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基礎研究コラム 11.免疫寛容

2018年4月30日 月曜日

免疫寛容免疫寛容とはわれわれの体内には感染症から体を守るために,自然免疫と獲得免疫が備わっています.獲得免疫は自己と非自己を認識し,体内に侵入した病原体を特異的に見分けて記憶し,再度侵入した際に効果的に排除します.免疫寛容とは,特定の抗原に対する特異的免疫反応の欠如あるいは抑制状態のことで,簡単にいうと免疫学的に攻撃対象を許容することです.免疫寛容が誘導される場所は中枢(胸腺)と末梢(臓器)の二つ,機序として排除・抑制・不応答・無視などが考えられています.人体で最大の免疫組織である腸管には,病原微生物だけでなく,食事成分も入ってきます.腸管免疫系は病原性微生物を免疫応答により排除しますが,食物抗原には不必要に免疫反応が起こらないように免疫寛容を誘導します.この免疫寛容が崩れ,特定の食事成分を攻撃するのが食物アレルギーで,治療は原因の食物を経口投与し免疫寛容を誘導する経口免疫療法が用いられます.このように,疾患の原因抗原を投与し,免疫寛容を誘導してアレルギーや自己免疫疾患を根治させる治療法を抗原特異的免疫療法とよびます.アレルギー性結膜炎に対する免疫療法わが国でもC2014年より免疫療法に用いる標準化スギ花粉エキス製剤が保険収載され,スギ花粉症患者に対する舌下免疫療法が行われはじめました.舌下免疫療法の欠点は数年間という治療期間の長さで,3年間治療が継続できた患者は15%以下との海外からの報告もあります.この継続率の低さの克服のために,日本人の主食である米に抗原を発現させた遺伝子組換え米が開発されました1).スギ花粉症治療米は,遺伝子組換え技術によりスギ花粉の主要抗原であるCCryCj1・Cryj2を立体構造を改変して発現し(図1),スギ花粉特異的CIgEに結合しません.したがって,合併症であるアナフィラキシーが生じにくく,眼科医でも安心して治療ができます.アナフィラキシーを生じにくいため一度に大量摂取でき,より短期間での治療効果も期待できます.米の中の抗原は消化酵素や熱でも分解されず,普通の白飯として食べることで治療できます.筆者らはマウスのスギ花粉結膜炎に対するスギ花粉症治療米の効果を検討しました.その結果,スギ花粉症治療米を感作の前に食べさせることで不応答・排除が誘導され結膜炎の予防ができること2),さらに花粉症を一度発症させたマウスに食べさせても結膜炎の抑制がされ3),花福田憲高知大学医学部眼科学講座Cryj1Cryj2図1スギ花粉症治療米によるスギ花粉結膜炎の抑制スギ花粉症治療米は,スギ花粉の主要抗原CCryj1・Cryj2を分断化・molecularshu.ingして発現している.一度スギ花粉結膜炎を発症させたマウスに,治療米(Tgrice)あるいは対照として非組換え米(Non-TgCrice)を食べさせた後に再度花粉を点眼すると,治療米を食べたマウスでは結膜炎が抑制された.(文献C3より改変引用)粉症の根治の可能性が示唆されました.今後の展望スギ花粉のみならず,他の花粉や,ダニ抗原を改変して発現させた遺伝子組換え米も開発されており1),治療米を一日一膳食べることで,無理なくおいしく,種々のアレルギーの根治ができるようになる日も遠くないと思っています.文献1)TakaiwaCF,CWakasaCY,CHayashiCSCetCal:AnCoverviewConCtheCstrategiesCtoCexploitCriceCendospermCasCproductionCplatformCforCbiopharmaceuticals.CPlantCSciC263:201-209,C20172)FukudaK,IshidaW,HaradaYetal:Preventionofaller-gicCconjunctivitisCinCmiceCbyCaCrice-basedCedibleCvaccineCcontainingCmodi.edCJapaneseCcedarCpollenCallergens.CBrJCOphthalmolC99:705-709,C20153)FukudaCK,CIshidaCW,CHaradaCYCetCal:E.cacyCofCoralCimmunotherapyCwithCaCrice-basedCedibleCvaccineCcontain-ingChypoallergenicCJapaneseCcedarCpollenCallergensCforCtreatmentCofCestablishedCallergicCconjunctivitisCinCmice.CAllergolIntC67:119-123,C2018(93)Cあたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C5110910-1810/18/\100/頁/JCOPY

