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視神経炎をみたら

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):731.737,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):731.737,2013視神経炎をみたらViewsofOpticNeuritis毛塚剛司*はじめに視神経炎は比較的まれな疾患ではあるが,初期対応を間違うと不可逆的な経過をたどり,視力予後に悪影響を及ぼすことがある.今回,視神経炎と診断するための検査の進め方,さらに視神経炎と診断されたら,どのような治療方針を立てて経過観察を行うのか述べたいと思う.I視神経炎の疫学と病因視神経炎は,日本人の成人人口10万人に対して年1.6人の割合で発症する疾患である1).通常の視神経炎は特発性のことが多いが,ウイルス性,細菌性,自己免疫性など多岐にわたる.日本における特発性視神経炎トライアルでの年齢分布は,14.55歳の患者が65.9%と多くを占め,若年から壮年期に多い疾患であることが窺える.一方,抗aquaporin4(AQP4)抗体陽性視神経炎では,9:1で女性が多く,また壮年期から高齢の方によくみられる.視神経炎には,病因として種々の疾患が関与していることがあるため,視力低下をきたす前の感冒症状や頭痛など眼外症状を問診することが必要である(表1).さらに毒物や環境物質由来の視神経症を除外するために,職業の内容にも留意する必要がある.視神経炎は,外傷によるものや鼻性視神経症などの圧迫性によるものも考慮に入れなければならない.外傷の既往がある場合には視束管骨折に併発する視神経腫脹の可能性があり,眼窩表1視神経炎を疑った場合の問診内容・感冒や頭痛の有無・職業の内容・外傷の既往・副鼻腔炎などの耳鼻咽喉科領域疾患CT(コンピュータ断層撮影)で的確な診断が必要である.副鼻腔炎の術後では,術後.胞や肉芽により視神経を圧排している可能性も考えられる.このように,視神経症が炎症ではない場合,すなわち視神経炎ではない場合も考慮して診断を確定しなければならない.II視神経炎に必須の問診検査の前には,視神経炎を起こす可能性のある病因を念頭に置き,問診を行わなければならない.自覚症状としての眼球運動痛(視神経炎の50%程度に存在する)や,多発性硬化症によくみられる,運動時もしくは風呂上がりなどの体温上昇時における視力低下や眼痛(Uhthoffsign;ウートフ徴候)や,眼外症状として手足のしびれ,しゃっくり,嗄声なども良い補助診断となる.小児によく起こるウイルスなどの感染症に続発する視神経炎は,先行する感冒症状が重要なキーとなる.梅毒性視神経炎を疑った場合の皮膚症状の聞き取り,ネコひっかき病におけるネコの接触の有無も眼所見を検索した後に聞き直す必要がある.*TakeshiKezuka:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕毛塚剛司:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)731 III視神経炎の重要な臨床所見とそれに伴う検査所見視神経炎を診断するのに必要な検査とその所見を下記に述べる.診察室で可能な簡便な検査からMRI(磁気共鳴画像)のような画像診断まで種々にわたる.初期に必ず行う必要があるのは,相対的瞳孔求心路障害(RAPD:表2視神経炎を診断するために必要な検査初期(必須)項目・RAPDの有無のチェック・眼底所見・CFF・造影MRI可能なら早期に行う項目・血清における抗体および感染症チェック・蛍光眼底造影可能なら行う項目・三次元画像解析(OCT)・視覚誘発電位(VEP)ababrelativeafferentpupillarydefect)の有無のチェック,眼底所見,限界フリッカ値(CFF:criticalflickerfrequency),造影MRIである.引き続き,血清における抗体および感染症チェック,蛍光眼底造影を行う(表2).1.RAPD視神経炎では,暗所でswingingflashlighttest(交互点滅対光反射試験)を行い,対光反射を確認することが重要である.左右交互に光を当て,患眼に光を当てると両眼ともに散瞳し,僚眼に光を当てると縮瞳する反応である.急性期や亜急性期ではRAPDが陽性となる.2.眼底所見視神経炎は,視神経乳頭が発赤腫脹する視神経乳頭炎パターン(図1a,b)と視神経乳頭の発赤がない球後視神経炎パターンがある.抗AQP4抗体陽性視神経炎では,特に球後視神経炎パターンが多く見受けられるが,図2図1視神経乳頭炎患者の眼底像a:視神経乳頭の発赤腫脹がみられる.b:蛍光眼底造影上,視神経乳頭に一致して過蛍光がみられる.図2抗AQP4抗体陽性視神経炎の眼底像a:視神経乳頭の発赤腫脹がみられる.b:蛍光眼底造影上,視神経乳頭に一致して過蛍光がみられる.732あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(10) に示す病変では蛍光眼底造影上,視神経乳頭が過蛍光である.3.VEPにおける潜時延長視神経炎が強く起こり,視神経の神経損傷がある程度進んだ場合,視覚誘発電位(visualevokedpotential:VEP)のP100潜時が延長して振幅が低下する.VEPの潜時延長は,急性期には起こらず,発症後1カ月以上経過した後にみられることが多い.VEP潜時が延長した場合,視神経内の神経損傷は不可逆的であると考えられている.4.OCT(opticalcoherencetomography)におけるGCL(ganglioncelllayer)の菲薄化三次元眼底像を解析することにより,視神経炎の既往が推察できる.視神経乳頭の形状解析や網膜中心厚,さらに神経節細胞層(GCL)の菲薄化を解析することにより,以前罹患した視神経炎の障害の程度が推測可能となる(図3).ただ,急性期の病態にはあまり反映しないため,寛解期のスクリーニングとして活用するほうが良いと思われる.5.造影MRIMRIは視神経-視交叉を中心に撮るなら冠状断で,baILM-RPEThickness(μm)MaculaThickness:MacularCube512x128HoursRNFLandONH:RNFLQuadrantsRNFLClockOpticDiscCube200x200RNFLThickness図3黄斑および視神経周囲網膜における三次元画像解析a:中心窩を除く黄斑部で菲薄化が認められる.b:視神経周囲網膜でも菲薄化をきたしている.視交叉以後の視路を知りたいなら水平断で撮像する(図4).単純MRIでは視神経萎縮が高信号となることがあるので,可能な限りガドリニウム造影MRIを行う.また,STIR(short-T1inversionrecovery)法やT2脂肪抑制画像で視神経に沿った高信号を確認する.図4に示すのは,T2脂肪抑制で撮像した眼窩MRIである.abc図4抗AQP4抗体陽性視神経脊髄炎におけるMRIT2強調脂肪抑制画像a:冠状断で右眼視神経の高信号を認める(矢印).b:水平断で右眼視神経の複数部位での高信号を認める(矢印).c:矢状断で頸椎の高信号を認める(矢印).(11)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013733 6.CFFCFFは,視神経の機能評価に有用で簡便な検査である.通常,35Hz以上が正常であるが,視神経炎では20Hz未満となる.ぶどう膜炎による視神経腫脹では,25.30Hzと軽度の低下に留まる.これは,おそらくぶどう膜炎の視神経線維の障害が特発性視神経炎と比較して軽微だからだと思われる.7.抗体検査を含む血液検査血算と生化学検査は視神経炎の原因同定には必須の検査である.貧血もしくは白血病でも視神経の腫脹は起こりうる.また,腎機能障害でも視神経障害をきたすことがある.下記に詳しく述べるが,梅毒による血液検査も重要である.ステロイド薬抵抗性の視神経炎では,一定の割合で抗AQP4抗体陽性視神経炎がみられるため,視神経炎と診断されたら,早急に抗AQP4抗体測定を行わなければならない.現在SRLでも抗AQP4抗体の測定依頼が可能だが,直接コスミックコーポレーションで受託測定を行っており(http://www.cosmic-jpn.co.jp/contractservice/contract_service.html),2週間以内に結果が判明するので,急いでいる場合には後者を選択すると良い.抗AQP4抗体が陽性の場合には,他の膠原病が陽性のことが多いので,抗核抗体や抗サイログロブリン抗体などの抗甲状腺抗体,抗SS-Aや抗SS-B抗体などのSjogren症候群に対する血清抗体を測定してもよいと思われる.IV視神経炎と間違えやすい疾患鑑別診断としていくつかの視神経に所見がみられる疾患をあげたいと思う.特にぶどう膜炎や腫瘍,眼窩疾患からの波及による炎症に注意が必要である.1.Vogt.小柳.原田病Vogt-小柳-原田病(VKH)は,肉芽腫性ぶどう膜炎の型をとるが,視神経腫脹をきたすことが多いため,視神経炎と間違えやすい(図5).視神経炎では眼痛を伴うことが多いが,VKHでは頭痛や項部硬直を伴うことがあるも眼痛はほとんどない.VKHでは,他に眼外症状として難聴,白髪化,皮膚の白斑などをきたす.VKHは,前部ぶどう膜炎をきたす前に視神経腫脹が先行することがあるので,視神経炎と混同しやすい.鑑別のための検査には,蛍光眼底造影で視神経からの蛍光漏出の他に,網膜への蛍光色素のpoolingなど網膜病変の検出が重要である.先述したが,VKHではCFFが軽度低下に留まることも特徴の一つである.2.梅毒による視神経網膜炎感染による視神経炎の一種とも考えることもできるが,通常の視神経炎とは異なり,ステロイド薬治療が第一選択ではないため,鑑別疾患としてしっかり考慮に入れておく必要がある.梅毒は網膜血管炎を伴うことが多いため,当疾患が疑われた場合には蛍光眼底造影が必須である(図6).筆者らの施設では,視神経炎を疑った場合にはスクリーニング検査として,梅毒の検査法である図5Vogt.小柳.原田病の眼底像a:右眼,b:左眼.両眼の視神経乳頭の発赤腫脹および漿液性網膜.離を認める.ab734あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(12) 図6梅毒性視神経炎の眼底像a:視神経乳頭の腫脹を認める.b:蛍光眼底造影で視神経乳頭に一致して過蛍光を認める.図7視神経乳頭周囲髄膜腫a:視神経乳頭は蒼白浮腫をきたしており,シャント血管を認める(矢印).b:MRIT2強調脂肪抑制画像で,tram-tracksignを認める(矢印).abab脂質抗原試験(STS:serologicaltestsforsyphilis)やTPLA(toreponemapallidumlateximmunoassay)を測定している.初期治療は副腎皮質ステロイド薬を用いず,ペニシリン製剤(サワシリンRなど)のみを投与する.3.視神経周囲髄膜腫若年から壮年期の女性において,視神経腫脹をきたす疾患として注意が必要である.視神経の発赤腫脹をきたす通常の視神経炎と異なり,蒼白腫脹に近い外観を呈する.視神経からのshuntvessel(シャント血管)がみられることが多い(図7a).眼窩CTやMRIでは“tramtracksign”がみられる(図7b).比較的まれな疾患であるが,進行した場合には治療がむずかしい.V視神経炎の治療―まず何を行うか―1.ビタミンB12療法視神経炎と診断しても視力低下が軽度の場合には,自(13)然軽快もありうるので,メコバラミンなどのビタミンB12製剤を投与する.視力が0.1以下に低下した場合には,自然に軽快するとしても時間がかかるので,ステロイド薬の大量点滴療法を行う.米国において以前行われた視神経炎におけるステロイド薬治療に対するトライアルでは,1)ステロイド薬点滴療法は視力の回復を早めること,2)ステロイド薬内服療法は再発を2倍にすること,3)自然経過では93%の症例で視力が0.5以上に回復し,一方で患者の30%は5年以内に多発性硬化症を発症することが判明した2.4).米国に引き続き日本においても同様に視神経炎の治療に関する多施設トライアルが行われ,ステロイドパルス療法は視神経炎の回復速度を速めるが,最終的な視機能はプラセボ群と変わらないことや,視神経炎の約6.9%の症例では発症後1年経過しても視力が0.2以下にとどまることなどが判明した5,6).これらのことから,特発性視神経炎が疑われた場合には,安易に副腎皮質ステロイド薬の経口投与を行わず,重篤な視力低下をきたした視神経炎の治療にステあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013735 ロイドパルス療法が必要であると思われる.2.ステロイドパルス療法ステロイドパルス療法は通常ソル・メドロールR1,000mg3日間静脈投与を行う.後療法として,プレドニゾロン0.5mg/kg/dayからの内服療法を開始する.1週間ごとに当初は10mgずつ漸減,20mg以下となったら5mgずつ漸減していき,投与を中止とする.ただし,抗AQP4抗体陽性視神経炎のように,抗体が再度産生されると再発する可能性がある場合は,プレドニゾロン10mg/dayに加えて別項目に示す免疫抑制薬を投与することもある.一方,胃潰瘍の既往がある場合には,消化性潰瘍用薬を処方する.ステロイドパルス療法は,全身にかなりの負担をかけるため,胸部X線や心電図,梅毒や肝炎に対する血清抗体など基本的な検査を事前に行っておいたほうが安心である.万が一,ヘルペス感染症が認められた場合,ステロイドパルス療法後にヘルペス脳炎を発症する可能性があるため,筆者らの施設では念のために血清ヘルペス抗体価(herpessimplexvirus,varicellazostervirusにおける抗体)も測定している.視力低下が投与後も継続するようなら,筆者らの施設では4.5日空けて再度ステロイドパルス療法を予定する.ステロイドパルス療法を行っても視力低下が継続し,視力回復が見込まれない場合は血漿交換療法を考慮する.ステロイド薬の反応性が非常に悪いと感じた場合,ステロイドパルス療法を1クール施行後に血漿交換療法を導入することもある.この場合は,比較的早期に長期間にわたる治療に踏み切るということもあり,神経内科や腎臓内科との入念な検討が必要となる.3.血漿交換療法血漿交換療法に踏み切る前に,抗AQP4抗体の存在を確認しておく必要がある.このために特発性視神経炎が疑われ,ステロイドパルス療法の施行を予定した際に抗AQP4抗体を迅速に測定することが望ましい.血漿交換療法にはいくつか方法があり,大きく分けて単純血漿交換,二重膜濾過血漿交換,免疫吸着療法があげられる.先にあげたものほど治療効果が大きくなる736あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013が,体の負担も大きくなる.先述のように,血漿交換療法を行うときには神経内科と腎臓内科と連携して行う必要がある.そのうえ,血中の免疫グロブリン量が一定量に回復しないと退院させることがむずかしいので,患者は2カ月前後の入院を強いられることになる.さらに血漿交換療法は保険適用外診療となるため,血漿交換療法の導入には慎重にならざるをえない.幸い,本年(2013年)4月より複数の施設で,ステロイド薬抵抗性視神経炎に対して免疫グロブリン大量療法(IVIg)の臨床治験が開始された.この治験で良好な成績が得られれば,免疫グロブリン大量療法は,将来的に血漿交換療法に代わる治療法として普及するものと思われる.4.免疫抑制療法アザチオプリンなどの免疫抑制療法は,抗AQP4抗体陽性視神経炎の血漿交換療法後に後療法としてプレドニゾロンとともに用いることがある.これは,抗AQP4抗体陽性視神経炎の患者が女性に多く,壮年期から高齢期に多発することから,免疫抑制薬を併用してステロイド薬の用量を減量するよう働きかける必要があるためである.免疫抑制薬を併用すれば,骨粗鬆症などの副作用を避けるためのステロイド薬の早期離脱が可能となる.おわりに視神経炎における診断と治療に対する一般的な注意点を中心に述べた.この古くから知られている疾患である視神経炎は,抗AQP4抗体の関与が明らかになるにつれて新たな概念が確立されつつある.また,保険適用外治療となる血漿交換療法に頼らない,次世代の治療法が普及されることを願ってやまない.文献1)石川均:日本における特発性視神経炎トライアルの結果について.神経眼科24:12-17,20072)BeckRW,OpticNeuritisStudyGroup:TheOpticNeuritisTreatmentTrial.ArchOphthalmol106:1051-1053,19883)OpticNeuritisStudyGroup:Theclinicalprofileofacuteopticneuritis:experienceoftheOpticNeuritisTreatmentTrial.ArchOphthalmol109:1673-1678,19914)BeckRW,ClearyPA,AndersonMMJretal:Arandom(14) ized,controlledtrialofcorticosteroidsinthetreatmentofacuteopticneuritis.TheOpticNeuritisStudyGroup.NEnglJMed326:581-588,19925)WakakuraM,Minei-HigaR,OonoSetal:BaselinefeaturesofidiopathicopticneuritisasdeterminedbyamulticentertreatmenttrialinJapan.OpticNeuritisTreatmentTrialMulticenterCooperativeResearchGroup(ONMRG).JpnJOphthalmol43:127-132,19996)若倉雅登:視神経炎治療多施設トライアル研究の概要.神経眼科15:10-14,1998(15)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013737

