《原著》あたらしい眼科38(10):1203.1206,2021c点眼麻酔の有無による涙管通水検査時の痛みの検討頓宮真紀*1加治優一*1松村望*2松本雄二郎*1*1松本眼科*2神奈川県立こども医療センター眼科CPainofLacrimalIrrigationWithorWithoutLocalAnesthesiaMakiHayami1),YuichiKaji1),NozomiMatsumura2)andYujiroMatsumoto1)1)MatsumotoEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,KanagawaChildren’sMedicalCenterC目的:涙管通水検査は,涙道疾患の診療でもっとも頻用される検査である.ところが涙管通水検査時に点眼麻酔を用いるべきかどうか,統一した見解がない.本検討では点眼麻酔の有無によって涙管通水検査時の痛みがどのように異なるかを検討した.対象および方法:ボランティアC16名(男性C7名,女性C9名)に対して,右側を点眼麻酔なし,左側を点眼麻酔(0.4%オキシブプロカイン塩酸塩)ありで涙管通水検査を行った.検査に伴う痛みの程度を,視覚評価スケールを用いてC0.100のレベルで評価し,スケールの差についてCWilcoxon符号付検定を用いて統計学的に検討した.結果:痛みの中央値は点眼麻酔前でC15,点眼麻酔後でC17.5であり,涙管通水検査時の痛みには有意差がなかった(p=0.433).点眼麻酔を用いない場合,男性の痛みの中央値はC45,女性の痛みの中央値はC10であり,男性のほうが痛みを強く感じる傾向にあった(p=0.027).点眼麻酔を用いた場合,男性の痛みの中央値はC20,女性の痛みの中央値はC10であり,男性のほうが痛みを強く感じる傾向にあった(p=0.026).考按:涙管通水検査を行う際には事前に点眼麻酔薬を投与することが一般的である.しかし,点眼麻酔薬の投与によりアレルギーやショックが誘発されることもありうる.今回の検討の結果,点眼麻酔は涙管通水検査時の痛みに有意な影響を与えないことが明らかになった.さらに女性よりも男性のほうが痛みを訴えやすいという傾向がみられた.涙管通水検査前の点眼麻酔の投与は,必ずしも全例に行うのではなく,患者ごとに選択するという手法もあると考えられた.結論:点眼麻酔の有無によって涙管通水検査時の痛みに大きな差はなかった.涙管通水検査の際,点眼麻酔が不要な場合もあると考えられた.CPurpose:TheClacrimalCirrigationCtestCisConeCofCtheCmostCfrequentlyCusedCtestsCinCtheCtreatmentCofCtearCductCdiseases.However,thereiscurrentlynoconsensusonwhetherornotocularanesthesiashouldbeusedduringthetest.CTheCpurposeCofCthisCstudyCwasCtoCinvestigatedCtheCdi.erenceCinCpainCduringCtheClacrimalCirrigationCtestCdepend-ingConCtheCpresenceCorCabsenceCofCocularCanesthesia.CSubjectsandMethods:Sixteenvolunteers(7Cmales,C9females)underwentCtheClacrimalCirrigationCtestCinCtheCrightCsideCwithCocularanesthesia(0.4%Coxybuprocainehydrochloride)andintheleftsidewithoutocularanesthesia.Thedegreeofexaminationpainwasratedonascalefrom0to100usingavisualratingscale,andthedi.erencesbetweenthescaleswerestatisticallyanalyzedusingtheWilcoxonsigned-ranktest.Results:Themedianpainwas15beforeand17.5afterocularanesthesia,withnosigni.cantdi.erenceinpainduringthelacrimalirrigationtest(p=0.433)C.Intheabsenceofocularanesthesia,themedianpainwas45formenand10forwomen,withmentendingtoexperiencemorepain(p=0.027)C.Withtheuseofocularanesthesia,themedianpainwas20formenand10forwomen,withmentendingtoexperiencemorepain(p=0.026)C.CConclusion:Thepresenceorabsenceofocularanesthesiamadenosigni.cantdi.erenceinpainatthetimeofthelacrimalirrigationtest,thusindicatingthatanesthesiamaynotbenecessary.