眼内動態学入門:点眼された薬物の眼内移行性とその限界IntroductiontoOcularPharmacokinetics:OcularDrugPermeationandPermeationLimit河津剛一*はじめに薬物を静脈内投与,あるいは経口投与など全身適用後の全血から眼内組織への薬物移行は,眼組織における生体膜透過バリアである血液.眼房水関門および血液.網膜関門により制限されており,その移行は非常に低いことが知られている.眼科領域,とくに外眼部あるいは前眼部疾患における薬物療法では,簡便かつ安全性の高い点眼薬がもっとも広く使用され,治療薬は主として角膜上,あるいは結膜.内に点眼投与される.眼内へは角膜および結膜を透過し移行するが,角膜が主要経路であり,薬物の眼内移行率は最大でも投与量に対して約C5%である.眼内移行性の良否は,点眼薬の開発に際してもっとも重要な項目の一つであり,薬物の角膜透過性を把握することが重要となる.薬物の角膜透過過程でのおもな透過バリアは角膜上皮細胞であり,細胞間にはタイトジャンクションが存在し,薬物の透過に対してのバリア機能となる.本稿では点眼された薬物の眼内動態(ocularpharma-cokinetics:PK,眼組織での吸収・分布・代謝・排泄)に関して,その評価法,影響を与える因子,薬理作用との関係などについて概説する.CI眼内動態の評価法薬物の角膜透過性,あるいは眼内動態を評価する実験系として,おもにウサギなどの動物を用いた点眼試験がある(inCvivo試験).動物実験において,角膜・房水などの眼組織中濃度推移は,涙液や房水,あるいは鼻腔への薬物消失などの影響を受け,複雑な眼内動態が複合的に現れる.表1にウサギとヒトでの薬物の眼内動態に影響する解剖学的および生理学的パラメータを示す1,2).ウサギとヒトでは眼内移行に影響する多くの解剖学的および生理学的パラメータが類似していることから,薬物の眼内動態の評価モデルとしてはウサギが汎用される.一方で,瞬目回数は,ウサギでC4~5回/時,ヒトでC6~15回/分と異なっている.ウサギでは瞬目回数が少ないことから,薬物の眼表面における滞留性が増加すると考えられ,点眼する点眼液の製剤処方内容によって,ウサギとヒトでの眼内動態の違いに留意する必要がある.点眼薬の研究開発では,眼内動態の評価のみならず,全身組織での薬物動態の評価が必要であり,製造販売承認申請にかかわる動態試験では,ウサギ以外の動物を使用することもある.たとえば,緑内障・高眼圧症治療薬タプロスCR点眼薬C0.0015%の研究開発では,非臨床安全性試験・非臨床薬効薬理試験に対して有益な情報を得るため,ラットおよびカニクイザルを用い詳細な眼内および全身動態を検証している3,4).動物実験に対して,inCvitro実験として,実験条件の設定(温度,薬物処理など)が簡便に行え,膜透過性の詳細な検討に適している摘出角膜透過実験法(ウサギ),角膜上皮細胞培養系(ウサギ,ヒト)が知られている5).これらの方法では,組織,細胞を生理的な状態に保つことや,薬物自体あるいは使用する緩衝液中の添加物が組*KouichiKawazu:参天製薬株式会社奈良研究開発センター〔別刷請求先〕河津剛一:〒630-0101奈良県生駒市高山町C8916-16参天製薬株式会社奈良研究開発センター0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(57)C1269表1ウサギとヒトでの眼内動態に影響する因子の違い1,2)生理学的因子および角膜構造ウサギヒト涙液の容量(CμL)涙液のターンオバー速度(CμL/min)瞬目回数涙点の数C涙液のCpH涙液の浸透圧(mOsm/L)C角膜の厚さ(mm)角膜実質の厚さ(mm)C角膜の直径(mm)C角膜の表面積(cmC2)房水のCpHC結膜の表面積/角膜の表面積,比C房水の容量(mL)房水のターンオバー速度(CμL/min)5~1C00.6~C0.84~5回/時1C7.3~C7.7305C0.35~C0.450.25C151.5~C2.0C8.29C0.25~C0.33~4C.77~3C00.5~C2.26~1C5回/分27.3~C7.73050.52~C0.540.3411~1C21.047.1~C7.3170.1~C0.252~3表2眼内動態(移行性)に影響を及ぼす要因因子概説分配係数薬物側要因分子量粒子径(溶解性)角膜(結膜)透過性はオクタノール/水分配係数(LCogPC)が2~3が良好といわれている.LCogPCが低いものについては結膜透過性が角膜透過性よりも良好.