眼瞼けいれんをみたら

2013年6月30日 日曜日

特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):725~730,2013特集●神経眼科MinimumRequirementsあたらしい眼科30(6):725~730,2013眼瞼けいれんをみたらViewsofBlepharospasm山上明子*はじめに眼瞼けいれんはまばたき(瞬目)が快適にできなくなる病気であり,まぶたがけいれんする病気ではない.まばたきは呼吸と同様に,無意識のうちに快適に行わなければならない.瞬目が快適にできなくなるとどのような不都合が生じるのか?まず正常の瞬目運動を考えてみる.I正常な瞬目とは瞬目は動眼神経支配の上眼瞼挙筋の収縮による開瞼と,顔面神経支配の眼輪筋収縮による閉瞼の連続した協調運動であり,涙液の分泌や排出といった角膜涙液層維持や,異物除去などの角膜保護,眼筋の緊張解除,網膜の入力補正などさまざまな役割を果たす.正常人が無意識のうちにしている瞬目(周期性瞬目)は1分間に15~20回程度とされる1)が,その他眼瞼や角膜の触覚刺激や光刺激によって誘発される反射性瞬目や精神的過敏によって生ずる随意的瞬目があり,環境や動作・精神状態などさまざまな要素で多様に瞬目の質や回数を無意識のうちにかえて対応している.また,瞬目時には一時的に視覚が遮断されるが,視野が暗くなることを自覚しないように瞬目抑制という脳の機能が働いている.II眼瞼けいれんとは眼瞼けいれんの定義は眼瞼周囲の筋,主として眼輪筋の間欠性あるいは持続性の過度の収縮により不随意的な閉瞼が生じる疾患で,局所のジストニア(身体のいくつかの筋肉が不随意に持続収縮し,捻じれやゆがみが生じるもの)とされる2)が,“瞬目の制御異常”と考えると理解しやすい.瞬目の回数が増加したり閉瞼力が異常に強くなる,開瞼のタイミングが遅れるなど瞬目のコントロールがつかなくなるために,いつも眼のことが気になり集中しても何かを見る気力さえもそがれ,また眼の違和感や強い羞明を伴う厄介な状態である.重症例では自力で開瞼が不能になる場合もある.瞬目機能不全のため角膜涙液維持が異常をきたしドライアイを合併することが多く,BUT(breakuptime)短縮が報告されているほか,強い羞明や眼所見に一致しない眼部の違和感(しょぼしょぼ,ごろごろ,痛い),風がしみるなどの知覚過敏様の感覚異常が持続し,その結果,抑うつ感など精神症状を合併することも多い3).眼瞼けいれんの原因病巣は,大脳基底核や視床を介した基底核-視床-大脳皮質ループを介したGABA(gaminobutyricacid)抑制系の異常やドーパミン系の異常と考えられている4,5).眼瞼けいれんの大半は40歳以降で,男女比は1:2~2.5で女性に多くみられが,薬物(抗不安薬や睡眠導入薬などの向精神薬)の内服歴や化学物質などへの曝露歴が要因となることもある.特に,40歳未満の症例では薬物性が多くみられる.問診の際は既往歴の他,薬物内服歴や環境要因,職業などを含めた問診を追加しておく必要がある.*AkikoYamagami:井上眼科病院〔別刷請求先〕山上明子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)725 III眼瞼けいれんをみつけよう!―診断のコツ―眼瞼けいれんの患者は“まぶたがけいれんする”とか“ピクピクする”といっては受診しない.そのような訴えの場合は,片側顔面けいれんか眼瞼ミオキミアである.眼瞼けいれんに特徴的な愁訴を表16)に示す.眼瞼けいれんの羞明は特徴的であり,パソコンやテレビがまぶしくて見られない,室内でも蛍光灯がまぶしい,窓から差し込む光がまぶしいといった羞明症状があ表1自覚症状・瞬目が多い・まぶしい(外に出ると,または屋内でもまぶしい)・眼が乾く,ごろごろする,うっとうしい,眼をつぶっていたほうが楽・片眼つぶりになってしまう・瞼が垂れる・手指を使わないと開瞼できないことがある・人ごみや人,ものにぶつかる・電柱や立木などにぶつかったことがある・危険を感じるので車や自転車の運転ができなくなった(文献6より改変)表2瞬目負荷テスト・軽瞬(眉毛部分を動かさないで歯切れのよいまばたきをゆっくりしてみる)0点:できた1点:眉毛部分が動く,強いまばたきしかできない2点:ゆっくりしたまばたきができず,細かく速くなってしまう3点:まばたきそのものができず,目をつぶってしまう・速瞬(できるだけ速くて軽いまばたきを10秒間してみる)0点:できた1点:途中でつかえたりして30回はできないが,大体できた2点:リズムが乱れたり,強いまばたきが混入した3点:速く軽いまばたきそのものができない・強瞬(強く目を閉じ,すばやく目を開ける動作を10回してみる)0点:できた1点:すばやく開けられないことが1,2回あった2点:開ける動作がゆっくりしかできなかった,またはできたが後でしばらく閉瞼してしまった3点:開けること自体が著しく困難であるか,10回連続できなかった0点:正常,1~2点:軽症眼瞼けいれん,3~5点:中等度眼瞼けいれん,6~8点:重症眼瞼けいれん.(文献6より改変)726あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013り,通常の白内障や角膜疾患でみられるような強い光で生じる羞明と異なる.その他,電柱や人にぶつかる,階段を踏み外す,歩いていると眼を閉じてしまうといった訴えも眼瞼けいれんの特徴である.また,前眼部の違和感を訴える症例が多く,主訴からはドライアイに非常に類似している.ドライアイを合併している症例でも,眼所見と自覚症状が一致せず,ドライアイ治療に抵抗性の強い違和感を訴える症例や,眼科的に器質的異常がないもしくは少ないのに,眼および眼周囲の違和感や疼痛を強く訴える症例では眼瞼けいれんを疑う.特異的愁訴から眼瞼けいれんを疑ったら,瞬目負荷テスト(表2)6)を行う.重症例では開瞼困難や開瞼失行の症状が容易に観察され,特徴的な顔貌(眉間に強いしわを寄せてまぶしそうな顔貌をしている)からその診断は比較的容易であるが,中軽症例では通常の診察室での様子からでは眼瞼けいれんと診断することは困難である.IV治療(治療の考え方)現在行われている眼瞼けいれんの治療は対症療法であり,根本的な解決策はまだない.以下に示す治療を組み合わせて行っている.1.眼瞼けいれんの誘因の除去眼瞼けいれんは,三環系などの向精神薬の副作用として知られているが,その他抗不安薬・睡眠薬として広く用いられているベンゾジアゼピン系・チェノジアゼピン系の薬剤も眼瞼けいれんの誘発因子であり,また増悪因子である7).誘因を除去・軽減するだけで眼瞼けいれんが軽減・消失することもあり8),薬物との関連が疑われる場合は,他科の処方医との連絡をとりながら薬の変更,減量などを行う.わが国では非常に多く睡眠薬・抗不安薬が処方されている傾向があるが,患者は不眠を病気とは考えていないし,処方医からも副作用のない弱い薬という説明がなされている場合が多く,既往歴や薬の内服歴を問診しても自ら言わない患者も多い.眼瞼けいれんの患者をみたら具体的に睡眠薬や安定剤を内服していないか薬品名を確認し,処方医にコンサルトしながら,減量,中止するように指導していく.(4) 表3ボトックスR投与の実際1.ボトックスR注を生理食塩水(以下,生食)に溶解する.初回投与量は1.25~2.5単位/部位をめやすにする.ボトックスR注50の生食溶解量を下記に示す.添付文書には1カ所あたり0.1ml投与とし溶解量を記載しているが,投与量は少ないほうが痛みが少ないため,部位あたりの投与量を少なくするために,筆者は1バイアル(V)を生食1mlに溶解して使用している.投与単位生食量/V1カ所あたり0.1ml投与1.25単位4mlする場合2.5単位2ml5.0単位1ml投与単位投与量/部位1バイアルを生食1mlで1.25単位0.025ml溶解2.5単位0.05ml5.0単位0.1ml2.疼痛予防目的に,投与部位を注射前に氷で十分冷やす.ペンレステープRを貼付してもよい.3.患者を仰臥位にして,皮膚消毒を行う.アルコール消毒の場合は,十分乾かす.(アルコールによるボトックスR失活を防ぐため)4.27~30ゲージの針で両眼瞼周囲の眼輪筋や,眉間部の皺眉筋,鼻の鼻根筋に投与する.上眼瞼中央部に投与すると眼瞼下垂や上転制限による複視を自覚するため図1における斜線部位には投与を避ける.眼球損傷を避けるために針先の方向や深さ(深くならないように)注意し,不随意な瞬目で針先が動くことがないように工夫する.5.出血部位は乾いたガーゼで圧迫止血する.注射当日は注射部位はこすらないように指導する.また,職業上シンナー・ガソリン・防蟻剤など化学物質に日常的に曝露されている場合や新築・改築などによりシックハウス・シックビルディング症候群の一つとして本症を発症する可能性も指摘されており9),この場合は環境整備などが有効となる.2.ボツリヌス治療眼瞼けいれんの唯一有効な第一選択薬と考えられる.A型ボツリヌス毒素は,神経筋接合部の神経伝達を遮断する作用があり,眼瞼けいれんの場合は,眼輪筋や眼周囲に投与することで眼瞼の不随意運動を末梢性に抑制する.注射後,2~3日から効果が出現し,1~3週でピークとなるが,神経筋接合部の再開通が生じるため,効果は3~6カ月で消失する.わが国で現在承認されているボツリヌス製剤はボトックスR注であるが,投与に際しては施行講習を受ける必要がある(インターネットで受講可能).a.施行の実際(表3)1)ボトックスR注を生理食塩水で溶解する.初回投与量は1.25~2.5単位/部位をめやすにする.2)注射時の疼痛予防目的に投与部位を注射前に氷で冷やす.または,ペンレステープRなどの表面麻酔薬を貼付するなど工夫するとよい.3)患者を仰臥位とし,皮膚消毒を行う.消毒のアルコールを十分乾かしてからボトックスR注投与を行う(ボトックスRの失活を防ぐため).4)27~30ゲージの針で両眼瞼周囲の眼輪筋および眉間部の皺眉筋や鼻根筋に投与する(図1).上眼瞼中央部に投与すると眼瞼下垂や上転制限による複視を生じるた図1ボトックスR注投与部位●:ボトックスRの一般的な投与部位.△:瞬目と一緒に眉毛全体が上下する場合に追加.◇:鼻根部に横しわがある場合に追加.斜線部:投与を避ける部位.(5)あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013727 表4ボツリヌス治療のおもな副作用1.注射部位の疼痛・浮腫・皮下出血・つっぱり感などの違和感2.眼瞼下垂3.兎眼・閉瞼不全4.流涙5.複視め斜線部位には投与を避ける.眼球損傷を避けるため針先の方向や深さに(深くなりすぎないように)注意し,不随意な瞬目でも針先が動くことがないように工夫する.5)出血部位は乾いたガーゼで圧迫止血する.注射当日は注射部位をこすらないように指導する.b.ボツリヌス治療のおもな副作用(表4)眼の周りの筋力を低下させるため,眼瞼周囲につっぱり感や表情がつくりにくいなどの違和感がある.その他,眼瞼下垂,兎眼・閉瞼不全,流涙などがあるがいずれも一過性である.通常上記のような軽度の副作用は投与後1~2週間に出現するので,ボツリヌス治療初回時は副作用の出現の有無を確認しておくとよい.c.ボツリヌス治療禁忌・慎重投与1)禁忌・全身性の神経筋接合部の障害をもつ患者(重症筋無力症や筋萎縮性側索硬化症など).・妊婦や妊娠の可能性のある婦人,授乳婦に対する安全性は確立されていない.また,挙児を希望する場合は男女ともボツリヌス治療後3カ月あける必要がある.2)慎重投与・筋弛緩作用を有する薬剤を投与中の患者,閉塞隅角緑内障のある患者もしくは狭隅角眼などのある患者は慎重投与となるので,事前に狭隅角に対する治療(レーザー虹彩切開術や白内障手術)を施行することを検討する.3.遮光眼鏡とクラッチ眼鏡羞明に対しては,遮光眼鏡により主観的にも客観的にも眼瞼けいれんが改善することが報告されている10~12).また,眼瞼けいれんでは眼瞼に軽く触れるだけで瞬目コントロールが改善する(ジストニア特有の固有知覚)場合がある.クラッチ眼鏡とは通常の眼鏡にワイヤーを取728あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013図2クラッチ眼鏡眼瞼を軽く支持するようなワイヤーをつけたもの.ジストニア特有の固有知覚を利用して,瞬目のコントロールを改善する目的で用いる.り付けたもので,上眼瞼に軽く引っ掛けるか触れるようにすると効果的である(図2).眼瞼けいれん重症例では,閉瞼筋力が強くクラッチ眼鏡がうまく装着できない場合もあるが,ボツリヌス治療との併用で筋力を低下させると有効である.4.内服治療2)眼瞼けいれんに対する内服治療はあくまでも補助的にすぎない.抗けいれん薬(リボトリールR,テグレトールR,デパケンR)や抗コリン薬(アーテンR),抗不安薬(セルシンR,デパスR,レンドルミンR),選択的セロトニン取り込み阻害薬:SSRI(パキシルR,デプロメールRなど)が用いられている.しかし,ベンゾジアゼピン系の抗不安薬やリボトリールRは中枢性ベンゾジアゼピン受容体に結合するため,慢性的な投与で中枢性ベンゾジアゼピン受容体のdown-regulationが起こり,眼瞼けいれんの発症・増悪因子であると考えられているため,治療薬として反対意見もある.抗コリン薬(アーテンR)はParkinson病治療薬であるが,アセチルコリン受容体を遮断することで効果を発現し,眼瞼けいれんの治療に用いられる.ボトックスR注のまったくの無効例や効果不良例に投与する.また,強い疼痛を併発する眼瞼けいれん患者でボトックスRが痛みに無効な場合には,中枢性の疼痛抑制効果のあるSSRIを併用することがある.(6) 5.外科的治療眼瞼けいれんの合併症としての眼瞼下垂や眼瞼皮膚弛緩に対して手術を行うことがある.合併症の手術はある程度効果は期待できるものの,眼瞼けいれんの根本的治療ではないため,ボツリヌス治療の継続が必要となる.また,眼瞼けいれんに対する直接的な手術としては眼輪筋切除や眉毛固定,選択的顔面神経切断術があるが,その適応は重症例に限られる.眼瞼下垂の手術をうけても症状が軽快しないとの訴えで受診し,眼瞼けいれんと診断される場合も少なくない.V眼瞼けいれんの治療のコツ・病気を正しく理解してもらおう眼瞼けいれんというと“私の瞼にはけいれんはありません!”と否定されてしまう場合がある.病名は“けいれん”となっているが,その実態は瞬目の異常(瞬目回数の増加,まばたきがコントロールできず開けるタイミングが遅れるなどまばたきが快適にできない状態)ということを説明し,あわせて羞明や眼の違和感など感覚的な異常を合併することを説明していく.羞明や眼痛が主訴の場合はさらに瞬目異常を理解してもらうのは難しいこともあるので,何回か診察しながらボツリヌス導入を検討していく.・治療方法についても正しく理解してもらおう現在行われている治療は対症療法であり,ボツリヌス注射をしても根本治療にはならないこと,ボツリヌス治療の効果がどの程度かは投与してみないとわからず,まったく効果のでない症例もあることをボツリヌス治療前に必ず説明する.・ボツリヌス治療の効果がないといわれた場合ボツリヌス治療だけでは,効果が不十分なことが多く,クラッチ眼鏡や遮光眼鏡を併用していくことを勧めている.また,本人がボツリヌス治療の効果がないと思っていても,投与前の所見が消失したりしていたり,もしくは症状が軽減・消失しているのに気が付いていない場合もあるので,問診でボトックスR投与前にあった症状の有無を確認すると,医師側にも患者側にもどのような効果がでているか判定しやすい.(7)・もっと強くボツリヌス治療をしてほしい筆者は注射後約1カ月で効果を判定している.その時点で眼瞼けいれんが残存し,閉瞼が十分可能であればボツリヌス毒素の量を前回の2倍程度まで増やして投与する.また,瞬目ごとに眉毛全体の上下運動が強い場合の眉毛外側にも追加している(図1).1カ月の時点で眼瞼けいれんが残存していても,閉瞼筋力が低下している場合は投与量を増やしても効果より副作用が表面化してしまうので投与量はそのままとしている.投与量を増やしても効果の持続時間を長くすることはできない.1回のボツリヌス治療だけでは効果の判定が困難な場合は,数回ボトックスR治療を試すと効果を実感することができることがある.逆に長期間の投与継続にて,ボツリヌス治療の効果がわからなくなったら,いったん投与を中止し,注射効果を再度判定しなおすことも考慮する.・羞明がとれないと言われた場合ボツリヌス治療ではある程度羞明が軽減する場合もあるが,消失はない.羞明の残存はボツリヌス投与量の増量では効果は期待できないので,遮光眼鏡の併用を勧める.おわりに眼瞼けいれんの診断は特殊な機械や道具は必要としない.まずは,患者の訴えから眼瞼けいれんを疑うことがコツである.眼瞼けいれん患者の多くはドライアイ,眼精疲労,眼瞼下垂などと診断され,点眼治療や手術をうけるも症状が軽快せず多数の医療機関を受診している場合も多い.治療抵抗性の不定愁訴(ごろごろ,違和感,目が重いなど)を訴える患者には,眼瞼けいれんを疑って診察することをお勧めする.文献1)平岡満里:瞬目の生理と分析法.神経眼科11:383-390,19942)眼瞼けいれん診療ガイドライン:日眼会誌115:617-628,20113)大石恵理子,若倉雅登:眼瞼けいれん患者におけるCES-Dを用いた気分障害の評価.神経眼科27:422-428,20104)PerlmutterJS,StambukMK,MarkhamJetal:Decreasedあたらしい眼科Vol.30,No.6,2013729 [18F]spiperonebindinginputameninidiopathicfocaldystonia.JNeurosci17:843-850,19975)SuzukiY,MizoguchiS,KiyosawaMetal:Glucosehyper-metabolisminthethalamusofpatientswithessentialblepharospasm.JNeurol254:890-896,20076)若倉雅登:眼瞼ジストニア(眼瞼けいれん)の概念と診断.眼科50:895-901,20087)WakakuraM,TsubouchiT,InouyeJ:Etizolamandbenzodiazepineinducedblepharospasm.JNeurolNeurosurgPsychiatry75:506-509,20048)EmotoY,EmotoH,OishiEetal:Twelvecasesofdrug-inducedblepharospasmimprovedwithin2monthsofpsychotropiccessation.DrugHealthcPatientSaf3:9-14,20119)若倉雅登:化学物質による眼瞼痙攣発症.医学のあゆみ208:774-775,200410)HerzNL,YenMT:Modulationofsensoryphotophobiainessentialblepharospasmwithchromaticlenses.Ophthalmology112:2208-2211,200511)VitaleS,MillerNR,MejicoLJetal:Arandomized,placebo-controlled,crossoverclinicaltrialofsuperblue-greenalgaeinpatientswithessentialblepharospasmorMeigesyndrome.AmJOphthalmol138:18-32,200412)BlackburnMK,LambRD,DigreKBetal:FL-41tintimprovedblinkfrequency,lightsensitivity,andfunctionallimitationsinpatientswithbenignessentialblepharospasm.Ophthalmology116:997-1001,2009730あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(8)

