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二次元から三次元を作り出す脳と眼 14.網膜対応点と両眼視細胞(視差選択性細胞)

2017年7月31日 月曜日

左右の網膜を平行移動させ中心窩が一致するように重ね合わせると,点1~5は互いに重なり合う.このような点を網膜対応点とよび,対応点に同じ像が映るとき視差は0である(連載②参照).対応点同士の情報は視交叉より後ろでは互いに併走し,外側膝状体(図1b)を経てV1で隣り合う場所に到達する(図1c).V1では左右眼からの情報の達する領域が分かれて柱状構造(コラム)を作る.斜視や弱視の際にこのコラム構造に変化が及ぶ.次回で詳説する.*右眼・左眼コラムの細胞が,コラム境界付近の細胞(図1cの◎)に情報を送り,ここで両眼の情報が初めて合流する.この細胞は左右どちらの眼の刺激にも反応する.中には検出した両眼視差に対して反応する細胞があり,視差選択性あるいは視差感受性細胞とよばれる.臨床的には両眼視細胞ともよばれる.視差選択性をもつ細胞視差選択性(disparityselectivity)が最初に報告されより右側網膜に映る.点0~5,対応点同士の情報(a)は視交叉より後ろで併走し,右外側膝状体(b)を経てV1の右眼・左眼コラム内に隣り合う形で到達する(c).次にコラムの細胞が境界の細胞(◎)に情報を送り,ここで両眼の情報が初めて合流する.この細胞は両眼視差を検出し,視差の大きさで反応を変える.黄斑線維周辺線維(99)あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710150910-1810/17/\100/頁/JCOPY5L●◎●5R4L●◎●4R3L●◎●3R2L●◎●2R1L●◎●1RF0L●◎●F0R図2視差選択性細胞(V1・V2・abc100100100V3)757575縦軸は細胞の反応強度を,横軸は両眼視差の大きさを,0は視差0,505050+側は同側性,.側は交差性視差252525を表す.bは両眼視差が0のとき000に最大反応を示すが,交差性や同側性など大きな視差に対しては反def応が小さい.eはbと逆の反応を100100100示す.a,dは交叉性視差に対し757575て強く反応する.aは特定の狭い505050範囲の視差に,dは広い範囲の視252525差にゆるやかに反応する.cは狭い範囲の,fは広い範囲の同側性000視差に反応する.神経細胞の反応強度スパイク/秒-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0-1.0-0.500.51.0両眼視差(度)たのは,1968年,ネコのV1においてである1).麻酔下のネコで,眼球の動きを止めるため筋弛緩剤を使用した状態でV1の細胞が両眼視差に反応することを示した.しかしこの方法では両眼で同じ点を固視するのは困難であり,細胞が本当に両眼視差に反応しているのかとの批判もあがった.数々の追試で細胞の存在を証明し,現在では立体視研究の第一歩とされている.その後,無麻酔のサルによる実験で視差選択性細胞が報告された2).ある1点を固視するよう訓練されたサルに,視標やran-domdotstereogram(RDS,連載⑤参照)を用いて交差性あるいは同側性の視差刺激を与えることにより,視差の大きさに応じて異なる反応を示す細胞をV1・V2・V3に発見した(図2).詳細は図の説明に記す.*さまざまな視差選択性細胞が,両眼から入る視差の大きさに応じて反応を変化させることで,単眼の二次元の情報を三次元の情報に変換している.視差0の基準面(ホロプター,連載②参照)を定めて検出した交差性視差は,固視点より前方や凸の,同側性視差は固視点より後方や凹の感覚につながる(連載③参照).視差選択性細胞は1990年代に入るとV5/MTやV5a/MSTなど背側経路(連載⑩参照)においても報告された.腹側経路に存在することを明らかにしたのは日本の研究者であり,当時の考え方を大きく変えた1).腹側経路の視差選択性細胞腹側経路の最終ステージである下側頭葉に視差選択性細胞が存在することを藤田らは2000年にサルで報告し3),後にV4でも証明した1,4).サルが視差のある図形1016あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(文献2より改変)を凸や凹の感覚としてとらえているかを調べるのは非常に困難なことだが,彼らは次のような実験を行った.視標やRDSを用いて呈示した凸(交差性視差)や凹(同側性視差)の刺激を区別できるよう訓練し,凹凸どちらの感覚を得たかを回答させる.具体的には視差刺激消失後の画面で,得た感覚が凸ならば画面下方を,凹ならば上方を固視させ,眼の動きをアイモニターで観察する.さらに下側頭葉やV4に留置した微小電極で細胞の反応を記録する.このような自覚的・他覚的両方の判定によってサルが0.02度程度の細かい視差をとらえていることを証明した.背側経路は大まかな立体視に,腹側経路は精密な立体視に関与すると現在考えられている.視差選択性細胞は生後両眼から同等の視覚刺激が届くことで育つ.立体視の発達は生後3~4カ月に始まり3歳終わり頃に終了するとされる.片眼の白内障や不同視のため鮮明な像が映らず弱視を生じたり,斜視のため対応点に同じ像が映らなかったりすると,細胞の発育が阻害される.文献1)藤田一郎:立体世界を見る脳のしくみ.脳がつくる3D世界─立体視のなぞとしくみ.p132-170,化学同人,20152)PoggioGF,GonzalezF,KrauseF:Stereoscopicmecha-nismsinmonkeyvisualcortex:binocularcorrelationanddisparityselectivity.JNeurosci8:4531-4550,19883)UkaT,TanakaH,YoshiyamaKetal:Disparityselectivi-tyofneuronsinmonkeyinferiortemporalcortex.JNeu-rophysiol84:120-132,20004)ShiozakiHM,TanabeS,DoiTetal:NeuralactivityincorticalareaV4underlies.nedisparitydiscrimination.JNeurosci32:3830-3841,2012(100)

硝子体手術のワンポイントアドバイス 170.強膜バックリング手術習得のコツ(その5)バックルの設置法(初級編)