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(10):1203.1206,C2021〕Keywords:涙管通水検査,痛み,点眼麻酔.lacrimalirrigation,pain,ocularanesthesia.〔別刷請求先〕頓宮真紀:〒302-0014茨城県取手市中央町C2C-25松本眼科Reprintrequests:MakiHayami,M.D.,MatsumotoEyeClinic,2-25Chuocho,Toride,Ibaraki302-0014,JAPANC0910-1810/21/\100/頁/JCOPY(71)C1203はじめに涙管通水検査は,涙道疾患の診断や治療において頻用される検査手技の一つである.涙管通水検査を行う際に点眼麻酔を併用するかどうかについては,十分に点眼麻酔を行う,角膜に涙洗針が触れる可能性があるときに行う,原則的に点眼麻酔を用いないなど,施設によって異なっていると思われる.涙管通水検査時に行われる点眼麻酔は,検査に伴う疼痛を軽減させるために用いられるが,過去に点眼麻酔が涙管通水検査時の痛みを減らしているかどうか検討した報告はない.点眼麻酔に一般に用いられるオキシブプロカイン(ベノキシール)を点眼されること自体に強い疼痛を感じる場合や,薬剤によるアレルギーやショック反応なども生じうることより,点眼麻酔を用いることなく涙管通水検査を行うことができれば,それに越したことはない.今回,涙管通水検査時において点眼麻酔の有無によって痛みの程度がどのように影響を受けるかについて検討をした.涙管通水検査は涙道疾患を有する患者に対して行われることが多いために,本来はそのような患者に対して涙管通水検査時の痛みについて評価すべきである.しかし,今回バックグラウンドをそろえるために,涙道疾患を有さないボランティアを対象として検討を行うこととした.CI対象および方法ボランティアC16名(男性C7名,女性C9名)を対象とした.同一検者がC2段針を用いて,仰臥位の被験者に,右側は点眼麻酔なし,左側はC0.4%オキシブプロカイン塩酸塩をC1滴点眼してC20秒後に涙管通水検査を行った.検査直後にそれぞれの側の通水検査に伴う痛みの程度を,視覚評価スケールを用いてC0.100のレベルで評価した.両群間の痛みのスケールの差についてCWilcoxon符号付検定を用いて統計学的に検討した.本研究は松本眼科の倫理委員会で承認を経て行われた.CII結果1.点眼麻酔の有無による痛みの程度の違い被験者ごとの右眼(麻酔なし)と左眼(麻酔あり)の痛みの程度を図1に示す.点眼麻酔の有無で痛みの程度は変わらない場合が多かった.さらに男性のほうが痛みを訴えやすい傾向にあった.痛みの程度の分布を箱ひげ図に示した結果を図2に示す.痛みの中央値は点眼麻酔ありでC15,点眼麻酔なしでC17.5であり,かつ涙管通水検査時の痛みの程度には統計学的な有意差がなかった(p=0.433).C2.痛みの程度と性差点眼麻酔を用いなかった右眼の男女別痛みの程度の分布を図3に示す.男性の痛みの中央値はC45,女性の痛みの中央値はC10であり,男性のほうが痛みを強く感じる傾向にあった(p=0.027).点眼麻酔を用いた場合の男女別痛みの程度の分布を図4に示す.点眼麻酔を用いた場合,男性の痛みの中央値はC20,女性の痛みの中央値はC10であり,男性のほうが痛みを強く感じる傾向にあった(p=0.026).CIII考按本検討は涙管通水検査に伴う痛みに対する点眼麻酔の影響を,ボランティアを対象にして検討したものである.結果は,点眼麻酔の有無で痛みの中央値に差はなく,統計学的にも有意差を認めなかった.よって,点眼麻酔により涙管通水検査に伴う痛みが軽減するということは証明できなかった.さらに,点眼麻酔の有無によらず,男性のほうが女性よりも涙管通水検査に伴う痛みを訴えやすい傾向が示された.本検討では,点眼麻酔の有無によって涙管通水検査時の痛みに有意な差を認めなかった.成書によっては,涙洗針が角膜に触れない限り,点眼麻酔は必ずしも必要ないと記載されており,今回も涙洗針は涙点から涙小管にしか触れていなかったことより,痛みを感じにくい状況であった可能性がある.涙点あるいは涙小管上皮には,結膜上皮と同様に痛覚受容器が分布していると考えられるが,丁寧な涙管通水検査の手技により痛みを惹起しなかった可能性がある.涙管通水検査時に痛みを生じる機序として,涙洗針が涙点や涙小管上皮に触れることだけではなく,涙小管や鼻涙管が水圧により拡張することもありうる.さらに涙道に炎症が生じていれば,麻酔が効きにくく,痛覚が通常より過敏になる.しかし,今回は涙道疾患のないボランティアを対象にして行われたために,涙管通水時に涙小管や鼻涙管に加えられる圧力や,粘膜の炎症の影響を検討することができなかった.今後は涙道疾患のある患者に対しても対象を広げる必要があると思われる.また.本検討では,女性よりも男性が涙管通水検査時の痛みを訴えやすい傾向にあった.事実,群発頭痛,ヘルペス後の神経痛,膵炎の痛み,外傷後の痛みなど,男性のほうが痛みの発症頻度の多い疾患もある1).しかしながら,眼科手術後の痛みについては男女差がない2),あるいは女性のほうが痛みを訴えやすい3)という報告がある.動物実験では男性ホルモンであるテストステロンは痛みを和らげ,女性ホルモンであるエストロゲンが減少すると痛みを感じやすくなることが示されている4).また,エストロゲンやプロゲステロンなどの女性ホルモンが痛みの軽減に役立つという報告もある5).痛みの性差については,まだ研究途上であり,今回の検討では,男性のほうが女性よりも痛みを訴えやすかった明確な理由を見出すことはできなかった.