序説:神経眼科 Minimum Requirements

2013年6月30日 日曜日

●序説あたらしい眼科30(6):723.724,2013●序説あたらしい眼科30(6):723.724,2013神経眼科MinimumRequirementsMinimumRequirementsforNeuro-Ophthalmology三村治*神経眼科学というと何かむずかしいもの,特別な知識やMRI(磁気共鳴画像)などの神経画像が必要なもの,自分とは関係のない分野とお考えの先生方が多いのではないであろうか.しかし,日常臨床においては眼科専門医というだけで,しばしば眼内に異常を認めない眼瞼異常,原因不明の視力障害,両眼複視などさまざまな症状を訴える患者が来院する.これらの患者に私の専門は眼の中の疾患だけだからといってもまず理解が得られることはない.眼科専門医として診療を行う以上,最低限の神経眼科診療の基礎知識をもつことが必要不可欠である.しかも,神経眼科疾患といっても決してむずかしいものではない.簡単なコツをつかんで,丁寧な問診や視診を行えば,それらの患者の多くはおおよその診断がつく可能性がある.ただ,神経眼科疾患のなかには脳動脈瘤や抗アクアポリン(AQP)4抗体陽性視神経炎など緊急の治療を要するものもあるので注意が必要である.本特集は,最近特に診断法や治療法が進歩し,神経眼科領域でもトピックスになっている疾患や徴候をテーマに,神経眼科とその関連分野の新進気鋭からベテランまで幅広く専門家に解説をお願いした.最初のテーマの眼瞼けいれんでは,2011年日眼会誌に診療ガイドラインが掲載され,瞬目テストなども十分記載されているにもかかわらず,いまだに難治性ドライアイとして治療されている患者が多くみられる.そこで,この疾患を日本で最も多く治療しておられる井上眼科病院の山上明子先生に多数の自験例での工夫も含め解説していただいた.視神経炎を知らない眼科医はいないであろう.しかし,視神経脊髄炎の血清中に抗AQP4抗体の存在が証明されて以降,視神経炎の診療は大きく変わりつつある.“Waitandsee”だけでも良いとされた予後の良好な視神経炎と異なる抗AQP4抗体陽性視神経炎を考慮すべき時代になった.この点を日眼総会の評議員指名講演をされた東京医科大学の毛塚剛司先生に鑑別診断も含め新たな診療方針を述べていただいた.ほとんどの眼科で,治療法はないといわれている先天眼振患者の悩みは大きい.しかし,異常頭位を訴える患者の頭位の矯正は比較的容易であるし,周期性交代性眼振などでは劇的な眼振の減少を得られるケースをしばしば経験する.この分野ではわが国で最も手術実績の多い兵庫医科大学の木村亜紀子先生にコンタクトレンズによる治療,プリズム療法とともに治療の注意点の解説をお願いした.甲状腺眼症は甲状腺機能亢進がなくても発症する.この基本的な知識を知らない内科医(場合によっては内分泌内科医)も多い.しかも眼瞼症状が先行する甲状腺機能亢進症も多い.したがって,眼科*OsamuMimura:兵庫医科大学眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)723 医は眼瞼異常をみれば甲状腺眼症を疑い,まず甲状腺関連自己抗体や画像検査を行うべきである.この甲状腺眼症を疑うべきポイントと検査,治療のポイントを手稲渓仁会病院の鈴木康夫先生に述べていただいた.両眼複視の大部分は眼運動神経麻痺によるものである.しかし,患者が知りたいその自然治癒率,平均改善期間の情報については意外と知られていない.そこで,動眼,滑車,外転神経の原因別予後を京都大学の宮本和明先生の豊富な自験例から解説するとともに,検査の進め方と管理の基本方針についても触れていただいた.特に脳動脈瘤による動眼神経麻痺は初診の眼科医こそがきわめて重要な役割を負うことになる.最近のOCT(光干渉断層計)の進歩と普及は凄まじいものがある.しかし,OCTが意外に神経眼科疾患でも鑑別診断や予後の判定に重要であることは知られていない.以前は難治性球後視神経炎と診断されていた若年女性のかなりの部分が,おそらく急性帯状潜在性網膜外層症(AZOOR)ではなかったかと考えられている.それほどAZOORと球後視神経炎の鑑別は一見むずかしいが,実はOCTと多局所網膜電図(ERG)で容易になる.神戸大学の中村誠先生にはそれ以外の視覚路病変でもみられるOCTでの有用性と問題点について解説していただいた.神経眼科関連分野に眼窩領域がある.この分野においての最新のトピックスといえばリンパ増殖性疾患とIgG4関連眼疾患の概念であろう.2005年にMikulicz病に血清IgG4の増加がみられることが日本人により報告されて以降,その臨床例の報告が相次ぎ,決してまれな疾患ではないことが判明した.そこで,IgG4関連眼疾患に最も造詣の深い金沢大学の高比良雅之先生にIgG4関連眼疾患とその他の眼窩腫瘍性疾患について,さらには眼科救急疾患の1つである眼窩骨折の病態についても述べていただいた.神経眼科と神経内科の境界領域の疾患としては,重症筋無力症,多発性硬化症などとならんでFisher症候群がある.重症例では小脳失調まできたすものの大部分の患者は複視で眼科を初診する.この疾患が神経内科領域の難解でまれな疾患でないことを佐賀大学の大野新一郎先生に解説をお願いした.決してまれな疾患ではなく,単なる“先行感染後に起こる外眼筋麻痺”との理解が進むはずである.神経眼科領域でも悪性腫瘍は存在する.眼窩では原発性にも発生するし,隣接臓器の副鼻腔からの浸潤圧迫や転移でも発生する.さらに視神経の悪性腫瘍では膠腫以外に白血病細胞の浸潤などがある.私たち眼科医は種々の治療にもかかわらず進行性に悪化がみられる場合には常に悪性腫瘍を念頭に置かなければならない.この領域ではやはり経験の非常に豊富な静岡県立がんセンターの柏木広哉先生に解説していただいた.さらに放射線障害や悪性腫瘍随伴症候群についても触れていただいた.この特集の前半は初級編,後半は上級編といえるが,いずれもそれぞれの筆者の経験に基づいた解説でなるほどと思わせるものである.どこからでもお読みいただき,神経眼科診療のコツと最新の知識に触れていただき,明日からの眼科診療に役立てていただければ編者として望外の幸せである.724あたらしい眼科Vol.30,No.6,2013(2)

治療に苦慮した眼窩蜂巣炎の1例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):712.716,2013c治療に苦慮した眼窩蜂巣炎の1例石田友香*1廣渡崇郎*1吉丸芳美*2寺尾元*3秋澤尉子*1*1東京都保健医療公社荏原病院眼科*2吉丸眼科医院*3東京都保健医療公社荏原病院耳鼻咽喉科ACaseofRefractoryOrbitalCellulitisTreatedOnlywithAntibioticsTomokaIshida1),ToshioHirowatari1),YoshimiYoshimaru2),HazimeTerao3)andYasukoAkizawa1)1)DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,2)YoshimaruEyeClinic,3)DepartmentofOtolaryngology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital筆者らは,軽度の副鼻腔炎から波及したと思われる難治性の眼窩蜂巣炎の成人症例を経験した.症例は37歳,男性.右眼周囲の発赤,腫脹,疼痛を主訴に東京都保健医療公社荏原病院眼科を受診した.視力は両眼とも矯正で(1.5),視野異常もなかった.右眼球は突出し,眼球運動はほとんどみられなかった.Magneticresonanceimaging(MRI)では,右眼窩内上方から内側に眼窩骨膜に沿って眼窩尖部にまで及ぶ不均一で造影増強効果のある病変が検出され,右眼窩蜂巣炎と診断した.原因は右篩骨洞炎と思われた.セフェム系,カルバペネム系の抗生物質点滴投与にて,症状が改善せず,アミノグリコシド系抗生物質の経結膜的球後注射を4回施行したところ,眼瞼の発赤,腫脹,疼痛と眼球運動障害が改善し,後遺症なく保存的療法のみで治癒を得た.眼窩蜂巣炎は,進行により失明や敗血症など生命にかかわる緊急疾患であり,早期診断,治療は重要である.今回いくつかの反省を踏まえ,その治療経過を報告した.Background:Weexperiencedanadultcaseofrefractoryorbitalcellulitiscausedbymildsinusitis.Subject:A37-year-oldmalereferredtousfororbitalcellulitisdeterioration.Observation:Atfirstexamination,weobservedswellingandruborofhisrighteyelid,exophthalmosofhisrighteyeballandocularmotorfailure.Magneticresonanceimaging(MRI)showedanenhancedlargelesionintheupper-nasalorbitandmildethmoidsinuses,whichweconcludedwasthecauseoftheorbitalcellulitis.Wegaveanintravenousdripofbroad-spectrumantibiotics,butwithnoameliorativeeffect;wethereforeadministeredaretrobulbarinjectionofantibiotics.Thiswaseffective;wedidthisthreemoretimes.Thepatientexperiencedremissionoftheeyelidswellingandrubor,hiseyemovementbecamenormalandthediplopiadisappeared.Conclusion:Wereportedrefractoryorbitalcellulitis,withsomeconsiderationregardingthetreatmentanddecisionoftreatmenteffect.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):712.716,2013〕Keywords:眼窩蜂巣炎,磁気共鳴画像(MRI).orbitalcellulitis,magneticresonanceimaging(MRI).はじめに眼窩蜂巣炎は,急性の細菌感染であり,感染経路として副鼻腔から眼窩への炎症の波及が最多である.重症化すると失明に至る場合や,頭蓋内への波及や敗血症など生命に危険を及ぼす場合もあり,速やかな診断と適切な治療を必要とする救急疾患である.一般には抗生物質の全身投与で予後は改善されることが多いが,その効果が低い場合は早急に観血的処置が必要となることもある1).発症年齢は小児(10歳にピーク)と40歳代の二峰性を示すといわれている2).今回,筆者らは,軽度の副鼻腔炎から波及したと思われる難治性の眼窩蜂巣炎の成人症例を経験したので,その治療経過を報告する.I症例患者:37歳,男性.主訴:右眼周囲の発赤,腫脹,疼痛.既往歴・生活歴:職業サーファー,花粉症,イヌを飼っている.現症:2012年3月11日から右上眼瞼の発赤,腫脹と疼痛があり,同日に近医を受診し,霰粒腫の診断で,レボフロキ〔別刷請求先〕石田友香:〒145-0065東京都大田区東雪谷4-5-10東京都保健医療公社荏原病院眼科Reprintrequests:TomokaIshida,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoMetropolitanHealthandMedicalTreatmentCorporationEbaraHospital,4-5-10Higashiyukigaya,Ota-ku,Tokyo145-0065,JAPAN712712712あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(134)(00)0910-1810/13/\100/頁/JCOPY サシン500mg1日1回内服と,レボフロキサシン点眼とフルオロメトロン0.1%点眼1日4回を処方された.しかし,5日目に右眼瞼の発赤,腫脹が高度となり,疼痛が悪化し,頭痛も出現したため,3月16日に他医院を受診し,眼窩蜂巣炎の疑いにて,同日に東京都保健医療公社荏原病院眼科(以下,当院)に紹介となった.初診時所見:右上眼瞼の発赤,腫脹が高度であった.右眼眼球結膜は浮腫を伴い充血高度であり,眼球突出していた.霰粒腫を示唆するしこりは触れなかった.角膜から中間透光体,眼底には異常所見はなかった.視力は右眼0.2(1.5×(cyl.2.0DAx80°),左眼1.5(n.c.),Goldmann視野検査は正常範囲であった.副鼻腔造影磁気共鳴画像(magneticresonanceimaging:MRI)では,右眼窩内上方から内側に眼瞼皮下から,眼窩骨膜に沿って眼窩尖部にまで及ぶ不均一で造影増強効果のある病変が検出された.隣接する右篩骨洞の軽度の粘膜肥厚と,右鼻腔粘膜の明らかな肥厚を認めた.しかし,明らかな骨破壊や脳への進展はみられなかった(図1).血液検査では,白血球は7,600個/μlと正常範囲内,C-reactiveprotein(CRP)は,1.14mg/dlと軽度上昇であったが,その他には異常値はなかった.体温は正常範囲であった.初診時に採取した右下眼瞼の結膜.の培養は陰性であった.花粉症による水様性鼻漏は軽度であったが,鼻すすりの癖があった.Radioallergosorbenttest(Rast)では,ハウスダスト,ヤケヒョウダニ,スギ,ヒノキが陽性であった.T2W1水平断:入院時T2W1冠状断:入院時図1入院時MRI(3月19日)左:T2W1水平断.右眼窩鼻側から,眼窩骨膜に沿って眼窩尖部にまで及ぶ不均一で造影増強効果のある病変がみられる(矢頭).右:T2W1冠状断.右眼窩内上方に造影増強効果のある病変があり,眼球が偏移している.隣接する右篩骨洞の軽度の粘膜肥厚と,右鼻腔粘膜の明らかな肥厚もみられる.眼瞼腫脹+++++++++++++++++-眼球突出++++++++++++++++++-疼痛+++++++++++++++++-眼球運動障害++++++++++++++++++-図2入院後経過WBC(個/μl)8,7005,4007,8006,2007,400入院後の臨床経過を図にして示す.CRP(mg/dl)5.21.550.540.261.06WBC:白血球.CRP:C-reactiveprotein.CEZ:セファゾリンナトリウム.治療CEZ5g/dayMEPM2g/dayMEPM:メロペネム水和物.AMK:アミカシン硫酸塩.AMK400mg/dayAMK球後注射4回3/193/223/253/263/283/294/54/13入院退院(135)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013713 経過:眼窩蜂巣炎の診断のもと,入院による加療を勧めたが,本人の都合で入院を希望しなかったため,外来でセフォチアム塩酸塩2gを点滴し,帰宅した.翌日も同様の点滴を施行したが改善なく,右眼瞼の発赤,腫脹が著明に悪化していった.3月19日には,白血球8,700個/μl,CRP5.2mg/dlと上昇し,右眼瞼の発赤,腫脹と眼球突出が増悪し,眼球はやや外斜したまま眼球運動がまったくない状態となったため,同日緊急入院となった.入院後経過(図2):3月19日から第二世代セフェム系のセファゾリンナトリウム(cefazolin:CEZ)1g5回/日を点滴投与開始した.3月22日には白血球52,400個/μl,CRP1.55mg/dlと改善し,右眼瞼の浮腫や発赤はやや改善し,疼痛も軽減したが,眼球突出と眼球運動に改善はなかった.3月25日に,疼痛の悪化があり,右眼瞼の腫脹が悪化した.白血球7,800個/μl,CRP0.54mg/dlであり,CRPは改善していたが,白血球数が上昇しており,所見や自覚症状の悪化と合わせ,改善なしと判断し,3月26日から抗生物質点滴を,広域スペクトルをもつメロペネム水和物(mero図3Hessチャート(3月28日)右眼眼球運動が大きく制限されている.T2W1水平断:退院後T2W1冠状断:退院後図4退院後MRI(4月18日)左:T2W1水平断.右:T2W1冠状断.両方とも炎症所見は消失し,正常範囲の画像を示している.714あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(136) penem:MEPM)2g/日に変更した.3月28日には白血球6,200個/μl,CRP0.26mg/dlと改善し,疼痛の改善と,他覚的な腫脹も軽減した.眼球運動も改善しはじめたため,Hessチャートによる評価を開始した(図3).3月29日に眼瞼腫脹と疼痛の訴えがあり他覚的にも腫脹の悪化があった.白血球も7,400個/μl,CRP1.06mg/dlとごく軽度の悪化を認めた.血液検査では軽度の炎症所見であったが,眼瞼腫脹や眼球運動障害の所見は著明であり,MEPMの効果は低いと判断した.そこで同日から,アミカシン硫酸塩(amikacin:AMK)の球後注射を併用した.副鼻腔MRIで炎症の強かった上鼻側の結膜に切開を入れ,27ゲージヒーロンR針でAMK1mlを投与したところ,著明に眼瞼の腫脹が改善し,疼痛も消失した.このため,3月29日からAMKの球後注射を2日おきに3回追加し合計4回行ったところ,眼球運動も著明に改善し,内転障害のみ残存する状態となった.4月3日に副鼻腔MRIを再検したが,右眼窩内の炎症所見が著明に軽減し,膿瘍形成はなかった.残存した炎症所見に対し,AMKの球後注射が著効したことから,抗生物質全身投与を4月5日よりAMK(400mg/日)の点滴に変更した.4月11日にミノサイクリン塩酸塩(minocyclinehydrochloride:MINO)100mg/日の内服に切り替え退院とした.退院後の副鼻腔MRIでは,造影効果のある炎症病変は消失しており,眼球突出もみられなくなっていた(図4).複視の訴えも消失,Hessチャートも正常範囲となった.II考按眼窩蜂巣炎の原因としては,副鼻腔疾患(炎症性,.胞性,腫瘍性,外傷性など)が最多で,ついで眼瞼の化膿性疾患,骨髄炎と報告されている2).副鼻腔から眼窩への感染の進展経路は,直接組織を伝わる経路,骨孔や骨裂隙を経る経路,神経周囲間隙を経て神経に伝わる経路,血管やリンパ管を経る経路が指摘されている.特に篩骨洞と眼窩の間は,篩状板という薄い軟骨でできており,炎症が波及しやすいため,篩骨洞の病変は眼窩蜂巣炎の原因となりやすい3).本症例では,眼瞼に霰粒腫,麦粒腫,涙.炎などの所見はなく,軽度ではあるが,篩骨洞の粘膜の肥厚像があり,副鼻腔炎が契機となり眼窩蜂巣炎を発症したと考えた.また,鼻腔の粘膜の肥厚が著しく,アレルギー検査では,花粉症とイヌのアレルギーが示唆されたことからアレルギー性鼻炎も増悪因子の一つと考えた.患者はサーファーで,毎週サーフィンをして,激しい鼻かみを繰り返し,入院後も鼻すすりの癖がみられた.鼻すすり動作は胸腔内に生じた陰圧が下気道,上気道に波及することによって鼻孔から空気を吸引する動作であり,鼻咽腔に陽圧が発生する.鼻かみ動作も,鼻咽腔に陽圧が発生す(137)る.これらの動作は耳管を通じて中耳圧の変化を起こし,中耳炎の原因となることが指摘されている4).本症例は,小児や免疫不全者ではないが,副鼻腔炎に激しい鼻かみや鼻すすり癖の動作が加わることで,中耳炎と同様の機序で炎症が骨隙や静脈を伝って波及しやくなったために,軽度の副鼻腔炎から重症の眼窩蜂巣炎を発症したと考えられる.副鼻腔炎の評価を造影MRIのみで行ったが,初診時に造影computedtomography(CT)で,副鼻腔炎の厳密な評価,骨の状態の評価,眼窩内の気泡の有無の評価などを行うべきであった.眼窩蜂巣炎の治療の基本は抗生物質の全身投与である.培養の結果が出るまで,広域抗生物質を使用し,原因菌を同定したところでターゲットを絞った抗生物質に変更していくのが一般的である5).金子らは,24.48時間の抗菌薬投与でも改善を認めない場合,視力障害を認める場合,敗血症,髄膜炎などの全身症状が出現する場合,膿瘍が証明され臨床症状を伴う場合に,外科的治療の適応があるとしている6).40%近くが手術となったという報告もある2).今回上記には該当せず外科的治療への移行を行わなかったが,抗生物質の全身投与で速やかに改善したわけではなく,治療に苦慮した.その原因として,原因菌が同定できなかったことがある.結膜.培養も,すでに近医で抗生物質の点眼を投与されている状態であったことと,結膜に膿が露出していたわけではなかったため,菌を検出できなかった.耳鼻咽喉科からの報告では,眼脂のみならず,鼻腔や咽頭からも培養をとっており,これらから菌が検出されている3).そもそも,鼻領域からの炎症の波及を考えると,抗生物質全身投与前に耳鼻咽喉科に依頼し鼻腔内の特に篩骨洞に近い部分の培養を取るべきであった.本症例は,セフェム系,カルバペネム系の抗生物質全身投与は無効であった.成人の場合,StreptococcusspeciesやStaphylococcusaureusが原因菌として多いとされており1),それらをターゲットにグラム陽性球菌に強い第一世代セフェム系を選択した.しかし,セフェム系は無効でありターゲット外のグラム陰性桿菌がその原因として考えられた.グラム陰性桿菌の頻度は低いが,緑膿菌の報告は散見される1,3).しかし,抗菌スペクトルを広げてカルバペネム系MEPMの投与を行ったが,それも無効であり,結局はアミノグリコシド系のAMKが有効であった.MEPMの耐性菌として,最近多剤耐性緑膿菌の報告があるが,そのなかで新谷の報告では,2010年の院内の喀痰由来緑膿菌で,AMKの薬剤感受性率は88.9%に対し,MEPMは70.8%であった7).このように,今回MEPMに耐性を獲得しているが,AMKの薬剤感受性が保たれている菌による感染であったために,薬物療法が難航した可能性が高い.また,耐性菌のみならず,眼窩は血流の乏しさによる抗生物質の組織移行性の低さが考えられたため,球後注射によるあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013715 抗生物質投与も行った.眼窩蜂巣炎に対する抗生物質の球後注射という治療に関しては,筆者らの調べた限りでは今まで報告がない.しかし,この方法は,侵襲性が低く,なおかつ今回は有効であったことから,外科的治療を検討する前に試みてよい治療方法と思われる.また,AMKは,当院で白内障手術時に感染予防の結膜下注射で使用してきて,今までそれによる合併症がでていなかったことから,球後注射に採用したが,本症例でも,視神経や眼球運動を含め,特にAMKによると思われる合併症はみられなかった.球後注射による抗生物質投与に関しては,さらに多数の症例による有効性の検討が必要である.治療を選択し,変更していく過程において,その評価方法も重要である.眼窩蜂巣炎では,入院時に発熱があったものは半数以下であり,血液検査もほかの全身感染症に比べると,炎症反応がでにくい傾向にある3).本症例も発熱はなかった.血液所見の炎症反応は中等度で,抗生物質投与後早い時期に正常範囲となったが,眼球突出や眼球運動制限などの臨床所見からは治癒といえる状態ではなかったため,血液所見や体温を指標とすることは困難であった.視診による腫脹,発赤のほかには,疼痛や複視などの自覚症状を指標とするには定量性に欠けることが問題であった.抗生物質終了や変更の分岐点での評価は副鼻腔MRIで行った.これは有用な検査であるが,頻回には行いにくい.そこで,本症例の場合は入院時にまったく眼球運動がなく,治療により改善していったので,眼球運動をHessチャートで評価し,治療効果判定の指標の一つとした.Hessチャートは簡便で,比較もしやすいので,治療効果判定の指標の一つとしては適していると思われる.本症例は治療が難航したが,抗生物質の全身投与のみでなく,球後注射を行ったことで視野障害や視力障害,眼球運動障害を残さずに,保存的治療のみで治癒に至った.難治性眼窩蜂巣炎を経験し,抗生物質の球後注射併用が効いたために保存的療法で治癒可能であった.しかし,上記のようにいくつかの反省点があったため,その経過と治療内容を報告した.今後さらによりよい治療を目指していきたいと思う.文献1)大島浩一:眼窩疾患の取り扱い方─眼窩内感染症─眼科の立場より─.JOHNS25:1097-1101,20092)藤島浩,平形寿孝,木村肇二郎:慶大眼科における眼窩蜂窩織炎の統計的観察.眼紀42:268-272,19913)山岸由佳,名田匡利,横山壽一ほか:副鼻腔炎に併発した眼窩蜂窩織炎に関する報告.日本外科感染症学会雑誌7:299-306,20104)崎川康彦:鼻すすりの病態と生理鼻すすりによる中耳圧・髄液圧の変化.JOHNS16:1045-1048,20005)工藤睦男,古矢彩子,嶋根俊和ほか:眼窩内疾患の取り扱い方眼窩内感染症─耳鼻咽喉科の立場から─.JOHNS25:1102-1105,20096)金子研吾,里和一仁,久保田修ほか:副鼻腔炎による眼窩内合併症─32症例の臨床的検討─.日鼻誌42:130137,20037)新谷雅司:当院(山本第三病院)の分離緑膿菌の薬剤感受性と本菌の薬剤耐性化システム.化学療法の領域26:22632271,2010***716あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(138)

