確認できる(矢印).○○○力点×支点(+力点)“線”で切る感覚はダメ図11トラベクロトーム回転時の支点・力点・作用点トラベクロトームの先端で線維柱帯を穿破する感覚が大切である.ラップを作製するため,強膜床の一部で毛様体が露出することがある(図12a).この場合,強膜フラップを削ぐようにやや薄めにして,強膜フラップ作製を進めればよい.輪部に近い場所で毛様体が線状に露出した場合に,一見Schlemm管内壁と見分けがつけづらいときがある.判断に迷う場合には,さらに前方にフラップ作製を進めて,Descemet膜が露出されるかどうかを確認する.強膜横層線維より前方では,角膜実質とDescemet膜の癒着は弱く,容易にDescemet膜を露出することができる.毛様体側に切り込んでいてSchlemm管が露出されてないと判断した場合には,強膜フラップを削ぐように切って強膜横層線維が分離される深さでSchlemm管を同定する(図12b).あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121487作用点ひねり下げて,先端の“点”で穿破 a.毛様体露出b.Schlemm管の同定露出した毛様体扁平部強膜横層線維Schlemm管+Descemt膜図12毛様体露出毛様体が露出した場合(a)は強膜フラップを削ぐようにしてやや浅表層に近い深さで強膜フラップ作製を進める.Descemet膜まで.離を進める(b)と,オリエンテーションがつきやすい.2.リカバリーフラップ強膜フラップ下でSchlemm管が同定できない場合は,最初の強膜フラップの横に,一回り小さな強膜フラップ(リカバリーフラップ)を作製することで,Schlemm管を同定する.四角フラップの場合は四角(図13a)の,三角フラップの場合は三角(図13b)のリカバリーフラップを作製するとよい.Schlemm管が早期穿孔した場合には,トラベクロトームをSchlemm管外壁に沿わせて挿入することで,うまく対応できる場合が多いが,強膜フラップのごく近くで早期穿孔して,Schlemm管に挿入できない場合にも,リカバリーフラップを作製することで対応できる.3.虹彩脱出強膜フラップの作製あるいはトラベクロトームの回転に伴って虹彩脱出がみられることがある.この場合は,脱出した虹彩に速やかに小切開を加えて,虹彩にかかる圧を逃がすことで,虹彩の復位が得られる.4.Descemet膜.離トラベクロトーム回転に伴ったDescemet膜.離が術中に確認された場合は,前房内に空気を注入することで復位させることができる.ただし,Descemet膜.離が起こった場合は,線維柱帯は切開されずに残っているの1488あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012a.四角のリカバリーフラップb.三角のリカバリーフラップ図13リカバリーフラップの形状で,可能であれば,Descemet膜が.がれた状態で,トラベクロトームを再度回転させて,線維柱帯を切開した後に,Descemet膜を復位させたほうがよい.(38) 5.Descemet膜下血腫をきたす可能性がある.この場合も,上記と同様,トラDescemet膜の破損を伴わずにDescemet膜.離が起ベクロトームを再度回転させ,線維柱帯を切開することこった場合は,Descemet膜下に血腫が形成される.放で,血液を拡散させる必要がある.置すると瞳孔領までDescemet膜下血腫が及び視力低下(39)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121489

チューブシャント手術:手術成績と術後管理

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1475.1482,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1475.1482,2012チューブシャント手術:手術成績と術後管理Tube-ShuntSurgery:SurgicalSuccessandPostoperativeManagement石田恭子*はじめにロングチューブとプレートからなるインプラント器具(図1)を移植するチューブシャント手術は,従来,線維柱帯切除術の複数回不成功例や,高度の結膜瘢痕により濾過手術が施行不可能な症例,結膜濾過胞の長期生存が期待できない難治性緑内障が手術適応とされてきた1).しかしながら,チューブシャント手術に関する研究報告が増加しその効果と安全性が理解されてきたこと,また,TheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Study2)の良好な手術成績から,近年,緑内障手術に占めるチューブシャント手術の割合は増加傾向にある.本稿では,ロングチューブを用いたチューブシャント手術の成績とMoltenoTMImplantAhmedTMGlaucomaValveMolteno3PF7PC7BG101-350BaerveldtRGlaucomaImplantBG102-350BG103図1代表的なインプラント器具3種臨床的に汎用されるモデルを示す.MoltenoTMImplantのMoltenoTM3,AhmedTMGlaucomaValveのPF7と硝子体挿入タイプPC7,BaerveldtRGlaucomaImplantの前房挿入型BG101-350,硝子体挿入タイプBG102-350,プレートサイズが250mm2のBG103.MoltenoTMImplant(MoltenoOphthalmicLimited,Dunedin,NewZealand),AhmedTMGlaucomaValve(NewWorldMedical,California,USA),BaerveldtRGlaucomaImplant(AbbottMedicalOptics,Illinois,USA)*KyokoIshida:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野〔別刷請求先〕石田恭子:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学分野0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(25)1475 術後管理について述べる.I手術成績1.難治性緑内障に対する手術成績難治性緑内障に対するチューブシャント手術の成績は,各研究報告によって対象患者,移植されたインプラント器具,手術成功の定義,経過観察期間が異なるため,単純な比較は困難であるが,表1.5に世界的に汎用されているインプラント器具〔MoltenoTMImplant,MoltenoOphthalmicLimited,Dunedin,NewZealand)AhmedTMGlaucomaValve(NewWorldMedical,Cali(,)fornia,USA),BaerveldtRGlaucomaImplant(AbbottMedicalOptics,Illinois,USA)〕を用いた手術成績を,緑内障診断別に示す.発達緑内障では44.100%(表1),ぶどう膜炎に伴う続発緑内障では75.100%(表2),無水晶体または偽水晶体眼に伴う緑内障では50.88%(表3),血管新生緑内障では22.78%(表4)3)と報告されている.総じて,血管新生緑内障で最も手術成績が悪く,経過観察期間が長くなるにつれて成功率が低下する傾向にある.2.線維柱帯切除術とBaerveldtRGlaucomaImplantの手術成績比較a.TVTStudy2)の背景歴史的に難治性緑内障に対して行われてきたチューブシャント手術の成績は正しく評価されてきたとは言い難いものであった.しかし,近年米国で行われた多施設共同前向き比較試験であるTVTStudy2)では,チューブシャント手術(Tube)とマイトマイシンC併用線維柱帯切除術(Trab)の,効果と安全性が直接比較された.表1発達緑内障の手術成績インプラント器具平均経過観察著者のタイプ年齢(歳)手術成功の定義成功率期間(月)LloydSP/DPMoltenoTM<135<IOP≦2144%49.1NesherSP/DPMoltenoTM≦13IOP≦2159%20HillSP/DPMoltenoTM<215<IOP≦2162%22.7MunozSPMoltenoTM<12IOP≦2168%18NetlandMoltenoTM,BaerveldtR≦10IOP≦2180%25BudenzBaerveldtR<185<IOP≦2171%23.4BanittBaerveldtRparsplana≦185<IOP≦2172%29.8FellenbaumBaerveldtR<216≦IOP≦2183%15HodkinBaerveldtR<13IOP≦21100%19.2DjodeyreAhmedTM<15IOP≦2169%12.6ColemanAhmedTM<18IOP≦21,20%下降71%16.3EnglertAhmedTM<18IOP≦2185%12.6MoradAhmedTM≦165<IOP≦2186%24.3SP:singleplate,DP:doubleplate,IOP:intraocularpressure(眼圧).表2ぶどう膜炎に伴う続発緑内障の手術成績インプラント器具平均経過観察著者のタイプ手術成功の定義成功率期間(月)MillsSP/DPMoltenoTMIOP≦2275%69FreedmanSPMoltenoTMIOP≦2180%48MoltenoSPMoltenoTM6≦IOP≦2183%85.2VouriSPMoltenoTM6≦IOP≦21,25%下降85%59.3SiegnerBaerveldtR5<IOP≦2191%13.6CeballosBaerveldtR5<IOP≦2192%20.8DaMataAhmedTMIOP≦21100%24.5SP:singleplate,DP:doubleplate,IOP:intraocularpressure(眼圧).1476あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(26) 表3無水晶体.