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時の人 近藤 寛之 先生

2016年11月30日 水曜日

時の人産業医科大学眼科学教授近こん藤どう寛ひろ之ゆき先生北九州市八幡西区にある産業医科大学は,1978年に開設された日本で唯一の産業医を育成するための医育機関である.医学教育,研究に力を入れる一方,同大病院では特定機能病院として県内外の紹介患者を数多く受け入れてきた.そのなかでも最近とくに,眼科にヘリコプターで搬送されてくる未熟児網膜症の赤ちゃんが増えている.それはなぜか…….*同大眼科学教室は,初代・栗本晋二教授が白内障,第二代・秋谷忍教授が角膜疾患,第三代・田原昭彦教授が緑内障と,歴代教授の専門分野が三者三様であったことから,「幅広い専門性が脈打っている教室」が看板である.ここに2010年,准教授として近藤寛之先生が赴任した.先生の専門は小児網膜疾患とサージカルレチナである.加えて,眼科では数少ない臨床遺伝専門医である.2013年10月,近藤先生は第四代教授に就任すると同時に,網膜疾患,とくに小児網膜疾患の診療を,病態生理の研究と手術治療の両面から推し進めてきた.その成果が,早くも未熟児網膜症患児の搬送件数の急増という形で現れたのである.それだけではなく,未熟児網膜症や小児疾患,遺伝性眼疾患で紹介受診する患者は,今や近県のみならず近畿,関東にも及んでいる.また,近藤先生の研究グループによる白色瞳孔未熟児網膜症の手術研究,家族性滲出性硝子体網膜症の遺伝子診断は,海外からも高い評価を得ている.*近藤先生は東京生まれで,母は眼科開業医,兄二人も眼科の道に進んだという「眼科一家」の中で育った.都立国立高校から千葉大学医学部に入学.学生時代は陸上選手で,「3000メートル障害」という超ハードな種目で日本学生陸上競技対校選手権大会(全日本インカレ)に出場したこともある(ちなみに全日本インカレは医学生限定の大会とは別物である.念のため).1988年に卒業し,眼科レジデントとして東京の虎の門病院に数年間勤務した.ここで「硝子体手術医をめざすという眼科医としての方向性が定まった」そうである.1992年,福岡大学医学部眼科教室に移り,大島健司先生のもとで未熟児網膜症などの小児網膜疾患の手術専門医として研鑽を積んだ.1995年から2年間は米国マイアミ大学に留学,1999年には学位取得(福岡大学),1999年から2年間は九州大学遺伝情報実験施設に国内留学し,眼科疾患の遺伝子解析の研究─小児の遺伝性網膜疾患や網膜色素変性症に関する臨床遺伝学の研究─に打ち込んだ.これが産業医科大学に移られるまでの近藤先生の経歴である.*近藤先生の講演や学会発表などを聞いたことのある人は,その落ち着いた声の調子や,明瞭な聞き取りやすい話し方をよくご存じだと思う.まるで訓練を積んだアナウンサーか俳優のようである.それと関係があるかどうかはわからないが,先生は歌舞伎や落語などの古典芸能への造詣が深く,またご自身が長唄三味線の杵五派の名取(なとり=一定の技芸に達して,師匠や家元から芸名を許された人のこと)であるからして,舞台(講演)での話し方,振る舞い方を熟知しておられるのは当然かもしれない.きれいに聞き取りやすく話すということは,あまり意識していない人も多いようだが,大勢を前にして話すときはもちろん,診療で患者や家族と話すときにも欠くことのできない大切な技術の一つではないだろうか.*近藤先生のモットーは「人とともに成長する」である.困っている患者や家族に喜びをもたらし,その喜びを糧として成長できる人材,臨床や研究によって培われた知力を診療や医学の進歩に活かせる人材を一人でも多く養成することが,教室を率いる近藤先生の今の目標である.「あの先生に診てもらってよかった」と患者さんに感謝されるような臨床家が,産業医科大学眼科学教室から多数巣立つことだろう.(55)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.11,20161593

ヨード製剤を見直す

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1587?1592,2016ヨード製剤を見直すReassessmentofIodineSolutionfortheEye秦野寛*Iなぜヨード製剤を見直すのか?感染症対応での究極の原点は「毒をもって毒を制する」である.近年は往時に比べて裕福になったせいか,余裕に基づく予防医療で薬剤が多用され,その毒性面が槍玉に上がることしきりである.現状の是非はさておき,本稿では臨床応用される抗微生物薬(生体毒,細胞毒)の有用性を考えたい.これには大きく2種類がある.つまり,抗菌薬と消毒薬である.抗菌薬については,近年,耐性菌とのイタチゴッコが泥沼化している.抗菌薬は最終的には細菌の耐性化には勝てない.ある面,微生物は人間よりも遥かに利発である.しかも,現在,企業での抗菌薬開発の状況は意欲的に停滞しており,しかもこの傾向は世界共通で,一種閉塞状態といっていい.新薬の登場は期待できない.そこで,抗菌薬の対極にある消毒薬の見直しの話をしたい.一般に消毒薬は全身投与しにくいが,眼科や皮膚科など,局所投与が主流の臨床科では消毒薬の再評価が疾患別にもっとなされるべきである.その有用性は有効域と安全域のバランスやその重なり域の大きさで決まる.消毒薬に有用性ありとすれば,使わない手はない.II消毒薬の種類と殺菌レベル消毒薬はいろいろの種類がある.しかし,眼科では表1に掲げた消毒薬を自分のなかで位置づけておけば十分と思われる.これら薬剤の抗微生物スペクトルをみると,ほぼ満遍なく有効であるのはヨード製剤とアルコールであることがわかる.用途は表2に示したが,上から4種類が生体に使用可能なもので,下の2種類は非生体用のものである.生体用の4種類のなかでも生体の粘膜に使用できる,つまり眼科的に点眼・洗眼可能なものは上から3種類のみで,アルコールは禁忌である.また,ヨード製剤がその3種のなかでも,もっとも抗微生物活性が強いので,その臨床上の有用性評価が望まれることになる.III抗菌薬と消毒薬抗菌薬は細菌の細胞壁,蛋白,DNAの合成阻害をその作用機序としている.したがって,選択毒性があり,宿主には比較的無害だが,問題は細菌など微生物側の変身により耐性化が一般的に生じる点にある.他方,消毒薬は微生物の表面膜蛋白(細菌・真菌・ウイルス)を酸化変性させることにより微生物を不活化するため,微生物側の代謝と無関係で選択毒性がなく,宿主にも有害であるが,耐性化は生じない(表3).IVヨード製剤の概要ヨード製剤は,内服薬(ヨウ化ナトリウムやヨウ化カリウム),シロップ,飽和溶液,粉末の塩などとして製剤されるほか,ポリビニルピロリドン(PVP)やポリビニルアルコール(PVA)などとの包摂化合物として製剤される.本剤の用途はさまざまだが,①放射性同位体を用いた放射線医学試薬,②安定同位体を用いた原子力災害時の放射線障害予防薬や造影剤,③ウイルス,細菌,真菌,アメーバなどに対する消毒薬,農薬などの利用がなされている.Vヨード製剤の作用機序眼科領域で利用されるヨード製剤は一般的にポビドンヨードとPAヨードが知られている.両者とも他の化合物と混ぜた包接化合物である.ポビドンヨードの包接化合物は界面活性剤のPVPであり,PAヨードのそれはPVAである.両方とも,包接状態からヨウ素(I2)が分離して,遊離ヨウ素が殺菌作用を発揮する.機序は微生物の表面蛋白の酸化変性である.したがって,殺菌力は各薬剤原液の希釈率で異なるが,最終的には遊離ヨウ素濃度が活性を決める.濃度が高いほど抗微生物活性は強くなる.VI消毒の3要素(変数)消毒剤の微生物不活化効力に影響する因子として一般にいわれているものは,温度・濃度・時間の3つである.これらの項目は消毒の3要素(変数)とよばれる.筆者はこの“温度・濃度・時間の3変数”をもじって,“温・濃・時の変”(本能寺の変)と整理し,記憶するようにしている.まず希釈用溶液の温度ありきである.温度については10℃上昇ごとに不活化時間は1/2になる.したがって,温度だけについていえば,高いほど消毒活性は高くなる.つぎは一般的にももっとも意識する濃度である.これも,宿主生体細胞に対する毒性のない範囲内で通常高いほどよい.最後は,微生物との接触時間である.これも長いほどよいが,現実的に必要最低時間が求められる.これら3変数の値はすべて,正相関的に不活化能を高めることになる.筆者ら1)はこの3因子がPAヨードの不活化効力に与える影響と保存安定性を詳細に検討した.その結果を図1~5に示した.温度では,図1のごとく4℃で不活化効力が低下する傾向がみられる.図2に示したように,濃度では,20倍希釈濃度以上の濃度で,いわゆる耐性細菌といわれるものがことごとく死滅している.図には載せていないが,感受性細菌も同様に不活化されている.保存法についての比較では,図6に示したように容器を開放しておくと脱色し,失活する.以上からPAヨードの不活化効力には温度・濃度・時間とも正相関を示し,なかでも濃度の影響がもっとも大きい.保存には密栓が必要であり,代謝活性を抑える意味で低温保存が望ましい.VII臨床応用ヨード製剤の臨床応用については,1959年ソビエト連邦でのPAヨードの医療使用が初めである2).また,角膜ヘルペスに対しては,1936年Gunderson3)によるヨードチンク塗布療法,1962年Kaufmanら4)の5-iodo-2’-deoxyuridine(IDU)を用いた報告などがある.遊離型のヨードが殺細菌,殺ウイルス作用をもつことは古くから知られ,日本でも1961年に神谷ら5)がPAヨードの点眼応用の研究を報告し,1962年には北野ら6)が角膜ヘルペスに対するPAヨードの有効性について基礎的研究を報告した.現在,入手可能なヨード製剤はポビドンヨードとPAヨードの2種類であるが,ポビドンヨードは発売企業側から眼粘膜使用が不適応とされて現在使えない.したがって,日本で唯一眼科使用できるヨードであるPAヨードの消毒,点眼応用の可能性について検討してみたい.なお,本剤は角膜ヘルペスに対しては点眼使用の保険適用が承認されている.VIII自験例予防と治療について筆者の現在試験中の事例を述べておく.もちろんこれらは今後十分な検証が必要であるが,筆者はその有用性(有効性×安全性)をほぼ確信している.昨今,白内障手術中に適時,IOL挿入直前などに,ヨード製剤を術野に降りかける感染予防法が行われている.筆者は図7に示すように,白内障手術の際,術中感染予防目的で,角膜表面への水かけの代わりに,PAヨードの40倍希釈液を持続滴下している.本剤の臨床応用は,基本的にはすべての微生物に対して有意味である.樫葉ら7)はPAヨード点眼の細菌性結膜炎,ウイルス性結膜炎,角膜ヘルペスなど種々の疾患への有効性を報告している.また,とくに難治性であり,正式の保健薬のないアカントアメーバ角膜炎に対して現状は消毒薬局所投与,抗真菌薬の局所投与および全身投与が一般的である.稲田8)はアカントアメーバ角膜炎に対するPAヨードの具体的使用について述べているが,初診日は角膜擦過とPAヨードによる洗眼を実施し,以後クロールヘキシジンの点眼を継続処方している.筆者は,既存の薬物治療にまったく反応しない原因不明の症例に対し,PAヨードの安全性とワイドな抗微生物スペクトルについての十分な説明をしたうえで同意を取り,PAヨード6倍希釈液を4~6回/日点眼している.本剤は空気に触れると酸化還元反応が進んで失活するので,患者に1週間分として点眼薬を3本程度渡し,使用に伴って空気部分が増えてきた点眼瓶は順に処分してもらっている.図8は原因微生物が特定できなかった難治性角膜潰瘍の臨床例である.過去の一切の薬物が無効であったため,患者の同意のもとPAヨード点眼をした.1週間後から明らかな反応があり,著効した印象的な例であった.PAヨード点眼使用時,患者に対する同意取得説明例をあげる.「あなたの角膜感染症は過去の検査や治療経過から判断して,使用すべき保険点眼薬剤がない.PAヨード点眼は角膜ヘルペスには保険適用があり,あなたの場合も最終的に角膜ヘルペスも否定はできないため使用する意味がある.また,保険適用はない他種感染微生物に対しても実験的に有効性が確認されているので,試用する価値がある.副作用はアレルギーがあり得る.点眼時はヨードで衣服を汚さないように注意する.汚した時はハイポアルコールや一般的には花王のハイター類で脱色できる」と伝える.まとめ1.現在,医療環境での最大の難問に抗生物質,抗菌薬に対する菌の耐性化がある.これと平行してヨード製剤を代表とする消毒薬の再評価が望まれる.2.消毒薬は微生物の表面膜蛋白(細菌・真菌・ウイルス)を酸化変性させて微生物を不活化する.微生物の代謝と無関係なため選択毒性がなく宿主にも有害であるが,耐性化は生じない.3.消毒薬の微生物不活化効力に影響する因子は温度・濃度・時間の3変数“温・濃・時の変”である.文献1)秦野寛,坂本雅子,林一夫ほか:ヨウ素・ポリビニルアルコール点眼・洗眼液(PA・ヨード)の消毒活性における温度・濃度・時間の影響と保存安定性.日眼会誌119:503-510,20152)UsyakovSN,MokhnachVO:DokladyAkad.NaukS.S.S.R,1317,1959(ロシア語)3)GundersonT:Herpescorneaewithspecialreferencetoitstreatmentwithstrongsolutionofiodine.ArchOphthalmol63:422-424,19364)KaufmanHE,NesburnAB,MaloneyED:Treatmentofherpessimplexkeratitis.ArchOphthalmol67:583,19625)神谷貞義:ヨード包接化合物の点眼薬への応用其の一.眼臨医報55:762-765,19616)北野周作,金沢俊和,春山茂之ほか:角膜ヘルペスの研究第4報PVA-I2の影響について.日眼会誌66:1557,19627)樫葉周三・小原博亭・原嘉明ほか:ヨード包接化合物(PVA-I2)点眼液の殺菌効力試験および細菌起炎性眼疾患への使用経験.眼紀31:491-505,19808)稲田紀子:難治性角膜感染症.眼科53:1609-1617,2011*HiroshiHatano:ルミネはたの眼科〔別刷請求先〕秦野寛:〒251-0052神奈川県藤沢市藤沢438-1藤沢ルミネプラザ7Fルミネはたの眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1消毒薬の抗微生物スペクトル消毒薬細菌結核菌真菌ウイルスクロルヘキシジン◎×◯×ベンザルコニウム◎×◯×ヨード◎◎◎◎アルコール◎◎◎◎次亜塩素酸ナトリウム◎◯◯◎グルタラール◎◎◎◎表2消毒薬の種類と殺菌レベル大別消毒薬殺菌レベル生体用antisepticsクロルヘキシジン低ベンザルコニウムヨードアルコール中器具・環境用disinfectants次亜塩素酸ナトリウムグルタラール高表3抗微生物薬抗菌薬:細胞壁・蛋白・DNA合成阻害選択毒性(+)?耐性化(+)消毒薬:膜蛋白(細菌・真菌・ウイルス)酸化変性選択毒性(?)?耐性化(?)1588あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(50)図1PA濃度の微生物不活化効力に対する温度の影響図2PAヨードの各種耐性菌不活化効力に対する濃度の影響(51)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161589図3PAヨードのカンジダ(C.albicans)の不活化効力に対する濃度・時間の影響図4ウイルスの不活化効力に対する濃度・時間の影響図5PAヨードのアメーバ・シスト(A.castellanii)の不活化効力に対する濃度・時間の影響1590あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(52)図6PAヨード(8倍)の失活(脱色)図7術中持続滴下(PAヨード)図8PAヨード点眼例(原因不明角膜炎)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201615911592あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(54)

