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時の人 篠田 啓 先生

2017年7月31日 月曜日

埼玉医科大学医学部眼科学教授しのだけい篠田啓先生昨年(2016年)8月,埼玉医科大学医学部眼科の第4代教授に篠田啓先生が就任した.先生は昭和39年生まれの52歳.高校までは故郷の岐阜県で過ごし,大学は慶應義塾大学医学部に進学した.大学卒業後は同大眼科に入局し,小口芳久教授(当時)の下で眼科医としての研修を積んだ.小口教授のご専門は電気生理学で,その薫陶を受けた篠田先生も,電気生理学に基づいた「網膜硝子体の機能と形態両側面からの評価」を自身の研究テーマに選び,今日に至っている.網膜硝子体疾患の治療に実績のある埼玉医科大学の教授に就任したことで,先生の専門と手腕がいかんなく発揮される条件が整った.*埼玉医科大学は1892年(明治25年)に精神科の毛呂病院として出発した.戦後は埼玉県西部の医療を担う総合病院として発展し,1972年(昭和47年)に大学が開設された.眼科学教室は野寄喜美春初代教授,米谷新教授,板谷正紀教授の3代にわたって,眼底レーザー,眼底イメージング,網膜疾患遺伝子解明などの眼底疾患分野に大きな業績を築いてきた.眼科の教室員は現在,研修医5名を含む18名.非常勤の16名と合わせて34人で年間約2,500件の手術をこなしている.硝子体手術は15年連続700件超,緑内障は約200件と多く,近年は角膜手術にも力を入れている.これらの診療を実践する場として,2009年に「アイセンター」が組織された.アイセンターには眼科専用の手術室があり,毎日手術を行うことができる.病棟の看護体制とアイセンターの手術室との連係により,年間の入院手術件数は2,000件に及ぶ.*篠田先生に話を戻そう.岐阜時代の篠田先生は,サッカーに夢中な元気いっぱいの少年だったそうだ.両親はともに小学校の先生で非常に忙しく,代わりに先生の世話を焼いてくれたのは母方の祖母.だから,先生は自らを「おばあちゃん子」だと言っている.さて,医学部を卒業して眼科医になることを選んだ篠田先生には,前述の小口教授のほかにも,師と仰ぐ人が3人いる.そのうちの1人は,修業時代に杏林大学病院で教えを受けた樋田哲夫先生である.樋田先生の下では網膜硝子体疾患のマネージメントを勉強した.その後,いったん慶應義塾大学に戻った篠田先生は,今度はドイツのチュービンゲン大学に留学し,そこで遺伝性網膜疾患および視覚生理学の権威であるEberhartZrenner教授に師事する.篠田先生はZrenner教授の主宰する「人工網膜開発プロジェクト」に参加して,3年間研究に没頭した.2004年に帰国して母校の医局長を務めたあと,2005年に国立病院機構東京医療センターに眼科医長として赴任.ここでは,当時センター所長であった網膜機能研究の権威,三宅養三先生(現・愛知医科大学理事長)に親しく教えを受けた.*このように,篠田先生は常に専門を深く掘り下げる努力を惜しまず,世界レベルの眼科医とともに網膜硝子体疾患の研究に励み,それを臨床に反映してきた.これまでを振り返って篠田先生は「小口先生,三宅先生,樋田先生,Zrenner先生という巨人に薫陶を受けることができ,私は大変な幸せ者です」と謙虚に語る.今後は,自身が指導者として,「埼玉医科大学の眼科チームの一人一人が,個性・興味・得意分野に応じたやりがいのある目標設定をして,それに取り組むことのできる環境つくり」をめざす.篠田先生は,家庭では「映画や読書など,たくさんの作品を妻,子どもたちとともに楽しんでいます」という言葉からわかるように,家族との時間を大切にする良き夫,良き父である.(79)あたらしい眼科Vol.34,No.7,20179950910-1810/17/\100/頁/JCOPY

ゲノム情報と国内・国際ネットワーク

2017年7月31日 月曜日

ゲノム情報と国内・国際ネットワークIntra/InternationalNetworktoShareGenomeInformation藤波芳*はじめに21世紀における情報革命の恩恵を受けて,医療におけるエビデンスの概念に変化がもたらされている.かつて,診察室内で医療者と患者間のみの経験に基づいて行われていた医療が,エビデンスというビッグデータに基づいた医療へ進展した(evidencebasedmedicine).さらに,近未来にはすべての医療機関においてコアデータサーバへのアクセスが開通し,診察室での情報がエビデンスとしてリアルタイムに更新され,そこで参照されるビックデータがそのまま個人の医療に活用される時代(nestgenerationevidencebasedmedicine)へ変容することが確実視されている(図1).また,医療を取り巻く科学技術の進歩は目覚ましく,2010年代より爆発的に普及したnextgenerationsequ-encing(NGS)methodにより遺伝情報を含めた100万規模の研究コホートの構築が可能となり,precisionmedicineinitiative(遺伝子,環境,ライフスタイルに関する個人ごとの違いを考慮した予防や治療法を確立する医療;https://obamawhitehouse.archives.gov/node/333101)の実践が現実のものなっている.これらの正常群,疾患群での臨床・遺伝情報の統合・共有化はあらゆる医学・生物学領域に及んでおり,眼遺伝学領域に与える影響も絶大である1).臨床・遺伝情報の統合・共有化の恩恵を最大に受けている分野の一つが,遺伝性希少網膜疾患分野である.遺伝性希少網膜疾患は臨床像が多様で,電気生理学的検査図1Nextgenerationevidencebasedmedicine近未来において,すべての医療機関においてコアデータサーバへのアクセスが開通すると,診察室での情報をエビデンスとしてリアルタイムに収集することが可能となる.すなわち,患者の主訴,検査所見などがリアルタイムにデータベースに取り込まれエビデンスを構築するビックデータの一部となる.それと同時にビークデータより提供された治療指針や疾患に関するすべての情報が個人の医療に活かされ,真の意味での個別化医療が実践される.を含む包括的臨床検査が診断に不可欠であり,診断に苦慮することも少なくない(図2,3)2~6).加えて原因遺伝子の変異が多彩なため,遺伝子診断が容易でなく,治療については実現困難であるとされてきた.しかしながら,近年の変革のなかで,遺伝性希少網膜疾患においても,数百症例単位の国際コホートが設立され,病態理解が急速に進み,欧米では治療についての臨床治験が各所で進行中である.*KaoruFujinami:東京医療センター・臨床研究センター視覚研究部・視覚生理学研究室,慶應義塾大学医学部眼科学教室網膜細胞生物学グループ,Genetics,UCLInstituteofOphthalmology,UK〔別刷請求先〕藤波芳:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1東京医療センター・臨床研究センター視覚研究部・視覚生理学研究室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(71)987図2多彩な表現型を示す遺伝性網膜疾患ABCA4遺伝子異常に起因する遺伝性網膜疾患患者の眼底自発蛍光所見.原因遺伝子が共通であったとしても,きわめて多彩な表現型が認められ,診断に苦慮することも少なくない.図3遺伝性網膜疾患の電気生理学的所見ABCA4遺伝子異常に起因する遺伝性網膜疾患患者の電気生理学的所見.遺伝性網膜疾患において電気生理学的検査は必要不可欠であり,診断,機能評価,予後予測にきわめて有用である.遺伝性希少網膜疾患日本欧米・Step1:コホート作成(自然経過観察)・Step2:網羅的遺伝子診断・Step3:遺伝子型表現型相関確立・Step4:治療考案・導入・Step5:治療効果判定(経過観察)図4遺伝性希少疾患へのアプローチ難治性である遺伝性希少疾患へのアプローチはコホート作成(自然経過観察),網羅的遺伝子診断,遺伝子型表現型相関確立,治療考案・導入,治療効果判定(経過観察)の5段階と考えるのが一般的である.第一段階であるコホート作成が大規模に行われるほど,治療導入以降の段階の症例が多くなるため,画一的診断に基づく大規模コホートの作成が治療への近道となる.図5JapanEyeGeneticsConsortium(JEGC)における協力体制国内協力施設で画一化された臨床検査が施行され,完全匿名化された臨床情報がオンラインデータバンクを通して,各疾患の担当者に送られる.それぞれの疾患担当者と主治医の協議のもと,最終的な臨床診断が行われる.インフォームド・コンセントが得られた後,患者末梢血もしくは唾液が採取され,東京医療センター・臨床研究センターへ送付される.東京医療センター・臨床研究センターでDNAが抽出され,次世代シークエンスの結果を元に,遺伝学的確定診断が行われる.また,上記診断フローと並行して新規遺伝子については機能解析を通して,病態解明へのアプローチが実践される.さらに,国内外の複数の施設との協力のもと,最終目的である遺伝性網膜疾患の治療導入が強力に推進される.さらに,得られたデータリソースは,オミクス研究事業などに活用される.図6JEGCにおける基幹施設JapanEyeGeneticsConsortium(JEGC)では2017年現在26の国内基幹施設を有しており(図中★),オールジャパンで遺伝性網膜・視神経疾患への協力体制が構築されている.(日本医療研究開発機構委託研究事業拠点班:遺伝性網脈絡膜疾患の生体試料の収集・管理・提供と病態解明:http://www.eye.go.jp/)表1JEGC関連施設ならびに施設代表者岩田岳独立行政法人国立病院機構東京医療センター臨床研究センター分子細胞生物学研究部角田和繁独立行政法人国立病院機構東京医療センター視覚研究部藤波芳独立行政法人国立病院機構東京医療センター視覚研究部三宅養三愛知医科大学堀口正之藤田保健衛生大学医学部眼科学教室山本修一千葉大学大学院医学研究院眼科学寺崎浩子名古屋大学大学院医学系研究科眼科学・感覚器障害制御学教室久世真奈美JA三重厚生連松阪中央総合病院眼科溝田淳帝京大学医学部眼科学講座直井信久宮崎大学医学部感覚運動医学講座眼科学分野町田繁樹獨協医科大学越谷病院島田佳明藤田保健衛生大学坂文種報徳會病院中村誠神戸大学医学部眼科学教室不二門尚大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室堀田喜裕浜松医科大学医学部眼科学講座近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学國吉一樹近畿大学医学部眼科学教室篠田啓埼玉医科大学医学部眼科学教室林孝彰東京慈恵会医科大学医学部眼科学講座福地健郎新潟大学医学部眼科学教室坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室望月清文岐阜大学医学部眼科学教室亀谷修平日本医科大学千葉北総病院近藤寛之産業医科大学眼科学教室石田晋北海道大学大学院研究科眼科学分野村上晶順天堂大学大学院医学研究科眼科学講座高橋政代理化学研究所多細胞システム形成研究センター網膜再生医療研究開発プロジェクト三宅養三出田眼科病院中澤満弘前大学大学院医学研究科眼科学講座NISO-NEl/NIH-UCLtrilateralresearchagreement図7遺伝性希少網膜疾患を対象とした国際協力体制遺伝性希少網膜疾患の病態理解・治療導入には,国境・民族を超えた形での国際コホート作成が必要不可欠となり,世界各地でコンソシアム形成が進んでいる.NISO:NationalInsituteofSensoryOrgans,NationalHospitalOrganization,TokyoMedicalCenter,Japan,AEGC:AsianEyeGeneticsConsortium,JEGC:JapanEyeGeneticsConsortium,EastAsiaIRDC:EastAsiaInheritedRetinalDiseaseConsortium,UKIRDC:UKInheritedRetinalDiseaseConsortium,UCL:UniversityCollegeLondon,NEI/NIH:NationalEyeInstitute,NationalInstituteofHealth,USA.表2遺伝性網膜疾患に関する国際協力体制CollaborativeResearchagreement(日米)PaulSieving,TakeshiIwataNEI/NIH,NISO二施設間共同研究契約CollaborativeResearchagreement(日英)AndrewDick,TakeshiIwataUCL,NISO二施設間共同研究契約CollaborativeResearchagreement(英米)PengTeeKhaw,PaulSievingUCL,NEI二施設間共同研究契約AsianEyeGeneticsConsortium(アジア)TakeshiIwataNISO14か国間共同研究EastAsiaInheritedRetinalDiseaseConsortium(日,中,韓)KaoruFujinamiNISO3カ国6施設間共同研究UKInheritedRetinalDiseaseConsortium(英)GraemeBlackTheUniversityofManchester英国内7施設共同研究,国際パートナーシップ(NISO)ProgStarStdudies(米英仏独)HendrikSchollWilmerEyeInstitute,JHUSM4カ国9施設間共同研究,国際パートナーシップ(NISO)GlobalEyeGeneticsConsortiumKaoruFujinamiNISO北米,南米,欧州,アジア,豪州における国際共同研究NEI/NIH:NationalEyeInstitute,NationalInstituteofHealth,USA.NISO:NationalInsituteofSensoryOrgans,NationalHospitalOrganization,TokyoMedicalCenter,Japan.UCL:UniversityCollegeLondon.JHUSM:JohnsHopkinsUniversitySchoolofMedicine.図8ABCA4関連網膜症インハウスデータベース遺伝性希少網膜疾患でもっとも頻度の高いABCA4関連網膜症については,約600症例の疾患群における変異頻度情報が10万を超える正常人の変異頻度情報(http://exac.broadinstitute.org/)にインテグレートされ,正常群・疾患群における各民族・コホート間変異頻度比較がブラウザにおける情報共有により可能となっている.

