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汎網膜光凝固術

2017年2月28日 火曜日

汎網膜光凝固術PanretinalPhotocoagulation(PRP)野崎実穂*はじめに糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固(panretinalpho-tocoagulation:PRP)の有効性は,1980年代に確立され,多くの患者の失明を防いできた.しかし最近,糖尿病黄斑浮腫に適応となっている抗VEGF薬治療を継続することにより,糖尿病網膜症自体が改善すると報告され,今後薬物療法が主体となり,PRPは消え行く治療法になるかもしれない,ともいわれている.一方で,従来の凝固法よりも短照射時間・高出力設定で凝固を行うパターンスキャンレーザーや,ナビゲーション機能をもったレーザー光凝固装置も開発され,次世代のPRPも注目されている.I汎網膜光凝固(PRP)糖尿病網膜症に対して,PRPを行えば網膜症が鎮静化することは,日本では1973年に菅1)がすでに報告していたが,世界的には,アメリカの大規模臨床試験(TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup)でその有効性が1980年代に確立され2),以後30年以上糖尿病網膜症に対する治療として広く行われてきた.PRPの奏効機序は,視細胞を含む網膜外層を破壊することにより酸素需要を減らすため,と考えられている.しかし,効果的なPRPのためには1,000発近い凝固数が必要で,光凝固時の痛み,光凝固で惹起される炎症が原因と思われる黄斑浮腫の悪化からくる視力低下,凝固斑拡大による視力・視野障害といった問題が報告されてきた.とくに光凝固時の痛みや黄斑浮腫悪化による視力低下は,PRP途中に患者が自己判断で通院を中断してしまい,増殖糖尿病網膜症になり硝子体出血や網膜.離といった自覚症状が出るまで眼科を受診しなくなる,という問題にもつながるため,できるだけ避ける必要がある.黄斑浮腫増悪の原因としては,網膜光凝固によりVEGFや眼内の炎症性サイトカインが一過性に増加することによると考えられており3),PRP時にトリアムシノロンアセトニドのTenon.下注射を併用すれば,浮腫悪化を防げることが報告されている4,5)(図1).また,PRP開始前から黄斑浮腫のある症例は,抗VEGF薬をあらかじめ硝子体内に投与しておいてから,PRPを開始すれば浮腫悪化を防ぐことが可能である6).とくにOCTのマップで中心窩に浮腫がなくても,傍中心窩に網膜肥厚がある場合はPRPにより浮腫が悪化し視力が低下するといわれているため7),PRP開始前にOCT検査は必須である.IIパターンスキャンレーザー2006年に米国で開発されたパターンスキャンレーザーは,凝固パターンをコンピューター制御で行い,一度に複数発のレーザー凝固斑を得られる新しいシステムである8).凝固パターンや,凝固斑の間隔もあらかじめ設定できるため,整然とした均一な凝固斑が得られるという特徴のほか,一度に複数発の凝固を行うために,従来*MihoNozaki:名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学〔別刷請求先〕野崎実穂:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学医学部眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(51)193ab図1トリアムシノロンアセトニド後部Tenon.下注射併用PRPの症例未治療の増殖糖尿病網膜症に対して,トリアムシノロンアセトニド後部Tenon.下注射併用PRPを施行.47歳,男性.施行前,黄斑浮腫を認めるが(a),PRP施行後5カ月黄斑浮腫は消退している(b).図2通常凝固とパターンスキャンレーザーによるPRP通常凝固3カ月後(a),パターンスキャンレーザーによるPRP後3カ月(b).どちらもスポットサイズは200um,使用レンズはPRP165(倍率×1.96)と同じであるが,パターンスキャンレーザーの凝固斑のほうが小さいのがわかる.図3パターンスキャンレーザーによるPRPが不十分であった症例50歳,女性.2015年10月初診時の蛍光眼底造影で広範囲な無灌流領域と鼻側に新生血管を認め(a),パターンスキャンレーザーで450mW,20ミリ秒,スポット間隔1.0,総数1,756の条件でPRPを施行したが,4カ月後に他眼に硝子体出血が出現し再度蛍光眼底造影検査を施行した(b).無灌流領域の残存と新生血管の残存を認め,さらに凝固を追加した.ab図5光学レンズa:局所凝固用接眼レンズ.b:PRP用接眼レンズ.図4ナビゲーション機能付き光凝固装置眼底を観察するのはモニターを通してのみである.図6ナビゲーション機能付き光凝固装置でのPRP広範囲の眼底を観察しながらパターン凝固が行える.(10.7回)あった16).この結果を受けて,今後,増殖糖尿病網膜症に対してPRPではなく,抗VEGF治療が主流となっていくのであろうか?実際の臨床で,これだけ連続してラニビズマブ硝子体注射や通院を続けることが可能な増殖糖尿病網膜症患者が,どれほどいるか疑問である.また,この大規模臨床試験では,腎機能低下症例,血圧コントロール不良症例,定期的な通院ができない症例などははじめから除外されているほか,隅角に新生血管を認める症例も含まれていない.突然,全身状態の問題などで眼科に通院できなくなった場合,PRPしていない症例では急激に網膜症が悪化することが予想されるため,今後もPRPという治療法は消えることはないと思われる.おわりにPRPが糖尿病網膜症による重篤な視力低下を防ぐと報告されてから30年以上,PRPは糖尿病網膜症治療の第一選択とされてきたが,抗VEGF薬の登場で今後があやぶまれている.また,PRP施行時の痛みや黄斑浮腫悪化による視力低下は,患者が治療を勝手に中断するきっかけにもなりうるため,痛みを少なく,よい視力を保ちつつPRPを行う必要があろう.最近のパターンスキャンレーザーやナビゲーション機能付き光凝固装置は痛みを減らせる方法でもあり,ステロイドや抗VEGF薬を併用したPRPで,黄斑浮腫の増悪を防いで,よい視力を保ちつつ必要十分なPRPを行っていくことが,われわれ眼科医の使命と考える.文献1)菅謙治:糖尿病網膜症とXenon光凝固.眼科15:343-356,19732)TheDiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photo-coagulationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.ClinicalapplicationofDiabeticRetinopathyStudy(DRS)Findings.DRSReportNumber8.Ophthalmology88:583-600,19813)ItayaM,SakuraiE,NozakiMetal:UpregulationofVEGFinmurineretinaviamonocyterecruitmentafterretinalscatterlaserphotocoagulation.InvestOphthalmolVisSci48:5677-5683,20074)ShimuraM,YasudaK,ShionoT:Posteriorsub-Tenon’scapsuleinjectionoftriamcinoloneacetonidepreventspan-retinalphotocoagulation-inducedvisualdysfunctioninpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.Ophthalmology113:381-387,20065)UnokiN,NishijimaK,KitaMetal:Randomisedcon-trolledtrialofposteriorsub-Tenontriamcinoloneasadjuncttopanretinalphotocoagulationfortreatmentofdiabeticretinopathy.BrJOphthalmol93:765-770,20096)FilhoJA,MessiasA,AlmeidaFPetal:Panretinalphoto-coagulation(PRP)versusPRPplusintravitrealranibizum-abforhigh-riskproliferativediabeticretinopathy.ActaOphthalmol89:567-572,20117)ShimuraM,YasudaK,NakazawaTetal:Visualdysfunc-tionafterpanretinalphotocoagulationinpatientswithseverediabeticretinopathyandgoodvision.AmJOph-thalmol140:8-15,20058)BlumenkranzMS,YellachichD,AndersenDEetal:Semiautomatedpatternedscanninglaserforretinalphoto-coagulation.Retina24:427-434,20049)ChappelowAV,TanK,WaheedNKetal:Panretinalpho-tocoagulationforproliferativediabeticretinopathy:pat-ternscanlaserversusargonlaser.AmJOphthalmol153:137-142,201210)山川めぐみ,野崎実穂,佐藤里奈ほか:糖尿病網膜症に対する汎網膜光凝固術従来凝固法とパターン凝固の比較.日眼会誌118:362-367,201411)KozakI,OsterSF,CortesMAetal:ClinicalevaluationandtreatmentaccuracyindiabeticmacularedemausingnavigatedlaserphotocoagulatorNAVILAS.Ophthalmolo-gy118:1119-1124,201112)ChhablaniJ,MathaiA,RaniPetal:Comparisonofcon-ventionalpatternandnovelnavigatedpanretinalphotoco-agulationinproliferativediabeticretinopathy.InvestOph-thalmolVisSci55:432-3438,201413)InanUU,PolatO,InanSetal:Comparisonofpainscoresbetweenpatientsundergoingpanretinalphotocoagulationusingnavigatedorpatternscanlasersystems.ArqBrasOftalmol79:15-18,201614)IpMS,DomalpallyA,HopkinsJJetal:Long-terme.ectsofranibizumabondiabeticretinopathyseverityandpro-gression.ArchOphthalmol130:1145-1152,201215)BrownDM,Schmidt-ErfurthU,DoDVetal:Intravitreala.iberceptfordiabeticmacularedema:100-weekresultsfromtheVISTAandVIVIDstudies.Ophthalmology122:2044-2052,201516)WritingCommitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork:Panretinalphotocoagulationvsintra-vitreousranibizumabforproliferativediabeticretinopathy.Arandomizedclinicaltrial.JAMA314:2137-2146,2015(55)あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017197

Laser Trabeculoplasty(LTP)