二次元から三次元を作り出す脳と眼 23.網膜異常対応・感覚適応

2018年4月30日 月曜日

連載.二次元から三次元を作り出す脳と眼雲井弥生淀川キリスト教病院眼科はじめに周囲の環境の変化や身体の病的異常に伴う入力変化に対して,適応し行動しやすくする力を脳はもっている.水平斜視に起こる異常対応や回旋斜視に起こる感覚適応も,ある意味では環境に適応する力と考えられる.脳の神経回路の形成期に,正しい視覚刺激を受けると,遺伝子に組み込まれた設計図通りに回路は形成される.視覚刺激が正しいものでない場合には,設計図と異なる回路を作ったり,感覚の受け取り方を変えたりして脳は対処している.網膜異常対応(anomalousretinalcorre-spondence:ARC)幼少時に左眼に2°の内斜視が起こるとする(図1).正面の座標の原点0を固視するとき,0は右眼中心窩と図1異常対応成立の機序左眼2°の内斜視を示す.座標の原点0を固視するとき0は右眼中心窩と左眼中心窩より2°鼻側に投影され(●),V1では右眼コラムF0rと左眼コラム2lに伝達される(c).2lの細胞は,同じ情報を持つF0r横.に向かって軸索を伸ばして結びつき,◎.を介して間違った相手とペアを作る.正しいペアではなく両眼視細胞の発育も正常ではなく,◎と区別して◎表す.左眼中心窩より2°鼻側に投影される(赤丸).左眼中心窩には原点0より右に2°ずれた点2’が映る(青丸).掛け違えたボタンのように,左眼では他の点もすべて2°鼻側にずれた場所に投影される(図1a).このずれは外側膝状体・後頭葉第一次視覚野(以下,V1)に情報が進む際にも引き継がれる(図1b,c).眼位が正位ならば,両眼の対応点に同じ像が映る(連載⑭参照).視交叉以降,両眼の対応点からの情報は隣りあうように併走し,V1でも隣りあう場所に到達する(図1d).右眼・左眼優位コラム内の細胞が,コラム境界の共通の細胞に情報を送る.この細胞は両眼から視覚刺激を受けることで両眼視細胞として育つ(育つ前の細胞を両眼視細胞の卵とよぶこととする).両眼視細胞の卵を介して,左右眼コラムの細胞はペアの関係を深めていく.網膜正常対応(normalretinalcorrespondence:NRC)とよばれる関係はこうして成立していき,中心窩固視座標FOR1R2R3R4R5R●●●●●●●.FOL1L2L3L4L5L●●●●●5L●◎●5R4L●◎●4R3L●◎●3R2L●◎●2R1L●◎●1RF0L●◎●F0R左眼コラム右眼コラム(91)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20185090910-1810/18/\100/頁/JCOPY外界から投影された水平線・垂直線図2大角度の外方回旋斜視に起こる感覚適応(右眼)中心窩を通る直線は,外界から投影された水平線・垂直線を表す.右眼外方回旋が先天的に存在すると,この異常な状態をもとに水平・垂直方向を定める感覚適応が起こる.をはじめ両眼の対応点に映る像を,空間の同じ方向に認識するようになる.すなわち共通の視方向をもつようになる.両眼の中心窩情報をもつ細胞が正しい両眼視細胞を介してペアを作るとき,もっとも高度な立体視の能力を獲得する.60秒未満のわずかな視差を検出できる視差感受性細胞が育ち,精密立体視が可能となるが,基礎となるのは視差0を認識できる細胞である.左内斜視において原点0の赤丸情報はV1では右F0rと左2lに伝達される(図1c).左眼コラム2lの細胞は,同じ情報をもつF0r横の両眼視細胞に向かって軸索を伸ばして結びつき,両眼視細胞の卵を介して間違った相手とペアを作る.本来の正しいペアではなく両眼視細胞も正常ではないため,区別して◎.で表す.神経回路の形成期において,細胞は初期には不必要なほど広い範囲に軸索を広げておき,実際に届く刺激にあわせて軸索の範囲を絞る「刈り込み」という現象をみせる(連載⑯参照).正しい視覚刺激が届けば設計図通りに回路の形成が進むが,左内斜視のために予定外の視覚刺激が伝達されると,設計図と異なる回路が作られると考えられる1).一度間違いペアが成立すると,異常な視覚刺激が続くほどペアの関係は強くなっていく.健眼中心窩と斜視眼の道づれ領(ここでは2°鼻側にずれた点)が同じ視方向をもつ状態を網膜異常対応とよぶ.小角度の斜視が発育期に持続すると起こりやすい.微小斜視(microtropia)とよばれる病態がある.10Δ以下の斜視・軽度の弱視・網膜異常対応・周辺融像によるおおまかな立体視(480~3,000秒)などを特徴とする1,2).上記のような過程で成立すると考えられる.NRCのような強い関係ではなく,患眼の中心窩や道づれ領に抑制がかかりやすいため,両眼視検査の種類によって得られる結果は異なる.原発性と続発性がある.後510あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018者は乳児内斜視術後や調節性内斜視の矯正後など,大角度の斜視の治療後に小角度の内斜視が残ると起こりやすい.大角度の斜視では異常対応より片眼抑制を示すことが多い.図1とは異なるが,左眼内斜視の角度がもっと大きく,仮に網膜周辺部の▲が映るあたりに原点0が映るとするとV1で原点0の情報が届く場所は右F0rと左▲部と解剖学的にかなり離れている.そのため間違いペアは成立しにくい.ただし少数だが報告はある.感覚適応(sensoryadaptation)片眼の上斜筋麻痺があると,その眼の上斜視と外方回旋斜視が起こる.上斜視については,健側に頭を傾けると偏位が減るため,後天性,先天性とも健側に頭を傾ける代償頭位をとる.回旋斜視について,後天性の滑車神経麻痺では回旋偏位の自覚(水平の窓枠が傾いて見えるなど)や回旋複視に悩まされる.しかし,先天性上斜筋麻痺で生下時より回旋偏位があると,異常な状態に合わせて水平・垂直方向を定めて認識するため回旋偏位を自覚しないことが多い3,4)(図2).これを感覚適応とよぶ.固視は中心窩であること,回旋方向の融像幅が外方回旋・内方回旋方向にそれぞれ10°程度と広いことから,両眼視はある程度認められる.このような患者が成長後に斜視手術を受けると,術後回旋偏位が正常化するにもかかわらず像の傾きを訴えることがある.外界から投影される水平・垂直線が,これまで基準としていた水平・垂直線から回転したことによる.徐々に新しい状態に再適応していき,像の傾きの自覚はなくなる.感覚適応は先天性に多いが,後天性でも起こる.脳の神経回路の作り方や使い方については,大まかな予定図を元にしているが,周囲の環境や自身の体の異常に伴う入力異常にあわせて,それを変化させ,異常の影響を抑えている.文献1)TychsenL:Binocularvision.In:Adler’sphysiologyoftheeye(edbyHartWM),Mosby,StLouis,p827-829,19922)長谷部聡:微小斜視について教えて下さい.弱視・斜視のスタンダード(不二門尚編),眼科診療クオリファイ22,p182-184,中山書店,20143)vonNoordenGK:Cycloverticaldeviations.In:Binocularvisionandocularmortility,4thed,p340-350,CVMosby,StLouis,19904)雲井弥生,呉雅美,張野正誉:回旋矯正術後,両眼視機能の改善した先天性上斜筋麻痺の1例.眼紀49:611-615,1998(92)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 179.ニューロステロイドと網膜硝子体疾患(研究編)

