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コンタクトレンズ:調節・明視域

2018年3月31日 土曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方さらなる一歩監修/下村嘉一41.調節・明視域●調節力と明視域眼には網膜に焦点を結ぶためのピント調節機構があり,眼の調節という.人の調節の大部分は水晶体前面の曲率増加,厚さの増加など水晶体の変化であり,輻湊,瞳孔反応と連動して行われている1).無調節下において明視できる点を遠点,最大調節時に明視できる点を近点,遠点と近点の距離を調節域といい,その距離をdiopter[D,網膜に結像する対象物の距離(m)の逆数]で表したものを調節力という..2Dで完全矯正される近視の未矯正下での遠点は眼前50cm,調節力1Dの場合の近点は眼前33cmであり,屈折矯正下における遠点は無限遠方(∞),近点は眼前1mに移動する.屈折矯正の状態により遠点と近点は変化する(図1).近視の場合は,調節域と明視域はともに眼前有限距離にあるため一致する.一方,遠視眼の場合は調節域と明視域は一致しない.+1Dで完全矯正される遠視の未矯正での遠点は眼後(無限遠方を明視するために調節が必要な状態)1m,調節力3Dの場合の近点は眼前50mである.調節域は眼後1mから眼前50cmであるが,明視域は無限遠方から眼前50cmとなる.遠視の場合は無限遠方を明視するためにも調節力が必要であるため,近方視に対してより負担が生じ,眼精疲労を生じさせる原因となる.遠視において遠見裸眼視力は良好な場合が多いが,明視域の眼後半田知也北里大学医療衛生学部視覚機能療法学拡大,眼の負担軽減を考慮し,遠視の屈折矯正は重要である.加齢とともに調節機能が低下して(水晶体の弾性低下,毛様体の変化),近点が遠方へ移動(近方の明視が困難になる)した状態が老視である2).仮に正視眼で調節力が0(D)の場合は,遠点は無限遠方,調節力0Dのため近点も無限遠方となり,明視域は無限遠方のみ(手前が見えにくい)となる.屈折矯正(とくに老視矯正)における屈折矯正度数の測定では,完全屈折矯正度数,調節力,日常生活において明視が必要な視作業距離の把握が必要となる.明視域が日常生活における視覚の質を維持できる範囲となるため,コンタクトレンズ(CL)矯正前・後の明視域の変化について十分に理解し,患者に対して説明することが必要である.●調節検査(自覚的・他覚的)調節検査は自覚的検査と他覚的検査があるが,いずれの場合も視標の明視状態や検査に対する注意力により結果が変動し,測定値も変動することに注意する必要がある.自覚的調節検査は石原式近点計や両眼開放式定屈折近点計D’ACOMO(ワック)を用いて近点および遠点を測定し,測定結果から調節力を算出する.実視標を物理的眼前+1.0D+0.5D0D-0.5D-1.0D-2.0D-3.0D(矯正レンズ)図1屈折矯正による明視域の変化.2Dの近視,調節力1D,未矯正の場合の遠点は眼前50cm,近点は33cmであり(オレンジ色で示す),屈折矯正下の遠点は無限遠方(∞),近点は眼前1mである(緑で示す).明視域(遠点と近点の間)は屈折矯正により変化する.1m2m∞2m1m50cm33cm(69)あたらしい眼科Vol.35,No.3,20183510910-1810/18/\100/頁/JCOPY図2測定画面および測定結果(ARK.1s,ニデック)固視目標の移動位置(調節負荷)に応じた調節反応と瞳孔反応(縮瞳)の経時的計測結果がグラフ表示される.AMP:調節力,T1REF:雲霧状態の前後5秒を除いた屈折値,L1LAG:調節負荷量と調節量のラグに近方に移動させ,明視できる限界点に対する被検者の自覚応答をもとに測定されるため,複数の測定値の平均値をもとに算出することが望ましい.他覚的調節検査は他覚的屈折検査装置にて計測した屈折値をもとに,屈折検査装置の内部固視標位置を光学的に制御することにより調節応答を経時的に計測し,調節力を測定する.現在市販されている臨床的な他覚的調節検査装置としては,ARK1/AR1(ニデック)がある3).検査は通常のオートレフラクトメータと同じように被検者に検査装置内部の固視目標を見てもらい,検者はジョイスティックを操作しながら患者の瞳孔中心を正確に合わせ,必要に応じて微調整する.検査結果は内部固視目標の移動位置(調節負荷)に応じた調節と瞳孔反応(縮瞳)の経時的計測結果とともに,調節力,雲霧時(測定前に固視目標をデフォーカス)の他覚的屈折値,調節負荷量と調節量のラグなどが表示される.調節検査結果は測定条件によって大きく変化する.日常視に近い調節応答を評価するためには両眼開放下での測定が理想であり,将来,両眼開放下で両眼同時に他覚的調節が可能な検査装置の開発が望まれる.●おわりに屈折矯正においては,できるだけ調節の関与を少なくすることが,眼精疲労を防ぐために重要である.遠方視に比べて近方視では調節負荷が強くかかる.正視で近方視作業距離40cmを明視するために必要な調節力は2.5Dであり,調節力1Dの場合は不足分の1.5Dを近用眼鏡などで補正する必要がある.余力をもって近方を明視するためには,不足分の加入だけでなく,さらに+a(残余調節力の半分が一つの目安)の近方加入を追加が必要である.とくに近年はスマートフォンなどでより近方視が必要となる場合があり,+aの近方加入が眼精疲労の予防の観点からも必要であると考える.患者の調節・明視域を把握することが患者満足度の高いCL処方およびマルチフォーカルCLの見え方に対する患者への説明において重要であると考える.文献1)所敬:調節.屈折異常とその矯正,第4版,p193-210,金原出版,20042)鵜飼一彦:調節.視覚情報処理ハンドブック(日本視覚学会編),p33-34,朝倉書店,20003)森本壮:調節検査.眼科検査ガイド(根本昭監修),第2版,p139-141,文光堂,2016PAS103

