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硝子体手術のワンポイントアドバイス 160.液体パーフルオロカーボンの糊様作用(初級編)

2016年9月30日 金曜日

●連載160硝子体手術のワンポイントアドバイス160液体パーフルオロカーボンの糊様作用(初級編)池田恒彦大阪医科大学眼科●液体パーフルオロカーボン使用時の注意点液体パーフルオロカーボン(liquidperfluorocarbon:LPFC)は高比重,高界面張力,低粘稠度,無色透明,疎水性の液体で,巨大裂孔網膜?離をはじめ硝子体手術の有用な補助材料として頻用されている.LPFC使用時の問題点としては,網膜下迷入や眼内残留,空気灌流下のバブル形成などが報告されているが,あまり知られていない問題点として,LPFCが糊のように周囲の網膜同士を接着させる,いわゆる“糊様作用”が報告されている1).●症例提示自験例を提示する.症例は多発裂孔を伴うアトピー性網膜?離で,水晶体切除,硝子体切除後に,LPFCを眼内に注入して網膜を伸展させた(図1).その際,周辺部の硝子体切除が不十分で,上方の大きな弁状裂孔からLPFCが網膜下に迷入しそうになったので,いったんLPFCを灌流液下で抜去した.その際に視神経乳頭上に残存したLPFCが周囲の網膜同士を接着させ,漏斗状となり,LPFCの完全な抜去が困難となった(図2).双手法で接着した網膜同士を解離しようとしたが,接着は予想以上に強く困難であった(図3).いったん気圧伸展網膜復位術を施行し,後極の漏斗状となった網膜を伸展させたうえで,確実にLPFCを抜去し(図4),その後灌流液に置換して手術を続行した.●液体パーフルオロカーボンの糊様作用今回のような問題は,網膜?離が後極まで生じている症例で,眼内光凝固による裂孔閉鎖を施行する前に眼内灌流液下で注入したLPFCを抜去する際に生じる.今回のような乳頭周囲の網膜同士が接着するケースのほかに,巨大裂孔網膜?離例では翻転した網膜がLPFCを介して後極の網膜と接着するケースもある.対処法としては,上記のように気圧伸展網膜復位術で網膜を伸展させ,残留しているLPFCを抜去した後,再度灌流液に置換する方法と,LPFCを追加注入し,眼内光凝固で網膜を固定する方法が考えられる.予防策としては,LPFC注入前に確実に硝子体牽引を解除しておき,LPFC注入後は引き続いて眼内光凝固による裂孔閉鎖を施行できる状態にしておくことが重要である.文献1)鈴木岳彦,竹内忍,石田政弘ほか:液体フルオロカーボンによる術中網膜伸展法.あたらしい眼科8:999-1004,1991図1術中所見(1)硝子体切除後にLPFCで網膜を伸展させた.図2術中所見(2)周辺部の硝子体切除が不十分と判断し,灌流液のまま,いったんLPFCを抜去したが,その際に乳頭上の残留LPFCを介して周囲の網膜が接着し,漏斗状となった.図3術中所見(3)双手法で接着を解離しようとしたが困難であった.図4術中所見(4)気圧伸展網膜復位術で網膜をいったん伸展させ,漏斗状の網膜を開いてLPFCを抜去した.(75)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.9,20161317

斜視と弱視のABC:小児の視力検査と屈折スクリーニング

2016年9月30日 金曜日

斜視と弱視のABC監修/佐藤美保1.小児の視力検査と屈折スクリーニング林思音山形大学眼科小児の視力検査では年齢ごとの正常値と左右差をみるのがポイントである.また,幼少児は自覚的検査が困難なことが多く,他覚的検査である屈折検査が視力を類推するために大切である.最近では弱視の有無を検出する方法として屈折異常を検出するphotoscreenerが注目されている.年齢ごとの視力の正常値と検査法小児の視力検査のポイントは,成長発達に応じて正常値が変化すること,検査法が異なることである.おおよその視力は,1歳未満で0.1以下,2歳で0.5前後,3歳半で0.7~1.0に達する.しかし,幼なければ幼ないほど個人差や日によるばらつきが大きいので,視力の左右差をみること,その子の全身的な成長発達を総合してみること,また日を変えて何度か測定することで確認する.とくに左右差は弱視発見に重要である.左右差が0.2以上の場合は弱視を疑う(弱視眼が0.5以上ある場合は差が0.3以上で疑う)1).次に検査法であるが,大人と同様の字づまり視力検査ができるのは小学生になってからであり,字ひとつ視力検査は3歳以上で行える.3歳未満では森実式ドットカード法や絵視力表を,2歳未満ではpreferentiallooking(PL)法やその簡易版であるtellaracuitycards(TAC)法(図1)を用いるとよい.TAC法は暗室で行うオリジナルのPL法に比べ,安価で場所を取らず,また,明室でも可能なため使いやすい.縞のあるカードは16枚あり,38cmの距離から10枚目のカード(4.8cm/cl)が見えると少数視力換算で0.1となる.左右差が4枚以上あると弱視が疑われる1).これらの検査法が実施できなくても,他覚的な視力検査法として,嫌悪反射(片眼ずつ検者の手で視界を遮ったときの嫌がる反応に左右差があるかどうか)や,固視,追視の有無,未熟児や新生児では対光反射,瞬目反射(刺激光で瞬きをするかどうか)により視力を類推することができる.3歳未満では他覚的屈折検査が重要視力検査とともに,小児では他覚的屈折検査が視力不良を類推するために重要である.とくに3歳までの小児では自覚的視力検査の値が不確かなことが多く,屈折異常を認めた場合は視力検査が上手にできなくても屈折矯正を考慮すべきである.小児では調節の介入により屈折値が変動するため,必ず調節麻痺下屈折検査を行う.調節麻痺には,1%アトロピン硫酸塩もしくは1%シクロペントラート塩酸塩(サイプレジン)を用いる.Photoscreenerの特性,展望わが国では弱視検出のため眼科検診が市町村主導で行われる3歳児健診の中で行われており,さらに平成22年には文部科学省から幼稚園と就学時の視力検査をうながす通知文が送付され,検診が広く行われるようになった.3歳児健診の内容をみると,90%以上の自治体は家庭での視力検査を一次検診として採用している.さらに眼科医が検診に関与している市町村はわずか5%未満であり,弱視検出が確実に行えているかはわからない.検診に携わってきた多くの眼科医は,屈折検査を導入することを推奨してきた2).しかし,機器の運びにくさや操作のむずかしさ,そして人件費の問題から,浸透していないのが現状である.米国の小児弱視斜視学会では多施設共同研究や大規模疫学調査の結果から,弱視発見のために,弱視になりやすい因子(amblyopiariskfactors:ARF)(表1)をスクリーニングで検出する方法を推奨している3).ARFはリスクとなる屈折異常値と屈折異常以外のリスクファクターからなっている.さらに屈折異常については年齢ごとに基準値を設けている.こうした背景を受けて,ARFを検出するための機器が多数登場してきている.これらはphotoscreenerとよばれ,現在日本で購入可能なものはSpotVisionScreener(Welch-Allyn社)とPlusOptix(Keeler&Yna社)である(図2).いずれも手持ち型で,1m離れた位置から両眼同時に測定できるため,調節の介入を抑制できる.検査時間は数秒で操作も簡単なため,眼科検査に不慣れな検者でも容易に行える.当院小児科医が行ったところ,1人平均8.8秒で施行でき,視能訓練士が行った場合と比べて遜色なかった4).こうしたスクリーニング機器を積極的に用いることにより,より簡便に確実に弱視の早期発見,予防ができる時代になりつつある.文献1)AmericanAcademyofOphthalmologyPediatricOphthalmology/StrabismusPanel:AmblyopiaPreferredpracticepatternguidelines.www.aao.org2)内海隆:三歳児健診の屈折検査について.眼科臨床医報101:22-25,20073)DonahueSP,ArthurB,NeelyDEetal:Guidelinesforautomatedpreschoolvisionscreening:A10-year,evidence-basedupdate.JournalofAAPOS17:4-8,20134)林思音,枝松瞳,沼倉周彦ほか:小児屈折スクリーニングにおけるSpotVisionScreenerの有用性.第41回日本小児眼科学会総会,2016図1TAC法に用いるカード(73)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613150910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1AmblyopiaRiskFactors(ARF)リスクとなる屈折異常値年齢(月齢)乱視遠視不同視近視12?30>2.0D>4.5D>2.5D>?3.5D31?48>2.0D>4.0D>2.0D>?3.0D>48>1.5D>3.5D>1.5D>?1.5D全年齢屈折値以外のリスクファクター恒常性斜視8Δ以上中間透光体の混濁(文献2より引用)図2Photoscreenera:SpotVisionScreener(Welch-Allyn社).b:PlusOptix(Keeler&Yna社).1316あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(74)

