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高次脳機能障害者のロービジョンケア-眼科臨床での注意点とケアの1例

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):479.486,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):479.486,2013高次脳機能障害者のロービジョンケア―眼科臨床での注意点とケアの1例―LowVisionCareforHigherBrainDysfunction稲葉純子*1野崎正和*2武澤信夫*3仲泊聡*4はじめに高次脳機能障害(higherbraindysfunction,disorderofhigherbrainfunction)とは,大脳の部分的な損傷により,言語,思考,記憶,行為,学習,注意などの機能に障害が起こった状態1)である.調査方法によりばらつくが,全国の高次脳機能障害者数は,推定30万人との結果がある(2001年,厚生労働省による全国実態調査1)).高次脳機能障害はときに視機能障害と紛らわしかったり,視覚そのものの問題として患者が感じたりするため眼科外来を受診するが,通常の検査・診察方法が適さず,特別な配慮を必要とすることがある2).また,高次脳機能障害を伴う視覚障害者にロービジョンケア(以下,ケア)を行う際には,高次脳機能障害を考慮したケアを行う必要がある.高次脳機能障害の概要と,眼科臨床現場での具体的な対応法について述べ,高次脳機能障害を伴う全盲者へのケアの1例を示す.I診断基準,原因疾患高次脳機能障害の定義は,学術用語と行政用語で若干の違いがある.「学術用語としての高次脳機能障害」とは,脳損傷に起因する認知障害全般をいい,記憶障害,社会的行動障害,地誌的障害,遂行機能障害,注意障表1高次脳機能障害の診断基準(厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部国立障害者リハビリテーションセンター)Ⅰ.主要症状1.脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されている.2.現在,日常生活または社会生活に制約があり,その主たる原因が記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などの認知障害である.Ⅱ.検査所見MRI,CT,脳波などにより認知障害の原因と考えられる脳の器質的病変の存在が確認されているか,あるいは診断書により脳の器質的病変が存在したと確認できる.Ⅲ除外項目1.脳の器質的病変に基づく認知障害のうち,身体障害として認定可能である症状を有するが上記主症状(I-2)を欠く者は除外する.2.診断にあたり,受傷または発症以前から有する症状と検査所見は除外する.3.先天性疾患,周産期における脳損傷,発達障害,進行性疾患を原因とする者は除外する.Ⅳ.診断1.Ⅰ.Ⅲをすべて満たした場合に高次脳機能障害と診断する.2.高次脳機能障害の診断は脳の器質的病変の原因となった外傷や疾病の急性期症状を脱した後において行う.3.神経心理学的検査の所見を参考にすることができる.(文献3より)*1JunkoInaba:いなば眼科クリニック*2MasakazuNozaki:京都ライトハウス鳥居寮*3NobuoTakezawa:京都府立医科大学神経内科/京都府リハビリテーション支援センター*4SatoshiNakadomari:国立障害者リハビリテーションセンター病院〔別刷請求先〕稲葉純子:〒620-0940福知山市駅南町1-277いなば眼科クリニック0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(51)479 表2高次脳機能障害の原因となるおもな疾患脳血管障害脳内出血,くも膜下出血,脳梗塞頭部外傷硬膜外血腫,硬膜下血腫,脳挫傷,脳内出血,軽症脳震盪,古典的脳震盪,びまん性軸索損傷,頭蓋骨骨折その他脳炎,脳腫瘍,低酸素脳症,アルコール性神経障害など害,半側空間無視,半側身体失認,失語症,失行症,失認症などを指す3).「行政的高次脳機能障害」の診断基準(表1)では,記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害などの症状の存在に加えて,「その時点で実際に日常生活または社会生活に制約があり,脳の器質的病変の原因となる事故による受傷や疾病の発症の事実が確認されていること」が必要で,先天性疾患,周産期における脳損傷,発達障害,進行性疾患(認知症など)を原因とするものは除外される2).原因となるおもな疾患は,脳血管障害,頭部外傷などである(表2).II3つの特徴高次脳機能障害には3つの特徴がある.①外見上は障害が目立たない点,②本人自身も障害を十分認識できていないことがある点,③障害は診察や入院生活よりも在宅での日常生活や社会活動(職場,学校,買い物,交通機関の利用や役所・銀行での手続きなど)の場面で出現しやすい点,である.したがって,高次脳機能障害は入院中に医療従事者には気づかれにくく,退院後に家族によって発見される場合がある1).III症状,原因病巣,リハビリテーション,対応法高次脳機能障害は病巣によりさまざまな症状が生じるが,それぞれの障害に対して,周囲の環境を整え,対応法を適切に行えば症状は改善することができる1,4)(表3).たとえば,易疲労性,神経疲労という症状は,日中起きていられない,ぼーっとしているというものである.対応法としては,本人が疲労に気づかないことが多いので,周囲の人が疲労のサイン(あくびなど)を早く発見480あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013し,本人に知らせること,本人は休憩時間を確保しこまめに休息をとること,疲労を感じたら姿勢を正して深呼吸して水を飲む(気分をリフレッシュさせる行為を習慣づける)こと,課題を小分けにしてチェックリストを作ること,などである.このように,高次脳機能障害の症状と対応法にはさまざまなものがあるが,症状・サインは日々変化しているため,対応法も臨機応変に行う必要がある.忍耐をもって繰り返し訓練を行い習慣化すると改善が得られることが多い.支援者は当事者を「よし,やってやろう」と思わせるところまでが勝負である4).また,介護の当事者となる家族にも,継続した訓練と支援のために障害と対応法を十分に理解してもらう必要がある.IV神経心理ピラミッド障害への対応法,優先順位を考えるときに,前頭葉の機能を理解することが助けとなる.ニューヨーク大学医療センター・リハビリテーション医学・ラスク研究所には前頭葉機能不全(日本の行政的定義における高次脳機能障害に一括される認知・遂行機能などの障害をもつ人)を対象とした機能回復訓練のための通院プログラム5)がある.ここで使われる神経心理学的機能の図である「神経心理ピラミッド」(図1)5)は,前頭葉を基盤とした神経心理学的機能の障害を,9つに分け,7つに階層化している.9つの分類は,①神経疲労,②抑制困難症,③無気力症,④注意力と集中力,⑤情報処理,⑥記憶,⑦高次遂行機能,⑧論理的思考力,⑨自己の気づき,である.これら9つの機能は,それぞれが単独に存在しているわけではなく,ピラミッドの下から上へ,常に影響を及ぼしているとされる.下位の障害がカバーされなければ,上位の障害は改善されない.障害に効果的にアプローチするためには,この認知機能の働き方や働く順序を理解し,「下位の障害からアプローチすること」が重要とされている5).V薬物療法の併用社会的行動障害に対して,作業療法や心理療法(行動療法・認知療法・集団療法)などのリハビリテーションの際に対症的な薬物投与が適切になされると,これらの(52) 表3高次脳機能障害のおもな病巣,症状,対応法の例高次脳機能障害おもな病巣おもな症状対応法の例(*は周囲の人)失語症左半球(優位半球)前頭葉(Broca:運動性)側頭葉(Wernicke:感覚性)その他,視床など皮質下の病変滑らかにしゃべれない物の名前が出てこない相手の話を理解できない字の読み書きができない*最初の文字を言って助け舟を出す*短い単語や文章で話す五感を最大限利用する*周囲の人は,書く・ジェスチャー・指差しなどをしながら話す注意障害易疲労性,神経疲労前頭葉作業にミスが多い気が散りやすい日中起きていることができない,ぼーっとする*頻繁に確認し,注意を持続させる環境刺激の少ない部屋を選ぶ簡単な課題から始める*十分な時間を与える休憩時間を設定する姿勢を正し,深呼吸して水を飲む課題を小分けにし,チェックリストをつくる*サインを早期に発見する記憶障害側頭葉海馬など物の置き場所を忘れる新しいことを覚えられない何度も同じ話や質問をする覚えるときには反復,復習する補助手段を活用(カレンダー,リスト,タイマーなど)重要なものは同じ場所に置く信用できる人に頼る行動と感情の障害脱抑制易怒性前頭葉前頭葉野,眼窩面側頭葉大脳辺縁系扁桃体など突然に興奮したり,怒りだす気持ちが沈みがちである気持ちが動揺するじっとしていられない行動する前に人に聞く次の行動の前に一時停止するイライラしたときはその場から立ち去る*リラックスできる方法を教える半側空間無視半側身体失認右半球(左半側空間無視,左半側身体失認の場合)片側を見落としやすい麻痺した側の手足がないかのように振る舞う無視のない側にものを置く,など無視側を刺激(ブラシでこすり,そこを見るなど)する無視側に一定間隔で鳴るアラームをつけるプリズム眼鏡を使用する遂行機能障害意欲,発動性の低下前頭葉行き当たりばったりの行動をとる自分で計画を立てて行動できない優先順位がつけられない間違いを修正できない自分から始められない他人に興味がない*指示は具体的にし,何でも書き出す質問する頻繁に立ち止まり確認するするべきことのチェックリストを作るタイマーなどで始める手掛かりを出す*喜怒哀楽を大げさにして話す*怠けていると言わない失行症(観念運動失行・観念失行)左半球道具が上手に使えない動作がぎごちなく上手にできない動作や手順を細かく分け,できないことを具体化する複雑な動作や行為は単純なものに置きかえる地誌的障害側頭葉,後頭葉(右側または両側)熟知しているはずの場所で迷う熟知しているはずの場所の見取り図が書けない廊下にテープを貼る名前や住所を書いた紙を持つ風景写真を貼った地図を持つ携帯電話を利用する失認症(大脳性色覚異常,視覚失認,相貌失認,聴覚失認)後頭葉,側頭葉物の色がわからない物の形がわからない人の顔がわからない何の音かわからない*本人と話し合い,どの程度まで援助するか決める*本人のプライドを傷つけないよう援助する*重度の場合には,必要時は付き添って歩く障害の無自覚病識の欠如自覚の対象となる障害により異なる障害に気をとめない・訴えがない障害について的確に答えられない,否認する誤りに気づかない,修正できない*障害に気づく機会を与える信頼できる第三者を作る*障害を認識させようとしない*できることをほめる(53)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013481 自己同一性(EgoIdentity)受容(Acceptance)論理的思考力(Reasoning)・まとめ力(Convergent)・多様な発想力(Divergent)遂行機能(ExecutiveFunctions)記憶(Memory)図1神経心理ピラミッド(文献5より)コミュニケーションと情報処理(Communications&InformationProcessing)・スピード(Speed)・正確性(Accuracy)注意力と集中力(Attention&Concentration)・抑制(Control)〔抑制困難症〕・発動性(Initiation)(Disinhibition)〔無気力症〕(Adynamia)・覚醒・警戒態勢・心的エネルギー(Arousal)(Alertness)(Energytoengage)〔神経疲労〕(Neurofatigue)神経心理学的リハビリテーションに取り組む意欲(WillingnessToEngageinNeuropsychologicalRehabilitation)気づき(Awareness)理解(Understanding)リハビリテーションの導入が容易になる.また,脳損傷では自然治癒を期待できる場合があり,対症的に症状を軽減すれば悪循環的に症状が進行することがなくなる.その結果,次第に行動範囲が広がり,自然と症状も消失していく効果が期待できる.抗うつ薬・抗精神病薬・抗不安薬などの向精神薬が使用される1).VI関係諸機関高次脳機能障害は,正しい評価と診断,適切な専門的リハビリテーションを受け,日常生活での適切な対応がなされることで大きく改善し,少しのサポートがあれば自立した生活を送ることができる人も多くいることがわかっている.そのためには,適切な時期に適切な機関につながること(医療機関としては,「つなげること」)が大切である.高次脳機能障害支援における関係諸機関(「つなげる先」)としては,高次脳機能障害支援普及事業拠点機関,自治体相談窓口,就労支援機関などがある482あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013表4高次脳機能障害支援における関係諸機関関係諸機関高次脳機能障害支援普及事業拠点機関補足拠点機関は各都道府県に配置(国立障害者リハビリテーションセンターホームページ6)に掲載).医療機関の医療ソーシャルワーカーに相談してもよい.自治体相談窓口居住地の役所もしくは福祉事務所の障害福祉の窓口就労支援機関障害者職業センター,ハローワーク(障害者のための専門の職員,相談員を配置),一部の自治体(障害者福祉サービスの一環として就労支援を行う自治体がある)最寄りの患者会・家族会も情報源として有用(ホームページ検索か,医療ソーシャルワーカーへ問い合わせを).(表4).この際に,医療機関やリハビリテーション専門病院・施設は,「次の機関」に適切な情報提供を行うことが大切である.医療機関や施設の中では「たいしたことがない」ように評価されていても,日常生活では重大な障害として現れることがあるからである.また,本人には自分の症状を正確に自覚する能力が欠けているため,「困ったら本人が相談する」ということにはつながりにくいためである.適切な機関がわからないときや地域の情報が不足しているときなどは,最寄りの患者・家族会(ホームページを検索するか,医療ソーシャルワーカーに問い合わせるとよい)に相談することが勧められる1).VII眼科臨床で出会う高次脳機能障害と,検査診察中における注意点眼科臨床で特に問題になるのは注意障害,半側空間無視,失認症である.また,障害の無自覚にも注意を要する.各障害での留意点を下記に示す.これらのなかで特に失認症は,症状が視覚にかかわるため,患者自らが眼科を受診することが少なくない.これは,視覚の高次機能障害ということができ,ロービジョンの範疇に入る2).1)注意障害,神経疲労では,視力・視野検査をはじめ,ほとんどの眼科検査では集中力が不足して,十分な検査ができないことが多い.視力検査では,短時間で検査を終え,日を変えて続きを行うのがよい.視野検査では,眼疾患が存在しなくても全体的な沈下をきたすこと(54) がある.2)半側空間無視では,自分が意識して見ている空間の片側(多くは左側)を見落とす.図形の模写をすると半側を省略する,すべての皿の上の食べ物を半側だけ残す,などが起こる.同名半盲を合併することが多い.右頭頂葉が原因病巣であるため,この病巣が後側に広がっていると左同名半盲になる.しかし,左下1/4盲を合併する場合や視野欠損が合併しない場合であっても,患者は視野計ドームの左半分で視標を無視するので結果として左同名半盲の検査結果を得ることが少なくない.この場合,視線をやや右に向けて測定しても,視線の移動に伴った視野表上のイソプターの平行移動はなく,依然としてドーム中心からの左側欠損となる点で鑑別できる.3)失認症は病巣の部位と広がりでバリエーションが生じると考えられる.視力障害,視覚失認,視覚失語,失語の鑑別が重要である1).①視覚失認:見ても対象がよくわからないが,触れればわかる.模写課題ができるかどうかで統覚型,連合型に分けられる1).皮質盲,大脳性弱視との厳密な区別が困難との考え方もある.②純粋失読:失語症のなかにも分類されるが,文字のみに限局した視覚失認.典型例では自分の書いた自分の名前が読めない.視力検査でひらがなは読めないが,Landolt環の向きを言うことはできる.③大脳性色覚異常:色が弁別できない.視力障害がなくとも,視野全体が灰色やセピア色に見えると自覚することが先天・後天性色覚異常と異なる.仮性同色表検査(石原式)ができなくなるタイプ,色相配列検査(パネルD15)ができなくなるタイプがある.④相貌失認:人の顔がわからない.自分が映っている鏡を見て,見知らぬ人が鏡の向こうにいると感じる.4)障害の無自覚:病識の欠如は,高次脳機能障害だけでなく,視覚障害への理解についてもみられる.たとえば,自分が緑内障であることが理解できず,眼科医が眼鏡をきちんと処方しないと訴える,全盲であるのに自分は見えているので運転できると主張する,など.(55)VIII高次脳機能障害を伴った視覚障害者へのケア高次脳機能障害を伴った視覚障害者へのケアでは,高次脳機能障害と視覚障害,それぞれの障害特性への理解が必要である.つまり,高次脳機能障害は適切なリハビリテーション介入により何らかの回復が期待でき,自然回復もありうる.視覚障害は感覚器の障害であり,そのリハビリテーションは基本的に代償行動の獲得であり,障害そのものの回復を望むものではない.この特性をよく理解したうえで,それが重複したときにどのような状態になるのか,受傷後の経過年数による差や個人差も考慮して,リハビリテーションに取り組む必要がある.当然視覚障害のみに対するケアとは,訓練やケアの方法が違ってくる.具体的対応としては,視覚障害のためにメモなどの記憶の代償手段が活用できないために,訓練では反復がより重要になる.特に地誌的障害があると,歩行訓練に通常よりかなり時間がかかる.神経疲労があると,集中しづらいので頻回の休憩を設定して訓練を行う,などである.高次脳機能障害を伴った全盲者へケアを施行した1例を提示する7).【症例】40歳代,男性,教員.既往歴:高血圧,糖尿病,高脂血症.訓練までの概要:2001年11月24日,左同名半盲で発症した.右側頭葉-頭頂葉-後頭葉の梗塞を認め,もやもや病と診断された.その後職場に復帰した.2006年10月31日,左後頭葉に梗塞を認め,皮質盲,記憶障害となった.回復期リハビリテーション後,自宅へ退院した.2007年8月20日,生活訓練のため視覚障害者支援施設(以下,施設)に入所した.訓練開始時の評価:入所時は常時援助と見守りを要し,身体動作と空間の関連が不良,左側への探索動作や注意集中が低下していた.大学病院高次脳機能障害外来では,全盲,記憶障害,空間認知障害,易疲労性,集中力の維持困難,遂行機能障害を指摘された.孤立感,孤独感が強く精神的に混乱していたが,真面目で前向きな性格で,知性や判断力が健在であることを感じさせる言あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013483 動があった.また,十分な家族の支援があった.訓練経過①前期(2007年8月~2008年3月):〔課題〕ADL(ActivitiesofDailyLiving;日常生活動作)の自立を目指す.〔支援の方針〕①安心できる環境とゆっくりとした時間の流れのなかで,適度で適量な刺激を提供する.②マンツーマンでさまざまな訓練技法(後述)を駆使して対応する.一部には行動療法的な技法も活用する.③易疲労性に留意し休息を多くとる.注意障害を考慮して伝えることは一度に2つまでにする.以後様子を見ながら徐々に刺激の量を増やす.④感情と結びついた記憶は残りやすいため,できれば楽しい記憶にするよう努める.⑤指導員は自分たちの指導方法にこだわらず,当事者の工夫を受け入れ,プライドを尊重する.〔訓練,ケア〕①空間認知の手がかりとして部屋の扉や廊下,トイレにスポンジや気泡入り緩衝材を配置し,触覚による代償を促進した.②自室内で迷子になるため自由空間を制限し,手がかりを増やした.③空間認知に重点をおいた訓練を行った(触ったものをイメージする,頭の中にイメージをつくり描画する,など).④1つの課題を集中して行い,手続き記憶の強化(体が覚えている状態にする)を目指した.⑤記憶の強制は避け,覚えられないことは外部記憶を活用し(家族や指導員に代わりに覚えてもらう),徐々に記憶の代償ツールを導入した.⑥感覚入力の豊かさが脳に良い刺激をもたらすことを期待し,散歩を活用した.⑦施設での人間関係や家族に対する支援なども含めて,当事者が落ち着けるように環境調整をした.〔活用した訓練技法など〕①エラーレスラーニング法:当事者が試行錯誤しないように,また間違えたときの記憶が残らないように,迷う前・間違える前に答えを提示する方法.タイミングよく,わかりやすい話し方で提示する.②構造化:日課や家具の配置などさまざまなことをわかりやすくシンプルにする方法.③スモールステップ法:行動をわかりやすい小さな単位に分けて強化する方法.④シェイピング法:段階的行動形成.スモールステップをもとに,少しずつ行動を作り上げていく方法.484あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013⑤逆シェイピング法:過程の最後から逆に少しずつ自分でできることを増やしていく方法(遂行機能障害では,行動の初めの段階では多くの選択肢があるため,行動の手順を適切に判断することがむずかしい.逆に行動の最終段階では,選択肢が絞り込まれておりシンプルになっているので,手続き記憶として獲得しやすい).⑥過剰学習:獲得した知識・技能についてさらに反復継続して学習(訓練)し,それを強固なものにすること.⑦ポジティブ・フィードバック:良いところを見つけて伝えることで自己肯定感を高める.指導員はしっかりと観察し,小さな良い変化を見逃さずに当事者に伝える.⑧般化:一定の条件反射が形成されると最初の条件刺激と類似の刺激によっても同じ反応が生じる現象.施設でできるようになったことを自宅でもできるようにすることを目指した.⑨モデリング:観察学習.モデルの動作や行動を見て同じような動作や行動をすること.指導員は,指導員が当事者に接する態度が,当事者が周りの人に接する態度に反映することを期待して行動した.〔経過〕①トイレや食堂への移動が徐々に自立し,手引き散歩から白杖操作の歩行訓練へ移行していった.②動作に集中力がついてきた.当初集中時間は10.15分くらいであったが,中期にパソコンの練習を始める頃には,上手に休憩すれば,2時間程度の集中が可能となった.③寮生活での自室整理整頓・洗濯・入浴・携帯電話などのADL・歩行が徐々に自立した.④記憶の代償ツールとしては,当初は使用経験のあるラジカセを用いていたが,その後,携帯電話で妻へ伝言,留守番電話の利用と変化し,1年後には自分で携帯メールをうちメモとして利用ができるようになった.訓練経過②中期(2008年4月~2009年9月):〔課題〕①ADLだけでなく移動とコミュニケーションを中心とする視覚リハビリテーションに取り組むこと.②さまざまな刺激(ストレス)に対する対処方法(コーピング・スキル)を獲得すること.〔支援の方針〕前期に引き続き高次脳機能障害に配慮しつつ支援する.〔経過〕施設での行動・記憶は安定し,徐々にパソコ(56) ン練習に集中するようになった.4月に施設入所者の変化もあり,対人関係の易怒性・被害妄想的な攻撃的言動がみられた.社会的行動障害や感情コントロールの低下などには,適宜,医師・心理職など他職種連携によるチーム・アプローチが必要になり支援した.しかし,これらの職種が常任ではないので緊急事態への対応は困難だった.その後,状態は改善し,2009年9月に施設を退所して自宅生活へ移行し,以後は自宅への訪問訓練(歩行・パソコン)を行った.訓練経過③後期(2009年10月~2011年3月):〔課題〕①家庭や地域のなかで自分の立場や役割に応じた働きをする(見つける)こと.