小児眼科

2017年7月31日 月曜日

小児眼科GeneticDiagnosisforPediatricOcularDisorders近藤寛之*はじめに小児眼疾患に対して行われている遺伝子診療は,メンデルの法則に従ういわゆる遺伝性眼疾患の確定診断を目的としたものが多い.遺伝子診断の具体的な方法は他書に譲るが,特定の遺伝子の診断には直接塩基配列を決定する方法(Sanger法とよばれる)が適用されることが多い.近年,個別の遺伝子の解析では不十分な場合などには次世代シークエンサーによる遺伝子解析も行われるようになっているが,費用の問題などからSanger法による個別の遺伝子診断に取って代わるには至っていない.いずれの方法にしても,遺伝子診断は検査や解析にある程度の時間を要し,確定診断といっても臨床診断の補助的な検査としての役割にとどまる.小児に対する遺伝子診断は倫理的な問題も含めて注意すべき点が多いが,眼科領域では確定診断の有用性の高い分野であろう.本稿では小児眼科領域で行われている遺伝子診断について,網膜疾患を例にあげつつ,その役割や問題点を解説する.I小児に対する遺伝子診断と遺伝カウンセリング一般に遺伝子診断に際しては,遺伝情報が血縁者間で一部共有されることや,不適切に扱われた場合には患者や血縁者に社会的不利益がもたらされる可能性があるため,必要に応じて専門家による遺伝カウンセリングを行うこと,検査の結果をわかりやすく説明することなどが求められている(日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」2011年2月,http://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.htmlを参照されたい).小児眼疾患の遺伝子診断についても同様の倫理的な配慮が必要である.上記のガイドラインでは小児など未成年者で同意能力がない患者の検査では,代諾者の同意が必要で,患者本人の最善の利益を考慮すべきとしている.また,患者の理解度に応じた説明を行い,本人の了解(インフォームド・アセント)を得ることが望ましいともある.一方,未成年者に対する非発症保因者の診断や発症前診断については原則として本人が成人し自律的に判断できるまで実施を延期すべきで,両親などの代諾で検査を実施すべきでないとしている.小児眼疾患では,遺伝子診断については患児に対する配慮が必要なのはいうまでもないが,家族が患児のケアについて前向きになるチャンスであることも見逃せないポイントである.遺伝性疾患の多くは治療が確立されていないために,すでに臨床診断がなされているケースでは,家族は大きな不安を抱えていることが多い.説明によっては「治療法がない」と主治医から突き放された気持ちに陥るケースもある.遺伝子診断によって確定診断が得られれば,疾患の経過や予後,治療法,療養に関する情報を提供することで,家族が前向きな気持ちになる場合もある.疾患の種類,患児および家族の性格や置かれた状況を判断し,家族の気持ちに寄り添って遺伝子診断の可否を検討することが望まれる.*HiroyukiKondo:産業医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕近藤寛之:〒807-8555福岡県北九州市八幡西区医生ヶ丘1-1産業医科大学眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(65)981図1Coats病が疑われた家族性滲出性硝子体網膜症の左眼眼底写真11歳時に右眼の滲出性網膜.離を発症しCoats病と診断されたが,その後失明した.29歳のときに左眼の滲出性網膜.離を併発した.遺伝子診断でFZD4遺伝子変異がみつかり,家族性滲出性硝子体網膜症と確定診断した.b図2Goldenhar症候群を合併した眼白子症の前眼部所見と眼底写真3カ月,男児.a:前眼部写真では右眼耳側強角膜輪部にデルモイドを認める.b:左眼眼底写真,眼底は色素脱出を認める.遺伝子診断の結果GPR143遺伝子に変異を認め,眼白子症と確定診断した.図3Norrie病が疑われた先天性網膜.離(白色瞳孔)の前眼部写真3カ月,男児.両眼の白色瞳孔と網膜.離を主訴に受診.Norrie病または家族性滲出性硝子体網膜症を疑われたが,遺伝子診断によりATOH7遺伝子変異がみつかり,非症候性先天性網膜接着不全症候群(nonsyndromiccongeni-talretinalnonattachment)と診断した.写真は左眼の術中所見,白色瞳孔を認める.図4診断が困難な先天網膜分離症の眼底写真4カ月,男児.右眼(a)に胞状の網膜を認め網膜.離が疑われた.左眼(b)の後極部は一見正常だが,全身麻酔下の精査で黄斑部の網膜分離がみられた.遺伝子診断によりRS1遺伝子変異がみつかり,先天網膜分離症の診断が確定した.図5常染色体劣性ベストロフィノパチーの眼底写真と眼底自発蛍光像11歳,女児.両眼の黄斑異常を指摘されて当科を受診.右眼の眼底写真(a)と眼底自発蛍光所見(b)を示す.眼底所見から常染色体優性Best病(卵黄状黄斑変性)を疑われたが,遺伝子診断によって,BEST1遺伝子による常染色体劣性ベストロフィノパチーと診断した.伝子関連疾患がこれにあてはまる.臨床診断に加え,遺伝子診断による遺伝形式の推定はカウンセリング上有用な情報となる.BEST1遺伝子異常による眼疾患として常染色体優性遺伝の卵黄状黄斑変性がよく知られているが,近年常染色体劣性ベストロフィノパチーが報告されている.両者は臨床所見が似ているため鑑別は容易でではない(図5).遺伝子診断は確定診断と遺伝形式の決定に有用である.2.遺伝子診断が困難な疾患・遺伝子遺伝子診断が困難な疾患として小眼球症や先天白内障,網膜色素変性がある.これらの疾患では臨床所見の異質性が高いだけでなく,原因となる遺伝子も多様であり特定の遺伝子に原因を絞り込むのは容易ではない.このような疾患は複数の類縁疾患の総称と考えたほうがよく,通常は決め手となるなんらかの特徴的所見がないかぎり網羅的に原因遺伝子を調べないと原因を同定するのは困難である.エクソームシークエンスなどの次世代シークエンス法を用いれば,網羅的に検査を行うことが可能であり診断率は高まる.ただし,次世代シークエンス法では一度に多数の遺伝子のバリエーション(多数の塩基配列)が検出される.この中で原因となる遺伝子(変異)は1つ(または1組)であり,新規の原因遺伝子を想定して,1つに絞り込むことは容易ではない.このため,既知の遺伝子による診断率の低い疾患では,網羅的に検査をしても原因となる遺伝子変異を見逃してしまう可能性が高い.また,エクソームシークエンスでは広範囲のヘテロ接合性の塩基欠失を診断することはできない.また,原因が一つの遺伝子の疾患であっても,エクソンの数が多いものはSanger法での診断はやや困難となる.Stickler症候群のうち多くの症例はCOL2A1遺伝子異常が原因であるが,COL2A1遺伝子は54エクソンから構成され,ホットスポットが存在しないため検査には労力を要する.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)はゲノム上に多数存在する塩基配列のバリエーションである.SNPは原因となる遺伝子変異とは別の良性のバリエーションを意味することが多いが,遺伝子がコードするアミノ酸が置換されるタイプのSNPでは,病的な変化と良性の変化とを区別することは必ずしも容易ではない.家族性滲出性硝子体網膜症の原因遺伝子の一つであるLRP5遺伝子は23エクソンから構成されるが,罹患者からしばしば新規のSNPが検出され,病的な変化かどうかの判定に苦慮することがある.IIIリスク診断小児眼科領域では非メンデル遺伝性疾患に対する易罹患性の評価を行うことは少ないが,例外は網膜芽細胞腫に対する発症リスクの評価である.網膜芽細胞腫は小児にみられる眼内悪性腫瘍であり,転移すると生命が脅かされる疾患である.通常はCTやMRIなどの画像診断や病理組織検査によって診断され,遺伝子診断は必須ではない.網膜芽細胞腫は癌抑制遺伝子であるRB1遺伝子の体細胞変異によって起こる.RB1遺伝子は13番染色体上にあり,ゲノムには母由来と父由来の一対(二つ)の遺伝子が存在する.この二つともが変異して癌化を起こすが,二つとも体細胞変異を起こして発症する場合と,一つが生殖細胞のRB1遺伝子変異として継承され,もう一つが体細胞変異を起こして発症する場合がある.後者では家族内発症の危険性があり,その考えは提唱者に由来してKnudsonの2ヒット説とよばれる4).このように網膜芽細胞腫の発症は体細胞変異を起こす危険度に由来し,メンデルの法則に従わないが,遺伝素因があると家族性の発症や,他眼・松果体を含めた3側性の発症のリスクとなる.また,遺伝素因により将来,骨肉腫など別の悪性腫瘍を引き起こす可能性がある.このため網膜芽細胞腫では遺伝素因の確認のために遺伝子診断が行われるが,RB1遺伝子の診断には2016年より保険診療が認められている.IV出生前診断出生前診断は胎児に対する遺伝学的検査であり,羊水穿刺など妊婦に対しての侵襲的な検査行為を伴う.妊娠の継続をあきらめるかどうかの判断に用いられることが背景にあり,倫理的に大きな問題を含んでいるため,日本産科婦人科学会は原則として重篤な遺伝性疾患児を出(69)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017985■用語解説■Sanger法:ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)を行って特定の遺伝子配列を増幅したうえで,さらに1塩基ごと長さの異なるPCR断片を作製し,一斉に電気泳動することで遺伝子配列を決定する方法.DNAシークエンスといえばこの方法をさす.次世代シークエンス法と対比する意味合いにより,開発者の名をとりSanger法とよばれるようになった.広範囲のヘテロ接合性の塩基欠失:ヘテロ接合とは片親からの遺伝子に異常がみられ,もう片親の遺伝子配列が正常の場合をさす.ホモ接合の対義語.エクソンが丸ごと塩基欠失するなどのヘテロ接合性変異では遺伝子の量が半減しているため,疾患の原因となる場合があるが,シークエンスの配列は正常と同じとなり異常を検出することはできない.アミノ酸が置換されるタイプのSNP:SNPが遺伝子をコードする配列に存在すると,アミノ酸が置換される場合がある.非同義語配列ともよばれる.同じSNPが健康人に多くみられる場合には疾患の原因とはみなされないが,健康人にないSNPだからといって必ずしも病的とは限らない.体細胞変異:細胞の癌化のように,体の一部の細胞が細胞分裂の際に後天的に遺伝子変異を生じたものをいう.体細胞変異は遺伝性がない.生殖細胞の変異:卵子や精子に遺伝子変異があれば子孫に変異が継承される可能性がある.生殖細胞の遺伝子変異とは親からの継承によって全身のすべての細胞に遺伝子変異がコピーされていることを意味する.体細胞変異と対比される用語.