2017年7月31日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載170170強膜バックリング手術習得のコツ(その5)バックルの設置法(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●はじめにバックルを設置する際には,裂孔と硝子体牽引の関係についてよく理解しておく必要がある.以下,代表的な2種類の裂孔について解説する.●弁状裂孔弁状裂孔は通常,急性後部硝子体.離の進行により形成され,約半数の症例は網膜格子状変性巣の辺縁に沿って形成されるが,単一の弁状裂孔も約半数の症例でみられる.弁状裂孔では裂孔蓋に硝子体ゲルが付着しており,網膜自体に働く牽引力は裂孔の周辺側がもっとも強い.よってバックル設置の際には,この部位を確実にバックル上にのせる必要がある1).円周方向のバックル設置の場合,しばしば弁状裂孔全体をバックル上にのせようという意識が強くなり,バックルを奥に設置しすぎて,周辺側の牽引の相殺が甘くなり,周辺側から再.離をきたすケースが多い(図1)2).裂孔が大きい症例では,後極側のバックル効果が多少甘くなっても,ガスタンポナーデで十分に閉鎖が得られる.子午線方向のバックルはフッシュマウスになりにくい利点があるが,円周方向に位置がずれると裂孔の辺縁から再.離をきたしやすく(図2),輪状締結を併用しないと,バックルが押し出されやすい.●網膜格子状変性巣に起因する裂孔網膜格子状変性巣では,変性巣の全周に網膜硝子体癒着が存在している2).網膜格子状変性巣に起因する裂孔は,変性巣内に生じる萎縮性円孔と,変性巣の辺縁に生じる弁状裂孔に大別される.経強膜冷凍凝固を施行する際には,裂孔周囲だけでなく,変性巣全体にも過剰凝固にならない程度に適度な凝固を行う.網膜格子状変性巣全体をバックルの上にのせる必要があるため,通常は円周方向にバックルを設置する(図3).(97)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1弁状裂孔に対する円周方向のバックルバックルを深部に設置しすぎると,周辺側の牽引の相殺が甘くなり,周辺側から再.離をきたしやすい.図2弁状裂孔に対する子午線方向のバックル円周方向に位置がずれると,裂孔の辺縁から再.離をきたしやすい.図3網膜格子状変性巣に起因する裂孔に対するバックル網膜格子状変性巣全体をバックルの上にのせる必要がある.●バックル材料バックルは裂孔の大きさによって適宜選択する.筆者はおもに#501シリコーンスポンジあるいは#506シリコーンスポンジを使用することが多い.前者のほうが一回り小さいため,マットレス縫合を確実に行えば,術後にバックル自体が押し出されて結膜下に隆起を作ることは少ない.シリコーンタイアは,増殖性硝子体網膜症や周辺部の深さの異なる多発裂孔などの症例に有用である.文献1)眼科Surgeonsの会編:網膜.離の手術.確実な復位をめざして.医学書院,19862)池田恒彦:強膜バックリング術の原理と術式理論に基づくバックル材料と術式の決定.眼科グラフィック2:60-65,2013あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171013

斜視と弱視のABC 11.外傷性脳神経障害による斜視

2017年7月31日 月曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保11.外傷性脳神経障害による斜視根岸貴志順天堂大学医学部眼科学教室外傷性斜視のうち,脳神経障害による外眼筋麻痺について,滑車神経麻痺に対する下斜筋切除術を施行した症例を提示し解説する.両眼性に留意しながらParks三段階法により麻痺筋を同定.回旋斜視は手術でしか矯正できないため,下斜筋減弱術か対側下直筋減弱術を行う.術後の複視や追加手術についても十分説明して手術を計画する必要がある.はじめに外傷性斜視の原因は,眼窩底骨折により外眼筋への器械的運動障害をきたした場合と,脳神経障害などによる眼筋麻痺の2種類に大別される.麻痺と器械的運動障害を鑑別するには牽引試験を行う.牽引試験にて制限があれば器械的運動障害であり,眼窩底の整復が必要となるが,ここでは脳神経障害による眼筋麻痺による斜視をとりあげる.頭部外傷による脳神経障害では,動眼神経麻痺,外転図1眼底写真とくに左眼が外方回旋していることがわかる.左眼右眼図2術前HESS赤緑試験中心点が右眼は上,左眼は下方向に偏位しており,右上斜視が5°程度あることがわかる.右眼の面積が小さく,麻痺眼は右眼で,もっとも偏位の大きい上斜筋に麻痺があることがわかる.(95)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY神経麻痺,滑車神経麻痺が眼球運動に関係する.なかでも滑車神経麻痺は割合が高いものの1),その診断が難しい.具体的な症例を提示し,治療方針について解説する.症例患者:60代,女性.主訴:複視現病歴:1年前,歩行時に車にひかれ,くも膜下出血.意識障害の回復後に複視を自覚.1年間症状変化なし.眼科所見:第一眼位:右上斜視4Δ(左方視および右傾斜で悪化..20Δまで).前眼部:特記所見なし.眼底:外方回旋(図1).HESS赤緑試験:右上斜視(図2).大型弱視鏡:自覚的斜視角:+1°,右上斜視6°,外方回旋5°.治療方針:上記より,右外傷性滑車神経麻痺と診断.回旋性斜視はプリズムでは改善しないため,手術を計画.両眼性の疑いは残るが,右眼の回旋および上下斜視を改善させるため,右下斜筋切除術を計画.術後経過:術直後はめまいを訴えたが,次第に軽快.左眼右眼図3術後HESS赤緑試験15°の範囲では,ほぼ眼球運動障害が消失している.あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171011HESS赤緑試験で著しい改善がみられ(図3),複視も消失.眼球運動障害もめだたなくなった.外傷性滑車神経麻痺について麻痺筋の同定にはParks三段階法を用いる(図4).第一眼位の上下,側方視での上下の悪化方向,頭部傾斜による上下斜視の悪化方向に注目する方法であるが,基本的には単筋の麻痺に対してのみ有効で,運動制限がある場合にはあまり参考にならないことに留意する必要がある.本症例では典型的な右上斜筋麻痺の所見を呈しており,眼底写真による回旋もそれを裏づけた.外傷性滑車神経麻痺は,第一眼位での上下斜視が20Δ以上みられる場合,左右差の強い両眼性が強く疑われる.本症例では,第一眼位での角度は4Δ,HESS赤緑試験でも5°程度であり,片眼性の可能性のほうが高かった.回旋斜視に対する治療として,麻痺眼の下斜筋減弱術を行うか,僚眼の下直筋減弱術(鼻側移動)を行うか,選択枝は二つある.患眼の上斜筋の短縮術は,合併症をきたしやすく,術後予測との誤差も大きいため,第一選択としては勧められない.本症例では,患眼の手術を希望されたため,全身麻酔下での下斜筋切除術を施行した.術後に左上斜視をきたした場合は,両眼性として左下斜筋切除術を追加することや,下斜筋切除術後にはわずかに内斜視化することから,術後の水平斜視の微調整が局所麻酔で必要になる可能性を十分説明してから施行した.高齢になるほど術後の眼位変化に適応する時間が長くなる.60代では最低6週間は適応に必要と説明し,術後早期のめまいや複視については,できるかぎり両眼視をしてリハビリに時間をかけるよう説明する.本症例では幸いにも1回の手術でHESS赤緑試験の劇的改善がみられ,自覚的複視もほぼ完全に消失した.まとめ外傷性脳神経障害による複視の代表例として,滑車神経麻痺を提示した.回旋複視はプリズムでの治療が無効であり,手術が必要であるが,複数回の手術が必要になることが多く,十分な準備を行って臨む必要がある.文献1)Ciu.redaKJ,KapoorN,RutnerDetal:Occurrenceofoculomotordysfunctionsinacquiredbraininjury:Aret-rospectiveanalysis.Optometry78:155-161,20071012あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(96)

