杏林アイセンターのロービジョン外来LowVisionClinicatKyorinEyeCenter平形明人*はじめにロービジョンケアの重要性は眼科診療ではかなり浸透してきている.しかし,対象となる病態や患者背景は多様であり,眼底疾患だけでも,発生異常による先天性視力障害,腫瘍や遺伝性網脈絡膜疾患による中途失明,血管閉塞や黄斑変性などによる高齢者の視力障害などさまざまである.その中には,全身疾患を合併している患者も少なくない.また,施設によりロービジョンケアの実施方法や担当者の職種は異なる.診療形態,たとえば患者の日常生活に密接にかかわる開業医,多数の難病疾患を紹介され高度な治療後の後遺症に対処する病院,高度医療の実施と若い医師や医療者を教育指導している大学病院,再生医療などの最先端治療をしながら難病患者に対応する高度医療機関など,それぞれの環境でロービジョンケアの方法には各々の特徴がある.本稿では,わが国で最初にアイセンターの名前を冠して活動を始めた杏林大学附属病院眼科(以下,当科)で,どのようにロービジョン外来が誕生してロービジョンケアを実施しているのかを振り返った.I杏林大学附属病院ロービジョン外来の誕生杏林大学附属病院は,1999年に眼科部門にアイセンターの名前を冠したが,そのアイセンター構想を杏林学園に提出したのは1994年に遡る.当時の藤原隆明教授,樋田哲夫助教授と筆者の名前で作成した提案書のなかで,「高齢化社会に向うわが国において,生活の質(QOL)維持のために視覚医療がますます重要になる」ことを強調した.その提案書は,元日本眼科学会理事長であった植村恭夫先生が厚生省(当時)に提出した国立感覚器センター設立企画書を参考にして作られた.そのアイセンター構想の大きな柱の一つがロービジョンケアであった.その背景には,米国でロービジョンケアを学修した視能訓練士(ORT)の守田好江が約2年前から当科に勤務していたことが大きかった.守田が低視力患者に拡大鏡などの視機能補助具の使い方を日常の外来中に指導し,その有用性を医師も実感していた.守田は,もともと慶應義塾大学の植村恭夫先生の下で小児眼科,つまり斜視弱視と屈折矯正の基本を徹底的に仕込まれたORTであるが,米国に留学してロービジョンケアを学び,杏林大学にORTとして赴任した.そして,人手のないなかでORT業務の合間に少しずつロービジョンケアを行いながら,教室の眼科医たちにそのコンセプトを浸透させた.その後,守田が再び米国に戻ることになった際に,守田の推薦でORTの田中(石垣)恵津子が赴任した.田中は大学院時代に東京女子医科大学の小田浩一教授のもとで視機能評価法などを研究し,ORTとして新しく開発した視機能評価法を生かして低視力者に貢献することを切望していた.田中の患者への献身的な対応を見ながら,網膜硝子体手術症例をはじめとする難病疾患の患者の治療前後のロービジョンケアの意義を多くのスタッフが認識するようになった.そして,医師が低視力者の診察をしながら,ロービジョンケ*AkitoHirakata:杏林大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平形明人:〒181-8611東京都三鷹市新川6-20-2杏林大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(23)587アを開始させる時期などについて日常診療で常に意識するようになった.その後,ORTの西脇友紀も田中の姿勢に感化されロービジョンケア業務に加わった.つまり,杏林大学のロービジョンケアの概念はアイセンター構想を考える際に意識されたが,実際の普及は,屈折矯正に習熟したORTが,低視力者の生活拡大に少しでも自分の能力を発揮したいという情熱によるものが大きかった.そして,ロービジョングッズの整備が進み,その有用性を実感した医師がORTと共にさらに設備を充実させ,患者のニーズに合わせて日常診療のなかで自然にロービジョンケアが取り入れられるようになった.1999年の杏林大学附属病院の新外来棟建設に伴って杏林アイセンターが設立された.それを機に,田中,西脇をORTの基本業務からはずしロービジョン外来に専念してもらい,小田教授をロービジョンケアリサーチ主任として非常勤講師に迎えた.以後,彼らのロービジョンケアに関する学会発表や論文報告の数も医師のそれを凌ぐものになった.その後,田中,西脇が非常勤になり,ORTの新井千賀子と歩行訓練士の尾形真樹がロービジョンケア業務を受け継いで活動範囲はさらに広がり,外部から見学者や研修者が多く訪れ,アイセンターにはなくてはならない外来に充実した.新井は視能訓練士協会理事として大学外でもロービジョン活動の普及に尽力している.IIMachemer教授の影響樋田教授と筆者は慶應義塾大学の植村先生門下の研修時代に小児眼科,つまり視機能矯正の重要性を教えられていたが,その後Duke大学に留学し硝子体手術の父といわれるRobertMachemer教授にご指導をいただき,ロービジョンケアが難病の手術を行う施設において重要であることを実感した.Machemer先生は現在の硝子体手術の原形を開発した歴史に残る指導者であるが,研修医に毎週定期的に時間を設けて自分の経験をふまえたresidentlectureを行っていた.