先天色覚異常

2017年7月31日 月曜日

先天色覚異常CongenitalColorVisionDe.ciencies林孝彰*はじめに先天色覚異常は,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,全色盲に大別される(表1).もっとも頻度の高い先天赤緑色覚異常は,X連鎖劣性遺伝形式をとり日本人男性の5%,女性の0.2%に存在する.先天青黄色覚異常は,常染色体優性遺伝形式をとるものの,その頻度は不明である.一方,先天的に低視力,羞明,昼盲,振子眼振を主徴とする全色盲は,常染色体劣性遺伝による杆体1色覚とX連鎖劣性遺伝形式による青錐体1色覚が存在し,いずれも数万人に1人以下とまれな疾患である.本稿では,先天赤緑色覚異常,先天青黄色覚異常,杆体1色覚,青錐体1色覚の臨床像について述べ,遺伝子診断・解析で決定された遺伝子変異との関連性について述べる.I先天赤緑色覚異常1.臨床像日常遭遇する非進行性の色覚異常である.視力障害や視野障害は引き起こされない.検査には石原色覚検査表II国際版38表(石原表)が用いられることが多い.2013年にリニューアルされ,これまでの数字表(数字を記載)と曲線表(曲線をたどることができるかどうか)に加え,「新色覚異常検査表(新大熊表)」で使用されていた環状表(環状部におかれた切痕部を認識できるかどうか)が新たに追加されている.石原表はスクリーニングに用いられ,大まかな診断が可能となっている.程度判定には表1先天色覚異常の分類A.先天赤緑色覚異常(X連鎖劣性遺伝)1型色覚(protan)→1型3色覚(protanomaly),1型2色覚(protanopia)2型色覚(deutan)→2型3色覚(deuteranomaly),2型2色覚(deutanopia)B.先天青黄色覚異常(常染色体優性遺伝)3型色覚(tritan)→3型3色覚(tritaranomaly),3型2色覚(tritanopia)C.杆体1色覚(rodmonochromacy)(常染色体劣性遺伝)D.青錐体1色覚(blueconemonochromacy)(X連鎖劣性遺伝)パネルD-15が用いられpassもしくはfailに分類される.Passすれば中等度異常以下,failした場合は強度異常と判定される.確定診断にはアノマロスコープが用いられ,1型2色覚,1型3色覚,2型2色覚,2型3色覚に分類される.1型2色覚と2型2色覚は合わせて2色覚,1型3色覚と2型3色覚は合わせて異常3色覚とよばれている.パネルD-15とアノマロスコープの関係性を図1に示す.2.遺伝学的診断1986年,Nathansらは,L遺伝子(OPN1LW),M遺伝子(OPN1MW),S遺伝子(OPN1SW)を単離することに成功した1).L遺伝子とM遺伝子は,X染色体上(Xq28)に存在し,L遺伝子(先頭遺伝を意味することが多い)の下流に一つもしくは複数のM遺伝子(後続遺伝を意味することが多い)が配列している.両者ともに*TakaakiHayashi:東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)967図1先天赤緑色覚異常の自験例26例の診断と程度判定による分類図21型3色覚(6例)の遺伝子配列図31型2色覚(5例)の遺伝子配列症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)Asenjo(Merbs)120(0)FSer556(552.4)555(549.2)131(3.2)FAlaAlaAla症例遺伝子配列波長差パネルD15563(556.7)559(553.0)563(556.7)Asenjo(Merbs)14,154(3.7)P19,20,210(0)FSerSer16563(556.7)554(-)9(-)P22,23Ser0(0)F556(552.4)SerAlaAlaAla563(556.7)555(549.2)563(556.7)563(556.7)17SerAlaAla8(7.5)P24,250(0)FSerSer18556(552.4)555(548.8)1(3.6)P26563(556.7)563(556.7)0(0)F2AlaAlaAlaSerSerAla図42型3色覚(7例)の遺伝子配列図52型2色覚(8例)の遺伝子配列先天赤緑色覚異常L-Mハイブリッド遺伝子(+)M-Lハイブリッド遺伝子(+)1型色覚異常2型色覚異常単一L-Mハイブリッド遺伝子波長差(一)波長差(+)単一L遺伝子波長差(一)波長差(+)波長差(一)波長差(一)1型2色覚1型3色覚2型2色覚2型3色覚1型2色覚2型2色覚1型3色覚(強度異常)2型3色覚(強度異常)図6先天赤緑色覚異常の遺伝子配列と診断のフローチャート図7特異な2色覚の19歳男性(JU#295)のアノマロスコープの結果LogSensitivity(logphoton-1secdeg2)aWavelength(nm)bWavelength(nm)cWavelength(nm)40050060070040050060070040050060070025,00020,00015,00025,00020,00015,00025,00020,00015,000Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)Wavenumber(cm-1)図8特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の分光感度曲線の結果エクソン5の塩基配列(JU#0295)L遺伝子配列M遺伝子配列図9特異な2色覚の19歳男性(JU#295)の単一L.M遺伝子のエクソン5の塩基配列表2先天青黄色覚異常の臨床像色覚1931CIE色度図上x=0.171,y=0.000に収束点をもつ.中性点は571.5nm.450nmと650nmの混合色530nmで等色する.一部異常3色覚(incompletetritanope)を示す.遺伝形式常染色体優性遺伝発症年齢先天性矯正視力正常視神経乳頭所見正常視野(中心部)正常視野(周辺部)白色視野正常,青色視野狭窄589590591592593DLEAF図10杆体1色覚の家系(自験例)のPDE6C塩基配列姉と弟にp.E591K(p.Glu591Lys)変異をホモ接合で認める.7778798081SFGGF図11杆体1色覚の家系(自験例)のS遺伝子の塩基配列姉と父にp.G79R(p.Gly79Arg)変異をヘテロ接合で認める.コントロール父親L/ML/M青色刺激赤色刺激10μV図12先天青黄色覚異常のS錐体網膜電図父親ではS応答が検出されない.先頭遺伝子後続遺伝子S180Y277T285A180F277A285正常色覚5′LCRLP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子S180Y277T285A180F277A285NoLCRBCMタイプ15LP123456MP1234563′L遺伝子M遺伝子LCRの部分的もしくは全欠損C203RS180変異を有するBCMタイプ25′LCRLP1234563′L/Mハイブリッド遺伝子5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)機能消失変異(C203Retc)→不均等交叉その後突然変異C203RC203RS180F277A285A180BCMタイプ35′LCRLP123456MP1234563’5′L-M3′ハイブリッド遺伝子(M-class)M遺伝子機能消失変異(C203Retc)→type2出現後→geneconversion(遺伝子転換)S180F277A28534563′エクソン2の欠損BCMタイプ45′LCRLP1エクソン領域の部分もしくは全欠損図13青錐体1色覚(BCM)における遺伝子配列異常の四つのタイプコントロール症例図14CNGA3の塩基配列杆体1色覚と診断された症例(JU#0185)でCNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異p.R436W(p.Arg436Trp)とp.L633P(p.Lue633Pro)を認める.右眼左眼図15CNGA3遺伝子に複合ヘテロ接合変異を認めた症例(JU#0185)の39歳時の眼底所見眼底写真(a)では中心窩の色調異常を認めるが,眼底自発蛍光(b)では異常はみられない.光干渉断層計(c)では,中心窩付近のellipsoidzoneの不明瞭化とinterdigitationzoneの欠損を認める.■用語解説■L遺伝子,M遺伝子,S遺伝子の由来:色覚に関する遺伝子の呼び名に関して,実はつい最近までさまざまな表記がなされていた.現在の遺伝子表記はlong-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1LW),medium-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1MW),short-wave-sensitiveopsin-1gene(OPN1SW)が正式で本稿では略して,それぞれL遺伝子,M遺伝子,S遺伝子としている.M遺伝子はmiddleではなくmediumの略である.今後英文論文を読む際,昔の論文の表記には注意する必要がある.たとえばredvisualpig-mentgeneはOPN1LWと同義である.杆体1色覚の英語表記:眼科用語集第6版(Web版)では,rodmonochromatismとなっている.rodmono-chromacyを使用する場合もある.杆体1色覚が先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をさすのであれば,現状でrodmonochromatismやrodmonochro-macyが使用されるケースは少ない.最近報告されたATF6遺伝子変異による疾患の英語表記は,autoso-malrecessiveachromatopsia(文献41)もしくはconedysfunctiondisorderachromatopsia(文献42)が用いられている.先天性の全色盲で青錐体1色覚でない疾患をachromatopsiaと呼称しているのである.achromatopsiaの枕詞は,おそらく遺伝性であることを強調し,後天的疾患であるcerebralachromatopsiaなどと区別するために用いられていると考えられる.また,S錐体機能が残存している青錐体1色覚をachromatopsiaとよぶことはない.しかし,本稿では杆体1色覚と青錐体1色覚の鑑別が容易でないことから両者を全色盲と表記している.—

