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緑内障の疫学

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1285?1291,2016緑内障の疫学EpidemiologyofGlaucoma藤原康太*はじめに眼科疫学の目標は眼科疾患の予防,視機能の維持,qualityofvision(QOV)の向上である.失明原因を地球規模でみてみると,2010年全年齢層では白内障(38.6%),屈折異常(19.9%),加齢黄斑変性(4.9%),緑内障(4.4%)の順となっている1,2).1990年と比較すると,白内障の割合は減少し,屈折異常は横ばいだが,加齢黄斑変性,緑内障の割合は増加しており,日本を含む先進国の地域においても同様の傾向を認めている.わが国の視覚障害の第1位は緑内障であり,緑内障は加齢とともに有病率が高くなることが報告されている3).緑内障は失明や視覚障害の原因となり,高齢化が進むわが国では今後さらに増加することが懸念されるため,緑内障の有病率,罹患率を疫学研究で検討することが重要である.また,緑内障は遺伝的素因をもつ多因子疾患であると考えられ,その危険因子や防御因子を明らかにすることも必要である.これまでに地域一般住民を対象とした多数の有病率研究が世界のさまざまな地域で行われ,緑内障の危険因子が調査されており,緑内障は人種差,地域差を認めることが示されている.対象とする集団によって人種や生活習慣が異なるため,それぞれの人種におけるpopulation-basedの研究が行われる必要がある.本稿では,これまで報告されてきた緑内障疫学研究の結果に基づいて,緑内障の有病率,罹患率と主な危険因子について述べる.I緑内障の診断緑内障の有病率を検討するうえで,国や地域が異なっていても比較が可能となるような統一された国際基準が必要である.1998年にFosterらがInternationalSocietyofGeographicalandEpidemiologicalOphthalmology(ISGEO)の診断基準を提唱し,現在では疫学的緑内障診断のグローバル・スタンダードとなっている4).これまでにISGEOに準じたpopulation-basedの緑内障研究が多数報告されている.わが国においても多治見スタディ,久米島スタディが実施され,わが国における緑内障疫学研究の基盤となっている.ISGEOの診断基準によると,疫学的な緑内障とは特徴的な構造異常を伴う視神経障害と,それに関連する視野障害によって規定される(表1)4).視神経乳頭の構造的異常である垂直cupto-discratio(C/D比)とこれの左右差の定義は,表1のカテゴリー1では正常人(視野異常のない者)の97.5パーセンタイル値,カテゴリー2では正常人の99.5パーセンタイル値が用いられている.アジア3カ国の正常人の垂直C/D比の97.5パーセンタイル値は,およそ0.7となることが示されており,多治見スタディ,久米島スタディでもこの値が診断基準として用いられている.ISGEOの視野障害の基準は,Humphrey24-2全点閾値検査を用いて緑内障半視野テストが正常範囲外,かつパターン偏差の確率プロット上で<5%が3点以上近接するところとしている.これは1999年にAndersonらが報告した基準(表2)とよく合致する5).緑内障有病率を算出するためには,対象者すべてに視野検査を施行することが望ましい.しかし,ほとんどの研究では,緑内障の視神経乳頭評価や簡易視野検査を行い,そのなかで緑内障疑いとなった者を対象として視野検査を実施することで緑内障の診断を行っている.II原発開放隅角緑内障の有病率と危険因子有病率とは,ある時点でどのぐらいの緑内障患者がいるのかを表すものである.原発開放隅角緑内障(primaryopen-angleglaucoma:POAG)の有病率を算出するために,世界各地でpopulation-basedの研究が行われている.Population-basedの研究は選択バイアスを少なくすることで,信頼性のある有病率を算出できるといった利点がある.さらに,その対象集団が母集団を反映するための十分な受診率(70%以上)を達成している必要もある.近年では複数の研究結果を統合したメタ解析も散見されるようになった.このメタ解析とは,疾患との関連をみた複数の研究結果を再解析し,より精度の高い結果を得るために行われる解析である.POAGの有病率研究を行った世界の50報(受診率70%以上)を統合したメタ解析では,40~80歳の有病率はアフリカ4.20%(95%信頼区間2.08~7.35),ヨーロッパ2.51%(95%信頼区間1.54~3.89),わが国を含むアジア2.31%(95%信頼区間1.44~3.44)となり,黒人で高くなることが示されている6).多治見スタディの3.9%(正常眼圧緑内障3.6%)と比較すると,日本人の有病率も高いことは明らかである.世界的にも緑内障の有病率は年々高くなる傾向にあり,2040年までに世界で1.2億人まで達することが推測されている.危険因子と疾患の関連性はオッズ比で表わされ,これは疫学研究でよく用いられる統計学的指標である.メタ解析からの報告では,POAGの危険因子は加齢(オッズ比1.73,95%信頼区間1.63~1.82),男性(オッズ比1.36,95%信頼区間1.23~1.52),都市(オッズ比1.58,95%信頼区間1.19~2.04)であった.アジア23報のメタ解析(受診率70%以上,ISGEOに準じた診断基準)では加齢(オッズ比1.20,95%信頼区間1.39~1.63),男性(オッズ比1.37,95%信頼区間1.17~1.59),都市(オッズ比2.11,95%信頼区間1.57~2.38)が危険因子となり,同様な結果が得られている7).POAGは人種差があるが,居住地でも有意差を認めることから,遺伝的なものだけでなく環境要因の影響も受けることが示唆される.また,この他の危険因子として明らかとなっているのは,眼圧上昇,近視,家族歴などである(表38?31),432?47)).このように,新たな危険因子,防御因子を解明し,多数の疫学データを蓄積することが,病因や病態解明には重要である.III原発閉塞隅角緑内障の有病率と危険因子原発閉塞隅角緑内障(primaryangle-closureglaucoma:PACG)の疫学的診断は,ISGEOの緑内障診断基準に加え,隅角の閉塞所見を伴うことで診断される.PACGの有病率研究50報(受診率70%以上)を統合したメタ解析では,40~80歳の有病率はアフリカでは0.60(95%信頼区間0.16~1.48),ヨーロッパ0.42%(95%信頼区間0.13~0.98),わが国を含むアジア1.09%(95%信頼区間0.43~2.32)となっている.これは,アジアは世界的にみてもPACGの有病率が高いことを示している6).アジアにおいてはPACGの有病率が高く,症例数も多くなることからPACGの危険因子を調査した研究報告が散見される.しかし,ほとんどの研究ではPACGのみではなく原発閉塞隅角症(primaryangle-closure:PAC)を含めて検討しており,PACGのみの危険因子の報告は稀有である.アジア23報のメタ解析(受診率70%以上,ISGEOに準じた診断基準)では,PACGの危険因子(PACを含む)として加齢(オッズ比2.18,95%信頼区間1.89~2.54)と女性であることが報告され,POAGとは危険因子が異なることが示されている7).さらに地域別では,わが国を含む東アジアにおいて有意にオッズ比が上昇することが明らかとなっている(オッズ比5.55,95%信頼区間1.52~14.73).わが国においても多治見スタディでは0.63%(95%信頼区間0.35~0.91),久米島スタディでは2.18%(95%信頼区間1.76~2.70)と有病率が異なり,同一国内においても地域差があることが確認されている16,17).IV緑内障の罹患率一定期間に緑内障がどの程度発症するかを表したものが累積罹患率である.横断研究では危険因子との因果関係を述べることが困難となる場合もある.そのため,眼科的因子や全身因子と緑内障との関連を明らかにするためには追跡研究が有用であり,それにより明確に因果関係を述べることが可能となる.しかし,対象者を長年にわたり追跡することは容易ではなく,コホート(一定期間,追跡される対象集団)として追跡するためのシステムを構築することが必須である.緑内障の発症率は多数の疫学研究で検討されているが,ISGEOの基準に沿って診断されているものはほとんどない.そのなかでISGEOに準拠し,40歳以上を対象にしたインドでのPOAGの6年累積罹患率は2.9%(95%信頼区間2.4~3.4)であることが示されている48).また,この研究におけるPOAGの危険因子は,加齢(オッズ比2.3,95%信頼区間1.4~3.7),眼圧上昇(オッズ比2.0,95%信頼区間1.5~2.6),眼軸長(オッズ比1.5,95%信頼区間1.0~2.2),近視(オッズ比1.7,95%信頼区間1.1~2.5),高血圧(オッズ比0.6,95%信頼区間0.4~0.9)であった.アジア以外での追跡研究(表549?52)と比較すると,加齢や眼圧上昇の報告はあるが,その他に関しての結果は一致していない.このように罹患率の報告は多くなく,わが国においてもISGEOの診断基準に沿った追跡研究の報告はない.他地域のデータを参考にすることはできるが,人種や環境が異なるため参考に留めるべきである.日本人の罹患率とその危険因子や防御因子を明らかにする必要がある.V久山町の緑内障関連の疫学研究1998年より九州大学大学院医学研究院眼科学教室は久山町研究に携わり,40歳以上の地域一般住民を対象とした眼科疾患の疫学調査に参加している.10年以上にわたり健診を継続させることで,population-basedの追跡データを収集し,眼科疾患の有病率や罹患率,さらには詳細な全身状態の情報と眼科疾患との関連を検討し,報告されたデータから住民の健康増進や眼科疾患の病態把握に貢献している.検診内容は眼底写真による緑内障や網膜症のスクリーニングとともに,眼圧測定を毎年実施している.さらに5年ごとの一斉検診では細隙灯検査も併せて行っている.これまでに,落屑緑内障と密接に関係する偽落屑症候群の有病率は3.4%であることを報告し,その危険因子が加齢と高血圧であることを報告している53).今後はISGEOの診断基準に基づいた緑内障の診断を行い,population-basedの追跡データを使用し,緑内障についても継続した追跡研究を行う予定である.VI全身因子と眼圧緑内障の追跡研究でも明らかとなっているように,眼圧上昇は緑内障発症の危険因子であり,また緑内障進行の危険因子でもある.緑内障診療においても,眼圧は重要な治療パラメーターの一つである.しかしながら,人種や地域,測定方法が異なる疫学研究の報告では研究間での眼圧値にばらつきを認め,さらに日内変動や日間変動,眼圧測定機器の影響も受けるので,研究間で眼圧値自体を比較することは困難である.眼圧は加齢の影響を受けることが知られており,眼圧の経年的変化を調査したBeijingEyeStudyでは加齢とともに眼圧は下がることを報告しているが,研究間で結果が異なるため見解は一致していない.多治見スタディでは眼圧と関連する因子として,年齢,bodymassindex(BMI),平均血圧,糖尿病の既往,屈折,角膜厚,等価球面値を報告し,久米島スタディでは年齢,BMI,収縮期血圧,糖尿病の既往,等価球面値,角膜厚,眼軸を報告している.このように,眼圧は主として眼科的要因の影響を受けるが,高血圧,糖尿病,脂質異常症,肥満などの心血管病のリスクファクターとも関連することも示されており,眼科的要因のみならず全身状態の影響も受けると考えられる54,55).さらに緑内障は正常な眼に比べ,全身因子の影響を受けやすいことも報告されている.肥満,高血圧,糖尿病,脂質異常などの病態でインスリン抵抗性が増大することが確認されているが,インスリン抵抗性と眼圧との関連を検討した報告は少ない.インスリン抵抗性は糖代謝におけるインスリンの作用不全を示した概念であり,内臓脂肪蓄積による肥満や2型糖尿病の成因と密接に関係している.また,インスリン抵抗性の増大は高インスリン血症をきたし,血管内皮障害を引き起こすことで動脈硬化の原因ともなる.2007年の久山町研究では,インスリン抵抗性と眼圧との関連を検討している.眼圧と関連する因子である年齢,性別,収縮期血圧,糖尿病,総コレステロール,HDLコレステロール,BMI,腹部肥満,喫煙習慣,飲酒習慣,運動習慣の影響を調整した多変量解析の結果,インスリン抵抗性の代用指標であるHOMA-IR(homeostasismodelassessmentofinsulinresistance)の増大は眼圧上昇と有意な関連があることを認めた56).このことから,インスリン抵抗性はこれらの因子とは独立した眼圧上昇の危険因子であることが明らかとなった.インスリン抵抗性が緑内障の危険因子となるかは定かではないが,今後の研究に期待される.VII今後世界的にみても緑内障は失明や視覚障害の主要な原因であり,わが国においても同様である.正常眼圧緑内障や閉塞隅角緑内障が多いとされる日本人を対象とした疫学研究や,緑内障の追跡研究が今後さらに必要とされるだろう.文献1)BourneRR,JonasJB,FlaxmanSRetal:Prevalenceandcausesofvisionlossinhigh-incomecountriesandinEasternandCentralEurope:1990-2010.BrJOphthalmol98:619-628,20142)JonasJB,GeorgeR,AsokanRetal:PrevalenceandcausesofvisionlossinCentralandSouthAsia:1990-2010.BrJOphthalmol98:592-598,20143)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety.TheprevalenceofprimaryopenangleglaucomainJapanese:theTajimiStudy.Ophthalmology111:1641-1648,20044)FosterPJ,BuhrmannR,QuigleyHAetal:Thedefinitionandclassificationofglaucomainprevalencesurveys.BrJOphthalmol86:238-242,20025)AndersonDR,PatellaVM:AutomatedStaticPerimetry.2nded.St.Louis,Mosby,p121-190,19996)ThamYC,LiX,WongTYetal:Globalprevalenceofglaucomaandprojectionsofglaucomaburdenthrough2040:asystematicreviewandmeta-analysis.Ophthalmology121:2081-2090,20147)ChanEW,LiX,ThamYCetal:GlaucomainAsia:regionalprevalencevariationsandfutureprojections.BrJOphthalmol100:78-85,20168)HeM,FosterPJ,GeJetal:PrevalenceandclinicalcharacteristicsofglaucomainadultChinese:apopulationbasedstudyinLiwanDistrict,Guangzhou.InvestOphthalmolVisSci47:2782-2788,20069)LiangYB,FriedmanDS,ZhouQetal:PrevalenceofprimaryopenangleglaucomainaruraladultChinesepopulation:theHandaneyestudy.InvestOphthalmolVisSci52:8250-8257,201110)QuW,LiY,SongWetal:Prevalenceandriskfactorsforangle-closurediseaseinaruralNortheastChinapopulation:apopulation-basedsurveyinBinCounty,Harbin.ActaOphthalmol89:e515-e520,201111)SongW,ShanL,ChengFetal:Prevalenceofglaucomainaruralnorthernchinaadultpopulation:apopulationbasedsurveyinkailucounty,innermongolia.Ophthalmology118:1982-1988.201112)SunJ,ZhouX,KangYetal:Prevalenceandriskfactorsforprimaryopen-angleglaucomainaruralnortheastChinapopulation:apopulation-basedsurveyinBinCounty,Harbin.Eye(Lond)26:283-291,201213)WangYX,XuL,YangHetal:PrevalenceofglaucomainNorthChina:theBeijingEyeStudy.AmJOphthalmol150:917-924,201014)ZhongH,LiJ,LiCetal:TheprevalenceofglaucomainadultruralChinesepopulationsoftheBainationalityinDali:theYunnanMinorityEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci53:3221-3225,201215)HeJ,ZouH,LeeRKetal:Prevalenceandriskfactorsofprimaryopen-angleglaucomainacityofEasternChina:apopulationbasedstudyinPudongNewDistrict,Shanghai.BMCOphthalmology15:134,201516)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TajimiStudyGroup,JapanGlaucomaSociety.TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsecondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,200517)SawaguchiS,SakaiH,IwaseAetal:Prevalenceofprimaryangleclosureandprimaryangle-closureglaucomainasouthwesternruralpopulationofJapan:theKumejimaStudy.Ophthalmology119:1134-1142,201218)YamamotoS,SawaguchiS,IwaseAetal:Primaryopenangleglaucomainapopulationassociatedwithhighprevalenceofprimaryangle-closureglaucoma:theKumejimaStudy.Ophthalmology121:1558-1565,201419)KimCS,SeongGJ,LeeNHetal:Prevalenceofprimaryopen-angleglaucomaincentralSouthKoreatheNamilstudy.Ophthalmology118:1024-1030,201120)GarudadriC,SenthilS,KhannaRCetal:PrevalenceandriskfactorsforprimaryglaucomasinadulturbanandruralpopulationsintheAndhraPradeshEyeDiseaseStudy.Ophthalmology117:1352-1359,201021)VijayaL,GeorgeR,BaskaranMetal:Prevalenceofprimaryopen-angleglaucomainanurbansouthIndianpopulationandcomparisonwitharuralpopulation.TheChennaiGlaucomaStudy.Ophthalmology115:648?654,e1,200822)RaychaudhuriA,LahiriSK,BandyopadhyayMetal:ApopulationbasedsurveyoftheprevalenceandtypesofglaucomainruralWestBengal:theWestBengalGlaucomaStudy.BrJOphthalmol89:1559-1564,200523)ThapaSS,PaudyalI,KhanalSetal:Apopulation-basedsurveyoftheprevalenceandtypesofglaucomainNepal:theBhaktapurGlaucomaStudy.Ophthalmology119:759-764,201224)PakravanM,YazdaniS,JavadiMAetal:ApopulationbasedsurveyoftheprevalenceandtypesofglaucomaincentralIran:theYazdeyestudy.Ophthalmology120:1977-1984,201325)SiaDI,EdussuriyaK,SennanayakeSetal:Prevalenceofandriskfactorsforprimaryopen-angleglaucomaincentralSriLanka:theKandyeyestudy.OphthalmicEpidemiol17:211-216,201026)FosterPJ,OenFT,MachinDetal:TheprevalenceofglaucomainChineseresidentsofSingapore:across-sectionalpopulationsurveyoftheTanjongPagardistrict.ArchOphthalmol118:1105-1111,200027)NarayanaswamyA,BaskaranM,ZhengYetal:TheprevalenceandtypesofglaucomainanurbanIndianpopulation:theSingaporeIndianEyeStudy.InvestOphthalmolVisSci54:4621-4627,201328)ShenSY,WongTY,FosterPJetal:Theprevalenceandtypesofglaucomainmalaypeople:theSingaporeMalayey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40歳?97.22.61.0加齢YunnanMinorityEyeStudy14)中国2,13350歳?77.81.00.9PudongStudy15)中国2,52850歳?80.42.9加齢,家族歴,近視,眼圧↑TajimiStudy3,16)日本3,02140歳?78.13.90.6加齢,眼圧↑,近視KumejimaStudy17,18)日本3,76240歳?81.24.02.2加齢,男性,眼圧↑,角膜厚↓,眼軸長↑NamilStudy19)韓国1,53240歳?79.53.60.7加齢,眼圧↑,甲状腺疾患の既往AndhaPradeshEyeDiseaseStudy20)インド3,72440歳?88.02.20.9加齢,眼圧↑ChennaiGlaucomaStudy21)インド3,85040歳?80.23.50.9加齢,眼圧↑WestBengalGlaucomaStudy22)インド1,32450歳?83.13.00.2BhaktapurGlaucomaStudy23)ネパール4,00340歳?83.41.30.4YazdEyeStudy24)イラン2,09840?80歳90.43.20.4KandyEyeStudy25)スリランカ1,37540歳?79.92.30.6加齢,眼圧↑,眼軸長↑TanjongPagarStudy26)シンガポール1,23240?79歳71.81.71.1SingaporeIndianEyeStudy27)シンガポール3,40040?80歳75.61.40.2SingaporeMalayEyeStudy28)シンガポール3,28040?80歳78.73.20.2近視,眼軸長↑,拡張期血圧↓,平均眼還流圧↓,拡張期眼還流圧↓SingaporeChineseEyeStudy29)シンガポール3,35340歳?72.81.71.5加齢,男性,眼圧↑MeiktilaEyeStudy30)ミャンマー2,07640歳?83.72.02.5加齢,眼圧↑,近視RomKlaoStudy31)タイ79050歳?88.72.30.9表4アジア以外の緑内障有病率研究研究名報告年国人数年齢受診率有病率(POAGorOAG)有病率(PACG)診断危険因子(POAG)BaltimoreEyeStudy32)1991米国5,30840歳?79.21.1ProyectoVER33)2001米国4,77440歳?72.02.00.1ISGEOLosAngelesLatinoEyeStudy34)2004米国6,35740歳?82.04.7加齢,糖尿病,糖尿病罹病期間,眼圧↑,中心角膜厚↓収縮期眼還流圧↓,拡張期眼還流圧↓,平均眼還流圧↓,拡張期血圧↓,収縮期血圧↑,平均血圧↑BeaverDamEyeStudy35)1992米国4,92640歳?2.1加齢,older-onsetの糖尿病CountyRoscommonStudy36)1993アイルランド2,18650歳?99.51.9RotterdamStudy37)1994オランダ3,06255歳?1.1Egna-NeumarktStudy38)1998イタリア5,81640歳?73.92.00.6拡張期眼還流圧↓ReykjavikEyeStydy39)2003アイスランド1,04550歳?75.84.0PiraquaraStudy40)2007ブラジル1,63640歳?76.52.40.7ISGEOBlueMountainsEyeStudy41)1996オーストラリア3,65449歳?82.43.0加齢,女性,近視,高血圧,甲状腺疾患MelbourneVisualImpairmentProject42)1998オーストラリア3,27140歳?83.01.70.1TemaEyeSurvey43)2013アフリカ5,60340歳?82.36.8ISGEOKongwaStudy44)2000アフリカ3,26840歳?89.23.10.6GlaucomainZulus45)2002アフリカ1,00540歳?90.12.70.5ISGEOTembaGlaucomaStudy46)2003アフリカ83940?79歳74.93.7ISGEOBarbadosEyeStudies47)1994バルバドス4,70940?84歳83.57.0ISGEO加齢,男性,眼圧↑,白内障手術の既往,BMI↓(45)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612871288あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(46)表5緑内障の追跡研究研究名報告年国追跡期間対象者年齢罹患率危険因子LosAngelesLatinoEyeStudy49)2012米国43,93940歳?2.3加齢,眼圧↑,眼軸長↑,角膜厚↓,ウエストヒップ比↑,保険未加入Rotterdamstudy50)2005オランダ平均6.53,84255歳?0.6加齢,Ca拮抗薬2012平均9.73,50255歳?2.6マグネシウム↑,女性の非肥満VisualImpairmentProject51)2002オーストラリア52,44840歳?0.5加齢BarbadosEyeStudies52)2007バルバドス43,42740歳?2.2眼還流圧↓93,22240歳?4.4眼圧↑ChennaiEyeDiseaseIncidenceStudy48)2014インド64,42140歳?2.9加齢,眼圧↑,眼軸長↑,近視,都市(47)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612891290あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(48)(49)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161291