2018年4月30日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載179179ニューロステロイドと網膜硝子体疾患(研究編)池田恒彦大阪医科大学眼科●ニューロステロイドとは従来,エストロゲン(ET)やテストステロン(TE)など性腺で産生される性ステロイドホルモンは脳内では合成されず,血流により脳に到達し,神経細胞に作用するとされてきた.つまり脳は末梢組織で生成されるステロイドホルモンの標的器官であると信じられていた.Baulieuらは,ステロイドホルモンの一つであるデヒドロエピアンドロステロンが,成熟ラットの脳内に血中よりも高い濃度で存在し,しかも末梢のステロイド合成器官を摘出した後も,脳内においてその濃度が減少しないことから,末梢内分泌腺とは独立したステロイド合成系が脳に存在することを見いだした1).これに続き,プレグネノロンやプロゲステロンといったステロイドも血中よりも高い濃度で脳内に存在することが報告され2),これらをニューロステロイドとよぶようになった.脳の一部である網膜におけるニューロステロイド産生の可能性を検討するため,筆者らは以前に網膜硝子体疾患でステロイドホルモン濃度を硝子体および血清で比較検討し報告したことがある3).●眼内におけるニューロステロイド産生の可能性硝子体手術を施行した網膜硝子体疾患(黄斑上膜,黄斑円孔,糖尿病網膜症,網膜.離)患者の血清および硝子体を採取し,電気化学発光免疫測定法にてエストラジオール(E2)とTE濃度を測定した.平均年齢はE2で男性:61.9歳,女性:67.4歳,TEは男性:58.6歳,女性:64.5歳で,各群間において有意差はなく,女性はすべて閉経期であった.その結果,すべての網膜硝子体疾患において,男性では血清中のE2濃度が硝子体中より有意に高く(p<0.001),女性では逆に硝子体中のE2濃度が血清中より有意に高値であった(p<0.001)(図1).男性の血清中のTE濃度は高値であったが,男性の硝子体および女性の硝子体・血清のTE濃度はきわめて低値であった.E2は硝子体中に高濃度認められ,とくに女性ではいずれの網膜硝子体疾患でも硝子体の濃度が血清に比べ有意に高かった.この結果から,各種網膜硝(89)0910-1810/18/\100/頁/JCOPYpg/ml男性pg/ml女性ERMMHPDRRDERMMHPDRRD■血清■硝子体■血清■硝子体図1網膜硝子体疾患における血清および硝子体中のエストラジオール濃度女性ではいずれの網膜硝子体疾患でも硝子体の濃度が血清に比べ有意に高かった.ERM:黄斑上膜,MH:黄斑円孔,PDR:増殖糖尿病網膜症,RD:裂孔原性網膜.離.(文献4より改変引用)子体疾患ではE2の合成が眼局所で高まっている可能性が示唆された.TEの眼局所での産生および血中から眼内への移行はほとんどないと考えられた.●性差のある網膜硝子体疾患とニューロステロイドの関連脳や網膜においても性ホルモン合成酵素であるP450sccやアロマターゼが存在しており,とくに脳のアストロサイトにおけるアロマターゼの発現は外傷,虚血,炎症などによっても高まるとされている4).さらに,マウスの脳においてメスのほうがアロマダーゼの発現量が多いとする,いわゆる性的二型性(sexualdimor-phism)も指摘されている5).このようなニューロステロイド産生の男女間における違いが,黄斑円孔や強度近視などの性差に関連しているのかもしれない.文献1)BaulieuEE:Neurosteroids:ofthenervoussystem,bythenervoussystem,forthenervoussystem.RecentProgHormRes52:1-32,19972)JoDH,AbdallahMA,YoungJetal:Pregnenolone,dehy-droepiandrosterone,andtheirsulfateandfattyacidestersintheratbrain.Steroids54:287-297,19893)NishikawaY,MorishitaS,HorieTetal:Acomparisonofsexsteroidconcentrationlevelsinthevitreousandserumofpatientswithvitreoretinaldiseases.PLoSONE12:e0180933,20174)Garcia-SeguraLM,WozniakA,AzcoitiaIetal:Aroma-taseexpressionbyastrocytesafterbraininjury:implica-tionsforlocalestrogenformationinbrainrepairNeurosci-ence89:567-578,19995)HutchisonJB,SchumacherM,HutchisonRE:Develop-mentalsexdi.erencesinbrainaromataseactivityarerelatedtoandrogenlevel.BrainResDevBrainRes57:185-192,1990あたらしい眼科Vol.35,No.4,201850740353025201510504035302520151050

眼瞼・結膜:マイボーム腺と細菌

2018年4月30日 月曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人37.マイボーム腺と細菌鈴木崇いしづち眼科マイボーム腺内には,表皮ブドウ球菌やアクネ菌などの常在細菌が存在していると考えられ,なんらかの原因で常在細菌叢のバランスが崩れ,菌量が増加すると,内麦粒腫などの感染症が発症する.一方,マイボーム腺機能不全においても,脂質の組成変化が常在細菌叢の変化をもたらし,なんらかの炎症機転を生じている可能性がある.●はじめにマイボーム腺は涙液の油層の供給源であるため,マイボーム腺機能不全(meibomianglanddysfunction:MGD)では,涙液の不安定を引き起こし,ドライアイと同様の自覚症状を引き起こす.さらに,重症例では,前部眼瞼炎などを合併し,マイボーム腺炎(後部眼瞼炎)などの眼瞼の炎症をもたらす.これらのMGDやマイボーム腺炎には,細菌の関与が疑われている.さらに,マイボーム腺の化膿性感染症である内麦粒腫は,日常臨床でよく遭遇する疾患である.本稿では,マイボーム腺にかかわる細菌や病態について概説する.●マイボーム腺の常在細菌マイボーム腺は眼瞼に開口部があるため,外界に接する分泌腺である.そのため,他の脂腺や汗腺などの外界に接する分泌腺と同様,微生物が外から侵入できる可能性がある.Zhangらの報告では,健常人のマイボーム腺の圧縮物を好気性,嫌気性条件で培養したところ,好気性条件では表皮ブドウ球菌(Staphylococcusepidermi-dis)(図1a),嫌気性条件ではアクネ菌(Propiobacteri-umacnes)(図1b)が有意に検出され,結膜.や眼瞼と同様の常在細菌が認められている1).アクネ菌は,空気の少ない嫌気性状態で発育可能な菌で,脂肪分解酵素のリパーゼを分泌して皮脂を遊離脂肪酸にすることで,栄養分を取り込み増殖する.そのため,マイボーム腺の奥でも存在できると考えられる.一方,表皮ブドウ球菌は,発育に空気が必要であるため,マイボーム腺の開口部付近に存在すると予測できるが,いずれの菌もマイボーム腺のどこで,どのよう生息しているのか,などは明らかになっていない.さらに,細菌の中には脂肪酸を必須の栄養素として増殖するコリネバクテリウム(Cory-nebacteriumsp.)などの菌が存在しているが,通常培養検査では,脂肪酸を培地に含有することが少ないため,マイボーム腺内に脂肪酸要求性の菌が存在するかは明らかになっていない.図1マイボーム腺と菌(グラム染色像)マイボーム腺圧縮物では(a)表皮ブドウ球菌,(b)アクネ菌が検出される.(87)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20185050910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2マイボーム腺炎関連角結膜上皮症(フリクテン型)血管侵入と結節性細胞浸潤を認める.●MGDと細菌マイボーム腺炎を除くMGDに対する細菌の関与は,明らかになっていない.しかしながら,前述の報告では,MGD症例のマイボーム腺圧縮物の細菌培養陽性率は,健常人より高く,なんらかの関与があるのかもしれない1).マイボーム腺内の免疫応答については不明であるが,MGDにおいて菌に対するなんらかの慢性炎症が生じている可能性も否定できない.とくにアクネ菌は,肉芽腫性の炎症を惹起し,サルコイドーシスなどの免疫疾患においても注目されており,MGDにおいてもキープレイヤーである可能性がある.また,MGDにおける脂質組成が細菌叢変化をもたらす可能性もある.●マイボーム腺炎の病態MGDの重症型であるマイボーム腺炎では,マイボーム腺の炎症が角膜にも波及し,マイボーム腺炎関連角結膜上皮症を引き起こすことが知られている2).マイボーム腺炎関連角結膜上皮症は,角膜上皮障害をおもに引き起こす非フリクテン型と,角膜への血管侵入と結節性細胞浸潤を認めるフリクテン型があり(図2),いずれもアクネ菌に対する免疫反応の可能性が示唆されている2).そのため,治療においては,アクネ菌に良好な薬剤感受性を示すマクロライド系テトラサイクリン系抗菌薬の内服が有効である.●内麦粒腫の病態マイボーム腺の化膿性感染症である内麦粒腫は,マイボーム腺開口部付近に膿を形成することで発症する(図3).ブドウ球菌が原因菌と考えられ,排膿・抗菌薬点眼にて,症状,所見は軽快する.マイボグラフィーでは膿が高輝度に反射する.内麦粒腫では,マイボーム腺の閉506あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018図3内麦粒腫マイボーム腺開口部に膿を形成し(a),マイボグラフィーでは高輝度に映る(b).塞に伴い,ブドウ球菌が単一で増殖し,膿を形成すると考えられる.マイボグラフィーにおいて麦粒腫治癒後のマイボーム腺は閉塞しており,麦粒腫を繰り返す症例では,MGDも合併しやすい.さらに,これらの感染が契機となり,霰粒腫を発症することも多い.●今後の課題前述のように,培養条件によって検出される細菌が異なるため,マイボーム腺内に存在する“真”の細菌叢は明らかになっていない.そのため,脂肪酸を含有した培地を用いた培養検査,もしくは,培養条件に頼らない遺伝子検査などによる細菌叢の解析が今後は必要になると思われる.文献1)ZhangSD,HeJN,NiuTTetal:Bacteriologicalpro.leofocularsurface.orainmeibomianglanddysfunction.OculSurf15:242-247,20172)SuzukiT,TeramukaiS,KinoshitaS:Meibomianglandsandocularsurfacein.ammation.OculSurf13:133-149,2015(88)