網膜変性疾患

2017年7月31日 月曜日

網膜変性疾患GeneticDiagnosisforRetinalDegenerativeDiseases片桐聡*東範行*はじめに遺伝性網膜変性疾患は,レーベル先天盲,網膜色素変性症や錐体ジストロフィなどに代表されるさまざまな疾患を含んでおり,診断自体は網膜電図検査などの臨床検査に基づいて行われることが多い.しかしながら,遺伝子解析技術の発展に伴い,遺伝子検査が診断に影響を与えることや,また臨床像の評価・進行に役立つことが増えてきている.また,遺伝子検査が一般的に周知されるようになってきており,患者の関心も高まっている.遺伝性網膜変性疾患を診療するにあたって,臨床像だけでなく遺伝的な背景を理解することは,今後ますます必要となってくると考えられる.I遺伝性網膜変性疾患の原因遺伝子は数多い遺伝性網膜変性疾患における遺伝子変異が同定された症例においては,ほぼすべての症例が単一遺伝子異常によって引き起こされている.一般的に遺伝性疾患は遺伝要因と環境要因が組み合わさって発症するものが多いが,遺伝性網膜変性疾患においては,原因遺伝子変異とその疾患の発症原因がほぼ同様と考えることができる.1990年にDryjaらによりロドプシン遺伝子変異が常染色体優性遺伝形式の網膜色素変性症の原因と同定されて以来1),さまざまな遺伝性網膜変性疾患において原因遺伝子が同定されている.RetNetデータベース(RetinalInformationNetwork,https://sph.uth.edu/retnet/)には,現在までに同定されている原因遺伝子がまとめられており,その登録数は年々増加している(2017年1月の時点では250を超えている).例としてレーベル先天盲,網膜色素変性症における現在までに報告されている原因遺伝子を示す(表1).その他の疾患における原因遺伝子についてはRetNetデータベースを参照していただきたい.II遺伝子解析の戦略が大きく進歩している遺伝子解析技術の発展と,疾患ごとの原因遺伝子数の増加に伴い,遺伝子解析戦略にも変化がみられている.以前はサンガー法を用いた候補遺伝子ごとの遺伝子解析が主流であった.先述した網膜色素変性症におけるロドプシン遺伝子変異は,サンガー法によるロドプシン遺伝子のみの解析により同定されている.また,2012年に発表された日本人における常染色体劣性遺伝形式の網膜色素変性の2~3割程度を占めると考えられるEYS遺伝子の最初の大規模解析でも,EYS遺伝子のみをターゲットとして解析されている2,3).このような候補遺伝子ごとの解析は,原因遺伝子数が少ない疾患においては非常に有力である.しかし,多数の原因遺伝子が報告されている網膜色素変性症などの疾患において,候補遺伝子ごとの遺伝子解析戦略には限界がある.近年では次世代シークエンサーの発展により,一度に複数の遺伝子を網羅的に解析できるようになってきた.次世代シークエンサーを用いた遺伝子解析技術の優れた点は,対象とする遺伝子解析領域を設定できることである.網膜色素変*SatoshiKatagiri&*NoriyukiAzuma:国立成育医療研究センター眼科〔別刷請求先〕片桐聡:〒157-8535東京都世田谷区大蔵2-10-1国立成育医療研究センター眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(45)961表1現在までにレーベル先天盲,網膜色素変性症の原因として報告されている遺伝子網膜色素変性症(常染色体優性遺伝形式)ARL3,BEST1,CA4,CRX,FSCN2,GUCA1B,HK1,IMPDH1,KLHL7,NR2E3,NRL,PRPF3,PRPF4,PRPF6,PRPF8,PRPF31,PRPH2,RDH12,RHO,ROM1,RP1,RP9,RPE65,SEMA4A,SNRNP200,SPP2,TOPORS網膜色素変性症(常染色体劣性遺伝形式)ABCA4,AGBL5,ARL6,ARL2BP,BBS1,BBS2,BEST1,C2orf71,C8orf37,CERKL,CLRN1,CNGA1,CNGB1,CRB1,CYP4V2,DHDDS,DHX38,EMC1,EYS,FAM161A,GPR125,HGSNAT,IDH3B,IFT140,IFT172,IMPG2,KIAA1549,KIZ,LRAT,MAK,MERTK,MVK,NEK2,NEUROD1,NR2E3,NRL,PDE6A,PDE6B,PDE6G,POMGNT1,PRCD,PROM1,RBP3,RGR,RHO,RLBP1,RP1,RP1L1,RPE65,SAG,SLC7A14,SPATA7,TRNT1,TTC8,TULP1,USH2A,ZNF408,ZNF513網膜色素変性症(常染色体伴性劣性遺伝形式)OFD1,RP2,RPGRレーベル先天盲(常染色体優性遺伝形式)CRX,IMPDH1,OTX2レーベル先天盲(常染色体劣性遺伝形式)AIPL1,CABP4,CEP290,CLUAP1,CRB1,CRX,DTHD1,GDF6,GUCY2D,IFT140,IQCB1,KCNJ13,LCA5,LRAT,NMNAT1,PRPH2,RD3,RDH12,RPE65,RPGRIP1,SPATA7,TULP1(RetNetデータベースより引用)図1網膜色素変性症a:部分型網膜色素変性症(sectorretinitispigmentosa)の症例の左眼眼底.はっきりとした網膜変性は下方網膜に限局している.b:典型的な網膜色素変性症の症例の左眼眼底.網膜変性は周辺網膜全体に及んでいる.a,bはロドプシン遺伝子変異がヘテロ接合体で同定された網膜色素変性症の2症例である(同定されたロドプシン遺伝子変異は異なる).ロドプシン遺伝子変異は,変異の部位によって臨床像が部分型網膜色素変性症と典型的な網膜色素変性症に分かれることが報告されている.図2ベスト卵黄様黄斑ジストロフィベスト卵黄様黄斑ジストロフィと診断された症例の右眼(a)と左眼(b).BEST1遺伝子変異がヘテロ接合体で同定されている.右眼は卵黄期または炒り卵期,左眼は偽蓄膿期と病期が異なっている.図3脳回転状網脈絡膜萎縮症脳回転状網脈絡膜萎縮症と診断された兄弟例.OAT遺伝子変異が複合ヘテロ接合体で同定されている.オルニチン制限食を兄は6歳から,弟は2歳から行っている.結果として兄の眼底変化(a)に比べ,弟の眼底変化(b)は抑制されている.この症例では,そのほかの眼科検査(視力,視野,網膜電図)結果では兄弟間で差は出ていないが,他の症例においてオルニチン制限食が網膜機能障害を抑制したとの報告もある.における視力不良の精査のため,不十分なERGをもとに錐体ジストロフィと診断され,将来的な失明の可能性を説明された後に重度の視力障害に陥ったが,以後,正しい検査によって正しい診断がなされ,その結果,正常の視力を取り戻した心因性視力障害の患者を経験した.遺伝性網膜変性疾患と診断することの重みを自覚し,適切な検査・診断を行う重要性を改めて認識した症例である.3.全身疾患との鑑別眼底に網膜色素変性をみた場合,Usher症候群やムコ多糖症,ミトコンドリア病であるKearns-Sayre症候群など,全身症候を示す場合があることを念頭に置き,これらが疑われる場合には,関係各科と連携する.4.家系図(家族歴)の重要性非遺伝性の網膜変性疾患の鑑別を行ったのち,遺伝性網膜変性疾患が強く疑われる場合に,遺伝子を念頭に置いた診療に移る必要がある.遺伝子検査は日常臨床で常に行えるわけでなく,また検査によりすべてを検出できるわけでないばかりか,遺伝子異常がみつかったとしても過去に報告がない新しい遺伝子異常の場合には,疾患の原因であるかの判断がむずかしい場合がある.したがって,古典的とも考えられがちであるが,家系図の作成は遺伝形式の判断に非常に有用であり,ゲノムをみて診療するうえでの基本である.これらを聴取すれば,最終的にどの患者(保因者,または健常者)から遺伝子採血を行えばよいかが想定できる.5.遺伝カウンセリング家系図作成のための聴取など遺伝性網膜変性疾患の診療にあたっては,患者・家族にはやはり遺伝的な背景を想起させることになるため,いわゆる“遺伝”という言葉を使う場合は十分な配慮が必要となる.つまり,遺伝的診察の初めの段階において,患者本人,患者家族が遺伝的な診察を希望するかどうかが重要になってくるということである.遺伝病であるということ,また保因者であることは,患者本人の人生設計,また家族関係や家族計画に大きな影響を及ぼすものであり,安易に初診の段階ですべてを説明し,また背景につき聴取すべきものではない.網膜変性疾患が疑われた場合には,遺伝性も含めた原因の可能性について説明し,患者本人,または家族の希望に応じて診察を徐々に進めてゆく必要がある.遺伝子検査,家族の診察を念頭に置いた遺伝的な診療を希望する場合には,状況に応じて遺伝診療科を受診させるなどが必要な場合もある.これら遺伝学的診療,遺伝カウンセリングは日本医学会『医療における医学的検査・診断に関するガイドライン』,また『ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針』に準拠して行われることが求められ,われわれ眼科医も当事者として精通しておく必要がある.現状において確固たる治療法がないことが遺伝性網膜変性疾患の診療をむずかしくしているが,多くの情報がインターネットを通じて得られる現状においては,患者本人,家族が疾患の根本的な原因である遺伝子変異について検査を希望することは非常に多くなってきている.上述の通り,特定の原因遺伝子に由来する網膜変性に対して,人工網膜や遺伝子治療などの新規治療が臨床研究段階にあることは,患者にとっては大きな希望である.また,各遺伝子における遺伝子型・表現型相関に関する情報も蓄積されており,疾患によっては経過や予後につき患者に説明できる内容が増えてきている.高度な診療が要求される場合には専門医に診療を依頼することはもちろんだが,蓄積されつつある網膜変性疾患に関する遺伝情報,また今後期待される治療について,これまで以上に理解を深め診療に当たりたい.Vまとめ遺伝性網膜変性疾患の診療を行ううえで,その遺伝的背景を理解することは非常に有用である.今後,さらなる遺伝子解析技術の向上に伴い遺伝子型・臨床型のデータ蓄積が進み,臨床像予測の精度が高くなることが予想される.また,遺伝子治療がより臨床の現場で実用化されると予想される.網膜変性疾患の診療において,ゲノム(遺伝子)をみて診療する必要性はますます増していくと考えられる.(49)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017965