若年女性に発症した視神経乳頭炎に起因する網膜中心静脈閉塞症の1例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):707.711,2013c若年女性に発症した視神経乳頭炎に起因する網膜中心静脈閉塞症の1例齊間麻子*1古谷達之*1陳麗理*2豊口光子*3堀貞夫*4*1済生会川口総合病院眼科*2東京女子医科大学眼科学教室*3東京女子医科大学八千代医療センター眼科*4西葛西・井上眼科病院CentralRetinalVeinOcclusionResultingfromOpticDiscVasculitisinYoungFemaleAsakoSaima1),TatsuyukiFuruya1),ChenReiri2),MitsukoToyoguchi3)andSadaoHori4)1)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiKawaguchiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityYachiyoMedicalCenter,4)NishikasaiInoueEyeHospital目的:関節リウマチと貧血がある若年女性に発症した網膜中心静脈閉塞症(CRVO)の症例を報告する.症例:31歳,女性.右眼の霧視を主訴に東京女子医科大学病院を受診.右眼矯正視力は1.2で,前眼部に特記すべき所見はなかったが,網膜静脈の蛇行・拡張,周辺部網膜出血,視神経乳頭の軽度腫脹を認めた.左眼には特記すべき所見はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影では視神経乳頭の軽度過蛍光と網膜静脈からの蛍光色素の漏出は認めたが虚血性変化はなかった.1カ月後に眼底所見が増悪したため,貧血の是正と,関節リウマチの治療としてのステロイド薬を2.5mg/日から30mg/日に増量した.1.5カ月後に眼底所見は改善し,その後2年間にわたり再発を認めなかった.結論:関節リウマチと貧血に合併してCRVOを発症したと考えられた.ステロイド薬の増量と貧血の是正が奏効し,本症例は乳頭血管炎に起因するCRVOと考えられた.Purpose:Toreportacaseofcentralveinocclusioninayoungfemalewithsystemiccomplicationsofrheumatoidarthritisandanemia.Case:A31year-oldfemalevisitedTokyoWomen’sMedicalUniversityHospitalwithcomplaintofblurredvisioninherrighteye.Correctedvisualacuitywas1.2;fundusexaminationrevealedtortuousdilatationintheretinalvein,scatteredretinalbleedingintheperipheryandmilddiscswelling,withnofindingsintheanteriorsegment.Noabnormalsignsweredetectedinthelefteye.Fluoresceinangiographyshowedmildhyperfluorescenceonthediscandslightstainingoftheretinalveinwithoutnon-perfusionarea.Thesefindingsworsenedafter1month;doseinsystemicadministrationofsteroid,whichhadbeenadministeredtotreattherheumatoidarthritis,wasincreasedfrom2.5mg/dayto30mg/dayandcorrectedtheanemia.Thesymptomssubsidedin1.5months,withnoregressioninthe2yearssince.Conclusion:Thecentralretinalveinocclusion(CRVO)wasthoughttohaveoccurredasacomplicationofrheumatoidarthritisandanemia.Theincreaseddoseofsteroidadministrationresultedinthehealingofthesymptoms.TheCRVOinthiscasewasconsideredtohaveresultedfromopticdiscvasculitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):707.711,2013〕Keywords:中心静脈閉塞症,関節リウマチ,貧血,ステロイド,乳頭血管炎.centralveinocclusion,rheumatoidarthritis,anemia,steroid,opticdiscvasculitis.はじめに化が主要要因と考えられている1)が,7.20%くらいの頻度網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:で50歳以下の若年者に発症すると報告されている2).広範CRVO)はおもに高齢者に発症し,高脂血症,高血圧,糖尿な火炎状網膜出血を特徴とし,強膜篩状板またはその付近で病などの全身疾患を背景として発症するものが多く,動脈硬の網膜中心静脈の圧迫や,血栓形成により中枢側への血流の〔別刷請求先〕齊間麻子:〒332-8558川口市西川口5-11-5済生会川口総合病院眼科Reprintrequests:AsakoSaima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiKawaguchiGeneralHospital,5-11-5Nishikawaguchi,Kawaguchi,Saitama332-8558,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(129)707 障害が原因とされている3).CRVOの自然経過は予後不良で,初診時視力が不良なほど最終視力が悪く,初診時視力が20/200では最終視力が20/200未満であり,初診時視力が20/200.20/50では改善が19%,不変が44%,悪化が37%であったと報告されている4).50歳未満の若年者では喫煙,高血圧,経口避妊薬,過剰な水分の摂取,血液の過粘稠状態に由来する深部静脈血栓などが危険因子とされている3).原因疾患として,鉄欠乏性貧血,抗リン脂質抗体症候群,潰瘍性大腸炎,インターフェロン治療中の慢性C型肝炎,長期にわたるステロイド薬の内服などの報告例がある5.12).若年者における乳頭浮腫を伴うCRVOを,Hayrehは乳頭血管炎(opticdiscvasculitis)としてまとめ,病型は多くの場合非虚血型でその経過は緩徐であるが予後は良好であり,後遺症として,基幹網膜静脈および乳頭上の拡張した血管の白鞘形成がみられるとしている13).今回筆者らは,既往歴にコントロール不良の関節リウマチと小球性低色素性貧血がある若年女性の片眼の乳頭血管炎に起因すると思われるCRVOにおいて,すでに投与されていたプレドニゾロン全身投与を増量したことと,貧血の是正が奏効した症例を経験したので報告する.I症例患者:31歳,女性.主訴:右眼の霧視.既往歴:23歳発症の関節リウマチ,30歳発症の貧血.現病歴:平成22年6月初診.9日前から右眼の中心付近の霧視を自覚するようになり,徐々に増悪したため近医眼科を受診した.切迫型CRVOの疑いで精査目的にて東京女子医科大学病院に紹介受診となった.既往歴の関節リウマチは関節痛が強く,コントロール不良でありプレドニゾロン内服の増量が検討されていた.貧血も約1カ月前から治療開始されたが,それまで1年以上未治療であった.初診時所見:視力は右眼0.02(1.2×.8.5D),左眼0.03(1.2×.7.0D(cyl.0.5DAx5°),眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.相対的瞳孔求心路障害は両眼とも陰性で,前眼部,中間透光体に異常は認めなかった.右眼眼底に網膜静脈の蛇行・拡張,周辺部に網膜出血の散在,および視神経乳頭の軽度腫脹を認め,左眼眼底には異常所見はみられなかった(図1a).フルオレセイン蛍光眼底撮影では早期像で右眼動静脈循環時間の遅延はなく(図1b),後期像では視神経乳頭に軽度過蛍光と後極静脈からの蛍光色素の漏出を認めたが,虚血性変化はなかった(図1c).光干渉断層計では.胞様黄斑浮腫は検出されなかった.血液生化学検査では血小板数(Plt)が高値であり,ヘモグロビン値(Hb),ヘマトクリット値(Ht),平均赤血球容積(MCV)の低値を認708あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013め,小球性低色素性貧血であった(表1).血糖,コレステロールおよび中性脂肪値は正常で,糖尿病や高脂血症はなかった.経過:初診時の眼所見から右眼の切迫型CRVOと診断された.右眼矯正視力1.2と良好であり,若年の非虚血型CRVOであったので,以前より内科で処方されていた.プレドニゾロン2.5mg/日,メトトレキサート12.5mg/週,溶性ピロリン酸第二鉄5mg/日は同量のまま継続とし,新たにアスピリン81mg/日とカリジノゲナーゼ150mg/日の内服を開始して経過観察した.初診から1カ月後の視力は矯正1.2と良好であったが,右眼眼底に網膜静脈の蛇行・拡張,火炎状網膜出血,軟性白斑の散在と一部にRoth斑を認め,視神経乳頭は発赤腫脹し乳頭血管炎の所見を呈していた(図1d).血液生化学検査ではHb,Ht,MCVは低値のままで,Pltも高値のままであり,C反応性蛋白(CRP)は1.32mg/dlと高値を示していた.関節リウマチと小球性低色素性貧血以外の血管閉塞をきたす疾患も考えられたため,抗リン脂質抗体症候群およびSjogren症候群について検査を施行したが,異常値は認めなかった(表1).同日よりウロキナーゼによる線溶療法(24万単位/日の点滴静注を2日間,12万単位/日の点滴静注を2日間,6万単位/日の点滴静注を2日間)を行ったが,ほとんど改善は認めなかった.初診後33日よりワルファリンカリウム5mg/日の内服を開始し,内科と相談のうえさらにプレドニゾロンを30mg/日に増量した(図2).プレドニゾロン増量後11日には右眼眼底の網膜静脈の蛇行・拡張は改善し,火炎状網膜出血は減少し,視神経乳頭腫脹の改善を認めた(図1e).そのさらに約1カ月後には視力は矯正1.2と良好なままであり,点状出血が残存するものの網膜静脈の蛇行・拡張および視神経乳頭腫脹はさらに改善していた(図1f).同日の血液生化学検査では,Hb,Ht,MCVは上昇して小球性低色素性貧血は改善,Pltの減少とCRPの上昇も改善した(表1).その後3カ月ごとの経過観察を行ったが,関節リウマチと貧血のコントロールも安定し再発は認めず,約2年後にも再発はなかった.II考按若年者における乳頭浮腫を伴うCRVOを,Hayrehは乳頭血管炎(opticdiscvasculitis)としてまとめた13).その臨床的特徴として,健常な若年者の片眼に発症し,軽い霧視が唯一の症状であり,視力低下は軽度で経過中に正常に復すること,眼底所見は著明な乳頭浮腫と網膜静脈の拡張・蛇行,乳頭およびその周辺の網膜出血を伴うこと,病型は多くの場合非虚血型でその経過は緩徐であるが予後は良好であり,後遺症として基幹網膜静脈および乳頭上の拡張した血管の白鞘形成がみられるとしている.さらに乳頭浮腫が著明なI型と,(130) abcdefabcdef図1初診時および投薬後の所見a:初診時の右眼眼底写真.網膜静脈の蛇行・拡張,周辺部に網膜出血の散在および視神経乳頭の軽度腫脹を認める.b:初診時のフルオレセイン蛍光眼底写真.早期像で眼動静脈循環時間の遅延は認めない.c:初診時のフルオレセイン蛍光眼底写真.後期像では視神経乳頭に軽度過蛍光と後極静脈からの蛍光色素の漏出はあるが,虚血性変化は認めない.d:初診から1カ月後の右眼眼底写真.網膜静脈の蛇行・拡張,火炎状網膜出血,軟性白斑散在と一部にRoth斑があり,視神経乳頭は発赤腫脹し,乳頭血管炎の所見を認める.e:プレドニゾロン増量後11日の右眼眼底写真.網膜静脈の蛇行・拡張は改善し,火炎状網膜出血は減少している.視神経乳頭腫脹の改善を認める.f:プレドニゾロン増量後40日の右眼眼底写真.点状出血が残存するものの,網膜静脈の蛇行・拡張および視神経乳頭腫脹はさらに改善している.(131)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013709 CRVOに類似したII型に分類し,I型は篩状板前部における毛様血管の非特異的炎症によるもの,II型は乳頭部または篩状板後部における網膜中心静脈の炎症としている.I型はステロイド薬に著効し予後良好で,II型はI型よりも効果的ではないがやはり予後良好として,ステロイド薬の有効性を認めている13).本症例は,高脂血症,高血圧,糖尿病などの血管閉塞を起こしうる基礎疾患がない若年発症の片眼のCRVOに合致する病態であり,主訴が霧視であるが視力は良好で乳頭浮腫を伴い非虚血型で,Hayrehの提唱する乳頭血管炎と考えられた.既往歴にコントロール不良の関節リウマチと小球性低色素性貧血があった.線溶療法を施行するも眼所見の改善は軽度にとどまり,関節リウマチに対するステロイド薬の増量により,血清学的な炎症反応の改善と,短期:ウロキナーゼ(万単位):プレドニゾロン(mg)35:ワルファリンカリウム(mg)3025201510507/277/297/318/28/48/128/287/287/308/18/38/68/149/12図2投与薬の経時的経緯間に眼底出血および視神経乳頭腫脹の著明な改善を認めた.眼所見の改善を認める経過中に,血清学的な小球性低色素性貧血も改善されており,貧血による相対的血小板増多が血栓形成を容易にする5.8)との報告もあることから,貧血の改善も眼底所見の改善に効果的であったと考えられた.これまでにも関節リウマチに合併したCRVO14,15)や貧血に合併したCRVO5.8)の報告はあるが,関節リウマチと貧血とを合併したCRVOの報告はない.以上より,本症例のCRVOの原因として関節リウマチに伴う血管炎と貧血が考えられた.本症例のように,若年者における乳頭浮腫を伴うCRVOの原因は単一ではなく,多因子が関与すると想像される.したがって,一つひとつの基礎疾患に対応した治療が必要となると考えられた.今回良好な経過をたどったのは,関節リウマチに伴う血管炎に対する治療と貧血の是正が奏効したと考えられた.若年者に発症したCRVOにおいて,高脂血症,高血圧,糖尿病などの血管閉塞をきたす疾患がない場合には,全身疾患の検索が必要であり,関節リウマチがあった場合は経過を把握し,状況に応じては内科医とも相談しステロイド薬などの抗炎症薬の全身投与の開始あるいは増量を検討するべきであり,さらに貧血があった場合には貧血の是正をするべきであると考えられた.文献1)HayrehSS:So-called“centralretinalveinocclusion”.I.表1採血結果の推移検査項目(正常値)平成22年6月29日(初診)平成22年7月27日平成22年9月17日Hb(g/dl)(12.16)7.88.011.2Ht(%)(35.43)28.828.236.7RBC(μm/μl)(380×104.480×104)395×104397×104456×104MCH(pg)(28.35)19.720.224.6MCV(fl)(82.102)71.471.080.5Plt(μm/μl)(15×104.35×104)40.8×10437.2×10429.2×104WBC(μm/μl)(4.0×103.8.6×103)6×1035.4×1037.2×103CRP(mg/dl)(≦0.30)1.30.07CH50(U/ml)(30.45)41.8C3(mg/dl)(65.135)110.0C4(mg/dl)(13.35)22.5ループスアンチコアグラント(<1.3)0.95抗CL-b2GPI(U/ml)(<3.5)≦1.2抗CL-IgG抗体(U/ml)(<10)≦8抗SS-A抗体(.)抗SS-B抗体(.)710あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(132) Pathogenesis,terminology,clinicalfeatures.Ophthalmologica172:1-13,19762)AndrewCO,FongMD,SchatzHetal:Centralretinalveinocclusioninyoungadults.SurvOphthalmol37:393417,19933)HartCD,SandersMD,MillerSJ:Benignretinalvasculitis.Clinicalandfluoresceinangiographicstudy.BrJOphthalmol55:721-733,19714)TheCentralVeinOcclusionStudyGroup:Naturalhistoryandclinicalmanagementofcentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol115:486-491,19975)朝蔭博司,堀江英司,伊地知洋ほか:網膜中心静脈閉塞に毛様網膜動脈閉塞が併発した鉄欠乏性貧血症の1例.臨眼45:17-19,19916)高木康宏,瀬口ゆり,田村充弘:鉄欠乏性貧血患者に合併した毛様網膜動脈閉塞と網膜中心静脈切迫閉塞.臨眼51:1377-1379,19977)川崎厚史,橋田徳康,金山慎太郎ほか:鉄欠乏性貧血を伴った網膜中心静脈閉塞症の3症例.臨眼57:732-736,20038)冨田真知子,賀島誠,吉田慎一ほか:鉄欠乏性貧血の若年女性に発症した網膜中心静脈閉塞と網膜中心動脈分枝閉塞の合併症例.臨眼60:1219-1222,20069)須賀裕美子,本間理加,横地みどりほか:若年者の潰瘍性大腸炎に合併した網膜静脈閉塞症の1例.臨眼59:913916,200510)岡田泰助,品原正幸,前田明彦ほか:慢性C型肝炎に対するIFN-a療法中に網膜中心静脈閉塞症と網膜動脈の血流低下を呈した若年発症1型糖尿病の1例.小児臨56:47-50,200311)小林晋二,山崎広子:若年者に発症した両眼の網膜静脈閉塞症の1例.臨眼58:815-818,200412)新井麻美子,伊集院信夫,北野保子ほか:若年者に網膜中心静脈閉塞症を発症した抗リン脂質抗体症候群の1例.眼紀54:830-834,200313)HayrehSS:Opticdiscvasculitis.BrJOphthalmol56:652-670,197214)田代忠正,佐藤末隆,市岡東洋ほか:慢性関節リウマチに併発した半側網膜静脈閉塞症.明海大歯誌22:276-283,199315)青山さつき,岡本紀夫,栗本拓治ほか:半側網膜中心静脈閉塞症に網膜中心動脈閉塞症が続発したリウマチ性関節炎の1例.眼科49:731-735,2007***(133)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013711

糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイド®)の硝子体内注射の効果

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):703.706,2013c糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイドR)の硝子体内注射の効果杉本昌彦松原央古田基靖近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室IntravitrealInjectionofMaqaidR,ANewTriamcinoloneAcetonide,forDiabeticMacularEdemaMasahikoSugimoto,HisashiMatsubara,MotoyasuFurutaandMineoKondoDepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:トリアムシノロンアセトニド製剤の硝子体内注射は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に有効である反面,まれに無菌性眼内炎を生じることがあり,防腐剤がその原因の一つとされている.マキュエイドR(MaQ)は,硝子体可視化に特化された防腐剤無添加のトリアムシノロンアセトニド製剤である.今回,DMEに対してMaQの硝子体内注射を行い,6カ月間経過観察したので報告する.対象および方法:本研究は,当院倫理委員会の承認を得て行った.他の治療が施行困難なDME患者9例10眼を対象とした.清潔下にMaQ4mgを硝子体内注射し,投与後6カ月間の視力,中心窩網膜厚,合併症につき検討した.結果:平均中心窩網膜厚は投与前555.9±207.0μmであったが,投与後6カ月で305.7±131.6μmと有意に改善した(p<0.05).Logarithmicminimumangleofresolution視力は投与前0.70±0.42から投与後3カ月で0.56±0.46と有意に改善した(p<0.05)が,6カ月後では有意差がみられなかった.合併症として無菌性眼内炎や手術を要する眼圧上昇は発生しなかったが,白内障の進行を4眼に認めた.結論:DMEに対するMaQ硝子体内注射の効果を6カ月にわたり観察した.本剤は防腐剤を含まない安全なステロイド製剤としてDMEの治療の選択肢となる.Purpose:Intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection(IVTA)isausefultreatmentfordiabeticmacularedema(DME).However,preservativecontentcanoccasionallycausesterileendopthalmitis(SE).MaqaidR(MaQ)isanewpreservative-freetriamcinoloneacetonidethatislimitedtouseinvitrectomy.WeconductedanIRB(InstitutionalReviewBoard)-approvedtrialofIVTAusingMaQforDME.PatientsandMethods:Teneyesof9DMEpatientswhocouldnotreceiveadvancedtherapywereadministereda4-mgvitrealinjectionofMaQinasterileenvironment.Eyeexaminationresults,visualacuity,centralretinalthickness(CRT)andcomplicationswereevaluatedfor6months.Results:CRTdecreasedfrom555.9±207.0μmbeforeinjectionto305.7±131.6μmat6monthsafterinjection(p<0.05).Logarithmicminimumangleofresolutionvisualacuityimprovedfrom0.70±0.42beforeinjectionto0.56±0.46at3monthsafterinjection(p<0.05).Nostatisticallysignificantchangewasseenafter6months.NopatientshowedSEorsevereintraocularpressureelevation;4patientsexhibitedcataractformation.Conclusion:Weshowthatpreservative-freeMaQisusefulandsafeforDMEforatleast6months.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):703.706,2013〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,トリアムシノロンアセトニド,トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射,防腐剤,無菌性眼内炎.diabeticmacularedema,triamcinoloneacetonide,intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection,preservative,sterileendopthalmitis.〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:MasahikoSugimoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(125)703 はじめに黄斑浮腫(macularedema:ME)は,網膜静脈血管閉塞やぶどう膜炎,糖尿病網膜症などに続発して視力低下の原因となりうる.特に糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は種々の治療にしばしば抵抗を示すが,近年さまざまな薬物の眼内・眼外投与による治療が報告されている1).ステロイド製剤の一つであるトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)の硝子体内注射(intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection:IVTA)は,DMEに対して有効な治療法の一つである.当初はBristolMyersSquibb社から市販されているケナコルトRが国内外で使用され,その有効性が報告されてきた2).しかし,0.8.1.6%の頻度で無菌性眼内炎を生じることが知られており3,4),防腐剤として添加されているベンジルアルコールがその原因の一つと考えられている5).発症防止には,静置やフィルターなどによる防腐剤の分離除去などが推奨されている6.8).防腐剤のみが無菌性眼内炎発症の原因ではないが,投与前にこのような処置が必要であることはIVTAが普及しにくい理由の一つとなっている.TAは,硝子体手術時の硝子体可視化にも用いられる9).わかもと製薬から2010年に市販された新しいTA製剤マキュエイドR(以下,MaQ)は術中硝子体可視化に特化されて市販された,防腐剤を含有しない製剤である.本剤はケナコルトRと同一成分であるが硝子体手術中使用のみに認可されており,MEに対する硝子体注射への使用は2012年11月にようやく認可された.防腐剤無添加であるので,本剤の使用により無菌性眼内炎の発症が低下し,より安全に治療が行える可能性がある.筆者らは,本剤が未認可であった2011年9月から院内倫理委員会承認のもと,MaQ硝子体内注射によるDMEの治療を開始した.今回は少数例ながらも本剤投与後6カ月間の経過観察を行うことができたので報告する.I対象および方法本研究は当院倫理委員会の承認を得て行った(申請番号9-124).施行前に患者本人もしくは家人から書面で同意を得た当院通院中のDME患者で,種々の問題から他の治療が施行困難な症例に対して行った.除外基準は,全身ないしは眼局所へのステロイド薬投与による合併症既往のある患者,20歳未満の患者,妊娠または授乳中の患者とした.40mgのMaQを清潔下で1mlのbalancedsaltsolution(BSSRPlus,参天製薬,大阪)に溶解し40mg/mlに調整した.患者は術3日前より抗生物質点眼を1日4回点眼し,術眼の減菌化を行った.術直前に0.25%ポビドンヨードにより十分に消毒・洗眼を行った.点眼ならびに結膜下への麻酔を行い,0.1ml(4mg)のMaQを角膜輪部から3.5.4mm704あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013の部位で硝子体内注射を行った.直後に眼圧を確認し,眼圧が高ければ前房穿刺により前房水を排出して調整した.その後,抗生物質含有軟膏を塗布し,ガーゼ閉瞼して終了した.感染予防目的で術後1週間,抗生物質点眼を行った.硝子体内注射前および注射後1週間・1カ月・3カ月・6カ月後の各診察時に視力(logarithmicminimumanalogofresolution:logMAR値)・眼圧測定,前眼部・中間透光体・後眼部検査を行った.同時に光干渉断層計(OCT,SpectralisR,Heidelberg社)も行い,中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)を測定した.また,本治療を選択した背景とこれまでに行った治療内容も検討した.図1糖尿病黄斑浮腫(DME)に対する,マキュエイドRの硝子体内注射後の眼底写真と注射前後の光干渉断層計(OCT)の変化注射翌日,眼内にはマキュエイドR粒子の散布(矢頭)が確認された(a).OCTでは,投与前には明らかなDMEがみられた(b,矢印)が,投与後1週間で速やかに改善していた(c,矢印).(126) II結果DMEを有する9例10眼にMaQの硝子体内注射を行った.9例(男性8例,女性1例)の平均年齢は67.4±9.6歳で,水晶体眼8眼,人工水晶体眼2眼であった.本治療を選択した背景としては,脳梗塞など血管閉塞性疾患の既往がありアバスチンRの投与が困難であった例が5眼,経済的理由などから硝子体手術を希望しなかった例が5眼であった.本治療前の治療としては,TATenon.下注射単独施行眼が6眼,TATenon.下注射+アバスチンR硝子体内注射施行眼が4**眼であった.10眼の投与前の平均CRTは555.9±207.0μmであったが,投与後1週間で350.3±122.7μmと速やかに減少し,これは統計学的に有意であった(p<0.05,図1).CRTの改善は投与後6カ月まで維持された(305.7±131.6μm,p<0.05,図2).視力のlogMAR値は投与前に0.70±0.42であったが,投与後3カ月には0.56±0.46と統計学的に有意に改善した(p<0.05).6カ月後では,0.59±0.45と依然改善傾向がみられたものの,有意ではなかった(図3).投与後合併症として,無菌性眼内炎や手術を要する眼圧上昇はみられなかったが,3眼で緑内障点眼1剤以上を必要とする眼圧上昇がみられた.また,4眼で白内障が進行し,その2眼で白内障手術900800500400300200100**投与前1週1カ月3カ月6カ月経過期間700600CRT(μm)図2マキュエイドR硝子体内注射前後のCRTの経時的変化を施行した.III考察わが国でのDME加療は,TATenon.下注射,抗血管内皮増殖因子(VEGF)製剤(アバスチンR)硝子体内注射や硝子体手術が行われている.TATenon.下注射は最も簡便でわが国で広く用いられているが,欧米では有効性が確認されておらず10),十分に普及していない.抗VEGF製剤の硝子体内注射も簡便な治療ではあるが,脳梗塞などの血管閉塞性疾患の既往がある患者には施行がためらわれる.硝子体手術も選択肢の一つであるが,経済的背景や全身状態により患者が望まないことがある.このように,DMEに対して他の治療が困難な症例に対して,特にMaQは防腐剤無添加であ糖尿病黄斑浮腫(DME)9例10眼に対する,マキュエイドRの1.4硝子体内注射前後の平均CRTおよび標準偏差を示す.投与後1週間でCRTは速やかに減少し,有意な減少は6カ月まで観るので安全なIVTA治療が行えると考えた.今回筆者らは,本剤の投与適応を他の加療が施行困難な症察された.*:p<0.05.例に限定した.その理由の一つは,本剤を用いても無菌性眼内炎が生じうる可能性や白内障,眼圧上昇が生じる可能性が1.5*投与前1週1カ月3カ月6カ月経過期間あると考えたからである11).もう一つの理由は,国内外ともにDMEに対してIVTAは第一選択とされていないという実情である.昨年度の米国網膜硝子体学会による網膜専門医へのアンケート調査結果(2012年度PATsurvey)では,DMEへのIVTAを行わないとする回答が48%もあった.さらに,わが国の網膜硝子体専門医に対する同様なアンケート(2011年度PAT-Jsurvey)でもIVTAを選択するのは15%程度と小数であった.そのため今回の研究ではDME治療に対する第一選択としてIVTAを行った症例はなく,症例の選択にバイアスがかかっている点が既報と大きく異なっている.MaQは2012年末になってDMEに対する使用がわが国でLogMAR値1.31.21.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.1図3マキュエイドR硝子体内注射前後の視力の経時的変化糖尿病黄斑浮腫(DME)9例10眼に対する,マキュエイドRの硝子体内注射前後のlogMAR値の平均および標準偏差.投与後3カ月でのみ有意な改善がみられた.6カ月の時点でも改善傾向はみられたが,術前との差は有意ではなかった.*:p<0.05.(127)認可された.薬剤添付文書によると,34眼を対象とした臨床試験ではMaQ非投与群に比し,投与後12週で有意な視力改善とCRT改善を認めている.今回,筆者らの検討でも3カ月までは同様の結果であった.しかし,臨床試験で報告されていない術後6カ月では,CRTは改善したものの視力あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013705 改善は有意ではなかった.IVTAの単回投与の効果をみた既報でも,投与後に視力は4カ月間改善を示したが,その後視力は低下して6カ月後にはコントロール群と有意差が認められていない12).抗VEGF製剤硝子体内注射とIVTAの繰り返し投与を比較した報告では,観察期間2年で視力改善はコントロール群と差がなかったが,偽水晶体眼に限定した解析では良好な改善を得ており,ステロイド薬による白内障が視力低下の一因としている13).筆者らの検討でも白内障進行が4眼でみられた.偽水晶体眼を除くと対象症例中8眼中の半数で生じたことになる.また,手術を行った2例では各々初診時の矯正視力が0.3と0.03であったが,注射後白内障が徐々に進行した.白内障手術直前には各々0.2と0.02に低下し,羞明感が強くなり後.下白内障を呈していた.これらの変化が視力の結果に影響した可能性があると考えている.今回,筆者らは防腐剤無添加のTA製剤であるMaQを用いて,重篤な合併症なく安全にIVTAを行うことができた.少数例ながらも6カ月間経過観察することができた点で,視力やCRTの変化に関して興味深い所見が得られた.しかし,IVTAによる無菌性眼内炎の発症頻度は既報では2%以下と低いので,今回の症例数では出現しなかっただけかもしれない.また,筆者らはDMEに対する第一選択治療としてIVTAを行ったわけではないため,限定された症例に対する研究といえる.本剤のDMEに対する使用が認可されたこともあり,今後はさらに多数例における効果や副作用の詳細な研究が期待される.文献1)後藤早紀子,山下英俊:糖尿病黄斑浮腫の薬物治療.あたらしい眼科29(臨増):139-142,20122)JonasJB,KreissigI,SofkerAetal:Intravitrealinjectionoftriamcinolonefordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol121:57-61,20033)MoshfeghiDM,KaiserPK,BakriSJetal:Presumedsterileendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.OphthalmicSurgLasersImaging36:24-29,20054)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郞ほか;日本網膜硝子体学会トリアムシノロン調査グループ:トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20115)MaiaM,FarahME,BelfortRNetal:Effectsofintravitrealtriamcinoloneacetonideinjectionwithandwithoutpreservative.BrJOphthalmol91:1122-1124,20076)NishimuraA,KobayashiA,SegawaYetal:Isolatingtriamcinoloneacetonideparticlesforintravitrealusewithaporousmembranefilter.Retina23:777-779,20037)井上真,植竹美香,武田香陽子ほか:ベンジルアルコールを除去した硝子体内投与用トリアムシノロンアセトニド溶液の作成.眼紀55:445-449,20048)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるトリアムシノロン使用状況全国調査結果.日眼会誌111:936-945,20079)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,200210)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,ChewE,StrauberSetal:Randomizedtrialofperibulbartriamcinoloneacetonidewithandwithoutfocalphotocoagulationformilddiabeticmacularedema:apilotstudy.Ophthalmology114:1190-1196,200711)JonasJB,KreissigI,DegenringR:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefortreatmentofintraocularproliferative,exudative,andneovasculardiseases.ProgRetinEyeRes24:587-611,200512)JonasJB,HarderB,KamppeterBA:Inter-eyedifferenceindiabeticmacularedemaafterunilateralintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonide.AmJOphthalmol138:970-977,200413)ElmanMJ,BresslerNM,QinHetal:Expanded2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,2011***706あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(128)

