特集●ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎:治療の最前線あたらしい眼科29(10):1335.1339,2012特集●ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎:治療の最前線あたらしい眼科29(10):1335.1339,2012白血病眼浸潤OcularInfiltrationinLeukemia毛塚剛司*はじめにステロイド薬に抵抗するぶどう膜炎のなかには,実は白血病の眼浸潤であった,ということも散見される.頻度としては低いが,もし見逃してしまった場合,多くは死につながる可能性が高い.本稿では,白血病の眼浸潤の臨床像について述べるとともに,最近行われている眼所見からみた治療の可能性について報告したいと思う.Iステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎―白血病眼浸潤の可能性ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎の患者には,一般的に採血を行い,白血病を含めた全身疾患,すなわち「仮面症候群」の可能性について検討する.白血病眼浸潤は厳密にはぶどう膜炎ではなく,ぶどう膜炎に似ているもの,「仮面症候群」として分類されている.このため,眼症状が非定型的でも白血病の有無は末梢血の検索から判明することもある.急性リンパ性白血病(acutelymphoblasticleukemia:ALL)において,小児では2.2%で眼症状があるという報告1)や,2.5%から18%で前眼部症状が起きうるという報告2)もある.最近の小児白血病180例を対象とした報告では,急性骨髄性白血病(acutemyeloblasticleukemia:AML)の66%,ALLの15.1%に眼病変(眼窩病変も含む)がみられ,AML患者はALL患者より眼病変が多いと結論づけられている3).白血病眼浸潤の原因としてよくみられるのが,ALLや成人T細胞白血病(adultT-cellleukemia/lymphoma:ATL)である.どちらも,末梢白血球増多など全身症状が先行して発見されることが多い.また,眼症状から発見されることはまれである.しかし,まれとはいえ,特徴のある所見がみられるため,大まかな臨床所見を捉えておくことが重要である.II急性リンパ性白血病(ALL)の臨床所見ALLは前眼部のみに留まる場合と,眼底病変に所見がみられる場合に分かれる.前者はおもに前房蓄膿(この場合,偽前房蓄膿として知られている)をきたし,眼図127歳,男性の急性リンパ性白血病における右眼の眼底所見右眼のみに視神経を中心とした浸潤細胞がみられ,網膜前にまで浸潤細胞が及んでいる.*TakeshiKezuka:東京医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕毛塚剛司:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学眼科学教室0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(19)1335底病変は軽度なことが多い4).また,化学療法で,寛解期に入っても前房症状をきたす例もみられる.この偽前房蓄膿は小児でも成人でも起こり,血液が混入していることがある.一方,後眼部病変としては,網膜しみ状出血,滲出斑などが一般的であり5),頻度は低いが黄斑部の漿液性網膜.離をきたすこともある6).これらの眼底所見の特徴は,白血病が完全寛解に入った後でも,視神経乳頭腫脹や網膜.離をきたす可能性があるということである.図1の症例は,27歳,男性の急性リンパ性白血病である.右眼のみに視神経を中心とした浸潤細胞がみられ,網膜前にまで浸潤細胞が及んでいる.この後6カ月以内に不幸な転帰をたどった.ab図217歳,男性のAML症例における両眼の眼底所見両眼ともに,網膜しみ状出血やRoth斑がみられた.a:右眼,b:左眼.III急性骨髄性白血病(AML)の眼所見AMLではALLと異なり,眼内のリンパ球浸潤というより,貧血を主体としたような病変をきたすことが多い.網膜下に大きな細胞浸潤による滲出斑がみられることがあるが,真菌感染などとの鑑別が必要である7).慢性骨髄性白血病(chronicmyeloblasticleukemia;CML)では,網膜血管の怒張を伴う大小さまざまの隆起性病変から発見されることもある.またALLと同様に,AMLやCMLでは胞状網膜.離や脈絡膜.離を呈する場合もある.図2に示した17歳,男性のAML症例では,網膜しみ状出血やRoth斑がみられ,両眼性であった.この症例の末梢血所見は,白血球数2,100/mm3,赤血球数150万/mm3,血小板値6,000/mm3と極度の貧血であった.当症例も不幸な転帰となった.IV成人T細胞白血病(ATL)の眼所見ATLは,南西日本,カリブ海に面した国々,アフリカの熱帯地方などにみられる疾患である.ATLの眼合併症は,眼窩,結膜,強膜,脈絡膜,網膜と多岐にわたる8).ATLの診断は,Shimoyamaらの診断基準を用いることが多い9).