偽水晶体に伴う緑内障の手術成績インプラント器具水晶体平均経過観察著者のタイプ手術成功の定義の状態成功率期間(月)LloydSP/DPMoltenoTM5<IOP≦21A/P56%48.6MillsSP/DPMoltenoTMIOP≦22A/P58%45BroadwaySP/DPMoltenoTM5<IOP≦21A70%43P66%HeuerSPMoltenoTM5≦IOP≦21A/P50%14.9DPMoltenoTMA/P75%16.4FreedmanSPMoltenoTMIOP≦21A/P83%22HodkinBaerveldtRIOP≦21A/P74%16.3RoyBaerveldtR6<IOP≦21A75%37.6EslamiAhmedTMIOP<21,20%下降A/P78.6%9.6HuangAhmedTM5<IOP≦21A88%13.4P88%SP:singleplate,DP:doubleplate,A:aphakia(無水晶体眼),P:pseudophakia(偽水晶体眼),IOP:intraocularpressure(眼圧).表4血管新生緑内障の手術成績インプラント器具平均経過観察著者のタイプ手術成功の定義成功率期間(月)LloydSPMoltenoTM5<IOP≦2122%20.2MillsSP/DPMoltenoTMIOP≦2250%24BroadwaySP/DPMoltenoTM5<IOP≦2153%28FreedmanSPMoltenoTMIOP≦2167%35HodkinBaerveldtR5<IOP≦2143%18.3SiegnerBaerveldtR5<IOP≦2171%13.6KrishnaBaerveldtRIOP≦21,30%下降78%24SidotiBaerveldtR5<IOP≦2161%15.7MaAhmedTMIOP<2162.5.70%12HuangAhmedTM5<IOP≦2168%13.4NetlandAhmedTM5<IOP≦2168%13.4ParkAhmedTM6≦IOP≦2162.5.68.5%36SP:singleplate,DP:doubleplate,IOP:intraocularpressure(眼圧).緑内障そのものの予後が不良と考えられる,血管新生緑内障,虹彩角膜内皮症候群,ぶどう膜炎,シリコーンオイル注入眼,結膜高度瘢痕例などは対象患者から除外され,白内障手術歴や線維柱帯切除術歴をもつ眼圧コントロール不良例のみを手術対象とした.全212例(Tube群107例,Trab群105例)の平均年齢は71歳,53%が女性であり,患者の81%は原発開放隅角緑内障であった.既往歴として,44%に白内障手術歴,35%に線維柱帯切除術歴,21%に白内障と線維柱帯切除術両方の手術歴があった.なお,Tube群とTrab群の背景因子には統計的な有意差は認めなかった.(27)Tube群ではプレートサイズが350mm2のBaerveldtRGlaucomaImplantを,術早期の低眼圧予防措置としてチューブを結紮した後,耳上側に移植した.Trab群では,マイトマイシンC(0.4mg/ml,術中4分間塗布)併用線維柱帯切除術を上方の象限に施行した.手術後3カ月目以降の眼圧が22mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を施行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121477 b.TVTStudy2)の成績図2は,経過期間中の眼圧推移を示す.表5には手術前後の眼圧値と投薬数を示す.術後2年まではTrab群で投薬数が有意に少なかったが,術後5年の時点では,眼圧はTube群で14.4±6.9mmHg,Trab群で12.6±5.9mmHg,投薬数はTube群で1.4±1.3,Trab群で1.2±1.5と,両群間に有意差はなかった.手術後5年の累積手術不成功率は,不成功の定義を眼圧21mmHg以上,または術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合と定義すると,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002)(図3).同様に不成功の定義が眼圧17mmHgを超える場合の累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trab群で53.6%(p=0.002),眼圧14mmHgを超える場合の累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)であった.すなわち,眼圧定義(21,17,1430mmHg)にかかわらず,累積手術不成功率は,Trab群で有意に高かった.手術不成功と判断された症例は,Tube群で24例,Trab群で42例であり,手術不成功の理由として最も多かったものは,両群とも眼圧コントロール不良であり,緑内障再手術を要した症例はTube群で8例,Trab群で18例であった.また,持続的な低眼圧を示した症例は,Tube群で3例,Trab群で13表5TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の手術前後の眼圧値と投薬数Tube群Trab群p値術前眼圧(mmHg)25.1±5.325.6±5.30.56投薬数3.2±1.13.0±1.20.171年眼圧(mmHg)12.5±3.912.7±5.80.73投薬数1.3±1.30.5±0.9<0.012年眼圧(mmHg)13.4±4.812.1±5.00.101投薬数1.3±1.30.8±1.20.0163年:Trab群:Tube群投薬数1.4±1.41.2±1.50.335年15眼圧(mmHg)14.4±6.912.6±5.90.12投薬数1.4±1.31.2±1.50.23001224364860術後2年まではTrab群で投薬数が有意に少なかったが,術後経過観察期間(月)5年の時点では,眼圧,投薬数とも2群間に有意差はない.眼圧(mmHg)13.0±4.913.3±6.80.78投薬数1.3±1.31.0±1.50.30眼圧(mmHg)254年眼圧(mmHg)13.5±5.412.9±6.10.5820図2TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の経過データは,平均±SDで示す.期間中の眼圧推移(文献2より改変)p値はStudent’st-testによる.p=0.002累積不成功率:Trab群IOP>21:Tube群0.00.00.0012243648600122436486001224364860p=0.017IOP>14p=0.002累積不成功率0.80.8IOP>170.60.60.6累積不成功率0.40.40.20.2経過観察期間(月)経過観察期間(月)経過観察期間(月)図3TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の手術成績手術不成功の定義がIOP>21mmHgの場合,手術後5年の累積手術不成功率は,Tube群で29.8%,Trab群で46.9%であった(p=0.002).同様に不成功の定義がIOP>17mmHgの場合の累積手術不成功率は,Tube群で31.8%,Trab群で53.6%(p=0.002),IOP>14mmHgの場合の累積手術不成功率は,Tube群で52.3%,Trab群で71.5%(p=0.017)であった.(文献2より改変)1478あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(28) 表6TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の術後1カ月以内の早期合併症Tube群(n=107)Trab群(n=105)脈絡膜滲出15(14%)14(13%)浅前房/前房消失11(10%)10(10%)創口からの漏出1(1%)12(11%)前房出血1(1%)8(8%)悪性緑内障3(3%)1(1%)脈絡膜出血2(2%)3(3%)硝子体出血1(1%)1(1%)低眼圧網膜症01(1%)黄斑浮腫01(1%)合計#22(21%)39(37%)実数(%).#p=0.012.複数の合併症を起こした症例を含む.Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に多い(p=0.012).例であった.手術後5年の時点で,術前と比較しSnellen視力測定で2段階以上の視力低下を示した症例は,Tube群で46%,Trab群で43%であり,両群に差はなかった(p=0.93).術中合併症の発生率に有意差はなかったが,術後1カ月以内の早期合併症(表6)では,Tube群(21%)と比較しTrab群(37%)が有意に多かった(p=0.012).しかしながら,術後1カ月目以降の合併症(表7)では,Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかった.縫合部や濾過胞からの漏出,濾過胞に起因する違和感はTrab群で多く,Tube群では遷延性角膜浮腫や,チューブ特有の合併症(露出,閉塞)が認められた.視力低下や再手術を要する重篤な合併症の発生率は,Tube群(19%)とTrab群(14%)では同程度であった.c.TVTStudyの2)結論従来,インプラント手術は難治性緑内障に対してのみ行われ,術後眼圧は薬物を併用してもhigh-teenになることが多く手術成功率はあまり高くないと考えられてきた4).しかしながら,手術対象例そのものが難治性であったため,インプラント手術の成績が正しく評価されてきたとは言い難いものであった.一方TVTStudyでは,比較的緑内障そのものの予後が良い症例を対象とした場合,BaerveldtRGlaucomaImplantの手術成績は線維柱帯切除術と比較し,より手術成績が良く早期合併症の発(29)表7TheTubeVersusTrabeculectomyStudy2)の術後1カ月目以降の合併症Tube群(n=107)Trab群(n=105)遷延性角膜浮腫17(16%)9(9%)違和感1(1%)8(8%)遷延性複視6(6%)2(2%)濾過胞の被覆化2(2%)6(6%)濾過胞漏出06(6%)脈絡膜滲出2(2%)4(4%)黄斑浮腫5(5%)2(2%)低眼圧黄斑症1(1%)5(5%)Tube露出5(5%)─濾過胞炎/眼内炎1(1%)5(5%)慢性/再発性虹彩炎2(2%)1(1%)Tube閉塞3(3%)─網膜.離1(1%)1(1%)角膜潰瘍01(1%)浅前房/前房消失1(1%)0合計36(34%)38(36%)実数(%)を示す.Tube群(34%)とTrab群(36%)で有意差を認めなかった.生頻度も少ないことが証明された.3.AhmedTMGlaucomaValveとBaerveldtRGlaucomaImplantの手術成績比較1)TheAhmedBaerveldtComparison(ABC)Study5)a.ABCStudy5)の背景AhmedTMGlaucomaValve(AGV)とBaerveldtRGlaucomaImplant(BGI)の米国内での販売シェアはほぼ拮抗している.AGVを好む術者のおもな選択理由は,プレートが小さいため挿入が容易であり,Valve機能により低眼圧を予防できるからである.