●連載監修=安川力髙橋寛二46.VEGFの網膜における生理的重要性栗原俊英慶應義塾大学医学部眼科学教室網膜色素上皮細胞特異的にCVegf遺伝子を成体マウスで欠損させると,脈絡膜毛細血管板が消失し,経年とともに加齢黄斑変性類似の表現型を示した.近年の大規模臨床研究から抗CVEGF長期治療により一定数の地図状萎縮が誘発されることが示され,今後は生理的なCVEGF量を保つことを念頭に置いた治療戦略が望まれる.はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)に対してC2004年に血管内皮増殖因子(vas-cularCendothelialCgrowthCfactor:VEGF)阻害薬が米国で最初に認可されて以来,抗CVEGF治療はそれまで不治の病であったCAMDに対して唯一有効性が確認された薬物療法として証明され,改良が加えられてきた.現在,3種類の抗CVEGF製剤が眼科領域で使用され,そのうちC2種類は糖尿病黄斑浮腫,網膜静脈閉塞症に伴う黄斑浮腫,病的近視における脈絡膜新生血管へと適応が拡大している.幅広く日常診療に抗CVEGF治療が広まったため,VEGFの病的意義,抗CVEGF治療の作用機序は一般的によく認識されているが,本稿ではCVEGFの網膜における生理的な役割について述べる.個体発生におけるVEGFの役割VEGFはC1983年にハーバード大学のCHaroldCDvorak視細胞外節網膜色素上皮Bruch膜脈絡膜毛細血管板脈絡膜間質図1網膜色素上皮の生理的な機能網膜色素上皮のおもな機能として,①視細胞外節の貪食およびロドプシンを再合成することによる視サイクルへの関与,②強固な細胞間接着による外側血液網膜関門の形成,③神経網膜からの水分の排出および神経網膜への栄養素の供給,④脈絡膜血管への構造的および分泌因子による支持があげられる.らによって,肝細胞癌が分泌する血管透過性を亢進する因子(vascularCpermeabilityCfactor:VPF)として発見され,後にCGenentech社のCNapoleoneCFerraraらが下垂体濾胞細胞の培養上清から同定,クローニングした血管新生をうながす蛋白質と同一因子であることがわかった(1989年).Ferraraらとルーヴェン大学のCPeterCarmelietらのグループは,それぞれ独自にCVegf遺伝子を全身で欠損させたマウスを作製し,ヘテロ接合体でも胎生致死であることを報告した(1996年).これらのことから,発生期の脈管形成においてCVEGFの発現量はきわめて重要であることがわかる.網膜色素上皮(RPE)の機能網膜は中枢神経系の一部であり,哺乳類において光受容は神経網膜の最外側に位置する視細胞によって行われる.網膜色素上皮(retinalCpigmentCepithelium:RPE)は,神経網膜と脈絡膜毛細血管板の間に位置し,視細胞と脈絡膜血管の恒常性維持に重要な役割を果たしてい野生型VegfCKO*視細胞外節網膜色素上皮Bruch膜脈絡膜毛細血管板脈絡膜間質脈絡膜毛細血管板の消失錐体視細胞の脱落*VegfCKO:成体誘導網膜色素上皮特異的Vegfノックアウト図2成体誘導網膜色素上皮特異的Vegfノックアウトマウスの表現型網膜色素上皮細胞特異的にCVegf遺伝子を,網膜の構造・機能が完成した成体の段階で誘導すると,数日のうちに脈絡膜毛細血管板が消失し,錐体視細胞が変性脱落する.(97)あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017C15810910-1810/17/\100/頁/JCOPY眼底写真蛍光眼底造影光干渉断層像ベースライン2年後図3抗VEGF薬投与後に生じた地図状萎縮の症例ベースラインで存在した脈絡膜新生血管(上段,→)に対して抗VEGF薬投与をC2年間継続したところ,脈絡膜新生血管は退縮したが,地図状萎縮が生じることで脈絡膜信号輝度の亢進を認めた(下段,→).(文献C6より改変引用)る.生理的にCRPE細胞はおもに以下の機能により網膜の恒常性維持に貢献している.すなわち,1)視細胞外節を貪食し,そこに含まれる視物質(ロドプシン)を再合成することによる視サイクル(visualCcycle)への関与,2)強固な細胞間接着による外側血液網膜関門(blood-retinalCbarrier:BRB)の形成,3)神経網膜からの水分の排出および神経網膜への栄養素の供給,4)脈絡膜血管を構造的および分泌因子による支持を行っている(図1).RPE細胞が脈絡膜側へCVEGFを分泌し1),発生期の脈絡膜血管系の構築および病的血管新生(脈絡膜新生血管)に重要な役割を担うことは知られていたが2,3),網膜の構造が完成した後の静的な状況におけるVEGFの役割については不明であった.