2017年2月28日 火曜日

LaserTrabeculoplasty(LTP)新田耕治*I選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の登場Argonlasertrabeculoplasty(ALT)は,1979年に原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)に対するレーザー治療方法としてWiseが初めて報告し1),GlaucomaLaserTrial(GLT)とGLTFol-low-upStudyでPOAG患者のレーザー治療としてその有用性が報告された2).しかし,ALTは一過性眼圧上昇(6.3~53%),周辺虹彩前癒着(12~47%),ぶどう膜炎などを比較的高率にきたすことが報告されており,またALTは線維柱帯を損傷させるために再照射が不可能であるなどの欠点がある3).1983年にAndersonとParrishが短時間の照射により,色素を含んだ細胞を選択的に障害し,その周囲の組織を温存できるselectivephotothermolysis(選択的光加熱分解)を見出し4),LatinaとParkが線維柱帯の色素細胞にのみ選択的にレーザーを照射することが可能であることを報告した5).その後,波長532nmQ-switchedNd:YAGレーザー,3ns,400μmの選択的レーザー線維柱帯形成術(selectivelasertrabeculoplasty:SLT)機器が1995年に世界中に導入された.IISLTの作用機序SLTの作用機序はまだ解明されていないが,Chenら6)はレーザー照射により活性化されたフリーラジカルがマクロファージの貪食能を高めることによって,またAlvaradoら7)はレーザー照射により放出されたサイトカインがSchlemm管内皮細胞の房水透過性を向上させることによって,眼圧が下降するという仮説を提唱している.選択的な色素細胞の障害による炎症反応の過程で,線維柱帯細胞や貪食細胞が活性化され,線維柱帯の機能的再構築が行われて房水流出抵抗が減弱した結果,眼圧が下降するのではないかと考えられている.IIISLTの適応SLTの適応となる緑内障病型は,正常眼圧緑内障(normaltensionglaucoma:NTG)を含めた広義POAG,および落屑緑内障,高眼圧症である.これらの病型は隅角が広く,線維柱帯への照射も容易である.徳田らは,SLT(全周)施行後12カ月以上経過観察できた46眼(ステロイド緑内障10眼,POAG16眼,落屑緑内障10眼,混合緑内障10眼)の治療成績を検討した結果,眼圧下降率はステロイド緑内障群35.9%,POAG群13.2%,落屑緑内障群10.7%,混合緑内障群6.9%で,ステロイド緑内障群は他の病型と比較して有意な眼圧下降率を示したと報告した.また,累積生存率(手術療法を施行またはSLT前と同等もしくは上回る眼圧が2回連続した場合に死亡と定義)は,ステロイド緑内障群80.0%,POAG群56.3%,落屑緑内障群50.0%,混合緑内障群40.0%であり,ステロイド緑内障もSLTを試してみる価値のある病型であるとしている8).一方,SLT*KojiNitta:福井県済生会病院眼科〔別刷請求先〕新田耕治:〒918-8503福井市和田中町舟橋7-1福井県済生会病院眼科0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(41)183図1レーザー線維柱帯形成術の照射シェーマALTはサイズ50μmで線維柱帯色素帯中央に照射し,SLTは線維柱帯色素帯に2~3発につき1度程度気泡が生じるエネルギーで照射スポットが重ならない程度に詰めて照射する.網膜光凝固のように照射斑は生じないため注意を要する.L)SLT図2第一選択治療としてSLTを施行した長期経過症例2008年8月19日に左眼にSLT(全周)を施行.2014年までは明らかに左眼のほうが眼圧は低く,SLTが奏効しているように思われたが,その後SLTの効果は減衰したと思われる.MD(HFA)TD(HFA)VFI(HFA)図3図2の症例の視野検査経過Humphrey視野に進行を認めず,SLT初回施行から8年以上緑内障が進行していない症例である.2年後の眼圧は12.6mmHg(11.5%下降),眼圧下降20%未満で緑内障点眼を再開することとした場合に,SLT2年後の薬剤数は0.9剤(薬剤使用症例は41.1%)になったと報告している.VIISLT照射範囲の違いによる治療比較90°に25発,180°に50発照射して32例をprospec-tiveに眼圧下降効果を検討したChenの報告6)では,両群に眼圧下降効果の差は認めなかったが,Chenは別のretrospectivestudyで長期間の経過をみると,90°照射のほうが作用持続期間は短かったので,90°と180°では180°照射を推奨している.同様に180°と360°照射を比較した報告34,35)では,両者に有意差がないとする報告がある一方で,360°照射のほうが眼圧下降効果は優れているとする報告も多い19,30,36~38).森藤らは,半周照射と全周照射とを比較して,眼圧下降率は半周群10.9±12.6%が全周群18.3±11.8%で全周群が有意に高く,Kaplan-Meier生存分析による2年生存率は半周群44.0%,全周群58.0%と全周群のほうが高かったと述べている19).このような結果から,最近ではSLTを施行する場合には,360°全周に照射するのが主流と思われる.VIIISLTの治療効果予測SLTを施行しても眼圧下降がほとんど得られないnon-responderが3割程度存在するので10),どのような症例がnon-responderになりやすいか施行前からわかっていれば有用と思われるが,SLT治療の効果と年齢,性別,内眼手術の既往,水晶体の有無には関連性が認められず,緑内障点眼治療状況や糖尿病の有無もSLTによる治療効果とは無関係と報告されている39,40).ALTでは隅角色素が多い症例が反応しやすいという報告41,42)があるので,山崎ら43)は色素沈着の程度とSLTの眼圧下降効果に関して検討したが,隅角の色素と眼圧下降に有意差を認めなかったと報告している.また,隅角の色素沈着の程度や緑内障の病型とも関連性は認めていない40).よって,施行前に眼圧下降効果が得られない可能性があることを説明し,了承を得るようにすべきである.Leeらは,SLTの眼圧下降効果の両眼一致性について検討している44).この場合の成功の定義は,SLT1カ月後にSLT前より20%以上の眼圧下降を得た場合とし,両眼ともにSLTによる眼圧下降治療が成功となったのは.42.9%,両眼ともに不成功となったのは,38.1%であり,両眼一致性は8割以上であった.つまり,片眼で効果があった場合は反対眼もSLTを試す価値があり,逆に片眼で効果がなかった場合,反対眼はSLT以外の治療方法を考えたほうがよいことになる.IXSLTの合併症SLT施行後の合併症として,前房出血・虹彩炎・黄斑浮腫・角膜浮腫などの報告45~49)があるが,筆者の検討対象では結膜充血,霧視,重圧感などの合併症の出現頻度は26/40(65.0%)と高率であったが,すべて数日間で消失し,重篤な合併症は経験していない31).SLT第一選択治療での合併症の報告としては,McIl-raithら(下半周照射)9)はSLT1時間後にcell1+程度の前眼部炎症を48%で認めたが,次回の受診日にも炎症が持続していたものはなかったと報告した.Melamedら(鼻側半周照射)26)は,SLT照射1日以内に結膜充血や軽微な前房炎症を67%に,58%で眼痛を認めたと報告した.一過性眼圧上昇に関しては,SLT第一選択治療の場合,Melamedら26)はSLT後1時間以内に5mmHg以上の眼圧上昇が11%,2~5mmHgの上昇が7%であった.追加治療としてのSLT治療の場合,筆者の施設では2/113(1.8%)の頻度にてSLT照射後に5mmHg以上の眼圧上昇を認め,SLT治療後に線維柱帯切除術を施行せざるをえなかった1症例を経験した(unpublisheddata).森藤ら19)は,5mmHg以上の眼圧上昇が6.7%,上野ら21)は4.1%と報告した.いずれにしてもSLTを照射した直後には眼圧上昇をきたす可能性があるので,照射して1時間後には必ず眼圧の確認が必要であると考えられる.XSLT再照射の有効性SLTは理論上,線維柱帯の構造には影響を与えないとされており,反復照射が可能とされている50).自験例を呈示する.1998年11月に初診した43歳の女性であ(45)あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017187図4第一選択治療としてSLTを施行し再照射を繰り返した長期経過症例初回SLT(2008年施行)は2010年には眼圧下降効果が減衰したと考えられ,SLT再照射を2010年2月23日に施行.同様に2011年3月22日に再々照射を施行.2013年2月26日からは,プロスタグランジン(PG)点眼も開始した.この間,Humphrey視野に明らかな増悪を認めなかった.■用語解説■アプラクロニジン:アイオピジンR.a2受容体に選択的に作動する.アデニル酸シクラーゼ活性を抑制し,サイクリックAMP産生を減少させて房水産生を抑制する.その他,上強膜静脈圧低下やプロスタグランジン誘導作用による房水流出促進機序もいわれている.SLT,LI,後発白内障による後.切開術後の一過性眼圧上昇を抑制できる.長期投与にて約1/3にアレルギー反応や薬剤耐性が生じるために,国内では単回使用に限定されている.パターンスキャンレーザー線維柱帯形成術:PSLTは波長532nmのグリーンか,波長577nmのイエローを使用して,スポットサイズは50μmでパターンスキャンレーザーを線維柱帯に照射するlasertrabeculo-plastyである.総照射数は1,200発前後で,暴露エネルギーは1.5~2.3mJで閾値下凝固であり,細胞障害性が低い照射方法のひとつである.レーザー照射により発生する温熱効果を利用し,房水流出の抵抗を軽減させ,眼圧下降効果を得ることが可能で,コンピュータ制御によるAuto-advance&rotationを実用化しているため,正確かつスムーズに照射が可能.LaserTrial(GLT)andglaucomalasertrialfollow-upstudy:7.Results.AmJOphthalmol120:718-731,19953)FinkAI,JordanAJ,LaoPNetal:Therapeuticlimitationsofargonlasertrabeculoplasty.BrJOphthalmol72:263-269,19884)AndersonRR,ParrishJA:Selectivephotothermolysis:precisemicrosurgerybyselectiveabsorptionofpulsedradiation.Science220:524-527,19835)LatinaMA,ParkC:Selectivetargetingoftrabecularmeshworkcells:invitrostudiesofpulsedandCWlaserinteractions.ExpEyeRes60:359-371,19956)ChenC,GolchinS,BlomdahlS:Acomparisonbetween90degreesand180degreesselectivelasertrabeculoplas-ty.JGlaucoma13:62-65,20047)AlvaradoJA,AlvaradoRG,YehRFetal:Anewinsightintothecellularregulationofaqueousout.ow:howtra-becularmeshworkendothelialcellsdriveamechanismthatregulatesthepermeabilityofSchlemm’scanalendo-thelialcells.BrJOphthalmol89:1500-1505,20058)徳田直人,井上順,山崎泉ほか:ステロイド緑内障に対するselectivelasertrabeculoplastyの有用性.日眼会誌116:751-757,20129)McIlraithI,StrasfeldM,ColevGetal:Selectivelasertra-beculoplastyasinitialandadjunctivetreatmentforopen-angleglaucoma.JGlaucoma15:124-130,200610)LatinaMA,SibayanSA,ShinDHetal:Q-switched532-nmNd:YAGlasertrabeculoplasty(selectivelasertra-beculoplasty):amulticenter,pilot,clinicalstudy.Ophthal-mology105:2082-2088,199811)DamjiKF,ShahKC,RockWJetal:Selectivelasertra-beculoplastyvargonlasertrabeculoplasty:aprospectiverandomisedclinicaltrial.BrJOphthalmol83:718-722,199912)狩野廉,桑山泰明,溝上志朗ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の術後成績.日眼会誌103:612-616,199913)加治屋志郎,早川和久,澤口昭一:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.日眼会誌104:160-164,200014)GracnerT:Intraocularpressureresponsetoselectivelasertrabeculoplastyinthetreatmentofprimaryopen-angleglaucoma.Ophthalmologica4:267-270,200115)JuzychMS,ChopraV,BanittMRetal:Comparisonoflong-termoutcomesofselectivelasertrabeculoplastyver-susargonlasertrabeculoplastyinopen-angleglaucoma.Ophthalmology111:1853-1859,200416)LaiJS,ChuaJK,ThamCCetal:Five-yearfollowupofselectivelasertrabeculoplastyinChineseeyes.ClinExperimentOphthalmol32:368-372,200417)Martinez-de-la-CasaJM,Garcia-FeijooJ,CastilloAetal:Selectivevsargonlasertrabeculoplasty:hypotensivee.cacy,anteriorchamberin.ammation,andpostoperativepain.Eye(Lond)18:498-502,200418)真鍋伸一,網野憲太郎,高島保之ほか:SelectiveLaserTrabeculoplastyの治療成績.眼科手術12:535-538,199919)森藤寛子,狩野廉,桑山泰明ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の照射範囲による治療成績の違い.眼臨紀1:573-577,200820)望月英毅,高松倫也,木内良明:選択的レーザー線維柱帯形成術(SLT)の術後6カ月の有効率.あたらしい眼科25:693-696,200821)上野豊広,岩脇卓司,湯才勇ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科25:1439-1442,200822)南野桂三,松岡雅人,安藤彰ほか:選択的レーザー線維柱帯形成術の治療成績.あたらしい眼科26:1249-1252,200923)齋藤代志明,東出朋巳,杉山和久:原発開放隅角緑内障症例への選択的レーザー線維柱帯形成術の追加治療成績.日眼会誌111:953-958,200724)MikiA,KawashimaR,UsuiSetal:Treatmentoutcomesandprognosticfactorsofselectivelasertrabeculoplastyforopen-angleglaucomareceivingmaximal-tolerablemedicaltherapy.JGlaucoma25:785-789,201625)ElMallahMK,WalshMM,StinnettSSetal:SelectivelasertrabeculoplastyreducesmeanIOPandIOPvariationinnormaltensionglaucomapatients.ClinOphthalmol4:889-893,201026)MelamedS,BenSimonGJ,Levkovitch-VerbinH:Selec-tivelasertrabeculoplastyasprimarytreatmentforopen-angleglaucoma:aprospective,nonrandomizedpilotstudy.ArchOphthalmol121:957-960,200327)MahdyMA:E.cacyandsafetyofselectivelasertrabec-uloplastyasaprimaryprocedureforcontrollingintraocu-larpressureinprimaryopenangleglaucomaandocularhypertensivepatients.SultanQaboosUnivMedJ8:53-58,200828)KatzLJ,SteinmannWC,KabirAetal:Selectivelasertrabeculoplastyversusmedicaltherapyasinitialtreat-mentofglaucoma:Aprospective,randomizedtrial.JGlaucoma21:460-468,201229)ShazlyTA,SmithJ,LatinaMA:Long-termsafetyande.cacyofselectivelasertrabeculoplastyasprimaryther-apyforthetreatmentofpseudoexfoliationglaucomacom-paredwithprimaryopen-angleglaucoma.ClinOphthal-mol16:5-10,201030)NagarM,OgunyomadeA,O’BrartDPetal:Aran-domised,prospectivestudycomparingselectivelasertra-beculoplastywithlatanoprostforthecontrolofintraocularpressureinocularhypertensionandopenangleglaucoma.BrJOphthalmol89:1413-1437,200531)新田耕治,杉山和久,馬渡嘉郎ほか:正常眼圧緑内障に対する第一選択治療としての選択的レーザー線維柱帯形成術の有用性.日眼会誌117:335-343,201332)KashiwagiK,TsumuraT,TsukaharaS:Long-terme.ectsoflatanoprostmonotherapyonintraocularpressureinJapaneseglaucomapatients.JGlaucoma17:662-666,2008190あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(48)-