一方,BGIを選択する術者は,プレート面積が大きいほうが最終眼圧値は低くなる傾向があり,Valveが詰まる心配がないという理由からである.実際にどちらのプレートを選択すべきかについては,術者の判断に任されることが多かった.しかしながら,AGVとBGIを直接比較する多施設共同前向き試験(ABCStudy)が行われ,現時点で1年目までの結果が公表されている.ABCStudyでは,AGVとBGIの効果と安全性が比較された.全276例(AGV群143例,BGI群133例)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121479 の平均年齢は64歳,49%が女性であった.患者の40%は原発開放隅角緑内障,29%が血管新生緑内障で,両群患者の80%に手術既往があった.なお,AGV群で高血圧症患者が有意に多かった以外は,2群間の背景因子に統計的な有意差は認めなかった.AGV群ではプレートサイズが184mm2のmodelFP7を,BGI群ではプレートサイズが350mm2のmodel101-350が使用され,術中にBGI群では,チューブ結紮やリップコードで早期の低眼圧予防措置が施された.術後3カ月以降の眼圧が22mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を施行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.b.ABCStudy5)の成績手術前後の眼圧値と投薬数を表8に示す.術後1週間までの眼圧,投薬数は,AGV群で有意に低いが,術後1年の時点では,眼圧はAGV群の15.4±5.5mmHgと比較しBGI群が13.2±6.8mmHgで有意に低い(p=0.007).手術後1年の累積手術不成功率はAGV群で16.4%,BGI群で14.0%であった(p=0.52)(図4).眼圧の定義を17mmHgで区切った場合,手術後1年の累積手術不成功率はAGV群で22.2%,BGI群で16.3%(p=0.24),眼圧定義が14mmHgの場合,AGV群で38.6%,BGI群で24.0%(p=0.008)であった(図4).術中合併症の発生率に有意差はなかった.一方,術後早期の合併症では,チューブ閉塞がAGV群で2%,BGI群では9%に発生し(p=0.015),角膜浮腫はAGV群で12%,BGI群で22%に認められ(p=0.035),前房出血をAGV群で9%,BGI群で17%に認めた(p=0.072).表8TheAhmedBaerveldtComparisonStudyの手術前後の眼圧値と投薬数AGV群(n=143)BGI群(n=133)p値Baseline眼圧(mmHg)31.2±11.231.8±12.50.71点眼数3.4±1.13.5±1.10.34術後1日目眼圧(mmHg)10.0±7.918.6±13.7<0.001術後1週間目眼圧(mmHg)10.6±5.617.2±12.0<0.001点眼数0.2±0.70.9±1.4<0.001術後1月目眼圧(mmHg)20.7±9.718.0±10.00.024点眼数0.5±1.01.3±1.5<0.001術後3月目眼圧(mmHg)18.8±8.316.7±8.20.043点眼数1.4±1.31.2±1.30.32術後6月目眼圧(mmHg)15.7±5.314.8±6.80.26点眼数1.7±1.41.3±1.30.012術後1年目眼圧(mmHg)15.4±5.513.2±6.80.007点眼数1.8±1.31.5±1.40.071データは,平均±SDで示す.術後1週間までの眼圧,投薬数は,AGV群で有意に低いが,術後1年の時点では,眼圧はBGI群が有意に低い.0.25p=0.52累積不成功率:AGV群IOP>21:BGI群0.000.00.0024681012024681012024681012p=0.008IOP>14p=0.24IOP>17累積不成功率0.50.5累積不成功率0.200.40.40.150.30.30.100.20.20.050.10.1経過観察期間(月)経過観察期間(月)経過観察期間(月)図4TheAhmedBaerveldtComparisonStudy5)の累積手術不成功率手術不成功の定義がIOP>21mmHgの場合,AGV群で16.4%,BGI群で14.0%であった(p=0.52).眼圧の定義を17mmHgで区切った場合,AGV群で22.2%,BGI群で16.3%(p=0.24),眼圧定義が14mmHgの場合,AGV群で38.6%,BGI群で24.0%(p=0.008)であった.(文献5より改変)1480あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(30) 総じて術後早期の合併症はAGV群(43%)よりBGI群(58%)のほうが有意に多かった(p=0.016).また,手術的整復を必要とする重篤な合併症例やSnellen視力で2段階以上低下を示した症例は,BGI群で有意に多かった(AGV群で20%vs.BGI群34%,p=0.014).c.ABCStudy5)の結論AGVとBGIを比較した本研究では,BGI群では,術後1年の平均眼圧がより低くなるが,手術的な整復を必要とする早期合併症が多いため,総じてAGV群とBGI群の手術成功率は同等である.2)TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)a.TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)の背景と結果TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)はABCStudy5)と同様に,AGV(modelPF7)とBGI(modelBGI101350)を比較した研究で,全238例(AGV群124例,BGI群114例)の平均年齢は66歳,55%が女性で,患者の50%は原発開放隅角緑内障,21%が血管新生緑内障であった.なお,BGI群で女性が有意に多かった以外は,2群間の背景因子に統計的な有意差は認めなかった.術後早期の低眼圧予防措置として,BGI群では,術中にチューブ結紮やリップコードが施された.術後3カ月以降の眼圧が19mmHg以上または5mmHg以下を2回連続して記録した場合,術前と比較し20%未満の眼圧下降しか得られない場合,緑内障再手術を施行した場合,光覚喪失の場合,手術不成功と定義された.手術後1年目の眼圧は,AGV群で16.5±5.3,BGI群13.6±4.8mmHg(p<0.001),投薬数は,AGV群で1.6±1.3,BGI群で1.2±1.3(p=0.027)と,眼圧,投薬数ともにBGI群で有意に低かった.術後合併症では,持続性角膜浮腫がBGI群で有意に多く,濾過胞の被覆化がAGV群で有意に多かったが,合併症の総数(AGV群45%vs.BGI群54%,p=0.19)には差はなかった.しかしながら,術後に手術的整復を必要とした症例はBGI群(42%)で有意に多かった(AGV群26%,p<0.01)(表9).手術不成功と判断された症例は,AGV群で43%,BGI群で28%(p=0.02)であり,その原因として最も多かったのが,高眼圧(AGV群43%vs.BGI群14%)であった.(31)表9TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)の術後合併症に対する処置と割合AhmedTM(n=124)BaerveldtR(n=114)p値前房形成13(11)13(11)0.84前房穿刺5(4)16(14)0.01白内障手術5(17)9(31)0.36Tube整復3(2)11(10)0.025Tube洗浄1(1)3(3)0.35Tube結紮1(1)3(3)0.35Tube再形成03(3)0.11Tube位置整復1(1)2(2)0.61濾過胞needling5(4)4(4)1硝子体手術3(2)4(4)0.71虹彩整復1(1)3(3)0.35レーザー虹彩切除2(2)2(2)1角膜移植2(2)2(2)1YAG後.切開2(2)2(2)1レーザー切開03(3)0.11脈絡膜出血排液02(2)0.23その他処置3(2)5(4)0.49合計処置数57950.001処置を必要とした患者数32(26)48(42)0.009実数(%).術後に手術的整復を必要とした症例はBGI群(42%)で有意に多かった(AGV群26%,p<0.01).b.TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)の結論AGVとBGIを比較した本研究では,BGI群では,術後1年での手術成功率は高いが,AGV群と比較し合併症に対する手術的整復がより必要である.II術後管理1.高眼圧に対する管理AGVはバルブ機能を有し,実験的には眼圧が8mmHg以下になると房水の流出が停止する.そのため,手術後早期の過剰濾過による合併症を軽減することができる.一方,BGIは流量を規制する装置をもたないため,術中にバイクリル糸によるチューブ結紮やリップコードで早期の低眼圧発症予防措置を施した後に移植を完了する.そのため,術直後はBGIが機能せず,眼圧は術前と同様高値のままである.術中に広くあけたプレート周囲の結膜組織がおちつき,術後の低眼圧発症の危険が低くなる通常4.6週間後に,レーザー切糸や糸の抜去を行うか,バイクリルがあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121481 自然に溶け,チューブが開通するまで,術前と同様の眼圧下降薬を必要とすることが多い.この期間の眼圧調整目的で,チューブに穴を開け少量の房水を漏らすシャーウッドスリット法を術中に併用するか,BGIと線維柱帯切除術を同時に施行する報告もある.もし,同時施行した線維柱帯切除術が長期的に効果を示す場合は,インプラントのチューブを開放せず(非吸収糸でチューブを縛ったままとする),インプラントを機能させないでおく.一方,濾過胞の機能が低下した場合,チューブを開放しインプラントを機能させる.2.合併症に対する管理BGI移植手術後の合併症発症頻度は少なくはなく,TVTStudy2)では後1カ月以内の早期合併症は21%に認められ(表6)術後1カ月目以降の合併症は34%に認められた(表7).ま(,)た,TheAhmedVersusBaerveldtStudy6)では,手術後1年以内に全BGI移植患者の42%に処置が必要であったと報告している(表9).主要な術後合併症として,過剰濾過,高眼圧,チューブ閉塞や位置異常などがある.