眼瞼・結膜:ドライアイの自覚症状と他覚所見の解離

2017年7月31日 月曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人28.ドライアイの自覚症状と他覚所見の解離白石敦愛媛大学大学院医学系研究科器官・形態領域眼科学涙液層破壊時間(BUT)短縮型ドライアイは,涙液の質的異常により涙液膜の安定性が低下した状態である.涙液分泌機能が正常で,角結膜上皮障害がほとんどないにもかかわらず,自覚症状が強いことが特徴である.●はじめに眼表面は常に涙液に覆われており,この安定した涙液層により眼表面の健全性や視機能が維持されている.涙液層は表層から油層,水層,ムチン層の3層で構成されているとされていたが,ムチンには膜型と分泌型があり,水層中にも分泌型ムチンが存在していることから,現在では油層と液層の2層構造をしていると認識されるようになっている.涙液層の安定には適切な水分量,油分,ムチンが必要であり,いずれか欠けても安定性が失われてしまう.この涙液層の破壊が短時間に起こり,ドライアイ症状を呈するのが涙液層破壊時間(tear.lmbreak-uptime:BUT)短縮型ドライアイである.●BUT短縮型ドライアイの診断フルオレセイン染色後,開瞼直後から角膜上にドライスポットが出現するまでの時間を測定したものがBUTであり,5秒以下が異常値である.BUT測定は,フルオレセイン染色検査とともに多くの情報を得ることので治療前きる非常に有用な検査であるが,検査にあたり,いくつかの注意点がある.①フルオレセイン染色方法であるが,最小量のフルオレセインを点入すること.点入量が多いと涙液の水分量に影響を与えてしまい,BUTが長くなる可能性がある.②フルオレセイン点入後は十分な瞬目をさせ,フルオレセインを眼表面に均一に広がらせること.フルオレセインがいきわたらない領域があると,観察が不十分となってしまう.③瞬目の強弱により涙液層の厚さに影響が出るため,できるだけ軽く自然な瞬目を心がけるよう患者に協力してもらうことが重要である.●自覚症状出現の病態BUT短縮型ドライアイで自覚症状が強い原因はまだ解明されていないが,BUT短縮の原因となる涙液の不安定性に起因することが推測される.そこで注目されるのがtransientreceptorpotential(TRP)channelsといわれる感覚受容器ファミリーであり,TRPV1,TRPV4治療後図1フルオレセイン染色によるBUT観察治療前では開瞼直後からスポット状のbreakupを認め,BUTは0秒であった.ジクアホソルナトリム点眼治療後には,開瞼直後にはbreakupは認めず,BUTは3秒に延長した.(93)あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710090910-1810/17/\100/頁/JCOPY治療前治療後図2Ocularsurfacethermographyによる眼表面温度の変化治療前は角膜中央の温度が5秒間に0.57℃低下していた.ジクアホソルナトリム点眼治療後は角膜中央の温度低下は0.25℃に抑えられていた.は痛みや高温度に対し,TRPM8は冷感刺激に対して反応し,角膜にも存在していることがわかっている1.3).実際に,BUT短縮型ドライアイでは開瞼直後からの温度低下が正常や涙液短縮型ドライアイよりも大きいことが知られており4),この温度低下がTRPM8を刺激して痛覚を感じるのではないかと推測される.●BUT短縮型ドライアイの治療涙液の安定を誘導するような治療が有効であり,ジクアホソルナトリウム点眼やレバミピド点眼は,ムチン産生や分泌を促進することにより涙液水層のムチン濃度を高めて,涙液の安定化をはかる作用がある.図1の症例はBUT短縮型ドライアイであり,開瞼直後からスポット状のbreakupを認め,BUTは0秒であり,異物感および刺すような痛みを強く訴えており,ocularsur-facethermographyによる眼表面温度測定でも治療前には角膜表面温度が5秒間に0.57℃低下していた.ジクアホソルナトリム点眼治療後にはBUTは3秒に延長し,角膜表面の温度低下は0.25℃に抑えられ,自覚症状も軽減していた.この症例は,点眼治療により涙液膜が安定することにより,眼表面温度も安定化し,症状の緩和につながったと推測される.文献1)PanZ,YangH,MerglerSetal:Dependenceofregulato-ryvolumedecreaseontransientreceptorpotentialvanil-loid4(TRPV4)expressioninhumancornealepithelialcells.CellCalcium44:374-385,20082)ParraA,MadridR,EchevarriaDetal:OcularsurfacewetnessisregulatedbyTRPM8-dependentcoldthermo-receptorsofthecornea.NatMed16:1396-13991,20103)PorED,ChoiJH,LundBJ:Low-levelblastexposureincreasestransientreceptorpotentialvanilloid1(TRPV1)expressionintheratcornea.CurrEyeRes41:1294-1301,20164)KamaoT,YamaguchiM,KawasakiSetal:Screeningfordryeyewithnewlydevelopedocularsurfacethermogra-pher.AmJOphthalmol151:782-791,e781,2011☆☆☆1010あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(94)