レーザー切糸術

2017年2月28日 火曜日

レーザー切糸術LaserSutureLysis川瀬和秀*はじめに保存的治療では十分な眼圧下降が得られない緑内障症例に対する観血的治療として,流出路手術と濾過手術がある.初期症例などには,極端な低眼圧や感染症などの合併症が少ない流出路手術が適応されるが,視野障害が高度な場合など,術後10mmHg前後の眼圧が必要な症例には濾過手術が適応となる.代表的な濾過手術として多く行われている線維柱帯切除術(trabeculectomy:TLE)は,マイトマイシンCや5-FUなどの代謝阻害薬の併用により長期成績も良好である.しかし,TLEの術後早期合併症として低眼圧,浅前房,脈絡膜.離,低眼圧黄斑症などがある1,2).このため,これらの合併症を防止する目的で,強膜弁をタイトに縫合して適当な時期に縫合糸をレーザーで切糸する「レーザー切糸術」を前提とした術式が行われている3~5).しかし,これには術者が術中の所見から術後の切糸までをトータルで考えて行う必要がある.I基本術式結膜上からレーザー切糸レンズを押し当て,透見された糸に焦点を合わせてレーザー照射を行う.照射部位はナイロン糸の端部がよく,中央部での切糸を行うとナイロン糸が立ち上がって結膜を突き抜けて出てくることがある.図1ホスキンスレンズ(左)とマンデルコーンレンズ(右)による縫合糸の観察マンデルコーンレンズはホスキンスレンズに比べ倍率が高いため,より低いエネルギーで切糸可能であり,接眼部径が大きいため強膜弁の全体を確認することができる.*KazuhideKawase:岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学教室〔別刷請求先〕川瀬和秀:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科神経統御学講座眼科学教室0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(35)177ab図2レンズの種類a:HoskinsNylonSuture(Ocular社).倍率は×1.20.接眼部径3.0.mm.b:MandelkornSutreLysis(Ocular社).倍率×1.32.接眼部径5.6.mm.レンズの円錐の平らな部分を上眼瞼の下に合わせて置くことにより瞼を固定することができる.c:BlumenthalSuturelysis(Volk社).レンズから出た円柱の先は小さく丸く突出している(.).ab①③④図310時方向に強膜弁を作製した場合a:円蓋部基底では結膜切開創の離解や漏出を防ぐため,①結膜切開創から離れた糸から開始して,眼圧が高く結膜も厚い場合は12時方向(.)に濾過させるよう②を,眼圧が比較的低く結膜が薄い場合は円蓋部方向(.)に濾過させるため②を切糸する.b:輪部基底の場合は円蓋部が瘢痕化するため,①から切糸して12時方向(.)に濾過させ,続いて②を切糸して9時方向(.)に濾過させる.③⑤④図4レーザー切糸の術中因子①結膜切開部位と結膜厚.②線維柱帯切除創の部位(強膜弁縁との距離).③線維柱帯切除創の位置.④強膜弁縫合糸数と強さ.⑤房水の流れる方向と流れやすさ.-

レーザー虹彩切開術

2017年2月28日 火曜日

レーザー虹彩切開術LaserIridotomy(LI)力石洋平*酒井寛*はじめに原発または続発の閉塞隅角(緑内障)に対して瞳孔ブロックを解除する治療としてレーザー虹彩切開術(laseriridotomy:LI),観血的周辺虹彩切除術(peripheraliri-dectomy:PI),および超音波乳化吸引術(phacoemulsi-.cationandaspiration:PEA)がある.アルゴンレーザーを用いたLIは1980年代から施行され,その効果と簡便さによりわが国においても広く普及した.急性発作=急性原発閉塞隅角症(緑内障)の治療および予防,慢性原発閉塞隅角緑内障の治療,原発閉塞隅角症に対する予防的治療,irisbombeに対する治療としておもに施行されている.一方,とくにアルゴンレーザーを用いたLI後の水泡性角膜症など,角膜内皮に及ぼす影響も懸念されている.国際的には角膜内皮への影響が少ないNd:YAGレーザー単独,またはアルゴンレーザーとNd:YAGレーザーを併用する手技が推奨されている1).わが国においてもNd:YAGレーザーを使用する方法が主流になっていると考えられるが,実態は不明である.一方で,レーザーエネルギーの少ない方法であっても角膜内皮細胞が慢性進行性に減少する症例もあり,総エネルギーだけでなく,LIそのものがこの病態に関連しているという仮説もある2).ILIの適応日本緑内障学会の「緑内障診療ガイドライン」において原発閉塞隅角のメカニズムは,①相対的瞳孔ブロック,②プラトー虹彩,③水晶体因子,④毛様体因子に分類されており,単独または複合的に隅角閉塞に関係しているとされる3).このうち,LIが適応になるのは,①の相対的瞳孔ブロックのみである.相対的瞳孔ブロックとは水晶体前面と虹彩が接触することにより瞳孔領における房水流出抵抗が増大し,前後房の圧較差が生じて虹彩が前方に湾曲している状態である.超音波生体顕微鏡(ultrasoundbiomicroscope:UBM)所見では虹彩が前方に湾曲しているのが観察される(図1,2).IILIの作用機序虹彩をレーザーで穿孔することにより前房と後房の圧較差を減らし,隅角を開放する(図3).原発性の閉塞隅角に対しては周辺部に行うが,膨隆虹彩(irisbombe)では周辺虹彩は角膜に接しているので瞳孔領近くに行う(図4).IIILIの禁忌禁忌または慎重適応は,急性発作後に角膜の透明化が得られてない症例や,縮瞳が得られず虹彩が厚い症例,極端な浅前房,角膜内皮細胞密度減少(<2,000/mm2),滴状角膜,Fuchs角膜変性症など角膜内皮細胞の脆弱がある.眼振があったり,協力が得られない場合も適応とはならない.*YoheiChikaraishi&*HiroshiSakai:琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座〔別刷請求先〕力石洋平:〒903-0215沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学大学院医学研究科・医科学専攻眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(31)173図1正常者のUBM所見(暗所)前房は深く,虹彩は水平で隅角の閉塞はない.図3LI前後におけるUBM所見の比較前方に湾曲した虹彩の形状は改善しており,隅角も広がっている(.は強膜岬).図2瞳孔ブロックによる隅角閉塞(暗所)前房が浅く,虹彩は前方に湾曲しており,隅角は閉塞している.図4膨隆虹彩(Irisbombe)a:虹彩は水晶体と癒着して房水の流出を障害している.b:前房は深いが,虹彩が強い上方凸で隅角を閉塞している.周辺虹彩は角膜内皮に接触しているため,レーザー虹彩切開術は最周辺(.赤矢印)ではなく,より瞳孔領に近い場所(.緑矢印)に行う.ab図5レーザー虹彩切開後の前眼部細隙灯顕微鏡写真a:レーザー虹彩切開孔の位置.上鼻側または上耳側に行うことが多い.b:レーザー虹彩切開孔(拡大).表1アルゴンレーザー+Nd:YAGレーザー併用3段階照射法の設定サイズ(μm)時間(sec)出力(mW/Nd:YAGはmJ)照射数第1段階(アルゴン)2000.2100.2005第2段階(アルゴン)500.02600.1,00020.30第3段階(Nd:YAG)2.41.5-