サイトメガロウイルス角膜内皮炎の診断基準と治療指針

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1581?1585,2016サイトメガロウイルス角膜内皮炎の診断基準と治療指針DiagnosisandTreatmentofCytomegalovirusCornealEndotheliitis小泉範子*はじめに角膜内皮炎は角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患であり,角膜内皮細胞が広範囲に障害されると水疱性角膜症となって重症の視力障害を生じる.単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)や水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)がおもな原因とされてきたが,サイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)による角膜内皮炎の存在が2006年に日本から初めて報告された1).抗ヘルペスウイルス薬が奏効しない難治な角膜内皮炎や,角膜移植を繰り返す原因不明の水疱性角膜症のなかに,少なからずCMV角膜内皮炎の症例が含まれることから,角膜浮腫・角膜内皮障害の鑑別疾患として念頭におくべき疾患である.本疾患は決して頻度の高い疾患ではないが,角膜専門医のみならず眼科臨床医であれば誰もが遭遇する可能性があり,まさに“今,注目すべき眼感染症”の一つである2~6).本稿では,CMV角膜内皮炎の臨床的特徴,診断基準と治療戦略について紹介する.I臨床的特徴角膜内皮炎では,限局性の角膜浮腫と角膜後面沈着物(keraticprecipitates:KPs)が認められるが,とくにCMV角膜内皮炎では円形に配列したKPsからなる衛星病巣(コインリージョン)や拒絶反応線に似た線状のKPsを伴うI型角膜内皮炎(大橋分類)7,8)を示すことが特徴である(図1).近年CMVは,眼圧上昇を伴う慢性・再発性の虹彩毛様体炎や,Posner-Schlossman症候群などの前眼部炎症性疾患の原因の一つとしても注目されている9).CMV角膜内皮炎においても虹彩毛様体炎や続発緑内障の合併率が高く,過去にPosner-Schlossman症候群と診断されていた症例も多く含まれることから,これらの疾患と角膜内皮炎の症例の一部は,CMVが関連した一連の病態の異なる病期をとらえている可能性がある8).II検査所見角膜内皮炎では病巣部からのウイルス分離は困難であり,前房水を用いたポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)によるウイルスDNA検査が行われる.ただし,PCRは感度が高く,病態とは無関係なウイルスが検出される場合もあるので,CMVが検出されただけでは原因ウイルスであるとは断定できない.ウイルスPCRの結果と臨床所見,抗ウイルス治療に対する反応などを総合的に判断してCMV角膜内皮炎と診断する.ヘルペス属ウイルスは成人の多くが既感染であるため,血清抗体価の上昇をもって原因ウイルスを特定することはできないが,抗体が陰性であれば原因ウイルスとして否定できるので診断の参考になる.近年,リアルタイムPCRによるウイルスDNAの定量も可能になっており,病態の解明や治療効果の判定に役立つと期待される10~12).CMV角膜内皮炎ではコンフォーカル顕微鏡によって角膜内皮細胞にCMV感染細胞で特徴的なOwl’seye(ふくろうの目)所見が認められることが報告されており,角膜内皮細胞へのCMVの直接感染を示唆する所見として注目されている13,14).IIICMV角膜内皮炎の診断基準2010~2012年度(平成22~24年度)の厚生労働省科学研究費の補助を受けて,特発性角膜内皮炎研究班によるCMV角膜内皮炎のレトロスペクティブスタディが行われ,診断基準が作成された6)(表1).CMV角膜内皮炎の診断は,前房水を用いたPCRによるウイルス検索と特徴的な臨床所見から行われる.本疾患に特徴的なコインリージョンや拒絶反応線様のKPsが認められ,かつ前房水を用いたPCRによってCMVDNAが陽性,HSVやVZVが陰性であった場合には,CMV角膜内皮炎の典型例と診断される.一方,遷延した症例やステロイド薬が投与されている症例では,コインリージョンなどの特徴的なKPsが認められないこともある.その場合には,CMV角膜内皮炎を強く疑わせる所見の組み合わせ,すなわち角膜内皮細胞密度の減少,再発性・慢性虹彩毛様体炎,眼圧上昇またはその既往のうちの2項目以上を満たした症例で,かつ前房水を用いたPCRでCMVが陽性,HSVやVZVが陰性を確認できれば,CMV角膜内皮の非典型例と診断される.IV角膜移植後の症例では拒絶反応との鑑別が必要CMV角膜内皮炎は角膜移植後眼にも発症し,移植片不全の原因となることが報告されている2,6).角膜移植後の症例においてKPsを伴う角膜浮腫を認めた場合には,内皮型拒絶反応との鑑別が必要となる.拒絶反応ではKPsが移植片内に限局するのに対して,角膜内皮炎では移植片のみならずホスト角膜側にも角膜浮腫やKPsが存在することが特徴であるが,周辺部に角膜混濁がある症例ではKPsの観察が困難な場合も多く,基本的に臨床所見のみでは鑑別は困難である.確定診断にはPCRによるウイルス検索が必要となるが,①ステロイド薬の強化や免疫抑制薬の投与など,拒絶反応に対する治療を1週間行っても改善が認められない,②角膜移植の原疾患が原因不明の水疱性角膜症である,③眼圧上昇を伴う,などに該当する症例ではCMV角膜内皮炎を積極的に疑って前房水採取を行うことが望ましい.VCMV角膜内皮炎の治療プロトコールCMV角膜内皮炎は,潜伏感染しているウイルスが角膜内皮や線維柱帯などの前眼部組織において再活性化することにより発症すると推測されている.進行すると不可逆性の角膜内皮機能不全となることから,抗ウイルス薬とステロイド薬による早期の治療開始が必要である.CMV角膜内皮炎にはガンシクロビルやバルガンシクロビルによる抗ウイルス治療が有用であることが報告されており,CMV網膜炎に準じた方法により抗サイトメガロウイルス薬の全身,および局所投与が行われる1~6).初期治療のプロトコールを表2に示す.抗CMV治療薬は保険適用外であるため,患者への十分なインフォームド・コンセントを行ったうえで倫理委員会の承認を得て行うことが必要である.ガンシクロビルやバルガンシクロビルの全身投与には骨髄抑制などの副作用があり長期の投与はできないため,初期治療における併用薬として,また維持療法としてガンシクロビルの点眼治療が行われる.ガンシクロビルの局所治療薬は市販されていないため,大学倫理委員会などの承認を得て自家調整した0.5%ガンシクロビル点眼液が使用されているのが現状である.VIガンシクロビル点眼はいつまで必要か?発症後早期に診断と治療が行われ,抗ウイルス治療に良好な反応を示す症例では,十分な角膜内皮細胞密度が維持され,良好な長期予後が得られることが多い.一方で,治療開始時にすでに角膜内皮障害が進行していた症例では,治療によって角膜浮腫が改善しても,長期的には水疱性角膜症となる場合がある.ガンシクロビル点眼をいつまで継続する必要があるかに関するエビデンスは確立されていないが,角膜内皮密度が1,000cells/mm2以下の症例や角膜移植後の症例では,CMV角膜内皮炎が再発すると水疱性角膜症や移植片不全となるリスクが高いため,ガンシクロビル点眼を1日2~4回で投与しながら経過観察を行うことが望ましい.自家調整薬の長期投与に関しては,薬剤の安定性や安全性が検証されていないことなどが懸念されており,一般的治療としての普及には至っていない.筆者らは自家調整薬に変わる治療法として,欧米で角膜ヘルペス治療薬として承認されている0.15%ガンシクロビルゲル製剤(VirganR)の有用性を報告しており15),将来的には日本でも認可されることが期待される.おわりに2006年の筆者らの報告以降,CMV角膜内皮炎という疾患が知られるようになり,これまで何度も角膜移植を繰り返されてきた原因不明の水疱性角膜症や,虹彩毛様体炎や続発緑内障を伴う謎の角膜浮腫の症例のなかに本疾患が少なからず存在することがわかってきた.本疾患に対する抗ウイルス薬治療の有用性に関するエビデンスは蓄積されつつあるものの,一般的治療法が確立されたとはいえない.一方で,病態や発症機序に関するウイルス学的な研究も進められており16,17),本疾患の病態が解明され,それに基づいた治療法が確立されることによって本疾患による角膜内皮障害を克服できる日が来ることが期待される.文献1)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovirusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheliitis.AmJOphthalmol141:564-565,20062)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20073)YamauchiY,SuzukiJ,SakaiJetal:Acaseofhypertensivekeratouveitiswithendotheliitisassociatedwithcytomegalovirus.OculImmunolInflamm15:399-401,20074)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,20075)KoizumiN*,SuzukiT*,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,2008(co-firstauthors)6)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Clinicalfeaturesandmanagementofcytomegaloviruscornealendotheliitis:analysisof106casesfromtheJapancornealendotheliitisstudy.BrJOphthalmol99:54-58,20157)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床病型分類の試み.臨眼42:676-680,19888)SuzukiT,OhashiY:Cornealendotheliitis.SeminarsinOphthalmology23:235-240,20089)CheeSP,BacsalK,JapAetal:Clinicalfeaturesofcytomegalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.AmJOphthalmol145:834-840,200810)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Prevalenceandfeaturesofkeratitiswithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,201011)MiyanagaM,SugitaS,ShimizuNetal:Asignificantassociationofviralloadswithcornealendothelialcelldamageincytomegalovirusanterioruveitis.BrJOphthalmol94:336-340,201012)KandoriM,MiyazakiD,YakuraKetal:Relationshipbetweenthenumberofcytomegalovirusinanteriorchamberandseverityofanteriorsegmentinflammation.JpnJOphthalmol57:497-502,201313)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“Owl’sEye”patternbyconfocalmicroscopyinpatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol114:715-717,200714)KobayashiA,YokogawaH,HigashideTetal:Clinicalsignificanceofowleyemorphologicfeaturesbyinvivolaserconfocalmicroscopyinpatientswithcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol153:445-453,201215)KoizumiN,MiyazakiD,InoueTetal:Theeffectoftopicalapplicationof0.15%ganciclovirgeloncytomegaloviruscornealendotheliitis.BrJOphthalmol2016May3.[Epubaheadofprint]16)HosogaiM,ShimaN,NakataniYetal:Analysisofhumancytomegalovirusreplicationinprimaryculturedhumancornealendothelialcells.BrJOphthalmol99:1583-1590,201517)OkaN,SuzukiT,InoueTetal:Polymorphismsincytomegalovirusgenotypeinimmunocompetentpatientswithcornealendotheliitisoriridocyclitis.JMedVirol87:1441-1445,2015図1典型的なI型角膜内皮炎の前眼部所見*NorikoKoizumi:同志社大学生命医科学部医工学科〔別刷請求先〕小泉範子:〒610-0321京田辺市多々羅都谷1-3同志社大学生命医科学部医工学科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1サイトメガロウイルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①cytomegalovirusDNAが陽性②herpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの非典型例Iおよび,II-②に該当するもの<注釈>1.角膜移植術後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウイルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.1582あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(44)図2CMV角膜内皮炎a~d:コインリージョン(→)を伴うCMV角膜内皮炎の典型例.e~g:角膜移植後のCMV角膜内皮炎.ステロイド点眼を使用しているため角膜浮腫が目立たず,コインリージョン(→)のみを認める場合がある.h:CMV角膜内皮炎の非典型例.KPを伴う角膜浮腫,角膜内皮密度減少,続発緑内障を認め,前房水からCMVDNAが検出された.(文献6より許可を得て転載)(45)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161583表2CMV角膜内皮炎に対する初期治療の例(①~③を併用)①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg,1日2回内服,4~12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4~8回(保険適用外)③0.1%フルオロメトロン点眼1日4回図3CMV角膜内皮炎に対する0.15%ガンシクロビルゲル点眼治療a:コインリージョン(→)と角膜浮腫を伴うCMV角膜内皮炎に対して0.15%ガンシクロビルゲルによる局所治療を行った.b:4週間でコインリージョンと角膜浮腫が消失し,12週間の治療後に前房水中CMVの陰性化を確認した.(文献15より許可を得て転載)1584あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(46)(47)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161585