抗VEGF治療:両眼加齢黄斑変性に対する抗VEGF療法の長期経過例

2018年4月30日 月曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二51.両眼加齢黄斑変性に対する抗VEGF佐藤弥生医療法人真仁会南部郷総合病院新潟大学医歯学総合病院療法の長期経過例滲出型加齢黄斑変性(AMD)に対してCVEGF阻害薬硝子体内注射が普及し,良好な視力を維持できるようになったが,現状は多数の症例で治療の継続が必要であり,治療を中止するタイミングの判断はむずかしく,回数が増えることによる患者の通院や金銭的な負担が問題となる.両眼のCAMDの症例で治療が長期にわたった例を経験したので経過を提示する.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)に対してC2009年にラニビズマブ,2012年にアフリベルセプトが認可され,血管内皮増殖因子(vascularendotherialgrowthfactor:VEGF)阻害薬が第一選択となり,良好な視力が得られるようになったが1,2),長期に治療継続を必要とする患者が増え,通院や治療費といった患者の負担が増加するという問題や,どのCVEGF阻害薬を用いても完治は困難である3)という問題がある.このたび,両眼活動性のあるCAMDに対し抗CVEGF治療を行い,長期にわたっている症例を経験したので提示する.症例65歳,男性.2013年C8月,右眼底出血のため近医より紹介され,新潟大学医歯学総合病院眼科を初診した.視力は両眼(1.2).両眼ポリープ状脈絡膜血管症(polyp-oidalCchoroidalCvasculopathy:PCV)(右眼は不確実例)と診断された4)(図1).脳神経外科にて以前「隠れ脳梗塞」といわれたことがあったため,ラニビズマブ硝子体内注射(intravitrealranibizumab:IVR)をC2013年C8月から開始した.右眼にC3回投与する間に出血増加(図2a)があり,視力(0.5)に低下するもC3回投与後には出血は消失,視力は(1.0)に改善した.12月から左眼のIVRを開始したが,再来時に右眼に網膜下出血を生じていた(図2b).左眼CIVRはC3回投与予定であったが,1回のみで網膜下液が消失していたため,右眼の投与に変更し,2014年C1月からC6月までに右眼CIVRをC4回行った.通院を勧めるも仕事の都合で当科通院困難のため,近医での経過観察となった.11月再来時,左眼が悪化し12月に左眼IVRC2回目を施行.左眼視力は(0.7).その後本人が脳神経外科担当医師に確認し,ア図2治療中の眼底所見a:ラニビズマブC1回投与後(2013年C9月).b:左眼の治療中に右眼に出血をきたした(2014年C1月).c:治療を一時休止した間に左眼に黄斑下出血をきたした図1治療前眼底所見(2013年8月)(2016年C1月).(85)あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C5030910-1810/18/\100/頁/JCOPY図3アフリベルセプト硝子体内注射(IVA)開始前と開始後1年10カ月の眼底所見a,b:右眼CIVR7回,左眼CIVR2回施行後,IVAに切り替え前の眼底所見(2015年C1月C7日).c,d:右眼IVA13回,左眼IVA7回施行後の眼底所見(2017年11月).フリベルセプト投与は問題なしといわれたためアフリベルセプト硝子体内注射(intravitrealCa.ibercept:IVA)に切り替え,2015年C1月から左眼にC3回施行.左眼は改善傾向にあったが,右眼に網膜下液が残っており,4月から右眼CIVAに切り替えC3回施行.光干渉断層計(opticalCcoherenceCtomography:OCT)にて網膜下液が微量に増減する状態であったが,視力は右眼(1.0)左眼(0.9)と良好で生活に支障なく,経済的負担もあり,,追加投与を希望されず経過観察となった.2016年C1月に左視力低下を自覚し受診.視力は(0.5)に低下しており,左眼黄斑下出血が認められた(図2c).血腫移動の目的でC1月C8日,左眼にC100%CSFCガスC0.4Cmlを硝子体内注射し腹臥位を行った.1月C21日,6左眼CIVA4回目を施行.2月C1日,左眼硝子体出血が認められ視力は(0.06)に低下.右眼は網膜下液が存在し2月からC6月までにC3回,左眼は眼底透見可でありC8月までにC2回CIVAを施行.9月C8日再来時,左眼硝子体出血は消失し視力(0.2)であった.その後C2016年C10月から2017年9月までに左眼1回,右眼7回IVAを施行.2017年C11月C2日受診時,視力は右眼は(1.0)を維持,左眼は(0.7)に改善した.IVA切り替え前(図3a,b)と比較すると,右眼は網膜下液が少量残り(図3c),左504あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018眼は線維化と.胞様浮腫が認められた(図3d).現在は右眼に関して積極的に治療継続を希望されており,treatandextend法により継続している.この症例のまとめ1)添付文章上,ラニビズマブ,アフリベルセプトともにC1カ月以上間隔をあけて投与とされており,両眼の活動性をみながらどちらを優先して投与するか,その都度検討が必要であった.また,投与後の血中CVEGF濃度を経時的に測定した報告では,ラニビズマブでは眼内投与後に血漿CVEGF濃度は減少しなかったが,アフリベルセプトでは投与C1週間後,1カ月後で著明に減少したと報告5)されており,頻回投与による血管イベントの発生リスクにも留意する必要があった.2)経過中,網膜下液が残った状態であったが視力は良好で自覚症状に乏しく,両眼治療による通院や金銭的な負担があり継続治療を希望されず,治療休止中に黄斑下出血を発症した.早急な治療を行い,その後硝子体出血を起こし視力低下するも自然消退し,幸いにも視力改善が得られた.3)左眼のガス注入,腹臥位の経験を経て,本人から積極的に右眼の治療を続ける了承が得られた.おわりに滲出型CAMDは再発を繰り返し視力低下していく疾患であり,とくにCPCVの場合は急な網膜下出血を起こす場合がある.本セミナー第C45回でも中止基準について報告されているが,大多数の症例は治療を継続していると言及されている3).病態に関して患者の理解を深めることが必要であり,治療を中断する際には個別の事情を考慮し,患者本人とよく検討をする必要がある.文献1)RosenfeldPJ,BrownDM,HeierJSetal:Ranibizumabforneovasucularage-relatedmaculardegeneration.NEnglCJMed355:1419-1431,C20062)HeierCJS,CBrownCDM,CChongCVCetCal:Intravitreala.ibercept(VEGFCtrap-eye)inCwetCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC119:2537-2548,C20123)大中誠之:加齢黄斑変性に対する抗CVEGF療法の中止基準.あたらしい眼科34:1421-1422,C20174)日本ポリープ状脈絡膜血管症研究会:ポリープ状脈絡膜血管症の診断基準.日眼会誌109:417-427,C20055)YoshidaI,ShibaT,TaniguchiHetal:Evaluationofplas-mavascularendothelialgrowthfactorlevelsafterintravit-realinjectionofranibizumabanda.iberceptforexudativeage-relatedCmacularCdegeneration.CGraefesCArchCClinCExpCOphtalmolC252:1483-1489,C2014(86)C