そのなかで,「本当の医者は,自分の手術の上達に満足するのではなく,手術を受けた患者がどのように生活を拡大するかに心を配らなければいけない.そのために,手術後の屈折矯正を基本とする視覚環境のケアに眼科医は関心をもたなければいけない」という教育をされていた.そして,DukeEyeCenterでのロービジョンケアの基本は「きちんとした屈折矯正である」ことを強調していた.当時,硝子体手術を対象とする患者は術後も低視力者が多く,硝子体手術を開発したMachemer先生が硝子体手術の意義を追究するなかで自然にロービジョンケアの重要性を意識されたのではないかと推測される.IIIロービジョンケアの手順ロービジョン外来を受診する契機は,当科の主治医からの依頼,外部施設や他科からの紹介などさまざまであるが,外来あるいは病棟の担当医が必ず病態を把握し,ロービジョン外来について患者に説明して,患者自身の了解のもとに受診させるのが基本となっている.なかには治療法がなくてほぼ失明状態の方,社会資源の情報獲得を目的とする方,視力が良好でも視野障害が重篤で日常生活に支障をきたしている方など,患者の症状や要求はさまざまである.進行した増殖糖尿病網膜症例のなかには,硝子体手術を施行してもかなり視機能予後に制限があることを術前から予測できる患者もいる.そのうち,患者がロービジョンケアの内容を理解できれば,手術前からロービジョンケアを開始することが早期の社会復帰に有用な場合もある.当科のロービジョンケア対象疾患と受診者のニーズに関して,20歳未満と20歳以上に区分して図1~4に示す1.3).ロービジョンケアの基本的な手順は,主治医による病態把握と客観的な視機能検査の結果のもとに,主治医による説明と患者からのロービジョン外来受診の同意を得たのち,ロービジョン外来で患者の要望聴取とQOL評価を行い4,5),ロービジョンケアを計画し実施する(図5).そして,定期的に経過観察する.ロービジョンケアの担当者がORTであっても,基本的には担当医がいて,ロービジョンケアの導入時期やその効果の判定を担当医師とケアの担当者が連携して経過観察している(図6).客観的な低視力検査のなかには,視力や視野検査などの通常の検査のほかに,患者のニーズによっては読書チャート(MNREAD-J,JK)を利用した読書テストを施行し,読書速度と文字サイズを検討する(図7)6).これは拡大鏡などの選定や使用法の指導に非常に有用であ588あたらしい眼科Vol.35,No.5,2018(24)図1受診者の疾患と視覚障害以外の障害の合併率図2成人受診者の疾患(20歳以上,n=253)(20歳未満,n=62)(2010年のロービジョン外来統計から)(2010年のロービジョン外来統計から)2回目以降ケア終了時図5ロービジョンケアの手順図6ロービジョン外来の介入状況a.読書チャート(MNREAD-J,JK)b.読書速度と文字サイズの関係(黄色線が読書速度の結果)図7読書テストに用いる読書チャート(a)と読書速度結果(b)図8日常生活活動の工夫の指導低視力者にとって爪切りがむずかしいこともあり,爪ヤスリの頻回使用は有用(a).現金の支払い時のコイン整理にコインの大きさに対応した財布の利用を指導(b).ボタンに凸状にシールを貼り付けることは低視力者に有用で,iphone画面の触覚サインは便利(c).ロービジョンケアが企画する余暇活動は,患者の情報交換ばかりでなく意欲亢進にも有用であり,化粧教室や料理教室(d)なども実施した.図9症例13歳時に眼位異常と眼振の精査で受診した.22歳時の右眼(a)と左眼広角眼底写真(b).両眼に広範囲の網脈絡膜コロボーマがみられる.両眼視力は0.03.受診時から成長に応じたロービジョンケアを実施した.5歳時にコンピューター操作によるマウスポインターを活発に利用することを習得し,読書などの学習が効率よく行われるようになった(c).図10症例268歳時に視野異常による読書困難を主訴に受診.両眼に輪紋状脈絡膜硬化症を認め(a:右眼眼底,b:左眼眼底),右眼視力0.7,左眼視力1.0であった.ドーナツ状の絶対暗点を認め,将来の視野異常の進行の可能性を説明し,拡大読書器で周辺視野を利用した読書訓練を施行した.その後,拡大読書器で新聞などの読書が可能となり,83歳の現在,両眼とも黄斑変性は進行し(c,d),視力は0.08に低下したが読書能力を維持している.図11症例360歳の男性.視力障害で受診した.糖尿病治療歴はなく,右眼は数年前に失明,左眼に重篤な増殖糖尿病網膜症を認めた(a).左眼視力は0.07.硝子体手術の計画とともに内科治療と看護師,栄養士およびロービジョン担当者によるロービジョンケアを同時に開始した.硝子体手術後3カ月で視力0.1に改善(b)したが,中心視野異常があること(c)を説明した.残存視機能を利用した生活活動の注意を指導したところ,両親の介護を含む生活活動範囲の拡大が可能となり,糖尿病コントロールも良好となった.