抗VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術

2017年7月31日 月曜日

●連載監修=安川力髙橋寛二42.糖尿病黄斑浮腫に対する戸島慎二森實祐基岡山大学大学院医歯学総合研究科眼科学分野硝子体手術現在,糖尿病黄斑浮腫に対する治療の第一選択はVEGF阻害薬硝子体内注射であるが,治療に抵抗する症例では他の治療法を考慮する必要がある.本稿では糖尿病黄斑浮腫(DME)の治療における硝子体手術の適応基準,奏効機序と問題点,そして筆者らの施設で行っている新しい術式について概説する.はじめに現在,びまん性糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に対する治療の第一選択は血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬の硝子体内注射であり1),無効な場合にはステロイド局所投与が考慮される.しかし,これらの薬物治療が奏効しない場合には,硝子体手術が選択される.硝子体手術の適応基準は各治療施設によって異なると考えられるが,筆者らの施設の基準を記す.硝子体手術の適応基準基準1:上述のように,薬物療法が奏効しない症例が適応となる.筆者らの施設では,中心網膜厚(centralretinalthickness:CRT)が275μm以上のDMEを認めた場合,まずVEGF阻害薬硝子体内注射をprorenataで最大3回投与する.3回投与後もCRTが275μm以上ある場合は,ステロイドのTenon.下投与もしくは硝子体内投与を行う.ステロイド投与後もCRTが275μm以上ある場合は,患者と相談のうえ,硝子体手術を考慮する.基準2:網膜に対する明らかな牽引を認める症例が適応となる.黄斑上膜や増殖膜による硝子体黄斑牽引を伴うDMEに対して硝子体手術を行い,牽引を解除すると,浮腫および視力の有意な改善が得られる2).自験例を図1に示す.基準3:薬物治療を継続できない症例が適応となる.VEGF阻害薬投与に伴う経済的負担や全身合併症のために投与を継続できない場合は,硝子体手術を検討する.硝子体手術の奏効機序DMEに対する硝子体手術の奏効機序として,おもに三つのメカニズムがあげられる.一つ目は網膜硝子体界面における黄斑牽引の解除である.黄斑牽引を完全に解除するため,硝子体切除に加えて,内境界膜(innerlimitingmembrane:ILM).離を併施する.二つ目は眼内酸素分圧の上昇である.硝子体手術により硝子体腔が酸素分圧の高い房水に置き換わることで網膜内層への酸素供給が改善し,VEGFの産生が抑制され,黄斑浮腫が改善する3).三つ目は硝子体切除による,眼内のVEGFをはじめとした炎症性サイトカインの除去効果である3).硝子体手術の問題点DMEに対する硝子体手術の最大の問題点として,硝図1黄斑上膜を合併した糖尿病黄斑浮腫左:術前.黄斑浮腫および黄斑上膜(..)を認める.右:術後.黄斑上膜を除去すると浮腫が消失した.(91)あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710070910-1810/17/\100/頁/JCOPY術前術後1週間術後6カ月図2眼内灌流液の網膜下注入術硝子体手術+内境界膜.離に加え,眼内灌流液を網膜下に注入した.術後1週間より浮腫の改善認め,術後6カ月まで☆☆☆維持された.子体手術によって黄斑浮腫は改善するが,視力は必ずしも改善しないという点があげられる4).この原因としては,硝子体手術に至る症例は一般に経過が長く,視細胞の不可逆的な障害が術前にすでに生じていることが考えられる.さらに,硝子体手術による黄斑浮腫の改善には半年から1年を要することから,その間にも視細胞の障害が進行してしまう可能性がある4).DMEに対する新しい術式筆者らの施設では,DMEに対する新しい術式として眼内灌流液(ビーエススプラスR,以下BSS)を網膜下に注入する方法を考案した5).本術式では通常の硝子体手術+ILM.離に加え,38ゲージカニューラを用いてBSSを網膜下に少量注入する.この術式により術後早期(1週間)よりCRTの有意な減少を認め,それは術後6カ月まで維持された(図2).また,65%の症例で3段階以上の視力改善を認めた.従来の硝子体手術と比較して非常に早期に黄斑浮腫の改善が得られたことで,術後の視細胞障害の進行が抑えられた可能性がある.今後,本術式の奏効機序や長期経過について,さらなる検討が必要である.文献1)NguyenQD,BrownDM,MarcusDMetal:Ranibizumabfordiabeticmacularedema:resultsfrom2phaseIIIran-domizedtrials:RISEandRIDE.Ophthalmology119:789-801,20122)LewisH,AbramsGW,BlumenkranzMSetal:Vitrecto-myfordiabeticmaculartractionandedemaassociatedwithposteriorhyaloidaltraction.Ophthalmology99:753-759,19923)LaidlawDAH:Vitrectomyfordiabeticmacularoedema.Eye22:1337-1341,20084)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetworkWritingCommittee,HallerJA,QinHetal:Vitrectomyoutcomesineyeswithdiabeticmacularedemaandvitreomaculartraction.Ophthalmology117:1087-1093,20105)MorizaneY,KimuraS,HosokawaMetal:Plannedfovealdetachmenttechniquefortheresolutionofdi.usediabeticmacularedema.JpnJOphthalmol59:279-287,20151008あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017(92)