緑内障:緑内障手術に合併する上脈絡膜腔出血について

2018年4月30日 月曜日

●連載214監修=岩田和雄山本哲也214.緑内障手術に合併する上脈絡膜腔春日俊光松田彰順天堂大学医学部眼科学講座出血について上脈絡膜出血はまれではあるが重篤な緑内障手術の合併症であり,発症すると視機能に重篤な影響をもたらす.発症を完全に予防する方法はないが,患者の全身背景を把握し,周術期の低眼圧を予防するなどの対策が必要である.C●はじめに緑内障の加療においては,薬物治療・レーザー治療で十分な眼圧下降もしくは視野の維持が得られない場合に手術治療が選択される.選択できる術式は線維柱帯切除術・チューブシャント手術などの濾過手術や,線維柱帯切開術に代表される房水流出路再建術など多岐にわたる.手術治療においては,さまざまな合併症が起こる可能性があるが,そのなかで上脈絡膜腔出血(supracho-roidalChemorrhage:SCH)はまれではあるが,視機能に重大な影響を及ぼす合併症である(図1).SCHは,周術期に長後毛様体動脈もしくは短後毛様体動脈の破綻によって,脈絡膜上空に出血をきたすものである.報告によって頻度は異なるが,Vaziriら1)は,線維柱帯切除術C17,843例,チューブシャント手術C9,597例のうち,それぞれC0.6~1.4%,1.2~2.7%でCSCHの合併を認めたと報告している.その他の報告2)でも,線維柱帯切除術と比べ,チューブシャント手術のほうがSCHの合併は多いとするものが多い.発症のリスクとして,高齢,近視,緑内障眼,動脈硬化,抗凝固薬の内服,急激な眼圧低下,いきみ,眼科手術の既往などさまざまな因子が報告されており,実際にはこうしたな因子が複合的に作用して発症すると考えられる.SCHについては,大きく分けて術中に発症するタイプ(expulsiveCsuprachoroidalChemorrhage)と術後に発症するタイプ(delayedCsuprachoroidalChemorrhage)とに分類される.低眼圧に伴う脈絡膜.離との鑑別としては,Bモードエコーで脈絡膜腔が高輝度に観察される所見が有用である.C(83)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1線維柱帯切除術後の上脈絡膜腔出血●予防法発症を完全に予防する方法はないが,術前に高血圧などの患者の全身疾患を把握すること,抗凝固薬の投与中であれば,内科医と相談し,可能なかぎり術前の休薬期間を設けること,また術中は,低眼圧の予防を心がけ,十分な麻酔を行い疼痛のコントロールを行うこと,さらに尿意を我慢させないなど,患者のいきみを防ぐ必要がある.C●治療法発症直後は経過観察を行うことが多い.消退傾向がない場合や,増悪傾向があり脈絡膜.離が後極に及ぶ場合や両側の脈絡膜.離が接する可能性がある場合に,観血的治療が検討される.SCHに対する観血的加療としては,強膜開窓術がある.手術時期に関しては,発症直後ではなく発症後C7~10日程度経過し,線溶系による血液凝固塊の溶解が起こってから施行するほうがよいとする意見もある.あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C501図2強膜開創術前のBモードエコーとMRI画像図4強膜開窓術施行後●症例提示左眼の続発緑内障のC73歳,男性.40歳頃に白内障手術の既往があり,眼内レンズの逢着術を施行されている.術前眼圧は点眼・内服加療下でC41CmmHgであった.線維柱帯切除術が施行され,術中合併症はとくに認めなかった.術翌日の眼圧はC8CmmHgであったが,術後C2日目に眼圧C3CmmHgまで低下,delayedSCHを発症し502あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018C図3強膜開窓術術中所見た(図2).術後C7日目に強膜開窓術を施行し,網脈絡膜の復位を得た(図3,4).術後の眼圧は点眼併用下でC17~18CmmHg程度にコントロールされている.視力は術前(0.5)から術後(0.2)となった.本症例においては,SCH発症後も視機能を残すことができたが,SCHを発症すると積極的な降圧処置や,追加の緑内障手術がためらわれる可能性がある.文献1)VaziriCK,CSchwartzCSG,CKishorCKSCetCal:IncidenceCofCpostoperativeCsuprachoroidalChemorrhageCafterCglaucomaC.ltrationCsurgeriesCinCtheCUnitedCStates.CClinCOphthalmolC9:579-584,C20152)ChuCTG,CGreenCRL:SuprachoroidalChemorrhage.CSurvCOphthalmolC43:471-486,C1999(84)

