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眼内レンズ:Dysphoopsia(アクリル製スクエアエッジIOLによるグレア)

2017年2月28日 火曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋363.Dysphotopsia(アクリル製スクエアエッジ稲村幹夫稲村眼科クリニックIOLによるグレア)スクエアエッジの眼内レンズ(IOL)挿入後,大きな光輪や半輪の見える光視症を生じることがある.これはdysphotopsia1,2)とよばれ,多焦点IOLのhaloとは似て非なるもので,不快な症状を訴える.スクエアエッジ構造は後発白内障の予防に効果があり3),ほとんどのIOLメーカーが採用している.Dysphotopsiaはシリコーン製では起こらず,屈折率の高いアクリル製で起こる.●不快な症状偽水晶体眼の光視症はいくつも種類があり,これらは偽水晶体眼のdysphotopsia(異常光視症)とよばれる.回折型多焦点眼内レンズ(intraocularlens:IOL)でみられるhaloが有名である.Haloは電灯などの光源を見ると光源の周りに輪がかかって見えるもの(図1)である.患者の表現は似ているが,これと異なるものに,アクリル製IOLのスクエアエッジで起こるdysphotopsiaがある.このdysphotopsiaは非現実的な光が見えるためか(図2,3),患者は非常に不快に感じることがある.出現する頻度は,Davisonの報告によると,術後患者の0.2%に生じたという3).発生する条件はアクリル製スクエアエッジのIOL挿入眼で,かつ非常に散瞳しやすい眼である.比較的若年の患者にみられ,暗所または屋内で生じやすい.原因はIOL光学部のエッジに直接光線が入ると,スクエアエッジの部分を通過した光線が輪形に集光するためとされる.連続円形切.(continuouscurvicularcapslotomy:CCC)がIOL光学部を完全にカバーしている場合,時ab図1Haloa:通常の見え方.b:回折型多焦点IOLでのhaloのイメージ.図247歳,男性,左眼の見えかた患者自身の作成してきたグラフィックスで,単焦点IOL術後の見えかたを表現したもの.左眼で右側または上方から光が入ると,このような光の輪と放射状の光が見える.IOLのエッジが下方から耳側にかけてCCCがエッジを覆っていない.この患者は暗所では瞳孔径が8.5mmに達する.ブリモニジン点眼で症状は消える.上鼻左右図365歳,男性,右眼の見えかた患者が描いてきた図.単焦点IOL術後,右眼に左方からの光源の光が入ると光の輪と放射する光が見える.この患者はCCCが全周にわたって大きく,エッジを覆ってない.暗所で瞳孔径が7.5mmに達する.ブリモニジン点眼で症状は消えるが,レンズ入れ替えを希望したため,IOLを7.0mmスリーピースレンズに交換して.外固定したところ,症状は消失した.(87)あたらしい眼科Vol.34,No.2,20172290910-1810/17/\100/頁/JCOPY表1Dysphotopsiaの出やすさ間の経過とともに症状が軽減または消失する.それはCCCの部分が混濁して光線がエッジ部を通過しにくくなるからと思われる.したがって,多くの症例は半年から1年もすると訴えは聞かれなくなる.ただし,CCCがIOL光学部をカバーしていない部分があると,症状が長く続くことになる.●Dysphotopsiaの発生しやすい状況Dysphotopsiaの出やすい状況を表1に示す.シリコーンレンズや以前のラウンドエッジのIOLでは生じなかったが,アクリルレンズでは生じやすい.それは屈折率が大きいためと思われる.●予防法予防法としては以下の3点が挙げられる.①CCCを.内固定する場合,IOL光学部をできるだけ完全にカバーする.②CCCが大きくなってしまった場合は,エッジが露出しそうな部分にループの付け根をもってくる.③光学径の大きな7.0mmのレンズを選択する.筆者の経験ではすべて65歳以下で生じていたので,瞳孔径が広がりやすい若年者では最初からこれを使用し,さらに確実にするには.外固定とする.●治療法術後にdysphotopsiaを生じてしまった場合は,以下の3ステップで対処する.i)患者への説明:患者に深刻な症状ではないので安心するよう説明する.ii)対象療法:縮瞳薬の点眼.ブリモニジン点眼(アイファガン点眼液R0.1%)を処方して症状が改善することが多い.ただし,ブリモニジン点眼はアレルギーが出ることがあり,保険適応外使用である点に注意を要する.iii)手術療法:半年~1年が経過しても症状が軽減しない,または症状に耐えられない場合は手術治療となる.シリコーンレンズやラウンドエッジのIOLに交換すればよいが,わが国では選択肢が少なく現実的ではない.以下の選択肢が考えられる.①レンズ交換:IOLを摘出し,スリーピースレンズを.外固定する.そして,光学部の大きな7mmレンズがベターである.②ピギーバックIOL:スクエアエッジ部に直接の光線を減らすためにピギーバックIOLを.外に挿入する.度数は0Dでよい.ただし,この方法では症状は軽減しても完全に消えないことがあり,ピギーバックの副作用もありうる.③光学部の前方移動:IOLの光学部をCCCの前に出し,CCCの前方にキャプチャーさせる.スクエアエッジを通過する光をCCCで遮るためである.これらの方法があるが,比較的①が確実と思われる.●おわりにDysphotopsiaの症状を訴えた患者がいたら,まず「どんなdysphotopsiaなのか」を聞き,スクエアエッジのdysphotopsiaであれば深刻な症状でないことを説明する.正しく導けば満足を得られる場合が多い.文献1)HolladayJT,LangA,PortneyV:Analysisofedgeglarephenomenainintraocularlensedgedesigns.JCataractRefractSurg25:748-752,19992)DavisonJ:Positiveandnegativedysphotopsiainpatientswithacrylicintraocularlenses.JCataractRefractSurg26:1346-1355,20003)NishiO:Posteriorcapsuleopaci.cation.Part1:experi-mentalinvestigations.JCataractRefractSurg25:106-117,1999

コンタクトレンズ:Lid Wiper Epitheliopthy

2017年2月28日 火曜日

提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一28.Lid.WiperEpitheliopthy●はじめに2002年にKorbらは,瞬目時に眼球表面と摩擦を生じる上眼瞼結膜の後縁から瞼板下溝前方に及ぶ眼瞼結膜部を,lidwiper(図1),この部の上皮障害をlidwiperepitheliopathy(LWE)(図2)と命名した1).その後,Shiraishiらは,上眼瞼に比べて下眼瞼のほうがLWEの頻度が高いことを示し2),現在,LWEは上下のlidwiperの障害として認知されるようになってきている.そこで,本稿では,LWEの要点について,ソフトコンタクトレンズ(softcontactlens:SCL)との関係に触れながらまとめてみたい.●LWEの健常と異常Cherによれば,閉瞼時,上眼瞼は眼球に向けて比較的強い力を,下眼瞼は鼻上側に向けて弱い力を及ぼし,開瞼時には上眼瞼は中等度の力を眼球に向けて及ぼすとされる(図3a)3).これらの力のベクトルを合成すると,閉瞼時の摩擦はlidwiperから眼球に向けて鼻下側方向に作用すると考えられる.杯細胞から分泌されるムチンが摩擦軽減の潤滑剤としての働きをもつこと,瞬目時の摩擦の鍵となるlidwiperに杯細胞がcryptを形成し密に分布していること(図3b)4),瞬目時に摩擦が生じやLidwiper角膜図1瞬目時の摩擦亢進に関係する構造Lidwiperとは,上眼瞼の眼瞼縁の後縁から瞼板下溝に至る眼瞼結膜に存在する瞬目時に眼球表面と摩擦を生じる領域であり,lidwiper後方には,眼瞼結膜と上方角結膜との間に摩擦を生じない間隙(Kessingspace)が存在する.小林加寿子横井則彦京都府立医科大学眼科すい結膜の鼻下側領域に杯細胞がより多く分布していること5)を考慮すると,瞬目時の摩擦と杯細胞の分布の間の有意な関係が想像される.Lidwiperと角膜の間の摩擦亢進は,LWEあるいは角膜の上皮障害を生じて悪循環を形成し,さまざまなドライアイ症状の原因となりうるが,LWE発症の危険因子として,KorbらはSCLの装用をあげている1).一方,lidwiperから後方の眼瞼結膜とそれに対面する角結膜との間には,健常眼では瞬目時に摩擦を生じないKessingspaceとよばれる間隙が存在することが知られており(図1),この部位での瞬目時の摩擦の発生は,lidwiperにおける摩擦亢進と区別してとらえる必要がある.Cherは瞬目時の摩擦亢進に基づく角結膜上皮障害に対してblink-relatedmicrotrauma(BRMT)という疾患概念を提唱しており3),この概念に基づくとLWEもBRMTの一部としてとらえることができる.●摩擦亢進の診断摩擦亢進が眼瞼結膜上皮と眼球表面上皮との動的メカニズムであること,研究の歴史が浅いこと,摩擦亢進のサブクリニカルな異常の検出方法がないことなどのために,摩擦亢進が病態に関与する眼表面疾患,すなわち,LWE,結膜弛緩症,上輪部角結膜炎,糸状角膜炎を除けば,その診断,治療は今も発展途上である.そのた図2Lidwiperepitheliopathy上下のlidwiperにリサミングリーンで高度に染色される上皮障害部位,lidwiperepitheliopathyを認める.(85)あたらしい眼科Vol.34,No.2,20172270910-1810/17/\100/頁/JCOPYab閉瞼翻転した眼瞼(眼瞼結膜)開瞼図3瞬目時に眼瞼から眼球に及ぼされる力と杯細胞の分布の関係a:閉瞼時の摩擦は,lidwiperから眼球に向けて鼻下側方向へ作用すると考えられる.b:杯細胞は潤滑剤として働く分泌型ムチンを分泌し,結膜の鼻下側により多く分布する.さらにlidwiperでは,杯細胞はgobletcellcryptを形成しながら密に分布しており,瞬目時の摩擦と杯細胞の分布との密接な関係が推察される.め,眼表面に異常が見られなければ,瞬目時の異物感や痛みといった患者の自覚症状を頼りに摩擦亢進の病態を推定しなければならない.LWEは一般にフルオレセイン,ローズベンガル,もしくは,リサミングリーン染色によってlidwiperから瞼板下溝前方の結膜に見られる帯状の染色として診断できる(図2).そして,しばしばLWEと摩擦亢進の関係にある角結膜部位には上皮障害が認められる.また,KorbらはLWEの染色程度をスコア化した重症度分類(grade0~grade3)を提唱している1).●薬物治療瞬目時の摩擦亢進の軽減には,上皮の膜型ムチンと涙液中の至適な分泌型ムチン量,および水分量が重要と考えられる.人工涙液やヒアルロン酸ナトリウム点眼液は,それぞれ,3分および5分程度しか眼表面の水分貯留量の増加を維持できないため,lidwiperにおける摩擦亢進の軽減効果は限られている.しかし,ジクアホソルナトリウム点眼液は,ヒトの眼表面の水分量を30分以上増加させ,膜型および分泌型ムチン量を増加させることが知られ,レバミピド懸濁点眼液ではヒトの杯細胞の増加やその結果としての分泌型ムチンの増加作用,ならびに膜型ムチンの発現促進作用が示されている6).したがって,ジクアホソルナトリウム点眼液では,水分量の増加に比して分泌型ムチンの増加が大きければ,摩擦を亢進させてしまう可能性もありうる7)が,レバミピド懸濁点眼液では,摩擦の生じやすい部位の杯細胞を増加させるため,瞬目時の摩擦軽減への効果が期待できると考えられる.SCL装用眼の乾燥症状は,SCL表面の涙液層の安定性低下を契機に,SCL表面とlidwiperの間,あるいは,SCLのエッジ部と球結膜の間での摩擦が亢進し,LWEや球結膜の上皮障害を生じるが,これらと乾燥症状との有意な関係が示されている8).したがって,SCL装用眼の乾燥感に対して,摩擦軽減の観点から,親水性が高く,摩擦係数の低いCLを選択するという方法がありうる.あるいは,SCL装用時にレバミピド懸濁点眼液やジクアホソルナトリウム点眼液の併用といった対策を講じることもできる.●おわりにLWEが発見される経緯となったのは乾燥感を訴えるSCL装用眼においてであり,瞬目時の摩擦亢進とLWEとの関係は,SCL装用眼にとどまらず,ドライアイを深く理解する上で大きなテーマといえるだろう.文献1)KorbDR,GreinerJV,HermanJPetal:Lid-wiperepithe-liopathyanddry-eyesymptomsincontactlenswearers.CLAOJ28:211-216,20022)ShiraishiA,YamaguchiM,OhashiY:Prevalenceofupper-andlower-lid-wiperepitheliopathyincontactlenswearersandnon-wearers.EyeContactLens40:220-224,20143)CherI:Blink-relatedmicrotrauma:whentheocularsur-faceharmsitself.ClinExpOpthalmol31:183-190,20034)KnopN,KorbDR,BlackieCAetal:Thelidwipercon-tainsgobletcellsandgobletcellcryptsforocularsurfacelubricationduringtheblink.Cornea31:668-679,20125)KessingSV:Investigationsoftheconjunctivalmucin.Quantitativestudiesofgobletcellsofconjunctiva.Prelimi-naryreport.ActaOpthalmol(Copenh)44:439-453,19966)横井則彦,木下茂:杯細胞増加とムチン産生作用をもつムコスタ点眼液.あたらしい眼科32:943-951,20157)横井則彦:糸状角膜炎・上輪部角結膜炎.角結膜疾患の治療戦略:薬物治療と手術の最前線(島崎潤編),p277-290,医学書院,20168)横井則彦:涙液からみたコンタクトレンズ.日コレ誌57:222-235,2016ZS978