緑内障:緑内障診療における統計学的視点

2017年7月31日 月曜日

●連載205監修=岩田和雄山本哲也205.緑内障診療における統計学的視点山下高明鹿児島大学病院眼科緑内障診療において統計学的な視点をもてば,より正確な診断,より正確な治療,より正確な予想と患者への説明が可能となる.統計学は国語力と数学力によって裏づけられる,きわめて身近で有用な学問である.本稿では,統計学の基本的な考え方と,数値化・図表による理解・感度と特異度について解説する.●統計学とは何か統計学とは,より正確に物事を数値化し,より正確に分析し,より正確に未来予測をする学問である.この3ステップのうち最重要なのは正確に物事を数値化することである.なぜなら正確な数値化が正しい分析と未来予測を可能にするからである.眼科ではオートレフラクトケラトメータにより屈折と角膜曲率半径,視力表による視力,眼軸長測定装置により眼軸長や前房深度が数値化されてきた.緑内障分野でも眼圧計による眼圧値,静的視野検査による視野感度,光干渉断層計(opticalcoher-encetomography:OCT)により網膜神経線維層厚が数値化され,病態解明および診療に格段の進歩をもたらした.もし,眼圧が数値化されていなかったら,緑内障診療はどうなっているであろうか.眼圧の程度がわからず,眼圧下降薬が有効であるかどうかもわからず,治療はままならない.さらにいえば,眼圧が緑内障に重要であると見出すことも数値化の第一歩であり,語彙力も統計学的には重要となる.これは何を数値化するかということであり,たとえば研修医が前眼部を見ても限られた所見しか得ることはできないが,医学用語を熟知した専門医が前眼部を見れば,容易に20種類以上の所見を得ることができる.このように統計学は言葉の力と数字の力の統合であり,統計学を使いこなすことで正確な理解が可能となるのである.そのため,皆で共有できる科学的論文では,方法で「何をどのように正確に数値化をしたか」を述べて,統計学的な手法で仮説を証明するのである.近年は数値化しにくいと考えられていた社会活動や心理も数値化され,経済学・社会学・心理学も格段の進歩を遂げている.つまりあらゆるものを正確に数値化することで,人は病気だけでなく自然・世界・他人を理解することができるのである.本稿では緑内障診療における統計学的視点の一部を解説する.(89)●数値化の重要性緑内障において正確な数値化は案外むずかしい.自覚的検査である視力・視野感度は検査ごとに変動することは臨床上よく経験されるが,他覚的検査である眼圧値でさえも,検査者の熟練度や患者の緊張,涙液の状態などによって変動する.OCTによる網膜や視神経の数値化でも,検査ごとに変動があり,得られた厚みや容積の情報が正しいか人間がチェックする必要がある.たとえば撮影時に網膜面が傾いていれば,検査光が斜めに網膜を通過するために実際より厚く数値化される.OCTは網膜の層や視神経乳頭の輪郭を自動で認識するが,その認識がうまくいかないことをセグメンテーションエラーとよぶ.セグメンテーションエラーを起こすと,マップの画像や厚みが通常では考えられない乱れを生じる(図1,赤矢印).緑内障診断では,網膜前膜や黄斑浮腫などの他疾患が合併すれば,神経線維層欠損の判定は困難である.図1の右眼では青矢印に黄斑前膜があり,乱れたカラーマップとなっている.乱れたカラーマップを見た場合は,B-scan画像を確認すると原因が判明することが多い(図1,青矢印).つまり正確な数値化を行えるよう検査のノウハウと限界を熟知することが,より正しい緑内障診断,進行判定,治療判定を行うために不可欠といえる.●統計学的な見方正しい数値化ができたと仮定して,OCTによる緑内障診断を例にとって,統計学的な見方を説明する.OCTのプリントアウトでは数多くの数値化がなされており,どれを採用するか迷うかもしれない.統計学者の観点からはカラーマップ(図2,赤枠内)がもっとも有用である.なぜなら,カラーマップにはすべての測定データが含まれているからである.つまり測定した網膜,神経線維層,神経節細胞層,内網状層の厚みが色表示で一見して全領域で理解できる.このようなすべてのあたらしい眼科Vol.34,No.7,201710050910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1黄斑マップのプリントアウト右眼は黄斑前膜()のためカラーマップに乱れを認め,緑内障の判定は不可能である.左眼はセグメンテーションエラーによるカラーマップの乱れ()を認める.適切な再測定により,赤矢印のオレンジの領域は消失した.生データをわかりやすく表示することが真の統計学的解析である.逆に図2下段のサークルスキャンでは測定円上の厚み情報となり,12分割,4分割のセクターごとの平均の厚みにいたっては,もはや何が原因で厚みが減少しているのかわからなくなる.つまり要約されてどんどん情報が少なくなっている.統計学では要約する方法,たとえば平均やp値による判定があるが,丸められているため実態が隠されてしまうことも珍しくない.実例としては,萎縮型の加齢黄斑変性で網膜が薄くなっているのを,緑内障が進行したと勘違いしてしまう可能性がある.統計学者は,統計学的有意性,すなわちp値を重視しない.そのかわり,生のデータがすべて確認できる散布図や分布図,この場合はすべての厚みの数字が色で表示されたカラーマップを重視する.カラーマップでは,緑内障に特徴的な神経線維の走行に一致した弓状の網膜神経線維層欠損(図2,左眼下方)や神経節細胞層/内網状層欠損を確認することができるため,丸められた,または,省略されたセクターごとの厚みの平均値よりも正確な緑内障診断が可能となる.●感度と特異度診断精度を示す統計用語として,「真の緑内障を正しく緑内障と診断できる割合=感度」,「真の正常を正しく正常と診断できる割合=特異度」がある.OCT検査の感度と特異度はともに約90.95%と報告されており1,2)眼科医による眼底写真の診断精度よりも高い.しかし,,この診断精度の高い,感度・特異度がともに90%のOCT検査であっても,正常なのに緑内障と誤判定される割合(偽陽性)が10%,緑内障の見逃し(偽陰性)が1006あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017図2神経乳頭マップのプリントアウトカラーマップからに従って情報がまるめられて,厚みが減少した原因がわからなくなる.赤枠内のカラーマップが緑内障診断に有効であり,左眼の下耳側には神経線維の走行に沿った減少(網膜神経線維束欠損)を認める.10%あることを意味している.見逃しはもちろん避けたいが,もっと問題となるのは正常者を緑内障と判断してしまう誤判定である.有病率の低い(40歳以上で5%)緑内障では,OCT検査により緑内障と判定された症例のほぼ3分の2が,実際は緑内障ではなく,誤判定となる.しかも,実際の臨床現場では40歳未満の若年者も入ってくるため,さらに診断精度は低くなる.つまりOCT検査だけで緑内障を診断しようとすると大量の誤診をしてしまうことになる.このように感度と特異度を理解すれば,一つの検査で緑内障の判定であったとしても,確定診断には眼底検査や視野検査による確認が必須であることは明白となる.●おわりに今回は緑内障診断で有用な統計学的視点を解説したが,おわかりのように統計学は身の回りのすべてのことに応用できる.すなわち,何をどう数値化するのか理解してからさまざまな経験をすることで,より正確に物事を理解して対処することができ,快適な人生を送ることができる.この文章が,皆さんが統計学を勉強するきっかけになれば幸いである.文献1)MayamaC,SaitoH,HirasawaHetal:Circle-andgrid-wiseanalysesofperipapillarynerve.berlayersbyspec-traldomainopticalcoherencetomographyinearly-stageglaucoma.InvestOphthalmolVisSci54:4519-4526,20132)KimYK,YooBW,KimHCetal:Automateddetectionofhemi.elddi.erenceacrosshorizontalrapheonganglioncell–innerplexiformlayerthicknessmap.Ophthalmology122:2252-2260,2015(90)