加齢黄斑変性の疫学

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1277?1283,2016加齢黄斑変性の疫学EpidemiologyofAge-RelatedMacularDegeneration小畑亮*柳靖雄**はじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)は先進国における主要な中途失明原因であり,全世界の失明者の約9%を占め,白内障・緑内障に続く3番目の病因であると推察されている1).さらに年々その患者数は増加の一途をたどっている.AMDの疫学研究は1980年代頃より活発に行われており,AMDの病態メカニズムの解明または治療法の開発に大きく寄与することとなった.本項ではAMDに関する疫学的な話題として,「診断の変遷」「AMDの有病率と発症率」「AMDの疾患関連因子」について概説し,合わせて「アジアのAMDの疫学」「PCVの疫学」について触れる.IAMDの診断の変遷疫学調査では分類のために眼底写真が用いられてきた.よく用いられるAMDの診断基準にはWisconsin分類2)や国際分類3)があるが,概略を表1に示す.これらの分類ではAMDは重篤な視力低下を生じる「晩期AMD」と,その前駆所見である「早期AMD」に分類される.早期AMDは軟性ドルーゼン(感覚網膜下の黄白色の粒状病変)と網膜色素異常(色素脱失,色素沈着)に分けられる.晩期AMDは滲出型AMDまたは萎縮型AMDである(図1).近年においては晩期AMDの発症頻度を加味したAREDS(Age-RelatedEyeDiseaseStudy)分類4,5)も利用されるようになった(表2).AREDSでは多段階の重症度分類を利用することで,各症例の晩期AMD進展リスクをより正確に推測可能である.この結果をもとに,米国眼科学会では早期AMDにAREDSカテゴリーに基づいた分類を使用することを推奨しており,カテゴリーごとに診療指針が定められている6).興味深いことに,ドルーゼンを伴わない網膜色素異常は欧米では晩期AMDのリスクと考えられていないのに対して,日本人ではポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)のリスクである可能性が指摘されている7).また,これらの分類に含まれないreticularpseudodrusenも晩期AMDのリスク因子であることがわかっており,最近の疫学調査ではその頻度も報告されている8,9).ただし,reticularpseudodrusenのように,眼底写真だけでは正常と判断される者の中にも他の検査で異常が同定される症例も存在するため,最近の疫学調査10,11)では従来の眼底写真に加え,OCTなども含めた画像検査を行い,総合的な所見をもとに分類を行うように変化してきている.AMDの有病率(prevalence)と発症率(incidence)AMDは世界各地域においてその有病率が調査されており,その有病率には人種間で差が認められる.わが国においては久山町研究12)および舟形町研究13)においてAMDの有病率が報告されている.さらに筆者らは緑内障学会による疫学調査として行われた沖縄県久米島におけるpopulation-basedstudyの一環としてAMDの有病率を調査し,早期AMDが従来のアジアにおける報告に比較して高いこと,光線暴露に影響する因子が有病率に関連することなどの知見を得ている(投稿中).世界における有病率の相違と人種または地域差との関連を明らかにするために行われたメタアナリシス14)の結果を示す(図2).それによると45歳以上の有病率は,早期AMDに関しては,ヨーロッパ系人種(11.2%)がアジア系人種(6.8%),アフリカ系人種(7.1%)およびヒスパニック(9.9%)に比較して有意に高い.一方で,晩期AMDの有病率はヨーロッパ系人種がアフリカ系人種に比して有意に高いが,アジア系人種とは有意差がなく,全人種の有病率は0.3~0.5%の間に分布する.ただし,晩期AMDは有病率が低く,人種間の正確な比較は困難である.AMD発症率について図3に示す.久山町研究では早期AMDは9年間で10%,晩期AMDは9年間で1.4%の発症が認められている15).各研究による差はあるものの,ヨーロッパ系人種の発症率が高い傾向にある.IIIAMDの疾患関連因子疫学研究では,疾患に関係する要因を発見して,予防や治療に役立てることが主目的のひとつである.AMDに関連する因子は,環境因子についても,遺伝因子についても,さまざまなものが認められ報告されている.まず環境要因について示す.久山町研究においては,すべてのAMD(すなわち早期および晩期AMD)と,年齢,男性,および高血圧(ただし男性のみ)とが関連しており16),晩期AMDと年齢,喫煙歴,血中白血球数が関連していた15).さらに舟型町研究でも,晩期AMDに年齢と喫煙歴とが関連していた13).晩期AMDの関連因子をメタアナリシスにて検討した報告によると,オッズ比1.5以上の強い関連を示すものは年齢,喫煙歴,白内障手術歴,晩期AMD家族歴などがあり,それより弱い関連を示すものは高BMI,高血圧,心血管疾患歴,血中fibrinogen上昇,糖尿病などであった(表3)17).このため,AMDのリスクを減らすためには禁煙が重要である.続いて遺伝要因について述べると,現在までに34にのぼる遺伝子座における遺伝子多型がAMDに関連していることが報告されている18).それらは補体・炎症系,脂質代謝系,細胞外基質関連,DNA修復系,血管新生関連の遺伝子をコードしている領域に存在している.この結果をもとに,補体経路を標的とした晩期AMDの進行抑制薬剤の開発が進められている.その他の経路についても創薬の可能性の検討が多くなされるようになっている.IVアジアのAMDの疫学各地域の人口動態を元にした,将来的なAMD有病者数は推計(表4)によると,2014年から2040年にかけて全世界で増加が見込まれ,とりわけアジア地域での増加が著しい.これはもともとの人口の多さに加えて,アジア諸国の高齢化が進行してくるためである.このことから考えると,今後世界のAMDに立ち向かうためには,アジアのAMDの特異性を明らかにしていかなければならない.アジア人種では,先に述べたように,早期AMDのAMD有病率はヨーロッパ系人種に比較して低い一方で,晩期AMDはほぼ同等であるという特異性がある14,19).また,アジア系人種の晩期AMDは滲出型AMDが地図状萎縮に比して高率である19).この理由としては,アジア人種に多いとされる滲出型AMDの病型であるPCVが早期AMDを経ずに発症する可能性があることが注目されている19).一方で,最近の検討では,ドルーゼンを呈する早期AMDはアジア人種においても比較的認められるとの報告もあり20),久米島研究における筆者らの検討においても早期AMDの有病率は約15%にのぼっていることから,アジア内の早期AMD有病率についてはアジア民族の多様性,地理的条件の不均一性も考慮に入れて検討していく必要がある.欧米では女性にAMDが多いという報告が多く,男性に(おそらく喫煙の影響で)AMD患者が多いのはアジアの特徴といえる.久米島研究は他の大規模疫学調査と異なり眼科主体の調査であるため,詳細な眼科的検査(眼軸長,白内障手術歴)の所見や,屋外活動歴,職業歴,光線暴露因子についても調査されている.その解析結果から男性,短眼軸,白内障手術歴,および屋外活動歴を有する者では有意に早期AMDの頻度が高く,一方屋外での帽子の使用者は,早期AMDの頻度が有意に低いという興味深い知見が得られている.また,屋外活動や帽子の使用は早期AMDのうちドルーゼンの頻度に関連している一方で,性別(男性)は色素異常の頻度と有意に関連していた(投稿中).このことから,ドルーゼンの形成には光線暴露が関連していると推測されるため,生活様態に則した光線暴露リスクの管理が必要になると考えられる.また,男性および喫煙と関連した色素異常を主体とする早期AMDは,アジアに特徴的な晩期AMDのリスクであることから,これら特有の条件からAMDが進展するメカニズムの検討が必要であり,またその理解によって,新たな予防薬の標的が発見されると期待できる.一方,遺伝要因については,近年滲出型AMDに対してCETP,C6,SLC44A4,およびFGD6など,アジア人種に特異的に関連する遺伝子多型が報告されている21).とくに脂質代謝経路にかかわる因子では,東アジア人においてはCETPAsp442Gly多型がAMDと強く関連する一方で,他の脂質代謝経路に関連する因子の遺伝子多型は,欧米人と比較してAMDとの関連が低い.CETPAsp442Gly多型は「善玉コレステロール」である血中HDLコレステロールを上昇させることが知られているが,眼局所でのその機能はわかっておらず,その機能解析はアジア人AMDの新たな発症メカニズム解明につながる可能性があり,非常に注目されている22).VPCV(ポリープ状脈絡膜血管症)の疫学PCVは滲出型AMDの特殊型とされている.Hospital-baseの報告ではアジア系人種に多く認められると報告されている.本病態をAMDの一病型とするか,あるいは別の疾患であるとして,AMDを包括的疾患概念のようにとらえるかまだ明確な答えが出ていない.また,欧米ではPCV診断に必須のインドシアニングリーン造影検査を行わないために正確な頻度はわかっていない.このためこの病態が従来にいわれているようにアジア特有であるかどうかも不明である.PCVの診断基準については世界的に統一されたものはまだない.わが国では日本PCV研究会による診断基準が用いられることが多い23)が,EVEREST分類24)を用いる研究者も多い.造影検査なしでPCVと典型AMDとを鑑別することは困難である.そのため大規模疫学研究におけるPCV有病率の調査はきわめて困難であるが,中国におけるBeijingstudyでは,OCTによる独自の診断基準を用いて,PCVの有病率が0.5%であると報告している25).本疾患の地域性を疫学的に把握するにはまだ時間がかかると思われるが,AMDの地域性を把握するためには,造影検査によらず,適用可能な診断方法を用いて代用した調査を推進していくのが現実的と思われる.どのような基準を設けてPCVを診断するかは今後の課題であるが,あたらしい概念22)(pachychoroidspectrum:脈絡膜血管異常を伴った色素上皮異常,新生血管を包括した概念)の登場によって今後はPCVを含めた晩期AMDの分類に変化があり,数年後には異なった分類が一般的になるかもしれない.おわりに以上,AMDに関する疫学的な話題として,「診断基準」「AMDの有病率」「AMDの発症率」「AMDの関連因子」「アジアのAMDの疫学」,および「PCVの疫学」について概説した.地域や人種間における疾患の分布の違いや,関連因子の特徴を解析することによって,それぞれの地域や国家における医療活動がAMDの克服に向けて適正化されていくことが,疫学の目的である.現在,AMDに関する疫学的検討はゲノム疫学の発展と相まって病態解明をめざしたものが主流となりつつある.現状では欧米からの研究が先行している状況であるが,今後はアジアからもこの分野の研究がさらに発展することが望まれる.文献1)ResnikoffS,PascoliniD,Etya’aleDetal:Globaldataonvisualimpairmentintheyear2002.BullWorldHealthOrgan82:844-851,20042)KleinR,DavisMD,MagliYLetal:TheWisconsinagerelatedmaculopathygradingsystem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μm.‡大ドルーゼン:径125μmより大きい.1278あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(36)図2各人種におけるAMDの有病率(%)Population-basedstudyのメタアナリシスにより算出した値14).(37)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161279図3AMDの発症率Population-basedstudyの結果より15,27~30).BMES:BlueMountainEyeStudy.BDES:BeaverDamEyeStudy.BES:BarbadosEyeStudy.表3メタアナリシスによる晩期AMDの関連因子17)関連性因子強い(オッズ比≧1.5)年齢喫煙歴白内障手術歴晩期AMDの家族歴弱い(オッズ比1.1?1.5)高BMI高血圧心血管疾患歴血中fibrinogen上昇糖尿病1280あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(38)表42014年および2040年におけるAMD患者の推定有病人数(百万人)14)2014年2040年早期AMD晩期AMD早期AMD晩期AMDアジア55.54.6105.89.9アフリカ15.40.835.51.8ヨーロッパ47.82.658.73.7北米14.80.821.31.4中南米19.90.937.01.6(39)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612811282あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(40)(41)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161283