角膜(結膜)透過性は分子量の影響を受け,大きくなるほど透過性は小さくなる.膜抵抗値が結膜組織のほうが角膜よりも小さいため,分子量の大きな化合物の透過性は結膜透過性が角膜透過性よりも良好.薬物の溶解性が不良のため懸濁型製剤を選択する場合,粒子径が小さいほど透過性は向上する(溶解速度が高まるため).pH粘度点眼薬処方浸透圧側要因C点眼濃度点眼量添加剤pHは薬物の解離状態に影響し,角膜透過性はpH-分配仮説に従う(分子型).製剤処方,涙液の緩衝能に留意する必要がある.粘度付与により,結膜.内滞留性が向上し,移行性が向上する.向上の程度は薬物の物性に依存する.浸透圧の増減により細胞間隙透過性を変化させることが可能.点眼する液量が一定の場合,点眼濃度を上げると移行量は増大する.一定容量以上を点眼しても移行性には影響しない(約C20CμL).可溶化,安定化,保存剤は角結膜上皮に影響を与え,薬物の透過性が変化する.変化の程度は薬物の物性に依存する.代謝涙液溶解性生体側要因膜透過性メラニン親和性角膜にはエステラーゼが存在する.Prodrugの代謝に関与する.懸濁型製剤を選択する場合,点眼後の溶解性に関与する.透過機構,輸送担体,病態に留意する.塩基性薬物は,メラニンを含有する組織(網膜色素上皮,虹彩)に結合する.その結合と乖離をコントロールできれば,メラニンをデポとして利用可能.ニン親和性が考えられる.たとえば,薬物側要因“分配係数”の概略は,以下のようになる.一般的に薬物の角膜透過は受動拡散,すなわちCpHC.分配仮説で説明され,オクタノール/水分配係数(LogCPC)がC2~3の場合に最適な透過性を示し,ある程度脂溶性が増加すると逆に角膜透過性は低下することが知られている.これは,角膜組織が,油層(上皮)C.水層(実質)C.油層(内皮)のサンドイッチ構造であることに起因している.また,点眼薬処方側要因“添加剤”の概略は,次のようになる.製剤処方成分として,防腐剤(塩化ベンザルコニウムなど),界面活性剤(ポリソルベートC80など)キレート剤(エデト酸,EDTA)が添加剤として処方中,に配合される.これら添加剤には,薬物の角膜透過を促進する作用がある.角膜透過を促進する添加剤は,おもに細胞膜に影響を与えるもの,または細胞間隙に影響を与えるものに分類される.薬物の角膜透過経路は,細胞内透過経路(transcellularCroute)と細胞間透過経路(paracellularroute)が考えられるが,どちらがおもな経路かは,薬物の脂溶性により決定される.したがって,透過促進作用を有する添加剤と薬物(脂溶性)の組み合わせにより,角膜透過促進効果が違ってくる.一般的に,透過促進剤は,角膜上皮組織,細胞を変化させて薬物の透過性を促進すると考えられるが,この作用が可逆的,あるいは不可逆的な作用かを配慮し,処方成分に選択しなければならない.なお,これら添加剤の配合理由として,“角膜透過促進剤”としている実施例はない.生体側要因として,最近注目されている薬物透過機構は,トランスポーター(輸送担体)による角膜透過である6).生体は細胞内外の栄養物質や内因性物質の選択的物質交換によって必要物質の摂取(吸収)と生体異物や老廃物の排除(排泄)を行っているが,その選択性は細胞膜に存在するトランスポーターが介在する輸送機能に依存している.薬物トランスポーターは,生体にとって異物である薬物を認識し輸送することで薬物の体内動態にかかわっている.一般的に薬物の角膜透過機構は受動拡散で説明されてきたが,最近になり,薬物の角膜透過に薬物トランスポーターが関与することが報告されるようになった.角膜組織の透明性など恒常性維持にかかわっていると考えられるトランスポーターの存在も,薬物の眼組織移行性に影響を与える生体側因子として考慮すべきである.角膜上皮細胞におけるトランスポーターの存在検証,眼科治療に使用されている薬物の膜透過に関するトランスポーター候補などについては文献C6にまとめてあるので参照されたい.CIII点眼投与された薬物の移行性とその限界点眼投与された薬物の眼内バイオアベイラビリティは非常に低いことを前述したが,点眼薬の眼内バイオアベイラビリティの改善をめざした製剤開発が行われ,臨床に用いられている.