②将来の希望をもつこと.③場合によっては,「支援付き自立」を目指すこと.〔支援の方針〕支援の中心が施設の指導員から地域のソーシャルワーカーに移行することになるが,地域での高次脳機能障害者への支援体制は十分ではなく家族の負担が増えるため,同行援護など公的制度を活用できるように支援する.〔経過〕妻の支援のもとでの自立した家庭生活が可能となり落ち着いた環境となった.対人関係のトラブルが表面化することはなくなり,感情コントロールも徐々に良好となる.感情爆発時に対処する技法(薬の複合作用で空腹時に怒りっぽくなるのでゼリーなどで空腹を抑えておく,怒り出したら相手をしないで部屋を出て行く,など)を妻が身につけたことも大きい.復職を希望して訓練期間中は休職していたが,帰宅後に地域での講演活動に生きがいを見つけ,2010年3月に退職した.2011年3月には施設からの訪問訓練を終了し,同年4月より地域の訪問リハビリテーション(歩行・パソコン)を利用している.また,ライフワークとして,自らの失明とリハビリテーションの経験を基にした人権啓発に関する講演活動を,小中学校の教師・生徒・保護者,地域の老人会などを対象として,年間十数回行っている.おわりに高次脳機能障害者に対するロービジョンケアは,神経心理学的な高次脳機能障害の知識をもたなければ,患者の特性に応じた対応はむずかしい.また,それぞれに大(57)きな個人差があるため,一律な対応はさらにとりにくい.多くの場合,記憶・注意・病識欠如・感情コントロールなどの障害が存在するので,それらを踏まえた対応が必要になる.記憶障害と注意障害やワーキングメモリの障害が重なると,通常の説明では,記憶も理解もできないことが多く,結果的に信頼関係も築けない.特に病識の欠如があると,自分が記憶できないことも認識できないため,「書いたものを渡す」,読むのがむずかしければ「録音する」または「信頼できる支援者が同席して必要なことを記録する」,などの方法で確実に伝えることが最低限必要である.経験的には,適切なリハビリテーションと時間の経過によって,年単位で症状が改善するように思われる.また,医療関係者やリハビリテーションスタッフは,高次脳機能障害者の置かれた社会的な状況を理解する必要がある.高次脳機能障害は「見えない障害」ともいわれ,周囲の理解や支援を得にくい.当事者の社会的行動障害の結果,社会的に疎外され,場合によっては,感情コントロールの障害と疎外感・孤立感が相まって,他者に対する攻撃的な言動がみられる.そのような場合の対応方法を知っておく必要もある.安心できる場・ゆっくり流れる時間・適度で良質な刺激が提供できれば,当事者にとって最も望ましいが,より良い対応を求めると,必然的に非常に長い時間とマンパワー,コストを要することになる.高次脳機能障害を伴う視覚障害者へのリハビリテーションを進めていくためには,当事者も含めて,多くの人たちがいろいろな経験を共有し意見を交換することができるように,この問題にかかわる人たちのネットワーク作りが必要ではないかと考える.当事者や支援者を孤立させないことが重要である.文献1)本田哲三:高次脳機能障害のリハビリテーション.医学書院,20072)仲泊聡:高次脳機能障害.眼科プラクティス14,ロービジョンケアガイド,p117-118,文光堂,20073)国立障害者リハビリテーションセンターホームページ:高次脳機能障害診断基準.http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/handankizyun.htmlあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013485 4)橋本圭司:高次脳機能障害がわかる本.法研,2007http://www.rehab.go.jp/ri/brain_fukyu/soudan/5)立神粧子:前頭葉機能不全その先の戦略─Rusk通院プログ7)武澤信夫,平野哲雄,高ノ原恭子ほか:全盲,高次脳機能ラムと神経心理ピラミッド.医学書院,2010障害を伴った脳損傷の2例(会).高次脳機能研究32:169,6)国立障害者リハビリテーションセンターホームページ:高2012次脳機能障害支援普及事業拠点機関一覧(都道府県分).486あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(58)

発達障害児・者のロービジョンケア-視覚の発達に課題(遅延もしくは障害)を抱える子ども・者のロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):471.477,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):471.477,2013発達障害児・者のロービジョンケア―視覚の発達に課題(遅延もしくは障害)を抱える子ども・者のロービジョンケア―LowVisionCareforChildrenandAdultswithDevelopmentalDisabilities松久充子*川端秀仁**はじめに日頃,眼科医が診療に際して検査をしているのは,視力・視野・両眼視機能などの視機能である.しかし,行動する(「読む」「書く」「推論する」「運動する」)ためには,見ている対象が何であるかを理解することが必要である.本稿では,見ている対象を正確に捉えて理解するところまでを広い意味での視覚=ビジョンとして述べる.I学習障害とは学習障害は,単に学業不振の状態を指す概念ではなく,発達障害に含まれる疾患である.文部科学省では「基本的には全般的な知的発達に遅れはないが,聞く,話す,読む,書く,計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示すさまざまな状態を示すものである.学習障害は,その原因として,中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが,視覚障害,聴覚障害,知的障害,情緒障害などの障害や,環境的な要因が直接的な原因となるものではない」障害と定義している1,2).II発達障害とは発達障害は,医学的には脳性まひや知的障害を含むが,発達障害者支援法(平成17年4月1日施行)では,自閉症,アスペルガー(Asperger)症候群とその他の広汎性発達障害,学習障害,注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとしており,発達障害者に対し,その心理機能の適正な発達を支援し,及び円滑な社会生活を促進するために行う発達障害の特性に対応した医療的,福祉的及び教育的援助を発達支援としている.発達障害は中枢神経系の機能障害であるが,その様子や行動から「だらしがない」「わがまま」「怠けている」「躾けが悪い」などの非難・中傷・叱責を受けることが多く,それらによって傷つき,自尊心が失われ,うつや不登校・ひきこもりなどの二次障害に発展する例も少なくない2).発達障害者支援法の精神に則り,教育現場では,障害のある幼児・児童・生徒を支援するために,平成19年4月から特別支援教育が実施された.III学習障害の頻度その実施状況を把握するために,文部科学省は平成24年2月から3月にかけて「通常学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育支援を必要とする児童生徒に関する調査」を全国(岩手・宮城・福島の3県を除く)の公立小・中学校各6,000校(対象児童生徒数53,882人)を抽出して実施した3).知的発達に遅れはないものの学習面または行動面で著しい困難を示すと担任教員および特別支援教育コーディネーターまたは教頭が提出した回答に基づくものであり,発達障害の専門家チームによる診断や医師による診断によるものではない.その結果,発達障害の可能性のある小・中学生は6.5%*AtsukoMatsuhisa:さくら眼科**HidehitoKawabata:かわばた眼科〔別刷請求先〕松久充子:〒420-0816静岡市葵区沓谷5丁目7-4さくら眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(43)471 (男子全体の9.3%,女子3.6%)で,学年が上がるにつれて減少し小1では9.8%,中3では3.2%だった.このうち,「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算する」「推論する」などの学習面に著しい困難を示す学習障害(LD)の可能性がある小・中学生は4.5%,「不注意」「多動性衝動性」などの行動面に著しい困難を示す注意欠陥多動性障害(ADHD)は3.1%,対人関係やこだわりなどの行動面に著しい困難を示す高機能広汎性発達障害(PDD)は1.1%にみられ,さらにこれらの障害が重複して学習面と行動面ともに著しい困難を示す児童生徒は1.6%だった.対象の児童生徒のうち58.2%は,教員がより丁寧に教えたり教卓に近い席に座らせたりするなどの支援を受けているが,38.6%はまったく支援されていなかった.校内委員会で支援が必要とされたのは18.4%だが,個々の状況に応じた指導計画を作成されているのは11.7%にとどまった.「読む」「書く」は視機能・視覚のかかわりなくして成立しえない.したがって,学習障害の支援において眼科医として果たすべき役割は重要であるはずだが,これまで眼科医および眼科学校医は当該児童生徒の発達支援に医療的立場からどの程度参加できてきただろうか.視力検査・前眼部の診察だけの定期学校健診に終始して,目の前の児童生徒の視覚による苦労を見過ごしてきたのかもしれない.IV視覚認知とは視覚を認知することとは,外界の情報を取り入れる入力系(視力,屈折,調節機能,眼球運動,両眼視機能など),入力された情報を処理する視覚情報処理系(=狭義の視覚認知:形態,空間位置関係,動きなどを認識する機能),視覚情報を運動機能(読み,書き,目と手の協応など)へ伝える出力系からなる4).視覚システムは,網膜神経節細胞から始まり,外側膝状体,視放線,後頭葉の第一視覚野(V1・有線皮質)を経て,V1より始まりV2,背内側野,V5(MT野)を通過し後頭頂皮質へと向かい,視対象の動きや時空間位置を把握するwhere経路(背側皮質視覚路)と,V1より始まりV2,V4を通過し下側頭皮質へと向かい,色や形態およびその意味を把握するwhat経路(腹側皮質視472あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013WhereWhereWhere(togo)(togo)(togo)の経路の経路の経路M-CellM-CellM-CellV3/V3aV2V1図1視覚情報の2つの流れ外側膝状体(LGN),下側頭葉(IT:inferiortemporal),後頭頂葉(PP:posteriorparietal).運動頭頂葉前頭葉側頭葉状体PPcomplex眼外側膝ITcomplexV4V5Whatの経路P-Cell覚路)の2つのチャネルがあることが知られている5)(図1).Where経路は,主として外側膝状体の大細胞(MagnocellularCell:M-Cell)系からの情報を処理し,what経路は,主として小細胞(ParvocellularCell:P-Cell)系からの情報を処理している5).V1を含む視覚領野で,視覚像の輪郭を形成する線分の傾きや色などの要素が細かく分析される.つぎに,対象によって各々の専門領域が存在し,そこで対象の特徴が分析され知覚される.たとえば,顔の分析は右大脳半球の紡錘状回と下側頭回でおもに行われ,風景の分析は両半球の海馬傍回から後頭-側頭境界領域にかけての領域でおもに行われる.この部分は感情を左右する扁桃体に隣接しており顔の分析結果はただちに感情(平穏,安心,不安,快,不快,恐怖などのいずれかの心理状態)に反映される.自閉症では顔の認知を扁桃体から離れて位置する下側頭回で行うという報告もある.これは自閉症児では人の感情把握がむずかしいことを裏付ける証拠とも考えられる.ものの認知は,カテゴリーごとに異なる脳部位で処理されており,文字の分析に関与する脳の領域なども知られている.背側および腹側経路からの情報は前頭葉で統合され,視野全体のなかで今注目するものがどの位置にあり,いかなる形態をしているかを認知し,自らの意思に沿った(44) 合目的的な運動を遂行する.LDを含む発達障害では,M-Cell系障害を伴うとする報告が多い4).V学校健診による発見児童生徒の最も身近な存在である眼科学校医は,視覚の発達に課題がある児童生徒を見出すことが第一歩である.眼科健診時には眼球運動の可動域を確認するのではなく,衝動性・追従性眼球運動がスムーズでありかつ各方向への注視を継続できるかどうかに注意して診るべきであろう.後述するNSUCO(NortheasternStateUniversityCollegeofOptometry)OculomotorTest6)を,簡単に実施して明らかな異常と思われる児童生徒については,担任から学習に差し支えるようなことがないかを確認したうえで眼科受診を勧める.さらに,担任には健診前に下記の20項目について,気になる児童生徒のその気になる点を聞き取り,複数の項目に該当する問題点があり視覚の発達に課題があると思われる児童生徒にも眼科受診を勧める.①近くを見るときに顔を近づけたり傾けたり大きく顔や体を動かす②指さしたり提示したりしたものをすばやく見つけられない③音読が苦手,読み飛ばし・繰り返し読み・読んでいる場所がわからなくなる④指でたどりながら読む・形が似た字を読み間違える⑤表の縦や横の列を見誤る⑥黒板を写すのが苦手・遅い⑦文字を書くと形が崩れる,一列に揃わない,マスからはみ出す⑧かな文字・漢字・数字の習得にとても時間がかかる⑨積木やパズルが嫌い・苦手,図形問題が苦手⑩長短・大小の比較が難しい⑪図形や絵を見て描き写すことが苦手⑫地図を読み取るのが苦手⑬定規の目盛が読み取りにくい⑭折り紙・ハサミ・コンパス・定規・分度器が使え(45)ない⑮ピアニカやリコーダーが演奏できない⑯蝶々結び・箸使い・ボタンのはめはずしができない⑰とんでくるボールを受ける・打つのが苦手⑱下り階段や高い遊具への昇降を怖がる⑲ダンスや体操で真似をして体を動かすことが苦手⑳読んで聞かせれば理解できるが,自分で読んで問題を解くことができない7)眼科での検査先に述べたように,これまでこれらの児童生徒のほとんどは眼科を受診しても屈折・調節・両眼視・眼位検査とその診断に基づく治療に終始してきたと思われる.視覚の発達に関する検査を実施しないまま眼科医が異常なしと診断してしまうことは,視覚の発達検査などによる何らかの支援に結びつく可能性を断ち切ることになる.問診や主訴から問題点を把握して,詳細は視覚の検査ができる眼科や発達小児科につなぐことが大切である.1)視力検査では必ず遠見視力と近見視力を測定する.当該症例では遠見視力は良好でも近見視力が不良な例は珍しくない.調節機能の不良な場合は,遠近のピントの切り替え(調節融通性)を調節フリッパーレンズにより測定する調節融通性検査法が優れている(図2)4,8).輻湊開散・眼位(遠見・近見)・両眼視機能(同時視・立体視・融像)・色覚検査は必須である.さらに,必要であれば調節麻痺剤による負荷屈折検査や精密眼底検査・視野検査などを実施する.眼疾患の有無をしっかり調べて対処することが眼科医としての第一であることは言うまでもない.落ち着きがないために待っていられない,検査台に顔を置けない,じっとして検査を受けられない,触れられることが苦手のために眼鏡試験枠をかけさせない,検査光を異常にまぶしがり検査させない,などを理由に十分な検査を受けられずに眼疾患(屈折調節など)が放置されている場合が少なからずみられる.このような場合は,一度にすべての検査を実施しようとせずに複数回に分けて検査をすること,予約制にして待ち時間を減らすこと,同時検査の人数を減らして落ち着いた環境づくりをすること,なるべく顔や眼部に触れない検査を選択あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013473 おこそふこみつひやろさうけともわはさにむなあいりきねほよゆえせてこさとよおしみくすめまうかちうへわむいほえねろたなてえゆあろわえをさたくへちりことすのくまみちはむおくなゆすはあこむこせわくみねくうとろるえつらすむやへなきせのねまにひやけてへえそいふつひはもうゆてよちのむこかやしくなのれひやとむあちみさよくゆはわりたうのむすにかさもたろらこませやへうるえそふもいたこひすめいふことれはたのよさきうねい図2調節フリッパーレンズによる調節融通性検査法眼前に置いたプラスレンズとマイナスレンズからなる調節フリッパーレンズを交互に反転させながら,視距離30cmに置いた近見視力表を明視する様子を観察する.60秒間で繰り返せる回数のほか,プラス,マイナスどちらでピントが合わせやすいか,合わせにくいかの様子も観察する.ピントの調節不全の場合マイナスレンズが眼前にあるときピント合わせがむずかしく,プラスレンズが眼前にあるときピントは合わせやすい.プラスレンズが眼前にあるときピントが合いにくい場合は調節緊張が疑われる.プラス,マイナスともピント合わせが困難な場合,調節痙攣か,調節反応不良が疑われる.30秒間での繰り返し回数の平均値は片眼では5.6回,両眼では3回程度である4).し,触れる場合は顔や目から遠いところから順番に触れていくこと,先に検査の内容を説明して終わりまでの流れを知らせておくこと,施設や環境に慣れてもらうようになるべく同じスタッフが検査をすること,前回の癖や話題を記録して,検査の手順をなるべく同じにすることなどが大切である.さらに,視覚の発達に課題を抱えると疑われる場合には,下記のような検査を追加する必要がある.2)衝動性・追従性眼球運動検査・NSUCOOculomotorTest6)衝動性眼球運動:子どもから40cm以内の距離に水平方向に20cmほど離した視標を連続5往復して能力・474あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013正確さ・頭の動き・体の動きを評価する.追従性眼球運動:子どもから40cm以内の距離に直径20cmの円を描くように時計回りと反時計回りに2周ずつゆっくり動く視標を見つめさせて能力・正確さ・頭の動き・体の動きを評価する.視標を続けて追うことができない,修正が多い,頭や体の動きが多いと不良である.課題を抱える子どもの場合は,見てもすぐに中央に戻してしまう,見続けることが困難,頭が一緒に動くなどの特徴がある.・DEM(DevelopmentalEyeMovement)Test:衝動性眼球運動の正確性を測定する検査近見遠見視写検査:視写には眼球運動,視覚,目と手の協応などが深くかかわっている.文字列を見て書き写す能力を測定することが目的である.タイム,自己修正,はみ出し数をカウントする.視写中の書き写し方(1個ずつ,3個ずつなど),姿勢,鉛筆の持ち方なども観察し記載しておくとよい.3)視覚閉合(部分的に欠けていたり不完全に見えていたりするものでも形状を認識できる能力)・視覚の恒常性(背景が変わったり,位置や大きさが変化しても,同じものであると認識できる能力)・視覚弁別(ものの基本的な特徴,形,大きさ,位置,色などを認識する能力)・図地弁別(対象物と背景を区別できる能力)・視覚的記憶(見たものを記憶し思い出す能力)・目と手の協応(視覚情報と微細協調運動を組み合わせること)・視空間認知(ものや自分自身の,空間の中での位置関係や向きを認識する能力)の検査9)・フロスティッグ視知覚発達検査(DevelopmentalTestofVisualPerception):手と運動の協応,図と地,形の恒常性,空間における位置,空間関係の5つの視知覚技能を測定する.4歳0月.7歳11月の子どもの視知覚上の問題点を発見することを目的とし,日本人の子どもでも標準化されている.日本文化社にて販売され,診療報酬では発達および知能検査(操作が容易なもの)に該当する.・DTVP-2(DevelopmentalTestofVisualPerception2ndedition):フロスティッグ視知覚発達検査のアメリカにおける改訂版であるが,日本では発売されてい(46) ない.4歳0月.10歳11月の子どもの,目と手の協応,空間における位置,模写,図と地,空間関係,視覚形態完成,視覚運動速度,形の恒常性が含まれ,視知覚と視覚運動統合のスキルを評価することができる.奥村らによって日本人の平均値と標準偏差の参考値が出されている7).・DTVP-A(DevelopmentalTestofVisualPerceptionAdolescentandAdult):フロスティッグ視知覚発達検査の11歳0月.74歳11月までを対象とするものだが,日本では販売されていない.4)Wechsler式知能検査(WISC-III,WISC-IV)(発達障害の専門家や発達小児科医にて実施する):全検査IQ(FSIQ),言語性IQ(VIQ),動作性IQ(PIQ)に加えて,言語理解(VC),知覚統合(PO),注意喚起(FD),および処理速度(PS)の指標がある.言語性IQに対して動作性IQが非常に低い場合,かつ処理速度(PS)が低い場合は読字・書字障害が疑われる.5)読字検査:WISC-IIIなどの知能検査でFIQ,VIQ,PIQのいずれかが85以上(正常)であるにもかかわらず読字書字困難を呈している場合は,特異的発達障害の診断・治療のための実践ガイドライン10)に沿った読み書き症状チェック表を確認して7項目以上に陽性の場合は読字検査を実施する.単音連続読み検査(ひらがな50文字を連続音読),単音速読検査(有意味語30個,無意味語30個の連続音読),短文音読検査を実施して異常がある場合は読解力などの検査を実施して診断する.6)聴写検査:「小学生のための読み書きスクリーニング検査」などを用いる11).診断と治療(トレーニングを含む)およびロービジョンケア(発達小児科医・発達支援組織・発達支援教育との連携):(1)屈折異常:強度の近視や遠視,乱視に眼鏡処方をすることは当然であるが,軽度の近視・遠視・乱視であっても視覚の発達に課題を抱える場合は眼鏡処方したい.羞明がある場合は遮光眼鏡も念頭に入れる.しかし,発達障害では眼鏡をかけることがとても我慢できない子どもがいることも理解したい.(2)調節異常:調節不全の場合は眼鏡処方する.調節不良の場合は遠近交互にピントを合わさせるようなトレ(47)ーニングを指導してみる.調節緊張には一般的な点眼加療をする.遮光眼鏡が奏効する場合があることを念頭に入れる.(3)輻湊不良:輻湊トレーニングをする.(4)衝動性・追従性眼球運動および注視の低下:正しく読む,書き写す,列を揃えて書く,ボールを受け止める,階段の昇り降りなどにはとても重要な働きである.さまざまな発達障害に併発していることが多い.眼球を動かすことができないのではなく,見るべきところで的確に止めたり,飛ばしてしっかり見たり,追いかけて見続けたりすることが苦手で,眼球運動制御発達の遅れと思われる.目だけでなく,体の制御も苦手であるためにさらに多動傾向の子どももいる.この結果,手や体と目の協応が低下している.衝動性・追従性眼球運動および注視はトレーニングによる改善が期待できる.器質的疾患を伴わない(=眼振や他の疾患に起因しない)眼球運動不良が改善することは注意関心の制御が可能になっていることの現れであり,同時に多動傾向が改善することはしばしばみられる.トレーニング方法はさまざまな成書12.15)に述べられているが,目の前の視標をとびとびに見たり,ゆっくり動く視標を追って見たり,固視したまま顔を縦横上下左右に動かしたりすることを毎日,数分.10分間継続させる.ランダムに字を読む練習,迷路たどり,ボール・ビー玉ころがし,風船つき,お手玉などのような遊びの延長で楽しくできることを提案したい.トレーニングはややむずかしいことをさせて,進歩したら誉めて達成感をもたせながら徐々に難易度を上げていくことが大切である.(5)形態覚の不良:視覚弁別:形・色・大きさによってものを分類したり,色や形の違うものを例題と同じように並べたり,パズルをしたりする.背中に書いた文字を当てさせる9).