Nd:YAGレーザーを用いた後囊混濁の後囊切開術

2017年2月28日 火曜日

Nd:YAGレーザーを用いた後.混濁の後.切開術YAGCapsulotomyforTreatingPosteriorCapsuleOpaci.cation西悠太郎*はじめにKelmanが始めた水晶体超音波乳化吸引術やGimbelやNeuhannが始めた連続円形切.術(continuouscur-vilinearcapsulorrhexis:CCC)の普及後,眼内レンズの材質やデザインの進歩により,白内障術後の後発白内障,後.混濁は減少傾向にあるが,依然として白内障術後のおもな合併症のひとつである.後発白内障の症状として,視力低下やグレア,単眼性複視などがある.これに対し以前は手術的な後.切開が行われていたが,現在ではNd:YAGレーザーによる後.切開術が低侵襲で簡便な標準的治療方法として確立され,普及している(1979年,Aron-Rosaが初めてNd:YAGレーザーによる後.切開術を導入した).視力低下やグレアあるいは単眼性複視により生活上の不自由を患者本人が自覚するときや,眼底の透見性の低下のため網膜病変の診断や治療が困難なときに,治療の適応となる.Nd:YAGレーザーによる後.切開術は,通常では高い技術を要せず,また比較的容易に習得できる術式である.しかし,稀に眼内レンズ破損や網膜.離,黄斑浮腫,眼圧上昇さらには眼内炎などの合併症が起こることもあり,やはり慎重に行うべき治療法であろう.治療の適応がある場合,術前に角膜の透見性や角膜内皮数に加えて,散瞳状態が良好かどうか,さらには黄斑浮腫を含む眼底所見の把握をする.そのうえで合併症のリスクに関してインフォームド・コンセントをして,実際のレーザー治療となる.手術は通常は外来で行うこととなる.本稿では,はじめにレーザー後.切開術の治療方法について触れ,次にその合併症について述べる.Iレーザー治療方法正確に焦点を合わせて,最小限のエネルギーで効率よく,かつ最小限の切開をするのが原則である.後.混濁には線維性混濁(図1,2)とElschnig真珠(図3)の2タイプがあるが,いずれの場合でも混濁が薄い場合(図4)には,通常2mJ以下のエネルギーで十分なことが多い.また,照射回数もおよそ10数発~20発,多くとも30発程度が目安であろう.エイミングビームが1点に重なる部分に焦点が合っていることになるが,眼内レンズ光学部のピット・損傷を回避するには,後.上にしっかりと焦点を合わせて照射を開始する必要がある.誤って焦点を後.よりも手前の眼内レンズ側に合わせてしまうと,眼内レンズ損傷のリスクが高いので,後.より心持ち後方に焦点を合わせるつもりでいたほうが無難である.1.5mJ前後もしくはそれ以下の弱いエネルギーで照射を開始するが,実際の亀裂の具合をみてエネルギーを適宜加減する.とくに非常に混濁の強い線維性混濁の場合,2mJ前後のエネルギーではまったく歯が立たないことが稀にある.その場合は,低エネルギーで照射を乱発すると眼内レンズ損傷のリスクが高まるので,あえて3~3.5mJの強いエネルギーで慎重に照射するほうが,むしろスムー*YutaroNishi:西眼科病院〔別刷請求先〕西悠太郎:〒537-0025大阪市東成区中道4-14-26西眼科病院0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(25)167表1レーザー照射時の眼内レンズ損傷回避のコツ・注意点・混濁が弱く,焦点を合わせやすい部分から始める・後.よりも少し後方に焦点を合わせる・照射エネルギーを抑制して,必要最低限の切開をする・視軸の中心部の照射を避ける図1線維性混濁徹照法により確認.図3Elschnig真珠徹照法により確認.図2線維性混濁この写真では混濁のより薄い上方部分では,比較的エイミングビームの焦点を合わやすい.図4薄い後.混濁Nd:YAGレーザーによる後.切開術前.図5十字切開法レーザー後.切開術後(図4と同一症例でレーザー前・後撮影).図6十字切開法a:後発白内障(水色)において,視軸を避けて十字方向に(黒線)レーザー照射(赤点)する.b:このとき,視軸(中央の青色点線部分)にレーザー照射は一切していない.c:視軸の混濁部分(青色点線)も,そのまま周りからの切開により自然に除去が可能である.図8円形切開法図7円形切開法散瞳不良例で,最低限の視軸の混濁を除去.レーザー照射しやすい部分から,円形に視軸を避けて照射開始する.表2おもな合併症とその基本的な対策・眼内レンズ損傷:後.よりも少し後方にエイミングビームを合わせる・眼圧上昇:アイオピジンをレーザー照射前に点眼しておく・その他合併症:稀とはいえ,リスクをあらかじめ十分にインフォームド・コンセントする要である.4.裂孔原性網膜.離発症率は1%未満といわれており,レーザー後.切開術との関連性ははっきりしていない.硝子体混濁を伴うと眼底の透見性が非常に悪くなる.強いレーザーエネルギーによる頻回照射を極力避ける必要がある.いずれにしても,入念な眼底検査により網膜裂孔の有無を事前に確認しておき,必要であれば予防的にレーザー凝固しておくことが重要である.5.眼内炎レーザー後.切開術後に眼内炎が生じる頻度は非常に低いといわれているが,重篤な視力障害に至ることもあるため,インフォームド・コンセントが重要であろう.レーザー後.切開術は簡便に行えるため,ともすれば重症の合併症に関するインフォームド・コンセントがおろそかになってしまうことがあるが,通常の白内障手術時の眼内炎のリスク説明に準じて,しっかりとインフォームド・コンセントを行いたいものである.6.その他の稀な合併症角膜浮腫や眼内レンズ偏位,眼内レンズ脱臼などが報告されている.角膜浮腫に関しては,たとえば術前に角膜内皮数が十分にあるかどうかをスペキュラーマイクロスコピーで確認しておくことが重要であろう.同時に最小限の照射を心がけたい.また,眼内レンズの偏位や脱臼に関しては,多くの場合は組織との癒着が弱いかほとんどないために生じる合併症であるため,視軸を含む必要十分にして最小のレーザー切開を常に心がけたい.おわりに今から60~70年前に初めて眼内レンズが人眼に挿入されて以来,生体適合性の高い眼内レンズを求めて数々の新しい眼内レンズの開発が行われてきた.それと同時に眼内レンズ挿入後の重要な合併症のひとつである後発白内障に関する研究も多くなされてきた.これまで世界中の多くの研究者達の尽力により,眼内レンズのデザインと材質が実際どのようにして後発白内(29)障予防につながるのか,実験室的にも臨床治験的にもそのメカニズムの解明がより進んできた.その結果,眼内レンズは改良され,後発白内障の発生頻度は現在ではかなり低く抑えられている.しかし,現在でも後発白内障は完全になくなったわけではなく,やはりNd:YAGレーザーによる治療法は基本であり,習熟しておく必要があると思われる.最近ではフェムトセカンドレーザーを用いた.切開が可能となっているものの,外来において比較的簡便に行うことができるNd:YAGレーザー後.切開術の利便性は非常に高いといえるだろう.今回はレーザー後.切開術を行うにあたり,実際に留意しておくとより安全に施行できると考えられる点についてまとめた.また,あらかじめ十分にインフォームド・コンセントをしておくことが最重要である.今後のロボット技術の発展次第では,レーザー後.切開をロボットがルーティンで行う時代がひょっとすると到来するかもしれないが,それまでは少なくともマニュアルによる技術の習熟に励みたいものである.本章が少しでもレーザー後.切開術に際しての参考になれば幸いである.参考文献1)SteinertRF,Pulia.toCA,KumarSRetal:Cystoidmacu-laredema,retinaldetachment,andglaucomaafterNd:YAGlaserposteriorcapsulotomy.AmJOphthalmol112:373-380,19912)西起史:水晶体.切裂,レーザー治療の実際(田野保雄編).眼科診療プラクティス3.p182-185,文光堂,19923)MochizukiK,MuraseH,SawadaAetal:Detectionofstaphylococcusspeciesbypolymerasechainreactioninlate-onsetendophthalmitisaftercataractsurgeryandpos-teriorcapsulotomy.ClinExOphthalmol35:873-875,20074)NishiO,YamamotoN,NishiKetal:Contactinhibitionofmigratinglensepithelialcellsatthecapsularbendcreatedbyasharp-edgedintraocularlensaftercataractsurgery.JCataractRefractSurg33:1065-1070,20075)三木篤也:レーザー後.切開術,眼科レーザー治療(田野保雄編).眼科プラクティス26.p318-321,文光堂,20096)横倉俊二,西田幸二:後.切開術と晩発性眼内炎.眼科レーザー治療(田野保雄編),眼科プラクティス26.p327,文光堂,2009あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017171

Femtosecond Laser-Assisted Cataract Surgery(FLACS)