屈折矯正手術:フェムトセカンド白内障手術の利点

2017年7月31日 月曜日

監修=木下茂●連載206大橋裕一坪田一男206.フェムトセカンド白内障手術の利点森井勇介医療法人社団新緑会森井眼科医院フェムトセカンド白内障手術(FLACS)の利点はさまざまあるが,主要なものに,超音波時間および出力の短縮,正確な前.切開,自在な角膜切開の3点があげられる.それにより手術難易度を下げ,術後視力の向上,術後合併症の低減が期待できる.ただ,今後,さらなる手術手技の向上が求められる.●はじめにわが国は総人口に対する65歳以上の高齢者人口が占める割合(高齢化率)が年々増加し,世界に先駆けて超高齢社会(2016年現在,内閣府の報告で高齢化率26.7%)に突入した.それに付随して白内障手術件数は年々増加し,今後もさらなる増加が見込まれている.一方,現状の超音波水晶体乳化吸引術は,安全性も確立され素晴らしい手術成績を収めているが,患者の期待はもはや単なる視力の改善ではなく,生活の質(QOL)に関連した視力の向上へと変化しつつある.近年,次世代の白内障手術として,フェムトセカンドレーザーを用いた白内障手術(femtosecondlaser-assistedcataractsurgery:FLACS)が登場し注目されている.本稿では当院での使用経験を基に,FLACSの利点について解説する.●フェムトセカンドレーザーについてフェムトセカンドとは1000兆分の1秒のことで,光でも0.3μmしか進めない非常に短い時間である.フェムトセカンドにまで短縮したレーザーの強度は非常に強く,工業用の微細加工などで用いられていた.このレーザーを使用することにより,ミクロン単位の精度の手術が可能となる.眼科領域では,角膜移植やLASIKのフラップ作製など角膜手術で従来から使用されていたが,技術の進歩により,前.や水晶体への照射が可能になり,白内障手術にも用いられるようになった.2017年1月現在,厚生労働省の認可を受けているレーザー白内障手術装置はLenSx(Alcon)とCatalys(Abbot)の2機種があるが,当院ではLenSxを使用しているため,LenSxでの使用経験に基づいて,利点を解説する.●利点その1:超音波時間および出力の短縮FLACSの最大の利点は,手動による水晶体超音波乳化吸引術よりも核乳化に要する超音波出力を少なくできる点にある.(87)当院ではグリッド照射とよばれる賽の目状の分割を行っているが,フェムトセカンドレーザーによって事前に核処理を行うことによって水晶体核硬度を低下させ,より超音波時間の少ない手術が可能となる.それによって,角膜内皮細胞減少が低減し,術後早期の角膜浮腫などによる視力低下のリスクが低下する可能性がある1).また,Zinn小帯脆弱例など,難症例の白内障手術においても,事前のフェムトセカンドレーザー照射によって水晶体乳化吸引の際,より少ない超音波時間で手術が施行できるため,付随組織損傷の低減が期待できる2).いずれにせよ,難症例であろうがなかろうが,かつての手作業での手術に比べ,事前に手術難易度を下げることができるという意味で,大きなメリットがあると考える.●利点その2:正確な前.切開超音波時間短縮に負けず劣らずのメリットが,正確で再現性の高い正円の前.切開が可能となる点である.前.切開によって作製された切開縁は,安全に超音波乳化吸引術を施行する際の作業スペースになるだけではなく,術後は眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を固定するための.の開口部となる.術後の後.混濁やIOL偏心を防ぐためには,IOLの辺縁全周を均等にカバーすることが重要とされている.通常の手作業での前.切開の場合,当院ではサージカルガイダンスシステムであるVERION(Alcon)を使用して,顕微鏡下に理想の前.切開位置を投影しながら鑷子を用いて前.切開を行っているが,眼の挙動や,水晶体の形状,粘弾性物質の分布,鑷子を持つ手の角度などによって,指示された切開位置通りに切開を行うことが非常に困難な状況も多々存在する.また,成熟白内障,Zinn小帯脆弱例など,手動での前.切開自体が困難な症例も存在する.FLACS機器を用いれば,瞳孔縁を基に切開中心を自動的に修正したり,術前の検査結果を基に視軸を予測し,視軸中心で正円の前.切開をすることが可能となり,自分の意図する位置に正円の前.切開を作製することができる.あたらしい眼科Vol.34,No.7,201710030910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1FLACSAKのノモグラム.0.5~.1.2540.1.50~.1.7550.2.00~.2.7560強主経線上をOpticalzone7mmの位置で対称性の弧状切開を行う.切開深度は,角膜上皮から60μmの深さから,角膜厚の80%の深さまで.切開弧の長さはノモグラムに従う.(文献4より転載)正しい位置に正しい大きさの前.切開を施行することによって,とくに多焦点IOLに代表されるプレミアムIOLのパフォーマンスを最大化することが期待でき,また,手動で前.切開を行った症例群との比較で,術後のNd:YAGレーザーによる後.切開の頻度が減ったという報告3)もあり,術後視力の予測性の向上,術後合併症の低減という観点から,大きなメリットが得られると考える.●利点その3:自在な角膜切開フェムトセカンドレーザーによる角膜切開は,laserinsitukeratomileusis(LASIK)における角膜フラップ作製が2010年6月より国内承認され,現在ではLASIKにおけるフラップ作製のスタンダードになっているように,従来から存在していた.FLACSにおいても,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)を用いて,メイン切開創およびサイドポートの切開位置や深度,デザインを自由に設定可能であり,意図した位置に,再現性の高い確実な切開創の作製が可能である.ただ,LASIKのフラップ作製は,おもに若年者の角膜中央部を切開するのに対し,FLACSにおいてはおもに高齢者の角膜周辺部に切開創を作製するため,老人環などの影響で,意図した位置に切開をすることができない症例も存在する.また,意図した位置に自在な深さの切開が可能なので,強主経線方向の角膜を切開することによって角膜減張切開術(astigmatickeratotomy:AK)が容易に施行可能である.すでにFLACSにおけるAKのノモグラムも報告されている4)(表1).当院でも,角膜乱視が1.5D~2.0D未満の患者が多焦点IOL挿入を希望された場合,ノモグラムを参考にして積極的にAK併用FLACSを行っている(図1).まだ症例数が少ないため,ノモグラムの正確性を検証するまではできないが,現時点では十分に角膜乱視が減少し,良好な術後視力を得ている.●おわりに従来の手動による白内障手術は,「より効率よく,よ1004あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017図1角膜減張切開術(AK)併用FLACSをプランしている画像術前角膜乱視が強主経線83°で1.75Dあった症例だが,AKを併用してnontoricの多焦点眼内レンズを挿入し,術後,角膜乱視0.75に減じ,遠見裸眼視力1.5,近見裸眼視力1.0と良好な術後視力を得た.り安全に,より侵襲を少なく」という方向で進歩してきたが,FLACSの登場によって,それらに加えて「より正確に」,すなわち,それぞれの患者にとって一番良好な視機能が得られると予想される切開位置,切開方向を事前にプランし,正確に手術を行うことによって,患者のQOLの向上をめざすという方向に進歩したといえる.FLACSの利点を述べてきたが,まだまだ歴史が浅いため,洗練されきっていない発展途上の術式であるともいえる.海外からの報告5)同様,自験例でも前.切開不完全例が数%存在し,残存皮質吸引時など,従来の手動による水晶体超音波乳化吸引術ではまったくストレスを感じなかった状況において,FLACSではストレスを感じることもある.利点を十二分に生かすためにも,今後,さらなる手術手技の洗練が求められる.文献1)BourneWM:Biologyofthecornealendotheliuminhealthanddisease.Eye17:912-918,20032)NagyZ,TakacsA,FilkornTetal:Initialclinicalevalua-tionofanintraocularfemtosecondlaserincataractsur-gery.JRefractSurg25:1053-1060,20093)TranDB,VargasV:Nd:Yagcapsulotomyrates:Fem-tosecondlaser-assistedcataractsurgeryvsmanualphaco.AmericanAcademyofOphthalmology,poster-November20154)VenterJ,BlumenfeldR,SchallhornSCetal:Non-pene-tratingfemtosecondlaserintrastromalastigmatickeratot-omyinpatientswithmixedastigmatismafterpreviousrefractivesurgery.JRefractSurg29:180-186,20135)AbellRG,Darian-SmithE,KanJBetal:Femtosecondlaser-assistedcataractsurgeryversusstandardphacoe-mulsi.cationcataractsurgery:Outcomesandsafetyinmorethan4000casesatasinglecenter.JCataractRefractSurg41:47-52,2015(88)