図地弁別:「ウォーリーを探せ」のようなゲーム,ジグソーパズル9).(6)空間認知の不良:図形を組み合わせたパターンを写す.点むすび・迷路.決められたように配膳するお手伝い.一緒に洗濯物たたみなどがある.(7)視覚記憶の不良:トランプゲーム,いくつかのもあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013475 のを並べて見せたあと布で隠して思い出させる.(8)空間構成スキル:同じ場所に片付ける9).(9)目と手・体の協調不良:人のポーズを見て同じ形にする練習,体操など.(10)読字困難:分かち書き,文節ごとのスラッシュ,漢字と違う色でふり仮名をふる,読みやすい方向に変換する.(11)書字困難:教育者や保護者にはひらがな・カタカナを粘土などで立体的に作りながら覚える.ひらがなからカタカナへの変化,漢字への組み合わせ・部首別分類などを指導する.罫線を大きくわかりやすくする.ページのはじめにわかりやすい色を付ける.(12)特異的読字障害,特異的書字障害:学校との連携を図り,学習方法の変更も検討する.検査時には,児童生徒の計画帳や国語算数などのノートを見ることも大切である.黒板を写したもの,ドリルを写したもの,考えて書いたもの,さまざまな特性を如実に表す貴重な診断材料である.専門家によってすでにさまざまな知能検査が終了していることもあるので,保護者の手元にある資料はすべて持参するよう来院前に指示しておくとよい.おわりに診断によって,子どもも保護者も教育者も,また当事者が大人であっても,これまで困難があった原因を知ること,すべてができないのではなく,一部の苦手なことがあるということを知ることは,二次障害に発展することを防ぎ,生きやすくさせることになる.トレーニングによってすべての視覚の発達の課題が解決するものではないが,苦手さを改善することは可能な場合も多い.また,複数の発達課題や他の発達障害を併発していることが多い.発達障害の症状を多く抱える場合には,発達小児科医と連携することが必要である.眼科医だけで発達障害や読み書き障害の診断をすることはむずかしい.発達小児科未受診の場合には,保護者に理解を求め発達小児科にコンサルトすることが大切である.専門家(発達を専門とする医師・視能訓練士・臨床心理士・作業療法士・言語聴覚士・特別支援教育士など)により,それぞれの児のもつ個々の課題に応じてトータ476あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013ルなトレーニングや教育がなされるのが理想的である.しかし,発達支援のできる専門家がいる施設がどこにでもあるわけではない.また,あったとしても収容能力は不足している.発達にかかわる施設や指示をすればトレーニングをすることが可能であると思われる関連機関(家庭・民間の支援機関・運動教室・塾・家庭教師)などと地域連携を組み立て活用していくことも一案である.眼科医だけでは決してなしえないことであるが,眼科医抜きでも成立しないことである.さらに,教育機関とも密に連携が必要である.発達支援には支援学校・支援学級・通級指導教室があり,内容は支援学校や支援学級には情緒支援・知的支援があり,通級指導教室には情緒指導・言語指導などがある.発達小児科医の診断と学校・発達支援教育専門家・保護者との話し合いによって,支援の種類・程度を分類している.視覚支援学校はおもに視力・視野障害を対象としており,当該児の支援に取り組んでいるところは少ない.いずれにせよ,支援教育士は不足している.すべての学校には特別支援コーディネーターが配置されているので,課題を抱えている点を診断して対処方法を指示することで,担任が丁寧に指導することや副担任が指導に充てられることもある.担任だけではむずかしいケースでは通級指導や支援級なども検討され,ときにケース会議が開催され指導計画が作成されている.担任や保護者が児童生徒に視覚の発達に課題があることに気が付いていないために,成果のない努力を強いる不適切な指導によって不登校や抜毛症などになって疲れ果てて当院を受診してくる子どもたちを診ると胸が痛む.まず,本疾患を知ってもらう啓発活動から始めなければならない.発達障害児・者のロービジョンケアはこれからの大きな課題であるが,知的能力がありながら活用されないわが国の財産をしっかり育てていくために,眼科医もこの重要な仕事の一端を担うべきである2).文献1)学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査協力者会議(文部省)(1999年7月)(48) 2)川端秀仁:眼科医の手引き学習障害と視覚認知.日本の眼科81:875-876,20103)「通常学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育支援を必要とする児童生徒に関する調査」(文部科学省2012年12月5日)4)川端秀仁:視覚認知に問題のあるLD(LearningDisorders,LearningDisabilities)児への対応.「発達障害,LD,視覚認知,眼科」.日本ロービジョン学会誌10:31-38,20105)FarahMJ:TheCognitiveNeuroscienceofVision.p1-28,Wiley-Blackwell,Oxford,20006)MaplesWC,AtchleyJetal:NortheasternStateUniversityCollegeofOptometry’Oculomotornorms.JBehavOptom3:143-150,19927)奥村智仁,若宮久雄:学習につまずく子どもの見る力.明治図書出版,20108)GriffinJR,GrishamJDetal:BinocularAnomalies3rded.p40-42,Butterworth-Heinemann,Oxford,19959)リサ・A・カーツ,川端秀仁:発達障害の子どもの視知覚認知問題への対処法.東京書籍,201010)稲垣真澄:特異的発達障害診断・治療のための実践ガイドライン.診断と治療社,201011)宇野彰:小学生の読み書きスクリーニング検査.インテルナ出版,201112)奥村智仁:教室・家庭でできる見る力サポート&トレーニング.中央法規出版,201113)北出勝也:学ぶことが大好きになるビジョントレーニング.図書文化社,200914)北出勝也:学ぶことが大好きになるビジョントレーニング2.図書文化社,201215)内藤貴雄:子どもや伸びる魔法のビジョントレーニング.日刊スポーツ出版社,2010(49)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013477

眼球運動障害者のロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):465.470,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):465.470,2013眼球運動障害者のロービジョンケアLowVisionCareforOcularMovementDisorders鈴木利根*杉谷邦子*相馬睦*はじめに眼科診療の日常では,特に神経眼科外来を担当していると,視力や視野障害の他,複視を訴えるさまざまな眼球運動障害者に遭遇する.眼球運動障害は眼振などの異常眼球運動と眼筋麻痺に大別でき,原因別には先天性と後天性に分けられる.これらの眼球運動障害者のうち先天性は読み書き障害と関連し,また特に後天性では麻痺性斜視からくる複視のために日常生活や学習,労働作業に支障をきたす.そのため複視のある場合,視覚障害者の等級判定では,片眼の視力を0として優位眼の視力のみで判定する.眼筋麻痺に対しては,通常はまず原因治療,手術や薬物治療などを優先する1)が,これまで斜視手術によりQOL(qualityoflife)の改善が得られたという報告がある2,3).これらの治療と並行してあるいは症状固定後に光学的治療を行うと,障害者のQOLの向上がさらに期待できる4).当院ではロービジョン外来と共同して,これまでの神経眼科では時間の制約などがあり十分治療しきれなかったさまざまな眼球運動障害者の生活上の困難を改善するためにロービジョンケアを行っており,疾患別ロービジョンケアとしての領域が形成されつつある.本稿では,特に先天眼振や眼筋麻痺の患者に対し,筆者らが頻繁に行っているプリズムや“部分遮閉”を中心とし,他に遮光眼鏡も含めた光学的治療をおもに述べる.Iロービジョン外来患者全体における眼球運動障害者の実際当院では平成13年11月に専門外来としてロービジョン外来を開設して11年になる5).一般にロービジョンケアの対象疾患は,疾患の頻度からいっても緑内障や糖尿病網膜症,黄斑疾患,網膜色素変性症で,それらによる視力障害や視野狭窄・中心暗点などの視野障害が多い.しかし,当科では他の医療機関に比べ眼球運動障害をきたす疾患の比率がきわめて高い.平成24年12月までの過去11年のロービジョン外来での受診患者総数は722名で,そのうち神経眼科外来を経て受診した患者は192名であった.さらにそれらから視神経疾患などを除く,眼振や麻痺などの眼球運動障害者は136名であった(表1).これらに対し,プリズムや後述する“部分遮閉”などの光学的治療を行い,さらに眼球運動障害に加え高次脳機能障害を伴う場合に表1当院ロービジョン外来における眼球運動障害者の内訳疾患名人数疾患名人数滑車神経麻痺27垂直注視麻痺4外転神経麻痺27眼窩底骨折3Skewdeviation14網膜.離手術後1動眼神経麻痺8その他の外眼筋麻痺18強度近視性内斜視8眼瞼痙攣5甲状腺眼症7原因不明8重症筋無力症6合計患者数136*ToneSuzuki,KunikoSugitani&MutsumiSouma:獨協医科大学越谷病院眼科〔別刷請求先〕鈴木利根:〒343-8555越谷市南越谷2-1-50獨協医科大学越谷病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(37)465 はリハビリテーション施設や労働関係機関へ橋渡しをするなどの支援を行った.また,先天眼振や小児患者は27名でこれらのうち頭位異常のある6名には頭位を改善するためのプリズム治療〔versionprism法(用語解説),症例2,3〕を行い,視力が不良の6名に対し教育機関と連携して視覚補助具の選定や就学指導,学習支援を行っている.今後他施設でもロービジョンケアの対象疾患の多様化と広がりにより,眼球運動障害者に対するケアも増えるであろう.IIどのような眼球運動障害者に光学的治療が奏効しやすいか小児の先天眼振や先天性眼筋麻痺では,頭部傾斜などの頭位異常をきたすことが知られている.これを矯正するためには手術以外にプリズム装用が有効である.膜プリズムでversionprism法を行うと両眼に膜を貼るため小児や親に好まれないが,当科では全例5Δの組み込みプリズムによるversionprism法で予想外の頭位の改善が得られている.また,眼瞼痙攣患者はしばしば羞明を訴え,ボトックス注射の他,遮光眼鏡(特に風も防ぐゴーグル型が有効)により症状が軽減することがある.眼筋麻痺による複視では,プリズム矯正に限界があり,正面位が改善しても第2眼位や第3眼位に複視が残存することも多く,結局は片眼帯になることも多かった1,6).しかし筆者らは,プリズムに加えて下記に述べる“部分遮閉法”を加えた方法を使ってこの問題を大幅に解決できた4,7).2004年から2010年の約5年間に当科で光学的治療を行った患者をまとめると(表2),原因疾患は上斜筋麻痺と外転神経麻痺,続いてskewdeviation(用語解説)や甲状腺眼症が多かった4).外転神経麻痺や上斜筋麻痺の場合,高齢者で虚血性の良性の麻痺が多く,経過観察のみでも3カ月程度で回復することが多い.回復期間中の一部患者にも一時的なケアを行ったが,大部分は外傷などが原因で後遺症として麻痺が残存した場合に永続的な治療目的で光学的治療を行った.治療の対象者を選択するとき,近視などで普段眼鏡を常用している障害者は光学的治療を受け入れやすいので積極的に適用している.若年者で車の運転を職業にしていたり,斜視角が大466あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013表2光学的治療を行った眼筋麻痺患者の原因とその方法原因疾患光学治療有効例()内は部分遮閉併用無効例上斜筋麻痺16(3)1外転神経麻痺15(6)1Skewdeviation9(2)1甲状腺4(1)1強度近視性内斜視4(1)重症筋無力症3(0)1動眼神経麻痺3(1)外眼筋麻痺2(1)3脳梗塞後麻痺性斜視1(0)上直筋麻痺1(0)間欠性外斜視1(0)網膜.離手術後1(0)開散麻痺1(0)MLF+skewdeviation1(1)垂直注視麻痺1(1)後天性外斜視1(1)原因不明8(1)合計患者数72(19)8MLF:内側縦束症候群.きければ,始めから観血的な斜視手術を勧める.しかし,高齢者や脳梗塞後などの全身合併症のある患者で手術を希望しない者には,たとえ斜視角が大きくても本法を優先して試みたが好評であった.手術を行った後の軽度の残存斜視に,本法を適用できるのも利点である.眼位異常の種類や程度では,水平より垂直斜視では軽度でも複視を強く訴えるが,光学的治療の成功率は水平と比べてあまり変わらない印象である.回旋異常があると従来いわれるとおり水平,垂直の矯正のみで単一視を得られることもあるが,偏位が大きいと装用できないことが多い.III眼筋麻痺患者の光学的治療の方法筆者らは複視を訴える患者に対しまずプリズム処方を行い,それでも不適合の場合はさらにsegmentalocclusionとspotpatchとよぶ“部分遮閉法”を加えて,光学的治療法の適応範囲をこれまで以上に拡大することができた(図1)7).まずプリズムについてであるが,一つには眼鏡レンズの表面に貼って使用する膜プリズムがある.他方は眼鏡レンズ自体に加入する組み込みプリズムである.このようなプリズム処方は光学的治療の主流で(38) 〈組み込みプリズム〉〈部分遮閉〉〈追加膜プリズム〉SegmentalocclusionSpotpatch水平の追加垂直の追加水平・垂直を両眼に分配水平・垂直の合成を片眼で図1眼筋麻痺の光学的治療法(文献7より)まずプリズム処方(組み込みあるいは膜プリズム)を行い,それでも複視が残れば,部分遮閉として周辺(segmentalocclusion)あるいは中心部(spotpatch)に遮閉膜を貼る.あるが,筆者らは一時的な治療だけでなく,複視を訴える患者全般に永続的な使用目的で施行してきた.ところが麻痺性斜視では,共同性斜視と違って,正面や下方,側方などで眼位が変化するため,プリズム処方の適応に限界があった.このようにプリズム処方が奏効しない場合これまで,片眼に眼帯をする完全遮閉か,スコッチテープのような半透明膜で片眼全体を覆って霧視状態にして複視をなくす“半遮閉法”が報告されている1,6).筆者らが行っている“部分遮閉”は,周辺部で複視が残存した領域のみを遮閉する独自の方法で,周辺部を遮閉するsegmentalocclusionと片眼の中心部分を遮閉するspotpatchの2通りを使い分けた.実際の方法であるが,まず眼位検査を行って斜視角を測定する.つぎに複像検査として赤ガラス試験やHess赤緑試験,両眼注視野などを行う.これらの結果とプリズム検眼レンズやFresnel膜プリズム検査セットを使って適合する角度を決め,患者にプリズム眼鏡を処方する.あるいは普段常用している眼鏡があればまず調整や変更のしやすい膜プリズムを貼って,1カ月間ほど自宅などで装用練習をした後,何回か調整して複視の消失が安定してから組み込みレンズ処方とすることもできる.組み込みプリズムは片眼で5Δ程度の限界値があるため,それ以上の角度ではその上に膜プリズムを追加して貼ることもある.片眼や両眼に貼る場合もあり,方向も水平や垂直あるいは斜め方向の場合もある(図2).いずれにしても障害者の訴えを聞き取りながら繰り返し調整(39)〈組み込みのみ〉Δ〈組み込み+水平膜〉Δ〈組み込み+垂直膜〉Δ〈組み込み+水平と垂直の合成膜〉Δ図2プリズムの組み合わせ例(文献7より改変)左上段は組み込みプリズムのみで良好な場合,右上段,左下段はさらに水平あるいは垂直に膜プリズムを追加した場合である.水平および垂直斜視の両者が混在する場合は,右下段のようにその合成プリズムを斜めに貼るか,両眼に水平および垂直に分けて貼る場合もある.周辺のみ遮閉瞳孔領も遮閉図3部分遮閉のさまざまな遮閉部位例(文献7より改変)左列は眼鏡の周辺部(segmentalocclusionとよぶ)へ,右列は中心部(spotpatchとよぶ)を遮閉する.前者は周辺の複視の残った部分に合わせて,遮閉膜を下斜め(左上段)や真横(左中断),真下(左下段)に貼る.Spotpatchは,中心部(右上段)あるいは中心部を含んで周辺(右下段)に貼る方法である.し,時間をかけて行う粘り強い作業となる.このようなプリズム処方で,筆者らは65%以上の患者で複視の消失が得られた4).しかし,このようなプリズム治療を行っても,前述したように特定の方向で複視が残る場合,以下の2通りの“部分遮閉”を行った(図3).まず周辺部の複視の残る領域を特定しそれに合わせて,眼鏡レンズの周辺に部分的に遮閉膜を貼る(segmentalocclusion).それでもなお自覚的に複視が消失しない場合は,最終的に片眼の中心視力を放棄し,レンズ上の瞳孔領を含む中心部分に遮閉を行った(spotpatch).これは片眼の中心視力は犠牲にするが,両眼視できる部分が周辺に残るため完全遮閉に比べて姿勢や歩行などに安定性が保持でき,また自覚あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013467 的な開放感と快適さが残された.このようにプリズムに加え2通りの“部分遮閉”のいずれかを追加することによってさらに対応できる範囲が広がり,85%程度まで自覚的に複視の消失が得られた4).IV症例以下に代表例を紹介する.〔症例1〕7歳,女児.先天性両滑車神経麻痺,下斜筋過動症:プリズム例.両下斜筋減弱術を行ったが,左頭部傾斜などが残った.眼位は10ΔRE/LEで,右眼に5Δ基底下方,左眼に3Δ上方基底のプリズム眼鏡を装用して上下斜視を矯正し,左頭部傾斜が消失した(図4A).〔症例2〕7歳,男児.先天振子様眼振:versionプリズム例.左下方で眼振の中和点があり,常用中の遠視性乱視の眼鏡に,右眼5Δ基底外方,左眼5Δ基底内方を加えると,顎上げの頭位異常の改善や(図4B),右上がりに小さくなる書字の改善などがみられた.AB図4滑車神経麻痺(A)および先天眼振(B)に対するプリズム処方例それぞれ左はプリズム装用前,右は装用後である.Aの症例1の女児は左頭部傾斜および左faceturnが改善している.Bの症例2の男児は顎上げが改善している.468あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013〔症例3〕24歳,男性.先天性外眼筋ミオパチー:versionプリズムから就労支援例.矯正視力は右眼0.5,左眼0.4,60Δの外斜視,両眼瞼下垂と全外眼筋麻痺があり,顎上げの異常頭位をとっている(図5A).生来の症状のため日常生活に支障はないが,頭位異常のため就労に差し支えがあると感じていた.外眼筋麻痺のため下垂の手術も困難であった.両眼視ができないことから,非優位眼の視力を0とし,他眼の矯正視力が0.6以下のため,まず視覚障害6級を申請し手帳交付となった.また,両眼に7Δの基底上方versionプリズムを処方し(図5A),頭位が改善した.今後眼瞼下垂に対してはクラッチ眼鏡を検討する一方,ハローワークへの働きかけなど就労支援を行っている.〔症例4〕75歳,男性.両滑車神経麻痺:versionプリズム例.両眼への基底下方5Δの加入により,顎下げの頭位異常が消失した(図5B).〔症例5〕50歳,男性.脳腫瘍による垂直注視麻痺とskewdeviation:プリズム例.AB図5外眼筋ミオパチーと両滑車神経麻痺に対するversionプリズム処方例症例3:Aの左図のごとく,外眼筋ミオパチーによる眼瞼下垂のため顎上げの頭位をとっていたが,両眼に7Δ基底上方のプリズムを挿入することで,右図のように頭位の改善が得られた.併せて視覚障害6級を取得,就労支援の橋渡しを行った.症例4:Bのごとく,プリズム処方により顎下げが改善している.(40) 図6松果体部腫瘍による垂直注視麻痺とskewdeviationに対するプリズム処方例症例5:放射線治療後も左上の5方向写真のように上下方向への注視麻痺と,軽度の右眼/左眼の上下斜視(skewdeviation)がみられる.図右下のように10Δ・80°でのFresnel膜プリズムを右レンズに貼ることで複視の自覚が消失した.脳神経外科にて松果体部腫瘍と診断された.当科神経眼科外来初診時の所見は垂直注視麻痺,特に下方注視麻痺が著明で,その他に瞳孔の対光-近見反応の解離現象などのParinaud症候群(用語解説)を示した(図6).放射線治療後も複視と垂直注視障害を訴えたため,ロービジョン外来の受診となった.Skewdeviationによる上下斜視で,8Δ基底内方,10Δの基底下方で正面の複視は消失した.右レンズへの斜め方向の合成プリズム(20Δ・80°)が自覚的に最善であったが,初回診察では本人の希望もあり処方は保留となった.1カ月後の再診では合成プリズム換算は10Δ・17°であったが,10.15Δで試した結果は10Δ・80°が自覚的に最善であった.Fresnel膜プリズムを貼り経過をみることとした.さらに処方1カ月後の3回目の診察では,患者の複視消失が確認でき,膜プリズムは15Δに調整変更となった.今後は下方の部分遮閉と近方眼鏡の調整も検討している.〔症例6〕60歳,男性.右外転神経麻痺:プリズムと部分遮閉(segmentalocclusion).腎透析中で初診日の8日前から複視を突然自覚した.神経眼科外来の診察所見は30Δの内斜視があり,右外転がまったく不可能であった(図7).頭部MRI(磁気共鳴画像)で脳幹部その他に異常信号を認めず,3カ月程度で回復の見込める虚血性の神経麻痺と診断した.複視を強く訴えて歩行などに支障が大きく,ロービジョン外来の受診となった.まず普段装用している眼鏡の右レンズに30ΔのFresnel膜プリズムを基底外方で貼った.それでも右外転不能のため右側方視で複視が残り,これに対して左鼻側に半透明3MTMテープで部分遮閉(seg(41)図7虚血による右外転神経麻痺のプリズムと部分遮閉(segmentalocclusion)の併用例症例6:上段のHess赤緑試験のように麻痺性内斜視と右外転制限がある.常用している眼鏡右レンズに30ΔのFresnel膜プリズムを基底外方で貼った.それでも右側方視で複視が残るため,左鼻側に半透明3MTMテープで部分遮閉(segmentalocclusion)を追加した.mentalocclusion)を追加した.この際,院内を歩行したり階段昇降も試した.1カ月間試用後の再診時に再調整を行った.複視が消失し自覚的にも満足されていたが,膜プリズムを25Δに弱め,逆に左鼻側の部分遮閉の範囲を中心方向へ拡大調整した.今後回復に合わせてプリズム度数の軽減と部分遮閉の中止を予定している.あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013469 AB図8両側部分遮閉(segmentalocclusion)とspotpatch例A症例7:両MLF症候群.両内転障害のため両側方での見にくさがあり,両眼の鼻側にそれぞれ部分遮閉(segmentalocclusion)を行った.B症例8:脳幹部出血による眼瞼下垂と複合神経麻痺の左spotpatch例.左spotpatchにより複視が消失し,クラッチ眼鏡で下垂も改善している.〔症例7〕68歳,男性.両MLF(内側縦束)症候群(用語解説):両側部分遮閉(segmentalocclusion).両側方での見にくさがあり,両側レンズの鼻側に遮閉膜を貼った(図8A).〔症例8〕64歳,男性.脳幹部出血による両眼瞼下垂,上方注視麻痺,動眼神経麻痺:部分遮閉(spotpatch).眼筋麻痺が複合しており,プリズムや周辺の遮閉では複視が消失しなかった.クラッチ装置で下垂を矯正し,左眼鏡レンズ中央の瞳孔領に遮閉膜を貼り(spotpatch),さらに複視の残った右鼻側にも追加(segmentalocclusionを併用)した(図8B).おわりに視力や視野障害などの視覚障害に比べて,複視などの眼球運動障害に対するロービジョンケアはまだ十分とはいえない.筆者らは先天性眼振などの異常眼球運動の他,特に後天性眼筋麻痺患者の複視に対し手術以外の方法として,プリズムと独自にはじめた“部分遮閉”を合わせた光学的手法を駆使した.この方法により複視の消失が高率に得られて非観血的なケアの可能性が広がった.その結果,眼球運動障害者の就学支援や就労支援の向上,高齢者のQOLの改善につなげられた.■用語解説■Versionprism法:両眼に装用させるプリズムの基底を同方向にする方法.先天眼振で中和点があれば,それが正面になるように加入する.それに対し,基底を両眼とも外方にし,輻湊眼位をとらせて眼振を抑制しようとする方法がvergenceprism法である.Skewdeviation:斜偏位.脳幹部などの中枢障害による後天性の上下斜視.Parinaud症候群:脳幹部上方の後交連付近の病巣により起こり,垂直注視(特に上方注視)麻痺や輻湊障害,瞳孔障害,眼振など多彩な症状をきたす.若年者では松果体部腫瘍が多く,高齢者では脳梗塞などの血管障害でもみられる.MLF症候群:病巣側眼の内転障害(ただし輻湊は可能)と,健側眼の眼振がみられ,脳幹部の内側縦束の障害で起こる.内側縦束症候群ともいわれ,核間麻痺も同義語である.文献1)村木早苗:麻痺性斜視の治療方針.あたらしい眼科27:1671-1675,20102)FujiikeK,MizunoY,HiratsukaYetal:Qualityoflifeandcost-utilityassessmentafterstrabismussurgeryinadults.JpnJOphthalmol55:268-276,20113)木村亜紀子:麻痺性斜視の手術治療.神経眼科29:286293,20124)木村理恵,杉谷邦子,坂上敏枝ほか:複視に対するプリズム治療と多様な部分遮蔽との組み合わせ.臨眼66:16771681,20125)杉谷邦子,江口万佑子,鈴木利根ほか:ロービジョン外来においてニーズへの対応に限界があった事例の検討と今後の課題.日本ロービジョン学会誌11:64-68,20116)KhanS,LeungE,JayWM:Strokeandvisualrehabilitation.TopStrokeRehabil15:27-36,20087)鈴木利根,杉谷邦子,相馬睦ほか:種々の部分遮蔽を併用した眼筋麻痺の光学的治療.神経眼科29:270-275,2012470あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(42)