眼瞼・結膜:Demodexと眼瞼炎

2016年9月30日 金曜日

眼瞼・結膜セミナー監修/稲富勉・小幡博人18.Demodexと眼瞼炎有田玲子伊藤医院抗菌薬点眼や抗菌薬眼軟膏,ステロイド含有眼軟膏塗布で難治性の前部眼瞼縁炎は,ニキビダニともよばれる毛?虫(Demodexfolloculorum,Demodexbrevis)が病因であることが最近報告されている.光学顕微鏡で容易に診断できる.治療は眼瞼清拭を中心としたものが有効である.●はじめに眼瞼縁炎は表皮ブドウ球菌などの感染が原因である前部眼瞼縁炎と,マイボーム腺機能不全に代表される後部眼瞼縁炎に分類される.一般的に前部眼瞼炎は予後良好であり,抗菌薬眼軟膏によく反応し,ときには副腎ステロイド含有眼軟膏の塗布で完治することが多い.しかし,これらの眼軟膏治療に抵抗する前部眼瞼縁炎が存在することがわかっており,最近,その原因や治療法が話題になっている.●Demodexの診断前部眼瞼縁炎の炎症部位のある睫毛に毛?虫(Demodex)とよばれる毛根や皮脂腺などに生息する皮膚常在生物が存在することが報告された1).毛?虫はニキビダニともよばれる.ヒトに常在する毛?虫にはDemodexfolloculorumとDemodexbrevisの2種類が確認されている.D.folloculorumは毛根部に生息し,ダニ類としては特異な形状で後胴部が長く,体長約0.4mm,体幅(71)0.05mmである.一方,D.brevisは皮脂腺やマイボーム腺の深部に生息し,体長が短めで0.2mm程度である.これら2種の毛?虫は同一皮膚領域で共存することができ,頬,前額部,鼻,外耳道など,とくに皮脂の分泌が盛んな部分で繁殖しやすい傾向にある.睫毛根部に生息するD.folloculorumは細隙灯顕微鏡で確認することはむずかしいが,光学顕微鏡(40倍)で容易にその存在を確認でき,400倍では足が動いている様子まで確認できる.睫毛根部落屑物を多く伴う睫毛(図1a)を上下2本ずつ採取すると,D.folloculorumの透明な虫体が睫毛根部にからまるように付着している(図1b).これらの毛?虫の増加に起因する難治性眼瞼縁炎が近年増加していることが国際的に注目されており2~4),日本でも川北らがその存在を報告している5).●Demodexの治療治療法としては,人工涙液で湿らせた綿棒やコットンによる1日2回の睫毛根部を中心とした眼瞼清拭のほか,ニキビに奏効するといわれているteatree油(アロマオイル)の成分の入った「ティーツリー洗顔フォーム」(ホワイトメディカル),眼表面に入ってしまっても刺激の少ない目元用洗浄液「アイシャンプー」(メディプロダクト),マイボーム腺の脂用に改良された目元用洗浄コットンである「OcuSOFTR」(ホワイトメディカル)などの商品が市販で購入でき,手軽に患者にすすめることができる(図2).「ティーツリー洗顔フォーム」は泡状の洗浄液で,2プッシュほど手のひらに出してから,眼を閉じて睫毛周囲を意識して,くるくると円を描くようにやさしくマッサージして,ぬるま湯できれいに洗い流す.「アイシャンプー」はジェル状洗浄液で,5プッシュ程度を手のひらに出して,同様に洗浄する.「Ocu-Soft」は湿ったコットンで,水道水がないときや患者自身で洗眼ができないときには有用である.封を切ると湿ったコットンが2重になっているので,半分に折ってどちらか片眼の睫毛周囲をやさしくこする.使った面を裏側にして,使っていないほうの面でもう片眼の睫毛周囲を同様にやさしくこする.文献1)EnglishFP,NuttingWB:Demodicosisofophthalmicconcern.AmJOphthalmol91:362-372,19812)KemalM,SumerZ,TokerMIetal:TheprevalenceofDemodexfolliculoruminblepharitispatientsandthenormalpopulation.OphthalmicEpidemiol12:287-290,20053)GaoYY,DiPascualeMA,LiWetal:HighprevalenceofDemodexineyelasheswithcylindricaldandruff.InvestOphthalmolVisSci46:3089-3094,20054)ChengAM,ShehaH,TsengSC:RecentadvancesonocularDemodexinfestation.CurrOpinOphthalmol26:295-300,20155)川北哲也,川島素子,IbrahimOほか:日本における毛?虫性前部眼瞼縁炎.日眼会誌114:1025-1029,2010図1毛?虫による前部眼瞼縁炎a:76歳,女性,右眼.眼がごろごろしてあきにくく,違和感がひどい.睫毛根部に落屑物が多数認められ,角膜中央部に上皮障害がある.他院で抗菌薬眼軟膏を処方され,1日2回1カ月塗布していたが改善なし.b:同じ患者の睫毛根部の光学顕微鏡写真.睫毛根部にからまる透明のD.folloculorumが観察される.図2市販の眼瞼洗浄・清拭用の製品商品名ティーツリー洗顔フォームアイシャンプーOcuSOFT(オキュソフト)販売元ホワイトメディカルメディプロダクトホワイトメディカル容量50ml60ml30個入り特徴泡状ジェル状滅菌個別包装湿潤綿(洗い流し不要)(71)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613130910-1810/16/\100/頁/JCOPY1314あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(72)

