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DRVR,net

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYDRCR.netがすでに終了した研究を,表2に現在進行中の研究を示す.結果が発表されている研究について,以下簡単に紹介したい.なお,研究のデザインやプロトコールについてはDRCR.netのウェブサイト(http://drcrnet.jaeb.org/)に詳しいが,結果については論文を参照しなければならない.はじめにDRCR.netとは,アメリカにあるDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetworkという組織の略称である.糖尿病網膜症およびその関連病態における多施設共同研究を円滑に進めることを目的として,2002年9月に設立された.糖尿病網膜症を対象とした多施設研究の発案,デザインから遂行までサポートしてくれる.基本的には臨床研究を対象としているが,疫学研究その他もサポート対象である.特に糖尿病黄斑症(黄斑浮腫)に重点を置いているのが特徴である.現在,DRCR.netには全米で227カ所の施設と797人の研究者が参加している.中央事務局はJohnsHopkinsにある.その財源は,アメリカ国立衛生研究所(NationalInstitutesofHealth)に属する研究所の一つ,国立眼病研究所(NationalEyeInstitute:NEI)である.国の研究機関という位置づけだが,大学病院およびその関連施設だけでなく地域の医療機関を積極的に活用しており,産業界との協力も積極的に行っている.事務局運営のための固定メンバーがいるが,研究のプロトコールを作成したり論文を作成したりする際には,随時必要なメンバーが集められる.参加している研究者の側から新しい研究のデザインを提案することもできる.招集された検討会でその提案が認められると,そのままプロトコールが練られ,実施へ向けて動き出す.設立からまだ10年に満たない組織だが,精力的に研究を行い,すでに多くの成果を発表している.表1に(61)61*HarumiFukushima:JR東京総合病院眼科**SatoshiKato:東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学・視覚矯正学〔別刷請求先〕福嶋はるみ:〒151-8528東京都渋谷区代々木2-1-3JR東京総合病院眼科特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):61.64,2011糖尿病についての疫学研究─Hospital-basedStudy:DRCR.netDRCR.net福嶋はるみ*加藤聡**表1DRCR.netの研究一覧(終了したもの)プロトコール1.APilotStudyofLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema2.ARandomizedTrialComparingIntravitrealTriamcinoloneAcetonideandLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema3.EvaluationofVitrectomyforDiabeticMacularEdemaStudy4.APilotStudyofPeribulbarTriamcinoloneAcetonideforDiabeticMacularEdema5.TemporalVariationinOpticalCoherenceTomographyMeasurementsofRetinalThickeninginDiabeticMacularEdema6.APhase2EvaluationofAnti-VEGFTherapyforDiabeticMacularEdema:Bevacizumab(Avastin)7.AnObservationalStudyoftheDevelopmentofDiabeticMacularEdemaFollowingScatterLaserPhotocoagulation8.SubclinicalDiabeticMacularEdemaStudy9.TheCourseofResponsetoFocalPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema62あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(62)固を施行した群の成績が一番良かった.また,トリアムシノロンを投与した群では,眼圧上昇や白内障の進行が高率に認められた.糖尿病黄斑浮腫に対する治療としては古典的な網膜光凝固のほうがトリアムシノロンの硝子体投与よりも長期的効果に優れ,かつ合併症が少ないことが示された.プロトコール3:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術の効果3)硝子体黄斑牽引を伴う糖尿病黄斑浮腫に対して硝子体手術を施行し,その効果を検討した.多施設スタディのため術者は複数であり,硝子体手術の手技(黄斑前膜の除去,内境界膜.離,ステロイド硝子体注などを行うかどうかの判断も含めて)は各々の術者にまかされた.硝子体手術から1年後にはほとんどの症例で網膜厚の減少をみたが,視力改善した症例は全体の38%にとどまり,22%は逆に視力低下した.プロトコール4:糖尿病黄斑浮腫に対する,トリアムシノロンTenon.下投与の効果4)視力0.5以上の比較的視力良好の糖尿病黄斑浮腫の対象患者を5群に分け,各々に①局所光凝固施行,②トリアムシノロン20mgをTenon.下投与,③局所光凝固施行4週間後にトリアムシノロン20mgをTenon.下投与,④トリアムシノロン40mgをTenon.下投与,⑤局所光凝固施行4週間後にトリアムシノロン40mgをTenon.下投与,の治療を施行した.その結果,術後早期にはトリアムシノロンを使用した群で網膜厚が減少する傾向はあったものの,長期的には視力も網膜厚も5群間でまったく差がなかった.さらにトリアムシノロン使用群では,眼圧上昇と眼瞼下垂の合併症も認められた.よって比較的視力良好な糖尿病黄斑浮腫に対して,トリアムシノロンのTenon.下投与は局所光凝固併用の有無にかかわらず効果はなさそうであるとの結論に至った.プロトコール5:糖尿病黄斑浮腫における,OCT上の網膜厚の日内変動5)糖尿病黄斑浮腫の8時および16時のOCT上の網膜プロトコール1:糖尿病黄斑浮腫に対する網膜光凝固方法の比較1)糖尿病黄斑浮腫に対する網膜光凝固の施行方法として,標準的に行われているETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)に準拠した方法(標準療法)と,それより低出力で,ただし凝固数を多くした凝固法(マイルド格子状凝固)を比較した.結果,凝固1年後の時点で光干渉断層計(OCT)上の網膜厚は標準療法のほうが薄く,視力は両法で差がなかった.新しい凝固法として注目されていたマイルド格子状凝固であったが,標準療法に勝るものではないという結果となり,DRCR.netはマイルド格子状凝固の効果についてそれ以降の研究は組まないと宣言した.プロトコール2:糖尿病黄斑浮腫に対する,トリアムシノロンの硝子体投与と網膜光凝固との効果の比較2)糖尿病黄斑浮腫に対し,網膜光凝固を施行した群と,トリアムシノロン1mgを硝子体投与した群と,トリアムシノロン4mgを硝子体投与した群でOCT上の網膜厚と視力の予後を比較した.視力も網膜厚も,治療4カ月後の時点ではトリアムシノロン4mgを硝子体投与した群の成績が一番良かったが,治療2年後では網膜光凝表2DRCR.netの研究一覧(現在継続中のもの)1.IntravitrealRanibizumaborTriamcinoloneAcetonideinCombinationwithLaserPhotocoagulationforDiabeticMacularEdema2.IntravitrealRanibizumaborTriamcinoloneAcetonideasAdjunctiveTreatmenttoPanretinalPhotocoagulationforProliferativeDiabeticRetinopathy3.EvaluationofVisualAcuityMeasurementsinEyeswithDiabeticMacularEdema4.ComparisonofTimeDomainOCTandSpectralDomainOCTRetinalThicknessMeasurementinDiabeticMacularEdema5.APilotStudyinIndividualswithCenter-InvolvedDMEUndergoingCataractSurgery6.AnObservationalStudyinIndividualswithDiabeticRetinopathywithoutCenter-InvolvedDMEUndergoingCataractSurgery7.AnEvaluationofIntravitrealRanibizumabforVitreousHemorrhageDuetoProliferativeDiabeticRetinopathy(63)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201163研究は終了しているが,結果がまだ発表されていない.厚を比較した.平均値でみると16時の網膜厚のほうが8時のそれより薄い結果ではあったが,逆に網膜厚が増加する症例も多々みられ,全体として意味のある差は検出されなかった.プロトコール6:糖尿病黄斑浮腫に対する抗血管内皮増殖因子(VEGF)療法の評価:ベバシズマブ(アバスチンR)について6)糖尿病黄斑浮腫の対象患者を5群に分け,①最初に網膜光凝固を施行,②最初および6週間後にそれぞれベバシズマブ1.25mgを硝子体投与,③最初および6週間後にそれぞれベバシズマブ2.5mgを硝子体投与,④最初にベバシズマブ1.25mgを硝子体投与し,6週間後に偽の注射,⑤最初および6週間後にそれぞれベバシズマブ1.25mgを硝子体投与するのに加え,3週間目に網膜光凝固を施行,と治療を行った.その結果,①群と比較すると②群と③群のほうが網膜厚の減少が大きく,視力が良好となった.しかし②~⑤群では網膜厚も視力も有意差が出なかった.よってベバシズマブの硝子体投与は糖尿病黄斑浮腫の一部には確実に効果があることが示されたが,どのような投与法が最良かについては結論が出なかった.プロトコール7:汎網膜光凝固(PRP)を1回ないし4回で完成させた後の,糖尿病黄斑浮腫の経過7)重症非増殖糖尿病網膜症ないし増殖糖尿病網膜症で,黄斑浮腫はないかごく軽度で比較的視力のよい症例を対象とした.1回でPRPを完成させた群と4回に分けてPRPを施行した群とで,その後の黄斑浮腫の状態を観察した(表3).その結果,PRP直後から1カ月後くらいまでは,1回でPRPを行った群のほうがより網膜厚が大きく視力低下していた.しかし,PRPの34週後になると,逆に4回に分けてPRPを施行した群のほうが網膜厚が大きく視力低下する結果となった.PRPを1回で完成させても4回に分けて施行しても,黄斑浮腫に対する臨床的な影響は差がはっきりしないという結論となった.プロトコール8:Subclinicalな糖尿病黄斑浮腫の経過表3汎網膜光凝固後のOCTによる網膜厚1回でPRPn=844回に分けてPRPn=71p値中心窩領域術前の平均網膜厚(μm)207198≧250.2993(4%)1(1%)術前と比較した網膜厚の変化(μm)3日後+9+50.014週間後+13+50.00317週間後+14+150.0834週間後+14+220.06術前と比較して網膜厚が25μm以上変化した症例3日後7(9%)3(5%)0.324週間後14(18%)5(8%)0.0417週間後13(17%)26(41%)0.00134週間後18(25%)25(45%)0.005術前網膜厚が250μm以上あり,かつ術後25μm以上変化した症例3日後1(1%)2(3%)0.404週間後8(10%)3(5%)0.1417週間後5(6%)11(17%)0.00334週間後9(13%)13(24%)0.02(文献7より改変)表4糖尿病黄斑浮腫に対する局所光凝固の長期的効果:OCT上の網膜厚全症例n=128#解析不適格6#16週までに加療1#16週以前に通院中断6#16週後の解析可能症例115局所光凝固16週後n=115中心窩網膜厚改善率(加療前と比較して)≧10%.54(47%)中心窩網膜厚<250μm26中心窩網膜厚≧250μm2816週時点で改善はしたが中心窩網膜厚が≧250μmの症例n=28#32週までに加療4#32週以前に通院中断2#32週後の解析可能症例22局所光凝固32週後(24週目で加療した症例含む)n=26中心窩網膜厚改善率(16週目と比較して)>10%11(42%)中心窩網膜厚<250μm8中心窩網膜厚≧250μm3(文献8より改変)64あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(64)tonideandfocal/gridphotocoagulationfordiabeticmacularedema.Ophthalmology115:1447-1449.e1-10,20083)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093.e3,20104)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Randomizedtrialofperibulbartriamcinoloneacetonidewithandwithoutfocalphotocoagulationformilddiabeticmacularedema:apilotstudy.Ophthalmology114:1190-1196,20075)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Diurnalvariationinretinalthickeningmeasurementbyopticalcoherencetomographyincenter-involveddiabeticmacularedema.ArchOphthalmol124:1701-1707,20066)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:AphaseIIrandomizedclinicaltrialofintravitrealbevacizumabfordiabeticmacularedema.Ophthalmology114:1860-1867,20077)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Observationalstudyofthedevelopmentofdiabeticmacularedemafollowingpanretinal(scatter)photocoagulationgivenin1or4sittings.ArchOphthalmol127:132-140,20098)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Thecourseofresponsetofocal/gridphotocoagulationfordiabeticmacularedema.Retina29:1436-1443,2009プロトコール9:糖尿病黄斑浮腫に対する局所光凝固の長期的効果8)糖尿病黄斑浮腫に対して局所光凝固を施行し,網膜厚が減少して効果が認められた症例が,長期的にはどうなるかを観察した.その結果,42%の症例は追加治療がなくても32週後まで網膜厚減少効果が持続した(表4).以上,DRCR.netが過去に施行した研究を概説した.糖尿病黄斑浮腫の症例を,視力やOCTによる網膜厚で条件を揃えたうえで,3桁のオーダーで集めるのは一つの施設ではきわめて困難である.多施設研究でしかなしえない,貴重な成果が次々と発表されつつある.今後の成果に期待したい.文献1)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:ComparisonofthemodifiedEarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyandmildmaculargridlaserphotocoagulationstrategiesfordiabeticmacularedema.ArchOphthalmol125:469-480,20072)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Arandomizedtrialcomparingintravitrealtriamcinoloneace

糖尿病細小血管合併症の発症進展における代謝コントロールの影響に関する国内外の研究

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYIUKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy)1.UKPDS血糖コントロール研究対象は,英国の23施設より登録された新規に糖尿病と診断された2型糖尿病5,102例.3カ月間の食事指導を行い,一部の肥満者をメトホルミン研究に組み込んだ後,食事療法を継続する従来療法群に1,138名,厳格な血糖コントロールを目指す強化療法群(経口血糖降下薬またはインスリン療法)に2,729名を割り付けた.その結果,平均10年の経過観察において,研究期間中の平均HbA1C値は,強化療法群では7.0%で,従来療法群の平均HbA1C値7.9%に比し有意な低値を示し,強化療法施行群では,従来療法群に比し,細小血管合併症,白内障手術などのリスクが有意に低下していた(図1)3,4).また,血糖コントロールによる血管合併症のリスク減少は,経口血糖降下薬(スルホニル尿素薬)とインスリン間に差がなく,肥満糖尿病患者を対象としたメトホルミン研究では,メトホルミンによる有意な慢性血管合併症のリスク低下が示された.2.血糖コントロール研究終了後の観察期のデータ(UKPDSポストトライアル)血糖コントロール研究の対象となった4,209名のうち3,227名はUKPDSポストトライアルに参加することをはじめに血糖コントロールが長期間不良な患者では網膜症の発症進展が生じやすいことが,米国のKleinらの一連の研究(ウィスコンシン糖尿病網膜症疫学研究:WESDR)において示唆されていた.WESDRでは,1型糖尿病,2型糖尿病の10年間の観察により若年発症糖尿病(おもに1型),30歳以上発症の糖尿病でインスリン治療中の患者,30歳以上発症の糖尿病でインスリン以外の治療法により加療されているもの(2型)のいずれにおいても,ヘモグロビン(Hb)A1Cが高値となると網膜症の進展率が高率であった1,2).その後,1型糖尿病および2型糖尿病患者を対象に,厳格な血糖コントロールにより糖尿病性慢性血管合併症の発症,進展を阻止しうるかを検討した無作為前向き調査研究の成果が,国内外で相ついで報告され,「厳格な血糖コントロールにより糖尿病網膜症の発症,進展を阻止しうる」ことが明確になった.本稿では,2型糖尿病患者を対象に血糖コントロールの影響を検討した英国で行われたUKPDS(UnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy),わが国で行われた大規模試験であるJDCS(JapanDiabetesComplicationsStudy),強化インスリン療法の効果を検討した熊本スタディ,また,1型糖尿病に対する強化インスリン療法の効果を検討したDCCT・EDICの結果を紹介する.(55)55*HidekiKishikawa:熊本大学保健センター〔別刷請求先〕岸川秀樹:〒860-8555熊本市黒髪2-40-1熊本大学保健センター特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):55.60,2011糖尿病についての疫学研究─Hospital-basedStudy:糖尿病細小血管合併症の発症進展における代謝コントロールの影響に関する国内外の研究StudiesofEffectsofMetabolicControlonDiabeticMicroangiopathy岸川秀樹*56あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(56)べ,糖尿病関連エンドポイントで9%,心筋梗塞で15%,全死亡率で13%となり,メトホルミン群の相対リスク減少率は,糖尿病関連エンドポイントで21%,心筋梗塞で33%,全死亡率で27%となった(図3).よって,ポストトライアル10年間の経過観察で,両群間の血糖コントロールの差が研究開始早期に消失したにもかかわらず,細小血管合併症のリスクの減少が持続し,心筋梗塞や全死亡率が減少すること,また肥満患者に適用されたメトホルミン療法が有用であることが明らかにさ求められ,5年間UKPDS関連の診療所に通院した.その際,先行試験の割り当て時の治療は継続することなく経過観察された.最初の5年間にUKPDS関連の診療所に通院できない患者にはアンケートを実施し,その後(6.10年)は対象者すべてにアンケートによる調査を行った(図2).その結果,UKPDS血糖コントロール研究で認められたHbA1Cの差はポストトライアル開始初年度に消失し,強化療法(SU薬インスリン群)における,観察開始10年後の相対リスク減少率は,従来療法に比従来療法群(n=1,138)の平均HbA1C:7.9%強化療法群(n=2,729)の平均HbA1C:7.0%020406080100糖尿病に関連したエンドポイント糖尿病に関連した死亡全死亡心筋梗塞脳卒中細小血管合併症の進展白内障手術細小血管合併症:光凝固,硝子体出血,腎不全(血漿クレアチニン値>2.93mg/dl,透析)12リスク減少率(%)10NS6NS16NS-11NS2524図1強化療法による慢性血管合併症のリスク減少率―UKPDS新規診断2型糖尿病5,102例強化療法群2,729例従来療法群1,138例メトホルミン群342例ポストトライアル参加2,118例ポストトライアル参加880例ポストトライアル参加279例ポストトライアル完了1,010例ポストトライアル完了379例ポストトライアル完了136例図2PostUKPDS血糖コントロール研究―患者割り付け(57)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201157については,従来療法群で9.52/1,000患者年に対し,介入群では5.48/1,000患者年と有意な低値を示した.IIIDCCT.EDIC1.1型糖尿病患者を対象としたDiabetesControlandComplicationsTrial(DCCT)米国のDCCTでは,1型糖尿病患者を,研究開始時に網膜症を認めなかった一次予防群,網膜症をすでに有していた二次介入群に分け,さらに,無作為に従来インスリン療法群(持続型インスリンを用いた1日1.2回注射)と頻回注射を用いた強化インスリン療法群(1日3回以上のインスリン頻回注射またはインスリン持続皮下注入療法)に分け,平均6.5年間の観察がなされた.その結果,HbA1Cは,強化インスリン療法群では研究開始6カ月後約7.0%まで低下し,観察期間中維持されたが,従来インスリン療法群では明らかな変化は認めなかった.ETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy:25段階)分類で3段階以上の上昇時を網膜症の悪化と定義し,網膜症の経過をみたところ,網膜症の悪化率(平均観察期間6年の成績)は,一次予防群,二次介入群ともに,従来インスリン療法群に比し,強化インスリン療法群で,有意な低値を示した11).れた5).UKPDSでは血圧コントロール研究も行われ,血糖コントロール研究と同様に,終了後の観察研究が続けられた.本試験で求められていた厳格な血圧管理による糖尿病関連イベント・糖尿病関連死・細小血管合併症・脳卒中の相対リスク減少は,観察期には消失し,血圧コントロールの好影響を維持するには厳格な血圧コントロールを維持することが必要と結論されている6.8).IIJDCS(JapanDiabetesComplicationsStudy)わが国で行われた大規模臨床介入研究であり,2型糖尿病患者2,033名(研究開始時平均年齢59歳,平均HbA1C7.7%)を対象に,非介入群(登録前の外来治療を継続)および生活習慣介入群(主治医と協力し生活指導介入)の2群に分け,経過観察された9,10).その結果,開始後5年間の網膜症発症リスクは,HbA1C〔JDS(theJapanDiabetesSociety)値〕7%未満の患者群に比し,HbA1C7.8%の患者群では約2倍,8.10%群では約3.5倍,10%以上では,7.6倍に達した.一方,HbA1C7%未満でも網膜症発症は完全に抑制されておらず,網膜症発症には非常に厳格な血糖コントロールが必要であることが示された.介入群では,非介入群に比し,0.2%のHbA1C値の低下となり,腎症・冠動脈疾患の発症率は,2群間で有意な差は認めなかったが,脳卒中の発症020406080100糖尿病に関連したエンドポイント糖尿病に関連した死亡全死亡心筋梗塞脳卒中末梢血管疾患細小血管合併症の進展細小血管合併症:光凝固,硝子体出血,腎不全(血漿クレアチニン値>2.93mg/dl,透析)9リスク減少率(%)1713159NS18NS24図3強化療法による慢性血管合併症のリスク減少率―PostUKPDS58あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(58)性網膜症を有し,尿中アルブミン排出量<300mg/日:55例)に分け,各々,従来インスリン療法群(CIT群,55名)またはインスリン頻回注射療法を用いた強化インスリン療法群(MIT群,55名)に無作為に割り付け,血糖コントロール状態および慢性血管合併症の推移を10年間追跡調査した.血糖コントロールは,CIT群は中間型インスリン1日1.2回注射,MIT群は1日3回以上の頻回注射(速効型インスリン毎食前,中間型インスリン就寝時)により行った.網膜症はmodifiedETDRS(EarlyTreatmentDiabetesRetinopathyStudy)gradingsystem(19段階分類)により判定し,腎症の悪化は1日尿中アルブミン排泄量により判定した.その結果,MIT群では,研究開始3カ月以降10年間にわたり,良好な血糖コントロール状態を達成しえたが,CIT群では研究開始時と同様な血糖コントロールで10年間推移し,MIT群における厳格な血糖コントロールが示唆された.10年間の網膜症累積悪化率は,一次予防群においてCIT群に対し,MIT群で有意な低値を示した.二次介入群でも同様の所見となった(図5).また,10年間の腎症累積悪化率も,一次予防群において,CIT群に比し,MIT群で有意な低値を示した.二2.EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplications(EDIC)EDICでは,DCCT登録患者を対象にDCCT終了後4年間の網膜症の状態が,調査された.DCCT終了後4年間に従来インスリン療法群の多数の患者が強化インスリン療法に移行したため,EDIC時の従来インスリン療法群と強化インスリン療法群のHbA1Cの差は,DCCT時に比し縮小した(従来インスリン療法群8.2%,強化インスリン療法群7.9%)が,EDIC開始4年後の両群の網膜症悪化率,増殖網膜症の発症率,網膜浮腫発症率,光凝固施行率は,従来インスリン療法群に比べ,強化インスリン療法群で明らかな低値となった12,13).したがって,厳格な血糖コントロールによる網膜症発症・進展に及ぼす好影響は,施行後4年間にわたり持続していることが示された(図4).IV熊本スタディ熊本大学代謝内科のインスリン治療2型糖尿病患者(中間型インスリン1日1.2回注射で加療されていた患者および新規インスリン治療患者)110例を,一次予防群(研究開始時に網膜症を認めず,尿中アルブミン排出量<30mg/日:55例)と二次介入群(研究開始時に単純:従来インスリン療法:強化インスリン療法a.網膜症の進展c.網膜浮腫b.増殖または重症網膜症d.光凝固療法発症率(%)オッズ減少76%修正後オッズ減少75%6040200DCCT終了時DCCT終了4年後発症率(%)オッズ減少46%修正後オッズ減少58%12840DCCT終了時DCCT終了4年後発症率(%)オッズ減少68%修正後オッズ減少69%20100DCCT終了時DCCT終了4年後発症率(%)修正後オッズ減少75%修正後オッズ減少52%12840DCCT終了時DCCT終了4年後図4EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplications(EDIC)―網膜症リスク減少率(59)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201159重要となっている.文献1)KleinR,KleinBE,MossSEetal:Glycosylatedhemoglobinpredictstheincidenceandprogressionofdiabeticofdiabeticretinopathy.JAMA260:2864-2871,19882)KleinR,KleinBE,MossSEetal:Relationshipofhyperglycemiatothelong-termincidenceandprogressionofdiabeticretinopathy.ArchInternMed154:2169-2178,19943)UKProspectiveDiabetesGroup:Intensiveblood-glucosecontrolwithsulphonylureaorinsulincomparedwithconventionaltreatmentandriskofcomplicationsinpatientswithtype2diabetes(UKPDS33).Lancet352:837-853,19984)UKProspectiveDiabetesGroup:Effectofintensiveblood-glucosecontrolwithmetforminoncomplicationsinoverweightpatientswithtype2diabetes(UKPDS34).Lancet352:854-865,19985)HolmanRR,PaulSK,BethelMAetal:10-yearfollow-upofintensiveglucosecontrolintype2diabetes.NEnglJMed359:1577-1589,20086)UKProspectiveDiabetesGroup:Tightbloodpressurecontrolandriskofmacrovascularandmicrovascularcomplicationsintype2diabetes(UKPDS38).BrMedJ317:703-713,19987)UKProspectiveDiabetesGroup:Efficacyofatenololandcaptoprilinreducingriskofmacrovascularcomplicationsintype2diabetes(UKPDS39).BrMedJ317:713-720,19988)HolmanRR,PaulSK,BethelMAetal:Long-termfollowupaftertightcontrolofbloodpressureintype2diabetes.NEnglJMed359:1565-1576,20089)SoneH,TanakaS,IimuroSetal:Long-termlifestyleinterventionlowersincidenceofstrokeinJapanesepatientswithtype2diabetes:nationwidemulticenter次介入群においても同様の所見であった14~16).熊本スタディにおいて,血糖コントロール状態と網膜症,腎症の進展,増悪率の関係を対数線形ポアソン(Poisson)回帰分析で検討した結果,網膜症,腎症の進展,増悪率は,血糖コントロール状態の悪化とともに増大した.また,研究期間中に,空腹時血糖値<110mg/dl,食後血糖値<180mg/dl,HbA1C<6.5%では,細小血管合併症の悪化が認められず,細小血管合併症の発症・進展阻止におけるコントロール目標となりうることが示唆された.おわりに現在までに,血糖値およびHbA1Cを指標に血糖をコントロールすることの重要性は,すでにコンセンサスを得られたといってよい.しかし,糖尿病では,インスリン作用の異常に伴い,多くの病態が生じる.デンマークのSteno-2スタディは,糖尿病に伴う大血管合併症の発症・進展の抑制には,血糖コントロールのみならず,血圧・脂質代謝異常のコントロール,ひいては生活全体のコントロールが重要であることを示唆している17).近年,社会経済的な変化が糖尿病の治療にも大きな影響を与えている.糖尿病専門外来においては薬剤の長期投与が行われ,経済的問題のために教育入院の実施もむずかしくなっていることも示唆されている.しかし,糖尿病の治療においては,従来どおりの外来通院指導の回数を確保し,糖尿病療養指導士・栄養士・看護師などのコメディカルの力を結集すること,眼科医・糖尿病内科医・循環器専門医・腎臓専門医などの細かな連携がより80706050403020100累積悪化率(%)012345678910経過期間(年)一次予防従来インスリン療法群強化インスリン療法群80706050403020100累積悪化率(%)012345678910経過期間(年)二次介入従来インスリン療法群強化インスリン療法群図5KumamotoStudyにおける網膜症の推移網膜症の増悪:modifiedETDRS19段階分類2段階上昇.60あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(60)complicationsoftype1diabetesmellitus.JAMA2872:2563-2569,200214)OhkuboY,KishikawaH,ArakiEetal:IntensiveinsulintherapypreventstheprogressionofdiabeticmicrovascularcomplicationsinJapanesepatientswithnon-insulindependentdiabetesmellitus─arandomizedprospective6-yearstudy─.DiabResClinPract28:103-117,199515)ShichiriM,KishikawaH,OhkuboYetal:Long-termresultsoftheKumamotoStudyonoptimaldiabetescontrolintype2diabeticpatients.DiabetesCare23(Suppl2):B21-B29,200016)WakeN,HisashigeA,KatayamaTetal:Cost-effectivenessofintensiveinsulintherapyfortype2diabetes─Aten-yearfollow-upofKumamotostudy─.DiabResClinPract48:201-210,200017)GaedeP,VedelP,LarsenNetal:Multifactorialinterventionandcardiovasculardiseaseinpatientswithtype2diabetes.NEnglJMed348:383-393,2003randomizedcontrolledtrial.TheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia53:419-428,201010)曽根博仁,赤沼安夫,山田信博:JapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS)日本糖尿病学会編糖尿病学の進歩2010.p338-343,診断と治療社,201011)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,199312)TheDiabetesControlandComplicationsTrial/EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplicationsResearchGroup:Retinopathyandnephropathyinpatientswithtype1diabetesfouryearsafteratrialofintensivetherapy.NEnglJMed342:381-389,200013)TheDiabetesControlandComplicationsTrial/EpidemiologyofDiabetesInterventionsandComplicationsResearchGroup:Effectofintensivetherapyonthemicrovascular

