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久山町研究

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1247?1251,2016久山町研究TheHisayamaStudy安田美穂*はじめに九州大学大学院医学研究院病態機能内科学分野および環境医学分野を中心として福岡県久山町で1961年から進められている「久山町研究」は,世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データのほとんどが,わが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は50年以上にわたって,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに,全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにする(通算剖検率75%)など,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.I久山町とは久山町は,福岡県の東に隣接する人口約8,400人の比較的小さな町である.複数の候補地の中から久山町が選ばれたのは,久山町の人口の年齢分布や職業構成および生活様式や栄養素摂取状況が日本の平均レベルで推移しており,日本人の疫学研究をするうえでわが国の標準的なサンプル集団であるという理由からである(図1).1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.2000年も同様に40歳以上の対象人口は全人口の55.2%であり全国の51.8%と変わらず,年齢分布も近似している(図2).職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)と基本的には変わらない.ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,その結果は日本人一般集団の結果としてとらえることができる.また,人口移動の少ない町のため長期にわたる追跡調査が可能となっている.II久山町研究の特徴久山町研究の研究対象疾患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患から,それらの危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一の集団といえる.また,生活習慣と疾病との関連だけではなく,最近では遺伝子と疾病との関連を調査するゲノム疫学研究も精力的に行っている.1998年より九州大学大学院医学研究院眼科学では眼科の疫学研究を行うことを目的として久山町研究に参加し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.現在まで15年以上にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握につとめてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,1年に1度の継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も1998年の約50%から2007年の約80%と大幅に向上した.今後も眼科健診を長期的に行うことにより,種々の眼科疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となると考えられる.久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録,剖検所見などの結果を解析し,日本における眼科疾患の時代的推移や現状を解析し,発症にかかわる危険因子について分析することで,眼科分野でのわが国のエビデンスが生まれることが期待される.III研究のしくみ久山町研究では,1年に1度の通常健診と約5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれにしたがって,1年に1度の通常健診と約5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(OCT),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行っている.健診で異常あるいは疾病が発見された住民は,町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける.したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができるしくみを確立させている.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまうのでこの仕組みを維持することが重要である.IVこれまでの研究成果現在,眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症にかかわる危険因子についての分析を行っている.具体的には糖尿病網膜症,加齢黄斑変性,網膜静脈閉塞症,緑内障,近視などの疾患を中心に有病率や発症率の時代的変化,危険因子や防御因子の解析を行っている.これらの最新の知見の中から,現在も失明原因の主原因である糖尿病網膜症と今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性の有病率の時代的変化について,久山町での追跡調査の最新の結果を以下に述べる.1.糖尿病網膜症有病率の変遷これまでわが国においては糖尿病網膜症の疫学研究,とくに住民を対象としたpopulation-basedstudyはあまり行われていない.実際の網膜症の患者数を把握するため1998年に40歳以上の久山町全住民を対象に網膜症の有病率の調査を開始し,網膜症の有病率は糖尿病患者の16.9%であることがわかった1)(図3).さらに9年後の2007年に行った調査では網膜症の有病率は糖尿病患者の15.0%であり,患者数はあまり変化していなかった(図4).しかし,さらに5年後の2012年に行った調査では網膜症の有病率は糖尿病患者の10.3%であり(図5),網膜症患者が時代的に減少傾向にあることがわかった.これらの頻度を網膜症の病型別に1998年と2007年,2012年で比較してみると,この14年間で増殖型の網膜症が減少し,前増殖型や単純型の網膜症が増加しており,近年では網膜症の重症化が抑制されていることがわかった(図6).このことは糖尿病患者への眼科受診の啓発による網膜症の早期発見,早期治療の促進や眼科治療技術向上による重症化の予防などによるものが大きく貢献していると考えられる.2.加齢黄斑変性の有病率1998年と2007年,2012年における久山町研究での加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の有病率を比較すると,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化がよくわかる.AMDの初期病変としてのドルーゼンは1998年,2007年,2012年で9.5%,12.6%,13.6%と増加し,同じく初期病変としてみられる網膜色素上皮異常も3.3%,4.8%,5.0%と14年間で有意に増加した(図7).また,年齢階級別の推移をみると,初期病変ではとくに70歳以上で有病率が増加していた(図8).一方,AMDのうち滲出型は1998年,2007年,2012年で0.7%,1.2%,1.5%と増加し,萎縮型は0.1%,0.1%,0.1%と不変であった(図7).年齢階級別の推移をみると,初期病変と同様にAMDでもとくに70歳以上で有病率が増加していた(図9).また,初期病変では有病率の男女差はみられなかったが,AMDでは,女性の有病率の増加は小さいのに対して,男性の有病率の著しい増加がみられた(図10).わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多い2~4).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多いと報告しているものが多く,一方,男性のほうが女性より有意に有病率が高いということはわが国の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,とくに日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響していると考えられる.おわりにわが国においては地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が望まれる.文献1)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20042)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19953)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19954)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,1995図1久山町と人口推移*MihoYasuda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野,倉員眼科医院〔別刷請求先〕安田美穂:〒812-8582福岡県福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野,〒825-0018福岡県田川市番田町1-39倉員眼科医院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較1248あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(6)図3久山町の糖尿病網膜症の有病率(1998年)図4久山町の糖尿病網膜症の有病率(2007年)図5久山町の糖尿病網膜症の有病率(2012年)図6久山町における糖尿病網膜症の有病率の推移(1998年,2007年,2012年)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161249図7久山町における加齢黄斑変性の有病率の推移(1998年,2007年,2012年)図8久山町における初期病変の年齢階級別有病率の推移図9久山町における加齢黄斑変性の年齢階級別有病率の推移(7)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161250あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(8)図10久山町における加齢黄斑変性の年齢階級別有病率の推移(9)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161251

序説:眼科疫学研究の意義と将来

2016年9月30日 金曜日

●序説あたらしい眼科33(9):1243?1246,2016眼科疫学研究の意義と将来SignificanceandFutureofEpidemiologyinOphthalmology坂本泰二*石橋達朗**疫学とは疫学(epidemiology)とは,epi=広範な,demos=人間の,logos=学問という言葉の通り,人間集団におけるあらゆる因果関係を確認する学問である.狭義には,疾病の発生や健康に関する研究に限られていた.しかし,疫学研究が社会に及ぼす影響の広さと深さが認識されるようになり,最近は人間の疾病に関するものは,経済学,工学,理学などから医療政策決定までを含む広範な領域を疫学に含めることが多い1,2).とくに,患者中心の医療解析法の決定(patient-centeredoutcomesresearch)という概念が出現したことを受けて,今後の疫学研究の重要性は一層増すだけでなく,その内容も変化してゆくと思われる3).疫学の起源と役割ご存知の読者も多いであろうが,疫学という学問は,ロンドン市で多発したコレラの防疫に成功したJohnSnowの研究にその起源が求められる.1830年代に,ロンドンではコレラが猛威を振るい治療手段が限られていたため状況は猖獗をきわめた.当時,コレラは空気感染すると考えられていたが,患者の発生分布が空気感染では説明できないことに着目したSnowは,ロンドンのブロード街にて患者発生状況の調査を行った.その結果,ある井戸が汚染源であると推測し,多くの事例について調査を行い,「汚染された井戸水を飲んでいる人とコレラの発生は関連がある」と結論づけた.この結論に従い,問題の井戸を使用禁止にした結果,流行の蔓延を防ぐことができた.これは,RobertCochがコレラ菌を発見する30年も前である.伝染病以外にも,疫学研究は疾患の原因特定にきわめて有効であった.たとえば,日本における疫学研究の金字塔といわれるものが,脚気の原因を特定した研究である.1900年代初頭,日本海軍では,脚気が軍事活動に支障をきたすほど多発していた.ドイツでは脚気は伝染病と考えられていたため,ドイツ陸軍を範とする日本陸軍は感染予防対策しか採らなかったが,高木兼寛が中心となり観察および実験疫学研究を行った結果,白米食が脚気の発生に関係が深いことを見いだした.そして,麦を主食とすることで脚気の発生を大幅に減少させることに成功した.これもビタミンB1の発見の30年以上前である.医学の目的が,人々の健康の回復とその維持であることを考えると,疫学とはまさにその目的をかなえることができる学問・研究分野であるといえる.このように,疫学研究は,従来から疾患予防,治療の発展に大きな役割を担ってきていたが,最近この領域はとくに注目されている.疫学がますます重要になっている理由その理由のひとつに,インターネットによって,遺伝子などの精緻な個体情報のデータを収集し,集まった大規模なデータを処理することが可能になり,従来は不可知であった疾患関連因子の発見が容易になったことがあげられる.医学の発展の上で,決定的に重要な役割を果たした研究方法をまとめると表1のようになる.現在,医学の核心的価値と考えられている「エビデンス」という概念もさほど古いものではない.そのエビデンスを得るために最適な方法がランダム化比較試験であるされているが,そのことが広く認識されたのも1990年代からである.しかし,この考え方も変化してきている.たとえば,現在はランダム化比較試験を網羅したメタ解析がもっとも強いエビデンスを示すとされているが,実際のランダム化比較試験の施行状況とその結果の関係を調べた結果,大きな問題が指摘されはじめている.ランダム化比較試験は数多く行われているが,その結果が論文として発表されるものは限られる.これは何も研究者がさぼっているのではない.ポジティブな結果が出ない試験結果は論文化されにくいのである.たとえば,Aという治療法について,3つのランダム化比較試験が別々に行われて,1つの試験がポジティブに出て,2つの試験がネガティブに出た場合,ネガティブに出た試験は論文にならずに,ポジティブ試験のみが発表されることになる.そのような試験結果を網羅的に解析したメタ解析が,果たして治療Aの効果を本当に示しているかは大いに疑問であるからである.また,グローバリゼーションが拡大した結果,近代科学・経済学の基礎理念である「資源は無限である」という考え方が壊れ,限られた医療資源を最大限有効活用することが避けられず,そのためには疫学的アプローチが必須になったという事情もある.治療効果を科学的に検証するためには,ランダム化比較試験が最適の方法である.しかし,施行にはきわめて多額の資金が必要である.製薬企業は開発資金を回収する必要があるため,回収の見込みのない薬,たとえば患者数の少ない疾患や途上国を中心として広がっている疾患への薬剤開発が行われなくなってきている.ランダム化比較試験にかかる時間と経費は,医療資源が限られている現在,限界を超えつつある.そこで,疫学研究,なかでも多数のサンプル調査するほうが実態を把握するのに適していると考えられるようになってきた.とくに,ビッグデータを処理する方法が一般化されてくると,ランダム化比較試験の数十分の1の時間と経費で同程度の「エビデンス」が得られることがわかってきた.現在,世界中の企業や研究者が疫学研究に参入してきているのは,そのような理由である.さらに重要なのは,人工知能などの導入により,この領域は今後飛躍的に発展すると予想されていることである.折しも,世界最大手の眼科関連企業とグーグル社が共同事業を開始することが発表され,多くの資金と才能が疫学分野に投入されつつある.わが国の眼科でも,新たに多くの疫学研究が始まっており,この分野の発展に大きな貢献をすることが期待される.Patient?CenteredOutcomesResearchという新しいコンセプト米国では2012年にPatient-CenteredOutcomesResearchInstitute(PCORI)が,患者を中心に考える医療研究の方法について公式見解を示した.これはもっとも新しい医療の考え方である.ランダム化比較試験,ベイジアン統計など,過去20年間に疫学・医学研究の方法論は大きな進歩が見られた.以前は,医学のエビデンスに関して,純粋に科学的側面から方法論が議論されてきた.しかし,本当にそれだけで良いのであろうか.最近の統計学,解析学の進歩は著しいものがあるが,複雑になりすぎている.そのため,最新の方法による解析結果は,一般の臨床家や患者を助けるのではなく,むしろ混乱を助長している.また,科学的合理性は重要であるが,疫学や医学研究が社会に与える大きさを考えると,研究内容,研究方法を医学者あるいは統計学者だけで決定することに対する批判も起きてきている.医療費のコストは世界中で上昇している.一方,薬物を開発,販売する側からも意見はあるはずである.そこで,患者,医師,研究者,製薬関係者,政策決定者などが集まり,その意見が集約された医学研究法こそが,真に患者のためになる.これがPCORIのコンセプトである.もちろん,政策決定者や製薬業界関係者,あるいは逆に患者が研究法の策定に参加することへの批判もある.しかし,新しいコンセプトであり,従来の疫学研究法が適切であったかが議論されており,今後の疫学研究に影響を及ぼすことは避けられない3).世界の眼科疫学研究前述のように,疫学研究は疾患理解の最初のステップであるために,世界中で疫学研究が行われてきた.FraminghamEyeStudyは1948年から米国で行われてきた循環器関連のpopulation-basedの疫学研究であるが,1970年代から眼科疾患についても調査が開始され,多くの成果が発表されている.FraminghamEyeStudyは現在の眼科疫学研究の端緒となるものであったが,疾患の進展率,危険因子の解析は十分になされていなかった.そこで,1980年代後半にBeaverDamEyeStudyがウィスコンシン大学で開始された5).この研究の先進的な点は,対象を長期間追跡することで,多くの疾患の発症危険因子,進展率などを明らかにしたことである.これが,現在の臨床研究設計の基礎データになっていることや,その後も200を超える論文が報告され続けていることを考えると,現代眼科医療にもっともインパクトを及ぼした研究の一つといっても過言ではない.その他,RotterdamEyeStudy,LosAngelesLatinoEyeStudy,SingaporeMalayEyeStudy,ReykjavikEyeStudyなどの多くの疫学研究が世界中で行われている5).とくに重要なことは,中国,台湾,香港などでは,それらを凌駕するような意欲的な疫学研究がスタートしている点である.疫学研究は,最初は地味であるが,結果が出始めてからのインパクトが大きいことが特徴でもある.わが国の眼科疫学研究わが国でも,諸外国と同様に眼科疫学研究が活発に行われており,今回の特集ではその一部を紹介する.久山町研究は九州大学で50年以上前から行われている前向きコホート疫学研究であり,わが国の成人性眼疾患の有病率のみならず進展率,危険因子など多くの点を明らかにした.この現状を九州大学の安田美穂先生が述べる.舟形町研究は,1979年に山形県舟形町で始まった糖尿病疫学研究である.2000年から眼科検診が開始され,糖尿病のみならず,心血管因子と眼疾患の関係,メタボリックシンドロームと網膜所見など,多くの重要な発見があった.そのことを山形大学の難波広幸先生,川崎良先生,山下英俊先生が解説する.いずれも長期にわたるpopulation-based研究であり,世界に誇るべき研究である.検討内容が重なる部分もあるが,疫学研究では異なるpopulation同士を比較することにより,問題点がより鮮明になることが多いので,その点に注意して参照していただきたい.一方,一つのpopulation-based研究では検出力が十分でないので,いくつかの研究の統合解析する方法も最近重要になりつつある.そのことを,糖尿病網膜症を例にとって慶応義塾大学の佐々木真理子先生が解説する.久山町研究や舟形町研究も含まれているので,統合解析の意味がより深く理解できるであろう.多くの眼科疾患が克服されつつあるなかで,近視はこれからきわめて重要な研究領域になる.近視は環境と遺伝が相互に働き長期にわたって変化してゆく性質のものであり,疫学的アプローチは必須である.この点について,東京医科歯科大学の横井多恵先生,大野京子先生が解説する.加齢黄斑変性は,疾患の同定,予防,治療などまさに現代疫学のすべてを使って解明された代表的疾患である.その歴史的経緯と,今後の在り方を東京大学の小畑亮先生,柳靖雄先生が解説する.とくにゲノム疫学により,AMDの病態解明がどのように進んでいるかについては,多くの医師が知るべきである.緑内障の疫学研究は日本の多治見スタディが,世界的にも有名である.そして,それに終わらず緑内障学会が中心となり,現在も多くの疫学研究が進んでいる.わが国の眼科が世界をリードしている数少ない領域である.その点について秋田大学の藤原康太先生が紹介する.最後に,狭義の疫学研究とは異なるが,日本網膜硝子体学会が主導する網膜?離登録システムについて,鹿児島大学の山切啓太先生が解説する.前向き介入試験はますます困難になりつつあり,今後は症例登録研究が臨床研究の主流になる.その最初の試みについてわかりやすく解説する.ここに紹介した研究以外にも,世界的に注目を集めている日本の優れた眼科疫学研究は多数あるが,誌面の都合上今回は取り上げられなかったことをお詫びしたい.しかし,多くの読者にとって,本特集が眼科疫学研究の重要性とその未来についての理解あるいは関心を高める一助になれば幸甚である.文献1)平塚善宗,山下英俊:眼科における疫学研究の重要性と課題.あたらしい眼科28:1-3,20112)AyanianJZ,VanderWeesPJ:TacklingrisinghealthcarecostsinMassachusetts.NEnglJMed367:790-793,20123)GabrielSE,NormandSL:Gettingthemethodsright–thefoundationofpatient-centeredoutcomesresearch.NEnglJMed367:787-790,20124)LeibowitzHM,KruegerDE,MaunderLRetal:TheFraminghamEyeStudymonograph:Anophthalmologicalandepidemiologicalstudyofcataract,glaucoma,diabeticretinopathy,maculardegeneration,andvisualacuityinageneralpopulationof2631adults,1973-1975.SurvOphthalmol24(Suppl):335-610,19805)KleinR,KleinBE,LintonKL:Prevalenceofage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:933-943,19926)川崎良:世界の眼科疫学研究.あたらしい眼科28:41-47,2011*TaijiSakamoto:鹿児島大学大学院眼科学**TatsuroIshibashi:九州大学病院病院長0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1臨床研究に大きな影響を及ぼした疫学的・統計学的解析方法とそれが報告された年代年代事象や方法1940年代初の大規模ランダム化比較試験1950年代ケースコントロール試験カプラン・マイヤー法1960年代臨床試験モニタリングの概念の確立1970年代コックス比例ハザードモデルメタ解析1980年代Propensityscore(傾向スコア)医療効果とコスト分析法1990年代エビデンスに基づく医療ベイジアン統計のためのマルコフ連鎖モンテカルロ法電子カルテによる情報集積2000年代臨床研究登録の義務付け2010年代Patient-centeredoutcomesresearch(2)(3)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612451246あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(4)