抗VEGF治療:抗VEGF治療の新しい候補薬

2016年9月30日 金曜日

抗VEGF治療セミナー●連載監修=安川力髙橋寛二32.抗VEGF治療の新しい候補薬中尾新太郎九州大学大学院医学研究院眼科眼科臨床において4種類の血管内皮増殖因子(VEGF)阻害薬が使用されている.これらVEGF阻害薬は適応疾患に対するその有効性とともに,繰り返し投与など臨床上の問題点も認識されつつある.その問題点を改善すべく,いくつかの新規VEGF阻害薬が開発され,現在臨床試験が行われている.これら新規薬剤により,眼科疾患に対する抗VEGF療法がさらに有効なものになることが期待される.抗VEGF治療の現状現在,ペガプタニブ(マクジェンR),ベバシズマブ(アバスチンR),ラニビズマブ(ルセンティスR),アフリベルセプト(アイリーアR)という4種類の血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)阻害薬が眼科領域において使用されている(ベバシズマブはofflabel使用).これら薬剤はランダム化比較試験に基づいた高いエビデンスとともにその有効性が示され,眼科臨床において使用されている.その幅広い使用に伴い,適応疾患におけるVEGF単一分子の病態における重要性と,VEGFが視機能改善に有効な治療標的であることが再認識された.また,同時に①頻回投与,②硝子体内注射による精神的・肉体的苦痛,③高額な医療費などいくつかの問題点も浮き彫りになりつつある.抗VEGF治療の新規候補薬適応疾患における抗VEGF治療の有効性が再確認されたことにより,いくつかの問題点の改善をめざして,数種類の新規VEGF阻害薬開発が進んでいる(表1).新規VEGF阻害薬の臨床応用においては,新規薬が既存VEGF阻害薬に対して何らかの優位性を示すことが重要となる.治療目標である視力改善において優位性が示されることがもっともよいが,視機能改善が非劣性でさえあれば,新規VEGF阻害薬が既存薬の直面する上記問題点を克服または改善できるか否かがポイントとなる.薬価に関してはその他因子も影響するため,おもに視力改善,投与回数,投与法の観点からの新規薬剤開発となる.以下に新規VEGF阻害薬について概説する.1.RTH258RTH258は低分子蛋白製剤(分子量26kDa)であり,その高い可溶性と安定性のため,高濃度での硝子体内投与が可能である.加齢黄斑変性における既存VEGF阻害薬では,一部の症例において毎月の診察と投与を要する.最近発表されたphase1/2の臨床試験では,ラニビズマブ0.5mgに比較し視機能改善率は同等であったが,RTH2584.5mgまたは6.0mg投与という高濃度群において長期的な薬剤効果が示された1).このことから抗VEGF治療を受ける患者の受診回数と薬剤投与回数減少が期待されている.また,血中クリアランスが速いことが報告されており,全身的副作用は少ないと考えられている.2.ConberceptConberceptはヒト免疫グロブリンのFcパートとVEGFR1とVEGFR2の細胞外ドメイン融合合成蛋白である.すべての臨床試験が中国にて施行され,2013年に中国で滲出型加齢黄斑変性に対して承認を得ている.3.Abiciparpegolアンキリンリピートはさまざまな蛋白に存在する33アミノ酸残基繰り返し配列であり,分子間相互作用に関与する.その性質を利用し,抗体と同等な特異性でVEGFに結合するよう設計されたアンキリンリピート蛋白がabiciparpegol(anti-VEGFDARPinR)である.滲出型加齢黄斑変性に対するphase1/2臨床試験において高濃度投与群では4カ月間再投与が不要であったことから,本薬剤の3カ月ごと投与が期待されている.4.PazopanibPazopanibはVEGF受容体,血小板由来成長因子(platelet-derivedgrowthfactor:PDGF)受容体,c-Kit(幹細胞因子stemcellfactorの受容体)という複数の受容体のチロシンキナーゼ阻害薬である.すでにヴォトリエントRという商品名で抗がん剤として承認されている.点眼薬として調整された薬剤ではないが,滲出型加齢黄斑変性に対して,pazopanib点眼とラニビズマブ硝子体内投与併用群とラニビズマブ単独投与群比較で臨床試験が行われたが,pazopanib点眼はラニビズマブ硝子体内投与回数を有意に減少させることはなかった2).5.rAAV.sFLT?1?AAV2.sFLT01rAAV.sFLT-1/AAV2.sFLT01はともにアデノ随伴ウイルスベクターにVEGFR1の可溶型であるsolubleFLT-1を発現させるように設計された遺伝子治療である.硝子体内投与により視細胞と網膜色素上皮への遺伝子発現が確認されている.これら遺伝子治療は現在の硝子体投与より長期間のVEGF阻害効果が期待できるため,頻回投与が不要となる可能性がある.しかし,一方でVEGF阻害に伴う副作用がより高率に出現する可能性もある.抗PDGF治療に関連した抗VEGF療法新規候補薬PDGFにはPDGF-A,B,C,Dの4種類が存在し,ホモダイマーまたはヘテロダイマーを形成し,PDGF受容体に結合する.このなかでPDGF-BBはおもにペリサイトの生存・遊走に関与し,血管成熟に重要な因子である.そのため,VEGF阻害薬の作用抵抗性にペリサイトが関与することで,PDGF阻害薬はVEGF阻害薬の効果を増幅すると考えられている.また,ペリサイトは線維化形成にも関与するため,PDGF阻害薬による線維化抑制も期待されている.1.PegpleranibPegpleranibは商品名FovistaRとして治験進行中のPDGFアプタマーである.最近,phase1試験により滲出型加齢黄斑変性患者における安全性が検討された3).この治験ではラニビズマブとの併用療法が検討され,明らかな有害事象は観察されなかった.また,PDGF阻害による正常血管への影響も危惧されたが,明らかな毛細血管瘤など正常血管への影響はなく,増殖ペリサイト・増殖血管のみへの効果が示唆された.この治験で特筆すべきは,12週目の評価で平均85.5%の脈絡膜新生血管退縮が観察された点である.このことから初期の新生血管退縮と長期的な線維化防止が期待されている.おわりに多くの大規模臨床試験により適応疾患に対するVEGF阻害薬のエビデンスが確立された現時点は,抗VEGF療法の始まりである.今後,上述の新規VEGF阻害薬を始めとした新たな薬剤の登場により,より有効でより使いやすい治療法となっていくものと思われる.また,その他の分子標的薬との併用や疾患のタイプごとによる使い分けなどが考えられる.さらに,薬剤費の問題が克服されれば,抗VEGF療法は眼科臨床においてより使用しやすい治療法として確立していくことが見込まれる.文献1)HolzFG,DugelPU,WeissgerberGetal:Single-chainantibodyfragmentVEGFinhibitorRTH258forneovascularage-relatedmaculardegeneration:arandomizedcontrolledstudy.Ophthalmology123:1080-1089,20162)TolentinoMJ,DennrickA,JohnEetal:DrugsinphaseIIclinicaltrialsforthetreatmentofage-relatedmaculardegeneration.ExpertOpinInvestigDrugs24:183-199,20153)JaffeGJ,EliottD,WellsJAetal:Aphase1studyofintravitreousE10030incombinationwithranibizumabinneovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology123:78-85,2016表1新規抗VEGF阻害薬薬剤名称薬剤タイプ分子標的投与法開発元RTH258ヒト化single-chain抗体断片VEGF-A硝子体投与Novartis/AlconConberceptFc部位結合VEGFR1/R2細胞外ドメイン合成蛋白VEGF-A/VEGF-B/PlGF硝子体投与ChengduKanghongAbiciparPegolDARPins(アンキリンリピート構造蛋白)VEGF-A硝子体投与AllerganPazopanib選択的チロシンキナーゼ阻害VEGF受容体・PDGF受容体・c-kit点眼GlaxoSmithKlineRegorafanib選択的チロシンキナーゼ阻害VEGF受容体・PDGF受容体・FGF受容体点眼BayerPan-90806選択的チロシンキナーゼ阻害VEGF受容体(VEGFR2)点眼PanopticarAAVsFLT-1アデノ随伴ウイルスVEGF-A/VEGF-B/PlGF遺伝子治療AvalancheAAV2.sFLT01アデノ随伴ウイルスVEGF-A/VEGF-B/PlGF遺伝子治療GenzymePegpleranibアプタマーPDGF硝子体投与Ophthotech/Genentech/NovartisREGN2176-3PDGF受容体b中和抗体PDGFR硝子体投与Regeneron治験進行中の未承認VEGF阻害薬を列挙する.分子標的はVEGF-A単独の薬剤,複数のサイトカインを阻害する薬剤,受容体のシグナル伝達を阻害する薬剤に分類される.投与法は硝子体内投与と点眼投与に分類される.また,アデノ随伴ウイルスを使用したVEGF阻害遺伝子治療も臨床試験中である.PDGF阻害薬はVEGF阻害薬との併用療法により治験進行中の薬剤であり,新生血管退縮と線維化抑制効果が期待されている.(69)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613110910-1810/16/\100/頁/JCOPY(70)