眼内浸潤,特に硝子体・網膜への浸潤に対する診断には,硝子体手術によるサンプル採取が有用である10).サンプルからATLに特徴的な“flowercell”が発見されれば,確定診断に近くなる.図3は,41歳,男性のATL患者における前眼部所見である.前房蓄膿(偽前房蓄膿)を伴っている.ATL患者の前房蓄膿で特徴的なのは,結膜充血が皆無であることである.通常の眼炎症による前房蓄膿では,結膜充血もしくは毛様充血は必発である.炎症ではないATLでは,このように前房蓄膿様所見のみが起きる.偽前房蓄膿は,粘稠性が高く,消退するのに炎症性のものより経過を要する傾向がある.図4は,図3の患者の前房水から得られた細胞であり(Gimsa染色),異型細胞がみられる.図5は,図3の患者の髄液から得られた細胞であり,同様に異型細胞がみられる.図6は,同様に図3の患者の末梢血から得られた細胞であり,“flowercell”がみられる.1336あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(20)図341歳,男性のATL患者における右眼の前眼部所見前房蓄膿(偽前房蓄膿)を伴っている.図4図3の患者の前房水から得られた細胞異型細胞がみられる(Gimsa染色).V白血病に近い「前段階」の病変である骨髄異形成症候群(MDS)白血病ではないが,preleukemiaとして白血病に移行することが多い疾患である骨髄異形成症候群(myelodysplasticsyndrome:MDS)がある.筆者らが以前行った報告では,MDSも41例中19例(46.3%)で白血病に類似した眼病変をきたし,5例(12%)でぶどう膜炎を併発している11).また,MDSの眼合併症の比率は,(21)図5図3の患者の髄液から得られた細胞同様に異型細胞がみられる(Gimsa染色).図6図3の患者の末梢血から得られた細胞“Flowercell”がみられる(Gimsa染色).AMLの眼合併症の比率(57%)と特に有意差を認めなかった.MDSの予後は白血病と異なり,眼病変をきたしても5年生存率は良好である12).VI白血球眼内浸潤に対する治療法眼病変を伴ったALLの治療法は,原則的に血液内科における化学療法に準ずる.たとえば,cyclophosphamide,daunorubicin,vincristine,asparaginase,prednisoloneなどである.眼病変をきたしたALLにおける放射線療法の臨床研究では,30Gy以上の放射線照射で眼内浸潤細胞の根絶が可能であるが,10.30Gyでも眼内病変の寛解に持ち込むことができると述べている1).一方,骨髄生検などを行い,全身に癌浸潤をきたしておらず,前房水中のみに浸潤細胞がみられる場合あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121337表1白血病眼浸潤に対する治療法.原疾患に対する化学療法.硝子体手術.放射線療法(2,400cGy).白血球除去療法.(ATLに対する)IL-2レセプター標的療法は,放射線療法だけでも有効とされる報告がある4).この方法は,前眼部に向けて総量2,400cGy(1回線量200cGyで12回行う)の照射を行い,化学療法は施行しない.化学療法を施行しないので,この報告における3歳のALLでは,高濃度メトトレキサート療法などの副作用が最小限に抑えられ,4カ月後における再発はみられなかった.ただ,放射線の総量が4,000cGyを超えると,放射線曝露による角膜症,ドライアイ,網膜症,視神経症をきたすとされている4).嘉山らは,ALLの虹彩浸潤に対して放射線療法を行ったところ,奏効したと報告している12).慢性骨髄性白血病に起因する眼病変は,白血球除去療法で軽快するという複数の報告もみられる13).ALL,AMLともに,硝子体出血や内境界膜下出血に対して硝子体手術が有効であった報告もある14,15).ATLの治療も,ALL,AMLと同様に化学療法が主体となるため,血液内科との連携が欠かせない.よく行われているのが,etoposide,doxorubicin,vincristine,prednisone,cyclophosphamide(EPOCH)や,cyclophosphamide,doxorubicin,vincristine,prednisolone(CHOP)療法である16).硝子体混濁が強いようなら,先述のように,治療的診断も兼ねて硝子体手術が有用である10).最近の報告では,一般的な化学療法で強膜病変があまり軽快しない場合にインターロイキン(IL)-2レセ■用語解説■仮面症候群:Masquerade(マスカレード)症候群ともよばれる.ぶどう膜炎の臨床所見によく似ているが,仮面症候群の本質は腫瘍などであり,炎症ではない.骨髄異形成症候群(myelodysplasticsyndrome:MDS):MDSは造血組織の不応状態であり,単クローン性の造血障害ともいえる.高頻度で急性骨髄性白血病に移行することが知られており,前白血病状態とも考えられている.プターを標的とした療法(daclizumab静脈内投与)により,眼所見に改善がみられている16).