近視の疫学

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1269?1275,2016近視の疫学EpidemiologyofMyopia横井多恵*大野京子*はじめに日本を含む東アジア諸国では,しばしば近視は,緑内障,白内障,糖尿病網膜症よりも一般的な眼疾患である.通常,近視が社会に与える影響は,実際よりも低くみなされがちである.しかし世界的には,5歳以上の1億5,300万人が矯正されない近視や,その他の屈折異常が原因で,現在も視覚障害の状態にあり1),うち800万人は社会的失明状態にある.眼鏡,コンタクトレンズ,屈折矯正手術などで矯正が可能であるにもかかわらず,近視を中心とした矯正されない屈折異常は,未だに世界の視覚障害の33%を占めている2).また,近視の疾病負担は米国だけで実に年間2億5,000万ドルに上る3).さらに近視が強度になれば,さまざまな眼底疾患から失明に至ることもまれではない.近視の発症と進行には,遺伝や環境の多くの要因が複雑に関与することは間違いないが4),近年は環境要因がより重要視されている.環境の変化によって近視が発生することは,実験近視において眼瞼縫合したマカク猿が,過度の眼軸長伸展を起こし近視化する形態覚遮断近視や,網膜視細胞層より後方に像を結像するように強いマイナスレンズを負荷することで眼軸長伸展を起こし近視を起こすlensinducedmyopiaの近視モデルからも裏付けられる.加えて,近視における環境要因の重要性は,遺伝的には説明しきれないこの数十年間における急速な近視人口の増加によっても証明される.本稿では現在まで報告された,近視の疫学調査に関する報告をまとめる.I中高年の近視の有病率東アジア各国の成人の近視の有病率を図1に示す.日本で40歳以上における?0.50D未満の近視の有病率を調査したTajimiStudy(2000~2001年)の報告では,近視の有病率は41.8%であり5),HisayamaStudy(2005年)では37.7%であった6).日本と同等の中高年の近視の有病率は,アジア諸国においては韓国や各国の都市部に居住する中国系住民に認められる.たとえば,40歳以上における?0.50D未満の近視の有病率は,TanjongPagarStudy(シンガポールの中国系住民を対象)で38.7%7),HongKongVisionstudy(香港の中国系住民を対象)で40%であった8).しかし,同じ中国系であっても,中国本土の都市においては,中高年の近視の有病率はやや低い.たとえば,BeijingEyeStudy(北京の30歳以上を対象)では22.9%9),HandanEyeStudy(中国の地方都市)では26.7%10)である.つまり同じ人種であっても,慣習や環境の違いで,近視の有病率が異なると推察される.SingaporeIndianEyeStudy(40歳以上のインド系シンガポール人を対象)では,同じインド系シンガポール人でも,移民と国内出生者では,国内出生者の近視の有病率が有意に高いことが示されている11).これまで近視の頻度には人種差があり,西洋人と比較し,東アジア人に多いと考えられてきた.しかし,?0.5以下よりも厳しい基準である?1D以下の近視の有病率を調査した米国のNationalHealthandNutritionExaminationSurvey(1999~2004)の報告では12),40歳以上の白人米国人の近視の有病率は33%であった.この有病率は上述したアジア諸国の有病率と比較し低いとはいえない.白人の近視人口も急速に増加していることから,近年は近視の病因に関し,遺伝的要素の重要性は以前よりも懐疑的である.II若年者の近視の有病率近年の東アジア・東南アジア諸国における若年者の近視人口の増加は著しい.?0.5D以下の近視の有病率は,シンガポールの17~19歳の中国系の男子徴兵検査において82%13),台湾の18~24歳の男子徴兵検査において86%14),中国の上海の大学生において95%15),韓国のソウルにおける19歳の男子徴兵検査においては96%であった16).日本のTajimistudyにおいても,?0.50D未満の近視の有病率を年代別にみてみると,40~49歳では全体の69.0%,50~59歳では46.0%,60~69歳では21.5%,70~79歳では16.0%であり,年代が若くなるほど近視の有病率が高くなっている5).日本の若年者の近視の有病率に関する調査は,1999年に報告されたMatsumuraらの奈良市での疫学調査まで遡る17).この調査では,3~17歳の680人を対象に,1984~1996年の間,毎年継続的に近視の有病率を調査している.1984年と1996年の?0.5D未満の近視の有病率を比較すると(図2),6歳までは有病率が約4%で同等であるが,7歳以降から1996年の有病率が上昇し,12歳の時点で1987年の39.0%が1996年には50.0%に上昇し,最終的に17歳の時点で1987年の49.3%が1996年には65.6%に上昇している.近年,若年者の近視の有病率に関する大規模疫学研究では,おおよそ0.7未満の裸眼視力の測定結果を,近視の有病率の推定値に用いることが多い.この根拠としては,オールトラリアの4,497人の学童を調査した結果17),裸眼視力6/9.5(少数視力換算0.63)以下をカットオフ値とした場合,サイプレジン調節麻痺下屈折検査で得た?1.0D以下の近視のスクリーニングにおける感度・特異度は,それぞれ97.8%と97.1%であったこと,また,中国の広州の6~15歳を対象としたpopulationbasedstudyで18),サイプレジン調節麻痺下屈折検査で得た?0.5D以下の近視の有病率と,同年同地域で同年齢の学童の6/9(少数視力換算0.67)以下の裸眼視力者の割合を調査した結果がほぼ一致した曲線を描いており,相関係数で0.992と非常に強い相関を認めたことなどが根拠にあげられる.日本の文部科学省学校保健統計調査報告書19)では,学校検診で“裸眼視力0.7未満の者”の割合を報告(表1)しているが,これによれば,“裸眼視力0.7未満の者”の割合は,各年代とも年々増加し,平成27年の時点では,幼稚園では7.7%,小学校では19.9%,中学校では42.4%,高等学校ではでは53.1%となっている.日本の若年者の近視の有病率も年々増加していると推定できるが,上述した東アジア,東南アジア諸国ほど有病率は高率ではないと思われる.一方同じアジア諸国でも,カンボジアの首都プノンペンと地方州のカンダル州における12~14歳の近視の有病率は5.5~6.0%20),ラオスの振興都市のヴエンチャン県における12~14歳の有病率は0.8%21),ネパールの地方地区における5~15歳の有病率は3%以下と非常に低い22).同じ東南アジア諸国でも,経済的に発展したシンガポールやマレーシアの高い近視の有病率と比較し,対照的である.このことから,アジア人が一概に近視化する遺伝的素因があるとはいえず,どのような環境下で小児期を過ごしたかによって,近視の有病率は大きく異なることが示唆される.図3に2015年のレビューに掲載された日本を含む各国の小児近視の有病率の推定値をまとめる23).近視の有病率の増加に関連する環境要因を調査した疫学調査では,近視になりやすい環境要因には,子供および両親が高学歴であること,両親が近視であること,若年期に屋外で活動時間する時間が短く,室内で近見作業を行う時間が長いこと,都市に居住していること,経済的に裕福な家庭であることがあげられている24).III中高年の強度近視の有病率TajimiStudyでは,?5D以下の強度近視の有病率は8.2%であり5),HisayamaStudyでは5.7%であった6).シンガポールの40歳以上を対象とした?5D以下の強度近視の有病率は,中国系9.1%7),マレー系3.9%25),インド系4.1%26)であった.一方,40歳以上の黒人・白人米国人を対象としたBaltimoreEyeStudy(1985~1988年)では27),?6D以下の近視の有病率は1.4%,BlueMountenEyeStudy(1999年)では3.0%28),LosAngelesLatinoEyeStudy(2006年)では2.4%であった29).調査時期が異なるため一概には評価困難であるが,アジア人に強度近視が多い傾向がある.IV若年者の強度近視の有病率近年のアジア諸国における若年者の近視人口の増加に伴い,強度近視の有病率も高まっている.台湾の18~24歳の男子徴兵検査における?6D以下の強度近視の有病率は21.2%14),中国の上海の大学生では19.5%15),韓国のソウルの19歳の男子徴兵では21.6%である16).いずれも上述した中高年層の強度近視の有病率の2倍以上である.小児の強度近視では,症候性のものと非症候性のものを鑑別する必要がある.症候性のものにはMarfan症候群やStickler症候群などの結合織疾患に伴うものや,先天停止性夜盲に伴うものなどがある.非症候性の強度近視は,“acquiredhighmyopia”と“classicalgenetichighmyopia”に分類される4).前者は,いわゆる単純近視が強度とよばれる範疇まで進行したものである.通常,単純近視は豹紋状眼底変化以上の網脈絡膜萎縮病変をきたさず,良好な矯正視力を生涯維持すると考えられている.また,長時間の近見作業などの環境負荷の影響を受けて近視度数が進行すると考えられており,主として10代前半に進行するとされる.“Classicalgenetichighmyopia”は,前者よりもより若い年齢で近視が強度に至ることが多く,遺伝的要素の影響が強いと考えられている.Verkicharla30)らは,2040年までの強度近視の有病率の推移を図4の如く年齢ごとに推定しているが,小児の強度近視の有病率の著しい増加は12歳頃に生じる一方で,5歳以前から近視が強度に至る群も数%存在していることがわかる.近視の有病率が増加する年齢や都市化による生活環境の変化を鑑みると,近年のアジア諸国を中心とした小児の強度近視の有病率の増加は,“acquiredhighmyopia”が主因と考えられている.一方でおおよそ20年前までの,強度近視の有病率の多くは,“classicalgenetichighmyopia”が主因であると考えらえている.Jonasらは31),若年層と中高年層の強度近視では病因が異なり,小児期に近視をきたしやすい環境要因への曝露状況が異なると推測し,それを証明するために統計学的解析を行った.その結果,中高年層においては,強度近視群と非強度近視群間で,近視をきたしやすい環境要因への曝露状況に有意差を認めないか,もしくは強度近視群で優位に曝露が低い傾向があった.一方,若年層においては,強度近視群では,非強度近視群と比較し統計学的に優位に近視をきたしやすい環境要因(高学歴,長い近見作業時間,短い屋外活動時間)への曝露が高かった.この結果からも,近年の若年層における強度近視の有病率の増加は“acquiredhighmyopia”が主因であり,中高年層の強度近視の病型とは一線を画す説が支持される.V近視性黄斑症の有病率病的近視は,小児期から近視が強度であり,後部ぶどう腫の形成に伴い近視性黄斑症をはじめとする種々な眼合併症から,中高年期以降に視覚障害をきたす.2010年の厚生労働省資料およびわが国の種々の疫学研究の結果を分析したYamadaらの報告では32),病的近視は矯正視力0.1以下の視覚障害の13%を占め,緑内障に次ぐ第2位の失明原因であった.また,TajimiStudyでは病的近視に伴う近視性黄斑症は,片眼ロービジョンの原因の第3位,片眼性失明の原因の第1位であり,失明の22.4%を占める原因疾患であった33).中国のBeijingEyeStudyでも40歳以上のロービジョンの原因の32.7%,失明の原因の7.7%を占め,各々において第2位の原因疾患であった9).また西欧諸国においても,近視性黄斑症は失明の主要な原因疾患であり,オランダのRotterdamEyeStudyでは55~75歳の失明原因の第1位であった34).病的近視の有病率を国際的な統一基準で評価するため,近年提唱された近視性黄斑症の国際分類では35),近視性網脈絡膜萎縮で生じるさまざまな眼底病変は,長期経過における進行段階に応じて,病変なし(Category0),豹紋状眼底変化のみ(Category1),びまん性網脈絡膜萎縮(Category2),限局性網脈絡膜萎縮(Category3),黄斑萎縮(Category4)と分類される.さらに,これらのいかなる萎縮病変の段階においても生じ得る中心視力に影響を与えるlacquercracks,近視性脈絡膜新生血管,Fuchs斑などの眼底病変は,独立病変(pluslesion)として,先述した萎縮病変とは別に区分される.Hisamayastudyでは,この国際分類におけるCaterogy2以上の近視性網脈絡膜萎縮病変およびlacquercracksを,病的近視の有病率の評価に用いている6).Hisamayastudyにおける近視性黄斑症の有病率は1.7%であり,内訳としてびまん性網脈絡膜萎縮1.7%,限局性網脈絡膜萎縮0.4%,黄斑萎縮0.4%,lacquercracks0.2%であった.表2に,過去のpopulationbasedstudyにおける病的近視の有病率に関する報告をまとめる.病的近視の診断基準がさまざまであり,一概に比較できないが,人口における病的近視の割合は1~3%であることが推察される.まとめ近視の有病率は一概にアジア諸国で高いわけではなく,都市化などの環境要因の違いにより,同じアジア諸国であっても大きく異なる.日本では年々若年者の近視の有病率は増加しているが,増加の程度は他の都市化した東アジア・東南アジア諸国でより著しいと推察される.環境要因としては,屋外活動時間が近視進行に関与するもっとも重要な因子とする報告もあり,小児期は屋外での活動時間を意識的に増やすなどの啓発が今後重要と思われる.また,人口に占める病的近視に伴う近視性黄斑症の有病率は1~3%と考えられるが,近視性黄斑症を有する場合は失明のリスクが高まるため,近視性黄斑症を発症する近視を早期に同定し,早期予防をめざすことは,今後の重要な課題である.しかし,近年増加する若年者の強度近視は,近視性黄斑症を生じる病的近視とは異なる可能性があるため,増加する若年者の近視の進行を制御する治療が,病的近視による失明の回避に結びつくかは疑問であり,今後さらなる研究が期待される.文献1)ResnikoffS,PascoliniD,MariottiSPetal」Globalmagnitudeofvisualimpairmentcausedbyuncorrectedrefractiveerrorsin2004.BullWorldHealthOrgan86:63-70,20082)McCartyCA:Uncorrectedrefractiveerror.BrJOphthalmol90:521-522,20063)JavittJC,ChiangYP:Thesocioeconomicaspectsoflaserrefractivesurgery.ArchOphthalmol112:1526-1530,19944)MorganIG,Ohno-MatsuiK,SawSM:Myopia.Lancet379:1739-1748,20125)SawadaA,TomidokoroA,AraieMetal:RefractiveerrorsinanelderlyJapanesepopulation:theTajimistudy.Ophthalmology115:363-370.e3,20086)AsakumaT,YasudaM,NinomiyaTetal:PrevalenceandriskfactorsformyopicretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamaStudy.Ophthalmology119:1760-1765,20127)WongTY,FosterPJ,HeeJetal:PrevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsinadultChineseinSingapore.InvestOphthalmolVisSci41:2486-2494,20008)VanNewkirkMR:TheHongKongvisionstudy:apilotassessmentofvisualimpairmentinadults.TransAmOphthalmolSoc95:715-749,19979)XuL,LiJ,CuiTetal:RefractiveerrorinurbanandruraladultChineseinBeijing.Ophthalmology112:1676-1683,200510)LiangYB,WongTY,SunLPetal:RefractiveerrorsinaruralChineseadultpopulationtheHandaneyestudy.Ophthalmology116:2119-2127,200911)PanCW,ZhengYF,WongTYetal:VariationinprevalenceofmyopiabetweengenerationsofmigrantIndianslivinginSingapore.AmJOphthalmol154:376-381,e1,201212)VitaleS,SperdutoRD,Ferris3rdFL:IncreasedprevalenceofmyopiaintheUnitedStatesbetween1971-1972and1999-2004.ArchOphthalmol127:1632-1639,200913)WuHM,SeetB,YapEPetal:Doeseducationexplainethnicdifferencesinmyopiaprevalence?ApopulationbasedstudyofyoungadultmalesinSingapore.OptomVisSci78:234-239,200114)LeeYY,LoCT,SheuSJetal:Whatfactorsareassociatedwithmyopiainyoungadults?AsurveystudyinTaiwanmilitaryconscripts.InvestOphthalmolVisSci54:1026?1033,201315)SunJ,ZhouJ,ZhaoPetal:Highprevalenceofmyopiaandhighmyopiain5060ChineseUniversitystudentsinShanghai.InvestOphthalmolVisSci53:7504?7509,201216)JungSK,LeeJH,KakizakiHetal:Prevalenceofmyopiaanditsassociationwithbodystatureandeducationallevelin19-year-oldmaleconscriptsinSeoul,SouthKorea.InvestOphthalmolVisSci53:5579-5583,201217)MatsumuraH,HiraiH:Prevalenceofmyopiaandrefractivechangesinstudentsfrom3to17yearsofage.SurvOphthalmol44(Suppl1):S109-Sl15,199918)XiangF,HeM,ZengYetal:IncreasesintheprevalenceofreducedvisualacuityandmyopiainChinesechildreninGuangzhouoverthepast20years.Eye(Lond)27:1353-1358,201319)文部科学省:学校保健統計調査報告書.平成27年度,201520)GaoZ,MengN,MueckeJetal:RefractiveerrorinschoolchildreninanurbanandruralsettinginCambodia.OphthalmicEpidemiol19:16-22,201221)CassonRJ,KahawitaS,KongAetal:ExceptionallylowprevalenceofrefractiveerrorandvisualimpairmentinschoolchildrenfromLaoPeople’sDemocraticRepublic.Ophthalmology119:2021-2027,201222)PokharelGP,NegrelAD,MunozSRetal:Refractiveerrorstudyinchildren:resultsfromMechiZone,Nepal.AmJOphthalmol129:436-444,200023)RudnickaAR,KapetanakisVV,Wathern,AKetal:Globalvariationsandtimetrendsintheprevalenceofchildhoodmyopia,asystematicreviewandquantitativemeta-analysis:implicationsforaetiologyandearlyprevention.BrJOphhtlmol1?9,201624)MorganI,RoseK:Howgeneticisschoolmyopia?ProgRetinEyeRes24:1-38,200525)SawSM,ChanYH,WongWL:PrevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsintheSingaporeMalayEyeSurvey.Ophthalmology115:1713-1719,200826)PanCW,WongTY,LavanyaR:PrevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsinIndians:theSingaporeIndianeyestudy(SINDI).InvestOphthalmolVisSci52:3166-3173,201127)KatzJ,TielschJM,SommerA:Prevalenceandriskfactorsforrefractiveerrorsinanadultinnercitypopulation.InvestOphthalmolVisSci38:334-340,199728)AtteboK,IversRQ,MitchellP:Refractiveerrorsinanolderpopulation:theBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology106:1066-1072,199929)Tarczy-HornochK,Ying-LaiM,VarmaR:MyopicrefractiveerrorinadultLatinos:theLosAngelesLatinoeyestudy.InvestOphthalmolVisSci47:1845-1852,200630)VerkicharlaPK,Ohno-MatsuiK,SawSM:Currentandpredictedd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糖尿病網膜症の疫学

