網膜変性疾患GeneticDiagnosisforRetinalDegenerativeDiseases片桐聡*東範行*はじめに遺伝性網膜変性疾患は,レーベル先天盲,網膜色素変性症や錐体ジストロフィなどに代表されるさまざまな疾患を含んでおり,診断自体は網膜電図検査などの臨床検査に基づいて行われることが多い.しかしながら,遺伝子解析技術の発展に伴い,遺伝子検査が診断に影響を与えることや,また臨床像の評価・進行に役立つことが増えてきている.また,遺伝子検査が一般的に周知されるようになってきており,患者の関心も高まっている.遺伝性網膜変性疾患を診療するにあたって,臨床像だけでなく遺伝的な背景を理解することは,今後ますます必要となってくると考えられる.I遺伝性網膜変性疾患の原因遺伝子は数多い遺伝性網膜変性疾患における遺伝子変異が同定された症例においては,ほぼすべての症例が単一遺伝子異常によって引き起こされている.一般的に遺伝性疾患は遺伝要因と環境要因が組み合わさって発症するものが多いが,遺伝性網膜変性疾患においては,原因遺伝子変異とその疾患の発症原因がほぼ同様と考えることができる.1990年にDryjaらによりロドプシン遺伝子変異が常染色体優性遺伝形式の網膜色素変性症の原因と同定されて以来1),さまざまな遺伝性網膜変性疾患において原因遺伝子が同定されている.RetNetデータベース(RetinalInformationNetwork,https://sph.uth.edu/retnet/)には,現在までに同定されている原因遺伝子がまとめられており,その登録数は年々増加している(2017年1月の時点では250を超えている).例としてレーベル先天盲,網膜色素変性症における現在までに報告されている原因遺伝子を示す(表1).その他の疾患における原因遺伝子についてはRetNetデータベースを参照していただきたい.II遺伝子解析の戦略が大きく進歩している遺伝子解析技術の発展と,疾患ごとの原因遺伝子数の増加に伴い,遺伝子解析戦略にも変化がみられている.以前はサンガー法を用いた候補遺伝子ごとの遺伝子解析が主流であった.先述した網膜色素変性症におけるロドプシン遺伝子変異は,サンガー法によるロドプシン遺伝子のみの解析により同定されている.また,2012年に発表された日本人における常染色体劣性遺伝形式の網膜色素変性の2~3割程度を占めると考えられるEYS遺伝子の最初の大規模解析でも,EYS遺伝子のみをターゲットとして解析されている2,3).このような候補遺伝子ごとの解析は,原因遺伝子数が少ない疾患においては非常に有力である.しかし,多数の原因遺伝子が報告されている網膜色素変性症などの疾患において,候補遺伝子ごとの遺伝子解析戦略には限界がある.近年では次世代シークエンサーの発展により,一度に複数の遺伝子を網羅的に解析できるようになってきた.次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析技術の優れた点は,対象とする遺伝子解析領域を設定できることである.網膜色素変*SatoshiKatagiri&*NoriyukiAzuma:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕片桐聡:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(45)961表1現在までにレーベル先天盲,網膜色素変性症の原因として報告されている遺伝子網膜色素変性症(常染色体優性遺伝形式)ARL3,BEST1,CA4,CRX,FSCN2,GUCA1B,HK1,IMPDH1,KLHL7,NR2E3,NRL,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRPF31,PRPH2,RDH12,RHO,ROM1,RP1,RP9,RPE65,SEMA4A,SNRNP200,SPP2,TOPORS網膜色素変性症(常染色体劣性遺伝形式)ABCA4,AGBL5,ARL6,ARL2BP,BBS1,BBS2,BEST1,C2orf71,C8orf37,CERKL,CLRN1,CNGA1,CNGB1,CRB1,CYP4V2,DHDDS,DHX38,EMC1,EYS,FAM161A,GPR125,HGSNAT,IDH3B,IFT140,IFT172,IMPG2,KIAA1549,KIZ,LRAT,MAK,MERTK,MVK,NEK2,NEUROD1,NR2E3,NRL,PDE6A,PDE6B,PDE6G,POMGNT1,PRCD,PROM1,RBP3,RGR,RHO,RLBP1,RP1,RP1L1,RPE65,SAG,SLC7A14,SPATA7,TRNT1,TTC8,TULP1,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性症(常染色体伴性劣性遺伝形式)OFD1,RP2,RPGRレーベル先天盲(常染色体優性遺伝形式)CRX,IMPDH1,OTX2レーベル先天盲(常染色体劣性遺伝形式)AIPL1,CABP4,CEP290,CLUAP1,CRB1,CRX,DTHD1,GDF6,GUCY2D,IFT140,IQCB1,KCNJ13,LCA5,LRAT,NMNAT1,PRPH2,RD3,RDH12,RPE65,RPGRIP1,SPATA7,TULP1(RetNetデータベースより引用)図1網膜色素変性症a:部分型網膜色素変性症(sectorretinitispigmentosa)の症例の左眼眼底.