世界の眼科疫学研究:発展途上国編

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYは異なる),先進国(人口8.9億)での失明者数約200万人に対し,発展途上国(人口53.3億)では約3,500万人と推定された(表1).WHOは2002年まで最高矯正視力(best-correctedvisualacuity:BCVA)が0.05未満を「失明」,0.05~0.3を「ロービジョン」と定義していたが,これでは屈折異常を見逃すことになる.そこで,2004年の報告からは眼鏡を所持している人はその眼鏡を装用したときの視力を,眼鏡を所持していない人については裸眼視力を現視力(presentingvisualacuity:PVA)と定義し,これによって失明とロービジョンを決めるよう政策転換がなされた.その結果,新たに屈折異常による視覚障害者が約1億5,320万人(失明820万人,ロービジョン1億4,500万人)が追加され2),地球規模での失明原因疾患ははじめに健康政策の立案には基本となるデータの入手が必要である.たとえば,ある国で失明予防政策を立案しようとしても,失明率やその原因疾患,年代別分布などがわからなければ何も計画できない.健康政策に必要なデータの情報源には,①スクリーニング,②サーベイランス,③疾病登録情報,④サーベイなどがある.先進国ではそのいずれからも必要な健康保健情報を入手可能だが,人材や保健医療のインフラが不十分な発展途上国では国際機関や非政府機関,あるいは海外の高等教育機関の協力のもとサーベイを行うことが一般である.しかし,疫学調査は一般に多大な費用・労力・時間がかかるとされ,政策立案に必要な基本データを得るだけのためにそれらを浪費し,政策の実行・評価が行われないとするならば,本末転倒の話となる.よって,いかに効率よく国全体あるいは特定地域の健康情報を入手するかが重要になる.I世界の失明統計世界保健機関(WorldHealthOrganization:WHO)は地理(アフリカ,米州,欧州,東地中海,東南アジア,西太平洋地域)と成人および小児死亡率の関係から世界各国を17の地域に区分し,2002年における各地域の失明者数・ロービジョン者数について推定を行った1).成人および小児の死亡率がきわめて低い地域mortalitystratumAを先進国と定義したとき(世界銀行の定義と(49)49*KoichiOno:順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センター眼科**YoshimuneHiratsuka:国立保健医療科学院経営科学部〔別刷請求先〕小野浩一:〒136-0075東京都江東区新砂3-3-20順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センター眼科特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):49.54,2011世界の眼科疫学研究:発展途上国編EpidemiologyofEyeDiseasesinDevelopingCountries小野浩一*平塚義宗**表1視覚障害者の経済・地理的分布人口失明*ロービジョン**視覚障害者先進国888.52.011.313.4発展途上国5,325.434.8112.9147.8アフリカ715.37.321.328.6アメリカ530.21.79.110.8中東286.92.57.710.2ヨーロッパ462.61.87.49.1東アジア1,799.412.638.150.7西太平洋1,531.09.029.438.4World6,213.936.9124.3161.1*:最高矯正視力が0.05未満.(単位:100万人)**:最高矯正視力が0.05.0.3.50あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(50)である.さらに,小児の衛生状況(眼脂の付着など)や水資源へのアクセス,トイレの有無,ゴミ捨て場の有無などコミュニティの環境診断を行う.Mathewら4)は西太平洋の島々のトラコーマの有病率を算出しているが,TRAはトラコーマが流行していると思われるコミュニティに限定した疫学調査であり,結果は国あるいは地域の有病率を代表するわけではないことに注意が必要である(選択バイアス).診断は分子生物学的な手法ではなく臨床診断によるため多くの偽陽性・偽陰性による影響も否めない(情報バイアス).IIIRapidAssessmentofCataractSurgicalServices白内障は手術により克服のできる失明疾患の代表であるが,発展途上国においては医療人材の不足,医療機器の不足,インフラの不備,医療への予算の不足,そして患者自身の無知から十分な医療サービスが行き届いていない.保健政策を計画しようにも地域にどの程度の患者がいるかは不明で,また海外からの援助などで白内障手術を行っていたとしても診療録の管理が不十分でその追跡調査を行うこともできない.これらの問題を解決する目的で,WHOが中心となって発展途上国の白内障をターゲットとした疫学調査のガイドラインが作られた.これをRapidAssessmentofCataractSurgicalServices(RACSS)という.RACSSでは白内障有病率の高くなる50歳以上の住民を対象に,①白内障による失明者の割合,②白内障手術を受けている割合,③白内障手術後の視力分布,④白内障手術を受けない理由,などについて調査を行う.調査はTRA同様,眼科看護師やコミュニティ・ワーカーなどによって行われることが多い.そのため,水晶体の観察は細隙灯顕微鏡でなく懐中電灯と拡大鏡を用い,屈折異常の診断にはピンホールによる視力をBCVAとすることが一般である.表2にアジア・オセアニアで行われた代表的なRACSSをあげる.先進国の疫学研究と異なり参加率が約90%であることは驚きである.PVAが0.1未満の人の割合は性別や年齢による調整を行っていないため一概に比較することはできない.人口100万人に対する1白内障(39.1%),屈折異常(18.2%),緑内障(10.1%),加齢黄斑変性(7.1%),角膜混濁(4.2%),糖尿病網膜症(3.9%),小児失明疾患群(3.2%),トラコーマ(2.9%),オンコセルカ症(0.7%)の順となった.IITrachomaRapidAssessmentトラコーマはクラミジア・トラコマティス(Chlamydiatrachomatis)による眼感染症で発展途上国のなかでも最貧困層の女性や不衛生な乳幼児が罹患しやすい.感染をくり返すにつれ結膜の瘢痕化・睫毛内反を起こし,やがて2次感染などにより角膜混濁を呈し失明に至る.この感染症による失明を防ぐためにWHOはSurgery(睫毛内反に対する手術),Antibiotics(抗生物質の投与),FacialCleanness(顔面の清潔,つまり,個人レベルでの衛生),EnvironmentalImprovement(水資源へのアクセスや蝿のコントロールといった生活環境の改善)の重要性を説いた.これをSAFEStrategy(フランス語圏ではCHANCE)という.発展途上国も経済の発展とともに生活環境が改善し急性期トラコーマの有病率は減少し,かつての流行地域でも限られたコミュニティにしか急性期トラコーマは存在しなくなった.大規模疫学調査を行えばその有病率を正確に知ることができるが,それには莫大な資金がかかってしまう.そこで,WHOはトラコーマが依然として公衆衛生学的問題なのかを知る目的で,①最貧困層が住み,②人口密度が高く,③水資源へのアクセスが悪く,④保健医療へのアクセスも悪いコミュニティを選択し,コミュニティにおけるSAFEの優先順位を決定する手段としてTrachomaRapidAssessment(TRA)という疫学研究のガイドラインを作成した.TRAはエチオピア,ナイジェリア,タンザニア,ガンビア,マリ共和国といったアフリカ諸国に加え,イエメン,中国,インド,ラオス(非公表),カンボジア(非公表)などでも行われた.調査チームは,一般社会から途絶したもっと貧しく不衛生なコミュニティを選択し1歳から10歳(あるいは9歳)までの小児と40歳以上の成人を対象にWHOトラコーマ分類を用いて臨床診断を行う.これらの診断は眼科医でなくおもに看護師やコミュニティ・ワーカーなどによって行われることが一般(51)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201151チモ.ルでは両眼の視覚障害者のうち白内障手術に10ドル以上費やしてよいと答えている住民は6%しかいないのに対し,かつて手術を受けた住民はもう片眼に30ドル支払っても手術を受けてもよいと答えている.このような地域では手術を受けた住民をヘルス・ボランティアとして雇い自己の体験を視覚障害者に伝えてもらうことで,視覚障害者たちが白内障手術を受けることの利益を理解し手術へのバリアが低くなることが予想される.IVRapidAssessmentofAvoidableBlindness国レベルの失明率は先進国の約0.2%からサハラ砂漠以南のアフリカの1.2%とその国の経済状況や保健・医療サービスのインフラの度合いに影響される.先進国の失明原因が加齢黄斑変性,緑内障,糖尿病網膜症など後眼部疾患であるが,発展途上国では白内障,前眼部感染症,屈折異常によることが知られている.RapidAssessmentofAvoidableBlindness(RAAB)は途上国を対象に白内障,角膜混濁,屈折異常といった治療や予防によって避けることのできる失明疾患(Avoidableblindness)の有病率を知ることを目的とした疫学調査のガイドラインである.RAABではRACSSとほぼ同様の手法で視覚障害の有病率を計算するが,ピンホールによる視力が0.5未満年当たりの白内障手術件数(CataractSurgicalRate)が4,000件以上と先進国並みに多いインドで白内障による視覚障害者の割合が特に多いが,これは年齢構成の問題と調査された時期が他の疫学調査よりも早いことが影響しているかもしれない.ある地域で白内障の手術を受けている割合をCataractSurgicalCoverage(CSC)という.CSCは眼数を基に計算されることもあれば,人数を基に計算されることもある.いずれの場合でも,CSCは白内障手術のコミュニティへの浸透度を知るのに有用な指標で,CSCの男女差や民族間での差は医療サービスが公平に行われていないことを示唆する.途上国では,男性が家財をコントロールするため女性への健康教育が不十分であることが多く,男性のほうがCSCが高くなる.このような地域では女性をターゲットにした健康教育プログラムを普及させる必要がある.表3に白内障手術後の現視力およびピンホールによる視力が0.3以上の割合を示す.特に東チモールにおいては眼内レンズが挿入されているにもかかわらず術後の屈折異常の患者が多く,このような地域では術後の屈折異常に対する眼鏡提供まで含めたパッケージとしてのサービスが望まれる.白内障手術を受けない理由としては,「手術で視力が改善することを知らない」「手術を受ける費用がない」「付添いがいない」「怖い」などといった理由が多い.東表2アジア・オセアニア地域で行われたRapidAssessmentofCataractSurgicalServices(RACSS)国調査地域文献調査年サンプルサイズ参加率現視力が0.1未満の割合白内障により現視力が0.1の割合東チモールDiliDistrict/BobonaroDistrict4)20051,41496.2%7.7%5.9%パプアニューギニアKokiwanigela/Rigocoastraldistrict5)2004~20051,17498.6%10.2%7.7%パキスタンChakwalDistrict6)19981,50594.1%11.6%6.2%インドKarnatakaState7)199521,95085.2%NA14.3%NA:Notavailable.表3白内障手術後の現視力とピンホールによる視力が0.3以上の割合(RACSS)国文献現視力が0.3以上の割合ピンホールによる視力が0.3以上の割合眼内レンズ無水晶体眼カウチング計眼内レンズ無水晶体眼カウチング計東チモール4)34.6%7.1%─25.0%61.5%7.1%─42.5%パプアニューギニア5)40.0%36.5%0%37.5%NANANANAパキスタン6)72.9%47.1%─51.1%79.7%61.1%─64.0%インド7)82.1%41.4%─43.5%NANANANA52あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(52)の場合に水晶体の検査に加え直像鏡を用いた眼底の観察を行う.本ガイドラインを用いた疫学研究はケニア,ルワンダ,ボツアナといったアフリカ大陸やメキシコでも行われており,アジアでも中国,バングラデシュ,インド,フィリピン,カンボジア(非公表),ラオス(非公表)などでも行われている.アジア地域で行われたRAABを表4に示す.いずれも過去5年以内に行われたものであり,参加率もきわめて高いため現在の視覚障害者の割合を知るうえでは最も信頼度の高い疫学調査といえる.失明原因はいずれも白内障の割合が高く,角膜混濁や後眼部疾患などがこれに続く.RAABでは緑内障や加齢黄斑変性,糖尿病網膜症などを後眼部疾患と一緒くたにしているが,これは最先端の医療技術と高価な医薬品のない途上国ではそれらを発見したとしても,現時点ではその住民に対する十分な医療サービスが提供できないためである.しかし,経済の発展に伴い途上国でも特に都市部では生活習慣が変化し糖尿病網膜症や加齢黄斑変性などの網膜疾患が急増することが予想されるため,今後は詳細な眼底疾患の判定が必要となるであろう.V国家規模での失明調査(NationalSurveyofBlindness)国家規模での失明疫学調査となると,ある特定の地域から標本を抽出するのではなく国全体から無作為に選ばれた住民を調査(通常はランダム・クラスターサンプリング)することになる.標本数はRAABに比べ自ずと大きくなり,莫大な費用・労力・時間がかかるため限られた国々でしか行われていない.マレーシア・バングラデシュ・パキスタンの3カ国で行われた国家規模の疫学研究の結果を表5に示す.いずれの国においても白内障が最大の失明原因であるが,マレーシアでは白内障による失明の割合がほかに比べ低く,網膜疾患による失明の割合が高い.このように社会の発展により予防・治療表5アジア地域で行われた国家規模の失明調査国調査年文献対象年齢サンプルサイズ参加率失明率*ロービジョン率**失明原因1位2位3位マレーシア1996~199713)全年齢17,44969.0%0.28%2.42%白内障(39.1%)網膜疾患(24.5%)屈折異常(4.1%)バングラデシュ200114)30歳以上11,62490.9%1.39%7.77%白内障(79.6%)無水晶体眼(6.2%)黄斑変性(3.1%)パキスタン2002~200415)30歳以上16,50795.3%3.4%23.4%白内障(51.5%)角膜混濁(11.8%)無水晶体眼(8.6%)*:WHO定義(良いほうの現視力が0.05未満).**:WHO定義(良いほうの現視力が0.05.0.3未満).表4アジアで行われたRapidAssessmentofAvoidableBlindness(RAAB)国場所文献調査年標本数参加率失明率*失明視覚障害(原因)1位2位3位中国雲南省昆明8)20062,58893.8%3.7%白内障(63.2%)角膜混濁(14.7%)緑内障(7.45)江西省Gao’an9)20074,69994.0%1.5%白内障(61%)後眼部疾患(22%)角膜混濁・眼球癆(13%)Xin’gan9)20073,83495.9%1.8%白内障(46%)後眼部疾患(41%)角膜混濁・眼球癆(10%)Wan’zai9)20072,86195.4%1.6%白内障(50%)後眼部疾患(39%)無水晶体眼(7%)フィリピンNegrosisland10)20052,77476.0%2.6%白内障(54%)後眼部疾患(31%)角膜混濁・眼球癆(6%)Antiquedistrict10)20063,17782.7%3.0%白内障(63%)角膜混濁・眼球癆(18%)後眼部疾患(16%)インド15州11)200740,44794.7%3.6%白内障(77.5%)後眼部疾患(5.8%)無水晶体眼(4.6%)バングラデシュSatkhiradistrict12)20054,86891.9%2.9%白内障(79.0%)後眼部疾患(13.3%)角膜混濁(3.5%)*:WHO定義(良いほうの現視力が0.05未満).(53)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201153地域の現状に適合した医療器械・検査方法・診断方法が用いられるべきである〔これを適正技術(appropriatetechnology)という〕.途上国の疫学調査の参加率は先進国に比べきわめて高い.これは途上国の地域住民が疫学調査を引き受けることで,医療サービスを受けられると期待しているためである.途上国で疫学研究に携わる者は学問的な関心としてのデータ収集や解析に終始せず,そうした期待に応えるべく必要な医療サービスを提供できるインフラの整備にも貢献しなければならない.その意味で途上国の疫学調査に協力する医師は,眼科学の知識に加えpublichealthmindをもった者であることが望まれる.文献1)ResnikoffS,PascoliniD,Etya’aleDetal:Globaldataonvisualimpairmentintheyear2002.BullWorldHealthOrgan82:844-851,20042)ResnikoffS,PascoliniD,MariottiSetal:Globalmagnitudeofvisualimpairmentcausedbyuncorrectedrefractiveerrorsin2004.BullWorldHealthOrgan86:63-70,20083)MathewAA,KeeffeJE,LeMesurierRTetal:TrachomainthePacificIslands:evidencefromTrachomaRapidAssessment.BrJOphthalmol93:866-870,20094)BrianG,PalagyiA,RamkeJetal:CatractanditssurgeryinTimor-Leste.ClinicalandExperimentalOphthalmol34:870-879,20065)GarapJN,SheeladeviS,BrianGetal:CataractanditssurgeryinPapuaNewGuinea.ClincalandExperimentalOphthalmol34:880-885,20066)HaiderS,HussainA,LimbergH:CatarctblindnessinChakwaldistrict,Pakistan:resultofasurvey.OphthalmicEpidemiol10:249-258,20037)LimburgH,KumarR:Follow-upofblindnessattributedtocataractinKarnatakastate,India.OphthalmicEpidemiol5:211-223,19988)WuM,YipJLY,KuperH:RapidassessmentofavoidableblindnessinKunming,China.Ophthalmology115:969-974,20089)XiaoB,KuperH,GuanCetal:Rapidassessmentofavoidableblindnessinthreecounties,JiangxiProvince,China.BrJOphthalmol94:1437-1442,201010)EusebioC,KuperH,PolckSetal:Rapidassessmentofavoidableblindnessinnegrosislandandantiquedistrict,Philippines.BrJOphthalmol91:1588-1592,200711)NeenaJ,RachelJ,PraveenVetal:RapidassessmentofavoidableblindnessinIndia.PlosOne3:e2867,200812)WadudZ,KuperH,PolackSetal:Rapidassessmentofによって克服できる疾患による視覚障害が減り,今までなかった疾患による視覚障害が増加する.このような疾病の構造変化を疫学転換(epidemiologictransition)という.疫学転換が起こっているマレーシアのような中所得の途上国ではRACSSやRAABのようなスタディ・デザインではもはや意味をなさず,先進国同様後眼部疾患に注目したスタディ・デザインが考慮されるべきであろう.おわりに先進国における疫学研究の目的は学問的な関心事であることが多いのに対して,途上国のそれは国の健康政策の立案・評価に必要な基本データの入手である.視覚障害の最大の危険因子が加齢であるため途上国の疫学調査のほとんどは成人あるいは高齢者を対象としている.若年者の視覚障害者の割合は成人のおよそ1/10と少なく疫学調査を行うにはサンプルサイズが膨大となってしまうこと,若年者の視力検査には高度な技術と時間を要することなどから,これらを対象としたpopulation-basedsurveyは少なく,学校や盲学校を対象としたinstitutebasedsurveyが多く行われている.しかし,途上国では学童の学校への出席率が必ずしも高いとは限らず,また盲学校へは一部の裕福層の子弟のみが通学している可能性があり,institute-basedsurveyではその結果の解釈には注意が必要である.先進国の医師のなかには途上国の疫学研究結果をみて疾病の分類が不十分だとか診断されるべき疾病がリストアップされていないなどと批判したり,先進国と同様の医療機械を用いて調査を行うべきと意見する者も存在する.しかし,筆者らは日常における現実の診療とかけ離れた医療器械・検査方法による疫学調査の実施妥当性について懐疑的である.その理由は,第一に最新の技術を用いて疾病がみつかってもその機器を持たない医療機関では診断や経過観察を行うことができないこと,第二に疫学調査で疾病が見つかったとしても治療が国の現在の医療水準を上回るものであれば,治療を行えず放置されてしまうこと(例:最貧国で正常眼圧緑内障が見つかっても高価な眼圧下降薬を一生使えるだけの保健予算はない)が予想されるからである.途上国の疫学調査はその54あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(54)causesofblindnessandvisualimpairmentsinBangladeshiadults:resultsofthenationalblindnessandlowvisionsurveyofBangladesh.BrJOphthalmol87:820-828,200315)DineenBP,BourneRRA,JadoonZetal:CausesofblindnessandvisualimpairmentsinPakistan:ThePakistannationalblindnessandvisualimpairmentsurvey.BrJOphthalmol91:1005-1010,2007avoidableblindnessandneedsassessmentofcataractsurgicalservicesinSatkhiradistrict,Bangladesh.BrJOphthalmol90:1225-1229,200613)ZainalM,IsmailSM,RopilahARetal:PrevalenceofblindnessandlowvisioninMalaysianpopulation:resultfromnationaleyesurvey1996.BrJOphthalmol86:951-956,200214)DineenBP,BourneRRA,HuqDMNetal:Prevalenceand