緑内障:プロスタグランジン系点眼薬の副作用総括

2016年9月30日 金曜日

●連載195緑内障セミナー監修=岩田和雄山本哲也195.プロスタグランジン系点眼薬の副作用総括中倉俊祐三栄会ツカザキ病院眼科プロスタグランジン系点眼薬は,現在,開放隅角緑内障患者や高眼圧症患者における治療の第一選択となっている.当初から結膜充血や虹彩・眼瞼色素沈着,睫毛乱生などの副作用は十分に認知されているが,それ以外にも眼科医があまり知らない副作用があるので,紹介する(表1).●全身への副作用もあるもともとプロスタグランジン(prostaglandin:PG)には平滑筋収縮作用があり,陣痛促進剤を投与した妊婦の眼圧が下がったことがその開発の起源とされる.したがって局所の副作用のみならず,上気道感染様症状を訴える患者が数%存在し,中には頭痛,胸痛,筋肉痛を訴えることもある.当然妊婦には原則禁忌である.●点状表層角膜炎は防腐剤だけのせいではない防腐剤とくに塩化ベンザルコニウム(BAC)による角膜障害は周知されている.そのため防腐剤濃度は各社ともに減らすかBACフリーに移行している.緑内障患者においては女性と多剤併用患者に点状表層角膜炎(superficialpunctatekeratitis:SPK)が多いことが報告されているが1),緑内障点眼薬によるマイボーム腺の構造変化もその一因となっており,涙液層破壊時間(tearfilmbreak-uptime:BUT)やSchirmerスコアの減少が報告されている2,3).マイボーム腺の消失も認められ,マイボーム腺の機能がおちると涙液の質が低下し,SPKにつながる(図1).●中心角膜厚は薄くなる中心角膜厚は日本人の場合約520μmであり,薄ければ眼圧の過少評価につながる.PG系点眼薬を使用すると,この中心角膜厚が薄くなり,ラタノプロスト,トラボプロスト,ビマトプロストそれぞれ1年半で14.9μm,15.7μm,17.0μm(3群間で有意差なし)と報告されている4).トラボプロスト点眼1年で,30μm以上の角膜厚の減少が5.1%で生じたとする報告もある5).眼圧と角膜厚の補正式は多数あり一定の見解はないが,30μmも減少すると,一見点眼薬で眼圧が下がっているようにみえても,実は効果が減弱していて角膜厚の減少にマスクされている可能性がある.原因はおそらくPG薬による角膜実質のコラーゲンの分解であると推測する6).円錐角膜合併患者には注意を要するかもしれない.●睫毛の白髪化睫毛は乱生するだけでなく白髪にもなる7).また,眼瞼周囲も多毛になる(図2).●PAP(prostaglandinassociatedperiorbitopathy)PG系点眼薬の眼周囲の副作用は,眼周囲全体に及ぶことが近年判明し,海外では,その総称としてprostaglandinassociatedperiorbitopathy(PAP)を用いている8).上眼瞼溝の深化(deepeningofuppereyelidsulcus:DUES)はその一つにすぎない.次号で詳細な説明を行う.●副作用を防止するには1回の点眼は最小限に:点眼薬の1滴量は結膜?に貯留する涙液量よりも多いため,必ずこぼれる.1滴以上ささず,目頭を1分程度押さえて,涙道への吸収を抑えながら目を閉じておくことが有用である.また,2本目の点眼薬と5分以上間隔をあけないとwashoutされてしまう.点眼時間は?:PG系点眼薬の点眼時間をいまだに眠前で処方されている医師も多数いると思われるが,夜の入浴前か朝起きて顔を洗う前がよい.洗顔や拭き取りで眼周囲への副作用が軽減される.PG系点眼薬はほぼ24時間眼圧下降効果がある.就寝時間は日々ばらつきがあるが起床時間は大体みな一定であるので,朝点眼でアドヒアランスを改善することは可能である.点眼本数は最小限か?:本数が増えれば増えるほど防腐剤や基剤に暴露される.したがって合剤を有効に活用することが望ましい.文献1)ChenHY,LinCL,TsaiYYetal:AssociationbetweenglaucomamedicationusageanddryeyeinTaiwan.OptomVisSci92:227-232,20152)AritaR,ItohK,MaedaSetal:Comparisonofthelongtermeffectsofvarioustopicalantiglaucomamedicationsonmeibomianglands.Cornea31:1229-1234,20123)AritaR,ItohK,MaedaSetal:Effectsoflong-termtopicalanti-glaucomamedicationsonmeibomianglands.GraefesArchClinExpOphthalmol250:1181-1185,20124)ZhongY,ShenX,YuJetal:Thecomparisonoftheeffectsoflatanoprost,travoprost,andbimatoprostoncentralcornealthickness.Cornea30:861-864,20115)SchloteT,TzamalisA,KynigopoulosM:Centralcornealthicknessduringtreatmentwithtravoprost0.004%inglaucomapatients.JOculPharmacolTher25:459-462,20096)LindseyJD,KashiwagiK,KashiwagiFetal:Prostaglandinsalterextracellularmatrixadjacenttohumanciliarymusclecellsinvitro.InvestOphthalmolVisSci38:2214-2223,19977)ChenCS,WellsJ,CraigJE:TopicalprostaglandinF2aanaloginducedpoliosis.AmJOphthalmol137:965-966,20048)PasqualeLR:Prostaglandin-associatedperiorbitopathy:apostmarketingsurveillanceobservation.GlaucomaToday9:51-52,58,2011表1PG系点眼薬の副作用一覧部位副作用名眼瞼睫毛乱生,睫毛白髪化,多毛色素沈着マイボーム腺梗塞PAP(DEUSを含む)結膜充血角膜点状表層角膜炎角膜厚の減少虹彩虹彩色素沈着ぶどう膜炎(まれ)網膜?胞様黄斑浮腫全身上気道感染症状,胸痛など*太字は今回紹介するあまり知られていない副作用図1マイボーム腺梗塞から点状表層角膜炎を生じた緑内障患者PG系点眼薬を左眼に数年来使用していた男性,79歳.緑内障点眼を中止しても人工涙液点眼に抵抗する点状表層角膜炎(左)と,典型的なマイボーム腺梗塞を認める(右).(67)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613090910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2PG製剤による眼局所副作用80歳,女性.PG点眼薬長期使用にて睫毛の白線化,睫毛の乱生,下眼瞼の多毛を認める.(68)

屈折矯正手術:RK術後の眼内レンズ選択

2016年9月30日 金曜日

●連載196屈折矯正手術セミナー─スキルアップ講座─監修=木下茂大橋裕一坪田一男196.RK術後の眼内レンズ選択近藤衣里稗田牧京都府立医科大学視機能再生外科学放射状角膜切開術(RK)術後眼は角膜屈折力(k値)が正確に測れず,RKが手動での施術であるため症例によるばらつきも大きい.そのため白内障手術における眼内レンズ(IOL)度数計算がむずかしく,術後に遠視ずれを生じることが多い.RK術後眼のIOL選択時の工夫と留意点について提言する.●はじめに放射状角膜切開術(radialkeratotomy:RK)は1980~1990年代に近視矯正手術として行われていた術式である.角膜前面に瞳孔を中心として放射状の切開を加え,角膜をフラット化させ近視矯正を行う(図1,2).近年RKを施行された患者が白内障手術適応年齢に達してきており,RK術後眼の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算の機会が増えてきている.RK術後眼は角膜屈折力(k値)が正確に測れず,RKが手動での施術であるため症例によるばらつきも大きい.RKも含め角膜屈折矯正手術後眼の白内障手術におけるIOL度数計算はむずかしく,術後に大きな屈折誤差を生じることが知られている1).対策として,①さまざまな方法でk値を測定し計算する,②術後予測前房深度計算にk値を用いない計算式を用いる,③光線追跡法による計算ソフトウェアを利用する,などが行われている.●k値の測定方法RK術後眼では角膜のフラット化のため,オートケラトメーターでは角膜中央部の屈折力を過大評価してしまい,術後屈折度が遠視方向にずれてしまう.オートケラトメーター以外のさまざまなk値の測定法として,IOLMasterの測定値,contactlensovercorrection法,CASIAのkeratometrics,Pentacumのtruenetpower,TMS-4Aの3mmのtruenetpowerの平均値,中心から3本目のマイヤーリング(ring3),ring1~9の最小値,ring1~6の平均値(averagecorneapower),OPD-ScanIIのaveragepowerinpupil(3mm)などが報告されている2,3).●IOL度数計算方法IOL度数はSRK/T式,Haigis-L式などで前述のさまざまなk値を用いて予測術後屈折度を計算する.このほかに,術後予測前房深度計算にk値を用いない計算式としてOPD-ScanIIのCamellin-Calossi式,さらに米国白内障屈折矯正手術学会(AmericanSocietyofCataractandRefractiveSurgery:ASCRS)ホームページのPost-RefractiveSurgeryIOLCalculatorやCASIA,TMS-4AのOKULIXでも計算する.角膜のフラット化が極端な症例ではHaigis-L式で計算ができなかったり,複数の測定器でのOKULIXで結果が大きく異なる場合や,OKULIX測定不能となる場合もあったりする.こうして得られた多数の予測術後屈折度からIOL度数を決定するが,ばらつきが大きく,術後の屈折誤差の幅も一貫性がない場合が多い.過去にはk値の測定方法によるHaigis-L式の有用性,Camellin-Calossi式やOKULIXを用いたIOL度数計算の有用性などが報告されている3,4)が,必ずしもそうではない症例も存在する.現時点では最良の組み合わせ,解決策は不明といわざるを得ない.しかし,さまざまなIOL度数計算を行ううちにIOL度数の目安が明らかになってくる.RK術後眼はこれまでの経験上,遠視方向への度数ずれが多く,将来的にも徐々に遠視化が進行するため,予測屈折度はマイナス度数のIOLを選択するほうがよい.●まとめRK術後眼はRKの状態により角膜屈折力(k値)のばらつきが大きく,IOLの術後予想屈折度と屈折誤差にも一貫性がない.①さまざまな方法でk値を測定し計算する,②術後予測前房深度計算にk値を用いない計算式を用いる,③光線追跡法による計算ソフトウェアを利用する,を行い,多数の予測屈折度からIOL度数を慎重に決定する.予想屈折度よりも遠視化することが多く,将来的にも遠視化が進行するため予測屈折度はマイナス度数を選ぶほうがよい.術直後に大幅な遠視ずれの可能性がありIOL入れ替えが必要となる可能性や,将来の遠視化により追加屈折矯正手術が必要となる可能性についても,必ずあらかじめ患者に説明し,了承を得ることが何よりも重要である.文献1)McDonnelPJ:Canweavoidanepidermicofrefractive‘surprises’aftercataractsurgery?ArchOphthalmol115:542-543,19972)大鹿哲郎:角膜屈折矯正術後の白内障眼における眼内レンズ度数計算方法.IOL&RS13:76-80,19993)GeggelHS:Intraocularlenspowerselectionafterradialkeratotomy.Ophthalmology122:897-902,20154)山村陽:OKULIXを用いた放射状角膜切開術後眼に対する眼内レンズ度数計算.眼科手術26:267-273,2013図1RK術後の角膜形状角膜中央部がフラット化している.図2図1症例の前眼部OCT角膜中央部のフラット化がよくわかる.(65)0910-1810/16/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科Vol.33,No.9,20161307(66)