写真:突発性脈絡膜新生血管のOCT angiography所見

2017年2月28日 火曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦393.特発性脈絡膜新生血管の加藤雄人京都府立医科大学眼科学教室OCTangiography所見京都府立医科大学附属北部医療センター眼科図2図1のシェーマ図1眼底カラー写真黄斑中央に黄白色のCNVを認める.耳側には出血も認める.図3治療前の光干渉断層計(OCT・垂直断)網膜下にCNVを認め,Gass分類のtype2CNVである(.).網膜色素上皮.離や網膜下液などの滲出性変化は認めない.図5治療前のOCTangio-graphy(OCTA)ChoroidcapillaryモードでCNVが明確に描出されている(.).図6抗VEGF薬硝子体注射翌月のOCTA異常血管は一部残存するも,著明な縮小を認めた(.).図4抗VEGF薬硝子体注射翌月のOCT(垂直断)CNVは縮小し平坦化した.(83)あたらしい眼科Vol.34,No.2,20172250910-1810/17/\100/頁/JCOPY特発性脈絡膜新生血管(idiopathicchoroidalneo-vascularization:ICNV)は若年女性の軽度~中等度近視眼に好発することが知られている原因不明のCNVである.通常,片眼性が多いとされるが,まれに両眼性のこともある.Gass分類でのtype2CNVの臨床像を呈することがほとんどである1).一般的に50歳以上に発症した加齢性変化としてのCNVは加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の臨床診断となる.一方,50歳以下のtype2CNVでかつ強度近視,網膜色素線条,外傷,ぶどう膜炎などの異常をすべて除外できる場合に,「原因不明のCNV」という意味で特発性CNV(ICNV)と診断される.ICNVの活動期では,網膜下出血とともにフィブリンなどの網膜下滲出を伴い,黄白色の色調を呈することが多い(図1,2).光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)では,CNVはAMDに比べ比較的小型で,漿液性網膜色素上皮.離や出血性網膜色素上皮.離は少量,もしくは認めないことが多い(図3).本症例は29歳女性,視力低下と変視を主訴に当院に紹介受診となった.腎機能障害を有するため,フルオレセイン蛍光眼底造影を施行できなかった.その代替眼底観察法としてOCTangiography(OCTA)を撮像した.OCTAではCNVの描出,および抗VEGF(vascularendothe-lialgrowthfactor:血管内皮増殖因子)薬の硝子体内注射によるCNV縮小の確認が可能であった(図4).フルオレセイン蛍光眼底造影でtype2CNVはclassicCNVの所見を呈し,漏出が旺盛であることが多いため,CNV本体の形態観察は困難である.しかしながら,OCTAではAMDでの報告同様2),血流のある血管成分であるCNVのみを描出し,治療介入による形態変化を観察することが可能であった(図5,6).CNVは脈絡膜の炎症がその病態に関連していると考えられていたため,以前はトリアムシノロンアセトニドの硝子体内注射・Tenon.下注射などが行われていた.近年では抗VEGF薬硝子体内注射の有効性が報告されている3).その場合,通常ICNVは滲出型AMDとは異なり頻繁な投与が必要になる場合は少なく,初回投与後は滲出性変化の再発に応じて適宜追加投与していくことが一般的である.また,無治療でもCNVが網膜色素上皮に囲まれ活動性が低下する症例もあり,CNVが中心窩から離れた視力良好例では経過観察を選択する場合もある.文献1)IidaT,HagimuraN,SatoTatal:Optcalcoherencetomo-graphicfeaturesofidiopathicsubmacularchoroidalneo-vascularization.AmJOphthalmol130:763-768,20002)ElAmeenA,CohenSY,SemounOetal:Type2neovas-cularizationsecondarytoage-relatedmaculardegenera-tionimagedbyopticalcoherencetomographyangiogra-phy.Retina35:2212-2218,20153)ChangLK,SpaideRF,BrueCetal:Bevacizumabtreat-mentforsubfovealchoroidalneovascularizationfromcausesotherthanage-relatedmaculardegeneration.ArchOphthalmol126:941-945,2008

時の人

2017年2月28日 火曜日

群馬大学医学部眼科学教授あきやまひでお秋山英雄先生昨年(2016年)11月,群馬大学医学部眼科学教室の第5代教授に秋山英雄先生が就任された.先生は1970年埼玉県熊谷市に生まれ.埼玉県立熊谷高校から群馬大学医学部に進み,1996年に同大を卒業,その後も同大で助手,講師,准教授と実績を積み,このたび,前任者の岸章治先生に続く二人目の群大眼科生え抜きの教授の誕生となった.*群馬大学眼科学教室の前身は昭和18年に設置された前橋医学専門学校である.1946(昭和21)年,アレルギーを専門とされた青木平八先生が第2代教授に就任し,以後26年の長きにわたって教室を主宰した.続く清水弘一教授は網膜硝子体疾患の大家であったため,ここで教室の方向性は前眼部から後眼部へとがらりと変わった.清水教授も26年間在籍し,その間に多くの書籍が刊行され,「眼底疾患の群大」という評価がすっかり定着した.1998年からの岸教授時代の成果の数々は記憶に新しい.とくにOCTの分野では群大発の新知見が世界に発信され,その成果は2006年に『OCT眼底診断学』(エルゼビア・ジャパン)としてまとめられた.同書は改訂を重ね,2014年には第3版が刊行されている.*秋山先生の専門も網膜硝子体である.大学院では循環器内科で転写を学び,網膜の幹細胞が腫瘍化した網膜芽細胞腫Y79に持続的光刺激を与えると,転写因子Sp1を介してVEGFが転写レベルで誘導されることを報告した.また,vonHippel-Lindau遺伝子を発現するアデノウイルスを作製し,サル眼laser-inducedCRVOモデルに硝子体注射をすると血管新生が抑制されることを報告した.2003年にはJohnHopkins大学にresearchfellowとして留学し,おもに動物を用いた基礎研究を行った.そこでは,動物血管新生モデルに対してベンチャー企業が持ってきた薬をさまざまな方法で投与し,血管新生のpreventionやregression効果をみるという実験を延々と繰り返したそうだが,そのうちの一つが,本年,米国FDAで承認される予定のPDGF-Bアプタマー(商品名フォビスタ)として結実した.*現在,群馬大学の硝子体手術は年間1,000例以上にのぼるが,それ以外の緑内障,角膜,斜視,眼形成手術なども全国屈指の手術件数となっている.さらに,加齢黄斑変性に対する抗VEGF薬硝子体注射の件数でも全国で5本の指に入る.また,国内10施設が共同で進めている「前房水PCR多施設共同研究」にも加わっており,ぶどう膜炎も含め,ほぼすべての眼疾患に対応できる体制となっている.このような方向性は岸教授時代から継続しており,秋山先生も助手,講師時代から緑内障の難症例や再手術症例に対する手術を数多く行ってきた.その一方で秋山先生は,群大工学研究科応用化学の飛田成史教授と共同で,虚血網膜の酸素レベルを定量・画像化するための最適発光プローブの開発や,invivoイメージング技術の確立を目標とした研究も進めている.教室の強みであるOCT画像診断や糖尿病網膜症,硝子体に関する研究とともに,その成果が期待される.*秋山先生の信念は「手術する患者さんを親兄弟と思いながら執刀する」である.スタッフ全員がチームとして機能できるよう,意見を言いやすい雰囲気をつくることを心がけ,医療安全を最優先にしつつ最良の医療を提供することを目標に,先生は日々奮闘しておられる.先生にとって,「先輩から受け継いだ診療や研究の哲学を次世代に伝えていくことが使命」なのである.趣味は将棋で,お気に入りのプロ棋士は同年齢の羽生善治とのことである.昨年は,高校時代将棋部に属していた研修医に負けを喫し,相当悔しがったとか.果たして本年の勝負は如何に!(81)あたらしい眼科Vol.34,No.2,20172230910-1810/17/\100/頁/JCOPY