超広角走査レーザー検眼鏡による滲出型加齢黄斑変性の周辺部眼底自発蛍光の観察

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1231?1235,2016c超広角走査レーザー検眼鏡による滲出型加齢黄斑変性の周辺部眼底自発蛍光の観察西脇晶子加藤亜紀長谷川典生臼井英晶安川力吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学PeripheralFundusAutofluorescenceOnUltra-widefieldScanningLaserOphthalmoscopeinEyeswithNeovascularAge-relatedMacularDegenerationAkikoNishiwaki,AkiKato,NorioHasegawa,HideakiUsui,TsutomuYasukawa,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:眼底自発蛍光(fundusautofluorescence:FAF)は加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)前駆病変や萎縮型AMDの評価に有用である.従来は撮影困難であった周辺部FAFを超広角走査レーザー検眼鏡で撮影し,滲出型AMDの周辺部FAFを観察した.対象および方法:滲出型AMD群31眼,対照群30眼を対象とし,超広角走査レーザー検眼鏡を用いて眼底画像を撮影した.異常周辺部FAFの有無,またその異常所見を顆粒状過蛍光,斑紋状低蛍光,貨幣状低蛍光の3型に分類し評価した.結果:滲出型AMD群では87.1%に周辺部FAFの異常が認められた.一方,対照群では16.7%に異常を認め,滲出型AMD群と比較し有意に少なかった.異常FAF所見分類では滲出型AMD群において斑紋状をもっとも多く認めた.結論:滲出型AMD群では周辺部FAF異常が高頻度に認められた.Purpose:Tocharacterizeperipheralfundusautofluorescence(FAF)abnormalitiesobservedwithneovascularage-relatedmaculardegeneration(AMD).Methods:Ultra-widefieldfundusimagingwasperformedtoobtain200-degreeFAFandcolorimages.AllimagesweregradedregardingpresenceandtypeofperipheralFAFabnormalities.AlterationsinperipheralFAFwereclassifiedinto4phenotypicpatterns:normal,granularincreased,mottleddecreasedandnummulardecreased.Wide-fieldFAFimageswereobtainedfrom31eyeswithneovascularAMDand30eyeswithcataractandnoAMD.Results:InneovascularAMDpatients,peripheralFAFabnormalitieswereevidentin27eyes(87.1%),withseveraldistinctFAFpatternsidentified:granularincreased(12.9%),mottleddecreased(74.2%)andnummulardecreased(6.5%).Incontrast,only5eyes(16.7%)withcataractandnoAMDhadabnormalFAF,significantlyfewerthaneyeswithneovascularAMD.Conclusions:SeveraldistinctpatternsofperipheralFAFabnormalitieswereobservedinpatientswithneovascularAMD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1231?1235,2016〕Keywords:加齢黄斑変性,眼底自発蛍光,超広角走査レーザー検眼鏡.age-relatedmaculardegenerarion,fundusautofluorescence,ultra-widefieldfundusimaging.はじめに眼底自発蛍光(fundusautofluorescence:FAF)はおもに網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)内に加齢性に蓄積するリポフスチンに由来する.リポフスチン由来の背景蛍光に加えて,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)前駆病変やRPEの機能低下に伴い異常な過蛍光を呈し,逆に,RPEが萎縮すると低蛍光を呈するようになる.RPEの状態を非侵襲的に観察できるFAFは,AMDの診断や病態の評価に有用である1).超広角走査レーザー検眼鏡Optos200Tx(Optos社,Dunfermline,Scotland,UK)は,網膜の80%以上の領域を短時間で撮影が可能な機器である.従来のFAF撮影機器では周辺部の撮影は困難であったため,病変の評価,検討は眼底後極部に限定されていたが,Optos200Txを用いて,AMDにおいても正常人との比較や周辺部の異常FAFとAMDの病型との関連などが検討されてきている2?5).しかし,アジア人における周辺部FAFを検討した報告は少ない4).今回は,Optos200Txを用いて日本人における滲出型AMDの周辺部FAF異常について検討した.I方法名古屋市立大学病院網膜外来に2012年10月以降受診した滲出型AMD21例の連続症例31眼(男性19例,女性2例,年齢:75±6.3歳:平均値±標準偏差)を対象とし,滲出型AMD群とした.滲出型AMD群は治療歴の有無,方法については不問とした.同時期に一般再来を受診した検眼鏡的に後極部および周辺部に眼底疾患を認めない患者18例30眼(男性10例,女性8例,平均年齢:72±7.4歳)を対照群とした.滲出型AMD群,対照群ともに,後極部および周辺部網膜所見の評価に影響を与える可能性がある症例(眼外傷,網膜血管疾患,糖尿病網膜症,近視性網脈絡膜萎縮,中心性漿液性脈絡網膜症,視神経症,網脈絡膜炎,周辺網膜のレーザー治療,網膜硝子体疾患の治療がある患者は除外した.両群に対して散瞳後,Optos200Txを用いて広角FAFを撮影した.カラー広角眼底画像も撮影した.中心窩を中心とした30°の範囲より外側を「周辺部眼底」とし,周辺部異常FAFは,背景蛍光と比較して,過蛍光もしくは低蛍光を認めた場合を異常とした.周辺部異常FAF所見はTanらの報告3)に準じて顆粒状過蛍光(granularincreasedFAF),斑紋状低蛍光(mottleddecreasedFAF),貨幣状低蛍光(nummulardecreasedFAF)の3型に分類した(図1~3).各群における周辺部異常FAF所見の有無,そのパターンを検討した.画像の評価は眼科医2名が独立して行い,判定が一致した場合に確定とした.判定が異なる場合には第3の判定者が評価し,どちらかの評価者と一致した場合に確定とした.3名の評価が異なる場合には除外とした.画像が不鮮明で判定が困難なものも除外した.II結果周辺部異常FAFは,滲出型AMD群31眼中27眼(87.1%),対照群では30眼中5眼(16.7%)にみられ,滲出型AMD群で有意に出現率が高かった(p<0.01)(表1).異常所見のパターンの発現では斑紋状低蛍光が74.2%ともっとも多く,顆粒状過蛍光が12.9%,貨幣状低蛍光が6.5%ともっとも少なかった.対照群では貨幣状低蛍光は認めなかった(表2).周辺部異常FAFのパターン混在は,滲出型AMD群で3眼にみられた.対照群には混在眼はみられなかった.滲出型AMD群のうち,斑紋状と顆粒状の混在を2眼,斑紋状と貨幣状の混在を1眼に認めた.III考按AMDは先進諸国における成人の主要な失明原因であり,わが国でも近年,増加傾向にある重大な疾患である.滲出型AMDに対しては血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の働きを抑える抗VEGF薬の硝子体内注射と光線力学的療法により一定の治療効果が得られるようになったが,長期間にわたり頻回の治療を必要とすることも多く,中心窩に及ぶ地図状萎縮や線維性瘢痕などにより視力低下に至る場合もある.FAFは非侵襲的に撮影が可能で,加齢や疾患の初期変化の指標となりうる検査である.FAFでおもに蛍光を発しているのはRPE内に加齢性に蓄積するリポフスチンであり,リポフスチン蓄積が過剰になってくると,RPEの機能障害をきたす.また,ドルーゼンなどの沈着物が発生するようになる.RPE内のリポフスチンの過剰蓄積あるいは,細胞の膨化や重層化,RPE下への自発蛍光物質の貯留などがFAFにおける異常過蛍光所見の原因となる.一方,さらに進行した病態ではRPEの変性・萎縮が進行し,リポフスチンそのものが失われるため,萎縮したRPEの部分はFAFで低蛍光を示すようになる6?8).FAFの所見やドルーゼンなどのAMD前駆所見の検討により,AMDの病態解明,発症や予後,早期治療のための有益な情報が得られる可能性がある.AMDにおける後極部FAFの異常所見については従来から多数報告されている.萎縮型AMDにおいて,特有のパターンでは経時的に地図状萎縮が拡大しやすいとの報告があるほか1),自発蛍光の異常所見は病変進行の予測に有用である可能性が示唆されている5,6).最近になって超広角走査レーザー検眼鏡Optos200Txを利用した周辺部FAFの撮影が容易になり,AMDと周辺部FAFとの関連が研究され,すでにいくつかの報告がある.Reznicekら2)は加齢による過蛍光の傾向についてFAFの増強率は周辺部のほうが後極部よりも高いことを示した.また,AMD群では非AMD群に比べ周辺部FAFが有意に増強しかつ不整となったこと,抗VEGF治療を受けたAMD群と未治療AMD群では周辺部FAFに有意な差がなかったことを示し,周辺部FAFが後極部FAFと同様にAMDの診断と経過観察に有用である可能性を示唆した.また,Witmerら5)も,正常対照群とAMDおよび黄斑部ドルーゼンと診断された症例群について周辺部FAFを検討し,周辺部FAF異常は正常対照群と比較しAMD群で有意に多く認めたとしている.Tanら3)は周辺部FAF異常を検討し,滲出性AMD86%,非滲出性AMD72.8%,正常眼18.4%と,滲出性AMDと比較して頻度が高かったと述べている.また,周辺部FAF異常の危険因子としてAMDであること(滲出性>非滲出性),加齢,女性であることを示した.同報告では,周辺部FAF異常は,顆粒状過蛍光,斑紋状低蛍光,貨幣状低蛍光の3パターンに分類され,それぞれの内訳は,顆粒状過蛍光46.2%,斑紋状低蛍光34.0%,貨幣状低蛍光18.1%であったと述べている.また,顆粒状過蛍光パターンはドルーゼンと,斑紋状低蛍光パターンは網膜周辺の脱色素と関連していたとしている.今回の筆者らの検討でも周辺部FAFの異常所見は滲出型AMD眼において高率に認められ,Tanらの報告に従ってFAF異常を分類したところ,異常所見のパターンは斑紋状低蛍光がもっとも多く,ついで顆粒状過蛍光がみられ,貨幣状低蛍光はもっとも少ない頻度であった(表1,2).Tanらの報告のうち,滲出型AMDに限定し比較すると,周辺部FAFの異常所見出現率はTanらは86%,本研究では87%であり,ほぼ同じという結果となった.欧米人同様日本人においても滲出型AMD患者ではきわめて高い割合で周辺FAF異常がみられることが明らかになったと考えられるが,後述のように各異常パターン群の出現頻度は相違があり,その原因に関しての今後の研究を必要とする.筆者らの研究を含む複数の研究でAMD患者において周辺部FAF異常の発生頻度が高いことから,周辺部FAF異常が存在する場合には黄斑部のRPEにも類似の変化が進行している可能性があり,黄斑変性の発症につながっているのかもしれない.一方,周辺部FAF異常のパターン別の割合をみると,本研究と欧米の結果とは多少違いがある(表2).滲出型AMDを検討した本研究ではとくに斑紋状低蛍光の割合が高かった.斑紋状低蛍光は周辺部RPEの色素異常と相関しておりRPEが何らかのストレスを受けていることを示唆する所見ではないかと推測される.今回はAMDの病型別の分類を検討に加えていないが,わが国においては滲出型AMDのうち特殊病型であるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)が半数近くを占める9?11).PCVにおいては後極部に特徴的な低蛍光と患眼および僚眼において周辺部に広範な低蛍光領域が散在していることが報告されており12),AMDの病型の違いが人種間の周辺部FAFパターンの出現頻度の違いに関係しているのかもしれない.本研究の問題点として,症例数が少ないこと,滲出型AMDの症例のほとんどがすでに何らかの治療を受けている患者であったこと,経時変化をみていないため病状の時系列が不明であることなどがあげられる.本研究により日本人患者においても滲出型AMD患者において周辺部FAF異常の頻度が高いことが示された.今後,検討する症例数を増やし,経時的な変化を評価することで,異常FAF所見と病態との関連が解明され,AMDの発症予測や予後予測につながる可能性があると考えられる.文献1)BindewaldA,BirdAC,DandekarSSetal:Classificationoffundusautofluorescencepatternsinearlyage-relatedmaculardisease.InvestOphthalmolVisSci46:3309-3314,20052)ReznicekL,WasfyT,StumpfCetal:Peripheralfundusautofluorescenceisincreasedinage-relatedmaculardegeneration.InvestOphthalmolVisSci53:2193-2198,20123)TanCS,HeussenF,SaddaSR:Peripheralautofluorescenceandclinicalfindingsinneovascularandnon-neovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology120:1271-1277,20134)NomuraY,TakahashiH,TanXetal:Widespreadchoroidalthickeningandabnormalmidperipheralfundusautofluorescencecharacterizeexudativeage-relatedmaculardegenerationwithchoroidalvascularhyperpermeability.ClinOphthalmol9:297-304,20155)WitmerMT,KozbialA,DanielSetal:Peripheralautofluorescencefindingsinage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmol90:e428-433,20126)HolzFG,Bindewald-WittichA,FleckensteinMetal:Progressionofgeographicatrophyandimpactoffundusautofluorescencepatternsinage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol143:463-472,20077)Schmitz-ValckenbergS,Bindewald-WittichA,Dolar-SzczasnyJetal:CorrelationbetweentheareaofincreasedautofluorescencesurroundinggeographicatrophyanddiseaseprogressioninpatientswithAMD.InvestOphthalmolVisSci53:2648-2654,20068)EinbockW,MoessnerA,SchnurrbuschUEetal:Changesinfundusautofluorescenceinpatientswithage-relatedmaculopathy.Correlationtovisualfunction:aprospectivestudy.GraefesArchClinExpOphthalmol243:300-305,20059)MoriK,Horie-InoueK,GehlbachPLetal:Phenotypeandgenotypecharacteristicsofage-relatedmaculardegenerationinaJapanesepopulation.Ophthalmology117:928-938,201010)NakataI,YamashiroK,YamadaRetal:AssociationbetweentheSERPING1geneandage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathyinJapanese.PLoSOne6:e19108,201111)MarukoI,IidaT,SaitoMetal:Clinicalcharacteristicsofexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.AmJOphthalmol144:15-22,200712)YamagishiT,KoizumiH,YamazakiTetal:Fundusautofluorescenceinpolypoidalchoroidalvasculopathy.Ophthalmology119:1650-1657,2012〔別刷請求先〕西脇晶子:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkikoNishiwaki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1顆粒状過蛍光パターンの代表症例(76歳,女性):左眼滲出型AMDa:FAF写真.周辺部に散在する小型の顆粒状過蛍光領域(?)を認めた.b:眼底写真.FAFでの顆粒状過蛍光領域はドルーゼン(?)に一致して認められた図2斑紋状低蛍光パターンの代表症例(85歳,男性):左眼滲出型AMDa:FAF写真.鼻側周辺部にまだらな斑紋状の低蛍光領域(?)を認めた.b:眼底写真.FAFでの斑紋状低蛍光領域はRPE萎縮部(?)に一致して認められた.図3貨幣状低蛍光パターンの代表症例(77歳,男性):左眼滲出型AMDa:FAF写真.耳側周辺部に中程度の大きさ,不連続の均一な状の低蛍光領域(?)を認めた.b:眼底写真.FAFでの貨幣状低蛍光領域はRPE萎縮部(?)に一致して認められた.(151)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161233表1周辺部異常FAFの発現率表2周辺部異常FAFパターン出現頻度1234あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(152)(153)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161235