アカントアメーバ角膜炎─最近の動向と診断法レビュー─

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1573?1579,2016アカントアメーバ角膜炎─最近の動向と診断法レビュー─AcanthamoebaKeratitis─RecentTrendandReviewofDiagnosticMethods─鳥山浩二*はじめにアカントアメーバ角膜炎(Acanthamoebakeratitis:AK)はコンタクトレンズ(contactlens:CL)装用者に認められる角膜感染症で,進行するときわめて難治であり,高度の視力障害をきたす例も少なくない.わが国でのアウトブレイク以降,本症はCL装用に伴う重篤な合併症として周知されるようになったが,実際に診療経験がない眼科医も多いと思われる.CL装用者が増加している現在,本症は眼科医であればだれでも遭遇しうる疾患といえる.AKでは診断・治療の遅れが視力予後を悪化させるため,迅速な診断が必要不可欠であり,すべての眼科医に適切な診断力が求められる.本稿では,AKのわが国における近年の動向とともに診断に有用な臨床的特徴および診断確定のためのアメーバの検出法について解説する.Iアカントアメーバ角膜炎の動向アカントアメーバは土壌,湖沼,室内の塵など自然界に広く生息する自由生活性のアメーバで,生活環の中に栄養体とシストの二つの形態をもつ.栄養体は細菌や酵母などを餌として増殖するが,貧栄養,乾燥などの悪条件化ではセルロース膜を被ってシスト化する.シストは強靱な耐乾性,耐熱性,耐薬品性をもっており,AKが難治である理由の一つとしてあげられる.AKの元々の位置づけは土壌関連の外傷などに伴う偶発的な角膜感染症であったが,その後CLの普及に伴い米国・英国でAK発症者数が増加し,CL装用に伴う眼合併症として本症が認識されるようになった.わが国では1988年に石橋らが報告したソフィーナR装用者の症例を初めとし1),その後も報告が散見されたが,当初はそれほど頻度の高い疾患ではなかった2).わが国のAKが急増し始めたのは2000年代後半からであり,その要因として頻回交換型ソフトCL装用者の増加とそのケアコンプライアンス不良,CL消毒薬の主流である多目的溶剤(multi-purposesolution:MPS)のアカントアメーバに対する消毒効果が,従来の煮沸消毒や過酸化水素に比べて弱いことがあげられている3,4).2007年4月からの2年間行われた重症CL関連角膜感染症の全国調査では,検出された原因微生物中,アカントアメーバは緑膿菌と並んでもっとも頻度が高く,AKがいかにCL装用者にとって脅威であるかが示された5).これらの事態を受けて,近年日本コンタクトレンズ学会と日本眼感染症学会が中心となり,正しいレンズケアに関する知識を普及するためのさまざまな啓発活動が行われており,その成果あってか2007~2011年の5年間に大学病院を対象に行われた全国調査では,わが国のAKは2010年以降減少に転じていることが示された(図1)6).しかし,依然として多くの発症者がいるのが現状であり,眼科医と接点をもたないインターネット販売利用者の増加や,カラーコンタクトレンズ装用者の増加などCLを取り巻く課題は山積みである.装用者の補助操作に依存するMPSが消毒薬のシェアの大半を占めている現状を考慮すると,AKを含むCL関連角膜感染症の発症抑止には装用者に十分な知識を与えることがもっとも重要であり,CL診療に携わるすべての眼科医が指導を徹底していく必要がある.IIアカントアメーバ角膜炎の臨床所見AKの臨床所見は感染の時間経過によって大きく変化する.病期分類としては,石橋の分類7)(初期-移行期-完成期)や,塩田の分類8)(初期-成長期-完成期-消退期-瘢痕期)などがあり,それぞれの病期で特徴的な臨床所見を呈するため,これらを把握しておくことはAK診断において大きな助けとなる.以下,感染性角膜炎診療ガイドライン9)でも取り上げられている初期,完成期の特徴的な所見につき述べる.初期には多彩な臨床像を呈するが,もっとも特徴的な所見がみられる時期でもあり,典型例では臨床所見のみでも十分診断が可能である.おもな病変は角膜上皮・上皮下の多発する浸潤病巣で,ほぼ全例で認められる(図2).浸潤は流行性角結膜炎後の多発性上皮化混濁に類似しており,孤立性に点状・斑状に散在していることが多いが,連なって数珠状を呈することもある.フルオレセインで染色される数珠状に連なった上皮障害もよく認められ,偽樹枝状角膜炎と称される(図3).角膜ヘルペスでみられる樹枝状角膜炎が鑑別にあげられるが,樹枝状病変のようなはっきりとした連続性はなく,点状の上皮障害が集合して形成されているため実際には大きく異なる.初期にみられるもっとも特徴的な所見が放射状角膜神経炎である(図4).輪部から中央に向かう角膜神経に沿ってみられる線状の浸潤で,この所見を認めればAKである可能性は非常に高い.通常は角膜周辺部に限局しているため意識的に探さないと見落とすことも多く,実際には前述の2つの所見などからAKを疑い放射状角膜神経炎を探すパターンが多い.その他の特徴としては,角膜病変がそれほど目立たないわりに,輪部浮腫・毛様充血・眼瞼腫脹などの炎症所見が強いことがあげられる.病期が進行すると斑状の浸潤が角膜中央に集簇・融合し,輪状浸潤をきたす(図5).前房内の炎症も強くなり,角膜後面沈着物や前房蓄膿を伴うことも多い.さらに進行し輪状浸潤の中央にも混濁が及ぶと円板状浸潤となる.輪状浸潤・円板状浸潤はともに角膜と類似した横長の楕円型を呈し,浸潤の外縁は全周にわたり輪部からほぼ等距離となるが,これはアカントアメーバが輪部血管からの宿主の免疫応答を避けるためと考えられている.この時期は角膜ヘルペスにおける円板状角膜炎と誤診されることが少なくない.角膜ヘルペスと診断しステロイド点眼が加えられると消炎効果によりいったんは病変が改善したようにみえるが,その後さらなる重症化を招くことになるため厳に注意が必要である.AKの円板状浸潤は小浸潤の集合で形成されているため濃淡があり,境界がやや不明瞭であるのに対し,角膜ヘルペスでは非常に均一で境界明瞭な浸潤を呈することが鑑別のポイントとなる.IIIアカントアメーバの同定臨床所見からAKを疑ったら,確定診断のためアカントアメーバの同定を行う.同定方法としては角膜擦過物の直接検鏡,分離培養のほか,近年では共焦点顕微鏡を用いた生体観察やポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)によるDNA検出も盛んに行われている.角膜擦過物検体を採取する際は広汎に角膜擦過を行うことが重要である.とくに初期にはアカントアメーバの数が少ないため,病巣部のみの擦過ではアメーバを検出できない可能性がある.1.塗抹検鏡もっとも基本的な微生物学的検査で,結果が得られるのも早いため迅速診断として有用である.染色方法はさまざまあるが,代表的なものとしてはグラム染色,ギムザ染色,パーカーインクKOH法,ファンギフローラY染色などがあげられる.一般的な染色法であるグラム染色やギムザ染色は,簡便でほとんどの施設で行うことができるという利点があるが,角膜上皮などの細胞成分と重なると判別がつきにくくなる.パーカーインクKOH法はもともと真菌の染色に用いられていた方法で,KOHによりアメーバ以外の細胞成分が溶解されるためアメーバのみを染色することができる.優れた染色法だが,本法に適したパーカーインクのブルーブラックが現在市販されていないため,入手が困難である.ファンギフローラY染色も同様に真菌症の診断に用いられていた染色法で,セルロースなどの多糖類を特異的に染色し真菌やアメーバのシストを鋭敏に検出することが可能である(図6).染色法がやや煩雑で観察には蛍光顕微鏡を要する.2.分離培養分離培養に用いる培地としては,Yeastextractglucose液,大腸菌の死菌,納豆菌などを塗布した無栄養寒天培地がおもに用いられる.培地の中央に角膜擦過物検体を接種し,室温で数日培養するとアメーバの増殖が観察される.検体中のアメーバが少ない場合は時間がかかるため,最低7日間程度は観察を続ける必要がある.増殖初期には栄養体が遊走する様子が観察され,その後培地上の餌が消費され栄養状態が悪くなると次第にシスト化していく(図7).培養によりアカントアメーバが分離されればAKの診断は確固たるものになるが,結果が得られるまでに時間を要するのが難点である.3.生体観察角膜擦過を要さない非侵襲的なアカントアメーバの検出法として,レーザー共焦点顕微鏡を用いた角膜観察がある.角膜組織内のアカントアメーバを円形で高輝度の物質としてとらえることができ,患者に負担をかけることなく迅速な検出が可能な優れた方法である.しかし,白血球などの炎症細胞も同じような像として観察されるため,熟練した検者でないと判別が困難である.観察したものが本当にアメーバかどうか確認することができないため,実際には臨床所見と併せた判断が必要となる.4.PCR法AK診断の基本は直接検鏡・分離培養だが,検体量が少ないとこれらの検査ではアカントアメーバを同定できない場合がある.PCR法は遺伝子増幅法で,特異的な2つのプライマーとDNAポリメラーゼを用いて目的のDNAを短時間で数百万倍に増幅できるため非常に感度が高く,近年感染性疾患への臨床応用で目覚ましい進歩を遂げている.AKの診断におもに用いられているのはreal-timePCR法で,これは専用の装置を用いてPCRの増幅過程を蛍光によりリアルタイムにモニタリングして定量化する方法である.これにより少ない検体からでも高感度にアカントアメーバを検出できるだけでなく,定量的な評価も可能となる.病原微生物を定量化することで得られるメリットは大きく,AKにおいても初診時のアカントアメーバDNAコピー数が病期,予後と強い相関を示したことが報告されている10).ただし,アカントアメーバの定量的評価に関しては,使用するプライマーが統一されていないため施設間での単純比較ができないことや,栄養体とシストでアメーバ1個体から抽出されるDNA量が異なることなどの問題点もある.しかし,少なくとも同一施設,同一患者での治療効果の判定を行うには非常に有用であると考えられる.5.蛍光免疫クロマトグラフィ法PCR法は非常に優れたアカントアメーバの同定法であるが,検査には特殊な機器を要するため実施できるのは大学病院などごく一部の施設に限られる.最近筆者らは一般病院や診療所でも実施可能な迅速診断法として免疫クロマトグラフィ法(immunochromatographicassay:ICGA)を用いたアカントアメーバ抗原検出キットを開発した11).ICGAは,金コロイドやラテックス粒子で標識した特異抗体を用いて目的とする抗原を検出する検査法で,眼科領域ではアデノウイルスやヘルペスウイルス感染症の迅速診断に用いられている.操作が簡便で迅速に結果が得られることを利点とするが感度がやや低いのが問題点で,アデノウイルスでは感度70~80%程度,単純ヘルペスウイルスでは有病正診率が55%と報告されている12~14).この点を改善するために筆者らは抗体の標識に通常の金コロイドやラッテクス粒子でなく,蛍光シリカナノ粒子(QuartzDotR,古河電工)を用いた蛍光ICGA(fluorescentimmunochromatographicassay:FICGA)を採用した.本法では界面活性剤を含む抽出液によってサンプルを処理後,凍結乾燥した標識抗体と混合し,プレートに滴下,30分の反応後,専用の蛍光スコープで陽性ラインを確認することで抗原を検出する(図8).判定に蛍光スコープを用いるため,目視により判定する従来のICGAと比較し,より鋭敏な検出が可能である.アカントアメーバに対するモノクローナル抗体としては,過去に樋渡らが,AKの原因株の大部分を占める形態学的分類GroupIIに属するアカントアメーバに対し特異的に反応するものを精製,報告しており15),これを譲渡していただいたものを用いている.本キットをinvitroでアカントアメーバの栄養体およびシストの希釈液を用いて検出限界を検証したところ,栄養体は5個/sample,シストは40個/sampleまで検出可能であった.一方,同様の抗体を用いたラテックス粒子によるICGAキットでは,アカントアメーバ栄養体の検出限界は100個/sampleであり,FICGAの感度の高さが実証された.シストの検出感度が栄養体より低い理由については明確でないが,シストでは界面活性剤により菌体が十分溶解されず,抗原が標識抗体に認識されにくい可能性が原因のひとつとして考えられ,抽出方法の改善が今後の検討課題である.実際にAKが疑われた10症例の角膜擦過物を用いて,FICGA,real-timePCR,検鏡・培養によるアカントアメーバ同定を行った結果を表1に示す.全例でreal-timePCRによりアカントアメーバDNAが検出され,AKと確定診断された.FICGAも全例で陽性であり,培養・検鏡陰性例やrealtimePCRで検出されたDNAcopy数が少ない症例でも検出が可能であったのは,invitroの試験で示された感度の高さを裏付けるものと思われる.残念ながら現在のところ本キットが実用化される予定はないが,FICGAは従来のICGAの欠点である感度の低さを補った検査法であり,今後の発展が期待される.おわりにAK診断の第一歩は疑うことである.CL装用者の角膜炎をみたら常に本症の可能性を考え,先述の特徴的臨床所見の有無に注意して診察にあたることが重要であり,本症が否定しきれない限りはステロイド点眼の使用は控えることが望ましい.文献1)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像,病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19882)太刀川貴子,石橋康久,藤沢佐代子ほか:アメーバ性角膜炎─本邦における報告例の検討─.日眼会誌99:68-75,19953)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,20104)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討.あたらしい眼科27:680-686,20105)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,20116)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,20147)石橋泰久,木村幸子:アカントアメーバ角膜炎の臨床所見-初期から完成期まで-.日本の眼科62:893-896,19918)塩田洋,矢野雅彦,鎌田泰男ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床経過の病期分類.臨眼48:1149-1154,19949)井上幸次,大橋裕一,浅利誠志ほか:感染性角膜炎診療ガイドライン(第2版).日眼会誌117:467-509,201310)IkedaY,MiyazakiD,YakuraKetal:Assessmentofreal-timepolymerasechainreactiondetectionofAcanthamoebaandprognosisdeterminantsofAcanthamoebakeratitis.Ophthalmology119:1111-1119,201211)ToriyamaK,SuzukiT,InoueTetal:DevelopmentofanimmunochromatographicassaykitusingfluorescentsilicananoparticlesforrapiddiagnosisofAcanthamoebakeratitis.JClinMicrobiol53:273-277,201512)吉田和彦,赤沼正堂,大口剛司ほか:アデノウイルス迅速診断キット「キャピリRアアデノアイ」の検討.臨眼62:71-74,200813)有賀俊英,三浦理科,田川義継ほか:改良版アデノチェックの臨床的検討.臨眼59:1183-1188,200514)InoueY,ShimomuraY,FukudaMetal:Multicentreclinicalstudyoftheherpessimplexvirusimmunochromatographicassaykitforthediagnosisofherpeticepithelialkeratitis.BrJOphthalmol97:1108-1112,201315)HiwatashiE,TachibanaH,KanedaYetal:ProductionandcharacterizationofmonoclonalantibodiestoAcanthamoebacastellaniiandtheirapplicationfordetectionofpathogenicAcanthamoebaspp.ParasitolInt46:197-205,1997*KojiToriyama:愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野〔別刷請求先〕鳥山浩二:〒791-0295愛媛県東温市志津川愛媛大学大学院医学系研究科医学専攻高次機能制御部門感覚機能医学講座視機能外科学分野0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1アカントアメーバ角膜炎発症者数の推移2009年をピークに,以後明らかな減少傾向を示している.図2上皮下浸潤角膜中央に集簇する上皮下浸潤.一部に放射状角膜神経炎も認められる(→).図3偽樹枝状病変フルオレセインで染色される不整な枝分かれ病変.周囲に点状表層角膜症を伴う.1574あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(36)図4放射状角膜神経炎輪部から角膜中央にわたって角膜神経に沿った細胞浸潤を認める.とくに顕著にみられた例である.図5完成期の輪状浸潤巨大な輪状浸潤を認める.角膜と類似した楕円型を呈する.(37)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161575図6ファンギフローラY染色蛍光染色されたアカントアメーバシストを認める(b).同一切片のヘマトキシリン染色(a)では上皮細胞と判別が困難である.図7培地で増殖するアカントアメーバ細胞内に食胞をもつ栄養体(→)と,二重壁構造を有するシスト(▲)を多数認める.1576あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(38)図8蛍光免疫クロマトグラフィ法検体を抽出液で処理後,凍結乾燥された標識抗体と混合し,プレートに滴下.判定は専用の蛍光スコープで行う.(39)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161577表1アカントアメーバ角膜炎症例における各種同定検査結果症例年齢性別検鏡培養Real-timePCR(DNAコピー数)FICGA119F?*?+(1.1×105)+218M?*++(6.8×10)+319FNTNT+(1.2×105)+457FNTNT+(<25)+532F?*?+(1.0×102)+650MNTNT+(4.0×105)+724F?*?+(<25)+829M+*++(2.5×104)+936M+*?+(2.3×103)+1030M+**++(3.2×104)+PCR:polymerasechainreaction,FICGA:fluorescentimmunochromatographicassay,NT:nottested,*グラム染色,**ファンギフローラY染色.1578あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(40)(41)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161579