総説:緑内障から学ぶ

2017年2月28日 火曜日

あたらしい眼科34(2):215~221,2017c第27回日本緑内障学会須田記念講演緑内障から学ぶValuableLessonsfromGlaucoma山本哲也*はじめにわれわれ緑内障専門家は日常診療の中から緑内障を学ぶことが多い.そのことを通じて緑内障専門家として成熟していく.緑内障の修行には,①多数例で視神経・網膜・隅角の所見をとり視野を読むこと,②眼圧下降の重要性を認識すること,③良い指導医について緑内障専門外来で研修すること,④薬物に関して十分に理解し経験を積むこと,⑤手術の修行をし,自らの術式を確立すること,⑥患者と長く付き合うこと,などを通して,⑦総合的に緑内障の理解を深めることが欠かせない.いずれもが日々の鍛練と言い換えることのできる事項である.本稿では筆者が若き日から今日に至るまで,日常的な緑内障診療を通して緑内障から学んできたいくつかのことを,臨床現場の感覚をもって紹介してみたい.また,そのことを通じて緑内障専門家教育というものを考えてみたい.I視神経から学ぶ1.Superiorsegmentaloptichypoplasia今では広く認識されているsuperiorsegmentaloptichypoplasiaであるが,20世紀には少なくともわが国においては一般には認識されていなかった.筆者は1990年以降,当時,緑内障,とくに正常眼圧緑内障として管理を受けていた症例の中に,鼻上側を中心とした乳頭辺縁部変化および網膜神経線維層欠損(nerve.berlayerdefect:NFLD)を有し,またそれらに対応するMari-otte盲点から下方に広がる視野異常を有する症例を複数経験した.これらの臨床的特徴を表1にあげる.また,こうした特徴を有する疾患を文献で調べることにより,Kim,Hoytらによりsuperiorsegmentaloptichypopla-siaと命名された視神経形成異常の存在に気がついた1~4).その文献では,母親の1型糖尿病罹患との関連が指摘され,眼科的特徴として,視力良好,下方の高度の視野欠損,乳頭上半の蒼白化,上方のNFLD,網膜中心動脈の上方偏移などがあげられていた.筆者の症例とは視神経乳頭の形態や母親の糖尿病罹患の有無などで異なってはいたが,主病変部位が同一部位であり視野変化もきわめて類似していたことから(表2),以後,superiorsegmentaloptichypoplasia(以下,SSOHとする)として診療や学術的な発表を行ってきた.しかしながら,表2の相違点欄にもあげたように,これがKim,Hoytらの原義とは異なる疾患である可能性については注意しておきたい.2000~2001年に現地調査が行われた多治見スタディでは,疫学調査対象集団と同年代の多治見市民を対象とした公共サービスとして多治見市民眼科検診が並行して行われ,多数の眼底写真が学術的検討をされずに残っていた.筆者らはこれを利用してSSOHの一般集団における特徴を調査した5).検診対象50,165名のうち,検診を受診し眼底読影が可能であった14,431名(29%)を対象とした.SSOHの定義として①鼻上側に著明な乳頭辺縁部狭窄と②対応するNFLDの存在とし,対応する視野異常〔FDT(FrequencyDoublingTechnology)またはHFA(HumphreyFieldAnalyzer)〕の有無により,視野異常を伴うde.nitecasesと伴わないsuspectcasesに分類した.結果として,37例54眼(両眼17例,片*TetsuyaYamamoto:岐阜大学大学院医学系研究科眼科学〔別刷請求先〕山本哲也:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科眼科学0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(73)215表1日本人における“superiorsegmentaloptic表2Superiorsegmentaloptichypoplasia(米国報告例)とhypoplasia”類似症例の特徴自験例“SSOH”との比較図1多治見市民眼科検診で発見されたsuperiorsegmentaloptichypoplasiaの1例眼20例)をSSOHと診断し(図1),うちde.nitecasesは23例(両眼5例,僚眼suspect5例,片眼13例)suspectcasesは14例(両眼7例,片眼7例)であった.,男性10例,女性27例であり,年齢は53.1±10.3歳(40~76歳)〔平均±標準偏差(レンジ)〕,眼圧は14.2±2.5mmHg(9~19mmHg)(同)であった.本人の糖尿病歴は1例で確認されたが,母親の糖尿病歴は調査項目になかったため確認できなかった.これらの結果からSSOHの有病率を0.3%と推定した.SSOHが稀な先天異常でなく,正常眼圧緑内障との鑑別に重要であることを証明できたものと考えている.その後,岐阜大学病院で経験したSSOH症例をまとめたところ,岐阜大学病院の症例は多治見市民眼科検診に比較して,若年で,また両眼例が多いことがわかった(矢ケ崎ほか,投稿準備中).これは,多治見市民眼科検診が40歳以上を対象としたことと,大学病院受診例と一般集団を対象とした調査対象の疾患重症度の相違によるものと考えている.自分が臨床で感じたふとした疑問から始まって,ひとつの疾患SSOHの疾患概念が日本に定着することに貢献できたことを,面白く感じるとともに誇らしく思っている.これは日常臨床の場で緑内障の視神経から学んだことの貴重な成果だと思っている.2.高眼圧症,preperimetricglaucomaの進行高眼圧症が緑内障に進展する現象は臨床的にはきわめて重要である.1988年に発表した論文6)の内容を紹介するとともに,2016年に発表したpreperimetricglau-comaの進行の研究7)と比べ,視神経観察の重要性を述べる.1988年の研究では,対象眼を,眼圧22mmHg以上を複数回記録,静的視野(Friedmann視野計またはHumphrey視野計)に異常なし,視力0.7以上とし,無治療またはb遮断薬単独治療を行い,眼底ステレオ撮影を含む定期的な眼科的検査を行い,2.0~6.1年(平均3.5年)の経過観察期間で視野と視神経の進行と眼圧の関係を調査した6).当時は角膜厚と眼圧の関連は問われていなかったことは記しておく.その結果(図2),視神経(乳頭および網膜)が観察開始当初正常であるとされた症例では,全観察期間において全例で視野と視神経の異常が検出されなかった.これに対して,観察開始時に視神経異常がすでにあるとされた症例では,観察期間中に高率に視野異常の出現や視神経病変の進行が認められた.すなわち,最初から視神経の悪い症例で進行が起こりやすいことが明らかである.興味深いことに2016年発表のpreperimetricglaucomaの進行の研究(対象の多くは正常眼圧症例)でも同様の結論となった7).すな開始時経過観察中図2高眼圧症,高眼圧preperimetricglaucomaの進行と眼圧観察中,平均眼圧は観察開始時視神経正常例で23.6±2.6mmHg(20.5~26.8mmHg)〔平均±標準偏差(レンジ)〕,視神経異常例で20.9±1.9mmHg(18.7~23.1mmHg)(同).(p<0.001,t検定)NFLD:神経線維層欠損(文献6より転載改変.日本眼科学会から転載許可取得済)わち,当初preperimetricglaucomaでありながら経過50観察期間(3年間)に視野異常の出現した症例では,視40IOP(mmHg)野異常の出現しなかった症例と比較して,観察開始当時30からmGCIPL厚が有意に薄いことが明らかとなった.こうした結果は高眼圧であれ正常眼圧であれ,視神経20(乳頭,網膜神経線維層)の異常のある部位において数年以内に緑内障性変化の出現しやすいことを示している.II隅角から学ぶ1.緑内障レーザー治療筆者の緑内障研究はレーザー虹彩切開術の日本への導入と術式の確立で始まった.初期のレーザー虹彩切開術研究では施術24時間以内の眼圧上昇が43%に認められる(図3)とか,チモロール,インドメタシン,球後麻酔の前処置はいずれも眼圧上昇の予防効果はなかったなどと報告した8)(注:アプラクロニジンの導入は後日のこと).また,アルゴンレーザートラベクロプラスティでは術後眼圧上昇の程度が強く,上昇期間も長いことも報告した9).これらの研究は新規技術の導入時の問題点100012345624Time(hrs)図3アルゴンレーザー虹彩切開術後の眼圧経過眼圧上昇例(24例)の平均±標準偏差.眼圧上昇は術後1時間にピークとなる.(文献8より転載引用.日本眼科紀要会から転載許可取得済)を検証することを主目的として行われたものであり,緑内障レーザー治療の日本における確立に貢献するものではあった.しかしながら,研究に携わった筆者にとって一番の成果は,眼科医となって3~5年程度の時期に,数百例の各種緑内障症例からあまたの隅角異常や変異,また隅角鏡の使い方を学ぶ絶好の機会を得られたことである.自らの経験から,20歳代に多数の隅角鏡検査を図4原発閉塞隅角症.原発閉塞隅角緑内障における周辺虹彩前癒着の隅角全体に占める比率の年次変化近年,周辺虹彩前癒着の少ない症例が増加している.経験することは,緑内障専門医教育においてきわめて重要であると認識している.2.原発閉塞隅角緑内障の病態筆者らは超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicro-scope:UBM)が使用されはじめた当初,この前眼部画像解析装置を用いて原発閉塞隅角症/原発閉塞隅角緑内障の病態研究を,主として機能的隅角閉塞をターゲットとして行った10,11).そして,①暗所におけるUBM検査の重要性を初めて報告,②機能的隅角閉塞がごく初期から生じることを証明,③急性発作の非発作僚眼ではとくに初期から機能的隅角閉塞が生じやすいこと,などを報告した.また,機能的隅角閉塞を隅角の高い部位で閉塞するtypeSと隅角底から閉塞するtypeBの2型に分類した,機能的隅角閉塞ではtypeSがtypeBに比べて2倍以上多いことを明らかにした.器質的隅角閉塞(周辺虹彩前癒着)ではtypeBの隅角閉塞が多いので,器質的隅角閉塞と機能的隅角閉塞では隅角閉塞の形態がまるで異なることになるが,適切な説明はできていない.typeSの機能的隅角閉塞は周辺虹彩前癒着に進展しにくいと考えることもできるが,根拠はない.筆者は北澤克明先生が考案された圧迫隅角鏡を用いて長年圧迫隅角検査を行ってきた.岐阜大学における圧迫隅角検査で得られた隅角閉塞(周辺虹彩前癒着)の形態と範囲をまとめると興味深いデータが得られた(小森ほか:第19回日本緑内障学会2008).2つの調査期間(1985~1994年,2004~2008年)を比較すると,近年周辺虹彩前癒着のない症例が増加し,また周辺虹彩前癒着はあっても範囲の狭い症例が増加していること(図4),両調査期間ともに周辺虹彩前癒着は急性型では幅が広く,慢性型では幅が狭いものが多いこと,などである.圧迫隅角検査は施行されることが少ないが,隅角閉塞の状態を的確に捉えることのできる検査であり,必要な症例では積極的に行われるべきである.III眼圧から学ぶ1.眼圧日内変動眼圧は変動する.代表的な眼圧変動である日内変動を知ることは,診療中の一時点の眼圧値から患者の眼圧の実相を推し量ることの大切さを教える.筆者らは眼圧をGoldmann眼圧計で24時間測定し,まとめることで,日内変動の様態を明らかにした12).対象は眼圧日内変動測定を経て正常眼圧緑内障の診断が確定した524例1,048眼である.日内変動眼圧の最高眼圧値は16.1±2.2mmHg(平均±標準偏差:以下同じ),最低眼圧値は11.7±2.1mmHg,平均眼圧は13.9±2.0mmHg,眼圧変動幅は4.4±1.6mmHgであった.24%の症例では眼圧変動幅が6mmHg以上であった.