写真:急性角膜水腫に伴う角膜穿孔

2018年3月31日 土曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦406.急性角膜水腫に伴う角膜穿孔細谷友雅兵庫医科大学眼科学講座図1角膜穿孔時の左眼前眼部写真角膜中央部に角膜浮腫と不均一な実質混濁を認める.Descemet瘤はなく,穿孔部位は明らかでない.炎症細胞浸潤は目立たず,眼脂,前房蓄膿などの感染徴候はないが,結膜充血を認める.図4前眼部OCT写真(SS.1000CASIA)角膜実質に複数の空隙を認めるが,穿孔部位は不明であった.図3前眼部フルオレセイン染色写真角膜中央部から房水流出を認め,周辺上皮は浮腫状である.上皮欠損は認めない.(67)あたらしい眼科Vol.35,No.3,2018C3490910-1810/18/\100/頁/JCOPY急性角膜水腫(acutehydrops)は,円錐角膜の重症例でしばしば認められる角膜浮腫である1).Des-cemet膜破裂を生じた部位で前房水に対するバリアがなくなり,角膜実質浮腫と上皮浮腫を生じたものであり,まれに角膜穿孔や感染をきたすことが報告されている2,3).急性角膜水腫に角膜穿孔を伴った症例を紹介する.症例:49歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:以前から円錐角膜を指摘されており,ハードコンタクトレンズ(hardcontactlens:HCL)を装用して加療中であった.視力は右眼(0.3C×HCL),左眼(0.3C×HCL)であった.夜間に眼のかゆみを感じて擦った後,起床時に左眼の急激な視力低下に気づいたが,急性角膜水腫と自己判断し,圧迫眼帯を行いC2日後に受診した.既往歴:急性角膜水腫右眼C2回,左眼C1回,アトピー性皮膚炎.受診時所見:左眼視力はC20Ccm指数弁(矯正不能)で,角膜中央部に実質浮腫と不均一な混濁を認めた(図1,2).前房深度は深く,前房蓄膿などの感染徴候はなかったが,結膜充血を認めた.Descemet瘤はなく,穿孔部位は明らかでなかったが,角膜中央部から房水流出を認め,周辺上皮は浮腫状であった(図3).上皮欠損は認めなかった.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では,角膜実質に複数の空隙を認め,Descemet膜の.離も観察されたが,穿孔部位は不明であった.経過:レボフロキサシン点眼,炭酸脱水酵素阻害薬内服,治療用ソフトコンタクトレンズ装用で保存的に加療したところ,2日後には房水漏出はなくなり,3カ月後には瘢痕治癒したが,実質混濁が残存し,左眼視力は0.01(矯正不能)であった.Fuentesらは,平均C30カ月間の観察期間中にC5.8%の症例が急性角膜水腫を生じたと述べている4).目を擦ること,男性,アレルギー性結膜疾患,喘息,アトピー性皮膚炎,急性角膜水腫の既往,視力不良眼,ダウン症候群,前眼部COCT所見での急性角膜水腫発症前からの実質の菲薄化,大きな上皮/実質厚比,高輝度なCBowman層の描出などが急性角膜水腫発症のリスクファクターであるといわれている2,4,5).本症例も上記のリスクファクターを多数もっており,ハイリスク症例であったと考えられる.リスクファクターをもつ円錐角膜患者には日頃から目を擦らないように指導することがとくに必要であり,アトピー性眼瞼皮膚炎,アレルギー性結膜疾患をもつ患者にはかゆみのコントロールが急性角膜水腫の発症リスク減少に重要と考えられる.本症例では明らかな穿孔部位が細隙灯顕微鏡や前眼部OCTでは確認できなかったが,複数の実質内空隙を認め,Descemet膜の.離も観察されたことから,前房水がこの間隙を伝って上皮の脆弱な部位から漏出したものと考えられた.自己判断での圧迫眼帯が房水漏出を助長した可能性もあり,急性角膜水腫の治療として圧迫眼帯を励行するのは再考したほうがよいと考えさせられる症例であった.急性水腫を生じると角膜は膨化し,角膜厚は増加するが組織は疎であり,外傷や感染などの障害が加わると容易に穿孔しうるため,厳重に経過観察する必要がある.文献1)木下茂,下村嘉一:角膜浮腫,角膜クリニック(井上幸次,渡辺仁,前田直之ほか編),第C2版,p111,医学書院,20032)GrewalCS,CLaibsonCPR,CCohenCEJCetCal:AcuteChydropsCinthecornealectasias:Cassociatedfactorsandoutcomes.TrAmCOphthalmolSocC97:187-198,C19993)MeyerJJ,McGheeCN:Acutecornealhydropscomplicat-edbymicrobialkeratitis:CCaseseriesrevealspoorimme-diateCandClong-termCprognosis.CCorneaC35:1019-1022,C20164)FuentesCE,CSandaliCO,CElCSanharawiCMCetCal:AnatomicCpredictiveCfactorsCofCacuteCcornealChydropsCinCkeratoco-nus:CAnOpticalCoherenceTomographyStudy.Ophthal-mologyC122:1653-1659,C20155)BarsamCA,CBrennanCN,CPetrushkinCHCetCal:Case-controlCstudyCofCriskCfactorsCforCacuteCcornealChydropsCinCkerato-conus.BrJOphthalmolC101:499-502,C2017