2017年2月28日 火曜日

FemtosecondLaser-AssistedCataractSurgery(FLACS)繪野亜矢子*真野富也*はじめに近年,わが国においても,フェムトセカンドレーザーを用いた水晶体再建術(femtosecondlaser-assistedcat-aractsurgery:FLACS)が複数の施設で導入されつつある.その背景には,技術の進歩に伴って当初みられた合併症の頻度が著しく低下し,おもに欧米からFLACSの精確性や安全性の報告が数多く発信されるようになったことがあげられる.また,すでに導入されている国内の施設における成功体験も,急速に注目を集める一因になっていると考える.本稿では,最近のFLACSを実際の経験を交えて概説し,その可能性と将来性についても併せて述べる.Iフェムトセカンドレーザーの原理とFLACSフェムトセカンドレーザー(FSレーザー)は眼科領域ではすでに屈折矯正手術などで使用されているが,光切断(photodisruption)の原理を応用している1).後.切開術に利用されているNd:YAGレーザーと同じ原理で,レーザーを照射し,集光点にプラズマを発生させることで,衝撃波による破壊作用で組織を切断する.Nd:YAGレーザーと波長が近い一方で,FSレーザーはフェムト秒(10.15秒=1,000兆分の1秒)という単位の超短パルスレーザーを連続照射するため,周囲組織への侵襲は低く,精確に組織の切開が可能であるとされる1).FLACSでは,従来,マニュアルで施行していた角膜切開,水晶体前.切開をFSレーザーにて施行可能で,さらに水晶体核分割・破砕や角膜実質内乱視矯正切開もFSレーザーで実施できる.その後,超音波乳化吸引装置を使用して水晶体を除去することや,眼内レンズを移植することは,手術顕微鏡下で従来通り術者が行う必要がある.FLACSに用いる各種FSレーザー装置は,CATALYSR(Abbott社),LenSxR(アルコン社),VICTUSR(ボシュロム社),LensARTM(LensAR社),FEMTOLDVZ8(Ziemer社)の5種類が発売されている.すべて米国食品医療薬品局(FoodandDrugAdministration:FDA)の承認,欧州のCEマークを取得しているが,国内では現在のところLenSxRおよびCATALYSRのみが承認済みとなっている.筆者らの施設ではCATALYSRを使用しているが,ほかの機種で求められる設置場所の湿度や温度の管理は必要としない.その他,機種による使用上の特徴や成績の違いなどが報告されているが,ここでは割愛する.IIFLACS:FSレーザー照射の実際従来法と同じく事前に散瞳させる必要がある.通常,散瞳薬にて十分に散瞳が得られない症例や瞳孔偏位例,角膜混濁のある症例は適応外とされる.ここではFSレーザー装置における照射の実際について,手順に従って紹介する.*AyakoEno&*TomiyaMano:多根記念眼科病院〔別刷請求先〕繪野亜矢子:〒550-0024大阪市西区境川1-1-39多根記念眼科病院0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(17)159b図1PIの装着・吸引固定とドッキングa:PIの装着と吸引固定は一部の症例を除き,容易である.b:FSレーザー装置本体とPIのドッキング.モニターを見ながら微調整している.CATALYSRの場合,患者ベッドを上昇させてドッキングする.図2OCTによる前眼部解析搭載されたOCTによって前眼部構造を詳細に解析する.瞳孔マージン,角膜前面後面,虹彩,前.後.の位置情報がモニターに描出される(CATALYSR).図3FSレーザー照射フットペダルを踏みこみ,前.切開と核の分割と破砕を施行.FSレーザーの副産物である気泡が見える(CATALYSR).図4前.円盤の摘出図5核分割通常の症例では,前.切開は完成しているが,念のため,USチップとフックを軽く添えるだけで核分割が容易にで前.鑷子で前.円盤を取り出す.FSレーザーの副産物できる.ある気泡が見える.ab図6前.円盤の断面の走査型電子顕微鏡像CCCで得られた断面(a)は平滑であるが,FSレーザーによる断面(b)は不整である.CCC:continuouscurvilinearcapsulotomy学的にもっとも影響する因子であると報告されている12).FLACSにおいては術中使用超音波量を低減することで,角膜内皮細胞減少を最小限にできる13,14).自験例でも,従来法と比較して角膜内皮細胞の減少率は有意に低かった.また,すでに角膜内皮機能障害をきたしている症例に対しFLACSを施行し,透明角膜を維持できた症例を複数経験している.4.炎症従来法と比較して優位に炎症が惹起されにくいという報告がみられる15).自験例においては術後早期の前房内フレア値が従来法より有意に低値であるが,術後1週間以降は両者に有意差がなくなるという結果を得ている.一方で,FLACS後の前房水のプロスタグランジン濃度が,従来法より高値であるという報告もあり16),さらなる検討が待たれる.V合併症FSレーザー関連の合併症は,導入初期より後期のほうで明らかに減少するという報告があり17),手技の習熟に伴って減少すると考えられる.1.縮瞳FSレーザー実施後,副産物として発生した気泡による虹彩刺激,あるいはプロスタグランジン産生によって縮瞳することがある.縮瞳を回避するためにFSレーザー前から散瞳薬と同時に非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の点眼を推奨する論文もみられ18),筆者らの施設でも事前点眼を同様にしている.2.FSレーザーの誤照射レーザー照射中にPIの吸引固定がはずれる現象(サクションブレイク)が生じた場合,レーザー装置は安全装置が作動して照射を停止する.非常に稀ではあるものの,水晶体核分割・破砕中にサクションブレイクが生じ,角膜に格子状の切開が生じたといった報告がある19).サクションブレイクを起こす要因である結膜弛緩症や瞼裂狭小がみられる症例については,とくに注意を要する.また,照射にはOCTイメージ下に十分な安全域を設定するため,正常にPIが装着された場合は後.や角膜への誤照射は生じにくいとされ,筆者らの施設でも誤照射の経験はない.3.水晶体.ブロック症候群とりわけハイドロダイセクションの際,FSレーザー照射で生じた気泡が水晶体内や水晶体後面に貯留し,勢いよく流入された還流液によって逃げ場を失って,破.にいたる合併症は初期に報告された20,21).筆者らは常に前房内へ気泡を逃がすように意識しながら,やさしくハイドロダイセクションするよう努めているが,幸いこの合併症の経験はない.4.Capsulartag最近ではFSレーザー前.切開の完遂率は高くなったが,時折,ひげ状,あるいはさかむけ状の前.縁(cap-sulartag)が残存することがある.その後の過程で無意識にcapsulartagを引っ張り,前.に亀裂が入る可能性がある.実際,皮質吸引や眼内レンズ挿入時にごく細いcapsulartagの存在に気づくことがあるが,それが原因で亀裂が入った経験はない.VI難症例と適応外通常例はもちろんのこと,FLACSは難症例においてもその力を発揮する.FSレーザーで安全に前.切開が施行可能であり,膨化した成熟白内障であってもプレミアム眼内レンズ移植も選択肢のひとつとして提供できる.核硬化度の高い症例は,FLACSによって手術の難易度を下げ,また使用超音波量を低減させることで安全な手術が提供可能となる.さらにFLACSは,水晶体亜脱臼例にもZinn小帯への負荷を最小限にすることを可能にする.つまり前眼部からのアプローチで,低侵襲な手術を提供できるかもしれない.このように筆者らはとくに難治水晶体疾患において,その利用価値を実感している.また,難症例には散瞳不良例がしばしば含まれる.FSレーザーは虹彩を透過せず,虹彩下の水晶体への照射が不可能であるため,通常は適応外となる.しかしながら,事前に手術顕微鏡下で瞳孔拡張器を設置した後,(21)あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017163FSレーザーを実施するという方法も提案されていることから,十分散瞳が得られない症例であってもFLACSの適応となりうる22).ただし,瞳孔拡張器挿入のための切開創があるため,PI装着や吸引固定の際には前房維持や感染について細心の注意を要する.一方で,角膜白斑などの角膜混濁がある症例はOCTによる前眼部解析が不能であること,またレーザーそのものの透過が困難であるため適応外である.まとめ白内障手術はもっとも目覚ましい進歩を遂げてきた術式のひとつであるが,FLACSの精確性や再現性はこれまでの進歩を凌駕するほどのインパクトをもつと考える.しかし,FLACSがさらに多くの施設に普及し,多くの患者に適応となるまでには,医療経済的諸問題が立ちはだかっているのも事実である23).今後,先進医療や混合診療などを含む保険診療の見直しが進めば,眼科的治療におけるFLACSの位置づけも変化するだろう.将来的にさらなるFLACSの普及がもたらされれば,治療方法の選択肢のひとつであるばかりか,手術指導における有益性もあり,FLACSはあらゆる可能性を秘めているといえる.FLACSが患者と術者にもたらす安全性や有効性のみならず,合併症も含めて慎重な評価を継続していくことが,今,我々に求められている.文献1)KruegerRR,KuszakJ,LubatschowskiHetal:Firstsafe-tystudyoffemtosecondlaserphotodisruptioninanimallenses:tissuemorphologyandcataractogenesis.JCata-ractRefractSurg31:2386-2394,20052)ShultzT,Conrad-HengererI,HengererFHetal:Intra-ocularpressurevariationduringfemtosecondlaserassist-edcataractsurgeryusinga.uid-.lledinterface.JCata-ractRefractSurg39:22-27,20133)FriedmanNJ,PalankerDV,SchueleGetal:Femtosecondlasercapsulotomy.JCataractRefractSurg37:1189-1198,20114)AbellRG,KerrNM,VoteBJ:Femtosecondlaser-assistedcataractsurgerycomparedwithconventionalcataractsurgery.ClinExperimentOphthalmol41:455-462,20135)Conrad-HengererI,HengererFH,SchultzTetal:E.ectoffemtosecondlaserfragmentationofthenucleuswithdi.erentsofteninggridsizesone.ectivephacotimeincataractsurgery.JCataractRefractSurg38:1888-1894,20126)DickHB,ShultzT:Onthewaytozerophaco.JCataractRefractSurg39:1442-1444,20137)AbellRG,KerrNM,VoteBJ:Towardzeroe.ectivephacoemulsi.cationtimeusingfemtosecondlaserpretreat-ment.Ophthalmology120:942-948,20138)MihaltzK,KnorzMC,AlioJLetal:Internalaberrationsandopticalqualityafterfemtosecondlaseranteriorcapsu-lotomyincataractsurgery.JRefractSurg27:711-716,20119)KranitzK,TakacsA,MihaltzKetal:Femtosecondlasercapsulotomyandmanualcontinuouscurvilinearcapsu-lorhexisparametersandtheire.ectsonintraocularlenscentration.JRefractSurg27:558-563,201110)Au.arthGU,ReddyKP,RitterRetal:Comparisonofthemaximumapplicablestretchforceafterfemtosecondlaser-assistedandmanualanteriorcapsulotomy.JCataractrefractSurg39:105-109,201311)SandorGL,KissZ,BocskaiZIetal:Comparisonofthemechanicalpropertiesoftheanteriorlenscapsulefollow-ingmanualcapsulorhexisandfemtosecondlasercapsulot-omy.JRefractSurg30:660-664,201412)WalkowT,AndersN,KlebeS:Endothelialcelllossafterphacoemulsi.cation:relationtopreoperativeandintraoperativeparameters.JCataractRefractSurg26:727-32,200013)TakacsAI,KovacsI,MihaltzKetal:Centralcornealvol-umeandendothelialcellcountfollowingfemtosecondlaser-assistedrefractivecataractsurgerycomparedtoconventionalphacoemulsi.cation.JRefractSurg28:387-391,201214)Conrad-HengererI,AIJuburiM,SchultzTetal:Cornealendothelialcelllossandcornealthicknessinconventionalcomparedwithfemtosecondlaser-assistedcataractsur-gery:three-monthfollow-up.JCataractRefractSurg39:1307-1313,201315)AbellRG,AllenPL,VoteBJ:Anteriorchamber.areafterfemtosecondlaserassistedcataractsurgery.JCata-ractRefractSurg39:1321-1326,201316)ShultzT,JoachimSC,StellbogenMetal:Prostagrandinreleaseduringfemtosecondlaser-assistedcataractsur-gery:maininducer.JRefractSurg31:78-81,201517)RobertsTV,LawlessM,BaliSJetal:Surgicaloutcomesandsafetyoffemtosecondlaserforcataractsurgery,aprospectivestudyof1500consecutivecases.Ophthalmolo-gy120:227-233,201218)YaohR:Intraoperativemiosisinfemtosecondlaser-assistedcataractsurgery.JCataractRefractSurg40:853-853,201419)ShultzT,BurkhardHDick:Suctionlossduringfemtosec-ondlaser-assistedcataractsurgery.JCtaractRefractSurg40:493-495,2014164あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(22)