先天盲と中途失明におけるロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):457~463,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):457~463,2013先天盲と中途失明におけるロービジョンケアLowVisionCareforCongenitalandAcquiredBlindness西田朋美*はじめに視覚障害は,盲・失明(blindness)とロービジョン(lowvision)に大きく二分される.現在のところ,それぞれの定義は世界で統一されていない.盲・失明というと,一般的には光もわからない状態をイメージしがちだが,決してそうではない.世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)では,いずれも良いほうの目を矯正して,盲・失明は光覚弁なし以上0.05未満,中心視野10°以内,ロービジョンは0.05以上0.3未満と定義づけている.わが国の身体障害者手帳認定基準に照らし合わせると,視覚障害1級,2級程度がWHOの盲・失明に相応する.盲・失明は,さらに先天盲と中途失明に二分される.先天盲は,乳幼児期までの間に受障し,視覚を使えた経験をもっていない状態で,中途失明は,人生半ばで受障し,視覚を使えなくなった状態をいう.つまり,先天盲と中途失明は,ものを見た記憶があるかないかという点が最も大きな相違点であり,盲・失明という同程度の視覚障害であっても困り具合がまったく異なる.これに伴い,ロービジョンケアの進め方も先天盲と中途失明では違うことが多い.本稿では,盲・失明を対象として,原因疾患,障害の告知と受容,就学前から就労まで,文字の読み書き,歩行,スポーツの面から,先天盲と中途失明でどのように異なるのかに関して説明を加え,ロービジョンケアを進めるうえで眼科医として最低限押さえておきたいポイントを明らかにする.I原因疾患先天盲では,盲学校の児童生徒の統計(1986~1996年)によれば,網膜色素変性症,視神経萎縮,先天性眼疾患が上位3位を占めている.視覚障害の原因に関しては,2005年の盲学校での調査結果では,眼球全体,視神経視路,網脈絡膜疾患を含む先天素因が過半数を占め,ついで,中毒(未熟児網膜症を含む),腫瘍が多かった.抗生物質が登場する以前は,感染症が多く,時代背景的に乳幼児の栄養不良による角膜軟化症も多くみられ,角膜混濁は視覚障害の主要な原因となっていたが,時代とともに激減してきた.また,厚生労働省が5年に1回行っている調査によると,2006年のデータでは全国に視覚障害児は約4,900人いて,うち75.5%が身障1級,2級に該当した.昨今の特徴としては,視覚障害と知的障害など重複障害が特徴であるとされている.中途失明では,身体障害者手帳に基づいた2005年の調査によると,緑内障,糖尿病網膜症,網膜色素変性症が上位3位となっている.昨今の特徴としては,高齢者が圧倒的に多く過半数以上を占め,従来は欧米に多かった加齢黄斑変性が徐々に増えてきていることがあげられる.II障害の告知と受容視覚障害リハビリテーション主体のロービジョンケア*TomomiNishida:国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科〔別刷請求先〕西田朋美:〒359-8555所沢市並木4丁目1番地国立障害者リハビリテーションセンター病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(29)457 は,一般的に障害告知から開始される.障害告知とは,どのような治療を行っても今以上の視機能改善が望めず,患者の視機能が視覚障害の状態で落ち着く場合に,患者や家族へ眼科医からわかりやすく状況説明を行うことである.告知時期は医学的予後や障害の程度がわかり次第,できるだけ早いほうがよい.ロービジョンケアはあらゆる職種とチームを組んで進めていくことが多いが,障害告知は眼科医にしかできないロービジョンケアのなかでも最重要の仕事である.眼科医にとっては,特に責任重大かつ荷の重い仕事ではあるが,患者や家族からの質問に対して,その場限りのあいまいな回答をすることだけは厳に慎み,真摯に患者や家族と向き合って説明を行うことが大切である.可能であれば,十分に時間をとって説明を行うことが望ましい.このとき,見えない理由の説明に終始するのではなく,これから先どうしたらいいのかに関しても必ず触れることが重要である.障害告知がうまくできるか否かで,その後のロービジョンケアが円滑に進められるか否かが決定するといっても過言ではない.仮に,自分のところで十分なロービジョンケアを行うことが困難な場合は,周囲でロービジョンケア対応が可能な医療機関や施設へ臆せずに紹介できるようなシステムを日頃から構築しておくことも大切である.特別な説明やアドバイスもなく,漫然と視覚障害の患者を通院させて月日を費やすことだけは眼科医として慎まなければならない.患者が未成年の場合は,両親あるいはそれに代わる保護者(以下,保護者)へ説明を行う.未成年であっても,患者が病状説明を理解できる状態であれば,保護者と相談のうえ,本人へも説明を行うことがある.特に,保護者への支援は大変重要である.子供の目が見えにくいと説明されても,即座にはそのことを受け入れることができず,絶望的になり,少しでもよい話が聞けるところがないかとあちこちの医療機関を巡り歩いたり,精神的に追い詰められてうつ状態になったりするケースもある.このような保護者に対しては,視覚障害児に対する正しい知識や悩みを相談できる場所が必要で,そういうところで救われたという保護者も多い.同じような視覚障害児の保護者との交流や盲学校などでの相談業務などを利用するのも一案だと思われる.先天盲は物心ついたとき458あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013から見えないので,視覚障害児自身は見えることがどのようなことなのかを体験したことがない.しかし,成長するにつれ,他者との違いから自身の障害に気がつくことが多い.この時期に,保護者や教育現場の支援者による適切な対応が必要になる.保護者自身の障害の受容がうまくできていないと,視覚障害児への対応もスムーズにいかず,当人のパーソナリティ形成にも影響が及ぶことがある.特に視覚障害児の場合,保護者の障害の受容が大きく影響する.決して簡単なことではないが,キーパーソンとなる保護者が適正に障害を受容できるように,適切な支援が必要である.中途失明の場合は,基本的には患者自身と家族へ説明を行う.やはり,先天盲の保護者同様,目が見えにくいということをすぐに受け入れることは大半のケースでむずかしい.特に患者自身,絶望のあまりうつ症状が出て自宅に引きこもってしまうことも決して珍しくはない.どんなに懇切丁寧に眼科医が説明を重ねても,障害を受容し,ロービジョンケアを開始することができないケースも少なくない.そういう場合,眼科医の立場からすると,ロービジョンケアをうまく進めることができず失敗に終わったと考えがちであるが,決してそんなことはない.そのようなケースでは,患者自身が能動的にロービジョンケアを始めようと思い始めるまで焦らずに待つことが大切である.眼科医の立場から,患者に必要なロービジョンケアの情報提供を行ったということは,患者にとって大変意味があることである.ロービジョンケアを始められないからという理由で,一切の通院を中断してしまうと,患者も家族も行き場を失ってしまう可能性があるので,眼科とのつながりは基本的に保っておいたほうがよい.通院を継続するなかで,患者が冷静に自分自身のことを考え,ロービジョンケアを始められることもある.厳密にいえば,盲・失明になって何十年と経過している視覚障害者であっても,完全に障害の受容ができている人はほとんどいない.大変むずかしい問題ではあるが,見えにくいということを貴重な体験ととらえ,個性の一つと思えてこそ,新たにロービジョンケアを始める起動力になるものと思われる.眼疾患の治療が眼科医の一番の仕事であることは間違いないが,眼科医はいつでも盲・失明状態の患者に接する機会があるわけで,眼(30) んっー撥音符(はねる音)促音符(つまる音)長音符(のびる音)撥音符(はねる音)促音符(つまる音)長音符(のびる音)科医自身でロービジョンケアを行うか否かにかかわらず,少なくとも盲・失明の患者と家族が抱える苦悩と可能性について把握しておくことを勧めたい.III就学前から就労までヒトは視覚から80%以上の情報を得ているといわれている.乳幼児期から幼少期は,いろんなものを見ながら,特別に教えられなくても見よう見まねで体得していくことが多い.しかし,先天盲の場合は手の届く範囲だけが自分の世界となりやすく,外界への興味がうすれがちである.先天盲の視覚障害児にとって,周囲からたくさん言葉かけをし,音の出るおもちゃで興味を引いたり,いろんなものに触ったりなど多くの経験が大変重要である.見ることだけにとらわれず,ほかの感覚を十分に活用することが大切である.就学前の早期の教育体制は,各地の身体障害者更生相談所や盲学校の就学前相談,幼稚部による早期の教育体制など,幸いにも国内のシステムが整っているので,必要に応じてそれぞれ利用直音(静音・濁音・半濁音)(清音)あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを(濁音・半濁音)がぎぐげござじずぜぞだぢづでどばびぶべぼぱぴぷぺぽ可能である.また,一般の幼稚園や保育園での統合教育も行われており,視覚障害児も積極的に集団の場へ出て行きやすくなっている.盲学校では,親同士の交流の場図1日本地図の触図立体的に地図が浮き出ており,触察しながら理解を深めることができる.(横浜市立盲特別支援学校より提供)撥音・促音・長音図2点字一覧表(凸面)と点字の実際(日本点字委員会より一部提供)(31)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013459 としても有効活用されている.義務教育を受ける前に,視覚障害児は地区の教育委員会の行う就学相談を受けて,子供の障害の状態,子供や親の希望,地域の実情などを考え合わせて,盲学校,小学校の特別支援学級,普通小学校のどれかに入学して教育を受けることになる.盲学校は各都道府県に最低1校はあるが,通学時間が長い子供たちは寄宿舎に入ることになる.在校生の半分は寄宿舎に入り,週末や長期休暇のときに自宅へ帰る生活をしている.就学と同時に家族から離れるという体験は,視覚障害児にとっては忘れられない分離体験になる.通学の子供たちにとっても,これまで遊んでいた地元の子供たちと話が合わなくなっていくことが多い.盲学校入学は専門的な教育を保障される代わり,これまでの環境が大きく変わることになる.学校教育法には,どの程度の障害をもった視覚障害児が盲学校で教育を受けるのかが記載されている.盲学校で行っている教育は基本的には普通校と変わりないが,触図を用いた学習(図1),点字という触覚で読める文字の指導(図2),拡大読書器や単眼鏡などの視覚補助具を用いた通常の文字の指導,自立活動における指導がある.自立活動は,見えにくさによるさまざまな困難を主体的に改善・克服し,自立して社会参加できるようにすることを目指した指導領域である.昨今の特徴として,視覚以外のほかの障害を併せ持っている重複障害児が増えていることから,個別の指導計画による対応となることが多い.盲学校でない場合は,統合教育の一環として地元の学校に通うことになる.家族と一緒に暮らしながら,地元で多くの友達と教育を受けるという点は,統合教育の最大の長所だといえる.しかし,統合教育のなかには,視覚障害の専門の先生がいないので,視覚障害児に必要な基礎的教育を受けにくいことが短所としてあげられる.また,教科書などの点訳や教材の確保はほとんど保護者やボランティアに頼っているため,これらの支援体制が不十分だとてきめんに困ることになる.さらに,受け入れ先の学校や先生方の理解が得られても,障害をもたない子供たちの保護者など周囲の理解が得られず,視覚障害児や保護者が孤立してしまうこともある.現時点では,盲学校か統合教育か,本人の状態,地域,家庭,学校など,さまざまな条件を考慮して判断していく必要がある.中途失明の場合,現在の学校や仕事を継続できるかはとても大きな問題となる.保有視機能をできるだけ有効に使用できるよう,拡大鏡,単眼鏡などの視覚補助具を活用して少しでも見えやすい環境を整えることが大切である.また,学校生活を送りやすくするため,眼科医,視能訓練士,保護者,学校の担任など,視覚障害児の関係者でミーティングを必要に応じて開くことも有効である.場合によっては,1冊のノートを連絡帳として活用し,学校の様子,家庭での様子,眼科での訓練や病状経過などを記載し,視覚障害児の関係者で情報共有しあう方法もある(図3).この場合,ノートの管理を保護者が行うことが個人情報保護の観点から望ましい.もしも視覚補助具を用いても文字の読み書きがむずかしいようであれば,点字の導入や音声パソコン(画面読み上げソフトを組み込んだパソコン)の訓練なども検討する必要がある.これらの導入は,生活訓練専門職へ依頼したほうがスムーズなことが多い.通常の眼科医療機関では,生活訓練専門職が不在なことが多いため,近くのどこに生活訓練専門職がいて,どのような施設があるのか,点字などの指導をしてもらえるか日頃から情報を集めておくことも大切である.昨今の試みとして,各施設の生活訓図3連絡帳患児の親,学校,病院の関係者間で,患児の目に関して各々の立場から1冊のノートに情報を書き込むことで,情報共有することができる.460あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(32) 練専門職が眼科医療機関へ出向き,そこで実際に患者と会い,歩行訓練,点字・音声パソコンの導入時の相談を行うという,いわゆる中間型アウトリーチとよばれる支援方法が注目され始めている.もしもこのシステムがうまくいけば,本格的な視覚障害リハビリテーションを主体としたロービジョンケアの導入がより行いやすくなることが推測される.制度上の制約も多いとされるが,今後の発展が期待される.このように視覚障害児が学業を続けていきやすいように環境整備することも眼科医にしかできない大変重要な仕事の一つである.中途失明の仕事に関しては,ロービジョンケアのうえで学校生活の継続とも似た点が多い.もともとの仕事が運転手やパイロットなど,十分な視力,視野が求められる職業はどんなにロービジョンケアを行っても同じ仕事を継続するのはむずかしい.しかし,勤務先によっては,車の運転ができないのであれば,同じ職場の別の部署へ異動し,デスクワーク主体で仕事を継続できている人もいる.デスクワークであれば,保有視機能をできるだけ有効に使用できるよう,拡大鏡,単眼鏡などの視覚補助具を活用することで,大半の仕事ができる.また,最近では,視覚障害者にとってパソコンが大きなツールになっている.仮に全盲であっても,音声パソコンの登場で,通常の事務作業とほぼ同じことを行うのが可能になり,そのスキルを磨いて一般の会社などで勤務する視覚障害者も出てきている.このときに大切なことは,仕事を完全に辞めてしまう前に,必要なロービジョンケアを行い,環境整備を進めていくことである.いったん退職した後だと,たとえ本人が復職をしたいと強く希望してもむずかしいことが多い.また,本人が仕事先を退職する前にロービジョンケアのなかでできることがないか,眼科医自身が考えておくことも大切である.就労中の視覚障害者が患者でいたら,仕事はどうしているのか,常に考える習慣をつけておく.患者の労働上の環境整備ができるのは,眼科医しかいないことをぜひ頭に入れておいていただきたい.視覚障害者の仕事としては,三療(あん摩・マッサージ・指圧師,はり師,きゅう師),音楽芸能,宗教家などが古くから代表的なものとしてあげられる.今では,それ以外にも視覚障害者の職域は開拓されてきている.本人のやる気と周囲の協力理解があれば,かなりのことができるようになってきた.これには,障害者雇用促進法が制定され,法定雇用率(平成25年度より1.8%から2.0%へ引き上げ)が定められていることも関係していると思われる.IV文字の読み書き見えなくなったらみんな点字をやるというイメージがあるが,決してそんなことはない.むしろ,昨今の視覚図4視覚障害者用ポータブルレコーダーとデイジー図書デイジー図書は,各地の点字図書館を主とした図書館から貸出可能である.利用にあたっての条件については,各図書館へ直接確認を行ったほうがよい.(33)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013461 障害者の特徴として高齢者が多いということもあり,中途失明で点字が使える人は約1割しかいない.点字の習得は,高齢になればなるほどむずかしくなり,特に糖尿病網膜症で指先の感覚が弱っている場合には,習得までにより一層の困難を伴う.先天盲では,ほとんど点字を習得する機会があり,実用している人も多い.中途失明の人の点字習得は個人差が大きく,時間がかかるときもあるが,要は速さよりも確実に読み書きできることが大切である.中途失明の人で点字を使うことがむずかしい場合は,視覚障害者用ポータブルレコーダーを用いることが多い(図4).デイジー(DigitalAccessibleInformationSystem:DAISY)図書とよばれる1枚のCDが媒体となり,これに約50時間の録音が可能である.録音も再生もできる機種もあり,操作もあまりむずかしくないため,中途失明の人のなかには重宝している人もいる.V歩行先天盲の歩行では,基礎的能力として,知識,感覚・知覚,運動,社会性,心理的課題の5つがあるとされている.これらの習得がうまくいかないと,歩行指導の能率も下がり,ある程度限られた範囲の歩行になりかねない.特に,視覚に問題のない子供が見ることによって教えられなくても模倣で学習するようなものや,普通校では教科対象にならない常識とされる点も学習対象として指導していくことが大切になる.たとえば,左右や方角,通常どこにでもある道路の溝,壁,段差,縁石などが含まれる.さらには,自動車の音,エスカレーターの手すりなどの各種聴覚や触覚,歩き方,姿勢といった運動,顔の表情や身なりなどの社会性としてのマナー,学習能力,推理力,判断力などの心理的課題とあらゆる内容が前述の5つの課題には含まれている.この点,中途失明の場合は,過去に見たことがあるたABC図5視覚障害者スポーツの例A:陸上,B:ボーリング,C:サッカー.視覚障害者スポーツは,3つの視機能の状態に分かれて競技を行う.全盲のクラスであるB1の場合,陸上ではアイマスクをして伴走者と走る.ボーリングではアイマスクをしてガイドレールを用い,残ピン位置は第三者に口頭で教えてもらう.サッカーでは,アイマスクをした状態で,音の出るサッカーボールとコーラーという周囲でボールの位置を声かけしてくれる人がいる.それぞれ視覚障害者の特徴を生かすよう工夫されている.462あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(34) め,理解してイメージしやすいことが多い.しかし,中途失明の人にとって,白杖を持つということはとても抵抗がある.視覚障害のことを十分理解して勧める分には構わないが,こんなに見えないのだからということで,安易に白杖を勧めると中途失明の人にとっては心理的なダメージが大きい.そのような場合は無理をせず,視覚障害リハビリテーションを主体にやっている医療機関や施設へ移動の相談に行ってみてはどうか?ということで,歩行訓練の突破口を開くことでも十分だと思われる.歩行訓練は,自発的に自分でやろうと思わないと訓練自体うまく進まないことが多い.これまで見えて歩いていたのが見えないなかで歩かなければならないとなると,いいようのない恐怖感や不安感が先に立つ.このような場合は,無理に自力歩行にこだわらず,同行援護の制度を利用して,ガイドヘルパーをお願いすることも可能である.また,手帳1級相応で,盲導犬とともに一定期間訓練を行い,適性があれば盲導犬の活用が有効になる.VIスポーツ見えなくなったので好きだったスポーツを諦めたという声も患者からよく聞くことがある.近年のパラリンピックなどを通して,視覚障害の選手の活躍ぶりが報道される機会が以前よりはだいぶん増えてきたが,見えにくいという理由でスポーツを諦める必要はまったくない(図5).むしろ,生きがいや健康面を考えると,何かしらのスポーツを継続することは視覚障害者にとって大変よいことであるといえる.見えにくくなってから始めたスポーツで,パラリンピックのメダリストになった視覚障害の選手も実在する.先天盲では,盲学校で体育の時間があり,視覚障害のスポーツがさかんに行われており,自然な流れでスポーツに取り組める環境が比較的整っている.しかし,中途失明の場合は,眼科医自身が視覚障害者スポーツに関して知らないことが多く,眼科医療機関で情報を得ることがきわめてむずかしい環境にある.筆者がロービジョンケアを行うなかで,スポーツがきっかけでロービジョンケアがスムーズに行えたケースは珍しくなく,今後ロービジョンケアにおける視覚障害者スポーツの位置づけも大切になっていくであろう.国際大会に出場できるほどでなくても,自身のレベルにあったスポーツを継続することで,患者の生き方が変わることもあり,視覚障害者スポーツの今後にも注目をしていきたい.おわりに先天盲と中途失明は以上に述べてきたように異なる点が非常に多い.たとえ自分で積極的にロービジョンケアを行う機会がなくても,眼科医としてそれぞれの障害特性を把握しておくことは,視覚障害の患者にとって大変心強く,大切なことである.文献1)樋田哲夫(編):ロービジョンケアガイド.文光堂,20072)原田政美(編):視覚障害第2版.医歯薬出版,19713)芝田裕一:視覚障害児・者の理解と支援.北大路書房,20074)吉野由美子:視覚障害者の自立と援助.一番ヶ瀬康子(監).一橋出版,19975)芝田裕一:視覚障害児・者の歩行指導.北大路書房,2010(35)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013463