眼圧変動幅,最高眼圧・最低眼圧を記録した時刻の分布を図5~7に示す.国際的にはhabitualpressure(昼間は起きている状態,夜は寝ている状態での眼圧の変動)を重視する動きもあるが,眼圧体位変動を排除した形での眼圧日内変動の就寝時の標準値を知ることも重要と考える.また,目の前で診ている患者の眼圧も,このような変動を示すと常に考える癖をつけることは大切である.2.眼圧下降の質の重要性眼圧の体位変動をiCARE眼圧計を用いて座位と側臥位で検討したところ,トラベクレクトミー後に濾過胞が機能し眼圧が下降している症例では,体位変動が有意に減少していることが明らかとなった13).術後の体位変動による眼圧上昇の緩和は,就寝時を含む24時間の眼圧に有利に働く可能性がある.この眼圧体位変動の減少が眼圧下降によるものか濾過胞の存在によるものかを検討するために,眼圧12mmHg未満(Goldmann眼圧計)で,かつ座位眼圧の同等な原発開放隅角緑内障(広義)のトラベクレクトミー症例と薬物治療症例を対象として,同様にiCARE眼圧計を用いて座位と側臥位で検討した.トラベクレクトミー後で有意に体位変動幅の小さいことが明らかになった14).こうした濾過手術後の眼圧体位変動の減少は,長期的には手術療法が薬物治療よりも治療効果の高い可能性を示唆するものと考える.57.9%58.6%41.4%250Numberofeyes200150100500Timeofday1012141618202224246812345678910図6正常眼圧緑内障の24時間眼圧日内変動測定(座位,IOP(mmHg)Goldmann眼圧計)の結果2:最高眼圧を記録した時刻図5正常眼圧緑内障の24時間眼圧日内変動測定(座位,(文献12より転載引用.日本眼科学会から転載許可取得済)Goldmann眼圧計)の結果1:眼圧変動幅(文献12より転載引用.日本眼科学会から転載許可取得済)1.0SuccessProbability0.80.60.40.20101214161820222424683691224TimeofdayFollow-upPeriod(Months)図7正常眼圧緑内障の24時間眼圧日内変動測定(座位,Goldmann眼圧計)の結果3:最低眼圧を記録した時刻(文献12より転載引用.日本眼科学会から転載許可取得済)IVカルテから学ぶいわゆる“カルテめくり(カルテ調べ)”は単調な作業が続き面白くないものである.ただ,そうした地道な努力の中に次への発展の基があることを筆者の経験から述べたい.1983年頃,毛様体冷凍術の成績をまとめたことがある15).東大眼科の1976年3月~1982年7月の6年5カ月間のカルテを調べ,その中から抽出した毛様体冷凍術を施行した全症例83例89眼170回のカルテから,同術式の成績を生命表法(Cutler-Ederer法)により解析した.手術不成功は眼圧21mmHgを2回連続で超えたときの初回の上昇日をもって手術不成功と定義した.図8などの成績を得て,毛様体冷凍術の効果と限界を自ら知ることができたことは成果であった.ただそれだけではない.当時統計解析ソフトウェアなどはなかったので,統計の教科書から生命表法の計算法を学び,電卓を用いて手計算をしたので,生命表法とは何かとい図8毛様体冷凍術の成績全170回の手術を独立のものとした場合12カ月後の成功確率は0.25±0.04(予測確率±標準誤差:Cutler-Ederer法)であった.(文献15より転載引用.眼科臨床紀要会から転載許可取得済)うことを実感できたことが一番の収穫であった.生命表法が生命科学で多用されることはその後長く経験してきたが,キャリアの初めにその本質を理解できたことは幸いであった.もうひとつの収穫として,多数のカルテを丹念に見たので,1例1例の経過を知ることができ,毛様体冷凍術では術後に突然の眼圧上昇のあること,そしてそうなったらほとんど眼圧コントロールは困難ということがわかったのである.換言すると,毛様体破壊術の効かなくなるときの法則の存在がおぼろげながら理解できたことで,それは今日に至るまで毛様体破壊術の術後管理に役立っている.V時の経過から学ぶ1.長期管理例の割合慢性緑内障は生涯の疾患である.したがって長期管理経過観察期間(年)図9Humphrey視野からみた受診患者の経過観察期間岐阜大学眼科200例の無作為抽出データから.10年以上の管理例が少数であることがわかる.1回:視野測定1回のみ.は不可欠である.しかしながら,必ずしも一医療機関に長くかかるわけではない.そこで岐阜大学眼科で管理してきたHumphrey視野検査施行例,全19,210例(2016年5月27日現在)から200例を無作為抽出して,最初の視野施行日から最後の視野施行日までの期間をまとめてみた(図9).対象は必ずしも緑内障に限られていないが,多くは緑内障および関連疾患である.岐阜大学眼科で10年以上経過観察される症例は静的視野検査対象者の10.5%,15年以上では5.0%,20年以上は2.0%との結果であり,専門医療機関においても緑内障の長期管理のむずかしさが明らかとなった.2.正常眼圧preperimetricglaucomaの20年視野異常出現率正常眼圧preperimetricglaucomaの20年観察後の視野異常出現率を後ろ向きに推定したところ,約3/4の症例で視野異常が出現することがわかった(論文投稿中のため詳細は略).3.正常眼圧緑内障の20年失明率正常眼圧緑内障の20年経過観察後の失明率を後ろ向きに推定することを試みた16).失明の定義をWHO基準に準拠して最良視力0.05未満,または中心視野10°未満とし,観察開始時に失明に該当しなかった症例379例758眼を対象としてKaplan-Meier生命表法で計算した.結果として,片眼失明9.9±1.9%(推定累積失明率±標準誤差:以下同じ),両眼失明1.5±0.9%という数字を得た.正常眼圧緑内障の有病率の高さに照らすと,失明者の絶対数は大きいと推定される.まとめ筆者の緑内障臨床経験の一部を述べた.緑内障の修行には,若いときの基本技術の取得と,長期的に患者を管理することが重要であることを主眼に述べたつもりである.最後に次のことをとくに記しておきたい.1.緑内障は眼科医が一生を賭けるに足るきわめて魅力的な領域である.2.臨床でのふとした着想や地道な観察がいろいろな新情報を生み出す.それこそが緑内障専門家の喜びであり,生きる原点である.3.最先端の治療や管理はすぐに変化するが,緑内障の診断管理の本質は簡単には変化しない.緑内障の全経過が眼科医の医師としての寿命よりも長いことをとても残念に思う.そして,このことは緑内障専門家としての完成が我々の一生を通じても不可能なことを示しているのだと思う.だからこそ,若い先生方に緑内障分野にチャレンジしていただきたいと切に願い,擱筆としたい.謝辞恩師,北澤克明先生,白土城照先生に深謝申し上げるとともに,筆者が在籍してきた東京大学眼科学教室,大宮赤十字病院,山梨医科大学眼科学教室,ミシガン大学眼科,岐阜大学眼科学教室の先輩,同僚,後輩の皆様に厚くお礼申し上げます.本総説は第27回日本緑内障学会須田記念講演(平成28年9月19日)での講演内容に基づいて執筆した.文献1)PetersenRA,WaltonDS:Opticnervehypoplasiawithgoodvisualacuityandvisual.elddefects:astudyofchildrenofdiabeticmothers.ArchOphthalmol95:254-258,19772)KimRY,HoytWF,LessellSetal:Superiorsegmentaloptichypoplasia.Asignofmaternaldiabetes.ArchOph-thalmol107:1312-1315,19893)LandauK,BajkaJD,KirchschlagerBM:ToplessopticdisksinchildrenofmotherswithtypeIdiabetesmellitus.AmJOphthalmol125:605-611,19984)HashimotoM,OhtsukaK,NakagawaTetal:ToplessopticdisksyndromewithoutmaternaldiabetesmellitusAmJOphthalmol128:111-112,19995)YamamotoT,SatoM,IwaseA:SuperiorsegmentaloptichypoplasiafoundinTajimiEyeHealthCareProjectpar-ticipants.JpnJOphthalmol48:578-583,20046)山本哲也,山上淳吉,白土城照ほか:高眼圧症,疑緑内障における視野・視神経の進行.日眼会誌92:1369-1374,19887)InuzukaH,KawaseK,SawadaAetal:Developmentofglaucomatousvisual.elddefectsinpreperimetricglauco-mapatientswithin3yearsofdiagnosis.JGlaucoma25:e591-e595,20168)山本哲也,白土城照,北沢克明:アルゴンレーザー虹彩切開術.眼紀33:675-679,19829)ShiratoS,YamamotoT,KitazawaY:Argonlasertrabec-uloplastyinopen-angleglaucoma.JpnJOphthalmol26:374-386,198210)SakumaT,SawadaA,YamamotoTetal:Appositionalangleclosureineyeswithnarrowangles:anultrasoundbiomicroscopicstudy.JGlaucoma6:165-169,199711)SawadaA,SakumaT,YamamotoTetal:Appositionalangleclosureineyeswithnarrowangles.Comparisonbetweenthefelloweyesofacuteangle-closureglaucomaandnormotensivecases.JGlaucoma6:288-292,199712)HasegawaK,IshidaK,SawadaAetal:Diurnalvariationofintraocularpressureinsuspectednormal-tensionglau-coma.JpnJOphthalmol50:449-454,200613)SawadaA,YamamotoT:E.ectsoftrabeculectomyonpressure-inducedintraocularpressurechangesovertime.GraefesArchClinExpOphthalmol250:1361-1366,201214)SawadaA,YamamotoT:Comparisonofposture-inducedintraocularpressurechangesinmedically-treatedandsurgically-treatedeyeswithopenangleglaucoma.InvestOphthalmolVisSci55:446-450,201415)山本哲也:毛様体冷凍術の術後成績:生命表法による解析.眼臨78:490-494,198416)SawadaA,RiveraJA,TakagiDetal:Progressiontolegalblindnessinpatientswithnormaltensionglaucoma:hospital-basedstudy.InvestOphthalmolVisSci56:3635-3641,2015☆☆☆

