眼に副作用を生じやすい抗腫瘍薬OcularSideE.ectsCausedbyAnticancerDrugs柏木広哉*はじめに抗腫瘍薬は,20世紀半ばのナイトロジェンマスタードの開発から,約80年間で飛躍的な進歩を遂げてきた.化学療法は一般的な療法のほかに,化学放射線療法,補助化学療法(術前,術後)などがある.抗腫瘍薬による悪心・嘔吐,脱毛,下痢,体重減少などの全身副作用は以前より有名ではあったが,眼の副作用(以下,眼障害)は,その頻度の低さから,注目度は高くはなかった.わが国では2007年頃よりテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム配合薬(ティーエスワン:TS-1.以下,S-1)による涙道障害,角膜障害が急増してから認知度が上昇した.分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬の開発,その適応疾患の拡大の関係で,眼障害は増えている.本稿では,とくに注意すべき抗腫瘍薬と代表的な眼障害(充血,眼脂などを除く)について述べる.I注意すべきおもな抗腫瘍薬と眼障害抗腫瘍薬は,殺細胞性薬,分子標的薬〔免疫チェックポイント阻害薬(immunocheckpointinhibitor:ICI)を含む〕,抗体薬物複合体などがある.県立静岡がんセンターでは,現在約90種類の治療レジメンがある.分子標的薬は経口薬が圧倒的に多く,処方や内服が簡易にできる利点がある.また,ICIは,悪心・嘔吐などの副作用がほとんどないため,外来(通院加療センターなど)での施行が可能(所要時間30.60分)である.眼障害発生頻度の大規模調査の報告はきわめて少なく,また癌治療は,その癌種によっては三,四次療法と継続されることもあり,過去の治療歴を十分把握することも重要である.1.殺細胞性薬(表1)a.5.FU系5-フルオロウラシ(5-FU)の眼障害は以前から知られてはいたが,その系統の経口薬であるS-1とカぺシタビン(ゼローダ)では,5-FUの血中濃度の維持がより可能になった,そのため,涙道や角膜障害,眼瞼皮膚の色素沈着を高頻度に生じることとなった1,2).胃癌術前術後の補助療法,膵臓癌の術後補助療法,HER2陰性再発進行乳癌,肺癌など多くの癌腫で用いられている.流涙の頻度は,16.25%と報告がある(n>100)3.5).涙道・角膜障害は,涙液への抗癌剤成分の浸出が一つの原因と考えられ,涙液と血漿との濃度の相関は基礎礎研究でも証明されている6,7).当院のデータでは,涙液中の5-FU濃度は血漿中の濃度よりも高い傾向にあった(図1)7).また,5-FUやS-1が含まれているFOLFOX療法,FOLFIRI療法,XELOX療法,SOX療法にも注意が必要である.b.タキサン系ドセタキセル(DTX,タキソテール),パクリタキセル(PTX,タキソール),ナブパクリタキセル(Nab-PTX,アブラキサン)は5-FU系より高度に睫毛の脱落を生じやすい.また,涙道や角膜,網膜障害が生じるが*HiroyaKashiwagi:静岡県立静岡がんセンター眼科〔別刷請求先〕柏木広哉:〒411-8777静岡県駿東郡長泉町下長窪1007静岡県立静岡がんセンター眼科0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(53)1291表1aとくに注意すべき殺細胞抗腫瘍薬一覧系統薬剤名5-FU系5-FU,S-1,カぺシタビンタキサン系ドセタキセル,パクリタキセル,ナブパクリタキセル表1bとくに注意すべき殺細胞抗腫瘍薬併用療法薬剤名適応疾患眼障害頻度その他ゲムシタビン&アブラキサン手術非適応膵臓癌全体3.2%(15/459)3投/1休効果があればエンドレス不応の場合1)nal-IRI-5FU/LVか2)S-1DTX&S-1(DS)胃癌ステージ3涙道障害41%(32/79)ドセタキセルは半年間S-1は1年間EC&weeklyDTXEC&3weeklyPTX乳癌─TC(DTX&シクロホスファミド)乳癌─カペシタビン&パクリタキセル再発乳癌─注)nal-IRI+5FU/LV:アルブミン懸濁型イリノテカン+5-FU+レボホリナートa:血漿と涙液の5-FU濃度の相関b:血漿,涙液の5-FU濃度の経時的変化図1静岡がんセンターにおけるS.1涙液解析bは投与から14日目のデータ.(文献7より転載)d図2タキサン系薬剤による眼障害a:PTXによる睫毛の広範囲の脱落と涙液高の増加.b:PTXによる上眼瞼涙点の線維化.c:PTXによる点状表層角膜炎.d:Nab-PTXによる.胞性黄斑部浮腫(視力0.5)(左図)が,投薬中止2カ月で改善(視力1.0)した(右図).=エンコラフェニブとビニメチニブ併用群ビニメチニブ単独群眼障害全体漿液性網膜.離ぶどう膜炎40.6%7.3%2.6%18.8%0.5%0%眼障害全体:漿液性網膜.離,ぶどう膜炎,角膜炎,眼瞼浮腫,流涙など.表3免疫チェックポイント阻害薬a.