眼感染症OcularInfectiousDisease戸所大輔*鈴木崇**はじめに医学は遺伝子工学・分子生物学やレーザー技術をはじめとするテクノロジーの進歩とともに発展してきた.そのスピードは近年ますます目覚ましく,眼科専門医として眼科学の進歩に追いつくことすらやっとである.分子標的薬の硝子体注射が保険適用となってクリニックで日常的に施行されるようになることを10年前に誰が想像できただろうか.眼感染症の領域も例外ではなく,新しい技術によってさまざまな新しい潮流が生まれている.そのいくつかは近い将来さらに発展し,眼感染症診療の常識になっていると思われる.本稿では,筆者らの私見で将来性に富んだ新しい診断法・治療法をピックアップし,なるべく平易に解説した.興味のある内容については,成書や参考文献を参照いただきたい.本稿が読者の先生方の日常診療や研究アイデアの一助となれば幸いである.I検査・診断検査・診断では,病原体遺伝子を検出する方法が進歩している.ここでは,multiplexPCR・次世代シークエンサーについて解説する.1.multiplexPCR眼感染症の診断においては,原因の微生物を同定することが重要である.そのためには臨床所見をもとに塗抹鏡検,培養,抗体価測定,病理組織診などの古典的検査を駆使し,診断する必要がある.しかし,病原体によっては,鏡検による検出に熟練が必要であったり,培養に特殊な設備が必要であったり,サンプル量が微量であるなどの理由で古典的な方法による微生物の特定が困難である.ウイルス性眼疾患とアカントアメーバ角膜炎はその代表であると思われる1)(図1,2).21世紀に入ってpolymerasechainreaction(PCR)が眼感染症の診断に応用されるようになった.もともとPCRは微量のDNAを短時間に増幅する手法であり,1980~1990年代に遺伝子工学の分野に革命をもたらした.PCRの原理を発明したKaryMullisは1993年にノーベル化学賞を受賞している.PCRが眼感染症の診断に応用されるようになり,さまざまな眼感染症の診断の幅が広がった.たとえば桐沢型ぶどう膜炎(急性網膜壊死)は1980年代には眼内液(硝子体液)を用いたウイルス培養や抗体率の測定が必要なため,眼底所見から診断するしかなかったが2),現在では前房水のPCRを併用することで早期に確実な診断が可能となっている3).しかし,通常のPCR法を診断に応用する場合,高感度であるがゆえにコンタミネーション(汚染)の問題が常にあり,応用範囲は血液や眼内液など無菌的なサンプルに限られていた.この欠点を克服したのがリアルタイムPCR法であり,サンプル中のDNA量の定量が可能となった.リアルタイムPCR法によりコンタミネーションと有意なDNA検出が区別できるようになったことで角膜擦過物を検体として用いることが可能にな*DaisukeTodokoro:群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学分野**TakashiSuzuki:いしづち眼科〔別刷請求先〕戸所大輔:〒371-8511前橋市昭和町3-39-15群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学分野0910-1810/18/\100/頁/JCOPY(85)85図1単純ヘルペスウイルスによる角膜内皮炎全層角膜膜移植術を受けたC73歳,男性.移植片の上方に局所性浮腫があり,角膜後面沈着物が線状に配列している().前房水のCPCRで単純ヘルペスウイルスCDNAが検出された.スリット所見から内皮型拒絶反応と鑑別することは困難である.図2アカントアメーバ角膜炎1日使い捨てコンタクトレンズを装用していたC53歳,男性.前医でステロイド点眼を投与されており,放射状角膜神経炎などの典型的所見がみられない.角膜擦過物の網羅的CPCRにより高コピー数のアカントアメーバCDNAが検出された.図3MRSA臨床分離株の全ゲノム解析次世代シークエンサーによって全ゲノムをマッピングし,既知のゲノムと比較することが可能になる.図4アカントアメーバシストに対するPDTの効果a:未処理群.b:PDT治療群.PDT治療群ではシストが破壊されている.図5角膜ヘルペスに対する深層層状角膜移植(DALK)術後実質型角膜ヘルペスを繰り返し,高度の角膜瘢痕を残したC78歳,男性.角膜内皮機能は正常であったことから,DALKを施行した(Ca:術前,b:術後).DALKでは全層角膜移植術に比べ拒絶反応のリスクが少ないため,術後ステロイド点眼を中止しやすい.C図6フェムトセカンドレーザーを用いた表層角膜移植創口適合性が良好であり,無縫合での手術が可能である.(文献C13より許可を得て転載)図8SMILEレンチクルの引き抜き弧状切開創より遊離したレンチクルを引き抜く.(文献C15より許可を得て転載)図7SMIE(smallincisionlenticuleextraction)のシェーマフラップに該当する辺縁に弧状切開を加え,マニュピレーターを用いてレンチクル前面と後面を鈍的に.離する.その後,鑷子を用いて遊離したレンチクルを切開創より引き抜く.(文献C14より許可を得て転載)含む混濁が生じた場合は,高次収差が増強することで永続的な視力低下を残す12).こういった瘢痕性混濁を薬物療法で回復することはむずかしく,ハードコンタクトレンズで不正乱視を矯正するか,感染が完全に鎮静化したのちに光学的角膜移植を行うしかない.感染病巣を除去する目的で治療的角膜移植を行う場合もあるが,これに関して本稿では触れない.感染性角膜炎後の瘢痕に対して光学的角膜移植を行う場合,ヘルペス性角膜炎とそれ以外に分けて考える必要がある.