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1261?1268,2016糖尿病網膜症の疫学ClinicalEpidemiologyofDiabeticRetinopathy佐々木真理子*はじめに近年,小切開硝子体手術,光干渉断層計,抗VEGF(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬を始めとする治療法・技術の開発・改良により,糖尿病網膜症の眼科的治療は大きく進歩した.また,内科領域においても,インクレチン関連薬,SGLT2阻害薬などの登場により,より良好な血糖コントロールが可能となった.以前,わが国の視覚障害原因の1位であった糖尿病網膜症は,現在緑内障に次いで2位となり,これらの進歩が糖尿病網膜症による重度の視力障害の回避に貢献したと推察される.一方,InternationalDiabetesFederation(IDF)によれば,2000年の糖尿病の有病率は4.6%,患者人口は1億5,092万人であったが,2015年には有病率は8.8%,患者人口は4億1,500万人と爆発的に増加しており1),それに伴い網膜症患者も増加していると考えられる.このような状況の変化に際し,糖尿病診療において失明を免れるための眼科的治療に加え,より良好な視力を維持するために“網膜症を発症させない,進展させない治療”の重要性が増している.疫学研究や,それを検証する臨床研究の成果は,現在の診療に至るまでの貢献だけでなく,今後の新規治療法の開発にも寄与するであろう.糖尿病網膜症の疫学研究には,1980年から行われているWisconsinEpidemiologicalStudyforDiabeticRetinopathy(WESDR)に代表される多くの優れた研究がある.しかし,population-basedstudyにおいて,発症の少ない疾患では統計学的なパワーが不足することがあり,網膜症のグレードやそれを修飾する危険因子などの詳細な解析が難しい場合があった.そこで,近年,さまざまな疫学研究の結果の統合解析が進められている.また,糖尿病網膜症では公衆衛生的状況を含めた人種差が知られているが,日本においても2,000人以上の2型糖尿病患者に対する生活習慣への介入効果を検討したJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS)のような大規模臨床研究が行われ,固有の網膜症像が明らかとなってきている.本稿では,メタ解析を含めた最近の観察疫学研究についてup-dateし,それを補足する大規模臨床研究の結果についても概説する.I糖尿病網膜症の疫学1.有病率アジアを含むさまざまな地域で行われた35のpopulation-basedstudy(1980~2008年),延べ22,896名の糖尿病患者のメタ解析の結果,世界人口に標準化した糖尿病網膜症の有病率は糖尿病患者の35.4%(1型糖尿病77.3%,2型糖尿病25.2%)であり,増殖糖尿病網膜症は7.2%,糖尿病黄斑浮腫は7.5%,この2つを併せた視力障害を伴う網膜症が11.7%であった2).この結果を,2000年以前と以降に行われた研究に分けて有病率を比較してみると,2000年以降,糖尿病網膜症全体,黄斑浮腫,視力障害を伴う網膜症の有病率は半減しており,とくに増殖糖尿病網膜症は約3分の1と大幅に減少している2)(図1).では,実際に網膜症患者は減少しているのだろうか?前述の糖尿病患者人口を用いて,2000年から2015年の網膜症患者数の推移を試算すると,増殖糖尿病網膜症患者は1,600万人から1,440万人へとやや減少するが,網膜症患者全体は7,490万人から1億250万人,黄斑浮腫患者は1,400万人から2,270万人,視力障害を伴う網膜症患者は2,360万人から3,270万人へと増加していると推測される.糖尿病患者の増加を鑑みると,重症網膜症患者は横ばい~軽度減少,網膜症患者全体および黄斑浮腫を含めた視力障害を伴う網膜症患者の増加という傾向は今後も続くと予想される.2000~2002年に35歳以上の住民1,785名を対象として行われた舟形町研究では,糖尿病患者の網膜症有病率は23.0%であった3).久山町研究での網膜症有病率は,1998年に40歳以上の1,637名の住民を対象とした調査では16.9%4),2007年の2,681名を対象とした調査では15.0%と軽度減少していた5).これより,わが国の網膜症有病率は世界における有病率よりやや低いといえる.しかし,わが国でも推計糖尿病患者数は2002年に約740万人,2012年では約950万人と増加しており(国民健康・栄養調査,厚生労働省),網膜症患者は今後も増加していくと予想される.2.発症率・進展率WESDRでは1980年から対象地域の糖尿病患者約3,000人を調査しており6),その10年間の網膜症発症率は,30歳未満に発症した群(おもに1型糖尿病患者)では89%,30歳以上に発症かつインスリン使用群(1型および2型糖尿病患者)79%,30歳以上で発症かつインスリン不使用群(おもに2型糖尿病患者)67%であり,網膜症の進展率はそれぞれ76%,69%,53%であった6).BlueMountainsEyeStudy(BMES)では,2,334名の住民のうち網膜症のない糖尿病患者を1992年から追跡調査し,追跡可能であった139名の5年累積網膜症発症率は22.2%,進展率は25.9%と報告した7).久山町研究では,1988年の調査で網膜症が存在しない糖尿病患者137名を追跡し,9年間の累積発症率が男性18.0%,女性4.2%と報告した8).また,JDCSでは,1996年の調査で網膜症を認めない2型糖尿病患者1,221例と軽度非増殖性網膜症を認めた410例を8年にわたり追跡し,網膜症の1年間の新規発症率が3.8%,進展増悪率が1.6%と報告している9).研究や年代により異なるが,わが国では他の報告に比べ,網膜症進展率はやや低い.II危険因子血糖値(HbA1c),糖尿病の罹病期間,血圧は多くの疫学研究で共通して指摘される網膜症の危険因子であり,メタ解析でも確認されている2)(図2).脂質異常症は網膜症の危険因子として相反する報告があるが,黄斑浮腫の危険因子としてはコホート研究におけるメタ解析(図3)2)および症例・対照研究のメタ解析でも関連が認められている10).JDCSでは,発症の危険因子としてHbA1c,血圧,BMI(bodymassindex),罹病期間,進展の危険因子としてHbA1cをあげている9).危険因子に介入することは網膜症の発症・進展の抑制につながるため,これらは多くの大規模臨床試験で検証されている.その結果を切り離して危険因子を論じるのは困難なため,本項では観察研究に加え,介入研究の結果を追記した.1.高血糖・罹病期間高血糖・罹病期間が網膜症・黄斑浮腫の危険因子であることは多くの疫学研究で報告されており,メタ解析での網膜症有病率はHbA1c≦7%で18%,HbA1c>9%では51%に上昇し,罹病期間10年未満で21%,20年以上では76%に上昇する2)(図2).JDCSの報告では,網膜症の発症リスクはHbA1c+1%ごとに36%,罹病期間5年ごとに26%上昇し,進展リスクはHbA1c+1%ごとに66%上昇した9).また,HbA1cと発症・進展の関係は正に相関し,HbA1c6.0%以上では網膜症抑制の閾値はみられなかった(図4).試験開始時のHbA1cが9%以上であった患者では8年間で約半数が網膜症を発症したが,HbA1cが7%未満であっても10%以上の患者に発症がみられた(図5).DiabetesControlandComplicationsTrial(DCCT)は厳格な血糖コントロールが網膜症の発症や進展を抑制することを示したランドマーク的な介入研究である11).1983年から行われたこの研究では,1型糖尿病患者1,441例を血糖コントロール強化療法,従来療法群に分け,その各々を発症,進展を検討する群に割り付け,平均6.5年観察した.その結果,強化療法群(平均HbA1c7%)では従来療法群(同9%)に比べ,網膜症の発症リスクが76%,進行リスクが54%減少した11).その他,強化療法開始後6~12カ月で被験者の13.1%に一時的な網膜症の悪化を認めた(earlyworsening)12),DCCT終了後に両群の血糖コントロールの差が解消してもその後10年間にわたって網膜症の発症に差がみられた(メタボリックメモリー)13)などの血糖是正による網膜症への影響やそれに伴う重要な現象が報告された14).2型糖尿病患者3,867例を1997年より登録開始し10年間観察したUnitedKingdomProspectiveDiabetesStudy(UKPDS)では,血糖コントロールの強化療法群(平均HbA1c7.0%)は従来療法群(同7.9%)に比べ,レーザー施行が29%,網膜症の進展が17%減少した15).また,日本で行われたKumamotoStudyでは,2型糖尿病患者110例を6年間観察し,DCCTと同程度の血糖是正による網膜症抑制効果を示した.血糖の是正が網膜症への影響を検討した介入研究では,血糖値の管理状況が研究により異なるが,1万人以上のデータによるメタ解析によれば,厳格な血糖値管理は網膜症の発症を20%減少させる16).2.高血圧高血圧者では,糖尿病網膜症全体の有病率が約30%増加するが,増殖糖尿病網膜症や黄斑浮腫,これらを合わせた視力障害を伴う網膜症は2~3倍増加する(図2,3)2).これは高血圧が網膜症の重症化や黄斑浮腫の発症に深く関与していることを示唆する.国内の久山町,舟形町研究では網膜症と血圧との関連は示されていないが,統計的なパワー不足のため検出されていない可能性がある.JDCSの報告では,網膜症の発症リスクは収縮期血圧+10mmHgごとに9%増加した9).介入研究では,UKPDSが血圧の是正が網膜症の進展を抑制することを初めて明らかにした17).高血圧を合併した2型糖尿病患者1,148例を対象としたこの研究では,9年後,厳格な血圧管理群(平均血圧144/82mmHg)は,非厳格群(同154/87mmHg)に比べ網膜症の進展は34%,視力低下は47%減少した.また,光凝固施行も35%減少したが,その80%は黄斑浮腫に関するものであった17).しかし,近年のAppropriateBloodPressureControlinNIDDM(ABCD)trialやActiontoControlCardiovascularRiskinDiabetes(ACCORD)studyでは同様の効果が認められていない.年代が進むごとに標準療法のコントロール目標値が低くなっていることが関与しているのかも知れない.網膜には高血圧に関与する循環レニン・アンジオテンシン系(RAS)とは別の組織RAS関連分子が発現しており,血管内皮細胞増殖因子などを介した網膜症の病態形成に関与している18).この病態を抑制する高血圧治療薬,アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬,アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)を正常血圧者に用いた研究が行われている.正常血圧の1型糖尿病患者を対象としたDiabeticRetinopathyCanedsartanTrial(DIRECT)Prevent1/Protect1では,ARBのカンデサルタンは網膜症の発症を18%抑制したが,進展に対する効果はみられなかった19).正常血圧もしくは治療中の高血圧を有する2型糖尿病網膜症患者を対象としたDIRECT-Protect2では,カンデサルタンによる進展抑制効果はみられなかったが,網膜症の改善が34%上昇した20).血圧正常の1型糖尿病患者を対象としたRenin-AngiotensinSystemStudy(RASS)では,ACE阻害薬のエナラプリル,ARBのロサルタンは網膜症の進展をそれぞれ65%,70%減少させた21).これらの効果は血圧を介さない直接的な網膜保護作用による可能性があるが,今後も検討を重ねる必要がある.3.脂質異常症疫学研究では,脂質異常と網膜症の関連について相反する報告がみられ,一致した見解が得られていない.一方,黄斑浮腫に関しては,コホート研究におけるメタ解析で総コレステロール値との関連が(図3)2),症例・対照研究のメタ解析で総コレステロール,LDLコレステロール,中性脂肪との関連が認められている10).また,現在用いられている脂質測定値は食事の影響を受けやすく,動脈硬化惹起性が高いsmalldenseLDLやレムナントなどを反映していない.そのため,関連の評価を困難にしている可能性がある.一方,介入研究では,高中性脂肪,低HDLコレステロール血症の是正効果を有する脂質異常症治療薬のフェノフィブラートが,2型糖尿病に合併した脂質異常症において,網膜症の進展抑制に有効な可能性が示されている.2005年に終了した2型糖尿病患者9,795例を対象としたFIELD(FenofibrateInterventionandEventLoweringinDiabetes)studyでは,5年間の観察期間中,フェノフィブラート群で光凝固を要する網膜症が31%減少し,黄斑浮腫に対しても同様の効果がみられた22).その機序に関しては脂質異常との関連が乏しかったことから,脂質を介さない可能性が示唆されている.さらにActiontocontrolcardiovascularriskindiabetes(ACCORD)Eyestudyでは2型糖尿病で脂質異常症のある1,593例において,高コレステロール血症治療薬のスタチンを投与したうえで,フェノフィブラートの併用効果を検討したが,フェノフィブラート併用群では網膜症の進展が4年間で40%減少した23).この研究では,中性脂肪値のみ両群に差があり,網膜症の進展抑制に関与している可能性がある.Steno-2studyでは,微量アルブミン尿を認める2型糖尿病患者160例に,血糖・血圧・脂質・生活習慣といった多因子への介入治療を行い,1992年から平均3.8年観察した.結果,網膜症の進展リスクは55%と大きく低下した24).国内でも同様の目的でJ-DOIT3が行われている.Steno2では多因子介入治療が大血管症にも有効であることを報告しており,網膜症が大血管症の危険因子であることからも(後述),脂質異常症治療を含めた多因子介入治療が網膜症に対する内科的治療としても適切と考えられる.4.その他の危険因子危険因子として,妊娠,腎症,肥満,喫煙,アルコール摂取,身体活動の不足などの報告がある.糖尿病は多因子疾患であり,遺伝的影響があるとされる.網膜症に関連する一塩基多型(singlenucleotidepolymorphism:SNP)の報告は散見されるが,現在までに加齢黄斑変性のような成果は報告されていない.III糖尿病合併症の危険因子としての網膜症網膜血管を全身の細小血管の代表ととらえると,糖尿病網膜症と同じ細小血管症である糖尿病性腎症や糖尿病神経障害との関連は想像に難くない.さらに,糖尿病網膜症の発症機序として高血糖より生じる酸化ストレス,炎症,内皮障害などが考えられているが,これらは脳卒中,虚血性心疾患などの大血管合併症の発症に関与する動脈硬化の発症機序と共通している.そのため,網膜症が大血管症の状態を反映している可能性がある(図6).最近では,網膜症は大血管症の危険因子として確立されてきており,国内では網膜症患者を心血管イベント発症のハイリスク群ととらえ,網膜症合併高コレステロール血症患者を対象に,スタチンによる厳密な脂質管理が心血管イベントの一次予防に有効かを検討する大規模臨床研究EMPATHY研究が行われている.細小血管症との関連では,1型糖尿病では網膜症が腎症の危険因子であることが報告されている25).1993年から行われた米国のコホート研究AtherosclerosisRiskInCommunities(ARIC)Studyによれば,2型糖尿病患者で網膜症が存在すると,6年後の腎機能障害発症リスクは約2.5倍高く,血清クレアチニン値は有意に高かった26).1型糖尿病に比べ,2型糖尿病では網膜症と腎症の関連は弱いとされる25).神経症に関しては腎症ほど明らかになっていない.大血管症においてはARICstudyで,2型糖尿病患者の7.8年間の観察において,網膜症の存在により,冠動脈疾患の発症リスクは2.1倍,虚血性脳卒中の発症リスクは2.3倍上昇したと報告された27,28).ACCORDstudyでも同様の報告があり29),メタ解析では2型糖尿病患者において網膜症が存在すると,総死亡,心血管イベントが2.3倍,1型糖尿病患者では4.1倍上昇する30).JDCSからも軽度から中等度の非増殖性網膜症があると,心血管イベント発症リスクが1.7倍,脳卒中の発症リスクが2.7倍に上昇すると報告されている31).網膜症の評価が糖尿病合併症の管理に有用な情報であることを認識し,内科医との連携を深めていく必要がある.IV非糖尿病患者の網膜症毛細血管瘤や点状・斑状出血などの軽微な網膜症が非糖尿病患者の5~10%にみられることが知られている32,33).この網膜症と腎機能低下,脳梗塞,心血管疾患による死亡との関連や,耐糖能異常型で網膜症を有する場合,将来の糖尿病発症リスクが高いことなども報告されている34).現在の糖尿病の診断基準は,欧米の疫学研究において,もっとも特徴的な最小血管合併症である糖尿病網膜症の有病が高くなる値を閾値としている.舟形町研究では,網膜症の有病率は正常型で7.7%,空腹時高血糖で10.3%,耐糖能異常型で14.6%,糖尿病で23.0%と,耐糖能異常型でも網膜症の有病が有意に高かった3).また,久山町研究によれば,有病が高くなる空腹時血糖とHbA1cの閾値はそれぞれ116~117mg/dl,5.7~6.1%であり,現在の診断基準(それぞれ126mg/dl,6.5%)より低い4,5).これら国内の研究結果は,糖尿病診断基準に満たなくても網膜症が発症している可能性とともに,糖尿病の診断基準が日本人にとって妥当であるかという問題を提起している.おわりに―疫学研究から臨床へのメッセージ―糖尿病患者人口の増加に伴い,今後も糖尿病網膜症患者は増加すると考えられる.糖尿病網膜症は就業年齢に視力低下をきたす疾患であり,患者本人の生活の質の低下に加え,社会的損失も計り知れない.また,高額な抗VEGF治療を考えると,黄斑浮腫患者の増加による医療費の増大も問題となる.よって,“網膜症を発症させない,進展させない治療”がより重要性を増すと考えられる.将来的には,現在行われているゲノムワイド関連解析(GenomeWideAssociationStudy:GWAS),メタボローム解析,プロテオーム解析など新しい手法を用いた疫学研究や大規模臨床研究の成果による新規治療法の開発に期待したいが,現時点では血糖・血圧・脂質異常・生活習慣の是正などの内科的治療が唯一の方法であり,そのために患者教育,内科との連携の強化が望まれる.また,近年,糖尿病網膜症は心血管障害をはじめとする他の糖尿病合併症の危険因子として注目されてきている.糖尿病治療の目標は合併症の発症・増悪を防ぎ,健康人と変わらない生活の質を保ち,寿命をまっとうすることである35).眼科医は網膜症が糖尿病合併症の一部であることを意識し,網膜症だけでなく全身合併症を防ぐため,内科医に積極的に網膜症の情報を提供し,糖尿病治療の目標達成に貢献する必要がある.文献1)FederationID.IDFDiabetesAtras,7theds.http://wwwdiabetesatlasorg/2)YauJW,RogersSL,KawasakiRetal:Globalprevalenceandmajorriskfactorsofdiabeticretinopathy.DiabetesCare35:556-564,20123)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.Diabetes,Obesity&Metabolism10:514-515,20084)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20045)MukaiN,YasudaM,NinomiyaTetal:Thresholdsofvariousglycemicmeasuresfordiagnosingdiabetesbasedonprevalenceofretinopathyincommunity-dwellingJapanesesubjects:theHisayamaStudy.CardiovascularDiabetology13:45,20146)KleinR,KleinBE,MossSEetal:TheWisconsinEpidemiologicStudyofdiabeticretinopathy.XIV.Ten-yearincidenceandprogressionofdiabeticretinopathy.ArchOphthalmol112:1217-1228,19947)CikamatanaL,MitchellP,RochtchinaEetal:Five-yearincidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinadefinedolderpopulation:theBlueMountainsEyeStudy.1268あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(26)Eye21:465-471,20078)安田美穂:糖尿病網膜症・黄斑浮腫悪化のリスク因子.あたらしい眼科32:5,20159)KawasakiR,TanakaS,TanakaSetal:IncidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinJapaneseadultswithtype2diabetes:8yearfollow-upstudyoftheJapanDiabetesComplicationsStudy(JDCS).Diabetologia54:2288-2294,201110)DasR,KerrR,ChakravarthyU,HoggRE:Dyslipidemiaanddiabeticmacularedema:Asystematicreviewandmeta-analysis.Ophthalmology122:1820-1827,201511)TheDiabetesControlandComplicationsTrialResearchGroup:Theeffectofintensivetreatmentofdiabetesonthedevelopmentandprogressionoflong-termcomplicationsininsulin-dependentdiabetesmellitus.NEnglJMed329:977-986,199312)TheDiabetesControlandC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舟形町研究