知っておくべき内因性カンジダ眼内炎の管理指針

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1565?1571,2016知っておくべき内因性カンジダ眼内炎の管理指針ComparisonofEuropean,AmericanandJapaneseGuidelinesforManagementofFungalInfection田中大貴*川上秀昭**望月清文*はじめに内因性カンジダ眼内炎は,酵母様真菌の一つであるカンジダの全身感染症によって血行性に網脈絡膜に伝播し発症する.医療の高度化とともに1980年代半ばから増加してきた疾患で,中心静脈栄養カテーテルの留置既往や,消化管術後,血液悪性腫瘍あるいは臓器移植後などの免疫不全状態などが危険因子の代表である1).原因真菌(血液培養で分離・同定)としてCandidaalbicansがもっとも多く,ついでC.tropicalis,C.glabrata,C.parapsilosis,C.krusei,C.guilliermondii,C.dubliniensis,C.lusitaniaeなどが検出される.近年では,フルコナゾール(Fulconazole:FLCZ)耐性カンジダ属の増加が指摘されている.臨床経過は亜急性または慢性に進行し,通常両眼性で性差はなく新生児を含めあらゆる年齢層で発症し,ほとんどが入院患者である1).初期病変は網脈絡膜にあり,眼底後極部を中心に小円形黄白色滲出斑がみられる.進行すると炎症は硝子体に波及し,やがて硝子体混濁(羽毛状,雪玉状,数珠状,びまん性)が出現し眼底の透見度が低下する.他に網膜出血,Rothspot,軟性白斑あるいは網膜下膿瘍を伴うことがある.ときに網膜血管炎や乳頭炎が生じ,重症例では続発緑内障,併発白内障,網膜前膜あるいは網膜?離へと進展する1).自覚症状として,初期には飛蚊症や軽い目のかすみを自覚し,進行すると視力低下,充血あるいは眼痛などを生じる.しかし,網脈絡膜病変の多くは中心窩近傍を侵さないかぎり無症候であり,また対象となる症例の多くは全身状態が不良のため,眼症状に気づかないか,あるいは訴えることができない場合もある1).近年,担当診療科(あるいは感染症科医)においてガイドライン1~3)に準じた真菌感染症に対する十分な配慮のもと早期に適切な治療が開始されるようになり,加えてカンジダ眼内炎は血管に富みかつ薬剤移行の良好な脈絡膜に病巣が初発するので,進行した眼内炎の頻度は減少した4).しかし,未だカンジダ血症における眼病変の発症頻度は20%前後と高値を示し,失明に至る症例もみられる4~12)(表1).本稿では,日米欧〔それぞれ深在性真菌症のガイドライン作成委員会,米国感染症学会(InfectiousDiseasesSocietyofAmerica:IDSA),欧州臨床微生物学会(EuropeanSocietyofClinicalMicrobiologyandInfectiousDiseases:ESCMID)〕の新規ガイドライン1,3,13)に基づいた内因性カンジダ眼内炎における診断のポイントおよび治療に用いる抗真菌薬の眼科的特徴,ならびに臨床上みられるさまざまな病態に対する治療法について概説する.I病期分類欧米のガイドラインでは,眼病変は,病巣が網膜や脈絡膜に留まる“脈絡網膜炎(chorioretinitis)“と硝子体中に真菌が浸潤した“眼内炎(endophthalmitis)(狭義)”の2つに大きく分類される3,4).真菌血症の患者背景として糖尿病,高血圧症あるいは白血病など全身疾患を有することが多いので,「網膜出血,Rothspotや軟性白斑などは散在するが真菌に特有な隆起した滲出斑がみられない」場合を“Possible”(非特異的眼病変)として,一方では典型的所見(硝子体側に隆起した小円形黄白色滲出斑や羽毛状あるいは雪玉状硝子体混濁など)を有する場合には“Probable”と扱われることがある3,4).なお,わが国では,病期分類として石橋,西村ら,聖路加国際病院の分類が提唱されている14~16).II診断1)大きく確定診断と臨床診断に分けられ,近年では診断の多くは後者でなされている.1.確定診断内因性カンジダ眼内炎の確定診断は,特徴ある眼所見と眼内液(前房水あるいは硝子体液:おもに硝子体手術で採取)を用いた培養,鏡検あるいは病理組織学的検索によるカンジダの証明による.微量検体では蛍光染色液ファンギフローラYRが有用である.PCR(polymerasechainreaction)法による真菌DNAの検出は有効であるが,真菌検出用の専門キットは商品化されていない.診断を目的とした硝子体穿刺吸引はわが国では積極的に行われていない.本来,網脈絡膜を病態の主座とする本疾患では,発症早期(脈絡網膜炎)における眼内からの検体採取は無効といえる.なお,硝子体中のb-D-グルカン測定で10.0pg/mlをはるかに超える場合には補助診断として有用である.2.臨床診断特有の患者背景を有し,抗菌薬不応性の発熱,白血球増多,CRP(C-reactiveprotein)上昇などの炎症反応を示し,血清中b-D-グルカン上昇あるいは血液培養(中心静脈カテーテル先端含む)から真菌の検出を伴い,典型的な眼所見がみられる場合には,臨床的にカンジダ眼内炎と診断される.一方,まれに眼内炎患者が視力低下のみ(炎症所見の有無を問わず)を主訴に眼科外来を受診することがある.その際,最近の入院歴およびカテーテル装着歴(わが国ではまれだが麻薬静注歴も含む)などを併せた正確な病歴聴取が,細菌性眼内炎との鑑別のため重要となる.なお,血清中b-D-グルカン高値は補助診断として有用であるが,血液透析や血液製剤投与などの場合には偽陽性に注意する.3.診断するにあたり注意を要する病態とその対応a.真菌症疑い例(非特異的眼病変あるいは“Possible”に相当)糖尿病,高血圧症あるいは白血病などの全身疾患を有する者では全身的に真菌感染を示唆する症状があっても,眼底検査では網膜出血,Rothspotあるいは軟性白斑などが散在するのみで,真菌に特有な隆起した滲出斑がみられない場合がある.b.精密眼底検査血液培養やb-D-グルカンなどの血清学的検査から真菌感染の証拠が一度でも得られた場合には,たとえ眼科的な訴えがなくても1週間以内に眼科医による散瞳下での眼底検査が必要である.初回の眼底検査で異常がみられない場合でも,週1回,少なくとも2週後まで眼底検査を行い,発症の有無を確かめるとともに,血清学的検査値の推移も注視しておく.退院前の眼底検査も推奨される.好中球減少患者では好中球数の回復前後で眼底検査を実施すべきである2,13).4.鑑別診断鑑別を要する疾患として,粟粒結核,糖尿病網膜症,トキソプラズマ症,内因性細菌性眼内炎(とくにMRSAやノカルジア)およびサイトメガロウイルス網膜炎などがあげられる.III治療治療は抗真菌薬の全身投与が基本である.各薬剤の排泄経路,眼内移行および薬剤感受性を考慮して選択する1).また,全身投与量および投与期間により眼内移行濃度は異なる.一方,各抗真菌薬のおもな副作用として,ポリエン系抗真菌薬であるアムホテリシンBリポソーム製剤(Liposomalamphotericin:L-AMB)では腎毒性や低カリウム血症などが問題となる.フロロピリミジン系のフルシトシン(Flucytosine,5-FC)は良好な硝子体内移行を有するが,単独では耐性化しやすく,また骨髄抑制が発現することがある.アゾール系薬のFLCZでは腎障害を有する場合,投与量に注意が必要である.同系のイトラコナゾール(Itraconazole:ITCZ)では肝機能障害を生ずることがあり,またボリコナゾール(Voriconazole:VRCZ)では肝障害の他に投与開始早期に視覚障害や羞明などを訴えることがあるので,使用する際には眼内炎による眼症状との鑑別に留意する.キャンディン系薬のミカファンギン(Micafungin:MCFG)やカスポファンギン(Caspofungin:CPFG)は副作用が少なく,C.glabrataには良好な抗真菌活性を示すがC.parapsilosisには活性が低く,また前房水や硝子体内への移行は不良である17).そこで“ESCMID”のガイドラインではキャンディン系薬の使用に関して“推奨度D”とされた3).なお本稿では,全身的副作用の見地から既存のアムホテリシンBデオキシコール酸(AmphotericinB-deoxycholate:d-AMPH)の全身投与を選択薬としていない.日米欧の新たな深在性真菌症のガイドラインではカンジダ眼内炎の治療薬として,薬剤の眼内(硝子体内)移行性あるいは抗真菌力の観点からL-AMB,(F)-FLCZあるいはVRCZを推奨している1,3,13).とくに“ESCMIDのガイドライン”ではd-AMPHよりもエビデンスの少ないL-AMBが優位に位置づけられている3).また,5-FCがL-AMBとの相乗効果の面から併用されることがある3,13).ただし,5-FCの剤形はわが国では錠剤,欧米では注射薬と異なる.抗真菌薬の効果判定には眼底所見の改善度が重要で,3~5日ほど経過観察しても病変が改善しない場合には,菌種の同定および感受性検査の結果も参考に,担当科(感染症科医)と連携しながら第二選択薬を検討する.ただし,その効果は絶対的ではなく,病巣が硝子体内へ播種した症例では硝子体手術を要する.また,欧米のガイドラインでは硝子体手術とともにAMPH-B(d-AMPHもしくはL-AMB)あるいはVRCZの硝子体内投与が推奨されている3,13).なお,中心静脈栄養や静脈留置カテーテル施行例では,可能であれば抜去を検討すべきである.1.経験的治療眼内炎が疑われるが確定できない症例において,担当科ですでに経験的治療が行われている場合には,眼科では眼底所見を診ながら連携して治療にあたる.なお,外来患者(II?2.臨床診断の項参照)では標的治療と同様な薬剤選択(次項2-a-①)で治療にあたる.2.標的治療(表2,3)眼科初診より以前に担当科においてすでに標的治療が行われている場合,系統の異なる抗真菌薬への変更を推奨する.とくにキャンディン系薬が使用されていた場合には他剤への変更を推奨する.前房内に炎症がみられる場合にはステロイド点眼薬による消炎と散瞳薬の点眼による瞳孔管理を行う.続発緑内障に対しては抗緑内障点眼薬を併用する.抗真菌薬の点眼は要さない.なお,眼内病変が中心窩あるいはその近傍に及ぶおそれがある場合13),あるいは数乳頭径の網膜下膿瘍を伴っている場合には,硝子体内投与の併用を検討する.a.原因カンジダ種は不明:原則未治療①特徴的な眼所見を認め,血液培養から酵母が分離された場合,監視培養(喀痰,ドレーン,創,尿,便など)で複数部位(3カ所以上)からの複数回真菌検出あるいはb-D-グルカン陽性など真菌感染の証拠が得られている場合:第一選択薬としてアゾール系抗真菌薬である(F-)FLCZを推奨する.病変が改善しない場合には,第二選択を検討する.第二選択薬としてはVRCZあるいはL-AMBなどが推奨される.ただし,眼病変が網脈絡膜に留まり,腎障害など全身状態が不良なため全身投与による副作用発現が危惧される症例では,キャンディン系が選択されることがある.一方,眼内病変が拡大する場合には,L-AMB+5-FC,VRCZ+CPFGあるいはVRCZ+MCFGなどの2剤投与を考慮する.b.原因カンジダ種が判明①未治療(最近アゾール系薬の使用歴がない)のカンジダ属(C.glabrataおよびC.kruseiを除く)(新規IDSAガイドラインにおけるアゾール感受性に相当)13):第一選択薬として(F-)FLCZを投与する.改善しない場合には,VRCZ,L-AMB,ITCZ,MCFGあるいはCPFGなどを選択する(2-a-①と同様な選択基準).②最近アゾール系薬の使用歴があるカンジダ属(新規IDSAガイドラインにおけるアゾール耐性に相当)13):第一選択薬としてL-AMBを推奨する.治療開始後改善しない場合には,第二選択薬としてVRCZ単剤あるいはL-AMB+5-FC,VRCZ+CPFGもしくはVRCZ+MCFGなどの2剤投与を考慮する.③C.glabrata:第一選択薬としてL-AMBを投与する.治療開始後改善せず,かつ眼病変が網脈絡膜に留まっている場合には,MCFGあるいはCPFGなどを選択する.④C.krusei:第一選択薬としてVRCZあるいはL-AMBを投与する.治療開始後改善せず,かつ眼病変が網脈絡膜に留まっている場合には,③と同様にキャンディン系薬(MCFGあるいはCPFG)を選択する.3.重症例への対処(抗真菌薬全身投与併用)a.硝子体手術病巣の除去,薬剤の眼内移行の向上および検体の採取を目的とする.下記のような所見がみられる場合には硝子体手術を要する.その際,抗真菌薬を眼内灌流液に添加あるいは手術終了時に硝子体内投与することがある.①適切な抗真菌薬の全身投与にもかかわらず眼内炎が悪化・遷延するとき(投与後48~72時間)②網膜前膜が中心窩近くにあり瘢痕収縮で網膜?離や黄斑円孔を生じる危険性があるとき③視神経乳頭から増殖血管膜が生じたとき④乳頭炎と網膜血管炎を合併し抗真菌薬に抵抗するとき⑤中心窩に大きな病巣(1/2乳頭径以上)があり抗真菌薬が著効しないとき⑥初診時すでに高度の硝子体混濁あるいは網膜?離があるときただし,患者の全身状態を考慮し手術適応を決定する.また,手術は精神的苦痛ならびに経済的負担を強いることになるので,患者および家族の意向も重要である.なお,真菌性眼内炎では通常両眼に病巣がみられる.そこで,片眼だけでも視力回復をめざして早期に硝子体手術を行うことがある.早期とは真菌性眼内炎(中等度~高度の硝子体炎)診断後1週間以内とされる.また,早期硝子体手術が網膜?離の発症頻度を減少させる18).b.抗真菌薬の硝子体内投与(表4)全身状態不良あるいは手術拒否などによる硝子体手術不可例,硝子体手術後の再発例および抗真菌薬の全身投与のみでは効果が不十分な例で検討する.可能であれば感受性結果に基づき薬剤を選択する.4.治療効果の判定ならびに治療終了時期抗真菌薬の効果判定には眼所見の改善度が有用である.抗真菌薬の投与期間は4~6週間以上(IDSA)13),2~12週(ESCMID)3)あるいは3~12週(わが国)1)程度であるが,網脈絡膜病巣が瘢痕治癒するまで継続する.全身状態の改善のみ(血液培養あるいはb-D-グルカン陰性化)で治療を中止してはいけない.経静脈投与が長期にわたる場合には,正常な腸管機能を有する患者で経口投与が可能であれば経口薬への変更(step-down)を考慮する.また,抗真菌薬の投与終了後に,眼内炎の再燃がみられることもあるので,投薬中止後少なくとも6週(可能であれば12週)まで眼底検査を行い経過観察する1).脈絡網膜炎の消炎後に脈絡膜新生血管(choroidalneovascularization:CNV)が続発することがあるので,黄斑部近傍に瘢痕病巣を有する症例ではとくに注意を要する.治療法としてCNV抜去,光線力学的療法あるいは抗血管内皮増殖因子硝子体内投与などがある1).IV予後早期に適切な抗真菌薬投与を開始された症例では視力予後は良好である.一方,初診時視力0.1以下あるいは眼内炎発症後1カ月以上経過した症例や黄斑部障害例,あるいは硝子体手術に至った進行例では視力予後は不良である19,20).Sallamらはカンジダ眼内炎の視力予後を左右する因子として,眼科初診時の低視力(0.01以下)と耳側網膜血管アーケード内の網脈絡膜病巣を指摘している18).また,カンジダ眼内炎を伴う症例の生命予後は眼病変を伴わない症例に比し不良とされ,カンジダ眼内炎症例における14週死亡率は50%という報告もある9).生命予後という視点からもカンジダ血症(カンジダ眼内炎を含めた)の早期診断ならびに治療の開始が重要といえる.文献1)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:深在性真菌症の診断・治療ガイドライン2014,協和企画,20142)PappasPG,KauffmanCA,AndesDetal;InfectiousDiseasesSocietyofAmerica:Clinicalpracticeguidelinesforthemanagementofcandidiasis:2009updatebytheInfectiousDiseasesSocietyofAmerica.ClinInfectDis48:503-535,20093)CornelyOA,BassettiM,CalandraTetal;ESCMIDFungalInfectionStudyGroup:ESCMID*guidelineforthediagnosisandmanagementofCandidadiseases2012:non-neutropenicadultpatients.ClinMicrobiolInfect18Suppl7:19-37,20124)DonahueSP,GrevenCM,ZuravleffJJetal:Intraocularcandidiasisinpatientswithcandidemia.Clinicalimplicationsderivedfromaprospectivemulticenterstudy.Ophthalmology101:1302-1309,19945)SchererWJ,LeeK:Implicationofearlysystemictherapyontheincidenceofendogenousfungalendophthalmitis.Ophthalmology104:1593-1598,19976)KrishnaR,AmuhD,LowderCYetal:Shouldallpatientswithcandidemiahaveanophthalmicexaminationtoruleoutocularcandidiasis?Eye14:30-34,20007)Rodriguez-AdrianLJ,KingRT,Tamayo-DeratLGetal:Retinallesionsascluestodisseminatedbacterialandcandidalinfections:frequency,naturalhistory,andetiology.Medicine(Baltimore)82:187-202,20038)OudeLashofAM,RothovaA,SobelJDetal:Ocularmanifestationsofcandidemia.ClinInfectDis53:262-268,20119)NagaoM,SaitoT,DoiSetal:Clinicalcharacteristicsandriskfactorsofocularcandidiasis.DiagnMicrobiolInfectDis73:149-152,201210)GhodasraDH,EftekhariK,ShahARetal:Outcomes,impactonmanagement,andcostsoffungaleyediseaseconsultsinatertiarycaresetting.Ophthalmology121:2334-2339,201411)AdamMK,VahediS,NicholsMMetal:Inpatientophthalmologyconsultationforfungemia:prevalenceofocularinvolvementandnecessityoffunduscopicscreening.AmJOphthalmol160:1078-1083.e2,201512)PaulusYM,ChengS,KarthPAetal:Prospectivetrialofendogenousfungalendophthalmitisandchorioretinitisrates,clinicalcourse,andoutcomesinpatientswithfungemia.Retina36:1357-1363,201613)PappasPG,KauffmanCA,AndesDRetal:Clinicalpracticeguidelineforthemanagementofcandidiasis:2016UpdatebytheInfectiousDiseasesSocietyofAmerica.ClinInfectDis62:e1-e50,201614)石橋康久:内因性真菌性眼内炎の病期分類の提案.臨眼47:845-849,199315)西村哲哉,岸本直子,宇山昌延:真菌性眼内炎の経過と硝子体手術の適応.臨眼47:641-645,199316)草野良明,大越貴志子,佐久間敦之ほか:真菌性眼内炎の起因菌におけるフルコナゾール耐性Candida属の増加.臨眼54:836-840,200017)MochizukiK,SawadaA,SuemoriSetal:IntraocularpinetrationofIntravenousmicafunginininflamedhumaneyes.AntimicrobAgentsChemother57:4027-4030,201318)SallamA,TaylorSRJ,KhanAetal:FactorsdeterminingvisualoutcomeinendogenousCandidaendophthalmitis.Retina32:1129-1134,201219)TakebayashiH,MizotaA,TanakaM:Relationbetweenstageofendogenousfungalendophthalmitisandprognosis.GraefesArchClinExpOphthalmol244:816-820,200620)TanakaH,IshidaK,YamadaWetal:Studyofocularcandidiasisduringnine-yearperiod.JInfectChemother22:149-156,2016*HirokiTanaka&*KiyofumiMochizuki:岐阜大学医学部附属病院眼科**HideakiKawakami:岐阜市民病院眼科〔別刷請求先〕望月清文:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学医学部附属病院眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1カンジダ血症患者における眼病変発症頻度4~9)報告者DonahueKrishnaRodriguez-AdrianOudaLashofNagao報告年19942000200320112012患者数:例数11831180370204眼病変:例数(%)34(29%)8(26%)27(15%)60(16%)54(26.5%)病型(%)眼内炎(狭義)0011.64.9脈絡網膜炎(広義)29261414.621.6①Probable②Possible9(20)26─3(11)9.25.411.89.8脈絡網膜炎(広義):Probable+Possible.Probable=脈絡網膜炎(狭義):典型的眼病変を有する.Possible:網膜出血・Rothspotや軟性白斑などは散在するが典型的な眼所見がみられない.また()内は“非特異的病変”と記載されている報告での頻度.1566あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(28)(29)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161567表2カンジダ眼内炎における抗真菌選択(日米欧ガイドラインの比較)1,3,13)作成元ESCMID深在性真菌症ガイドラインの作成委員会IDSA発表年201220142016抗真菌薬?菌種不明L-AMBまたはL-AMB+5-FC?菌種不明①最近アゾール系抗真菌薬の使用歴なし?第一選択(F-)FLCZ?第二選択L-AMBまたはVRCZ②最近アゾール系抗真菌薬の使用歴あり?第一選択L-AMB?アゾール系抗真菌薬①感受性ありFLCZまたはVRCZ②耐性L-AMBまたはL-AMB+5-FC投与期間2~12週3~12週4~6週ESCMID:EuropeanSocietyofClinicalMicrobiologyandInfectiousDiseases.IDSA:InfectiousDiseasesSocietyofAmerica.表3カンジダ眼内炎の標的治療(薬剤は原則単独投与,推奨順)カンジダ属抗真菌薬ならびに用法・用量菌種不明最近アゾール系薬の使用歴がない場合(F-)FLCZ400mg/回1日1回静脈内投与(F-FLCZのみloadingdose:800mg1日1回静注を2日間)第二選択VRCZ4mg/kg/回(loadingdose:初日のみ6mg/kg/回)1日2回点滴静注L-AMB2.5~5mg/kg1日1回静注最近アゾール系薬の使用歴がある場合L-AMB2.5~5mg/kg1日1回静注単独投与で効果不十分の場合,下記の2剤投与(loading不要)L-AMB(2.5~5mg/kg1日1回静注)+5-FC(1回25mg/kg1日4回経口投与)VRCZ(4mg/kg/回1日2回点滴静注)+CPFG(50mg1日1回点滴静注)VRCZ(4mg/kg/回1日2回点滴静注)+MCFG150~300mg1日1回点滴静注菌種同定C.glabrataおよびC.krusei以外(F-)FLCZ400mg/回1日1回静脈内投与(F-FLCZのみloadingdose:800mg1日1回静注を2日間)第二選択VRCZ4mg/kg/回(loadingdose:初日のみ6mg/kg/回)1日2回点滴静注L-AMB2.5~5mg/kg1日1回静注※病変が網脈絡膜に限局ITCZ200mg/回1日1回点滴静注(loadingdose:200mg/回1日2回点滴静注を2日間)MCFG150~300mg1日1回点滴静注CPFG50mg/回(loadingdose:初日のみ70mg/回)1日1回点滴静注C.glabrataL-AMB2.5~5mg/kg1日1回静注第二選択(病変が網脈絡膜に限局)MCFG150~300mg1日1回点滴静注CPFG50mg/回(loadingdose:初日のみ70mg/回)1日1回点滴静注C.kruseiVRCZ4mg/kg/回(loadingdose:初日のみ6mg/kg/回)1日2回点滴静注L-AMB2.5~5mg/kg1日1回静注第二選択(病変が網脈絡膜に限局)MCFG150~300mg1日1回点滴静注CPFG50mg/回(loadingdose:初日のみ70mg/回)1日1回点滴静注(文献1を改変)1568あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(30)(31)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161569表4おもな抗真菌薬の硝子体内投与量と眼内灌流液添加量抗真菌薬略号硝子体内投与硝子体手術投与量*(μg/0.1ml)半減期†(時間)ボトルへの添加量(mg/500ml)アムホテリシンBAMPH-B5~10182.5~5アムホテリシンBリポソーム製剤L-AMB5──フルコナゾールFLCZ‡1001.5~4.6910ボリコナゾールVRCZ50~1002.25~2.5─*:乳幼児および強度近視眼では投与量に注意.†:ウサギを用いた結果.‡:ホスフルコナゾール(F-FLCZ)は眼内投与不可.1570あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(32)(33)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161571