ヘルペス性角膜炎では再発がありうるため,極力深層層状角膜移植(deepCanteriorClamellarCkerato-plasty:DALK)や表層角膜移植(anteriorlamellarker-atoplasty:ALK)などの術式を選択することが望ましい(図5).これらの術式では内皮性の拒絶反応が理論上生じないため,全層角膜移植(penetratingCkeratoplas-ty:PKP)に比べて術後のステロイド点眼への依存度が低いためである.PKP,DALK,ALKいずれの術式であっても,角膜縫合によって生じる不正乱視は術後視機能に大きな影響を与える.感染性角膜炎治癒後は角膜新生血管を伴っていることが多く,端々縫合を選択することが多いと思われる.メスやトレパンを用いた従来の術式では,移植片の接合面の癒着が得られるまで角膜縫合を置くことは必須である.しかし,近年では光切断(photodisruption)の原理によってきわめて短時間(約C10~15秒)で高出力のエネルギーを圧縮して発振し,角膜組織を任意の深さや方向で自由自在に加工できるフェムトセカンドレーザーが眼科手術に応用されるようになっている13).フェムトセカンドレーザーを用いると垂直切開面がハの字になるように角度をつけることで無縫合のCALKも可能となる(図6).フェムトセカンドレーザーを用いた無縫合ALKは軽症から中等症までの角膜瘢痕に対する手術として,今後の適応拡大が期待される.コンタクトレンズ関連角膜炎などによる若年者の角膜瘢痕では,多くは実質浅層に限局した瘢痕であり,また角膜上皮も正常であることが多い.将来的な可能性として,屈折矯正手術分野で行われているCsmallCincisionlenticuleCextraction(SMILE)14,15)の応用も期待されるところである(図7,8).おわりに今回紹介した手法やテクニックが近い将来,眼感染症の診断や治療に応用され,多くの新事実が明らかにされることが期待される.いずれにしろ,新しい潮流をとらえることで,感染症が決して“難治性”ではない時代がやってくると思われる.しかしながら,これらの新しい手法も,従来の検査法や抗微生物薬を正しく理解したうえで使用することで,さらに有効に使用できると思われる.謝辞:写真をご提供いただきました北里大学医学部眼科学教室の神谷和孝先生に感謝いたします.文献1)IkedaCY,CMiyazakiCD,CYakuraCKCetCal:AssessmentCofCreal-timeCpolymeraseCchainCreactionCdetectionCofCAcan-thamoebaCandCprognosisCdeterminantsCofCAcanthamoebaCkeratitis.OphthalmologyC119:1111-1119,C20122)臼井正彦:急性網膜壊死の病因桐沢・浦山型ぶどう膜炎.眼科30:793-804,C19883)TakaseCH,COkadaCAA,CGotoCHCetCal:DevelopmentCandCvalidationCofCnewCdiagnosticCcriteriaCforCacuteCretinalCnecrosis.JpnJOphthalmolC59:14-20,C20154)InoueCT,COhashiCY:UtilityCofCreal-timeCPCRCanalysisCforCappropriateCdiagnosisCforCkeratitis.CCorneaC32:S71-S76,C20135)杉田直:ぶどう膜炎の網羅的診断法.臨眼(増刊号)C65:C332-338,C20116)中野聡子:病原微生物検索のための新しい網羅的CPCRシステム.眼科手術30:100-104,C20177)MatsuokaK,KanaiT:Thegutmicrobiotaandin.amma-toryboweldisease.SeminImmunopatholC37:47-55,C20158)DoanT,AkileswaranL,AndersenDetal:PaucibacterialmicrobiomeandresidentDNAviromeofthehealthycon-junctiva.InvestOphthalmolVisSciC57:5116-5126,C20169)LeeAY,AkileswaranL,TibbettsMDetal:Identi.cationofCtorqueCtenoCvirusCinCculture-negativeCendophthalmitisCbyrepresentationaldeepDNAsequencing.OphthalmologyC122:524-30,C201510)MitoCT,CSuzukiCT,CKobayashiCTCetCal:E.ectCofCphotody-namicCtherapyCwithCmethyleneCblueConCAcanthamoebaCinCvitro.InvestOphthalmolVisSciC53:6305-6313,C201211)ShettyR,NagarajaH,JayadevCetal:Collagencrosslink-ingCinCtheCmanagementCofCadvancedCnon-resolvingCmicro-bialkeratitis.BrJOphthalmolC98:1033-1035,C201412)ShimizuCE,CYamaguchiCT,CYagi-YaguchiCYCetCal:CornealChigher-orderaberrationsininfectiouskeratitis.CAmJOph-thalmol175:148-158,C201790あたらしい眼科Vol.35,No.1,2018(90)