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1253?1260,2016舟形町研究TheYamagataStudy(Funagata)難波広幸*川崎良**山下英俊*I舟形町研究の概要山形県舟形町は県東北部に位置する人口5,596人(平成28年2月)の町である.舟形町研究は糖尿病とその合併症について調査する目的で,1979年に山形大学医学部内科学第三講座によって始められた.1990年から身長・体重などの身体データや血清学的検査のみならず,75gぶどう糖負荷試験(oralglucosetolerancetest:OGTT)までの詳細な検査を行う糖尿病検診を,35歳以上の住民を対象に行っている.その成果として糖尿病以前の耐糖能異常(impairedglucosetolerance:IGT)であっても心血管疾患のリスクが高まること1)や,血清アディポネクチン濃度低値が2型糖尿病の危険因子であること2)などを報告し,わが国を代表する糖尿病疫学研究として認知されている.2003年より山形大学の21世紀COE(centerofexcellence)プログラム「地域特性を生かした分子疫学研究」,2008年よりグローバルCOEプログラム「分子疫学の国際教育研究ネットワークの構築」の一環として行われ,現在は山形大学が全県を対象として行っている山形県コホート研究に組み込まれている.2000年より糖尿病検診に加えて眼科検診を開始し,眼科領域での調査結果も報告してきた.内科的検査(血圧や,採血による血糖・肝腎機能など)や身長体重などの身体的データ,基礎疾患の有無,飲酒,喫煙,運動習慣などに基づき,糖尿病網膜症をはじめとした網膜疾患の有病率とそれに関連する因子について検討している.また,それに加え,近年は眼高次収差などの光学的検討,角膜・網膜の形状変化についての検討もなされている.本稿では舟形町研究の概要,これまでの成果とこれからの展望について述べる.II舟形町研究のデザイン舟形町研究の対象は35歳以上の住民だが,重度の身体障害や入院中のため受診が困難な人,すでに糖尿病の診断を受けている人は除外され,参加は住民の自由意思による.町内を3地区に分けて年に1地区ごとに検診を行う.3年で全地区の検診を終え,その後2年のインターバルを挟んでこの検診を繰り返す形式である.各地区は5年ごとに追跡調査されることになる.2000~2002年に行った眼科の初回調査は,時間的制約もあるため片眼の眼底写真のみで留まっている.その後コホート研究として行った2005~2007年の追跡調査時には,眼底写真に加えて視力や眼圧などを追加し,より眼科検診としての色合いが強まった.2010~2012年の追跡調査時にもその内容を踏襲したうえで眼軸長や角膜厚の計測を追加し,現在実施している2015年からの調査(2017年までを予定)では,さらに前眼部・後眼部のスウェプトソース光干渉断層計(sweptsourceopticalcoherencetomography:SS-OCT)など検査内容を拡充,眼球高次収差解析も2012年から継続して行っている(図1).山形大学のスタッフのみならず,県内の眼科に勤務する視能訓練士,看護師の協力も得,まさに全県の眼科関係者をあげての事業といえる(図2).III角膜と眼光学の加齢性変化1.加齢により眼高次収差は増大する単色収差はゼルニケ多項式で分解でき,一次収差はプリズム矯正可能成分,二次収差はデフォーカスと正乱視,三次以降が高次収差とよばれ,眼鏡矯正不能な成分(不正乱視)である(図3).この高次収差の研究に関してはhospital-basedの報告3)が主で,選択バイアスの少ないpopulation-basedstudyは行われていなかった.このため舟形町研究では,2012年に眼科検診を受診した227人の右眼を対象とし,眼高次収差と年齢との関連,また年齢以外に高次収差の増大に関連する因子について検討した.交絡を考慮した重回帰分析の結果より,年齢の上昇により眼球全体(p<0.001),角膜前面(p=0.010),内部(角膜後面+水晶体,p<0.001)すべてで高次収差が増加することが示された.コマ収差は眼球全体(p=0.007)では増加したが,角膜・内部では増加はみられなかった.球面収差は内部(p=0.001)のみで上昇していた(図4)4).年齢以外では,眼球収差と角膜収差の増大に関連する因子は角膜厚や角膜屈折力などの眼因子で,多くが共通していた.この結果より眼球高次収差の増大はおもに角膜に由来するため,ハードコンタクトレンズやwavefront-guidedLASIK(laserinsitukeratomileusis)などの角膜前面に対するアプローチは,眼球全体の収差を減少させるのに有効と考えられる.内部収差は血清クレアチニン(p=0.015)や収縮期血圧(p=0.036)など全身因子との関連がみられた.過去にクレアチニンや血圧は白内障との関連が報告されている.内部高次収差の増大は白内障進行と関連することが示唆された.IV全身状態と網膜疾患の関連1.網膜細動脈硬化所見は心血管疾患の危険因子と関連する以前からわが国で循環器検診の一環として行われてきた眼底検査は,2000年当時,海外での大規模スタディにおいては,網膜細動脈所見と,高血圧5,6)や心筋梗塞をはじめとした心血管疾患7)の関連が示されていたが,これらはおもに白人を対象にしたデータであった.心血管系疾患は民族・人種による差が大きいことが知られている.このため舟形町研究では,日本人においても定量的な方法を用いて循環器疾患の危険因子と眼底網膜血管所見の関連が認められるか調査を行った.局所性網膜動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進,網膜症はそれぞれ6.8%,15.2%,18.7%,9%にみられた.網膜細動脈硬化所見(動脈狭細化,動静脈交叉現象,血柱反射亢進)は年齢上昇,血圧上昇に伴って有病率が有意に上昇し,女性に多くみられた.網膜症は年齢上昇,bodymassindex(BMI),糖代謝異常で有病率が上昇していた(表1)8).2.加齢,血圧上昇により網膜動脈径は狭細化する循環器検診における眼底検査は主観的で,再現性に欠ける可能性があることが指摘されており,定量的な評価が必要とされている.そこで舟形町研究では,米国ウィスコンシン大学がAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudyのため開発したソフトウェア9)を使用して,理論式により推定網膜中心動脈径(centralretinalarteryequivalent:CRAE),推定網膜中心静脈径(centralretinalveinequivalent:CRVE)を計算した.CRAEは平均178.6±21.0μmで,CRVEは平均214.9±20.6μmであった.加齢はCRAEおよびCRVE双方に影響を与える因子であり,10歳年齢が増えるごとに,CRAEは平均2.4μm(p<0.001),CRVEは平均1.8μm(p=0.003)細くなっていた(図5)8).CRAEのみに影響を与える因子として血圧があげられ,平均動脈血圧(=0.33×収縮期血圧+0.67×拡張期血圧)が10mmHg増えるごとにCRAEが平均2.8μm(p<0.001)細くなっていた(図6)8).3.メタボリックシンドロームでは網膜中心静脈径が拡張する2008年から特定健康診査ではメタボリックシンドロームを中心とした保健指導が始まった.そこで,InternationalDiabetesFederationによる日本人向けメタボリックシンドロームの定義に基づき,メタボリックシンドロームと判定された人を対象にメタボリックシンドロームの構成要素と血管径との関連を検討した.メタボリックシンドロームがあるとCRVEが平均4.69μm(95%信頼区間1.20~8.19)太くなっていた.同様に中心性肥満のみでもCRVEは3.73μm(95%信頼区間0.72~6.76)拡張していた10).4.アンギオテンシン変換酵素遺伝子のホモ欠失が網膜動脈径の狭細化と関連する高血圧,冠動脈疾患,動脈硬化との関連が知られるアンギオテンシン変換酵素(ACE)挿入/欠失[Insertion/Deletion(I/D)]多型と網膜血管径の関連について検討した.D/D,I/D,I/I遺伝子型のCRAEはそれぞれ173.77±19.73μm,179.46±20.54μm,179.50±20.39μmであった.I/I遺伝子型に比べD/D遺伝子型は平均6.86μm細かった(95%信頼区間?13.58~?0.13)が,I/D遺伝子型では有意な差はみられなかった.CRVEに関してはACEI/D遺伝子多型と有意な関連は認められなかった11).5.網膜動脈径の狭細化が高血圧の発症に先行する循環器検診時に眼底検診をすると,必ずしも血圧が高くないにもかかわらず網膜細動脈のびまん性狭細が認められることがある.そこで末梢血管抵抗の上昇によって引き起こされると考えられている本態性高血圧の発症に,網膜動脈径狭細がどのように関連するか,また高血圧発症に先行する所見であるかを調査した.初回調査時に網膜血管径の計測が可能であった正常血圧者のうち,5年後の追跡調査に参加した313人を対象とし,網膜血管径と高血圧の5年累積発症の関連を検討した.収縮期血圧140mmHg以上または拡張期血圧90mmHg以上,高血圧の診断・治療を受けている場合を高血圧と定義したところ,追跡調査時に101人(32.3%)に高血圧を認めた.ベースライン時のCRAEが細いほど高血圧の5年累積発症リスクは増加していた(オッズ比1.62,95%信頼区間1.17~2.25).CRVEについては,高血圧の発症と有意な関連は認めなかった(表2)12).網膜血管径変化とその後の高血圧発症の危険についてはメタ解析によっても確認されており13),現在ではむずかしい高血圧発症の予測につながる所見としての可能性をもっている.6.網膜症の有病率は糖尿病境界型でも上昇する75gぶどう糖負荷試験の結果を基に,WorldHealthOrganizationのガイドライン14)に従って糖代謝を正常,impairedfastingglucose(IFG),IGT,糖尿病型に分類した(図7)15).非糖尿病者においても網膜症がみられることは過去にも複数の報告で指摘されているが,舟形町研究では正常型における網膜症の有病率7.7%に対し,IFGでは10.3%,IGTでは14.6%と高かった.とくにIGTについては年齢,性別,高血圧の有無,喫煙,肥満など多因子で調整を行ったうえでも,有意に正常型に比較してリスクが高く(オッズ比1.63,95%信頼区間1.07~2.49)なっていた.空腹時血糖値,75gOGTT負荷2時間後血糖値それぞれと網膜症の有病率について検討を行ったところ,負荷2時間後血糖値が140mg/dl(7.8mmol/l)より高いと網膜症有病率が有意に高かった(オッズ比1.66,95%信頼区間1.10~2.50).これらの結果より,空腹時の血糖よりも食後血糖のほうがより網膜症発症に関連していることが考えられた(表3)15).7.加齢黄斑変性(AMD)の有病率と喫煙との関連早期および晩期AMDの有病率はそれぞれ3.5%,0.5%であった.50歳以上では4.3%,0.6%に認められた.年齢が10歳上昇するごとに,早期AMDを有するオッズ比が1.75倍(95%信頼区間1.36~2.25),晩期AMDを有するオッズ比が2.27倍(95%信頼区間1.10~4.67)高くなっていた.喫煙者では晩期AMDの有病率は有意に高かった(オッズ比5.03,95%信頼区間1.00~25.47)が,早期AMDに関しては関連を認めなかった.喫煙と晩期AMDの関連は男性においてより強く認められた(オッズ比6.19,95%信頼区間1.08~35.5)16).V今後の展望舟形町研究の特徴としては,内科の詳細な糖尿病検診と眼科検診を共に行うことで全身状態,とくに糖尿病との関連を検討できることがあげられる.その横断研究としての優位性だけでなく,5年ごとの追跡調査により,縦断研究としてさらに詳細な検討を加えることが可能である.これまでも前述のように血圧や耐糖能異常などの全身状態と網膜疾患の報告8,10~12,15,16)を行ってきた.今後は新たな検査の導入によりさらに研究の幅を広げていくことが可能である.前眼部・後眼部SS-OCT,眼高次収差解析まで行っている検診は例がない.これにより眼高次収差や乱視の加齢性変化3)など,新しい成果も示すことができている.内科主導の検診に参加する形で始まった舟形町研究も,徐々に眼科的要素も増え,重要性はより増してきている.従来の検査内容を追跡調査することで,経時変化についての知見を増やしていくことは重要である.また,それに加えて新規検査を導入することで,これまでにないデータが得られ,これまでの知見を深めることができる.データを継承していくことと,新たなデータを加えていくこと,山形大学眼科としてはこれらを2本の柱と考え,内科とも検診内容について議論を重ねることで,次世代の研究として発展させていくことを目標にしている.謝辞今回の内容に関しては山形大学医学部先進がん医学講座の嘉山孝正教授(山形県コホート研究主任研究者),山形大学医学部内科学第三講座の加藤丈夫教授にご指導いただき,篤くお礼申し上げます.また,検診にご協力いただいている県内の眼科施設の諸先生方にもお礼申し上げます.文献1)TominagaM,EguchiH,ManakaHetal:Impairedglucosetoleranceisariskfactorforcardiovasculardisease,butnotimpairedfastingglucose.TheFunagataDiabetesStudy.DiabetesCare22:920-924,19992)DaimonM,OizumiT,SaitohTetal:Decreasedserumlevelsofadiponectinareariskfactorfortheprogressiontotype2diabetesintheJapanesePopulation:theFunagatastudy.DiabetesCare26:2015-2020,20033)AmanoS,AmanoY,YamagamiSetal:Age-relatedchangesincornealandocularhigher-orderwavefrontaberrations.AmJOphthalmol137:988?992,20044)NambaH,KawasakiR,NarumiMetal:OcularhigherorderwavefrontaberrationsintheJapaneseadultpopulation:theYamagataStudy(Funagata).InvestOphthalmolVisSci56:90-97,20145)KleinR,KleinBE,MossSEetal:Hypertensionandretinopathy,arteriolarnarrowing,andarteriovenousnickinginapopulation.ArchOphthalmol112:92-98,19946)WangJJ,MitchellP,LeungHetal:Hypertensiveretinalvesselwallsignsinageneralolderpopulation:theBlueMountainsEyeStudy.Hypertension42:534-541,20037)WongTY,KleinR,SharrettARetal:Retinalarteriolarnarrowingandriskofcoronaryheartdiseaseinmenandwomen:theAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudy.JAMA287:1153-1159,20028)KawasakiR,WangJJ,RochtchinaEetal:CardiovascularriskfactorsandretinalmicrovascularsignsinanadultJapanesepopulation:theFunagataStudy.Ophthalmology113:1378-1384,20069)HubbardLD,BrothersRJ,KingWNetal:Methodsforevaluationofretinalmicrovascularabnormalitiesassociatedwithhypertension/sclerosisintheAtherosclerosisRiskinCommunitiesStudy.Ophthalmology106:2269-2280,199910)KawasakiR,TielschJM,WangJJetal:ThemetabolicsyndromeandretinalmicrovascularsignsinaJapanesepopulation:theFunagatastudy.BrJOphthalmol92:161-166,200811)TanabeY,KawasakiR,WangJJetal:Angiotensin-convertingenzymegeneandretinalarteriolarnarrowing:theFunagataStudy.JHumHypertens23:788-793,200912)TanabeY,KawasakiR,WangJJetal:Retinalarteriolarnarrowingpredicts5-yearriskofhypertensioninJapanesepeople:theFunagatastudy.Microcirculation17:94-102,201013)DingJ,WaiKL,McGeechanKetal:Retinalvascularcaliberandthedevelopmentofhypertension:ameta-analysisofindividualparticipantdata.JHypertens32:207-215,201414)WorldHealthOrganization/InternationalDiabetesFederation:ReportofaWHO/IDFConsultation:definitionanddiagnosisofdiabetesmellitusandintermediatehyperglycemia.WHODocumentProductionServices,Geneva,200615)KawasakiR,WangJJ,WongTYetal:Impairedglucosetolerance,butnotimpairedfastingglucose,isassociatedwithretinopathyinJapanesepopulation:theFunagatastudy.DiabetesObesMetab10:514-515,200816)KawasakiR,WangJJ,JiGJetal:Prevalenceandriskfactorsforage-relatedmaculardegenerationinanadultJapanesepopulation:theFunagatastudy.Ophthalmology115:1376-1381,2008*HiroyukiNamba&*HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座**RyoKawasaki:山形大学医学部公衆衛生学講座〔別刷請求先〕難波広幸:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座図1舟形町研究の概要町内を3地区に分けて年に1地区ごとに検診を行い,各地区は5年ごとに追跡調査される.2000~2002年の眼科初回調査では片眼の眼底写真のみだったが,その後眼科的検査を徐々に追加して現在に至っている.図2実際の眼科検診の様子県内の眼科スタッフに多く参加いただいている.図3ゼルニケ多項式による単色収差の分解単色収差はゼルニケ分解により,プリズム矯正可能な一次収差,眼鏡矯正可能な二次収差,矯正不能な三次以降の高次収差(不正乱視)に分類できる.(WikimediaCommonsより一部改変)図4年齢による眼球高次収差の変化年齢の上昇により眼球全体,角膜前面,内部(角膜後面+水晶体)すべてで全高次収差は増大する.単回帰分析のみで有意差が得られたものの回帰直線を赤線,単回帰・重回帰双方で有意差が得られたものを青線で記載している.(文献4より一部改変)表1網膜細動脈硬化所見と心血管疾患危険因子との関連局所性網膜動脈狭細化動静脈交叉現象血柱反射亢進網膜症オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)年齢(歳)1.04(1.02?1.07)1.02(1.01?1.03)1.03(1.02?1.04)1.04(1.02?1.05)Bodymassindex1.01(0.95?1.08)1.00(0.96?1.05)1.02(0.98?1.06)1.05(1.00?1.11)平均動脈血圧(10mmHgあたり)*1.42(1.17?1.73)1.34(1.17?1.54)1.21(1.07?1.37)1.09(0.92?1.29)糖代謝異常/正常0.77(1.46?1.30)0.85(0.59?1.22)1.04(0.75?1.43)1.53(1.02?2.30)女性/男性2.00(1.19?3.37)1.06(0.75?1.48)1.34(0.97?1.83)1.00(0.66?1.51)喫煙者/非喫煙者0.92(0.43?1.99)1.25(0.82?1.92)1.39(0.93?2.07)1.25(0.74?2.14)年齢,性別,平均動脈血圧,Bodymassindex,喫煙の有無,糖代謝異常の有無で調整.(文献8より一部改変)*:平均動脈血圧=0.33×収縮期血圧+0.67×拡張期血圧赤字:p<0.05図5年齢による網膜中心動静脈径の変化推定網膜中心動脈径(centralretinalarteryequivalent:CRAE),推定網膜中心静脈径(centralretinalveinequivalent:CRVE)と年齢との関連を示す.10歳年齢が増えるごとに,CRAEは平均2.4μm,CRVEは平均1.8μm細くなっていた.(文献8より)図6血圧による網膜中心動静脈径の変化推定網膜中心動脈径(centralretinalarteryequivalent:CRAE),推定網膜中心静脈径(centralretinalveinequivalent:CRVE)と血圧との関連を示す.平均動脈血圧(=0.33×収縮期血圧+0.67×拡張期血圧)が10mmHg増えるごとにCRAEのみ平均2.8μm細くなっていた.(文献8より)表2網膜血管径と5年後の高血圧発症率の関連平均血管径(μm)高血圧発症者数(%)未調整多因子調整*オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)推定網膜中心動脈径(CRAE)1標準偏差減少あたり1.48(1.15?1.89)1.62(1.17?2.25)三分位>190.40203.76±10.4526(25.0)1.001.00171.79?190.16181.98±5.0732(30.5)1.32(0.72?2.42)1.42(0.72?2.84)<171.72(μm)151.92±10.8043(41.4)2.12(1.17?3.82)2.36(1.11?5.03)推定網膜中心静脈径(CRVE)1標準偏差減少あたり0.87(0.69?1.11)1.18(0.85?1.63)三分位<206.18192.77±10.2035(33.7)1.001.00202.26?222.82214.75±4.8137(35.2)1.07(0.61?1.90)1.48(0.77?2.88)>222.88(μm)236.44±10.2729(27.9)0.76(0.42?1.38)1.69(0.79?3.64)*:年齢,性別,Bodymassindex,総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪,空腹時血糖で調整赤字:p<0.05(文献12より一部改変)図7耐糖能異常の分類空腹時血糖値と75gぶどう糖負荷試験の2時間値を基に,耐糖能は正常型,impairedfastingglucose(IFG),impairedglucosetolerance(IGT),糖尿病型に分類される.日本ではIFGとIGTを併せて境界型と分類している.(文献14を改変)表3糖代謝異常と網膜症有病率との関連該当者数網膜症眼数(%)年齢調整後多因子調整後*オッズ比(95%信頼区間)オッズ比(95%信頼区間)糖代謝判定正常1,17690(7.7)1.001.00Impairedfastingglucose(IFG)394(10.3)1.26(0.43?3.63)1.23(0.42?3.58)Impairedglucosetolerance(IGT)26739(14.6)1.76(1.17?2.66)1.63(1.07?2.49)空腹時血糖(mmol/l)<6.11,453133(9.2)1.001.006.1?6.910213(12.8)1.28(0.76?2.38)1.17(0.62?2.20)糖負荷2時間後血糖(mmol/l)<7.81,21895(7.8)1.001.007.8?11.127341(15.0)1.79(1.20?2.67)1.66(1.10?2.50)*:年齢,性別,Bodymassindex,喫煙の有無,高血圧の有無で調整(文献15より一部改変)赤字:p<0.05*HiroyukiNamba&*HidetoshiYamashita:山形大学医学部眼科学講座**RyoKawasaki:山形大学医学部公衆衛生学講座〔別刷請求先〕難波広幸:〒990-9585山形市飯田西2-2-2山形大学医学部眼科学講座0910-1810/16/\100/頁/JCOPY1254あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(12)(13)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612551256あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(14)(15)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612571258あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(16)(17)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612591260あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(18)

久山町研究

2016年9月30日 金曜日

特集●眼科疾患の疫学あたらしい眼科33(9):1247?1251,2016久山町研究TheHisayamaStudy安田美穂*はじめに九州大学大学院医学研究院病態機能内科学分野および環境医学分野を中心として福岡県久山町で1961年から進められている「久山町研究」は,世界の水準をゆく大規模な前向きコホート研究であり,その臨床疫学研究データのほとんどが,わが国独自のエビデンスとなっている.久山町の長期疫学研究は50年以上にわたって,久山町当局・住民と良好な信頼関係を築き,常に40歳以上の住民の8割以上を検診し,徹底した追跡調査(追跡率99%)を行うとともに,全町死亡例の8割以上を剖検して死因を明らかにする(通算剖検率75%)など,世界でも類をみない精度で多種多様な臨床記録を収集してきている.I久山町とは久山町は,福岡県の東に隣接する人口約8,400人の比較的小さな町である.複数の候補地の中から久山町が選ばれたのは,久山町の人口の年齢分布や職業構成および生活様式や栄養素摂取状況が日本の平均レベルで推移しており,日本人の疫学研究をするうえでわが国の標準的なサンプル集団であるという理由からである(図1).1961年開始時の40歳以上の対象人口は全人口の27.6%を占め,全国の27.8%と変わらず,年齢分布も近似している.2000年も同様に40歳以上の対象人口は全人口の55.2%であり全国の51.8%と変わらず,年齢分布も近似している(図2).職業構成は農林業の第一次産業従事者が5%,第二次産業(工業)が23%,第三次産業(サービス業)が72%と全国のそれ(5%,28%,67%)と基本的には変わらない.ほかに生活様式,疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)は各時代とともに全国統計と差異がなく,久山町はわが国の平均的な集団であり,その結果は日本人一般集団の結果としてとらえることができる.また,人口移動の少ない町のため長期にわたる追跡調査が可能となっている.II久山町研究の特徴久山町研究の研究対象疾患は脳血管障害,虚血性心疾患,腎疾患,悪性腫瘍,老年期痴呆,肝疾患から,それらの危険因子である高血圧,糖尿病,高脂血症,肥満,栄養,運動,飲酒,喫煙などに及んでおり,久山町の住民は生活習慣を長期にわたり包括的に検討できるわが国で唯一の集団といえる.また,生活習慣と疾病との関連だけではなく,最近では遺伝子と疾病との関連を調査するゲノム疫学研究も精力的に行っている.1998年より九州大学大学院医学研究院眼科学では眼科の疫学研究を行うことを目的として久山町研究に参加し,40歳以上の住民を対象に大規模な健診データに基づく眼科疾患の疫学調査を現在進行中である.現在まで15年以上にわたり3,000人以上に及ぶ住民を追跡しデータを収集して,眼科疾患の病態の把握につとめてきた.その結果,久山町当局・住民・実地医家と良好な信頼関係を築き,1年に1度の継続的な眼科健診が可能となり,眼科健診受診率も1998年の約50%から2007年の約80%と大幅に向上した.今後も眼科健診を長期的に行うことにより,種々の眼科疾患と生活習慣や環境要因との関係を明らかにすることが可能となると考えられる.久山町住民の眼科健診から得られた眼科臨床所見や眼底写真と内科健診成績,内科臨床記録,剖検所見などの結果を解析し,日本における眼科疾患の時代的推移や現状を解析し,発症にかかわる危険因子について分析することで,眼科分野でのわが国のエビデンスが生まれることが期待される.III研究のしくみ久山町研究では,1年に1度の通常健診と約5年ごとの大健診を行っている.眼科健診もこれにしたがって,1年に1度の通常健診と約5年ごとの大健診を行っている.通常健診での眼科健診項目は,眼圧,眼底写真(無散瞳)の2項目で,大健診時の健診項目は,屈折,眼圧,眼軸長,網膜厚(OCT),眼底写真(散瞳),細隙灯検査(散瞳),眼底検査(散瞳)の7項目を基本としているが,健診年次により項目の追加や削除を行っている.健診で異常あるいは疾病が発見された住民は,町役場からの通知と指導により自主的に町内外の医療機関を受診し,管理治療を受ける.したがって,大学側は疾病の治療には直接的には介入しない.このことによって,各疾病の治療下あるいは非治療下の自然歴(naturalcourse)をみることができるしくみを確立させている.治療に介入すると疾病構造が変わり,普遍性が失われてしまうのでこの仕組みを維持することが重要である.IVこれまでの研究成果現在,眼底疾患を中心としたおもな眼科疾患についての時代的推移や現状を解析し,発症にかかわる危険因子についての分析を行っている.具体的には糖尿病網膜症,加齢黄斑変性,網膜静脈閉塞症,緑内障,近視などの疾患を中心に有病率や発症率の時代的変化,危険因子や防御因子の解析を行っている.これらの最新の知見の中から,現在も失明原因の主原因である糖尿病網膜症と今後高齢者の失明や視覚障害の主原因になると予想される加齢黄斑変性の有病率の時代的変化について,久山町での追跡調査の最新の結果を以下に述べる.1.糖尿病網膜症有病率の変遷これまでわが国においては糖尿病網膜症の疫学研究,とくに住民を対象としたpopulation-basedstudyはあまり行われていない.実際の網膜症の患者数を把握するため1998年に40歳以上の久山町全住民を対象に網膜症の有病率の調査を開始し,網膜症の有病率は糖尿病患者の16.9%であることがわかった1)(図3).さらに9年後の2007年に行った調査では網膜症の有病率は糖尿病患者の15.0%であり,患者数はあまり変化していなかった(図4).しかし,さらに5年後の2012年に行った調査では網膜症の有病率は糖尿病患者の10.3%であり(図5),網膜症患者が時代的に減少傾向にあることがわかった.これらの頻度を網膜症の病型別に1998年と2007年,2012年で比較してみると,この14年間で増殖型の網膜症が減少し,前増殖型や単純型の網膜症が増加しており,近年では網膜症の重症化が抑制されていることがわかった(図6).このことは糖尿病患者への眼科受診の啓発による網膜症の早期発見,早期治療の促進や眼科治療技術向上による重症化の予防などによるものが大きく貢献していると考えられる.2.加齢黄斑変性の有病率1998年と2007年,2012年における久山町研究での加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)の有病率を比較すると,わが国におけるAMDの有病率の時代的変化がよくわかる.AMDの初期病変としてのドルーゼンは1998年,2007年,2012年で9.5%,12.6%,13.6%と増加し,同じく初期病変としてみられる網膜色素上皮異常も3.3%,4.8%,5.0%と14年間で有意に増加した(図7).また,年齢階級別の推移をみると,初期病変ではとくに70歳以上で有病率が増加していた(図8).一方,AMDのうち滲出型は1998年,2007年,2012年で0.7%,1.2%,1.5%と増加し,萎縮型は0.1%,0.1%,0.1%と不変であった(図7).年齢階級別の推移をみると,初期病変と同様にAMDでもとくに70歳以上で有病率が増加していた(図9).また,初期病変では有病率の男女差はみられなかったが,AMDでは,女性の有病率の増加は小さいのに対して,男性の有病率の著しい増加がみられた(図10).わが国のAMDの有病率を欧米のpopulation-basedstudyによる結果と比較してみると,日本人では白人より少なく黒人より多い2~4).これは眼内の色素や遺伝的因子,環境的要因などが関係しているのではないかと考えられている.また,欧米においては加齢黄斑変性の有病率および発症率は女性に多いと報告しているものが多く,一方,男性のほうが女性より有意に有病率が高いということはわが国の特徴である.これらの性差の原因は明らかではないが,とくに日本人において男性の有病率が非常に高いことは,高齢者における男性の喫煙者割合が高いことが影響していると考えられる.おわりにわが国においては地域一般住民を対象とした長期追跡研究のデータが少なく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や生活習慣が異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究を継続していくことが必須であり,さらなる追跡調査が望まれる.文献1)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:ComparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonprevalenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisayamaStudy.Diabetologia47:1411-1415,20042)MitchellP,SmithW,AtteboKetal:PrevalenceofagerelatedmaculopathyinAustralia.TheBlueMountainsEyeStudy.Ophthalmology102:1450-1460,19953)VingerlingJR,DielemansI,HofmanAetal:Theprevalenceofage-relatedmaculopathyintheRotterdamStudy.Ophthalmology102:205-210,19954)SchachatAP,HymanL,LeskeMCetal:Featuresofage-relatedmaculardegenerationinablackpopulation.TheBarbadosEyeStudyGroup.ArchOphthalmol113:728-735,1995図1久山町と人口推移*MihoYasuda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野,倉員眼科医院〔別刷請求先〕安田美穂:〒812-8582福岡県福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野,〒825-0018福岡県田川市番田町1-39倉員眼科医院0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図2久山町と全国の年齢階級別人口構成の比較1248あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(6)図3久山町の糖尿病網膜症の有病率(1998年)図4久山町の糖尿病網膜症の有病率(2007年)図5久山町の糖尿病網膜症の有病率(2012年)図6久山町における糖尿病網膜症の有病率の推移(1998年,2007年,2012年)(7)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161249図7久山町における加齢黄斑変性の有病率の推移(1998年,2007年,2012年)図8久山町における初期病変の年齢階級別有病率の推移図9久山町における加齢黄斑変性の年齢階級別有病率の推移(7)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161250あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(8)図10久山町における加齢黄斑変性の年齢階級別有病率の推移(9)あたらしい眼科Vol.33,No.9,20161251