過剰濾過に伴う浅前房発症時には,前房内に粘弾性物質を注入し前房形成を行う.薬物療法下にても極端に眼圧が高値の場合は,一時的な眼圧下降目的で前房穿刺にて房水を排出することも可能である.チューブ閉塞の原因が虹彩やフィブリン膜であれば,レーザー照射による切開も有効である.一方,大量の硝子体が原因の場合(図5)は,チューブを取り出し,硝子体切除およびチューブ洗浄を行う.洗浄を行ってもチューブの閉塞が解消されない場合は,チューブを切除し交換する.チューブの位置が悪く角膜に接触する場合は,チューブの位置を整復する.長期的には,チューブ露出,プレート上の濾過胞の被覆化,角膜内皮障害などの合併症が認められる.チューブ露出は,感染の原因となりうるため,速やかにチューブを消毒し,保存角膜,乾燥心膜などでパッチし結膜で覆う.プレート上の濾過胞が厚い結合組織で被覆化された場合,眼圧上昇に至る.対策としてはneedlingを行い周辺の癒着組織を切り開くか,または,再度プレート図5チューブ閉塞例硝子体がチューブ先端に吸引されている.周囲の結膜を開け,プレート上の結合組織を切除する.なお,結膜を大きく切開した場合は,低眼圧が起こりうるため,術中にバイクリル糸でチューブを結紮したりステントをチューブ内に入れる処置を初回手術時と同様に追加しておく必要がある.文献1)IshidaK,MandalAK,NetlandPA:Glaucomadrainageimplantsinpediatricpatients.OphthalmolClinNorthAm18:431-442,20052)GeddeSJ,SchiffmanJC,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)Studyafterfiveyearsoffollow-up.AmJOphthalmol153:789803,20123)NetlandPA,IshidaK,BoyleJW:TheAhmedGlaucomaValveinpatientswithandwithoutneovascularglaucoma.JGlaucoma19:581-586,20104)MincklerDS,FrancisBA,HodappEAetal:Aqueousshuntsinglaucoma:areportbytheAmericanAcademyofOphthalmology.Ophthalmology115:1089-1098,20085)BudenzDL,BartonK,FeuerWJetal:TreatmentoutcomesintheAhmedBaerveldtComparisonStudyafter1yearoffollow-up.Ophthalmology118:443-452,20116)ChristakisPG,KalenakJW,ZurakowskiDetal:TheAhmedVersusBaerveldtStudy:one-yeartreatmentoutcomes.Ophthalmology118:2180-2189,20111482あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(32)

チューブシャント手術:基本術式と術中トラブル対処

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1471.1474,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1471.1474,2012チューブシャント手術:基本術式と術中トラブル対処GlaucomaTube-ShuntSurgeryforGlaucoma:ProceduresandIntraoperativeComplications井上立州*鈴木康之**Iチューブシャント手術緑内障診療ガイドライン補足資料における緑内障チューブシャント手術に関するガイドラインでは,チューブシャント手術を1.プレートを用いるGDDs(glaucomadrainagedevices)と2.プレートを用いないGDD(ミニチューブ)として,その内容にエクスプレスTM緑内障フィルトレーションデバイスを含めているが,一般的にはチューブシャント手術というと前者の1.プレートを用いるGDDを指し,具体的にはチューブとそれに接続するプレートで構成された器具を結膜下に置くことで眼圧下降を目指すものである(図1,2).現在,わが国においてはバルベルト緑内障インプラント(BaerveldtRGlaucomaImplant)(図3)が使用可能で,近い将来にはアーメド緑内障バルブ(AhmedTMGlaucomaValve)も使用できるようになることが期待されている.その他,海外では同様なチューブシャントとしてKrupinEyeValveやMoltenoTMImplantが用いられてきており,さらに網膜.離のバックルで用いる輪状締結バンドへの前房チューブシャント(anteriorchambertubeshunttoanencirclingband:ACTSEB)もチューブシャントの術式に属する.本稿では,現在使用可能であるバルベルト緑内障インプラントの実際の使用法について解説する.図1前房内チューブ挿入タイプ(バルベルト緑内障インプラントBG101-350)図2硝子体内チューブ挿入タイプ(バルベルト緑内障インプラントBG102-350)*RishuInoue:オリンピア眼科病院**YasuyukiSuzuki:東海大学医学部付属八王子病院眼科〔別刷請求先〕鈴木康之:〒192-0032東京都八王子市石川町1838東海大学医学部付属八王子病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(21)1471 図3バルベルト緑内障インプラント左からBG101-350,BG103-250,BG102-350.IIバルベルト緑内障インプラントバルベルト緑内障インプラントは昨年8月にはじめてわが国で承認された緑内障用チューブシャント医療機器であり,本年度より緑内障治療用インプラント挿入術として技術料に包括される形で保険収載されている.具体的には前房挿入用のBG101-350とBG103-250および硝子体腔内挿入用のBG102-350の3種類が認可されている(図3).現時点においては適応として通常の線維柱帯切除術が困難,もしくは奏効が期待できない,あるいは重篤な合併症が予想される症例に使用することを原則としているため,実際には角膜内皮がすでにある程度障害されている症例が多く,前房挿入用タイプよりも硝子体腔内挿入タイプが使われることが多いと考えられる.III硝子体腔内チューブ挿入手技プレートを置く象限の結膜を輪部切開し,十分に大きく視野を取り,プレート上になる直筋を確保する(図4).プレート設置箇所としては感染の問題や整容的な問題,さらには眼球運動制限の危険性から上耳側が望ましいが,実際には状況に応じて設置可能な部位にプレートを置くことになる.硝子体切除が行われていない症例や周辺部硝子体切除が不十分な症例に関してはポート作製後,十分周辺部まで硝子体切除を行い,使用したポートはチューブ挿入に用いる.すでに周辺部硝子体の切除が終了している症例では,その必要はない.まずチューブが閉塞していないかをチューブ内腔に通1472あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図4インプラント挿入スペースの確保十分な術野確保が大事である.図5チューブの結紮水して確かめた後,プレートの近くでチューブを8-0バイクリル糸などで結紮する(図5).吸収糸を使わない場合は後日,切糸もしくは抜糸する必要がある.つぎにプレートを斜視鈎などを併用しながら直筋下に挿入し,位置を合わせる.このときに固定用の穴を使ってプレートを縫着してしまってもよいが,通常は硝子体腔内にチューブを挿入するためのHoffmannelbowを固定してからプレートを固定したほうがチューブの収まりがよい.つぎにポートもしくは新たに毛様体扁平部に20ゲージ針で開けた穴よりHoffmannelbowの硝子体腔挿入チューブを硝子体腔内に挿入する.確実に挿入できたことが確認されたらHoffmannelbowを8-0もしくは9-0ナイロン糸で強膜に縫着する.さらにチューブのたわみがないようにプレートを同様に強膜に縫着する(図6).これでチューブの設置は終了したわけであるが,この状態ではチューブは最初に結紮した糸で閉塞されているので,もし術直後に眼圧をある程度下げておく必要がある(22) 図6Hoffmannelbowおよびプレートの縫着場合(ほとんどの場合が相当すると考えられるが)は,チューブ結紮部位よりも1.2mmHoffmannelbow寄りの部位に針(8-0針など)でスリットを開けておくとよい.ここまで終了したら,Hoffmannelbow部を保存強膜などのパッチ材料で覆い,縫着する.パッチ材料が入手できない場合には強膜半層弁を作製してその中にHoffmannelbowを置くことになるが,かなり大きな半層弁を作製する必要があり,すでに線維柱帯切除術が行われている部位でこのような大きな強膜半層弁を作製することは容易ではなく,通常はパッチ材料を使用するべきと考えられる.最後に結膜をしっかりと縫合しステロイド薬および抗生物質を投与し,手術を終了する.IV前房内チューブ挿入手技硝子体腔内挿入時と同様に結膜切開,直筋確保を行い,チューブが開放していることを確認してからプレートの近くでチューブを8-0バイクリル糸などで結紮する.つぎに,プレートを直筋下に挿入し,直筋になるべく干渉しないように固定穴を用いて8-0もしくは9-0ナイロン糸で強膜に縫着する(図7).チューブの長さを前房内に2.3mm挿入できるように調節し,チューブ先端をベベルアップで斜めにトリミングする(図8).パッチ材料を用いる場合は強膜上から直接,強膜半層弁を作製する場合は作製してから,輪部近傍強膜に23ゲージ針で前房に穿刺し(図9),それを通してチューブを(23)図7プレートの縫着図8チューブ先端のトリミング図923ゲージ針による前房内穿刺あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121473 前房内に挿入する.その際に,チューブ先端が角膜内皮に接触すれば角膜内皮障害の原因となり,また虹彩に接触した場合は術後チューブ閉塞の原因となりうるため,位置に関しては十分に注意する.術後,眼球運動その他でチューブの位置が動きうることを考慮して適当な位置に固定し,チューブを8-0もしくは9-0ナイロン糸で強膜に縫着する.さらに強膜半層弁ないし/およびパッチ材料をチューブ上にしっかりと縫着し術後のチューブ露出を予防する.