加齢黄斑変性

2017年7月31日 月曜日

加齢黄斑変性GeneticDiagnosisforAge-relatedMacularDegeneration仲田勇夫*山城健児*はじめにゲノム解析技術の進歩により,ヒトゲノム全体をみることができるゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)を行うことが可能となったが,眼科領域においてもっとも目ざましい結果が得られた疾患の一つが加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)であろう.GWASを用いた研究によってCFHおよびARMS2/HTRA1がAMDの感受性遺伝子として「Science」誌に相次いで発表されたのは2005~2006年のことである1).以前より,複数の遺伝子領域・遺伝子座位がAMD発症に関連することが,双生児や家系を用いた連鎖解析などの研究により示唆されていたものの,その領域のなかで一体どの遺伝子,どの変異が関係しているのか,というところまでたどりつくことは不可能であった.しかし,この新たな技術によって,特定の遺伝子内の,特定の一塩基多型(singlenucleotidepolymor-phism:SNP)が,他のすべての遺伝子領域と比較しても明らかにAMD発症に強く関連するという事実が示され,それによりAMDの疾患概念は加齢により発症する老年病という一般的な理解から,ゲノムが強くかかわる遺伝病へと変化した(図1).これはゲノム解析技術の進歩が,疾患の根本的な概念に大きく影響を与えた一例であり,このことは2006年の「Science」誌のBreak-throughoftheYearにこれらAMDに対するGWAS研究が入賞したことからもうかがえる.近年,次世代シークエンサーなどの新たなゲノム解析技術や国際的な共同研究の促進によって,次々と新たな疾患感受性遺伝子が発見されており,それらのゲノム情報を用いて個々の患者のAMDの発症予測が実現されつつある.また,既知の遺伝子と臨床所見などとの関連性が研究され,AMDの病態に関する新たな知見につながっている.本稿ではそれら最先端の研究の一端を紹介しつつ,ゲノム情報をAMDの診療にどのように生かすことができるのか,その可能性を探りたい.Iゲノム情報を用いたAMDの発症予測は可能か?1.ARMS2とCFHまず,AMDの疾患感受性遺伝子としてもっとも有名な2個の遺伝子,ARMS2(age-relatedmaculopathysusceptibility2)およびCFH(complementfactorH)についておさらいしておきたい.というのも,これら2個の遺伝子が報告された後,新たな疾患感受性遺伝子が他にも多数発見されたが,いずれもこれら二つの遺伝子の影響力を超えるものはなかったからである.ARMS2は10番染色体長腕に存在し,日本人のAMD発症において重要なのは,rs10490924とよばれるSNPである.このSNPが存在する患者は,ARMS2蛋白の69番目のアミノ酸であるアラニン(A)をコードしているGCTというコドンが,TCTに変化しているため,結果的にセリン(S)をコードし,アミノ酸配列が異な*IsaoNakata&*KenjiYamashiro:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕仲田勇夫:〒520-8511滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(37)953-log10(P)CFH(1番染色体)ARMS2/HTRA1(10番染色体)86420050,000100,000SNPs図12005年Science誌に発表された加齢黄斑変性に対する最初のGWAS結果他の全遺伝子領域と比較してCFHおよびARMS2/HTRA1領域が突出して強い関連性を示していることがわかる.(マンハッタンプロットは文献1より改変)シーケンス結果DNA配列遺伝子型アラニン(A)GG型GT型セリン(S)TT型図2ARMS2A69S多型(rs10490924)患者のDNAにSanger法などを用いてシーケンスを行うと,それぞれのDNA配列が決定され,遺伝子型を知ることができる.=010203001020CyclesCycles図3SmartAmp法を用いたARMS2A69S多型に対する外来での迅速遺伝子型判定患者の末梢血DNAを用いて,受診日当日に遺伝子型を知ることができる.上図は外来での検査の様子.A69S多型のそれぞれのアレル(G/T)に対して特異的に増幅するようデザインされたプライマーキットを使用し,その反応をリタルタイムPCRで検出する(下図).この患者はG,Tともに反応しているため,遺伝子型はGT型であることがわかる.40030020010015-log10P1050染色体番号24681012141618202213579111315171921図42013年に発表された白人およびアジア人1万7,000人以上のAMD症例と6万人以上のコントロール群を用いたゲノム研究結果図1と比較して多くの遺伝子が検出されていることがわかる.これら多数の遺伝子型を用いることで,AMD患者かそうでないかを高い精度で区別できることが報告されている.(マンハッタンプロットは文献5より改変)表1AMDサブタイプによるARMS2A69S多型の頻度の違いARMS2A69S多型GG型GT型TT型一般人38%48%14%AMD患者典型AMD17%38%45%PCV24%42%34%RAP6%8%86%RAP患者の約90%がリスクアレルTを保持しており,ARMS2遺伝子が非常に強い影響をもつことがわかっている.(文献2より改変)年齢図5ゲノム情報を含めて算出されたリスクスコアとlateAMD発症リスクの関係年齢,性別,earlyAMD所見,喫煙歴,BMIに加え,26個の遺伝子のSNPを調べることによりAMD発症を高い精度で予測することが可能であることが,1万人以上の参加者を含むコホート研究によって明らかとなった.なお,年齢,性別,遺伝子型を調べるだけでも十分に発症が予測できることがわかっている.(文献6より改変)==生存率10.9GG型0.80.70.60.5GT型0.4TT型0.30.20.10020406080100120140160180経過観察期間(月)図6日本人の片眼AMD患者の追跡調査による僚眼発症の生存曲線経過観察開始後10年の時点では,ARMS2A69S多型のTT型の患者は約50%が僚眼発症したのに対し,GT型,GG型の患者は約10%しか僚眼発症しなかった.(文献9より改変)(photodynamictherapy:PDT)の治療効果について,遺伝子との関連性を検討した研究が行われてきた.PCVに有効性が高いとされるPDTに関しては,ARMS2のリスク型をもつ患者は治療反応性が悪く,予後が悪いという報告が多い.しかし,関連性はなかったとする報告や,CFH多型が相関したという報告もあり,結論は得られていない.ただ,基本的に治療前の病変サイズが治療効果・予後に関連することが知られているため,AMDの臨床的特徴によく相関するARMS2を調べることで,大まかな予後予測には役立つと考えられる.一方,抗VEGF薬の治療効果とゲノムとの関連については,報告によりかなり結果にばらつきがあるため,最終的なコンセンサスが得られていない状況である.2013年に発表されたCATTStudyのAMD患者834人を対象とした検討では,AMD発症の感受性遺伝子であるCFH,ARMS2,HTRA1,C3いずれの遺伝子においても相関を認めなかったことが報告された14).AMDの治療効果と遺伝子の関連性の検討は,評価方法や治療方法の統一など克服すべき問題が多く,広いコンセンサスが得られるまでにはまだ時間がかかりそうである.おわりにAMD診療において,従来の検眼鏡検査や蛍光眼底造影,光干渉断層計などによる評価が重要なことはいうまでもないが,これらに加えてゲノム情報を病型診断や診療計画の一助として役立てることが可能となった.また,AMD発症前の段階での発症予測に関しては,ゲノム情報は現時点でもかなり有用だといえる.ただ,ゲノム情報を用いたAMD患者の予後予測や治療反応性の予測については未だ不明な点が多く,実用段階には至っていない.今後さらに研究が進むことで,将来的にそれぞれの患者のゲノム情報を考慮した最適なAMD診療が行えるようになることを期待したい.文献1)KleinRJ,ZeissC,ChewEYetal:ComplementfactorHpolymorphisminage-relatedmaculardegeneration.Sci-ence308:385-389,2005(43)2)HayashiH,YamashiroK,GotohNetal:CFHandARMS2variationsinage-relatedmaculardegeneration,polypoidalchoroidalvasculopathy,andretinalangiomatousproliferation.InvestOphthalmolVisSci51:5914-5919,20103)MoriK,Horie-InoueK,GehlbachPLetal:Phenotypeandgenotypecharacteristicsofage-relatedmaculardegenerationinaJapanesepopulation.Ophthalmology117:928-938,20104)ChenW,StambolianD,EdwardsAOetal:Geneticvari-antsnearTIMP3andhigh-densitylipoprotein-associatedlociin.uencesusceptibilitytoage-relatedmaculardegen-eration.ProcNatlAcadSciUSA107:7401-7406,20105)FritscheLG,ChenW,SchuMetal:Sevennewlociasso-ciatedwithage-relatedmaculardegeneration.NatGenet45:433-439,439e431-432,20136)BuitendijkGH,RochtchinaE,MyersCetal:Predictionofage-relatedmaculardegenerationinthegeneralpopula-tion:theThreeContinentAMDConsortium.Ophthalmol-ogy120:2644-2655,20137)FritscheLG,IglW,BaileyJNetal:Alargegenome-wideassociationstudyofage-relatedmaculardegenerationhighlightscontributionsofrareandcommonvariants.NatGenet48:134-143,20168)HuangL,ZhangH,ChengCYetal:AmissensevariantinFGD6confersincreasedriskofpolypoidalchoroidalvasculopathy.NatGenet48:640-647,20169)TamuraH,TsujikawaA,YamashiroKetal:AssociationofARMS2genotypewithbilateralinvolvementofexuda-tiveage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol154:542-548.e541,201210)MaguireMG,DanielE,ShahARetal:Incidenceofcho-roidalneovascularizationinthefelloweyeinthecompari-sonofage-relatedmaculardegenerationtreatmentstrials.Ophthalmology120:2035-2041,201311)Ueda-ArakawaN,OotoS,NakataIetal:Prevalenceandgenomicassociationofreticularpseudodruseninage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol155:260-269.e262,201312)BrantleyMA,FangAM,KingJMetal:AssociationofcomplementfactorHandLOC387715genotypeswithresponseofexudativeage-relatedmaculardegenerationtointravitrealbevacizumab.Ophthalmology114:2168-2173,200713)Akagi-KurashigeY,YamashiroK,GotohNetal:MMP20andARMS2/HTRA1areassociatedwithneovascularlesionsizeinage-relatedmaculardegeneration.Ophthal-mology122:2295-2302.e2292,201514)HagstromSA,YingGS,PauerGJetal:Pharmacogeneticsforgenesassociatedwithage-relatedmaculardegenera-tioninthecomparisonofAMDtreatmentstrials(CATT).Ophthalmology120:593-599,2013あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017959

ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズム

2017年7月31日 月曜日

ゲノムから迫るぶどう膜炎の発症メカニズムPathogenesisofUveitisElucidatedbyRecentGeneticFindings竹内正樹*水木信久*はじめにヒトDNAの塩基配列にコードされている遺伝情報(ゲノム)はほぼ共通しており,個人間の差(多型性)は0.1%程度である.その多型性を形成するものとして,塩基配列の一塩基に多型がみられる一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)(用語解説参照)や,数塩基単位で繰り返し配列がみられるマイクロサテライトによる多型などがある.遺伝子解析研究は,患者群と健常者群における遺伝情報を比較し,遺伝子多型や変異がもつ疾患感受性を統計学的に解析するものである.近年の技術の進歩によって2000年代中頃からゲノム全体を網羅するSNPやマイクロサテライトの解析が可能になった.これをゲノムワイド関連解析研究(Genome-wideAssociationStudy:GWAS)(用語解説参照)とよび,GWASによって今日までに多くの疾患でゲノムワイドレベル(用語解説参照)(p<5×10-8)の強固な相関を示す感受性遺伝子が同定されてきた.ぶどう膜炎は発症原因により感染性ぶどう膜炎と非感染性ぶどう膜炎に大別される.感染性ぶどう膜炎の原因は種々の病原体の感染が病態の根源であるため本稿では割愛する.わが国の大学病院における非感染性ぶどう膜炎の各疾患頻度はサルコイドーシス,Vogt-小柳-原田病(Vogt-Koyanagi-Haradadisease:VKH),Behcet病の順に多く,これらは3大ぶどう膜炎とよばれる.以下,これらの疾患を中心に非感染性ぶどう膜炎(以下,ぶどう膜炎)における近年のGWASによってもたらされた知見を中心に述べる.Iぶどう膜炎と疾患感受性遺伝子1.Behcet病Behcet病は発作と寛解を繰り返す全身性炎症性疾患であり,口内炎,ぶどう膜炎,皮膚病変,陰部潰瘍を4主症状とする.眼症状の典型例では前房蓄膿を伴った漿液性網脈絡膜炎が特徴的である(図1).Behcet病は地中海沿岸諸国,中東,中央アジア,東アジアにかけて好発し,その地理的特徴からシルクロード病ともよばれる.発症には環境要因と遺伝要因が重要であると考えられている.Behcet病はぶどう膜炎のなかではもっとも遺伝子解析研究が進んでおり,とりわけT細胞に抗原提示する役割を担う主要組織適合抗原複合体(majorhistocompatibilitycomplex:MHC)領域の研究は以前より盛んに行われてきた.1973年に大野らは6番染色体MHC領域にあるHLA-B遺伝子のアリル型であるHLA-B*51とBehcet病との強い相関を報告した1).日本人で同定されたHLA-B*51の疾患感受性は,その後,多くの人種でも確認され,Behcet病においてもっとも強い遺伝要因である.また,マイクロサテライトを解析したGWASにより,日本人集団でHLA-A*26の疾患感受性が明らかになった2).MHC領域外では,2010年に筆者らは日本人集団(患者608例,健常者737例)でGWASを行い,IL10とIL23R-IL12RB2の二つの領域でゲノムワイドレベルの疾患感受性を初めて報告し*MasakiTakeuchi&*NobuhisaMizuki:横浜市立大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦3-9横浜市立大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(29)945図1ぶどう膜炎の眼所見a:前房蓄膿を伴うBehcet病のぶどう膜炎.b:サルコイドーシスでみられる雪玉状硝子体混濁.c:多発性漿液性網膜.離を伴うVogt-小柳-原田病の網脈絡膜炎.d:前房蓄膿を伴った強い炎症がみられる急性前部ぶどう膜炎.-log10p値74MHC7270CCR110IL10IL12ACEBPB-PTPN1IL1A-IL1BRIPK2ADO-EGR2LACC1IRF886420012345678910111213141516171819202122染色体および遺伝子座図2Immunochipで解析された免疫遺伝子関連領域のSNPとBehcet病の関連性Immunochipで解析された約13万個のSNPをプロットした.横軸が染色体ごとのSNPの位置を示し,縦軸がBehcet病との関連性の強さを示す.上に位置するSNPほど,Behcet病との関連性が強くなる.実線を超えるプロットがゲノムワイドレベルの感受性を示すSNPである.この研究によって新規に同定された疾患感受性遺伝子領域を赤字で記した(RIPK2,ADO-EGR2,LACC1は他集団とのメタ解析でp<5×10.8の相関を示した).表1ぶどう膜炎の感受性遺伝子の一覧疾患名MHC領域MHC領域外Behcet病HLA-B*51,HLA-A*26IL10,IL23R-IL12RB2,CCR1,STAT4,KLRC4,ERAP1,TNFAIP3,MEFV,FUT2,IL12A,IL1A-IL1B,RIPK2,ADO-EGR2,LACC1,IRF8,CEBPB-PTPN1サルコイドーシスHLA-DRB1,BTNL2C10orf67,ANXA11,RAB23,OS9,CCDC88B,NOTCH4,XAF1Vogt-小柳-原田病HLA-DRB1,DR53,HLA-DQ4IL23R,ADO-EGR2前部ぶどう膜炎HLA-B*27IL23R,ERAP1複数のぶどう膜炎に共通する感受性遺伝子を太字で示す.図3遺伝学的知見に基づいたBehcet病の病態Behcet病の感受性遺伝子を赤枠内に記し,SNPが遺伝子発現に関与する場合は,その増減を→で表した.表2Missingheritabilityのおもな因子・不十分なサンプルサイズによる検出力の不足・GWASで解析されていないSNP・レアバリアント・SNP以外の遺伝子多型(コピー数多型,マイクロサテライト多型など)・複数の遺伝子による相互作用・エピゲノム(メチル化,ヒストン修飾など)■用語解説■一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):ヒトゲノムは30億塩基対のDNAからなるとされているが,個々人を比較するとそのうちの0.1%の塩基配列に違いがあるとみられており,これを遺伝子多型とよぶ.遺伝子多型のうち,1個の塩基が他の塩基に置き変わるものをSNPと呼ぶ.SNPはもっとも多く存在する遺伝子多型であり,遺伝子多型のタイプにより遺伝子をもとに体内で作られる蛋白質の働きが微妙に変化し,疾患の罹りやすさや医薬品への反応に変化が生じる.ゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS):ゲノム全域を網羅する遺伝子多型(おもにSNP)を対象に,ある疾患をもつ群ともたない群との間で統計学的に有意な頻度差を示す遺伝子多型を検索する手法.ゲノムワイドレベル:GWASで解析するSNPの数は数十万から百万に及ぶため,有意水準において多重検定の問題が生じる.そのため,GWASでは有意水準0.05を106回の多重検定で補正したp<5×10.8をゲノムワイドレベルの有意水準として用いることが一般的である.Immunochip:主要な自己免疫疾患や炎症性疾患をより詳細に解析するために開発されたカスタムメイドのマイクロアレイ(イルミナ社)であり,関節リウマチやクローン病など12種類の免疫関連疾患のGWASデータを元に186遺伝子座に位置するSNPが網羅的にデザインされている.Immunochipを用いることで,免疫関連遺伝子領域に分布するSNPを高密度に解析することができ,GWASでは同定できなかったSNPを探索することが可能である.リスクアリル:SNPの核酸塩基のうち,疾患に感受性を示す核酸塩基.コピー数多型:通常のヒト細胞には一対の染色体が存在し遺伝子は2コピーとなる.しかし,遺伝子領域によっては1Kbp以上の塩基配列の重複や欠失が存在し,個人間で遺伝子のコピー数に違いがみられる.これをコピー数多型という.エピゲノム:DNA塩基配列で規定される遺伝情報をゲノムと称するのに対して,エピゲノムはDNA塩基配列以外の遺伝情報.おもなものにDNAのメチル化やヒストン修飾があり,これらは遺伝子発現に影響を与える.’’’’’

緑内障

2017年7月31日 月曜日

緑内障GeneticDiagnosisforGlaucoma西口康二*I遺伝子解析は緑内障に対する病態解明・個別化医療実現の切り札である緑内障は,わが国の主要な失明原因であり,高齢化社会に伴って患者数は増加の一途をたどっている.現在行われている同疾患に対する治療は,点眼・内服・手術を主体とした眼圧下降治療がメインである.一方で,わが国の広義開放隅角緑内障(primaryopenangleglauco-ma:POAG)では,眼圧上昇を伴わない緑内障である正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)が主体である.眼圧コントロールが比較的良好にもかかわらず,視野狭窄が進行するNTG患者には,眼科医ならみな遭遇しているであろう.最近では,POAGの病態と関連する眼圧に依存しない因子として,近視,酸化ストレス,血流などが注目されている(図1).このように,POAGは眼圧の問題だけで片づけられない複雑な病態を呈する一方で,その治療は眼圧下降に依存しているのが実情である.このギャップこそが緑内障診療が抱えている最大の課題であり,この課題が解決しないかぎりPOAGによる失明患者は大きく減らないと予測される.これまで,眼圧以外のPOAGの病態解明が試みられてきたが,病態に根差した新しい治療法の確立にまでは至っていない.その理由の一つとして,複雑な病態を包括的に捉えたPOAGの動物モデルがない,という点があげられる.そのため,基礎研究で得られた成果がなかなか臨床応用にまでたどり着かないというジレンマがある.一方で,ヒト検体を用いた解析や臨床データを用いた病態解析は進歩を続けており,その重要性は増すばかりである.なかでも,遺伝子研究からの病態解析アプローチは有用性が高いと考えられる.とくに個体差の根源であると考えられている,ゲノム全体に散在する無数の塩基配列の個人差(遺伝子多型とよぶ)を調べ,POAG患者群と正常者群のゲノムの差異を検出するゲノムワイド関連解析(genome-wideassociationstudy:GWAS)(用語解説参照)に対する期待は大きい.ゲノムワイド関連解析では,仮説を置くことなく,すべての遺伝子多型と病気の関連を網羅的に調べることができる.この点は,ある特定の病態仮説を検証する目的で行われる他の多くの研究とはアプローチが大きく異なり,病態研究の流れを一変するような斬新な知見が得られることがある.たとえば,滲出性加齢黄斑変性においては,GWASにより,その病態と複数の補体関連蛋白質をコードする遺伝子との関係がはじめて明確になった.その結果,滲出性加齢黄斑変性と補体を介した炎症の関連性がクローズアップされ,爆発的に病態研究が進み,補体系をターゲットとしたさまざまな新規治療の開発に展開している.このような視点から,病態の全容解明が遅々として進まず,治療の選択肢と病態の複雑さに大きなギャップを抱えるPOAGでは,GWASはきわめて重要であるといえる.また,ゲノムをベースにした病態解明の重要性は,POAGの病態の細分化や個別化医*KojiNishiguchi:東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座〔別刷請求先〕西口康二:〒980-8574宮城県仙台市青葉区星陵町1-1東北大学大学院医学系研究科視覚先端医療学寄付講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(23)939図1POAGと発症リスク表1これまで見つかったPOAG関連遺伝子座緑内障関連遺伝子座SNPID日本人に多型あり日本人での病態関連ZP4rs547984rs540782rs693421rs2499601ありありありありありありありありCDC7/TGFBR3rs1192415あり不明TMCO1rs4656461rs7555523なしなしFNDC3Brs6445055あり不明AFAP1rs4619890rs11732100ありなし不明GMDSrs11969985あり不明FOXC1rs2745572あり不明CAV1/CAV2rs10258482rs4236601なしなしIntergenicregionrs284489あり不明CDKN2B-AS1rs1063192rs523096rs7865618rs2157719rs7866783rs4977756ありありありありなしあり不明不明不明あり不明ABCA1rs2472493rs2487032ありあり不明不明ABOrs8176743あり不明PLXDC2rs7081455ありありATXN2rs7137828なしDKFZp762A21rs7961953ありありSIX6rs33912345rs10483727ありありあり不明PMM2rs3785176あり不明GAS7rs9897123rs9913911ありあり不明不明TXNRD2rs35934224あり不明表2人種ごとのPOAG関連遺伝子座遺伝子白人アジア人日本人ZP4●PLXDC2●DKFZp762A21●CDKN2B-AS1●●●SIX6●●●ABCA1●●PMM2●CDC7/TGFBR3●CAV1/CAV2●TMCO1●GAS7●AFAP1●ARHGEF12●GMDS●ATOH7●これまで緑内障との関連が報告されている遺伝子座を白人・アジア人・日本人に分けて表示した.図2組み換えと連鎖配偶子(卵子や精子など)を作るために細胞分裂(減数分裂)する際に,「組み換え」が起こる.染色体の複製,交差,組み換え,減数分裂の順に進む.病因多型の位置に対する組み換えの起こるゲノム上の位置によって,さまざまなパターンの連鎖が起こる.減数分裂後,同じ色のゲノム領域内のSNPは連鎖状態にある.200,000塩基対図3ゲノムワイド関連解析の例緑内障と関連のあるリードSNPと連鎖状態にある他にSNP(赤色の丸)が同一遺伝子座内に散在する.遺伝子座内外にSIX6以外にもいくつかの遺伝子が存在し,それらのうちどの遺伝子が病気と関連があるか,ゲノムワイド関連解析の結果だけではわからない.なお,図では解析が行われた1SNPに対して丸が1個対応する.■用語解説■ゲノムワイド関連解析:ゲノム全体にまんべんなく存在する多数(通常数十万個から数百万個)のSNPの遺伝型データと病気の有無の関連を調べることにより,どの遺伝子座が病気と関連するかを特定する遺伝解析手法.遺伝子座:本来は,染色体やゲノムにおける遺伝子の位置のことを示す.ゲノムワイド関連解析においては,病気と関連があるゲノムの特定の領域を示し,通常その中には多数のSNPが存在する.一つの遺伝子座に複数の遺伝子が存在することも珍しくない.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):ヒトのゲノムには,わずかながらの個人差がある(1%未満).ゲノムは塩基対の配列だが,ゲノム上の個人差のほとんどは,SNPとよばれる塩基配列中の一塩基だけが違っているところ(多型)により構成される.約300塩基対に1個の割合でSNPがみられる.このゲノムの差が,個人差を形成し病気に対する感受性の差の原因になる.連鎖:病気と関連するSNPが生じて多くの世代を経ても,その周りにたまたまある病気と関連のないSNPも一緒に連動して遺伝する.この現象を「連鎖」という.ゲノムワイド関連解析では,POAGの発症と関連のある遺伝子座(連鎖しているSNPを数多く含む)を検出するが,ほとんどの場合,連鎖している無数のSNPのうちどのSNPが病気と関連あるかわからない.