麻痺性斜視の手術治療

2018年3月31日 土曜日

麻痺性斜視の手術治療SurgeryforParalyticStrabismus根岸貴志*はじめに麻痺性斜視は脳神経麻痺による眼球運動障害から生じ,とくに後天性では眼球運動制限による複視と斜視が主訴となる.治療に関しては,古くからさまざまな方法が提唱されてきた.しかし,どのような手術を行っても麻痺に陥った筋の収縮運動を取り戻すことは不可能で,ここに麻痺性斜視治療の困難と限界がある.したがって,手術の目標は,両眼単一視野の移動と拡大による複視の軽減,および整容的治癒となる.手術治療を行う際の注意点について,脳神経ごとに解説する.I総論麻痺性斜視は,自然軽快することも多く,発症から半年間は手術を行わない.急性期には薬物治療などで経過観察する.半年間の症状安定化がみられるまで経過観察を続け,手術のタイミングを計ることが重要である.II外転神経麻痺外転神経麻痺の手術治療としては,古来Hum-melsheim法やJensen法(図1)をはじめとする上下直筋手術とその亜型変法が多数存在する1).大きく分けて上下直筋を付着部から切離するかどうか,また筋を分割するかどうかという違いがあるが,どの方法も上下直筋を用いて内転ベクトルに拮抗する力を生じさせるという共通点がある.しかしながら,どれも決定打となる治療法ではない.理由は明らかで,上下直筋は本来内転作用をもつ筋であるため,内直筋に拮抗するベクトルを生むことは無理であるからである.そのため,これらの筋移動術には内直筋減弱術を併用することが望ましく,A型ボツリヌス毒素による内直筋の作用減弱も有意義であるとの報告がある.近年では2005年に発表された切腱・筋分割を行わない上下直筋移動術,いわゆる西田法が評価されている2).これは上下直筋の筋付着部より8~10mm後方で筋外側縁を結紮し,角膜輪部より外上方・外下方に10~12mm後方の強膜に縫合する方法である(図2).Jensen法のように筋分割を行わず,Hummelsheim法のように切腱も行わないため,前眼部虚血のリスクや,瘢痕癒着などを避けることができると期待されている.西田法の原法では結膜を大きく切開しているが,筆者は放射状切開で切開を行っている(図3).角膜輪部の結膜を温存でき,術野の視認性も十分確保できる.とくに緑内障の進行が疑われるような症例に有用である.結膜の薄い高齢者にも応用できる.上直筋と上斜筋腱は直交しているため,上直筋に通糸するためには上斜筋とのあいだの筋間膜をよく分離する必要がある(図4).これは予期せぬ術後上下斜視や回旋複視を防ぐためにも必要である.直筋のみを単離して結紮する(図5).強膜にはしっかり通糸し(図6),隙間なく結紮を行う(図7).外転神経麻痺に対する筋移動術の問題点としては,効*TakashiNegishi:順天堂大学大学院医学研究科眼科学〔別刷請求先〕根岸貴志:〒113-8421東京都文京区本郷3-1-3順天堂大学大学院医学研究科眼科学0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(61)343図1Hummelsheim法とJensen法Hummelsheim法は上下直筋の切腱と分割を伴う筋移動術.Jensen法は上下直筋と外直筋の分割を伴う方法である.(文献C1より改変)図2西田法上下直筋を付着部から8~10.mmにて結紮し,角膜輪部からC10~12.mmの位置に胸膜縫合する.(文献C2より改変)図3西田法①放射状切開外直筋に対してC45°の角度で,外上方,外下方に向けて切開をする.図4西田法②放射状切開.上直筋と上斜筋の分離斜視鈎がかかっているのが上直筋であり,その強膜側に上斜筋が横走しているのがみえる.上直筋と上斜筋をよく分離して,上直筋の縫合時に上斜筋を巻き込まないように留意する.図5西田法③放射状切開.上直筋の結紮図6西田法④放射状切開.強膜通糸上直筋付着部から10.mm後方に非吸収糸を通糸し,結紮する.外直筋に対して45°の角度で角膜輪部から12mm後方に強膜通糸を行う.図7西田法⑤放射状切開.強膜縫合ClassI(27%)ClassII(31%)ClassIII(21%)ClassVI(11%)両眼性ClassVII(0.5%)外傷性Brownを伴う図8上斜筋麻痺のKnapp分類9方向眼位にて下斜筋過動・上斜筋遅動などによる上下斜視の出現部位をもとに上斜筋麻痺を分類した.括弧内は頻度.ClassIV(3%)ClassV(6%)図9下斜筋後転術①制御糸図10下斜筋後転術②制御糸.下斜筋の同定外直筋をかけた制御糸をドレープにとめて,眼球を内上転さ円蓋部切開から奥をみると下斜筋が視認できる.下斜筋の後方せる.側の筋縁を確認する.渦静脈が近くにあるため注意する.図11下斜筋後転術③制御糸.下斜筋の確認下斜筋を持ち上げるときには,迷走神経反射による徐脈に留意する.全幅をすくいあげたことを確認する.図12下斜筋後転術④制御糸.下斜筋への通糸と切腱吸収糸で縫合して,ペアン鉗子で筋を把持し,切断時の出血を抑える.図13下斜筋後転術⑤制御糸.下斜筋の切断付着部で下斜筋を切腱し,断端をバイポーラで焼灼する.図14下斜筋後転術⑥制御糸.強膜縫合下直筋の付着部を目安にして下斜筋を強膜に縫合する.外直筋上方1/2上直筋上斜筋内直筋外直筋図15外直筋Y.split鼻側移動外直筋を赤道部後方まで分割し,上方C1/2を上直筋・上斜筋の下を通して鼻側に移動する.下方C1/2は下直筋・下斜筋の眼球側を通して鼻側に移動する.(文献C6より改変)

麻痺性斜視の薬物治療

2018年3月31日 土曜日

麻痺性斜視の薬物治療ConservativeMedicalTreatmentforParalyticStrabismus木村亜紀子*はじめに斜視に対するボツリヌスA型毒素(BotulinumtoxicA:BTX-A)療法は「12歳以上のすべての斜視」に適応があり,2015年に承認が下りた.1977年から始まった米国から1)相当の遅れをとって,わが国でも斜視に対する新たな薬物療法として治療が開始されている.しかし,現在,わが国では斜視に対するBTX-A治療は限られた施設でしか行われていない.広く普及するためには,どのような疾患に対して手術治療より有効で,どのタイミングで用いるべきかなどが明白となる必要がある.兵庫医科大学眼科斜視チームは三村治特任教授を中心として,100例を超える症例にBTX-A治療を試み,成果や合併症について検討してきた2~5).自験例から得られた知見を中心に文献的考察も含めて述べる.I斜視に対するBTX.A治療を行うための医師側の条件まず,眼科専門医であること.それに加え,斜視に対するBTX-A注射の講習会(施注資格取得のためのセミナー)を受けたという修了証が必要である.眼瞼痙攣・顔面痙攣に対するBTX-A療法の修了証とは異なる.II麻痺性斜視に対するBTX.A治療複視で発症する麻痺性斜視は,循環障害が原因で発症する場合がもっとも多く,高血圧や糖尿病を基礎疾患に有する者に多い.原因により自然回復率は異なり,循環図1複視を避けるための自作の布パッチ障害の場合は約8割と高く,外傷後は約5割と低い6).しかし,自然回復が期待できる約半年間は経過観察期間として観血的な積極的治療は行われない.専門施設では複視の軽減のためにフレネル膜プリズムやBangerter.lterが用いられる7,8)が,その提供がなければ患者自ら眼帯などを工夫しているのが現状である(図1).BTX-A治療は,その経過観察期間にフレネル膜プリズムなどと同様に用いられると有効である.BTX-Aは麻痺筋の拮抗筋(外転神経麻痺なら内直筋)に投与する.ただし,20PD以下では初回1.25~2.5単位,20PD以上では2.5~5.0単位から開始するため,効果が弱いケースでは最低4週間の間隔をあけて再投与の必要がある.また,過矯正となった場合は効果が減弱するまで,これまでと異なる不自由が生じる可能性(内斜視が内転制限を伴う外斜視など)もある.*AkikoKimura:兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕木村亜紀子:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学講座0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(55)337abc図2右外転神経麻痺(87歳,男性)a:正面視で遠見C30PD内斜視を認め,右外転は正中を超える外転制限を認める.Cb:BTX-A注射C2週間後,右眼に内転制限を認める.c:4カ月後には眼球運動制限を認めない.d図3Hess赤緑試験a:当科初診時,右外転制限を認めるが上下偏位はない.Cb:BTX-A注射C2週間後,右眼に内転制限に加え,約C4°の上下偏位を認める.Cc:2カ月後には眼球運動全体と上下偏位の改善を認める.d:眼球運動に左右差を認めない.abc図4右外転神経麻痺(68歳,女性)a:右外転制限は,正中を超えない高度な外転制限を認めた.b:BTX-A注射C4カ月後には水平方向に眼球運動制限を認めない.Cc:注射C2週間後のCHess赤緑試験では,高度な内転制限に加え,5°を超える上下偏位の合併を認めた.ab図5BTX.Aの実際a:筋電図と皮膚電極,ディスポ皮下注入電極R.b:皮膚電極を前額部を拭いた後に貼る.点眼麻酔後,開瞼器を装着しスコピゾルRを角膜にたらし角膜保護用ライトシールドRを置く.Cc:内直筋へ刺入するが,筋腹に入っていると内直筋の収縮に伴い振幅が大きくなり,内直筋への的確な刺入が確認できる.確認後に全量(BTX-A2.5単位)を注射する.