眼内レンズ:白内障術後の角膜裏面沈着物と温流

2017年7月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋鈴木久晴368.白内障術後の角膜裏面沈着物と温流日本医科大学武蔵小杉病院高橋浩日本医科大学眼科学教室白内障手術翌日の角膜裏面に,白色のさまざまな形をした沈着物が出現することがある.この沈着物は1週間後にはほぼ吸収される.しかし,なかには角膜浮腫を伴って明らかに角膜内皮障害を起こしている症例もある.筆者らは,この現象について,豚眼を用いてその発生機序と原因を実験的に検証した.●白内障術後の角膜裏面沈着物白内障手術後早期に,角膜裏面に図1のような沈着物をみることがある.この不思議なリングや線状の形をした沈着物はどこから発生し,何を意味するのであろうか.現在までこのような所見に関する報告はない.これらの術後にみられる沈着物は,さまざまな形で現れる.図1aに示すように円状であったり,切開層の付近(図1b)や角膜浮腫を伴ったドーナツ状(図1c)になるものもあり,角膜内皮細胞障害を示唆する所見を呈することもある.これらの痕跡は,前房内の水の流れが関係していると推察される.また,切開創からの水の漏出痕とも考えられよう.しかし,それだけでは説明できない形も出現する.今回筆者らは,この現象を,広い海に浮かぶさまざまな形をした島のように見えることからkeraticprecip-itateslikeislands(KPLI)と名づけた.KPLIは円状やドーナツ状に見える所見も多いことから,術中に生ずる気泡が何かしらかかわっていると推察できる.過去の報告では,術中に生じる気泡は角膜内皮障害を生じる可能性があることがわかっている1).しかし,術中に明らかに粘弾性物質で角膜内皮細胞を保護できていたと思われる症例でさえ,このような所見をみることがある.そこで,豚眼を用いて実験的にこの現象の発生機序の再現を試みた.●豚眼を用いた温流の再現豚目を半切し,セラミックヒーターの上に設置したシャーレに貼りつけ,下から温めることによって強膜側を約36℃,角膜表面を約31℃に設定し,温度差を生じさせた(図2).その後,前房内に蛍光色素を注入し,前房の水の流れを細隙灯顕微鏡にて観察した.すると,図(85)0910-1810/17/\100/頁/JCOPY図1Keraticprecipitateslikeislands(KPLI)術後1日目の角膜内皮面に白色物質の沈着を認める.a:円状,b:線状,c:ドーナツ状.3aに示すように,色素は水晶体前面に認められる上昇水流に乗って上にのぼり,頂点に達した後,角膜裏面に沿って下方に流れていることが観察された.この所見は,通常の診療でもみられる温流という角膜表面と眼内の温度差による前房水の流れであり,実験的に再現可能であることが実証された.水の流れは温度が高いほうから低いほうに流れる.よって,水晶体から角膜のほうへ水の流れが生じると考えられるが,通常の診療における患者の体位は座位であるため,角膜に向かった水は重力の関係で下に流れていき,水晶体側の水は上方へ上がっていく,いわゆる温流ができるといわれている.しかし,術後の患者は仰向けで安静にしている状態のため,温流の流れは変わるはずである.そこで,角膜を上方に向けた状態で観察してみると,蛍光色素は角膜内皮面に向かって流れていくことがわかった(図3b).この実験により温流は体位によって変わる可能性があることが示唆された.あたらしい眼科Vol.34,No.7,20171001図2セラミックヒーターで温めた豚眼と温度計測強膜側を温め,温度差を生じさせた.a:角膜表面温度(31℃),b:強膜表面温度(36℃).図4仰臥位時における温流の方向水晶体脳.の方向から角膜裏面に向かって房水が流れていると考えられる.●KPLIの発生機序の推察上記の実験により,体位によって温流が変わる可能性がわかった.では,この温流がどのようにKPLIの発生にかかわっているかを推察してみる.KPLIにはリング状の形をしたものが多い.この形状から気泡が関連して図3色素による温流再現モデル色素の動きにより温流の再現を確認できた.矢印の方向に色素の動きを確認できた.a:座位時,b:仰臥位時.いると推察される.術中虹彩裏面などにトラップされていた気泡が,術後仰臥位によって角膜内皮側の頂点に移動する可能性は大いにある.実験では,図3bに示すように前房内の空気が角膜裏面に接している場合,蛍光色素が空気の周りに集まっていく状態が観察された.このことからリング状のKPLIは,前房内に残った気泡が関連していることが示唆された.次に沈着物質であるが,実際に付着しているものを採取することは非常に困難であるため推察となってしまうが,術後の水晶体.内には取りきれなかった水晶体上皮細胞などが多く残存しており,この細胞がやはり温流に乗って角膜内皮に貼りつけられた可能性が示唆される(図4).文献1)KimEK,CristolSM,KangSJetal:Endothelialprotec-tion:Avoidingairbubbleformationatthephacoemulsi.-cationtip.JCataractRefractSurg28:531-537,2002