健常者におけるRhoキナーゼ阻害薬リパスジル塩酸塩水和物による視神経乳頭血流への影響

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1226?1230,2016c健常者におけるRhoキナーゼ阻害薬リパスジル塩酸塩水和物による視神経乳頭血流への影響酒井麻夫*1橋本りゅう也*1出口雄三*1富田剛司*2前野貴俊*1*1東邦大学医療センター佐倉病院眼科*2東邦大学医療センター大橋病院眼科InfluenceofRhoKinaseInhibitorRipasudilInstillationonOpticNerveHeadBloodFlowinHealthyVolunteersAsaoSakai1),RyuyaHashimoto1),YuzoDeguchi1),GojiTomita2)andTakatoshiMaeno1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:健常者におけるリパスジル塩酸塩水和物点眼による視神経乳頭血流の変化を検討する.対象および方法:屈折異常以外の眼疾患を有しない健常者12例を対象とし,0.4%トロピカミドによる散瞳後,片眼にリパスジル点眼を,他眼に生理食塩水を点眼し,1,2,4,6時間後に体血圧,脈拍数,両眼圧および視神経乳頭血流の変化率(meanblurrate:MBR)をレーザースペックル法で測定した.MBRは,上方,下方,耳側,鼻側の4つの区域に分け,各領域の組織MBR(meanoftissuearea:MT),血管MBR(meanMBRinvesselarea:MV),全領域MBR(meanofallarea:MA)として測定し比較検討した.結果:視神経乳頭全体では,点眼6時間後のMTが点眼前と比べ有意に増加していた.耳側では,4時間後のMA,MTと,6時間後のMT,MVが点眼前と比べ有意に増加した.眼圧は対照側と比べ有意に低下した.全身血圧と脈拍数は開始前と比べ有意な変化はなかった.結論:健常者においてリパスジル点眼は眼圧下降のみならず視神経乳頭血流を増加させることが示された.Purpose:Toexaminewhethertherhokinaseinhibitorripasudilinfluencesopticnervehead(ONH)bloodflowinhealthyvolunteers.Patientsandmethods:Subjectscomprised12healthyvolunteers.Meanblurrate(MBR)wasmeasuredbylaserspecklemethodonONHandineachof4sectors(superior,temporal,inferior,nasal),beforeandat1,2,4and6hoursafterripasudilinstillationinoneeyeandsalineinthefelloweye.Systemicbloodpressure(SBP),pulserate(PR)andintraocularpressure(IOP)weremeasuredateachinstillation.Results:TherewerenosignificantchangesinSBPorPR.IOPshowedasignificantdecreaseat1hourcomparedtothatbeforeinstillation,andlowerlevelsweremaintained.ThechangeratesignificantlyincreasedforMTontheentireONHat6hours,MA/MTat4hoursandMT/MVat6hoursonthetemporalsectorafterripasudilinstillation.Conclusion:RipasudilincreasesONHbloodflowandisconsideredtobeaneuroprotectivedrug.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1226?1230,2016〕Keywords:Rhoキナーゼ阻害薬,リパスジル,視神経乳頭血流,レーザースペックル.Rhokinaseinhibitor,ripasudil,opticnervebloodflow,laserspeckle.はじめにROCK(Rho-associatedcoiled-coilkinase)は,セリン・スレオニンリン酸化酵素で,アクチン細胞骨格再構成にかかわるRhoの下流シグナルを形成する分子量約160kDaの小分子グアノシン3リン酸(GTP)結合蛋白質であり1),他臓器での報告であるがROCKシグナル経路の異常活性がある病態へのROCK阻害薬の投与で血管拡張効果が示され,臨床応用されている2,3).リパスジル塩酸塩(以下,リパスジル)点眼薬は,緑内障患者に対して2014年10月に承認されたRhokinase阻害薬(以下,ROCK阻害薬)である.原発開放隅角緑内障における房水流出抵抗の主座である線維柱帯流出路のSchlemm管からの房水流出を促進することにより眼圧下降に貢献し,大規模臨床試験でも眼圧下降効果が示されている4).緑内障治療で現在,唯一エビデンスのある治療は眼圧を下げることであるが,眼圧下降を示しても緑内障が進行する症例も存在し,眼圧以外に影響を与える因子が研究されている.正常眼圧緑内障患者では,非眼圧因子として視神経乳頭部血流の低下が緑内障進行と関係があるといわれ,以前より注目を集めており,b遮断薬やPG製剤点眼薬,炭酸脱水酵素阻害薬では眼圧下降以外に血流増加作用をもつことが報告されている5?7).ROCK阻害薬であるリパスジルは,血管平滑筋内のRhokinaseを阻害することで,Ca2+流入の抑制を介して血管を拡張させることが基礎実験でも示されており,invivoにおいても血流を増加させる報告がある8).しかし,正常人において血流の変動に関する報告例はこれまでにはない.今回,筆者らは正常健常人においてROCK阻害薬が視神経乳頭血流に影響を与えるかどうかについて検討したので報告する.I対象および方法対象は,2014年10月?2015年4月に,本研究に同意された健常成人12例12眼とした.対象症例は,男性5例,女性7例で,23?44歳,平均年齢31.6歳であった.糖尿病,高血圧を含めた全身の基礎疾患を有するもの,?6.0D以上の強度近視,眼疾患の既往を有するもの,1週間以内の喫煙を有するものは除外とした.測定項目は,視神経乳頭血流変化率,眼灌流圧,眼圧,体血圧,脈拍で,各測定時間に測定した.両眼にミドリンMR(参天製薬)にて散瞳後,片眼に0.4%グラナテックR(リパスジル塩酸塩水和物,興和創薬)点眼を,他眼はコントロールとして生理食塩水を点眼した.グラナテックR点眼直前,点眼1時間後,2時間後,4時間後,6時間後に両眼の視神経乳頭血流と眼圧および体血圧,脈拍を測定した.視神経乳頭血流の測定は,Laserspeckleflowgraphy(LFSG-NAVIR;ニデック社)およびLayerviewソフト(ソフトケア社)を用いてMBR(meanblurrate)を3回測定し,その平均値をとった.血圧や姿勢の変動による眼血流への影響を考慮し,5分間の安静座位の姿勢を保った後,視神経乳頭血流を測定した.解析部位は視神経乳頭を4つの部位,すなわち上方,下方,耳側,鼻側の区域に分け,各部位の組織領域のMBR(meanoftissuearea:MT),血管領域のMBR(meanofvesselarea:MV),全領域のMBR(meanofallarea:MA)を求めた.視神経乳頭血流の領域分割解析を図1に示す.つぎの計算式を用いて,血流変化率を算出し比較検討した.(各時間のリパスジル点眼眼MBR/リパスジル点眼眼の点眼前MBR)/(各時間のコントロール眼MBR/コントロール眼の点眼前MBR)×100(%).眼灌流圧は,2/3×(拡張期血圧+(収縮期血圧?拡張期血圧)×1/3)?眼圧として算出した.眼圧測定は,非圧平式眼圧計(Cannon,FullAutoTonometerTX-FR)を,血圧と脈拍は自動血圧計(日本COLIN社)を用いた.体血圧は,平均血圧を拡張期血圧+1/3×(収縮期血圧?拡張期血圧)として算出した.統計学的解析には,StateViewver7.0解析ソフトを用いて,repeatedmeasureanalysisofvariance(ANOVA検定)で統計学的有意差を検定し,p<0.05を有意水準とした.本研究は,ヘルシンキ宣言および厚生労働省の定める臨床研究に関する倫理指針に基づき,研究協力者には本研究の主旨を十分に説明し,文書による同意を得て実施した.II結果体血圧および脈拍,眼灌流圧は点眼後の経過で有意な変化を認めなかった(図2).両眼の眼圧推移を図3に示す.リパスジル点眼眼では,点眼開始前の眼圧と比べ点眼1時間後から有意に眼圧下降を示し(14.1±3.2mmHgvs10.9±2.9mmHg,p<0.05),6時間後においても眼圧下降を維持していた.一方,コントロール眼においては,有意な眼圧下降を認めなかった.各時間における視神経乳頭血流の変化率を表1に示す.視神経乳頭全体の血流変化率においては,点眼6時間後のMTが点眼前と比べ有意に増加していた.耳側は,点眼4時間後のMAおよびMTが有意に増加していた.また,点眼6時間後のMTおよびMVも点眼前と比べ有意に増加していた.上方においては,MT,MV,MAのいずれも有意な変化を認めなかった.下方・鼻側の血流は,各々点眼4時間後のMV,点眼6時間後のMTが点眼前と比べ有意に増加していた.III考按本研究は,正常健常人に対してROCK阻害薬リパスジル塩酸塩の視神経乳頭血流への影響を調べた初めての報告である.ROCK阻害薬の視神経乳頭血流への影響を調べた報告は,Sugiyamaらのファスジルでの検討9)とNakabayashiらのリパスジルでの検討8)の2報がある.前者では,ウサギの正常眼を用いて,ファスジルを静脈内に投与した結果,視神経乳頭血流には影響しなかったが一酸化窒素(NO)合成阻害薬のL-NAMEやET-1の投与下で血流改善を抑制したと報告している9).後者では,ネコ正常眼を用いてリパスジルを硝子体内に投与し,網膜血流速度が硝子体内濃度1μMでは投与後90分後に,100μMでは50分後から血流が増加したと報告している.しかし,緑内障患者および正常人を対象とした網膜血流への影響をみたものは,これまで調べた限りでは報告がない.視神経乳頭血流が増加する機序としては,①眼圧低下の結果,眼灌流圧が上昇することでauto-regulation(自動調節能)を超え間接的に血流量が増加する機序,②点眼薬自体のもつ直接的な薬理作用すなわち末梢血管拡張作用,があげられる.通常,自動調節能が働くと眼灌流圧の変動にかかわらず眼血流を一定に保つ,すなわち,眼圧が10?30mmHgの範囲では自動調節能により網膜血流は維持されるが,60mmHgから急に低下させると血流が増加する10).一方,眼圧がこの範囲を超え上昇すると網膜血流が低下する.正常眼圧緑内障患者においてはこの自動調節能の破綻が血流に影響を与えたとの報告11)もある.本研究ではリパスジルの前向き臨床試験の結果と同様に正常健常者においても眼圧下降を示したが,眼灌流圧については有意な変化がみられなかった.また,正常健常人を対象としており,今回の血流増加の原因としては,自動調節能を超えた間接的な関与は考えにくく,リパスジル本来の血管平滑筋に作用する直接的な血管拡張作用が関与していたものと考えられる.Nakabayashiらのネコを対象とした研究8)では,リパスジル硝子体内濃度が1μMから直接的な作用があったとしており,筆者らが使用した0.4%リパスジル単回点眼(50μl)による硝子体内濃度がどの程度であったかは不明であるが,直接作用するのに十分な濃度であったのではないかと考えられる.今回の筆者らの結果では,耳側の視神経乳頭において,他の領域(下方・鼻側・上方)と比べ血流量が増加している傾向があった.また,視神経乳頭全体でも組織血流が有意に増加しており,リパスジルによる直接的な血管拡張作用は,視神経乳頭表層の血管より篩状板付近の深層の微小血管に働いていたのではないかと推測される.梅田らはカルテオロール塩酸塩(ミケランLA2%R)の正常健常者の眼血流への影響を調べている12).筆者らと同様に乳頭近傍上耳側脈絡膜血流が増加しており,その機序として,薬理作用自体のもつ内因性交感神経刺激様作用による血管弛緩因子の分泌亢進,および血管収縮因子の分泌抑制作用による末梢血管抵抗の減少に伴って毛細血管の拡張をきたし,本検討と同様に耳側領域の血流が増加していたと報告している12).耳側においては視神経乳頭耳側の神経線維数が多く,正常者においても耳側での血流が多い13)ことから予備能が高いため,他の部位と比べ鋭敏に反応したのではないかと考えられる.緑内障の視野病期の進行とともに耳側の血流が低下することがこれまでの報告からわかっており,正常人においても有意な眼圧下降とともに耳側の血流を増加させたという本研究結果は,血流増加による神経保護を介して初期緑内障患者へのリスパジルの有効性を示唆するものである.今後,初期緑内障患者における血流への影響を検討した研究が必要と考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)IshizakiT,MaekawaM,FujisawaKetal:ThesmallGTP-bindingproteinRhobindstoandactivatesa160kDaSer/Thrproteinkinasehomologoustomyotonicdystrophykinase.EmboJ15:1885-1893,19962)InokuchiK,ItoA,FukumotoYetal:Usefulnessoffasudil,aRho-kinaseinhibitor,totreatintractableseverecoronaryspasmaftercoronaryarterybypasssurgery.JCardiovascPharmacol44:275-277,20043)SatoM,TaniE,FujikawaHetal:InvolvementofRhokinase-mediatedphosphorylationofmyosinlightchaininenhancementofcerebralvasospasm.CircRes87:195-200,20004)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Intra-ocularpressure-loweringeffectsofaRhokinaseinhibitor,ripasudil(K-115),over24hoursinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension:arandomized,open-label,crossoverstudy.ActaOphthalmol93:e254-e260,20155)GrunwaldJE:Effectoftimololmaleateontheretinalcirculationofhumaneyeswithocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci31:521-526,19906)OhguroI,OhguroH:Theeffectsofafixedcombinationof0.5%timololand1%dorzolamideonopticnerveheadbloodcirculation.JOculPharmacolTher28:392-396,20127)SugiyamaT,KojimaS,IshidaOetal:Changesinopticnerveheadbloodflowinducedbythecombinedtherapyoflatanoprostandbetablockers.ActaOphthalmol87:797-800,20098)NakabayashiS,KawaiM,YoshiokaTetal:EffectofintravitrealRhokinaseinhibitorripasudil(K-115)onfelineretinalmicrocirculation.ExpEyeRes139:132-135,20159)SugiyamaT,ShibataM,KajiuraSetal:Effectsoffasudil,aRho-associatedproteinkinaseinhibitor,onopticnerveheadbloodflowinrabbits.InvestOphthalmolVisSci52:64-69,201110)TakayamaJ,TomidokoroA,TamakiYetal:Timecourseofchangesinopticnerveheadcirculationafteracutereductioninintraocularpressure.InvestOphthalmolVisSci46:1409-1419,200511)GalambosP,VafiadisJ,VilchezSEetal:Compromisedautoregulatorycontrolofocularhemodynamicsinglaucomapatientsafterposturalchange.Ophthalmology113:1832-1836,200612)梅田和志,稲富周一郎,大黒幾代ほか:正常眼におけるカルテオロール塩酸塩(ミケランLA2%)の眼血流への影響.あたらしい眼科30:405-408,201313)FekeGT,TagawaH,DeupreeDMetal:Bloodflowinthenormalhumanretina.InvestOphthalmolVisSci30:58-65,1989〔別刷請求先〕酒井麻夫:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:AsaoSakai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura-city,Chiba285-8741,JAPAN図1視神経乳頭血流の領域分割解析視神経乳頭部全体を覆うようにEllipseラバーバンドを設定した(図左).ラバーバンド内を4領域〔上方(S),耳側(T),下方(I),鼻側(N)〕に区域し,各領域別の組織領域のMBR(meanoftissuearea:MT),血管領域のMBR(meanofvesselarea:MV),全領域のMBR(meanofallarea:MA)を算出した(図右).(145)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161227図2体血圧,脈拍数,眼灌流圧の推移体血圧および脈拍数,眼灌流圧は点眼後も有意な変化を認めなかった.NS:NotSignificant,repeatedmeasureANOVA検定.平均値±標準偏差.図3眼圧の推移リパスジル点眼眼では,いずれの時間でも投与前と比較して有意に眼圧は下降した.(*:p<0.05,repeatedmeasureANOVA検定,─△─:リパスジル点眼眼,─〇─:コントロール眼,平均値±標準偏差)1228あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(146)表1各領域における視神経乳頭血流(MBR)変化率の推移視神経乳頭全体では,6時間後にMTが有意に増加した.耳側では2時間後にMVが,4時間後にMAおよびMTが,6時間後にMTおよびMVが有意に増加した.下方では4時間後にMVが有意に増加した.鼻側では6時間後にMTが有意に増加した.平均値±標準偏差(%)MA:meanofallarea,MT:meanoftissuearea,MV:meanofvesselarea,*:p<0.05,repeatedmeasureANOVA検定.MBR-A:meanblurrateofall,MBR-T:meanblurrateintissue,MBR-V:meanblurrateinvein,平均±標準偏差(%),repeatedmeasureANOVA検定,*p<0.05.あたらしい眼科Vol.33,No.8,201612291230あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(148)