硝子体腔内挿入時と同様に術直後に眼圧をある程度下げておく必要がある場合は,チューブ結紮部位よりも1.2mm前房寄りの部位にスリット孔を開ける.最後に結膜をしっかりと縫合してステロイド薬および抗生物質を投与し,手術を終了する.V術中トラブル対処結膜下および強膜上の組織をしっかり.離し,プレートを置くスペースを確保し,なおかつ術後の結膜縫合が確実にできるようにする必要がある.そのために,最も重要なのは場所の選定であり,比較的結膜およびTenon.組織の.離が容易な場所を選ぶ必要がある.特に硝子体腔内チューブ挿入で用いるHoffmannelbowはかなり高さもあり,その上にパッチ材料を置いた場合,結膜被覆にかなり難渋することもありうる.どうしても結膜が覆いきれなければ遊離結膜弁も考える必要がある.Hoffmannelbowそのものやプレート,チューブなどが直接露出しておらず,パッチ材料が一部見えているくらいであれば術後徐々に結膜創離解部が閉じてくることも期待できるが,術中にしっかり被覆しておけるのであれば,当然そのほうがよい.また,前房チューブ挿入では前房内のチューブの位置が非常に重要となる.その際,どうしても調整がつかない場合は挿入部位をずらしてやり直すことも可能であるが,チューブの長さが足図10前房出血りなくなってしまう場合は新たなインプラントを使って再度手術するしかない.硝子体腔内チューブ挿入時にチューブがたるんでしまった場合はプレートの位置を直すことで対処可能である.いずれの場合もインプラント自体が破損してしまった場合は新たなインプラントを用いてやり直すことになる.その他,前房出血(図10),硝子体出血などはそれぞれ適宜対処すればよい.これらの出血の問題は術中よりもむしろ術後に問題になることが多い.ともかく,チューブ,プレートおよびパッチをしっかり予定の位置に置き,結膜を確実に縫合することが重要である.文献1)日本緑内障学会:緑内障診療ガイドライン第3版補足資料3緑内障チューブシャント手術に関するガイドライン.p95-109,20122)TeresaC.Chen著(谷原秀信監訳):動画で分かる緑内障手術第6章弁なし一重プレートチューブシャント手術.p85-116,中山書店,20101474あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(24)

濾過手術術後管理および新しい緑内障フィルトレーションデバイスEX-PRESSTM

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1461.1469,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1461.1469,2012濾過手術術後管理および新しい緑内障フィルトレーションデバイスEX-PRESSTMPostoperativeManagementofFiltrationSurgeryforGlaucomaandTrabeculectomywithEX-PRESSTMMiniatureGlaucomaDevice新田耕治*はじめに濾過手術の代表的術式として,トラベクレクトミーは世界的に広く普及し,代謝拮抗薬を用いたマイトマイシンC併用トラベクレクトミーは濾過手術のゴールデンスタンダードとされている.日本人のマイトマイシンC併用トラベクレクトミーの長期手術成績については,眼圧が常に18mmHg未満と定義したときの術後8年生存率は67.0±4.6%,眼圧が常に16mmHg未満と定義したときの術後8年生存率は44.5±5.4%,術前の最高眼圧からの眼圧下降率が常に30%以上でかつ眼圧が常に21mmHg未満と定義したときの術後8年生存率は74.1±4.2%との報告がある.しかし,トラベクレクトミーは結膜や強膜の創傷治癒に逆らって房水を流出する術式であり,その管理や対処方法がむずかしく,術者によってもその術式や管理方法に違いが生じていると思われる.その一つとして,結膜切開方法がある.輪部基底結膜切開方法と円蓋部基底結膜切開方法である.両者の結膜切開方法の違いによる検討では,眼圧の推移は両者ともに同様の経過をたどることが多いが,形成された濾過胞の形状は,円蓋部基底のトラベクレクトミーがvascularblebをより高率に作成できるので,感染症のリスク軽減に寄与しているものと考えられる.しかし,術後早期の合併症の点で,円蓋部基底トラベクレクトミーのほうが術後早期に創からの房水の漏出の頻度が有意に高率であるとの報告がある.したがって,円蓋部基底トラベクレクトミーは術後早期には種々の処置を要する頻度が高くなってくる.濾過手術の術後に手術の効果を持続させ,合併症による影響をひき起こさないためにそれぞれの状況に応じて的確にしかも迅速に対処することが重要であると考えられるので,筆者が常に挑んでいる濾過手術の術後管理について述べる.2012年4月に緑内障治療用インプラント挿入術が保険適用となり,難治性緑内障に対する治療方法の選択肢が拡大した.緑内障チューブシャント手術に用いられるデバイスには房水貯留空間形成用のプレートを有するデバイスとプレートを有さないデバイスがある.このうち,プレートを有さないデバイスとして,2011年12月に認可されたものにアルコン社製EX-PRESSTMがある.虹彩切除による合併症のリスク軽減や前房の開放時間の短縮,前房からの房水流出量が一定などの利点がある.EX-PRESSTMの使用経験に基づき,その特徴や現在までに報告されている術後成績について述べる.I濾過手術術後管理濾過手術術後の症例を診察する場合には,前房の形成状況・濾過胞形成の有無・眼圧を中心に観察する.これらを観察した結果の代表的なパターンにおける対応の方法について詳細に述べる.*KojiNitta:福井県済生会病院眼科/金沢大学医薬保健学域医学系視覚科学分野(眼科学)〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(11)1461 1.前房形成良好・濾過胞形成不全・高眼圧の場合濾過胞部分の結膜を軽く圧迫し,濾過胞が形成されるか確認し,濾過胞が容易に形成されれば経過観察する.しかし,圧迫しなければ濾過胞が形成されないようであれば,数時間後には元の状態に戻ることが多く1日に数回診察すべきである.そしてこのような状態が続くようであれば,早々にレーザー切糸(lasersuturelysis:LSL)を施行する.筆者の場合,レンズはLaydenSutureLysisLaserLensを使用している.このレンズは先端部の直径が1.6mmと圧迫面積が小さく,Tenon.が厚い症例や結膜下出血が顕著な症例でも結膜をピンポイントで圧迫できるため,容易に切糸を行うことが可能である(図1).LSLを施行する部位については,円蓋部基底の場合は,濾過胞を円蓋部へ拡大させたいという意図に基づき,結膜縫合部から遠い縫合糸から施行している.輪部基底の場合は,逆に,濾過胞は左右に拡大したいので輪部に近い縫合糸から施行している.糸の真ん中を切るといずれ縫合糸が立ち上がって結膜穿孔をきたす可能性があるので両端のいずれか一端を切糸するとよい.LSL直後にはレンズによる圧迫にて結膜が陥入しているのでLSL15分後に診察し,濾過胞の形成状況を確認している.濾過胞形成が不十分であればマッサージを施行する.LSLを施行しても引き続き濾過胞の形成不全状態図1LaydenSutureLysisLaserLens先端部の直径が1.6mmと圧迫面積が小さく,Tenon.が厚い症例や結膜下出血が顕著な症例でも結膜をピンポイントで圧迫できる.1462あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012が続くようであれば,翌日以降に2糸目のLSLを考慮する.LSLを施行した際に前房出血が生じることがあるが,たいていは少量であるので気にする必要はない.しかし,2糸目のLSLを施行すれば再度前房出血が出現することを念頭に置くようにしている.LSL後に想定以上に濾過量が増加し,前房形成不全や低眼圧状態に陥ることがある.この場合は,下記の5項と同様の対応が必要である.2.前房形成良好→不良・濾過胞形成不全・低眼圧の場合結膜創から房水が漏出している可能性がある.フルオレセイン試験紙を用いて眼表面を十分に色素で染色し房水の漏出部位や漏出の程度を観察する.房水の漏出が軽度であれば創傷治癒メカニズムにより房水の漏出が止まる可能性があるが,漏出停止までに1週間以上がかかるようであればその間に強膜弁上の結膜下の癒着が進行してしまい,濾過胞が形成されにくくなる可能性がある.そのため房水漏出が認められたら数日の間に10-0ナイロン丸針を使用して,端々縫合やマットレス縫合を行うようにしている.濾過胞形成不全・低眼圧の状態が遷延化した場合に前房の形成も不良となる.早めに房水の漏出を止めるべく処置が必要である.3.前房形成不良・濾過胞形成不全・高眼圧の場合悪性緑内障や上脈絡膜出血が考えられる.悪性緑内障は,後房から前房への房水の流入が水晶体・毛様体・前部硝子体などでブロックされ,硝子体腔へ房水が流入し,房水の流出動態が負のスパイラルに陥っている.アトロピン水点眼,ステロイド薬の点眼や内服にて改善する場合もあるが,奏効しない場合はレーザー治療や硝子体手術が必要となる.上脈絡膜出血は,軽度の場合には経過観察を行うが,出血量が多かったり眼圧が著しく高値の場合は経強膜的に出血を排出する必要がある.筆者は実際には悪性緑内障や上脈絡膜出血の経験がないのでその詳細については他稿に譲ることとする.4.前房形成良好・濾過胞形成良好・高眼圧の場合手術により一定の濾過量は確保されているものの眼圧(12) のコントロールが依然不良である.さらにLSLを施行し,濾過量をさらに増やすべきである.しかし,一部の強膜弁下が癒着し房水の流出量が十分に確保されていないときや濾過胞周囲の癒着のために濾過胞が限局化している場合には,needlingなどの処置が必要である.濾過手術は下方にて施行すると高率に感染症を発症するといわれており,基本的には濾過手術は上方で2回しか施行できない.だとすると,1回施行した濾過手術の効果をできるだけ持続し,濾過効果が減衰した場合において同一部位にて濾過効果を回復したいものである.その方法として注射針などで強膜弁を持ち上げたり濾過胞壁を切離し濾過胞を再建するneedlingと結膜を切開して瘢痕組織や濾過胞壁を除去する観血的濾過胞再建術がある.特にneedlingは簡便で比較的侵襲の少ない手技であるが,その効果が長期的に持続しないこともあり,再needlingや追加手術を必要とされることもしばしば経験する.当初は23ゲージ(G)針を使用して行っていたが,濾過胞壁の切開や癒着結膜の解離が不十分になることがあり,現在では相良式の濾過胞再建用極細クレッセントナイフ(ブレブナイフR,カイインダストリーズ)を使用している.