栄養要求性レンサ球菌による感染症

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1561?1564,2016栄養要求性レンサ球菌による感染症InfectionCausedbyNutritionallyVariantStreptococci戸所大輔*はじめに感染症の診断・治療において起炎菌を同定することはきわめて重要であり,治療のスタートラインといえる.通常,一般臨床からの検体は,想定されるあらゆる細菌が増殖可能なように複数の細菌培地に接種し,必要に応じて好気・嫌気・炭酸ガス培養などさまざまな条件で培養する.しかし,眼感染症からの検体はしばしば微量であるため,必要最低限の細菌培地に直接接種する方法がとられる.検体が接種された培地上でコロニー(集落)の発育がみられなければ,細菌培養検査は「陰性」と報告される.栄養要求性レンサ球菌(nutritionallyvariantstreptococci:NVS)はその厳しい栄養要求性から,血液寒天培地(図1a)に発育しない.チョコレート寒天培地(図1b)には条件により発育するが,増殖が遅いうえにコロニーは微小である.眼科からの培養検査においてNVSが想定されることはほとんどなく,同定不能,緑色レンサ球菌や嫌気性菌との誤同定,もしくは報告対象とされないなどの可能性がある.本稿では,NVSとはどんな細菌かについて解説し,またNVSによる感染症(眼感染症を含む)についてレビューする.さらに,NVSを検出・同定するコツについても述べる.I栄養要求性レンサ球菌とは本菌は感染性心内膜炎患者の血液から分離されたsat-ellitingstreptococciとして1961年に初めて報告された1).その後,この菌が特殊な栄養要求性を示し,L-システインやビタミンB6を生産する細菌のコロニー周囲に発育することがわかり(図2),NVSとよばれるようになった.その後の菌名の再分類によってNVSはAbiotrophia属とGranulicatella属に再編されたが,通例として現在でもNVSとよばれている.現在NVSには表1に示す2属4菌種が含まれる2).このうちGranulicatellabalaenopteraeはヒトからは分離されないため,残る3菌種が臨床上問題となる.ヒツジ血液寒天培地(図1a)は溶血性試験を行えることから,臨床検査においてもっとも一般的な非選択培地である.NVSはヒツジ血液寒天培地に発育しないが,ブドウ球菌を同時に接種すると,ブドウ球菌のコロニー周囲に微小なNVSのコロニーが発育する(図2).これはNVSの発育に必要なL-システインやピリドキサール(ビタミンB6誘導体)をブドウ球菌が豊富に産生するためである.これを衛星現象とよび,NVSの同定に必須の検査である.ブドウ球菌以外にもStreptococcuspyogenesを除くレンサ球菌,腸内細菌科の細菌,酵母でも衛星現象がみられる1).また,ブドウ球菌の存在なしでも血液寒天培地に0.001%ピリドキサールや0.01%L-システインを添加すればNVSは良好に発育する.チョコレート寒天培地(図1b)もヒツジ血液寒天培地についでよく使用される非選択培地である.チョコレート寒天培地は加熱し溶解した赤血球を含む培地で,赤血球由来の成分であるNADやヘマチンなどが含まれる.Haemophilus属やNeisseria属は栄養要求性が高いため,培養にはチョコレート寒天培地が必要である.NVSはチョコレート寒天培地に発育するとされるが,コロニーは微小であり培養に約72時間を要する3).また,培地のメーカーによってもコロニーの大きさが異なり,非常に小さい場合には見落とされる可能性がある4).もっとも良好な発育を得るには,ブルセラHK寒天培地(極東)を嫌気培養する方法があり,約48時間で直径1mm以下のコロニーがみられる2,3).増菌培地として使用されるチオグリコレート培地(図1c)にもNVSは良好に発育する5).培地上に増殖したコロニーを塗抹しグラム染色を行うと,NVSはグラム多染性の球桿菌,つまりグラム陽性と陰性,さらに球菌と桿菌が混在した像を示す(図3).培養条件が悪い場合,グラム陰性菌や真菌のような形態を示すこともあるとされる6).このような特異な染色像をみた場合,NVSの可能性を考え血液寒天培地上で衛星現象を確認すべきである.種同定に同定キットを用いる方法もあるが,確実な同定には16SrRNA遺伝子シークエンスまたは質量分析法(MALDI-TOFMS)が有用である2,7).近年では,コマーシャルベースでの16SrRNA遺伝子シークエンスも可能であり,自施設での検査がむずかしい場合には便利であろう.II栄養要求性レンサ球菌による感染症NVSは口腔および上気道の常在菌であり,病原性は弱い.しかし,抜歯などを契機に感染性心内膜炎を起こすことが古くから知られており,とくに血液培養陰性の感染性心内膜炎ではNVSの可能性を考慮する必要があるとされている6).また,NVSはペニシリン抵抗性(用語解説参照)を示す場合が多いため,感染性心内膜炎の治療後の再発が多く,腸球菌や緑色レンサ球菌に比べて致死率が高い2,6).心内膜炎以外にも,敗血症,脳膿瘍,脊椎膿瘍,腹膜炎,中耳炎,外耳炎を起こす8,9).眼科領域の感染症としては,結膜炎10),角膜炎・角膜潰瘍11,12),infectiouscrystallinekeratopathy13,14),外傷後の眼窩膿瘍15),慢性涙?炎16),術後眼内炎7,17~19),硝子体注射後眼内炎20)が報告されている.NVSによる眼内炎の予後に関しては,回復した報告7,17,20)と不良だった報告18)がある.自験例のGranulicatellaadiacensによる術後眼内炎(図4)は,早期の硝子体手術を施行しすみやかに消炎が得られ,視力も回復した7).NVSの病原性因子としては,フィブロネクチン結合蛋白以外に明らかなものはわかっていないが21,22),炎症所見は決して軽くない印象を筆者はもっている.NVSはペニシリン以外にバンコマイシンにも抵抗性を示すことが知られており6),硝子体内注射などの薬物治療を行う場合には注意を要する.薬物治療に抵抗する場合は積極的に硝子体手術など外科的アプローチを検討するべきであると考える.IIINVSを検出するために培養検査でのNVSの検出率を上げるためには,培地の選択が重要である.血液寒天培地だけでなくチョコレート寒天培地を併用しなければNVSの検出は困難で,好気培養よりも炭酸ガス培養または嫌気培養が推奨されている8).眼内炎からの前房水や硝子体液の検体では,チオグリコレート培地などを用いた増菌培養が有効である.おわりにNVSによる眼感染症の病態はいまだわかっていない.線維柱帯切除術後の濾過胞感染症では,白内障術後眼内炎と比べ緑色レンサ球菌属など口腔内常在菌の分離頻度が高いことがわかっているが,NVSも口腔内常在菌の一つである.培養陰性の感染性心内膜炎の6%以上がNVSによるとする報告4)もあることから考えると,培養陰性の感染性眼内炎の一部がNVSによるものである可能性は十分にあり得る.眼科医もNVSによる眼感染症の存在を知り,検査室や検査機関と密な連携を構築することで,NVSの検出率を向上させ,NVS眼感染症の病態が解明されていくことが望まれる.文献1)FrenkelA,HirschW:SpontaneousdevelopmentofLformsofstreptococcirequiringsecretionsofotherbacteriaorsulphydrylcompoundsfornormalgrowth.Nature191:728-730,19612)江成博:栄養要求性レンサ球菌の検出と同定に関する問題点.日本臨床微生物学雑誌25:10-18,20143)犬塚和久:血液検査/血管カテーテル検査.微生物検査ナビ(犬塚和久),p243-286,栄研化学,20134)三澤慶樹:幅広い微生物検査を目指して─検出度は低いが医学的に重要な細菌・真菌感染症の検査法.グラム陽性球菌Streptococcusspp.とその類縁菌.栄養要求性レンサ球菌(nutritionallyvariantstreptococci:NVS)と心内膜炎.臨床と微生物(増刊)40:486-48920135)ReimerLG,RellerLB:Growthofnutritionallyvariantstreptococcioncommonlaboratoryand10commercialbloodculturemedia.JClinMicrobiol14:329-332,19816)RuoffKL:Nutritionallyvariantstreptococci.ClinMicrobiolRev4:184-190,19917)TodokoroD,MochizukiK,OhkusuKetal:Post-operativeendophthalmitiscausedbythenutritionallyvariantstreptococcusGranulicatellaadiacens.JClinExpOphthalol7:000-000,20168)大楠清:いま知りたい臨床微生物検査実践ガイド.医歯薬出版,20139)ChristensenJJ,RuoffKL:Aerococcus,Abiotrophia,andOtherAerobicCatalase-Negative,Gram-PositiveCocci.In:Manualofclinicalmicrobiology(editedbyJorgensenJH,PfallerMA,CarrollKCetal),Vol1,11thed,p422-436,ASMPress,WashingtonDC,201510)BarriosH,BumpCM:Conjunctivitiscausedbyanutritionallyvariantstreptococcus.JClinMicrobiol23:379-380,198611)ChristensenJJ,FacklamRR:GranulicatellaandAbiotro-phiaspeciesfromhumanclinicalspecimens.JClinMicrobiol39:3520-3523,200112)林寺健,森洋斉,子島良平ほか:全層角膜移植後に発症したAbiotrophiadefectiva感染による角膜潰瘍の1例.あたらしい眼科(印刷中)13)OrmerodLD,RuoffKL,MeislerDMetal:Infectiouscrystallinekeratopathy.Roleofnutritionallyvariantstreptococciandotherbacterialfactors.Ophthalmology98:159-169,199114)PaulusYM,CockerhamGC:Abiotrophiadefectivacausinginfectiouscrystallinekeratopathyandcornealulcerafterpenetratingkeratoplasty:acasereport.JOphthalmicInflammInfect3:20,201315)TeoL,LooiA,SeahLL:Anunusualcausativeagentforanorbitalabscess:GranulicatellaAdiacens.Orbit30:162-164,201116)KuCA,ForcinaB,LaSalaPRetal:Granulicatellaadiacens,anunusualcausativeagentinchronicdacryocystitis.JOphthalmicInflammInfect5:12,201517)NamdariH,KintnerK,JacksonBAetal:Abiotrophiaspeciesasacauseofendophthalmitisfollowingcataractextraction.JClinMicrobiol37:1564-1566,199918)HorstkotteMA,DobinskyS,RohdeHetal:Abiotrophiadefectivaendophthalmitiswithretinalinvolvementandinfiltrativekeratitis:casereportandreviewoftheliterature.EurJClinMicrobiolInfectDis29:727-731,201019)HugoLeeMH,LawlorM,LeeAJ:Abiotrophiadefectivableb-associatedendophthalmitisconfirmedwith16sribosomalRNAsequencing.JGlaucoma24:87-88,201520)EdisonLS,DishmanHO,Tobin-D’AngeloMJetal:Endophthalmitisoutbreakassociatedwithrepackagedbevacizumab.EmergInfectDis21:171-173,201521)YamaguchiT,SoutomeS,OhoT:Identificationandcharacterizationofafibronectin-bindingproteinfromGranulicatellaadiacens.MolOralMicrobiol26:353-364,201122)OkadaY,KitadaK,TakagakiMetal:EndocardiacinfectivityandbindingtoextracellularmatrixproteinsoforalAbiotrophiaspecies.FEMSImmunolMedMicrobiol27:257-261,2000*DaisukeTodokoro:群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学〔別刷請求先〕戸所大輔:〒371-8511群馬県前橋市昭和町3-39-15群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1使用される頻度の高い各種細菌培地a:血液寒天培地,b:チョコレート寒天培地,c:チオグリコレート培地(増菌培地).図2衛星現象血液寒天培地上の黄色ブドウ球菌のコロニー周囲に栄養要求性レンサ球菌(NVS)の一種であるGranulicatellaadiacensの微小なコロニーが観察できる.(文献7より転載)表1栄養要求性レンサ球菌(NVS)に分類されている4菌種属種分離源Abiotrophia属AbiotrophiadefectivaヒトGranulicatella属GranulicatellaadiacensヒトGranulicatellaelegansヒトGranulicatellabalaenopteraeミンク鯨(文献2より改変)図3NVSのグラム染色像(1,000倍)グラム陽性と陰性,球菌と桿菌が混在している.培養条件によってグラム染色像が異なる場合がある.(文献7より転載)1562あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(24)図4NVSによる術後眼内炎の前眼部所見77歳,女性.12年前に線維柱帯切除術を受け,晩発性の術後眼内炎を発症した.角膜輪部の11時の部位に濾過胞があり,前房内細胞増多,前房内フレア,前房内フィブリン,硝子体混濁を認める.a:スリット所見(弱拡大)(文献7より転載).b:スリット所見(強拡大).(25)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161563■用語解説■ペニシリン抵抗性:MIC(minimuminhibitoryconcentration:最小発育阻止濃度)に比べてMBC(minimumbactericidalconcentration:最小殺菌濃度)が高く,薬剤感受性検査の結果の割に臨床的な治療効果が得られない状態.トレランスともよばれる.1564あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(26)