Sagging Eye Syndromeとは?

2018年3月31日 土曜日

SaggingEyeSyndromeとは?Whatis“SaggingEyeSyndrome”?後関利明*はじめにSaggingEyeSyndromeという専門用語をはじめてみる読者もいると思う.この疾患概念はC2013年にCChaud-huriとCDemerが報告1)したのが最初であり,わが国ではまだ浸透していない疾患であるが,高齢者の複視の原因の一部はこのCsaggingCeyeCsyndromeであると考えられている.北里大学病院での自験例では,60歳以上の複視の原因のC20%以上はCsaggingCeyeCsyndromeであった.今まで,開散不全や上斜筋麻痺と診断をされていた症例や確定診断がつかず原因不明とされていた疾患の中に,saggingeyesyndromeが紛れていることがわってきた.さて“sagging”とはなんなのか?“sagging”とは重みで下がる,たわむ,たるむ,を意味する“sag”の現在分詞である.それではなにが“sag”するのだろうか?CI眼窩プーリーなにが“sag”するかを説明する前に,眼窩プーリーという眼窩結合織について説明しておく.プーリー(pulley)とは滑車のことで,力の方向が途中で変わる部分のことをさす.生体内には眼球のみならず,指の関節にもプーリーは存在し,指関節のプーリーの異常では腱鞘炎やばね指となる.スリーブ状の組織である眼窩プーリーは眼球後部の赤道部周囲をリング状にとりかこんでいる2)(図1).眼窩プーリーは外眼筋の位置ずれを防ぎ,外眼筋の機能的起始部として働いている.眼球運動の際には,眼窩プーリーから前方の外眼筋が収縮伸展し,後方の外眼筋は位置を変えない2).眼窩プーリーはコラーゲン,エラスチン,平滑筋からなる.とくに,外直筋プーリーとCLR-SRバンド(外直筋プーリーと上直筋プーリーを結合する帯状の組織)はコラーゲンを多く含む3)ため,加齢性変化を受けやすい.*ToshiakiGoseki:北里大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕後関利明:〒252-0374:神奈川県相模原市南区北里C1-15-1北里大学医学部眼科学教室0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(51)C333図3症例2(85歳)開散不全型内斜視眼窩CMRI.外直筋の下垂・上部耳側傾斜,LR-SRバンド(.)の断裂・消失を認める.術前APCT:1/3Cm25CΔ内斜視,5Cm35CΔ内斜視APCT:交代プリズム交代遮閉試験両)内直筋後転C7Cmm(35CΔの倍量C70CΔ矯正予定で手術を計画)術後APCT:1/3Cm6CΔ内斜位,5Cm18CΔ内斜視手術は低矯正に終わったが,近見の複視は消失,遠見はプリズム眼鏡で対応し,追加手術の予定はなし.~図4症例3(77歳)右上斜視+外方回旋偏位眼窩CMRI.左眼外直筋の下垂・上部耳側傾斜,左眼CLR-SRバンド(.)の一部断裂を認める.APCT:1/3Cm16CΔ外斜視C8CΔ右上斜視,5Cm8CΔ右上斜視マドックスダブルロットテスト:左外方回旋C5°完全矯正眼鏡に,組み込みプリズム眼鏡で治療.回旋偏位はあるが融像可能で複視消失を認めた.図5症例3の顔写真Baggylid(だぼついた眼瞼),superiorsulcusdeformity(上眼瞼のくぼみ変形),腱膜性眼瞼下垂を伴う.図6右眼:代償不全型上斜筋麻痺MRI冠状断で右眼上斜筋の低形成を認める.図7両眼:甲状腺眼症両眼の外眼筋が腫大している.とくに下直筋と内直筋の腫大が著しい.図8両眼:固定内斜視筋円錐内から上直筋と外直筋の間への眼球の脱臼,上直筋の鼻側偏位,外直筋の下方偏位を認める.上直筋.外直筋のなす角がC180°以上ある.

