診療報酬の枠組みRulesofJapan’sUniversalHealthCoverage三宅正裕*I保険診療の概念日本は世界に冠たる国民皆保険制度を有しており,保険診療で行われる医療についてはその大部分が公的医療保険から支払われる.全体としてのお金の流れを把握するため,保険診療の概念図を図1に示す.被保険者は保険料を医療保険者に支払っている(図1①).いわゆるサラリーマンなどは社会保険組合などが運営する社会保険に加入することになっており,保険料は給与から源泉徴収される一方,その他のすべての人(無職や自営業などの人)は市町村が運営する国民健康保険に加入し,保険料を定期的に納付(通常納付または銀行口座や公的年金からの引き落とし)する.被保険者が保険医療機関などを受診した際は,保険医療機関などは診療・治療(正確な用語としては「療養の給付」という)を行い(図1②),被保険者は自己負担割合に応じて,療養の給付にかかった金額を保険医療機関に支払う(図1③).なお,この際の「療養の給付にかかった金額」は実費ではなく,診療報酬表に設定された金額であり,政府によって2年ごとに改定される.残りの保険負担分は,保険医療機関などからの請求(図1④)に基づき,審査支払機関を通じて医療保険者から保険医療機関などに支払われることになる.この際,審査支払機関は,診療報酬の請求が保険診療のルール(健康保険法,療養担当規則,診療報酬点数表,その他各種通知など)に基づいているかを審査し,審査済みの請求書を医療保険者へ送付(図1⑤)して医療保険者より支払いを受け(図1⑥),一定の期日までに保険医療機関などへと診療報酬を支払う(図1⑦).II保険診療のルール保険診療は,保険者と保険医療機関との間の「公法上の契約」に基づくものであり,保険医療機関は,健康保険法などで規定されている保険診療のルール(契約の内容)にしたがって,療養の給付および費用の請求を行う必要がある.また,保険医は保険診療のルールに従って,療養の給付を実施する必要がある.とくに,保険医として申請して保険診療を実施する以上,本来は保険医の責務などを熟知している必要があるのだが,実際には保険診療に関係する法令や関係通知は非常に多く難解をきわめており,きちんと理解していることは少ないだろう.当然ながら本稿ですべてを網羅することは不可能であるが,どこにどういったことが記載されているのかの関係性を理解するだけで「医療制度に関する基礎体力」は大幅に向上し,今後,法律などの改正が議論される際にも,どういった問題意識から何が議論されているのかがわかりやすくなるし,また知らないうちに法律違反を犯してしまうリスクも低下すると期待される.それでは一体どのようなルールがあるのだろうか.まず,保険診療の前提として,医師および医療機関は「医師法」「医療法」「医薬品,医療機器等の品質,有効性及*MasahiroMiyake:京都大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕三宅正裕:〒606-8507京都市左京区聖護院川原町54第2臨床研究棟8階京都大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(9)1493②診療サービス(療養の給付)③一部負担金の支払い⑦診療報酬の④診療報酬の請求支払い①保険料(掛金)の支払い図1保険診療の概念図(厚生労働省ホームページより)表1法律に関係する用語図2保険外併用療養制度(厚生労働省ホームページより)表2診療報酬算定のための費用の算定に関する規定(主要なもの)厚生労働省告示第52号診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について点数表別表第一:医科診療報酬点数表別表第二:歯科診療報酬点数表別添1:医科診療報酬点数表に関する事項別添2:歯科診療報酬点数表に関する事項別表第三:調剤報酬点数表別添3:東西報酬点数表に関する事項施設基準厚生労働省告示第53号基本診療料の施設基準等基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて厚生労働省告示第54号特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いにつ特掲診療料の施設基準等いて厚生労働省告示第55号薬価使用薬剤の薬価(薬価基準)(留意事項があれば薬剤ごとに発出)厚生労働省告示第56号特定保険医療材料の材料価格算定に関する留意事項について材料価格特定保険医療材料及びその材料価格特定保険医療材料の定義について(材料価格基準)特定診療報酬算定医療機器の定義等について保険外併用療養厚生労働省告示第59号保険外併用療養費に係る厚生労働大臣が定める医薬品等厚生労働省告示第60号厚生労働大臣の定める評価療養及び選定療養