PCR時代の新しい急性網膜壊死の診断基準

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1555?1560,2016PCR時代の新しい急性網膜壊死の診断基準NewDiagnosticCriteriaforAcuteRetinalNecrosisinthePCREra高瀬博*はじめに急性網膜壊死は桐沢型ぶどう膜炎ともよばれる劇症の壊死性網膜炎であり,単純ヘルペスウイルス1型(herpessimplexvirustype-1:HSV-1),HSV-2,水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)のいずれかの網膜感染により生じる予後不良な疾患である.1971年に浦山,桐沢らにより,網膜動脈周囲炎,硝子体炎,網膜壊死,裂孔原性網膜?離を生じる片眼性の汎ぶどう膜炎の6例が初めて報告された1).その後,Youngらにより4例の両眼性急性網膜壊死が報告されたが,これは後に浦山らの報告と同一の疾患であることが明らかとなり,さらにその原因がHSVとVZVにあることが判明し現在に至っている.本症は,無治療で経過した場合,数週間~数カ月の経過で裂孔原性網膜?離や視神経萎縮を生じ,最終的に視力喪失に至る劇症の疾患である.近年のさまざまな治療の努力によってもその予後は依然として不良である.急性網膜壊死は稀な疾患であり,わが国においては,2002年に施行された疫学調査ではぶどう膜炎の原因疾患の1.3%2),2009年の調査では1.4%の頻度であった3).また,英国の調査では,年間160~200万人に1人の割合で発症すると報告されている4,5).日常診療で本症に遭遇する可能性は低く,一般眼科医が急性網膜壊死の自然経過を実感として学べる機会はきわめて少ない.しかし,ひとたび本症に遭遇した際には,その診断は迅速に行われなければならず,数日・数週間単位の治療開始の遅れは患者の視力予後を不良とするもっとも大きな要因となる.そのため,急性網膜壊死をみたことはなくとも,ぶどう膜炎患者を診察する機会には,他のいくつかの鑑別疾患と同様に,急性網膜壊死も常に念頭におきながら診療を行う必要がある.本稿では,治療の詳細については成書に譲ることとし,急性網膜壊死を見逃さないために知っておくべき病態と,近年報告された急性網膜壊死の新しい診断基準について,筆者の私見を交えつつ概説する.I急性網膜壊死の臨床像のイメージ急性網膜壊死の臨床所見に関する一般眼科医のもつイメージの多くは,網膜の黄白色病変が広汎に存在するぶどう膜炎,という一点に尽きるのではないかと考えられる.これは無論正しいイメージではあり,事実,網膜の黄白色病変は本症急性期にもっとも高い頻度でみられる所見である6).しかし,網膜に黄白色病変を生じる疾患は,同じウイルス性疾患であるサイトメガロウイルス網膜炎や進行性網膜外層壊死(progressiveouterretinalnecrosis:PORN)などに加え,サルコイドーシス,Behcet病,結核性ぶどう膜炎,眼トキソプラズマ症,そして眼内リンパ腫など数多くあり,網膜黄白色病変のキーワードのみで本症を診断することはきわめて困難であるといえる.そもそも眼底検査を行わなければ網膜病変の所見すら得ることはできないわけであるが,急性網膜壊死はしばしば強い前眼部炎症を生じるため,眼底精査を行うことなく虹彩炎の診断のもとに点眼加療のみが行われ,本来必要な抗ウイルス薬の全身投与が開始されるまでの貴重な時間が失われたといわざるを得ない症例もときに存在する.また,眼底検査を行ったとしても眼底後極部から中間周辺部までの診察にとどまった場合には,網膜周辺部の病変が見逃されてしまうことも考えられる.そのため,ぶどう膜炎眼に対する散瞳検査の重要性はもちろんのこと,網膜病変以外の臨床所見についても,もっと一般に啓発されるべきであると考えられる.II急性網膜壊死の前眼部病変では,どのような臨床所見をみたら急性網膜壊死を疑うべきなのだろうか.そもそも急性網膜壊死の原因はHSVとVZVであることがほぼ明らかとなっているが,このHSVやVZVを原因とする前部ぶどう膜炎が存在する.これらHSVやVZVによる前部ぶどう膜炎に多くみられる共通の病態としては,片眼性であること,豚脂様角膜後面沈着物などの肉芽腫性炎症像がみられること,しばしば高眼圧を伴うことなどがあげられる7).しかし,これらの臨床所見は,急性網膜壊死においても重要なものであり,おもに片眼性,ときに両眼性の肉芽腫性前部ぶどう膜炎(図1),高眼圧といった所見を呈するぶどう膜炎眼に対しては,急性網膜壊死も鑑別疾患にあげ,散瞳眼底検査を必ず行う必要がある.ちなみに,VZVによる前部ぶどう膜炎で生じる限局性虹彩萎縮は,急性網膜壊死では生じない.その他,前房隅角検査においては色素変化や虹彩前癒着などについての一定の傾向はみられないが,高度の前眼部炎症によると考えられるSchlemm管の充血はしばしばみられる所見である(図2).III急性網膜壊死の後眼部病変眼底病変についても,網膜白色病変そのものの特徴,またその他にも特徴的な眼底所見についても知っておく必要がある.急性網膜壊死の網膜黄白色病変は通常は網膜周辺部より生じ,円周方向に向かって進行する.同時に播種状の小斑状病変が中間周辺部網膜にも散見されることが多い(図3).網膜病変の進行期は,その境界は不整形,顆粒状の所見(図4)を呈するが,消退期には病変境界は平滑となり,また網膜血管に沿った領域から退色が生じる(図5).これらの病変境界部の所見と退色の傾向は,本症の特徴であると同時に,病期を推察するうえでも重要な所見である.黄白色病変が退色した部位の網膜は高度に菲薄化している(図6).単に網膜病変を生じるだけでなく,後眼部炎症を生じることも本症の重要な特徴であることを忘れてはならない.硝子体混濁は,濃厚かつびまん性の混濁から,細隙燈顕微鏡検査で観察される前部硝子体の軽度の細胞浸潤まで,その程度はさまざまであるが,重要な所見としてあげられる.眼底の病変としては,視神経乳頭(図7)および網膜血管に炎症が生じることも重要であり,とくに網膜動脈炎は本症に非常に特徴的といえるものである.視神経乳頭炎や網膜動脈炎の検出には,フルオレセイン(図8)やインドシアニングリーンなどの蛍光眼底造影検査が有用である.検眼鏡的にも視神経乳頭の発赤はもちろんのこと,網膜動脈周囲に白鞘形成がみられることがあり,たとえ未散瞳眼底カメラであっても,注意深くみれば本症を示唆する所見を得られることがある.これらの後眼部炎症は,のちに網膜血管の白線化などの閉塞所見,視神経乳頭の蒼白萎縮などの所見を呈することとなる.IV急性網膜壊死の非典型的な病態急性網膜壊死が長期間無治療の状態であった場合には,上述の臨床像を判別できない場合も多々ある.強い前眼部炎症や濃厚な硝子体混濁は眼底病変の観察を妨げるものとなるし,無治療のまま眼底後極部まで達した網膜黄白色病変(図9)に対する鑑別診断は困難なことが多い.また,急性網膜壊死はあらゆる免疫状態の患者に起こりえる病態であるため,とくに免疫低下状態の患者においては急性網膜壊死の病態は上記のものと著しく異なる場合がある.とくに,前房や硝子体中の炎症細胞浸潤がごくわずかしかみられない,またはまったく欠如した症例において網膜黄白色病変が静かに進行している症例では自覚症状に乏しい.V急性網膜壊死の診断基準従来,急性網膜壊死の診断基準は1994年にAmericanUveitisSocietyにより提唱されたものが広く用いられてきた.これは,急性網膜壊死の臨床所見と経過,すなわち①一つまたは複数の境界明瞭な網膜壊死病巣(滲出斑)が周辺部網膜に存在する.②抗ウイルス薬の投与がなければ病巣は急速に進行する.③病巣は円周状に拡大する.④閉塞性網膜動脈炎が存在する.⑤硝子体および前房にあきらかな炎症反応がある.の5項目を満たすものとされた8).この診断基準はポリメラーゼ鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)(用語解説参照)が本症診断に広く用いられるようになる以前に提唱されたものであったため,眼内液におけるHSVやVZVの検出の有無については問われておらず,臨床所見のみで急性網膜壊死を診断するものであった.2016年の現時点で,日本国内のすべての臨床現場においてPCRが容易に用いられうる検査であるとはいえないが,少なくとも外注検査によるウイルスPCRはあらゆる施設で行うことが可能であり,さらには未だ少数施設ながらも眼内液に対するウイルスおよび細菌・真菌に対するPCRの先進医療も開始されている.このような,PCRが臨床現場に普及しつつある現状を踏まえ,厚生労働省の助成を受けた急性網膜壊死研究班により眼内液におけるウイルス検査結果を加味した新たな急性網膜壊死の診断基準が作成された6).厚労省研究班による診断基準は,6つの初期眼所見項目,5つの経過項目,そして眼内液検査(PCRまたは抗体率(用語解説参照)でHSVまたはVZVが陽性)からなり,これらの組み合わせにより確定診断群(眼内液検査でウイルス陽性),または臨床診断群(眼内液検査でウイルス陰性または検査未施行)の2つの診断分類を行うものである(表1).この新しい診断基準の妥当性を評価するため,厚労省研究班員が所属する国内7施設において,急性網膜壊死患者45例および対照のぶどう膜炎としてサイトメガロウイルス網膜炎32例,サルコイドーシス135例,眼トキソプラズマ症48例,Behcet病111例,結核性ぶどう膜炎30例,梅毒性ぶどう膜炎5例,眼内リンパ腫患者48例を対象とした後ろ向き調査研究が行われた.この検討は,急性網膜壊死診断のゴールドスタンダードを欠いたものではあるが,ぶどう膜炎の専門施設において,臨床所見と経過,眼内液検査結果,予後などから総合的に判断し,急性網膜壊死と最終診断したものである.結果として新しい診断基準の診断パラメータは,感度89%,特異度100%,陽性適中率100%,陰性適中率99%と高いものとなった.診断感度が89%にとどまった理由としては,前項で述べた非典型的な病態に至った症例があげられる.つまり,初診時にすでに網膜白色病変が眼底全体に及んでいたもの,高度な中間透光体混濁のために眼底病変が明らかではなかったもの,さらには病初期に大量ステロイドが投与されたために劇症型の眼底病変を生じた症例などが含まれる.このような非典型的症例の診断は今後の大きな課題の一つであるが,原因不明のぶどう膜炎症例に対しては,積極的な眼内液検査が重要な役割をもつことは間違いないところであろう.おわりに急性網膜壊死の臨床像と診断基準について述べた.ここで大切なことは,診断基準の詳細を覚えることではなく,どのような所見をみたときに急性網膜壊死を思い浮かべるべきか,である.AmericanUveitisSocietyの診断基準,そしてわが国の新しい診断基準のなかでも初期眼所見項目については,とくに網膜黄白色病変以外の病変についても是非記憶の片隅に残してほしい.また,本稿では治療方針に関してはまったく触れなかったが,それについての最大のexcuseは,急性網膜壊死患者を救うために何より重要なことは早期診断であるという一点に尽きる.抗ウイルス薬の投与法,量,種類,抗凝固薬の意義,ステロイドの使用法,硝子体手術の是非とタイミングなど,急性網膜壊死の治療に関する議論は未だ尽きないが,本症の予後一般がきわめて不良である反面,網膜黄白色病変が周辺部にのみ存在する段階から治療できた場合には,保存的治療のみで良好な矯正視力を維持できる症例もまた多数存在する.そのため,本症患者の予後を左右する因子として,初医の役割はきわめて重いものであるといえる.場合によっては一生に一度遭遇するかどうかという稀少疾患ではあるが,縁あって本稿を目にした眼科医の前に現れた本症患者の予後が,少しでもよいものとなることを願ってやまない.文献1)浦山晃,山田酉之,佐々木徹郎ほか:網膜動脈周囲炎と網膜?離を伴う特異な片眼性急性ブドウ膜炎について.臨床眼科25:607-619,19712)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinflammationinJapan.JpnJOphthalmol51:41-44,20073)OhguroN,SonodaKH,TakeuchiMetal:The2009prospectivemulti-centerepidemiologicsurveyofuveitisinJapan.JpnJOphthalmol56:432-435,20124)MuthiahMN,MichaelidesM,ChildCSetal:Acuteretinalnecrosis:anationalpopulation-basedstudytoassesstheincidence,methodsofdiagnosis,treatmentstrategiesandoutcomesintheUK.BrJOphthalmol91:1452-1455,20075)CochraneTF,SilvestriG,McDowellCetal:AcuteretinalnecrosisintheUnitedKingdom:resultsofaprospectivesurveillancestudy.Eye(Lond)26:370-377;quiz378,20126)TakaseH,OkadaAA,GotoHetal:Developmentandvalidationofnewdiagnosticcriteriaforacuteretinalnecrosis.JpnJOphthalmol59:14-20,20157)TakaseH,KubonoR,TeradaYetal:Comparisonoftheocularcharacteristicsofanterioruveitiscausedbyherpessimplexvirus,varicella-zostervirus,andcytomegalovirus.JpnJOphthalmol58:473-482,20148)HollandGN:Standarddiagnosticcriteriafortheacuteretinalnecrosissyndrome.ExecutiveCommitteeoftheAmericanUveitisSociety.AmJOphthalmol117:663-667,1994*HiroshiTakase:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学〔別刷請求先〕高瀬博:〒113-8519東京都文京区湯島1-5-45東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科眼科学0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1右眼急性網膜壊死の前眼部写真(67歳,女性)豚脂様角膜後面沈着物と毛様充血がみられる.図2左眼急性網膜壊死の上方前房隅角(39歳,男性)線維柱帯に沿って赤色,バンド状の変化が生じている.1556あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(18)図3左眼急性網膜壊死の眼底写真(32歳,男性)視神経乳頭の発赤・腫脹,周辺部網膜に黄白色病変がみられる.鼻側網膜の黄白色病変は癒合しているが,その他の病変は斑状・顆粒状を呈している.網膜動静脈には白鞘形成または白線化がみられる.図4左眼急性網膜壊死の耳側周辺部の眼底写真(39歳,男性)網膜黄白色病変と健常網膜の境界部は,不整形な顆粒状となっている.図5左眼急性網膜壊死(図4と同一症例)消退期の耳側周辺部の眼底写真網膜黄白色病変はおもに網膜血管に沿った領域から消退しており,黄白色病変と健常網膜の境界部は平滑となっている.(19)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161557図6左眼急性網膜壊死消退期の眼底写真とOCT(71歳,男性)黄斑部耳側の網膜黄白色病変はすでに退色しているが,OCTでは同部位の網膜が高度に菲薄化している.図7急性網膜壊死の左眼後極部眼底写真(21歳,男性)視神経乳頭の発赤・腫脹,黄斑部網膜の皺襞形成,上耳側網膜動脈に沿った出血(↑),網膜の小斑状病変(▲)の散在を認める.図8右眼急性網膜壊死のフルオレセイン蛍光眼底造影検査(55歳,男性)視神経乳頭の発赤,鼻下側静脈および鼻側動静脈からの蛍光漏出がみられる.図9未治療のまま進行した右眼急性網膜壊死の眼底写真(34歳,男性)網膜出血,視神経乳頭腫脹,網膜全体の白色変化がみられる.網膜黄白色病変が血管アーケード内にまで達した状態である.1558あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(20)表1急性網膜壊死の診断基準<診断基準の考え方>初期眼所見項目,経過項目,検査項目を総合して診断する.初期眼所見項目の1aと1bを認めた場合には急性網膜壊死を強く疑い,必要な検査と治療を開始することが望ましい.その後の経過と検査結果に基づいて診断を確定する.急性網膜壊死は免疫健常人に発症する疾患であるが,免疫不全の背景を有する患者においては,以下に限らない多彩な眼所見を呈することに留意する.1.初期眼所見項目1a.前房細胞または豚脂様角膜後面沈着物がある.1b.一つまたは複数の網膜黄白色病変(初期は顆粒状・斑状,次第に癒合して境界明瞭となる)が周辺部網膜に存在する.1c.網膜動脈炎が存在する.1d.視神経乳頭発赤がある.1e.炎症による硝子体混濁がある.1f.眼圧上昇がある.2.経過項目2a.病巣は急速に円周方向に拡大する.2b.網膜裂孔,網膜?離を生じる.2c.網膜血管閉塞を生じる.2d.視神経萎縮をきたす.2e.抗ヘルペスウイルス薬に反応する.3.眼内液検査前房水または硝子体液を用いた検査(PCR法あるいは抗体率算出など)で,HSV-1,HSV-2,VZVのいずれかが陽性.4.分類(1)確定診断群:1.初期眼所見項目のうち1aと1b,および2.経過項目のうち1項目を認め,かつ3.眼内液検査でHSVまたはVZVが病因と同定されたもの.(2)臨床診断群:眼内液においてウイルスの関与を証明できない,あるいは検査未施行であるが,初期眼所見項目のうち1aと1bを含む4項目と経過項目のうち2項目を認め,他疾患を除外できるもの.(文献6より引用,和訳)(21)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161559■用語解説■ポリメラーゼ鎖反応(polymerasechainreaction:PCR):反応チューブ内に,患者眼内液などの検査対象試料から抽出したDNA,プライマー(標的遺伝子領域に特異的に結合する一対の短い核酸断片),DNA合成酵素,DNA合成のための基質などを混合し,PCR装置で以下の3つのステップで温度を変化させる.①熱変性:94℃に加熱すると,2本鎖構造であるDNAが変性して1本鎖DNAとなる.②アニーリング:60℃に急速冷却すると1本鎖DNAとプライマーが結合する.③伸長:72℃まで加熱するとDNA合成酵素が活性化し,それによりプライマーがDNA合成を開始し,2本鎖DNAが複製される.この①~③を一つのサイクルとして,20~30サイクル程度反応を繰り返すことで,目的のDNAを大量に複製することができる.PCRによる増幅の有無は,アガロースゲルなどへの電気泳動や,蛍光色素の発色の有無などで判定する.抗体率:Q値,またはGoldmann-Witmercoefficientともよばれる,眼内局所における病原微生物(ウイルス,寄生虫など)に対する特異的な抗体産生の有無を調べる検査法である.同日に採取した眼内液と血清それぞれについて,総IgG量(totalIgG)と病原微生物特異的IgG量(specificIgG)を測定し,以下の式にそって計算する.すなわち,抗体率=(眼内液specificIgG/眼内液totalIgG)/(血清specificIgG/血清totalIgG)となる.抗体率が1以上6未満であれば疑いとなり,6以上であれば眼内局所で病原微生物に特異的な抗体産生を生じていると判断される.1560あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(22)

