連載Myboom監修=大橋裕一第59回「稲田晃一朗」本連載「Myboom」は,リレー形式で,全国の眼科医の臨床やプライベートにおけるこだわりを紹介するコーナーです.その先生の意外な側面を垣間見ることができるかも知れません.目標は,全都道府県の眼科医を紹介形式でつなげる!?です.自己紹介稲田晃一朗(いなだ・こういちろう)熊本市開業私は,昭和54年に熊本大学医学部を卒業後,同大学眼科に入局しました.岡村良一教授のもとで2年間の研修の後,熊本大学大学院医学研究科に入学し,涙液蛋白分析の研究を行いました.学位取得後,熊本赤十字病院眼科,熊本大学医学部附属病院眼科に勤務し,平成元年から約1年半,当時の西ドイツ(ドイツ連邦共和国)のErlangen-Nurnberg大学のRohen教授,Drecoll教授のもとで,形態学の勉強をさせていただきました.その後,熊本大学医学部眼科,熊本市民病院眼科で臨床,研究をさせていただき,平成9年4月熊本市にいなだ眼科を開業し,現在に至っております.Myboom?:地震平成28年4月14日午後9時26分,熊本地方を震源とするマグニチュード6.5の地震(前震)発生.そして4月16日午前1時25分,マグニチュード7.3の地震(本震)がさらに熊本を襲い,熊本県益城町では最大震度7を2度観測しました.前震のとき,3階の自宅リビングでは,目の前の食器棚から皿やコップがバラバラと飛び出し,華奢なスチール製本棚はすべて倒れました.しかし,その他の家具や冷蔵庫などは大丈夫で,このときまではまだ余裕がありました.すぐに,1階の診療施設に降り,設備を確認,真夜中過ぎまで散らばった書類や書籍を整理して翌日の診療に備えました.翌日15日の診療をなんとか終え,心配して長崎から車で来てくれた長女と夕食をとり,疲れで熟睡していたその夜,さらに激しい本震にみまわれました.「ドーーン,ワリワリ,ガラガラ」表現できない音と揺れで,目を開けましたが,十分な覚醒ができず,鉛のような頭の中では,「ああ,だめかも…これは,いかん…」と考えるのが精一杯で,フリーズした状態でした.気づくと,私のベッドのすぐ脇に,壁際にあるはずのタンスの上半分が飛んできていました.娘を危険の少ない玄関ホールに寝かせ,ドアを開けたまま,すぐに脱出できる状態にして,ひっきりなしの余震の中,夜を明かしました.翌日見ると,建物被害は壁の多くの亀裂,天井と窓の一部破損程度でしたが,室内は建具の一部が倒れ,めちゃめちゃでした.1階診療所の施設は,幸いキャスターに載せた診療器具はあちこち移動していたものの,落下は免れていました.当日の土曜と翌日の日曜で,なんとか診療ができる状態まで片付けて,断水状態でしたが電気が通じたので,本震後の月曜日から診療を開始しました.スタッフもすべてが被災者で,なんとか人員のやりくりをして,来院される患者さんに対応しました.なかなか回復しない水道を待ちながら,水の確保と衛生状態の保全に注意して,少しずつでも回復することを期待していました.しかし,そんな中,伝わってくるのは,自院のすぐそばにある,熊本のシンボル,熊本城と勇壮な石垣の無惨な損傷,崩壊のニュース.美しい南阿蘇の変わり果てた姿,多数の死者を出した震源地益城町の目を覆いたくなるような惨状.そして,さらに色々な大小の問題が思わぬ形で出現し,ボディブローを受けたボクサーのように,徐々にダメージが蓄積する感じでした.Myboom:絵画中学から大学卒業まで,サークル活動は美術部で過ごし,仲間と油絵やデッサン,いろんなイベントを楽しんでいました.写真1は,当時描いた大好きな熊本城の「武者返し」の石垣,100号の油絵です.地震後にお城に行ってみましたが,崩落した石垣の姿を見て,ショックを受けました.現在,月に2回絵画教室に通っていますが,これも地震直後からしばらく中止でした.絵筆をとる余裕もなく,3週間が過ぎる頃から,少しずつ町中が明るくなり,人通りが増えてきました.そんな中,絵画教室の再開の電話があり,日曜の朝出向きました.久しぶりに会う先生や教室の皆さんと,無事の再開を喜び,話しをして,いつものようにペンや筆を走らせる音だけが響く教室での時間が,落ち込んでいた気持ちをすうっとやさしく癒してくれました.Myboom:サックス50歳の誕生日に一念発起して,サックスを購入しました.それまで楽器の経験はなく,音楽は聴くものと思っていました.そんな時,観た映画が「スウィングガールズ」.その楽しさにひかれ,以前から気になっていた楽器を手に入れ,サックス教室に入会.しかし,予想に反し,それからが苦闘の連続でした.還暦を過ぎ,目立った進歩も感じられず,そろそろ潮時かな,と思っていた矢先の今回の地震.幸い楽器は無事でしたが,練習はできず,久しぶりに出した音はひどいものでした.地震から4週間程が過ぎ,再開した教室で,サックスの師匠や音楽仲間と久しぶりに会うことができ,レッスンはせずに1時間中ずっとしゃべっていました.やっと元の日常が帰ってきている.そんな些細なことから安らぎを感じ,こんな時間がもてることがとても大事なのだとしみじみ感じました.そして,楽器店の社長が今年の秋に,楽器店主催のライブステージを復興の意味も込めて開催するそうです.これに向けて,気合いを入れ直さなくてはいけません.(74)Myboom:ロービジョンケア眼科医になって,興味をもった研究は,大学院時代の涙液蛋白分析,臨床はぶどう膜炎,未熟児網膜症でした.そして,今はロービジョンケアに軸足を移してきています.日本ロービジョン学会の評議員にしていただき,眼科医の先生方のみならず,ロービジョンケアに積極的に取り組んでおられる色々な職種の皆さんとお話ししながら,熊本の地でできることを模索しています.今回の地震で,盲学校の先生方や熊本県点字図書館の皆さんの連携が進み,さらに,関係する方々を含む熊本県障がい者支援ネットワークが広がっています.災害を機に,むしろ一歩進んで行ければうれしい限りです.最後に私のMyboomは,余震を含めて二千回近く経験した地震と,サックスと絵画とロービジョンケアです.そして,サックスと絵画の時間が,たとえへたくそでも,今までよりもずっといとおしく思えるようになりました.しかし…地震だけは…もう二度と…経験したくありません!次のプレゼンターは,甲府共立病院眼科の加茂純子先生です.臨床に,研究に,論文執筆にとエネルギッシュに活躍しておられます.また,多彩な趣味もおもちです.よろしくお願いします.注)「Myboom」は和製英語であり,正しくは「Myobsession」と表現します.ただ,国内で広く使われているため,本誌ではこの言葉を採用しています.(73)あたらしい眼科Vol.33,No.12,201617510910-1810/16/\100/頁/JCOPY写真1熊本城の石垣,通称「武者返し」.油絵100号写真2サックス教室の発表会にて1752あたらしい眼科Vol.33,No.12,2016(74)