当院における新規処方数薬剤2018年度2019年度2020年度合計ニボルマブ(オプジーボ)Cペムブロリズマブ(キイトルーダー)Cイピリムマブ(ヤーボイ)Cアテゾリズマブ(テセントリク)Cデュルバルマブ(イミフィンジ)Cアベルマブ(バベンチオ)C153C106C14C35C31C2C134C148C8C39C47C1C191C115C26C74C46C2C478369481481245合計C341C377C454C1,172b.ぶどう膜炎,視神経症の発生頻度ニボルマブ(オプジーボ)Cn=1,553ペンブロリズマブ(キートルーダー)Cn=1,226イピリムマブ(ヤーボイ)Cn=250ニボルマブイピリムマブ併用Cn=94ぶどう膜炎3.5%(31)2.6%(23)7.6%(13)6.4%(4)視神経障害0.9%(14)0.5%(7)2%(5)2%(2)(文献C15を改変)ab図4ニボルマブによる視神経網脈絡膜炎a:右眼は軽度の前房と硝子体の炎症のみ.左眼は全ぶどう膜炎.視神経の発赤腫脹,網膜の漿液性.離を認めた.b:OCT所見.右眼では異常なく(左),左眼は高度の漿液性.離を呈していた(右).c:投薬中止後半年後の夕焼け状眼底.ab図5ペンブロキズマブによる視神経障害a:両眼の視神経の蒼白化.視力右C0.6,左C0.4.Cb:視神経乳頭OCT.神経線維厚の減少所見.図6肺癌ニボルマブ投与による眼筋型筋無力症が疑われた症例(Hess所見)投与後C1カ月で複視症状が出現し(上),抗腫瘍効果なく投薬中止.1カ月後複視症状改善(下).表4有害事象共通用語基準(CTCAE)日本語訳,第5版の眼障害分類(2021年3月改定)(26項目からC11項目を抽出し改変)CTCAEv5.0Term日本語CGrade1CGrade2CGrade3CGrade4CBlurredvision霧視治療を要さない中等度の視力の低下※身の回り以外の日常生活動作の制限顕著な視力の低下※※身の回りの日常生活動作の制限罹患眼最高矯正視力0.1以下C症状がない,臨床所見Dryeyeドライアイまたは検査所見のみ,中等度の視力の低下顕著な視力の低下C─C潤滑剤で改善する症状Extraocularmuscleparesis外眼筋不全麻痺症状がない,臨床所見または検査所見のみ複視を伴わない片側麻痺両側麻痺,正面注視では生じないが側方注視で生じる複視を伴う片側麻痺中心部C60°を超える物を見る際に頭部の回転を要する両側麻痺,または正面注視で複視を伴うCEyepain眼痛軽度の疼痛中等度の疼痛;身の回り以外の日常生活動作の制限高度の疼痛;身の回りの日常生活動作の制限C─CFlashinglights光のちらつき症状があるが日常生活動作の制限がない身の回り以外の日常生活動作の制限身の回りの日常生活動作の制限C─CKeratitis角膜炎症状がない,臨床所見または検査所見のみ中等度の視力の低下顕著な視力の低下角膜潰瘍COpticnervedisorder視神経障害症状がない,臨床所見または検査所見のみ中等度の視力の低下顕著な視力の低下罹患眼最高矯正視力0.1以下CPhotophobia羞明症状があるが日常生活動作の制限がない身の回り以外の日常生活動作の制限身の回りの日常生活動作の制限CRetinopathy網膜症症状がない,臨床所見または検査所見のみ中等度の視力の低下身の回り以外の日常生活動作の制限顕著な視力の低下身の回りの日常生活動作の制限罹患眼最高矯正視力0.1以下CUveitisぶどう膜炎わずかな(Ctrace)炎症細胞浸潤を伴う前部ぶどう膜炎C1+.2+の炎症細胞浸潤を伴う前部ぶどう膜炎C3+以上の炎症細胞浸潤を伴う前部ぶどう膜炎中等度の後部または全ぶどう膜炎罹患眼最高矯正視力0.1以下CWateringeyes流涙治療を要さない中等度の視力の低下顕著な視力の低下罹患眼最高矯正視力0.1以下(注)※;最高矯正視力C0.5以上または既知のベースラインからC3段階以下の視力低下.C※※;最高矯正視力C0.5未満,0.1を超える,または既知のベースラインからC3段階を超える視力低下.表5免疫チェックポイント阻害薬によるぶどう膜炎の管理指針CTCAEGrade症状,所見投与の可否対処方法CGrade1無症状継続人工涙液CGrade2前部ぶどう膜炎または(0C.5)以上休止副腎皮質ステロイド点眼,散瞳薬全身性副腎皮質ステロイドを考慮Grade1に改善したら投与再開CGrade3後部ぶどう膜炎または(0C.5)以下中止中止プレドニゾロン1.2Cmg/kgまたはメチルプレドニゾロンC0.8.1C.6Cmg/kgの全身投与*副腎皮質ステロイド点眼CGrade4(0C.1)以下中止プレドニゾロン1.2Cmg/kgまたはメチルプレドニゾロンC0.8.1C.6Cmg/kgの全身投与*副腎皮質ステロイド点眼*副腎皮質ステロイドの全身投与にもかかわらず改善が認められない場合は,免疫抑制療法として,インフリキシマブまたはほかの抗CTNF-a抗体などを考慮.CTCAE:CommonCTerminologyCCriteriaCforCAdverseEvents.(文献C13より転載)C’C