先端が円形で鋭利な刃を有し,最大幅1.0mmの極細形状であるため,癒着瘢痕組織の切離の際に抵抗は少ない.また,先端から4mmにわたり両側面に刃を有しているために,癒着瘢痕組織にナイフを横に振りながら切離でき大変便利なナイフである.あらかじめ45°曲げてあるベントタイプと,自身で曲げ角度を調節できるストレートタイプの2種類がある.実際のneedlingは,筆者は手術室で行っている.Tenon.下麻酔を施行の後に,輪部角膜に牽引糸をかけ,上方の術野を十分に確保する.強膜弁から7mm以上離れた円蓋部結膜を1.2mm切開し,その下のTenon.を切開し強膜表面を露出させる.その後,眼灌流液を注入した注射器に鈍針をつけ,Tenon.下に灌流液を注入する.その結果,癒着瘢痕の強い部分とそうでない部分が識別できるようになる.その後,ブレブナイフを使用して癒着が弱い部分から切離するようにする.それは,癒着が強い部分は切離した際に結膜下で出血することが多く,結膜下の視認性が低下しやすいからである.それでも出血により視認性が低下した場合は(13)図2Needlingの際にブレズナイフで濾過胞壁を切離しているところ相良式の濾過胞再建用極細クレッセントナイフは,先端から4mmにわたり両側面に刃を有しているために,癒着瘢痕組織にナイフを横に振りながら切離できる.MQAなどのスポンジゲルにて結膜上から圧迫しながら癒着の切離を行うとよい(図2).ただし,結膜を穿孔しやすいので,刃先は強膜に押し付けるように切離を進めていくのがポイントである.刃の先が濾過胞に刺入し濾過胞壁の瘢痕組織を切開できたならば,ブレブナイフを一旦引き抜き,房水の流出程度を確認する.不十分と判断した場合は,ブレブナイフを再刺入し,さらに強膜弁下,必要に応じて前房へと刺入させる.その後,ブレブナイフを抜き,結膜切開部を10-0ナイロン丸針で連続縫合し終了する.5.前房形成良好→不良・濾過胞形成良好・低眼圧の場合過剰濾過状態であり,眼底検査を丹念に行い,脈絡膜.離の有無やその拡大,低眼圧による黄斑症の有無を観察する.しばらく経過観察することにより低眼圧状態を脱することも多い.経過観察している時期には筆者は患者に点眼指導をしている.その内容は,手で上下の眼瞼を開いて点眼していることが多いので,眼瞼を触らないで点眼し,極力眼瞼に圧力をかけないように指導している.それでも,過剰濾過状態が続けば何らかの処置が必要である.圧迫眼帯はその効果が不安定で角膜内皮へ影響を及ぼす可能性があるため使用しないようにしていあたらしい眼科Vol.29,No.11,20121463 る.筆者は経結膜的に強膜弁の追加縫合を行っている(図3).10-0ナイロン丸針を使用して,結膜上から強膜弁へ針先を垂直に通糸し縫合する.経結膜的には強膜弁の切断面が不明瞭のことがあるので,MQAなどのスポンジで濾過胞を圧迫しながら輪部に近い場所で縫合するのがコツである.また,丸針を強膜に数回通糸すると針の切れが悪く通糸しにくくなるので,早めに新しい丸針に交換することが肝要である.6.濾過胞からの房水の漏出漏出部位の結膜を直接縫合することが可能であれば,第一に選択すべき方法であるが,多くは結膜が菲薄化していることが多く,縫合によりかえってボタンホールを図3経結膜的強膜弁縫合を施行した症例過剰濾過により眼圧が2mmHgであったため(上),経結膜的強膜弁縫合術にて2針縫合するも引き続き低眼圧状態が持続し,3針縫合を追加し,術後は眼圧が8.11mmHgで推移している(下).形成してしまう.そのために,直接縫合以外の方法で対処することが多い.まず,漏出部位が輪部の近傍であれば,シールドの役割を期待してできるだけ大きいソフトコンタクトレンズを装着してみるとよい.輪部から離れている場合には,自己血清点眼を作製して結膜上皮の再生を促進するように試みる.濾過胞内に自己血清を直接注入する方法もある.濾過胞の丈が高く菲薄化している場合には,これらの方法が無効なことが多く,筆者は濾過胞内壁の減圧を目的に濾過胞壁を切開している.Needlingと同様の方法で行っているが,強膜弁下や前房へは刺入する必要はないと思われる.濾過胞内圧の減圧により濾過胞の丈が低くなり瞬目の際の眼瞼結膜との接触の程度が減弱するために濾過胞からの房水の漏出が止まることが多い.しかし,濾過胞の菲薄した状態は続くので再度濾過胞から房水の漏出をきたす場合がある.そのときには,濾過胞を切除して円蓋部結膜を移動する方法が有効なことがある.7.角膜上濾過胞(overhangingbleb)濾過胞が菲薄化し徐々に上方の角膜上にかぶさるようになり,ひどい場合には視軸にかかる場合がある.視力障害や流涙をきたしている場合には処置を考慮しなければならない.その場合はoverhangingした濾過胞のみを直接切除するようにするとよい.濾過胞を切除しても房水が漏出しないことが多い.Overhangingした濾過図4Overhangingbleb濾過胞が菲薄化し上方の角膜上にかぶさるようになってきている.1464あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(14) 図5濾過胞感染StageI症例無血管濾過胞および周囲の充血を認める(左).前房内の炎症は軽微である(右).図6濾過胞感染StageIIIb症例無血管濾過胞および周囲の充血を認める(左上).前房蓄膿を認め,後眼部にまで炎症が波及している(右上).即日,硝子体手術を施行し,現在は濾過胞感染前の視機能を保持できている(左右下).胞を切除し房水の漏出が高度である場合には,濾過胞全体を切除し,円蓋部から結膜を移動する方法を施行しなければならない場合がある(図4).8.濾過胞の充血濾過胞炎や眼内炎が考えられ,迅速な対応が必要とされる.硝子体手術が可能な施設に紹介し,濾過胞感染の程度に応じた対応が必要である.濾過胞感染の波及状況によってStage分類されており,StageIは,炎症が濾過胞に限局している状態で,濾過胞および周囲の充血,眼脂,流涙,異物感,眼痛などを呈する(図5).濾過胞は黄白色に混濁し,フルオレセイン生体染色にて濾過胞(15)表面の結膜上皮の障害を認めることが多い.StageIIは,炎症が前房に波及しているが,硝子体など後眼部へは炎症が到達していない段階である.StageIIIは,後眼部にまで炎症が波及し,前房蓄膿,硝子体混濁,硝子体膿瘍,網膜白濁,網膜血管の白鞘化などを認める(図6).StageIIIは,さらに炎症が比較的軽微な状態がIIIa,炎症が非常に重篤な状態がIIIbに分けられている(表1).IIEX-PRESSTMについて1.EX-PRESSTMの特徴EX-PRESSTMはステンレス製の緑内障フィルトレーションデバイスであり,強膜弁下に輪部から前房内へ穿あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121465 表1濾過胞感染ステージ別治療方針分類炎症の部位治療方針StageI濾過胞の炎症の部位が限局している(前房に軽微の炎症があってもよい)・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・バンコマイシン25mg/0.5ml+セフタジジム100mg/0.5mlの結膜下注射StageII炎症の主座が前房内硝子体に及んでいない・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・バンコマイシン1mg/0.1ml+セフタジジム2.25mg/0.1mlの前房内注射・前房内注射の効果が不十分なら36時間以上経過後に再施行可・抗菌薬全身投与(薬剤選択は担当医の判断)StageIIIa後眼部にも炎症が波及硝子体の炎症が軽微・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・バンコマイシン1mg/0.1ml+セフタジジム2.25mg/0.1mlの硝子体内注射・硝子体内注射の効果が不十分なら36時間以上経過後に再施行可・抗菌薬全身投与(薬剤選択は担当医の判断)・抗菌薬による十分な治療後にステロイド全身投与やステロイド点眼使用可StageIIIb後眼部にも炎症が波及硝子体の炎症が重篤・バンコマイシン100mg/500ml+セフタジジム200mg/500mlの眼灌流液を使用しながら迅速な硝子体手術・レボフロキサシン点眼とセフメノキシム点眼の1時間毎点眼・オフロキサシン眼軟膏の就寝時点入・抗菌薬全身投与(薬剤選択は担当医の判断)・抗菌薬による十分な治療後にステロイド全身投与やステロイド点眼使用可刺留置することで,前房と眼外の間に房水流出路を作製することを可能とする(図7).本製品は本体とEXPRESSTMデリバリーシステムで構成されており,デリバリーシステムの先端に本体が装.されている(図8).EX-PRESSTM挿入患者が術後にCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)を受けた場合には眼内異物として写るため,EX-PRESSTMを使用した濾過手術を計画した場合には,あらかじめ患者や家族にEXPRESSTMを使用する予定であることを説明しておくべきである.また,術後のMRI撮影に関しては影響がないとされているが,術後2週間はEX-PRESSTMが安定していない可能性があるために念のためMRIを受けないように指導すべきである.2.EX-PRESSTMの使用が推奨される症例無硝子体眼,近視眼,若年者,片眼の線維柱帯切除術の際に低眼圧をきたした症例など前房開放時間の短縮が必要とされる場合,血管新生緑内障や抗凝固剤内服症例など虹彩の切除を回避したい症例,偽水晶体眼や無水晶1466あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(文献3より一部改変)〈突起部〉〈プレート〉本体の突出を防ぐ本体の貫入を防ぐ50μm(前房側)(強膜側)房水流量を最適化〈前房側開口部〉主たる流出路〈柄〉27ゲージ外径0.38mm全長2.6mm〈リリーフポート〉連続した房水流出が可能図7EX-PRESSTMの構造全長2.6mmで前房側開口部とリリーフポートを有するデバイスである.(日本アルコン社提供)体眼など隅角が十分に開放している症例にてEXPRESSTMを使用することが推奨される.さらに筆者は,落屑緑内障でもEX-PRESSTMを使用している.その理由は,落屑緑内障では,Zinn小帯が脆弱で虹彩を切除(16) した際に硝子体脱出をきたす可能性があるからである.3.EX-PRESSTMの挿入方法線維柱帯切除術の術式に準じて,開窓前までの手順で進める.虹彩と平行するような角度で25G注射針あるいは25GV-ランスを使用してグレーゾーンの外側で切開を施行する.