ペルーシド角膜変性に対してトーリック眼内レンズを挿入し乱視の軽減を得た1例

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1222?1225,2016cペルーシド角膜変性に対してトーリック眼内レンズを挿入し乱視の軽減を得た1例佐藤陽平*1徳岡覚*1林麻衣子*1丸山耕一*2田尻健介*3清水一弘*3池田恒彦*3*1北摂総合病院眼科*2視生会丸山眼科医院*3大阪医科大学眼科学教室ACaseofReducedAstigmatismafterToricIntraocularLensImplantationtoTreatPellucidMarginalCornealDegenerationYoheiSato1),SatoruTokuoka1),MaikoHayashi1),KouichiMaruyama2),KensukeTajiri3),KazuhiroShimizu3)andTsunehikoIkeda3)1)DepartmentofOphthalmology,HokusetsuGeneralHospital,2)MaruyamaOphthalmologicalClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege背景:ペルーシド角膜変性に対してトーリック眼内レンズ(IOL)を挿入し,術後乱視が軽減し,良好な視力を得た1例を報告する.症例:59歳,男性.初診時,視力は左眼0.02(0.05×sph?1.0(cyl?4.0DAx100°)と高度の乱視を認め,後?下白内障を認めた.ビデオケラトグラフィーでは,両眼に角膜下方に三日月状の急峻化を認め,ペルーシド角膜変性と考えられた.トーリックIOLを挿入することで乱視の軽減が期待できると考え,左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.眼球へ3時9時マーク法でマーキングし,トーリックIOLをマーキング通りに?内固定し手術を終了した.術後視力は左眼0.15(1.0×sph?0.75D(cyl?2.0DAx105°)と視力と乱視の改善を認めた.考按:本症例はペルーシド角膜変性のパターンを示していたが,角膜下方の菲薄化,突出が軽度であり,倒乱視成分をトーリックIOLで軽減できたと考えた.角膜不正乱視を伴う症例でも適応を慎重に検討し,トーリックIOLを挿入し乱視を軽減できる可能性があると思われた.Background:Wereportacaseinwhichimplantationofatoricintraocularlens(IOL)totreatpellucidcornealmarginaldegenerationresultedinreducedpostoperativeastigmatismandgoodvisualacuity(VA).Case:Thisstudyinvolveda59-year-oldmaleinwhominitialexaminationatourdepartmentrevealedthatVAinhislefteyehaddecreasedto0.02diopters(D)(0.05×S?1.0(C?4.0DAx100°)duetoahighdegreeofastigmatismandposteriorsubcapsularcataract.Theresultsofvideokeratographyexaminationindicatedcrescent-shapedsteepeninginthelowerpartofthecorneainbotheyes,resultinginthediagnosisofpellucidmarginalcornealdegeneration(PMCD).Toreducetheastigmatisminthelefteye,weperformedphacoemulsificationaspirationandtoricIOLimplantation.Onthebasisofcornealsurfacemarkingviathe“3-o’clock-9-o’clockmethod,”thetoricIOLwasinsertedintothecapsularbag.WeobservedthatthepostoperativeVAofthelefteyewas0.15D(1.0×S?0.75D(C?2.0DAx105°)andthatVAandastigmatismhadimproved.Conclusion:AlthoughthispatientshowedthecharacteristicpatternofPMCD,withmoderatethinningandprojectionofthelowerpartofthecornea,wetheorizethatthetoricIOLimplantationreducedtheagainst-the-ruleastigmatismcomponent.Evenincaseswithirregularastigmatism,itmaybepossibletoreduceastigmatismviatoricIOLimplantationaftercarefullyconsideringindications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1222?1225,2016〕Keywords:ペルーシド角膜変性,トーリック眼内レンズ,角膜不正乱視.pellucidcornealmarginaldegeneration,toricintraocularlens,astigmatism.はじめに2009年に乱視矯正を目的としたトーリック眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の登場により乱視眼であっても白内障手術後良好な視力を期待できるようになった.しかしその適応はおもに正乱視であり,不正乱視に対する適応は慎重に検討する必要があるとされている.今回筆者らはペルーシド角膜変性に対してトーリックIOLを挿入し,術後乱視が軽減し良好な視力を得た1例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:脳梗塞(56歳),コンタクトレンズ使用歴なし.現病歴:平成22年10月頃より左眼の視力低下を自覚し,近医受診.後?下白内障を認め,手術目的に11月20日当科紹介受診となった.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.7p×cyl?6.0DAx90°),左眼0.02(0.06×sph?1.0D(cyl?4.0DAx100°)と両眼に高度の乱視を認めた.ケラトメータ値は右眼K142.0K248.0Ax169°,左眼K143.0K247.0Ax10°,眼圧は右眼13mmHg,左眼13mmHgであった.細隙灯顕微鏡にて,左眼に後?下白内障を認め(図1),軽度の下方角膜周辺部の菲薄化を認めた.眼底に著変は認めなかった.眼軸長はAモードにて測定し,右眼23.86mm,左眼23.79mm,角膜内皮細胞は右眼2,510/mm2,左眼2,624/mm2であった.術前検査:ビデオケラトグラフィーによるカラーコードマップ(図2a)では,両眼に角膜中央に縦に寒色の蝶ネクタイ,下方周辺部に三日月状の急峻化を認め,ペルーシド角膜変性と考えられた.2年前の受診時に撮影したカラーコードマップ(図2b)と比較しても不正乱視は進行を認めなかった.本症例では角膜不正乱視があるが,2年間不正乱視の進行はなく,角膜下方の菲薄化が比較的軽度であり倒乱視に近い状態であったため,トーリックIOLを挿入することで乱視の軽減が期待できると考えた.レンズパワーは自覚屈折値,ケラトメータ値,眼軸長をもとに算出した.Web上のトーリックカリキュレーターを用いて,眼内レンズの固定位置を9°と決定した(図3).治療経過:平成22年12月17日左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.眼球へのマーキングは基準点マーカーを用い,3時9時マーク法1)で行った.切開位置は20°,耳側より経結膜強角膜一面切開で施行した.トーリックIOL(SN6AT5,+21.0D)をマーキングどおりに?内固定し手術を終了した(図4).術後経過:術後視力は0.15(1.0×sph?0.75D(C-2.0DAx105°),ケラトメータ値K143.25K246.75Ax8°,レフ値sph:0.00cyl面?2.0であり自覚的検査,他覚的検査ともに乱視の改善を認めた.術前,術後を比較すると,自覚屈折,裸眼視力,矯正視力のいずれも改善していた(表1).II考按トーリックIOLは,白内障手術の適応患者に対して,乱視矯正によってより良好な視力が望める場合に使用するとされている.乱視の種類は直乱視,倒乱視,斜乱視であっても適応とされているが,円錐角膜,翼状片,角膜移植後などは角膜不正乱視を伴っていることが多いため適応は慎重にすべきとされている2,3).ペルーシド角膜変性は,下方周辺角膜が非炎症性に菲薄化し,突出することにより角膜形状異常が生じる疾患である.女性より男性に多く,片眼性も両眼性もある.原因は不明だが,円錐角膜などの合併例,円錐角膜の家族歴などから,円錐角膜の類縁疾患と考えられている4?8).典型例では細隙灯顕微鏡にて下方角膜周辺部に水平に細長い帯状の菲薄部が存在し,菲薄部と角膜中央の間に角膜がもっとも突出する部位を認め,突出部が視軸の下方にあることから高度の倒乱視傾向を示す.フォトケラトスコープでは,中央のリングは卵型の不正倒乱視を示し,ビデオケラトグラフィーによるカラーコードマップでは角膜中央に縦に寒色の蝶ネクタイ状,下方に三日月状の急峻化を認める4,5).治療はおもに対症療法であり,軽症例では角膜不正乱視に対してハードコンタクトレンズを処方する.重症例では角膜移植が必要となるが,病変部が偏心しているため円錐角膜より手術の難易度が高いとされている5).角膜菲薄化疾患であり,laserinsitukeratomileusis(LASIK)は,術後角膜拡張症の発症リスクが高く,禁忌とされている.最近では角膜クロスリンキングの有用性が報告されている6,8,9).近年,海外では,ペルーシド角膜変性や円錐角膜に対してトーリックIOLを挿入した症例も報告されている10?12).またわが国では,有水晶体トーリック眼内レンズ(PhakicTORICIOL)を挿入し良好な視力を得た症例も報告されている13,14).本症例は,術前のカラーコードマップで,ペルーシド角膜変性のパターンを示していたが,角膜下方周辺部の菲薄化,突出が比較的軽度であり,倒乱視成分をトーリックIOLで矯正することで,より乱視が軽減し,より良好な視力が得られたと考えられた.ただし,本症例は59歳であり,ペルーシド角膜変性の進行の恐れが少なく,また2年間角膜不正乱視の進行が認められないことを確認しているが,より若年の症例で角膜不正乱視が進行する可能性がある場合は,トーリックIOLの適応には慎重であるべきと思われる.本症例手術施行時に使用できたトーリックIOLはアクリソフRIQTORIC(SN6AT3?SN6AT5)のみで円柱度数が角膜平面換算で最大2.06D(SN6AT5)であったが,現在はより乱視矯正効果の高い度数の強いモデル(SN6AT6?SN6AT9:2.50D?4.0D)が使用可能であり,本症例のように不正乱視があっても正乱視成分の矯正が期待できる症例では,さらに乱視が軽減できる可能性があると思われる.角膜不正乱視がある症例であっても術前にビデオケラトグラフィーを施行し,慎重に適応を検討したうえで,本症例のように,トーリックIOLで乱視の軽減を得,より良好な視力を獲得することができる可能性があると思われた.文献1)鳥居秀成,根岸一乃:さまざまな軸マーキング法と手術手技.眼科手術24:277-285,20112)小川智一郎,柴琢也:現在使用可能なトーリック眼内レンズの仕組み,適応.眼科手術24:272-276,20113)ビッセン宮島弘子:トーリック眼内レンズ.南山堂,20104)津村朋子,前田直之,渡辺仁ほか:ペルーシド角膜変性症の臨床所見の特徴.眼紀49:922-925,19985)真鍋禮三,木下茂,大橋裕一ほか:角膜クリニック第2版,医学書院,20036)許斐健二,島﨑潤:円錐角膜疾患総論.あたらしい眼科27:419-425,20107)SridharMS,MaheshS,BansalAKetal:Pellucidmarginalcornealdegeneration.Ophthalmology111:1102-1107,20048)JinabhaiA,RadhakrishnanH,O’DonnellC:Pellucidcornealmarginaldegeneration:Areview.ContLensAnteriorEye34:56-63,20119)SpadeaL:CornealcollagencrosslinkingwithriboflavinandUVAirradiationinpellucidmarginaldegeneration.JRefractSurg26:375-377,201010)JaimesM,Xacur-GarciaF,Alvarez-MelloniDetal:Refractivelensexchangewithtoricintraocularlensesinkeratoconus.JRefractSurg27:658-664,201111)LuckJ:Customizedultra-high-powertoricintraocularlensimplantationforpellucidmarginaldegenerationandcataract.JCataractRefractSurg36:1235-1238,201012)KamiyaK,ShimizuK,HikitaFetal:Posteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforhighmyopicastigmatismineyeswithpellucidmarginaldegeneration.JCataractRefractSurg36:164-166,201013)中村友昭:特殊例へのPhakicIOLの応用.IOL&RS22:312-316,200814)神谷和孝:特殊症例への応用.IOL&RS24:29-33,2010〔別刷請求先〕佐藤陽平:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:YoheiSato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN(141)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161223図1細隙灯顕微鏡所見左眼に後?下白内障を認める.図2ビデオケラトグラフィーによるカラーコードマップa:平成22年11月20日,b:平成20年1月24日.約2年経過しても不正乱視の進行は認めていない.図3本症例のトーリックカリキュレーターの出力結果図4術翌日の前眼部写真軽度の角膜下方の菲薄化を認める.表1術前後の自覚屈折,裸眼視力,矯正視力,ケラトメータ値の比較1224あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(142)143)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161225