エキシマレーザー治療的角膜切除術

2017年2月28日 火曜日

エキシマレーザー治療的角膜切除術ExcimerLaserPhototherapeuticKeratectomy天野史郎*はじめにエキシマレーザー治療的角膜切除術(phototherapeu-tickeratectomy:PTK)は,顆粒状角膜変性症(granu-larcornealdystrophy:GCD)や帯状角膜変性(band-shapedkeratopathy:BSK)などの表層性角膜混濁により視機能が低下した症例にエキシマレーザーを照射することで混濁を蒸散させ,視機能の回復を図る手術である1).1990年頃より行われるようになり,国内では2010年以降,保険収載され(保険適用は角膜ジストロフィとBSKに限定),広く行われている.PTKは有用な手術であるが,その適応や手術法に注意が必要な症例もある.本稿ではPTKの適応,手技,成績,注意点などについて述べる.I適応PTKの適応というと,簡単に判断できると考えるかもしれないが,判断がむずかしい場合もある.実際,PTK手術目的で紹介されてくる症例には,まだ手術には早いと判断されるものがしばしばある.もっとも多いパターンは,GCDで顆粒状混濁が多発して強い混濁があり,PTK適応がありそうにみえるが,瞳孔領の顆粒状混濁の間に透明な領域がまだ十分残っている場合で,PTK適応にはまだ早い.透明な部分から十分に光が入り,視機能はそれほど低下していない(図1).加齢とともに顆粒間にすりガラス状の混濁が広がってきて,すりガラス状混濁が瞳孔領に占める面積が増えると,視機能への影響が大きくなり,PTKの適応となる(図2).BSKでは,瞳孔領の混濁の程度が手術適応の判断基準となる.ただし,石灰化が進行して表面より大きく突出しているような場合はPTKで切除することはむずかしく,用手的な切除をまず考える(図3).また,GCDやBSKの患者の多くが白内障年齢で,角膜混濁と白内障のそれぞれの視機能への影響を判断する必要のある場合が多いという点も,PTKの適応を考える際の問題点である.散瞳して白内障の程度をよく見きわめ,瞳孔領の角膜混濁の程度と白内障の程度を勘案して,どちらを手術するべきか,あるいは順次両者を手術するのかを判断する.さらに,PTKの適応に関するもう一つの問題点として,PTKで混濁が取れればすっかり視機能が正常になるわけではないことがある.PTKでは角膜中央の形状を変化させることや,不均一な混濁部分で術後に角膜形状が不整になることなどが術後視機能に影響するため,手術をすれば角膜混濁がほとんどなかった頃の見え方に戻れるというわけではないことを考慮し,また患者にも納得してもらったうえで,手術適応を判断する必要がある.II手術手技PTKでは,瞳孔を中心とした直径6.5~7mmの範囲内にエキシマレーザーを照射する.切除深度は各症例の混濁の深さ,分布を考慮して,症例ごとに考える.必要以上の切除は術後の遠視化や不正乱視を増やすので,必*ShiroAmano:井上眼科病院〔別刷請求先〕天野史郎:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(11)153図1顆粒状角膜変性症図2顆粒状角膜変性症の進行例顆粒状混濁の周りにすりガラス状混濁が出始めたところ.加齢とともに顆粒間にすりガラス状の混濁(→)が広がってPTK適応に迷う状態.この症例ではもうしばらく経過をくると視機能への影響が大きくなり,PTKの適応となる.みることとした.図3帯状角膜変性の進行例石灰化が進行して表面より大きく突出しているような場合はPTKで切除することはむずかしく,用手的な切除をまず考える.図4顆粒状角膜変性症の進行例a:PTK前.b:PTK後.顆粒状混濁の間にある表層性のすりガラス状混濁が視力低下の主因であるので,すりガラス状混濁の切除をめざす.10.10.010.010.1術前矯正視力図6PTK術前と術後6カ月の矯正視力の変化少数視力を対数軸で表示.顆粒状角膜変性症20眼,帯状角膜変性20眼にPTKを行ったデータ.約70%の症例で視力改善した.術後矯正視力図5Avellino角膜変性症表層の顆粒状混濁(.),その周囲に徐々に広がるすりガラス状混濁(.),それらより少し深層にある格子状混濁(→)など,形状・分布・深さがそれぞれ異なる複数種の混濁が混在している.PTKでは表層のすりガラス状混濁を除去すればよく,より深層にある格子状混濁は残してよい.図7PTK術後に発生したセントラルアイランド不正乱視から矯正視力を低下させる.等価球面度数変化量(diopters)PTKPTK+HPRK3210-1-24012345術後期間(月)図8顆粒状角膜変性症へのPTK術前後の屈折度数の変化量の推移PTK単独群では1.5diopter程度の遠視化がみられたのに対して,PTK+HPRK(Hyperopicphotorefractivekeratectomy)群ではほとんど術前から変化がなかった.(あたらしい眼科33:1159-1160,2016より転載引用)屈折ずれ(diopters)1.510.50-0.5-1-1.5SRK-THaigis-LShammasOKULIX図9PTK後眼への白内障手術時のIOL計算度数ずれの比較SRK-Tでは遠視側へのずれがあり,Haigis-Lなど他の方法を用いたほうがよいことが示唆された.(あたらしい眼科33:1159-1160,2016より転載引用)

LASIKとSMILE

2017年2月28日 火曜日

LASIKとSMILELaser-AssistedInSituKeratomileusis(LASIK)andSmallIncisionLenticuleExtraction(SMILE)井手武*はじめにLaser-assistedinsituKeratomileusis(LASIK)は大学の研修プログラムにも入っておらず,アカデミックな施設,基幹病院,診療所の先生方の多くが触れる機会の少ない術式の代表例である.角膜レーザー屈折矯正手術に対しては,眼科医のなかでもリテラシーのばらつきが大きく,これが社会や患者に混乱も引き起こしている.本稿が個人的な好みではなく,中立的な情報を患者・社会に伝えていただく一助になれば幸いである.さらに今後,角膜屈折矯正手術後の白内障患者も増えてきて対応に苦慮することも増えてくると考える.このあたりについても『あたらしい眼科』に書いたものがあるので参考にしていただけると幸いである1,2).今回はLASIKとさらに新しい術式であるSmallInci-sionLenticuleExtraction(SMILE)について記述する.「専門家が専門家のために」ではなく「専門家が一般的な眼科医のために」にという編集方針ということで,今回のターゲット読者はLASIKやSMILE手術を見たことが(ほとんど)ない先生方という設定にした.読んでいただいた後に,なんとなく手術の背景や違いを理解していただけるものになっていることをめざした.Iエキシマレーザーとフェムトセカンドレーザー研修医の頃に「どうしてYAGと網膜光凝固の光源や機械がひとつにできないのか?」と疑問に思ったことが思い出される.一口にレーザーといっても,光凝固,YAG,PDTなど馴染みのある治療でも単一のレーザーで対応できないことからわかるように,各レーザーの特性に応じた治療応用がなされている(図1).エキシマという用語は「励起された二量体(exciteddimer)」を短縮したものである.厳密には二量体とは2つの同種の分子やサブユニット(単量体)が物理的・化学的な力によってまとまった分子,または超分子のことをいうため,LASIKに使用される193nmのArFエキシマレーザーは本来の意味では二量体レーザーではないが慣用的に使われている.同じ紫外線波長領域でもKrFエキシマの発する248nmではDNA障害,XeClエキシマの発する308nmでは白内障原性があるなどの理由で,眼組織に利用するにあたり課題が残る.193nmの波長を発生するArFエキシマレーザーは周辺組織のダメージが少なく熱効果が少ないため,角膜手術に使われている.エキシマレーザーの生体相互作用は,photoablationという生体組織の分子間結合を切断・蒸散させる原理で角膜を切除する.1986年,Marshallらはエキシマレーザーを用いて角膜を面上に切除するPRK(photorefractivekeratectomy)を報告した.その後,1990年にはPallikarisらが角膜表層にフラップを作製し,角膜内部にレーザー照射を行うLASIKを報告し現在に至っている3).フェムトセカンド(fs)は日本語ではフェムト秒と表現される.フェムトとは生活のなかで馴染み深い単位*TakeshiIde:東京ビジョンアイクリニック阿佐ヶ谷〔別刷請求先〕井手武:〒166-0004東京都杉並区阿佐谷南3-58-1阿佐ヶ谷ダイヤ街1階東京ビジョンアイクリニック阿佐ヶ谷0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(3)145Intensity(W/cm2)Photodisruption1012109Photoablation106Vaporization10310010-3図1レーザーと生体反応レーザーと組織の相互作用は図のように5大別される.たとえば光凝固はCoagulation,PDTはPhotochemistry,Nd:YAGレーザーはPhotodisruptionという作用を利用したものである.本稿の角膜レーザー治療の中のLASIKとSMILEの理解に必要なレーザーはエキシマレーザーとフェムトセカンドレーザーである表1接頭辞MultiplesNamePre.xFactordeca-da101hecto-h102kilo-k103mega-M106giga-G109tera-T1012peta-P1015exa-E1018zetta-Z1021yotta-Y1024FractionsNamePre.xFactordeci-d10.1centi-c10.2milli-m10.3micro-μ10.6nano-n10.9pico-p10.12femto-f10.15atto-a10.18zepto-z10.21yocto-y10.24=N.A.(開口数)=nsinqN.A.が小さいレンズN.A.が大きいレンズ有効径が同じなら焦点距離が短いほうがN.A.が大きくなるN.A.が大きいと…スポット径を小さくできるが,焦点深度は浅くなるN.A.が小さいと…スポット径は大きくなるが,焦点深度が深くなる■焦点深度■スポット径図2開口数と焦点深度とスポットサイズ図3非常に短い焦点深度設定のフェムトセカンドレーザーアプラネーションのコーンが短いため鼻に当たっているのがわかる.ラップ内でも部位による厚み分布が異なるという問題点があった.しかし,FSレーザーの登場により,フラップ間,同一フラップ内でのばらつきが減り安定した質のフラップ作製が可能になった.フラップ作製のみならず角膜移植や角膜内リング,そしてフェムト白内障手術などにも適応が広がり普及をみている.しかし,このようなメリットを享受できるFSレーザーであるが,FSレーザーによるLASIK(以下,FSLASIK)手術に課題がないわけではない.以下にその課題を述べる.①スペース占有:マイクロケラトームと異なり基本的に移動ができない設置型であるため,手術室でスペースを占有する.②維持費:精密医療機器ということで定期的に保守が必要となり,かなりのコスト増となる.エキシマレーザーとFSレーザーの2台の維持費がかかるため,現在のLASIK症例減少という流れのなかでは手術による収入ではコストをまかないきれず,屈折矯正手術から撤退する施設も増えている.③神経切断の影響:LASIKに関する課題としては,神経切断の影響でドライアイなどの問題がある.④角膜強度への影響:角膜屈折矯正術者が術前にもっとも力を注ぐことのひとつは円錐角膜(疑い)のスクリーニングである.術前に問題なく見えていた症例でも,角膜拡張症が発生することを残念ながら完全には抑えられていない.⑤物理的外傷に対するリスク:稀とはいえ外傷でフラップずれなどを起こすことがある.したがって,格闘技などを行う患者にはフラップを作製しないPRKなどのサーフェスアブレーションを行うことが多かった.しかし,サーフェスアブレーションには痛み,感染のリスク,視力向上に時間がかかるなどの問題がある.IVSMILECarlZeiss社がVisuMaxFSレーザー単独で角膜屈折異常に対応する治療法を提案した.この新たな屈折矯正手術refractivelenticuleextraction(ReLEx)には,フラップを作製するfemtosecondlenticuleextraction(FLEx)と作製しないsmallincisionlenticuleextrac-tion(SMILE)が存在する.この両術式の売りはFSレーザーVisuMaxのみで屈折矯正手術が可能になったということである.両術式とも切除度数に相当するレンティクルをFSレーザーで作製するが,FLexではこのレンティクルを除去するためフラップを作製しリフトする.SMILEでは小切開創からレンティクルを抜き出す(図4).しかし,現在ではFLExにLASIKと比べたメリットがないため,SMILE手術がおもに行われている.FSLASIKの①.⑤の問題点に関してReLexSMILEではどのようになっているのか.①スペースの課題と②維持費の課題SMILE単独施行施設であればこの二つの問題は解決される.再手術時にもVisuMaxレーザーで再度薄いレンティクルを作製して屈折矯正手術を行う方法もあるが,現時点ではまだ研究段階である.したがって,術後残存屈折異常や度数の戻りなどがある場合には,PRKもしくはSMILE後の上皮側の実質キャップをフラップに変えるCIRCLE術式でフラップを持ち上げてからエキシマレーザーでの微調節が必要となる.したがって,エキシマレーザーの必要性が残りスペースや維持費の問題が完全に解決されるわけではない.③神経切断の課題SMILE手術ではレンティクルを除去するための開口部は2.4mmの切開創のみである.一方,LASIKではおおよそ20mmの切開創である.つまりSMILEではLASIKに比べて80.90%も切開創長を削減できる(図5).FLEx手術に関してはLASIKと同じくフラップ作製のために長いサイドカットが行われるが,SMILEではサイドカットが短いためレンティクルの上皮側を通る神経については温存されることになる(図6).LASIK術後はドライアイや不快感などを患者が訴えることがある.このような症状はフラップ作製やレーザー照射時に角膜神経が切断されることによるといわれており,涙液の質と量を低下させるのみならず,上皮の創傷治癒も遅らせる可能性があるといわれている4).動物実験ではSMILE後のほうがLASIK後よりも神経ダメージが少なく神経再生も早いとの報告もある5).症例研究においてもSMILEにおいてはエキシマレーザー照射やフラップ作製が必要ないため,術後ドライアイ148あたらしい眼科Vol.34,No.2,2017(6)ReLExsmileSmallIncisionLenticuleExtractionReLEx.exFemtosecondlenticuleextractionFemto-LASIKLaserin-situkeratomileusis図4SMILEFLExSMILE手術概要(CarlZEISSより転載引用)a.LASIKb.SMILE図5LASIKとSMILEの切開創の長さ比較図6角膜神経への各手術の影響(CarlZEISSより転載引用)7表2レーザー角膜屈折矯正手術の発展フラップ作製なしマイクロケラトームFSレーザーFSレーザーなし上皮.離ありなしなしなしなし角膜形状変化エキシマレーザーエキシマレーザーエキシマレーザーFSレーザーFSレーザー必要手術機器数・スペース・維持費12211角膜神経切断少ない多い多い多い少ない術後痛み多い少ない少ない少ない少ない角膜強度低下少ない多い多い多い少ない(?)フラップ作製・外傷リスクなしありありなしなし遠視・カスタム治療対応ありありありなしなし再手術時に同手術が可能か?可能可能可能エキシマが必要エキシマが必要1stGeneration2ndGeneration3rdGenerationPRKLASIKSMILE図7主要な手術の概要と構造的強度-