世界の眼科疫学研究:先進国編

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPY心に概説する.世界の眼科疫学研究1.FraminghamEyeStudya.背景と特徴欧米において眼科領域のpopulation-based研究が盛んになったのは1980年代以降である.その先駆けとなったのがFraminghamEyeStudyである.FraminghamEyeStudyは1948年から米国で行われていた循環器疾患についての疫学研究FraminghamStudyの追跡研究の一環として行われた.そもそものFraminghamStudyは循環器疾患の危険因子について明らかにすることを目的とした前向きコホート研究である.FraminghamStudyは今や常識となっている循環器疾患の危険因子,高血圧,高コレステロール血症,肥満などの関連を明らかにしたことで知られ,その成果はフラミンガムスコアとして虚血性心疾患や脳卒中の危険評価に広く用いられている.今や一般的に普及している「危険因子」という言葉を使い始めたことや「複数の危険因子が疾患の危険に関わる(マルチプルリスクファクター)」こと,さらにそれを明らかにするための統計手法である多重ロジスティック解析などを開発するなど現在の疫学研究の枠組みを作った研究といえる.当時高齢者の視力障害の原因疾患についての理解を深めるためにFraminghamEyeStudyが行われた2).はじめに国際疫学会「疫学辞典」によれば,疫学とは「特定された集団における健康に関連した状態あるいは事象の分布と決定因子の研究,及び,この研究の健康問題の制圧への応用」であると定義されている.疫学研究には数多くの手法があり,症例報告から症例対照研究,コホート研究から無作為臨床試験に至るまでさまざまである.眼科疾患の診断技術が発達し,新たな治療法が多く開発されている時代に,一般住民を対象とした疫学研究の意義は何であろうか?まず,一般住民を対象とした疫学研究は疾患の有病率,発症率などの基礎資料を得るのに最も信頼できる方法である.しかも,疾患の有病率や発症率は決して一定ではなく,人種差や医療の進歩に伴う予防効果,治療効果による経時的変化などがある.たとえば,重症の糖尿病網膜症の有病率は,1985年以前に比べてそれ以降では減少しつつあり,糖尿病の診断,治療の向上によるものであることが明らかとなっている1).多くの疾患では複数の危険因子,保護因子が複雑に関連しているがその関連を紐解いて明らかにしようとする際には多数例の正常者を含むコホート研究が今なお必要である.そして,新たな仮説の創成にあたっても正常者を含む研究は同様に有用である.本稿では,海外で今現在も研究活動,研究報告がなされている代表的な一般住民を対象とした疫学研究について「背景と特徴」,「研究方法」,「おもな研究結果」を中(41)41*RyoKawasaki:CentreforEyeResearchAustralia,RoyalVictorianEyeandEarHospital,UniversityofMelbourne〔別刷請求先〕川崎良:CentreforEyeResearchAustralia,RoyalVictorianEyeandEarHospital,UniversityofMelbourne,32GisborneStreet,EastMelbourne3002,VIC,Australia特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):41.47,2011世界の疫学研究:先進国編Population-BasedEpidemiologicalStudiesinDevelopedCountries川崎良*42あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(42)率とその危険因子について報告されたものの,発症率や進展率およびそれに関わる危険因子の理解は十分ではなかった.そこでより詳細な加齢性眼疾患の疫学研究を行うことを目的としてBDESが1987年にウィスコンシン大学(http://www.bdeyestudy.org/;RonaldKlein教授)により立ち上げられた.b.研究方法高齢者の視力障害の原因として重要である加齢白内障,緑内障,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症の有病率と発症率,進展率,およびそれに関わる危険因子を明らかにすることをおもな目的としている.米国ウィスコンシン州にあるBeaverDam地域の43歳から84歳までの一般成人約5,000名が初回検査に参加した(1998.1990年).その5年後,10年後,15年後の追跡調査が行われ,それぞれの追跡調査に約3,700名,2,800名,2,100名が参加した.2008年からは20年後の追跡調査が行われ現在も進行中である.BDESの成果はこれまでに300近くの論文として報告されており,現在も活発に研究が行われている眼科領域の疫学研究としては最長の追跡期間をもつ研究といえる.さらに,白内障と加齢黄斑変性の判定システムを開発したことにより再現性の高い判定が可能となり,これはその後の眼科疫学研究で用いられている6,7).c.おもな研究結果BDESの成果として重要なのは各疾患の有病率に加えて追跡調査によって発症率,および進展率を明らかにしたことであろう8~12).この研究で得られた有病率,発症率のデータはその後のさまざまな臨床試験に必要な基礎資料として用いられている.発症の危険因子としては加齢白内障と加齢黄斑変性の危険因子について喫煙など介入可能な危険因子を明らかにしたことも重要である.疾患の病態についても長期の自然経過観察から晩期加齢黄斑変性の前駆状態としてドルーゼンと網膜色素異常があることなども明らかにした.共通の判定システムを用いた他研究とのデータ統合型メタ研究も行われており,喫煙と加齢黄斑変性の関連についても複数の研究結果を統合したメタ研究で関連が確認されている13~15).b.研究方法FraminghamEyeStudyはこのFraminghamStudyに参加した対象者について1973年に追加調査を行い,眼科疾患の有病率および危険因子を報告したものである.研究対象者は52歳から85歳の2,477名であった.研究の対象疾患は白内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性そして緑内障であった.c.おもな研究結果白内障の有病率は15.5%,糖尿病網膜症の有病率は3.1%,加齢黄斑変性の有病率は8.8%,開放隅角緑内障の有病率は3.1%であった.白内障の危険因子として高血糖,収縮期血圧など,加齢黄斑変性の危険因子として高血圧,身長など,糖尿病網膜症の危険因子として高血糖,尿糖など,高眼圧の危険因子として高血圧,高血糖などが報告された3~5).2.BeaverDamEyeStudy(BDES)a.背景と特徴FraminghamEyeStudyにより加齢性眼疾患の有病図1BeaverDamEyeStudyの様子上:ウィスコンシン大学.左下:眼科疫学をリードしてきたRonaldKlein教授・BarbaraKlein教授夫妻.右下:ウィスコンシン大学の写真判定スタッフ.勤続20年を超えるベテランぞろいである.(写真提供Ms.StacyMeuer)(43)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201143ら2009年にかけて15年後の追跡調査が施行され現在その解析が進行中である.BMESで用いられた研究プロトコールは眼底写真や白内障の判定システムをはじめBDESの方法を多く踏襲している.眼科検査以外には一般内科検診,詳細な病歴,内服薬使用歴などを含む問診,栄養調査,認知機能,生活の質(qualityoflife)調査などが行われている.また,5年後以降の調査では聴覚検査,嗅覚検査など耳鼻咽喉科との共同研究も含まれているのも興味深い(BlueMountainsHearingStudy).c.おもな研究結果BMESでは白内障の有病率,発症率など白内障全体の基礎疫学データに加え手術施行率や白内障の病型ごとの危険因子などが詳細に解析されている.たとえば核白内障の危険因子として喫煙やアルコール摂取,皮質白内3.BlueMountainsEyeStudy(BMES)a.背景と特徴BMESは1992年からオーストラリア,ニューサウスウェールズ州郊外のブルーマウンテン地域に住む住民を対象として始められた研究で加齢性眼疾患の有病率,発症率,そして危険因子を明らかにするために始められた(http://www.cvr.org.au/bmes.htm;PaulMitchell教授).b.研究方法オーストラリア全体の高齢者人口分布と近似しているBlueMountains地区在住の49歳から97歳までの3,654名に対して1992年から1994年にかけて眼科検診が行われた(受診率82.4%).その後,1997年から1999年にかけて5年後(n=2,334),2003.2004年にかけて10年後(n=1,952)の追跡調査が行われた.2007年か図2BlueMountainsEyeStudyの検診センターの様子左上:BlueMountainsの象徴的風景“theThreeSisters”.右上:検診は大学院生と専任スタッフで行われている.左下:検診期間中は町の中心部に近い施設を借りて検診が行われる.右下:眼底写真および水晶体写真撮影室.44あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(44)b.研究方法RotterdamEyeStudyでは55歳以上の一般成人対象者10,215名のうち7,983名が参加(受診率78%),その後,1999年に新たに55歳以上の成人3,011名,2006年には45歳から54歳までの3,932名が加わり,2008年時点で45歳以上の成人14,926名の大規模なコホートとなっている.検査項目は視力,屈折異常,眼圧,細隙灯検査,視野検査,眼底写真撮影,視神経乳頭形状解析,黄斑色素測定,光干渉断層計による網膜および視神経部計測,眼軸長,眼底自発蛍光など詳細な検査が含まれている.眼科疾患としては加齢黄斑変性,緑内障そして網膜血管径などの血管所見について検討対象としている22,23).c.おもな研究結果加齢黄斑変性に関しては喫煙,動脈硬化,遠視が危険因子となっており,さらに加齢黄斑変性の家族歴があると若くして加齢黄斑変性を発症する危険があること,逆にbカルテノイド,ビタミンC,ビタミンE,亜鉛の保護的作用も報告されている.緑内障に関しては高血圧,特に収縮期血圧が高眼圧と関連していたが,緑内障との関連はなかった.年齢とともに視野欠損の頻度が高くなること,視神経乳頭陥凹の拡大の家系集積などが報告されている.網膜血管径測定も行っており,網膜静脈径の拡大と糖尿病の発症,脳卒中・脳梗塞の発症,網膜動脈径の狭小と高血圧の発症などが報告されている24~29).5.その他の研究1)LosAngelesLatinoEyeStudy(LALES)米国に住むヒスパニック人口は近年急激に増加し,いまやアフリカ系アメリカ人を抜いて米国第2位の構成人種である.LALESはヒスパニックには糖尿病が多いこと,医療保険加入者が少ないことなど医療・社会的背景があり,ヒスパニックにおける眼疾患の疫学調査を目的として,2000年にLosAngelesの6地域に住む40歳以上の一般ヒスパニック成人を対象に視力障害,白内障,緑内障,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性について調査した研究である(http://www.nei.nih.gov/latinoeyestudy;RohitVarma教授).対象者となった一般成人7,789名のうち6,357名が参加し,うち女性が58%,平均年齢障の危険因子として女性や糖尿病,後.下白内障の危険因子としてはステロイド使用歴,紫外線曝露,喫煙,糖尿病,近視などがあげられた.加齢黄斑変性については加齢以外に喫煙,循環器系危険因子,家族歴,栄養摂取状況などの関連が明らかされた.緑内障については,研究を通じて発見された未受診・未治療の緑内障が緑内障有病者の約半数にのぼることが明らかとなった.緑内障のおもな危険因子として加齢,家族歴,糖尿病,高血圧,眼局所の危険因子として高眼圧,近視,視神経乳頭形状の左右差,乳頭周囲の萎縮,乳頭出血の存在(特に正常眼圧緑内障と関連)などが報告されている.糖尿病患者においてその約三分の一に何らかの糖尿病網膜症があり,うち16%が未受診で,糖尿病患者の平均視力は正常者に比べ低いことが明らかとなった.さらに非糖尿病者においても約10%に毛細血管瘤,網膜出血などの軽微な網膜症所見が認められ,これは高血圧をはじめとする循環器疾患の危険因子と関連していた.BMESでは網膜細動脈の口径不同,反射亢進,交叉現象など,網膜血管径測定も行っており,それら網膜静脈径の拡大と糖尿病の発症,脳卒中・脳梗塞の発症,網膜動脈径の狭小と高血圧の発症などが報告されている.視力について研究参加者の半数近くが日常生活に必要な適切な視力の屈折矯正を行っておらず,特に13%の住民は通常の屈折矯正によって3段階以上の視力向上が可能であった.視力障害の有病率が60歳以下では両眼0.6%,片眼3.6%と低いが,80歳以上ではそれがそれぞれ26.3%と52.2%と高率であること,また女性のほうが視力障害の率が高いこと,さらには視力障害を有する人は視力が良好な人に比べて死亡率が高いことなどが報告されている16~21).4.RotterdamEyeStudya.背景と特徴RotterdamEyeStudyは1990年から行われている前向きコホート研究で,研究全体の対象は眼科疾患のほかに循環器疾患(虚血性心疾患,脳卒中),神経疾患(Parkinson病,Alzheimer型痴呆),呼吸器疾患,肝疾患,糖尿病など内分泌疾患と多岐にわたる(JohannesR.Vingerling教授;http://www.epib.nl/research/ergo.htm).(45)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201145を対象とし,うち検診参加者は3,280名(参加率79%)であった.SiMESでは表2に示すような調査が行われており,近年活発に論文報告がなされている.SiMESに続き,現在ではSingaporeIndianChineseCohort(SICC)EyeStudyが進行中である.この研究はSiMESと同様の研究内容で中華系住民3,300名,インド系住民3,300名を対象目標としている.おもな研究結果としては白内障,加齢黄斑変性,糖尿病網膜症あるいは非糖尿病者における網膜症,緑内障,そしてアジアにおいて有病率の高い近視,強度近視の屈折異常などである37,38).3)ReykjavikEyeStudyReykjavikEyeStudyはアイスランド・レイキャビクにおける疫学研究である.対象はおもに白内障,加齢黄斑変性症などである.ReykjavikEyeStudyについては佐々木による詳細な解説39)があるので本稿では割愛させていただく.は54.9歳(標準偏差10.8歳)であった.LALESでは表1に示すような調査が行われており,横断研究による有病率,および4年後の追跡調査に基づく発症率も最近報告があった30~36).2)SingaporeMalayEyeStudy(SiMES)シンガポールは国土面積が約700平方キロメートルで東京23区とほぼ同じ面積の中に中華系(人口の75%),マレー系(14%),インド系(9%)という3つの人種が混在し,同じ地理的環境におけるこれら3人種における眼科疾患の有病率とその危険因子について遺伝子多型などの解析も含めた眼科疫学研究が進行中である.2004年から2006年にまずマレー系住民を対象としたSiMESが開始された.SiMESでは西南地区を中心に40歳から79歳まで,40.49歳,50.59歳,60.69歳,70.79歳それぞれの年齢層ごとに無作為に1,400名,合計5,600名を抽出し,除外規定該当者を除く4,168名表1LosAngelesLationEyeStudyの調査項目の概要対象検査項目健康および社会的因子健康状態,病歴,治療歴,眼疾患治療歴,喫煙,アルコール摂取量,米国文化への適応度健康および視機能関連指標SF-12,NEI-VFQ-25,視力への満足度視力遠見・近見視力白内障LensOpacityClassificationSystem(LOCS)IIIで判定加齢黄斑変性黄斑部ステレオ眼底写真でWisconsinAge-relatedMaculopathyClassificationSystem変法で判定糖尿病網膜症7方向ステレオ眼底写真でAirlieHouseclassification・ETDRS変法で判定緑内障ステレオ視神経乳頭写真,視野,臨床病歴などで3人の緑内障専門医による判定表2SingaporeMalayEyeStudyの調査項目の概要対象検査項目屈折状態・前眼部オートレフラクト・ケラトメータで屈折状態と角膜曲率半径を測定.非接触光干渉レーザー眼軸測定装置で眼軸長,前房深度などの測定.パキメータで角膜厚を測定.遠見・近見視力,裸眼視力,生活視力,最高矯正視力.生活で使用中の眼鏡屈折度数.細隙灯検査で翼状片,虹彩異常など.白内障LensOpacityClassificationSystem(LOCS)IIIで判定.水晶体写真(45°細隙灯写真および徹照写真)緑内障視神経乳頭写真,眼圧,HeidelbergRetinaTomographII視神経乳頭形状解析.疑い者には隅角検査および視野検査.加齢黄斑変性黄斑部写真によるBlueMountainsEyeStudy変法で判定.糖尿病網膜症45°眼底写真(ETDRSField1とField2)によるETDRS変法で判定.高血圧性変化局所狭細,交叉現象,血管径測定健康および視機能関連指標VF-14,EQ-5D,SF-8,簡易認知検査46あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(46)ract:theBeaverDamEyeStudy.ArchOphthalmol116:219-225,199811)KleinR,KleinBE,JensenSCetal:Thefive-yearincidenceandprogressionofage-relatedmaculopathy:theBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology104:7-21,199712)KleinBE,KleinR,SponselWEetal:Prevalenceofglaucoma.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:1499-1504,199213)KleinR,KleinBE,LintonKLetal:TheBeaverDamEyeStudy:therelationofage-relatedmaculopathytosmoking.AmJEpidemiol137:190-200,199314)SmithW,AssinkJ,KleinRetal:Riskfactorsforagerelatedmaculardegeneration:Pooledfindingsfromthreecontinents.Ophthalmology108:697-704,200115)TomanySC,WangJJ,VanLeeuwenRetal:Riskfactorsforincidentage-relatedmaculardegeneration:pooledfindingsfrom3continents.Ophthalmology111:1280-1287,200416)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,199517)AtteboK,MitchellP,SmithW:VisualacuityandthecausesofvisuallossinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology103:357-364,199618)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofopenangleglaucomainAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology103:1661-1669,199619)MitchellP,CummingRG,AtteboKetal:PrevalenceofcataractinAustralia:theBlueMountainseyestudy.Ophthalmology104:581-588,199720)MitchellP,SmithW,WangJJetal:Prevalenceofdiabeticretinopathyinanoldercommunity.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology105:406-411,199821)WangJJ,MitchellP,SmithW:Refractiveerrorandagerelatedmaculopathy:theBlueMountainsEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci39:2167-2171,199822)HofmanA,BretelerMM,vanDuijnCMetal:TheRotterdamStudy:objectivesanddesignupdate.EurJEpidemiol22:819-829,200723)HofmanA,BretelerMM,vanDuijnCMetal:TheRotterdamStudy:2010objectivesanddesignupdate.EurJEpidemiol24:553-572,200924)DielemansI,VingerlingJR,WolfsRCetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainapopulationbasedstudyinTheNetherlands.TheRotterdamStudy.Ophthalmology101:1851-1855,199425)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,199526)DielemansI,deJongPT,StolkRetal:Primaryopenangleglaucoma,intraocularpressure,anddiabetesmellitusinthegeneralelderlypopulation.TheRotterdamStudy.Ophthalmology103:1271-1275,1996まとめ本稿では現在進行中の一般住民を対象とした代表的な疫学研究について概説した.一般住民を対象とした疫学研究は疾患の危険因子や保護因子を明らかにするだけでなく,病態に関する新しい仮説を創成したり検証したりすることができる.近年の疫学研究の特徴としては眼疾患が視機能や生活動作,生活の質(qualityoflife)に及ぶ影響を研究項目に加えていること,遺伝子多型について検討している点があげられる.有病率や発症率は診断や治療の進歩とともに絶えず変化しており,理想的には定点的かつ経時的に継続することでまだまだ理解されていない疾患の理解が進むことが期待される.文献1)WongTY,MwamburiM,KleinRetal:Ratesofprogressionindiabeticretinopathyduringdifferenttimeperiods:asystematicreviewandmeta-analysis.DiabetesCare32:2307-2313,20092)LeibowitzHM,KruegerDE,MaunderLRetal:TheFraminghameyestudymonograph:Anophthalmologicalandepidemiologicalstudyofcataract,glaucoma,diabeticretinopathy,maculardegeneration,andvisualacuityinageneralpopulationof2631adults,1973-1975.SurvOphthalmol24(Suppl):335-610,19803)KahnHA,LeibowitzHM,GanleyJPetal:TheFraminghamEyeStudy.I.Outlineandmajorprevalencefindings.AmJEpidemiol106:17-32,19774)KahnHA,LeibowitzHM,GanleyJPetal:TheFraminghamEyeStudy.II.AssociationofophthalmicpathologywithsinglevariablespreviouslymeasuredintheFraminghamHeartStudy.AmJEpidemiol106:33-41,19775)KiniMM,LeibowitzHM,ColtonTetal:Prevalenceofsenilecataract,diabeticretinopathy,senilemaculardegeneration,andopen-angleglaucomaintheFraminghameyestudy.AmJOphthalmol85:28-34,19786)KleinBE,KleinR,LintonKLetal:AssessmentofcataractsfromphotographsintheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology97:1428-1433,19907)KleinR,DavisMD,MagliYLetal:TheWisconsinagerelatedmaculopathygradingsystem.Ophthalmology98:1128-1134,19918)KleinBE,KleinR,LintonKL:Prevalenceofage-relatedlensopacitiesinapopulation.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:546-552,19929)KleinR,KleinBE,LintonKL:Prevalenceofage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:933-943,199210)KleinBE,KleinR,LeeKE:Incidenceofage-relatedcataあたらしい眼科Vol.28,No.1,20114727)CzudowskaMA,RamdasWD,WolfsRCetal:Incidenceofglaucomatousvisualfieldloss:aten-yearfollow-upfromtheRotterdamStudy.Ophthalmology117:1705-1712,201028)IkramMK,deJongFJ,BosMJetal:Retinalvesseldiametersandriskofstroke:theRotterdamStudy.Neurology66:1339-1343,200629)WieberdinkRG,IkramMK,KoudstaalPJetal:Retinalvascularcalibersandtheriskofintracerebralhemorrhageandcerebralinfarction:theRotterdamStudy.Stroke41:2757-2761,201030)VarmaR,PazSH,AzenSPetal:TheLosAngelesLatinoEyeStudy:design,methods,andbaselinedata.Ophthalmology111:1121-1131,200431)Fraser-BellS,VarmaR:EyediseaseinLatinos.IntOphthalmolClin43:79-89,200332)ChopraV,VarmaR,FrancisBAetal:Type2diabetesmellitusandtheriskofopen-angleglaucomatheLosAngelesLatinoEyeStudy.Ophthalmology115:227-232,200833)VarmaR,FoongAW,LaiMYetal:Four-yearincidenceandprogressionofage-relatedmaculardegeneration:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol149:741-751,201034)VarmaR,ChungJ,FoongAWetal:Four-yearincidenceandprogressionofvisualimpairmentinLatinos:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol149:713-727,201035)VarmaR,RichterGM,TorresMetal:Four-yearincidenceandprogressionoflensopacities:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol149:728-734,201036)VarmaR,ChoudhuryF,KleinRetal:Four-yearincidenceandprogressionofdiabeticretinopathyandmacularedema:theLosAngelesLatinoEyeStudy.AmJOphthalmol149:752-761,201037)FoongAW,SawSM,LooJLetal:Rationaleandmethodologyforapopulation-basedstudyofeyediseasesinMalaypeople:TheSingaporeMalayeyestudy(SiMES).OphthalmicEpidemiol14:25-35,200738)LavanyaR,JeganathanVS,ZhengYetal:MethodologyoftheSingaporeIndianChineseCohort(SICC)eyestudy:quantifyingethnicvariationsintheepidemiologyofeyediseasesinAsians.OphthalmicEpidemiol16:325-336,200939)佐々木洋:わかりやすい眼科疫学レイキャビック・アイ・スタディ.あたらしい眼科26:17-24,2009(47)