白内障手術に伴う広汎なDescemet膜剥離を両眼に生じSF6ガス前房内注入を要した1例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):699.702,2013c白内障手術に伴う広汎なDescemet膜.離を両眼に生じSF6ガス前房内注入を要した1例魚谷竜井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学BilateralLargeDescemet’sMembraneDetachmentOccurringafterCataractSurgeryandRepairedwithSulfurHexafluorideGasRyuUotaniandYoshitsuguInoueDivisionofOphthalmologyandVisualScience,TottoriUniversityFacultyofMedicine目的:白内障手術により両眼に広汎なDescemet膜.離を起こした症例を経験したので報告する.症例:87歳,女性.右眼白内障術後2日目に広範囲のDescemet膜.離を発症し紹介受診した.術後13日目にSF6(六フッ化硫黄)ガス右前房内注入を施行し,数日後に復位した.1年後,左眼白内障手術施行.術中より小範囲のDescemet膜.離を認め前房内空気注入し終了したものの,翌日,広汎なDescemet膜.離を発症した.術後13日目にSF6ガス前房内注入を施行し,数日後に復位した.結論:白内障手術による広汎なDescemet膜.離の発症には,何らかの器質的脆弱性が関与している可能性がある.治療にはSF6ガス前房内注入が有効と考えられる.Purpose:ToreportacaseofbilateralextensiveDescemet’smembranedetachmentthatoccurredaftercataractsurgeryandwasrepairedwithsulfurhexafluoridegas.Case:An87-year-oldfemalewasreferredtousduetosevereDescemet’smembranedetachment2daysafteruneventfulphacoemulsificationwithintraocularlensimplantationinherrighteye.Thirteendaysaftersurgery,sulfurhexafluoridegaswasinjectedintotheanteriorchamberandDescemet’smembranereattachedinafewdays.Oneyearlater,cataractsurgerywasperformedinherlefteye.LocalizedDescemet’smembranedetachmentoccurredduringsurgeryandairwasinjectedintotheanteriorchamberattheendofsurgery.Thedayaftersurgery,however,thepatientdevelopedextensiveDescemet’smembranedetachmentintheeye.Thirteendaysaftersurgery,sulfurhexafluoridegaswasinjectedintotheanteriorchamberandDescemet’smembranereattachedinafewdays.Conclusion:ThiscaseindicatesthatsomeunknownpathogenicvulnerabilitymayexistinthebackgroundofDescemet’smembranedetachmentaftercataractsurgery.Theinjectionofsulfurhexafluoridegasintotheanteriorchambermaybethemostefficacioustreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):699.702,2013〕Keywords:Descemet膜.離,両眼,白内障,手術,SF6ガス.Descemet’smembranedetachment,bilateral,cataract,surgery,sulfurhexafluoridegas.はじめに白内障手術においてDescemet膜.離は時に起こる合併症であるが,多くは限局性であり予後も良好とされている.しかし,両眼に生じる例や再発を繰り返す例も報告されており,器質的異常の関与が疑われているが,詳細な病態は不明である.筆者らは白内障手術にあたって両眼に広汎なDescemet膜.離を生じ,SF6(六フッ化硫黄)ガス前房内注入にて回復をみた1例を経験したので文献的考察を加え報告する.I症例患者:87歳,女性.主訴:右眼視力低下.既往歴:特記事項なし.〔別刷請求先〕魚谷竜:〒683-8504米子市西町36番地1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:RyuUotani,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,TottoriUniversityFacultyofMedicine,36-1Nishicho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(121)699 図1右眼術後6日目角膜全体に高度の浮腫を認める.現病歴:2009年1月中旬,近医にて右眼白内障手術を施行された.術前検査では角膜内皮細胞密度は2,000/mm2程度と異常は認めていなかった.術翌日の診察では異常を認めなかったが,術後2日目の起床時より高度の右眼視力低下を自覚し,同院を受診した.右眼角膜中央に浮腫を認め,翌日も増悪傾向を認めたため,鳥取大学医学部附属病院眼科外来に紹介受診となった.初診時所見:右眼視力40cm手動弁.右眼眼圧13mmHg.右眼角膜中央を中心に高度な浮腫を認めた(図1).結膜は充血軽度,前房内は透見困難のため炎症の程度は判定できなかった.家族歴:特記事項なし.既往歴:不整脈.経過:初診時,角膜浮腫の原因がはっきりせず,TASS(toxicanteriorsegmentsyndrome)の可能性も考え,まず消炎を図り経過をみた.点眼としてレボフロキサシン,ジクロフェナク1日4回,ベタメタゾン6回,さらにフラジオマイシン含有ベタメタゾン眼軟膏1回に加え,デキサメタゾン結膜下注射を隔日に施行し経過を観察した.1週間程度で角膜浮腫の軽快とともに広範囲のDescemet膜.離が認められることが明らかとなった(図2).自然軽快傾向はなく,追加治療が必要と判断し,術後13日目,SF6ガス前房内注入を施行した.具体的には点眼麻酔下で前房水0.05mlを取り,20%SF60.15mlを注入した.数日のうちに角膜の透明性は著明に改善し,全周にわたってDescemet膜接着がみられたが,中間周辺部の円周上に線状の瘢痕が残った(図3).術前手動弁であった視力は(0.8)まで改善し,ガス消失後も再.離の兆候はなかった.外来にて経過観察中であったが1年後,左眼について白内障手術の予定となった.左眼術前の両眼所見:視力は右眼0.5(0.8p),左眼0.15p(0.2).眼圧は右眼12mmHg,左眼14mmHg.角膜内皮細700あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013図2右眼術後13日目炎症の軽快により広範囲のDescemet膜.離が明らかとなっている.図3右眼SF6ガス注入後7日目Descemet膜は角膜実質に接着しているが,中間周辺部の円周上に線状の瘢痕が残っている.図4左眼術中所見吸引灌流に伴い角膜に皺襞が生じている.胞密度は右眼1,400/mm2,左眼2,500/mm2.左眼に皮質白内障を認め,瞳孔縁に偽落屑物質沈着を認めた.2010年1月中旬,左眼白内障手術を施行した.術式は強角膜切開での超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術であった.術中,前.染色の際に9時のサイドポートから虹彩脱出を認め,スパーテルによる修復を要した.また,吸引灌流に伴い,軽い吸引でも吸引方向に沿って角膜に皺襞が生じる(122) 図5左眼術後3日目角膜全体に高度の浮腫を呈し,広範囲にDescemet膜.離が認められる.ため(図4),強く吸引をかけるとDescemet膜.離を起こす危険性があるため十分な吸引ができなかった.手術終了に際し3時,11時の創口に小範囲のDescemet膜.離が認められたため,拡大予防のため空気0.08mlを注入し,眼球を動かして空気が確実に前房内に入っていることを確認し,手術を終了した.しかし,術翌日の診察時,左眼角膜全体に高度の浮腫を呈しており,視力は手動弁に低下していた.また,眼圧45mmHgと上昇を認めるにもかかわらず,細隙灯顕微鏡検査にて広汎なDescemet膜.離が確認された(図5).特に角膜中央部での.離が顕著で,術終了時に小.離を確認された創口部を含めて周辺部はむしろ接着しているようであり,.離したDescemet膜には亀裂は認めなかった.前房内に空気はしっかり留まっており,また,おそらく吸引不十分による粘弾性物質残存が原因と考えられる高眼圧があったにもかかわらず,中央部からDescemet膜が1塊のシートとして広汎に.離したと考えられた.その後点眼,デキサメタゾン結膜下注射にて消炎を図り経過を観察したが,Descemet膜の再接着傾向はなかった.そこで術後13日目にSF6前房内注入を施行した.前回同様,前房水0.05mlを取り,SF60.15ml前房内注入を施行した.その際Descemet膜と角膜実質の間にSF6ガスが入るのを予防するため,前房が十分にある状態で前房水採取用注射針とSF6ガス注入用注射針をDescemet膜.離のない角膜輪部2カ所からそれぞれ同時に穿刺し,注射針が2本とも前房内に到達していることを確認した状態で一方から前房水を採取し,ついでもう一方からSF6ガスを注入した.瞳孔ブロック予防のためアトロピンを点眼し,眼圧上昇予防のためアセタゾラミド内服を開始した.数日のうちにDescemet膜接着がみられ,右眼同様の円周上の瘢痕を残すものの,1週間程度で角膜の透明性は著明に改善した.SF6注入後は特に眼圧上昇はみられず,視力は左眼(0.3)まで改善した.角膜内皮細胞密度は右眼同様に低下(1,268/mm2)がみられ,また,術前と比較して虹彩の著明な萎縮を認めた(図6).以降再.離の兆候はなく,2013(123)図6左眼Descemet膜.離治癒後角膜浮腫は改善しているが,虹彩に著明な萎縮を認める.年8月の時点で視力は右眼(0.4),左眼(0.2),角膜内皮細胞密度は右眼1,425/mm2,左眼814/mm2となっている.II考按白内障手術においてサイドポートや切開創周辺に生じる限局的なDescemet膜.離は時折みられる合併症であるが,本症例のように術後広範囲にDescemet膜.離を生じる例はまれである.限局的なDescemet膜.離の場合,その原因は粘弾性物質や灌流液の層間への誤注入1,2),切れないメスの使用など術者側にある場合が多い.しかし,広範囲に生じる例では,患者側にDescemet膜と角膜実質間の接着異常など何らかの器質的異常がある可能性が考えられ,これまでの報告のなかでもさまざまな可能性が示唆されている.糖尿病患者では角膜実質とDescemet膜に接着異常があり,Descemet膜.離を生じやすいとされ3),梅毒性角膜白斑合併症例にて難治性のDescemet膜.離を繰り返した例では梅毒性角膜実質炎によって角膜実質深層からDescemet膜にかけて瘢痕を生じ,角膜の構築性変化によって角膜実質とDescemet膜の接着異常をきたしていた可能性が示唆されている4).一方,術前検査にて特記すべき異常を認めず,術後も数週間にわたって異常はなかったにもかかわらず,術後3.4週間目に両眼性の広範囲Descemet膜.離を生じた例が数例報告されており5,6),これらの症例では治療後も器質的脆弱性をきたす原因は特定されていない.本症例でも身体的基礎疾患はなく,術前検査でも偽落屑物質の沈着以外,内皮細胞も含め特記すべき眼異常所見は認めておらず,糖尿病や梅毒の既往もない.本症例では術中にサイドポートからの虹彩脱出を認め,Descemet膜.離治療後に著明な虹彩萎縮を認めた.これらのことから角膜,Descemet膜のみならず,虹彩も含めた発生学的に神経堤細胞由来の組織の異常を有していた可能性も考えられるが,やはり正確な病態は不明であり今後のあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013701 検討課題である.治療についてはこれまでに多様な報告がある.術中操作による小範囲のDescemet膜.離に対しては,拡大を予防するための前房内空気注入が推奨されている7)が,本症例では空気注入をして手術を終了したにもかかわらず,翌日さらに広範囲なDescemet膜.離を発症しており,何らかの器質的脆弱性を有すると思われる症例での広範囲なDescemet膜.離を治療するには空気注入では不十分であると考えられた.より強力にDescemet膜接着を促すため膨張性ガスとしてSF6と,より滞留時間の長いC3F8(八フッ化プロパン)の使用例が報告されている8.11).なかでもSF6前房内注入で復位が良好に得られた報告が多いが,眼圧上昇や角膜内皮障害の可能性から,その適応やガス濃度についての議論がある.20%SF6で眼圧上昇もなく復位も良好であったという報告が多い8,9)が,20%SF6でも眼圧上昇をきたしガス抜去が必要であった症例もある4).本症例では眼圧上昇はきたしていないが,アトロピン点眼の併用が有効であった可能性と,白内障手術術中の9時のサイドポートにおける虹彩損傷が周辺虹彩切除と同様の効果をもたらした可能性が考えられる.その他の治療法として角膜実質とDescemet膜を縫着する手術もあげられる12)が,手技が煩雑であり,気体注入にて復位が得られない場合の手段として検討すべきと考えられる.以上より,現在のところ20%SF6前房内注入が最も安全かつ効果の高い治療法と考えられるが,施行の際には散瞳剤の点眼など眼圧上昇を予防する処置を併用することが望ましいと考える.文献1)GraetherJM:DetachmentofDescemet’smembranebyinjectionofsodiumhyaluronate(Healon).JournalofOcularTherapy&Surgery3:178-181,19842)圓尾浩久,西脇幹雄:人工房水の誤注入による広範囲なDescemet膜.離を前房内空気置換によって復位できた1例.眼臨101:1177-1179,20073)永瀬聡子,松本年弘,吉川麻里ほか:手術操作に問題のない超音波白内障手術中に生じたDescemet膜.離.臨眼62:691-695,20084)西村栄一,谷口重雄,石田千晶ほか:両眼性デスメ膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOL&RS24:100-105,20105)CouchSM,BaratzKH:Delayed,bilateralDescemet’smembranedetachmentswithspontaneousresolution:implicationsfornonsurgicaltreatment.Cornea28:11601163,20096)GatzioufasZ,SchirraF,SeitzBetal:Spontaneousbilaterallate-onsetDescemetmembranedetachmentaftersuccessfulcataractsurgery.JCataractRefractSurg35:778-781,20097)佐々木洋:デスメ膜.離.臨眼58:28-33,20048)KremerI,StiebelH,YassurYetal:SulfurhexafluorideinjectionforDescemet’smembranedetachmentincataractsurgery.JCataractRefractSurg23:1449-1453,19979)野口亮子,古賀久大,藤田ひかるほか:広範囲Descemet膜.離が前房内SF6ガス注入により復位した症例.眼臨101:675-677,200710)山池紀翔,家木良彰,鈴木美都子ほか:白内障手術において広範囲のデスメ膜.離を呈し,前房内20%SF6ガス注入術が有効であった2症例.眼科47:1877-1880,200511)ShahM,BathiaJ,KothariK:RepairoflateDescemet’smembranedetachmentwithperfluoropropanegas.JCataractRefractSurg29:1242-1244,200312)AmaralCE,PalayDA:TechniqueforrepairofDescemetmembranedetachment.AmJOphthalmol127:88-90,1999***702あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(124)