透過型電子顕微鏡にて病理像を観察したMicrosporidiaによる角膜炎の1例

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1218?1221,2016c透過型電子顕微鏡にて病理像を観察したMicrosporidiaによる角膜炎の1例川口秀樹*1鈴木崇*1宇野敏彦*2宮本仁志*3首藤政親*4大橋裕一*1*1愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座*2白井病院*3愛媛大学医学部附属病院診療支援部*4愛媛大学総合科学研究支援センターTransmittingElectronMicroscopyFindingsinaCaseofMicrosporidialKeratitisHidekiKawaguchi1),TakashiSuzuki1),ToshihikoUno2),HitoshiMiyamoto3),MasachikaShudo4)andYuichiOhashi1)1)DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,2)ShiraiHospital,3)DepartmentofClinicalLaboratory,EhimeUniversityHospital,4)EhimeUniversity,IntegratedCenterforSciences今回,Microsporidiaによる角膜炎と思われる1例に対して,治療的にdeepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK)を施行し,得られた角膜片を透過型電子顕微鏡にて観察したので報告する.症例は71歳,男性,角膜擦過物の微生物学的検査にて真菌性角膜炎に合併したMicrosporidiaによる角膜炎と診断され,抗真菌薬を用いた治療を受け,真菌性角膜炎は治癒した.しかしながら,顆粒状の角膜細胞浸潤は軽快しなかったため,治療的にDALKを施行した.切除した角膜片を透過型電子顕微鏡にて観察したところ,角膜実質内に散在的に直径約1?2μmの胞子を認めた.胞子内には極管(polartube)とよばれる臓器を認め,所見より,Microsporidiaと考えられた.術後,角膜が透明化し視力は向上した.角膜実質内に侵入したMicrosporidiaによる角膜炎は,有効な治療薬が少なく,治療的角膜移植を選択する必要がある.Wereportacaseofmicrosporidialkeratitistreatedwiththerapeuticlamellarkeratoplasty,inwhichtransmissionelectronmicrographs(TEM)revealedmicrosporidiainremovedcornea.Thepatient,a71-year-oldmalediagnosedasfungalkeratitiswithmicrosporidialkeratitisviamicrobiologicaltestingofcornealscrapings,wastreatedwithantifungaldrugs.Althoughthecornealinfiltrationoffungalkeratitissubsided,thegranularinfiltrationcausedbymicrosporidiagraduallyincreased.Wethereforeperformedlamellarkeratoplastytoremovetheinfectiousfocus.TEMshoweddiffusemicrosporidialspores1-2μmdiameterinthestromaoftheremovedcornea,andillustratedthepolartubeinthesporecytoplasmthatischaracteristicofmicrosporidia.Aftersurgery,thecornearecoveredtransparencyandcorrectedvisualacuityincreased.Sincetherearefeweffectivemedicaltreatmentsformicrosporidialkeratitiswithstromalinfiltration,itmaybenecessarytoperformtherapeutickeratoplasty.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1218?1221,2016〕Keywords:微胞子虫,角膜炎,透過型電子顕微鏡.Mircospordia,keratitis,transmittingelectronmicroscopy.はじめにMicrosporidia(微胞子虫)はさまざまな動物や人の細胞内に寄生する偏性細胞内寄生体であり,ミトコンドリアを欠く単細胞真核生物である.その胞子は1?10μmの卵形をしており,胞子内には極管(polartube)および極帽(polarcap)が存在し,1つまたは2つの核をもつ.おもに免疫不全患者に下痢や気管支炎,筋炎などを引き起こす日和見病原体であるが,これまでに判明している1,300以上の種うち,人への感染を起こす病原体は14種程度といわれている1).Microsporidiaは,流行性角膜結膜炎に類似した結膜炎を引き起こすのみならず,角膜炎の原因にもなりうる.Microsporidiaによる角結膜炎が初めて報告されたのは1973年であり,以来インド,シンガポール,台湾を中心に報告がなされている2,3).発症のリスクファクターとして,角膜外傷の既往や免疫抑制薬の使用歴などがあげられ,臨床所見では多くは軽度から中等度の充血が認められ,角膜における臨床所見として多発性,斑状の上皮細胞浸潤や角膜膿瘍などさまざま認められる.Microsporidiaの存在を確認する検査としては,光学顕微鏡,透過電子顕微鏡(transmittedelectronmicroscopy:TEM),間接蛍光抗体法(immunofluorescenceassays:IFA)などがある4).なかでも,光学顕微鏡を用いた塗抹標本の確認が,Microsporidiaによる角膜炎を診断するうえでもっとも重要であり,とくに好酸性染色によって赤く染色される胞子を確認することによって検出する3).通常の培養検査ではMicrosporidiaは増殖しないため検出できないが,PCR検査や生体共焦点顕微鏡検査も診断として利用されている5,6).現在のところ,わが国では筆者らが報告した真菌性角膜炎に合併したMicrosporidiaによる角膜炎の1例のみである7).この症例において,残存した角膜実質内の浸潤病巣に対しては,1%ボリコナゾール点眼で経過観察していたが,浸潤病巣が増加し視力低下をきたしたため,治療的deepanteriorlamellarkeratoplasty(DALK)を施行した.今回,筆者らは得られた角膜片をTEMにて病理像を観察したので報告する.I症例患者:71歳,男性.主訴:右眼視力低下.職業:農業従事者.現病歴:昭和52年より関節リウマチに伴う右眼の周辺部角膜潰瘍に対して,長期間抗菌薬,ステロイド点眼を投与されていた.平成22年頃から右眼の角膜実質の淡い顆粒状の細胞浸潤を広範囲に認め,さらに平成24年には角膜細胞浸潤が増悪し,角膜擦過物の微生物検査より,Candida角膜炎に合併したMicrosporidiaによる角膜炎と診断した7).抗真菌薬の使用により,真菌性角膜炎による病巣は消失したが,Microsporidiaによる角膜炎の所見(顆粒状浸潤)は残存していたため,1%ボリコナゾールに加えて,レバミピド,0.1%フルオロメトロン,0.3%ガチフロキサシン,0.3%ヒアルロン酸,プレドニゾロン2mg内服にて経過観察していた.平成27年3月より,角膜実質内の細胞浸潤の増悪を認め,視力低下が進行してきたため,再度入院となった.入院時所見:矯正視力は右眼0.01,左眼0.02(左眼は緑内障による視神経萎縮による視力低下).右眼眼圧は測定不能であった.細隙灯顕微鏡検査において右眼角膜は周辺部潰瘍を繰り返しているため混濁しており,鼻側から結膜侵入を伴っていた.中央部角膜実質内にはびまん性淡い顆粒状の細胞浸潤を認めた(図1).さらに,前眼部OCT検査では角膜の菲薄化と実質の深層までの混濁が観察された(図2).経過:病巣擦過物の塗抹検査を行ったところ,好酸性染色であるKinyoun染色にて,陽性に染色される直径1?4μmの卵形の像を認めた.塗抹検査所見からMicrosporidiaによる角膜炎が進行した状態と診断し,頻回の角膜擦過,0.5%モキシフロキサシン点眼,8倍PAヨード点眼を行った.しかし,角膜実質内細胞浸潤は改善せず,さらに角膜混濁が増悪したため,内科的治療の継続は困難と考え,治療的にDALKを施行した.術中,可能な限り,Descemet膜付近まで角膜を切除し,ドナー角膜を端々縫合し,手術を終了した.術後は0.3%ガチフロキサシン点眼,0.1%リン酸ベタメタゾン点眼を行い,角膜は徐々に透明化し(図3),右眼矯正視力も0.2pまで向上したため,退院となった.TEM所見:摘出角膜を2.5%グルタルアルデヒドで2時間固定し,洗浄後,さらに2%酸化オスミウムにて2時間固定した.洗浄,脱水後,樹脂であるEpon812に包埋した.角膜を垂直に60nmの切片で切断した後に酢酸ウラニル水溶液,硝酸鉛溶液による2重染色を行い,JEM1230(JOEL)のTEMを用いて観察した.弱拡大(5,000倍)での観察では,角膜実質繊維層の構造が破壊され,乱れた角膜実質繊維層間に散在する厚い細胞壁を有する直径1?2μmの卵型の胞子を複数認めた(図4).さらに,厚い細胞壁を認めるも,細胞内が破壊,変性し,長径2?4μmの楕円形に膨張した変性した胞子も複数認めた.さらに強拡大(50,000倍)では胞子内にMicrosporidiaに認められる極管(polartube)と核(nucleus)を確認できた(図5).II考察Microsporidiaによる角結膜炎は非常にまれな眼感染症であり,わが国では筆者らがすでに報告した本症例のみである.しかしながら,海外ではアジアを中心に報告例が増加しており,さらにMicrosporidiaが環境中に存在していることから,わが国においても今後の発生には注意が必要である.診断として,角膜擦過の塗抹検査が重要であるが,好酸性染色やファンギフローラ染色などの特殊染色が必要であり,また,一般的な検査室における認知度も低いため,検出が困難な場合も想定される.さらに,光学顕微鏡を用いた検査では,胞子の染色性,大きさ,形のみで診断するため,確実にMicrosporidiaを確認するためには,TEMによって,細胞内の構造を確認することが必要である8).Microsporidiaの胞子の内部には特徴的なコイル状の構造があり,極管とよばれている.本症例のTEMにおいても,コイル状の構造の断面が確認でき,極管を観察できたため,確実にMicrosporidiaであると考えられた.極管は,宿主細胞を突き刺すことで感染を成立させると考えられており,Microsporidia感染症の病態においても重要な器官である.また,TEMによって観察された胞子の大きさは,細胞が損傷していないものは1?2μm,細胞が損傷されているものは2?4μmと大きくなっていた.この現象は,細胞が損傷されると細胞内外の浸透圧の影響で細胞壁がダメージを受けるために大きくなっていると推測できる.今回,角膜擦過物の塗抹標本の観察では1?4μmの胞子を確認したが,そのなかでも直径が大きく楕円形の胞子は損傷されている可能性が高いことが考えられる.そのため,塗抹標本の胞子の大きさを確認することは,病態や治療効果を考えるうえで重要な情報である可能性が高い.前述のようにMicrosporidiaによる角結膜炎の診断には,塗抹標本検査が必須であるが,近年,PCR法によるMicrosporidiaの遺伝子の検出も期待されている.PCR法と塗抹標本検査の診断を比較した検討では,トリクロム染色は感度64%・特異度100%,カルコフロール染色では感度80%・特異度82%であるのに対して,PCR法は感度100%で特異度97.9%であり,PCR法の有用性が報告されている9).今回はPCR法を施行していないが,診断の向上には,塗抹標本検査のみならずPCR法の併用も今後検討する必要がある.Microsporidiaのなかでも,角膜炎や結膜炎をおこすものに,Encephalitozoonintestinalis,Encephalitozoonhellemがある.しかしながら,TEMによる形態の観察では,両者の鑑別はむずかしい.Microsporidiaの種の同定に一般的に用いられるのは遺伝子の塩基配列を用いた方法である.さらに間接蛍光抗体法においてモノクローナル抗体がEncephalitozoonspp.やE.bieneusiの同定に有用であったという報告もある10).今回は摘出角膜をTEMの観察にのみ使用したため行っておらず,原因となったMicrosporidiaの種は不明である.わが国でのMicrosporidiaによる角結膜炎の病態を考察するにも,今後は,TEMや遺伝子学的検査を用いた検討が必要と思われる.今回,内科的な治療には反応せず,角膜実質内の細胞浸潤が増悪した.TEM所見では,実質繊維の構造の変化は認めるものの,好中球などの炎症細胞の存在は少なかった.このことは,実質の混濁は炎症に起因するものではなく,実質の構造が変化したことで生じている可能性を示唆している.さらに,Microsporidiaの胞子は損傷を受けた後にも自己融解せず,角膜実質内に存在していることより,たとえ治療によって細胞が障害されても,細胞が長期間存在し,そのことによって角膜実質の構造を変化させていることも考えられる.そのため,実質浸潤を認めた症例では,内科的治療は困難である可能性も高く,外科的には胞子を除去することが望ましい.上皮や実質浅層に病巣がある場合は,掻爬が有効であり11),実質全体に病巣がある場合は角膜移植が必要である.DALKが治療に有効であった症例も報告されており12),移植の術式については,細隙灯顕微鏡所見に加えて,前眼部OCT検査によって混濁の部位を確認し選択することが重要であると思われた.本症例においても,前眼部OCT検査において,角膜実質全体が混濁しており,術前に全層角膜移植もしくはDALKを考慮したが,関節リウマチに伴う周辺部角膜潰瘍を繰り返していることで,移植後拒絶反応の可能性も高いため,DALKを選択した.術後,角膜は透明化したが,緑内障手術の既往や長期間の角膜疾患を罹患しており,内皮機能の減少による水疱性角膜症の出現には十分注意する必要があると思われる.わが国においてMicrosporidiaによる角膜炎は非常にまれではあるが,局所的に免疫状態が低下している場合は発症する可能性がある.本症例では農業従事者であること,関節リウマチからの周辺部潰瘍,またステロイド点眼などが発症の契機となったと推測される.また,本疾患のわが国における認知度は決して高くないため,原因不明の角膜炎として治療されている可能性も少なくないと思われる.そのため,原因不明の角膜炎において本疾患を鑑別疾患の一つにあげ,塗抹標本検査のみならず,治療的角膜移植をする場合は,切除角膜をTEMで観察することで,本疾患の可能性を検索することも重要であると思われる.文献1)DidierES,WeissLM:Microsporidiosiscurrentstatus.CurrOpinInfectDis19:485-492,20062)AshtonN,WirasinhaPA:Encephalitozoonosis(nosematosis)ofthecornea.BrJOphthalmol57:669-674,19733)SharmaS,DasS,JosephJetal:Microsporidialkeratitis:needforincreasedawareness.SurvOphthalmol56:1-22,20114)YazarS,KoruO,HamamciBetal:Microsporidiaandmicrosporidiosis.TurkiyeParazitolDerg37:123-134,20135)FanNW,WuCC,ChenTLetal:Microsporidialkeratitisinpatientswithhotspringsexposure.JClinMicrobiol50:414-418,20126)DasS,SharmaS,SahuSKetal:Diagnosis,clinicalfeaturesandtreatmentoutcomeofmicrosporidialkeratoconjunctivitis.BrJOphthalmol96:793-795,20127)友岡真美,鈴木崇,鳥山浩二ほか:真菌感染症を併発したMicrosporidiaによる角膜炎の1例.あたらしい眼科31:737-741,20148)WalkerM,KublinJG,ZuntJR:Parasiticcentralnervoussysteminfectionsinimmunocompromisedhosts:malaria,microsporidiosis,leishmaniasis,andAfricantrypanosomiasis.ClinInfectDis42:115-125,20069)SaigalK,KhuranaS,SharmaAetal:ComparisonofstainingtechniquesandmultiplexnestedPCRfordiagnosisofintestinalmicrosporidiosis.DiagnMicrobiolInfectDis77:248-249,201310)Al-MekhlafiMA,FatmahMS,AnisahNetal:Speciesidentificationofintestinalmicrosporidiausingimmunofluorescenceantibodyassays.SoutheastAsianJTropMedPublicHealth42:19-24,201111)DasS,WallangBS,SharmaSetal:Theefficacyofcornealdebridementinthetreatmentofmicrosporidialkeratoconjunctivitis:aprospectiverandomizedclinicaltrial.AmJOphthalmol157:1151-1155,201412)AngM,MehtaJS,MantooSetal:Deepanteriorlamellarkeratoplastytotreatmicrosporidialstromalkeratitis.Cornea28:832-835,2009〔別刷請求先〕川口秀樹:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科眼科学講座Reprintrequests:HidekiKawaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,EhimeUniversity,GraduateSchoolofMedicine,Shitsukawa,Toon-shi,Ehime791-0295,JAPAN12181220あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(139)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161221図1入院時前眼部写真角膜中央部に淡い顆粒状の細胞浸潤,角膜周辺部の鼻側からの結膜侵入を認める.図2前眼部OCT検査所見角膜全体の混濁,周辺部の菲薄化を認める.図3退院時前眼部所見角膜混濁の改善を認める.図4切除角膜のTEM所見(×5,000倍)角膜実質内に2重の細胞壁を認める直径1?2μmの胞子(?)を複数認める.また,変性したと思われる胞子像も観察される(?).図5切除角膜のTEM所見(×50,000倍)胞子の内部に極管(polartube)(?),核(nucleus)(?)を認める.