IgG4関連疾患の眼球運動障害

2018年3月31日 土曜日

IgG4関連疾患の眼球運動障害OcularMovementDisturbanceinIgG4-RelatedDisease曽我部由香*はじめにIgG4関連疾患とは,血清IgG4高値と病理組織学的にIgG4陽性形質細胞浸潤と線維化を特徴とするリンパ増殖性疾患の一種である.この疾患概念についての最初の報告(膵臓)1)は2001年であり,比較的新しい疾患といえよう.前述した二つの特徴とともに,臓器によって多少異なるものの,「臨床的に一つ,または二つ以上の臓器に特徴的な腫大がある」(IgG4関連疾患包括診断基準20112)より)ことが何よりの特徴であり,鑑別診断として考慮する際にはこの特徴を踏まえておくことが大前提である.眼球運動障害の原因として上位にあがる疾患ではないが,眼球運動障害の原因としてよく知られた疾患にしては非典型的な経過や画像所見であるときには,本疾患を鑑別診断の一つにあげたい.IIgG4関連疾患の眼病変眼科領域での病変が報告され始めた当初は,IgG4関連Mikulictz病3)(用語解説参照),IgG4関連慢性硬化性涙腺炎4)などの複数の病名が使用されていた.もっとも頻度が高い涙腺病変を中心に研究が始まったのだが,その後外眼筋や眼窩内三叉神経の枝,眼窩内脂肪,眼瞼などに病変が形成されることもわかってきた5).また,最近では涙道や強膜の病変も報告されている.IgG4関連疾患では眼付属器,眼窩内のみならず眼窩に接する頭蓋内にも病変が生じることから,病名は「IgG4関連眼疾患」に統一されるに至り,2016年には診断基準が確立表1IgG4関連眼疾患の診断基準(文献6より引用)された6)(表1).IgG4関連眼疾患の臨床症状は病変の種類,部位によって決まってくるもので,疾患に特異的な症状があるわけではない.もっとも多いのは腫大した涙腺による眼瞼腫脹や眼球突出であり,病変の部位によっては圧迫性視神経障害をきたすことに注意が必要ではあるものの,眼球運動障害は比較的頻度が少ない臨床症状である.II眼球運動障害の実際IgG4関連眼疾患に合併する眼球運動障害の頻度を調査した研究はない.現在厚生労働科学研究費補助金(難*YukaSogabe:三豊総合病院眼科〔別刷請求先〕曽我部由香:〒769-1695香川県観音寺市豊浜町姫浜708三豊総合病院眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(45)327図1代表的なIgG4関連眼疾患の病理組織像(症例1)a:生検涙腺.HematoxylinEosin染色C4倍.胚中心(☆)を有し,いわゆる濾胞を形成しながらリンパ球,形質細胞が浸潤している.で囲まれた部分は涙腺組織,は線維化.Cb:生検涙腺.IgG4染色C4倍.濾胞の周辺部,濾胞と濾胞の間に浸潤しているリンパ球や形質細胞のうち,形質細胞の多くがCIgG4染色で褐色に染まるCIgG4陽性細胞である.実際にはCIgG染色と比較してCIgG4/IgG比を決める.~図2症例1:画像所見a:MRICT2強調冠状断.下斜筋()が腫大していた.腫大した涙腺()と眼窩上神経腫大()もみられた.Cb:MRICT2強調冠状断.眼球の後方.腫大した四直筋()に加え,左上斜筋()の腫大もあった.c:単純CCT軸位断.両側とも内直筋()は付着部腫大型であったが,外直筋()の腫大は筋腹腫大型であった.d:治療後のCT2強調冠状断.外眼筋腫大は図C2aに比べ著明に改善した.Cb図3症例2a:T2強調右矢状断.眼窩下半分を占める大きな腫瘤(☆)のために上転制限が生じた.は眼窩下神経腫大.ちなみにこの症例は左側にも同様の大きな病変があった.b:Hesschart.複視の自覚はなかったが,右眼に軽度の上転制限がみられた.b図4症例3a:T1強調軸位断.両側の著明な腫大涙腺(☆)のために眼球が鼻側へ圧排されていた.Cb:Hesschart.強い内斜偏位および上下偏位をきたしていた.(金沢医科大学北川和子先生のご厚意による)Cc図5症例4a:T2強調軸位断.左眼窩深部に視神経の上方に病変が存在した(にはさまれた部位).b:眼窩先端部付近のガドリニウム造影CT1強調脂肪抑制冠状断.左の上眼窩裂付近に造影効果のある病変を認めた().c:HessCchart.左眼の全眼球運動障害を示した.(鷹の子病院平野澄江先生のご厚意による)表2緊急の治療を要するIgG4関連疾患(文献C8より転載)C■用語解説■Mikulicz病:涙腺と唾液腺(耳下腺,顎下腺など)が両側対称性,無痛性に腫脹する疾患で,Mikuliczによって最初に報告された.欧米では長くCSjogren症候群の一亜型とされてしまった時期があったが,現在ではまったく別の疾患概念であり,IgG4関連疾患の代表的病態と考えられている.-

自己抗体と関連した眼球運動障害

2018年3月31日 土曜日

自己抗体と関連した眼球運動障害EyeMovementDisordersAssociatedwithAuto-Antibodies鈴木利根*はじめに医学の進歩に伴って眼球運動障害をきたす疾患のうちのいくつかで,自己抗体が原因となっていることが解明されている.その筆頭は古くから知られ,複視や眼瞼下垂をきたす重症筋無力症(myastheniagravis:MG)である.1976年に抗アセチルコリン受容体(antiacetyl-cholinereceptor:AChR)抗体がみつかり,のちに同抗体が病因であることが動物実験でも十分に裏付けされた自己免疫疾患である.その後,MG患者でCAChR以外に対する自己抗体もみつかっている.MGと同様に疾患特異的な自己抗体が病因とされる疾患にCLambert-Eaton症候群がある.また,Guillain-Barre症候群の亜型として知られるCFisher症候群でも,抗CGQ1bガングリオシド抗体がみつかった.上気道炎や下痢のような先行感染症状をきたすことが多く,その後に急性に発症する.癌に関連した自己抗体が眼症状をきたすことも知られている.傍腫瘍性症候群とよばれ,眼科でよく知られるのはリカバリンなどの抗網膜抗体が網膜を傷害して視力や視野障害をきたす癌関連網膜症である.前述したLambert-Eaton症候群では(図1),肺癌などに関連して眼球運動障害などを示し,電位依存性カルシウムチャネル抗体がみつかっている1).ほかにも癌と関連して抗Hu抗体や抗CYo抗体などの自己抗体が知られ,眼振などを含めた小脳症状をきたす.甲状腺眼症においてもCTSAbをはじめとする各種の関連抗体が知られているが,これは前項に譲り,本項では以下に重症筋無力症とCFisher症候群についておもに述べる.CI重症筋無力症複視を訴える患者が眼科外来を受診すると,患者も診察医も真っ先に頭蓋内疾患を心配し,それを鑑別するためCCTやCMRIを依頼することが多い.しかし,もっとも多くみられる高齢者の虚血性神経麻痺や初期の小病巣では,画像では異常がないことが多いので悩まされる.MGも眼瞼下垂や複視の眼症状のみがみられる眼筋型で初発することが多いため,眼科初診が多くなる.当然のことながらCMGでも頭部や眼窩部の画像には異常が出ない.したがって,詳しい病歴聴取や診察でCMGをまず疑うことが診断に重要である.近年の統計で高齢患者の増加が一因か,MG患者数が約C20年間でC2倍以上に増加しているといわれ,小児患者も多い(図2).C1.MGと自己抗体1976年に発見された自己抗体の抗CAChR抗体が,骨格筋の運動終板にあるCAChRに作用し,神経筋接合部の刺激伝達が障害されて発症する.しかし,血液中の抗AChR抗体が陰性でもCMGと臨床診断できる患者が約25%みられ,seronegativeCMG患者とよばれる.このような抗CAChR抗体をもたないCMG患者のなかで約C50%(全体の約C10%)に,新しい自己抗体としてC2001年*ToneSuzuki:獨協医科大学埼玉医療センター眼科〔別刷請求先〕鈴木利根:〒343-8555埼玉県越谷市南越谷C2-1-50獨協医科大学埼玉医療センター眼科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(39)C321図1Lambert.Eaton症候群の眼球運動写真眼症状で発症し当科を初診して,電位依存性カルシウムチャネル抗体がみつかったC68歳,男性患者.両側眼瞼下垂と全方向の眼球運動制限,とくに内転障害が著しく,重症筋無力症と類似した所見であった.本患者では身体症状が眼症状よりも後からみられ,悪性腫瘍の合併はみつからなかった.図2小児および高齢者の重症筋無力症左はC11カ月の小児,右はC77歳の患者.いずれも眼瞼下垂を主訴に受診したが,小児では先天性,高齢者では加齢性が多く,現病歴などから注意深く鑑別を行う必要がある.図4抗Lrp4抗体陽性重症筋無力症40歳,男性.右眼瞼下垂を主訴に受診した.明らかな複視はなし.抗CAChR抗体および抗CMuSK抗体は陰性であったが,テンシロン試験陽性で四肢の易疲労性や呼吸困難の既往もみられたため神経内科を受診し,抗CLrp4抗体陽性となり免疫治療が行われた.表1重症筋無力症の診断と検査図3重症筋無力症の自己抗体抗CAChR抗体が陽性でないCMG患者の約C50%に,抗CMuSK抗体が発見された.さらに両抗体どちらも陰性のCMG患者の一部に,第三の自己抗体である抗低密度リポ蛋白質4(Lrp4)抗体が発見された.血清抗CAChR抗体は全身型CMGではC80%の陽性率で,眼筋型ではC50%程度に下がるが,陽性ならば重症筋無力症と診断できる有用な検査である.保冷剤などを下垂部にC2分間あて,2Cmm以上改善すればアイステスト陽性とする.図5胸腺腫合併重症筋無力症眼筋型のC73歳,女性.C.のごとく前縦隔に異常陰影(左CCT)と異常集積(右CPET)がみられた.眼筋型の軽症な重症筋無力症患者でも胸腺腫の合併には注意する.(文献C2より許諾を得て引用)図6テンシロン試験テンシロン試験では短時間作用性コリンエステラーゼ阻害薬であるアンチレクスRを,血管を確保して静脈注射する.写真は左から注射前,0.5Ccc(5mg)注射C2分後(左眼瞼下垂が改善),3分後(再び左眼瞼下垂の戻り).①右眼左眼②④③図7Fisher症候群の眼球運動障害両眼性で左右に対称に障害がみられる.②両側外転障害,③さらに両側内転障害が加わり,④両側上下転障害も加わって全方向制限の順に進行する(回復は逆の経過をたどることが多い).したがって,初診時は両側外転障害のため内斜視となるが,進行とともに内転障害も加わって眼位は逆に正位に戻る.②の両側外転障害までで進行しない患者もみられる.C表2Fisher症候群の診断と検査上気道,下痢外眼筋麻痺(両眼対称の外転障害.全外眼筋麻痺)運動失調(歩行障害,小脳失調様)深部腱反射の低下.消失瞳孔散大,眼瞼下垂血液中の抗CGQ1bガングリオシドCIgG抗体髄液の蛋白細胞解離(細胞は増えず,蛋白のみが増加)画像検査は通常陰性