高齢期のロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):451.455,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):451.455,2013高齢期のロービジョンケアLowVisionCareforElderlyPersons斉之平真弓*はじめにわが国の視覚障害者の原因疾患は上位から緑内障24.3%,糖尿病網膜症20.6%,病的近視12.2%,加齢黄斑変性10.9%,白内障7.3%であり,いずれも加齢と深いかかわりがある1).2030年にはさらなる高齢化に伴い,視覚障害者数は200万人以上に増加すると予測されている2).そこで,視覚障害者であってもロービジョンケアによりQOL(qualityoflife)を高めることができれば,快適な老後につながっていく可能性がある.本稿では,高齢視覚障害者のロービジョンケアについて基本的手順や注意点を述べていきたい.I高齢視覚障害者の特徴高齢視覚障害者は全身疾患の併存も多く,糖尿病など慢性疾患の管理を考慮したロービジョンケアが必要となる.精神面では理解力や記憶力の低下に伴い,ロービジョンケアそのものを理解できないことも多い.視覚低下による意欲や生きがいの喪失から,ロービジョンケアだけでなく新しいことを始めることに消極的である.ロービジョンケアの導入を成功させるには,患者の真のニーズを引き出し,患者自身に「有効に活用できる保有視覚の存在」を自覚してもらうことが重要である.II高齢期のロービジョンケアの流れロービジョンケアは,①視機能評価,②ニーズの抽出,③補助具の選定・訓練,④環境調整・福祉情報の提供という流れで行う.1.視機能評価一般眼科検査から視機能評価を行う.視力評価は,遠見視力(5m)だけではなく近見視力(30cm)も測定する.また,目的に応じた距離での視力測定も必要である.ロービジョン外来受診者では,屈折度数の合わない眼鏡を装用していることもあり,所持眼鏡の屈折度数を必ず検査する.加齢黄斑変性など中心暗点をきたす疾患では正面視で視力検査がむずかしいため,患者が顔を動かすか検者が視標を動かし視力測定を行う.老人性眼瞼下垂や眼振などがあり片眼遮閉で視力低下を生じる場合は,両眼開放で視力測定を行う.視野評価により保有視野の大きさや位置,暗点の大きさや位置から,「有効に活用できる視覚がどれくらいあるか」を患者に自覚してもらうことが重要である.緑内障や網膜色素変性,脳疾患による視路障害などの周辺視野評価にはGoldmann視野計を用いる.周辺視野は日常生活に直接影響し,下方の視野障害では歩行や読書はむずかしく日常生活が制限される.また,中心視野は読み書き,顔の表情認知に影響し黄斑疾患などの中心視野評価はHumphreyやAmslerchartにて行う.中心窩から10°離れても0.2の視力があり,中心で見ることがむずかしい場合は中心以外を活用して見る偏心視訓練を行う.たとえば,最も良く見える部位が中心暗点の下方にある場合,視線を上方にずらし中心を*MayumiSainohira:鹿児島大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕斉之平真弓:〒890-8520鹿児島市桜ケ丘8丁目35番1号鹿児島大学医学部眼科学教室0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(23)451 視線を上へ中心暗点最も良く見える部位視線を上へ中心暗点最も良く見える部位図1偏心視訓練(Humphrey視野)最も良く見える部位(下方)を中心へ移動させる.見えるように訓練する(図1).高齢者では中.高周波域のコントラスト感度低下がみられ,また水晶体の着色変化により色の識別力が低下する.必要に応じコントラスト感度や色覚検査を行う.高齢者は疲れやすく体調も変わりやすいため,すべての検査は時間的および精神的余裕をもって行う.2.ニーズの抽出高齢者は理解力や記憶力の低下がみられることも多く,ニーズの抽出にはできるだけ時間をかけ丁寧に行う必要がある.眼科的ニーズ以外に家族構成や居住形式(独居・同居・施設入所),生活背景(緊急時の支援者の有無),余暇活動,できれば経済状況などを聞いておく.質問表を用いたほうがニーズの抽出に漏れがなく把握できる(表1).「新聞の囲碁欄が読みたい」「孫の写真が見表1当院で使用している質問表年月日ロービジョンケア質問表ID()名前()身体障害者手帳級無(申請希望)職業()診断名(GL・DR・RP・AMD)遠見視力RV=()LV=()近見視力NRV=()NLV=()来院の動機はありますか病院へは誰と、どうやって来ましたか家族構成・同居の有無・患者会所属・その他情報提供例現在使用中の補助具はありますか拡大鏡・遮光眼鏡・拡大読書器・単眼鏡・白杖()見え方(近方)新聞を読むことはできますかできるできない拡大鏡・拡大読書器手紙や書類を読み・書きできますかできるできない拡大鏡・拡大読書器パソコンを使うことができますかできるできない拡大ソフト・読み上げパソコンソフト見え方(遠方)テレビを見ることはできますかできるできない眼鏡調整人の顔がわかりますかわかるわからない中心暗点あり→偏心視訓練駅のサイン(時刻表・トイレなど)は見えますか見える見えない単眼鏡歩行・移動室内や知っている所を歩くことができますかできるできない伝い歩き・高コントラスト環境屋外や知らないところを歩くことができますかできるできない白杖(歩行訓練含む)段差がわかりますかわかるわからない白杖(歩行訓練含む)人や物にぶつからずに歩けますか歩ける歩けない白杖(歩行訓練含む)夜間の外出はできますか(夜盲の有無)できるできないフラッシュライト羞明屋外/室内でまぶしくないですかまぶしくないまぶしい遮光眼鏡・サンバイザー・帽子日常生活車の運転をしていますか(免許・事故歴)しているしていない無自覚の視野障害あれば指導料理はできますか(ガス器具使用の有無)できるできない音声付き電磁調理器(日常生活用具対象)薬の管理はできますかできるできないピルケース・点眼薬に大文字ラベル貼付食事は一人でできますかできるできない長方形トレー使用・クロックポジション爪は自分で切ることができますかできるできない爪やすり落としたものをひろうことができますかできるできない視野狭窄→スキャンニング訓練携帯電話を使用できますかできるできない音声対応携帯電話・身体障害者割引の紹介時計を見ることができますかできるできない音声時計・触知時計硬貨・紙幣の区別はできますかできるできない紙幣硬貨見分け板・仕分け財布お化粧/ひげそりはできますかできるできない10倍拡大ミラー心理落ち込むことはないですかあるない趣味・好きなことはありますかあるない452あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(24) たい」「もう一度社交ダンスを踊りたい」など,具体的なニーズの抽出ができれば,それがロービジョンケアの意欲へとつながっていく.本人だけでは聞き取りが困難な場合は,本人の了解を得て家族同席で問診をすすめる.高齢者は周囲に配慮し,家族の前では本音を話さないこともあり臨機応変に対応する.実際,ロービジョン外来受診時には家族の前で「もう年だから仕方ないでしょう」と常に穏やかな様子であった加齢黄斑変性の患者が,個別電話相談では「見えないことで周囲に迷惑をかけ,死にたいと思うことがときどきある」と本音を打ち明けられたケースがあった.視覚障害はしばしばうつの原因となり3),高齢視覚障害者のうつの有病率は25.45%といわれている4).高齢者の心理面には十分に配慮する必要がある.また,高齢者世帯では生活の安全性を重視し,「車の運転」や「ガス器具取り扱い」の有無は必ず聞いておく必要がある.火災や火傷防止対策として,電磁調理器を日常生活用具として給付する地域もある(図2).3.補助具の選定・訓練補助具選定の前に,必ず所持眼鏡を最適度数に調整し加熱調理を開始します火力調整をしてください180℃に設定しました図2音声ガイド付き電磁調理器日常生活用具とは身体に障害のある人の生活に役立つ用具.用具の種類や基準額,自己負担などについては市町村が決定し給付する.ておく.また,眼鏡を装用していない場合,屈折矯正によりわずかでも見やすさが向上するなら積極的に眼鏡処方を行う.眼鏡で見える像を鮮明にし,そのつぎに補助具で拡大する手順となる.緑内障や網膜色素変性などの視野狭窄をきたす疾患では,遠近両用眼鏡の希望でも,レンズ領域と保有視野部位が合わない場合があり注意を要する.網膜色素変性,白内障,緑内障,汎網膜光凝固後など,多くの眼疾患には羞明(まぶしさ)があり,遮光眼鏡が有効である.遮光眼鏡は網膜光障害の原因となる青色系短波長光を選択的にカットし,羞明を防ぎ見る対象物のコントラストを上げる.晴天の屋外だけではなく,テレビやパソコン画面の羞明においても有効である.疾患の種類にかかわらず,身体障害者手帳所持者であれば補装具として交付される.「新聞の文字が読みたい」「手紙を書きたい」など近見作業には,その距離に応じた近用眼鏡をかけ拡大鏡(ルーペ)を使用する.一般に高齢者は手指振戦や関節炎があることも多く,手持ち型拡大鏡の保持がむずかしい場合は卓上型拡大鏡をす図3a卓上型拡大鏡(ライト付き)図3b手持ち型拡大鏡(ライト付き)専用スタンドで卓上型拡大鏡として使用可能.(25)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013453 図4書見台と照明照明光は調整できるフレキシブルアームを選択し,頭や手が影にならない最適位置に配置する.すめる.手持ち型拡大鏡に専用スタンド装着で,卓上型として使用できるタイプもある(図3).また,高齢者は補助具選定にも時間を要するため,可能であれば補助具の貸出しを行い自宅試用にて決定するのが望ましい.読み書きの際には,拡大鏡使用の有無にかかわらず書見台と照明を用いる.書見台の傾斜により前屈みを防ぎ,照明光を最も見やすい位置に配置することで読み書きが楽にできる(図4).個人差はあるが,視力が0.1以下や視野が半径10°以下に狭窄した患者では拡大鏡より拡大読書器のほうが有効である.高齢者では拡大読書器の操作習得は一度ではむずかしく,訓練のため度々来院するのも困難なケースが多いので,販売業者に機器設置後のアフターケア実施を伝えておくことも必要である.4.環境調整・福祉情報の提供視生活環境は明るさ・大きさ・コントラストを変えることで生活しやすくなる.夜盲を伴う疾患では特に部屋の明るさを変えることが有効である.照明のワット数や照明色の変更,補助照明との併用を行うように指導する.白内障や角膜瘢痕などの患者では明るすぎるとグレアが増加し,かえって見づらくなることがあるため注意する.日常生活では,物と背景色とのコントラストを高くし識別しやすくする(図5).出入り口や階段の段差の縁にコントラストの強い色を塗るか,着色テープを貼り454あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013ba図5a,b洗面台の環境調整洗面台にて物のコントラストを変えると識別しやすくなる.図5c高コントラストグッズ背景色と対比する色を選択する.見分けやすくし転倒の危険を防止する.食事時は少し深めの長方形トレーとクロックポジション利用により,こぼす,倒すが少なくなる(図6).音声表示の生活用品(時計,体重計,血圧計,体温計,電磁調理器,タイマ(26) 図6クロックポジション物を置いている場所を時計の文字盤に置きかえて,位置関係を説明する方法.図7大きく見やすい番号と緊急発進ボタン付きの電話機(ジャンボプラス)ー,計算機,パソコン)や大きく見やすい番号の電話を利用する(図7).糖尿病患者の生活支援として,音声付き血糖測定器やダイヤル部分に付属ルーペが装着できるインスリン注入器などがある(図8).高齢視覚障害者は情報入手がむずかしく,「日常生活用具」や「補装具」の手続き法,地域の福祉制度,支援団体などの情報提供を随時できるように入手しておく必要がある.おわりに高齢視覚障害者のなかにはロービジョンケアそのものを知らない患者が多く存在する.医療現場でロービジョ(27)図8a音声付き血糖測定器(メディセーフフィットボイス)図8bインスリン注入器(上図)下図:付属ルーペ装着によりダイヤル文字を拡大できる.ンケアの存在や情報を伝えることが,ロービジョンケアの第一歩になる.補助具や生活指導により日常生活の不自由が少しでも軽減すれば,患者の大きな自信や喜びとなり,それがQOL向上へつながっていく.文献1)YamadaM,HiratsukaY,RobertsCBetal:PrevalenceofvisualimpairmentintheadultJapanesepopulationbycauseandseverityandfutureprojections.OphthalmicEpidemiol17:50-57,20102)日本眼科医会研究班報告2006.2008:日本における視覚障害の社会的コスト.日本の眼科80(6),2009,別冊3)BrodyBL,GamstAC:Depression,visualacuity,comorbidity,anddisabilityassociatedwithage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology108:1893-1900,20014)BurmediD,BeckerS:Emotionalandsocialconsequencesofage-relatedlowvision.VisualImpairmentResearch4:47-71,2002あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013455

就労期のロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):443.449,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):443.449,2013就労期のロービジョンケアLowVisionCareoftheWorkingPeriod鶴岡三惠子*はじめに就労期の視覚障害者が病院を訪れるとき,その入り口は一般外来である.そのとき,視覚障害の患者を眼科医が支援しなければならないのだが,眼科医としての支援とは何であろうか.眼科医として,視覚障害者の職業=「三療」(あん摩・マッサージ・指圧,鍼,灸)しかないと考えるのは間違いである.視覚障害があっても,ロービジョンケアによって,事務の仕事や他にもできることは多く,第一線で仕事をしている患者も少なくない.また,在職中の患者に対して眼科医が「仕事を続けることが重要である」と伝えることが必要なのである.ロービジョンケアは専門家だけが行う,特殊なケアではない.ここに紹介するロービジョンケアは,毎日の診療中ですべての眼科医が認識すべき基本的なものである.働き盛りの患者にとって,仕事を維持・継続できるかどうかは,家族の生活にもかかわる問題だけに大変重要である.視覚障害が原因で仕事を辞めてしまうと,再就職は容易ではない.それ故,退職することなく働き続けられるように眼科医が支援することが大切なのである.I眼科医として一般外来でできるロービジョンケアロービジョンケアには6つの基本がある.すなわち,1.患者のニーズを知る,2.視機能評価,3.必要書類の作成,4.社会資源の紹介,5.ロービジョンエイド,表1一般外来でできるロービジョンケア一般外来でできるロービジョン外来で行う患者のニーズを知る傾聴問診表・ゆっくり傾聴視機能評価視力・視野偏心視域・読書速度必要書類の作成経験者に相談書類の作成社会資源の紹介専門医に紹介パンフレットの用意一般外来のなかで行えるロービジョンケアは多い.6.環境整備,である.これらのすべてが,一般外来でできるわけではない.すべての眼科医が診療のなかで明日から実践できるものは,1.患者のニーズを知る,2.視機能評価,3.必要書類の作成,4.社会資源の紹介である(表1).以下に一般外来でできる4つのケアを含め,6つの基本事項について述べる.1.患者のニーズを知る一般外来の問診のなかで,大切なことは傾聴である.外来で患者の声に耳を傾けることから始める.眼科医の仕事の最終目的は,視機能を良くすることだけでなく,患者の自立を手助けすることである.表2に問診のチェックポイントをまとめる.2.視機能評価矯正視力(遠見・近見),視野検査,読書視力,アムスラー(中心暗点検査)などの一般眼科検査だが,ポイ*MiekoTsuruoka:お茶の水・井上眼科クリニック〔別刷請求先〕鶴岡三惠子:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3新お茶の水ビルディング18F・19F・20Fお茶の水・井上眼科クリニック0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(15)443 表2問診のチェックポイント<読み書きについて>.新聞の文字は見えるか:大見出しは?中見出しは?本文は?.自分で書いた文字は読めるか?.書式の決まった書類に記載できるか?<移動について>.通勤時の移動は問題がないか?.信号の色はわかるか?.階段の昇降はできるか?<就労に対して>.いま働いているか?(休職中か?病気療養中か?).経済面も含めて,困っていることはないか?.職場の上司,人事担当と視覚障害について相談できるか?<身体障害者手帳>.持つ気はあるか?.手帳を取得することで,公的支援制度を活用できることを知っているか?.補装具や日常生活用具などへの援助を知っているか?<特定疾患(難病)>.手続きを行っているか?患者の声に耳を傾けることが大切である.ントは矯正視力と視野である.視機能評価をするとき,身体障害者手帳の等級に該当するかをチェック(表3)する.障害年金については,程度等級は身体障害者手帳の等級基準と異なる(表4).視機能評価と同時に,「あなたの見え方は戻らないけれども,あなたと同じような見え方で仕事を続けている人たちがいる」とアドバイスすることが重要である.患者がつぎのリハビリテーション過程へスムーズに移行できるようにするためにも,眼科医からの早期の情報提供が大切である.3.書類作成診断書や意見書の作成は,その後の患者の復職のための対応にも影響を与え,人生の岐路を分けることにもなる.しかし,一方的に患者や障害者に有利に書くべきではなく,一人の判断でなく,経験者に相談をすることが大切である.身体障害者手帳の申請のための診断書は,都道府県知事の指定を受けた医師でないと書けない.復職などに際して事業主が診断書などを求めた場合の記載内容について,「就労は可能であること」が読みと444あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013表3身体障害者程度等級視力0.60.50.40.30.20.10.090.080.070.060.050.040.030.020.0106級5級4級3級2級1級00.010.020.030.040.050.060.070.080.090.1視野2級両眼の視野がそれぞれ10°以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が95%以上3級両眼の視野がそれぞれ10°以内でかつ両眼による視野について視能率による損失率が90%以上4級両眼の視野がそれぞれ10°以内5級両眼による視野の2分の1以上が欠けている※身体障害者手帳の申請のための診断書は,都道府県知事の指定を受けた医師でないと書けない.れるものとする.また,療養が必要な場合は「療養(歩行,音声パソコンなどのリハビリテーションを含む)を要する」のように,療養の中身がリハビリテーションを含むことを明記する.<休職の際に提出する診断書の例>・復職を不可能にすることがある例:単に,「療養を要する」と記入.→療養の結果,目が見えるようにならなければ,復職は認められないと言われることがある.・復職するときのことを想定して書いた例:「療養(歩行,点字,音声パソコンなどのリハビリテーションを含む)を要する」と記入.→視覚障害からくる日常生活の支障や社会的不利を軽減する措置(文字の読み書きや移動など,(16) 表4障害者年金基準1級両眼の矯正視力の和が0.04以下のもの2級両眼の矯正視力の和が0.05以上0.08以下のもの3級両眼の矯正視力が0.1以下のもの障害等級国民年金(障害基礎年金)厚生年金保険(障害厚生年金)1級○○2級○○3級○年金の等級は,身体障害者手帳の等級とは関係なく,年金支給の要件基準で判断される.1級は「日常生活の用をたすことができない程度」(身体障害者手帳の概ね1.2級)2級は「日常生活に著しい制限を受ける程度」(身体障害者手帳の概ね3級)◆国民年金(障害基礎年金)障害認定時:初めて医師の診療を受けたときから,1年6カ月経過したとき(その間に治った場合は治ったとき)に障害の状態にあるか,または65歳に達するまでの間に障害の状態となったとき.◆厚生年金保険(障害厚生年金)障害認定時:障害基礎年金と同じ.障害年金を受給するための4つの条件1初診日時点で年金に加入していること2保険料を一定期間払っていること3障害の等級に該当する程度の状態である465歳までに年金請求すること※例外規定があります◆障害年金は月給をもらっていても支給されることがある.いわゆる視覚リハビリテーション)が必要であることを併記する.4.社会資源の紹介就労期の視覚障害者の場合,就労継続・復職に向けたリハビリテーション実施のタイミングが重要である.このためのロービジョンケアには医療だけでなく,福祉,労働など多くの関係者(社会資源)の連携が不可欠である.眼科医からの早期の情報提供が大切で,生活訓練を行う福祉機関,ハローワーク(用語解説)など労働関係機関へつなぐ必要がある.治療と並行して,リハビリテーションを行うことも効果的である.(17)表5社会福祉サービスの窓口身体障害者手帳市区町村役場の福祉課障害基礎年金・手当金国民年金市区町村役場の年金課厚生年金社会保険事務所特定疾患保健所生命保険の重度障害保険金各生命保険会社社会福祉サービスの窓口を患者に情報提供することが大切である.社会資源のすべてに精通することはむずかしいが,社会福祉サービスの窓口は知っておいて,患者に伝えるべきである(表5).また,困ったときに紹介できる近隣の施設を調べておくと良い.自信をもって紹介するためにも,視覚障害者の就労現場,訓練現場を見学し,音声パソコンなど支援機器を体験することも重要である.社会資源の例を下記にまとめる.1)医療:近隣のロービジョン外来はインターネットで検索できる.日本眼科医会のホームページから検索(http://www.gankaikai.or.jp/lowvision/)日本ロービジョン学会のホームページから検索(http://www.jslrr.org/sisetu1.html)2)福祉:障害者支援施設(自立訓練と就労移行支援)海外たすけあいロービジョンネットワークのホームページから地域の施設検索ができる.