新しいコリネ属─コリネバクテリウム・オキュリ─

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1551?1553,2016新しいコリネ属─コリネバクテリウム・オキュリ─CorynebacteriumOculiSp.Nov西田功一*江口洋**はじめにCorynebacterium属の代表的な種にジフテリア菌がある.ジフテリア菌が産生する毒素によって,粘膜感染後に偽膜を形成するとともに,毒素が体内に吸収されることで中毒症状を起こし,死に至ることがある.そのため,かつては臨床検体の細菌検査でCorynebacterium属が分離されたら,ジフテリア菌かどうか厳密な種同定がなされていた.一方,ジフテリア菌以外のCorynebacterium属はヒトの皮膚や粘膜に常在する弱毒菌であり,臨床検体から分離されても,コンタミネーションと判断され,臨床的意義をもたないものとしてみなされていた.しかし,近年Corynebacterium属による眼感染症の症例報告が相次いでいる.2008年にはキノロン耐性Corynebacterium属が角膜炎や結膜炎の原因となっていることが明らかになった1).眼材料から分離されるCorynebacterium属の大多数はCorynebacteriummacginleyi(約80%)であり,ついでCorynebacteriummastitidis(約7%),Corynebacteriumaccolens(約4%),Corynebacteriumpropinquum(約3%)と報告されている2).おそらくは主としてC.macginleyiがCorynebacterium属による眼感染症を引き起こしていると推察され,実際に厳密な種同定の結果としてC.macginleyiによる結膜炎の報告1,3)もある.しかし,他の種による眼感染症の報告4,5)もあり,眼表面から分離される比率を考慮すると,Corynebacterium属による眼感染症の主要な種が,本当にC.macginleyiかどうかは不明といわざるを得なかった.I新種発見と命名の経緯細菌の種は,基準株との相同性をDNA-DNAハイブリダイゼーションで検証し,70%以上の相同性が確認できれば同種といってよいとされている.16srDNAのシークエンスで種同定をする場合は,公的に公開されている基準株の16srDNA配列との相同性が98.7%以上であれば,その種である可能性が高いとの意見で世界的なコンセンサスが得られている.よって,学術学会や論文において「得られた株の16srDNA配列が,C.macginlyeiと99%の相同性を認めた」と報告すれば,原則としてC.macginleyiとの種同定結果に異論を唱える者はいない.しかし実際には,DNA-DNAハイブリダイゼーションと16srDNA配列の相同性との相関はないとされており,16srDNA配列の相同性が98.7%以上でも別種となる可能性があることも有名な事実である.Eguchiらの報告1)において,眼表面検体から分離されたCorynebacterium属の中に,C.macginlyeiについで2番目に高率に分離された種がC.mastitisdisであった.その種同定結果が,16srDNAシークエンスで98.2%の相同性であったこと,およびそれまでに報告されている他のCorynebacetrium属のどの種とも98%未満の相同性しか得られていないことにVandammeが着目し,カナダの細菌学者でありCorynebacetrium属の研究に精通しているBernardらとともに,より厳密な種同定の解析が始まった6).Eguchiらが16srDNAのシークエンスでC.mastitisdisと判断していた株に,Vandammeらの持ち合わせていたC.mastitisdis類縁のベルギーおよびスイス由来株を加え解析を実施した結果,それらC.mastitisdisと思われた株は,種々の検査結果においてC.mastitisdis基準株との乖離を呈し,これまで報告されていない2種類の新しいCorynebacterium属であることが判明した.そのうちの一種は,その種同定研究期間中に他界したカナダの細菌学者(Donaldlow)に捧げC.lowiiと命名した.日本由来の株を含むもう一種はすべて眼感染症検体からの分離株であったため,C.oculi(コリネバクテリウム・オキュリ)と命名した6).いずれも全ゲノム配列が解読され,ぞれぞれGenbankにLKEV00000000とLKST00000000として登録された.II臨床的意義報告されているC.oculiは,すべての株がエリスロマイシン,バンコマイシン,リファンピシン,テトラサイクリン,リネゾリド,ペニシリン,ゲンタマイシン,シプロフロキサシン,セフトリアキソン,セフェピム,メロペネムに感受性がある6).すなわち,仮に感染症の起炎菌となっていても(図1,2),抗菌薬の厳密な選択をせずともエンピリックな治療で治癒せしめることが可能と推察される.眼材料から分離されるCorynebacterium属について,感染症のない眼表面から高率にC.macgnlyiが分離され,眼感染症検体からはC.macgnlyi以外の種が多く分離される2)ことや,かつてCorynebacterium属は弱毒ゆえ感染症の起炎菌にはなりにくいとみなされていたことは,実は古くからC.oculiが稀に眼感染症を引き起こしていたものの,エンピリックに処方した抗菌薬で容易に治癒せしめていたことを表しているのかもしれない.薬剤感受性の結果からすると,現時点で臨床現場においてC.oculiを厳密に種同定する必要性はさほど高くないと思われる(図3).しかし,日本において頻用されているキノロン耐性C.macgnlyiが眼表面から高率に分離されるようになり,C.macgnlyiによる難治性の前眼部感染症が増えていることを考慮すると,C.oculiについても今後のさらなる研究が必要と思われる.文献1)EguchiH,KuwaharaT,MiyamotoTetal:High-levelfluoroquinoloneresistanceinophthalmicclinicalisolatesbelongingtothespeciesCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol46:527-532,20082)山中千尋,江口洋:コリネバクテリウムの分子疫学について教えてください.あたらしい眼科26:226-228,20093)SuzukiT,IiharaH,UnoTetal:Sutue-relatedkeratitiscausedbyCorynebacteriummacginleyi.JClinMicrobiol45:3833-3836,20074)TodokoroD,EguchiH,YamadaNetal:ContactlensrelatedinfectionskeratitiswithwhiteplaqueformationcausedbyCorynebacteriumpropinquum.JClinMicobiol53:3092-3095,20155)BadenochPR,O’DanielLJ,WiseRPetal:CorynebacteriumpropinquumkeratitisusingMALDI-TOF.Cornea35:686-687,20166)BernardKA,PachecoAL,LoomerCetal:Corynebacteriumlowiisp.Nov.andCorynebacteriumoculisp.Nov.,derivedfromhumanclinicaldiseaseandemendeddescriptionofCorynebacteriummastitidis.IntJSystEvolMicrobiol66:2803-2812,2016*KoichiNishida:近畿大学医学部眼科学教室**HiroshiEguchi:近畿大学医学部堺病院眼科〔別刷請求先〕西田功一:〒589-8511大阪狭山市大野東377-2近畿大学医学部眼科学教室0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1コリネバクテリウム眼瞼結膜炎眼瞼炎と軽症の結膜炎を呈している.図2図1症例の眼脂グラム染色像(×1,000)白血球によるグラム陽性桿菌の貪食像が確認できる.図3図1症例の眼脂培養結果臨床では属レベルの同定までだが,この株は薬剤感受性からC.oculiではないと思われる.1552あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161553

モラクセラ角膜炎ダイジェスト

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1547?1550,2016モラクセラ角膜炎ダイジェストReviewofMoraxellaKeratitis鈴木崇*はじめにモラクセラ属による角膜炎は,時として重篤な感染性角膜炎を引き起こすため,その臨床的特徴などを理解しておく必要がある.本項では,モラクセラ角膜炎ダイジェストとして,「モラクセラ属の微生物学的特徴」や「モラクセラ角膜炎の臨床像」について解説する.Iモラクセラ属の微生物学的特徴モラクセラ属(Moraxellasp.)は,グラム陰性の短い桿菌もしくは球状の好気性の細菌であり,鼻咽頭の常在細菌である.以前,ブランハメラ属とモラクセラ属に分かれていた2つの属がまとめられモラクセラ属となった.そのため,グラム陰性球菌を示すM.catarrhalis(以前はBranhamellacatarrhalis)とグラム陰性桿菌を示すモラクセラ属(M.lacunata,M.nonliquefaciens,M.osloensis,M.atlantae)に分けられる.M.catarrhalisは,子供や老人の鼻咽頭に生息しており,日和見的に上気道の粘膜の炎症や中耳炎,副鼻腔炎などを引き起こしたり,まれに肺炎や髄膜炎の原因となる.M.lacunataは心内膜炎のみならず眼瞼炎や結膜炎の原因菌として検出されることがある.同じグラム陰性菌である緑膿菌が有するような鞭毛や芽胞はなく,一部の菌は莢膜を有する.M.catarrhalis以外のモラクセラ属の種の同定は比較的むずかしく,一般的な検査室では同定が行われないことも多い.IIモラクセラ角膜炎の疫学わが国における感染性角膜炎全国サーベイランスでは,モラクセラ属は,細菌・真菌・アメーバなどを合わせた病原微生物のうちの3.8%を占め,さらにグラム陰性桿菌の11%であり,感染性角膜炎の原因細菌としては比較的多い1).また,米国・インドの共同疫学調査においても,培養陽性となった細菌性角膜炎の3%を占めている2).IIIモラクセラ角膜炎の臨床像モラクセラ角膜炎の多数例の検討は,米国,イギリス,オーストラリア,インドで報告されている3~9).さらにわが国においては,多施設スタディにおいて30症例のモラクセラ角膜炎が報告された10).これらの論文を参考に臨床像について解説する.1.患者背景,誘因1980年代の報告ではアルコール中毒,栄養失調,糖尿病,不潔状態などがモラクセラ角膜炎の誘因と考えられていた6,8,9).1990年代の論文では糖尿病に加えて,角膜移植やヘルペス角膜炎の合併などが,契機として報告されている4,5,7).2015年の筆者らの報告10)では,患者背景としては糖尿病が多く,局所的なリスク要因としてコンタクトレンズ装用や外傷が多かったが,誘因がない症例も約30%認められた(表1).患者の年齢層は幅広く7~94歳までの患者(平均年齢58.4±23.4)であった.60歳以上の症例では糖尿病を有する患者が多く,60歳以下ではコンタクトレンズ装用者が多かった.2.臨床像海外の報告では,角膜穿孔などの重症例が報告されていたが,筆者らの報告では穿孔例はなく,その臨床像もさまざまであった.しかしながら,その大きさや形を検討してみると3つの病型に分類されることが明らかになった.まず,緑膿菌角膜炎と同様に輪状膿瘍を呈する症例が30%で認められた(図1,2).この型では多くの症例で前房蓄膿を伴っていた.さらに,辺縁が不整の面状の細胞浸潤を示す症例も43.3%で認められた(図3,4)輪状膿瘍型・不整形浸潤型は,高齢者の症例で多く認められている.これらの2つの病型は視力障害も強い.また,26.7%の症例では小さな円形の細胞浸潤を示していた(図5,6).この病型では,コンタクトレンズ装用などの若年者に認められることが多かった.3.検査所見モラクセラ角膜炎では,病巣の角膜擦過物の塗抹標本にて,グラム陰性の短桿菌が検出されることが多い(図7).さらに,自験例では,培養検査では陰性な症例の中に塗抹標本のみモラクセラ属様のグラム染色所見を示す症例もあり,実際としては多くのモラクセラ角膜炎において培養検査が陰性のために見逃されていることも考えられる.培養検査では,前述のようにモラクセラ属内の種の同定はされないことが多いが,筆者らによるMALDI-TOF質量分析計と16SrRNA領域を用いた遺伝子解析では,M.lacunataとM.nonliquefaciensが同定された.また,角膜炎より分離されたモラクセラ臨床分離株の薬剤感受性を調査したところ,すべての株において,レボフロキサシン,トブラマイシン,クロラムフェニコールに感受性があった.一方,3株においてはセフェム系薬剤であるセファゾリンに耐性を示した(表2).4.治療と予後筆者らの報告では,多くの症例でフルオロキノロン系抗菌薬とアミノグリコシド系(もしくはセフメノキシム)抗菌点眼薬の頻回点眼が行われており,すべての症例において,内科的治療のみで軽快していた.この点においては,角膜穿孔を起こし,角膜移植を要した症例が多い海外の報告と異なる.海外では,抗菌薬点眼1種類のみで治療した症例が多かった.2種類以上の抗菌薬を使うことで併用効果が得られ,治療成績が良好なのかもしれない.しかしながら,角膜上皮欠損が治癒するまでは平均23.4日,完全に細胞浸潤が消失するまでには平均41.9日であり,抗菌薬治療の反応はほかの細菌性角膜炎よりは緩徐である可能性が高く,注意深く観察する必要がある.IVモラクセラ角膜炎の今後の展望角膜炎のなかではさまざまな臨床像を呈する可能性が高い.なかでも炎症が遷延する可能性があり,どのようにして炎症を惹起するかについて,詳細な病態の解明が望まれる.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20062)SrinivasanM,MascarenhasJ,RajaramanRetal:Thesteroidsforcornealulcerstrial:studydesignandbaselinecharacteristics.ArchOphthalmol130:151-157,20123)CoboLM,CosterDJ,PeacockJ:Moraxellakeratitisinanonalcoholicpopulation.BrJOphthalmol65:683-686,19814)DasS,ConstantinouM,DaniellMetal:Moraxellakeratitis:predisposingfactorsandclinicalreviewof95cases.BrJOphthalmol90:1236-1238,20065)GargP,MathurU,AthmanathanSetal:Treatmentoutcomeofmoraxellakeratitis:ourexperiencewith18cases-aretrospectivereview.Cornea18:176-181,19996)MarioneauxSJ,CohenEJ,ArentsenJJetal:Moraxellakeratitis.Cornea10:21-24,19917)MianSIandMaltaJB:Moraxellakeratitis:riskfactors,presentation,andmanagement.ActaOphthalmol89:e208-e209,20118)BaumJ,FedukowiczHB,JordanA:AsurveyofMoraxellacornealulcersinaderelictpopulation.AmJOphthalmol90:476-480,19809)HeidemannDG,AlfonsoE,ForsterRKetal:Branhamellacatarrhaliskeratitis.AmJOphthalmol103:576-581,198710)InoueH,SuzukiT,InoueTetal:Clinicalcharacteristicsandbacteriologicalprofileofmoraxellakeratitis.Cornea34:1105-1109,2015*TakashiSuzuki:いしづち眼科〔別刷請求先〕鈴木崇:〒791-0811愛媛県新居浜市庄内町1-8-30いしづち眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1モラクセラ角膜炎の誘因眼局所の誘因n(%)コンタクトレンズ装用5(16.7)外傷3(10.0)その他8(26.7)合計16(53.3)全身的な誘因n(%)糖尿病7(23.3)その他5(16.7)合計12(46.7)(文献10より改変)図図1モラクセラ角膜炎(輪状膿瘍型)①輪状膿瘍と前房蓄膿を認める.図2モラクセラ角膜炎(輪状膿瘍型)②輪状膿瘍と周辺部の細胞浸潤を認める.図3モラクセラ角膜炎(不整形面状浸潤型)①不整な細胞浸潤を角膜全面に認める.1548あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(10)図4モラクセラ角膜炎(不整形面状浸潤型)②不整な細胞浸潤を角膜全面に認める図5モラクセラ角膜炎(小円形型)①小さな円形の細胞浸潤を認める.図6モラクセラ角膜炎(小円形型)②アデノウイルス結膜炎後の上皮下浸潤のなかに小さな円形の細胞浸潤を認める.図7モラクセラ角膜炎症例の塗抹標本所見(図4の症例)グラム陰性短桿菌を認める.表2角膜炎より分離されたモラクセラ株の薬剤感受性抗菌薬株数感受性耐性レボフロキサシン260トブラマイシン140セファゾリン213セフタジジム110クララムフェニコール70(文献10より改変)(11)あたらしい眼科Vol.33,No.11,201615491550あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(12)