厚生労働省告示第61号保険外併用療養費に係る療養についての費用の額の算定方法健康保険法及び高齢者の医療の確保に関する法律に規定する患者申出療養の実施上の留意事項及び申出等の取扱いについて健康保険法及び高齢者の医療の確保に関する法律に規定する患者申出療養の申出等の手続の細則について保険適用の手続き等薬価算定の基準について─医療用医薬品の薬価基準収載等に係る取扱いについて(医薬品)医療用医薬品の薬価基準収載希望書の提出方法等について保険適用の手続き等特定保険医療材料の保険償還価格算定の基準について─医療機器の保険適用等に関する取扱いについて(医療機器)医療機器に係る保険適用希望書の提出方法等について保険適用の手続き等体外診断用医薬品の保険適用に関する取扱いについて(体外診断用医薬品)─体外診断用医薬品の保険適用の取扱いに係る留意事項について本診療料の施設基準等の一部を改正する件」(初診料や入院基本料等に関連するもの)「特掲診療料の施設基準等の一部を改正する件」(医学管,理料や手術手技等に関連するもの)という厚生労働大臣告示で明確化され,その手続きなどに関しては「基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」「特掲診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」という医療課長通知に記載されている.薬価や保険医療材料価格については,「使用薬剤の薬価(薬価基準)の一部を改正する件」「特定保険医療材料及びその材料価格(材料価格基準)の一部を改正する件」の厚生労働大臣告示に記載され,算定上の留意事項については,薬は個々の薬品ごとの,保険医療材料は「特定保険医療材料の材料価格算定に関する留意事項について」の医療課長通知に記載される.その他も含めて,以上に記載したことはすべて厚生労働省のホームページにまとまっている(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000106421.html)のだが,関係性が複雑すぎるうえに一覧性がない.そのため,関係する事項が一冊にまとまった本(「医科点数表の解釈」いわゆる青本など)が重宝されることになる.筆者が保険局医療課で勤務していたときには,片時も手放せない必携の書であった.III保険適用これまで,保険診療に関連する法律や告示などをみてきたが,実際には保険適用の可否や前述の告示などの改正はどのように行われるのだろうか.もっとも有名なものは2年に一度の診療報酬改定であろう.この際にはいわゆる入院基本料やその算定要件に加え,各種管理料や手術手技などが一括で改定される.また,先進医療として実施されてきたものについても保険適用が検討される.医薬品・医療機器・体外診断薬については,随時企業から保険適用の申請を受け付けており,所定の審査などを経て所定のタイミングで保険適用がなされる.1.診療報酬改定次回は平成30年4月のいわゆる「30改定」で,3年に一度行われる介護保険の改定との同時改定である(なお,筆者は28改定の際に保険局医療課で診療報酬改定の一部を担当した).診療報酬改定に際しては,前回改定からの宿題事項や現状の問題点を踏まえて策定される診療報酬改定の骨子にしたがって,保険適用に関する事実上の意思決定会議である中央社会保険医療協議会(中医協)およびその関連部会などで議論が行われ,最終的には中医協で了承された案が厚生労働大臣の諮問に対する答申として提出され,厚生労働大臣が決定する.改定に向けては中医協の下の多数の部会などで活発な議論が交わされる.保険医療材料価格算定のルールなどを検討する「保険医療材料専門部会」,薬価算定のルールなどを検討する「薬価専門部会」,費用対効果の導入に向けた検討を進める「費用対効果評価専門部会」,入院医療の算定ルールを検討する診療報酬調査専門組織の「入院医療などの調査・評価分科会」,DPC算定ルールを検討する診療報酬調査専門組織の「DPC評価分科会」,学会の要望による医療技術の保険収載を検討する診療報酬調査専門組織の医療技術評価分科会などが,読者の先生に関係しうるところであろうか.議事録の公開までにはタイムラグがあるが,当日資料は速やかに厚生労働省ホームページで公開されるため,興味があれば適宜フォローされたい.すべては網羅できないため,ここでは保険収載をめざすなかでとくに重要な,医療技術評価分科会(いわゆる医技評)について記載しておく.厚生労働省保険局医療課は,外科系学会社会保険委員会連合(外保連)または内科系学会社会保険委員会連合(内保連)に加盟している学会から,毎年6月までに医療技術新規評価・再評価提案書の提出を受ける.各学会は,同提案書に既存技術の増点・適応拡大や新規技術の保険適用の要望について,医学的エビデンスや医療経済的効果などを含めて記載する.