序説:眼科におけるレーザー治療

2017年2月28日 火曜日

眼科におけるレーザー治療VariousLaserTherapiesinOphthalmology村田敏規*山下英俊**眼科におけるレーザー治療を網羅する特集を組むことになり,内容を複数の眼科医で相談しました.ところが,各眼科医が思い浮かべるレーザーはその専門により大きく異なることに驚きました.多くのレーザーは,形容詞をつけずにただレーザーとよばれることが多く,前眼部の専門家はLASIKに始まる屈折矯正手術を念頭にレーザーを語り始め,緑内障の専門家は線維柱帯形成術をレーザーという言葉で語る.そして,大半の眼科医は,汎網膜光凝固を頭に浮かべながらその話を聞いている.全員がレーザーという言葉で違うレーザーを語っていることを,お互いに気づくまでにしばらく時間がかかりました.本特集では,全員で思いついたすべてのレーザーを網羅しているので,眼科におけるレーザーの現状を整理できていると自負しています.しかも,各分野の第一人者の先生方に原稿の執筆をお願いできたことは,本特集の価値をきわめて高いものとしてくれました.話は飛びますが,この数年,眼科医を志す医学部生の減少が底を打って,少し増加に転じているという印象をもっています.これは,人工知能(AI)の発達で20年後には失われているかもしれない職業として,診断学をおもな業務とする医師が含まれる可能性が,学生の間ではささやかれていることが一因だそうです.2016年8月,人工知能Watsonが60代の女性患者の正確な白血病の病名をわずか10分で見抜いただけでなく,病名から割り出した適切な治療法によって患者の命を救った,と東京大学医科学研究所が発表しました.医師がすべての医療情報を把握するのは限界があり,AIによる診断と治療方法のアドバイスのほうが遥かに正確になる可能性が指摘されています.今の医学部の学生には,医師免許を取るだけでは足りず,手に職を,つまり人工知能に負けない医師になろうという気概があるようです.手に職をつけるという意味では,眼科では大きくレーザーと手術の2分野が重要になると考えられます.手術に関して,眼科はダビンチや3Dシステムを使わないのかと指摘を受けます.しかし,眼科手術は局所麻酔が前提です.まわりのものが静止している環境でどんなに精密に動いてくれる機械でも,それを遥かにこえる眼球運動がある環境では使えません.局所麻酔だからこそ,本日初診の網膜.離を今晩には手術することが可能であり,その視力を救えます.全身麻酔前提の技術であれば,その手術機械は眼科手術にはなじみません.一方レーザーは,屈折矯正の分野ではコンピューターなしにはレーザーを使えないレベルに発達して*ToshinoriMurata:信州大学医学部眼科学教室**HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座0910-1810/17/\100/頁/JCOPY(1)143