日本における緑内障疫学

2011年1月31日 月曜日

36あたらしい眼科Vol.28,No.1,20110910-1810/11/\100/頁/JC(O0P0Y)され,得られたデータを国際的な評価・診断基準に基づいて判定したうえでの緑内障有病率の再評価が行われた.結果として高受診率と精度の高い検査機器によって得られたデータを国際的な診断基準に基づいて判定することによっても日本人では明らかに正常眼圧緑内障有病率がきわめて高いことが確認され,国際的な評価を得ることとなった.久米島スタディは多治見スタディとほぼ同様のプロトコールで調査が行われ,特に緑内障の病型別有病率とさらに緑内障の病態解明に重要な眼のバイオメトリー,前眼部の画像解析が同時に行われた.多治見は都市近郊,久米島は離島という日本国内でありながらまったく異なった環境における住民の調査が行われ,緑内障有病率のみならず失明原因の違い,眼の疾病構造の違いなどその比較が可能となった.さらに多治見スタディ以降,緑内障疫学調査における病型診断には参加者全員の隅角鏡検査が必須となっており,久米島スタディでは全例に隅角鏡検査が行われ,より精度の高い病型診断が行われた.沖縄県はこれまでのいくつかの報告から閉塞隅角緑内障の発症が多いことが明らかにされており,参加者全例に実施した隅角鏡検査,さらに眼のバイオメトリー,画像データの解析は閉塞隅角緑内障の病態解明に重要と考えられた.また,開放隅角緑内障の有病率についても多治見スタディと同様の検査と診断基準で行われており,現時点では日本における緑内障疫学調査の集大成といえるものである.はじめに日本ではこれまで3つの大規模な緑内障疫学調査が行われた.塩瀬らが中心となり,北は北海道から南は九州熊本までの全国7カ所で1988.1989年に実施された,いわゆる全国スタディがその始まりであった1).さらに,2000.2001年には岩瀬らを中心とした多治見スタディが日本緑内障学会の支援のもと,日本のほぼ中央に位置する多治見市で実施された2).引き続いて2005.2006年には南西諸島の沖縄県久米島町で久米島スタディが実施されている.これまでの多くの報告から緑内障の有病率には民族差,人種差さらには地域差があることが明らかにされてきた.まず塩瀬らの全国疫学調査は日本人における緑内障の有病率を国際的に初めて報告したパイオニアとしてその後のわが国における疫学調査の基準となった.同時にその結果は日本人における正常眼圧緑内障の有病率が,これまでの国際的な報告に比べ異常に高値であることを明らかにし,国際的に注目された.多治見スタディの目的は1998年に緑内障の診断基準が国際的に統一され3,4),この定義に準拠した緑内障の疫学調査を行い,塩瀬らの正常眼圧緑内障の有病率の再確認,再検討を行うことが主要な目的の一つであった.さらに疫学調査として重要なポイントである,高い受診率,Goldmann圧平眼圧計を用いた精度の高い眼圧測定,視野検査の標準となったHumphrey視野計による測定,新しい眼科検査機器を用いた一般検診項目を含めて実施(36)*ShoichiSawaguchi:琉球大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕澤口昭一:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町字上原207琉球大学医学部眼科学教室特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):36.40,2011日本における緑内障疫学GlaucomaEpidemiologyinJapan澤口昭一*(37)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201137ニングに関与していない3名の緑内障専門医が行い,診断が困難な症例は3名の医師による意見の統一が図られた.閉塞隅角緑内障に関しては隅角鏡検査はvanHerick2度以下を対象とし,視野異常は診断の条件とした.全緑内障有病率5%,開放隅角緑内障3.9%,このうち正常眼圧緑内障3.3%.閉塞隅角緑内障0.6%,その他0.5%であった.3.久米島スタディ対象は40歳以上の全町民4,632人で,このうち3,762名が受診し,受診率は81.2%.眼圧測定は多治見スタディと同様にGoldmann圧平眼圧計で3回測定し,中央値を採用した.視野のスクリーニングにはFDAを使用,2次検査として行った視野検査はHFA24-2(SitaStandard)を使用し,AndersonPatellaの診断基準を用いた.1次検診の眼底写真のスクリーニング,最終判定は多治見スタディに準拠した.隅角鏡による隅角検査は全例に施行し,閉塞隅角緑内障の診断には緑内障性視神経障害(含む視野異常)は必須とした.II緑内障の診断基準と疫学調査緑内障の診断基準はすでに述べたように1998年にInternationalSocietyofGeographycalandEpidemiologicalOphthalmlogy(ISGEO)により統一した見解が明らかにされた.緑内障は視神経乳頭の構造的な異常と視野検査による機能的な異常の両方が合致することで診断されることとなった(表1)3,4).また,隅角に関してIわが国の各疫学調査の概略1.塩瀬全国調査1)参加者は40歳以上の成人で対象者16,078人中8,126人が受診し,受診率50.54%.眼圧測定は非接触型眼圧計.視野検査は,眼底写真と眼圧が高値の対象者にHumphrey視野のArmalyの中心30°のスクリーニングプログラムで行っている.眼底写真読影と緑内障判定は1人の緑内障専門医が行った.隅角鏡検査は浅前房,狭隅角眼のみ実施された.閉塞隅角緑内障の診断は高度の狭隅角のみ隅角鏡検査を行い,眼圧は21mmHgを超えること,視野は診断には必須ではない.全緑内障有病率3.56%,正常眼圧緑内障有病率2.04%,閉塞隅角緑内障有病率0.34%,平均眼圧は13.7mmHgであった.2.多治見スタディ2)対象は40歳以上の市民54,165人のなかから無作為に抽出された3,870人,このうち3,021人が受診し,受診率78.1%.眼圧測定はGoldmann圧平眼圧計で3回連続して測定し中央値を採用.視野のスクリーニングとしてFDA(frequencydoublingtechnology)検査を,2次検査としてHFA30-2を使用し,AndersonPatellaの診断基準を用いた.1次検診の眼底写真のスクリーニングは3名の緑内障専門医が読影し,緑内障を含めた異常が疑われた場合は確定検査〔2次検査としてHFA30-2(SitaStandard)を実施〕を実施し,AndersonPatellaの診断基準を用いた.緑内障の診断は眼底写真スクリー表1横断的疫学調査における緑内障診断基準カテゴリー1による診断:乳頭形態と視機能の両方の異常が必須形態の異常:陥凹/乳頭比あるいはその左右差が正常人口における97.5%をはずれる(おおむね垂直C/D比が0.7以上).乳頭リムが11時.1時,5時.7時で乳頭径の0.1以下視機能の異常:緑内障による明らかな視野異常が存在するカテゴリー2による診断:明らかに進行した乳頭形態異常を示すが視野異常は必須でない形態の異常:陥凹/乳頭比あるいはその左右差が正常人口における99.5%をはずれる(おおむね垂直C/D比が0.9以上)場合視機能の異常:視野検査の有無や信頼性によらず,乳頭形態から緑内障と診断される(カテゴリー1,2の診断では陥凹の拡大が他の(眼)疾患によらないことが必要である)カテゴリー3による診断:視神経乳頭が観察不能,視野検査不能視神経乳頭の検査が不可能の場合:A.視力が0.05未満かつ眼圧が人口の99.5%を超える場合,あるいはB.視力が0.05未満でかつ濾過手術が施行されている,または証明できるカルテなどの記録(文献3より)38あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(38)密には狭周辺前房深度)が隅角鏡検査の対象となっており,一方,久米島スタディでは全例が隅角鏡検査の対象となっている.すなわち,久米島スタディのほうが隅角検査,および閉塞隅角緑内障の診断に関してはより厳密に行われており,閉塞隅角緑内障の頻度は当然ながら若干増加することが予想される.しかしながら近年の緑内障疫学調査はそのほとんどが全例の隅角鏡検査を実施しており,閉塞隅角緑内障の有病率の比較の点では久米島スタディはより国際的な比較検討ができるものと考えられる.III病型別緑内障有病率の比較1.開放隅角緑内障5)メタ分析を用いた開放隅角緑内障の有病率については,人種差が大きいこと,さらに黒人>白人>黄色人種の順であることが報告されている.特に黒人は開放隅角緑内障の有病率がきわめて高いことが多くの疫学調査で報告されている.このメタ分析を用いた開放隅角緑内障の有病率は黒人が4.2%(CI:3.1.5.8),白人が2.1%(CI:1.6.2.7),黄色人種(アジア系)はその有病率が低く1.4%(CI:1.0.2.0)とされている.それに対しわが国における塩瀬らの報告1)では正常眼圧緑内障を含めた開放隅角緑内障の有病率は2.8%(うち,正常眼圧緑内障が2.04%),さらに多治見スタディ2)では3.9%(うち,正常眼圧緑内障3.3%)であり,広義の開放隅角緑内障およびそこに含まれる正常眼圧緑内障の比率を含めて黄色人種のなかでは日本人は突出して高有病率であることが明らかになった.特にISGEOの判定基準で行っは2002年にFosterらによってまとめられ報告されている(表2)3,4).しかしながら隅角に関してはその定義が適切であるかどうかは今後の長期的な臨床における証拠の積み重ねが必要とも述べられている.以上のことから,特に閉塞隅角緑内障に関しては塩瀬らの診断基準とYamamotoらの診断基準は同一ではない.また,厳密にいうとYamamotoらの多治見スタディにおける閉塞隅角緑内障の診断は久米島スタディにおける診断とも若干異なっている(表3).すなわち,多治見スタディではvanHerick分類の2度以下の狭隅角(厳表2閉塞隅角症の分類1)閉塞隅角眼(閉塞隅角症疑い)(primaryangle-closuresuspect:PACS)機能的な隅角閉塞の可能性がある(下段参照)2)閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)上記に加え,隅角閉塞の所見が認められるもので1.周辺虹彩前癒着,2.眼圧上昇,3.急性発作の所見(虹彩萎縮,Glaukom-flecken,線維柱帯の過剰な色素沈着),しかし緑内障性視神経症はない3)閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)PACに緑内障の診断を伴った場合疫学調査では暗室,正面視で細いスリット光による隅角鏡検査で線維柱帯色素帯が270°以上観察できない場合を閉塞隅角眼と定義している.しかしこの定義は完全なものではなく,長期的研究による評価が必要である.この定義に基づいたより多くの臨床的な証拠の積み重ねが現時点での最も重要な課題である(文献3より)表3日本における緑内障疫学調査―閉塞隅角緑内障の診断基準Shioseらの診断基準スクリーニング:非接触型眼圧計で18mmHg以上かつ,細隙灯検査でvanHerick分類で狭い症例隅角の確定診断:隅角鏡検査でShaffer分類がGrade0,1とスリット状(Shaffer2度以上は開放隅角)眼圧はGoldmann圧平眼圧計で21mmHg以上緑内障性視神経障害は必須ではないTajimiスタディの診断基準スクリーニング:Goldmann圧平眼圧計で19mmHg以上,乳頭異常など隅角はvanHerick法で2度以下隅角の確定診断:隅角鏡で線維柱帯色素帯が3象限以上見えない緑内障性視神経障害は必須Kumejimaスタディの診断基準スクリーニング:多治見スタディと同様隅角の確定診断:隅角鏡検査は全例実施隅角鏡で線維柱帯色素帯が3象限以上見えない(+Shaffer2度以下の象限にPAS)緑内障性視神経障害は必須PAS:周辺虹彩前癒着.(39)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201139IV超音波生体顕微鏡の結果から見えてきたもの久米島スタディでは多治見スタディに比べて閉塞隅角緑内障の有病率が数倍高い(約4倍弱)ことが明らかにされた.閉塞隅角緑内障の診断にはISGEOの定義以降から隅角鏡検査が必須である.隅角鏡検査は,特に狭隅角眼では観察者の経験,技量によりその判定に影響を受ける可能性のあることが指摘されている.久米島スタディでは40歳以上の全住民の10%を無作為抽出して超音波生体顕微鏡(UBM)による検査を行い,隅角鏡検査を裏付ける客観的なデータとして実際に狭隅角の頻度や一般住民の隅角形態の検討を行った7).これまでUBMによる検討はおもにホスピタルベースのものであり,一般住民対象の疫学調査では行われていない.今回の検討の対象は40歳以上の4,632人の久米島町の全住民から無作為抽出された10%の住民461人であった.このうち,388人(84.2%)が1次検診を受診し,白内障手術を含めた手術例,施行不能例,実施拒否などを除いた301人(男性149人,女性152人)がUBM検査の対象となった.検査方法はトーメー社製のUD-1000を用い,右眼の上,下,鼻,耳の4方向を明・暗の条件下で測定た多治見スタディの結果は高有病率である黒人とほぼ同程度であり,正常眼圧緑内障の有病率がきわめて高いことと併せて日本人の特徴と考えられる.久米島スタディも開放隅角緑内障の有病率に関しては多治見スタディとほぼ同等であり,正常眼圧緑内障の比率も近似しており,日本民族の特徴と考えられる.2.閉塞隅角緑内障6)国際的な閉塞隅角緑内障の診断基準が採用される前の有病率に関しては,イヌイットは2%を超える高い有病率であることが知られており,白人,黒人,ヒスパニックでは一般に低有病率であることが知られている(0.5%以下).しかしながら北イタリアでは0.6%,東アフリカタンザニアの黒人は0.6%と中等度の有病率であり,例外も知られている.1998年以降のISGEOの診断基準が採用されてからの閉塞隅角緑内障の有病率としてはアジア系では中国,シンガポールの中国系,モンゴルでは1%以上と高有病率を示す.インド系では0.25.1.1%とかなり報告によって差があり,中等度の有病率といえる.南アジアではミャンマーが突出して高く2.5%であるが,一方で,シンガポールのマレー系は0.1%と対照的に非常に低い有病率が報告されている.タイは50歳以上の調査であるが0.9%と報告された.わが国においては1988年の塩瀬らの全国調査で0.34%とかなり低い有病率が報告されたが,多治見スタディでは0.6%と報告された.この違いには1998年のISGEOの診断基準が一部関係していると考えられる.Yamamotoらは多治見スタディの0.6%の有病率は塩瀬らの診断基準に合わせると0.23%となることも併せて報告している.一方,塩瀬らの北海道の閉塞隅角緑内障の有病率はISGEOの診断基準に準拠すると2.26%と,非常に高値となり,これは同様に補正した熊本の0.31%の約7倍となり,日本における閉塞隅角緑内障の有病率の地域差が明らかとなった.この補正後の北海道における閉塞隅角緑内障の有病率は久米島スタディの有病率と類似していた.この閉塞隅角緑内障の有病率の違いを含め,眼球形態の違いを含めた久米島スタディの結果から,人類学的に比較的単一と考えられてきた日本人の起源がより複雑である可能性が示唆された.図1超音波生体顕微鏡検査における各パラメータの部位AOD500:強膜岬から線維柱帯に沿って500μmの位置から虹彩までの距離.TIA:隅角底の開大度(線維柱帯.隅角底.虹彩表面で作る角度).TCPD:強膜岬から線維柱帯へ500μmの位置から毛様体表面までの距離,ID:強膜岬から線維柱帯へ500μmの位置から毛様体表面へ垂線を引き,この部位の虹彩の厚み.SSTIAIDTCPDAOD500AOD250500μm250μm40あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(40)おわりにわが国における3つの緑内障疫学調査の概要と結果についてまとめた.さらに国際的な比較を行い,日本民族は開放隅角緑内障の有病率が高く,そのなかで正常眼圧緑内障の比率がきわめて高いことを報告した.閉塞隅角緑内障には明らかな地域差があり,多治見と久米島ではおよそ4倍弱の開きがあった.この久米島の閉塞隅角緑内障の有病率は国際的にも突出して高く,今回の疫学調査で得られた眼のバイオメトリーの結果は今後,閉塞隅角緑内障の病態解明に重要な情報を与えてくれるものと期待される.文献1)ShioseY,KitazawaY,TsukaharaSetal:EpidemiologyofglaucomainJapan─Anationwideglaucomasurvey─.JpnJOphthalmol35:133-155,19912)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofprimaryopen-angleglaucomainJapanese:TheTajimistudy.Ophthalmology111:1641-1648,20043)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurvey.BrJOphthalmol86:238-242,20024)澤口昭一:観察研究(横断研究):久米島スタディ.あたらしい眼科26:45-50,20095)RudnickaAR,Mt-IsaS,OwenCGetal:Variationsinprimaryopen-angleglaucomaprevalencebyage,gender,andrace:ABayesianMeta-analysis.InvestOphthalmolVisSci47:4253-4261,20066)澤口昭一,酒井寛,仲村優子:日本人と原発閉塞隅角緑内障:PACGの人種差,地域差.あたらしい眼科24:987-992,20077)HenzanIM,TomidokoroA,UejoCetal:Ultrasoundbiomicroscopicconfigurationoftheanteriorsegmentinapopulation-basedstudy:TheKumejimaStudy.Ophthalmology117:1720-1728,20108)PavlinCJ,RitchR,FosterFS:Clinicaluseofultrasoundbiomicroscopy.Ophthalmology98:287-295,1991した.おもな測定パラメータのうち,AOD500,TCPD,TIA,IDの4項目について概説する(図1)8).全体:AOD500は明室で0.267mm,暗室で0.202mm,このパラメータは耳側>鼻側>下方>上方の順に広く,これまでの報告と同様に上方の隅角は最も狭いことが確認された.TIAは明室で22.2°,暗室で17.0°,同様に上方隅角が最も狭い角度であることが示された.TCPDは明室で0.755mm,暗室で0.748mmとほとんど変化せず,上方が最も値が小さく,毛様体は上方で虹彩に近づいていることが示された.男女で比較した場合,AOD500に有意差はないものの女性でより小さい数値であった.TIAは明室では男女で有意差はなかったものの,暗室では男性18.4°,女性15.6°と有意差を認めた(p=0.043).毛様体の位置を示すTCPDは明室(p=0.037),暗室(p=0.040)とも有意差を認め,女性において毛様体がより前方に位置していることが示された.明室・暗室におけるAOD500の差は(0.267.0.202=0.065mm)であり,毛様体の位置は明暗でほぼ変化がないこと,また虹彩厚み(ID)は明暗で(0.457.0.412=0.045mm)の変化量があることから,暗室におけるいっそうの狭隅角化の原因はおもに虹彩の厚みの変化量によることが示された.では今回の検討による一般住民の隅角は広いのかあるいは狭いのかについては,中国のLiwanスタディではAOD500が0.1mm,TIA10°が閉塞隅角緑内障の危険があると報告されている.今回の検討ではおおよそであるが,その両方に合致する住民が約3割含まれていた.さらにこれまで報告された急性閉塞隅角緑内障の僚眼あるいは慢性閉塞隅角緑内障眼との比較検討では,久米島住民の暗室AOD500の0.202mmは,ほぼこれらの値に近似しており,久米島住民の母集団がもともと狭隅角眼であることがこれら客観的なデータでも示された.