黄斑局所光凝固Focal/Grid PC

2017年2月28日 火曜日

黄斑局所光凝固Focal/GridPCFocal/GridPhotocoagulation平野隆雄*はじめに糖尿病黄斑浮腫は増殖糖尿病網膜症のように失明にまでは至らないが,就労年齢層において失業や運転免許の喪失など社会的な問題を引き起こす視力低下の原因となる.2012年の世界的な調査では糖尿病網膜症の有病率は糖尿病患者全体の34.6%で,糖尿病網膜症患者の7.0%で増殖糖尿病網膜症,6.8%で糖尿病黄斑浮腫が認められると報告されている1).糖尿病黄斑浮腫の病態は非常に複雑で,血管透過性亢進・血管閉塞による血流障害・膠質浸透圧低下・後部硝子体膜の牽引などさまざまな要因が関与して起こる2).なかでも,血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の血管透過性亢進作用が糖尿病黄斑浮腫発症に果たす役割の大きさは,VEGFを抑制する抗VEGF薬に関する多くの大規模臨床研究の結果からも疑う余地がない.抗VEGF薬のラニビズマブ(ルセンティスR),アフリベルセプト(アイリーアR)がそれぞれ平成26年2月と11月に糖尿病黄斑浮腫まで適用拡大され約2年が経過したが,欧米同様,わが国でも糖尿病黄斑浮腫治療において抗VEGF療法の存在感は増しつつある3).しかしながら,抗VEGF療法は即効性のある浮腫軽減効果が期待されるものの,硝子体注射という投与方法のため,硝子体内のVEGF濃度を下げ続けることはできない.そのため,病勢を落ち着かせるためには,経年的に治療回数が漸減する可能性は指摘されているものの,長期間にわたる頻回の硝子体注射が必要となることが報告されている4).また,米国のメタアナリシスによると,抗VEGF薬硝子体注射1回あたりの眼内炎合併率は0.049%(52/105,536)と報告されており5),治療回数は可能な限り少ないことが望ましい.さらに,経済的・社会的な患者側の負担や施行する医師側の負担などさまざまな問題からも,抗VEGF薬をすべての糖尿病黄斑浮腫症例に漫然と投与するのではなく,症例を選び治療回数を必要最低限に減らす努力は必要と思われる.実臨床の場においては,大規模臨床研究での糖尿病黄斑浮腫に対する黄斑局所光凝固の惨憺たる低い治療結果とは異なり,局所性黄斑浮腫では光凝固単独でも有効な治療効果を経験することは少なくない.また,後述するように中心窩近傍に漏出を伴う毛細血管瘤が存在しないような症例では,黄斑局所光凝固を併施することにより抗VEGF療法の回数を減少できる可能性がある.抗VEGF療法の時代に移行しつつある今だからこそ,糖尿病黄斑浮腫治療における光凝固の意義を再確認することは重要なことと思われる.本稿では糖尿病黄斑浮腫に対するレーザー治療のなかでも黄斑局所光凝固(focal/gridphotocoagulation:focal/gridPC)を中心に最近の話題を加え概説する.I黄斑局所光凝固focal/gridPC毛細血管瘤に対する直接凝固(focalPC)とびまん性漏出部位に対する豆まき状のグリッド凝固(gridPC)*TakaoHirano:信州大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕平野隆雄:〒390-8621長野県松本市旭3-1-1信州大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(67)209表1Modi.edETDRS凝固中心窩から500.3,000μmにおける網膜浮腫内の漏出を認めるすべての毛細血管瘤(視神経乳頭から500μmの範囲は除く)毛細血管瘤が淡く灰白色に変化する程度50μm0.05.0.1sec緑から黄波長とくに規定なし中心窩から500.3,000μmの上側,鼻側,下側と中心窩から500.3,500μmの耳側内においてびまん性の漏出を認める部位または無灌流領域(視神経乳頭から500μmの範囲は除く)薄い灰色50μm0.05.0.1sec緑から黄波長2凝固斑(文献9より改変引用)凝固条件波長黄色(577nm)凝固径50μm凝固時間0.02~0.03秒凝固出力100mW図1毛細血管瘤直接凝固a:治療前の眼底写真.輪状硬性白斑内部に集簇する毛細血管瘤を認める.b:白破線部の蛍光眼底造影検査.b1:前期,b2:後期.後期では漏出を伴う毛細血管瘤が確認できる(.).c:治療前のOCTカラーマップ.黄斑浮腫が赤と白の部位として描出されている.毛細血管瘤からの漏出が中心窩に流れ込んでいる様子がよくわかる.d:治療直後の眼底写真.直接凝固により白色化した毛細血管瘤を認める.e:治療後1年の眼底写真.瘢痕化した毛細血管瘤と輪状硬性白斑の消退が確認できる.f:治療後1年のOCTカラーマップ.赤と白の部位として描出される黄斑浮腫の軽減が確認できる.視力は(0.4)から(1.0)へ改善を認めた.凝固条件波長黄色(577nm)凝固径100μm凝固時間0.02~0.05秒凝固出力80mW凝固間隔2凝固斑図2グリッド凝固a:治療前の眼底写真.中心窩への硬性白斑の沈着を認める.b:白破線部の蛍光眼底造影検査.b1:前期.b2:後期.前期には無血管領域を認め後期では同部位からのびまん性漏出を認める.().c:治療前のOCTカラーマップ.黄斑浮腫が赤と白の部位として描出されている.d:治療直後の眼底写真.薄い灰色の凝固斑が確認できる.e:治療後6年の眼底写真.硬性白斑はほぼ消失している.f:治療後6年のOCTカラーマップ.赤と白の部位として描出される黄斑浮腫はほぼ消失している.明らかなatrophiccreepを認めず,視力は(0.2)から(1.2)へ改善を認めた.図3Navilas(OD.OS社)図4糖尿病黄斑浮腫患者(右眼)の蛍光眼底造影(a)とOCTangiography(b)a:蛍光眼底造影(中期層).耳側に無灌流領域,後局全体に多数の毛細血管瘤が散在していている.大小の血管からの漏出が確認できる.b:OCTangiography(6mm,網膜全層,PLEXElite9000ZEISS社).蛍光眼底造影と同様,耳側に無灌流領域を認める.血管からの漏出が描出されない影響でコントラストがよりはっきしとしてる.蛍光眼底造影検査に比較すると同定できる毛細血管瘤が少ない.