(http://ganenstudy.web.fc2.com/jp/reference/institution.html)自立訓練(機能訓練)の目標:日常生活動作における機能回復就労移行支援の目標:就労に必要な知識および能力の向上3)雇用・障害者雇用に関する各種相談,職業紹介→地域ハローワーク・職場定着支援,事業主への助言→地域障害者職業センター,障害者就業・生活支援センター・各種助成金→地域ハローワーク,高齢・障害・求職者雇用支あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013445 援機構例)日本盲人職能開発センター(http://www.os.rim.or.jp/.moushoku/)4)情報源・用具販売:点字図書館日本点字図書館(http://www.nittento.or.jp/)5)関連団体日本網膜色素変性症協会(http://www.jrps.org/)日本盲人会連合(http://www.normanet.ne.jp/~nichimo/)緑内障フレンド・ネットワーク(http://www.gfnet.gr.jp/)中途視覚障害者の復職を考える会(NPO法人タートル)(http://www.turtle.gr.jp/)5.ロービジョンエイドロービジョンエイドは5つの基本からなる.1)拡大:補助具(ハイパワー眼鏡,拡大鏡,拡大読書器など)を使用することで視力を補う.2)遮光:遮光眼鏡,帽子などで羞明を予防する.3)照明:コントラスト改善・夜盲の対策を行う.4)眼球運動訓練:視界を拡大する.5)便利グッズ:白杖,音声時計などの使用で日常生活動作を支援する.一般外来のなかでロービジョンエイドがすべてできるわけではない.ここでは明日からの外来のなかで実践できるものとして,基本的な知識を紹介する.拡大について:近用の眼鏡を処方ロービジョンの患者にとって,読書・筆記は見えづらいためにむずかしい作業である.「新聞を読みたい」「手紙を書きたい」などのニーズに対し,拡大鏡・拡大(,)読書器の選定が必要となるが,しっかりと近用の眼鏡を処方することが大切である.ここで,新標準近距離視力表1)を紹介する.この視力表はロービジョンの患者の近見視力を測定するのに優れており,1項に本の種類別に必要とされる視力が近距離視力表(表6)にある.この表から拡大倍率を推定することができる.→必要倍率は以下の式から求めることができる.◇必要倍率M=必要とされる視力/実際の近見視力例)患者の近見視力=0.05(矯正0.1)の場合患者のニーズ「本を読みたい」表6より→一般446あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013表6印刷物を読みうる近距離視力の表ひらがな漢字教科書0.10.20.20.3新聞一般書籍0.30.40.40.4.0.5辞書0.50.6近見視力を矯正して,必要とされる視力からおおよその倍率を推定する.(湖崎克:新標準近距離視力表より)書籍=0.5処方1)矯正した近見視力=0.1ここでしっかり矯正近見視力を出すことが大切!→近用眼鏡を装用して拡大鏡を処方→必要倍率は0.5/0.1=5拡大鏡は5倍となる処方2)矯正なしの近見視力=0.05→裸眼で拡大鏡のみ使用する場合→必要倍率は0.5/0.05=10拡大鏡は10倍となる倍率が上がると視野に入る文字数が少なくなる(図1).患者から「字は見えるが文章が読めない」と,ニーズと合わない結果になってしまうことがある.遮光について:つばの大きい帽子やサンバイザーの利用を助言ロービジョン患者の見えにくさは,視力・視野だけではない.患者の訴える「見えにくさ」の改善に遮光眼鏡が有用な場合がある.「見えにくさ」の感じ方は状況や屋外,屋内など環境や個人によって異なるため,遮光眼鏡の処方には貸出が重要である.このために選定に時間がかかり,一般外来のなかでの処方はむずかしい.しかし,正面からの光だけでなく,上方からの光が「見えにくさ」の原因になることもあり,つばの大きい帽子やサンバイザーの利用を助言することで,「見えにくさ」の軽減に役立つ.補装具における遮光眼鏡の取扱指針改正について(平成22年3月31日)これまで,遮光眼鏡が身体障害者(視覚障害)の補装具として適用される際の支給対象者は原因疾患が限られていたが,平成22年3月の改正で対象者が原因疾患によらないと明確化された(表7).遮光眼鏡の支給対象者(18) 5倍10倍図15倍・10倍の拡大鏡の見え方拡大倍率が上がると視野に入る文字数が少なくなる.は,視覚障害による身体障害者手帳を取得している患者とされ,補装具費支給事務取扱指針に定める眼科医(用語解説)により,治療法として遮光眼鏡の装用が必要と診断され,選定・処方となった場合と改正になった.便利グッズについて:白杖を申請するときの助言補装具の白杖は,身体障害者手帳の取得時に市区町村の福祉課から給付される場合と,補装具として患者自身が申請して給付をうける場合がある.給付時の問題として,給付をうけた患者へ白杖の使い方の指導がない.また,白杖には材質・型・長さなどさまざまなものがあるが,患者にあったものが渡されるとは限らない.患者が白杖を市区町村の福祉課へ申請するときには,歩行訓練サービスも合わせて希望し,白杖の種類と利用時のアドバイスが欲しいことを患者が自分から窓口担当者へ申し出るよう助言する.ロービジョンエイドが視覚障害に対して万能なわけではない.患者によりエイドも異なり,エイドを使いこなすためにトレーニングが必要なこともある.患者がロービジョンエイドを必要とした場合は,近隣のロービジョン外来を紹介してほしい.6.環境整備環境整備は家庭(家族)と会社(上司)に視覚障害について理解を深めてもらうことからはじまる.ロービジョン外来ではシミュレーションゴーグルなどで疑似体験を通して関係者の視覚障害への理解を深めてもらう場合もある.患者本人や周囲の人の意識改革を最も効果的に行えるのは,普段から患者の診療を行っている眼科医なのかもしれない.家庭内での環境整備について:家族の理解を深める家族に患者のコントラスト感度の低下を理解してもらうことが重要である.たとえば,患者に階段の段差がわかるようにテープを張る,患者がお菓子(あられなど)を食べるとき,花柄模様の皿からお菓子をとるのは難しいので白い皿を利用するなど,家のなかにコントラストを増やす工夫が必要である.患者の記憶が視覚障害を代償することを理解してもらうことも重要である.たとえば,冷蔵庫の牛乳は置く位置をきめて,家族全員が牛乳を飲んだあとは必ず定位置に戻す.床にないはずの物が置いてあると障害物になる.オープンスペースをつくり,ものは溜めない,散らかさないなど,家庭内でルールを作り守っていく必要性を助言する.表7補装具における遮光眼鏡の取扱指針改正(平成22年3月31日)旧新補装具の対象者について(種目:眼鏡,名称:遮光眼鏡)・網膜色素変性症・白子症・先天無虹彩・錐体杆体ジストロフィーであって羞明をやわらげる必要のあるもの・視覚障害により身体障害者手帳を取得していること・羞明を来していること・羞明の軽減に,遮光眼鏡の装用より優先される治療法がないこと・補装具費支給事務取扱指針に定める眼科医による選定,処方であること疾患の縛りがなくなった.(19)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013447 会社での環境整備について:会社(上司)の理解を深める会社からの仕事効率の期待と患者自身の作業能率との差が,職場で問題になることがある.また,会社の期待あるいは患者自身の期待感と現実の作業能率の悪さが原因で退職になることがある.職場での問題から,患者が退職に追い込まれないようにするために,患者の作業内容など職場環境の調整が必要になる.会社(上司)や産業医から問い合わせがあった場合には一人の判断でせず,経験のある眼科医,視覚障害者の職業訓練施設などの専門機関の意見を参考にしながら判断をする必要がある.具体的な復職事例の問い合わせの場合は,中途視覚障害者の復職を考える会(NPO法人タートル)が多数の事例を把握していると情報提供をするとよい.環境整備について眼科医だけで問題を抱え込まず,支援団体や関係機関などと連携・協力して,チームによる支援を行うことが重要である.〔症例〕ぶどう膜炎による続発緑内障(両眼).50代,男性.元タクシー運転手.⇒緑内障は,2004年の身体障害者届出件数の第1位(20.7%)である.病歴:5年前,ぶどう膜炎による続発緑内障と診断,点眼・内服による治療,その後,両眼の線維柱帯切除術を行う.転居のため当院を紹介,再手術を検討中である.患者のニーズ:視野狭窄を自覚し,自分からタクシー会社を退職した.仕事を辞めたことが原因で離婚となり,独り暮らしをしている.現在はマンションの管理人をしているが,いつか視覚障害が原因で仕事を辞めなければならないのではと先行きが不安である.視機能評価:視力:右眼=(0.7×.1.75D(cyl.2.0DAx105°).左眼=(0.1×.2.0D(cyl.0.5DAx170°).眼圧:右眼=18mmHg,左眼=19mmHg.視野:湖崎分類右眼=IIIa,左眼=Vb(図2).ケアの実際:必要書類の作成(身体障害者手帳):ロービジョン外来の初診時,視野障害で手帳の取得資格に該当すること,手帳を取得することで公的支援制度を活用できることを説明し,身体障害者手帳の申請となる.社会資源の紹介:病院より中途視覚障害者の復職を考える会(NPO法人タートル)を紹介(支援を依頼),同じように就労継続に不安を感じ,問題を克服している患者の話を参考に,今後の対応を考えることになる.ロービジョンエイド:携帯型拡大読書器を紹介.目的は拡大ではなく,白黒強調の画面を使用することである.コントラストがはっきりして,書類仕事の不自由さが軽減することがわかり,手帳取得後に購入となる.その後,NPO法人タートルの相談会で就労継続の不安を訴え,障害者支援施設・ハローワークへ支援依頼となる.また,仕事を継続しながら障害者年金の支給を受けるための助言があった.診断書の希望にてロービジョン外来を再診.障害者年金の申請と症状進行のため障害者手帳2級の再申請となる.この結果,障害者年金の2級を受給することになり,経済的な不安は軽減した.患者は就労継続を希望しており,ハローワークより病院へ就労可能証明書の依頼があるなど,現在,職場での環境RLI/4V/4I/4I/4V/4図2Goldmann視野右眼の中心視野は孤立している.448あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(20) 整備を行っている.患者は歩行訓練を検討中で,治療とロービジョンケアを並行して継続している.II眼科医が知っておきたいロービジョンケア知識障害者の法定雇用率の引き上げ(平成25年4月1日から)すべての事業主は,法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務がある(障害者雇用率制度:用語解説).この法定雇用率が,平成25年4月1日から表8のように変わる.おわりに視覚障害になると,患者にとって今までできていたことができなくなる事柄が数多くなる.そんななかで,予測ができず,ばかばかしく,胸がはりさけるように感じることも多いであろう.しかし,ロービジョン訓練,生活訓練や職業訓練などの訓練によってできるようになることも多い.今も,視覚障害のある患者が安全に通勤し,パソコンを活用して文字処理業務などを行うなど,いろいろな職域で働いており,「見えない者は働けない」というのは間違いである.このことをしっかり患者に伝える必要がある.患者に対して,本人が保有している視機能の活用と必要な視覚補助具などについて眼科医から助言・指導を行い,就労(継続)の可能性があることを理解させることが重要である.文献1)湖崎克:新標準近距離視力表.1項,半田屋商店,20132)東京都心身障害者センター:視覚障害.身体障害者手帳診断作成の手引き,p15-25,東京都心身障害者センター,20113)李俊哉:身体障害者手帳.疾患への対応ロービジョンケア(新井三樹編),p30-33,メジカルビュー社,20034)守本典子:福祉への橋渡し.疾患への対応ロービジョン表8障害者の法定雇用率の引き上げ事業主区分法定雇用率現行平成25年4月1日以降民間企業1.8%2.0%国,地方公共団体等2.1%2.3%都道府県等の教育委員会2.0%2.2%事業主は,法定雇用率以上の割合で障害者を雇用する義務がある.■用語解説■ハローワーク:視覚障害者の雇用の促進と安定を支援の二つの柱として,在職中の中途視覚障害者の雇用継続支援も行っている.患者が在職中に受障などにより雇用上の課題が生じた場合,雇用継続を図るためにも,眼科医ができるだけ早くハローワークに相談するよう助言することが大切.障害者雇用率制度とは:「障害者の雇用の促進等に関する法律」では,事業主に対して,その雇用する労働者に占める身体障害者・知的障害者の割合が一定率(法定雇用率)以上になるよう義務づけている.補装具費支給事務取扱指針に定める眼科医とは:・身体障害者福祉法第15条第1項に基づく指定医=身体障害者診断書の記載ができる指定医師+眼科専門医aまたは・障害者自立支援法に基づく指定自立支援医療機関の眼科を主に担当する医師+眼科専門医・国立リハビリテーションセンター学院においてb実施している視覚障害者用補装具適合判定医師研修会の修了者ケア(新井三樹編),p36-41,メジカルビュー社,20035)石田みさ子:光学的補助具,ロービジョンケアマニュアル(簗島謙次,石田みさ子編),p79-91,南江堂,20006)下堂園保:訪問調査.視覚障害者の就労の基盤となる事務処理技術及び医療・福祉・就労機関の連携による相談支援の在り方に関する研究報告書(下堂園保編),p9-122,特定非営利活動法人タートル,20097)厚生労働省通知「視覚障害者に対する的確な雇用支援の実施について」の本文及び関係資料http://www.mhlw.go.jp/bunya/koyou/shougaisha02/(21)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013449

就学期のロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):437.442,2013特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):437.442,2013就学期のロービジョンケアLowVisionCareforSchoolAgeChildrenandYouth永井春彦*出井博之**はじめに小学校から大学に至る就学期は,自立と社会参加の基礎となる個人の形成がなされる時期であり,この時期に学習し経験することは将来の職業選択にもつながる重要な意味をもつことになる.その学習や経験の多くが視覚に依存する要素を含むことから,ロービジョン児(者)あるいは視覚障害児(者)にとっては視機能障害による不利を補うことが課題となる.就学期のロービジョンケアを特徴づける最大の要素は,健常であれば享受できるはずの教育の機会が,視覚の障害があるがゆえに損なわれることがないよう,個々の視機能を取り巻く課題に対処することである.ロービジョンを専門として標榜していなくとも,眼科の一般診療のなかで就学期のロービジョンへの対応について相談を受けることはありうることであり,眼科医の立場で知っておきたいポイントについて解説する.なお,本稿では視覚単独の障害を前提とした対応について述べることとし,知的障害あるいは発達障害を伴うロービジョン児(者)への対応については本特集の他項を参照されたい.また,2006(平成18)年以降の法令改変により,従来の盲・聾・養護学校を障害種別を超えた特別支援学校に一本化することを骨子とする「特別支援教育」への転換が図られ,地域によってこれを担当する学校などの呼称や設置形態に変化が生じているが,本稿の文中では,原則として従来の「盲学校」,「弱視教室」,「弱視通級指導教室」の呼称を用いることとする.I就学期ロービジョンケアの特徴小児の視覚は,正常の発達経過をとる場合でも,おおむね小学校の後半までの時期に完成するものであり,ロービジョン児の視覚はこれに個々の原因疾患による修飾が加わるため,学齢期のうちは発達と低下の両方の変動要素を有することを考慮しなければならない.また,原因疾患の発症時期もまちまちであり,それに応じて障害を生じる以前の視覚発達の状況や視経験の程度も個々に異なる.同時に,年齢(学年)が進むにつれて,視機能についての要求が高くなるので,これらの条件を個々に勘案し,必要なケアの内容を考えなければならない.就学期は,家庭や地域での日常生活と同時に学校生活が優先される時期であり,必要とされるロービジョンケアの内容を考えるにあたっては,ロービジョン児(者)本人だけではなく,保護者や学校との連絡が重要である.ロービジョンケアの内容は,設定されるゴールによるが,就学期においては,このゴールの設定がむずかしい場合がある.多くの場合,ロービジョン児(者)本人も保護者も,就学期の先まで見通したゴールを設定しうるだけの十分な情報や選択肢が与えられているとは言い難く,実際には未経験のことについて限られた選択のなかで妥協や諦めを余儀なくされている例も見受けられる.特に保護者の影響が大きい義務教育段階までの症例では,保護者に対して十分な情報提供がなされるよう考慮する必要がある.*HaruhikoNagai:勤医協札幌病院眼科**HiroyukiIdei:北海道札幌盲学校〔別刷請求先〕永井春彦:〒003-8510札幌市白石区菊水4条1丁目9-22勤医協札幌病院眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(9)437 就学期のロービジョンケアで経験することとして,視機能障害による能力障害に対して有効な対処法があっても,学校という集団のなかで実行できるかどうかは個々の条件によるという課題がある.教室内での着席位置に関することや教材の拡大などの配慮を受けることの是非にはじまり,体育実技や校外活動の際の配慮が得られるか,単眼鏡・拡大鏡あるいは拡大読書器などを教室に持ち込んで使用できるか,外見的に目立つ遮光眼鏡を装用できるかなど,本人の受容と学校や同級生の理解がなければ実行し難い状況が生じうる.場合によっては,周囲の理解を得るために眼科医として働きかけることも必要である.II就学期ロービジョンケアの対象小・中・高・大の学校種別を問わず,ロービジョンまたは視覚障害に起因する就学上あるいは日常生活上の何らかの課題が生じた場合がケアの対象である.すでに特別支援教育の対象として盲学校や弱視教室に就学している児(者)については,学校と連携しつつ必要なロービジョンケアを進めることが期待される.一方,就学期の途中で発症または重症化した原因疾患によりロービジョンとなった児(者)の場合は,就学する学校の選択がポイントとなる.表1に現行の教育制度からみた就学先の選択肢と,学校教育法施行令〔2002(平成14)年改正〕による盲学校などに就学すべき児(者)の視機能の基準を示す.いずれも,基本的には視力値によって厳格に区分されない柔軟性を含む基準となっている.実際の就学先の決定にあたっては,本人・保護者と教育委員会,学校などの合意形成に基づく手順を経ることとなっているが,判断基準として拡大鏡などの視覚補助具の使用による文字や図形の認識の程度が重視されることから,その判断の前提として適切な視覚補助具の選定を主としたロービジョンケアが実施されていることが望まれる.表1の各種基準より障害程度が軽く,制度上は特別支援教育の対象とされない児(者)であっても,個々の状況によってロービジョンケアを必要とする例はまれではなく,その多くは特別なサポートを受けることなく通常学級に潜在しているものと推定される.眼科の診療のなかでそのような症例に遭遇した場合は,以下に述べる種々の工夫やサポートの要否を注意深く検討しなければならない.III就学期ロービジョンケアの方法1.基本原則原則的には他の年齢層に対するロービジョンケアと変わることはなく,眼科医療のなかで対応すべき内容は,以下の3つの類型に集約される.まず第1には,保有視機能を活用して必要な視覚情報を獲得するための工夫であり,視覚補助具の選定と使用訓練が主体となる.第2には,保有視機能の活用によっても必要な情報が獲得できない場合は,視覚以外の感覚による感覚代行(音声,点字など)の導入の必要性を判断することである.これら第1,第2の対応の前提として正確な視機能評価が重要である.学齢期で特に注意すべきこととして,片眼遮閉での視力検査では視力不良であっても両眼開放で著しく改善する例,調節力が十分大きいために,遠見矯正視表1視覚障害児(者)教育の選択肢・特別支援学校〔盲学校〕両眼の視力がおおむね〇・三未満又は視力以外の視機能障害が高度で,拡大鏡等を使用しても文字等を認識することが不可能又は著しく困難な程度の者・特別支援教室〔弱視学級〕拡大鏡等の使用によっても通常の文字,図形等の視覚による認識が困難な程度のもの・通級指導教室〔弱視通級指導教室〕上記(弱視学級)の対象に該当する者であって,通常の学級での学習におおむね参加でき,一部特別な指導を必要とするもの・小・中学校認定就学(者)盲学校の就学基準に該当する視覚障害があっても,(通常の)小・中学校において適切な教育を受けることができる特別な事情があると市町村の教育委員会が認める場合・通常の普通学校在籍主として上記の基準より障害程度が軽い場合・日本国外の学校教育制度留学,移住等438あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(10) 力が不良であっても近見読字については視対象を眼に近接させることによりほとんど不自由を生じない例などが散見されるので,状況に応じて標準条件以外の設定でも視機能を評価する工夫が望まれる.第3の対応として重要なのは視環境の整備である.読み取りやすい文字の大きさや,照明・コントラストなどについて,適切な助言がなされることが望ましい.個々の対応においては,これら3つの類型のいずれかのみに頼るのではなく,I項で述べた諸条件を考慮しつつ状況に応じてこれらを適切に組み合わせた対応が望まれる.以上は眼科臨床とのかかわりが深く,眼科医療の立場で積極的に関与すべきケアの内容であるが,教育・福祉・行政分野など,医療機関以外での専門的対応に委ねることが必要なニーズについては,それぞれの専門機関との連携により対応する.2.就学期の視覚補助具視覚補助具の効果を最大限に確保するためには,矯正眼鏡の装用が必要な場合がある.ロービジョン児(者)のなかには,眼鏡による屈折矯正では矯正視力に改善がなく,日常生活で眼鏡装用を必要とされていない例もみられるが,補助具の効果を確保するためには屈折異常を矯正しておくことが望ましい場合もありうるので,正確な屈折の評価とその矯正は補助具選定の前提として重要である.補助具の導入にあたっては,視機能障害の程度と視覚上のニーズの相対的関係と同時に,年齢によって変化する本人の理解力やモチベーションを考慮する.小学校低学年では,補助具使用の目的や使用方法を客観的に正確に理解することがむずかしい場合があるが,用いられる文字サイズも大きめであるため,比較的低倍率であっても使用法が単純であるものが最初の導入には適する.その意味で,最も導入が容易であるのがドーム型置き型拡大鏡(図1,2)である.補助具を使用したときと使用しないときの見え方の差異に気づき,補助具を用いるとより良く見えることを経験することにより,ものを見ることに対するモチベーションを高め,同時に視対象への興味を引き出すことを期待する.学年が進み,小さな文字への対応が必要となった場合や,低学年でもより高倍率(11)図1ドーム型置き型拡大鏡とケプラー式単眼鏡の例図2ドーム型置き型拡大鏡による拡大の拡大が必要な場合は,焦点合わせを含む補助具の保持方法を指導しつつ,手持ち式あるいはドーム型以外の置き型拡大鏡を含めて選択することとなる.黒板の文字や掲示物など,遠方のもの,近接できないものを見るために最初に導入されるのはケプラー式単眼鏡(図1)である場合が多い.特殊なものを除けば自分で焦点合わせをする必要があり,これを理解できる年齢以上が対象となる.焦点合わせがむずかしい場合や,両手をフリーにしたい場合などは,やや低めの倍率に限定されるが,ガリレイ式単眼鏡が適応となる場合もある.