舟形町研究

2011年1月31日 月曜日

30あたらしい眼科Vol.28,No.1,20110910-1810/11/¥100/頁/JC(O0P0Y)II舟形町研究の概要1.対象舟形町研究の対象としては35歳以上の山形県舟形町の住民とし,重度の身体障害や入院中により受診が困難な人,すでに糖尿病の診断を受けている人を除いた3,676人が検診の対象となった.初回調査ではその53.3%にあたる1,961人が全体検診に参加し,うち1,786人が眼科検診に参加した.2.検査項目初回調査では検診時間の制限と住民への負担を最小限にとどめようという配慮から片眼のみ眼底検査を行うにとどまったが,2005年から2007年に行った追跡調査では両眼の眼底撮影,裸眼および矯正視力検査,屈折検査,角膜曲率半径検査,非接触型眼圧計による眼圧測定,角膜内皮細胞検査(2007年のみ),角膜厚測定(2007年のみ)などより詳細な眼科検診を行った.3.眼底写真の判定方法眼底写真撮影には画角45°無散瞳眼底カメラ(キヤノン社製CR-45,トプコン社製TRC)を使用した.視神経乳頭と黄斑の中間を中心とした眼底写真を撮影し,網膜疾患を中心に判定を行った.眼底写真による網膜病変の判定は判定員の主観に基づく部分があるため,判定員間の診断誤差が出る可能性がI舟形町研究とは?山形県舟形町は県東北部に位置する人口6,337人(男性3,101人,女性3,236人)(平成22年3月31日現在)の町である.1979年に糖尿病とその合併症について調査する目的で山形大学第3内科によって「舟形町研究」が立ち上げられた.1990年からは75gブドウ糖負荷試験を含めた詳細な糖尿病の診断を中心とした糖尿病検診を行っている.舟形町研究は日本の糖尿病の疫学研究として国際共同研究(DECODAproject1))に参加したり,糖尿病発症以前の前糖尿病の状態であっても心血管系疾患の発症リスクが増加していること2)などの報告を行ってきた.2008年より山形大学はグローバルCOE(centerofexcellence)プログラム「分子疫学の国際教育研究ネットワークの構築」が採択されており,現在舟形町研究はグローバルCOEプログラムの研究の一環として行われている.糖尿病網膜症をはじめとする眼科の検診は2000年から35歳以上の全住民を対象に行っている.初回調査は2000年から2002年に行った.その後,2005年から2007年に5年後の追跡調査を実施し,現在10年後の追跡調査を実施中である(2010年から2012年予定).本稿では舟形町研究の概要,初回調査のデータを用いた横断研究の結果,2005年から2007年に行われた5年追跡調査のデータを用いたコホート研究の結果について紹介する.(30)*1YusukeTanabe:山形県立中央病院眼科/山形大学医学部眼科学講座*2RyoKawasaki:CentreforEyeResearchAustralia,RoyalVictorianEyeandEarHospital,UniversityofMelbourne*3HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕田邉祐資:〒990-22912山形市大字青柳1800番地山形県立中央病院眼科特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):30.35,2011舟形町研究TheFunagataStudy田邉祐資*1川崎良*2山下英俊*3(31)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201131の測定は米国ウィスコンシン大学がAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudyのため開発した専用の解析ソフトRetinalAnalysis7)を使用した.このソフトの測定方法は,視神経乳頭縁から0.5~1視神経乳頭径離れた領域を通過するすべての血管の計測を行い,それをもとに理論式で推定網膜中心動脈径(centralretinalarteryequivalent:CRAE),推定網膜中心静脈径(centralretinalveinequivalent:CRVE)を推定するものである.この方法によって非常に高い再現性をもって動脈,静脈の径の推定および動静脈比の推定が可能となった.c.加齢黄斑変性加齢黄斑変性についてはBMESで使用されたWisconsinAge-RelatedMaculopathyGradingSystem6,8)の変法に従って,早期加齢黄斑変性症と晩期加齢黄斑変性症それぞれの所見の有無と程度判定を行った(表1).d.黄斑上膜BeaverDamEyeStudy(BDES)で採用された定義に従い,基準写真との比較に基づいて,軽症のcellophanemacularreflexと重症のpreretinalmacularfibrosisの2つに分けて判定を行った9).e.網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症に関連する病変(網膜出血,静脈の白線化ほか),あるいはレーザー治療などの治療痕跡の有無とそのパターンによって判定を行った.III舟形町研究の結果1.横断研究の結果a.心血管系危険因子と網膜細動脈硬化所見10)局所性網膜細動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進,網膜症の有所見率はそれぞれ8.3%,15.2%,18.7ある.再現性や判定員間の一致率を高く保つため,海外の多くの疫学研究では専門の眼底写真判定施設を設置し判定員の養成や教育を行って判定者間の一致率を高めることを行っている.舟形町研究の眼底写真判定に際してそのような眼底写真判定施設を利用した海外の疫学研究と比較するため,BlueMountainsEyeStudy(BMES)の判定を行ったシドニー大学CentreforVisionResearchの判定員,判定施設と共同で舟形町研究の眼底写真を判定した.CentreforVisionResearchには疫学研究の眼底写真判定を専門に行う設備とスタッフがおり,判定基準や判定方法,その再現性など標準化した方法に従って眼底判定を標準化している.以下に判定を行った病変の判定方法および判定基準について示す.a.糖尿病網膜症およびその他の網膜症糖尿病網膜症およびその他の網膜症の基準写真は,EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy3)の定義を基に画角45°非ステレオ写真で使用できるようにした簡略化した変法を用いた.これはMulti-EthnicStudyofAtherosclerosis4)で使用されている判定スケールと同等の判定方法にあたる.b.網膜細動脈硬化所見,高血圧所見網膜血管の変化として局所性網膜細動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進の判定は,ModifiedAirlieHouseClassificationofDiabeticRetinopathy5)とWisconsinAge-RelatedMaculopathyGradingSystem6)の写真から網膜専門医によってあらかじめ選ばれた写真を基準として行った.局所性細動脈狭細化や血柱反射亢進は「なし,軽度,重度」の3段階,動静脈交叉現象は「なし,軽度,中等度,重症」の4段階に分けて判定を行った.さらに網膜血管を定量的に測定することも試みた.こ表1早期加齢黄斑変性症と晩期加齢黄斑変性症の判定判定基準早期加齢黄斑変性症①Indistinctdrusenあるいはreticulardrusenがある場合②DistinctdrusenとRPEabnormalitiesが同時に存在する場合晩期加齢黄斑変性症①Neovascularage-relatedmaculopathy(RPEdetachment,subretinal/sub-RPEhemorrhage,epiretinal/intraretinal/subretinal/sub-RPEscartissureのいずれか)を認める場合②Geographicatrophyを認める場合RPE:retinalpigmentepithelium.(文献8より一部改変)32あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(32)細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進,CRAE狭細化において有意な関連が認められた.c.加齢黄斑変性症の有病率と危険因子13)早期および晩期加齢黄斑変性症の粗有病率はそれぞれ3.5%,0.5%であった.早期加齢黄斑変性症の危険因子は加齢であった〔オッズ比:1.75(95%信頼区間:1.36~2.25)(10歳増加あたり)〕.晩期加齢黄斑変性症の危険因子は加齢〔オッズ比:2.27(95%信頼区間:1.10~4.67)(10歳増加あたり)〕と喫煙〔オッズ比:5.03(95%信頼区間:1.00~25.47)〕であった.喫煙と晩期加齢黄斑変性症の関連は男性に強く認められた.d.非糖尿病者における網膜症の有病率と危険因子14)75gブドウ糖負荷試験の結果を基に,WorldHealthOrganizationのガイドライン15)(表3)に従って糖代謝の判定を行った.網膜症の有病率は,正常糖代謝,impairedfastingglucose(IFG),impairedglucosetolerance%,9.0%であった.①加齢と網膜細動脈硬化所見,網膜症,②血圧上昇と網膜細動脈硬化所見,③男性と局所性網膜細動脈狭細化,④高bodymassindex(BMI),糖代謝異常と網膜症において有意な関連が認められた.平均CRAE,CRVEは,それぞれ178.6±21.0μm,214.9±20.6μmであった.①加齢とCRAE狭細化,CRVE狭細化,②血圧上昇とCRAE狭細化において有意な関連が認められた.b.メタボリックシンドロームと網膜細動脈硬化所見11)2006年のInternationalDiabetesFederation(IDF)の基準12)(表2)に従ってメタボリックシンドロームの判定を行った.網膜細動脈硬化所見が得られた1,638人のうち,202人がメタボリックシンドロームに該当した.メタボリックシンドロームは網膜症,CRVE拡大化と有意な関連が認められた.メタボリックシンドロームの構成要素別では,①中心性肥満と網膜症,CRVE拡大化,②血清トリグリセリド高値と血柱反射亢進,③高血圧と局所性網膜細動脈狭表2InternationalDiabetesFederationによるメタボリックシンドロームの診断基準(日本人向け)項目条件①中心性肥満腹囲径:男性85cm以上,女性90cm以上②高トリグリセリド血症1.7mmol/l(150mg/l)以上低HDLコレステロール血症血中HDLコレステロール:男性1.03mmol/l(40mg/dl)未満,女性1.29mmol/l(50mg/dl)未満,または以前に脂質代謝異常の治療を受けたことがある高血圧収縮期血圧:130mmHg以上,または,拡張期血圧:85mmHg以上,または以前に高血圧の診断・治療を受けている空腹時高血糖空腹時血糖:5.6mmol/l(100mg/dl)以上,または,以前にII型糖尿病の診断を受けている①+②の4項目のうち2項目該当でメタボリックシンドロームの診断.(文献12より一部改変)表3WorldHealthOrganizationの定義による糖代謝異常の判定75gブドウ糖負荷試験結果糖代謝正常空腹時血糖が110mg/dl(6.1mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)未満Impairedfastingglucose(IFG)空腹時血糖が110mg/dl(6.1mmol/l)以上126mg/dl(7.0mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)未満Impairedglucosetolerance(IGT)空腹時血糖が126mg/dl(7.0mmol/l)未満かつ負荷2時間後血糖が140mg/dl(7.8mmol/l)以上200mg/dl(11.1mmol/l)未満糖尿病空腹時血糖が126mg/dl(7.0mmol/l)以上もしくは負荷2時間後血糖が200mg/dl(7.8mmol/l)以上(文献15より一部改変)(33)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201133までない.筆者らは高血圧,冠動脈疾患,動脈硬化との関連が知られるアンギオテンシン変換酵素(ACE)挿入/欠失〔Insertion/Deletion(I/D)〕多型が網膜血管径に影響しているのではないかと考えた.D/D,I/D,I/I遺伝子型の網膜動脈径はそれぞれ173.77±19.73μm,179.46±20.54μm,179.50±20.39μmであった.I/I遺伝子型に比べD/D遺伝子型は網膜動脈径が有意に細い〔平均差:.6.86μm(95%信頼区間:.13.58~.0.13μm)〕が,I/D遺伝子型では有意な差はなかった.網膜静脈径に関してはACEI/D遺伝子多型と有意な関連は認めなかった(表4).2.縦断研究の結果a.網膜動脈径狭細が高血圧発症に先立つ20)微小循環系は末梢血管抵抗を決定する部位であり治療の対象として注目されている.海外の疫学研究では網膜動脈径狭細が高血圧発症に先行することを報じている.そのほとんどが白人を対象とした報告であり,日本人に関する報告はない.心血管系疾患は民族差,人種差が大きいことはよく知られており,日本において同様の関連が認められるか調べることはとても重要である.収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上または高血圧の診断,治療を受けている場合を高血圧と定義した.初回調査で網膜血管径の計測が可能であった正常血圧者のうち,追跡調査に参加した(IGT)でそれぞれ7.7%,10.3%,14.6%であった.IGTは糖代謝正常に比べ網膜症の有病率が高くなっていた(オッズ比:1.63,95%信頼区間:1.07~2.49)が,IFGでは有意な差は認めなかった.さらに空腹時血糖値,負荷2時間後血糖値それぞれと網膜症の有病率について検討を行ったところ,負荷2時間後血糖値が140mg/dlより高いと網膜症が多く認められた(オッズ比:1.66,95%信頼区間:1.10~2.50).e.黄斑上膜の有病率と危険因子16)黄斑上膜の粗有病率は5.44%(cellophanemacularreflex:3.95%,preretinalmacularfibrosis:1.49%)であった.黄斑上膜の危険因子は加齢〔オッズ比:1.72(95%信頼区間:1.40~2.11)(10歳増加あたり)〕と糖尿病〔オッズ比:1.84(95%信頼区間:1.01~3.37)〕であった.f.網膜静脈閉塞症の有病率と危険因子17)網膜静脈閉塞症の有病率は0.53%(網膜中心静脈閉塞症:0.06%,網膜静脈分枝閉塞症:0.47%)であった.網膜静脈分枝閉塞症の危険因子は18.5未満の低BMI〔オッズ比:7.94(95%信頼区間:1.49~42.4)〕,局所性網膜動脈狭細化,血柱反射亢進であった.g.アンギオテンシン変換酵素遺伝子多型と網膜動脈径18)BDESではgenome-widelinkagescanを行い,血管内皮機能,高血圧,冠動脈疾患に関わる遺伝子が網膜血管径に関わる候補遺伝子であることを示唆した19).網膜血管径と明らかな関連を認める候補遺伝子の報告は現在表4アンギオテンシン変換酵素挿入.欠失多型と網膜血管径の関係症例数平均血管径(標準偏差)(μm)未調整‡(95%信頼区間)(μm)多因子調整†‡(95%信頼区間)(μm)推定網膜中心動脈径(CRAE)I/I遺伝子型164179.50(20.39)11I/D遺伝子型170179.46(20.54).0.33(.3.92.3.26).0.32(.4.15.3.51)D/D遺伝子型34173.77(19.73).6.69(.12.88..0.51)*.6.86(.13.58..0.13)*推定網膜中心静脈径(CRVE)I/I遺伝子型164215.61(21.52)11I/D遺伝子型170216.12(20.37)0.54(.3.14.4.21).0.07(.3.87.3.73)D/D遺伝子型34217.37(20.07)5.22(.1.31.11.74)3.93(.3.01.10.88)I:Insertion(挿入),D:Deletion(欠失),CRAE:centralretinalarteryequivalent,CRVE:centralretinalveinequivalent.*:p<0.05.†:多因子調整:年齢,性別,収縮期血圧,BMI,喫煙歴で調整.‡:CRAEが従属変数の場合,CRVEで調整,CRVEが従属変数の場合,CRAEで調整.(文献18より一部改変)34あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(34)オメトリーの測定などを行っている.今後は網膜症などの網膜疾患のみならず,さまざまな眼疾患の有病率や発症率,危険因子について検討を行いたいと考えている.また,アジアで大きな問題となっている近視に関して,眼軸長や屈折などの眼のバイオメトリーについても検討を行い,海外の疫学研究との比較を行う解析が現在進行中である.文献1)Cardiovascularriskprofileassessmentinglucose-intolerantAsianindividuals-anevaluationoftheWorldHealthOrganizationtwo-stepstrategy:theDECODAStudy(DiabetesEpidemiology:CollaborativeAnalysisofDiagnosticCriteriainAsia).DiabetMed19:549-557,20022)TominagaM,EguchiH,ManakaHetal:Impairedglucosetoleranceisariskfactorforcardiovasculardisease,butnotimpairedfastingglucose.TheFunagataDiabetesStudy.DiabetesCare22:920-924,19993)Gradingdiabeticretinopathyfromstereoscopiccolorfundusphotographs─anextensionofthemodifiedAirlieHouseclassification.ETDRSreportnumber10.EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup.Ophthalmology98(Suppl):786-806,19914)WongTY,KleinR,IslamFMetal:Diabeticretinopathyinamulti-ethniccohortintheUnitedStates.AmJOphthalmol141:446-455,20065)Diabeticretinopathystudy.ReportNumber6.Design,methods,andbaselineresults.ReportNumber7.AmodificationoftheAirlieHouseclassificationofdiabeticretinopathy.PreparedbytheDiabeticRetinopathy.Invest313人を対象とした.追跡調査で101人(32.3%)に高血圧を認めた.高血圧の発症率は網膜動脈径の第1,2,3三分位でそれぞれ41.4%,30.5%,25.0%であった.網膜動脈径が細いほど高血圧の発症リスクは有意に増加していた〔オッズ比:1.62(95%信頼区間:1.17~2.25)(1標準偏差減少あたり)〕.網膜静脈径は高血圧発症と有意な関連は認められなかった(表5).IV舟形町研究の展望2000年からの舟形町研究では,さまざまな制限があるものの網膜疾患を中心にその有病率や危険因子を明らかにすることができた.特に,海外の疫学研究で行われた他の人種との共通点や相違点についても明らかにすることができた.これは舟形町研究を行うにあたって,海外の眼科領域の疫学研究と同じ手法,あるいは同じ判定基準を用いることを研究の重要な柱と考えてきたことによる.わが国ではいまだに眼科の網羅的な疫学研究調査は限られており,今後の疫学研究調査においてもこの点は重要であると考えている.本研究は追跡調査を5年ごとに行っており,2010年から2回目の追跡調査を行っている.追跡調査では検査項目が大幅に増加しており,両眼の眼底撮影のほかに,視力検査,屈折検査や角膜曲率半径検査などの眼のバイ表5網膜血管径と5年間の高血圧発症の関係平均血管径(標準偏差)(μm)高血圧発症者数(%)未調整オッズ比(95%信頼区間)多因子調整†オッズ比(95%信頼区間)推定網膜中心動脈径(CRAE)1標準偏差減少ごと1.48(1.15.1.89)*1.62(1.17.2.25)*第3三分位:>190.40μm203.76(10.45)26(25.0)11第2三分位:171.79~190.16μm181.98(5.07)32(30.5)1.32(0.72.2.42)1.42(0.72.2.84)第1三分位:<171.72μm151.92(10.80)43(41.4)2.12(1.17.3.82)*2.36(1.11.5.03)*推定網膜中心静脈径(CRVE)1標準偏差増加ごと0.87(0.69.1.11)1.18(0.85.1.63)第1三分位:<206.18μm192.77(10.20)35(33.7)11第2三分位:202.26~222.82μm214.75(4.81)37(35.2)1.07(0.61.1.90)1.48(0.77.2.88)第3三分位:>222.88μm236.44(10.27)29(27.9)0.76(0.42.1.38)1.69(0.79.3.64)CRAE:centralretinalarteryequivalent,CRVE:centralretinalveinequivalent.*:p<0.05.†多因子調整:年齢,性別,総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪,空腹時血糖,BMIで調整.(文献20より一部改変)(35)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201135Japanesepopulation:theFunagatastudy.Ophthalmology115:1376-1381,1381e1-2,200814)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,200815)AlbertiKG,ZimmetPZ:Definition,diagnosisandclassificationofdiabetesmellitusanditscomplications.Part1:diagnosisandclassificationofdiabetesmellitusprovisionalreportofaWHOconsultation.DiabetMed15:539-553,199816)KawasakiR,WangJJ,SatoHetal:PrevalenceandassociationsofepiretinalmembranesinanadultJapanesepopulation:theFunagatastudy.Eye(Lond)23:1045-1051,200917)KawasakiR,WongTY,WangJJetal:Bodymassindexandveinocclusion.Ophthalmology115:917-918;authorreply918-919,200818)TanabeY,KawasakiR,WangJJetal:Angiotensin-convertingenzymegeneandretinalarteriolarnarrowing:theFunagataStudy.JHumHypertens23:788-793,200919)XingC,KleinBE,KleinRetal:Genome-widelinkagestudyofretinalvesseldiametersintheBeaverDamEyeStudy.Hypertension47:797-802,200620)TanabeY,KawasakiR,WangJJetal:Retinalarteriolarnarrowingpredicts5-yearriskofhypertensioninJapanesepeople:theFunagatastudy.Microcirculation17:94-102,2010OphthalmolVisSci21(1Pt2):1-226,19816)Klein,R,DavisMD,MagliYLetal:TheWisconsinagerelatedmaculopathygradingsystem.Ophthalmology98:1128-1134,19917)HubbardLD,BrothersRJ,KingWNetal:Methodsforevaluationofretinalmicrovascularabnormalitiesassociatedwithhypertension/sclerosisintheAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudy.Ophthalmology106:2269-2280,19998)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19959)KleinR,KleinBE,WangQetal:Theepidemiologyofepiretinalmembranes.TransAmOphthalmolSoc92:403-425;discussion425-430,199410)KawasakiR,WangJJ,RochtchinaEetal:CardiovascularriskfactorsandretinalmicrovascularsignsinanadultJapanesepopulation:theFunagataStudy.Ophthalmology113:1378-1384,200611)KawasakiR,TielschJM,WangJJetal:ThemetabolicsyndromeandretinalmicrovascularsignsinaJapanesepopulation:theFunagatastudy.BrJOphthalmol92:161-166,200812)AlbertiKG,ZimmetP,ShawJ:Metabolicsyndrome-anewworld-widedefinition.AConsensusStatementfromtheInternationalDiabetesFederation.DiabetMed23:469-480,200613)KawasakiR,WangJJ,JiGJetal:Prevalenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinanadult

久山町研究

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYと基本的には変わらない.ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,その結果は日本人一般集団の結果としてとらえることができる.また,人口は40年間に1,000人増えたにすぎず人口移動の少ない町であり,そのため長期にわたる追跡調査が可能となっている.II久山町研究の特徴久山町研究の研究対象疾患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患からその危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一はじめに九州大学大学院医学研究院病態機能内科学を中心として福岡県久山町で1961年から進められている「久山町研究」は,日本においても世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データのほとんどがわが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は40年以上もの間,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにするなど,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.I久山町とは複数の候補地のなかから久山町が選ばれたのは,久山町の人口の年齢分布や職業構成および生活様式や疾病構造が全国統計と差異がなく,日本人の疫学研究をするうえでわが国の標準的なサンプル集団であるという理由からである(図1).1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.2000年も同様に40歳以上の対象人口は全人口の55.2%であり全国の51.8%と変わらず,年齢分布も近似している(図2).職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)(25)25*MihoYasuda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕安田美穂:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):25.29,2011久山町研究TheHisayamaStudy安田美穂*福岡市久山町福岡市65万人142万人久山町6,500人8,000人1960年2007年九州大学図1久山町と人口推移26あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(26)2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(OCT:光干渉断層計),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行っている.健診で発見された異常あるいは疾病は町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける(図3).したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができる.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまう.の集団といえる.1998年より九州大学大学院医学研究院眼科学では久山町研究に参加し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.現在まで10年以上にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握に努めてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,1年に一度の継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も1998年の約50%から2007年の約80%へと大幅に向上した.眼科健診を長期的に行うことにより,種々の眼科疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となる.久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録,剖検所見などの結果を解析し,日本における眼科疾患の時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子について分析することで,眼科分野でのわが国のエビデンスが生まれる.III研究のしくみ久山町研究では,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれに従って,1年に一度の通常健診と5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の男性女性40302010070~7960~6950~5940~4980~0102030401960年40歳以上の割合日本全国27.8%久山町27.6%男性女性2000年40歳以上の割合日本全国51.8%久山町55.2%:日本全国:久山町(歳)70~7960~6950~5940~4980~(歳)(%)(%)403020100010203040(%)(%)図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較大学町役場住民開業医報告報告指導二次治療報告往診検診一次治療図3久山町研究のしくみ(27)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201127向上による重症化の予防などによるものが大きく貢献していると考えられる.2.糖尿病網膜症発症の危険因子糖尿病網膜症を発症する危険因子についても追跡調査を行ってきた.具体的には1998年の久山町眼科健診受診者をベースラインのコホート集団に設定し,9年後の2007年の久山町眼科健診でベースラインのコホート集団を追跡する9年間の前向きコホート調査を行った.1998年に住民健診を受けた福岡県久山町在住の40~79歳の住民のうち,網膜症の既発症者37人を除いた糖尿病者177人を9年間追跡し,2007年に再度住民健診を受けた137人を追跡した(追跡率79.3%).9年間の網膜症の累積発症率は男性が18.0%,女性が4.2%で男性に多い傾向を認めたが,統計学的に有意差はなかった.IVこれまでの研究成果現在,眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症に関わる危険因子についての分析を行っている.そのなかから,現在も失明原因の主原因である糖尿病網膜症と今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性発症の追跡調査の結果について以下に述べる.1.糖尿病網膜症有病率の変遷これまでわが国においては糖尿病網膜症の疫学研究,特に住民を対象としたpopulation-basedstudyはあまり行われていない.実際の網膜症の患者数を把握するため1998年に40歳以上の久山町全住民を対象に網膜症の有病率の調査を開始し,網膜症の有病率は糖尿病患者の16.9%であることがわかった1).さらに9年後の2007年に行った調査では網膜症の有病率は糖尿病患者の15.0%であり,この9年間では患者数はほとんど変化していなかった.しかし,これらの頻度を網膜症の病型別に1998年と2007年で比較してみると,この9年間で単純型の網膜症が有意に増加し,前増殖型と増殖型の網膜症は有意に減少していた(図4).このように網膜症の頻度には変化がないものの網膜症を病型別にみてみると,近年では網膜症の重症化が抑制されていることがわかった.このことは糖尿病患者への眼科受診の啓発による網膜症の早期発見,早期治療の促進や眼科治療技術9.610.3*単純型6.33.9*前増殖型*p<0.05(1998vs2007)■:1998年□:2007年有病率(%)1.00.5*増殖型12.010.08.06.04.02.00.0図4糖尿病網膜症の病型別有病率の変化(久山町1998.2007年)表1糖尿病網膜症発症とヘモグロビンA1Cおよび糖尿病罹病期間との関連(久山町1998.2007年)ヘモグロビンA1C(%)(ベースライン時)人数9年発症率(%)性・年齢調整オッズ比(95%信頼区間)p値<6.0595.11.006.0.7.03411.82.38(0.48~11.7)0.297.0~8.01225.06.83(1.15~40.5)0.038.0≦1145.515.5(2.81~85.7)0.002ORper1%increase1.61(1.04~2.50)0.03糖尿病罹病期間(年)(ベースライン時)人数9年発症率(%)性・年齢調整オッズ比(95%信頼区間)p値<5718.51.005~101414.31.18(0.31~10.1)0.5210≦3122.63.97(1.14~13.9)0.0328あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(28)斑症(age-relatedmaculopathy:ARM)としてまとめ,国際分類として提唱し,初期と後期に分けた.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)とは,ドルーゼンや網膜色素上皮の色素異常(hyperpigmentation,hypopigmentation)などがみられるもので,後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)がいわゆるAMDを指す.後期加齢黄斑症(lateARM)は,脈絡膜新生血管が関与する滲出型と,脈絡膜新生血管が関与せず網膜色素上皮や脈絡膜毛細血管の地図状萎縮病巣を認める萎縮型(dryAMD)に分類される.滲出型の定義は,網膜色素上皮.離,網膜下および網膜色素上皮下新生血管,網膜上および網膜内および網膜下および色素上皮下にフィブリン様増殖組織の沈着,網膜下出血,硬性滲出物などのいずれかを伴うものとされている.萎縮型(dryAMD)の定義は,脈絡膜血管の透見できる円形および楕円形の網膜色素上皮の低色素および無色素および欠損部位で少なくとも175μm以上の直径をもつもの(30oあるいは35oの眼底写真において)とされている(図5).1998年のAMDの有病率は0.9%であり,おおよそ100人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲発症に関係する危険因子を検討すると,高血圧,脂質異常,BMI(bodymassindex),喫煙,飲酒などの生活習慣に関する因子と糖尿病網膜症の発症には有意な関連は認めず,糖尿病罹病期間とヘモグロビンA1C(HbA1C)が網膜症発症の有意な危険因子となった.糖尿病の罹病期間が長くなるほど,またHbA1Cの値が上昇するほど網膜症発症のリスクが有意に増加した.糖尿病の罹病期間5年未満をオッズ比1.0とすると,罹病期間5年以上10年未満でオッズ比は1.2(95%信頼区間0.3~10.1),糖尿病の罹病期間が10年以上になると有意に網膜症発症のリスクが増加し,そのオッズ比は4.0(95%信頼区間1.1~13.9)であった.また,HbA1C6.0%以下をオッズ比1.0とすると,HbA1C6.0%以上7.0%未満ではオッズ比2.4(95%信頼区間0.5~11.7),HbA1C7.0%以上から8.0%未満でそのリスクは有意に増加しオッズ比6.8(95%信頼区間1.2~40.5)となり,8.0%以上ではオッズ比15.5(95%信頼区間2.8~85.7)とリスクが大きく増加した.この結果から,長期にわたり網膜症の発症を予防するためには,HbA1Cを7.0%以下に抑える必要があることがわかった(表1).つまりHbA1Cを低めに維持することが網膜症の発症に最も重要であり,特に罹患期間が10年以上の罹病期間が長い糖尿病患者においては血糖管理を厳しく行うことが網膜症の発症予防に重要であると思われる.3.加齢黄斑変性の有病率現在どれぐらいの加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)患者がいるのかは有病率で示される.1998年と2007年での久山町スタディの結果を比較することで,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化が明らかになった.まず1998年に50歳以上の1,486人を対象として両眼散瞳下で倒像検眼鏡,細隙灯顕微鏡,カラー眼底写真による眼底検査が施行されAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.9年後の2007年に50歳以上の2,676人を対象として同様の方法でAMDの程度別分類と有病率の調査を行った.AMDの分類には,Birdらが提唱した国際分類を使用した2).Birdらは,加齢に関連した黄斑の変化を加齢黄1.初期加齢黄斑症(earlyage-relatedmaculopathy:earlyARM)2.後期加齢黄斑症(lateage-relatedmaculopathy:lateARM)ドルーゼン網膜色素上皮の色素異常滲出型萎縮型図5加齢黄斑変性の国際分類(文献2より)(29)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201129の関連が示唆された.AMDと炎症の関連は以前から報告されており,高感度CRP(C反応蛋白)や白血球数の増加が危険因子であるという疫学的報告やドルーゼンの形成過程や,ドルーゼンに対する反応としての慢性炎症がAMD発症に関与しているという実験的報告がある6).今回の結果は疫学的見地からAMDと炎症との関連を示すものとして興味深い.予防できる危険因子としては以前から指摘されている喫煙が重要である.特に日本人の男性においては喫煙の影響により発症率が増加していることが推測される.AMDの予防のためには禁煙の重要性を啓蒙する必要がある.おわりにわが国においては地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が必要であると思われる.文献1)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20042)BirdAC,BresslerNM,BresslerSBetal:Aninternationalclassificationandgradingsystemforage-relatedmaculopathyandage-relatedmaculardegeneration.TheInternationalARMEpidemiologicalStudyGroup.SurvOphthalmol39:367-374,19953)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19954)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19955)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,19956)YasudaM,KiyoharaY,HataYetal:Nine-yearincidenceandriskfactorsforagerelatedmaculardegenerationinadefinedJapanesepopulation:theHisayamastudy.Ophthalmology116:2135-2140,2009出型の有病率が0.7%,萎縮型の有病率が0.2%であり,滲出型が萎縮型よりも多くみられた.また女性(0.3%)に比べて男性(1.7%)は有意に高い有病率を認めた.一方2007年のAMDの有病率は1.3%に増加し,おおよそ80人に1人の頻度であった.AMDの分類別では,滲出型の有病率が1.2%,萎縮型の有病率が0.1%であり,滲出型の有病率が増加していた.AMDの有病率の増加は滲出型の増加によるものと推測される.さらに男性(2.2%),女性(0.7%)ともに有病率の増加を認めたが,1998年と同様に男性のほうが有意に高い有病率を認めた(図6).わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多いことがわかる3~5).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多いと報告しているものが多く,わが国で男性のほうが女性より有意に有病率が高いということはわが国の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,特に日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響している可能性がある.4.加齢黄斑変性の危険因子1998年から2007年の9年間追跡調査を行った結果,9年間で新たに発症したAMD患者を調査することによりAMDの危険因子が明らかになった.それによると,日本人におけるAMD発症には加齢,喫煙,白血球数の増加が危険因子として関与していることがわかり,AMD発症には加齢による影響とともに,喫煙,炎症と*p<0.05(1998vs2007)■:1998年■:2007年9.5初期加齢黄斑症後期加齢黄斑症(AMD)12.6*3.34.8*0.61.2*0.20.1有病率(%)図6病変別有病率の変化(1998年,2007年)

疫学研究に必要な統計学

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYで標本という)がどのような集団から構成されているかまとめることから始まる.たとえば,年齢,性別,収入,喫煙歴,bodymassindex(BMI),全身疾患(例:糖尿病,高血圧)と失明の関連を検討するのなら,まずこれらの基本属性をもった集団がどれくらいいるのか記述する必要がある.これらは表を用いてまとめることが一般的であるが,性別,喫煙歴,全身疾患の有無はカテゴリーごとにその度数(=人数)を記し,頻度(=パーセント)を計算する.年齢,収入,BMIについてはこれらを連続変数としてもカテゴリー変数としても扱うことができる.連続変数として扱う場合,箱髭図・度数分布図などを書いてその分布の正規性をまず確認する.もし,視覚的に正規性が認められるなら,平均値(mean)をその代表値として提示するが,あまりにも大きな外れ値(outlier)が存在したり,明らかに正規性が認められなかったりする場合には代表値に中央値(median)を用いる.連続変数として得たデータをカテゴリー化することも可能であるが,その分類が社会通念上正しく,また先行研究あるいは類似研究においても使われているカテゴリーを使用することが望ましい.多変量解析の結果,望ましい結果がでなかったからといって,自分で勝手なカテゴリーを作ることは好ましいものではない.それでも新しいカテゴリーを作る必要があるならば明確な理由付けを行うべきである.はじめにわが国においても疫学研究の重要性は高まっているが,疫学と聞くと拒絶反応を示す眼科医は多い.眼科医の多くは「疫学=統計学」と誤解し,検定方法やp値ばかりに目がいってしまう.疫学の勉強をしようと気合を入れてもなぜか疫学でなく古典的な統計学の教科書を読み始め,難解な数式が目に入るや否や本を閉じてしまう.疫学研究は研究仮説の証明のために,因果のありそうな要因とそのアウトカムの関連性を計算する.研究デザインが決まれば自ずと使うべき生物統計学が決まり難解な統計学は必ずしも必要でない.実際,眼科領域の横断研究に用いる生物統計学の多くは多重ロジスティック解析(multiplelogisticregressionanalysis)で,これさえ理解すれば横断研究の理解に苦しむことはない.難解な統計学の知識を必要とするならば医師でなく統計学の専門家にゆだねるべきであろう.本稿では「疫学研究(臨床疫学を含む)で最低限必要な生物統計学の知識」として基本属性のまとめ方,誤差の原因,疫学指標の算出方法,関連指標の算出方法,そして多変量解析で調整すべき因子の選び方についておもに述べたい.I基本属性の比較と検定1.変数の定義と代表値の選定疫学研究の第一歩は解析される集団(これを疫学用語(19)19*KoichiOno:順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センター眼科〔別刷請求先〕小野浩一:〒136-0075東京都江東区新砂3-3-20順天堂大学医学部附属東京江東高齢者医療センター眼科特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):19.24,2011疫学研究に必要な統計学StatisticalMethodsinEpidemiology小野浩一*20あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(20)び,この誤差を踏まえてある程度の幅をもって年齢を推定することを区間推定という.通常,信頼係数に95%を用いこれを95%信頼区間という.信頼係数に99%を用いた場合はこれを99%信頼区間という.標本数が十分にあり,母集団の母数を推定する場合,95%信頼区間の上限は「点推定値+1.96×標準誤差注)」,下限は「点推定値.1.96×標準誤差」で計算される(99%信頼区間の場合は,1.96の代わりに2.58を用いる).図1の場合,「母集団の平均年齢は95%の確率で39.9~40.1歳の間にある」と結論付けられる.一方,標準偏差を用いて95%信頼区間を計算した場合には標本における年齢の分布を示し,「標本中の95%の人が32.2~47.8歳の間である」と結論付けることができる.注)標準誤差=標準偏差/標本数.2.系統誤差(systematicerror)相対危険度やオッズ比を計算したとしてもその値が「標本からの推測」と「母集団における真値」における隔たりがある場合がある.これを系統誤差(systematic2.基本属性の比較・検定集団の基本属性の度数・頻度が決定されれば,その検定ということになる.独立した2群間の連続変数の比較で,正規分布が認められるような場合にはt検定を用いるが,3群間以上の比較ではt検定を用いてはならない.なぜなら,3群から2群を抽出する方法は3通りあり,有意差が出ない確率は(1.0.05)3で,逆に3つの組み合わせのうち少なくとも1通りは有意差の出る確率は1.(1.0.05)3≒0.14となるからである.複数の群で比較する場合には分散分析(analysisofvariance:ANOVA)を用いる.正規性の認められない場合にはノンパラメトリック法によりその検定を行うが,疫学研究のようにサンプルサイズが十分に大きい場合にはパラメトリックな方法で統計解析を行っても結果に大きな影響はでないようである(中心極限定理).カテゴリー化された変数の場合にはc2検定を行う.臨床研究などで同じ人物に検査を2回行い,これらを比較検定するような場合(例:降眼圧薬使用前後の眼圧)には対応のある検定を行う.基本属性の検定に必要な検定を表1にまとめた.II疫学における誤差1.偶然誤差(randomerror)疫学研究は,母集団から選出された標本(サンプル)を対象にして未知である母集団の母数を推定する.たとえば,疫学調査の結果,標本の平均年齢(±標準偏差)が40歳(±4.0)であったとする(標本数10,000)(図1).この1回の標本抽出によって得られた値(この場合は平均年齢40歳)を点推定とよぶ.しかし,何度も同じ調査を行ったらどうだろうか?同じ方法で調査を行ったとしても標本の選び方次第である程度の誤差が生じることが予想される.これを偶然誤差(randomerror)とよ表1基本属性の検定代表値2群間対応のある2群間3群間以上正規性のあるデータ平均値(±標準偏差)t検定Pairedt検定一元配置の分散分析正規性がないデータ中央値(分位)Wilcoxonの順位和検定Wilcoxonの符号付順位検定Kruskal-Wallis検定割合パーセントc2検定McNemar検定c2検定正規性のあるデータの場合にはパラメトリック法を,正規性のないデータの場合にはノンパラメトリック法で検定を行う.ただし,サンプル数が十分にある場合は正規性のないデータでもパラメトリック法を使っても結果にあまり影響はない(中心極限定理).母集団標本(n=10,000)標本の年齢:平均40歳標準偏差4.095%信頼区間:32.2~47.8歳標本中95%の人が32.2~47.8歳である95%信頼区間:39.9~40.1歳40-1.96×4.0=32.1640+1.96×4.0=47.84母集団の平均年齢は95%の確率で39.9~40.1歳である標準誤差標準偏差40-1.96×4.0/√10,000=39.940+1.96×4.0/√10,000=40.1図1標準偏差と標準誤差(21)あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011211.11となり,コーヒーとAMDに関連がありそうにみえる.しかし,「煙草を吸う人」と「吸わない人」に分けてそれぞれのオッズ比を計算すると,オッズ比はそれぞれ0.40,0.45という結果になる.喫煙はAMD発症の危険因子であることが知られており,また,コーヒーを飲む人は喫煙者が多いということも知られている.よって,喫煙状況がコーヒーとAMDの交絡因子となり,これを調整しない限り真の関連を知ることはできないのである.III疫学指標と関連の指標1.疫学指標a.有病率(prevalence)有病率とはある一定の時期における疾病の割合(proportion)を示し,「有病率(p)=疾病数(a)÷人口(n)」で計算される.慣習的に有病率と表現されるが,疫学において率(rate)とは「単位時間当たり」の頻度を示すものであるため,本来は,有病割合と表現するほうが正しい.有病率を区間推定で表す場合,95%信頼区間の上限はp+1.96×p(1.p)/n下限はp.1.96×p(1.p)/nとなる.b.罹患率(incidence)と累積罹患率(cumulativeincidence)罹患率とは単位時間当たりの新しく疾病が発症した率error)とよび,バイアス(bias)と交絡(confounder)によって生じる.a.バイアス(bias)バイアスは母集団から標本を選出するときに起こる場合〔選択バイアス(selectionbias)〕と標本を調査するときに起こる場合〔情報バイアス(informationbias)〕とに分けられる.選択バイアスを減らすには母集団から標本を無作為に選ぶ必要があり,情報バイアスを減らすには測定方法の標準化を図る必要がある.バイアスを生物統計学でコントロールすることは困難でスタディデザインの段階でコントロールされるべきものである.b.交絡(confounder)交絡因子(confoundingfactor)とは原因と考えている因子以外の結果に影響を与えると考えられる因子を指す.したがって,交絡による影響を調整しないと真の関連を知ることはできない.介入研究などで無作為化された研究では交絡因子による影響は受けにくいが,観察研究の場合には注意が必要である.疫学調査でコーヒーと加齢黄斑変性(AMD)の関連について調査を行い図2のような結果(仮想データ)を得たとする.AMDを認めた住民13人のうちコーヒーを飲むものが10人,飲まないものが3人,AMDを認めない住民387人中コーヒーを飲むものが290人,飲まないものが97人いたとする.このときのオッズ比はオッズ比=(10/3)/(290/97)=1.11AMD(+)AMD(.)合計コーヒー(+)10290300コーヒー(.)397100合計13387400喫煙あり喫煙なしオッズ比=(9/2)/(91/8)=0.40AMD(+)AMD(.)合計コーヒー(+)991100コーヒー(.)2810合計1199110オッズ比=(1/1)/(199/89)=0.45AMD(+)AMD(.)合計コーヒー(+)1199200コーヒー(.)18990合計2288290図2コーヒーと加齢黄斑変性(AMD)の関連(仮想データ)22あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(22)計算することはできない.図3に男性5人,女性3人からなるある疾患の発症を調査した仮想的なコホートを示す.このコホートにおけるID1,ID2,ID6,ID7はコホート研究開始後4年目まで発症してなかったがその後,何らかの原因(例:転居,死亡)で追跡不能になったことを示す.ID3は8年目に発症,ID5とID8は10年目に発症し,ID4は10年間発症しなかったことを示す.この仮想コホートの場合,観察された54人年のうち3人が発症したので罹患率は0.056/人年(=3/54)あるいは5.6/100人年,累積罹患率は8人中3人発症したので0.375(=3/8)あるいは37.5%ということになる.2.背景因子とアウトカムの関連を表す指標a.相対危険度(relativerisk,riskratio)と罹患率比(incidentrateratio)ある因子の曝露群と非曝露群における疾病の頻度(=を示すもので,「発症数÷観察された人年(人月)」によって計算される.一方,新規発症者の観察者数に対する割合(「発症数÷標本数」)を累積罹患率という.これらの疫学指標はコホート研究(cohortstudy)でなければID12345678性別男性男性男性男性男性女性女性女性観察年数4年4年8年10年10年4年4年10年発症(-)(-)(+)(-)(+)(-)(-)(+)図3仮想コホート研究観察された人年は,54人年(=4+4+8+10+10+4+4+10)である.54人年のうち3人が発症したので罹患率は0.056/人年(=3/54)あるいは5.6/100人年である.一方,累積罹患率は8人中3人発症したので0.375(=3/8)あるいは37.5%ということになる.発症未発症観察人数曝露ありabn1曝露なしcdn2相対危険度(RR)RR=(a/n1)/(c/n2)95%信頼区間の上限・下限:eLogRR±1.96×(6/(a×n1)+d/(c×n2))発症Person-years曝露ありaPYa曝露なしcPYc罹患率比(IRR)IRR=(a/PYa)/(c/PYc)95%信頼区間の上限・下限:eLogIRR±1.96×1/a+1/c図4相対危険度と罹患率比の95%信頼区間の計算方法対照症例マッチングなしマッチングあり()ペアー数()人数OR=(a/c)/(b/d)95%信頼区間の上限・下限:eOR=c/b95%信頼区間の上限・下限:e症例曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(+)曝露(-)曝露(-)曝露(-)曝露(-)対照曝露(+)曝露(+)曝露(-)曝露(-)曝露(-)曝露(-)曝露(+)曝露(-)曝露(-)曝露(-)症例対照曝露ありa(6)b(3)曝露なしc(4)d(7)曝露あり曝露なし曝露ありa(2)b(4)曝露なしc(1)d(3)c─b1─b1─cLog±1.96×+1─a1─bLogOR±1.96×+1─c+1─d+図5オッズ比(マッチングなしとマッチングあり)の95%信頼区間の計算方法(23)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201123時に計算してくれるが,問題となるのは何を調整すべき因子として選ぶかということである.眼科領域の論文では測定した因子をすべて多変量解析モデルに投入しそこからステップワイズ法によりモデルを決定する手法をとることが多いが,近年ではこのような統計学的手法を疫学研究では推奨していない.3.交絡因子の選択とdirectedacyclicgraph(DAG)DAGとは因果関係を示す矢印(→)により因果関係を累積罹患率)の比を相対危険度とよぶ.一方,曝露群と非曝露郡における罹患率の比を罹患率比とよぶ.これらの95%信頼区間の計算式を図4に示す.95%信頼区間が1をはさんだ範囲にある場合にはその因子は結果に対して有意な影響を与えていないと判断する.b.オッズ比(oddsratio)結果がすでに起きてしまった群とそうでない群の過去における危険因子の有無を調べるのがオッズ比である.おもにオッズ比は横断研究(cross-sectionalstudy)や対照症例研究(case-controlstudy)で用いる.オッズ比の計算はマッチしたデータか否かによって計算方法が異なるので注意が必要である.それぞれのオッズ比および95%信頼区間の計算式を図5に示す.オッズ比も95%信頼区間が1をはさんだ範囲にある場合にはその因子は結果に対して有意な影響を与えていないと判断する.IV交絡因子の調整と多変量解析1.交絡因子の調整方法交絡因子による影響を除外して相対危険度やオッズ比を計算するには交絡因子ごとに層化(stratification)して解析すればいい(上述のコーヒーとAMDの関連性の場合,喫煙する群と喫煙しない群に分ける)が,交絡因子が複数ある場合には層の数が多くなりすぎてしまう.標本を抽出する段階で喫煙する人のみ(あるいは,喫煙しない人のみ)抽出して解析することもできる.これを限定(specification)というが,この方法では対象を絞り込んでしまうためその結果を母集団に当てはめることができなくなってしまう.そのため,交絡因子を調整するには多変量解析を用いることが一般的である.2.多変量解析の選択アウトカムが連続変数である場合には重回帰分析(multipleregressionanalysis)を,アウトカムが「罹患しているか否か」といった2択の場合には多重ロジスティックモデルを用いる.生存時間分析の場合はCox比例ハザードモデル(Coxproportionalhazardmodel)を用いる.多変量解析による点推定値(例:オッズ比,相対危険度,ハザード比)と95%信頼区間の計算はSPSS,STATA,SASなどの統計ソフトを用いれば瞬a:所得が教育に影響を与え(因果),教育が失明に影響を与える(因果)と考えたDAGb:教育が所得と何らかの関係(因果ではない)があると考えたDAG教育所得失明性別年齢教育所得失明性別年齢図7DAGを用いた交絡因子の考え方要因A疾病B因果関係要因A疾病B要因X交絡要因X:疾病Bの危険因子である要因Aと関係がある要因Aと疾病Bの中間でない関係因果因果因果図6交絡(confounding)24あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(24)おわりにオッズ比や相対危険度といった関連を表す指標に統計学的有意差がでればその因子とアウトカムに因果関係があると思っている眼科医は多いが,これは大きな間違いである.本来,「因果」と「関連」というのはまったく別のものであり,因果関係を証明するには,①その関連性が医学的・生物学的に妥当であること,②量反応関係があること,③他の研究でも同様の関連性が示されていること,④原因が結果よりも先に起こっていることなどが証明されなくてはならない.多変量解析の結果,ある因子に有意差がみられたとしても,それが医学的におかしかったり,先行研究・類似研究の結果と異なったりするのであるとすれば,もう一度バイアスや交絡による影響を考えるべきであろう.参考文献.GordisL:Epidemiology.3rdEdition.Elsevier-Saunders,Philadelphia,2004.SzkloM,NietoFJ:EpidemiologybeyondtheBasis.JonesandBartlettPublisher,Boston,2004視覚的に表すことにより研究仮説を明確にして交絡因子の検討を行うものである.要因Aと疾病Bの因果を表すDAGにおいて交絡因子Xは,①疾病Bに影響を与える,②要因Aと何らかの関係(.で表す)がある,③要因Aと疾病Bの中間に位置しない,の条件をすべて満たさなければならない(図6).たとえば,疫学研究により「低所得者ほど失明率が高い」ということを実証したいとする.年齢や性別が失明と因果関係があることは過去の研究や隣国の研究などでわかっており,教育のレベルが高い人ほど行動変容を起こしやすく失明率が低いということも数多くの疫学研究で立証されている.では,所得と教育のレベルはどのように考えるべきであろうか?ある研究者は所得の多い人ほど教育を受ける機会が多いとしてDAG上で教育を所得と失明の因果関係の中間に置くことを主張し(図7a),別の研究者は行動変容を起こす教育は義務教育程度の教育であり所得とは互いに独立した要因であると主張したとする(図7b).前者の場合,所得と失明の因果関係の交絡因子は年齢・性別のみになり,後者の場合には年齢・性別に加えて教育が交絡因子ということになる.