アレルギー性結膜疾患における涙液中amphiregulin値の検討

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1213?1217,2016cアレルギー性結膜疾患における涙液中amphiregulin値の検討野村真美稲田紀子庄司純日本大学医学部視覚科学系眼科学分野EvaluationofAmphiregulinLevelsinTearsofPatientswithAllergicConjunctivalDiseasesMamiNomura,NorikoInadaandJunShojiDivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine目的:涙液中amphiregulin(AREG)値の眼アレルギー検査としての有用性の検討.対象および方法:対象は,アレルギー性結膜炎(AC)群11例,アトピー性角結膜炎(AKC)群18例,春季カタル(VKC)群27例およびコントロール群19例である.方法は,Schirmer試験紙に採取した涙液を検体として,enzyme-linkedimmunosorbentassay法により涙液中AREG濃度を測定し,カットオフ値(0.4ng/ml)以上を陽性,カットオフ値未満を陰性として,各群の陽性率について検討した.結果:涙液中AREGの陽性率は,AC群11例中7例,AKC群18例中11例,VKC群27例中11例であり,コントロール群(陽性:19例中1例)と比較して全群で有意に陽性率が高値であった(AC群:p<0.005,AKC群:p<0.001,VKC群:p<0.001,Fisher直接確率).涙液中AREG値は,感度51.8%および特異度94.7%であった.結論:涙液中AREG値は,眼アレルギー検査として有用である.Purpose:Toinvestigatetheusefulnessofamphiregulin(AREG)levelsintearsasanocularallergytest.SubjectsandMethods:Subjectsweredividedintothefollowingfourgroups:allergicconjunctivitis(AC)group(11patients),atopickeratoconjunctivitis(AKC)group(18),vernalconjunctivitis(VKC)group(27)andcontrolgroup(19).RegardingtearspecimenscollectedbySchirmertestpapers,AREGlevelsweredeterminedbyenzymelinkedimmunosorbentassay.Belowcutoffvalue(0.4ng/ml)wasdeemednegativeandabovecutoffvaluewasdeemedpositive;resultswereevaluatedastothepositiverateofeachgroup.Results:ThepositiveratesofAREGintearswere7of11,11of18and11of27intheAC,AKCandVKCgroups,respectively;allpositivegroupsratedsignificantlyhigherthanthecontrolgroup(ACgroup:p<0.005,AKCgroup:p<0.001,VKCgroup:p<0.001,Fisherdirectprobability).TheAREGlevelintearswas51.8%forsensitivityand94.7%forspecificity.Conclusion:TheAREGlevelintearsisusefulasanocularallergytest.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1213?1217,2016〕Keywords:amphiregulin,アレルギー性結膜疾患,涙液検査.amphiregulin,allergicconjunctivaldiseases,teartest.はじめに1988年にヒト乳がん細胞から発見されたamphiregulin1)は,EGF(epidermalgrowthfamily)familyに分類され,細胞の増殖,生存,分化に重要な役割を果たしていることが知られている2).Amphiregulinは,おもにマスト細胞から産生されると考えられており,マスト細胞の脱顆粒とともに組織中に放出される.また,特異な環境下では,好酸球3)や好塩基球4)からの産生も報告されており,即時型アレルギー反応や感染症の病態への関与が検討されている.近年,amphiregulinの研究が進んでいる気管支喘息の領域では,amphiregulinが肺マスト細胞に多量に存在すること5),ヒト肺上皮細胞のムチン遺伝子の発現を増強させ粘液分泌を増強すること5),線維芽細胞の線維化を促進させることにより気管支のリモデリングに関与すること6)などが報告されている.また,気管支喘息以外のアレルギー疾患におけるamphiregulinの検討については,アトピー性皮膚炎7)やスギ花粉によるアレルギー性鼻炎8)などの報告がある.しかし,アレルギー性結膜疾患におけるamphiregulinの関与に関しては,不明な点が多く残されている.今回,筆者らはアレルギー性結膜疾患患者の涙液中amphiregulin濃度を測定し,涙液中バイオマーカーとしての有用性について検討を行った.I対象および方法本研究は,日本大学医学部附属板橋病院臨床研究審査会の承認を受けて実施した.1.対象対象は,2012年6月?2013年6月に日本大学医学部附属板橋病院眼科を受診し,かつアレルギー性結膜疾患診療ガイドライン9)の診断基準に従って季節性アレルギー性結膜炎,通年性アレルギー性結膜炎,アトピー性角結膜炎または春季カタルと準確定もしくは確定診断した56例である.準確定診断の方法は,局所のアレルギー素因として涙液総IgE検査(アレルウォッチR涙液IgE;わかもと製薬/日立化成)もしくは全身のアレルギー素因として血清中抗原特異的IgE抗体価検査のいずれかが陽性を示し,かつアレルギー性結膜疾患の臨床所見を有するものとした.確定診断は,眼脂塗抹標本検査(エオジノステインR染色;鳥居薬品)で好酸球が陽性,かつアレルギー性結膜疾患の臨床所見を有するものとした.アレルギー性結膜疾患56例を,季節性および通年性アレルギー性結膜炎からなるAC群11例,アトピー性角結膜炎からなるAKC群18例および春季カタルからなるVKC群27例に分けて検討した.また,前眼部疾患を有していない健常成人19例をコントロール群とした.各群の症例数,平均年齢,性差,準確定診断および確定診断の内訳については表1に示した.2.涙液採取方法および涙液検体作製方法涙液は,Schirmer試験紙(SchirmertearproductionmeasuringstripsR,昭和薬品工業)を用いて両眼にSchirmer第1法を行い,Schirmer試験紙に涙液を採取した.涙液検体は,涙液を採取したSchirmer試験紙を0.5MNaCl,0.5%Tween20添加0.05Mリン酸緩衝液(phosphatebufferedsolution:PBS,pH7.2)中に一晩浸漬して涙液を溶出し,40倍希釈涙液を作製して検体として使用した.3.涙液中amphiregulin濃度の測定涙液中amphiregulin濃度は,RayBioHumanAmphiregulinELISAkit(RayBiotech社)を用いたenzyme-linkedimmunosorbentassay(ELISA)法で測定し,涙液amphiregulin値とした.また,本キットの測定レンジから,0.4ng/ml以上を陽性,0.4ng/ml未満(測定下限値未満)を陰性として,各群の陽性率ならびに感度と特異度について検討した.4.統計学的解析涙液amphiregulin値の各群間比較は,Kruskal-Wallis検定を用い,陽性率は,Fisher直接確率を用いて検討した.結果は,危険率5%未満を有意差ありと判定した.II結果1.涙液中amphiregulin値の陽性率および感度・特異度AC群,AKC群およびVKC群における涙液中amphiregulinの陽性率を表2,3,4に示した.AC群,AKC群およびVKC群ともにコントロール群と比較して有意に陽性率が高値であった(AC群:p<0.005,VKC群:p<0.001,VKC群:p<0.001).AC群,AKC群およびVKC群を対象とした涙液中amphiregulin値の感度および特異度を表5に示す.涙液中amphiregulin値によりアレルギー性結膜疾患を診断する場合の感度は51.8%,特異度は94.7%と算出された.また,3群のなかではAC群がもっとも感度が高値を示した.2.涙液中amphiregulin値涙液中amphiregulin値が陽性を示した検体の涙液中amphiregulin値は,AC群(n=7)で2.5(0.5?3.4)[中央値(レンジ)]ng/ml,AKC群(n=11)で0.9(0.5?9.6),VKC群(n=11)で1.3(0.4?4.8)で,各群の測定値に統計学的有意差はみられなかった(p=0.145,Kruskal-Wallis検定)(図1).また,コントロール群では,1例のみ陽性を示し,測定値は1.3ng/mlであった.3.代表症例今回の測定で涙液amphiregulin値が最高値を示した症例を提示する.症例は,35歳,男性.数年前よりアトピー性角結膜炎の診断で近医に通院し,憎悪と寛解とを繰り返していた.右眼の羞明,疼痛,流涙が増悪したため当科紹介受診となった.右眼前眼部所見を図2に示す.眼瞼結膜に明らかな巨大乳頭の所見はなかったが,ビロード状乳頭増殖と強い線維化がみられた(図2a).また,球結膜には高度の充血と輪部腫脹とがあり,角膜にシールド潰瘍がみられた(図2b).涙液amphiregulin値は9.6ng/mlと高値であった.III考按Amphiregulinは,EGFfamilyに属する成長因子の一つであり,おもにマスト細胞の脱顆粒で放出されるマスト細胞に関連の深い物質であると考えられている.一方,I型(即時型)アレルギー反応は,マスト細胞表面の高親和性IgE受容体(FceRI)に結合した抗原特異的IgE抗体と抗原(アレルゲン)とが反応することにより,マスト細胞が脱顆粒し,種々のケミカルメディエーターを放出することで発症するアレルギー反応である.したがって,マスト細胞の脱顆粒に関連する因子であるamphiregulinは,I型アレルギー反応の指標になる可能性が考えられる.今回筆者らは,涙液中amphiregulin値を測定することにより,涙液中amphiregulin値のアレルギー性結膜疾患における眼アレルギー検査としての有用性について検討した.今回検討した涙液中amphiregulin陽性率は,AC群,AKC群,VKC群ともにコントロール群と比較して有意に高値であることが判明した.また,感度および特異度に関しては,感度は51.8%,特異度は94.7%であった.現在,アレルギー性結膜疾患の診断用として日常診療に用いられている涙液検査法には,イムノクロマトグラフィ法を用いた涙液総IgE測定キット(アレルウォッチR涙液IgE,わかもと製薬/日立化成)がある.このキットにおけるアレルギー性結膜疾患での陽性率は72.2%であったと報告されている10).したがって,涙液中amphiregulin値は,感度の面ではやや低値であるものの,特異度は高値でありアレルギー性結膜疾患の診断には有用なマーカーであると考えられた.また,涙液中amphiregulin値に関しては,AKC群およびVKC群で高値の症例がみられるものの,全体としてはAC群,AKC群およびVKC群の群間で差はなかった.これまでにアレルギー性結膜疾患の診断上有用として報告されている涙液中バイオマーカーには,総IgEやeosinophilcationicprotein(ECP)などがある9,11).これらのバイオマーカーを用いた涙液検査は,アトピー性角結膜炎および春季カタルでは高値,季節性アレルギー性結膜炎では低値となることから,軽症例では診断率が低値となる問題点が指摘されていた.しかし,今回の涙液中amphiregulin値は,アレルギー性結膜疾患の各病型間でほとんど差がなかったことから,amphiregulinをバイオマーカーに用いた涙液検査は,適当なカットオフ値を設定することにより,有用な臨床検査と成りうる可能性が考えられた.一方,amphiregulinのバイオマーカーとしての可能性については,Kimら12)が,小児の気管支喘息患者では,喀痰中amphiregulin濃度が健常者と比較して有意に増加しており,喀痰中好酸球数および喀痰中eosinophilcationicprotein濃度と有意な正の相関,1秒量(FEV1)と有意な負の相関を認めたと報告していることから,気管支喘息の喀痰中バイオマーカーとして有望視されている.また,この報告では,小児気管支喘息患者の喀痰中amphiregulin濃度の平均は10.80pg/mlであったと報告されている.今回筆者らが測定した涙液中amphiregulin値は,中央値がもっとも高いAC群で2.5ng/ml(2.5×103pg/ml)と高値を示した.すなわち,アレルギー性結膜疾患患者の涙液検査では,高濃度のamphiregulinが検出されることが推測され,アレルギー性結膜疾患で陽性率が有意に上昇した結果になったと考えられた.一方で,竹内ら8)は,スギ花粉症患者鼻汁中のamphiregulin濃度をELISA法で測定し,健常者とスギ花粉症患者とを比較した結果,スギ花粉症患者で高値を認めたものの,両群間に有意差はなかったとし,花粉症患者の鼻汁中amphiregulin濃度の中央値は317pg/mlであると報告している.この論文では,花粉症患者の鼻汁量が健常者と比較して多量であったため,花粉症患者の鼻汁中amphiregulin濃度が希釈されていた可能性を指摘している.今回の涙液中amphiregulin値は,濾紙法により採取した涙液をELISA法により測定したが,この測定には,ELISA測定に必要な検体量も考慮して40倍希釈涙液を用いた.そのため,測定下限値が0.4ng/ml(400pg/ml)となったが,喀痰中や鼻汁中のamphiregulin濃度から推察すると,涙液検査が偽陰性となった検体が存在し,感度が低値となった可能性が示唆された.今後,涙液中amphiregulin値を臨床検査として実用化するためには,特異度を維持しながら感度を上げる測定方法について検討する必要があると考えられた.また,Okumuraら5)は,amphiregulinがマスト細胞から分泌され,この反応はステロイドでは抑制されず,気道粘膜のマスト細胞におけるamphiregulin発現と気管支喘息患者でみられる気道のリモデリングとして知られるゴブレット(goblet)細胞の過形成とが相関することを報告している.これらの結果は,ステロイド治療に抵抗して気道のリモデリングが進行する気管支喘息患者の有用なバイオマーカーとなりうる可能性を示唆している.また,Tominagaら13)は,アトピー性皮膚炎マウスモデルの表皮において神経伸長作用をもつamphiregulinが顕著に増加していることを明らかにし,痒みの発現にamphiregulinの関与が示唆されると報告している.Amphiregulinの発現は,マスト細胞以外にも,アレルギー炎症に関与する好酸球ではgranulocyte-macrophagecolonystimulationfactor刺激により3),好塩基球ではinterleukin-3の刺激により発現がみられると報告され4),アレルギー炎症への関与も示唆されている.今回の実験結果により,涙液amphiregulin値は,アレルギー性結膜疾患の診断に有用な臨床検査と成りうる可能性が示された.しかし,今回の検討では,涙液中のamphiregulin濃度の増加に関する臨床的解釈については不明であった.涙液amphiregulin濃度の上昇が,マスト細胞の脱顆粒が主反応とされるI型アレルギー反応の即時相で生じるのか,アレルギー炎症が主反応とされる遅発相で生じるのか,または,ある種の増悪因子に関連して増加するのかについても疑問が残る点である.今後,涙液中amphiregulin濃度と病態との関連を検索するためには,結膜抗原誘発試験(conjunctivaantigenchallengetest:CACtest)などによる経時的な検討が必要であると考えられ,重症度との関連については臨床スコアなどとの比較により,これらの疑問点を解決することが臨床検査としての涙液amphiregulin検査の実用化に必要なことであると考えられた.文献1)ShoyabM,McDonaldVL,BradleyJGetal:Amphiregulin:Abifunctionalgrows-modulatingglycoproteinproducedbythephorbol12-myristate13-acetate-treatedhumanbreastadenocarcinomacelllineMCF-7.ProcNatlAcadSciUSA85:6528-6532,19882)FalkA,FrisenJ:Amphiregulinisamitogenforadultneuralstemcells.JNeurosciRes69:757-762,20023)MatsumotoK,FukudaS,NakamuraYetal:Amphiregulinproductionbyhumaneosinophil.IntArchAllergyImmunol149(Suppl1):39-44,20094)QiY,OperarioDJ,OberholzerCMetal:HumanbasophilexpressamphiregulininresponsetoTcell-derivedIL-3.JAllergyClinImmunol126:1260-1266,20105)OkumuraS,SegaraH:FceRI-mediatedamphiregulinproductionbyhumanmastcellsincreasesmucingeneexpressioninepithelialcells.JAllergyClinImmunol115:272-279,20056)WangSW,OhCK,ChoSHetal:Amphiregulinexpressioninhumanmastcellsanditseffectontheprimaryhumanlungfibroblasts.JAllergyClinImmunol115:287-294,20057)KubanovAA,KatuninaOR,ChikinVV:Expressionofneuropeptides,neurotrophins,andneurotransmittersintheskinofpatientswithatopicdermatitisandpsoriasis.BullExpBiolMed159:318-322,20158)竹内万彦,鈴木慎也,間島雄一ほか:スギ花粉症患者鼻汁中のamphiregulinの測定の試み.耳展51(補1):29-31,20089)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン作成委員会:特集:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第2版).日眼会誌114:829-870,201010)庄司純,内尾英一,海老原伸行ほか:アレルギー性結膜疾患診断における自覚症状,他覚所見および涙液総IgE検査キットの有用性の検討.日眼会誌116:485-493,201211)庄司純:涙液検査からみたアレルギー性結膜疾患.臨眼59:142-148,200512)KimKW,JeeHM,ParkYHetal:Relationshipbetweenamphiregulinandairwayinflammationinchildrenwithasthmaandeosinophilicbronchitis.Chest136:805-810,200913)TominagaM,OzawaS,OgawaH,atal:AhypotheticalmechanismofintraepidermalneuriteformationinNC/Ngamicewithatopicdermatitis.JDermatolSci46:199-210,2007〔別刷請求先〕野村真美:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:MamiNomura,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1Oyaguchi-kamicho,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(131)1213表1対象症例の内訳1214あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(132)表2涙液中amphiregulin陽性率(AC群)表3涙液中amphiregulin陽性率(AKC群)表4涙液中amphiregulin陽性率(VKC群)表5アレルギー性結膜疾患に対する感度・特異度図1涙液中amphiregulin濃度病型別の涙液中amphiregulin濃度を比較したところ,各群間での統計学的有意差はみられなかった(p=0.145,Kruskal-Wallis検定).コントロール群では1例を除いたすべての症例でamphiregulineが陰性であった.図2涙液中amphiregulin濃度が高値を示したアトピー性角結膜炎症例症例は35歳,男性.右眼の眼瞼結膜にはビロード状乳頭増殖と強い線維化がみられる(a).右眼球結膜の充血,輪部堤防上隆起があり,角膜にシールド潰瘍がみられる(b).涙液中のamphiregulin濃度は9.6ng/mlであった.(133)あたらしい眼科Vol.33,No.8,201612151216あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(134)(135)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161217