甲状腺眼症の眼球運動障害

2018年3月31日 土曜日

甲状腺眼症の眼球運動障害OcularMotilityDisordersinDysthyroidOphthalmopathy舟木智佳*神前あい*はじめに甲状腺眼症は,眼球突出,瞼裂開大,充血,眼球運動障害,圧迫性視神経症など多彩な所見を呈する眼窩の自己免疫性炎症性疾患である.甲状腺眼症患者の80~90%は甲状腺機能亢進症,Basedow病(Graves病)を呈すが,残りの10~20%は甲状腺機能亢進症の既往はなく,甲状腺機能が正常のeuthyroidGraves病や甲状腺機能が低下するhypothyroidGraves病とよばれる病態を呈し,甲状腺機能の状態にかかわらず甲状腺眼症が発症するといわれている.また,甲状腺機能亢進例では,全身症状発症後に眼症状が出現することが多いが,眼症状が全身症状に先行することもあるため,眼科が初診の甲状腺眼症も少なくない.眼科で眼瞼異常や眼球運動障害をみたら,甲状腺機能異常の既往がなくても甲状腺眼症を疑って診察することが,早期発見,早期治療につながる.甲状腺眼症の病因には,遺伝的因子とたばこなどの環境因子が関与するといわれ,またTSH受容体抗体など自己抗体の関与も明らかになってきている.とくに甲状腺眼症の悪化にはTSH受容体抗体(TSHreceptoranti-body:TRAb)よりも甲状腺刺激抗体(thyroidstimu-lateantibody:TSAb)の相関が強いといわれている.2008年,EuropeanGroupOnGraves’Orbitopathy(EUGOGO)より,治療方針を決めるにあたりClinicalActivityScore(CAS)(表1)で甲状腺眼症の活動性を評価することが提唱された(2016年改定)1).CASは3表1ClinicalActivityScore(CAS)・後眼窩の自発痛や違和感・眼球運動時(上方視,下方視,側方視)の痛み・眼瞼の発赤・眼瞼の腫脹・結膜の充血・結膜の浮腫・涙丘の腫脹・1~3カ月間に2mm以上の眼球突出の進行・1~3カ月間に視力の低下・1~3カ月間に8度以上の眼球運動障害炎症の古典的な特色に基づく活動性評価であり,CASが前半7項目中3項目以上,または10項目中4項目以上は活動性眼症を示唆する.点以上(7点満点)で活動性ありとみなされ,第一選択としてステロイド全身治療,その他,球後リニアック照射など追加治療が適宜施行される.また,近年はリツキシマブなどの免疫抑制薬による治療報告もみられる.日本甲状腺学会からも甲状腺眼症治療指針2)が示されている(図1).日本人では,欧米人に比して外見上は眼症状が軽く,CASでの活動性評価が困難な症例も多いため,MRIによる炎症の判定が勧められている3).また,球後の消炎治療としてステロイド全身投与だけでなく,炎症が局在する症例においてはステロイド局所注射も推奨される.消炎後には,残存した複視・眼瞼異常・眼球突出などに対して,生活の妨げにならないことを目標に外科的処置を行う.今回は甲状腺眼症の眼球運動障害につき画像を含め提示する.*ChikaFunaki&*AiKozaki:オリンピア眼科病院〔別刷請求先〕舟木智佳:〒150-0001東京都渋谷区神宮前2-18-12オリンピア眼科病院0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(31)313自己免疫性甲状腺疾患(バセドウ病,橋本病)患者図1甲状腺眼症の管理チャート〔日本甲状腺学会HP,甲状腺眼症の診断基準と治療指針(第1次案,2011.9)より転載〕図2症例1.甲状腺眼症典型例両眼とも高度(30mm)の眼球突出,瞼裂開大,充血,眼球運動障害(上転障害,右>左)を認める.a.甲状腺眼症の特徴が少ない眼症(正面視)c.MRI,T1強調像:右下直筋肥大b.右眼上転障害(上方視)d.MRI,脂肪抑制T2強調像:右下直筋の炎症図3症例2.甲状腺眼症の特徴が少ない眼症a:眼球突出や瞼裂開大など眼症特徴が目立たない.b:上方視で右眼上転障害を認める.c,d:MRIで右下直筋の肥大と炎症を認める.右下直筋の伸展障害による右上転障害である.MRI:右上直筋肥大と炎症,左下直筋肥大と炎症図4症例3.複数筋障害の甲状腺眼症右眼の下転障害,左眼の上転障害がみられる.MRIでは右上直筋と左下直筋の炎症性肥大がみられる.ズレ幅が大きくなり,複視を自覚しやすい.発症時改善時右外直筋も右内直筋も肥大はない右外直筋も右内直筋も炎症はない第一眼位で右眼外斜,左方視で右眼内転しない第一眼位正位,左方視での右眼内転障害が改善している図5症例4.甲状腺眼症と重症筋無力症の合併例眼球突出を呈する甲状腺眼症で右眼内転障害を認める.甲状腺眼症の伸展障害からくる右眼内転障害であれば,右外直筋の炎症性肥大を認めるはずだが,MRIでは認めない.右内直筋の炎症も認めないため他の眼窩筋炎による麻痺性障害でもない.血液検査にて抗アセチルコリン受容体抗体陽性であった.斜視手術前斜視手術後図6症例5.斜視手術症例上方視での右上転障害を認める().右下直筋の伸展障害であるため,右下直筋後転術を施行した.術後は右眼球運動障害が改善している().甲状腺眼症の特徴所見がほとんどない,炎症鎮炎後ボツリヌス毒素治療後活動期の眼症.両眼内転位だが,ボツリヌス毒素治療前左固視のため右内転位に見える.両内直筋肥大が高度である.両眼,とくに右内転位両内転位が改善している.図7症例6.消炎後に残存した眼球運動障害に対しボツリヌス毒素注射治療施行した甲状腺眼症83歳,癌加療後で体力的に斜視手術の希望なし.生活スタイル上,プリズム眼鏡が不便とのことで,ボツリヌス毒素注射を施行.内転が強めの右眼へ,内転を麻痺させるために右内直筋に注射した.’’C