序説:眼科疫学研究の意義と将来

2016年9月30日 金曜日

●序説あたらしい眼科33(9):1243?1246,2016眼科疫学研究の意義と将来SignificanceandFutureofEpidemiologyinOphthalmology坂本泰二*石橋達朗**疫学とは疫学(epidemiology)とは,epi=広範な,demos=人間の,logos=学問という言葉の通り,人間集団におけるあらゆる因果関係を確認する学問である.狭義には,疾病の発生や健康に関する研究に限られていた.しかし,疫学研究が社会に及ぼす影響の広さと深さが認識されるようになり,最近は人間の疾病に関するものは,経済学,工学,理学などから医療政策決定までを含む広範な領域を疫学に含めることが多い1,2).とくに,患者中心の医療解析法の決定(patient-centeredoutcomesresearch)という概念が出現したことを受けて,今後の疫学研究の重要性は一層増すだけでなく,その内容も変化してゆくと思われる3).疫学の起源と役割ご存知の読者も多いであろうが,疫学という学問は,ロンドン市で多発したコレラの防疫に成功したJohnSnowの研究にその起源が求められる.1830年代に,ロンドンではコレラが猛威を振るい治療手段が限られていたため状況は猖獗をきわめた.当時,コレラは空気感染すると考えられていたが,患者の発生分布が空気感染では説明できないことに着目したSnowは,ロンドンのブロード街にて患者発生状況の調査を行った.その結果,ある井戸が汚染源であると推測し,多くの事例について調査を行い,「汚染された井戸水を飲んでいる人とコレラの発生は関連がある」と結論づけた.この結論に従い,問題の井戸を使用禁止にした結果,流行の蔓延を防ぐことができた.これは,RobertCochがコレラ菌を発見する30年も前である.伝染病以外にも,疫学研究は疾患の原因特定にきわめて有効であった.たとえば,日本における疫学研究の金字塔といわれるものが,脚気の原因を特定した研究である.1900年代初頭,日本海軍では,脚気が軍事活動に支障をきたすほど多発していた.ドイツでは脚気は伝染病と考えられていたため,ドイツ陸軍を範とする日本陸軍は感染予防対策しか採らなかったが,高木兼寛が中心となり観察および実験疫学研究を行った結果,白米食が脚気の発生に関係が深いことを見いだした.そして,麦を主食とすることで脚気の発生を大幅に減少させることに成功した.これもビタミンB1の発見の30年以上前である.医学の目的が,人々の健康の回復とその維持であることを考えると,疫学とはまさにその目的をかなえることができる学問・研究分野であるといえる.このように,疫学研究は,従来から疾患予防,治療の発展に大きな役割を担ってきていたが,最近この領域はとくに注目されている.疫学がますます重要になっている理由その理由のひとつに,インターネットによって,遺伝子などの精緻な個体情報のデータを収集し,集まった大規模なデータを処理することが可能になり,従来は不可知であった疾患関連因子の発見が容易になったことがあげられる.医学の発展の上で,決定的に重要な役割を果たした研究方法をまとめると表1のようになる.現在,医学の核心的価値と考えられている「エビデンス」という概念もさほど古いものではない.そのエビデンスを得るために最適な方法がランダム化比較試験であるされているが,そのことが広く認識されたのも1990年代からである.しかし,この考え方も変化してきている.たとえば,現在はランダム化比較試験を網羅したメタ解析がもっとも強いエビデンスを示すとされているが,実際のランダム化比較試験の施行状況とその結果の関係を調べた結果,大きな問題が指摘されはじめている.ランダム化比較試験は数多く行われているが,その結果が論文として発表されるものは限られる.これは何も研究者がさぼっているのではない.ポジティブな結果が出ない試験結果は論文化されにくいのである.たとえば,Aという治療法について,3つのランダム化比較試験が別々に行われて,1つの試験がポジティブに出て,2つの試験がネガティブに出た場合,ネガティブに出た試験は論文にならずに,ポジティブ試験のみが発表されることになる.そのような試験結果を網羅的に解析したメタ解析が,果たして治療Aの効果を本当に示しているかは大いに疑問であるからである.また,グローバリゼーションが拡大した結果,近代科学・経済学の基礎理念である「資源は無限である」という考え方が壊れ,限られた医療資源を最大限有効活用することが避けられず,そのためには疫学的アプローチが必須になったという事情もある.治療効果を科学的に検証するためには,ランダム化比較試験が最適の方法である.しかし,施行にはきわめて多額の資金が必要である.製薬企業は開発資金を回収する必要があるため,回収の見込みのない薬,たとえば患者数の少ない疾患や途上国を中心として広がっている疾患への薬剤開発が行われなくなってきている.ランダム化比較試験にかかる時間と経費は,医療資源が限られている現在,限界を超えつつある.そこで,疫学研究,なかでも多数のサンプル調査するほうが実態を把握するのに適していると考えられるようになってきた.とくに,ビッグデータを処理する方法が一般化されてくると,ランダム化比較試験の数十分の1の時間と経費で同程度の「エビデンス」が得られることがわかってきた.現在,世界中の企業や研究者が疫学研究に参入してきているのは,そのような理由である.さらに重要なのは,人工知能などの導入により,この領域は今後飛躍的に発展すると予想されていることである.折しも,世界最大手の眼科関連企業とグーグル社が共同事業を開始することが発表され,多くの資金と才能が疫学分野に投入されつつある.わが国の眼科でも,新たに多くの疫学研究が始まっており,この分野の発展に大きな貢献をすることが期待される.Patient?CenteredOutcomesResearchという新しいコンセプト米国では2012年にPatient-CenteredOutcomesResearchInstitute(PCORI)が,患者を中心に考える医療研究の方法について公式見解を示した.これはもっとも新しい医療の考え方である.ランダム化比較試験,ベイジアン統計など,過去20年間に疫学・医学研究の方法論は大きな進歩が見られた.以前は,医学のエビデンスに関して,純粋に科学的側面から方法論が議論されてきた.しかし,本当にそれだけで良いのであろうか.最近の統計学,解析学の進歩は著しいものがあるが,複雑になりすぎている.そのため,最新の方法による解析結果は,一般の臨床家や患者を助けるのではなく,むしろ混乱を助長している.また,科学的合理性は重要であるが,疫学や医学研究が社会に与える大きさを考えると,研究内容,研究方法を医学者あるいは統計学者だけで決定することに対する批判も起きてきている.医療費のコストは世界中で上昇している.一方,薬物を開発,販売する側からも意見はあるはずである.そこで,患者,医師,研究者,製薬関係者,政策決定者などが集まり,その意見が集約された医学研究法こそが,真に患者のためになる.これがPCORIのコンセプトである.もちろん,政策決定者や製薬業界関係者,あるいは逆に患者が研究法の策定に参加することへの批判もある.しかし,新しいコンセプトであり,従来の疫学研究法が適切であったかが議論されており,今後の疫学研究に影響を及ぼすことは避けられない3).世界の眼科疫学研究前述のように,疫学研究は疾患理解の最初のステップであるために,世界中で疫学研究が行われてきた.FraminghamEyeStudyは1948年から米国で行われてきた循環器関連のpopulation-basedの疫学研究であるが,1970年代から眼科疾患についても調査が開始され,多くの成果が発表されている.FraminghamEyeStudyは現在の眼科疫学研究の端緒となるものであったが,疾患の進展率,危険因子の解析は十分になされていなかった.そこで,1980年代後半にBeaverDamEyeStudyがウィスコンシン大学で開始された5).この研究の先進的な点は,対象を長期間追跡することで,多くの疾患の発症危険因子,進展率などを明らかにしたことである.これが,現在の臨床研究設計の基礎データになっていることや,その後も200を超える論文が報告され続けていることを考えると,現代眼科医療にもっともインパクトを及ぼした研究の一つといっても過言ではない.その他,RotterdamEyeStudy,LosAngelesLatinoEyeStudy,SingaporeMalayEyeStudy,ReykjavikEyeStudyなどの多くの疫学研究が世界中で行われている5).とくに重要なことは,中国,台湾,香港などでは,それらを凌駕するような意欲的な疫学研究がスタートしている点である.疫学研究は,最初は地味であるが,結果が出始めてからのインパクトが大きいことが特徴でもある.わが国の眼科疫学研究わが国でも,諸外国と同様に眼科疫学研究が活発に行われており,今回の特集ではその一部を紹介する.久山町研究は九州大学で50年以上前から行われている前向きコホート疫学研究であり,わが国の成人性眼疾患の有病率のみならず進展率,危険因子など多くの点を明らかにした.この現状を九州大学の安田美穂先生が述べる.舟形町研究は,1979年に山形県舟形町で始まった糖尿病疫学研究である.2000年から眼科検診が開始され,糖尿病のみならず,心血管因子と眼疾患の関係,メタボリックシンドロームと網膜所見など,多くの重要な発見があった.そのことを山形大学の難波広幸先生,川崎良先生,山下英俊先生が解説する.いずれも長期にわたるpopulation-based研究であり,世界に誇るべき研究である.検討内容が重なる部分もあるが,疫学研究では異なるpopulation同士を比較することにより,問題点がより鮮明になることが多いので,その点に注意して参照していただきたい.一方,一つのpopulation-based研究では検出力が十分でないので,いくつかの研究の統合解析する方法も最近重要になりつつある.そのことを,糖尿病網膜症を例にとって慶応義塾大学の佐々木真理子先生が解説する.久山町研究や舟形町研究も含まれているので,統合解析の意味がより深く理解できるであろう.多くの眼科疾患が克服されつつあるなかで,近視はこれからきわめて重要な研究領域になる.近視は環境と遺伝が相互に働き長期にわたって変化してゆく性質のものであり,疫学的アプローチは必須である.この点について,東京医科歯科大学の横井多恵先生,大野京子先生が解説する.加齢黄斑変性は,疾患の同定,予防,治療などまさに現代疫学のすべてを使って解明された代表的疾患である.その歴史的経緯と,今後の在り方を東京大学の小畑亮先生,柳靖雄先生が解説する.とくにゲノム疫学により,AMDの病態解明がどのように進んでいるかについては,多くの医師が知るべきである.緑内障の疫学研究は日本の多治見スタディが,世界的にも有名である.そして,それに終わらず緑内障学会が中心となり,現在も多くの疫学研究が進んでいる.わが国の眼科が世界をリードしている数少ない領域である.その点について秋田大学の藤原康太先生が紹介する.最後に,狭義の疫学研究とは異なるが,日本網膜硝子体学会が主導する網膜?離登録システムについて,鹿児島大学の山切啓太先生が解説する.前向き介入試験はますます困難になりつつあり,今後は症例登録研究が臨床研究の主流になる.その最初の試みについてわかりやすく解説する.ここに紹介した研究以外にも,世界的に注目を集めている日本の優れた眼科疫学研究は多数あるが,誌面の都合上今回は取り上げられなかったことをお詫びしたい.しかし,多くの読者にとって,本特集が眼科疫学研究の重要性とその未来についての理解あるいは関心を高める一助になれば幸甚である.文献1)平塚善宗,山下英俊:眼科における疫学研究の重要性と課題.あたらしい眼科28:1-3,20112)AyanianJZ,VanderWeesPJ:TacklingrisinghealthcarecostsinMassachusetts.NEnglJMed367:790-793,20123)GabrielSE,NormandSL:Gettingthemethodsright–thefoundationofpatient-centeredoutcomesresearch.NEnglJMed367:787-790,20124)LeibowitzHM,KruegerDE,MaunderLRetal:TheFraminghamEyeStudymonograph:Anophthalmologicalandepidemiologicalstudyofcataract,glaucoma,diabeticretinopathy,maculardegeneration,andvisualacuityinageneralpopulationof2631adults,1973-1975.SurvOphthalmol24(Suppl):335-610,19805)KleinR,KleinBE,LintonKL:Prevalenceofage-relatedmaculopathy.TheBeaverDamEyeStudy.Ophthalmology99:933-943,19926)川崎良:世界の眼科疫学研究.あたらしい眼科28:41-47,2011*TaijiSakamoto:鹿児島大学大学院眼科学**TatsuroIshibashi:九州大学病院病院長0910-1810/16/\100/頁/JCOPY表1臨床研究に大きな影響を及ぼした疫学的・統計学的解析方法とそれが報告された年代年代事象や方法1940年代初の大規模ランダム化比較試験1950年代ケースコントロール試験カプラン・マイヤー法1960年代臨床試験モニタリングの概念の確立1970年代コックス比例ハザードモデルメタ解析1980年代Propensityscore(傾向スコア)医療効果とコスト分析法1990年代エビデンスに基づく医療ベイジアン統計のためのマルコフ連鎖モンテカルロ法電子カルテによる情報集積2000年代臨床研究登録の義務付け2010年代Patient-centeredoutcomesresearch(2)(3)あたらしい眼科Vol.33,No.9,201612451246あたらしい眼科Vol.33,No.9,2016(4)