疫学研究の重要性と必要な知識

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYいる.つまり,疫学について知ることは,臨床を深化させることでもある.疫学に関する理解がなければ臨床研究もうまくできない.Iデータ解釈上知っておかなければいけないこと全体の法則性を知るには,全体を調べるのがベストである.たとえば,日本で5年ごとに行われている国勢調査は膨大な費用を使ってこの原理を忠実に実行中である.もちろん全数を調査するに越したことはない.が,現実にはまず無理である.そこで,全体(population)を代表したサンプル(sample)を選んで解析を行うのが普通である.疫学において目標母集団(referencepopulation)とは「40歳以上の日本人男女」など各種属性(この場合は年齢と民族)により定義される集団である.しかし,この条件に合う人すべてを調査することは実際不可能であり,「2005年に久山町に住む40歳以上の全住民」というように地理的・時間的条件で調査可能な集団を限定する.この限定された集団を調査対象集団(targetpopulation)とよぶ.さて,調査対象集団を決定したは良いが,現実には不在であったり,調査に協力的でないなど,必ずしも対象者全員を調査できるとは限らない.そこで,調査に実際参加した集団をstudiedpopulationとよび,これがサンプル(=データ)である.はじめに臨床医にとって疫学は,教科書で病名のつぎの項目に出てくる「疾病の数」という理解で終わってしまっていることがほとんどである.公衆衛生という基礎系分野に属した事柄であり,学生時代からどうも馴染みが薄く,魅力を感じる機会も少ないという問題が根本にある.筆者もその最たるものであった.しかし,疫学に対する理解が深まってくると,「疾病の数」は疫学のごくごく一部であり,本当の疫学とはわれわれが医学部で受けた教育内容から受けるイメージとはまったく違う中身の学問であるということがわかる.疫学研究の目的は5つある1).1.疾病の原因を特定し,リスクファクターを見つけ,生じる問題を減らす.2.疾病の頻度を明らかにし,事の重大さを示す.3.疾病の自然経過と予後を研究する.4.予防・診断・治療方法を評価する.5.疾病対策に必要な根拠を提供する.以上の5項目は,そのままわれわれが通常行っている臨床研究の内容と変わらない2).卒前・卒後の医学教育のなかで,われわれはこの5つの目的を達成していく方法について教育を受けたであろうか.現実には,学会発表の段階で各自が初めてこの問題にぶち当たり多くの疑問を抱えたまま,毎回悪戦苦闘して,報告をつくりあげているというのが実情だろう.一方,疫学という学問においては,その方法論がしっかりと系統的に整理されて(11)11*YoshimuneHiratsuka:国立保健医療科学院経営科学部〔別刷請求先〕平塚義宗:〒351-0197和光市南2丁目3-6国立保健医療科学院経営科学部特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):11.17,2011疫学研究の重要性と必要な知識ImportanceofEpidemiologicalStudiesinJapan,withSomeTechnicalKnowledgeforUnderstandingEpidemiologicalandClinicalResearches平塚義宗*12あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(12)2.交絡(confounding)バイアスは一般によく知られているが,同等に知っておかなければならない問題に交絡(confounding)がある.交絡因子とは,興味の対象ではないが結果に影響を及ぼしている潜在的な因子である.疫学研究ではある要因(予測因子)と結果の関連を推論することが多い.白内障手術における「術前抗菌薬点眼の頻度と眼内炎発症率の関係」について調査するとしよう.本当は術前点眼と眼内炎発症の2者間だけのダイレクトな関係を知りたい.しかし,実際には,術前点眼以外に涙.炎,術前消毒,術中後.破損,糖尿病合併など,術後眼内炎の発生と関係はありそうなのだが,あまり興味の対象にならない要因が他にも多く存在する.このように予測因子(点眼)と結果(眼内炎)の関係の観察に影響を与え,本当の関係とは異なった観察結果をもたらす第3の因子を交絡因子といい,このような関係を交絡という(図1).交絡因子は,表面的に見ている予測因子(点眼)とその結果(眼内炎)の両方に関連している因子であり,かつその中間(前房内濃度←点眼頻度など)ではない因子と定義される.ランダム割り付けを行う実験研究では各群が無作為に分けられるため,あらゆる交絡因子(現在明らかになっていない未知の交絡因子までも)が理論上均等に配分される.したがって,交絡が問題になることは少ない.一方,臨床研究に多い観察研究では交絡の問題は常に意識しておくべき重要な問題である.交絡因子を除去するには研究デザイン段階とデータ解1.バイアス(bias)全数調査ができない代わりに,サンプルは無作為に選ばれるのが理想的である.無作為に抽出されれば,選ばれたサンプルは偏り(バイアス)のない,全体の特徴をそのまま反映したものである可能性が高いからである.差は偶然(chance)の要素だけとなる.偶然はバイアスがなく,偏見がなく,フェアである3).バイアスとは,真の値(目標母集団の平均など)からどの程度系統的に離れるかを示す.選択バイアス(selectionbias)と情報バイアス(informationbias)の大きく2種類に分けられる.選択バイアスとは,サンプル抽出時の問題で実際に調査に参加した人々が目標母集団を代表しないことをいう.調査対象集団の選定や,応答率(responserate),コホート研究(後述)においては参加者の転居・死亡などによる脱落〔打ち切り(censoring)〕などがこの原因となる.臨床研究や健康問題に関する疫学調査では,回答なし(回答拒否,回答できない)は健康状態と関連していることが少なくない.また,コホート研究の場合,追跡不能者がランダムに脱落するのであれば問題ないが,追跡対象のアウトカムと関連のある要因により脱落している可能性があれば,残った解析サンプルは歪んだものとなる.選択バイアスを減らすには,①目標母集団を代表する地理的条件に忠実な調査対象集団の選定,②研究目的に合った取り込み基準と最小限の除外基準の設定,③単純ランダム・系統的・クラスターサンプリングなどの確率サンプリングの選択,④調査内容の事前告知など地域と連携した参加奨励,などを行う必要がある.一方,質問者の先入観,測定・判定の誤差,参加者の思い違いや記憶違いなどによって起こるバイアスが情報バイアスである.現実的な臨床研究でよく行われる症例対照研究(後述)では,過去の状況を調査しなければならないので得られる情報が不確実なこともあり,情報バイアスが問題となる.また,QOL(qualityoflife)測定などで行われるアンケート調査は,測定上の多くの情報バイアス介在の余地がある.情報バイアスを減ずるには,①測定法の標準化,②測定者の技術統一,③測定法の自動化と反復,④盲検化の実施などが勧められる.…………………………………………..DM………………………………..図1交絡(confounding)本当は術前点眼と眼内炎発症の2者間だけの因果関係を知りたい.しかし,実際には,涙.炎,術前消毒など,眼内炎と関係のありそうな要因が存在する.予測因子(点眼)と結果(眼内炎)の関係上,予測因子(点眼)と関連がある(赤矢印)が表には現れていない要因で,かつ結果(眼内炎)に影響を与える(青矢印)ような因子を交絡因子といい,この関係を交絡という.(13)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201113あっても,同時に一気にその影響を補正できることにある.しかし,採用するモデルに対する当てはまりや,結果の解釈がわかりにくいという欠点がある.以上のように,全数調査でもなく,無作為抽出でもない現実の疫学研究や臨床研究は多かれ少なかれバイアス(選択バイアス)に曝されている.そこで,重要なことは,われわれが今扱っているサンプルがどのようなサンプルなのかを十分に認識しておくことである.サンプルの質には以下のような序列がある1.確率サンプル(probabilitysample):対象母集団内のすべての人がある確率で皆同等にサンプルとして選ばれている.2.代表サンプル(representativesample):目的母集団を代表したサンプル.3.便宜サンプル(conveniencesample):入手しやすい都合のよいサンプル.4.ケースリポート:たまたま経験した1例から数例のサンプル.つぎに,結果を解釈するうえで理解しておかなければならない考え方が外的妥当性と内的妥当性である(図2).外的妥当性:サンプルの集計結果がどれだけ一般集団にあてはまるか.内的妥当性:データの収集・解析とその解釈はきちんとできているか.たとえば,とても上手な一人の術者による多数症例の析段階に工夫が必要となる.研究デザイン段階では,ランダム割り付け以外に,対象者のもつ交絡因子の数を最小限にし,その範囲外の人は対象に取り込まないようにする方法(限定)と,年齢や性別など属性を一致させ交絡を最小限にする方法(マッチング)がある.術前消毒方法を統一し,涙.炎や糖尿病患者を除外し,術中に後.破損を絶対に起こさないようにするのが限定であり,眼内炎発生頻度に年齢差がある場合には,症例と対照の年齢が一致するよう対象者を設定するのがマッチングである.しかし,マッチングしたデータは特別な解析方法が必要で,通常の統計学的方法を用いることができない.また,マッチングに用いた因子が結果に及ぼす影響を検討することが困難であったり,一方でマッチングに用いた因子が結果と関係がない(交絡因子ではない)場合に,検出力(真実がAであるときにAと判定する確率)を減少させ真の関連をわかりにくくするなど問題もある.データ解析段階では,データ収集後,対象者を交絡因子でサブグループに分割し解析を行う層化(stratification)と,統計学的な補正で交絡を制御する多変量解析がある.涙.炎や糖尿病合併の有無などでいくつかのサブグループに分け,それぞれ解析を行うのが層化である.欠点は層化の数が多すぎると極端にサンプル数が少ないグループができたり,逆に層化の数が少なく層の幅が広すぎると交絡の影響を十分に減ずることができない点である.多変量解析の最大の長所は多くの交絡因子がPopulation(母集団)選ぶある結論内的妥当性(internalvalidity)(研究デザイン・解析・解釈厳密性)外的妥当性(externalvalidity)(普遍性・一般性)推論サンプルサンプルこのサンプルを解析図2内的妥当性と外的妥当性の関係(文献4より改変)14あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(14)って成り立つ.図3に示すような人種,環境,社会文化,行動様式…など日本と他国では多くのことに相違があることは明白である.これら一つひとつの因子が現段階では明らかになっていない未知の交絡因子である可能性もある.故に,外的妥当性が低い.そこで「日本における疫学研究」が重要になってくるわけである.II疫学研究が測定するものでは,疫学研究は何を明らかにしようとしているのだろうか.疫学的に測定されるものは大きく3つに分けられる.頻度,関連性,インパクトである.1.頻度(measuresofdiseasefrequency)頻度とは言うまでもなく「どれくらい多いのか」である.ある時点でその患者が何人いるかが有病割合(率)(prevalence)である.たとえば,緑内障患者が40歳以上の6%いるというのが有病割合である.有病割合研究は対象の集団をある一時期に縦切りにして患者数を調べるので横断研究(cross-sectionalstudies)とよばれる(図4).横断研究のイメージは,ある瞬間のスナップショットである.そこには時間的な前後関係が含まれない.したがって,原因と結果の時間的関係が明確でないという問題がある.たとえば,あるフィットネスクラブ会員100名の横断研究を行ったら65人が肥満であったという結果があったとする.一般人がこの結果だけを聞手術結果報告があったとする.これはわれわれ“普通”の眼科医の手術結果の傾向を代表したものであるといえるだろうか.たくさんの術者による多施設での報告のほうがより一般解に近いだろう,つまり外的妥当性が高いといえるだろう.EBM(evidence-basedmedicine)の最高峰である無作為化対照試験(RCT)注1の外的妥当性はどうか.RCTの場合,参加者の制約は大きく,また,医療親和性が良好な人に偏るのでこれまた外的妥当性は高いとはいえない.ランダムに割り付けることでstudiedpopulationのなかでは質の高い結果が得られたとしても,その結果を試験対象者集団に一般化できるか(除外基準などの問題),そのうえに,そもそもその試験対象者集団を普通の人たち(hospital-basedstudyの問題)の結果として一般化できるかという2段階の壁がある.一方で,実際現実に起こった症例を取り込んで検討していく症例対照研究(後述)のほうは現実を反映しているという意味では外的妥当性は高いといえる.内的妥当性とはデータから導かれる結論がどれだけ正確であるかを示す.データそのものの質・解析・解釈に問題がないかであり,一言でいえば研究デザインと統計学的解析・解釈がしっかりできているかどうかである.その研究(サンプル)が,調査対象集団(targetpopulation)についてどれだけ正確(科学的に厳密に)に調査できているかを示す.RCTの内的妥当性は高いが,症例対照研究ではバイアス,交絡因子などの問題が無視できない.臨床研究の場合,その目的が目標母集団特性の推定よりも,治療効果の有無の確認や比較にあることが多いので,外的妥当性よりも内的妥当性が重視されやすい.注1ランダムと聞いてそこで思考停止してはいけない.注意が必要なのは,ランダム選択なのか,ランダム割り付けなのかを区別すること.両者は違う.RCTのランダムとは,ランダムな選択ではなくて,未知のものまで含めた交絡因子を均等に配分するためにランダムに分ける(割り付ける)ということ.一般化(外的妥当性)を考えたランダム選択ではない.さて,海外では多くの疫学調査が行われ数々の知見が明らかにされているが,その結果をそのまま,日本の一般解と置き換えてよいだろうか.疫学で「疾患がどう成立するか」を考えるときに基本となるのがhost-agentenvironmentモデルである.一般に疾患は,host(人)とagent(病因)とenvironment(環境)の相互関係によ人(Host)生物:細菌,ウイルス,クラミジア,寄生虫…化学:アルコール,たばこ,毒素…肉体的:外傷,火,放射能…栄養:不足,過剰年齢性別仕事人種習慣結婚歴家族背景宗教遺伝的素因既往歴免疫状態病因(Agent)環境(Environment)住居近隣環境混雑水食事温度湿度高度放射能騒音大気汚染図3疾患の要因(15)あたらしい眼科Vol.28,No.1,201115関係であり,微積分の関係である.注2もう少し詳しい説明は次章の「小野浩一:疫学研究に必要な統計学」の「罹患率(incidence)と累積罹患率(cumulativeincidence)」を参照.注3「5年で8%」の1年分を計算する場合には,単純に8%÷5=1.6%としてはいけない.正確には1.(1.0.08)1/5=1.65%である.2.関連性(measuresofassociation)原因(疫学的には「曝露(exposure)」という)と疾患(疫学的には「結果(outcome)」という)の関連の大きさをみるものである.原因がある群とない群との間の疾病発生頻度(罹患率)の比を相対危険度(relativerisk)という.たとえば,たばこを吸う人がAMDになるリスクは2.4倍というのがあるが,これが相対危険度である.曝露が「喫煙」で結果が「AMD発症」である.たばこを吸わない人に比べて吸う人は2.4倍AMDを発症しやすい.さて,コホート研究は理想だが,現実には容易ではない.そこでよく行われるのが,「疾病発生」→「曝露」と昔にさかのぼって検討する症例対照研究(case-controlstudy)である.疾患が今ここですでに発生してしまっている状態から昔にさかのぼって原因はどこにあったのかと後ろ向きに考えるので後ろ向き研究(retrospectivestudy)という.まれな疾患の場合,この方向で検討する以外に方法はない.コホート研究では,疾病くと,このクラブに行くと65%の人が肥満になるという印象をもってしまうかもしれない.このクラブの効果を示すには,その100名を経時的に追って肥満度が改善することを示す必要がある.それを示すのが罹患率(=スリムな人発生率)である.罹患率(incidence)注2というのは「どれぐらい新しく発生するか」である.罹患率を求めるには,発生状況を調べるために集団を追っていく必要があるので手間がかかる.分母に時間の概念が入るので(だから率という)有病割合よりも格が高い.加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の罹患率は5年で8%である.これは,50名の患者を5年間追跡するとその間に4名の新しいAMDが発生するということである.1年当たり1人弱である注3.罹患率を調べるには一般に数千人から数万人という数の集団を数年から数十年間にわたって追跡していく必要がある.これをコホート研究といい,疫学研究の中心となる手法である.強力な研究方法である一方で,膨大な時間・労力・費用がかかる.発生頻度の低い疾患を追い続けても待つだけで終わる可能性もある.観察の方向性が「曝露(フィットネス)」→「疾病発生(スリムな人発生率)」であるので前向き研究(prospectivestudy)といわれる(図5).有病割合と罹患率の関係はバケツにたまった水(有病割合)と蛇口から入ってくる水(罹患率)によく譬えられる.この関係は,イメージとして「貯金」と「給料」,「過去の業績」と「これからの業績」といったストックとフローのPrevalence“……….”……….T:……NOWCross-sec..onalstudy……………………図4Prevalence(有病割合)有病割合とは「ある一時期に存在する数(NOW)」.……….“…………….”Cohortstudy…………….T0T1……….Incidence……….NEW図5Incidence(罹患率)罹患率とは「ある特定の期間に新しく発生する数(NEW)」.赤が発生した数=3名/特定の期間.16あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(16)成したときの罹患数減少のインパクトをみてみる.1,000人の集団で考えてみよう.AMDの有病割合は1%なので1,000人に10人である.喫煙者は2倍のリスクなので1,000人に対して2倍の20人発生するとする.禁煙によりAMDの罹患数が減少するとすればその数は1,000人を予防して(20.10)=10人の発生を予防できる.一方,白内障の有病割合を40%とすると1,000人に400人である.同様に喫煙者は2倍のリスクなので800人発生するとする.禁煙による白内障罹患数の減少は1,000人の予防に対して(800.400)=400人である.つまり禁煙の白内障に対するインパクトはAMDの40倍ということになる.ここでは有病割合が威力を発揮しているのがわかる.個人のリスクが同じ2倍でも,同じ対策によって10人救えるのと400人救えるのとでは大きな違いがある.眼科患者に禁煙を勧めることはAMD予防より実は白内障予防に貢献しているのかもしれない(表1).寄与危険度の逆数をNumberNeededtoTreat(NNT)といい,「どれぐらい効率的なのか」の直感的な理解の助けになる.NNTとは「1人の発生を抑制するのに必要な患者の数」である.この値が小さいほどより効率的な対策ということになる.表1の場合,NNTはAMDが{1÷(10/1,000)}=100人,白内障が{1÷(400/1,000)}=2.5人である.つまり,1人のAMD発生を抑えるのに禁煙させる必要のある人の数は100人,1人の白内障発生を抑えるのに必要な数は2.5人という発生頻度(罹患率)を,原因あり・なしの両群で比較し,その比を相対リスクとした.しかし症例対照研究では,今病気があるが,その原因として昔に何があったのかを検討する.つまりリスク測定の元となる罹患率は得ることができない.よって「リスク」ではなくその代わりとして「関連」をみるしかなく,「関連」で代用した発生比率の推定値をオッズ比という.ただし,有病割合の低い疾患ではオッズ比=リスクといってもほぼ差し支えない注4.注4眼内炎ありなし合計術前抗菌薬ありなしacbda+bc+daとcがともに頻度が低いとき(a≪b,c≪d)(目安<5~10%)a/(a+b)≒a/bc/(c+d)≒c/d相対危険度={a/(a+b)}÷{c/(c+d)}≒(a/b)÷(c/d)=ad/bc=オッズ比3.インパクト(measuresofpotentialimpact)有病割合や罹患率,同時に相対危険度やオッズ比などが明らかになったあとには,その問題が世の中に対してどれだけインパクトをもつのかという総合的な評価が必要なる.また,何らかの対策を検討する場合に,その対策のインパクトはどの程度期待できるのかなどの検討も行われる.そこでは個人のリスク以上に集団のリスクを考えなくてはいけない.個人のリスク・集団のリスク喫煙を例に考えてみる.喫煙者は2倍AMDになりやすいという相対危険度は個人のリスクである.一方で,まったく意識されることはないが,喫煙者は2倍白内障(核白内障が多い)になりやすいという報告もある5).これも相対危険度=個人のリスクである.相対危険度はリスクの違いの「比」なので,2群(喫煙者と非喫煙者)における発生頻度が40%と20%でも,10%と5%でも,1%と0.5%でも,いずれの場合にも2倍である.もし禁煙をしたらAMD患者は現実にどれぐらい減るのかということはまったくわからない.そこで考える必要があるのがリスクの「差」,寄与危険度(attributablerisk)である(表1).集団のリスクを考えるうえで,禁煙を奨励し予防を達表1相対危険度と寄与危険度(例:加齢黄斑変性と白内障に対する禁煙)群AMD白内障喫煙者20/1,000800/1,000非喫煙者10/1,000400/1,000相対危険度(relativerisk)22寄与危険度(attributablerisk)10/1,000400/1,000相対危険度(AMD):(20/1,000)÷(10/1,000)=2寄与危険度(AMD):(20/1,000).(10/1,000)=10/1,000予防時に達成される罹患数減少インパクトは?AMD:(20.10)/1,000=1,000人に10人白内障:(800.400)/1,000=1,000人に400人あたらしい眼科Vol.28,No.1,201117ことである.NNTの注意点としてその値だけをみても,元にあるリスクはわからないという点があげられる.寄与危険度が同じ10%であればNNTは同じだが,死亡率を10%からほとんど0%に下げる治療と65%を55%に下げる治療ではインパクトの中身が違ってくる.同様の考え方で,NumberNeededtoScreen(NNS)というものもある.これは,「1人の有害事象(失明など)を抑制するのにスクリーニングしなければならない人の数」であり,スクリーニングの効率性の指標の一つである.III関連と因果関係疫学研究や臨床研究の結果からわかった関連の解釈は単純ではない.そこでは,関連と因果関係の違いについての理解が求められる.関連(association)とは「単に関係がある」ということであり,それがそのまま「原因である」〔因果関係(causalrelation)がある〕とはならない.関連があることは,因果関係があることの必要条件にすぎない.したがって,関連が認められても因果関係の証明までにはまだつぎのステップが残されている.図6は因果関係を証明するときのガイドラインである.結果の前に原因があることは因果関係を考えるうえでの大原則である.横断研究の最大の弱点はここにある.相対危険度やオッズ比は関連の強さを示す.量反応とは,曝露の量や時間が増加するにつれて,関連の強さが増すことをいう.同様の結果が異なった施設や場所から報告されていれば「結果の再現性」が高いということになり,似たような研究が違う「人・場所・時間」を対象として実施されることの意味はここにある.ほかにも,結果が他の知見とも一貫性があるか,基礎研究で明らかになっていることと整合性があるかなど,研究で認められた関連に対して,9項目がどの程度当てはまっているかを考え,最終的にはアナログな判断を下す.おわりに以上のことを理解したうえで以下の充実した各論を読んでいただければ,世界の眼科の疫学研究のすべてがわかります.文献1)GordisL:Epidemiology.4thEdition.Saunders,Philadelphia,USA,20092)川崎良,山下英俊:わかりやすい眼科疫学.あたらしい眼科26:1-2,20093)HarveyDent:TheDarkKnight.WarnerBrothersEntertainmentInc,20084)FletcherRH,FletcherSW:ClinicalEpidemiology.TheEssentials,4thEdition.LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,USA,20055)ChristenWG,MansonJE,SeddonJMetal:Aprospectivestudyofcigarettesmokingandriskofcataractinmen.JAMA268:989-993,1992(17)………………………………………………………………………………………………………………………….biologicplausibility……………………………………………………(…………………………)……………..LeonGordis:Epidemiology(4th).Saunders9commandmentsofcausalrelationship図6“因果関係あり”のガイドライン関連(単に関係がある)が,因果関係(原因である)にまで格上げされるか否かの判断は,上記の要件をどの程度満たしているかでアナログに判断する.(文献1より)