強膜弁を把持しながらEX-PRESSTM本体を90°の角度で前房内へ穿刺する(本体突起部が横向き).挿入後,デリバリーシステムを直立位置に回す(本体突図9EX-PRESSTMを使用したトラベクレクトミー手順虹彩と平行するような角度で25G注射針あるいは25GV-ランスを使用してグレーゾーンの外側で切開を施行する.強膜弁を把持しながらEX-PRESSTM本体を横向きに前房内へ穿刺する.挿入後,デリバリーシステムを直立位置に回す.EXPRESSTMの返しの部分までが完全に眼内に挿入されてからデリバリーシステムのボタンを強く押すと,EX-PRESSTM本体がリリースされる.その後は通常の線維柱帯切除術と同様に強膜弁を縫合,結膜縫合を行う.(添付文書より抜粋)25Gの針で前房内へ軌道を切開する.1デリバリーシステムの操作ボタンを押し,デリバリーシステムワイヤを押しこむと,デリバリーシステムワイヤ先端部が引っ込み,本体が外れる.3図8EX-PRESSTMのデリバリーシステムデリバリーシステムの先端にデバイス本体が装.されている.ワイヤを押し切らないとEX-PRESSTMがリリースされないので,ボタンを押す際にはデリバリーシステムを持ち直して親指で押し込んだほうが操作しやすい.(日本アルコン社提供)24本体を前房内へ穿刺する.デリバリーシステムを静かに引き抜き,本体の位置および房水の流出を確認する.[本体挿入断面図]図10EX-PRESSTMを使用した続発緑内障症例EX-PRESSTMは眼内レンズ挿入眼に装着することが望ましい.(17)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121467 起部が下向き).EX-PRESSTMの突出部(返しの部分)までが完全に眼内に挿入されてからデリバリーシステムのボタンを強く押す.するとEX-PRESSTM本体がデリバリーシステムからリリースされる.その後は通常の線維柱帯切除術と同様に強膜弁を縫合,結膜縫合を行う(図9,10).4.EX-PRESSTMを使用した濾過手術術中の留意点25G注射針あるいは25GV-ランスを使用して事前切開を行うも強い抵抗を感じEX-PRESSTMがなかなか挿入できないときがある.ぐずぐずしていれば房水がさらに流出し前房が浅くなりますます挿入しにくくなることがある.その場合には粘弾性物質を注入しながら再挿入を試みるとよい.ただし,EX-PRESSTMの突出部(返しの部分)がすでに眼内に挿入されてしまっている場合は押し続けて挿入するしかなく,挿入を躊躇してはならない.逆に,EX-PRESSTMの安定性が欠けてEXPRESSTM外壁と強膜壁とのすき間から房水が流出することがある.この場合は特に対処せずに手術を継続して問題ないと思われる.このようなことを避けるために通常の線維柱帯切除術の際より強膜弁をやや薄くし強膜床を厚くするとEX-PRESSTMが強膜床上で安定する.EX-PRESSTMが挿入されリリースする際にデリバリーシステムが硬く,リリースしにくく感じることがある.ワイヤを押し切らないとEX-PRESSTMがリリースされないので,ボタンを押す際にはデリバリーシステムを持ち直して親指で押し込んだほうが操作しやすい.また,やむを得ずEX-PRESSTM本体を摘出する場合には,EX-PRESSTMのプレート部を把持し,EXPRESSTM外壁と強膜壁との間に粘弾性物質を注入し,90°回転させて引き抜く.15°ナイフやV-ランスなどでEX-PRESSTM外壁に沿って1mmほど切開してから90°回転させて引き抜くのもよい.5.EX-PRESSTMを使用した濾過手術術後の留意点EX-PRESSTM本体が虹彩に接触することがある(図11).隅角検査を施行しEX-PRESSTM開放ポートに虹彩が巻き込まれておらず流量が得られていればそのままにしてよい.しかし,開放ポートに虹彩が巻き込まれたり,凝血塊が付着している場合にはYAGレーザーなどで虹彩や凝血塊の嵌頓を解除しなければならない(図12).図11EX-PRESSTMを使用した落屑緑内障症例有水晶体眼でありデバイスが虹彩面に接触しているが,開口部やリリーフポートは開存しており,濾過機能は保たれている.1468あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012(18) 図12EX-PRESSTMを挿入して凝血塊がデバイスに付着した症例EX-PRESSTMの前房側開口部に凝血塊が付着して,房水の流出が妨げられている状態(左).EX-PRESSTMの前房側開口部にYAGレーザーを照射して,房水の流出障害が解除された状態(右).LSLを実施する際には,通常の線維柱帯切除術の場合と比較して1回のLSLの効果が強く房水流出量が多くなる場合が多い.そのためLSL後の過剰濾過による種々の合併症を念頭において管理しなければならない.6.EX-PRESSTMを使用した濾過手術成績通常のトラベクレクトミーとの術後成績の比較では,術後早期には眼圧下降率はEX-PRESSTM群のほうが有意に低い(術後1週間:13.5%vs39.8%)が,術後3カ月以降(術後12カ月:39.9%vs42.1%)は両者の眼圧下降率はほぼ同等であった.また,術後合併症に関しては,EX-PRESSTM群のほうが術後早期の低眼圧(4%vs32%)やchoroidaleffusion(8%vs38%)は有意に低率であった.その他の合併症(前房形成不全,低眼圧黄斑症,前房出血,濾過胞からの房水漏出,眼内炎)の頻度に差はなかった.別報でも術後の低眼圧の頻度はEXPRESSTM群のほうが有意に低い(4%vs16%)と報告されており,EX-PRESSTMを使用することで,術後早期の低眼圧状態を防ぎ,低眼圧状態により派生する黄斑症や脈絡膜.離などの合併症を少なくできることが期待される.また,術後に形成される濾過胞の状態は,丈が低くvascularityに乏しい濾過胞になりやすいが,びまん性で面積の大きい濾過胞が形成されやすいとの報告がある.これは,EX-PRESSTMを使用することにより房水を円蓋部へ誘導しやすくなったことを示唆するものである.文献1)ShigeedaT,TomidokoroA,ChenYNetal:Long-termfollowupofinitialtrabeculectomywithmitomycinCforprimaryopen-angleglaucomainJapanesepatients.JGlaucoma15:195-199,20062)FukuchiT,UedaJ,YaoedaKetal:Comparisonoffornix-andlimbus-basedconjunctivalflapsinmitomycinCtrabeculectomywithlasersuturelysisinJapaneseglaucomapatients.JpnJOphthalmol50:338-344,20063)YamamotoT,KuwayamaY,CollaborativeBleb-relatedInfectionIncidenceandTreatmentStudyGroup:Interimclinicaloutcomesinthecollaborativebleb-relatedinfectionincidenceandtreatmentstudy.Ophthalmology118:453-458,20114)MarisPJJr,IshidaK,NetlandPA:ComparisonoftrabeculectomywithEx-PRESSminiatureglaucomadeviceimplantedunderscleralflap.JGlaucoma16:14-19,20075)GoodTJ,KahookMY:AssessmentofblebmorphologicfeaturesandpostoperativeoutcomesafterEx-PRESSdrainagedeviceimplantationversustrabeculectomy.AmJOphthalmol151:507-513,2011(19)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121469

濾過手術:基本術式と術中トラブル対処

2012年11月30日 金曜日

特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1455.1459,2012特集●今が旬,緑内障手術あたらしい眼科29(11):1455.1459,2012濾過手術:基本術式と術中トラブル対処SurgicalTechniqueandManagementofIntraoperativeComplications丸山勝彦*I線維柱帯切除術の基本術式1.制御糸術中,意図した方向への注視を保つのが困難な症例に対しては制御糸をおき,眼球を固定したほうが手術操作は容易となる.制御糸は透明角膜,あるいは経結膜的に上直筋におくことが一般的である.2.麻酔周辺虹彩切除などの術中操作による疼痛を考慮し,Tenon.下麻酔を行う術者が多い.結膜弁作製の後に2%リドカインをTenon.下に注入するが,強膜穿孔を回避するため鈍針を用いるとよい.3.結膜弁作製再手術となったときの影響を考えて初回手術を12時方向へ施行するのは避けるべきで,結膜弁作製部位は上耳側あるいは上鼻側とするのが一般的である.また,下方への手術は術後濾過胞関連感染症発生のリスクが高くなるため行うべきではない.結膜弁作製方法には円蓋部基底(図1)と輪部基底(図2)の二通りがあり,術後の眼圧調整成績に大差はないとされる1).4.強膜弁作製(図3)強膜弁の形態(方形,三角形)2),大きさ(3.4mm)3)強膜結膜Tenon.図1円蓋部基底結膜弁結膜を輪部に沿って切開する.角膜Tenon.結膜強膜結膜Tenon.角膜図2輪部基底結膜弁輪部から約8mm離れた結膜を輪部に沿って10.12mm程度切開する.の相違は術後成績にほとんど影響しないとされる.強膜弁の厚みが不均一だと早期穿孔や強膜弁離断,瘻孔形成などの原因となるため,均一な厚みの強膜弁を作製するよう心がける.*KatsuhikoMaruyama:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕丸山勝彦:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(5)1455 角膜輪部灰色ゾーン角膜輪部灰色ゾーン図3強膜弁作製図4ブロック切除強膜半層の厚さの強膜弁を作製する.輪部灰色ゾーンから角膜に入った辺りに行う.5.