注視麻痺の臨床

2018年3月31日 土曜日

注視麻痺の臨床GazePalsy工藤洋祐*城倉健*はじめに眼球運動には,衝動性眼球運動(saccade),追従眼球運動(smoothpursuit),前庭眼反射(vestibulo-ocularre.ex:VOR),視運動性反射(optokineticre.ex:OKR),輻湊開散運動(convergence/divergence),固視(.xation)などの複数のシステムが関与する.注視麻痺は,通常いずれかの方向のsaccadeが障害された状態をさす.SaccadeとともにsmoothpursuitやVORなどの他の眼球運動システムが同時に障害されている場合もある.ISaccadeの神経機構視標により誘導される通常のsaccadeでは,前頭眼野や頭頂眼野からの信号が,網膜から視標の方向や距離に関する情報を受け取る上丘を介して脳幹のburstneuronを駆動し,最終的に動眼神経核などに存在する外眼筋へのmotoneuronを興奮させて眼球を動かす.Burstneuronはsaccadeのgeneratorであり,眼球の急速な動きの基になる高頻度発射(パルス)を発生させる.水平性saccadeのburstneuronは橋の外転神経核近傍の傍正中橋網様体(paramedianpontinereticularformation:PPRF)に,垂直性(+回旋性)saccadeのburstneuronは中脳の動眼神経核吻側の内側縦束吻側間質核(rostralinterstitialnucleusofmediallongitudi-nalfasciculus:riMLF)にそれぞれ存在する.さらにsaccadeには,小脳虫部VI,VII葉といったoculomotorvermisや,室頂核(fastigialnucleus)も,側副経路として深くかかわる.Saccadeには,視標に向かって急速に移動した眼球をその位置に留めておく機構も含まれている.眼球を移動した位置に留めておくためには,移動した距離に応じて,つまりパルス発射に応じてmotoneuronが持続的発射(ステップ)を継続する必要がある.これに用いられるのが,パルス発射を積分して位置信号に変換する神経積分器である.水平運動の神経積分器は舌下神経前位核(nucleusprepositushypoglossi:NPH),内側前庭神経核(medialvestibularnucleus:MVN),小脳片葉(.occulus)などが担っており,垂直運動の神経積分器は中脳のCajal間質核(interstitialnucleusofCajal:INC)などが担っていると考えられている.注視麻痺はこうしたsaccadeの神経機構の一部が障害されると生じる1,2).II水平性注視麻痺の臨床的特徴水平性注視麻痺は,前述したsaccadeの神経機構がテント上で障害される場合もテント下で障害される場合もある.テント上病変による注視麻痺は急性期血管障害で出現することが多く,通常は病変と反対側(健側)向きの注視が障害される(図1).実際には中大脳動脈閉塞や視床ないし被殻の出血が多いが,前頭眼野やその下降路が経由する内包膝部などに生じた小さな梗塞で出現した例も*YosukeKudo&*KenJohkura:横浜市立脳卒中・神経脊椎センター神経内科〔別刷請求先〕工藤洋祐:〒235-0012神奈川県横浜市磯子区滝頭1-2-1横浜市立脳卒中・神経脊椎センター神経内科0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(23)305図1テント上病変による注視麻痺FEF=前頭眼野,III=動眼神経核,PPRF=傍正中橋網様体,VI=外転神経核.abPPRFsignalsVestibularsignals図2PPRF障害による注視麻痺と外転神経核障害による注視麻痺III=動眼神経核,MLF=内側縦束,PPRF=傍正中橋網様体,VI=外転神経核,VN=前庭神経核.■MLF障害:核間眼筋麻痺■MLF+PPRF/Ⅵ核障害:one-and-a-halfsyndrome(OHS)健側眼の外転のみ可能図3核間眼筋麻痺とone.and.a.half症候群III=動眼神経核,MLF=内側縦束,PPRF=傍正中橋網様体,VI=外転神経核.ParalyticpontineexotropiaNon-paralyticpontineexotropia図4麻痺性橋性外斜視から非麻痺性橋性外斜視に移行した左橋被蓋傍正中部の微小梗塞の75歳女性例の眼球運動写真とMRI拡散強調画像PPRFsignalsVestibularsignals図5麻痺性橋性外斜視の機序IIII=動眼神経核,MLF=内側縦束,PPRF=傍正中橋網様体,VI=外転神経核,VN=前庭神経核.WEMINO症候群(41歳,男性,橋被蓋部梗塞)(MLF障害がきわめて強く,PPRF障害がまったくない)WEBINO症候群(75歳,男性,橋被蓋部梗塞)(両側性のMLF障害)図6WEMINO症候群とWEBINO症候群IRcSO図7riMLFからの興奮性の線維連絡赤矢印は上転方向の線維連絡を示し,青矢印は下転方向の線維連絡を示す.また,下段の薄い矢印は各外眼筋が眼球に作用する力の向きを示す.CriMLF=内側縦束吻側間質核,IR=下直筋,cSR=反対側の上直筋,IO=下斜筋,IV=滑車神経核,CcSO=反対側の上斜筋.図8a視床中脳の悪性リンパ腫(69歳,男性)の眼球運動障害の経過治療前は両側眼瞼下垂とCVORを用いても下転しない下方注視麻痺を認める(動眼神経核を含む障害)(a).ステロイド治療C5日後には眼瞼下垂が消失し,VORを用いると下転が可能な下方注視麻痺となり(Cb),8日後には下方注視麻痺も消失した(Cc).riMLFPAGSTTRNN3MLSNN4CCNPPRFIRSRIOMR治療後図8b視床中脳の悪性リンパ腫(69歳,男性)の障害範囲のシェーマriMLF=内側縦束吻側間質核,N3=動眼神経核,CCN=centralcaudalnucleus,N4=滑車神経核,PPRF=傍正中橋網様体,N6=外転神経核,PAG=中脳水道周囲灰白質,STT=脊髄視床路,RN=赤核,ML=内側毛帯,SN=黒質,IR=下直筋亜核,CSR=上直筋亜核,IO=下斜筋亜核,MR=内直筋亜核.C–