真剣に保険適用をめざす場合,「どのような患者に実施すれば,既存の技術などと比較してどういったメリットがあるのか」を具体的に示すことが重要である.臨床医をやっていると,「ないよりはあったほうがいい」「保険適用して使ってみないとエビデンスがでない」といった感覚で保険適用を希望しがちであるが,保険医療財政の厳しい昨今,政府も今まで以上に説明責任を求められており,政府が説明責任を果たせるだけのエ1498あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017(14)ビデンスを,もっとも技術に詳しいわれわれが提出できないことには保険適用はあり得ない.また,「保険適用してからエビデンスが出てくる」というのは医療課目線では本末転倒で,「エビデンスがあるものは保険適用される」のである.また,テクニカルなことでは,医療技術新規評価・再評価提案書はあくまで医療技術にかかる提案であり,基本診療料や特定保険医療材料の価格に関することなどはそもそも対象外で,薬事承認のない医薬品や機器を使用するものについても対象とならないことから,提出するだけ無駄である(しかしこのような提案は提案書全体の1/6にのぼる!).相手のロジックを知り,必要な情報を適切に提示すること,またそのためのエビデンスをあらかじめ準備しておくことが肝要である.このようにして集められた提案書が医療技術評価分科会の資料としてまとめられ,例年10月頃の分科会で公開される.その後,委員による事前評価を経て,1月頃に保険収載の優先度が高い技術と対応を行わない技術が決定される.なお,先進医療からの保険適用については,前回改定では医技評とは別に先進医療会議で審議されたが,今回改定では医技評で一括して評価することとなっている.ボトムアップで保険適用が検討される数少ないチャンスであるため,適切に活用したい.2.医薬品・医療機器・体外診断薬の保険適用新規の医薬品,医療機器,体外診断薬については,保険適用希望書の提出は随時受け付けられている.企業は保険適用を希望する製品があれば厚生労働省医政局経済課に希望書を提出する.その後,当該製品は所定のプロセスを経て,保険適用の可否,価格などが決まる.本稿で取り上げたのは,このプロセスを医師が適切に理解し,戦略を立てることで,医療技術や検査などの適切な評価につながると考えるからである.医療機器の保険適用には,特定保険医療材料としての評価(B区分,C1区分)のみならず,新規技術を伴うものとして評価(C2区分)されることにより,新規技術が保険収載される場合がある.とくに眼科領域では医療材料が技術料に包括されることが多いため,活用のチャンスは多い.近年では,HOYAのシーティーアールが保険適用に際して「注」加算1,600点として収載されたほか,iSentも水晶体再建術との併施に限り27,990点(※水晶体再建術分込み)を算定できるようになった(現在は既存点数の準用であり,今回の30改定で正式に収載される見込みである).また,少し前だとバルベルトインプラントも同様にC2評価からの新規技術保険収載であった.このように,医療機器とセットで新たな技術を導入するという手法は効果的である.ただし,企業としては技術料がいくらであろうと製品が医療機関に売れればよいという立場なので,このアプローチで保険適用を狙う際には,企業が不当に低い技術料で妥協してしまわないかよく注意する必要がある.同様に,検査についても,検査キットを開発して体外診断薬の保険適用のプロセスをふむことで,能動的に保険収載を狙うことができる.保険収載の基本的な考え方である「その検査は診療方針に影響を与えるか?」という点さえきちんと押さえて,本当に必要な検査であれば保険収載の可能性は高く,非常に有用なアプローチであるといえる.3.先進医療先進医療からの保険適用は,医師側からの能動的なアプローチにより保険収載をめざすことができる第三のルートである.先進医療として認められたものは,先進医療Aは承認後一定の期間が経過していれば全例,先進医療Bは総括報告書が提出されたものについて,診療報酬改定の際に保険収載検討の対象となる.これにあたってはエビデンスが適切に構築されているかが重要であり,もっというと,研究デザインが適切であるかどうかにかかっているといっても過言ではない.逆にいうと,先進医療としての申請に際して適切なプロトコルを提示して承認されれば,良好な結果を得た場合に保険収載される可能性が高いといえ,すなわち,保険収載の可否は研究者の力量にかかっているといえる.なお,薬事未承認の医薬品などの使用が含まれている場合は保険適用検討の対象とならないため,薬事承認を飛ばして保険適用されるということはないことには留意が必要である.なお,具体的な申請などの手続きについては別稿を参照されたい.(15)あたらしい眼科Vol.34,No.11,20171499