屈折矯正手術:スクレラルレンズ

2018年4月30日 月曜日

監修=木下茂●連載215大橋裕一坪田一男215.スクレラルレンズ福本光樹南青山アイクリニック通常のハードコンタクトレンズ(HCL)より直径が大きいスクレラル(強膜)レンズは,強度不正乱視角膜に対する視力改善や,重症ドライアイに対する治療と角膜保護に有効であり,今後さらなる普及が期待される.処方時,レンズエッジが結膜血管を圧迫し,血流を遮断しないようにすることがポイントである.●はじめに2016年,Stevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)および中毒性表皮壊死症(toxicepi-dermalnecrolysis:TEN)に対して,輪部支持型角膜形状異常眼用コンタクトレンズ(直径13.0,14.0mm)がわが国において認可された.このレンズは通常直径9mm前後のガス透過性ハードコンタクトレンズ(rigidgas-permeablecontactlens:RGPCL)より直径の大きいスクレラルレンズに属する.今後さらなる普及が期待されるスクレラルレンズの利点や欠点,そして処方するうえでの注意点について,症例も提示しながら解説する.●レンズデザイン・利点・欠点スクレラルレンズは図1のようなデザインになっており,角膜径より大きく,強膜でフィットさせ,レンズ下に涙液等貯留させるスペースがあり,角膜にまったく触れない(図2).直径によりcorneo-scleral(12.9~13.5mm),semi-scleral(13.6~14.9mm),mini-scleral(15.0図1スクレラルレンズのレンズデザインベースカーブ(BC),リンバルカーブ,アライメントカーブ,ペリフェラルカーブからなり,リンバルカーブはBCに連動している.当院で使用しているスクレラルレンズはGPSpecialists社製iSightで,DK値:101(cm2/sec)・(mlO2/(ml×mmHg),直径16.4mm,BCは6.00~8.50mm(0.05mmステップ),度数は.20.00~+25.00Dが製作範囲となっている.エッジ部位はスティープ,ノーマル,フラット1,フラット2の4タイプがある.~18.0mm),large-scleral(18.1~24.0mm)に分類される.利点として,①角膜形状にかかわらず安定した視力が得られ,角膜レンズより異物感が少ない,②角膜形状不正が強くてもセンタリングがよく,ずれや落下が少ない,③レンズ下に涙液が貯留されるため上皮のダメージが少ない,などがあげられる.欠点としては,①瞼裂の小さい人には向かない,②従来のHCLより大きいので取り扱いに習熟が必要,などであるが,mini-scleralの登場により装用可能な症例が増え,取り扱いやすくなった.装着,脱着は専用のスポイトを使用することにより,さらに容易となっている.おもな適応疾患を表1に示す.●Stevens.Johnson症候群に対する処方例症例は66歳,女性で,3年前に発症した原因不明のSJSのため視力低下を認め,スクレラルレンズ処方目的で当院紹介受診となった.羊膜移植などの治療も受けていたが,角膜上結膜侵入,血管新生,角膜上皮欠損を認め,視力右眼(0.06×SCL×n.c.),左眼(0.03×SCL×n.c.)であった.処方時は,ベースカーブ(basecurve:BC)とエッジ(スティープ,ノーマル,フラット1,フラット2),そ表1スクレラルレンズのおもな適応疾患円錐角膜ペルーシド角膜変性球状角膜角膜移植後LASIKなどの角膜屈折手術後Stevens-Johnson症候群中毒性表皮壊死症Sjogren症候群眼類天疱瘡眼瞼欠損症神経麻痺性角膜症兎眼性角膜炎化学眼外症(81)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20184990910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2進行した円錐角膜にスクレラルレンズを装用した症例の前眼部OCT画像進行した円錐角膜症例などでは円錐角膜用HCLであっても安定せず,ずれたり落下しやすかったり,突出部の混濁や疼痛のため装用を断念せざるえない場合がある.そのような症例でも,スクレラルレンズでは強膜部位でレンズが支えられ,レンズと角膜が直接接することなく,安定したフィッティングが可能となっている.図3トライアルレンズ(ノーマルとフラット1)エッジがノーマルを装用時はブランチングを認めるが(a),フラット1に変更後は改善している(b).使用経過中にブランチングが発生,悪化することもあり,その場合はさらにエッジデザインの変更が必要となる.して度数を決定する.BCはオートケラトメータや角膜形状解析装置,前眼部OCTで測定した角膜K値を参照にトライアルレンズを装用し,涙液プール(vault)の高さが150~250μmあることを,細隙灯顕微鏡検査時には角膜厚やレンズ厚を参考にして,また前眼部OCTを使用して確認し,決定する.そして結膜ブランチング(レンズエッジが結膜血管を圧迫し,血流を遮断している状態)が発生していないか確認することが重要である(図3).左眼にスクレラルレンズを装用開始し,4週間後に視力(0.15×スクレラルレンズ),6週間後には(0.2×スクレラルレンズ)と視力の改善ならびに角膜上皮欠損の改善を認めた.●おわりに強度不正乱視角膜に対する視力改善や,重症ドライアイに対する治療と角膜保護にスクレラルレンズは有効で500あたらしい眼科Vol.35,No.4,2018ある.またセンタリングがよく,ずれや落下が少ないため,強風の当たる環境やスポーツ時など幅広い分野での使用が可能であると考えられている.さらに中央部にRGP素材,周辺部にソフト素材を用いたハイブリッドコンタクトレンズの開発も進んでおり1,2),シャープな見え方とさらに良好な装用感を得ることができるようになっている.今後このような特殊コンタクトレンズの普及により,眼鏡や通常コンタクトレンズでは実現できなかった症例においても,快適なqualityofvisionを得られると期待される.文献1)松原正男:角膜不正乱視眼に対するSpecialtyLensの現状.日コレ誌57:2-7,20152)AbdallaYF,ElsahnAF,HammersmithKMetal:Synerg-Eyeslensesforkeratoconus.Cornea29:5-8,2010(82)

眼内レンズ:灌流ハイドレーション(HYUIPテクニック)