神経原性眼球運動障害-末梢脳神経障害と核間眼筋麻痺-

2018年3月31日 土曜日

神経原性眼球運動障害─末梢脳神経障害と核間眼筋麻痺─OcularMotorNervePalsyandInternuclearOphthalmoplegia植木智志*はじめに本稿では,核下性障害としての末梢脳神経のうち眼球運動にかかわる動眼神経,滑車神経,外転神経のそれぞれ単独の障害,およびそれらの複合障害,さらに,核間眼筋麻痺について,とくにこれらの症例を最初に診察する医師に有用であると考えられる知識を,できるかぎりわかりやすく述べる.CI末梢脳神経障害動眼神経・滑車神経・外転神経の末梢脳神経障害(眼運動神経麻痺)の診断で重要な知識は,診察方法・解剖・原因疾患に関する知識であるが,本稿ではこれらについて一律に述べるのではなく,とくに重要な知識を強調して述べる.単眼の眼球運動制限のうち,動眼神経・滑車神経・外転神経の支配筋に従った眼球運動制限では,これらの末梢脳神経障害を強く疑う.CII動眼神経麻痺動眼神経の支配筋は上直筋,下直筋,内直筋,下斜筋,上眼瞼挙筋,瞳孔括約筋であり,動眼神経麻痺ではこれらの支配筋の障害に伴い,上転制限,下転制限,内転制限,眼瞼下垂,瞳孔散大がみられるが,これらのうち,瞳孔散大の有無の確認がきわめて重要である.動眼神経の脳幹内神経線維束での配置では,瞳孔線維が上内側を通ることがわかっている1).動眼神経麻痺を引き起こす脳動脈瘤の好発部位は内頸動脈後交通動脈分岐部であり,この部位の動脈瘤は動眼神経の上内側を圧迫する(図1).したがって,瞳孔散大を呈する動眼神経麻痺では脳動脈瘤を強く疑い,緊急に頭部画像検査のオーダーなどを行わなければならない.例外もあるが,脳動脈瘤を疑って対応することが重要である.初診時に瞳孔散大がみられない動眼神経麻痺症例でも,脳動脈瘤が原因である場合は,数日以内に瞳孔散大を呈することが多いとする報告がある2).上記のごとく例外もあるため注意しなければならないが,瞳孔散大のみられない動眼神経麻痺は,末梢循環不全が原因であることが多い.末梢循環不全は動眼神経麻痺のみならず,滑車神経麻痺および外転神経麻痺の原因にもなりうる.微小血管障害とよばれることもあり,糖尿病の既往のある症例にみられることが多い.末梢循環不全が原因の動眼神経麻痺,滑車神経麻痺,外転神経麻痺の特徴は,およそC3カ月で症状・所見の改善がみられることが多いことである.改善がみられたことで,レトロスペクティブに原因が末梢循環不全であったと診断できることもある.動眼神経の解剖学的特徴として,海綿静脈洞前部で動眼神経は上枝と下枝に分かれるため,上枝単独の障害では上転制限と眼瞼下垂のみ,下枝単独の障害では内転制限,下転制限,瞳孔散大のみがみられる可能性がある.*SatoshiUeki:新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター〔別刷請求先〕植木智志:〒951-8585新潟市旭町通C1-757新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(19)C301上小脳動脈図2左滑車神経麻痺のBHTT陽性例患側に頭部傾斜を行わせると患側眼の上転がみられる.図1内頸動脈後交通動脈分岐部と動眼神経の解剖学的位置関係脳幹を下から見上げたようなアングルとなっており,視交叉の腹側面を見ている.内頸動脈後交通動脈分岐部に動脈瘤ができれば,動眼神経の上内側,すなわち瞳孔線維の走行部を圧迫しやすいことがわかる.a右方視左方視輻湊外転神経動眼神経左内直筋へIIIIII右VI外転神経左MLF障害右外直筋へPPRFPPRFVIVI図4左核間眼筋麻痺症例a:右方視時に左眼内転制限がみられる.輻湊は保持されることが多い.Cb:左核間眼筋麻痺の模式図.核上性中枢で計画された水平性眼球運動の信号(この場合は右方視)は右側外転神経核から右側外転神経を伝わる一方で,左側のCMLFを上向し左側動眼神経核に至り左側動眼神経に伝わるが,左CMLF障害のために左側動眼神経核に信号が伝わらない.動眼神経核は中脳に,外転神経核は橋に存在する.b図3外転神経の走行(矢状断)外転神経は解剖学的に橋を出た後に斜台を上向しCDollero管を経由し海綿静脈洞に入る.斜台を上行する部分はクモ膜下腔内にあり,すなわち頭蓋内圧亢進の影響を受けやすい.