これは,ATLによる病変が単なる直接的な眼内浸潤だけではなく,IL-2レセプターを介した免疫学的機序によるものであるとも考えられる.上記の白血病眼浸潤の治療法を表1にまとめる.おわりに「ステロイド薬抵抗性ぶどう膜炎」の鑑別疾患および治療指針としての白血病の眼浸潤について概説を述べた.文献的には症例報告が多く,まとまった報告が少ないため,治療におけるエビデンスレベルとしては低いかもしれない.しかし,白血病において眼病変が出現したときは,中枢神経浸潤と同義であり,予後が非常に悪い11)ことを考える.ここで掲載されたような前眼部・眼底病変に出会ったときには,参考にしていただければ幸いである.文献1)SomervailleTC,HannIM,HarrisonGetal:Intraocularrelapseofchildhoodacutelymphoblasticleukemia.BrJHaematol121:280-288,20032)RamseyA,LightmanS:Hypopyonuveitis.SurvOphthalmol46:1-18,20013)RussoV,ScottIU,QuerquesGetal:Orbitalandocularmanifestationsofacutechildhoodleukemia:clinicalandstatisticalanalysisof180patients.EurJOphthalmol18:619-623,20084)PatelSV,HermanDC,AndersonPMetal:Irisandanteriorchamberinvolvementinacutelymphoblasticleukemia.JPediatrHematolOncol25:653-656,20035)Dhar-MunshiS,AltonP,AyliffeWH:Masqueradesyndrome:T-cellprolymphocyticleukemiapresentingaspanuveitis.AmJOphthalmol132:275-277,20016)FacklerTK,BearellyS,OdomTetal:Acutelymphoblasticleukemiapresentingasbilateralseriousmaculardetachments.Retina26:710-712,20067)GordonKB,RugoHS,DuncanJLetal:Ocularmanifestationofleukemia.Leukemicinfiltrationversusinfectiousprocess.Ophthalmology108:2293-2300,20018)OhbaN,MatsumotoM,SameshimaMetal:OcularmanifestationinpatientsinfectedwithhumanT-lymphotropicvirustypeI.JpnJOphthalmol33:1-12,19899)MembersoftheLymphomaStudyGroup(1984-1987),ShimoyamaM:DiagnosticcriteriaandclassificationofclinicalsubtypesofadultT-cellleukemia-lymphoma.BrJ1338あたらしい眼科Vol.29,No.10,2012(22)Haematol79:428-437,199110)HirataA,MiyazakiT,TaniharaH:IntraocularinfiltrationofadultT-cellleukemia.AmJOphthalmol134:616-618,200211)KezukaT,UsuiN,SuzukiEetal:Ocularcomplicationsinmyelodysplasticsyndromeaspreleukemicdisorders.JpnJOphthalmol49:377-383,200512)嘉山尚幸,井出尚史,小林円ほか:放射線療法が奏効した急性リンパ性白血病の虹彩浸潤の1例.臨眼60:13911395,200613)ShafiqueS,BonaR,KaplanAA:Acasereportoftherapeuticleukapheresisinanadultwithchronicmyelogenousleukemiapresentingwithhyperleukocytosisandleukostasis.TherApherDial11:146-149,200714)西尾彩,岩橋佳子,下條裕史:急性リンパ性白血病患者に生じた内境界膜下出血に対し硝子体手術を施行した1例.眼臨紀4:1193-1197,201115)藤田亜希子,土田陽三,白神史雄ほか:硝子体出血をきたした急性骨髄性白血病の1例.臨眼55:909-912,200116)LarsonTA,HuM,JanikJEetal:Interleukin-2receptortargetedtherapyofoculardiseaseofHTLV-I-associatedadultT-cellleukemia.OculImmunolInflamm20:312314,2012(23)あたらしい眼科Vol.29,No.10,20121339