眼内レンズ:縫着眼内レンズの術後虹彩捕獲予防用糸張り

2016年9月30日 金曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋358.縫着眼内レンズの術後虹彩捕獲予防用糸張り方倉聖基德田芳浩井上眼科病院眼内レンズ(IOL)縫着後の合併症のひとつに虹彩捕獲1)があり,その予防法として櫻井らはIOL前面に糸を張る手技を報告した2).今回は,当院で行っている糸張りの方法について紹介する.●予防原理虹彩捕獲は,支持部のない場所の光学部が虹彩の前に出る,または,虹彩が後ろに入り込むことで発生する.片側であれば瞳孔の変形だけですむが,両側が捕獲されると高眼圧発作を起こす危険がある(とくに周辺虹彩切除のない例).虹彩と光学部の前後関係が逆転しないように,毛様体扁平部間に,虹彩の後ろでIOL前面に糸を張ることで予防できる(図1,2).●手術方法虹彩縫合用10-0ポリプロピレン糸付き両端長針(以下,長針.例:マニー社1470番)とお迎え針(27ゲージ注射針)を使用し,毛様体扁平部間に2本の糸をIOL前面側に留置する.5時?11時に支持部が縫着されたIOLに対して,直交する8時?2時方向に糸を張ると仮定して手順を示す(図3).2時を中心に,埋没結紮用の強膜ポケットと12時付近に角膜サイドポートを作製.長針はコシがなく,強膜の通糸ができない.したがって,あらかじめお迎え針を用いて7時の毛様体扁平部に針孔を作製する.その針孔に長針を刺し込み,3時の毛様体扁平部にポケットを貫通してお迎え針を刺し,長針とお迎え針の両方の先端を虹彩の裏面でIOL光学部の前に出し,長針をお迎え針に深く刺し込む(図4).お迎え針をゆっくり引き抜いて(63)1本の通糸を完成させる.反対側の長針を7時から9時まで輪部に平行に強膜半層を通してから(図5),1時?9時間の糸張りを前述と同じ手順で行う.1時と3時に出した糸についた針を切断し,糸をポケットの中に引き抜いて結紮する.このとき,糸の締め込み過ぎによる惹起乱視,および常に一定の力がかかる糸による強膜断裂(チーズワイヤー現象)予防のため,結紮時は眼圧を上げ,9時の位置の強膜上に出ている10-0ポリブロピレン糸の下に27ゲージカニューラの断端を差し入れて結紮し,その後27ゲージカニューラを抜去する(図6).●術後成績16例18眼の経験で,全例の虹彩捕獲が予防できた.術中合併症は硝子体出血2例(11.1%)を認めた.術後合併症として,瞳孔ブロックの継続による虹彩とIOLとの接触が原因と考えられるpigmentdispersion性眼圧上昇2例(11.1%)を認めた.2例中1例でレーザー虹彩切開(laseriridotomy:LI)を施行し,逆瞳孔ブロックは解除され,眼圧も正常化した.もう1例はLI施行を検討中である.●おわりに瞳孔捕獲の予防は理論的には1本の糸張りで達成できるが,糸の断端の処理と視軸直上を避けるという意味で2本を水平マットレス縫合状に張るのがよい.実際には,狭い虹彩とIOLの間に長い針を通すのは非常に難易度が高いので,散瞳が良く虹彩のフラッタリングを認める例では縫着時に予防的に行っておくのが理想と考える.文献1)HigashideT,ShimizuF,NishimuraAetal:Anteriorsegmentopticalcoherencetomographyfindingsofreversepupillaryblockafterscleral-fixatedsuturedposteriorchamberintraocularlensimplantation.JCataractRefractSurg35:1540-1547,20092)櫻井寿也,木村太賀,福岡佐知子ほか:眼内レンズ毛様溝縫着術後瞳孔捕獲に対する防止用糸.眼科手術27:105-107,2014図1虹彩,糸,IOLの位置関係毛様体扁平部間で,虹彩の後方とIOLの前面を通るところに糸を張り,虹彩とIOLの位置が逆転しないようにする.図2糸張り終了後2本の糸が張られており,この部位で虹彩がIOLの後ろに回り込むことは不可能となる.図3糸張りのシェーマ長針間の糸は短く記載.図では単純であるが,鼻や眼瞼に長い針を当てることなく,IOLに平行に通糸するのはかなり大変.図4お迎え針に長針を刺しこんでいるところ虹彩裏面とIOL光学部前面でこの操作を行い,強膜ポケット側に長針を引き抜く.図5長針を強膜に半層通糸するところ長針の真ん中あたりをやや曲げておくと強膜半層穿通がしやすくなる.糸張りの前に,針をまっすぐに戻す図6結紮時の張力緩和法眼圧を高めにし,糸を締めこむ前に27ケージカニューラの先端を引きちぎったものを糸の下に差し入れて結紮を完成させる.カニューラを除去すると,その分だけ張力が減り,チーズワイヤー現象を防止できる.糸を白い点線で,瞳孔縁をオレンジ線で加筆.