超広角走査レーザー検眼鏡による滲出型加齢黄斑変性の周辺部眼底自発蛍光の観察

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1231?1235,2016c超広角走査レーザー検眼鏡による滲出型加齢黄斑変性の周辺部眼底自発蛍光の観察西脇晶子加藤亜紀長谷川典生臼井英晶安川力吉田宗徳小椋祐一郎名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学PeripheralFundusAutofluorescenceOnUltra-widefieldScanningLaserOphthalmoscopeinEyeswithNeovascularAge-relatedMacularDegenerationAkikoNishiwaki,AkiKato,NorioHasegawa,HideakiUsui,TsutomuYasukawa,MunenoriYoshidaandYuichiroOguraDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences目的:眼底自発蛍光(fundusautofluorescence:FAF)は加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)前駆病変や萎縮型AMDの評価に有用である.従来は撮影困難であった周辺部FAFを超広角走査レーザー検眼鏡で撮影し,滲出型AMDの周辺部FAFを観察した.対象および方法:滲出型AMD群31眼,対照群30眼を対象とし,超広角走査レーザー検眼鏡を用いて眼底画像を撮影した.異常周辺部FAFの有無,またその異常所見を顆粒状過蛍光,斑紋状低蛍光,貨幣状低蛍光の3型に分類し評価した.結果:滲出型AMD群では87.1%に周辺部FAFの異常が認められた.一方,対照群では16.7%に異常を認め,滲出型AMD群と比較し有意に少なかった.異常FAF所見分類では滲出型AMD群において斑紋状をもっとも多く認めた.結論:滲出型AMD群では周辺部FAF異常が高頻度に認められた.Purpose:Tocharacterizeperipheralfundusautofluorescence(FAF)abnormalitiesobservedwithneovascularage-relatedmaculardegeneration(AMD).Methods:Ultra-widefieldfundusimagingwasperformedtoobtain200-degreeFAFandcolorimages.AllimagesweregradedregardingpresenceandtypeofperipheralFAFabnormalities.AlterationsinperipheralFAFwereclassifiedinto4phenotypicpatterns:normal,granularincreased,mottleddecreasedandnummulardecreased.Wide-fieldFAFimageswereobtainedfrom31eyeswithneovascularAMDand30eyeswithcataractandnoAMD.Results:InneovascularAMDpatients,peripheralFAFabnormalitieswereevidentin27eyes(87.1%),withseveraldistinctFAFpatternsidentified:granularincreased(12.9%),mottleddecreased(74.2%)andnummulardecreased(6.5%).Incontrast,only5eyes(16.7%)withcataractandnoAMDhadabnormalFAF,significantlyfewerthaneyeswithneovascularAMD.Conclusions:SeveraldistinctpatternsofperipheralFAFabnormalitieswereobservedinpatientswithneovascularAMD.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1231?1235,2016〕Keywords:加齢黄斑変性,眼底自発蛍光,超広角走査レーザー検眼鏡.age-relatedmaculardegenerarion,fundusautofluorescence,ultra-widefieldfundusimaging.はじめに眼底自発蛍光(fundusautofluorescence:FAF)はおもに網膜色素上皮(retinalpigmentepithelium:RPE)内に加齢性に蓄積するリポフスチンに由来する.リポフスチン由来の背景蛍光に加えて,加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)前駆病変やRPEの機能低下に伴い異常な過蛍光を呈し,逆に,RPEが萎縮すると低蛍光を呈するようになる.RPEの状態を非侵襲的に観察できるFAFは,AMDの診断や病態の評価に有用である1).超広角走査レーザー検眼鏡Optos200Tx(Optos社,Dunfermline,Scotland,UK)は,網膜の80%以上の領域を短時間で撮影が可能な機器である.従来のFAF撮影機器では周辺部の撮影は困難であったため,病変の評価,検討は眼底後極部に限定されていたが,Optos200Txを用いて,AMDにおいても正常人との比較や周辺部の異常FAFとAMDの病型との関連などが検討されてきている2?5).しかし,アジア人における周辺部FAFを検討した報告は少ない4).今回は,Optos200Txを用いて日本人における滲出型AMDの周辺部FAF異常について検討した.I方法名古屋市立大学病院網膜外来に2012年10月以降受診した滲出型AMD21例の連続症例31眼(男性19例,女性2例,年齢:75±6.3歳:平均値±標準偏差)を対象とし,滲出型AMD群とした.滲出型AMD群は治療歴の有無,方法については不問とした.同時期に一般再来を受診した検眼鏡的に後極部および周辺部に眼底疾患を認めない患者18例30眼(男性10例,女性8例,平均年齢:72±7.4歳)を対照群とした.滲出型AMD群,対照群ともに,後極部および周辺部網膜所見の評価に影響を与える可能性がある症例(眼外傷,網膜血管疾患,糖尿病網膜症,近視性網脈絡膜萎縮,中心性漿液性脈絡網膜症,視神経症,網脈絡膜炎,周辺網膜のレーザー治療,網膜硝子体疾患の治療がある患者は除外した.両群に対して散瞳後,Optos200Txを用いて広角FAFを撮影した.カラー広角眼底画像も撮影した.中心窩を中心とした30°の範囲より外側を「周辺部眼底」とし,周辺部異常FAFは,背景蛍光と比較して,過蛍光もしくは低蛍光を認めた場合を異常とした.周辺部異常FAF所見はTanらの報告3)に準じて顆粒状過蛍光(granularincreasedFAF),斑紋状低蛍光(mottleddecreasedFAF),貨幣状低蛍光(nummulardecreasedFAF)の3型に分類した(図1~3).各群における周辺部異常FAF所見の有無,そのパターンを検討した.画像の評価は眼科医2名が独立して行い,判定が一致した場合に確定とした.判定が異なる場合には第3の判定者が評価し,どちらかの評価者と一致した場合に確定とした.3名の評価が異なる場合には除外とした.画像が不鮮明で判定が困難なものも除外した.II結果周辺部異常FAFは,滲出型AMD群31眼中27眼(87.1%),対照群では30眼中5眼(16.7%)にみられ,滲出型AMD群で有意に出現率が高かった(p<0.01)(表1).異常所見のパターンの発現では斑紋状低蛍光が74.2%ともっとも多く,顆粒状過蛍光が12.9%,貨幣状低蛍光が6.5%ともっとも少なかった.対照群では貨幣状低蛍光は認めなかった(表2).周辺部異常FAFのパターン混在は,滲出型AMD群で3眼にみられた.対照群には混在眼はみられなかった.滲出型AMD群のうち,斑紋状と顆粒状の混在を2眼,斑紋状と貨幣状の混在を1眼に認めた.III考按AMDは先進諸国における成人の主要な失明原因であり,わが国でも近年,増加傾向にある重大な疾患である.滲出型AMDに対しては血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の働きを抑える抗VEGF薬の硝子体内注射と光線力学的療法により一定の治療効果が得られるようになったが,長期間にわたり頻回の治療を必要とすることも多く,中心窩に及ぶ地図状萎縮や線維性瘢痕などにより視力低下に至る場合もある.FAFは非侵襲的に撮影が可能で,加齢や疾患の初期変化の指標となりうる検査である.FAFでおもに蛍光を発しているのはRPE内に加齢性に蓄積するリポフスチンであり,リポフスチン蓄積が過剰になってくると,RPEの機能障害をきたす.また,ドルーゼンなどの沈着物が発生するようになる.RPE内のリポフスチンの過剰蓄積あるいは,細胞の膨化や重層化,RPE下への自発蛍光物質の貯留などがFAFにおける異常過蛍光所見の原因となる.一方,さらに進行した病態ではRPEの変性・萎縮が進行し,リポフスチンそのものが失われるため,萎縮したRPEの部分はFAFで低蛍光を示すようになる6?8).FAFの所見やドルーゼンなどのAMD前駆所見の検討により,AMDの病態解明,発症や予後,早期治療のための有益な情報が得られる可能性がある.AMDにおける後極部FAFの異常所見については従来から多数報告されている.萎縮型AMDにおいて,特有のパターンでは経時的に地図状萎縮が拡大しやすいとの報告があるほか1),自発蛍光の異常所見は病変進行の予測に有用である可能性が示唆されている5,6).最近になって超広角走査レーザー検眼鏡Optos200Txを利用した周辺部FAFの撮影が容易になり,AMDと周辺部FAFとの関連が研究され,すでにいくつかの報告がある.Reznicekら2)は加齢による過蛍光の傾向についてFAFの増強率は周辺部のほうが後極部よりも高いことを示した.また,AMD群では非AMD群に比べ周辺部FAFが有意に増強しかつ不整となったこと,抗VEGF治療を受けたAMD群と未治療AMD群では周辺部FAFに有意な差がなかったことを示し,周辺部FAFが後極部FAFと同様にAMDの診断と経過観察に有用である可能性を示唆した.また,Witmerら5)も,正常対照群とAMDおよび黄斑部ドルーゼンと診断された症例群について周辺部FAFを検討し,周辺部FAF異常は正常対照群と比較しAMD群で有意に多く認めたとしている.Tanら3)は周辺部FAF異常を検討し,滲出性AMD86%,非滲出性AMD72.8%,正常眼18.4%と,滲出性AMDと比較して頻度が高かったと述べている.また,周辺部FAF異常の危険因子としてAMDであること(滲出性>非滲出性),加齢,女性であることを示した.同報告では,周辺部FAF異常は,顆粒状過蛍光,斑紋状低蛍光,貨幣状低蛍光の3パターンに分類され,それぞれの内訳は,顆粒状過蛍光46.2%,斑紋状低蛍光34.0%,貨幣状低蛍光18.1%であったと述べている.また,顆粒状過蛍光パターンはドルーゼンと,斑紋状低蛍光パターンは網膜周辺の脱色素と関連していたとしている.今回の筆者らの検討でも周辺部FAFの異常所見は滲出型AMD眼において高率に認められ,Tanらの報告に従ってFAF異常を分類したところ,異常所見のパターンは斑紋状低蛍光がもっとも多く,ついで顆粒状過蛍光がみられ,貨幣状低蛍光はもっとも少ない頻度であった(表1,2).Tanらの報告のうち,滲出型AMDに限定し比較すると,周辺部FAFの異常所見出現率はTanらは86%,本研究では87%であり,ほぼ同じという結果となった.欧米人同様日本人においても滲出型AMD患者ではきわめて高い割合で周辺FAF異常がみられることが明らかになったと考えられるが,後述のように各異常パターン群の出現頻度は相違があり,その原因に関しての今後の研究を必要とする.筆者らの研究を含む複数の研究でAMD患者において周辺部FAF異常の発生頻度が高いことから,周辺部FAF異常が存在する場合には黄斑部のRPEにも類似の変化が進行している可能性があり,黄斑変性の発症につながっているのかもしれない.一方,周辺部FAF異常のパターン別の割合をみると,本研究と欧米の結果とは多少違いがある(表2).滲出型AMDを検討した本研究ではとくに斑紋状低蛍光の割合が高かった.斑紋状低蛍光は周辺部RPEの色素異常と相関しておりRPEが何らかのストレスを受けていることを示唆する所見ではないかと推測される.今回はAMDの病型別の分類を検討に加えていないが,わが国においては滲出型AMDのうち特殊病型であるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)が半数近くを占める9?11).PCVにおいては後極部に特徴的な低蛍光と患眼および僚眼において周辺部に広範な低蛍光領域が散在していることが報告されており12),AMDの病型の違いが人種間の周辺部FAFパターンの出現頻度の違いに関係しているのかもしれない.本研究の問題点として,症例数が少ないこと,滲出型AMDの症例のほとんどがすでに何らかの治療を受けている患者であったこと,経時変化をみていないため病状の時系列が不明であることなどがあげられる.本研究により日本人患者においても滲出型AMD患者において周辺部FAF異常の頻度が高いことが示された.今後,検討する症例数を増やし,経時的な変化を評価することで,異常FAF所見と病態との関連が解明され,AMDの発症予測や予後予測につながる可能性があると考えられる.文献1)BindewaldA,BirdAC,DandekarSSetal:Classificationoffundusautofluorescencepatternsinearlyage-relatedmaculardisease.InvestOphthalmolVisSci46:3309-3314,20052)ReznicekL,WasfyT,StumpfCetal:Peripheralfundusautofluorescenceisincreasedinage-relatedmaculardegeneration.InvestOphthalmolVisSci53:2193-2198,20123)TanCS,HeussenF,SaddaSR:Peripheralautofluorescenceandclinicalfindingsinneovascularandnon-neovascularage-relatedmaculardegeneration.Ophthalmology120:1271-1277,20134)NomuraY,TakahashiH,TanXetal:Widespreadchoroidalthickeningandabnormalmidperipheralfundusautofluorescencecharacterizeexudativeage-relatedmaculardegenerationwithchoroidalvascularhyperpermeability.ClinOphthalmol9:297-304,20155)WitmerMT,KozbialA,DanielSetal:Peripheralautofluorescencefindingsinage-relatedmaculardegeneration.ActaOphthalmol90:e428-433,20126)HolzFG,Bindewald-WittichA,FleckensteinMetal:Progressionofgeographicatrophyandimpactoffundusautofluorescencepatternsinage-relatedmaculardegeneration.AmJOphthalmol143:463-472,20077)Schmitz-ValckenbergS,Bindewald-WittichA,Dolar-SzczasnyJetal:CorrelationbetweentheareaofincreasedautofluorescencesurroundinggeographicatrophyanddiseaseprogressioninpatientswithAMD.InvestOphthalmolVisSci53:2648-2654,20068)EinbockW,MoessnerA,SchnurrbuschUEetal:Changesinfundusautofluorescenceinpatientswithage-relatedmaculopathy.Correlationtovisualfunction:aprospectivestudy.GraefesArchClinExpOphthalmol243:300-305,20059)MoriK,Horie-InoueK,GehlbachPLetal:Phenotypeandgenotypecharacteristicsofage-relatedmaculardegenerationinaJapanesepopulation.Ophthalmology117:928-938,201010)NakataI,YamashiroK,YamadaRetal:AssociationbetweentheSERPING1geneandage-relatedmaculardegenerationandpolypoidalchoroidalvasculopathyinJapanese.PLoSOne6:e19108,201111)MarukoI,IidaT,SaitoMetal:Clinicalcharacteristicsofexudativeage-relatedmaculardegenerationinJapanesepatients.AmJOphthalmol144:15-22,200712)YamagishiT,KoizumiH,YamazakiTetal:Fundusautofluorescenceinpolypoidalchoroidalvasculopathy.Ophthalmology119:1650-1657,2012〔別刷請求先〕西脇晶子:〒467-8601愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1名古屋市立大学大学院医学研究科視覚科学Reprintrequests:AkikoNishiwaki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,NagoyaCityUniversityGraduateSchoolofMedicalSciences,1Kawasumi,Mizuho-cho,Mizuho-ku,Nagoya,Aichi467-8601,JAPAN0910-1810/16/\100/頁/JCOPY図1顆粒状過蛍光パターンの代表症例(76歳,女性):左眼滲出型AMDa:FAF写真.周辺部に散在する小型の顆粒状過蛍光領域(?)を認めた.b:眼底写真.FAFでの顆粒状過蛍光領域はドルーゼン(?)に一致して認められた図2斑紋状低蛍光パターンの代表症例(85歳,男性):左眼滲出型AMDa:FAF写真.鼻側周辺部にまだらな斑紋状の低蛍光領域(?)を認めた.b:眼底写真.FAFでの斑紋状低蛍光領域はRPE萎縮部(?)に一致して認められた.図3貨幣状低蛍光パターンの代表症例(77歳,男性):左眼滲出型AMDa:FAF写真.耳側周辺部に中程度の大きさ,不連続の均一な状の低蛍光領域(?)を認めた.b:眼底写真.FAFでの貨幣状低蛍光領域はRPE萎縮部(?)に一致して認められた.(151)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161233表1周辺部異常FAFの発現率表2周辺部異常FAFパターン出現頻度1234あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(152)(153)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161235

健常者におけるRhoキナーゼ阻害薬リパスジル塩酸塩水和物による視神経乳頭血流への影響

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1226?1230,2016c健常者におけるRhoキナーゼ阻害薬リパスジル塩酸塩水和物による視神経乳頭血流への影響酒井麻夫*1橋本りゅう也*1出口雄三*1富田剛司*2前野貴俊*1*1東邦大学医療センター佐倉病院眼科*2東邦大学医療センター大橋病院眼科InfluenceofRhoKinaseInhibitorRipasudilInstillationonOpticNerveHeadBloodFlowinHealthyVolunteersAsaoSakai1),RyuyaHashimoto1),YuzoDeguchi1),GojiTomita2)andTakatoshiMaeno1)1)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,2)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:健常者におけるリパスジル塩酸塩水和物点眼による視神経乳頭血流の変化を検討する.対象および方法:屈折異常以外の眼疾患を有しない健常者12例を対象とし,0.4%トロピカミドによる散瞳後,片眼にリパスジル点眼を,他眼に生理食塩水を点眼し,1,2,4,6時間後に体血圧,脈拍数,両眼圧および視神経乳頭血流の変化率(meanblurrate:MBR)をレーザースペックル法で測定した.MBRは,上方,下方,耳側,鼻側の4つの区域に分け,各領域の組織MBR(meanoftissuearea:MT),血管MBR(meanMBRinvesselarea:MV),全領域MBR(meanofallarea:MA)として測定し比較検討した.結果:視神経乳頭全体では,点眼6時間後のMTが点眼前と比べ有意に増加していた.耳側では,4時間後のMA,MTと,6時間後のMT,MVが点眼前と比べ有意に増加した.眼圧は対照側と比べ有意に低下した.全身血圧と脈拍数は開始前と比べ有意な変化はなかった.結論:健常者においてリパスジル点眼は眼圧下降のみならず視神経乳頭血流を増加させることが示された.Purpose:Toexaminewhethertherhokinaseinhibitorripasudilinfluencesopticnervehead(ONH)bloodflowinhealthyvolunteers.Patientsandmethods:Subjectscomprised12healthyvolunteers.Meanblurrate(MBR)wasmeasuredbylaserspecklemethodonONHandineachof4sectors(superior,temporal,inferior,nasal),beforeandat1,2,4and6hoursafterripasudilinstillationinoneeyeandsalineinthefelloweye.Systemicbloodpressure(SBP),pulserate(PR)andintraocularpressure(IOP)weremeasuredateachinstillation.Results:TherewerenosignificantchangesinSBPorPR.IOPshowedasignificantdecreaseat1hourcomparedtothatbeforeinstillation,andlowerlevelsweremaintained.ThechangeratesignificantlyincreasedforMTontheentireONHat6hours,MA/MTat4hoursandMT/MVat6hoursonthetemporalsectorafterripasudilinstillation.Conclusion:RipasudilincreasesONHbloodflowandisconsideredtobeaneuroprotectivedrug.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1226?1230,2016〕Keywords:Rhoキナーゼ阻害薬,リパスジル,視神経乳頭血流,レーザースペックル.Rhokinaseinhibitor,ripasudil,opticnervebloodflow,laserspeckle.はじめにROCK(Rho-associatedcoiled-coilkinase)は,セリン・スレオニンリン酸化酵素で,アクチン細胞骨格再構成にかかわるRhoの下流シグナルを形成する分子量約160kDaの小分子グアノシン3リン酸(GTP)結合蛋白質であり1),他臓器での報告であるがROCKシグナル経路の異常活性がある病態へのROCK阻害薬の投与で血管拡張効果が示され,臨床応用されている2,3).リパスジル塩酸塩(以下,リパスジル)点眼薬は,緑内障患者に対して2014年10月に承認されたRhokinase阻害薬(以下,ROCK阻害薬)である.原発開放隅角緑内障における房水流出抵抗の主座である線維柱帯流出路のSchlemm管からの房水流出を促進することにより眼圧下降に貢献し,大規模臨床試験でも眼圧下降効果が示されている4).緑内障治療で現在,唯一エビデンスのある治療は眼圧を下げることであるが,眼圧下降を示しても緑内障が進行する症例も存在し,眼圧以外に影響を与える因子が研究されている.正常眼圧緑内障患者では,非眼圧因子として視神経乳頭部血流の低下が緑内障進行と関係があるといわれ,以前より注目を集めており,b遮断薬やPG製剤点眼薬,炭酸脱水酵素阻害薬では眼圧下降以外に血流増加作用をもつことが報告されている5?7).ROCK阻害薬であるリパスジルは,血管平滑筋内のRhokinaseを阻害することで,Ca2+流入の抑制を介して血管を拡張させることが基礎実験でも示されており,invivoにおいても血流を増加させる報告がある8).しかし,正常人において血流の変動に関する報告例はこれまでにはない.今回,筆者らは正常健常人においてROCK阻害薬が視神経乳頭血流に影響を与えるかどうかについて検討したので報告する.I対象および方法対象は,2014年10月?2015年4月に,本研究に同意された健常成人12例12眼とした.対象症例は,男性5例,女性7例で,23?44歳,平均年齢31.6歳であった.糖尿病,高血圧を含めた全身の基礎疾患を有するもの,?6.0D以上の強度近視,眼疾患の既往を有するもの,1週間以内の喫煙を有するものは除外とした.測定項目は,視神経乳頭血流変化率,眼灌流圧,眼圧,体血圧,脈拍で,各測定時間に測定した.両眼にミドリンMR(参天製薬)にて散瞳後,片眼に0.4%グラナテックR(リパスジル塩酸塩水和物,興和創薬)点眼を,他眼はコントロールとして生理食塩水を点眼した.グラナテックR点眼直前,点眼1時間後,2時間後,4時間後,6時間後に両眼の視神経乳頭血流と眼圧および体血圧,脈拍を測定した.視神経乳頭血流の測定は,Laserspeckleflowgraphy(LFSG-NAVIR;ニデック社)およびLayerviewソフト(ソフトケア社)を用いてMBR(meanblurrate)を3回測定し,その平均値をとった.血圧や姿勢の変動による眼血流への影響を考慮し,5分間の安静座位の姿勢を保った後,視神経乳頭血流を測定した.解析部位は視神経乳頭を4つの部位,すなわち上方,下方,耳側,鼻側の区域に分け,各部位の組織領域のMBR(meanoftissuearea:MT),血管領域のMBR(meanofvesselarea:MV),全領域のMBR(meanofallarea:MA)を求めた.視神経乳頭血流の領域分割解析を図1に示す.つぎの計算式を用いて,血流変化率を算出し比較検討した.(各時間のリパスジル点眼眼MBR/リパスジル点眼眼の点眼前MBR)/(各時間のコントロール眼MBR/コントロール眼の点眼前MBR)×100(%).眼灌流圧は,2/3×(拡張期血圧+(収縮期血圧?拡張期血圧)×1/3)?眼圧として算出した.眼圧測定は,非圧平式眼圧計(Cannon,FullAutoTonometerTX-FR)を,血圧と脈拍は自動血圧計(日本COLIN社)を用いた.体血圧は,平均血圧を拡張期血圧+1/3×(収縮期血圧?拡張期血圧)として算出した.統計学的解析には,StateViewver7.0解析ソフトを用いて,repeatedmeasureanalysisofvariance(ANOVA検定)で統計学的有意差を検定し,p<0.05を有意水準とした.本研究は,ヘルシンキ宣言および厚生労働省の定める臨床研究に関する倫理指針に基づき,研究協力者には本研究の主旨を十分に説明し,文書による同意を得て実施した.II結果体血圧および脈拍,眼灌流圧は点眼後の経過で有意な変化を認めなかった(図2).両眼の眼圧推移を図3に示す.リパスジル点眼眼では,点眼開始前の眼圧と比べ点眼1時間後から有意に眼圧下降を示し(14.1±3.2mmHgvs10.9±2.9mmHg,p<0.05),6時間後においても眼圧下降を維持していた.一方,コントロール眼においては,有意な眼圧下降を認めなかった.各時間における視神経乳頭血流の変化率を表1に示す.視神経乳頭全体の血流変化率においては,点眼6時間後のMTが点眼前と比べ有意に増加していた.耳側は,点眼4時間後のMAおよびMTが有意に増加していた.また,点眼6時間後のMTおよびMVも点眼前と比べ有意に増加していた.上方においては,MT,MV,MAのいずれも有意な変化を認めなかった.下方・鼻側の血流は,各々点眼4時間後のMV,点眼6時間後のMTが点眼前と比べ有意に増加していた.III考按本研究は,正常健常人に対してROCK阻害薬リパスジル塩酸塩の視神経乳頭血流への影響を調べた初めての報告である.ROCK阻害薬の視神経乳頭血流への影響を調べた報告は,Sugiyamaらのファスジルでの検討9)とNakabayashiらのリパスジルでの検討8)の2報がある.前者では,ウサギの正常眼を用いて,ファスジルを静脈内に投与した結果,視神経乳頭血流には影響しなかったが一酸化窒素(NO)合成阻害薬のL-NAMEやET-1の投与下で血流改善を抑制したと報告している9).後者では,ネコ正常眼を用いてリパスジルを硝子体内に投与し,網膜血流速度が硝子体内濃度1μMでは投与後90分後に,100μMでは50分後から血流が増加したと報告している.しかし,緑内障患者および正常人を対象とした網膜血流への影響をみたものは,これまで調べた限りでは報告がない.視神経乳頭血流が増加する機序としては,①眼圧低下の結果,眼灌流圧が上昇することでauto-regulation(自動調節能)を超え間接的に血流量が増加する機序,②点眼薬自体のもつ直接的な薬理作用すなわち末梢血管拡張作用,があげられる.通常,自動調節能が働くと眼灌流圧の変動にかかわらず眼血流を一定に保つ,すなわち,眼圧が10?30mmHgの範囲では自動調節能により網膜血流は維持されるが,60mmHgから急に低下させると血流が増加する10).一方,眼圧がこの範囲を超え上昇すると網膜血流が低下する.正常眼圧緑内障患者においてはこの自動調節能の破綻が血流に影響を与えたとの報告11)もある.本研究ではリパスジルの前向き臨床試験の結果と同様に正常健常者においても眼圧下降を示したが,眼灌流圧については有意な変化がみられなかった.また,正常健常人を対象としており,今回の血流増加の原因としては,自動調節能を超えた間接的な関与は考えにくく,リパスジル本来の血管平滑筋に作用する直接的な血管拡張作用が関与していたものと考えられる.Nakabayashiらのネコを対象とした研究8)では,リパスジル硝子体内濃度が1μMから直接的な作用があったとしており,筆者らが使用した0.4%リパスジル単回点眼(50μl)による硝子体内濃度がどの程度であったかは不明であるが,直接作用するのに十分な濃度であったのではないかと考えられる.今回の筆者らの結果では,耳側の視神経乳頭において,他の領域(下方・鼻側・上方)と比べ血流量が増加している傾向があった.また,視神経乳頭全体でも組織血流が有意に増加しており,リパスジルによる直接的な血管拡張作用は,視神経乳頭表層の血管より篩状板付近の深層の微小血管に働いていたのではないかと推測される.梅田らはカルテオロール塩酸塩(ミケランLA2%R)の正常健常者の眼血流への影響を調べている12).筆者らと同様に乳頭近傍上耳側脈絡膜血流が増加しており,その機序として,薬理作用自体のもつ内因性交感神経刺激様作用による血管弛緩因子の分泌亢進,および血管収縮因子の分泌抑制作用による末梢血管抵抗の減少に伴って毛細血管の拡張をきたし,本検討と同様に耳側領域の血流が増加していたと報告している12).耳側においては視神経乳頭耳側の神経線維数が多く,正常者においても耳側での血流が多い13)ことから予備能が高いため,他の部位と比べ鋭敏に反応したのではないかと考えられる.緑内障の視野病期の進行とともに耳側の血流が低下することがこれまでの報告からわかっており,正常人においても有意な眼圧下降とともに耳側の血流を増加させたという本研究結果は,血流増加による神経保護を介して初期緑内障患者へのリスパジルの有効性を示唆するものである.今後,初期緑内障患者における血流への影響を検討した研究が必要と考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)IshizakiT,MaekawaM,FujisawaKetal:ThesmallGTP-bindingproteinRhobindstoandactivatesa160kDaSer/Thrproteinkinasehomologoustomyotonicdystrophykinase.EmboJ15:1885-1893,19962)InokuchiK,ItoA,FukumotoYetal:Usefulnessoffasudil,aRho-kinaseinhibitor,totreatintractableseverecoronaryspasmaftercoronaryarterybypasssurgery.JCardiovascPharmacol44:275-277,20043)SatoM,TaniE,FujikawaHetal:InvolvementofRhokinase-mediatedphosphorylationofmyosinlightchaininenhancementofcerebralvasospasm.CircRes87:195-200,20004)TaniharaH,InoueT,YamamotoTetal:Intra-ocularpressure-loweringeffectsofaRhokinaseinhibitor,ripasudil(K-115),over24hoursinprimaryopen-angleglaucomaandocularhypertension:arandomized,open-label,crossoverstudy.ActaOphthalmol93:e254-e260,20155)GrunwaldJE:Effectoftimololmaleateontheretinalcirculationofhumaneyeswithocularhypertension.InvestOphthalmolVisSci31:521-526,19906)OhguroI,OhguroH:Theeffectsofafixedcombinationof0.5%timololand1%dorzolamideonopticnerveheadbloodcirculation.JOculPharmacolTher28:392-396,20127)SugiyamaT,KojimaS,IshidaOetal:Changesinopticnerveheadbloodflowinducedbythecombinedtherapyoflatanoprostandbetablockers.ActaOphthalmol87:797-800,20098)NakabayashiS,KawaiM,YoshiokaTetal:EffectofintravitrealRhokinaseinhibitorripasudil(K-115)onfelineretinalmicrocirculation.ExpEyeRes139:132-135,20159)SugiyamaT,ShibataM,KajiuraSetal:Effectsoffasudil,aRho-associatedproteinkinaseinhibitor,onopticnerveheadbloodflowinrabbits.InvestOphthalmolVisSci52:64-69,201110)TakayamaJ,TomidokoroA,TamakiYetal:Timecourseofchangesinopticnerveheadcirculationafteracutereductioninintraocularpressure.InvestOphthalmolVisSci46:1409-1419,200511)GalambosP,VafiadisJ,VilchezSEetal:Compromisedautoregulatorycontrolofocularhemodynamicsinglaucomapatientsafterposturalchange.Ophthalmology113:1832-1836,200612)梅田和志,稲富周一郎,大黒幾代ほか:正常眼におけるカルテオロール塩酸塩(ミケランLA2%)の眼血流への影響.あたらしい眼科30:405-408,201313)FekeGT,TagawaH,DeupreeDMetal:Bloodflowinthenormalhumanretina.InvestOphthalmolVisSci30:58-65,1989〔別刷請求先〕酒井麻夫:〒285-8741千葉県佐倉市下志津564-1東邦大学医療センター佐倉病院眼科Reprintrequests:AsaoSakai,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TohoUniversitySakuraMedicalCenter,564-1Shimoshizu,Sakura-city,Chiba285-8741,JAPAN図1視神経乳頭血流の領域分割解析視神経乳頭部全体を覆うようにEllipseラバーバンドを設定した(図左).ラバーバンド内を4領域〔上方(S),耳側(T),下方(I),鼻側(N)〕に区域し,各領域別の組織領域のMBR(meanoftissuearea:MT),血管領域のMBR(meanofvesselarea:MV),全領域のMBR(meanofallarea:MA)を算出した(図右).(145)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161227図2体血圧,脈拍数,眼灌流圧の推移体血圧および脈拍数,眼灌流圧は点眼後も有意な変化を認めなかった.NS:NotSignificant,repeatedmeasureANOVA検定.平均値±標準偏差.図3眼圧の推移リパスジル点眼眼では,いずれの時間でも投与前と比較して有意に眼圧は下降した.(*:p<0.05,repeatedmeasureANOVA検定,─△─:リパスジル点眼眼,─〇─:コントロール眼,平均値±標準偏差)1228あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(146)表1各領域における視神経乳頭血流(MBR)変化率の推移視神経乳頭全体では,6時間後にMTが有意に増加した.耳側では2時間後にMVが,4時間後にMAおよびMTが,6時間後にMTおよびMVが有意に増加した.下方では4時間後にMVが有意に増加した.鼻側では6時間後にMTが有意に増加した.平均値±標準偏差(%)MA:meanofallarea,MT:meanoftissuearea,MV:meanofvesselarea,*:p<0.05,repeatedmeasureANOVA検定.MBR-A:meanblurrateofall,MBR-T:meanblurrateintissue,MBR-V:meanblurrateinvein,平均±標準偏差(%),repeatedmeasureANOVA検定,*p<0.05.あたらしい眼科Vol.33,No.8,201612291230あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(148)