角膜疾患

2017年7月31日 月曜日

角膜疾患GeneticDiagnosisforCornealDiseases上田真由美*木下茂*はじめにゲノム解析を行う角膜疾患は,以前は単一遺伝子疾患である角膜ジストロフィが中心であった.しかし,2000年のヒトゲノムプロジェクト完了後には,全ゲノム解析による遺伝子多型解析が精力的に行われるようになり,遺伝素因と環境因子の両方が関与する多因子疾患においてもゲノム解析が進み遺伝的にハイリスクの人に対する取り組みについて考えられている.本稿では,まずゲノム解析が診断に有用である種々の角膜ジストロフィについて,その原因遺伝子について記載し,後半は筆者の専門とする難治性眼表面疾患であるStevens-Johnson症候群について,ゲノム研究の現状について解説する.I角膜ジストロフィ角膜ジストロフィとは,①遺伝性や家族性,②両眼性,③進行性,④非炎症性,⑤特有な病像,⑥角膜以外の眼組織や全身に系統的な病変がない,⑦他に原因となる疾患がない,のすべてがあてはまるものとされている.常染色体優性遺伝が多いが,常染色体劣性遺伝や孤発例も少なくない.従来,角膜ジストロフィは,主たる病変の部位や臨床像の特徴,病理組織・組織化学的所見,遺伝形式などによって臨床的分類がなされてきたが,近年,各種角膜ジストロフィの原因遺伝子が明らかになってくるに伴い,臨床的分類と分子遺伝学的分類の整合性が課題となってきている.現在原因遺伝子が明らかとなっている角膜ジストロフィを臨床病型別に表1に示す.また,原因遺伝子別に下記にまとめて記載する3,4).①TGFBI遺伝子角膜上皮基底膜ジストロフィは,TGFBILeu509ArgあるいはArg666Serの変異が原因とされている.顆粒状角膜ジストロフィは,1型,2型(Avellinoと呼称されていた)(図1a),表在型(Reis-Bucklers)(3型)の3種類ともTGFBI遺伝子の変異が原因とされており,それぞれ,TGFBIArg555Trp,Arg124His,Arg124Leuの変異が原因であることがわかっている.日本人と韓国人では,顆粒状角膜ジストロフィのほとんどが2型であるが,欧米では1型が多い.Thiel-Behnke角膜ジストロフィ(図1b)も,TGFBIArg555Glnの変異が原因であり,実際にはReis-Bucklersと臨床的に診断されていた多くがTiel-Behnkeであったとされている.格子状角膜ジストロフィ1型(図1c)はTGFBIArg124Cysの変異が,3a型(図1d)はTGFBIPro501Thrの変異が原因であると報告されている.②GSN遺伝子格子状角膜ジストロフィ2型は,GSNAsp187AsnあるいはAsp187Tyrの変異が原因であることがわかっている.③M1S1遺伝子(図2)膠様滴状角膜ジストロフィは,M1S1遺伝子の変異が原因であることがわかっているが,その変異部位につい*MayumiUeta&*ShigeruKinoshita:京都府立医科大学感覚器未来医療学講座〔別刷請求先〕上田真由美:〒602-0841京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町465京都府立医科大学感覚未来医療学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(13)929表1角膜ジストロフィの臨床病型と原因遺伝子疾患名遺伝形式原因遺伝子代表的な遺伝子変異上皮を主体とする角膜ジストロフィ角膜上皮基底膜ジストロフィ常優,孤発TGFBILeu509Arg,Arg666SerMeesmann角膜ジストロフィ常優KRT3KRT12Arg503Pro,Glu503LysArg135Gly,Arg135Lie,Leu140Arg,Thy429Asp膠様滴状角膜ジストロフィ常劣M1S1Gln118XBowman膜を主体とする角膜ジストロフィThiel-Behnke角膜ジストロフィ常優TGFBIArg555GlnReis-Bucklers角膜ジストロフィ(顆粒状角膜ジストロフィ3型)常優TGFBIArg124Leu実質を主体とする角膜ジストロフィ顆粒状角膜ジストロフィ1型:古典的2型:Avellino常優常優TGFBITGFBIArg555TrpArg124His格子状角膜ジストロフィ1型2型3a型TGFBIGSNTGFBIArg124CysAsp187Asn,Asp187TyrPro501Thr斑状角膜ジストロフィ常劣CHST6Lys174Arg,Asp203Glu,Arg211Try,Glu274Lys,etc.Schnyder角膜ジストロフィ常優UBIAD1文献1参照先天性実質性角膜ジストロフィ常優DCN文献1参照Fleck角膜ジストロフィ常優PIP5K3文献1参照Descemet膜と内皮を主体とする角膜ジストロフィFuchs角膜内皮ジストロフィ若年発症型(欧米)常優COL8A2Leu450Trp,Gln455Lys後部多形性角膜ジストロフィ1型2型3型常優常優常優不明COL8A2ZBE1文献1参照文献1参照先天性遺伝性角膜内皮ジストロフィ1型2型常優常劣不明SLC4A1文献1参照常優:常染色体優性遺伝,常劣:常染色体劣性遺伝.bcd図1TGFBI遺伝子が原因遺伝子の各種角膜ジストロフィの角膜所見a:顆粒状角膜ジストロフィ2型(Avellino).角膜中央部の上皮下の実質浅層から中層に微細な白色の顆粒状混濁を認め,一部融合を示すとともに,線状,金平糖状の混濁も認める.b:Thiel-Behnke角膜ジストロフィ.角膜上皮下に特有な蜂窩状混濁を認める.c:格子状角膜ジストロフィ1型.Bowman膜から実質浅層に,アミロイド沈着による微細な針状・格子状の混濁を認める.d:格子状角膜ジストロフィ3a型.角膜実質中層に1型よりも太い格子状の混濁を認める.図2MIS1遺伝子が原因遺伝子の膠様滴状角膜ジストロフィの角膜所見中央部の角膜上皮下および実質にアミロイドが沈着し,隆起性の斑状の黄白色の混濁と血管侵入を認める.図3CHST6遺伝子が原因遺伝子の斑状角膜ジストロフィの角膜所見境界がやや不鮮明な灰白色の大小の斑状の混濁を認める.図4KRT3.KRT12遺伝子が原因遺伝子のMeesmann角膜ジストロフィの角膜所見角膜上皮層内に比較的均一な大きさの微小.疱を多数形成し(a),フルオレセイン染色では,その一部が点状びらんとして染色される(b).図5眼後遺症を残す重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の急性期の眼所見皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血(a),角結膜上皮欠損(b),偽膜形成(c)を生じる.#:結膜上皮欠損,*:角膜上皮欠損.(文献5より転載)図6重篤な眼合併症を伴うSJS.TEN(SJS)の眼後遺症重篤な眼合併症(重度の結膜炎,角結膜上皮欠損,偽膜)を生じたSJS/TEN患者ほぼ全例に重篤なドライアイ(a)ならびに睫毛乱生(b)が生じる.瞼球癒着(c,d)や眼瞼の瘢痕化(e)を認めることも多い.重症例では,眼表面が皮膚のように角化する(f).(文献5より転載)==SJS/TEN眼・粘膜障害無型では関連なし眼・粘膜障害無眼・粘膜障害有(眼科のSJS)図7原因薬剤によりSJS.TENの遺伝子素因が異なる(文献5より転載)オッズ比オッズ比オッズ比37.8151201104010.83510030171倍1080668倍2570倍20601550.2240100.150.165-20-+0-+0++0+--+-図8オッズ比が著明に上昇する遺伝子多型間相互作用図9重篤な眼合併症を伴うSJS.TENの発症機序についての仮説発症の遺伝子素因がない人では,なんらかの微生物感染が生じても,正常の自然免疫応答が生じ,薬剤服用後に解熱・消炎が促進され,感冒は治癒する.しかし,発症の遺伝子素因がある人に,なんらかの微生物感染が生じると異常な自然免疫応答が生じ,さらに薬剤服用が加わって,異常な免疫応答が助長され,SJSを発症する.(文献5より転載)