網膜恒常性維持にかかわるVEGF筆者らは,特定の薬剤を投与するとCRPE細胞特異的にCVegf遺伝子欠損を誘導できるマウスを作製し,網膜の構造・機能が完成した段階で遺伝子欠損を誘導させると,数日のうちに脈絡膜毛細血管板が消失し,錐体視細胞が変性することを見出した4)(図2).このことから,生理的な条件下で成体網膜組織から分泌される一定量のVEGFは,正常な血管を維持するうえで必須であることが明らかとなった.さらにこのCVegf欠損マウスを継続して観察すると,脈絡膜血管の脱落によりCRPEが低酸素に陥り,嫌気代謝にシフトした細胞はミトコンドリア機能が低下し,脂質代謝産物の蓄積およびグルコース輸送の低下が生じ,AMD類似の表現型を示すことがわかった5).網膜の恒常性を維持するうえで一定のCVEGF発現量を保つことは必要であり,長期的に強力にCVEGF発現1582あたらしい眼科Vol.34,No.11,2017を抑制することは,AMDの萎縮病変をむしろ促進しうることをこれらの実験結果は示唆している.実際,近年の大規模臨床研究から抗CVEGF治療の長期予後が報告されており,2年間で約C18%6),5年間で約C40%7)の症例で新たな地図状脈絡膜萎縮が誘発されることが示された(図3).以上のことから,抗CVEGF治療を行う際には,とくに維持期において生理的なCVEGF量を保つことを念頭に置いた戦略が今後は必要であると考えられる.文献1)SonodaS,SpeeC,BarronEetal:Aprotocolforthecul-tureCandCdi.erentiationCofChighlyCpolarizedChumanCretinalCpigmentepithelialcells.NatProtocC4:662-673,C20092)MarnerosCAG,CFanCJ,CYokoyamaCYCetCal:VascularCendo-thelialCgrowthCfactorCexpressionCinCtheCretinalCpigmentCepitheliumCisCessentialCforCchoriocapillarisCdevelopmentCandvisualfunction.AmCJPatholC167:1451-1459,C20053)Saint-GeniezM,KuriharaT,SekiyamaEetal:Anessen-tialCroleCforCRPE-derivedCsolubleCVEGFCinCtheCmainte-nanceCofCtheCchoriocapillaris.CProcCNatlCAcadCSciCUSAC106:18751-18756,C20094)KuriharaCT,CWestenskowCPD,CBravoCSCetCal:TargetedCdeletionofVegfainadultmiceinducesvisionloss.JClinInvestC122:4213-4217,C20125)KuriharaCT,CWestenskowCPD,CGantnerCMLCetCal:Hypox-ia-inducedCmetabolicCstressCinCretinalCpigmentCepithelialCcellsCisCsu.cientCtoCinduceCphotoreceptorCdegeneration.Elife.2016Mar15;5.pii:e143196)GrunwaldJE,DanielE,HuangJetal:RiskofgeographicatrophyCinCtheCcomparisonCofCage-relatedCmacularCdegen-erationCtreatmentsCtrials.COphthalmologyC121:150-161,C20147)MaguireCMG,CMartinCDF,CYingCGSCetCal:Five-yearCout-comesCwithCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCtreat-mentCofCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration:CTheCComparisonCofCAge-RelatedCMacularCDegenerationCTreatmentsTrials.OphthalmologyC123:1751-1761,C2016(98)