光線力学療法

2017年2月28日 火曜日

光線力学療法PhotodynamicTherapy(PDT)髙橋寛二*はじめに光線力学的療法(photodynamictherapy:PDT)は2004年にわが国で認可され,滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)を選択的に閉塞させる治療として現在も使用されている.光感受性物質ベルテポルフィンと赤外レーザーの光化学反応を利用する治療法であり,滲出型AMD治療の主力として使用された時代があったが,2009年に抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬の認可薬であるラニビズマブが一般的に使用され始めてから使用頻度は減少している.本稿では,抗VEGF療法全盛の時代に,いかにPDTを利用して効率よくAMD治療を行えばよいのか,また適応疾患として認可されていない疾患に対するPDTによる治療についても触れる.IPDTの標準的手技光感受性物質ベルテポルフィン(6mg/m2体表面積)の静脈内投与を10分かけて行い,薬剤静注開始後15分後からフルオレセイン蛍光眼底造影(.uoresceinangiography:FA)で同定した「病変(CNVのほかに出血,漿液性網膜上皮.離,蛍光ブロック部,光凝固瘢痕のすべてを含む)」+500μmの縁取り(safetymad-gin)を含む照射野に波長689nmのレーザー光(出力600mW/cm2)を83秒間照射する.視神経乳頭にはレーザー照射を避けるという原則があり,乳頭近傍の病変では乳頭縁から200μm以上距離をあけて照射を行う必要がある.IIPDTの利点と欠点PDTの利点として,①眼内炎や脳梗塞などの硝子体注射で起こりうる重篤な有害事象がなく,全身的に副作用が少ない,②すでに脳梗塞など脳心血管合併症を有する症例にも使用可,③血管閉塞効果が高く長期間持続する,④治療回数が少なくすむ,⑤治療後の受診は3カ月間隔でよいので受診回数が少なくすむ,などがあげられる.反面,欠点として,①治療後の2日間の行動制限(日光遮断),②脈絡膜循環障害(脈絡膜毛細血管や,さらに深層の脈絡膜血管の一時的閉塞),③複数回治療後の網膜色素上皮萎縮の発生,⑤出血や急性視力低下などの術後の副反応,⑥適応面で視力0.1~0.5,病変サイズ5,400μm未満が標準的適応であり,適応に限界があること,などがあげられる.III滲出型AMDに対するPDTの効果と問題点1.PDT単独療法(PDTmonotherapy)市販後に行われたPDT新ガイドライン調査1)では,PDT単独療法は日本人の滲出型AMD〔典型AMDとポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvascu-lopathy:PCV)〕において1年間視力維持が可能であり,特に病変最大径1,800μ未満の小さい病変やPCV*KanjiTakahashi:関西医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕髙橋寛二:〒573-1191枚方市新町2-3-1関西医科大学眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(57)199図1PDT単独療法後の網膜下出血上段:典型AMD症例の軽症出血例.このような出血は視力低下を伴わず,早期に吸収する.下段:PCV症例の重症出血例.吸収には時間がかかり,視力低下も回復しにくい.抗VEGF薬の併用によって,このような出血は最近少なくなった.下にはつながらず,早期に吸収していくものが大半であった.一方,重症出血はPCV,occultCNV(線維血管性色素上皮.離),RAPの進行期(stage3)に多い傾向にあった(図1).現在でも,PDT単独療法は,全身的な問題点(脳梗塞直後など)から抗VEGF薬が使用できない場合や,注射に対する恐怖心から硝子体注射を行えない症例には適応がある.ただし,先述したように,この治療を選択する際には,適応決定に十分な検討を行うともに,術後に起こりうる副反応についてよく説明を行っておくことが重要である.2.抗VEGF薬+PDT併用療法(Combinedtherapy)抗VEGF療法全盛の現在,PDTを用いる際には,抗VEGF薬との併用がもっとも頻度が高く一般的となっている.その理由は,抗VEGF薬がPDTの欠点を補い,治療後に副反応の少ない安定した結果をもたらすからである.併用療法の有効性についての報告は滲出型AMDの各病型(典型AMD,PCV,RAP)について,長期成績を含めてきわめて多数存在する.併用を行うメリットと機序は,①PDTによるCNVの閉塞・退縮効果を抗VEGF薬が相加的に高める可能性,②PDT後の副反応としての治療後1週以内の異常な滲出を抑制することによって急性視力低下を未然に防ぐ,③PDT後の脈絡膜血管閉塞(相対的虚血)によるVEGFのup-reg-ulationを抑えることによってCNVの異常増殖を抑制する,④PDT後の副反応としての術後出血を抑える,ことがあげられる.特に日本人に多いPCVに対する併用療法の適応を考える際,われわれが参考にすべきはEVEREST試験2)であろう.この試験はアジア人に多いPCVに対して,ラニビズマブ単独,PDT単独,ラニビズマブ+PDT併用の治療効果を無作為前向き臨床試験で比較検討したものである.ポリープ状病巣の完全閉塞率はPDT+ラニビズマブ3回併用群(77.8%)とPDT単独群(71.4%)のほうがラニビズマブ単独群(28.6%)よりも明らかに高く,視力上昇は併用群+10.9文字,PDT単独群+7.5文字,ラニビズマブ単独群+9.2文字という結果が示され,併用療法はポリープ状病巣の完全閉塞,視力改善の両者ともにもっとも優れていた.ただし,この試験は症例数が少なく,6カ月間のみの短期間の成績であったため,現在,ノバルティス社は規模を拡大してアジア諸国のPCV症例を多数集めてラニビズマブ単独とラニビズマブ+PDT併用の間で2年にわたる試験(EVEREST-II試験)を行っており,昨年の米国眼科学会(AAO)で1年目の結果が報告された3).一方,2012年に発売されたアフリベルセプトは,単独療法でポリープ状病巣の完全閉塞率がラニビズマブ(20~30%)よりも高い(50%以上)という報告が多数なされている.現在,バイエル社が行っているPLANET試験(PCVにおけるアフリベルセプト単独療法とアフリベルセプト+PDTによるレスキュー療法の比較試験)において,1年後にアフリベルセプト単独療法が併用療法に比して非劣性であったとの報告がつい最近なされた4).今後,アフリベルセプトによるポリープ状病巣の退縮とPDT併用療法による退縮の差異や,アフリベルセプトの反応不良例に対するPDT併用療法の効果などについても検証する必要があると思われる.現時点での滲出型AMDに対する併用療法の適応としては,①抗VEGF薬投与例において,最初から治療抵抗性を示すinitialnon-responder(図2),②抗VEGF薬投与の途中から効果が減弱あるいは無効となり,投与がより頻回になりつつある耐性例,③患者がより少ない治療回数を望む場合(経済的負担の問題または高齢者で頻回の通院や家族の付添いが不可能な場合),④病態を早急に改善させたい症例(特にPCV症例),⑤脈絡膜血管透過性亢進や脈絡膜肥厚を伴う症例,などが考えられる.③④⑤に関しては,特にPCV例では,症例によっては初回治療から併用療法を積極的に取り入れて,治療回数を減らす方針もよいと思われる(図3).視力に関しては,最近報告されたPCVに対する併用療法の前向き研究Fujisanstudyでは,0.1~0.7までの症例を対象としており,結果的に8文字以上の改善が得られた5)ことから,併用療法を行う場合は視力0.7以下にまで適応を広げてもよいのかもしれない.なお,併用療法を行う際の実際上の問題点として,抗VEGF薬投与とPDTのタイミングの問題(抗VEGF薬(59)あたらしい眼科Vol.34,No.2,201720118M0.4図2抗VEGF薬導入期ノンレスポンダー症例に対する抗VEGF薬+PDT併用療法の例(PCV症例)ラニビズマブ(IVR)の3回投与で導入を図ったが,4カ月目に網膜.離の増加を認めた.視力良好例であったので1回のみ追加投与を行い経過をみたが,15カ月目に視力が0.4に低下したので併用療法を行い,速やかな網膜下液の消失をみた.併用療法はこのような反応不良例に対するレスキュー治療として速やかな効果が得られ有効である.図3初回から抗VEGF薬+PDT併用療法を行ったPCV症例中心窩上方に大きい橙赤色隆起病巣と強い滲出を伴った症例であったが,ラニビズマブ+PDT併用療法(IA-guidedPDT,PDTと硝子体注射同日施行)を行い,速やかにポリープ状病巣は退縮した.12カ月後に1度ラニビズマブ投与の追加を行ったが,治療回数計2回だけで18カ月間良好な視力が保持された.本症例のIA所見とレーザー照射野は図4bに示す.図4PCVに対するPDTのレーザー照射野の決定方法(図3と同一症例)標準的なFA-guidedPDT(a)では照射野は視神経乳頭を含む領域となり,過大かつ視神経乳頭を含むため治療を行えない(黄色円はGLD:7,300μm).異常血管網とポリープ状病巣をカバーするIA-guidedPDT(b)では,それ以外の病変は照射野から除去できるため,照射野を劇的に縮小できる(緑色円はGLD:2,550μm).ポリープ選択PDT(c)では,ポリープ状病巣のみに照射するのでさらに小さい照射野ですみ,中心窩の照射を避けられる(ピンク色円はGLD:1,050μm).図3の症例ではIA-guidedPDTを用いた.ができるため,より小さい照射野で効率的なCNV閉塞を行うことができる.CNVの境界が確実に同定されれば,FA-guidedPDTで用いていたレーザー照射野のsafetymargin(500μmの縁取り)除去も考慮してよいかもしれない.この方法を用いるとFA下では適応とならなかった大きい病変でもPDTを行うことができる利点がある(図4a,b).PCVに対するIA-guidedPDTの治療成績はFA-guidedPDTとほぼ同等とされているので,筆者は特にPCVにはこの方法を用いることが多い.b.減弱PDTまたは半量PDT(Reduced..uencePDT,Half.dosePDT)Reduced-.uence(RF)-PDTまたは半量PDTは脈絡膜循環への影響が少ない,より軽度のPDTで効果を得ようとする方法7)で,減弱を行う方法として,ベルテポルフィン投与量を半量にする方法,レーザー照射の時間短縮を行う方法(83秒間を60秒あるいは42秒とする),レーザーエネルギーを半量にする方法がある.滲出型AMDのなかでは,特にPCVのポリープ状病巣はこのような弱い条件でも閉塞しやすいと考えられ,一定の施設において併用療法も含めてRF-PDTがPCVに好んで用いられてきた8).しかし現在もっとも多くRF-PDTが使用されている疾患は,保険適用外ではあるが,慢性中心性漿液性脈絡網膜症であると推測される(後述).c.ポリープ選択PDT(Polyp.selectivePDT)Polyp-selectivePDTは,2007年にYannuzziの一派が報告し9),近年再注目されているPCVに対する治療法である10).PCVの異常血管網は,PDTを行っても一定期間後には再疎通することから,滲出の強いポリープ状病巣のみにレーザー照射を行ってポリープ状病巣を退縮させ,滲出を抑える方法である.過去にPCVに対する光凝固治療においても,ポリープ状病変のみを凝固する手技があったが(ポリープ凝固),この方法はその考え方をPDTに応用したものである.光凝固のように凝固部に暗点を生ずることがなく,また,中心窩下に標的病巣がなければ中心窩のレーザー照射を避けることができるので,PDTによる中心窩網膜のダメージを心配する必要がないという利点がある.治療にあたっては,眼底所見とOCT,IA所見から,滲出のもとになっている病巣を確認し,病巣が複数ある場合は,それぞれの病巣を狙って小さいスポットサイズで,病巣各々に83秒間の照射を複数回行う(図4c).PDTでは,ベルテポルフィン静注開始後20分以内に照射を終えるという原則があるので,このような複数回照射の場合も,その原則は守ったほうがよいであろう.中心窩を含む大きな病変で,異常血管網が中心窩下にある症例などが適応になると思われるが,慢性期に異常血管網からの漏出をきたしている症例には効果が少ないので,治療前所見をよく確認する必要がある.d.アイロ二ングPDT(IroningPDT)通常のスポットサイズでは照射できないような大きな病変や視神経乳頭近傍の病変に対してPDTを行う方法11)で,レーザー照射の83秒間の間,病変内でレーザースポットを一定速度でゆっくりとアイロンかけるように移動させる方法である.病変全体への照射エネルギーはstandardPDTよりも少なくなるが,きわめて大きく拡大した末期病変や,いびつな形態をとる病変で一定の滲出抑制効果と視力維持効果が得られる.IVCSCに対するPDTの効果6カ月以上にわたって網膜下への滲出が持続する慢性中心性漿液性脈絡網膜症(centralserouschorioretinop-athy:CSC)に対して,PDTは網膜下漏出を停止させるための治療として広く知られている(ベルテポルフィンの保険適用に関しては未認可).CSCの原発病態は脈絡膜血管の異常な透過性亢進であり,そのために網膜色素上皮のバリア破綻が起こり,網膜下に漿液が漏出している.PDTを行うと異常な脈絡膜血管の透過性が抑制されることから,バリアの回復と網膜下への漏出停止,網膜下液吸収効果が速やかに得られる.半量PDT(ベルテポルフィン投与量半量)を用いて日本人の慢性CSC204眼の1年成績をみた藤田らの報告では,1年後に89.2%で漿液性網膜.離の完全消失がみられ,著明な視力低下や全身的合併症は1例もなく,平均視力は治療前と比べ著明に改善したと報告されている12).方法としては,FAの網膜下蛍光漏出点を含むIAの透過性亢進領域をカバーしてレーザー照射を行うが,本症の場合,脈204あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(62)図5慢性中心性漿液性脈絡網膜症に対するRF.PDT黄斑部の漿液性網膜.離を繰り返す慢性例で,中心窩無血管野内のPEDの縁にmicroripをもつ症例.職業は運転手で運転業務困難を訴えていた.IAで脈絡膜血管透過性亢進の強い緑色円(直径2,900μm)の部位にRF-PDT(時間短縮:42秒間照射)を行ったところ,網膜.離,PEDは速やかに消失した.その後も1年間再発を認めない.FAIA図6孤立性脈絡膜血管腫に対するPDT視神経乳頭鼻上側に存在する脈絡膜血管腫に対し,視神経乳頭から200μm離し,safetymarginを設けず腫瘍部のみ(黄色円直径6,700μm)にfull-dosePDTを行った.血管腫からの滲出による黄斑部網膜.離は治療2カ月後に消失し,腫瘍部の網膜内浮腫も消失した.視力は治療前0.8から治療後1.2に回復した.