コンタクトレンズ:VDT作業とコンタクトレンズ装用

2016年9月30日 金曜日

コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズ処方つぎの一歩~症例からみるCL処方~監修/下村嘉一23.VDT作業とコンタクトレンズ装用小島隆司岐阜赤十字病院●はじめにVDT(visualdisplayterminals)作業によるドライアイは,コンピューター作業中心のワークスタイルが普及するにつれて注目されるようになってきた.坪田らはそれを世界に先駆けてサイエンスとして研究を行い,1993年にVDT作業によって瞬目回数が減り,読書などと比べて開瞼幅が広くなり,単位面積あたりの涙液蒸発量も増えることにより,ドライアイが発症することを報告した1).またこの理論から,VDT作業をする場合は,開瞼幅が小さくなるようにモニターを眼より下方に置くべきであることを推奨した.また,VDT作業者は調節緊張による眼精疲労を起こすことも多く,ドライアイに加えてケアが必要なことがある.●疫学調査の観点から現在,オフィスワークはコンピューター中心の作業が多くなり,また仕事以外の日常生活でもスマートフォンなどの普及により常にディスプレイを見る生活環境となっている.Uchinoらは3,549名のオフィスワーカーを対象に行った研究で,重症ドライアイ症状をもつリスクはVDT作業が1日4時間以上の場合に1.8倍,コンタクトレンズ(CL)装用がある場合は3.6倍高くなることを報告した.また,筆者らがオフィスワーカー198名(平均年齢37.3歳)を対象に実際に眼表面の評価を行ったフィールドワーク研究においても,ドライアイ確定例は29.3%で,そのなかでCL装用者と非装用者と比較すると,装用者で涙液メニスカス高の低下,ドライアイ症状スコアの高値を認めた.さらに興味深いことに,このCL装用と1日4時間以上のVDT作業が重なる者は,さらに涙液メニスカス高の低下およびドライアイ症状スコアの高値を認めた2).これらの結果から,日常診療でも,CL装用者でVDT作業が長い患者ではドライアイが悪化しやすいことを念頭において,問診することが重要と思われる.●VDT作業とCL装用が涙液層に与える影響図1にVDT作業とCL装用が涙液層にどのように影響を与えるかを示した.VDT作業は瞬目回数および完全瞬目(瞼の上下が合う)回数の減少により,CL表面の涙液層の不安定化を起こす.もともとソフトCLによって涙液層は分断されており,不安定化が起こっていることから,VDT作業でさらに増悪する.このため涙液水層は蒸発量亢進により少なくなり,CLと眼瞼,CLと角結膜との摩擦増加を引き起こす.CL装用者ではマイボーム腺の減少も報告されている.これはCLによる機械的な刺激と涙液水層の変化による慢性的な影響が原因として考えられるが,メカニズムの詳細は明らかでない.マイボーム腺の減少が著しくなると,涙液層の不安定化に拍車がかかることが予想される.●アニマルモデルから明らかになったVDT作業起因性ドライアイの新しい知見中村らはVDT作業を動物モデルで再現できないか検討し,ラットのブランコモデルを開発した.このモデルを用いた実験では,涙腺の組織学的変化を伴った涙液分泌量の低下が示された.また,ヒトでもVDT作業者の涙液分泌量の低値を認めており,VDT作業によるドライアイは涙液蒸発量の亢進だけでなく,涙液分泌量の減少も関与している可能性が示された3).●VDT作業を行うCL装用者におけるドライアイ対策現在,ドライアイ研究会からTFOT(tearfilmorientedtherapy)の概念が提唱されているが,VDT作業者のドライアイに関しても,この考えかたに基づいて治療を行うことが望まれる.図2に概略を示したように,それぞれの涙液層に対する治療が必要である.また非CL装用者のドライアイ戦略と異なり,CL関連の因子が治療に大きく関係することも念頭においたほうがよい.CLの含水率,水濡れ性,レンズの硬さ,ベースカーブ,エッジデザイン,ケアシステムなどが乾燥感に大きく関係するからである.一般的には水分の分泌量が少ない患者では含水率が低いレンズが好まれるが,シリコーンハイドロゲル素材の場合には,含水率が高くなるにつれてレンズが硬くなる傾向にあり,この2つの要素のバランスが重要である.●VDT作業を行うCL装用者における眼精疲労対策まず外来で患者を診察する際に,現在の屈折矯正の状態を必ず確認する.ソフトCL装用者は度数変更が容易に行えるために過矯正になっている場合をしばしば経験する.また,年齢による残存調節力を考慮した処方や,患者のニーズによっては遠近両用のCLも適応になる.文献1)TsubotaK,NakamoriK:Dryeyesandvideodisplayterminals.NEnglJMed328:584,19932)KojimaT,IbrahimOM,WakamatsuTetal:Theimpactofcontactlenswearandvisualdisplayterminalworkonocularsurfaceandtearfunctionsinofficeworkers.AmJOphthalmol152:933-940,20113)NakamuraS,KinoshitaS,YokoiNetal:Lacrimalhypofunctionasanewmechanismofdryeyeinvisualdisplayterminalusers.PLoSOne5:e11119,2010図1ソフトコンタクトレンズおよびVDT作業が涙液層に与える影響0910-1810/16/\100/頁/JCOPY(61)コンタクトレンズ上および下の水分減少コンタクトレンズと眼表面の摩擦増加・コンタクトレンズによるエッジステイニング・Lidwiperepitheliopathyマイボーム腺機能不全水層の改善・ジクアホソル点眼・涙点プラグ・コンタクトレンズ種類変更水層の改善・ジクアホソル点眼・涙点プラグ・コンタクトレンズ種類変更ムチン分泌促進・ジクアホソル点眼・レバミピド点眼涙液油層の改善・温罨法・眼瞼マッサージ図2コンタクトレンズ装用者のドライアイに対するtearfilmorientedtherapy(TFOT)

写真:有水晶体眼に対するDMEK

2016年9月30日 金曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦388.有水晶体眼に対するDMEK宮谷崇史稲富勉京都府立医科大学眼科学教室図1DMEK後1カ月のスリット写真スリット光にて浮腫の消失と正常角膜厚が観察できる.図2図1のシェーマ①ホストの角膜②移植したDescemet膜のグラフト図3DMEK術前の前眼部写真と前眼部形状解析図4術後1カ月の前眼部写真と前眼部形状解析角膜移植は全層角膜移植か?主流て?あったか?,近年,新しい手術方法として,水疱性角膜症において角膜内皮移植か?行われるようになった.角膜内皮移植は全層角膜移植に比べて術後の不正乱視が少なく,視力回復も早いといった利点がある.また術後の拒絶反応も低く,グラフトに縫合糸がないため感染のリスクも低いといった点でも優れている.角膜内皮移植は,Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty(DSAEK)がここ数年で第一選択の術式となってきた.また2007年にMellesによって提唱されたDescemetmembraneendothelialkeratoplasty(DMEK)も近年わが国で施行されつつある.DMEKは,DSAEKに比べてより良好な術後視力がより短期間で得られ,拒絶反応の発生率も低い.ただし,DMEKは,DSAEKに比べて手技の難易度が高いという欠点がある.とくに日本人は,前房深度が浅く難易度が高くなる.症例は,41歳男性で,2014年1月頃から右眼の視力低下,霧視を自覚し,同年7月に近医眼科を受診した.初診時所見として広範囲の角膜浮腫,Descemet膜の肥厚,内皮細胞数の減少,角膜guttataがあり,Fuchs角膜内皮ジストロフィーを疑われ,同年8月に当院紹介となった.徐々に内皮細胞数の減少および視力の低下を認め,翌年DMEK施行となった.本症例は若年であり,白内障もなく,前房深度も十分あったため,水晶体温存でのDMEKを選択した.水晶体を温存した場合,調節力が保たれることや,正確な角膜の屈折率が得られることで,将来白内障手術をする際に,より狙い通りの眼内レンズの度数が決められるといった利点がある.また,水晶体併用手術に比べて,水晶体温存手術のほうが移植したDescemet膜のグラフト?離率が低いといった結果も報告されている1).しかし,水晶体を温存することで十分な前房深度を得られない場合があり,手術の難易度を上げてしまうこともある.本症例では,8mm径でDescemet膜を?離し,2.5mm幅の強角膜創より同径のDescemet膜のグラフトを前房内に挿入し,伸展させたのちにガス注入を行い,角膜裏面に接着させた.術後1カ月での矯正視力は0.9で,角膜厚は539mm,内皮細胞数は2,459と良好に改善した.図1のようにスリット光で浮腫の消失と正常な角膜厚が観察できる.周辺角膜には?離後の不整なホストのDescemet膜の断端を認め,その外側には,トレパンで作成した円形の移植Descemet膜の接着が確認できた.DMEKはDSAEKと異なり,ほぼ正常な角膜形状を維持でき,それに伴い術後早期から良好な視力が得られる.手技の難易度は高いものの,このように利点も多く,今後は普及していくと考えられる.文献1)GundlachE,MaierAKB,TsangaridouMAetal:DMEKinphakiceyes:targetedtherapyorhighwaytocataractsurgery?GraefesArchClinExpOphthalmol253:909-914,20152)BurkhartZN,FengMT,PriceFWetal:One-yearoutcomesineyesremainingphakicafterDescemetmembraneendothelialkeratoplasty.JCataractRefractSurg40:430-434,20143)ParkerJ,DirisamerM,NaveirasMetal:OutcomesofDescemetmembraneendothelialkeratoplastyinphakiceyes.JCataractRefractSurg38:871-877,20124)MusaFU,CabrerizoJ,QuilendrinoR:OutcomesofphacoemulsificationafterDescemetmembraneendothelialkeratoplasty.JCataractRefractSurg39:836-840,2013(59)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201613010910-1810/16/\100/頁/JCOPY