チモプトールCRXEは,ジェランガムのゲル化作用を利用し,眼内バイオアベイラビリティを改善している.高分子多糖類であるジェランガムは,直鎖状の構造を有し,4分子にC1個のカルボキシル基(.COOH)が存在する.プラスイオンの少ない溶液中ではマイナスに荷電し,分子同士が反発するためゾル(溶液)状態となる.点眼後,涙液中のCNa+イオンと結合することで,ジェランガム分子内のマイナス荷電量は減少し,分子同士の反発が減少し,分子が凝集(ゲル化)する.これにより,点眼時は溶液(ゾル)状態で,点眼後の涙液内のみでゲル化し,持続性を有する点眼薬となった.熱応答性高分子であるメチルセルロースを含有するリズモンRTG点眼液は,10℃以下保存時は溶液(ゾル)状態である(点眼前).点眼後は眼表面温度(32~34℃)でゲル状に変化する.メチルセルロース水溶液のゾル/ゲル相転移温度は約C55℃であるため,製剤処方内容を検討し,クエン酸ナトリウムおよびマクロゴールを添加し,ヒト眼表面温度(32~34℃)でゲル化するように相転移温度を制御している.これら二つの点眼薬は,生体の機能を利用して,液性の物性(粘度)を変化させ,眼表面での滞留性を上げることにより,眼内移行性を向上させる前眼部薬物送達システム(drugCdeliveryCsys-tem:DDS)の例である.後眼部(網脈絡膜)疾患の薬物治療は,点眼投与では有効濃度の薬物が網脈絡膜などの標的組織に到達しないため,点眼投与法では困難であると考えられてきた.そこで,後眼部疾患に対しては局所注射や経口および静脈(59)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1271│⊿│OP│(mmHg)a.bunazosinb.timolol587643210mean±S.E.図1ブナゾシンおよびチモロールをウサギに点眼した時の眼組織中濃度(房水:○,虹彩毛様体:▲)と眼圧降下(⊿IOP)の関係a:0.1%ブナゾシン点眼,PKn=3,PDn=10.Cb:100CmMチモロール点眼,PKn=3,PDn=16.C00.20.40.60.81Concentration(nmol/gorml)05101520Concentration(nmol/gorml)って記述した眼局所CPKモデルを確立した.ブナゾシンあるいはチモロール点眼後の房水中濃度と眼圧の変化の関係には,反時計回りの履歴,すなわち濃度の変化に遅れた薬効の発現がみられ(図1),眼組織中濃度と眼圧下降作用の時間推移を作用機序に基づいた眼局所CPK/PDモデルで表現した.また,ブナゾシンとチモロールなど異なる作用機序をもつ薬物を併用投与したときの眼局所PK/PDモデルの構築も可能であった10).これらは,正常眼圧のウサギを用いた検討であるが,ウサギにおける高眼圧緑内障の病態モデルに,眼局所CPK/PDモデルが適用可能か検証する必要がある.さらに,ヒトへの適用について,動物実験の結果から構築した眼局所CPKモデルを用いてヒトへの外挿を試みることも可能であるが,ヒトでは涙液以外の眼組織中濃度測定が困難なことから,結果の妥当性を検証することがむずかしい.一方,PDモデルにおいては,ヒトにおける眼圧測定が可能であること,房水動態を組み込んだモデルで使用するヒトでの生理的パラメータの報告が多数あることから,ヒトへの適用に際して制限は少ない.したがって,眼局所PK/PDモデルのヒトへの適用については原理的には可能であるものの,ヒトでの組織中濃度測定の制限から結果の妥当性を十分に検証できないのが現状である.眼圧下降薬の新薬開発において動物実験レベルではあるが,PK/PDモデルを利用することでヒトでの効果を定量的に予測することが可能となるため,候補化合物の薬理活性や動態特性の選択基準が設定できるとともに,粘性製剤や結膜.内挿入剤の眼内動態を表現できるCPKモデルと組み合わせることで眼局所におけるCDDSの効率的な設計が可能となると考えられる.おわりに眼科用製剤の開発に携わり,眼内動態を専門とする研究者は,ヒト,動物にかかわらず.