生理食塩水点眼による涙液メニスカス高の経時的測定

2016年8月31日 水曜日

《第4回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科33(8):1209?1212,2016c生理食塩水点眼による涙液メニスカス高の経時的測定谷吉オリエ鶴丸修士公立八女総合病院眼科SerialMeasurementsofTearMeniscusHeightwithInstillationofSalineOrieTaniyoshiandNaoshiTsurumaruDepartmentofOphthalmology,YameGeneralHospital前眼部光干渉断層計により撮影した涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH)を指標とし,生理食塩水点眼後の涙液排出能を検討した.対象は健常成人36眼(60歳未満17眼,60歳以上19眼)と涙道閉塞例48眼で,自然瞬目下で,生理食塩水点眼前と点眼後5分間の下眼瞼TMHを記録した.点眼前平均TMHは健常成人(216.0μm)より,涙道閉塞例(606.8μm)のほうが有意に高かった.健常成人においては,60歳未満が点眼2分後に点眼前と有意差がなくなったのに対し,60歳以上は次第に低下するものの,5分経過後も点眼前より有意に高かった.涙道閉塞例は,点眼後TMHが高いまま変化せず推移していた.自覚症状とTMHの間に相関はなかった.本法は非侵襲的に涙液排出能を定量することができ,涙道診療において有用な検査法になる可能性がある.Purpose:Toevaluatetearclearanceaftersalineinstillationbymeasuringtearmeniscusheight(TMH)withanteriorsegmentopticalcoherencetomography(AS-OCT).Materials:Thisstudyincluded36eyesofnormalsubjects(17eyesofsubjectslessthan60yearsofageand19eyesofsubjects60yearsorolder)and48eyesofsubjectswithnasolacrimalductobstruction(NLDO).LowerTMHwasmeasuredundernaturalblinkingbeforesalineinstillationandfor5minutesafterinstillation.Results:MeanTMHbeforeinstillationwassignificantlyhigherinsubjectswithNLDO(606.8μm)thaninnormalsubjects(216.0μm)(p<0.01).Innormalsubjectsbelow60yearsofage,TMHat2minutesafterinstillationdidnotdiffersignificantlyfrombeforeinstillation,whereasinsubjects60yearsandolder,TMHgraduallydecreasedafterinstillation,butat5minutesremainedhigherthanbeforeinstillation.InsubjectswithNLDO,TMHincreasedafterinstillationandremainedincreased.TherewasnocorrelationbetweensubjectivesymptomsandTMH.Conclusions:TearclearancecanbequantitativelyandnoninvasivelyevaluatedbymeasuringTMHwithAS-OCT,andTMHmeasurementcanbeusefulindiagnosinglacrimaldrainagefunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1209?1212,2016〕Keywords:涙液メニスカス高,前眼部光干渉断層計,涙道閉塞,涙液排出能.tearmeniscusheight,anteriorsegmentopticalcoherencetomography,nasolacrimalductobstruction,lacrimaldrainagefunction.はじめに流涙症はさまざまな要因により,涙液の分泌過多あるいは排出障害を生じる疾患の総称であり,眼不快感や視機能異常を伴うと定義されている1).これまで眼表面の涙液貯留量を評価する目的で,涙液メニスカスの高さ(tearmeniscusheight:TMH),奥行き,曲率半径など,さまざまな側面から検討されてきた.なかでも,下方TMHは診断精度が高く2.),睫毛や眼瞼縁の影響が少ないことから,涙液量を評価する代表的な指標となっている.前眼部光干渉断層計(以下,前眼部OCT)を用いたTMH撮影は,従来の方法と比べ,非侵襲的で客観性に優れており,ドライアイ鑑別に有用との報告がある3).しかし,流涙症患者の場合は,違和感から涙を拭くことが習慣になっている場合も多く,本来のメニスカス撮影ができないことがある.また,メニスカス自体が,瞬目や測定部位,眼瞼形状の影響を受けるため,そのデータの信頼性や再現性が問題になることがある.そこで,今回筆者らは,点眼負荷により検査直前の条件を統一し,同一部位を経時的に測定することで,正確なTMH評価の可能性を検討した.I対象および方法対象は,流涙や眼脂,ドライアイ症状がなく,通水検査陽性であった健常成人36眼と,平成26年10月~平成27年8月に当科受診し,涙道内視鏡により涙道閉塞と診断された48眼である.健常成人は,60歳未満の17眼と60歳以上の19眼に分けて年齢間の比較検討を行った(表1).事前に研究に対する説明を行い,本人の同意を得た.外傷性や経口抗がん剤TS-1R内服,顔面神経麻痺,眼瞼下垂,高度結膜弛緩症,涙道狭窄例は対象から除外した.TMH撮影には,前眼部観察用アダプタを取り付けた光干渉断層計RS-3000Advance(NIDEK)を用いた.測定プログラムは,OCTスキャンポイント数1024,スキャン長4.0mmの隅角ラインで,下眼瞼の角膜中央を通る垂直ラインで撮影した.まず他の検査に先駆けて対象のTMHを測定した後,常温の生理食塩水の入った点眼ボトル(5ml)で1滴点眼し,20秒ごとに5分間測定した.測定中の5分間は顔を顎台に乗せたまま自然な瞬目を心掛けていただくよう説明した.TMHはOCTで撮影できたメニスカス断面の上下の頂点から引いた垂線の長さを測定した.1人の検者が撮影および解析を行い,アーチファクトなどによりOCT像の解析不能であった場合はデータから除外した.涙道閉塞患者には症状に関する問診を行い(図1),自覚症状とTMHの関連性についても検討した.II結果1.健常成人について(図2)点眼前TMHは60歳未満が173.5±38.1μm,60歳以上が251.1±125.8μmであった.点眼により一時的にTMHが高くなり,60歳未満が2分後には点眼前と差がなくなったのに対し,60歳以上は徐々に低下するものの,5分経過しても点眼前より有意に高かった.点眼前TMHでは年齢による差がなかったが,点眼後のTMH推移では60歳以上のほうが有意に高い結果となった.2.涙道閉塞例について(図3)点眼前TMHは,涙道閉塞例616.8±319.9μmで健常成人の216.0±104.3μmより有意に高かった.涙道閉塞例は,点眼前と比べ,点眼後すべての時点において有意にTMHが高く,健常成人と比べると,全時点で涙道閉塞例のほうが高いTMHを示した.3.自覚症状との関連について(図4)8項目の問診項目それぞれにおいて,TMHとの相関を検討した.その結果,点眼前から点眼後TMHのいずれにおいても各種自覚症状とTMHに明らかな関連はなかった.III考按今回筆者らは,前眼部OCTを用いて,生理食塩水点眼後5分間のTMHの変化を測定した.健常成人の点眼後の結果は,若年者よりも高齢者のほうが元のTMH水準まで戻るのに時間を要した.Zhengら5)は,筆者らと同様に生理食塩水を点眼負荷し,点眼直後と30秒後のTMHの減少率から涙液クリアランス率[(TMH0sec?TMH30sec)/TMH0sec]を算出したところ,正常若年群35.2%,正常高齢群12.4%で有意な変化があったとしている.今回の検討では,点眼液を確実に結膜?に入れるため,いったん頭位を上に向け検者が点眼したのちOCTの顎台に顔を乗せて測定した.また,点眼直後は瞬目過多となり撮影困難であったため,点眼20秒後を最初の測定ポイントに設定した.この点眼20秒後と40秒後から算出した平均涙液クリアランス率は,健常若年28.3%,健常高齢12.8%,涙道閉塞2.5%で,Zhengらとほぼ同様の結果が得られた.高齢者で涙液クリアランス率が低下することについては,眼瞼ポンプや涙小管ポンプ作用の動力源である眼輪筋やHorner筋が加齢に伴って弱まる6)ことによる涙液排出能低下が考えられる.また,涙液メニスカス遮断を引き起こす結膜弛緩の影響も無視できない.今回対象から高度結膜弛緩症の患者を除外しているものの,結膜弛緩そのものは加齢とともに増加し,60歳以上の眼では98%以上に多少なりとも存在しているというデータがある7).結膜弛緩の多くが無症候性である8)ため,自覚症状がなく通水検査陽性の健常者であっても,結膜弛緩による導涙機能の低下が反映された可能性は否定できない.涙道閉塞例について,点眼前TMHは既報9)と同様,涙道閉塞患者は健常成人より有意に高かった.下眼瞼TMHの正常値については機種により差があるものの,およそ0.23~0.29mm9~12)である.仮に正常値上限を0.3mmとすると,今回対象にした涙道閉塞例の10.4%(5眼)が正常範囲内であり,通常の撮影法から涙道閉塞の有無を鑑別することはむずかしい(図5).点眼前に正常値を示した5眼について,詳細を表2に示す.点眼5分後には高いTMHを示した例(No.2,5)については,検査前に涙を拭いてしまったため点眼前のTMHが低く撮影されたか,もともと涙液分泌量が少なく涙液排出能が低下した状態でバランスがとれていた可能性がある.また,全例涙道内視鏡による直視下で閉塞所見を呈しているにもかかわらず,5眼中3眼はやはり点眼後も正常値まで回復することができていた.涙道閉塞があっても涙液排出能が良好な例に関しては,今後閉塞状況などのデータをふやしてさらに検討する予定である.前眼部OCTによる涙液メニスカス測定は簡便に定量が可能で,客観性の高いデータを示すことができる.しかし,流涙症状が強ければ涙液貯留状態が刻々と変化するため,測定するタイミングによって計測結果が大きく異なることがある.本法は検査の汎用性を高める目的で,マイクロピペットを用いず,一般的な点眼ボトルを用いた.そのため,点眼液の大半が結膜?からあふれ,点眼直後のTMHには個体差が大きかった.しかし,同一部位を経時的に測定することで,測定部位の影響をうけることなく固体内の涙液排出能を客観的に記録することができた.従来から導涙機能評価に用いられているJones法やフルオレセインクリアランス試験に比べ,本法は定量性に優れ,検査による侵襲もない13).ただし,より測定時間が短縮でき,解析結果をリアルタイムで表示ができるようになれば,より臨床的な検査法となることが期待できる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)横井則彦:巻頭言─流涙症の定義に想う─.眼科手術22:1-2,20092)鈴木亨:光干渉断層計(OCT)を用いた涙液メニスカス高(TMH)の評価.あたらしい眼科30:923-928,20133)CzajkowskiG,KaluznyBJ,LaudenckaAetal:Tearmeniscusmeasurementbyspectralopticalcoherencetomography.OptomVisSci89:336-342,20124)SmirnovG,TuomilehtoH,KokkiHetal:Symptomscorequestionnairefornasolacrimalductobstructioninadults─anoveltooltoassesstheoutcomeafterendoscopicdacryocystorhinostomy.Rhinology48:446-451,20105)ZhengX,KamaoT,YamaguchiMetal:Newmethodforevaluationofearlyphasetearclearancebyanteriorsegmentopticalcoherencetomography.ActaOphthalmol92:105-111.20146)栗橋克昭:導涙機構の加齢による変化.ダクリオロジー─臨床涙液学─,p57-58,メディカル葵出版,19987)MimuraT,YamagamiS,UsuiTetal:Changeofconjunctivochalasiswithageinahospital-basedstudy.AmJOphthalmol147:171-177,20098)横井則彦:結膜弛緩症と流涙症の関係について教えてください.あたらしい眼科30(臨増):52-54,20139)ParkDI,LewH,LeeSY:TearmeniscusmeasurementinnasolacrimalductobstructionpatientswithFourierdomainopticalcoherencetomography:novelthree-pointcapturemethod.ActaOphthalmol90:783-787,201210)SaviniG,GotoE,CarbonelliMetal:Agreementbetweenstratusandvisanteopticalcoherencetomographysystemsintearmeniscusmeasurements.Cornea28:148-151,200911)BittonE,KeechA,SimpsonTetal:Variabilityoftheanalysisofthetearmeniscusheightbyopticalcoherencetomography.OptomVisSci84:903-908,200712)OhtomoK,UetaT,FukudaRetal:Tearmeniscusvolumechangesindacryocystorhinostomyevaluatedwithquantitativemeasurementusinganteriorsegmentopticalcoherencetomography.InvestOphthalmolVisSci55:2057-2061,201413)鄭暁東:前眼部OCT点眼負荷涙液クリアランス試験.あたらしい眼科31:1645-1646,2014〔別刷請求先〕谷吉オリエ:〒830-0034福岡県八女市高塚540-2公立八女総合病院眼科Reprintrequests:OrieTaniyoshi,DepartmentofOphthalmology,YameGeneralHospital,540-2Takatsuka,Yame,Fukuoka830-0034,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1対象の内訳1210あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(128)(129)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161211図1問診項目NLDO-SS4)を参考に自作した.8項目の症状の強さを10段階で回答する図2健常成人のTMH推移60歳未満は点眼2分後には点眼前のTMHと差がなくなったが,60歳以上は点眼5分後においても点眼前のTMHより高かった.図3健常成人と涙道閉塞におけるTMH推移の比較涙道閉塞例は,点眼によりTMHが上昇したまま,5分経過後も変化がなかった.図4質問の1例とTMHの関係すべての質問項目において,TMHと有意な相関はなかった.図5点眼前の健常成人と涙道閉塞のTMH分布涙道閉塞例のうち5眼(10%)はTMH300μm以下であった.表2点眼前にTMH300μm以下であった涙道閉塞5症例1212あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(130)

涙小管断裂の断裂部位に関する治療成績

2016年8月31日 水曜日

《第4回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科33(8):1206?1208,2016c涙小管断裂の断裂部位に関する治療成績佐久間雅史廣瀬浩士鶴田奈津子田口裕隆伊藤和彦服部友洋久保田敏信国立病院機構名古屋医療センター眼科TreatmentOutcomeofCanalicularLacerationwithRespecttoCanalicularTearSiteMasashiSakuma,HiroshiHirose,NatsukoTsuruta,HirotakaTaguchi,KazuhikoIto,TomohiroHattoriandToshinobuKubotaDepartmentofOphthalmology,NationalHospitalOrganization,NagoyaMedicalCenter目的:涙小管断裂の治療成績を涙小管断裂部位に基づき検討すること.方法:2009年9月?2015年1月に,名古屋医療センター眼科において涙小管断裂と診断され,手術を施行した26例を対象とした.涙点から断裂部位までの距離により,断裂部位が浅い群(14例)と,断裂部位が深い群(12例)に分類し治療成績を検討した.結果:成功率は,全体:22/26(85%),断裂部位の浅い群:12/14(86%),断裂部位の深い群:10/12(83%)であった.考按:涙小管再建術の治療成績と涙小管断裂の部位の間に,明らかな関連はみられなかった.手術にて涙小管断端を正確に同定し縫合すれば,断裂部位は術後結果に大きく影響しないと考えられた.Purpose:Toevaluatethetreatmentoutcomeofcanalicularlacerationwithrespecttothecanaliculartearsite.Methods:Wereviewed26patientsdiagnosedwithcanalicularlacerationwhounderwentreconstructionsurgeryinourhospitalfromSeptember2009toJanuary2015.Weexaminedtreatmentoutcomesbyclassifyingpatientsintotwogroups,basedonthedistancefromlacrimalpunctumtocanaliculartearsite:superficialteargroup(14patients)anddeepteargroup(12patients).Results:Thesuccessrateswereasfollows:allpatients:85%(22/26);superficialteargroup:86%(12/14)anddeepteargroup:83%(10/12).Conclusion:Noclearrelationshipwasobservedbetweencanalicularreconstructionoutcomeandcanaliculartearsite.Itappearsthatwhenthecanalicularstumpsareaccuratelyidentifiedandsuturedduringsurgery,thetearsitedoesnothavesignificantcorrelationwithpostoperativeresults.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1206?1208,2016〕Keywords:涙小管断裂,断裂部位,涙管チューブ,ホルネル筋.canalicularlaceration,tearsite,lacrimaltube,Horner’smuscle.はじめに涙小管断裂は,眼瞼の内眼角付近の外傷により生じる.一般的に,性別は男性で,部位は下眼瞼で頻度が高く,鋭的外傷より鈍的外傷が原因となることが多い1~4).鈍的外傷では殴打やボールなどによるものが多く,鋭的外傷では,金属片やガラス片などによるものが多い2,3).涙小管は,上下涙点より垂直部・水平部を経て総涙小管につながり,内総涙点より涙?に開口する涙道の一部であるとともに,涙液のポンプ機能にも関与している.そのため,涙小管断裂は適切な治療を行わなければ,流涙症を引き起こすことがある.治療は観血的な再建法であり,断裂涙小管の断端の同定を行い,涙管チューブを挿入し,断端と周囲組織を縫合する.受傷部位により治療の難易度が異なるため,一次医療機関で涙小管断端が発見できず,涙小管の再建をせずに眼瞼の縫合のみで経過観察されることもある5).筆者らは,涙小管断裂患者に対する涙小管再建術の治療成績と,涙小管断裂の部位についてretrospectiveに検討した.I方法症例は,2009年9月?2015年1月に,名古屋医療センター眼科にて涙小管断裂と診断され,手術を施行した26例であり,性別は男性が22例,女性が4例で,受傷時年齢は1~91歳(平均43.2歳)であった.受傷側は右側が10例,左側が16例で,上下側が4例,上側が3例,下側が19例であった.受傷原因は,鈍的外傷が21例,鋭的外傷が5例であり,重篤な合併症としては,眼球破裂が1例,眼窩壁骨折が3例であった.二重断裂は認めなかった.受傷から手術までの期間は,受傷当日から32日(平均3.1日)であった.手術は全身麻酔が7例,局所麻酔が19例で,局所麻酔では全例にて滑車下神経ブロックを施行した.はじめに涙点よりブジーを挿入し,涙点から断裂部位までの距離を計測した.涙小管の長さがおよそ10mmであるため,5mm以下を断裂部位が浅い群,5mm以上を断裂部位が深い群と2群に分類した.浅い群が14例(53.9%),深い群が12例(46.1%)であった.つぎに,牽引糸(multipletractionsuture:MTS)6)や釣針型開創鈎などを用いて術野を可能な限り展開し,止血を行い,涙小管の鼻側断端を同定した(図1).受傷32日後に手術を施行した症例では,組織の瘢痕化により,断端の同定が困難であったため,涙?切開を行い,涙?より粘弾性物質(ビスコートR0.5眼粘弾剤)0.2mlほどを注入し,逆行性に涙小管断端を同定した.断裂涙小管の涙点側断端と鼻側断端を確認後,シリコーンチューブ(ヌンチャク型シリコンチューブR,PFカテーテルR:ショートtype)を挿入し,涙小管断端同士を10-0ナイロン糸にて1~3針縫合した.裂傷した眼瞼は外前方に偏移していることが多いため,Horner筋や眼輪筋などの再建を含め,全例必要な限り,7-0ナイロン糸にて,軟部組織,皮膚の縫合も行った.術後療法として,瘢痕抑制薬物は使用しなかった.挿入した涙管チューブは術後3週間?4カ月(平均1.9カ月)後に抜去した.術後結果は,涙管チューブの抜去後に通水テストの結果で判定した.II結果26症例の治療成績を表1に示す.受傷側は,断裂部位が浅い群では,上側が2例,下側が12例,上下側が0例で,断裂部位が深い群では,上側が1例,下側が7例,上下側が4例であった.成功例(成功率)は,断裂部位の浅い群にて12例(83%),断裂部位の深い群にて10例(86%),全体で22例(85%)であった.成功率と断裂部位に明らかな関連はみられなかった.再閉塞例は,断裂部位が浅い群(2例)では,下側が2例で,断裂部位が深い群(2例)では,下側が1例,上下側が1例であった.手術時間は,成功例で平均60.3分,再閉塞例で平均91.5分であった.また,受傷から手術までの日数は,成功例で平均3.2日,再閉塞例で平均2,7日であった.III考按杉田らは,受傷後10日前後までが,良好な治療結果が期待できる積極的な手術治療の適応期間であるが,受傷3週間以降では,組織の瘢痕化により予後不良であると報告し3),笛田らは,受傷後23日前後までは新鮮例として成功率は低下しないと報告している1).また,佐藤らは,受傷後1週間で治癒率が低下し,受傷後1カ月以上で組織が瘢痕化することを報告しているが2),今回筆者らは,受傷後12日,32日の症例ともに良好な結果を得ることができた.今回の検討では,成功率と断裂部位に明らかな関連はみられなかった.また,最近の国内文献に認められた涙小管断裂の治療成績と比較しても,良好な結果が得られた(表2).これらより,今回の検討では,涙小管断端を正確に同定し縫合することが重要であり,断裂部位は術後結果に大きく関連していないと考えられた.今後さらに症例を増加して検討する必要があると思われた.今回再閉塞した症例は4例で,1例に流涙症を認めた.再閉塞した4例の特徴としては,出血や外傷による組織の挫滅が強く(眼窩壁骨折が1例,眼球破裂が1例),手術時間が長くなったもの(2例が120分以上)が認められた.受傷から手術までの平均期間は成功例(3.2日)が閉塞例(2.7日)より長く,組織の瘢痕化などの明らかな影響は認めなかった.また,断裂部位,涙管チューブの抜去までの期間などにも明らかな関連は認めなかった.流涙症を認めた1例では,今後,涙小管涙?鼻腔吻合術,Jonestube挿入術も検討している.鼻側の涙小管断端の同定が困難な場合,健側の涙小管よりブジーを挿入したり,正常側の涙点や,涙?より粘弾性物質を注入して逆行性に露出点を探索した.粘弾性物質を使用することで,術野の視認性を阻害することなく,虚脱した涙小管断端の管空スペースを再現・維持することができた9).涙小管はHorner筋により内後方に牽引されているため10),断裂部位が深いほど,鼻側の涙小管断端は,想定より深部方向で同定されることが多い.また,鈍的外傷に伴う涙小管断裂では,鋭的外傷によるものと比べ,断端が斜めで不整なことが多いため,周囲の組織をより十分に縫合する必要があると報告されている11).涙小管断端が深部で十分な縫合が必要な場合,涙小管断端同士を先に縫合してしまうと,周囲の組織の縫合が困難になることが多いため,筆者らは,先に深部の組織に糸だけかけておき,涙小管断端の縫合後に,その糸を絞めることにより,涙小管断端と周囲組織の縫合をより強固にしている.涙小管が再建できても,眼瞼外反や,眼瞼の水平方向の緊張の低下により,流涙を生じることがあるため,外前方に偏移した眼瞼を内後方に戻し,Horner筋,眼輪筋,内眼角靭帯などを再建し,軟部組織を縫合することにより,涙小管の導管機構および眼瞼も可能な限り再建するべきである(図2).IV結語今回筆者らは,涙小管断裂患者に対する涙小管再建術について良好な結果を得た.涙小管再建術の治療成績と涙小管断裂の部位について,明らかな関連はみられなかった.涙小管断端を正確に同定し縫合すれば,断裂部位は術後結果に大きく関連しないと考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)笛田孝明,武田啓治:涙小管断裂再建術の成績に及ぼす因子の検討.眼臨8:1147-1149,19992)佐藤浩介,河井克仁:チューブ留置による涙小管断裂再建術80例.日眼会誌106:83-88,20023)杉田真一,大江雅子,木下太賀:外傷性涙小管断裂の手術時期と治療結果に関する検討.眼科手術19:575-578,20064)宮久保純子,岩崎明美:外傷性涙小管断裂.眼科52:1019-1924,20105)廣瀬浩士:外傷性涙小管断裂の治療について教えてください.あたらしい眼科30:210-212,20136)KurihashiK:Canalicularreconstructionfordifficultcases.Ophthalmologica209:27-36,19957)木内裕美子,黒田輝仁,小森秀樹ほか:外傷性涙小管断裂の検討.眼科手術11:121-124,19988)岡田宇広,松村一,田中浩二ほか:涙小管断裂の手術時間に関する検討.日本頭蓋顎顔面外科学会誌24:202-207,20099)矢部比呂夫:粘弾性物資値を用いる涙小管断裂再建術.臨眼50:1596-1597,199610)KakizakiH,ZakoM,MiyaishiOetal:ThelacrimalcanaliculusandsacborderedbytheHorner’smuscleformthefunctionallacrimaldrainagesystem.Ophthalmology112:710-716,200511)西尾佳晃:涙小管断裂.眼科47:1307-1312,2005〔別刷請求先〕佐久間雅史:〒460-0001愛知県名古屋市中区三の丸4丁目1番1号国立病院機構名古屋医療センター眼科Reprintrequests:MasashiSakuma,DepartmentofOphthalmology,NagoyaMedicalCenter,4-1-1Sannomaru,Naka-ku,Nagoya460-0001,JAPAN192100-61810/あ16た/図1術中所見釣針型開創鈎を用いて,術野を可能な限り展開した.表1断裂部位による治療成績表2最近の国内文献にみられた涙小管断裂の治療成績(125)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161207図2左下側涙小管断裂(75歳,男性)全身麻酔にて,涙小管再建術および可能な限り眼瞼の再建も施行した.1208あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016