網膜剝離データベース構築─わが国独自の眼科医療確立へのステップとして─

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1293?1299,2016網膜?離データベース構築─わが国独自の眼科医療確立へのステップとして─NewRegistrySystemforRetinalDetachmentSurgeryinJapan─AFirstSteptowardEstablishingOurOwnDatabase─山切啓太*はじめに根拠(エビデンス)に基づく医療(evidencebasedmedicine:EBM)が推奨されるようになってすでに20数年が経過し,わが国でも広く認知されている.日常診療では,そのEBMをもとに方針を立てて治療を行っているが,レベルの高いエビデンスを得るためには,ランダム化比較試験が必須と考えられていた.しかし残念ながら,少なくとも網膜硝子体手術領域に関してはランダム化比較試験そのものが非常に困難であり,これまでほとんど行われてこなかった.そのため,エビデンスレベルは必ずしも高くない.おそらく施設ごとの結果や海外からの報告に基づいて治療予測が説明されているのではないだろうか.したがって,「わが国では」という観点に限れば,治療方針や効果,合併症が十分に検証されているとは言いがたい.現在では社会,経済などさまざまな分野でグローバル化が進展しているが,研究領域でもグローバル化が著しい.ヨーロッパからもアジアからも,近年,種々の網膜硝子体疾患に対する治療成績に関して,数千例,数万例といったビッグデータを解析した報告が増加している1~5).このことは,すでに独自のデータの蓄積と解析が進行し,EBMが標準化されていることを意味する.すなわち,治療の標準化のためのエビデンスを構築し,結果をさらにフィードバックさせるスタイルが完成し,種々の臨床研究や診療上の新しい知見が絶えず生み出される素地をもっていると評価できる.上記を踏まえると,わが国でも独自のデータベースからエビデンスを得るためのシステムを構築することが必要不可欠である.そこで,日本網膜硝子体学会の承認のもとに,2013年12月から山形大学,杏林大学,千葉大学,鹿児島大学が中心となって本事業の準備作業に着手した.正式名称は「日本網膜硝子体学会(JapaneseRetinaandVitreousSociety)における網膜硝子体手術・治療情報データベース事業」(以下,本事業)である.2014年4月の討議の結果,最初の登録疾患として裂孔原性網膜?離(以下,網膜?離)を対象とすることを決定し,2015年4月から3カ月間,前述の4施設で試験登録を開始した.いくつかの修正作業を経て,2016年2月から全国26施設が参加して本格的に始動している(表1).本稿では,本事業の第1弾としてスタートした網膜?離のデータベース構築の概要について解説する.I本事業によって何が可能になるのか最大の目標は,構築されたデータベースによって,わが国独自の信頼性のある診断治療法を確立することである.しかし,ランダム化比較試験が困難であるのに,どうやって確立するのだろうか?鍵は多数例を解析することにある.多数例の解析により,頻度,発症,治療成績にかかわる因子を明らかにしうる.ここで,初回復位するかどうか,という非常にシンプルで,かつ網膜?離治療を考えるうえでもっとも重要な問題を例にとって考えてみる.?離期間,裂孔の形態,内眼手術の既往の有無,強度近視の有無など,種々の要因(説明変数)が網膜復位(目的変数)に与える影響を調査(ロジスティック回帰分析)することで,ある条件をもった網膜?離症例の復位のしやすさをスコア化(=確率,この場合は初回復位率を予測)することができる.これを傾向スコアというが,この手法を用いると同じ傾向をもったグループ(同じくらいのスコア)を選び出すことができるため,ランダム化比較試験と比較しても遜色のない結果が得られる.したがって,多数例であることが重要とされる.多数例から構成されるデータベースが構築されていれば,「わが国で蓄積されたデータ」から得られた,この上ないエビデンスをもとに回答できる.また,1施設では十分な症例数が集まらないような病型であっても,多施設であれば症例数が確保でき,解析,検討が可能となる.さまざまな治療統計の結果を提示できるようになり,医療現場にとってメリットは大きい.もちろん,本事業によって可能となることは他にも数多くあり,非常に期待がもてる(表2).II運営と登録の流れ本事業を行うにあたり,日本網膜硝子体学会内に事務局を設置し,データセンターを運営することとなった.また,網膜硝子体学会が汎用性の高い,全施設共通の事業計画書を準備した.この事業計画書は今後他の疾患を対象とする場合でも,登録疾患の変更申請で対応可能な様式となっている.登録の流れを表3に示す.登録開始には施設ごとに倫理委員会の許諾が必要である.倫理委員会への申請に際してはそれぞれの施設で上述の事業計画書を倫理委員会に提出し,承認を得ることとした.そのため全国の施設で均質の登録様式となるはずである.データの登録は診療科ごとに行われるが,本事業の事務局から認証を受けなければならない.もちろん,参加施設はそれぞれの独自研究を継続することができる.登録方法としていくつかの提案があったが,オンラインによる登録が望ましいという結論に達した.図1に実際の登録画面を示すが,ウェブ上でチェック式の登録とすることで,集計に関する問題は回避しうる.中央の組織にデータを集め,全国規模のデータベースを作成する(図2)ことになるが,参加施設からデータセンターに新しい課題を提案することも,逆に(承認は必要であるが)データセンターから研究テーマに必要な情報の提供を受けることも可能となる.倫理的側面に関しては,実際に登録されるデータからは個人を識別できる情報は除かれるが,それぞれの施設は患者との対応表を保持することで(自施設の)患者のみ識別でき,「連結可能」となっている.したがって,データベースの管理者には個人情報は匿名化され,患者を特定することはできない(図3).また,本事業は術前後の検査結果や治療成績などの登録にすぎず,データのために治療方針,検査などが変更されるなどの介入を伴わないことから,個別の承諾書の取得は原則として不要と考えているが,実際は施設基準に従う.患者への周知に関しては,各施設の外来,あるいはホームページへの掲載により告知することとした(この告知文書も事業計画書に附録として加えている.また,日本網膜硝子体学会のホームページにも掲載されている[http://www.jrvs.jp/works/]).ちなみに鹿児島大学では,外来への掲示とは別に,網膜?離の手術説明文書と一緒に告知文書を患者へ渡すようにしている.III本事業の登録項目の決定にあたって網膜?離症例の術前,手術,術後の所見や合併症に対してそれぞれ項目が設定された.試験運用の段階から数回の修正を経て,2015年12月の実務者会議で,最終的に項目が決定された.術前所見18項目,術中所見16項目,術後経過報告3項目とし,それぞれ特記事項を記載できるようにした.中でも特徴的と思われるのは,主病名の選択である.原因を可能な限り正確に決定するために,網膜?離のタイプを10項目に分類し選択するようにした.IV網膜?離が選ばれた理由実際のデータを収集する現場の労力には限りがある.そのため全国規模でデータベースを構築するにあたって,考慮すべき点がいくつかあった.初めての試みであるため,なるべく混乱を招かない症例選択が求められた.そのなかで,(限られた期間であっても)ある一定数の症例数を期待できること(むしろ症例数が多すぎないこと),治療の選択肢が(手術に)限定されること,初回治療例を抽出する可能性が高い疾患であること,疾患のバリエーションが多く治療転帰を予測しづらい要素が含まれているために,臨床的にも関心が高いこと,海外からの報告があり,比較の側面からもメリットがあること,学会として標準のテンプレートを用意できること,などである.以上の点から網膜?離が選択された.また,今回対象の網膜?離に関しては,登録期間を1年間,経過観察期間として6カ月,解析を含む全研究期間を5年間と設定した.V諸外国の状況それでは実際海外もしくは他科領域では,どのようにデータが収集されているのであろうか.過去の報告を含め,以下に概要を示す.1.EuropeanVitreo?RetinalSociety(EVRS)(http:??www.evrs.eu?)EVRSでは,学会主導で下記に示すさまざまな疾患の治療戦略を調査するための多施設研究を開始している.2011年から1年ごとに網膜?離(RDstudy),糖尿病黄斑浮腫(MEstudy),黄斑円孔(MHstudy),黄斑ピット症候群(OPTICPITstudy),中心性漿液性脈絡網膜症(CSCRstudy)を対象として症例を収集している.2016年5月現在で,網膜?離に関して4報,糖尿病黄斑浮腫に関して2報報告している.2016年は飛蚊症(Floatersstudy)を対象としている.網膜?離の収集デザインを示す.48カ国,176名の術者から収集した,2010年4月~2011年4月までの13カ月間に施行された網膜?離症例4,179例7,678眼の治療成績を解析している1,2).EVRSの会員に通知し,希望者がweb上で症例を登録するという方法で収集している.そのため後ろ向きのデータであり,ランダム化されていない.一見,自由に好きな症例を登録しうるシステムではあるが,ルールを設けることでバイアスや選択エラーの効果を小さくしている.2.TheNationalOphthalmologyDatabase(NOD)(https:??www.nodaudit.org.uk?)英国では,TheRoyalCollegeofOphthalmologistsの主導により,電子カルテを利用して日常の診療データを偽匿名化して「自動」収集している3).データ収集に特化した,同一の電子カルテを使用することで可能となっているが,データ保護の管理上,抽出には履歴書を提出し承認を受けなければならない.疾患によってデータ収集の時期は多少異なるが,おおよそ2000年~2010年に31施設からデータを収集しており,これまで網膜?離,黄斑円孔,網膜前膜,糖尿病網膜症の網膜硝子体手術治療に関する報告を行っている.網膜?離に関しては,8年間に登録された4,217例のデータのうち3,403例を対象として解析している4).3.TaiwanNationalHealthInsuranceResearchDatabase(NHIRD)台湾では,TaiwanNationalHealthResearchInstituteによって発行される,国民健康保険のデータベース(NHIRD)を用いている.