白内障手術後のI/Aハンドピースの洗浄剤残留により発生したと考えられるTASS症例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):695.698,2013c白内障手術後のI/Aハンドピースの洗浄剤残留により発生したと考えられるTASS症例御子柴徹朗小坂晃一川島晋一藤島浩鶴見大学歯学部眼科学教室ACaseofToxicAnteriorSegmentSyndrome(TASS)afterCataractSurgery,PossiblyAssociatedwithI/AHandpieceSterilizationMaterialTetsuroMikoshiba,KoichiKosaka,ShinichiKawashimaandHiroshiFujishimaDepartmentofOphthalmology,SchoolofDentalMedicine,TsurumiUniversity目的:白内障術後にI/A(灌流/吸引)ハンドピースの洗浄剤に関連すると考えられるtoxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)症例について報告する.症例:85歳,女性で,特に合併症なく角膜切開法による超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術を施行されたが,手術翌日に前房内に前房蓄膿を伴う重度の炎症を発症した.I/Aハンドピースの洗浄剤に類似した油滴状物質が虹彩の前面に認められたことが特徴的であった.ステロイド薬点眼治療によく反応した.結論:以上からI/Aハンドピースの洗浄剤残留によるTASSが疑われた.Wereportacaseoftoxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)thatdevelopedaftercataractsurgeryandwaspossiblyassociatedwithI/A(irrigation/aspiration)handpiecesterilizationmaterial.Thepatient,an85year-oldfemale,underwentuneventfulphacoemulsificationviaclearcornealincisionwithintraocularlensimplantation.TASSoccurredthedayaftercataractextraction,thepatientdevelopingsevereanteriorchamberinflammationwithhypopyon.AtypicallyoilysubstanceverysimilartoI/Ahandpiecesterilizationmaterialwasfoundtobepresentwithintheanteriorchamber.Theconditionimprovedwithlocalsteroidtreatment.ItissuggestedthattheoilysubstancewastheetiologicfactorinthiscaseofTASS.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):695.698,2013〕Keywords:TASS,無菌性,前眼部炎症,ハンドピース,洗浄剤.toxicanteriorsegmentsyndrome(TASS),sterilitas,anteriorchamberinflammation,handpiece,materialforsterilization.はじめに1980年以来白内障手術後に無菌性の起炎物質による重症前眼部炎症が報告されるようになり,1992年Monsonらによってこれらはtoxicanteriorsegmentsyndrome(TASS)と命名され,まれな術後合併症の一つと認知されるようになった1).確定診断につながる特徴的所見はなく,細菌性の術後眼内炎と同様の自覚症状(霧視,眼痛,結膜・毛様充血など)を認め,初期にはフィブリン析出や前房蓄膿,角膜浮腫などの前眼部炎症所見がみられる.治療は,細菌性の術後眼内炎を考慮しつつ,炎症に対する対症療法的なものが主体となるが,前眼部炎症による角膜内皮細胞のバリア機能低下やポンプ機能の破綻から恒久的な角膜内皮障害をきたすこともある2).今回,手術翌日に発症し,著明な炎症反応を認めながら抗菌薬点眼投与の効果が認められず,ステロイド薬点眼投与が著効した1例を経験したので報告する.I症例患者:85歳,女性.主訴:白内障による視力低下.家族歴:特記事項なし.現病歴:他院で2011年12月中旬に白内障手術を施行された.当日同院で行われた6例の白内障手術の1例目の症例〔別刷請求先〕御子柴徹朗:〒230-8501横浜市鶴見区鶴見2-1-3鶴見大学歯学部眼科学教室Reprintrequests:TetsuroMikoshiba,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofDentalMedicine,TsurumiUniversity,2-1-3Tsurumi,Tsurumi-ku,Yokohama-shi,Kanagawa230-8501,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(117)695 であった.アルコン社の白内障手術装置(インフィニティRビジョンシステム)を用いての左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を2.8mm角膜耳側切開で実施し,術中合併症はなかった.眼内レンズは,アルコン社のプリセットタイプのSN6CWF,粘弾性物質はプロビスクR(アルコン社)のみを使用した.術翌日,眼痛,霧視などの自覚症状は特になく,左眼視力0.9(1.0×.0.25D(cyl.0.50DAx160°)と良好であったが,前房内に前房蓄膿とフィブリン析出を伴う眼内炎を認め,左眼眼圧25mmHgであった.セフカペンピボキシル3.5g分3内服,レボフロキサシン点眼,トブラマイシン点眼,ベタメタゾン点眼をいずれも1時間ごと投与,同日午前と午後にゲンタマイシン,ベタメタゾンの結膜下注射,同日午後にフロモキセフナトリウム1g点滴投与を行った後に,12月下旬,当院眼科紹介受診.当院初診時,細隙灯顕微鏡(以下,細隙灯)にて,前房内に光沢感のある小球状油滴様物質が虹彩の前面および小窩に散在し,同物質は.と眼内レンズの間にも認められた(図1a).炎症所見は前眼部限局性であり,細隙灯にてcell(3+),flare(+),Descemet膜皺襞(+),前房蓄膿(+),虹彩前面にフィブリン(+)が著明に認められた(図1b).同日入院にて,レボフロキサシン1.5%点眼,セフメノキシム0.5%点眼を1時間ごと,カルテオロール塩酸塩点眼1日2回,入院にてパニペネム1g点滴1日1回投与.感染症を考慮し,ベタメタゾン点眼は中止した.翌日,パニペネム1g点滴1日1回を継続.細隙灯にてcell(2+),flare(+),角膜後面沈着物(+),Descemet膜皺襞(+),前房蓄膿(+).油滴様の物質はやや減少傾向を認めた.明らかな増悪はなく,硝子体腔内への波及も認めなかった.以上の経過から非感染性炎症を考慮し,同日昼よりベタメタゾン点眼を2時間ごとに開始したところ,夕方の診察にて炎症徴候の改善傾向が明らかに認められた.抗炎症薬による症状改善を期待し,さらにブロムフェナクナトリウム点眼1日2回を追加し経過をみた.術後4日,左眼視力0.1(0.6×.1.50D(cyl.0.50DAx180°),左眼眼圧17mmHg,細隙灯にてcell(2+),flare(±),角膜後面沈着物(±),Descemet膜皺襞(.),前房蓄膿(±)で,炎症反応の著明な改善を認めたため,退院とした.左眼視力については眼内レンズ上のフィブリン付着の残存の影響が考えられた.退院時処方はセフジニル300mg内服4日分,ベタメタゾン点眼1日4回,ブロムフェナクナトリウム点眼1日2回,レボフロキサシン点眼,セフメノキシム点眼をそれぞれ1日4回継続した.2011年12月下旬(術後8日),外来診察時,左眼眼圧13696あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013abc図1当院初診時(術後2日)の前眼部写真a:虹彩に付着した油滴様物質(矢印).b:前房蓄膿著明(矢印)(結膜下出血は,前医での抗生物質結膜下注射による).c:炎症反応著明(散瞳).mmHg,細隙灯にてcell(+),角膜後面沈着物(±),Descemet膜皺襞(.),前房蓄膿(.)で炎症反応の改善を認めた.2012年1月上旬(術後17日),外来診察時,左眼視力0.3(0.8×.1.00D),左眼眼圧は17mmHg,細隙灯にてcell(.),flare(.),Descemet膜皺襞(.),前房蓄膿(.)と(118) abab図2外来通院時(術後17日)の前眼部写真a:前眼部炎症改善.b:油滴様物質消失.改善した(図2a).油滴様物質は消失した(図2b).2012年1月上旬(術後18日),紹介元受診時,左眼視力0.3(0.9×.0.75D(cyl.0.50DAx90°)とさらに改善を認めていた.角膜内皮細胞数は2,788cell/mm2であり,術前からの減少は認めなかった.2012年9月上旬(術後9カ月),紹介元受診時,左眼視力0.4(1.0×.0.50D(cyl.0.50DAx80°)と良好であった.II考按TASS発症は白内障手術の0.22%と比較的まれな疾患2)でありながら,TASSとして認知されている症例の原因物質は多岐にわたる.眼内に使用した粘弾性物質,前.染色に用いたトリパンブルー3),インドシアニングリーン4),術直後に使用した眼軟膏5),硝子体手術のシリコーンオイル6),硝子体手術キット7),I/A(灌流/吸引)ハンドピースに付着した残留物8)に至るまでのさまざまな原因物質の報告がある.今回のケースでは,光沢感のある小球状油滴様物質が虹彩の前面に付着していた(図1c)ことが特徴的で,同物質は.と眼内レンズの間にも認められた.この物質の存在部位にフィブリンが多く局在したこと,こ(119)図3洗浄剤を金属皿上に滴下して撮影した写真の物質の消退とともに症状が著明に改善していることなどから関連性が示唆された.虹彩表面に散在していた油滴様物質は,オートクレーブの洗浄剤に酷似しており(図3),この物質を採取していれば細かな分析も得られたのであるが,今回は実施しなかった.同日6例の白内障手術の1例目の手術症例にのみ今回の症状をきたしていることから,I/AハンドピースもしくはUS(超音波)ハンドピースに洗浄剤の洗浄不足による残留が疑われた.洗浄剤メーカーの品質管理責任者に問い合わせたところ,この洗浄剤(イナミクリーンPR)は医療機器の範疇ではなく,行政への事故報告自体の存在がないものではあるが,1990年くらいからの同洗浄剤の販売実績のなかで今回のようなケースの事故の報告はなかったこと,洗浄剤の使用説明書どおりの器具洗浄を行えば器具の洗浄剤は残留しないとの回答であった.洗浄剤は,蛋白分解酵素,高級アルコール系非イオン界面活性剤,水溶性溶剤,金属腐食防止剤,防腐剤,酵素安定化剤,ミント香料,着色料(緑色),水の混合物質で,その化学的性質は,pH7.2,比重1.035.1.075,水,湯に溶解性をもつ不燃性の液体である.洗浄後に洗浄剤がハンドピース内に残留する可能性は完全に検証されているわけではなく,手術1例目に臨む際にハンドピース使用時に灌流を少し多めに施行してから開始することなどの対策が必要と考えられた.自覚症状としては「痛みを伴わない霧視」が術後1日後までにきたすことが多い9)ようで,今回のケースでも同様であった.しかし自覚症状もさまざまであり,単に自覚症状のみでTASSを判断するのは危険である.典型的なTASS発症の時期は,白内障術後の12.72時間(多くは術後48時間以内10))で発症するものが多い.TASS発症時には,多くの症例で急性眼内炎と診断され,所見上,びまん性角膜浮腫,重度の前部ぶどう膜炎をきたす.そのほとんどは局所のステロイド薬投与で改善を認めるあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013697 が,ときに慢性的な眼圧上昇や,恒久的な角膜浮腫,内皮細胞の障害を残すことがある.ただし,TASS治癒後の遠見の矯正視力はTASS発症前のものと比較しての有意差は認められていない2).今回の症例においても治癒後の矯正視力は良好である.日本でのTASS症例の報告が少ないのは,術後の抗生物質点眼とステロイド薬点眼が通常使用されていることで未然に抑えられている可能性が考えられる.術中の粘弾性物質や術直後の抗生物質眼軟膏5)など手術に必須とするものを含めた原因物質の多様性11,12)を考えると,原因物質の排除を可及的に徹底することが必要である.TASSの後遺症としては萎縮性虹彩変化(24%),後.混濁(16%),前.収縮(12.5%),.胞様黄斑浮腫(4%)などが主たるものである2)が,今回は特に明らかな後遺症は認めていない.ただ,後遺症として視力予後は基本的に良好であるTASSに対しては,感染との鑑別が困難であることも併せ,術後感染を制御するなかで改善が得られない症例での対応というスタンスで十分と考えられる.そのうえで改善が得られない症例ではTASSを考慮して速やかに対応することが,初期治療の開始時期が予後に影響する9)ことからも大切である.今回の経験から,TASS発症を未然に防ぐ対策として,USハンドピースとI/Aハンドピースを十分に生理食塩水などで洗浄すること,手術に臨む際には灌流液を流すことを実施することが一助となると考えられた.また,白内障手術時にI/Aの丁寧な実施で眼内に「異物」を残さないように注意することが大事であると改めて認識させられた.文献1)MonsonMC,MamalisN,OlsonRJ:Toxicanteriorsegmentinflammationfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg18:184-189,19922)SenguptaS,ChangDF,GandhiRetal:Incidenceandlong-termoutcomesoftoxicanteriorsegmentsyndromeatAravindEyeHospital.JCataractRefractSurg37:1673-1678,20113)BuzardK,ZhangJR,ThumannGetal:Twocasesoftoxicanteriorsegmentsyndromefromgenerictrypanblue.JCataractRefractSurg36:2195-2199,20104)渡邉一郎,越智順子,家木良彰:前.染色に用いたインドシアニングリーンが原因と考えられた白内障術後toxicanteriorsegmentsyndromeの1例.臨眼65:1105-1109,20115)WernerL,SherJH,TaylorJRetal:Toxicanteriorsegmentsyndromeandpossibleassociationwithointmentintheanteriorchamberfollowingcataractsurgery.JCataractRefractSurg32:227-235,20066)MoisseievE,BarakA:Toxicanteriorsegmentsyndromeoutbreakaftervitrectomyandsiliconeoilinjection.EurJOphthalmol22:803-807,20127)AriS,CacaI,SahinAetal:Toxicanteriorsegmentsyndromesubsequenttopediatriccataractsurgery.CutanOculToxicol31:53-57,20128)川部幹子,近藤峰生,加賀達志ほか:I/Aハンドピースへの付着残留物により発生したと考えられるTASSのoutbreak.眼臨紀4:216-221,20119)YangSL,YanXM:Retrospectiveanalysisofclinicalcharacteristicsoftoxicanteriorsegmentsyndrome.ZhonghuaYanKeZaZhi45:225-228,200910)EydelmanMB,TarverME,CalogeroDetal:TheFoodandDrugAdministration’sProactiveToxicAnteriorSegmentSyndromeProgram.Ophthalmology119:12971302,201211)CutlerPeckCM,BrubakerJ,ClouserSetal:Toxicanteriorsegmentsyndrome:commoncauses.JCataractRefractSurg36:1073-1080,201012)CornutPL,ChipuetC:Toxicanteriorsegmentsyndrome.JFrOphtalmol34:58-62,2011***698あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(120)

前嚢切開形状と後発白内障

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):689.693,2013c前.切開形状と後発白内障永田万由美松島博之妹尾正獨協医科大学医学部眼科学講座RelationbetweenAnteriorCapsulorrhexisShapeandDevelopmentofPosteriorCapsularOpacificationMayumiNagata,HiroyukiMatsushimaandTadashiSenooDepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity目的:前.切開形状と後.混濁程度の検討.対象および方法:対象は当院にて超音波乳化吸引術,眼内レンズ(IOL)挿入術を施行した20例36眼.IOLはNY-60(HOYA社)を使用した.術後1カ月,3カ月,6カ月にEAS1000(NIDEK社)を用いて前眼部徹照像を撮影した.症例を前.切開縁がIOL光学部を全周に覆っているCC(completecover)群,前.切開縁の一部がIOL光学部外にあるNCC(noncompletecover)群に分類し,瞳孔中央部の後.混濁値を解析した.また,NCC群においてはCC部位とNCC部位に分けて解析を行った.結果:瞳孔中央4mm部の後.混濁値は,NCC群がCC群より大きく,有意差を認めた(p<0.05).NCC群では,NCC部位の後.混濁値がCC部位のそれより有意に大きく(p<0.05),NCC部位から後.混濁が進行していた.結論:後発白内障の抑制には,IOL光学部全周を覆うような前.切開を作製することが重要である.Purpose:Toinvestigatetherelationbetweenofanteriorcapsulorrhexis(AC)shapeandthedevelopmentofposteriorcapsularopacification(PCO)aftercataractsurgery.Methods:Subjectscomprised36eyesthatunderwentphacoemulsificationwithintraocularlens(IOL,NY-60,HOYA)implantation.ImagesweretakenusinganEAS-1000(NIDEK)at1,3and6monthspostoperatively.PatientsweredividedintotheAC-completely-insideIOL-opticgroup(CCgroup),andAC-partially-outside-IOL-opticgroup(NCCgroup).PCOwasquantitativelyanalyzedusingimaginganalysissoftware.IntheNCCgroup,CCandNCCareaswereanalyzedseparatelytodeterminewherePCOoccurred.Results:DevelopmentofPCOinNCCgroupwassignificantlygreaterthanintheCCgroup.AlsointheNCCgroup,PCOintheNCCareawassignificantlygreaterthanintheCCarea;PCOprimarilydevelopedintheNCCarea.Conclusion:TopreventPCO,itisimportanttocreatetheACcompletelywithintheperimeteroftheIOL.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):689.693,2013〕Keywords:後発白内障,前.切開,後.混濁の定量,眼内レンズ,超音波乳化吸引術.posteriorcapsularopacification,anteriorcapsulorrhexis,quantificationofposteriorcapsularopacification,intraocularlens,phacoemulsification.はじめに近年,フェイコマシンをはじめとする白内障手術手技や眼内レンズ(IOL)の進歩により,小切開手術が一般的となり,術後早期より良好な視機能が得られるようになった.しかし,術後合併症である後発白内障は,術後数年で発生し,術後視機能を低下させる1).これまでの研究により後発白内障の発生にIOLの材質2),IOLエッジ形状3,4)などが影響することが報告されているが,現在も後発白内障は完全に抑制できていない.また手術手技も後発白内障の発生に関与することが示唆され,continuouscurvilinearcapsulorrhexis(CCC)がIOLを完全に覆っていないと後発白内障の発生率が上昇することも報告5,6)されているが,そのメカニズムについてはいまだに不明な点も多い.今回筆者らは,前.切開の手技と後発白内障の関連性に着目し,前.切開形状と後.混濁程度および後.混濁の発生部位に着目し解析を行ったので報告する.〔別刷請求先〕永田万由美:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町北小林880獨協医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MayumiNagata,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,DokkyoMedicalUniversity,880Kitakobayashi,Mibu,Shimotsuga-gun,Tochigi321-0293,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(111)689 I対象および方法1.対象と分類方法対象は当院にて超音波乳化吸引術およびIOL挿入術を施行した術中・術後全身および眼合併症のない20例36眼(平均年齢72.4±8.3歳)とし,術後レトロスペクティブに解析を行った.IOLは,疎水性アクリル製シングルピースIOLであるNY-60(HOYA社)7)を使用した.手術は熟練した同一術者が施行した.術後1カ月,3カ月,6カ月にScheimpflug画像解析システムEAS-1000(NIDEK社)を用いて,前眼部徹照像を撮影した.撮影画像から,前.切開縁がIOL光学部を全周に覆っている症例をcompletecover群(以下,CC群:10例18眼),前.切開縁がIOL光学部を覆っているが切開縁の一部がIOL光学部外にある症例をnoncompletecover群(以下,NCC群:10例18眼)の2つの群に分類した(図1).また,NCC群における混濁値を部位別に詳細に解析するために,図1に示すように前.切開縁がIOL光学部を覆っている部位をcompletecover部位(以下,CC部位),前.切開縁がIOL光学部から外れている部位をnoncompletecover部位(以下,NCC部位)とした.2.瞳孔中央部後.混濁度の解析(図2)EAS-1000で撮影した徹照像を解析に用いた.混濁値の解析に,画像解析ソフトScionimage(Scion社)を使用し,瞳孔中央部より直径4mm(256pixels)の範囲を瞳孔中央部後.混濁解析領域とした.まず範囲内から50×50pixel四方の混濁のない任意の5点を選択し,密度平均値を求めて閾値とし,範囲内をthresholdすることで瞳孔中央部後.混濁解析領域を2値化して後.混濁面積を計算した8).CC群,NCC群で混濁値の平均値を算出し,比較した.統計学的検討はunpaired-t検定を用いてp<0.05を有意差ありとした.CC(completecover)群NCC(noncompletecover)群図1Completecover(CC)群とnoncompletecover(NCC)群点線が前.切開を示す.前.切開縁がIOL光学部を全周に覆っている症例(CC群)と前.切開縁がIOL光学部を覆っているが切開縁の一部がIOL光学部外にある症例(NCC群)に分類した.NCC群において,前.切開縁がIOL光学部を覆っている部位(▲)をcompletecover(CC)部位,前.切開縁がIOL光学部から外れている部位(△)をnoncompletecover(NCC)部位とした.図2瞳孔中央部後.混濁度の解析瞳孔中央部より直径4mmの範囲を解析領域とした.690あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(112) 3.NCC群における前.切開部位別後.混濁度の解析(図3)前.切開形状の変化が後.混濁形態にどのような影響を及ぼすか解析するために,術後6カ月のNCC群を選び,CC部位とNCC部位の後.混濁領域を部分的に解析した.各部位を部分的に解析するために,瞳孔中央部後.混濁解析よりも解析面積を縮小し,直径2mm(128pixels)として,CC部位とNCC部位各々の混濁値を算出し比較した.統計学的①②①CC②NCC図3NCC群における前.切開部位別後.混濁度の解析NCC群の後.混濁度が高いことから,前.切開が後.混濁形態にどのような影響を及ぼすかCC部位(①)とNCC部位(②)とに分けて,後.混濁領域を部分的に解析した.検討はunpaired-t検定を用いてp<0.05を有意差ありとした.II結果1.瞳孔中央部後.混濁度の解析CC群の瞳孔中央部後.混濁値は術後1,3,6カ月でそれぞれ5,687±2,082,6,456±2,731,7,279±2,373pixel,同時期のNCC群の瞳孔中央部後.混濁値は8,730±1,966,10,323±2,595,11,581±2,982pixelであった.2群とも後.混濁値は経時的に増加していたが,すべての時期でNCC群がCC群より大きい傾向にあり,有意差を認めた(表1).2.NCC群における前.切開部位別後.混濁度の解析NCC群におけるCC部位とNCC部位の混濁程度を比較すると,肉眼的にNCC部位の混濁領域が明らかに多い(図4).実際に混濁値を算出すると,CC部位の部位別後.混濁値は術後6カ月で3,970±508pixel,NCC部位の部位別後.混濁値は4,893±1,272pixelであり,CC部位に比べてNCC部位での混濁値が有意に大きかった(表2).表1瞳孔中央部後.混濁値の解析結果術後1カ月術後3カ月術後6カ月CC群5,687±2,0826,456±2,7317,279±2,373NCC群8,730±1,966*10,322±2,595*11,581±2,982**p<0.05.pixel.表2前.切開部位別後.混濁度の解析結果CC部位NCC部位術後6カ月3,970±5084,892±1,272**p<0.05.pixel.②①②①②①①CC②NCC①CC②NCC①CC②NCC図4前.切開部位別後.混濁解析結果(代表3症例)すべての症例においてCC部位(①)に比べて,NCC部位(②)の黒色領域が多く,後.混濁が高い.(113)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013691 CC部位NCC部位図5仮説:どうしてNCC部位で後.混濁が進行するかCC部位では前.切開縁がIOL前面を覆うことで水晶体.がIOLエッジ部分を包み込み,.屈曲が形成されてシャープエッジの効果が発生するが,NCC部位では前.切開縁がIOL前面を覆うことができないために.屈曲を形成することができない.そのためコンタクトインヒビションが機能せず,シャープエッジでも水晶体上皮細胞が後.へ伸展しやすく,後.混濁が進行する.III考按後発白内障は,白内障術後に水晶体.内に残存した水晶体上皮細胞(LEC)が術後創傷治癒反応によって放出されたサイトカインにより細胞増殖,および線維化生することにより生じ9),術後視力低下の原因となる白内障術後合併症である.後発白内障の発生にはIOL素材や形状が関連し,アクリル素材のIOL2,10,11)やシャープエッジ形状のIOLは後発白内障の発生が少ないことが知られている3,4).光学部エッジ形状がシャープであると,術後に水晶体.が収縮し創傷治癒が形成される過程で水晶体.がIOL光学部のエッジで.屈曲を作製する.この.屈曲部によりコンタクトインヒビションが生じて,水晶体.周辺部に残存したLECが後.側に伸展するのを防ぐために後発白内障の発生が減少すると考えられている.他方,スリーピース形状のIOLのほうがシングルピース形状のIOLよりも後発白内障が少ないと考えられている.筆者らは,シングルピース形状では支持部が厚いために,支持部と光学部の付着部位では,シャープエッジ形状を形成できないためにこの部位から後発白内障が始まることを同様の画像解析方法を用いて報告した12).IOL素材や形状が後発白内障の発生に関与するように,手術手技も後発白内障と密接な関連がある可能性がある.今回筆者らは,白内障手術時の前.切開形状と後発白内障発生に着目し,解析を行った.白内障手術手技と後発白内障発生に着目した過去の報告では,can-openercapsulotomyで前.切開を行うよりも,continuouscurvilinearcapsulorrhexis(CCC)で前.切開を行うほうが後発白内障の発生が少なくなるとしている13).近年の白内障手術ではCCCが主流となっているが,CCCが大きすぎたり中心から外れたりすると,前.が部分的にIOLを覆うことができない部位が生じて.屈曲の形成が不十分となり,後発白内障が進行する5,6).しかし,そのメカニズムに関してはまだ完全に明らかにされていない.筆者らはCCCが不完全な場合にどの部位から後.混濁が進行するかという点に着目した.まずCC群とNCC群を比較すると過去の報告同様にCC群に比べNCC群において後.混濁値は有意に大きくなった.後.混濁値が高値であったNCC群においてさらに部位別に混濁形状を解析したところ,NCC部位の後.混濁が明らかに進行していることが肉眼的に確認できた.混濁値を算出するとCC部位に比べてNCC部位で混濁値は有意に大きくなり,前.切開がIOL光学部を全周覆わなくなった場合,覆っていない部分より後.混濁が進行することがわかった.今回の結果から,前.切開がIOL光学部を全周覆わなくなると,前.切開が覆っていない光学部位では支えとなる前.がないためにIOLを水晶体.で挟み込むことができず,シャープエッジであっても.屈曲を形成することができないために,この部位から後.混濁が進行していくことが推察できた(図5).後発白内障を抑制するためには,IOLの素材や形状に着目するだけでなく,丁寧な手術手技を行うことでIOL光学部全周を覆うような適切な大きさの前.切開を作製することが重要である.文献1)SchaumbergDA,DanaMR,ChristenWGetal:Asystematicoverviewoftheincidenceofposteriorcapsuleopacification.Ophthalmology105:1213-1221,19982)ChengJW,WeiRL,CaiJIetal:Efficacyofdifferentintraocularlensmaterialsandopticedgedesignsinpreventingposteriorcapsularopacification:ameta-analysis.AmJOphthalmol143:428-436,20073)NagataT,WatanabeI:Opticsharpedgeorconvexity:Comparisonofeffectsonposteriorcapsularopacification.JpnJOphthalmol40:397-403,1996692あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(114) 4)NishiO,NishiK:Preventingposteriorcapsuleopacificationbycreatingadiscontinuoussharpbendinthecapsule.JCataractRefractSurg25:521-526,19995)永本敏之:アクリルFoldable眼内レンズの最新情報.あたらしい眼科20:577-583,20036)WejdeG,KugelbergM,ZetterstormC:Positionofanteriorcapsulorrhexisandposteriorcapsuleopacification.ActaOphthalmolScand82:531-534,20047)松島博之:シングルピースIOLTECNIS1-PieceとiMics1.IOL&RS24:118-121,20108)吉田紳一郎,吉田登茂子,松島博之ほか:新しい後発白内障解析システムを用いた後.混濁の評価.あたらしい眼科21:661-666,20049)MeacockWR,SpaltonDJ,StanfordMR:Roleofcytokinesinthepathogenesisofposteriorcapsuleopacification.BrJOphthalmol84:332-336,200010)NagataT,MinakataA,WatanabeI:AdhesivenessofAcrySoftocollagenfilm.JCataractRefractSurg24:367370,199811)OshikaT,NagataT,IshiiY:Adhesionoflenscapsuletointraocularlensesofpolymethylmethacrylate,silicone,andacrylicfoldablematerials:anexperimentalstudy.BrJOphthalmol82:549-553,199812)永田万由美,松島博之,寺内渉ほか:眼内レンズ形状が後.混濁に及ぼす影響.IOL&RS24:79-83,201013)BrinciH,KuruogluS,OgeIetal:Effectofintraocularlensandanteriorcapsuleopeningtypeonposteriorcapsuleopacification.JCataractRefractSurg25:1140-1146,1999***(115)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013693