年齢が進めば,特に制限なく種々の補助具のなかから本人の使用スタイルに適したものを選択すればよいが,光学的補助具の拡大の限界を超える高倍率を要する場合や,コントラスト増強を重視する場合など,拡大読書器あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013439 も適応となる.近見用としての用途にとどまらず,教室内で黒板などの遠方の対象を拡大して画面に映す方法や,パソコンに接続して用いるなど,多様な活用が可能である.羞明やグレアの症状がある場合には,遮光眼鏡が有効な場合がある.本人の自覚的な訴えがないときでも,装用によるコントラスト改善が予想外に奏効することもあり,適応を広く検討する価値がある.ただし,色によっては外見上の問題を生ずることもあり,本人や周囲の理解に応じて対応を検討する.近年普及してきたiPadRに代表されるタブレット型多機能端末を視覚補助具として活用する試みがなされ,電子書籍化した拡大教科書として活用することも含め大きな可能性を秘めたものとして期待が高まっている1,2).3.視環境改善の方法ロービジョン児(者)本人の保有視覚活用の工夫と同時に,周囲の環境を調整して本人にとっての視認の改善と安全の確保を図ることも重要である.眼科医の立場では,視機能や眼疾患の状態に応じた適切な助言をすることが期待される.教室内での着席位置については,視力に応じて前のほうに,あるいは羞明やグレアに対応して窓や黒板との相対的な位置関係を考慮することなどが一般的な対応である.近年,盲学校や弱視学級を有する学校はもとより,多くの学校でユニバーサルデザインを導入した施設の設計がなされるようになった.ロービジョン児(者)の快適で安全な環境確保の点から望ましいことではあるが,広い意味では,盲学校や視覚障害児(者)のための施設を郊外ではなく交通至便な市街地の中心部に置くことも一つのユニバーサルデザインであり,今後意識されるべき課題である.その他の設備面での工夫として,拡大鏡などの視覚補助具を机上で使う場合,あるいは視対象を眼に近接させて読む場合など,極度のうつむきで姿勢が悪くなる傾向があるので,椅子を低く・机を高くしたり,傾斜をつけた書見台(図3)を用いることが有効な場合がある.視対象となる文字などに関する工夫の原則は,ロービジョン児(者)にとって見やすい大きさとコントラスト440あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013図3学校の教室内での書見台の利用図4ロービジョン児(者)向けノートと定規を確保することである.学校内の掲示物や配布物もこの原則に沿った配慮が望まれる.ロービジョン児(者)にも見やすく使いやすいように設計されたノートや文具類(図4)も発売されている.2008(平成20)年に施行された「障害のある児童生徒のための教科用特定図書等の普及の促進に関する法律(通称:教科書バリアフリー法)」により,在籍する学校の種類にかかわらず,視覚に障害のある児童・生徒は拡大教科書(図5)の支給を申請できることになった.義務教育課程の教科書については無償で支給され,高等学校の教科書も限定的ながら対応が始まっている.教科書以外にも大活字本が多く出版されるようになったのでこれらを活用することも選択肢の一つである.ただし,学齢期を過ぎ,社会一般の文字情報への対応を考えれば,(12) 図5拡大教科書左が拡大教科書,右が同内容の普通教科書(小学校・社会科).そのうち拡大文字で提供されるものはごく一部分にすぎず,視覚補助具を使いこなして自分で拡大したり音声変換したりして情報を獲得する技術を身に着けることも重要である.以上述べたハード面での視環境整備に加えて,学校の教職員や同級生らがロービジョンあるいは視覚障害を理解し,日常的に自然な形で種々の支援が周囲から得られる環境が形成されること,すなわち,ソフト面での環境整備が同時に進むことが望まれる.4.就学期のロービジョンケアにおける連携就学期ロービジョンケアのニーズは,さきに述べた眼科医療の範疇での対応で満足されるとは限らず,学校教育上のさまざまなニーズに対応するために就学先の学校との情報交換が必須となる.盲学校などの特別支援教育の対象となっていない場合には,就学先の選択・検討の段階で本人と保護者が盲学校などに出向いて直接相談を受けることを勧める.普通校に在籍するロービジョン児(者)の場合,各教科の学習内容のなかでの視覚上の課題に対する対応について,普通校に専門的対応を期待することは困難であり,在籍校と盲学校との学校間の連携によって必要な支援が検討され提供されるよう調整することも必要となる.特別支援教育のしくみのなかで位置づけられる盲学校の機能として,普通校に対する支援は重要な要素であり,学校教育に関する内容に限定せず,(13)移動・歩行,コミュニケーション,さらには日常生活全般に関する支援のあり方について相談に応じることが期待されている.各都道府県の盲学校はその学校への入学・転校を前提とせず,さまざまな相談に応じる体制をとっており,就学期のいろいろな課題についての相談先として活用したい.ロービジョンを専門としない眼科医療機関で盲学校などとの連携に不慣れな場合は,ロービジョンクリニックのある眼科へ紹介することも一つの連携の手段である.大学での就学上の課題については,ロービジョンあるいは視覚障害学生の専攻分野が多様化している現状で,個々のニーズに即した対応が必要となる.この点は,多様な職業に対応したロービジョンケアのあり方と共通する.特に,大学在学中に視覚障害が発生・重度化した場合には,その専攻分野での就学を継続すべきか進路を変更すべきか,ロービジョンケアを通じた保有視機能活用の可能性の正確な把握を前提とした,本人の慎重な判断が求められる.大学内での支援体制に加えて,視覚障害学生の就学を支援する外部組織との連携も考慮し,また,最近では障害をもつ学生の支援を専門とする部門を学内に設置する大学も増えていることから,これらの情報を整理して就学継続の可能性を探ることが重要である.一方,視覚障害者の伝統的な職域への就労を前提とした,盲学校高等部専攻科などへの進路変更は,一つの選択肢として考慮され,状況に応じて相談を勧めることあたらしい眼科Vol.30,No.4,2013441 表2大学入試・各種試験における配慮の例・大学入試センター試験1979年度の共通一次試験開始以来,受験特別措置を実施点字/拡大文字による受験,試験時間の延長,別室試験等の対応・医師国家試験(2001年法改正により視覚障害が医師の絶対的欠格条項から削除)2003年より点字受験,朗読・代筆による解答方式,試験時間の延長,別室受験,拡大版試験問題提供,視覚補助具の持込等・司法試験1973年度より点字受験可能1977年度より試験時間の延長等・英検,TOEFL各種の特別措置規程ありとなる.5.各種の試験への対応就学期ロービジョンケアの課題の一つに,進学や就職,あるいは各種の資格取得などに関する試験への対応がある.本人の志望する学習や就労の適性や能力があるにもかかわらず,視覚障害を理由として試験の段階で道が閉ざされることがないように配慮されなければならない.多くの領域で門戸が開かれ,試験に際して種々の配慮がなされるようになっている(表2).多くの場合,これらの措置を受けるためには診断・証明書類が必要とされるので,要望に応じて必要な書類を作成することも眼科医の役割である.おわりにすでに述べてきたように,就学期のロービジョンケアは学校教育制度との連携のうえに成立するものである.かつては,視覚障害のために義務教育を受けることすら保障されない時代があり,多くの先人の努力によって開拓されてきた歴史のうえに現在の特別支援教育を含む教育制度が成り立っている.近年,多様化し同時に増大する特別支援教育のニーズのなかで,視覚障害単独の教育ニーズが相対的に矮小化され,伝統と専門性によって支えられた教育制度が維持し難い状況が生じつつある.眼科医療のなかでのロービジョンケアを充実させると同時に,既存の視覚障害教育の体制を維持強化することが望まれる.そのためには,現状で普通校に多く潜在し必要な支援が受けられないまま就学期を過ごしているロービジョン児(者)を,眼科医療の責任として発見し,教育分野との連携を積極的に進めることにより,この分野のニーズが無視できないものであることを示す必要がある.眼科医は,医療現場で就学上の課題を抱えたロービジョン児(者)の存在を最初に察知する立場にあり,ロービジョンケア導入の鍵を握っているといえる.自ら専門的にロービジョンケアに関与できなくとも,そのようなニーズを察知した時点でロービジョンケアの提供可能な眼科医療機関に紹介することが,すべての眼科医が果たすべき役割として期待される.文献1)三宅琢:タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用─その1─.あたらしい眼科29:1251-1252,20122)三宅琢:タブレット型PCのロービジョンエイドとしての活用─その2─.あたらしい眼科29:1377-1378,2012参考書籍1)氏間和仁:見えにくいこどもへのサポートQ&A.読書工房,20132)鳥山由子:視覚障害学生サポートガイドブック.日本医療企画,20053)鳥山由子:視覚障害者指導の理論と実際.ジアース教育新社,2007442あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(14)

就学前のロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

特集●ロービジョンケアあたらしい眼科30(4):431.435,2013就学前のロービジョンケアPreschoolLowVisionCare伊藤里美*仁科幸子*皮質盲その他9%4%ジストロフィ11%先天異常43%網膜芽細胞腫3%未熟児網膜症19%先天緑内障5%小眼球コロボーマ視神経乳頭異常視神経低形成Leber先天黒内障黄斑低形成白子症網膜分離症家族性慘出性硝子体網膜症先天無虹彩角膜混濁822611451013051015図1原因疾患(比率)(文献2より)先天白内障6%はじめに視覚障害の原因は成人の疾患が大多数を占め,先天疾患は全体の約1割にも満たない1).視覚障害児の数の少なさから,しばしば成人のロービジョンケアと混同されることがあるが,発達の途上にある小児のロービジョンケアには成人とは異なる特徴がある2).小児の視覚障害の約9割は1歳未満で発症する3).したがって,乳幼児期から就学前までに適切なロービジョンケアを開始することが重要な課題である.ロービジョンケアを開始するにあたり,保護者の理解と協力が不可欠であることから,原因疾患の診断や治療と並行し,できるだけ早期に視覚障害の程度を評価して,保護者に対する十分な説明と継続的なケアを行う必要がある4).全身合併症の有無や,発達状況について,他科や療育施設と連携することも大切である.乳幼児期には療育相談や情報提供が主体となるが,発達段階に応じて種々の補助具を選定し,学習環境を整備する.このように,年齢・発達に伴いニーズが変化する点や療育・教育機関など連携先も成人とは大きく異なる.本稿では,就学前の小児のロービジョンケアの特徴,および視覚特別支援学校との連携を中心に述べる.I就学前のロービジョンケアの特徴1.原因疾患視覚障害の原因疾患は,先天異常が最も多く,ついで,未熟児網膜症,ジストロフィ,皮質盲,網膜芽細胞腫である.先天異常の内訳は,家族性滲出性硝子体網膜症,小眼球,先天白内障,視神経形成異常など多彩であ*SatomiIto&SachikoNishina:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕伊藤里美:〒157-0074東京都世田谷区大蔵2丁目10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(3)431 る(図1)2).先天あるいは出生直後に発症する先天疾患では,重症度が個々に異なって多彩な病像を呈し,視覚障害に他の障害が重複することが多い2).また近年では,400.500gの超未熟児の救命率が向上したため,重症未熟児網膜症による視覚障害の比率が増加し,重篤な視覚障害に中枢神経系,呼吸循環器系,聴覚系,発達遅滞などの障害を合併した重複障害児が増加する傾向にある.2.視機能の早期評価乳幼児期に種々の視力検査を行うことによって,視力の評価だけではなく,児の応答を通して発達の状況も評価できる.しかし低年齢,低視力の視覚障害児では,正図2縞視力検査表(LEAGratingPaddles,GoodLite社製)確な評価はむずかしい2).通常の視力検査がむずかしい児には,簡便な縞視力検査(図2),近見視力検査,視覚認知検査(図3),視覚誘発電位などを用いて保有視力を評価する.それでも視力の測定がむずかしい重症・重複障害児の場合は,体位や方向を工夫して,ペンライトや色彩のはっきりした視標を用いて視反応(固視・追視)をよく観察する.視覚障害児は器質疾患に加えて強い屈折異常を伴うことが多い4).視力の評価と同時に,調節麻痺剤を用いた精密屈折検査を行い,乳幼児期から屈折矯正を開始することが保有視力を伸ばすために重要である.視野障害の定量的な評価を就学前に行うことはむずかしい.しかし,視力が比較的良好であっても,視野狭窄を伴う網膜色素変性症や脳神経疾患では,文字や図形の認識がむずかしく,周囲の状況を把握することが困難なため,日常・社会生活に支障をきたしやすい.視野狭窄,羞明,明暗順応障害をきたす疾患では“視力は良好だが見えにくい状態”について,シミュレーション眼鏡などを用い,保護者に十分に説明しなければならない.小児では,少なくとも就学前に,原因疾患と保有視機能を的確に診断・評価することが重要となるため,必要に応じて網膜電位図,光干渉断層計,周辺部までの詳細な眼底・蛍光眼底検査などを全身麻酔下で実施している図3視覚認知検査表(LEASymbol3-DPuzzleSet,GoodLite社製)図4全身麻酔下検査側臥位にて光干渉断層計検査を実施.432あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(4) (図4).病状が固定すれば,成人と同様に身体障害者手帳の申請を行う.乳幼児用視力検査でも申請は可能だが,発達によって視機能が変化する可能性があるので,低年齢の場合には1.3年で再認定を要する.3.ニーズの把握視経験の少ない視覚障害児自身は,“見えにくさ”を認識することも表現することもできないので,ニーズの把握は非常に困難である5).乳幼児期は保有視機能を評価して発達を促すこと,保護者に対し療育相談や情報提供を行い支援を行うことがロービジョンケアの主体となる.年齢や発達段階によってニーズが変化するので,保護者から情報を得て継続したケアを行わなければならない.視覚障害児の養育に関する問題点として,乳幼児期では,基本的な生活習慣(食事,生活リズム)や発達に関する悩み,保護者としての不安などがあげられる6,7).特に,重複障害児では,日常生活や視機能評価に関する相談が多く,このような場合は,療育センターなどで運動機能訓練をはじめとする全身ケアを受けながら視覚ケアを含めたハビリテーションを促す.幼児期には教育や就学に関する相談や補助具に関する相談が多い2)(図5).就学については居住地域の教育機関と連携をとり,時期的に余裕をもって相談を進めることが大切である.4.補助具0.2歳の乳児期では,補助具の処方例はほとんどないが,3歳以降になると疾患によって遮光眼鏡(図6)を処方するケースが出てくる.就学前になると視機能に応じて拡大鏡(図7),単眼鏡(図8),拡大読書器などの補助具の導入が必要となる.補助具は導入時期が遅れると,羞恥心のため補助具を使いたがらない,見ようとする意欲の低下,などの理由から使用が困難となる傾向がある5).本人が補助具の使用を躊躇するような場合でも,保護者が補助具のメリットを知ることにより,児にその使用を促すことができる.補助具の選定の際には,コントラスト視力表(図9)や読書チャートを用いた検査結果が参考になる.また,使用時の視環境が大きく影響す(5)■視機能評価■医療情報提供■福祉情報提供■日常生活・療育相談■教育・就学相談■補助具選定33%17%8%40%0~2歳2%3~5歳25%7%13%27%19%9%3%11%9%6%34%36%6歳~0%20%40%60%80%100%図5年齢別のロービジョンケアの内容(比率)(文献2より)図6遮光眼鏡小児用のサイドシールド付きフレームも販売されている.図7拡大鏡あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013433 図8単眼鏡図9コントラスト視力表(TransLucentContrastTest,PrecisionVision社製)るので,学校や保護者と相談して選定する必要がある.視覚障害が児童の学習に与える影響は大きいため4),補助具の使用訓練だけでなく,視環境を整え,学習しやすくする配慮をすることが重要である.II視覚特別支援学校(盲学校)注1)との連携1.視覚特別支援学校の取り組み視覚特別支援学校の開設形態は地方や学校によって差434あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013があるが,各都道府県に1校以上設置されている.原則として,学校教育法における就学基準注2)を参考に教育や特別支援の適否が判断されるが,現在は保護者の希望を取り入れて在籍校や支援の形態を事前に相談できるようになった.視覚特別支援学校は従来の教育機関としての役割だけではなく,保護者,役所,保健所,視覚障害児の受け入れ施設などからの問い合わせ,訪問指導にも対応し,地域の特別支援教育のセンターとしての役割も担っている.注1)平成19年4月から,学校教育法等の改正に伴い,従来の盲学校は,「視覚特別支援学校」に変わった.しかし実際には,通称として「盲学校」という名称を用いることが主流である.注2)平成14年に改正された学校教育法における就学基準では,盲学校の対象者は,「両眼の視力がおおむね0.3未満のもの又は視力以外の視機能障害が高度のもののうち,拡大鏡等の使用によっても通常の文字,図形等の視覚による認識が不可能又は著しく困難な程度のもの」で,弱視特別支援学級の対象は,「拡大鏡の使用によっても通常の文字,図形等の視覚による認識が困難な程度のもの」と定義されている.(身体障害者手帳の判定が困難な場合や該当しない場合でも,学校教育法の就学基準を基に視覚特別教育を受けることができる.)年齢ごとの視覚障害児に対する就学前の早期の視覚特別支援学校の取り組みを表1に示す.近年では,乳児期からの育児相談が多く,保護者の要望により,0歳児から2歳児を対象とした育児学級を開設する視覚特別支援学校もある.育児学級は,教員とともに保護者が育児について考え,視覚障害に関する情報交換,交流の場となり,日常生活に根ざした早期からの支援が行われている.幼稚部では,具体的に,保護者に対しては,視覚障害児との関わり方として,日常の場面では,児にわかるような方法で,物を認識させ動作と言葉を結びつけるように話すことの重要性を,遊びの場面では,大人が一方的に働きかけるのではなく,児の主体的な活動を促すよう,また,児からの働きかけに適切に答えていくことの重要性を伝えている.さらに,児の発達や興味を探り,音を楽しむ遊び,体を動かす遊び,触れて楽しむ遊びなど,いろいろな遊びを提供している.児に対しては,さまざまな体験活動を通して物の触り方や見分け方が上手(6) 表1年齢ごとの視覚特別支援学校(盲学校)の取り組み年齢対応0.2歳(一部の学校で開設)育児相談,視覚障害に関する情報交換,交流の場としての育児学級視覚障害児への関わり方,障害の受け止め方についての保護者へのサポート遊びやさまざまな体験活動を通しての物の触り方や見分け方の指導3.5歳(幼稚部)保護者と視覚障害児との包括支援のため,基本的に親子での参加地域の保育機関への就園相談(地域の保育機関と掛け持ちで在籍することが多い)学校選び拡大鏡や単眼鏡,拡大読書器などの補助具の導入4歳頃.(就学相談)高額な補助具の購入に際しての社会保障・福祉制度の情報提供重複障害児の学校選び(どの障害を主体に考えるべきか)にできるように援助している.3歳を過ぎると,地域の保育機関への就園相談,4歳頃からは就学相談も始めている.就学相談の一環として,拡大鏡やルーペなどの補助具の導入を開始し,社会保障制度についての情報提供なども随時行われる.重複障害児では,どの障害を主体に考えて学校を選ぶべきか保護者も判断に苦しむことがあるが,仮に視覚特別支援学校以外の学校が選択され,視覚的な配慮が十分できない場合は,視覚特別支援学校からのコーディネーターによる訪問指導がある.視覚特別支援学校に幼稚部の標榜がなくても,必要に応じて相談を受け付けており,教員が家庭に訪問する形式や,電話やメールによる相談も可能なことがある.近年,医学や補助具の進歩により,視覚活用が可能な視覚障害児が増加し,就学に際し,点字教育のみならず,墨字教育を併用した教育への要望が高まっている.弱視学級への在籍や,地域の学校に在籍しながら,視覚特別支援学校もしくは弱視学級への通級という措置も増加している.視覚特別支援学校や弱視学級への通学が困難な場合は,視覚特別支援学校から,保護者,担任などに対する訪問指導を行うこともある.2.視覚特別支援学校との連携乳幼児期から就学前までのロービジョンケアには,医療機関からの療育・教育機関との連携,特に地域の視覚特別支援学校幼稚部との連携体制が不可欠である.患児の医学的背景や視覚障害の状況を正確に伝え,個々の患児に適したケアを早期に開始することが課題となる.おわりに重症眼疾患の診断・治療後,家族は眼科的な問題だけではなく,視覚障害を持つ子どもの発達,就学,学習,進路など将来について憂慮していることが多い.急性期の治療後,保有視機能の発達を促すとともに,視覚障害が発達を妨げないよう,できるだけ早い段階で療育環境を整え,継続した支援をしていくことが重要である.文献1)中江公裕,増田寛次郎,妹尾正ほか:わが国における視覚障害の現状.厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業,網脈絡膜・視神経萎縮に関する研究,平成17年度総括分担研究報告書,p263-267,20062)伊藤-清水里美:国立成育医療センターにおける小児ロービジョンケアの特徴.眼臨紀3:346-352,20103)柿澤敏文:全国視覚特別支援学校及び小・中学校弱視特別支援学級児童生徒の視覚障害原因等に関する調査研究─2010年調査報告書,20104)湖崎克:ロービジョン児教育のさきがけ.眼臨97:198202,20035)小松美保,大瀧亜季,飯塚和彦ほか:小児のロービジョンケアの要点.眼紀48:750-753,19976)仁科幸子,新井千賀子,富田香ほか:未熟児網膜症および眼先天異常による視覚障害児の療育に関する問題点.眼臨94:529-534,20007)久保田伸枝:視覚障害児の指導と教育.眼臨90:192-196,1996(7)あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013435

序説:状況に応じたロービジョンケア

2013年4月30日 火曜日