髄膜炎を併発し虫体の移動を網膜で観察できた眼トキソカラ症の1例

2017年1月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(1):132.135,2017c髄膜炎を併発し虫体の移動を網膜で観察できた眼トキソカラ症の1例清水俊輝*1目取真興道*1澤口昭一*1當眞弘*2*1琉球大学医学部眼科学教室*2琉球大学大学院医学研究科寄生虫・免疫病因病態学講座ACaseofOcularToxocariasisAssociatedwithMeningitisToshikiShimizu1),KodoMedoruma1),ShoichiSawaguchi1)andHiromuToma2)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,2)DepartmentofParasitologyandImmunopathoentomalogy,GraduateSchoolofMedicine,UniversityoftheRyukyus症例は38歳,男性.発熱し,その後頭痛,後頸部痛を主訴に内科,整形外科を受診するも原因不明であった.発症3週間後に右眼視力低下を自覚し,近医眼科を受診したところ,黄斑部を移動する虫体を観察したため琉球大学眼科へ緊急紹介された.当科初診時,虫体は周辺網膜へ移動していた.犬を飼育していたため眼トキソカラ症を疑い,血清のToxocaraCHEKを行ったところ陽性であった.虫体はその後,乳頭付近で白色の隆起性病変となり活動を止めた.髄膜炎を併発し,眼底検査で虫体の移動から白色病変形成までの一連の経過を観察できたまれな1症例を報告する.A38-year-oldmaleexperiencedfever,followedbyheadacheandbackneckpain.Hevisitedaphysicianandanorthopedist,withoutachievingade.nitivediagnosis.Threeweeksafterthefever,hisrightvisualacuitydecreasedandheconsultedanearbyophthalmologist.Amovingparasiticwormwasdetectedaroundthemaculararea.Hewassenttoourhospitalimmediatelyandaparasiticwormwasfoundintheperipheralretina.Sincethepatientwaskeepingdogs,weexaminedhisserumforToxocaraCHEKandobtainedapositiveresult.Movementofthewormgraduallydiminishedandawhitishelevatedlesionappearedneartheopticnervehead.WeherereportarareobservationoftheparasiticwormofToxocaracanis,whichbeganwithactivemovementandulti-matelyformedatypicalwhitishelevatedlesionintheretina.Thepatient’sconditionwassimultaneouslyassociatedwithmeningitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(1):132.135,2017〕Keywords:眼トキソカラ症,髄膜炎,虫体の網膜移動,トキソカラチェック.oculartoxocarasis,meningitis,movingparasiteworm,ToxocaraCHEK.はじめにトキソカラ症はイヌ回虫やネコ回虫の幼虫による人畜共通感染症である1,2).幼小児に比較的頻度が高いが,近年,生肉の摂取やペットブームにより成人における報告例も増えている1,2).眼移行型と内臓移行型に分類され,眼移行型は眼トキソカラ症とよばれ,通常片眼性のぶどう膜炎で発症し1.4),多くの症例で網膜内に境界不鮮明な白色腫瘤を認める5,6).しかしながら網膜内で虫体が生存し移動するのを観察したという報告は筆者らの知る限りではない.今回,網膜内を活発に移動し,特徴的な白色腫瘤の形成までの一連の病態を継続的に観察できた眼トキソカラ症の非常に珍しい1症例を経験した.一般的に眼移行型と内臓移行型はそれぞれ単独で発症し,併発することはまれである6)が,本症例では髄膜炎との併発を認めており,その臨床経過も併せて報告する.I症例患者:38歳,男性.主訴:発熱,右眼視力低下.既往歴・家族歴:特記すべきことなし.〔別刷請求先〕目取真興道:〒903-0125沖縄県中頭郡西原町上原207琉球大学医学部眼科学教室Reprintrequests:KodoMedoruma,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityoftheRyukyus,207Uehara,Nishihara-cho,Nakagami-gun,Okinawa903-0125,JAPAN132(132)生活歴:海外渡航歴なし.自宅屋外で成犬を飼育している.会社員で農業従事歴なし.最近2年間は生肉の摂食なし.現病歴:38℃台の発熱が4日間継続し,解熱した.解熱翌日より頭痛と後頸部痛が出現したため内科,整形外科を受診したが原因不明であった.解熱から2週間後に右眼視力低下し,数日経過しても改善せず近医眼科を受診した.眼底検査で右眼黄斑部に移動する虫体を確認したため,同日緊急で琉球大学眼科(以下,当院)紹介となった.初診時所見:視力は矯正で右眼(0.2),左眼(1.0),眼圧は左右とも16mmHg.右前房内および硝子体腔に少数の炎症性細胞が観察された.対光反応は両眼とも正常で,瞳孔径は左右差なく3mm.眼底検査では黄斑部に虫体を認めず,注意深く観察したところ,周辺鼻側網膜に動き回る虫体が確認できた(図1).虫体はおよそ2乳頭径(300.400μm)の長さであった.全身検査所見:血液検査では好酸球優位の白血球増加(表1),また髄液検査では初圧が300mmH2Oと上昇し,好酸球による細胞増多もあり(表1),髄膜炎と診断された.経過:虫体が観察されたため,当院寄生虫学講座と協力し診療を行った.虫体は前医では黄斑部に観察されたが,当院では周辺網膜に移動し,活発に網膜内を動き回っていた.3時間ごとに観察を行ったが,3回目の観察時(初診より9時間後)頃から活動性は低下し,動きは緩徐になった.初診2日後には虫体は視神経乳頭縁の鼻下側に停止し,虫体周囲に網膜浮腫が出現した.網膜浮腫は次第に白色化し,初診3日後には白色腫瘤が形成された(図2).蛍光眼底造影検査では乳頭上方・鼻下側さらに耳側周辺網膜に多発する蛍光漏出像が観察された(図3).初診3日後に光干渉断層計(OCT)で撮影したところ,黄斑部の視細胞内層・外層接合部(IS-OSline),錐体外層チップ(COSTline),さらに外境界膜の消失・不整,中心窩網膜の菲薄化を認めた(図4).白色腫瘤部のOCT撮影で虫体に一致した円形の物体を観察した(図5).Goldmann視野測定ではMariotte盲点(マ盲点)の拡大と中心暗点を認めた(図6).複数の虫体感染の可能性を考慮し,胸・腹部の造影コンピュータ断層撮影(CT)による精査を行ったが特記すべき所見はなかった.クラス0で抗体陰性を,クラス4で強陽性を示す寄生虫抗体スクリーニング法ではイヌ糸状虫ではクラス1(偽陽性反応)であり,イヌ回虫を含めてそれ以外はすべて陰性であった(表2).糞線虫は直接法,集卵法,培養のいずれも陰性であった.50倍希釈した血清でToxocaraCHEKが陽性であったが,希釈なしの患者前房水と飼育しているイヌの糞便は陰性であった.Toxo-caraCHEK陽性の結果から眼トキソカラ症と診断し,駆除剤のクエン酸カルバマジン内服とベタメタゾン点眼を併用し治療を行った.当科初診から2週間後には硝子体の炎症細胞は消失した.その後,視力は6カ月後に矯正で0.4まで改善図1眼底を動く虫体周辺部鼻側網膜に活発に移動する虫体が観察された.→:活発に動くトキソカラ虫体.表1患者血清と脳脊髄液の検査結果白血球11,500103/μl髄圧(初圧)300mmH2O赤血球426104/μl総蛋白(髄液)133mg/dl好塩基球2.1%糖(髄液)39mg/dl好酸球26.5%細胞数(髄液)1,290/μl好中球51.3%髄液(多核球:単核球)593:697リンパ球15%髄液(好酸球:好塩基球)93:07:00単球CRP総蛋白Alb血糖4.7%0.01mg/dl6.6g/dl4.5g/dl166mg/dl血清では白血球の増加,とくに好酸球の増加が認められる.脳脊髄圧は上昇し,細胞数の増加,好酸球の増加を認める.図2眼底写真乳頭鼻側に乳頭に隣接する白色の隆起性病巣が認められる.図3蛍光眼底造影写真鼻側乳頭に接する蛍光漏出,円形(乳頭に隣接)の乳頭大の蛍光漏出,乳頭上方から耳側周辺網膜部に至る軽度の蛍光漏出像が観察される.図4黄斑部のOCT像IS-OSline,COSTline,外境界膜の消失・不整と黄斑中心窩網膜の菲薄化が観察される.図6Goldmann視野検査Mariotte盲点の拡大と比較中心暗点が測定された.図5乳頭鼻側の白色隆起性病変のOCT像虫体に一致した円形の病変が観察される.表2寄生虫抗体スクリーニング法の結果寄生虫判定(クラス)線虫イヌ糸状虫1イヌ回虫0ブタ回虫0アニサキス0顎口虫0糞線虫0吸虫ウエステルマン肺吸虫0宮崎肺吸虫0肝蛭0条虫肝吸虫0マンソン孤虫0有鉤条虫0クラス0は抗体陰性を,クラス1は偽陽性を示す.し,マ盲点および中心暗点は縮小した.初診時消失・不整であったIS-OSline,COSTline,外境界膜は次第に改善し,眼底写真およびOCT所見で白色腫瘤および虫体も縮小傾向を認めた.II考按網膜内を活発に移動し,髄膜炎を併発したまれな眼トキソカラ症の1例を経験した.寄生虫抗体スクリーニング検査でイヌ回虫は陰性であったが,血清50倍希釈を用いたToxo-caraCHEKが陽性であり最終診断とした.寄生虫抗体スクリーニング検査はイヌ回虫の成虫抗原を用いて検査する.一方ToxocaraCHEKは幼虫抗原に対する検査である.人体は終宿主でないため幼虫として寄生することから,このような結果になったと考えられる.本症の診断確定には虫体を病理組織学的に証明する必要があり,眼球摘出や硝子体手術など2,7)の侵襲的な処置が必要となり,強い硝子体混濁・網膜.離などが認められない場合,患者の同意を得ることはむずかしい.今回,侵襲を考慮し虫体の摘出や硝子体液の採取・検査は行わなかった.診断には免疫学的検査が中心となりELISA法,ToxocaraCHEK法が用いられる.ToxocaraCHEK法は特異度が高く,その手技もELISA法に比べて簡便である8,9),一方で不顕性感染患者も0.7.6.1%存在し,厳密には血清とともに眼内液も検査すべきである6,8,9).理由は不明であるが,トキソカラ症は眼移行型と内臓移行型がそれぞれ別個に単独で発症し,同一患者で併発することはまれである4.6).通常片眼発症であるが,永田ら6)は両眼性の本症を報告し,複数虫体による眼移行型と内臓移行型の併発する可能性を報告した.今回の症例も眼症状を発症する3週間前に発熱,頭痛,後頸部痛があり,髄液圧の上昇,好酸球優位の髄液細胞増多から髄膜炎と診断された.残念ながら造影CTでは明らかな異常が観察されず単独か複数虫体によるものかは断定できない.眼内への移行経路としては,経口摂取した虫卵が血行性に①網膜中心動脈より網膜・硝子体へ,②毛様体動脈から脈絡膜へ,③大脳から直接視神経を介して迷入・侵入の3つの経路が考えられているが2),眼内迷入の多い理由は不明である2).本症例では,髄膜炎の発症から眼症状出現までの時間経過を考えると③番目の経路の可能性も否定できない.眼トキソカラ症で,虫体が移動した軌跡を示唆する報告がある10)が,生存する虫体の確認,白色腫瘤の形成,腫瘤内の虫体の変性・縮小をその時間経過を追って観察した報告はない.眼内に侵入した虫体は本症例のように一時的に網膜内を移動していることが予想されるが,ほとんどの報告はすでに虫体が白色腫瘤を形成した後で診断される.また,本症例のように虫体は移動しており,見逃さないためには注意深く眼底検査を行う必要がある.トキソカラ症の病態に,死滅した虫体の抗原に対する免疫反応,過敏反応が考えられ2),治療法としてトリアムシノロンのTenon.下注射,ステロイド内服・点眼,駆虫剤の併用2,3),さらにステロイド治療に反応しない場合は硝子体手術が考慮される3).本症例では初診時炎症所見は軽微であったが,矯正視力は0.2と不良であった.炎症のみではこの視力低下の説明はできず,視神経経由で移動した虫体による視神経炎の可能性や,虫体の活発な移動に伴う物理的障害がOCT画像における網膜障害をきたし,視野検査で中心部の比較暗点を生じたものと推定した.なお感染源は不明である.〔稿を終えるにあたりトキソカラの免疫学的検査に関し,ご協力いただいた東京医科歯科大学医学部・医動物学教室.赤尾重明先生に深謝申し上げます〕文献1)下長野由佳:眼トキソカラ症.眼科プラクティス16.眼炎症性疾患診療のこれから,p102-105,文光堂,20072)臼井正彦:眼感染症─最近の知識24.イヌ回虫幼虫症.眼科33:1411-1419,19913)伊東宗子:眼トキソプラズマ症・トキソカラ症抗生物質眼注,劇症型の対応など.あたらしい眼科29:1325-1330,20124)横井克俊,坂井潤一:眼トキソカラ症.眼科診療プラクティス47.感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療,p46-49,文光堂,19995)鬼木信乃夫:眼トキソプラズマ・眼トキソカラ症.あたらしい眼科11:25-33,19946)永田真裕子,池脇淳子,木許賢一ほか:不明熱を伴った眼トキソカラ症の1例.臨眼61:1901-1904,20077)伊集院信夫,志水敏夫,福原潤ほか:硝子体手術により虫体が証明されたoculartoxocarasisの1例.臨眼53:1305-1307,19998)田口千香子,杉田直,棚成都子ほか:眼トキソカラにおけるToxocaraCHEKの有用性.臨眼54:841-845,20009)鈴木崇,上甲武志,陳光明ほか:眼トキソカラ症の診断におけるトキソカラチェックの有用性.あたらしい眼科22:263-266,200510)富井隆夫,池田照明:虫跡と思われる軌跡を認めた眼トキソカラ症の1例.眼科41:777-782,1999***