コンタクトレンズ:カラーコンタクトレンズの合併症

2017年7月31日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一33.カラーコンタクトレンズの合併症糸井素純道玄坂糸井眼科医院●はじめにカラーコンタクトレンズ(カラーCL)はインターネット,大型雑貨店,薬局などで医師の処方を受けず購入している人が非常に多い.そのため,カラーCL装用者数の実態をつかむことは困難であるが,カラーCL販売枚数は年々着実に増加しており,カラーCL装用者数も増加しているものと考えられる.カラーCL装用による眼障害を診察する機会も急増している.日本で流通しているカラーCLは,すべてソフトコンタクトレンズ(SCL)であり,SCLに発症する合併症はカラーCLですべて発症するが,本稿ではカラーCLに多い,あるいは特有な合併症について解説する.●酸素不足一部を除き,多くのカラーCLは医師の処方を受けず購入されている.そのため,レンズの素材の酸素透過性を考慮しないで,カラーのデザインや価格だけで選択している人が多い.通常,流通している透明なSCLは,そのほとんどが酸素透過性の高い高含水性HEMA(ヒドロキシエチルメタクリレート)か中含水性HEMA,あるいはシリコーンハイドロゲル素材であるが,眼障害を招いているカラーCLの多くは低含水性HEMA素材である1).とくに若い女性たちが好む虹彩の色を変えるタイプは,低含水性HEMA素材のものしか流通していない.低含水性HEMA素材のカラーCL装用による酸素不足が原因で生じる眼障害は,透明なSCLよりも顕著で,比較的短期間の装用で発症することが多い.この理由については今後の研究が待たれる.酸素不足による眼障害は,短時間の装用で生じる急性症状と,長期間の装用で生じる慢性症状がある.低含水性HEMA素材のカラーCL装用による急性の酸素不足症状としては角膜浮腫,角膜上皮障害,輪部充血,慢性の酸素不足症状としては角膜血管新生,角膜内皮細胞障害(図1),角膜上皮障害,角膜の菲薄化,角膜変形などがあげられる.図1約1年間の1日使い捨てカラーコンタクトレンズ装用者にみられた角膜内皮細胞障害(右)と正常角膜(左)●色素による機械的障害多くのカラーCLはサンドイッチ構造をうたっているが,実際の色素の分布を断面で確認すると,色素はレンズの表層近くに分布し,角膜側,あるいは眼瞼側に偏在している2).低含水性HEMA素材のカラーCLを実体顕微鏡で確認すると,色素が多層にプリントされ,最表面は薄い透明な膜で覆われていることが確認できる.低含水性カラーCL装用による眼障害例でレンズ表面を確認すると,色素の一部が透明な膜で完全には被われていないことがある.色素の露出は角膜上皮障害を招く.たとえ色素の露出がなくても,低含水性HEMA素材のカラーCLは被われる透明な膜が薄いために,レンズ表面には凹凸がある3).このレンズ表面の凹凸により,摩擦係数が高くなる.凹凸が顕著な場合,角膜側であれば角膜上皮障害,眼瞼側であれば乳頭結膜炎の原因となる.色素の露出による角膜上皮障害は局所的であるが,顕著な凹凸による角膜上皮障害は角膜の広い範囲に及ぶ(図2).●タイト症状(タイトフィッティング)低含水性HEMA素材のカラーCLは,中~高含水性(83)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20179990910-1810/17/\100/頁/JCOPY図21カ月交換カラーコンタクトレンズ装用者にみられた角膜上皮障害色素による角膜側のレンズ表面の凹凸が原因と考えられた.素材のレンズよりも硬く,透明なSCLよりも黒目拡大効果のためにレンズ径が大きいものが多い.眼の表面でずれると見た目に大きく影響するために,ずれないようにベースカーブも通常の透明なSCLよりもスティープなものが多い.そのためタイトフィッティングによる眼障害を招きやすい.タイトフィッティングにより角膜上皮障害,結膜ステイニング(図3),輪部充血,角膜変形などの眼障害を生じる.角膜変形はSCL矯正視力の低下にもつながる.●正しいレンズケア方法を知らない多くのカラーCLは,医師の処方を受けないでインターネット,大型雑貨店,薬局で購入されている.そのためほとんどのカラーCL装用者は正しいレンズケア方法を知らない.自己流でレンズケアを行っている.もっとも問題となるのが,複数のカラーCLを交代で使用し図31カ月交換カラーコンタクトレンズ装用者にみられた結膜ステイニングタイト症状が原因と考えられた.ているカラーCL装用者である.長期にレンズケース内に保存したカラーCLを,レンズケアをせずに,そのまま取り出し,直接,装着し,角膜感染症になるケースが後を絶たない.このような状況では,重篤な角膜感染症が高率に発症し,将来もさらに増加していくのではないかと懸念される.文献1)HoldenBA,MertzGW:Criticaloxygenleveltoavoidcornealedemafordailyandextendedwearcontactlenses.InvestOphthalmolVisSci25:1161-1117,19842)独立行政法人国民生活センター:カラーコンタクトレンズの安全性─カラコンの使用で眼に障害も─.平成26年5月22日.http://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20140522_1.html3)LorenzKO,KakkasseryJ,BoreeDetal:Atomicforcemicroscopyandscanningelectronmicroscopyanalysisofdailylimbalringcontactlenses.ClinExpOptom97:411-417,2014ZS983

写真:偽眼類天疱瘡

2017年7月31日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦398.偽眼類天疱瘡加藤久美子三重大学大学院医学系研究科神経感覚医学講座眼科学図1初診時の前眼部写真重度の結膜充血があり,輪部の角膜上皮幹細胞が疲弊したため,周囲の結膜が角膜内に侵入していた.眼瞼縁の腫脹と瞼縁周囲の強い充血が認められた.図3図1のフルオレセイン染色角結膜の上皮欠損が認められた.図4シクロスポリン全身投与後2カ月の前眼部写真結膜充血,眼瞼縁の腫脹は軽快したが,瘢痕性変化は残存していた.(81)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20179970910-1810/17/\100/頁/JCOPY偽眼類天疱瘡(pseudoocularcicatricialpemphi-goid)は,眼類天疱瘡に類似する瘢痕性角結膜症を呈する疾患の総称であり,1974年にKristensenらが初めて報告した1).偽眼類天疱瘡は,点眼薬の使用に関連するものと,幼少時のトラコーマ感染など,それ以外のものに大別される.点眼薬では,抗緑内障点眼液やアシクロビル眼軟膏など,上皮細胞への毒性を有する薬剤が原因となることが多い.細隙灯顕微鏡では,結膜.の短縮と結膜下組織の増生が認められる.角膜輪部機能不全になると遷延性の角膜上皮欠損が生じ,周囲の結膜が角膜内に侵入する.眼瞼縁を観察すると,マイボーム腺機能不全を思わせる眼瞼縁の腫脹と,マイボーム腺開口部周囲の血管拡張が観察される.重症例では眼表面が角化する.トラコーマによるものでは,上眼瞼結膜の瘢痕形成やパンヌスを認めることがある2).診断は細隙灯顕微鏡所見と既往歴,点眼薬の長期使用の有無により行う.眼類天疱瘡は両眼性であるが,偽眼類天疱瘡については,原因となった点眼液を片眼のみに使用していた場合には片眼性となる3).結膜生検を行うと,結膜杯細胞の減少,結膜の角化と線維化,さまざまな炎症細胞の侵入が認められる4).薬剤性偽眼類天疱瘡の治療は,まず疑わしい点眼薬を中止し,防腐剤を含まない人工涙液の頻回点眼でwashoutを行う.およそ1~2カ月で病変の進行は停止するが,それでも強い充血が継続する重症例では,消炎のためにステロイドの局所投与,またはステロイドあるいは免疫抑制薬の全身投与が必要となる3).消炎されても,瘢痕性変化は不可逆的であるため,必要に応じて羊膜移植や輪部移植,培養輪部上皮移植,培養口腔粘膜上皮移植などを行う5,6).筆者は,市販薬点眼液を長期間,頻回に使用したことが原因となり発症した偽眼類天疱瘡を経験した.原因となった点眼薬を中止しても強い充血が遷延したため,シクロスポリンの全身投与を行った.約2カ月で角結膜病変は軽快したが,瘢痕性変化が残存したため,今後外科的治療を予定している.文献1)AndersN,WollensakJ:Ocularpseudopemphigoidaftertopicaldrugadministration.KlinMonblAugenheilkd205:61-64,19942)島崎潤:偽眼類天疱瘡.眼科プラクティス18前眼部アトラス(大鹿哲郎編),p61,文光堂,20073)上田真由美:点眼薬関連アレルギー:偽眼類天疱瘡.日本の眼科87:863-866,20164)PattenJT,CavanaghHD,AllansmithMR:Inducedocularpseudopemphigoid.AmJOphthalmol82:272-276,19765)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Cultivatedcornealepithelialstemcelltransplantationinocularsurfacedisor-ders.Ophthalmology108:1569-1574,20016)稲富勉:薬剤毒性結膜炎(偽類天疱瘡を含む).専門医のための眼科診療クオリファイ2結膜炎オールラウンド(大橋裕一編),p149-152,中山書店,2010