眼局所における薬物動態のメカニズムの理解を深め,製剤特性,投与法,病態,標的組織の動物種間での生理学的・解剖学的な差異を考え,常にヒトへの外挿性を意識しなければならない.ヒトへの外挿性の向上に関しては,ヒトでの臨床眼内動態データの蓄積が必要である.近年,動物実験レベルで,これまで点眼投与で薬物が到達しないと考えられてきた網膜など後眼部に有効濃度の薬物が移行することが明らかになりつつある11,12).高齢社会を迎え,増加する後眼部疾患への点眼薬投与による治療が確立できれば,患者への負担も大きく軽減できる.このような製剤を実現するため,後眼部の眼内動態を解明する眼内動態モデルの構築や製剤技術が発展し,後眼部CDDSの技術によらずとも,点眼投与法により後眼部疾患の薬物治療が可能となることを期待する.今後,薬物の眼内移行性に限界のない“最適化された”眼科用製剤が設計可能となるよう,眼科動態および製剤技術研究の成果が眼科用製剤の研究開発の効率化や医療現場での有効・安全な薬物療法につながることを願う.文献1)SchoenwaldCRD:OcularCpharmacokinetics/pharmacody-namics,Ophthalmicdrugdeliverysystems,p83-110,Mar-celDekker,Inc.,NewYork,19932)WorakulCN,CRobinsonCJR:OcularCpharmacokinetics/phar-macodynamics.EurJPharmBiopharmC44:71-83,C19973)FukanoCY,CKawazuCK:DispositionCandCmetabolismCofCaCnovelCprostanoidCantiglaucomaCmedication,Cta.uprost,Cfol-lowingCocularCadministrationCtoCrats.CDrugCMetabCDisposC37:1622-1634,C20094)FukanoCF,CKawazuCK,CAkaishiCTCetCal:MetabolismCandCocularCtissueCdistributionCofCanCantiglaucomaCprostanoid,Cta.uprost,CafterCocularCinstillationCtoCmonkeys.CJCOculCPharmacolTherC27:251-259,C20115)河津剛一:培養角膜上皮細胞を用いた薬物透過評価法の確立と薬物透過特性に関する研究.薬剤学68:14-20,C20086)河津剛一:角膜における薬物トランスポーター.眼薬理C26:38-44,C20127)BararCJ,CAghanejadCA,CFathiCMCetCal:AdvancedCdrugCdeliveryCandCtargetingCtechnologiesCforCtheCocularCdiseases.CBioImpactsC6:49-67,C20168)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCpharC-macokinetics/pharmacodynamicCmodelingCforCbunazosinCafterCinstillationCintoCrabbits.CPharmCResC21:770-776,C20049)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCphar-macokinetic/pharmacodynamicCmodelingCforCtimololCinCrabbitsCusingCaCtelemetryCsystem.CBiolCPharmCBullC31:C970-975,C200810)SakanakaCK,CKawazuCK,CTomonariCMCetCal:OcularCphar-macokinetic/pharmacodynamicmodelingformultipleanti-glaucomadrugs.BiolPharmBull31:1590-1595,C200811)MizunooK,KoideT,ShimadaSetal:Routeofpenetrat-(61)あたらしい眼科Vol.34,No.9,2017C1273