機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術の効果

2016年8月31日 水曜日

《第4回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科33(8):1201?1205,2016c機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術の効果越智進太郎井上康井上眼科EffectofLacrimalIntubationforFunctionalNasolacrimalDuctObstructionShintaroOchiandYasushiInoueInoueeyeclinic目的:涙道閉塞および狭窄のない機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術の効果を検討した.対象および方法:2014年10月10日?2015年6月10日に流涙症を主訴に井上眼科を受診し,機能性流涙と診断された9名13側(男性3名4側,女性6名9側,年齢77.3±5.7歳,範囲70.0~85.4歳)に対し涙管チューブ挿入術を施行した.術前に,通水試験,涙道内視鏡にて閉塞や涙石がないことを確認し,sheath-guidedintubation(SGI)にてPFカテーテル(TORAY)11mmを挿入し,8週後に抜去した.術前,術後4週,術後8週のPFカテーテル抜去前および抜去後に,流涙の自覚症状(VAS),tearmeniscusheight(TMH),涙液クリアランス率,fluoresceindyedisappearancetest(FDDT)を測定し,比較検討した.結果:涙管チューブ挿入術は全例で完遂され,合併症は認められなかった.13側全例で涙管チューブ挿入中のVAS,TMH,涙液クリアランス率,FDDTは有意に改善していた.涙管チューブ抜去後のVAS,TMH,涙液クリアランス率,FDDTは涙管チューブ挿入術前との間に有意な差を認めなかった.結論:機能性流涙患者に対する涙管チューブ挿入術は容易かつ有効であるが,涙管チューブの長期留置について検討が必要である.Purpose:Toinvestigatetheeffectoflacrimalintubationforfunctionalnasolacrimalductobstruction.SubjectsandMethods:Of9patientsdiagnosedwithfunctionalnasolacrimalductobstructionfromOctober10,2014toJune10,2015,13sideswereincluded.Themaincomplaintswereepiphora,withnoobstructionordacryolithsinsyringingordacryoendoscopy.PFcatheters(TORAY11mm),insertedusingSheathGuidedIntubation(SGI),wereremoved8weeksaftersurgery.Visualanalogscaleofepiphora(VAS),tearmeniscusheight(TMH),tearclearancerateandfluoresceindyedisappearancetest(FDDT)weremeasuredbeforesurgery,at4and8weeksaftersurgery,andafterremovalofPFcatheters,andwerethencompared.Result:Lacrimalintubationwascompletedandhasshownnoadverseeventsinallcases.Duringtubeindwelling,VAS,TMH,tearclearancerateandFDDTimprovedinallcases.Also,therewerenosignificantdifferencesbetweenVAS,TNH,tearclearancerateandFDDTafterPFcatheterremovalandpreoperativemeasurements.Conclusion:Lacrimalintubationforfunctionalnasolacrimalductobstructionissafeandeffective.However,theneedforlong-termindwellingoflacrimaltubeshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1201?1205,2016〕Keywords:機能性流涙,涙管チューブ挿入術,涙液クリアランステスト,涙道内視鏡.functionalnasolacrimalductobstruction,lacrimalintubation,tearclearancetest,dacryoendoscopy.はじめに流涙を生じる原因疾患は多様であり,涙道閉塞や狭窄,下眼瞼弛緩をはじめとする眼瞼疾患もしくは結膜弛緩などの眼表面疾患があげられる.それぞれの疾患に対する治療法はほぼ確立されつつあるが,明らかな原因疾患が認められず,涙道のポンプ機能低下によると考えられる機能性流涙の症例も少なからず存在し,治療方針について悩まされることも多い.Kimら1)は涙?鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)術後に流涙を訴える症例に対し涙管チューブを挿入し,改善が得られたと報告しており,涙管チューブは涙小管に直接作用するか,または涙?の導涙機能を補?している可能性があると結論づけている.涙管チューブに導涙機能を高める作用があるとすれば,機能性流涙にも同様の効果が期待できると考えられる.従来,涙管チューブ挿入術は涙道閉塞および狭窄に対し国内では広く施行されてきたが,近年,テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術(sheath-guidedintubation:SGI)を用いることにより,涙管チューブ挿入の際の盲目的操作がなくなり,涙管チューブ挿入術の全過程が内視鏡直視下で行えるようになった2).その結果,涙管チューブ挿入術における合併症はきわめてまれとなっている.閉塞が認められない症例に対する涙管チューブ挿入術は閉塞を認める症例に比べ手技が容易で,効果が得られなかった場合でも,涙管チューブを抜去することにより術前の状態に復することが可能である.今回筆者らは,涙道ポンプ機能低下と考えられる機能性流涙に対し涙管チューブ挿入術を行い,導涙機能に対する効果を検討した.効果検討には従来から行われている涙管通水検査,涙液メニスカス高(tearmeniscusheight:TMH),Schirmer試験紙を用いたfluoresceindyedisappearancetest(FDDT),流涙に関する自覚症状評価(visualanalogscale:VAS)に加え,レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による涙液クリアランステスト(以下,レバミピド涙液クリアランステスト)を用いた3).I対象および方法本研究は眼科康誠会倫理審査委員会の承認を受け,患者に十分な説明を行い,同意を得た後に行われた.2014年10月10日?2015年6月10日に流涙症を主訴に井上眼科を受診した症例のうち,2006年ドライアイ診断基準によるドライアイ疑い・確定例4),明らかな眼瞼外反,眼瞼内反,眼瞼下垂,その他結膜疾患症例を除外し,涙管通水試験にて通水があり,涙道内視鏡所見にて涙道閉塞,狭窄および涙石を認めない症例を機能性流涙と診断し,今回の対象とした.機能性流涙と診断されたのは9名13側(男性3名4側,女性6名9側,両眼性4名8側,片眼性5名5側,年齢77.3±5.7歳,範囲70.0~85.4歳)であった.後眼部光干渉断層計RS-3000(NIDEK)に前眼部アダプタを装着し測定したTMHおよびレバミピド涙液クリアランステスト,FDDTおよびVASを術前,術後1カ月,術後2カ月,涙管チューブ抜去後1カ月の時点で測定し,比較検討した.涙管チューブ挿入術は1%塩酸リドカイン(キシロカイン)による滑車下神経ブロック,4%キシロカイン,0.1%エピネフリン(ボスミン)混合液による鼻粘膜表面麻酔,16倍希釈ポビドンヨード(イソジン)による涙?洗浄を行い,涙道内視鏡にて涙道閉塞・狭窄および涙石がないことを確認し,SGIにてPFカテーテル(TORAY)11mmを挿入した.II結果術前時の角結膜フルオレセインスコアは0.1±0.3,涙液層破壊時間(tearfilmbreakuptime:BUT)は5.0±2.8秒,SchirmertestI法値は15.9±10.4mm,下眼瞼弛緩程度を示すpinchtestは5.2±1.1mmであり正常範囲内であった.全例涙管通水検査にて通水を認め,涙道内視鏡所見では涙道閉塞,狭窄および涙石を認めなかった.全例において合併症を認めず,安全に涙管チューブを挿入することができた.TMHは術前0.64±0.33mmに対し,術後1カ月では0.28±0.12mm,術後2カ月では0.23±0.09mmと有意に改善していたが(p<0.01),涙管チューブ抜去後1カ月では0.63±0.36mmとなり術前との間に差はなかった(図1).5分間のレバミピド涙液クリアランス率は術前21.20±7.48%/minに対し,術後1カ月では46.30±17.43%/min,術後2カ月では48.37±16.70%/minと有意に改善していたが(p<0.01),涙管チューブ抜去後1カ月では19.55±20.16%/minとなり術前との間に差はなかった(図2).FDDTの結果も同様に,術前13.88±21.24倍に対し,術後1カ月では82.37±69.26倍,術後2カ月では77.74±72.35倍と有意に改善していたが(p<0.01),涙管チューブ抜去後1カ月では15.38±14.66倍となり,術前との間に差はなかった(図3).流涙に関する自覚症状評価も術前に比べ,術後1カ月,術後2カ月の時点では有意に改善していた(p<0.01).涙管チューブ抜去後1カ月では術前との間に差はなかった(図4).症例別に検討すると,症例1?11では涙管チューブ抜去後にTMH,レバミピド涙液クリアランス率,FDDT,自覚症状評価項目のうち3項目以上が術前の状態に戻っていた.症例12,症例13では涙管チューブ抜去後にTMH,レバミピド涙液クリアランス率,FDDT,自覚症状評価の4項目すべてにおいて改善した状態が維持されていた.III考察今回,13側とも涙管チューブ挿入中の自覚症状,FDDT,レバミピド涙液クリアランス率,TMHの改善が認められ,とくに合併症を生じることはなかった.したがって,原因疾患が特定できず,機能性流涙が強く疑われる症例に対する治療として,涙管チューブ挿入術は有力な選択肢となりうると考えられる.また,13側中11側(84.6%)では涙管チューブ抜去により各測定値は術前の状態に戻っていた.これら11側では涙道内視鏡所見で涙道閉塞・狭窄,涙石などの所見はなかったことからも,流涙の原因が機能性流涙であることが確認された.一方,13側中2側(15.4%)では涙管チューブ抜去後も改善が維持されていた.これらの症例では,涙管チューブによる涙道の拡張効果による改善の可能性があり,涙道内視鏡検査ではとらえられなかった涙道狭窄による流涙であったと考えられる.従来,導涙機能の評価には主として通水試験,FDDT,Jonesテスト1,2が行われてきた.涙管通水試験陽性,Jonesテスト1陰性,Jonesテスト2陽性であれば機能性流涙もしくは涙道狭窄による流涙と診断されるが5,6),涙道狭窄と機能性流涙を鑑別することはできない.DuttonらもJonesテスト1陰性,Jonesテスト2陽性を生理的もしくは部分的な解剖学的機能不全としている7).したがって,従来の方法により診断された機能性流涙に対するDCRの有効性を示した報告には,涙道狭窄による流涙の症例が含まれている可能性を否定できない8~10).今回の結果から,涙管チューブ挿入術は涙道狭窄による流涙と機能性流涙を鑑別するための診断的治療という側面をも有しているといえる.Kimら1)やMoscatoら11)は涙管チューブの効果を上下涙点のアライメントの矯正,涙小管や総涙小管の屈曲および湾曲の補正,涙管チューブの毛細管現象によるものと考察している.上下涙点のアラインメントが矯正され,上下涙点がぴったりと接触すれば,閉瞼中の涙小管内に陰圧が発生しやすくなり,開瞼直後の導涙機能は亢進することが考えられる.また,Tuckerらは涙小管の通水抵抗は全涙道の通水抵抗の54%を占めることを報告しており12),涙管チューブによる涙小管の屈曲および湾曲の矯正が涙小管内の通水抵抗を軽減する可能性もある.もっとも注目すべき点は,涙管チューブ挿入による涙小管内腔表面積の増加は毛細管現象を増強させ,涙小管内に涙液を満たしやすくすることである.涙小管内が涙液により完全に満たされれば,その後サイフォンの原理によって開瞼中も持続的に涙液が排出されることが考えられる13).機能性流涙に対する涙管チューブ挿入術は安全かつ有効であり,従来の検査法ではできなかった涙道狭窄による流涙と機能性流涙の鑑別を可能にする.ただし,機能性流涙の治療には涙管チューブの長期留置もしくは定期交換が必要となると考える.今後涙管チューブの素材,形状,表面処理および親水性など涙管チューブの汚染や感染を抑制できるか検討が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)KimNJ,KimJH,HwangSWetal:Lacrimalsiliconeintubationforanatomicallysuccessfulbutfunctionallyfailedexternaldacryocystorhinostomy.KoreanJOphthalmol21:70-73,20072)井上康:テフロン製シースでガイドする新しい涙管チューブ挿入術.あたらしい眼科25:1131-1133,20083)井上康,越智進太郎,山口昌彦ほか:レバミピド懸濁点眼液をトレーサーとして用いた光干渉断層計涙液クリアランステスト.あたらしい眼科31:615-619,20144)島﨑潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20075)JonesLT:Thecureofepiphoraduetocanaliculardisorders,traumaandsurgicalfailuresonthelacrimalpassages.TransAmAcadOphthalmolOtoraryngol66:506-524,19626)DcmirciH,ElnerVM:Doublesiliconetubeintubationforthemanagementofpartiallacrimalsystemobstruction.Ophthalmology115:383-385,20087)DuttonJJ,WhiteJJ:Imagingandclinicalevaluationofthelacrimaldrainagesystem.EdbyCohenAJ,MecandettiM,BrozzoBG,NewYork,Springer,p74-95,20068)WormaldPJ,TsirbasA:Investigationandendoscopictreatmentforfunctionalandanatomicalobstructionofthenasolacrimalductsystem.ClinOtolaryngolAlliedSci29:352-356,20049)O’DonnellB,ShahR:Dacryocystorhinostomyforepiphorainpresenceofapatentlacrimalsystem.ClinExperimentOphthalmol29:27-29,200110)ChoWK,PaikJS,YangSW:Surgicalsuccessratecomparisoninfunctionalnasolacrimalductobstruction:simplelacrimalstentversusendoscopicversusexternaldacryocystorhinostomy.EurArchOtorhinolaryngol270:535-540,201311)MoscatoEE,DolmetshAM,SikissRZetal:Siliconintubationforthetreatmentofepiphorainadultswithpresumedfunctionalnasolacrimalductobstruction.OphthalPlastReconstrSurg28:35-39,201212)TuckerSM,LinbergJV,NguyenLLetal:Measurementoftheresistancetofluidflowwithinthelacrimaloutflowsystem.Ophthalmology102:1639-1645,199513)長島孝次:炭素粒子導涙試験─涙の流れ,とくにKrehbielflowについて.臨眼30:651-656,1976〔別刷請求先〕越智進太郎:〒706-0011岡山県玉野市宇野1-14-31井上眼科Reprintrequests:ShintaroOchi,Inoueeyeclinic,1-14-31Uno,TamanoCity,Okayama706-0011,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1202あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(120)(121)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161203図1Tearmeniscusheightの経時変化図25分間のレバミピド涙液クリアランス率の経時変化図3Fluoresceindyedisappearancetestの経時変化図4自覚症状の経時変化1204あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(122)(123)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161205