涙点が小さいほど涙洗針を涙点より挿入することがむずか1204あたらしい眼科Vol.38,No.10,2021(72)p=0.4336050506040痛みの程度403020痛みの程度3020100点眼麻酔なし(右眼)図1被験者ごとの涙管通水検査時の痛みの程度点眼麻酔の有無によって痛みの程度は変わらない場合が多い.点眼麻酔の刺激により逆に痛みが増強する例もある.Cp=0.0276050痛みの程度403020男性女性100図2涙管通水検査時の痛みの程度分布男女分けずに検討すると,痛みの中央値は点眼麻酔なし(右眼)でC15,点眼麻酔あり(左眼)でC17.5であり,涙管通水検査時の痛みには統計学的な有意差がなかった(p=0.433).Cp=0.0266050痛みの程度403020男性女性点眼麻酔なし点眼麻酔あり点眼麻酔あり(左眼)100図3点眼麻酔なしの涙管通水検査時の痛みの男女差男性の痛みの中央値はC45,女性の痛みの中央値は10,男性のほうが痛みを強く感じる傾向がある(p=0.027).しく,痛みを生じやすくなることも予想される.女性より男性の体格が大きいことが多いため,涙点や涙小管のサイズは男性のほうが女性よりも小さいとは考えにくい.しかし,本研究では涙点の大きさを事前に測定していないために,男性ボランティアにおいて涙点が小さかった可能性は否定できない.点眼麻酔に用いられる薬剤としてオキシブプロカインが広く用いられている.点眼麻酔薬には主剤だけではなく塩化ベンザルコニウムを中心とした防腐剤も含まれている.そのためにたとえ点眼麻酔であったとしても,アレルギー症状やショック6),ぶどう膜炎などを生じることがあることが知られている7).一般に,眼科手術と異なり,涙管通水検査を行う際には同意書などをとることは少ないために,合併症が生じた際には問題となるかもしれない.よって,点眼麻酔を用いることなく涙管通水検査を行うという考えもありうる.実100図4点眼麻酔ありの涙管通水検査時の痛みの男女差男性の痛みの中央値はC20,女性の痛みの中央値は10,男性のほうが痛みを強く感じる傾向がある(p=0.026).際,筆者らの施設では涙管通水検査時に原則として点眼麻酔を用いていないが,眼科医や看護師がともに痛みの少ない検査を行うことができている8).本検討は正常ボランティアを対象としたものであり,涙道疾患の診療にただちに応用することには限界がある.先にも述べたとおり,対象となったボランティアは涙道疾患を有していなかったことより,涙管通水時の内圧の上昇や粘膜の炎症の関与を知ることはできなかった.涙管通水検査を行った検者が右利きであったため,右側と左側の涙道通水検査の手技がまったく同等ではなかった可能性もある.最後に,涙管通水検査についての理解度がボランティアによって異なっており,事前に検査内容を十分に周知させることによって痛みを軽減させることができた可能性がある.今回,筆者らは,涙管通水検査に伴う痛みに対する点眼麻酔の影響について検討をした.限られた条件下であるもの(73)あたらしい眼科Vol.38,No.10,2021C1205の,点眼麻酔は必ずしも検査に伴う疼痛を軽減させるわけではないことが明らかになった.すなわち涙道通水検査には,点眼麻酔は必ずしも必須ではないと考えられた.今後,涙道疾患を有する患者を対象に含めることにより,涙管通水検査に伴う痛みの機序を解明するとともに,少しでも苦痛の少ない検査法の確立に寄与できるものと考える.文献1)BelferI:Paininwomen.AgriC29:51-54,C20172)LesinCM,CDzajaCLozoCM,CDuplancic-SundovCZCetal:RiskCfactorsCassociatedCwithCpostoperativeCpainCafterCophthal-micsurgery:aprospectivestudy.TherClinRiskManagC12:93-102,C20163)LesinM,DomazetBugarinJ,PuljakL.FactorsassociatedwithCpostoperativeCpainCandCanalgesicCconsumptionCinCophthalmicsurgery:aCsystematicCreview.CSurvCOphthal-molC60:196-203,C20154)CraftRM:ModulationCofCpainCbyCestrogens.CPainC132(S1):S3-12,C20075)SmithCYR,CStohlerCCS,CNicholsCTECetal:PronociceptiveCandCantinociceptiveCe.ectsCofCestradiolCthroughCendoge-nousCopioidCneurotransmissionCinCwomen.CVersionC2.CJNeurosciC26:5777-5785,C20066)SewellWA,CroucherJJ,BirdAG:Immunologicalinvesti-gationsCfollowingCanCadverseCreactionCtoCoxybuprocaineCeyedrops.BrJOphthalmolC83:632,C19997)HaddadR:FibrinousCiritisCdueCtoCoxybuprocaine.CBrJOphthalmolC73:76-77,C19898)頓宮真紀,松村望,加藤祐司ほか:看護師による涙管通水検査の正確性と安全性.あたらしい眼科C36:415-417,C2019C***1206あたらしい眼科Vol.38,No.10,2021(74)