ゲノムをみる技術の進歩

2017年7月31日 月曜日

ゲノムをみる技術の進歩AdvancedTechniquesforExaminingtheGenome倉田健太郎*細野克博*はじめにDNA,遺伝子,ゲノムなどは身近に耳にする言葉ではあるが,それらの違いは?と聞かれたら答えに困る人は少なくないだろう.DNAとはデオキシリボ酸という物質名で,遺伝情報が書き込まれている.DNAがたくさん集まって構成されているのが遺伝子であり,遺伝情報をもった最小単位である.そして,遺伝子(gene)と染色体(chromosome)あるいは全体(-ome)とを合成して作られた用語がゲノム(genome)であり,特定の生物がもつ遺伝情報全体をさしている.つまり,ゲノム情報は体を作るための設計図のようなものである.近年,ゲノム情報を調べて,その結果をもとにして効率的・効果的に疾患の診断,治療,予防を行うゲノム医療が盛んになってきており,ゲノムをみる技術の重要性が増している.遺伝子や染色体,ゲノムなどを調べる検査をいわゆる遺伝子検査とよぶ.遺伝子検査は,かつては限られた研究室でのみ行うことができる特殊な検査であったが,技術の進歩とともに普及し,医療を行ううえで必要な検査の一つとなってきている.本稿では,これまでの遺伝子検査で用いられてきたゲノム解析技術を振り返りながら最新の状況を紹介し,遺伝子検査により得られたゲノム情報をどのように解釈してみればよいのか実例をあげて述べる.Iゲノム解析技術の進歩1953年にワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見して以来,20世紀後半は遺伝病の分子生物学的研究が盛んに行われることとなった.このDNA塩基配列を直接読み取ることができるようになったのは,1970年後半に相次いで開発発表されたシークエンシング(用語解説参照)技術と,1980年代後半に開発,市販された塩基配列を読み取る機器である自動化DNAシークエンサー(用語解説参照)のおかげである.詳細は略すが,DNAポリメラーゼと特殊な基質ヌクレオチドを利用するサンガー法は現在に至るまで利用されており,分子生物学の解析スタンダードとなっている.1990年にはヒト染色体のDNA配列をすべて解読し,染色体のどこにどんな遺伝情報が書かれているかを明らかにする「ヒトゲノム計画(1990~2004)」が国際的な協力のもとで開始された.当計画の最終段階に上記のサンガー法によるマルチキャピラリー式DNAシークエンサーが大規模に使用され,2003年にヒトゲノム配列の解読完了宣言がなされた.しかし,大規模なゲノムを対象とする解析において,上記手法では解析のプロセスが非常に煩雑である点や,一度に処理できる試料数に上限がある点などが大きな制約となっていた.こうした既存のシークエンシング技術とシークエンサーの問題点を克服すべく,「次世代シークエンサー」と総称される新しいシークエンサーが2005年に市場に登場した.次世代シークエンサーという呼び名は既存のマルチキャピラリー式DNAシークエンサーとの対比でこうよばれており,海外でもnext-generationsequencerといった呼称*KentaroKurata&*KatsuhiroHosono:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕倉田健太郎:〒431-3192静岡県浜松市東区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(5)921図1筆者らの施設で使用している次世代シークエンサーMiSeq(手前)とNextSeq(奥),ともにイルミナ社.機種により出力できるデータ量が異なる.筆者らの施設ではターゲットシークエンシングの場合はMiSeq,全エクソームシークエンシングの場合はNextSeqを用いている.表1サンガー法と次世代シークエンサーの違いサンガー法次世代シークエンサー1回のシークエンスにかかる解析費用(円)3,000200,0001回のシークエンスにかかる実験時間(時間)224一度に解析できる塩基数8004,500,000,000次世代シークエンサーは筆者らの施設で使用しているサンガーシークエンサーABI3500xL(ライフテクノロジーズ社)と次世代シークエンサーMiSeq(イルミナ社)を参考にした.サンガー法が用いられ,全ヒトゲノム解読に13年の年月と約30億ドルのコストが必要であったが,現在では高出力型の次世代シークエンサー1台を使用すれば2週間(データ解析は除く)で数名の全ゲノムの解読が可能であり,1人の全ゲノムあたりのコストは100万円を下回っている.サンガー法によるシークエンシングは過去30年にわたりほぼ同じプロトコールが用いられているのに対して,次世代シークエンサーとそれを用いたシークエンシング技術の進歩の速さには瞠目するものがある.III次世代シークエンサーによるヒトゲノム解析次世代シークエンサーを用いたヒトゲノムの網羅的解析は,全ゲノムを対象とした全ゲノムシークエンシング(wholegenomesequencing:WGS),蛋白質のコーディング領域すべてを対象とした全エクソームシークエンシング(wholeexomesequencing:WES),対象となる遺伝子が限定されている場合のターゲットシークエンシング(targetsequencing:TS)に大別される.WGSはヒトの全ゲノムを網羅的にシークエンシングすることができるため,癌のような総合的なゲノム構造変化を知る必要性がある解析に有効である.ただし,解析対象となるデータ量も相対的に多くなり,必要なコストと解析労力は大きくなる.WESはヒトのほぼ全遺伝子の蛋白質コーティング領域のみを選択して解析する手法であり,複数のメーカーよりWES解析用の試薬キットが販売されている.現状はエキソン(用語解説参照)部位を100%抽出することができない点や,改善されてきているものの,部位により収量のばらつきがある点など問題も多いが,WGSと比較してコストと解析労力の負担は軽減され,コストパフォーマンスに優れた手法である.TSは数Mb程度の限定された領域のみ解析対象とする方法で,すでに連鎖解析により対象領域を絞り込んでいる場合や,解析対象遺伝子が限定されている場合に用いる.TSはWESよりもさらにコストと労力の負担は軽減されるが,研究者自身で解析する遺伝子を選択し,解析遺伝子の追加が必要の際は自身でアップデートしてゆく必要がある.これら三つのシークエンシングは必要なデータ量,対象領域の違いはあるが基本的に同一である.筆者らの施設では,遺伝性網膜変性の患者に対してはTSを施行し,それ以外の遺伝性眼疾患患者やTSで原因が同定できなかった遺伝性網膜変性患者に対してはWESを行っている.このように三つのシークエンシングのうち,どの手法を用いるかは研究目的,研究費用,解析対象などによって決定される.IV遺伝子検査で得られた結果をどのようにみるのか本稿では,塩基の変化を塩基置換とよび,疾患の発症に関与していれば変異,関与していなければ多型とよぶ.現状は変異と多型の判断は容易ではない.次世代シークエンシングを行うと,患者1人あたり数百個から数万程度の塩基置換が検出される.検出された塩基置換がすべて疾患の発症に関与する変異というわけではない.遺伝子検査により得られた多数の塩基置換からどのようにして疾患発症に関与する変異のみを抽出しているのか,つまり,遺伝子検査の結果をどのようにみているのかを筆者らの施設が行っている「診断システム」を例にあげて紹介する.遺伝性の網膜疾患が疑われた場合,筆者らの施設では,既報告の網膜疾患の原因遺伝子74個を解析対象としてTS解析をしている(表2).次世代シークエンサーを用いてTSを行った後,CLCbio社のGenomicsWorkbenchというゲノム解析の専用ソフトウェアを使用して塩基置換を検出する.そして,検出した塩基置換の中から疾患の発症に関与している変異を抽出するために3段階のフィルタリングをかけている(図2)1).一つめは,イントロン領域とノンコーディング領域中に存在する塩基置換のフィルタリングである.二つめは,公共データベースに登録のある,一般人口において高い頻度で検出される塩基置換のフィルタリングである.三つめは塩基置換が起こっても同じアミノ酸がコードされる変異(同義置換)のフィルタリングである.要は,メンデル遺伝性疾患の多くに関連している蛋白コーディング領域以外の塩基置換を除外している.また,疾患に関与し(7)あたらしい眼科Vol.34,No.7,2017923表274個の解析対象遺伝子常染色体優性網膜色素変性症BEST1CA4CRXFSCN2GUCA1BIMPDH1KLHL7NR2E3NRLPRPF3PRPF6PRPF8PRPF31PRPH2RDH12RHOROM1RP1RP9RPE65SEMA4ASNRNP200TOPORS常染色体劣性網膜色素変性症ABCA4CERKLDHDDSIDH3BMERTKPDE6ARBP3RPE65USH2AARL2BPCLRN1EMC1IMPG2MVKPDE6BRGRSAGZNF513BEST1CNGA1EYSKIAA1549NEK2PDE6GRHOSPATA7C2orf71CNGB1FAM161ALRATNR2E3PRCDRLBP1TTC8C8orf37CRB1GPR125MAKNRLPROM1RP1TULP1X連鎖性網膜色素変性症OFD1RP2RPGR常染色体優性レーバー先天盲CRXIMPDH1OTX2常染色体劣性レーバー先天盲AIPL1CABP4CEP290CRB1CRXGUCY2DIQCB1KCNJ13LCA5LRATRD3RDH12RPE65RPGRIP1SPATA7TULP1DTHD1NMNAT1抽出した疾患原因の変異候補図2検出された塩基置換から変異を抽出するためのフィルタリング過程ソフトウェアから自動検出された塩基置換に対して独自に設定した3段階のフィルタリングを用いることで,疾患に関与している可能性が高い変異を絞り込んでいる.(文献1を参照して作成)表3レーバー先天盲患者における疾患原因変異候補遺伝子塩基置換アミノ酸置換公共データベース*DTHD1c.486G>Ap.K162K(同義置換)登録なしGUCY2Dc.2113+2_2113+3insT登録なしGUCY2Dc.2714T>Cp.L905P(非同義置換)登録なし*1,000Genomes(http://www.internationalgenome.org),HGVD(http://www.hgvd.genome.med.kyoto-u.ac.jp).aヘテロ接合体bホモ接合体c複合ヘテロ接合体図3遺伝子異常の種類a:ヘテロ接合体.片側アレル(用語解説参照)のみに遺伝子異常を認める.b:ホモ接合体.両側のアレルに同じ種類の遺伝子異常を認める.c:複合ヘテロ接合体.遺伝子異常を両側のアレルに認めるが,遺伝子異常は異なる.○と×はそれぞれ異なった遺伝子異常を示す.I-1I-2M1/+M2/+II-1II-2M1/M2M1/M2M1:c.2038C>TM2:c.1898delC図4Hermansky.Pudlaksyndrome患者の家系図と遺伝子変異Hermansky.Pudlaksyndromeは通常,常染色体劣性遺伝の形式をとる.発症者はHPS6遺伝子にc.2038C>Tとc.1898delCを複合ヘテロ接合体(M1/M2)で有しているため発症しうるが,非発症者である両親はそれぞれをヘテロ接合体(M1/+またはM2/+)として有しているため発症しない.矢印は発端者,□は非発症男性,〇は非発症女性,●は発症女性を示している.(文献2を参照して作成)a正常な塩基配列アミノ酸配列bミスセンス変異アミノ酸配列ナンセンス変異アミノ酸配列dフレームシフト変異アミノ酸配列…GAGTTCAAGTATGGAATCCAG……EFKYGIQ……GAGTTCAACTATGGAATCCAG……EFNYGIQ……GAGTTCAAGTAAGGAATCCAG……EFK終止…GAGTTCAAGCTATGGAATCCAG……EFKLWNP…図5さまざまな変異の種類a:正常な塩基配列.DNAは三つの塩基配列で一つのコドンを形成してアミノ酸をコードしている.コドンによって翻訳されるアミノ酸は異なる.b:ミスセンス変異.異なるアミノ酸へ変化する.たとえばAAG(リシン)がAAC(アスパラギン)に変化する.c:ナンセンス変異.変異部位で終止コードに変化する.たとえばTAT(チロシン)がTAA(終止コード)に変化する.終止コードよりも下流ではアミノ酸は生成されない.d:フレームシフト変異.塩基配列が欠失したり挿入したりすることで,コドンの読み枠がずれるため,翻訳されるアミノ酸配列が変化する.たとえばGとTの間にCが挿入することで,TAT(チロシン)がCTA(ロイシン)に変化し,下流に翻訳されるアミノ酸配列も変化する.E:グルタミン酸,F:フェニルアラニン,G:グリシン,I:イソロイシン,K:リシン,L:ロイシン,N:アスパラギン,P:プロリン,Q:グルタミン,W:トリプトファン,Y:チロシン.■用語解説■シークエンシング:遺伝子の塩基配列を読むこと.シークエンサー:遺伝子の塩基配列を読み取る機器のこと.一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP):塩基配列において,一つの塩基が別の塩基に置換されているもので,約1,000塩基対に1個の割合で存在する.疾患感受性遺伝子:遺伝的な要因と,食事や運動などの環境的な要因が合わさって発症するとされる多因子疾患の発症にかかわる遺伝子のこと.糖尿病や加齢黄斑変性症などが代表的な多因子疾患である.エキソン:ゲノムのうち1~2%の蛋白質をコードする領域のことで,遺伝性疾患の多くがエキソン領域の変異により引き起こされると推定されている.アレル:対になった遺伝子のことで,同じ遺伝子座に位置する.対立遺伝子ともいう.多くの真核生物は,それぞれの遺伝子座に2個の遺伝子をもっている.