2018年4月30日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋鈴木久晴377.灌流ハイドレーション(HYUIPテクニック)善行すずき眼科/日本医科大学白内障手術において,切開創周囲の角膜実質に灌流液を注入するハイドレーションは日常でしばしば用いられる手技である.しかし,ハイドレーションは術中の器具の出し入れによる前房虚脱の防止にはならない.そこで灌流ポートを用いてハイドレーションを行い,前房虚脱を防ぎ,かつ切開創の自己閉鎖をうながす方法を提案する.●はじめに白内障手術において,自己閉鎖創の構築は重要である.角膜切開や経結膜強角膜切開は通常,スリットナイフによる一面切開で行うことが多いが,強角膜三面切開に比べて自己閉鎖しにくい場合がある.その場合,通常我々は切開創周囲の角膜実質に対して灌流液を注入し,意図的に浮腫を作り出す,いわゆるハイドレーションによって切開創の自己閉鎖をうながしている.しかし,この操作は通常,眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入した後に施行されため,術中の器具の出し入れ時の切開創の安定化にはつながらない.術中において,我々はIOL挿入後にIAチップによって眼内を洗浄後,チップを抜くと同時に前房が虚脱することをしばしば経験する.この現象は,IOLが角膜内皮へ衝突することによる角膜内皮へのダメージのみならず,眼外の汚染された水が逆流することによる前房内への細菌の迷入も否定できない.よって,IAチップを抜く前にハイドレーションを行い,前房虚脱を防ぎ,かつ自己閉鎖を強固にする方法を開発するに至った.●灌流ポートによるハイドレーション超音波チップ,IAチップのスリーブには灌流液を眼内に流すためのポートがある.この灌流を用いて,ハイドレーションができないだろうかと考えた.そこで筆者らは,チップを抜く前に灌流ポートを切開創の左右(図1),上下に対して5~10秒ずつ押し当てた後に,一度チップを前房内に戻して前房深度と切開創が安定した後に(図2),一気に引き抜くというテクニックを開発し,この手技をHydrationUsingIrrigationPort(HYUIP)テクニックと名付けた.HYUIPテクニックを用いることによって,切開創に対して術中にハイドレーションを施行することができ,切開創の自己閉鎖率を向上させるだけでなく,チップを抜いた際の前房虚脱を防ぐことができる可能性がある.●HYUIPテクニックの欠点とコツHYUIPテクニックは通常の針で行うハイドレーショ図1HYUIPテクニック1灌流ポートやや上向きにして左側(a)と右側(b)に押し当てる.(79)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20184970910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2HYUIPテクニック2灌流ポートを上方(a)に押し当てた後に,前房にチップを戻し(b),一気に引き抜く.図3MQAによる漏出の確認切開創に対して平行にMQAを軽く押し当て,漏出を確認するとともに,乱れた外方弁,内方弁を正常の位置に戻す.この操作により,さらに自己閉鎖しやすくなる.ンに比べて水圧は低いと考えられるため,実質浮腫の程度は弱いと考えられる.よって,切開創が短い症例や軽い創口熱傷を起こしている症例は自己閉鎖を得られない場合もある.この場合は,通常の鈍針で行うハイドレーションを追加することとなる.しかし,その際でも,通常のハイドレーションよりもわずかな灌流液の注入で自己閉鎖を得られることが多い.また,HYUIPテクニックを行う際には浮腫が広がっていく状態を把握しにくいが,眼球をやや下転させ,切開創をやや持ち上げる感覚で灌流ポートを押し当てることにより,顕微鏡の光が角膜に反射し,ある程度の浮腫の広がりを実感できるとともに自己閉鎖率が上がる傾向がある.また,上記のようにやや切開創が短くなってしまった場合などは,通常よりやや長めに押し当てるようにしている.そして,通常チップを抜いたのちに,MQAにて切開創の外方弁を軽く圧迫し,漏出を確認するが(図3),この操作は切開創の形態を整える効果があり,その後に角膜サイドポートより灌流液を注入して眼圧を調整すると,より強固な自己閉鎖を得られる.●まとめ針を使わないハイドレーションであるHYUIPテクニックを紹介した.本手技は,白内障手術を完投できる術者であれば誰でも施行することができる.そして,針による通常のハイドレーションに比べて,ある一点に圧力が加わらないので,Descemet膜.離などの合併症を防げる可能性もあり,安全な手技と考える.ぜひ一度お試しいただければ幸いである.

コンタクトレンズ:コンタクトレンズ処方のための角膜形状解析

2018年4月30日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一42.コンタクトレンズ処方のための角膜形状解析糸井素純道玄坂糸井眼科医院●はじめに角膜形状解析は,コンタクトレンズ(CL)処方前のスクリーニング検査,CL処方後の経過観察で施行されることが多いが,ハードコンタクトレンズ(HCL)処方におけるトライアルレンズの選択にも応用することができる.●CL処方前のスクリーニング検査CL処方前に,円錐角膜,ペルーシド角膜辺縁変性に代表される角膜形態異常を伴う疾患,高度角膜乱視,ドライアイによる角膜不正乱視,CL装用による角膜変形(CLinducedcornealwarpage)などを把握し,CL処方が可能であるか,どのタイプのCLが適切であるかを判断する.CL装用による顕著な角膜変形(図1)を認める場合は,角膜変形が回復するまでCLの装用を中止し,回復したことを確認後に処方する.●CL処方後の経過観察HCLだけではなく,ソフトコンタクトレンズ(SCL)も角膜形状変化をもたらす(図2).HCLの動きが悪く,固着しているようなケースでは,角膜形状解析装置でレンズエッジに相当する部位に圧痕が観察できる.CL装用による変形は,角膜前面だけではなく,角膜後面にも及ぶことがある.SCL装用による角膜変形は,一般にHCLに比べて軽度であるが,固着が強いと裸眼視力や矯正視力の変動をもたらす.酸素透過性の低いSCLを装用すると,短期的には角膜浮腫による角膜厚の増加がみられ,長期的には慢性の酸素不足による角膜の菲薄化,角膜不正乱視がみられることがある.●HCL処方におけるトライアルレンズの選択HCL処方を成功させるためには,個々の角膜形状に合わせて,最適なベースカーブ(basecurve:BC)とレンズ径を選択しなければならない.一般にHCL処方におけるトライアルレンズは,標準となるレンズ径のトライアルレンズからケラトメータの値の中間値,あるいは弱主経線値を参考にBCを選択する.選択されたトライアルレンズを装用し,フルオレセインパターンやレンズの動きから,規格(BC,レンズ径)を変更していき,最(77)0910-1810/18/\100/頁/JCOPY図1ハードコンタクトレ図21日使い捨てソフトンズの下方固着によコンタクトレンズ装る角膜変形用者にみられた角膜プラチドリング式角膜形状変形解析装置KeratronScoutプラチドリング式角膜形状(Optikon社)のinstanta-解析装置KeratronScoutneousradius表示.(Optikon社)のinstanta-neousradius表示.適なフィッティングとなった規格のトライアルレンズで追加矯正視力検査を行い,最終処方レンズのBC,レンズ径,レンズ度数を決定する.しかし,この方法で最初のトライアルレンズのBCを選択すると,最終的な規格を決定するまでに,何回も変更しなければならないことがある.これはケラトメータの値が角膜中央部(直径3mm)に限局された曲率半径であって,角膜全体の形状を反映していないためである.角膜中央部だけではなく,角膜形状解析装置を利用して角膜全体の形状を測定できれば,より精度の高いトライアルレンズのBCの選択が可能となる.角膜形状解析装置を利用したHCL処方におけるトライアルレンズのBCの選択方法を紹介する.ただし,角膜形状解析装置が算出したBCの値をそのまま最終処方の規格とするのではなく,必ずトライアルレンズを装用し,フルオレセインパターンやレンズの動きから最終処方のレンズの規格を決定しなければならない.①角膜形状解析装置が算出するインデックスを利用する方法正常角膜に対して球面HCLを処方するときに有用と考えられ,ほとんどの角膜形状解析装置で算出されるbest.tsphere(BFS)を紹介する.BFSは角膜形状(高さデータ)を三次元座標に展開し,最小二乗法にて自動算出され,角膜全体(360°の経線方向)の平均化されたあたらしい眼科Vol.35,No.4,2018495図3プラチドリング式角膜形状解析装置PR.8000のコンタクトレンズ処方プログラム角膜のカーブを表す.算出方法にはいくつかの方法があるが,Float法(BFSを角膜頂点に固定せずに,角膜とBFSの間の隙間をもっとも小さくする)が角膜形状にもっともフィットするように算出しており,球面HCLをパラレルフィッティングで処方しようとするときのトライアルレンズのBC選択に利用できる.②角膜形状解析装置付属のCL処方プログラム角膜形状解析装置付属のCL処方プログラムは,国内外でいくつかの報告がある1~3).機種ごとにプログラムは異なり,その詳細は明らかにされていない.図3はプラチドリング式角膜形状解析装置PR-8000(サンコンタクトレンズ)のCL処方プログラム,図4は前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)CASIA(トーメーコーポレーション)を利用したHCL処方プログラムである.これらのソフトウェアプログラムの中には,正常角膜のみならず,円錐角膜に代表される角膜形態異常疾患に対するHCL処方にも応用できるものもある.また,選択されたHCLによるフルオレセ図4前眼部光干渉断層計CASIA付属の球面ハードコンタクトレンズのトライアルレンズのベースカーブ選択プログラムベースカーブがレンズ径別に表示される(○).インパターンをシュミレーションできるプログラムを付属している角膜形状解析装置もあり,トライアルレンズを装用する前に,どのようなフルオレセインパターンになるのかを推測することができる(図3).文献1)桂真理,山本優,松川正視ほか:自動角膜形状解析装置(システムフォルム200)によるHCL処方.日コレ誌28:139-143,19862)猪原博之,前田直之,渡辺仁ほか:近視及び近視性乱視症例に対するビデオケラトスコープによる高ガス透過性コンタクトレンズ自動処方.日コレ誌39:209-213,19973)糸井素純,上田栄子,深沢広愛ほか:前眼部OCTを利用した球面HCL処方におけるトライアルレンズのBC選択プログラム.日コレ誌55:2-6,2013PAS104