臨床疫学研究の基本的事項

2011年1月31日 月曜日

0910-1810/11/\100/頁/JCOPYクエスチョンを明確化することである.テーマを「コンタクトレンズ装用は角膜内皮細胞数を減少させるのだろうか」「術前の抗菌剤点眼によって白内障術後眼内炎の発生率を減少させることができるだろうか」など1つの設問に書き出してみるとよい.テーマの設定にあたってはFINER(表1)の5つの要素を考慮する.FINERとはFeasible,Interesting,Novel,Ethical,Relevantの頭文字をとったものである.Feasibleは実施可能性のことであり,研究仮説を証明するのにどのくらいの症例数が必要か,どのくらいの時間がかかるか,アウトカムとして何を採るかなど研究の規模や期間と関わってくる.InterestingとRelevantは似ているが,テーマが興味深く,意義があるものかどうかもう一度,論文の読者になったつもりで考えるとよい.これはNovelとも関連しており,先行研究の有無をあらかじめ検索してその内容,どこまでわかっているのかを吟味しておくとよい.研究が倫理的な面(Ethical)で問題がないかは倫理審査委員会だけでなく,実施可能性にも大きく関係してくる.はじめに疫学というと保健衛生や医療行政のためのもので,一般臨床にあまり関係ないというイメージを持たれがちである.しかし,厚生労働省が定めている疫学研究に関する倫理指針,臨床研究に関する倫理指針をみると疫学研究の範囲がかなり広いことがわかる.眼科領域はもちろん多くの臨床医学の研究では臨床疫学の手法を用いており,臨床疫学は疫学の主要な一部分である.したがって,眼科の学会や学術雑誌で発表されるものの半分以上は疫学研究といってもよいであろう.近年,臨床研究においては患者・被験者の人権の尊重,個人情報・臨床情報の保護が厳密に求められるようになった.過去数年間のある疾患の臨床統計や手術成績をまとめるといったよくあるスタイルの研究においても学会や論文で公表するためには,研究計画書の作成と倫理審査委員会の承認が求められる時代になっている.ここでは臨床研究,疫学研究を始めるにあたっての基本的事項,研究テーマやデザインの設定,研究計画の立て方,遵守すべき事項などについて述べる.なかでも研究計画書の作成は重要度が高い.とりあえずという形で始めた臨床研究は途中で「この研究デザインでは仮説を証明できない」「あれも調べておけば良かった」ということになりやすいからである.I研究テーマを設定する最初の難関は,自分の行いたい研究テーマ,リサーチ(5)5*MasakazuYamada:国立病院機構東京医療センター感覚器センター・視覚研究部〔別刷請求先〕山田昌和:〒152-8902東京都目黒区東ヶ丘2-5-1国立病院機構東京医療センター感覚器センター・視覚研究部特集●世界の眼科の疫学研究のすべてあたらしい眼科28(1):5.10,2011臨床疫学研究の基本的事項FundamentalIssuesinClinicalEpidemiology山田昌和*表1研究テーマ設定のFINERF:Feasible実施可能であることI:Interesting興味深いことN:Novel新しいことE:Ethical倫理的に許容されることR:Relevant意義があること6あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(6)ンダム化比較試験として実際に行われた臨床研究であるが,こうした大規模な臨床研究を実施するのは容易ではない.ESCRSの研究では対照群の眼内炎発症率が0.29%とかなり高かったこともあり,有意差が明らかとなった時点で中止されたが,それでも約1万6千例がエントリーされている.同じ研究テーマを症例の割付けを行わないコホート研究のデザインで検討した臨床研究もいくつかあるが,これらでは数万例から20万例以上を対象としている.コホート研究や症例対照研究はランダム化比較試験よりもエビデンスレベルは低いとされるが,後ろ向き研究が可能というメリットもある.また,介入研究による割付けが困難な場合や割付けの倫理性が問題になる場合には観察研究を選択したほうがよいし,介入研究の場合には健康被害に対する補償を考慮する必要がある.補償については後述する.サンプルサイズを減らして研究の実施可能性を高めるためにはアウトカムの取り方を変えることも重要である.たとえば,ある眼圧降下剤の効果をみる場合に,眼圧が5mmHg以上下がったかどうか(2区分変数とよばれ,眼内炎の例も2区分変数である)をアウトカムとするよりも,投与前後の眼圧をアウトカム(連続変数)としたほうがサンプルサイズを小さくできるし,場合によってはサンプル比(介入群と対照群の比)を変えると実施可能性が高くなることがある.もう1つの戦略は,より頻度の高いアウトカムを用いることである.術後眼内炎の例では,手術終了時に前房水や結膜.ぬぐい液を採取して細菌培養検査に供し,その陽性率をアウトカムとする方法が考えられる.前房水から細菌が検出されることと眼内炎が発症することはイコールではなく,このようなアウトカムは代替アウトカムとよばれる.エビデンスレベルは低くなるが,限られた症例数で結果を出しやすいというメリットがある.以上のようにPECO(PICO)を基にして研究デザインを考えることで,研究計画が固まっていくことになる.この部分は重要であり,研究グループの規模,研究資金なども考慮して実施可能性が高く,しかも研究仮説を実証できるようなデザインを選択する必要がある.II研究デザインの設定研究計画を立てていくうえで,PECOもしくはPICO(表2)を明確化していくことは臨床研究を行ううえでの基本となる.PECOを書き出して,実施可能性や倫理性など前述のFINERを勘案しながら,研究デザインを設定していく.対象を一般住民とするのか,受療患者とするのか,曝露や介入を能動的に行うのか否か,対象の比較となるコントロールをどうとるか,アウトカムとして何を用いるのか,この4点で研究デザインが大きく変わってくる.一般には住民ベースの臨床研究で能動的な介入を行うことは不可能に近いので,曝露や介入の影響は生活歴,既往歴などから検討される.受療患者を対象とした場合には介入研究が可能であるが,対象が一般人口を代表しないので罹患率や有病率を調べたいという場合には不向きである.例として「白内障術後眼内炎を眼内灌流液への抗菌剤添加によって減少させることができる」という研究仮説をもったとしよう.この場合,PECOのPは白内障手術患者になり,Eは手術時の眼内灌流液への抗菌剤添加,Cは白内障手術を受けるが眼内灌流液への抗菌剤添加をしない患者,Oのアウトカムは術後眼内炎の発症の有無ということになる.研究デザインとその実施可能性を考えるうえでは,サンプルサイズと割付けの有無(介入研究か観察研究か)が重要となる.サンプルサイズの問題を考えてみよう.術後眼内炎のような発生頻度の低い事象をアウトカムとする場合,治療群と対照群の差を出すためには非常に大きな組み入れ症例数が必要となる.仮に,対照の眼内炎発症率を0.1%,治療群の発症率を0.05%と見積もると必要症例数は8万例以上と計算される.眼内灌流液への抗菌剤添加の例はESCRSEndophthalmitisStudyGroupによりラ表2研究デザイン設定のPECO(PICO)P:Patient対象E(I):Exposure(Intervention)曝露(介入)C:Comparison比較対照O:Outcome結果・効果(7)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20117クだけでなく,個人情報の漏洩,偏見・差別など心理社会的なリスクが含まれる.公正の原則は,研究に伴う恩恵とリスクに関して対象者間に不公正が生じないように配慮することである.こうした概念はヘルシンキ宣言に含まれている.わが国における倫理指針としては,疫学研究に関する倫理指針,臨床研究に関する倫理指針が代表であり,この他にヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針,遺伝子治療臨床研究に関する指針,ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針などがある.指針の一覧と内容に関しては,厚労省HP(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/index.html)がわかりやすい.疫学研究,臨床研究に関する倫理指針の全文はhttp://www.lifescience.mext.go.jp/files/pdf/37_139.pdfとhttp://www.mhlw.go.jp/general/seido/kousei/i-kenkyu/rinsyo/dl/shishin.pdfから入手できる.特殊な例を除くとほとんどの臨床研究は,疫学研究に関する倫理指針か臨床研究に関する倫理指針の適用を受ける.指針を遵守しなくとも法的に罰せられることはないが,公的研究費の応募資格が制限されることがある.また,倫理審査委員会で研究内容の承認を受ける際には指針の遵守が求められ,論文で研究内容を発表する場合にも倫理指針の遵守が求められるようになりつつある.厚労省の指針では,疫学研究は人の疾病の成因及び病態の解明並びに予防及び治療の方法の確立を目的とする科学研究とされ,その対象となる範囲は広い(表3).ある疾患について患者の診療情報を収集・集計し,解析する臨床研究,診断・治療などの医療行為について当該方法の有効性・安全性を評価するため診療録など診療情報を収集・集計して行う観察研究などはもちろんのこと,介入研究であっても介入の内容が医薬品でなく,食品(健康食品など)の場合には疫学研究指針の範囲となる.インフォームド・コンセントの形式に関して整理してみると,文書説明,文書同意が必要かどうかは,適用される指針の種類,介入研究か観察研究か,人体からの試料採取の有無,採取の侵襲性の4つから区分される(表4).いずれの場合でも拒否の自由が明記されていなければならない.これをみると観察研究の多くは必ずしも文書説明,文書同意が必要ではなく,研究情報公開(研究III研究計画書の作成研究テーマとデザインが決まったら,次に研究計画書を書くことで具体的に細部を詰めていく.研究を始める前に研究計画書の作成を行うことは,研究の目的,プロセス,意義を自分のなかでまとめていく良い機会となる.研究計画書は将来の論文のひな型になるので決して無駄にはならない.研究計画書では,研究の目的と背景,研究仮説(テーマ),研究デザイン,セッティング(研究・調査を行う場所),対象,観察項目とその測定方法,データの取得方法,データの管理方法,データの解析方法,倫理的事項などについて記載を行う.先行研究や類似の研究がある場合には,その対象と方法の項を参考にすることができる.学術論文は結果や考按,結論の部分がおもに読まれ,対象と方法の項目はざっと流し読みという場合が多いが,この場合は対象の取り方(選択基準や除外基準)や観察項目,データの取得方法,解析方法を読み込むことが必要となる.「批判的に」読むことがおそらく大切であり,先行研究をなぞって研究計画を立てるのではなく,先行研究の欠陥や見落としている点を吟味し,自らの研究計画に生かすという方針で行いたい.研究計画書のドラフトができたら,今度は逆に,共同研究者や同僚に自分の計画書を批判的に吟味してもらうとよい.このことは多施設共同研究など大規模な研究を始める場合には特に重要であり,自分の施設での常識は他の施設では非常識ということもある.本格的に研究を開始する前に,少数の施設でパイロット研究を行って,研究の実施に問題がないかどうか確認し,修正点を洗い出すのも良い方法である.IV倫理的事項とインフォームド・コンセント医学研究における倫理の一般原則には,人権尊重,最善,公正の3つがあげられる.人権尊重の原則には,インフォームド・コンセントを得ること,判断能力が損なわれた人を守ること,個人の秘密を守ることが含まれる.最善の原則は,対象者のリスクに見合うだけの価値ある成果が得られるように最大の努力を払うことである.この場合のリスクには検査や治療に伴う身体的リス8あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(8)除された組織(角膜移植時の摘出角膜や線維柱帯切除術での虹彩・隅角組織など)は採取に侵襲性なしと判断される.以前の手術時に得られた病理標本を用いて新たな研究を行おうという場合など,臨床研究開始前に得られた既存の試料を用いる研究は少なくない.この場合には被験者の同意を得るのが原則であるが,古い試料で被験者の所在が不明,死亡などの事情により同意を得ることが困難な場合もある.このような場合には,試料が匿名化さ機関のHPや院内掲示板での告知)で良い場合も少なくない.表4の人体採取検体の定義はむずかしく,たとえば感染性角膜炎から分離された微生物だけを扱う研究では人体からの試料とみなされないが,症例の臨床情報と結びつける場合(実際上はほとんどこちらに該当する)には人体採取検体として扱うことになる.採取の侵襲性に関しては,採血は侵襲性あり,尿や便は侵襲性なしに分類するとされている.なお,手術中に治療を目的として切表3疫学研究指針と臨床研究指針の適用範囲疫学研究指針の範囲臨床研究指針の範囲対象となる研究の概念原則として,自ら異なる事象を作り出すのではなく,存在する異なる事象を分類し,比較する研究が対象.〔例:実際に異なる治療(治療薬を含む)が行われている被験者などを対象として,複数の群に分けて評価を行う研究.〕主として,能動的に人体に働きかけ,その効果を比較する研究であって,異なる事象(投薬群と非投薬群など)を作り出す研究が対象.〔例:当該研究の目的のために,被験者に能動的医療介入(治療など)を行う研究.〕治療等の医療行為の有無能動的に医療介入(採血などのサンプリングに係る医療行為は除く)の効果を評価する研究は対象外.主として,能動的に医療介入の効果を評価する研究が対象.注意点医療介入(治療)以外の能動的な人体への働きかけ(食品摂取比較など)を行い,その効果を比較する研究は疫学研究.表4疫学研究指針と臨床研究指針におけるインフォームド・コンセント要件疫学研究指針検体その他インフォームド・コンセント要件介入研究(群間比較研究)人体採取検体あり採取に侵襲性あり文書説明,文書同意採取に侵襲性なし説明,同意の記録人体採取検体なし個人単位の研究説明,同意の記録集団単位の研究IC不要,研究情報公開,拒否機会付与観察研究(介入研究以外)人体採取検体あり採取に侵襲性あり文書説明,文書同意採取に侵襲性なし説明,同意の記録人体採取検体なし既存資料以外の情報を用いるIC不要,研究情報公開,拒否機会付与既存資料のみを用いるIC不要,研究情報公開臨床研究指針検体その他インフォームド・コンセント要件介入研究(能動的医療介入研究)文書説明,文書同意観察研究(介入研究以外)人体採取検体あり採取に侵襲性あり文書説明,文書同意採取に侵襲性なし説明,同意の記録人体採取検体なしIC不要,研究情報公開(9)あたらしい眼科Vol.28,No.1,20119に関しては,研究者,保険会社のいずれもが手探りという状態であり,倫理審査委員会での扱いも施設による幅が大きいようである.現実的な対応として,少なくとも研究計画書や同意説明文書に補償に係る方針や金銭的事項について明記することが推奨される.研究の内容やリスクに応じて「健康被害が生じた場合には回復のために必要な治療などの措置を速やかに講ずるが,通常の健康保険を適用し,自己負担分は患者に負担してもらう」「健康被害が生じた場合の補償はしない」といった内容でもよく,倫理審査委員会の判断を仰ぐことになる.なお,介入研究でも医薬品・医療機器を用いない研究(たとえば介入内容が食事指導である場合など)や観察研究では補償のための措置,補償保険への加入は必要ないが,補償の有無の説明は必要とされており,説明文書に明記しておくとよい.臨床研究の倫理指針によれば,臨床研究に関連する重篤な有害事象,不具合が発生した場合には,研究責任者は必要な措置を講じるとともに臨床研究機関の長に報告する義務がある.臨床研究機関の長は,倫理審査委員会等に報告し,多施設共同研究の場合には共同臨床研究機関への周知などを行わなければならない.有害事象が予期しない重篤なものの場合には厚労省への報告も必要となる.最近話題となったがんペプチドワクチンの臨床研究では,この部分が問題とされている.VII研究計画の事前登録臨床研究に関する倫理指針には「侵襲性を有する介入研究では,予め公開データベースに臨床研究計画を登録しなければならない」という項もある.出版バイアス(ネガティブデータは論文として公表されにくい傾向がある)を防ぐための措置であり,すでに欧米の一流学術雑誌では研究計画の事前登録が求められている.日本では3つの登録サイトがあり,UMINの臨床試験登録システム(http://www.umin.ac.jp/ctr/index-j.htm),日本医薬情報センターの臨床試験情報(http://www.clinicaltrials.jp/user/cte_main.jsp),日本医師会臨床試験登録システム(https://dbcentre3.jmacct.med.or.jp/jmactr/)のいずれかを用いることになる.れているか,同意がなされているかによって多少の手続きの違いはあるが,倫理審査委員会と研究機関の長の承認が得られれば,研究を行うことができる.V倫理審査委員会研究計画書が整ったら,説明文書,同意文書など各種の書類を添付して倫理審査委員会の承認を得る必要がある.臨床研究の倫理指針には,「当該臨床研究機関の長が設置した倫理審査委員会以外の倫理審査委員会に審議を依頼することが出来る」という文章があるが,基本的には自施設の倫理審査委員会の承認が原則である.ただし,多施設共同研究の場合には主施設の倫理審査委員会で承認されれば,他の施設では無審査で承認または迅速審査に付される可能性がある.倫理審査委員会が設置されていない病院やクリニックで臨床研究を行う場合にはこのような外部付託の仕組みを活用して外部機関に審査を付託していく必要がありそうである.VI健康被害に対する対応介入研究を行う場合に問題になる点の1つが,臨床研究に関する倫理指針にある「医薬品・医療機器を用いた介入研究では,健康被害に対する補償のための保険その他の必要な措置を講じなければならない」という項である.補償は賠償とは異なり,「過失の有無とは関係なく,有害事象に対する救済措置を行う」という概念である.さらにここでの有害事象とは「医療介入がなされた際に起こる,あらゆる好ましくない,あるいは意図しない徴候(臨床検査値の異常を含む),症状,または病気のことであり,当該医療介入との因果関係の有無は問わない」と定義されている.素直に読むと,因果関係がなく過失のない健康被害についても臨床研究にエントリーされている限り,研究者に補償の義務があることになる.臨床研究の補償保険は,東京海上日動,日本興亜損害保険,損害保険ジャパンなど数社が取り扱っているが,このような補償の概念のもとでは介入を伴う臨床研究の実施が困難となる懸念がある.ただし,抗がん剤や免疫抑制剤など重篤な副作用が高頻度で発現することが予想される場合には補償保険の必要はなく,医療費,医療手当などの手段で補完してもよいとされている.補償保険10あたらしい眼科Vol.28,No.1,2011(10)参考になる書籍1)SackettD,RichardsonW,RosenbergW,HaynesRB:根拠に基づく医療,EBMの実践と教育の方法(久繁哲徳監訳),オーシーシージャパン,東京,19992)FletcherR,FletcherSW:臨床疫学,EBM実践のための必須知識.第2版(福井次矢監訳),メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,20063)HulleySB,CummingsSR,BrownerWSetal:医学的研究のデザイン,質を高める疫学的アプローチ.第2版(木原雅子,木原正博訳),メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,20044)福原俊一:リサーチクエスチョンの作り方,診療上の疑問を研究可能な形に.NPO法人健康医療評価研究機構,京都,20085)山口拓洋:サンプルサイズの設計.NPO法人健康医療評価研究機構,京都,2010おわりに疫学研究,臨床研究を始めるまでのステップ,要点について概説した.実際に研究を始めてみると予期しない問題が生じることもあり,完全な研究計画を事前に立てることはむずかしいと実感することも多い.最終的に研究の成果が得られるまでには,研究の実施,データ処理やクリーニング,解析などまだまだいくつものステップがある.これらを一つひとつクリアしていくことが臨床研究ということになる.本稿が疫学研究,臨床研究を始めるうえで多少でも参考になれば幸いである.