国際疾病分類(InternationalClassificationofDiseases:ICD)に基づいてデータを抽出した結果を報告している.NHIRDは国民全体の99%以上を対象としており,2万例を超えるビッグデータから全体の傾向を把握できるという非常に優れた方法であるが,上述の1,2と比較すると得られるデータはやや異なっている.疾患の個々の状況は把握できないが,術式,180日後の再発による再入院,入院日数,費用といった項目が抽出でき,年次ごとに比較することが可能となっている5).4.IRISRRegistry(http:??www.aao.org?iris?registry)米国では,AmericanAcademyofOphthalmologyが主導して,電子カルテからデータを集積し,解析するデータ登録システムを始動した.このシステムは,電子カルテの種類に関係なく運用できるため,自動的にデータを同期できる.すなわち,カルテ記載そのものがデータベースへの登録と同じことになる.データ収集のスピードは圧倒的なものとなるであろうし,この巨大なデータベースを用いれば,これまで莫大な費用をかけて行っていた大規模臨床試験の費用が削減される.さらに診療機関,地域,国レベルの比較も可能となるなど,これまでとはけた違いのデータが抽出されるであろう.報告によると2014年の運用開始時には,利用医師数が2,300名,登録された患者数が200万人であったが,2016年には医師数が10,140名となり,2017年の登録患者数の目標は4,800万人とのことである.5.NationalClinicalDatabase(NCD)(http:??www.ncd.or.jp?)わが国では2011年以降,日本外科学会を中心としたNationalClinicalDatabase(NCD)が,国際的にも類をみない素晴らしいデータベースを構築しており,わが国の豊富なデータから数多くの情報を発信している.すべての手術,治療について登録する基本項目(統計的調査),手術,治療ごとに異なる詳細な項目(医療評価調査)を,施設ごとにそれぞれオンライン上で登録する.約4,000施設が参加し,年間120万件の症例が登録されており,参加施設数としては世界最大規模である.施設と全国の比較を可能とし,リスクの評価も可能になるなどリスクマネージメントとしても非常に有用である(本事業はNCDを参考にしているが,日本網膜硝子体学会はNCDには加盟していない).VI将来への大きな展望本事業の第1弾としてスタートした網膜?離のデータベース構築について概説した.本事業によって,わが国独自のエビデンスを活用できるようになることが期待できる.強調しておきたいのは,本事業は疾患のエビデンスを得るというような小さな目的のためのものではない.現在,医薬品開発などが医療の柱と考えられているが,人工知能や大規模データ解析が大きく進んでいる米国の状況を考えると,今後は医療情報こそが医療産業の柱になるであろう.日本の医療情報は日本人の医師が掌握すべきであり,そうでなければ医療に関しての日本の富はますます失われていく.本事業は,そのための第一歩であり,ここで得られたノウハウは次世代への財産になると信じている.文献1)AdelmanRA,ParnesAJ,DucournauDDetal:StrategyforthemanagementofuncomplicatedretinaldetachmentsTheEuropeanVitreo-RetinalSocietyRetinalDetachmentStudyReport1.Ophthalmology120:1804-1808,20132)AdelmanRA,ParnesAJ,SipperleyJOetal:Strategyforthemanagementofcomplexretinaldetachments:TheEuropeanVitreo-RetinalSocietyRetinalDetachmentStudyReport2.Ophthalmology120:1809-1813,20133)JacksonTL,DonachiePHJ,SparrowJMetal:UnitedKingdomnationalophthalmologydatabasestudyofvitreoretinalsurgery:Report1;casemix,complications,andcataract.Eye27:644-651,20134)JacksonTL,DonachiePHJ,SallamAetal:UnitedKingdomnationalophthalmologydatabasestudyofvitreoretinalsurgery:Report3;retinaldetachment.Ophthalmology121:643-648,20145)HoJD,LiouSW,TsaiCYetal:Trendsandoutcomesoftreatmentforprimaryrhegmatogenousretinaldetachment:a9-yearnationwidepopulation-basedstudy.Eye23:669-675,2009*KeitaYamakiri:鹿児島市立病院眼科〔別刷請求先〕山切啓太:〒890-8760鹿児島市上荒田町37-1鹿児島市立病院眼科0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1参加施設と管理者(2016年2月1日開始予定)参加施設名(50音順)診療科長・主任教授旭川医科大学・眼科吉田晃敏教授大阪医科大学・眼科池田恒彦教授大阪労災病院・眼科恵美和幸副院長岡山大学・眼科白神史雄教授鹿児島大学・眼科坂本泰二教授関西医科大学枚方病院・眼科髙橋寛二教授九州大学病院・眼科石橋達朗教授京都大学・眼科吉村長久教授杏林大学・眼科・杏林アイセンター平形明人教授近畿大学医学部堺病院・眼科日下俊次教授群馬大学・眼科岸章治教授国立成育医療研究センター・眼科東範行医長滋賀医科大学・眼科大路正人教授竹内眼科クリニック竹内忍院長千葉大学・眼科山本修一教授東京女子医科大学・眼科飯田知弘教授長崎大学・眼科北岡隆教授名古屋大学・眼科寺﨑浩子教授名古屋市立大学・眼科小椋祐一郎教授日本大学病院・眼科湯澤美都子教授弘前大学・眼科中澤満教授北海道大学・眼科石田晋教授三重大学・眼科近藤峰生教授山形大学・眼科山下英俊教授山梨大学・眼科飯島裕幸教授横浜市立大学・眼科門之園一明教授(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)表2本事業によって可能となることは多岐にわたる網膜硝子体疾患登録データベースで何ができるのか?1.網膜硝子体疾患の頻度,発症に関わる因子を明らかにする環境因子,全身状態,眼科所見などから危険因子・保護因子を明らかにする2.網膜硝子体疾患の診断,病態研究や新薬の開発の基礎資料臨床試験を行う際に地域ごとの登録可能症例数を予測など3.介入割り付けが困難な臨床課題を多施設で検討症例対照研究,傾向スコアを用いた研究など4.手術や治療を受けた方の予後,合併症の頻度臨床試験とは異なる実地臨床における治療成績など独自市販後調査として新規合併症のモニタリングなど5.網膜硝子体疾患に対する手術をはじめとする治療の統計地域別,施設別,医師別などさまざまな統計資料(山形大学公衆衛生学教室川崎良先生のご厚意による)1294あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(52)表3本事業の登録の流れ項目担当1登録施設確認理事会理事所属施設にて登録を開始することを理事会にて決定全理事宛てに書面送付,書面にて事業参加意思確認2倫理委員会申請施設各施設の倫理委員会に,業務実施計画書(疾患登録事務局より配布)添付の上,倫理委員会の申請3倫理委員会申請許諾確認施設倫理委員会の許可がおりたら,事務局に通知(倫理申請書および承諾書を事務局に送付する)4術者登録申請施設各施設の施設管理者より施設内の施設責任者,術者,入力担当者登録を申請【様式:術者登録申請書】事務局に送付*術者,入力責任者申請は施設管理責任者からの申請のみ可能6パスワード通知事務局事務局より施設管理者,術者にIDおよびパスワード通知7患者様への通知施設施設ホームページまたは,外来での掲示版などで患者への告知掲載(術者登録時申請時にどのような方式で患者様に告知しているか事務局に申告)8登録開始施設登録は倫理委員会申請後の症例を対象とし登録9業務実施計画書更新事務局施設業務実施計画書に変更があった場合には,各施設担当者に配布.各施設の倫理委員会に変更の報告を実施10業務実施計画書更新確認事務局業務実施計画書変更における倫理委員会への変更申請確認作業倫理委員会の承認ののちに,管理者ならびに術者にIDが与えられる.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)(53)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161295図1登録ウェブサイトのログイン画面(a),メニュー画面(b),実際の入力画面(c)チェック形式での入力により,入力上の煩雑さを軽減し,集計上のミスが起こりにくいように配慮した.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)1296あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(54)図2本事業におけるデータの収集方法相互で情報をやり取りすることが可能である.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)図3本事業におけるデータの匿名化の方法情報の入力は,患者とはかかわりのない匿名化された番号を付けて入力する.匿名化された番号と患者との対応表は各参加施設のみに残される(連結可能匿名化).各施設は,対応表を厳重に管理保管しなければならない.他施設や管理者は,データから個人情報を得ることはできない.(日本網膜硝子体学会:疾患登録事業.事業計画書.第4版より引用)(55)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612971298あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(56)(57)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161299