ペルーシド角膜変性に対してトーリック眼内レンズを挿入し乱視の軽減を得た1例

2016年8月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科33(8):1222?1225,2016cペルーシド角膜変性に対してトーリック眼内レンズを挿入し乱視の軽減を得た1例佐藤陽平*1徳岡覚*1林麻衣子*1丸山耕一*2田尻健介*3清水一弘*3池田恒彦*3*1北摂総合病院眼科*2視生会丸山眼科医院*3大阪医科大学眼科学教室ACaseofReducedAstigmatismafterToricIntraocularLensImplantationtoTreatPellucidMarginalCornealDegenerationYoheiSato1),SatoruTokuoka1),MaikoHayashi1),KouichiMaruyama2),KensukeTajiri3),KazuhiroShimizu3)andTsunehikoIkeda3)1)DepartmentofOphthalmology,HokusetsuGeneralHospital,2)MaruyamaOphthalmologicalClinic,3)DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege背景:ペルーシド角膜変性に対してトーリック眼内レンズ(IOL)を挿入し,術後乱視が軽減し,良好な視力を得た1例を報告する.症例:59歳,男性.初診時,視力は左眼0.02(0.05×sph?1.0(cyl?4.0DAx100°)と高度の乱視を認め,後?下白内障を認めた.ビデオケラトグラフィーでは,両眼に角膜下方に三日月状の急峻化を認め,ペルーシド角膜変性と考えられた.トーリックIOLを挿入することで乱視の軽減が期待できると考え,左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.眼球へ3時9時マーク法でマーキングし,トーリックIOLをマーキング通りに?内固定し手術を終了した.術後視力は左眼0.15(1.0×sph?0.75D(cyl?2.0DAx105°)と視力と乱視の改善を認めた.考按:本症例はペルーシド角膜変性のパターンを示していたが,角膜下方の菲薄化,突出が軽度であり,倒乱視成分をトーリックIOLで軽減できたと考えた.角膜不正乱視を伴う症例でも適応を慎重に検討し,トーリックIOLを挿入し乱視を軽減できる可能性があると思われた.Background:Wereportacaseinwhichimplantationofatoricintraocularlens(IOL)totreatpellucidcornealmarginaldegenerationresultedinreducedpostoperativeastigmatismandgoodvisualacuity(VA).Case:Thisstudyinvolveda59-year-oldmaleinwhominitialexaminationatourdepartmentrevealedthatVAinhislefteyehaddecreasedto0.02diopters(D)(0.05×S?1.0(C?4.0DAx100°)duetoahighdegreeofastigmatismandposteriorsubcapsularcataract.Theresultsofvideokeratographyexaminationindicatedcrescent-shapedsteepeninginthelowerpartofthecorneainbotheyes,resultinginthediagnosisofpellucidmarginalcornealdegeneration(PMCD).Toreducetheastigmatisminthelefteye,weperformedphacoemulsificationaspirationandtoricIOLimplantation.Onthebasisofcornealsurfacemarkingviathe“3-o’clock-9-o’clockmethod,”thetoricIOLwasinsertedintothecapsularbag.WeobservedthatthepostoperativeVAofthelefteyewas0.15D(1.0×S?0.75D(C?2.0DAx105°)andthatVAandastigmatismhadimproved.Conclusion:AlthoughthispatientshowedthecharacteristicpatternofPMCD,withmoderatethinningandprojectionofthelowerpartofthecornea,wetheorizethatthetoricIOLimplantationreducedtheagainst-the-ruleastigmatismcomponent.Evenincaseswithirregularastigmatism,itmaybepossibletoreduceastigmatismviatoricIOLimplantationaftercarefullyconsideringindications.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)33(8):1222?1225,2016〕Keywords:ペルーシド角膜変性,トーリック眼内レンズ,角膜不正乱視.pellucidcornealmarginaldegeneration,toricintraocularlens,astigmatism.はじめに2009年に乱視矯正を目的としたトーリック眼内レンズ(intraocularlens:IOL)の登場により乱視眼であっても白内障手術後良好な視力を期待できるようになった.しかしその適応はおもに正乱視であり,不正乱視に対する適応は慎重に検討する必要があるとされている.今回筆者らはペルーシド角膜変性に対してトーリックIOLを挿入し,術後乱視が軽減し良好な視力を得た1例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:脳梗塞(56歳),コンタクトレンズ使用歴なし.現病歴:平成22年10月頃より左眼の視力低下を自覚し,近医受診.後?下白内障を認め,手術目的に11月20日当科紹介受診となった.初診時眼科所見:視力は右眼0.03(0.7p×cyl?6.0DAx90°),左眼0.02(0.06×sph?1.0D(cyl?4.0DAx100°)と両眼に高度の乱視を認めた.ケラトメータ値は右眼K142.0K248.0Ax169°,左眼K143.0K247.0Ax10°,眼圧は右眼13mmHg,左眼13mmHgであった.細隙灯顕微鏡にて,左眼に後?下白内障を認め(図1),軽度の下方角膜周辺部の菲薄化を認めた.眼底に著変は認めなかった.眼軸長はAモードにて測定し,右眼23.86mm,左眼23.79mm,角膜内皮細胞は右眼2,510/mm2,左眼2,624/mm2であった.術前検査:ビデオケラトグラフィーによるカラーコードマップ(図2a)では,両眼に角膜中央に縦に寒色の蝶ネクタイ,下方周辺部に三日月状の急峻化を認め,ペルーシド角膜変性と考えられた.2年前の受診時に撮影したカラーコードマップ(図2b)と比較しても不正乱視は進行を認めなかった.本症例では角膜不正乱視があるが,2年間不正乱視の進行はなく,角膜下方の菲薄化が比較的軽度であり倒乱視に近い状態であったため,トーリックIOLを挿入することで乱視の軽減が期待できると考えた.レンズパワーは自覚屈折値,ケラトメータ値,眼軸長をもとに算出した.Web上のトーリックカリキュレーターを用いて,眼内レンズの固定位置を9°と決定した(図3).治療経過:平成22年12月17日左眼超音波乳化吸引術+眼内レンズ挿入術を施行した.眼球へのマーキングは基準点マーカーを用い,3時9時マーク法1)で行った.切開位置は20°,耳側より経結膜強角膜一面切開で施行した.トーリックIOL(SN6AT5,+21.0D)をマーキングどおりに?内固定し手術を終了した(図4).術後経過:術後視力は0.15(1.0×sph?0.75D(C-2.0DAx105°),ケラトメータ値K143.25K246.75Ax8°,レフ値sph:0.00cyl面?2.0であり自覚的検査,他覚的検査ともに乱視の改善を認めた.術前,術後を比較すると,自覚屈折,裸眼視力,矯正視力のいずれも改善していた(表1).II考按トーリックIOLは,白内障手術の適応患者に対して,乱視矯正によってより良好な視力が望める場合に使用するとされている.乱視の種類は直乱視,倒乱視,斜乱視であっても適応とされているが,円錐角膜,翼状片,角膜移植後などは角膜不正乱視を伴っていることが多いため適応は慎重にすべきとされている2,3).ペルーシド角膜変性は,下方周辺角膜が非炎症性に菲薄化し,突出することにより角膜形状異常が生じる疾患である.女性より男性に多く,片眼性も両眼性もある.原因は不明だが,円錐角膜などの合併例,円錐角膜の家族歴などから,円錐角膜の類縁疾患と考えられている4?8).典型例では細隙灯顕微鏡にて下方角膜周辺部に水平に細長い帯状の菲薄部が存在し,菲薄部と角膜中央の間に角膜がもっとも突出する部位を認め,突出部が視軸の下方にあることから高度の倒乱視傾向を示す.フォトケラトスコープでは,中央のリングは卵型の不正倒乱視を示し,ビデオケラトグラフィーによるカラーコードマップでは角膜中央に縦に寒色の蝶ネクタイ状,下方に三日月状の急峻化を認める4,5).治療はおもに対症療法であり,軽症例では角膜不正乱視に対してハードコンタクトレンズを処方する.重症例では角膜移植が必要となるが,病変部が偏心しているため円錐角膜より手術の難易度が高いとされている5).角膜菲薄化疾患であり,laserinsitukeratomileusis(LASIK)は,術後角膜拡張症の発症リスクが高く,禁忌とされている.最近では角膜クロスリンキングの有用性が報告されている6,8,9).近年,海外では,ペルーシド角膜変性や円錐角膜に対してトーリックIOLを挿入した症例も報告されている10?12).またわが国では,有水晶体トーリック眼内レンズ(PhakicTORICIOL)を挿入し良好な視力を得た症例も報告されている13,14).本症例は,術前のカラーコードマップで,ペルーシド角膜変性のパターンを示していたが,角膜下方周辺部の菲薄化,突出が比較的軽度であり,倒乱視成分をトーリックIOLで矯正することで,より乱視が軽減し,より良好な視力が得られたと考えられた.ただし,本症例は59歳であり,ペルーシド角膜変性の進行の恐れが少なく,また2年間角膜不正乱視の進行が認められないことを確認しているが,より若年の症例で角膜不正乱視が進行する可能性がある場合は,トーリックIOLの適応には慎重であるべきと思われる.本症例手術施行時に使用できたトーリックIOLはアクリソフRIQTORIC(SN6AT3?SN6AT5)のみで円柱度数が角膜平面換算で最大2.06D(SN6AT5)であったが,現在はより乱視矯正効果の高い度数の強いモデル(SN6AT6?SN6AT9:2.50D?4.0D)が使用可能であり,本症例のように不正乱視があっても正乱視成分の矯正が期待できる症例では,さらに乱視が軽減できる可能性があると思われる.角膜不正乱視がある症例であっても術前にビデオケラトグラフィーを施行し,慎重に適応を検討したうえで,本症例のように,トーリックIOLで乱視の軽減を得,より良好な視力を獲得することができる可能性があると思われた.文献1)鳥居秀成,根岸一乃:さまざまな軸マーキング法と手術手技.眼科手術24:277-285,20112)小川智一郎,柴琢也:現在使用可能なトーリック眼内レンズの仕組み,適応.眼科手術24:272-276,20113)ビッセン宮島弘子:トーリック眼内レンズ.南山堂,20104)津村朋子,前田直之,渡辺仁ほか:ペルーシド角膜変性症の臨床所見の特徴.眼紀49:922-925,19985)真鍋禮三,木下茂,大橋裕一ほか:角膜クリニック第2版,医学書院,20036)許斐健二,島﨑潤:円錐角膜疾患総論.あたらしい眼科27:419-425,20107)SridharMS,MaheshS,BansalAKetal:Pellucidmarginalcornealdegeneration.Ophthalmology111:1102-1107,20048)JinabhaiA,RadhakrishnanH,O’DonnellC:Pellucidcornealmarginaldegeneration:Areview.ContLensAnteriorEye34:56-63,20119)SpadeaL:CornealcollagencrosslinkingwithriboflavinandUVAirradiationinpellucidmarginaldegeneration.JRefractSurg26:375-377,201010)JaimesM,Xacur-GarciaF,Alvarez-MelloniDetal:Refractivelensexchangewithtoricintraocularlensesinkeratoconus.JRefractSurg27:658-664,201111)LuckJ:Customizedultra-high-powertoricintraocularlensimplantationforpellucidmarginaldegenerationandcataract.JCataractRefractSurg36:1235-1238,201012)KamiyaK,ShimizuK,HikitaFetal:Posteriorchambertoricphakicintraocularlensimplantationforhighmyopicastigmatismineyeswithpellucidmarginaldegeneration.JCataractRefractSurg36:164-166,201013)中村友昭:特殊例へのPhakicIOLの応用.IOL&RS22:312-316,200814)神谷和孝:特殊症例への応用.IOL&RS24:29-33,2010〔別刷請求先〕佐藤陽平:〒569-8686高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reprintrequests:YoheiSato,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollege,2-7Daigaku-cho,TakatsukiCity,Osaka569-8686,JAPAN(141)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161223図1細隙灯顕微鏡所見左眼に後?下白内障を認める.図2ビデオケラトグラフィーによるカラーコードマップa:平成22年11月20日,b:平成20年1月24日.約2年経過しても不正乱視の進行は認めていない.図3本症例のトーリックカリキュレーターの出力結果図4術翌日の前眼部写真軽度の角膜下方の菲薄化を認める.表1術前後の自覚屈折,裸眼視力,矯正視力,ケラトメータ値の比較1224あたらしい眼科Vol.33,No.8,2016(142)143)あたらしい眼科Vol.33,No.8,20161225