線維芽細胞増殖阻害薬の使用術後に濾過機能が低下する原因は創傷治癒機転によって生じる濾過胞内瘢痕化であり,現在ではマイトマイシンCを主とする線維芽細胞増殖阻害薬を併用して創傷治癒機転の制御を試みるのが一般的である.強膜弁作製後にマイトマイシンCを吸収させた止血用スポンジを強膜弁周囲ならびに結膜下に留置する.マイトマイシンC(マイトマイシン注用2mg,協和発酵キリン株式会社)1バイアルを生理食塩水5mlで溶解し,0.04%(0.4mg/ml)として3分間作用させることが多い.すべてのスポンジ片を除去した後,生理食塩水などで十分洗浄して操作を終了する.6.強角膜ブロック切除(以下,ブロック切除)あらかじめ前房穿刺を行って十分眼圧を下降させた後,ブロック切除の操作に移る(図4).なお,ブロック切除とこれに引き続く周辺虹彩切除の間は駆逐性出血などの低眼圧に伴う合併症が生じやすいので,できるだけ短時間での操作が望ましい.7.周辺虹彩切除(図5)周辺虹彩切除の大きさは,全層の虹彩が切除され前後房圧の差が解除されれば大きすぎる必要はない.1456あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図5周辺虹彩切除全幅が脱出しないよう虹彩を静かに引き上げて切除する.8.強膜弁縫合(図6)強膜弁縫合数は術者の判断によるが,術後の過剰濾過に対する処置と比べ,眼球マッサージやレーザー強膜弁縫合切糸術など濾過量不足に対する処置のほうが簡便なことから,術中は過剰濾過とならない十分な本数の強膜弁縫合をおき,術後処置で適切な眼圧に下降させていく調整方法をとるのが一般的である.9.結膜縫合(図7,8)円蓋部基底結膜弁,輪部基底結膜弁いずれの場合も図6強膜弁縫合強膜弁がずれないように均一な強さで縫合する.角膜結膜図7円蓋部基底結膜弁に対する結膜縫合結膜弁を輪部に縫合する.(6) 角膜Tenon.結膜Tenon.結膜図8輪部基底結膜弁に対する結膜縫合10-0ナイロン丸針を用いて縫合する.Tenon.を引き寄せ,通糸することで術後の房水漏出が予防できる.II術中トラブル対処1.強膜弁作製,強膜弁縫合に関するトラブル強膜弁作製時に前房内に早期穿孔した場合,その後のマイトマイシンC塗布は一度強膜弁を仮縫合してから行う.また,強膜弁が薄く,強膜弁縫合時に瘻孔形成が危惧される症例に対しては丸針を用いて縫合を行うが,実際に強膜弁縫合の針穴から直接濾過を生じてしまった場合には,遊離強膜弁を移植するかTenon.を被せて縫合する.2.ブロック切除,周辺虹彩切除に関するトラブル硝子体脱出を生じた場合,ブロック切除部より脱出した硝子体を硝子体カッターか手術用スポンジに接着させてVannas剪刀で切断する.その後強膜弁縫合を行って,強膜弁辺縁を軽く圧迫したときに硝子体が嵌頓せず,前房水がスムーズに流出するならそれ以上の硝子体切除は不要で,必要以上の操作は避けるべきである.ここでも硝子体が嵌頓する場合には,ブロック切除部から離れた部分に新たに作製したサイドポートから硝子体カッターで硝子体切除を行ったほうが効率よく処理ができる.虹彩脱出をきたした場合,原因は前後房の圧較差であるため,前房内に虹彩を無理やり押し込んでも再脱出することが多い.強膜弁を元の位置に戻し,ブロック切除(7)部を強膜上からスパーテルで角膜中央に向かってなでると,後房内の房水が前房に移動し,前後房の圧較差が解消されて虹彩は前房内に戻る.それでも戻らないときには虹彩根部に小切開を入れると,後房内の房水が流出して後房内圧が下がり,続いて上述した強膜上をなでる操作を行うと容易に虹彩は整復する.なお,水晶体損傷や毛様体損傷,虹彩離断や毛様体離断が生じた場合には術中にすべきことはなく,術後に十分な消炎を図って必要に応じて追加処置を考慮する.3.結膜に関するトラブル結膜損傷を生じた場合は適宜損傷部に縫合をおくが,結膜のみの縫合だと房水漏出をきたすことがあるので,Tenon.を裏打ちするように縫合するとよく,裏打ちするTenon.がない場合には強膜まで通糸するとよい.また,縫合を行っても房水漏出が残存する場合は濾過胞内への粘弾性物質の注入が有用な場合がある4).4.出血に関するトラブル最も重篤なのは駆逐性出血であり,前房開放後に眼球虚脱を生じやすい無水晶体眼や無硝子体眼では特に発症のリスクが高いことがわかっている.眼球虚脱の予防策として,前房維持カニューラ5)を併用する方法が知られているが,筆者はこの方法に加え,あらかじめ方形強膜弁の両角に前置糸をおいて,ブロック切除,周辺虹彩切除後ただちに強膜弁縫合を行って眼球虚脱の予防を図っている.術中に駆逐性出血を生じたときには可及的速やかに創を閉鎖し,術後経過に応じて追加手術を考慮するのが賢明である.前房出血は最も多く生じる術中合併症で,おもな原因はブロック切除や周辺虹彩切除時の虹彩や毛様体からの出血である.また,Schlemm管や集合管断端から出血や,強膜弁周辺の出血が前房内に流入することもある.多少の出血は自然に止まるので特別な処置は必要ないが,術中に出血源が明らかで凝固可能な部位であれば行ってもよい.ただし,強膜弁や強膜床が変形するほどの過凝固や,Zinn小帯や水晶体への凝固には注意する.あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121457 IIIアルコンエクスプレスTM緑内障フィルトレーションデバイスアルコンエクスプレスTM緑内障フィルトレーションデバイス(以下,エクスプレス,日本アルコン,図9)を用いた緑内障チューブシャント手術は,線維柱帯切除術のブロック切除の代わりに強膜弁下から前房内にステンレス鋼製の小筒を刺入して濾過経路とする術式である.本術式は術直後から安定した濾過量が確保され,術中前房を開放しないため眼球虚脱が生じにくく,周辺虹彩切除を行わないため術中術後の出血や炎症反応が線維柱帯切除術に比べ軽度であるという特徴があり,線維柱帯切除術と眼圧調整成績は同等で,術後合併症の頻度は少ないとされている6).本項ではエクスプレスを用いた緑内障チューブシャント手術の基本術式について,線維柱帯切除術との相違点を中心に述べる.1.強膜弁作製強膜弁を薄く作製すると強膜床が厚くなるのでエクスプレスの固定性はよくなるが,反面,強膜弁菲薄化に伴う瘻孔形成や過剰濾過が危惧される.反対に,強膜弁を厚くすると強膜弁縫合時のトラブルは少なくなるが,一方でエクスプレスの固定性は低下すると考えられる.半層程度の厚さの強膜弁を作製するのが一般的であるが,今のところ一定の見解が得られていない.2.エクスプレスの挿入エクスプレス挿入前には,まず前穿刺が必要である.エクスプレス本体の柄の部分の外径は27ゲージであり,これより極端に大きい前穿刺を行うとエクスプレス本体と穿刺部強膜との間隙からの漏出が多くなり過剰濾過の原因となる.通常は25ゲージの注射針を用いるが,強膜床の厚さに応じて適宜調整するとよい.なお,線維柱帯切除術の際にはブロック切除に先立って前房穿刺部から房水を抜いて眼圧を下降させるが,エクスプレスの場合には,エクスプレスの挿入やそれ以前の前穿刺が行いにくくなるので眼圧を下降させる必要はない.エクスプレスの挿入位置は,強膜と透明角膜の間の輪1458あたらしい眼科Vol.29,No.11,2012図9エクスプレスの外観全長は2.6mm,内径は200μmであるが,内腔に150μmのワイヤが挿入されており,内寸は50μmである.写真右端は定規で一目盛1mmを表す.図10デリバリーシステムデリバリーシステムの先端にエクスプレス本体が装着されている.部灰色ゾーンのちょうど中間辺りが適切とされ,後方に寄り過ぎるとエクスプレスと虹彩との接触が,反対に前方に寄り過ぎると角膜内皮細胞への影響やプレート部分の安定性の低下が危惧される.また,挿入角度も重要で,前穿刺時には必ず眼球を正面に向け,虹彩面と平行になるよう穿刺しなければならない.エクスプレスは専用のデリバリーシステム(アルコンエクスプレスTMデリバリーシステム,以下デリバリーシステム,日本アルコン)に装着された状態で販売されており(図10),エクスプレス挿入に当たってはデリバリーシステムからのリリースが必要となる.実際のエクスプレスの挿入方法を図11に示す.エクスプレス本体はデリバリーシステムのリリースボタンを押すことでリ(8) ba輪部灰色ゾーン注射針エクスプレス本体デリバリーシステムcd図11エクスプレスの挿入前穿刺(a)の後,エクスプレスが装着されたデリバリーシステムを前穿刺部位から前房内に横向きに入れ(b),前房内に入った時点で90°回転させ(c),エクスプレス本体とデリバリーシステムをリリースする(d).mology119:703-711,2012リースされるが,リリースボタンはやや抵抗が強く,か2)KimbroughRL,StewartRH,DeckerWLetal:Trabeつ適切な部位を押さないとリリースされない.スムーズculectomy:squareortriangularscleralflap?Ophthalmicな操作ができるよう術前にデリバリーシステムを把持すSurg13:753,1982る位置や角度などを確認しておく必要がある.3)StaritaRJ,FellmanRL,SpeathGLetal:Effectofvaryingsizeofscleralflapandcornealblockontrabeculectomy.OphthalmicSurg15:484-487,19843.強膜弁縫合4)HigashideT,TagawaS,SugiyamaK:Intraoperative線維柱帯切除術時と同様に行うのが一般的と考えられHealon5injectionintoblebsforsmallconjunctivalbreakscreatedduringtrabeculectomy.JCataractRefractSurgるが,やや多めの濾過量となるよう縫合する術者もお31:1279-1282,2005り,統一した見解が得られていない.5)松本行弘,三浦克洋,筑田眞:無硝子体緑内障眼に対する前房維持カニューラを使用したマイトマイシンC併用線維柱帯切除術.眼科手術19:233-236,2006文献6)DahanE,BenSimonGL,LafumaA:ComparisonoftrabeculectomyandEx-PRESSimplantationinfelloweyesof1)SolusJF,JampelHD,TraceyPAetal:Comparisonofthesamepatient:aprospective,randomizedstudy.Eyelimbus-basedandfornix-basedtrabeculectomy:success,bleb-relatedcomplications,andblebmorphology.Ophthal-26:703-710,2012(9)あたらしい眼科Vol.29,No.11,20121459