写真:若年者に発症した上輪部角結膜炎

2018年4月30日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦407.若年者に発症した上輪部角結膜炎松本佳保里横井則彦京都府立医科大学眼科図2図1のシェーマ①リサミングリーンで染色される病変部②血管の蛇行・拡張がみられる.図1術前の前眼部写真上方球結膜の血管の蛇行・拡張がみられる.リサミングリーン染色で角膜輪部を主体とする染色所見を認める.図4病理組織結果左:ヘマトキシリン・エオジン染色で結膜上皮の多層化・肥厚(.)がみられる.右:PAS染色で杯細胞密度の減少(○)がみられる.図3術後3カ月の前眼部写真上方球結膜の血管蛇行・拡張は消失し,リサミングリーン染色で染色所見はみられない.(75)あたらしい眼科Vol.35,No.4,20184930910-1810/18/\100/頁/JCOPY症例は20歳,女性で,両眼の結膜充血,眼脂の増加,眼瞼腫脹を主訴に当院を受診した.0.1%フルオロメトロン点眼液で2カ月間,点眼加療を行ったが改善がみられず,自覚症状はさらに増悪した.細隙灯顕微鏡所見では,上方球結膜に高度の血管の蛇行・拡張を伴う炎症所見がみられ,リサミングリーン染色で充血部に染色所見がみられることから上輪部角結膜炎(superi-orlimbickeratoconjunctivitis:SLK)と診断した(図1,2).血液検査で甲状腺関連ホルモン(T3,T4,TSH)および抗TSHレセプター抗体を調べたが正常範囲で,甲状腺疾患は否定的であった.また,角膜上皮障害および両側球結膜上皮障害はなく,涙液減少型ドライアイの合併も否定的であった.SLKに対し0.1%フルオロメトロン点眼液,レバミピド懸濁点眼液,ジクアホソルナトリウム点眼液の併用や,治療用ソフトコンタクトレンズ装用も試みたが,症状改善が得られなかったため,外科的治療を行った.手術は,まずリサミングリーン染色で結膜病変部を確認し,結膜下の局所麻酔後に輪部から2mmの位置で,10時から14時にかけて弧状の結膜切開を行い,Tenon.を切除し,結膜弛緩の程度を把握したうえで,病変部の結膜を舟型に切除した.切除結膜断端は9-0絹糸で縫合した.術後は,リサミングリーン染色にて病変部の染色は消失し,症状および病変部の炎症所見は徐々に改善した(図3).手術時の結膜切片組織は上皮の多層化と肥厚およびPAS染色で杯細胞密度の減少がみられ(図4),組織学的にもSLKに矛盾しない所見が得られた.SLKは一般的に30~55歳に好発するとされ,今回の症例のように若年者に発症することはまれである.また,両眼性で女性に発症することが多い.上眼瞼縁から瞼板下溝に至る眼瞼結膜には,瞬目時に角膜表面と摩擦を生じる部位があり,lidwiperとよばれる1).一方,lidwiper後方の眼瞼結膜と眼球結膜の間には,健常眼では瞬目時に摩擦を生じない間隙(Kessingspace)が存在する.SLKでは,上方球結膜の強膜からの.離(上方の結膜弛緩症)が指摘されており2),上方の結膜弛緩によって,Kessingspaceが狭まり,瞬目時に摩擦亢進が生じていると考えられる.つまり,SLKの本質的な発症メカニズムとして,Kessingspaceでの摩擦亢進を考えることができる2).また,この考えに基づけば,摩擦亢進に続発する炎症が,上方球結膜の弛緩,眼瞼結膜の浮腫および乳頭形成をうながし,さらに摩擦が増強するという悪循環を想定することができる.SLKの治療として,人工涙液,ステロイド,ビタミンA,N-アセチルシステイン,レバミピド,血清などの点眼治療,治療用ソフトコンタクトレンズの装用や涙点プラグ治療などの非観血的治療があり,効果的とされる.一方,外科的治療として,病変部の切除,熱焼灼,上方結膜弛緩の解消を目的とした結膜切除3)などが知られ,それらの効果が報告されている.そして,これらの外科治療は,先の考えに立てば,すべてKessingspaceの再建につながるものであり,Kessingspaceでの摩擦亢進の解除が持続する改善をもたらしていると考えられる.文献1)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20022)横井則彦:糸状角膜炎・上輪部角結膜炎.角結膜疾患の治療戦略─薬物治療と手術の最前線(島﨑潤編),p277-290,医学書院,20163)YokoiN,KomuroA,MaruyamaKetal:Newsurgicaltreatmentforsuperiorlimbickeratoconjunctivitisanditsassociationwithconjunctivochalasis.AmJOphthalmol135:303-308,2003