汎網膜光凝固術

2017年2月28日 火曜日

汎網膜光凝固術PanretinalPhotocoagulation(PRP)野崎実穂*はじめに糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)の有効性は,1980年代に確立され,多くの患者の失明を防いできた.しかし最近,糖尿病黄斑浮腫に適応となっている抗VEGF薬治療を継続することにより,糖尿病網膜症自体が改善すると報告され,今後薬物療法が主体となり,PRPは消え行く治療法になるかもしれない,ともいわれている.一方で,従来の凝固法よりも短照射時間・高出力設定で凝固を行うパターンスキャンレーザーや,ナビゲーション機能をもったレーザー光凝固装置も開発され,次世代のPRPも注目されている.I汎網膜光凝固(PRP)糖尿病網膜症に対して,PRPを行えば網膜症が鎮静化することは,日本では1973年に菅1)がすでに報告していたが,世界的には,アメリカの大規模臨床試験(TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup)でその有効性が1980年代に確立され2),以後30年以上糖尿病網膜症に対する治療として広く行われてきた.PRPの奏効機序は,視細胞を含む網膜外層を破壊することにより酸素需要を減らすため,と考えられている.しかし,効果的なPRPのためには1,000発近い凝固数が必要で,光凝固時の痛み,光凝固で惹起される炎症が原因と思われる黄斑浮腫の悪化からくる視力低下,凝固斑拡大による視力・視野障害といった問題が報告されてきた.とくに光凝固時の痛みや黄斑浮腫悪化による視力低下は,PRP途中に患者が自己判断で通院を中断してしまい,増殖糖尿病網膜症になり硝子体出血や網膜.離といった自覚症状が出るまで眼科を受診しなくなる,という問題にもつながるため,できるだけ避ける必要がある.黄斑浮腫増悪の原因としては,網膜光凝固によりVEGFや眼内の炎症性サイトカインが一過性に増加することによると考えられており3),PRP時にトリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を併用すれば,浮腫悪化を防げることが報告されている4,5)(図1).また,PRP開始前から黄斑浮腫のある症例は,抗VEGF薬をあらかじめ硝子体内に投与しておいてから,PRPを開始すれば浮腫悪化を防ぐことが可能である6).とくにOCTのマップで中心窩に浮腫がなくても,傍中心窩に網膜肥厚がある場合はPRPにより浮腫が悪化し視力が低下するといわれているため7),PRP開始前にOCT検査は必須である.IIパターンスキャンレーザー2006年に米国で開発されたパターンスキャンレーザーは,凝固パターンをコンピューター制御で行い,一度に複数発のレーザー凝固斑を得られる新しいシステムである8).凝固パターンや,凝固斑の間隔もあらかじめ設定できるため,整然とした均一な凝固斑が得られるという特徴のほか,一度に複数発の凝固を行うために,従来*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)193ab図1トリアムシノロンアセトニド後部Tenon.下注射併用PRPの症例未治療の増殖糖尿病網膜症に対して,トリアムシノロンアセトニド後部Tenon.下注射併用PRPを施行.47歳,男性.施行前,黄斑浮腫を認めるが(a),PRP施行後5カ月黄斑浮腫は消退している(b).図2通常凝固とパターンスキャンレーザーによるPRP通常凝固3カ月後(a),パターンスキャンレーザーによるPRP後3カ月(b).どちらもスポットサイズは200um,使用レンズはPRP165(倍率×1.96)と同じであるが,パターンスキャンレーザーの凝固斑のほうが小さいのがわかる.図3パターンスキャンレーザーによるPRPが不十分であった症例50歳,女性.2015年10月初診時の蛍光眼底造影で広範囲な無灌流領域と鼻側に新生血管を認め(a),パターンスキャンレーザーで450mW,20ミリ秒,スポット間隔1.0,総数1,756の条件でPRPを施行したが,4カ月後に他眼に硝子体出血が出現し再度蛍光眼底造影検査を施行した(b).無灌流領域の残存と新生血管の残存を認め,さらに凝固を追加した.ab図5光学レンズa:局所凝固用接眼レンズ.b:PRP用接眼レンズ.図4ナビゲーション機能付き光凝固装置眼底を観察するのはモニターを通してのみである.図6ナビゲーション機能付き光凝固装置でのPRP広範囲の眼底を観察しながらパターン凝固が行える.(10.7回)あった16).この結果を受けて,今後,増殖糖尿病網膜症に対してPRPではなく,抗VEGF治療が主流となっていくのであろうか?実際の臨床で,これだけ連続してラニビズマブ硝子体注射や通院を続けることが可能な増殖糖尿病網膜症患者が,どれほどいるか疑問である.また,この大規模臨床試験では,腎機能低下症例,血圧コントロール不良症例,定期的な通院ができない症例などははじめから除外されているほか,隅角に新生血管を認める症例も含まれていない.突然,全身状態の問題などで眼科に通院できなくなった場合,PRPしていない症例では急激に網膜症が悪化することが予想されるため,今後もPRPという治療法は消えることはないと思われる.おわりにPRPが糖尿病網膜症による重篤な視力低下を防ぐと報告されてから30年以上,PRPは糖尿病網膜症治療の第一選択とされてきたが,抗VEGF薬の登場で今後があやぶまれている.また,PRP施行時の痛みや黄斑浮腫悪化による視力低下は,患者が治療を勝手に中断するきっかけにもなりうるため,痛みを少なく,よい視力を保ちつつPRPを行う必要があろう.最近のパターンスキャンレーザーやナビゲーション機能付き光凝固装置は痛みを減らせる方法でもあり,ステロイドや抗VEGF薬を併用したPRPで,黄斑浮腫の増悪を防いで,よい視力を保ちつつ必要十分なPRPを行っていくことが,われわれ眼科医の使命と考える.文献1)菅謙治:糖尿病網膜症とXenon光凝固.眼科15:343-356,19732)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photo-coagulationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.ClinicalapplicationofDiabeticRetinopathyStudy(DRS)Findings.DRSReportNumber8.Ophthalmology88:583-600,19813)ItayaM,SakuraiE,NozakiMetal:UpregulationofVEGFinmurineretinaviamonocyterecruitmentafterretinalscatterlaserphotocoagulation.InvestOphthalmolVisSci48:5677-5683,20074)ShimuraM,YasudaK,ShionoT:Posteriorsub-Tenon’scapsuleinjectionoftriamcinoloneacetonidepreventspan-retinalphotocoagulation-inducedvisualdysfunctioninpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.Ophthalmology113:381-387,20065)UnokiN,NishijimaK,KitaMetal:Randomisedcon-trolledtrialofposteriorsub-Tenontriamcinoloneasadjuncttopanretinalphotocoagulationfortreatmentofdiabeticretinopathy.BrJOphthalmol93:765-770,20096)FilhoJA,MessiasA,AlmeidaFPetal:Panretinalphoto-coagulation(PRP)versusPRPplusintravitrealranibizum-abforhigh-riskproliferativediabeticretinopathy.ActaOphthalmol89:567-572,20117)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Visualdysfunc-tionafterpanretinalphotocoagulationinpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.AmJOph-thalmol140:8-15,20058)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina24:427-434,20049)ChappelowAV,TanK,WaheedNKetal:Panretinalpho-tocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:pat-ternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,201210)山川めぐみ,野崎実穂,佐藤里奈ほか:糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固術従来凝固法とパターン凝固の比較.日眼会誌118:362-367,201411)KozakI,OsterSF,CortesMAetal:ClinicalevaluationandtreatmentaccuracyindiabeticmacularedemausingnavigatedlaserphotocoagulatorNAVILAS.Ophthalmolo-gy118:1119-1124,201112)ChhablaniJ,MathaiA,RaniPetal:Comparisonofcon-ventionalpatternandnovelnavigatedpanretinalphotoco-agulationinproliferativediabeticretinopathy.InvestOph-thalmolVisSci55:432-3438,201413)InanUU,PolatO,InanSetal:Comparisonofpainscoresbetweenpatientsundergoingpanretinalphotocoagulationusingnavigatedorpatternscanlasersystems.ArqBrasOftalmol79:15-18,201614)IpMS,DomalpallyA,HopkinsJJetal:Long-terme.ectsofranibizumabondiabeticretinopathyseverityandpro-gression.ArchOphthalmol130:1145-1152,201215)BrownDM,Schmidt-ErfurthU,DoDVetal:Intravitreala.iberceptfordiabeticmacularedema:100-weekresultsfromtheVISTAandVIVIDstudies.Ophthalmology122:2044-2052,201516)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Panretinalphotocoagulationvsintra-vitreou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Laser Trabeculoplasty(LTP)