薬剤耐性HSV角膜炎の病像と診断

2016年11月30日 水曜日

特集●今,注目すべき眼感染症とその治療戦略あたらしい眼科33(11):1541?1545,2016薬剤耐性HSV角膜炎の病像と診断ClinicalFeaturesandDiagnosisofDrug-ResistantHSVKeratitis井上智之*Iアシクロビル治療と薬剤耐性単純ヘルペスウイルス株単純ヘルペスウイルス(herpessimplexvirus:HSV)による角膜炎である.HSV角膜炎は,上皮型,実質型および内皮型と病変の首座によって多彩な角膜炎臨床像を呈することが知られており,非特異的な症例が多いことから診断・治療には注意を要する.一般にヒトHSV感染症治療には,抗ウイルス薬であるアシクロビルがウイルス感染細胞に対する高い抗ウイルス活性と正常細胞に対する低い毒性の点から,非常によく使用されている1).もちろん眼科領域でも,アシクロビル眼軟膏は日本におけるHSV角膜炎に対する第一選択薬である2).アシクロビル眼軟膏が使用されるようになり,HSV角膜炎の治療管理がしやすくなり,かつての角膜ヘルペスの再発に起因する重症化,つまり壊死性角膜炎や角膜穿孔への移行は有意に抑制されるようになった3).このような理由でアシクロビルの臨床使用の機会が増加することになったことを背景に,薬剤耐性ウイルスの存在,とくに全身的な免疫抑制患者におけるアシクロビル耐性HSV感染が問題となってきた4).さらに眼科領域では,繰り返される角膜ヘルペスの既往に伴う長期もしくは過剰な投与やステロイドの併用などにより,免疫健常者におけるアシクロビル耐性HSVによる角膜炎が報告されている2,5,6).II薬剤耐性HSV角膜炎の臨床的特徴アシクロビル耐性HSV角膜炎は,過去の報告であるように,長期にわたる病変の寛解・増悪に伴うアシクロビル製剤やステロイド製剤の併用により惹起されうる2,5,6).長期にわたる角膜ヘルペス治療でアシクロビル軟膏を複数回処方されていた場合,ステロイド点眼による消炎管理を長期に受けていた場合,またはアシクロビル眼軟膏やステロイド点眼を長期間・不規則に相伴って使用している場合は要注意である.また,眼局所的問題でなくとも,全身的免疫不全も本症発症の大きなリスクファクターになりうる.発症症例は,耐性ウイルスの発生の臨床的危険因子が高い場合がほとんどなので,患者背景や既往治療の把握は本症を考えるうえで重要である.基本的に,アシクロビル耐性HSV角膜病変は,小さな上皮病変がよく知られている.アシクロビル耐性HSVによる樹枝状病変は,HSV耐性株自体の増殖が弱いため,病変は偽樹枝状病変に近く,小さめで,進行の速度が通常の角膜ヘルペスに比して遅い(図1).しかし,ウイルスビルレンスや患者背景の違いによって,大きな病変を呈する場合や大きな地図状病変を呈する場合もあるので注意を要する7).また,アシクロビル耐性HSV角膜炎は上皮病変のみでなく,実質浸潤病変や壊死性病変を呈する実質病変を引き起こす場合もある8).薬剤耐性HSV角膜炎は,進行の速度が通常のHSV角膜炎に比して遅いことを除いて,特徴的な臨床所見に乏しく,他疾患との鑑別診断が非常に重要となる.ヘルペスウイルス,細菌,真菌,アカントアメーバをはじめとする鑑別診断を必要性に応じて同時に行い,HSV以外の他の角膜炎誘発病原微生物の可能性を否定することは重要である.また,角膜感染症以外にも,兎眼やドライアイを伴う乾性角結膜炎,慢性炎症に基因する上皮病変など,非感染性の要因が背景にある多くの疾患も,鑑別疾患として念頭におく必要がある.III薬剤耐性ウイルスの従来ラボ診断法アシクロビル耐性HSVの同定方法は,検体からウイルス分離を行い確定診断が得られた後,分離HSVに対して,vero細胞におけるantiviralplaquereductionassayというinvitroアシクロビル感受性試験を行って耐性ウイルスか否かを判定する3,9).薬剤を加えることによって,viralplaqueの減少を換算して,50%のplaqueに達する薬剤の濃度,つまり50%viralinhibitoryconcentration(IC50)を決定する.HSVの場合は2μg/mlを超えるとアシクロビル耐性株と判定する10).分離培養や感受性試験そのものが手技的に煩雑でむずかしく,時間を要すること,薬剤耐性ウイルスは増殖が遅いので分離や維持が困難であること,角膜病変からの検体そのものが微量であることなどから,多くの施設でルーチンで行っていくのはむずかしいのが現状である.このように,アシクロビル耐性HSV角膜炎における分離培養診断は手技的にも困難である.このような背景から,アシクロビル耐性HSV角膜炎の迅速,簡便で正確な診断方法は確立されておらず,臨床経過におけるリスク因子の検討やスリット所見から診断するが,非特異的所見を呈し,診断困難な症例に対しては,治療に難渋するのが現状である.IVルーチンのHSV定量のためのリアルタイムPCRを利用した薬剤耐性HSV診断法臨床現場において,角膜炎における検体採取の機会および量は非常に限られているため,微量なサンプルから複数の病原体検索ができることが望まれる.ポリメラーゼ連鎖反応(polymerasechainreaction:PCR)は微量に存在する核酸DNAを数百万倍まで増幅する標準的な分子生物学的手法で,各医療分野における病原体の同定に利用されている.リアルタイムPCRは,微量サンプルからヘルペスウイルス疾患11)やアカントアメーバ12)などの複数の病原体検索を同時に施行できる定量的方法で,アシクロビル耐性HSV診断においても有用であることが示された7).方法は,上皮病変に対しては,病変部辺縁からゴルフメスを用いて角膜擦過物を採取し,DNA抽出キット(QIAampDNAminikit,QIAGEN)を使用して,DNA精製抽出を施行する.ついでABIPrism7900HTSequenceDetectionSystem(AppliedBiosystems)を使用して,TaqMan法を行う.HSV1の特異的なエンベロープ糖蛋白glycoproteinB(gB)DNAの112bpをDNA増幅領域とし,増幅条件は50℃2分・95℃10分に続いて,95℃15秒・60℃1分を50サイクルとする.HSV1検出のための特異的プローブおよびプライマー配列は,フォワードプライマー;5¢-CGCATCAAGACCACCTCCTC-3¢,リバースプライマー;5¢-GCTCGACCACGCGA-3¢,TaqManプローブ;5¢-FAM-TGGCAACGCGGCCCAAC-TAMRA-3¢13)である.検体採取からDNA抽出まで15分,プレート用意からPCR反応まで3時間弱,合計3時間余で結果を得ることができる.このように,鑑別診断を含めた迅速診断が可能であることから,原因不明の角膜炎鑑別診断においてリアルタイムPCRは理想的な検査である.しかし,アシクロビル耐性ウイルスは,ほとんどがチミジンキナーゼ(thymidinekinase)のポイントミューテーションに起因していることが報告されており,点遺伝子変異からTK活性の変化に基づくものなので,ルーチンのリアルタイムPCRでは同定できない.臨床経過とHSVリアルタイムPCR結果の解釈より,病変にHSVが同定されている角膜炎症例で,HSV特異的治療薬であるアシクロビルの投与にもかかわらず病変の改善を認めず,DNAコピー数がアシクロビル投与前と投与後で変化を認めない症例に遭遇したら,アシクロビル耐性HSVの存在を示唆する.このように,治療モニタリングのうえで,特異的治療薬投与前後の標的DNAのコピー数の減少を認めなければ,薬剤耐性を考えるというコンセプトは,現行のリアルタイムPCR以外に複雑な検査の追加を必要としないので,補助的診断法として非常に簡便で有用であると思われる.Vアシクロビル耐性HSV角膜炎薬剤治療アシクロビル耐性HSV角膜炎の治療方法としては,他の抗HSV薬であるトリフルオロチミジン(trifluorothymedine:TFT)を1%点眼に調整した点眼治療が有効である.既報では,plaquereductionassayで同株に対してTFTを加えても耐性を示さず,臨床的にも効果的と報告されている2,5).同じ抗HSV製剤であっても,TFTはアシクロビルと作用機序が異なるため,アシクロビル耐性HSVに対しても効果を発揮しうる.高度の炎症を伴うこともあるので,上皮内のウイルス増殖病変が消失したら,ステロイド消炎治療を併用することも大切である.VIアシクロビル耐性HSV角膜炎症例提示と臨床経過症例を提示して説明する.症例は78歳,女性.主訴は右眼の異物感と視力低下.数年前より繰り返す角結膜炎にてヘルペス治療を受けている.1カ月前より左眼異物感が徐々に悪化したので受診.角膜知覚は右眼60mm・左眼20mm.前眼部所見は,角膜中心部から下方周辺部にかけて地図状角膜病変を認めた(図2).本症例においては,HSV1-DNAが2.3×107コピー/サンプル検出された.その他の病原体は検鏡・培養・リアルタイムPCRにて認めなかった.本結果に基づき,HSV1による角膜ヘルペスと診断して,アシクロビル眼軟膏1日5回の抗ウイルス療法,ニューキノロン系抗菌薬点眼1日3回を投与した.本治療を10日間継続するも病変は改善しなかったため,上記に加えて,バラシクロビル内服3,000mg4日間を加えた.その後も改善を認めず(図3),角膜上皮擦過物のうえ,再度の微生物検索を施行した.結果は初回検索と同様,HSV1に対するリアルタイムPCRではHSV1-DNA3.1×107コピー/サンプルと高値のDNA陽性であった.HSV特異的治療薬であるアシクロビルの投与にもかかわらず,病変の改善は認めずHSV1定量にてDNAコピー数はアシクロビル投与前と投与後の間に変化を認めなかったことから,薬剤耐性ウイルス,つまりアシクロビル耐性HSV1による角膜炎と診断した.本診断に基づいて,アシクロビル軟膏を中止して,TFT点眼を院内調整して1日4回投与した.治療開始後,角膜上皮びらんは徐々に縮小し,結膜充血および上皮病変も消失して安定した(図4).また,HSV1-DNAは同定閾値以下となった.このように,本症例では,高コピー数のHSVDNAが病変から検出されているにもかかわらず,HSV治療の第一選択薬であるアシクロビル眼軟膏投与にて病変が改善せず,ウイルスコピー数は投与前と比較して減少を認めなかった.このように,アシクロビル投与前後のリアルタイムPCRのHSVコピー数の経時的変化を解釈することによって,本症例はアシクロビルに反応しないHSV,つまりアシクロビル耐性HSVによる角膜炎であったことを診断できた.まとめアシクロビル耐性HSVは,ヘルペス治療の特効薬であるアシクロビル眼軟膏の投与によって軽快しないため,正確な病態の把握なしには,診断が遅れて重症化するのが大きな問題である.まずは薬物治療に無反応な原因不明角膜炎において,アシクロビル耐性HSVは鑑別診断として念頭に置く必要がある.また,HSV同定後の治療モニタリングにおいて,特異的治療薬であるアシクロビル投与前後で治療効果がなく,HSVコピー数の減少を認めない場合は,アシクロビル耐性HSVによる病変を示唆している.症例背景の把握や臨床病型の変化に加えて,リアルタイムPCRデータの解釈を補助的にうまく組み合わせていくことにより,より的確な診断治療が可能になる.文献1)BalfourHHJr:Acycloviorandotherchemotherapyforherpesgroupviralinfection.AnnuRevMed35:279-291,19842)YaoY-F,InoueY,KaseTetal:Clinicalcharacteristicsofacyclovir-resistantherpetickeratitisandexperimentalstudiesofisolates.GraefeArchClinExpOphthalmol234:S126-S132,19963)OhashiY:Treatmentofherpetickeratitiswithacyclovior:benefitsandproblems.Ophthalmologica211(suppl1):29-32,19974)ErlichKS,MillisJ,ChatisPetal:Acyclovior-resistantherpessimplexvirusinfectionsinpatientswiththeacquiredimmunodeficiencysyndrome.NEnglMed320:293-296,19895)ZhangW,SuzukiT,ShiraishiAetal:Dendritickeratitiscausedbyanacyclovir-resistantherpessimplexviruswithframeshiftmutation.Cornea26:105-106,20076)MoriY,InoueY,ShimomuraY:Herpeticepithelialkeratitiscausedbyacyclovir-resistantstrain.JpnJOphthalmol38:407-410,19947)InoueT,KawashimaR,SuzukiTetal:Real-timepolymerasechainreactionfordiagnosingacyclovir-resistantherpetickeratitisbasedonchangesinviralDNAcopynumberbeforeandaftertreatment.ArchOphthalmol130:1462-1464,20128)ToriyamaK,InoueT,SuzukiTetal:Necrotizingkeratitiscausedbyacyclovir-resistantherpessimplexvirus.CaseRepOphthalmol5:325-328,20149)FanCC,ShimimuraY,InoueYetal:Acaseofsimultaneousbilateralherpeticepithelialkeratitis.JpnJOphthalmol33:120-124,198910)EnglundJ,ZimmermanME,SwierkoszEMetal:Herpessimplexvirusresistanttoacyclovir:astudyinatertiarycarecenter.AnnInternMed112:416-422,199011)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:Incidenceandfeaturesofkeratitisofunknownetiologywithquantitativepolymerasechainreactionpositiveforcytomegalovirus.Ophthalmology117:216-222,201012)KandoriM,InoueT,TakamatsuFetal:TwocasesofAcanthamoebakeratitisdiagnosedonlybyreal-timepolymerasechainreaction.Cornea29:228-231,201013)CoreyL,HuangML,SelkeSetal:Differentiationofherpessimplexvirustypes1and2inclinicalsamplesbyareal-timetaqmanPCRaasay.JMedVirol76:350-355,2005*TomoyukiInoue:多根記念眼科病院〔別刷請求先〕井上智之:〒550-0024大阪市西区境川1-1-39多根記念眼科病院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1アシクロビル耐性HSV角膜炎前眼部写真フルオレスセイン染色写真.樹枝状病変を認める.1542あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(4)(5)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161543図2アシクロビル投与前の初診時前眼部写真a:スリット写真.b:フルオレスセイン染色写真.広範な地図状角膜病変を認める.リアルタイムPCRにて,HSV1-DNAが2.3×107コピー/サンプル同定.図3アシクロビル眼軟膏およびバラクシロビル内服投与後の前眼部写真a:スリット写真.b:フルオレスセイン染色写真.アシクロビル投与前の病変と比較して地図状角膜病変は改善を認めない.HSV1-DNA3.1×107コピー/サンプル同定.図4TFT点眼投与後4週後の前眼部写真a:スリット写真.b:フルオレスセイン染色写真.充血,浸潤,角膜上皮病変は認めず,眼表面は安定している.HSV1-DNAは同定されなかった.1544あたらしい眼科Vol.33,No.11,2016(6)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.11,20161545