はっきりとした網膜変性は下方網膜に限局している.b:典型的な網膜色素変性症の症例の左眼眼底.網膜変性は周辺網膜全体に及んでいる.a,bはロドプシン遺伝子変異がヘテロ接合体で同定された網膜色素変性症の2症例である(同定されたロドプシン遺伝子変異は異なる).ロドプシン遺伝子変異は,変異の部位によって臨床像が部分型網膜色素変性症と典型的な網膜色素変性症に分かれることが報告されている.図2ベスト卵黄様黄斑ジストロフィベスト卵黄様黄斑ジストロフィと診断された症例の右眼(a)と左眼(b).BEST1遺伝子変異がヘテロ接合体で同定されている.右眼は卵黄期または炒り卵期,左眼は偽蓄膿期と病期が異なっている.図3脳回転状網脈絡膜萎縮症脳回転状網脈絡膜萎縮症と診断された兄弟例.OAT遺伝子変異が複合ヘテロ接合体で同定されている.オルニチン制限食を兄は6歳から,弟は2歳から行っている.結果として兄の眼底変化(a)に比べ,弟の眼底変化(b)は抑制されている.この症例では,そのほかの眼科検査(視力,視野,網膜電図)結果では兄弟間で差は出ていないが,他の症例においてオルニチン制限食が網膜機能障害を抑制したとの報告もある.における視力不良の精査のため,不十分なERGをもとに錐体ジストロフィと診断され,将来的な失明の可能性を説明された後に重度の視力障害に陥ったが,以後,正しい検査によって正しい診断がなされ,その結果,正常の視力を取り戻した心因性視力障害の患者を経験した.遺伝性網膜変性疾患と診断することの重みを自覚し,適切な検査・診断を行う重要性を改めて認識した症例である.3.全身疾患との鑑別眼底に網膜色素変性をみた場合,Usher症候群やムコ多糖症,ミトコンドリア病であるKearns-Sayre症候群など,全身症候を示す場合があることを念頭に置き,これらが疑われる場合には,関係各科と連携する.4.家系図(家族歴)の重要性非遺伝性の網膜変性疾患の鑑別を行ったのち,遺伝性網膜変性疾患が強く疑われる場合に,遺伝子を念頭に置いた診療に移る必要がある.遺伝子検査は日常臨床で常に行えるわけでなく,また検査によりすべてを検出できるわけでないばかりか,遺伝子異常がみつかったとしても過去に報告がない新しい遺伝子異常の場合には,疾患の原因であるかの判断がむずかしい場合がある.したがって,古典的とも考えられがちであるが,家系図の作成は遺伝形式の判断に非常に有用であり,ゲノムをみて診療するうえでの基本である.これらを聴取すれば,最終的にどの患者(保因者,または健常者)から遺伝子採血を行えばよいかが想定できる.5.遺伝カウンセリング家系図作成のための聴取など遺伝性網膜変性疾患の診療にあたっては,患者・家族にはやはり遺伝的な背景を想起させることになるため,いわゆる“遺伝”という言葉を使う場合は十分な配慮が必要となる.つまり,遺伝的診察の初めの段階において,患者本人,患者家族が遺伝的な診察を希望するかどうかが重要になってくるということである.遺伝病であるということ,また保因者であることは,患者本人の人生設計,また家族関係や家族計画に大きな影響を及ぼすものであり,安易に初診の段階ですべてを説明し,また背景につき聴取すべきものではない.網膜変性疾患が疑われた場合には,遺伝性も含めた原因の可能性について説明し,患者本人,または家族の希望に応じて診察を徐々に進めてゆく必要がある.遺伝子検査,家族の診察を念頭に置いた遺伝的な診療を希望する場合には,状況に応じて遺伝診療科を受診させるなどが必要な場合もある.これら遺伝学的診療,遺伝カウンセリングは日本医学会『医療における医学的検査・診断に関するガイドライン』,また『ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針』に準拠して行われることが求められ,われわれ眼科医も当事者として精通しておく必要がある.現状において確固たる治療法がないことが遺伝性網膜変性疾患の診療をむずかしくしているが,多くの情報がインターネットを通じて得られる現状においては,患者本人,家族が疾患の根本的な原因である遺伝子変異について検査を希望することは非常に多くなってきている.上述の通り,特定の原因遺伝子に由来する網膜変性に対して,人工網膜や遺伝子治療などの新規治療が臨床研究段階にあることは,患者にとっては大きな希望である.また,各遺伝子における遺伝子型・表現型相関に関する情報も蓄積されており,疾患によっては経過や予後につき患者に説明できる内容が増えてきている.高度な診療が要求される場合には専門医に診療を依頼することはもちろんだが,蓄積されつつある網膜変性疾患に関する遺伝情報,また今後期待される治療について,これまで以上に理解を深め診療に当たりたい.Vまとめ遺伝性網膜変性疾患の診療を行ううえで,その遺伝的背景を理解することは非常に有用である.今後,さらなる遺伝子解析技術の向上に伴い遺伝子型・臨床型のデータ蓄積が進み,臨床像予測の精度が高くなることが予想される.また,遺伝子治療がより臨床の現場で実用化されると予想される.網膜変性疾患の診療において,ゲノム(遺伝子)をみて診療する必要性はますます増していくと考えられる.(49)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017965