単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):685.688,2013c単純ヘルペス性角膜輪部炎の臨床所見助村有美高村悦子篠崎和美木全奈都子田尻晶子東京女子医科大学眼科学教室ClinicalExaminationofHerpesSimplexLimbitisYumiSukemura,EtsukoTakamura,KazumiShinozaki,NatsukoKimataandAkikoTajiriDepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity目的:角膜ヘルペスの一病型である角膜輪部炎の臨床所見の特徴と経過を明らかにする.方法:2004年4月から2010年3月までに東京女子医科大学病院を受診した角膜ヘルペス患者のうち,細隙灯顕微鏡検査にて角膜輪部炎と診断した21例について臨床所見の特徴,治療経過を検討した.結果:角膜所見は輪部の隆起を伴う充血,微細な角膜後面沈着物を伴う角膜輪部を中心とした実質の浮腫や混濁を呈していた.21例に延べ37回の角膜輪部炎を観察した.21例中11例(52%)には2回以上の再発がみられた.輪部炎の再発は1月が37回中13回と最も多かった.37回中23回(62%)に眼圧上昇を伴っていた.治療にはステロイド点眼薬,アシクロビル眼軟膏,散瞳剤を用い,眼圧上昇時には緑内障治療薬を併用した.結論:角膜輪部炎の再発は少なくなく,眼圧上昇を伴う傾向がみられた.Purpose:Toevaluateclinicalcharacteristicsofcorneallimbitis,asubtypeofherpetickeratitis.Methods:Wereviewedtheclinicalrecordsof21patientswhohadbeendiagnosedwithcorneallimbitisbyslit-lampmicroscopyatTokyoWomen’sMedicalUniversityHospitalfromApril2004toMarch2010.Results:Slit-lampexaminationshowedlimbalhyperemiawithswelling,andedematousoropaquecornealstromawithfinekeraticprecipitates.Atotalof37episodesofcorneallimbitiswereobservedinthe21patients,withtwoormorerecurrencesin11(52%)patients.CorneallimbitisrelapsewasmostcommoninJanuary,comprising13ofthe37episodes.Elevatedintraocularpressure(IOP)wasobservedin23ofthe37episodes(62%).Thepatientsweretreatedwithsteroideye-drops,topicalacyclovirandmydriatics.GlaucomadrugswereaddedincaseswithelevatedIOP.Conclusions:RecurrenceandelevatedIOPwerefrequentlyobservedincorneallimbitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):685.688,2013〕Keywords:角膜ヘルペス,輪部炎,眼圧上昇,毛様充血,輪部腫脹.herpessimplexkeratitis,limbitis,elevatedintraocularpressure,ciliaryinjection,limbalswelling.はじめに角膜ヘルペスは慢性再発性の疾患であり,その経過中にさまざまな病型を呈する.眼ヘルペス感染症研究会の病型分類では上皮型・実質型・内皮型と病型の首座による分類が提唱されている1).輪部炎は角膜輪部の炎症を主体とする特徴的な所見を呈する病型2)であり,内皮型の一型として分類されている.今まで輪部炎で再発し,その後角膜ヘルペスと診断された症例は散見される3)が,多数例の角膜ヘルペスについて臨床経過を詳細に検討した報告は少ない.一方,角膜ヘルペスの経過中に眼圧上昇を伴う場合,輪部炎の所見を呈する頻度が高いことから3),角膜輪部炎を角膜ヘルペスの一病型と認識し,臨床像を把握し治療にあたることは重要と思われる.今回,角膜ヘルペスの経過中に観察された角膜輪部炎の臨床的特徴,眼圧上昇との関連,治療法について検討した.I対象および方法2004年4月から2010年3月までの6年間に東京女子医科大学病院を受診し,樹枝状角膜炎再発時にウイルス学的検査により角膜ヘルペスと確定診断された患者のうち,経過中に細隙灯顕微鏡所見から角膜輪部炎と診断された21例〔男性6例,女性15例,年齢61±12(平均値±標準偏差)歳(35〔別刷請求先〕助村有美:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学眼科学教室Reprintrequests:YumiSukemura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(107)685 .80歳)〕を対象とした.21例の輪部炎の再発回数,再発時期,細隙灯顕微鏡所見の特徴,眼圧上昇の有無,治療方法と経過についてレトロスペクティブに検討した.なお,眼圧測定にはGoldmann圧平式眼圧計を用い,22mmHg以上を眼圧上昇とした.II結果1.細隙灯顕微鏡所見の特徴特徴的な所見として,輪部結膜の隆起を伴う充血と,隣接する角膜輪部を中心とした実質の浮腫,混濁が認められた(図1).角膜混濁は実質深層に著明で,微細な角膜後面沈着物を伴っていた.フルオレセイン染色では角膜輪部に限局した上皮浮腫が観察された.また,輪部炎の所見から連続して図1細隙灯顕微鏡所見の特徴全周性の輪部結膜に隆起を伴う充血と,周辺部の実質の浮腫,混濁がみられる.図2楔形混濁限局性の輪部結膜の隆起と充血がみられ,連続して角膜周辺部から中央部に頂点を向けた楔形混濁がみられる.角膜実質深層の楔形混濁を伴っていたもの(図2)が5回,周辺部の樹枝状角膜炎を合併したものが1回観察された.輪部炎の範囲は限局したものから全周に及ぶものまであった.2.再発回数と再発時期今回の観察期間に受診した角膜ヘルペス患者は100例であり,そのうち輪部炎の再発は21例(21%)に観察された.21例には延べ37回(平均1.8回/症例)の再発がみられた.輪部炎の再発が複数回観察された症例は11例(52%)あり,内訳は2回が7例,3回が3例,4回が1例であった.輪部炎が複数回再発した症例において,再発時の部位は同じとは限らなかった.月別では11.2月に多く,なかでも1月に37回中13回(35%)と最も多かった.3.眼圧眼圧上昇は37回の輪部炎において23回(62%)に認められた.輪部炎再発時の最高眼圧は25.4±7.5mmHg(22.48mmHg)であった.輪部炎の範囲が1/3周未満だった19回のうち眼圧上昇は6回(32%)に,1/3周以上の18回では17回(94%)に眼圧上昇を伴っており,それぞれの平均眼圧は1/3周未満で17.8±6.9mmHg,1/3周以上で33.1±7.8mmHgであった.4.治療方法輪部炎の治療としてステロイド点眼薬,アシクロビル眼軟膏,アトロピン点眼薬を用い,実質型角膜ヘルペスに準じた治療を行った.樹枝状角膜炎を伴った1回以外は全症例でステロイド点眼薬として0.1%ベタメタゾン点眼液を1日2.3回で開始し,炎症所見の改善に伴い漸減した.アシクロビル眼軟膏は1日1.3回とし,内服は併用しなかった.眼圧上昇を呈した23回のうち21回では緑内障治療薬を用い,そのうち12回は点眼薬に加えアセタゾラミド錠を内服した.緑内障治療薬としてはプロスタグランジン関連薬13回,b遮断薬5回,炭酸脱水酵素阻害薬1回であり,多剤併用は2回であった.眼圧上昇は治療開始後,輪部腫脹の改善に伴い正常化し,その期間は全症例で2週間を超えるものはなかった.5.代表症例(図3)患者は62歳,女性.1986年4月初診時,全周性の輪部炎と角膜中央に樹枝状角膜炎を認め,眼圧は38mmHgであった.その後も2006年3月までの20年間に複数回の再発(樹枝状角膜炎2回,実質炎4回,輪部炎15回)を起こしていた.2006年4月,2日前から右眼霧視と異物感を自覚し当科を再診した.再発時矯正視力:右眼(0.7),左眼(1.0),眼圧:右眼36mmHg,左眼14mmHg.細隙灯顕微鏡所見は全周に輪部腫脹を伴う著明な毛様充血,角膜実質の浮腫と混濁,微細な角膜後面沈着物,輪部に限局した上皮浮腫が観察された(図1).治療は炎症に対し0.1%ベタメタゾン点眼3.4回/日と,1%アトロピン点眼1回/日,アシクロビル眼686あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(108) ラタノプロスト点眼アセタゾラミド錠内服1%アトロピン点眼アシクロビル眼軟膏0.1%ベタメタゾン点眼全周の輪部炎0.02%デキサメタゾン0.02%フルオロメトロン38mmHg14mmHg15mmHg眼圧再発10日目2カ月5カ月1年図3全周性の輪部炎を再発した症例の治療と経過軟膏点入2.3回/日を行い,眼圧上昇に対しラタノプロスト点眼とアセタゾラミド錠を併用した.治療開始10日後には輪部炎の所見は改善し,眼圧も14mmHgまで下降したためラタノプロスト点眼薬とアセタゾラミド錠の内服は中止し,ステロイド点眼薬を漸減した.III考察角膜ヘルペス症例の経過中に観察できた21例の輪部炎の臨床的特徴を検討した.検討した輪部炎は,ウイルス学的に確定診断された上皮型角膜ヘルペスの既往を有する症例の臨床経過において観察されたものであり,これらは角膜ヘルペス再発の一病型であると診断できる.観察期間の6年間に受診した角膜ヘルペス患者の21%に輪部炎再発を認め,以前に筆者らが行った検討2)でも14%と再発病型の頻度としては少なくない印象がある.また,輪部炎の再発は複数回みられる場合があり,角膜ヘルペスの病型として認識しておく必要があると思われる.輪部炎の所見から連続した角膜実質深層の楔型混濁を伴っていたものは5回認められ,この所見は大橋らによる角膜内皮炎の臨床病型分類4)の傍中心部浮腫型(2型)に類似していた.原因不明の角膜内皮炎の原因として近年,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が注目され5),単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)や水痘帯状疱疹ウイルスに比べ頻度が高いことが報告されている6).しかし,典型的なCMV角膜内皮炎では角膜浮腫は周辺部から始まり,進行性で,角膜後面沈着物が線状や円形に配列することが特徴の一つにあげられているが,今回観察した輪部炎に伴う角膜後面沈着物に特徴的な配列はみられず,細隙灯顕微鏡所見からも鑑別は可能であると思われる.検討した輪部炎のうち,輪部炎再発時に62%で眼圧上昇を伴っていた.以前,筆者らが行った検討7)で角膜ヘルペス(109)284例中の眼圧上昇について検討したが,輪部炎の再発頻度は眼圧上昇を起こさなかった角膜ヘルペスで4.8%であったのに比べ,眼圧上昇時には76.5%であった.さらに,輪部炎の範囲が広いほど眼圧が高い傾向にあり,これらのことから,角膜ヘルペスの経過中にみられる眼圧上昇には輪部炎との関連が推測される.角膜ヘルペスの再発は三叉神経節に潜伏したウイルスが何らかの誘因により活性化し,三叉神経を経由して角膜へ到達し樹枝状角膜炎として再発する.角膜に分布する三叉神経のルートは三叉神経第1枝から分岐した鼻毛様体神経から,一部は毛様体神経節を通過し短後毛様体神経となり,一部は長後毛様体神経として角膜とともに隅角組織や強膜表層に分枝を出しながら角膜輪部に至る.Nagasatoら8)が生体共焦点顕微鏡を用いて角膜ヘルペス患者の上皮下角膜神経の形態学的変化を病型別に比較し,内皮型では上皮型や実質型と異なり上皮下神経の破壊がみられなかったことから,内皮型の再発に関わる三叉神経のルートが異なる可能性を示唆している.一方,Amanoら9)が眼圧上昇を伴った治療に抵抗性の角膜内皮炎に対し線維柱帯切除術を行い,切除した手術標本の線維柱帯などからHSV抗原を検出している.角膜ヘルペスの既往は明らかでない症例だが,線維柱帯へのHSVによる侵襲が眼圧上昇をひき起こす原因になっている可能性が示唆されている.これらのことから,今回観察された輪部炎の病態の一つには角膜周辺部の内皮や線維柱帯に分布する長後毛様体神経経由のHSV再発が線維柱帯の炎症の原因となり眼圧上昇を起こした可能性が推測される.今回輪部炎の治療として,ステロイド点眼薬とアシクロビル眼軟膏,アトロピン点眼薬を用い,眼圧上昇に対し緑内障治療薬を併用した.過去にラタノプロスト点眼液が樹枝状角膜炎の再発への関与が報告10)されているが,これらの薬剤の再発に対する直接的因果関係は明らかでなく,短期間の使用では樹枝状角膜炎の再発はみられず安全に使用できるものと考えた.眼圧上昇に対しては適切なステロイド点眼薬による消炎とともに緑内障治療薬の積極的な使用による速やかな眼圧下降が望ましいと思われる.今回の検討では抗ウイルス薬としては全例アシクロビル眼軟膏を用い,バラシクロビル内服は行わなかった.輪部炎に対しアシクロビル内服を併用している報告もある3)が,輪部に炎症が限局する場合や,免疫抑制状態といったcompromisedhostでなければ局所投与での治療が可能と思われる.角膜ヘルペスの経過中に眼圧上昇や輪部付近の充血を認めた場合,鑑別の一つに角膜輪部炎も念頭におき診断や治療にあたることが重要と思われた.角膜ヘルペスの病型としての輪部炎の病態は不明だが,さらなる病態解明には今後前眼部OCT(光干渉断層計)や超音波生体検査による線維柱帯付近の形状変化や前房水PCR(polymerasechainreaction)によあたらしい眼科Vol.30,No.5,2013687 るウイルス学的検討が必要と思われた.文献1)大橋裕一,石橋康久,井上幸次ほか:角膜ヘルペス新しい病型分類の提案.眼科37:759-764,19952)高村悦子:単純ヘルペス性輪部炎の診断と治療.日本の眼科63:637-640,19923)遠藤直子,庄司純,稲田紀子ほか:輪部炎で再発した角膜ヘルペスの2症例.眼科44:1939-1944,20024)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床病型分類の試み.臨眼42:676-680,19885)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20086)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,20107)吉野圭子,高村悦子,高野博子ほか:角膜ヘルペスにおける眼圧上昇.臨眼45:1207-1209,19918)NagasatoD,Araki-SasakiK,KojimaTetal:Morphologicalchangesofcornealsubepithelialnerveplexusindifferenttypesofherpetickeratitis.JpnJOphthalmol55:444-450,20119)AmanoS,OshikaT,KajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,199910)WandM,GilbertCM,LiesegangTJ:Latanoprostandherpessimplexkeratitis.AmJOphthalmol127:602-604,1999***688あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(110)