2017年2月28日 火曜日

LaserTrabeculoplasty(LTP)新田耕治*I選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の登場Argonlasertrabeculoplasty(ALT)は,1979年に原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)に対するレーザー治療方法としてWiseが初めて報告し1),GlaucomaLaserTrial(GLT)とGLTFol-low-upStudyでPOAG患者のレーザー治療としてその有用性が報告された2).しかし,ALTは一過性眼圧上昇(6.3~53%),周辺虹彩前癒着(12~47%),ぶどう膜炎などを比較的高率にきたすことが報告されており,またALTは線維柱帯を損傷させるために再照射が不可能であるなどの欠点がある3).1983年にAndersonとParrishが短時間の照射により,色素を含んだ細胞を選択的に障害し,その周囲の組織を温存できるselectivephotothermolysis(選択的光加熱分解)を見出し4),LatinaとParkが線維柱帯の色素細胞にのみ選択的にレーザーを照射することが可能であることを報告した5).その後,波長532nmQ-switchedNd:YAGレーザー,3ns,400μmの選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)機器が1995年に世界中に導入された.IISLTの作用機序SLTの作用機序はまだ解明されていないが,Chenら6)はレーザー照射により活性化されたフリーラジカルがマクロファージの貪食能を高めることによって,またAlvaradoら7)はレーザー照射により放出されたサイトカインがSchlemm管内皮細胞の房水透過性を向上させることによって,眼圧が下降するという仮説を提唱している.選択的な色素細胞の障害による炎症反応の過程で,線維柱帯細胞や貪食細胞が活性化され,線維柱帯の機能的再構築が行われて房水流出抵抗が減弱した結果,眼圧が下降するのではないかと考えられている.IIISLTの適応SLTの適応となる緑内障病型は,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)を含めた広義POAG,および落屑緑内障,高眼圧症である.これらの病型は隅角が広く,線維柱帯への照射も容易である.徳田らは,SLT(全周)施行後12カ月以上経過観察できた46眼(ステロイド緑内障10眼,POAG16眼,落屑緑内障10眼,混合緑内障10眼)の治療成績を検討した結果,眼圧下降率はステロイド緑内障群35.9%,POAG群13.2%,落屑緑内障群10.7%,混合緑内障群6.9%で,ステロイド緑内障群は他の病型と比較して有意な眼圧下降率を示したと報告した.また,累積生存率(手術療法を施行またはSLT前と同等もしくは上回る眼圧が2回連続した場合に死亡と定義)は,ステロイド緑内障群80.0%,POAG群56.3%,落屑緑内障群50.0%,混合緑内障群40.0%であり,ステロイド緑内障もSLTを試してみる価値のある病型であるとしている8).一方,SLT*KojiNitta:福井県済生会病院眼科〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(41)183図1レーザー線維柱帯形成術の照射シェーマALTはサイズ50μmで線維柱帯色素帯中央に照射し,SLTは線維柱帯色素帯に2~3発につき1度程度気泡が生じるエネルギーで照射スポットが重ならない程度に詰めて照射する.網膜光凝固のように照射斑は生じないため注意を要する.L)SLT図2第一選択治療としてSLTを施行した長期経過症例2008年8月19日に左眼にSLT(全周)を施行.2014年までは明らかに左眼のほうが眼圧は低く,SLTが奏効しているように思われたが,その後SLTの効果は減衰したと思われる.MD(HFA)TD(HFA)VFI(HFA)図3図2の症例の視野検査経過Humphrey視野に進行を認めず,SLT初回施行から8年以上緑内障が進行していない症例である.2年後の眼圧は12.6mmHg(11.5%下降),眼圧下降20%未満で緑内障点眼を再開することとした場合に,SLT2年後の薬剤数は0.9剤(薬剤使用症例は41.1%)になったと報告している.VIISLT照射範囲の違いによる治療比較90°に25発,180°に50発照射して32例をprospec-tiveに眼圧下降効果を検討したChenの報告6)では,両群に眼圧下降効果の差は認めなかったが,Chenは別のretrospectivestudyで長期間の経過をみると,90°照射のほうが作用持続期間は短かったので,90°と180°では180°照射を推奨している.同様に180°と360°照射を比較した報告34,35)では,両者に有意差がないとする報告がある一方で,360°照射のほうが眼圧下降効果は優れているとする報告も多い19,30,36~38).森藤らは,半周照射と全周照射とを比較して,眼圧下降率は半周群10.9±12.6%が全周群18.3±11.8%で全周群が有意に高く,Kaplan-Meier生存分析による2年生存率は半周群44.0%,全周群58.0%と全周群のほうが高かったと述べている19).このような結果から,最近ではSLTを施行する場合には,360°全周に照射するのが主流と思われる.VIIISLTの治療効果予測SLTを施行しても眼圧下降がほとんど得られないnon-responderが3割程度存在するので10),どのような症例がnon-responderになりやすいか施行前からわかっていれば有用と思われるが,SLT治療の効果と年齢,性別,内眼手術の既往,水晶体の有無には関連性が認められず,緑内障点眼治療状況や糖尿病の有無もSLTによる治療効果とは無関係と報告されている39,40).ALTでは隅角色素が多い症例が反応しやすいという報告41,42)があるので,山崎ら43)は色素沈着の程度とSLTの眼圧下降効果に関して検討したが,隅角の色素と眼圧下降に有意差を認めなかったと報告している.また,隅角の色素沈着の程度や緑内障の病型とも関連性は認めていない40).よって,施行前に眼圧下降効果が得られない可能性があることを説明し,了承を得るようにすべきである.Leeらは,SLTの眼圧下降効果の両眼一致性について検討している44).この場合の成功の定義は,SLT1カ月後にSLT前より20%以上の眼圧下降を得た場合とし,両眼ともにSLTによる眼圧下降治療が成功となったのは.42.9%,両眼ともに不成功となったのは,38.1%であり,両眼一致性は8割以上であった.つまり,片眼で効果があった場合は反対眼もSLTを試す価値があり,逆に片眼で効果がなかった場合,反対眼はSLT以外の治療方法を考えたほうがよいことになる.IXSLTの合併症SLT施行後の合併症として,前房出血・虹彩炎・黄斑浮腫・角膜浮腫などの報告45~49)があるが,筆者の検討対象では結膜充血,霧視,重圧感などの合併症の出現頻度は26/40(65.0%)と高率であったが,すべて数日間で消失し,重篤な合併症は経験していない31).SLT第一選択治療での合併症の報告としては,McIl-raithら(下半周照射)9)はSLT1時間後にcell1+程度の前眼部炎症を48%で認めたが,次回の受診日にも炎症が持続していたものはなかったと報告した.Melamedら(鼻側半周照射)26)は,SLT照射1日以内に結膜充血や軽微な前房炎症を67%に,58%で眼痛を認めたと報告した.一過性眼圧上昇に関しては,SLT第一選択治療の場合,Melamedら26)はSLT後1時間以内に5mmHg以上の眼圧上昇が11%,2~5mmHgの上昇が7%であった.追加治療としてのSLT治療の場合,筆者の施設では2/113(1.8%)の頻度にてSLT照射後に5mmHg以上の眼圧上昇を認め,SLT治療後に線維柱帯切除術を施行せざるをえなかった1症例を経験した(unpublisheddata).森藤ら19)は,5mmHg以上の眼圧上昇が6.7%,上野ら21)は4.1%と報告した.いずれにしてもSLTを照射した直後には眼圧上昇をきたす可能性があるので,照射して1時間後には必ず眼圧の確認が必要であると考えられる.XSLT再照射の有効性SLTは理論上,線維柱帯の構造には影響を与えないとされており,反復照射が可能とされている50).自験例を呈示する.1998年11月に初診した43歳の女性であ(45)あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017187図4第一選択治療としてSLTを施行し再照射を繰り返した長期経過症例初回SLT(2008年施行)は2010年には眼圧下降効果が減衰したと考えられ,SLT再照射を2010年2月23日に施行.同様に2011年3月22日に再々照射を施行.2013年2月26日からは,プロスタグランジン(PG)点眼も開始した.この間,Humphrey視野に明らかな増悪を認めなかった.■用語解説■アプラクロニジン:アイオピジンR.a2受容体に選択的に作動する.アデニル酸シクラーゼ活性を抑制し,サイクリックAMP産生を減少させて房水産生を抑制する.その他,上強膜静脈圧低下やプロスタグランジン誘導作用による房水流出促進機序もいわれている.SLT,LI,後発白内障による後.切開術後の一過性眼圧上昇を抑制できる.長期投与にて約1/3にアレルギー反応や薬剤耐性が生じるために,国内では単回使用に限定されている.パターンスキャンレーザー線維柱帯形成術:PSLTは波長532nmのグリーンか,波長577nmのイエローを使用して,スポットサイズは50μmでパターンスキャンレーザーを線維柱帯に照射するlasertrabeculo-plastyである.総照射数は1,200発前後で,暴露エネルギーは1.5~2.3mJで閾値下凝固であり,細胞障害性が低い照射方法のひとつである.レーザー照射により発生する温熱効果を利用し,房水流出の抵抗を軽減させ,眼圧下降効果を得ることが可能で,コンピュータ制御によるAuto-advance&rotationを実用化しているため,正確かつスムーズに照射が可能.LaserTrial(GLT)andglaucomalasertrialfollow-upstudy:7.Results.AmJOphthalmol120:718-731,19953)FinkAI,JordanAJ,LaoPNetal:Therapeuticlimitationsofargonlasertrabeculoplasty.BrJOphthalmol72:263-269,19884)AndersonRR,ParrishJA:Selectivephotothermolysis:precisemicrosurgerybyselectiveabsorptionofpulsedradiation.Science220:524-527,19835)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoftrabecularmeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-371,19956)ChenC,GolchinS,BlomdahlS:Acomparisonbetween90degreesand180degreesselectivelasertrabeculoplas-ty.JGlaucoma13:62-65,20047)AlvaradoJA,AlvaradoRG,YehRFetal:Anewinsightintothecellularregulationofaqueousout.ow:howtra-becularmeshworkendothelialcellsdriveamechanismthatregulatesthepermeabilityofSchlemm’scanalendo-thelialcells.BrJOphthalmol89:1500-1505,20058)徳田直人,井上順,山崎泉ほか:ステロイド緑内障に対するselectivelasertrabeculoplastyの有用性.日眼会誌116:751-757,20129)McIlraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertra-beculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,200610)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertra-beculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthal-mology105:2082-2088,199811)DamjiKF,ShahKC,RockWJetal:Selectivelasertra-beculoplastyvargonlasertrabeculoplasty:aprospectiverandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol83:718-722,199912)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,199913)加治屋志郎,早川和久,澤口昭一:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.日眼会誌104:160-164,200014)GracnerT:Intraocularpressureresponsetoselectivelasertrabeculoplastyinthetreatmentofprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmologica4:267-270,200115)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyver-susargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.Ophthalmology111:1853-1859,200416)LaiJS,ChuaJK,ThamCCetal:Five-yearfollowupofselectivelasertrabeculoplastyinChineseeyes.ClinExperimentOphthalmol32:368-372,200417)Martinez-de-la-CasaJM,Garcia-FeijooJ,CastilloAetal:Selectivevsargonlasertrabeculoplasty:hypotensivee.cacy,anteriorchamberin.ammation,andpostoperativepain.Eye(Lond)18:498-502,200418)真鍋伸一,網野憲太郎,高島保之ほか:SelectiveLaserTrabeculoplastyの治療成績.眼科手術12:535-538,199919)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,200820)望月英毅,高松倫也,木内良明:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の有効率.あたらしい眼科25:693-696,200821)上野豊広,岩脇卓司,湯才勇ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科25:1439-1442,200822)南野桂三,松岡雅人,安藤彰ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科26:1249-1252,200923)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200724)MikiA,KawashimaR,UsuiSetal:Treatmentoutcomesandprognosticfactorsofselectivelasertrabeculoplastyforopen-angleglaucomareceivingmaximal-tolerablemedicaltherapy.JGlaucoma25:785-789,201625)ElMallahMK,WalshMM,StinnettSSetal:SelectivelasertrabeculoplastyreducesmeanIOPandIOPvariationinnormaltensionglaucomapatients.ClinOphthalmol4:889-893,201026)MelamedS,BenSimonGJ,Levkovitch-VerbinH:Selec-tivelasertrabeculoplastyasprimarytreatmentforopen-angleglaucoma:aprospective,nonrandomizedpilotstudy.ArchOphthalmol121:957-960,200327)MahdyMA:E.cacyandsafetyofselectivelasertrabec-uloplastyasaprimaryprocedureforcontrollingintraocu-larpressureinprimaryopenangleglaucomaandocularhypertensivepatients.SultanQaboosUnivMedJ8:53-58,200828)KatzLJ,SteinmannWC,KabirAetal:Selectivelasertrabeculoplastyversusmedicaltherapyasinitialtreat-mentofglaucoma:Aprospective,randomizedtrial.JGlaucoma21:460-468,201229)ShazlyTA,SmithJ,LatinaMA:Long-termsafetyande.cacyofselectivelasertrabeculoplastyasprimaryther-apyforthetreatmentofpseudoexfoliationglaucomacom-paredwithprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthal-mol16:5-10,201030)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Aran-domised,prospectivestudycomparingselectivelasertra-beculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1437,200531)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日眼会誌117:335-343,201332)KashiwagiK,TsumuraT,TsukaharaS:Long-terme.ectsoflatanoprostmonotherapyonintraocularpressureinJapaneseglaucomapatients.JGlaucoma17:662-666,2008190あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(48)-

レーザー切糸術

2017年2月28日 火曜日

レーザー切糸術LaserSutureLysis川瀬和秀*はじめに保存的治療では十分な眼圧下降が得られない緑内障症例に対する観血的治療として,流出路手術と濾過手術がある.初期症例などには,極端な低眼圧や感染症などの合併症が少ない流出路手術が適応されるが,視野障害が高度な場合など,術後10mmHg前後の眼圧が必要な症例には濾過手術が適応となる.代表的な濾過手術として多く行われている線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)は,マイトマイシンCや5-FUなどの代謝阻害薬の併用により長期成績も良好である.しかし,TLEの術後早期合併症として低眼圧,浅前房,脈絡膜.離,低眼圧黄斑症などがある1,2).このため,これらの合併症を防止する目的で,強膜弁をタイトに縫合して適当な時期に縫合糸をレーザーで切糸する「レーザー切糸術」を前提とした術式が行われている3~5).しかし,これには術者が術中の所見から術後の切糸までをトータルで考えて行う必要がある.I基本術式結膜上からレーザー切糸レンズを押し当て,透見された糸に焦点を合わせてレーザー照射を行う.照射部位はナイロン糸の端部がよく,中央部での切糸を行うとナイロン糸が立ち上がって結膜を突き抜けて出てくることがある.図1ホスキンスレンズ(左)とマンデルコーンレンズ(右)による縫合糸の観察マンデルコーンレンズはホスキンスレンズに比べ倍率が高いため,より低いエネルギーで切糸可能であり,接眼部径が大きいため強膜弁の全体を確認することができる.*KazuhideKawase:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学教室〔別刷請求先〕川瀬和秀:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(35)177ab図2レンズの種類a:HoskinsNylonSuture(Ocular社).倍率は×1.20.接眼部径3.0.mm.b:MandelkornSutreLysis(Ocular社).倍率×1.32.接眼部径5.6.mm.レンズの円錐の平らな部分を上眼瞼の下に合わせて置くことにより瞼を固定することができる.c:BlumenthalSuturelysis(Volk社).レンズから出た円柱の先は小さく丸く突出している(.).ab①③④図310時方向に強膜弁を作製した場合a:円蓋部基底では結膜切開創の離解や漏出を防ぐため,①結膜切開創から離れた糸から開始して,眼圧が高く結膜も厚い場合は12時方向(.)に濾過させるよう②を,眼圧が比較的低く結膜が薄い場合は円蓋部方向(.)に濾過させるため②を切糸する.b:輪部基底の場合は円蓋部が瘢痕化するため,①から切糸して12時方向(.)に濾過させ,続いて②を切糸して9時方向(.)に濾過させる.③⑤④図4レーザー切糸の術中因子①結膜切開部位と結膜厚.②線維柱帯切除創の部位(強膜弁縁との距離).③線維柱帯切除創の位置.④強膜弁縫合糸数と強さ.⑤房水の流れる方向と流れやすさ.-