●序説あたらしい眼科30(4):429.430,2013●序説あたらしい眼科30(4):429.430,2013状況に応じたロービジョンケアLowVisionCareforVariousSituation仲泊聡*川瀬和秀**視覚障害が発生する場所は,ほとんどの場合,眼科領域である.ときにそれは予防されるが,やむなく発症した場合は,早期に発見されることが望ましく,また治療により完全に回復することが理想的である.しかし,期せずして障害を残し,リハビリテーションが必要になる場合も少なくはない.さらに,多くの眼科施設では,リハビリテーションは行われず,闇雲に治療が優先され,治療不能な場合であっても,つぎのステップに踏み出すのには時間を要する.この遅延は,眼科医にも責任があるが,当事者の心理的要因が最も大きく関係すると思われる.治らないと諦めた視覚障害者は,眼科への通院をやめ,自宅に引きこもることが多い.本来は,その時点で相談支援・権利擁護を受けられる体制が存在すべきである.しかし現実には,そのような支援は得られず,その後に入る情報は,医療機関や教育機関からの直接の情報ではなく,役所の福祉窓口での問い合わせや,知人からの口コミ,あるいはインターネットで家族が調べたものになる.そして,運が良ければ,その後にようやくいくつかの支援サービスにつながる.この眼科治療後の空白をいかになくすかが,現時点でのロービジョンケアの最大の課題であるといえよう.そして,眼科医療は,治療ができなくなったらそれでおしまいというものではなく,経過観察とさまざまな支援サービスのバックアップ体制として機能しなければならない.眼科医にとっては,疾患によるロービジョンケアを理解することは比較的簡単である.それぞれの疾患による視覚障害の特徴を考えればおのずとケアの方向性が見えてくる.このため,疾患によるロービジョンケアの特集記事は少なくない.しかし,実際のロービジョンケアにおいては,視覚障害の発生時期やその他の障害の合併による,経済的根拠の変化や主たる支援の内容もその違いが重要になる場合も多い.図1は,視覚障害の発生時期とそれに伴った支援体制の変化についてまとめたものである.今回,あえてロービジョンケアを疾患による分類ではなく,発症時期による項目(就学前,就学期,就労期,高齢期)と,その他の障害による項目(先天眼疾患と中途失明者,眼球運動障害者,発達障害者,高次脳機能障害者)に分け,それぞれの分野のエキスパートに執筆していただいた.眼科医が苦手としている分野ではあるが,今回の特集で,ロービジョンケアには,疾患による特性だけでなくこれらの状況に応じた対応が重要になる場合が多いことを理解し,少しでも対応するよう努力していただければ,より幅の広いロービジョンケアが展開できるものと信じている.*SatoshiNakadomari:国立障害者リハビリテーションセンター病院**KazuhideKawase:岐阜大学大学院医学研究科神経統御学講座眼科学分野0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(1)429 社会参加障害者スポーツ・娯楽サービス点字図書館等による情報サービス労働関係サービス介護サービス医療(経過観察・バックアップ)教育・児童福祉サービス障害福祉サービス医療<教育<行政<口コミ・インターネット医療(治療・リハビリテーション)医療(予防・啓発・早期発見)視覚障害の発生時期就学前就学期就労期退職後高齢期経済的根拠保護者(親)就労・障害年金・生活扶助年金・養護者(子)主たる支援医療特別支援教育自立訓練(機能訓練)・就労支援生活支援高齢者支援社会参加障害者スポーツ・娯楽サービス点字図書館等による情報サービス労働関係サービス介護サービス医療(経過観察・バックアップ)教育・児童福祉サービス障害福祉サービス医療<教育<行政<口コミ・インターネット医療(治療・リハビリテーション)医療(予防・啓発・早期発見)視覚障害の発生時期就学前就学期就労期退職後高齢期経済的根拠保護者(親)就労・障害年金・生活扶助年金・養護者(子)主たる支援医療特別支援教育自立訓練(機能訓練)・就労支援生活支援高齢者支援図1視覚障害の発生時期と支援体制430あたらしい眼科Vol.30,No.4,2013(2)

Prism Adaptation Test により術量決定を行った内斜視の術後成績

2013年3月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科30(3):419.422,2013cPrismAdaptationTestにより術量決定を行った内斜視の術後成績加藤浩晃*1,2稗田牧*2中井義典*2中村葉*2木下茂*2*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学PreoperativePrismAdaptationinPatientswithEsotropiaHiroakiKato1,2),OsamuHieda2),YoshinoriNakai2),YouNakamura2)andShigeruKinoshita2)1)BaptistEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:外来診療時のみでPrismAdaptationTest(PAT)を行った内斜視手術の術後成績をレトロスペクティブに検討する.対象および方法:対象は京都府立医科大学附属病院において2003年から2010年までに共同性内斜視で10プリズム(Δ)以内の正位を目標としてPATにて術量を決定して手術を施行した症例で,術後1カ月以上経過観察が可能であった47例(男性18例,女性29例),年齢4.75歳(平均19.9±22.8歳)である.完全矯正下でPATを施行し,正位を目標に水平筋移動量を1mm当たり3Δで手術を行った.術後成績,術後斜視角が10Δ以内を手術成功と定義したときの手術成功率,術後の斜視角の推移,眼位矯正効果を検討した.結果:遠方眼位は30.6±11.4ΔからPATにて33.7±10.7Δに有意に増加した(p<0.01).PATを行った際の手術成功率は術後1年で72%,術後2年で71%であり,PATをしなかったと仮定した場合の成功率が術後1年で53%,術後2年で52%であることと比較すると,PATによる術量定量は良好な成績をもたらした.術後の斜視角は術後1カ月から2年の観察期間中で安定しており,明らかな戻りは認めず,眼位矯正量としても約3Δ当たり1mmという算定方法で安定した成績を示した.結論:内斜視に対する手術では,術前にPATで術量決定を行ったほうが良好な術後成績が得られた.Purpose:ToretrospectivelyexaminethepostoperativeresultsofesotropiasurgeryperformedafteradministratingthePrismAdaptationTest(PAT)onlyduringtheperiodofambulatorycare.SubjectsandMethods:Thisstudyinvolved47patients(18malesand29females;agerange:4.75years;meanage:19.9±22.8years)whoshowedstableesodeviationwith10prismsorlessbyPAT.Foreachpatient,PATwasadministeredunderfullcorrectionandsurgerywasperformedonthelateralrectusmuscleand/ormedialrectusmuscleat3prismsper1mm,forthepurposeofright-eyerepositioning.Theprocedure’spostoperativesuccessrate(definedaspostoperativeangleofstrabismusoflessthan10prisms),thepostoperativeangleofstrabismusandtheeffectivenessofthesurgicalcorrectionofeyepositionwereexamined.Results:At1and2yearspostoperatively,thesuccessrateofthesurgicalprocedurewithPATperformedwas72%and71%,respectively,ascomparedwith53%and52%,respectively,withoutPATperformed.ThepreoperativeadministrationofPATthereforeyieldedgoodresults.Ineachpatient,thepostoperativeangleofstrabismusremainedstableduringthe2-yearfollow-upobservationperiod.Inaddition,thepositionofeachpatient’seyewassurgicallycorrectedandstabilizedviathecalculationmethodof3prismsper1mmofcorrection.Conclusions:Forpatientsundergoingesotropiasurgery,betterpostoperativeresultsareobtainedthroughthepreoperativeadministrationofPAT.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(3):419.422,2013〕Keywords:プリズムアダプテーションテスト,PAT,内斜視,内斜視手術,斜視角.PrismAdaptationTest,PAT,esotropia,esotropiasurgery,angleofstrabismus.〔別刷請求先〕加藤浩晃:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:HiroakiKato,M.D.,BaptistEyeClinic,12Kamiikeda-cho,Kitashirakawa,Sakyo-ku,Kyoto606-8287,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(133)419 はじめに内斜視は眼位の定量に輻湊の影響が入りやすく,眼位の正確な定量が困難なため,斜視手術の精度が外斜視より不安定とされている.このためプリズムアダプテーションテスト(PrismAdaptationTest:PAT)を施行して手術成績を上げる試みが従来から検討されてきた1,2).PrismAdaptationStudyResearchGroupは,内斜視手術におけるPATの有用性を無作為化臨床比較試験で評価している.PATを行って0.10プリズム(Δ)に斜視角が安定して融像がある症例に対して最大斜視角を基準に手術を行った群(最大斜視角群)と,顕性斜視角を基準に手術を行った群(顕性斜視角群)の手術成績を比較すると,術後斜視角度が10Δ以内となった割合は最大斜視角群では89%に対し,顕性斜視角群では79%であり,PATにより検出された斜視角を基準に手術を行ったほうが過矯正になる割合は少なく,統計的有意差はないが安定した成績が得られる3)というものであった.その後同様の結果4.7)が報告されているが,わが国でも大月らがPATを行った内斜視手術の術後1年の手術成績として,プリズム中和時の度数を基準に手術を行った群とプリズム中和前の斜視角を基準に手術を行った群を比較すると,術後斜視角度が10Δ以内を手術成功と定義した場合,手術成功率はそれぞれ84%,78%であり,プリズム中和時の度数を基準に手術を行った群のほうでより良好な成績が得られたことを報告している8).これらの報告ではPATを入院のうえで術前5.7日間においてプリズムレンズを装用させて行っているが,現在では眼科手術に際し,入院して検査を行えないことも多い.そこで,今回筆者らは,入院ではなく外来診察時にPATを行い,内斜視手術における術前定量としての外来のみでのPATの有用性を検討したので報告する.I対象および方法1.対象の選択2003年4月から2010年12月までに京都府立医科大学附属病院眼科で,内斜視に対して手術を行った106例のうち,共同性内斜視であり外来のみでPATを行い,10Δ以内の正位を目標として術量を決定し手術を施行した症例で,術後1カ月以上経過観察が可能であった47例を対象とした.内訳は男性18例,女性29例,年齢は4.75歳(平均19.9±22.8歳)であった.2.屈折検査7歳以下の小児の場合は,0.5%アトロピン点眼を両眼に1日2回,1週間行い,それ以外は1%シクロペントレート点眼で調節麻痺をして屈折検査を行った.屈折異常があれば完全矯正の眼鏡を装用させた.420あたらしい眼科Vol.30,No.3,20133.斜視角の計測遠見は5m離れた距離に設置した点光源を,近見は30cm地点に置いた目標物を視標にAlternateprismcovertest(APCT)で斜視角を計測した.両眼視機能検査では遠見・近見ともに可能な限り融像の有無を判定した.融像の確認は遠見ならびに近見において視標が1つに見えるかどうかで確認を行った.4.PATによる斜視角測定法プリズムレンズ(フレネル膜プリズム検眼セット4000・5000:中央産業株式会社)を使用して検査を行った.両眼の視力差がなければプリズムジオプトリーを等分にしたプリズムレンズを両眼に装用し,両眼に視力差があれば,視力の良いほうに強めのプリズムジオプトリーのプリズムレンズを装用させた.30分後にAPCTを行い,融像を確認して斜視角が0.10Δ以内におさまり融像の確認ができればその斜視角で決定とした.一方,10Δ以上の内斜視もしくは外斜視が生じる場合は,再度プリズムレンズの変更を行い斜視角が10Δ以内に収まるようにプリズムジオプトリーを増減して斜視角を決定した.これを,決定した斜視角が同等の場合は2回で変動する場合は3回以上,検査日を変えて,外来のみで施行した.5.手術方法,手術定量輪部結膜切開もしくは放射状結膜切開で外眼筋を露出し,筋の付着部から内直筋後転術,外直筋切除術もしくは両方を施行した.後転術・切除術はともに筋を7-0ナイロン糸で強膜に3カ所縫合固定し,結膜は9-0シルク糸で縫合した.定量としては,斜視角3Δ当たり1mmとして計算した.6.検討項目,手術成績の判定PAT前後の斜視角の変化,術後の眼位変化,術後の斜視角の推移,眼位矯正量について検討を行った.術後の眼位に関しては,APCTにて10Δ以上の外斜視,10Δ以内の外斜視,正位,10Δ以内の内斜視,10Δ以上の内斜視の5つのカテゴリーに分類した場合のそれぞれの成績に加えて,術後10Δ以内に眼位が収まっている状態を手術成功と定義した場合の術後1年・2年における手術成功率を検討した.また,PATをしなかったと仮定した場合の術後眼位を『PATを施行した場合の術後斜視角+PATでの増加斜視角』と定義して,この場合の手術成功率も検討した.術後の斜視角の推移については術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年において検討を行った.眼位矯正量に関しては,術前斜視角.残存斜視角を手術での矯正斜視角と考え,この矯正斜視角を筋移動量で除したものを眼位矯正量と定義し,術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年の観察期間においてそれぞれ検討した.(134) II結果1.PAT前後の斜視角の変化遠見ではPAT前30.6±11.4ΔからPAT後で33.6±10.7Δと有意な増加がみられた(p<0.01).近見でもPAT前30.4±12.7ΔからPAT後に34.9±12.7Δと有意な増加がみられた(p<0.01)(図1).10Δ以上斜視角度が増加した症例は26.7%であった.2.術後成績術後の眼位は10Δ以上の外斜視,10Δ以内の外斜視,正位,10Δ以内の内斜視,10Δ以上の内斜視の5つのカテゴリーで分類すると,術後1年ではそれぞれ1例(3%),2例(6%),7例(22%),14例(44%),8例(25%)であり,術後2年ではそれぞれ1例(5%),1例(5%),5例(24%),9例(43%),5例(24%)であった.手術成功率は術後1年で72%(23/32例),術後2年では71%(15/21例)であった.PATをせずに手術を行った場合の術後眼位は,10Δ以上の外斜視,10Δ以内の外斜視,正位,10Δ以内の内斜視,10Δ以上の内斜視と分けると,術後1年ではそれぞれ1例(3%),2例(6%),2例(6%),13例(41%),14例(44%),術後2年では1例(5%),1例(5%),4例(19%),6例(29%),9例(43%)であり,PATを施行せずに手術を行った場合の眼位矯正成功率は,術後1年で53%(17/32例),術後2年で52%(11/21例)であった(表1).手術成功の割合は今回の結果では,PATをした症例のほうが高かった.3.術後の斜視角の推移術後の斜視角を術前,術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年としたところ,遠見はそれぞれ33.6±10.7Δ,4.8±9.2Δ,4.8±7.0Δ,4.1±6.0Δ,6.0±6.8Δ,5.4±7.1Δ,5.8±6.8Δであり,近見はそれぞれ34.9±12.7Δ,6.3±6.5Δ,(PD)(PD)*6050403020100*6050403020100PAT前PAT後PAT前PAT後遠見*p<0.01近見図1PAT前後の斜視角の変化PAT前後で遠見・近見ともに斜視角の有意な増加がみられる.表1術後成績眼位PAT施行PATなし術後1年(n=32)術後2年(n=21)術後1年(n=32)術後2年(n=21)外斜視(≧10Δ)1(3%)1(5%)1(3%)1(5%)外斜視(1≪10Δ)2(6%)1(5%)2(6%)52%1(5%)4(19%)6(29%)正位72%7(22%)71%5(24%)53%2(6%)内斜視(1≪10Δ)14(44%)9(43%)13(41%)内斜視(≧10Δ)8(25%)5(24%)14(44%)9(43%)手術成功率はPATをしたほうが術後1年で72%,術後2年では71%であり,PATをしなかったほうの成功率(術後1年53%,術後2年52%)よりも高い.(PD/mm)(PD)7:遠見6:近見543210Pre1M3M6M1Y1.5Y2Y1M3M6M1Y1.5Y2Y(n=41)(n=38)(n=32)(n=26)(n=21)(n=41)(n=38)(n=32)(n=26)(n=21)図2術後の斜視角の推移図3眼位矯正量術後の斜視角は術後1カ月.2年の観察期間中で安定しており,眼位矯正量は術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年明らかな戻りは認めなかった.において約3mm程度で大きな変動はなかった.6050403020100-10:遠見:近見(135)あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013421 5.8±7.7Δ,6.3±7.6Δ,5.9±8.1Δ,5.8±9.3Δ,4.3±8.7Δと,いずれも術前に比べて術後1カ月の時点で有意に斜視角が減少していた(p<0.01).また,術後1カ月から2年の観察期間中で眼位は安定しており,明らかな戻りは認めなかった(図2).4.眼位矯正量(Δ.mm)術後1カ月,3カ月,6カ月,1年,1年半,2年における眼位矯正量は,遠見でそれぞれ3.1±0.9Δ/mm,3.1±0.9Δ/mm,3.3±0.8Δ/mm,3.2±1.1Δ/mm,3.1±1.1Δ/mm,3.3±1.2Δ/mmであり,近見ではそれぞれ3.1±0.9Δ/mm,3.2±0.9Δ/mm,3.2±0.9Δ/mm,3.3±1.0Δ/mm,3.3±1.2Δ/mm,3.5±1.1Δ/mmであった(図3).統計学的に有意な変化は認められなかった.III考按今回,内斜視手術の術量決定に際して,入院ではなく外来診察時のみでPATを行い,その手術成績を検討した.PATの前後においては,遠見で平均約3Δ,近見で約4.5Δの有意な斜視角の増加が認められた.PATにより術量を決定した場合の手術成功率は術後1年で72%,術後2年で71%であり,PATをせずに手術を行った場合は成功率が術後1年で53%,術後2年で52%であることと比較すると良好な成績であった.また,術後の斜視角は術後1カ月から2年における観察期間中で眼位は安定しており,明らかな戻りも認めず眼位矯正量としても約3Δ/mmで安定していた.今回の報告が既報と大きく違う点は,PATを入院のうえ5.7日かけてプリズムレンズ装用をさせて行っているのではなく,外来時に30分程度のPATを行い,10Δ以内におさまる斜視角において術量を決定している点であり,既報よりもPATが簡便だということである.この簡便なPATであっても顕性斜視角のみで内斜視手術を行う場合に比べて良好な手術成績が認められた.PATを行わず顕性斜視角で内斜視手術をする場合は最大融像幅における斜視角を検出できていないため,術後に低矯正になる可能性が高いと考えられる.また,既報のPrismAdaptationStudyResearchGroupや大月らの報告では,術後斜視角度が10Δ以内となった割合はそれぞれPAT群では89%,84%であったのに対して,PATを行わず顕性斜視角にて手術を行った群ではそれぞれ79%,78%であり,それぞれの成績が今回の筆者らの報告よりも良好であった.これは,筆者らの術前の融像の確認に原因があるのではないかと考えている.大月らはPATをした際にBagolini線条レンズを装用して融像の確認を行っていたが,筆者らは複視の自覚による融像の確認は行ったが,全例でBagolini線条レンズを使っての網膜対応の確認までは行っておらず,厳密には融像のない症例が混じっていた可能性が考えられる.プリズム中和に対して融像反応を示さない症例は手術成功率が低い2)とされており,Bagolini線条レンズを装用して網膜対応の確認を行っていなかったためこのような手術成功率が低い症例が混じり,PAT施行群ならびにPATを行わなかった群それぞれの手術成績が低下したと考えられる.少数例だがBagolini線条レンズ検査で融像が確認できた症例では良好な術後成績が得られていた.内斜視手術では術後の低矯正を防ぎ術後成績を向上させるためにも,術前のPATによる術量の決定が有効であると考えられた.今回の報告では術後経過も良好で術後の眼位も安定しているが,経過観察期間としては2年程度であり,さらに今後長期にわたる経過観察が必要である.文献1)ScottWE,ThalackerJA:Preoperativeprismadaptationinacquiredesotropia.Ophthalmologica189:49-53,19842)大月洋,中山緑子,岡山英樹ほか:手術を前提としたプリズム視能矯正.日眼会誌90:1707-1713,19863)PrismAdaptationStudyResearchGroup:Efficacyofprismadaptationinthesurgicalmanagementofacquiredesotropia.ArchOphthalmol108:1248-1256,19904)BurkeJP,ScottWE,StewartSA:Pre-operativeprismadaptationinacquiredestropia.BrOrthoptJ51:41-44,19905)RepkaMX,ConnettJE,ScottWE:Theone-yearsurgicaloutcomeafterprismadaptationforthemanagementofacquiredesotropia.Ophthalmology103:922-928,19966)HwangJM,MinBM,ParkSCetal:Arandomizedcomparisonofprismadaptationandaugmentedsurgeryinthesurgicalmanagementofesotropiaassociatedwithhypermetropia:one-yearsurgicaloutcomes.JAAPOS5:31-34,20017)Veronneau-TroutmanS:Prismadaptationtest(PAT)inthesurgicalmanagementofacquiredesotropia.ArchOphthalmol109:765-766,19918)大月洋,長谷部聡,田所康徳ほか:後天性内斜視に対するプリズム中和の評価.日眼会誌96:910-915,1992***422あたらしい眼科Vol.30,No.3,2013(136)